ヴェネツィア vol.4 水の都の洗礼をうけて、世界の見方が変わる
ヴェネツィアといえば、水の都、縦横に張り巡らされた運河と運河を渡る太鼓橋を連想します。ただ、歩くだけで、美しい景色に巡り会う事ができるなんて、なんて素晴らしいことなんだろう。
また、それは同時に、通常の交通手段が通用しない、ということを意味します。従って、カナル•グランデから外れた地域では、もはや歩かざるを得ない。だから、今回、ヴェネツィアの個人的版図はごくごく小さな範囲に留まりました。この版図を広げるために、また今後幾度も、この水の都を訪問することになるでしょう。
ヴェネツィアで一番と自宣してるアイス屋さん。
店名:IL DOGE
地区:サンタ•クローチェ
アドレス:Calle Traghetto Vecchio, 2016
1ボール1.8ユーロ。
本当に美味しいです。
もう一カ所、アイス美味しいところありました。
影の中で撮ったので、なんかまずそうに見えますね。いや、でも美味しいです。こちらはサン•マルク広場から一歩、北へ路地を進んで行くとあります。
店名:Venchi
住所:Calle dei Fabbri, 989
1コーン3.2ユーロぐらいだったでしょうか、すいません、覚えてません。。コーン単位で販売してます。2ボール選べます。ミルク味を頼むつもりが、いつものくせでストラツィアテッラをオーダーしていたことに長男君の指摘で気づきました。
おそらく女子の皆さんには有名なアイス屋ではないかと、違いますか??
イタリアでは、植物がよく育ってます。テラス植物の育ち方もハンパありません。それらが漆喰やレンガ壁の素材感とよくマッチしています。
物価が高くなるのは、街中での運搬が大変だからというのも理由の一つらしいです。太鼓橋を乗り越えるためのキャリアーは、もちろん手押し。こりゃぁ、大変ですね。
このマスク屋さんの店主らしいおじちゃんは、職人気質っぽい雰囲気をぷんぷん漂わせていました。マスクのクオリティーも、安っぽいお土産屋に比べると、格段に高い。かなり本格派。幾つか欲しいマスクがあり、最終日の出発時間2時間前に訪問したけれど、昼休み休憩で不在。ここでのマスク購入も、また次回までおあずけ。
店名:La bottega dei Mascareri
地区:サン•ポロ
住所:San Polo 2720 - Calle dei Saoneri
http://www.mascarer.com/en/home.html
砂糖のかたまりのようなお菓子とケーキ。下から二列目の左から二番目のピンクと白の40センチくらいのロープ状のマシュマロは、ちょとマシュマロより固めで、歩きながらちぎって食べるには最適。一本2ユーロ。ケーキは見た目のインパクトからさすがに食す気にはなれませんでした。
このうつろな目をしたおじさん、誰でしたっけ?しってる顔なんだけど、誰だか思いだせません。どなたか、教えてください。
そして、なんといっても、魚の朝市!ヴェネツィア行きが決まったときからビエンナーレを差し置いて、魚を存分にいただく、というのが一番やりたかったことかな。日本に住んでいるみなさんには分かりますまい。ミュンヘンには海がないので、新鮮な魚はめちゃくちゃ高いんですよ!
というわけで、リアルト橋の近くにあるフィッシュマーケットに行ってきました。で、やっぱり魚、安い!そして新鮮!下の写真で男性がつまんでいるのは、生きてるエビ。
あー、もっと魚を調理する方法を覚えて、次回はもっとガンガン料理したいです。
長男君はサーモンのプリプリの切り身、7ユーロ。次男君はイワシが欲しいというので0.5キロ購入。売り場のおじさんは三回ほど鷲掴みにして袋にイワシを詰め込んで、3ユーロ。そしてサバを一匹2ユーロ。
夕食では鮭は塩焼き。サバは焼いて、醤油で食べて、イワシは開いて小麦をまぶして揚げてみました。サバの皮の新鮮さ、見てください!イワシも揚げただけなのにとても美味。大満足でした。
リアルト魚市場
場所:リアルト橋の北側、カナル•グランデ寄り。
野菜や果物市もでています。ただし野菜は割高で、コックさんやら地元の人が大量に購入していくので、待ち時間が長く、しかも順番は平気で守られません。ここでは、だんぜん魚の購入がオススメです!
ヴェネツィアを散策して偶然行き当たったショップや朝市について書きました。僕たちは今回正味2日間滞在しただけなので、ヴェネツィアにはまだまだ未発掘の素晴らしい景色や面白い発見がたくさん溢れています。次男がまだ小学校低学年なので美術館、博物館はビエンナーレ以外は訪問していませんし。
次回は、北イタリアのカルロ•スカルパ、パッラーディオ巡り、海水浴、そしてなんといってもイタリアなので、より食文化を追求するために、何回でもこの地域にやってきたいと思います。
水の都というのは普段自分の住んでいる街の常識が通用しない、根本から全く異なるロジックで構築され、そして構成されている、というのも衝撃でした。ベネチアビエンナーレで提示された現代美術のありかたは、すでにヴェネツィアという都市によって体現されている。そのことが、訪問から数日たってジワジワと分かってきました。
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2018 Viaggio in Italia パレルモ編その1
ベネチアからパレルモの移動は心配でした。
2月にとったチケットはベネチア〜パレルモ直行便だったのですが、1週間前になって確認すると、実はその便は飛んでおらず、ローマ経由乗り変え時間の短い乗り継ぎ便になってしまったからです。
バゲッジロストにならないか、 ローマで次の搭乗口までダッシュなんてことにならないか。。。など。
