Tumgik
syasenblr · 3 years
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 最近の織賀は全ての食べ物を「えらい」か「えらくない」かで分けてくる。えらい食べ物は片手で簡単に食べられるもので、えらくない食べ物は片手では食べづらいものである。世界の中心を自分に置いたような、その判断基準が嫌いじゃない。そうして好きに選り分けてしまえばいいのだ、と祝部は思う。この世にはえらくない食べ物が多すぎる。 「ケーキはめちゃくちゃえらいな! ミルフィーユとかは別として食べやすすぎだろ!」  苺の載った、極めて真っ当なショートケーキを前にしながら、織賀は嬉しそうに言った。残った左手に握ったフォークは、どんなものでも貫けそうな鋭さを放っていて眩しい。祝部の家には数え切れないほどのフォークがあるが、今織賀の手にあるのは特にお気に入りの一本だ。柄の部分が赤くて、ジャージとお揃いになっている。 「よかったですね」 「そりゃーよかったよ! こんなもんいいに決まってんだよ! これから浮かれようって人間しか買わないもんな、ケーキ」 「そんなにケーキが好きならもっと頻繁に買ってきたのに。急に食べたがりましたね」 「まあ、そんなに好きってわけでもないんだけど。……あ、」  嬉しそうにケーキを眺めていた織賀が固まる。そのまま、フォークの先がケーキに巻かれたフィルムをつつく。 「……えらくねえなー、ケーキ」 「そんなことで格下げしないでくださいよ」  祝部は溜息を吐きながら、織賀の隣に着く。ケーキに巻かれたフィルムを取って、えらいケーキに変えてやる。すると、案の定織賀は「えらくなった」と嬉しそうに言った。露わになったケーキにフォークが刺さり、白いスポンジの崩落が起きる。 「うわ、久しぶりに食べるとうめーわ、やっぱ。祝部もいる?」 「いや、俺はいいです。織賀先輩のケーキなので」 「ふーん。祝部って意外と甘い物好きじゃないよな」 「物によりけりですけど……」  織賀が儀式のように、厳かにケーキを食べ続ける。美味しいとか美味しくないの以前に、何かしらの概念を食べているかのようだ。失ってしまった片腕と片足、そして片目の代わりに、ケーキで底を上げている。 「織賀先輩、本当に単に食べたくなっただけですか?」 「じゃあお前、この間急にもつ鍋食べたいって言ったのは何で? なんか理由あんの? レポート提出しろよな」 「ホールケーキならフィルム巻かれてないものも多いので、ずーっとえらいですよ」 「お前、可愛くなくて本当に可愛いね」  最後に取っておいた苺にフォークを突き立てながら、織賀はにんまりと笑った。お馴染みの八重歯が覗く。承認しよう、と織賀が囁く。
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syasenblr · 3 years
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「お兄ちゃん、とうとう思いついたよ! 小鳩に馬鹿にされないくらい出来のいいチョコレートを作る方法をね! もう『えっ!? 市販の板チョコレートを溶かしてカラースプレーをトッピングして固めるだけの手作りチョコレートなのに、意外と美味しくないね! 歳ちーの手作りなのに! あっ、でも勿論全部食べるよ! だって僕は歳ちーが大好きだからさ! 美味しいチョコレートを食べて喜ぶより、若干イマイチなお味のチョコレートを食べて喜ぶ人間の愛情の方が信じられる気がしない? どうかな? はー、味は美味しくないけど幸せだなー! 歳ちーのチョコは嬉しいなー!』とは言わせないから!」 「その記憶力があるのなら、試験ももっといい結果になるんじゃないだろうか……」 「教科書では味わえない屈辱があるの! 数学は嫌みったらしく語りかけたりしてこないでしょ!」 「というか、あいつに馬鹿にされたくないのなら、俺と作ったチョコを渡せばいいんじゃないのか」 「お兄ちゃんと作ったチョコだとチョコの自我が10割お兄ちゃんだもん。私の手が加われば加わるほど加速度的に不味くなるし。お兄ちゃんのチョコはあとで私も食べるんだから、最高のままであってほしいの」 「なら、お前が手を出さず、俺の自我が十割なチョコレートをそのまま渡せばいいんじゃないのか」 「それじゃ手作りじゃないもん!!! それは駄目!」 「そうなのか……」 「で、秘策とはこれです」  歳華が満を持して小さな箱を取り出す。金で箔押しされたGODIVAの名前が眩しい。 「じゃーん」 「……これを渡すのか? なら俺のチョコを横流しした方がいいんじゃないのか。変わらないだろう」  俊月は不思議そうに言う。GODIVAは確かに美味しいチョコレートだが、俊月が作るものも決して負けていない。