Tumgik
pt2intake · 4 years
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危険な散歩
春になつて、
おれは新しい靴のうらにごむをつけた、
どんな粗製の歩道をあるいても、
あのいやらしい音がしないやうに、
それにおれはどつさり壊れものをかかへこんでる、
それがなによりけんのんだ。
さあ、そろそろ歩きはじめた、
みんなそつとしてくれ、
そつとしてくれ、
おれは心配で心配でたまらない、
たとへどんなことがあつても、
おれの歪んだ足つきだけは見ないでおくれ。
おれはぜつたいぜつめいだ、
おれは病気の風船のりみたいに、
いつも憔悴した方角で、
ふらふらふらふらあるいてゐるのだ。
-萩原朔太郎『詩集 月に吠える』(角川文庫) p50-51
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pt2intake · 4 years
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悲しい月夜
ぬすつと犬めが、
くさつた波止場の月に吠えてゐる。
たましひが耳をすますと、
陰気くさい声をして、
黄いろい娘たちが合唱してゐる、
合唱してゐる、
波止場のくらい石垣で。
いつも、なぜおれはこれなんだ、
犬よ、
青白いふしあはせの犬よ。
-萩原朔太郎『詩集 月に吠える』(角川文庫) p-48-49
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pt2intake · 4 years
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殺人事件
とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣装をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。
しもつき上旬 (はじめ) のある朝、
探偵は玻璃の衣装をきて、
街の十字巷路 (よつつじ) を曲がつた。
十字巷路に秋のふんすゐ。
はやひとり探偵はうれひをかんず。
みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者はいつさんにすべつてゆく。
- 萩原朔太郎『詩集 月に吠える』(角川文庫)p41-42
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pt2intake · 6 years
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僕は卓子の上に、 ペンとインキと原稿用紙のほかなんにも載せないで、 毎日々々、いつまでもジッとしてゐた。 いや、そのほかにマッチと煙草と、 吸取紙くらゐは載つかつてゐた。 いや、時するとビールを持つて来て、 飲んでゐることもあつた。 戸外では蟬がミンミン鳴いた。 風は岩にあたつて、ひんやりしたのがよく吹込んだ。 思ひなく、日なく月なく時は過ぎ、 とある朝、僕は死んでゐた。 卓子に載つかつてゐたわづかの品は、 やがて女中によつて瞬く間に片附けられた。 −さつぱりとした。さつぱりとした。
『中原中也全詩集』(角川ソフィア文庫)
p351-352 「夏」(生前発表詩篇/詩篇より)
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pt2intake · 6 years
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夏の朝
なにといふ虫かしらねど
時計の玻璃のつめたきに這ひのぼり
つうつうと啼く
ものいへぬ
むしけらものの悲しさに
『室生犀星詩集』(岩波文庫)
p20-p21 抒情小曲集
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pt2intake · 7 years
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秋浦多白猿 超騰若飛雪 牽引條上兒 飮弄水中月 秋浦に白猿多し 超騰すること飛雪のごとし 条(えだ)の上の児を牽引し 飲んで水中の月を弄ぶ 秋浦には真っ白な猿が多い。 跳びはねるさまは、舞い散る雪のよう。 木の枝の小猿を引きよせては、 水に映る月影を飲みほすようにじゃれている。
松浦友久編訳『李白詩選』(岩波文庫)
p25 秋浦歌 其の五
(via novaki-enu)
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pt2intake · 7 years
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貯金はたいて買ったシャガールのリトの横に 道で拾ったクヌギの葉を並べてみた 値段があるものと 値段をつけられぬもの ヒトの心と手が生み出したものと 自然が生み出したもの シャガールは美しい クヌギの葉も美しい 立ち上がり紅茶をいれる テーブルに落ちるやわらかな午後の日差し シャガールを見つめていると あのひととの日々がよみがえる クヌギの葉を見つめると この繊細さを創ったものを思う 一枚の木の葉とシャガール どちらもかけがえのない大切なもの 流れていたラヴェルのピアノの音がたかまる 今日が永遠とひとつになる 窓のむこうの青空にこころとからだが溶けていく ……この涙はどこからきたのだろう
谷川俊太郎『シャガールと木の葉』(集英社)
p8-9 「シャガールと木の葉」
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pt2intake · 7 years
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感ずることのあまり 新鮮にすぎるとき それをがいねん化することは きちがひにならないための 生物体の一つの自衛作用だけれども いつまでもまもってばかりゐてはいけない
『春と修羅』宮沢賢治 (via kazunoriuto)
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pt2intake · 7 years
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大岡昇平編『中原中也詩集』(岩波文庫)p477より
中原中也とDADA
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pt2intake · 7 years
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わたしたち何故今まで考へなかつたのでせう ランプのこと どこでもランプを使つてゐるのね 少女は急に熱心に母の方にいひかけて ちらと青年の顔を見る  (学校を卒へた青年に   けふ電報が来て   田舎の両親は早く帰つておいでといつてゐる) ローソクのゆれる火影に 母親は娘を見 それから青年を見る よくお店で売つてゐるわね反射鏡のついたランプ あすあれ是非買ひませうよ あかるいわよきつと だまつてローソクの芯をつついてゐる青年を 今度はまつすぐに見て少女はいふ  (明晩もうひと晩   青年がここに泊つて   反射鏡づきの   その明るいランプを見てゆくことを   作者は祈る)
