Tumgik
#自粛生活を楽しく過ごす
shredderwastesnow · 9 months
Text
クィアたちのZINE交換【前編】
Tumblr media
発端
ある6月の休日、ZINE交換会に参加した。 主催は、数人のクィアによって結成されたプロジェクト集団「陰気なクィアパーティ」。今年春から、東京と名古屋で、派手なパフォーマンスが苦手なクィアのための穏やかな集まりを開いている。
そもそも「クィア」とは何か
「クィア」は、既存の性のカテゴリーに馴染めない人を指す言葉として、最近様々なメディアで使われるようになった。 元々「クィア(queer)」は「奇妙な」「異様な」という意味の英語で、セクシュアルマイノリティたちを揶揄する蔑称として欧米で使われていた。 しかし社会運動をしていたセクシュアルマイノリティたちが、たとえ端から見れば奇妙でも自分たちはありのままで生きるという決意と共に「クィア」を自称しはじめたことで、かつてのネガティブな意味合いが薄れてゆき、現在に至っている。
「クィア」の意味するところは「セクシュアルマイノリティ」と似ているが、カバーする範囲は「クィア」の方が広い。 紙媒体やネットでこれらの言葉に触れてきた印象では、「セクシュアルマイノリティ」は、性自認・性的指向が明らかにマジョリティとは違うという自覚がある人を指している。 それに対して、「クィア」には、まだはっきり認識できていないものの、世間が想定する性のカテゴリーに今ひとつ馴染めない…と感じているような、マジョリティとマイノリティのあわいにいる人も含まれる。 また、「セクシュアルマイノリティ」には、マジョリティに理解されず、社会から疎外された存在というニュアンスがある(その他の「マイノリティ」=在日韓国人、部落民、外国人などのような)。 この言葉が使われる際は、当事者が法制度などによって不当に権利を制限され、自分らしく生きることを阻まれているという実態がセットで提示されることが多いように思う。
例えば、性自認が男性(シス男性)で恋愛対象は女性(ヘテロセクシュアル)だが、女装をしている時の方が心地よいという人がいたとする。「クロスドレッサー(異性装)」「トランスヴェスタイト」「女装家」などと呼ばれる存在だ。 特殊なセクシュアリティを持っているが故に、街中で後ろ指を指されたり馬鹿にされたりして、尊厳を傷つけられることはあるだろう。 しかし、「ホモセクシュアル」ではないので、同性婚できない日本でパートナーと結婚できずに苦しむリスクはない。 「トランスジェンダー」的な傾向はあるものの、性自認と医学的・社会的に割り当てられた性のギャップに苛まれたり、高額な性別適合手術の必要性を感じているわけではない。 このような人は、「私はセクシュアルマイノリティです」と言っていいのか戸惑いがあるのではないだろうか。 自分の辛さは、法制度と闘わなければならない人のそれに比べたら軽微なのだから、この程度でセクシュアルマイノリティを自称して生きづらさを訴えるのは行き過ぎている…と自粛してしまうことが考えられる。 しかし、男は365日ズボンで暮らすものだという既存のジェンダー観から外れているという点で、彼は間違いなく「クィア」である。「私はクィアです」と言うのは、「私はセクシュアルマイノリティです」と言うよりはるかにハードルが低い。
「クィア」は、既存の性のカテゴリーに馴染めていないが「セクシュアルマイノリティ」の括りから除外される人々もふんわりと包み込む、懐の深い言葉だ。 セクシュアリティは千差万別で、まだ解明されていないことも多く、しかも生まれてから死ぬまでに変化する可能性もあるという揺らぎを前提として生まれた概念なので、より多くの人たちの拠り所になれる。しかし、このふんわりとした性質故に、定義するのは非常に難しい。
参考:
私のクィアネスについて
私は自分が「デミロマンティック」だと思っている。要は、世間一般の人と比べて、恋愛感情が希薄だという自覚がある。
多分「デミロマンティック」は多くの人にとって聞き慣れない言葉だが、「アセクシュアル」「アロマンティック」であれば知っている人はいるのではないだろうか。 「アセクシュアル」は性的欲求を持たない人、「アセクシュアル」は恋愛感情を持たない人を指す。 (日本では「アセクシュアル」は恋愛感情も性的欲求もない人の意味で使われ、恋愛感情はあるが性的欲求のない人は「ノンセクシュアル」と呼ばれるケースもあるようなので、「アセクシュアル」の意図するところは使う人や文脈によって変わりそうだ。なお、「ノンセクシュアル」は和製英語だそうです。)
「アセクシュアル(asexual)」「アロマンティック(aromantic)」の頭に付く「a」は、英語では否定(non-、un-)の意味を持つ。「asexual」=「sexual(性的欲求のある状態)でない」、「aromantic」=「romantic(恋愛感情のある状態)でない」ということになる。 一方、「demi」は、「半分」「少し」の意味を持つ(ヨーロッパ系のカフェでエスプレッソを注文すると出てくる小さなカップ=「デミタスカップ」を想像してもらえると腑に落ちるのではないでしょうか)。つまり「デミロマンティック(demiromantic)」は、「romantic(恋愛感情のある状態)が少なめである」という意味になる。
息抜き:
youtube
当事者の書いた文章や当事者が主人公の小説を読む限り、アセクシュアルおよびアロマンティックの人は、それぞれセックスや恋愛に対して拒否感や嫌悪感がある印象だ。 私はどちらに対してもそこまで強い拒否感はなく、恋愛の延長線上にセックスがあることにもそれほど違和感を持っていないが、いかんせん恋愛感情が起こらない。
学生時代、周囲が少女漫画を貸し借りして「○○君と△△君だったらどっちがタイプ?」「私たちもこんな恋愛したいよね~」と真剣に語り合っている中、私はそのテンションに全く付いていけず、自分はみんなと違うな……と漠然と感じていた。
勉強や就職活動や創作活動などは、将来の自分の可能性や選択肢を増やして今より自由になるための活動であるのに対し、恋愛は、相手と良い関係を作るためのしがらみや我慢を発生させる点で、人生を不自由にする活動だと思っていた。 シスヘテロ男性との恋愛の先にあるかもしれない結婚・妊娠・出産などを想像すると、積極的に恋愛するシスへテロ女性たちは、自ら進んで家父長制に取り込まれにいっているように見えてしまった(ものすごく穿った見方だという自覚はある……彼女たちは自分の意志で恋愛しているのであり、余計なお世話だとは思うけど)。
私の中にこういった思考が育まれたのは、幸せな恋愛やパートナーシップのサンプルを身近に見つけられなかったという環境的な要因に加えて、やはり先天的な要因もあると思う。 近年の脳科学では、外部からの刺激によって脳内の快楽を司る「報酬系」という神経回路が活発化し、ドーパミンが分泌されると恋愛感情が起こるとされている。多分、私の脳ではこの回路があまり活発ではなく、少女漫画という刺激では作動しないのだろう。 (ただ、脳内物質にはドーパミン以外にもセロトニン・テストステロン・エストロゲンなどがあり、これらが出ていれば何らかの感情は発生していることになるので、恋愛感情がないからといって無感動というわけではないのですが。)
参考:
社会人になってから、微妙に恋愛感情が出てきた時期もあるにはあったが、それも数年に一度ぐらいの低い頻度だった。 仕事が忙しければどうでも良くなるし、一人で行きたい場所に旅行したり、カルチャーに触れたりライブやイベントに行ったりすればそこそこ満たされてしまうので、そのうち別にいいやという気持ちになる。
そんな自分のことを、私自身は「ドライな人間」「淡泊なタイプ」だと解釈していた。 ただ、性自認と医学・生物学的な性は一致しており(シス女性)、恋愛感情が起こる場合は異性に向くため(ヘテロセクシュアル)、自分がセクシュアルマイノリティだとは思っていなかった。 しかし、日本でもセクシュアルマイノリティに関する議論が活発になり、LGBT以外のセクシュアルマイノリティやクィアについての文献や記事が広く出回るようになって、やっと「デミロマンティック」というちょうど良い表現に出会えた。
クィアを自覚した後の問題
自分がクィアだと自覚することは、こういう人間は自分だけではないと安心できる点では救いだが、自分は差別される側の人間なのだという疎外感を突きつけられる点で呪いにもなる。 過去にセクシュアリティの違いが原因で周囲から浮いてしまった経験を、差別を受けた体験として捉え直す作業は、それなりの痛みを伴う。 しかし、これを丁寧に行わなければ、自分の生きづらさを解きほぐして緩和することもできないし、この先どう生きるのが自分にとっての幸せなのかも模索できない。 また、自分が生きている日本社会がどんな人間を異端として疎外・排除しているか、あらゆるセクシュアリティが肯定されるために社会や自分自身はどうあるべきかも見えてこない。
自分の中のクィアネスに向き合うことを意識し始めてから、同じように既存の性のカテゴリーからはみ出している人がどう生きているのか知りたいと思うようになった。 コロナが沈静化したタイミングで読書会やコミュニティを定期的に検索していたところ、「陰気なクィアパーティ ZINE交換会」の告知に出会った。 クィアとして生きる実感をZINE作りという形で語り直す作業を、この機会にやってみたいと思った。
限られた時間の中で何とか内容をまとめ、A5版12ページ、6,000字強のZINEが完成した。 会場で7部を交換し、2部は手持ちのZINEがなかった人に渡した。
「陰気なクィアパーティ」の大らかさ
私は「LGBT」ではないし、「アロマンティック」「アセクシュアル」のいずれでもないので、そういった人を対象とするコミュニティへの参加には抵抗がある。 でも「クィア」を冠したコミュニティであれば、私もここにいて良さそうだと思える。
