Tumgik
#考察
hitujijp · 4 months
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ちゃんとサボってますか?
もう若くなくなった時、スタミナが無くなったからって無理に走り込みなどはしない方が良い。余計に関節にダメージが蓄積するだけだ。 練習に関しても同じ、練習時間は減らして一向に構わない。スタミナが減ると、必然的に練習時間は減るので尚良い。それが自然。むしろ練習時間より、頻度の方を重視した方が好ましい。 プロでもある程度年齢がいくと、試合形式やスパーリングを避ける練習方針が存在する。その効果はある程度実証されていて、余計な負担が体に蓄積しない為に選手生命が長く、引退後も体の不調が少なくなる傾向が有る。 そもそも運動はやり過ぎると身体の酸化を催し、活性酸素の悪影響を強めかねない。頑張らなくてよろしい、全力は出さなくてよろしい。年齢相応にいかにサボり、いかに楽に動けるかを老獪に追求するべきだとオレは考えている。 しかし、それは運動に慣れていないと案外難しい所作でもある。運動センスが乏しい人ほど、何も考えずにとにかくやる、という感じになってしまい、気が付けば頑張る、全力でやる身体負荷の高い運動になりがちだ。 実はサボるという所作は、巷で連想されるより高度な技術の結晶で、実際本当にサボっていて成り立つ訳では無い。試行錯誤と経験によって築かれた高効率出力装置、それが「サボる」の真の名前である。
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hotelinfernoll · 10 months
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呼び方まとめ
( )は心の中
1998
BK→HL:あんた、おまえ、ハル、ハルさん、君
HL→BK:君、斑目貘さん、貘さん、(あなた)
2001
BK→HL:(ハル)
HL→BK:貘君、君
200X
BK→HL:お前、アンタ、(ハル)、あんた、ハル
創一:君、斑目貘、お前、貘さん
蜂名:斑目貘、君、斑目貘君 *ラロ氏
創一が貘を「お前」呼びするのはハンカチ落としの時だけ。あと2001屋形越えで貘が一度も名前呼んで無いのが、まだ敵になる心の切り替えが出来てないって感じでいい。
本編の敵対期に貘とハルが直接話してるのって
①2001屋形越え、②廃坑、③古書店、④プロトポロス三国会議、⑤エアポーカー直後、⑥オベリスク前〜ハンカチ落とし 
だけなんだよね〜。あと番外で⑦OXY編。
1998貘は「ハルさん」とか「君」とか呼んでるので、ホテル的二次創作では、貘は「ハル君」「ハルちゃん」とかいろんなバリエーションで呼ぶし、他の名前(切間創一、蜂名直器)は基本的に使わない(たぶん)。内調とか勝負の時とか対外的にどうしても「ハル」が使えない時は使うけど、ふたりっきりの時はハル以外の名前では呼ばない。
やっぱり「ハル」って「切間」や「蜂名」を封じた貘による「呪」なんだよね。ふたり自身もそう思ってると信じてるホテルインフェルノであった。
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leon-write · 11 months
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 思い立って電子版で新聞をとりはじめた。一人暮らしを機にテレビを見なくなり、ニュースはYahooとかで見るようにしてたんだけど、どうにも私の見方が良くなくて、心が波立つゴシップばっか見てしまって疲れたのがたぶん一番の原因な気がする。
 情報が欲しいのに、トップニュースだけ拾うとかサジェストされるニュースばっか見てたからだろう。あとは、Twitterでトレンドを眺めるとかそういう感じで情報に触れてたのも大きいのかな。ニュースのコメント欄や、トレンドに関する色んなツイートはかなり「感情的」で尖ってるのが多くて、なんか凄くぐったりするなぁと思うようになったのが最近だった。感情的な情報じゃなくて、もっと淡々としたニュースに触れたくなった。んで、できるだけ社会情勢のことに関するニュース。芸能とかそういうのはもういいやってなってた。
 そんな時にふと、家に届いた市報を何の気なしに読んだ。いつもはパーッと表紙を眺めて終わってたのを、頭からおしりまでじっくり読んでみた。市の情報とか、求人、今後やる催し物とか今やってる空手教室とかそういうのばっかりなんだけど、なんかちょっと楽しかった。へー、こんなのやってるんだ。はー、こんな求人あるんだとか、そんな感じが新鮮だった。
 それから、選挙に立候補した人の広報も一緒に届いてたから、こっちもじっくり読んでみた。実現可能なのかはともかく、どんな政策をやろうと志してるのかをざーっと見ていくと、何となく今何が注目度が高いかとか、その立候補者が所属してる党のなんとなくのカラーがぼんやり見えて、それも面白かった。ヤバい人もいたけど( ᐛ )
 んで、ああ、なんかいいなコレって思った。もちろん世の中の全部が見えるようになった訳でもないし、わかんない言葉とか知らないワードというか、言葉としては知ってるけど具体的にどのように問題かまでは知らないことが書いてあるけど、それがなんか楽しい。別に市政も政治もそこまで興味はないんだけど、その興味ないことも意外と面白いなって思った。自分が興味を持ってない世界がそこにあるのが面白かった。
 たぶん、Yahooニュースとかそういう検索エンジン系のニュースや、Twitterのトレンドって結局は「自分が興味を持っている事柄」に関してサジェストしてくれるから、そうじゃない事が新鮮に感じたんだろうな。テレビを見なくなって、情報をネットから仕入れようってなった時、記事を選ぶのは自分だから、どうしても「自分が興味を持っている事柄」を選んでたんだろうな。意識的にも無意識的にも。たまにそれは良くないと思って他のニュースにも触れようとするんだけど、でもたぶんそれもどこかで自分の興味の近くにあるものを選んじゃうんだろうな。だから似たような情報ばっかりになって、それをさらに詳しく知ろうとすると、それに詳しい人だったりそれに強い関心を持っている人の記事やツイートに触れる機会が多くなる。
 そして、深みに行けば行くほど「それだけに関心がある」みたいな人や、それについての激しい意見なんかにも触れるようになってくる。そこまで行くとかなり「感情的」な部分が強い意見が多くなってきて、その感情に当てられて怒ったり悲しんだりし始めて、その出来事の実態もよく知らないのに感情だけ先行するようになって、それに大なり小なり振り回されて疲れてくるのかなーと。さらに、検索エンジンやTwitterなどのSNSは、その人の興味にあった情報をサジェストしてくれる。それによってさらに「興味」の分野に特化した情報にばっかり触れるようになっていくから、その流れからなかなか抜けられなくなる。
 それにプラスして、検索エンジンやSNSは広告が散りばめられている。酷い時は記事の間とかにヌルッと入ってて、文章を読んでいる途中に挟まっててめちゃくちゃ読みづらくなったりする。気になったことを調べようと検索エンジンに単語を入れて検索して、それでたどり着いたサイトも広告まみれで文章が変なところで飛んでて読みにくい。それが地味にストレスだったんだなーと思う。先鋭化した意見の感情に振り回され、広告に振り回され、それで疲れたんじゃないかな、と。
 そして、市報や立候補者の広報にはそれがなかったから、ただ情報が並んでるだけだったから、それが凄く新鮮に感じたんだろうなと思う。淡々と並んでる情報が、動く広告や途中に差し挟まる広告を見ることなくスルスル読める。しかも、自分が興味無いことにもたくさん触れられて、そうなんだ!って思える。それが楽しく感じた。
 それで、それに一番触れられるのはなんだろうって考えたら、新聞のような気がしたんだな。ネットニュース見てても、新聞社の出している記事は思想の偏りはそれぞれの新聞社にあれど、それでも極端に先鋭化はしてないなとぼんやり感じてた。なんていうんだろう、文章のプロが書いた文章だな、みたいな。もちろん、深く読み込めばかなり偏ってたり、尖ってたりするものもあるんだけど、少なくとも「感情的」な部分が凄く少ないなと感じた。少なくとも、ゴシップ紙系のニュース記事とか、Twitterに流れている個人の文章と比較したら格段に感情が薄くて淡々としてた。情報の偏りはあっても、過度な感情論はほとんど無かった。だから、新聞なら感情に振り回されたりしなくて済み��うだなと。しかも、情報のサジェストは無くて、全 広くいろんな記事に触れられるかもって。経済や政治や社会、文化、科学などなど幅広く。
