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#折れ耳
angelpartner-blog · 1 year
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・ 飼い主さま募集中💓 スコティッシュフォールドの5兄妹🐈🐈🐈🐈🐈🐾 <2022/10/10産まれ> ・ 生後50日経過のとっても可愛い5兄妹です🤍 兄妹一緒のお迎えは、大幅なストレス軽減になりますのでおすすめです❤️ ・ 週明けにワクチン接種とマイクロチップ装着を予定しております❣️ ・ ⇒左から順番に……… 📌A♂クリームタビー🐾 →折れ耳・ショートヘア🎶 📌B♂レッドタビー🐾 →折れ耳・ショートヘア🎶 📌C♂レッドタビー🐾 →立ち耳・ショートヘア🎶 📌D♀クリームタビー🐾 →立ち耳・ショートヘア🎶 📌E♀レッドタビー&ホワイト🐾 →折れ耳・ロングヘア🎶 ・ ・ ・ ◎飼い主さま募集中🐾 ◎ご見学受付中🐾 ◎お迎えのご準備(ケージの設置など)が出来ている場合には、生後2ヶ月頃から成長に応じてお迎えいただけます🎶 ・ 子猫の詳細情報やお写真は、ホームページでご紹介させていただいております💕 ・ ・ ・ …………… ・ ※ご見学の際は、ご家族皆さまの同意を得てからのご予約をお願いしております。 ※ご家族の方の中に反対される方がいる場合には、お譲り出来ませんので予めご了承下さい。 ※お迎えをご希望いただいた場合でも当方の判断により、飼育に不安を感じる飼い主さまへはお譲りしておりません ・ ⚠️子猫が見たいだけ…など、ペットショップ感覚でのご見学はご遠慮ください ⚠️ペットショップ、他ブリーダー、猫カフェ等へのお立ち寄り後のご見学はご遠慮ください ⚠️ 猫アレルギーの心配がある場合には、ご見学予約&お問い合わせの前に検査をお願いいたします ⚠️ご予約確定の時点で【商談中】に切り替えをして別の方へのご紹介自体をお止めしますので、ご予約の際には家族皆さまでご相談ください ⚠️子猫価格の半額分をご予約金としてお預かりさせていただきます ご予約金のお預かり後、飼い主さま都合のキャンセルの場合にはご返金が出来ませんので、ご注意ください ・ …………… ・ ・ ・ #生後50日 #5人兄妹 #5兄妹 #折れ耳 #立ち耳 #折れ耳スコ #立ち耳スコ #スコティッシュフォールド #スコティッシュフォールド子猫 #スコティッシュフォールド男の子 #スコティッシュフォールド女の子 #スコティッシュ #スコティッシュフォールド折れ耳 #スコティッシュフォールド立ち耳 #スコティッシュ折れ耳 #スコティッシュ立ち耳 #スコティッシュフォールドショートヘア #スコティッシュ長毛 #スコティッシュフォールド長毛 #スコティッシュ垂れ耳 #スコティッシュストレート #スコティッシュ子猫 #スコティッシュフォールドブリーダー #scottishFold #ブリーダー #ブリーダー直販 #埼玉県ブリーダー #AngelPartner #エンジェルパートナー #飼い主様募集中 (子猫ブリーダー&販売/Angel-Partner) https://www.instagram.com/p/CloJW7ZPydJ/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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anzu0422 · 1 year
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Happy Birthday UZURA 13th !! Happy Birthday AZUKI 12th !! #スコティッシュフォールド #スコティッシュ折れ耳 #うずら #あずき #ねこすきさんと繋がりたい #ねこすたぐらむ https://www.instagram.com/p/CqaXYLLLScqO-FRNHIpJJIYVBxplnHpqb-m6DQ0/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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mtantenna · 1 year
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可愛い猫面白いスコティッシュフォールド 変な鳴き声 cute cat funny scottish fold cry https://youtu.be/zMC494Wu6co
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jujumin-translates · 3 months
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Lyrics | Aisubeki Bungo - Lovable Literary Master (Kanji/Romaji/English)
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I've had this done for a while now but decided to go back and make some edits to it today and figured why not post it. TL'ing lyrics isn't my strong suit, so please do let me know if there are any errors or anything!
Kanji
鶴松 & 知久
着物に袖を通し
キツく帯を締め上げる
背筋が伸びる感覚
小さな世界の習慣
鶴松
古きを知って
ロマンを語る
丁寧な暮らしの中に
人間の正しさを夢見てた
知久
時に光は屈折し
鶴松
言葉は迷子 彷徨う情緒
知久
でも成し遂げられない
はずはない
鶴松
書き綴った己の答えは
鶴松 & 知久
文学の世界にある
生まれながらに
手にしてきたもの
指先から
筆先に伝う
一筋の光 気持ちを
走らせ 言葉が踊る
故きを温ねて
新しきを知る
以って師と為る可し
文学に生きて
生かされている
愛すべき文豪
鶴松
夢路に袖を通し
知久
焦がれた世界に
身を置けば
鶴松
背筋が凍る感覚
期待という鬼が
見つめていた
知久
時に光は屈折し
鶴松
なぞらう文章
遺伝子の暴挙
知久
でも成し遂げられない
はずはない
鶴松
愛を知った己の答えは
鶴松 & 知久
文学の世界にある
ただ生きるという
学びの中で
見つけたのは
認め合う覚悟
誰かの言葉に耳を
傾けて己に語りかける
故きを温ねて
新しきを知る
以って師と為る可し
文学に生きて
生かされている
愛すべき文豪
鶴松 & 知久
信念と拘り
(信念と拘り)
苦しさと希望
(苦しさと希望)
光と影
(光と影)
言葉と言葉
(言葉)
鶴松
書き綴った全ての答えは
鶴松 & 知久
文学の世界にある
生まれながらに
手にしてきたもの
指先から
筆先に伝う
一筋の光 気持ちを
走らせ 言葉が踊る
故きを温ねて新しきを知る
以って師と為る可し
文学に生きて
生かされている
愛すべき文豪
愛すべき文豪
Romaji
Tsurumatsu & Tomohisa
Kimono ni sode o tooshi
Kitsuku obi o shimeageru
Sesuji ga nobiru kankaku
Chiisa na sekai no shuukan
Tsurumatsu
Furuki o shitte
ROMAN o kataru
Teinei na kurashi no naka ni
Ningen no tadashisa o yume miteta 
Tomohisa
Toki ni hikari wa kussetsu shi
Tsurumatsu
Kotoba wa maigo, samayou joucho
Tomohisa
Demo nashitogerarenai
Hazu wa nai
Tsurumatsu
Kakitsuzutta onore no kotae wa
Tsurumatsu & Tomohisa
Bungaku no sekai ni aru
Umare nagara ni
Te ni shite kita mono
Yubisaki kara
Fudesaki ni tsutau
Hitosuji no hikari, kimochi o
Hashirase, kotoba ga odoru
Furuki o tazunete
Atarashiki o shiru
Motteshi to narubeshi
Bungaku ni ikite
Ikasareteiru
Aisubeki bungou
Tsurumatsu
Yumeji ni sode o tooshi
Tomohisa
Kogareta sekai ni
