痕跡
フリーペーパー「渦とチェリー新聞」に寄稿している連載小説「蜃気楼の境界」編という仟燕色馨シリーズを作ってる最中の楽しさは尋常じゃない。もともと、自分は小説制作が趣味だったのかもしれない。娯楽小説の依頼によって、今現在、唯一趣味としての小説作りに取り組めているから、他と違い純粋に制作が楽しいということか。
ところで一般の人たちは自分の痕跡を残したくないのかもしれない
と想像している。インスタなどに投稿している彼女ら彼らは、まさかその投稿がデジタルタトゥーのごとく後世に残るなど期待もしていないだろうし、投稿の連鎖ライフログが第三者の資料として死後も残り続ける可能性など考えもしていないはずだ。
痕跡など残らなくていいと皆思っている。
子なり何なりに何かが継承されていればいいなという思いはあるだろうし、そういう生きた証が残ることも多くは皆望んでいるだろうけれど、自分自身の具体性に満ちた痕跡は消えてほしいと思っている。承認欲求というものも儚さと共にあり、おいしいものを食べたときの一時の幸福感が忘却へ消えていく瞬間性と同様で、日々満たしてはすぐ消えていく連鎖のサガとして発生している。
今ふとマズローの五大欲求を思いだし確認してみたが、ピラミッドの下から、生理的欲求 / 安全の欲求 / 社会的欲求 / 承認欲求 / 自己実現の欲求、と承認欲求が上位に置かれていて、自己実現というのは先の忘却、瞬間性の連鎖を大きな器に入れることで脱しようという幸福度の発想だろうけれど、承認欲求をうまいこと有意義な蓄積性に高めることで賢く生きようという線だろう。
痕跡というのは、完成された作品に対する下書きのようなもので、人に見せるものではない、ましてや記録など。
東日本にはメディアが多くあり多様な情報が記録され整理される傾向があるが、西日本は祭り精神でアーカイブを無粋と考えている傾向がある。これは昔から気にし続けている特色だ。
おそらく、マジョリティは痕跡のアーカイブを望んでいないが、東京ではそのアーカイブの量が一線を越えているためか少数のアーカイブ派の蓄積の歴史の果てに資本主義、稼ぐ構造と深く結びついていて、強固で巨大な会員制の業界という場がそれも多数形成されている。
メディア側か、草の根か、もしくは、メインカルチャーかサブカルチャーか、古くは、資本家か労働者か、さらには、ハイブランドか市場か、という二層構造に結びつく。
それを、痕跡性の是非という視座で貫けるのでは、という話だ。
なぜこういうことを考えているかというと、自分もunderlineとして出演している田中幸夫監督の2015年のドキュメンタリー映画「ITECHO 凍蝶圖鑑」が6月からamazon primeで配信される件で、予想通りアンダーグラウンドの出演者とその近辺者は快く思っていなさそうだからだ。
そもそもこの映画は、通常なら喜ばれる地道なロングランを、まだやってるの、と思われ続けてきた過去がある。アンダーグラウンドで生きる人たちは、痕跡のアーカイブを望んでいない。そこには、あなた達とは違う人生を歩んできたという特権意識が織り混ざっていて、それがメディア上に乗るということは、カウンターしてきた側と同類になる、つまり、そこで描かれた情報はすべて価値がなくなる、というある種の略奪意識に苛まれてしまう。
このアンダーグラウンドのプライドという問題について、痕跡という視座から把握できないかと思っている。
単純に非合法と接触するため、村八分どころか逮捕になる領域ゆえに表立つことがそもそも愚かだというスタンスもあるが、法とは実質的に無関係な、メディアが生んだ差別に由来する、逆差別という視点もある。SMをする者は変質者だ、という村八分構造と戦うために、SMをする者たちで共闘意識を育むような、ある種のとんだ言いがかりへのカウンターという形は、ジェンダー問題とも符号する部分があるし、社会派と繋がる要素も強い。
ここにはメビウスの輪がある。社会派は、メディア側なのだ。ということは、アンダーグラウンドの気持ちとは乖離している。
「新宿二丁目の文化人類学: ゲイ・コミュニティから都市をまなざす」で著者の砂川秀樹が冒頭で慎重に言葉を費やしているように、当事者でありながら、なおかつ社会派でもある人たちが頭を悩ませている問題があり、それは、アウティング、暴露問題と繋がっている。
いったい、何が暴露されてしまうのか。
ここに〈痕跡領域〉という聖域を、今想像している。
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江口由希という主要人物
使命と脱使命問題に関して、
江口由希というクソみたいな存在を小説世界に初めて登場させたのは1998年の「vinyl sexual」で、魂を失って他者の使命に乗っ取られ酷い目にあう同名連中だが、10年後に再登場させて、それがのちに「Garbled」となる。先の「vinyl sexual」の方では江口由希が何を伝えようとしていたのかが問われるが、後の「Garbled」の方では誰が何を江口由希に伝えようとしているのかという形で展開される。
その果てが「Deistic Paper」での超高層建造物だ。
脱使命について描き続けてきたが、描き続けること自体が自分の使命のようでもある。次元を超えて地球に突き刺さる超高層建造物は、自らの脊髄なのかもしれない。
「vinyl sexual」のあとに、一番クソな組織ii(イィ)と対立するアリスの組織NNNNの断片的な物語群があり、そのあとに作られたよりクソな長編「H.I.I.K」にて江口由希の再登場をもってその話が切り離された。これらは人工蘇生であり、要するに〈死ぬな〉というメッセージだ。
「Garbled」でオワフ島で暮らし脱使命を生きる江口由希は、〈美学!それは才能を持ちあわせた者が拠り所にする世界だ。おれには関係ない、おれには才能がなかったんだから〉と毒づく。〈才能のない人間は持て余したエネルギーを誰かから紛らわせてもらいそして空虚と戯れることによってゆっくりと国民共通の孤独なメッセージの交換をしあいながら波が引くのを祈りながら満たしていくのだ。〉
この江口由希に憧れて自分は、彼と同じ指輪、オーバーレイで蛇が描かれたシルバー925の指輪を探して身につけた。今も、自分は二代目の指輪をつけている。彼は指輪を磨いてばかりいるが、それしか本質面ではすることがないのかもしれない。
ただこの「Garbled」オワフ島の江口由希は、一番最初に「vinyl sexual」で描いた複数の江口由希たちの10年後の創作であり、原点の江口由希達はもっとクソだったと思い返していた。
人間はなぜ生きているんだろう。
江口由希達のようになってまで生きなければならないものなのか。
これらはすべてNNNNサーガで、この小説群では、行方が分からないNNNNアリスの思想に希望が集約された物語構造をとっている。
