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#長編
neworldmanga · 2 days ago
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ヘタレオオカミと毒舌赤ずきん更新しました! 作品はプロフィールのhpから見れますので是非ご覧ください! 藤堂薫 #漫画 #漫画家 #漫画絵 #ヘタレオオカミと毒舌赤ずきん #創作 #マンガup #創作漫画 #恋愛マンガ #ファンタジー #アクション #オリジナル漫画 #青年マンガ #長編 #オリジナル #無料 #カラー #イラスト #web漫画 #オリジナルキャラクター #漫画が読めるハッシュタグ #グリム童話 #digital #color #manga #illustration #art #original #free #japanese https://www.instagram.com/p/CNq0mwhnGaZ/?igshid=1vku6k8kkz97y
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show-nora · 4 months ago
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「御々守の御刀女」
表紙イラスト:南風麗魔
中学時代の忘れがたい出来事、さらに高校入学後に身の回りで起こるようになった不可解な〈現象〉のせいで、他人から距離を置かれる毎日を甘んじて受け入れている淀川唯行。そんな彼のクラスにひとりの少女が転入してくる。廣波清香というその少女は可憐な容姿と人当たりの良い性格でクラスの中でも人気を確立していくが、ある日彼女の過去が明らかになる。
一〇年前、『奇跡の超能力少女』として特番が組まれるほどの有名人だったが、検証番組でその超能力がすべてイカサマと断じられてテレビ業界から追放されたというのだ。
唯行はフリーライターの叔父がこの件を独自に調査していたがどこからか掛かった圧力で断念したことを聞かされる。そこから唯行は清香への関心を抱くが、それと同時に彼女もまた唯行に興味を示し……。
──久しぶりにシリーズ物ではない単独作です。
発行: 2020/12/11
価格:440円
分量:約10万字(400字詰原稿用紙換算 約330枚)
詳細情報:[https://miomori-otome.tumblr.com/]
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otoha-moka · a year ago
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光の箱庭
※ちょぎくに※いつもの通りの感じ※ノリは少女漫画 
誰にも言えないようなこと、秘密、そんなものが誰にだってひとつやふたつはある。そして、それを抱え続けるのは酷く辛いことも。山姥切国広は、誰にも言えないことをいくつも抱えている刀だった。
正確には、言えないまま飲み込まれてしまった言葉が、思いが、たくさんあるのだ。口下手さや、遠慮がちな性格が、どんどん言えずに溜めこんで伝わらなくなってしまった言葉を増やしていたのだろう。そんなものを抱え続けるのは苦しくて、気がつけば身体が妙に重くなっていた。 「…あれは」
畑当番も終わって、同じく畑当番だった獅子王が「切り上げるぞー」と声をかけてくる。国広がどこかぼうっと見ているのを見て、「山姥切ー?どした?何かあった?」と心配そうに覗き込んできて、国広は我に返った。「ん、問題ない…先に戻っていてくれ」「いいけど、何かあったのか?」「…いや、」
国広の視線の先を獅子王が見てみるも、何もないように見える。疑問符を浮かべる獅子王に、国広は、なんでもない、と首を横に振った。「具合悪いとかじゃないんだよな?」「ああ…すまない、気を遣わせて」「心配したくて心配してんだ、気にすんなって。じゃ、先に戻ってるけど、無理とかすんなよ」
獅子王と別れて、国広は畑の先の雑木林の中に入っていった。ふわりとなにか光の球ようなものが入っていったように見えたのだ。きょろきょろと辺りを見回すと、いたのは野うさぎ。うさぎは国広を見ると、本能なのか逃げ出す。なぜか、追いかけた先に何かがある、と思った。雑木林の奥へと歩を進める。
しばらくして、開けた場所に出た。そこにあった光景に、国広は息を飲んだ。 最近、国広が本丸から姿を消す。もとよりどこかへ頻繁に出掛けたりすることはなく、縁側にいたり、誰かの手伝いをしていたり、といったことが多かった。それが、どこかへ出掛けているのか、本丸で見かけないのだ。
長義は、それがなんとなくもやもやとした気分にさせてくるので、気に入らなかった。誰かに会っているのだろうか、こんなに頻繁に?もしかして恋仲だったり?そんなことを考えるたびに苛立ちが募る。別に自分達も恋仲ということではないが、とにかく気に入らない。
だから、国広に余計につらく当たってしまうようになっていた。ところが、国広ときたら、最近見かける度に、妙に穏やかな表情を浮かべているように見える。初めて本丸に配属され、あいつを呼びかけた時に見せた、あのピンと張った糸のような表情ではない。それがまた、長義を苛立たせた。
俺の言葉など瑣末事とでも?そんな風に思う。長義は、自分の言葉で国広が何か大きく揺らぐのを見たかったのだ。それがたとえプラスでもマイナスでも構わなかった。 「嫌われてるんだと思う。今日も話掛けることはできなかった」ぽつりと呟いた言葉は、ふわふわと光の球になって浮かぶ。
まるで鈴蘭のような、あるいはクリスマスツリーのオーナメントのような、白い光は庭をまたひとつ彩った。国広が適当にそのうちの一つに触れれば、そこから聞こえるのは聞きなれない自分の声。
『兄弟が料理当番だからと気を利かせてくれたのに、肉じゃがが食べたいと言えなかった』 これは1週間くらい前のこと。 『長谷部が怪我を気にしてくれた、気遣いだとわかっているのに、また疑ってしまった。結局礼も言えてない』 これは3日前のこと。
『采配ミスで平野に大怪我を負わせてしまった。平野にも一期一振にも戦場なのだから気にすることはないと言われたが、あれは俺のせいだ』 これは昨日だ。 雑木林を抜けた先には、生垣のようなものがあった。古い鉄製の冷たい柵のひとつが入口。その中はぽっかりと開けた場所になっていた。
花がいくつか咲いていて、ちょっとした庭のような状態だ。それだけならば特別変なことではないのだけれど(人目につかないところに人工物である庭があるのは些か不思議だが)、それよりももっと不思議なことがあった。
あの日、この場所を見つけた日、『獅子王に気を使わせてしまったな』と呟いた言葉がきっかけだ。そのちょっとした後悔は口から言葉として紡がれると、途端に白くて丸い光の球になって、ふよふよと浮いたと思えば庭を飾った。
初めは意味がわからなかったが、その光に触れれば、自分の発した言葉がそのまま聞こえてきて、光の球は役目を終えたとばかりにぱちんと消えた。まるでしゃぼん玉だ。
それからと言うもの、度々国広はこの庭に入り込んでは、言えなかったこと、出来なかったこと、後悔の類、そんなものを庭にしまい込むようにした。誰に聞かれるでもないし、吐き出してしまうことで少し気分が楽になる、身体が軽くなる、そんな安心感は、国広にとって心地いいものだった。
なんとなく、今日の後悔が飛んでいった先の光に触れてみる。そこは常にとある刀への想いで埋め尽くされていた。 『好きだ。…迷惑なのはわかってる、嫌われるのも道理だ、でも、好きなんだ』 ぱちん。ひとつはじける。
『これでいいんだと思ってる、これ以上望むと、今度はいつ終わるのかと怖くなる』 ぱちん。またひとつはじける。 『逃げているんだろうか…臆病だ、そんなのわかってる。でも、押し付けるのはもっと迷惑に決まってる』 ぱちん。もうひとつはじけた。
これは国広が長義に対して抱いている、言えない想いの結晶だった。自分の言葉を自分で聞いて、ため息をつく。もうこんなことをどのくらい続けているだろうか、と思う。けれど止められないのだからどうしようもない。
「同じ本丸にいるだけで、見ているだけで、もう十分なんだ、これが丁度いいんだ」 言い聞かせるように呟いた言葉は、また光の球になって、消えた分の光を補っていった。
光の球はどんどん増えていって、仄かな光も集まれば夜でもそれなりの光量になっていた。こんなことでは、夜にこの辺りに偶然誰かが入り込んでバレやしないかと心配になる。しかし、庭の外に出て、鉄柵の扉をがちゃんと閉めてしまえば、不思議と国広本人にもその光は認識できなくなっていた。
秘密基地なのだ、ここは。そんなことを考えれば、少し楽しくなって、閉めた扉に手をかけつつ、小さく笑みが零れた。 「山姥切くん、最近調子いいみたい」「偽物くんが?」「国広くんね、何かいいことでもあったのかなあって」
食事当番の燭台切の手伝いに入った長義は、さやえんどうの筋を取っていた手を止めた。特におかしくもない会話にやはり不信感を募らせる。いい事ってなんだというんだ、そんなところだった。「燭台切は知らないのか?何があったとか」「うーん、思い当たることはないかなあ」
「…誰か、懸想している相手がいるとか」「あはは、それはまたロマンチックなこと言うね。でも、彼にそんな素敵なひとが出来たのなら、それはいいことだ。ほら、彼結構溜め込んじゃうタイプだから」「…そんな素敵なひととやらが出来たとして、あいつが思うことを吐露できるタイプとは思えないけどね」
思わず刺々しい言い方をしてしまった。まずったかな、と思いつつちらりと燭台切を見るも、燭台切はさほど気にはしていない様子で出汁をとっている。よかった、と長義は筋取りを再開した。人数がいるので馬鹿にならない量だ、これから厨に人が増えるのはわかってはいるものの、
終わりの見えない量に若干の焦りも覚える。しばらく経って、さすがに量の減ったさやえんどうの山(まだ終わりではないが)にうんざりした所で、「お手伝いありがとう、ちょっと休憩にしよっか」と有難い声がかかった。 カタンとテーブルに置かれたのはチーズスフレのようだった。
「試作品でね、味見してみて」と言ってにっこりと笑う燭台切に押されるように一口目を口に運ぶ。安定感のある美味しさだ。「どう?」「いつもの通り美味しいよ。スフレらしく少し甘みが強いから、苦めの飲み物と合わせるといい、かも…。
あと、思ったよりチーズの風味が強いかな。スフレの割にやや硬いかもしれない」燭台切の作るものはなんでも美味しい。けれど、燭台切はどこを目指しているのか、より美味しいものを作るための努力を惜しまず、料理のダメ出しをしない本丸の皆の感想では納得できなくなっていたらしい。
配属翌日、最初に試食を頼まれた際、長義も「美味しい」と感想を述べようとしたところで、燭台切に制止された。かと思えば、「お願い!改善点をいってくれないかい?完璧に仕上げたいんだ」なんて頼み込んでくるので、ほぼないマイナスポイントを探して、苦し紛れにダメ出しをしてみたのだ。
以来、燭台切は長義にダメ出しを貰う目的で試食を頼んでいた。「そっか、ありがとう。もう少し研究しないとなあ」混ぜ方をもう少し変えてみようか、それとも分量をもう少し変えてみるか、と独り言が始まったのを、長義は訝しげに見る。「十分に美味しいし、これはこれで完成度高いと思うけど…?」
「そう言って貰えるのは嬉しいんだけど…やっぱり、完成品は一番美味しいって確信を持てるものじゃないと」「…そういうものかな」今のスフレも、今ある中で一番美味しい燭台切のチーズスフレだ。見えない頂点を目指したところで、度を超えればそれはただの自己満足。
見えないものより、とにかく今ある最上を出し続けることも必要なのではないか、と考えながら、長義は最後の一口をフォークにさした。 手伝いの人数も増え、長義はもういいかと厨を出た。出たところで偶然国広と鉢合わせた。最近あまり会っていなかった気がする。「…あ、」と気まずそうに目を逸らし、
そのまま通り過ぎようとするのを、長義は引き止めた。「…最近、どこへいってるんだ」「ど、どこでもいいだろう、長義には関係ない」「…そう。布に葉がついてるよ」「え、あ…これは…」こんなことで特定出来ることといえば、国広が行く先は街中ではなく、どこか木々が茂る場所だということくらいだ。
しかし、国広は分かりやすく狼狽えた。密会、なんて言葉を思いつく。「誰かと会ってた?」「違…っ」「ああそう、まあ、俺には関係ないかな」必死そうな国広に、長義の方は断然面白くなくなってくる。長義はそう言い残すと、少し伸ばして、そのまま降ろされた国広の手を無視して部屋へと戻っていった。
「長義が怒っていた。違う、俺が怒らせた…厨から出てきていたから、夕飯の手伝いをしていたはず…ここに来ていて、手伝いが疎かになっていただろうか」夕食後、ほとんどの者が寝静まってから、国広はこっそりと起き出して、端末の灯りを頼りに庭へと辿り着いた。
庭の扉さえ開ければ、そこは真昼とはいかずとも、そこそこに明るい。庭に入って、鉄柵の扉を背にしゃがみ込んで、ぽつりぽつりと言葉を吐き出していく。「誰かと会っていたのではないかと言われた…外で誰かと遊び呆けているとでも思われたのかもしれない…
そんなことを疑われるくらい、信用がなかったということか」吐き出した言葉は、ひとつふたつと光の球になって庭に浮かぶ。もう見慣れた光景だった。「どう声をかけるかわからなくて、あれから話せなかった…こんなことでいちいち落ち込むなんて…全く、情けな…」情けない、そう言いかけたところで、
がさりと音がした。まずい、敵か?いや、ここは一応本丸の敷地内のはずだ。一応本体を持ってきておいたのは正解だったかと体勢を整えいつでも抜刀できるように刀を構える。またも、がさりと音がした。左手側の生垣の方だ。息を殺して様子を伺う。気配はひとつだけ、殺気のようなものはない。
とはいえ油断はできない。国広はすっかり慣れてしまっていたが、こんな不思議空間だ、何がいてもおかしくはないだろう。 「…そこにいるのはわかってるんだ、出て来い!」 抑えるような声でそう言って構えた刀を握る手に力が入る。三度目の草木を揺らす音と共に、それは現れた。
同時に、国広は拍子抜けしてしまって、全身から力が抜けたように再び座り込む。正体はあの日ここへと連れてきたうさぎだった。首を傾げるような仕草をして、うさぎは国広の方へと寄ってくる。「あんた…そういえばあの日以来見てなかったな」もちろん返事が返ってくるわけではないし、
そんなことを期待しているわけでもない。刀にかけていた手を差し出すと、簡単に抱き上げることが出来てしまう。うさぎは野生動物なのが不思議なくらい、国広にあっさりと懐いてみせた。「…そんなに警戒心が弱くていいのか、俺は一応武器をもってるんだが」
そう言ってみても、やはり返事があるはずなく、頬ずりでもするような仕草をとる。「…どうしたものかな。えっと…その、俺はもう戻るつもりなんだが…本丸に来るか?」突然の侵入者に落ち込みが吹き飛んでしまった。夜も遅いし、もともと長居するつもりもなかったのだ。
そもそも、話しかけたとして、人の言葉など解するのだろうか。そんな疑問も脳裏に浮かべつつ、国広はうさぎに話しかける。今更ながら、誰も見ていなくてよかった、なんて思った。ところが、本丸、という言葉を聞いた途端、うさぎは国広からぴょんと跳ねて逃げ出した。
そのまま、声を上げるまでもなく夜闇の中に消えていってしまう。「…ひとが多いところは、好かないということか?」よく分からないまま、国広は軽く服についた土を払って、秘密の庭をあとにした。やはり、来た時よりも少しだけ、身体は軽く、気持ちも凪いでいた。
見かけたのは偶然だった。最近、国広にあからさまに避けられている気がする。それはまあ、先日結構盛大にやってしまったとは思うけれども!長義はひとりそんなことを考えながら、縁側を歩いていた。なんてことはない、審神者に報告事項があって、自室に戻る時に通るというだけだ。
そんな時、国広がたまたま、畑の奥の方にある雑木林にわけいっていったのを見かけた。「…偽物くん?」その方向には何も無いと思うのだけれど、と考えたものの、国広が存外動物好きなのは長義も知るところだったし、静かな場所を好むこと――書庫なんかはお気に入りらしい――も知っていた。
だから、"何もなさそうな場所"というのは、国広にとっては好ましい場所なのかもしれない。そう思って、でも、何もなさそうな場所というのが先日脳裏を過った密会にも最適な場所だというのもすぐに思いついた。本丸内ということは、そのまま、この本丸の誰かが相手なのか?
そんな思考の暴走に無自覚のまま、長義は国広の後をつけるように雑木林に入り込んでいった。 「…見失った」 長義はどちらかと言うとこの手の森林は苦手だ。山姥切という名を持てど、切ったのは山姥であり、山そのものはあまり関係がない。大体、周り全部木で、目印も何もないのに迷わない方が難しい。
国広がこの手の道に迷わないのは、あれの兄弟の影響だろうと思う。そんな言い訳を誰にするでもなく、長義は諦めて戻るか、と考え始めた。その時だった。目の前をうさぎが通り抜けた。「うさぎ…?こんな所に住み着くのもいるのか…」はじめこそ、能天気にとそんなことを考えついたものの、
次にはなぜか、追いかけないといけないような気がして、長義はうさぎが抜けていった方向へと走り出していた。 適当に走り回ったせいで、本丸の方へどうやって戻ればいいのか怪しくなってきてしまった。だいたい、なんで本丸にこんな手付かずの広大な敷地があるんだ!と小さく悪態をついて顔を上げる。
「生垣…?」なぜ突然の人工物が?不思議に思って、その道をたどる。やがては鉄柵、そして同じ素材の扉へと辿り着いた。軽い力で手をかければ、キイ、と軋む音と共に、あっけなく扉が開かれる。その先の光景に、長義は息を飲んだ。
そこは光の箱庭だった。まるでイルミネーションのように、草木に光の球が飾り付けられている。幻想的、と表現されるような小さな世界がそこには広がっていた。光の球は、ひとつひとつは仄かな光を放っているものの、かなりの量がある。これが夜ならそれなりに明るいだろうことは想像に難くなかった。
「…なんだ、これ」そっと寄ってよく見ればそれは電飾などではなく、本当に文字通り光の球だ。不思議に思って手を近付けてみる。熱さはない。そう考えて、それが触れたか触れないか、といったところだった。 『……もう……な…だ、これ……いい…だ』 その言葉とともに、光の球は弾けて消えた。
「…偽物くん?」国広の声だった、と思う。しかし、辺りを見回してみても国広の姿はない。「偽物くん…国広、いるのか?」返事はない。周りに気配もない。近くには誰もいないということだろうか。それならば、今の声は、まさか。眉を顰めながら、長義はもうひとつ、別の場所の光の球に触れてみる。
『俺はちゃんと、期待に応えられているのだろうか。…いや、主は俺を使ってくれている…信じたい、信じていたいんだ』 ぱちん。ひとつはじける。 お前はここの初期刀で、修行にもいって、主はこちらが少し情けないと思うくらいにはお前を頼っているだろう、戦果を挙げてきた何よりの証明じゃないのか。
『寝不足気味なのを、鯰尾に心配されてしまった。…迷惑をかけたいわけじゃないんだが』 ぱちん。もうひとつはじける。 鯰尾はかなり他者の表情の機微に敏感なやつだ。それに、あいつは別にお前を迷惑に思ったりしていないだろう。心配したのもお前が何か悩んでいるんじゃないかと思っただけだろうに。
『不注意だった。俺を庇って兄弟が代わりに怪我をした。兄弟はいつも通りに笑って大丈夫だと言ったが、兄弟だけならあんな山道で怪我なんてしなかったはずだ。…一緒に行きたいなんて、言わなければよかった』 ぱちん。またひとつはじける。
だからどうしてそうなるんだ!山伏国広はお前が大切だからお前を庇ったというだけだろう。どこへ同行したのかは知らないが、お前が着いてきたことに対して、嬉しいと思いこそスレ、悪い感情を持っているわけがない。そんなの傍目から見ていてもわかる!
光の球に記録された声は、国広の後悔、それも本当にささやかなもの達ばかりだった。イライラとしながらも、長義は思い返す。そういえば、最近国広はやけに穏やかそうな表情をすることが多くなった。燭台切も、最近国広が調子が良さそうだとか言っていた。「…まさか、ここに置いてきていたから?」
非現実的ではあるが、まあまあ筋は通る話だ。勝手に国広の思いを覗き見ている事への罪悪感は若干ありながらも、長義はさらに光に手を伸ばした。 『迷惑なのはわかってる…でも、長義が好きだ』 ぱちん、光の球ははじける。 「…え、」思わず固まってしまった。そんな話、聞いたこともなかった。
そんな素振りどこかにあっただろうか。色々と考える。というか、これは、少なくとも自分は、本当に聞いてはいけないことだったのではないだろうか。そう思いながらも、指先は次の光に触れてしまう。
『今日は少しだけ、長義が優しかった。書類整理を手伝ってくれた。…どうしよう、嬉しくて、苦しい』 ぱちん。 『見ているだけで十分なんだ、これ以上は望まない、そう決めている…刀が刀に思いを寄せるなんて、長義は気味悪がる』 ぱちん。
『今日は夕飯当番だった。長義はたまご豆腐が好きだって聞いたから、こっそりメニューに入れてみた…喜んでくれていたらいいんだが…』 ぱちん。 その一帯の光は、どれもこれもが長義への思いばかりだった。長義は呆然としながらも、次々と光に触れる手が止まらず、声を聞いていく。
「…長義?!どうしてここが、何…して、」 『長義が怒っていた。違う、俺が怒らせた…厨から出てきていたから、夕飯の手伝いをしていたはず…ここに来ていて、手伝いが疎かになっていただろうか』 ぱちん。 光の中から聞こえる声とともに、もうひとつ、同じ声が背後の方から聞こえた。
振り返ってみると、そこにいたのは青い顔をした、国広自身だった。 「…お前、これは一体」「それに触るな…っ!」長義を止めようと走り出すも、2人にはそれなりの距離がある。長義がその光に触れるのに、国広は間に合わない。光がまた、ぱちん、ぱちんと弾けていく。
『このままでいいなんていうのは逃げだ…今よりもっと嫌われるのが怖いだけだ』 『今日も好きだった…ここに想いも全部置いて、忘れることができたら』 『…諦めたい、もう、諦めたいのに、』 「聞くな!…っ頼む、聞かないでくれ…!」
ひとつひとつの想いが、懺悔が、後悔が、願いが、光を通して長義に届いてしまう。国広が飛びかかってきて、バランスを崩した長義はどさりと押し倒される形になる。必死に耳を塞がせようとするも、もう声はしっかりと耳に届いてしまっていた。「…ッ痛、いきなりなりするんだ!…偽、物…くん?」
「ああそうだ、俺はお前が好きだ!嫌っている相手に好かれるなんて気持ち悪いだろう!こんなのお前には良いも悪いも応えることなんて出来ないだろう!」普段の様子からは想像がつかないくらいに捲し立てる国広に長義は戸惑う。けれど、それ以上に長義を戸惑わせたのは、ぽたり、と頬に落ちた雫だった。
「…勝手に想っておいて、あんたのやることなすことに一喜一憂して…こんな、馬鹿みたいに…本当に、馬鹿みたいだ…」そのまま、国広は電池が切れたように急に静かに泣き出してしまう。流されたままの涙は、縋るようにしがみつかれた長義のシャツの胸元に吸い込まれていく。
「何、言いっ放しにした上に泣き出してるんだよ…」ほぼ無抵抗になった国広に、長義は呆れたようにわざとらしくため息をついて、やや上体を起こした。仕方が無いので手を回して形のいい後頭部を撫でてやると、少しだけ嗚咽が大きくなった、気がする。
「…まあ、勝手に聞いたのは、俺も悪かった…かな」どうしようもなく、かける言葉に迷った末に出てきたのは、そんなことだった。
「ここを見つけたのは偶然だったんだ。御伽噺のようなんだが、追いかけないといけない気がした」しばらくして落ち着いたのか、状況を理解したようで、慌てて国広は離れると、「うわ、す、すまな…忘れてくれ、こんなつもりじゃ…お前の服も汚した…」などと分かりやすく右往左往しだした。
長義としては面白いので放っておくことも考えたが、それよりもこの空間の説明の方が優先度が高い。「ここまでの道の汚れもついてるし、洗えばなんとでもなるだろう」と言えば、「違う、自然物によって汚れた分はある程度は不可抗力だから仕方が無いが、俺が汚した分は俺の責任だ、ものが全然違う」と、
まあよくわからない理屈を並べ立てた。結果的に洗濯が必要、という部分に何も変化はないと思うのだけれど。自分の写しのことながら、長義には国広のこういう部分は特に理解ができない。呆れながらも、長義は「はいはい、じゃあ帰ったらお前がこれ洗濯な、それでいいだろう」と国広を納得させて、
「それよりも、ここは一体なんなんだよ…」と半ば本題に無理やり入る。国広は別に秘密があるわけではないのか、事の経緯をあっさりと白状した。国広はここのところ時間があればここへきて、ここに言えなかったことや出来なかったこと、後悔やらなにやらを一人反省会していたらしい。
相も変わらず根本的にネガティブなやつだ、と長義はたくさん残っている光の球を見る。つまり、これのひとつひとつが、長義が聞いたあの言葉ひとつひとつなのだ。どれだけ溜め込んでいるんだか、と横目で国広を見るも、国広との視線はいまいち合わず、うさぎを追ってきたなどという話に繋がっていく。
「…うさぎ?それなら俺も見たな、ここで迷ってしまって、そこで見つけたから追いかけたんだ」「迷う?…お前、そんなに極度の方向音痴だったか?それなりの広さがあるとはいえ、ここはちょっとした目隠し程度の雑木林で、本丸の敷地内だぞ?」「あーあーうるさいなあ、迷ったものは迷ったんだよ」
そもそも、よく考えれば国広を見かけてここに入ったのに、国広よりも先にここに着くのがおかしくはないか?などと長義は考える。国広の方も思うところがあるらしく、「…まさか、な」と呟くように零した。「…本当に畑の方から少し入ったところだ、本当は迷う所じゃないはずだ」
「偽物くんは俺がその程度のところで道に迷うといいたいのかな」「違う、ここに目眩しの術がかかっている可能性がある。あのうさぎがそれを解く鍵になってるのかもしれない」そしてまた、相も変わらず冗談も通じない。長義の軽口に国広は至極真面目に答えると立ち上がった。
「また迷うといけない。長義、戻ろう」立ち上がった国広に、長義も続けて立ち上がる。それから、少し考えて、あいた国広の左手に自分の右手を重ねた。しばらく固まってしまった国広は、ようやく言葉を絞りだす。「…………何してるんだ」
「術式があるのかもしれないんだろう?どこでどうかかっているのか分からない以上対処のしようがないし、少しでも離れると、どちらかが呑まれる可能性があるということだ」「それはそうだが…いや、敵陣ならともかくここは本丸内だ、ここまでする必要はないだろう、自覚あるのか?俺はお前に、」
「わかってるよ」国広の言葉を途中で遮って、長義はあっさりと肯定してみせる。国広の動揺が掌越しに伝わった。けれど、それもすぐにやけに悲痛そうな声に変わってしまう。「なら止めてくれ…期待したくない」「…へえ、お前は手を繋ぐ程度で期待するんだ?」まるで子供だな、と揶揄うと、
国広はばっと長義へ振り返って抗議しようと顔を上げる。白い肌だから、薄暗がりに光がふわりと照らしているだけの庭でも、紅潮しているのがわかりやすく、少し可哀想なくらいだ。見開かれた瞳は先程緩んだばかりの涙腺だからか、光に反射してきらきらと潤んでいた。「な、な…っ」
面白さ半分で、ずい、と覗き込むように顔を近づけてみれば、国広はそれを手で止めようと顔の前に突き出した。本当に面白い、と長義は笑いこらえる。なんだか、今笑ってしまうと国広はまた妙な勘違いをするような気がした。「…本当に、もうやめてくれ、頼むから」「…すればいいんじゃないか」「え、」
「だから、期待。したいなら、すればいい」「長義、それって…」「さて、庭を出るよ。案内はよろしく、偽物くん」言って先に庭を出ようとすれば、国広は「写しは偽物じゃ…って待ってくれ、俺が先導するから」と慌てて追いかけてくる。気分がいい。
自分が、国広をここまで振り回しているのだと思えば、最高に気分が良かった。ようやく国広の意識が自分に向いたという自覚を得られたような気がした。そんなことを考えながら、鉄柵の所にある扉に手をかけたところで、長義はふとひとつの考えに思い至る。「…はは、そういうことか」「…長義?」
「燭台切の気持ちが、少しわかった気がする」「…燭台切?何かあったのか?」「…いや、こちらの話だよ」今あるベストが重要だという考えは変わらないが、見えない完成を求めたいというのもまた、そういうものなのだろう。 脈絡のない長義の言葉に首を傾げる国広をそのままに、手を繋いで案内させ、
雑木林を少し抜けると、本当にすぐそこは畑だった。なるほど、これは迷う余地はない。国広の方はといえば、気まずさからか、雑木林を抜けるとすぐに長義と別れ部屋に戻って行った。
残された長義は雑木林と本丸を何度か見比べて、「狐…いや、うさぎだったか。…まあどちらでもいいけど、感謝するよ」とひとり呟いたのだった。 その後、これで国広は自分にアプローチをかけてくるだろう、機が熟したら返してやれば、あいつはどんな反応をするだろう、などと思っていたところ、
結局国広から何もアプローチをかけてこないのに焦れた長義が、怒りながら国広の部屋に突撃し、脅すような告白をしたことで騒ぎになるのだが、それはまた別のお話。 おしまい! 長義くんは反省とかしないひと。
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otoha-moka · a year ago
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山姥切探偵事務所
※いつものノリ※ちょぎくに※現パロです※いつも通り人を選ぶかもしれない 探偵事務所、と書かれている看板がある雑居ビルの目の前に安定は立っていた。うろうろと、しばらくの間、どうしようかと悩んでいる。やっぱり引き返そうと思ったところで、脳裏に親友が「安定は優柔不断だなあ」と悪気なく
(なのにどこか意地悪そうに)笑うの姿が過ぎる。想像上の親友の姿なのに、なんだか少しむっとして、負けず嫌いが働き、意を決して雑居ビルの脇にある階段で2階まで上がった。 というわけで、山姥切探偵事務所の門戸を叩いた安定は、中に入ってすぐに気がついた金髪の青年の姿を見て驚く。
まだ学生服を身にまとっていて、これがコスプレでなければ彼は学生だからだった。金髪の青年、まあまんばなんだけど、まんばは「…依頼人ですか」と存外低い声で、愛想なく訊ねる。「え…あ、はい…えっと…君が探偵さん…?」「いえ…俺は…座ってください、飲み物出すんで」
混乱しながらも、安定はまんばに促されるままにソファに座る。土曜昼すぎのテレビが、人気タレントのトーク番組を流していて、特に意味もなく眺めていたら、「どうぞ」とさっき聞いた声がして、ソファの高さに合わせた高さのテーブル、安定の目の前にカタン、と小さな音を立てて、
氷が入ったコーヒーが出された。ぱちぱちとそのグラスを見つめていると「…コーヒー苦手でしたか」とお盆を持つ青年が目を泳がせている。何年下(多分)に気を遣わせてるんだ僕…!と安定は慌てて両手を振って、違うとポーズをとって「ち、違…!…えっと、ミルクとお砂糖ってあります…か?」と続けた。
人が来たからか青年はテレビの電源を切って、それから、ミルクをたっぷりいれたコーヒーに口をつける安定に「うちの…所長は、今不在で…もうすぐ帰ると思うんですが…」と申し訳なさそうにする。安定としては、やっぱりこの子が探偵さんではないのか、と少しほっとした。
「じゃあ、君が探偵というわけではないんだ」「それは…俺、高校生ですよ」これで分かるかと思ったんですが、と学生服のブレザーを自分で指さす。よく見れば、そこにある校章はそれなりに有名な私立校。だから敬語とかも大丈夫です、とたどたどしく話すまんばに、安定もすっかり緊張がとけていく。
「じゃあここのお手伝いさんなんだね、アルバイト?」「手伝い…そんなところ、です…バイト、ではないですが」「じゃあ実家のお手伝いかな、ふふ、偉いなあ…」「そんなんじゃ…」そんなふうに話をしていると、探偵事務所の出入口から音がする。
かと思えば、次には、「国広!だから、制服のままで来客対応をするなと言っただろう!」と怒っているような困っているような声が響いた。 「あんたが昼に出るからしばらく頼むとLINEを寄越したんだろう、今日は土曜、学校が終わるのが12時20分、間に合わせるのがどれだけ…」」
「だからと言って…未成年の学生働かせてるとかバレたらどうなるか…ハンバンガーチェーン店じゃないんだよ、ここは」「借金カタにその未成年を好きに使ってる立場のくせに…」「助けてやったんだろうが人聞きの悪い…あー、もういい…ほら、上で着替えてきなよ、俺の服でいいから」
「…とか言って、また変なのじゃないよな」「人前で人を変態趣味みたいに言うんじゃない!」安定が2人のやり取りに呆然としていると、先程まで話をしていたまんばが奥の階段の方へと消えていく。代わりに、現れた男性が安定に向き直り、にこりと微笑んだ。
「うちの助手がすまなかった。…さて、用件は依頼、かな」その所作があまりにも完成されていたものだから、安定はすっかり、今しがた交わされていたあまり穏やかではない単語も飛び交う応酬のことなど忘れて、「はい」と返事をしてしまったのだった。
「…脅迫を受けているんです」安定が話始める頃には、少し大きめのパーカーに着替えたまんばが降りてくる。そのまま何も言わず、座って話を聞く姿勢の長義くんの後ろに立った。それに気づいた安定は気まずそうに話を止めてまんばの方を見る。「あ、君…えっとこれは依頼で…」
「わかってます、俺は居ないものと思って貰って問題ないです、続けてください」「そうは言っても…」さっきの話だと未成年というじゃないか、子供に依頼内容を聞かせてしまっていいものか、そう思って安定が逡巡していると、すかさず長義くんがフォローに入る。