Mi o tokeba
Tsurumatsu
Sesuji ga kooru kankaku
Kitai toiu oni ga
Mitsumeteita
Tomohisa
Toki ni hikari wa kussetsu shi
Tsurumatsu
Nazorau bunshou
Idenshi no boukyo
Tomohisa
Demo nashitogerarenai
Hazu wa nai
Tsurumatsu
Ai o shitte onore no kotae wa
Tsurumatsu & Tomohisa
Bungaku no sekai ni aru
Tada ikiru toiu
Manabi no naka de
Mitsuketa no wa
Mitome au kakugo
Dareka no kotoba ni mimi o
Katamukete, onore ni katarikakeru
Furuki o tazunete
Atarashiki o shiru
Motteshi to narubeshi
Bungaku ni ikite
Ikasereteiru
Aisubeki bungou
Tsurumatsu & Tomohisa
Shinnen to kodawari
(Shinnen to kodawari)
Kurushisa to kibou
(Kurushisa to kibou)
Hikari to kage
(Hikari to kage)
Kotoba to kotoba
(Kotoba)
Tsurumatsu
Kakitsuzutta subete no kotae wa
Tsurumatsu & Tomohisa
Bungaku no sekai ni aru
Umare nagara ni
Te ni shite kita mono
Yubisaki kara
Fudesaki ni tsutau
Hitosuji no hikari, kimochi o
Hashirase kotoba ga odoru
Furuki o tazunete
Atarashiki o shiru
Motteshi to narubeshi
Bungaku ni ikite
Ikasareteiru
Aisubeki bungou
Aisubeki bungou
English
Tsurumatsu & Tomohisa
I slide into the sleeves of my kimono
And fasten the obi tightly
I feel my back straighten
It’s a custom in this small world
Tsurumatsu
I speak romantically of the past
In my careful life I’ve seen humanity’s truth within my dreams
Tomohisa
On occasions, the light refracts
Tsurumatsu
Words lost, emotions wandering
Tomohisa
But it can’t be left unfinished
Tsurumatsu
The answers that I’ve chronicled myself
Tsurumatsu & Tomohisa
Can be found in the world of literature
It’s something that I naturally possess
From my fingertips to the tip of my brush
A single ray of light flows, letting the words dance
As my feelings run free
Acquire new knowledge whilst thinking over the old
And you may become a teacher of others (1)
I live and breathe literature
Lovable literary master
Tsurumatsu
Enveloped in a state of dreaming
Tomohisa
If I put myself into the world I’ve longed for
Tsurumatsu
A chill runs down my spine
The demon of expectation was staring at me
Tomohisa
On occasions, the light refracts
Tsurumatsu
Imitating writing styles, genetic recklessness
Tomohisa
But it can’t be left unfinished
Tsurumatsu
My own answer to the question of love
Tsurumatsu & Tomohisa
Can be found in the world of literature
In learning to just live
What we found was a readiness to admit
Listen to the words of someone else
And recite them to yourself
Acquire new knowledge whilst thinking over the old
And you may become a teacher of others
I live and breath literature
Lovable literary master
Tsurumatsu & Tomohisa
Beliefs and obsessions
(Beliefs and obsessions)
Suffering and hope
(Suffering and hope)
Light and shadows
(Light and shadows)
Words and words
(Words)
Tsurumatsu
All the answers that I’ve chronicled myself
Tsurumatsu & Tomohisa
Can be found in the world of literature
It’s something that I naturally possess
From my fingertips to the tip of my brush
A single ray of light flows, letting the words dance
As my feelings run free
Acquire new knowledge whilst thinking over the old
And you may become a teacher of others
I live and breathe literature
Lovable literary master
Lovable literary master
• • •
T/N:
(1) “故きを温ねて新しきを知る、以って師と為る可し”/“Acquire new knowledge whilst thinking over the old, and you may become a teacher of others” is a quote from the Analects of Confucius.
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nmtn-kobi · 11 months
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「あちぃ…………………!」
何発目かの種をもらい、すっかり種マンになった俺は、生デカマラが引き抜かれた後も、仰向けのまま余韻に浸ろうとしていた。
が、目の前にすぐ次のマラが差し出される。よく見るとイケメン様がデカマラを振りかざして、顔の上にのしかかってきてる!いきなり奥まで咥えては勿体ない。亀頭の先からねっとりと味わいながら、口と喉を前後させて、少しずつ頬張っていく。
「おまえ、旨そうにしゃぶるなぁ…!」
その言葉に嬉しくなり、頭全体を使ってご奉仕に熱を込める。本当に旨いデカマラ様だ。たまんね…
「あぁ…気持ちいい…」
すると今度は俺の上半身を起こして、体勢を入れ替え、跨れよと言わんばかりにそれをおっ勃てている。望むところだ。是非気持ちよくなっていただこうと、種マンのままそこにゆっくりと生で嵌め始める…あぁ…種のおかげかすんなりと入っていく…あ…さっきの奴よりデカ…い…押し拡げられていく…やべぇ…
「たまんね…ってか種くせぇ!」
