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#パステルカラー平ゴム
futakuchi-seichu · 1 year
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yo4zu3 · 5 years
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すべてきみの思いどおりに(文庫再録版)
 これは一体……どういう罰ゲームなのだろう。思わずそう錯覚するほどに、今この空間のすべてが拷問のように感じられた。
 事の発端は数か月前、とある休日にまで遡る。
 秋の陽が落ち切った頃に練習が終わり、いつものように身支度を済ませ、最寄り駅までの短い道のりを大柴と共に歩いていた。
 俺たちが付き合い始めて既に三か月が過ぎていたが、互いに学業とサッカー中心の生活をしているため、デートらしいデートはあの夏祭り以来していない。学校でも部活でも、毎日嫌というほど顔を合わせているが、やはり好きな相手とは一日中一緒にいたいと思うものだ。こうして毎日駅まで送ってくれることが当たり前になっても、駅がすぐ近くに見えてくるとどうしても足取りが重くなってしまう。話すことといえば部活やサッカーに関することばかりで少しも変わり映えがしないのに、それでも離れがたく思ってしまうのはこの幼馴染の男がどうしようもなく愛おしいからだ。ゆっくりとした歩調で歩いていても、このささやかな時間に終わりはやって来るのだ。
「じゃあな」
 改札の前で向かい合い、一度だけ大柴の手を握る。人前では恥ずかしくてキスなんてできないけれど、離れる前の少しの間だけ、こうして大きな手に指を絡ませて、ぎゅっと握りしめるのが二人の別れの挨拶だった。冷えた指先から大柴の体温がじんわりと伝わってくるようで、それだけで満たされた気持ちになる。
 横目で電光掲示板を確認すると、そろそろ電車がやってくる頃だ。
「また明日」
 そう言って握った手を放そうとしたその時、繋がったままの手を大柴に強引に引き寄せられた。前方にバランスを崩すと、大柴の逞しい胸板に顔をぶつけ、思わず「ぶッ」と不細工な声が出る。そのままぎゅっと抱きしめられ、今しがた離れようとした決意がいとも簡単に揺らいでいく。
「おい喜一、電車が……」
「今日泊ってけよ」
 低く潜められた声が鼓膜を揺らすと、もう抵抗できる気がしなかった。どきどきとうるさい心音は、どうやら俺だけのものではないらしい。
「な、ちょうど姉貴も居ねえんだ……いいだろ?」
 抱きしめる腕に一段と力が籠められる。こんな誰が見ているかもわからない場所で……と思う反面、しかし今夜はどうしても帰りたくなかった。大柴も同じ気持ちなのだろうか。そう思うと素直にうれしくて、腕の中で俯いたまま「うん」と短く頷く。ガタンガタン、と高架を通り過ぎる電車の音がやけに遠く聞こえていた。
 自宅とは逆方向の電車に乗りながら、後輩マネージャーである生方の家に泊まるという旨のLINEを親父に送った。するとすぐに〈了解〉という短い返信と共に、可愛らしいスタンプが送られてきて、このときばかりは親父の放任主義に救われたような気がした。急な誘いで着替えも持ち合わせていなかったが、一晩ぐらいならまあ大丈夫だろう。明日も学校は休みだが、部活は通常通りの予定なので大柴の家から直接向かうつもりだ。
 そもそも大柴の家に訪れるのも夏祭り以来だった。あの日は浴衣を返すだけで泊っていかなかったので、つまり今日は付き合って以来、二度目のお泊りということになる。そこまで考えが至ると急に恥ずかしさがこみ上げてきた。恋人の家に泊まるということは、当然その先があるということなのだ。それを期待してついてきたはずなのに、今更何を緊張しているのだろう。電車を降り、そわそわと落ち着かない様子で大柴の手を握りながら、見慣れない夜道を歩いてゆく。
「あ、そうだ。晩飯のこと連絡すんの忘れてた」