ベネチア便が遅れて出発しヒヤヒヤしたら、ローマからパレルモの便もこれまた遅延。搭乗時間はまだなのに、どっとゲートに並んでいるせっかちなイタリア人。
その間に、空港までの送迎に遅延連絡など。レストランは、既に一度予約時間を変更してもらったのだけど、間に合わなそう。
搭乗後、更に遅れますという機長アナウンスに即座のブーイングの嵐。皆の怒りが早すぎて、怒るタイミングに乗り切れない。
結局パレルモ到着20時。ホテル着20時45分。20時半に予約してあったレストランにホテルから連絡してもらい、荷物だけ置いて向かうことに。
なんかもう色々余裕なくて写真がありません。
レストランは、アンティパストがビュッフェ形式というシチリアスタイルが楽しそうと予約したお店。お店素敵だったのに写真がないのでネットから拝借。
アンティパストビュッフェはこんな感じでずらーっと。
きのこがいっぱいと喜ぶ母。ポテトやほうれんそう、ラディッキョなどのお野菜、、オリーブも数種類、アンチョビなどいろいろ。
お店のインスタにのっていたこのお料理、ズッキーニのインボルティーニなのだけど、巻かれている中身がわからず。ちょっと甘くて、かぼちゃ?サーモンのペースト?とにかく美味しかった。
ここから自分撮影。イワシとういきょうのパスタ。
隣で食べている人を見て、あれ食べたいと母がオーダーしたギザギザパスタ、アンチョビやオリーブが入ったトマトソース。
デザートのセミフレード。
帰り道、夜のプレトリア広場。
建物も人もベネチアとはまるで違うパレルモの町。
翌朝は快晴。ホテルがテアトロマッシモの目の前だったので、ここから。ゴッドファーザー好きとしては、忘れもしないあの階段です。
朝のパレルモ。マクエダ通り。
少し歩くとクアットロカンティ。
四本辻という意味の交差点、四隅にシチリアバロックの建物が囲んでいます。パレルモはもともと大通りが一本しかなく(今のヴィットリオエマニュエル通り)、ヨーロッパでもそれなりに大きな町にしてはさみしいということで、1600年頃、これに直交するマクエダ通りを作り、交差点の四隅の建物を切り落として八角形にして彫刻を置き、広場���したのだそう。
1階の彫刻は春夏秋冬を表していて、2階は16世紀以前のスペイン、ハプスブルグ家の支配者たちの像、3階はパレルモの4つの区の守護聖人。
角を削った建物のひとつは教会でした。San Giuseppe dei Teatini教会。
昨夜は夜景だったプレトリアの噴水広場。
サンタカテリーナ教会、バロックらしい青いクーポラと枯れたピンクの壁。
この噴水は、もともとナポリの総督だったトレド公爵が、隠居生活のためにフィレンツェに購入したお屋敷の庭に置かれるはずだったものだそうで、トスカーナの彫刻家作。完成する前に公爵がなくなりパレルモ市が買い取ったそう。
裸体像ばかりで、ストイックなカトリック信者であるパレルモの人々には評判がよろしくなく、「恥の噴水」と呼ばれていたとも。
プレトリア噴水と市庁舎を挟んだベッリーニ広場に2つの教会。左がマルトラーナ教会、右の赤いクーポラがサンカタルド教会。2015年にアラブ・ノルマン様式建造物として世界遺産に登録されました。
右のサンカタルド教会は、1154年、ノルマン王グリエルモ1世時代に建設され、19世末に大幅に修復された。1787年まで病人の介護施設として使用され、1867年からは町の郵便局としても利用されたというマルチな教会だそう。
内部に入ると。
赤いクーポラを中から見上げる
アラブノルマン様式の特徴のひとつである、窓付きのはめ込みアーチ。
床のモザイクタイル。ベネチア、トルチェッロの床モザイクよりも、とてもとても細かい。
続いて、お隣、左のマルトラーナ教会へ。1143年の建造。
シチリアは、紀元前8世紀頃、古代ギリシャ人やフェニキア人が入植したのち、カルタゴ、ローマ、ゲルマン、東ローマ帝国、イスラムと支配され、11世紀になってノルマン王国の南イタリア侵攻により、1130年にノルマン・シチリア王国が成立した。
その初代国王、ルッジェーロ2世の海軍大将ジョルジョ・ディ・アンティオキアが建てたのがこの教会。彼の役職である海軍大将(アッミラリオ)から、Chiesa di Santa Maria dell’Ammiraglioともいう。
外観は改修されたが、この鐘楼はノルマン王朝時代から残るもの。
中に入ると。
フレスコ画とビザンチンが混ざり合う。小ぶりな中に色々つまっている。
中央にある瑠璃色の聖龕と呼ばれるものの上に「聖母被昇天」の絵。その上はフレスコで、側廊はビザンチンタイル。左右の柱も微妙に違う。
中央部のクーポラは「祝福するキリストと4人の大天使」
全知全能の神キリスト、その周りを大天使達、預言者、聖人などが取り囲む構図になっているそう。
青もきれい。
床のモザイク。こちらも繊細。
入り口の両サイドの側廊には、「聖母マリアのもとのジョルジョ・ディ・アンティオキア」のモザイク画。この教会を建造したアンティキオア海軍大将が、聖母マリアの足元に亀のようにひざまずく姿、亀は忠誠心の象徴だそう。
モザイクすごい。
反対側には、「イエスによって戴冠するルッジェーロ2世」
前日のベネチアとは、まるで別の国のようなシチリアの、先制パンチを浴びつつ、一行はうまいことタクシーをつかまえてシチリア州立美術館へ。
PALAZZO ABATTELLIS、ベネチアの建築家、カルロ・スカルパが手がけた美術館。20年越しの思いがかなう。
ガイドの個人的な趣向でコースに取り込んだ美術館でしたが、アリタリアの機内誌にヤマザキマリさんのパレルモ紀行が載っていて、「パレルモに行きたいと思ったのは、シチリア州立美術館のアントネッロ・ダ・メッシーナの受胎告知の聖母が見たかったからだ」と取り上げられていたので、母も叔母も楽しみだったようす。
