Tumgik
chibichibita · 4 years
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Will not come true 9
「‥一護?」
「俺があの男を殺すのを待ってた?それか止めさせるつもりか? それとも、俺、おまえに殺されるのか?」
「な、何を言って」
「いいよ」
一護は胡座をかいた足に肘をついて、掌に自分の頬を乗せて寛ぎながら、ルキアを真っ直ぐに見つめている。一護が微笑んでいることにルキアの背中に嫌な汗が噴き出すのがわかる。
「おまえに殺されるなら、それでかまわない」
「一護、何を言っておるのだ、私は」
「いい加減さ、本音で話そうぜお互い」
「‥‥」
「浦原さんか?夏梨か織姫か?どうせ俺のことを助けてくれとか言われておまえ、此方に来たんだろ?」
「‥‥」
「最初は純粋におまえが此方に来て、俺の傍にいるの、楽しかったし嬉しかったけど‥おまえはキツイだろ」
「私は、」
私は貴様を信じている。いや、信じたいのだとルキアの言う声は蚊が鳴くように小さい。一護は掌に自分の頬をのせて寛いだまま、そんなルキアを愛おしいという目付きで見つめている。
どうして?
どうして、そんな顔をしているのだ一護
そこから何も話さなくなった一護に、ルキアも何も言えなくなった。
一護は私が現世にいる意味を知っていたのか。いつから?
最初から?
「最初はさ、急患で運ばれた3人家族がきっかけだった」
沈黙を破ったのは一護からの「事実」だった。
動くことも話すこともできないでいたルキアの手を、一護はそっと掴むと、立ち上がっていたルキアの手をを引いて自分の横に座らせた。
数ヵ月前、
深夜、急患で運ばれてきたのは若い夫婦とまだ1才にもならない赤ん坊だった。
空き巣に入った男が、たまたま物音に気づいて起きた妻と鉢合わせして、勢いで刃物を振り回したという話だった。
夫婦の怪我は致命傷ではなく二人は助かったが、不妊治療の末やっと産まれたという赤ん坊は一護の腕の中で息を引き取った。
「赤ん坊って、泣くだろ?でもその子はもう泣く力もなかった。ヒュウヒュウ息をしながら、死んだ。なにもしてやれなかった。最後まで苦しんで、それでも生きようと息をして、死んだ」
忘れられない、と一護は静かに語る。
2日後には妻も死んだ。
残った夫は毎日毎日泣いた。殺してやる、アイツを殺すんだと譫言のように言ってた。
自分の手で殺したいから、と夫は警察に犯人を伝えなかった。
妻と子供を殺した相手は、夫の友達だった。けれど夫は警察に何も見てないと嘘をついた。
「退院の日に、俺にその話をしてくれたんだ。せっかく先生に救ってもらった命だけど、相手を殺して自分も死ぬつもりだって。なんつーか、もう、痛みも憎しみも怨みも何も感じないような人間になってた。壊れてるって思った。でもその時思ったんだ。わかる、って。それからこの人が手を汚して死ぬのはおかしいって思った。」
わからなくない、と思ったがルキアは言葉を挟まなかった。
「だから相手を聞き出して俺が殺した。笑っちまうほど簡単だった。罪悪感もなかった。それよりも」
一護はもう笑ってはいなかった。けれど興奮してもいない。淡々と、話す。
「正しいことをしたような、高潮感があった」
「‥人を、殺したのに?」
「人? うん、人だけど、でもそいつのせいで2人の命が消えて、1人の男を壊したんだ。そんな奴が生きてていいと思うか?」
そう聞いてくる一護はとても30を越えた大人には見えない。かといって狂ってるようにも病んでいるようにもみえない。
とても純粋な子供のような、いやただの小さい子供とも違う。
「‥‥仕事柄、俺んとこに運ばれてくるのはそういうの多くてさ。歩いてただけなのに暴走した車に跳ねられたとか、誰でもいいから殺したかったなんて奴に襲われたとか。酷ぇ話ばっかだ」
そうだな
それは、本当に
「警察が無能とは言わねぇよ。でもな、こっちの警察はさ、いちいち動くのに手順だか何だか���ってやること遅ぇし、それにくだらねぇ法律に守られて、どんなに最悪な事件おこしても例えば加害者が未成年なら許されたりすんの。そんなの、被害者の立場からしたら辛くて痛い思いした上に地獄だろ」
一護から穏やかさが消えて、今の一護は怒っている。だがその怒りが「一護」だとルキアは物騒な話であれど安堵してしまう。
「‥‥ただ偶然とか運悪くとか、そんな言葉で被害者になって、人生ぶっ壊されて。今度は「仕方ない」なんて言葉で片付けられて。世間からも忘れられて。でも本人達は一生苦しむんだ。反省したなんて口だけかもしんねーのに加害者はのうのうと生きてる。‥‥おかしいじゃん、そんなの」
「うん‥‥」
「俺は、自分が正しいって、正しいことをしたんだと思ってる」
そっと、ルキアは一護の手を握った。
ぞっとするほど、冷たい手だった。
「‥‥誰彼構わず、殺してねぇよ‥‥」
「わかってる」
「いや、いいよ。俺の正義なんて他人からしたら異常だ。わかんなくていい」
「いや、一護は一護だなと思ったよ」
ルキアは素直にそう感じていた。
けれどきっと、これは、間違っている。
「俺を止めるなら、殺されるしかないと思ってたんだ。だから‥‥それがおまえなら、なんつーかいいかなって」
「貴様を殺せるものか。だいたい人間の貴様を私に殺す事は出来ぬ。それにー」
「それに?」
「貴様の正義感や優しい気持ちは尊いものなのだ。そこに人ではあり得ない強さと力を備えてしまったことが今の貴様に繋がっているのだとすれば、私には責任はある」
「‥‥おまえにはねぇよ、おまえにそんなこと思ったことねぇし」
「でも、私と会ってなければー」
「それ、言うの?」
口調と声音が変わり、握っていた手を握り返される。痛っと思わず声が洩れても、今回の一護は握る力を緩めてはくれない。
「おまえにそれ否定されたら、俺は、俺ってなんなの?」
「違う、そうじゃない!否定などしない、それこそあの時貴様と会ったから今私は死神として此処にいるんだ!」
「‥‥」
「ただ‥‥現世に、まるで神を生んでしまったような」
「神?俺が?虚じゃなくて?」
ははっ、と嘲笑する一護に違う、とルキアは握られてないほうの手を一護の頬に添えた。一護は驚いたのかびくりと小さく震えた。
「神だろう、貴様は。今の貴様の言葉に嘘がなければ、貴様のしていることは神の裁きのようではないか。心優しい故に起きた悲しい出来事だ。‥‥だから、どうしたらいいのか、私は、私は、わからなくて、困惑しておるのだ」
「ルキア‥」
「それでも、人を、人と呼べない奴でも、殺しては駄目なのだ一護‥」
「‥‥わかってるって。けど、俺反省しないし詫びることもできねぇよ」
「だろうな」
「でも、俺病んでねぇよ?」
「?」
くすり、と場違いに一護は笑った。
「闇に落とされたまま死ぬのを待つなんて、絶対そんなの、ただ苦しいだけなんだ。闇から抜け出せなくても、一瞬でも光を��いでやりたい、俺がしてるのはその光を注ぐことだって思ってる。その光が大多数の人間にとって破壊の光でもたった1人には救いの光になるならそれでいいんだ」
「一護‥‥」
「でも、」
また、小さく一護は笑った。
「おまえに殺されるなら本望なのはほんとだけど、ただ殺されるつもりはなくてさ」
「どういう意味だ?」
「おまえも殺す、俺が。おまえを連れて死ぬつもりだったからさ。これは病んでると言われたら否定しない」
言って、頬に添えられた腕に甘えるよう��頬を擦り付けた一護に、ルキアは力が抜けていくのを感じた。
そうしてくれ、
それでいい、
私を連れてってくれ
心に留める言葉は、口から溢れた。
一護は驚いたように目を丸くしてから、嬉しそうな顔を見せた。
「あの日、おまえ逃げたんだよな」
「あの日?」
「俺が頑張って、拙い想いを告げた日」
「‥‥あぁ、逃げた」
「俺に想われるの、嫌だった?困った?」
「嬉しくて、だから困って、逃げた」「え?」
わからない、という顔をした一護にルキアは少しだけ笑った。
だって
私がそれに応えることはこの世の理から外れている。間違っているのだから。
それに
1人の少女の想いを知ってしまったから
少女の痛みもわからないことではなかったから
そう一護に言うことはできないが、
逃げた自覚がルキアにはあった。
そうだ、あの時自分は一護から逃げたのだ。
「俺のこと男として見れなかった?」
そんなルキアの心中をわからない一護は、困ったような顔でルキアに聞いた。
違うよと応えたほうがいいのだろうかとルキアは言葉に迷う。
「俺の正義とか愛って、結局押し付けがましいだけなんだろうな」
乾いた笑い声とともに呟いた言葉に、ルキアは違う!と怒鳴った。
そんなこと絶対ないのに
どうしてそんなに悲しいことを言うのだと
ルキアは一護に怒った。
「あ、」
「なんだ!」
「いや、やっと、怒ったなって。やっぱりおまえはそうじゃないと」
「怒るわ!貴様が馬鹿な事をしたり言えば怒るに決まっておるだろうが」
「さっきまでずっとおまえ怒らなかったじゃん。俺が何をしたかわかっても」
「そ、れは」
「いいって。責めるつもりじゃねぇ。憐れまれても嫌われても仕方ねぇことしか俺はしてないんだから」
違う、違う違う!
ぼろぼろ、とルキアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
死を覚悟して尚、空から一護が現れたあの日をルキアは今でも鮮明に覚えている。
人間に死神の力を譲渡した罪の重さを知っている。だから殺されることも受け入れていた。あの時自分には何の感情もなく、ただ死を待っていた。
けれど一護が現れたことを、一護に会えたことを「嬉しい」と確かに感じた。
身体中傷だらけの痛々しい姿で、それでも強気に笑う一護に、もう一度生きる力を注いでくれたのは誰でもない、一護だったのだから。
「私は一護を殺さない‥‥護る、今度は私が一護を救うんだ。おまえがいらないと言うまでおまえの傍で見張ってやる、だから、生きろ、貴様の正義は間違ってなどいない」
自分でも何を言いたいのか言っているのかわからなくなりつつあった。
一護は無表情のまま、叫ぶルキアの涙を指で掬った。
「傍に、いてくれんの?」
「人殺しはさせる���けにいかないからな」
「‥‥」
「殺しはしなくとも、私ならおまえのいう悪に対して懲らしめることぐらいならできる」
「‥‥フッ」
口にして一護は笑った。
笑いながらルキアの涙に濡れた指を舐め、その指でルキアの唇をなぞった。
執拗にルキアの唇をなぞられ続け、ルキアは頭が暑くなるような逆上せているような感覚に戸惑う。
でも、指の感覚が、気持ちいい
何も言わない無表情のまま、一護はルキアを見下ろしながらゆっくり自分の唇を開いた。それは、そうしろと言われてるように思えてルキアも唇を開いた。
開いた唇を犯すように、一護の指がルキアの口内に入り込み、暴れた。
何をするとも噛もうとも微塵も思わず、ルキアは暴れる指に自分の舌を絡ませた。
だらしなく涎が唇の端から溢れ落ちても止められない。
気持ちいい
もっと
もっととルキアが顔を突きだせば、一護の無表情が崩れた。
「 」
怪しく光る瞳とその言葉にルキアは自分も壊れたい、この男に壊して欲しいとうっとりした。
「黒崎さんに必要なのが貴女な事で、黒崎さんが救われても結局違う問題が発生するでしょうね?朽木さん自身、覚悟が必要になってくると思うんですよ。その覚悟が貴女にはあるんでしょうね?」
浦原の言葉を思い出したが、ルキアにはもう、どうでもいい戯言だった。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 8
その夜、ルキアは一護の勤める病院の屋上にある、給水塔の上でぼんやり空座町を見下ろしていた。
『 此処に、まだいたい 』
そう思っていたあの頃を思い出していた。
ルキアは現世を気に入っていた。
副隊長という自分の役職を考えれば、現世に長く留まる事は好ましくないと思いつつ、隊長達から現世はおまえに任せると言われ���ば内心とても嬉しかった。
現世は幸福に包まれている、とルキアは思う。美味しいもの、可愛いもの、楽しいもので溢れている。こんな幸せな世界で何故物騒な事件が起きてしまうのだろうと当時も思っていた。
虚、此方でいうところの悪霊が、現世に怨みや未練を残して暴れるのはまだわかる。
それを浄化させるのが自分の仕事でもある。
けれど、幸せな世界に住む人間が、人としての道を踏み外すのは何故なのか。
生きているのだ、間違えたならやり直せばいい。反省して次へ進めばいい。もしくは諦めて新しい道を目指すことだってできるのに。
生きているだけで素晴らしいのに
生きることから逃げたくなるなんて馬鹿げている。破壊するなんて意味がわからない。
死神(死者)のルキアには、人間の闇を理解することはできなかった。
井上織姫に泣きつかれたあの日、浦原も同席して話を聞いていた。
ダークヒーロー(テレビでそう報道されていた)は一護なのだと、止めて欲しいと、ルキアの膝に顔を埋めて泣く井上にルキアは困惑した。
井上は惚けたところのある娘だが、馬鹿ではない。一護に関しての観察眼は間違うことはない気がした。
何より、ルキアに助けを求めるのは、井上にとってもっともしたくないことだろうと思った。そもそもルキアは井上に1度追い返されているのだ。
それだけ今回は、井上に余裕がなく、切羽詰まっている状況なのだ。
けれどとてもシンプルに、今回の殺人犯が一護として、何故そんな事をするのか思い当たる節がないという。
それはルキアも同じだった。
聞けば殺された人間は何も繋がりのない者達だという。
あるとすれば、悪戯に他人を襲う悪質な人間、というだけだ。組織的な犯罪とは無関係らしい。
「ニュースとして扱われ出してからの殺人は3件なんですが、調べてみるとその前から不審な死に方をしている人間が何人かいるんですよ」
「それも一護だと?」
「最初は新たな力を持った虚かと思いましたがそうじゃない。けれど人間にしては痕跡が無さすぎる。人間を超越した何か、と考えた時に浮かんだのは黒崎さんでした」
「‥‥飛躍しすぎではないか?」
「そうですか?彼の身体能力は普通じゃない。死神化したら更にそのパワーは跳ね上がりますしね。普通の人間にしてはチート級な力を得てしまった」
「だからといって‥‥」
「もうひとつ。彼は、多感な年頃に普通じゃ考えられない、闘いに身を置いた生活を過ごした。これがどういうことか貴女わかりますか?」
「‥‥」
わからない、というのが正直なルキアの気持ちであった。けれどわからないと言ってしまうのはいろんな意味で無責任な気がして言葉にはできなかった。
「わかりませんよね?いえ、アタシだって正直わかるなんて烏滸がましくて言えません。けれど現世のこの国において、それって普通でないどころか尋常じゃない事だと思いませんか?」
「‥‥そうだな」
「アタシは、黒崎さんが戦う事を無意識に求めてるのではないかと思うんです」
「まさか、そんな」
「自分の力を試したい、認めてほしい、見てほしい。本人は気がつかなくても、心の奥底で無意識にそう願っていたら?死神代行を辞めた彼はどうなるんでしょう?」
この世界で例え霊が視えたとしても
私達と出会わなかったら
黒崎さんはただの霊感の強い少年のままだ
った
彼に強くなることを、敵を倒すことの後押しをしてしまったのは
私の責任もあるんですよ
そう言った浦原にルキアは何も言い返せなかった。
そうだ、それは私のせいでもあるのだ、と浦原の言葉を否定できなかった。
だが続く浦原の言葉はもっと残酷だった。
「彼は、この先どう足掻いても虚になるでしょう」
こんな言い方をするのは忍びないが、黒崎さんは過去も素質もありますし。
彼の心の奥深いところを救うことは多分誰もできやしない。
だって誰にも理解できないのですから。
まっとうであろうとする正義感と心の奥底の闇は永遠にぶつかりあって彼の人格を破壊し続ける。
黒崎さんの未来は虚になることでほぼ間違いない。
「一護はそこまで弱くない!」
浦原の言葉に堪り兼ねてルキアは怒鳴った。けれど浦原はそんなルキアに憐れむような顔を向けた。
「貴女が怒鳴ったら、以前のように渇を入れたら、彼は立ち直る?えぇ、立ち直るでしょうね、その時は。けれどそれもほんの一時。そしてそれを繰り返す」
何度でも何度でも
闇に落ちては貴女の渇をもらって立ち直っては闇に落ちる
「やめろ、そんな考え、浦原貴様らしくないぞ!」
「アタシは嘘は嫌いです。目の前の現実を受け入れないのも好きじゃない。
黒崎さんに対してそういう結論を見出だした。もちろんその先も考えました。」
虚まで堕ちたらアタシの手で葬る責任がありますし、人間のままなら石田さんが彼を捕まえてくれると。夏梨さんには多分無理でしょうから。仕方ないです。彼女にとって、彼は母にかわって自分を育ててくれた大事な兄なのですから。
「石田?」
唐突に懐かしい名前を出されて、いつでもどこか寂しげな風貌の男をルキアは思い出した。
「石田さんは今、刑事です。。彼もきっと、もう黒崎さんの異変に気がついてるんじゃないかと思います。彼の手によって法で裁かれるのもありです」
「裁くとか‥‥浦原、なぁ、浦原は一護を救おうという気持ちはないのか?」
「裁くことが救うことなんだと、貴女はまだわからないのですか?」
彼の闇は今更消えない
せめて、
せめてその闇が芽生えた原因であるアタシ達が裁くことで、彼を救うことに繋がりませんか?