文学として、自分はそれを描くしかないと思っている。
「sexdecuple」や「FETISH/BDSM ダイバーアリス」は、NNNNアリスという幻想を外堀から埋めていく作品の一環にならなければならない。滅んだ世界を泳ぐ。
暗黒神秘主義のロマンティシズム。
夜は美しい。という宇宙。
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使命感問題
最近、ふとした会話で、おれは趣味とかいう概念が分からないんだよね、と口にしたときに、そこが私と違うんやわ使命って何? と聞かれて、以降ずっと〈使命感問題〉が頭にあって、それについて話すことが増えている。
東京で展示とは全然関係ない文脈でタイミング的に、名前が強く記憶に残っているレイヤーのオフ会に参加するという初体験をし、チェキを撮るという初体験をして感じたのだけど、こういうのすごく楽しいんやなと。自分にやること(使命)がなかったらハマってたかもしれない、と大阪で話した。
一般的な使命では、私が適任なうえ他に誰もいないときに使命感は生まれると思う。池上彰はTVから引退し自分がしたいことに専念したいと以前口にしていたらしいが中々引退できないままパンデミックになってロシア-ウクライナ問題が起こって、彼はもうTVから抜け出せないんだろうと思っている。後発的な使命。
逆に先発的な使命は、神戸に住んでいるのもあって神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗みたいな脳内妄想の産物がまず頭に浮かぶのだが、学生時代にこういう系統を自分はヘルタースケルター問題と名づけていて、ビートルズの同名曲から最終戦争をイメージしたチャールズ・マンソンは、それを防ぐ使命感から殺人集団になった。自分の〈使命感問題〉というのは、正当に使命に忠実であることではなく、ヘルタースケルターからの解脱、誤った使命感からの脱出の話で、これは洗脳問題など、様々な項目に展開される。
だから、悪魔主義に接近するんだよね、と口にした。
悲劇方面の宗教二世問題。
今年になって小説「Garbled」を読み始めたという報告をもらった。ずっと意味があると狂信的だったが無意味なんだって安心に浸っている、本当に感謝している、と感想を頂いた。「Garbled」は実験系統の自作小説のなかでは比較的読まれている方で、丁度このシリーズをフィジカルに冊子化できないかと思い始めていた。
ライフワーク的な小説が、
・Garbled(文字化け系6連作)
・Deistic Paper(格子状伏字カード系64点)
・Cave Diver(図像系999点 *進行中)
と続いていて、図像系の派生小説として
・sexdecuple
・フェティッシュダイバーアリス
の2つを構想している。
これらとは別に寄稿として、
・仟燕色馨シリーズ
がある。
自分の小説は、使命と脱使命の狭間から発生するもののことを、ずっと取り扱っている。
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Garbled
3月に「Garbled」冊子化のことを考え始めていて、まったく別の文脈でこの連作小説を読み始めたという感想を頂いたりもし、年内に冊子化できないと世界観の継続も始まらないなぁと思っている。
以下、小説系の投稿まとめ。
小説「Cave Diver」を7クール63篇、読み返してみて、
日本地図を Stable Diffusion 2.1 Demo に
その他、6投稿
Cave Diver ログブック
Garbled のオブジェクト化
蜃気楼の境界 / 2投稿
sexdecuple のヒンドゥー教
(青い画像)現行小説確認
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■ 例外至上原則からみたメタバース
現実世界のメタバース化という話で、meta系、ブロックチェーン系、MMO系という3つの分類とは別に、自分は昔からメタバースを独自解釈で説明するとき、ウォークマンやiPodはあの時期すでにメタバースの導入のようなもんだと口にしてきた。なので、
現実世界のメタバース化という視点はもっとも自分が想像していたものに近い。要するに、meta的な外部装置のマシなやつで、iPhoneのような日本でいうスマートフォンという(外部拡張よりも分離しがたい)人体半内蔵によってインターネットというMMO系がフィットし、それをブロックチェーン系が基盤形成することでSecond Lifeとは根本的に違う世界がくると想像していた。
以前、自分のIAに対するAI需要の変化を振り返ったが、長らく、マズいなとAIの侵食を気にしながら制作を続けてきた。
自分はある程度未来予知している。(オカルトではなく、情報収集の単なる計算結果として。)
ただ、その予知を活かしたことがあまりない。フィジカルではないがリアルに多世界の現実において、別のレイヤーだと思っているのか。むしろ、起こるべくして起こるだろう未来はマジョリティであるため例外至上原則のもとにおいて創造要素から排除しているのかもしれない。
アーティストは、原理主義的に、集団の外部から別の構造を持ち込んでくるエイリアンであることが前提条件だと考えている。
Englishman in New Yorkがいつも脳裏に流れるのは正しい。
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おえかきボードで、4筆書きを100枚する。
自動筆記のように、できるだけ深く考えず、構築された美学のようなものを出さないようにして、どうなるだろうと。
まあなんかややアールブリュなゲームのような物語になる。
次するならもう少しコンセプトを加えてみてもいいかもしれない。
背の高い感じの亅っぽいのが好き。
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Stable Diffusion 2.1 Demo で生成した画像をネットで偶然見たときに目にとまるだろうか。幾つか生成した中から最終的に選んだ数点はまあまあ好きなので(たまにすごく好きなものもある)だから、当然目にはとまるだろう。では、それをDLして何度も見返すだろうか。
ここにある3点は受注作品に近い。
自作小説「Cave Diver」の主役カップルがともに白いダイビングスーツなので、そういう白いダイバーが洞窟に潜っている絵が欲しいと思って何十枚も生成した中の3点だ。誰か人間の他人が描いた絵でも、そうやって作品に結びついたものは何度も眺めたりする。
もしそうではなく、単に生成させただけの画像だった場合はどうか?