「俺が許可してるんですよ、助手、とは言ってもこいつが主に動くこともあるんで、こいつも同席させてください」「…そう?それじゃあ…ああそうだ、立って聞いてるの疲れちゃうでしょ、せめて座って…って、僕が言うのはおかしいか…あの、いいですよね?」安定がそうたずねると、
まんばは目で長義くんに合図を送る。長義くんが顎で自分の隣を指すので、まんばは周囲を伺うように少し目を左右に動かしたあと、なぜか安定の座るソファの後ろを回って、ちょこんと長義くんの隣に控えめに腰掛けた。「…さて、話を続けてください」「え、はい…それで、届いた脅迫状がこれです」
「…失礼、手に取って見ても?」「はい…」そう言って長義くんは、安定が鞄から取り出した、届いたという脅迫状をじっと見る。印刷された無機質な文字は誰のものか判別が出来ない。「…ファッションショーを中止にしろ、ねえ」よくある文面に、長義くんは顎に手を当てて紙の裏表を確かめたりしていた。
それをちらりと横目で見たまんばは、深刻そうな表情の安定に声をかけた。「あの、大和守さんはデザイナーか何かで?」「…うん?いいや、違うよ。デザイナーなのは僕の親友兼幼馴染…だから、正確にはその脅迫状も、僕じゃなくてそいつに届いたもので…」「その親友は何か言ってるんですか」
「こういうやっかみは人気が出るとよくあるから気にするな、と…でも僕心配で…」まんばが何か返そうとしたところで、さっきまで脅迫状を見ていた長義くんがそっと制する。安定は気付いてないようで、思いが溢れ出すように次々と言葉をつむぎ始めた。
「僕、これが悪い冗談だと思えないんです…清光、この前事故にあいかけて…あの車、赤なのにスピード落とすこともなかったし…それに、こういうの何度も来てるみたいだし、郵便受けに直接投函されてたこともあるみたいなんです…なのに、通報しようって言っても、
沖田くん…えっと、僕と彼の師匠みたいな人なんですけど、その人、ずっと入院してて、もう長くなくて、だから、最後になるかもしれないから、このショーは絶対成功させたいって、沖田くんに見せたいから、中止には出来ない、だから警察にも言わないでって…その気持ち、僕にもすごくよくわかるから、
どうしたらいいのかわからなくなって…」「…それで、秘密裏に探偵事務所に来た、と」「…はい」「事情はわかりました、それで、大和守さんとしてはどうされたいんでしょう」長義くんがそう返すと、安定は話を信じて、依頼を受けてくれそうな雰囲気に、ほっと肩をなでおろす。
そして、息を吸い込んで、何か思い切るような調子で続けた。「ショーを無事に終わらせたい、僕だってショーを中止にしたくなんてない、沖田くんには笑ってほしいし、清光にも…でも、大切な人だから、危険な目にだって遭ってほしくないんです…警備はもちろん厳重にすると思いますが…
それでも心配なんです…」そこまでいうと、「お願いします」と深く頭を下げた。「…つまり、秘密裏に犯人を特定、出頭させてしまうのが早いかな。よし、わかりました、依頼を受けましょう…さしあたっては…」
「お前、何勝手に探偵なんて雇ってんの…」とりあえず、そのデザイナーには話をしよう、ということで、2人が安定に連れられて来た場所は加州くんのもと。いきなり現れた2人組を見て不思議そうにしていた加州くんに、長義くんはことのあらましを説明する。
最初こそ、きょとんとした表情で聞いていたものの、加州くんはどんどん眉を顰めていき、話を聞き終えると、責めるような視線を安定に向けた。「だって心配なんだ…お前の制止を無視したのは悪いと思うよ、けど、僕はお前がもし…」「はあ…別に、過ぎた事だしもういいよ。
だからじめじめしない!きのこ生やさない!お前のその心配性は昔からだし、俺も知ってることだし。…それで、探偵さんは俺に何を聞きたいわけ?」「話が早くて助かるよ。手っ取り早くいこう、心当たりはある?」「あったらもっと手を打ってるよ。
まあ、仕事柄目立つし、多少は有名税だと思ってはいるけど…けど、個人的にはさっぱり…あ、」思い当たる節がない、と言おうとしていた加州くんは、急に何かを思い出したかのように声を上げた。「心当たりがあるのか?」「そういえば、以前うちのをパクったってうるさかったやつがいたなあって。
紛うことなき俺のデザインだったし、確認してみたけど全然似てもいなくて、酷い言いがかりだと思ったんだけどね、あの時は家に押しかけられたりもして、大変だったよ」「…そいつは?」「さあ?急に何も言ってこなくなったから、懲りたのかと思ってたけど…ああ、でも…もしかしたら…」
「何かあったの?」「…いや、この業界から干されたのかなあってだけ、なんでもないよ」加州くんの口調は、あくまでなんでもない風を装っている。本当に、こういった業界ではその手のことは日常茶飯事なのかもしれない。一番険しい顔をしていたのは、まだ高校生のまんばだった。
長義くんは少し考えてから、そうだな、と独り言のように呟く。「…名前と、顔もわかればそれも。そいつのことを調べてみよう」その言葉を受け、加州くんはさらさらとメモ用紙に何か書き綴り、紙を2枚重ねにして手渡した。
そんなこんなで、まんばは安定と一緒にパーティー会場にいくことになっていた。お互いそれなりの正装で、どこから用意したのやら、長義くんが用意した2人分の招待券片手に潜り込んでいる。「あいつ、本当にここに来るのかな…」「わからない。でも、来なくてもハズレという情報が落ちるんだ、
無駄じゃない…です」「ふふ、探偵さんの助手さんも探偵さんみたい」御堂隆義という男性の名前と、いかにも、といったやや強面な男性の写真を加州くんに提供された長義くんは、それをもとにひとつの手がかりにたどり着いた。しかし、何か自分で動くというわけではなかったらしく、
「というわけだから、御堂家の人間も出ているパーティだ、衣類は一式用意するから、お前が行ってこい」とまんばを放り出した。「…お前は?」とまんばが問えば「俺は他にやることがある」と返される。協力出来ることならなんでもする、と言った安定は、
「方針はわかったけど、でも子供をひとり危険に晒すわけにはいかないよ」の一心で同行することになった。
「それにしても、不思議だね、あの探偵さんとの関係」「まあ…普通はそう考えると思います」「バイトじゃないんだっけ…そうだよね、こうやって調査を本格的にしてるもんなあ」「…えっと、それは…」「あ!踏み入ったこと聞いちゃってごめん、でも気になって…」「…いいです、変なのは事実ですから」
パーティー入りしたのはいいが、どう動けばいいかわからなかった2人は、なるべく目立たない隅、壁の花になりつつ、該当人物の姿を探しながら何となく会話を始めた。話は探偵事務所のことに移る。プライベートに踏み込み過ぎたかと思って、安定が謝った。まんばは別段気にする様子はない。
「…俺は、あいつに会わなければ今頃生きてはいないと思うんです」「え?」「聞いていたでしょう、バイトではないですが、金銭的な問題で…まあ、そういうこと、です」金銭的な?そういえば、借金がどうとか言っていた。多額の借金で生きるか死ぬか、と言ったところを助けられたとでも言うようだ。
こんな子供が?なぜ?そう思うことはあれど、安定はさすがにこれ以上は不躾がすぎる、と聞くに聞けない。「…そっか。色々あったんだね」「大和守さん?…あ、」安定がひとり納得したように呟くのを、なにか聞かれたのかと思ったまんばは不思議そうに見る。
その時、まんばの耳は雑談の波の中ひとつ、目的の人物かもしれない話題を拾い上げた。 「隆義さん、もしもお亡くなりになっていなかったら、今日は記念すべき日になっていたのに」 先程までしていなかったのに、急に息を潜めるようにして会話は続けられる。思わず、まんばも息を殺そうとしてしまった。
「…?どうしたの?何か…」「向こうで会話が聞こえる」まんばの様子に安定が疑問に思ってたずねると、短くそう返された。その言葉を聞いて、安定も納得したようにそちらに注意を向ける。会話はまだ続いていた。
「あら、それはどうかしら?」「どういうことだい?」「隆義さん、事業に失敗したらしいじゃない。借金もあったって。でも、その後急に返済したらしくて、何か危ない仕事をしているんじゃないかって専ら噂よ」「へえ、聞かなかったな」「御堂家の恥だもの、あまり大声では言わないわ」
「…御堂家…御堂…まさか」「国広くん?顔色が…」その会話を聞きながら、だんだん青ざめていくまんばに気付いた安定は何度か声をかける。「…すまな、風、あたってくる」口元を抑え、耐えるような声でそれだけ言うと、まんばは急ぎ足で会場の外へと走り出す。安定もまんばを追いかけ外へと向かった。
唐突な過去編。 遠い記憶のこと。 いつかはこうなるだろうと思ってはいた。学校から帰ると家がなかった。アパートの一室にあるものは何もかも差し押さえられていた。両親はおらず、よく分からない大男が何人も家にいて、玄関で呆然としていると、
そのうちの一人が自分に気がついたようで振り返り近付いてきた。「おう、おかえり」そう言って頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。それだけなら悪い人だとは思えないはずなのに、なぜかぞっとして、縫い付けられたようにそこから動けなくなってしまった。「お前の母さんと父さんは酷ェやつだな」「え…」
「可愛い息子捨ててトンズラなんざ、少なくとも善人がやることじゃあねェ」豪快に笑う大男に、僅かに身動ぐ。手にあるのは小型のナイフだろうか。逆らえば最後、殺される、と思った。それから少しの間、真っ白になった頭の中で、なのにぐるぐると渦巻くような感覚の中で、
どっどっと煩い心臓が余計に焦燥を煽る中で、そこにいた。ふと思い出したように大男が自分に向き直る。「…知ってるか?」「…っ、は、何…が、」「お前さんの値段さ」例えばここ。そう言って先程のナイフがピンッと制服のシャツのボタンを飛ばす。丁度胸元の位置だ。
「心臓、とか…ははっこれも親孝行かもなあ?」その言葉で、ぱちん、と張り詰めた糸が切れた音がした。やばい、これはやばい。その一心で、先程まで自由のきかなかった体を動かしてその場を飛び出す。偶然にも不意をつく事が出来たのか、なんとか男に追いつかれることはなかった。
けれど、行くあても当然なかった。とにかく走って、走って、少しでも止まるともう動くことが出来なさそうで、どこまで来たのか、足が縺れて転んで、顔を上げた眼前に、どこかの公園を見つけた。大切にしていたもの全て、写真の1枚すら持っていくことは出来なかった。
辛うじて引っ掴んできた鞄の中身は教科書とノート、体育のジャージ、学生証、定期券程度のもの。学校は携帯電話の持ち込みが出来なかったから連絡手段はない。財布も家の中で落としたままなのか、持ってきていなかった。水道で怪我をした肘を洗い流して、ベンチに座って日の落ちた空を見た。
どうしよう、どうしよう、と頭の中に浮かぶ言葉はそればかりで、なのに公園のベンチなんかじゃあ、なんの打開策も見当たらない。そうしてどのくらいたったか、突然目の前に現れたのは若い男性だった。中学生の自分よりは年上、けれど、はっきりした年齢はわからない。あえて言うなら20代に見えた。
身に纏う衣服はどれも高級そうで、住む世界が違うのだろうと思い知らされる。「…お前、何してるの」そんな異世界の住人は、こともあろう事か根無し草になってしまった自分に声をかけてきた。「…何も」「今日は冷えるよ、上着は?」「…」「えっと…甘いものは好き?コーヒーと紅茶ならどっち?」
「…」「あーもう!なにか言えよ、その口は飾り?」「…っ、ごめ、なさ」「…はあ、適当に買ってくるから、ここで少し待っていろ」そう言ってしばらく経つと、本当にその人は戻ってきた。手には缶コーヒーとホットココア。そのうち、ココアの方を渡してくる。
「甘いのが苦手、とか言われてももう知らないからな」「あ…え、俺…?」「ほら、早く飲んだら?冷めるよ」手渡されたココアはひどく暖かい。悴んだ手には熱いと感じるほどで、制服の袖を伸ばして持ち直した。ひとくち口に含むと、その名の通り甘くて温かい。無機質な大量生産の缶が、
なんだかやたらと優しく感じて、またじわじわと涙が込み上げてくる。「な、何、なんで泣くんだよ…まさか泣くほど美味しい?」「…っ、おれ、俺…」そこからは嗚咽ばかりがもれて、何も言葉にならない。どうしたらいいか分からなくなったのかその人は、ポケットからハンカチを取り出して、
あまり慣れていないような仕草で拭ってきた。「とりあえず、なんか俺が泣かしたみたいで気分悪いから泣き止んでくれないかな」と、困ったような声でそんなことを言いながら。
帰る家がない、と言えば、その人は深くため息をついた。面倒事にでも捕まった、と言いたげだ。けれど、そのくせ「じゃあ、今日はうちに来なよ。外で寝ると風邪ひくよ」と、未だ泣き続ける自分の手を引いて、家(だと思われるところ)まで連れ帰ってきた。コートも何も着ていない、制服姿だったけれど、
上着を脱いでも部屋の中は暖かい。「第二ボタンも、取れてるね。まさかこんな冬に卒業式だったわけでもあるまいし…」「これは…」「うーん、俺、料理と裁縫だけはめっきりダメなんだよね、悪いけど直せないから、新しいのを用意させよう。それでもいい?」「あ、え…いいん、ですか」
「ボロボロの格好で家にあげたくないだけだよ。俺の敷地内にいるんだから、ちゃんとしててくれないとね」そういえば、ボタンを取られたんだった、と上着を脱いでから思い出した。すかさず気がついたその人は、冗談めかしてそういうと、服のサイズを聞いてくる。次にはどこかに連絡したのだろうか、
「届けさせるからもう少し待ってて」と言ってスマホをテーブルに置いた。もう少し、と言うのは言葉の通りで、本当に30分くらいで宅配が来て、ラフなスウェットと替えのシャツを当然のように渡されることになるのだった。
大男の正体は、税金滞納だか破産だかなどで訪れるような、よく仕組みは理解していないけど、とにかくそういう国の、正式な人などでは勿論なくて(そりゃそうか、とは思うけど)、もっと裏社会の、闇金業者の人だと知らされた。どこからどう調べたのか、その人はそういうと、
「全く、やることが下衆で味がない」と冷ややかに呟く。たしかに怖いはずなのに、家にいた大男よりも安全なように感じる。武器を持っていないからだろうか?わからなかった。「危ないから、しばらくは学校は休みにしてもらうよ。ここは安全だから安心して?
あー…勉強が不安なら…そうだな、代わりに俺が見てあげる…疑っているようなら最初に言っておくけど、俺はイギリスにある…」「う、疑ってない…です。でも、学校行かないと…出席日数とか」「真面目だなあ…心配には及ばない。義務教育はね、ちゃんと卒業出来るようにできているんだよ。
君、保健室登校してるのに聞かされなかったのか?」「なんでそれを知って…」「…学生証。個人情報には気を付けようね、こういうことする大人がいるんだから」俺みたいな、ね…と言いながら取り出してきたのは、なんとか持ってきた鞄に入れていた学生証だった。
いつの間にとられていたんだろか、決まってる、寝ているときだ。「あ、ちょ、返し…」「もういいよ、貸してくれてどうも」「貸してないです!」奪い取るように学生証を掴む。手はあっさり離れて、そもそも最初から返すつもりだったようだった。逆に言えば、もうこれで調べることは無いということか。
あまりにも怪しすぎる。安全な場所、衣類、それからデリバリーで運ばれてくるご飯。それを疑うことなく受け入れるには、自分は成長しすぎていて、けれど、跳ね除けて立っていけるほど自分は大人でもなくて。命の恩人なのに、目の前のその人を探るような眼差しをやめることは出来そうにはなかった。
唐突に時間軸が戻るよ! まんばと安定がパーティーに行くあいだ、長義くんは勿論サボってなどいなくて、ひとり埠頭にまで足を運んでいた。加州くんが渡してきた紙の2枚目、隠すように渡してきたそれが示す場所がここだった。字は手書き。加州くんの字ではない。脅迫状が手書きではないため、
犯人はそういったことには慎重なはず。ゆえに、これは届いた脅迫のひとつではない。加州くんの、本当の心当たりだ、と長義くんは考え、ここまで来たのだった。自らの出自の関係で、こういった悪い取引の行われている場所には異様に詳しくなってしまったような気がする。
「…潰そうとしているものを利用している、というのも皮肉なものかもね」ぽつりと呟く声に反応するものは当然ない。あまりにも捜索範囲が広い。見つからないかもしれないな、と1人考える。とはいえ国広を連れていくわけには行かないと、なんやかんやでよく働く助手のことを考えた。
安定は子供を一人で危険なところに行かせるわけにはいかない、と言っていたが、国広はその「危険なところ」の当事者だったことがある。それを拾った自分もまた、似たような存在だったりする。「…知らぬが仏か」向こうは大丈夫だろうか、うちの助手は間違いなく働き者だけれど、特別強いわけではない。
ずっと過酷な環境にいたから、年齢にそぐわない程度には多少場馴れしてはいるけど、あれで年相応に柔いところも沢山あることを数年の暮らしでよく知っている。だから、ハズレっぽい所にあえて行かせたのだ。ただ、もしも向こうがあたりだったとしたら…とそこまで考えて、すぐに考え直した。
「大和守さんもしっかりしてるから、大丈夫か」自分がついていてやれないことに、少しの悔しさを覚えつつも、長義くんは捜索活動を再開した。 しばらく見て回っていると、何か声が聞こえてくる。「…当たり、かな」もう少し近付いて物証を手に入れたい。レコーダーをオンにしてそっと物陰から近付く。
易々と会話を手に入れられそうだった。 「御堂の奴、よかったのか?」「何、あのデザイナーに証拠握られてるんだ、捨て置くのが一番だよ、あれくらいなら高く売れるし…それより…」 中身は取引だった。薬物ではなく、武器でもない、人身売買の類だ。
やっぱり国広を連れてこなかったのは正解だった、と長義くんは息をつきそうになる。まだこちらとしても油断はできない。…見つかったら、こいつらを消さなければならなくなってしまう。とりあえず持ち合わせた護身用のナイフをそっと確認して、再び息を潜めた。
続き! 長義くんが埠頭を出てすぐ、スマホに連絡が入った。見ればこれで3回目の電話、名前を確認すると安定からで、何かあったのかと少し慌てて通話ボタンをタップする。「もしもし、何かあった?」「すみません、その、国広くんがすごく具合悪そうで…会場からは出たんですけど…」「国広は?」
「もう問題ないから…と。でも顔色悪いし、とりあえず近くで休ませています、場所伝えますね」「そのままその馬鹿押さえておいて。そいつ動いてた方が忘れられるとか言ってオーバーワークしがちなんだ、すぐ行く」「忘れ…?わかりました、待ってます」
長義くんは会場となっているホテルからほど近い施設の敷地内にある広場へと向かう。公園よりひっそりとしている私有地は、当然必要もないのに立ち入ることは本来許可されていないところだ。あえてそこを選んだのは恐らく安定ではなく国広の方だろう、と長義くんは考えながら、
埠頭の離の方に隠すように止めておいた車に乗り込む。公園よりも騒ぎを起こせば目立つことが出来る場所でもある。逃げるならこう行け、と教えこんだのが役に立っているようで何よりだった。 埠頭からホテルまでは大した距離はない。ふたりのいる場所も同様だ。10分ほど車を走らせて、目的地に着く。
適当に(とはいえナンバーを覚えられたらやっかいなので、やはり死角を選び)駐車して車から降りた。少し敷地に入ると、人影がふたつ、ベンチに座っている。「よかった、すぐに見つかった」そう言って近付くと、人影のひとり、安定はぱっと顔を上げて、心底ほっとしたと言ったように表情をやわらげる。
まんばはそんな安定に背中をさすられていた。「ありがとうございます、国広くん、立てる?」「…大丈夫、です」「何があった?…人酔い?」「ちが、う…長義、俺は大丈夫…だから、」「そうは見えないんだよ…それとも、何か思い出した?」そう問えば、まんばは図星だったのか、ギクリと肩を震わせて、
観念したように小さく頷く。何か聞いてしまったのだろうか。そう思えば、まんばは小さく「御堂、聞いた名だと…」と呟く。当たりを引かせてしまったかもしれない。失敗した。「…帰ろうか、裏に車を止めてある」
3人で事務所まで帰って、まんばには上の階(実は今の住まい)に行くように伝えた。まんば自身も自分のことはわかっているのだろう、存外素直に頷いて、思ったよりもしっかりとした足取りで階段を上っていく。とりあえず今日はもう休ませた方がいいだろう、話を聞くのは明日だ。
まんばの階段を上る足音が止むのを待って、長義くんは安定に向き直り、少しだけいいかな、と言って安定にソファに座るよう促した。「さて、夜分遅くまで申し訳なかったね」「いえ、依頼したのは僕ですから…それより、国広くんは」「しばらく休めば大丈夫…それに、前にもあったことだから」
あまり深入りしない方がいい話題だろう、そう感じた安定は出されたミルクティーを一口飲んで、話題を変えようと口を開いた(コーヒーに大量にミルクと砂糖を入れていたのを見られていたようだ)。「…えっと、それで、何かわかったのでしょうか」「そうだね、とりあえず単刀直入に言おう。
心当たりの御堂隆義だけど、彼はすでに亡くなっている…それも恐らく殺されて、ね」「殺…なんで、そんな…清光、まさかそれで何かを知って、狙われてるとか…」長義くんの言葉に、安定の表情はさあっと青ざめた。あくまで表情を変えていない長義くんは、それを一瞥しつつも安定に訊ねる。
「あいつ…国広は、パーティー会場で何を聞いていたかわかる?」「あ、はい…僕も途中から聞いてたから…御堂隆義の事業が失敗して、危ない仕事に手を出したって感じのことを…」「そう…単刀直入に言うけど、御堂家は旧財閥系から分かれた家系でね。…いや、旧財閥系から追い出された、
と言った方が正しいかな、裏で指定暴力団と関係を持っていて、そちらでも稼いでるんだ。恐らく薬物か武器か、と思っていたんだけど…商品は人間だったみたい」「人?…それって、まさか…」「そう、人身売買。それで、加州さんだっけ、彼もなかなか強かだね、事情はわからないけど、
その証拠を偶然にも持ってるんだと思う、そして、御堂家の証拠を例のファッションショーでばら撒く算段なんだろう」「そんな…なんでそんな危険なことを…」「わからない。けど、やっぱり大和守さんには話していなかったんだね」そういうと、長義くんは加州くんに渡されたメモを安定の前に差し出す。
「メモ…?」「彼は俺にこのメモを渡してきた…今日埠頭で取引があったんだけど、そのメモだ。加州さんがどこからかこれを手に入れたのは確実だと思う…そして、それを大和守さん、君には本当は知られたくない。だから、こっそり俺に渡してきた…きっと、危険な目にあわせたくないから、
止めて欲しくないから、そんなところだろう」「それって、僕が清光を止めて、警察に通報することでもっと悪いことが起きる…みたい、な…そうだ、沖田くん! 沖田くんの病院が何か関わってたりしませんか」「ああ、共通の知人は関係あるかもしれない、明日案内願おうか」
唐突な過去編再び。 生まれたその時には将来が約束されている人、というのはいくらでも存在する。恵まれた立場ともいうし、ある意味では自由がないとも言うし…その辺は認識の問題だけれど、とにかく、自分の生まれはそういったものに近かった。ただし、華々しい表の道
――たとえば、絵本の中の王子様であるとか、漫画みたいにどこかの財閥の跡取り息子であるとか――ではなかった。山姥切という名は、その手の界隈では広く知られている。物心着いた時には舎弟みたいな奴らが何人もあてがわれていて、自分よりもうんと年上のそいつらを”使う”方法を身につけさせられた。
とはいえ、厳しい環境だったかといえばそうではない。末っ子の自分は、もう両親も歳をとってから産んだ子供だったことやら、年の離れた兄が3人ほどいたことやらが相まって、ほとんど孫を可愛がるような状態、逆に言えば、自分の裁量というのは全くなく”なんでもやってあげる”という状態で
幼少期を過ごした。その時の自分の認識といえば、不自由はないが自由とは言えない。端的に言えば不満だった。自分は兄よりも優れた仕事が出来るはずだ、なのになんで自分だけ何もせずそこにいるだけ、なんて立場に甘んじていなければならない?…とかなんとか、そんな不満を抱えて生きてきたから、
対象の汚点はいやでも目に付くようになる。小学生の頃は、それでも仲良くなったクラスの友達が、ある日急に遠巻きにしてくる、みたいな目にはあったものの、それだけだった。けれど、中学生、高校生くらいにまでなると、さすがに自分の家がヤバいからだ、ということに気がつく。
ヤバい、というのは、家庭環境が劣悪、たとえば暴力を振るう親がいるだとか親がアル中だとか、そういう類のものではない。そう、我が家は、一家がまるまる暴力団(それも国内でも有数の)の取りまとめを行っている、そんな、簡単に言えばヤクザの家だった。幸いにして、可愛がられていたことで
汚れ仕事からは遠ざけられ続けてきた自分にとって、調べれば調べるほど出てくる家族の犯罪履歴は、軽蔑するにあまりあるものだった。だから、高校二年生の時についに家を飛び出した。自分も大いにその恩恵に預かっていたというのに、軽蔑する家族の存在に、自分がその家にいるということに、
何よりそいつらが血の繋がった家族だということに、同じ空気を吸っていることに、何もかもに、耐えきれなかった。転がり込んだのは、事情を知りつつも親身に接してくれた担任教師(長船光忠という名前の、まだ若い担任だ)だった。その時の自分といえば、どうみても家出をした非行少年だ。
けれど、その先生は何も言わず家で匿ってくれた。もちろん、捜索願いなど出されるはずもない。家は裏稼業だから、あまり公で騒ぎを起こしたくないのだというのはわかっていた。けれど、家もそんなに甘くはない。子供の考える家出先など、3日もあれば簡単にバレてしまった。
自分にずっとついていた部下が、先生の自宅まで堂々と迎えに来たのは、3日どころか、わずか2日後だったのを覚えている。絶対に帰らない、と言えば、一時的な子供の我儘、駄々をこねているのだと見なされたのか(事実そうなのだが)、わかりました、とあっさり引き下がった。
「しかし、先生のお宅にお世話になるなら、お金はどうするのですか」とも、その時訊ねられた。先生は「いいんですよ、落ち着くまでここにいてもらって。僕は大丈夫なので」と優しく笑ってくれた。この問答は、そこは一応、犯罪一家である以前に子供を預ける立場だったのだと今になって思うが、
頭を下げたのは俺ではなく部下、つまり家だった。「せめて金銭の方はこちらでなんとかするから」と家の方が押し切って、結局、家出したというのに、家から金銭援助を最大限に受けつつ、高校卒業まで都合よく担任教師の家に世話になったのだった。
大学進学は最初考えていなかったけれど、家族と聞く度に威嚇するような状態だった自分は、先生に「一度、もっと広い世界をみてみたらどうかな」とアドバイスされ、どうせなら、と海外を選ぶことにした。完全に子供の甘えで、実際はおんぶにだっこだったわけだが(先生はあくまで親子の問題として、
親に自分の様子を報告していたらしいことを、後々になってから聞かされた)、その時は距離的に家から離れることで、自立した気分に浸っていたというわけだ。イギリスにある某名門校、もちろん自分の実力を疑うわけではないけど、留学にあたって必要な費用についても出所は家だった。
…恐らく、その金も違法薬物やら武器の売買、どこかからせしめたもの、脅迫、といった諸々から得た金なわけだが。早い話が、自分でなんでも決めたつもりでいて、その実、そんなことは全然なかったわけだ。 それに気付いたのは大学在学中のこと。もちろん怒りが沸いた。家族にも、自分にも。
そして、そっちがその気なら、と方向転換した。甘やかされている自分の立場を大いに利用することにした。今の自分は、言ってみれば金持ちの家の放蕩息子と言ったところだろう、それならそれで思う存分甘んじてやろうじゃないか、と思ったのだった。まず始めたのは、家と繋がりのある組の把握だった。
部下だったやつに伝えれば、長い反抗期が終わったと喜んでくれた。人生でおそらく最初で最後の親孝行ってやつなのだが。これは裏切りだ。やろうとしたことは、家の為に動くことじゃない。自分の潔癖な性分は、やっぱりこの家を許すことは出来なかった。末端組織から潰してやろう、そんな算段だった。
日本から帰ってきて、今後どうやって家を潰すか、ということばかり考えていた。そんな夜のことだ。公園のベンチで、それは寒そうな格好で、しかもその服も汚れていてボロボロな、そんな子供が泣いているのを見つけた。これは上手く乗せれば売れるな、などと頭の片隅で少し考えてしまったのを振り払う。
そんなことを考えたことを否定したかったのか、自分は家のものとは違うのだ、と誰が見ている訳でも無いのに、誇示したくなった。まず、部下に連絡をとった。子供の特徴と制服を伝え、身元をわれないか伝える。それから、今見かけました、100%善意です、といった笑みを貼り付けて声をかけた。
子供は話しかけても黙りこくっていて、すぐに苛立ちが勝った。同時に、自分にこんなことはあっただろうか、と考えずにはいられない。結局どうすればその子供の恐慌状態を取り除けるかわからなくて、物で釣ることにした。あまりにも安易だった。中学生くらいの子供が飲むものなんて分からなくて、
自販機の前でしばらく悩んだ。結局適当にホットココアを押して、押し付けるように渡したら、ようやく自分に応えた。安易な選択だったのに、打算だったのに、それが少し嬉しいと思って、少しだけ、ちくりと罪悪感が肺の辺りを刺して、どうすればいいのかわからなくなった。
気の迷いだった。子供を連れ帰って、ボロボロな服の替えを調達し、夕飯のデリバリーも頼んで、そのまま自分のベッドに寝かせて、すぐに連絡が来た。子供の身元はあっさり割れた。国広、という名前であること。近くの公立中学に通っていること。ボロアパートの2階に住んでいること。
両親は共に子供を育てるような能力のないやつだということ。学校ではいじめにあっていて、今は保健室登校していること。好きな科目は理科、嫌いな科目は英語、だなんてことまであっさりわかってしまった。それから、今、彼には2億5千万相当の額がついている、ということも。
同時に、思いついてしまった。 彼には今、自分しかいないのではないか?もしも、彼を上手く扱うことができたなら、自分の目的達成に使えるのではないか?と。上手い言い訳を考えているうちに夜はあけた。そうして、暫定的な対応として、国広にここで過ごすことを、半ば強制的に提案したのだった。
続き。また時間軸は現在に戻ります。 まんばは布団に横になると、頭まですっぽりと布団を被った。長義に気を遣わせてしまった、それに大和守さんにも、と考える。今頃2人は今日のことを話しているのだろう。カーテンを閉めて電気を切った部屋は暗くて静かだ。
いつもは遅くまで、何をやっているのか(仕事か、そうでなければ碌でもないことだとは思うが…)、夜型の長義は起きていて、ライトが漏れる中で眠りについているので、こんな暗い中で眠るのは随分と久しぶりな気がする。久しぶりすぎて、少し対処に困ってしまう。
御堂、聞いたことのある名だ。あの日、アパートの2階にいた男だ。長義が捕え損ねたと言っていた、あの。そこまで考えて、またざわざわとした悪寒の様なものが背中の方にはりついた。この感覚をよく知っている。恐怖だ。まんばは逃げるようにぎゅっと目を瞑って、やり過ごすうちに眠ってしまっていた。
「ほら、朝だよ」「んん、…朝…?」「ああ、おはよう国広…なんて言うと思ったか、寝坊だよ寝坊」目を擦りながら体を起こすと、目の前にいたのは既に出掛ける準備を整えた長義だった。「寝坊…?まだ7時…え、7時?」まんばは時間を確認して、ようやく覚醒した。長義くんは夜型。
だから、朝の7時にしっかりと起きていることは珍しい。「まさかもう夜…」「そんなわけあるか」そんな、まるまる1日寝て過ごすなんて、そんなことを、とまんばが青ざめていると、音を立ててカーテンが開く。眩しさに朝だと言うことがわかった。
「長義、この時間に起きてられるんだな」「人を寝起き最悪みたいな言い方しないでくれるかな」「だが事実いつも…」「いいから、早く支度する!それと、朝食は外でとるよ。いつものところでいいね?」「構わないが…どこへ行くんだ…?」「病院。大和守さんが来る前に調べておきたいことがある」
今日は日曜日だからたいてい休診日じゃないか、というまんばの意見は聞き流され、急かされるままに身支度を整えて、2人は揃って事務所の上にある住まいを出た。 近所にあるカフェチェーン店に入って、お好きな席に、と言われるまま、2人は出来るだけ隅の方を選んだ。
長義くんはメニューを見ることなく、まんばに確認することもなく、モーニングセットを2つ頼む。「…それで、昨日はあの後どうなったんだ」「どうって?」「急に病院に行く、と言い出したから。何か思う所でも出来たのかと思ってな」「…そうだな、あまり美味しい話にはならないけど」
「分かってる…だって、御堂隆義は、」まんばはそこで言い淀んでしまい、誤魔化すように水を飲む。長義くんの方も気まずそうに目を伏せた。「…昨日はその、悪かった」「お前が謝るなんて珍しい、傘がいるか…今日は一日晴れの予報だったんだがな」「たまに殊勝な態度を取ればこれだ、可愛くない」
「たまにしかとらない自覚はあるんじゃないか。…それで?どうなったのか知りたい」「御堂隆義は死んでる、そうだね、消された、と言った方が適当だ…ここまでは、お前も想像ついてるだろうけど。…それから、あのデザイナーは、何か持ってる、隠してるというか…
警察に言わないのは何もショーを中止にされたくないからじゃないだろうね」「…それで、なんで病院なんだ?」「彼と依頼人の共通の知人が入院している。…俺は、こいつが鍵だと考えた」そこまで言ったところで、店員がモーニングセットを2つ分運んでくる。「さっさと食べて行くぞ」「…ああ」
