Tumgik
#今年は大雪で除雪が大変だった。屋根雪をおろすほどではなかったけれども。ここらでは当然男の作業。奥さんに手伝ってもらうのは情けないからね。
papatomom · 1 year
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2023.02.05(日)
立春の翌日、久しぶりに晴れ間がのぞいた。
ところで最近気に入った言葉「お腹が空いたら若返る」。
このところ食べ過ぎかなと思う日々が。自戒を込めて。
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guragura000 · 4 years
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自殺未遂
何度も死のうとしている。
これからその話をする。
自殺未遂は私の人生の一部である。一本の線の上にボツボツと真っ黒な丸を描くように、その記憶は存在している。
だけど誰にも話せない。タブーだからだ。重たくて悲しくて忌み嫌われる話題だからだ。皆それぞれ苦労しているから、人の悲しみを背負う余裕なんてないのだ。
だから私は嘘をつく。その時代を語る時、何もなかったふりをする。引かれたり、陰口を言われたり、そういう人だとレッテルを貼られたりするのが怖いから。誰かの重荷になるのが怖いから。
一人で抱える秘密は、重たい。自分のしたことが、当時の感情が、ずっしりと肩にのしかかる。
私は楽になるために、自白しようと思う。黙って平気な顔をしているのに、もう疲れてしまった。これからは場を選んで、私は私の人生を正直に語ってゆきたい。
十六歳の時、初めての自殺未遂をした。
五年間の不登校生活を脱し高校に進学したものの、面白いくらい馴染めなかった。天真爛漫に女子高生を満喫する宇宙人のようなクラスメイトと、同じ空気を吸い続けることは不可能だと悟ったのだ。その結果、私は三ヶ月で中退した。
自信を失い家に引きこもる。どんよりと暗い台所でパソコンをいじり続ける。将来が怖くて、自分が情けなくて、見えない何かにぺしゃんこに潰されてしまいそうだった。家庭は荒れ、母は一日中家にいる私に「普通の暮らしがしたい」と呟いた。自分が親を苦しめている。かといって、この先どこに行っても上手くやっていける気がしない。悶々としているうちに十キロ痩せ、生理が止まった。肋が浮いた胸で死のうと決めた。冬だった。
夜。親が寝静まるのを待ちそっと家を出る。雨が降っているのにも関わらず月が照っている。青い光が濁った視界を切り裂き、この世の終わりみたいに美しい。近所の河原まで歩き、濡れた土手を下り、キンキンに冷えた真冬の水に全身を浸す。凍傷になれば数分で死に至ることができると聞いた。このままもう少しだけ耐えればいい。
寒い!私の体は震える。寒い!あっという間に歯の根が合わなくなる。頭のてっぺんから爪先までギリギリと痛みが駆け抜け、三秒と持たずに陸へ這い上がった。寒い、寒いと呟きながら、体を擦り擦り帰路を辿る。ずっしりと水を含んだジャージが未来のように重たい。
風呂場で音を立てぬよう泥を洗い流す。白いタイルが砂利に汚されてゆく。私は死ぬことすらできない。妙な落胆が頭を埋めつくした。入水自殺は無事、失敗。
二度目の自殺未遂は十七歳の時だ。
その頃私は再入学した高校での人間関係と、精神不安定な母との軋轢に悩まされていた。学校に行けば複雑な家庭で育った友人達の、無視合戦や泥沼恋愛に巻き込まれる。あの子が嫌いだから無視をするだのしないだの、彼氏を奪っただの浮気をしているだの、親が殴ってくるだの実はスカトロ好きのゲイだだの、裏のコンビニで喫煙しているだの先生への舌打ちだの⋯⋯。距離感に不器用な子達が多く、いつもどこかしらで誰かが傷つけ合っていた。教室には無気力と混乱が煙幕のように立ち込め、普通に勉強し真面目でいることが難しく感じられた。
家に帰れば母が宗教のマインドコントロールを引きずり「地獄に落ちるかもしれない」などと泣きついてくる。以前意地悪な信者の婆さんに、子どもが不登校になったのは前世の因縁が影響していて、きちんと祈らないと地獄に落ちる、と吹き込まれたのをまだ信じているのだ。そうでない時は「きちんと家事をしなくちゃ」と呪いさながらに繰り返し、髪を振り乱して床を磨いている。毎日手の込んだフランス料理が出てくるし、近所の人が買い物先までつけてくるとうわ言を言っている。どう考えても母は頭がおかしい。なのに父は「お母さんは大丈夫だ」の一点張りで、そのくせ彼女の相手を私に丸投げするのだ。
胸糞の悪い映画さながらの日々であった。現実の歯車がミシミシと音を立てて狂ってゆく。いつの間にやら天井のシミが人の顔をして私を見つめてくる。暗がりにうずくまる家具が腐り果てた死体に見えてくる。階段を昇っていると後ろから得体の知れない化け物が追いかけてくるような気がする。親が私の部屋にカメラを仕掛け、居間で監視しているのではないかと心配になる。ホラー映画を見ている最中のような不気味な感覚が付きまとい、それから逃れたくて酒を買い吐くまで酔い潰れ手首を切り刻む。ついには幻聴が聞こえ始め、もう一人の自分から「お前なんか死んだ方がいい」と四六時中罵られるようになった。
登下校のために電車を待つ。自分が電車に飛び込む幻が見える。車体にすり潰されズタズタになる自分の四肢。飛び込む。粉々になる。飛び込む。足元が真っ赤に染まる。そんな映像が何度も何度も巻き戻される。駅のホームは、どこまでも続く線路は、私にとって黄泉への入口であった。ここから線路に倒れ込むだけで天国に行ける。気の狂った現実から楽になれる。しかし実行しようとすると私の足は震え、手には冷や汗が滲んだ。私は高校を卒業するまでの四年間、映像に重なれぬまま一人電車を待ち続けた。飛び込み自殺も無事、失敗。
三度目の自殺未遂は二十四歳、私は大学四年生だった。
大学に入学してすぐ、執拗な幻聴に耐えかね精神科を受診した。セロクエルを服用し始めた瞬間、意地悪な声は掻き消えた。久しぶりの静寂に手足がふにゃふにゃと溶け出しそうになるくらい、ほっとする。しかし。副作用で猛烈に眠い。人が傍にいると一睡もできないたちの私が、満員の講義室でよだれを垂らして眠りこけてしまう。合う薬を模索する中サインバルタで躁転し、一ヶ月ほど過活動に勤しんだりしつつも、どうにか普通の顔を装いキャンパスにへばりついていた。
三年経っても服薬や通院への嫌悪感は拭えなかった。生き生きと大人に近づいていく友人と、薬なしでは生活できない自分とを見比べ、常に劣等感を感じていた。特に冬に体調が悪くなり、課題が重なると疲れ果てて寝込んでしまう。人混みに出ると頭がザワザワとして不安になるため、酒盛りもアルバイトもサークル活動もできない。鬱屈とした毎日が続き闘病に嫌気がさした私は、四年の秋に通院を中断してしまう。精神薬が抜けた影響で揺り返しが起こったこと、卒業制作に追われていたこと、就職活動に行き詰まっていたこと、それらを誰にも相談できなかったことが積み重なり、私は鬱へと転がり落ちてゆく。
卒業制作の絵本を拵える一方で遺品を整理した。洋服を売り、物を捨て、遺書を書き、ネット通販でヘリウムガスを手に入れた。どうして卒制に遅れそうな友達の面倒を見ながら遺品整理をしているのか分からない。自分が真っ二つに割れてしまっている。混乱しながらもよたよたと気力で突き進む。なけなしの努力も虚しく、卒業制作の提出を逃してしまった。両親に高額な学費を負担させていた負い目もあり、留年するぐらいなら死のうとこりずに決意した。
クローゼットに眠っていたヘリウムガス缶が起爆した。私は��の頭ほどの大きさのそれを担いで、ありったけの精神薬と一緒に車に積み込んだ。それから山へ向かった。死ぬのなら山がいい。夜なら誰であれ深くまで足を踏み入れないし、展望台であれば車が一台停まっていたところで不審に思われない。車内で死ねば腐っていたとしても車ごと処分できる。
展望台の駐車場に車を突っ込み、無我夢中でガス缶にチューブを繋ぎポリ袋の空気を抜く。本気で死にたいのなら袋の酸素濃度を極限まで減らさなければならない。真空状態に近い状態のポリ袋を被り、そこにガスを流し込めば、酸素不足で苦しまずに死に至ることができるのだ。大量の薬を水なしで飲み下し、袋を被り、うつらうつらしながら缶のコックをひねる。シューッと気体が満ちる音、ツンとした臭い。視界が白く透き通ってゆく。死ぬ時、人の意識は暗転ではなくホワイトアウトするのだ。寒い。手足がキンと冷たい。心臓が耳の奥にある。ハツカネズミと同じ速度でトクトクと脈動している。ふとシャンプーを切らしていたことを思い出し、買わなくちゃと考える。遠のいてゆく意識の中、日用品の心配をしている自分が滑稽で、でも、もういいや。と呟く。肺が詰まる感覚と共に、私は意識を失う。
気がつくと後部座席に転がっている。目覚めてしまった。昏倒した私は暴れ、自分でポリ袋をはぎ取ったらしい。無意識の私は生きたがっている。本当に死ぬつもりなら、こうならぬように手首を後ろできつく縛るべきだったのだ。私は自分が目覚めると、知っていた。嫌な臭いがする。股間が冷たい。どうやら漏らしたようだ。フロントガラスに薄らと雪が積もっている。空っぽの薬のシートがバラバラと散乱している。指先が傷だらけだ。チューブをセットする際、夢中になるあまり切ったことに気がつかなかったようだ。手の感覚がない。鈍く頭痛がする。目の前がぼやけてよく見えない。麻痺が残ったらどうしよう。恐ろしさにぶるぶると震える。さっきまで何もかもどうでも良いと思っていたはずなのに、急に体のことが心配になる。
後始末をする。白い視界で運転をする。缶は大学のゴミ捨て場に捨てる。帰宅し、後部座席を雑巾で拭き、薬のシートをかき集めて処分する。ふらふらのままベッドに倒れ込み、失神する。
その後私は、卒業制作の締切を逃したことで教授と両親から怒られる。翌日、何事もなかったふりをして大学へ行き、卒制の再提出の交渉する。病院に保護してもらえばよかったのだがその発想もなく、ぼろ切れのようなメンタルで卒業制作展の受付に立つ。ガス自殺も無事、失敗。
四度目は二十六歳の時だ。
何とか大学卒業にこぎつけた私は、入社試験がないという安易な理由でホテルに就職し一人暮らしを始めた。手始めに新入社員研修で三日間自衛隊に入隊させられた。それが終わると八時間ほぼぶっ続けで宴会場を走り回る日々が待っていた。典型的な古き良き体育会系の職場であった。
朝十時に出社し夜の十一時に退社する。夜露に湿ったコンクリートの匂いをかぎながら浮腫んだ足をズルズルと引きずり、アパートの玄関にぐしゃりと倒れ込む。ほとんど意識のないままシャワーを浴びレトルト食品を貪り寝床に倒れ泥のように眠る。翌日、朝六時に起床し筋肉痛に膝を軋ませよれよれと出社する。不安定なシフトと不慣れな肉体労働で病状は悪化し、働いて二年目の夏、まずいことに躁転してしまった。私は臨機応変を求められる場面でパニックを起こすようになり、三十分トイレにこもって泣く、エレベーターで支離滅裂な言葉を叫ぶなどの奇行を繰り返す、モンスター社員と化してしまった。人事に持て余され部署をたらい回しにされる。私の世話をしていた先輩が一人、ストレスのあまり退社していった。
躁とは恐ろしいもので人を巻き込む。プライベートもめちゃくちゃになった。男友達が性的逸脱症状の餌食となった。五年続いた彼氏と別れた。よき理解者だった友と言い争うようになり、立ち直れぬほどこっぴどく傷つけ合った。携帯電話をハイヒールで踏みつけバキバキに破壊し、コンビニのゴミ箱に投げ捨てる。出鱈目なエネルギーが毛穴という毛穴からテポドンの如く噴出していた。手足や口がばね仕掛けになり、己の意思を無視して動いているようで気味が悪かった。
寝る前はそれらの所業を思い返し罪悪感で窒息しそうになる。人に迷惑をかけていることは自覚していたが、自分ではどうにもできなかった。どこに頼ればいいのか分からない、生きているだけで迷惑をかけてしまう。思い詰め寝床から出られなくなり、勤務先に泣きながら休養の電話をかけるようになった。
会社を休んだ日は正常な思考が働かなくなる。近所のマンションに侵入し飛び降りようか悩む。落ちたら死ねる高さの建物を、砂漠でオアシスを探すジプシーさながらに彷徨い歩いた。自分がアパートの窓から落下してゆく幻を見るようになった。だが、無理だった。できなかった。あんなに人に迷惑をかけておきながら、私の足は恥ずかしくも地べたに根を張り微動だにしないのだった。
アパートの部屋はムッと蒸し暑い。家賃を払えなければ追い出される、ここにいるだけで税金をむしり取られる、息をするのにも金がかかる。明日の食い扶持を稼ぐことができない、それなのに腹は減るし喉も乾く、こんなに汗が滴り落ちる、憎らしいほど生きている。何も考えたくなくて、感じたくなくて、精神薬をウイスキーで流し込み昏倒した。
翌日の朝六時、朦朧と覚醒する。会社に体調不良で休む旨を伝え、再び精神薬とウイスキーで失神する。目覚めて電話して失神、目覚めて電話して失神。夢と現を行き来しながら、手元に転がっていたカッターで身体中を切り刻み、吐瀉し、意識を失う。そんな生活が七日間続いた。
一週間目の早朝に意識を取り戻した私は、このままでは死ぬと悟った。にわかに生存本能のスイッチがオンになる。軽くなった内臓を引っさげ這うように病院へと駆け込み、看護師に声をかける。
「あのう。一週間ほど薬と酒以外何も食べていません」
「そう。それじゃあ辛いでしょう。ベッドに寝ておいで」
優しく誘導され、白いシーツに倒れ込む。消毒液の香る毛布を抱きしめていると、ぞろぞろと数名の看護師と医師がやってきて取り囲まれた。若い男性医師に質問される。
「切ったの?」
「切りました」
「どこを?」
「身体中⋯⋯」
「ごめんね。少し見させて」
服をめくられる。私の腹を確認した彼は、
「ああ。これは入院だな」
と呟いた。私は妙に冷めた頭で聞く。
「今すぐですか」
「うん、すぐ。準備できるかな」
「はい。日用品を持ってきます」
私はびっくりするほどまともに帰宅し、もろもろを鞄に詰め込んで病院にトンボ帰りした。閉鎖病棟に入る。病室のベッドの周りに荷物を並べながら、私よりももっと辛い人間がいるはずなのにこれくらいで入院だなんておかしな話だ、とくるくる考えた。一度狂うと現実を測る尺度までもが狂うようだ。
二週間入院する。名も知らぬ睡眠薬と精神安定剤を処方され、飲む。夜、病室の窓から街を眺め、この先どうなるのかと不安になる。私の主治医は「君はいつかこうなると思ってたよ」と笑った。以前から通院をサポートする人間がいないのを心配していたのだろう。
退院後、人事からパート降格を言い渡され会社を辞めた。後に勤めた職場でも上手くいかず、一人暮らしを断念し実家に戻った。飛び降り自殺、餓死自殺、無事、失敗。
五度目は二十九歳の時だ。
四つめの転職先が幸いにも人と関わらぬ仕事であったため、二年ほど通い続けることができた。落ち込むことはあるものの病状も安定していた。しかしそのタイミングで主治医が代わった。新たな主治医は物腰柔らかな男性だったが、私は病状を相談することができなかった。前の医師は言葉を引き出すのが上手く、その環境に甘えきっていたのだ。
時給千円で四時間働き、月収は六万から八万。いい歳をして脛をかじっているのが忍びなく、実家に家賃を一、二万入れていたので、自由になる金は五万から七万。地元に友人がいないため交際費はかからない、年金は全額免除の申請をした、それでもカツカツだ。大きな買い物は当然できない。小さくとも出費があると貯金残高がチラつき、小一時間は今月のやりくりで頭がいっぱいになる。こんな額しか稼げずに、この先どうなってしまうのだろう。親が死んだらどうすればいいのだろう。同じ年代の人達は順調にキャリアを積んでいるだろう。資格も学歴もないのにズルズルとパート勤務を続けて、まともな企業に転職できるのだろうか。先行きが見えず、暇な時間は一人で悶々と考え込んでしまう。
何度目かの落ち込みがやってきた時、私は愚かにも再び通院を自己中断してしまう。病気を隠し続けること、精神疾患をオープンにすれば低所得をやむなくされることがプレッシャーだった。私も「普通の生活」を手に入れてみたかったのだ。案の定病状は悪化し、練炭を購入するも思い留まり返品。ふらりと立ち寄ったホームセンターで首吊りの紐を買い、クローゼットにしまう。私は鬱になると時限爆弾を買い込む習性があるらしい。覚えておかなければならない。
その職場を退職した後、さらに三度の転職をする。ある職場は椅子に座っているだけで涙が出るようになり退社した。別の職場は人手不足の影響で仕事内容が変わり、人事と揉めた挙句退社した。最後の転職先にも馴染めず八方塞がりになった私は、家族と会社に何も告げずに家を飛び出し、三日間帰らなかった。雪の降る中、車中泊をして、寒すぎると眠れないことを知った。家族は私を探し回り、ラインの通知は「帰っておいで」のメッセージで埋め尽くされた。漫画喫茶のジャンクな食事で口が荒れ、睡眠不足で小間切れにうたた寝をするようになった頃、音を上げてふらふらと帰宅した。勤務先に電話をかけると人事に静かな声で叱られた。情けなかった。私は退社を申し出た。気がつけば一年で四度も職を代わっていた。
無職になった。気分の浮き沈みが激しくコントロールできない。父の「この先どうするんだ」の言葉に「私にも分からないよ!」と怒鳴り返し、部屋のものをめちゃくちゃに壊して暴れた。仕事を辞める度に無力感に襲われ、ハローワークに行くことが恐ろしくてたまらなくなる。履歴書を書けばぐちゃぐちゃの職歴欄に現実を突きつけられる。自分はどこにも適応できないのではないか、この先まともに生きてゆくことはできないのではないか、誰かに迷惑をかけ続けるのではないか。思い詰め、寝室の柱に時限爆弾をぶら下げた。クローゼットの紐で首を吊ったのだ。
紐がめり込み喉仏がゴキゴキと軋む。舌が押しつぶされグエッと声が出る。三秒ぶら下がっただけなのに目の前に火花が散り、苦しくてたまらなくなる。何度か試したが思い切れず、紐を握り締め泣きじゃくる。学校に行く、仕事をする、たったそれだけのことができない、人間としての義務を果たせない、税金も払えない、親の負担になっている、役立たずなのにここまで生き延びている。生きられない。死ねない。どこにも行けない。私はどうすればいいのだろう。釘がくい込んだ柱が私の重みでひび割れている。
泣きながら襖を開けると、ペットの兎が小さな足を踏ん張り私を見上げていた。黒くて可愛らしい目だった。私は自分勝手な絶望でこの子を捨てようとした。撫でようとすると、彼はきゅっと身を縮めた。可愛い、愛する子。どんな私でいても拒否せず撫でさせてくれる、大切な子。私の身勝手さで彼が粗末にされることだけはあってはならない、絶対に。ごめんね、ごめんね。柔らかな毛並みを撫でながら、何度も謝った。
この出来事をきっかけに通院を再開し、障害者手帳を取得する。医療費控除も障害者年金も申請した。精神疾患を持つ人々が社会復帰を目指すための施設、デイケアにも通い始めた。どん底まで落ちて、自分一人ではどうにもならないと悟ったのだ。今まさに社会復帰支援を通し、誰かに頼り、悩みを相談する方法を勉強している最中だ。
病院通いが本格化してからというもの、私は「まとも」を諦めた。私の指す「まとも」とは、周りが満足する状態まで自分を持ってゆくことであった。人生のイベントが喜びと結びつくものだと実感できぬまま、漠然としたゴールを目指して走り続けた。ただそれをこなすことが人間の義務なのだと思い込んでいた。
自殺未遂を繰り返しながら、それを誰にも打ち明けず、悟らせず、発見されずに生きてきた。約二十年もの間、母の精神不安定、学校生活や社会生活の不自由��、病気との付き合いに苦しみ、それら全てから解放されたいと願っていた。