 大柴が急にそんなことを言うので、「まあ、何かあるだろ」と適当に相槌を打った。忘れてたということは、恐らく大柴邸には一人分の夕食のみが用意されているのであろう。確かに練習後なので腹は空いているが、あの大きな冷蔵庫を漁れば何かしら作れそうだ。最悪、米さえあればそれでいい。
 そう思っていると、コホン、とわざとらしい咳ばらいが聞こえ、思わず大柴を見上げる。また少しだけ背が伸びたと思うのは気のせいだろうか。
「……ゴム買いたいから、コンビニ寄ってもいいか」
 ぼそぼそと喋る大柴の耳の端が赤くなっている。なるほど、夕飯の件はただの口実だったのか。それに気づくと思わず吹き出しそうになったが、笑いを堪えながら「ああ、行くぞ」と言うと、一刻もはやく大柴の家に帰りたかった。
 炊飯器にあたたかい米がまだ残っていて、それをよそうと大柴のおかずを半分もらって夕食を済ませた。軽いノリで一緒に入るかと言われた風呂は丁重に断り、大柴の後にシャワーを浴び、借りた上下揃いのスウェットを着てリビングへと戻る。先に戻っていた大柴は濡れた髪をそのままに、ミネラルウォーターの入ったグラスを片手にソファに深く座り込んで衛生放送を見ていた。その隣に腰かけると、二人分の重さを受けた革のソファがぐ、と沈み込む。
「寒くねぇか?」
「いや、大丈夫だ。つーか髪乾かさないのか?」
「あー、めんどいからいい」
 首にかけたタオルにぽたり、ぽたりと雫が垂れていた。いつもは派手な赤色が濡れていると少しだけ暗く見えるから面白い。まるで知らない人のようだった。
 その綺麗な横顔を見つめていると、俺の視線に気づいた大柴が振り向き、何も言わずにこちらに向かって両腕を大きく広げる。そこに凭れるように身体を預けると強く抱き返された。薄手の布越しに感じるしっとりとした肌や体温が、いつもと違うシチュエーションだと訴えている。自分の髪から大柴と同じシャンプーの匂いがすることにひどく興奮を覚えていた。
「んっ」
 見上げると大柴の濡れた口唇が降って来る。軽く触れただけ���口唇がちゅ、と音を立てて離れ、ゆっくりと目を開けると、こちらを見つめるはしばみにとろりとした熱が宿っている。ずくり、と子宮が期待に疼くと、もう止められなかった。
「ん、んぅ……」
 時折はあ、と短い息を零しながら、互いの唇を貪った。大柴の首に両腕を回すと、二の腕にぬれた冷たい感触がしてそれさえも興奮材料になった。大柴が片腕で俺の身体を抱き、もう片方の手が服を弄り素肌に触れる。腰を撫でた手がそのまま上へとゆっくりと上り、膨らみに触れたところで「んあ?」と大柴が驚いたような声を出した。
「おま……下着どうした?」
「へ? あ、ああ……どうせ脱ぐだろうし、そもそも替え持ってきてねぇし、つけなかった」
「ってことは下もか?!」
「そうだけど」
「つーか、俺が渡したタオルと一緒に新しいの置いてなかったか?」
「え……?」
 何のことだかわからず呆然とする俺に、大柴は明らかに落胆した様子で「マジかよ……」と盛大に溜息をついた。だが言われてみれば確かに、預かった籠の底には下着らしいものがあったような気がする。まるで大柴の髪色を思わせる真っ赤なレース地は、ほとんど下着らしい面積はなく、とてもじゃないが履けそうな形状をしていなかった。元々下着をつけないつもりでいたものだから、それが大柴が俺のために用意した下着なのだということに気づかなかったのだ。
「いや……あれ、てっきりお前の姉ちゃんのかと」
「んなわ��ねぇだろ! 姉さんがあんなの履いてたらフツーに引くぞ」
「なっ……そんなモンをテメェの彼女に着せようってか?」
「だあああ! それとこれとは話が別だろ!」
 よりにもよってあんなセクシーなものを着させようとしていたことに対して、俺は少なからずショックを受けていた。
 確かに彼氏に見せれるような可愛らしい下着は持ち合わせてはいないが、それでもこれはないだろう。大事な部分を何一つ隠せなさそうな、いかにも「私を食べて下さい♡」と言わんばかりの下着をこっそりと用意していただなんて、隠す気のない下心にいっそ呆れさえもしていた。
 それに何よりも、これではまるで俺たちの関係がマンネリ化しているのだと、間接的に言われているような気がした。それが一番ショックだった。