長義くんは、あまり依頼人に言えないような方法で情報を獲得することがあった。それをまんばは知っている。だから、今回も安定に知られたくない方法を病院で使おうとしているのだろうと言うことは、何となく思っていた。まんばとしてはどうかと思っているが、
自分もそれに助けられた身なのであまりどうこう言えず、結局やりたい放題にやらせてしまっているのだった。 ついた病院は街の中心部にある総合病院だった。総合病院、とはいえ日曜日は初診は行っておらず、科によっては休診日になっていた。朝も早い時間こともあって、中は比較的閑散としている。
「沖田さん、と言ったか…病室を探すのか?」「いや、それは後でいい。どうせその人自身は何も知らないだろうし。それより、彼のカルテを覗き見たい…そうだな、俺が上手く引き付けておくから、俺が言う情報を見てこい。ついでにこれ、許可証だから無くすなよ」「…またそう無茶苦茶なことを」
長義くんが何をしているのかはよくわからないが、ただの高校生のはずのまんばが、恐らく偽造したのか借り物か、それは分からないが許可証、とか言うのを持ちながらとはいえ、あっさり立ち入り禁止区域に入れる程度には口八丁なようだった。まんばは当たりをつけてカルテを探す。
こういったことは助手として働いて、やたらと上手くなってしまった。「…いいんだろうか、いや、よくはないんだが」ぽつりと呟いて、そうだろうと思われるカルテを見つけた。同姓同名の人がいなければいいのだが、と思いながら内容を確認する。「えっと…心疾患か、担当医は佐々木浩二、経過は…」
約束の時間は10時だったらしい。まんばが戻ると、続きは今度だ、と言って病院を出た。それから、ぐるりと裏を一周して、表側の入口付近で待っている安定に長義くんは声をかける。「待たせたかな、すまないね」「いえ、大丈夫です。…国広くん、もう平気?」「俺は大丈夫です、ちゃんと休んだんで」
安定はぺこりと小さく頭を下げて挨拶をした後、長義くんの少し後ろにいるまんばにも声をかける。まんばがしっかりとした受け答えをしているのを確認し、「よかった」と心底安心したような声を漏らすと、「それじゃあ、病室に案内しますね」と言って病院内に入っていった。
「沖田くん、入るよ…えっと、今日はと、友達…?を2人連れてきたんだけど…」安定はそう言って病室に入る。2人も「失礼します」と挨拶をして後に続いた。沖田くん、という人物は入院着を着ていて、点滴を受けていて、
病室のベッドから体を起こしてなにやら雑誌を見ていた。安定の声に気がつくと病室の入口に顔を向けて、「いらっしゃい」とにっこり微笑む。「…雑誌?」「ああ、君たち、加州とは知り合い?デザイナーをやっててね、絶対大成してみせるから見ててねって」「そう、ですか」
「それに、今度は何かショーがあるみたいで。…とはいっても、僕はあまり詳しくないんだけどね、ふふ、楽しみだなあ」ずっと入院していて先も長くない、と聞いていた2人は、穏やかで、朗らかに、無邪気さすら含んだ笑みを浮かべる沖田くんなる人物に少々面食らう。
同時に、なるほど2人が慕うような人物なのだろうとも考えた。「…あの、加州さんは、どういう方なんですか」「…うーん、ずっと一緒だったからなあ…可愛い後輩だよ、僕ら皆剣道をやっていてね、僕が先輩で、2人は同じくらいの時期に道場に来た後輩。あいつお洒落が好きなのに、
小さい頃は自分にはお洒落なんてする資格がないって泣いてたんだ…気負いすることなく好きなことを出来るようになったみたいで、僕もあいつの先輩として嬉しいよ、それから…」「沖田くん沖田くん、2人が驚いてる」「え、あ…ごめんね、僕お喋りが好きで…病室一人のことも多いし、
話し相手がいるとね、ついつい…」沖田くんは楽しく話を続けていて、2人は話に入るタイミングを見失う。特にまんばは、何度か「あの…」だとか「えっと」だとかもらして、途中で諦めた。つらつらと話し続ける沖田くんを安定がやんわりと止めると、沖田くんはハッとして二人を見やり、
困ったように笑いながら謝る。「いえ…構わないです、俺なんかで良ければ…」「それに、俺達は貴方の話を聞きにきたんですよ」「…僕の?ということは、病院のことかい?何か面白い話題でもあったかなあ…」「佐々木浩二という人間について、知ってることを教えてほしいんです、
些細なことで構いません…俺達は、こういう者でして」そう言うと、長義くんは沖田くんに名刺を手渡す。「え、探偵?すごいね、漫画みたい…でも、佐々木先生のこと、と言われてもなあ…僕の担当医ってことくらいしか分からないや。あ、担当医だから、専門はここだよ…って、探偵ならもう調べてるよね」
ここ、と言いながら、沖田くんは自分の胸の当たりを自分で指差す。安定の表情が僅かに曇った。それを横目に長義くんは質問を続ける。「悪い噂などは聞きませんでしたか?」「あはは、自分の担当医の悪い噂って嫌だなあ…さすがに不安になっちゃうよ」「…じゃあ、良い噂は?」
「良い噂かあ…良い…どんな病気でも治してくれる名医…なんてね、そんな人いないよな。どこかから呼ばれた先生らしいくらいで、本当に何も無いと思う。お役に立てなくてごめんね」「あ…えっと、」「いえ、参考になりました、聞かれたくないことだったかと思いますが協力ありがとうございます」
長義くんはそう言うと、まんばに病室を出るように合図する。まんばもそれに続いて「今日はありがとうございました」と一礼した。「そう?それならよかった、よく分からないけど、お仕事頑張って。それから、安定と…よければ清…加州のことをよろしくね」
病室を出て、示し合わせるように目を合わせ頷き合う。「”どこかから呼ばれた”」「…ああ」「やっぱり恐らく、横流ししてる…下劣だな」「…沖田さん、転院できないんだろうか。こんな所じゃ危ない…し」「何も知らない沖田さんには、当然転院の意思はないだろう?…手遅れ、というのもあるけれど」
先程カルテを盗み見た時に書かれていた内容から、沖田くんなる人物は本当にもう長くないことがわかっていた。「…そうか」「とにかく、そう沈んでいても始まらない、どうにか止めないと」「ああ…命を狙われているのは本当だが、あの脅迫状は捏造…いや、ああやって大事にするように脅されている、
脅迫状が届いたけれどもショーを行う、ということに意味がある」「お前もだいぶ板についてきたじゃないか…そう、そしてその脅迫を行った人物、それこそがこの病院の佐々木浩二、その人だ…以前、加州が御堂隆義と揉めた時にでも偶然そのつながりを聞いてしまったんだろうね…
それで、御堂はこの病院と取引していたわけだ」「でも、どうするんだ、俺達が手に入れた佐々木が黒って証拠も、合法的に手に入れたものでは無いだろう」「そうだな…まあ、任せておけ。なんとかしてみせよう」長義くんはそう言うと、得意そうに口角をあげて見せた。
過去編再び。 怪しい。怪しすぎる。そう思ってからは早かった。1週間くらいたっただろうか。慣れない不自由のない生活ではあるけれど、あまりにもおかしすぎる。疑心暗鬼はひとつの道筋をうんでいた。ひょっとして、アパートにいたアイツらと長義は仲間で、自分を匿うのは嘘で、
本当は、油断したところで自分のことをあいつらに売るつもりなんじゃないか、なんてちょっとした陰謀論だった。陰謀論、とはいえ何も突拍子もない話なんかじゃない。現に、生徒手帳を勝手に見られて調べられた。あれだって、俺が”売り物”を知りたかったんじゃないか?と思う。そうした疑心で、
長義のパソコンを勝手に盗み見た。パスワードは使う時にお茶を出すフリをしながらこっそりと見て覚えて、長義が出かけている隙を見計らって起動する。メール辺りを探してみるのがいいだろう、誰かとのやり取りに、怪しいものがあれば黒だ。そうやって、知ってしまった。長義が、
いわゆるヤクザと呼ばれるような家系の人間であること、その家との縁は切れておらず、自分に関わるやりとりをしていることを。 高層マンションだから飛び降りて逃げ出すなんてわけにはいかなかった。エントランスホールを上手く抜けるために、人が来るのを待って、影に隠れるようにして逃げた。
今度は身一つで、学生証はどうしようかとぼんやり考える。当時の自分はまだ中学生で、子供で、だから詰めも甘くて、これでとりあえず逃げきれた、と思っていた。まだアパートにいたやつらは自分を探している、という長義の忠告だって忘れていた。声をかけられた。
振り返ろうとして、その声が聞き覚えのあるものだと気がつく。やばい、と思った時には、頭の後ろ、首の辺りにビリッとした激痛が走り、意識を失っていた。 目を覚ますと、薄暗いところに寝かされていた。辺りを見回しても、身に覚えのない倉庫のような場所で、僅かに潮の匂いがした。
背の高い建物がいくつも積んであって、体を起こそうと試みたところで、自分の手足が自由に動かせないことに気がつく。縛られていた。藻掻くと縄のような感触が擦れて痛む。相当きつく縛ってあり、簡単には抜け出すことが難しそうだった。小さく舌打ちして、他の手立てを考える。
とりあえず、もう暫く寝たふりをしておいた方がいいだろうか、そう思った時だった。声が聞こえた。「こいつなかなか目を覚まさないな」「ガキなんだからしょうがないでしょ」ガキ、子供、自分のことだろう。どうやら結構な時間が経ってしまっているらしい。
そういえば自分は何をされた?そう思ってみると首の違和感にも気付く。火傷をしてしまったような気がする。何か、危害を加えられて気絶してしまったらしかった。「まあ下手に暴れられる方が困る。移動は明朝予定、一晩はここに置いとくしか…」
「そういやコイツ、山姥切んとこの息子といるとこ見たって奴がいるらしいけど、問題ないんスかね」「は?そんなの聞いてねぇぞ…」どうやら、こいつらは長義を知っているが、手を組んでいると言うわけではないらしいことに、内心ほっとした。同時に、疑ったことを申し訳なくも思った。
今の自分にとって、本当に外は危険で、本当に長義は自分のことを匿うつもりだったのだ、と思うと、こんな勝手をしたことに罪悪感すら覚えた。長義も危ない団体の一員であることは本当だし、軟禁状態だったことは確かだし、勝手に個人情報を漁られたのも確かだったのだけれど、
異常な状況に置かれすぎて、少し頭が混乱していたこともあったとは思う(こういうの、なんとか症候群と言うんだったか)。 今下手に目を覚ましてしまえば、”大人しく”させるために手段を選ばないだろう、そう思って、未だ何やら話している2人の会話にはもう蓋をした。疲れていた。
もう諦めよう、せめてあまり痛い思いはしたくはない、そう思って寝たふりを続けようとした矢先、腹部に重い衝撃が走った。声にならない声が漏れて、びっくりしてそのまま目を開ける。ズズっと体が地面に擦れて、蹴られたのだとわかった。「いい加減目ェ覚ませ。移動だ」「…ッう、…い、移動…?」
襟首をつかんで締め上げるように立たせたそいつは、力強く背中を叩きつけて、よろめいた俺はそのままもう1人の元まで動いてしまう。「…ぁ、」さあっと青くなった。そいつはアパートで自分に話しかけてきたやつで、そう、自分のことを”高く値がつく”と言っていたような気がする。
その時のことを鮮明に思い出してしまうと、いよいよ前後もわからないくらい怖くて、この場から離れないと、と思うのに、ガタガタと震えて身動きがとれなくなってしまった。ぐい、と男に引っ張られて、また1歩と足を踏み出してしまう。
「や、…やだ…嫌、」その場から動かまいと力を込めても、大人の男の力に子供である自分が敵うはずがない。嫌だ、と何度も言ったって聞いてくれるはずもない。男はそんな自分の微かな抵抗など構うことなく、引っ張るように連れ出されて、不格好に、いちいち転ぶみたいについて行くことになってしまう。
制服を着てでたけど、シャツは捨ててしまっていたから貰い物だった。悪い事をしたな、とやっぱり思ってしまって、怖いのと不安と罪悪感で、頭の中どころか、もう身体中がいっぱいだった。「逃げ回ったツケは払ってもらうぞ」そう言われて、押し込むように車に乗せられそうになる。
これに乗ったら最後だと、本気でそう思って、ふと顔をあげた先、涙目が一瞬とらえた景色に声が出なかった。突然押されていた力が抜けた。何者かが何かで男を殴ったのだ。けれど、殴ったという事実より、誰が、という部分の方が衝撃的だった。
「…ちょう、ぎ?」「…ったく、匿ってやったというのに世話のやける」そう言って、コンテナ近くにある材木片手に息を切らしていたのは、逃げ出したはずのあの家の主、長義その人だったからだ。
「長義、どうしてここに…っ」「話は後だ、逃げるぞ!余計な証拠を残したくない!」「証拠って、あの人は…」「生きてるに決まってるだろう!俺はあんなのとは違う!」そう言うと、長義は手早く縄をナイフで切って、そのまま腕をつかんで走り出す。
そこでようやくわかったのが、ここが湾岸部の、あまり治安が良くないとよく言われている場所ということ。通りへ出ると一台車が止まっていて、「乗って!はやく!」と急かされるままに車に乗り込む。自分が乗ったのを確認すると、長義も素早く運転席へ乗り込んで車を発進させた。
不思議と、あの時感じた危機感は、再び感じることはなかった。 暫く走って、車の通りの多い道路に出た。明るい街灯、右も左も車が行き交う。横断歩道を歩く人々はいかにもサラリーマンといった風体の人々ばかりで、会社帰りなのだろうか、と考える。日常風景と言われるような光景は丁度こんな感じで、
けれど今の自分にとっては少し眩しい光景だった。信号が赤に変わり、車が止まる。バックミラー越しに長義が見えた。「…だから、外は危険だと言っただろう」「あんたも、同じくらい危険に見えた」「…まあ、そうかもね」「…助けたことにも、意図があるんだろ」
「無鉄砲なガキのくせになかなか冴えてるじゃないか、褒めてやろう」「…隠さないんだな」「必要ないだろう?…さて、詳しい話は夕飯を食べてからだな」しばしの沈黙。再び車が止まって、その頃にはもう、少し前に長義に連れてこられて、出ていったはずのあの建物が目の前にあった。
長義はデリを頼んで、そのあいだ俺は着替えさせられた。「全くボロボロにしてくれて…」「う…すまない…」「まあ子供の服なんてそんなものか。とりあえず夕飯がつくまで着替えておいで」「え、俺が作らなくてもいいのか」「怪我人にあれこれさせるほど鬼じゃないよ」「…そう、か」
なんて会話をして、しっかり用意されていたスウェットに着替える。着替えてリビングに戻れば、長義がちょいちょいと手招きをした。素直にそちらへ向かえば、手にあるのは救急箱だ。「夜も遅いし、今日はもう外には出ない方がいいし、もしも大きい怪我があったとしても病院とかは明日になるけど…」
「大したことな…っ痛、いきなり何するんだ!」「消毒だよ消毒、手足以外は?」長義はなんの予告もなしに腕をつかんで引き寄せると、縄で擦り切れ痕が残った手首を消毒だと言って、丸めた消毒綿を押し付けにかかる。予期していなかった痛みに呻くと、今度はまじまじと俺を見てそう言ってきた。
視線が痛い。「特には…」「そう?とりあえず、足も見せろ」「え…、痛…ッ、だから触るなら言ってから… っ」「って、お前、手足だけかと思ったらほかも結構派手にいってるな…痛くないの?」「痛いに決まってるだろう!現に今そう言って…」「いや、そうじゃなくて、
車でもそういうふうに見えなかったから、」「…それは、非常時だったから」「ふぅん、まあいいけど」何度かそんなやり取りをして、少し緩く包帯を巻かれたり、微妙な形に切り取られたガーゼを当てられたりして、満足気に長義が「終わり終わり。夕飯にしようか」とやっと離れる頃には夕飯が届いていた。
「さて、どうしてここから逃げようと思ったのかな」「…見たから」そう言ってパソコンのある方に視線を向けると、了解したのか長義は「…ああ」と納得したような声を上げる。「まあ、そうだろうと思った。お前、抜け目ないね、この前茶を出した時に指の動きで覚えたんだろう?」「…ああ」「怖い?」
「今は、そうでもない。あいつらとは、違うんだろ…そう言っていた」あんたが、と続けて真っ直ぐに長義を見る。海の底のような瞳は、見つめたところで何も分からなかった。「ああそうだ、あんなのと俺は違う。…お前の処遇についても話そうか」「…売るわけじゃないんだな」
言えば、長義は箸を止めて自分の方を見る。意外なものを見る目だった。「そうか、話していなかったね…俺が買うんだよ」「…誰を」「お前」その言葉に呆気に取られた。何を言っているのかさっぱり分からなかった。 帰ってみれば国広の姿がなかった。
念の為GPSを忍ばせておいた制服の上着を着ていってくれたのは幸いだった。怪しまれることはしたし、まあ妥当な判断だとは思う。けれど、今は本当にあいつにとって外は危険だった。「…明日までに見つけないと」1人そう呟いて、GPSで居場所の探知を始める。キーボードの位置が少しずれている。
どんな方法を使ったのかはともかく、これを見たのだろう、というのはわかった。国広の居場所はこの街を離れ、海、もっと言えば湾岸部へと向かっているようだった。恐らくまだ移動中だろう。思ったよりも早く見つかった。部下に連絡して、うちとの取引に…と考えて、やめることにした。
そんなことしたら家に借りを作ってしまうし、何より国広を好きに出来なくなる。それはまずい、といつもの部下にだけ連絡事項を伝えて家を出た。国広に掛けられていた金額を用意すること、もちろん全て俺のところから出してくれて構わない、責任は俺が持つ。そう言うと、部下は驚いて「いいんですか?」
と確認をとってくる。それもそうだろう、いくら金があれど、あいつにふっかけられた金額を支払うのはかなり痛い。だが、今はそんなことは関係なかった。この辺りで気付くべきだったと思うが、ほんの短い期間にも関わらず、俺は損益を考えることを放棄する程度には国広へと入れ込んでいた。
利用価値を考えるなら、国広を上手く売ってしまった方がいいはずなのだけれど、国広を使って家を、という計画を頓挫させたくなかった。 色々と準備を整えているあいだに日は落ち始めていた。まだ寒い冬だから、日も長くない。倉庫方面につく頃にはもう夜で、1人夜に倉庫に、堂々と正面から入った。
「…国広は?」そう問えば、俺を知る者は情けなく逃げ出したり、知らない者は威嚇したり、とにかくざわついて、その雑音の中、代表の1人が目の前に立つ。「山姥切が何の用だ?」「訂正させてもらうと、俺個人の用だよ。さて、取引といこうか」
取引の中身は単純だ。国広に掛けられた金全てをもって、俺が国広を買取るというもの。あれには利用価値がある、それくらい払うだけの。とにかくそう思っていたから、自分自身では道理だと思ったけれど、相手にはそうは見えなかったらしい。
「は?何言ってるんだ、山姥切んとこがアレを買い取って何の得がある?」「だから、俺個人の取引だと言っているだろう。どうする?今あいつを引き渡せば、確実に今2億は入るけれど?…言っておくけど、あいつ案外小賢しいぞ、油断をすれば逃げられるかもしれない。
それなら俺との取引に応じた方が賢明だと思わないか?」ペラペラとそれらしく捲し立てている間に、向こう側は応じる気はないのか仲間に連絡をとっていたらしい。「あのガキ連れ出しました」と小さく耳打ちしているのがうっかり聞こえてしまった。「ふぅん、あいつは12番倉庫か」「はっ、どうだかな」
「…そ、交渉決裂、かな。ならば無理にでも取り返すだけだ」このあたりの位置把握ならば、家の都合上完璧だと自負していた。迷わず12番倉庫方面に向かうと、丁度国広が何者かに引きずられている所。これはまずい、と思って、次にはもう、武器になりそうな物を適当に掴んで男のに向かって叩きつけた。
こんなことがあったからか、国広は始終大人しく、もう暫くは言うことを聞くモードのようだった。その夜には、部下から、国広を売ると伝達があった旨を伝えられる。どうやら名の大きさに今更恐れをなしたらしい。こちらとしてははじめから穏便に済ませたかったのだが残念だ。さて、これからどうするか。
国広には、家を潰すために動き回ってもらわなければならない。そう育てる必要がある。俺も情報がまだまだほしい。疲れが限界になったのか、眠ってしまった国広をベッドまで運びながらも今後について考えた。考えて、そうだとひとつ考えついた。
「まず、俺はお前を買取った。値段は2億7538万9623円…ちなみにまだ桜中生徒で世間知らずなお前に言ってあげるけど、一般的なサラリーマンが一生で稼ぐ金額は2億弱と言われている…どういうことかわかるね?」朝食もどこかで頼んだものが運ばれてきた。そんな食事をとりながら、
長義はなんでもないように昨日の話の続きを始める。「…俺は、何をすればいい」言わんとしていることはわかった。俺は、長義に対して一生かかっても返せないくらい借金があるのだ。その返済を、長義は求めている。しかし、俺は中学生だし、親は消えたし、家もないし、当然金もなかった。
身売りでもしろというのだろうか、と長義の方をうかがえば、長義はやたらと機嫌が良さそうだった。「話が早くて助かるよ。…俺は探偵事務所を開く。お前はそこで働いてもらう…危険は伴うが、代わりにお前の生活は全て保証してやろう、福利厚生ってやつだね。
それで、依頼のうち、お前が手伝ったものに関しては報酬の3割を俺への借金の返済としてやろう…帰る家もないお前にしてみれば、悪くない条件だろう?」「探偵…」「お前がみたとおり、俺の出身はああいうところでね。けれど、俺はあんなのとは違うんだ、その証明する…
そのための探偵だ、いかにも対立軸にありそうだろう」どうする?と再び聞かれたが、拒否権なんてあるはずがなかった。もう、俺にはこの場所で藻掻くしかないのだから。長義の手を取って「よろしく頼む」と言えば、長義はますます機嫌が良さそうに手を握り返して、「こちらこそ」と少し笑った。
終わらせてなかったので残り!長いよ! 舞台は現在に戻ります。 「要は、あのグループを仕留めて、言質をとってしまえばいいんだ。そうすれば、加州も全てを話してくれる」「仕留めるって…いいのか」「俺たちは警察じゃないからね、正攻法である必要もない」
それに、すでに正攻法ではないだろう?なんでもないようにそう言う長義くんに、まんばはまた始まったとばかりに苦い顔をする。自分がこっそり見に行ったカルテのことだ。けれどいちいち止めることもしない。まんば自身長義くんのそれに助けられた身だし、
長義くんの最終目的も知ってたし、それらをとうにわかった上で今まで付き合ってきてるのだし、それにまんばには長義くんに対して借金があるので、依頼解決の方が優先で、つまり今更のことだった。
長義くんの考えは単純だった。先日の埠頭で取った音声では、次の取引についても話がされていた。同じ場所でもう一度、といった内容のものは、ショーの前日だのものだ。そこで、長義くんは自身の名を使って黙らせる。家には御堂とその関係者についての不利切り捨てを促させておけば、
あとは勝手に消し合うだろう。問題は佐々木の方だった。こちらもその実御堂の筋の人間なのだろう。しかし、こいつを叩かず御堂を叩けば、逆上し依頼人や依頼人の周りの人に危害が及ぶ可能性がある。だから、佐々木は先に見つけ出して自ら黙らせる必要があった。場所の見当はいくつかついている。
「というわけで、もうお前は戻っていろ、あとはこっちで…」「嫌だ」「お前…」我儘を言うな、とため息をつく長義くんをまんばはじっと見る。折れるまで動かない、とでも言いたげな頑なさは長義くんもよく知るところだった。「お前わかっているだろう、お前の知るあの御堂の人間が関わっているんだよ。
現にパーティーでも…」「あ、の時は…だが、二度はないと誓う!これは俺の問題でもあるんだ。俺の問題を、勝手に他人に明け渡したりするものか!たとえお前でも、だ!」そう言い放つと、長義くんは呆れたというようにため息をついた。「…そういうところが子供だって言ってるんだ。
まあいい、精々人質に取られないように、隠れ方は教えたね?」「ああ、わかってる」「それじゃあ行こうか」そうしてまず向かった先は、加州のいる事務所だった。
扉の前で聞き耳を立てると、加州と男の声が聞こえる。早速当たりをひいたようだった。長義くんとまんばは気配を殺して会話の方に集中した。「…かに、お…くんは、…だよ。でも、」扉越しに聞こえる音はやや小さい。もっと、とまんばは寄ってみる。
「治らないのはわかってるよ、何度も聞いたし、何度も諦めさせられたんだ、わかってるよ。もう一度言う、俺はお前の移植手術の話には応じない!ちゃんと脅迫状は安定に見せてる、あいつは動いた。もう満足でしょ?」「ああ、非常に残念だよ。患者の命を救えたかもしれないのに…」「…っお前!」
「証拠は十分…かな。さて、そこまでだ」その言葉を聞いて、長義くんは遠慮なくドアノブを捻った。鍵はかかっておらず、あっさりと侵入を許す。突然の乱入者に、2人はハッとしてそちらを見る。長義くんは2人の注目などものともせずにレコーダーをチラつかせながら話を続けた。
「沖田さんは心臓を患っているそうだね。…確かに移植手術自体は近年増加傾向にあるけど…彼は認可を受けている施設に動く予定もなさそうだし、本当に患者を治す気があるのかな…それとも、奇病の患者の心臓が惜しい?少なくとも俺は聞いたことの無い病名だったし…」「な、何を…」
「お前が御堂の…そう、人身売買を扱う外道共と手を組んでいるのは知ってるんだよ。証拠はここにある…それに、」そう言って、長義くんは少し後ろに視線をやる。まんばは隠れていて、2人からはなんの行動かはさっぱり読めない。佐々木はその一瞬の隙をついて、長義くんに突っかかってくる。
狙いは証拠となるレコーダーだった。軽々と腕を掴まれて、その衝撃でレコーダーは地に落ちる。「っ痛…手荒だな、お前のその行動、それが全部記録してるよ」「壊せば問題は何も無くなるなァ?」「ちょ、探偵さん!」加州くんがやばい!と動く前に、押さえつけられたままの長義くんの目の前で、
レコーダーはあっさりと壊される。長義くんは特にそちらは気にせず、佐々木の方を見る。「持たぬお前に教えてあげようか。まず、お前は医者でありながら、患者の手術に度々、わざと失敗している。…意図的だ。人身売買を行っている御堂と繋がりがあるからね、それはそうだろうな。
けれど、そんな藪医者掛かりたいやつなんていないからね、勤め先の病院については頻繁にうつっていたようだ。もちろん、名前で検索をかけてしまえば悪評はわかってしまう。だから、御堂の人間に火消しを頼んだんだ。こうしてお前は人畜無害な医者を装っては患者に近づいては、
非健康的な臓器を売っていた…何に売れるのかは、知りたくはないけどね。健康体なら、あの手の輩は別の方法でとれるものだ…だから、売れたんだろう」「はっ、それがどうした?」「でも、御堂の家の息子がしくった。御堂は表では旧財閥系の分家のようなもの。
そこから人身売買なんて漏れたらたまったものじゃない。なぜしくったのか。加州が偶然、お前と御堂隆義の会話を聞いていたとか、そんなところだろう。沖田を次に売ることを知った加州はもちろん、そんなことを許せない。だから交渉したんだ。彼の大きなファッションショーは埠頭に近い。
ここに大量の警察をつぎ込めば向こうは手薄になるね?つまりこう、『次のショーで脅迫されたことにするから、沖田には手を出すな』と言ったところだろう…違う?」「…」「無言は肯定と受け取ろうか。けれど、加州とて犯罪の片棒を担ぐのはごめんだ。だから渋った。…けれど、その用意した脅迫状を、
大和守に見られてしまい…そして、彼から俺に依頼が来たんだ。次のショーで大事にすればお前達の取引をしやすくしてしまう…加州は大和守に被害届を出すとは言えないよね…どうかな?」加州は黙ったまま。佐々木はイライラとして、ぎり、と長義くんを押さえつける力を強める。
「お前…言わせておけばあることないことをベラベラと…!」「へえ、それじゃあ、どこまでが本当でどこからが虚構なのか聞かせてもらおうか」ものともせず、長義くんは変わらず佐々木を睨む。佐々木が殴りかからんとしたところで、ついに加州が声を上げた。
「…っ、ほ、本当だよ!そいつがどういう取引をしてるとか、そういうのは知らない!けど、俺のことについては、全部本当だ!」「お前…っ!」佐々木が長義くんを弾いて加州の方を向いたその時。「…国広!」「ああ!」長義くんのその言葉でまんばが長義くんに何かを投げ渡しつつ、
そのまま佐々木に特攻した。手荷物のはスタンガンで、全くの遠慮はなくそれを佐々木の首の後ろに押し当てる。突然の電流に叫ぶ佐々木に、呆然とする加州。その手を引いたのはまんばで、「立てるか?これは護身用のよくあるやつだから、そんなに持たない。早くここからでるぞ」と半ば無理やり立たせて
部屋の出口に向かう。逃がした獲物になんとか注意を向けたが最後、残っていた長義くんはあっさり背後をとった。「最後に教えてやるけれど、お前が壊したのはダミー、本物は今受け取ったんだけどよく取れてるよ」って聞こえてないか、と長義くんはのびた佐々木を見ながらそう呟き、悠々と電話をかけた。
「ちょっと、お前…!」「なんだ?」「いや、何じゃないでしょ、どういうこと?!あの探偵置いてきていいわけ?!」「構わない。事務所で落ち合う予定になっている…それに、あいつなら上手くごまかせる…あ、です」「ごま、…何が?」「…、ファッションショー、頑張ってください」
「言われなくても頑張るよ!ってそうじゃなくて!」走って向かった先、電車まで勢いで乗ってしまった加州は、息を整えながらまんばに抗議の声をあげる。「大和守さんに連絡取ります。もう大丈夫なので」「大丈夫って何が!」「…沖田さん」「…え、」「もう、全部大丈夫…なので」
「…はあ?あーもう!後で全部聞くからね!」そう言いながらも電車はあっという間に数駅を過ぎ、まんばが「降ります」と言えば加州くんも渋々着いていく。事務所の最寄り駅だった。行く道すがら見たところ、駐車場には車がもうあるようだった。帰ったのだろう、早いなと思いつつあがる。
「…ただいま。事情聴取は?」「面倒だから任せてきた」「…そうか」「…それ任せられるものなの?」訝しげに眉を寄せながら加州くんが部屋に入る。その先にはソファにちょこんと座る安定がいた。
こっからエピローグ。ほんと長くてすみません。 翌々日のこと。「…ということで、もう不安の種は取り除かれているかと。犯人は警察に通報されていますし、主治医ですが、変更になるそうです」「そうですか…ありがとうございました」「こちらは証拠品の類ですね。警察のガサ入れはあると思いますが
…そちらに来た折には提出してください」長義くんはそう言って事務的に調査資料を渡していく。「…はい。あの…国広くんは?」「あいつは…あいつなら熱を出したみたいで、部屋で休ませてます。最後ですし…挨拶させましょうか?」「あ、いえ…無理させちゃ悪いですから」安定がそう言って断り、
事務所の外へと見送られ、出入口へと来たところで、上の階から人が降りてくる。確認するまでもない。この数日一緒にいた高校生、国広だった。やや高級そうな素材のパジャマ姿のまま降りてきて、「長義」と呼ぶ声は、何度か話をした時よりも少し幼い。長義くんは断りを入れると振り返って
「お前、そのままで降りてくるなって言っただろう。大体、依頼人に風邪がうつったらどうするんだ」などと諌めるようにしながらまんばの元へ寄る。「…長義の声が下からしたから」「これ終わったら上に戻るから」「仕事あるだろう…俺が下にいればいい」「病人は布団被って大人しくしてろ馬鹿」
その様子をみながら、安定はそうだ、と今しがた寄り道をしたスーパーの袋に入っていたゼリーをもうひとつのビニール袋に入れて、開けようとしていたドアから離れ、長義くんの元へと駆け寄り、ビニール袋を渡した。「あの、これ」「え、いいんですか?」「お見舞い用といえばお見舞い用なので。
それに、彼にもたくさん頑張ってもらいましたから…お礼です」「俺、は…そんな、」言いながら咳き込んでしまうまんばの姿に安定は入院前の沖田くんを重ねてしまって、違うと首を振る。「そ、それじゃあ、本当にありがとうございました!」
そう言って、安定はビニール袋を押し付けると、足早に去っていった。残された長義くんは、ビニール袋を確認する。「…グレープ、みかん、もも、りんご」どれがいい?と訊ねて、まんばにも見えるようにビニール袋を大きく開いた。まんばはぼーっとしながらもビニール袋の中をしばらく眺めて、
小さく「もも…」と呟く。「わかった。食べたら寝るんだよ…俺も今日はもう上に行くから」長義くんのその言葉には声はなく、こくりと小さく頷いてみせた。 あの日、全ての事情を説明した翌日、起き出した時にはまんばには酷い倦怠感と頭痛が襲っていた。ふらふらと起き上がって、
ふらふらと朝食の準備をしていたところを、少し遅く目を覚ました長義くんが発見し、そのまま慌てた様子の長義くんによって、まんばはベッドに強制送還された。その流れで投げ捨てるように渡された体温計で熱を測ると、しっかりと38度を少し超える熱が出ている。
「パーティか病院で貰ってきたか…あるいはストレス性だろうな。今日はもう休め」「でも学校…」「お前は馬鹿なのかな。他人にうつすなって言っているんだよ」「う、すまない…」「医者は…連れていくのもな…呼ぶか。食事も用意させるから…あとは…」長義くんが呟きながら思案していると、
くいと服の裾を引っ張られる。犯人は言うまでもない。「長義、」「…どうしたかな?」「…俺、頑張れただろ」「…うん」それ以上のことはまんばはなにも言わなかった。気まずそうに目を逸らして、なんでもないと言葉を紡ぐことをやめてしまう。長義くんはベッドサイドの端に座って、
目元にかかったまんばの前髪を軽く払ってやった。結構熱くて、少し戸惑う。「…もっと、俺…頑張る、から」「…うん」「だから、今だけ、」それきり、まんばは眠ってしまう。彼に頑張らせるように強いたのは他ならぬ自分だというのに、長義くんは若干の罪悪感にまんばを撫でた手を止める。
彼には確かに退路はなかった、けれど、公的機関に助けを求めさせることをせず、依存させたのは自分だというのに、ふと、同情しそうになってしまった。「…ごめん」眠っていて、視線が合わないことはわかっているのに、何故か顔を見れない。届かない謝罪が、ぽつりと部屋の中に響いた。 おしまい!