今、なぜ私が生きているか。苦痛を克服したからではない。死ねなかったから生きている。死ぬほど苦しく、何度もこの世からいなくなろうとしたが、失敗し続けた。だから私は生きている。何をやっても死ねないのなら、どうにか生き延びる方法を探らなければならない。だから薬を飲み、障害者となり、誰かの世話になり、こうしてしぶとくも息をしている。
高校の同級生は精神障害の果てに自ら命を絶った。彼は先に行ってしまった。自殺を推奨するわけではないが、彼は死ぬことができたから、今ここにいない。一歩タイミングが違えば私もそうなっていたかもしれない。彼は今、天国で穏やかに暮らしていることだろう。望むものを全て手に入れて。そうであってほしい。彼はたくさん苦しんだのだから。
私は強くなんてない。辛くなる度、たくさんの自分を殺した。命を絶つことのできる場所全てに、私の死体が引っかかっていた。ガードレールに。家の軒に。柱に。駅のホームの崖っぷちに。近所の河原に。陸橋に。あのアパートに。一人暮らしの二階の部屋から見下ろした地面に。電線に。道路を走る車の前に⋯⋯。怖かった。震えるほど寂しかった。誰かに苦しんでいる私を見つけてもらいたかった。心配され、慰められ、抱きしめられてみたかった。一度目の自殺未遂の時、誰かに生きていてほしいと声をかけてもらえたら、もしくは誰かに死にたくないと泣きつくことができたら、私はこんなにも自分を痛めつけなくて済んだのかもしれない。けれど時間は戻ってこない。この先はこれらの記憶を受け止め、癒す作業が待っているのだろう。
きっとまた何かの拍子に、生き延びたことを後悔するだろう。あの暗闇がやってきて、私を容赦なく覆い隠すだろう。あの時死んでいればよかったと、脳裏でうずくまり呟くだろう。それが私の病で、これからももう一人の自分と戦い続けるだろう。
思い出話にしてはあまりに重い。医療機関に寄りかかりながら、この世に適応する人間達には打ち明けられぬ人生を、ともすれば誰とも心を分かち合えぬ孤独を、蛇の尾のように引きずる。刹那の光と闇に揉まれ、暗い水底をゆったりと泳ぐ。静かに、誰にも知られず、時には仲間と共に、穏やかに。
海は広く、私は小さい。けれど生きている。まだ生きている。
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kurihara-yumeko · 3 years
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【小説】The day I say good-bye (2/4) 【再録】
 (1/4) はこちらから→(https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/646094198472409089/)
 昼休みの時間は、嫌いだ。
 窓の外を見てみると、名前も知らない生徒たちが炎天下の日射しの中、グラウンドでサッカーなどに興じている。その賑やかな声が教室まで聞こえてきていた。
 いつの間にか、僕は人の輪から逸脱してしまった。
 あーちゃんが死んでからか、それ以前からそうだったのかはもうよく覚えていない。もう少し幼かった頃、小学生だった頃は、クラスメイトたちとドッヂボールをしたり、放課後に誰かの家に集まって漫画を読んだりゲームをしたりしていた。そうしなくなったのは、いつからだったのだろう。
 教室にいると周囲のクラスメイトたちがうるさい。グラウンドに出てもすることがない。図書室へ行くと根暗ガリ勉ばかりがいるから気が引ける。今日は日褄先生が学校に来ている日だから相談室へ顔を出してみるのもいいけれど、どうせどこかのクラスの女子たちが雑談しに来ているのだろうから、却下。
 どうしてあっちにもこっちにも人がいるんだろう。学校の中だから、当たり前なんだけど。
「――先輩、」
 居場所がないので廊下をふらふらと歩いて校舎内を徘徊していたら、声をかけられた。名前を呼ばれたような気がしたけれど、よく聞き取れない。僕のことかな、と思って振り向くと、顔も名前も知らない女子がそこに立っていた。僕を「先輩」と呼んだということは、一年生だろうか。
「あの、私、一年三組の佐渡梓っていいます」
 サワタリがハワタリに聞こえて、「刃渡り何センチなの?」なんて一瞬訊きそうになる。ぼーっとしていた証拠だ。
 三つ編みの髪に、ピンク色のヘアピンがひとつ留まっている。女子の髪留めは黒か茶色じゃなきゃ駄目だと校則で決められていなかったか。自分に関係のない女子の服装や髪型に関する規則なんて、おぼろげにしか覚えていないけれど。
「あの、これ、読んで頂けませんか」
 差し出されたのは、ピンク色の小さな封筒だった。
「今?」
「いえ、その、今じゃなくて、お時間がある時に……」
「そう」
 後から考えれば、それは受け取るべきじゃなかった。断るべきだった。なのに受け取ってしまったのは、やっぱり僕がそれだけぼんやりしていたってことなのだろう。
 僕が受け取ると、彼女は顔を真っ赤にしてぺこぺこ頭を下げて、廊下を小走りに走り去って行った。一体、なんだったのだろう。受け取った封筒を改めてよく見てみると、
「あ、」
 丸みを帯びた文字で書かれた僕の名前の漢字が間違っている。少し変わった名前なので、珍しいことではない。
 差出人の欄に書かれた「佐渡梓」の文字を見ながら、一年三組の者だと彼女が言っていたことを思い出す。部活にも委員会にも所属していない僕に、後輩の知り合いはいない。小学校が同じだった後輩に何人か顔と名前をぼんやり記憶している人はいるけれど、それさえも曖昧だ。一体彼女はどういう経緯で僕のことを知り、この��紙を渡してきたんだろう。
 こういう手紙を女子からもらうことは、初めてではなかった。手紙を渡された理由は悪戯だったり本気だったり諸々あったけれど、もらった手紙の内容はどれも似たり寄ったりで、目を通したところでこれといって面白いことは書いてない。
 何かの機会に僕のことを知り、「一目惚れ」というやつを体験し、そうして会話をしたこともない僕となんとか近付きたくてこの手紙を書く。
 よくわからない。こんなものは、よくわからない。誰かを好きだという、そんなものは、僕にはよくわからない。
 受け取るのを断れば良かったな。僕はそう思った。この手紙が読まれないと知ったら、彼女は悲しいだろうか。
 僕はひとりで廊下を歩き続け、階段を降り、誰もいない西日の射し込む昇降口のゴミ箱に封も切らずに手紙を捨てた。宛名や差出人を誰かに��られては困るので、ゴミ箱の奥の方へと押し込んだ。
 昼休みももうすぐ終わる。掃除の時間になれば、誰かがこのゴミ箱の中身を袋にまとめてゴミ捨て場まで運んでくれるんだろう。誰の目に触れることもなく、誰にも秘めた想いを届けることができないまま、ただのゴミになる。
 それでいい。こんなものは、ゴミだ。
 読まなくてもわかる。僕は誰かが期待するような人間じゃない。きみが思うような僕じゃない。
 保健室に行こうかな。僕はそんなことを考える。
 保健室登校児の河野ミナモは、今日もひとりでベッドの上、スケッチブックに絵を描いているだろう。僕が顔を出したら、「また邪魔者が来た」という表情をするに違いない。でもそれでもいい。保健室へ行こう。他にもう行く場所もないし、あと少しの時間潰しだ。
 それに、僕なんて、どうせこの世界には邪魔なんだから。
    夏休みは特に何事もなく時間だけが過ぎ、気だるい二学期が始まった。
 始業式の後、下校しようと下駄箱へ向かうと僕の靴の中に小さな紙切れが入れられており、それには佐渡梓からの呼び出しを示す内容が記されていた。
 誰もいない体育館裏、日陰のひんやりとしたコンクリートの上に腰を降ろして待っていると、ホームルームが長引いたのだという彼女が慌てたようにやって来た。
「すみません、遅れてしまって……」
「いや」
「あの、夏休み前にお渡しした手紙、読んで下さいましたか?」
「いや」
「……え?」
 恥ずかしそうな彼女の笑顔が凍りつく。
「読んで、ない?」
「読んでないよ」
「……あの、先輩、今、お付き合いされている方がいらっしゃるんですか?」
「いない」
「なら、好きな人がいらっしゃる?」
「いないよ」
「じゃ、じゃあ、どうして……」
 どうして読んで下さらなかったのですか、とでも言いたかったのだろうか。半開きの彼女の口からはそれ以上何も聞こえてこなかった。
 ということはやはり、あの手紙は「そういう」内容だったんだろう。実は手紙を捨てた後、全く見当違いの内容の手紙だったらどうしようと、捨てたことを少しだけ後悔していたのだ。
「悪いけど、好きだとかそういうの、下らないからやめてくれる?」
 僕がそう言うと、彼女はきょとんとした顔をした。
 きょとんとした顔。表情から恥ずかしそうな笑顔が完全に消える。全部消える。消失する。消滅する。警告。点滅する。僕の頭の中の危険信号が瞬いている。駄目だ。僕は彼女を傷つける。でも止められない。湧き起こる破壊衝動にも似たこの感情は。真っ黒なこの感情は。僕にも止めることができない。
「興味ないんだ、恋愛に」
 僕はこういう人間なんだ。
「あときみにも興味がない。この先一生、きみを好きになることなんてないし、友達になる気もない」
 僕はきみが好きになるような人間じゃないんだ。
「僕に一体どんな幻想を抱いているのか知らないけど、」
 僕は他人が好いてくれるような人間じゃないんだ。
「僕のこと好きだとか、そういうの、耳障りなんだよ。何を勝手なことを言ってるのって感じがして」
 僕は。
 僕は僕は僕は僕は僕は。
 僕は透明人間なんです。
「僕のことだって、何も、」
 知らないくせに。
「やめて……」
 消え入りそうな小さい声に、僕は我に返った。
「もう、やめて下さい……」
 彼女は泣いていた。そりゃそうだ。泣くだろう。一瞬でも、たとえ嘘でも、好きになった相手に、面と向かってこんな風に言われたのだから。
「すみませんでした……」
 涙を零したまま深く頭を下げて、彼女は体育館裏から走り去っていった。僕はただその背中を見送る。それから不意に、全身の力が抜けた。
 コンクリートの上に背中から倒れ込む。軽く後頭部を打ち付けたが気にしない。
 どうしてだろう。どうして僕は……。こんなにも、どうして。どうして。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。
「は、はは……」
 自分でも驚くくらい乾いた笑い声が口から漏れた。
 どうして、僕は嘘をつかないと、こんなにもひどいことを言ってしまうんだろう。
 嫌になる。まるで嘘をつかないと僕が嘘みたいだ。本当の気持ちの方が嘘みたいだ。作り物みたいだ。偽物みたいだ。僕なんかいない方がいい、嘘をつかない僕なんて、死んだ方がいいんだ。
 自己嫌悪の沼に落ちかけた時、よく知っている、ココナッツの甘いにおいが漂ってきて、僕は思わず目を見張った。
「よぉ、少年」
 こちらを見下ろすように、いつもの黒い煙草を咥えた日褄先生が立っていた。
「……見てたんですか、さっきの」
「隠れて煙草吸おうと思ってたら誰かが来るもんだから、慌てて隠れたのよ。そしたらなんだか見覚えのある少年で」
「学校の敷地内は禁煙ですよ」
「ここの空気は涼しくて美味しいよ」
「先生が咥えてるそれから出ているのはニコチンです」
「せんせーって呼ぶなって何度言わせる気だよ」
 先生は僕の隣に腰を��ろした。今日も彼女は黒尽くめだ。
「ちょうど良かった、少年に渡そうと思ってさ」
 差し出されたのは、見覚えのあるピンク色の封筒。僕は反射的に起き上がった。
「なんで、それを――」
 咄嗟に伸ばした僕の手をひらりとかわして、先生は封筒をひらひらと振る。
「宛名と差出人が一目瞭然なもの、ゴミ箱に捨てるなよなー」
「ゴミ箱に捨てたものを拾ってこないで下さい。ゴミを漁るなんて、いい大人のすることじゃないでしょう」
「もらったラブレターを読まずに捨てるなんて、いい男がすることじゃないよ」
 頭を抱えた。信じられない。一ヶ月以上前に捨てたものが、どうして平然と僕の目の前にあるんだ。
「拾ってほしくなかったら、学校内で捨てることは諦めるんだな」
 再度差し出されたそれを、今度は受け取る。僕の名前が間違って書かれた宛名。間違いない、あの時彼女が僕に手渡し、読まずに捨てたあの手紙だ。僕が深い溜め息をつくと、先生は煙を吐き出してから言う。
「他人からの好意を、そんな斜に構えることはないだろう。礼のひとつくらい言っておけば、相手も報われるもんだよ」
「……僕にそんなこと期待されても困るんですよ」
「今からでも、読んでやれば?」
 先生はそんなことを言って、その後煙草を二本も吸った。
    夏が終わると、なんだか安心してしまう。
 夏は儚い。そして、醜い。道路に転がる蝉の抜け殻を見る度にそう思う。
 その死骸も、ほんの数日経たないうちに、もっと小さい生き物たちの餌食となる。死骸を食べるなんて、と思いかけて、僕が今朝食べたものも皆死骸なんだと気付く。死を食べて僕は生きている。
 もしかしたらあーちゃんも、もう何かに食べられてしまったのかもしれない。
 あーちゃんの死が、誰かを生かしているのかもしれない。
「……これはなんの絵?」
「エレファントノーズ」
「えれふぁんと? 象のこと?」
 僕がそう訊き返すと、河野ミナモは面倒臭そうに言った。
「魚の名前」
「へぇ……。知らなかった」
 不細工な顔をした魚だな、と思い、「国語の定男先生に似ているね」と言おうとして、ミナモが一度も教室で彼を見たことがないということを思い出した。言葉を飲み込む。
「この、鼻っぽいのは鼻なの?」
「魚に鼻なんてある訳ないじゃん」
「じゃあ、これ何?」
「知らない」
 ミナモはいつも通りぶっきらぼうで無愛想だ。
 ベッドの脇の机に広げた真っ白なままの画用紙に目を向けることもなく、自分のスケッチブックに不気味な姿をした生き物の姿を描き続けている。
「河野、説明したと思うけど、」
 机を挟んだ向かいに座って僕は言う。
「悪いんだけど、夏休みの課題を手伝ってくれないかな」
「いいけど、絵画の課題だけね」
「下書きからやってもらってもいいかな」
「その方が私も楽。誰かさんの描いた汚い絵に色塗るなんて、苦痛」
 そう言いながらも彼女は定男先生によく似た魚の絵を描くその手を休めない。と、彼女の三白眼が僕の方を見た。
「で? なんの絵?」
「テーマは、夏休みの思い出」
「どんな思い出?」
「特にない」
 前髪の下に隠されたミナモの双眸が鋭く尖ったような気がした。
「なんの絵を描けっていう訳?」
「なんでもいいよ、適当に、僕の過去を捏造して下さい」
「…………」
 ミナモはしばらく黙って僕を睨んでいたけれど、僕が前言を撤回しないでいるとやがてスケッチブックを傍らに置き、小さな溜め息をひとつついて白い画用紙と向き合い始めた。
 僕はミナモと違って、絵を描くのが苦手だ。夏休み中にやってくるように、と出された絵画の課題は、後回しにしているうちに二学期が始まってしまった。それでもまだやる気が目を覚ますことはなく、にも関わらず教師には早く提出するようにと迫られてたまったものではないので、仕方なくミナモに助けを請うことにした。彼女が快く引き受けてくれたのが嘘みたいだ。
 ミナモが画用紙に何やら線を引き始めたので、僕はすることがなくなった。いつもはなんてことのない雑談をするけれど、話しかけることもできない。自分から課題を手伝ってくれと頼んだので、邪魔をする訳にもいかないからだ。
 夏休みを明けてもミナモは相変わらずで、日に焼けていなければ髪も伸びていない。痩せた身体と土気色の顔は、食事をろくに摂っていないことが窺える。まだ暑い時期だというのに、夏服の制服の上には灰色のカーディガンを羽織っていた。彼女が人前で素肌を晒すことはほとんどない。長く伸ばされた前髪も、最初は目元を隠すためかと思っていたが、どうやら真相は違うようだ。
「ラブレター」
 僕が黙っていると、唐突にミナモはそう言った。
「ラブレター、もらったんでしょ」
「え?」
「後輩の女の子に、ラブレターもらったんでしょ」
「……なんで、知ってるの?」
「日褄先生が言ってた」
 あのモク中め、守秘義務という言葉も知らないのか。
「――くんはさ、」
 画用紙に目線を落としたまま、こちらを見向きもしないミナモが呼んだ僕の名前は、どういう訳か聞き取れない。
「他人を好きにならないの?」
「好きにならない、訳じゃないけど……」
「そう」
 今までは慎重に線を引いていたミナモの鉛筆が、勢いよく紙の上で滑り始める。本格的に下書きに入ってくれたようで僕は安堵する。
「河野はどうなの」
 ラブレターのことを知られていた仕返しに、僕は彼女にそう尋ねてみた。
「私? 私は人を好きにはならないよ」
 ミナモは迷うことなくそう答えた。
「人間は皆、大嫌い。皆、死んじゃえばいいんだよ」
 ぺきん、と軽い音がした。
 鉛筆の芯が折れたようだ。ミナモはベッドの枕元を振り返り、筆箱の中から次の鉛筆を取り出した。
「皆、死んじゃえばいい」、か……。彼女は以前も、同じようなことを言っていたような気がする。僕とミナモが初めて出会った、あの生温い雨の日にも。
 それにしても、日褄先生も困ったものだ。僕が読まずに捨てたラブレターを拾ってくるだけではなく、ミナモに余計なことまで教えやがって。今度、学校の敷地内で喫煙していることを教師たちにばらしてしまおうか。
「あ、」
 新しい鉛筆を手に、ミナモが机に向き直った時、その反動でベッドの上にあったスケッチブックが床へと落ちた。中に挟まっていたらしい紙切れや破られたスケッチがばらばらと床に散らばる。
「いいよ、僕が拾うから」
 屈んで拾おうかと腰を浮かしかけたミナモにそう言って、僕は椅子から立ち上がってそれらを拾い始めた。
 紙には絵がいくつも描かれていた。春の桜、夏の向日葵、秋の紅葉、冬の雪景色。鳥、魚、空、海。丁寧に描き込まれた風景の数々は、恐らく、全てミナモが描いたものだろう。保健室で一日じゅう白い紙と向き合って、彼女はこんな風景を描いていたのか。彼女がいるベッドからは決して見ることができない世界。不思議なことに、どの絵の中にも人間の姿は描かれていない。
 ふと、僕は一枚の絵に目を止めた。紙いっぱいに広がる、灰色の世界。この風景は、見たことがある。他の絵とは異なり、これは想像して描いたものではないことがわかる。
 ぱっと横から手が出てきて、僕の手からその絵を奪い去った。見れば、ミナモが慌てた様子でその絵を僕に見せまいと胸に抱いていた。
「これは、ただの落書き」
 他の絵とたいして変わらない筆致で描かれたその絵も、やはり丁寧に描き込まれているように見えたけれど。僕はそれには何も言わず、全て拾い集めてからミナモに絵の束を渡した。彼女はそれを半ばひったくるように受け取ると、礼を言うこともなくスケッチブックに挟めて仕舞う。
 僕はあの絵を知っている。あの風景を知っている。日褄先生も、あーちゃんも、あの景色を見たことがあるはずだ。
 あーちゃんが飛び降りた、うちの中学の屋上から見た風景。
 僕とミナモが出会った屋上から見える景色。
 灰色に塗り潰されたその絵は、あの日の空と同じ色だった。
    河野ミナモは、小学校を卒業する頃、親の虐待から逃れるためにこの街へ引っ越してきた。
 今は親戚の元で暮らしながら学校に通っている。彼女にとっては、たとえ教室まで行くことができなくとも、毎日保健室に来ていること自体が大変なことのはずだ。
「――くんは、」
 放課後の保健室。
 ミナモが描き始めた僕の絵画の課題は、まだ下絵も終わりそうにない。
 彼女は僕に言う。
「やっぱり、市野谷さんのことが好きなの?」
「……え?」
 本気でミナモに訊き返してしまった。彼女は何も言わず、画用紙に向かっている。
 市野谷さん?
