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#叔父の山小屋
kennak · 10 months
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 服部吉次さん(俳優・音楽家/78歳)  今年3月に英公共放送BBCが報じたジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏の性加害問題のドキュメンタリーを契機に、元ジャニーズJrでシンガー・ソングライターとして活動するカウアン・オカモト氏(27)が実名でジャニー氏を告発するなど、その衝撃は日本中に広がっている。今回、俳優で音楽家の服部吉次氏が小学生の時に受けたジャニー氏からの性被害を告白する。吉次氏は「別れのブルース」「東京ブギウギ」「銀座カンカン娘」などの和製ポップスで知られる国民栄誉賞受賞作曲家・服部良一の次男。長兄は作曲家の故・服部克久だ。(独占インタビュー前後編の前編です)  ◇  ◇  ◇  ──なぜ、今過去の性被害を公表する気になったのでしょうか。 「ひとつは、カウアン・オカモト氏ら実名で告発した方たちに対する敬意です。ジャニーの悪行にはかつて(2000年代に)司法の明確な裁きが下ったんです。にもかかわらず、それから30年経った今に至るも、主要なメディアはジャニーズ事務所の数々の非道の兆候を明確に指摘することをためらい、忖度し、温存する側に回ってしまった。  なぜか。この国ではむきだしの怒りを相手にぶつけることを避けてしまう。人々はこの世の歪みに気づかないふりをする。でも、少しずつではあるけれども、勇気ある告発は増え続け、海外からの声も追い風になり『おかしい』という声は大きくなってきた。それだけに行動する人に対するバッシングも大きくなる。今回こそ、真正面からその圧力と向き合おう、この機会を失うと、もう二度と発言の機会は失われてしまうかもしれない。そんなやむにやまれない思いで、今回の告白に踏み切りました」 ■父の米国巡業の縁で姉弟が服部家に  ──被害にあったのはいつ頃でしょうか。 「まず、ジャニーと私の父・良一の出会いから話します。1950年に、父が歌手の笠置シヅ子さんと『ブギ海を渡る』を持ってアメリカ巡業ツアーをしたのです。8月11日にハワイ公演、9月1日から3日間はロサンゼルス公演でした。会場は高野山ホールという高野山真言宗の直営ホールで、当時の高野山真言宗米国別院の第3代主監が喜多川諦道氏。ジャニー喜多川の父です。  諦道氏は『ボーイスカウト第379隊』の結成に尽力したり、プロ野球球団『ゴールドスター』のマネジャーも務めていたという多芸多才な方だと、今回ネットで知りました。ロスの日系社会で声望が高かったそうです。息子のジャニーは当時19歳。姉のメリーと共にコンサート会場を駆け回り、大人顔負けの接待役を発揮し、父や笠置さん、服部富子(叔母で『満州娘』の大ヒットで知られる歌手)、スタッフたちのマスコット的存在だったそうです」  ──服部家とはその縁で? 「同じ年の6月に勃発した朝鮮戦争で、ジャニーはアメリカ国民として徴兵され、従軍するのですが、ある日、突然、彼が新宿区若松町の家にカーキ色の軍服姿で現れました。パパ(良一)と叔母は、それを見るなり『ヒーボー(ジャニー氏の本名・擴からこう呼んでいた)! ウワー、大きくなって』と歓声をあげて出迎えました。  それから、何回か若松町に遊びに来ました。今でも忘れられない光景があります。玄関にうずくまり、軍靴をゆっくりと編み上げている彼の姿です。家族はそれを囲んで一言も言わずじっと見つめていました。それから彼は立ち上がり、私たちに別れの挨拶をするでなく、『あー、行きたくないなー』と一言。  今思うと、2世差別の残る戦場へ向かう彼の姿を中国戦線での慰問経験をもつパパと叔母は、どんな思いで見ていたのだろうと思います。ジャニーは朝鮮戦争から帰還し、その翌年日本に戻り、除隊後には米大使館軍事顧問団に勤務したといいます。それで再び、服部家に出入りするようになったのです」  ──どんな印象でしたか? 「ジャニーはワシントンハイツ(代々木にあった進駐軍宿舎)に住んでいて、時々、お土産をもって服部家を訪ねてくるんです。ハーシーのチョコレートやハンバーガー、フライドポテト、アイスクリームなど。PX(基地内の売店)で手に入れたものでしょう。当時の日本は皆貧しいですからね、ハーシーのチョコなんて高根の花でした。うちは比較的裕福とはいっても、進駐軍の物資の豊かさは別世界です。  ある時、冷蔵庫が運ばれてきたのでびっくりしました。父が彼に頼んで買ったものでしょうけど、当時は氷を置いて冷やす簡易冷蔵庫しかない時代です。冷蔵庫・洗濯機・テレビが三種の神器と呼ばれて主婦が憧れたのは1960年代の初めですからね」 ──ジャニー氏の性癖を知ったのはいつですか? 「私は当時8歳。小学2年生ですから、チョコレートやお菓子を山のように持ってきてくれて、一緒に遊んでくれるヒーボー(ジャニー氏)は優しいお兄さんですし、大好きでした。ある日、いつものようにふらりとやってきて、確か“キャナスター”というトランプゲームなどで遊んでくれたヒーボーが、『もう遅くなったから今日は泊まっていこうかな』と言うんです。母も、『そうね、どうぞ泊まっていって』と言う。  ヒーボーが『どこに寝ればいいかな?』と聞くと、『よっちゃんの部屋がいいんじゃない』と母。『よっちゃん』というのは私の愛称です。  それでヒーボーが私の部屋に泊まることになりました。2階が子供部屋で4部屋あるうちの2つは兄と私、1つは姉3人が寝るようになっていて、一つは布団部屋みたいになっていたと思います。  パジャマに着替えた私が布団に入ると、彼が『肩揉んであげる』と言うんです。私も子供のくせに肩こり性なので、言う通りうつぶせになると、ヒーボーの手が虫みたいに体中をはいまわるので『なんか変だな』と思ったけど、私にとっては優しいお兄さんですからね。  そのうち、下半身をまさぐってきて、パンツをめくって股間のあたりに手を入れてくるんです。指でさすられているうちに生温かいものに包まれたと思った瞬間、今まで知らない突き抜けるような快感があって。それが初めての射精でした。何がなんだかわからず、びっくりしていると、今度は肛門をいじり始め、舌がはい回ってくる。そのうち舌とは違う硬いものが入ってくる感触がするけど、さすがに痛いので身をひねったら、諦めたようで、指で自分を慰めている。それを見て怖いというよりも、8歳だから何がなんだかわからない状態です」 ■姉からは「汚らわしい」と言われ…  ──母親には話さなかった?  「その翌朝、起きたらすでにヒーボーの姿はない。何も知らない姉が笑顔で『どうだった? 昨夜は大好きなお兄ちゃんと一緒に寝て楽しかった?』と聞くので、『うん、ヒーボーは僕の体を揉んでくれるんだけど、だんだん、手がパンツの中に入ってきて、おちんちん触るんだよ。おちんちんって汚いよね。ぼく、なんだか気持ち悪くて……』と言ったら、姉が、『やめなさいよ、そんな話。汚らわしい』とすごい剣幕で言う。  姉がそんなに怒るのは昨夜のことはやっぱりいけないことだったんだと思って……母親に話すことはできないし、まして普段からあまり会話が少ない父親に話すなんて無理。そこで思考停止しちゃったんです。  ジャニーがしたことがオーラルセックスだというのは大人になってわかるんですが、変なことをされたという気持ちとそれを自分が受け入れた後ろめたさが子ども心にも複雑な心理状態になるんですね。  アイスやチョコをくれて、性的な快感を味わわせるということで、こちらに後ろめたさを持たせ、その一方で加害者としてその快楽を使った口封じをしているわけです。性に関する問題は『支配と奉仕』の二重構造があるのだと思います。でも、それで終わったわけではなかったんです」(後編につづく) ▽服部吉次(はっとり・よしつぐ) 本名・服部良次。1944年生まれ。父は作曲家・服部良一。劇団黒テントの創立メンバー。「翼を燃やす天使たちの舞踏」「上海バンスキング」「阿部定の犬」ほか多数の舞台に出演。妻は女優の石井くに子。次男はハンブルク・バレエ団で東洋人初のソリストで、バンクーバー五輪の開会式に出演したバレエダンサー・服部有吉。兄は作曲家・服部克久。甥は作曲家・服部隆之。隆之の娘はバイオリニストの服部百音。 (取材・文=山田勝仁)
(2ページ目)国民栄誉賞作曲家の次男がジャニー喜多川氏からの性被害を告白 「8歳の時に自宅部屋で…」|日刊ゲンダイDIGITAL
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manaplog · 6 months
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Friday , November 24
小顔コルギと身体全体のリンパ流してもらいに、朝からマッサージ屋さんへ。おしゃべりが過ぎるところ以外は大好きと言える担当さんに施術してもらい、そのまま地元滞在。
もうすぐ一周忌を迎えるSさんの、好きだった焼き鳥屋さんの前を通過。
一緒によく行ったな。また行きたかったな。
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叔父と叔母にも会いにいき、数時間ほど近況報告。
相変わらずな人柄と笑い話にホッとしつつも、確実に歳を重ねて病気も患っていたりすることが小さな心配。居て当たり前の存在に甘えてます。
せっかくの池袋。西武でデパコスを見てたら、問題児からテレビ電話がきた。
オンライン入試を無事にセッティング出来て、入試の準備は万端とのこと。よかった。
昨日から、東京にいても学生からの連絡がちょこちょこ入っている、、沖縄の仕事ずっとやってるわあ。
一旦泊まってるホテルで顔面を整えて、いざ新宿へ!
今帰省の大きな目的だった、とろサーモン単独ライブ。笑いはもちろん生き様を目の当たりにできるからわたしは足を運ぶ。もうずっとこの先も大好きだ。
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久保田(さん)の絵、すごいな。
漫才、コント、幕間映像、音楽、ほぼ7割が男性の観客。すべてが【とろサーモンの笑い】で、わたしの好きな空間だった。来年もその先も笑いに行くよ。
笑いと興奮が冷めやらぬまま、すきぴのお店に行ってみることにした。プライベートで会うお楽しみとは別に、命削って仕事してるあの店に行くことがわたしは好きなんだと思う(ホス狂の戯言や…)。ラストオーダーは終わってる時間だけど閉店は間に合うかな〜状態で山手線へ駆け足。
「髪色変えた?」が第一声なの、安心する。
お腹空いたから何か作って!に対して、いつものようにメニューに無いものを出してもらう特権。
お料理を説明してくれてるとき。いくらとサーモンのなんとか、、を聞いた瞬間に、 わたしがとろサーモン単独ライブ帰りだから食材にしてくれたの?すごいね!♡ と感動して発した言葉は無視された。
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9月末、わたしが仕事で限界を迎えて一瞬だけ帰省したときに、顔だけは合わせてた。周りにひともいたし深い話はしなかったけど、あの時のつらさとか伝わっていて、感心したし嬉しかった。
向こうの仕事が、良い方向に向いていることが何よりもうれしい。
別れ際、左ななめ上を見上げるこの瞬間が好きだな。
と、浸ってサヨナラ!
23:50大塚で後輩と居酒屋。レトロ。
汚い部分もさらけ出せる甘えられる。弟的な存在ではあるけど、目線はいっしょ。
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ハイボールでべろべろ。
震えながらホテル帰宅。なんて寒いんだトーキョー。
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jinsei-pika-pika · 10 months
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「君たちはどう生きるか」宮崎駿監督が、新作映画について語っていたこと。そして吉野源三郎のこと
 宮崎駿監督の10年ぶりとなる長編アニメーション映画「君たちはどう生きるか」が、7月14日から全国で公開される。吉野源三郎の同名の著書とはまったく違うストーリーが展開されるという以外、詳細は伏せられたままだ。とある縁で宮崎監督に面会した筆者が、新作について監督が語っていた言葉や、鑑賞して感じたことなどを振り返った。(文:吉野太一郎)
「私自身、訳が分からない」  「おそらく、訳が分からなかったことでしょう。私自身、訳が分からないところがありました」。
 2023年2月下旬、東京都内のスタジオで上映された、「君たちはどう生きるか」の初号試写。米津玄師の歌うピアノバラードが流れ、エンドロールが終わった瞬間、灯りが点き、宮崎駿監督のコメントが読み上げられた。
 客席から軽い笑い声が漏れた。私もその一人だった。あまりの展開の速さと、盛り込むだけ盛り込まれた情報を消化しきれず、茫然と座り込んでいたが、その言葉で我に返った。
 これは「宮崎アニメ」の集大成なのか、吉野源三郎の著書『君たちはどう生きるか』の再解釈なのか。とにかく、1回見ただけではとても全容を把握できなかった。
「自分のことをやるしかない」  今回の作品は、公開前のプロモーションも、メディア関係者向けの試写も一切ないまま公開日を迎えた。異例の態勢の中、内容は無論、見たことすら口外無用のキャスト・スタッフ向け試写に、なぜ私と両親が呼ばれたのかといえば、父が『君たちはどう生きるか』の著者・吉野源三郎の長男で、私が孫にあたるからだ。
 その5年ほど前の2017年11月、父と私は東京・小金井のスタジオジブリに招かれ、宮崎監督と対面していた。さらにさかのぼること半月ほど前、とあるイベントで宮崎監督が突然、次回作のタイトルが「君たちはどう生きるか」だと明らかにし、ニュースなどで話題になっていた。親族としては寝耳に水だったのでかなり驚いたのだが、宮崎監督は「うっかり喋ってしまいました」と詫びた上で、作品について語り始めた。
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2017年11月、次回新作について父に話す宮崎駿監督。手元に、古びた吉野源三郎作『君たちはどう生きるか』が置かれていた=吉野太一郎撮影  小学生のとき、教科書に載っていた『君たちはどう生きるか』の冒頭部分に強い印象を受けたという宮崎監督は、年季の入った同書をスタジオに持参していた。若い制作スタッフにも読むよう勧めたところ「この本はまだ生きているね」と好評だったといい、作品のタイトルを決める段になって、一人が「『君たちはどう生きるか』がいい」と提案したのだという。制作は当時まだ始まったばかりだったが、映画の序盤とラストシーンにこの本が登場することも、宮崎監督は既に決めていた。
 宮崎監督によれば、引退宣言を撤回して臨んだ今回の作品は「ずっと自分が避けてきたこと、自分のことをやるしかない」という思いだったそうだ。「陽気で明るくて前向きな少年像(の作品)は何本か作りましたけど、本当は違うんじゃないか。自分自身が実にうじうじとしていた人間だったから、少年っていうのは、もっと生臭い、いろんなものが渦巻いているのではないかという思いがずっとあった」
 「僕らは葛藤の中で生きていくんだってこと、それをおおっぴらにしちゃおう。走るのも遅いし、人に言えない恥ずかしいことも内面にいっぱい抱えている、そういう主人公を作ってみようと思ったんです。身体を発揮して力いっぱい乗り越えていったとき、ようやくそういう問題を受け入れる自分ができあがるんじゃないか」
 時は太平洋戦争中の1944年、東京を襲った空襲で入院中の母を亡くし、父が経営する戦闘機工場とともに、一家は郊外へ疎開する。出迎えたのは父の再婚相手となった母の妹。お腹に新たな命が宿っている新しい母を、眞人は受け入れられず、転校先でも孤立する。そんなある日、疎開先の屋敷で眞人は偶然、1冊の本を見つける。
 屋敷の庭の森には、廃屋となった洋館が建っている。眞人の母の「大おじ」にあたる伝説の人物が建てたという。やがて眞人の前に「母君があなたの助けを待っている。死んでなんかいませんよ」と人間の言葉を喋る青サギが現れ、導かれるように、眞人は洋館の中へと進んでいく――。
 ここから先は「宮崎アニメの集大成」のような不思議ワールドの冒険が描かれるのだが、少年の成長というテーマが共通するからか、宮崎監督が吉野作『君たちはどう生きるか』を再解釈したのではないかと思わせる場面も登場する。
 『君たちは~』の主人公「コペル君」こと本田潤一少年は父親を亡くしており、親代わりでもある「叔父さん」との会話や交換ノートを通じて成長していく。映画の中で交わされる眞人と大おじの対話は、コペル君と叔父さんの対話を思い起こさせる。大おじが眞人に伝える「お前の手で争いのない世を作れ」という言葉は、戦中生まれの宮崎監督が次世代に託すストレートなメッセージだろう。
 そういえば��盤に登場する「ワラワラ」というキャラクターは、宮崎監督が小学校時代に読んだ『君たちは~』の冒頭部分に登場する、銀座のデパートの屋上からコペル君が眺めた群衆にも見える。ではあの場面は、この場面は……次々と出現する謎めいた仕掛けに、まったく分析が追いつかないまま、2時間4分はあっという間に過ぎる。
祖父・吉野源三郎と私  試写からの帰り道、ふと思った。眞人少年が、遥か世代の離れた大おじと対話したように、私も今、祖父と直接対話できたら、どんな言葉を交わすだろうか。
1978年5月、祖父母宅で私の誕生祝いをした時の写真らしい。右から当時5歳の私、弟、祖父・吉野源三郎、祖母  私が小学校に入る前、祖父は2軒隣に住んでいて、訪ねて行くと絵本を読んでくれたり、似顔絵を描いてくれたりと、孫の私をかわいがってくれた。既に80近い高齢で、およそ3回に1回は床に伏せっていて「今日は具合が悪いからごめんね」と追い返されたが、やがて入退院を繰り返すようになり、近づくこともできなくなった。肺や喉の疾患が悪化し、最期は話すこともできなくなった祖父は、私が小学校2年のとき、82歳で死去した。
 祖父は戦前、陸軍を除隊後に治安維持法違反に問われて投獄され、軍法会議にかけられたが九死に一生を得た。釈放後に作家・山本有三の少年少女向け書籍編集を手伝う中で執筆した1冊が『君たちはどう生きるか』だった。戦後は岩波書店の雑誌「世界」の初代編集長などを務め、父には「反骨の背筋は伸びているか」「謙虚に堂々と」など、言論人の心構えを折に触れて説いていたというが、もちろん私は祖父から壮絶な半生を聞いたり、薫陶を受けたりしたことはない。
 祖父の死後も『君たちは~』は岩波文庫に収録され、多くの人に読み継がれてきた。誇らしくもありつつ「偉大なお爺さまをお持ちで」などと言われるのがやや重荷でもあり、積極的には明かしてこなかったが、新聞記者やウェブ編集者になってから時折、祖父の残した他の著作を読み返すようになった。『職業としての編集者』(岩波新書)に収録された、戦前戦後の混乱を経て「世界」を創刊した回想録などは、親族が登場することもあって他人事とは読めず、時代が変わっても守るべき価値や教訓があることを教えてくれる。著作を読むという限定的な形ながら、これも祖父と交わす一種の対話なのかもしれない。
包装紙の裏に祖父が描いた父と私(中央)、弟。鉛筆でサラサラと似顔絵を描くのが上手だった。  『君たちは~』は2017年に漫画化され、21世紀らしい出で立ちで再び現れた。そして約6年の制作期間を経て、別作品とはいえ、宮崎駿監督の同名の映画が公開された。この間の出来事は「やさしいおじいちゃん」しか覚えていない孫に、祖父が思いがけない贈り物を届けてくれたようでもある。どこかでずっと、孫の私を見守ってくれているのではないか。そして何かを問い続けているのではないか。眞人を見守る「大おじ」のように。将来の息子に1冊の本を託した眞人の母のように。
 その問いかけにどう答えるか。つまり私は、どう生きるか。とりあえず、一度見ただけでは回収できなかった伏線を探しに、もう一度、劇場に足を運ぶことにしよう。祖父との新たな「対話」の糸口が見つかるかもしれない。
吉野太一郎(よしのたいちろう) 「好書好日」副編集長。大阪、東京の社会部、ネットメディア「ハフポスト日本版」などを経て2020年2月から「好書好日」編集部員。2022年3月から9月まで休職し、韓国・慶南大学極東問題研究所フェローとして北朝鮮問題・脱北者をテーマに研究。
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#05 中沢レイ
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一日の流れ
朝は6時半くらいに起きて朝ご飯とお弁当をつくります。家は私と息子と私の母の3人暮らしです。息子に持病があって、12時間おきに飲まなきゃいけない薬があるので、彼が寝てようが何してようが飲ませてから出かけます。職場は三重県内の市役所で、移住関係の仕事をしています。非常勤で働いてもうすぐ3年になります。
家から市役所までは車で山道を走って40分ぐらいで、道が混んでいたら小一時間ぐらいかかるときもありますね。仕事は17時15分までで、時間になったらすぐ家に帰ります。以前、息子と二人で暮らしていたときは夕飯のお弁当を買って帰っていましたが、今は母親が夕飯の支度をしてくれているので、それをありがたくいただいています。夕食後はだいたいぼーっとスマホを見たりして、気づくと2時間ぐらい経ってたりします。息子はゲームが好きで、夜はゲームのコアタイムだから私とは全然話をしてくれないんですよ。みんなが思い思いに過ごしているのを確認してからお風呂に入って、寝るのは23時ぐらいです。
市役所の仕事のほかにヨガを教える仕事もしていて、レッスンがあるときは、仕事のあと家に一旦帰って晩ごはんを食べて、借りているレッスン場に出かけます。土曜日はバレエ教室で子どもたちにコンテンポラリーダンスを教えています。ダンスというか、キャッキャ言いながら自由に動いたり、何でも試してみようというクラスですね。日曜は基本的に休みですが、移住の仕事は土日にイベントがあることが多いので、結構出張したりもしています。空いている日は子どもと一緒に過ごそうと、何をするわけじゃないけど、家にいるようにしています。
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生い立ち
生まれは岐阜県岐阜市です。母方の祖父母が縫製業を営んでいて、一家総出で服をつくっていました。両親は朝から晩まで、すごくうるさい工業用ミシンを踏んでいて、家には有名なブランドの布が置いてありました。だけど、私が小学校1、2年生の頃に景気が悪くなったのか、父が仕事を辞めて養鶏場に働きに出るようになりました。それまでは家にずっと親がいたけど、突然鍵っ子になって、弟は泣いていましたね。姉である自分はしっかりしなくちゃと思っていた記憶があります。
中学3年のときに親が頑張って家を建てて、引っ越しをしたんですよ。私は転校もしたんだけど、ある日修学旅行から帰ってきたら両親に「離婚するわ」って言われて。私から見たら仲は悪くなかったんだけど、実際はそうじゃなかったみたいです。せっかく建てた新居も出ることになって、その家は私の叔母さんが住むことになりました。弟は父に、私は母についていくことになったんですが、母の家に引っ越すと中学校を変わらなきゃいけないと言われたので、卒業までは叔母さんのもとで居候をしていました。叔母さんは私のことをかわいがってくれて、叔母さんというよりお姉さんという感じでした。
母は家を留守にしがちだったので、���校からは一人暮らしのような感じでした。家の下がうどん屋さんだったので、母が置いていったお金で天丼の出前を頼んだりしていました。高校3年のときに母が再婚して新しい家族ができましたが、私はもう高校生だし「あなたたちとは関わらないので」と言って、学校もあまり行かずに好きなように過ごしていました。高校卒業後は好きな英語を勉強するために、英語の専門学校に入りました。
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仕事のこと
私が専門学校に入った頃は超バブルの時代で、成績が良い子は先生の薦めで在学中から証券会社とか銀行に就職するんですよ。私も1年の終わりには学校に籍を置きながら商社で働きはじめました。同じころ、音楽をやっている友だちから「岐阜放送っていうラジオ局で話す人を探してるんだけど」と言われて。当時はバイリンガルのDJが流行っていて、私が英語を話せると思って声をかけてくれたんですね。実際はそんなに話せないんだけど、洋楽を聴いていたからそれっぽくは話せるんです(笑)。それでラジオ番組のDJをやることになりました。商社は1年勤めて辞めました。
田舎の放送局だけど案外仕事はありました。レコード会社の人がプロモーションで名古屋に来たときに、そんなに回るところがないから岐阜放送まで来てくれるんですよ。「若くてちょっと変わった子がいる」みたいな感じでいろんな人に良くしてもらって、外タレのアーティストに直接インタビューさせてもらったりもしましたね。でも、DJとかタレントになりたいという気持ちはまったくなかったです。どちらかと言うと裏方や制作をやりたくて、19歳ぐらいか���台本や企画書を書いたりしていました。自分の番組では選曲も全部自分でやっていたし、そうした仕事が周囲に伝わって愛知や東京でもDJをやるようになりました。
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踊りのこと ラジオと平行してやっていたのが、幼少期から続けていたダンスです。うちの親は全然そういう素養はなかったんですが、私が幼稚園のころに「バレエをやりたい」と言ったみたいで、母が習わせてくれました。ただ、習っていた先生が怪我をしてバレエをやめることになってしまい、次に入ったのがモダンダンスの教室でした。少しして「これはバレエじゃない」って気づいたんですが、それがかえって良かったんです。というのも、その先生は生徒にお手本を見せないんです。「シュッとなってパッよ」というふうに擬音で振り付けをするので、みんなそれぞれの「シュッとなってパッ」をやるんですね。中学高校と、その先生のもとでダンスを続けました。
