Tumgik
494979 · 9 years
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その街に伝わる都市伝説
夕暮れを境に「水中」へ沈む
人魚達が泳ぎ、歌う
引きずり込まれてしまうから、夜に出歩いちゃいけないよ。
これは招和七十年、W暦1990年代頃の日本を舞台にした物語です。
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494979 · 9 years
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好きなひとが居た。
何度もうたって、笑顔を交わした。
優しい彼女の存在は 私にとって、救いだった
私には何をしてもいいから、どうか
彼女には
手を出さないで
でも
そんな約束、なんの抗力も無くて
簡単に破り捨てられた
私の目が覚めると、必ず 長い黒髪のあの子が
あったかい笑顔で介抱してくれた。
唯一彼女と一緒のときは
眠らされることは無く
私はそれが嬉しかった。
彼女のことが好きな私を見て、あの子も嬉しそうだった。
私はそうやっていつでも誰かを愛していられたの。
暗い 黒い部分は
全部あの子達が引き受けてくれた
 それは優しい「 」だった
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494979 · 9 years
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その街に伝わる都市伝説 夕暮れを境に「水中」へ沈む 人魚達が泳ぎ、歌う 引きずり込まれてしまうから、夜に出歩いちゃいけないよ。
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494979 · 9 years
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 少し離れたところで何か物音がして、それが銃声に貫かれたのが聞こえた。
 銃って。
 おいおい……まいったな
 覚悟をしていなかったわけじゃぁない、そういう時間だ、わかってる、オッケー。いやオッケーでは無ぇよ。勘弁してほしい。できれば仕事中は気付かれない方向で運びたかった。木材とコンクリートに隠れてるはずの自分の影が、月明かりに引き延ばされていくようで怖い。身を縮めて、鼓動を抱え込む。
 今僕に銃を突きつけている人物――――「彼女」に関しては、心の底から想定外だった。いまいち死に直面している危機感が追い付いてこない、なんでだよ、何なんだ。何でこんな目に……こんなお役目を担っていながらも、銃で狙われるのなんて人生初だ。その逆ならばまだあるが。内心は慌てふためきながら、しかしパニックを起こさないよう「慌てふためいている自分」を意識しつつ、相手の気配を探る。
 とりあえず彼女が居る間はうかうか出て行けやしない。
 だが動かなければいずれ見付けられるだろう。
 ああ、もう腹くくるしか無いかな。
 そう思った、が、直後。
「チルハ? まだここに居たの」
「……ヒメカ」
「もう遅いよ。帰ろう」
「…………」
 ……唐突に第三者の、それも妙に甘い高音の女声がして
 奇妙に張りつめていた狩猟の空気が、その綻びから解けた。
 息を潜め、微動だにしないよう、全神経を彼女たちの声に集中させる。
「……うん」
 肯定する「彼女」の声。
 続いて微かに聞こえた足音は、僕の隠れている場所から逆方向へ遠ざかっていく。
 た、助かった……足音立てるってことはもう戦闘解除でいいんだよな? いいんですよね?
 ほっとして、それでも一応気付かれないよう慎重に溜息を漏らした、
「何してたの」
 吐いた溜息をもう一度呑み込んだ。遠ざかる足音がこちら向きに振り返った気配がする、彼女たちより僕に近い位置から、更に何者かがもう一人現れた――――何者か? いや。
 今した声は「ヒメカ」と呼ばれていた声の主とは違い、僕自身その人物に覚えのある声音だった。 声、という形に把握できないような独特の音。
 しばらくじっと様子見てっていうか固まっているうちに、先程の二人と合流したらしいそいつの声も遠ざかっていき、ようやくやっと本当に危機が去ったと知る。今度こそ深々と溜息を吐き出した。
「……………、 ふー……」
 さて。
 どうしたもんかね。
 この場合。
「誰から順に調べるべきかな……」
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494979 · 9 years
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 昨夜僕に襲いかかってきた「彼女」とは、学年もクラスも、部活まで同じだ。昨日の今日で彼女が遅刻、三限目からの参加だったので、やっぱり何かあるのか、多少気まずかろうと伺い見ていたものの、いつも通りの日常が過ぎていき、授業も休み時間も特にこれと言った関わりは無いままクラスメイトとして間接的に言葉を交わした程度で、全ての時間割が終了した。
 正直拍子抜けというか、彼女の態度はあまりにも……不自然な程いつも通りだ。もう昨夜のことは無かったことにされているのでは? という疑惑まで浮上してくる。普段と違って二人で会話する頻度が低かったのは、完全に僕が意識し過ぎたせいだ。彼女の態度に異変は無い。
 フツーに部活も来てるし。
 部活用のユニフォームに着替えて体育館で運動部と一緒に筋トレと走り込みをする。
「じゃー筋トレ終ったら部室集合ねー」
「はーい」
 ちなみに僕らは演劇部。通常だと舞台で発声してから部室で台本の読み合わせをしたり演出の打ち合わせがあるが、今日は筋トレの後、部長が走りながら指示を出した。
「部室で一度流したら舞台で立ってやりまーす。台本手放しねールールはいつも通り」
「うぃーす」「りょーかーい」
 他の連中より少し早めに走り終えて、ストレッチしていると「ハニー♡ 背中押してー」と後ろからのしかかってくる奴が居た。
「うおっいたいた痛い! バカ鳴瀬、全体重かけてくんな!」
「えーうっそだーバフィくん柔らかいじゃんイイナー羨ましー」
 押しのけて振り返れば、そいつは僕の目を見てにこっと笑う。
 鳴瀬翏一、こいつも「彼女」と同じくクラスメイトだ。ほぼ一日中一緒にいるようなもんなので、割と話す機会も多く、その上何となく放っとけないタイプでしばしば世話を焼かされている。
 線の細い中性的な優男。初めはそんな��象だった。
 今の印象は「なんでもセンスだけで乗り切るムカつくチャライケメン」だ。
「嘘なもんかよほれほれ押してやるから座れ」
「ちょっ待ってよこれ絶対仕返しする気でしょ! あたたた痛い、いっ……ぁ、もう、もっとやさしくして」
「初めに誘ってきたのはそっちだろ、ダーリン」
「ああんばかぁ苦しいってばっ」
「はいそこーふざけ過ぎるなよー」
 部長に注意され「「スミマセーン」」と棒読みで返すと二人して頭を叩かれた。運動部の皆さんは毎度お馴染みの茶番に「あほー」「またやってんのかー」と呆れたように言いながら笑ってくれる。
 それに混じって、彼女もクスクスと笑っていた。穏やかで可愛い笑顔、とても昨夜と同一人物には……「バフィくんさぁ」
「散葉のこと好きでしょ?」
 ぎくり、と鳴瀬の背中を押す手が強ばった。それに確信を得たのか、言い出した鳴瀬が振り返ってにやーっと笑みを浮かべる。
 彼女……一舎散葉。
 目で追っていたのは昨日のことがあったせいだけど、それを、こいつは知らない、はずだ。
 好きだから目で追ってると、勘違いしたのか
 ……いや。
 知っていて、わざと訊いている?
「……そういうお前はどうなんだよ」
 質問で返す。感情を殺し過ぎない程度に紛れ込ませながら。
 ――――はぐらかそうとしたわけじゃない。訊く意味がある。
 今日、遅刻してきたのは一舎だけではない。他でもない鳴瀬が、彼女と連れ立って三限目に教室に姿を現していた。
 そしてなにより、
 昨夜「彼女」と「ヒメカ」と合流し、共に立ち去った、三人目……「何してたの」、と投げかけられた声の主。あれが、鳴瀬翏一、こいつだ。
 ほぼ一日中一緒に過ごし四六時中耳にしている独特の倍音を含んだ音色。訊き間違えるわけが無い。あの場でこいつらが何をしていたのか、直接問いただしていいものか思案する。
 あそこは歓楽街跡地だ。数分移動すればまだ経営している店にも行き着く。勘ぐってしまえば、昨夜から今朝までずっと彼等は一緒に居て、そのまま連れだって登校してきたのかもしれない、と考えられる。「ヒメカ」は一緒に居たのかはわからないが。
 まぁ下世話なことを言ってしまえば、朝帰りを疑ってるわけだが。そういう間柄の可能性もあり得る……それで僕にこうして牽制をしてきているとも ……
 そう考えたら、胸がもやつくような変な感じがした。妬ける、と思う。一方で鳴瀬ならともかく一舎散葉が朝帰りなんて自堕落な理由で遅刻するだろうか? とも思える。
 もし恋人同士でなくとも、二人がただならぬ関係なのは確かだろう。あの場で「あの時間に」、彼等はそこに居た。鳴瀬は「彼女」が僕を狙ったことについて、きっかけになりそうな何がしかを知っているかもしれない。学内で見ていても、二人は特に仲がいい。一舎散葉について、僕が知らないことも、こいつなら……
 しかし彼は「そりゃ好きだよ。可愛いじゃん」と言っただけで、さっさと部室へ向ってしまった。
「鳴瀬女装似合うな!」
「そうかしら? 惚れ直しちゃう?」
「惚れ直したとっても綺麗だよイテッ」
「お前らはいつでもどこでも茶番し過ぎ! ホラ採寸できたらとっとと舞台行く!」
「「ハーイ」」
 ウチの部は女子より男子が多いから、たまにこうして女性役が足りなくなる。鳴瀬は今回端役の女性と主要男性の二役掛け持ちで、衣裳班との打ち合わせの時間がちょっと長引いていた。衣装合わせ中のこの部室には男子部員しか居ない。
 いつもはここに一舎も交えて三人でふざけてるんだが……どうも昨日の今日を引き摺ってるのは彼女より僕の方、らしい。
 三人になっても一舎を意識してしまって、学生モード全開になれないというか、一舎が居ると茶番するテンションから一気に警戒態勢に入ってしまうのだ。
「あっバフィくん! りょーちゃんも、どうだった?」
 部室から出たところで、そう言ってぱたぱた駆け寄ってくる一舎を何となくじっと観察してしまう。
 うーん。
 本当に、人間違いか、僕の幻覚だったのかと思えてくる。
「散葉、上手からじゃない? こっち来てて平気?」
「まだ出番来ないから平気!」
 そう言う彼女の肩越しに舞台を伺えば、既に初めのシーンが始まっている。
「鳴瀬も上手からだろ。丁度いい、こいつの方が出番先なんだから一舎もそろそろ一緒に行ってスタンバイしときな」
「そう? バフィくんはこっちからなんだっけ」
 ふわりと柔らかな色素の薄い長髪に頬を傾けて、一舎の細い手が僕の腕に触れた。
 途端に耳が熱くなる。
「……ああ。僕は二回目の舘シーンで鳴瀬と同時に反対から」
「主従関係だもんねー! また女の子達盛り上がるよー」
「一部の、な」
「私も盛り上がる!」
「……そうかい」
「うん。特に三年の間では話題だよー、普段も特に仲がいい二人だから」
「……」
 鳴瀬と僕はしばしばそういうネタにされる。そういうとは、まぁ即ち男同士のいちゃいちゃ���ベント的な。自分達が率先してやってるフシも否めないけど、一舎に食いつかれると若干複雑だ。なまじ普段は一緒になって騒いでいる身内的なポジションだと思ってるわけだし。 
 もやもやと頭を抱えている内に、「じゃあぼくらは向こう行くね」と二人がホリゾント幕の裏へ姿を消す。
 うっかりお似合いだなとか思ってしまって自分でダメージを受けた。
 下手の袖幕に隠れて体育座りをし、見学に勤しんでいるうちに、
「おっ来たぞ」
「ようやく主役登場か」
 舞台上で主役の漆原と、令嬢役の鳴瀬が並ぶ。
 ……ナチュラルに性転換してんなー……
 女性部員が少ないこの部でそれでもなお、王子役に抜擢されて周囲も本人も当然の顔をしている公認の王子様♀と
 いくら中性的とはいえ外見が素の今は完全に男にしか見えないのに演技でカバーしてしまう鳴瀬。さっき見た衣裳の通りになるならば、当日はただの美女にしか見えないだろう。序盤に客の意識を奪うには向いている。
 この二人メインのシーンは一度もセリフが抜けること無く進み、次のシーンになった。
