Carlo Scarpa
The House on the Grand Canal
イタリア出身の建築家、カルロ・スカルパの作品集。ヴェネツィアの大運河、カナル・グランデにある「バルポーニ邸」の改修プロジェクトを収録。 1964年から1968年にかけて、コレクターであり美術商のバルボーニの為にスカルパがこの邸宅を修復。
2008年バルボーニ亡後、新たな所有者の手に渡り、必要な修復作業が可能な限り行われ、建物のあらゆる側面を把握することが可能になった。バルボーニ邸の歴史がアーカイブ調査に基づいて明らかにされ、これまで知られていなかった多くのドローイングも公開された。
ISBN-10: 8892822500, 13: 978-8892822504
p.128, 30 x 24 cm
2022
Carlo Scarpa: The House on the Grand Canal
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R3/6/29 Tue
考えてみれば、音楽をやるのは基本的に既存の曲を弾けるようにすることが始まりで、ありものを上手に演奏できるようになるために練習をし、作曲能力のような部分はまた別のところに置かれている(音楽に関わったことがないので、間違っていたらすみません)。一方で絵を描くというのは、技術とセンスが同時に求められるところがある。例えば古典絵画を上手に模写できるだけでは立派な表現者とは言えないし、一方で技術がなくてもセンスがあれば評価されたりする。こういう違いはどこから出てきたのでしょうか。逆の世界線があったとしてもそんなにおかしくない気がするが。
カルロ・スカルパという建築家を最近になって知った。魅力を感じるのはそのディテールである。建築の現場にいる人間としては、こういう美しいものを作ってみたいと思う。ただ建築のスケールでは絵のように模倣をするとか、試しに作ってみるということが非常に難しい。そういえば大学のとき、「1分の1のものづくり」を標榜する団体に所属していたが、なんかそういうことをできたら良かったな。勉強不足の大学生が頭捻ってオリジナリティだそうとしても仕方がなかったよ。創作における模倣は低く見られていると感じる。
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立ち寄ったお店の店員さんに話しかけられ、いま行きたい場所を尋ねられる。突然の質問に、咄嗟にでてきた答えがイスラエルで、自分でもそうなんだ、と自分の答えが新鮮だった。
帰ってから、行きたい場所について改めて思いを巡らせてみた。
エルサレム 嘆きの壁、岩のドーム、ゴルゴダの丘と聖墳墓教会を体験し、場所の持つ力を感じたい
サマルカンド レギスタン広場、グーリ・アミール廟、シャーヒ・ズィンダ廟群の色を見てみたい
マラケシュ イヴ・サンローランが別荘にしていたマジョレル庭園に行ってみたい
コモ湖の湖畔 ゆっくり深呼吸したい
マヨルカ島 ミロのアトリエに行きたい
ドレスデン ラファエロのシスティーナの聖母を見たい
アブダビ ルーブル・アブダビに行ってみたい
コペンハーゲン ルイジアナ美術館のジャコメッティ・ルームを見たい
ポッサーノ(イタリア、ヴェネト州) カノーヴァ美術館にいきカルロ・スカルパの空間を味わいたい
パリの行ったことのない美術館にもまだまだ行きたいし、イタリアのラヴェンナやシエナには今また行きたいし、エディンバラに今戻ったら何を感じるか興味もあるし、行きたいところは尽きない。
いずれにせよ、ここではないどこかへ行ける可能性がきっとある、と思えるだけで、どんなに気持ちが楽になることか。可能性を思い描ける、というのは、素敵なことだと思う。
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本たちが青ざめたとな。高校3年の夏に一人でスケッチしに行ったっけな。プラネタリウムみたいなトイレ。トイレが気に入りましたとプレゼン。
駅近で勉強していける図書館は、学生にとって学校とはまた別の居場所となり、心底羨ましいなあと思った記憶。
なんにせよ、本そのものが守られなくてはなのでは。
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【CORIU】 ジオポンティのチェア、フェデリコフェリーニの後ろ姿、カルロ・スカルパのソファ、アルファロメオ、アルベルト・ブッリのホワイトクラック、アントニオ・サンテリアの「未来派建造物」、、、 これらはイタリアが生み出したモダニズムが通底していて、それらがインスピレーションとしてCORIU(コリュ)のプロダクトに落とし込まれています。南イタリアのプーリア州に拠点を置き、この土地からも深いインスピレーションを受けています。 CORIU(コリュ)の作り出すモダンなレザーグッズは実は非常にローカルな背景で生み出されています。 バッグ作りの全ての製造工程をイタリア拠点を置くプーリア州の近隣で完結させています。