Tumgik
8ttan · 11 months
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時代は27年前に遡る。
1996年、冬。羽生善治というたった一人のやせ細った青年が、絶対にあり得ないと言われていた大偉業を成し遂げた。七冠完全制覇。その達成はまるで海が割れていく奇跡のように、私たちの眼前に事実として提示されたのである。
その瞬間に私たちは奇跡の目撃者となった。目の前で起きてしまえば、それは奇跡というあやふやなものではなく、れっきとした事実であり現実であった。羽生という一人の青年が、それを現実として我々の前に生み落とし、そしてその瞬間から将棋界はすべての面で大きく変わっていったといえるのかもしれない。
これから何を目指すのか。
全冠制覇を達成した羽生に私は聞いた。この本人でも無理と思っていたという偉業を成し遂げてしまっては、これからの棋士人生を何を目標に過ごしていくのか。それは近くで見ていた私にとってはごく当たり前の疑問だった。羽生はまだ25歳の青年だった。
将棋の本質を目指す。それを解き明かす。
それが羽生の答えであった。もちろんそう簡単に割り切った答えが出たわけではないが、大きく何度となく考え直して言葉にしてみれば、要するに羽生の言葉はそれに近いものだったのではないかと思う。
それから羽生はあることに徹底した。タイトル戦や研究会や棋士としてのイベントや行事の合間を縫うように、ひたすら将棋の定跡書を書き連ねたのである。
タイトル戦が混み合うときは、まるで自分がどこにいて何をやっているのかさえも不確かになる。そんな極限状態のスケジュールの中においても、定跡の一手一手を地道に系統立てて書き連ねていくという気の遠くなる作業を、羽生はただの一度も手を抜くことをせずに続けた。体力的にぎりぎりの状況にあっても必ず自力で一字一句を書き連ねていく。それは大きな使命感を持っていなければできない大変な作業だったことと思う。
羽生の考えはおそらくこうだ。
自分が今ある不確かな定跡体系を系統立てて書き連ねることによって、いつかそれに反応したより強力な棋士が出来上がるのではないか。そしてそのことこそが、将棋の本質に向かうということにつながっていくのではないか。
七冠王羽生善治の壮大な仕掛け。
自分ではなく新しい才能や可能性に託す思い。
将棋とは何か。何が正しくどこへ行きつくのか。
それを自分が解き明かすのではなくヒントを残すことによって新しい才能、次の世代に懸ける。そしてほどなくして羽生の実験は現実のものとして動き出すのである。
日本中の将棋好きの指導者たちが呼応した。
羽生の書く月刊誌の定跡講座を、コピーし貼り付け一字一句を子どもたちに伝えていった。藤井を幼稚園時代から指導した講師もまたそういう一人である。彼の教えは徹底していた。
自分が何かを教えるのではなく羽生の残した言葉の一行一句を子どもたちの体に染み込ませ、血と肉とすること。羽生の定跡書は何冊も何冊も切り刻まれ、コピーされ子どもたちの頭脳に体の一部となり浸透していく。丸ごと記憶する。それが何よりも大切なことだった。
今現在の藤井聡太の戦いを見ていて、どういうわけか羽生がかつて成し遂げたことを見ているような興奮が沸いてこない。何かすべては羽生という天才が仕掛けた想定通りのことのように思えてならないのである。
藤井聡太七冠誕生 七冠・羽生善治の壮大な仕掛けが結実 大崎善生氏(作家、元「将棋世界」編集長)寄稿 日本経済新聞 2023年6月2日
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8ttan · 1 year
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誠実 簡素 健全 自由
河井寛次郎
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8ttan · 1 year
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そもそも欲望は生きる根源です。なければ死んでしまう。コントロールが難しいから抑制せよと教えられる。欲望は滅するのではなく適切に使うことが重要です。人間が欲望を適切に扱うガイドラインはか��て宗教や科学が提供してきました。両者が力を失いつつあるいま、アートがその役割を果たすべき時。
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8ttan · 1 year
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あなたがいる世界は ほかのみんながいる世界とつながっていて、 どこまでも続いていく風景の中で、 僕らは会うのです。
小沢健二
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8ttan · 1 year
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すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなる 小泉信三
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8ttan · 1 year
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評価とか成果とかと関係なく、自分の魂が喜ぶところを知り、心に持っておくことは重要だと思います。音楽でも小説でも哲学でも短歌でもボランティア活動でも、自分の魂が深く喜ぶところを1つでも2つでも知っていれば、短期的な評価だとか、儲かるかどうかといった話で心がぐらつくことは減っていきます。それが教養であり、リベラルアーツであり、リベラルアーツというのは、その名の通り、「自分を自由にする技」なんですね
上田紀行 2022.12.21 日経ビジネス「池上彰氏と考える教養、“奴隷的”な現代人が小説を読むべき理由」 より
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8ttan · 1 year
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佐々木:考え方を改めれば、下り坂は決してつらい道ではないんですよ。これから先の視界も楽しめるし、これまでの振り返りもできる。急いで行く必要もないから回り道してもいいし、時に障害すら楽しめるぐらい、気持ちにゆとりを持って進めばいいんです。