 ヒロインの登場。
「一舎……」
 セリフの無い、動作だけの演技が続く。
 …… 確かに、たまにある、一舎が豹変する瞬間。
 これを知っていたからこそ、僕はあの時人違いだと思い込もうとせず、冷静に彼女の貌を確認したのだ。
 二人から一人へ
 一舎だけが舞台上に残り
 病床の母を気遣う優しい娘から、その在り方が一変する。
「お母様を害した人間共」
「誰もここを侵さぬように」
「悪しき者は踏み入れぬよう、永遠の呪いを掛けましょう」
 怒りを押し隠すような無表情で言い放ったセリフの余韻が残っている内に、暗転。
 金眼と髪色を反射した光の像だけがしばし残った。
 はっと我に帰る。
 ……出番か。やっぱり一舎の演技はすごいな。しっかり観客になっていた。にわかに息も詰まってしまう、まるで
 本物の激情を孕んだ裏の顔を 見せられたようで。
 暗い舞台に歩み出て、照明がつくのを待つ。暗がりの奥に吸い込まれていく一舎を遮るように
 上手の袖幕からこちらを見る視線とかち合った。
 見慣れた冷たい赤の双眸。彼女と僕を遮る水の幕。「何してたの」、と響いたあの声……聞き慣れて、自然に受け入れ掛けていた、あの響きが 気に掛かる。
 先ずはこいつから、洗っていくか……
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494979 · 9 years
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「確かにリストにはあるよ……前科一犯。人殺してる」
「見せて」
「ダメだって。バック無しでそこまでできるかっての」
「じゃあ聞ける範囲でいいから、夏目さんが内容読み上げてください」
「知ってどうするつもり?」
「公共の為に生かす」
「公共の犬はこれだから」
 溜息を吐かれ、密かに苦笑を漏らした。
 公共の犬、と言われてもまあ仕方無い。
 ……数年前、裏社会である夜の街「水中」を牛耳っていた支配者達、神塔、寂士院両家が崩壊したことで、表警察がその闇を一部統括しなければならなくなった。
 曖昧になった昼と夜の境界線、肥大したグレーゾーンで争う黒と白。僕の母はこちら側にまで侵蝕した不穏分子の排除を担っていて、僕もそれを手伝っている。
 まぁ言うなれば暗殺の役回りだ。名目上は「処罰」だけど、やってることは死刑執行……殺人。「水中」で横行していた犯罪は明るみに出れば全て死刑に匹敵する大罪ばかりであるから、てな理由で、水中から戸籍を移そうとしない者はそのまま叛逆者として処罰している。戸籍を移せば表社会の法律が適応されるから、どっちにしろ水中でしてたのと同じことをしていたら即逮捕。
 統治者を失った裏社会に表社会が脅かされる前に、強硬な手段でも取り締まる必要があった、と説明はされている。必要悪、というやつ……
 だけど。
 警察も警察で、暗黙の了解だった水中の統治に対しては、関与していなかったわけがない。事実上黙認し、彼等にこの地域の裏の統治を任せていた。
 警察内部の闇がある。水中の住人を捕獲も無しに即時処罰するのは、警察内部のその闇を内々に葬り去ろうとしているようにも感じる。
 内部に存在する、「水中」と繋がっていた警察の機関。
 その関係者が僕達「幌」家の人間だった。
 僕は水中を黙認してきた秘密警察の身内で、今となっては両親の手足。水中の統治崩壊で、彼等を表の法で裁かざるを得なくなり重い腰を上げた、エライひと達の言いなりだ。それについて思うところはある。
 でも、新たな秩序が必要だったというのもわかるから。今、人々が生活するのに必要とされている役目を、僕は果たすことにしている。
 こうしてここに情報を求めに来ることは過去に何度もあって、その全てが仕事だった。……
 ……実は今回のは私用なんだというのは伏せてある。いや伝票持ってない時点で公の仕事じゃ無いことはバレてんのかもしれんが、ガチで個人的なことだってのは言いにくい。ここに来るときは本来ビジネスライクな関係、ただの協力者としてなのだから。
 ここの主、夏目はいわゆる情報屋。表向きフリーターのお姉さん。主に犯罪者のデータを扱っていて、以前は裏社会メインで顧客を取っていたらしい。そのことから推察するに情報源はろくなもんじゃ無い。多分情報局や企業データをハッキングしてるんだろう、パクリもいいところで、本来公共の敵だ。僕を公共の犬と揶揄するだけのことはある、おそらく体制側に与する気があってこんな仕事をしてるわけじゃないのだろう。
「情報の横流し、やってることは犯罪だよな……まさに毒で毒を制すというやつ」
「失敬な、そんなことないよぉ。重要な情報は足使って集めろ、これ鉄則。横流しじゃ裏取れなかったらオシマイでしょ? リスペクトしてやまない大先輩のありがたーい教えだよん」
「そうなんですか……?」
 何にせよ、その探知の腕は確かなので頼ることはままある。
 拠点はここ、資料の散らかったワンルームアパート。住居とは別に誰かしらの名義で借りているそうだ。ロフトでコンピュータをいじる夏目が、「捨てといて」とペットボトルを投げてきて梯子の下に座る僕の頭にヒットした。
「痛え!」
「さて。鳴瀬翏一が殺したのは自分の父親、他数名。その場に居て生き残ったのは加害者である彼本人以外に妹の姫歌だけ。動機はおそらく、父親からの虐待に反抗してのこと。彼等兄妹の状態も全身に傷を負った重体でしばらく意識不明、抵抗として正当性が見られたことと状況や当時の彼等の年齢を考慮し、有罪ではあるものの、少しの期間隔離病棟で過ごすのみで解放された」
「……、 ……どうも」
 思わず少し、言葉を失ってから、ヒメカというのが妹であったことと、一舎がその二人共と知り合いであることを踏まえて、次に何を訊くべきか思案する。隔離病棟……水槽のことか? 人魚達が彼等の身体的特徴にあった治療を受けるため設けた医学研究所のような施設があったはず……年齢を考慮して、ということは、時期は十五才以前、二年以上前の可能性が高い。だから公の資料には無いわけだ。過渡期で一番荒れていた時期。水中の崩壊。心身の回復を待っての戸籍移動。そんなところか。
 それにしても……
「水中の過去、全然感じさせない奴だけどな、鳴瀬。やっぱどうだかわかんねーモンっすね」
「あたしの情報を疑ったりはしないんだ?」
 ニヤリ、笑っているんだろうなと思いながら見上げると、案の定細められた青の双眸がこっちを見下ろしていた。
「……夏目さんはそーいう風には嘘吐かないだろ」
「そーいう風って?」
「デカイ嘘っていうか……細かい部分は脚色してるかもしれねーけど、あいつが今聞いた話と同等の過去を背負ってるのは、本当の情報なんだろイテッ」
 今度は何だ、と思ったら周りに棒つきキャンディが散らばっていた。
「……どーも」
「どーぞ。バフィは面倒だ。すごく面倒だ」
「なんですか失礼な」
 芝居がかった抑揚のセリフはまるでこちらを煽ろうとしているよう。
 どうやら自分も飴を舐め始めたらしくれろれろと余計な舌の動きを拾いながら言う。
「そんな慎重に回りくどく聞いてこないで、知りたい事実をぺらぺら喋っちまえよ。ほれほれ」
「……」
 うわあ、この人どこまで察してるかわからん。
「かまかけてるんですか」
「だったらどうする?」
 だったら? だったらどうするって……ああもう、こんなこと聞いた時点で、知りたいことはもう少し先にあるんだと自白してしまったようなものか。
 ちょっと不機嫌な表情を向けてやると、ニタァと勝ち誇ったような笑みで返される。どこで勘づかれたのやら、そういえば鳴瀬と、それにヒメカという彼女、二人については一個の質問で綺麗に情報を提示されてしまった。一応既にサービスされている。
 やれやれ。
「先日、元水中の歓楽街跡地で秘密警察の案件がありました」
 駆け引きなんて慣れないことするもんじゃない。情報には情報を。ストレートにいこう、よきビジネスパートナーとして。
「裏取りをしてほしい。即時処刑された犯人達の前日までの動向を」
 それであの夜あの場所に居た、彼等三人と事件との関係も判明するはずだ。
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494979 · 9 years
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 どうやら現時点で、先日あの場所に居た犯罪者と彼等三人の間には、密接な関わりが無いようだったので、僕は自分が「調べろ」と言われていた犯罪者のアジトだけを公に提出し、一舎と鳴瀬兄妹がその場に居たことについてはひとまず胸中に留めた。ただ内容がちょっと、物騒だから、盲目的になるわけにもいかないってことで、完全に彼等三人への警戒をやめることもしなかった。彼等に危険が及ぼうとしているのか、彼等が危険因子そのものなのか、半信半疑の日常を選んだ。
 けれど間もないうちに……どころか翌日、
 その現象は突然起った。
 部活で衣装合わせをしていた時、男女別れて着替えをして
 それでもまぁ、女子の方はちょくちょく男子が着替えてるとこに入ってきて手伝ってくれたりしていた。一舎もそのつもりだったんだろう、自分の衣裳を着替え終わると僕達のところに来た。その頃には、幸いというか、不運にもというか、鳴瀬と僕しか残っていなかった。男装の上からドレスを着込むため、他のメンバーよりちょっと時間が掛かったのだ。
 ゆるやかにウェーブのかかった長髪のウィッグに、赤いドレス。
「りょーちゃーんバフィくん、着替え手伝おうか?」
 鳴瀬の向こうから一舎が、ひょこ、と顔を覗かせた
 直後、いつもの冗談でじゃれあっていた僕と鳴瀬を 金色の眼が捉え
 彼女の表情が凍り付くのが、はっきり、見えた。
「―――――下がれ幌!」
 ヤバい と思ったのと 鳴瀬に腕を引かれて身体が傾いだのが、同時だった。
 そしてすぐ耳元で、ヒュッ と空を切る音
 スローモーション
 紙一重で避けたそれ��、一舎の手刀だった。
 視界の端、爪の先が目を潰そうとしてたかのようにカギ状に折り曲げられていく。
「……っ!」
 僕は咄嗟に自分の腕から鳴瀬の手を取って掴みなおし、そのまま彼を連れて反対側の扉から逃走した。非常階段の段差部分を全てすっ飛ばして駆け下り、衣裳姿に中履きのまま裏庭を突っ切る。土が跳ねるが躊躇ってる場合じゃ無い。背後を気にする暇もない、一目散。フェンスの隙間をぬって校庭の角まで行くと学校の敷地から外へ飛び降りた。
 ここの塀は他の場所より低い。
 鳴瀬もドレスをものともせずについてくると、
 飛び降りる時に離した手を繋ぎなおして走り続けた。
 僕の家に駆け込んでしばらく、二人共無言だった。
 息を整えている鳴瀬を横目で盗み見る。慣れない格好で長距離を走って随分と疲れたようだ。
 微かに溜息を零す今の彼はどこからどう見ても、綺麗な女性そのものだった。差し込む夕日がコントラストを強めて、その姿を焼付けてくる。
 どことなく、「ヒメカ」に似ている。
 ――――おそらくコレが、カギだった。
 ……ん? と、いうか……はたと自分達の格好を顧みる。
 ウワァそうだ、僕も衣裳着て……
 ここまで僕は貴族然とした正装もどきの衣装で、赤いドレスを着た女性(仮)を引っ張ってきたわけだ。勿論平日の夕方、誰ともすれ違わなかったわけがない。一体傍目にはどう映っただろういや教えてほしくもないが。
「……鳴瀬」
「……ん?」
「……その服、上だけでも脱げよ。邪魔だろ」
「……そうだな」
 もう遅い気もするけど、と呟いたあたり、同じことを考えていたのかもしれない。
 ばさっと襟元を引っ掴んであっという間に上半身を開ける。脱ぐのに十秒もかからなかった。
「さすが速着替え用の衣裳」
「ウチの部何気に制作メンバーのレベル超高いよね」
 当たり障りない雑談をしながら、中途半端に混じる日常感に手を焼く。わかってる、今話すべきはそんなことじゃ無い。
 一舎が豹変して逃げてきたってのに、鳴瀬はそのこと自体には驚いていないように見えた。
 それは彼が「彼女」を、予め知っていたということじゃないだろうか。
 けれど友人という意識が強過ぎてなかなか切り出せないのだ。
 鳴瀬の方も、雰囲気を和らげるチャラい笑顔が一切消え失せているけれど 
 口調は普段と変わらない。
 こいつ相手に、気まずいなんて。
「悪い。……巻込んだ」
「……そうかな。いいよ別に、こっちこそごめん」
「? なんでお前が……」
 ……なんでお前が謝るんだ?