あるとき、名古屋で開かれたダンスの大きなコンクールに通訳として参加したんですが、そこで出会ったのが(舞踏家の故・)和栗由紀夫さんです。和栗さんに「お前、踊りやってるのか。うちに遊びにこいよ」と言われて、東京に行ったら板橋にあった和栗さんの家に遊びにいくようになりました。ある日、和栗さんの家に行ったら、ベニヤ板を2枚出してきて、「ここに座って」と言われて。言われたとおり座ったら今度は「右手をこう出してみな。左手は上から出して。これが閉じてさ、開くんだよ」とか言われて。「こうですか?」みたいな。それで「今度舞台やるんだけど出ない?」とくるわけです(笑)。
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それで出演したのが、新宿のパークタワーホールでやった和栗さんの『エローラ〜石の夢』という作品です。その後、和栗さんが主宰していた「好善社」に入るとともに、東京に引っ越してきました。好善社の男の人たちは、それまでダンスをやったことがなくて突然踊りを始めているから、発想がとても面白かったんですよ。そこから結局6、7年は東京に住んでいたと思います。
その後、もう踊りはやめようと思うことがあって、カポエィラに打ち込んでブラジルに行ったりもしました。ダンスの世界は、なんだかんだ言って身体を動かすことが得意な人しか入ってこないけど、カポエィラは、趣味でやってますみたいなお姉さんとか、イケイケの男の子とか、格闘技好きのオタクっぽい子とか、いろんな人がいるんです。一般社会では絶対に仲良くならないような人たちが嬉しそうに一緒にやっているのがすごくいいんですよね。でも、ブラジルにいたとき、テレビから流れてきた音楽に合わせて、やめたつもりの踊りをふと踊っていたときがあって、やっぱり踊りはやめられずにいます。
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妊娠・出産
出産したのは38歳のときです。妊娠がわかったときは、当時結婚していた夫とフランスに住んでいました。日本では私がダンスをやっていると言うと、初対面の人にさえ「いつまでそんなことやってるの」と言われたりしましたが、フランスではまったく逆で、みんな興味を持ってくれました。現地の人たちと仲良くなって一緒に作品をつくったり、小劇場で即興の企画をやったりもしましたが、一方で自分の底が知れた感じもあって、妊娠を機に日本に帰ることに決めました。
出産はだいぶ時間がかかって大変でした。それでも元気に生まれて良かったと思っていたんですが、生まれてからがさらに大変だったんです。とにかく夜まったく寝なくて、ベッドに置いたらどれだけ寝ていても起きて泣いて……。子どもってそんなもんなのかなと思ってたけど、自分も寝れないから信じられないくらい痩せてしまって、布団で寝ていても背骨が痛くなってしまうほどでした。夫は仕事に行ったきりほとんど帰ってこなくて、赤ちゃんと二人暮らしみたいな感じです。しかも、夫の希望で都内からもう少し田舎に引っ越すことになって、それまでは遊びに来てくれた人たちも来れなくなって、本当に孤独になってしまいました。
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それでも息子を地元の幼稚園に入れてなんとか生活していたんですが、2011年の1月末に、幼稚園に息子を迎えにいったら、先生から息子の様子がおかしかったと言われました。確かに、家に帰っても何もしゃべらないし、ご飯も食べないんです。病院に連れていって、インフルエンザの検査をしたりしたけどなんともなくて。食塩水を点滴してもらって、ちょっと良くなったように見えたんですが、次の日にはもっと具合が悪くなってしまって。抱っこしたらびっくりするぐらい重たくて、これはおかしいと思いました。
再度病院に行って尿検査をしたら、測れないぐらいたんぱくが出ていて、大きな病院に行くように言われました。行った先で「これはネフローゼという病気で、治療に長い時間がかかります」と言われて、そのまま入院です。ステロイドを大量投与する治療をはじめたんですが、息子はステロイドを半量に減らしたところで再発してしまい、それから一切ステロイドが効かなくなってしまいました。
これはもう救急車で運ばなければという状態になってしまって、埼玉から東京の世田谷にある成育医療研究センターに救急車で運ばれて入院しました。それが2011年の3月11日です。病院について、しばらくしたらダアーッと揺れて点滴は倒れるわ、壁に亀裂が走るわで大パニックです。しかも原発事故で放射能がどうこう言われていたから、ガラケーで一生懸命情報を調べました。食事も大変で、子どもには病院食が出るけど、自分の食事は出ないからコンビニに行くんだけど食料がないんです。なんとかゲットしたパンひとつで一日過ごすなんてこともありました。
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生きていてほしい
入院して息子の具合は良くなるどころか、同室の子から風邪をもらったのがきっかけで敗血症になってしまいました。ICUに入って人工呼吸器をつけられて、カテーテルを入れられて……まだ小さくて暴れてしまうので、鎮静をかけられて眠らされていました。そんな息子の姿を見たときに、親としてこんなことを言っていいかわからないけど、この子は何ヶ月も苦しんできて、これ以上苦しむなら、楽になって逝ってしまった方がいいのかなとも思いました。
でもあるとき、私が「今日はもう帰るね」と言ったら、小さくイヤイヤしたんです。鎮静をかけられていて目は開かないけど、耳は聞こえていたみたいで。ICUで隣だった女の子も、私からすると寝てるだけに見えるんだけど、その子のお母さんが「この子は嵐が好きなのよ」と言って、嵐の曲をかけると「喜んでる」って嬉しそうにするんですよね。それまで私は、寝たきりの人や重い障がいのある人が生き続けるのってどうなんだろうと正直思っていたんです。
だけど、1ヶ月ぐらい経つと、嬉しそうな感じがするとか、これは嫌なんだなって分かるようになるんです。それで、やっぱり息子には生きててほしいって思うようになりました。なんて言っていいかわからないけど、何もできなくても生きているという事実が目の前にあるだけで、周りの人が安心するというか。息子がイヤイヤする姿を見て「ああ、とにかく頑張るしかないな」って思ったんです。息子の病気をきっかけに、私の考えはすごく変わりました。
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やってみたいこと
治療は長くかかりましたが、幸い息子に合う免疫抑制剤が見つかって、1年くらいかけて普通の暮らしができるぐらいまで回復しました。何かあったときのために、そのまま入院しておくこともできたけど、外に連れていこうと思って思い切って退院させました。その後、息子が4歳になる前に埼玉から三重に移住して、間もなく夫とも離婚しました。 息子は小学校4年生ごろに自閉スペクトラム症の診断を受けて、学校生活も苦労しましたね。小学校1年生からずっと行き渋りで、6年生まで毎日送迎していました。下駄箱でしばらく入れずにいるのですが、なんとか中に入っていくのを確かめてから自宅に戻り、学校からの電話があるといけないので待機していました。中学3年間は完全不登校でしたが、この春から通信制の高校生になりました。
息子が東京で入院していたときは、家と病院が離れていたので、病院の近くにある(ドナルド・)マクドナルド・ハウスという入院患者の家族のための施設で寝泊まりしていました。そこには、地方から出てきて泊まり込みで付き添いをしているお母さんたちがいて、中には子どもが生まれてから10年間そういう暮らしをしている人もいました。みんな自分のことは置き去りで子どもに付き添っているんです。
そういうお母さんたちのために何かできないかと思ったけど、「ダンスしましょう」とは言えないじゃないですか。「ダンスなんてハードルが高いし、そんな気分じゃないわよ」って言われると思うんですよね。でも、みなさんマッサージとかにはお金を払って通っていたので、ヨガだったらやってもらえるかなと思って。これまでも障がい者施設や高齢者施設ではヨガやダンスをやってきましたが、病気の子どもたちに付き添っているお母さんのためのヨガも、いつか実現したいことのひとつです。
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みんなに場をつくりたい
私は踊るのは好きだけど、舞台の真ん中で踊りたいとは案外思っていないんですよ。私が踊りをやるのは「みんなに場をつくりたい」からです。1998年に「オービタルリンク」という即興のイベントをはじめたのも、あらゆるジャンルのパフォーマーが自分の表現を模索しながら、やる側も観る側もジャンルの垣根を超えて出会ってほしいという思いがあったからです。ラジオDJをしていたときも、自分が面白いと思ったら無名の人でもゲストに呼んだりしていましたからね。当時から今にいたるまで、やっていることは変わらないと思います。
今日撮影をしたアトリエ第Q藝術も、大きすぎない規模だからこそ「個人」が見えて好きなんです。劇場が大きくなればなるほど、後ろの方まで届くように表現しようと思って動きが大きくなり、身体の動きだけを見せることになることが多いと思うんです。そうすると結局、どれも同じような作品になってしまうというか。私は、踊りの完成度はどうでもよくて、その人が踊りを通して「本当のこと」を言ってるかどうかを知りたいんです。そういうことが見えるのは、このぐらいの規模の劇場かなと思います。チーフディレクターの早川誠司さんには以前からお世話になっているし、舞踏や演劇関係の友だちもよくここで公演をしているので、私のルーツのような場所でもありますね。
人生って、「あのときあそこに行ってなかったらあの人に出会ってない」とか、そんなことばかりじゃないですか。でも本当に好きなことを続けていたら、絶対にまた元のところに戻ってくるし、ずっと会っていなかった人ともまた会えるんですよね。もっと別の仕事をする機会も、別の人と付き合う機会もあったろうけど、そのときの自分がそれをやりたくて選んだんだしなって。自分は、いつも「こういうことを考えている人がいるなら、こういう場所をつくったら���いんじゃないかな」と思って、場所をつくって人と���をつなげてきたんですよね。さらに、自分の場合はそこに「踊り」がありました。そうしてここまでやってきて、今の自分があると思います。
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(2023年3月26日収録) 取材協力=アトリエ第Q藝術
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myonbl · 2 years
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2022年9月11日(日)
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三重県紀北町・奥川ファームから隔週に届く定期便、畑無農薬野菜・平飼い有精卵・特別栽培玄米・手打十割蕎麦・地鶏、以上が(ほぼ)定番メニューである。段ボール箱から取り出して並べてみると・・・、をを、米袋に<新米>のラベルが光っているではないか! 嬉しいが、食べ過ぎ注意報を発令せねばならぬ。奥川さん、いつもありがとうございます。
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5時起床。
すでに日誌は予約投稿済みなので、のんびりとWebで新聞を読む。
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先週の血圧、その前の週が結構高かったことに気づく。
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お蕎麦がなくなったので、煮麺をいただく。
洗濯1回。
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回覧板を回し、<下京のひびき(9/15号)>を配付する。
奥川ファームから定期便到着、新米が嬉しい。
Evernoteの書きだし作業。
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ツレアイは午後に奈良で太鼓の練習、届いたばかりの蕎麦とスダチで早めのランチ、京都駅まで送る。戻ってきて息子たちには炒飯、私は無印良品のレトルトカレー、これで残りご飯がきれいに片付いた。
軽く午睡。
夕飯用に、昆布締めポークソテーをオーブンで焼く。
届いたばかりのナスで、たっぷりと煮浸しをつくる。
キャベツのコールスローサラダを用意する。
ツレアイから連絡、京都駅まで迎えに行く。
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早めに夕飯開始、息子たちにはスパークリングワイン、私たちはスペインの赤を開ける。ただし、明日は内科受診のために節酒・節食を心がける。
録画番組視聴。
日本の話芸から、
入船亭扇辰 落語「甲府ぃ」
初回放送日: 2022年9月11日
入船亭扇辰さんの落語「甲府ぃ」をお送りします(令和4年7月1日(金)東京・江東区文化センターで収録)【あらすじ】豆腐屋の店先で、売り物のおからを勝手に食べた若者がつかまった。聞くと、男は甲府の在の山育ち、きのう江戸に出てきたが、浅草で有り金残らず掏(す)り盗られたという。小さいとき親に死に別れ、育ててもらった叔父の家を出て、「出世をする」と身延山(みのぶさん)に願掛けをして出てきたというので…
「恐山〜なぜ恐山で死者に会えると思うのか?〜」
初回放送日: 2022年9月10日
日本三大霊場のひとつとされる恐山。なぜ人々はここで死者に会えると思うのか?その秘密をタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす
▽恐山といえばイタコ…って実は違う? 「ブラタモリ#214」で訪れたのは青森県の恐山。旅のお題「なぜ恐山で死者に会えると思うのか?」を探る▽境内に温泉!?信仰の場となった意外なきっかけ▽地獄にたとえられる風景が広がるヒミツは“湯の華”にあり?▽地獄のような場所から徒歩10分!エメラルドグリーンの湖と白い砂浜、その名も極楽浜▽生き物が住めないから“極楽”になった?▽激しい噴気が生んだ白い砂▽極楽浜でタモリさんに奇跡の光が降り注ぐ!?
いやぁ、面白かった。
入浴、片付け、早めに就寝。
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今日は買い物に出なかったので、3つのリング完成とはいかず。水分は、2,000ml達成。
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kachoushi · 23 days
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各地句会報
花鳥誌 令和6年5月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和5年2月1日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
立春を待たずに友は旅立ちし 喜代子 習はしの鰈供へる初天神 由季子 在さらば百寿の母と春を待つ 同 春遅々と言へども今日の日差しかな 都 橋桁に渦を巻きつつ雪解水 同 盆梅の一輪ごとにときめきぬ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月3日 零の会 坊城俊樹選 特選句
飴切りの音高らかに春を待つ 和子 風船消ゆ宝珠の上の青空へ 慶月 天を突く手が手が福豆を欲す 光子 葬頭河の婆万年を寒く座す 光子 飴切りのビートを刻み追儺の日 いづみ 虚無なるは節分の達磨の眼 緋路 老いてなほ鬼をやらふといふことを 千種 恵方向く沓の爪先光らせて 光子 とんがらし売る正面に福豆も 和子 錫杖をつき仏性は春を待つ 小鳥
岡田順子選 特選句
厄落し葬頭河婆をねんごろに はるか 柊挿す住吉屋にも勝手口 眞理子 豆を打つ墨染のぞく腕つぷし 千種 奪衣婆の春とて闇の中笑ふ 俊樹 亀鳴けば八角五重の塔軋む 俊樹 節分や赤い屋台に赤い香具師 緋路 錫􄼺の音待春の鼓膜にも 緋路 飴切りのトントコトンに地虫出づ 風頭
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月3日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
ものゝふの声は怒涛に実朝忌 かおり 実朝忌由比のとどろきのみ残る 睦子 久女忌の空は火色にゆふぐれて かおり やはらかな風をスケッチ春を待つ 成子 実朝の忌あり五山の揺るぎなし 美穂 歌詠みは嘘がお上手実朝忌 たかし 死せし魚白くかたどり寒月光 かおり 実朝忌早き目覚めの谷戸十戸 久美子 寒月や薄墨となるパールピアス かおり 寒月に壁の落書のそゝり立つ 同 ふはとキスこの梅が香をわたくしす 美穂 昃れば古色をつくす蓮の骨 睦子 寒禽の過り裸婦像歪みたる かおり 人呑みし海ごつごつと寒の雨 朝子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月9日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
両の手をあふるるあくび山笑ふ 美智子 春浅し絵馬結ふ紐のからくれなゐ 都 鰐口に心願ありて涅槃西風 宇太郎 柊挿す一人暮しに負けまじと 悦子 寒晴や日頃の憂さをみな空へ 佐代子 師の苦言心にとめて初硯 すみ子 この町を砕かんばかり月冴ゆる 都
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月10日 枡形句会
春菊をどさつと鍋に入れ仕上ぐ 白陶 落ちる時知りたるやうに紅椿 三無 装ひは少し明るめ寒明ける 和代 一品は底の春菊夕餉とす 多美女 中子師の縁の作詞冬の能登 百合子
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令和5年2月11日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
料峭の石橋渡る音響く 三無 苔厚き老杉の根に残る雪 あき子 羽広げ鴨の背にぶく薄光り のりこ 春まだき耀へる日の風を連れ 三無 吟行や二月の空は青淡き 和魚 春めきて日向の土の柔らかく 三無 春の陽を川面に溜めてゆく流れ 貴薫
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月12日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
古暦焚くパリの下町も焚く 昭子 豆撒や内なる鬼を宥めつつ みす枝 落日にして寒菊の色深し 世詩明 被災地の家もひれ伏し虎落笛 ただし 裸婦像の息づく如く雪の果 世詩明 雪吊の縄にも疲れ見えにけり 英美子 ありし日の娘を偲び雛飾る みす枝 それぞれの何か秘めたる卒業子 世詩明 今生の山河に満つる初明り 時江 九頭竜の河口に余寒残しをり 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月13日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
春立つや電車もステップ踏み走る 紀子 薄氷を横目に見つつ急く朝 裕子 商店街バレンタインの日の匂ひ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月13日 萩花鳥会
白梅と紅梅狭庭にうらうらと 祐子 熱燗で泣けたあの唄亜紀絶唱 健雄 如月の青空のこころ乗り移る 俊文 春の霜とぎ汁そつと庭に撒き ゆかり うすらひを踏むが如くの孫受験 恒雄 透きとほる窓辺の瓶や冬の朝 吉之 身に纏う衣減らざり春浅し 明子 躙り口扇子置く手に零れ梅 美恵子
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令和5年2月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
越前の雪の生みたる雪女 雪 又次の嚔こらへてをりし顔 同 一としきり一羽の鴉寒復習 同 横顔の考へてゐる寒鴉 同 老いて尚たぎる血のあり恵方道 真喜栄 節分会華を添へたる芸者衆 同 白山の空より寒の明け来たり かづを 紅梅や盗まれさうな嬰児抱く みす枝 老犬の鼾すこやか春を待つ 清女 佐保姫やまづ能登の地に舞ひ来たれ 嘉和 収骨の如月の手は震へつつ 玲子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月16日 さきたま花鳥句会
煮凝を箸で揺らしつ酒を酌む 月惑 春一番ドミノ倒しの駐輪場 八草 雪残る路肩を選りて歩く子ら 裕章 春立つや蠢く気配絵馬の文字 紀花 朽木根に残してあがる春の雪 孝江 見舞ふ友見送る窓の老の春 ふゆ子 鼓一打合図に開始鬼やらひ ふじ穂 スクワット立春の影のびちぢみ 康子 匂ひ来し空に溶けたる梅真白 彩香 生みたてと書きて商ふ寒卵 みのり 寿司桶の箍光りたる弥生かな 良江 春泥や卒寿の叔母の赤き靴 珪子
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令和5年2月18日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
総門を白く散らして梅の寺 斉 俯ける金縷梅の香や山門に 芙佐子 恋の猫山内忍び振り返る 斉 日溜りに小さき影なし猫の恋 白陶 腰かけて白きオブジェの暖かし 久子 鳥もまた盛んなるかな猫の恋 白陶
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月21日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
撫で牛に梅の香纏ふ天満宮 笑子〃 白梅の五感震はす香の微か 千加江 真夜の雪寝る間の怖さ知るまいの 令子 銀色の光ほころび猫柳 啓子 復興や春一丁目一番地 数幸 紅梅の謂を僧の懇ろに 雪
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月22日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
一羽には一羽の矜持寒鴉 雪 憶却の先立つてゐるちやんちやんこ 同 煮凝りや良き酒飲めて子煩悩 同 来し方を語り語らず大冬木 同 此の人の思ひも寄りぬ大嚏 同 初春の遥か見据ゑ左内像 一涓 熱燗や聞きしに勝る泣き上戸 同 己がじし火と糧守りて雪に棲む 同 灯もせば懐古の御ん目古雛 同 もう少し聞きたいことも女正月 昭子 冬日向ふと一病を忘れけり 同 瀬の音にむつくりむくり蕗の薹 みす枝 夜中まで騒めき続く春一番 やすえ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
寒紅や良きも悪しきも父に似し 雪 退屈をひつかけてゐるちやんちやんこ 同 春立つや千手千眼観世音 同 路地路地に国府の名残り春の雪 同 節分会葵の御紋許されて 同 越前の夜こそ哀し雪女 同 瓔珞に鐘の一打にある余寒 清女 能登地震声を大にし鬼は外 数幸 春塵や古刹の裏の道具小屋 泰俊 蕗の薹顔出し山を動かしぬ 啓子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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hiroms · 7 months
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『ひろムのポロロン珍道中🎸🚙💨』
その⑧ 〜 蕎麦うまし長野 の巻 〜
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(Date10/31) 静岡から長野へ!※ 途中、甲府で24時間身体休め。
長野で立ち寄る場所は二ヶ所あって、まず初日は「諏���市」へ。
以前大阪で仲良くしてた 飲み友達・ミクを訪ねて。※ ミクは元々長野出身で今は地元に戻ってる。
そう言や僕、諏訪に滞在するのは人生初かも 🙄
で、この旅ではもはや当たり前になってる 突然居酒屋ライブ!
@ 焼き鳥やわり (近隣が民家なのでこの日は短めに静かめに…w)
大阪離れる前のミクは (大阪での生活に) 色々思い悩んでたけど、長野に帰って今は元気で素敵な笑顔になっててよかった。
こえて行け、24歳!
ひろム叔父さんは一安心です。笑
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翌日、長野の盟友・宮下卓央に会いに「伊那市」へ。
※ 写真はトップ画像ね。
↑ 卓央ちゃんはベーシスト🎸で、ダイニングBAR「D style」🍺 ってお店を経営してる。
弾き語り/小編成スタイルのライブするには丁度良いサイズの箱。 結構著名なアーティストさんもライブツアーでここに立ち寄るみたいです。
卓央ちゃんとはかれこれ7〜8年くらいの付き合いかな。
カメリアスのベーシストとしてレコーディング参加してもらったり、長野や東京でも何回か一緒にライブも演ったっけな。
心身ともに頼れるベーシスト!
何より僕と同じくいい歳こいて「チャラい」のが一番の推奨ポイントです。。w そう、僕はチャラい奴しか親友として認めない!!笑
今回わざわざライブ機材セッティングしてくれて、また彼が今演ってるバンドのキーボーディスト・ワコちゃんも来てくれて。お客さんも呼んでくれて至れり尽くせり。 ノープランだったけど三人でいい感じのセッションが出来ました 😉
せっかくなんで このノリで曲書くぞー!!