そのままお互いにそこを上下させると、ぬちゃぬちゃといい音が響く。あぁ…イケメン様のデカマラを犯している…どうにか気持ちよくなってほしい…優しく締め付け、緩め、まるでしごくように中を操作する…あぁ…たまんね…と言いながら、思わずダラダラと涎が垂れてきた…
「兄さん…熱いね…ひょっとして、何か○○てる?」
耳元で囁かれ、思わずドキっとして、ビクッと中を締めてしまう。肯定も否定もせず、これが答えだと言うかのように、生の感触をあらためて味わいながら、これまで以上に丹念に種マンでご奉仕を続ける。それに応えるように、一際大きくなってきてる?
「この種マンたまんね、最高に気持ちいいっすよ…マジやべぇ…イきそう…」
誇らしい褒め言葉をいただき、ゆっくり動かしては、しばらく包み込むように静止して、またゆっくり動き、しばらくジワッと静止する。もちろん、徐々に深く、奥で亀頭の形を感じながら…
「やべやべやべ…あぁ…たまんね…イクイクイク…イク…イク……イ…ク…!」
あぁ、ドクドクと奥まで「種付け」してくださっている…擦りこまれる…ぬるっと入る…ゴリゴリする…やべぇ…俺も…イク………………っ!
その瞬間、奥の奥まで挿し込んでくださり、ダラダラと透明の液体もこぼしてしまう。
あぁ…そのまましばらく繋がったまま、中を時折締め付ける度に、ビクンと反応があり、蕩けそうになる…何人分かわからねぇ種の匂いも充満して、マジたまんね…
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tokidokitokyo · 1 year
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Hospital Words in Japanese
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病院 びょういん hospital
受付 うけつけ reception (desk), receptionist, information desk
内科 ないか internal medicine
外科 げか surgery (branch of medicine)
整形外科 せいけいげか orthopaedic surgery, plastic surgery
耳鼻科 じびか otolaryngology, ear, nose, and throat department
産婦人科 さんふじんか maternity and gynaecology department, department of obstetrics and gynaecology
骨 ほね bone
骨折 こっせつ bone fracture
骨が折れる ほねがおれる a bone has been broken
図形 ずけい diagram
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kennak · 5 months
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9月21日午前6時に父が亡くなった。 老健からの退所が決まり、週末のみ自宅で過ごすことが決定してからの 我が家はまさに上を下への大騒ぎだった。 家の中までの導線を確保した上で車椅子が通るよう道を整備し、 父が使っていた寝室に入るサイズの介護ベッドを調達して 高齢の母の負担が極力減るようにヘルパーの力を頼りながらの受け入れ生活だったが あれほどの労力をかけて準備したにも関わらず、わずか2ヶ月ほどでピリオドを打った。 コロナ感染からの重症化で一時は命も危ぶまれた父は、奇跡的に回復するも 肺炎により嚥下機能が著しく低下していたため誤嚥性肺炎を繰り返しては再入院し、 「急変した際の延命治療はどうしますか」とその都度医師に聞かれた。 そして3度目の再発で入院し、同じように「どうしますか」と問われた時、 半ば慣れっこになっていた私たちは「回復の希望があるならできるだけのことはやってほしいが 機械の力を借りて心臓を動かすだけの措置なら不要」と回答した。 そしてその翌日、まるで私たちの会話を盗み聞きしていたかのように父は逝った。 今年もケムコ様より東京ゲームショウにお誘いいただいていたのだが 父の容体が安定していないことからギリギリまで返事を待っていただいていた。 (快く待ってくださったケムコ様には本当に感謝しかない。ありがとうございます。) 最初から断ることも考えたが、遠出すれば気分転換になるかもという現実逃避的な思考もあり 引き延ばすだけ引き延ばした挙句に父が選んだ旅立ちの日は9月21日、東京ゲームショウの開幕初日だった。 父についてのエピソードで一番古い記憶を辿ると、幼稚園のクリスマス会になるだろうか。 園児のところにサンタがやってきて菓子を配る恒例の会で私も楽しみにしていたのだが 当日やってきたのはサンタのコスプレをした父で、特に素性を隠すでもなく 大声で私の名前を呼びながら「おおしのびん、今年はワシがサンタじゃ」と菓子を手渡した。 私は幼稚園の年少組にして「サンタは親が演っている」ことを知ってしまったのである。 生粋の目立ちたがりで役職のつくポジションが大好きだった父を見て育ったせいか 私は人一倍自分を表に出すことを避けるようになり、今もこうしてハンドルネームでブログを書いている。 母から「お父さんのようになってはダメよ」と言われて育った私は、 言ってみれば父を反面教師にして出来上がった集合体のようなもので、何から何まで合わない。 合わないのに、成長するにつれて父に似た部分が体のあちこちに、思考の節々に現れては嫌悪した。 今にして思えば、父のようになりたくない、は、父のように何事にもオープンで大らかには生きられない 内向的な自分の劣等感が生んだ、羨望からくる逆恨みだったのかもしれない。 そのことを受け入れ、父の中に幾らかの可愛らしさを見出してからの親子関係は 世間で言うところの仲の良い親子には届いていなかったかもしれないが、そう悪くもなかったと思う。 3度目の入院の知らせは突然だった。 デイサービスから「微熱があり酸素量も少ないため念のため病院に連れていきます」と連絡があり またかと思いながら病院に駆けつけた。 前々回、前回と同じようにしばらく入院して、回復すればまた退院するのだろうとぼんやり考えていたので 入院手続きのために膨大な枚数の用紙に記入しなければならないことの方が気が重かった。 翌朝面会に行くと、父は痰を吸入してもらって楽になったのか静かに眠っていた。 夜中も1、2時間おきに吸入をしていたと聞き、頭の下がる思いがする。 とてもではないが、このケアを自宅ではできなかったろう。 父は私のことはわかっていたようで「会いにきたよ、わかる?」と聞けば小さく頷いていた。 「元気になって、また家に帰ろうな」と声をかけるとまた小さく頷いていて 「この様子なら大丈夫だろう」と少し安堵した。 しかし、翌朝の医師の説明では、心臓の機能が大分弱っているので 肺炎が治るよりも先に心臓が持たないかもしれないと告げられた。 そして、冒頭に書いたように「無理な延命治療は本人も辛かろうし不要。 楽になるための治療なら全力でお願いします」と回答して帰宅した。 その日の深夜、病院から容体がおかしいと電話があり、孫たちも連れて慌てて深夜の病院に 大勢で押しかけると、別室に移動した室内で父はスヤスヤと眠っていた。 「みなさんが到着される直前に急に安定し始めて」とナースは申し訳なさそうに笑ったが 「人騒がせなじいじだ」と悪態をつきながらも皆笑顔だった。 その翌日、またしても深夜に病院から電話があり、同じように大勢で深夜の病院に向かった。 酸素がなかなか上がってこないと昨夜より病室内の空気に緊張感があったが 当の本人は傍目には穏やかに眠っているように見えた。 「こんなことがこれから毎晩続くのかしら」と母が疲労困憊の様子で口にするのを聞きながら 昨日医師に「まぁ、こんな感じで心臓がゆっくり止まってしまうほうが本人は楽だと思いますよ。 本当に眠るように、何も苦しまずに済むので。」と言われたことを思い出していた。 ほどなくして心電図を表示している機械から危険を知らせるアラーム音が鳴り、慌ただしくナースが入ってきた。 「まだいったらだめだよ」「起きてじいじ」「起きないと怒るよ」と孫たちがそれぞれ父に声をかけ 「家に帰ろうよ」と姉が語りかけた後に、それまで黙って見守っていた母が父の手を取って話し始めた。 「じいじ、ねえじいじ、本当に好き放題に生きたわね。 突然商売をすると言い始めて、30年間も私にその店を手伝わせている間に 他所で女を作ったり、こっそり家のお金に手をつけたり。 その人を連れてゴルフに旅行にと遊びまわり、飲み歩いてね。 子育てなんて全部私に任せっきりで、ほとんどしなかったでしょ。 でもねじいじ、私はそれでも、あなたにまだ居て欲しい」 父の左手を両手で包み込み、まるで駄々っ子を宥めるように話しかける母の言葉を聞きながら 「おいおい、こんな男にだけはなるなと刷り込み続けて今更それはないだろう」と思ったりもしたが その言葉を聞いて、つくづく夫婦のことは夫婦にしかわからないのだと思い知らされた。 そして母が話し終えるのを待っていたかのように、9月21日午前6時に父の心臓は動きを止めた。 