「そ、そんなに俺に魅力がないのかよ……」
「あ? んなわけないだろ」
「じゃあなんで……っん、」
 文字通り口唇を塞がれるように口づけられると、ぬるり、とあたたかな舌が滑り込んできて、俺の言葉を飲み込んだ。舌を絡めとるように吸われ、一度は冷めかけた熱は容易くすぐにぶり返す。粘度のある唾液を分け与えるような深い口づけに、胸の奥がぎゅっと締め付けられて堪らなくなる。
「はぁッ、……きい、ち」
「お、俺が着てほしいから、ってのはダメかよ」
 お前、いつもサイズの合わねぇのしてるだろ? だから俺様が新しいのを買ってやったんだ。偉そうな口調で言った大柴は、そのふてぶてしい態度に似合わず僅かに耳が赤くなっている。自分で言いながら照れているらしいこの男も、案外かわいいところがあるものだ。
「気持ちはうれしいけど、あれはちょっと派手すぎる」
 それに洗濯に出すには恥ずかしすぎるだろ。そう付け足すと大柴は「確かに」と、素直に納得したのが少しだけ可笑しかった。
「じゃあもっと無難なやつなら良かったか?」
「んー、程度にもよる」
「お前基準だとまた星柄とかガキっぽいのになるだろ」
「あ? あれ気に入ってるんだけど」
「マジかよ」
 時折ちゅ、ちゅっと啄むようなキスをしながら、なんでもない冗談のような軽さで「今度一緒に買いに行くか」と言うものだから、思わず「ああ、いいぜ」とその場のノリで答えると、それに気を良くした大柴の手が俺の身体を弄りはじめる。明らかに流されていることはわかっていても、それよりもその時はただ、目の前の男がどうしようもなく欲しかった。深くなる口づけと愛撫に理性がぐずぐずに溶かされてゆき、あっ……、と明らかな色気を含んだ声が漏れた。
「つーか、下着付けてねぇほうがエロいんだけど……」
 ほら、と大柴の長い指が、スウェット越しに俺の割れ目の上をなぞる。濃厚なキスを繰り返すうちに疼いた子宮から愛液が滲み出て、ライトグレーの生地をうっすらと汚していた。
「あ、ごめ、っんあ……ッ!」
 せめてソファを汚すまいと慌てて腰を浮かせ膝立ちになると、割れ目に触れていた大柴の指が陰核を強く弾き、びくっと小さく背が震えた。ぎぃ、と大きく軋む革の音と、大柴の喉仏がこくりと鳴るのはほぼ同時だった。
 それからソファでくたくたになるまで抱き合い、日付が変わる頃に二階にある寝室のベッドに運ばれて、もう一度身体を繋げたところで俺の意識は途切れてしまった。気が付いたときには素っ裸のまま大柴の腕の中にいて、中途半端に閉められた遮光カーテンの隙間からぼんやりと白んだ朝日が差し込んでいる。
 まだ起きるのには随分早い。毛布の中で触れる素肌は心地よく、目を閉じるとすぐに微睡みが迎えに来る。しあわせな温かさに包まれて、俺はこのときの口約束をすっかり忘れてしまい、後に痛い目を見ることになるとは思いもしなかった。
  
 二月。
 長いようであっという間だった冬の選手権大会も終わり、いよいよ三年生が引退するとようやく緊張の糸がほぐれる時期だった。今は無理して詰める時期ではない、という監督の意見で、以前よりはコンスタントに休みが取れるようになり、時期が時期なだけに浮かれていたのは恐らく俺だけではないだろう。
 冬は何かとイベントごとが多い。選手権と時期が重なることもあり、世間一般で言う一大イベントであるクリスマスや正月は、俺たちにとって手放しに祝えるものではなかった。だから余計に選手権後であるバレンタインが近づくと、部員たちがそわそわしていることをマネージャーである女子二人はなんとなく察している。それに便乗して、日頃の感謝と労いの意味も込めて、今年も監督を含めた部員全員にはマネージャーから義理チョコを用意するつもりだった(勿論その資金は、俺が秘かに別けておいた部費からやり繰りしている。)。
〈明日買い物付き合えよ〉
 久しぶりの休みを翌日に控えた夜、大柴からそんなLINEが入って丁度良いタイミングだと思った。翌週の平日がバレンタインデーなので、今週末は部員たちに渡すチョコを買いに行こうと思っていた矢先のことだった。これはいい荷物持ちができたと内心でほくそ笑みながら、手早く返事を入力する。