 そんなこんなを考えて、ノリと勢いで電子版の新聞をひとつサブスクリプションしてみた。実家が取ってたということで、日経新聞。かなり経済に重きを置いた新聞なんじゃないかなーと思うけど、なんとなく、だからこそそこまで思想の左右は無さそうだなという偏見も込みで🤣
 それが土曜日のお昼頃で、そこから土曜日の夕刊〜今日の夕刊まで全部の記事に目を通してた。ぶっちゃけ政治や経済や科学その他の専門用語も知らないし、背景知識もさっぱりないから( ᐛ )?って顔してるけど、それが楽しい。なんかよくわかんないけど、そんなこと起きてるんだとか、世界ではこんな取り組みがあるんだとか、それに触れるのが面白い。色んな世界があるんだなってわかるのが楽しい(*´艸`)
 もちろん、検索エンジンのニュースサイトが悪いとか、Twitterが悪いとか、サジェスト機能が悪いとかそういうんじゃない。そういうものだと知っていながら、それにズルズルっと引き摺られてた自分とか、自分が見たいものばかり選んでた自分が問題なんだよね。ようは、素敵なテクノロジーなのに、そのテクノロジーをちゃんと使えてないこと、使いこなせる能力が自分にない、あるいは育ってないことに気づけなかったり、あるいは気づいてても自分を律せなかった私の問題。便利だから、楽だからと頼ってたらなんかそれに振り回されてただけなんだよね、私🤣 だから、テクノロジーが悪いわけじゃない。使いこなす為の訓練や勉強が私に足らなかっただけ。
 どれだけ新聞購読の習慣を続けられるかは分からない。私は飽き性だし🤣 でも、続けられたらいいなーと思う。続けて、読み続けていくうちに知識を得て、今はわかんないこともわかるようになっていって、その先でテクノロジーと仲良くしたい。今はテクノロジーくんの方が出来が良くて、私がスットコドッコイだから振り回されてるけど、もう少し知識がついて、わからないことがわかるようになってきたら、今ほど振り回されずにテクノロジーと仲良くできる気がする。それに、意見も極端に尖らずにいられるかもしれない。そうなったらいいなぁ☺️
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ryupera · 8 months
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anitage1 · 10 days
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【無職転生】ナナホシは帰れた・帰還した? 最後は死亡する? その後どうなったのかをネタバレ!
無職転生のナナホシは、ルーデウスとの関係も深い、作中の重要人物です。ナナホシは現代日本に帰りたいと考えていますが、最後は無事に帰還して帰れたのか知りたいですよね。 そこで今回は、ナナホシについて詳しくまとめてみました。詳しいプロフィールや強さ、またその後は死亡する展開になるのかなどネタバレありで紹介しています。 ぜひチェックしてみてください。 無職転生|ナナホシのプロフィール 正体:現代日本から転移した女子高生 「無職転生Ⅱ」第10話#無職転生 ナナホシは元の世界に帰りたがってるみたいだけど、もし戻れたとしても転移した時間と場所に帰れるんだろうか? そうじゃないと逆に辛いよね。 知らない国や時代に飛ばされたら? もし事故から5年後に戻ったら大騒動になるよね。 同郷のルディもいるし、このままでも… pic.twitter.com/LFWdWVtcHS — ちびあやや…
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strabin · 14 days
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 アップしてなかったのでうp。
 「エミリーの光天使の説明文が明らかにパルテノーペ号ですが!?」っていうのをTwitterでフォローしてる方が見つけてくれて、更に別の方が「実験ファイルでエミリーは自己救済の"罪人"、ホセは自己救済の"救済者"なんですよね」っておしえてくれてうおぁぁぁってなった落書き。
 たしか罪悪感とか、姿勢が一貫してるとか、エミリーの実験ファイルにある"大量の実験データ"だっけ?にはビクターも入ってるんだろうな……とかで悲しんでたりしたやつ。
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intothedopesea · 16 days
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そこサムじゃないんかい!ってコメント相次いでるけどキャラデザは好きだな…多分初のサメ歯キャラな気がするし全体的なモチーフにサメを感じる(カラーリングがモノクロに赤、ジッパーをサメの歯として見るなら…)
原神の公爵殿もオオカミの勲章つけてたり技名がガンメタル・ウルフバイトだからオオカミモチーフだと思われがちだけど(モチーフがひとつだとは言われてないからオオカミとサメのWモチーフの可能性はある)モノクロに赤が差し色、手錠やベルトのバックルに牙を想わせる刺々しさ、傷だらけの身体、水の下にいる、元素爆発ではウルフバイトというわりにレザーやセノのようなオオカミやジャッカルらしいオーラを纏わず、巨大な棘状の氷柱がサメの大顎を想起させるetc…
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語ればキリがないんだけど公式のWebイベイラストがこれだからまあ…サメなんだろうなあ…
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tamahiro · 1 month
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葬送のフリーレン評
弟の家で「葬送のフリーレン」を最新刊まで読ませてもらったので、感想書いておきます。
今回減点方式でいきます。
とは言うものの、良作でした。「おとぎ話」と呼んで差し支えない、どこか夢心地のような独特の雰囲気を纏った本作。人の思いとそれを受け継ぐこと、未来を繋いでいくこと、というテーマ。それが「勇者亡き後」という時間軸で、途方もない長命種であるエルフの視点を通して描かれる…というコンセプトは、この上なく美しいものを感じます。
絵本や小説で描かれるような淡いタッチで話を進めることができたら文句なしの傑作だったでしょう。例えるならば銀河鉄道の夜のような。
王道ファンタジー路線にならざるを得ないというのは、連載ゆえの難しさだとは思いますが、作画の人が明らかにバトル描くの苦手で、そこ無理させんなよ、というのがまず一つ。さらに、おとぎ話特有の「登場人物に動物くささがない」という問題が。もちろんキャラ付けを試みているのはわかるのですが、どれも表面的で、キャラクターたちの内実をあまり感じないのです。ゆえに「個性と個性のぶつかり合い」という王道少年バトルファンタジーの文脈にはどうしてもそぐわない。一級魔法試験なんかが顕著でしたが、これ本来やりたかったことではないんだろうなと思いました。
「くだらなくても笑顔になれる魔法の蒐集」という主人公の目的からして、本来ゆるふわ系目指してたのではないのかな。そっち方向で話を膨らませていたら、もっと魅力的だったのではなかろうか。それがもったいないなあと思ってしまいます。もちろんそれだとここまで人気も出なかっただろうから、難しいところなのでしょうけれど。
主軸を忘れることなく進めばちゃんと着地はできるでしょう。どこまでも透き通るような、美しい景色を見渡すような、そんな空気を今一度フリーレンで感じられたらと願っています。
作者様方はご無理なさらず、といった感じです。
あと絶対YOASOBIじゃねーだろ。YOASOBIもおそらくピンと来てないだろあの曲。
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アムネシアのはなし。
アニメとpixivで垣間見た知識だけで男たちについて思った事を書く。バチバチにネタバレ。悔しきかな推しはトーマ(日野聡)。まじで悔しい。画像は布教してくれた友人(男)に送った感想文
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シンについて
だいたいパッケージにいるしイメージカラーが赤なのでメインヒーロー枠なんだろうなぁと思って見ていたけど、意外や意外に出番がめっちゃ少なくてびっくりした。イッキさんのほうが全編通して喋ってるのでは?
