Tumgik
tachigawa · 5 years
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「天気の子」を見てきました。
凄いものを見た 
凄いものを見た 
凄いものを見た 
ゼロ年代オタクは見て 
セカイ系をバックドロップで沈めにきた。 
(上映直後のツイートより)
太刀川です。「天気の子」があまりにもすごかったので思いの丈を書かせていただきます。
以下、超ネタバレなので、見てない人は絶対に読まないでください。
約束だからねっ!
--------------------------ネタバレ----------------------------------------------------
セカイ系。ってご存知でしょうか。まあ、定義も色々ありますし、太刀川も専門家ではないので正確に説明できるかどうかは微妙なんですけれど、ボーイ・ミーツ・ガールで、少年と少女の関係という小さな問題と、世界的な危機がそのままリンクしているような、そんな感じの物語を想像していただければよろしいかと思います。
あの頃のPCゲームとかアニメとか、ゼロ年代とかまあそういうワードで代表されるような所でいろいろと作品が出てきたのですが、新海誠監督の今作、「天気の子」は真っ向からそれにチャレンジしてきた……と思わせておいてまさかのバックドロップでそれを沈めに来るという凄い展開を見せてくれました。
私としては「そう来たかァ~~~!!!」と劇場で思わずガッツポーズしてしまうぐらいインパクトのある出来事だったんですが、ただこれはかつてそういう作品、及び時代の空気を大量に摂取し続けた自分のような人間が見るから感動できるのであって、これを初めて見る人達にとっては「なんのこっちゃ?」と首をかしげてしまうだけの話かもしれません。
でも、そうやって狭い範囲に思いっきり全力でブチ込んできた監督をまずは称賛したい。スパァァンン!とドストライクで心のミットに収まりましたよ。
「世界」と「女の子」を天秤にかける。まあよくある話です。女の子は、自分の恋心と置き換えても良いです。で、結局女の子は犠牲になって、なんだかんだで世界は平和になって、めでたしめでたし。記憶とかいろいろ消えるけれど、転生したりして再び出会えるかもね。みたいなそんな感じの話があったとして、新海監督はそこに思いっきりタックルを噛ましました。
「天気なんて狂ったままでいい!!!」というセリフ、パンフレットのインタビューでも強調されていましたけれど、これまさにこの作品の真髄が詰まっていると思います。
そうです。世界なんて狂ったままで良いんです。世界のために女の子が犠牲になる必要なんて無いんです。ヒロインが望むこと、それが一番大事なんです。
しかし、そうなるとやはり気になるのは世界の方、「一人の女の子のために世界が正常でなくなっていいのか?」という疑問が湧いてくるわけですが、それを監督は「大体正常ってなんだよ!それは人間が勝手に決めていることだろ!」と力技でねじ伏せてきます。それがいい。
たしかにその通りなんですよ。ちなみにパンフレットだと「異常気象は人間の活動が引き起こしたもの」みたいな話も乗っていて、つまり「社会のために犠牲になろうとする女の子」というグスコーブドリの伝記みたいな話を、男の子が全力疾走でねじ伏せる話と置き換えてもいいでしょう。
今作はヤクザやら風俗店やらとにかくダークな要素が多い。ゲームで言う所の18禁ゲームの世界感を持ち込んできた感じ。これでやって大丈夫なの?と思いますが、今作の主人公もヒロインもどっちかというと貧困層なので作品的にはあっているかもです。デートムービーには多分向かないと思います。バニラトラックとか突っ込んでくるし。監督、「万引き家族」見ました?
以下細かいところの感想です。
・冒頭、病院で寝ている母親と、力を得るヒロイン。このモノローグは全般的に長い。おっと、一般的な感じじゃあないなと思いました。
・この母親は結局最後まで特に伏線回収もなし。前作の異様な脚本の作り込みに比べると今作は大事な所以外の解像度がめちゃくちゃ低い。力の配分を変えたような感じがします。
・力を得るヒロイン。廃ビルの作画が綺麗。
・場面変わって東京に向かう主人公、ほだか。ヤフー知恵袋に書き込んで状況を説明させるのはいい表現ですね。
・須賀さん登場、この作品で大人を象徴するキャラクターです。高校生にたかります。
・東京に来た少年は漫画喫茶に寝泊まりしながら職探し。でも見つからない。怪しげな風俗店のボーイになろうとするのも、家出少年のリアルって感じでいい。どうも今作は貧困からの性風俗みたいな生々しい話を多めに作っています。18禁のゲームっぽくていいぞ。
・新海ワールドにもヤクザは居る。コワイ!
・新海ワールドに突如出現したバニラトラック。すごいのがきたぜ……
・冷静に考えると性風俗産業のスカウトトラックが堂々と道を走っている現実の方が狂っている気がしますね。
・猫はかわいい(真理)でもあんまり活躍しない。監督、猫を出したかっただけでしょ!
・節約しないと……ということで路上で寝泊まりしている主人公。悪役として出てくるスカウトマンに足を引っ掛けられて転ぶ。ここで拳銃を拾う。
・新海ワールドに拳銃、ちょっと不穏な感じになってきました。
・ハンバーガーショップでヒロイン、陽菜にハンバーガーをもらう。
・須賀さんに電話して雇ってもらうことに。
・ナギ君登場。なんだこの小学生。君次回作あたりでしれっと成長して出てきたりしない?
・怪しげなプロダクションでのバイト。このムーってTシャツいいね。
・見てて思ったんですが、ここまでの流れが本当に長い!!前作、「君の名は」は冒頭からの流れるような導入で、二人の状況を説明していてほんまスゲェ……ってなったんですが、今作はそうではない。意図的なものなのか、それとも脚本の練度の問題か。
・年上ヒロイン夏美登場。そう新海ヒロインは年上がち。完璧ガールではなく、どっちかというと面白い系のヒロイン。本業が役者なので、あまり声の演技はうまくない……のは確かなんですが、素で喋っている時は逆に演技臭くなくて良かったり。ときどき妙にハマっている瞬間があります。「ウケる」で警察を振り切るシーンはマジで強くて好き。
・家出少年として苦労しながら成長していく主人公。大体ここで導入が終わり。
・ようやっとヒロイン再登場。タイミングが遅くないか???
・いきなり怪しいスカウトに捕まっている。助けようとした所で拳銃を撃ってしまう。主人公、危ないやつ。
・ヒロインが危ない商売に手を染めようとしているの、後々の展開で分かる年齢と組み合わせると超危険なシーン。スカウトマン、ド外道だな……
・貧困や……貧困が悪いんや!年齢を考えるとバイトルのCMやばいな。詐称してるじゃん。
・ヒロインが晴れにしてくれるシーン。いいシーンなんだけれど、もうちょっと前のほうが良くないかね?と見てて思いました。
・サイトを作ってお金儲け。ここからの展開はやっぱりワクワクするよね。5000円で悩む主人公たちの金銭感覚の悲しさ。お土産にポテチとか、それで飯をつくる所とか。
・新海飯は高作画
・花火を見たり、結婚式を晴れにしたり。
・突然の初代プリキュア推し。なんでや。監督好きだったっけ??
・瀧君登場、映画館で見てたら後ろの籍の女子高生集団が「瀧君だ!瀧君だ!」と賑やかだったので嬉しい。瀧君の祖母、それなりに助言をくれる。
・刑事、タカイとヤスイ、適当やな……安井刑事のほうの「なんでもそれで~」のシーンはネットに詳しくないって感じで良かった。
・新海監督は就職活動に何か嫌な思い出があるのか?あるんだろうな。うん。
・誕生日に指輪を贈ろうとするシーン。みつはが出てくる。時代的に東京に出てきて就職しているのかな。
・最後の仕事は須賀さんの娘さんの為に晴れを作ること。
・力を使いすぎた代償か、体が薄くなっていくヒロイン。くそっ!こういう展開がくるんだよ!この手の話はよぉ!
・アパートに訪ねてくる警察。「三人で逃げよう!」という提案はまったく理のあるものには思えないけれど、三人の若さを考えるとなんとなく納得できてしまうから不思議(そういうキャラクターとして描いているからだからこそだとは思うんですが)
・ヒロイン、雷とか落とせるの普通に強い。ウェザー・リポートか。
・新海スノー、今作でも振ってきてびっくり、これは力技。
��とりあえず怪しげなホテルを見つけた三人。
・冷凍食品で豪遊するの、夢だけれどやっぱり物悲しい。年齢を考えると。
・指輪をはめる主人公。完全に結婚してるよね。
・消えるヒロイン、捕まる主人公。ヒロインの犠牲によって東京は晴れました。ヒロインの年齢を聞いて、「全部何から何までヒロインに背負わせていた」ということに気がつく。ここからがアツい。
・新海ヒロインは年上がち。という先入観にいつから騙されていた……?
・警察署を逃げ出す主人公。一瞬さやちんとすれ違った?(もう一度確認してきます )
・高井刑事はあの髪型でよく刑事になれたな。
・ナギ先輩も脱出。やっぱこいつやべーやつだわ……
・「急ぐんだろう……乗りな!」的な夏美さん。普通にかっこええわ。
・途中の階段って君の名はで出てきた階段?
・廃ビルに逃げ込む所で、須賀さんが出てくる。須賀さんは大人を代表するキャラクターだから主人公を止める。止めに来る。でも若さに負け手を貸してしまう。いいよね。
・ヒロインを取り返すために空に向かう主人公。
・「陽菜の好きなようにして良いんだ!!」これはアツい。そうです。それがいちばん大事なんです。
・ヒロインを選んだことで、天気は狂ってしまった。ここは本当に賛否両論かもしれない。結局東京は水没してしまう。ただ、これは瀧君のおばあちゃんのセリフでも分かるように、「何が正常かどうかなんて、誰が決めてるんだ?」ということでもある。もしかしたら、過去に巫女が犠牲になることで、無理やり天気を変えてしまったのが今なのかもしれない。「お前らが思っている正常なんて、本当に正常かどうかわからないじゃないか!!」このメッセージは非常に新しく、エポックメイキングでした。確かにその通りなんです。
・大雨で水没しても、東京都民はそれなりに生活できている。ただ、瀧君のおばあちゃんを見ても分かるように、被害を受けている人もいる。
・「お前らが世界を変えたなんて、ただの思いこみだ」と切り捨てる須賀さん。セカイ系へのメッセージだと自分は捉えましたよ。
・「君の名は」のキャラがちょくちょく出てきていますが、「君の名は」のラストシーンは実は2021年。(2016年から5年経過)なんですね。今作はリアルタイムで2019年だとすると、三年後で2022年。二人の東京、水の底やん。
・キャッチコピーでもある「世界の形を決定的に変えてしまった」というのはその通り。でも、主人公はヒロインの居る世界を選ぶ。これが自分は良いと思いました。
大体以上です。前作「君の名は」に比べると前半のテンポが遅く、また黒いネタがたくさん転がっているので(拳銃拾った家出少年と、年齢を偽って高賃金バイト(隠語)で働こうとするヒロインとか、陰鬱な感じのラストしか見えねぇ……)人は選ぶと思いますが、セカイ系へのとてつもないアンサーを繰り出してきた名作だと太刀川は考えます。いや、よく作ってきましたわ……
今作は貧困からの性風俗産業みたいなそういうかなりヤバめの話もブち込んできます。でもそれって意味があることだとおもう。貧困と子供を食い物にする「大人」がたくさん出てきて、主人公はバカでガキなんだけれど、それでもそういった「大人」には出来ないことをやってのける。
「大人」だったら、彼女を犠牲に東京を守るかもしれない。でもさ、それって「俺のために(その他大多数の人間の為に)犠牲になってくれ」って言っているのと変わらないじゃん。結局子供を食い物にしているんだよ。
そんな現実を殴りつけ、銃を撃ち、全速力で駆け抜ける主人公。だからいいんですよ。
次回作以降も監督には自分のありったけをぶつけてほしいと強く願っています。
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tachigawa · 5 years
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ガルパン最終章 2話について
太刀川です。ガルパン最終章を見てきて、もう二週間以上立つので、ネタバレを書いてもいいころかなと思い、思いの丈を書かせていただきます。
まだ見ていない人は至急映画館にいくように!