革資材の調達、加工、金具の生産、縫い上げる職人まで全ての工程は目の行き届く範囲の中で行われています。また、それらは5代続くファミリーで形成されています。親族ならではの理念や文化の共有はDNAレベルで培われており、その姿勢は使用される革にも表れています。 食肉産業の副産物である革を守り、バッグの生産において最も環境に配慮した選択の一つとして製品にはトスカーナ産の植物性タンニンなめし革を使用していますが、これは植物性エキスでなめされているため化学物質やエネルギーの無駄を最小限に抑え、最も持続可能な革です。 イタリアの革職人の魂と技が温もりを与え、通底するモダニズはデザインに落とし込まれたCORIUのレザープロダクトは現代のファッションアイテムとして、そして歴史を伝える日常的な工芸品としてCORIUは存在しています。 是非、あなたの手で新しいヒストリーを重ねていって欲しいと思います。 #CORIU #コリュ #LEATHERBAG #レザーバッグ #ITALY #イタリア #VELISTA #ヴェリスタ (VELISTA) https://www.instagram.com/p/CKLjUxKDK7I/?igshid=1k0gqve3pk9pi
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カステルヴェッキオ美術館(イタリア・ヴェローナ)
1964年カルロ・スカルパ設計。 カステルが英語で言うキャッスル、つまり城を意味し、ヴェッキオが古いという意味なので、カステルヴェッキオ美術館は古城美術館を意味するようだ。
https://www.kkal.jp/field_work/castelvecchio
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ヴェネツィア vol.4 水の都の洗礼をうけて、世界の見方が変わる
ヴェネツィアといえば、水の都、縦横に張り巡らされた運河と運河を渡る太鼓橋を連想します。ただ、歩くだけで、美しい景色に巡り会う事ができるなんて、なんて素晴らしいことなんだろう。
また、それは同時に、通常の交通手段が通用しない、ということを意味します。従って、カナル•グランデから外れた地域では、もはや歩かざるを得ない。だから、今回、ヴェネツィアの個人的版図はごくごく小さな範囲に留まりました。この版図を広げるために、また今後幾度も、この水の都を訪問することになるでしょう。
ヴェネツィアで一番と自宣してるアイス屋さん。
店名:IL DOGE
地区:サンタ•クローチェ
アドレス:Calle Traghetto Vecchio, 2016
1ボール1.8ユーロ。
本当に美味しいです。
もう一カ所、アイス美味しいところありました。
影の中で撮ったので、なんかまずそうに見えますね。いや、でも美味しいです。こちらはサン•マルク広場から一歩、北へ路地を進んで行くとあります。
店名:Venchi
住所:Calle dei Fabbri, 989
1コーン3.2ユーロぐらいだったでしょうか、すいません、覚えてません。。コーン単位で販売してます。2ボール選べます。ミルク味を頼むつもりが、いつものくせでストラツィアテッラをオーダーしていたことに長男君の指摘で気づきました。
おそらく女子の皆さんには有名なアイス屋ではないかと、違いますか??
イタリアでは、植物がよく育ってます。テラス植物の育ち方もハンパありません。それらが漆喰やレンガ壁の素材感とよくマッチしています。
物価が高くなるのは、街中での運搬が大変だからというのも理由の一つらしいです。太鼓橋を乗り越えるためのキャリアーは、もちろん手押し。こりゃぁ、大変ですね。
このマスク屋さんの店主らしいおじちゃんは、職人気質っぽい雰囲気をぷんぷん漂わせていました。マスクのクオリティーも、安っぽいお土産屋に比べると、格段に高い。かなり本格派。幾つか欲しいマスクがあり、最終日の出発時間2時間前に訪問したけれど、昼休み休憩で不在。ここでのマスク購入も、また次回までおあずけ。
店名:La bottega dei Mascareri
地区:サン•ポロ
住所:San Polo 2720 - Calle dei Saoneri
http://www.mascarer.com/en/home.html
砂糖のかたまりのようなお菓子とケーキ。下から二列目の左から二番目のピンクと白の40センチくらいのロープ状のマシュマロは、ちょとマシュマロより固めで、歩きながらちぎって食べるには最適。一本2ユーロ。ケーキは見た目のインパクトからさすがに食す気にはなれませんでした。
このうつろな目をしたおじさん、誰でしたっけ?しってる顔なんだけど、誰だか思いだせません。どなたか、教えてください。
そして、なんといっても、魚の朝市!ヴェネツィア行きが決まったときからビエンナーレを差し置いて、魚を存分にいただく、というのが一番やりたかったことかな。日本に住んでいるみなさんには分かりますまい。ミュンヘンには海がないので、新鮮な魚はめちゃくちゃ高いんですよ!