 市野谷さんって、ひーちゃん?
 僕が、ひーちゃんのことを好き?
「……なんで、そう思うの」
「――くんは、市野谷さんのために生きてるんだと思ってたから」
 僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです。
 あーちゃんの遺書の言葉が、脳裏をよぎる。
 なんのために生きているのか。自問の繰り返し。答えは見つからないから、自問、自問、自問。この世界で、あーちゃんが死んでひーちゃんが壊れたこの世界で、どうして僕は生きているんだろう。
 嘘ばかりついて。嘘に染まって。嘘に汚れて。そのうち自分の存在までもが、嘘のような気がしてしまう。僕なんか嘘だ。
 ひーちゃんを助けるつもりの嘘で、余計に苦しめて。
 それでも僕が、ひーちゃんのために生きている?
 ひーちゃんのため? 「ため」って、なんだよ。
 僕がひーちゃんに何をしてあげられたって言うんだ。
 僕がひーちゃんに何をしてあげられるって言うんだ。
 嘘をつくしかできなかった僕が、どうしたらひーちゃんを救えるって言うんだ。
 僕じゃない。僕じゃ駄目だ。必要なのは僕じゃない。それはいつだって、あーちゃんだった。ひーちゃんの全部はあーちゃんが持っている。僕じゃないんだ。
 あーちゃんは、透明人間なんかじゃない。本当に透明人間なのは、ひーちゃんにとって必要じゃないのは、僕の方だ。
 僕は。
 僕は僕は僕は僕は僕は。
 僕は必要になんかされていない。
「河野、」
「なに」
「あの時、僕は、」
「うん」
「河野にいてほしくなかったよ」
「そう」
「河野に、屋上に来てほしくなかった」
「でしょうね」
 ああ、また僕は、上手に嘘がつけない。
 そんな僕をまるで見透かしているかのように、ミナモは言う。
「だってあなたは、死のうとしていたんだものね」
 死にたがり屋と死に損ない。
 去年の春、あの雨の日。
 ミナモが描いていたのとそっくり同じ、灰色の景色。
 いつもの自傷癖で左手首に深い傷を作ったミナモが保健室を抜け出し辿り着いた屋上で出会ったのは、誰かと同じようにそこから飛び降りようとしていたひとりの男子生徒。
 それが、僕。
 雨が髪を濡���し、頬を伝い、襟から染み込んでいった。僕らをかばってくれるものなんてなかった。
 僕らはただ黙ってお互いと向かい合っていた。お互い何をしようとしているのか、目を見ただけでわかった。
「死ぬの?」
 先に口を開いたのは、ミナモだった。長い前髪も雨に濡れて顔に貼り付いていて、その隙間から三白眼が僕を睨んでいた。
「落ちたら、死ぬよ」
 言葉ではそう言いながらも、どこか投げやりなその口調を今も覚えている。僕の生死なんて微塵も気にかけていない声音だった。
「きみこそ、それ、痛くないの」
 彼女の手首を一瞥してからそう返した僕の声は震えていた。ミナモが呆れたように言った。
「あなただって、その手首の傷、痛くないの?」
 そう、僕もその時、ちょうどミナモと同じところから血を流していたのだ。
「それよりも、そこから落ちた方が痛いと思うけど」
 彼女にそう言われて、そうか、と僕は思う。きっとあーちゃんも痛かっただろうと思いを巡らせる。
「それは、止めてるの?」
「止める? どうして? あなたが死んで私に何かあるの?」
 ミナモはその日も無愛想だった。
「死んだ方がいい人間だって、いるもの」
 交わした言葉はそれだけだった。それきり、ミナモは僕に何も言わなかった。ただそこに立っていただけだ。彼女にしてみれば、僕がそこから飛び降りようが降りまいが、どうでも良かったに違いない。実際彼女は、僕には心底興味もなさそうに屋上から見える景色に目を凝らしていた。
 飛ぼうと思えばいつだって飛べたはずなのに、その日、僕は自殺することを諦めた。
 そしてそれ以来、屋上のフェンスの外側へは一度も立っていない。
 ミナモのスケッチブックに挟まっていたあの絵は、あの日彼女が見た風景だった。そうして、今、ミナモが画用紙に描いているのも、やっぱり――。
「なに泣いてるの。馬鹿みたい」
 涙でぐちゃぐちゃに歪んだ視界の中、白い画用紙に描かれていたのは、やはりあの屋上の風景だった。空を横切る線は、飛行機雲だろうか。
 僕はあーちゃんと飛ばした紙飛行機のことを思い出して、込み上げてきた涙を堪え切れずに零してしまう。
 ミナモは心底呆れたように、「泣き虫」と僕を罵った。
   「えーっと……」
 僕が提出した画用紙を前に、担任は不思議そうな顔をしていた。
「これは、なんの絵なんだ?」
 ミナモが描いてくれた僕の夏休みの課題の絵は、提出期限を二週間も過ぎてから完成した。ミナモが下書きしてくれた時点では素晴らしい絵画だったのだけれど、僕が絵具で着色したら、これが新しい芸術なのだと言わんばかりの常識はずれな絵になってしまった。もはや、ミナモの下書きの影もない。
「まぁいいか。二学期は美術の授業を頑張った方が良さそうだな」
 担任はそう言い残して職員室へと去って行く。
 これで、僕の夏休みの課題は全て提出されたことになる。少なからずほっとした。
 夏休みが明けても、教室の中は相変わらずだ。ミナモも、ひーちゃんも、教室に来ていない。二人の席は今日も空席で、いつものように違う誰かが周辺の席の生徒とお喋りする時の雑談場所にされている。そんなクラスメイトたちを見やり、やっぱり僕は、あいつらと友達になれそうにない、と思う。
 僕は教室を出て、体育館の裏へと向かった。
 今朝、僕の下駄箱に紙が入れてあった。
「今日の昼休み、体育館裏に来てくれませんか」という文字が記してある。差出人の名前はない。書き忘れたのだろうか、それとも伏せたのだろうか。しかし、名前がなくても字でわかる。見たことのある字だ。
 そう、僕は読んだのだ。一度は捨てたあの手紙を。どうってことのない内容だった。手紙を書いて、それでも僕にまだ、話したいことがあるんだろうか。
 ざくざくと砂利を踏みながら向かうと、既に彼女は僕を待っていた。やっぱり佐渡梓だった。こんなところに僕を呼び出す人なんて、学校じゅうで彼女しかいない。
「……どうも」
 なんて声をかけるか悩んで、僕は結��そう言った。「こんにちは」とどこか強張った表情で彼女が返事をする。
「何か僕に用事?」
「あの……」
 彼女は今日もピンク色のピンを髪に挿している。
「先輩は、保健室の河野先輩とお付き合いされているのですか?」
「……は?」
「あ、いえ、その……一緒にいらっしゃるところをよく見かけると、友人が言っていたので、気になってしまって……」
 僕の表情を見て、彼女は慌てたように両手を顔の前で振った。
 僕がミナモと付き合っている、だって?
 僕が? ミナモと?
 ――やっぱり、市野谷さんのことが好きなの?
 当のミナモには最近、そう尋ねられたばかりだというのに。全く、笑ってしまいそうになる。それにしても、「保健室の河野先輩」なんて、ひどい呼び方だ。
「付き合って、ないけど」
 意地悪するつもりはなかった。不必要に人を傷つける趣味がある訳じゃない。でもその時、僕が尖った言い方をしようと決めたのは、そう言った時に彼女がどこか嬉しそうな顔をしたからだった。
「付き合ってなかったら、なんなの」
 そう口にした途端、彼女の表情が暗くなる。それでも僕はやめなかった。
「先に言っておく。きみとは付き合わないから。それと、こういうことでいちいち呼び出されるのは迷惑。やめてくれないかな」
 傷ついた顔。責めたいなら、責めればいいだろ。罵ればいいだろ。嫌いになればいいだろ。けれど彼女は、何も言わなかった。泣きはしなかったものの、「すみませんでした」と頭を下げ、うつむいたまま足早に去っていった。
 本当に、これだけのことのために、僕を呼び出したのだろうか。
 彼女は一体、なんなのだろう。僕のことが好きなのだろうか。好きだなんて、笑わせる。僕の何がわかるっていうんだ。僕の何を見て好きだっていうんだ。何も知らないくせに。僕がどんな人間なのかも知らないくせに。僕が今、一体どんな気持ちできみと向き合っているのか、そんなことさえ、わからないくせに。
「あーあ、かわいそー」
 ぎょっとした。
 頭上、ずいぶん高いところから声が降ってきた。
 思わず見上げると、体育館の二階の窓からひとり、こちらへ顔を出している男子がいる。見覚えのない顔だった。僕はクラスメイトの顔さえ覚えていないけれど、そいつの顔は本当に見た記憶がない。視線を絡ませたまま、どうしようかと思っていると、そいつがにやりと笑った。
「ひでぇ振り方」
 ピンで留められた茶色っぽい前髪、だらしなく第二ボタンまで開けられたワイシャツ。そいつは見た目同様に、軽そうな笑い声をけらけらと上げている。
「あんな言い方はねぇんじゃねーの、あれじゃ立ち直れないじゃん」
 彼女を気遣うような言葉だったが、その声音に同情の色は全く滲んでいなかった。口にしてはいるものの、興味も関心もなさそうだ。
「……盗み見なんて、趣味が悪いんじゃない?」
 僕が二階からこちらを見ているそいつの耳にも聞こえるように、少し声を張り上げてそう言うと、そいつはぱっちりとした目をさらにまん丸くして僕を見た。
「あー、わりぃ。ここで涼んでたら、お前らが来たもんだから」
 悪気があるようには見えない言い訳をされた。なんだこいつ。
 僕が立ち去ろうと歩き出すと、そいつはまた声をかけてきた。
「なーなー、あんた、――くんだろ?」
 僕の名前を呼んだような気がしたが、遠いからか聞き取れない。
「ちょっとそこで待っててよ、今そっち行くからさ。うちの、ミナモの話もしたいし」
「…………え?」
 今、一体何を。
 再び顔を上げると、そいつはもう体育館の中へと頭を引っ込めていて、もう見えなかった。
 うちの、ミナモ?
 ミナモって、あの、河野ミナモ?
 あいつ、もしかして……。
「河野の、身内なのか……?」
 体育館裏の砂利の上、僕は立ち尽くしていた。
 ついさっき、二階の窓から顔を覗かせていた男子は「うちの、ミナモ」と確かに言った。あいつは河野ミナモと何か関係があるんだろう。
 やつは僕の名前を知っていた。だが僕はやつの名前を知らない。知らないはずだ。記憶を探る。あんなやつ、うちのクラスにはいなかった。廊下や校庭ですれ違っていたとしても、口を利いたのは初めてのはずだ。
「おー、わりーな、呼び止めて」
 やつは体育館の正面玄関から出てきたのか、体育館用のシューズのまま砂利の上を小走りで駆けてきた。
 何か運動でもしていたのだろうか、制服の白いシャツはボタンが留められておらず、裾はズボンから飛び出している。白と黒の派手なTシャツが覗いていた。昼休みに運動部が練習をする場合は体操着に着替えることが決められているから、恐らく運動部ではないか、もしくは部活中という訳ではなかったようだ。腰までずり下げられたズボンは、鋲の付いた派手な赤色のベルトでかろうじて身体に巻きつけられている。生徒指導部に見つかったら厳重注意にされそうな恰好だ。僕はこういう人間が、正直あまり好きではない。
「あんた、二組の――くんだろ?」
「そうだけど……」
「俺は二年四組の河野帆高。よろしくな、――くん」
 二年四組。やはり、こいつは僕のクラスメイトではなかった。同じ学年だが、その名前も知らない。いや、知らないけれど、どこかで聞いたことがあるような気もする。一体いつ耳にした名前なのかはすぐには思い出せそうにない。
 それよりも、河野。ミナモと同じ姓だ。
「河野ミナモと、親戚?」
「そ。ミナモは俺のはとこ。今は一緒に俺の家で暮らしてる」
 やつはあっさりとそう明かす。
 ミナモのはとこ。
 彼女が今、親戚の家で暮らしていることは知っていた。だがミナモの口から、身を寄せた親戚宅で一緒に暮らしているはとこが同じ学年にいることは聞いたことがなかった。
「……本当なんだよな?」
 僕がそう疑うと、やつは笑みを浮かべた。それは苦い笑みだった。
「やっぱり、話してないんだな。俺たち家族のことは」
「……河野はあまり、自分のことは話さないよ」
 保健室のベッドで一日じゅう、絵を描いて過ごしているミナモ。こちらがいくら声をかけても、返す言葉はいつも少ない。僕は何度も保健室を訪れ、言葉を交わしているからまだ会話をしてもらえるというだけだ。彼女に口を利いてもらえる人は、学校の中でも少数だろう。
 そうだ、日褄先生。彼女も先生とは、多少言葉を交わしていたような気がする。
「――くんにすら話してないってことは、他の誰にも話してないんだろうな。そりゃ、俺との関係が知られてなくて当然か」
「……僕以外の人には話しているかもしれないけどね」
 僕はミナモの人間関係まで把握はしていない。僕が知らないところで誰か親しくしている人がいたっておかしくはないはずだ。だけどやつは首を横に振った。
「そんなことはないと思うな。あんたが一番、ミナモと仲良さそうだもん」
 ――先輩は、保健室の河野先輩とお付き合いされているのですか?