会のグラウンドルールには、このような文言がある。
陰気なクィアパーティは、セーファースペースであり、あらゆる性のあり方を持つ私たちが共にいるための空間です。 差別の構��を解体する空間であるためには、参加者全員の協力が必要です。 自身の境界と他者の境界を尊重し、全ての人が居心地良く過ごすことができる対話空間作りにご協力ください。
この宣言はとても心強い。 このような場なら、「性的指向も性自認もマジョリティと変わらないくせにマイノリティぶるな」とか、「もっと辛い立場にあるセクシュアルマイノリティに比べれば、お前のしんどさなんて取るに足りないものだ」といったような攻撃を受けるリスクは低そうだと感じた。 そして、一定の安全が担保された空間で様々なクィアたちとコミュニケーションする中で、クィアとしてどう生きるかのヒントが掴める気がした。
会場に足を運び、様々なセクシュアリティの参加者からもらったZINEを読んで、自分の想像を超えた差別や疎外感を知り、世界の見え方が少し変わった。 あの空間に、一人のクィアとして立ったからこそ見えた景色だ。 私のZINEも、誰かにとって新たな気付きをもたらすものになっていればいいなと思う。
会社を辞めようとしているタイミングでこのような場に出会うことができ、本当に感謝している。 主催者の皆様、ありがとうございます。
そして今後は、小説の執筆ペースを上げることと並行して、一人のクィアとして考えたことをもっと言葉にしたくなった。 個が尊重されるセーファースペースで、様々なクィアと対話したり励まし合ったりする時間が定期的にあったら、何かと心細いクィア人生も豊かなものになる予感がする。
9 notes · View notes
ari0921 · 2 months
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024)2月28日(水曜日)弐
   通巻第8154号
 「借金の罠」を仕掛け、結局は自らも「借金の罠」に嵌まった中国
   BRI(一体一路)は汚職の伏魔殿、不良債権の山となっていた
*************************
「債務の罠」とは中国が展開した海外プロジェクトで、「新興国など債務国が中国から借りたカネの返済ができなくなり、国際機関から有形無形の拘束を受ける状態」を意味する。債務の代償として中国は合法的に権利を取得することになる。たとえばスリランカのハンバントタ港、パキスタンのグアダール港などがそうである。
この「債務の罠」というタームは、インドの地政学者ブラーマ・チェラニーが「中国のBRI(一体一路)プロジェクト外交と搦めて提議したのが最初だった。
債務国は返済計画もずさんで、放漫な財政政策や経済運営など「モラル・ハザード」がおこる。債権国は相手国の過剰債務を梃子として政治武器化し、債務国を経済的支配下に置く戦略が隠されていた。ジブチがその典型だろう。同国は一万人の中国軍基地の造成を認めざるを得なくなった。
 しかし債務国が罠に落ちることもさりながら、あまりに肥大化し、膨張した中国の債権は、債務国に返済能力がないわけだから、事実上の「不良債権」である。むしろ中国自身が逆ブーメランのごとく「債務の罠」に陥没する。この諧謔的な結末を最初に言い出したのは筆者ではないかと思っている。
さて中国の官吏の特徴は文豪の林悟堂が言ったように「賄賂賄賂賄賂賄賂賄賂」である。海外プロジェクトほど、賄賂と汚職が蔓延しているのに誤魔化せる分野はない。政府の交渉人、窓口の役人、融資する銀行、資材企業、労働者斡旋起業、運送会社などなど。海外の実情を当局はすぐに把握できないため、「汚職の伏魔殿」と言われた。
 不良債権の山とは汚職の積み重ねの結果でもある。
 習近平が2013年から開始した「一帯一路(BRI)」ではアジア・アフリカから中南米、南太平洋の島嶼国家にいたるまで、インフラ建設が目白押しになった。どの国の山奥へ行っても中国企業の看板があった。
たとえばパブアニューギニアの国際会議場は中国が建てた。東チモールの山奥でも中国企業の旗、橋梁工事をしていた。「JICAが金を出し、中国企業が請け負う」という定番である。対外宣伝で中国はBRIに1兆ドルを注ぎ込んだとしているが、実質上7000億ドル前後をBRIに投じた。そして大規模な汚職が進行していた。
 ▼汚職腐敗をとりしまれと習近平が大号令をかけたのだが。。。。。。。。
中国の汚職摘発機関(中国共産党中央紀律検査委員会=CCDI)は『BRI汚職』の捜査を開始することになった。
2月25日に公表されたCCDI報告で「BRI構想下のインフラ建設プロジェクトを捜査対象に挙げた」とインド、香港のメディアが報じた。腐敗の防止・対策・摘発に重点が置かれている。
 これまでのCCDIの捜査実績は国内が対象で、「長江公司事件」では当時北京市党委書記で、大規模な汚職事件に密接に関わった陳希同を政治局委員から解任、中央紀委書記だった尉健行が北京市の党委書記を兼任した。陳希同は江沢民最大のライバルだった。
 「遠華密輸事件」ではCCDI副書記だった何勇が陣頭に立って捜査にあたった。主犯はカナダに逃亡したが、十年後に中国に送還された。この間に関係者の多くが不在となって、真相はいまも謎のままである。
 CCDIの歴代書記は、朱徳、董必武、陳雲、喬石ら党の大物が務めてきた。1992年頃から党の序列人事となって、尉健行、呉官正、賀国強らがポストに就いた。
習近平時代には、このポストを政治の武器として活用することが露骨になった。辣腕家の王岐山が登板し、江沢民派、団派という敵対派閥、ライバル派閥の汚職にメスを入れた。これは同時に習近平派が利権を手に入れたことを意味する。
その後、趙楽際は自らも多くの汚職に手を染めていたため辣腕を振るえず、2022年からは李希が中央紀律検査委員会を率いている。
これまで李希CCDI書記は国内の汚職の温床を捜査対象としてきたが、海外プロジェクトが絡むと外国の政治家や国際金融尉官が絡んでくるため、対外的な対応ができる権限をもった新組織が必要となると提議してきた。
そこで、習近平は2024年1月9日に「中国共産党20期中央紀律検査委員会第3回全体会議」を召集し、次を強調した。
「反腐敗闘争は強力な腐敗撲滅キャンペーンを経て、圧倒的な勝利と全面的な強化を得た」。しかしながら「情勢は依然として厳しく複雑である。われわれは反腐敗闘争の新たな状況と動向に対する冷静な認識、腐敗問題が生まれた土壌と条件に���する冷静な認識を持つ必要がある」
 つまり同委員会の改革を示唆したのである。
 ▼汚職捜査の責任者、李希とは何者か?
 さて中央紀律検査委員会書紀は、政治局常務委員で序列七位の李希である。
 この人物は、福建閥でも清華大学閥でもない。ほかの政治局常務委員はなんらかの腐れ縁があって習ファミリーにおける習の子分たちだ。
 ところが、李希は習のミウチではないのに、どうしてこうも大出世が可能となったのか?
 李希は甘粛省生まれ、蘭州市の秘書長になるまで地味な、まるで目立たない地方官吏でしかなかった。
陝西省に飛ばされ延安市書記になった頃、突如、ツキがまわった。
 
李希が陝西省延安市トップの党委書記を務めていた頃に、習近平がやって来たのである。
 共産革命のメッカといわれる延安は毛沢東の「長征」の終着駅。革命の聖地と言われる。実態は毛沢東らは穴蔵に籠もり、共産革命の美名に酔って馳せ参じた女たちをハーレムとしていた。
 その延安のはずれ、梁家河村は、文化大革命のころの「下放運動」で習が15歳から7年間過ごした場所なのである。
洞穴のような横穴式住居に暮らし、農民になり、苦しさに耐えた青春時代を、習近平は懐かしむ。延安市党書記だった李希は「全力を挙げて梁家河村を『模範村』とし、党中央や習近平同志に安心してもらおう」と呼びかけたのだった。
 その後、李はとんとん拍子の出世階段を驀進し、2011年に上海市副秘書長、2014年に遼寧省長、17年に政治局員となって広東省書紀(上海、広東は出世コースのひとつ)、そして2022年にトップセブンにのぼった。
2 notes · View notes
0nce1nabluemoon · 1 year
Text
泉に戻ることを望む者は、流れに抗して泳がなくてはならない
[東ドイツ ある家族の物語] P.265
しかし日本は、国を失ったことはないでしょう
[また、桜の国で]P.115
今、僕の国では、未だかつてないほどに、武士道や大和魂という言葉が使われているよ。でもね、覚えておくと良い。濫用される時は必ず、言葉は正しい使い方をされていない。
[また、桜の国で]P.482
誤解せんで欲しいが、資本主義が勝利するわけではないぞ。敵を見失った資本主義は、これまた果てしなくモラルを失っていく。どんな形で崩壊するのか、それとも再生できるのか。
[プラハの春 下]P.366
犠牲者を追悼する際、たとえ何百万単位で数えられたとしても、彼らは個人であり、集団ではないと覚えておかねばならない。どのような形であれ、殺された人々を集団として記憶しようとするのは死者を否定し、還元し、再び消滅させてしまう行為である。まさに犠牲者を殺害した人たちの思うつぼなのだ。さもなくば記念碑は忘却と否定の文化に取り込まれてしまう。私たちが忘れてしまうのは単純に忘れた方が楽だからであるが、不安や恐怖の時代にそれをしてしまっては無責任である。忘却は無知に自由な支配を許すことになる。つまるところ、心に留めておきたい歴史が何であるのか、あるいは過去を意図的に消そうとする理由は一体何か内省してみれば、私たち自身が何者であるのかが見えてこよう。
[ポスト・ヨーロッパ 共産主義後をどう生き抜くか]PP.214-215
あたしはずっと歴史を教えてきたけど、歴史上の出来事のどれひとつをとってもわたしたちが最後まで知っていることってありません。経験したどれをとっても。真実のすべてを......