それでも、通常よりは何度も食い入って眺める。自分が生成させた時点で、すでに接点が埋め込まれているということだ。
関係者補正が入っている。
ただし、ものすごく好きな生成が成される場合がある。そのときは、大して補正がかかっていない。Stable Diffusion のファンになりそうになる。なにが好きなのか。以前、偶然性やオブジェクトについて記したが、作者が人間ではないから作品の背後にエゴがなくて、つまり無しかなくて、にもかかわらず卓越しているときに感動するのだと思う。
とても静かだ。
Stable Diffusion で様々な呪文を打ち込み、理想の画像を生成しようと繰り返すとき、これは画像検索してるのと同じだとも思う。
画像検索は一瞬で何十枚と表示されてその中から理想的なものをざっと探す。一方で、Stable Diffusion 2.1 Demo では4枚の生成に30秒以上かかり、それが成功とも限らない。この時間が一瞬になり、理想の精度があがれば、ネットサーフの価値は下がるだろう。加えて、人間が作った画像ではないから、扱いやすい。そうなればメタバースの領域だと思う。気がつけば周りに誰もいないまま安らぎの時がすごせてしまえるやつだろう。
それにしても白いダイバーは如何なものだろうとずっと思っていたが、セルフ洗脳ができて、いやケーブダイバーは白いものだろうと思えるようになった。
「Cave Diver」の主役たちはもはや格好いい。
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「Cave Diver」の世界線。
「Garbled」と「Deistic Paper」から「sexdecuple」への世界線、また仟燕色馨系の世界線とも違う小説空間。
次の画像は「Cave Diver」054 までのログブック。
現在、067まで進んでいる。999あるカード式作品というのは、地球の約70%を占める海のごとく、掴みどころがない。どのようなログブックを形成すればいいのか。ログブック組織化自体が作品の本質である可能性がある。
また100 以降、ケーブダイビング描写が中心になる。
そのタイミングで、ホワイトカンバスをブラックカンバスの文字色青に変えるかどうか、ずっと考えている。タイミングは一度しかない。
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本文の半分以上が文字化けを組み込んだ構成とはいえ、2009-2017年に作成した485,000文字の小説「Garbled」シリーズは、所有用さえ本として作っていない。第4章 overcome the nemesis(上の画像)と第6章 Chaote Disannulleth (1冊と1枚印刷。下の画像)のみ存在するが、全体を一つの形で物体化しなければやはりプロジェクトの完結に至れない。
データはゴーストのようなものだ。
Chaote Disannulleth は、ネット検索から女性登場人物二人のイメージを作っていて、選んだ元画像をフォトショで、マウスを使ってトレースしている。こういう〈選ぶ〉手続きは、AI画像生成を用いたチョイス/組み合わせ/修正でやった方が、著作権を回避できるので純粋で良い。
仟燕色馨シリーズでのMidjourney使用の画像。
第三者に見られなければ作品は存在しないという主張がある。しかし、オブジェクトとして存在すれば作品は出現する。二つの次元を重ねた考えになるが、完全犯罪は存在しないのか。もっと下世話に、墓場まで持っていった不倫カップルの、互いの楽しい時間は存在しないのか。
「Garbled」シリーズは、時間とカオスに埋もれたかつての現象の声を、粉々の断片を頼りにぼんやり再形成されてゆく経過の物語だ。
http://lineunder.blogspot.com/2011/03/garbled.html
NNNN-saga。
これと「Deistic Paper」の次の展開に切り込まなければいけない。
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蜃気楼の境界 編(五六七)
蜃気楼の境界 編(一二三四)から
「渦とチェリー新聞」寄稿小説
蜃気楼の境界 編(五)
界縫
正嘉元年紅葉舞い、青い炎地割れから立ち昇る。音大きく山崩れ水湧き出し、神社仏閣ことごとく倒壊す。鎌倉は中下馬橋の燃える家屋と黒い煙かき分けて家族の手を引きなんとか生き延びた六角義綱という男、後日殺生も構わぬ暮露と成り果て武士を襲えば刀を得、民を襲えば銭を得て、やがて辿り着いた河川で暮露同士語らうわけでもなく集まり暮らす。或る夜、幾度目のことか絶食にふらつき目を血走らせ六角義綱、血に汚れた刀片手に道行く一人の者を殺めようとするが、嗚咽を漏らし立ち竦みそのまま胸からあの日の紅葉のごとき血を流し膝から崩れ落ちる。道行くその者、男に扮した歩き巫女だが手には妖しげな小刀、その去る様を地べたから見届けんとした六角義綱のすぐ背後、甚目寺南大門に後ろを向けて立つ闇霙(あんえい)と名乗る男あり。みぞれ降りだして、人とも呼び難いなりの六角義綱を一瞥し、闇霙、口開かず問いかける、そなたの闇は斯様な俗識さえ飼えぬのか。六角義綱、正嘉地震から甚目寺までの道中で妻を殺され、涙つたい、儂には女は切れん、と息絶える。その一通りを見ていた青年、六角源内、父を殺した女を浅井千代能と突き止めて敵討ちを企てるが、知られていたか検非違使に捕らえられ夷島に流され、以後誰とも交流を持たずに僻地の小屋で巻物を記したという。それから七五九年の時が経ち、二〇一六年、仟燕色馨を内に潜める二重人格の高校生市川忍とその同級生渡邉咲が、慧探偵事務所を相手に朔密教門前また内部にて些細な一悶着あった、その同日晩、奇妙な殺人事件が起こる。場所は百人町四丁目の平素な住宅区域、被害者女性、五藤珊瑚(三〇)の遺言は、残酷な苦を前に千年二千年なんて。戸塚警察署に直ちに捜査本部が設置され、その捜査とは別に警部補の高橋定蔵、市川忍の前に立つ。何故おれなんかに事情徴収を、と忍。事件当日、校門の監視カメラに映っていたきみが何か普段と違うものを見てなかったかと思ってね、若き警部補が爽やかに答え、それで市川忍、脳裏の人格に声を送る、一顛末あった日だ厄介だね。対し仟燕色馨、おそらくこの警部補、謎多き朔密教を疑っている、ならばこの事件あの探偵にも捜査の手が伸びる、ところで気づいているか探偵事務所の探偵に見張られている。