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otoha-moka · a year ago
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病床本丸のまんばくんと監査官さん
※刀剣破壊?描写あり(創作病気ネタ)※原作ゲームより遅いスピード感(まんばの極実装から数年経って聚楽第任務)※ちょぎくに※いつも通り人を選ぶ 「…また来たのか」「監査が仕事だからね」そう言って誰に断るでもなく国広の隣に深くフードを被った青年が座る。「…こんなところで監査か?」
「こんなところでも、本丸に登録されているんだよ」季節は秋、けれど縁側から見える紅葉は葉もつけていない。それもそのはずだ。本丸の土地はその主、審神者の霊力に拠るところが大きいのだから。黙り込んだままの国広に、耐えきれないと溜息をつき、青年、もとい長義はフードをとり仮面を外した。
しっかりと上げていた髪もくしゃりと手で梳いて崩してしまう。あまり堅苦しいのは趣味じゃない。もう一度溜息をつく。全くやってられない。縁側は相変わらず殺風景極まりないというのに、己が写しはいつもそこにいる。なんてことはない。この馬鹿は、来ない主の帰りを待っているのだ。
長義が初めてこの本丸に赴いた時、すでに主はおらず、極めた写しのみがそこにいた。「特別任務があるんだけど」「…すまない、ここにはもう、俺しかいない。主も不在で、本丸解体の許可も降りていない…任務の達成は困難だ」帰ってくれ、と言う国広の言葉に、長義は訝しげに眉を寄せた。
ほかの刀は、と尋ねれば、そこに、と国広は庭の一角を指す。土が盛られ、木の枝なんかを使った、いかにもな手作りの墓だった。主は、と次に尋ねれば、国広は静かに首を横に振る。考えうることを考えて、ひとつ仮説を思いついた。「…本丸襲撃にでも?」もしそうだとしたら、さすがに気の毒だ。
そう思えば、国広はそれにも首を横に振った。たしかに、あちこちぼろぼろの本丸ではあるが、襲撃を受け一振のみ残ったと考えるなら綺麗すぎる。そうして考えあぐねる長義に対し、国広は「…最初は千代金丸だった。熱を出して、しばらくしたら、本体から鉄の破片のようなものが…」と話を始めた。
聞けば話はこうだった。国広が修行を終えて、さらに少し月日が流れた頃、突然千代金丸が倒れた。はじめは疲れが溜まったのだろうと言っていた。事実、千代金丸はしばらく寝て、目を覚ました時には特に異常はなかった。けれど、その数日後、またも彼は倒れてしまった。
今度は戦場での出来事で、慌てて帰還し看病にあたった。審神者を勿論手を尽くしたけれど、今度は熱は下がらなかった。そこで、審神者は現世での治療を探すため、政府の元へ行くことを決め、本丸を離れることにしたのだという。しかし、その後主が戻ることはなく、千代金丸の熱も下がることがなかった。
次第に、まるで刃が溶けだすように、ぽたりぽたりと鉄が零れるようになった。そして、そのまま、本丸にいながらにして、彼は”破壊”されたのだという。鉄の破片を見た時あたりから、いよいよマズいと誰もが直感していた。そんな最中、次に同じ症状を示したのは南泉一文字だったという。
「…じゃあ、猫殺しくんの、も?」「猫…ああ…南泉か。…あれだ」国広は迷わず土が盛られ十字に木を束ねたところのひとつを指を指す。自分のよく知る政府で働く南泉はからかえば響く、あの姿の彼だ。だから、物言わぬ刀だったものが地中にあることには違和感があった。
一振り、また一振り、と、何も解決策が見当たらないまま、主不在の本丸に生存している刀はどんどん減っていった。薬研が診るには、主の霊力枯渇で免疫力の落ちた刀剣からかかりやすい、なんらかの伝染病なのではないかという見立てだった。半ば閉鎖された空間だからか、伝染病の類は特に感染しやすい。
短い期間で大勢倒れたわけではない、だが、少しずつ減っていく仲間たちの数に、危機感は覚えたが、止める術も持たない。八方塞がりだった。 「それで、最後に残ったのが初期刀であるお前というわけだ」「…そうだ」「…仕事だからね。お前に思うところはあれど、恨みはないことははじめに断っておく」
「報告なりなんなり、すればいい」どうせ、今の自分に出来ることもない。そう言おうと国広は口を開いて、まるで何も知らない長義に当たるような態度だと思い直し言葉を詰まらせた。「…もし、主に会ったのなら」「うん?」「主を、見つけられたのなら、どうかこのことは言わないでほしい」
「…このこと、って」「俺以外の皆がもうこの本丸にいないこと。俺がここにいること。その全てを…もう、主不在になったのは何年も前だが…一応、な」「…約束は、しないでおくよ」そう言って、初めて長義が本丸に来たその日に、長義は特別任務について何か話すということもなく、早々に本丸を出た。
もちろん、本丸の件については政府に報告をした。政府役員の新人と思われる若い男性は戸惑っていたが、彼の上司にあたる人物は驚く様子もなく、少し考え込んで、それから長義に何かのワクチンを打つようにと命じ、定期報告を任務とするようにと伝えた。
「…ワクチン?」「ああ、いや…放置本丸は衛生状態があまりよくないことが多いから、一応ね」「へえ…そう、”一応”、納得したことにしておいてあげるよ」と、そんな会話を経て、長義は二度、三度と、件の、自分の写し以外いない本丸へと、否応なしにおとずれることになった。
そうして、今日は4回目の訪問だった。相変わらず、閑古鳥すら鳴かない、しんと静まり返った本丸だ。門を叩いてみても反応はなく、まあいいかと無断でくぐる。長義が国広を探して本丸を彷徨いていると、ふと、何かが香った。「…そこにいるのか?」言いながら香りを辿った部屋を開ける。
開け放った部屋は無人だった。一人用の部屋の思われる部屋には、甘い香りのする香が炊かれていて、それ以外には簡素な文机と、敷きっぱなしの布団があった。丁寧に畳まれた単衣が枕元にあり、それから、かけてある刀は山姥切国広だった。
「…偽物くんの、部屋?」生活感のある部屋なんて、この本丸にはきっとひとつしかない。「でも、こんな甘い香り好むか?」ひとりそう呟いて、部屋を見回す。普通の部屋だ。長義くんは、そうして発見した半開きになっていた文机の引き出しを、良くないとは思いつつも、好奇心には勝てず開けてしまった。
中には、文を書くための一式が揃っている。便箋はいくつか使われていた。隣にある小さなゴミ箱をみれば、そこにあったのは丸められた手紙…だったものがいくつも捨てられている。書き損じでもしたのだろうか。長義がクシャクシャに丸まったそれのひとつをを開いてみると、
そこには『主へ』という文字から始まる手紙があった。手紙の中身は、どれも自分たちはまだ大丈夫だから、であるとか、今日は誰と何をした、であるとか、そんなささやかな内容と、自分たちの無事を伝える内容、主を気遣うような文面だけで、決してこの本丸で起きたことだと語ってみせた内容ではない。
「…これ、結局出したのかな」その問いに答える者はおらず、長義は文机の引き出しを閉め、元あったように痕跡を消して部屋を出た。 国広はその後すぐに見つかった。うっかり池に落ちてしまって、服を乾かしていたのだという。
夏だからマシだった、と言う国広に、長義は手紙のことについて聞くことなど叶わず、ただ、ぼうっとしているからだ、と軽く頭を小突いた。もう頭からは被っていない布に隠れていない右腕をあげ、額をおさえ、少し拗ねるような声で「痛い」と小さく零す国広に、長義は思わず笑ってしまった。
その時の次の訪問が、今日だったというわけだ。この本丸の監査、もっといえば、国広の様子を確認することが長義に課せられていた使命だった。だから、ぐるりと本丸をまわって、前回との違いを記録する(違いなどないが)。それから、国広を探して、変わりはないか聞く。
まるで診察のようだと思う。思って、訪問命令を出されたとき、同時に何かのワクチンだと打たれた注射のことを思い出し、思いすごしだと頭を振った。 「そういえば、お前、寒いのか?」「…なぜ?」「袖、おろしているから」通常、国広は袖を肘の辺りまで捲っている。そう、ちょうど自分と同じように。
国広は嘘が下手だ。口ではああだこうだと言えるが、真っ直ぐに向けられた瞳が揺れるから、すぐにわかってしまう。そんな雄弁な瞳が気まずそうに逸らされた。先日池に落ちたと言っていたし、風邪でも引いているんだろうか、そう考えるも、国広は先程から咳をする様子もないし、
ほかにも、典型的な風邪の諸症状のようなものはみられないような気がする。ずっと縁側にいるから判断しにくいが、恐らくふらついたりもしていないように見える。「…何か、隠しているね?」「違…、」そう言う国広が、分かりやすく、普段布に隠されている方の腕を後ろに隠そうとする。
長義はそれを見逃さず、すかさず掴みあげた。「や、め…っ!」「何も無いなら、見せられるはずだろう」振りほどかれないよう強く掴んだため、国広は痛みに僅かに表情を歪ませる。長義は、それには構わず、無理矢理掴んだその腕の袖を、思い切り捲りあげた。「…これは、」
驚き目を見開く長義に、国広は、まるで悪いことがバレた子供のように気まずそうに、罪悪感でたくさんになったように、目を伏せる。国広の手首よりも少し上の辺りまで、焦げたように黒ずんでいるのが、はっきりと長義の目に映っていた。
どうして隠していた、とは言えない。長義自身、はじめに”自分には報告義務がある”と言ってしまっていた。国広はそれを了承していた。長義としても、コソコソと嗅ぎ回るようなのは趣味じゃないし、それはそれで納得した、後悔などない行動だった。けれど、失敗だったかもしれない、とは思う。
国広のことだ、もしもこれがバレたら?報告次第で自分が政府命令での刀解処分になったら?どこからか探し出された主が処罰を受けたら?こいつが考えそうなことなんてそんなところだろう、というところまで思いついて、長義はここへ訪れるようになって何度目かの溜息をつく。面倒なことになった。
「…熱も、あるな」「…」「いつから」「…」国広は初期刀だ。けれど、だからといって、付喪神としてはなにも特別なんかじゃない。ほかの刀剣となにも変わらない。それならば、ほかの刀剣が失われたように、国広だって失われてしまうことは、なにも不思議なことじゃない。黙ったままの国広に、
仕方なしに質問を変える。「…これは職務質問だ、協力を要請する。最後のお前の仲間が破壊されて、何日だ」「……、お前が来る、5日前」僅か5日前。なぜ、彼が何年もひとり、ずっとここで待っているなんて思っていたのだろうか。強く掴んだため、脆くなった表皮が、ぱらぱらと黒い欠片を落としていた。
「…刀身崩壊症?」「俺達はそう呼んでる。直接その患者を診たわけじゃないから保証は出来ないが、旦那の言い分から察するに、恐らくこれだ」そう言いながら、国立の総合病院、そこに隠された時の政府用、もっといえば、時の政府が刀剣用に設立した病院に勤めている薬研は、
タブレット端末を操作し、長義に見せる。”刀身崩壊症”と見出しのついた政府運営のサイトだった。小見出しで、さらにいくつかの種類に分類されている。薬研はとん、とタブレットの一点を指し、話を続ける。「ついこの前まで難病指定になっててな。感染率も高けりゃ致死率も高い、
刀剣男士のみが罹患する病気だ。今は…っと、なんだ、旦那これの予防接種を受けてるじゃあないか。これ、最近急に研究が進んでな、旦那が受けた予防接種も、丁度今年、認可を受けた」「…じゃあ、治るのかな」「それは…俺には、答えられねえな。
医者として、そういう部分で不確実なことをいうわけにはいかない」「それもそうか…いや、いいよ。語りえぬものは沈黙せよ、というしね。相談に乗ってくれてありがとう」「もしできるなら、そっちの山姥切の旦那も連れてきてみてくれや。専門のやつを紹介できるようにはしておこう」
長義が礼を言って部屋を出てみると、目の前に南泉が待ち伏せていた。眠そうに欠伸をしていたのに、長義の姿を認めるなり、じとっとした目で長義のことを見つめてくる。長義に用があるのは間違いなさそうだった。目の前にいられては、声をかけざるを得ない。長義は軽く右手を上げて、南泉に近づいた。
「やあ猫殺しくん、何か…」「…さっき見かけたとき、様子が少しおかしかった、にゃ」「は?」今更なにを遠慮しているのか、と疑問に思う長義を見て、南泉は難しい顔をしてうー、と唸った。さっき見かけた時、たしかにすれ違いはしたけれど、それだけだった。急いでいたから。
そんなに顔に焦燥でも出ていただろうか。頭を軽くかいて、南泉はもう一度長義を見つめ、それから続けた。「ついでに…今も変な顔してる」「…変な顔だなんて失礼な」「お前の普段のオレへの態度に比べたら可愛いもんにゃ!…ったく…で、なんかあったんだろ?」「…なにか、ね」
言うべきだろうか、言わないべきだろうか。しばらく考えて、長義は無言で南泉の手を掴み、そのまま引っぱって病気の出口へと歩き出した。「え、おま、ちょ…っ」「少し、人のいないところに行こう。話がある…どうせ暇だろう?」「…だからお前、そういう態度、にゃ!」戸惑う南泉をよそに、
長義は迷いなく歩を進める。しばらく抵抗しようとして、結局諦めた南泉は、分かりやすく聞こえるように大きく息をついた。「はあ…ハーゲンダッツで手を打ってやる」「はは、時間に比べれば安い買い物だね」向かう先は資料室の方だ。 結局、ハーゲンダッツだけでなく飲み物も長義持ちとなった。
売店で売られているものを適当に買い、資料室近くの会議室に入る。長義は考える間もなく扉に手を翳し、政府の認証システムで鍵をかけ、「さあ座って」と南泉を椅子に座るよう促した。南泉はというと、「公私混同…」などと長義を疎んだ目で睨みつけたが、
なに食わぬ顔をした長義が「はい、約束の品。溶けないうちにどうぞ」とアイスを取り出すので、諦めて渋々促された椅子に座り、売店で付けてもらった木製のスプーンの袋を破った。 「椿5763本丸…?それって…」「そう、今俺が監査対象にしている本丸だよ」
「つまり、お前の監査対象になった本丸の主を調べろ、ってぇ?」長義の話は宣言通りの長話で、守秘義務もへったくれもないものだった。あけすけに自らの監査内容、命令を語る長義に、初めこそ呆れたものの、話を聞くうちに、何やら事態は思ったよりも深刻らしいことが伝わる。
それはそうだ、長義は確かに我が道というか、天上天下唯我独尊のようなところが見られるが、仕事は決して疎かにしない。…というのが時の政府公安部第二課に所属している南泉の、同じく時の政府の監査科に所属するこの長義に対する評価だった。
だから本来必要も無いのにぺらぺらと仕事のことを話したりはしないはずだ。話終えると、次に長義は「登録番号椿5763の本丸の主について、少し調べて見てはくれないか」と依頼までしてきた。「主の謀反ってところか、にゃ」「いいや、違う。どちらかと言えば、”ここ”の話」
南泉の予測に長義は首を振って、自らの左腕を指さす。南泉は何が何だかといった様子で眉を顰めた。「…にゃ、お前の腕?いけ好かない奴だけど、その点は信用してるぜ?」「それはどうも。でも今回はそうじゃなくてね、あの本丸に通うよう命じられた時に、俺は刀身崩壊症の予防接種を受けているんだよ。
感染症などの特定はなかった本丸で、難病指定にあったとはいえ、目立った流行もないこの病を、なぜあの職員は特定出来たんだろうね?」「ははーん、なるほど、にゃ。…わかった、引き受けてやる、にゃ。
ただし、今度焼肉奢れよ!」「ええ…もうアイス奢っただろう?」「お前のいうところの安い買い物に見合わない仕事なんだよ」「仕方ないなあ、食べ放題ならいいか。成果、期待して待ってるよ」 翌日。長義は監査対象本丸、国広だけがいる本丸へと赴いた。
今日は日取りでは訪問しなければならない日ではなかったが、薬研の言葉を伝える必要があると判断したためだった。「…政府所属の監査官だが」相変わらず、静まり返った本丸は、生きた気配がほとんどない。これだけ広い場所に、国広しかいないのだから当然だろう。
そして、国広が訪問者に対して少し反応が鈍いところはよく知っている。思えばこれも、熱があったから、そのせいなのかもしれない。…池に落ちたと言っていたのも、もしかしたら。そんなことを考えながら、縁側の方を目指す。国広の定位置だ。見つけた、と思った国広からは、やたらと甘い香りと共に、
煤けた戦場のにおいがした。「…偽、物くん?」「…ああ、長義か。前回来てからあまり間が空いてないようだが…何かあったのか?」「いや…」見れば、いつもは開けているジャージの上のほうまで、彼の脇差の方の兄弟のようにきちんと閉めている。思ったよりも、猶予はあまりないのかもしれない。
間に合うかどうかは分からないと言っていた薬研を思い出す。言わなければ。「…国広。聞いてほしいことがある…お前に関わる、重要な話だ」
※創作病名の名の通り、刀本体もキャラもあまりいい思いをしません。ここから先ちょっと描写注意。(最初言った通り話としては死ネタです) 「…長義、お前が何を思ってかは知らないが、俺を助けようと、この病を治そうとしてくれていることはわかった…だが…」「…手遅れ、だとでも?
そんなの、検査してみないと…」「…俺の部屋に入っただろう?少し開けていた引き出しがしまっていたからな。…ならば、その時に”刀(俺)”を見たんじゃないか」「…お前?」たしかに、山姥切国広がかけてあったのを見た。けれど、しっかりと確認まではしていなかったように思う。
あのときは、たしか、別のことに気を取られていて…弾けるように立ち上がり、長義の足は国広の部屋へと駆けた。なにも遠慮はなく、勢い任せに戸を開く。国広はついてくる様子はない。「…刀、に何が…」掴んだ刀は鞘におさめられている。そっと少し抜き出して、すぐに気がついた。
ぼろ、と何かが落ちた気がする。このまま刀を抜くのが怖くなって、長義は思わず鞘にしまい込む。この刀はもう、刀工の最高傑作としての形を成すことが困難になっていた。「…そん、な」ここまでの状態で、国広はなぜ人の身を保っていられるのだろうか。お守り?そんなはずはない。
これは戦ではなく、彼らは正確には”破壊”ではなく、刀剣に有るまじき死、”病死”だ。 縁側に戻った長義が国広に物言いたげな視線を寄越すと、国広はなんでもないように「見てきたのか」と告げる。「見てきたけど…お前、あれは…」「ああ、刀としては、俺はとうに助からない。
…ところで、お前は実戦部隊で隊長をつとめたことは?」「ある、あるよ…でもそれに、何の関係が」「簡単な話だ、近侍の命を解かれたならば、その瞬間、俺は破壊される。主の霊力の枯渇による自動解任でも、同様だが…早いか遅いかの違いだ」主不在の本丸は登録解除とならないが、刀剣数0の本丸は自動
で本丸登録を解除されてしまう。主戦力は刀剣達だからだ。戦力外の本丸はいらない、ということになる。だからこそ、部隊長だけは帰還できるように時間跳躍のシステムは作られている。「…お前は、主に帰ってこなくていいと言ってくれと言いつつ、なぜ主を待つんだよ」「…俺が、主のための刀だからだ」
国広を連れ出せなかった。長義の頭の中は、本丸から戻ってもその事でいっぱいだった。2日後、定期報告書を作成しながら次の手はないかと考える。あいつは、もう主が帰ってくるだなんて思っちゃいない。来るなと言ったのは仲間の死を、もう間に合わない自分を、主に見せたくはないからだ。
…あいつは、最初から主を待ってなどいない。主の霊力が完全に途絶えるのを、仲間達と共に、いや、仲間達の墓守として終わるのを待っているのだ…”主のための刀”として。近侍を命じられた状態で主がいなくなったから、最後まで近侍のして命を果たそうというのだ。
健気、といえば聞こえがいいが、長義にしてみればただひたすらに頑固、としか評しようがなかった。「くそっ…どうすればいいんだ、どうすれば…」「おい、山姥切!」「…え、あ…何、かな」「ずっと呼んでたのに気付かねえから…」長義が呼ばれたのに気づいてふと顔を上げると、
しかめっ面の南泉が立っていた。どうやらずっと呼んでいたらしく、長義は考え事をしていたと弁明する。南泉は「まあいいけどよ…」と長義を一瞥し、小声で耳打ちした。「…ここじゃだめだ、向こう行く、にゃ」
南泉が長義に先だって向かった場所は、資料室近くの会議室だった。南泉は政府職員用の認証システムを使用し、セキュリティレベルを最大にまであげる。長義が「公私混同だね」と呟くと「お前もやってたろ」と短く返された。互いにむかいの席に座るなり、南泉は早速本題、とばかりに話を始める。
「…まず、例の本丸と主について、いくつかわかったことがある、にゃ。これに調査資料はつっこんでる。…わかってると思うけど、私用の端末使えよ」そういって、端末用のチップを南泉は投げる。受け取った長義が明かりにそれを透かしてみせた。「…早かったね」「お前が急いでそうだったから、にゃ。
端的に調査内容を報告する。…まず、例の本丸の主は、1年前に亡くなってる…もともと身体があまり強くなかったらしい。最終的な死因は肺炎、にゃ。そんで、あの本丸についてだけど、お前の思った通りのことになってたぜ」「…サンプリング、かな」
「多分。順番としてはこう…まず、本丸内に刀身崩壊症に罹患した刀剣があらわれる」「…あいつは、千代金丸だったと言っていたな…それから次に…」「…、別に、オレは気にしねえよ。ここにいるオレ自身じゃねえし」「…そう」次が、南泉だったと言っていた。目の前の南泉にそれを伝えるのは憚られる。
南泉の方は察したらしく、長義に気遣うように声をかけ、本題に戻すぞ、とすぐに話題を変える。「それから、主は政府に報告したんだ。原因不明の状態で、本丸の刀剣が重傷…いや、重症の状態だ、と…それで、あの本丸は観察対象になった」この病気は、
ついこの前まで難病指定になっていたものだと薬研は語っていた。最近になって急に研究が進み、治るものになった、とも。「発症率もさほど高くない病気なのは?」「感染はしても、主の霊力が免疫のはたらきをするから、主が本丸に居続ければ発症しにくいんだよ…最初がオレや千代だったのは、その当時、
1番顕現が短い、つまり主からの霊力供給量が少ないからだろう、にゃ。まあとにかく、主はそれで本丸の任をとかれた。記録は断片的にしか残ってないから、細かい所まではわからなかったが…何十年経ったもんでもないから…誰かが消したな」
「ならば、おかしいだろう。あいつは、本丸自体は存続していると…」「お前から聞いてる。だから、ここからは調査報告じゃなく、オレの仮説になる…にゃ…あんま、こういうのには自信はねえけど…」「…いいよ、お前の見解を聞きたい」長義が促すと、迷ったように視線を動かしていた南泉は口を開いた。
南泉の仮説は納得のいくものだった。南泉の所属する第二課は、もともと監査の調査報告やその他機密文書の管理等を取り扱う課だから、こういうのは得意中の得意だろう。だからこそ、長義は南泉に依頼したのだ。渡された調査報告を確認しながら、長義は悪い事をさせたな、とひとり考える。
南泉はおそらく、持ち出し厳禁のものであるとか、そもそもアクセスを禁じられているようなところからこれらの情報を持ち出したに違いない。長義はそれも分かっていて南泉に依頼したし、南泉もあの様子ならば分かっていて引き受けた。それでも、一方的に巻き込んでしまったのは長義だった。
「…まあ、猫殺しくんなら上手くやるか」そうは言っても、過ぎたことは仕方がないし、やってしまったことは仕方がない。南泉なら何とかするだろうと結論付けて、長義は渡された調査報告に集中した。
南泉の見解の通り、恐らく、こういうことだろう。主は政府の元へ病状報告をした、政府はこの危険な病で戦力を削ぐわけには行かないから、主には自身の刀剣達を優先的に診ることを約束し、審神者としての職務を解任させる、
その際、何らかの方法で審神者がそのまま微弱な霊力を本丸に流し続けられるような仕組みにした。だから、緩やかにあの本丸の刀剣達は朽ちていった。そして、間に合わなかったのだ。予防接種の認可は今年といっていた。主が亡くなったのは去年だし、
国広もすぐに仲間の数が減っていったのではないと言っていた、そのうえで、最後の仲間は5日前だとも。恐らく、最後の仲間は初鍛刀あたり、彼らの発症は主の死後、霊力の供給が止まってからだ。その直後に、ワクチンがでたのなら?あの弱った本丸は、戦力外として、文字通り見捨てられたのだ。
助かるとはあまり思えない。けれど、何もせずに終わらせたくはなかった。あいつが行かないならせめてこちらで誰かを連れていけばいいのではないか、と次に長義が起こした行動は、知り合いの、信用のおける刀剣への依頼だった。南泉の時とは異なり、さすがに全てを話すわけにはいかないが、
ぼかして国広の状況を伝えると、石切丸は驚いた、と表情を変えて、しばし考え込む。そして、言いにくそうに口を開いた。「加持祈祷でも何でも、出来ることなら引き受けよう…けれど、私の専門は…病魔を切るために一番必要なものは、当事者の治したいという意志だよ」「あいつに、その意志はないと?」
「…それは、君が一番よく知っているんじゃないかな」石切丸は、長義の言葉に、言葉を選ぶようにそう告げた。「あいつの、意志…」そう呟いて俯いてしまう長義に、石切丸はなるべく優しい声色を作り、困ったように微笑んだ。「それでも良ければいつでも声をかけてくれ」
次に長義が行った場所は、最近南泉と同じ課に配属された白山だった。事情を話すと、「…南泉一文字が最近色々と調べていたのはそのことだったのですね」と納得したように答える。「あいつ…バレてるじゃないか」「いえ…これは偶然で…恐らく知っているのはわたくしだけかと」「…それでそのことは?」
「誰にも報告してません。…第一課の鯰尾藤四郎が以前、男には秘密がひとつふたつある方が輝くんだよ!と言っていたので、報告しない方が南泉一文字は輝くのだろう、とそう判断し、視界から外しました」「…よくわからないけど、黙っててくれたんだね、ありがとう」
「…?感謝をされることはしていませんが」疑問符を浮かべた白山に対して、長義は構わず、それで、と話を始めた。 「構いませんが…わたくしの持つ治癒は、あくまで”重傷”への効果…病に…それも、そのような特殊なものに、効果があるかは…」「…だよね、そう聞いてる。」掻い摘んだ話でも
実状をある程度理解してくれた白山は、石切丸とは違い、眉ひとつ動かしはしないものの、極めて真剣に、石切丸と同じように考え込んで、似たような答えを導き出した。「それに…病の治癒ならば、病院施設が最も確実性が高いはず」難しいのか、と尋ねる白山に、
治す意志がないと効果は期待出来ないかもしれないと告げる石切丸の言葉が重なった。そうだ、あいつは治そうとも思っていないんだ。もう間に合わないから、自分は本丸を不在にしたくないから。長義が項垂れると、白山は南泉を呼ぶかと尋ねる。長義はそれに首を横に振って、礼を伝えるとその場を離れた。
「…というわけだ、薬研」「って言われてもなあ、俺だって何でも治せるというわけじゃあない。言ったろ?治せるかどうかは病気の進行にもよるって」「ああ、わかってる。そのうえで、頼んでいるんだよ」「…あまり長い時間はいられない。向こうで大きな治療はできない、それでもいいなら時間を作る
…旦那が頭下げるなんて、滅多にないからな」結局、長義が最後に向かったのは、最初に国広について話をした病院だった。その一室にいる薬研を捕まえて、その後について話す。薬研も言葉を選んでいるが、長義には伝わった。もう、国広は助からない所まできているのだ。そんなのは
、刀本体や身体をみればわかっていた。そして、国広自身もそのつもりだ。そのうえで、診てほしいと長義は薬研に頼んだ。これは、長義のわがままで、利己的な願いだった。「時間は明日…手続きとか面倒だから、少し刀に戻っていてくれ。俺が隠していく」「ははっ、短刀はこういう時にいいな」
そうからっとした雰囲気で笑う薬研に、長義は待ち合わせ場所として人目があまりない裏門近くの茂みを指定した。
思ったよりも大荷物を持ってきた薬研を懐に隠して荷物を手に持つ。「…重い」「短刀の俺が持てる荷物だ、旦那、書類仕事ばっかりで体なまってるんじゃないか?」「トレーニングは欠かしてないよ、そんなことになったら山姥切の名折れだからね」懐にある刀と会話をしながらゲートへ向かうのは
何だか不思議な気分だった。一応小声で会話しているが、傍目から見たら独り言のように聞こえるかもしれない。それは嫌だな、と長義はぼんやり考える。ゲートまではすぐそこだった。手をかざして門を開く。「…それじゃあ、行こうか」長義はそう合図すると一歩踏み出す。ぐにゃりと世界が歪み、
思わず目を閉じる。慣れた感覚だ。そうして気付くと、何度も通っている本丸の前までやってきていた。 「…ついたよ」そう言って長義が短刀を取り出すと、それを媒介にして薬研が顕れる。薬研は大きく伸びをして、本丸の門を見た。「…あれが、例の?」「ああ」本丸の門の方を指して尋ねる薬研に、
長義は短く肯定する。なにかを言うまでもなく、薬研は長義に持たせていた荷物を手に持ち、「…確かにこれは重すぎたな」と呟いてから、迷いなく門をくぐる。長義はといえば、急に軽くなった体に気を取られ、薬研の後ろを着いていくように門をくぐることになってしまった。
「とはいえ、勇んで入ったはいいが、俺はこの本丸の構造知らないんだよな。奴さんの部屋は?」「部屋よりも…多分、縁側の方。いつもそこにいたから」「…本当か?刀身崩壊症はかなりの高熱と痛みを伴うから、そんな風当たりのいい所、避けそうなもんだがな」「物好きなんだろう」
縁側は本丸の門からは最も遠いところに位置している。他の本丸は必ずしもそうではないけど、この本丸はそういう造りをしていた。廊下を歩きながら、薬研となんとはなしにこの本丸について話す。いつもより少し早く定位置に着けるような気がした。「次はどっち曲がるんだ?」「そこの角を右に…、ッ!」
曲がったらすぐのところ、と言おうとして、目に入った光景に固まってしまった。続いて薬研もその光景を目にし、「何…ッ」と零すと、荷物を放り出して駆け足になった。国広が倒れていた。意識は混濁していて、薬研が何度も声をかけても意味のない言葉が僅かに漏れるだけで、
すぐに糸が切れるように意識が途切れた。「おい、水と、それから…まあいいその荷物の中にあるAってある箱全部投げてくれ!」「…っ、ああ」その様子を、ぼうっと見ているしか出来なかった長義に、薬研は声を上げる。すぐに我に返って、薬研の荷物からAと書かれている箱を取り出し、廊下を滑らせた。
「この場で何かするわけにもいかねえな、とりあえず冷やすだけ冷やして…っと、部屋は?!」「さっき通ったところ、入ってすぐの左側だ!そいつは俺が運ぶ、薬研は何か準備があるなら先に行っててくれ!」そう言うと、薬研は「頼んだ!」と言うやいなや、素早く荷物を持って来た道を走っていく。
長義も早く行こうと、国広を抱きかかえた。わかってはいたが、健全な成体の男性が持つ重さではない。それどころか、ちらりと見えた服の中、肩の辺りまですっかりと黒ずんでいる。少し触れた肌は異様に熱く、いつから、と考えそうになって、長義はその考えを振り払うように頭を振る。
今はそんなことを考えている場合ではない。薬研のところまでいかなければ。なるべく揺らさないように慎重に、けれどなるべく急いで、長義も来た道を戻り始めた。
「…あまり非医学的なことは言いたくはねえが、こりゃあこの山姥切の旦那、気合いだけで持ってると言っても過言じゃないな。本来ならここまで進行してたら、人の身は保てなくなる」部屋に連れ帰って、敷きっぱなしの布団に寝かせる。応急処置を施した後、薬研が国広を一通り診た。
長いような短いような時間が経ち、薬研は息をついて、長義にそう答える。「それじゃあ、やっぱり…」「ああ、はっきり言う…助からない」薬研の言葉はどこまでも真っ直ぐに長義を突き刺した。わかってはいた、自分もそのつもりだった。けれど、はっきり言われることでのショックはある。
「…そう」「さっきも言ったが、酷い高熱と酷い痛みを伴う病気なんだ。なにせ、刀本体ごと、自分が崩壊する病だから。だから、今は鎮静剤を打ってある…が、痛みを軽減することと病を治すことは当然別物だ」「…わかってる。ねえ、薬研…ここまで進行するのに、平均的にどのくらいの時間がかかる?