って流れになって、お店閉めてから曲作り。
最速一時間で作詞作曲なんとなくアレンジして一曲ラフあがり!笑 ↑ 次回の投稿で動画アップしますね 🎥
で、なんと今回 長野滞在中、蕎麦屋4軒行きました!
もう毎食蕎麦って感じ 😙
そう僕は無類の蕎麦フェチです。昔「蕎麦ログ」なるブログも書いてた程です。w 今回タイミングよく新蕎麦のシーズンだったのでラッキー ✌️
ってな訳で、そんな中でもお勧めの蕎麦屋2軒…
・本格信州そば「紅さくら」2号店
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本店は昼営業のみ… に対してこちら2号店はナイト営業。いわゆる深夜蕎麦! 地元高遠産のそば粉を使い、本店で毎朝打つ香り豊かな信州そばが味わえます。
本店の娘さん・モエちゃんが一人で切り盛りしてます。
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元々キャバ嬢だった!? モエちゃん、、深夜蕎麦屋にピッタリのパーソナリティだと思います。近所の飲食店さんからも愛されてる伊那の繁盛店。酒もアテも全てが安い!!
ちなみ、モエちゃんとは卓央ちゃんのお店で知り合った。
・信州伊那そば処「名人亭」
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信州の鄙びた小高い丘にあり、南アルプスが一望できるロケーション。地元上伊那産100%の玄そば。
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こちらでは「おろし蕎麦」をいただきました。きのこ類など旬の山菜がたっぷり入って美味でした。
さてさて、 ポロロン珍道中、次の投稿で最終回です… 🚙💨
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jujirou · 2 years
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おはようございます。 秋田県湯沢市川連は快晴です。 昨日は久しぶりの秋田市出張。 予定より早めに帰宅できたので、久しぶり叔父の山小屋へ出かけると、叔母さんが山小屋前と漆の木の周りも、今回も草刈りをしてくれており、乗用機械で刈り難い木の周りの草刈り行いました。 毎回そうですが、山小屋に来るとモヤモヤもリセットされる様な感じです。 そして今日は川連漆器伝統工芸館の、商品入替えやら、伝統工芸士の更新準備やら、蒔絵師さんとの打合せやら、今日もアレヤコレヤと有りますが、一つ一つコツコツ頑張ります‼︎ 皆様にとって今日も、良い一日と成ります様に‼︎ https://jujiro.base.ec/ #秋田県 #湯沢市 #川連 #川連漆器 #川連塗 #漆 #漆器 #寿次郎 #秋田工芸 #秋田クラフト #国指定伝統的工芸品 #秋田の物作り #秋田の物つくり #秋田の工芸 #叔父の山小屋 #叔父の山小屋周辺に植えた漆の木 #漆の木 #漆の苗木 #秋田川連塗寿次郎800年から1000年へのプロジェクト #草刈り #草刈りおじさん #Kawatsura #Yuzawa #Akita #japan #Urushi #japanlacquerware #JapanTraditionalCrafts #KawatsuraLacquerwareTraditionalCrafts #jujiro (秋田・川連塗 寿次郎) https://www.instagram.com/p/CjEWM3ZPNCo/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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abeya38 · 10 months
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私たちはどう生きるか?
宮崎駿の監督作品を劇場で鑑賞するのは、ナウシカ以来であらうか。当時、ナウシカを見たのは私が小学生になるかならないかの頃であり、映画館もない田舎の事なので通常の劇場ではなく、訣も分からぬまま母に連れられて行つた市民会館での上映を鑑賞したのであるから、全うに劇場公開中に見たのは、本日、小学生の我が子を連れて鑑賞した本作「君たちはどう生きるか」が最初であり、その最初の本作がスタジオジブリ(トップクラフト含む)乃至は宮崎駿の(内容的に)遺作だといふのはなんとも皮肉めいてゐる気がする。 素人の感想なので的外れかも知れないのだが、本作はスタジオジブリ乃至は宮崎駿監督の葬儀、いや正確には生前葬?に参列した弔問客である観客が、��人自身が監督した生前を偲ぶドキュメンタリーといふか、遺産目録といふか、故人の作品群の走馬灯を見せられてゐる気分であつた。 どう生きるか?とはどう死ぬか?といふ事と思ふ。 私たちはジブリ亡き後、どう生きるか? 主人公が私たち観客であるなら、大叔父(←大伯父でなく大叔父といふ記載がネット上であつたので)である宮崎駿がアニメーションといふ石の力で作り出したいくつのも世界を塔を軸にして見せられて来た訣だ。それは古いゲームで例へるなら「魔界塔士Sa・Ga」のやうでもあり、SFやファンタジーでよくある設定を下地にしてゐるようでもある。 また、それらの世界に親しみ、その後、現実に生まれ戻るといふのは「ミスティックアーク」のやうでもあるし、近い例であれば「シン・エヴァンゲリオン」から感じた現実回帰、作品世界からの卒業といふ感じが近いやうにも思ふ。 更にいへば、印象的な糸杉はゴッホの絵画を連想させ、それは黒澤明監督の「夢」といふ作品を想起させる。 だが、いかに巨匠と称へられてもいずれは忘れ去られてゆくし、その才能は血統により継承される訣でもないし、継承したところで相続人は相続人としての独自の世界を作る訣だから、故人の取り巻きや世論といふ周囲の批判を受け子孫への重荷にしかならないといふ悲観的といふか独善的な暗さが本作に反映されてゐるやうにも感じた。 作中で主人公やその母や叔母が神隠しにあふのは、いはゆる死後の世界、幽世といふよりは創作された作品世界に取り憑かれる事、キモオタ化を暗喩してゐるやうでもあるが、そちらの世界で養分を十分に取る事が出来たなら、宮崎駿作品に影響されて自身でも作品を作る人達が生まれてきてゐるとも取れる。生存競争は過酷である。 新たに生まれ出てくる芽を摘み取る役はペリカンであるが、彼らはここは地獄だといふ。ダンテの神曲なら地獄の門には「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」とあつたが、なるほど創作活動は煉獄山を登る如しといふ事だらうか。 ダンテの「神曲」に擬へるなら、主人公はダンテであり、母はベアトリーチェか。青鷺はウェルギリウスでモデルは鈴木敏夫?さうならば宮崎駿はコキュートスで氷漬けにされてゐる魔王サタンか?いや大叔父として薔薇を落としたならあれは「天上の薔薇」?至高天? いくつものモチーフがあるだらうけれど、神曲の内容なんて既に忘れてゐるので、wikiで確認してきたのだが、気になる部分をいくつか挙げてをく。「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよの銘」「アケローン川が流れており、冥府の渡し守カロンの舟で渡る」「洗礼を受けなかった者が、呵責こそないが希望もないまま永遠に時を過ごす」 「異端者の地獄 - あらゆる宗派の異端の教主と門徒が、火焔の墓孔に葬られてゐる」「第三の環 神と自然と技術に対する暴力 - 神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる」「第八圏 悪意者の地獄 - 悪意を以て罪を犯した者が、それぞれ十の「マーレボルジェ」(悪の嚢)に振り分けられる」「第二の嚢 阿諛者 - 阿諛追従の過ぎた者が、糞尿の海に漬けられる」「第九の嚢 離間者 - 不和・分裂の種を蒔いた者が、体を裂き切られ内臓を露出する」「第六冠 暴食者 - 暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。」「第七冠 愛欲者 - 不純な色欲に耽つた者が互いに走りきたり、抱擁を交はして罪を悔い改める」など。 神曲に地獄篇があるが、宮崎駿と息子・宮崎吾朗の関係を見ると芥川龍之介の地獄変とも取れる。 そして、神曲のやうでありながらそこにあるのは磐座であり、産屋であり、産屋に火を放つといへば一般に邇邇藝命(天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命)と石長比売・木花之佐久夜毘売の姉妹を想起させる。 石長比売は永遠性を表すとされ、永遠の淑女を表すベアトリーチェと対応してゐる。 邇邇藝命の第一子が火照命(ホデリ=海幸彦)、第二子が火須勢理命(ホスセリ)、第三子が火遠理命(ホオリ=山幸彦)である。 主人公が弓矢を扱ふのは山幸彦、即ち神武天皇の祖父とも取れるのだが、主人公の母は石長比売なので??? いや、そもそも邇邇藝命と石長比売の間に子はゐないし、本作ではその子に位置する主人公は大叔父様(主人公から見た大叔父だつたか?大伯父ではなく曽祖父の弟?)の跡を継ぐ事なく戻つてしまふ。 なぜ木花之佐久夜毘売は産屋に火を放たせたのかといふ経緯も含めて、この辺りに意味はあるのか。基本的には神曲を下地にしてゐるのだと思ひたいものだ。 ◇----------------------------
7/25 追記 自分としては当然だと感じてゐた部分、ここまでいへば分かるだらう事でも、他者からすると異なる感想を持つやうなので、補足。 本作の大きなモチーフの一つとしてギリシア神話のオイディプス王、並びに彼を由来としたオイディプス(エディプス)コンプレックスを挙げてをく。 ・・・さういへばインコについて言及してゐなかつたのだが、オイディプスでいへば母と交はる禁忌を犯させない役割のスピンクス(スフィンクス)だらうか。神曲なら「第六冠 暴食者 - 暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制する。」といふ作品の浪費者だらうか。 母と叔母は先日述べた通り石長比売と木花之佐久夜毘売であるともいへるが、同一視されるやうにも感じられる。創作でよくあるらしいが、一人の人物の内面を複数の人物に分けて描写してゐるといふ事だらうか。その意味ではスピンクスを送つたヘーラーも同一視するべきなのかも知れない。 そのやうに考へると(「第七冠 愛欲者 - 不純な色欲に耽つた者が)互いに走りきたり、抱擁を交はして罪を悔い改める」といふその儘の演出と、産屋に立ち入る禁忌といふものが、胎中の子の父は誰なのかといふ意味にしか取れないのではないか。 さうであれば主人公の父、声を演じたのは木村拓哉ださうだが、立ち位置として、古事記的には瓊瓊藝命、ギリシア神話的にはオイディプス王の実父であるラーイオス王(余談だがラーイオスの父ラブダコスが死んだ時、ラーイオスの「曽祖父の弟(曾祖叔父)」が王位を簒奪したともいはれる)は、本作でもどうにも不遇な扱ひである。 繰り返しになるがモチーフは他にも挙げられるだらうし、そこは教養ある宮崎駿監督であるから、それこそ切りがないだらう。 しかし、膨大な知識を以てしても、それを活かす思想的背骨が歪であれば、それは作者或いは視聴者の狭量さや傲慢さ、猜疑心、理性主義や個人主義といふ範疇でしか組み立てられず、本質にある空虚さを「難解さ」や「演出の妙」といふオブラートで包む事でしか答へを出せないといふ哲学詐欺の一種にしかならないのではないかといふ気がする。 綺麗事で誤魔化しつつ、結果として大叔父の世界は継承せず、己自身も父からではなく己自身の才覚により生まれたのだ。父と子との紐帯などないのだから、ただ能力のみ評価されるのだ。といふ呪詛のやうに私には感じられる。 遺作でもここが限界なのだとすれば、それまでの事であつたのだ。 テーマに対して作者の力量不足といつたところか。 私の解釈・感想が全てではないし、門外漢の的外れな意見なのかも知れないが、このやうな絵空事をあれこれと解釈して遊ぶのも暇潰しにはなるだらうけれど、それよりは現実と向き合ひ「國體護持総論」や「祭祀の道」を学ぶべきだらう。 それでこそ本懐を遂げる事ができる。 ■ 國體護持總論 http://kokutaigoji.com/books/menu_kokutaigojisouron.html ■ 祭祀の道 http://kokutaigoji.com/suggest.html
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chibiutsubo · 1 year
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#日常 #ブルーインパルス
愛知県制150周年記念のブルーインパルスの画像を載っけるつもりだったんですが………。
…………。
ブルーインパルスの画像改め、小牧市街地の様子をお楽しみください!
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肉眼では豆粒、スマホカメラではゴマ粒でしたが、一応小牧基地から飛び立ったところや、犬山上空で編隊飛行しているところは目撃できたので、その場に集まった見ず知らずの人たちと「見えた!あれだ!」とか盛り上がって妙な一体感を感じられました。まあこれはこれで面白かったです。
しかし画像があまりにも悲惨なので、叔父が昨日名古屋城で撮った画像を借りてきました。
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昨日はめちゃくちゃ晴れてたし、さぞかしブルーインパルス観覧日和だったんだろうなぁ!
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mskdeer · 1 year
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アーラ・ラエティンシア
「朽ち葉の塔の公子」の設定。主人公について。
▼概要
ラエティンシア家の娘。悪女の姪。スマラグドゥスの従姉。中身は別世界から来た異邦人。大魔法使いの一生を描く長編ファンタジー小説を愛読していたら小説内へ入り込んでしまった――と思い込んでいる。
小説タイトルは「朽ち葉の塔」。文明が進んでいるため異世界の知識を流用することは不可能。与えられたカードで頑張る必要がある。お相手はキルクルス。
▼娘の生い立ち
両親は既に他界。叔母ハエレシスが母親代わりに育ててくれた。叔母が聖塔の主・リンテウス大公伯と離縁した後も、かの地に残り、スマラグドゥスの姉として彼を育てながら聖都で暮らしている。
叔母とは引き続き良好な関係を築き、聖都とラエティンシア名家を繋ぐ役目を担う。
▼外見
漆黒の髪をゆるく巻いて左肩から垂らす。幅広のカチューシャを着用。金の瞳。遠慮がちで表情が乏しい。母の形見の薄いスカーフを肩に纏う。このスカーフはラエティンシア家に受け継がれる青緑色をしている。子育てに奮闘しているため、動きやすさを重視した軽快なドレスが多い。
金色の瞳はラエティンシア一族の証。この世界において当家以外に金目は存在しない。だがラエティンシアだからと言って金の瞳をしているとは限らない。実際、現当主の伯父は金目を受け継いでいない。(叔母がアーラを愛する理由はここにある。)
後世でスマラグドゥスはこう語る。「人々は私の金の瞳が美しいと言う。だがこれは、彼女に貰ったものだ」と。
以下続き。
*
▼ラエティンシアの目覚め
アーラ・ラエティンシアという少女が自身を思い出した時、齢14歳だった。雪山遭難した従弟スマラグドゥスの行方を追っている時のことだ。従弟を抱きしめるため、屋敷から持ち出した分厚いコートを両手に、単身、雪山を彷徨う彼女がいた。
娘はかじかむ手を擦りながら困惑していた。私はこんなシーンをどこかで見たことがある。否、想像したことがある、と。ようやく従弟を見つけた時、アーラは自身の運命も思い出した。己は従弟を守って死ぬのだ――。
実際に物語が動くのは19歳から。
▼小説世界と思い込む理由
※序盤ですぐバラすことなので隠しません※
ラエティンシアの瞳は光鱗粒子と呼ばれる力によって黄金に色づき、世界を形作る元素を自在に操る。そのため「理に触れる力」と呼ばれる。アーラもまた父親からこの力を受け継ぐ。
ラエティンシア家しか持たぬ特異な力ではあったが、未来や異界を垣間見るような力では決してなかった。……はずだった。通常は。しかし朽ち葉の塔に適応したスマラグドゥスと光鱗粒子が触れ合った瞬間、反物質同士が触れ合ったがごとく、光鱗粒子は異質な変化を起こした。
世界中の元素が集い渦巻く朽ち葉の塔の力がスマラグドゥス少年を通じて入り込み、彼自身も知らぬ老魔法使いの悲しき物語が眼下へ広がった。それを、アーラは「ここは小説の世界で、自分の従弟こそ物語の主人公である」と思い込んでしまったのだ。
▼小説を読んでいたのは誰?
その世界が小説世界だとアーラが勝手に思い込んだとして、ひとつ疑問が残る。小説を読んでいた人物……つまり「アーラ=自分」だと認識していた人物は誰なのか? ここが小説世界ではないなら、どうして「読んでいた人物」が存在するのか? 
アーラの脳内だけに記憶される人物であるのか。勝手に作り出した人物だとすれば、その人物はどういった経緯で生み出されることになったのか。
あるいは、 確かに実在する人物であるか。ただし、この女性が存在するとして、どうやって彼女は、スマラグドゥスやこの異界の地の物語を知りえることができたのだろう。アーラは常々述べる。「自分はこことは異なる世界で彼の小説を読んでいた」と。ならばその女性も異界に住まう人物ということにならないだろうか。
この女性こそ、すべてを繋ぐ鍵かもしれない。
▼小説内の彼女
老年のスマラグドゥスが読者へ語り掛ける形で小説は幕を開ける。1ページ目にはホ��イトアウトの描写。わずか6歳の幼児が手探りで雪を掻き分ける様を私情を交えず伝える彼に、読者は他人事として読みくだす。その中で何度も繰り返される文面がある。これは公女が息子に贈った「朽ちぬ呪い」だ、と。
不意に空白が続く。それから名を呼ぶ声が聞こえた。と一言。従姉のアーラだった。8つ歳上の娘は、少年を捨てた公女よりも母親らしい愛情を向けてくれた人だった。伸ばした掌が繋がれば金の瞳のぬくもりがたちまち彼を包み込んだ。
突然、スマラグドゥスの語り口が少年時代に変わる。僕は姉様が居れば良かったんだ。僕が朽ち葉になるまで、ずっとずっと一緒に居て欲しかった。……と。独白が続く。その数行あと、ぽつりと娘の台詞が登場する。
「君は、温かいお家に帰れるよ」
ああ、ラエティンシア。金の瞳のラエティンシア。我が生涯で最も輝かしい刻よ。金の光に浴する栄光よ。……等と饒舌な言葉が姿を現せば、読者は不快なノイズを感じ取るだろう。熱に浮かされるなんて彼らしくない、と。
スマラグドゥスは初めに自身についてこう語っていた。「私は無口な男だった。砂塵の蜃気楼を追うても形なく掻き消えるように、覆えらぬ未来だと受け入れては、何もかも投げ捨てた傲慢な翼だった。朽ち葉の塔に閉じ籠めた苦痛さえ、何か曖昧なものでくるまれて無味乾燥な姿をしていたよ――そう、それが私という存在の全てだった」と。それなのに、彼はラエティンシアの名へ熱烈なまなざしを向ける。
「君は帰れる。大公伯のお家に。さあ、おいで」
不意にまたも登場するアーラの言葉。記憶の中で形を成す娘の台詞が興奮冷めやらぬスマラグドゥスを現実に引き戻すかのように。ここから先は淡々とした語り口に戻るのだが、その様が降りしきる雪を彷彿とさせると有名なシーンでもある。
ラエティンシアの一族は理に作用する。彼女の告げたとおり、少年は生きて戻れるのだ。しかし、帰る帰ると言いながら従姉は一歩も動こうとしなかった。幼いながらも従姉の真意に気付いた彼はかけがえない金色を抱き締め返した。ありがとうも、ごめんなさいも。何ひとつ言えず――絶対零度の世界では言の葉すら銀涙となって砕け散ると知っていたから。
僅かでも永く共に在れるよう。自身の熱が彼女を一刻でも永く生かすよう。触れれば触れるほど娘は冷たくなることに少年は眉をぎゅっと寄せた。
数時間後、父親である大公伯が白亜に立ち尽くす影を見つけた。ひとつ。否、目を凝らすとふたつ。従姉は眠るように瞼を閉じていた。理を繰るラエティンシアの黄金は少年の生を実現させた――小さく儚い命を燃やして。
全てが朽ち葉になれば良いのに。従姉の死を知った瞬間から、そう願い続けてきたと告白するはスマラグドゥスである。
▼家族構成
アーラから見たラエティンシア家の家族構成。
長男グラウクス(現当主)→アーラの叔父、名ばかりの後見人
妹 ハエレシス(叔母)→リンテウス大公伯へ嫁ぐも離縁
次男ウィリディス(前当主)→アーラの父、他界
金の瞳を持つ者は、アーラ父、叔母、アーラのみ。親兄妹では伯父のみが金目を受け継がず、本来、家督を継ぐ資格はなかった。
▼家督継承問題
父親ウィリディスは次男でありながら当主の座を譲られた。兄には光鱗粒子を操る力がなく、弟である彼にはあったからだった。彼亡き後、実子たるアーラに家督が移る。彼女もまた金色の瞳を持っていたから。しかしあまりに幼いとして伯父グラウクスが一時的に家督を継ぐことを宣言した。
成人後、家督はアーラに戻る予定だが、それを厭う伯父から存在を疎まれるようになる。
一方、父親と仲が良かった叔母はアーラを忘れ形見として実の娘のように扱った。そんなある時、叔母に竜公国への輿入れ話が持ち上がる。「私が育てるのだからアーラを連れて行くのは当然だ」と聞く耳持たない叔母、「連れ子のいる初婚娘など嫁に出せるか」と反対するラエティンシア家。
結局は彼等は「この子は私の監視役。彼女が居なければリンテウスを殺してしまうだろう」という叔母の脅しに屈し、共に聖都マグノリアへ引っ越す許可が降りた。(公女が大公伯を心底嫌っていたこと、当時は聖塔の跡継ぎがまだ決まっていなかったので殺されては困ることを鑑みた結果だった)
叔母はラエティンシア家へアーラを置いていけば長男に殺されるかもしれないと思ったのだろう。
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team-ginga · 1 year
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映画『儀式』
 Amazon Primeで大島渚監督の映画『儀式』(1971)を見ました。
 「古い」、「若い」と思いました。「登場人物たちはみな非常に複雑な人間で、小難しいことばかり言っている」とも思いました。そして「そこがいい!」と思いました。
 私は大昔、この映画をビデオで見たはずですが、ほとんど記憶にありません。でも改めて見ると傑作です。
 物語は主人公のマスオ(河原崎健三)がテルミチなる人物から電報を受け取り、リツコ(賀来敦子)と東京からはるか南の島へ行こうとしているところから始まります。
 マスオはリツコに「僕たちの関係は何なのだろう」と言います。リツコは「親戚の人。結婚式やお葬式の時にだけあう関係」と答えます。
 そこからマスオとリツコの旅を縦糸に、マスオやリツコやテルミチが出席した葬式や結婚式を横糸にして、彼らの物語が語られます。
 タイトルの『儀式』とはそういう意味ーー親戚が集まる結婚式やお葬式を意味しているわけです。
 マスオは子どもの頃、母親と命からがら満州から引き上げ、財界の大物である祖父・桜田の家に身を寄せ、そこで桜田(佐藤慶)や祖母(乙羽信子)、いとこのテルミチ、リツコ、タダシやリツコの母でマスオの叔母に当たるセツコ(小山明子)と一緒に暮らすことになります。
 マスオは母親と満州を去ったとき、まだ赤ん坊だった弟を葬った、弟はまだ息があったのに土の中に埋めた、今でもその息遣いが聞こえると言って地面に耳を当てます。
 リツコやタダシも興味を持ち地面に耳を当てますが、当然ながら何も聞こえません。マスオより一つ年上のテルミチは「この話は誰にもしてはいけない。リツコやタダシも誰にも言うな」と言います。