 佐渡梓の言葉が耳の中で蘇る。そう疑われるほど、僕とミナモは親しげに見えるのだろうか。
 僕が黙っていると、やつは続けて言う。
「あいつ全然喋らないんだよ。俺が話しかけても無視されるばっかりでさ。もう一年も一緒に暮らしてるのに、一言も口利いたことないよ、俺」
 ミナモは家でも口を利かないのだろうか。
 彼女の口数が少なく無愛想なのは、決して彼女が性悪だからではない。ミナモは人と関わるのが怖いのだ。対人恐怖症、とまではいかないが、なかなか他人と打ち解けることができない。なんだかんだ一年の付き合いになる僕とでさえ、彼女は目を合わせて会話することを嫌っている。
「なぁ、俺と友達になってよ」
「……は?」
 唐突な言葉に、思わずそう訊き返してしまった。さっきまで苦笑いしていたはずのやつは、いつの間にかにやにやとした顔で僕を見ていた。
「ミナモと話せるあんたに興味があってさ」
「……僕はあんたに、興味ないけど」
「ははは、さっきもあんたが女の子振るとこ見てたけど、やっぱり手厳しいねー」
 軽薄な笑い声。こいつの笑い方はあんまり好きになれそうにない。
「まぁそう言わずにさー、俺と仲良くしてくんねーかなー? どうやったらミナモと打ち解けられるのかとか、知りたいし」
 なんだか厄介なやつに捕まってしまったかもしれない。いつもならこんな軽そうなやつは適当にあしらっているのだけれど、今回ばかりはそうもいかない。ミナモが関係しているとなると、僕もそう簡単に無下に扱うことはできないのだ。
「……まぁ、いいけど」
 僕が渋々そう頷くと、やつはその顔ににっこりとした笑みを浮かべる。裏があるのではないか、と疑ってしまうような、あまりにも軽々と浮かべられた笑顔だった。
「あ、今、もしかしてミナモが関わってるから、仕方なくオッケーしてくれた感じ?」
 にっこりした笑顔のまま、やつは鋭いことを言った。鈍いやつではないらしい。見た目は軽薄そうなやつだけれど、頭が悪い訳ではないようだ。
「言っておくけど俺、ミナモのこと抜きにしても、――くんに興味あるよ」
 やつはさっきから何度も僕の名前を呼んでいるようだけれど、何故だか僕の耳にはそれが上手く聞き取れない。
「僕に、興味がある?」
「そ。あんたさ、知ってるんだろ? 一年前にこの学校で自殺したやつのこと」
 どくん、と。
 僕の胸の奥で嫌な予感がした。
 一年前にこの学校で自殺したやつとは、あーちゃんのことだ。
 今まで、あーちゃんの死のことをここまであからさまに誰かに言われたことはなかった。
 僕らがこの中学に入学する一ヶ月前に亡くなったあーちゃんについて、学校側も僕らに対しては詳しい説明をしていない。
 いや、たとえどこかであーちゃんの死についてきちんとした説明がされていたとしても、どうしてこいつは僕のことを知っている? どうして僕とあーちゃんのことを知っているんだ?
 やつは変わらず笑みを浮かべている。
 体育館裏に吹く風は涼しい。まだ暑さの残るこの時期に、日陰で受ける風の心地よさはなおさらだ。だけれど僕はその風を浴び、思わず歯を食い縛った。
 厄介なやつに関わってしまったと、確信しなくてはいけなかった。
    図書館へ行って、去年の新聞が綴じられているファイルを手に取った。
 空いていた席に腰掛け、テーブルの上に分厚いそのファイルを広げる。
 あーちゃんの命日の新聞を探し、そこから注意深く記事に目をやりながら紙をめくっていく。
 新聞なんて普段読まないから、どこをどう見ればいいのかわからない。見出しだけを拾うようにして読んでばさばさとめくる。どうせ、載っているとしたら地域のニュースの欄だ。そう当たりをつけて探す。
 そして見つけた。
『またも自殺 十二歳女子 先日の自殺の影響か』
 そんな見出しで始まるその記事は、あーちゃんの命日から八日経った新聞に載っていた。
 その記事は、僕の通った小学校の隣の学区で、一週間前にその小学校を卒業した十二歳の女子児童が飛び降り自殺をした、という内容だった。生きていれば、僕と同じ中学に進学していたはずの児童だ。もしかしたら、同じクラスだったかもしれない。
 女子児童は卒業後、教室に忘れ物をしているのを担任に発見され、春休み中に取りに来るように言われていた。その日はそれを取りに来たという名目で小学校を訪れ、屋上に忍び込み、学校裏の駐車場めがけて身を投げた。屋上の鍵は以前から壊れており、児童は立ち入り禁止とされていた。
 彼女は飛び降りる前、自分が六年生の時の教室にも足を運んでいた。教卓の上には担任宛て、後ろのロッカーの上には両親宛て、そして机ひとつひとつにその席に座っていたクラスメイトひとりひとりに宛てた、遺書を残していた。
 そうして、黒板には、
『私も透明人間です』
 という文字が残されていた。
 女子児童の担任がクラス内からいじめの報告を受けたことはなく、彼女は真面目で大人しい児童だった、と記事には書かれているが、そんなものはあてにならないので僕は信じない。僕だって、死んだら「真面目で大人しい生徒」と書かれるに決まっている。
 記事はその後、女子児童が自殺する一週間前、近隣の中学校で男子生徒がひとり自殺していることを挙げ、つまりは、あーちゃんの自殺が影響しているのではないかとしていた。自分が春から在籍することになる中学校で起きた自殺の話だ、この女子児童だってあーちゃんの死を耳にしていたはずだ。
 僕は透明人間なんです。 
 あーちゃんの言葉を思い出す。「私も透明人間です」と書き残した、女子児童のことを思う。「私も」ということは、やっぱりあーちゃんの言葉に呼応した行動なんだろう。
 あーちゃんの自殺のニュースを聞いて、同じような言葉を残し、自殺した女の子。
 もしかしたら、と僕は思う。
 もしかしたら、ひーちゃんの記事が、ここに載っていたかもしれない。
 いや、ひーちゃんだけじゃない。この新聞には、僕の記事が載るかもしれなかった。
 僕が、死んだという記事が。
 たまたま、この子だった。この女子児童の記事だった。死んだのはひーちゃんでも僕でもなく、この子だった。
 そんなものだ。僕たちの存在なんて。たまたま、僕がここにいるだけなんだ。代わりなんて、いくらでもいる。
 新聞のファイルを元通り棚に戻し、僕は図書館を出た。
 出たところで、ぎょっとした。
 図書館の前には、黒尽くめの大人が立っていた。黒尽くめの恰好をよくしているのは日褄先生だ。けれど、日褄先生ではない。その人は男性だった。
 オールバックの長髪に、吊り上がった細い眉。鷲鼻、薄い唇、銀縁眼鏡。袖がまくられて剥き出しになった左腕には、葵の御紋の刺青。そうしてその左手には、薬指がない。途中からぽっきり折れてしまったかのように、欠けている。
 そんな彼と目が合った。切れ長の双眸に見つめられても、咄嗟に名前が出て来ない。この男性を僕は知っている。日褄先生とよく一緒にいる、名前は確か……。
「葵、さん?」
 日褄先生が彼を呼んでいた名前を思い出してそう呼ぶと、彼は目を丸くした。どうやら、僕は彼のことを認識しているが、彼は僕のことがわからないらしい。「どうしてこの子供は俺の名前を知っているんだろうか」と言いたげな表情を、ほんの一瞬した。
「えっと、僕は、日褄先生にお世話になっている……」
「あれ? 少年じゃん」
 僕が自分の身分を説明しようとした時、後ろからそう声をかけられて振り向いたら、そこには日褄先生が数冊の本を抱えて立っていた。やはり今日も、黒尽くめだ。
「図書館で会うの初めてじゃん。何してるの? 勉強?」
「いえ、ちょっと調べたいことがあって……」
 僕の脳裏を過る、新聞記事の見出し。
 日褄先生は、知っているんだろうか。
 あーちゃんの死を受けて、同じように自殺した女の子がいたことを。
 尋ねてみようと思ったが、やめた。どうしてやめたのかは、自分でもわからない。
「へー、調べものか。お前アナログだなー、イマドキの中学生は皆ネットで調べるだろうにさ」
「先生は、本を借りたんですか」
「せんせーって呼ぶなってば。市野谷んち行ってきた帰りでさ、近くまで来たからこの図書館にも来てみたんだけど、結構蔵書が充実してんのね」
「ひーちゃんの家に、行ってきたんですか」
「そ。まぁ、いつも通り、本人には会わせてもらえなかったけどね」
 日褄先生は葵さんと僕とを見比べた。
「葵と何しゃべってたの?」
「いや、しゃべってたっていうか……」
 たった今会ったばかりで、と言うと、日褄先生は抱えていた本を葵さんに押し付けながら、
「葵はあんま喋らないし、顔が怖いから、あたしの受け持ってる生徒にはよく怖がられるんだよねー。根はいいやつなんだけどさ」
 嫌そうな顔で本を受け取っている葵さんは、さっきから一言も発していない。僕は彼の声を聞いたことがなかった。
 薬指が一本欠けた、強面の彼が一体何者なのか、僕は知らない。けれど、ない薬指の隣、中指にある黒い指輪は、日褄先生が左手の中指にいつもしている指輪と同じデザインだ。
 この二人は、強い絆で結ばれている関係なのだろう。
 お互いを必要としている関係。
 僕はほんの少し、先生が羨ましい。
「少年は、もう帰るの? 今日は葵の運転で来てるから、家まで送ってあげようか?」
 僕はそれを丁重にお断りさせて頂いて、日褄先生と葵さんと別れた。
 頭の中では声が幾重にもこだましていた。聞いたはずはないのに、それはあーちゃんの声だった。
「僕は透明人間なんです」
「私も透明人間です」
   「あー、そうだよ、そいつそいつ」
 河野帆高は軽い口調でそう肯定した。
「屋上から飛び降りて、教室にクラス全員分の遺書残したやつ。ありゃ、正直やり過ぎだと思ったねー」
 初めて会ったのと同じ、昼休みの体育館裏。
 やつは昼休みに友人とバスケットボールをするのが日課らしい。僕がやつの姿を探して体育館を訪れると、やつの方が僕に気付いて抜け出してきた。
 ――あんたさ、知ってるんだろ? 一年前にこの学校で自殺したやつのこと。
 僕と初めて会った時、やつは僕にそう言った。
 そして続けて言ったのだ。
「俺の友達も死んだんだよね。自殺でさ。あんたの友達の死に方を真似したんだよ」
 だから僕は図書館で調べた。
 あーちゃんの自殺の後に死んだ、女子児童のことを。
 両親と担任、そしてクラスメイト全員に宛ててそれぞれ遺書を残し、卒業したばかりの小学校の屋上から飛び降りた彼女のことを。
「その子と、本当に仲良かったの?」
 僕が思わずやつにそう尋ねたのは、彼女の死を語るその口調があまりにも軽薄に聞こえたからだ。やつは少しばかり、難しそうな顔をした。
「仲良かったっていうか、一方的に俺が話しかけてただけなんだけど」
「一方的に、話しかけてた?」
「そいつ、その自殺したやつ、梅本っていうんだけどさ、なーんか暗いやつで。クラスでひとりだけ浮いてたんだよね」
 クラスで浮いている女の子にしつこく話しかけるこいつの姿が、あっさりと思い浮かんだ。人を勝手に哀れんで、「友達になってやろう」と善人顔で手を差し伸べる。僕が嫌いなタイプの人間だ。
「まぁ俺も、クラスで浮いてた方なんだけどね」
 やつは、ははは、と軽い笑い声を立ててそう言った。そうだろうな、と思ったので僕は返事をしなかった。
「梅本も最初は俺のことフルシカ��だったけど、だんだん少しは喋ってくれるようになったり、俺といると笑うようになったりしてさ。表情も少しずつ明るくなってったんだよ。だから、良かったなぁって思ってたんだけど」
 だが彼女は死んだ。
「私も透明人間です」と書き残して。
「梅本は俺のこと、ずっと嫌いだったみたいでさ。あいつが俺に宛てた遺書、たった一言だけ『あんたなんて大嫌い、死んじゃえ』って書いてあってさ」
 あんたなんて大嫌い、死んじゃえ。
「それ見た時は、まじでどうしようかと思ったよ」
 やつは笑う。軽々しく笑う。
「なんつーの? 心の中にぽっかり空洞ができちゃった感じ? しばらく飯も食えなかったし夜も眠れねーし、俺も死のうかなーとか思ったりした訳よ」
 まるで他人事のように、やつは笑う。
「ちょうどミナモがうちに来た頃で、親はミナモの対応にあたふたしてたし、俺のことまで心配されたくないしさ。近所のデパートの屋上に行ってはぼーっと一日じゅう、空ばっかり眺めてた。梅本はどんな気持ちだったのかなーって。俺を恨んだまま死んだのかなーって。俺にはなんにもわかんねーなーって」
 僕は透明人間なんです。
 そう書き残して死んだあーちゃんは、一体どんな気持ちだったのだろう。
「中学入学してさ、俺もまぁそこそこ元気にはなったけど、なーんか変な感じなんだよなー。人がひとり死んだのにさ、なーんにも変わんねーのな。梅本なんてやつ、最初からいなかったんじゃねぇのくらいの感じでさ。特にあいつは友達が少なかったみたいだから、俺と同じ小学校からうちの中学きたやつらもたいして気にしてねーって感じだったし。『あいつって自殺とかしそうな感じだったよな』とか言ってさー」
 私も透明人間です。
 そう書き残して死んだ彼女は、あーちゃんの気持ちが少しは理解できたのだろうか。
「おれもそのうち、『梅本? あー、そんなやついたなー』ぐらいに思うようになんのかなーって思ってさ。逆に、『もし俺が死んでも、そんな風になるんじゃねー?』とかさー」
 世界は止まらない。
 常に動き続けている。
 誰がいようと、誰がいまいと。あーちゃんが欠けようと、ひーちゃんが歪んでいようと。ひとりの女子児童が自殺しようと。それを誰かが忘れようと。それを誰かが覚えていようと。
「でもそう考えたらさ、あの『大嫌い、死んじゃえ』って言葉にも、もしかしたらなんか意味があるんじゃねーかとか思ってさ。自分のこと忘れてほしくなくて、わざとあんなひで���こと書いたのかなとか。まぁ、俺の勘違いっつーか、そう思いたいだけなんだけど。そもそも遺書なんて、一通あれば十分じゃね? それをわざわざクラスメイト全員に書くってさ、どう考えてもやり過ぎだろ。しかもほとんど喋ったこともない相手ばっかりなのにさ。それってやっぱ、『私のことを忘れないでほしい』っていうメッセージなのかなーって思ってみたりしてさ」
 僕は透明人間なんです。
 私も透明人間です。
 私のこと、忘れないでね。
「そう考えたらさ、いや、俺の思い込みかもしんないけど、そう考えたら、ちゃんと覚えててやりてぇなーって思ってさ。あいつがそこまでして、残したかった物ってなんだろうなーって」
「……どうしてそんな話を、僕にするんだ?」
「あんたなら、この気持ちわかってくれんじゃねーかなっていう期待、かなー」
「知らないよ、お前の気持ちなんて」
 僕がそう言うと、やつは少し驚いた顔をして、僕を見た。
 他人の気持ちなんて、僕にはわからない。自分の気持ちすらわからないのに、そんな余裕はない。
 だいたい、こいつは人の気持ちを自分で決めつけているだけじゃないか。梅本って女子児童が、こいつに気にかけてもらって嬉しかったのかもわからないし、どんな気持ちで遺書に「あんたなんて大嫌い、死んじゃえ」と書いたのかもわからない。
 こんな話をされて、僕が同情的な言葉をかけるとでも思っているのだろうか。そんなことを期待されても困る。
 でも。
 でも、こいつは。
「あーちゃんの自殺のこと、どこまで知ってる?」
 僕がそう尋ねると、やつは小さく首を横に振った。
「一年前、この学校の二年生が屋上から飛び降り自殺をした、遺書には『僕は透明人間です』って書いてあった。それくらいかな」
「遺書には、その前にこう書いてあったんだ。『僕の分まで生きて』」
 やつは、しばらくの間、黙っていた。何も言わずに座っていたコンクリートから立ち上がり、肩の力を抜いたような様子で、空を見上げていた。
「嫌な言葉だなー。自分は死んでおいてなんて言い草だ」
 そう言って、やつは笑った。こいつは笑うのだ。軽々と笑う。
 人の命を笑う。自分の命も笑う。この世界を笑っている。
 だから僕はこいつを許そうと思った。こいつはたぶんわかっているのだ。人間は皆、透明人間なんだって。
 あーちゃんも、ひーちゃんも、お母さんもお父さんも兄弟も姉妹も友達もクラスメイトも教師もお隣さんもお向かいさんも、僕も、皆みんな、透明人間なんだ。あーちゃんだけじゃない。だからあーちゃんは、死ななくても良かったのに。
「あんたの気持ち、わかるよ」
 僕がそう言った時、河野帆高はそれが本来のものであるとでも言うような、自然な笑みを初めて見せた。
※(3/4) へ続く→(https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/648720756262502400/)
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skf14 · 3 years
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12150006
軽快なメロディが音割れしていることにきっと全員気付いているはずなのに、誰も指摘しないまま、彼は毎日狂ったようにそれを吐き出し続けている。
時刻は朝の8時過ぎ。何に強制されたでもなく、大人しく2列に並ぶ現代の奴隷たち。いや、奴隷ども。資本主義に脳髄の奥まで犯されて、やりがいという名のザーメンで素晴らしき労働という子を孕まされた、意志を持たない哀れな生き物。何も食べていないのに胃が痛い。吐きそうだ、と、50円のミネラルウォーターを一口含んで、押し付けがましい潤いを乾く喉に押し込んだ。
10両目、4番目の扉の右側。
俺がいつも7:30に起きて、そこから10分、8チャンネルのニュースを見て、10分でシャワー、10分で歯磨きとドライヤー、8:04に自宅を出て、8:16に駅に到着。8:20発の無機質な箱に乗る、その最終的な立ち位置。扉の右側の一番前。黄色い線の内側でいい子でお待ちする俺は、今日もぼうっと、メトロが顔を覗かせるホームの端の暗闇を見つめていた。
昨日は名古屋で人が飛び込んだらしい。俺はそのニュースを、職場で開いたYahoo!のトップページで見かけた。群がる野次馬が身近で起きた遠い悲劇に涎を垂らして、リアルタイムで状況を伝える。
『リーマンが飛び込んだ』