小料理屋点々とある裏通りの角に螺旋階段へ繋がるアーチ状の古い門を持つ築古スナックビルの入り口で刈り上げマッシュショートにゆるめパーマの少年のような青年がただ立っていると突然背後から強面の男がどこに突っ立っとんじゃと怒鳴ってきたので青年は冴え冴えとした眼差しで振り返り、幻を見てたんじゃないですか、俺はずっとこの位置でスマホを見てました、俺の輪郭と色、背後の風景と俺のいる光景をもっと目に焼きつけてください。男は動転し不愉快な目の前にいる青年を忘れないようじっと食い入って見る。だが、その光景はすでに幻で、スマホを見ていた青年はもういない。走り去っていたのだ。朝のホームルーム直前にその青年、六角凍夏(むすみとうか)が現れ席につく。振り返り、後ろの席の渡邉咲に聞く、きみ、部活入ってるの。隣席美術部員中河原津久見が聞き耳を立てている。渡邉咲は初めて話しかけてきた六角凍夏が先々で勧誘しているのを知っていて、文芸部でしょ、と冷えた目を送ると、文化琳三部だよ、と。咲が琳三って何という顔で惑うと、清山琳三ね、俺らの界隈で知らぬ者はいないよ、とくるが、咲はどこの界隈の話なのと内心いよいよ戸惑う。だが、聞き耳を立てていた中河原津久見はピクシブなどで目にする虚無僧キャラねと気づくが話に加わらない。きみ、机の上の本、和楽器好きでしょ、清山琳三は気鋭の尺八奏者。私、渡邉咲、と口にしながら、尺八ね。放課後、六角凍夏は一人、文芸部部室の小さな教室に入って電気をつけるとドアを閉め、密室と成る。中央辺りの机に、鞄から取り出した古びた筒を置く。目を閉じる。刹那、周囲にぼろぼろの布団が幾枚とどさっと落ちてき動きだす。それは天明四年鳥山石燕刊行妖怪画集「百器徒然袋」に見られる暮露暮露団(ぼろぼろとん)だが現実に現れたわけではなく、六角凍夏の想像力は小さな空間で全能となり百器徒然袋の界隈と接続し、今回ならばそこに記された妖怪があたかも姿を見せたかのような気分になったのだ。密室に、江戸の布団の香りが充満する。ときに、異界からの香りが漂ってくることもある。翌、静かな夜、百人町四丁目にて更なる殺人事件が起こる。被害者は志那成斗美(四〇)遺言は、潔く煮ろうか。魔の香りも、又、此処に。
蜃気楼の境界 編(六)
五鬼
出入りする者らの残り香も錯綜の果てに幻影さえ浮かべる夜の街。串揚げ並ぶコの字カウンター中程で束感ショートの若い警部補が驚きのあと声を潜め通話を切ると手話で勘定を頼み、さっぱりとした面立ちの探偵仲本慧に目をやり、五鬼事件だがまだ続いていたと輝きの瞳隠せないながらも声を落とし去っていく。百人町四丁目連続殺人事件の犯人佐々木幻弐が第二被害者志那成斗美の最期の正当防衛で刺され意識不明のまま病院で死亡したという話、監視カメラから犯行も明確、第一被害者五藤珊瑚への犯行とも繋がり既に報道もされた直後の第三事件発覚。カウンターに残された探偵仲本慧、ビールを追加し面白い事件だが依頼がきてないから何もできないね、と奥に座る長髪黒はオールバックの男に突然話しかける。その男、串揚げを齧りながらチラと目線を合わせる。慧、ビールを飲み干し、隣に座っていいかなと距離を詰め、そっと名刺を置き、歓楽街案内人の市川敬済だね仕事柄我々は抜け目ない、聞き耳を立ててたね、という。黙す市川敬済に、優秀な探偵の知り合いは二人と必要ないかなと強い声で独り言のように笑みを送る。店内、音楽なく、静かに食す客、座敷からの賑わい。この辺りで、青島ビールが飲める良いバーを探してる客がいたなそういえば、と市川敬済、懐から名刺を取りだし横に並べる。直後、和柄のマフラーをしたギャル僡逢里が現れた為、仲本慧、名刺を拾い、勘定を済まし去っていく。お知り合いさんなの、と尋ねつつ座る僡逢里に、池袋の二青龍で今は探偵の男だ知ってるか、と尋ね返す。誰よ、テリトリー渋谷だったし、今日はいないの。暗に警部補のことを口にする。僡逢里の耳元で、まだ続いてるらしい千代女のママ心配だな。食事の注文をしながら僡逢里、出勤前に縛られたい、と呟く。夜十一時、一人になった市川敬済の前を男女が横切る。片方の男が枯淡の趣ある着物姿でありながら凍風をただ浴びるがごとく静かであったため変に気にかかるが、気にするのをやめて電話をかける。あら敬済さん、と通話先、青藍に杉の木が描かれた着物の女、さっきまで警部補さんがいらしてたのよ、お店は営業してません、今朝三人目の不幸がありまして五鬼も残すところ二人なの。語るは浅井千代女である。
遥か彼方より朗々と木曽節が諏訪太鼓と絡まり聞こえる、それは五年前の、冬の宵、一人の女、吉祥寺の麻雀ラウンジ千代女の開店準備中、六人の女達を前に、肩に雪積もり震えている。浅井千代女が側に近づき、貴女の血に刻まれし鬼の禍、憎しと思うなら、受け継がれし技術でお金に変えて楽園を造るのよ、弐宮苺(にきゅういちご)の源氏名を授けるわ、そちらの西クロシヤ(五〇)引退で貴女の席があるの。語りかけてきた浅井千代女を取り囲む五人の女達、五鬼を見る。はい、と涙流し、生まれて初めての愉しい月日流れ、今、浅井千代女の周りに残る五鬼はその弐宮苺(三〇)と柵虹那奈(さくにじなな、四〇)だけだ。今朝殺害された紫矢弥衣潞(しややいろ、五〇)の遺言は、一路ゆくは三人迄。殺害現場で弐宮苺は両拳固く握りしめて言う。千代女さまを死なせはいたしません、次はこの私が千代女さまの匂いを身につけ犯人を誘いだし返り討ちにしてやります、これまで通り千代女さまは、五鬼にはできない私達鬼の禍の力を強める祈祷にどうか専念してください。浅井千代女の頬に涙が伝う。紫矢弥衣潞の形見の側に六歳の娘が一人。この災い突如訪れ、犯人の心当たりなく、志那成斗美が相打ちにし病院で死亡したという佐々木幻弐が何者なのかも分からない。不気味であったが浅井千代女は思う、そもそも私達がこの現世において得体知られていない存在なの、それに。相手は私達より強い、と震える。市川敬済に連絡を入れる。丑三つ時に市川敬済が女と帰宅、玄関騒がしく、津軽塗の黒地に白い桜が控えめに描かれた高さ一尺程のテーブルに女が横たわる音がする。自室でスマホを触っていた高校一年生の市川忍、悠里と帰ってきたのかあの女嫌いだな、と不機嫌になる。脳裏から仟燕色馨の声、きみの父だが今着信があり通話している。女といるのに別の女と喋ってるのそりゃあ母も出ていくよ。連続殺人の件だ探偵仲本慧の名前も出ている。いつも大人達は都合で何か企んでいて不快だよ。翌日、暑し。ホームルームの前に近寄ってきた同級生渡邉咲が、低血圧以外の何物でもないローテンションでいつもより元気な声で市川忍に話しかける。事件は解決してなかったのよ、貴方のお知り合いの探偵、仟燕色馨の出番じゃない?