さて、肝心の内容ですが、すごかった。私の想像していたものを遥かに超えてきた。
前作の時点から「劇場版で廃校を阻止した西住殿、これ以上なにか入れる必要ある?」という感じだったんですが、そこを「天才、西住殿だけでない周囲の凡人たちが独り立ちする話」にまとめてきたのがすごい。特に桃ちゃんにフォーカスをしたのはすごい良いと思います。あの頼りなかった桃ちゃんが、一体どういう成長を遂げるのか。それだけで楽しみです。
今作では、マリー様率いるBC自由学園との戦いが終わり、知波単学園との戦いが始まりますが、弱いと思われていた学園が成長を遂げてライバルとして立ちふさがる展開ってすごい良いですよね。感動しました。成長したチハタン学園を応援したくもあり、桃ちゃんを応援したくもあり、理想的な試合運びだと思います。
前作ではすっと出てきたマリー様も、今作ではかなりキャラが掘り下げられています。浮世離れしたリーダーとなると、無能という印象があるのですが、マリー様は判断力、そして体力共に規格外の活躍を見せてくれて一気に尊敬を集める存在に。
・音響が良い。劇場で見る価値が十分にあります。
・ガルパンの特徴だと思うのですが、とにかくキャラの掛け合いがハイテンポ。
・パンフレットで、サメさんチームのラムの声優の人が「セリフがうほっしかないので大変でした」と語っていて、確かに大変だなと。
・身体能力が全体的におかしい。そど子とか一体何メートル垂直跳びしてるのか。 ツェズゲラさんもびっくり。
・敵味方共に、魅力的なキャラクターがてんこ盛りという嬉しい展開。これこそが強みだと思うんですよね。
・コアラ、一体何だったんだ……
・青師団高校、ちょっとだけなのにやたらとインパクトあり。
・ボコランド、発展しすぎてびっくり。あのシーンだけですごい笑える。
・あまりに時間が経ちすぎたので声優さんが心配になってくる。とは仲間内での反応。そりゃ十年以上続いたら、引退してしまう人もでるよなぁ……と。声優さんがまだ仕事を続けられているうちに頼みます!
こんな感じですね。いや、ホント今作もいいんですよ。とにかく最終章は理想の続編ここにあり!という感じがしていてたまりません。問題なのは製作期間だけ!
完結まで健康に気を使って生き延びましょう!
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tachigawa · 5 years
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ゴジラ・キング・オブ・モンスターズを見てきました。
太刀川です。ワクワクしながら見に行きました。
一言で言うならば「怪獣愛」の映画でした。
怪獣バトルパートはとにかく最高です。カメラワーク、演出、巨大感、破壊される街、とにかく最高としか言いようがありません。所がそれと対象的に人間サイドの物語があまりにもお粗末。人間パートが邪魔というより、単純に出来が悪いんです。登場人物の行動がよくわからないのが最大の問題。この出来だったらこのパートを完全にカットした方が全員が満足できるものが出来たのではと思いました。
----以下ネタバレ有りの感想です----- ◯良いところ
・とにかく怪獣バトルが最高。
・ラドンの登場シーンはめちゃくちゃカッコいい。神かよ。今作の怪獣たちは太古の神々という設定だが、それも頷ける。
・背中が発光させて威嚇するゴジラカッコいい。
・南極でのバトル、いきなり序盤からこんな豪華なバトルみちゃっていいの?と大興奮。まだ前半ですよ!
・南極での戦いはファイナルウォーズを意識してたりします?
・ギドラの首には個性がある描写も。これはいいね。
・火炎放射シーンは本当に良い。あの尻尾から順にエネルギーが溜まってくる描写は最高だ。
・ゴジラを追ってさらに北へ。
・ラドン登場。火山の爆発と共に登場するフェニックスのような姿がバッチリ決まっている。ラドン自体、もともとは阿蘇山からやってきた怪獣。また、最後は噴火に巻き込まれ、溶岩の中で絶命する。それを踏まえての表現だと思うが、登場時のラドンはえげつない強さで、ジェット機が追いつかれそうになるシーンはものすごい恐怖を感じた。これほどまでに圧倒的なラドンは始めて。
・ギドラは雷を吐き、嵐をまとって移動する。この神々しさよ!たしかに引力光線は雷っぽいが、こうして見せられると違う!
・王、つまりキングだからこそのキングギドラ。この映画はゴジラとキングギドラのどちらがより王にふさわしいかの戦いなのだ。
・モスラは神々しいね…
・ラドンを引きつけてギドラにぶつけんだよ!・海の中から突然現れるゴジラ。大海戦のスタートだ!えげつねぇ!
・首を食いちぎる衝撃シーン。その後の再生シーンと合わせて度肝を抜かれてしまった。
・出ました!オキシジェンデストロイヤー!でも、扱いが微妙でこれは……・もっと、一瞬で白骨化する魚とかを見せて欲しかったえげつなさ感が足りない。
・ラドン、ギドラに撃墜されて速攻で媚びたと思いきや、最後はゴジラに従うのでごますりクソデカバード感ある。
・世界中で怪獣が!でもあのマンモスみたいなやつとクモンガみたいなやつは一体なんだったんだ。あとどうせならもっといっぱい映像で見たかった。
・オキシジェンデストロイヤーの攻撃で行方不明になるゴジラ。一方ピンピンしているギドラは王に。
・世界中の神話のドラゴンはギドラからきている説。好きです。
・ギドラのために、世界が危機に!こうなればもはやゴジラ復活しかない!分かるでこのながれ。しかしゴジラが本当に深手を負ったのか、わかりにくいのはあったと思います。ここはセオリー的にオキシジェン・デストロイヤーを食らったゴジラが傷つき、ほぼ瀕死の状態になって沈んでいくシーンを入れたほうが絶望感が高かったと思いますが、監督的に出来なかったんだろうな……と。肉が溶けちゃってホネが露出とかしてたら「ああ、これ死んだな」って分かるんですが。
・モスラテーマを流しながらゴジラの場所を教えてくれるモスラ先輩。
・ファンフェイパークから音声を流すことでギドラを引きつけんだよ! 娘、機材をパクってファンフェイパークから放送する。
・ワシントンでのバトルは、黙示録的な戦いがある。しかし、怪獣映画の醍醐味、首都に迫る怪獣をいかに迎撃するか?ということが抜け落ちている感じはあるな……北朝鮮の映画、プルサガリでもあったのに。
・ゴジラ復活のために、核爆弾を抱えていくモナーク。
・海底軍艦っぽいぞ。地下洞窟はムー大陸っぽさもある。
・眠っているゴジラに核でカツを入れるんだよ!
・芹沢博士の犠牲は、初代リスペクトで熱くなった。あの日本語も含めて。
・核爆発からのゴジラ復活。ゴジラのテーマとともに会場に浮上し、熱戦を吐くゴジラ。この絵図が最高だ!
・ボストンでの大バトル。走るゴジラ!ぶつかる巨体!ビーム!いいぞいいぞ!
・ゴジラを支援する米軍。
・電気を吸い取って、雷鳴を轟かすギドラ、めちゃくちゃ痺れる
・モスラとラドンの大バトル。空中決戦だ!
・死ぬ間際にゴジラにエネルギーをあたえているっぽいモスラは、vsシリーズのラドンを彷彿とさせる。
・復活のゴジラ、全身は赤く輝き核爆発寸前!バーニングゴジラだ!
・ギドラの首を食いちぎってからの放射熱線、めちゃくちゃ良かった……
・そしてエンディングへ。このゴジラに次回作でキングコングは勝てんのかよ……
◯ダメなところ。
・登場人物が何をやりたいのかが、まったくわからない。尺が足りないのもあるとは思うが、単純に下手。大丈夫か? 例えば、母親がモナークを裏切っているところ。いきなり序盤で出てくるので「え?なんなの?」という気分になってしまう。もっと後で入れてみるか、もしくは冒頭でいきなり主人公が呼び出されて「お前の元嫁が怪獣を復活させようとしている。止めろ」と命令されるとかの方がわかりやすかったのでは。
・ファンフェイパークから放送流したら、あとはもう速攻で逃げればええやろ……なのに、うずくまって叫ぶシーンがくるのは謎。逃げ道を確保しておけ! この問題を解決するためには「どうやって逃げる?」「ここから車を用意してある」からの「車が故障で使えない!」などのシーンがあれば納得できるのに、あまりにも何も考えてなさすぎて頭が混乱する。つまり「そうはならんやろ」という気持ちになってしまうんだな。
・リアリティを感じる。感じないのはなしになりますが、危険な任務を実行するぞ!帰り道のことは考えていません!だと、こんな人間いないやろ。ということになってしまう。そりゃ探せばいるかもしれないが、私たちの普通の判断からはかけ離れているため、リアリティがなくなってしまう。
・娘を探すためにファンフェイパークに行くんだ!いや、いるかどうか分からんし、もう逃げてるんじゃないの???ここらへんが異様に雑。
・娘は家に逃げているはず! んなわけねーだろ、できるだけ早く逃げるわ!津波とかが迫ってきているのに、律儀に家に帰る娘がいたらおかしいやろ…
・怪獣を呼び寄せる危険な装置を車に乗せて逃げるママ。電源切れ。
・案の定追われて死ぬママ。だから電源オフにして逃げ惑えばワンチャンあったのでは。
・ここで注意を引きつけないと、飛行機が危ない!ということなのかもしれないが、だったらそれを描くべきでは。
・下手に家族のドラマを描こうとして、ずっこけるような出来になってしまった感が強い。芹沢博士一人を主人公にしたほうがよっぽどよかったと思う。
前作の戦いから数年、世界中でなぜか怪獣の活動が活発に。米軍は世界の安全の保持のために、全怪獣の抹殺を計画。巨神殺し計画として、新兵器オキシジェンデストロイヤーの開発を強行。
それに反発する芹沢博士だったが、計画は止められない。そんな中、ラドンが復活。メキシコ沿岸に恐ろしい被害を出す。米軍はラドンとゴジラをぶつけ、そこにオキシジェンデストロイヤーをぶつけることで両者の抹殺を試みる。計画は成功し、ゴジラは行方不明、ラドンは疲弊して飛び立っていく。 米軍はさらなる攻撃として、ラドンへの追撃と、南極で見つかったギドラの抹殺にとりかかる。しかし、ギドラは手強く、オキシジェンデストロイヤーにも耐えてしまう。宇宙怪獣であるギドラには地球の常識は通用しないのだ!このままでは地球のバランスが崩れてしまう。キングとなったギドラは台風のように嵐を身にまとい、ワシントンDCに向けて進撃する。アメリカ合衆国を襲う災厄に立ち向かう政府だったが、ギドラは真っ直ぐに首都を目指す。 そんななか、モスラが現れ、死んだはずのゴジラがいきていることを伝えてくれる。芹沢博士はゴジラを復活させ、ギドラにぶつけることで、ギドラを倒そうとする!
頑張れゴジラ!
的な感じにはならなかったんですかね……
以上が感想です。怪獣バトルはとにかく最強の出来です。皆ゴジラ見に行こうぜ!