というわけで、リアルト橋の近くにあるフィッシュマーケットに行ってきました。で、やっぱり魚、安い!そして新鮮!下の写真で男性がつまんでいるのは、生きてるエビ。
あー、もっと魚を調理する方法を覚えて、次回はもっとガンガン料理したいです。
長男君はサーモンのプリプリの切り身、7ユーロ。次男君はイワシが欲しいというので0.5キロ購入。売り場のおじさんは三回ほど鷲掴みにして袋にイワシを詰め込んで、3ユーロ。そしてサバを一匹2ユーロ。
夕食では鮭は塩焼き。サバは焼いて、醤油で食べて、イワシは開いて小麦をまぶして揚げてみました。サバの皮の新鮮さ、見てください!イワシも揚げただけなのにとても美味。大満足でした。
リアルト魚市場
場所:リアルト橋の北側、カナル•グランデ寄り。
野菜や果物市もでています。ただし野菜は割高で、コックさんやら地元の人が大量に購入していくので、待ち時間が長く、しかも順番は平気で守られません。ここでは、だんぜん魚の購入がオススメです!
ヴェネツィアを散策して偶然行き当たったショップや朝市について書きました。僕たちは今回正味2日間滞在しただけなので、ヴェネツィアにはまだまだ未発掘の素晴らしい景色や面白い発見がたくさん溢れています。次男がまだ小学校低学年なので美術館、博物館はビエンナーレ以外は訪問していませんし。
次回は、北イタリアのカルロ•スカルパ、パッラーディオ巡り、海水浴、そしてなんといってもイタリアなので、より食文化を追求するために、何回でもこの地域にやってきたいと思います。
水の都というのは普段自分の住んでいる街の常識が通用しない、根本から全く異なるロジックで構築され、そして構成されている、というのも衝撃でした。ベネチアビエンナーレで提示された現代美術のありかたは、すでにヴェネツィアという都市によって体現されている。そのことが、訪問から数日たってジワジワと分かってきました。
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2015#1
第1回建築レビュー
代替わりをした2015年度山中研究室は、G4が12人、M1が5人、M2が2人という総勢19名の新体制で活動を開始した。前年度に引き続きG4の数が多く、今年も活気溢れる研究室となるだろう。プロジェクトは自体はまだ開始してはいないが、既に活動を予定しているプロジェクトも多々有り、若手の精力的な力を活かして実りのある一年になることを願う。
― 建築レビュー#1「マリオ・ボッタ」/ 発表者:杉山(M1) ―
今年度最初の建築レビューは、M1杉山によるスイスの建築家マリオ・ボッタについての発表だ。以前からボッタの魅力についてときどき語っていた杉山だが、ついに建築レビューという形式にて満を持して発表することとなった。マリオ・ボッタは1943年スイス生まれの建築家で、師にはル・コルビュジェ、カルロ・スカルパ、ルイス・カーンといった建築界の大御所と呼ばれる面々が名を連ねる。彼らに学んだ幾何学的なプランニングから、ビルディングタイプを問わず多くの建築を設計してきた。今回のレビューでは住宅作品だけでなく、美術館や複合施設といった様々なビルディングタイプから話を展開し、また建築的特徴として素材性や幾何性から見た作家性というものを分析し発表するというものであった。従来のレビューの形式とは異なり、広い視点で捉えた発表には新鮮な印象を受けた。
○建築的特徴(素材性、幾何性)
前述したように、今回のレビューではボッタの建築的特徴から見た作家性の分析が行われた発表であった。
ボッタは主材料として、コンクリートブロックや煉瓦といったやや前時代的な材料の選択をしているものの、デザインとしては幾何学を取り入れたモダンなデザインを取り入れているため、従来にはなかった独特な雰囲気を表現している。これらの日常的であった材料によって構成される空間は、非日常的な強固で厳正な空間をつくりだしている。このコンクリートブロックや煉瓦はパネルとして装飾的に用いているものだけでなく、構造材として用いているものもあるという。近代においてこれらの特徴的な材料によって空間構成を試みた建築家として非常に特殊である。
基本的には正円や四角形といった単純な幾何学形態による構成をとっており、それらの組み合わせなどによって形成していくというシンプルな手法によるものだととれる。しかし、平面的に幾何学を用いているだけでなく立体的にもその幾何学は現れている。ここで現れる幾何学は平面に用いられたそれとは異なり、鍵穴のような凸型をした開口であったり、大きさの異なる円形の連続であったりと多様で、無表情な立面にアクセントを与えている。これらの特徴は、師らの特徴的な幾何学形態とは一味違うものとなり、この建築家の独自的とも言えるアイデンティティであることが伺える。