それはさておき、長年主人公ちゃんとトーマとで幼馴染やってきて、関係をぶち壊してでも主人公ちゃんと付き合いたいという気概で行動したからこそ、有言実行とばかりにグイグイくる様はいっそ微笑ましいまである。結構ちゃんと彼氏しようと努力してくれているのは伝わるので根はめちゃいい子なんだろう。ちっちゃい頃から好きでやっと付き合えた女の子が三か月で記憶喪失になったらそりゃショックだよね。
それなりに柔らかい表現をしているが、早い話エッチがしたい。でも嫌がられるのを感じたらちゃんと引くところがトーマとの対比になってる。一応待ってあげているのは彼女への気遣いからだけど、聡い子のようなのでトーマへの無意識での申し訳なさもなくはないかもしれない。
トーマには幼馴染ゆえの油断をしているようで、それが後々の大惨事につながるしトーマがあの性格になってしまったのには彼のこの行動力にも要因がありそうなのがやるせない。トーマルートだとめっちゃ王子様ポジションなのに結局引いてしまった場面は、実際はさておきフィジカルで年上には勝てないって感じているからかも。子供の頃の体格差って大きいし。(ちゃんとした描写ないから最終手段とってる可能性はある)どうやら原作だと名探偵枠らしい。
イッキさんについて
イッキュウてあだ名だと思ってたけど本名なんかい。
アムネシアで起こる様々な事件やトラブルの元凶はだいたいこの人。(正しくはファンクラブの女たち)なのでウキョウとはまた違う全編通してのキーパーソン。目の設定はそういう中二病なのかと思ったけどほんとにそういう体質なの?
なぜか付き合った女の子が三か月で別れてしまうので絶望して開き直っていたけど、実は女の子たちが協定を結んでいて三ヶ月で順繰りに彼女になっていたのはマジで卵が先か鶏が先か問題であまりにも哀れすぎて心の底から幸せになってほしいとおもった。そりゃ人間不信にもなるわ。
この手のキャラによくある「靡かない女に惚れる」はマジで心の整理つけるの難しいので頑張って生きてほしい。
ほかの人のルートでも意外と面倒見がいいお兄さん枠なのでトーマが勘違いするのもわかる。女好きの人って意外と自己肯定感が低いタイプ多いよね。
ケントについて
アムネシアにおける良心。一周回って凡人。まじでなんで付き合いだしたのってくらいには恋愛感情なさすぎて成長がおもろい。
主人公ちゃんを介してオリオンにコンタクトをとった唯一の人間なので、「目の前にいる彼女はいままで一緒だった彼女ではないしいずれ彼女は消える」真実に気づかされてしまう。それでも目の前の彼女にはじめての恋をしてしまうなんてあまりにも悲恋すぎません??
その想いすらきちんと伝える間も、あまつさえ触れ合う時間も与えられないまま彼女は次の世界へと旅立ってしまうから彼はアニメスタッフに嫌われているかもしれない。
トーマという男
こんなに長文打ってるのもお前のせいだよ。やばい男だと聞いてたけどマジでやばい男だった。推すから長生きしなさい。
アムネシアという世界を代表する男。有名な檻の人はコイツ。
お当番が3回跨ぐ点からも彼の気に入られようがうかがえる。
まず結論として自己評価があまりにも低い人間だなと思った。原作だと両親についての多少の描写はあるらしいけど、それにしたってえげつない生い立ちをしているわけでもなかろうになんでここまで自己肯定感が低いんだ。
基本的に主人公ちゃんには甘々で、シンがスパルタならトーマは蝶よ花よと育てるタイプだけど、これも主人公ちゃんのためだけではなくて、きっとそうすることで自分の価値とか居場所とかを見出しているんだろうなと思った。
イッキも面倒見いいと言ったけど、彼と違うのは他人に優しさを向ける理由が『自分のため』なところ。
主人公ちゃんちのポストにゴミが入っていないのを見て、「今日はないのか」って呟いたセリフが「嫌がらせがなくてよかった」ではなく「俺が掃除する分ないじゃん、残念」だったのが初見でわかってぞっとした。(これはマジで随所で言われてるけど日野さんの芝居力がえげつなすぎる)
感謝されたい、愛されたいがために身を削るけど、削って削って擦り切れちゃって、削る身がなくなってしまった末に愛が貰えない事に(実際はそんなことないのに、自己評価が低くて「自分なんて」となってしまい愛を受け止めるキャパシティがない)自分の居所が見つけられなくなっちゃって、抑えていた独占欲が溢れてたどり着いた手段が『大事なものをこれ以上なくしたくないから、宝箱にしまっちゃおう』なんだと思った。原作でシンも一緒に監禁するって冗談めかして言っているのも半分本気だろうなと思う。シンが引かなかったら本当に二人まとめて檻にぶちこんでそう。幼馴染の関係性を壊す力を持ってるシンがうらやましくて、だからこそ大事で、主人公ちゃんとまとめて二人いなくなられて自分の存在理由があやふやになるのが怖かったのかもしれない。
自分になにもないと思い込んでいるからこそ、歩く独占欲の塊へと変貌していってると感じた。
事ある毎にいいこにしてて、おとなしくしてて、ここにいて、って言うのも(主人公ちゃんが危なっかしいのもあるけど)切望とか願望に近いものがありそう。「大事なもの」を自分に見立てて、手元に置いておかないと自分がなくなっちゃう気持ちになっているかもしれない。
檻への差し入れがやたらと幼女向けのぬいぐるみとかひらひらのワンピなのが、主人公ちゃんへの『子供の頃から続いてきた心地良い関係性をいつまでも変えたくない』というトーマの心理が見て取れる(これもまたシンとの対比で、今の関係を壊してでも男女の関係になりたいシンと、関係は壊したくないのに男女の仲にはなりたいトーマで望む物が真逆になってる)し、自分で檻に入れといて「衝撃的な光景だな」って他人事みたいに言ってるのも、男として好かれたいから行動してきたくせに「好きでもない男に襲われるのいやでしょ」って言っちゃうのも、人格乖離が起こっているのがまるわかりでもう泣くしかない。このあたりのトーマの言動の揺らめきがあまりにも生々しい描写すぎて……(日野さんの声色の使い方もマジですごい)シナリオライター、人の心ある?心理学専攻してたタイプのライターか???って震えた。
もっと自分を大事にしてほしい。このひと現実世界にいたらある日突然姿を消したり命を絶っちゃうタイプの人間だぞ。
原作はまだいいけどアニメでは想いが通じ合ったあと翌朝彼女が殺されてしまうので確実に発狂するぞ。そういう意味だと一番救われない人。ヤンデレの一言では片づけられない深いキャラクターだと思った。日野さんの演技力がまた彼を生かしている。3回も褒めたよ。
好きだよ。頼むからおじいちゃんになるまで健やかに生きなさいよ。
ウキョウさんについて
正直彼についてはアニメだと尺が足りていない感じがあった。とりあえずひぐらしのなく頃にでいうところの古手梨花。
そもそもアムネシアの世界が生まれたのは彼のせいで、ある意味では彼が主人公。ウキョウさん視点で物語を構成するとまた一味違ったお話になりそう。
ひたすら彼女を寝取られ続けそのたび自分か彼女が死に続ければそりゃ逃避もする。そういう点だとトーマも彼に成る素養はあると思うし、トーマルートからウキョウルートへ構成が続いてるのは皮肉っぽくもある。
二時間半くらいずっと書いてた。アムネシア、なめてた。ただの恋愛もので片づけるにはもったいない世界観でしたね。
ゲームもちょっとやりたくなってきた。ただただトーマを生かしてあげたい。面白かったです。
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ish-game · 5 months