蜃気楼の境界 編(七)
境迷
昼か、はた、ゆめの夜半にか、北原白秋「邪宗門」の一節に紛れ込んでいた六角凍夏は国語教師茨城潔に当てられて、地獄変の屏風の由来を申し上げましたから、芥川龍之介「邪宗門」冒頭付近をちらと見、朗読し始めるが、正義なく勝つ者の、勝利を無意味にする方法は、いまはただ一つ、直ちに教師が、むすみその「邪宗門」は高橋和巳だ、遮ってクラス騒然となる。六角、先生、界をまたぐは文学の真髄ですと逸らす。教室の窓から体育館でのバスケの授業を眺めていた市川忍に、脳裏から仟燕色馨の声、百人町四丁目連続殺人事件、慧探偵事務所の手にかかれば一日で解決する探偵はあの少女が呟く数字で結論を読みとるからだ朔密教での一件はそういう話だっただろう。それじゃあカジョウシキカ勝ち目が。否あの少女がいかなる原理で数字を読むか今わかった。その時、教室の背後から長い竹がぐんと伸び先端に括られた裂け目が口のごとき大きな提灯、生徒らの頭上でゆらゆら揺れる。「百器徒然袋」にある不落不落(ぶらぶら)を空想した六角凍夏の机の中に古びた筒。不落不落を唯一感じとった仟燕色馨、市川忍の瞳を借り生徒らを見回す。何者だ。その脳裏の声へ、何故だろう急に寒気がする。界か少女は先の「邪宗門」のごとく数多の界から特定している市川忍クンきみはこの連続殺人事件どう思う。昨夜の父の通話を聞くに麻雀ラウンジ千代女のスタッフが四度狙われるから張り込めばだけど犯人佐々木幻弐死んでも事件は続いたし組織か警察もそう考えるだろうから現場に近づけるかどうか。吊り下がる口のごとく裂けた提灯に教師も生徒も誰も気づかず授業続く。休み時間スマホで調べた麻雀ラウンジに通話。まだ朝だ、出ないよ、休業中だった筈だし。仟燕色馨は通話先を黙し耳に入れ続ける。浅井千代女らは、魔かそれに接する例えば鬼か、ならば逞しき彼女らが手を焼く犯人も、人ではないと推理できよう恐らく一人の犯行による。驚き市川忍、犯人が死んだというのに犯行は一人だって。きみは我が師仟燕白霞のサロンで幼少時千代女と会っていたことを忘れたか父と古く親しい女性は皆その筋だろう。側に、一人の同級生が近づいていたことに突然気づき、晴れてゆく霞、市川忍は動揺する。渡邉咲が、不思議そうに見ている。
柵虹那奈、と雀牌散らばりし休業続く麻雀ラウンジで浅井千代女が呼びかける。はい千代女さま。志那成斗美あの人の槍槓はいつだって可憐で美しかったわ、五藤珊瑚あの子の国士ができそうな配牌から清一色に染める気概にはいつも胸を打たれていたわ、紫矢弥衣潞あの方の徹底して振り込まない鬼の打ち筋には幾度も助けられたわ、三人とも亡くしてしまった、弐宮苺は私達を守ると意気込んでいるけどあの子を死なせたくないの。ラウンジを出て一人、浅井千代女は市川敬済から聞いた池袋北口の慧探偵事務所へ出向く。雑居ビル、銀行かと見紛うばかりの清潔な窓口が四つあり小柄の女性職員田中真凪にチェックシート渡され番号札を機械から取り座る。呼ばれると先の職員の姉、同じく小柄な三番窓口女性職員田中凪月が青森訛りで対応するがシート見てすぐ内線で通話し真凪を呼び千代女を奥へ案内させる。無人の応接間は中国人趣味濃厚で六堡茶を口にしながら十分程待つと仲本慧現れ、異様な話は耳にしている我が慧探偵事務所に未解決なしさ安心して、笑顔に厭らしさはない、依頼費は高くつくけどね。千代女は私達に似てるわと思う、職員は皆日本人名だが大陸の血を感じる、理由あってここに集い共同体と成っている、市川敬済とは昔SMサロン燕(えん)で業深き運営者は仟燕白霞に紹介された、世俗の裏側で通信し合うルートで辿り着いた此処は信用できる。受け応えを記録する仲本慧に着信が入り中国語で喋りだす。六堡茶を喉へ。探偵職員二名曰く、監視対象の市川忍が早退し校門前で謎の探偵仟燕色馨と通話していたという。仟燕色馨が仲本慧に仕掛けた誤情報だが、千代女を上海汽車メーカーの黒い車に乗せ吉祥寺の麻雀ラウンジへ。市川敬済はその謎の探偵にも件の連続殺人事件を探らせているのかなぜ子の市川忍が連絡を、空は雲一つない、SMサロン燕は五年前の二〇一一年に閉鎖し今は仟燕家のみその調査は容易ではないが必要かすぐ崔凪邸へ行くべきか。麻雀ラウンジのドア、鍵開き、僅かな灯火の雀卓で盲牌していた柵虹那奈、差し込む外光より、冷気識る。現れるは、病室で死に顔さえも確認した、佐々木幻弐である。上海汽車メーカーの黒い車は崔凪邸に着く。少女崔凪は、使用人二人と土笛づくりをして遊んでいる。
by _underline
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「渦とチェリー」チャンネル
【音版 渦とチェリー新聞】第27号 へ続く
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仟燕色馨シリーズ 全人物名リスト
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蜃気楼の境界 編(一二三四)
「渦とチェリー新聞」寄稿小説
連載中のシリーズ、第一話からの公開、第七話まで。第八話以降、朗読版に繋がり、最新話に辿り着けます。
蜃気楼の境界 編(一)
序件