こいつは、いつからその”人の身を保てないはず”の状態だった?」「主不在の本丸での資料は…いや、旦那が知りたいのはそうじゃあないな」薬研は長義の問に資料をパラパラと捲りながら答えようとして、はた、と手を止める。それから、うーん、と腕を組んで唸り、「確証はないが…」と続けた。
「恐らく、3度目に本丸に訪れた時、その時には、もう限界だったと思う」「もう、結構前のことじゃないか…全く、頑固なやつ」言いながら、汗ばむ国広の長めの前髪をそっと避けてやる。まだ熱いが、先程よりは呼吸は落ち着いている。鎮静剤が効いたのだろうか。
けれど、それは国広を今の状態から根本的に回復させるものではない。もっと早くに気付いていれば?そういった後悔は山ほどある。時間の前には、あまりにも無力だった。「…ちょ、うぎ?」それからさらにしばらくして、国広の瞼が重たげ持ち上げられる。すぐに視界に入った長義の名を掠れた声で呼んだ。
「…っ、ああ、やっと気がついた、お前縁側の方で倒れて、」「…なんで、あんたが泣きそうになってるんだ」「なっ…」「よう、この俺とは初めましてだな、政府の持つ病院勤務の薬研だ。気がついたようで何より」国広を覗き込むようにしながら、思わず早口になる長義に国広は僅かに腕を持ち上げる。
思うように動かないのか、その手は結局途中で下ろされてしまった。国広の言葉に、長義が言い返そうとしたもころで、薬研が間に割って入った。「薬研、も…すまな、ここの薬研は…」「病気は誰のせいでもない、気にすんな。それに、この俺っちはこの通り生きてる、な?」国広は薬研の姿を認めると、
申し訳なさそうに目を伏せる。薬研の方は、国広の言葉を受けて、長義に対して南泉が言ったような言葉を言い聞かせるように続けて、安心させるように笑顔を作った。国広から返事を貰うと、さて、と薬研は国広に向き直る。国広も起き上がることが出来るようになったらしく、ゆっくり体を起こした。
「最初に謝るが、こっちの山姥切の旦那の依頼で、勝手に体の方を診させてもらった…結論をいうが、」「…構わない。どうせもう朽ちる身だ、最初からわかっていた」「…でも、出来ることはしてやりたいんだ、医者として長らく働いてると、命を奪う刀にも命を救いあげたいという感情が芽生えるらしい」
容態の説明から、何をどう診たのか、どんな処置を施したのか、そういったことを薬研は簡潔に語っていく。国広の方も静かにそれを聞いて、たまに相槌を打っていた。「…そうか、道理で身体が軽い」最後まで聞いて、納得したように国広は薬研にそう返す。鎮静剤の効果はかなり確かなものらしい、
と穏やかな様子の国広に長義は考えた。「…それと、俺からも」一通り話し終えただろう薬研に、長義の方も進言する。国広は何を言われるのか分からないようで、長義を見て小首を傾げた。「お前の本丸と、主のことだよ」「…主、の」長義の言葉を国広は確かめるようにたどたどしく繰り返す。
「ああ、酷な話だけど、お前の主は1年前に…」「長義、その話…あと3日、待ってくれないか」何を言われるかなど、分からないはずがない。けれど、国広はそういって、長義の言葉を制止した。どうしてでも今言わなければならないことではない。長義も納得して「わかった」と話をやめた。
「…それから、長義。これは俺のわがままだから、無理にとは言わない」「…いくらなんでも聞く前から無理とは言わないよ」「…あと3日、この本丸にいてはくれないだろうか」断る理由は、長義には見当たらなかった。
(毎度ほんと長くてすみません、あともう少しなので良ければお付き合い下さい) 「それで、俺はなにをすればいい?」薬研は国広に、3日分の鎮静剤をはじめとするいくつかの薬と、それから呼べばすぐに来るから、と言って連絡先を寄越したらしかった。連れてきた時に1人だったから、
一旦長義ごとゲートをくぐり、長義は本丸までトンボ帰りする。ふたりになった本丸の自室で、長義の帰りを待っていた国広に、長義はそう訊ねた。「…特別な何かが欲しいわけじゃない…ただ、お前のいる本丸というのを感じてみたかった」縁側に行きたい、という国広を立たせる。
背負う?抱きかかえてもいいけど、と言えば、途端に真っ赤になった国広は、もう歩けるから!と断った。縁側までの道を、引き摺るように歩く国広に歩調を合わせながら辿る。そのさなか、先程の答えなのか、ぽつりと国広が呟いた。そんなこと?長義がそう言おうとしたのが顔に出ていたのか、
国広は布を被っていた時の癖なのか、顔を下に向けて逸らし、手を持ち上げようとして下げた。「…迷惑、だろうか」「別に…それに、ここはひとりには広すぎる、とは思ってた」ついた縁側は、相も変わらず枯れた木々が殺風景な雰囲気を出していた。
「…南泉とは知り合いなんだろう?…見知った相手なら、会わせてやれれば…」「はは、あいつの事だから、お前にだけは絶対会いたくなかったとか言うよ」「…そうか」縁側からすぐに見えるのは数多ある手作りの墓だ。今にして思えば、国広はどうしてでもこれを見ていたかったんじゃないかと思う。
とはいっても、体を冷やすわけには行かないので、長義は自らのストールを国広にかけてやる。ついでに、先程見つけた厨から茶器を持ち出して、政府に戻った際持ってきた茶葉(とはいえティーバッグだが)を入れてお湯を注ぐ。国広に渡せば、きょとんとした目で長義と茶を交互に見つめた。
「お前が茶を淹れるとは思わなかった」「俺をなんだと思ってるのかな」「…山姥切長義だろう」「そういう意味じゃない」「…お前のいうことは難しい」「お前よりは平易なつもりだよ」言えば、そうだろうか、と考え出す国広に、これ以上付き合っても仕方がない、と長義は何でもない話に話題を逸らした。
「隣の部屋を使ってくれ」「隣?」「…主のいた部屋、だった。掃除はできる範囲でしていたから…少し、足りないと思うが、そこまで汚くもない…と思う」そういえば、この国広は近侍だったと言っていたな、と思い出した。
隣の部屋と言っても、中で繋がっている続き間で、廊下に出なくても行き来が可能になっているものだ。開けて確認してみるが、荷物が少ないこともあり、軽く見積っても1-2週間掃除をしていない程度と言った程度で、そこまで酷くは感じない。「構わないけど…戸はあけておいていい?」「…戸?」
「ああ、夜中に何かあったらすぐに気が付けるように」「…今までひとりでもやっていけた」「ふたりいるんだから、より効率的になるべきだよ」言いながら、長義は押し入れを開けて布団を敷きだす。頼ってくれ、とは言えなかった。言ってしまえば、国広は尻込みして頑なになってしまうだろうから。
手伝おうとした国広を止めて、もう一度、効率のために戸は開けるようにと説得した。はじめこそ渋っていたが、国広は押し負けて最後には「わかった」と頷いた。 長義の懸念とは裏腹に、夜間に特に何か起きたりはしなかった。翌朝、目が覚めると国広はもう起きていた。
布団から上体を起こして、薬研から貰ったのだろう薬を見ている。「…おはよう、それ、薬研の?」声をかけると、自分で言い出した割には長義がいることに慣れていないのか、少し驚いて、なぜか慌てるような素振りで薬を隠そうとする。すぐにそんな必要が無いことを思い出したのか、
薬の入った袋を横に置き、長義に挨拶を交わす。「俺には十分すぎる…」「何、風邪をひくとゼリーが冷蔵庫にあるのと同じようなものだと思えばいい」「…ふ、なんだ、それ…」「…うーん、人間の親子の慣習、かな」長義の言葉に、いよいよおかしくなったのか、国広は控えめに声をあげて笑いだした。
薬の効き目が余程いいのか、国広は容態が急に悪化することもなく、ただ長義の話を聞きたがった。いわく、本丸の外の話を長く聞いていないから気になる、とのことだった。「…もっと何がしたいとか、本当にないのか」「…最初に言っただろう。お前のいる本丸を見てみたかった…だから、これでいい」
話す合間に、あまりにも欲のない国広に長義は初日と同じ問いをかける。国広も、初日と同じ答えを用意してみせた。「明日で、約束の3日目なんだよ」「ああ、そうだな」「…ねえ、国広。俺は、お前を助けられるかもしれない方法を知ってる…いや、知っているというべきではないな、これは賭けだ」
長義がそう続けても、国広は黙ったまま、何も反応を見せない。こうなればもう、反応を窺うなんてらしくないことなどせず、全て言ってしまおう。長義は意を決したように深く息を吐き出して、吸い込んだ。「…俺を、主にする気はないか」
長義の考えは簡単なものだった。この病は霊力によっておさえることができる。だから、主が不在であり霊力が枯渇したこの本丸では止まることがなかった。ならば、もしも主が現れたなら?薬研には話すことはしなかった、南泉の調査資料では、この本丸の主は亡くなっているということが明らかだ。
主従の契約はとうに切れている。ならば、自分が主として、国広に霊力を供給出来れば、国広の病は奇跡的よくなる可能性があるのではないか、というものだった。 「…長義、は。長義は、俺達が死んだら…折れるのではなく、人の身として死んだら、どうなると思う」長義の提案に、
しばらく考えるような素振りを見せた国広は、やっと口を開いたかと思えば、まるで話の噛み合わないような言葉を紡ぎ出した。「…は?」「死というのは、無くなるということだと、思ったんだ。命を奪うことは出来ない、失わせることだけだ、と…ならば、失ったものはどこへ消える?」
「消える、質量がなくなるという話?それとも、もっと魂の部分についての話をしてる?」国広の言葉はまるで要領を得ない。長義が呆然としているにも関わらず、国広は構うことなく話を続ける。「なくなるまえに、証がほしい、と思ったんだ…だから、お前に頼みたいことがある」
「…っ、薬研!」「あいつの願い、聞いてやれたか」「何が願いだ、あんな、あんなの…っ!」翌々日、4日目。長義は早足で病院へと向かう。まだ早朝だ、患者などは誰もいないのを、政府権限で裏口から入った。薬研は朝早く起きるほうで、逆に夜は早々に帰ってしまう。だから、
今日ももうここにいるだろうという確信があった。予想通り、薬研はそこにいた。長義の姿を見ると、苦々しそうに表情を微かに歪ませる。「なぜ、国広に安楽死用のカプセルを渡した!」「…言ったろ、あの山姥切の旦那は本来ならいつ死んでもおかしくない。だが、だかな、診察時に言われたんだ、
”検体である俺が死ぬと、監視を行う長義に何か罰が下るのか”ってな!…知ってたんだ、あの本丸が、そういう風に利用されているんだろうってことは…けど、あの本丸に来たのが山姥切長義だったから…いや、違うな、お前だったから…!」なりふりを構ってはいなかった。
長義は薬研に半ば詰め寄るように近付く。薬研の方も負けじと長義を睨み返した。「だからといって、あいつに死を与えることが救いになるとでもいうのか!」「…俺もあの日聞いたんだよ!”主のための刀として朽ちること”だった、
それから、照れくさそうに”出来ることなら、この本丸で共に”と付け足したんだ…なあ、山姥切、そうだったんだろう?お前も、そう聞いたんだろう?!」「それは…」「…医療にはまだまだ限界がある…悔しいことにな。もう助からない患者にしてやれる一番のことは、願いを聞いてやることだ。
それが出来たなら、上出来だ」「そんなの、自己満足にすぎないじゃないか…」「ああ…だが、生者に墓はない、だからこれでいいんだ」その場で項垂れた長義に、薬研はタオルを1枚取って投げ渡す。ばさりと頭からかかったタオルを気にする様子もなく、しばらくの間長義はその場から動こうとしなかった。
「よう、戦線復帰、ついでに本丸配属になるんだって?」「ああ、猫殺しくんの顔が見られなくなると思うと残念だよ」「オレはずーっと会いたくなかったんだけど、にゃ」あの日から、長義は暫くは本丸には行きたくない、と伝えて、裏方の仕事に徹していた。
要望は思ったよりあっさり通り(以前少し話したためか、石切丸や白山が口添えをしてくれたらしい)、書類審査や資料整理といった業務に明け暮れること2年、再び特別任務があるとのことで、久方ぶりに本丸監査任務への配属を希望したのだった。監査結果は上々で、明日から長義の配属先はその本丸になる。
幼い主と初期刀の陸奥守が中心となっている本丸だった。「…そういや、お前の配属になる本丸って、審神者がまだ歳若いんだったな」「…それがどうかした?」「いーや、泣かせんじゃねーぞ」「そんなヘマはしないよ…上手く立ち回るさ」手を振っていくつかの荷物を持ち、ゲートのある方へと向かう。
久しぶりに感じたぐにゃりと歪む視界に目を閉じて、開いたその前にあったのは、いつかとは少し違う門と、「待っとったぜよ!」と豪快に笑う陸奥守、それから賑やかな声、きっと審神者もまじっているのだろう、そんな声が聞こえる本丸だった。
「あれ、主…と、偽物くんは?」長義が本丸に配属されてしばらくたった頃だった。特に用事がある訳ではなかったが、姿が見えないとなんとなく気になってしまう。部屋で寛いでいる加州と大和守に聞けば、あっさりと答えが返ってきた。「主なら出掛けたよ、まんばはその付き添い」「陸奥守ではなく?」
「なんでも、まんばじゃないとダメな用事なんだって。政府からの要請でなんとかかんとかーって」「なんとかかんとかじゃわからないよ…」それこそ陸奥守の方が詳しいんだろうか、陸奥守もどこにいるのかいまいち分かりにくい。いつもあちこちを駆け回っているような気がする。
この本丸は主が幼いこともあって、色々と多忙だというのは、配属後に知ったことだった。「んーと、たしか、土地の相続?と、お墓参りとか言ってたよ、なんで山姥切…えっと、国広の方、あいつが関係あるのかは分からないけど」「土地相続?」なんでそんなことに国広が関係してくるのだろうか、
長義も不思議に思い、顎に手を当て考え始める。その瞬間、大和守の言葉に、「あー、そうそう、お墓参り!」と加州が声を上げた。「ちょっと声大きい!」「あ、ごめんごめん。でね、なんでも、主のお母さんも元審神者で、でもお母さん、主産んですぐに亡くなったんだって…それで、
主のお母さんの初期刀があいつだったから、主ってばお母さんにくーちゃんを会わせてあげるんだ!って」「そうだったそうだった。最初は俺よりも適任がーとか渋ってたけど、結局押し負けてたよね」「まあ、主には長生きしてほしいよなあ」「特に、僕らみたいな扱いにくい刀を使いこなす主には、ね」
長義の姿が見えているのかいないのか、ふたりはそのまま思い出話に花を咲かせようとする。これ以上話に巻き込まれてしまうのも面倒に思い、長義は「とにかくありがとう」と適当に切り上げてその場を離れた。
主と国広が帰ってきたのは夕方過ぎだった。帰ってきてすぐ、廊下をすれ違ったときに、ふわりと何か甘い香りが漂う。匂いのもとは国広の方だった。「…偽物くん?」「…写しは偽物とは…って何してるんだ!」長義は国広を呼び止めると、
常時纏っている布(この本丸はまだ修行に出た刀は0だった)を掴んで自らに寄せる。慌てる国広をよそに、長義の疑惑は深まっていく。「…ねえ、この匂いどこでつけた?」「…は?匂い?…今日言った場所は、本丸跡地と政府の霊園くらいだが…焼香ではないのか」
「違う…もっと、花のような…焦げたにおいを誤魔化せそうなくらいの…ああそうだ、これ金木犀の匂いだよ」どこかでこの匂いを強く覚えていた気がする。長義は思い出を手繰るように匂いのありかを探そうとする。…ひとつ、思い当たる節があった。けれど、とんだ偶然だ。ありえない、とも思う。
「…金木犀…そういえば、本丸跡地で香ったような気がする…おかしいな、何も無いはずなのに、やけにある部屋だけ香りがあった気がして…というか、急にどうしたんだ、怖いんだが…」国広の言葉に、ありえない、がひょっとしたら、に変わる。長義は国広の肩を思い切り掴んで続けた。
「…次、その本丸跡地にはいつ行くんだ」「次の週明けに…」「連れてってくれないかな、その週明け」「そういうことは俺じゃなく主…なら二つ返事か」「主には言っておくから」長義が肩から手を離すのを国広は呆然と見る。そのまま、一体急にどうしたんだろう、と去っていく背中を見つめて続けていた。
訪れた本丸は、2年半前に刀剣数が0となった本丸だった。無人の本丸はあちこちが朽ちている。初めて来るはずの場所、少なくとも主や国広にとって、長義はそのはずなのに、とうの本人は迷うことなく歩いていく。主と国広はといえば、前回は政府役員に入口近くで説明を受け、1-2部屋回っただけだった。
庭だってまだ見ていない。「ちょぎくん、何かあったのかなあ」「さあな…とりあえず、全員迷子になるわけにもいかない、あいつについていこう」「うん!」戸惑いながらも、ずかずかと進む長義に、主と国広は着いていった。何度か角を曲がったと思えば、突然視界が開ける。縁側からは庭が見えた。
長義がその場所で立ち止まる。合わせて主と国広も止まって、長義の視線の先を見た。「これ…は…」最初に声を上げたのは国広だった。次に、主はその場所を指して、「おはか…? 」とふたりに問う。長義はそれには返事をせず、ただ、「やっぱり…」と一言呟いた。
木の枝と盛った土で作られた手作りの墓達の中、長義が凝視するものには、朱色に、よく見たら繊細な装飾が所々にある鉢巻のようなものが結んであり、風になびいている。国広は何度か演練場で見かけたことがあった。「…あれは、俺の」
「くーちゃん?」「…主、少し長義と話があるんだ。ここで、座っていい子にして待ってくれるか?」国広は、元気よく返事をする主をその場に残し、長義の方へと近づいた。 「…手向けられるような花がない」「いいよ、別に」何をどう話すべきなのか、とても思いつかなくて、
ようやくでてきた一言といえばそんなことだった。しゃがんで、そっと風に揺られている鉢巻を手に取ってみる。手を合わせてしまってもいいのかどうかもわからなかった。「…襲撃か?」「違う…俺は、ただ、墓守の墓を作っただけだよ…自己満足だ」「…そうか」
何がここで起きたのか、国広にはわからなかった。けれど、それを訊ねるのは不躾だろう、と国広はそれ以上の追及を避ける。「この俺は、探すものを見つけられたんだろうか…」「さあね…ただ、頑固なところはお前に似てる」「…俺は、俺を曲げるわけにはいかない」「ほらね、忌々しいくらいそっくりだ」
なにか咎めたわけでもないのに、そういうと国広は黙り込んでしまった。それを横目で見ていた長義は、なんとなしに国広に問いかける。「…なあ、お前は、もしも、もしも人の身として死ぬとしたら、折れるのではなく、死ぬとしたら、俺達はどうなるんだと思う?」
「…人の身としての死は、命がなくなるということ、俺が俺として生きられなくなること、だと思う…だから、死の瞬間から、俺はもう存在しなくなる、と思う…」だから、存在していたという証がほしい。そう言ってきたあの日の国広がリフレインした。「…本当に、忌々しいほどにそっくりだよ」
その後、本丸は解体せずに残しておくことにしたらしい。国広が何か言ったらしく、主は「ちょぎくんの大切なものがあるところって言ってた!」との一点張りだ。何をどうしたらそんなことになるのだろう。あの場所には、後悔ばかりがあるというのに。今では、第二拠点として、
少しずつあの殺風景な本丸にも刀剣が行き来するようになっていた。政府も、とうに立ち入り調査済みらしく、あっさりとこれらは認められた。もうすぐ季節が半周する。今年の春には、あの本丸の庭にも桜が咲くだろう。
国広はといえば、修行に出ていって、帰ってくる頃には忌々しさを倍増させていた。とはいえ、大きな問題もなく、賑やかに本丸は動いている。
「…半年前、この俺は探しているものを見つけられたかと訊ねたな」「そんなこともあったね」賑やかになっても、沢山の墓はそのままだった。飛ばしたものでダメにしてはいけない、と囲いを作って、少し立派には改造してしまったが。国広は、思うところがあるとすぐにこの場所に来るようになっていた。
「それで、お前は捜し物でも見つけたのかな」「…いや、そういうわけでは…だが、気になって」「…何が」「…お前がそれほどに気にする俺は、一体どんなやつだったのか、と」なにを気にしているかと思えば、今度はそんなことか、と長義はことさらに大きくため息をつく。
「…言っただろう?お前に似て、馬鹿みたいに頑固で、意固地で、申し分なく強い刀だったよ」「…え、」「はい、終わり終わり。こんな所でぼーっとしてても始まらない、さっさと行くよ、俺達には俺達のことがある…生者はいくら向こう側を考えたって仕方がないんだから」
勝手に思うくらいで丁度いい、それだけ言うと、直ぐに長義は囲いの向こうへと出ていこうとする。「…その、すまない…だが、俺は俺のやり方を貫くと思う、から…あんたの望みと同じではないかもしれない…それを、許してほしい」国広は自身の同位体の墓前でしゃがむと、
まるで自分に言い聞かせるようにそう呟く。長義に急かされるようにして、国広も囲いから出ていこうとしたその時、ふわりと甘い香りが掠めた気がした。もう春の盛りだと言うのに、金木犀の香りだった。 おしまい! ここまで読んで頂きありがとうございました! 一応タグ便乗のつもりだった。
分かりにくいわ!と思ったので補足。本丸跡地は長義くんがまんばを看取った本丸、本丸跡地の主と配属先本丸の主は親子。なので、霊力が似ていて、まんばに本丸跡地のまんばの香りが移った。本丸跡地まんばは、長義くんが来るので、病による焦げたにおいを誤魔化すために強めの香を身にまとっていた。
まんばの願いは、この本丸で仲間達と共に、主の刀として朽ちること、死んだらそうではなくなるからその証がほしい、というもので、それを形にしたのがお墓。それでよかったのかどうかは、死者であるまんばは語りようがないので、自己満足だ、と長義くんは言ってる…というつもりだった。分かりにくい!
あと、配属先まんばはnot初期刀but古参刀。時折自分を見ては他の自分を重ねている長義くんを気にかけていて、薄ぼんやりと恋愛感情を自覚しそうな状態。なので、最後に本丸跡地のまんばに、自分はやりたいようにやる、と宣戦布告した。けど、まんばはまんばなので、同じ状況になったら同じ選択をする。
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indro03-c · 2 years ago
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ある外交官の奔走
ある男は、窓の外に視線を移し独りごちた。
「いつ終わるのだろうか……」
次に書類に目を落としながら、考えてこんでいるのは、外務官の菅原浩治である。帝国と和平交渉が成立した後も、特地での活動は続いていた。帝国との貿易や駐屯地の活動内容などまとめる書類はまだ多い。
そうしていると、慌てた様子で部下が部屋に転がり込んでくる。
「た、大変です!」
「何があった」
「外で子供達が菅原様に会わせろと揉めていて」
子供が?だが子供なら公務的にも会うことはないだろう、そう窓の外にまた視線を移した時、聞こえてきた言葉に菅原は戦慄した。
「菅原様!シェリーが、シェリーが大変なんだ!」
何事かと慌てて階段を駆け下り子供達に話を聞くと、駐屯地に滞在していたシェリーは突如として高熱を出し、嘔吐を繰り返し苦しんでいるとのことであった。全身が痛いと呻いているあたり、従来の風邪にしては症状が重すぎる。そう考えた菅原の脳裏によぎった言葉があった。
「インフルエンザか……」
特地では外部、つまり日本国より新たな感染症が齎される可能性も否定できない。それは性感染症だけではない。風邪、詰まる所インフルエンザなども同様である。
以前日本にシェリーを招いた際、感染してしまったのだろう。特地より人の規模が大きく、何より季節も冬であった。「冬」という季節が存在しない人間にとってあの寒さは些か暴力的ですらある。迂闊だったと後悔しても仕方がない。
駐屯地に薬があると考えた菅原は、至急部下に駐屯地へと連絡をするよう伝えると子供達に感謝を伝え、安心するようにと声をかけた。
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「何故ですか!」
普段冷静な菅原の激昂が部屋に響いた。
駐屯地から帰ってきた返事は、有り体に言えばノーであった。特地の人間に日本国の薬を適用すれば、どのような副作用が起こるか分からず、上も慎重にならざるを得ないというなんとも言えないものであった。
己も外交官をしている身だけあり、そのような事態に陥ることは想定していたが、目の前に苦しんでいる者がいるというのにどうして見過ごせようか。
「特地の人間とて同じヒト種です、副作用は起こりにくいと考えますが、医師の意見はどうなのですか」
「それも上が渋っていてね、安易に薬を流出したくないという思惑のようだ。どんな使い方をされるか分かったものではない。それに何かあってみろ、マスコミの目もある」
またマスコミか。以前自衛隊に救助要請があった際も、総理はマスコミを理由に出動要請を渋っていた。政治とはかくも面倒なものだと、その立場に身を置いていても思ってしまう己を密かに自嘲した。
「ですから、医師の判断はどうなっているのですか」
「先程言った通り、どのような副作用が……」
「分かりました、もう良いです」
食い気味に電話を切る菅原。
苛立ちからか思わず下卑めいた言葉が口を出る。
「くそっ……!」
無論私情を挟むなど外務官として失格なことはわかっている。だが、シェリーは自分を慕ってくれた、未来の妻である。そのために奔走して何が悪いというのだろうか。そこに立場が関係あるものか。
駐屯地の薬も当てにできなくなった、となると残された道は何があるかと考えると、ある答えに辿り着く。伊丹だ。あの英雄とまで言われた伊丹なら、なんとかしてくれるのでは無いか。そう淡い期待を抱き連絡を取ると、幸い伊丹と連絡を取ることができた。
「菅原さんどうしたんですか、俺に電話なんて」
「すまない、私情を挟んで悪いのだがシェリーの容態が芳しく無いと聞いた。門の外に行って薬を買ってきてもらえないだろうか」
「シェリーですか、あれはインフルっすね。俺も薬を貰えないか聞いたんですが、ダメでした」
やはり答えは同じなようであった。
門の外、すなわち日本に薬を買いに行ってくれないか、自分は仕事で動くことができないと伝えると、伊丹も苦い反応をした。
「インフルの時に市販薬ってダメらしいんですよ」
そもそもインフルエンザの薬と言っても、処方箋がなければ処方されないはずである。市販の風邪薬を使用すればライ症候群、つまり肝機能障害や精神神経障害を起こす可能性がある。
加えてシェリーはまだ幼く、その可能性が飛躍的に上がってしまう。安易に市販薬に頼るのは愚策と見えた。
「助けたいのは山々なんですが、俺にはどうしようも…… いや、待てよ?」
伊丹の声色が俄かに色付く。
「レレイの学会になら、何かあるかもしれないです!レレイは導師号を取ってますし、顔が利きます」
おお、と菅原は素直に感嘆する。
特地に頼る。日本から持ち込まれたものなのだから、特地では薬などないと決めつけていた己を恥じた。やはりこの男は違う。
「なら、レレイ・ラ・レレーナくんに連絡を取り次いでもらえるだろうか」
「了解しました」
暫くすると落ち着いた声の女性が電話に出た。
「レレイ・ラ・レレーナです。どのようなご用件でしょう」
「急な申し出で申し訳ない、君は導師号を取得していると聞いている。シェリーがインフルエンザーーそちらでいうと、風邪のもっと悪化したものと考えてもらっていいーーに罹患した。それでだ、君の力で学会からインフルエンザに効きそうな薬の調合を頼めないだろうか」
最後の頼みの綱として聞いてみると、レレイは快く受け入れた。新しい病に対しての研究材料になる、とのことである。
「わかった。学会にはこちらから赴く。二、三日待ってほしい」
二、三日もすれば寛解もするだろう。
本当なら今すぐほしい所だが、贅沢を言ってはいられないと菅原は了承した。
---------
続く
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rukakopikapika-blog · 3 years ago
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マタンとベラ
マタン
ベラ
墓荒らし
村人
***
上演時間:一時間前後
葬儀屋の娘、ベラと吸血鬼、マタンが二人きりで暮らすお話。
***
<墓地>
墓荒らし、墓を物色している 墓荒らし、ひとつ、墓を決めて掘り返そうとする
マタン    ごきげんよう 墓荒らし うわあああ マタン    何をしているのかな、こんなところで 墓荒らし えっ えーっと、その、墓…じゃない、散歩、散歩を… マタン     こんな真夜中に? 墓荒らし ね、眠れなくて… マタン  こんな墓地で? 墓荒らし は、墓が好きなんだよ、俺は マタン  お墓が好きなのかい?いい趣味だねえ 墓荒らし へへ… それで、あんたは一体… マタン  墓守だよ。ここの墓守 墓荒らし ! マタン  そして今は夜の見回り中。墓には時々厄介なものが入り込むからさ 墓荒らし 墓荒らしとか マタン  そう、墓荒らしとか、ね
墓荒らし、 マタン、笑い合う
墓荒らし じゃあ俺はこれで。見回り頑張ってくれ マタン  ちょっと待った 墓荒らし なんだよ マタン  君、眠れないんだよね。真夜中に墓地を散歩してしまうぐらい 墓荒らし はあ… マタン  じゃあお喋りしようよ!僕もちょうど暇だったんだ 墓荒らし いやいやいやいや、あんたは仕事があるだろう?悪いよ マタン  いいんだよ。どうせこんな人里離れた墓地に悪いものなんて来ないんだから。君もそう思わない? 墓守   はは…そうだな マタン  そこに座って 墓守  ええと マタン 座って 墓守    はい マタン そうだなあ。なんの話をしようか。なにか楽しい話…そうだ、吸血鬼の話なんてどうかな。 墓守  吸血鬼?ってあの、血を吸う化け物の マタン そう、その吸血鬼。太陽のもとでは生きられない、夜の生き物…この土地には昔、ひとりの吸血鬼が住んでいたんだ。彼の名はマタン。彼はこの土地に大きなお屋敷を建てて、ひっそり、一人ぼっちで暮らしていた…
<屋敷>
ベラ  ごめんください…ごめんください…
応えのない屋敷
マタン、髪は伸び放題、服も何もかもがぐちゃぐちゃである
マタン ごきげんよう ベラ  (悲鳴) マタン おっと、驚かせてしまったかい 。それは申し訳ない ベラ  ひっ マタン 怖くない、怖くないよ。ほらほら…あ、そうだ、キャンディをあげよう。とっても美味しいんだよ、ベリア工房の…
マタン、きもちわるいなにかを差し出す
ベラ  …! マタン あれ、腐ってる!飴って腐るんだねえ ベラ  だれ… マタン え? ベラ  あ、あなたは誰… マタン 僕はマタン。この城に住んでいる。君は? ベラ   マタン!私はベラ…ベラです、その、あなたがマタンならわたし… マタン ベラ。素敵な名前だね。素敵な出会いに乾杯! ベラ   あの マタン ん? ベラ  …失礼しました。私はベラといいます。村からあなたのお世話をする係として参りました。 マタン お世話をする係? ベラ  はい。以前は花屋のオエドラが務めていた仕事です。 マタン ああ!オエドラ!そういえば彼女は出て行ってしまったんだったねえ。いつだっけ? ベラ  もう50年ほど前になるかと マタン  そうか…この屋敷には時間がないものだからね。そんなに時が経ってしまったのか。そして、君が彼女の後任というわけだ。 ベラ  はい。精一杯努めさせていただきますのでどうぞよろしくお願いします。 マタン 固い固い!もっとやわらかくいこうよ ベラ  いえ、私のことはお気になさらず…
マタン、倒れる
ベラ  マタン様!? マタン う… ベラ  大丈夫ですか?具合でも… マタン おなかすいた… ベラ  おなかすいた…
ベラ、料理の支度をする ベラ、テーブルを整えて、料理を出す
マタン 美味しい!これはなに? ベラ   スープです マタン これも美味しい!これは? ベラ   鶏肉を焼いたものです マタン これは知ってるよ。じゃがいもだ。美味しい! ベラ  …恐れながら申し上げますと、それは人参です
ベラ、 マタンを風呂に入れようとする
マタン  嫌だ!僕は流れる水が嫌いなんだ ベラ 流れません、流れませんから! マタン そんなこと言っても絶対流れるだろう ベラ  流れません。浴槽にお湯がたまっているだけですから マタン  体は綺麗にしたいけど水は嫌だ!流れる水はキライ! ベラ 流れませんって!