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「ワルプルギスの廻天」が待ち遠しくて、一人で考察してみた
10/29、体調が悪くてベッドで少し休んでいたところ、「魔法少女まどかマギカ ワルプルギスの廻天」の新しい告知動画が公開されました。
何を隠そう、私はこの「魔法少女まどかマギカ」が大好きで、本編を一体どのくらい見返したか分からないくらいで、それでいて毎度号泣するという状態です。
そして今回、新たなまどかの衣装が公開されたPVが突然発表。 実は以前の動画から、自分なりにこの作品についての考察をずっと続けており、このあたりで公開しようと思った次第です。
なお自身の考えも含まれているため、内容の正確性には責任を持ちません…。事前考察が苦手な方、自身で考察や現在公開されている情報のみを楽しみにされている方は閲覧をお控えください。 また当然ですが、内容には「魔法少女まどかマギカ」の本編および映画「反逆の物語」のネタバレが含まれています。
youtube
00:08 謎のモニュメント このでっかいモニュメントみたいなのは恐らく、タロットカードの「月」のカード(番号が同じなため) タロットカードには正位置、逆位置があり、それによって一部意味が異なったり真逆の意味となることがあるのですが、ここでは表示的に「正位置(数字部分が上にきてるため)」として考えます。
正位置および本来のカードの意味は【状況がクリアに見えていないこと、それによって不安や心配を募らせることを暗示。幻想、誘惑、動揺】など。 本来のカードに描かれているような「建物、サソリ、オオカミ」が存在してないので、一旦これらの意味は無視しています(これらのものについてもタロットカード上としては意味があります。もしかしたら回りにある蝶々などがその代用かもしれませんが…)
00:17 「ワルプルギスの夜」の説明について 「舞台装置」というのが、先述した「月のカード」の装置と何かしら関連があるとしたら、「ワルプルギス」の【囚われた姿】と見てとれると考えました。 というのは、説明にあるように、この場面に「性質は無力。回り続ける愚者の象徴」とありますが、ここでもタロットカードの「愚者」のワードが登場する。 「愚者」は「0番」のカードでまさしく「最初の魔女」と取れます。しかし、本来の「ワルプルギスの夜」は女性が逆さまの状態で徘徊する姿を考えると(00:23でも「愚者」の文字が逆さまになってる)逆位置の意味で捉えると【現実は甘くない、放浪、無責任、孤独】と、街を点々と巡り、天災と災厄を撒き散らす存在であるとされます。 そしてこの天災は、まどかの最後の力(円環の理)によって救済。 しかし、まどか自身が映画版にてほむらに囚われてしまってことにより、「舞台装置の魔女」もあのような形で囚われてしまっているのではないかと考えました。 (ほかの魔女は、円環の理によって救済されていたが、何かしらの理由で「舞台装置の魔女」は消えていない?それが本当なら、ほむらの最初のセリフでもある「貴方は危険と責任を引き受けられる?この世の呪いと戦える?」のセリフから、恐らくほむらは切り札として「舞台装置の魔女」を所持してるとみると辻褄があう)
00:24 「舞台装置の魔女」について ここで「舞台装置の魔女」の説明登場。 「かつて希望を運び、いつか呪いを振りまいた存在」とあります。前半部分は「愚者」のカードの正位置の意味でもある【一切の束縛がなく、自由なまでに動く存在。無限の可能性】と繋がりのある説明が合います。
00:34 謎の魔法少女 この謎の魔法少女ですが、これは最初まどかの新衣装だと考えたのですが、上の考察がそのまま通じるなら、「舞台装置の魔女」の魔法少女だった頃の姿ではないかと仮説しました(仮にこの魔法少女を「魔法少女A」とします) 見た目や使用武器など、まどかに似た部分がありますが、まどかが「魔法少女(魔女)」としての素質がある程度高いということ、かつ、もしこの魔法少女Aが、まどかと同格の力をもつ存在だとしたら、「円環の理」で消えずに同調し、そして「まどかのいない世界」が完成したのではないかと考えました。 ちなみに、まどかについて「魔法少女としての力が最強」というわけではなく、あくまで同格もしくは同様の力を保持していたと考えられます(前回の映画版にて、魔法少女としてはマミさんが一番素質としては高い部類とのことらしいので。まどかはあくまで、ほむらの時間操作の弊害によって、力が増幅してしまっている) つまり、「まどかだけが存在しなくなった世界」のではく、「まどかと魔法少女Aが存在しない世界」となった。もしそうだとすれば、ほむらがまどかを捕らえた後、魔法少女Aもとい「舞台装置の魔女」の力を保持しててもおかしくないと考えました。
また、もし本当に魔法少女Aがまどかと似た能力を保持し、かつマミさんのように素質の高い存在だとしたら、最後の力で魔女化した場合、確かにあのような天災を引き起こす魔女となってもおかしくはない…?(なぜ魔女化してしまったかまでは分かりませんが、おそらくこのシーンで最後の力を使い切ってしまったのではと考えます)
00:40 ここは「魔女」ではなく、「魔獣」が存在する世界線が描いてるため(画面に「魔獣」の文字が散りばめられてる)、まどかの存在が消滅してるシーンと思われます(ここの説明はもう皆知ってるよね?だと思うので割愛)
00:46 囚われの魔法少女 一瞬この魔法少女はマミさんだと思ったのですが、なぜここでマミさんが囚われるシーンが登場するのかが謎すぎる…また衣装等異なる部分も多い。 また、00:34の弓を放つ少女と衣装や髪型などが近しいため、恐らく「舞台装置の魔女(魔法少女A)」もしくは、少なくとも00:34で登場した少女ではないかと位置付けました。
00:54 夢の中? このシーンは恐らく、まどかが捕われて夢の中で見てるシーン?となると、まどかは延々と学校生活やほむらと暮らす世界を見続けさせられている?そう考えると、ほむらはやっぱりずっと自分の中にまどかを閉じ込めたかった、けれども「自分は傍観者である」という位置は崩さないんだと思いました。
01:06 美樹さやかというイレギュラー 何故かここで美樹さやかがぐるぐる巻きにされて登場。恐らく ・さやかは本来「円環の理」によって消えている存在だが、この世界(やたら建物が開発されている背景)は未だほむらの世界である ・何かしらの力(恐らくキュウべえあたり)によって魔法少女としての力を持っているが、本来持っていた治癒能力がない、もしくは存在を隠すためにわざとこうしてる(全然隠れてないけど) とにかく、さやかは前回の映画同様、イレギュラーな存在ではあることには変わりない。このイレギュラーな存在がこの物語にどう関連してくるのかとても楽しみです。
01:11 本の塔 後ほど登場するシーンである通り、本を立てた上に立つほむらのシーン。ここでもタロットカードを模してると考えました。内容は「塔」。 「塔」の正位置(恐らく正位置)は、【破壊と創造の繰り返し、激変、突然の別れ】などショッキングな内容が多いのですが、本来は「壊して再生する」という意味も込められています。しかし、この塔を形成するにあたり、「鎖」がところどころに存在しています。この鎖が登場するタロットカードがあり、それが「塔」の前番にあたる「悪魔」のカード。