このパラッツォは15世紀の地元の名士アバテリスが、建築家マッテオカルネヴァーリに依頼したもの。1527年以降、修道院として使われたが、1943年の連合軍の爆撃で破壊。その後部分的に修復されていたが、1953年、カルロスカルパの手に委ねられました。
展示室の入り口。スカルパらしい扉。
まず最初に、『死の勝利』というフレスコ画。当初は光の状態に合わせて適切な方向に回転し、形態的厚みを三次元的に見せようとしていたそう。
絵を立体的に見せる工夫が施されている。
こちらも淡いピンク色の壁。後ろの黒い穴は修復前のものなのか。まるでデザインの一部みたいにみえる。
ふわりと浮遊するような展示。細かなところにスカルパの要素が満載。
ドアの把手。
タイトルプレート。
ベンチも。
目線の高さの彫刻。
フランチェスコ・ラウラーナ作の『アラゴン家のエレオノーラ』の後ろには緑色のパネル、少し浮いたように設置されています。
カステルヴェッキオを思い出すような。
階段の部屋。
階段はカリーニ石製。
彫刻の台座も美しい。
再び中庭にでて2階へあがる。外観はそのままに、新しい窓枠がはめられている。
シチリアの強い太陽の光と影。
階段室にも展示。
2階、ピサの十字架の展示室。鉄のフレームの中に浮いたように取り付けられている。
ここで、何かを察したか、美術館員の方がスカルパの設計について色々と説明をしてくれる。
1954年オープン当時はまだ照明も今のように完璧ではなく、光にあわせて位置を動かせるのよと。
おーー。最初に見た絵が当初回転したというのもこうゆうことか。
ほらこっちも、とご案内いただき、すたすたと言われるがままについてゆくと
こんな具合に、動かして見せてくれました。
このスリット窓も、光を取り入れるためのスカルパの工夫だそう。
この隙間にも展示が。
ここが宮殿正面の全長を占める大展示室の十字架。これも石の台座にふわりと乗っている。
そして、アントネッロ・ダ・メッシーナの部屋に。
木のパネルとスチールの組み合わせ。これも回転式。
吹付塗装と布張りされたパネルに取り付けられた『受胎告知』
イタリアで見るたいていの『受胎告知』の絵は、マリアの懐胎を告げる大天使ガブリエルと、お告げを受け止める聖母マリアを横から見た構図で描かれていますが、この絵は真正面のマリア様のみ。大天使ガブリエルが見ているマリア様という構図になっているそう。ガブリエルの気持ちで。
そして最後に、上から再び見る『死の勝利』が迫力。
ベネチアではレスタウロ(修復)という分野で、様々に古い建築に新しいデザインを融合する空間をつくりあげたスカルパですが、このアバテリスでも、スカルパらしさが輝いていました。想像以上にすごかった。
木、コンクリート、カラフルな漆喰、錆びた鉄、ガラスなど、素材の使い方、ネジやヒンジまで手作りで作ったというディテールへのこだわり、自分がスカルパに憧れてベネチア行きを決め、生でその建築を見たときのあのワクワクした高揚感を思い出すようでした。
この美術館は、必ずやもう一度来たい。
このあと、パレルモ最大の市場、MERCATO BALLARO(バッラロ市場)に向かいます、メルカートから、ノルマン、ビザンチンの世界遺産巡りはその2に続く・・・
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The Passion 1
【1DAY: 1st Impression】
「パッションという言葉には2つの意味がある。
『情熱』を意味し、同時に、反対の意味を併せ持つ。
『受難』という意味だ」
パッションフルーツを食べていたら、急にそう言われて、俺は、
「………………?」
彼の方を見た。
無精髭を生やした男はそう言った。
2つにナイフで割ったパッションフルーツの中身を指で掬いながら、奥歯で種と一緒に果肉を噛む。
パリパリとナッツを食べているような食感が好きなのだが、急に何を言うのかと、男を見れば、
彼は彼の兄がナイフで割った、パッションフルーツを皿に置いたままで、
席を立った。
俺は、うまければなんでもいいので、
「………オマエの弟、大丈夫か?」
と、兄の方を見た。
兄は兄で、
「軍隊で戦争に行ってから、気が変わったみたいだ…。別人みたいになった………」
と、溜息を吐いた。
彼はパッションフルーツをナイフで割る手を止め、席を立った弟の後を追った。俺は兄弟の背中を見ながら、パッションフルーツの種を摘まんで、口の中に入れ、種と果肉を舌で分離させてから、先に美味しい果肉をジュースにして、最後に口の中に残った、
種を歯で咀嚼した。
パッションフルーツを食べ終わり、俺は兄弟が向かった、部屋へと行けば、兄が弟と肩を寄せ合って、ベッドに座って話し合っていた。その姿を見れば、普通の兄弟だが。なんというんだろうか、ノイローゼといえば、いいいのか、専門用語でいえば、どこからどう考えても、『PTSD』というべきだろう。イラク戦争を体験した兵士達が過酷な戦争体験から肉体だけではなく、心が傷付いて帰って来て、戦争が終わっても、実生活に中々、復帰できない。
社会問題になっている。
ニュースでよくやっている。
俺は、彼の弟と初めて、今日、会った。
パートナーである彼の唯一の身内ということで、合わせてもらった。
彼の弟は俺と会った瞬間から挙動不審だった。目線が泳いでいて、視線が漂う。そして、俯いたまま、
「………………」
話をしない。
俺は彼と、その弟の間に挟まれて、まあ、何も話さずに、彼が彼の弟とどう接するのかをじっと見ていた。彼はそれがまるで普通のごとく接していたので、そんなもんかと思い、俺も、あまり気にすることを止めにした。談笑が弾むこともなく、笑いが起こるわけではなく、まるで最後の晩餐だったが、たまにはこうゆう日があってもいいだろうと、俺は思った。