[戦争は女の顔をしていない]P.46
僅か十日のあいだに、日本の国民はこれだけの大きな自由を奪い去られたのだ。
[風にそよぐ葦(上)]P.199
そしてこの動乱の時代には、すべての愛情が悲劇の原因になるのだ。裏切られなかった愛情がどこにあるだろう。悲劇をもたらさなかった愛情がどこにあるだろう。人間と人間のつながりが、兵役法だの徴用令だの動員規定だの、その他無数の法令によってばらばらに切りはなされ、愛情の幸福はその根底を失ってしまった。
[風にそよぐ葦(下)]PP.76-77
榕子は日の丸の旗が嫌いであった。それは残忍きわまる国家権力の象徴であった。ここ数年来、国家とは国民の不幸の象徴ではなかったかろうか。良人を奪い子を奪い富を奪い食を奪い、あらゆる生活の根底を破壊し去ったものはこの日の丸の旗であった。
[風にそよぐ葦(下)]P.93
道徳も義理も人情も、そういう美しいものはすべて生きるための邪魔ものであった。
[風にそよぐ葦(下)]P.198
国家が国民に要求する犠牲がその極限に達し、その極限を過ぎて、血をすすり肉を啖い尽してから、戦争指導者と重臣たちとはようやく降伏を決意した、それまでは決断がつかなかったのだ。
[風にそよぐ葦(下)]P.271
古今の歴史は、為政者たちの暴政や侵略者たちの暴虐による人間の悲劇を、幾つとなく記録しているが、どれほど凶暴な力に打ちたおされても、それが人間の本質的な姿を変えることはできなかった。ヒトラーやムッソリーニや東条が、あのなさけ容赦ない強制と圧迫とを加えてみても、ついに蹂躙することのできなかった(人間の最後の自由)というものがあるのだ。ソヴィエトの圧制者たちがあれほどの秘密警察と懲罰主義とをもって、幾度か血の粛清を行なって見ても、どうしても奪い去ることのできなかったスラヴ人の自由というものがあるのだ。全体主義者たちが最後につきあたるものは、この、人間が人間であるという真実であるに違いない。自分の思考をもち、自分の欲望をもち、自分の理想をいだき自分の幸福を求める、人間としてのその本質的な希望は、国際関係が緊迫してきた現代の社会ではほとんど許されなくなってしまった。しかし、最後に残るただ一つの自由は、拒否するという意志に於いて表現されるのではあるまいか。
[風にそよぐ葦(下)]PP.464-465
しかし、どんな時代が来ても、人間の心の奥底にある、孤独感というか、一人きりでは生きて行けない、誰かを愛し、誰かを信じないでは居られない、そういう本質的な弱さ、・・・弱さと言ってもいいだろうね。・・・そういうものの美しさを信じることはできるんだよ。
[風にそよぐ葦(下)]P.536
私は罰を受けている・・・でもどうして?もしかして、人を殺したから?時々そんなふうに思います。年をとると、昔より時間がたくさんあって・・・あれこれ考えてしまう。自分の十字架を背負って行くんです。毎朝、ひざまずいて、窓の外を眺める。みんなのことをお願いするの。すべてを。夫を恨んではいないわ。許しました。彼のために祈ります。責めません。私が女の子を産んだ時、彼はしげしげと眺めて、すこし一緒にいたんだけど、非難の言葉を残して出て行ったんです。「まともな女なら戦争なんか行かないさ。銃撃を覚えるだって?だからまともな赤ん坊を産めないんだ」私は彼のために祈るの。もしかして彼の言うとおりかもしれない。そう思うことにする......これは私の罪なんだって......私はこの世で何よりも祖国を愛していた。私は愛していたんです。誰にこんなことをいま話せます?自分の娘......あの子にだけ......私が戦争の思い出話をすると、あの子はおとぎ話を聞いているんだと思ってるんです。子供用のおとぎ話を。子供のおそろしいおとぎ話を。
[戦争は女の顔をしていない]P.369
スターリンは結局民衆を信じなかった。祖国は私たちにそういうお礼をしてくれたの。私たちが注いだ愛情と流した血に対して。
[戦争は女の顔をしていない]PP.430-431
だって、人間の命って、天の恵みなんだよ。偉大な恵さ。人間がどうにかできるようなものじゃないんだから......。
[戦争は女の顔をしていない]PP.480-481
「本当の親か、本当の子かなんてことはね、誰にもわかりゃしないんだよ」良太郎は仕事に戻りながら、いかにもやわらかに云った、「お互いにこれが自分のとうちゃんだ、これはおれの子だって、しんから底から思えばそれが本当の親子なのさ、もしもこんどまたそんなことを云う者がいたら、おまえたちのほうからきき返してごらんーーおまえはどうなんだって」
[季節のない街]P.276
「おてんとさまばっかり追いかけるなよ」
何のことなのか理解出来ず、私は父を見た。七十年生きてきて、ようやく判ったのだと父はつづけた。自分は、日の当たっているところを見て、いつも慌ててそこへ移った。けれども、辿り着くと、そこに日は当たっていず、暗い影になっている。また焦って走る。行き着いて、やれやれと思ったら、たちまち影に包まれる。振り返ったら、さっきまで自分のいた場所に日が当たっている。しまったとあと戻りしても同じことだ。
[血の騒ぎを聴け]P.23
私は深夜、寝つけなくて、無数の映像と無数の音楽について考えた。どのような映像の彼方にも見えな��ものがあり、いかなる音楽からも聴こえないものがある。それを立ちあがらせるのが言語ではないか。文学は、終わるどころか、これから真の力を発揮する時代に入る。そう確信して、夜明け近くまで起きていた。文学が負けるのではない。虚無や時代への迎合というらくな階段を昇り降りし、訳知り顔に民衆をなめる作家や編集者が負けるのだ。
[血の騒ぎを聴け]P.47
文学が、結局は、死と恋に集約されざるを得ないのは、その哀しみと、そこから得るものが、数学の試験のように、一プラス一イコールニとはならないからであり、いかなる言葉を尽くしても、自分の心を表現することができないからであり、「別れ」が、なぜか個々人の人間のグラスを、ほんの少し大きくしてくれるからである。
[血の騒ぎを聴け]PP.287-288
われわれが実際に建設しているのは、投機を行うための都市であって、人々が住むための都市ではない。
[反資本主義]P.107
人が受け取ることのできる他人のあり方などほんの断片であり、一個人の持つ複雑な内面の全てを推し量ることなど決してできない。
[歌われなかった海賊へ]PP.362-363
王や神は書く必要がない。その存在は自己自身のうちで絶対的に充実しており、他者との関係を必要としない。王は書くことなく語る主体であって、自分の声をただ書きとらせるだけなのだ。
[デリダ]P.73
「一者」への結集は、「他の他者たち」に対してのみならず、「自己における他者たち」に対しても「暴力」となる。
[デリダ]P.293
そういう生まれつきの能を持ってる人間でも、自分ひとりだけじゃあなんにもできやしない、能のある一人の人間が、その能を生かすためには、能のない幾十人という人間が、眼に見えない力をかしているんだよ。
 [さぶ]P.291
この世から背徳や罪悪を無くすことはできないかもしれない。しかし、それらの大部分が貧困と無智からきているとすれば、少なくとも貧困と無智を克服するような努力がはらわれなければならない筈だ。(略)「世の中は絶えず動いている、農、工、商、学問、すべてが休みなく、前へ前へと進んでいる、それについてゆけない者のことなど構ってはいられない、ーだが、ついてゆけない者はいるのだし、かれらも人間なのだ、いま富栄えている者よりも、貧困な無智のために苦しんでいる者たちのほうにこそ、おれは却って人間のもっともらしさを感じ、未来に希望が持てるように思えるのだ」
  「赤ひげ診療所」 P.178
見た眼に効果のあらわれることより、徒労とみられることを重ねてゆくところに、人間の希望が実るのではないか。
「赤ひげ診療所」P.298
「……そういう人たちと別れ、戦地から戻って日銀に復職したら、なんだか妙にシャクにさわってむかむかしてきたんだな。わが身が大事のエリートが威張りくさって、トラックでわたしが一緒に働いたような、学歴のない人たちが、ここでもやっぱり下っ端として馬鹿にされて理不尽な目にあっている。こりゃなんだ、戦争は終わったのに、何も変わっていないじゃないか、と」「わたしはトラック島で部下だった工員たちに救われていた部分がずいぶんあった。そんなかれらが価値のないものとして否定されて、軍人より先に死んでいかなきゃいけないのが戦争だった。同じことが、まさにわが職場で行われているとわたしの目には映った。こりゃあ黙って見過ごしちゃいかん、と思ったんだな。大げさに聞こえるかもしれないが、それはわたしなりの、死者への責任でもあったんだ」
[昭和二十年夏、僕は兵士だった]PP.60-61
彼らにとっての祈りとは、死者を自分の裡に住まわせてこの世を生きる、その生き方そのものではないかと思った。→デリダの幽霊
[昭和二十年夏、僕は兵士だった]P.121
11 notes · View notes
ymifune · 11 months
Text
耳を塞いで
5月18日。まだ朝の9時。 昨日の夕方、ジムで嫌な光景を見てしまった。南アジア系のお客さんが携帯の充電をジムのコンセントを使ってしようとしていたところを、ジムのスタッフが注意していたのだが、その言い方がとても品がなかった。なんというか、外国人に対してその言い方はないだろうという言い方で、聞かされている方が気分が悪くなるようなものだったのだ。 ジムは筋トレさえできれば良くて、いい悪いを含めて他のどんな思い出とも結びつかないニュートラルなものにしたいと思っているので、これはちょっといただけなかった。 年を取るにつれて、なのか、本当はずっとそうだったのに自分が若かったから気が付かなかっただけなのかはわからないのだが、自分がコミットするのかしないのかの境界線を、かなり厳格に保っていないと、自分の生活の平穏が守られなくなってきている。 もしかしたら、両方同程度にそうなのかもしれない。昔から境界線を明確にすることは大切だったけど気が付かなかったことも。今現在のようなSNS全盛の時期に於いては他人と自分のプライベートな領域が危うくなる瞬間があるから、自分なりのガイドラインを明確にしておかないといけないのかもしれない。 ジムの一件だけが原因だとは思わないのだが、少し胃が痛い。休んだ方がいいなと思う。 音楽・・・結局自分はどんな芸術ジャンルの中でも音楽が一番好きだということになるのだが、音楽のいいところはヘッドホンをすれば耳を塞ぐことができることだ。聞きたくないこと、聞かなくてもいいことから耳を塞いで、自分の心身を守ることができる。 日本語教示歴が5年目に入り、そろそろ上級クラスを持つ機会ももらえるようになったのだが、時事ネタに関しては自分はとても弱いので、新聞アプリを入れるといいのかなと思っているのだが、日本のものでも海外のものでも新聞アプリは月額課金にして3000円程度と中々高いものが多く、ためらっている。 新曲"Thirve"を完成させることができた。ボーカルを2本線にして左右に振ったら、意外なほどすぐ収まりよく仕上げることができたのだ。日曜日にミックスダウンまでできたのかな。14日に聞き直したら直したい場所が出てくるから聞かないでおくと書いておいたものが、そのまま最終ミックスとなった。