 何を知ってる?
「……とりあえず上がれよ」
「……いいの?」
「いい。住んでる僕が誘ってんだからいいだろうよ」
「そっか。お邪魔します」
「鳴瀬」
 ようやく、真っ直ぐ目と目をあわせた。
「暗くなったら、ちゃんと話すから」
「……うん。ぼくも」
 ぼくも、ね。
 一緒に学校に居るはずの時間が、終ったら。
 ……それまでにちゃんと腹をくくろうじゃないか。
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494979 · 9 years
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 僕は何をもって彼を彼だと思っていただろう。
 一舎のことでも、そうだ。
 何をもって彼女を彼女だと思っていただろう。
「彼女」を、僕は「誰」だと思えばいいのだろう。
 これ以上距離が近づいて、それでも僕らは友達で居られるだろうか。
「ぼく達は、もともと水の中に居たんだ。ぼくと、姫歌と……散葉も」
 夜の蒼い光の中で、鳴瀬が淡々と話す。
 鳴瀬のことを調べたとき、彼が寂士院家の血をひいてることを知って驚いたものだ。
 寂士院は……人魚、遺伝性の病の家系だ。肌も髪も色素がなく、陽光の下には出られない。瞳の色は青いガラスのように薄く、視覚より聴覚に頼る。だからこそ彼等は夜の街に追いやられ、常人と違った感覚で暗闇を自在に闊歩する狂神として隔離され 迫害されていた。それがこの街にあった水中、夜時間の統治者の正体だった。
 でも鳴瀬の容貌は、月光に浮かび上がる人魚の白さと対照的な、黒い髪に赤く光る眼。むしろ、彼の実父である紅一という男によく似た影を帯びていると思う。寂士院家の一員というよりは父親寄りなんだろう。だが、人魚の血をひいている以上、こいつの持つ感覚器官はヒトとは異なるもののはず。
 確かにこうしているとヒトならざる雰囲気がある。
 まるで人魚を包む暗い水の一部のような 夜に溶け込むこの姿が、本来の姿なのかもしれない。あの夜一舎を見た時と同じ動揺が胸奥をざわつかせた。
 話は交互に。まずは僕が一舎に狙われていることを話し、次は鳴瀬がそれに応えてくれるのを待つ番になった。隣に座ってじっと聞く。
「ぼくと散葉は寂士院家の持ち物で、姫歌は父の持ち物だった。父は彼女達を使って、性売買をしていた……自分も彼女達を犯したし、二人でやれっていうこともあったみたい」
「……」
 まぁ、衝撃的な内容だが驚くべきことじゃない。秘密警察なら尚更、こんなことで動揺しているわけにはいかないところだ。元水中の住人でも、現在に至るまでに表の戸籍を得ている人物ならある程度調べがつく。一舎散葉、彼女が以前水中に居た事実はすぐにでも知ることができた。ならばそれを踏まえて、ある程度彼女の過去を類推しておくのは当然だし、それを踏まえての仮説も立ててある。
 ……僕が立てた仮説は
 一舎が、表と裏の二つの顔を持っているんじゃないかということだ。
 今の一舎散葉と、以前の「彼女」……。いくら演技が上手くても、銃口を向ける彼女がまるで、別人のように見えたから…… 一舎のことを調べた時に、もしかしたらと思っていた。一舎は、一舎の意思だけで動いていないのではないかと。
 過去と現在の人格を形成する要素がくい違い、分裂を起こしてるんじゃないか、と。
 水中ならあり得ない話じゃないはずだ。
 けれど、続けられた言葉で仮説は揺らぐ。
「優しい散葉の存在は、姫歌の……救いだった。優しくて、穏やかで、可愛くて……それはバフィくんも知ってると思うけど」
 知ってる……
「……ああ」
 それは、僕の知ってる一舎散葉だ。
 以前から、一舎が一舎だった、ということだ。優しくて穏やかで、可愛い女の子。
「こっちで平穏な学校生活してる時なら大したこと無く思えるかもしれないけど、向こう側の……こんな、境遇でも優しく居られるなんて、尋常じゃないよ。ぼくは彼女達の後始末をしてたけど、二人でした日にはそれが必要無かった。姫歌は散葉を好きだったし、散葉は姫歌を愛してた。散葉は間違いなく天使だった」
 天使。
 なぜかその単語に耳が熱くなる。
「………けれど」
 仮説は間違っていた…… かと思った が。
「あの子は閉じこめられる内に、精神分裂を起こした」
 答えが与えられる瞬間はあっけない。
 鳴瀬は特にペースを変えず、その事実を口にする。
 別人格という仮説は、部分的には当たっていたのだ。
「彼女は、姫歌を愛した散葉の他に
自分を陵辱する男を受け入れ愛する別の人格を作った」
 それが、「彼女」の正体。
 加害者を愛することで
 愛している相手との行為だと思うことで
「散葉」を守っていた。
 それは、……
 それはあまりにも……
 ……
 重く、重く 溜息を吐き出す。
 いや……つまり。
「……やっぱり、一舎の方は、僕を狙ってる時のことは」
「うん、おぼえてないと思う」
「だから翌日学校で顔をあわせてもフツーだった……辻褄は合うな。僕を狙ってんのは別人格の方か」
 そしてその人格はおそらく、「ヒメカ」のように見えた鳴瀬と、標的の僕が並んでいたことで刺激され、出てきたのだろう。好きな子が危険に晒されてるように見えて……守るための戦闘モード。そんなとこかな。
「問題はなんで標的にされてるかだよねえ。バフィくん何かチルハに狙われるようなことしたの?」
 見透かすようなタイミングにギクリとする。
「イヤ……身に覚えは無い」
「……本当に?」
 不穏、
 急に視線に視線を絡めとられ、室温が下がった気がした。
「おいおいおい急に雰囲気にエフェクトかかってる怖いよお前」
「ぼく昨日夏目のとこ行ってきたんだけど」
 突然出された名前についギクリとする。
 知り合いだったのか! というかこの流れはもしかして。
 僕が夏目に協力を仰いだことに関しては、鳴瀬に伝えていない。情報源に夏目のような立場の人間が居ることを話せば、お役目のことにまで話が及ぶだろう。一舎に殺意を向けられたことは「学生の僕」にとっては重大だけれど、あくまでそれだけで話を済ませるつもりだった。なのに……
「バフィくん、ほんとにぼくらに恨まれる覚えなんて無いって、言い切れるの?」
すぅー……っと細められた目とつり上がる唇。
 あ、バレてますかね。
 怖い。
 怖いこいつ!美人の含み笑い怖い!
「チルハが出てくるってことはあの子が向こう側を連想したってことだからね? バフィくんは普段何をしてるのかなぁ?」
「……わかった、すみません話します」
 この際もう隠し事はナシだ、どうでもいい。別に悪いことしてるわけじゃ無い。
 そうだ、悪いことしてるわけじゃ無い、と思う。
 開き直って話のバトンを僕の番に。
 一応は「秘密」とつく役職なんだがな、とウンザリする反面、腹を割って話せるのが痛快だった。
 僕らは友達同士だ。
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494979 · 9 years
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翌朝、夏目の元へ訪ねた。
「ちょっとちょっとこの時間に来るか? 不良高校生めー」
「アンタに言われたくない」
「あたしはガッコ行ってないもーん」
 ロフトから逆さになって僕らを迎えた夏目はそのままひょいと上体を起こす。この人の筋力なんなの。
「あれ? ってか二人一緒?」
「あーうん昨日はウチに泊まったから」
「ほー……夜を共にしたわけだ。お二人そういう仲で」
「ちがう」「やめて」
 即否定。
「茶番する場面じゃ無いので。察してくださいよ」
 結局昨夜は一舎の動機まで辿り着けなかった。散々僕の仕事��ついて聞いた鳴瀬も「散葉に関する事例は無いな」と結論し、まことに不本意ではあるが夏目に二度目の助力をお願いしようとしてるのである。
「ふーん? まー用件をきこうか」
「夏目くんさぁ、散葉に余計な嘘吐いたんじゃない」
 ズバッと音がしそうな程間髪おかず鳴瀬が斬り込んだ。一応質問を考えてきていた僕の口が中途半端に開いたまま固まる。
 やけに馴れ馴れしいというか、砕けた口調だ。表情を見ればそれも子供っぽく、なんか拗ねてるような感じでさえある。こいつ幾つ顔使い分けてんだ。
 ……っつーか、一舎と夏目も知り合いかよ
 世間って狭いなあ。
「あーもうりょーちゃんはまたそういう情報料の取れない質問してくるー」
「誤情報のままにしとくよりいいでしょう。思い当たるとこ無い?」
「えー? 例えば?」
「例えば、誰かがしたことを別の誰かに置き換えてみたり」
 ぼったくられるの覚悟だったがどうやら料金は発生しないらしい。それより、妙に確信的な鳴瀬の質問の方が気になった。
 何だ? 誤情報?
「うーんもう一声。具体的に」
「……ぼくがしたはずのことを、バフィくんのせいにしてない?」
「「え??」」
 そこで僕と夏目の反応がカブり、
「あれってりょーちゃんのことだったの?」
 と夏目が続け、
「待てまて! あれってどれ!?」
 ……僕は全く意味不明なままだった。
 夏目は「あー……」と気まずそうに僕を見て苦笑すると
「ゴメ~ン」と先に謝ってきた。
 なんなんだ
「えーと……ちなみにバフィはりょーちゃん達のことどんだけ知ってるの?」
「「もう全部知ってるよ……」」
「そっかー……あのねバフィそんならもう白状するけど、ちーはアンタのこと好きなんだよ。だからあたし、発破かけるつもりでアンタが恩人だって教えちゃったんだ。人違いとは思ってなかったね」
 ここで突然の爆撃。
「……恩人……え?」っていうか
 好き
 ……?! 一舎が僕を好き? 好きだけどそれが、本当は鳴瀬? いやそうじゃ無いか。落ち着け。
 は?
「でもね夏目くん、それのせいでバフィくん今チルハに狙われてるんだよ」
「恋愛的な意味で?」
「いや命的な意味で」
「なぜ!?」
「ありがとう。これでハッキリしたからぼくらは学校に行くね」
「ちょっと! ちょっとりょーちゃん待ってここでおあずけする気!? 夏目さん気になる! 知りたいなぁ!」
 最早背後で声を張る夏目を無視して、鳴瀬が思考停止してる僕の手を引く。
「お邪魔しました」
 そしてあっさり部屋を後にした。
 落ち着け、僕。
「落ち着いた?」
「おぅちついた」
「本当は?」
「おちついてないです……」
 さらりとした語調がバクバクと動く心臓の音に邪魔されていまいち頭に入ってこない。
 いや、さすがにパニクり過ぎだから。冷静になれ。色恋で舞い上がってる場合じゃ無い。働け、僕の頭。
「まぁ落ち着けばぼくが説明しなくても、バフィくんの知ってることだけで全部わかるはずだよ」
 自分でも慌て過ぎな僕に、助け舟を出すかのように
 波打つ中を平坦に滑るように、鳴瀬の声が言う。
「彼女は
 散葉を守っていたけど
 ぼくは散葉を
 助けたかった
 だから
 散葉を飼っていた男を殺した」
 は、と
 脳内に響く音に意識を傾ける。
 自分の知っていることで答えが導き出せるなら、それを組み立てればいいだけだ。
 ちるはをかっていた男を殺した。
『確かにリストにはあるよ……前科一犯。人殺してる』
『鳴瀬翏一が殺したのは自分の父親、他数名。動機は―――――』
―――『ぼくと散葉は寂士院家の持ち物で、姫歌は父の持ち物だった。父は彼女達を使って、性売買をしていた』……
 ぼくは散葉を助けたかった。
 心臓が止まったかと思った。そのくらい僕の周囲は静かになった。ぴたりと時間が止まったみたいに身体が止まった。
 確かに一舎散葉にとって、自分を閉じこめる男を排除した彼は恩人だろう。
 だけど
 彼女は、姫歌を愛した散葉の他に
 自分を陵辱する男を受け入れ愛する別の人格を作った―――
「自分を助けた恩人」だと思う散葉と
「愛する男を殺した仇」だと思う彼女
 彼女は
 男を愛していたから、
 殺した犯人を憎んで 探して
 復讐しようとする……?