それでも
それでも私は、浦原の考えを認められない
その言葉をルキアは浦原には伝えなかった
※※※
「よぅ」
月をバッグに突然現れた一護に、ルキアは今度は驚かなかった。
それどころか美しいな、と見惚れた。
「なんだよ」
「いや、貴様は美しいなと思った」
「‥‥‥‥は?」
あまりのストレートなルキアの言葉に、一護は柄になくてれた。だろ?とかお世辞言っても何もでねぇぞ?とか、そんないつもの言葉すら返せなくて「阿呆か」とフィッと顔を横に向けてから、一護はルキアの横に腰を下ろした。
無言で二人は夜の町を見ていた。
ルキアに迷いが生じる程には、その沈黙はとても穏やかだった。
「あそこのコンビニにな、今回の事件の犯人がいるんだ」
「は?見つけたの?てかおまえが言うなら奴は虚なのか?」
「いや、人間だ」
「そうなのか?」
「だから、石田に頼もうと思って貴様を待ってた」
「なんで石田?」
「警察なのだろう?」
「そうだけど。ま、そーだな。んじゃ、アイツに電話すればいいのか?」
あまりに普通な話の流れに、ルキアは違和感とも違う、何か、悲しいような寂しいような気持ちになった。
一護が、わからない
今、隣で話している一護がおかしいとは自分には思えない。こんな一護を知らないなんてこともない。これはいつもの一護だ。
事件の該当者であるらしい一護が、本来なら手を汚す相手がいると聞いても何の反応もない。
すぐそこにいると伝えて、何かしら一護の気持ちが揺れることがあれば、ルキアは絶対察する自信があった。
けれど目の前の一護には何の変化もない。
「石田に連絡しちまっていいのかって、おい、おまえ何だよボケてんのか?」
「え?あ、すまぬ、」
「大丈夫か?疲れてんじゃねーの?」
「いや、大丈夫だ‥」
むしろ揺れているのは自分ではないかとルキアはその場を繕うように、無理矢理微笑んだ。変な奴、と一護が薄く笑う。
月を背にした一護の笑顔が眩しいとルキアは目を反らした。
元々一護は綺麗な顔をしているが、こんなに綺麗だっただろうか。
月光のせいなのだろうかと思いながら、こんな大事な瞬間にさっきから何をかんがえているのだ、そんな事は口には出せない、とルキアは両手で自分の顔の半分を覆って目を伏せた。
「なぁ、おまえの任務って俺なんだろ」
唐突な一護の問いが、ルキアの脳に届くまでほんの少し時間を要した。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 7
「ひゃぅ!」
「何、その声」
「き、貴様何をする!驚くではないか!」
「じゃぁこれいらねーの?」
「‥‥い、いる。寄越せ」
「そこは黒崎先生アリガトウゴザイマス、だろ?」
一護を探しに緊急治療室に向かう廊下で、首もとに冷たさを感じてルキアは飛び上がった。バカにしたような笑い声に振り向けば、缶のミルクティーを差し出してくるから怒るに怒れない。怒ったけれど。
「くそぅ、今日は私が驚かせてやろうと思ってたのに」
「無理無理、俺、殺気に敏感だから」
病院に潜入して一週間。
ルキアが一護を見つける前に、いつでも一護がルキアを先に見つけてはちょっかいをかける。素直にただ「悔しい」と思っていたが事態はもう少し困ったことになっていた。
「あのな、私が声をかけるまで、貴様は私を見つけるな」
「‥‥は? 負けず嫌いもそこまで言い出すとアホ丸出しだぞ?」
「違う!そうでなくて、貴様が私に声をかける事がどうやら珍しいのか目立つらしくてな、浦原のかけた幻術的なもののバランスが崩れてきているのだ!」
「‥‥何だそれ?」
「最初に言っただろう?私は此処にいてもいなくてもおかしくない存在で実在していられるのだ。誰かに興味を持たれると、私の存在がおかしなことになる。貴様はどうやら目立つようでな、私と貴様がこうしていることが普通に思えない人間が増えてきておるのだ」
「え~?それさぁ、浦原さん仕事手ぇ抜いてんじゃねぇの?」
「と、とにかくだな、貴様は私にかまうな!わかったな?」
「‥‥ふぅん、わかったよ。で?」
「で?とは?」
「今夜は?またこの辺徘徊すんだろ?」
「徘徊‥‥まぁ頼まれている例の殺人鬼だか虚を探しには行くが」
「俺、今日上がりだから手伝う」
「‥休めるときは休め。井上が心配する」
「‥‥」
眉間に皺を寄せた一護に、ひるむことなくルキアはジャンプしてその額をつついた。
「痛ぇ」
「子供じゃないんだ、貴様は今では妻子ある立派な医者だろ?あの頃のような無茶をするな」
「無茶させてたのはテメーだけどな」
「うっ‥」
「高校生の俺を深夜連れ回してたのはおまえだろーが。えらそうに」
ピン、とお返しと言わんばかりに一護はルキアのおでこにデコピンをして
「んじゃ、仕事終わったら俺も死神化しておまえ探すから。あとでな」
そう言うとルキアの頭を2度ほどぽんぽんと叩いて、じゃーなと歩いて行ってしまう。
「おい、待て一護‥!」
「皆に見られたらまずいんじゃねーの?」
憎たらしい笑顔で言われてルキアは立ち止まる。そうだった、此処(病院)では今まで通りにはいかない。今だって、看護師達の視線を痛いほどに感じている。
一護はやはり目立つ存在なのだな、とルキアは小さく溜め息をついた。「私」の存在だけなら誰も気にしなくとも、一護が自分に声をかける事が多ければ「私」の存在は「あの人は誰?」と気にかけられてしまう。とはいえ、今はなるべく一護から目を離すわけにはいかないのだが‥とルキアが考え込んで立ち止まっていると
「ねぇ��君ってどこの配属だっけ?」
「はい?」
気がつけば、若い看護師がニコニコとしながらルキアの横に立っていた。
「え、っと、私は最近こちらに転属してきたばかりで‥」
「だよね?こんな可愛い同僚知らなかったよ。名前は‥って、あれ?名札は?」
「ま、まだ名札ももらえてなくて」
「そうなの?婦長さんそういうのうるさいのにね?俺から言ってあげようか?で、君の名前ー」
しまった、こ奴は男だが、さっきの医師である一護とのやりとりに何か思うところでもあったのだろうか?どうしよう?と後ろずさった時、人にぶつかってしまい、ルキアは慌てた。すみません、と振り返ろうとすれば腕をそのまま掴まれ動けなくなる。
「コイツに何か用事か?」
「あ、いえ、彼女、名札がまだないみたいだったので‥」
「そうか、わかった。俺から事務室に伝えとくわありがとな。あ、コイツは俺んとこで臨時で来てる派遣だ」
「あ、はい」
ルキアが動けないし喋れないまま、腕を掴んで、男の看護師に対応したのはさっき行ってしまったと思われた一護だった。
男がそそくさと退散していくのを見届けてから、すまぬ助かったとルキアが礼を言おうと見上げれば、一護はまた眉間に皺を寄せてルキアを見下ろして舌打ちをした。
「おめーは馬鹿か?いや馬鹿だったなそういえば」
「馬鹿とはなんだ!‥‥が、助かった。名前など聞いてくるから焦ってしまー」
「だから!」
むぎゅっと本気で鼻をつままれ、ルキアは「いひゃい!」と悲鳴を上げた。
「おまえさっき俺に何て言ったよ!おまえの存在は他人に感心持たれたらアウトなんだろ?何男に目ぇつけられてんの?馬鹿なの?」
「いや、その」
「浦原さんに言っとけ!俺専用の看護師かなんかに変更するように。あと、目立ちたくないならそのナース服もやめろ」
「‥‥私は地味から目立たないと思うのだが‥‥それにこのナース服とやら、可愛くて気に入っておるのだがなぁ」
「‥おまえなぁ‥‥」
またしても舌打ちをして下を向いた一護の、ルキアを掴む力が一瞬強くなった。痛い、と言えば「ごめん」と素直にパッと手を離した。
「とにかく。浦原さんにそう頼め。でないとおまえと普通に話せねぇから情報交換もできないぞ」
「‥‥いや、貴様に情報をくれなどと言ってなー」
「却下。おめーの意見は全部却下だから」
あ、それ、昔も聞いたとルキアが呟けば、一護はフッと笑った。
ピリピリとした空気がほんの少しだけ和らいだ。黒崎先生~!と呼ばれた一護は、じゃぁ後でな、とルキアの耳元まで屈んで囁くと今度こそ行ってしまった。
耳元にかかった吐息のせいで、ルキアは動けなくなる。
なんだ?今の
昔もこんなことはあっただろうか?