色んな日がある。
グレゴリオ暦でいうと、1年間は365日だが、365日もあれば毎日、何かが起こる。その出来事を自分が望む、望まないにも関わらず、毎日、良くも悪くも毎日、何かが起こる。
俺はドアの傍に立って、その兄弟の様子を見ていた。
俺は彼の弟の家に1週間ほど滞在する。療養中の弟の身を見ながらの滞在だ。
俺は、他人の過程にとやかく言える立場ではないので、
「………………」
静かに、彼らの様子を見ていた。
兄は弟に、プラスティックのボトルから何かの錠剤を取り出し、それを弟に手渡した。
弟は何も言わずに、
「…………………」
その薬を飲んだ。
そして、暫く、兄と弟は黙って、弟が落ち着くのを寄り添って、時が流れるのを待っていた。
薬が効いて、時が解決するのを2人で待つ、大人の男を俺は黙って見守った。
【2DAY: Smoke】
食卓に、やはり無精髭の弟は大分後からやってきて、座って、兄と俺が作った、朝食を何も言わずに食べ始めた。
兄はその弟の様子を見て、少し、安心したようだ。静かな安堵が部屋の中に置かれて、俺もそれに、
「………………」
何も言わずに、朝食を食べる手を止めずに、観察した。
朝食を食べ終わり、皿を片付けて、食卓を綺麗にし、テーブルで俺はぼーっとしていた。休暇なので、ぼーっとするに限る。
窓辺をぼーっと見ていれば、窓の外から白い煙が流れて来たので、ドフィは、俺のパートナーは煙草を吸わないので、俺は、不思議に思い、椅子から立ち上がり、窓辺に向かうと、弟がそこで煙草を吸っていた。
「………………」
煙草を吸う弟と目が合う。
窓の向こうの弟が俺を見て、煙草の箱を差し出して、
「………吸うか?」
と、俺に煙草をすすめた。
彼が俺に向かって初めて、寄越した言葉だった。
俺は、普段は煙草は吸わないが、未知とのファーストコンタクトに興味を覚え、箱から1本、煙草を摘まんで手に取った。彼がボトムのポケットからライターを出そうとして、ポケットの前と後ろを探っているので、
俺は煙草を口に咥え、
彼の煙草の先に、自分の煙草の先をくっ付けて、
火を貰う。
短くなった煙草と、長いままの煙草の2本以下、1本と約半分の長さの距離まで近付いて、
火を貰う。
鼻先を掠め合って、火を点ける。
「………ありがとうな…」
俺は彼に一言、礼を言って、煙草と一緒に空気を吸い込んだ。そして、上を向いて、煙草の煙を空に、空気にまた吐き出した。
「………………」
空気から煙草の成分を貰い、体内に吸収し、空気に煙草を戻す。
その成分の還元の繰り返しを何度か繰り返す。
「………………」
普段、吸わないので、煙草の成分の効果が俺の身体に何かを起こすことはほぼない。
でも、煙草を吸う行為が、この男との1つのコミュニケーションであることは間違いない。
喫煙室で仲間意識が生まれる理由が何だか分かった気がした。
「………………」
俺は黙って彼の横に立って、煙草を吸っていれば、彼は、
「オマエ…普段はタバコ、吸わないんだろ?」
と、俺に聞いた。
俺は、
「………………」
黙ったままで頷いた。煙草を唇から離して、人差し指と中指で挟んで彼の、薄い虹彩の瞳を見れば、昨日、落ち着きの無かった男とは思えないくらい、何かを見据えた目をして俺を見た。見据えた彼の瞳との間に、1筋の煙が、一種のカーテンの様な効果をもたらす。煙草の煙が無ければ、直視できない、鋭い眼光の向こうに、男は一体、どんな現実を見てきたのだろうか。俺はそう思ったが、
「……………そうだ」
一言だけ、彼に言って、もう一度、煙草を口に咥えた。
普段、煙草を吸わないからだろうか、1本の煙草を吸う時間は、長いようで短く、人差し指と中指に挟んだ煙草の長さは、短いようで長かった。
「………なあ、昨日、”パッションフルーツ”について、話をしただろ? あれの意味を聞いてもいいか?」
と、俺が宙の煙を見詰めながら彼に聞くと、彼は向こうの景色を見ながら、
「………パッションフルーツを見たら、急に思い出しただけだ………」
と、言いながら、続けた。
「もともと、パッションは、ラテン語で、キリストの十字架に対する苦難、受難を意味する言葉だったのが、英語になって、十字架を背負うキリストの様子を英語が、情熱の意味を付け加えて、英語を喋らない人の間では、愛を意味する情熱という言葉になった」
それを聞いて、俺はその場にしゃがみ込んで上を見上げながら、
「情熱はいつでも劣情と激情と苦難を同時に背負ってやってくるのか………」
俺は手入れの入ってない木々の間から、光が筋になるのを見ながら、呟いた。
「………………」
弟は俺の言葉には何も返さずに、また煙草に火を点けて、俺は長い草の先を指で摘み、弄びながら。彼を、片目で見ながら、
「………なんで、そんなに煙草を吸うんだ………?」
と、聞いた。
彼は、口から煙を吐きながら、
「生きていると分かるからだ………」
と、言った。俺は、煙草をわざわざ吸わないと生きていることを実感できない男がこの世にいることに難儀さを感じながら、
「なぜ?」
と、聞けば、彼は白い煙を上に漂わせながら、
「無意識に吐く息は、色が無いから見えないだろ? 寒い日の息は白いだろ? オレはアレを見ると、自分が息をしていると実感して、………生きていると実感するんだ」
俺は、屈みこんだ膝の上に腕を乗せて、笑った。
「じゃあ、冬は、煙草を吸わないのか………?」
彼は、俺を見ながら煙草を咥えたままで、首を横に振った。口元を少し、緩ませて、
「いや?」
彼は煙草を指に挟み、土の上に、人生の様な消し炭を落とし、
「冬の寒い日は、生きていることを、2倍、実感するだけだ」
と、言った。
【3DAY: Buggy Fun】
バギーで岩の中を進む。
バギーの運転は簡単で、アクセルしか無い。