15日月曜日の夜ぐらいに少し時間があったので、CD Babyに投げたら、今朝ほどに審査が通ったという連絡をもらった。7月14日金曜日にリリース予定である。 Bandcampに先んじてDL販売を開始した。 今朝ほどに、Bandcamp用のキャプションを書いた。SNS用の文言を英訳した。Linktreeの更新をした。アーティスト写真を変えて、ページの色彩を変え、Bandcampのリンクを最新のものにした。Teaserのための15秒を切り取った。「品川から乗った記憶羽田行き」の箇所を採用した。この前のラムサール条約登録湿地で撮影した動画にフィルターをかけて、PCに保存した。 明日は"Shipbuilding"の発売日である。先にオリジナル楽曲のシングルをBandcampで発売してしまったが、漸く。カバー曲シリーズは多くの方に聴いてもらえる可能性があるものなので、今回もできるだけ世界の方に聴いてもらえるといいなと思っている。期待はせず、でも着々と、粛々と進めよう。 オリジナル曲もできたので、次はまたカバー曲を1つ選んで、歌ってみようと思う。どんな曲がいいだろうか。着手できるとしても学期間のお休みか、夏休みに入ってからにはなってしまうが、気負わず行こう。 Paypalの残高を日本の銀行に移行した。5月の音楽の収入はピッタリ343USDだった。 今週はディロードウィーク。多少は時間ができるだろう。 転職の本は読み続けている。意外と面白くて、理解しやすくて、助かっている。案外心が軽くなるものだ。もう何冊か買って読んでみるつもりである。 じゃあ、今日を始めよう。 これを読んでくれた人がいたら、どうかいい1日を過ごしてもらいたい。
2 notes · View notes
snowglobeeyes · 1 year
Text
出会いと座談会
出会い。これから時間をかけてお互いを知っていくのは何だか好きだ。その瞬間は深く記憶される。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
始まりはコロナ禍で外出自粛していたときにジブリの作品を観たことだった。ツタヤへ借りに行ったのだが、その感覚がとても懐かしくなったことを覚えている。初めて観る作品も観たことの��る作品も借りてきてノートに感想を記録した。大人になったからだろうか。ジブリの作品はとにかく身に染みるのだ。
そして今年、自分の誕生日の日に念願のジブリ美術館へ初めて1人で行ってきた。全ての創りに夢中になり、時々こっそりと涙を流した。中でも惹かれたのは常設展示されているロボット兵の"上昇海流"という作品だった。もう一つ惹かれたのはホールとエレベーター横の壁に直接描かれた淡い夢のような絵。まるで私にしか見えていないかのようだった。
帰宅後、上昇海流を調べてみるとあの淡い夢のような絵も一緒に検索結果に出てきた。なぜなら、あの絵の題名が"上昇気流"だったからだ。描かれた方は"井上直久"という人だった。更に調べてみるとずっと見たいと思っていた短編映画(ジブリ美術館では月替わりで短編映画を上映している。)"星をかった日"の原作者であり、大好きな"耳をすませば"の背景画と雫の物語の回想シーンを担当されていた。(追記 : 地球屋でカントリーロードを歌うシーンにてリコーダーを吹いている叔父様の声も担当されていました。)私はあの回想シーンの煌めく商店街が昔から大好きだった。まるで星が繋がり星座になったようだった。井上さんの公式ホームページを見てみると11月に展覧会があると載っていた。過去の展覧会の様子を覗いてみると井上さんご本人も在廊される時もあるようだった。何だかどきどきするが、行ってみようと決心して楽しみにその日が来るのを待っていた。
そうして今月11月遂に展覧会へ緊張しながら行ってきた。何とタイミングに恵まれて井上先生は在廊されていた。背後を意識しながら鑑賞をしていく。井上先生の絵はいつも深呼吸したような感覚になり、心が解放される。生活をしていると見えないものに追われて呼吸が浅くなっているのだろう。井上先生はご友人の方と楽しくお話しされていたため、本を購入して帰ろうとするとスタッフの方からもう少しお待ちして頂ければ先生からサインして頂けますよとの声が。もちろん待つことにした。しばらく待っていると私の番が来た。
挨拶を交わすととても気さくで謙虚な方だった。話していると気持ちが自然と落ち着いた。かわいいイラストとサインを書いて頂き、どうやって井上先生を知りここに来たのかをお話しさせて頂いた。貴重なエピソードを聞くことが出来て嬉しかった。そして自分も絵を書いたり、文章を書いていてそれをコピーして本みたいな物を作っているとお話ししてみた。すると、井上先生は「良いですねぇ。やってみるのが良いですよね。それが下手になってもいいし、上手くなってもいい。」と言って頂いた。私は「良いですねぇ。」という一言を聞いた瞬間、その一言をずっと誰かに言ってほしかったことに気が付いた。すごく嬉しくて救われる思いになった。「下手になってもいいし、上手くなってもいい。」という言葉は実は薄々気がついていてとにかく形にしてみることを実践している最中だった。間違ってなかったんだと少し自信になった。これから何を始めるときもこの言葉を思い出したい。
その後はたまたま同じ時間に来ていた優しくて素敵な女性2人と出会い、4人で座談会をすることになった。普段は大人数が苦手な私も不思議と輪に入ることが出来た。とても嬉しかった。そしてそれぞれが絵の中で気づいたところ、好きなポイントを話しながら絵を見て回った。人と共有する喜びを知った。    それから一人一人素敵なアクセサリーを身に付けているという話題になったとき。井上先生は「私は心だけ…」と笑いながら言っていた。私はその言葉が今でも深く残っている。心が素敵ならそれで十分なのだ。いつか私も身につけなくても素敵でいられる自分になれるだろうか。今まで感じたことのないくらい温かい空気が流れる時間だった。また会いたい人達が出来た2022年11月。
2 notes · View notes
manaplog · 24 days
Text
Saturday , March 2
友人の結婚式に参列した日。
卒パの興奮から明け方まで上手く眠れず、アルコールと泣き顔を引き摺りながら東京へ🗼
招待してくれたのは、コロナ禍前後あたり最も距離が近かった男友達。
バスケットボール(スラムダンクやBリーグ)、お笑いが共通言語。ジョジョ、筋トレ、仕事についても、よく話した。
お互いに恋人がいなかったから毎週のように遊んでて、自粛期間中は ウォーキング行こ! て鬱屈した日々から抜け出し合ってた。
まわりのひと全員にふたりとも「向こうは好きなんじゃない?」と聞かれた。しかしあれだけ一緒の時間を過ごしても恋愛に発展しなかったのは、お互いに異性として本気でタイプじゃないからでしょう🤷🏻‍♀️
参列者はみんな中学友人、高校友人、の肩書がある中でわたしは単なる''友人''。
横のつながりで盛り上がっている人たちを横目に、わたしが話せるのは大先生と幼馴染の二人だけ。男性だらけの席にも気を遣う。居心地どアウェイ🥵
(すきなひとも参列してたのが、嬉しかった)(誰よりもスーツが格好よくて倒れそうだった)(顔もいちばんハンサムだった)(いっしょに写真を撮りそびれたの後悔してる)
挙式、披露宴と滞りなく終えた。友人らしい、不器用だけどあったかい式でほっこり。
友人、わたしの部屋を手配してくれていて、大先生と二人でそちらへ移動した。(しかもお車代ももらっているし。至れり尽くせりで恐縮が勝る。)
高級ホテルに、テンションが上がるわたしと大先生。
しばらくして、タキシードから私服に着替えた新郎が登場。久しぶりに三人が揃ったのは嬉しかった。
3人の苗字イニシャルから【NHK】というグループを組んでいる。2024年は活動しようかね。
お茶とジュースで乾杯。
いつかのわたしの誕生日、神楽坂のおしゃれなレストランで二人が祝ってくれたあと、ロイヤルホストに行ったことを思い出した。
オシャレしてかしこまった場所で背伸びした後は、こうやって中学生のようになるの、好きだわあ。
おめでとう、
Tumblr media
1 note · View note
ichinichi-okure · 2 months
Text
Tumblr media
2024.2.29thu_tokyo
2/29 うるう年 展示前の1日は大体深夜から
来週から台湾でのイベントに参加してその次の週は毎年になっている京都での展示だ ちょっと詰め込んだなと思うけどたまにはしゃかりきしてみよう と詰め込んだ でもちょっと今焦っている やばい
私は絵を描くときに捗るのはどうしても深夜で夫も街も寝静まった深夜が自分にとってのゴールデンタイム 急にやる気がでる このやる気を日中に出すことはできないのかと何度か試したが どうしても無理そうなのでもうやめることにしたのだ
朝は夫のお弁当とご飯 最低限の家事だけをして 犬の散歩 その他は途方も無いあても無いことをぼんやり考えたり お弁当の残りの昼飯 厳密にいうと昨日の夕食の残りを食べ コーヒーを飲んだり そのうち眠くなって あぁ今日 日記があるから活動するぞと意気込んでたが あたたかい生き物を抱っこしてると 同じように眠ってしまった またやってしまった。。
Tumblr media
あまりにも何もない1日を過ごしているので コロナの時に台湾に行って自粛した経験を少し
台湾での初めての個展の時 世界中がコロナになった とても楽しみにしていたから悔しすぎて 何とかして行けないかな と調べてみたら 展覧会はビザがあればいけるかもとのことで 台北駐日経済文化代表処に連絡することにしてみた
毎日電話をかけ続けるが 何日も繋がらない状況 もう諦めようとした時に何とか繋がる 口頭でのみで必要書類をダダっと伝えられ 約束の時間が決まる  ここで何かひとつでも不備があるとビザは降りない なんと恐ろしいシステム 本当にひやひやした この時ほどせわしく動いた自分はその後みていない
無事ビザは下りたが飛行機はJALしか運行しておらず さらに台湾は規制が厳しかったため乗っている人は本当にわずか  ベテランぽいキャビンアテンダントさんが  どの席も自由に使ってくださいねー!とテンション高く言うので 乗っていた人はみんな一人一列を使ってほぼ寝転んだ状態で台湾へ 特殊な時間にみんなハイなテンションだった
Tumblr media
●本当にガラガラ
公共機関は使えないので 体中を消毒され高級な専用タクシーに乗り 台中へ ギャラリーの宿に着きそこから二週間の隔離 空港でSIMを買ったので教えてもらったウーバーとギャラリーのスタッフからの差し入れと カセットコンロで時々自炊しながら生活 手洗いのバスタオルの洗濯が一番大変だった 脱水と言う苦行
Tumblr media
●台湾の自粛中に配布されたもの
しっかり電話番号にGPSを紐付けされていたので絶対に出ることはできないし 楽しみが めし になっていたのでウーバーで台湾ご飯を食べまくり(とても太った) 展示準備をしながら 毎日ひたすらいろんなことを考えた 世界に自分しかいないような感覚だった 孤独だけどとても自由でもあった あれ楽しい?