なんでこんなに私が動揺せねばならぬのだ
耳元を掻きむしろうと勢いよく手を耳にもっていくも、何故かそっと耳を塞いだ。
今の感覚を無意識に閉じ込める仕草をしている事に、ルキア本人は気づいてはいなかった。
※※※
「惚けてんすかね?」
浦原商店へと戻って、一護の報告をするルキアに、浦原はおもしろくなさそうに息を吐き出した。
「なぜそうなる」
「ほぅ?それにしては朽木さんも、自覚してるとこありません?今の話って、なーんか黒崎さんの独占欲のお話みたいに聞こえましたけど」
「違っ、と、貴様何を言ってるのだ?私と一護だぞ? 今までだって私達はいつも一緒にいてそれが普通で‥‥だから、その」
「‥‥」
「私と一護は今までと何も変わらぬのだ!けれど、病院内ではそれが目立つのか普通じゃないのか、ほっといてくれるのだ!」
「ええ、変わりませんね昔と。貴女と黒崎さんは目立つし普通じゃありませんでしたよ、昔から」
「え?」
無自覚って本っ当面倒臭くて好きじゃありませんねぇとぶつくさ言いながら、浦原はよいしょと少しだけ動いて棚からお茶菓子を出した。
「アタシはね、今回の件、あまり関わりたくないんですから」
「井上��頼みなのだぞ‥」
「‥夫婦の問題と殺人事件と黒崎さん、それから朽木さん。本当に関わりたくないッスね。貴女自身、私の言うことが当たってた場合どうするつもりなんです?」
「貴様の考えが全て正しいとは思っていない。それに‥‥私は、一護の原因を突き止めて救えればそれでいい」
「彼を救うのに貴女が必要だとしたら?」
「だからそれは貴様の勝手な考えだろ」
「いいえ」
突然真面目な顔つきと声で、浦原はきっぱりとルキアを否定した。
「彼に必要なのは貴女です。ごらんなさいな、貴女が来て10日、殺人事件は起きていない。石田さんに聞いたら連続通り魔は相変わらず逃亡しているそうです」
「それは、偶然なのでは」
「偶然?偶然なんてそんなものは存在しない。貴女がいて、たいしたことない虚退治をしていれは黒崎さんはそれでいいのですよ」
「‥‥」
「まぁ‥‥こうなったのは、私のせいでもありますけど」
「‥‥浦原」
「まぁ、これは私の考えですから、貴女は貴女なりに黒崎さんの闇を突き止めてせいぜい救ってあげてください。でも、」
一旦話を止めて、浦原はわざとらしく溜め息をついた。
「黒崎さんに必要なのが貴女な事で、黒崎さんが救われても結局違う問題が発生するでしょうね?朽木さん自身、覚悟が必要になってくると思うんですよ。その覚悟が貴女にはあるんでしょうね?」
目深に帽子を被っている為、浦原の表情はルキアにはわからない。けれど声のトーンからふざけていないことは明らかだった。
「私は、私のできる限りの事をする」
居心地の悪さにルキアは立ち上がった。この場にいれば、ルキアも浦原の考えを全て肯定してしまいそうで怖くなったからだ。
「今夜も偽の虚退治に行くんですよね」
「‥‥あぁ」
「餌を撒きましょうか」
「餌?」
「今回の、つかまってない犯人ですけど、とりあえず目星はつけました。黒崎さんの前にだしてみましょって提案です」
「‥‥」
「乗り気ではないようですね?」
「いや‥‥そういうわけでは、」
「そこで黒崎さんがどうでるか。相手は虚じゃない。虚に取り憑かれているわけでもない。つまりただの人間だ。貴女と黒崎さんは手出しをできません。そもそも貴女は本来その男を知らないから会ってもスルーするはずですが。黒崎さんは多分、もう知っている。知ってても放っておくのか、貴女が隣にいても殺すのか。もしくはもう興味すらなく忘れているか」
「‥‥試すようで、嫌だがな‥‥」
「ではどうするつもりです?貴女はそうやってただ傍にいて見守り続ける?いつまで?確かにそれで黒崎さんが落ち着いているのであればそれでいいですけれど。けれどいつまでそうしてるつもりなんです?」
何も言い返せなくなったルキアは、唇を噛み締めて浦原から目を反らした。
一護は確かに落ち着いている、と思う。
尤も井上や夏梨の言うようなおかしな一護を見たわけではないから断言はできないが。
一緒にいた頃と変わらず、兄貴的にルキアの面倒をみてくれるところは昔の一護そのものだ。
前より落ち着いたのは年を重ねたからだろうし、
少しだけ
少しだけ、からかってくる内容が挑発的な気がするのも、それもやはり大人になったからなのかもしれない。
何も言い返せず、浦原の家の居間を出て襖を閉めた��
「黒崎さんのご要望通り、貴女の存在は、黒崎さん担当の研修生ってことにしておきましたよ」
という浦原の声が聞こえた。
「すまぬ、助かる」
「専属秘書にしてもよかったですけど。洒落にならなそうなんでやめときました」
尚も付け足された言葉に、ルキアは返事をしなかった。クックと喉の奥で笑うような浦原の声が聞こえたが、聞こえなかったことにした。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 6
※※
「ただいま」
「パパ!?」
ソファに寝そべってTVを見ていたかずいは、玄関の開く音と一護の声に、ソファから飛び降りた。
ダダッと走ってリビングを飛び出し、靴を脱ぐ一護に飛びつく。
「おかえりパパ!今日もはやいねー!」
「おぅ、かずいが宿題ちゃんとやったかチェックしないといけないからな」
「やったよ!宿題見てね!ねぇ、見たらさ、またマリオやろー」
「おまえ俺に勝てねぇの���まだやりたいの?」
「勝てたら?もし勝てたらぁ、今度新しいゲーム買ってくれる?」
だから勝てないクセに、とじゃれつくかずいを一護が抱き抱えると、かずいはきゃぁきゃあと楽しそうな声を上げた。
「お帰りなさい、一護君」
「ただいま。あ、今日もかずい寝たらすぐ行くから。飯何?」
「‥‥今日は餃子」
ちらりと目線をシンクに寄越した一護に、またできあいの餃子か、と言われた気がして織姫は何も言えなくなった。
実際ヨーカドーのできあいの餃子と枝豆が今日の夕飯だった。
とはいえヨーカドーの肉餃子はとても美味しいのだから文句はないはずだ。
むしろ文句が喉元まででかかっていたのは織姫だった。
虚ろな瞳で自分とも息子ともまともに会話すらしなくなった彼が、今はにこやかに家に帰ってくるようになったのに。
彼はかずいを寝かしつけると毎晩のように家から出て行ってしまうようになった。
彼の仕事が夜間診療がメインなことは知っている。
けれど休みが無いわけなどない。実際以前の彼は、家で寝ていたのだから。
「仕事?」
「それ以外何があんだよ」
「そうだよね」
一応、聞いてみる。答えはわかっているけれど聞かずにはいられない。
楽しそうにかずいとTVゲームを始めた一護を織姫はキッチンからぼんやりと眺める。
朽木さんのおかげなんだろうな、悔しいけれど
夏梨の幾度もの助言が正しいと理解したのは、それから一月ほど経った頃だった。
夜中、トイレに起きた織姫が階下からした物音に降りてみれば、ちょうど一護が帰って来てたようだった。
お帰りなさい、と声をかけて電気をつけようとすれば、「風呂入るから」とその手を阻むように横切られ風呂場へと行ってしまったのだが、すれ違い様に鉄のような不快な匂いが織姫の鼻を掠めた。
この匂いを知っているー
怪我してる?と慌てた織姫がバスルームに手をかけるも鍵がかかっている。
中からは静音タイプの洗濯機の稼働音とシャワーの音が微かに聞こえる。
心配になった織姫は一護が風呂から上がるまで待った。暫くしてバスルームから出てきた一護は織姫が待っていた事に顔を歪めた。
「どうした?何も食わねえけど」
「一護君、怪我してない?」
「‥‥は?なんで?」
「え、っと、なんか、そんな、気がして‥‥」
「してねぇけど。‥‥早く寝ろよ、明日も早いんだろ」
「うん‥‥」
顔を見ることなく、心配した妻を労うこともなく冷蔵庫から缶ビールを探す一護に、織姫はそれでも動けなかった。
間違いない、あれは大量の血の匂いだった。手術か何かで血を浴びたのだろうか。でもそういう時は病院でシャワーを浴びてくるのに。
「なぁ、寝ないの?」
「え?寝るけど、一護君は寝ないの?」
「少ししたら寝る」
「うん‥‥あの、ね」
「何?」
あからさまに面倒臭そうな一護に、織姫は少しだけ「怖い」と感じた。
今、自分は、夫にうるさいと思われているのがわかる。うるさいことなど何も言ってはいないのに。
「今日ね、かずいがリレーの選手に選ばれたんだよ」
それは織姫なりの、場を和まそうとした言葉だった。うるさがられているのは承知でも、かずいの話をすれば機嫌がよくなるんじゃないかと織姫は思った。
「そっか」
「うん、クラスで一番だったって。パパにも早く言いたいなってかずいはしゃいでて」
「じゃーおまえが言ったら駄目じゃん」
「あ、そうか!やだついうっかり話しちゃったよぉ~」
「‥‥‥‥」
「でね、3組の塚原さんが、かずい君てなんでもできて本当に羨ましいって。塚原さんとこの息子さんはお勉強はできるけど運動は」
「なぁ、それ、長くなる?」
「え?」
つい、いつものように無意識に話しを続けてしまった織姫は、既に話したいことが溢れて一護が不機嫌な事を失念してしまっていた。
「ごめん、一護君疲れてるよね、ごめんね」
「‥‥もういいから、寝ろって」
「うん‥‥ねぇ、一護君も寝よう?」
「だから!少ししたら寝るって言ってんだろ!」
ガンッと思い切り飲んでいた缶ビールをシンクに叩きつけられ、大きな音とビールの泡が盛大に飛び散った。
「ご、ごめ‥」
「‥‥疲れる、まじで」
はぁ、とため息をつくと一護は織姫を見やることなく、缶ビールをそのままに客間へと行ってしまった。客間へ行くというのは、寝室では寝ないという事だ。
そんなに?
そんなに怒る?
私がそんなに怒らせることした?
あんなに怒る一護を織姫は見たことがなかった。何より一切自分を見ることもなかった。
その時の織姫は、正直なところ腹が立った。
疲れてるか何だか知らないけど、妻にあんな態度をとるなんて酷すぎる。シンクに泡も飛び散って汚れたし。でもこれ私がやったんじゃないもん、と織姫は缶ビールも汚れもそのまま2階の寝室へと戻った。明日になれば反省して優しく謝ってくるだろうから、そしたら「ご無沙汰」な事をおねだりして許してあげようかな、とそんな事を思っていた。
けれどその日から、一護は織姫だけでなく、かずいともあまり口をきかなくなった。かろうじてかずいとは話すが、面倒臭そうなのがまるわかりだった。
そして、あの夜から血の匂いも消えない。
霊圧がないことで死神化してるとは思えない。
夏梨の言うとおり、一護はやはりどこかおかしいのか。そう思い始めた時、最近空座近辺で起きている事件と一護が結びつくという考えが頭を過った。
それは考えすぎ、と最初は直ぐに否定したが、血の匂いをさせて帰ってくる次の日にニュースが報道される。
これは虚じゃない、殺人だと思ってしまえば織姫は怖くなった。こんなの、手におえない。
どうしよう?
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしたらいいの?
頼れるのは
あの時自分の頭に浮かんだのは
朽木ルキアしかいなかった。
※※※
ルキアに「全面的に任せてもらえるか?」と言われて当然すがる思いでお願いした。
ほんの数週間で一護から血の匂いも虚ろな瞳も消えた。
それどころか、以前よりも明るくなった。
無理な明るさではなく、それはとても自然で、何より昔の一護を思い出させるような懐かしさも感じた。
けれど
一護は家で眠ることがなくなった。
仕事柄それは今までもあったし、もちろん今も仕事のはずだ。
だが、それ以外の時は?
どこで寝ている?
どこで
誰と
朽木さんには、帰ってもらわないと
助けて欲しいとはお願いしたけれど
それ以外は何もお願いなんてしていない
かずいを寝かしつけ、風呂に入りいそいそとでかける一護に「いってらっしゃい」と声をかけた。玄関の鍵を閉めて、織姫は浦原へと電話をかけた。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 5
自慢じゃないけど、都合の悪いことは直ぐに忘れることができる。
頭が悪いからだ。学校の成績はずっとよかったけれど、そんなのはちゃんと授業を聞いて予習復習をしていれば、誰だって本当はいい成績をとれる。皆それをしないだけ。
幼い頃に身内を全員亡くして、親戚の家にお世話にならなければ生きていけなかった。お世話になるのに、学校の成績で迷惑をかけて嫌われたくなかったからちゃんと勉強はした。いつだって楽しくいられるように、いつも笑っていた。
いつのまにかそれが「私」という人間になった。それを可哀想なんて1㍉も思わなかった。当時まだ小学生の私は生きることに精一杯だからそれが当たり前だった。辛いとか苦しいなんて思ったことは一度もなかった。
けれど、
「織姫、あんたって本当に健気だね」
と周りに言われるようになって、そうなんだ、と知った。
私は我慢強くて健気女の子だったのだ。
頭が悪いから、そんな健気で可哀想な自分に気がつかなかった。
それなら、もしかして、と
幸せだけれど煮え切らない状態が続いた時、彼に昔話をしてみた。
今までは普通に話していた私の子供の頃の話を、まるで内緒話のように、とてもとても悲しい物語を語るように、丁寧に話した。でも自然に涙がでてきたから、本当は悲しかったのかもしれない。
その時彼は
正義感で溢れるかっこいい私のヒーローは
「辛かったんだな」
と初めて正面から私をみてくれた。
「もう、そんなに無理しないで生きればいい、これからは、俺が護るから」
そう言って、初めてそっと私を引き寄せて抱き締めてくれた。
辛くも痒くもない私の昔話が、彼にこんなに効くなんて驚いた。自分の魅力は外見だけじゃなかった。元よりその魅力は彼には効かなかったけれど。
人は、普通と違うものに惹かれるのだという事にこの時漸く気がついた。
そうか
特に純粋で、優しい彼にはそういうのにきっと弱いのだ。
当時身内を敵にまわしていた小さい死神さんも普通じゃなかったし
身内のないひとりぼっちの私もそう。
彼はそういうものに愛を見出だす。
自分がいなくちゃ護らなくちゃと
正義感丸出しの彼はとっても愛しい。
だから
今のこの状況は
きっと、私が幸せすぎるのだと思う。
彼と結婚して子供も産まれてお金に全然困らなくて。
私は普通の幸せな人になってしまった。
だから彼の興味がそれても仕方がないのだと思う。
護るもののない彼がどうなるかなんて考えたことがなかった。
私と息子と彼の穏やかな生活は、彼には退屈になってしまったのか。
もしくは彼にとって平和な日常は刺激が足りないのか。
彼は年々、静かな人となった。
外見は相変わらず素敵だけれど、学生の頃のようなやんちゃな勢いは全くなくなった。
年齢のせいもあるのだとは思う。
誰だっていつまでもやんちゃはしない。子供が産まれて親になれば尚更。
セックスだって、元々多かったわけじゃないけれど、甘えれば今だってしてくれる。
とてもとても淡白な気もするけれど、元々他人がどんなセックスをしているかなんて知らない。AVと比べるなんておかしなことだし、官能小説なんて所詮創作物なんだもの。
だから
少しだけ退屈になった結婚生活の愚痴なんて、そんなの本当にただの愚痴でしかない。
彼はきちんと働いて息子を可愛がるお父さんをちゃんとしてくれてるし、お金もたくさん稼いでくる。
息子は彼と私のいいとこばかり遺伝してとっても可愛くてスポーツも得意で頭もいい。
美容院もネイルも睫毛エクステも毎月行って、あたしも美をちゃんと保ってる。
ご飯もたまにちゃんと作るしナッシュもあるし。
そんな私達の生活に、最初に踏み込んできたのは彼の妹だった。
彼がおかしいのだと、彼女は言った。
何を言ってるのだろうと宥めても彼女は聞き入れてくれなくて。
彼は心が病んでいる、なんてとても酷いことを言った。
毎日一緒にいる私が気がつかないはずないなんて、更にとても酷いことを言った。ちょっと距離をおこうと彼女からの着信やメッセージを無視していたら、彼女は
あの小さな死神を呼んでしまった。
義妹であっても、彼女を恨めしく憎たらしいと、初めて思った。
死神を呼ぶほど彼がおかしい?
彼がおかしいとして、必要なのが死神だというの?