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tachigawa · 6 years
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レディー・プレイヤー・ワン、原作との相違点について
こんばんわんこ! 太刀川です。
レディー・プレイヤー・ワン、見てきたんですよ。
太刀川、原作の「ゲームウォーズ(これは日本版でのタイトルで原語版のタイトルは映画と同じ)」がすごい好きだったので、大変楽しみだったんですが、原作の持ち味を活かしたまま二時間にギュッとまとめられていて、うーん、いい仕事だなぁと。特にラストの大乱闘、ガンダムでいくからの〇〇〇〇〇、そして親指を立てて溶鉱炉に沈んで行くシーンはめちゃくちゃ興奮しました。これがやりたかったのね。解る。
しかし、ネットの評判を見ていると、どうもレディー・プレイヤー・ワンに原作があるということを知らない人も多いようで、少し残念です。原作もおすすめなんだぜ!ということで、周知もかねてここは1つ原作との相違点をからめつつ、レビューを描いてみようかなと。
https://www.amazon.co.jp/dp/B00OZ63SCW/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1
(上のリンクは原作本のAmazonページです)
以下、ネタバレ満載なので、映画を見に行っていない人は即、映画館にGOだ!できれば3Dだぞ!おじさん、2Dで見た後に「これ、3DでみたらあのVR眼鏡みたいな感じがビンビンしてメッチャ楽しかったのに……」と、ちょっと後悔したしな!
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◯良かった所
・メカゴジラVSガンダム。そしてバックにあのBGMが流れた時点で最高ですわ。そしてさらにメカゴジラは手首グルグルからのフィンガーミサイル。これが一番ヒットした。そこを持ってくるのか!!!と。ちなみに機龍のデザインの西川伸司先���によると、あれは生頼範義先生がポスターに描いたメカゴジラを元にしているのではないかということです。
http://tamashii.jp/t_kokkaku/91/
上のリンクからポスターが見れます。いや~このポスターがかっこよくてですね。太刀川、子供の頃パンフレットの表紙のこの絵をずっと眺めてました。なので感無量です。
・「俺はガンダムで行く」
https://www.youtube.com/watch?time_continue=26&v=sht9sT_Ooic
すでに先行公開されていますので、上のクリップをどうぞ。
このシーンですが本当にアツかった。
太刀川、最初は「もっとガンダムっぽいセリフでも良いんじゃないか?」とか思ったんですが、演じている森崎ウィンが「ただのパロディだと白けてしまう」ということで考えたセリフだそうで(https://realsound.jp/2018/04/post-184734_2.html)これはいい仕事したと思います。確かに、あのシチュエーションではあのセリフしか無いわ……ごめんな、太刀川が浅はかだった。森崎ウィンの方がよっぽどよく解ってるわ……
・AKIRAのバイクのレースシーンは文句なしにカッコイイ!テールライトの残像を描いて欲しかった気もしますが、昼間だからしかたがない。でもデカいゴリラがどったんばったん大騒ぎしてくれるぞ!
・ダイトウとショウのビジュアルがいいです。
ダイトウ、とショウ(原作だとショウトウ)は、原作でも重要なキャラで、とても好きなのですが、今回の映画版は本当にいい役者を揃えたと思います。ダイトウ役の森崎ウィンも、原作とはちょっと容姿が変わっていますが、シャープなかっこよさがあっていい。そしてショウの可愛らしさは凄い。アジア系の子供の可愛らしさをバッチリ抑えている。服が昔���特撮っぽいのも感動。
ちなみに、ダイトウ、原作だとニキビ面の冴えない元引きこもりの青年ですし、主人公はデブッチョだったりします(エッグ探しを始めてから痩せますが)
なお、原作だと、ダイトウとショウトウは共に日本人のプレイヤーで、引きこもり矯正キャンプで出会ってから、血の繋がりは無いものの、兄弟を名乗っているということになっています。
今回はショウは中国人という設定でしたが、この改変は良かったと思います。全然違う国なのに兄弟という設定は原作よりエモくなっていますしね!
・映画のシャイニング、レースなどの大胆な改変
原作の試練はもっと複雑なんですが、映画版に合わせてビジュアルが映えるものにそっくりそのまま移し替えています。こういう改変って凄い大事だと思うんですよね。特に冒頭のレースシーンなんて観客を映画に引き込ませるための大事な所じゃないですか、あえて原作通りにはやらず、大胆に変更する。こういう判断って重要ですよね。
◯いい面もあれば悪い面も有る所。
・かなり原作がマイルドになっています。
映画版だと、悪役がちょっとマヌケだったり、ガバガバなセキュリティがギャグになってたりと(パスワードネタは笑った)、ちょっとノリが懐かしい感じです。それはそれでいい面ですし、子供が見ても楽しめる爽快アクションになっているとは思うんですが、その分悪役のえげつなさが薄れているようにも感じられます。
原作だとダイトウは殺されます。あと一歩で勝てるという所で、現実世界に乗り込んできた刺客に窓から突き落とされて死にます。今作でダイトウが好きだった人は、原作を見ると悲しいかも知れません。
ダイトウの死により、主人公たちはIOIと戦う決意を固めるので大切な要素なのですが……
あと、ウェイドの母親はチャットレディ(オンラインでエッチなチャットをしてお金をもらう)でウェイドを育てたりしています。あそこらへんのデジタル娼婦的な世界観が、現実の陰鬱さに拍車をかけてたりするんですが。
多分これはそのまま映画にすると、尺が収まらないのでカットしたのは仕方がないことでしょう。
◯残念だった所
実はいくつかあります。
・かなりカット成分あり。
これは仕方がない面もあります。何しろ原作の長さを一本の映画にまとめるためにはこうするしかないのですから。良いところに「原作を大胆に改変している所」というのがありますが、これと表裏一体ですね。
しかし、版権の問題で出せなかったキャラがいるのは気になります。
ウルトラマンとか、レオパルドンとか……でもガンダムとアイアン・ジャイアントに改変したのは良かったですがね!
・作品のラストが平凡なものになってしまった所。
最終的にゲームをクリアした主人公たちは、オアシスに休業日を作り、現実と向き合うようにします。正直これはあまりにも使い古されたテーマに戻りすぎてしまったように思えるんですよね。価値観が古すぎる!というか。
原作では、オアシスという空想の場は主人公にとって救いでありますし、かけがえのない場所ということが、ガンガン全面に出てくるので、オアシスを簡単に否定してしまうのは違和感があるんですよ。(完全にダウンさせたわけではないですが。
でも、このラストは原作をそれほど外していないというのも事実です。
原作だと、ウェイドは最初、ゲームに勝ったら宇宙船をつくって、気の合う仲間とVR空間で過ごしながら新たな星をめざすなんて野望を語るんですが、アルテミスに「現実を良くしようとは思わないの?」と突っ込まれて険悪な空気になってしまいます。
レディー・プレイヤー・ワンの世界は現実よりかなり荒廃しています。別に核戦争があったわけではなく、格差社会が広がった結果です。IOIは超巨大カンパニーであり、資本パワーにより人々を統治しています。
ウェイドはそんな現実に見切りをつけて、オアシスの中に人生を見出します。オアシスが彼にとっての学校であり、現実なのです。でもアルテミスはそんな現実を変えていくことが大事なんだと考えています。冒険を通すうちにウェイドは考え方を変え、現実を良くしようと決意します。
だから、それほど外してもいないんですが、やはり尺の問題でしょうか。
ここらへんが全て圧縮されて、ありきたりのラストになってしまった感があります。
あまつさえ、「VR世界への警鐘」などという、脳みそ1ビットしか無いんじゃないのっていう手垢のついたテーマだと勘違いされてしまうのはどうなんだろうか?と強く思いました。
以上です。
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tachigawa · 6 years
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ガールズアンドパンツァー 最終章 1話に関して書かせてくれ
見てきた。素晴らしい出来だった。
ちょっと語りたいことが多すぎて考えをまとめるためにも書かかせてくれ。
驚くべき作品だった。たった一時間にも満たない上映時間に、情報がこれでもかとみっちり詰まっていて、二時間の映画を見たような満足感が合った。 面白い映画というものは、時間が短く感じられるものだが、この映画は情報量が膨大であるため、上映中は「えっ?この時間でこれだけの内容を??」という風に長く感じられる。 なのに見終わってみると、あっという間に感じられる。なかなか無い体験だ。
語りたい所はたくさんある。 あの新戦車が姿を現したときの驚き。個性的で、あっという間に我らの心を掴んでいった魅力的すぎる新キャラ達。 そして何よりも、ストーリー、いやむしろテーマの選び方だ。
だが、その話をする前にお願いがある。どうか劇場で、大きなスクリーンと良い音響で、彼女たちの物語を見て欲しい。 以下の文書にはネタバレが高密度で存在する。どうか映画館であの体験をする前に読み進めないでほしい。 最初の体験というものは何にも替えがたいものであるのだから……
よし、準備は出来た。早速語っていこう。
そもそも、最終章で何をするのか? 上映前の私は疑問に思っていた。 何しろ、廃校の危機は既に去り、西住姉妹は和解した。そしてみほは大洗で自分の戦車道を見つけたのだ。 すばらしいエンドだ、文句のつけようがない。
この素晴らしい終わり方にこれ以上何を付け足せばいいんだろうか? 何をつけても蛇足のような気もしてしまう。 想像力のない私は「また廃校になるのかな?」なんて独創性の欠片もないことを漠然と考えていたし、 「まあ、また廃校で同じことの繰り返しでもいいか。見に行こう」なんて思ってた。
甘かった。
ガルパンはその上を行って来た。
前作までの流れを踏まえ、その上ですばらしい続編を提示してきたのだ。
最終章の冒頭、河嶋桃の留年騒動から話は始まる。 生徒会の河嶋桃の成績が悪くこのままでは大学に進学できないのだ。
大洗戦車道チームは、冬大会で良い成績を上げ、河嶋先輩を大学に推薦で入れるために奮起するのであった…… というのが今回のストーリーである。
文字にするとかなりユルい展開だ。 正直違和感があった。
良い話……なのだろうかという疑問がまず湧いた。河嶋桃を無理やり大学に入れたところで、あの学力ではついていけなくなってしまうのではないか。 そして何より、戦車道で推薦を取った所で彼女はほとんどズブの素人なのだ。 大洗女子学園の皆、さらに西住みほという戦車道の超人の威光を持って、彼女に下駄を履かせた所で、なんの解決にもならないし、これでは手段と目的を取り違えている。 大学に行くことがゴールになってしまっているのだ。  浪人して自分の力で頑張った方が彼女の人生にとってはプラスだろう。
作中での河嶋桃の扱いは「無能な司令官」そのものだ。いや、自分に能力がないことを悟って助言を聞いている分だけ有能といえるのだが。 作戦にしろ戦車探し準備にしろ、西住みほにおんぶに抱っこでほとんど役に立っていない。
彼女の表情もそれを受け入れている。自分は無能、有能な西住に全てをまかせてお飾りに徹しよう。そんな態度だ。
ギャグと砲撃音で誤魔化されてはいるものの、不安がつきまとう展開ではある。 だが映画を見ている内に、段々とその意図が次第に分かってきた。
ガルパン最終章は、西住みほに頼っていた仲間が自立していく話なのだ。おそらく。
1話の時点での河嶋桃は完全に西住みほに頼り切っている。だが、2話、3話と続いていく中ではどうだろうか? 次第に自分の力で進み始める……そういう構成なのではないだろうかと考えると合点が行く。
そう考えた瞬間、最終章がやろうとしていることの凄さに驚いた。
ガルパン最終章は、西住みほの話を繰り返そうとはしなかった。 彼女は欲しかったものを手に入れた。かけがえのない友達と、そしてその友達と一緒に進む戦車道だ。
それをもう一度ひっくり返してリセットしては興ざめになってしまう。 今までの戦いは一体なんだったのか。思わずそう呟いてしまうような映画の続編は腐るほどある。
だがガルパンは違った。リセットしなかった。リセットしなかった代わりに卒業を描いた。 オーケイ、西住みほのストーリーは終わった。ハッピーエンドさ。ケチのつけようがない。 でも周りの人はどうなんだろう?