杉本秀太郎編『伊東静雄詩集』(岩波文庫)
p196-197 「明るいランプ」(『反響』以降)
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pt2intake · 7 years
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蛙が殺された、 子供がまるくなつて手をあげた、 みんないつしよに、 かわゆらしい、 血だらけの手をあげた、 月が出た、 丘の上に人が立つてゐる。 帽子の下に顔がある。
西原大輔篇『日本名詩選1[明治・大正篇]』(笠間書院)
p114 萩原朔太郎《月に吠える》(1917) 収録:「蛙の死」
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pt2intake · 7 years
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泉の水は流れる、犬の口のように由々しく。ばらには僕もおどろかされる、何しろにっこりともしないので。樹木は立ったまま眠る。冗談なぞ言わない。例えば彼は自分の影に命令する、《横になれ、休息しろ、今夜また出発だ》。晩に、影はまた枝に登る、そして彼らは出発する。 恋する者は壁に書く。 自分の心臓を見たら、僕はもうあなたにほほえみかけることは出来まい。彼はこの無月の晩に働き過ぎる。あなたの上に寝て、僕は凶報をもたらす彼の駆歩を待ち伏せる。
堀口大學訳『コクトー詩集』(新潮文庫)
p49-50 《詩集 (1920)》収録:「心臓の由々しさ」
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pt2intake · 7 years
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月は空にメダルのやうに、 街角に建物はオルガンのやうに、 遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。 -イカムネ・カラアがまがつてゐる- その脣は胠 (ひら) ききつて その心は何か悲しい。 頭が暗い土塊になつて、 ただもうラアラア唱つてゆくのだ。 商用のことや先祖のことや 忘れてゐるといふではないが、 都会の夏の夜の更 - 死んだ火薬と深くして 眼に外燈の滲みいれば ただもうラアラア唱つてゆくのだ。
中原中也:詩集『山羊の歌』収録「都会の夏の夜」 (via novaki-enu)
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pt2intake · 7 years
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一度、ただ一度、愛すべき優しい女よ、  象牙のようなあなたの腕が、 僕にすがった(暗い心の背景に  思い出は、褪せずにくっきり残っている)。 夜は更けていた、新鋳の賞牌のように、  満月が空に冴え、 厳かな夜の気配が、大河のように、  眠るパリの上にひろがっていた。 屋並み沿い、車寄の下のあたり、  聴耳立てた猫たちが、こそこそと歩いていたり、 さもないものは、心易い影のように、  しずかに僕らについて来たり。 蒼ざめた月の光に誘われて咲き出した  心置きなく溶け合った気持ちのさなか、 いつもなら、輝かしいほど快闊な音色しか立てない  音量ゆたかな楽器のあなたから、 輝く朝に鳴り渡る吹奏楽ほど明朗で  陽気な気質のあなたから、 嘆きの節、奇怪な調子が  よろめくように、洩れて来た 恥かしいので家族の者が人目をさけて、  人知れず、久しく窖にでも隠して置いた 虚弱い、醜悪い、陰惨な、片輪の女の子のように、  よろめくように洩れて来た。 哀れな天使よ、その節は、大声に、あなたの嘆きを歌ってた、  《浮世は一切空の空、 色々と取繕ってはみるものの  人間の利己主義が結局尻尾を出しちまう。 美人だということさえが、辛い商売、  冷淡で気違い染みた踊り子が、 つくり笑いを見せながら、気絶するのと同じほど  つまらぬ仕事。 当てにならぬが人ごころ。  愛だとて、美だとてみんな一切は崩れてしまう。 とどのつまりは「忘却」が、負籠にひょいと投げこんで、  「永遠」へ運び込むのが関の山!》 幾度となく美しいあの夜の月を思い出す、  あの沈黙さを、切なさを ささやくようにしんみりと  心が伝えたあの懺悔。
ボードレール『悪の華』(新潮文庫)
堀口大學訳
p111-p114 四五《告白》
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pt2intake · 7 years
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かの女の白い腕が 私の地平線のすべてでした。
マックス・ジャコブ作 / 堀口大學訳
『日本名詩選1[明治・大正篇]』(笠間書院)西原大輔
p205より
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pt2intake · 7 years
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男と女ふたりの中学生が 地下鉄のベンチに座っていてね チェシャイア猫の笑顔をはりつけ 桃色の歯ぐきで話しあってる そこへゴワオワオワオと地下鉄がやってきて ふたりは乗るかと思えば乗らないのさ ゴワオワオワオと地下鉄は出ていって それはこの時代のこの行の文脈さ 何故やっちまわないんだ早いとこ ぼくは自分にかまけてて きみらがぼくの年令になるまで 見守ってやるわけにはいかないんだよ
谷川俊太郎『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(青土社)
p8-9より
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pt2intake · 7 years
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きみが怒るのも無理はないさ ぼくはいちばん醜いぼくを愛せと言っている しかもしらふで にっちもさっちもいかないんだよ ぼくにはきっとエディプスみたいな カタルシスが必要なんだ そのあとうまく生き残れさえすればね めくらにもならずに 合唱隊は何て歌ってくれるだろうか きっとエディプスコンプレックスだなんて 声をそろえてわめくんだろうな それも一理あるさ 解釈ってのはいつも一手おくれてくるけど ぼくがほんとに欲しいのは実は 不合理きわまる神託のほうなんだ
谷川俊太郎『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(青土社)
p14-15 谷川知子に
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