「悪魔」のカードはほむらが前回で悪魔化したように、象徴的な存在であり、またこの場所は彼女の砦でもあるのでしょう。ちなみに悪魔のカードの意味は【束縛したり執着したりして変化を嫌う様子】。 また、下にシーンを向けていくと複数のほむらが居ることを考えると、これはほむらの時間操作によって作られた歴史とも取れます。
今回追加されたシーンについて
最後の追加シーンにて、まどかの新衣装が登場。 と同時に、胸の部分が施錠されている。これまでの考察が正しければ、鍵を持つのはほむらではなく、まどかと同格の力を持つ「魔法少女A(舞台装置の魔女)」と考えられます。 もしくは、キュウべえの集合体が集まってるのをみると(あの映像、集合体恐怖症の人にはキツそう…)、まどか自身が力を取り戻し、施錠を壊すかのか…。キュウべえもとい、インキュベーターからすれば、まどかの力は例え「魔獣」の世界線であったとしても欲しいと思う存在のはずなので、まどかに何か吹き込んで力を与えてもおかしくない…。
タイトル回収とエンディングについて
ちなみに、タイトルの「廻天(回転)」の意味は【天下の形勢を一変させること。また、衰えた勢いをもり返すこと(Google先生辞書)】これを意味するタロットカードも存在しており、恐らくは「運命の輪」。 「運命の輪」は、【それまでは行き詰まっていたことの突破口、円滑に進む】など、事態が好転する意味が込められています。この好転が、まどかの救出につながるのではと考えます。
ちなみに、タロットカードの所謂「大アルカナ」と呼ばれるカードは、カードそれぞれの意味と、関連するカードが存在します。 「世界」はタロットカードの中では1番最後の「21番」のカードとなっており、意味は【1つの旅の完成、達成】そしてカードには【ウロボロス】が描かれていることが多く(人物の周りと囲っている輪っか)、これは「円環」を意味することがあります。 そしてこの世界のカードにはもう1つ意味があり、【0番の愚者】が到達した【21番の世界(つまり、さまざまな困難を乗り越え完成、達成させる)】そして再び旅に出る(つまり【愚者】に戻る)とされています。
このことから、このほむらが作った世界が、何かしらの力によって一変し、それは愚者である「最初の魔女」に戻るのではと考えられます。 これがどのような結末になるのか、恐らく何かしらの匂わせ演出があると思いますが、できればハッピーエンドと呼べる結末だと良いなと、私個人としては思っております。
以上、長文となりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。 映画、じぇったい公開初日に観に行く!!!!!
※タロットカードの意味について(参考サイト) https://honkaku-uranai.jp/article/1837/
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hkieca · 8 months
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【機會來了!】
📢📢📢 前海粵港澳台青年創新創業大賽2023(香港賽區)
這是創業的黃金機會!從2016年開始,由前海管理局、深圳市港澳辦、深圳市委台辦、香港中聯辦、澳門中聯辦、澳門特區政府經濟局、深港產學研基地、深圳廣電集團等多家單位共同舉辦的「前海粵港澳台青年創新創業大賽」,一直受到廣大青年的熱烈歡迎。
今年,我們很榮幸能夠作為支援機構之一,支持前海服務集團和香港青年協會舉辦這場盛大的創新創業大賽。我們期待看到更多具有創意和創新能力的青年人才,並透過我們的支援,協助他們在大灣區實現創業夢想。參賽者將有機會獲得豐富的培訓和實地考察機會。
無論你是大學生、在職青年還是初創企業家,都有機會參與這場大賽,並有機會獲得高達40萬元人民幣的獎金,並有機會直接入駐前海夢工場孵化。
📝立即報名:https://sic.hkfyg.org.hk/qianhaihk/
📅報名截止日期:2023年9月7日
📌簡介會登記:
- 第一場:8月4日上午10:30 - 11:30
- 第二場:8月23日下午3:30 - 4:30
抓住機會,創新創業,實現你的夢想!
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hitujijp · 12 days
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AIの次の課題
今年から来年辺りにかけてAIの省力化が注目点の一つになるだろう。人の脳に比べてAIのエネルギー効率は極めて低い。超大型の高性能なLLMサービスともなると、場合によっては専用の発電所が必要になりかねない(とはいえ膨大な知識を有するLLMの維持・開発コストが、同等の知識を有する人間を生み出そうとした場合のコストに比べ高価になるとは断言出来ない。ましてや数世紀に1人程度の聖人を生み出すコストに比べれば安くつく可能性も否定できない)。
そこで根本的な設計から見直し、LLMの省力化が進む可能性が有る。また人の場合は信号の伝達過程で化学物質を用いたりして、わざわざ処理が早く進み過ぎない仕組みが随所に存在する。これがいわゆる熟慮をもたらしているのか定かではないが、AIに実装されていない設計によって未踏の機能を実現しているのは確からしい。
しかし当面はそうした機能は主たる目標では無く、あくまで省力化が優先されるだろう。数年の内にエネルギー効率問題に革新がもたらされると、人の脳の優位性はエネルギー効率の面でも徐々に揺らぎ始める。一般市民が予想している程簡単では無いが、一つ一つシンギュラリティへの階段を登って行かねばならない。
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hotelinfernoll · 10 months
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創一の記憶喪失のしくみ
発症理由:「完璧であらねば」いけないので「負けた記憶は消しちゃおうね」
1998年の場合
①ハルとして貘さんと一緒にいたい
 ↓ ↓ ↓
②蟻塚ビルで敗北(栄羽の死)
 ↓ ↓ ↓
③記憶ジャンプ
①と②はセットなので蟻塚ビルの敗北を消すとその動機である貘の記憶が丸ごと消去される。
さらに「自分の敗北」と「栄羽の死」が結びついてしまったので、貘の事を忘れたのと同じく栄羽が死んだ事も記憶する事ができない。なので記憶ジャンプするたびに和向奴書房に行ってしまう。
帝国タワーの場合
①帝国タワー戦の前「嘘喰いが勝ったら屋形越えを受けよう」
 ↓ ↓ ↓
②判事「嘘喰いの勝利です」
 創一「……」(記憶ジャンプ)
嘘喰いとの屋形越えが決定した瞬間、身体に刻まれた「ハルとして貘に協力したい」記憶が拒否反応を起こして貘と出会う前までの大きな記憶ジャンプが発生した。判事が焦ったもこれが定期周期じゃなくて突発的だったから。
記憶のトリガー
という事は警視庁での記憶ジャンプは貘に会う前まで飛んだ(約10年分)
 ↓ ↓ ↓
精神年齢は少年のままフレッシュ勝負やバトルシップ援護
 ↓ ↓ ↓
賭郎ではなく個人的に友人に協力して負傷
そこにラロからの電話で「斑目貘」の名前を聞く
記憶は無いけどセンチメンタルな感情が湧く
以前も同じような事があった=「蜂名(ハル)として君といたい」(でも貘の事はあってはいけない記憶なので思い出せない)
貘のプラン
貘はハルの記憶障害を事前に知っていた
 ↓ ↓ ↓
蟻塚ビルでハルの記憶が飛んだっぽい? 理由は? 勝負に負けたから?