「……僕は巻込んだんじゃなくて、巻込まれた方かよ」
「随分集中してたね? もう学校着くよ」
 僕の声に振り向いた鳴瀬が、掴んでいた手を離す。どうやら引っ張ってきてくれてたようだ。
「バフィくんが今してる……裏社会の罪人裁きは、以前寂士院のしてたことなんだよ。つまり夏目は時期的にぼくがしたことを、バフィくんがしたことだと思ってたんだろうな。丁度過渡期だしね」
 裏社会の罪人裁きをする、寂士院家の構成員。元「愛子あやし」か……僕はてっきり、鳴瀬は父親の下についてるのかと思っていたが、どうやら認識違いだったらしい。
「……鳴瀬、一舎に言うのか? お前と僕を勘違いしてること」
「そりゃあ」
「言ってどうする? 狙われるぞ」
「殺されたくないからその前に殺すよ」
 淡々と、淡々と
 隣で日常を歩みながら、そう言い放つ。
「……好きな相手を?」
「それ、バフィくんが言う?」
「いや……そしたらお前、今度こそ犯罪者だぞ」
「そうだね」
「大体、いつから見当ついてた? 少なくとも夏目さんに会いに行く前には気付いてたよな」
「まぁね……昨夜には」
「じゃあやっぱり僕の仕事のことなんか聞かなくてよかったんじゃねーか!」
「えーそこ? そこ蒸し返す? というか、そんなことないよ。バフィくんが夏目を介して知った情報が何かってこと、踏まえて考えなかったら、思い至らなかったもん」
「……まぁ、言わない方がよかったとは、僕も思ってないけどさ」
 そもそも巻込んだかなって思ったからこそ鳴瀬は全部話してくれたんだろうし
 おかげで僕は真相が見えたし、
 こんなぶっちゃけた提案もできるわけだ。
「彼女が向こう側の人間としてお前を狙ってるなら、僕が仕事でターゲットにしてもいい」
 言うと、今までまったくぶれなく前進していた鳴瀬が、足を止めた。
「………何言ってるのバフィくん」
「そうすれば、危ない橋を渡らなくても確実に包囲できる」
「バフィくんて思った以上に冷血だよね……」
「うっ……この場合は仕方無いだろ。狙ってくる側が加害者になるんだから」
「いやそれでもマジで好きならぼくより散葉の味方をしなよ。どっちかは死ぬんだからさ」
「お前は僕が一舎を殺すのには反対ってことか?」
「…………」
 ……そうだ。
 僕は。
 自分のしていることが、正しいとは思っていない。
 堂々と口にできることじゃ無いと思っている。これまで彼等は彼等の法を守って生きてきたのに、それをこちらの法で裁いて、命を奪っているのだから。一方的に。秩序のためだけに。
 本当は人を殺したくない。好きな人なら尚更だ。
 ……鳴瀬にも、殺させたくない。
 けれど
 必要な役目だとは思っている。彼等がこの社会において犯罪者と言われることをした存在なのは事実だ、野放しにはできない。だから……誰かに任せたりせずに 僕が、やっているんだ。
「もし、彼女だけを殺して一舎を生かす方法があったら、それを選んでくれるか? 鳴瀬」
 思いついた案を口にする。公にはしない、役者は三人だけの脚本を。
 内々に行うのは、戸籍が同じである以上、公にすれば一舎と彼女が「一人」としてカウントされてしまうからだ。手伝ってくれるよな、と問いかければ、意外そうな顔をされた。
「手伝うのは勿論やらせてもらうけど……いざって時は、二人共殺すよ?」
 ぼくはそうなっても、構わないんだから。
 それは向こう側のやり方か。
 ならば僕はそれに相対しよう。
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494979 · 9 years
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一舎と二人きりで話すのは、久しぶりだと思った。
一番長い昼の休み時間をくれ、と言うと一舎はそれじゃあお昼ご飯は一緒に食べようね、と笑って了承してくれた。
僕がしたいことはひとつ。「彼女」に予約を入れること。
地雷を踏むような起動スイッチで呼び出すんじゃなく、この日この時間この場所で確実に対面する、という予約がしたかった。なるべくはやく……部活で鳴瀬が衣裳を着る日までに、だ。
だから鳴瀬と僕は、学校外で一舎を含む三人で会える日を作ろうということに決めた。
「一舎、明日の午後とか、時間ある?」
「部活の後なら平気だよ! ちょっと遅いかな?」
「僕らは大丈夫だけど……ゆっくり時間がとれた方がいいからなぁ……家の都合とか」
「私も大丈夫だよ、一人暮らしだもん」
「……そっか」
 一人暮らし。
 今までは、踏み入らない方がいいのかと思って、聞き流していた。
 けど。
「……僕もほとんど一人暮らしなんだ。鳴瀬もそうだよな。僕か鳴瀬の家で、と思ってたけど……一舎ん家行ってみてもいいか?」
「えっ! いいよ、是非いらっしゃいです」
 ふわふわ。
 白い頬のまわりで色素の薄い髪が揺れる。
 触れてみたい。
「バフィくんも、一人暮らしだったんだー知らなかった! あれ、でも、みたいなもん、ってことは一人暮らしとはちがう? かな」
「違うよ。両親も弟も居る。でも帰ってこないからね」
「どうして、とか、訊いてもいいの?」
 うん。聞いてほしい。それで、一舎にも話してほしい。
 僕らは、友達同士だから。
 好きだから。
 二人で話す時間を作ったのは、会う日を決める為だけじゃない。そんなのは短い休憩にだって、いっそ授業中でも取り付けられる。ただ、覚悟がしたかったんだ。自分の気持ちに対して、けじめを付けたかった。
 ちゃんと向きあっておきたかったんだ。
 家のこと、立場のこと
 夏目のこと、鳴瀬のこと
 仕事のこと。
 話せることは全部話した。
「バフィくんは 人を殺すの」
 ゆったりと、瞬きしながら
 時々頷くばかりで何も言わなかった一舎は、不意にそう呟いた。
 ……僕は、人を殺してきた
 不意にそれが違う響きを持って胸に落ちた。
 僕は、この子を殺せない。
 そしてこの子ではないというのなら 同じ身体の別人格を、殺せると思ってしまっていたのだと。
 殺人と売春は水中の本職だ。同じ街にありながら、あの夜の世界に僕らの住む昼の世界の道理は通用しない。……しなかった。水中が崩壊した今、情報として知るしかないわけだが、彼等の生業をそのまま表社会の法で裁いたら、全員犯罪者で、処刑だ。
 そうやって彼等を悪だと言いながら、僕らは同じ殺人という手段で彼等を存在ごと闇に葬り去っている
 僕の在り方は、この子の過去を殺していた。
「正しいと思えないまま、必要だから続けるなんて……自己犠牲みたいなものじゃない?」
「……そうだね。その通りだよ」
「仕事、やめないの?」
「つい昨日くらいまでは、誰かがやらなきゃって思ってたんだけど……」
 言いよどんだら一舎はにっこりと笑った。ただ柔らかな、可愛いいつもの笑顔とは違う、細長い針で胸の真ん中を刺されたような そんな気分にさせられる笑顔。
 黒を無理矢理白で塗り替えていく。そうやって水中との距離を狭めた気になっていた。
 でも、今目の前に居る彼女の内には 人とさかなが共存している。
「私の話も聞いてもらえる?」
 僕は頷いた。
 知っておかなくてはいけないと、初めて思った。
 私の親はさかなだった。
 正確に言えば水中に出入りしていたわけじゃないから「さかな」とは呼ばれないのかもしれない。その辺りの呼称は当事者に近付けば近付くほど曖昧で、私は水中が崩壊してこの家に帰ってくるまで「人魚」も「さかな」も知らなかった。
 ただ確かに言えるのは、母は体質的にも変異を起こした「人魚」の当事者だった。私は母が人魚だと発覚する以前のことや、その頃どのような状態だったのかは詳しく知らない。私が物心ついた頃には既に、母は部屋に閉じ込められていた。
 水中に差別意識を持っていた父は、母が何かヒトと違うことを言ったりしたりするごとに母を詰った。母自身も自分がまともに居られないことに苦しんでいて……この辺りから私の記憶は始まる。
 父は私に言い聞かせた、「お母さんを外に出しちゃダメだよ」って。だから私達は外に出られない母と、母の部屋で一緒に過ごした。母の部屋には外から錠が掛けられていたけど、この頃はまだ父が簡単に鍵を貸してくれた。
 窓辺を彩る銀杏の紅葉や、落ちた葉が地面に絨毯のように広がる美しい光景を眺めて、母は優しい手で私の髪を撫でながら穏やかに微笑んで言った、
「あなたの名前はこの美しい景色が由来なんですよ」って。私は母をか弱い人だと、病気なんだと思っていた。ただ少し身体が弱いだけで、それだけで、優しいひとだ、って。
 三人家族で父が働きに出て、母は閉じ込められているから、家事は私の役割だったけれど、食事の用意をしてもそれを母と一緒に食べることは無かった。朝と夜に父が、仕事に行く前と帰った後、母の部屋に食事を運んでいた。……そういえば昼間は私は学校に行っているし父も仕事で居ないから、母は食事を摂っていなかったのかな。
 でもある日を境に父が母のことを話題にしなくなった。
 私も習い事を始めたり、学年が上がると部活動も始まったりして、忙しさと楽しさで家よりも外の世界に夢中になっていって、
 一緒に住んでいるのに、いつの間にか母の存在は死角みたいに意識から抜け落ちてしまった。
 季節が一巡した頃、銀杏の木が黄金色に輝くのを見て、はっと私はそのことに気付いた。父が入っていくあの部屋、あそこに行けばいつでも会えるのに、私は扉の前に立つことさえなくなっていた。
 それで 気付いた瞬間、急に、母に会いたくなったの。
 ずっと父がやるものだと無意識に思っていた食事の配膳を自分でやりたくなった。だから私は父にそのことを伝えてみた、私が支度するから、お母さんの部屋で一緒にご飯を食べよう、って。
 ……いい提案だと思ったのに、普段無表情な父は喜んではくれなかったし、むしろあからさまに顔をしかめ 嫌そうにした。
 そして「お母さんは一緒に食事ができるようなヒトじゃ無い」というようなことを吐き捨てるみたいに口にした。まだ小学生だった私はそれを悪態だと、母が蔑まれているのだと思った、その日初めて父に反抗して喧嘩になった、
「なんでお父さんはお母さんを人間扱いしてくれないの」……私がこれを言った時お父さんはどんな表情をしてたのかな。傷付けただろうな……
 数日間、気まずいまま、二人で揃って夕飯を摂るのも嫌で ご飯が美味しくなくてわざと早めに食べ終えて部屋に閉じこもったりして、結局 仲直りはできなかった
 その日は学校が終ってからいつもより少し時間があったの。部活動が休みだったんだっけ、私は家に帰ってきて夕飯の支度をして、できあがってもまだ父は帰って来てなかった。
 お母さんのために病気でも食べやすいように柔らかいものを作って、その時は秋の初めで肌寒かったから、暖かいものを食べてもらおうと思った、お鍋の具とお雑煮をよそって冷めないうちに母の部屋へ持って行った。
 父が帰るのを待っていれば良かったのかもしれない。だけどその時は父と一緒にご飯を食べたくなかった、あの様子じゃ鍵を貸してくれないかもしれないと思ったし、母のことを嫌悪の滲んだ表情と酷い言葉で語る父を仲間はずれにしてやりたかった、私自身はつい最近までお母さんのことなんて忘れていたくせにね。
 鍵を外して扉を開けて
 すぐに母の姿は目に入った
 窓辺で木漏れ日の陽に照らされながらゆったりとソファの座面にもたれ掛かっていた