Tumblr media Tumblr media
●台湾のウーバーは個人店のものも沢山あるので本当に楽しい あとバイクだから温かいのがいい
起きては熱を測り警察の方にライン(時々寝坊して怒られる日本人) 展示の準備 ウーバー youtube ラジオ 家族や友達と電話 また物思いにふける その繰り返し
隔離期間中ちょうど誕生日も迎えたので ギャラリースタッフがエレベーターを駆使し 無人でスタバのケーキを届けてくれた スタバのケーキうまっ と初めて食べるスタバのケーキに感動したことを覚えている
隔離期間を終え外に出ると 見えるもの全てがキラキラして見えた 一人が平気な自分だけど二週間外に出れないのはさすがに限界が来ていた
搬入された作品をみて ギャラリーの一心くん葉ちゃんに心からありがとうと言う言葉が出た なぜか涙が出た 自由って素晴らしいのな 深夜で店はやってなくファミマでビールを買いにいく(台湾のファミマは全家・チュェンジャーっていいます) もう何やっても楽しかった ウーバーも差し入れもありがたかったけど 自分で選ぶ、買いにいく。出かけるって楽しい
Tumblr media Tumblr media
この時折角だからと三ヶ月台湾にいたのだが 外国人もほとんどいなくって珍しいから色々な人に話しかけられたり誘ってもらったり そのおかげでとてもとても濃厚な時間を過ごした
友達もできて実家の旧正月のバーベキューに参加し泊まったりと 台湾にいると日本にいるより随分積極的な自分にいつも驚く
台湾はいつのまにか自分にとっては第三の故郷になった もう台湾に行くと ただいまーという気持ちになる
その後何度も台湾に行ったけど コロナの時の経験はやっぱり一番印象に残っている
普通の会社員だった自分が なぜか今絵を描いて 台湾に行ったり 他府県に行ったり まだそのことが今もとても不思議で楽しい 最初どうだったけな 不思議に思いながら マイペースに活動を続けている 東京に住んでいることもまだ不思議な気持ちまだ抜けないけど
それにしても最近の私は本当こもりすぎてるな 活動的にならねばとこの時を思い出しながら  呪いの人形みたいなってきた髪の毛も切りに行かないと
うん、もうちょっと外に出ようと思います。春だなぁ
-プロフィール- yuktamura 東京 イラストレーター https://www.instagram.com/yuktamura/
1 note · View note
shredderwastesnow · 4 months
Text
2023年、会社を辞めてからのあれこれ
Tumblr media
7月末に会社を辞めて、5ヶ月が経過した。 8月末からハワイに1ヶ月留学し、9月に帰国。10月からは大学の通信で学芸員課程の勉強を始め、現在に至る。 4単位分の課題とテストは終わり、2単位分は課題を出してテスト日程を調整中。今はさらなる2単位分の課題をやっている。来年の6月までに20単位を取って、7月に実習(3単位分)をクリアできれば、9月には晴れて課程修了となる。その先の転職活動がどうなるのか全く予想がつかないが、とりあえず今は単位取得の心配をする時間……と思うことにする。
勉強と並行して、昨年4月の引っ越しから手つかずになっていた段ボールの開梱も進めた。40個近くあった段ボール(私が一人暮らししていたアパートと実家の一軒家からの引っ越し荷物)を6個まで減らし、もう使わないものは断捨離した。本は古本屋に70冊ほど売り、CDも中古CD屋に30枚ほど売った。 本棚や収納の中にとりあえず入れたものは後で確認して捨てるか残すか判断しなければならないが、その作業ができるスペースを確保するためにも段ボールを減らす必要があったので、年内にここまで進められたことは大きい。
今は課題も進めつつ、服の断捨離をしている。箪笥やクロゼットの中の服をすべてベッドに並べ、迷った時はその場で着てみて、残すかどうか判断する。古くなった服や、買ったものの結局あまり着なかった服をまとめて捨てた。会社員時代によく着ていた紺のブラウスは、襟の部分がすり切れかけていたので、一緒に処分した。このブラウスを着て、その上に黄色いカーディガンを合わせた格好でよく出社していたな、と記憶が蘇った。 手持ちの服を把握できたことで、今後どのような格好をしたいのか、そのためには何を買い足すと良いのかも具体的に考えられるようになった。12月に入ってからは、ブラウスや靴下を新たに買った。裾の縫い目がほどけてしまった夏のズボンと葬儀用のワンピースもお直しに出した。
そして、会社員時代の遅れを取り戻す気持ちで、色々なことをインプットしている。 呪術廻戦や少女革命ウテナなどのアニメを観る。気になっていた音楽をまとめて購入して聴く。読書会でジェンダー・セクシュアリティを考えるヒントになるような本を読み、人と感想を言い合う。(半分は課題のためだが)美術館に行く。舞台や映画を観る。パレスチナに関する展示を見たり、デモに行ったりする。
身辺が整ってきて、今後どう生きるか考える時間も持てるようになった。
会社員時代には、「作家かライターに転職したい」と強く思っていた。 でも時間ができた今は、私は純粋な作家には向いていない気がしてきた。何時間もパソコンや原稿用紙に向かうことを毎日繰り返しても、書けない時は書けない。収入も不安定だ。執筆も人生も計画が立てづらく(私が書きたいのはエンタメでなく純文学寄りの作品なので)、書いたものが誰かの人生を照らすまでには長いタイムラグがあり、場合によっては努力して書いても的外れな批判に晒され、それでも自分なりの良い作品の基準を持ち続けなければならない人生を思うと、それに飛び込むだけの覚悟が今の自分にはないことに気付く。 会社員だったら、とりあえず出社して手を動かせば、日によって出来にばらつきはあっても一応誰かの役には立ったことになり、その労働に対する報酬が月1回支払われる。会社員時代は日々のストレスで「もっと違う生き方がしたい」という気持ちが強まっていたが、私は決して会社員生活自体が嫌いではなかったのだと思う。業務内容や環境に納得できれば、会社員をやっている時間にも楽しみを見出せる気がする。 退社前の私は、文芸を生業にすることの大変さを真剣に想像できていなかった。そして、自分が優位に立っていることを事あるごとにアピールせずにはいられない父がいたことで、分かりやすく成功したいというエゴに囚われてもいた。「作家やライターになることで、自分は本当に幸せになれるのか?」と冷静に考えることができていなかった。 もちろん書くことは続けたいが、権威のある文学賞からデビューして、年間1冊は作品を出して……というような生活を私が目指す必要はないと感じている。自分のペースで、肩の力を抜いて、地道に書いていきたい。
手つかずになっていたタスクが少しずつ片付いてゆき、徐々に心がクリアになっている感覚がある。 来年の秋に学芸員課程を終えた私は、どんな未来を思い描いているのか。 残された時間は、まだ9ヶ月ある。慌てて答えを出そうとせず、散らかった身辺の整理と今後に向けたインプットを粛々と進めながら、冷静に心の声に耳を澄ませたい。
3 notes · View notes
sakumakou · 6 months
Text
20231013
1013 きままなTV・メディア情報です(不定期刊)
「NHK『ザ少年倶楽部』収録4日前に中止『十分な見直しに至ぬ判断』【報告全文】」(ORICON)
「活動自粛の藤本敏史で各局対応追われる TBS系『プレバト』はテロップ流しそのまま放送」(報知)
「ムロツヨシ、腹膜炎で入院 撮影中に腹部に痛み 現在は落ち着く『回復し次第復帰』」(ORICON)
「東宝の24年2月期増益 『君たちはどう生きるか』ヒット」(日経)
「USENの23年8月期、純利益26%増で過去最高」(日経)
「読売広告社、ドラッグストアへの商品納入を支援」(日経)
「フジサンケイGの日枝久代表に台湾から勲章 東京都内で伝達式」(産経)
「鈴木おさむ氏、来年3月で放送作家と脚本業から引退『120%の力が入りにくく…』」(報知)
「NHK、民放合わせて週に39枠ある連続ドラマ、ここ20年で倍増したのは何故か?」(JBpress)
「マツケンサンバが『暴れん坊将軍』を知らない世代にも人気の理由』(POST7)https://www.news-postseven.com/archives/20231013_1911733.html?DETAIL
0 notes
happytime-en · 7 months
Text
Tumblr media
    「 ジョン・ウィック:コンセクエンス 」
  皆さん こんにちは。
  近くの結婚相談所 ハッピータイム群馬桐生相生
  婚活アドバイザーの金子です。
 アメリカでの公開から遅れること半年。
 ムビチケ購入特典である( コンチネンタルホテル ニューヨーク
 のルームキーカード レプリカ)を手に入れ公開を待ち望んで
 いた、チャド・スタエルスキ監督による、キアヌ・リーブスが
 伝説の凄腕暗殺者ジョン・ウィックを演じる、シリーズ第4弾
 「ジョン・ウィック:コンセクエンス」の上映が開始されまし
 た。
 あるサイトで、副題がHAGAKURE(葉隠)になるかもしれな
 いとされていましたが、それは叶いませんでした。
 しかし、武士道にも通じるような日本へのリスペクトが多数盛り
 込まれており、従来のスタイリッシュなアクションや色彩に加え
 、多くは語らずして登場人物たちの心理描写が映像により表現
 され、少ない台詞には重みがあり、ラストシーンもかなり感動
 的でした。予想を大幅に上回る良い作品だったので、もう1度
 映画館へ足を運ぼうと思います。
Tumblr media
 これまでの簡単な流れ。
 ニューヨーク、ローマ、モロッコそして大阪などに展開する、
 暗殺者達の常宿「コンチネンタルホテル」には「ホテル内で
 仕事をしてはいけない」という掟があります。その掟を破り
 ジョン(キアヌ・リーブス)は、今は亡き妻と2人で過ごした
 思い出の自宅を放火して全焼させた、裏社会を牛耳る主席連合
 (ハイテーブル)の幹部でありイタリアン・マフィアのドン
 でもあるサンティーノを報復のために、コンチネンタルホテル
  ニューヨーク内で暗殺してしまいます。その結果、主席連合
 の粛清対象となってしまったジョンは、世界中の暗殺者から
 命を狙われる身になってしまうのです。
Tumblr media
 そして、今作。
 主席連合から送り込まれた数々の刺客達と戦ってきたジョンは
 自由を求め、ついに主席連合との全面戦争を決意します。
 それをサポートするのは、ジョンを擁護したことを理由に主席
 連合から狙われることになってしまったコンチネンタルホテル
  ニューヨーク支配人ウィンストン(イアン・マクシェーン)と
 コンシェルジュ シャロン(ランス・レディック)、ホームレス
 を装った犯罪組織を率いるキング(ローレンス・フィッシュバ
 ーン)。
 一方、主席連合は、新たな刺客としてジョンの旧友でもある
 盲目の暗殺者ケインを、卑劣な手口で仲間に引き入れジョンの
 粛清を企てます。
 その頃ジョンは、旧友である大阪コンチネンタルホテル支配人
 のシマヅの協力により、ホテル内に身を隠していましたが、
 そのことが主席連合の耳に入ってしまい、ケイン率いる主席
 連合の暗殺者達が大阪コンチネンタルホテルに大挙して攻め
 入るのです。果たしてジョンは主席連合を倒して自由の身に
 なれるのか・・・・? 