彼女は完璧だ。完璧すぎる。完璧すぎる彼女に頼り切ってるんじゃないの? 彼女抜きでも本当にやっていけるの? どうせ彼女が卒業したら、すぐに弱体化して、大洗女子学園なんてすぐに廃校になっちゃうんじゃないの?
そう、西住みほから卒業するべきなのだ。
完璧だ。これほど完璧な最終章があるだろうか。
ヘタレでポンコツの桃ちゃんが立派に成長して、西住みほ無しでもやっていけるようになる。 それさえ描ければ、最悪、試合に負けてしまってもいい。大学に入れなくてもいい。桃ちゃんの成長に比べれば、そんなことは些細な事だ。
桃ちゃんだけじゃない。他のキャラクターも成長していくのだと思う。 一年生チームは大洗女子学園を引っ張っていけるぐらいに頼もしくなるのだろう。バレー部は復活……するのだろう。多分。 新キャラで構成されたサメさんチームも、飲んだくれている生活を改めて、陽のあたる場所に出てくるようになるのかもしれない。
そして、西住みほが大洗女子学園を卒業して行った後でも、きっと大洗の戦車道は続いていくのだろう。 ガルパン最終章が描く終わりはそういう終わり方であって欲しい。
願わくば、桃ちゃんには幸せになってもらいたい。 彼女は「二度と廃校なんてさせないように、大洗の戦車道を盤石にしてから卒業する」と宣言し、受験期であるにもかかわらず戦車探しをしている。 優勝したその後のことまでちゃんと考えているのだ。
桃ちゃんは片眼鏡をかけた、いかにも知将という出立ちながら、かなりのポンコツというギャップキャラだ。 トラブルに弱く、良く取り乱し、すぐ冷静さを失い、おまけに弾はほとんど当たらない。 でも、彼女は誰よりも大洗の事を考えている。
劇場版では会長の留守を預かってきちんと役目を果たしていた。 今回はサメさんチームの面々に慕われているなど、面倒見が良い面も明らかになった。 不良にも慕われる人望、これが彼女の美点なのかもしれない。 その努力が報われることを願ってやまない。
ところで、話は変わるが、今作ではサメさんチームという新キャラが登場するが、彼女らは誰も彼もが魅力的ですばらしい。 特に驚いたのがサルガッソーのムラカミというキャラクターだ。 ガタイが良くて首が太くて肉つきがよくて、ちょっとずんぐりむっくりな感じがするのがムラカミです。 という感じにかなり筋骨たくましいキャラクターなのだが、この痩せ型とは真逆のキャラクターデザインがすばらしい。
腕を組んで登場するシーンは全身から強キャラ感を漂わせているが、どこか可愛らしさも感じさせられ、なるほど、こういうデザインもアリなのか!と衝撃を受けてしまった。
細くて華奢なだけが可愛いではないという事実を突きつけてくれる。
また今回は生徒会長ということもあり、華さんが活躍するシーンも多いのも嬉しい。 今作では、鉄球を素手でひょいと持ち上げたり、鉄条網を一瞬で切断したり、激辛ドリンクを飲み比べて勝ったりと、 「ガルパン世界における華道とは我々の華道と違ったものではないのか?」という疑惑を強化してくれるようなシーンが非常に多く、 大変嬉しい。 地味だが、武部殿も手旗信号を解読するなど何気に超人めいた挙動を見せているのも見どころだ。 きっと2話以降で彼女らはさらに成長した姿を見せてくれるのだと思う。
さて、長くなったが、大体このような感じだ。如何だっただろうか。 以上の話はただ単に私が映画を見て予想した内容でしか過ぎない。 2話以降、全く別の方向に話が進むかもしれないし、私の予測が見当違いで、別のテーマに落ち着く可能性だってある。
最終章を全て見終わるまで、何年かかるか解らないが、全て付き合おうと思う。
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tachigawa · 6 years
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アニゴジ妄想ストーリー
冒頭、ゴジラによって蹂躙される地球、地球を離れる移民団。目の前でゴジラによって家族を奪われる主人公。
「ちきしょう……ちきしょう……殺してやる!お前を殺してやる、ゴジラーッ!」という絶叫に合わせてタイトルが出る。
場面変わって宇宙。老朽化した宇宙船。暗い船内。行われているのは葬式。タウ星への植民は失敗したのだ。被害は甚大であり多くの人命が失われた。地球を去って20年。彼らの旅は失敗に終わったのだ。
大量の物資を失った彼らにはもはや違う星を目指す余力はない。船長は残された選択肢の中で最も有望と思える「一度地球に帰還し物資を補給し、別の惑星に旅立つ」選択を下す。地球はゴジラが支配する惑星であるが、星間航法により、地球との時間のズレは数千年のオーダーになっているはずである。その時間があれば、ゴジラの寿命も尽きているのではないか?
あくまでも希望的観測に過ぎなかったが、彼らはそれにかけるしかなかった。
「地球に戻れるというのか!?」長い年月をかけて逃げてきた場所にまた戻らなくてはならないのかと暗いムードの船内とは裏腹に、主人公は狂喜する。これまでの時間を全てゴジラを倒すために費やしてきたのだ。
「殺す。ゴジラは殺す。この宇宙から消してやる……」そうブツブツとつぶやきながら、シミュレーションを繰り返す主人公。
「俺のプランならゴジラを着実に葬り去ることが出来る! 記録を調べたが、人類はゴジラに対抗する兵器をいくつか試作していた。完成まであと少しだったのだ。あとはデータさえ集まれば……」船長に自分のプランを説明する主人公だったが、船長は彼を冷たく突き放す。船内での彼の扱いはゴジラに取り憑かれた狂人である。しかし、全くめげずにまた別のプランを説明する主人公。
そのうちに、彼らは地球に到着した。彼らはそこで意外な光景を目にする。なんと地球にゴジラの姿は無かったのだ。大気は清浄で、大地に生き物が溢れている。あれほどの汚染も長い年月の間に消え去ってしまったのだ。涙を流し喜ぶ乗組員。もはや存在するかも解らぬ遠い星を目指す必要など無くなったのだ。しかし、主人公は狂気に満ちた目で地球を見つめる「お前が、滅びるはずがない。ゴジラ。さあ姿を現せ!」
地球植民は順調に進んだ。何台かの着陸船に分かれて地球に再入植する船員たち。主人公は自らの希望でとある都市の廃墟の近くの入植地を選択する。
「もしかしたら、ゴジラはこの惑星が生み出した抗体のようなものだったのかもしれません。増えすぎた人類を絶滅させ、全ての生態系を元に戻すという使命を帯びた……」
「まさに神というわけか」
都市の廃墟に作られた入植キャンプで焚き火を囲みながらとりとめのない話をする主人公たち。
突如そこに謎の咆哮が響く。寝込みを襲われ慌てふためく入植者達。応戦するが、暗闇から素早く襲い掛かってくる怪物に一人また一人と食われていく。
「こいつは一体ッ!何なんだ!」
照明弾の明かりの下に姿を表したそいつを見て主人公は叫ぶ。
「アンギラスだ!」
パワードスーツで必死に応戦する主人公たち。「アンギラスは脳がいくつもある! 腰をねらえ!」主人公の知識により辛くも彼らはアンギラスを撃退する。しかし、怪獣は撃退できたものの生き残りは少なかった。地球は再び人類に牙を向いたのだ。
彼らに追い打ちをかけるように、遠くの空が一瞬光る。別の入植地の方角だ。連絡を取ろうとしたが、聞こえてくるのは雑音のみ。
やがて、大地が揺れ始める。 
「何かがこちらに近づいてきています!」緊張した面持ちで顔を上げる生き残りたち。
地平線から昇る太陽がその禍々しい巨体を照らし出す。見間違いなど絶対に有り得ない破壊と恐怖の姿。鋭い牙の一本には、絶命したアンギラスの体が突き刺さっている。
「ゴジラだ」狂気に満ちた笑顔を浮かべる主人公。
地球は人類を許したわけではなかった。その地下に、体内に隠していただけなのだ。再び人類が地球を訪れるときを虎視眈々と狙っていたのだ。
咆哮するゴジラ。アンギラスの体がちぎれて地面に落ちる。直後、恐ろしい荷電粒子のビームが彼らの着陸船を貫いて爆発させる。
ゴジラの熱線により、破壊される着陸船。高笑いする主人公を連れて、生き残りチームは森に逃れる。
ゴジラの出現により、状況は一変した。一刻も早くこの惑星を出なければならない。パニックに陥る一行の中で、主人公だけがゴジラと戦うことを主張する。
「俺はゴジラを倒すために生きてきた。今がその時だ」
「狂人め!ゴジラを倒すだと? 我々に何が出来る? 正規の軍人としての訓練を受けているのは僅か。生き残るだけで精一杯だ」
「だとするのならば、倒す以外の方法はない。通信は断絶している。ゴジラの存在を知った母船はもうすぐにこの星を離れるだろう」
「だからこそ急がなくてはならないのだ!」
「一番近い入植地は壊滅した。二番目に近いのは大陸の反対側だ。歩くのか? 何年かかるんだろうな」
「……通信機は復旧できないのか?」
「倒壊に巻き込まれてしまって……部品がありません。もしここの廃墟に使える部品があれば、なんとかなるかもしれませんが……」
「でも二万年も経っているんだろう? それにどんな施設だったかも……」
「化学研究所さ」突然口を開く主人公にぎょっとする一行。
「ここは化学研究所だ。俺はここで何が作られていたかを知っている。調べたからな。そう、だだからここを希望したんだ」
「ここで、一体人類は何を作ってたんだ?」
「希望さ。パンドラの箱に最後に残った怪物。そいつの名は……『オキシジェン・デストロイヤー』」
主人公は二万年前の対ゴジラ兵器の使用によるゴジラ殲滅作戦を語り始める。二万年前の実験のデータを発見した主人公は、独自に研究をすすめ、それが実現可能であることに気がついたのだ。研究はあと一歩の所まで来ていた。あとは必要なデータを集めて完成させるだけだ。
一行のリーダーは主人公の作戦に同意する。何もしないで怯えているよりは何か手を動かしたほうが良いと考えたからだ。ただし通信機を修理するまでの期限付きという条件はつく。
完成にはゴジラの細胞が必要だ。捨て身の作戦でなんとかゴジラの血液を入手することに成功した彼らは、オキシジェン・デストロイヤーの製造に取り掛かる。
やがて通信機が復旧し、母船との連絡が着く。状況は最悪だった。入植地はほぼ全て壊滅。最後に残された入植地からは撤退が始まっている。母船に物資を積み込み終わり次第、すぐに地球を離れる予定だった。
母船の地球撤退は54時間後、それまでに母船に帰還できなければ彼らは置き去りにされてしまう。母船からは小型のシャトルが1台おくられてきた。だが、彼らはタイムリミット限界まで地球に残ることを要望する。ゴジラ殲滅。主人公の思いと、この美しい星で生きていきたいという願いがいつのまにか彼らを動かしていたのだ。