〈いいぜ。どこ行く?〉
〈××のショッピングモール。新しいスパイク見に行く〉
〈おい〉
〈スパイクならうちの店で買えよ〉
〈今日発売の限定モデル置いてんのかよ〉
〈……〉
〈ないから取り寄せる〉
〈ふざけんな。俺は明日買うぞ〉
〈そういうのは先に言えよタワケ!〉
〈まあ、とにかく見に行こうぜ〉
〈明日十時に駅前に迎えに行く〉
〈おう〉
〈おやすみ〉
〈なあ〉
〈あ?〉
〈俺にもチョコくれんの?〉
〈いつも通り、全員に義理やるけど〉
〈本命は〉
〈さあな〉
〈おい〉
〈おーい君下〉
〈無視すんなバカ〉
〈……〉
〈おーーーーーーーーい〉
 翌日、自分で指定した待ち合わせ時間に十五分遅れて大柴がやって来た。悪びれた様子の一切ない男の膝裏に蹴りをお見舞いし、電車に乗った。
 最近できたらしい駅直結の大型ショッピングモールは休日だということもあり、多くの家族連れやカップルで賑わっていた。ピンクや茶色のハートで彩られたポップがくどいほど飾りつけられ、嫌でもバレンタインを意識させるような企業戦略に早くもうんざりしそうだった。
「さっさと買い物してどっかで飯食おうぜ」
 何食いたい? と片手で器用にフロアガイドを開く大柴が、もう片方の手でさりげなく俺の手を拾った。指を絡ませ、そのまま大柴のダウンコートのポケットに招かれる。ポケットの底には丸まった紙くずや得体のしれないものがあったが、悪い気はしなかった。むしろ普通のカップルみたいだなと今更なことを思ってしまうと、急に頬が熱を帯びてゆくような気がした。
 目当てのスパイクの品番とサイズをしっかりと控えると、今買うと言って聞かない大柴を半ば無理やり引きずりながらスポーツ用品店を出た。その後も目移りの激しい大柴にあれこれと連れ回されて、まるで大型犬の散歩でもしているかのような気分にさせられる(この場合、引きずられているのは飼い主のほうだ)。
 その点、俺が入念に下調べをしておいた義理チョコレートについては、激混みの催事場でも難なく目的の商品を手に入れることができた。一応は名のあるブランドものを買ったことが意外だったらしく、大柴は少し感心したように「で、俺のは?」と聞いてきたが、それを華麗に無視して催事場から抜け出した。
 そうこうしているうちにいつの間にか昼時になり、混み合う前に館内にある適当な洋食屋へと入ると、ランチハンバーグプレートと大盛りのオムライス〜赤ワインソースがけ〜を平らげて、デザートのスフレチーズケーキまできっちり完食した。
 あたたかなカフェモカを啜りながら、向かいでブラックコーヒーを飲む大柴を見つめる俺はいつになく上機嫌だった。予定通り予算内でチョコレートが買えた上に、おまけでいくつか試食まで貰えたのだ。自分では絶対に買おうと思わない高級チョコレート店のサービスの良さに、自然と緩む口元をもはや隠す気などなかった。
「あ、そうだ。あと一軒だけ付き合えよ」
 頬杖をつき、窓の外を眺めていた大柴が、たった今思い出したかのように勢いよく顔を上げる。
「? いいけど」
 元はと言えば今日買い物に行こうと言い、散々いろんな店に引っ張り回した挙句、大柴は今まで何も買わなかったのだ。大量のチョコレートの入った紙袋を三つぶら下げ、当たり前のようにランチを奢り、これではまるで本当にただの荷物持ちとして来たようだった。連れ回されて既にくたくただったが、あと一軒ぐらいなら付き合ってやろう。そう思えるほど、この時の俺はすこぶる機嫌が良かったのだ。
「え、待てよ、喜一」
「あ? なんだよ」
 なんだよ、って何だよ。そう聞き返したくなるほどうまく呑み込めない状況に、俺は呆然とその場に立ち竦んでしまった。
 白、ピンク、ベージュに黄色、淡いブルーやヴァイオレットなど、思いつく限りの様々な色が、うるさく視界を埋め尽くしている。俺たちがこのパステルカラーで彩られたふわふわとした空間に迷い込み、かれこれ三十分が経過しようとしていた。
「お、これなんかどうだ?」
「お似合いだと思いますよ」