 次の「儀式」はマスオの母親の葬式ーー19歳になり一高で野球をしているマスオは野球の全国大会に出場していたため母親の死に目に遭うことができませんでした。
 彼はバットやグローブを燃やして、もう野球はやめると言います。そこへ叔母のセツコが現れ、マスオが成人したら渡してくれと言われたと言って、父親の遺書を渡します。
 するとそこへ祖父・桜田が現れます。桜田はマスオを下がらせ、セツコと二人で話をします。その話の中で一家の秘密が少しずつわかってきます。
 もともとマスオの父親とセツコは恋仲で結婚するつもりでした。しかし、桜田は結婚に反対し二人の仲を裂いたばかりか、セツコを自分の愛人にしてしまいました。
 マスオの父親は別の女性と結婚し満州に渡り、マスオが生まれました。しかし、父親は定期的にセツコと会っていたようです。そういう事情があったからマスオの父親は自殺を決意したとき(なぜ自殺したのかこの段階ではまだわかりませんが、映画の終盤では天皇の人間宣言にショックを受けて自殺したということが明かされます)セツコに遺書を託したわけです。
 桜田は「最後の決着をつけようじゃないか」と言って、セツコを仰向けにして喪服の着物の裾に手を入れます。
 この映画の紹介によく使われる場面ですが、実に官能的な場面です。
 マスオはその場面を隠れて見ています。マスオはセツコに恋心を抱いているのですが、それでも飛び込んでいく勇気はありません。するとそこへ今度はテルミチ(中村敦夫)が現れます。
 テルミチは襖を開けて中に入り、「お祖父さん、これが教育の始まりですか」と言います。桜田は「お前にはわからんだろうが、ある教育の終わりなんだ」と答えます。テルミチは「ではここで見学させていただきます」と言って座り込みます。
 いやあ、名場面、名台詞ですね。
 桜田はセツコの着物を脱がそうとしますが、セツコはその手を振り払い、自分から着物を脱ごうとします。それを見た桜田は「これをもって決着としようか」と言って部屋を出ていきます。
 テルミチは横たわったセツコに近づき「僕の最初の先生になってください」と言い、二人は体を交わします。
 二重の意味でたまらない場面です。一つはその匂い立つような官能美ですが、もう一つはそれを見ているであろうマスオの心中の葛藤ーーマスオがしたかったことをテルミチにされてしまったというその気持ちを思えば、たまらないものがあります。
 いかん、この調子で書き続けるといつまで経っても終わりません。少し端折ることにしましょう。
 そのあとの「儀式」は、叔父(小松方正)の結婚式ーーこの叔父は共産主義者という設定で、新婦(原知佐子)もそうなのでしょう、座敷でみんなが一人ずつ歌を披露していく場面でインターナショナルを歌います。
 それほど大事な場面ではありませんが、原知佐子が若くかわいらしく、私は好きでしたが、それはともかくその夜、マスオ、テルミチ、タダシが部屋で呑んでいるところにリツコがやってきて、母親つまりセツコが死にたがっていると言います。
 戦犯として中国で抑留されていた父親を殺したがっているタダシが日本刀を持って部屋を出たあと、マスオとテルミチはリツコと一緒に布団に入ります。
 「え? なぜ?」と思わないではないですが、まあわからないでもありません。若い頃はそういうことがあるものです。私も似たような経験はあります。
 しかし、マスオは何もできません。セツコが死にたがっているというのが気になるのでしょうか、彼は布団を出てセツコの部屋へ行きます。
 セツコは眠っています。マスオはずっとセツコの寝顔を見ています。やがて目を覚ましたセツコは「死にたいなんて言ってません」、「リツコが適当なことを言ったんでしょう」と言います。
 すごすごと部屋に引き上げてきたマスオはそこでテルミチとリツコが同じ布団ですやすや眠っているのを見つけます。二人は肉体関係を持ったということでしょうね。ここでもマスオのしたかったことをテルミチがしてしまったわけです。
 翌朝、裏の山でセツコの死体が見つかります。彼女の体には前夜タダシが持ち出した日本刀が深々と刺さっています。何が起きたのかはわかりませんが、桜田は自殺として処理します。
 次の「儀式」はマスオの結婚式ーーマスオは桜田が選んだ相手と結婚するのですが、花嫁は盲腸炎で急遽入院、なんと花嫁抜きで結婚式をします。財形の大物である桜田は要人たちを式に招いているので、今更中止にはできないということなのですが、その滑稽なことと言ったら……
 タダシはその頃警察官になっています。右翼革命を目指すタダシは披露宴で檄文を朗読しようとして取り押さえられ、ホテルを出るとき交通事故に遭い死んでしまいます。
 その夜は花嫁抜きの初夜でありタダシの通夜でもあります。泣き続けるタダシの父親(渡辺文雄)の横で、枕に羽織を着せ花嫁に見立て抱こうとしたり、棺桶からタダシの遺体を出し、上半身裸になって棺桶に入り、さらにリツコの手を引っ張って棺桶の中に入れようとしたりするマスオの姿は、異常といえばこれほど異常なものはありません。
 えーっとそれから桜田の葬式があって(マスオは心ならずも喪主になります)、ようやくマスオとリツコは目的地の孤島につきます。
 そこでようやくマスオが受け取った電報の文面が明かされます。そこには「テルミチシス」テルミチ」とあります。つまりテルミチ自身が自分の死を知らせる電報をマスオに送ったのです。
 そこからは……まあ、いいや。決して悪い終わり方ではないのですが、それまでがあまりにすごすぎたので、個人的にはこのラストには不満が残ります。
 とはいえ、この映画が傑作であることに変わりはありません。
 昔の私はどうしてこのよさがわからなかったんだろう。歳をとって少しは賢くなったということなんでしょうか。
 『儀式』は素晴らしい映画です。ぜひご覧下さい。
追記:  ふと思ったのですが、昨日ぼろかすに貶したサルトルの『アルトナの幽閉者』とこの『儀式』は、戦後の社会を財界の大物とその家族の観点から描いている点、非常に複雑なイプセン風の家庭劇である点で似ていますね。  それなのになぜ私は『アルトナの幽閉者』を嫌い、『儀式』を高く評価するのかな。きっと私にとって『アルトナの幽閉者』は家庭劇として成立していないが、『儀式』は見事なまでに成立しているということなのでしょうね。  それに加えて、常に先を越され、人生の傍観者でしかなかったマスオに自分自身の姿を見たからかもしれません。
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johncoffeepodcast · 1 year
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ティエリの結婚
 晴れた日に洗濯物を自転車のカゴに入れて、公営の洗濯場に行った事がある。その日、その青年は家で洗濯物を干す時間が勿体ないと感じた。だから洗いざらしになった洗濯物を隣の家のご婦人に預けに行ったのだった。この青年の場合は一枚一枚手で、丁寧に洗って物干し竿に干していると、日が暮れてしまう。太陽が山の向こうに沈み込むまで、昼のうちは一生懸命働いているので、3度の炊事に加えて自分の洗濯物を洗うとそれ以外の事には手を付けられなくなってしまうのだった。だから膝をついて土埃を含んだズボンが去年の冬に編んだカゴの中に随時3本は溜まっている。この青年の日常は馬の世話で忙しく、陽が高いうちは厩戸にこもりきりなので、夕方、隣と軒を連ねる長家に帰ると、あとは眠るだけだった。1週間ぶりの休日に洗濯場で汚れた衣類を洗うと、掌出来たきり一向に治る気配のない切り傷の存在に気づくのだ。この青年の家で大量の洗濯物を干すには、ベランダの物干し竿が短すぎるし、長さも足りない。全て洋服をかけるには、隣人の家に持ち込む他に方法がなかった。それに、この青年が隣の家に洗濯物を預けに行く本当の理由は、単に2階のベランダが狭すぎるというだけでは無い。隣に住む、美しい娘に会えるからだった。この青年は自分の洋服を洗う。という行為に幸福を感じているし、労働後に疲労感を携えて家を清潔に保っておくのも好きだった。この一見素晴らしい青年の肌は浅黒く。この地域では珍しい彫りの深い顔をしている。青年は、都市で起きた弾圧を受けて片田舎にやってきていた。
 情勢は常に不安定だった。この土地には古典派と新鋭派の教会があって、それまで優勢だった古典的の教会は、武力を使って新しく出来た新鋭派の繁栄を抑えようとしはじめていた。戦火が日に日に増してきて、命の危険を感じた新鋭派の人々は、都市から離れ、田舎に租界をする様になった。このティエリという青年は、元々都市で馬を育ていて、父親は馬の鞍を作ったり、荷役の馬を移動手段として誰かの手に引き渡す仕事をしていた。大都市では新鋭派の人々は迫害され、新たに流れついた土地では元々暮らしていた人々と新たに流入してきた人々の間では新しく軋轢が生まれた。流入者は酒場の暗がりに連れ込まれると、秘密裏に粛清が下される事もあった。この青年が流れついた先でも、先例に違わず新たに流入してきた人は差別的な略称で呼ばれる様になった。流浪の民は様々な呼び名で呼ばれ、通常最も多い呼び名だとボニシェリだとか、ケラントマなどという俗称で呼ばれた。しかし、その様な流浪の民も、田舎がまだそれほど強く教化されていない事に気が付くと、融和を求める先住民族に対して、自分達の誤解を晴らす為に元々住んでいた場所の料理を振る舞った。新鋭派の言い分は、水辺で採れた鴨肉のローストや、戸棚にずっと置いてあったワインと共に、人々の体の中に流し込まれた。都市から離れた田舎では、新鋭派と古典派の間で徐々に融和が進んだ。新たに流入してきた人々は、経済的に貧しく依然として蔑まれていた存在だったのだが、辺鄙な土地に行けば行くほど徐々に土地は平和になっていった。それからと言うものの、融和が進んだ田舎の人々は、実権を握る教会に対抗する様に首領都市に伝道師を送り込む様になった。それでも新たな土地に受け入れられなかった人々は、流れついた土地の外で森を切り開いて新たに文明を作って暮らした。ティエリという青年は、都市で家族を失い、一度叔母さんのいる地方都市へ預けられた後、最近16歳になった。この青年は最近、酒場で人々を家まで送っていく馬の世話をする仕事を見つけたのだ。
 隣のアパートに暮らす美しい少女の名は、ウディーネといった。彼女はまだ学生だった。この時、中等教育を受けられる16歳ぐらいの少女は限られた家に産まれるか、とても裕福な家業を起こしている者だけだった。それも大地主か、医者の娘か、鉄道を建設する会社に勤めている人に限られた。畑を耕す傍らで小売や製粉業を営んでいる零細農夫たちは、教育を受ける機会を得られない。この地方にはガラスの天井のような物が存在した。その狭き門を通り抜けた���ディーネは、あと一年で中等教育を納めようとしている。ウーディーネはとても優秀で有名だった。ウディーネの父親は坑夫で、母親はワインの製造に携わる家庭の娘だ。ウディーネは庭の手入れや家の手伝いの合間で机に向かい、初頭教育を受けた時、学力テストで全県で一番になった。それからは地域の人々からも初の女性医師になるのでは無いかとロレーヌ県全体から噂される事になったのだ。普通ウディーネぐらいの歳の少女は、初頭教育の学校を卒業すると、地元のブドウ畑に送られて、寒空の下枯れた蔓を素手で折り、収穫して干され、萎んだ葡萄を荒れ果てた桶の中で詰まなくてはならなかった。それからぶどうは、踏んで果汁を搾り取らなくてはならない。なので葡萄畑で働く少女達はスカートの裾から染めあげられて真紅色の素足になってしまう事が多くなってしまうのだ。だから娘達は、自然と編み上げのロングブーツを履いている事が多くなった。この地方の人々は一年を通じて生きる為にワインを作らなければならない。それはロレーヌ県では当たり前で、同級生が畑で働いている間、学校に通えているウディーネはみんなが憧れる存在だった。実際、ウーディーネが暮らす家も、この青年と居を隣合わす貧しい長屋だ。しかしそんなウディーネが何故、労働者階級に生まれついたのに中等学校に通えていたのかと言うと、ウディーネは去年、初等教育学校を卒業する間際に母の働くブドウ畑で、葡萄を潰してワインに瓶詰めにする最適な方法を見つけ出していたからだった。ウディーネは自分が発見した方法を、大人に臆する事なく畑で働いている全員に教唆した。ウーディーネはその功績を県の農務局から認められ、助成金で学校に通う事が出来ていたのだ。
 ロレーヌ県はフランスとドイツの間にある山岳地帯だった。山に沿って傾斜のある丘陵は、陽がかげると寒く、氷柱が垂れ下がる程街中が冷え込み、山陰から太陽が高く昇る12時ぐらいになればやっと暖かい日差しが街の上に降り注ぐ。それは荒涼とした空気の中、葡萄の幹を冷たく霜がつく程に厳しい風が撫で下ろした。岡から見下ろすロレーヌの街は、緑やオレンジ色で彩られていた。家屋の屋根は主に淡いオレンジ色の煉瓦で出来ていて、灰色の石畳で出来た道路と調和して、うまい具合に植え込みの草花と混じり合っている。2人が隣り合わせに暮らす長家は、農耕地の多い街の端っこにあった。その辺りは扇状地になっていて、ティエリが働く酒場や、ウディーネが通う学校は、街の中心部にあった。中心部の商工会議所の前には馬車が泊まる停泊所があって、その隣にウディーネの��う中等学校が建っている。学校の近くには、税務署や警察署、酒場や市場、それに市役所などが全て同じ一角に集っていた。ロレーヌの街は古典的な教会を中心に広がりを見せ、人々が各々得意な事業を営む事で何とか豊かさを育む事が出来ている。ティエリが来る前のロレーヌは、農業が中心の山岳地帯だった。この土地は新しい人々の流入によって最近産業が盛んになってきたのだ。新しく流入して来た人が来る前は、畑から採った作物を自分たちでロバを操って運び、移動手段として誰かが馬を携えて馬車を引かなくてはならなかった。しかし新たに流入者が来た事で、大規模な商業者達は大量に彼らの様な金銭を得る機会を得たい人々をすぐさま雇い入れた。代替的な産業の効率化はどんどん進んだ。新しく来た人々はそのような事情を加味する事なく、日々をこなし、地主や鉄道の経営者はその利潤を自分や社会の為に使った。新しく来た人々はそんな事よりも、飯を買う為のお金を懐に入れなければならなかったし、新しく生活を初める初期設備を揃えなればならなかった。そのような事が繰り返されて、街は徐々に栄えていった。ティエリの酒場が開くのは午後5時だ。ティエリは畑の側の厩戸から、数頭の馬を率いると、自分の馬を酒場に向かって走らせた。この青年の馬は毛並みに艶があって品が良く、筋肉が力強く張り詰めている。馬の蹄鉄が石畳を踏み締めると、長い立髪が風の様に頭上で靡くように震えている。この青年は毎日、酒場への道の途中にウディーネの学校に寄った。門の外でウディーネの帰りを待つ青年は、中等学校が終わったウディーネを見つけると、青年は手を振った。『ウディーネ。』青年は門の外から呼びかけら様にして言った。ウディーネは革の鞄を前後に揺らしながら、校門の外にいる一頭の馬に近づいてくる。ウディーネは、青年から馬の手綱を預かった。『今から酒場へ行くの?』とウディーネは青年に尋ねた。青年は頷いた。『今日はいつもより多くチップを貰えると良いわね。次に会えるのはいつ?明日?』『明日もこの時間なら会えるかな。』と青年は半ばそっけない感じに言った。『じゃあ今度うちに来た時には私の家族と一緒に食事でもとりましょう。良いわね?私が聞いたのは、洗濯物が溜まって、家に尋ねに来てくれた時。いつもの様にそそっかしく帰らないで。』ウディーネはティエリに言った。ウディーネは、ティエリが何か見当違いをしていると勘ぐった。ティエリは2本の手綱を持って、馬の鼓動を確かめる様に下腹に手を当てている。馬の鼻から息を吐かれると、ウディーネも黒い目の馬の胴体をさすった。それからウディーネは、編み込んだ長髪を揺らしながら、黒い馬の背中によじ登る様にして跨った。ウディーネはスカートをたくし上げ、鎧の鞍に足を掛けると、脚の内側で馬の胴体を締め上げる。馬は息を吐きながら唇を震わせて、ゆっくりと前に歩き出した。ウディーネは編み上げのブーツを馬の尻に当て、その合図で馬が走り出すと、馬は土埃を跳ねあげて石畳を走り出した。街の人々は、そんなウディーネの姿を見かけると男勝りな変わり者。だとか、学校に通い勉学に励む変人。など様々な噂話を街角で繰り広げたりしたが、ウディーネ当人はその様な風評を全く気に留めていない様だった。
 ティエリは厩戸から2頭の馬を率いて、馬を酒場の外にある停泊場に繋いだ。停泊場にはウエスで黒い塗料がかけられており、過敏な馬にとってはそれがどの様に作用するのか気掛かりだった。ティエリは酒場の両側に開く跳ね扉を開けると、すぐに酒場の主人が配達されて置いてある酒瓶のケースを貯蔵庫へ運ぶように言いつけた。ティエリは夕方の5時から夜の11時まで働いている。現在は週に5日、酒場に届けられた物を食物庫に運び入れ、数時間後に酔っ払いが帰路に着くため丸テーブルの椅子から立ちあがりだしたら、馬車を運転して送り届ける運転手として主人の酒場で働いている。酒場の主人はティエリが亡命してきたときにロレーヌの地で最初に出会った人物だった。まだこの街に来たばかりのティエリが、まだ何処へも行く当てが無く、3週間ぐらい続けて寝床の酒場のカートンケースに隠れて路肩でうずくまって北風を凌いでいると、主人が鍵をベルトから下げてティエリの元へやってきた。主人は店を開ける素振りを見せると、カートンケースの横で蹲るティエリの様子を眺めた。店主は店の中から戻ってくると、片手に鍋から掬い上げられた牛のスープを持っていた。ティエリはそれが実に2日ぶりの食事だった。『美味いか?』と主人は聞いた。そのスープが再び立ち上がる気力を繋いだのだった。『明日からもっと良いものが食べれるぞ。』と主人は煤だらけで寝そべるティエリに言った。『その為には、ここで働く事だ。』その瞬間の青年の目の輝きを店主は決して忘れたりはしない。スープを貰った次の日、その青年は何処かから3匹の馬を連れて店主の酒場にやってきた。店主は馬を持っている青年の姿に驚きを隠せない様だった。携えていた3匹の馬は、都市の戦果を切り抜けて青年共々傷だらけ。青年は酒場の主人に黒毛の馬と茶色い馬、茶色と黒の混血の馬の存在を告げた。馬はブルブルと頭を前後に震わせて、汗で濡れた立て髪から湯気を上げている。酒場の主人は傷だらけだが、この様に立派な馬を見るのは初めてだと目を丸くして呆気にとられた。それから流浪の民の青年は、『この馬と共に、私に何かできる事はありませんか?』と主人に対して請願をしたのだった。
 元々この青年は、都市で馬の鞍を作っていた。青年は、争いが激化すると自分が世話をする馬の中から最大限の無理をして8頭のうちの3頭だけを引き連れて都市から逃げてきていた。それからは酒場の前で寝ていた時も、長屋に落ち着いてからも、毎晩、夢の中で残こして来てた馬の事を考える様になった。酒場を営む主人は青年に話しかけてくれた命の恩人というだけでなく、親切な事に、ティエリの住居が決まるまで身の廻りの世話を焼いてくれた人物だった。ティエリが店を手伝出してからは、次の住居をどうするのかよく店主に相談をしていた。青年が働きだしてからしばらくたったある晩。酒場の主人の親友、ウディーネの父が酒場に南で取れた椰子酒を飲みに来た。その時、主人は青年が馬車に乗っている間、ウディーネの父親に流れ者を匿っている事を相談したのだ。ウディーネの父親は周囲を見回して、自分は違う事を考えていると言う振りをした。ウディーネの父親は、椰子酒をもう一杯飲み干した時、口が緩んだのか自分の住む長屋の隣が空いている。という話を酒場の主人に報告した。酒場の主人は、すぐさまティエリにウディーネの父親を紹介した。食料の貯蔵庫から出て来たティエリは、住める家があるかもしれない。と言う事を主人に伝えられると『屋根があるなら何処でも良いです。本当にありがたいです。』と食い気味に言った。その時、ウディーネの父親は眼を丸くして、青年の事をつま先から舐める様に見渡した。ウディーネの父親も酒場の主人と同じく、3頭の馬を携える褐色の肌の青年を初めてだった。『有り難いです。』とティエリはもう一度念を押すように言った。ウディーネの父親もティエリが食い気味に来るので、若干圧倒された様だったが、戦乱を免れてきた深刻な事態を飲み込み、快い返事で承諾をした。その様な流れで青年はウディーネの住む長屋の隣に引越して来たのだ。だから青年は酒場の主人に温情を感じている。青年は毎日、届いた酒を酒場の貯蔵庫に持って行く際、自分が此処に寝泊まりしていた時から感じていた先行きの見えない不安について思案した。酒場に客が入り始めてからは、店の外に立って酔っ払っいが出てくるまで辛抱強く吹き下ろされる北風の寒さに耐え忍ばなければならなかった。青年は最初の給料を馬にかけるキルティングの衣装と、ブランケットに変えた。それからは馬も、馬車の後ろに乗せた酔っ払いの臭気を一見気にしていない素振りを見せた。馬も青年も、今出来る唯一の事は馬の健康を守る事と、スープを恵んでくれた恩人の施しに報いたいと言う事だった。青年は送り届ける街の人々の家を覚えた頃、この土地にすっかりと溶け込み始めた。
 酒場にはティエリと店主以外にもう一人ティエリによく話かけてくれる人が居た。それは眼鏡をかけたシンディという女だった。酒場に来る役人はすぐに分かった。特に若い役人は綺麗な衣類を身につけていて、ウェイトレスの娘をからかうからだ。しかし彼女はウディーネと同様にそんな事など気にしない。ロレーヌの男達は、大概そういうものだし、シンディというウェイトレスの女は客が全員帰った後、店のカウンターの片付けをしながら、その場でエプロンの前ポケットに挟んだ自分の取り分のチップを数えるのが日課だった。『自分の強さを誇張する為に、誰かを貶めなければ役人の試験には受からないのよ。』とシンディは言った。シンディは度々手をタオルで拭いては、冗談を交えては、樽につけられた皿洗いながら、その時居合わせた従業員と共に笑っていた。ティエリはシンディの事を尊敬している。シンディの様な芯の通った女性が何故ロレーヌには産まれるのだろうと青年は考えた。酒場のテーブルに椅子をひっくり返しながらその胸の内をシンディに打ち明けた所、シンディは『知らないわよ。』と言った。シンディは『そんな事をいちいち気にしていると、人生が悲観的になるわよ。』とティエリに言った。シンディは誰からも頼られる人物だった。実は昨日、ティエリが酒場の看板を閉まっている時にシンディに『実はウディーネは、中等学校に通っている。』と勇気を振り絞って告げてみた。するとシンディは、その時もウディーネに対して卑屈な意見を述べなかった。代わりに『良いんじゃない。』と言って、シンディはエプロンの腰紐をキツく結んだ。シャツの袖を仕事で出来た力瘤がせっせと食器を運び、戸棚の中に仕舞われている。シンディは今、炊事場で水道から冷水を客がミートローフを食べ終えた鍋に当てている。泡立てた束子で皿を洗いながら、シンディはティエリに聞いた。『あなたはそのウディーネという人の事をどう思ってるの?』『どうもこうも。』と青年は答えた。『私に何か言って欲しいんでしょ?』ティエリは一瞬、返事をするのを躊躇った。『それがこの先、きっと結果いい結果をもたらすかも知れない、とかきっと貴方は考えているのよ。』『そうだ。』『だからもう、その子の事が気になっているんでしょ?あなたは違うって言いたいのかも知れないけど、何故か貴方の耳が赤くなっているのが顔を見れば分かるわよ。』揶揄われた事で恥ずかしくなったティエリは、いそいそとシンディのいる台所に入り、わざとらしく脅かした。皿を洗う事に夢中になってワッと驚いた。シンディはティエリに対して『馬鹿ね。』と嘲るように言った。