 私の方を向いていたけど眠ってるみたいに目を閉じていて、ただ両手の指先だけがくるくるともがくようにカーテンをたぐったから、目が醒めているのはわかった。
 そして
 唐突に顔を上げ振り返った勢いで置き去りにされたような首がガクリと仰け反って
 母は歌った。
 音が 空間を作り替える
 景色が、一変
 その瞬間、本当に一瞬で、急に気付いた、木漏れ日だと思ったのが本当はビリビリに破かれたカーテンの隙間から夕陽が差し込んでいるんだってこと、母の姿勢がゆったりしたものじゃなくぐったりと倒れたものだってこと、母は私の方を見ていなくて、私がドアを開けた音に反応したんだってこと、一気に理解して――――
 私は硬直した。
 動けなくなった
 部屋の中から渦が唯一開かれたこのドアに向かう ざあっと通りすぎていく 同時に血の気も引いて 悪寒と 耳鳴り 何もかも洗い流された後の静寂 それだけが残された部屋で 響く
 透明な無の世界から亡くした同胞を呼び寄せるような 魔物のうたごえ
「―――――――――――…………」
 ――――聴いては駄目だ、
 も う  遅い
 母はうたい続けながらふらふらとこちらに歩いてきた
 でも 動けなくて
 間近に、いつしかほとんど身長が変わらないくらいに伸びた私の背丈の、すぐ正面にまで来た母に、私が「お母さん」って呼び掛けたら 母は
 私に手を伸ばして
 私の首を絞めてきた。
「……っ! ?」
 苦しかった
 血が止まって顔が爆ぜそうなくらい熱く痛くなって重い音が歌声と混じりながら首筋で鳴った、痛かった あちこちが
 息ができない
 ごぱ、と圧し殺されそうな水音がして
 ―――――――― 涙が ……気付いたら そう、涙が溢れ出ていた
 そこから記憶が飛んでいる。次に視界を認識したとき私は呆然と床に座り込んでいて
 動けないまま、永遠にこうしているのかと思った、自分が何をすることも考えられずに、惰性で息をしながら、排泄すらどうするか判断できないまま
 母の死体の前で父が首を吊った地獄のような部屋で、何日だか過ごしたことだけ覚えている。
 その後母の歌声を聴きつけた真っ白な人魚が現れて、私を家から水中へ連れて行った。
 水中には弱っていない、強い人魚が居た。表社会で受けられない人魚のための医療措置とかもあった。両親は差別感情があったせいで表社会の生活にしがみついたけれど、……水中でだったら、あんなことにならずに生きていられたのかもしれない
 か弱いんじゃ無かったんだ、周囲が異物だと言って洗い流そうとする速い水の流れにずっと晒されて、そのせいで弱っていった、絶え間ない水流に衰弱してしまう魚みたいに だから停滞させた密室のなかで漂って どうにか生きていたのに
 私がそれをぶちまけてしまった。
 どうすればよかったのかわからない
 一緒にご飯食べようなんて���い出さなければよかったかな。それまで忘れていたくせに手のひら返したみたいにさ。自分が恋しいときだけ甘えようとした
 お父さんを待ってればよかったかな、意地悪な気持ちになって仲間はずれにしてやろうなんて思ったからこんなことになるのかな ……お父さんはお母さんから私を助けて、その時にお母さんを死なせちゃったんだって。家に来た人魚がそう話してた。お母さんが先に死んで、お父さんが後を追って自殺した、これは心中だと言えるのかなって…… お父さんに酷いこと言ったのに私、謝れなかった、もう謝れないよ 最低だな
 母に首を絞められた時、私がすぐに死んでしまってたら、どうなってたのかな――――
 忘れられない、考えずにいられない。ぬくもりの記憶が、まだこんなにも残ってる、窓辺から見える景色 美しい紅葉の絨毯、「あなたの名前はこの美しい景色が由来なんですよ」って 微笑みかけてくれたこと
 髪を撫でてくれた
 優しい手。
「水中に行ったその年に、りょーちゃんに出会ったんだ。だから私とりょーちゃんの付き合いって結構長いの。その後だったかな、ひめちゃん……りょーちゃんの妹の姫歌さん……にも、会ったよ。二人はうり二つってくらいよく似てた。実はね、正直二人の区別がついていたかも自信ないのです、その時の私には。ひめちゃんに会うときはよく意識が朦朧としてたから、そのせいもあるかな……」
 一舎の話はそこから、主に鳴瀬兄妹の話題ばかりになっていって、時系列が進むごとに、最近三人でジェラートの食べ歩きをしただとか姫歌さんは甘いものを無限に食べられるとか、即興曲でセッションしたら終わりどころが無くなって一晩明けただとか、微笑ましい近況報告に移っていった。 一舎の過去について蒸し返せる雰囲気では無くなってしまったし、……彼女があの二人をとても大事に思っていることが、聞いていてよくわかる内容だったと思う。
 家族を亡くして、水中で人魚達と過ごして
 一舎にとってはもう、人魚達は水に隔たれた別世界の存在じゃ、済まないのだ。
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494979 · 9 years
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憶測だけど、一舎と「彼女」は意識は共有していなくとも、記憶は一部共有しているかもしれない、と思えた。一舎散葉が夏目に吹き込まれた「勘違い」を、「彼女」が知っていて、僕を狙っていることがそう思う理由。だから昨日話した時にも、僕は、一舎の勘違いについて明かさなかった。鳴瀬もそのことを了承している。
「彼女」はまだ、仇は僕だと思っている。
話の途中で「姫歌を助けた恩人」だと一舎に言われた時はなんだか居心地の悪い思いをしたが、まぁ、この子を完全な「白」にするために「必要」な段取りだと思おう。
それが僕の立ち位置だ。今は、まだ。
誰もを分け隔てなく助け、裁く
自分の身内や身近な人だからといって優先したりはしない
家族であっても大義、秩序に利用する
その手は愛する人の為じゃなく、社会正義の 被害者のためにある……母の信念だ。善悪を明確に区切ってオセロのように裏表、白黒つけてしまおうなんて暴力的な正義だが、そんな彼女を僕は尊敬もしている。秘密警察としての自分をそうそう簡単に手放せない。
しかし僕がグレーゾーンに傾倒したために、脚本は少し様相を変えていた。テーマが変われば演出が変わる。「彼女」を消す、始末する、というよりも……もうここにいなくてもいいと、彼岸へ帰ってもらえるようにと。彼女が「黒」に手を染めてしまわないよう、未然に事件化を防ぐのが目的となっていた。
鳴瀬と時間をずらして、一舎の家に着く。僕が先に来ることになっていた、予定通りのペース。
「いらっしゃい」と出迎えてくれた一舎は薄い水色のワンピースに白いカーディガン姿で、もう、ほんと、天使かと思いました。
ごめん。
と内心こっそり謝ってあがらせてもらう。
表札の出ていない、小さな一軒家。寂士院家が崩壊したことで借金がなくなり、元々母親が住んでいた家に住み続けているらしい。確か学校に行きながら働いて、生活費を得ているんだっけか。そういうところも、僕ら三人は似た者同士なのかもしれない。
「りょーちゃん遅いねー」と一舎が立ち上がった途端、インターホンが鳴った。見計らったかと思うようなタイミングの良さ。
「あっ来たかな」
キッチンに向おうとしていたらしい一舎が、そのまま方向転換して玄関の方へ。
ドアを開く動作。
僕は、隠していたナイフを取り出した。
時間差をつけて来たのは彼女の背後を取るためだ。「真っ向勝負じゃ絶対に敵わない」と鳴瀬に言われ、それならばと挟み撃ちできる状況を作ることにした。
ドアの向こう、随分傾いた日差しを逆光に浮かび上がるその姿に、一舎が動揺したのがこちらまで伝わってくる。そして
――――反転。
既に何か構えてきた鳴瀬の手と
「彼女」の右手が、交差した。
……今だ、
踏み出した僕に気付いた彼女が屈むのを追うように上体をかがめ、ナイフを振りかぶる。彼女は身を翻して鳴瀬の足を払い僕達を衝突させようとして……
……よし。
鳴瀬が持っていた武器が、
僕の脇腹にめり込んだ。
「……、う、ぁ」
赤い液体が、じわりと服から沁み出す。ナイフを取り落として、僕は倒れた。
――――ここまで数秒。彼女の、というか一舎の戦闘能力予想以上に高いな。真っ向勝負してたら、マジでやばかった。
こんな「自作自演」、もっていくのも無理だったろう。
「彼女」が僕を見下ろす。
その表情がほんの少し、一舎のそれに戻っていた気がした。
別人格は、遭遇した感じ「人格」足り得る程知能がある性質ではない。以前から「彼女」として様子を知っている鳴瀬から見ても、そうだったという。散葉が危機に晒された際は必ず「彼女」が出てきて散葉を守り、危機が去れば消えていた、他にも何かしらの目的がある時にだけ表層に現れ、目的を果たせばまた消えていたと。ならば、「彼女」の目的が復讐なら、その意義を失ってしまえば消えるはずだ。
後は鳴瀬が変装を解けば一舎も元に戻って万事解決だろう、と女装している彼を薄目を開けて伺い見る。
ヒメカの格好をした鳴瀬。
さっきは逆光でわからなかったけど、部活で見る時以上に自然な女装だな……なんて
暢気に考えている場合じゃなかった。光を遮って歩み寄ってくる一人。
「彼女」が、僕が落としたナイフを拾って振りかぶってきた。
……っ、ヤバい、とどめ刺すつもりか!
思わず焦り身じろぎそうになった直後、更に視界が暗くなり
ナイフの軌道が逸れ、
その切っ先は鳴瀬の咽を掠めた。
紙一重の攻防、一瞬で僕の視界からフレームアウトする。
僕の傍をどたどたと乱れた足音が通り過ぎ、何度か壁にぶつかる音がした後、ついに奥の部屋へ行ってしまった。
……え?
「彼女」が……鳴瀬のことも、狙ってる?
「何で……」
失敗、したのか?
人間の精神はそんな単純じゃないってこと?
いや、……僕が倒れた時確かに、存在が揺らいだように思えた。
なのに、一舎は一舎に戻らなかった。
『いざって時は、二人共殺すよ?』
……いやいやいやダメだダメだ
一舎のことは、助けないと。このままだと鳴瀬は本当に一舎を殺すんじゃないか? あいつがいざとなったら人を殺せる人間だってことは過去が証明してる、前科一犯、父親殺し。
どうすればいい。どうしてだ。考えろ……もう暢気に死んだフリしてる場合じゃ無い。
どうして彼女は僕にとどめを刺すより鳴瀬を優先させたんだ。目撃者だから、口封じ……
いや、……鳴瀬じゃなくて。
ヒメカだ。思い出せ。最初のあの夜、発砲した彼女はそれでも、僕を見失うとすぐに平常に戻ったはずなのに……
違う。
彼女に銃口を向けられたことに動揺して、一舎が人に向かって発砲なんて、するわけないと思いたいがために、……そういう部分、行動、すべて「彼女」のせいにしてしまっていたかもしれない。
そう、あの時僕は死角に隠れたんだ。一舎は僕を僕として認識していなかった。
本当は、一番最初は……部室で眼球を狙われた時。
「彼女は僕とヒメカの前でだけ現れる……」それは、
「どちらも殺す対象だったから、か……?」
僕……だと思ってるのは、愛した男の仇。
じゃあ、ヒメカ、は。
『優しい姫歌の存在は 私にとって、救いだった
私には何をしてもいいから、どうか
彼女には
手を出さないで
でも
そんな約束、なんの抗力も無くて
簡単に破り捨てられた……』
一舎にとって、そうだったのなら、「彼女」にとっては
自分が愛した男に抱かれる、邪魔な女?