 新たに目の前に差し出されたのは、似たような装飾のついた明るいオレンジ色だった。シンメトリーの真ん中にはレースでできた大ぶりのリボンが施されている。今までの選択肢に比べると少し派手ではあるが、これはこれで可愛いかもしれない。ぼんやりとした頭でそう思っていると、これは、こっちは、と大柴の手が伸びてきて、目の前に新たな色が次々と現れる。
「やっぱり選べねぇから、全部買うか」
 にこにこと愛想のいい店員の勧めるまま、俺の手元で増え続ける色とりどりの下着の山。それをいつになく真剣な顔つきで選びながら、しまいにはとんでもないことを言い出す彼氏。
 地獄のようなこのシチュエーションは一体何なんだ? 回らない頭で何度考えてみても、脳裏にちらつくのはいつか大柴の家に泊まった際に渡された、真っ赤なレースの下着だった。
「いやいやいや、待て! 待ってくれ!」
「あ?」
 尻ポケットから財布を取り出そう��する大柴に、ストップの意を込めて抱えていた下着の山を押し付ける。こんなにいらねぇ、つーか、こんなに買ってもらっても悪いし、そもそもここに彼氏と居ること自体が恥ずかしいし、しかもサイズも分からねぇのに……など、言いたいことがぐちゃぐちゃになって、何から突っ込めばいいのかわからない。助けを求めるように店員を見るが、「よかったらご試着されますか?」と、サービスとしては的を得ているが微妙な見当違いの答えをされる始末だ。
「いや、そうじゃなくて……」
「うむ、そうか。先にサイズを合わせるべきだったな」
 勝手に納得した大柴に「とりあえず、これ合わせてみろよ」と手渡されたのは、控えめなフリルのついた淡いピンク色の下着。この店に入って最初に大柴が選んだものだった。
 店の奥にあるフィッティングルームに案内され、始終ニコニコ顔の販売員に「採寸されますか?」と聞かれ、そこでようやく我に返った。こんな店に来ること自体が初めてである。何もわからないことを正直に伝えると、彼女はかしこまりましたと少しだけ微笑んで、肩にかけていたメジャーを握り手際よく採寸を始める。大柴に渡された下着ではカップのサイズが小さすぎることがわかり、新しいものを用意してもらい、それを身に着けてまずそのフィット感に驚いた。
 苦しくもなく、寄せすぎず、かといって動いても容易にずれることがない。小ぶり(だと本人は思っている)の乳房がきれいな形を保ち、かわいらしいピンクの中にすっぽりと納まっている。今まで着ていた三枚980円の下着なんかとは比べ物にならない安定感に、これならサッカーで激しく動いても大丈夫だなと思うと満足した。
 結局その後も悩みに悩み、最終的に大柴がチョイスした下着を二組買った。そんなにたくさん要らねぇと言ったが、どうせ買うなら一も十も同じだという無茶苦茶な理論を投げられ、「どうせまたすぐに入らなくなるんだから、」の一言が意外にも効いたようだった。少しだけ大柴の頬が赤い気がしたが、追及するのも面倒なので気のせいだということにしておこう。存外長居してしまったようで、帰りの電車に乗り込むころには既に陽がだいぶ傾いていた。
「少し寄って行けよ」
 陽が落ちるのはあっという間だが、夕食時にはまだ早い。家の前で紙袋を四つ受け取ると、くい、と顎で家の中を指した。表の店はとっくにシャッターが下りていて、店主である親父はどこかへ出かけたようだった。いつも通りならば飲みに出ているのであろう。とにかくあと数時間は、滅多なことがない限り帰ってこないという確信があった。
 靴を脱ぎ、すぐに二階にある自室へと上がると、大柴はいつも通りベッドへと腰かけた。君下の部屋にはソファという洒落たものはなく、小学生のころから使い続けている木組みのシングルベッドと学習机のみという、女子高生の部屋にしてはシンプルすぎる内装だった。
「変わってねぇな」
「ん、ああ。そういやお前が来たのって、いつぶりだろうな」