1人、1台のバギーで岩山を進みながら、大きな岩があれば、アクセルをゆるく押して、片手でハンドルを操作しながら、岩を避けるが、多少の岩は踏んだ方が、バギーの車体が大きく揺れて楽しい。
腰を浮かした状態で、顔にはゴーグル、後でシャワーで落としやすいようにダメージデニムのショートパンツに、ミリタリーブーツでバギーに乗る。こんなこと、��会では出来ない。
郊外に引っ込んで住んでいる弟がいると彼から聞かされた時には、驚いたが、弟に感謝だ。俺はモータースポーツ全般が好きで、彼にそれを前から言っていたら、『弟が趣味用にバギーを持っているから、俺達の分も買って乗りに行かないか?』と、誘われた。俺はもちろん、それに承諾をした。
俺は、笑いながら、バイク用のゴーグルの向こう側で笑いながら、岩山の上に1番乗りで到着した。
バギーのハンドルに片手だけ握ったままで、バギーから飛び降りて、岩山の上で、俺は地上を見下ろした。
兄弟が岩山を上がって来るのを待つ。
2人とも、運動神経が中々、良い。兄も普段はジムにしか行ってないくせにバギーを乗る重心の乗せ方が上手だし、弟は元軍人というだけあって、ハンドルさばきがうまい。兄の方はたまに、岩にぶつかるが、弟はほとんど岩にぶつからずに、ハンドルを切って上に進んでくる。
バギーの大きいタイヤが俺の目の前に迫って、俺は、身動きせずに、まずは弟を歓迎する。
「うまいな。さすが、元軍人は違うな!」
俺がそう言えば、彼は、バギーの上で口元をゆるませて、グローブを外して、ゴーグルを外して俺を見た。
「ははっ………1番乗りしてるくせに、それは本心なのか?」
ゴーグルを付けていた目元だけ、岩埃がついてなくて、俺達は全���、砂とか岩の埃まみ���だった。
「ああ…本気でほめてる」
と、弟に言えば、
「久しぶりに人に誉められた気がするぜ」
彼は、嬉しそうに笑った。
兄がバギーで上に登って来るのを待ち、今度は下りを降りる。
途中までは同じ岩山だが、岩山を過ぎればそこから先は泥でまみれた川がある。バギーの車輪の直径の方が川より高いと、踏んで、俺はそのまま川に跳び込んだ。
泥が顔に、全身に飛び散るので、ゴーグル以外の全身、俺は飛び散った泥の破片を浴びながら、この不安定な土地を行くのが楽しいのだ。
平坦な土地を進むのはもう飽きた。
都会の慣らされた画一的な土地を歩くのはもう飽きた。
あるがままの自然を楽しむ。
だが、自然は、誰にも予想がつかなくて。
「………………うおっ!?」
急にバギーの前輪が、何かに引っ掛かり、後輪が大きく浮いた。
バギーの車体が大きく前傾したことにより、ハンドルを握っていた手が滑る。
片手だけでハンドルを握って入れば、視界が大きく反転した。
俺の身体は大きく、バギーから振り落とされるように、大きく跳ね上がり、
俺の視界の中に、後ろを走る兄弟が映り、
その後、空が見えて、気が付けば、
俺は泥の中に跳び込んだ。
「……………っ!」
泥の中に背中から着地して、俺は全身、泥まみれだ。
泥だらけの手で顔のゴーグルを外せば、前輪に倒木の枝が泥に半分、埋まっていて引っ掛かっていた。兄弟が、俺がぐずぐずの泥の中で、座り込んでいれば、近くにやって来る。
「木の枝があるから! 気を付けろ!」
と、彼らに言えば、兄がバギーを停めて、降りて、俺の方に来ようとしたが、弟が、
「ドフィ、足を泥で汚す必要ねぇよ!」
と、言い切って、バギーを俺が座り込む、木の枝の無い左側から周回し、俺の傍を通って、俺の腕を引っ張って、俺を泥の中から拾い上げた。
泥だらけの俺を抱き上げて、彼の服にも泥がついたし、俺を救い上げた時に、バギーが泥を飛び散らせたので、彼の顔にも泥が飛び散った。
俺は、彼に、
「アンタが泥で汚れたけどいいのかよ?」
と、言えば、彼は、笑って、
「戦場で何度も泥まみれになってる! こんぐらい洗えば落とせる!」
と、俺をバギーの荷台部分に座らせて、早々に泥の海を立ち去った。
【4DAY: Instinct】
バスタブの湯のコックを捻った彼の背中に声を掛ける。
「ドフィ」
彼と夕食後にバスルームで2きりになり、キスをすれば自然と行為は始まる。
「なんだ、ロー………」
彼の大きな背中を後ろから抱き締めて、彼の背骨に沿ってキスをすれば、自然と肌が熱くなる。
彼は笑って、俺の方に振り向いて、
彼も俺にキスをした。
「キス、キスしたい………」
手より、指より、肌より、心よりも、唇が一番、熱い。
熱を伝えるには唇で触れ合うのが一番、早い。
彼の心を俺の方に引き寄せて、彼は俺の身体を引き寄せて、唇をくっ付ければ、不思議と1つになる。
「……………あ………」
唇を離せば、彼は俺をじっと見て、その独特の鼻筋の細い顔を俺は見詰めあえば、彼の瞳の中に俺が入り込み、俺の瞳の中に彼が入り込み、どちらの瞳がどちらの者の物か分からなくなる。
自然と抱き合う。
「………………」
バスタブに水が溜まりきっていないのに、お互いに服を脱がし合い。
俺達は膝下だけを湯に浸からせて、バスタブの中で、雨の音を聴きながら抱き合った。
湯気が蒸気が目に見えそうで見えないが、温かい熱気が足元から上がって来て、その蒸気が俺達の肌をますます、ぴったりと話さない様にくっつけてくれる。
だから、俺達は何も言わずに、肌を合わせて、幸せの蒸気の中に溶けていく。
腰まで湯が溜まるまで、キスばかりした。
全身にキスをされて、俺も彼の大きな身体を抱き締めて、キスをすれば、それだけでもう何もいらない。彼といると、時の流れが緩やかになる。
彼といれば時の流れが、
いつの間にか止まる。
困るくらい夢中になって、彼とキスをする。
腰を引き寄せられて、彼に抱かれて、その甘い感覚を、その熱い感覚と、バスルームで抱かれるのはまるで、雨の中で抱かれているようだ。
水に濡れながら、水しぶきを上げながら、欲望を垂れ流しに、上から降るシャワーに流されるようにセックスをする。