息を引き取る直前まで、話しかければ反応していたし、ゆっくりと腕を持ち上げたりピースサインも出せていて 「ぎゅっと握ってごらん」と言えば握り返していた父の時間は、本当に呆気なく止まったのだった。 けたたましい機械音さえなければ寝落ち���疑うほど穏やかな最期だった。 入退院を繰り返したとはいえ、何週間も昏睡状態が続いたわけでもなく、 在宅介護開始から2ヶ月、再入院から僅か2日で逝った父は ピンピンコロリとまではいかなくとも、ほどほどコロリぐらいの称号は与えても良い気がする。 面倒を見ていた親族の誰も介護疲れに陥らせず 別れを惜しむ気持ちを十分に残した上で旅立ったことは、家庭を振り返らず仕事に恋に奔放に生きた父が 珍しく見せた父親らしい気遣いと言っていいかもしれない。 週末は自宅で皆に介護されながら、コロナ感染の入院直前に食べるはずだった念願の鰻もちゃんと食し 早朝にも関わらず親族8人が見守る中で逝けたのだから、幸せだったろう。 亡くなる前日の朝、家族がいる手前では気恥ずかしさが勝ってしまい、正直な気持ちを話せないと思った私は ひとりで病院に面会に行き、眠っている父に向かって幼い頃から反抗的な態度を取ってきたことを詫びた。 「できの悪い息子でごめんな」と耳元で話していると、父が一瞬、私の手を握り返してきた、気がした。 あの時間がなければ、私の後悔はもっとずっと大きかったと思う。 テレビで何度も見かけた「9月21日午前6時21分、お亡くなりになりました」という医師の言葉を聞き終えて外に出ると もう空は明るくなり始めており、電話1本で飛んできた葬儀屋と話をしているうちにすっかり陽は昇った。 秋晴れの爽やかな朝だった。 悲しみに浸る暇もなく、数々の段取りが始まった。 実を言うと、2年ぐらい前から「親が亡くなった時にするべきこと」という ハウツーのページをブックマークしていて、折に触れて読み返すのを癖づけていた。 10年以上前の別れでは狼狽してしまい、何もかも人任せにしてしまった反省から いざという時にあたふたせず、冷静に適切な行動とれるための予習をしていたのだ。 親族と親しい方々への連絡、役所への届け出、葬儀の手配など まるで流れ作業のように進んでいって、翌日には通夜、翌々日の葬儀がすんなり決まった。 通夜の翌日、親族の集まった部屋に入ると、皆が見守る中で父が風呂に入れられていた。 旅立ちの前に全身を綺麗にするオプションサービスで、母が頼んでいたらしい。 髪も丁寧に洗い、顔もパック&化粧までしてほとんど韓流スターのようなフルコース。 一部始終を近くで見ていた姉が「私がやって欲しいぐらいのサービスだったわ」と感心していた通り 仕上がった父はこざっぱりして生気を取り戻したように見えた。 昼時になり孫たちが腹が減ったと言うのでGoogleMapで調べてみると 田舎のため近くにはコンビニぐらいしか引き当たらない。 「仕方ないから適当におにぎりでも買ってこようか」と義兄は言ったのだが 騒がしく葬るのが我が家のスタイルだからと、私の提案でデリバリーを頼むことにした。 幸い、配達圏内にカレー屋とピザ屋が引き当たったため Uberと出前館に一軒ずつ注文を出し、数十分後には親族控室はカレーとピザの匂いで充満した。 父の想い出話を肴にワイワイと盛り上がり、「こんなに騒がしい親族の控室はないんじゃないか」と 誰かが口にするほど賑やかな昼食になった。 年を取ってもジャンクフードが大好きだった父は、すぐ横で羨ましく見ていたに違いない。 皆で盛り上がっているところに葬儀屋が入ってきて、一枚の紙を置いていった。 折り鶴の形をした形状記憶用紙で、皆で一言ずつ別れの言葉を書いてお棺に入れるのだという。 「お疲れ様でした」「あちらでは偉そうな振る舞いをしないように」(←私)など各自が書き込み、 最後に全員のメッセージを読んでいると、看護学生をしている姪が書いたと思しき一文が目に留まった。 「きちんと面倒をみてあげられなくてごめんなさい。立派な看護師になってみせます。」 淡々と皆の様子を俯瞰で眺めてきた私は、その一文を読んで初めて涙腺が緩んだ。 父親としては赤点だったが、祖父としては孫達に慕われる良きじいじだったのだ。 父の顔の広さもあって、葬儀場には置き場所に困るほどの花が届き、弔問客で溢れ返った。 コロナ禍ではとても実現できなかったであろうし、やはり父はツイている。 「いよいよお別れの時です。 生前お付き合いのあった方は、どうか前に出てきてお顔を見て差し上げてください。 仏様は亡くなっても私達に多くのことを教えてくださいます。 命の儚さ、尊さ、多くの教えを私達の心に遺して旅立たれるのです。」 お棺を閉じる前のお坊さんの言葉に誘われるように棺の前に立ち、眠っている父の顔を覗き込んでみた。 次々と収められる花に囲まれた父は、加工アプリで装飾し過ぎた写真のようなビジュアルで少しだけ滑稽だった。 そしてその姿を見てフフッと少し笑った後に、訳もわからず涙が流れた。 時間にしてほんの1分ぐらいだったと思うが、どこかの栓が抜けたようにドバドバと流れて自分でも驚いた。 「最後ぐらい泣いてくれ」と、父が私の涙腺(栓)を抜きにきたのかも知れない。 こんな機会でもなければ会うことの無かったであろう、数十年振りの知人や親戚と再会し 様々な思い出話をしていると、この時間も父の置き土産なのだと感じる。 簡略化の進む現代風の葬り方にも良い点はあるが、昔ながらの葬式も、その煩わしさも込みでなかなか良い。 親族用にチャーターした火葬場までの送迎バスに乗り込む際、 片手で骨壷を持ち、片手でスマホを持って自撮りをした。父とのツーショットである。 山の中腹にある火葬場は薄曇りで少し肌寒かったが、待ち時間中はやはり四方山話で盛り上がった。 火葬を終え、小さな骨壷に収まった父と帰宅してから 四十九日までの予定を親族で確認し、それぞれが日常に戻っていった。 数日して何気なくiPhoneの写真フォルダを見ていると、入院時に父と撮った写真が出てきた。 亡くなった9月21日は金曜日、その写真は2日前の19日だったので 写真の上にはまだ『水曜日』と表示されている。 iPhoneの写真は1週間以内なら曜日で表記され、1週間以上が経つと○月○日の表記に変わる。 水曜日という表示に、まだ数日前まで父はこの世にいたのだと気づかされた。 老健に長く入っていたし、それほど頻繁に会っていたわけでもないのに 「もういない」ことが日毎に実感となって、音もなく雪が降り積もるように静かに寂しさが募っていく。 あっという間に四十九日を迎え、近しい親族だけで法要を済ませた。 葬儀の時と同じお坊さんがやってきて、最後にまたひとつ話をしていった。 「四十九日が経ちましたね。 毎日元気にお過ごしでしょうか。 今日はひとつ、時間と命について皆さんに考えていただきたいと思います。 私たちは皆、等しく流れる時間の中で生きています。 亡くなった方の時間はそこで止まり、しかし私達の時間は動き続けます。 時間の止まった方との距離は日々遠くなり、日常で思い出す機会が減ってきたり 悲しみが薄れたりしますが、そんな時こそ、生きていることを自覚していただいたいのです。 今日この場で皆さんと過ごした時間が二度と戻らないのと同じように 時間は先にしか流れないと自覚しながら、1日1日を大切に過ごして下さい。」 私にとって父が良い父でなかったように、父にとって私も良い息子ではなかったろう。 生きているうちにもう少し何とか出来たかもと思わないでもないが、全ては後の祭り。 是枝裕和監督の映画「歩いても歩いても」に出てくる 『人生はいつも、ちょっとだけ間に合わない。』を、まんまと私も体験してしまった。 先人からの教訓を受け取っていたのに、実践を怠って同じ後悔をして その気持ちをこうして文章に残し、誰かが悔いを残さないようにと祈る。 そうやって、人は生きていくのだ。
四十九日 - 忍之閻魔帳
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patsatshit · 4 months
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2023年も色んなことがあった。嬉しいことも嫌なことも悲しいことも。それでもこの夏はきっと終わらないって、心からそう思わせてくれた特別な日がある。8月19日、あれは猛烈に暑い日だった。そして今年のタラウマラ営業日のなかでも屈指の忙しさと売上を記録した日だ。朝から途絶えることなく自転車修理と整備業務に追われて滝のように汗を流しながらタイヤ交換をしていたときにSTRUGGLE FOR PRIDEの今里さんが「土井さん、久しぶり」と言って朗らかな笑顔で店先に姿を現した。これまでに自分の日記やSNS等でSFPについて何度も書いてきたから、SFPに対する僕の過剰な思い入れについては周知の通りだ。とにかく20代の僕の生活には常にSFPとECDがあった。だからと言って熱心にライブに足を運んだり、血眼になって音源やマーチャンダイズを探し求めていた訳ではない。もちろんライブに行くこともあったが、当時は声をかけたりはしなかった。直接、話をしなくても心で対話をしているような錯覚を抱いていた。そう、当時の僕ははっきりと痛い奴だったのだ。20代の自分を振り返るとなかなかにクソったれな日々を送っていたけれど、無理に同志を見つけようとは思わなかったし、誰かとつるんで何かをしようとも考えなかった。ボクシングのプロテストに挫折してからは、ひたすらに小説を書き続けていた。執筆時に爆音で流していたのがSFPやECD、そしてデトロイトのUnderground Resistanceの音源だった。その頃は参考文献と併せてBGMを記載していて、彼らの楽曲は必ずセレクトしていた。