ベラ、マタンの洋服を選ぶ
マタン ええと、1番、いや5番? ベラ  5番? マタン  衣装ケースに数字が書いてあるだろう。確か黒いシャツがあったはずなんだけど。僕はそれがお気に入りなんだ ベラ  (衣装ケースの番号を確認して) 1、3、4、…7、14? マタン あ!それ、それはね、むかしハレスの街で買ったものなんだ。襟に素敵な刺繍がついてるだろう?よし、それにしよう
服に穴が空いている
マタン そんな… ベラ  縫います!これぐらいなら縫えば直りますから!
ベラ、マタンの髪を切る
マタン いやあ、君のおかげで助かったよ。何しろ僕は僕自身のことがなにもわからないものだから ベラ     お役に立てたのなら光栄です マタン  君はすごいね。料理に洗濯、裁縫に掃除…服も着せてくれたし、お風呂にも入れてくれた。なんでもできる。魔法使いみたいだ。 ベラ  いえ、そんなことは マタン 謙遜することはないよ。素晴らしい技術だ。君のご実家はなにをしているんだい?レストラン?仕立て屋?それとも… ベラ  葬儀屋です マタン …。 ベラ  とは言っても、もう廃業したんですけど。祖父が、亡くなったので。 マタン 他の家族は? ベラ  …いません。私、捨て子だったんです。だから。 マタン  じゃあ君はいま、ひとりぼっち? ベラ  …終わりました。さっぱりしましたよ。 マタン お?おお、本当だ!頭が軽い。いや、気分がいいね ベラ    良かったです 。あ、鏡をお持ちしますね…鏡はどこに マタン ああ、この家には鏡はないよ ベラ  え? マタン 必要ないからね ベラ  必要ない…? マタン あれ、村のみんなから聞いてない?僕はね、吸血鬼なんだ。 ベラ  え… マタン 吸血鬼は鏡に映らないからね。鏡はいらない。 ベラ  ご冗談を マタン 冗談じゃないさ。 ベラ  …。 マタン ああ、大丈夫だよ。君の血を吸ったりはしない。君は大切な、お世話がかりだもの。怖がらないで。
マタン 僕は吸血鬼のマタン。これからよろしくね、お世話係のベラ。
<墓地>
マタン  そう!なんとマタンは吸血鬼だったのです! 墓荒らし …いや、それはわかるよ。最初に言っただろあんた。 マタン  あれ? 墓荒らし にしても大変だなあ、そのベラって嬢ちゃん。身よりも家もないなんて… マタン    そうなんだよ苦労してるんだよ 墓荒らし しかも吸血鬼の世話係なんて…物騒じゃねえか。いつ血を吸われるかわかったもんじゃねえ。おおこわ。 マタン  だから、吸わないってば。吸血鬼はそんなに頻繁に血を吸うわけじゃないし、それに人間の血である必要はないのさ。 墓荒らし へぇ。詳しいんだな、あんた マタン  まあね。 墓荒らし  で、そっからどうなったんだ? マタン   ベラはマタンに恐怖した。そりゃそうだよねえ。人間じゃないんだもの。そこで彼女は屋敷から逃げ出すことを決意した…
<屋敷>
マタン 君の料理はいつも最高だね。食べ終わった皿ですら輝いて見えるよ ベラ  …ありがとうございます。 マタン 君は料理人になるべきだよ。そういえば村のはずれに素敵な小屋があっただろう。もうないかなあ。お役目が終わったら、あそこでレスト  ランを開くといいね。そうしなさい。 ベラ  …あの マタン うん? ベラ   今日はいつ頃おやすみになられますか? マタン そうだなあ。いつもどおり、9の時に。 ベラ  かしこまりました。では、ご用意しておきますね。 マタン ベラ ベラ  はい。 マタン いつもありがとう。君のおかげで幸せな日々を過ごせているよ。君は、よく働く素敵な子だね。 ベラ  …いえ、勿体無いお言葉です。では、失礼します。
真夜中 ベラ、屋敷を抜け出そうとしている
マタン ごきげんよう、ベラ ベラ  マ、マタン…さま。おやすみになられたはずでは… マタン  僕は吸血鬼だよ?夜にこそ動かなくては。…で、君はなにをしているんだい? ベラ      ええと… マタン  …眠れないのかな? ベラ   は、はい マタン そう
マタン 君が屋敷に来て、どれぐらいだっけ ベラ  一週間ほど、でしょうか マタン そうか。時間の流れはわからないものだね。もう何百年も一緒にいるような気持ちだよ。 ベラ  …マタン様は、オエドラがいなくなってから、私がくるまで、どうなさっていたのですか。その、身の回りのこととか マタン 友達が居たんだ。そのひとが ベラ  その方はいま、どちらに マタン 居なくなってしまったよ。ずうっと、むかしにね。
マタン サレスという男でね、ぼくと同じ吸血鬼で、とても綺麗なひとだった。ちょうどこの夜空をそのままひとにしたような、澄んでいて、穏やかで、少しひんやりとしたひとだったよ。サレスは青い髪をしていた。僕はその色がとても好きだった ベラ  青い髪… マタン 滅多にない色だろう。そのせいで辛い目にもあったみたいだけどね。ひとは、自分と違うものを怖れるものだから。 ベラ  …そうですね マタン  今となっては生きているのか死んでいるのか…。生きていて、くれればいいんだけど。 ベラ  マタン様は、ずっと、ここでサレス様の帰りを待っているのですか マタン  うん。 ベラ  ずっと、ひとりで? マタン うん。ずっと、ひとりで。
ベラ  …私も、ひとりなんです。 マタン  …。 ベラ   居場所も、行く場所も…帰る場所もなくて マタン  村は? ベラ   拾われっ子で、葬儀屋の子でしたから。…マタン様の仰る通りです。ひとは自分と違うものを怖れます。 マタン  君は働き者じゃないか。それに器用で、優しくて、しっかり者だ。とても素敵な子だよ。なにが怖いっていうんだ。 ベラ   そんなことは関係ないんです。 マタン そうだ。関係ない ベラ  …え? マタン 君が拾われっ子だとか家族がいないとかうちが葬儀屋だとか、そんなことは君の本質とはなんの関係もない。違うかい? ベラ  …。 マタン 君は、僕に美味しい料理を作ってくれて、服を着せてくれて、屋敷の掃除をしてくれて…僕のことを助けてくれている。僕にとってはそれで十分だ。僕はベラが大好きだよ。 ベラ  …マタン様 マタン 村に帰りたいのなら帰ればいい。それは君の自由だから。…でもね、僕は、君と友達になれればいいなと思っているんだ。
マタン  そろそろ僕も部屋に戻ろうかな。…ベラ、君も今日はもうおやすみ。 ベラ  はい… おやすみなさいませ、マタン様。
<墓地>
墓荒らし じゃあ…ベラは屋敷から逃げなかったのかい? マタン  ああ。もともと、彼女には逃げる先もなかったしね。こうしてベラは本格的にマタンのお世話がかりとして働き始めた。 墓荒らし  そういや、お世話がかりって具体的に何をするんだ マタン  屋敷の掃除、庭の手入れ、マタンに服を着せる、食事の用意に食器洗い、あとベッドメイクと洗濯と… 墓荒らし 多いな!それを一人で? マタン そう 墓荒らし  そりゃ無理ってもんだろ。他に誰かいなかったのか? マタン  何しろマタンは怖がられていたから。雇われてくれる人なんていやしないよ。ベラだって、人柱のようなものだったのさ。…最初はマタンのことを怖がっていたベラもだんだん心を開くようになった。ひとりぼっちのマタンとひとりぼっちのベラは二人で幸せに、穏やかに暮らした。しかし、村人たちは二人のことをけっして良くは思っていなかった…
<村>
村人が話している(ベラとマタンの噂話をしていて空気が悪い)
ベラ こんにちは 村人 あ、ああ…こんにちは、ベラ ベラ 野菜を買いにきたんですけど、あと、果物も少し 村人 ああ、用意してあるよ。とってくるから、少し待ってな。 ベラ  ありがとうございます。
村人 ねえ、ベラ。 …あの男、どうなんだい? ベラ どうって…。 村人 あの男、その…頭がおかしいんだろう?なんでも人を食べるとか 村人 違うって。夜な夜な吠えて山を徘徊するんだろ 村人 オエドラもあの男に殺されたって話だし 村人 吸血鬼って噂もあるよ ベラ そんなこと… 村人 はい、ベラ。これ食料な。あと、服も入れておいたよ。あんた、ずっと同じ服を着てるからさあ。お古なんだけど、着たらいい。 ベラ ありがとうございます。
ベラ、帰ろうとする
村人   いやあ 、怖いよなあ。あんな化け物と一緒に暮らすなんて。まともな神経ならやってられないよ。やっぱり葬儀屋の娘は違うなあ。 村人   こら、そんなこと…
村人の笑い声
ベラ …。
<屋敷>
ベラ、荷物を仕分けている ベラ、ふと自分の服を見ると、ずいぶん汚れてしまっていることに気がつく ベラ   …そういえば服を入れてくれたって
取り出すとボロボロの布
ベラ …。
マタン ベラ、おめでとう! ベラ    !? マタン  今日はパーティにするよ! ベラ  え?パ、パーティ?なんの? マタン ほらほらいいからいいから!
マタン まずはふさわしい格好に着替えないとね。君は何色が好き? ベラ    いえ、そんな… マタン 何色? ベラ    あ、青… マタン そんな君にはこのドレス!ジャージャーン ベラ   素敵…でもこんなドレス、一体どこから? マタン 僕のコレクションさ。すっかり忘れてたんだけど、ようやくしまった場所を思い出してね。 ベラ  マタン様はドレスを着るんですか…? マタン  違うよ。見るのと集めるのが好きなんだ。さぁきてみてごらん。きっと似合うよ
ベラ、ドレスを着てくる マタン、ベラに靴を出す
料理が並んでいる マタン 次ははディナー。さぁ、めしあがれ ベラ  これ全部マタン様が…? マタン そうだよ。君のレシピを参考にしたんだ ベラ  いただきます
マタン どうかな? ベラ  …しょっぱいです マタン え?…うわっほんとだ!こっちは甘い…ああ、ベラ、無理して食べなくても ベラ   いえ、いただきます。 マタン 美味しいの? ベラ  それは…でも、とても嬉しいです マタン 嬉しい? ベラ  はい、とっても マタン それは僕も嬉しいなあ
ベラ  そういえば、これはなんのパーティなんですか? マタン ベラが屋敷に来た記念パーティだよ ベラ …?ちょうどニヶ月…でもないですよね マタン 時間なんて関係ないよ。祝いたいと思ったから祝っただけ ベラ   そんなの聞いたことないです マタン そう?僕はしょっちゅうだよ。お祝いは思い立ったらやるべきだね。そっちの方が楽しいから
マタン そうだ、君にプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかな? ベラ …?
マタン、小箱を取り出す
ベラ  これはなんですか? マタン サレスの形見、みたいなものかな ベラ   そんな、いただけません。大切なものでしょう? マタン 君に持っていてほしいんだ ベラ  でも… マタン 嫌? ベラ …嫌、ではないんですけど マタン …実はね、近いうちにサレスの葬儀をしたいと思ってるんだ ベラ  え… マタン  サレスがどうなったかはわからないよ。生きてる可能性だってある。でもね、僕は…もう彼がこの世にいない気がするんだ。 ベラ  そんな マタン 僕と彼はとっても仲が良かったんだ。それなのにずっと帰ってこないってことは…そういうことじゃないかな ベラ  …。 マタン ずっと、心のどこかではそう思っていた。でも、それを認めたくなかったんだ。それを認めてしまったら、僕は本当に、ひとりになってしまうから。…でも、君が来てくれた。僕はもうひとりぼっちじゃない。
マタン ねえ、ベラ。もし君がこれを受け取るのを躊躇うのなら…交換っていうのはどうかな? ベラ  交換? マタン そう。これを受け取る代わりに、僕のお願いを聞いてほしい ベラ  何でしょう? マタン サレスの葬儀を手伝ってほしいんだ。君は葬儀屋の子だろう?で、これはその報酬とする。どう? ベラ  それなら…サレス様の葬儀、喜んでお手伝いします。 マタン ありがとう!君はやっぱりいい子だね
マタン こうして二人はサレスの葬儀の準備に取り掛かった。とりあえず決めたのはハロウィンまでに執り行うということ。そうしないと、サレスの魂が帰ってこられないから。しかし、準備はなかなか進まなかった。何しろ、ベラは吸血鬼の葬儀なんて見たことも聞いたこともない。肝心のマタンはというと「知らないわからない」だし。困ったベラは吸血鬼の葬儀について調べるために、屋敷の地下にある書斎へ向かった。しかし、どこかで通路を間違えてしまったらしい。気がつけば、ベラは見たことのない場所に立っていた…
<地下室>
ベラ  ここ…じゃない、ここでもない… ベラ どうしよう、帰れなくなっちゃった…
ベラ  …何の音? ベラ  風、かしら?
ベラ、音の聞こえる方へ
青い髪の男、鎖に繋がれている ベラ 隠れる
青い髪の男、獣のように唸り、彷徨っている
ベラ、戻ろうとし、音を立てる
青い髪の男、ベラに気がつき襲いかかる ベラ、男の指が4本しかないことに気がつく
ベラ、抵抗し、何とか逃げ出す
<屋敷>
マタン ベラ、おかえり…どうしたんだい?顔が真っ青だよ ベラ   おとこが… マタン 男? ベラ   地下に、地下に見知らぬ男が…マタンさま、あれは一体…! マタン 落ち着いて。何があったの? ベラ   … 地下に、男がいたんです、青い、髪で…そう、指が一本欠けていました。鎖か何かに繋がれていて、そして、私に襲いかかってきたんです…なんとか逃げ出しましたが、ずっと、男は吠えていて… マタン …。 ベラ   マタン様、あの男は一体なんですか?誰なんですか? マタン …わからない。そんなものはこの屋敷にはいないはずだ。 ベラ  でも、私見たんです。 マタン 悪い夢じゃないかな。君はここのところずっと働きづめだったから。 ベラ    そんなことありません。ほら、ここに手の跡が マタン なら、泥棒か何かかもしれないね。僕が後で様子を見に行くよ。 ベラ    泥棒…? マタン この屋敷に盗むものなんてないけどねえ。そうだ、君は部屋に戻りなさい。少し休んだほうがいい。 ベラ  …はい
ベラ  青い、髪の男…。
マタン  それから、ベラがあの青い髪の男に会うことはなかった。あの日、偶然迷い込んだ通路に行くことができなくなったんだね。こればっかりは運命の巡り合わせだ…仕方がない。彼女はだんだん、あの男のことを忘れていった。 そのうち、ハロウィンが近くなってきて、ベラはサレスの葬儀の準備に追われた。マタンも手伝ってるのか邪魔しているのか…とにかく何かしらバタバタしていた。ベラは忙しくて気がつかなかったのだけど、この時、ある噂が村では流れていた。それは、「ベラがいつか村を滅ぼす」というものだった…
<屋敷>
マタン おかえり、ベラ ベラ  あ…マタン様。ただいま帰りました。 マタン あれ、どうしたの?元気がないね ベラ  いえ、何も
マタン、ベラの籠をとって
マタン  コレは…食べ物なのかい? ベラ   申し訳ありません。その…村の人たちがものを売ってくれなくなってしまって…売って貰えても状態の悪いものばかりで マタン ふむ、君が元気がなかったのはこれが原因か ベラ  申し訳ありません マタン 謝ることはないよ。君はよくやってくれてる。それより、葬儀の方は無事、できそうかな? ベラ  はい。準備は順調です。しかし… マタン なに? ベラ  花が、いるんです。この辺りには咲かない花なので花屋で買うほかありません。しかし、このままでは…あ、いえ!必ず手に入れます。お気になさらないでください。 マタン …ねえベラ、その買い物、僕も一緒に行っていい? ベラ   え? マタン 僕も久しぶりに村の様子を見に行きたいしね。ダメかな? ベラ  …。 マタン わかってる。村の人たちは僕のことを恐れているんだろう?でも、大丈夫。村の人たちは僕の顔を知らないからね。 ベラ  しかし、マタン様にもしものことがあったら マタン 忘れたのかい?ぼくは吸血鬼だよ。何があったってへっちゃらさ。
<村>
村人  おや、ベラじゃないか。いらっしゃい。 ベラ  こんにちは。この前と同じものが欲しいんですけど 村人  ダメダメ。どこも食べ物なんて十分にないんだよ。よそを当たりな。 ベラ  お願いします。とても困っているんです。 村人  ダメだよ。あんたのところだけ贔屓はできないね マタン そうですか…それは困りましたねえ。 村人  え? マタン しかし、見たところ商品は十分棚に並んでいるように見えますが。どうです、ご婦人? 村人  あ、あんた… マタン ああ、これはこれは。申し遅れました。私、森の屋敷に住んでおります、マタンと申します。以後お見知りおきを。 村人   マタン、って、あの… マタン おや、私をご存知なのですか!これは嬉しい。ところで、あなたお名前は?うちのベラがたいそうお世話になっているようなので、よろしければ屋敷に招待させていただきたく… 村人  け、結構でございます。おほほ…(奥に)ちょっと、あんた!今からいうものを持って来な!いいから急いで!ええと、小麦粉が一袋、卵一ダース…
ベラ、マタン笑っている
ベラ  あははは、おっかしい!みました?あのびっくりした顔! マタン  ああ、笑っちゃ悪いけど…いやあ、あんなに怖がってくれるとはねえ!出て来た甲斐があったってものだよ。 ベラ  あ…そうですね。笑ったらかわいそうですね… マタン  そうだね…
ベラ、マタン、吹き出してしまう
ベラ   あはは、どうしましょう、私今、とっても意地悪な人ですね マタン  君は少しぐらい意地悪な方がいいと思うよ ベラ  久しぶりにきちんとお買い物ができました。これも、マタン様のおかげです。本当にありがとうございます。 マタン いいのさ。これでサレスの葬儀も無事にできるってものだよ。 ベラ  なんだか、わたし、マタン様に助けられてばかりですね マタン そんなことないよ。君はいつもぼくの世話を焼いてくれる。君がいなかったら、屋敷はめちゃくちゃになってしまうよ。 ベラ  いえ、そんな…私のしていることなんて大したことではありません マタン 大したことだよ。もっと胸を張りなさい。 ベラ  …いつか、恩返しをさせてくださいね。マタン様のためなら、なんだってします。 マタン そう?じゃあさっそく助けてもらおうかな。僕はお腹が空いてしまったよ。
マタン  二人はその後 、サレスの葬儀に取り掛かった。二人は、相変わらず、いや今まで以上に幸せに暮らしていたけれど、邪悪な影は少しづつ、少しづつ近づいて来ていた。運命の日…ハロウィンの日だ。しかし、二人はもちろん、そんなことは知らない。そして、新月の夜、とうとうサレスの葬儀が行われることとなった…
<屋敷>
マタン  この後は? ベラ   棺を埋めます。…これが本当のお別れになりますから、マタン様、ご挨拶を。 マタン  挨拶…
マタン  サレス、君を待てなくて、本当にごめん。君はもしかしたら、死んでないのかもしれない。でも…とても悲しいことだけど、もう、君と会うことはないんだろうな、と思っている。だから、ここでさよならだ。 ありがとう。君と暮らした100年は、幸せな日々の積み重ねだったよ。さようなら僕の1番大切な友達。
マタン、指輪を外す
マタン  これを君に。君がいないんじゃ、つけていても意味なんてないから。いつか君のところに取りに行くね。
マタン  …棺を埋めようか
マタン、ベラ、棺を埋め始める 二人、黙って埋めている
マタン  サレスは、怒ってるかもね。勝手に、葬儀なんてやっちゃったから ベラ   そうですね マタン  でもね、僕だって怒ってるんだよ。あの日、何も言わずにいなくなってしまったこと。僕がどれだけ悲しんで、心配したと思ってるんだろう。 ベラ   お辛かったでしょう マタン …つらかった ベラ   はい マタン つらかったんだね、僕は
マタン サレスは怒っていないだろうか ベラ  きっと、怒ってなんてないですよ マタン 本当に? ベラ  ええ マタン 本当に… ベラ  はい、きっと。
<サレスの墓>
墓標が立っている
ベラ  マタン様、風邪を引きます。もう戻られた方が良いかと。 マタン  うん、そうだね。もう行かなきゃ
マタン ねえベラ、一曲踊ってもらえないかな ベラ  え? マタン サレスが言ってたんだ。悲しい夜ほど踊ろう、って。サレスはダンスが好きだったから。 ベラ  …。 マタン とはいっても、僕はダンスが下手なんだけど… ベラ  いいですよ。わたしも、下手ですけど、それでもよければ マタン ありがとう。では、手を。
マタン、ベラ、踊る
マタン   あはは、本当だ。君も僕に負けず劣らず下手だねえ ベラ   ご、ごめんなさい… マタン  いいんだよ。僕だって下手なんだから。サレスに見せたらなんて言うだろう。卒倒しちゃうかな
ベラ   マタン様は、サレス様と100年も、ともに過ごされたのですね マタン ああ。今にして思えば、なんて幸せで儚い100年だったんだろうね。 ベラ  私も、それだけ長く生きられればいいのに マタン え? ベラ    そうすれば、ずっと、マタン様のお側にいられます。そしたら…きっと、とても幸せなのに。
ダンスが終わる
マタン 方法ならあるよ ベラ  え? マタン 君だって僕と同じように、何百年も生きられる方法 ベラ  …。 マタン 僕が君の血を吸えばいい ベラ  …! マタン  知ってるだろう?吸血鬼に血を吸われた人間は、吸血鬼になるんだ。
マタン 怖がらなくていい。痛くもなんともないから。ああ…お日様の下には出られなくなってしまうね。でも、心配しなくていい。夜の世界も美しいものだよ。
ベラ、マタンにもらった小箱を落とす 中から指輪の嵌められた男の指が出てくる
ベラ  えっ… マタン ああ…落としちゃダメじゃないか。大切なサレスの指なのに。 ベラ  サレスさまのゆび…? マタン そうだよ。ほら、僕のと同じ指輪がはまってる ベラ  サレスさまは屋敷から出て行ったのではないのですか…? マタン そうだよ ベラ   指だけを、のこして…? マタン  …あれ? ベラ   マタンさま…? マタン  サレスは行方不明になった…?ゆくえふめい…
マタン 僕はあの日、彼と喧嘩をして、そう、かれをえいえんにするというはなしをして、そのためには、のみほさなくてはそして、たましいを…それで…(うわごとのように謎の言葉を口走る)
マタン  地下室… ベラ   …!
ベラ、逃げ出す マタン、残される
<村>
村人 ベラ!いるんだろう、開けろ! 村人  世話係を辞めたってどういうことだい!あの係は責任が…
村人たち、騒いでいるがだんだん態度が軟化していく
村人 マタンに襲われたそうじゃないか。かわいそうに 村人 あんな仕事、こんな若い女にやらせるなんてひどいよねえ。 村人 パイを焼いたんだ。食べるといいよ。ほら…
ベラ、だんだん心を開いていく
ベラ ありがとうございます。ありがとうございます。…ええ、また伺います。仕事?はい、なんでも。私にできることなら。私が役に立てるのなら、ええ…
ベラ、幸せに暮らす
ベラ  …マタン、を倒す?
村人  ああ、今年はひどい不作だった。風も冷たいし、この気候が続けば、村は飢えてしまう。 ベラ  確かに今年は不作ですけど…彼になんの関係が 村人  決まってるだろ!マタンがこの村に呪いをかけてるんだよ! ベラ   そんな… 村人  お前だってあの屋敷で怖い思いをしたんだろう?あいつは倒すべき敵なんだよ 村人  噂では、ショーン爺さんが死んだのもマタンの仕業だって 村人  知ってる知ってる!畑に毒を撒いたってのも聞いた 村人  俺はあんなのは早く殺すべきだと思ってたんだよなあ 村人 マタンが村に来たって聞いたか?あいつが不幸を連れて来たんだ 村人 マタンは悪魔だ。 村人  なあベラ、お前もそう思うだろう? ベラ  ええと… 村人  あいつは頭のおかしい化け物なんだよ。 ベラ  …。
ベラ、ナイフを渡される
村人   ベラ、頼まれてくれるか ベラ  えっ 村人  お前はマタンの屋敷で働いていただろう。なら、マタンの油断を誘えるはずだ ベラ  そんな…私は屋敷を逃げ出した人間です。きっと、彼は私のことを恨んでいます。 村人  じゃあマタンが寝ている間に殺せばいい。 ベラ  でも… 村人  大丈夫。俺たちもついていくさ。いざという時は助けてやるよ ベラ   …。 村人  お前の力が必要なんだ。 村人  俺たちを助けてくれ 村人  頼むよ…
村人たち、ベラにすがる
ベラ  …わかりました。
<屋敷>
マタン、眠っている
ベラ、刺そうとするも、刺せない
ベラ、自分にナイフを刺そうとする マタン、止める
マタン ご機嫌よう…じゃあないね、おはよう、ベラ ベラ   マタンさま…おやすみになられたはずでは マタン  君はなにをしているんだい? ベラ   …。 マタン 眠れないの? ベラ  …はい
マタン 君が屋敷に来て、どれぐらいだっけ ベラ  1年ほど、お世話にになりました。 マタン そうか。時間の流れはわからないものだね。もう何百年も一緒にいるような気持ちだよ。 ベラ  …ごめんなさい マタン  何が? ベラ   私は、マタン様を裏切りました。 マタン ああ、そんなこと ベラ   今ならまだ間に合います。逃げてください。村人たちがすぐそこまできています。 マタン ベラ ベラ  …。 マタン 君は僕が怖いのかい ベラ  …本当のことを言えば、こわい、です。でも
ベラ あなたはは私に居場所をくれました。役目を与えてくれました。優しくしてくれました。どれだけあなたが怖くても、あなたが私にくれたもの、してくれたこと、お側にいられてとても幸せだったこと、全部、本当のことです。それとこれは、関係のないことです。
マタン  じゃあ、十分じゃないか。 ベラ  え? マタン 君が裏切ったとしても、僕を殺そうとしたとしても、君と暮らした日々がなくなるわけじゃない。それとこれは関係ないんだよ。 ベラ …。 マタン ねえ、そんな顔しないで。君が悲しいと僕も悲しいよ。だって、僕らは友達じゃないか。 ベラ     マタン様
村人たちの声
ベラ   来ました…!裏口から逃げましょう。そこならまだ…
火の音
マタン これは… ベラ  そんな、まさか…
屋敷が燃える
ベラ  みなさん、やめてください!屋敷を燃やすなんて…(村人たちには届かない) 村人   マタンは化け物だ! 村人  燃やせ燃やせ! 村人  ベラがまだ中にいるんじゃないか? 村人  いいんだよ。あいつも呪われた女だからな 村人  マタンの手先なのさ。ほら、燃やせ燃やせ!
ベラ  そんな… マタン 最初から君ごと僕を殺すつもりだったみたいだね ベラ   マタン様、逃げましょう。地下からなら森に出られます。そうすれば マタン ああ…
逃げ出す二人
<森>
村人たちに見つかる 村人たち、ハロウィンの仮装をしている
村人 いたぞ、マタンとベラだ! 村人   逃すな!
二人、逃げるが逃げ場がなくなっていく
マタン こっちも駄目か ベラ  どうしましょう…もう逃げる場所が マタン  …二手に分かれようか ベラ  え? マタン  二手に別れれば追っても混乱するはず。そうすればチャンスがあるかもしれない ベラ …。 マタン  心配しないで。絶対に大丈夫だよ。君は賢くて強い子だ。…この先に橋がああるのは知ってるね?そこで合流しよう。 ベラ  …わかりました。
二人、別れる
ベラ  マタン様 マタン なに? ベラ  必ずきてください。待ってますから。 マタン もちろん
村人  こっちにいたぞ! 村人  ベラだけか? 村人   マタンはどこにいる
ベラ、隠れる
村人  おかしいな、こっちの方に逃げたはずなんだが…
村人  おい、急いで屋敷に戻れ! 村人   なんだよ 村人  とうとうマタンが捕まったらしいぞ 村人  なんだって? 村人  なんでも屋敷に戻ってきたらしい。馬鹿だよなあ。 村人  はぁ? なんでそんなこと 村人  さぁ、化け物の考えることはわからんよ。行こうぜ
村人達、去る
ベラ  マタン様…!
<屋敷>
マタン、うずくまっている 村人達、マタンを罵り、暴力を振るっている
村人  どうだ、さすがに死んだか? 村人  気絶してるだけじゃないか?この男、吸血鬼って聞いたぞ 村人  そんなわけあるか。ただの気の狂った男さ。 村人  わざわざ目立つように屋敷に帰ってくるなんて、死にたいのか、こいつ 村人  何考えてんだか…あ?これなんだ?