このような設計方法をよく山中は減算的設計手法という呼び名でよく話題に上げるが、その対極である加算的設計手法をとっているフランク・O.ゲーリーについての作品研究を行った私の視点で見てみる。ゲーリーは建物に内包されるプログラムひとつひとつに対して、それぞれに見合った形態や配置、材料の選択が行われるべきであると考えており、その概念から導き出したボリュームを付加的に配置していくという設計方法を用いており、今回のボッタのようなある法則に基づいた幾何学形態に対して切削していくような設計方法とはまさに真逆であると言えるだろう。加算的設計手法によって形成された空間は不規則的に構成され、その形態に独特な個性を持つという側面があるが、減算的設計手法によって形成された空間はある種の均一性のようなものを持ち、人々に容易に空間をイメージしてもらえるということから、空間の収まりがよく使いやすい、また一種の安心感のようなものを生み出すのではないだろうか。加算と減算というキーワードから建築を見ていく際、どちらが優れているという言い方はできないが、減算の持つシンプルで明瞭な構成の魅力をボッタは存分に引き出していると感じた。
○西洋と日本における自然環境に対する価値観の違い
これまで見てきた建築の形態の特徴のひとつとして強く囲い込むような閉鎖性が挙げられる。杉山はそれを日本と西洋における自然環境に対する価値観の違いからきているものではないかと考えている。
『そもそも自然環境というものについて、西洋では「人間は自然環境と異なる特別なもの」と捉え、周囲の危険から自己を遠ざけるという本能から、建築すなわち住宅は外敵から身を守るための要塞という考え方をしている。つまり自然をコントロールするという方向に思考が向かうのである。その一方で、日本では「人間は自然の一部」と捉えているので、自由にそのままに身を任すといった考え方をしている。そのため建築も中庭に向かって縁側を持つ日本家屋のような開かれたものが生まれる。これらの差は庭園において特に顕著に表れる。つまり図式的・幾何学的な模様を生み出すような配置形態をとる王宮庭園に対して、日本家屋は樹木や池といった自然物を避けるようにして建ち、それらと共存するような配置形態をとっている。』
こういった人類文学的思想の違いから建築を見ていくという視点もまた独自性が強く、新鮮なものであった。
○マリオ・ボッタの価値観
『今日、ひとつの住宅を作ることは、ひとつの避難所をつくること(閉鎖)だと思っています』、『人間は住むことの意味、防御することの意味、身を隠すことの意味、そして外界と自分を対比させることの意味を再構築する必要があると思います』(マリオ・ボッタ)。
マリオ・ボッタは自然に対して西洋的思想のもとに堅牢な防御を誇る要塞としての建築を目指してきた。東日本大震災から4年が経ち、私たちの住む日本は地震大国と言われるように災害と背中合わせに暮らさなければならない。そんな中で美しさや利便性、経済性を追求した理想的な建築を考える他にも、まず生きるため本能的に身を守るという防御を意識することを私たちはわかっているだろうか。ボッタの要塞としての建築、それは私たちが生きる現代においてもう一度考えるべき重要事項なのかもしれない。
― 卒業研究 ―
テーマ設定に悩んでいた時期が長く、最近になって方向性が定まってきたように感じる。研究方法や資料準備など、研究の進め方についてわからないことも多々ある中、6月から今年度初のプロジェクトも始動しようとしている。今年度は特に締め切りが早く多忙となることが予想されるが、それに対して研究室会議以外にも集まって自主ゼミを行い、また先輩に会議前に一度レジュメチェックをしてもらうといった積極的な活動が求められるのではないだろうか。どうやったら自分の研究が良くなるかを熟考し、周りにある環境をうまく活用していってもらいたい。
― 修士研究 ―
各自テーマが決まっており、それについて現地調査や詳しい分析などを勧めている段階である。修士の課題ということで求められるものは大きいが、自分なりの考えや趣向をうまく取り込み、実りのある素晴らしい修士課題にしていってもらいたい。
田中 僚
リヴァ・サン・ビターレの住宅(1971-1973)
スイス、ティチーノ
外観/アクソノメトリック