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それくらいSFPの存在は僕が生きていく上での一本の「筋」や「芯」だった。彼らが居てくれたから、ウダツの上がらないシミったれた日々も「何とかなるやろ」と肯定できた。前回の日常炒飯事くんのインタビューからの流れで言えば、SFPが僕にとって20年来変わることのない「推し」なのかもしれない。サイクルショップすずめをやっていたときには常連のハタさんが「土井さん、SFPお好きでしたよね?」と言って、超デカい今里さんのポスターをプレゼントしてくれて、それを店頭にデーンと掲示したことでマリヲくんと出会うことになる。そんな今里さんとはじめてお話をしたのが2年前の年末、旧グッゲンハイム邸で開催されたRC SLUM主催のパーティーだった。タカアキ(BUSHMIND)さんに手を引かれ、紹介された。今里さんは「俺、ソウタくんの真似してタラウマラに突撃しようと思ってたんですけど、寝坊して行けなかったんですよ」といつものあの笑い声を聞かせてくれた。
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それから2年ぶりの再会、夏、茹だるような暑さの淡路の路上で。今里さん、お久しぶりです、このタイヤ交換をちゃっちゃと終わらせるんで、店内でゆっくりしてて下さいと告げるも、今里さんはお邪魔でなければ外で見てて良いですか?と言ってずっと店頭で僕の作業を見ていた。しかし当のタイヤ交換を終わらせても一向に客足が途絶えず、パンク修理、タイヤ交換、自転車販売、スタンド修理、チェーン交換と立て続く。あまりの慌ただしさを見かねた今里さんが「土井くん!俺も手伝うわ」と手を差し伸べてくれた。車体を押さえてくれたり、タイヤを取ってくれたり、スタンドを調整してくれたり。そのスタンドはタラウマラの主要登場人物シュウ(小学4年生)のもので、このシュウという少年はなかなかの個性持ちで、阪急淡路駅の改札をサラリーマンの後について入場し、そのまま難波や心斎橋まで行って駅員に保護されたり、23時を過ぎた人もまばらな淡路商店街で空き缶やペットボトルを並べてボーリングをしていたり、方々で犬と本気で喧嘩をしていたり、知らないおっさんの部屋で一緒にゲームをして遊んでいたりするような最高に愛すべき問題児なのだが、今里さんの前では珍しく猫を被っていた。途中、今里さんがコンビニに行った際にシュウのお母ちゃんが僕にそっと耳打ちする、うちのシュウがビビってる、と。僕は思わず爆笑した。ちょうど今里さんがコンビニから戻ってきたタイミングで、CHOPPY'S SKATEBOARDの上野さんが来てくれたので僕は修理作業を継続しながら紹介すると、おふたりはスケートボードや共通の知人の話で盛り上がっていた。その頃になるとようやくシュウもギアが上がってきて「どっちかのお兄ちゃん、僕のお母さんと結婚して欲しい」と冗談とも本気とも取れる言葉をぶっ込んできた(シュウの両親は離婚している)ので、みんなで爆笑。お母ちゃんは「お兄ちゃんらにも選ぶ権利があるわ」と言うて苦笑していた。結局シュウのスタンドは完全には直すことができず、ちょうどサイズも小さくなってきたこともあって、まだ整備できてないけど一台シュウにぴったりのサイズの自転車があるからそれが出来上がったらお母ちゃんに電話するからそれまで辛抱しとき、と伝えると瞳を輝かせて、ほ���ま!絶対やで!約束やで!と嬉しそうに手を振って帰って行った。その後もなかなか客足が途絶えないため、今里さんが「軽くメシでも喰ってくるよ、オススメある?」とおっしゃったので、食い気味に「大阪王将」と言うと「いや、王将が美味いのは知ってるけど、もうちょっとローカルのが良いな、せっかくやから」と苦笑い。僕も思わず、ですよね、と吹き出した。さっき今里さんが行かれたコンビニの裏手に「いしかわ」という定食屋があって、そこのカスうどんめちゃ美味いですよ、と伝えると、じゃあ行ってくるー、と今里さん。僕は一度、頭から水を被って残りの作業を続ける。ようやくひと段落つこうかというタイミングで今里さんが戻ってきた。え、もう喰ってきたんですか?と驚くと、いや、やっぱり土井さんと一緒に食べようと思ってお好み焼きを買ってきた、と手に下げた袋を見せてくれた。僕らは一枚のお好み焼きを半分こして食べた。そこでようやくゆっくり話せるかと思ったんだけど、またしても来客があり、整備依頼が舞い込んでくる。ついつい話し込んで僕の手が止まることを懸念して、今里さんはこれ以上いたら邪魔になるので今日はもう行きます、と店を出る。たくさんのプレゼントを頂いたお礼に僕は自分の作品を手渡した。そのときたまたま定食屋「いしかわ」の社長がタラウマラにやってきたので、今里さん、この方がさっき言うてたカスうどんの美味い店をやってるお父ちゃんですよ、と伝えると、ああああ俺やっぱりカスうどん喰っときゃ良かった、とほんまに悔しそうにしていたのが可笑しかった。社長は、わしはカスうどんなんて認めへん、あれは孫が勝手にやっとるだけや、とか言うて何やねんそれ(笑)。そんな訳で2年ぶりの再会はゆっくり話せるなんてことはほとんどなかったけれど、その時に流れていた時間は僕にとってはSFPのライブの激しさとDJ HOLIDAYのミックスで聴ける優しさが全部つまった特別な瞬間だった。この夏はきっと終わらない、心の底からそう思った。汗だくヘトヘトで閉店作業をしているときに今里さんからメッセージが届いて、スマホを持つ手が喜びに震えた。
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tsumakoushika · 6 months
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ひっそりとした場所にある桜の咲き乱れる樹下で、そっと口づけをした。時が一瞬止まったような気持ちになり、車の走り去る音や鳥の鳴き声が聞こえ、女の息遣いが耳に入ってきた。ずっと好きだったし、これからも好きだと伝えると、女は真面目な顔をして、そんなこと知ってるとちょっと怒ったように言った。女の顔を引き寄せ、もう一度長く唇を貪った。舌先をからめようとすると、女は拒否するように歯を閉じ、手で頭を撫でると力を緩め、閉じた歯をそっと開いた。舌をからめると、菜の花の辛子和えのような味がして、刺激的だった。
目を開けると、風に桜の花が舞っていて、陽光に輝きながら落下していった。女の背に手を回して、体と体を密着させたまま、そっと寝かした。そして、胸に耳を当てて鼓動の音を聞いた。とく、とく、とく、とくと少し早いリズムで心臓の音が高鳴っていた。心臓の音を聴きながら抱きしめると、女も私の背に手を回し、そっと抱き合った。こんな場所だが、女のシャツのボタンを二つぐらい外し、手を突っ込んで胸を触った。女はいやと言いながらも抵抗はしなかった。昂ぶる気持ちが抑えらなかった。このまま乱暴にでも最後までしてしまいたかった。きっと女は強くは抵抗しないだろう。そんなこと知ってる。でも、この桜の花びらが流れ落ちる下でこの美しい女を思いのまま抱いてしまうと、二人とも不幸になりそうな予感がした。それは私ではなくても誰もが思うだろう。できればこの女を幸せにしてやりたかった。それに値するいい女だった。
女の顔に目をやると、目尻から涙がこぼれていた。どうしたんだと問うと、こんな美しい情景ってあるんだねと上を見ながらつぶやいた。振り返ると桜の花と花の間から桜の花が折り重なるように見え、光が筋になって降ってきていた。二人でこの光景を見ることができて良かったと言うと、そうあなたとだからいいのよと答えが返ってきた。私は呆けたようにその光景を眺めていた。女は私の手をシャツの間からそっと抜くと、一つずつ上からボタンを外して、するりとシャツを脱いだ。桜とどっちが綺麗?と女はほほ笑みながら尋ねてきた。私は間髪入れずに、そのまま押し倒した。幸福になろうが、不幸になろうがもうどっちでもいいような気がした。私は無我夢中で女を抱いた。
全てのことが終わった後、敷物の上は桜の花びらが敷き詰められていた。私の肌にも女の肌にも桜の花びらはついていた。世界の終わりって、こういう感じなのかなと言うと、女は何も言わなかった。目をつぶって何かを考えているのか眠っているのか、浸っているのか、それとも後悔しているのか分からなかった。
明日には雨が降るようだ。今年の桜も今日が終わりだろう。
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ari0921 · 2 days
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024)4月24日(水曜日)