村人、マタンの抱えていたサレスの墓標を取る
村人  …墓標か? 村人  この汚い板が?誰の墓だって言うんだ 村人 おら、よこせ
サレスの墓標が壊される
ベラ、落ちていたショベルを手にする
ベラ、ショベルを振るう
村人、静かになる
ベラ  化け物は…
ベラ、シャベルを振るう
村人が死んでいく…
<墓地>
マタン  こうして、マタンは死に、村人も大勢死に、屋敷は燃え、村は滅び、ベラだけが残された。ベラはマタンとサレス、そして村人達の死をいたみ、全員の葬儀を行なった。そして屋敷の燃えたあとには墓が並んだ。そう、この墓地のもとだね。で、夜になるとこの墓地ではマタンとベラの亡霊が現れて、屋敷に火をつけた村人を探し、さまよう、そう、だ…屋敷を燃やしたのはお前かー! 墓荒らし ぎゃー!…って、怖い話なのかよ! マタン  そうだよ。ぼくのとっておき 墓荒らし 楽しい話つったじゃねえかよぉ マタン  そうそう、このお話には続きがあるんだ。 墓荒らし 続き? マタン   実はマタンは死んでいなかった。なにせ彼は吸血鬼。人間ごときにことせるはずもなかった。彼はベラとともに海を渡り、遠い異国の地で、平和に幸せに暮らしましたとさ。 墓荒らし いやお前、さっき死んだって… マタン さらにさらに続きがあって、そのマタンはつい最近この墓地に帰ってきたのでした。もちろんベラも一緒にね。そして今はここで墓守として面白おかしく暮らしています。ちゃんちゃん。はい、今度こそ終わり。 墓荒らし 墓守って… マタン   …気づいてしまったか。 そう、このぼくこそが…この墓地の墓守にして、吸血鬼マタン、その人なのです! 墓荒らし どうせそんなオチだろうと思ったよ。はいはい。 マタン  ええ、何その反応。本当だってば 墓荒らし  そうかい。…お、そろそろ日が昇るな。吸血鬼は帰った方がいいんじゃねえか? マタン  おや、もうそんな時間か。
ベラ   マタン!やっと見つけた マタン  あれ、どうしたのそんなに息を切らせて。 ベラ   あなたが見回りから戻ってこないから。とても心配したのよ。もう日が昇るわ。帰らないと。 マタン  そうだね。帰ろうか。じゃあね、楽しい夜だったよ。 墓荒らし お、おう…またな マタン あ、そうそう
マタン 墓荒らしなんてするもんじゃないよ。特に、吸血鬼の住む墓地では、ね
ベラ、マタン 、去る
墓荒らし まさか…な
墓荒らし、去る
終わり
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junshiurita · 3 years ago
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はっぴーはろぃん、はやらず、ひたすら原稿チェックして、直して、胃腸痛くて、原稿読み返して、ダンベル効かせて、スクワットして、二頭筋はち切れそうで、また読み返している。
ひよっけが大好きです
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tottorisakyu · 3 years ago
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イキのいい鯉幟 #長編 #吹き流し (善福寺公園)
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yuupsychedelic · 4 years ago
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Episode 5「漂流宇宙人」
【主な登場人物】 陣野 雅・・・つばさの家の居候。弾き語りがとにかく好きなSSW志望。 陣野 つばさ・・・霧野街郊外の山で力尽きていた雅を迎え入れる。 柴原翔太郎・・・バンドマン。今回の実質的な主人公。 朝霞 直人・・・秀才。ちょっとツンデレ気味。ギターが弾けない。今回は登場なし。 織田洋・・・高校生とは思えないほどギターが上手い。今回は登場なし。 井口沙也加・・・ゲーム音楽が好きなサブカル系女子高生。今回は登場なし。 星 大地・・・各地のライブハウスで評判を呼ぶSSW。 榊 康彦・・・ライブハウス「霧野街ATTIC」の支配人。 醍醐 真・・・時の内閣総理大臣。 「あのモロボシくんも、今日は静かに大地くんの声に聴き入ってるなぁ...」 「モロボシくん」とは、ライブハウス「霧野街ATTIC」のマスコットである。今日はATTICで最近話題を呼んでいるアーティスト「星 大地」のワンマンライブが行われているのだ。いつもなら、吠えまくって支配人の榊さんに外へ連れ出されてしまうのだけど、星 大地が演奏している時は、静かに真剣な眼差しでギターを見つめている。いったい、何故だろうか。そこまで魅力のある声なのだろうか。確かに「星 大地」の声はほかのアーティストにはない伸びを感じさせる。サイモンとガーファンクルのアート・ガーファンクルに通じるような声。そう関係者の間では、評判になっていた。曲はトレンドを追いかけたものではないものの、確かに芯のある内容を歌っている。そんな感じで、一部のコアなファンからどんどん人気が広がっていった。 「今日は僕のワンマンに来ていただき、本当にありがとうございます。弾き語りで、最初は地味かなと自分では思っていたのですが、何かの幸運が重なって、ここまで来ることが出来たのはファンの皆さんのおかげです。」 初めてのワンマンにもかかわらず、完璧なステージ構成と、パフォーマンスで、俺は本当にこのアーティストの才能は計り知れないということを心で感じていた。 「今日のワンマン、よかったね。」 「大地くんのライブ、もう100本見てるけど、今日が一番だと思う。」 確かに、それは俺も同感だ。だけど、何か心の中に迷いを感じるというか、所詮ハーフボイルドな俺にはわからないのだけど、ちょっとしたいわゆる「添加物」が今日の歌声には混じっているような気がしたんだ。 「今日のライブ、あんまり声が出てなかったなぁ。どうして僕はこうなんだろう。」 あっ、大地くんだ。やっぱり何か悩んでいたんだ。すごく声を掛けたかったけれど、今日の興奮を失いたくなかったので、あえて止めておくことにした。 「昨日の大地くんのライブ、どうだった?」 「最高だったよ。高いお金を払って行った価値があった。」 「キミ、何か思ってることあるでしょう?なんか、今日変だよ。棒読みだし。」 「つばさ、気付いてた?」 「わたし、人の心の変化に気づくってことが得意な人間だから。」 「でもさ、あれほどの実力があるアーティストがなぜ悩むのだろう。」 「どんなアーティストでも悩むものだよ。キミも、わたしも。」 「大地くんの悩みは、結構深刻そうに俺には見えた。」 「そうなんだ...」 少しの沈黙。いつもの公園を空気だけが吹き抜ける瞬間。 「でも、翔ちゃんが楽しめたならそれでいいんじゃない。」 「まあね。」 ちょっと気まずい。それでも、気分を奮い立たせようと頑張る。そう決めた時だった。公園の向こう側から、人型の物体を見たのは。 「つばさ、あれはなんだ?」 「えっ、どれ?」 「あそこにいる、白い人型の...」 「えーっ!!」 ギターケースを抱え、歩く人型の未確認生物。少し落ち込んでいるようにも見える。 「とりあえず、警察に電話しようよ。」 「そうした方がいいな。」 俺たちは、その未確認生物をスマフォのカメラに収め、警察に送った。何が起こるかわからないのが現在のご時世。油断はできない。 「君たち、もしかして僕のこと警察に言った?」 「ば、化け物の声だ...」 「でも、この声どこかで聞いたことあるぞ。もしかして、大地くん?」 「嘘でしょ。人間だし。」 「When you're weary, feeling small...」 このアート・ガーファンクルのような声。確かに、星 大地の声だ。ワンコーラスを歌い終えた時、周りに一瞬の閃光が走り、次の瞬間、未確認生物の姿は人間、つまり星 大地の姿に変わっていた。 「驚いた?」 「少しは。」 「お前が、星 大地なのか?」 「そう。僕が星 大地だよ。またの名を、ジャンピエラ遊星人 アルテディア。」 「ジャンピエラ遊星人...」 「アルテディア?」 「アルカディアとアルテミスを掛け合わせたって小さい頃に聞いた。僕の星は、小さい頃に謎の光によって粉々に砕け散った。芸術を愛する人たちが集う星だったんだ。破滅の少し前に、宇宙旅行へ旅立った者だけが、様々な星に散らばって生きている。」 「つまり、キミは宇宙人ってことだね。」 「そう。僕は漂流宇宙人なんだ。」 そこまで言い終えたとき、大地とジャンピエラ星雲人の姿が重なって、まるで目に見える映像が歪んでいるように感じた。僕は苦しんでいる。そう俺たちに伝えるかのように。 「どの星でも、どんなに親しい友達が出来たとしても、最後は迫害されて追い出された。それが僕たちみたいな漂流宇宙人だ。地球でも...」 「キミたちがこいつの第一発見者だな。見つけてくれてありがとう。もう大丈夫だ、あとは俺たちに任せろ!」 自衛隊と機動隊の連合部隊が入ってきて、ジャンピエラ星雲人、いや、大地を取り囲んだ。自衛隊員たちに守られている俺たちは、彼を見ていることしか出来なかったんだ... 「お前をこの星の法に従い、始末する。覚悟は出来てるな。」 「ぼ、僕が、何をしたっていうんですか?」 「それは君が一番分かっていることだろう?」 俺はスマフォを起動させ、ニュースサイトを開いた。すると、そこに飛び込んできたのは... 「怪獣・宇宙人駆除基本法に基づき、未確認生物No.350を処分することを国会で決議し、可決された。今から、法に従い、No.350を処分いたしますので、国民の皆様にご報告いたします。」 内閣総理大臣・醍醐 真の声が非情にも天才と呼ばれたシンガーソングライター「星 大地」又の名を「ジャンピエラ遊星人・アルテディア」を処刑するということを告げた。そして、その声を聞くとともに、自衛隊員に無線が送られ、89式5.56mm小銃の銃口が大地に向けられた。 「おい、これ、どうするんだよ?」 「この国の議員は、本当に法治国家の議員かよ。」 「可哀想...」 「君たち、これは法で決められたことなんだ。諦めてくれ。」 「はい、それはわかっていますけど...」 空砲が2発、空に向かって撃たれた。そして...。閑静な住宅街に小銃の音が高らかに響いた。国家権力の正義が、遂行されたとき、一人の宇宙人が、死亡した。そう誰もが思っていた。だけど、大地は死んでいなかった。彼のもつ唯一にして最大の特殊能力を使ったのである。その能力とは、テレポーテーション。寿命が大きく縮まる大技である。それに気づいた自衛隊員は、大地を追いかけていく。一目散に逃げる大地は、雅が歩いてくるのを見て、助けを求めた。 「ど、どうしたの!?」 「とにかく、僕を助けてください。このままだと、あの人たちに、殺されてしまいます!」 「何が起こったのかわからないのだけど...」 雅があたふたしている間に、自衛隊員たちはすぐ傍まで迫ってきた。 「未確認生物 No.350、ようやく捕まえたぞ。」 「早くおとなしくしておけば、こんなことにならずに済んだのにな。」 俺たちは自衛隊員たちを追いかけてここまでやってきたけど、やっぱり何もすることは出来なかった。 「雅、こっちに来なさい!」 「でも!」 「君の命が危険に晒されているんだ。わたしたちがあとは始末するから。」 「何もしていない、地球に来て好きなことをしていただけの生き物を、殺してしまうなんてそんなの間違ってるよ!」 「雅さん...」 「おい、お前は何を言ってるんだ!事の重大さがわかっているのか!?」 「わかってる。それでも、地球人も異星人も同じ人間、同じ宇宙の中で生きてきた仲間じゃない!そんなこともわからないの?」 「これは法で決まっていることなんだ!」 「武器を使って振りかざされる正義なんて、そんなの正義とは言わない!」 「雅!」 「どうなってるんだ...」 「それは、単なる悪に過ぎないのよ。」 「いい加減にしろ!」 自衛隊員が無理やり雅を振り払い、5.56mm小銃をジャンピエラ遊星人に打ち込んだ。大きな音を立てて、崩れ落ちていく。そして、住宅街には雅の壮絶な泣声だけが聞こえていた... あれから、数日後。俺たちはあの日の公園に向かった。今は何もなかったように、子供たちが遊んでいる。俺たちの記憶には、何もできなかった虚しさと、孤高のシンガーソングライターとしてその人生を全うした「星 大地」の生き様だけが残っていた。空には彗星が輝き、近年でも稀に見る天体ショーが繰り広げられていたが、俺たちはそれどころではなかった。 「俺のせいで、大地が...」 「キミのせいじゃないって。」 「そうですよ、翔太郎さんのせいでは...」 「雅ちゃんって、俺の名前知ってたっけ?」 「いや...」 俺たちが無意味な言い合いを続けていると、後ろから少しずつ足音が聞こえてきた。どんどん近づいてきて、すぐ側にまで来たとき、あの声が聞こえてきた。 「When you're weary, feeling small When tears are in your eyes, I will dry them all I'm on your side When times get rough And friends just can't be found Like a bridge over troubled water I will lay me down Like a bridge over troubled water I will lay me down  When you're down and out When you're on the street When evening falls so hard I will comfort you  I'll take your part When darkness comes And pain is all around Like a bridge over troubled water I will lay me down Like a bridge over troubled water I will lay me down  Sail on silver girl Sail on by Your time has come to shine All your dreams are on their way See how they shine If you need a friend I'm sailing right behind Like a bridge over troubled water I will ease your mind Like a bridge over troubled water I will ease your mind」 「大地くん、生きてたんだ...」 「明日に、架ける橋...」 「たとえ、僕が宇宙の果てで力尽きたとしても、音楽の力だけは消えない。僕は宇宙の向こう側から、君たちのことを見守っている。この星の音楽の未来を、頼んだよ。」 ペルセウス座流星群が輝く夜、ひとつの黄金よりも明るい光が、宇宙へ飛び立った。俺たちは、この君との不思議な時間を絶対に忘れない。そして、かけがえのない音楽の力を、みんなへ届けていく。 【参考文献】 「Bridge over Troubled Water(邦題:明日に架ける橋)」 詞・曲:Paul Frederic Simon 歌:Simon & Garfunkel
To be Continued...
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hewhome-blog · 5 years ago
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『なんで俺なんだよ』
699:本当にあった怖い名無し:2008/05/05(月) 22:30:07 ID:UeVqwJ3TO
最近体験した怖い出来事です。 文章堅いのでいまいち怖くないかもしれませんが、洒落にならないくらい怖かったです。 今年の2月下旬、出張で都内のビジネスホテルに泊まった。 翌朝、同僚と一緒にホテル一階のレストランでモーニングを食べていると、 ホテルの前にパトカーが止まり、警察官が駆け込んでくるのが見えた。 何だろ?と思っている間にパトカーがどんどん増え、レスキューまで来たので、 「ちょっと見てくる」といって、同僚を残してホテルの前の道路に出た。 外ではレストランの窓からは見えなかったが、救急車や覆面パトカーなどが 列を作っていて、多くの通行人が立ち止まってホテルを見上げていた。 俺もつられて見てみると、ホテルの屋上に手をかけて、 人間がぶらさがっているのが見えた。 外壁を足で蹴り、這上がろうとしているのかバタバタと動いている。 ちなみにホテルは十数階建てだった。 びっくりしてしばらく見ていたが、このままだと嫌なものを 見るハメになると気付き、レストランに戻ることにした。 席に着いた俺に同僚が「何だった?」と聞いてきたので、 「屋上から人がぶらさがってる」とだけ答えた。 700:本当にあった怖い名無し:2008/05/05(月) 22:33:25 ID:UeVqwJ3TO 同僚は驚いた様子だったが、外に見に行こうとはせず、 なんとなく会話もなくなって二人で飯を食べてた。 そのまま五分くらい経って、何の動きも無かったので助かったのかな、と思った瞬間、「バーン!」という大きな音が聞こえた。 思わず同僚と顔を見合わせる。 「落ちたね……」同僚が呟くように言い、俺も頷きながらそのまま無言で食事を続けた。 しばらくして、警察官がレストランの窓の外に青いビニルシートを貼り付けだした。 しかし窓がでかかっため、シートでは全て隠すことはできず、隙間から外を見ることができた。 俺は窓の横の席だったが、なるべく気にしないようにしてコーヒーを飲んでいたが、 間もなく消防隊員がタンカを持って窓の横を通るのが見えた。 見たくなかった筈なのに、自然と目が吸い付けられる。 タンカに乗せられ、白いシーツを被せられた人型の盛り上がりが目に入った。 顔まで被せられてるのは死んでいるからだろうか? 時間にすれば一瞬だったが、シーツの白さがやけに瞼に残って気持ち悪かった。 701:本当にあった怖い名無し:2008/05/05(月) 22:35:40 ID:UeVqwJ3TO 二日後、出張を終えて会社に戻り、 週末と重なったので月曜日に久しぶりに出社したところ、同僚が休んでいた。 体調が悪いとのことで、同期の女の子に「東京で悪い病気貰ってきたんじゃない?君は大丈夫?」とからかわれたが、出張中は特に調子の悪そうな様子は無かったので、不思議に思った。 仕事が終わり、見舞いがてら様子を見に行こうと、同僚が住むマンションに立ち寄った。 エレベーターで七階に上がり、同僚の部屋を訪ねると、目の下にクマをつくった、 異様に疲れた表情の同僚が迎えてくれた。 「大丈夫か?飯は食べてるか」 俺が聞くと、同僚は軽く笑った。 「ああ。外に出れないから、買い置きのインスタントばっか食べる。」 「そんな悪いのか?じゃあ何か買ってくるよ。何がいい?」 尋ねる俺に、同僚は泣き笑いみたいな表情を見せた。 明らかに精神的にやばくなってるようだった。 「でれないんだよ。エレベーターでも、階段でも、アイツがいるんだ」 「何?アイツって誰だよ?借金取りか何かか?」 「そんなんじゃないよ!!何で俺なんだよ、何で……」 同僚はそのまま泣き出してしまった。 702:本当にあった怖い名無し:2008/05/05(月) 22:38:11 ID:UeVqwJ3TO ラチがあかないと思った俺は、取りあえず飯でも食おうと外に誘ったが、 同僚は外に出ることを激しく嫌がった。 冷蔵庫の中身はほとんど空で、買い置きも無い様子だったので、 仕方なく俺は買い出しにいってくると告げて、玄関の外に出た。 同僚の様子を会社に連絡するか、それとも両親に知らせるか、 などと考えながらエレベーターを待っていると、 下から上がってきたエレベーターが目の前を通り過ぎていった。 エレベーターは扉がガラスになっていて、外からでも中を見ることが出来た。 通り過ぎていくエレベーターの中に、子供のような低い姿が一瞬見えた。 エレベーターは最上階に止まったまま、なかなか降りてこなかった。 5分くらいしても降りてくる気配のないエレベーターに嫌気がさして、階段で降りることにした。 七階だが、下りならそれほど苦でもない。 階段のドアを開けると、普段あまり使う人がいないためか、空気が淀み、埃がたまっていた。 しばらく降りていくと、下から誰かが上がってくる音が聞こえた。 703:本当にあった怖い名無し:2008/05/05(月) 22:40:10 ID:UeVqwJ3TO 階段使う人もいるんだな、と少し驚きながら降りていくと、 下から上がってきたモノとすれ違った。 それは、子供ほどの身長だった。 顔は中年の女。どこにでもいそうな顔だが、位置が違う。 顔は本来あるべき場所より遥か下の、ミゾオチのあたりにあった。 強い力で頭を押し込んだような感じといえばいいのか? 腕はやや上向きに開いており、歩くたびにユラユラ揺れていた。 俺はあまりのことに息を呑んだ。叫ぶこともできなかった。 足が固まり、悪夢でも見ているかのような思いだった。 女は硬直した俺の横を、ヒョコヒョコと階段を登っていき、やがて音も聞こえなくなった。 俺は金縛りが解けたように大声で叫ぶと、無我夢中で階段を降り、マンションから逃げ出した。 コンビニまで走り、明るい場所で同僚に電話した。 俺は慌てまくっていたが、同僚は以外に冷静だった。 「あれ、飛び降りた女だよ。あの時タンカなんか見るんじゃなかった。 運ばれていくアイツと目が合ったんだ。潰れて、めり込んだ顔で目だけが やたら大きく見えて…あんなに警察や消防がいたのに、何で俺なんだよ」 そう言って同僚は大きくため息をついた。 704:本当にあった怖い名無し:2008/05/05(月) 22:42:30 ID:UeVqwJ3TO しばらくして同僚は会社を辞め、田舎に帰った。実家は平屋なので安心すると言っていた。 不思議なのは、同僚はタンカに乗せられた女を見たと言っていたが、 タンカには確かにシーツが被せられ、人は見えなかった筈なのだが。 俺はあの日以来、なるべく階段は使わないようにしている。 またアイツとすれ違ったらと思うと、怖くて使えないからだ。
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swallowtail-jaded · 5 years ago
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みんなはうたえるかいー1
真っ白な真っ白な海
浅い眠りがゆるやかにつづく
タオルケット、真夏の風と、あざやかな空
ひとりで死ぬのは苦しい
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swallowtail-jaded · 5 years ago
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監視塔の守り人たち-2
俺はそいつを見た瞬間、全身の力が抜けて、あとなんだろうな、恐怖で総毛立つって経験を久々にした。
ただの人間なんだよね、でも歯だけは、それが人を食いすぎて進化したみたく、ギザギザになってんの。
そんで、目が黄色く光っててさ。
監視塔の守衛 守山
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swallowtail-jaded · 5 years ago
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臨時ニュース-1
ここでたった今入ってきた最新情報をお伝えします。
大量破壊兵器SA-2NGEN、通称魚人間が新四国市の高知中央飛行場から多数、飛び立ったとの報告がありました。
到着目標は対立する地中梨国と思われます。
えー、更に追加で情報が入ってきました。
多数の魚人間が地中梨国の特定防護対象海域の上空において爆散。
直下の地中梨国防衛プラトンにおいて甚大な被害が出ている模様です。
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indro03-c · 5 years ago
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思い募る夜明け
ああ、どうしてそんな顔をする。
その日は日柄もよく、詩嚢を肥やすには最適だった。 いつものように中庭の長椅子に腰掛け、紙とペンで思想を書き付ける。 その中の幾つが作品に昇華されるかは分からないが、書き留める作業は嫌いではなかった。
「今日はこんなところか」
一通り書き留め、何をするでもなく空を仰ぐ。 空は蒼く澄み渡っており、風が木立を揺らし葉の音を立てる。 風流だ。こうして悠長にしていられるのも、あと僅かだろう。
「あれ、タナッセだ」
風の音に割り込むように声がした。横合いを見ればレハトが立っている。 近頃何かとこいつに出くわすことが多い。これも神の御導き、というものだろうか。
「ああ、お前か。どうした」 「ちょっと散歩してたらタナッセが見えたから」 「そうか。そんな所で立っているのもなんだろう。こっちに来て座ってはどうだ」
思えば、こんな風にレハトと相席するなど誰が想像しただろうか。 以前であれば想像もできなかった。相容れぬことはないと思っていたし、互いに理解し合うこともないと思っていた。 しかし、今私とこいつは同じ時同じ椅子に座り話題を共有している。 何とも奇妙なことである。
「お前と知り合ってからもうすぐ一年か。この一年、やけに早かった気がするな。どうだ、お前も少しは慣れたか」 「うん。最初は全然お城の事とか分からなかったけど、今は大丈夫。タナッセもいるしね!」
私がいる、か。中々に嬉しいことを言ってくれる。勿論口が裂けてもそんなことは言わないが。 揶揄されることはあれど、頼られることなどなかった私には新鮮な心地である。
「近頃は評判も良いと聞く。私などいなくとも、お前ならば一人で事を成していただろう。そう私を買い被るな、自分に自信を持て」 「そんな事ないよ!タナッセのお陰だよ、ありがとね」
会った当初に比べると、こいつも随分と丸くなったものだ。 ああ、もしかしたらそれは私もかもしれない。
こんな風に談笑するなど、およそ私らしくもないな、と薄く笑った。
「一年、か。……お前はこれからの事を…… 成人後はどうするのか決めているのか?」
聞けばレハトは迷う素振りを見せた。 学問の道も気になるが、武勇を生かす道も考えているという。 確かに勉強熱心ではあるし、体を動かすことも好きそうではあった。 迷うのも仕方ないだろう。
「そうか。まあまだ時間はある、自分の納得のいく道を決めれば良い」 「タナッセはどうするの?」 「私か?私はそうだな……」
以前から決めていたことを話す。 城を出ようと思っている、と。
「詩の師事をしてくれる方がいてな、その人の元に就こうと思っている。城を出ることには不安もあるが…… いつまでも王子という立場に甘えている訳にはいかん。そもそも、王子ではなくなる訳だしな」
そう笑って話せば、レハトは亜麻色の目を見開いてこちらを見ていた。 瞳が大きく揺れているように見える。
「……どうした?」 「ううん」
先程とは変わり、言葉少なのまま俯いてしまう。 一体どうしたというのか。
「体調でも悪いのか」 「そうじゃない、大丈夫」
そうは言うものの、見るからに様子がおかしい。 モルに目配せをするが、困惑したような視線が返ってくるだけだった。
「……タナッセ、ほんとにお城出ちゃうの?」 「あ?ああ、まだ決まったわけではないがな。以前ディットンの話をしただろう。 そこに行こうかと思っている。ディットンは中々良いところだぞ、お前も機会があれば行ってみると良い」
ディットンの名産品や古神殿のこと、師事を乞う人…… つまり、ヤニエ師の事を話す。 しかし、何を話そうがレハトは俯いたままだった。いつもなら私の話には食いついてくるというのに、本当にどうしたのだろう。
「…………」 「おい、どうした。やはり体調が芳しくないのではないか。医務室に……」 「行かないで」
今、何と言ったのだろう。 私の聞き間違いだろうか。そうであってほしい、と神に願う。
「何……」
いつの間にか服を掴まれていた。 レハトの顔は見えない。ただ、私の服を掴む手が、肩が震えている。
「レハト?」 「いかないで」
か細い、震えた声だった。
いかないで。
それはどういう意味だろうか。 ……いや、言い訳はやめよう。分かっている。 レハトは、私に行くなと言っている。城を出ないでくれ、と。
「私、タナッセがいたから頑張れたんだよ。お城に一人でも頑張れたんだよ。 タナッセがいなくなったら、お城に一人ぼっちになっちゃう」 「それは…… お前は、勘違いしているだけだ。私にはお前が言うほどの価値はない。 お前が努力できたのは、お前の力だ。私がいなくとも、お前なら乗り越えられる」
これは拒絶になるのだろうか。 そう答えれば、強く皺になる程服を掴んだ後、手が離された。 膝の上に添えられた手は強く握られているのか、赤く筋が付いている。
「……ううん、私の我儘。ごめんね、タナッセ困るよね。お城、嫌だったもんね。 やっと夢目指せるんだもんね。ごめんね、困らせちゃって。ごめんね……」
こういう時、どうしたら良いのか分からない。 何と声をかければ正解なのか。
ユリリエやヴァイルなら分かっただろうか。
「頑張ってね、私、応援、してるから」
ああ、どうしてそんな顔をする。
顔を上げたレハトの顔は引き攣り歪んでいた。 無理矢理作った笑顔は今にも崩れそうで、丸い瞳は赤く潤んでいる。
どうして、私如きにそんな顔をする。
「ずっと、応援……」 「レハト」 「して……っ、でも、でも、好きなんだもん。一緒にいたいんだもん。タナッセのそばに、いたい……」
ここに残るということは、詩人になるという夢が遠のく事を意味している。 目指すのであればディットンへ向かうことが最善だろう。レハトもそのことは分かっている。 そうすべきである。だが。
どうして、こんなレハトを放っておけるだろうか。
「……分かった」 「……?」 「お前の気持ちは受け取れない。だが、ここには留まろう。何、後数年ここにいるくらいなら許されるだろう。 お前が引き留めたのだからな、その分は付き合ってもらうぞ」 「…………いいの……?」
信じられない、と言った目でレハトが顔を向ける。私自身己の発言が信じられなかった。 以前ならば、漸くこの腐りきった城から離れることができると歓喜していたというのに。
一体どういう心境の変化だろう。
「ごめんね、ごめんね」 「……泣くな、鬱陶しい。いいか、お前の気持ちは有難いが受け取れない、それは覚えておけ。……わかったな」 「うん、うん……」
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにさせ、レハトは笑った。顔が引き攣りうまく笑えていない。 涙を拭けと肩布を投げてやると、更に破顔させて布を握っていた。
「ありがとう、タナッセ」
何がそんなに嬉しいのだろう。 私はただここに留まると言っただけだ。 気持ちは受け取れないとはっきり伝えたというのに、それでも良いとばかりにレハトは笑う。
分からない。こいつが…… 分からない。
「そんな顔では私が何か仕出かしたのかと疑われかねん、送ってやるからさっさと部屋に戻れ」
泣かせたことには変わりないが、また妙な噂が立っても困るのは事実である。 めそめそと嗚咽を立てるレハトを部屋まで送ると、侍従に睨まれたのは言うまでもないだろう。
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「ねー、タナッセ本貸してー」 「もう少し礼儀というものを知らんのか貴様は」
告白を受けてから数日が経ったが、私とレハトの関係は相変わらずだった。 あの後、レハトが妙に懐くのではないかと俄かに心配していたが、どうやら杞憂だったようで 特段纏わり付くこともなく今まで通りの距離感で接している。
「そう言えば先だって貸した本はもう読み終えたのか」 「あ!あれね、うん、すごく面白かった!修辞法とかなんか凄かった!」 「ほう。中々解ってきたと見える。ティパーリンは私も気に入っていてな、あの表現が何とも奥深い。 薄氷のような繊細でいて、隅々まで張られた綿密かつ大胆な……」 「……うん?」 「……お前本当に理解したのか」
……呆れることも増えたが。
「ああ、そうだ。今回貸した本はなるべく次の週までに返してくれ。来週は所用で出掛けるのでな」 「お出掛け?どこ行くの?」 「ディットンの方に少しな。ヤニエ師の話はしただろう。あの人のところに以前行った時に目通しして貰った詩を受け取りにな」 「……鳥文じゃだめなの?」
あの時から、こいつの表情の変化が随分と分かるようになった。晴れやかだった顔は俄かに翳り落ち込んだように下を向く。 仕方がないな、と軽く頭を小突いてやると窺うように視線を上げた。
きっと、私も仕方のない者に分類されるだろう。
「師事もその時に少し受けるのでな。何、数ヶ月も留守にするわけではない。二週程だ。 それくらい、かの寵愛者様なら待てるだろう? それとも私がいなければ兎鹿の子のように寂しさで死んでしまうかな。 まさかそんな事はあるまい?」 「む、待てるもん……!!タナッセのばーかばーか!」
失礼な。まあからかい過ぎた自覚はあるので軽く謝っておく。
「そういう事だ、来週から二週はいないからな。暇ならヴァイルに構ってもらえ。 ああ、鳥文で『タナッセ助けて〜寂しくてレハト死んじゃうよ〜』など送ってくるなよ。ヤニエ師の前で恥をかくからな」 「送らないよ!タナッセのばーか!!」
しおらしくなったと思ったら途端に蹴りを入れようとしてくる態度はどうにかならないものか。
「そうだ、何か入り用ならディットンで買ってきてやるが。何かいるか」 「……いらない」 「遠慮しなくとも良いぞ」
そう聞けばレハトは首を横に振った。 私が帰ってきてくれればそれで良い、と。
「……そうか。それはそれは、流石神に愛されし寵愛者様は慈悲深いな。有難く受け取っておこう」
手に持っていた本を投げ付けられた。 本は投げるものではないぞ。
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ディットンへの出立の日、レハトが見送りに来ていた。 目が少し腫れている気がする。
……だからどうという訳ではないが。決して。
「それでは私は行ってくるが…… 寂しさにかまけて侍従にやたらと迷惑をかけたりするんじゃないぞ。いいな。 それと私に泣きついてくるなよ、どうしようもないからな」 「しないよ!」 「おや、私が城を出ると聞いた時に泣きながら引き留めたのは誰だったかな」 「うがー!タナッセの意地悪ー!根性悪ー!帰ったら噛み付いてやるー!」
からからと思わず喉から声が出た。くるくると表情の変わるレハトは見ていて飽きない。 それでも、やはり心細いのか不安そうな色を顔に浮かべている。
「…… たった二週だ。それくらい、待てるだろう?すぐに帰ってくる、心配するな」 「心配なんてしてない」 「……そうか。では、行ってくる」
手を振るレハトの姿がいつもより小さく見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。
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ディットンに着いてからは忙しさにかまけて城のことは忘れ気味になっていた。 ヤニエ師が厳しい人なのは知っていたが、それでも扱かれると中々に骨が折れる。 たかが二週、と思っていたが、いざ体感すると道程は長く感じた。
「そう言えば、城の方はどうなっている?」
ヤニエ師がふと思いついたように口にした。……レハトはどうしているだろうか。 上手くやっているといいが。まあ、私が心配しなくともあいつならどうにかしているだろう。 いざとなればヴァイル達がいる。
「おい、どうなんだ?」 「あ、え、ええ。友人が詩に興味を持ったようで。よく勉強を教えろと煩いですよ」 「ほう、友人か。その者も詩は書くのか」 「まあ、多少は」 「ならば連れて来ると良い。お前の友人など、さぞ物好きだろうからな。顔を拝んでみたい」
ヤニエ師も中々失礼な人だろう。いや、私も人の事は言えないが。 機会があれば、とだけ答えその日の師事は終了となった。
月明かりが辺りを薄く照らす中、露台でぼんやりとレハトのことを考えていた。 出立の日、声にこそ出していなかったが、あの顔はどう見ても不安を表していたように思う。
たかが二週、友人が遠出するだけである。
「友人、か……」
レハトが私を引き留めた日のことを思い出す。
泣き腫らしていた。そばにいたいと服を掴んで。 あの時、断ろうと思えば断る事はできた。私はディットンへ行く、と。
「あんな顔をされたら、出来ないではないか……」
柵に乗せている腕に頭を預ける。あれが正解だったのか、未だにわからない。 友人としての関係は良好だと思っている。
……いつまで続けられるだろう。
「……馬鹿が」
呟きは闇に溶けていった。
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程無くして二週が過ぎようとしていた。こってり絞られながらも、何とか無事帰路につけそうである。 帰り際も「友人に宜しく頼む」とヤニエ師は言葉を残した。 顔がにやついているのが気になるが、気にしても無駄だろう。そういう人だ。
道中に土産でも買ってやろうかと思い立つが、ふとレハトの言葉を思い出す。 ……恐らく、私が一刻も早く帰る事があいつへの土産になるのだろう。
嘆息をつき鹿車を急がせた。
城に着くと真っ先に迎えたのはレハトだった。
鹿車から降りるや否や、遅いだのなんだのと言いながら体当たりを食らわせてくる。 もう少し友人を労うことは出来ないのだろうか。
「おい、随分なご挨拶だな。それが田舎式の挨拶か?この城では受け入れられないからな、やめておいた方が無難だぞ」 「あー!タナッセのその嫌味ったらしい口振り!久しぶり!」
喜んでいるのか貶しているのか判断に困る。 まあ顔は喜んでいるので良しとしよう。だとしても体当たりはご遠慮願いたいが。
「どうだ、二週間息災にしていたか」 「もちろん!タナッセなんていなくても平気だったもんねー!」