そしてついに迎える最終決戦。完成したオキシジェン・デストロイヤーを担ぐ主人公。オキシジェン・デストロイヤーを直接ゴジラの体内に打ち込むという狂気じみた作戦がついに始まった。
ゴジラは最後に残された居住地に向かって移動を開始している。このままでは撤退が間に合わず、物資の補給を行うことが出来ない。物資がなければ母船が地球を離れても、入植は不可能だ。ゴジラの熱線に焼かれる恐怖に耐えながら、少しでも多くの物資を補給しなければならない。一刻一刻と迫りくるゴジラ。
ゴジラの目の前に立ちふさがる主人公たち。
「ゴジラ、決着をつけよう」
主人公の命を犠牲に、ゴジラはその生を止めた。宙をにらみ絶叫し、そして骨になって消えた。二万年越しの人類の狂気と執念が、ついにゴジラを滅ぼしたのだ。
熱狂に湧く母船。しかし、主人公の仲間はぽつりとつぶやく。
「醜い。なんと醜い勝利だろう。あがき、もがき、憎悪と執念にまみれた勝利だ」「だが、勝利には代りはないじゃないか。ついに人類は地球を再びその手に収めたのだ。これからはこの地球全てが人類のものだ!」「果たしてそうだろうか? 人類が同じことを繰り返す限り……俺には……『あのゴジラが最後の一体とは思えない』」
(タイトルと共にゴジラの咆哮)
んで、次回作は地球再入植から千年後、すっかり復旧した地球に再びゴジラが現れ、太古の遺産であるメカゴジラを起動する的な話でどうすか!!どうすか!!!(ここまで妄想)
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tachigawa · 6 years
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「GODZILLA 怪獣」惑星見てきました
おじさんね、ゴジラ映画と聞くと見に行かなきゃ行けない義務感じちゃう人だから見てきたんですよ。
まずね、映画館に入った瞬間にね、小さなプラスチック製のゴジラのフィギュアがもらえるんですよ。その瞬間に5兆点ですよ。映画見る時に脳内で付けているポイントがジャカジャカジャカ〜って入るんですよ。うわー昔映画館でこんなの貰ったわ〜〜!!って感じにテンションね、上がりましてね。
Tumblr media
で、肝心の内容なんですけれどね。こうなんていうか、正直に言うとね、10点満点だと4ぐらいの印象だったんですよ。
まあ、ネタバレらしいネタバレも無いんだけれど、一応ラストに関わるネタもあるので、以下注意です。
設定は良いです。一度地球を離れた人類が戻ってきてゴジラと戦うみたいな発想は十分面白いネタだとは思うんですよ。宇宙船の形から何からやたらインターステラっぽいのが気になりましたけれど。所が、問題はその設定を消化するためにめちゃくちゃ時間がかかるところなんですよね。宇宙空間で「もう、地球に戻ろう!」と言い出してから、地球に戻るまでで映画の尺をかなりつかっちまうんですよ。映画の本編が動き出すまでにとにかく時間がかかる。これが気になった。だって、太刀川そういう設定は既に知ってるんですよ。映画のポスターとかにも書いてある内容なんですよ。太刀川この映画見て思いました「知っていることをただ単調に説明されると人間は退屈になる」んですね。説明するなら、キャラクター同士の動きを入れるとか、画作りで観客を引きつけるとかそういうことが必要なんだなぁ……ということが実感できました。
たぶんね、これノベルゲームなら良かったと思うんですよ。ノベルゲーなら話が動き出すまでに時間がかかってもOKだし、多少長くても意味ありげなセリフと共にタイトルをドーンと出すみたいな序章演出ができるじゃないですか。でも映画ってそれは難しい。最初から三部作であることは告知されていますし、何作か続けること前提で作っている結果この構成になったとは思うんですけれど。
まあ、映画の展開は法律で決まっているわけではないんで、こういう作りで別にかまわないとは思うのですけれど、せめて一作でそれなりにストーリーを制御して欲しかったなぁという気持ちもあるんですよ。今のだと完全にノベルゲームの前半だけ切り出して見せられたようなものなので、そこんところはちょっと不満点だったりします。
まあそこはおいておいて、ストーリーの続き。
地球に降り立ってなんやかんやでゴジラ掃討作戦開始。お、やっとストーリー動き始めたかなと期待が膨らみます。地球は既にゴジラ細胞によってゴジラナイズされているので、大気は有害。おまけに「話の途中ですまないがワイバーンだ」を地で行くワイバーンゴジラ、ネットで事前に情報が出ているも、作中で出てくるゲスト怪獣がマジでコレ一体なのが寂しくもあります。お前てっきりMUTOみたいなゲスト怪獣かと思いきやショッキラスポジなんかと。
まあ、空気悪し、怪獣多しの事故物件の時点で登場人物の一人が主張する様に「月への植民しかないじゃん……?」ってレベルなんですが、なぜかゴジラ討伐に熱心な主人公。おい落ち着け!頭を冷やすんだ!こうやって感情に任せて特攻しても良いことは何もないぞ!!残念ながら水ドンして「まずは君が落ち着け」してくれる人がこの映画にはいないのでそのままのノリで演説とかしちゃう主人公。で、その後映画の前半で説明された作戦をほぼそのまま実行し、なんだかんだでゴジラを倒せてしまう。見せ場もあることはあるのですが、やはり絵面は地味。
まあそんな感じです。
見ながらずっと太刀川、脚本のことについて考えてました。一体これ何が悪いんだろうとか思ってみてました。キャラの描き方が足りないのもあるのかもしれないけれど、やっぱり「展開が予想できる」という要素が非常に大きいのかと思うんですよ。前出ししていた情報をクリアして話が動き始めるまでは、精々知っている内容が補足されるぐらいですし、最後の「こうやってゴジラを倒しましょう!」と主人公が懇切丁寧に説明した内容で本当に倒せちゃうところも。「ですよね〜」って感じです。視聴者が知っている内容をそのまま映画内で単調になぞられた感じ。ここで「いやこの作戦は全然ダメだ!違う方法を考えよう!」とか「俺達は大きな誤解をしていた。実はゴジラは……ッ!」みたいに予想できない展開が来ると視聴者は「おッ?」って食いつくんですけれど。
まあ最後の最後でそうはなりましたけれどね。でもね、予想外(ある意味)の展開が起こるのが映画の最後ってのはどうなんだよぉ!って感じです。
パンフレットにもあるように「新しいゴジラをやりたい!」という考えは良いと思うんですよ。一気に設定を変えたのもベネです。樹木をイメージしたゴジラ(ってビオランテじゃね?)のビジュアルもまあまあだし、史上最大級のデカさのゴジラも迫力ありました。都市を壊さないゴジラも……まあ物足りないっちゃそうなんですけれど、マンネリを避けたという意味では良いのかもしれません。
ただ、ゴジラを恐怖の象徴、破壊の王ととして最強に描きすぎたせいで、どう倒せばよいのか、この圧倒的強さをどう映画に活かせばいいのかが非常に難しくなってしまっていると思うんですよね。つまりあまりに強すぎる。強すぎるため簡単に人類が勝てると違和感がありますし、かと言って倒せないと話にならない。
そこで、参考になるのがファイナルウォーズだと思うんですよね。お��さんは常日頃から全人類に向かって「君らファイナルウォーズみた???」って問いかけている人ですし、ファイナルウォーズ見ないでネットの評判だけ見て「ファイナルウォーズはクソ」とか言ってる人間がマジで許せない宗派の人なんですけれど。ゴジラファイナルウォーズのゴジラは強い。本気で強い。大抵の怪獣はボコれるし、マグロ食っているような奴は尻尾でワンパン。こんな強いの出しちゃってどうストーリーを展開していくんだ?ってみなさん気になると思うんですけれど、これがまた上手い仕掛けになっている。
ストーリー開始時のゴジラは人類の運命をかけた作戦によって南極で凍結されているわけです。しかしそれでも怪獣は世界各地に出現しているので、ミュータントで構成された地球防衛軍が(カッコイイカンフー的なアクションで)地球を守っている。ところがそこに突然グラサンがめちゃカッコイイ宇宙人が現れて、怪獣を全て回収してくれる。宇宙人良い奴!ところがそれは宇宙人の卑劣な作戦で実は怪獣を全てコントロールして人類を襲わせる作戦だったのだ!人類に牙をむく怪獣軍団。どうする人類!
そこで新轟天号というクッソカッコイイ空中戦艦の艦長は進路を南極に取る。そう!南極に眠るゴジラを復活させ、怪獣軍団を打ち破ろうというのだ!怪獣には怪獣をぶつけんだよ!
んでもって復活したゴジラさんは圧倒的強さでひたすら怪獣をボコる。南極からオーストラリア、太平洋北上して日本と進むにつれて差し向けられる怪獣刺客をバッタバッタとなぎ倒す。
つまり、ゴジラの強さは担保したままなんですよね。ゴジラが強ければ強いほど、圧倒的な力でゴジラが怪獣を倒す度に、我々視聴者は「やったぜ!そのまま怪獣軍団を壊滅だ!」ってなるし、X星人の視点から見ると、ゴジラという災厄が着実に進軍してくるわけです。うーんこの、怪獣映画的な展開。
まあラストはね。平成版のいつもの流れで海に帰っていくんですけれどね。そこんところは結構適当なんですけれどね。
まあ今回のゴジラは続編前提と考えるとね、次回作のメカゴジラに期待ですね。メカゴジラ好きやし。どうせなら今のご時世と絡めてAIネタで突っ込んでいってほしいと思います。思いっきりメカメカしいトランスフォーマーみたいな鳴き声で咆哮するメカゴジラを、おじさんはみたいんよ……
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tachigawa · 8 years
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「君の名は。」見てきました
「君の名は。」を見てきました。
どうも太刀川です。
「君の名は。」見たでしょうか。
太刀川は見に行きました。住んでいるところが辺鄙なので、大抵札幌に行った時にまとめてみるのですが、この映画ばかりは田舎道を二時間半飛ばして見に行きましたよ。結果、大満足でした。
もし貴方がオタク、特にエロゲとかギャルゲとか大好きなオタクだった場合は即効で見に行きましょう。最高の体験が待っています。もし貴方が高校生ならば、これもまた見に行きましょう。多分多感な時期に見に行くと良いと思います。あっ!でもそれでこじらせても私は責任とらないのでそのつもりで!