   通巻第8226号
 司法長官とは言葉を慎重に沈着に選ぶポスト
  「極左、社会主義社会へ暴走する彼らは『犯罪集団』だ」
*************************
 
 全米の主要メディアとSNSを牛耳る左翼勢力は「凶悪な犯罪組織だ」とバア元司法長官が発言した。バア元司法長官はトランプ政権末期、トランプを批判したことで知られるが、反トランプではない。
 バア元司長官は2024年4月20日、FOXテレビのインタビューで次のように語った。「問題がトランプ自身の行動にあることは事実ですし、選挙後、それが非常に厄介だと感じたこともあった。しかしトランプが独裁者となり、権力を掌握するという考えは、我が国が直面する脅威ではありません。我国が直面している脅威は極左集団の跳梁跋扈であり、実際に社会主義的な制度へと向かいつつある傾向は、保守陣営からの反対を許さず、人々の参加を取り消し、大学で教えられる視点が一つしかなく、子供の教育に関して親を視野から排除しようとする。彼らは
強硬な凶悪犯の集団です」
 (まったく日本と同じ状況ではないか)
バア元司法長官はつづけた。
 バイデン大統領は「国境に関する法律を施行していない。彼は、勤勉な納税者やその恩恵を受けられない人々にその負担を課す米国への数百億ドルの借金を容認している。裁判所はすでに民主党政権の権限逸脱を指摘したが、バイデンは票を買うために選挙前に(大學ローンの減免など)を実行しようとしているこれは無法かつ卑劣な行為です」
 イスラエルとウクライナ支援予算は紆余曲折を経て下院で可決されたが、おどろくべし、国内の治安対策、とくに不法移民対策への予算はゼロ。バア司法長官が指摘するとおり、「社会主義的な制度への傾向は、保守陣営からの反対を許さず、大学で教えられる視点が一つしかなく、子供の教育に関して親を視野から排除しようとする。彼らは強硬な凶悪犯の集団である」
「同時に、バイデン政権は実際、民主主義にとってより大きな脅威であると私は考えています。彼らは全体主義的な気質を持っていると思います。彼らは進歩的な運動を支持しており、反対派や言論の自由を抑圧��ようとしている」と彼は警告した。
「最も害が少ないと思われる人物を選ぶのが私たちの義務です。それは明らかにトランプ前大統領と共和党政権です。優先事項は、国境を制圧し、都市部での無法行為を阻止し、国力を強化し、ビジネスやテクノロジー部門を窒息させる過剰な規制を防ぐことでなければならないのです」
バー元司法長官は、これらの目標が「トランプ政権下で達成されると信じている」とまとめた。
司法長官とは言葉を慎重に沈着に選ぶポストである。
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angelpartner-blog · 1 year
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・ 飼い主さま募集中💓 スコティッシュフォールドの女の子赤ちゃん🐈🐾 <2022/10/10産まれE♀> ・ 生後50日経過のとっても可愛い女の子です🤍 週明けにワクチン接種とマイクロチップ装着を予定しております❣️ ・ 📌レッドタビー&ホワイト🐾 →折れ耳・ロングヘア🎶 ・ ・ ・ ◎飼い主さま募集中🐾 ◎ご見学受付中🐾 ◎お迎えのご準備(ケージの設置など)が出来ている場合には、生後2ヶ月頃から成長に応じてお迎えいただけます🎶 ・ 子猫の詳細情報やお写真は、ホームページでご紹介させていただいております💕 ・ ・ ・ …………… ・ ※ご見学の際は、ご家族皆さまの同意を得てからのご予約をお願いしております。 ※ご家族の方の中に反対される方がいる場合には、お譲り出来ませんので予めご了承下さい。 ※お迎えをご希望いただいた場合でも当方の判断により、飼育に不安を感じる飼い主さまへはお譲りしておりません ・ ⚠️子猫が見たいだけ…など、ペットショップ感覚でのご見学はご遠慮ください ⚠️ペットショップ、他ブリーダー、猫カフェ等へのお立ち寄り後のご見学はご遠慮ください ⚠️ 猫アレルギーの心配がある場合には、ご見学予約&お問い合わせの前に検査をお願いいたします ⚠️ご予約確定の時点で【商談中】に切り替えをして別の方へのご紹介自体をお止めしますので、ご予約の際には家族皆さまでご相談ください ⚠️子猫価格の半額分をご予約金としてお預かりさせていただきます ご予約金のお預かり後、飼い主さま都合のキャンセルの場合にはご返金が出来ませんので、ご注意ください ・ …………… ・ ・ ・ #生後50日 #女の子赤ちゃん #5兄妹 #折れ耳 #立ち耳 #折れ耳スコ #立ち耳スコ #スコティッシュフォールド #スコティッシュフォールド子猫 #スコティッシュフォールド男の子 #スコティッシュフォールド女の子 #スコティッシュ #スコティッシュフォールド折れ耳 #スコティッシュフォールド立ち耳 #スコティッシュ折れ耳 #スコティッシュ立ち耳 #スコティッシュフォールドショートヘア #スコティッシュ長毛 #スコティッシュフォールド長毛 #スコティッシュ垂れ耳 #スコティッシュストレート #スコティッシュ子猫 #スコティッシュフォールドブリーダー #scottishFold #ブリーダー #ブリーダー直販 #埼玉県ブリーダー #AngelPartner #エンジェルパートナー #飼い主様募集中 (子猫ブリーダー&販売/Angel-Partner) https://www.instagram.com/p/CloHS9jvoVv/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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nyantria · 2 months
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アメリカが主導した昭和天皇の戦争犯罪の証拠隠滅
昭和天皇と731部隊
http://blog.livedoor.jp/nobug51/archives/1103925.html
欧米の帝国主義にならって、日本も中国侵略を真剣に考え、実行していった。
当時、天皇は現人神であり、日本国においては絶対の存在だった。小さい頃から、家庭や学校で天皇を拝み、学校では教育勅語を奉読され、天皇のために死ぬことが最高の価値のように教えられた時代でもあった。
 日本の傀儡政権が満州に成立すると、早速、その地で、安くて強力な兵器(貧者の核爆弾)の開発を目指した。その中心になったのが陸軍軍医少佐の石井四郎であった。
 1936年、天皇の認可の下に中国ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り、東京の陸軍軍医学校やその他の石井のネットワークと連携しながら、中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。
 そこで開発された細菌爆弾(陶器爆弾)は中国の都市で実戦された。ペスト菌で多くの被災者を出し都市は混乱した。
 研究成果は思ったよりも上がらず、兵器の開発を急いだが、時すでに遅く、ソ連の参戦を許してしまった。
 ソ連が参戦するや否や、軍部・天皇はいち早く731部隊の証拠隠滅をはかり、建物を爆破し、収容されていたマルタを全員殺し、731部隊員を急遽日本へ戻した。
 これも戦争犯罪がばれると、天皇にもその責任が問われることになるからだ。
 731部隊にも何人かの皇族が行き来し、実際731に係わっていた皇族もいた。東条も足を運び、大元帥昭和天皇の耳にも731についての情報は入っていたはずである。
 莫大な予算をかけ、全国の優秀な医学者を集めて作られた731部隊は、軍部・天皇がもっとも期待していた部隊ではなかったか?
 戦後、アメリカは731部隊幹部の尋問を細菌兵器の専門家に担当させた。
ところが、731部隊幹部は事実を隠し続け、人体実験はしていないと嘘を通した。
 1947年(昭和22年)1月に、ソ連が石井ら日本にいる731部隊員の尋問を要求した。ソ連とアメリカの交渉により、人体実験のことが明らかになると、アメリカは人体実験・細菌戦のデータを独占しようと、石井らと打ち合わせをする。その結果、ソ連の尋問は形式的なものになってしまった。
 731の戦犯追及をしていた占領軍(アメリカ)の法務部の活動はアメリカ自身の手によって強制的に停止され、詳細なデータはアメリカが独占することになり、東京裁判では731部隊のことは裁かれなかった。
 マッカーサーと本国アメリカとの交渉の中で、データの独占のこともあったが、もう1つの大きな懸案は、天皇にその責任が及ばないようにすることだったのではないか?
 マッカーサーは当初から日本の占領にあたって、天皇の力を利用しようと考えていた。
 また、マッカーサーは自国の遅れていた細菌兵器の開発に日本軍のデータが役立つだろうと見ていた。何としても、細菌戦や細菌兵器のデータが欲しかった。
 731部隊の戦犯追及をすると、そのデータは独占できなくなり、またその責任が天皇に及ぶのを恐れたのではないか?