上から降るシャワーは流しても流しても、俺達の欲望は流しきれない。
愛は流しきれない。
愛を排水溝に垂れ流しにしながら、愛は円を作って流れ過ぎて行く。
彼はそれを見ながら、俺の中にもっと深い愛を、忘れられない愛を流し込むから、俺は彼から離れられないのだ。
「………んん………」
夜中にキスをされて起こされる。
どうせ、横で寝ている彼だろうと思って、キスに応えていると、不思議と違和感を感じた。
暗闇の中で誰かが俺にキスをしている。
それなのに、横からは寝息が聞こえてくる。
「………………?」
俺は、暗闇で目を見開いて、自分にキスをする影を突き飛ばす。
暗闇は一瞬、怯んだが、すぐに、気にせずに俺にまた覆いかぶさってくる。
「………ヤメロ………」
言って、誰かすぐに分かる。
兄は俺の横で寝ている。
弟が俺に覆い被さって来る。
兄の横で平気で俺にキスをする神経を疑う。
だが、初日に見た光景が俺の脳裏を過り、弟を暗闇の中で睨み付けた。
暗闇の中の霧を睨み付けるように彼を睨むがさほどの効果は無いらしく、彼は兄の横でベッドに横たわる俺の服を脱がし始める。それに本気で焦り始め、俺は、
「…ヤメ、ヤメロ………」
と、言う。
だが。
体格差と力の差で、圧倒的に押さえつけられる。
俺は兄の身体に手を伸ばして、助けを求めようとすれば、俺の手の甲から長い腕に包み込まれて、そして、俺の口の上に手の平を置かれて、
「………………んっ」
覆われて、口を封じ込まれて、腕ごと背中から抱え込まれて持ち上げられた。
けっこうな馬鹿力に俺は驚いて、愕然とし何も言えずに、足をバタつかせたが、そんな俺なんかに構わずに、片手で持ち上げられて、肩に担がれて、部屋を後にする。
彼の部屋に連れて行かれて、ベッドに押し倒されてしまえば、後は、
もう、想像はついている。
口に噛み付かれるようにキスをされた。
「…………………」
俺は、彼を力いっぱい、押しのけようとするが、体格も力も何もかも敵わない。
だから、
「………………っつ」
彼の舌に噛み付いて、彼の唇を離す。
暗闇の中で男を睨み付ける。
「オマエ、自分がどんだけ馬鹿なことしてるのか分かってるんだろうな」
と、舌についた彼の血が口内に広がる。
「………………」
彼は暗闇の中で俺を見ていた。
暗闇の中でシルエットしか見えない。
彼のシルエットだけが俺の目の前にある。
兄とは違う弟の姿。
闇夜に目が慣れてくれば、はっきりと彼の姿を認識できる。
………その姿は、俺に乱暴をしようとするようには見えなく、そのシルエットは恐ろしいほど、繊細で、シルエットを描く線は恐ろしいほど細い1本の線画のようで、俺は………、何も言えなくなる。
その繊細な線の集合体は、
「………………」
ベッドの腕で後ろ手で彼を見詰める俺の頬に頬を寄せた。
それだけ。
さっきまでの男とは別のよう。
まるで、自然保護区の国立公園の野生の獣が数年ぶりに、野生の獣を見付けたかのよう。懐かしい何かを、大事に心に仕舞うような仕草に、俺は、
「………………」
何も言えず、呆然と、言葉を忘れて彼に頬を摺り寄せられて、
「…………嫌か?」
と、聞かれた。
やはり、俺は、
「………………」
それに何も言えずにいた。
「………………」
暗闇の中、月の光の中、彼を見ればまるで、修復を忘れられた廃墟の中の、フレスコ画のようだ。イタリアにある、壁に描かれたフレスコ画のほとんどは未修復のままで放置されている。修復する技師が足りない、現実と、修復する資金が集まらない現実と、この目の前にいる男も、壊れた心を修復を待つフレスコ画なのだろうか。
俺は、
「………………」
彼の頬に手を寄せれば、壁の上の劣化した漆喰が、零れ落ちるように、彼の頬から汗が零れ落ちた。
俺は、
「………………」
何も言えずに、彼の頬を撫でていれば、彼は俺の顔に頬を寄せて、俺の耳の下の匂いを嗅いで、俺の髪の毛の匂いを嗅ぐ。
俺の首筋の匂いを嗅いで、俺の胸元の匂いを嗅いだ。
その獣のような仕草に俺は不思議な気持ちになる。
ベッドに体重を掛けられて、彼に圧し掛かれて、でも、彼は俺の全身の匂いを嗅いで、
その匂いを嗅ぐ彼の匂いが、彼の兄とよく似ていて、
「………………」
俺は、
彼に匂いを嗅がれると、不思議な気分になる。
同じ血肉を分けた血縁の兄弟の身体から出る汗の匂いがどうしようもなく似ているのだ。
いつも肌を合わせる彼の匂いと、今、俺の匂いを嗅ぐだけの男と恐ろしいほど、
匂いが似ているのだ。
「……ダメだ……ダメだ………」
俺は言葉で彼に物を分からそうとする。
言葉で彼を拒絶する。
だが、本能は、直感はまた別で。
彼の匂いに本能と直感で惹きつけられる。
彼は俺のシャツをたくし上げて、臍の匂いを嗅ぐ。俺の匂いで興奮する彼に、俺も本能的に興奮する��
彼は俺の下半身に、顔を寄せて。匂いを嗅ぐ。ただそれだけ。匂いを嗅ぐ。ただそれだけ。なのに、彼は興奮する。そんな彼に、
「………ダメだ、ダメだ………」
頭では、危険信号がずっと鳴り響いている。赤いサイレンが俺の脳内で何度も点滅する。
それなのに、それなのに、それなのに、完全に制止できない。
「ダメなんだ………本当に、ダメなんだ………」
彼を制止できない。
抵抗をができない。
彼は俺の全身の匂いをくまなく嗅いで、俺に言った。
「兄貴の匂いが混じってる………」
そして、俺のシャツをアンダーウェアを脱がしにかかる。
「………そりゃそうだ。オレはアンタの兄貴と寝てる…」
シャツも何もかも脱がされて、大きく脚を開かされて、今日、彼の兄を咥えこんだ部分に鼻を寄せられる。
「………どこを…嗅いでるんだよ………」
俺は眉をしかめる。
彼は、ただ、
「オマエの匂い………」
と、だけ言った。