そうね、そうでしょうね。
わからなくはないけれど私は嫌だった。
だから死神が訪ねてきたその場で死神には退場してもらった。
一番楽しかった高校時代は、反面一番辛かった
あの頃の彼は、死神の彼女ばかりを見ていた。彼女の力になりたくて、そして本当に彼女の隣に並べる力を身につけて、いつしか二人は二人で一人の、お互いの背中に絶大な信頼を寄せる二人になった。
彼は死神を好きだった。死神にそれは伝わってなかったようだけれど、彼は間違いなく死神を1人の女として傍においていた。
そこに自分の入る隙間はなかった。馬鹿だけれどそのくらい女の本能でわかっていた。あの頃の自分にできるのは彼を見守ることだけ。彼の怪我を治すことだけだった。彼の精神(心)を動かすのは死神だった。
だから、あたしは、死神がいなくなる日を待っていた。
ずっと、ずっと。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 4
少しだけ仮眠をとるかと一護は仮眠室へと足を向けた。今日は通しだから16時上がりだ。家に帰って顔は出さないと、また妻が自分の携帯に留まらず石田の親父にまで連絡するかもしれない。面倒だからこそ面倒でも帰るしかねぇな、と頭を掻いた時、ドン、と何かにぶつかった。え?と一護は眼下で書類を散らばせて倒れている看護師に驚いた。
確かにぼんやり歩いてはいたが、今、目の前に人がいるなんて気がつかなかったのだ。というか見るからに、倒れている看護師は小さい。視界に入らなかったらしい。
「すみません、大丈夫ですか」
慌てて散らばった書類をかき集めながら、看護師に手を伸ばせば、その手をばしんと叩かれた。え?と慌てたが次の瞬間、一護は目を見開いた。
「ル‥」
「貴様ぁぁ!無駄にデカイのだから気を付けろ!」
夢だろうか、と一護は声がでない。けれど叩かれた手の甲が地味に痛いことが夢ではないのだといっている。いや、俺の知ってる死神は黒い袴姿の筈だ。もしくは色気のない、小学生のワンピースの筈だ。
「おい、貴様何か言わぬか」
「‥‥ルキア、だよな?」
「そうか寂しいな‥‥もう認識もしてもらえないのか」
「してるから、聞いてる」
「ふぅん、では忘れられてそうやっておどおど確認せねばならぬ程度なのか寂しいな」
「ふざけんなよ!」
ぱしん、と一護はつい、目の前の看護師を叩いた。痛ぁ!と看護師が頭を押さえる。
その姿が懐かしくて、一護は胸が熱くなって思わず自分の胸元をぐしゃりと掴んだ。
「ふふ、久しぶりだな一護」
ナースの格好をしたルキアが頭を押さえながらも一護に微笑みかける。それだけで、一護もふはっと漸く口元が弛んだ。本人は気がつかないが、目元も肩の力もすべてが弛んだ。
「随分会えるまでに時間がかかってしまったな。貴様は普段このあたりにいるのか?」
「え?おまえいつからいるんだ?」
「えーっと、昨日の朝には此処(病院)に潜入してたのだが」
「‥‥えーっと、」
一護は米神を人差し指で押さえた。
忘れかけていた、このありえない感覚。
何の資格もなく、死神故に仕方ないが天然なこの女が丸1日看護師なんてやってられるか?だとしたらそれは例の駄菓子屋の店主の差し金か?
「まぁ、そんなところだ。アイツは何でも可能だからな。私の存在は普通にここで働く看護師だ。私に無理な仕事は回らないようになっているそうだ。例えば注射とか難しい手当てなんか頼みたい人間には私は都合良く見えなくなるらしいぞ?今はな、薬をしまったり入院患者にお茶を出したりしておる」
「‥‥そ、そうか」
「私個人に興味を持つ人間が現れると面倒くさい事が起きるらしいからな。適当に誰にでも愛想良くフラフラしておるが楽しいぞ」
「もう、なんか‥‥久しぶりだわ、おまえら死神の無茶苦茶なとこ」
「うむ、久しいな、一護」
高飛車な態度を翻してふわりと笑ったルキアに、一護は更に胸が苦しいような身体が熱くなるような感覚に陥った。
なんだ、これ、とそれを悟られまいと、起き上がろうとしたルキアのおでこをつついてもう一度尻餅をつかせればルキアは怒った。
「貴様!なにするんだ!」
「いや、つい‥‥」
ついやった、のは嘘ではないが、尻餅をつくのを庇うように斜めに倒れたルキアの、ナース服のスカートが捲れてなまめかしい足が露になった事で、更に落ち着かなくなった。
そんな一護に気づくこと無く、ルキアはプンプン起こりながら立ち上がると「今少し時間あるか?」と怒るのも笑うのも止めて聞いてきた。
ここにルキアがいるということは何かしらあるのだ。
何年も現世(こっち)に来ることのなかったルキアがいるというのは当然一護も気になった。
「少しだけ寝ようと思ってたけど、いいぜ、休憩室行くか?」
「寝るのか?」
「通しだからな。時間あるとき寝とかないと仕事に支障でるんだ」
「通し?よくわからんが、寝なければいけないのであれば寝ておけ。私のほうはまた今度でかまわぬよ」
「いや、気になるし。あ、仮眠室でいいか?誰も来ねえし」
「そうなのか?それではそこで話そう」
じゃぁこっち、とルキアを連れながら、一護はあたりを見回した。
一護は仮眠を取るときは相部屋には絶対しない。看護師や同僚に起こしに来させる事もしない。
誰かを仮眠室に入れるのを知られたくなかった。
そして、それだけではなかった。
ルキアと二人になりたかった。
「ほぅ、狭いな��
「仮眠室��んてこんなもんだ。名前の通り仮眠する部屋なんだからな」
「では私は上がいい」
「は?」
「この2段ベッドというのにな、憧れていたのだ。この梯子上りたい」
嬉しそうに、2段ベッドの階段を指したルキアに一護はブッと噴き出した。「ガキかよおめぇは」と言いながら、話しにくいからそこ座れとパイプ椅子を出して、自身はベッドに腰かけた。ちぇ、つまらぬとぶうぶう言いながらルキアは一護の顔を見つめた。
「‥‥顔色が悪いな。疲れてるのか?」
「そうでもねぇよ?まぁ寝不足はあるかな」
「では貴様は布団に入れ。寝てしまったら続きはまた話そう」
「‥じゃぁおまえも布団入るか?布団の中で話せよ」
「は!?な、なな何言って」
「なんだよ、昔はおまえが寒いとか言って俺の布団に勝手に入ってきただろ」
からかうように笑いながら一護に言われて、ルキアは思い出してか頬を赤く染めた。
「あ、あの頃は貴様は子供だったろ!」
「一緒に寝るほど子供でもなかったけどなぁ。つーか、じゃぁ今は意識するわけ?」
「からかうな!」
すぐ怒るんだよなぁ、と一護は懐かしくてどうしてもルキアに絡んでしまう。
それだけじゃない。
ルキアとこうしているこの空間が、たまらなく高潮していくのが自分でもわかる。
一護にとって、ルキアは言葉にできない存在だった。
最初から、出会った瞬間からとか、そんな運命的なものだったわけじゃない。けれど気がついた時にはかけがえのない存在になっていた。いなければ落ち着かないし、他人とルキアがいると、普段落ち着いている一護が冷静でいられなくなった。
あたりまえに背中に乗ってきたり、一護の布団に潜り込んでくるルキアを意識しながら無意識を装って触っていたヘタレな自分を情けなくも恥ずかしくも感じていたあの頃が、今となっては懐かしいと思う。
そんなヘタレから抜け出したくて、初めて意識した言葉を投げ掛けたその日にルキアはソウルソサエティに帰ってしまった。
自分が余計な事を言ったからだろうとあのときの一護はそれをものすごく後悔していた。
ルキアがいなくなって、何も変わらないはずの生活は途端に色褪せた。
あの顔があの声がないだけで、突然つまらない毎日になった。
何で、欲張っちまったのかと一護は自分を責め続けていた。
あの頃、既に自分は幸せだったのだ。
あたりまえにルキアがいて、背中に乗せて虚倒しに夜な夜な出かけ、同じ布団で眠る日々。
でもそれ以上を一護は望んだ。
ルキアにもっと触れたかった。
ルキアを自分だけのものにしたかった。
そんな子供染みた願いが、結果ルキアから逃げられてしまったのだ。
そのせいか、一護はそれから何も求めなくなった。求められれば応えることしかできなくなっていた。
「‥‥で、此処には一護がおると聞いてな、とおい、貴様聞いておるのか?」
「んぁ?」
ぼんやりと昔を思い出していたせいで、目の前のルキアの話を聞いていなかった。
悪い、もう一回話して?と言えばルキアはむぅっと頬を膨らませてから突然ハッとしたように「やはり疲れておるのだな、寝た方が良い」とパイプ椅子から腰を浮かせた。
「話せって、気になるから」
「聞いてないくせに」
「おまえが久しぶりに目の前にいるから。見る方に気をとられた」
「なるほど、って、え?え?」
「変わらねぇな、おまえ」
今触ったら、また逃げられるのかなと一護はルキアに触れようとした手を無理矢理自分の目元に持っていって顔を隠した。
「‥‥眠ってかまわぬから、聞いていてくれ。元より代行を辞めた貴様には関係ないしな」
「‥‥あぁ」
突然労るように優しい声になったルキアに、一護は目を掌で隠したまま頷いた。
「最近おかしな輩がいるようでな、人間か虚の仕業かわからぬようなんだ」
「へぇ」
「浦原は人間だと言うし、夜一殿は人間では無理だと仰っていて。あの二人が動いてもそれを捕らえる事ができないでいる。それでな、この病院が怪しいのだそうだ」
「‥‥此処が?なんで?」
「殺されている奴は、この病院に搬送された患者の加害者だそうだ」
「‥‥加害者」
「そうだ、つまり、一般人を襲った悪い奴が、何者かに殺されている。ニュースにもなってるそうではないか。悪を抹殺するダークヒーローとか」
「‥‥俺、あんまニュースとか見ないからな。でも、悪を倒すんなら別にいいんじゃねぇの?」
「例えそうであっても、人が人を殺していいわけはない」
「‥‥そーね」
一瞬、沈黙が起きた。
一護は目元を掌で覆っている為、ルキアがどんな表情をしているのかわからない。
もしかして一護が寝たと思って黙ったのかもしれなかった。
そして一護はそうであって欲しいと思いながら、口を閉じていた。
「‥‥虚ならそれでいい。私が見つけて倒すまでだ。最も人間だった場合は私達の出る幕はない。でもな、例え正義を語っても人が人を殺すことは正しいことではない。そいつが虚にとりつかれているのであれば‥私はやはり放ってはおかないつもりだ」
聞いてるとわかっていてか独り言か、ルキアはそう言って立ち上がったようだ。パイプ椅子がギシリと音を発てた。
ベッドの傍までルキアが近づく気配がした。見下ろされているらしい。
今、ルキアはどんな顔をしているのか一護はとても気になった。
寝たふりなんてやめて、ルキアを、自分の目に少しでもうつしたかった。
「また会えて、嬉しいぞ、一護」
さっきより小さくなった声が、一護の耳に甘く届いた。優しく髪を撫でるその細い指を掴みたいのを堪えた。
「おやすみ、」
静かに部屋から出ていったルキアの足音が遠くなるのを確認して、一護は手を布団に落とした。
わかっているのかいないのか
確信しているのかいないのか
けれどそれならー
ルキアはどうして俺と話したのか
宣戦布告のつもりなのか
ふふ、と一護の口元から、本人も気づかない笑みが溢れた。
どんな状況であれ
ルキアと自分はまた会えた。
今回は最初から意識して出会えた。
翻ったスカートから見えた足を思い出した一護は、自分の右手を下半身へと持っていった。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 3
運ばれてきたのは50代のサラリーマンだった。見知ら��男に突然殴られた為、構えることもできず倒れてしまい、倒れたところで足に刃物を刺されて鞄を盗られたという。
たまたまなのか狙ったのか、刺された場所が悪く、傷が完治しても後遺症が残ってしまう可能性は高かった。
「これで3人。手口が同じ。‥‥同一人物の可能性が高いな‥‥」
「おまえら警察はちんたらなにしてんだよ、なんでいつまでも野放しにしてんだ」
「野放しにしてるわけないだろ、言葉を選べ」
「おまえ相手に言葉選ぶなんて無理。無能刑事だからな」
「うるさいなヤミ医者」
闇医者でなく病み医者だな、と思ってから、いやそれはあまりに的確過ぎて言えないし笑えないな、と無能刑事と言われた男は口を閉じた。
「煙草、持ってるか?」
「医者が吸うな、馬鹿か君は」
「うるせぇな、こんな仕事ばっかしてると現実逃避も必要なんだよ、早く寄越せ」
「全く‥‥いくらここが病院の裏でも、医師と刑事が喫煙所でもない場所で煙草吸うのはまずいだろ」
「こんっな夜中に病院の裏なんか誰も来ねえよ」
「‥ったく‥‥」
「ばれたらおまえの親父が激怒するよな」
「激怒ですまないね」
「確かに!」
ハハッと笑った医者の男に、刑事の男は少しだけホッとする。
二人の紫煙が夜空に漂う。
まだほんの、恋も知らないわからない頃から。お互い刑事と医者になった今も、二人はこうして隣にいる。
仲が良いというには語弊がある。
若気のいたりから空座市民をも巻き込む大喧嘩をしたこともある。お互いよく思っていないクセに放っておけない腐れ縁なこともお互い認めている。
総合病院の院長を父にもつ男が刑事になり、腐れ縁の男が父の病院で働く医師になるなんて
出逢った頃から大事に想っていた女性をその医師に奪われるなんて
それでもこうしてまだ、隣にいるなんて
人生なんて、わからないことばかりだと刑事は思う。
それでもいいと思っていたのに、最近の医師の男に、刑事の男は不安を感じていた。
「さて、と俺もう戻るな」
「もう、急患が来ないといいな」
「おまえらが空座から悪人を排除すりゃ俺も休めるんですけどー?」
「‥‥日々努力してるよ」
足でぐしゃぐしゃと消した煙草を落ちていた空き缶に入れると、医師の男は、ん、と刑事の男に缶を差し出した。
「なぁ黒崎」
「あんだよ」
「おまえ、本当に最近死神化してないんだよな」
「してねっつーの。だいたい霊圧駄々漏れの俺が斬月振り回したら、おまえならすぐわかるだろ?」
「確かに」
「‥‥今の俺はしがない空座の医者だ。っても緊急救命専門なの誇りに思ってんだけどー?」
「医者の誇り‥‥か」
「正義のヒーローであるのはさ、死神でなくてもなれんだよ」
嘲笑めいた笑いに聞こえて、刑事は何故か恐くなった。
黒崎、おまえは今、何て言った?