 ↓ ↓ ↓
じゃあ負けたから俺の事も忘れたの? 勝ち続ける天命だから?
 ↓ ↓ ↓
じゃあ俺が負かしてお前の完璧を壊す
それでギャンブルの楽しさも教えて俺の事も忘れられないようにする
今回貘だけじゃなく栄羽の死も負けの記憶とともに喪失してたって気づいたんだけど、完璧であるために大事な人達を思い出せないなんてつらい。たとえそれが悲しい出来事でもやっぱり記憶を抱える事が生きる支えだと思うから。
またいつもの話になってしまったけど、ここが貘とハルの好きなところ。
(230602)
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leon-write · 11 months
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一択から二択、二択から三択
 「ボク達の生存逃走」のイベスト全部見た。すごく良かった。めちゃくちゃグッときた。
 まふゆちゃんの置かれている状況がどんどん悪くなっていく中、瑞希ちゃんが満を持して「明確に」まふゆちゃんに働きかける、言葉を届ける、想いを伝える、というストーリーだったけど、物凄く丁寧な展開で、かつ瑞希ちゃんにとっても大切な意味があるストーリーだったな、と思った。
 あと、まふゆちゃんのお母さんの方針というか、手法が見えたのも凄くよかった。なんというか、やっぱり愛なんだなと思った。まふゆちゃんに対する愛ではある。ただ、その愛の手法が物凄く画一的で弾力のないものなんだな、と。幅もなく、狭く、そして潰しの効かない愛。もう少し突っ込んで言うと、赤ん坊や幼児に対する愛の段階で止まっている、硬直した愛だな、と。
 赤ん坊や幼児は、社会の仕組みを知らないし、危険も安全もわからない。だから、ある程度成長した子どもなら触らないであろう、沸いたお湯の入ったヤカンに触れてしまったりする。周りを確認もせず、突然道路に駆け出してしまったりする。ヤカンが熱いこと、道路には車が走っていること、そういう危険があることをそもそも知らない。知識として持っていない。だから、大人が見たら無謀なことをする。命知らずなことをする。
 だから、大人は赤ん坊や幼児の意志を無視して手を掴んでヤカンに触れないように、道路に飛び出さないように止める。どんなに触りたいと喚いても、走っていきたいと泣いても、大人は絶対に赤ん坊や幼児の手を離さない。自由を許さない。なぜなら、そこで自由を許せば、酷い火傷を負ったり、最悪の場合は命すら失うから。だから、自由を制限する。赤ん坊や幼児が怪我をしたり命を失うことがないように、と。それは愛だろう。その子の身体や命を守ろうという愛。
 まふゆちゃんのお母さんは、そこで止まってるんだなと思った。まふゆちゃんを赤ん坊と同じように扱う。まふゆちゃんに選ばせることは危険だと考えているんだろうな、と思う。まふゆちゃんにそういう選択ができるということを信じていないというか、考えてもいない。まふゆちゃんはいつまでも子どもで、赤ん坊で、判断力のない無力な存在だとどこかで思っているんだろうな、と。
 だから、選択肢を潰す。本来ならば無限にある可能性をひとつに絞ろうとしている。まふゆちゃんのお母さんが考える「確実に幸せになれる方法」の選択肢以外を全て排除しようとする。選ばせないようにする。そうすれば、まふゆちゃんが苦しむような未来への道を全て潰せると思ってるんだろうな、みたいな。
 そして、今まではそれでよかった。少なくとも、小学生くらいまではそれでも良かったんだろうなと思う。私が小学生の時なんて、粘土齧ったり、ガラスで出来たグラスを噛み割ったり、危険な高い場所によじ登って転落したりしてるから、ある程度自由を奪うことは必要だっただろうなと思う。幸いにして私は怪我したり命を失ったりせずにここまで来たけども、運が悪ければ後遺症が残るような怪我や病気をしたり、最悪死んでただろうし( ᐛ ) だから、ある時期まで自由を制限する、奪うことは子どもを守ることにも繋がってた。
 ただ、まふゆちゃんはもう高校生なわけで。そして、まふゆちゃんはとても聡く賢い子なわけで。もうそんな「とんでもなくリスクの高いこと」は選ばないくらいの知識や判断力を身につけていると思う。多少痛い思いするような選択肢を選んでしまうことはまだまだあるだろうけど、少なくとも取り返しのつかないデンジャラスな選択肢を選ぶような可能性はすごく低いと思う。粘土齧ったり、グラス噛み割ったり、高いところに登って転落するような事はしないと思う。
 それなのに、まふゆちゃんのお母さんはまだ粘土を齧るような幼い子どもを相手にするように接している。自由の制限が赤ん坊や幼児の時のレベルと変わらず、物凄く少ない選択肢にしている。他にも無数にある幸せへ続く道を潰していって、自分がこれと思う選択肢だけを選ぶようにしている。選択肢を次から次へと潰している。それは愛だけど、とても幼い愛だな、と。
 子どもがどうして向こう見ずに危険なことをするのかと言えば、知識がないのももちろんだけど、もうひとつの理由として、周りが見えてないからなんだよね。道路の向こう側にある綺麗な花しか見えてない。その道路に走っている車が見えていない。そういう狭い視野で世界を捉えているから、道路に飛び出してしまう。少し離れたところを猛スピードで走ってきている車が見えてないから飛び出す。
 まふゆちゃんのお母さんの考える幸せも、それと同じじゃないかな、と思う。たった一つの幸せへの道しか見えてない。他にもたくさん幸せへ至る道があるのに、たったひとつしか見えていない。それ以外が目に入っていない。それならば、子どもが道路の向こう側にある綺麗な花に向かって走っていくのと同じじゃないかな、と思う。とても幼い行動だな、と。
 何より、道路の向こう側にある花を走って見に行くというのは、自分の「見たい」という欲求が最優先になった行動なわけで。そこに他者が存在しない欲求でもあるわけで。尖った言い方をすれば、利己的な行為だとも言えるかなと思う。そう考えるならば、まふゆちゃんのお母さんが選択肢を潰して一つだけにする行為も、やはり同じく利己的だとも言えるだろうなと思う。「私の考える幸せ」には、他者が存在しないんだから。まふゆちゃんがそれを幸せと捉えるかという視点がないのだから、まふゆちゃんの存在がそこにほとんど意識されていないのだから、幼くて利己的な幸せ観とも言えるんじゃないかなぁ、と。
 それに対して、ニーゴの子達やバーチャルシンガーたちは、ずっとずっと「まふゆちゃんの存在」を念頭に置いて考えたり行動したりしてきている。それぞれがそれぞれに、「私はこういう方法がいいと思う」と提示しながらも、「それを選ぶのはまふゆちゃんである」というところを常に意識している。あまりにも自分の意志を無視され続けてきたせいで、自分が選択肢を掴み取る事を悪い事だと思っているかのように動けないまふゆちゃんに対して「自分から動け」と檄を飛ばすことはあっても、この選択肢を選べと強要してはいない。それは、赤ん坊や幼児に向けられた愛よりももっと段階が上の愛だなぁ、と思った。