手作りにこだわらないのなら、自分の方を渡してほしいというささやかなプライドがある。 「ノンノン。私は今からこれを溶かすの。普通の板チョコレートを溶かして固めた手作りチョコが不味くなるなら、元から最高に美味しいチョコを溶かして固めて手作りチョコにすればいいんじゃないかなって。そうしたら相殺されて普通の手作りチョコになるはず!」 「……本当にそうか?」 「そうだよ! 見ててよ! お兄ちゃん。今年は私が最強のショコラティエールだからね。お兄ちゃんは駄目だった時の為に、口直しのチョコレートを用意しておいて」 「失敗する可能性も念頭に置いているんだな。リスクヘッジはいいことだ」  * 「わー! ありがとう歳ちー! そわそわしてると思ってたらやっぱりチョコレートか! 嬉しいな! 食べてもいい?」 「なんだか絶妙に腹が立つけどいいよ。…………小鳩の為に作ったんだし」 「それじゃあいただきます……。…………うわっ、なんかクリーム的なものが混ざりまくってべたべたする………………えっ、分離してない? えっ、何これ? えっ。まさか複数のチョコを無理矢理キメラにしたの? それはちょっと……えっ!? 冒涜的だね!? 酷いな!!」
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syasenblr · 3 years
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出落ちシリーズ4
指輪をメグちのケーキに入れといたら普通に呑み込まれた
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syasenblr · 3 years
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出落ちシリーズ3
帰国してきた小鳩を街中で偶然見つけたので「あいつは普段何をしているんだろうか……」と思い、後をつけたら本屋に寄ったり映画館に寄ったり友人と親しげに話したりしているので、充実しているようだ……さもありなん……と思う俊月と、傍目から見て目立つ俊月がヤバいストーカーみたいになっているのを知ってわざと放置しているしわざわざ色んなところに行く小鳩
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syasenblr · 3 years
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出落ちシリーズ 2
異世界転生してしまったが、こういうパターンの映画は割とあると思い、知らない森の中でつらつらとタイトルを挙げていくが、粗方言い終えた後で蹲り震え始める嗄井戸高久
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syasenblr · 3 years
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出落ちシリーズ その1
今一番狙っていて何度かそういうこともした女の子が殺人事件の容疑者になってしまったが、何故か深水千代子まで事件の関係者として呼び出された為に『筆頭容疑者である芙美花ちゃんは事件があった時間私のベッドにいたわよ!』と証言しづらく、真犯人をマッハで挙げる來山はぐみ
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syasenblr · 3 years
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欲望の鍋
欲望の鍋を作ろう 欲望の鍋は肉と海鮮しか入ってない鍋だよ 出汁が出るから美味しいよ 雑炊にぴったりに見えるけど出汁が出すぎてちょっとくどい味になるよ 欲望の鍋を作ろう もしなりふり構わず料理上手を演出したいなら 売り場で一番高級な肉買って入れるといいよ こいつが作る鍋美味しいなって思われるよ 調理した人の功績じゃなくて牛の功績だけどね 関係無いねそんなの ��望の鍋を作ろう (※以下 サビ繰り返し)
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syasenblr · 3 years