 ニューヨーク・大阪・ベルリン・パリなど世界各地で死闘が
 繰り広げられます。
Tumblr media Tumblr media
 この作品の見どころの1つは、様々なしがらみから戦わなければ
 ならない状況に陥ってしまった旧友同士であるジョン、ケイン、
 シマヅという3人のキャラクターの、心の葛藤です。
 ジョンとシマヅは心の奥底ではケインと戦いたく無く、ケインも
 また2人と戦いたくは無いのです。
 大阪コンチネンタルホテル支配人 シマヅを演じるのは、
 アメリカを拠点に活躍する日本人俳優 真田広之。
 今作では「義を重んじる」重要な役柄で登場します。
 昨年公開のブラッド・ピット主演「ブレット・トレイン」でも、
 存在感のある演技を見せていました。
 そして、明らかに座頭市の影響を受けていると思われる、盲目
 の暗殺者ケインを演じるのは、ブルース・リーの師匠イップ・
 マンを演じたこともある「宇宙最強の男」と呼ばれるドニー・
 イェン。
 真田広之、ドニー・イェンという2人のアジア人アクション俳優
 が日本刀で戦うアクション、そして主役のジョンを演じるキアヌ
 ・リーブスとドニー・イェンの銃を使用したアクションは、
 どちらのシーンも激渋でカッコ良かったです。
Tumblr media
 更に、ロンドンを拠点に活躍する日本人シンガー リナ・サワヤ
 マが俳優として、大阪コンチネンタルホテルのコンシェルジュ
 でありシマヅの娘であるアキラを演じ、キレのあるアクション
 を披露していました。
Tumblr media
 劇中の大阪のシーンは、大阪・道頓堀の街並みが映し出された後
 に大阪コンチネンタルホテルとされる建物の外観が映し出される
 のですが、その建物は、なんと今年のゴールデンウイークに訪れ
 た東京・六本木の国立新美術館だったのでとても驚きました。
*************************************************
  近くの結婚相談所 ハッピータイム桐生相生
  婚活アドバイザー 金子 薫
  群馬県桐生市相生町5-536-1 ネプチューン2-A
  電 話:0277-32-5314
  連絡時間:午前10時から午後9時
  定休日:年中無休
**************************************************
婚活   結婚相談はお近くの結婚相談所ハッピータイム (http://www.happytime-en.com/)、 群馬前橋・群馬沼田・群馬渋川・群馬高崎・群馬安中・群馬藤岡・群馬伊勢崎・群馬桐生・群馬みどり・群馬太田・群馬邑楽・群馬館林・栃木足利・栃木佐野・栃木小山・栃木栃木・栃木真岡・埼玉熊谷・埼玉深谷・埼玉本庄・埼玉行田・埼玉羽生・埼玉加須・埼玉児玉・茨城牛久・茨城下館・茨城筑西・茨城結城・茨城古河・新潟長岡・新潟小千谷・新潟見附・新潟柏崎・新潟魚沼・新潟十日町・新潟南魚沼・新潟西蒲原・神奈川川崎までお問い合わせください。  
1 note · View note
fujisawa-moyoshi · 8 months
Text
藤澤 茂吉が世界経済の動向と日本株式市場ついて分析
藤澤 茂吉が世界経済の動向と日本株式市場ついて分析
2022年は地政学的な紛争や疫病の流行、各国での利上げなどの複数の要因から、世界のリスク資産のボラティリティが大きく上昇した。今年の日本株式市場は、先進国株式市場の中でも底堅さを見せた。windデータによると、日本の東証株価指数は今年2.23%減少したが、欧米の株式市場(S&P500指数は21.87%落ち、欧州STOXX600(ユーロ)指数は9.50%落ち)と比べると、成熟市場である株式市場の中では、日本株のパフォーマンスは比較的良い方であると言える。 2022年の日本株のパフォーマンスに影響を与えた主な海外要因は以下の通りである。 (1) 今年に入ってからの米連邦準備制度理事会(FRB)の継続的かつ急速な利上げ (2) 世界的なコロナの影響による投資マインドの低迷 (3) ロシア・ウクライナ紛争がもたらした世界的なエネルギーインフレとサプライチェーンの緊張 これらの要因が、外需型経済が主流の日本経済に大きな影響を及ぼしていた。
Tumblr media
更に、新型コロナの流行も日本経済や株式市場にとって攪乱要因となった。 日本では、防疫政策が徐々に緩和され、��全自由化されるまでの間���防疫政策の変動、感染者数の変動があり、それに伴って消費者の自粛期間、購買力、消費行動にも変動があった。 任意消費に比べ、強制消費はコロナに与えられた影響が少なく、全体として安定的に推移していた。 緩和期の始まりでは、家具や家電製品に代表される家庭用消費が最初に回復した。 これは主に、流行期には消費者が自宅で過ごす時間が長くなり、家庭環境に対する需要が高まったためである。 完全自由化後は、消費シナリオの制限が解除され、交通、飲食、履物など家庭外消費への支出が再開されたが、この間に家庭内消費が落ち込まなかったのは、自由化後も消費者が流行前より家庭にいる時間が長かったことが主な要因である。 流行抑制の解除に伴い、ほとんどの経常消費(小売売上高)は既に2019年の水準を上回った。 消費者マインドも、統制の緩和を受けて低下傾向に歯止めがかかったが、流行前の水準にはまだ戻っていない。 2022年に入ってからは、2022年12月5日時点で対米ドルで15%の円安が進行している。 円安は、関係する輸出企業の収益にプラスになる。これは、ドル建て収益の円換算額が上がり、物価が上昇しやすくなるからだ。しかし、円安は輸入原材料の価格を押し上げるなどのデメリットももたらしてプラスとマイナスが相殺されるため、全体としてはメリットがデメリットを上回る。日本企業の為替感応度を利益への影響の安定性から見ると、日本の製造業はグローバルな生産ネットワークの構築により、為替変動への対応力を高めてきたと言える。 内閣府が毎年発表している「企業行動調査」によると、製造業の海外生産比率は22.3%であり、この比率が安定すれば、採算ベースでより安定した為替感応度を維持することが容易になる。 野村證券の試算では、対米ドルで1円の円安になるごとに企業の経常利益は0.22%増加し、2022年度に東証の経常利益は0.25%増加するとされている。
Tumblr media
2023年の日本株パフォーマンスは高値更新の前に低値更新を予想
2023年の日本株のパフォーマンスは、高値更新の前に低値更新する傾向が見られる。11月以降、市場は米国の金融政策シナリオを再評価しているが、楽観的な期待からは、株価は一定の上昇をみせている。しかし、FRBの利上げプロセスはまだ終わっておらず、米国のインフレ水準は目標の2%から相対的に高く、2023年長期にわたって高止まりする可能性がある。2023年第1四半期の世界主要国経済の下振れは確率的に高くなり、企業業績は世界同時不況を背景に下方修正される可能性が高い。 その結果、日本株は上記のマイナス要因を吸収するためのショック調整が押し寄せる。そのため、今年、春以降での日本株のパフォーマンスには大いに期待できる。第1に、2023年第1四半期にFRBが5%程度まで利上げを行った後、供給制約が緩和され、タカ派スタンスが中立スタンスに調整される可能性が頂点に達することが予想される。次に、コロナの流行やロシア・ウクライナ紛争によるサプライチェーンの混乱は解消されると予想され、これらはインフレ圧力を低下させるだろう。 最後に、日本の製造業活動は回復し、自動車生産と輸出の回復が企業収益に貢献すると予想される。 輸出数量の全般的な方向性は、今後も日本株式の見通しを決定する重要な要素になると思われる。 ブルームバーグによると、市場は将来の東証EPSを2023年度に137.9(+2.1%)、2024年度に126.0(-8.6%)、2025年度に137.0(+8.7%)と予想し、この予想に基づくと、2023年度の東証PERは15.3倍となる。前年比増益に回復することを考えれば、安倍経済対策後の平均(14.6倍程度)よりやや高いPERを予想するのが妥当だろう。日本株は欧米株と比較して割安である。 全体として、日本は中国、米国に次ぐ世界第3位の経済大国であり、米国、中国に次ぐ世界第3位の地域株式市場であり、多くの分野で国際競争力があり、日本株式は世界の資産配分において高い価値を持つアロケーションになると考えられる。 世界的な疫病の終息により、日本経済は徐々に回復し、日本株式市場にとって不利な要素は徐々になくなっていくと予想さ れる。 私たちが日本の株式市場に中長期的な投資を行うロジックは、以下である。 (1) 日本は世界の産業連鎖の中で圧倒的な地位を占めていること。 (2) 精密自動機器産業は、日本の少子高齢化と世界的な労働生産性向上要求に応えていること。 (3) 日本に入国した外国人観光客による観光消費で、地域経済が活性化されること。 (4) ESGの導入により、上場企業の国際的な通用性が高まること。 今後の日本株市場で注目するセクターは、デジタル・エンターテインメント、生産自動化、消費財、電気自動車、金融、ノンバンクの保険・持ち株金融などである。 以下の特徴を持つ企業は、特に注目すべきである。 (1) 資源価格の高騰に耐えうる十分な利益率を持ち、コスト上昇分を販売価格に転嫁できる競争力を持つ企業。 (2) 自らの努力で大きな成長を遂げることができるため、世界の短期的な変動から比較的影響を受けにくい企業。 (3) 地域的な特性から、新型コロナの流行終息とアジア経済の正常化の恩恵を受ける可能性が高い企業。 (4) 日本再開の恩恵を受ける可能性が高い企業。 (5)脱炭素化、コーポレートガバナンス強化など、ESGに前向きな姿勢を持つ企業。
0 notes
ymifune · 4 months
Text
awai #183