『ブルーシートで見えないけど叫び声聞こえた』
『やばい目の前で飛び込んだ、血見えた』
『ハイ1限遅れた最悪なんだけど』
なんと楽しそうなこと。まるで世紀の事件に立ち会った勇敢なジャーナリスト気取り。実際は目の前で人が死ぬっていう非現実に興奮してる変態性欲の持ち主の癖に。全員死ね。お前らが死ね。そう思いながら俺は、肉片になった男のことを思っていた。
電車に飛び込んで仕舞えば、生存の可能性は著しく低くなる。それが通過列車や、新幹線なら運が"悪く"ない限り、確実に死ぬ。悲惨な形を伴って。肉片がおよそ2〜5キロ圏内にまで吹き飛ぶこともあるらしい。当然、運転手には多大なトラウマを植え付け、鉄道職員は線路内の肉片を掻き集め、乗客は己の目の前で、もしくは己の足の下で、人の肉がミンチになる様を体感する。誰も幸せにならない自殺、とは皮肉めいていてよく表現された言葉だとつくづく思う。当人は、幸せなのだろうか。
あの轟音に、身体を傾け頭から突っ込む時、彼らは何を思うのだろう。走馬灯とやらが頭を駆け巡るのか、やはり動物の本能として恐怖が湧き上がるのか、それとも、解放される幸せでいっぱいなのか。幸福感を呼び起こす快楽物質が脳に溢れる様を夢想して、俺は絶頂にも近い快感を奥歯を噛み締めて堪えた。率直に浮かんだ「羨ましい」はきっと、俺が人として生きていたい限り絶対漏らしてはいけない、しかし限りなく本音に近い、5歳児のような素直な気持ち。
時刻は8:19。スマホの中でバカがネットニュースにしたり顔でコメントを飛ばして、それに応戦する暇な人間たち。わーわーわーわーうるせえな、くだらねえことでテメェの自尊心育ててないで働けゴミが。
時刻は8:20。腑抜けたチャイムの音。気怠そうな駅員のアナウンス。誰に罰されるわけでもないのに、俺の足はいつも黄色い線の内側に収まったまま、暗がりから顔を覗かせる鉄の箱を待ち侘びている。
俺は俯いて、視界に入った己のつま先にグッと力を込めた。無意識にするこの行為は、死への恐怖か。馬鹿らしい。いつだって、この箱の前に飛び込むことが何よりも幸せに近いと知っているはずなのに。
気が付けば山積みの仕事から逃げるように、帰りの電車に乗っていた。時刻は0:34。車内のアナウンス。この時間でこの場所、ということは終電だろう。二つ離れた椅子に座ったサラリーマンがだらりと頭を下げ、ビニール袋に向けて嘔吐している。饐えた臭いが漂ってきて貰いそうになるが、もう動く気力もない。死ね。クソ野郎が。そう心の中でぼやきながら、俺はただ音楽の音量を上げて外界を遮断する。耳が割れそうなその電子音は、一周回って心地いい。
周りから俺へ向けられる目は冷たく、会社に俺の居場所はない。同期、後輩はどんどん活躍し、華々しい功績を挙げて出世していく。無能な俺はただただ単純で煩雑な事務作業をし続けて、それすらも上手く回せない。ああ、今日はただエクセルの表作りと、資料整理、倉庫の整理に、古いシュレッダーに詰まった紙の掃除。それで金を貰う俺は、社会の寄生虫か?ただ生きるために何かにへばりついて必要な栄養素を啜る、なんて笑える。人が減った。顔を上げると降りる駅に着いていた。慌てて降りる俺を、乗ろうとしていた騒がしい酔っ払いの集団が睨んで、邪魔そうに避けた。何だその顔は。飲み歩いて遊んでた人間が、働いてた俺より偉いって言うのか。クソ。死ね。死んでくれ。社会が良くなるために、酸素の消費をやめてくれ。
コンビニで買うメニューすら、冒険するのをやめたのはいつからだろう。チンすれば食べられる簡単な温かい食事。あぁ、俺は今日も無意識に、これを買った。無意識に、生きることをやめられない。人のサガか、動物としての本能か、しかし本能をコントロールしてこその高等生物である人間が、本能のままに生きている時点で、矛盾しているのではないか。何故人は生きる?生きるとは?NHKは延々とどこか異国の映像を流し続けている。国民へ向けて現実逃避を推奨する国営放送、と思うと笑えてきて、俺は箸を止め、腹を抱えてしこたま笑った。あー、死のう。
そういえば、昔、俺がまだクソガキだった頃、「完全自殺マニュアル」なる代物の存在を知った。当然、本を変える金なんて持ってなかった俺は親の目を盗んで、図書館でそれを取り寄せ借りた。司書の本を渡す際の訝しむ顔がどうにも愉快で、俺は本を抱えてスキップしながら帰ったことを覚えている。
首吊り、失血死、服毒死、凍死、焼死、餓死...発売当時センセーショナルを巻き起こしたその自称「問題作」は、死にたいと思う人間に、いつでも死ねるからとりあえず保険として持っとけ、と言いたいがために書かれたような、そんな本だった。淡々と書かれた致死量、死ぬまでの時間、死に様、遺体の変化。俺は狂ったようにそれを読み、そして、己が死ぬ姿を夢想した。
農薬は消化器官が爛れ、即死することも出来ない為酷く苦しんで死ぬ地獄のような死に方。硫化水素で死んだ死体は緑に染まる。首吊りは体内に残った排泄物が全て流れ出て、舌や目玉が飛び出る。失血死には根気が必要で、手首をちょっと切ったくらいでは死ねない。市販の薬では致死量が多く未遂に終わることが多いが、バルビツール酸系睡眠薬など、医師から処方されるものであれば死に至ることも可能。など。
当然、俺が手に取った時には情報がかなり古くなっていて、バルビツール酸系の薬は大抵が発売禁止になっていたし、農薬で死ぬ人間など殆どいなくなっていたが、その情報は幼かった俺に、「死」を意識させるには十分な教材だった。道徳の授業よりも宗教の思想よりも、何よりも。
親戚が死んだ姿を見た時も、祖父がボケた姿を見た時も、同じ人間とは思えなかった俺はきっとどこか欠けてるんだろう。親戚の焼けた骨に、棺桶に入れていたメロンの緑色が張り付いていて、美味しそうだ。と思ったことを不意に思い出して、吹き出しそうになった。俺はいつからイカれてたんだ。
ずっと、後悔していたことがあった。
小学生の頃、精神を病んだ母親が山のように積まれた薬を並べながら、時折楽しそうに父親と電話をしていた。
その父親は、俺が物心ついた、4、5歳の頃に外に女を作って出て行った、DVアル中野郎だった。酒を飲んでは事あるごとに家にあるものを投げ、壊し、料理の入った皿を叩き割り、俺の玩具で母親の顔を殴打した。暗い部屋の中、料理が床に散乱する匂いと、やめてと懇願する母親の細い声と、人が人を殴る骨の鈍い音が、今も脳裏によぎることがある。あぁ、懐かしいな。プレゼントをやる、なんて言われて、酔っ払って帰ってきた父親に、使用済みのコンドームを投げられたこともあったっけ。「お前の弟か妹になり損ねた奴らだよ。」って笑ってたの、今思い返してもいいセンスだと思う。顔に張り付いた青臭いソレの感触、今でも覚えてる。
電話中は決まって俺は外に出され、狭いベランダから、母親の、俺には決して見せない嬉しそうな顔を見てた。母親から女になる母親を見ながら、カーテンのない剥き出しの部屋の明かりに集まる無数の羽虫が口に入らないように手で口を覆って、手足にまとわりつくそれらを地面のコンクリートになすりつけていた。あぁ、そうだ、違う、夏場だけカーテンをわざと開けてたんだ。集まった虫が翌朝死んでベランダを埋め尽くすところが好きで、それを俺に掃除させるのが好きな母親だった。記憶の改変は恐ろしい。
ある日、俺は電話の終わった母親に呼ばれた。隣へ座った俺に正座の母親はニコニコと嬉しそうに笑って、「お父さんが、帰ってきていいって言ってるの。三人で、幸せな家庭を作りましょう!貴方がいいって言ってくれるなら、お父さんのところに帰りましょう。」と言った。そう。言った。
俺は、父親が消えてからバランスが崩れて壊れかけた母親の、少女のように無垢なその笑顔が忘れられない。
「幸せな家庭」、家族、テレビで見るような、ドラマの中にあるような、犬を飼い、春には重箱のお弁当を持って花見に行き、夏には中庭に出したビニールプールで水遊びをし、夜には公園で花火をし、秋にはリンゴ狩り、栗拾い、焼き芋をして、落ち葉のベッドにダイブし、冬には雪の中を走り回って遊ぶ、俺はそんな無邪気な子供に焦がれていた。
脳内を数多の理想像が駆け巡って、俺は、母の手を掴み、「帰ろう。帰りたい。パパと一緒に暮らしたい。」そう言って、泣く母の萎びた頬と、唇にキスをした。
とち狂っていたとしか思えない。そもそも帰る、と言う表現が間違っている。思い描く理想だって、叶えられるはずがない。でもその時の馬鹿で愚鈍でイカれた俺は、母の見る視線の先に桃源郷があると信じて疑わなかったし、母と父に愛され、憧れていた家族ごっこが出来ることばかり考えて幸せに満ちていた。愚かで、どうしようもなく、可哀想な生き物だった。そして、二人きりで生きてきた数年間を糧に、母親が、俺を一番に愛し続けると信じていた。
母は、俺が最初で最後に信じた、人間だった。
父親の家は荒れ果てていた。酒に酔った父親が出迎え、母の髪を掴んで家の中に引き摺り込んだ瞬間、俺がただ都合の良い夢を見ていただけだと言うことに漸く、気が付いた。何もかも、遅過ぎた。
仕事も何もかも捨てほぼ無一文で父親の元へ戻った母親が顔を腫らしたまま引越し荷物の荷解きをする姿を見ながら、俺は積み上げた積み木が崩れるように、砂浜の城が波に攫われるように、壊れていく己の何かを感じていた。母は嬉しそうに、腫れた顔の写真を毎度俺に撮らせた。まるでそれが、今まで親にも、俺にも、誰にも与えられなかった唯一無二の愛だと言わんばかりに、母は携帯のレンズを覗き、画面越しに俺に蕩けた目線を送った。
人間は、学習する生き物である。それは人間だけでなく、猿や犬、猫であっても、多少の事は学習できるが、その伸び代に関しては人間が群を抜いている。母親は次第に父親に媚び、家政婦以下の存在に成り下がることによって己の居場所を守った。社会の全てにヘイトを募らせた父親も、そんな便利な道具の機嫌を損ねないよう、いや、違うな、目を覚まさせないように、最低限人間扱いをするようになった。
まあ当然の末路と言えるだろうな。共同戦線を組んだ彼らの矛先は俺に向いた。俺は保てていた人間としての地位を失い、犬に、家畜に成り下がった。名前を呼ばれることは無くなり、代わりについた俺の呼び名は「ゴキブリ」になった。家畜、どころか害虫か。産み落とした以上、世話をするほかないというのが人間の可哀想なところだ。
思い出したくもないのにその記憶を時折呼び起こす俺の出来の悪い脳を何度引き摺り出してやろうかと思ったか分からない。かの夢野久作が書いた「ドグラマグラ」に登場する狂った青年アンポンタン・ポカン氏の如く、脳髄を掴み出し、地面に叩きつけてやりたいと思ったことは数知れない。
父親に奉仕する母は獣のような雄叫びをあげて悦び、俺は夜な夜なその声に起こされた。媚びた、艶やかな、酷く情欲を煽るメスの声。俺は幾度となく吐き、性の全てを嫌悪した。子供じみた理由だと、今なら思う。何度、眠る父親の頭を金属バットで叩き割ろうと思ったか分からない。俺は本を読み漁り、飛び散る脳髄の色と、母の絶��と、断末魔を想像した。そう、この場において、いや、この世界において、俺の味方は誰もいなかった。
いつの間にかテレビ放送は休止されたらしい。画面端の表示は午前2時58分。当然か。騒がしかったテレビの中では、カラーバーがぬるぬると動きながら、耳障りな「ピー」という無慈悲な機械音を垂れ流している。テレビの心停止。は、まるでセンスがねえな死ね俺。
ずっと、後悔していた。誰にも言えず、その後悔すらまともに見ようとはしなかったが、今になって、思う。何度も、あの日の選択を後悔した。
あの日、俺がもし、Yesと言わなかったら。あの日の俺はただ、母親がそう言えば喜ぶと思って、幸せそうな母親の笑顔を壊したくなくて、...いや、違う。あれは、幸せそうな母親の笑顔じゃない、幸せそうな、メスの笑顔だ。それに気付けていたら。
叩かれても蹴られても、死んだフリを何度されても自殺未遂を繰り返されても、見知らぬ土地で置き去りにされても、俺はただ、母親に一番、愛されていたかった。父親がいない空間が永遠に続けばいい、そう今なら思えたのに、あの頃の俺は。
母親は結局、一人で生きていけない女だった。それだけだ。父親が、そして父親の持つ金が欲しかった。それだけだ。なんと醜い、それでいてなんと正しい、人間の姿だろう。俺は毎日、父親を崇めるよう強制された。頭を下げ、全てに礼を言い、「俺の身分ではこんなもの食べられない。貴方のおかげで食事が出来ている」と言ってから、部屋で一人飯を食った。誕生日、クリスマス、事あるごとに媚びさせられ、欲しくもないプレゼントを分け与えられた。そうしなきゃ殴られ蹴られ、罵倒される。穏便に全てを済ませるために、俺は心を捨てた。可哀想な生き物が、自己顕示欲を満たしたくて喚いている。そう思い続けた。
勉強も運動も何も出来なかった。努力する、と言う才能が元から欠けていた、可愛げのない子供だったと自負している俺が、ヒステリーを起こした母親に、「何か一つでもアンタが頑張ったことはないの!?」と激昂されて、震える声で「逆上がり、」と答えたことがあった。何度やっても出来なくて、悔しくて、冬の冷たい鉄棒を握って、豆が出来ても必死に一人で頑張った。結局、1、2回練習で成功しただけで、体育のテストでは出来ずに、クラスメイトに笑われた。体育の成績は1だった。母親は鼻で笑って、「そんなの頑張ったうちに入らないわ。だからアンタは何やっても無理、ダメなのよ。」とビールを煽って、俺の背後で賑やかな音を立てるテレビを見てケタケタと笑った。それ以降、目線が合うことはなかった。
気分が悪い。なぜ今日はこんなにも、過去を回顧しているんだろう。回り出した脳が止められない。不愉快だ。酷く。それでも今日は頑なに、過去を振り返らせたいらしい脳は、目の前の食べかけのコンビニ飯の輪郭をぼやけさせる。
俺が就職した時も、二人は何も言わなかった。ただただ俺は、父親の手口を真似て、母親の心を取り戻そうと、ありとあらゆるブランド物を買って与えた。高いものを与え、食わせ、いい気分にさせた。そうすれば喜ぶことを俺は知っていたから。この目で幾度となく見てきたから。二人で暮らしていた頃の赤貧さを心底憎んでいた母親を見ていたから。
俺は無邪気にもなった。あの頃の、学校の帰りにカマキリを捕まえて遊んだような、近所の犬に給食のコッペパンをあげて戯れていたような、そんな純粋無垢な無邪気さで、子供に戻った。もう右も左も分からない馬鹿なガキじゃない。今の俺で、あの頃をやり直そう。やり直せる。そう思った。
「そんなわけ、ねぇよなぁ。」
時刻は午前4時を回り、止まっていたテレビの心拍が再び脈動を始めた。残飯をビニール袋に入れて、眩しい光源を鬱陶しそうに睨んだ。画面の中では眠気と気怠さを見せないキリリとした顔の女子アナが深刻そうな顔で、巷で流行する感染症についての最新情報を垂れ流している。
結論から言えば、やり直せなかった。あの女の一番は、俺より金を稼いで、俺より肉体も精神も満たせる、あの男から変わることはなかった。理解がし難かった。何度殴られても生きる価値がない死ねと罵られても、それが愛なのか。
神がいるなら問いたい。それは愛なのか。愛とはもっと美しく、汚せない、崇高なものじゃないのか。神は言う。笑わせるな、お前だって分かっていないから、ひたすら媚びて愛を買おうとしたんだろう。ああ、そうだ。俺にはそれしかわからなかった。人がどうすれば喜ぶのか、人をどうすれば愛せるのか、歩み寄り、分り合い、感情をぶつけ合い、絆を作れるのか。人が人たるメカニズムが分からない。
言葉を尽くし、時間を尽くしても、本当の愛の前でそれらは塵と化すのを分かっていた。考えて、かんがえて、突き詰めて、俺は、自分が今人間として生きて、歩いて、食事をして、息をしている実感がまるで無い不思議な生き物になった。誰のせいでもない、最初からそうだっただけだ。
あなたは私の誇りよ、と言った女がいた。そいつは俺が幼い頃、俺じゃなく、俺の従兄弟を出来がいい、可愛い、と可愛がった老婆だった。なんでこんなこと、不意に思い出した?あぁ、そうだ、誕生日に見知らぬ番号からメッセージが来てて、それがあの老婆だと気付いたからだ。気持ちが悪い。俺が人に愛される才能がないように、俺も人を愛する才能がない。
風呂の水には雑菌がうんたらかんたら。学歴を盾に人を威圧するお偉いさんが講釈を垂れているこの番組は、朝4時半から始まる4チャンネルの情報番組。くだらない。クソどうでもいい。好みのぬるめのお湯に目の下あたりまで浸かった俺は、生きている証を確かめるように息を吐いた。ぼご、ぶくぶく、飛び散る乳白色が目に入って痛い。口から出た空気。無意識に鼻から吸う空気。呼吸。あぁ、あれだけ自分の傷抉って自慰しておいて、まだ生きようとしてんのか、この身体。どうしようもねえな。
どうせあと2時間と少ししか眠れない。髪を乾かすのも早々に、俺が唯一守られる場所、布団の中へと潜り込んで、無機質な部屋の白い天井を見上げた。
そういえば、首吊りって吊られなくても死ぬことが出来るんだっけ。そう。今日の朝だって思ったはずだ。黄色い線の外側、1メートル未満のその先に死がある。手を伸ばせばいつでも届く。ハサミもカッターも、ガラスも屋上もガスも、見渡せば俺たちは死に囲まれて、誘惑に飲まれないように、生きているのかもしれない。いや、でも、いつだって全てに勝つのは何だ?恐怖か?確かに突っ込んでくるメトロは怖い。首にヒヤリとかかった縄も怖い。蛙みたく腹の膨れた女をトラックに轢かせて平らにしたいとも思うし、会話の出来ない人間は全員聾唖になって豚の餌にでもなればいいとも思う。苛立ち?分からない。何を感じ、生きるのか。
ああ、そういえば。
父親の頭をミンチの如く叩きのめしてやろうと思って金属バットを手に取った時、そんなくだらないことのためにこれから生きるのかと思うと馬鹿らしくなって、代わりに部屋のガラスを叩き割ってやめた。楽にしてやろうと母親を刺した時、こんなことのために俺は人生を捨てるのか、と我に返って、二度目に振り上げた手は静かに降ろした。
あの時の爽快感を、忘れたことはない。
あぁ、そうか、分かった。
死が隣を歩いていても、俺がそっち側に行かずに生きてる理由。そうだ。自由だ。ご飯が美味しいことを、夜が怖くないことを、寒い思いをせず眠れることを、他人に、人間に脅かされずに存在できることを、俺はこの一人の箱庭を手に入れてから、初めて知った。