そして、まだ見に行っていないなら、この下は絶対読まないでください。
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さて、新海誠監督といえば、「ほしのこえ」から初まり、「秒速5センチメートル」「星を見る子供」「言の葉の庭」と言う作品を世に送り出してきた作家ですが、この映画は今までの監督の作風を踏まえてとんでもない進化を見せています。 なんていうか、いままでマニア受けだった監督が、エンターテイメント性を取り入れてほぼ無敵の存在へと進化したというか。 明るく、面白く、魅力的な登場人物達がコメディタッチに動きまわる前半から、切なく、そして美しい後半へと。
一つの才能がここに結実したという瞬間を目撃したような感動があります。 言っておきますが、太刀川、秒速から言の葉まで全て劇場で公開日に見ているので、つまり信者ってわけですな。 なので、信者脳による全てを好意的に見るフィルターがかかっていると思ってみてください。 すまんな……信者脳には全てが肯定的に見えるもんや……
映画の前半から良かった所を箇条書きで上げてみます。
・冒頭からとんでもない映像美。ああ、これだよと思わず頬がゆるむ。これだけで価値があるッ! ・キャラデザがとんでもなく可愛い。とにかく可愛い。なんだこれは! ・田舎と都会の対比が交互に来るのですが、どちらも美しい!特に田舎の描写が凄い良い。星を追うこどもの冒頭の田舎は良かったなぁ……とか思っている人にはベストですね。 ・キャラクターの良さ。特にてっしー。このキャラは本当に良い。部屋の中が前半でちらっと映るんだけれど、機材が並んでいてオタク!って感じ。あと顔に似合わずムーを愛読している所とか。後半で主人公の話を信じて協力してくれるのも、オカルト話に耐性があったからなんですよね。爆弾を扱えるのもちゃんと伏線貼ってますよね。 ・てっしーにしろ何にしろ、登場人物を最小限にまとめているのが凄いです。三葉の父親とてっしーの家庭事情を両方一度に説明している。 ・三年という時間の差に二人が気が付かない。というのは、起きた時、夢(入れ替わり時)の記憶は殆ど消えて、また夢を見ているときは現実の記憶が殆ど無いからなんですよね。メールなどの不完全な日記に頼らなければ解らない。ここらへんの感覚は、現実に夢を見る感覚に近いんでしょうね。 ・口噛み酒のシーン。無駄に気合入っている。「神様はそんなのもらって嬉しいのかな」「そりゃ嬉しいだろ!」僕もそう思います。はい!嬉しいです!はい。! ・来世は東京のイケメンにして~!というお願い、考えようによっては叶っているとも言えます。死んでいるからね。 ・入れ替わった二人が衝突しながらそれなりに生活をしていくシーン、ラブコメの波動が出ていて良い。新海監督でこんなにコメディなシーンが見れるなんて!! ・東京のカフェにあこがれている三葉の「あこがれ感」わかります。都会に出たいですよね。特に地方の若い層はすっごくよく分かるシーンなんじゃないかしら。 ・田舎にカフェを作ってしまう瀧君、建築に興味があるという設定をちゃんと使っている。 ・「ここからさきはあの世だよ」というセリフと流れる川にドキッとする。まあ三途の川ですよね。分かる人には解るシーン。 ・あの聖域から脱出するときには物を置いていかなければならない。三葉と四葉は酒をおいて行ったけれど、ばーちゃんはいいんだろうか。過去に捧げたのでOKってことかな ・奥寺先輩、は入れ替わった三葉のことを気に入る、三葉にとっても都会の頼りがいのある大人という印象だったのかもしれない。奥寺先輩は大学生だそうなので、もしかしたら、三葉とそれほど年齢違わない可能性ある? ・奥寺先輩とのデート、三葉にとってはどういう意味があったんだろう。都会の友達と一緒に遊びに行くような感覚かな。性別が違うから、主人公の友達とはあまり親しく接せられないというか。でも、結局それは瀧君とのデートになって、それはそれでもやもやしたものを抱えているんだよな。瀧君のこと好き��し。 ・だからデートの後、実際に会いに行こうとするのだと思う。(三年という時間差があったわけだけれどね) ・この時まで三年という時間差には気がついていないんだよな。彗星が見えるだろうとメールに書いている。中学生の瀧くんに出会った時、気がついたのかしら。で、この時渡した紐が二人をつなぐことになる。
・奥寺先輩とのデートの後、入れ替わりは無くなる。三年前の彗星が落ちた日が到来したからだ。 ・友人のビデオメッセージをスマホで見せる。このスマホの使い方が本当に上手い。あまりにクールな映像にしびれてしまった。今の高校生ってこんな感じでコミュニケーションするの? ・気になって探しに行った先で、三年という時間差が明らかになるわけだけれど、校庭に到達した瞬間、日記が消えていく。理由は不明だけれど、二人が繋がっているという状態は異常なもので、それが元に戻ろうとしているのでは。デジタルの情報が消えたということは、多分その他の、紙に書いた情報なども消えていると思う。名前の記憶も。 ・瀧くんは聖地に向かう。弁当くれたオッサンイケメン過ぎる。そこで口噛み酒を飲む。衛生的に大丈夫なのか。明日の瀧君の腹が心配になったけれど、美少女の口噛み酒だから多分大丈夫なんでしょう!きっと!!なんかHP回復しそうな気もしてきた。 ・倒れる時に、天井の壁画が目に入る。あの彗星は千年周期で戻ってきていると言っているし、あの地域の湖も隕石の衝突跡。ということはあの彗星、毎回核が分裂して落っこちてきている?(しかも同じ所に。迷惑なやつだ) ・あの聖域もクレータだろうし、となると、ご神体って隕石なんだろうか。カーバ神殿みたいな。いや、むしろその隕石による謎パワーがああいうことを引き起こしているのでしょう。悪魔の手のひらみたいな。スタンド能力! ・過去の彗星が毎回分裂して落っこちてきているとすると、ひょっとすると聖域に呼び寄せられているのかも。彗星を降らせるスタンド。 ・妄言は宮水の血筋かという割りとひどいパパンのセリフやら、ばーちゃんの「入れ替わることが何度かあった」という発言から、あの宮水一家は先祖代々、入れ替わりのスタンド能力を持っていると思われる。 ・多分その御蔭で、自覚はないけれど(直ぐに夢として消えてしまうけれど)未来予知に近いことができたんじゃないだろうか。それを持っているからこそ、巫女として尊敬されてきたのかもしれない。想像が膨らむ。 ・過去何回かの災厄も多分そうやって乗り切ってきたんだろうな……毎回瀧君と三葉みたいな関係が生まれるの。 ・そこで入れ替わり。泣きながらおっぱいを揉むという凄い(ひどい)シーン。 ・入れ替わった瀧君、あと一日という時間制約の中で精一杯頑張る。時間制限もあって、非常にドキドキする。 ・ゲーム化したらすごい名作になるんじゃないかしら。過去に戻って何度も何度も挑戦し続けるの。OPEDは新海アニメで。や、やりてぇ~~~~!! ・出来る男てっしー。映画後半のヒーローをほぼ一人でやっている。なんだこの五分刈り。有能すぎるぞ。 ・てっしーが荒唐無稽な話に乗ったのは、多分オカルトに耐性があったからだと思われる。でも、それ以上に日常的に「なんかこいつ違うぞ?」という違和感持っていたんじゃ��いかしら。あと「宮水の巫女が言うならもしかして……」という思いもあったりして。 ・親父に反抗したかったからというのもあるかもしれない。 ・パパンを説得しようとするが、娘ではないことを見ぬくパパン。そこで「ははは、よくぞ見ぬいた。この俺は三年後の東京の男子高校生よ。お前の娘の身体はわけあって借りている。言うことを聞いてもらおうか」と脅迫したら言うこと聞いてくれないのかな。狐憑きとして処理されて終わりか。 ・作中では描かれていないけれど、多分本物の娘だったら説得できたんでしょう。作中でもそう言っているし、最後はそういうことだろうし。 ・本物の娘じゃないと説得できねぇ!ということが大きかったのか、三葉に会いたかったのか、とりあえず聖域を目指す瀧君。 ・最初は声だけれだけれど、黄昏時になって、ついに二人が出会うシーンだ。めちゃくちゃいいんだ。 ・名前を書きあうが、三葉は名前を書く前に消えてしまう。瀧君はこの後山の中で一夜を過ごして起きた時にはほとんど記憶が消えている。 この時点できっと、すでに三葉が生きている世界に変わっているのだと思う。 ・この聖域は死後の世界なので、「大切なものを置いて行かないと帰れない」という設定があったはず。でも瀧君は普通に帰っている。多分、瀧君が持って行かれたもの。自分の半身って「大切な人の名前(記憶)」なんじゃないかと思う。タイトル的にも。 ・三年前の世界で頑張る三葉。必死に訴えても避難してくれないの、ご都合主義じゃなくてよかったけれど、すごいハラハラする。 ・手のひらの告白。すごいねこれは。死ぬかと思った。数ある告白名シーンの中でも上位に食い込むのでは。 ・彗星がめちゃくちゃ美しい。新海ワールド。なお。彗星は太陽の近くにあるので、夕暮れか明け方にしか見えない。これは作中のテレビでも言っている。 ・落下するシーン。生死が明らかにならないまま、三年後へ。 ・瀧くん、記憶を失ってしまったわけだけれど、何故か岐阜県の一部地域に猛烈な関心を抱いていた男子高校生になったわけで、 その後訪ねて行ったりはしたんだろうか。三葉は東京の大学とかに来そう。最後働いていたし。割と直ぐ出会えるのでは?と思ったけれど来ないのを見ると、しばらくは地元で生活してそれから東京に来たのだろうか。
・誰得就活シーン。どうしてこうなったのか。もっと二人を早く合わせてあげてよ監督!!という心境で見ていたけれど、監督的には重要で外せなかったんだと思う。やめてくれ。その攻撃は俺に効く。 ・新海監督は就活や社会人に恨みでもあるのか。と思ったけれど、大抵の人は恨みあるか。僕もそうです。 ・先輩の結婚指輪。こういう見せ方が映画のいいところ。先輩が「私も結婚したし」とか口にだすよりよっぽどいい。想像が膨らむよね。 ・てっしー再登場で限りなくあがるテンション。お前!!!てっしー!!元気か!!!おい!!元気そうだな!!!おい!!! ・ニアミスしたけれど、一度は出会わない。監督の過去の作品から「これもしかして出会わないで終わるんじゃないんだろうな」と気が気でなかった。心臓に悪いフェイントだ! ・電車の窓ごしに出会うシーン。凄い良かった。電車の使い方が最高。 ・最後まで書いて気がついたけれど、二人はキスすらしていない。恋愛モノなのに!でもそこが良いんじゃないか。多分二人が出会うシーンでキスさせてたらそれはそれで良かったのかもしれないけれど、手のひらに書くというああいう形で済ませた所で何倍にも効果が増していると思うんですよ。まあ彗星落ちてきてみんな死ぬ所だからイチャイチャもなにもしてられないってのはあるかもしれないけれど。 ・出会う所の背景は秒速5センチメートルを意識している?あれは振り向いたら居ないのが良い作品なんですが、今回はちゃんと出会えたのだ。
勢いのままにこう箇条書きで書いてしまいましたが、本当にいい作品です。 ただし、やっぱり気になったのが、二人が再び出会うまで時間がかかりすぎるってこと。 もっと早く!東京に戻った時とかでいいから再会させてあげて!!ご都合主義でもいいから二人を会わせてあげてや!!! みたいなことを思いました。三葉が東京の大学に進学とかでええやん……二人は「同い年の高校生」なので三年離れている。最後は隕石落下から八年。瀧君が高校生だった時から五年で瀧くんが就活(大学四年)なので、高2ぐらいだったと思われる。 ってことは、三ツ葉は17+8で25歳。瀧君は22歳か。 仮に東京の大学に進学したとしたら、瀧くん17歳に対して、大学二年の20歳の三葉が出会うことになる。うーん、別にこれでもいいんじゃないかな。まああれじゃい。きっと監督が見せたかったんでしょう。こう社会に押し潰される新社会人の姿ってやつを……
今回の作品は新海監督が本当に一皮も二皮も剥けてメガシンカした作品だと思いますが、同時に「オタク臭い要素は大丈夫なんだろうか」と思ったり。おっぱいもんだり、口噛み酒のあれとか。全体的にギャルゲとかエロゲとかのそんな感じのノリもあります。細田監督はケモショタだし、宮崎監督はロリコン&ミリオタだと思うんですけれど、両方共こううまく隠せているって感じがありますが、新海監督の今回のやつはうまく隠せているのかどうかとふと心配になりました。 秒速の時は、本気で感動した私みたいな人間も居たわけですが、同時に女性層からの「片思いを引きずっているのが気持ち悪い」という容赦のない評価もあったわけで、ここがどうなるか。
意図的かもしれませんが、似たようなカットが非常に多かった。全日本引き戸協会から「引き戸を描くときは、ドアレールの下からのカメラワークで描くこと」みたいな制約をつけられたのかというレベルのカットとか。タイムラプス撮影とか。意図的でないとするならば、監督の成長余地は未だあるッ!