「なぁ、さっき患者に聞いたんだけどさ」
「‥‥は?」
「相手の匂いがきつかったってよ」
「匂い?」
「日本人じゃねぇって意味だなありゃ。体臭だか香水だかしらねーけど異国の奴らって確かに独特じゃん」
「黒崎、おまえ」
「ん?」
「そんな話、患者といつした?というかそれは医者の仕事じゃないだろ?」
「別に聞くのはかまわねぇだろ?患者の意識なくさない為に、俺よく話しかけるぜ」
からから笑う黒崎に、違う、君はそうじゃないだろと思う。
聞きたいだけだ
相手がどんな奴だったか、少しでも情報が欲しいんじゃないのか?
「‥‥まぁ、いい。それよりたまにはちゃんと家に帰れ。奥さんと息子が待つ家が君にはあるんだから」
「そんな一般論言うなら、空座を平和な街にして欲しいね?無能刑事だらけだから俺はここ(病院)から出れねーんだからよ」
「無能言うな」
「無能を無能と言って何が悪い」
「あぁ言えばこう言う‥‥本当に君は昔から変わらないね」
「石田も変わらねぇよ。刑事になっても趣味は裁縫っつーサイコ野郎だもんな」
「サイコの意味がわからないね」
フン、と鼻を鳴らして刑事ー石田はアスファルトに煙草を擦り付けて消して、一護の缶コーヒーに煙草の吸い殻をぽん、と落とした。
「あー!まだ飲んでたのに!さっき空き缶渡しただろーが!」
「今度おごってやるよ」
「無能の貧乏デカに奢らせるのは申し訳ねぇなぁ」
「しつこいよ」
じゃあな、と軽く手をあげて石田は病院を後にした。
二人がいる空座町は霊力の高い街だった。
そのせいかどうかはわからなかったが、ここ数年はおかしな事件が増えていた。虚か人間の仕業か、それとも虚がとり憑いて起きているのか定かではない。
石田達は事件に振り回され、そして怪我人や重体患者に振り回されるのは黒崎一護達、夜間緊急の医師達だった。
それ自体はもしかすればよくある話でしかなかった。
だが空座では更におかしな事が起き始めた。
事件の犯人が、死ぬのだ。
犯人の死に方は 自殺か他殺か判断できない不可思議な事が多く、そして何故か争った痕がほとんどない。何よりいつだって何も残らない為「犯人」を殺害した「犯人」をみつけられないでいる。
つまり黒崎が石田に無能と言うのは正にこのことであり、石田がそんなつまらない挑発にのってしまうのも多少なりとも、犯人を上げられない自覚があるからだった。
つまるところ、現在の空座では殺人が多発していた。「犯人」が殺されてしまうという事で被害者達も警察も理由がわからない。更には何故「事件の犯人」が殺されるという更なる殺人事件へと変わるのか。
関連性があるのかもわからない。
石田が頭を悩ませていた時、石田を訪ねて意外な訪問者が現れた。
黒崎夏梨だった。
黒崎一護の妹といえ、そんなに親しい関係ではなかった。彼女もまた��黒崎ほどでなくとも父の影響もあるのか微妙な力を持っていた。けれど「死神」として闘うことはなかった。
その彼女が
「事件の犯人を殺しているのは兄だと思う」
と石田に言った。
何を言い出すのかと、その時は呆れるのすら通り越して笑ってしまった。けれど黒崎夏梨は笑わなかった。笑うどころか
「兄を見張ることはできないですか?兄なのであれば、兄を止めてほしい。もちろん罪を償わなければいけないのだから、石田さんの手で兄を捕まえて欲しい」
と、石田に頼んできた。
怒っているようにも、泣きそうにも思える顔で頭を下げる黒崎夏梨に、石田は戸惑った。
「君の勘違いであると証明する為にも、早く殺人犯を捕まえるよ」
そう言うのが石田なりの精一杯だった。
けれど、一度そんな夏梨の戯言を聞いてしまえば、事あるごとに黒崎一護ならば?と気にするようになってしまった。
馬鹿な、と思いながらも石田はだんだんと夏梨の戯言が戯言どころか間違いでないのではと黒崎を疑うようになってしまった。
けれど証拠がない。
その証拠の無さが更に黒崎一護がやったと思われた。
気にするようになって気がついたのは、最近の黒崎の異様な「明るさ」だった。
黒崎は元々暗い男ではないが、軽いとか明るいのかと言えばそれも少し違う。特に高校を出た頃からの黒崎はとても落ち着いた。
彼の傍にいた少女がいなくなって、「死神代行」をやめた頃から黒崎は雰囲気が変わった。当時はそんな黒崎を皆が心配したが、年齢を重ねていく頃にはそんな事も忘れていった。
けれど、最近の黒崎はまるで、代行していた頃の黒崎のようだと石田は思った。
疑うことに関係なく「最近朽木さんに会ったのか?」た聞いた事がある。
「は?ねぇよ」と即答された時、自分は何を聞いてるんだろうかと自分自身が不思議になった。
「アイツが来なくても空座は安泰だからな。来る必要もねぇだろ」
笑って言った何気ないその時の言葉が、石田は何故か引っ掛かった。
言葉だったのか、そのときの薄暗い光を放つ黒崎の瞳だったのか。
黒崎の顔はこんな顔だったか?
そう思ってしまえば、そこからは夏梨の言葉はどんどん真実味を増していった。
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chibichibita · 4 years
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Will not come true 2
「はじめまして、かずい。私は朽木ルキアというんだ」
「る、きあ?」
「あぁ、言いにくかったらクチキでもいいぞ?」
「クチキ、ルキア、両方言いにくいー!」
「もぅ!かずいったら」
あはは、と皆で笑った。明るい雰囲気にのまれて、ルキアは「一護はいるか?」と率直に聞いた。
「‥‥何の用事?」
ニコニコとした笑顔はそのままだが、その声に冷たい何かが微妙に交ざったことにルキアは気がついた。
「あ、あぁ、いや、ちょっとな。久しぶりに此方に来たし、奴にも会いたいなと思って」
「‥‥何かあるんでしょう?今まで1度も会いに来てくれなかった朽木さんが家まで訪ねてくるなんておかしいもん。何かな?それともあたしには言えないこと?」
優しい口調と笑顔は崩れてなどいないのに、ルキアは逃げ出したい気持ちになった。
やはり、だめなのか。
何年経とうと、一護の傍に私が近寄るのは嫌なのだろうかとルキアは小さく落胆した。けれど夏梨の願いでもある。このまま帰るわけにはいかなかった。
「一護は、元気か?」
「うん、元気よ」
「変わりはないか?」
「‥‥かずい、アイスあるから冷凍庫にしまってきてくれる?」
何かを察したのか、井上織姫は息子にアイスが入っているらしい袋を渡すと、先に家に入らせようとした。アイスたくさん買ったからルキアどれがいい?と屈託なくかずいはルキアに袋の中身を見せようとしたが、井上に溶けるから早くと急かされ、渋々家に入った。
「どうしてそんなこと聞くの?」
かずいがいなくなると、井上織姫の顔は能面のように表情をなくした。
「‥‥元気なら、いいのだ。すまぬ、どうしているかと気になってだな」
「誰かに頼まれたんじゃなくて?夏梨ちゃんあたりに」
「!」
「‥‥やっぱりね」
不意を突かれ、一瞬顔をひきつらせたルキアを織姫は見逃しはしなかった。
「‥‥大丈夫。だからお願い会わないで」
「井上‥」
「お願い、私達は夫婦なの。一護君を支えるのは私の、私だけの役目な��」
「‥‥そうだな‥‥」
そうだな、と返事をしながらルキアはやりきれなくなった。
一護はやはり何かあるのだ。
井上の態度からして夏梨の言葉は嘘ではないのだと確信した。けれど自分は井上に否定されている。これ以上踏み込むなと井上の全身全霊がそう語っている。
けれど、とルキアは思う。
辛いとき苦しいとき、差し伸べられる手はいくつあったっていい。
助かる道、救われる道が1つしかないよりも。
「出過ぎた真似をしたようだな、すまなかった」
「ううん‥‥朽木さん、ありがとう」
それでも何も言えないまま、一護とも会えないまま、ルキアは井上に侘びて踵を返した。
「ごめんね‥‥大丈夫だから‥‥だから、私達人間のことは放っておいてね」
たとえ井上特有の優しい声と喋り方であっても
ルキアの心がギシリと不穏な音を起てた。
夏梨、すまない
そう心で謝ることしかできないまま
かつての友と思った女性に拒絶されながら
ルキアはソウルソサエティへと、その時は還った。還るしかなかった。
※※※
その井上織姫がルキアを呼んだというのはどういうことなのか
ルキアは動揺を隠せない。
けれどあの日のことなどまるでなかったかのように、井上織姫はルキアにすがり付くとポロポロと涙を溢した。
「朽木さん、助けて、一護君を前の一護君に戻して」
「落ち着いてくれ井上、一護がどうしたというのだ?何があったのだ?」
前回も今回も、一護の霊圧の揺れは感じない。それどころか一護の霊圧すらとても薄く居場所すら見つけられない気さえする。
「捕まっちゃったら‥‥私達家族は壊れちゃう‥‥」
「捕まる?」
どうにも理解し難い井上に聞き返せば、��上は涙を溢しながら、ルキアの両手を自分の両手で包み込んだ。
「一護君は‥人を殺した‥」
聞き間違いを起こしたのだ。
だから何度もルキアは井上に落ち着いて正しく話してくれと宥めた。だが井上は首を左右に振りながら、一護君は人を殺してるの!と叫んだ。
隅に座る浦原に助けを求めようと振り返れば、浦原は唇を噛みしめて微動だにしない。
まさか、本当に?
一護‥‥!
貴様に何があったのだ
何が起きているのだ
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chibichibita · 4 years
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Will not come true
ルキアを呼んだのは、黒崎織姫だった。
総隊長から直々に「今回の任務だけど、喜助君のところに行ってくれるかい?内容によっては暫く現世に滞在になるかもしれないからそのつもりで」と言われていたルキアは、浦原から「依頼主がお待ちです」と言われた時に違和感はあった。
襖を開けて「朽木さん‥‥」と呟いて苦しそうな笑顔を寄越した彼女と目があった時、ぞわりと背中が震えた。
次に「これはまずい」と脳が震えた。
※※
数ヵ月前、ルキアは黒崎夏梨に呼ばれて現世に来ていた。
そのときは、夏梨さんが朽木さんに会いたいそうなんですと浦原がルキアを呼んだから、死神達はルキアが現世に行ったことは知らない。浦原はいつもの調子だったし、一時はお世話になって、妹のように可愛がっていた夏梨に呼ばれたこともあり、ルキアは久しぶりの現世に少し浮かれていたくらいだった。
「一兄を助けて欲しいの」
けれど夏梨の口から溢れた言葉は楽しいものではなかった。
何があったのだと、当然ルキアは夏梨に問いかけた。だがそれに対する夏梨の言葉は酷く曖昧で、言葉にできないのか本当にわからないのか、普段しゃきしゃきと話す彼女からは考えられないほどに巧く伝わってこなかった。
「このままじゃ、まずいの、本当に。一兄の目を覚まさせられるのはルキアちゃんしかいないんだよ!」
そう言われても、ルキアにはどうしたらいいのかわからなかった。そもそも夏梨から一護がどのように「おかしい」のか全く説明がないのだ。
「とにかく、会ってやってよ、話して?聞いてあげて?」
わからなくともその迫力に押しきられて、ルキアは黒崎一護の家に向かった。
正直にいえば、行きたくはなかった。
会いたくなかったのだ。
一護に、そして
妻の織姫に。
※※※
井上織姫はルキアにとって「仲間」であった。ルキアは井上を仲間として人間として大事に思っていた。治癒能力に長ける井上は負傷した一護や死神達を幾度となく救った。自分も救われた。一護とルキアが喧嘩をしたり言い争いをした時も天然故か本来の聡明さからか、場違いな笑いをもたらせて何度も場の空気を変えてくれたりもした。
「朽木さんは、黒崎君の傍にいつまでいるの?」
けれど、ある時突然言われたその言葉は全くふざけてなどいなかった。
「朽木さんが、ずっと、彼の傍にいるというなら、それでいいの��でもね、いつまでかわからないとか気が向くまでとかなら‥‥黒崎君から距離をおいて欲しいなって」
最初は何を言われているのかルキアにはわからなかった。
けれどいつになく真剣な顔で話す井上に、ルキアの頭は少しづつ理解をし始めた。
「一護が死神代行を続けるか辞めるかは、一護が決めることだ。私が傍にいることで奴が代行を続けてしまうと心配しておるのか?」
「それもあるよ。でも、ちょっと違う」
「違う、とは?」
「うん、あのね」
井上は伏せ目がちになり、下唇をキュッと噛んだ。
「あたし、黒崎君が好きなの。でも黒崎君は朽木さんが好き。じゃあ朽木さんは?」
「なぬ?」
「そういう、誤魔化すのはやめてね。バカにされてる気分になっちゃうから」
バカになどしていなかった。何を突然言い出したのかと驚いただけだった。
「私と一護はー」
「仲間、とか相棒って言う?うん、それはわかってるよ。でも、それだけじゃないよね黒崎君は。朽木さんだって本当は気がついているでしょう?」