 (ドイツでは人体実験にかかわった医師などが「ニュルンベルグ継続裁判」によってアメリカの手によって裁かれている!最高責任者ヒトラーはすでに自殺している。)
 日本政府とアメリカは、一緒になって、731の隠蔽を図り、これが東京裁判で裁かれない様にし、その残虐な事実が国民の前に公表されないようにした。
昭和天皇とマッカーサーとの会談は極秘裏に戦後11回行われた。
新憲法が制定された後でも、「象徴天皇」という新たな憲法上の地位に“制約”を感じることもなく「政治的行為」として、マッカーサーと「トップ会談」がなされていた。それも、当時の政府を飛び越えて行われていた。
 それ結果、裁判で国民の前に731の情報が公開されなかったし、追及もされなかったものだから、大元帥昭和天皇の戦争責任は問われなかった。
※パウエルの記事と森村の本は、日本で政府が見解を出さざるを得ないほどの騒ぎを巻き起こした。政府は国会で731部隊の存在と、731部隊の戦争犯罪について初めて認めた。議論の中で政府は、石井の細菌実験について知りながら石井にかなりの軍人恩給を給付していたことを全く偶然に露呈してしまった。(『死の工場』ハリス著:柏書房)
・天皇裕仁は、明らかに、2度にわたって石井の実演を目にしている。
1度目は1933年に陸軍軍医学校を視察した折、もう1度は恒例の天皇訪問の際の、海軍の艦船上においてである。石井が濾水機の1つに放尿し、その濾過水を飲み干すよう天皇に恭しく差し出したとされているのは、天皇が視察したそうした折のことだった。・・・天皇はその申し出を断り、そして石井は尿を濾過したその水を見るからに嬉々として飲み干したという。
・軍医中将で元関東軍軍医部長の梶塚隆二によれば、石井は「天皇の軍令」によって1936年に平房の実験を開始する許可を与えられたと言う。・・・・梶塚によれば、その後1939年に、天皇は、石井の特殊部隊を再編成するようさらにもう1つ軍令を発布した。・・・・
 石井が東京の高い地位のところに、ひょっとすれば最も上のところに味方を持っていたことは明らかである。
・軽く見てはならないのは、石井と��松の部隊は、裕仁の勅令���よって設立された部隊であるという事実である。他の多くの部隊は、必要とされた時に陸軍の内部で適当な司令官によって設立された。
・軍事細菌研究のさらにもう1つの拠点が長春の第100部隊(部隊長:若松有次郎)であった。作戦任務のための資金供給は莫大かつ無制限だった。部隊は2つの経路から資金を得ていた。すなわち、東京の陸軍省と、関東軍司令部の第2部である。(陸軍省から人件費60万円の予算が、100万円が関東軍司令部の第2部から攻撃的生物戦の研究のために支出された。731部隊の予算総額は1000万円、人件費300万円、20万から30万が各支部の運営費、600万円が細菌製造、実験、研究費用である。しかも731部隊の予算は国会の場で細部を発表されることはなかった。関東軍の獣医将校は、生物戦の資金は底なしだと自分は理解していたと語っている。)
・石井はノモンハン事件の間に彼が行ったサービス業務に対する褒美として、天皇の玉璽の押してある大変名誉な政府表彰を受けた。彼の部隊は、同じ戦闘中における英雄的な行動に対して、天皇から価値ある表彰状を贈られた。
このことも、またしても無二の名誉だったのである。他の医療部隊も日本の戦争において勇敢に働いた。それなのに、20世紀において他の医療部隊が天皇の表彰状をその業務に対して受けたことはない。裕仁が、これらの名誉ある賞を与える前に、いくらかの調査を行ったのではないかと疑ってもおかしくない。
 (1939年に発生したノモンハン事件では、出動部隊の給水支援を行うことになり、石井式濾水機などを装備した防疫給水隊3個ほかを編成して現地へ派遣し、部長の石井大佐自身も現地へ赴いて指導にあたった。最前線での給水活動・衛生指導は、消化器系伝染病の発生率を低く抑えるなど大きな成果を上げたとされる。その功績により、第6軍配属防疫給水部は、第6軍司令官だった荻洲立兵中将から衛生部隊としては史上初となる感状の授与を受け、石井大佐には金鵄勲章と陸軍技術有功賞が贈られた。)
・『731部隊-天皇は知っていたか?』と題されたそのドキュメンタリーは、2人のベテランのテレビジャーナリストによって製作された。・・・アメリカ、イギリス、その他の連合国軍の西洋人捕虜が、人体実験の犠牲になったことが暴露された。その上、ドキュメンタリーの製作者・ナレーターは、天皇が満州での細菌戦の人体実験を知っていたことを強く示唆している。
・1930年代において、くるくる替わった日本の内閣においては役目を果たすように〔大臣職に〕任命された軍部のリーダーたちは、誰もが満州で起こっていることを認識していた。参謀本部のスタッフ〔立案者〕とその上司たちは、石井、若松、北野のプロジェクトに精通していたし、細菌兵器の開発研究を助けた。・・・・
 何千人もの、もしかしたら何万人もの陸軍の軍医や獣医、生物学者、化学者、微生物学者、技術スタッフその他の似たような職の人々が、定期的に交代で満州や〔その他の〕中国占領地に派遣されている。(731部隊には専用の飛行場があり、専用の飛行機も複数持っていた。東京⇔ハルピン間を何度も往復して情報交換や物資の輸送などをしていた。また、他の部隊との連絡にも使った。)
・軍部を除けば、外務省が平房での秘密の任務について認識していたことは確実と思われる。それは、ハルピンの日本領事館の地下室がマルタの留置場として使われていたことからも言える。
・東久邇は早い時期に、平房の施設を旅先で訪れている。
・1939年2月9日に、裕仁の弟である活発な秩父宮は、陸軍省の大会議室で、2時間半にわたる石井の「雄弁な」講演に出席した。
・天皇の一番下の弟である三笠宮は、施設の多くに立ち寄った。
・竹田宮は関東軍の首席主計官として、満州におけるすべての細菌戦の関連施設に割り当てられる金を扱った。・・・また、平房〔の施設〕に立ち入る際には竹田宮・宮田が発行した通行証を求める必要があった。関東軍司令官もしくはその直属の部下が731部隊を訪れるときは、竹田宮自身が彼らの一行に混じって彼らをエスコートした。
・天皇は、その倹約〔の精神〕でも知られていた。彼は常々、役に立たないもしくは取るに足らないプロジェクトのために、政府の支出が無駄に使われないよう懸念していると表明していた。細菌戦のプログラムは、国の資源の大規模な乱費であった。第2次世界大戦中、平房、長春、奉天、南京の主要な基地および多くの支部施設は、少なくとも1500万円から2000万円、多分それ以上の年間予算を食い潰して機能していたに違いない。天皇が軍事予算を詳細に調べたなら、満州やその他の中国における何千もの人員の滞在は、天皇にとって関心事だったはずである。裕仁はまた、特別の武器研究にその使途を限定された秘密の帝国予算を持っていたが、それが満州や中国において細菌戦の研究に使用されていても何の不思議も無い。
・裕仁は細菌戦の研究については知っていたのだろうか。おそらくイエス、であろう。このプロジェクトは、単純に、天皇の目から隠しおおすには、大規模すぎた。費用も、天皇の政府費用に対する鋭い関心から逃れるには巨額すぎた。・・・・最終的に、大日本帝国において、政策決定は政府の最高レベルで行なわれるべきものであって、陸軍の将軍たちの気まぐれでできるものではなかったのである。
(以上『死の工場(隠された731部隊)』:シェルダン・H・ハリス著、近藤昭二訳より抜書き)
・731部隊の組織犯罪については、関東軍という日本陸軍の一駐留軍の指揮命令系統下にあった。部隊そのものは関東軍司令官の直轄であり、あらゆる人体実験も形式上は司令官の命令無しには行なわれえなかった。また、731部隊以外の「防疫給水部隊」(北京、南京、広東など)も日本陸軍の中国派遣軍の指揮下にあった。
日本陸軍を統括していたのは陸軍省であり、その上には天皇がいた。したがって731部隊の人体実験の最終責任者も天皇である。(『検証 人体実験 731部隊・ナチ医学』小俣和一郎著:第3文明社)
http://blog.livedoor.jp/nobug51/archives/1103925.html
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fisk0401 · 7 months
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ウマ娘パロ爆轟(※notにょた)
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最近つわきさんと盛り上がっている適当ヒーロースーツにウマ耳とウマ尻尾つけただけのパロ
この二人は寮で同室です!!