誰かがいれば必ず、その誰かに沿った人間を作り上げた。喜ばせ、幸せにさせ、夢中にさせ、一番を欲した。満たされないと知りながら。それもそうだ。一番も、愛も、そんなものはこの世界には存在しない。ようやく分かった俺は、人間界の全てから解き放たれて、自由になった。爽快感。頭皮の毛穴がぞわぞわと爽やかになる感覚。今なら誰にだって何にだって、優しくなれる気がした。
そうか、俺はいつの間にか、人間として生きるのが、上手くなったんだ。異世界から来てごっこ遊びをしている気分だ。死は俺をそうさせてくれた。へらへらと、楽しく自由にゆらゆらふわふわ、人と人の合間を歩いてただ虚に生きて、蟠りは全部、言葉にして吐き出した。
遮光カーテンの隙間から薄明るい光が差す部屋の中、開いたスマホに並んだ無数の言葉の羅列。俺が紡いだ、物語たち。俺の、味方たち。みんなどこか、違うようで俺に似てる。皆合理的で、酷く不器用で、正しくて、可哀想で、幸せだ。皆正しく救われて終わる物語のみを書き続ける俺は、己をハッピーエンド作者だと声高に叫んで憚らない。
「俺、なんで生きてるんだっけ。」
そんなクソみたいな呟きを残して、目を閉じた。スマホはそばの机に放り投げて、目を閉じて、祈るのは明日の朝目が覚めずにそのまま冷たくなる、最上の夢。
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oharash · 4 years
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不思議なこと
  初めてそれを目にしたのは確か17歳の冬だった。
  温暖なサンクレメンテにあって、身を切るような尖った空気の朝だった。家の持ち主であるところのマチくんは撮影で長らく家を開けていて、兄の啓吾が大会に出るために滞在していたのを覚えている。その頃なんとなく朝飯の係になっていた俺がキッチンに入って冷蔵庫の把手に手を伸ばしたとき、足の裏が生ぬるくて柔らかい「それ」を発見した。
  何をこぼしたんだよ啓吾、と舌打ちをしたい気分で足元を見下ろす。子どもの頃、水彩絵の具の筆をバケツで洗うと水が鮮やかに色づくのが好きだった。けれど他の色が混ざるとそれはすぐにどんよりと濁ってしまって、高鳴った心はすぐに成長できない枯れ木になるーーーそんなことを思い出した。どんよりとした灰色に濁った半透明のそれは、俺の足よりひとまわり大きく、俺の足にめり込みながら床にへばりついていた。
  スライム、というのが俺が啓吾に説明したそれの形状で、人肌くらいの温度でぺたぺたしていて、弾性があって押せば形を変える。特に匂いはなく、けれど強固にへばりついて床からはがれない。ナイフを差し込んでみたけれど刃から逃げるだけで決して切断はできない。
  俺に起こされた啓吾は不機嫌そうに台所に足を踏み入れ、ぐるりと床を見渡した。
「で? 何なわけ?」
「いや啓吾しかいないっしょ、うち今俺らだけなんだから。昨夜なかったし。なんなのあれ?」
「アヅサお前何言ってんの? 何のこと?」
「何のことじゃねえよこれだよこれ」
  すっとぼける啓吾を睨み返して俺は足先で「それ」を指す。
「いやだから床がなんだってのよ…掃除しろってこと? そりゃ掃除は俺してないけど、なんかこぼしたわけでもないのに朝から起こされるいわれなくね?」
「何言ってんのこのスライムだよ」
「お前どうしたの?」
  押し問答を繰り返した末に、俺は愕然とした。思えばあの頃の俺は新たに知ることばかりだった。なにせ17歳だった。どれだけスノボが上手くなっても「しょせんアジア人」とひとくくりに見られることとか、俺が精いっぱい考えたオリジナリティーが詰まったランより有名選手のポールの適当に流すランにジャッジは高得点をつけるとか、俺は天才に絶対になれないとか、そういうことを知った季節だった。
  けれどまさか、俺には見えている”それ”が啓吾には(そしてマチくんやノエルやありとあらゆる他人にも)見えないなんて思わなかったのだ。それは何か取り返しのつかないことをしてしまったような不安を俺に植え付け、長く尾を引くこととなった。
2
  ユウくんの長い腕が宙に弧を描き、ハミングが自由な動きで部屋中を浮遊している。
  俺はソファに寝そべったままスマホ越しにユウくんの踊りを見る。広いリビングをいっぱいに使って跳んだり回ったり反ったり折れたり。それだけ自分の体を自由に使えたら楽しいだろうなというくらい、ユウくんの体はぐにゃぐにゃと動く。
  今年この家をマチくんから譲り受けた俺は、オフシーズン是即ち休暇とばかりに勝手知ったる我が家でだらけていた。そのうちにユウくんがトロントから遊びに来て、ヤってヤってヤってヤってヤってヤってヤりまくって、ようやく飽きたら外に出てスケートボードを転がしたり海沿いを歩いてみたり家にこもって映画をみたりゲームをしたりと、気の向くままに俺たちは春を満喫した。
  台所の「それ」はあれから変わらずあり、時々伸びたり縮んだりしている。相変わらず俺以外の誰も「それ」に気づくことはなくて、俺にもなんだか不快だが仕方のないものーーーこめかみのニキビとか、二の腕のブツブツとかーーーそういうものとして意識の奥に片付けられている。
  だから、ユウくんが
「台所のあれ、ずうっとあのままなの?」
  と言ったとき、俺は今日の夕飯なにする? と問われたときくらいなにげなく、ううん、と鼻に抜けた間抜けな声を出してしまった。
「え。今なんて? 」
「台所にさ、あるじゃん。なんかめちょっとしたの。ずっと前から。誰もなにも言わないからなんかそのままにしてたけど。この間来たとき、啓吾くんとかノエルもいたじゃない。あの時思ったんだよね、もしかして他の人には見えてない?」
 何と言えばいいかわからずに、俺はユウくんの顔をしげしげと眺めた。小さな顔に小さな目と鼻と唇が行儀よく収まっている、とりたててどうということもない、なんというかほどよい顔だ。ユウくんは両足のつま先を外側に向けて体全体を大きく後ろに反らせた。両腕も後ろに投げ出してほとんどブリッジみたいな要領で、後頭部が床についてしまいそう。
「あ、イナバウアー?」
「だいたいそんな感じ」
「って、そう、他の人はわかんないみたい。多分ユウくんと俺しにしか見えてない」
  ユウくんは手をつかずに体を起こして、上体を2、3回ひねってから俺の隣に腰を下ろした。そのまま続きを促すように俺の顔を覗き込む。
「一昨年の冬くらいからあってさ。剥がせないし、切れないし、時々大きくなったり小さくなったりする。でも匂いとかもないし、別になんか害があるわけじゃないからそのまんまにしてる」
「そっか」
「ユウくん来るってあたりから小さくなったわそういえば。なんなんだろ?」
「動物じゃないっぽいよねえ。かといって緑じゃないから光合成もできなさそうだし。腐らないってことは無機物なのかな」
「ユウくんはああいうの見えるの、よく」
「いや全然。霊感とかもありませんし」
「あっても驚かないわ、なんか。悪霊とか撃退してそう」
「それ俺がゴーストバスターのプログラムやったからでしょ」
「そうかも」
「ほかの何かとチャンネルが合ったな、と思ったことはある」
「何それ」
「エキシとかショーでたまに…星の光って曲をエキシでやったんだけど。俺がラジオだとしたらさ、滑ってる最中に‘何か’とチャンネルが合って。その意思のとおりに体が動いて、気付いたらその誰かが伝えたいことを俺の体を通して表現してた、みたいな…」
「…」
「何言ってるかわかんないって顔してる」
「まあ…」
「だから言いたくなかったんだよ! 俺オカルト好きとか厨二病とかじゃないからね!」
  チャンネル、はともかく。曲や雰囲気に没頭していればそんなこともあるのかも知れない。
  お互いがお互いの言葉を待ってしまって、ハリボテみたいな沈黙が落ちた。俺の腹の音がハリボテに穴を開けて、その話はなんとなくそこで立ち消えになった。
  その年の春は俺にとって、もう冬が来なきゃいいのになあ、と思う春だった。世界選手権も終わったし金メダルとれなかったしもう苦しいこととか辛いこととかしたくない。でも大会前からなんとなく受けていたメディア出演で散々健気でストイックな天才をアピールしてしまった俺の背後は、崖とは言わないまでも荒地みたいになっていた。何も生えてない荒地。
  マチくんにも兄弟にも心配されながら、俺は自分でもどこに続くのかわかんない荒涼とした道を歩いていた、ひとりで。
  世界選手権で2度目のてっぺんを取って押しも押されもしない大アスリートとなったユウくんは俺に何を言うでもなく、雑誌みたよ、だとか広告みたよ、あのカメラマンさんの写真好き、だとかシンプルな報告をくれた。その度最近の俺について何か思うことないのと問いたくなったけれど、俺にしたって何を相談したいのか自分でもわからなかった。それについて考えると突然周囲が冷たい霧に包まれて体が重くなるのだ。
  そうやって溜め込んだものが慣れないアルコールの勢いで決壊するのは必然だったんだろうか。俺がアルコールに手を伸ばすといつも咎めるユウくんがその日は珍しく何も言わなかった。冷えたバドワイザーがヘソの奥まで一直線に落ちていって、俺の体を弛緩させていった。
「ずっと春ならいいのにー…帰んないでよユウくん」
「来月には一緒に日本じゃん。それともトロントにも来る?」
「そうする。ユウくんちの子になる」
「昼間は市内でスケボー転がして、夜はうちでご飯を食べる。土日は一緒にゲームしたり陸トレする?」
「送り迎えもする。俺のこと関係者だってクラブに通しておいてよ」
「ああ、あれね。クラブの外でアヅが待ってたの可愛かったなあ」
    一昨年ノーアポでトロントに行ったら、Cクラブの入り口でガードマンにあっさり追い返された。出待ちもNOと警告され仕方ないのでクラブが視界に入るギリギリでスケボーを転がしてユウくんを待った。相手のホームにノーアポで行くのはそれまでの俺にとってはごくごく普通のことで、雪山にもスケートパークにもガードマンなんていなかったのだ。ユウくんと付き合うと俺の常識はことごとく通用せず、俺は自分がいかにスノボ村の王子様として生きてきたかをまざまざと知らされる。
「冬が来なければいいのいに、かあ。アヅがそんなこと言うの珍しいね」
「もうスノボやるの疲れた俺。コンテストライダーでいるの辛い。難しいトリックやるの怖いし、成功しても同業者にはダサいって言われるし、うるせえ黙れ俺に勝ってからモノ言いやがれ、ってようやく言えるようになるかなってとこでポールに負けるし。人種の壁なにげにすげえ高いし。かと言ってカズくんみたいなすげえ映像つくって世界一、とかにはなれないし。そもそもムービーもバックカントリーも興味ないし。ずっとこの先もしんどくて怖い思いして難しい技やってかなくちゃいけない? そんで体が動かなくなったら引退? スノボってそんなことのためにあるの? 俺の19年てなんだったわけ?」
    口からぼとぼと落ちる汚泥の稚拙さに慄くけれど、いくら出してもまだまだ奥に気持ち悪いものが残っていてまったく胸が晴れない。うんざりするくらい凡庸な泥が俺の骨に深く根を張り血管をめぐり、全ての気力を奪っている。
  ユウくんは俺の隣に座って、黙って俺の言葉を聞いていた。
  沈黙が酒気とともに床に滞留していく。夕飯は俺が適当に作った親子丼とデリカのサラダと味噌汁だった。大した苦労ではないけれど、ユウくんはほっとくとヨーグルトやトマトなんかをかじって食事をしている気になるので押し付けがましく食卓に並べてやらなくてはならない。食べ終わった食器が乾いていく。水にひたしておかないと米が取れづらくなるんだよな。
「アヅはそのまんまのアヅで全然価値があるのに、どうしてそんなに自信がないの? アヅのやり方やスタイルでいいんだよ。やりたくないならやらなくていいよ。アヅからスノボとったって何も欠けないよ」
  ユウくんの言葉が俺の上に降り積もる。皮膚をはじいて跳ねる。
「俺は俺が嫌いなの。誰か別の人になるとかして人生やりなおしたい」
「どうしようもないんだね、気持ちが。そういうときはね…」
   外はとっぷりと暮れていて、高い天井から照明が控えめに降り注いでいる。真上からユウくんの頰を照らしてその眼差しを浮かび上がらせる。
「バンドだよ」
「は?」
「やり場のない思いをぶつけるっていったらギター。青春といえばバンド。バンドやろうアヅ」
「いや意味わかんないそもそもユウくん楽器できたっけ」
「俺が最後にやった楽器は…そうだな、中学校のリコーダーかな」
「ふざけんな俺なんか小学校低学年のカスタネットだわ」
「ひとつくらいギターのコード覚えてさ、iPhoneでトラック流してそれ弾いたら何となくそれっぽくなるよ。俺ちゃんと調べたし人にもきいたよ」
「…」
「世界一稼ぐスノーボーダーのポール・ブラックだってバンドやってるんでしょ」
「ポールと一緒にしないで」
「とにかくバンドだよ、アヅ」
 ちょっと待て。俺は深刻な苦悩を打ち明けたのになんでこんなことになっているんだ。そしてこの目は本気の目だ。このままでは謎のツーピースバンド(弾けないけど)が誕生してしまう。世の中に鬱憤と恨み言を巻き散らかすだけのバンドが(弾けないけど)。
 目立ちたがり屋のユウくんがそんなことを始めて、ただスタジオに籠って遊んで終わりにできるだろうか。とりあえずiPodに音源や動画を記録するだろう。そのiPodが万一誰かの手に渡ったら? もし万が一、ユウくんを追っかけまわすマスコミに万が一そんなところを嗅ぎつけられたら。羽根井ユウト、オフはまさかのバンド活動。相棒は北野アヅサ。俺はネットに踊るしょうもない見出しや兄の爆笑や弟の苦笑いを想像した。絶対に回避しなくてはいけない。そもそも俺はバンドに興味はない。
「せっかくの提案ですがお断りします」
「えー、やんないの」
「俺はスノボ以外では一切目立ちたくない」
  ざんねーん、と軽い返事を返して、ユウくんが食器をシンクに下げにいった。食器を洗っているであろう水音を遠くに聞きながらユウくんのぬくもりの残るソファに額をこすりつけた。それでもほかの誰かといるより100倍ましだ、このぬくもりが。このわかりあえなさが。
「アヅ、バンドがだめならもう一個あるよ」
 軽やかな足取りでユウくんが戻ってくる。
「出かけるよ。着替えて」
3
  ナイトアウトには早いけど夕飯には中途半端な時間。半歩先を行くユウくんの後ろを半歩遅れてついていく。スマホの画面にマップを呼び出しユウくんは道を辿っているようだけど、俺は目的地は尋ねない。目抜き通りから路地へ一本入ると一気に猥雑さが増した。スプレーで描かれたやかましいアートや道に打ち捨てられたタバコの吸い殻に、かろうじて胸と尻が隠れてるお姉ちゃん。去年マチくんたちと言ったハーレムに比べたらここはそこそこ清潔な方だろうか、そんなことをすれ違う人々の身なりだとか笑い方を見ながら考えていると、ユウくんは通りに面した木づくりの扉に手をかけていた。窓も何もない一階建ての古くも新しくもないウッドの外観。看板には「260」。
  合板でなく一枚板で造られているとおぼしきドアは意外に重くて俺は少しバランスを崩す。中はオーセンティックを気取りたいけれどいささかの予算と気品とセンスが足りない、という雰囲気で、カウンター席のはじに女がひとり座っているだけ。ドレスコードはなさそうだけど、俺のファッションで入っていいんだろうか。ユウくんがジャケットを着てるからそれで許してほしい。
  ユウくんの隣のスツールに腰掛ける。ごくごく軽めのアルコールとジンジャーエールをオーダーする横顔を眺めながら、そろそろ企てを教えてくれないかと俺は思い始めていた。
  アジア系の若いバーテンダーは店の安っぽさに反して仕事は丁寧で、静かに手際よくユウくんにカクテル、俺にジンジャーエールを出してくれた。ジンジャーエールは出来合いではなくちゃんと生姜の味がして、よく冷えていた。
「今日はどこから?」
「トロントから。友人が以前サンクレメンテにいて、ここを教えてくれたんだ」
  言うなりユウくんは俺の肩を抱いて
「弟を迎えにきたんだ。子どもの頃からずっと離れ離れだったけど、ようやく一緒に暮らせるようになって」
  と、言った。
  俺はあっけにとられて思わずユウくんのグラスを見た。青いカクテルはほんの少しだけ口がつけられていて、底に果実の繊維が沈殿している。お酒が飲めないユウくんでもさすがにこれくらいでは酔わないだろう。
「それはおめでとう。君はずっとカナダに?」
「もともとは俺も弟も日本に住んでた。俺は進学でカナダ、弟は母に連れられてここに」
  ユウくんは出し抜けの打ち明け話に少し戸惑った様子のバーテンダーに微笑んで見せる。
「俺が小学生になる前に両親が離婚して、お互い全然どこにいるかもわからなかったんだ。俺、今年就職するからこの機会に彼に会いたくて」
  俺は静かに鼻から息を吐いて、全身の力を抜いた。とにかくリラックスして現実についていかなきゃならない。
「俺もそう��んだ。あまり初めてのお客さんにする話じゃないけど、世界のどこかに妹がいるよ。俺はもう探せるあてもないけど…君たちは幸運だね」
「ええ。建築が学びたいっていうんで、トロントで大学に通わせるんだ。彼にとってはお節介かも知れないけど、父も母ももう他界してて、世界でひとりだけの家族だから」
  ねえ、とユウくんが俺の顔を覗き込む。俺は小さく首をうなづいた。
「迷惑だなんてそんなことないだろ、嫌だったらついていかないだろ、君だって」
  バーテンダーが俺に水を向け、俺は小さな声でya、と呟いた。
「俺、進学できるなんて思ってなかったから。兄が迎えに来てくれただけでも嬉しいのに、何したいの? って聞かれて答えたらそんなことになって。何ていうか、こんなことあっていいのかなって。働けるようになったら恩返ししなきゃないっすね」
  俺の喉はかつてないくらい潤って舌が別人のように動いた。ユウくんの前だって本物の兄弟の前だって、こんなに流暢に喋れたことがあっただろうか?