スタビオの住宅(1980-1982)
スイス、ティチーノ
外観/アクソノメトリック
聖ジョバンニ教会(1996)
スイス、モーニョ
内部/外観/外観
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2018 Viaggio in Italia パレルモ編その1
ベネチアからパレルモの移動は心配でした。
2月にとったチケットはベネチア〜パレルモ直行便だったのですが、1週間前になって確認すると、実はその便は飛んでおらず、ローマ経由乗り変え時間の短い乗り継ぎ便になってしまったからです。
バゲッジロストにならないか、 ローマで次の搭乗口までダッシュなんてことにならないか。。。など。
ベネチア便が遅れて出発しヒヤヒヤしたら、ローマからパレルモの便もこれまた遅延。搭乗時間はまだなのに、どっとゲートに並んでいるせっかちなイタリア人。
その間に、空港までの送迎に遅延連絡など。レストランは、既に一度予約時間を変更してもらったのだけど、間に合わなそう。
搭乗後、更に遅れますという機長アナウンスに即座のブーイングの嵐。皆の怒りが早すぎて、怒るタイミングに乗り切れない。
結局パレルモ到着20時。ホテル着20時45分。20時半に予約してあったレストランにホテルから連絡してもらい、荷物だけ置いて向かうことに。
なんかもう色々余裕なくて写真がありません。
レストランは、アンティパストがビュッフェ形式というシチリアスタイルが楽しそうと予約したお店。お店素敵だったのに写真がないのでネットから拝借。
アンティパストビュッフェはこんな感じでずらーっと。
きのこがいっぱいと喜ぶ母。ポテトやほうれんそう、ラディッキョなどのお野菜、、オリーブも数種類、アンチョビなどいろいろ。
お店のインスタにのっていたこのお料理、ズッキーニのインボルティーニなのだけど、巻かれている中身がわからず。ちょっと甘くて、かぼちゃ?サーモンのペースト?とにかく美味しかった。
ここから自分撮影。イワシとういきょうのパスタ。
隣で食べている人を見て、あれ食べたいと母がオーダーしたギザギザパスタ、アンチョビやオリーブが入ったトマトソース。
デザートのセミフレード。
帰り道、夜のプレトリア広場。
建物も人もベネチアとはまるで違うパレルモの町。
翌朝は快晴。ホテルがテアトロマッシモの目の前だったので、ここから。ゴッドファーザー好きとしては、忘れもしないあの階段です。
朝のパレルモ。マクエダ通り。
少し歩くとクアットロカンティ。
四本辻という意味の交差点、四隅にシチリアバロックの建物が囲んでいます。パレルモはもともと大通りが一本しかなく(今のヴィットリオエマニュエル通り)、ヨーロッパでもそれなりに大きな町にしてはさみしいということで、1600年頃、これに直交するマクエダ通りを作り、交差点の四隅の建物を切り落として八角形にして彫刻を置き、広場にしたのだそう。
1階の彫刻は春夏秋冬を表していて、2階は16世紀以前のスペイン、ハプスブルグ家の支配者たちの像、3階はパレルモの4つの区の守護聖人。
角を削った建物のひとつは教会でした。San Giuseppe dei Teatini教会。
昨夜は夜景だったプレトリアの噴水広場。
サンタカテリーナ教会、バロックらしい青いクーポラと枯れたピンクの壁。
この噴水は、もともとナポリの総督だったトレド公爵が、隠居生活のためにフィレンツェに購入したお屋敷の庭に置かれるはずだったものだそうで、トスカーナの彫刻家作。完成する前に公爵がなくなりパレルモ市が買い取ったそう。
裸体像ばかりで、ストイックなカトリック信者であるパレルモの人々には評判がよろしくなく、「恥の噴水」と呼ばれていたとも。
プレトリア噴水と市庁舎を挟んだベッリーニ広場に2つの教会。左がマルトラーナ教会、右の赤いクーポラがサンカタルド教会。2015年にアラブ・ノルマン様式建造物として世界遺産に登録されました。
右のサンカタルド教会は、1154年、ノルマン王グリエルモ1世時代に建設され、19世末に大幅に修復された。1787年まで病人の介護施設として使用され、1867年からは町の郵便局としても利用されたというマルチな教会だそう。
内部に入ると。
赤いクーポラを中から見上げる
アラブノルマン様式の特徴のひとつである、窓付きのはめ込みアーチ。
床のモザイクタイル。ベネチア、トルチェッロの床モザイクよりも、とてもとても細かい。
続いて、お隣、左のマルトラーナ教会へ。1143年の建造。