「恋敵、か?」
……ヤバい。
鳴瀬に関しては、死んだフリができる用意なんて、してきていない。
彼等は今、本気でお互いに殺そうとし合ってるんだ。
彼女は鳴瀬をヒメカだと認識してる、彼が死なないと「彼女」が消えることは無い……
そう考えて。
気付いた。
『二人共殺す』と言っていた『二人』が、誰と誰か。
「……あの馬鹿!」
固めていた身体を一気に戻し、僕は武器を探すのもそこそこに物音のする方へと駆け出した。
駆け込んだ室内は酷い有様で、壁という壁が破損している、と言っても過言では無かった。
がらんとした部屋だ。空気が澱みきっている、呼吸が苦しい気がするほど。唯一あるベッドがズタズタに引き裂かれて、人の力で損傷させられたと思えない破裂したような傷が木製の淵に迸っていた。
床に破片が散っていて 羽毛がその上に飛散して、さらにその下には
どす黒い 大きな 染みが
「こ、れ」
 一歩、思わず 後ずさる。
 それを追い詰めるように、何かが足元に転がってくる。
同じ材質のモノが、あちこちに散乱してしまっている。同じ材質。あちこちにある、それらが勝手に脳内で 組み上がって
わかりたくもないのに 正体が 組み上がって
これは……
「人間、の、骨?」
 人間の骨だ。人間の骨。つまり人間が死んで骨になっている。一人分じゃない。少なくとも二人分ある
「ここは……」
窓の外には美しい銀杏の、金色の光
ここは一舎の、母親の部屋だ。
この人骨と黒い染みは――――一舎の、両親。
「……、……っ」
そのままになっていたのか? 確かに一舎の家族については、秘密警察が関与した記録も公に事件化された記録も残っていなかった。水中から人魚が来たということは彼等によって放置隠蔽されていたのかもしれない。人の死体を放置するくらい、彼等なら当然やるだろう。死は自然で、死体があるのも当然だ。この部屋を捨て置いて一舎を水中に連れ去っても何も違和感は無い。
でも、帰ってきた時に、一舎はこの部屋を……見なかったのか? 水中から戻って、この家で再び暮らし始めて、それから今までに一度も、埋葬しようと思わなかった?
一舎は両親のことを、覚えていたのに。
 学校で身の上話を聞いた。一舎が話した、間違いなく彼女はこの部屋のことを語った
 語り口におかしな引っ掛かりは感じられなかったはずだ。両親の死、現れた人魚、そのことも一舎は僕に話した、つい昨日のことだ
 両親を亡くしてから昨日まで……ずっと覚えていたのに
 記憶にあるのに……意識していなかったのか?
 トラウマになっていてもおかしくないこの空間を、今までずっとそのままにして、残したままのこの家で、平然と生活してきたのか……認識せずに、気付かずに?
――――この部屋の意識を……「彼女」に、預けて。
「――――っう……」
ベッドの影から呻き声がして、はっと我に帰る。
「っな、鳴瀬! 一舎……」
そこに倒れていた二人はどちらも傷だらけだった、「彼女」が、鳴瀬の首を絞めていて、細い、白い首が呼吸を止める以前に、潰そうとしているかのよう――――
「や、やめろ! やめろって!」
さすがに一舎の身体を蹴り飛ばせず、けれど加減なくその腕を掴んで離させる。
彼女は鳴瀬を気にする間もなく、今度は僕の方に襲いかかってきた。ああ折角死んだことになってたのに、今度こそマジでどうしようだよ……
「バフィく……なんで、来たら意味無いじゃん……」
「お前も死んだフリしろよぉ!」
意識はあったらしい鳴瀬に、つい自分のことを棚に上げて叫んでしまう、そのくらい、正面から向かい合った「彼女」は怖かった。金色の目が獲物を狙う猛禽類に見える。人間の知性が宿っているようには到底みえない。必死で手刀や蹴りを避けながら何とか抵抗するも、床に転がっていた何かを踏んづけて体勢を崩す。
「うわっ」
同時に「この部屋から彼女を出しちゃダメだ!」と鳴瀬が言う。
「折角弾切れにしたんだ。充填させるな!」
僕が踏んだものは木片でも人骨でもなかった。
それは、散らばっていた薬莢だった。
初日のことを思い出す。銃で狙ってきた彼女。別の部屋で弾を補充されて、ここより広い場所に移動されてしまったら、僕らには手も足も出なくなる。
「……っクソ!」
急いで彼女より先にドアへ駆け寄り、出口を閉ざす。けれどその次にどうするか、迷ってしまった。
彼女の手が僕を狙う。
避けたら彼女を取り逃がす。
受けたら僕は重傷だ。
僕は――――――
しかしその手は、僕の目前で空振って
彼女の身体は不自然に横へ薙ぎ倒された。
「……な!?」
部屋の端まで彼女を蹴り飛ばした鳴瀬が、僕と彼女の間に立ちはだかる。女装はもうしていなかった、作戦は 失敗したのだから。
いざとなったら、
……っ!
「まっ、おい、鳴瀬! ほら、ここは気絶させるだけにしといて、また方法を考えよう……一舎のままで居てくれるんなら問題無いわけだし!」
「……今回に賭けたい」
「なんで!?」
「次のチャンスがあるかなんてわからない。せっかく……会えたのに……」
「……お前、」
「チルハ」
呼びかける声。
意識は、もう全部「彼女」へ向っていた。
床に砕けたランプを拾いながら、疲弊した様子を滲ませて、けれど立ち上がってこちらを見る「彼女」に、鳴瀬が言う。
「俺からその子を庇ったつもり?」
びく、とその言葉に「彼女」が震えた。
明らかに動揺している。
正直、僕も動揺していた。
誰だ?
「殺すつもりなの? そしたら君も用無しだろう。一緒に死のうか」
演じてるんだろう、と頭ではわかる。そう何人も多重人格が転がっていられてたまるか。……けれど
普段の声と、全然違う。甘ったるい、耳にこびり付いて痒くなるような、今すぐ洗い流したい声だ。
背を向けられ、表情が窺えないのが、妙に不安になる。
伸ばされた手を、彼女が取った。
何を するつもり、
「彼女」がその手を振りかざした時、理解した。
こいつ、やっぱり一舎を殺すつもりなんか無い。
「今演じてる誰か」と「彼女」で心中して……終らせるつもりだ、
手が振り下ろされようとして 
互いに一歩、踏み出す
僕は鳴瀬の腰を掴んで引き倒した。
頼む
間に合ってくれ……!
助けた後のことなんか無視して、固く目を閉じた僕の
麻痺した耳元で、声がした。
「さよなら」
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494979 · 9 years
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10
彼女からの追撃は無かった。おそるおそる目を開けた僕の傍に、一舎が屈んで微笑んでいた。
その左腕に、千切れそうな程深い血の赤を纏って。
陰に潜んでいた役者が登場した。そんな気分だった。
それがどういう理屈で起きた現象なのかはわからない。
心中で彼女が手首を切って死んだということなのか、
鳴瀬が相手より自分の死を選んだように彼女もそうしたのか、
宿主である一舎が、彼女を処分してしまったのか、
わからない。
すっかり日は暮れて、僕らは救急車を呼び、一舎だけがそこに乗り込んで夜の街に連れられて行った。
だから、その理由を聞いたのは翌日、学校で会った時だった。
今週で授業をサボるの���何度目だろう、とぼんやり自販機を前にしてココアを二つ購入。一舎と二人で中庭に移動した。
「怪我、どのくらい深かったんだ」
「んー? 結構縫ったけど、ちゃんと治るよ!」
「そうでなきゃ困る」
ギプスをしている左腕。
できることなら、痕が残らないといい。
片方のカンを開けて一舎に渡す。
ありがと、と右手で受け取り笑顔を向けられ、よかった、と思う。
今から聞くのがどんな理由でも、僕はそれを信じよう。
「今朝、りょーちゃんとひめちゃんに会ったの」
きらきらした黄金色の目で僕を見る一舎。
ああ、もうその切り出し方で結果がわかる。
「私、普通だったよ。私のままでいられた」
「そうか」
「それで、朝……りょーちゃんと話して。りょーちゃんは、誰も殺さなくて済んだのはバフィくんのおかげだからお礼言っといてっていってた」
自分で言えよ。
「それでね、バフィくんと誤解してたこととか、多分ほとんど全部教えてもらったんだけど……その」
「ん?」
「わ、わた、わたしが」
「?」
真っ直ぐ目を見て話していた一舎の目がうろうろと逸れ、唐突に言いよどんだ。話し始めて間もないのに……
しかもその様子は照れてるようにしか見えなかった。
何だ? 照れるようなことあったか?
むしろ血の気が引くような思いばかりした数日間だったと思うんだけども?