「どれだけ恩返ししなきゃなんないのか、そっちの方が怖いねえ」
  バーテンダーはそう言って、僕はクリス、雇われ店長だけど、と名刺をくれた。
  ユウくんは受け取りながら
「ありがと。俺、働くのは今秋からだからまだ名刺がなくて。ビジネスパーソンとして一人前になったらまた来るよ。僕はハルキ。弟はショウヘイ」と言った。
  クリスはショウヘイ・オオタニ! ショータイム! と笑いながらバットをスイングするそぶりをした。
   そしてたったこれだけの会話で、俺は初めて会ったバーテンダーとの間に、何かしらの糸が結ばれつつあるのを感じていた。
  俺はもうこのバーテンダー、クリスにとって完全に見知らぬ人間ではなくなった。この街を歩いていればいつかどこかでこの人とすれ違うことがあるかもしれない、そうして互いにcheers、だとか軽く挨拶をするのかもしれない。
  ユウくんは次はノンアルコールカクテルを注文して、ハルキとしての過去を語り続けた。ぺらぺらと、けれど設定に破綻なく日本出身でトロントでスポーツマネジメントを学び今秋からPR会社で働くことや、子どもの頃の俺との思い出を明るくときに淡々と語った。そしてときに俺に話をふった。俺は演技という意識さえほとんどなく、かえって語るほどに、言葉と自分自身とが接着されていくのを感じた。
  クリスはほどよい距離感で相槌を打ち続け、ユウくんは俺のグラスが空いたタイミングで「そろそろ帰ろっか」と俺を促した。
  目抜き通りの交差点で信号待ちをしながら、俺は通り過ぎていく車とユウくんの肩越しの頰を眺めていた。
  不思議に興奮していた。埒を越えると口から何かが溢れそうだ。ショウヘイになりすましたついさっき。このいい知れぬ悦び。ドキュメンタリーやノンフィクションを通してではなく、肉声と表情を以って他人を騙り、ショウヘイの喜びや戸惑いを内側から感じるというのは、依存性を持つ心地よさだった。 
  ユウくんを呼ぶと、彼は振り返って半歩下がり俺の隣に並んだ。
「ユウくんは、いつもこんなことしてるの」
「まさか。トロントで俺引きこもりだし。バレたら超恥ずかしいじゃん。あ、でもさっきのお店を人から教えてもらったのは本当だよ。バーに行ったことないって言ったらベンジに「ユウは恋人をバーにエスコートしたこともないの⁉︎」って嘆かれて。今度アヅに会いに行くって言ったらサンクレメンテにいたことがある友達にリサーチしてくれたの。適当に静かで、適当にカジュアルで、適当に治安がよくて適当に親切な店。バーの作法なんてわかんないからネットでめちゃめちゃ調べたよねー」
  ユウくんの言葉はおもちゃの兵隊のように俺の前を過ぎ去っていく。きらびやかで甲斐がない。
  ユウくんはかがんで俺の目を覗き込む。車のヘッドライトがその瞳に一瞬映り込み、ぴかりと残像を残した。
「ねえ、アヅはどうだった。他の人になるの」
「後味は最悪だし、恥ずかしくて人に言えない遊び。でも、すごい興奮した」
「もっと喋って」
「…話せば話すほどショウヘイになってった、俺。楽しくてもっともっと喋りたくなって。言葉の通りの人生だったら俺どんな人間だったろうなってワクワクした。でも俺の20年間って俺なりに色んなことがあって重いはずなのに、それがなんていうか人を騙ることの全然足かせにならなくて、虚しい。自分の20年がすごいいいものでプライドあったら、そんなことしても意味ないって最初からわかるはずじゃん」
「そうだね」
「だから今はほんと、虚しい」
「うん。楽しいけど得るもののない遊びだったね」
「なんでこんなことしたの」
「なんでかなあ。バンドがダメならこれだって思ったんだ」
  信号が変わり、ユウくんは俺の腕を軽く掴んで歩き出した。宵と享楽が目抜き通りに渦巻いている。
   なんでかなあ。ユウくんはもう一度繰り返して、ストライドを広くして俺の半歩先へ出た。家まで、俺たちはその半歩を保ったまま歩いた。
  その晩、俺たちは再会して初めてセックスをしないでただ抱き合って眠った。夜半に喉が乾いて台所に行って水を飲んだ。あのゼリーのような塊はカーテンの隙間から漏れる街灯の灯りを受けて、輪郭の曖昧な光の粒を浮かべている。
  ユウくんが眠る前に言っていた。「あのスライム、ひと周り小さくなってたよ」。
  確かにその通りで、それは鈍く光りながら身を縮めていた。
4.
  翌朝、ユウくんと朝食を採っていると隣人でありマネージャーのノエルが様子を見に来た。ユウくんはノエルと軽く挨拶を交わしている。横乗りのコミュニケーションにも随分慣れてきたみたいだ。
  ノエルがタブレットを見せて言うには、俺がスケートボードでワールドカップを目指すならば、デカいスポンサー契約の可能性がある、とのことだった。それは最近アメリカでも見るようになった日本のアパレルメーカーで日本に帰るとみんなここのインナーを着ている。低価格で高クオリティー、スタンダードなデザインで日本人のクローゼットを10年で塗り替えてしまったメーカーだ。
  他にこの企業にスポンサードされている面子を俺は冷めた目で見る。他業界のレジェンドクラスのアスリートや、やがてそうなるだろう人たちばかりだ。
「俺をこの端っこにくっつけてやってもいいよって言ってんのT社は。太っ腹だね、俺がスケートでコンテスト出てたのなんてガキの頃の話だよ。もし俺が東京五輪目指すこと表明してさ、行けなかったらどうなんの」
「日本人のほとんどが’アヅサだっせーな黙ってスノーだけやってりゃいいのに’と思い、10人くらいが’チャレンジに価値がある! アヅサ素敵!’と思う。それでT社からは契約通りの金額が振り込まれる。それで終わりだよ」
   challengeをゆっくり発音してノエルが肩をすくめる。
「でもアヅサにとって日本人にどう思われるかは重要じゃないだろう、違うかい?」
「そうだけど」
「簡単なことだ。スケートをやってT社と契約する。スケートはやるけどT社とは契約しない。そもそもスケートをやらない。この3つだ。時間はあるよ。マチに相談するかい?」
「マチくんに相談してもやりたいようにやれって言われるだけだし、自分で決める」
   今年俺は二十歳になる。二十歳になったら、スポンサー仕事もメディア仕事も全て自分でイエスかノーを決めると父に約束させていた。父はこの金額を見たらイエスと言うだろう、二十歳の誕生日まではあと半年ちかくあるけれどそんなの誤差の範囲だ。
  ノエルは最近伸ばし始めた髭をいじりながら考え込むような目になった。俺はタブレットをあてもなくスワイプしながら、体がどんどん重くなっていくのを感じる。どうしてこう未来というのは義務のようにやってくるのだろう。俺は去年死にかけるケガをして、それに立ち向かって世界選手権で銀メダルを手にした。それを評価してくれるならもう楽にしてほしい。  
  でも楽に、ってなんだろう。
  ノエルの肩越しに、庭でノエルが連れてきたケヴィン(ゴールデンレトリバーのメスで男にばかり懐く)とユウくんが遊んでいるのが見える。ノエルが俺の名を呼ぶので、俺はフォーカスをすぐに切り替えた。
「いずれを選んでも、君が今まで積み上げたキャリアは変わらない。君は若くして英雄になったのだから、もっと自由に人生を楽しむべきだ」
  また来る、と行ってケヴィンは帰っていった。
  その背中を見送って、ソファの上に転がる。俺の今年の予定はこまごまとした仕事を除けば、ユウくんの日本での仕事に気が向く限り着いていくことと9月にマチくんが撮るムービーのメンツに混ぜてもらうことだけだ。
  そのままスマホでインスタグラムを眺めていると、ばさっと何かが乗っかって、目の前が真っ暗になった。戻ってきたユウくんがスウェットか何かをかぶせたのだ。外側から自分もかぶさってきて、ソファの上の俺を両腕で捕獲する。
「やぁめ」
  声がくぐもってしまう。スウェットにはまだユウくんの体温が残っている。
  背中に体重をかけられ、前後にゆれながら喋るのは大変で、俺はつい笑ってしまう。
「俺に構ってくれたらやめる」
  ユウくんが俺をますます激しく揺さぶるので、俺はひたすら丸まるしかなく、笑うと息ができなくて、やめて、構ってあげるからやめて、とあげた声はかすれ掠れになった。
  突然体が軽くなって、目の前が開けた。新鮮な空気を吸い込む。ユウくんが床に座って俺を覗きこんでいた。
「アヅ、ノエルと難しい話してたでしょ」
「難しくはないけど…スケートボードでワールドカップ目指すなら新しくスポンサーつくけどどうするって話」
「そう。ふたりが話している間、台所に行ったの。あれ、朝より少し膨らんでた。まだ前ほどの大きさじゃないけど」
  窓から差し込む日差しが、ユウくんの頰を透かしていた。薄く血管が見える。目の下が赤らんでいるのはここ数日のサンクレメンテ暮らしで日に焼けたからだろうか。
「アヅの気持ちに影響されるんじゃない、あれ」
「そんなことあるかな」
「そんな気がするよ」
  ユウくんが俺の手を抱えてそのままソファに突っ伏したので、俺は空いている手でユウくんの髪を梳く。
  さっきの歓笑の余韻が陽だまりに溶けていく。親愛と優しさ。
  ふと、泣かないで、と思った。その後自分に驚いた。
  ユウくんに心配してほしかったのに、いざユウくんが俺を気にかけてくれるとはぐらかしてしまう。いたく身勝手な振る舞いは彼ををいくばくか傷つけただろうか、先の大会で首位に届かなかった俺と、怪我明けの不十分なコンディションから爆発的なパフォーマンスを発揮して首位に立った彼。ナイーヴなユウくんがそのことを気にしていないはずがないのに、俺はそんなことも意識的に思考の外に追いやっている。
  でもその優しさに報えない。方法がわからない。
  ふと台所の水たまりのことを考える。あれが俺の気持ちに左右されるというなら、何にだろうか。不安か、不快か、なにか。だとしたらあれは一生消えないだろう。この家にいつか次の住人が住むことになってもきっとある。見えなくてもそこにあるのだから、そのうち何か誤作動ををするんじゃないだろうか。古い家に憑く怪談って案外そんなものかも知れない。説明できない現象にこの恋のような理屈に戻せない気持ちが加わったりしたら、何が見えたっておかしくない。
  俺の思考がオカルティックに逸れたところで、ユウくんが俺を散歩に誘った。お昼を食べに外に行こう、できたら海に、と。
「いいけど…ねえユウくんは引退しないの」
「どうしたのいきなり。しないよ。とりあえず今年はしない。ねえ俺、あのレモネードもう一回飲みたい。水色の屋根の」
  手を引かれソファから立ち上がる。
  ユウくんの手は他の指に比べて親指が長い。��の手が、いつも俺をどこかへ連れていく。
  6.