中距離G1とか有馬記念で対決してほしいな~
かっちゃんはわりと設定固まってるんですけど、焦凍くんはふわついてます。スタート苦手だから追い込みかな~くらいの感じです。かっちゃんの登山家はなかなか良いチョイスだと思ってる(いつもウマ娘育成中に登山家スキル見るとかっちゃんを思い出します!笑
でもかっちゃんにはぜひとも金スキル勝利への執念を装備しててほしいんですけどね〜中距離適性のスキルなんですよね〜〜短距離マイル適正のかっちゃんが努力と才能で無理矢理長距離も走るよ!という夢を捨てきれないオタクです…
それはそうと、焦凍くんにはぜひ骨折していただきたいと考えています(許されれば12月のイベントの無配で思いっきり書きたい…
ウマ娘は暴力やグロ禁止なので、ウマ男子焦凍くんにそのへんを担ってほしい……
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shilighap · 7 months
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不思議な理解者の結婚式
他の人と話す時の喉から空気を振動させる為だけに出したような声。脳みそも心も通さない、ただ相手の耳に届くように計算だけされた言葉を並べる人。
女に妙に優しくてちょっと上擦って、きざで紳士的ででもやっぱり計算ばかりでふわふわしててしっくりこない。
そんな自分に寂しさを抱えたような人。
私にだけは地に足ついたしっかりした声で本当の内側を話してくれる。妹のように可愛がってくれて姉のように慕ってくれていた。
高砂にいても会場の1人だけなぜか浮いていて笑ってしまう。時折助けを求めるように困った顔をしてこっちを見るから可笑しくて頑張れよっと手でしっしってやる。妙なコンタクト。
余計な演出もなく色んなものを省いてシンプルに淡々と進行したあいつらしい式。
結婚報告(というよりプロポーズの事前報告)以来あいつが淡々と経営しているような夫婦間にどこか安心しているのかな。好きになる訳でもなかったのにあいつの1番の理解者でいることが私の密かな喜びだった。互いに都合の良いキープだったね。
この先上手くいくもいかないもあいつ次第な結婚を目の当たりにして、秋らしい涼しさにボーッとしてしまう。
じわじわ汗をかかないからデニムが履きやすくて良い季節。チョコを冷蔵庫でパキパキにせずにそのまま美味しく食べれる季節。
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tokidokitokyo · 1 year
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ことわざ 12/?
ことわざ are Japanese proverbs, and I have listed some basic proverbs, their equivalents in English, and a rough translation of the meanings of the Japanese phrase.
There is a test for ことわざ called the ことわざ能力検定 (ことわざのうりょくけんてい) and these are the phrases that appear in level 9 or 9級 (10 being the lowest level). For the time being, try one or two of these out the next time you speak with a native Japanese speaker!
ことわざ (こと検9級): 11 More ことわざ (こと検10級): 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11
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顔から火が出る
かおからひがでる
to turn red with embarrassment
as if fire is coming out of your face
顔が売れる
かおがうれる
to be famous
a face that sells
顔が利く
かおがきく
to be influential
a face that has an effect on others
顔が立つ
かおがたつ
to save face
maintain the standing of one’s face (reputation)
顔が広い
かおがひろい
a social butterfly
a face known far and wide
顔に泥を塗る
かおにどろをぬる
to throw egg in someone's face
paint someone's face with mud
顔を立てる
かおをたてる
to defend someone's honor
improve the standing of one’s face (reputation)
固唾を呑む
かたずをのむ
to gulp nervously in anticipation
swallow the dried saliva in your mouth
肩で風を切る
かたでかぜをきる
to strut or swagger
slice the wind with your shoulder
肩の荷が下りる
かたのにがおりる
to have a weight lifted off your shoulders
a burden lowered off your shoulders
肩身が狭い
かたみがせまい
to feel inferior
shoulders and body scrunched narrow together
肩を怒らす
かたをいからす
to act tough
angry up the shoulders
肩を入れる
かたをいれる
to lend your support
put in your shoulder
肩を落とす
かたをおとす
to express disappointment
drop (slump) your shoulders
肩を貸す
かたをかす
to lend a hand
lend your shoulder
肩を並べる
かたをならべる
to be equal in strength or skill
shoulders lined up
肩を持つ
かたをもつ
to side with
hold someone's shoulder
痒い所に手が届く
かゆいところにてがとどく
meticulous and thorough
a hand that reaches all itchy areas
危機一髪
ききいっぱつ
a close shave
avoiding danger by a single hair's breadth
木で鼻をくくる
きではなをくくる
to act apathetic or antisocial
rub your runny nose against a tree
肝に銘じる
きもにめいじる
to take something to heart
engrave on your liver
肝を潰す
きもをつぶす
to be startled
have your liver (courage) destroyed
肝を冷やす
きもをひやす
to be worried for your safety
have your liver (courage) chilled
口裏を合わせる
くちうらをあわせる
to get your stories straight
coordinate your hidden mouths
口から先に生まれる
くちからさきにうまれる
a chatterbox
born mouth first
口が重い
くちがおもい
a person of few words
heavy mouth
口が堅い
くちがかたい
tight-lipped; trustworthy
tight mouth
口が軽い
くちがかるい
a blabber-mouth; a gossip
light mouth
口が酸っぱくなる
くちがすっぱくなる
tedious; repetitive
a mouth gone sour
口が滑る
くちがすべる
a slip of the tongue
mouth slip
口が減らない
くちがへらない
someone who always needs the last word
a mouth that never decreases in output
口が悪い
くちがわるい
sarcastic and rude
bad mouth
口車に乗る
くちぐるまにのる
to fall for a con
get on board with someone's fast-talk
口に合う
くちにあう
palatable, tasty
pairs with your mouth
口八丁手八丁
くちはっちょうてはっちょう
a smooth operator
having 8 tools (multi-talented) in both speech and action
口火を切る
くちびをきる
to get the ball rolling
strike an igniting spark from a flint
口を揃える
くちをそろえる
to speak in unison
arrange mouths
口を尖らせる
くちをとがらせる
to scowl or pout
make your mouth pointed
口を拭う
くちをぬぐう
to keep a straight face
wipe all emotion from your mouth
口を挟む
くちをはさむ
to interrupt
insert your mouth into the conversation
口を割る
くちをわる
to spill the beans
split your mouth open
首が回らない
くびがまわらない
drowning in debt
buried and unable to turn your neck
首にする
くびにする
to fire someone
cut off a head
首を傾げる
くびをかしげる
to show puzzlement
tilt your head to the side
首を縦に振る
くびをたてにふる
to nod in the affirmative
shake your head vertically
首を突っ込む
くびをつっこむ
to stick your nose in someone else's business
stick in your neck
首を長くする
くびをながくする
to crane your neck
elongate your neck in anticipation
首を捻る
くびをひねる
to express doubt or suspicion
twist your neck in critical thought
腰が強い
こしがつよい
tough, unrelenting
strong hip (resistance)
腰が低い
こしがひくい
humble
lowered hip (resistance)
腰を折る
こしをおる
to sabotage
break something at the hip (crucial support point)
腰を据える
こしをすえる
① to settle down and focus
② to settle into a spot
settle your hip
腰を抜かす
こしをぬかす
to be so shocked you need to sit down
so shocked your hip comes loose
小耳に挟む
こみみにはさむ
to overhear
get something caught inside your little ear
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kennak · 4 months
Quote
『小学生にしてはすごいが、このレベルの子は高専にはたくさんいる。ネットで調べた形式的な知識はあるが、科学の基本的概念の理解が浅い。周囲の助言にあまり耳を傾けず、実験に失敗した時の諦めも早い。これでは厳しいよ』突出した子を集めた英才教育に挫折https://www.asahi.com/articles/ASRDX4TVJRDQUCVL04V.html
Xユーザーのtakesakoさん
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