シチリアは、紀元前8世紀頃、古代ギリシャ人やフェニキア人が入植したのち、カルタゴ、ローマ、ゲルマン、東ローマ帝国、イスラムと支配され、11世紀になってノルマン王国の南イタリア侵攻により、1130年にノルマン・シチリア王国が成立した。
その初代国王、ルッジェーロ2世の海軍大将ジョルジョ・ディ・アンティオキアが建てたのがこの教会。彼の役職である海軍大将(アッミラリオ)から、Chiesa di Santa Maria dell’Ammiraglioともいう。
外観は改修されたが、この鐘楼はノルマン王朝時代から残るもの。
中に入ると。
フレスコ画とビザンチンが混ざり合う。小ぶりな中に色々つまっている。
中央にある瑠璃色の聖龕と呼ばれるものの上に「聖母被昇天」の絵。その上はフレスコで、側廊はビザンチンタイル。左右の柱も微妙に違う。
中央部のクーポラは「祝福するキリストと4人の大天使」
全知全能の神キリスト、その周りを大天使達、預言者、聖人などが取り囲む構図になっているそう。
青もきれい。
床のモザイク。こちらも繊細。
入り口の両サイドの側廊には、「聖母マリアのもとのジョルジョ・ディ・アンティオキア」のモザイク画。この教会を建造したアンティキオア海軍大将が、聖母マリアの足元に亀のようにひざまずく姿、亀は忠誠心の象徴だそう。
モザイクすごい。
反対側には、「イエスによって戴冠するルッジェーロ2世」
前日のベネチアとは、まるで別の国のようなシチリアの、先制パンチを浴びつつ、一行はうまいことタクシーをつかまえてシチリア州立美術館へ。
PALAZZO ABATTELLIS、ベネチアの建築家、カルロ・スカルパが手がけた美術館。20年越しの思いがかなう。
ガイドの個人的な趣向でコースに取り込んだ美術館でしたが、アリタリアの機内誌にヤマザキマリさんのパレルモ紀行が載っていて、「パレルモに行きたいと思ったのは、シチリア州立美術館のアントネッロ・ダ・メッシーナの受胎告知の聖母が見たかったからだ」と取り上げられていたので、母も叔母も楽しみだったようす。
このパラッツォは15世紀の地元の名士アバテリスが、建築家マッテオカルネヴァーリに依頼したもの。1527年以降、修道院として使われたが、1943年の連合軍の爆撃で破壊。その後部分的に修復されていたが、1953年、カルロスカルパの手に委ねられました。
展示室の入り口。スカルパらしい扉。
まず最初に、『死の勝利』というフレスコ画。当初は光の状態に合わせて適切な方向に回転し、形態的厚みを三次元的に見せようとしていたそう。
絵を立体的に見せる工夫が施されている。
こちらも���いピンク色の壁。後ろの黒い穴は修復前のものなのか。まるでデザインの一部みたいにみえる。
ふわりと浮遊するような展示。細かなところにスカルパの要素が満載。
ドアの把手。
タイトルプレート。
ベンチも。
目線の高さの彫刻。
フランチェスコ・ラウラーナ作の『アラゴン家のエレオノーラ』の後ろには緑色のパネル、少し浮いたように設置されています。
カステルヴェッキオを思い出すような。
階段の部屋。
階段はカリーニ石製。
彫刻の台座も美しい。
再び中庭にでて2階へあがる。外観はそのままに、新しい窓枠がはめられている。
シチリアの強い太陽の光と影。
階段室にも展示。
2階、ピサの十字架の展示室。鉄のフレームの中に浮いたように取り付けられている。
ここで、何かを察したか、美術館員の方がスカルパの設計について色々と説明をしてくれる。
1954年オープン当時はまだ照明も今のように完璧ではなく、光にあわせて位置を動かせるのよと。
おーー。最初に見た絵が当初回転したというのもこうゆうことか。
ほらこっちも、とご案内いただき、すたすたと言われるがままについてゆくと
こんな具合に、動かして見せてくれました。
このスリット窓も、光を取り入れるためのスカルパの工夫だそう。
この隙間にも展示が。
ここが宮殿正面の全長を占める大展示室の十字架。これも石の台座にふわりと乗っている。
そして、アントネッロ・ダ・メッシーナの部屋に。
木のパネルとスチールの組み合わせ。これも回転式。
吹付塗装と布張りされたパネルに取り付けられた『受胎告知』
イタリアで見るたいていの『受胎告知』の絵は、マリアの懐胎を告げる大天使ガブリエルと、お告げを受け止める聖母マリアを横から見た構図で描かれていますが、この絵は真正面のマリア様のみ。大天使ガブリエルが見ているマリア様という構図になっているそう。ガブリエルの気持ちで。
そして最後に、上から再び見る『死の勝利』が迫力。