 その人が「自分の手で幸せを掴むことが出来る」と信じる愛というか。その力を貴方は持っていると信じることが出来るというのは、相手を「無力な子ども」ではなく、「無限の可能性を持った子どもであり、人間である」と認めることでもあるのかなと思う。それはかなり発展した、進化した愛だなぁ、と。
 ニーゴの子たちやバーチャルシンガー達は、まふゆちゃんの選択肢を「増やそう」としているんだなと思った。お母さんに潰されて見えなくされていた選択肢を、これだって選んでいい選択肢だよと掘り起こして見せている。んで、絵名ちゃんの家にまふゆちゃんが行ったイベストや、前回の奏ちゃんとまふゆちゃんのお母さんが対面したイベストで、明確に掘り起こされた選択肢が「立ち向かう」という選択肢だったんだな、と思う。お母さんが示した、たったひとつだけにした選択肢を「選ばない」という選択肢。そして、その選ばない方法として「反発する」という方法を提示した。
 そして、今回のイベストでは、「選ばない」という選択肢の中にもうひとつの選択肢を掘り起こして見せた。選ばずに反発する、という選択肢だけじゃなくて、選ばずに逃げる、という選択肢を示した。それを示す役割を担ったのが瑞希ちゃんというのがめちゃくちゃに熱いな、と思った。
 今までのイベストでは、奏ちゃんや絵名ちゃんが進んでいく様が示されていた。二人がそれぞれの抱えた問題に対して、文字通り向き合っていく姿が描かれていた。
 もちろん、その描き方は二人とも違っていて、奏ちゃんはひとつひとつに向き合いながら、自分なりに納得出来る形に取り込んでいく形かなと思う。お父さんを壊した事実を見つめて、その事実に対して自分がどうしたいのか、何を願うのかをひとつひとつ考えて、自分の中に取り入れていくというか。事実を受け入れていくという感じかなと思う。そういう立ち向かい方というか。
 絵名ちゃんは、真っ向から向き合って身体全部心全部でぶつかりに行って、そこで見つけた自分の問題点をひとつひとつ見つめて改善していく、みたいな感じかなと思う。ようは、事実と向き合い戦うという手法。戦うために力をつけようとするみたいな、かなりアグレッシブな方法で立ち向かっている。けちょんけちょんにされながら、時にKOされながら、それでも震える足で立ち上がってまたぶつかりに行く形。
 形はこうして違えど、二人がしている事は明確に「向き合うこと」で。向き合い、片や受け入れていき、片や戦っていくという手段の違い。向かう先は似ているけど、そこに至る過程が違うのが奏ちゃんと絵名ちゃんなのかな、と思う。
 そこに来て、瑞希ちゃんは今までのイベストではひたすらに逃げ続けている描写がされていた。向き合うことをせず、目を逸らしたり耳を塞いだりしながら、苦しい現実から距離を置き続けている。立ち向かう描写はなく、自分が逃げているという事実ばかり浮き彫りになっていくというだいぶつらい描写が目立つなぁと思ってた。
 それが、ここで生きてきたなと思う。
 瑞希ちゃんは逃げることに関してはほかのメンバーの誰よりも上手だと思う。巧みに煙に巻いて姿をくらませて、苦痛から逃げていく。恐らく、ある意味では他の誰よりも「衝突」の経験がないんじゃないかなと思う。衝突を避けて逃げているのだから当然と言えば当然なんだけども。
 じゃあ、衝突を経験してないから苦しんでいないかと言えば、そうではなくて。逃げているというその事実にひたすらに苦しめられている。何も解決していない、臭いものに蓋をしているだけ、見たくないものに目をつぶっているだけ、聞きたくないことに耳を塞いでいるだけということを、瑞希ちゃんは物凄く理解している。蓋をしても、目を閉じても、耳を塞いでも、そこにそれはずっとあって消えないのだと痛いくらいに経験している。何も変わっていないし進んでいないと、苦しいくらいに理解している。それが瑞希ちゃんの聡さであり、悲劇でもあるなと思う。
 その場しのぎでしかないわかってしまうから、苦しいんだろうな、と。その場しのぎだということに気が付かなければ、瑞希ちゃんはきっと苦しむことは無い。これが解決策だと心から思えていれば、蓋をして目を閉じて耳を塞げば「なかったことになる」と心から思えていれば、きっと苦しいなんて思わない。自分が知覚しない場所にあるものは「存在しないものとしていい」と本気で思えていれば、瑞希ちゃんは苦痛なんて感じずに楽しく生きていられるのだろうと思う。
 でも、瑞希ちゃんは聡いから、そうは思えない。自分が知覚しないようにしているだけで、問題はずっとそこにあるということに気づいてしまう。察してしまう。知っている。だからこそ、自分はその場しのぎで楽な方に流れているだけだ、問題から逃げているだけだということに物凄く自覚的で、だからこそ苦しむ。周りに立ち向かって進んでいく人がいるから、余計に逃げ回っている自分が情けなく見えて、でも逃げることを辞めることが怖くて出来ず、立ち竦んでいる。それが、瑞希ちゃんの現状なのかなと思う。
 たぶん、瑞希ちゃんにとって「逃げる」という選択肢はあまりにも情けなく、みっともなく、どうしたって否定的にしか見れない選択肢だったと思う。力強く立ち向かっていく絵名ちゃん、覚悟を携えて進んでいく奏ちゃんの姿は瑞希ちゃんにあまりにも眩しくて、だからこそ自分の「逃げる」という行為が後ろめたく薄暗いものに見えてるんじゃないかな、と。
 だからこそ、今の今までまふゆちゃんにも「逃げていい」と言えなかった。逃げ続けた自分がたどり着いたのが「進みたいのに足を踏み出せずに立ち竦んでいる」という現状と苦しみだからこそ、それをまふゆちゃんには渡せなかった。自分が苦しんでいる道にまふゆちゃんを連れていく訳には行かなかっただろうし。
 それに対して、ルカさんが別の視点を与えてくれた。確かに瑞希ちゃんは逃げているし立ち向かっていない。それは臆病なことであるともしっかり明言された。でも、ルカさんはそれを否定するでもなく「見方を変えてみたら?」と提案した。逃げて逃げて逃げ続けたのが瑞希ちゃんだけれど、それで手に入れたものは何?と。逃げることで失ってきたものにばかり目を向けていた瑞希ちゃんに対して、逃げることで得たものに視線を向けさせた。
 そうして瑞希ちゃんが気づいたのは、逃げたことで得たものが確かにある、という事実で。それが「家」という逃げ場であり、その「家」に隠れて生き延びたことで出会ったニーゴの皆との関係だ、と気づいた。逃げずにいれば、きっと瑞希ちゃんは潰れていたし、そうなっていれば家が安全基地だと気づくことも出来ず、ひいてはニーゴの皆とも出会うことは無かったと気づいた。確かに逃げまくって来たけれど、逃げたからこそ今までどうにか生き延びることが出来て、そして大切なものに出会えた。それに気がつけた。