そして、彼はベッドのシーツに腕を突っ張って、俺の上体の方へやって来て、俺を見下ろして、俺も彼を下から見上げて、
「………なんだよ」
言えば、彼は、
「兄貴と別れないでくれよ………」
と、言った。
俺は、
「………………?」
自分を裸にして、匂いを嗅いだ男の発言の意図が分からずに、戸惑う。
彼は、月の光に照らされて、薄い透き通るような、青い瞳で俺に言うのだ。
「兄貴と別れなければ、俺に会いにくるだろ………?」
と、言って、
「…………………」
何も言わない俺に、
「………………んぅ」
口付けした。
彼が何を考えているか全然、分からない。
彼が何をしたいのか全然、分からない。
だが、彼に口付けされることが、
嫌じゃない………。
背徳的だとか、非道徳的な快感ではなく。
本能的に嫌じゃない。
彼は俺に口付けをして、俺の口腔内を味わう。
柔らかい舌が入り込んできて、彼に口付けられる。
キスをすれば、俺は本能的に、スイッチが入る。
セックスがしたくなる。
誰でもいいわけではない。
今、俺が、セックスしたい相手は、彼なのかよく分からないし、彼としてはいけない。
そんなことは分かっている。
でも、彼とキスするのが止められない。
「っ………っふ………」
彼が俺の舌を追い駆ければ、心臓が勝手に速くなる。
鼓動が脳の中で鳴り響く。
心が勝手に燃え始める。
心が勝手に響きだす。
前に、彼は、『煙草の煙を見て、生きている』と、実感すると言っていたが、
それは本当なのだろうか。
煙草の煙を見ずとも、彼は生きているし、
俺は、彼が俺に噛み付くようにキスをして、その次に、舌を絡めてキスをして、そして、今、2人で舌を絡め合い、お互いを求めあう、
今の方が彼は、
生きている気がした。
人生に絶望している男と舌を絡め合ってキスをする。
人生に絶望している男の何処かに、一抹の希望を、見付ける様に俺は彼にキスをした。
壊れかけだと思っていた彼の心の何処かに希望は無いのだろうか。
顎が壊れるくらい、馬鹿みたいにキスをした。キスを覚えたてのてティーンエイジャーの様にキスをして、ずっとずっと、キスだけをした。
彼の無精髭が俺の顎を擦って、心も擦る。
舌を絡め、唾液を交換し、息を奪い合い。
それしか知らない、分からない子供の様に彼はキスをして、俺は彼の心を探っていたのに、いつの間にか彼に心を探られる。
俺の心を見透かされる。
『俺は彼にキスをされるのが嫌じゃない』
俺の心の知らないパンドラの箱を開かれる。
俺はずっと、勘違いをしていたのかもしれない。
彼の心が壊れているのではなくて、世界が壊れていて、その壊れた世界に気付かないフリをしている俺の心を見透かされる。
鋭く、彼に俺の心を見透かされてしまえば、俺は、もう彼に抵抗する術は無い。
彼に服従するしかない。
彼との口付けが終われば、身体を強制的に開かされる。
俺の心を鍵なくこじ開けられる。
彼は俺のペニスに口付けして、俺はさっき、彼の兄と寝ているから、セックスをさっきしたから、ペニスの反応は緩やかだが、
反応をしている。
「………うぅ………」
彼にペニスの先端を唇で愛撫されて、生暖かい粘膜に含まれると、
「ぁあ、……うう…………」
気持ちがいい。
「っふ、うぅうう………」
性的な快感が脳に電流として伝わる。
「……っぁ、ああああ」
敏感な先端を舌で嬲られる。
心から血流をペニスに持っていかれる。
「うぁ、………うぁああ………」
彼にペニスを舐められて、生理的な涙が出てくる。勝手に反応する自分の身体。
でも、それが、俺だということを分からせられる。
俺がどんな人間なのかを、現実を強制的に見せ付けられる。
「ぁあ、………うぁあ、…っぅ………」
目を見開けば、虚無が広がるわけでもなく、快感が広がる。
ちゅるりと、ペニスから唇を離されて、俺のペニスの先から出た液なのか彼の唾液なのか分からないが、暗闇でてらりと光る粘性の高い液体が糸を引き、それが俺と彼とを繋いだ。
その液体が、ポタリと、シーツに落ちて、彼は興奮した自分の雄を俺に押し当ててくる。
「………っひぅ………」
俺のアナルにペニスを押し当てられて、
「………ゴム、ゴムつけてくれ………」
言えば、彼は、
「………………分かった…」
と、言って、コンドームを探しにベッドを離れた。
俺はベッドで荒い息を整えようとしたが、
「………………」
それは無駄なようだった。
ベッドから上体を緩慢に起こし、ベッドに座り込んで、彼を待つ。
「…………………」
視線を泳がせて、待っていれば、彼は、コンドームを持って戻って来た。
彼が手にしているゴムを、俺は手に取り、
「着けてやるよ………」
と、彼のペニスの根元を片手で固定して、ペニスの先端にキスをして彼のペニスを口に含む。もうとっくに勃ち上がっている彼のペニスの先端を舌で舐め上げて、舌の裏側まで使って、ぐるりと円を描くように舐め上げれば、ペニスがピクリと動いたのが、可愛らしく、俺は唇を離し、
「………………イイ形してるな」
と、彼のペニスを誉めて。
コンドームのパッケージを歯で破り、
中からゴムを出して、精液だまりを摘まんで、彼のペニスにコンドームをピタリと被せる。
指だけでコンドームを根元まで降ろし、
俺は視線は彼の瞳を見ていた。
「………………」
俺の顔を見詰めながら、
「………………」
ゴムを装着されて、彼は、少しだけ恥ずかしそうにするのが、行動と伴っていなく感じた。
彼は髭は無精髭のままで整えていないのに、アンダーヘアはきちんと手入れがされていてそれに、俺はまた、不思議な気持ちになる。
ゴムの中に彼のアンダーヘアを巻き込む心配なく、ゴムを根元まで降ろして、ゴムの上から、もう一度、口付けして、
「………着けたぞ………」
俺は彼に合意のサインを出した。
ベッドに自分から横たわる。
「………………」
彼は俺に覆い被さってきて、俺は脚を彼の腰に絡ませて、彼の腰を引き寄せた。