赤に黄を混ぜると橙になるとか、分子だとか原子だとか、決まりごとで世界を理解した気になれるとしている人達の視た光景が世界の基準になっていることがそもそも気に食わないと、二〇一六年春、高校一年生になったばかりの渡邉咲は思っている。彼女はやがてクラスに、背が高く視力の悪い市川忍という一見平凡な男子生徒がいることに気づくだろう。麗らかな新大久保、韓国料理店をはじめとした多国籍渦巻く通り、彼女よりも背の高い通行人達の隙間を縫いながら気分よく和楽器専門店へ向かう道すがら、迷いのない機敏さですれ違った、いつだったか見たような気のする少女に勘が働き、あとを追うと、二人の男が対立していたのだ。さっぱりとした面立ちの男が軽やかに束感ショートの若い警部補に、これは高橋さんお久しぶりです、と話しかけるが、その警部補は、探偵に用はないよ、と軽くあしらう。少女は、この探偵と警部補の間を通り過ぎ、可憐に立ち止まり、一、三、三十、千五百と口にしたのだ。新規上場企業連続殺人事件の際はな仲本慧きみのお世話になったが、警部補がいう、本当に高くついたよ闇のポケットマネーだった、今回の捜査はもう済んでいる高知県岡内村の淵に発見された男の水死体はここのホステスとの恋の縺れで半グレが実行したと調べがついている。ところが、探偵仲本慧は、隠れて話を聞いていた渡邉咲が耳を疑うようなことを坦々と喋りだしたのだ。少女崔凪が口にした数から推理するに、彼女の身長百五十センチが百五十万μm(マイクロメートル)だね、目視可能な基準五十μmより小さい花粉が三十μmで飛沫や通常マスクの捕獲サイズが三μmで細菌は一μm、零点三μmはN95マスク捕集サイズ、零点一μmはインフルエンザやコロナのウイルスサイズつまり著名なウイルスは人間の千五百万分の一の小ささでその一回り大きい細菌が百五十万倍の少女を視れば頭は火星にあり地球からの距離十三光分だね月までなら一点三光分、符号、十三、仲本慧が楕円を描くようにぐるぐる歩く、火星は周期七百八十日で地球に近づき月との接近を天上で愉しめるわけだが今年はそれに当たる、七百八十と十三に関係する郵便番号が高知市青柳町で、そこに住む犯人は七百八十日周期で男を殺しに東京を訪れる。
雑居ビルの階段下で警部補は少女崔凪を見、腰を低くし、初めまして警部補の高橋定蔵だ、二年前はお世話になったがきみは知ってるのかな、という。崔凪は強い瞳のまま無言。警部補は探偵に、依頼はしてないから助言と受け取るがどうして事件を追ってる。陰で話を聞きながら、渡邉咲は胸を熱くしている。着信音がする。それを無視した仲本慧、曰く、単なる不倫調査で慧探偵事務所の探偵チームはターゲットの男がある女とホテルへ入るところを写真に収めたが依頼の追加でその女のプロファイルを求められたという。追加依頼を探偵チームに投げようとしたとき事務所に遊びにきた崔凪が、一、三、三十、千五百と自ら口にしたのだ。推理から、と仲本慧はいう、写真に収めた女は、蜃気楼だと気づいた、真の不倫相手の女、つまり犯人が、虚の像を追わせたのさ、ここのホステスは事件の蜃気楼、無関係だね。渡邉咲は、どういうこと、と驚くが、何度か鳴っていた事務所からの着信を仲本慧が受けて、崔凪に、さぁ行こう、と告げ、去り際、ふと足元を見、ツバキの花は境界に咲くというが、現世と魔界の境界にも咲くんだね、と笑みを浮かべる。警部補は二人を追わず高知警察署へ連絡しているらしい。数日後、高知の青柳町に住む女、宮地散花が連続殺人容疑で逮捕されたことを渡邉咲はニュースで知り、午前の授業中はずっと雑居ビルの階段下でのやりとりの記憶に捕らわれ、探偵仲本慧の絡んだ事件の真相って境界の狭間に咲く花のよう、と夢見心地になるが、少女崔凪による真相は、甲乙ムの三文字の一体である鬼を抱く宮地散花が千五百年つまり明応九年に践祚した後柏原天皇の詠んだ歌、心だに西に向はば身の罪を写すかがみはさもあらばあれ、に心打たれるも意味を取り違え、三十人の男の供養を願ったことに始まる。その鬼の念、情景を歪ます程に強く、探偵や警察を巻き込み、一高校生渡邉咲さえ巻き込んだが、彼女は探偵仲本慧による更なる次元さえ加わった渦の中でときめいている。その様は、クラスメイトの市川忍の何かを揺るがしたのだ。窓の下、体育館でのバスケの授業をずっと眺めていた市川忍は、突然渡邉咲の存在に気づき、それは彼のもう一つの人格、仟燕色馨の方が先だったかもしれない。胸騒ぎだ。
蜃気楼の境界 編(二)
書乱
春の夕、上海汽車メーカーの黒い車が高田馬場駅は西、高校の校門を通過し、停車する。奇妙な車がよぎった、脳裏より声。授業も聞かず窓の下、体育館でのバスケの授業をぼんやりと眺めていたが、脳裏に響く声に高校一年生の市川忍、カジョウシキカ唐突に何だよ、と聞く。一昨年にきみを冗談交じりに犯人と疑ってみせた探偵がいたのを覚えてないか。そう問われたものの市川忍は思いだせず、それがどうかしたのと内側へ声を。すると、微かなタイヤの摩擦音と停車音の比較から目的地はすぐ側の一軒家だろうちらと見えた、運転手がその探偵だ、という。この七年前は二〇〇九年五月、関西の高校生から広く流行した新型インフルエンザ以降雨の日以外つねに窓が少し開けられている。空気は生ぬるい。チョークの音。市川忍、幾つか机の離れた席に座る渡邉咲に視線を送る。チャイムの音が鳴り、放課後、別のクラスの生徒、石川原郎がやってきて無造作に横の机に座り、市川おまえ高校はバスケ部入らないの。まあね。受け応えしながら机の中の教科書類を鞄にしまっていく。渡邉咲立ち上がり、教室の外へ。一書に曰く(あるふみにいわく)と仟燕色馨の声が響く、混沌のなか天が生まれ地が固まり神世七代最初の神、国常立尊が生まれたが日本書紀に現れない五柱の別天津神がそれより前にいて独神として身を隠したというのが古事記の始まりということは教科書にも書かれていたが先程の古文の教師はイザナギとイザナミの二神から説明した、これもまた一書に曰く、数多の異神生まれし中世ではアマテラスは男神ですらあり中世日本とは鎌倉時代からつまり末法の世まさに混乱した世の後で超自然思想は流行り無限の一書織り成す神話に鎮座し人々は何を視ているのか、きみが気にしている渡邉咲、退屈そうに探偵読本を机の中に置いていった、大方、探偵に夢を見、探偵業に失望したのだろう、数分の場所に探偵がいる。市川忍は脳裏に響くその声をきっかけにし会話一つ交わしたことがない渡邉咲のあとを必死で追う。走りながら、どう呼びかけるのかさえ決めていない。仟燕色馨のいう一軒家は平成に建てられた軽量鉄骨造で、渡邉咲が通り過ぎた頃合いで咄嗟にスマホを耳に当て、探偵が入っていった、と強く言う。驚き、振り返る渡邉咲。