 否定的にしか見れなかった「逃げる」という選択肢に対して、肯定的な面が見えた。だからこそ、瑞希ちゃんはまふゆちゃんに「逃げろ」と言うことができるようになったんだろうな、と思う。選ばずに逃げてしまえ。苦しいなら逃げていい。そうして得たものがある、得られるものがあると、心から思えたからこそ口にできた。
 今の弱り果てたまふゆちゃんには、立ち向かう選択肢はかなりハードルが高くて、まふゆちゃんは怖くて選べない。でも、それを選ばないなら、まふゆちゃんの前にはお母さんが用意した選択肢しかない。どちらに行っても辛かったり怖かったりする選択肢しかない中に、瑞希ちゃんが見せてくれたもうひとつの選択肢、逃げる、が追加された。二つだった選択肢が三つになった。それって本当に凄いことだな、と思う。
 そして、瑞希ちゃんは逃げる達人だからこそ、警告もくれた。逃げ続けることはオススメしないよ、と。それを選んだ自分は今別の苦しみに囚われているから、と。だから、逃げる選択肢ばかり選ぶのはきっと辛いよとも伝えた。それでも、一時、今にも死んでしまいそうなくらい苦しい時に逃げるのは、ひとつの手段だよ、と。逃げの達人だからこそのアドバイスを贈れた。しかも、逃げる実践付きで。
 これは、選択肢の少ないまふゆちゃんにもうひとつの選択肢を用意したことと、もうひとつ大切な意味があるなと思う。それは、瑞希ちゃんが今までの自分を「肯定できた」こ��だと思う。つまり、瑞希ちゃんはまふゆちゃんの救いの道をひとつ増やすと同時に、自分の救いの道もひとつ見つけたんだな、と。
 今まで瑞希ちゃんは自分を肯定的に見れていなかった。少なくとも、「逃げる自分」に対しては否定的に見ていたし、後ろめたさしか感じていなかった。そこに来て、瑞希ちゃんは初めて「逃げた自分」を肯定することが出来たんだな、と思う。情けなくてみっともなくてどうしようも無いと思ってたけど、無意味で無駄だと思っていたけど、そうじゃない部分もあるということに気づけた。
 逃げたことで生き延びることが出来たという成果に気づけたし、その経験がまふゆちゃんの助けになる可能性を見出した。そして、まふゆちゃんがそれを選ぶなら、自分は助けられるという一種の自負も生まれた。それは、立ち竦むことしか出来なかった瑞希ちゃんの新たな道だと思う。瑞希ちゃんの側にも選択肢が生まれてきた。それがすごいな、と思った。
 そして、何よりもグッときたのが、瑞希ちゃんが「責任」という言葉を使ったこと。絵名ちゃんにガチンコで向き合ってもらった時ですら「誰かがボクの事全部話してくれたらいいのに」と、自分がやらなきゃいけないことを他者に任せて逃げようとしていた瑞希ちゃんが、ここに来て初めて「まふゆが逃げることを選んだなら、それはボクの責任だ」と明言した。誰のせいにもせず、自分のところに言葉の責任を持ってきた。それってめちゃくちゃ凄いことだと思う。ここに来て初めて、瑞希ちゃんは「逃げ」を選択しなかった。責任という言葉で自分の逃げ道を塞いだ。激アツ過ぎる。
 なんてーか、まふゆちゃんを救おうとすることで、それぞれが救われていくというか、自分の問題と向き合って変わろうとしていってるな、みたいな。苦しんでいるまふゆちゃんが拙くも必死に足掻くことで、周りも頑張ろうと思えているように見えて凄く心が震えた。まふゆちゃんの頑張りが、人一倍臆病で立ち竦んでいた瑞希ちゃんに、「責任」という言葉を使えるほどの勇気を与えたんだな、みたいに思って目頭熱くなっちゃった( ᐛ )
 一方的に救って、救われての関係じゃない。一方的に助けて、それに助けられるだけの関係じゃない。勇者が無力な人を救うのでなく、か弱い人達が互いに影響し合って影響され合いながら、少しずつ成長していく関係が見えたような気がして、本当に素敵だった。そしてそこには強要はなくて。何を選ぶかはそれぞれに委ねられていて、誰かが何かを選んだなら、他の人はそれを支えようと皆が必死になって考える。誰かの選択を受け入れていく。
 それは凄く、こう、多面的でしなやかな弾力があって、強く温かい関係性だなと思った。それを強く感じたイベストだったなと思った。めっちゃ好きです、このイベスト☺️
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knockout1207 · 10 months
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youtube
原子 元素 アルケー
ビット 鏡像 絵画
暦 月齢 ホロスコープ アスペクト
ピタゴラス音律
ひまわり 
ゴッホ あるいは 色彩の魔術師
ヒマワリモドキ ヘリオプシスHeliopsis
「細やかな気配り」「憧れ」「崇拝」
右向きの肖像
サンドロ・ボッティチェッリ
シモネッタ・ヴェスプッチ
ヴェスプッチ家 蜂 六角形
紋章学 ライオン
Châteauneuf-sur-Charente
demi lion counter rampant argent
もしくは
issuant counter rampant argent
Ag  age 時代
色収差 chromatic aberration
スチグマート(独:Stigmat )
聖痕(ラテン語: stigmata)
柱頭(英: stigma)
スギナ 断面 ルオーテ(車輪)型
タロット 大アルカナ Ⅹ.『運命の輪』
🌈🍂 
土筆  if and only if 🇩🇪  『♯ 』クロイツ 
(重嬰記号)𝄪  ミドリ
(重変記号)𝄫 カワリ
『生まれ変わり』
死没
1月29日 
聖ペトロ(後代の伝承による)
聖パウロ(後代の伝承による)
嘘つきのパラドックス 
二元論 マニ教
アスペクト
135度と135度と90度
⚡️
トールハンマー
死に枯れなければいけない土壌に咲く
『風』のような最期の花。
可憐で邪惡な
此の花は
一体何の花?
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anitage1 · 12 days
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【無職転生】アイシャの結婚相���はアルスで駆け落ちして炎上?その後どうなった?
無職転生のメインキャラクターのアイシャ。原作小説では、結婚相手のアルスと駆け落ちして炎上したことが話題になっています。 そこで今回は、アイシャのプロフィールや強さなどとともにアイシャの結婚にまつわる騒動をまとめてみました。その後どうなったのかも紹介するので、ぜひ最後まで読んでみてください。 無職転生|アイシャのプロフィール 今日はコミックフラッパーの発売日。今回の無職転生は、アレですね、喧嘩です! 喧嘩します! 全体的にギスギスしてますが顔だけ出てくるアイシャが可愛いです! よろしくお願いします。 pic.twitter.com/0t6uFRJNX9 — 理不尽な孫の手 (@Magote_rihujin) June 5,…
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