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「ここが鳥取砂丘か! 地平線まで砂でいっぱいだな!」 「は? 鳥取砂丘? お前砂丘行きたいんだっけ」 「そうだよ! 異国に砂漠があっても意外性が無いだろ? でも、日本に砂で埋め尽くされた場所があったら……それはもう意外や意外、ミステリ的なサプライズだろ? だから私は砂丘に行きたかったんだ」 「お前数日前は砂丘はフェイク、ラクダに乗れて夜は氷点下まで下がる本物の砂漠に行きたいって言ってただろ」 「ええっ!? 私がそんなことを!? 言ったかな……」 「……言ってなかった……言ってなかったな……そうだな……。よし、大丈夫。これは砂丘だ。どんなに外国っぽい要素があってもここは鳥取だからな。鳥取は和洋折衷だからそう見えるんだ」 「そうか! それにしても砂丘はいいな。私も将来的には砂丘に住みたいな。絵里坂もそう思うだろ?」 「思わねえよ。出来ることなら中目黒に住みたいよ俺は」 「あ!」 「今度は何だよ。俺はもうここが鳥取だって幻想を崩さないからな」 「懐に入れていた手帳を落としてしまった……砂丘に興奮しすぎたみたいだ」 「はあ!?」 「本当にすまない。まさかこんなことになるとは……」 「…………まあいいよ。あれ、別に大したこと書いてないから。新しいの買おう」 「そうなのか? そういえば、あれって何の為のものだったんだ?」 「気にしなくていい。土産物屋に砂丘柄とかのあるかもしれないぞ」 「砂丘柄ってどんな柄なんだろうか」 「とりあえず、新しい手帳買ったら一ページ目に『私は鳥取砂丘が好き』って書けよな」
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syasenblr · 3 years
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「ねえ、要。僕も一個新しい手品を思いついたんだ。やってみてもいい?」 「……分かった。見せてくれるか」 「任せてよ。あそこにアイスクリームワゴンがあるよね」 「あるな」 「今から、お金を払わずにアイスを手に入れてみせます」  突拍子も無いが、パターンが無い手品と言うわけでもない。周りの人間を巻き込んでサプライズを起こす手法で、類例には、道端に停まっている車を譲り受けるといったものや、観客が指定したものを通行人から貰うといったものがある。そのタネはサクラを使ったものが多いが、冴昼はどう出るのだろうか。 「疑ってるね。勿論、あのワゴンの店員さんはサクラじゃないよ」 「そうか」 「あとで確かめてもいいよ。何なら素行調査をしてもいい。要ならそのくらいしてまでサクラじゃないか確かめるでしょ」 「お前は俺を何だと思ってるんだ」 「それじゃあ行ってくるね」  冴昼はそのまま、ひらりと身を翻してワゴンに向かって行った。そして、店員と二、三言葉を交わすと、本当にお代無しでチョコミントアイスを手に入れた。鮮やかな青色のアイスを舐めながら、冴昼がどうだと言わんばかりに笑う。 「ね、いけたでしょ。店員さんからお代を払わずにアイスを手に入れるマジック」 「……どうやったんだ? いや、タネを聞くのは御法度か」 「そうだよ。要がよく言ってるじゃない」 「……ただ、なんか嫌な予感がするんだよな。どうやったのか教えてくれ」 「仕方ないな。タネはこうだよ。店員さんの目をまっすぐ見ながら『ください。お代はあそこの眼鏡のお兄さんが払います』って言うだけ」 「お前そこ動くなよ。払ってくる」
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syasenblr · 3 years
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神の一手のいい便り
 先輩が死んでから、私の部屋には将棋盤が置いてある。急に将棋に目覚めたわけではない。先輩の忘れ形見のようなものだ。死に際の先輩はボードゲーム好きが高じて、最終的に将棋に立ち返った。そして、いかにも高そうな木で出来た将棋盤を買いに行ったわけである。あんまり使われなかった将棋盤は、墓に入れるには大きすぎた。なので、私が引き取った次第だ。  先輩と遊んでやれるのは私だけという自負があったので、私はいそいそと、こっそりと将棋の勉強をしていた。そんな素振りなんか欠片も見せない私が、対局してみると強い、なんて浪漫である。いや、本当はそんなことをせずに、もっと早く対局してあげればよかったんだけど。  そういうわけで、私は将棋盤を部屋に置き、戯れに駒を動かす。奇妙なのはここからだ。私が一手を指して眠りにつくと、翌朝には向かいの駒が動いているのだ。これはおかしいし、怖い。なのに私は、その相手が先輩だ、と直感する。  私達は、普通の対局よりもずっとスローペースな将棋を指している。先輩は案外強く、私はこっそり将棋アプリでカンニングをしたくらいだ。けれど、カンニングをした翌朝は、仕返しと言わんばかりにスマホがゴミ箱に放り込まれているので、お見通しらしい。でも、スマホが触れるなら駒以外にもさあ、と思わなくもない。
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