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habuku-kokoro · 7 months
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(名古屋能楽堂試演会)文学の薫り高い上質なおとなの遊び―ひとり文芸ミュージカル乙姫おとひめさま ー 児玉絵里子
京都芸術大学専任講師 児玉絵里子 
 青空のまぶしいよく晴れた9月、名古屋城城門前の名古屋能楽堂で、はじめて源川瑠々子さん主演・敷丸さん協演の「ひとり文芸ミュージカル 乙姫おとひめさま」を観劇させていただきました。
おそらく、名古屋城正門前に位置するこの能楽堂の外観や風景も、まだ見ぬ舞台(ストーリー)への導入として、実に魅力的な役割を果たしていたのでしょう。お堀に映える重厚な石垣を目にして、陽光を受けた木立を抜けたとき、ぱっと現れる同能楽堂への道中が、いわばこの日のステージと物語への導入のようにも感じられました。そして場内に入った後の開演前のひととき、木曽ヒノキ造りという木目の清々しい舞台上には、ポツンと一つ、ひとがたのような造り物が設えてありました。シンプルであるがゆえに、鏡板と相まってその造り物は、これから始まる舞台への、不思議な予感を呼びおこしました。
舞台に広がる現代的な音曲に驚くまもなく、木戸口から登場した者は、雨降星(敷丸)でした。
琉球舞踊の基本を土台としながら姿態の上下運動をやや誇張的に取り入れたその歩みは、この物語が創作舞台であることを表す視覚的な鍵のひとつとなり、実に興味深い試みでありました。舞台衣装は沖縄の伝統的なドゥジン(胴衣)・カカン(プリーツ上の一種の巻きスカート)を巧みに取り込み、そこに、黒手袋・頭巾で黒子的役割を帯びた雨降星のキャラクターが浮かび上がりました。ときどきの歌や台詞等に入るこぶしをまわす発声法は、ストーリー展開上、よい意味でのアクセントとなっていました。
鏡の間から乙姫(源川)が静かに歩みを進め、橋掛かりから本舞台に立ちました。一瞬で、観客のこころを竜宮城へ誘うその力に魅了されました。この演目の眼目は、浦島伝説に落とし込んだ男女の邂逅という普遍的題材―男女の出会いと別れ、女性からの視点に立った揺れ動く思いでしょう。しかし、女性特有の感情の高ぶりが得てして観客との距離を作り得る題材ながら、源川の絶妙かつ明るい表現は、乙姫の女人としての美しさと気高さを表すことに成功していました。客席に語りかけるような、問いかけるような、台詞のつぶやきとその余韻は、観客のこころにすっとはいってくる情感に満ちていました。願わくばもしもここに浦島太郎の姿が「影」をも含めて実在のものとして加わるのなら、さらに興味深い舞台になるのではないか、との身勝手な思いもいたしました。
全編を通じて漂う、そこはかとない文学的な豊かな薫り。二人の演者がそれぞれの持ち味を生かして放つ、詩情と語りの妙味。ともすれば創造的舞台にありがちな空虚さを、台詞に含まれるひとの世の肝を掴んだ言葉の数々が、実感を伴う現実世界と舞台とをしっかりとつなげ、見る者の心にうったえるものとしていました。ベースとなる文学を、上質な大人の遊びとして創り上げる。見るものは、自らの心と来し方に尋ねて情景を夢想する。そんな、洒脱な情感の漂う舞台でありました。音楽・演出を務める神尾憲一氏によれば、さらなる展開も構想中とのこと。演者二人の表現の深まりとともに、ひとり文芸ミュージカルにおける新たな創造的舞台との出会いを、ワクワクした気持ちで楽しみにいたしております。
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