「すまぬ、それは井上の勘違いだ」
「考えもしないで、どうして言い切れるの?」
「私達が同じ家に住んでいるからか?それだけでそんな勘違いされては困る。私と一護にそのような情は無い。無いからこそ一緒にいられるのだ」
井上の思うようなことは何もない。
それは嘘ではなかった。
そんな想像だけで話す井上に、ルキアは少々怒りすら感じてしまう。
感情が顔に出てしまったルキアに、井上は目線を反らして「ごめんなさい」と謝った。謝ったが「でもね、」と続けた。
「私、朽木さんのこと好きなの。これは本当だよ?」
「‥‥私だって井上を友と思っているよ」
「ありがとう、でもね、黒崎君のことはもっと好きなの、大好きなの。この先も、振り向いてくれなくてもきっと好きだから、きっと追いかけちゃうと思うの。大学行っても、就職しても‥彼の傍にいたいの」
黙って、井上の告白をルキアは聞いた。
「黒崎君があたしを選ばなくてもいいの。でも、黒崎君には幸せになって欲しいの。このまま‥‥世間とズレたまま、死神代行を続けて欲しく、ないの」
「‥‥井上」
「死神の朽木さんにこんなこと言ってごめんね、でも、でも」
井上はここで泣きそうな顔になってルキアの瞳を見据えた。
「黒崎君が、人間じゃない朽木さんとこのまま一緒にいて欲しくない‥」
それは抉るほどではなくとも、ルキアの心に真っ直ぐ刃として貫かれた。
そういうことか、とすんなりと今度は悩が理解をした。
井上の話は、支離滅裂などでなく、彼女なりの一護への想いなのだとわかった。
「話をしてくれて、ありがとう」
ルキアは井上を見上げて、強く握りしめて震えている井上の手をとった。
優しい彼女にここまで言わせてしまったのかと胸が痛んだ。
「私は、向こうに帰るよ。向こうに戻れば一護とも会わなくなるだろう。ただ、一護が死神代行をやるかやらないかは一護が決めることだ。そこは尊重してやるか話し合いをするか、自分達で決めるのだぞ」
「うん、‥ありがとう朽木さん」
井上と別れ、その後ひとまずはいつものように黒崎家に帰ることにした。
長くお世話になったのだから、きちんと挨拶もしなければと思いながら、何故かとても心が沈んでしまっていた。
何が悲しいのか、自分でもよくわからない。けれど気分はじわりじわりと降下していくのがわかる。
「遅い!」
突然前方から声が聞こえて、もちろんその声の主が誰かなんてルキアにはすぐにわかった。けれど、今は聞きたい声ではなかった。
無駄に腕を組んで仁王立ちの、漫画のような格好の一護が、そこにはいた。
「どうしたのだ、もう7時過ぎているぞ」
「だからオメーを探しに来たんだろーが。夕食無しになっていいのかよ」
「そうか、それはすまなかった」
「‥‥おまえ、どうした?」
普通に話しているつもりだったが、何かしら感じたのか一護は屈んでルキアを覗き込んだ。
「なんでもないよ、さ、早く帰ろう」
「‥そっか?ならいいけどよ」
ほら、と一護はルキアに手を差し出した。
当たり前にその手に自分の手をのせようとしてから、ルキアはその動きを止めた。
「?どーした?」
「いや、その、大丈夫だ」
「ぁ?」
なにいってんの?と言わんばかりの顔で、一護が下ろしたルキアの手を掴むと、自分のパーカーのポケットに繋いだ2人の手を突っ込んだ。
「寒いんだからワケわかんねーこと言ってないでとっとと帰るぞ」
「あのな、一護」
「なんだよ」
「これは、手を繋ぐというやつなのではないか?」
「‥‥どしたの?おまえ」
「いや、その、こういうことはその‥‥」
「は?何を今更。だいたい寒くなってきておまえがコレ始めたんじゃねーか。何色気づいてんだよ」
からからと屈託なく笑う一護に、そうか、そうだよなとルキアは半ば無理やり納得しようとした。
そうだ、たまたま一護の手が暖かいと知って、それでこうすればもっと暖かいと一護がポケットに2人の手を入れて。
それから私達は歩くときはいつもこうしているんだ。何もない、やましいことなど、何もないんだとルキアは自身に言い聞かす。
「でも」
「うん?」
「誰とでも、やらねーけど」
ボソッと呟いて、一護はその瞬間無意識にポケットの中のルキアの手をぎゅっと強く握った。
「そうなのか?」
「そうだよ」
「ふぅん」
「ふぅん、て、なんだよ。つーか、だから、おまえもな」
「私もなんだ」
「おまえも。他の奴とこれすんの禁止。寒いとき他の奴と歩くな」
「何を言っておるのだ貴様」
「‥‥わかんねー?」
歩みを遅くして、一護は怒っているようにもはにかんでいるようにもみえる不思議な顔でルキアを見下ろした。
そのとき、ルキアは、胸が苦しくなった。いや、満たされているような、苦しいのにどこか幸せで泣きたくなるようなおかしな気持ちになって一護を見上げた。
「わかんねーならいいけど。とにかく‥‥他の奴としたらダメってことだけ頭にいれとけ」
うん、
一護としかしない
そう言いたかったからこそ、ルキアは自覚した。
早急に帰らねばならない。
今なら間に合う、私も一護も。
甘い優しいこの瞬間は忘れない
そのぐらいは許してくれぬだろうか
その日の夕飯の時に、ルキアは黒崎家に別れの挨拶をした。そして現世にはその後訪れることはなかった。他の死神達が一護と井上の結婚式に出席しても彼らに子供が生まれても、ルキアはすべてを吹っ切る為にも現世に出向くことはしなかった。
あの甘い瞬間を
嬉しいと感じたその言葉を
一護は私が迷惑だと受け取っただろう
私は嫌われてしまったのだろう
そう思うと心は痛かった。けれどきっと、これでよかったのだ。
ルキアはそう思った。
※※※
十数年ぶり2人��会うのはとても緊張した。
2人の子供は8歳になると夏梨に聞いた。
夏梨には「今日は一兄休みの日だから家にいるはず」と言われていたが、井上もきっといるだろう。
不自然なまでに会うのを避けてきた自分が現れたら、2人はどんな反応をするだろうか。いや、これだけ年月が経っているのだ。笑って、懐かしんでくれるかもしれないー
意を決してインターホンを押そうとしたとき
「朽木さん‥‥?」
その声に振り向けば、スーパーの袋を下げた、大人になった井上織姫が立っていた。
男の子と手を繋いで。
「いのうえ、」
「全然変わらない‥‥朽木さんだぁ」
ふわっと笑顔を向けられ、ルキアは安堵した。よかった、笑ってくれたと強張っていたルキアの頬も少しだけ緩んだ。
「ママ、このお姉ちゃんだれ?お友達?」
「こらかずい、お姉ちゃんじゃないよぅ、ママよりお姉さんなんだから」
「嘘だぁ」
「本当ですぅーって、でも朽木さん全然変わらないのね、なんかずるいなぁ」
「いや、狡いと言われてもな‥」
「かずい、ご挨拶して?あ、朽木さん、この子ねかずいっていうの。一護君にそっくりでしょ?」
改めて男の子ーかずいを見れば、オレンジの髪の毛に大きく垂れた瞳は確かに一護を彷彿させられた。今度はもっと自然に頬が緩んだ。
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chibichibita · 6 years
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要らないおまけ
‥‥浦ルキです。
なので、不快に思われる方もいらっしゃると思うので読まなくても大丈夫なようにご都合主義で本編は続きます(多分)
苦情は受け付けますが、一護じゃなきゃやだーの人は読まないでくださいね‥?
https://chibichibita.tumblr.com/post/172923594710/ラブリー-r18-前
https://chibichibita.tumblr.com/post/172923595345/ラブリー-r18後
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chibichibita · 6 years
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ラブリー R18(後)
まるで夢が現実になりつつあるかのように、休み明けのルキアの薔薇色の頬と緩んだ口許に、浦原は戦慄が走った。
「何かいいことでも?」
「ん?なにがだ?」
「ご機嫌なようですから」
「‥そうか?」
無意識ですか、と更に浦原としては面白くなく感じた。小指の爪を噛んで余計な事を言わないように口を塞ぐ。
「あまり、仕事柄貴女ははし���いではいけませんからねぇ」
「仕事の時に一人ではしゃぐものか、ばかもの」
「それはそうですけど。髪をすいてあげるから座ってください」
仕事用の着物に着替えるのに、ルキアはいつも浦原商店の雨に気付けをしてもらっている。まだ帯が結えていなかったが
「雨、もう後はアタシがやるから下がっていいですよ」
「‥はい」
雨を部屋から出してしまったことに、ルキアは軽く違和感を感じた。
「貴様の帯の締め方は緩くて落ち着かぬのだが。雨のほうが少しきつめでも綺麗に結わいてくれて好きなのに」
「へぇ?キツく締められるほうがお好きでしたか」
「‥帯の話だぞ」
「はいはい、ほら、鏡の前に座ってくださいな」
何だかいつもと少し雰囲気の違う浦原を不思議に感じながらも、ルキアは素直に姿見の前の座布団に座った。浦原が後ろから丁寧にルキアの髪を梳かし始めた。少し掬っては丁寧に櫛で梳かす。それから少量の椿油を髪全体に延ばして簪を耳元に添えれば終わりなのだが
「椿油、変えたのか?」
「気がつきました?」
「いつもの赤い瓶ではないから。それに匂いも違う」
「‥えぇ、よく気づきましたね‥」
不思議な匂いがする、とルキアは鼻をひくつかせた。そういえば、昨日一護は私の匂いが好きだと言ってくれたなと思い出して小さく微笑んだ。
「何を、笑ってるんです?」
「へ?」
「貴女のお仕事に、そんな乙女みたいな笑顔は必要ないと教えてきましたよねぇ?」
「‥‥っつ、な、何をする?」
髪でなく、浦原は掌に延ばした椿油を後ろからルキアの首を絞めるように素早く延ばした。なんだこれは!?これは椿油ではない、とルキアが慌てて振り向こうとするのを許さないように、浦原はルキアの右肩に自分の顔を乗せてルキアを動かせなくした。
「何をするんだ!な、何を塗っている?」
「良い、匂いでしょう?」
「‥‥」
何だろうか、不思議な匂いだなとルキアの思考が「匂い」に傾いている隙に浦原は襟元をぐっと緩めて胸元にも手を呼ばして油を塗りたくった。
「?ぃ、ぃゃあ!」
「いやですか?本当に?」
「や、やめろ!身体が、着物が、ベタベタになる‥!」
「今更‥だってこっちもすぐベタベタにするでしょ貴女は」
「ぅ、わぁ!」
いつのまにか後ろから覆い被さるように密着している浦原に、膝裏にも手を差し込まれ、尻餅をついたような間抜けな格好にされてルキアは悲鳴を上げた。浦原の掌は先程の油でぬるぬるとしており、右手は相変わらず胸をまさぐり左手はルキアの足が開いた瞬間、付け根まで油まみれの掌を撫で付けながら茂みまで簡単に滑らせた。
「や、やめろ」
「嫌ですやめません」
「え‥?」
ストレートな言葉を浦原が使うことはほとんどない、ような気がした。それからこんなに突然に、客の来る前にルキアを翻弄しようと企むことも浦原らしくない。何か、何かおかしい、とルキアは逃げようともがいた。
「‥本能、でしょうかね?雄の本能。逃げようとしたら絶対逃がしたくなくなるのは」
「何を言って‥」
「貴女は誰にも渡しません、絶対に」
その瞬間ルキアの身体は毛根から足の指先まで一瞬で熱を発した。いや先程から、この不思議な油でなぞられた場所はジンジンとしていた。けれどそれに輪をかけて身体が火照ったのだ。
「ほら、もうベトベトになりました」
言葉を失っている隙に、ルキアの秘部に長い指を使って油を注ぎ込んでいた浦原は油かもしくはルキアの体液かわからぬもので糸をひく指先を目の前に持ってきた。
「‥みせるな、ばか、もの」
「気持ちいいんでしょう?」
「‥‥」
素直に「うん」と言えたのはいつの頃までだったか。でもどんなに気持ちよくしてくれても、一番欲しいものをこの男はくれはしない。見せてもくれない触らせてもくれないのに。言葉だってそうだ。欲しい言葉は必ずそのあと落とす言葉で締め括るのだ。でも、今日は、何か変だ
「‥前をみてごらんなさい」
何度も顔やら唇を舐められ、胸の突起をつままれ秘部の上にある一番弱いところを指ではじかれ続ければ、ルキアの頭の中は空っぽになった。素直に前を見れば姿見に映る自分の痴体に「‥やだ‥」とそれでも否定の声が出た。せっかく着付けてもらった着物はほとんど崩れているし、足袋をはいたままの両足はだらしなく開いていてその中央で軟体生物のような浦原の手が動いている。何より醜いのは自分の顔だった。半開きの唇からは涎を垂らしていてそれを浦原が舐めている。
「いゃぁ!やめろ!やめて!」
「やめませんて、何回も言わせないでください。お仕置きされたいんですか?」
お仕置き?