「どうしたんだよ?」
「あ、いやあの。私がね、私がバフィくんのこと好きってこと夏目さんに聞いたんだよなーって思って……」
おぅ……
撤回。
曲げていた膝に額を打ち付ける。
僕の方にも一気に火照りが感染した。
「そ、な、あの、聞いたけど」
「そうだよね、聞いたんだよね、はは……」
「あはは……」
何笑ってんだ。
テンパったせいで一舎の右腕を掴む。
ココアがちょっと零れて一舎は固まった。
「や、えと、何で今それを言った?」
いや曖昧にしてほしいわけじゃ無いぞ全然。でももう少し楽しい学校生活に戻ってからでも良かったはずだ。怪我が治ってからとか。
さーて
……もう落ち着こうと思うあまり真顔だ。
僕の心頭滅却した無表情に一舎の方も熱が引いたのか、笑って誤摩化すのをやめて静かに言う。
「だって……私が彼女を手放せたのは、バフィくんを好きだったおかげだからね」
「……え」
理解するのに、ちょっと間が空く。
それは
……さすがに、予想外。
「りょーちゃんがフリをしてたのは、紅一さん……もう一人の私が、好きだった人なの。彼に言われて、私は自殺しそうになった、身体が死ぬために動いたのがわかった……その時私は、私が好きなのは紅一さんじゃない、バフィくんだって思ったんだ。主導権がうつったんだねきっと。死んでたまるか、バフィくんと生きたいって思ったよ。あの子と一緒に死にたくなかった。私はもう一人の手を離した」
「……」
顔があっつい。
「……それで、好きだ何だって話に、なったんですか……」
「なったんですよ……そもそも好きだ何だのせいでご迷惑おかけしたんですよ今回は……私の別人が……申し訳ない……」
「まぁ……いいですけども……」
「それで」
「私と、付き合ってくれるんですか、幌くん」
今度こそ殺されるかと思った。
どうして君はそんなに可愛いのか。何もかも君に言わせてる僕のカッコ悪さときたら。
けど、今度こそ照れより嬉しさが勝った。
だから、自然と笑みが溢れた。
「付き合ってほしいのは僕のほうですよ一舎さん」
そう言って隣を確認すると、一舎も嬉しそうに頬を掻いて笑っていた。綺麗な容貌に似合ういつもの笑顔だ。
ずっと、この笑顔を見ていたい。
僕が父母の道具じゃなくなって
堂々と地に足をつけて
君を好きだって言えるようになったら。
真っ白な状態で
もう一度言おうと思う。
「僕と付き合ってください」
一つの愛が死んで、新しい恋が始まった。
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494979 · 9 years
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ANSWER
その人に出会ったのは水中で過ごした二年目の秋だった。
黄金に色づいた落ち葉の絨毯へ寝そべって土まみれになるまで戯れるその人の姿。まるで溺れてるみたいに落ち葉をかいて 秋波を自分の身体にまぶそうとでもするみたいだった。
どうしたのか訊いたら「あたしは汚いから綺麗な景色に飛び込んでぐしゃぐしゃにしてやれんの」って 恐ろしいほどの美貌で笑って答えた。
それからも見かけたらたまに声を掛けているうちに、私たちは言葉を交わすようになった。
ほうっておけなかった 他人事とは思えなくて
母とおなじ、変異による人魚
水槽に保護されていた彼……鳴瀬紅一のことを。
それは悲しい恋だった。
私は眠っていたのではなく、
私の中にもう一人居て、その子が私を守ってくれていた。
私の汚い部分を、暗い部分を
歪んだ愛を、激しい殺意を
全部その子が引受けていた。
そして、
翏一はそんな私をずっと見てきたんだ。
ずっと
ずっと
どちらの私のことも、見てきた。
「私」の代りに父親を殺し
私の代りに姫歌を助けて
私はそのことを知らなかったけど
「私」は真実を知っていた。
「私」は翏一と関わることで 自我や感情を得るにつれて 人格足りうる存在になった。私を守るだけの現象じゃなく、「私」という一人称を持った人格に。
過去の「私」が、望んだのは「心中」だったんだろう。好きな人がもう、それ以上生きられなかったから。愛する人が苦しんでいたら、人魚は殺して救おうとする。
けれどもしそれをしていたら、私の身体は罪を負う。だから翏一は私を庇った。私の代わりに彼を殺した。「私」の望みは叶わなかった。
「私」はいつも誰も救えず 誰も愛せずに生きていた。
人魚なのに、なりきれない
私のせいで。私のせいで……
私を守るために生まれた「私」は私のせいで幸せになれない
置去りにされた愛の化物。救われない半身、それが「私」。
きっと憎かったことだろう、他でもない私のことが。
その子はバフィくんを殺そうとした。私から横取りしようとするみたいに。そして、とどめを刺そうとしたら翏一が邪魔をした。
一緒に死のうって 言葉に「私」は喜んで でも……できなかった。
だって「私」は……翏一が 私を庇って 紅一を殺したことを、覚えていたもの
翏一と「私」は、ずっと ずっと 私の知らない時間を二人で
いくつも共有して居たんだ。
お互いが、自分よりも大切になるくらい。
「私」が
私だけじゃなく 翏一のことも、守りたいと思うようになるくらい。
翏一の想いも、大切にしたいと 思うようになるくらい……
誰かを愛する側の人魚は、死による救済を受けられない 一方的に殺す側の存在で在り続ける
「私」と翏一は二人で一緒にそちら側に立つことで 互いをひとりぼっちにさせなかった
「私」達は、共犯者だった、人魚は、みんな共犯者。……だからこそ、翏一の静止で「私」は止まった。その静止がどれほど残酷か知っている、翏一だから届いたの。私たちでは……ヒトの言葉では、彼女の心に届かなかった
ヒトと人魚は 違う、から
違う感覚で生きてるから、ヒトは人魚たちを 差別 してきて
そんなふうに区別することが……差別することが、差別者である「ヒト」を作ってるのかな
なら あの子を止めたのは
あの子がやめてくれたのは どういうわけだったのか、
それは結局のところ、ヒトには誰にもわからない、ってことに なるんだろうな。……私にも。
開け放されたドアの向こう、部屋の窓から銀杏が見える。
その部屋にはもう誰もいない。
朝、姫歌を連れてきた翏一が言った。
「チルハはぼくを狙ってたことになってるから」と。
登校する道すがらそれらしい言い訳を見繕って、
学校のすぐ傍で「じゃあ」と二人どこかへ行ってしまった。
私は姫歌が好きだった。
今でも彼女が大好きだ。
りょーちゃんと三人で、大好きだ。ずっと一緒にいたいと思う。
大切な仲間。
それ以上には、なれない。
彼等が愛してくれた「私」は、もう居ない。
私は、私を受け止めてくれる誰かに恋をした。
一歩踏み出す。
前を向く。
朝の白い光はまるで、「私」を亡くした私みたいだ。
黒い影を置去りにする。
それは悲しい 愛 だった。
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494979 · 9 years
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バレンタインネタ
正直、縁のない行事だ。 モテたことなど無い。そもそもバレンタインじゃなくてもチョコレートは好きだからいつも食べている。 毎日俺の為にチョコレート作ってくれませんか?ってポロポーズできそうなくらいチョコが好きだが、まぁチョコと結婚したいとは思わないが。 何考えてるんだか。 「みなさんーチョコレート作って来たので食べてくださいなー」 クラスの女子がきゃっきゃしながら箱を取り出し、ほぼ全員が並ぶようにしてそれを受け取って行く。 うわぁ重箱だよ タッパーとかじゃなくて。 僕はわざわざ取りに行くのも面倒だし、クラスの中心になるような連中に関わって行く気にもなれないので席に座ってそれを眺めていた。 欲しくないわけでは無いが並んでまで欲しくない。 と思ったら向こうから近付いて来た。 「はい、どうぞっ」 差出され、狼狽える。 誰だ。 顔を上げると同じクラスの、ちるはさん。名字はわからない。 名前を知ってるのだって、以前蓮花と話した時「ちるはが」「ちるはが」とうるさかったから覚えただけだ。 清潔感のある身だしなみ、綺麗な髪。 「…どうも」 この子の手作りなら不衛生な場所で何か混入したまま作ったりはしていなさそうだ。 「ありがとう…」 「三倍返しだからねっ」 「え」 「あはは、冗談だよー。沢山召し上がれー」 「ちるはも冗談とか言うんだ」 「…言うよ!言いまくるよ!」 「言いまくるの」 ところでさっきからずっと僕の机の上にチョコレートの重箱が鎮座してるんだが 「もう他の人に渡しに行かないのか」 「あとは全部バフィくんの分!」 「…それも冗談だよね?」 「まさか、マジだよ」 三段重ねの重箱一段分あるんですが。 「…名前で呼ぶの、新鮮だねー」 「ん?なに?ごめんもう一度」 「ううん、何なら重箱持って帰る?」 「勘弁してくれww」 そう言った瞬間チャイムが鳴った。 いやほんとうに勘弁してくれよって。
1ヶ月後の14日、重箱三段を全て手作りのクッキーで満たし持参すると大ウケされ、演劇部にお披露目されたのちぺろりとおいしくいただかれましたとさ。
僕と一舎が、一年の頃の話。
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494979 · 9 years
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閑話
授業を途中で抜けるという一舎と鳴瀬に、何気もなく行き先を訊ねた。
僕にしてみれば青天の霹靂だったけれど、彼等にとっては隠しているつもりも無いことだったらしい。
彼等は普段通りパーソナルスペースが麻痺しているのかという距離で笑いあいながら、
「カリスの収録」とだけ応えて教室を後にした。
……。
「ええええええええええ」
「バフィくんうるさいよー今日は一舎居ないんだから君が号令かけてー」
教科担任のコーシ先生に頭を叩かれるまでは声にならないまま「え」の口で固まり、その後の授業は全く頭に入っていない。
そして今、昼休みいつも一緒に昼食をとっている二人が居ないので、僕はひとりでゆっくりできるスポットを探して中庭に出た。
常緑の木がドーナツ型に取り囲まれたベンチの日陰になっている場所へ、弁当を広げるより先にごろんと寝そべる。
カリス……表舞台に出てくる以前は、水中で芸を磨いていたと言われる三人組の歌手。
そのグループの内二人が、秘密警察と協力関係にある、水中出身の民間協力者だ。協力者がグループ内の誰と誰なのか、実名では公にされておらず、僕も知らなかった。あいつらが「カリス」だというなら、夜のあの時間事件現場に居たことは説明がつく。
あの夜のことはぼんやりと調べてはいたけど、先だっての「彼女」の事件とは直接関係がなかったので、今の今まで詳細は聞いていなかったな。……まさか、よりにもよってカリスとは。相変わらず、唐突に答えをくださるこった。
協力者が一舎と鳴瀬だとして、カリスのメンバーは三人。つまりもう一人居るはずだ。
ここで浮かぶのは当然、彼等二人が水中に居た頃、三角関係ならぬ三本脚関係だった魔性の女の子のことである。
はぁ、と溜息を吐いた時
「珍しいな。ここに居るなんて」
と言う声が木の上から落された。
「……? あ、」
「久しぶり」
枝にチェシャ猫のように身を預けてこっちを見下ろし、笑いかけられる。不特定多数に向ける時とは違う、いたずらっぽい気心の知れた表情、見咎められそうな襟のくつろげ方。「一緒にメシ食わね?」と誘えば、優等生らし��らぬ身のこなしで葉を散らすのも構わず粗暴に枝を蹴り、くるりと地面に降り立った。
去年まで同じクラスだった同級生、成田皐春。
「成田くんはいつもここ来てんだっけ」
「そーそー。昼休み暇だからね。せっかく誘ってもらってなんだけど、僕なんも用意なくってさ。ゴハンなんか買ってくるからちょっと待ってて」
シャツのボタンを第二まで閉じ直しながら校舎内に向おうとするので、少し迷ったあと追いかけた。
「僕も一緒に行くわ」
「そ? 何か買うの?」
「いや、暇だし」
「そっか」
にっと、また別の笑みを見せる彼の、自分より少し低い位置にある顔色を見る。
健康そのものに見えるけれど、昼飯食べる習慣が無いのか? それにしては体つきも僕以上に引き締まっていて、同じ男としては羨ましいイケメン体型だ。
去年までの昼休み、成田くんがどうしてたか思い出そうとしてみたが、どういうわけか明瞭な記憶が出てこない。一緒に喰ってるメンバー以外はそんなものか。考えてみれば鳴瀬と成田くんが昼休み一緒に居なかったのは、今思うと不思議かもしれない。
二人はいわゆる同居人だ。相当気心が知れているか、割り切ってないと成り立たない間柄のはず。そしてどちらかといえば前者だろう、という印象がある。それは彼等について調べたことのある僕だからこそ抱く印象なのかもしれないが……食事を一緒に摂るのが当たり前になっていてもおかしくないくらいだろうに、彼等が学内で一緒に行動する素振りは滅多に無い。
「……何バフィくん、そんな見つめられると照れるんだけど」
「微塵も照れた様子無く言われましても。いやね、成田くんと鳴瀬ってどういう関係なのかなーと思って」
ギシ。
言った途端にパンの自販機でコインを投入していた成田くんの動きが止まった。カツンと十円玉が投入口に入りそこねて音を立て、一旦それは右手に握り込まれる。
「……なんで? どういう、意味?」
「ん?」
これは……何だろう。
「いや、一緒に住んでんだよなーと思ってさ。……学校でも、友達ってよりは何か……違う感じだし」
「友達だよ。まぁ確かに他の人よりは特別だけどな」
特別
そう言い切れてしまう、友達?