 月曜は朝から馬の世話をした後、畑で育てた作物を酒場に届けた。その日は朝からから馬具を取り付けて、鎧の位置を調節してそれぞれ合った馬具をあつらえたりした。3頭の馬はどれも肉の付き方が三様に異なる。黒い馬と茶色い馬と、混血の馬には其々にトラウマがあり、馬車に乗客を乗せて、ゆっくり馬車を引いていく事に慣れるまでには随分と時間がかかった。それから3頭の馬には、鞍とあぶみが背中からずれない位置に設置した。青年は普段から馬にストレスをかけないような世話をする事にしたのだ。昼にウディーネの住むアパートに出向いて、昨日貸した馬はどうだったのか乗り心地を尋ねたところ、『跨って、走っても大人しくて静かな馬ね。』と馬達の歩行を褒めた。今日のウディーネは、まるで何処かに行くのかとでも言う様に、着飾っていた。赤いチェックのスカートに緑のブラウスと、ブロンズの長い髪が澄んだ青い目を際立たせている。青い目はティエリと馬を見つめた。『今日は学校は?』と青年が尋ねると、『今日は休み。』と言った。ウディーネは今から何処か行かない?と言いたげな感じだった。それはまるで予期されていた事の様に、玄関のすぐ外では茶色い馬と、昨日ウディーネが乗ってきた黒い馬が立っている。ウディーネはティエリが厩舎から乗ってきた茶色い馬の様子を眺めた後、『疲れてそうだから休ませてあげたら?』と馬の様子を観察して述べた後、青年の返事を待った。青年はウディーネの背後に見える家の廊下の若草色の壁紙や、雉の絵柄が書かれている鍵置きのテーブルを眺めている様だった。『これ?気になるの?』ウディーネは鍵置きのテーブルの上に載ったブリキの剥製を指し示す。ティエリは、そうだ、何処か出かけようか、と機転を気掛けせて言いかけたが、ウディーネはティエリがインテリアに眼をとられている事を察すると、紅潮した表情を浮かべて家の中に入る様に誘った。ティエリは玄関の外でブーツを叩いて土埃を落とし、二階へ登る階段を上がった。狭いウディーネの部屋には、絨毯の上に読みかけの本が置かれていた。ウディーネは何処でも自由に座る様に言った。ティエリはこの日、初めてウディーネの家に呼ばれることになった。
 ウディーネの部屋は落ち着いた黄色い壁にクリーム色のカーテンが掛かっている。ウディーネは何処から出してきた小さな折り畳みのテーブルを絨毯��真ん中に広げた。テーブルを広げる前には、市場で売られている花柄のクロスが物を隠す様にかけられていた。ティエリは絨毯の上に座ったはいいものの、何処かそわそわと落ち着かない感じだった。ウディーネの部屋の辺りの見て、馬を操っている時とは対照的な様子だ。ティエリが絨毯の上座っていると、ウディーネが茶器から紅茶を注いで、スプーンでかけ混ぜながらティーカップを目の前に運んだ。『黒い馬は突然跳ねたりしなかった?』とティエリはウディーネに尋ねた。『全然。とても大人しかったわ。』ウディーネはティーカップの紅茶を一口飲むと、『私には懐いているのね。』と言った。『夜、馬車を引いていた時には結構焦っている感じだったんだ。』『本当?』『うん。だから帰り道に何かあったのかと思った。』ウディーネは首を左右に振った。『全然。そんな事無かったわ。』『ならいいけど。』しばらくしてウディーネは尋ねた。『黒い馬は、突然跳ねたりするの?』『いや通常ではそんな事は無いんだけど、たまに厩戸から連れて、貸したりするときに落ち着きが無くなって帰ってくる事があったたんだ。』とティエリは言った。それからティエリはロレーヌに来る前の事を話した。それから話を変えて、馬車を引く時に縛られたロープが体を強く締め付けるんだけど、その時馬が、瓦礫の中で、厩舎を抜け出してきた時の事を考えているような気がする。とウディーネに告げた。ウディーネは『何故、馬は厩舎を抜け出してきたの?』とティエリに尋ねた。『何故?』その理由をティエリがウディーネに告げかけたその時、ずっと前から居たように、工事現場から帰ってきたウディーネの父がウディーネの部屋の戸口に立っていた。ティエリが入って来た時から、ウディーネの部屋のドアは開け放たれていたのだった。『何だティエリ、来てたのか。』昼食を取りに帰ってきたウディーネの父親は自分の部屋に戻る途中で青年に向かって言った。ティエリは、ウディーネの部屋の絨毯から立ち上がり、頭に載せた茶色いフェルトの帽子を取った。それからティエリは、ウディーネの父に向き直って言った。『昨日はどうも。』『昨日の御者は君だったっけ?』ウディーネの父親は言った。『飲みすぎるのも程々にしないとな。外にいるのは君の馬かい?』『ええ。昨日引いていたのと同じ馬です。茶色い馬がユージーン。黒い馬がハビットと言います。』『馬に名前を付けているのか。』『ええ。』『そうか。それで、さっき、洗濯物が乾くからもうそろそろ取りに来いと、私の妻が言っていたぞ。頃合いを見て、ベランダに取りに行くといい。』『そうします。』と青年は言った。『外の馬も長い時間、貴方の家の灌木に繋いでいるのは悪いですから。』突然、ウディーネは、座りながらティエリと父親を交互に行き来するように仰ぎ見た。ティエリはウディーネに何?と表情で訴えかける素振りを見せた。するとウディーネはもう一度、2人の様子を見比べた。ウディーネの父親はウディーネを不思議そうに見つめた。ウディーネは父親が単に事実を述べただけの事である事を悟ると、『ティエリもお昼はまだよね?』と言った。それから、『折角ならお父様と一緒に食べて行ったら?』と付け加えた。父親はけったいそうに客間の入り口の木枠に肩肘を付いているが、特段、嫌な素ぶりを見せる事は無かった。それからウディーネの父親は申し出に悩む間もなく返答をした。『そうだな。ウディーネ。母さんを呼んでこい。ティエリの洗濯物を持って来て、ランドリーバックに入れて下の階に降りてきなさい。ウディーネ。ワインセラーの隣にハムの塩漬けが置いてあるから。戸棚から出して君が好きな様に皿に盛り付けると良い。』とウディーネの父親は言った。父親は一度ゆっくり話してみたいと思ってたんだよ。と言わんばかりにティエリの肩を揉んだ。ウディーネの父親はダイニングの椅子をティエリの為に引いて昼食に招いた。ティエリはウディーネの家族と和やかな昼食に同席する。食卓には質素だが、高タンパクの食事がティエリの皿の上にも並んでいた。『いっぱい食べろよ。』とナイフとフォークを持ったウディーネの父親はティエリに言った。『豆は良いから、肉を食え。』その席では塩漬けの肉は特別な時の為に取っておく物だとウディーネの父親から聞かされた。終いには、ウディーネの父親はその肉を、自分の皿からティエリの皿へ移した。ティエリはその時、ロレーヌ地方の男は父親から娘と同席してランチを摂る時、誰もがその様にされて来たのだと悟ったのだった。
 食事の席では、馬を操れるなら、工事現場によって1週間も働けば五ペンスにはなるぞ。とウディーネの父親に言われた。食事を終えてティエリを玄関へ見送りに来たウディーネの父は、ブーツを履いているティエリに忍び寄ると、『また来るといい。』と大袈裟にティエリに言った。ティエリは振り返ってウディーネの父親に『また来ます。』と精悍に言った。それからティエリは羊の毛で出来たコートを羽織ると、フェルトの帽子を被り直して黒毛の馬に跨った。内股であぶみに足をかける姿を見たウディーネは、父親の目線に気がついた。ウディーネは馬に跨るティエリから視線を外すと、ティエリが馬に走る様に合図を出すまで、馬の蹄を眺めていた。ガス燈が灯る街は静かで、夕闇が街を染めようとしている。ウディーネの父親は、日中は鶴嘴を握り、指の皮が厚くなった手の平をウディーネの肩に置き、『ティエリ、気をつけて帰るんだぞ。』と言い放った。ウディーネはティエリが馬に跨り、走り出すのを見守っている。母親も加わって、ウディーネの親子はティエリが走り出すのを見守っていた。母親は静けさに摘まれたような様子だった。馬に乗れる若者はみんなこの地域からは離れてしまった。都市で起きている戦争にこの地域の若者はすべて駆り出されてしまっている。戦争は長引いて、思想の中枢を司る都市では古典派の攻撃を受けて、もう壊れる物は壊し尽くしたという壊滅的な状況に落ち着いている事いう事をウディーネの母親は最近父親と話して知った。更に最近、主要都市では衝突が新たな動きを見せ始めた。古典派の人々と新鋭派の人々が自分たちがどちらの派閥に属しているのかを見かけで区別しようと思い始めたのだった。都市の人々は自らがどちらに属するのか知らしめる様になった都市では最近、外出時に古典派の人々が自発的に白い包帯を腕に巻くようになった。その慣習は、もうロレーヌの目と鼻の先の都市まで辿り着いているそうだ。隣町から酒を飲みにやって来た男から、その話を聞いたロレーヌの古典派の枢機卿は、その前触れを大いに心配していた。ロレーヌに暮らす古典派の人々や新鋭派の人々にとっても、それは争いが始まる前兆なのではないかと日に日に噂が広がっていった。
 ある日、酒場から住処に帰ったティエリは、街の中央部に警報が上がっているのを聞き付けた。ウディーネは翌日、学校に行く事になっていたのだが、今は中心街に行くのは危険だという父親の言いつけが下された。だからこの日、ウディーネは朝、ティエリの家を訪れると、2人で自転車を漕いでティエリの厩戸に来ていた。ウディーネが肩から斜めに下げている狩猟用のバックは、頑丈な革製で、ティエリが馬具を加工する技術を応用して仕立てた物だった。厩戸では干し草を馬の周りに敷き詰めてあり、水道から水を汲んだ陶器がすぐそばに置いてある。その陶器の水は茶色く、何回かブラシをボウルにつけては、ブラシを陶器に戻して馬の毛を綺麗に解かしていた。解かされた毛並みは太陽に当たると輝いていた。ウディーネは、ティエリが馬を磨く様子を観察しながら、茶毛馬が気持ちよさそうに目を細めていくの様子に心を奪われた。その時ウディーネの頭の中にあったのは、その気持ちよさそうな馬の表情に反して、ティエリが昼食の前に語った馬達が過去に都市を逃れてきた出来事だった。黒毛の馬は茶色い毛の馬の横で、脚を折り畳み積み上げられた干し草の上に座っている。黒い馬はまつ毛が長く、時々瞳を瞬かせては、厩戸の奥を見つめている。いま黒い馬の見つめているのは、厩戸に掛けられている振り子の時計だった。ウディーネは次第に、脚を折りたたんで干し草に寝そべっている黒い馬から目が離せなくなった。意思のある強い眼差しが瞬くたびに、潤みを帯びた眼差しが交互に織り交ぜられる。ウディーネは馬を見つめながら、その側に佇むティエリを見た。『どうした?』ティエリはブラシで馬の体を解かしながら言った。『都市で暮らしていた時に、結婚していた人はいる?』『まだ結婚はしてないよ。』ティエリは笑いながら言った。『じゃあ、あなたの家族で結婚した人はいる?』『いるとも。兄は都市で幼馴染と結婚して、今はこの国の何処かで暮らしているよ。』ウディーネは木箱に座って長い脚をぶらつかせている。黒い馬はウディーネを見ているようだった。『この街に来る前は、もっと馬を飼っていたんでしょ?』『そうだよ。全部で30頭ぐらいいた。』『それ以外の馬はどうなったの?』『戦争が酷くなる前に逃した。』ウディーネは今度は黒い馬に視線を移した。『父親が5頭馬を乗って行き、兄が4頭持って行った。それ以外は全て僕が都市の何処かへ行ってくれと願いながら厩舎にロープで繋がれた留め具を切った。』『その後逃げた馬はどうなったの?』『そうだな。』ティエリは少し黙り込んだ後に言った。『知らない。それ以来僕の馬以外には会えてないから。』『この3頭は幸せそう?』『争いから逃れてからは、段々幸せに近づいていると思う。』『仕事は大変?』『馬はよく頑張ってくれているよ。』『貴方は幸せ?』『本来はもっと馬を早く走らせたい。今は人の役に立つ事だけしかやらせてあげないし、多分この子達は息苦しさを感じているだろうね。』黒い馬は干し草の上に寝そべって白い息を吐いている。磨き上げられた筋張った脚は、綺麗に折り畳まれたままだ。厩戸の天井の隙間から迷い込んできた木漏れみが、馬の艶のある毛並みを照らし出している。馬は立ち上がって、少し辺りを歩くと、厩戸の干し草をはみ始めた。
 その後ウディーネとティエリは、一日中厩戸の中で今後の自分達の事を話した。夕方、ティエリが酒場へ働きに行く時間になると、自分達の結婚の話になって、ウディーネはティエリに『もし、君の父親が了承してくれたのなら、僕たちは結婚しよう。』と言った。ウディーネは勿論承諾した。そして厩戸の中で勢いよくティエリの胸元に抱きついた。しがみつくように抱きついたウディーネは、ティエリの汗や、干し草にまみれたオーバーシャツの汚れなど気にしていないようだった。ティエリは捲られた綿のシャツから腕をウディーネの腰に回した。汚れた自分の身体から少しだけ距離を作るとウディーネは『結婚しましょう。』とティエリに確認する様に言った。ティエリは誰かに請願する様に天を仰ぎ見ると、そのままウディーネの瞳を覗いて頷いた。『さっきの警報は何なんだろう。君は、街で何があったのか知っているの?』ウディーネはロレーヌの近くの街で何があったのか知っていたのだが、彼女は首を横に振った。警報が鳴った理由は、今朝、朝食の時に母親から聞かされた。それは中央都市の武装勢力がロレーヌの街にも流れ着くかもしれないという事だった。その時、ロレーヌの古典派の教会は、ロレーヌに安住する新鋭派の伝統師にも呼び掛けて、人々は動員して無駄な武力衝突を避けようとしたのだった。枢機卿の呼びかけに賛同した古典派と新鋭派のロレーヌに住む民衆は、共に協力をして、ロレーヌへわたる為の大河へかかる吊り橋を切り落としたのだった。ウディーネの父親は、酒場の店主と信者と共に、その戦乱を遅らせる行動に加わった。それが、父親がウディーネに学校に行くなと告げた1番の理由だった。今は一旦は都市からやって来た新鋭派の武装勢力が、これ以上ロレーヌの街に侵攻する事が出来ない様になっている。しかし、3日もすれば遠征をして裏の山を伝って数百人の兵士達がやって来てしまう事など誰に相談せずとも図り知れてしまう事だと分かっていた。ウディーネは、ティエリに『行かないで。』と言った。今度は、ティエリが腰に回した手を、自分の目の前に持ってきてウディーネは、土まみれの青年の手を握りしめた。この時、ティエリはウディーネの手を突き放したりはしなかった。しかし、ティエリは言った。『僕は酒場を見に行くよ。』ウディーネの目には、眼に一杯の涙が溜まっていた。街ではその暴動の時に続いて、2度目の警報のベルが鳴った。『絶対に帰って来てね。』とウディーネは言い放った。ティエリは帽子を目深に被り、黒い馬に乗って、酒場のある中心街へ民衆が働く葡萄畑の中を颯爽と駆け抜けて行った。
 中心街へ着いた時、まず立ち寄ったのは酒場だった。店主はティエリに中に入る様に言った。決起集会が市役所にある中央広場で催されていたのだ。『お前はここに居なさい。』酒場の店主は息を潜めてそう言った。『どうしてこんな時に来たんだ。』『警報が鳴って、胸騒ぎがしたんです。』とティエリは言った。『迂闊に外に出てはダメだよ。』酒場に居たシンディーの腕には白い紐が巻かれていた。それはシンディーが古典派である事を示すサインだった。『これからどうするんだ。』主人の問いかけにティエリが言い淀んだのは、脳裏に燃え盛る都市の残像がよぎったからだった。そしてティエリは言った。『僕はウディーネと暮らす事になるでしょう。』『何?』『結婚するんです。ウディーネにプロポーズをしてきました。』『本当か?』酒場の店主は尋ねた。ティエリは転々として来たが、この青年が本当に心を通わす事が出来たのは、ウディーネただ1人だった。ウディーネは、厩戸の中で自分の家族が古典派であるという事も聞かされていた。だが、それでもティエリはウディーネの事を愛している。ウディーネもその気持ちは一緒だった。シンディーは眼鏡の曇りをナプキンで拭きとりながらティエリに感心を注いでいた。『それでウディーネからは?』シンディーは聞いた。『何て返事をされたんだ?』と酒場の主人も聞いた。『ウディーネは了承してくれました。三月に葡萄畑で結婚式を挙げる予定です。』『じゃあ君も婚約するまでに改宗するんだね。』ティエリは一度、言い淀んで頷いた。茶色い毛の馬と真鱈模様馬は白い息を吐き、蹄鉄が石畳の上をを強く踏みしめている。馬が繋がれた停泊場の馬車は出払っていた。帷から見切れる人々は急いで家に帰っているようだった。店の中はがらんとしている。酒場には店主とシンディー以外は誰も居なかった。布で拭いた眼鏡を掛け直したシンディーは、泣いている。2度目の警報が鳴った理由は、中央広場で、元々ロレーヌの街で暮らしていた新鋭派の男が古典派の人間をナイフで刺し殺してしまったからだった。シンディは、ティエリに状況を説明する店主の説明を聞いているうちに、こんな時に幸せを掴みかけているティエリの事が不憫でテーブルに突っ伏して咽び泣いてしまった。帰った客の飲みかけのビールの瓶は、テーブルの上に置かれたままだ。ティエリは寂しげな目を向けた。その情景を生き写した鏡の様に酒場の壁や掛けられた時計、それに雉の剥製などに得体の知れない物が忍び寄っている気がした。
 中央広場で配られていたビラが、北風に飛ばされて屋根の上を舞っていた。その上には暗い雲が薄暗くなった夜空を隠してしまう様に覆い被さっている。ティエリは人々の流れに寄り沿うようにして中央広場まで走っていくと、教会の鐘付き堂の上に1人の男が立っていた。男は鐘の中にぶら下がる太い縄を引いて、鐘の音を街中に響かせていたのだ。音を聴いた人々が中央広場の集会場に集まってきていた。ティエリは中央広場に併設された証言台に向かって、押し寄せる人々の中から、後から遅れてやって来たウディーネを見つけた。ウディーネはティエリより後方の15m程離れた所に押し潰されそうになりながら何とか立っている。ウディーネも手を挙げた。ティエリの存在に気が付いた様だ。ティエリは、人々の流れを掻き分けてウディーネの元に歩み寄った。するとウディーネに近づく途中で、集会場の証言台に向かって罵っている男にぶつかってしまった。ティエリは少しよろめいたが、大事には至らなかった。男の腕には既に白いリボンが巻かれている。少しして、枢機卿らしき白い装束を纏った人物が証言台の前に立った。袂が長く、長い帽子を頭に被るロレーヌの枢機卿は、人々が静粛になるまで2分ほど黙って証言台の上で待った。枢機卿が佇んで、宣誓書を読み上げようとすると、人々の視線が枢機卿の袖の長い装束の袂に集まった。人々は襟元を保つように徐々に口数が途切れ、段々と自分達の周りが静まり返ると、枢機卿に注目が集まった。完全に静まり返ると枢機卿は幾つも折り畳まれ手に持っていた宣誓書を開いた。それから自分で、一度咳払いをして、更に群衆の視線を自分に集めた。枢機卿は荘厳に、一言一言、祈りの言葉を人々に授ける様に宣誓書を読みあげ始めた。『良いですか、皆さん。私たちはこれから逃れられない事態に突入するかもしれません。隣の街では既に戦闘が始まってしまいました。ロレーヌの街は山間部の田舎町でずっと平和が続いています。今回の殺傷事件を大事にしてはいけません。これ以上、私達の街では住民が誰1人としてかける事が許されないのです。私はこの街で無駄な死人を1人も出したくはありません。』何処からか枢機卿に反対意見をを述べる叫び声がした。その声の主は、ティエリにぶつかった白いリボンを腕に巻いた男だった。枢機卿は窪んだ目で、声がした辺りを探る様に睨んだ。そして再び咳払いをした枢機卿は、その男がいる辺りに曖昧な視線を送った。『これからは私たちは団結し、再び道を塞ぐ形で交戦します。相手に対する猜疑心を駆使して山を越えてくる新鋭派の義勇軍とは闘わなくても済むようにです。』その宣誓書が読まれた事で、ロレーヌの人々は外出する時には同じ色のリボンをつける事になった。しかしやり方に賛同できない者や、教義の再現性を重んずる者の中には枢機卿の宣誓の内容を破る者もいた。それらの人々は白いリボンをする様になった。そして次第にロレーヌの人々は新鋭派や古典派の無駄な争いを避けるべく、腕にリボンを巻いて外出する様になった。ティエリも腕にリボンを巻いて出掛けた。地方にもティエリの様な人々が逃げ仰せて来たのだが、ロレーヌの街でティエリの様なボニシェリの異邦人が、腕にリボンを巻くという事は、まるで地面が割れて、新たな芽吹きが起こる新たな地殻変動だった。
 翌日、ティエリは洗濯物を預けにウディーネの家にやってきた。ウディーネは二階で寝て居るふりをしていて、代わりにウディーネの父親がティエリの前に現れた。母親は葡萄畑に出掛けている様だった。『ティエリか。』『先日は昼食をご馳走様でした。』『ウディーネは部屋にいるよ。』ウディーネの父は言った。『今日も物干し場を借りに来ました。この洗濯物を奥さんに頼んで欲しいのです。』『すまんティエリ。妻は今朝、出て行ってしまったんだよ。』ウディーネの父親の腕には白い包帯が巻かれている。『昨日、あいつに家の中で、白い包帯を撒こうとしたら、拒絶されてしまった。俺はもっと彼女の言動に注意を払って接してあげるべきだった。ウディーネの母親は、平和の為に外出時の見せ物としたリボンを腕に巻く事には耐えられたのだが、それを家庭内に父親を軽蔑した。それから暫くして、ウディーネの父親は言った。『君は構わず、君はうちへ寄って是非とも中へ入ってくれ。』ウディーネの父親は言った。『ウディーネだけ幸せになってほしいんだ。』『奥さんは何処へ行ってしまったんですか?』『分からない。私の妻はより辺もないしロレーヌからは出ていないと思う。』ティエリの馬はウディーネ家の木に繋がれて静かに帰ってくるのを待っている。『戦争が近づいてきて、俺は尊厳を失ってしまった。』それからウディーネの父親は語った。ウディーネの父親は母親に拒絶され、妻の頬に強烈に手を挙げてしまったという事だった。ウディーネの父親はその事を悔いて、2匹の馬と、ティエリに見つめられながら玄関に膝から崩れ落ちた。父親は静かに泣いた。ウディーネも自分の部屋から出てこない。『ウディーネには幸せになって欲しい。ティエリ、あの子を幸せにしてやってくれ。』ティエリはウディーネの家から少し離れて、玄関から馬の繋がれた外に出た。ティエリはウディーネの部屋がある2階の窓を眺めた。風に吹かれた人影がカーテンの奥にウディーネが佇んでいる。ウディーネは物書き机に座っている様だった。カーテンの隙間から見てとれるのは、ウディーネ長い髪が一つに後ろで結ばれている様子だった。ウディーネは机の上で何かを記録している様だった。『ウディーネ。ウディーネ。ティエリが来たぞ。』ウディーネの父親は家の中からウディーネに向かって呼びかける。するとウディーネは憂鬱そうに立ち上がりながら、二階の窓枠の近くにある書き物机から自分の部屋のドアへ歩いた。ウディーネは誰にも悟られない様に自分の部屋の扉を締めた。ウディーネが部屋の戸口から書き物机に戻ってきた時、ウディーネは外の冷たい木陰に立ちすくむティエリの姿を捉えた。ウディーネの灰色のブラウスの腕には白いリボンが巻かれていた。
 
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oharash · 2 years
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ないりの波際
ないり は 泥梨 で地獄のことです。
本文は杉元視点、エピローグは白石視点です。
 俺はあいつのことをほとんど知らない。  それはあの時だけじゃなく今もって何ひとつつまびらかには知らない。いろいろあって一緒に凍死しかけたり金をせびられたり、酒を飲んだり同じ釜の飯を食ったり殴ったり殴られたりしたが、あいつの目が何に焦点を当ててあの旅の間に何を胸に抱えたのか、そんなことは一切知らない。  聞こうと思ったこともなかったし、近くにいて自然に知ることが出来ることだけを知っている――それだけでいいと思っていた。  俺は白石がいればそれでよかった。
   海と山しかないようなその郷で、アシリパさんのコタンの裏山には炭焼きの窯と窯を見るための小屋が一棟あった。その小屋はもともとは山の作業小屋と休憩所を兼ねていたものを頑丈に作り替えただそのまま今に至るまでなんとなく修繕し続けていたというもので、自然からも人からも中途半端に見捨てられた佇まいを俺はそれなりに愛していた。ここでの俺の棲家だ。アシリパさんの叔父の嫁さんの妹の旦那の爺さんの…詳しいことは忘れたが、とにかくどこかの誰かが持て余していたものを俺が借り受けている。人が住んでいた方が傷まない、できたら家族の分だけは炭を焼いて欲しい。そんな理由で。  今年は北海道でも盛夏から雨が多く襦袢が湿って背中に張り付くし朝顔は結局蕾をつけなかった。けれどくさくさした日も朝霧の匂いは甘かったし川の水は冷たくて、俺は少しぼんやりとしながら日々を過ごしていた。  だから、太い道から小屋に続くだらだら坂の中腹に俺以外の足跡を見た時は背骨に太い芯でも入れられた気分だった。足が意思より早く坂を蹴り立て付けの悪い引き戸を力任せに開ける頃にはもう我慢ができなかったのだ。 「テメエっ連絡もよこさねえでどこほっつき歩いてやがった‼︎」  平手で思いっきり、側頭部を、叩いた。拳だったらたぶん殺していた。  そいつは濁った悲鳴をあげて床に転がってやっぱり「クーーーーーン」と鳴いた。 「いだいいいいい…。だからモテねえのよお前」 「うるせえ受け身取ってんじゃねえっ」 「だっていくら平手だってお前に思いっきり叩かれたら死んじゃうでしょお⁉︎」  口調と裏腹に楽しそうに口角を上げる白石を見たら馬鹿馬鹿しくなって、でもまだ腹の虫は治らなかったのでもう一発平手に力を込める。  靴脱ぎには古くさい草履が脱ぎ捨てられていた。