「あ、何か出てきました。厭らしいこと考えたんでしょ、今」
あははと珍しく声を上げて笑う浦原の声だけで、ルキアはその瞬間果てた。大きな声が出てしまい自分で口を防いだ。
「誰がイっていいと言いました?本当に貴女は悪い子ですね」
「ごめんなさい‥」
何がごめんなさいなんだろうかと
ルキアはぼんやりとだが思った。
どうして、こんなに今日は感じやすいのか
いつもより浦原が自分を求めてくれてるように感じるのか
何よりさっきまで何を考えてたのかもううろ覚えになって思い出せない
何かとても幸せだった気がするのに
とても、嬉しいことがあった気がするのに
「アタシが、欲しいですか?」
唐突に浦原がくたりと寝転んだルキアを膝に乗せて正面から聞いてきた。
何も、考えられずコクンとルキアは頷いた。
「では私が良いと言うまで、ずっと、舐めてください。できますか?」
やはり頷いたルキアに浦原は「いい子ですね、やっと貴女を愛してあげれます」と頭を撫でてから優しく唇に唇を重ねてきた。汗まみれのルキアの前髪をすくい、額や鼻の頭の汗も全て舐めてから、ルキアの後頭部を掴むと勢いよく自分の股へと押し付けた。
へたくそですねぇ
その下手さがたまらなくいとおしいですけど
下手でごめんなさいごめんなさいとルキアの頭はそれしか考えられなくなり
浦原はルキアの尻を撫でたり、後ろから指を出し入れしてはルキアの尻が揺れると叩いた
▪️▪️▪️▪️▪️▪️
それを、雨は見ていた。
ずっと見ていた。
全部、消してしまおう、と思いながらも
三角座りのまま
襖の隙間から
呪うように泣きながら
客を待たせたまま何時間も行為に及ぶ二人を
見続けていた
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chibichibita · 6 years
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ラブリー R18 (前)
邪魔しておるぞ、と居間に寝転がっている夜一の大きな張りのある尻を足の指で挟んでやろうとしたが、パンパンに張った尻は見事なもので指では挟めなかった。
「‥何するんじゃ。いつにもまして子供染みたことをするな」
「ん~‥」
「なんじゃ?どうした喜助」
目敏い。夜一は動物に変化できるせいか(猫限定ではあるが)嗅覚が秀でている気がする。
「夢見が悪いんです、とても」
「‥ほぅ。それはやっかいだな、貴様の夢は夢というより未来だからな」
「ルキアサンがね、笑う夢なんすよ」
「ルキアが、笑う?」
「はい、彼女がたくさん笑う夢」
「別に悪い夢ではないがな。‥貴様以外には」
にやりと口許を片方だけ上げて笑う夜一を憎たらしく感じて浦原は口を告ぐんだ。
夜一は浦原にとって唯一本音を話すことができる相手であり、甘えられる存在でもある。
夜一と離れる事は永劫ないだろうと浦原は思っている。夜一が自分を見放すこともないと、思っている。
けれど時には二人の意見が噛み合わないこともある。
「だいたい、貴様はそろそろ潮時じゃ」
「‥何が、です?」
「おまえは自分の欲のためにどれだけあの子を使ってきた?あの子の気持ちすら踏みにじって」
「踏みにじるなんてしてませんけど。アタシはルキアさんが大好きですし愛してますよ」
ほぅ、言いきるかと夜一は小馬鹿にしたような顔で薄ら笑いをする。
「愛してるからこそ、アタシには話せないこともあります。それは仕方のないことでしょう?」
「おまえの気持ちがわからぬでもないがな、女としては抱いてもらえぬのは気持ちがないからだと思うのも当然だと思う。焦らされ続けるだけで永遠と興奮しているなんて、所詮は小説の中でならありそな話でしかない」
「‥‥では夜一さんも?」
「儂は喜助にそんなもの求めておらん」
「言いきられると寂しいですね」
「だからと言って嫌いにもなれぬし」
「ええ、アタシも貴女に離れられたら生きてけません」
「よう言う」
クックと喉で笑いながら夜一は起き上がると、浦原の頭を抱えて自分の胸に押し付けた。浦原は器用に唇で夜一の胸元の布を咥えてずらしてからその放漫な胸元を丁寧に舐め上げる。
「‥‥あまり考えられぬが、もし本当にルキアを手元��ら離したくないなら、ルキアには本当の事を伝えればよいのでは?」
「‥‥嫌です」
勃起機能障害なんて
そんなカッコ悪いこと絶対に言いたくないと浦原は夜一の胸に噛みついた。
痛い!と夜一が声を上げて浦原の前髪を掴んで胸から離そうとするも噛みついたまま離さないで上目使いに睨んでくる。
「痛いではないか!噛みつくなら離れろ!」
「痛いのも好きでしょう?」
「今のは儂が喜ぶ痛さじゃない!そのぐらいわかる、女をなめすぎだ貴様は」
その言葉は浦原には効いたようで、つまらなそうに胸から離れて不貞腐れた顔で胡座をかいた。
「‥まったく‥喜助は何年生きようと子供みたいだ。儂には貴様に翻弄されるルキアや雨の気持ちがさっぱりわからん」
「‥えぇ翻弄されてくれる彼女達は貴女と違って本当に可愛いです」
「‥燗に障る言い方だな。まぁいい、儂には関係ないからな。でもな、女を弄ぶと後々跳ね返ってくるからな?それも女の受けた呪いが倍になって。貴様は死なぬだろうが相当な痛手を受けるのも間違いないぞ。そんな日が来ても儂に甘えるなよ」
噛まれた胸元にはうっすら血が滲んでいる。
舌打ちをして夜一は立ち上がった。子供のように拗ねた大男の世話なんぞ焼きたくもないと部屋から出ていこうとすれば、「往かないで」と甘えた声と、反比例するかのような力強さで腕を取られた。
あっという間に倒され浦原に上から押さえつけられ、夜一は驚いて目を剥いた。
「夜一さんだけは、永遠アタシの味方でいてください」
「‥いたくないけど、多分いてやると思う」
「本当は貴女のことも喜ばせたいのを、貴女はちっともわかってくれない」
「‥何をふざけた事を」
「ふざけてません、アタシは貴女がいないとだめなんです‥」
もう、噛まないから
と耳元で甘く、唇を押し付けられながら囁かれて夜一はぴくりと震えた。
別に
繋がることができなくても、喜助は女を悦ばす事も果てさせる事も上手なのだ
今日の喜助は本当に落ち込んでいるようだし
好きにさせてやるか
夜一は浦原の頬に両手を添えると、だらしなく唇を開いて押し付けた。
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chibichibita · 6 years
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優しくて冷たくて
深夜の書きなぐりエロのシリーズなんですが、今回あんまりエロくないです。期待させちゃったらごめんなさいm(__)m
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https://chibichibita.tumblr.com/post/171901295305/優しくて冷たくて-pureboy-puregirl-3
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chibichibita · 6 years
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優しくて冷たくて ~pureboy & puregirl 3
「一兄、なんて言葉教えてんのよ」
夏梨にタブレットでコン、と頭を叩かれ「痛ぇな」と睨み付ければそのままタブレットをずいっと渡された。
「なんだよ」
「それ、ルキアちゃんのなんだけど。あたしのが充電キレてて使えないから借りたんだよ。そしたらさぁ‥」
と検索履歴を開いて夏梨はにやりと笑う。一番最近、ルキアが検索した言葉は「筆下ろし」だったことで思わず噴き出した。
「かっわいいよねぇルキアちゃん。てゆーかこんな言葉使うなよ教えんなよ」
「俺じゃねぇよ!てか、なんでこんな言葉‥」
と呟いてものすごくイヤな展開が想像できてしまう。いや、多分想像なんかじゃない。慌てて日付を見ればやはり、あのホテルで気まずくなった日で、そして「ユウナさんに偶然会った」とチャドに聞かされた翌日の日付でもあった。チャドがそんな事を言うとは思えない。啓吾かあの野郎、と思わず舌打ちすれば夏梨は「何怒ってんだよ」と不思議そうな顔をした。怒ってねぇよと無理矢理笑いながらも頭は素早く動いた。
ユウナと会ったのは駅にあるスイパラだとチャドは言っていた。あの日チャド達とルキアは一緒にいたはずだ。会ったんだ、ユウナと。そして多分、啓吾が口を滑らした。その言葉の意味をそのときはわからず、ルキアは調べたんだ。で、意味を知ってそれであの日ー
あー
過去だしもうなんっでもないというか本当にあれ一回きりだし。でも多分、ネガティブなとこあるルキアは何かしら思ったんだろう。無理矢理ベビードールなんか着せたから、なんか思ってたのと違くてつい笑っちまったから拗ねてんのかとばかり思ってたけど多分それじゃない。でも、でもそうだとしてどうしたらいい?あの日ルキアは何も言わなかった。怒ってもいないし悲しんでるふうでもなくて、ただ元気がなかった。だからどうしていいか自分もわからなくなった。どんなに普段ルキアが悦ぶ事をしても、あの日のルキアは善い反応をしてくれなくて。濡れない事を申し訳ないみたいな態度で、逆に普段自分からなんてしてこないくせに、まるでこれで赦してとでもいうように俺のを口に含んでおまけに飲んでくれた。でもそれは妖艶というより、まるで奉仕みたくて、何だかすごく寂しいような切ないような気分になってしまった。
でも
きっとルキアはもっと不安だったり辛かったのかもしれない
そう感じてしまえばルキアを抱き締めて頭を撫でてやりたくなった。俺の腕に囲って、ただひたすらに愛でてやりたい。
好きだよ愛してるよと一晩中でも囁いてやりたくなった。
はずなのに
◾◾◾
ルキアの霊圧に気がついて浦原商店に出向けば、はーいお待ちを~と言う声から少し待たされて浦原さんが別の部屋から現れた。
「疲れてる���か寝てましてねぇ。起こして連れて帰ってあげてください。私は用があるんでここで失礼しますよん」
とへらりと笑って忙しなくまた出て行ってしまった浦原さんから不思議な匂いがした。鼻につく匂いだなと思いながら寝ているルキアの部屋へと行けば、ルキアは頬を紅潮させて唇を半開きにすうすうと寝息をたてていて、あまりに可愛い寝顔に何も考えず頬に唇を寄せた。
ん?
ルキアからいつもと違う匂いがした。それはとても甘くて、チョコレートが脳裏に浮かんだがそうじゃなくて。
さっき浦原さんが現れた時と同じ匂いだ、と気がついた。無意識にふとんを捲ればルキアはきちんといつものワンピースを纏っている。そうだ、何考えてんだよ俺、ばかじゃねーのかと思いながらも、さっきの慌てたように姿を消した浦原さんが気になってしまう。
ルキアに何かしたのか?
いやルキアがそんなことするわけない。させるわけがない。
それでも落ち着かなくなって、ルキアを起こした。ルキアは俺と目が合うと不思議そうな顔をしたが直ぐに抱きついてきた。
「ん‥」
鼻にかかった愚図るような声を出されてたまらなくなってぎゅっと優しく抱き締めた。チョコレートの香りがさらに強く鼻孔を擽る。
「早く一護の部屋に行きたい」
「うん、帰ろ」
「いちごぉ‥」
とろりとした口調で俺の頬に唇を触れさせたまま、ルキアはまた甘えた声をだした。
なんだどうした?
外で、浦原さんの家で、ルキアがこんなに甘えるなんてあり得ない。酔ってるのか?と聞いても首を振る。確かに酒臭くはない。
「どーしたんだよ、おまえ」
「‥‥‥ダメなのか?」
「ダメなわけねーだろ、ただおまえがそんな‥何か素直に甘えてくるとか‥」
「‥‥」
無言になってしまったルキアにまた傷つけたか?と慌てて額にキスをすれば、上目遣いに口許を弛ませて、照れたような嬉しそうな顔で見上げてくる。やばい可愛いやばい。そのまま抱き抱えて浦原さんの家を出た。今日は家は誰もいない。ルキアが来るから気を使ったのかどうかはわからないが、親父が妹二人を連れて出掛けている。夕飯は遊子が用意してくれていた。
「飯、食うか?」
と聞けばふるふると首を振って俺の首にしがみついて降りようともしない。
「一護の部屋がいい」
そう耳元で囁くルキアの声は熱を持っていて、まるで今すぐにでも抱いてくれと都合よく耳に響いてくる。ダメだ、今日はルキアを甘やかすんだ、いつも俺の無駄な性欲でルキアを振り回してるんだから今日は名一杯ルキアを可愛がると決めているのに。
「この間見たがってたビデオ借りてきたから先観るか?」
「‥うん」
部屋に入り、ルキアをベッドに座らせながら、じゃあ何か飲み物いれてくるわと言えばルキアはまたしがみついてきた。
「こら、離れないと飲み物いれらんねーだろ」
「‥要らぬ。ビデオも飲み物もいらない」
「誘ってんのかよ?襲うぞ?」
勿論からかってそう言ったのに、ルキアはこくんと頷いた。え?まじか?どういうことだ?
おかしい、これは絶対おかしいとだんだん不安にすらなってきた。だってこの間あんなにきまづかったのに。それもその話をお互いま��何も話していないのに。とはいえどう切り出していいのかわからない。謝るのも何か違う気がして、だから今日はただひたすらどろどろに甘やかして可愛がってやりたいだけなのに。
その時外から赤ちゃんの泣き声にも聞こえる、発情したような猫の鳴き声が聞こえた。
「猫、変な声で鳴いてる‥」
「あー、あれな、発情してるとあーゆー声で鳴くんだ」
「‥ニャウ」
へ?