音楽制作がそこそこ順調に進んでいると、中々振り返ろうという姿勢というか気持ちになれなかったりもする。が、流石に今日は12月31日なので、2023年の振り返りをして、とりあえず1年を閉じようと思う。 順不同だが、とりあえず書こう。 記憶が曖昧な部分も大いにあるのだけど、2020年にコロナが始まり、Black Lives Matterの再燃もその年にあったことらしい。2021年はそんなに大きい特別なことはなかったということになるのかな。2022年にはロシアによるウクライナ侵攻、今年はイスラエルによるパレスチナ人の虐殺と、話題には事欠かない4年ほどを過ごしてきたのだなと思う。 特にイスラエルによるパレスチナ人の虐殺は・・・まるで20世紀に戻ったかのような大惨事に発展している。10月に始まって、ここ3ヶ月でどれほどの民間人が亡くなったことか。また宗教が絡むだけでこんなにも先進国と呼ばれる国々の判断力が鈍るものかと、驚かされている。 体組成計の結果も1年の決算が出る頃なのだな。今日寝る前に測ったら、今年の結果が出る。今年も結局10月〜12月の結果は良くなかった。どうやったらその悪化を食い止めることができるのか、来年も模索しようと思う。 足の日にバーベルスクワットを復活させたのだが、どうだろう。マシンスクワットの方が効いている感じがあるんだよな。尚且つ、重量的にもバーベル時より重いものを動かせるというのもある。また少し長期的に見て考えよう。 1月から半常勤として勤務するので、仕事がある日の筋トレは時短案を採用し、睡眠時間の確保に努める予定だ。それで体組成の結果がまたどう変わるのか、見極めて行動を起こしたい。 今年の年初に5万人近くにまで達していたSpotifyの月間リスナー数は今現在900人程度である。厳しい。来年はAlgorithmに翻弄されるどころか、活用できるように、ある種の一貫性を自分のコミットするジャンルに持たせて、新しいファンの獲得に努めたい。 いい曲は作れていると思う。なので、自分・・・結局は自分一人が歩けるだけの道ができていれば、それでいいとは思っているので、これからも粛々と続けようと思う。来年のコミットするジャンルの話だけども、UK Bass Musicのカバーで繋いで、なるほどこの人はこういう出自の人なのだな、というのをお見せできれば少しずつAlgorithmを納得させることもできるのかなと思っている。 音楽を作るのは相変わらず楽しいし、いい曲ができたなと自分でもガッツポーズが出るような瞬間もあるのだ。 どうも頭がすっきりしていないようだな。 毎年春に京都へ父のマンションの掃除に行っていたのだが、来年からは春休みには行けなくなりそうだ。いけるとしたらGW頃になるだろう。で、GWともなると、観光のハイシーズンなので、ホテルの料金がどこも高くて大変なんじゃないかと思う。なので、また今回も前回と同じくトータルで3泊4日ぐらいのスケジュールで行くぐらいが現実的なのかなと思う。 瞑想は今年も1年、欠かすことなく続けられた。瞑想は本当にいい趣味だと思う。副作用のないレメディだ。 仕事のことは・・・ちょっとまだわからない。2023年の4月から転職をしようと思って活動していたのは一旦休止して、日本語教師を続けることにした。そこまではOK。で、それから先のことはちょっとわからない。 もうしばらくはこの東中野トライアングルの中で生活することが見えたのだから、GGの利用料金を1年先払いにしてもいいのではないかとちょっと思った。1年で11000円ぐらいの節約になる。 節約といえば、今年は後半から業務スーパーを使い始めたので、だいぶ食費が軽くなったなと思う。来年もお世話になろうと思う。 父の話をすると、向こう2年は京都にいてほしいと京都市に頼まれたのだそうだ。2024年に大きい個展があって、その片付けのために2025年3月までは京都に住むということになっていたわけなのだが、1年延びて、2026年3月までは少なくとも京都にいるらしい。また、とある企業が避暑地の方に文化複合施設のオープンを画策しているそうで、そのアート部門のプロデュースを京都の諸々が終わったら来てくれないかという打診を受けているらしい。 それは喜ばしいことだなと思った。何にせよ、父の手腕が見込まれた結果なのだから。 それに、父は恐らく・・・回遊魚のように泳ぎ続けていた方がいいように思う。その方がきっとバランスよく幸せに生きていける。特にお金。金銭的な余裕があって、買いたいものは出し惜しみせず大体買えるような状態を自分で維持できているぞと思えている方が父は幸せなのではないか。 母とは10月か、11月にまた大きく揉めてからはだいぶ静かに暮らせていると思う。今は。これからはどうなるかわからない。 これからのことを考える必要がどれぐらいあるのか、だけども。 自分もこれから半常勤として働くわけで、もし働くペースが自分なりにつかめて、これからも続けられそうだなと思えたら、その時は先ほどのGGの会費を年��位で払うのに加えて、生命保険のことなども視野に入れたほうがいいのかなとも思っている。 ゲイアプリなどは相変わらず全く使っていないので、ゲイの友人などは増えていない。が、今年はフランスのJやイギリスのMなど、Instagramに新しく現れた旧友と繋がれたので、収穫も大きかったと思う。フランスのCくんが何回転かして、結局私・・・がいいと思ってくれたらしく、連絡をよくくれる。それには答えている。日本のSくんは引っ越した先での新しい友人に囲まれていて幸せそうだ。そんなSくんを見ている私も幸せになる。 私は今、自分のレベル上げに必死だ。で、多分もうしばらくはそのままでいいのだと思う。 カナダのTのXのアカウントを見て、動揺していると言うことまではないのだが、彼のことを多少は思い出す日もあった。なんだかんだ言って、結局彼には感謝している。失恋ほど学びが多いことってないよなと思う。彼が今はどうか幸せでいてくれるように願っている。 さて、雑多なことを書いたが、2024年にしたいことをまとめよう。
1. 言う前に本当に言う必要があることかどうか、一度飲み込んで、咀嚼し、それでも必要だと思ったら話す。一言余計だったなと後で後悔しないようにしたい。 2. 「すみません」よりもっと「ありがとう」と言いたい。どんなに忙しい時でも、感謝の念を忘れずに保ちたい。 3. もっと本を読む。You Tube Musicに課金していたのだが、それはやめよう。朝の時間を・・・少し気が重かったりもするのだが、本を読む時間にしようと思う。Kindleで。2023年よりたくさんの本を読破したい。
かな。3つ2024年の目標を挙げるとしたら、こんな感じだ。 筋トレ内での目標は別途かな。今できることをして、次に繋げよう。いつものことだけども。 では2024年もいい年にしよう。 これを読んでくれた方も良いお年を迎えてくださいますように。
0 notes
mmktamano · 11 months
Text
令和2年度事業報告
 令和2年度のMMKは、最近とみに脚光を浴びてきたSDGsを意識したまちづくりを目指そうと、「社会の変化に柔軟に対応できる意識改革と持続可能なまちづくりの担い手に!」 として活動してきました。昨年の社会変化は、何と言っても新型コロナの蔓延による社会生活の劇的な変化で、非接触・非交流が求められた1年でした。計画していた東京・大阪などでの移住・定住フェアは全て中止、移住者交流会も自粛に追い込まれました。移住希望者の玉野来訪も激減しました。そんな中、zoomを活用した移住フェアに参画する他、リモートによる移住相談や物件見学を実施しました。その結果、移住者実績こそ目標には至りませんでしたが、たまののIJUコンシェルジュ(以下「コンシェルジュ」)が計画した事業を着実に実施することによって、社会の変化に柔軟に対応し持続可能なまちづくりに貢献できた1年となりました。市内では、移住者の方々がオープンしたお洒落で個性的な店舗や宿泊施設が宇野港界隈を魅力ある街へと変え、通過点と言われてきた宇野港が「目的地化してきた」と言われるようになりました。私たちが望んでいたことが現実化しつつある感を強くする1年でもありました。  今、私たちは町の勢いを感じます。コロナは、都会に住む人の地方移住の流れを加速させることでしょう。昨年は厳しい面もありましたが、この先「楽しい町面白い町・玉野」がきっと実感できると信じています。引き続き会員各位のご支援・ご協力をよろしくお願いします。
0 notes
hiraharu · 11 months
Photo
Tumblr media
わざわざで取り扱う食品は、全て無農薬ではありませんし、全て食品添加物が入っていないわけではありません。
現代の生活に合わせて、ゆるりとしながらも健康であることは大切にしたいという気持ちでセレクトしています。
▼わざわざの食品・調味料・飲料 https://wazawaza.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=1081054
幸せの定義は人それぞれ星の数ほどありますが、その中で幸せのベースになることがあるとしたら
「できるだけ健康が保たれていること」なのではないか?とわざわざは考えています。
お客様の健康が大切です。わざわざはお客様の健康を想ってこれからも食品を選びます。
・ また、わざわざでは日常生活を健康的に過ごすことで、さまざまな問題が解決すると考えています。
朝起きて適度な食事と運動をし、夜眠る。
当たり前の生活を粛々と続けていく中で、自分自身に語りかけ調子を整えていく作業を楽しくすることができたら、心身が健全に保たれより充実した人生を送ることができます。
そういった人生を送る人々が増えることが、社会や環境にとって最良な行動であると信じて、わざわざは人々の健康を追い求め活動をしていきます。
・・・・・・・・・・・・・・・
▼わざわざオンラインストア https://waza2.com/
▼わざわざのパン・お菓子 https://kinarino-mall.jp/brand-2482
▼【限定クーポンが届くかも】メルマガ登録はこちら https://wazawaza.shop-pro.jp/secure/?mode=mailmaga&shop_id=PA01189522
#パンと日用品の店わざわざ #わざわざ #wazawaza
#よき生活者になる
1 note · View note
poetry-for-absence · 1 year
Text
堀部安嗣さん講演 (2023.02.22 於・前橋工科大学 演題『私のパッシブデザイン』
積極的に受け身であること
理系・文系 ふしぎな分け方
他の言い方は無いのかな、
→時間の流れかた、概念が、理系と文系では違う 
横で一定・理系 時間とともに成長していく、という概念 
ぐるぐるぐるぐる循環・文系
理系の人が作り上げるもの・コンピュータ、エアコン、車etc.