手を顔の横で広げ、舌を出しやたらと挑発してくる。何も成長していない。
「それはそれは。ならもう私がいなくとも大丈夫だな」
ほんの冗談のつもりだった。
「えっ」と。小さな呟きが漏れたかと思うと、レハトの動きが止まる。 横に挙げられた手はゆっくりと下に落ち、力無く服の端を掴んでいた。
「あ、そ、そうだね……」
こいつは。全く、素直じゃない。
「冗談だ」
髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。 ぽかんと口を開けるレハトに「人の言うことを何でも真に受けるな、馬鹿に見えるぞ」と言えば 俄かに頬を上気させ馬鹿のような顔をして喜んでいる。
ああ、どうしようもない。 こいつも、私も。
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「ディットンどうだった?面白いこととかあった?」 「ああ、師事の合間に古神殿が管理している図書館を見てな。蔵書の多さに驚いた。 ……まさか私の詩集まであるとは思わなかったが。あんなもの置いてどうするんだ…… 古典の一つでも増やしたほうがまだましだ」 「タナッセの詩集有名だもん、そりゃあるよ」
帰ってきて早々、レハトは私に話を聞きたいと持ちかけた。 疲れているのだから今度にしろと断れたのだが、いかんせん寂寥とした顔をされては言い出しづらい。
「そうだ、タナッセがいない間私も少し詩を書いたんだよ!ヴァイルと一緒に!」 「ほう、どれ、見せてみろ。お前がどれほど成長したか見てやる」
まあ、なんと言うか、無難な出来ではあった。それでも以前よりは比喩の使い方が上手くなっているようには見受けられる。 それを指摘すると、ぶーぶーと頬を膨らませながらも批評を素直に受け取っていた。
「及第点だろう。お前は提喩表現が少し多いな、確かに印象的にはなるが些かくどい」 「ううん…… 詩って難しいね」 「初めからわかる奴などいない。気にするな」 「頑張ってるんだけどなぁ」
暫く他愛のない話をする。 長旅で疲れてはいたものの、何だかこいつと話すと気分が落ち着く気がした。
「ああ、それと……」 「うん……」 「……どうした?」
先程まで興味深そうに聞いていたというのに、今はどこかぼんやりしているように見えた。 思わず話が弾んで長時間話してしまった、無理をさせていたのかもしれない。
よく見れば少し頬が赤くなっている。 先程も赤く見えたが、もしかしたら原因は他にあったのかもしれない。
「おい、熱でもあるのか」 「え、ううん、違うよ。大丈夫大丈夫。続けて」 「ちょっと額を貸せ」 「え、いいよ、違うから!」
逃げようとするレハトを捕まえ額に手を当てると、しっとりと湿っており熱かった。 ああ、やはり熱があるではないか。
「常々思っていたがお前は馬鹿なのか?印持ちはどうしてこう無理をする奴らばかりなんだ…… いいか、今すぐ医務室に行け。さもなくば帰って寝ろ」 「やだ!」 「やだじゃない、もうすぐ成人だろう要らぬ駄々を捏ねるな」
何度説得しようとも「嫌だ」の一点張りでとんと動こうとしない。 モルに連れて行かせようとすれば椅子にしがみ付く。
何がそんなにこいつを衝き動かすのか、全くわからない。
「いい加減にしろ!私の手を煩わせるな!」 「嫌だ!だって、やっと会えたんだもん!ずっとずっと待ってて、やっと会えたんだもん! 寂しかったんだもん、もっと、もっと話したい!!」
ああ。ああ、こいつは。調子が狂う。思わず手で頭を掻いてしまう。 私に何を求めている。私の何がそんなにいいんだ。
ただの、友人ではないか。少し、この一年で、交流を深めただけの。ただの。
「はあ……」
手で顔を覆う。こいつには何を言ってもきっと聞かない。 今までの態度から良く理解している。
「分かった、分かった分かった私の負けだ。部屋にいていい。 ただし、私の寝台を貸してやるから布団くらい被っていろ。体を冷やすなよ。 話が終わったらすぐに医務室に連れて行くからな、いいな。聞けないのなら無理やりにでも連れて行くぞ」 「……!うん!」
私もこいつも底抜けに馬鹿だ。 ああ救いようがない。ただの馬鹿だ。
何をしてるんだ、私は。
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「レハト」 「大丈夫。大丈夫だから、もっといっぱいお話聞かせて」
寝台に横たわり話を聞くレハトは、どう見ても大丈夫そうには見えなかった。 やはり、無理にでも医務室に連れて行くべきだったのではないか。 己の判断を恨んだ。
レハトの様子を窺いながら話していたが、次第に言葉少なになりその内目がそっと閉じられた。 慌てて寄るが、どうやら寝ているだけらしい。規則正しい寝息が聞こえてくる。
「やはり、無理をさせてしまったか」
熱を計ろうと寝台に乗り出し、額に手を伸ばす。
すると、くんっと何かに引っ張られる感覚がした。 下を見ればレハトの手が服を掴んでいる。
「いか……ないで」 「起きているのか?」 「タナッ…… うう…… いかない、で……」 「…………」
これは、出来心だ。 この状況に浮かされているだけの。 ほんの、気の迷いだ。ただの、一時の。
だから。
「……小さいな」
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「う…… あ、れ……」 「起きたのか」
あれから数刻が経っている。 ようやく目を覚ましたレハトは、辺りをきょろきょろ見渡すと申し訳なさそうに目を伏せた。
「随分と寝ていたな。どうだ、少しは楽になったのか?」 「あ、あうう、ごめんタナッセ…… うん、さっきよりはだいぶ良くなっ…… って、あれ!?こんな時間なの!?」
がばりと起き上がったかと思うと、窓の外を凝視しているようだった。 もう目に見えるほどに暗くなっている。まあ、随分と寝ていたからそうだろう。
「うわ、ローニカに怒られちゃう……!タナッセ、ごめんね、ありがと!またお礼しにくるね!」 「あ、おい医務室に……!」
寄っていけ、という私の言葉も虚しく、慌ただしく奴は出て行ってしまった。 遣る瀬無く椅子に座る。まったく、まるで嵐だ。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、どうしてくれるんだ。
「本当に、どうしてくれる……」
……私は何をしているのだろう。 頼られたからといって、何を勘違いしている。図々しいにも程がある。甚だしい。 あいつは、レハトは、不安だから私を頼っただけだ。それだけだ。
きっと、もう少し経てばあいつの気持ちも落ち着く。ただの不安からの勘違いだったのだと。 私のこの気持ちも、気のせいだ。ただ、浮かされているだけの。
そうでなければおかしいと、何度も自分に言い聞かせた。
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年が変わり、新たな王の時代が幕を開けた。 六代目国王に戴冠したのはヴァイル。誰もが認める正当な王である。
一方、もう一人の寵愛者であるレハトは継承権を放棄し、城に残っていた。
私はと言えば、約束通り城に滞在している。 揶揄の視線もあったが、今更少し揶揄が増えたところで特段何かが変わるわけでもなかった。
レハトは女性を選択したと聞く。何となく、予想はついていた。それで何が起こるのかも。 篭りの際中、時折文を交わしあった。いま城の外で何が起きているか、私はどうしているのか。 やはり話すのは他愛もないことばかりだ。それは篭りが終わってからも変わらなかった。 危惧していた出来事は起こらず、以前のように私とレハトは付き合っている。
もちろん弊害もあった。
私がレハトを籠絡しようとしているだの ヨアマキスの復活のため政略結婚を企てているだの、下世話な噂が実しやかに流れているらしかった。
致し方ないのかもしれない。
私はもとより、レハトも縁談を悉く断っているらしかった。 その真意はわからない。
気付けば慌ただしく一年、二年と時が過ぎていた。 私もいよいよ、城に留まることができなくなる。
それと言うのも、私の詩作が「タナッセ・ランテ=ヨアマキス」の作品としてようやく認められたことにあった。 本格的な師事の為、ディットンに旅立たなくてはならなくなったのである。
レハトに見送りをして貰うのは二度目だ。 ただ、あの時は帰ってくる約束をしていた。
今回は違う。私はもう、この城へは帰ってこない。
「タナッセ、よかったね。お城でも詩集の評判すごいんだよ!ミーデロンとかヴァイルとかすごくびっくりしてたもん。私も嬉しいなぁ」 「ふん、ミーデロンは散々私を虚仮にしてくれたからな。今頃泡を吹いて倒れていれば一興なのだが」 「泡は吹いてないかもしれないけど、ぶるぶる震えてるかもね」
レハトはいつも通りに見えた。 顔には笑顔を浮かべている。素直に私の評判を喜び、背中を押してくれている。 だのに、何故こんなにも胸がざわつくのだろう。
「……私がいなくとも、平気だな」 「タナッセ心配性だなぁ。私もう子供じゃないんだよ?平気だって!タナッセは胸張ってどーんとディットンで頑張ればいいの!」
からからと笑っている。 ……いつも通りでいられなかったのは、私の方だ。
「本当に、平気なんだな」
レハトの両頬に手を当てた。 レハトは笑っている。 「大丈夫だよ」と笑っている。
「応援してるから」
手に冷たいものが触れる。
「ずっと、ずっと、応援してるから」
手から、指から溢れていく。
「ずっと引き止めちゃって、夢も邪魔しちゃって、すごく回り道させちゃって、たくさん迷惑かけたから。 今度は、笑顔でお見送りするって、決めたの。だから、大丈夫だよ。タナッセ、いって、らっしゃ……」 「泣くな」
初めてレハトを抱きしめた。 成人しても、小さいままだった。
「だって。笑顔で見送ろうと思ってたのに、応援したいのに、好きってもう言わないって決めたのに でも好きで、好きだから、止められなくて。行かないでって困らせちゃうから。 タナッセ優しいから、絶対、困らせちゃうから」
でも、やっぱり好きだから。
「レハト」 「う、うう…… ひっ……」 「レハト、私と一緒にくるか」
泣き腫らした顔でレハトが見上げる。 この顔を見たのはいつぶりだろう。随分久しい気がする、など場違いなことを考えた。
「今すぐに、とは行かないが。……用意が整ったら、必ず迎えに行こう。 それまでもし待っていてくれるのなら、私と一緒に来たらいい。一人増えるくらい、何とかしてみせるさ」 「う…… うぇ、ふ……」
嗚咽を漏らしながらも、しっかりと「行く」とレハトは答えた。 子供のように泣きじゃくるレハトを、出立のギリギリまで慰め続けた。
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hewhome-blog · 6 years ago
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……………もの。
270 名前:俺の体験した話1[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 00:27:42 ID:MDJEHio50 俺の体験した話。 俺のじいちゃん家は結構な田舎にあって、子供のころはよく遊びにいってた。 じいちゃんは地元でも名士?っていうのかな、 土地を無駄にいっぱい持っててそれの運用だけで結構稼いでたらしい。 だからじいちゃんとばあちゃんはちっちゃな畑で自作するだけで暮らしてた。 土地をめぐってやくざとトラブルになることもあったけど…この話と関係あるかは判らん。 俺が小学5年生のときのこと。 俺と弟(二歳下)は毎年夏休みになるとじいちゃんちに1~2週間泊まるって習慣があった。 けど俺らはまだガキだったから、じいちゃんちの障子を破ったり、クレンザーまき散らかしたり、 ひどいいたずらばっかやってた。 俺の両親はそれに激怒して一度出入り禁止にされそうになったんだけど、 じいちゃんたちは俺ら兄弟をえらく可愛がってたらしくて、やめるなって逆に両親を説得してた。 まあそれでその年も泊まりに来たんだけど、そのときの話。 じいちゃんちの家の裏には畑があって、その隣にちょっとした林(雰囲気は森)がある。 で、森の真ん中には池があって、鯉を飼ってた。 弟が釣り好きだったんで近くの湖で鯉を新しく釣ってきて入れることもあったんだけど、 そんな時じいちゃんたちはえらく喜んでくれた。 まあ結構釣る→入れるって感じでがんがん追加してたんだけど、池が鯉で一杯になることは決してなかった。 じいちゃんたちは「猫が食べちゃうんだよ」って説明してたし、俺らもそれで納得してた。 あるとき、森の池を釣堀に見立てて釣りをしようって話になった。 俺は釣りに興味はなかったけど、じいちゃんたちに「裏の池には絶対一人で行くな」 って言われてたから弟についていった。 俺んちは結構熱心な仏教徒で無益な殺生はタブーだったんで、釣りっていっても キャッチアンドリリースか鯉こくとかにして食うかが基本、子供ながら無駄に殺したり はしなかった(だから弟も鯉を殺さずに池に持っていってた)。 271 名前:俺の体験した話2[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 00:29:19 ID:MDJEHio50 で、一匹釣ったところで、俺が「鯉に洗剤掛けたらどうなるか実験しようぜ」 というあほな実験コーナーを提案した。 俺の提案にだいたい悪乗りしてた弟も賛成し、実験の結果、当然鯉は死んでしまった。 死んだ鯉を見て子供心にも多少罪悪感はあったけど、「ほっときゃ猫が食べるだろ」 と思いそのまま放置して帰ることにした。 けどここで弟が「兄ちゃん、猫が鯉食うとこ見ようぜ」というこれまたアホな提案をした。 まあ俺も動物番組でライオンがシマウマを襲うシーンをカッコいいとか思ってたので 生で見るのも悪い気はせず、近くの茂みに隠れて様子を伺うことにした。 しばらく潜んでると、森の奥側(畑と反対側)にある一番でかい木ががさがさと木の葉を揺らしだした。 当時俺は猫の生態を知らなかったので、ああ猫は木の上に住んでるんだなーと思いながらぼんやり見てた。 突然、隣にいた弟が「…猿」とつぶやいた。 俺は「へ?」と思いその木の上のほうを見上げると、確かに何かいた。猫にしてはでかい。 いま思い返すと、その獣は夏であるにもかかわらずやけに毛深かった。 その獣が、樹上から地上に向かって木の幹にへばりつくような感じで、「頭を下にして」降りてくる。 どことなく爬虫類を思い出させるような、いやな感じの動きだった。 その「なんだかよくわからないもの」は、ゆっくりと池に向かって歩いてきた。 俺はいつの間にか体が震えていることに気付いた。隣を見ると、弟も顔を真っ青にして体を震わせている。 その生き物が近づいてくるにつれて、何か人の声のようなものが聞こえてきた。 耳を凝らすと、そのけものが何かつぶやいている。 「……………もの。……………もの。………………もの。………………」 なんだ。何を言ってるんだ。俺は当初の目的を忘れ、ここから逃げ出したくてたまらなくなった。 弟が一緒じゃなかったら、漏らしていたかもしれない。そのくらい怖かった。 やがてそのけものが近づいてきたときに、顔と呟きがはっきりと判った。 273 名前:俺の体験した話3[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 00:33:11 ID:MDJEHio50 あれは人の顔だ。 しかも人間で言うとこの乳幼児くらいの。そいつが無表情でつぶやいている言葉も聞き取れた。 「…いきるもの。………そだてるもの。……………かりとるもの。」 「…いきるもの。………そだてるもの。……………かりとるもの。 そして、鯉のところまで来ると、その鯉を見下ろし、ニタリ、と嫌らしい笑みを浮かべて 「これで……できる。」 そういって、鯉には手をつけずに帰っていった。 俺ら兄弟はしばらく動けなかった。呆然、という表現が正しいかもしれない。 我に返ると、いつもは使わない裏口への抜け道ルートを使って森を抜け、家まで辿り着いた。 さすがの俺らのこの出来事には参って、夕食の時には元気がなくて、飯ものどを通らなかった。 心配したばあちゃんが「どうしたの?」って聞いてきたけど、俺は何にもないよって答えるよりほかなかった。 けど弟はついに耐え切れなくなったのか「ねえ兄ちゃん、やっぱりあの猿…」と口走ってしまった。 その瞬間、じいちゃんがさっと顔色を変えたのがわかった。 人の顔があんなにわかりやすく変わったのは、後にも先にもそのときだけだと思う。 じいちゃんはなんだか怒ったような感じで「どういうことだ」と問い詰めてきた。 俺たちが観念して昼間のことを話すと、今度はばあちゃんと顔を見合わせて、 心配そうな顔で「気分はどうだ、なんともないか」ってしつこく俺と弟に聞いてきた。 ああ、やっぱり怒られるんだろうかと俺が不安だった俺は、正直戸惑った。 じいちゃんはおもむろにどこかへ電話をかけ始めた。 俺と弟は玄関口に連れ出され、ばあちゃんにビンの酒をいやというほど浴びせられた。 そして子供の砂かけ遊びみたいに塩をまかれた。 274 名前:俺の体験した話4[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 00:37:24 ID:MDJEHio50 電話を掛け終わったじいちゃんは俺たちのところへやってきて、 とても真剣な表情で「もうお前たちをこの家に上げるわけにはいかん。 俺たち(じいちゃんたち)が生きている間は、決してこの家へは来るな」と言った。 弟は突然の拒絶に「どうして?どうして?」と言って泣き喚いた。 俺もじいちゃん家が好きだったから、とても悲しかった。 俺たちが落ち着くと、じいちゃんは「それはな、お前らがこの土地の守り神を怒らせてしまったからだ。 守り神っていっても、うちにおる仏さんみたいな優しいもんじゃない。」 といって、俺たちにしばらく説明してくれた。 要点をまとめると、昔この土地に住み着いた先祖が神様に生け贄を捧げて、末代の祟りと引き換えに富を手に入れたこと(狗神憑きみたいな感じ)。 うちで殺生が禁じられているのは、仏の教えというよりもその神さまに付け入る隙を与えないためであるということ。 もし神さまを起こした場合は、誰かが犠牲になってこの土地に縛られ、祟りを受けて鎮めなければならないこと。 …などを説明してくれた。 話のあとで、じいちゃんは「今夜だけは帰れん、けど安心しろ、じいちゃんたちが守ってやるから、 明日朝一番に帰るんだ」といって、その日だけは泊まることになった。 やがてじいちゃんの電話の相手が来た。俺の見知らぬ女の人で普通のおばちゃんに見えたけど、 あとから聞いた話では、土地ではかなり有力な霊能力者らしい。 おばちゃんは俺たち兄弟を一目見るなり「あら、これは大変なことになっちょるね。 ともかくこれをもっときなさい」といってお札を一枚ずつ渡してくれた。 姿の見えなかったばあちゃんは寝室の準備をしていたらしく、俺たちは仏間に泊まることになった。 仏間は小さな部屋で、一つだけある窓も新聞紙で目張りされていた。 そこには布団が二つと、普段はないテレビ、お菓子などの食料が用意されていた。 じいちゃんは俺たちに「いいか、これからお前たちは二人だけで夜を越えなければいかん。 その間、じいちゃんもばあちゃんもお前らを呼ぶことは決してない。 いいか、なんと言われても、絶対にふすまは開けるなよ。」と念を押した。 276 名前:俺の体験した話5[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 00:46:22 ID:MDJEHio50 俺たちは怖かったからじいちゃんたちに一緒に寝て欲しかったけど、そういうわけにはいかないらしい。 ともかく、二人だけで寝ることになった。 はじめのうちはテレビを見たり話したりして過ごしていた俺らも、 だんだんと疲れが出てきて、いつの間にか眠ってしまった。 目が覚めたのは、何時ごろだったろうか。 まだ、あたりは暗かった。なぜ起きたんだろうとぼんやり考えていると、外でがさがさと物音が聞こえた。 それとともに、あのつぶやきも聞こえる。 「……………もの。……………もの。………………もの。………………」 「……………もの。……………もの。………………もの。………………」 心臓が一気に縮み上がったような感じだった。こめかみの欠陥が脈打ってるのがはっきりわかった。 そのうち、窓ガラスが叩かれるようになった。 こんこん、こんこんという音とともに、「…………さい。…………さい。」という声が聞こえる。 ふと弟のほうを見るといつの間にか起きていて、 真っ青な顔で「にいちゃん、あれなんだろ。怖いよ」と震えている。 俺は弟のそばにより、そして窓の声へと集中した。 「あけてください。……あけてください。」 その声は、そういっていた。 声色は、やはり人間の赤ん坊のものだった。しかし、窓の外の影はとても幼児、いや人間のものではなかった。 しかし、その声をずっと聞いているうちに、こいつも必死なんだなという妙な気分になってきた。 と、弟が 「ダメだよ、兄ちゃん!」 ハッ、と我に返った。俺はいつの間にか、窓に近寄って空けようとしていたのだ。 一気に恐怖が戻ってきて、そのまま弟のところまで這って戻り、今度はひっしと抱き合った。 そのまま、まんじりともせず朝を迎えた。 278 名前:俺の体験した話6[sage] 投稿日:2009/07/07(火) 00:54:23 ID:MDJEHio50 とんとん、とふすまを叩く音がして、「じいちゃんだぞ、なんともないか、無事か」と声をかけてきた。 俺はすっかり疑心暗鬼に陥っていたけど、 朝日も差し込んできたし、こちらからあけなければ大丈夫だろうと思い「無事だよ」とだけ答えた。 するとふすまが開き、じいちゃん、ばあちゃん、昨日のおばちゃんと、両親が入ってきた。 おばちゃんは「よう頑張ったたい、とにかく無事でよかった」といってくれた。 お札は白から鉄錆みたいな色になっていて、なぜかもとの半分ほどの大きさしかなかった。 それから俺たち兄弟は実家に戻り、二度とじいちゃん家を訪れることはなかった。 そのじいちゃんは母方のものなので母親はその霊能力者とも親交があるらしく、 何度か実家のほうに来てもらった。 月日は流れ、俺が高1のとき、じいちゃんが死んだとの知らせが入った。 死因は、なぜか話してもらえなかった。 母親にあの「けもの」との関連を問いただしても、だんまりを決め込んで決して答えようとはしなかった。 ばあちゃんは、緩やかに痴呆が進んでいるらしい、とだけ聞いた。 結局、あの「けもの」との関連は判らずじまいだった。 今はただ、あの日の軽率な行動を悔いてばかりいる。 ばあちゃんの世話をするどころか、その死に目にも会えないのが、無念でならない。 これが、俺の話。
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ichi-miya · 6 years ago
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『キング誕生(池袋ウエストゲートパーク青春篇)』石田衣良
「池袋ウエストゲートパーク」シリーズのスピンオフ作品。本編で語り手のあるマコトの友人であり、池袋の若者たちGボーイズの絶対のキングであるタカシにスポットが当てられている。彼が如何にして氷の王様となったのか、それを含めた事件の扉がついに開かれた。まだキングとなる前のタカシと兄であるタケルを、お馴染みであるマコトの軽快な語り口で物語が進んでいく。本編でも明かされているように、高校時代を共にするマコトとタカシの姿は新鮮でありながらもどこか変わらないものを感じさせる。まだ若い二人だが、すでに最高のコンビだと言えるだろう。そんな彼らが見た暑い夏の終わりを、ぜひ覗いてみてほしい。
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ichi-miya · 6 years ago
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『泥棒だって謎を解く』影山匙
2014年『このミステリーがすごい!』大賞で、受賞には及ばなかったものの、大変高い評価を受けた作品。応募時の『正邪の獄』からタイトルを変え、出版された。物語は中高時代を共に過ごした四人が再会するところから始まる。成長した桜庭と清水は警察に、そして久間と兵衛はなんと泥棒となっていた。互いの正体を暴きあったところで、事件が発生する。桜庭の恋人が何者かによって殺されてしまったのだ。恋人としてアリバイを聞かれた桜庭だが、泥棒を生業とする二人と会っていたことがバレれば四人とも危ない立場に立たされる。それを知った久間と兵衛が、泥棒でありながら事件の操作に乗り出した。 三部にわかれた事件はそれぞれに絡み合い、一つの過去を形作っていく。泥棒と警察という正反対の視点から引き出される情報。警察でないからこそ根拠を必要としない意外性を持った推理。少しずつ成長していく泥棒二人組のキャラクターも大変魅力的だ。
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ichi-miya · 6 years ago
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『スロウハイツの神様 上・下』辻村深月
上下巻の2冊に渡って書かれた長編小説。上巻に置いてはタイトルにもなっている「スロウハイツ」に住む住人たちが丹念に作り込まれている。それぞれが映画、脚本、漫画、絵画、小説等で自らの夢を追いかけている。そんな「トキワ荘」を彷彿とさせる設定の中で、手塚治虫にあたるのが今を切り取る作家と呼ばれるチヨダ・コーキだ。彼を取り巻く事件を主題として物語は進んでいく。だかスロウハイツの住人たちはそれぞれに力強い個性の持ち主で、彼らなりに将来と向き合っていく。形は違えど、その気持ちだけはいつまでも変わらない。共同生活をする上で、夢を語り合い、時には強がりながらも懸命に進んでいく彼ら。それは誰もが一度は夢見るような、互いを信頼し本気でぶつかっていける仲間だった。そして下巻に進むにつれて、すでに過去となっていた事実と今が全貌を表していく。それぞれが出す答え、そしてスロウハイツの行方。一度は読んでほしい作品だ。
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indro03-c · 7 years ago
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誓いは永久に。願いは蒼空に。
「新しい奥さん、娶らないの」  そう唐突に言われた。言葉を発したのはヴァイルだ。 この言葉の意味は分かっている。諦めろ、と。 彼女が失踪してから早一年が経とうとしているのだ、言い分も尤もだろう。 「重々承知している。だが、私とて譲れないものもある」 その大きさに気付いたのは、何の皮肉か。彼女を失ってからだった。 「そう。俺もできる限りはするけど、期待しないでね」 「ああ、感謝する」 彼女は……レハトは今どこにいるのだろうか。 時折頭を過ぎるのは、彼女が湖の底に沈んでいる光景だ。 そんなことはない。今も彼女は生きているはずだ。 そんな夢想にも近い思いを抱き、その光景を掻き消してきた。 だが、時が経てば経つ程その光景は鮮明になり、瞼を閉じても浮かんでくるようになる。 認めたくなかった。 彼女がもうどこにいないなど、どうしても認めたくなかった。 「タナッセさ」 「……なんだ」 一拍置き、ヴァイルが続ける。 「レハトのこと、本当に愛してた?」 体が熱くなった。お前に言われる筋合いはない、と反射的に返していた。 神経を逆なでされたような不快感。奥底にある大事なものを傷つけられる感覚。 やるせなさや苛立ちが募り、言葉が乱雑になる。 「何が、お前に何が分かる!愛していた、いや今でも愛している。それをお前は……!」 「じゃあなんでレハトはいなくなったのさ」 思わず言葉に詰まった。言い返せない。 彼女がいなくなったのは他でもない、自分のせいだ。 何もしてやれなかった、私のせいだ。ヴァイルが胡乱な目を返し、口を開いた。 「タナッセはさ、レハトを得ることで自分の居場所を作ろうとしてたんじゃないの」 「それ、は」 確かにそれは間違いない。だが、私は純粋に。 レハトと共に歩むために―― 「レハトといることで世間体を気にしなくてよくなった。その『安定感』を買ってたんじゃないの?」 「ふざけるな!!」 「レハトを利用など二度とするものか!!妄言もいい加減に……」 「好きって、レハトに言ってあげたことある?」 「一度でも、愛してると言ってあげたこと、ある?」 ぎくりとした。上がっていた体温が急激に下がっていく。 自分の荒い息が耳に纏わりついた。 ヴァイルは何も言わず、私の返答を待っていた。 一度でも好きと言ったことがあるか。――否。 一度でも愛していると言ったことがあるか。――否。 私は何一つレハトにしてやれなかった。 彼女は心から私を慕ってくれていたのに。私は何一つ。 「……私は、無意識の内にレハトをいい道具としていたのかもしれん」 大事にしていると自惚れていただけだ。 反吐が出る。自己弁護もいいところだ。 レハトが出ていくのも当たり前ではないか。何を、これ以上何を望むというんだ。 今更レハトと復縁など烏滸がましい。許されるわけがない。 私は結局、どこまで行っても私でしかないのだろう。 人ひとり共に歩む事すら出来ない。逃げていたのは私の方だった。 「俺が言いたかったのはそれだけ。それでも探したいなら協力するよ。じゃあね」 ヴァイルがゆっくりと私の元を離れていった。 居室に一人残され逡巡する。レハトを捜すべきなのか。それとも。 結論は朝まで纏まらなかった。 「陛下」 玉座の間に、王の謁見として入る。……私の出した答えを告げるために。 下がれとヴァイルが侍従達を下がらせる。 「で、どうするか答えは出たの?」 聡いな、と思いつつ私は告げる。 「……妻は、娶らないが…… ……もう、やめようと思っている」 我ながら何とも未練たらしい言葉だと思った。 「そう。やめるんだ。俺の言ったこと、気にしてる?」 「いや…… 事実だ。何もかも、お前の言った通り」 ヴァイルはどこか寂しそうな顔をした。 「分かった。レハトの捜索はここで打ち切る。それでいいね?」 「…………ああ」 掠れた私の声は、虚しく王間に木霊した。 彼女は今もどこかにいるのだろうか。 この世界のどこかで、歩んでいるだろうか。 ――私には知る由もない。……資格すらない。 それでも。願わくば、レハトが幸せであるようにと。 祈ることだけは赦して欲しいと願った。 ------------------------------------------------------------------------------ レハトの捜索を打ち切ってから二年が経とうとしていた。 無論彼女の情報など入ってくることはなく、人々の記憶からも薄れようとしていた。 私はヤニエ伯爵に師事を請い、現在ディットンにて詩集の上梓を行っている。 忙しさにかまけて、私自身もレハトへの意識が薄れていた。 時局を鑑みれば、これで良いのだと思う。私だけがいつまでもレハトに執着しているわけにはいかない。 ましてや、彼女は自分の意思で出て行ったのだ。探すなど、今となってはそれこそ不穏当だろう。 そんな思いを打ち破ったのは、出先から帰宅したヤニエ師の申言だった。 「お前に一つ知らせたいことがあってな。……最近この辺りで流れている噂は知っているか」 「湖で亡骸が揚げられたことでしょうか。どうせ根も葉もない噂です。仮に事実だとしても、どこぞの酔っ払いが足でも踏み外したのでしょう」 何かと思えばあの噂の事か、と幾分落胆した。 よもやヤニエ師までこの噂を信じていることはないだろうが。 執筆を中断し、お茶でも淹れますかと聞こうとした時だった。 「揚がった亡骸には、痣があったそうだ。……額に」 耳を疑った。今ヤニエ師は何と言った? 「……はい?すみません、なんと……」 「痣が、あったそうだ。直截的に言えば、選定印が」 選定印。せんていいん。しるし。それが意味するものは一つしかない。 ヴァイルは現国王だ。まさか湖の底に沈んでいるなど万が一にもないだろう。 それならば。見つかったその亡骸は。 「以前、もう一人寵愛者がいたな。そう、お前が熱を上げていた奴だ。最近頓と見なくなっていたが……な」 「噂では、ないのですか」 どうせ下民がただの傷を徴と見間違えたのだ。そうに違いないと自分でも都合のいい解釈をした。 だが。 「そうだ。所詮噂に過ぎん。私とてそれが真実かどうかまでは分からん。だがな、この話には続きがある」 「続き、ですか」 体がヤニエ師に向いたまま硬直する。 嫌な汗が噴き出し、沈黙が耳に痛かった。 「……亡骸は城に送られたそうだ。それも、丁重な扱いでな」 「それこそ、噂ではない、のですか。そんな、信憑性のない……戯言を……」 ヤニエ師がこちらに近付いたかと思うと、ぽんと肩を軽く叩かれた。 この人らしくもない、宥めるような仕草だと思った。 「言葉は時として人を裏切る。お前も身に染みて実感しているだろう。……暫く暇を出してやる。その眼で真実がどうか確かめてこい。不在の間は私に任せておけ」 「最終的に決断するのはお前だ。行くも行かないも好きにするといい」 城に来るのは久々だった。およそ二年振りだろうか。 ヤニエ師の意向に従い、私は真偽のほどを確かめにきた。 嘘ならばそれでよい。足労など、レハトの噂に比べればなんということはない。 王に謁見を請い、玉座の間に通される。 久方振りに会ったヴァイルは、国王として相応しい人物となっていた。 「それで、用とは何か。時間がない故、手短に頼む」 「……本当はこんな言い回ししたくないんだけどね。ほら、侍従頭達うるさいからさ。我慢してよ」 中身は以前と変わりないようで、安心したような呆れるようなどこか懐かしい気分になった。 「先だって湖より引き上げられた遺体についてなのですが、よろしいでしょうか」 ヴァイルの顔が引き攣るのが分かった。心なしか、控えている侍従達もどこか落ち着きがない。 「……そんなことを聞いてどうする」 「徴が。その遺体には選定印があると聞きました。……もう一人の寵愛者……であったレハトのもの、と」 「……そうだ」 国王陛下、と侍従達が咎めるように言う。それをヴァイルは手で制し、静かに言った。 「確かに遺体に選定印があった。あれは紛れもなくレハトその人だ」 「そう、ですか。レハト、が……」 亡くなっていた。私の願いも虚しく。 冷たく暗い湖の底で、一人孤独になりながら。 「もうよいか」 「はい。ご迷惑をお掛けしました。失礼致します」 足元が覚束ず、床に伏せそうになるのを堪えつつ扉を目指す。 一刻も早く、この場を去りたかった。 「会っていかないのか」 背後から唐突に言葉を浴びせられた。会う、誰にだ、レハトにか。 今こんな状態で、会うなど。 「とても、綺麗だぞ」 陛下!と今度こそ侍従達がヴァイルを制した。 当たり前だろう。きっと、私は今恐ろしい形相をしている。 「……会います」 口から出たのは、その一言だった。 三年振りに再開したレハトは、細く小さく白かった。 瑞々しかった肌はほんのりと腫れ上がり、朱色だった唇も今は血の気が失せたものになっている。 そこを除けば、格段最期に別れた時分と変わりはない。 しかし、もうレハトはいない。 それだけはどう足掻いても覆しようのない事実だった。 何一つ与えてやることが出来ないままレハトは命を落とした。 目頭に熱いものが溜まり、頬からレハト目掛けて落ちていく。 そっと髪を撫でると、どこからか甘い匂いがした。 ああ、これは。レハトが好んで付けていた香の匂いだ。 もう二度と、私の傍でこの香りがすることはないだろう。 レハトの小さな手を握り、崩れるように嗚咽を上げた。 ------------------------------------------------------------------------------ あれからというもの、何をやっても手につかない。 ヤニエ師に迷惑をかける訳にもいかず、師事を辞退することとなった。 ペンを執り、詩に励もうとも、紙に書きつけられたのは同じ言葉の繰り返し。 こんな中で書き続ける事など到底不可能で、私はいつしか詩を書くことすら辞めていた。 窓の外を眺め、膝を抱える。 自分が何をしていて、これからどうしたいのかすら分からない。 ただ呆然としている事が増えたように思う。 僅かながらの希望すら打ち砕かれた私は、もはや心などどこにもないただの空蝉と化していた。 レハトが、亡くなっていた。それは私にとってあまりに大きすぎる事だった。 食事も喉を通らず、小間使いが頻りに医者へと勧めるが私は首を振らなかった。 もう自分の体などどうでもよかった。 いっそこのまま消えてしまえば……などと考えたが、私は所詮ただの貴族でしかない。 寵愛者であるレハトは神の国に迎えられただろう。 私が還る先に、レハトはいない。 露台から動くことが減った。 もっと愛してやればよかった、もっと抱いてやればよかった、もっと言葉をかけてやればよかった。 そんな思いばかりが募る。だが募ったところでもう彼女はいないのだ。 新しい妻など娶る気は更々ない。 私の心を縛るのも、放すのも彼女でしか有り得ない。 躰が、重い。頭が、痛い。 手足が動かない。何も考えたくない。どうしようもない。 私はいつから食事を摂っていないだろう。 小間使いが頻りに何か訴えてくるが、もう何も聞きたくない。 ……否、聞こえない。このまま死ぬのか、ああそれもいいだろう。 私は、私は決してお前の元にはいけないが。 レハトが寵愛者ではなかったとしても、私が国から罰せられることは無くとも 死後、レハトに会うことは出来ないだろう。 私は魔の国へと送られる。それが正しく、私の最後の罰だ。 息をするのも煩わしい。鼓動が酷く煩い。 呼吸が乱れるのが分かるが、もうどうでもいい。 私を運び出そうとする小間使いをモルに追い出さる。 部屋には私しかいない。これでいい。 こんな状態で生きてどうなるという。 私は死ぬのだ。 レハトが自らそれを選んだように、また私も。 すまなかった。 きっとお前には届きも、しないだろうが。 すまなかった。 レハト、どうか神の国で  息災に―――― ……誓いは永久に。願いは蒼空に。祈りは虚しく地に墜ちて。
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