 このベッドに後ろ手をついて寛ぐ大柴の姿を見るのはものすごく久しぶりなような気もしたし、そうでないような気もする。思い返せば高校に入ってからは、ほとんど毎日のように顔を合わせているのだ。それでも飽きずに一緒に居て、しかもこうして恋人同士になる日が来るだなんて、出会ったばかりの頃には考えられなかったことだろう。犬猿の仲であったはずの俺たちが、恋人という枠に収まっていること自体がほとんど奇跡のようだった。むしろ目の前の男を想う気持ちは日に日に強くなってゆくばかりで、抑えきれない気持ちをどうすることもできず、時折堪らなくなることがある。
「君下?」
 大柴の長い脚の間に立ち、とん、と軽い力で肩を押すと、その大きな身体が呆気なくベッドへと沈む。膝をついてベッドへと乗り上げ、大柴の顔の横で両手をつくと、驚きでまるく見開かれたヘーゼルナッツの瞳を覗き込んだ。
「喜一、プレゼントやるよ」
 バレンタインの、ちょっと早いけどな。そう言って、大柴が何かを言いかけた口唇に、ちゅっと触れるだけのキスを落とす。下唇を吸い付くように啄み、だらしなく開いたままの口唇を舌でなぞると、俺の腰に添えていた大柴の手がぴくり、と反応した。そのまま舌を差し込むと、誘われるように大柴の舌が伸びてきて、ちゅ、じゅっと音を立てながら絡みつく。ぱらり、と落ちた髪の束が邪魔だったが、キスを止める理由にはならない。俺の腰を掴んだ手が下り、スカートの布越しに尻を強く掴まれると、んっ、と声が漏れて、交わりが一層深いものに変わる。
「はっ……なんだ、やけに乗り気だな」
 大柴が両の手で尻を揉みしだきながら、下から突き上げるようにジーンズの膨らみを押し付けてくる。腰を跨ぐように馬乗りになった秘部に前立てが当たり、じわり、と下腹部が濡れる感覚がして、自ら腰を擦りつけた。
「! んっ、も、脱ぎたい……っ」
「じゃあ自分で脱げよ」
「あっ……!」
 いつもであれば何も言わずとも衣服をひったくられるところだったが、今日の大柴はどうやら違うらしい。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、服の上からやわやわと尻を揉んだり、腰を掴んで前後に揺するだけでこれ以上手を出そうとしなかった。ジーンズの金具がショーツ越しの陰核に擦れ、あっやだぁっ! と漏れる自分の声が一層羞恥を煽った。何より俺からプレゼントだと言っておいて、自ら包みを開けさせられるだなんて恥ずかしいにも程がある。
「いじわる、」
「ふん、俺にマウント取ろうなんて百年早いんだよ」
 そんなもの、最初から取ろうだなんて思っていない。これはちょっとしたサプライズのつもりだった。だから俺は今日、大柴に下着売り場に連れて行かれたとき、正直に言うと内心で焦ってしまった。俺のこの企みがばれてしまったのではないかと、まさか気づいてここへ連れてきたのではないかと思ったが、どうやらそれは単なる思い過ごしだったようだ。
 大柴の腰に跨ったまま、俺はまるでストリップでもするかのように、ゆっくりとポップな色合いのニットに手をかける。じりじりと焦らすように裾をまくり上げながら、口元がにやけそうになるのをぐっと堪えた。クロスさせた腕の向こう側で、大柴が静かに息を飲むのがわかる。
 シャツを脱ぎ捨て現れたのは、数か月前のあの日大柴に渡された、真っ赤なレースの下着だった。
「! おま……それ、」
 完全に予想外だったらしい大柴は、ひどく驚いた様子で肘で上体を起こした。その鼻先にキスを落とし、へへ、と照れ隠しに笑うと、スカートのホックに指をかける。片足を開けてスカートを引き抜き、それも床に放り投げた。
 いつかあの下着を履いてやろうと思いついたのは、選手権が終わったあたりだった。
 たまたま大柴の家に遊びに行くと、散らかった部屋の隅にあの真っ赤が無造作に置かれていることに気づいてこっそりと持ち帰ったのだ。飽き性である大柴のことだから、この下着のことも今まで忘れていたのだろう。ほとんどがレース素材でできたそれは色素の薄い肌が透け、中央でぷくりと主張する乳首の色までもが丸見えなそれを、大柴が穴が開きそうなほど見つめている。
「プレゼントだ、今日だけだからな」
 大柴の首に両腕を回し、むき出しになった形のいい額へと口唇を押し付ける。ベッド��上で膝立ちになり、ちょうど大柴の顔に胸を押し当てるような体制になると、大柴が布の少ない尻を撫でながら、「やべ……すげぇえろい」と熱の籠った声で呟いた。