文系 1000年前以上の、弘法大師の書
200年以上まえのモーツァルトの音楽
ドストエフスキーの文学
いつの時代でも良いものは良い
1日の循環
建築の世界 理系的・文系的のバランスのとれた世界 いろんなタイプの人がいる方がよい
警鐘を鳴らす、ブレーキをかける建築家
堀部さんは、文系的だと自覚
建築は、果たして進歩しているか、進化しているか。
防水技術、免震技術 進歩
それらが人の幸せに役に立っているか
映画 ファースト・マン
静謐な映画
ニール・アームストロング船長の自伝的な映画
人類の栄光の光の裏にある闇、影
地球上では、自然ゆたかな所での家族との暮らし 東西冷戦 生存確率の低いロケットに乗り、たどり着いたのは空気もない死の星
地球は緑豊かで美しい土地だったのに、なぜ危険をおかしてまで
瀬戸内海の美しい自然
いまでも200年前の風景の残る
東京のほうが進んでるよね、との劣等意識を持つことが多い。もったいないこと。
讃岐市のプロジェクト
やりたいこと、ただひとつ。
この土地を、国立公園にふさわしい土地に戻してゆく 建築もいらない、けど、建築の役割はあるし、できること、人々に安心を与えることは建築に出来る
東京の風景 東京の方が豊かだと、地方の人は錯覚してしまっている ふしぎなこと
富山 宝物があるのに
兵庫 20年前は森だったところ
中央へ、宇宙へ 
侵略 キリがない
宮沢賢治の詩 僕は家族にほめられた、僕は世界に誉められた、その先にどこへ行けば?
コロナ禍 ステイホームの自粛のとき、自分の足元を見つめざるを得ない→自分の地域の良い点に気づいた 足元への評価
roots
根源
根のあるもの
足元にすでに持っているもの
どんなものを土台にして、私たちは思考しているのか
原風景
横浜の鶴見
色んな���が行きかうカオス
鶴見線 鉄ちゃんのあいだでは有名
中学のとき、ヨーロッパ 写真を撮った
国道駅のアーチとのかさなり
自作でも 意識したわけではない、原風景が滲み出る →設計という行為
曹洞宗大本山 近所に 
お寺のもつ悠久の時間の流れ、不気味さ、幼少期触れて生きてきたことは幸運だった
大きなお寺は風景が変わらない
50年前の樹 祖父と一緒にみた
再訪するもき、私はここで生まれてきたのだ、と実感 そこでの、子どもと老人のことを祖父と私にかさねる
記憶 確かな記憶のない限り、未来を見出せない お墓 ショッピングセンターが立ったり、バイパスが通ったりすることはない
静岡県浜松市 趣のある素晴らしい日本家屋・庭に住んでいた。今、その場所は道路の下に眠っている 往時の記憶が甦らない、すべて破壊されている 道路による記憶の破壊
見たこともない、感じたこともないものは
つくれるのだろうか?
設計 それ以外はできない
見て感じたもの、記憶を頼りに、今へ状況へ再現する
いきなり_
幸せについて
同伴者と吹雪のなか、つらい登山のイメージ
つらい、眠い、衣服はびちょびちょに
そのなかで、暖かな山小屋を発見する
幸せに とても小さな建築で、いろいろなことが出来る。食べる、眠るetc.
人種のちがいも関係ない、歳の差も関係ない
信じている宗教も関係ない inclusiveな
外部環境が室内に入り込んで来たような建築でも、庇の出が陽を遮ったり、風通しがよかったり、床の肌触りがよい、など。自然環境を、変換している。 ホモ・サピエンスの
日本の庭のおもしろさ 私たちにはあたりまえ、だが、フランスの建築学生と京都のこうとういんに行ったとき、おもしろい、おもしろい、と。音がおもしろい。アプローチの石のヴァリエーション 靴を脱ぐ所スノコ、畳、めまぐるしく床の材料が変化してゆく。こんな小さなところで、これほどの変化していくのは面白い。
新緑の美しく見える秘訣 背後の常緑樹
新緑の淡さを引き立てる、背景としての濃い緑
全部が新緑、全部が常緑、というのがふつう
アメリカとか
コンビネーションのあるのは珍しい
人間の感情はどうして生まれたのか
生存のために必要となる、咄嗟の行動や判断のために進化の過程で作られた
森でクマに出会う。恐怖の感情を抱く、その後の行動の選択肢を広げていく 恐怖という感情を引き金にして
仲良しの友達、幸せ、喜びの感情
こいつと付き合っていると、自分は生存できるぞ、との。
生存のための引き金、スイッチ
雪の夜の暖かな山小屋
生存の喜び
反対に、もう生きていたくない、とか、生存のことを考えていない人は、感情の起伏がなくなってくる 感情の、生存における大切さ
ヒュッゲ デンマークの概念
これを日常生活でしているからこそ、世界でいちばん幸せな国とされる
日本 先進国のなかでは幸せ指数が低い
ヒュッゲの反対をやってきた
150年前・200年くらい前は、日本もそうしていた。
今の日本の住の風景
居住性の進歩 けれども、それらがある程度達成できたとき、この姿が、幸せな住まいの環境なのか、と。
使い捨てられるもので風景が構成されている。幸せ感の乏しいのは、使い捨ての時代だからでは?
竹富島 色んな不便、不都合、多々
住まいや環境はトータル 幸せ感としてはこちら
あるものを活かす
パッシブデザイン
あるものとは?
気候風土、自然エネルギー
歴史、文化
記憶
風景
ハードウェアではなく、ソフトウェア、手に触れられないもの
ブリコラージュ ありあわせのもので作る
→『和』では?
和風とは、有り合わせで作られる、非常にレベルの高い行為から生まれる
家庭料理 素晴らしいブリコラージュ
冷蔵庫の残り物、スーパーで買ってきたものと合わせて
和 足し算 引き算
ほうれん草の胡麻和え
和えている
明太子スパゲッティ 
日本の人たちの得意としていた
極東 漂流物を、イノセントにあり合わせて組み合わせて作りあげた
cnt.) ないものをねだる
自分がすごく良いものをもっているのに、何か他を憧れる
→侵略や戦争へ
70数年前、わたしたちも痛い目にあった。資源、植民地
モーターボート アクティブ
ヨット パッシブ
これからは燃料も高いし、すべてヨットのような建築に、という訳ではない。
ふたつの要素を足し合わせる、共存させる
どっちか一方では足りない、幸せ感を感じる住まいにはならない
目的 
幸せ感 心身が楽になる 健やかに暮らす
手段
アクティブ+パッシブ
ご利益
省エネルギー
光熱費削減
温熱デザインへの取り組み
まずはパッシブ 太陽の恵み、土地の持つポテンシャル
アクティブ 性能の良いエアコン それを活かす
建物の性能 断熱性能、気密性能
ねこ は、居心地の良い場所を見つける天才
猫が天才であるわけではない。
ホモ・サピエンスが何故、そう思うか。
ホモ・サピエンスと猫の心地よいと感じる場所が近い 犬の心地よいところとはちょっと違う
猫 生まれたところは、暑いところ。暑さにはつよい 
犬 暑いところではハアハア
ホモ・サピエンス 暑さに強い
30℃越えでも走れる
寒さに弱い パフォーマンスができない
吾輩は猫である、で、人を評して、やかんみたい、と。
ホモ・サピエンス アフリカ起源
それからどんどん北上
ほとんどの歴史を暑いところで暮らしてきた
→住まいをあったかくしましょう、というのが、私の建築観
私たちは生存できるのか
孫の世代まで、良い環境はあるのか
狩猟採取時代もよりは生存の危機を感じないことが多くなった現代人
コロナ禍でそれを意識
ほんとうに、このさき建築をつくれるのだろうか
生存の危機を感じたこと
→しっかり認識して、どういう建築が出来るのかetc.を自問すべき
あるものを活かす、というのがおおきなヒント
熱容量の大きな家 非常に効果がある
住まわれている人たちの幸せ感がおおきいと感じることが増えた
あるものを活かす 壁からの放射温度が快適
安定した家に居ると、外に出たくなる
屋根のかかった屋外に出たくなる
両親の葉山の家
半屋外
→ヒント、韓国の民家
冬の部屋と夏の部屋が分かれている。
冬の部屋 紙、オンドル
夏の部屋 ふきっさらし
潔い構成だなー。
鎌倉 扇ケ谷の家
スタディ いろいろ
最後の決め手はパッシブデザイン
南面の窓を大きく
あれもこれもダメ、となると何の一歩も踏み出せない 太陽光発電は、戸建ての屋根に乗せるのは素敵なことと自分は考える
けど、美しい河原の屋根にそれが乗るのは、というのもあった
情緒的なものと機能的なものを合わせる
デザインによってできうる
シンプルに、自宅の庭で野菜を作る、みたいに太陽光発電を考えている
電気、移動に莫大なコスト 自分の家で発電できることは爽やかなのではないかな
デザインの力です達成できる、との信念
南面 ソーラー
北側 庭的な グレアの少ない
アメリカ サンタモニカ
街区 太い道路 細い道路
太い 伝統 雑多なものが出ないように
細い サービス機能
(細い道路の方 日本の街の感じと似ている)
土地は親から譲り受けたものではなく、孫から借りているもの。ネイティブ・アメリカンの言葉
貰ったものなら汚してもよい
借りたものなら汚してはいけない
自身の所有の土地としても、その意識で
「土地を所有している」といっても、多くは所有していない、太陽、大地の奥、雨、風
原発
覚醒剤をやって人生を破滅した人が覚醒剤の怖さを語ると説得力がある
原子力の怖さ、ヤバさを、説得力を持って語れる 原発から10年、原爆から100年経っていない いま、原発が再稼働しようと。
↓私の質問への答え。堀部さんが書いていた、トタン小屋の形の美しさと、著書『建築を気持ちで考える』でのアスプルンドの章について
.
益子さん
住まいは掘立小屋くらいでいい
そこを整えいく
しかし、人の家を設計するとなると、、
自宅と人の家で設計が変わる
アスプルンドの章、気持ちが入っている
大好きな建築家
自分の設計は、形式性 構造の綺麗さ、コスト、施工性などから考えている。
正面性とか歴史性とかからではない
アスプルンドの建築、死者の声がする。彼の死生観が感じられる建築
0 notes