ベネチアではレスタウロ(修復)という分野で、様々に古い建築に新しいデザインを融合する空間をつくりあげたスカルパですが、このアバテリスでも、スカルパらしさが輝いていました。想像以上にすごかった。
木、コンクリート、カラフルな漆喰、錆びた鉄、ガラスなど、素材の使い方、ネジやヒンジまで手作りで作ったというディテールへのこだわり、自分がスカルパに憧れてベネチア行きを決め、生でその建築を見たときのあのワクワクした高揚感を思い出すようでした。
この美術館は、必ずやもう一度来たい。
このあと、パレルモ最大の市場、MERCATO BALLARO(バッラロ市場)に向かいます、メルカートから、ノルマン、ビザンチンの世界遺産巡りはその2に続く・・・
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Apr.2017
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BOOK
・ファッション学のすべて/鷲田晴一
・黒服/ジョン・ハーヴェイ
・かわいそうだね?/綿矢りさ
・美術手帖2017年4月号(池田学)
・美術手帖2017年5月号(坂本龍一)
・憤死/綿矢りさ
・私の中の男の子/山崎ナオコーラ
・NATIONAL GEOGRAPHIC2017年4月号(ネクストヒューマン)
・アイスランド/横山裕一
・カルロ・スカルパ/アーダ・フランチェスカ
MOVIE
・アメリ
・ニューシネマパラダイス
・アイヒマンを追え
IVENT
・自治区02「IT IS DIFFICULT」/アルフレッド・ジャー
・自治区01「OpenSky報告会」/八谷和彦
・自治区03「光の工作、めぐる音」/小金沢健斗+蘇我大穂
よく聴いたアルバム
・GYMNOPEDIES
・The Bends/Radiohead
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JIGLAB BLOG 第48回
「カステルヴェッキオ美術館」
イタリア・ヴェローナにある古城を改修した美術館です。設計は、カルロ・スカルパという建築家です。
建築が持っている力をひしひしと感じられるそんなディティールが建物の随所に散りばめられています。
ただ古いものを残すのではなく、石と鉄、レンガとコンクリートといった新しい材料・工法を大胆に組み合わせることで、もともとその建築が持っている良さをさらに引き出すという難しいデザインが違和感なく、一体感を持ち空間が構成されています。
建築家の強い意志と職人の高い技術が揃うことでできる素晴らしい建築です。いつか自分もこのような空間を生み出せるよう日々精進していきたいです。
JIGLAB キッチャン
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ヴェネツィア vol.2 ヴェネツィアの情景を描き出す名所
今回は、小学生高学年と低学年の息子たち二人とヴェネツィアを旅してきたが、旅をする前に、事前の準備をしておいた。というのも、長男がまだ一歳の時に、イタリア、シエナへの無謀旅をして、我が家ではシティートリップは禁じ手となっていたから(この話はおいおい、しようと思う)だ。
その準備というのは、〜映画「スパイダーマン:ファー•フロム•ホーム」を見る事〜
「アベンジャーズ:エンド•ゲーム」の続編で、修学旅行中のスパイダーマンがヨーロッパを舞台にアクションを繰り広げる、2019年(今年)に公開された映画。スパイダーマンがリアルト橋の周りで水の怪物と戦いを繰り広げたりする、あれですね。
だから、といってはなんだけど、まず最初に訪れた名所はリアルト橋。宿も近かったので、とりあえずリアルト橋のたもとで水上バス、ヴァポレットを下車。宿のある対岸へ、橋をこえました。
リアルト橋
かつては木造の橋だったけれど、1444年にはパレードの見物人の重みで崩壊。橋が崩壊して運河に放り出されるって、めっちゃくちゃこわいですね。また、火災などで幾度も再建されたので、議会は石橋にすることを決定、デザインを公募。このコンペにはミケランジェロやパラディオも参加。す、すごいメンツ。設計勝者はアントニオ•ダ•ポンテ氏。1591年竣工。
この橋を支えるために何と12000本の木杭が基礎として打ち込まれている、っと、え?片側だけで6000本?6000本といえばそれだけで相当な面積をカバーできそうな数なんだけど、どうやって打ち込んだんだろう?それとも重層させて打ち込んでいるのかなぁ?