「あのときは吉原が俺を呼んでたわけよ」 「うるせえちんぽ腐り落ちてしまえ」 「ひどぉい」  どこまで行ってきたのか知らないが、白石の荷物は小ぶりなずた袋ひとつで財布には相変わらずろくな額の金も入っていなかった。金がなくなったから帰ってきたのか、それともここに帰るまで路銀が持てばいいと思ったのか。どうせま��どこかから逃げてきたのだ、草履は盗品だと俺は決めつけた。 「アシリパちゃんのとこ行ったら、お前がここにいるって教えてくれたからさあ」 「会ったのか」 「うん。背伸びててちょっと感動したわ。とりあえず飲もうぜぇ」 「せっかくだからアシリパさんとこ行って飲もうぜ? まだそんな遅くねえし」 「俺もう歩き疲れたのよ。明日行くからさあ」  白石が体を起こしてちゃぶ台に寄りかかる。なんとなく妙な気配がした。嫌とは違った胸騒ぎに似た違和感。いつもと違う感じ。あるいはいつもと同じで、ほんの少しブレる――共振を起こした時計の針が振り切れるような、そんな程度の。  けれど目の前の男そのものは何も変わらない俺の、たぶん仲間、だったので俺は自然に奴の向かいに腰を下ろしていた。
「こっちに来る途中流しの菓子職人と行きあってさ、ちょいと一緒にいたわけ。みちのくから北海道まで行くってんで、その辺の菓子って言われてみれば形が似てんだよね。杉元の地元のかりんとうってどんな形してる? 犬のウンコっぽい形じゃない? それがさあ、南部の北あたりから葉っぱみたいな形になんの。それが津軽海峡を超えて北海道きても同じでさあ。まあその菓子職人に最後は警吏に売られたけどね、おかげで靴なくした。あ、そういえばお前が言ってた帝国ホテルのエビフライも食ったぜ」 「は? 強盗にでも入ったの?」 「違いますう。不忍の競馬場で会ったオッサンが金持ちでさあ、仲良くなって連れてってもらったの。いやーありゃ美味いねお前が言うだけある。ふうわりして甘くて…」 「わかる…ふうわりしてる…」 「だよなあ。油で揚げるって聞いたからあとで灯火油でやったらボヤ起こしかけた」 「そこはせめて菜種油だろ」  東京で行方をくらましたあと白石は日本中をぶらついていたようで、旅の話をとりとめもなく教えてくれた。軽薄な調子とか、ゆっくりとした声の拍子がとても自然で嬉しい。 「俺がいなくて寂しかった? いだい痛いいたいっ‼︎ 」  腕ひしぎ十字固めをかけると白石はゴザをばたばたと蹴り上げた。悲鳴はすぐに笑い声に変わって、俺もなんだか笑ってしまう。もう会えないだろうとそのうちひょっこりやってくるだろう、の間を揺れ動いていた心が溶け出していく。  気持ちよく酔っ払って床に寝転がる。頭を傾けると、白石も同じ姿勢で俺を見ていた。 「…なんだよ」 「俺は寂しかったよ。お前らがいなくてさあ」 「お前が勝手にいなくなったんだろ」 「それはなんていうか、そんなもんよ。お前は? まあ元気そうだけど」 「あー…」誰に言うつもりもなかったが、こいつにならいいかなあ、と酒と再会が俺をゆるめた。 「右手、が」 「みぎて?」 「ときどき痺れる。なんていうか、力の入れ方はわかるから動くんだけど、感覚が薄くなる。後天的に耳が聞こえなくなった人って、聞こえなくても喋れるじゃん。多分ああいう感じ」 「あらま。不便ないの」 「特にない。アシリパさんには言うなよ」 「言わないけどさあ…脳みそ欠けてるから痺れるのかな? 大事にしなさいよ。せっかく目も爪も指も手足も全部揃って生き残ったんだから」  白石が手を伸ばして俺の手のひらを取った。按摩をするように揉みながらため息をつく。その嘆息ともいえる雰囲気が珍しかったので 「気持ち悪い」と言ってしまった。「ひどぉい」とこだまのような声が帰ってきた。  手をとられたまま、にじりにじりと距離を詰めて空いている左手でその頬をつねりあげる。こいつの頬はよく伸びるのだ。白い歯がのぞいた。 「いひゃい」 「お前、アシリパさんと何かあったの?」 「ええ、なんでわかるの? アシリパちゃんのことだから? お前も十分気持ち悪いよ⁉︎」 「うるせえ顔面ちぎり取られなくなかったら喋れ」 「脅迫しないでくれる?」  俺の手を揉むのはやめず、歯切れ悪く話し出す。 「アシリパちゃん普通だったよ。お前みたいにどこ行ってたんだって怒ってくれて、おやつ食べさせてくれてさあ。ヒグマの胆嚢が高く売れた話とか、ウサギのウンコの話とかしたよ。でも何かよそよそしくてね? なんか、ああやっちまったな、って思ったの。心当たりあるのよ、あのよそよそしい感じ。  お前に話したかわかんないけど、俺赤ん坊の頃寺に捨てられてて家族いねえのよ。その寺も逃げ出したし。クソガキだったけど、仕事とか駄賃くれたり飯食わしてくれたり、クソガキにも何かと世話焼いてくれる優しい人ってのが世の中にはいるわけ。ただその人たちにも事情があるからずっとは続かなかったり突然会えなくなったりすんの。でもガキだからさ、そうなるとすっげえの。すっげえ落ち込むの。やっぱり大人なんてそんなもん、自分の都合で行動するだけで、俺のことなんか考えていない。期待したり信用したりしちゃダメだって思うようになるんだわ。もう傷つきたくないからさ。そうするとまた会えてもよそよそしくしちゃうんだよね。  アシリパちゃん見てそんなこと思い出したのよ、お前、俺の勘違いだと思う?」 「わかんねえけど、東京でいなくなった時、どうせすぐ帰ってくるだろと思ったら全然そんな気配がなくて、こっちに戻ってしばらくはアシリパさんちょっと元気なかったぜ」 「あの子も両親いないもんね。俺ってアシリパちゃんにそこそこ好かれてたのねえ…ただ嫌われた方が楽だったなあ」  静寂が床に落ちる。ひとりでいる時は気にも留めないのに、ふたりでいるときのそれには何かしらの色がついていて居心地が悪い。 「お前、次いなくなる時は言ってからにしろよ」 「湿っぽいサヨナラ嫌いなのよ…」 「タコ。さっさと出てけ」  残すは体ひとつ分の距離にいた白石に身を寄せて、覆いかぶさるように抱きしめる。酒の匂いと汗くささと懐かしい甘い香りがした。 「言ってることとやってることが逆だよ、杉元」 「うるせえ」 「お前も俺のこと好きだよねえ。ばかだよなあ」  たくさん人間を殺したので骨や神経や内臓や血は地獄ほど見た。けれど一度も心というものはまろび出てこなかった。だから俺は心のありかを今になって知る。今このとき痛んでいる場所だ。 「でも俺もお前のこと好き。ちょう好き。一生好きだわ」  白石が俺の背に手を回して子どもをあやすように撫でるものだから一層この男が憎くなる。体の奥の奥の奥でいくつもの夜と意思が帰結する音がした。  俺たちはその晩抱き合って眠った。
 翌日、俺が山仕事から帰って間も無くアシリパさんが訪ねてきた。山菜と獣肉を持ってきてくれたようで、いつものように手際よく鍋を作ってくれた。 3人で食べる夕餉はあまりにも久しぶりでどこか現実感がない。昨夜白石が言う通り、アシリパさんは少しかたい顔で俺にばかり話しかけた。あるいは俺を介して白石と話していた。 「今年の冬はマタカリプに三度も会った、そうだよな杉元」とアシリパさんが言えば、俺が「お前がいたら何度頭噛まれたかなって話してたんだよ」と白石に水を向ける、という風に。  白石は少し苦笑していたけれど、アシリパさんの目を見て彼女に話しかけるのだけはやめなかった。  翌日は俺たちがアシリパさんのチセを訪ねた。その次はアシリパさんがまた来て…と晩夏は進み、だらだら坂のナツズイセンが葉を落とす頃にはアシリパさんと白石の会話に俺はほとんど必要なくなった。  ある薄曇りの日なんて俺が帰ると白石がアシリパさんの髪を結っていてのけぞった。 「え〜カワイイ…白石、お前そんな特技あったの?」 「見よう見まねだけど。似合うでしょ、町娘風」  マタンプシはそのままに束髪(三つ編みというらしい)をつくり、どこから摘んできたのか桔梗を編み込んでいる。艶やかな髪によく似合っていた。白石がアシリパさんへの土産に持ってきた手鏡はなぜか俺の住まいに置かれていて、ふたりは額を合わせて鏡を覗き込んでいた。何も坊主のオッサンまで映す必要はないと思うが。  囲炉裏の上では鍋がくつくつと煮立ち芳しい香りで住まいを満たしている。「何の鍋?」と聞くと白石とアシリパさんはお互いに目配せをして、何も答えずにふたりで笑った。 「え〜何ぃ〜? 俺には秘密なわけ〜?」 「食べればわかる」  アシリパさんが歯を見せて笑い、鍋を椀によそってくれる。 「はち、は…って…これ桜鍋じゃん〜」  ずっと前に小樽の山で3人で食べた味噌の入った桜鍋。味噌を敬遠していてアシリパさんが初めて食べたあの鍋だ。 「白石が悪事を働いて手に入れたんだ」 「悪いことしてないよぉ⁉︎ 町で鹿肉と取っ替えたのよ」 「明らかに量が見合ってなかっただろう」 「いいじゃなーい。あのおばちゃんお金持ってそうだったし、エゾシカ珍しがってたでしょ」  泡が弾けるような調子でふたりは笑っていて、わだかまりが解けたのかな、と思った。家族でも親戚でもないふたりがこうしていると縁というものの妙を感じる。  アシリパさんは髪を褒めると耳を赤くして黙り込み、俺の口に飯を突っ込んできた。照れちゃって〜とあまりにからかうものだから、白石はちょっと嫌われていた。
  「押してダメならもっと押せ、ってねえ〜」  白石はその晩、常になく酔っ払って絡んできた。聞けばこいつは俺が山に行っている間に足繁くアシリパさんのコタンに通い、アシリパさんの狩りや女衆の仕事を手伝っていたそうだ。 「狩りは相変わらず役に立たねえんだけど、それなら外堀埋めてこって思って。縫い物とか細かい作業ならちょっとはできんのよ」 「白石が働くなんてやめろよ、火山とか噴火したらどうすんだよ」 「ちょっとは見直してよぉ。人生で一番女の子に尽くしてる最中なんだぜ。まあ今日はよかったわ。3人で桜鍋食べれたし、あとはアシリパちゃんの悩みごとがちょっと前に進むといいんだけどなー」 「悩みごとって? お前のことじゃなくて?」 「んん、ほら、子どもって子どもなりに色々あるじゃない。アシリパちゃんは賢いし胆力あるし綺麗な子だけど、子どもの世界ってあの子たちだけの法律があるでしょ。倫理とか道徳に沿って行動するより、友達のメンツを守ることの方が大事だったり、そういうの。そういうところでお友達とちょっとうまくいかなくなっちゃったみたいよ」  白石の話はこうだった。コタンに暮らすアシリパさんと、彼女と歳の近い女の子がひとり、ここのところ上手くいってないらしい。表立って喧嘩をするとかそういったことはないけれど、少し前までは自然に集まって遊んでいたのがぱったり見られなくなった。どうやらその女の子がアシリパさんを避けているらしく、その子と他の子たちが遊んでいる時にアシリパさんが来れば集団は散開するしその逆もあり、子どもたちの間にはなんとなくぎくしゃくした空気が流れているんだそうだ。 「…お前なんでそんなこと知ってんの。俺全然気づかなかった」  なんならちょっと悲しく情けなくすらあった。俺だってアシリパさんのコタンには足繁く通っているのに。その女の子のこともよく知っている。負けん気が強いが小さな子どもたちには優しくアシリパさんともよく遊んでいる子で、裁縫が苦手なアシリパさんの衣類のほつれを見つけては繕ってあげているのもよく見ていたというのに。 「俺が気付いたのだってたまたまよ。お前とかばあちゃんには言いたくないのよ。好きな人にカッコ悪いとこ見せたくないじゃない。別に俺だって、話の中で出てきたのをさりげなーーーーく広げてってたまたま気づいただけ。彼女たちどっちが悪いわけでもないみたいよ。  結った髪もさあ、本当はフチに見せてあげたいらしいの。でもこのままコタンに帰って、そのお友達に見られるのが嫌みたい」  自分に置き換えても記憶は全く役に立たない。俺が彼女くらいの歳の頃ほとんどのいさ��いは殴り合いでうやむやになっていたしそもそも原因も具体的に思い出せない。俺が悪かったこともあれば相手も悪かったこともあるだろうし、どちらも悪くないこともあったような気がする。思い出せないということはつまりどれも大した理由はなかったのだ。 「あのアシリパちゃんでも同年代の子を相手にするとまた違うんだなって。本人には言わないけど、年相応のそういう悩みがあってよかったなあって思ったよ俺。これであの子がお前に駄々こねられるようになったら、もう完璧」 「話が飛躍してねえか?」 「酔っ払いだから〜。子どもの時に駄々こねておかないと、欲しいものを欲しいって言えない大人になっちゃうんですう〜これは監獄で一緒だった医者の受け売りねえ〜」  気づけば徳利の酒をほとんど飲み干して白石は気持ちよさそうにちゃぶ台に突っ伏した。そのままいびきをかき始めたので床に倒して布団をかけてやり…たかったが、俺もだいぶ気持ちよくなっていたのでそのままふたりして床で寝てしまった。夜中に隙間風で目が覚めると白石を抱き込んでいるせいかさほど寒くはなくて、山鳩の声を聞きながら俺は再びまどろみに落ちる。  白石は俺の気づかないことによく気づくし俺の知らないアシリパさんを知っている。俺とはものごとを捉えるものさしがまったく違って優しいくせに薄情だし金に汚いしほぼ全てにおいてだらしないし、危険なことは嫌いで逃げることばかり得意なくせに俺を命懸けで助けにきたりして、理解できないし分かり合えもしない。   だから、白石にとってあのとき黄金がどんな意味を持っていたのか��あるいは持つのか。そんなことは本当の意味では俺にはわからなかったのだと思う。  聞いてしまえば俺にとっては他愛もない夢としか捉えられなかったかもしれない。それが嫌で、俺はそこにだけは踏み込まなかったのかもしれない。  そんな風に遠くへゆく気持ちと、目の前の男を独占したい気持ちが矛盾しながら混ざり合う。白石はもう俺を必要とすることはないのだろうか。そんなことを考えると途方もないほど悲しくなって、夜の底が急激に冷えていくのを感じた。
 泥酔で寝落ちしない夜はずっと抱き合っていた。  唇が欲しくて首を引き寄せて、飴を舐めるみたいに舌を吸う。白石のシャツに掠れて胸の先端がじんわり痺れた。白石は体勢を変えない。この程度のかすかな刺激がかえって欲を誘うことを知っててやってるんだろう。白石が俺の額のへこんだ部分や顔面の引きつれや抉れた傷跡を優しく撫でるものだから、自分の体がいいものになった錯覚さえ起こしてしまう。  小屋は虫や梟の声、葉ずれや風の音に包まれている。少しも静かでなくむしろ騒々しい夜の山で俺たちはふたりきり誰にも知られずそんなことばかりしていた。  股間に唾液を垂らされ、全体をゆるく撫で上げられる。もどかしくて身を捻るとかすかに笑われた。こういう時の白石はとても静かで、その分皮膚の感覚が際立ってしまう。口に含まれると指より滑らかで温い粘膜を感じる。白石の舌は自律した生き物のように器用に動いて、陰嚢の下の何もない部分からちんぽの先端までつるつると舐め上げる。我慢できず鼻にかかった声を漏らすと、あやすように腰をさすられた。  上半身を起こして白石の額に指を添えるとひと時目が合い、奴はまた視線を落とした。魚油ランプの明かりに目の縁が赤く浮かんでいて、こいつでも粘膜は繊細な色をしているのだなと思う。「俺、もう無理」「無理でいいじゃん」ちんぽくわえながら喋らないでほしい、言ったのは俺だけど。ひときわ強く擦られてあっけなく射精した。「最短記録じゃない?」「うるせえ」  ひとつも力の入らない四肢を投げ出して、目をひらけば刺青の皮膚がそこにある。この体をよく知っている。釧路で北見で網走で豊原で何度も抱き合った。記憶のふくらみが脳を灼いていく。  尻にいちぶのりを塗り広げて、白石の指がゆっくりと俺の中に沈む。体の内側で異物が動くたびに心が熱を帯び、潰れそうなほど瞼を閉じると痙攣が何度も起きてつま先が反り返った。何本入れられているかなんてもうわからない。締め付けるたびに体内の指を感じてしまい、体を他人に明け渡す甘やかさに背筋がおののく。 「白石、あれしよ。一昨日したやつ。ケツ上げて…」 「んん。いーよ。気持ちよかった?」  俺の腰の下に座布団を突っ込んで、白石がゆっくりと押し入ってくる。重たい快感が腹の奥まで突き上がり胸を強く擦られて叫んだ。角度が変われば当たる場所も全然違って揺らされるたびに無様な声と涙が落ちる。  体が熱くなる一方で心には恐ろしさばかり湧き上がり、せめてここに留まれるようにと白石の指を探り、握った。空いている手で何度も顔を撫でられる。子どもの頃に父が肩を抱いてくれたのを思い出す。そんないつくしみだった。
「そういえばお前、歯に仕込み入れるのやめたの?」  白石の体はどこもかしこもよく伸びる。唇と頬を引っ張って遊ぶのが俺は好きだった。 「いてーわ。ここにいる時はいいかなあって。お前もいるし」  どうにも信頼されているように感じて、俺は嬉しくなって白石の眉を引っ張った。毛が抜けた。   抱き合っているときと眠っているとき以外はずっと話をしていた。空白の時間を埋めるように、あるいは沈黙が堆積しないように。とりとめのない話もあれば初めて人に話すこともあったし、返事を求めない冗談も交わした。 「俺は阿片も酒もやらないで、はっきりとした意識で人を殺してきたよ。それこそ地獄に落ちるだろ」  あの頃の夢は今も見る。親友が死に周りは血の海で俺は殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して血が吹き出す寸前の真っ赤な肉の切れ目、人間が粉砕される音、どこかから飛んできた口に入った生ぬるいとろみは誰かの脳みそ、殺して殺して殺して殺して殺し続ける。記憶も悪夢も何も消えはしない。体はこんなに頑健なのに心はそれなりの強度しかないのだなと最近はそんなことも思う。一方で、もう自分を厭わしいとは感じなくなった。 「そうかなあ? じゃあ今からでも神様か仏様か信じてみるってのは? ぜってーならねえと思うけどさ、お前って坊主に向いてるよ。どんな悪人もお前を見たら思うよ、どんな人間でも変わることができるって。あるいは仏様とか神様とかは――お前の場合はアシリパちゃんだけど――どんな人間も救うことができるって、わかるよ。  えげつないヤクザものほど信仰の道に入る奴は見逃すんだぜ。みんなどこかで怖さや後ろめたさを信じていて、助かる方法が欲しいんだろ」  白石は賭け事を好むのに、一方で期待というものを何ひとつ持っていないように見える。最初からきれいさっぱり。普段はだらしなく侮られる言動ばかりしているくせにそんなところは乾いていて、それを見ると俺の心は少しざわつく。羨ましいような同じところまで落ちてきてほしいような独りよがりな気持ちだ。 「杉元は他人も自分も信じてないように見えるのに地獄だけは信じてるんだよなあ。そういうところ俺は好きだけどね。そんなもんがあったらそこでまた会えるな俺たち」 「白石も地獄にくんの?」 「そりゃ俺だって悪党ですからあ。お前みたいなのは地獄行きだぞってガキの頃さんざん坊主に脅されたわ。  でもあれよ、地獄って決められた辛苦が終わったら輪廻転生に投げ込まれて次の世に生まれ変わるんだって。そんなのほとんど監獄じゃんね。俺とか絶対逃げ出すしお前は鬼ぶん殴って追い出されるでしょーよ。伴天連でも悪人は死んだら地獄行きらしいけど、地獄にいったくらいじゃ何も変わらないと思わない?  そういえば地獄って日本に仏教がきてから広まった概念らしいよ。その前は死者は黄泉の国にいくってされてたんだって。あれよ、よもつへぐいって知ってるだろ、あの世のメシを食うと現世に戻れなくなるってやつ。あの黄泉平坂の先にある黄泉の国。イザナミイザナギのイザナミがいる方。地の底だか海の彼方にあるらしいよ」 「なんだっけ、イザナギが死んじゃったイザナミを連れ戻しにいく話?」 「それそれ。イザナミは黄泉の国のメシ食っちゃったからもうこの世に帰れない。不思議なもんで希臘の国にも似た話があるんだって。世界中どこも考えることは一緒なのかね?  俺らの行き先が地獄なら地獄の窯で鍋やろうぜ。黄泉の国なら黄泉平坂で待ち合わせな」  ときどき博識なところがある白石の、けれど決して尊敬を請わないさま。あまりに軽薄で突拍子がなくあっけらかんとしていて、どうせ俺もお前も明日には忘れている、と言わんばかりの話し方が俺は好きだった。 「あの世でもお前とつるむのかよ」 「へへー。死生観を聞くと相手のことが知れてちょっと面白いよね。  そういえばお前、アシリパちゃんと一緒になんないの?」  両肩に岩が乗ったみたいに体が重くなった。やっぱりか、という気持ちと、お前からは聞きたくなかった、という気持ちで天秤が釣り合う。 「お前までそんなこと言うのかよお」  どうして白石もアシリパさんのコタンの人も、俺とアシリパさんをくっつけようとするんだろう。夫にならなくては俺はアシリパさんと共にいることを認められないのだろうか。  確かに俺には個性がなくて、帰還兵というには時間が過ぎているしこの土地の人間でもない。かといって浮浪者でもなくもちろん誰かの夫でもなければ父でもない。そういえば子どもの頃は大人になったら誰もが家庭をつくって子どもを育てられるのだと思っていた。けれど今、俺は個性がなくても生きているし働けば食べられるし人を大切にすることもできる。どうしてふたり組になることに義務を感じる必要があるというのだろう。その後に何を目指すわけでもないというのに。  そんなことを白石に話す。 「それから俺とアシリパさんの思い出とか関係をそういうものにされるのが、なんか嫌」 「どういうことよ」 「なんか、不潔っていうか…」  白石はひととき口を開けて俺を指差し、その後真っ赤になって笑い出した。 「おまえっ、おまえっ、俺にちんぽしゃぶらせといて不潔はねえだろおおおっ乙女か! 無理むり腹が痛え死ぬっ」  涙を流して笑う男を土間から蹴り出して笹の茂みの中に放り込んだ。この季節の笹の葉は硬くて顔面から突っ込むとそれなりに辛い思いをする。俺の純情を笑うんじゃねえ。 「いってえええええ、ごめんって、許してえ。まさかそうくるとは思ってなくてさあふひっ」 「ああ白石はヒグマの餌になりたいんだったな」 「違う違う、ごめんごめんってええええ」  その辺に潜んでいたらしいイタチに頭を噛まれていたので仕方なく助けてやる。息を整えて涙を拭い、白石は俺の手を掴んで立ち上がった。 「人間も動物だから食べて繁殖するのがよしと思うようにできてるし、歳を取ればなおさら自分のきた道が最良だって思いたいのよお。俺は家族も子どももいないけど、アシリパちゃんのフチとかコタンの人はそうなんだと思うよ。  お前の気持ちはわかったけど、アシリパちゃんの気持ちがお前に向くことがあったらちゃんと考えてやんなさいよ」 「うるせえ歳上ぶるんじゃねえ」 「歳上だよ一応!?」  自分を必要としてくれる場所で自分の力を使うのは当たり前だ。そう言うと白石はすっぱり笹で切れた頬を上げてまた笑う。何だかずっと、このしかたのない笑顔に守られていた気がした。
   毎朝「行ってらっしゃあい」と見送られるとヒモを飼っているような気分になる。この頃になると白石は気ままに動き回るようになり、昼間はアシリパさんのコタンに行くかと思えば俺の住まいで昼寝をしていたりどこかへ出かけて夜にひょっこりと帰ってくる日もあった。いつかの旅路を彷彿とさせる気やすさで、まるでずっとここにいたように錯覚しかける。  その日はどうにも寒々しく、手元が狂って獲物を仕留めるのにずいぶん返り血を浴びてしまった。運びやすいように解体していると肘まで赤黒く染まり、手の甲で顔を拭うと甘さとしょっぱさを感じる。慣れた味が今日も俺を生かす。アシリパさんのコタンに行く前に川に寄らなくてはならない。  俺の体は実によく働く。力は強く頑丈で大きなケガもすぐ治り、意思より先に動いてここまで俺を生かしてきた。川べりのトウシンソウの茂みに着物を脱いで放り、冷たい水で腕と顔を洗うと生き返る心地がする。小さなミソサザイが一羽、降下して何かを捕らえ損ね水面をかすめて舞い上がり、体に似合わない大きな鳴き声をあげて飛び去っていった。  木々の影は昨日より薄く、風は昨日より乾いている。俺の新しい故郷に秋がくる。  明日こそは聞こうと思う。お前はいつここから出ていくんだ?