それと、シナリオの凝り方。今回、新海監督は脚本をめちゃ頑張っているようで、物凄い完成度なんですけれど、その分複雑に時間軸が戻ったり進んだりするので、これ混乱する人もいるんじゃないかな……と不安でした。でも結構みんなついてこれているようで、これは杞憂かなと。
この作品を若いうちに見れる人々が本当に羨ましいです。
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tachigawa · 8 years
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シン・ゴジラ見てきました
シン・ゴジラ見てきたんですよ。
感想、書かせてください。ちなみにネタバレありです。まだ見ていない人は可及的速やかに映画館に走ってください。
「映画のレビューを見てから見るかどうか決めようかな~~」なんて思っている人、正気ですか?ゴジラですよ?見に行く以外の選択肢は存在しません。今見るか、後で見るかの二択です。僕からは以上です。
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率直な感想。最高のところと、そうでもない所が同時に存在します。パシフィック・リムとかバトルシップ的な「加点方式で見れば一兆点」な映画です。
まあ、自分の場合ゴジラが出てくるだけで五兆点ぐらい入るんですが。
いいところから行きましょう。
なんといっても愛です。怪獣映画にたいする愛です。特撮愛がものすごいです。樋口氏と庵野監督のタッグが恐ろしい化学反応を起こしています。ビルの爆破、蹂躙される街、独特のカメラワーク。
冒頭の海上保安庁が無人の船に乗り込む所の記録映像めいたカメラワークや、アクアトンネルでのドライブレコーダーによって撮影されたような事故映像、はたまたインターネットでの中継の様子など、一気に引き込まれます。
そしてゴジラの捉え方。今度のゴジラは核です。しかし核兵器ではないです。原子力エネルギーです。原発です。身体から蒸気を噴出し、街を蹂躙します。原子力災害という怪獣を前に、我々はどう立ち向かうか。それをがっちりと描いています。
キャラクターもいい。特にあの早口で無表情な女の人とか、空気を読まないような発言が多々見えるが、感情的になる主人公を制してくれる友人等。とにかく描き方がいい。災害相手に悪役は居ない。直前で攻撃を躊躇する首相、責任を押し付けられるだけの臨時の首相、それぞれ持てるスペックとリソースを展開して立ち向かおうとする(それが成功するかはまた別の話)
この映画にわかりやすい悪役を入れていれば陳腐な話になったところでしょう。(ただ、アメリカサイドは一切顔が出てこないので、悪役を強調されているところはあります)
ゴジラの放射熱線のシーンは最高最高&最高だし、ああやって街を焼きつくす絶望感たるやすごいものがありました。ぞっとするような造形も最高。不気味な圧倒的暴力が街を破壊し続ける。これがゴジラです。無人在来線爆弾もインパクトがでかい。
では逆に物足りなかった所。
とにかく密度が濃いんです。あえて群像劇にしているのだと思いますし、主役は政府というか未知の災害に立ち向かうチームだと思うんですけれど、とにかくテンポが早い。自分はもっとゆっくり見せてもらいたい派なのですが、上映時間のことを考えるとこれ以上長くすると五時間の映画とかになってしまうから現状がベストかもしれません。
一般人があまり描かれない所。今回の主役は政府サイドの対策チーム。よって日本国政府の中の人々がメインに描かれますが、自分は政府だけでなく、市井の人がゴジラに対してどう考えたか、どう逃げ惑っているのかを見たかった。描かれていないわけではないですが、じっくり見たかった。なんていうか日常と非日常の架け橋となってくれるキャラクターが居ないわけです。みんなエリートで有能ですから。84年ゴジラのタケダテツヤ、あそこだけ浮いているっていいますけれど、自分はすごい好きなんです。なんていうか、大災害の中でのんきに怪獣に悪態をついているようなそんな人間が。怪獣映画とかパニック物とかだと「スクープを狙う新聞記者」の目線を通して事件を描いたりもするんですけれど、今回はそれがない。まあこれは意図的にカットしたのだと思います。あくまでも主役は政府ですから。しかしそのせいで「日本のために」とか「日本を信じる」などという意識高いセリフが空虚に聞こえてしまったところはあると思います。だってエリートしか出てこない状況で「日本のために」とか言われても、なんていうかお前の中の日本って霞が関だけのことなのかよ。という気分になってしまう。とはいえ、一般人を入れると時間が長くなり続ける。
そして最大の問題点、石原さ◯み。なんであんな役柄になってしまったのか……なんていうか、痛々しい。これ、アニメのキャラクターだったらいいんですよ。ああ、二次元の美少女キャラクターを現実でやろうとすると、こんな痛々しいことになるんだな。ってことがよくわかった役柄でした。他の人達は良かったのに。ゴジラには核ネタがやっぱり入るんですが、「おばあちゃんが核兵器で被爆した」みたいなエピソードを口で説明しちゃうんですよね。これがなんていうか、とても残念でして。なんていうか、エピソードは別にいいんですが、それを口で説明しちゃうんかい!みたいな所がありました。突然発言のキレが悪くなったのに対して主人公が「君の祖母は、広島にいたそうだね」みたいに遠回しに察してくれた方がよかったんじゃないかなとか。まだギャレスゴジラの止まった時計のほうがオブジェクトがあるだけ想像の余地が広がる演出でした。
以上がざっと見た感想です。個人的な意見ですが、後半になるとどうもイマイチのれない部分がいくつか出てきました。やっぱりそれは一般人が描かれていないのに、意識の高いセリフがポンポン出てくるので、「なーんか、遠い星の話みたいやなぁ」と思ってしまったのが原因かもしれません。ただ、前半の怒涛の展開にはしびれっぱなしでしたし、とんでもない物を作ったものだと思います。
僕からは以上です。良いゴジラライフを!
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tachigawa · 8 years
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こんどこの科学小説シリーズにはいる作品をよんで、これこそみなさんの冒険心を高め、そして科学的なあこがれをみちびいてくれるものだと思いました。いいえ、年のとったぼくでさえ、人類の進歩を思う気持ちを強められました。このシリーズの作品はみな、すばらしい空想に満ちています。それとともに、科学を進歩させようという意気込みに燃えています。そしてまた、たいせつなことは、どの作品にも、人類愛の精神というか、宇宙愛の精神というか、そういう高い理想が盛り込まれていることです。すばらしいこのシリーズを、みなさんの心の友として、どうかすばらしい未来の世界をひらいてください
那須辰造 この小説を読む皆さんへ より
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tachigawa · 8 years
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二郎コピペ-処刑人-
昨日、目黒店でとんでもないギルティ野郎を見かけたんでレポ。 そいつらは見た目がいかにもホストと水商売といったふうの男女で、 ���ールは野菜マシマシアブラカラメニンニク抜き。 案の定、最初から完食する気は無いようで、携帯で写真をとったり、ぺちゃくちゃしゃべったり。 挙句、テーブルの上のカネシを無駄にお互いのどんぶりにかけあって遊び始めた。 もはや、何ギルティーかカウントもできない。存在そのものがギルティー。 見かねた俺が立ち上がり、注意しようとしたそのとき。 ギルティ2人組が背にした壁が、凄まじい轟音をたてて崩れ落ちた。 もうもうと巻き上がる土煙の中から、ずしゃり、ずしゃりと重い金属音を立てて「それ」は現れた。 身長2mをゆうに超える大男。はちきれんばかりの畸形の筋肉に野太い鎖を幾重にも巻きつけ、 真っ黒なレザーのマスクをかぶった巨人。 「ゴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」形容しがたい雄たけびとともに、無造作にサッカーボールほども ある拳を振り下ろす。水商売女の金髪頭がカウンターに叩きつけられ、ザクロのようにはじける。 「ッ・・・ンなろッ!」長髪のホストが懐から鈍く光るものを取り出した。 プッシュナイフ。深々と、巨人のむきだしの腹筋に突き立てる。 しかし、巨人は意に介した風も無くホストの頭を両手で掴み、そして、そのまま、握りつぶした。 ギルティー・アンド・ペナルティ―――罪と罰。 長くロティストをやっているが、店内のマナー違反に対して 『処刑人』が直接介入するのを俺は初めて見た。 凍りつく店内。身動きできるものは誰もいない。 「ゴルルルルルル・・・」処刑人は低く唸りながら返り血にまみれた身体をひねり 店内をひととり見回すと、軽く会釈して壁の穴から出て行った。 以上、チラ裏っす。
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tachigawa · 9 years
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実写版寄生獣見てきたんよ。
おっちゃん実写版寄生獣見てきたんよ。見てきた。レイトショーで。安かったわ。こんな時間まで映画ってやってるもんなんやな。まあその話は置いておいて寄生獣や。
おっちゃんこの映画見終わって正直な話、評価むずいなーって思ったんよ。クソ映画ならクソ映画としてけなせるけれど、細部が妙に出来が良いんでそっちで補正されるというかなんちゅーか。ま、「原作を見ていない奴が作ったのか」みたいなレベルの作品では無いんよ。むしろ制作サイドは原作は読み込んでる気もするわ。ただ、「おいおいこれやっちゃうのかよ~」というシーンもあったりで、個人的には手放しでは褒める気にはなれんけど。
とりあえずまずはポジ要素から行かせてもらうと、改変が結構いい出来なんよ。こういう漫画実写化の作品って改変要素が酷い出来だったりして泣きたく成るんやけれど、じゃあ逆に忠実にあの内容を映画にまとめられるかというとそれは無理なわけで、どうしてもカットしたり繋げたりする必要が出てくる。で、実写版寄生獣はそれを上手くやっとるし、エッセンスもそれなりに抽出してるんやな。
以下ネタバレや。
例えば冒頭、原作と違って寄生生物は海から来る。波間にあの卵みたいなのがプカプカ~っと浮いておってそこから出てくる。正直この改変は当たりやと思った。なぜかというと、寄生生物ってのは原作だと「地球の生態系(もしくは地球そのもの)が生み出したもの」という設定なんや。その設定は物語の根幹にも関わってくる超重要な部分なんやけれど、原作だと「空から」来るために宇宙から来た侵略者だと誤解してしまう読者も多かったんや。これは作者も予想外だったらしく、完全版で「宇宙から来た寄生生物と紹介されることも多いけれど、地球のどこかで発生したという設定なんです。空から来ているから誤解しやすいのかな」なんていうコメントも残しとる。
だから、映画化するに当たって海から来るという改変は、より原作の意図をなぞった物になっとるんや。これは原作をちゃんと読み込まないとできない改変だと思うで。
他にも寄生生物に頭を乗っ取られれた時のおっさんの顔とか、おっさんが鏡を見ながら目ん玉がいろんな方向を向いているシーンとか、何気に原作再現度高いのもポイントや。
シンイチの家庭が母子家庭になっているのも別に悪く無かったと思うんや。母さんというよりカーチャンって感じになっとるけど、その分母親との絆がより分かりやすくなっとる。父親を登場させない分だけ話を早く進められるしの。
映像のセンスも悪くないと思ったんや。実写で見栄えがして中々雰囲気の良い場所を出してくる。
例えば「右手さんに指定席を作ってあげた」あの男とは街中じゃなくて、中華料理屋でで戦うんやけれど、この「物を食う場所」で人間を食い散らかす寄生生物と戦うって描写が作風と凄いマッチしとるし、薄汚い中華料理屋の雰囲気もかなり良かった。
田宮とAに会う場所も喫茶店じゃなくて水族館になってるんやけれど、青い光に包まれた水族館の描写が画面全体に非日常的な緊迫感をもたらしててこれはセンス良いと思うんよ。「一クラス三秒で」というあの殺し文句も違う方法で再現されてたけど、これは中々ビビった。
ちなみにこのシーンではAだけじゃなく、島田とも対面するんやけれど、これも話の都合的にこうせざるを得なかったことなんやと思う。まあ悪くはなかった。島田の役者の作り笑いが非常にマッチしとって不気味やった。これは島田に三木の要素をマージしたんかな。Aの立ち位置があのキャラとあのキャラを足したものになっているのも、話の展開の都合上悪くなかったと思うんや。