「ふーむ。なるほど、じゃあ……えっと例えば鳴瀬がカリスってグループで一舎と一緒に歌手活動してるのとかも、本人から聞いてる?」
「はっ?」
再度コイン投入口に伸ばされていた指先から、またも弾かれたコインが今度は勢い余って成田くんの手を離れ飛んでいく。
「あああ」
「っっとおー」
成田くん、キャッチ。「おお……ナイス」「あざあす」
「……その反応は知らなかったって感じか」
「……んん……いや、知ってた……」
「知ってたんかい!」
なら何でこんな驚いたんだ。思わず肩すかしを食らって前のめりにつっこむと、成田くんはばつがわるそうに
「バフィくんにも話すなんて思わなかったからさ……」と答えた。
ああ、なるほど。
特別、な自分達の関係でそれを打ち明けることと、僕に話すのじゃ、成田くんにとって重みが全然違うのだ。多分成田くんは傍から眺めているだけではわからないくらい、鳴瀬と関わりが深いんだろう。此岸に居ながらにして、カリスの正体を知っている。
……彼等が「さかな」だってことも、おそらくは。
「……っていうか成田くん、アップルパイ一個ですか。何かないの、もっと」
「いやこれでいいよ。足りる足りる」
「はぁ……さっきも最初は、そのこと聞こうと思ってた」
「ん? さっき?」
「鳴瀬と一緒にメシ食うこと無いんだなーと思ってさ」
「ああ。さっきの今だからもう言うけど、あいつよく昼休みに居なくなるじゃん、だから」
「ああーそうかそうだよな」
はてさて。
成田くんはそのよく居なくなる事情の裏も、知っているんだろうか。この口ぶりだとカリスについては表の仕事関係しか把握できてない気がするのだが。
なんて考える自分の思考は意地が悪い、と自覚しながらも、教える気にはなれなかった。こういうことは当人達で話したり隠したりするしか無いだろう。
「じゃー中庭行きますか。あそこいいよね。緑が多くて」
「あー確かにな。僕は今日初めて寝転んでみただけなんだけど、居心地いい空間だね。緑って癒されるし」
「あはは、癒されるとか」
疲れてんの? と茶化す成田くんと目があう。
笑いかけてくるその顔に、僕は無表情を少し緩める。
彼の双眸は、木漏れ日を見上げた先で光を透したような、鮮やかな翠色をしている。
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494979 · 10 years
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494979 · 10 years
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媚薬ネタ
帰ってくればまず「タダイマー」とともに抱きついてくる鳴瀬が今日はそれをせず、無言で自室に倒れ込んだ。 明らかにおかしい。 「鳴瀬?何かあっただろ?入るぞ」 「だめ」 ドアの向こうから掠れた声が届く。 ダメって。 「あのな。僕は気付いた上で放置はしないからな?」 「…」 「今までだってお前がぶっ倒れたら探しに行ってやっただろ。少しは頼りなよ…」 言いながらドアを開けると、目前までぬっと黒い影が迫ってきた。 「おぅわ!?」 枕だった。投げつけられたそれを咄嗟によけたので、ドアの向こうへ飛んで行ってしまう。拾いにいってからあらためて部屋に戻ると、鳴瀬はベッドの上で踞っていた。 その顔が、赤い。身体が少し痙攣してる。 「ちょ、熱でもあるのか」 「…だめって…言った」 「おまこの状態でなに強がって…」 ベッドの淵に座り、とりあえず上体を起こしてやろうと腰を抱くと「ぁあっ…」と喘ぐように声を上げた。 喘ぐように。 いやいやいやいや今のって、<ように>じゃなくてその、 喘ぎ声じゃん? 「まさかお前…これって、」 「…離して…成田、離れて、自分で…するから」 「なん…そ、え、できんの?」 起き上がりざま僕の方へ少し傾いだ身体はそのままの姿勢でひたすら快楽を逃がすために震えて、自分の腕で支えるように上体を抱いていた。まともに動けるようには到底見えない。 「力が入らないわけじゃ無いんだ、大丈夫、でも成田が傍に居たらきっと、酷いことするから…だから、離れて…部屋から、出て、成田 お願い…」 「…っ」 中途半端に座り込んだまま踞る姿勢で、僕より低くなった視線がこちらを見上げてくる。 普段蒼白な顔色は赤く、人形のような肌に生気が滲んでいて、息も熱い。整った無表情が崩れ、光を吸い込む双眸は濡れて、正直、こんな色気垂れ流し状態の鳴瀬を���めて見た。 目を反らせないくらい壮絶にエロい。 「ヤバい…ごめん、鳴瀬」 「え、な…成田、…っや!?おい!」 腰にそえていた手をそのまま下へ動かし脚を撫でる。内側へ。少し刺激すればガチガチに勃ったので躊躇無く銜えこんだ。 「…んっ、ぁ、だめ、だって…」 言いながら鳴瀬の手は僕に触れようとせず、相変わらず自分を押さえ込んでいる。この姿勢でフェラしてると表情が見えないけど、もしかしたら泣いてるかもしれない。 かわいい。 辛いだろうからいつものように焦らしたりはせず、最初からイカせるために咽までつかって刺激する。殆ど時間がかからない内に限界だったらしく逃げるように身を捩って引こうとするのを両腕で手繰り寄せた。 「…ぅ、っく」 「ぷは、あぁ、すげー出た。でもまだいけるね」 吐き出された口の中から両手に享けて、僕は自分の後ろをならすのに使った。肩を借りて膝立ちになり、指で拡げていく。同時に鳴瀬の首筋や耳の後ろに吸い付き、徐々に唇へ。舌を入れると苦かったのか少し顔を顰められる。 「っふ、んぅう…ちゅ、」 「んぐ、ぁ…成田、むり、ちょっと待って…」 「…なに」 やめないよ? 囁くとゆるく首を振られて、低い掠れ声が 「腕を…縛って、俺の…」 と、告げた。
見れば、押さえつけている両手の指はその細腕に軋むほど食い込んで、真っ白に鬱血し震えている。余裕をなくして僕に暴力を振るうのが嫌なんだろう。こんな…愛情以外の、ただの欲求で。 ほんと、かわいい。どんだけ僕のこと好きなんだよ。 襲われてもいいのに、なんてちょっと思ったけれど、すぐに気が変わって彼の両手を舐めながら甘噛みすると、びくりと跳ねて力が弱まった。単純な力なら僕の方が強いから、こうなれば簡単にその両腕を封じることが出来る。服をはだけさせ手首にわだかまったその上からベルトで固定した。 「これでいい?」 「いい…よ」 後ろ手に拘束されてようやく、鳴瀬が安心したように微笑う。 そっと、僕に強請るように口付けてきた。 甘い。…甘えられてる。 触れるだけのすり寄るようなキスの合間に柔らかい低音が囁く。 「… 欲しい、成田…たすけて…」 そのせいで、むしろ。先に理性が外れたのは僕の方だった。 優しいキスに焦れて舌を押し込み、鳴瀬の頭をわし掴むように包んで 耳を塞ぎ舌を絡めると、咽の奥で叫ぶように喘いだのが両手から伝わってくる。鳴瀬の膝に乗り上げる姿勢で、口を閉じられないように彼の顔を上向かせ何度も繰り返し舌を吸う。がくんと脱力した身体をそのまま押し倒しその口元に流れる唾液の痕に舌を這わせた。 上体を起こし、跨がって、二本の指で差し開きながら少しずつ呑込んでいく。肉付きの薄い、というか付いてない下腹部が心許なくて腰骨に手をつくと「痛っ…」と吐息混じりに抗議され、そんな声にも疼いて仕方無い。痺れた脚から力が抜けていってしまう気がして、我慢もできなくて、無意識に挿入が早まる。 「おい、無理すんなよ…?」 「あ、ぁ、…なんか、いつもより、きつ…」 「成田、ちょっと待って…そんな焦らなくても、っ…」 「ぅあ、あぁんっ!あっぁ…あ…」 鳴瀬がほんのちょっと身じろいだ途端イイとこにあたって力が抜けて、一気に腰が落ちた衝撃で軽くイッてしまった。ヤバい。僕の方が自制きいてないかも。頭の片隅でそんなことがよぎったけれどもう取り合う余裕はなくて、身体は勝手に動いてしまう。もっと、気持ちよくなりたい。 「ふあ、あっ…ぁあ、ぁ…」 「…ぅ、っく…」 まだ苦しいだろうけどそれ以上に身体がぐずぐずだった。だって、こんなに顔真っ赤にして、今だって声噛むくらい荒く息してる鳴瀬なんて、初めて見たし、感じてるのが可愛くて、ダメだ、すっごくクる。キスしたい… 「は…皐春…」 「!ぁふ、んんぅ」 僕が思ったことが通じたみたいに鳴瀬が起き上がってキスしてきた。対面する姿勢になって身体同士がくっつく。腕を絡めて引き寄せるとますます密着した。抱き返してもらえないのちょっと不満だけど仕方無い。 鳴瀬に触ってもらえない分ぎゅうぎゅう抱きついて自分のを押し付ける。息苦しい程キスした後突然首筋に噛み付かれ、声を塞ぐ間もなく叫んでイッてしまった。 「んああっ…あぁ、あ…」 いつになく甘ったるい声が恥ずかしくて余計劣情を煽られ、そんなつもりも無かったのに腰が動く。 「……え、っちょ、皐春?休まなくていいの!?」 「ぁう、あ、ちがぅ…だって、とまんない…」 「っこの絶倫ビッチ…」 「ふぁ、ふふ、そんなこと言って」 余裕無さそう。すごく蕩けた顔してるよ、寥一。 「僕がイッてるとき、ナカきもちいいんでしょ?」 耳元で息を吹きこみながら挑発すると、 やっと 鳴瀬もギラギラした獣の目付きに変わった。ぞくぞくする。 「…ほんと、虐められるまで煽るんだから」 「っあ!」 言って膝を使って無理矢理押しのけられ、膝立ちになるように促された。今の僕にとってはとんだおあずけ状態で、引き抜かれた時の余韻と喪失感だけでがくがく脚が震える。物足りなくて自分で後ろを触ると「えっろー」と加虐的に笑われ、不意に鳴瀬が屈み込んで…お返しとばかりに、僕のを口に含まれた。 ぶわっと背筋が泡立つ。 そん、ぁ、 「いやぁっまって、僕イったばっかり…っ離してぇ!寥一っ、ぁぁあっ」 先をぐりぐりしつこく弄られて暴力的な快感に気が触れそうになる。鳴瀬の頭を抱き込んで耐えようとして、離せとか言いながら自分でしがみついてんだけどどうしようもない。内股が震えて、脚に力が、うそ、力篭ってるくらいに意識してるのに、なんで、うまくできない… 自制をなくしてもがいたら鳴瀬の咽に当たり彼が苦しげにえづいた、それが、畝って、頭が真っ白になる。あ、あ、あ、も、だめ、 「ふぅあっぁあっああぁ…っ」 「げっほ、はぁ、っは、…」 「…ぁ…ぁ」 「   」 何か言われたのが聞こえない。きこえない、わかんな、 ずっとイッてるみたいな感じがとまらない、快感に支配されて、どうやって立ってるとか自分も何もわかんなくなってぐちゃぐちゃで、一瞬意識が無くなる。身体がガクガク震えて、あぁ、あぁ…と断続的に上がる自分の声が変に遠く響いた。 少しずつそれがはっきりして、何とか荒い息を吐いて噛み殺しても、痙攣は治まってくれなかった。 いつの間にか鳴瀬の膝の上に座り込み彼の両脇に付いた手がシーツをまさぐって悶えて、おかしくなったんじゃないかってくらい周囲が濡れている。 …ちが、これ、まさか 「なぁ成田、もしかして自分で後ろ「やっ…!言うなよ!」 未だに力の入らない手で鳴瀬の口を塞ぐ。じわじわ顔が熱くなって 鳴瀬の胸元に突っ伏すと「くくっ」と咽を絞ったような笑い声が降ってきた。 「笑うなってっ…っ、」 睨みつけるつもりで顔を上げた、けれど からかうような笑い声と裏腹にその表情が、飢えて 目が笑っていない。 思わず唾を飲み込む。 「気持ちよかった?」 「…う、ん」 「そう。俺も気持ちよくしてほしーな…」 「うん…」 赤い目。ただでさえ熱い身体を灼くような視線。それが、毒を含んだみたいに甘ったるく僕を舐めて あ、 ぶる、と  身体の奥で 勝手に電流みたいな快感が走った。 抗えずに、誘われるままに跨がると、長く息を吐いて一気に飲み込んでいく。さっきまで欲しがってたそこに抵抗なんて全然無い。ぬめりが押し出されてぐちゅ、と音がした。ぁぁぁぁ、と一緒になって声もこぼれていく。 あ、やば、… 「ねぇ、これだけ出したらもう十分だよね?」 …っ その言葉に不穏な嗜虐心を垣間見た気がして、ひくり、全身が震える。 「…え」 「もう前は触っちゃだめ」 「え、」 「イケるまで好きに動いていいから…後ろの刺激だけで空イキしてみて」 「鬼畜…」 …こんな命令に従うのどうかしてるのかもしれないけど。 「嫌じゃ無いでしょ?好きだよ皐春」 とっくにどうにかなってしまって、まるで支配されたみたいに、僕は他の選択肢なんか。本気にさせたのはマズかったかもしれないとか、どっちが強請る立場だよとか、そんなこともう考えられない。 「好き」 「…う」 「好きだよ…キスして」 「…ん」 吸い寄せられるように舌を絡めて、ああ、と気付く。 僕も薬に犯されていたらしい。
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