 アシリパさんのチセに顔を出すと女の子ばかりが集まっていた。奥で手仕事をしてるフチに目礼したはいいが、もともとそれほど広さもないので入るのを躊躇ってしまう。そしてここにはなぜか坊主のオッサンがいて女の子の髪を結っている。アシリパさんはいつものようにマタンプシを巻いただけの姿だけど、隣のチセの女の子は町娘風に髪を結い上げているしオソマも短い髪に紐を編み込んでいた。手鏡をみんなで覗き込んでお互いを指さして恥ずかしそうに笑っている。今白石が髪を梳いているのは件のアシリパさんと複雑な関係にある女の子だ。  スギモトー、とアシリパさんが手を上げた。 「シライシが上手なんだ」 「自分は坊主なのにぃ?」 「ちょっと聞こえてるわよ杉子ぉ」 「誰が杉子だ」 「杉元もやってもらえ」 「アシリパちゃん、杉子の髪は短すぎてさすがに無理よ」  アシリパさんと白石に髪を梳かれている女の子が顔を見合わせてケラケラ笑った。働き者でいつも元気な彼女たちのそんな姿が愛しく思えて、父親とはこういう気分なんだろうかと突拍子もないことを思う。チセは土と子どもの匂いで満ちていた。喜びのようなものが自分でも驚くほどに湧き上がって、どんな顔をすればいいかわからず軍帽の鍔を下げる。       「…すげえや白石、脱帽だ」  半歩先を歩く白石がピュウ、と軽薄な口笛を吹く。  腹が温かく満ちている。あのあと女の子ふたりがアシリパさんのチセに残り、みんなで夕餉をご馳走になった。アシリパさんは彼女たちに対して俺や白石にするよりずっと優しくて(なんなら時に遠慮がちですらあった)そんな姿は旅の間全く見たことがなかったからときめいてしまった。 「アイヌの女の人って髪結ったりしないみたいだし、どうかなって思ったんだけど。あの子らに水を向けたらやってみたいって言うからさあ。そしたら他の子も集まってきてあんな感じ。  まあわかんないけどね、今日は仲良くなってたけど、明日になったら元通りかも知れないし。女心は複雑よぉ」  まぜっかえす割には俺以上に上機嫌で、ちょっかいをかけたくなってしまい後ろから抱きついてぐいぐいともたれてやった。 「重い重い! そんで力が強い! 自力で歩け不死身の杉元っ」 ���引きずるようにもたもたと歩きながら白石が俺の顔を覗き込むので、もみあげが頬に擦れてくすぐったくて声を上げた。痛みは警告を示すものだろうけどくすぐったさは何を示すんだろう。俺の体はよく動くが、俺の脳は体の発信を完璧には理解できない。 「…たのし」  自由落下の速度で俺の本音は土に落っこちて、機嫌よく跳ねて森の奥に消えてった。 「へへ、お前の男はいい男だろお」 「白石が俺の男? 逆じゃなくて?」 「そ。俺がお前の男。一生ね」  白石の微笑には本当に愛しまれているのだと思わせるような優しさとあくまで奴の中の問題にとどまる諦めみたいな雰囲気がうっすら混じりあっていて、俺は何もかもが甲斐のないことを知る。だからって俺の気持ちが減るわけもない。  何につまづいたのか白石の体が傾ぎ、酔っ払いふたりでもつれあいながら草の上に転がった。 「いってぇ〜」 「お前俺ひとりくらい背負えよなあ。な、アオカンしよ」 「…唐突すぎない⁉︎」 「だって今やりてえ」  性欲を否定する人間を俺はあまり信じない。食欲と睡眠欲には振り回されるくせに性欲だけは飼い慣らせると思うのはおのれの身体を甘く見過ぎだと思う。できるのは空腹と寝不足と同じように不機嫌になって耐えることくらいだ。この晴れやかな夜に我慢はしたくなかった。 「いいけど…外ですんの久しぶりじゃない?」 「そーかも。へばんなよ」  シャツの中に手を差し込みながら、空気が濃度を増していくのを感じた。白石の背中とか腹は意外なほどつるりとしていて、胸をはだけさせると夜の森に白い肌がぼんやり浮かび上がる。この皮膚と刺青の明暗が好きだ、この男には欲望を隠さなくていい。  抑制ができないまま首筋を食むと「痛えよ」と笑われ顎を掴まれる。軽く触れただけの唇の隙間から舌が入ってきて口の中でもつれ、引き寄せようとする手前で深く重なってはまた引いていく。こいつは俺の癖をよく知っている。からかわれてるようでムキになってぐいと腰を引き寄せた。唾液が甘い。  夜の闇が急速におりてあたりを翳らせていき、誘われるように霧がでて刻々と濃くなった。霧の匂いと草いきれの中で知った皮膚に溺れていく。  白石を木にもたれさせてちんぽを舐め上げてやると水分を吸ったように膨らんだ。こいつとするまで自分の上顎が性感帯だなんて知らなかった。そんなことばかり教えられた。どこをどんな風に触ればいいか考えるとき、俺は俺の経験を思い出さなければならずその度に白石の伏せた視線が蘇る。こうやって人目を盗んだいくつもの夜が呼び起こされて体じゅうがざわめいた。  抱えるように引き寄せられて後頭部を押さえ込まれると喉の奥に生あたたかいものが広がって充足感で満たされる。見上げると白石はきつく目を閉じていて、俺の何かひとつくらいこいつの中に残ればいいのにな、と思った。  毎日こんなことばかりしているからか俺の尻は少しの準備ですんなり異物を受け入れる。下腹部に力を込めて強く伸縮させると白石が唾を飲む気配があった。揺さぶられるたびに自分が流れ出すようでもう何にも抗えない。俺が出してしばらくして白石が射精した。そのまましばらく重なりあっていた。重い、と言うと白石は人慣れした犬のように首筋に頬を擦り付け寄せてくる。こういう仕草が似合う男だった。
 重い体を引きずって住まいに戻り、何もかもが面倒だったので衣服を解いて適当に転がった。「さみいだろ」と白石に毛布をかけてやると「やさしい」と笑われた。「アオカンの弱点はすけべしてその場合で寝られないことだな」「わかるう…」「でもなんか抗えない魅力があると思わねえ?」「俺らの先祖もやってだろうから、もう本能なのかもよ」  食欲と性欲と睡眠欲と、それから何ともいい表せないもので満たされ���いて、あの夜俺はほんとうにしあわせ、��ったのだと思う。過剰が空白を満たすと思いもよらぬことがもたらされるもので、だからなんか感極まって 「俺がお前にしてやれること、なんかない?」  そんなことを言ってしまった。 「そんなこと考える必要ねえよ、もう十分もらったからな」  白石の言葉は梁のあたりまでゆっくり浮かび上がってあっけなく霧散した。ぽろりと涙が出るだとか隕石が落っこちてきてふたりとも死ぬだとか俺が白石を殺すだとかどちらかが不治の病に冒されるだとかそういう劇的で奇跡じみたことは何も起こらなかった。でもその分だけ、味気ない現実を知ってるからこそせめて心だけでも伝えたくて、固い体を抱き寄せてうなじに顔を突っ込み腕に力を込めた。痛えよ、とまた笑われた。         「行ってらっしゃあい」  翌朝、出かける俺に白石は床の中から手を振った。  眠っている間に雨が降ったようで山の中はいつもより静かで、夜に冷やされた土が乾く香りがして清涼さだけがあり、イタドリの葉に残った朝露ひとつひとつが鋭く尖っていたのを覚えている。俺はいつもそんなことばかり覚えている。  昼過ぎに寄ったアシリパさんのコタンに白石はおらず、俺がそのまま帰宅すると住まいはがらんどうだった。ちゃぶ台には白石が飲み干したのか底の方に少しだけ澱が溜まった湯呑みがあり、かたわらには懐紙にのった飴が残されている。  ちゃぶ台の足元にはあいつがいつも身につけていたボロい半纏が畳まれていて、見えもしない意志のようなものを感じた。不安はなかった。いつかこうなることはわかっていたから。  今頃になって鼻の奥が熱くなりぼろりと涙が落下した。泣けるものだなと遠く感じて、こうやって俺は俺の悲しみと折り合いをつけていくのだとひとり知る。  子どもの頃に駄々をこねておかないと、ほしいものを欲しいと言えない大人になる。あいつの言葉を思い出す。俺はどんな子どもだったか。欲しいものは腕っぷしで手に入れていた。愛されていた。けれど本当に欲しいものは炎と土埃と血だまりの中に甲斐なく消えていった。あの時も今もこころを言葉にする術を知らなくて、いとしいものの気配だけが遠ざかる。でも今は、今だけはこれでいいのだ、と思う。白石が知られたくなくてしたことだから。  外からは虫の声や鳥の羽ばたきが降り注ぎ午後の光がゴザにやわらかく差し込んでいた。秋のとば口の山は賑やかで明るく、祭を控えたような興奮が満ちている。それでも俺はこのときどうしてか冬を思い出していた。この山は雪が降ると夜でも光るのだ、黄金よりまばゆく。
「役立たずは行ってしまったのか?」 「そうみたい。アシリパさんは寂しい?」 「寂しいけどそれでいい。あいつが私たちに会いたいと思うならいつでも会える」 「その前に俺たちの誰かが死んじゃったら?」 「私たちの信仰では死後の世界で会える」  アシリパさんは淡々と言い、櫛と手鏡をさらりと撫でた。 「杉元、フチからニリンソウを頼まれた。一緒に行ってくれるか」  言うより早くアシリパさんはチセを出ていく。草を踏む軽やかな音が俺の心をやさしく揺らす。外で誰かが声を上げて笑っている。 「アシリパさん、待って」 「杉元、来い来い、早く!」  俺はあいつのことをほとんど知らない。知っているのは、あいつの靴下が本当にくさいこと。二の腕の内側に三つ連なるほくろがあること。鹿肉より兎肉の方が好きなこと。体は右足から洗うこと。右の後頭部の方が左の後頭部より平らなこと。あの変な髭はほんとうにかっこいいと思ってやっていること。横向きに寝るクセがあること。賭け事とあだっぽい女性が好きなこと。ほんとうにそんなことばかりだ。  脳裏をかすめる、軽薄でだらしなく柔らかな男の面影。この野放図きわまりない空の下で煙のように消えていったあいつは、これからどこでどんな生き物になるのだろう。  俺は銃剣を持って立ち上がった。 「行くから待ってえ」 「秋の風だ、早く」
エピローグ  ちんぽが痛い。やりすぎで。  失敗かそうでないかと言ったら完全に失敗だった。分かりきっていたがもう自信喪失するくらいに失敗だった。一日二日で帰る予定が居心地が良過ぎてだらだらしてしまい杉元にはただ期待だけ持たせたしアシリパちゃんには信頼する人間がまた消える失望だけ残した。俺はただ杉元への未練が膨らんだだけだしなんかもう不毛とはこのことだろう。  あのまま東京できれいさっぱり別れた方がよかったのは火を見るより明らかだったけれど、今の俺は五稜郭に用があり、函館に来るのに小樽に来ない、という選択肢はなかったのだ。  杉元は乙女なところがあるからせめて「起きたら白石がいねえ俺は夢をみてたんだろうか…」てな具合に夜中に抜け出せればよかったが、あいつが毎晩俺をがっちり抱え込んで眠るものだからそれすらできなかった。何をしても抜け出せない、あれは固技だった。それにしても半纏を置いてくるのは感傷的にすぎただろうか。  それでもアシリパちゃんと遊んで山のものを食べて杉元と朝な夕なやりまくって喋りまくって、ずっとふたりといられたこの日々は俺に極楽だった。この俺がずっとここにいたいと思うくらいには、ほんとうに。  だらだら坂が滲みはじめて目元を拭う。   久々に会う杉元は荒んだ雰囲気がかなり削げ落ちていてそれなりにここの生活に溶け込んでいた。まだ平穏に慣れきってはいないし乱暴なところはあるけど根は良性の人間だから、波があったとしてもうまくやっていけるだろう。誰にでも人に言いたくないことのひとつやふたつあるのだから大袈裟な心配はいらない。いつかの冬にこの山で出会った男はもういないのだなと思うと喜ばしい一方でほんの少し寂寞があった。誰もが不変ではいられない。俺だってあの旅の中で変わってしまった。  今日はどういうわけか昼下がりからずっと日差しが強く、昨日より気温がだいぶ上昇していた。一種の雰囲気を感じてふりあおぐと、立ち枯れた木のいただきにうずくまる猛禽の視線とかち合った。この森ともお別れだと思うとこんな瞬間にも感傷が滲む。  ふと獄中で出会った誰かの言葉を思い出す。人を大勢殺すとおかしくなる、避ける方法はひとつで犠牲者の血を飲むこと。どんな味かと尋ねたら、そいつは甘くてしょっぱい人間の味だと真剣な顔で言っていた。杉元は血を飲んだだろうか? 「動くな」  左後方、やや距離のあるところから鋭い声が突き刺さった。  そうきたかあ、と思っている間に猛禽が飛びすさっていく。矢を引き絞ったまま藪の中から姿を現したアシリパちゃんに、俺は両手を上げて降参の意思を示した。 「この毒矢はヒグマなら10歩だがお前なら一歩も歩けずに死ぬ」 「いつかも聞いたよそれ〜。怖いからおろしてえ?」 「出ていくのか」 「うーん、そうですね、ハイ」  矢が矢筒に収まり、とりあえず誤射による死は免れた。 「どうして何も言わずに出ていくんだ? 残されるものの気持ちを考えたことはないのか? サヨナラがあれば、それをよすがに生きていくことができるだろう」  目の前まで来て真っ直ぐ見上げられた。光を放つ無敵のひとみ。杉元を導く灯台はいつからか俺の道標にもなっていたように思う。  でも、もう道が別れる。 「ごめんね、こういう風にしかできないのよ。だってちょっとでも行かないで〜なんて言われたら俺ずっとここにいちゃうもん」 「そんなことは言わない」 「少しは考えてくれない!?」 「群れを離れて独立するんだろう。巣立ちは誇らしいことだ。立派になれ」  もしかして大人として信頼されていたというのは俺の勘違いで、彼女が俺によそよそしかったのは独立したと思った子狼がひょっこり帰ってきて落胆したということなんだろうか。そうすると俺は杉元に恥ずかしい思い違いを話したことになる。あいつ忘れてくれないかな。  珍しくアシリパちゃんが言い淀んだ。空白が混ざり合うみたいにお互いの考えが交わる感触がある。 「杉元を連れて行かないのか、って聞きたいんでしょ、俺に」  目に潰れそうなほど力を込めて、彼女は唇を引き結んだ。羨ましいなあと思う。女の子には敵わない。背がもう少し伸びて頬の丸みが消え、この目が憂いとともに伏せられる日が来れば杉元なんてあっさり絡めとられてしまうだろう。 「ないない。誘ったところで着いてこないって。俺が考えてること話したら、もしかしたらあいつのお節介心が動くかも知れないけど…いや動かないかなあ…。俺はひとりで行くよ」  それでもあいつは人の気持ちに鈍いところがあるから、ぽっと出の女性と突然恋に落ちて家庭を持つなんてことがありえないとは言い切れない。その女性が何事かに困っていたりしたらなおさらだ。アシリパちゃんがその気ならその辺は考えておいた方がいい…なんて言ったら矢で直接刺されかねないので黙っておく。  恋とか愛とか、俺にとっては借り物の言葉でどうにも座りが悪い。そんな言葉で杉元のことを言いたくなかった。ここから先はひとりだが俺と杉元は繋がっている。死んだら死後の世界で会う。地獄でも黄泉の国でもニライカナイでも、どこででも探し出す。だから古い靴下だけは捨てられなかったのだ。  彼女の小さな頭に手のひらを当てた。 「俺ねえ、やりたいことができたの。お姉ちゃんと遊ぶでも博打がしたいでもないよ? うまくやれたら手紙を書くから、これで杉元と会いに来て」  懐から包みを取り出して彼女に握らせる。彼女は包みを開け���とぽかんと口を開けた。片手に持った弓が所在なさげに揺れていてる。 「シライシお前、まさか」 「違うってえ〜それは井戸に落ちた時に半纏に入っちゃったの〜。杉元もポケットにしまってたでしょ? 俺はほら、これをもらったからね」  彼女の手には黄金の粒、俺の手にはカサカサのはんぺん。 「私にこれは」 「必要ないとか言わないでよ。俺から便りがなくてもさ、アシリパちゃんの大事な誰かを医者にみせる時なんかに使ってよ」  沈黙が訪れる。森が彼女を守るように鳴った。自然でも文明でも人間でもなんでもいいから、彼女をこの先ずっと守ってほしい。彼女の道行が実り豊かなものであるように。杉元が誰かと気持ちを分け合えるように。杉元が言うようにふたり組ではいつか瓦解するかも知れない。ふたりにはゆるやかに、多くのものとつながっていて欲しい。 「最後にアシリパちゃんに会えてよかった」  珍しく彼女は困った顔していた。適切な言葉を見つけることができないらしい。 「…お前がいなくなったら杉元が寂しがる」 「逆だよ、俺が寂しくなんの。俺は一生あいつの男だからね。杉元がアシリパちゃんの男だとしたら俺は杉元の男なわけよ。世界はふたり組でできてるわけじゃないからね」 「屁理屈をこねるんじゃない。ほんとうは私だって寂しい」  鼻を鳴らしてそれから少し悲しそうに顔を歪めた彼女を、俺は今までで一番近くに感じた。 「出世するんだぞ白石」  びゅうと風が吹き彼女の唇に髪が張り付いたので、俺はそれを払って小さな体を抱きしめた。背に回された手が思いのほか力強くてまた泣けた。くさいとは言われなかった。
 いつものように人の使う道を逸れて歩く。目的地がわかっていればどこを歩いても同じだ、ひとりならなおさら。街へ降りるのに使っていた獣道だが、前方右に前回通った時はなかった盛り土があった。薮を被せて隠されてはいるがここ数日の間に掘り起こされたらしく土は黒々としている。予感なのか記憶なのか、とにかく慣れ親しんだ虚しさを感じて足が止まった。長いこと北海道の山歩きはしてきたが獣はこんな形の穴は掘らないし土も盛らない。巣というより塚だ、と耳の奥で警鐘が鳴った。恐れとほんの少しの期待を込めて土塊に枝を突っ込むと予想通りの感触がしたのでそのまま土に穴を開けた。覗き込めばやはり土と血で黒く染まった衣が見える。  ここを通る人間はほとんどいない。つまり杉元か俺かってことで、そういうことだ。土塊の中身は密猟者か山賊だろうか。  杉元はあんなに変わったようでいてまだ人を殺せるのだなあ。やさしい目眩を覚えて俺の悪性が哄笑をあげる。  ふたり地獄で出会うよすがをひとつ胸にしまい込む。俺は歩き出した。
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this-is-the-uchu · 2 years
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旅行記
 写真めっちゃ多いのと一言シリーズです。言っておきますけどクソ長いですからね。今年のGW後半は法事で母と地元に帰還しました。実親は私の生まれ故郷を離れているためにもはや帰る家は無く、ほぼ旅行みたいなものなんですけど。
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 往路での初飯は空港のおにぎり屋さんみたいなとこでした。カフェインがダメな体質なので��店のお茶で唯一ノンカフェインのとうきび茶をセレクト。赤飯は結構好きです。
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 名も知らぬ飛行機を乗り合わせた方々。飛行機降りてからの長い通路、好きです。
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 モノレールか新幹線か、どっちかです。カーテンあるので多分後者。
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 10年とは行かないまでも7〜8年振りくらい。改装後は初なので懐かしいけど思い出よりも綺麗になってて笑いました。
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 初日の宿は、
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 ドーミーイン!人生初でしたが快適すぎて最高でした。一生住める。ゾンビ溢れる世紀末になったらドーミーインか映画館に避難したいです。
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 この向かいの建物なっっつ!ってなりました。入口地下のライブハウスとか1Fスタバとか、高校時代にお年玉持ってここでカバン買ったりとかしました。Tommy Hilfigerのボストンとか()エモくて死にました。
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 昔はここの通りにセブンなんてなかったと思うんですけどね。あと右側に大きい黒人の人が通行人に声かけてブランド品をぼったくり価格で売ってる店みたいなのがあったんですがここではなかったかもです。
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 単焦点での駅前。
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 広角での駅前。クソ田舎のくせに一丁前に流行りの格好した若者が沢山いてネットの普及と時代の流れを感じましたが歩き方やら声のボリュームやらのイキリ方があまりにも青臭くて「これぞ長野県民のクオリティだ」と実感すると同時に長野の嫌なところを再認識させられました。こんなとこに住んでたまるかって感じです。
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 この世で美味いビールのTOP3に入る志賀高原ビール。
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 美味い酒とでかいステーキにご機嫌になります。480gとかだった気がしますがこれ以上でかいサイズがなかったので致し方なく。1kgくらいは余裕です。
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 肉肉しくってよ〜。
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 食後は観光がてらライトアップしてる善光寺へ。
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 さっきの棒みたいなのが貴重?だとかなんだとか。触れ���ようなので触っておきました。行列できててウケました。
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 お戒壇めぐりってのを小学生の時にやりましたね。何も見えない真っ暗な中で前歩く人の肩に手を置いて進み奥にある鐘みたいなの鳴らすんですよね。
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 ここぞとばかりにいろんな写真を撮ります。
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 Youtubeライブ配信は善光寺にまで。ケーブルテレビという呼称がエモ。
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 牛に引かれて何とやらの牛くんじゃないか!かぁいいねぇ。
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 仲見世通の赤ライト。
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 善光寺仕様のスタバ。他店よりほうじ茶系が美味そうという偏見。
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 目が逝ってる鳥。
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 風神だったべか。
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 じゃあこっちが雷神だべな。
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 この地域では有名な式場です。従兄弟の結婚式で来たことがあります。
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 チン......ライポくんね。
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 この水溜まってるやつ、よく分からないけど長野って感じ。
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 懐かしさ。
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 なんかカフェと併設した絵画の展示場だったかの入口。怖い。
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 ぞうのぞう。
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 門前町なのでこんな不思議な駐車ができるのです。長野って感じ。
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 食べたことは無いです。美味しそう。
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 知らないキャラです。
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 アッ!八十二銀行!八十二銀行じゃないか!元気だったか?お前の名前を見たり聞いたりすると長野って感じがして、すごく懐かしいよ。
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 これ好きな写真です。通りに花を飾るイベントみたいなのの前日だかだったのでお花がいっぱいありました。綺麗でした。ロマンチック。
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 Hana.