Aと言えば、Aと対峙した時にミギーが「なぜ戦う?」と相手を説得に入るのも良い改変やった。冷静で打算的なミギーだからこそ、説得で戦いを避けられるなら迷わずそちらを選ぶわけで、「ああ、ミギーっぽいなぁこの行動」と素直に思えたんや。まあ、説得している後ろでシンイチに武器を供給したりしてるんやけれど、そこがいいところや。
Aとのバトルはオッチャンが想像していた「寄生生物の動き方」にピッタリで、「お、これが見たかったんや!」と一人でテンションあがってしもうた。こうスピード感が漫画読んで想像したものに非常に近いんや。
それから、平間刑事。この刑事がまた良いキャラしとるんや。原作とは違いかなり序盤から出てくるんだけれど、現場に残された指紋からシンイチを追い詰める。このシンイチを追い詰める時の海千山千な感じが非常に緊迫感あった。なんて言うんやろうな。物腰は丁寧なのに痛いところをグイグイついてくるというか、そういう感じや。
まあ、褒めるのはこれぐらいにして、問題点や。
まず最大の問題点は役者の演技力や。シンイチと里見は演技のパターンが3パターンぐらいしかないんや。オッチャン演技のことは詳しくないし、ド下手かというとそうやないやけれど、的確な所で的確な演技が来ないというか、違和感を覚える部分がかなり多いんや。
さらに輪をかけてコレジャナイ感を出してるのがミギーなんや。もう媚びっ媚びなんやね。マスコットキャラクターとしてこういうのいたら可愛いでしょというオーラがにじみ出てるんや。だからミギーはめっちゃ軽快に喋る。予告編で検索したら多分喋るミギーが出てくると思うんやけれど、多分見た人の99%ぐらいは「ミギーはそんなこと言わない」って呟くんやないかな。それぐらい改変されとる。
で、その改変がプラスに働いているかというと全くそんなことはないのが頭が痛いところや。ミギーを魅力的に描きたく成る気持ちは解る。でもミギーはあの淡々とした感じで人間とは異なった思考回路で動くところが魅力的なんや。ああ~淡々と渋い声で喋るミギーを見せてくれ~と映画見ながら脳内でずっと絶叫してたんや。
あと、後藤がパンツ一丁でショパンを弾かないのも残念な所や。ぜひ見たいと思ってたから余計に残念や。まあ次回作で弾くのかもしれんけどな。
シンイチが島田を狙撃するシーンのビルの原作再現度は異常で「よくこんな似てるの見つけてきたな」と感動すら覚えたんやけれど、あの石をドカンと投げるんじゃなくて、ミギーが弓に変形してそれをシンイチが構えて鉄パイプを打ち込むというシーンに改変されてて、あのビキビキが見たかったオッチャンは少し残念やった。弓になるという発想は悪くないとは思うんやけど。必殺技みたいでカッコイイし。
これは個人的に全く頂けなかったシーンなんやけれど、お母さんから切り離すシーンが完全に滑っとる。なんとな……お母さんの肉体が突然寄生生物の攻撃を止めて、その隙にシンイチが攻撃するんや。これはもう見てて「うわ~こういう展開にしちゃうんか~母親が自我を取り戻すみたいな展開にしちゃうんか~」と悶てしまった。これオッチャンの意見なんやけれど、完全な失敗やと思う。
ちょっと長くなるけれど、原作のあのシーンが如何に完成度高かったか、ちょっと語らせてもらうで。
自分の母親の体をのっとった寄生生物を追い詰めるシンイチなんやけれど、戦いの少し前にミギーが睡眠に入ってしまう。じつはこれには必然性があって、ミギーが起きていれば、無駄な感情に邪魔されること無く、とあっさり母親を殺してただろうし、そうなるとドラマにならへん。だからミギーが睡眠に入るのもただ単にピンチを演出する以外の理由があるんやな。
で、ミギーが寝てピンチになったとは言え、身体能力が上がっとるシンイチ(通称スーパーシンイチ)は寄生生物に対してその肉体だけで優位に立つんや、そして最後に「その化け物を切り離してあげるからね」とトドメを刺す一歩手前まで相手を追い詰める。その時に母親(の体を乗っ取った寄生生物)がとっさに身を守る為に右手を上げるんや。
そこには火傷の痕が残っとる。子供のシンイチを守ろうと母親が負った火傷や。その火傷を見る度にシンイチは母親にすまないと思い続けてそれで反抗期らしい反抗期もなかったんや。
その火傷の痕を見て、シンイチは最後の最後でトドメを刺すのを躊躇してしまう。
この心の動きをセリフ無しのコマの運びだけで表現しているのが原作のすごい所なんや。寄生生物はなにもその事実を知ってたわけやあらへん。ただ身を守ろうととっさに手をかざしたら、圧倒的優位に立ってた相手が攻撃を止めた。ただそれだけの話や。シンイチの行動は非合理的で、寄生生物から見れば止めを刺すせっかくのチャンスをみすみす棒に振るただの間抜けでしかない。でもその感情こそがシンイチというキャラクターをひいては人間と言うものを表現してるんや。
このシーンを描くためには、ミギーは寝てないとアカン。起きてればシンイチが躊躇してもミギーがあっさり母親を殺してドラマは生まれへん。そしてシンイチ以外がトドメを刺すためにジョーが居るわけで、ジョーが最初から殺してたらまたドラマにならんわけで、ジョーは一旦敗北する必要があるわけや。
そう考えると本当に計算されて描かれとるやろ?このシーン。
で、実写版だと、シンイチがフツーに母親を殺すんや。なんやそりゃ。オッチャン悲しいわ……しかも母親の肉体が守ってくれたなんて安っぽい展開になったのが余計に悲しいわ……まあ、あれやな。寄生生物の攻撃を母親の肉体がとっさに止める時に右手(火傷した方)を使っているのはせめて意味をもたせようとした工夫やと思うんやけれど、それにしてもこれはないわ~と思ってしまったわ……
ただ、どうやったら上手く映画化できたかというとオッチャンも分からんねん。なにせ尺の関係でジョーを出すのは大変やからな。突然の事故とか、第三者の乱入とか、とにかくシンイチが手を下す以外の方法で相手を倒さないとあのシーンは描けんけど、尺的に描けなかったから苦肉の策でああしたのかもしれん。
とにかく問題点はこんなところや。そこまで酷くはないんやけれど、興奮するほど面白い出来でもない。オッチャンみたいなファンは嬉しい部分もあるけれど、ファンだけに萎えるシーンもある。そこをどう考えるかやな。
完結編に期待や。
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tachigawa · 9 years
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「けれど、そんな値打ちはなかったんだ! 安い原子力を手に入れ、あんたたちが洗濯機やTVやトースターをもっと動かせるようにするために、あの連中が犠牲になったり、ぼくらが地獄をくぐりぬけたりする値打ちは無かったんだ!」
エドモント・ハミルトン,『向こうはどんな所だい?』,1952
フェッセンデンの宇宙 (河出文庫)
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tachigawa · 9 years
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しかし、あの極小宇宙はこのぼくの実験、このぼくの所有物だ。だから、どの世界で実験し、どの世界を滅ぼそうとぼくの勝手なんだ。その装置からはなれろ。
エドモント・ハミルトン,『フェッセンデンの宇宙』,1937
フェッセンデンの宇宙 (河出文庫)
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tachigawa · 9 years
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ぼくの下のハンモックでウォルター・ミリスが悪態をつきまくり、当時の班長だったブレック・ジャーゲンが、苦労して安全ベルトをはずし、ぼくらを見渡す。とそのとき、いりまじった声の合間に、虫の鳴くような声が、切れぎれに流れてくる。 「ブレック、どうもやられたらしいんです――」 そう、それがふたりの息子ジョーだった。そして彼の唇には血がついていた。やられてしまったのだ――やられてしまったのは一目瞭然だった。ハンサムな若者は、いまや顔面蒼白となり、片手で腹をおさえ、ぼくらを見あげていた。第一次探検隊が証明したのだが、離陸のたびにあるパーセンテージで内蔵に傷を負うものが出る。そしてぼくらの班では、ぼくらの窓のない小部屋では、内臓をやられたのはジョーだった。 せめて即死だったら。しかし、即死というわけにはいかなかった。ハンモックのなかでいつまでも寝ていなければならなかった。衛生兵がやってきて、ジョーに拘禁衣を着せ、薬で眠らせ、それで終わりだった。時間がいたずらに過ぎた。ぼくら自身もひどく痛めつけられていて、死ぬほど気分が悪かったので、ジョーに同情してやるべきだったのに、同情してやらなかった――彼がうめき声をあげ、拘禁衣を脱がせてくれと哀願しはじめるまでは。 とうとうウォルター・ミリスが拘禁衣を脱がせてやろうとしたが、ブレックは許そうとしなかった。ふたりが言い争い、ぼくらが耳をかたむけていたとき、うめき声がやんだ。そしてジョー・ヴァリネスには、もうなにもしてやらなくてもよくなった。衛生兵を呼ぶしか無く、衛生兵はぼくらの小さな鉄の牢獄にはいってきて、ジョーを運び去った。 そう、ぼくはヴァリネス夫妻に話してやれた、彼らのジョーがどんな風に死んだのかを。話してやれたのではないか? 「お願いです」とヴァリネス夫人がささやき声でいい、彼女の夫はぼくを見つめ、無言でうなずいた。 だからぼくはふたりに語った。 「ご存じのとおり、ジョーは宇宙空間で亡くなりました。離陸のショックでたたきのめされ、意識を失い、なにひとつ感じませんでした。それから亡くなる前に意識をとりもどしました。痛みはすこしも感じていないようでした。横たわって、窓の外の星をながめていました。きれいでしたよ、宇宙で輝く星々は、天使のようでした。彼は星々をながめ、それから小声でなにかいい、首をもたげて元にもどし、息を引きとりました」 ヴァリネス夫人が声を殺して泣きはじめた。 「宇宙で死んだんですね、天使のような星々をながめながら――」 ぼくは立ち上がったが、夫人は顔をあげなかった。ぼくは小さな雑貨屋のドアの外に出た。するとヴァリネスがついてきた。 彼はぼくの手を握り、 「ありがとうございました、ハッドン軍曹。ほんとうにありがとう」 「たいしたことじゃありません」 ぼくはタクシーに乗った。手紙の束をとりだし、ヴァリネスの分を細かく引きちぎった。いまさら言ってもしかたがないが、こんな手紙は受けとらなければよかった。まだ手元にあるほかの手紙も受け取らなければよかったのだ。
エドモント・ハミルトン,『向こうはどんな所だい?』,1952
フェッセンデンの宇宙 (河出文庫)
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tachigawa · 10 years
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むろん、マルクスの価値定義は馬鹿げている。人間がそれに加えるいかなる労働にしろ、泥の団子を焼リンゴに変えることはできるもんじゃない。あくまでも、泥団子は泥団子として残る、価値はゼロだ。当然な結果だが、不手際な労働は容易に価値を現象してしまうものだ。下手なコックは、そのままでもすでに価値のあるうまそうな団子や新鮮なリンゴを、食えもしない代物に変えてしまう、価値はゼロとなるのだ。これを逆に、腕のいいコックは、同じ材料でも、ふつうのコックがふつうの味につくりあげる手間もかけずに、ありふれた焼きリンゴよりはるかに価値のある菓子に変えることができるのだ。
ロバート・A・ハインライン,『宇宙の戦士』,1959
宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))
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tachigawa · 10 years
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おれには、戦争がまだこの小銃で戦われ、それによって勝敗が決められていた昔のころだって、こいつはそれこそ何千発もぶっぱなして、やっとひとりの兵隊を殺せるぐらいだったということがわかっている。あり得ないことのように思われるかもしれないが、これは数多くの戦史によって裏付けられているのだ――明らかにほとんどの鉄砲玉は、実際にはねらわれていなかったもので、単に敵兵を這いつくばらせ、射撃を妨害させるぐらいの働きをしただけなのだ。
ロバート・A・ハインライン,『宇宙の戦士』,1959
宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))
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