余談だが、ミュンヘンの新市役所の地下鉄工事では、たしか建物の重量を支えるために土壌を凍らせて地耐力を向上させている。まさに現在工事が進行中で、マリエン•プラッツの反対側、マリエン•ホーフ側から工事の進捗状況を観察することができるようになっている。興味のある方、ミュンヘンに用事のあるかたは、是非、立ち寄ってみてください。
リアルトという名前はイタリア語のRivo alto、高い岸辺という言葉に由来し、この周辺が比較的浅瀬だったために早い時期から商取引が盛んに行われ、かつては街の中心部だった。
橋の上にはショップが立ち並び、フィレンツェのヴェッキオ橋を連想させる。
サン•マルコ広場
貿易で栄えたヴェネツィアを象徴する広場、サン•マルコ広場。ドュカーレ宮殿、サン•マルコ寺院、鐘楼などが立ち並ぶ。当然のごとく、これら名所前には長蛇の列ができていたので、今回は鑑賞せずに、広場のみを、〜これがナポレオンが「ヨーロッパで最も美しい大広間」といった、あれかぁ〜、と嘆息しながらただただ横断。
広場は海側から見ると狭く、広場に入ると大きく感じる奇妙な空間だった。昔日、長い航海から帰港した人々は、何を想い、船上からこの広場を眺めたのだろう。帰郷への安堵か、はたまたこれから得るであろう商利益への喜びか。
海に面して二本のコラムがたち、一方には有翼の獅子が、もう一方には聖テオドーロ像が柱頭にたっている。「かつてギロチンの処刑はこの柱の中央で行われた。そのことを知る現地の人々は、柱の間を通る事をしないそうだよ」、と息子に解説したその日には、柱のちょうどど真ん中に露天商がでてましたけどね。。
サン•マルコ寺院予約HP
寺院内部は無料で観覧することができますが(一部有料)、行列にならばなければなりません。待ち時間を短縮するため、事前に時間指定のチケットを以下URLで購入しておくことをお勧めします。大人3ユーロ、子供無料。
https://www.venetoinside.com/attraction-tickets-in-veneto/tickets/skip-the-line-saint-marks-basilica/
サン•ジョルジョ•マジョーレ教会
サン•マルコ広場から望む島の上に立つ、ルネッサンスの巨匠、パッラーディオが設計した教会。パッラーディオはヴィツェンツァを中心に、北イタリアで活躍した建築家で、ロトンダやテアトロ•オリンピコが有名。当教会は1610年竣工。
教会ファサードはヴェネツィアのマスクのように、教会建物の正面にペタっと貼付けられたように見える。上部ペディメント(日本建築でいうなら屋根の妻側、破風部分)を支える構造物が下屋の建物のうえに覆い被さっているようにも見える。額が突き出たようなこのデコッパチが、海からみるサン•マルコ広場のくぼみに対応しているような気もする。
教会内部には巨大な本を積み重ねたような芸術作品が展示され、作品内部に入る事ができた。この作品に関連したコンセプトスケッチや、木製のオブジェが付属修道院の中庭に展示されている。幾つもの書籍が重ねられたように見えるそれらは、歴史の重層の結果であるヴェネツィアの街そのものに見えた。
教会付属の塔に登った。内部にはエレベーターがあり、扉が閉まると、一気に天空へと駆け上がる。息子たちは、しかし、徒歩で登りたい、と言っていたが。エレベータの扉が開くとパノラマが目の前に広がり、一気に子供たちのテンションが上がった。「ウォー」という歓声が、ヴェネツィアの街の上空めがけて解き放たれた。
塔からの眺めは素晴らしい。太陽に照らされ続けた体から、優しい風が、火照りをさらって吹き過ぎてゆく。
修道院の庭の植栽迷路を上空から解くことができるのも、この昇塔の愉楽のうちの一つであろう。
教会内部、入場無料。塔は入場料、大人5ユーロ、子供無料
サン•マルコ広場の乗場から2番線のヴァポレットに搭乗すると辿り着く事ができる。わずか一駅。乗場では行き先に注意して搭乗してください。乗場には必ずこれから向かう各停車駅の名前が掲示されています。
以上、数あるヴェネツィアの名所の中から、情景を決定づけている名所中の名所を幾つか紹介しました。観光の際の参考にしてください。
ところで、突然話は飛ぶが、建築家パッラーディオが登場したので、もう一人、ヴェネツァアを代表する建築家、カルロ•スカルパについて。今回は、ビエンナーレのベネズエラ館は見れたが、次回はクエリーニ•スタンパリア•ギャラリーを絶対に訪問しよう。
クエリーニ•スタンパリア•ギャラリー
http://www.querinistampalia.org/
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まるで掛け軸や屏風絵のように風景を切り取る。
カルロ・スカルパのブリオン家墓地と福山城の筋金御門すじがねごもん。
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