「んあっ、き、いち……っ!」
 ぢゅ、ぢゅぷ、と下品な音を立てて、勃起した乳首を下着越しに執拗に舐られた。普段の布越しよりも感覚が鋭く、それでいて直よりももどかしい刺激が絶妙だった。何よりもこんな破廉恥な下着を着た俺自身と、それに興奮しているらしい大柴の息遣いを間近に感じて、興奮しないほうがおかしな話だ。舌は乳首を愛撫し、右手は既に濡れそぼったショーツに伸び、左手で自分の前立てを取り出し、扱いている。俺はただその愛撫に感じ入って、あっ、ん、と声を上げそうになる口を手で押さえることで気を保とうとしていた。
「声、出せよ」
「ん、やだっ……聞こえる、からぁッ!」
 何も考えられずひたすらに手の甲に歯を立てていると、大柴がペニスを扱いていた手を止め、俺の手を絡めとった。唾液でぬるりと光る噛み痕に、労るようにキスを落とす。
「こっち……触ってくれ」
 俺の手を握ったまま、がちがちに勃起したペニスへと導かれると、二つの手で挟み込むようにして握らされる。手の中で脈打つ暖かなペニスはまるでいきもののようだ、といつも思う。太い雁首をぐりぐりと重点的に扱くと、大柴がう、と堪らず声を漏らして、バツが悪そうににやりと笑った。その顔が好きだった。決して温かくもない部屋で、ほんのりと額に汗を浮かべている、大柴のその快楽にゆがんだ顔がたまらなく好きだった。割れ目から先走りの雫がぷくりと溢れ、それを絡めとるように亀頭をつつんだ手を動かした。
「は、ぁ、んっ、んぅ……」
 手の動きが激しさを増し、たまらずに舌を伸ばして口唇を求める。低くセクシーな声を出す、少し厚い下唇をやわらかく挟んで吸いつくと、秘部に触れた大柴の指が入り口をぐちぐち、と掻きまわす。真っ赤なレース地のショーツはつけたまま、ずらすように脇に寄せると、そのままつぷりと太い指を沈めた。
「ああ……っ!」
 期待に濡れた膣は狭く、押し広げるように大柴の指が進んでゆく。ふ、あ、と途切れ途切れに息を吐きだすと、その息を食らうように深く口づけられる。中指がナカを擦りながら、器用に親指で陰核を引っ掻くように押されるともうダメだった。
「あっ、やだッ! きいち、き、あッ! んあ……っ!」
 頭の中が真っ白になる。ペニスを握っている手もまともに動かせず、ただひたすらに喘いでいると、わざとらしく耳元で「手、止まってるぞ」と意地悪く吹き込まれる。ぞくぞくと快楽が背を走り、じわり、とまた膣が潤いを増してゆく。あまりの快感にうっすらと生理的な涙が浮かび、喘ぎ声に嗚咽が混じっていた。
「うッあぁ……! も、ッ!」
「イきたい? おい、勝手にイくなよ?」
 膝立ちのままの脚ががくがくと震え、絶頂が近いのは明らかだった。大柴もそれを分かっている。分かっていて手を緩めようとはせずに、あえて快楽を得るポイントを外して焦らすようなことをする。これを焦らしプレイだとは思わずにやっているのだから、相当にたちの悪い男だった。
「も、やだ……ひぅ、うぅ……っ」
 追い詰めるように尖った乳首に歯を立てられ、大柴の肩を握る指先が、俺の意思を無視してただ快楽に耐えようと力を籠める。も、イきたいっ……弱弱しい声でそう絞り出すと、口唇をぺろりと舐めた大柴の指がイイところをトントンと弾き出した。
「ひッ…………あアァっ! イっ……んああッ!」
 陰核を擦り上げられ、きゅう、と腹の奥が熱くなる。もっと欲しい。もっと。そう訴えるように両脚が、膣が震え、びくびくと背をしならせて俺は達した。
「うお、すげぇ……吸い付いてる」
「んあッ! やめろ、ばかぁ」
 入れたままの指をぐりぐりと回しはじめるが、それでも物足りないと腹の奥が疼いている。ようやく指が抜け、肩で息をしながら達した余韻に浸っていると、いつのまにか服を脱いだ大柴に「これも脱げ」と雑な手つきで唾液まみれになったレース地のブラをひったくられた。
「んっ」
 先走りの垂れたペニスをゆるゆると扱きながら、そこへそっと口唇を寄せる。舌先で雫を掬うとじわりと���い味がした。ぺろぺろとアイスクリームでも舐めるように亀頭に舌を這わせていると、「も、いいから早く入れたい」とぎらついた目で訴えられて、ごくりと喉を鳴らした。