川内:そうですね。 佐々木:もちろん、ここでクマさんが出るかもしれない、スズメバチが出るかもしれない、崖があるかもしれない。実際に崖から落ちたりするんですけど、「そういうときにどうするか」みたいなことも頭に入れつつ、下山するプロセス(過程)をちょっと楽しむぐらいの余裕が、一番大事なんです。
でも、「山下り」に出ているおばあちゃんにご家族が「水筒に水、入っているの? おにぎり、持ったの? 靴は大丈夫? ひも、ほどけてない?」みたいな心配をして面倒を見ようとすると、まず、本人にとって下山が楽しくなくなっちゃうし、ご家族にしても、「よたよたと山を下るおばあちゃん」の“危うさ”しか見えなくなってしまう。
 そうじゃなくて、山を下っているおばあちゃんの視界を共に見つめれば、「おばあちゃんは今、結構自由な世界をそれなりに楽しく散歩しているんじゃないか」と、分かってくるんです。
老化は止められません。だから介護は「撤退戦」です -日経ビジネス
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8ttan · 1 year
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8ttan · 1 year
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私たちは皆、自らの意思とは関わりなく、少しずつ、この世界に存在しないこと、に向かって歩を進めてゆく。
穂村弘 『鳥肌が』
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8ttan · 1 year
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「他人に声をかける」、その恐怖の正体は憧れの強さの裏返しなのだろう。私に似た誰かが、突然、空を見上げて「虹だ」とひとりごとを云う時、それは「みなさん、虹ですよ」という意味にちがいない。
穂村弘 『鳥肌が』
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8ttan · 1 year
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顔と声と文字。そんでその人はだいたい分かる。そんなような気がしませんか?
小沢健二 DOOWUTCHYALiKE33 (Olive 1996/3/3号)
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8ttan · 1 year
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本来、人間とは自由な意志を持った存在であり、自然に働きかけて自らが生きる上で必要なものを生み出していく、そのこと自体に喜びを感じる存在ですし、これが本来の豊かな労働のはずです。(カール・マルクスの言葉として)
『働く悩みは「経済学」で答えが見つかる』 丸山俊一
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8ttan · 1 year
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では、メンタルヘルスとは何か。フロイトは、(健康とは?と問われて)「愛することと働くこと」と答えたと言われています。健康にあらわれる影響では、どこで、誰と、どのように生活しているかということがとても重要です。
──トーマス・インセル 精神科医 https://newspicks.com/news/7736335/body/
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8ttan · 2 years
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大事なのは、魂の栄養は何かというところでしょう。西洋では長い間、欲望や欲求をできるだけ速く満足させることが重視されていました。いまを楽しみ、安楽と安全を求めてきたのです。
しかし、そこには現代の主流の思考における間違いがあります。そんな思考をしていたら、どうして教育の価値や集団における個人の居場
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8ttan · 2 years
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そう、『生きる』が私たちに伝えているのは「あるがままの自分を受け入れなさい。あなたの人生は取るに足らないものかもしれない。それでも自分に割り当てられたものを受け入れなければなりません」ということです。おそらく誰も自分に目を留めないだろうということも、受け入れなければならない。あなたは何かをやり遂げることはできるかもしれないが、大多数の人々はあなたのしたことをあっさり忘れるでしょう。
大半のハリウッド映画では、誰かがすごいことをして群衆が喝采を送ります。でも黒澤は「あなたは忘れられるだろう」とはっきり伝えているのです。そして、それで構わないのだと。
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8ttan · 2 years
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人間の知恵、人間の意志というものは本当に凄まじいもので、やる気さえあれば何でもできるのです。それはまさに人間が持つ不可思議な力の表れであり、「もうダメだ」とあきらめたときが失敗なのであって、「必ず血路が開けるはずだ」という強い意志を持った人だけが、成功への道を歩いていけるのです。 稲盛和夫氏「強い意志は可能性を信じることから生まれる」(日経ビジネスオンライン 2022/10/19)
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8ttan · 2 years
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I have to be seen to be believed - 人々に信頼されるためには、人々の目に触れる存在でなければならない
エリザベス2世
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