目黒にて桜まじ、遊歩す影二つ。吹く風に逸れ、冷たし。怪異から死者が幾人、立入禁止とされた日本家屋をちら見し、一つの影、あァお兄様さらなる怪奇物件作りどういたしましょうと口元を手で隠し囁く明智珠子に兄、佐野豊房が陽炎のごとき声で私達はね共同幻想の虚空を幽霊のように漂っているんです、井戸の中で蛙は鬼神となりたむろする魍魎密集す地獄絵図の如き三千大千の井戸が各々の有限世界を四象限マトリクス等で語る似非仏陀の掌の架空認識から垂れ下がる糸に飛びつき課金ならぬ課魂する者達が世を牛耳りリードする妄想基盤の上で生活せざるを得ないならば、宇宙に地球あり水と大地と振動する生命しかない他のことは全て虚仮であるにもかかわらず。明智珠子がその美貌にして鼻息荒く、あの探偵とだけは決着を付けなければいけませんわ、家鳴の狂った解釈で恐怖させる等では物足りません残酷な形で五臓六腑ぶちまけさせなければ気が済みません。佐野豊房は、だがただ凍風を浴びるがままである。翌週は春暑し、件の探偵仲本慧はそれでも長袖で、奇妙な失踪調査依頼で外出している。我が探偵チームが二日で炙りだしたターゲットの潜伏ポイントは男人結界つまり男子禁制の聖域だからねと探偵事務所二番窓口女性職員橋本冷夏にいう、琉球神道ルーツの新興宗教だそうだ。いつも思うんですが年中長袖で暑くないんですか。東京中華街構想があった年と探偵仲本慧プロファイルを口にする、同士と約束したんだねハッタリ理由に青龍を肌に翔ばす気がなかったから年中長袖を着る決着にしたわけだ。えっ、一体何が。その会話を引き裂かんとついてきていた少女崔凪、突飛な言葉を口にする、卑弥呼は、自由じゃない。ハッとし振り返った仲本慧問いかける、今回の件、どう思う。崔凪、気分良さげにいう、男子禁制だから教えられない。生暖かい風が東京湾から。晴海アイランドトリトンスクエアをぐるっと回ってみたわけだが、と元の駐車場に踏み入った仲本慧、あれはかつて晴海団地があった土地だね、我が探偵チームが弾き出した潜入ポイントにも寄った方がいいかもしれないね。そうして訪ねた一軒家の門の外、仟燕色馨を秘める二重人格者は市川忍と、探偵仲本慧を気にする渡邉咲、二人の高校生が現れたのだ。
蜃気楼の境界 編(三)
朔密
白雨あったか地が陽を返す。探偵との声に驚き振り返る渡邉咲の前に市川忍。彼をクラスメイトと理解する迄に数秒。バスケ部上がりの忍は別世界の男子生徒に見えたし圧も弱く視野外にあったのだ。水溜りを踏んで市川���は彼のもう一つの人格仟燕色馨と心の内側で会話をしている。探偵が入っていったとスマホを片手に口にしたが通話はしていない。咲に向け、ここで事件が起こっているから静かに、俺には知り合いに探偵カジョウシキカがいて今彼と話していると囁くように言い、表札にある「朔密教」と火と雫の紋章、白い香炉を模った像をちらと見、呼び鈴を鳴らす。片や探偵仲本慧はその軽量鉄骨造の一軒家の門の斜め向かい、車中にいる。突然現れた高校生の男女がターゲットの家の呼び鈴を鳴らしたことで注目する。ガチャと鳴り玄関から高齢の女、倉町桃江が姿を見せ咲を見ると、何か用ですか、と聞く。戸惑う咲の前に出、忍、朔密教の見学に来たのですが、というと、男子禁制ですから、そちらのお嬢さんだけでしたら。運転席の仲本慧とともに慧探偵事務所窓口職員橋本冷夏が後部座席から降りるが助手席に座る少女崔凪は出てこない。通り雨は天気予報になかったねと口にしながら歩み寄る仲本慧を間近に見た咲が紅���する。仲本慧が高校生二人を一瞥し、倉町桃江をじっと見つめ、貴女がここの教主ですか、こちらの橋本冷夏が見学に来たのですが。ぬるい風に織り混ざる卦体。そうですか。倉町桃江は表情一つ変えず、弥古様はおられませんが、さ、どうぞ、屋内へ消える。門前に探偵と忍と咲が残る。脳裏の声に促されて忍、何か事件でもあったんですか、と慧に。素性を見抜かれた質問を受けた慧はほんの僅か忍を見、ああきみは以前事件のときに少し話かけた学生だね、とにっこり笑いながら名刺を差し出し、慧探偵事務所の仲本慧だ、困ったことがあればいつでも訪ねてくるといい金額は安くはないけどね、そう話を逸らす。スマホを耳にあてた忍は仲本慧の目をじっと見て、知り合いの探偵と連絡を取りあってるところでもしかしたら同じ事件を追ってるのかも、弥古様を、と挑発する。ここに、咲の目前で、二人の探偵の戦いの火蓋が切られたのだ。咲の気をひく為に市川忍によって仟燕色馨が探偵とされた顛末である。
門と玄関の境界の片隅、雨露に濡れるツバキの花に気づくのは、仲本慧のスマートフォンに朔密教内部に潜入した橋本冷夏から失踪調査対象は石文弥古の姿見当たらずとのメッセージが届き、車内の崔凪に視線を送った直後、片や、市川忍の視界には、はらはら雪が舞い、脳裏に津軽三味線の旋律流れ、声響く、曰く、表札に火と雫の紋章があったがイザナミが命を落とすきっかけ火の神カグツチを当てれば雫はその死悲しむイザナギの涙から生まれしナキサワメであり白と香炉を模った像から琉球の民族信仰にある火の神ヒヌカンを合わせれば朔密教の朔は月齢のゼロを意味し死と生と二極の火の神を炙り出せるだろう男子禁制からヒヌカンによる竈でのゼロの月の交信を弥古様は隠れて行い目的はイザナミの復活か、次元異なる宗教織り成す辺りの新宗教らしさから朔密の密を埋没神と見るなら竈は台所更には死した大いなる食物の神オホゲツヒメの復活とも関連し故に弥古様は台所を秘めたる住処、家としている。この象徴的絵解きのごとき推理の意味が市川忍は何も分からなかったが解が台所であることのみ理解しスマホへ向け成程仟燕色馨、君の言う通りだ敢行するしかないねと言い渡邉咲を見、ねぇ仟燕色馨から君にお願いがある、この中は男子禁制、だから、と耳元に。咲はこのとき、心を奪われたのだ、市川忍ではなく、仟燕色馨の方に。現場が男子禁制ゆえに崔凪の手助けが得られず動揺して仲本慧は自力で推理する。ここへ来る前に出向いたかつての晴海団地はダイニングキッチンが初導入されそれを一般家庭に普及させた歴史的土地で朔密教が琉球神道ルーツの新興宗教であることは調査班の報告で分かっているから潜入した橋本冷夏は台所へ案内されている筈、儀式は日々そこで行われるが石文弥古の姿はないという、ならどこに。その事務的に戸惑った様子が渡邉咲には探偵読本にもあった只の組織である商売人の探偵にしか見えなかったのだ。咲は仲本慧を背にして走り、玄関をくぐり、朔密教内部に潜入する。だが、濡れた車、助手席から出てきた少女崔凪が数字の羅列を呟き、仲本慧は、そうか分かったぞ、と声をあげて橋本冷夏に通話する。崔凪が、涼しい顔でのびのびと呟く、負けるくらいなら今だけ男子禁制じゃなくてもいいかな。