「………………」
静かに彼を待つ。
彼のペニスが俺のアナルに当たるのを感じる。
「………………」
何も言わずに、俺は心の扉は開けっ放しで彼の行動を待つ。
たぶん、
お互いが、
この行為に精神的に戸惑っている。
分かっている。
だから、俺は彼の心の準備が整うのを待った。
心と相反する身体の反応にお互いが戸惑っている。
分かっている。
けれども、お互いが今の状況を素直に身体で受け止めたい。
「………………んぅ」
彼のペニスがゆっくりと俺の中に埋め込まれてくる。
「…………うぅ……」
俺は先ほど、彼の兄のペニスを入れて楽しんでいるので、何の抵抗もなく、弟のペニスも飲み込んでしまう。
何処までも、貪欲な自分の身体に嫌気が差す。
けれども、そのペニスが欲しい自分がいる。
彼のペニスが俺の奥にまで届けば、
「はぁ……………」
半分まで入れて、抜いての抜き差しをされる。
「…ぅうん、…あぁ………」
奥を軽くノックされるような動きに、腰が勝手に震える。
「っぁ、っぁ……っぁ………」
彼のペニスの先端が気持ちが良いように動くだけの行為。
「ああ、………イイ………」
それだけの行為が、じんじんと俺の胸元にまでに広がり、気付けば、俺は彼の背中を搔き抱いている。
「………もっと、もっと………」
動きが速くなると、俺の腰が逃げる。
「っつぁ、……あああ………」
その腰を掴まれ、
「っぁあ、あぁ、うぁああ……」
引き寄せられて、
「っひぁい、……いい………」
ガツガツと中を貪られて、
「っひぁ、っひぁ」
俺の心臓はドクドクと時計の針より早く、時を回る。
「……………ぁ、……ぁああ」
時計の針がぐるぐると俺の頭の中で回転し、
「んん、ぁん、ああ、んん……」
今日、一度、達している俺は、ドライオーガズムを勝手に感じ始める。
「うぁ、あっ、ああん」
アナルの奥しか擦られていないのに、
「オレ……オレ………うぁあ」
下半身に血流を持っていかれてしまい、身体の反応がはやい。
すぐに爪先が震え始めて、
「オレ……もう、もう………」
急激に、爪先にまで緊張が走ったと思えば、
「っひぃいいい」
腰の震えが足先にまで走った。
「………っつ………」
目を閉じて、背中を反らせて、暫く、脳にまで快感が伝わるまでタイムラグがある。
「…………………っはぁ」
脳から足先まで、快感が全身に回れば、
「っはぁ、…っは、……っはあ」
やっと俺の身体は弛緩する。
「………………っつ……」
彼のペニスはまだ脈打っていて、俺は荒い息で、彼の心臓に手を寄せて、
「………………」
下で彼の下半身の鼓動を感じながら、
「………………」
手の平で彼の心臓の鼓動を感じる。
「………っはぁ、………っぁ………」
俺は彼の胸を押し倒し、彼をベッドに押し倒して、
「………オレが上になる…っ………」
彼の上に跨った。敏感な部分が大きく擦れて、腰がビクリと動くが、
「っふ…………」
俺はもう、イったので、彼をイかせたい。
「………俺が動くから……イってくれ………」
だから、俺は彼が感じるように、腰を振る。
彼がイけば、何かから許されると思っているのだろうか。
共犯者と共犯者の快感の貪りあい。
救いようは無い。
「イってほしい………オレ、もうイったから………」
彼の身体の上で、汗を撒き散らしながら、彼の胸の上に、汗がポタポタと落ちて、
「…………ぅう……うう………」
そのうちに、また次の波がくる。次の快感の波がくる。
「………あぁ、……オレまた、イきそう………」
髪の毛が、汗で顔に張り付いて、口を閉じたが、涎が、
「…ぁあ…………うぅ……」
ポタリと零れたが、もうそれどころじゃない。
「イっちゃう……」
彼をイかしたいと思っていたのに、自分が彼のペニスに夢中になっている。溜息交じりに言葉を溢すが、腰を上下する動きが自然と速くなる。
「……ぁあ、………あああ、ロシィ、……また、また………」
汗が溢れて、心からも何かが溢れて、彼の下半身からも心が溢れるのを待つ。
彼は舌でべろりと唇を舐めて。
「ローは、今日は………お喋りだなっ………」
そう一言、言った。そんな彼を俺は見下ろして。
俺はもうとっくに、表面張力ギリギリの状態だ。
「ロー、…オレも動くぞ………」
彼の上で腰を振って、今の状況に夢中になる。そんな俺の腰を掴んで、下から大きく突き上げられれば、
「っひぐ……うぁああ、あああ………」
熱い、熱い、熱い。
「……あつい……俺もイきそうだ………」
何もかもが熱い。
「ロシィ…、あつい……あつい……ぁあ」
だから、俺は、その熱さを彼に分かる様に、だが、もう、その熱さにもう耐えきれない。
「うあぁ、ああ、………ぁああ」
気付けば、中からまた快感が溢れてきて、腰を動かす、腰が大きく、震え始める。
「………ロシィ……うぁ、んあ」
もう動けない。そんな俺の腰をガツガツと貪られてしまえば、
「っひぃ、ひぃ、あぁ………」
ああ、絶頂がまた近い。
「ロシィ、ロシー……っひいい」
ああ、まだまだ、気持ちがいい。
「イって…、イって、おねがい……イって………」
頭を垂れて、彼がイくのを待ちわびた。
「んあ、…ぁ……ううう………」
汗で彼の腰に当てた手が滑る。
それでも、懸命に腰を上下させる。
「もうちょっと………」
俺は、身体がガクガクとしながら、彼を見詰めて、懇願すれば、
「………その顔が、……好きだ………」
と、言われて、俺の頬が真っ赤になった。
「…………………?」
途端に、律動が止まり、
「………イったぞ………」
と、彼に告げられて、
「………………」
俺の頬も身体も、何もかも、火照りが引きそうにも無かった。
火照りをそのままで俺は、兄の寝るベッドへと戻った。
NEXT
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