 コンドームを手早く被せると、喜一は俺のシングルベッドに仰向けで横たわった。小さなベッドから足が少しはみ出ているが、そんなことはどうでもいいと言うように、こちらを見る雄の顔が「はやく来いよ」と俺の手を引いている。
 セックスの経験なんて数えるほどしかないが、大柴はいつも正常位で挿れたがった。上に乗ったことはない。恐る恐る大柴の腰を跨ぎ、反り立つペニスの上に膝立ちになる。上から見下ろす大柴の姿は新鮮で、期待に濡れた顔をしているのはお互い様だった。コンドームの張り付いたペニスを握り、下着をずらして自ら入り口に宛がうと、改めてその大きさを感じて怖気づきそうになってしまう。思わずこくり、と息をのむと、ふいに大柴が俺の腰を両手でつかみ、下から突き上げるように大きく腰を動かした。
「!! んあああッ!」
 ずんっと太い杭のようなそれが身体に打ち込まれたような衝撃があった。びりびりと甘い快楽が全身を走り、それだけで達してしまいそうになる。
「まッ……まて、きーちっ……ぁんっ」
 上に乗っていることでいつもよりも深く繋がっている気がする。腰を掴んだまま腹の奥をえぐるように揺さぶられ、あっ、うっ、とひっきりなしに声が出てしまう。あの大きな亀頭でごりごりと子宮の入り口を刺激されると、もう何も考えられなくなる。いつの間にか両脚が喜一の腰に巻き付くようにしがみつき、はしたない声を上げて腰を擦り付けながら、俺は呆気なくイった。
「ぅあッ……! イく! また、ぁあッ……!」
「くっ……締まりすぎだ、バカっ」
 達している最中にがつがつと突き上げられ、快楽の波が止まらない。いっそ恐ろしくなるほどの快感にぞっと鳥肌が立っていた。ぎちぎちに締め付ける膣が大柴の精を搾り取ろうとうねり、「はァ……も、出そ……っ」と眉根を寄せた大柴が絶頂が近いと訴えていた。
「ん、ぁあっ、また、ダメッ、イっ……!」
「あ、イく、っ……ああっ!」
 何度目かの絶頂を迎えるなか、奥へと突き上げた大柴が果てた。コンドーム越しでもはっきりとわかる、どく、どくと精を吐きだす鼓動を感じながら、大柴の身体に身を委ねると大きな腕が抱きとめてくれる。耳元で聞こえる力強い心音に、お前はおれのものだと言われたような気がした。
「あれ、その下着かわいいですね」
 新しいの買ったんですか? 急に声を掛けられ、思わずびくり、と肩を揺らした。練習着の袖に腕を通したままの格好で振り向く。同じく隣で着替えている生方が、この手の話題を振ってくるのは珍しいことだった。
「あ、うん。可愛いだろ……」
「もしかして大柴先輩に貰ったとか?」
「へっ?!」
 図星を突かれ、今度こそ素っ頓狂な声が出てしまう。二人しかいないロッカールームに声が響き、しまったと思ったがもう後の祭りだった。
 頭のいい後輩は恐ろしく察しも良い。まさかこんなところでそれが裏目に出るとは思わず、これ以上誤魔化しても無駄だと悟ると素直に頷いた。
「へぇ……なんかそういうのいいですね。愛されてるっていうか」
 意外だなぁ、と笑う生方は、なぜか当事者である俺よりもずっと幸せそうに頬を染めている。あまりこの手の話題を部内でしないようにしていたこともあり、同じ女子とはいえ生方にこんな話をすることに何とも言えない気恥ずかしさを感じていた。
 着替えを終えた生方がパタン、とロッカーを占めると、「あ」と思い出したかのようにこちらを振り向く。
「先輩、知ってます? 男性が女性に下着を送るのって、自分の色に染めたいっていうアピールらしいですよ」
「っ……!」
 いたずらっぽく笑う生方に、なんとなくそんな意味だとは予感していた。
 腕の下に隠れている自分の下着に視線を落とす。熱を孕んだ瞳でこちらを見つめる大柴を思い出し、すべてがあいつの思惑通りなのだということに気づくと、じわり、と下着が濡れたような気がした。
 
                   (すべてきみの思いどおりに)
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