蜃気楼の境界 編(四)
你蜃
燻銀の月が空に二人の高校生公園で座る。笙の天音が鳴り、お母さんだ、とラインの返信をしながら渡邉咲、探偵カジョウシキカは推理で勝っていた、と市川忍を見、探偵仲本慧に出会ったきっかけはそもそもあの少女崔凪だったと思いだす。一昨年にこの公園で鼻歌交じりハーブの栽培をしてた子だ、だから見覚えがあったんだ、と。軽量鉄骨造一軒家、朔密教本部から出てきた探偵職員橋本冷夏に、今宵は重慶三巴湯と青島ビールで宴会だね、と上海汽車メーカーの黒い車へ去る仲本慧の側にいた少女崔凪が高校生の二人をちらと見ふっと笑う。市川忍は悔しがるだけで、だがその内側に潜むもう一つの人格仟燕色馨は市川忍の瞳を通し崔凪をじっと見つめる、夜の公園で仟燕色馨、只の勝負なら勝敗などは所詮遊戯それに君も渡邉咲と親しくなり目的は果たしているだろうしかし慧探偵事務所は現世と魔界裏返りし境界ありこれは魔族の矜持に触れるゆえ既に仕掛けをしている君も再戦を覚悟してほしい、と。その脳裏からの声の本意を掴めない市川忍に、咲、貴方のお知り合いの探偵さんはどう言ってるの。その輝く瞳妖しく、市川忍はときめく反面恐怖を覚え、無意識にポケットから作業用の黒ゴム手袋をとりだす。刹那、何故か海峡で波を荒らげる雪景色に鳴り響く津軽三味線の調べが聞こえ、再戦を望んでると伝えると、只ならぬ興奮を見せて咲は喜ぶのだ。先刻、朔密教内部へ駆けていった咲は、仟燕色馨の伝言、台所の真下に女の住居有り、を忍から受け儀式行われし白い炊事場を目指したとき、倉町桃江の脇で動揺する橋本冷夏の姿を見たが、その元に着信が入り中国語で会話を始め、瞳に青龍の華が光れば、香炉、水、塩、生花を払い除け床下収納庫の先に階段を見つけると、独房のような地下室で失踪調査対象である石文弥古を発見、最早咲は事の成り行きを見届けるのみ、異変の只中で、少女崔凪の存在が頭によぎったのだ、確かに探偵仲本慧は推理が届かず動揺していた、何か得体の知れない事が起きたのだ。それにしても、咲は思う、探偵仟燕色馨どのような人なのかな、市川忍という同級生がどうして魅力的な探偵さんとお知り合いなの、ふふ、取りだしたその黒ゴム手袋は何、月がきれい、まるで、私の住む世界のよう。
朔密教、明治に明日香良安が琉球神道系から分離し設立した新宗教である。分離したわけはスサノオに斬り殺されたとされるオホゲツヒメの復活を教義の核に据えた故で、同時期に大本で聖師とされる出口王仁三郎が日本書紀のみ一書から一度だけ名が述べられるイヅノメ神の復活を、同様に一書から一度だけ名が述べられるククリヒメの復活を八十八次元の塾から平成に得た明正昭平という内科医が朔密教に持ち込み妻の倉町桃江を二代教主に推薦し本部への男子禁制を導入、女埋没神の全復活によりイザナミ復活へ至る妻のお導きを深核とし今の形となる。女埋没神はイヅノメ神、オホゲツヒメ、ククリヒメの他に助かったクシナダヒメを除くヤマタノオロチの生贄とされた八稚女らがあり、更には、皆既日食により魔力が衰え殺されたとされる卑弥呼を天照大神と見定めての復活とも融合している。それらを依頼主に説明しながら仲本慧は殺風景な部屋で分厚い捜査費用を懐に入れ、他の探偵にも依頼してないかな、と冷えた目を向ける。依頼主である小さな芸プロのマネージャーは、業界に知られたくない件だから貴方を紹介して貰ったんだ、深入りはしない彼女どういう様子でしたと聞く。調査ではと仲本慧、社会にある数多の既存の道筋を歩めないという認識から石文弥古は芸能に道がないか訪ね、今は朔密教を訪ねているのだろうね、弟以外の人の来訪を絶ち鬼道を続けたとされる卑弥呼の形式で、倉町桃江の最低限の関わり以外を完全に断って地下で儀式を八十八日間続ける任務を受け入れた石文弥古は、我が優秀な女子社員いわく、自らの意志とのことだ。屋外へ出、仲本慧、通話し、高校生市川忍を調査して、という。崔凪の口にした数は、四四八、二四七、一三七。仲本慧はタワマン供給実績数を推理し晴海団地へ出向いたわけだがその推測は二〇二一年の上位三都府県に予知のごとく一致し、崔凪はのちに数列に隠していた八十八を付け足し、慧の推理は台所の地下へと変化したが、二四七が卑弥呼の日食の年を指すように、海とされるワタツミ三神がたとえ人智の蜃気楼であってもなくても推理と崔凪の真意とが違っても。仲本慧は思う、人々は、この街は大地は、紀元前、胡蝶の夢は一介の虚無主義ではない知が、華が、騒いでいる。
by _underline
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ヒンドゥー教とシンボリズム(象徴主義)の結びつきは強く、多岐に渡るらしい。新しいヒンドゥー教的な図像をStable Diffusionに描かせてみる。
小説「sexdecuple」のためのメモ。
Symbolikon
https://symbolikon.com/
https://symbolikon.com/downloads/category/hindu-symbols/
OpenSeaをカンバスに16連作の図像小説を考えている。
ブロックチェーンが非中央集権的というのは一神教世界のなかでどう位置づけられているのだろう。自分はデータベース消費系にあまり興味がないのでヒンドゥー教にもシンパシーが薄かったが、ブロックチェーンと結びつけて考えたときに何か門戸を開いたような気にもなる。一方、ヴィシュヌやシヴァにある〈一切の姿を持つ〉とはどういうことだろうか(サンスクリット語でヴィシュヴァルーパ)。そこは、神道と違う構造に感じる。
ヒンドゥー教美術における複合図像:「一切の姿を持つ」ヴィシュヌの彫刻作例を中心に
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-20J21702/
過去のメモ
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