Tumgik
sewasinow · 5 months
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新年
2024年が始まって半月ほどが経った。日々の雑多なタスクの中から、それほど大きな意味があるとは思えないこの日記を綴る時間を捻出することはやはり難しく、前回って何書いたっけ、と確認しないと流れを思い出せないくらいには時間が空いてしまった。
前回の日記を書いた当時、仕事納めの日を前にして「風邪気味」と綴ってあったが、翌日はしっかりめに熱を出し悪寒に耐えながら職場に向かい、コンビニで買った栄養剤と解熱のためのロキソニン、気休めにキレートレモンなんかを流し込みながらなんとか仕事を納めたが、29、30日は高熱になり、31日は熱は引いたものの今度は腹を下し、大晦日にもかかわらず美味しいご飯もお酒も飲めずに年を越した。1年でこさえた膿がまとめて全部出たような年末だった。
年を越してからは、掃除以外に何をしていたかよく思い出せないほど、平穏に過ごした。
今年の目標とやらは漠然としたものならたくさんあるけれど、年始に立てた目標への意識が一年を通して続いた試しがないので、とりあえずは「箸の持ち方を正す」ことくらいに留めておこうと思う。
なんか昔はもっとバチバチに尖った日記を書いていた気がして、随分と腑抜けになってしまったものだなと感じたけれど、この文章を書きながら、バチバチに尖った日記とはなんぞやとアホらしくなった。当時の俺は日記の中でしか尖れないくせに、きっとそんな自分に陶酔していたのだろうと思う。
以前日記を書いていた当時と大きく違うことの一つは、やはり自分の立場かな。現在俺は会社と契約はしているものの立場上はフリーランスだ。仕事がないと収入がゼロという立場は、もちろんやりがいはあるが、家庭を持ってる身としてはかなりスリリングである。そんなハイプレッシャーな日々の捌け口となってくれるのかこの日記は。きっと俺にとっては自分と対話するためのツールなんだと思う。この手段を選んだのは必然なのかもしれない。
まとめ方がわからんのでここまでにしよう。次はまたいつになることか。
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sewasinow · 5 months
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タイムマシンの夜に
せっせと忙しなく生きている。以前、日記をつけていたのは何年も前。当時の自身の状況と比べると、たくさんのことが変わったことをそれなりに感慨深く思う。
どんな文脈で、何を書いていたんだっけ。
思い出すのは、自分が書いた文章を後から読み返すことが、それなりに好きだったこと。それ故にこの同じタンブラーで、外観にこだわり、犬も食わないような文章をよく綴っていた。
そして今は年の瀬も年の瀬。そんな世間と無関係に自分自身も慌ただしい。明日で今年の仕事も納まろうかというところ。そんな時に自室に籠り、キーボードを叩いている。あの頃と違うことは、住んでいる家の部屋は今いる一部屋だけではないし、フローリングではなくワークチェアに座っている、風邪気味、髪型、身を固めて、娘もいる。
あれよあれよと過ぎていく毎日の中で、日々を自分の中で整理する術を昔は持っていたような気がして、その一端はこの日記にあったのではないかという希望的観測をもって、日記を再開した次第。年の瀬ということもあり、この日記を継続することが、そのまま来年の目標とやらになっていくのかは分からないけれど、昔から文章を綴ること自体は嫌いではないので、とはいえ、さてさていつまで続くことやら。
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