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 flower.
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 furawa-.
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 これも好きな写真です。
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 PCR検査場あって何だか笑いました。何でだろう。
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 旅行2日目の朝食バイキング。野沢菜おやきが懐かしすぎて良かったです。前夜の夜鳴きそばは写真撮ってないです。
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 朝食もそこそこに法事のためながでんへ。出発数十分前に早々に乗り込んだのでだーれもいやしません。
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 別に乗り物は好きでは無いのですが折角カメラあるし他に人いなかったのでチャンスとばかりに撮影。多くの人が利用するはずの場所に全く人がいないというシチュエーションは大好きです。
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 無人。
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 で、コレですよ!電車の開閉ボタン、懐かしすぎ。今の職場に新潟出身の人が居たんですけど(過去形)このボタンの話できてちょっと盛り上がりました。
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 ホーム。
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 ホーム逆サイド。これだけだと夜の外ホームに見えますね。
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 電車。人居たらこんなの撮ってません。興味もないですし。
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 法事終わり。寺の写真を勝手に撮るのは勿論よくないんですけど、ここ父の実家なもんで。親族ですから。
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 これ書いてる時に気づいたんですけど善光寺の水溜まってるやつは、これを想起させるから懐かしかったんですね。お墓参りの水汲むとこです。
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 新緑、って感じですね。よく晴れている。
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 上の従兄弟。野球選手のマエケンをもっと強面にした感じの副住職。子供は下の従兄弟の息子なので叔父と甥ですね。
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 除夜の鐘でついたことがあります。
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 父と息子の履き物。いい写真。
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 ��堂への通り道。関係者しか入れない場所です。
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 「三つ葉葵」があるんですよ。
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 玄関の喫煙スペース。従兄弟がここでタバコを吸います。俗物。一緒にアメスピを吸った思い出が甦ります。
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 法事終了。2日目の宿はかつて高3の卒業までの半年を過ごし、以降は帰省先となった村へ。移動手段が母の職場の後輩であり、自分の高校の2個上の先輩であると判明した方に送ってもらいました。懐かしい道のドライブでした。
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 夕景ってなんでこんなに美しんでしょうかね。
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 これ美味いんですよ。
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 夕飯。旅館・民宿って感じでいいです。白米は美味いわ山菜は美味いわで良かったです。それ以外は普通。
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 温泉。誰も居ませんから...。
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 ここの温泉まんじゅう、死ぬほど美味いんですよ。村内にいっぱいまんじゅう売ってるんですけど自分はここが一番好きですね。
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 エモすぎる!ヤマザキショップ!村内唯一のコンビニですけど普通に閉まるんですよね。2016年頃に一時帰省してた時はここでモンスターとかおやつとか買ったな〜。タバコも買ったっけか。
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 かつての冬季五輪のキャラらしいですよ。
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 お気に入りショット。
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 3日目朝。
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 これはガチ近所。
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 山々。
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 綺麗な景色です。田舎は嫌いですがこういうの見ながら育ったのは良かったですよ。四方を見回せば山に囲まれてるの、安心します。
 この朝の景色撮るために前日夜に確認したバス乗り場をあえてスルーして次の知ってる乗り場に行ったんですけどそのバス停が無くなってて「戻るほどの時間はないけど乗り遅れたら新幹線も乗れなくなる!」ってなってクソ焦りました。結局早足で先に進んでさらに次のバス停に到着できました。
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 駅前。学生時代の寂れた駅舎の面影はありません。時代は変わりますね。生きてる間にあと何回ここに来ることができるでしょうか。特段用事もないというのに。
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 ハイ!東京!��谷からバスに乗りました。今回のお目当てのSleek Eliteさんに向かってます。ハードケースは往路の時に東京駅に預けてました。GWでクソ並んでる中で颯爽と荷物を預けてギターを回収した時の、行列からの視線と地震の中に湧き上がる爽快感といったら。エクボクロークいいですよ。
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 Sleek Eliteでの用事は10分も経たずすぐ終わってしまいました。中心部に戻るためにバスで、人生初の阿佐ヶ谷に着弾。スタバは写真撮るだけで寄ってはないです。今回の旅はスタバに縁があったな。
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 本日の宿は東京駅近くです。
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 僕はドーミーインのが好きでしたが、後で聞いたら同行した母はこっちが良かったとのことでした。
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 夕景。今回はずっと晴れててくれました。なんだったらこの日は25°とかまであったので暑かったです。スキューバ素材の黒の長袖なんか着ちゃってました。
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 本当は夜に長年会ってない友達と会う予定でしたがお仕事の都合で急遽キャンセルに。予定もアテもないままご飯を求めて外に出ました。
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 設定変えて同じ景色を撮影。大人になってから紫好きです。
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 何でこのタイミングで撮ったのかは分からない。
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 東京にはたっかいビルがいっぺあんな。
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 憧れ?の丸の内OLの波動を感じる......。
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 散歩中に見つけた路地。誰も居なくて最高でした。都会の路地って感じの路地っていいですよね。龍が如くとかでもそういう道好きでした。大阪だけど。
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 駅前の繁華街まで来てしまいました。ちょっとエッチなお店があって怖い人に声かけられないかとかドキドキしました。
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 高架下。
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 いっぱいご飯の店あったんですけどあまり惹かれず全スルーして散歩継続。路地があれば入っていくぅ!
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 移動しまくって室町テラスへ。ここ相棒16のロケ地かと思って写真撮ったんですけど東京スクエアガーデンてとこだったので勘違いでした。
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 彷徨った結果巡り合ったのはミニストップでした。人生初で興奮しました。いい散歩になったと思います。
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 マンゴーとバニラだったかな。東南アジア系の外国人さんがワンオペ店員で日本人の田舎者の自分にソフトクリームを作ってくれるという構図にTOKYOを感じました。
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 旅も終わります。13階の景色いいです。バカなので高いとこ好きです。
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 最終日の朝食は早めに空港へ行きブランチをば。
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 ホットケーキって言え!
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 そこそこおしゃれな店でしたが忙しそうな店員さんに「メープル追加でかけられませんか?」と尋ねてしまう愚かな私をどうかお許しください。ドバドバかけて最後は皿に残ったのを飲みたいくらいメープルシロップ好きなんですよ。ちなみにダメでしたね。
 
 
 そんな旅でした。
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itokawa-noe · 2 years
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つないだ瞳に空を映して
飛べない鳥と飛び方を忘れた女の子が視界をつなぐ話。
犬と街灯さん主宰「島アンソロジー」参加作品です。(5,197文字/2022年2月27日。2021年7月に書いたものを大幅に改稿しました)
掲載誌▼
『貝楼諸島より』https://inumachi.stores.jp/items/629b082bc359a8797455e6a6
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 青に夢中だった。家々のあいだや風よけの林のすきまに海の切れ端が見えるたび、飛びたつ鳥につられて空をあおぐたび、予感やら期待やら問いやらが体いっぱいにふくれあがり、居ても立ってもいられなくなった。  名前のせいだと誰かが言った。名前がわたしを遠くにつれ去ろうとするのだと。 「せいじゃなくておかげだよ」お父さんがそう返し、 「おかげというと押しつけがましくなっちゃうけれど」お母さんがこうつづけた。「ツバサっていう名前はね、あなたがどこかへ行きたいと思ったときにお守りになったらいいなって、そんな気持ちでつけたんだよ」  もともとすきだった名前が宝物になった日の記憶。発作のように襲ってくるそれを、寝返りをうって追いはらう。あの日のわたしはもういない。お父さんとお母さんをのせた船と一緒に海に呑まれて消えてしまった。  島じゅうどこにいても届く潮の匂いと波の音のせいで、今のわたしは島どころか部屋すらでられない。面倒をみてくれる叔母さんと叔父さんに申し訳なく思いながら一日のほとんどを布団ですごしていると、細切れのまどろみに何度もおなじ夢をみた。音もひかりもない海の底で空気をもとめて水を掻く。それだけの夢が繰り返されて繰り返されて繰り返されて死ぬまでつづくのかと思いはじめたころ、頭上を覆う黒を切り裂きけたたましい声がふってきた。  海が消え失せ、目をあける。  障子のむこうでジミコッコが鳴いていた。 「小さいころのツバサは、地面をよちよち歩く鳥をみんな『コッコ』って呼んでたの」 「そこに母さんが『土壁みたいに地味な色だから』って『ジミ』をくっつけてね」  耳もとによみがえった懐かしい声は、引き寄せようと手をのばす間もなくぎゃーぎゃーがーがーの大騒ぎにかき消された。ジミコッコは飛べない。その弱みを補うためか常に群れで暮らしている。臆病で用心深く、人家に寄りつくことはない。だから、庭で騒いでいるこれはドンだ。  強気なのか呑気なのか、ドンは人間をおそれない。このあたりを一羽でうろつくジミコッコを見かけたら、それは間違いなくドンだった。助走をつけて跳んでみたり、石段の低いところから羽ばたきながら飛びおりてみたり、空を飛びたがっているのだとしか思えない奇行がしょっちゅう目撃されているものの、カモに似たずんぐりとした体が地面を離れることは決してない。  身のほど知らずで鈍くさい、ばかなドン。そのドンのわめき声が、頭からかぶった布団も耳をふさいだ指もつきぬけ鼓膜をびりびり震わせる。たまらずわたしは飛び起きた。 「うるさい!」  が、ドンは動じない。ふつうの鳥だったら障子をあけた時点で逃げだしているだろうに、どっしりとかまえたまま、どころか、長い首をかしげて不敵にこちらをねめあげてくる。いらっとして睨み返し、目と目があった、その瞬間――  ぱちん。 ──わたしはわたしを見あげていた。巨人のように、どでかいわたしを。  それだけでもわけがわからないのに、周囲の様子もなにやらおかしい。なにもかもが異様にあざやかだし、見えるはずのない顔の真横や背中のほうまで広範囲がいっときに見渡せて、頭がくらくら目がちかちか、おまけに足もふらふらで、一歩たりともうごけない。なのに視界は移動する。小刻みにゆれつつ、よたよた、よちよち。なんだこれ。きもちわるい。まるで他人が撮影した映像を頭に流しこまれているような――  クワッ、クアッ、クワッ、カッ。変なリズムでドンが鳴く。その拍子と視界のうごきがぴたりと合っているのに気づいて息を呑む。  もしかして、これってドンの見ている景色?  まさかと笑いたかった。だけど、よちよち歩きのテンポといい視点の低さといい、一度そう思ってしまったらもうドンのそれだとしか思えない。  意味不明だし、こんなの困る。  かといって、どうすればいいのかもわからない。  とにかくいったん落ち着こう。自分で自分に言い聞かせ、あらためて視界に意識をむける。ふだんから桃色の首長竜みたいだと思っているウミアオイの花が、足もとから仰ぎ見るとますますもって恐竜っぽい。食べてもくちのなかが苦くなるだけだとわかっているはずのカイシイチゴの実がやたらとおいしそうにみえるし、梢から飛びたったカラスはシンドバッドの怪鳥を思いださせるし……  面白い。面白いけど、どうせ鳥の目を借りるなら空から地上を見てみたい。  そんなことを考えた矢先、ぱちん、スイッチを切ったように視覚が戻った。  げんきんなもので、失ったとたんに奇妙な感覚が惜しくなる。もう一度できないだろうか、どうせならば他の鳥と、と塀のうえを跳ねていたスズメや茂みからでてきたハトを睨んでみたが、うまくゆかない。ドンと試みる。ぱちん、すんなり接続される。  なんでドンだけ? よりによって飛べない鳥と。そんな不満はありつつも、わたしはこの遊びをおおいに気に入り、暇さえあればドンと視界をつなぐようになった。  はじめのうちは、ドンが庭にくるのを待っていた。  じきに待つの��もどかしくなり、自分からさがしにでかけてゆくようになった。  ドンの瞳をとおして見る空はどこまでも高く広く、澄んだひかりに満ちていた。  そのひかりをうけて輝く海もまた美しいことを、わたしは少しずつ思いだしていった。
 今ではもう溺れる夢を見ることはない。島じゅうどこへだってでかけられるし、崖のうえから海を見おろしてもへっちゃらだ。  だけど波打ち際には近づけない。当然船にも乗れず、飛行場のないこの島では試すべくもないけれど、海上をゆく飛行機の類もおそらく無理だ。  島には中学校がない。卒業後はみんな、連絡船で隣の島に通学することになっている。部活はどうするだの早く制服を着たいだの先輩が怖いらしいだの、そんな会話が、わたしが近づくなりぷつりと途切れる。気遣ってくれているのはわかる。わかるけれど、ひねくれたわたしは勝手に友人たちの心の声を聞きとって、勝手に胸が重くなる。  かわいそう。どこにも行けないツバサなんて。
 今日もドンは海をのぞむ崖で飛行訓練に励んでいる。せっかく視界をつないでも、先方が不毛な助走と羽ばたきに飽きないかぎり、見えるのは地面ばっかりだ。わたしのほうがさきに飽きてうとうとしはじめたころ、ようやくドンは翼をたたんだ。長い首をもたげるときのあのしなやかさで視点がすっと高くなり、ひかりをたたえた水平線が眼前にひろがった。  彼方に浮かぶ島影がふだんよりも多いのは蜃気楼のしわざ、のはず。断言できないのは、神出鬼没の島が紛れていることがあると先生が授業で言っていたからだ。ちゃんと土でできていてひとが住んでいるほんものの島なのに、気まぐれに消えたり現れたりを繰り返しながらこのあたりの海を回遊しているらしい。そんなことがありえるだろうか、と、そこまで考え、わたしはぶるぶる頭をふった。  気にするだけ時間の無駄だ。島の外のことなんて。わたしはドンみたいにばかじゃない。身のほどをわきまえない憧れは、自分を傷つけるだけだと知っている。 「こんにちは」  突然背後で声がした。ぎょっとした拍子に、ぱちん、接続が切れる。 「ごめん��驚かせるつもりはなかったんだ」  そう言って笑うのは、泥と草にまみれた登山靴をはいた、知らない女のひとだった。 「誰?」鋭く問うと、 「怪しい者じゃないよ」と双眼鏡を掲げてみせる。「私はただコジカカリを」 「コジカカリ?」 「そうだよ、確かこのあたりに──お、発見!」  獲物にとびかかる猫みたいな勢いで双眼鏡を向けたさきに、ドンがいた。 「あれはジミコッコだし」なんとなくむっとして呟くも、 「変だな」不審者は聞いちゃいない。「なにをバタバタ騒いでるんだろう。怪我をしてるようには見えないけれど」 「怪我じゃないよ、飛ぶ練習。ばかだよね。どうせ飛べない鳥なのに」 「ちょっと待った」  不審者が勢いよく顔をあげ、わたしはびくりと身を引いた。 「この島のコジカカリは飛ばないの?」 「だって飛べない鳥でしょう」 「面白い」 「なにが」 「彼らは飛ぶよ。本来なら」 「え?」 「飛ばないのだとしたら、それは飛ぶのをやめたからだ」 「やめる? どうして」 「気候がよくて天敵がいなくて食べものにも困らない、そのあたりの条件がそろったんだろう」 「そんな理由でやめちゃうの」 「彼らにとって、飛行は別段ロマンチックなものじゃないからね。見た目以上にコストのかかる行為なんだよ。飛ばずに済むならラクでいい」 「それ、鳥に訊いたの」反発したつもりだったのに、 「でも妙だな」相手の関心はすでにドンに戻っている。「環境に合わせた体の変化は、何世代もかけて進んでゆくものだ。この個体の場合はまだ、一般的なコジカカリと変わりなく見える。飛ぼうとすれば飛べるだろうに、どうして……」  唸りながら観察することしばし。 「うん、わからん」不審者は、ようやく双眼鏡を顔から離した。「敵わないな、彼らには」  悔しがるような口調とは裏腹に、表情は満足げだ。 「そんなに鳥が好き」呆れて言うと、 「君もでしょう」と返された。 「好きかどうかはわからない。けど」考えながら、わたしは答える。「話してみたいとは思うかも」  なんでそんなに飛びたいの。どうして諦めずに挑みつづけられるの。ひとりぼっちで寂しくないの。もしもドンと話せたならば、訊きたいことがたくさんある。 「そう遠い夢じゃないかもよ」 「え?」 「近年の研究で、鳥たちが複雑に発達した言語によって高度なコミュニケーションをとっていることがわかってきたんだ」自分の言葉に自分で興奮したように、早口になって不審者はつづけた。「一般に考えられているより、彼らは遥かに賢いんだよ。というか人間の尺度では彼らの知性を測りきれないだけで、見方を変えればあちらのほうが賢いのかもしれない」 「冗談でしょう」わたしは笑った。 「冗談なものか」不審者は笑わなかった。「あなたは知ってる? 渡り鳥が何千キロ、何万キロという距離を迷うことなく行き来できるのは何故なのか」  考えたこともなかった。言われてみれば確かにふしぎだ。地図も磁石もつかわずに、どうして旅ができるのだろう。 「知らない。なんで?」 「私も知らない」 「へ?」 「太陽や星の位置、地球の磁気、匂いや地形の記憶、そういった様々な手がかりを段階的に使いわけて旅をしているらしいことはわかってきた。だけど未だに、完全な解明には至ってないんだ」 「じゃあ、本当のことは誰も知らないの」 「今はね。ま、気長に待っててよ。いつか突きとめてみせるから」 「おばさんが?」 「それが私の仕事なんだ」  なにそれ、面白そう。  声には出さなかったはずなのに、不審者はにやりとした。 「興味がある? だったら一度、梟島に遊びにくるといい」 「ふくろうじま?」 「大学や研究施設が集う学問の島だよ。好きなことに好きなだけ没頭できる、探究者の楽園だ」  行ってみたい。その島、どこにあるの。  前のめりになってくちにしかけた言葉は、だけど波にさらわれた。唇を噛んでうつむきかけた、そのとき。けたたましい声が響きわたった。  びっくりして顔をあげる。視線のさきをドンが駆けぬける。長い首を倒した前傾姿勢で一直線に断崖へ、風を集めるように羽ばたき足もとの地面が途切れるすれすれのところで踏み切って大空へと飛びたった、と見えたのは束の間のこと、わずかな滞空の後、真っ逆さまに墜落してゆく。 「ドン!」  目の前で波が逆巻き息が止まる。視界がつながったのだと自覚するより早く海面が迫る。悲鳴をあげることもできずに凍りついた直後、  落下が、止まった。  吸いこまれるように海へと落ちていた視点が、一転、上昇しはじめる。ぐんぐんのぼり、中空に達するとなめらかに滑りだし、後方に見えるわたしと不審者のすがたがみるみるうちに遠ざかり―― ──あとにはただ、一面の空。 「ね、飛べたでしょう」滲んだ景色の外側で、不審者の得意げな声がする。「それにしてもえらい勢いだな。どこまでいく気だ?」  どこまでも、どこまでも。あれほど水平線のむこうに焦がれていたのだ。もうここには戻るまい。  今にも離れんとする指をつかみなおすように、わたしは瞳に力をこめた。こみあげるものを押しころし、瞬きをこらえ、ドンの見ている色をひかりを焼きつける。  ずっとそうしていたかった。だけどやがて、瞼を支える筋肉が震えだし――  ぱちん。  いつもの音が鳴りわたる。同時に胸で、なにかがはじけた。 「え、ちょっと、どこ行くの?」  不審者の声を背に走りだす。吹きあげる風を体で切りひらいて前へ前へ、海岸までの坂を駆けおりサンダルをぬぎすて砂を蹴りあげしぶきと踊る、つもりが引き潮に足をすくわれて、波打ち際ですっ転んだ。  ずぶぬれの砂まみれで寝返りをうつ。視界がぜんぶ空になる。  風が鳴る。水がひかる。  さえぎるもののない青にむかって、わたしはおおきく腕をひろげた。  この名前でよかった。  ひさしぶりに、そう思った。
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