「にゃぁん」
「あ、」
ここにも発情した猫がいるのだが、と未だ俺の身体にしがみついてたルキアが猫の鳴き真似をしてクスクスと笑った。笑いながらゆっくりとワンピースを上からばさりと脱ぎ捨てれば、この間無理矢理着せたベビードールを身につけていた。タイツをはいてるのかと思っていたそれは、ニーソックスで何とも恐しくエロい姿でルキアはもう一度「なぁーご」と猫の真似をして首を傾げた。
「発情した猫は、嫌いか?」
と言いながら俺に身体を擦り付けてきて、俺の片足に跨がると腰を柔らかく揺らした。また、ふわりとあの甘い香りがして
「発情猫を満足させてやろーか」
と調子に乗れば
「うん、いっぱい、満足させて、一護でいっぱいにして」
と可愛い可愛い仔猫のほうから俺の首もとに吸いついた。不可抗力だ。優しくてやりたい可愛がりたいという気持ちがなくなったわけじゃねーけど、これはもう、抗えるわけがなかった。
◾◾◾
「お帰りなさい、夜一サン」
「喜助、貴様の思うような結果にはならなかったぞ?」
「あら?ラブオイルの効果はなかったですか?朽木サンにだーいぶ丁寧に塗り込んでマッサージをしてあげたんですけどねぇ?」
「あぁ、そっちはばっちりだったぞ。あのルキアが一護にべたべたのぎとぎとに甘えて誘ってたし、一護もころりとやられてたからな。そーではなくて、お前わざと一護にその香りを嗅がせてたろ?ルキアとわけありみたく思わせたかったのだろ?」
「はい~、嫉妬に狂う黒崎サンと性欲の固まりみたいな朽木サンが激しく愛し合えるお助けをしたんスけどねぇ?」
「悪趣味だな。でも残念ながら一護はルキアに求められて嬉しくて喜助のことなぞすっぽりと忘れたようだ。嫉妬も何も、貴様の存在など既に消えてたな、あれは」
「‥まじすか」
「まぁ、いいことしたんじゃないのか?」
「慈善事業なんてそんな悪趣味ないですよ‥‥なぁんだ、つまんないですね全く‥こんなことなら本当に手を出しちゃえばよかったっすよ」
「本当に悪質な男だな」
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chibichibita · 6 years
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優しくて冷たくて ~pureboy & puregirl 2
「なぁんか‥変ですねぇ」
「何がだ?」
「落ち込んでいるようなのに、アナタから感じるのは黒崎サンへの深い愛というか。これじゃあ慰めもできないしからかえもしない」
「どっちもいらぬよ」
素直にそう応えれば、ほらぁまたぁと浦原は何故か不貞腐れた声をだして「つまらないですねぇ~」と���ろんと炬燵に寝転がった。つまらんとは失礼なと笑いながらも、私と一護をからかいたいのにからかえない等凡そ失礼にも正直な心の内を愚痴る浦原に
「一護の過去に嫉妬してしまって、その人と私が比べられたりするのかなと思ってしまえば悲しくなってしまったんだ。ばかみたいだろ?悲しいのに寂しくて、一護に会いたくない気もするし、でも会いたいくてたまらないんだ」
とこれまた素直に胸の内を口走ってしまったのは、浦原のように言葉を正直に口にしてみたくなったからかもしれない。わたしも、一護には言えないが、このモヤモヤを言霊にして吐き出したかったのやもしれなかった。
「あららぁすっかり恋する乙女ですね」
「私にも乙女な心があるようだ」
「じゃぁアナタも過去の男の話でもして同じ気持ちにさせてみれば?」
「そんな人は残念ながらいない。いなくて、よかったけどな。一護には私のこのモヤモヤや悲しみを味わうことが一生ないからな」
「優等生ですね朽木サンは。‥そうですか、思い出がないのは女として寂しいですねぇ‥」
「う・る・さ・い」
「‥‥じゃぁ‥‥アタシと思い出作ります?」
「はぁ?」
「黒崎サンにも嫉妬の炎を燃やさせてみません?アナタとアタシで」
何を言い出したのだと目を丸くして浦原を見れば、いつのまにか炬燵で寝転んだいた浦原は、私の真横にいて寝転んだまま炬燵布団越しに私の膝に顎を乗せて上目遣いで笑っていた。
「貴様話を聞いてないな。私は一護に同じ思いなんかさせたくないんだ本当にな。させることすらできないのがありがたいぐらいだ」
「‥‥はぁ、ほーんとつまらないったら」
浦原はのそのそと起き上がり帽子を取るとガリガリと頭を掻いた。
「‥わかりましたよ、じゃあ1つだけ、アタシからプレゼントしましょうかね」
「なんだ気持ち悪いな」
「リラクゼーション効果のあるオイルマッサージをしてあげます。これはアナタの心を癒すだけでなく、身体に魅力的な香りを纏えますよん。アロマオイルですからね」
「‥魅力的な、香り?」
「そう。先ほどアナタが言ってたでしょう?今日1日きっとアナタは魅力的な香りで黒崎サンを惑わせますとも。それで頑張りなさい」
「頑張る‥というか、今はどちらかと言えば、ただずっと抱かれていたいんだけどな」
「だぁから抱きたくなるような魅惑の香りを纏うんですってぇ」
「違う、その、抱っこされたい、幼子みたく」
ひょえぇ、と漫画のような動きと声をだした浦原にさすがに恥ずかしくなって炬燵に突っ伏した。馬鹿だ何を口走っているのだ私は、と「忘れてくれ、今のはなんでもないすまぬ」と慌ててしまえば、浦原は「無理です、もう乙女の朽木サン発言集でも作れそうな気がします」といつものいやらしい笑顔が復活していた。
お互い変な気分になってしまうと大変なのでこれでも着てください、と渡されたのはジン太の体操服上下で、義骸に入ってそれに着替えると浦原は怪しげな小瓶をいくつか持ってきて1人でフンフンと鼻唄を歌いながら
「黒崎サン、チョコすきでしたよねぇ」
とへらりと笑った。朽木サンは苦手な香りはありますか?��くらアロマでも苦手な香りでは癒されませんからねと言われ、少し考えて「バニラの香りはやめてほしい」と答えた。いくら良い匂いで甘くても同じ香りは嫌だ、と子供染みているがそう思った。
浦原はじゃあやはり、これでいきましょうと私の額をトン、と軽く押して寝転ばせると甘い、チョコレートのような、ミントのような香りのオイルをたらりと腕に垂らした。
「ひゃ、」
「目を瞑ってください」
少し不安だったが素直に目を閉じてみる。バニラとは違う、でも甘い香りが鼻孔を擽る。浦原の大きな掌と長い指がうでから首を撫でていく。
「足も触りますけど、魅惑のボディのためにいちいち騒がないでくださいよ?」
「わ、わかった」
「でも変な気分になったら求めてくれてもいいですけどね?」
「ならぬわ」
そう言いながらも、マッサージのせいか身体が火照るように熱くなってくる。
甘い匂いと火照る身体に逃げ出したくなるような
このまま眠りにつきたくなるような不思議な気持ちになっていった
◾◾◾
いらっしゃぁい、黒崎サン~
浦原の声がぼんやり聞こえてきて、それからすぐ傍で聞こえた「ルキア、行こう」と久しぶりの一護の声に目蓋を開けた。寝てしまっていたらしく、いつのまにか布団に寝かされていた。
一護の眉間の皺が目に入り、久しぶりなのにどうしてそんな顔をしているのだと両手を伸ばして一護の首に腕を回した。
一護は優しく、包むように抱き抱えてくれて
私達は浦原の家を出た。
念願の優しい包容はとても嬉しいのに
甘い香りのせいか、もっと強く抱き締められたくて身体を一護にすりつける自分がいた。
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chibichibita · 6 years
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優しくて冷たくて ~pureboy & puregirl
【筆下ろし】
( 名 ) スル
①新しい筆をはじめて使うこと。
②はじめて物事をすること。
③男が童貞を破ること。
夏梨に与えられたタブレットで「ググる」というのを覚えた。だからその日も思い出したから当然「ググった」のだ。
「ルキアー!行くぞ?」
階下から一護に呼ばれて「すぐ行くー!」と返事をしながら、よりによって今こんなことググらなければよかった、と×ボタンに触れた。
◾◾◾
先日、一護と有沢と小島は放課後に委員会の集まりがあった為、私と浅野とチャドと井上で学校を出た。珍しいメンツだねぇ、何処か寄り道しようか?と浅野が言い出して、誰も異論もなく私達は普段は行かない駅の反対側に新しくオープンしたスイーツ食べ放題の、通称「スイパラ」という所に出向いた。あまり甘いものを好まない一護と有沢と小島の3人がいないだけなのに、普段よりテンションがあがった私達4人は実は全員甘いものが大好きなのだとわかってやたらとはしゃいでいた。普段なら「うわ、そんなに食うの?」と一護の嫌味や「ねぇ?太るよ?」という有沢の呆れた声や「男で甘いもの好きとか可愛くないし」という小島の一言がないと私達は無駄に盛り上がって楽しくて仕方なかった。
「あれぇ?もしかして、チャドぉ?」
ハスキーなのに甘い声に皆で顔を上げれば、すらりとした女性がきゃー久しぶりぃと掌をふりながらヒールをカツカツと鳴らして地団駄を踏んでいた。
「なぁにぃ?ダブルデート?あ、こんにちわぁって二人ともかーわいーい!」
「あ、こ、こんにちわ」
満面の笑みは嫌な感じは微塵もなく、明るく気さくな感じすらした。やるじゃんチャドーと言って私と井上に可愛いを連呼していたその女性は
「あの子は?一護はぁ?元気にしてるー?」
とチャドに聞いた。元気っすよとチャドが答えると、いい男になった?モテてる?と更に聞いてきて、メチャメチャモテてますよと浅野が言えばそうよねぇ~あの頃から素質あったもんねぇとまた楽しそうに笑った。
「もったいないことしたかなー?なーんてね」
と言ってじゃあねばいばい一護にユウナが宜しく言ってたって言っといてねぇと女性は私たちに手を振ると、派手な男の腕に腕を絡めて行ってしまった。バニラのような甘い匂いを残して。
「誰?めっちゃ美人じゃん?」
「ねー!?口紅がすごく綺麗な色でお化粧上手だったねー?」
「いい匂いがした」
口々に言えばチャドが「俺と一護が高校受験の時通ってた塾の受付の人」と教えてくれた。すると浅野がぽん、と手を叩いた。
「あ、あれか!一護の筆下ろしの相手か!」
筆下ろし?と頭で思うより早く、テーブルの下で井上が素早くそして思いきり浅野の足を蹴ったことに驚いた。
「ばか!浅野くんデリカシーない!」
「ご、ごめぇん」
その会話に引っ掛かりを感じて、だから「筆下ろし」という言葉がすんなり頭に残ったのだ。そして今日、一護とお買い物デートをする直前に調べてわかったその意味に、何故か落ち込んでしまった。
ばかばかしい
落ち込んでも仕方ないのに。
それも出会う前の話なのに。
それでもあの甘い香りがまだする気がして、井上の言うように化粧の上手というぽってりとした唇が今でも脳裏に焼き付いて離れない。あの人のあの唇に一護はキスをしたのか、あの甘い香りに溺れたのかと思うと胸が苦しくなってなんだか巧く笑えなくなってしまった。
買い物と言って電車にまで乗って出掛けたのに、いきなり連れていかれたのは薄暗い路地裏のラブホテルだったからさすがに「え?」と驚いて一護を睨み付けた。
「買いたいモンここで買えるからさ」
「ここは何か買う場所じゃないことぐらい知ってるぞ」
「ばぁか。買えんの、つーか、ここなら恥ずかしい思いとかしねーからここでいーの」
「?」
こんなまっ昼間から、と文句を言おうにも一護に抱えられるように無理矢理店内にはいれば更に驚いた事にロビーにはカップルと思われる男女二人組がパラパラといてまさかの満室だった。
「みんな考えること同じなわけな~」
と一護がクスクス笑いながら、外だというのに膝に私を乗せてソファーに座った。恥ずかしいからと降りようとしてもがっちり抱えられて逃げ出せない。
「平気。ここにいる奴等みーんな俺らとおんなじなんだから。ここではいーの」
唇を耳に触れるくらい近くで甘い声で囁きながら一護はスカートに手を忍ばせて太腿を撫でた。やぁ、と声が漏れれば長い指で唇を柔らかく塞いで「部屋入ったらいくら声だしてもいいから今はだめ。他の奴等にルキアの声聞かせたくねーから」と今度はくちびるを耳にわざと触れさせながら太腿を大きくつねった。
それだけでもう反応し始めた自分の淫らさに恥ずかしくて死にたくなる。でも一護も吐息が熱く荒くなってきている。早く部屋空かねーかな、と言う一護に素直にこくんと頷いた。「いいこ」と優しい声で言われて嬉しくて太腿で一護の掌をぎゅっと挟んだ。
小一時間ほどそんな風にしているうちに部屋が空いた。散々太腿やら腰やら首を撫で回されていたせいか直ぐにでも一護に抱かれたかったのに、一護は部屋に入るや否や何処からかカタログを持ってきた。
「どれがいいかな~?なぁルキアはどれがいい?」
そう言って見せられたそれは、卑猥な下着のようなワンピースのような写真が並んでいた。え?まさか買い物とはこれか?というかこれを私に着せるつもりかと言えばそうだよ、と一護はまた私を膝に乗せた。
「ルキアはやっぱ白かなぁ?でもたまには黒とかいいな」
「待て、やめろ無理だ。私にこんなの似合うわけないし、こんな透けた服着れぬぞ?」
「ばぁか、これはぁ外で着るんじゃなくてエロいことする為に着るの。これ着せておまえ犯したいの」
なんだと?
い、嫌だ似合わぬに決まっている、私の貧相な身体に色気のない顔でこんなものが似合うわけがない。イヤだイヤだと言っても一護は聞き入れず、結局薄いピンクのものを勝手に買ってしまった。
無理矢理風呂場に閉じ込められ、着てから出てこいと言われて仕方なく身に纏うも結果は明らかで、鏡に写る自分に泣き出したくなる。
写真のモデルが着ていた時は、胸が薄い布から溢れていたというのに私は溢れるどころか丸見えである。こんなの笑わせる為でしかない。
さっきまであんなに一護を求めて疼いていた身体は一気にその熱は解けて風呂場からでられなくなってしまった。
「おい、おせぇよ」
その時待ちくたびれたらしい一護が風呂場かの扉を開けて入ってきた。
情けない姿の私を見て一護は目を丸くして、あろうことかプッと噴き出した。
「あれぇ?なんか想像と違う」
「ひどい!だから似合わぬと言ったではないか!」
「や、可愛い。可愛いからいーんだけどさ」
ケタケタ笑いながら一護はそれでも優しく私を抱き上げると、ベッドまで運んでくれた。ベッドに下ろすと私の胸元に股がり自らも服を脱ぎ始め、上半身裸になると私を見おろして舐めるように惨めな私をまた見つめてー
そしてまた噴き出した。
「おまえちっこいからかなー?なんか思ってたのと違っちまったな。でもこれはこれで可愛いからいーけど」
痩せてても似合うはずなんだけどなーガキ臭ぇからか?なんて笑う一護が憎たらしくて悔しくて、そしてその瞬間スリムなのに色気のあったあの女性が浮かんだ。
あのひとはにあうだろう
あのひとがこういうかっこうをしていたのかな
そう思ってしまえばどんどん心が冷めていってもう駄目だった。そのあとどんなに一護に優しくされようと激しくされようと、私の身体はいつものように反応しなくなってしまったのだ。
自分でもとんだ言いがかりというか八つ当たりなことは頭で理解してしまうから拗ねることも怒ることもできない。でもどうしても。
どうしても、その日私はいつものように一護に抱かれるのを悦ぶことができなかった。
◾◾◾
「今回少し長くあちらに行かれてましたねぇ?何かありました?」
浦原に言われて「何もない」と答えながら自分も炬燵に足を入れた。
ホテルに行ったあの日から一護と会っていない。それは元々そういう予定だったからおかしなことではなかったが、私だけでなく、一護もあの日の別れ際は少しよそよそしく感じた。妙な凝りを残したまま現世を離れ、凡そ10日ぶりに此方に戻ったものの、いつものように直ぐ義骸に入り一護の元へ行く気にもなれず、炬燵の上の蜜柑に手を伸ばした。
「どうされましたん?」
「何が」
「喧嘩、ではないですねぇ?うーん、倦怠期には早いし」
「貴様のその嗅覚には驚くがな、残念ながら中身を当てるのは得意ではないようだな」
「そうですか?でもほら、当たってるわけですよね?その言い方」
にやりと笑う浦原に気づいていたが、気付かぬ振りをしながら蜜柑の皮を剥く。甘酸っぱい蜜柑の香りに頬が弛んだのも束の間、いい匂いだなぁと自身で呟いた瞬間、忘れかけていたバニラの香りがまだ匂うような気がした。
「なぁ浦原」
「なんです?」
「女性として魅力のない身体をしていても、例えば甘い香りを纏えば色気は出るのか?」
「‥‥ぉ?」
いつものへらへらとした半笑いの顔ではなく、不意をつかれたような阿呆面をされて思わずプッと噴き出してしまう。なんだその顔は。
「いえ、そりゃぁ驚くでしょう。それこそ色恋やらお洒落になぁんも気をつかわなそうなアナタがそんな艶めいた言葉を発したら」
「失礼な事を言われてる気がするのだが」
「失礼しました。‥いえ、そうですね、なんです?黒崎サンに色気ないとでも言われたんですか?」
「‥いや、うん、まぁ言われたと言われれば言われたというか、笑われた。でもそれは全然イヤな感じでもないし私も傷ついてないんだ。一護は優しいからな」
そう言えば浦原はまたも「はぁ?」とおかしな声を出した。
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chibichibita · 6 years
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支部のオマケというかこっちがメインというか。
どちらから読んでも、どちらかだけでも大丈夫かと思います(笑)
一応話としては、支部➡コッチで書きました。
よろしければ😃
https://chibichibita.tumblr.com/post/168579128395/優しくて冷たくて支部のオマケ
https://chibichibita.tumblr.com/post/168579129710/優しくて冷たくて支部のオマケ-2
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