   世界一を二回とりましたので、俺は俺の好きなことをやるし皆さんに素敵なものをお見せしたいんです。とばかりに曲も振り付けも自分の趣味趣向で固めたきちがいじみた難易度のプログラムをぶち上げ、俺はそれを見て自由っていいな、と思った。
   結局はそれが決め手だった。ユウくんのように華々しくはないが、スケートボードに本腰を入れることにした。スノーはやりたくなるまでやらない。コンテストには戻るかも知れないし戻らないかも知れない。スケートボードの腕前はスノーの順位には程遠いが、どうせいつかはスノーだって勝てなくなるのだ。ならば少なくともやりたいことをやって自分の地面に雨を降らしたい。
  スケート転向後こそ多少は注目してもらったが、大会を追うごとにメディアの数は少なくなっていった。それが自分でもびっくりするほど心地よくて、アスリートとしての距離はどんどん離れていくけれど、なぜか今までで一番ユウくんを近く感じた。
  15歳で出会ったとき、ユウくんは俺の神様だった。それから侵略者になり、18歳で俺が大怪我をしたときは怪物(クリーチャー)に姿を変えた。もしかしたらやっと、俺たちは恋人になれるのかも知れない。
  ユウくんは翌シーズン明けもサンクレメンテにやってきた。今度は春ではなく夏に。世界選手権で若手に完敗し、闘志を取り戻して。それでもオフの休暇はここで過ごすんです、といわんばかりのスケジュール取りが嬉しい。
 俺は俺でスケート挑戦を決めてからまったく時間がなく、今回の休暇はもっぱらボウルに出かけてひたすらスケートボードに乗る俺と、それを観たりちょっと離れたところでゲームをしているユウくんという形になった。ユウくんが帰ればすぐに俺も中国へ遠征だ。
「ねえアヅ、台所のあれ、消えたんだね」
「実は去年の秋に消えたの、一回。でもまたできたりなくなったり、繰り返し」
「へえ。今は苦しくないの?」
「辛いとか考える暇ない。スケートボードで頭いっぱいっす」
「もうやんなくていい? バーで別人になる遊び」
「今はいいわ」
  ボウルからの帰り道、ユウくんは嬉しそうにふにゃっと笑った。
  太陽がようやく傾き、サンクレメンテの長い昼が終わる。熱せられたアスファルトや草いきれ、スケートのデッキがゆっくりと熱を失っていく。
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Text
仁保事件
一審
窃盗、強盗殺人被告事件
山口地方裁判所
昭和三七年六月一五日第二部
上告申立人 被告人 岡部保
         主   文
 被告人を
判示第一、の罪につき、懲役四月に、
判示第二、第三、の罪につき、死刑に、
処する。
右第一の罪(住居侵入等)についての勾留状による未決勾留日数中百二十日を右懲役四月の刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
         理   由
 (犯罪事実)
被告人は
第一、昭和二十七年七月中頃の夜、窃盗の目的で、山口県吉敷郡大内町高芝、食料品雑貨商、杉山正二方居宅に侵入し、金品を物色中、家人に発見せられて逃走し、窃盗の目的を遂げることが出来ず、
第二、昭和三十年六月中頃、大阪市天王寺区逢坂上之町四八、生越好一方前路上で、大阪市所有の、人孔鉄蓋一枚(時価千五百円相当)を窃取し。
第三、元来、本籍地である山口県吉敷郡大内町大字仁保下郷で農家に生まれて、両親に育てられ、本籍地の尋常高等小学校を卒業した後、山口市、萩市、福岡県等に於て、電工として働き、昭和十四年現役兵として広島工兵第五聯隊に入隊、満洲、中支、南支、仏印等の各地で戦斗に参加し、昭和十八年八月内地に帰還、除隊となつた後間もなく妻を娶り、山口県動員課嘱託として徴用工員の訓練助手を勤めたこともあるが、昭和十九年七月山口県巡査を拝命し、当時の堀警察署に勤務して居る中、約三ケ月で再び召集を受けて軍務に服し、昭和二十一年三、四月頃内地に復員して堀警察署の原職に復した。
次いで昭和二十一年六月警察官の職を辞し、その頃実父が経営していた製材業や農業の手伝をしたが、間もなく経営に行きづまり山口市湯田の建設会社で働く中、他の女と懇ろになつた為妻と離婚し、その後は山口市、福岡県等に於て製材職人、炭鉱夫などとして働いたが、いずれも永続きせず、その間窃盗罪に問われたこともあつたが、遂に昭和二十八年四月無断家出して郷里を出奔し、それからは、人夫、鳶職人などとして、神戸、姫路、和歌山等の各地を流れ歩き、昭和二十九年八月から、大阪市天王寺区、天王寺公園内に小屋掛けなどの仮住いに起居し、中田いと、福井シゲノと同棲し乍ら、所謂バタ屋生活に転落してその日を送つていたものであるが、商売資金を手に入れようとして、昭和二十九年十月二十日頃、郷里山口県に帰り、数日間所々を、さまよい歩いた揚句同月二十六日午前零時頃、同町大字仁保中郷二九一五、農業山根保方堆肥場にあつた唐鍬(証第二号)を携えて、同人方母屋に到り、土間物置内の金品を窃取すべく物色中、同人の妻美雪(当時四十二年)に気付かれ、誰何されるや茲に同家家人を殺害して金品を強取しようと決意し、奥六畳の間に入り、起き上ろうとする同女の頭部を所携の右唐鍬を振つて乱打し、続いて、その傍らに就寝中の保(当時四十九年)及び同人の五男実(当時十一年)、隣室表下六畳の間に就寝中の三男昭男(当時十五年)四男一吉(当時十三年)の各頭部を順次同様乱打し、次いで納戸四畳半の間に入り、起き上ろうとする老婆トミ(保の母、当時七十七年)を押し倒し、その頭部を同様乱打して、再び保夫婦の寝室に引き返し、尚も同人の頭部を同様乱打して、右六名に夫々瀕死の重傷を負わせた上、同室の本箱の抽斗にあつたチヤツク付財布(証第九号)内及納戸にあつた箪笥の小抽斗内から合計約七千七百円位の金員を強取し、最後に台所にあつた出刃包丁(証第三号)を持ち来り、之で右六名の頸部を順次突き刺すと共に保夫婦及びトミに対しては、その胸部をも突き刺し、以上の各損傷による失血の為夫々死に致して、殺害した上、保夫婦の寝室に掛けてあつた洋服上衣一枚を強取し
たものである。
(証拠の標目)(省略)
夫々之を認める。
尚右第三の事実については、右認定の理由につき、次に主な点につき更に説明を加えることとする。
一、先づ右に掲げた各証拠の中、最も直接且重要なものは、被告人の検察官に対する供述調書七通ー前掲標目(58)ーである。而して本件に於ては、被告人の警察官及び検察官に対する自供調書に記載された供述の任意性並に信憑性が問題となり、検察官、被告人(及び弁護人)の双方から夫々証拠の申出があつて、之が取調べをした次第である。先づ右任意性について、被告人は之を否定し、調書記載の通りの供述をしたことは相違ないけれども、該供述は、警察に於ては取調官が強制拷問を加えて、予め捏造した事実に合致するように強いて供述させたものであつて、被告人が任意になしたものではなく、又検察庁に於ては右のような有形的な強制手段は加えられなかつたけれども、その取調べは右の如き警察での自供調書を基礎とし、検察庁でもその通りに述べなければ再び警察署の留置場に戻して警察官に取調べをさせる旨告げて間接的に強制された為、被告人としては警察官に供述したことを今一度その通り繰り返す他なかつたものであるから、之亦結局任意に出でた供述ではない。と主張する。
一、検察官に対する被告人の供述調書につき検討するに、検察官は、警察に於ける調書を参考にしたことは勿論と考えられるけれども事件関係全般に亘つて、更めて詳細な尋問をなし、被告人又逐一之に対し極めて詳細に、或は之と異つた供述もなして居ること、前掲(60)(61)(62)(63)の各証拠によれば、検察官の取調べに際しては、被告人主張のような心理的乃至間接的強制は加えられていないことその他取調べの方法、時間等に於ても決して無理のなかつたこと前掲(59)の録音テープの録音の方法、内容及び之等から認められる取調べの状況等を綜合するときは右検察官調書記載の供述は、いづれも十分任意性のあるものなること洵に明瞭である。
次に検察官調書の信憑性について考えるに、該供述の内容には犯罪実行者でなければ到底語り得ないような詳細な供述があること、被告人は前掲(4)の検察官の実地検証の時迄本件犯行現場及びその附近に行つたことはない旨当公廷で述べて居るに拘らず、右検証調書の記載によれば、被告人が検察官、検証補助者等の立会人の先頭に立つて自分が事件当時歩いた道順、関係場所を自ら案内し、被害者方屋内でも被害者等の位置、物の場所、その他犯行の詳細につき自ら進んで、その地点、行動の順序等を現地につき指示して居ること、自供後の心境を表わす為書いた前掲(55)(56)の章句の意味等を綜合し、その他の前掲各傍証と比照するときは、検察官調書に十分の信憑性のあることを認めることが出来る。被告人は取調官が予め事実を組み立て、それに合う様に供述を誘導したもので、右未知の現場での指示も、詳細な供述も、警察で何度も繰返し述べさせられ言わば復習に復習を重ねていた事柄であるから、その通り述べることが出来たものであつて、その様に述べることによつて取調官に迎合的態度を示す為あの様な指示、供述作歌、作文、がなされたものであると弁解主張するけれども、検察官調書の任意性前説示の如くである以上、又警察に於ける取調べに於ても特に拷問と目すべき事実は認め得られないこと後述の如くである以上、右弁解は合理性を欠き、到底之を認めることが出来ない。
一、以上説示の通り、前掲(58)の検察調書、(59)の録音テープの内容はいずれも、その任意性及信憑性に於て、夫々欠ぐるところなきものであつて、之と前掲各補強証拠とを綜合すれば、判示第三の強盗殺人の事実を認めるに十分である。
(尚警察に於ける自供について、被告人自身の当公廷での供述は勿論、弁護人申請の証人、熊野精太郎、竹内計雄、西村定信の各証言は被告人主張の様な取調べ状況を推知させるかのようであるけれども、取調べに当つた各警察官の証言と対比するときは、被告人主張のような所謂拷問と目すべき取調べ方法の行われた事実は之を認めることが出来ない。然し乍ら検察官提出の警察官録取の録音テープ三十巻を静かに傾聴するとき、部分によつて変化はあるが、概して自供の初期段階に於ける供述の状況雰囲気(言葉に現われていることで疑問を残すものの一例ー第六巻中被告人の「糞ツ(或は畜生ツ?)」なる小独語、第二十九巻中、取調官の「膝を組んでもよい」旨の言葉ー之等の言葉の持つ意味は色々に解釈出来、必ずしも明らかではないが)、取調べに当つた警察官山口信の「調べは夜十二時以後になることはなかつた」旨の供述ー(記録第三冊九三八丁ーからは反面、夜も十二時迄は取調べを行つたであろうことが推知されること、等を綜合すれば、右取調べに際し、本件最後の容疑者としての被告人に対する追求が急であつた為多少の無理があつたのではなかろうかとの一抹の疑念を存せざるを得ない。而して供述の内容が真実であるか否かは固より別個の問題であつて、その内容の如何を問わず任意性について多少でも疑問の存する以上之を証拠とすることが出来ないことは法の明定するところである。尚本件に於ては、録音に表われた丈けでも、右と反対に、極めて冷静、積極的、合理的に述べて居ると思われる部分も多々あり(形に表われた一例ー第六巻中、被害者中子供をも殺したことに関し述べる所、心なしか被告人の声一寸つまり、うるむ感じ)従つていづれの部分が然るかを劃一的、截然と区別することは困難であると共に、証人木下京一の供述(第五〇回公判調書中同証人の供述記載部分ー七、の二九〇六)によれば警察に於ける自供調書の録取作成と、右警察に於ける録音の採取とは別個の取調べの機会に為されたものであることか明らかであるから、右任意性についての疑問が警察官調書のどの分のどの部分につき存するものと言えるか確定することが出来ないので、結局警察官調書全部につき任意性に疑あるものとせざるを得ない。
因つて本件に於ては、被告人の自供を録取した警察官作成の供述調書は一旦証拠として取調べがなされたけれども、その後全審理の結果、その内容の信憑性の有無はさて措き、いづれもその供述の任意性に疑があるとの結論に達したので、之を証拠としないこととする。
一、前掲(1)(2)は各被害者の死因、創傷の部位程度、使用推定兇器の種類認定の資料。
一、同(2)乃至(6)によつて現場及関聯場所の状況、発見直後の死体証拠品の状況が明らかである。
一、同(7)乃至(11)は事件発覚当初の模様と各物証の存在とその所在場所の証拠。
 一、同(12)(13)によつて、証拠品の唐鍬(同(44))が被害者方の物であることが認められる。
一、同(14)は被告人が、昭和二十九年八月に二回、九月に二回、十一月に三回、十二月に二回大阪で血液銀行に売血に行つて居るのに、十月には一度も行つていないことが認められ(被告人は十月にも供血申込には行つたが、血が薄くて不合格だつた旨弁解して居るが、第四九回公判に於ける被告人自身の供述ー七、の二七一一ーも結局「よく覚えません」と曖昧な言葉に終つて居ることや、右以外は売血に行つた日の間隔が最大二十二日で十日以下が多いのに、九、十月にかけては三十九日も空白であることを綜合すれば被告人の右弁解は採用し難い。)同(15)(16)(17)と綜合して被告人が本件犯罪の行われた当時、それ迄生活していた大阪市に居なかつたことが推認される。証人西村為男、同西村君子、の各証言の記載(四,の一六七八、四、の一六九〇)は之に反する趣旨であるけれども、その正確性には疑問があり、前記明白な諸証拠に基く認定を覆えすには足らない。
一、同(18)乃至(26)により、本件犯罪の行われた直前たる昭和二十九年十月二十一日の午後、被告人が豊栄製材所を訪れ、三好宗一と面談したことがある事実を確認するに足る。この点につき当時同製材所に居たと思われる吉富豊彦等二、三の者がその時被告人を見なかつたと述べて居ることを挙げて、弁護人は右認定に対する反対証拠としているけれども、右(27)の検証の結果明らかな同製材所の当時の建物、人員配置の状況、立会人三好宗一の指示説明によつて明らかな同人と被告人との面談の地点、両名の間隔等を綜合すれば、三好宗一が被告人を見誤ることは考えられないし、又他の人が被告人を見ていないのは常に外来者に注意していない限り気がつかぬためであることが当然推測されるので、前認定を覆えすには足らない。又被告人は豊栄製材所を訪れたことはあるけれども、それは右の日時ではなく、昭和二十八年頃の四月頃のことであると述べて居るが、それが前認定の日時であることは、右(21)(26)の客観的正確さに富んだ証拠によつて裏付けされているのであるから被告人の右弁解は到底採用の限りでない。 
右認定の事実と、次項説明の向山製材所の件とを綜合し、当公廷では被告人自身当時大阪を離れていないと弁解するに拘らず真実は本件犯罪時直前山口市及その近辺に帰つていたことが明らかでこのことは、被告人自供調書の重要な裏付けと言うことが出来る。
一、右(28)乃至(31)の証拠により、本件発生の二、三日前頃に山口市石観音の向山製材所に被告人が向山寛を訪ねて話を交わした事実が明らかである。この点につき、小田梅一の公判廷での証言中、同人が向山寛から右のことを聞いた時期につき「岡部のことが新聞に出てから……」と述べており、一見時期が違うのではないかと思われ(被告人が大阪で逮捕されたのは昭和三十年十月のこと故)又向山が被告人を知つたのは権現山の石川木工所であると言うのに、当の石川は証人として之を否定している、けれども、仔細に検討するに、右(31)によれば小田梅一が向山製材所に傭われていたのは、昭和二十八年十一月頃から二十九年三月頃迄と二十九年十月二十一日頃から三十年一月末頃迄の間で、同人は被告人のことを向山から聞いたのは右後の場合で「初めは臨時傭としてその内常傭として使うかも知れぬとのことで働いていた時のことで六人殺しの号外を見た時より少し前の日だつたと思う」旨述べて居り又右(30)に於ても右のことを記憶している拠り所として「岡部は刑務所で囚人同志として一緒に製材の仕事をして自分より腕が上と知つていたので同人が自分と一しよに仕事をするようになつては困ると思つた」旨の特殊の事情を摘示して居る(被告人が逮捕された時なら、小田は最早向山製材所には居ないし、又被告人が逮捕された以上右のようなことを小田が心配する必要は全くない)ことから見ても時期は矢張り「仁保事件のあつた二、三日前」のことであつて、この時期に向山、被告人面談のなされた事実は相違なく、向山が被告人と知り合つた場所が果して石川木工所であつたかどうかは右認定を左右するには足らない。
一、同(32)(33)により、事件直後、被告人が逃走途中二人の男に出会つた旨の自供の裏付けが認められる。弁護人は、そのような場合は犯人ならば人影を見れば途端に逸早く踵を返して逃げるか又は身を隠すかする筈で、オメオメ人と行違う様な危険を敢てする者は居ないと主張するけれども、右証言記載によれば、暗い所で山の出端の辺で突然行き会つた旨を述べており、双方共突嗟の場面であつたことが明らかで、弁護人主張のような態度に出ることは却つて危険であり、その余裕もなかつたと考えられるので、道の端を顔をそむけて足早に通り過ぎる他なかつたと見ることは決して不自然ではない。
一、右(34)乃至(39)によれば、被告人自供の(38)の藁縄が防長新聞の梱包用に使われたものかどうかは必ずしも明らかでないけれども、少くとも右縄の出所については、農林十号の藁、栗原武製縄機による製品との一応の鑑定結果を基礎として近辺を八方手配して捜査を行つたもので、被告人の自供によつて甫めて八幡宮横の農小屋にあつたことを知り得たものであつて、被告人の主張するように捜査官が先づ右出所が解つて之を以て被告人の自白を誘導したものでないことが明らかである。
一、右(40)乃至(43)によれば、証人小崎時一は結局被告人自供の地下足袋を買つたという頃、月星印地下足袋を売つてはいなかつたこと、同人方は名古屋駅の裏を出て行くと左側であつて右側ではない旨述べてはいるが、被告人自身当時飲酒していて判然覚えないと言い(六、の二五二三)、その辺りで買つたことは認めて居り(六、の二五二五裏以下)要するに本件犯行現場に残つていた足跡は十半か十七の月星印地下足袋の跡であること、被告人が名古屋駅の裏で地下足袋を買つたことは事実であつて買つた家その家の所在に記憶違い等あつても、右の事実を左右することは出来ないし、又この点被告人の自供があつて甫めて捜査がなされたことも之によつて明らかである。
一、同(46)(47)は前出(7)(9)と綜合して被告人自供の強取金員の裏付である。
一、同(44)(45)は使用兇器
一、同(46)乃至(52)は国民服様の上衣丈け取つた旨の被告人の自供、被害者が国民服様のものを生前着用していたとの親族近隣よりの聞込み、形見分けを貰つた家全部を捜査した結果、木村完左が国民服のズボンを形見分けに受領し居るも上衣を受領した者は親族中捜してもなかつたこと。木村完佐提出の右ズボンを警察官が被告人に示し、被告人が強取した上衣は右ズボンに似たものであることを指摘したこと、福井シゲノが本件後被告人が国防色の将校服の様なものを持つて居たが、それを自分が焼いたが、その右側の横のポケツトの所に血のシミの洗つた様な跡があつた旨述べていることが明らかで、被告人自供の国民服上着強取の点の裏付けとなる。
一、同(16)(53)(54)右(49)によれば被告人の自供を裏書きするような状況や被告人の言動が認められる。
一、同(57)の渡辺サトノの証言につき、弁護人は犬の啼くことは松茸泥棒がいた場合でも有り得るし、該場所は斯る者の出没する可能性ある所だから、右証言は被告人自供の裏付たり得ない旨主張するが、右の証言によれば仁保事件の��外の出た前夜三時頃のことで当夜は証人方の犬が峠を行きつ戻りつして啼き眠れなかつた旨述べて居り、いつもの啼き方と異つた状況だつたことが推し得られる。
以上により、被告人の検察官に対する自供につき、その真実性を担保するに十分な裏付があると言わねばならない。
(前科)
被告人は昭和二十七年七月十七日山口簡易裁判所で窃盗罪により懲役六月に処せられ、該判決は同年八月一日確定し、当時その刑の執行を受け終つたもので、右の事実は被告人の検察官に対する昭和三十年十月二十九日附供述調書(三、の一〇八一)及び被告人に対する前科調書(三、の一〇六一)によつて明らかである。
(適条)
被告人の判示所為中第一の住居侵入の点は刑法第百三十条、罰金等臨時措置法第三条に、窃盗未遂の点は刑法第二百四十三条、第二百三十五条に、該当し、右両者は手段結果の関係にあるので同法第五十四条第一項後段第十条により一罪として重い窃盗未遂罪の刑に従い処断することとし、その刑期範囲内で被告人を判示第一の所為につき懲役四月に処し、刑法第二十一条を適用して主文掲記の未決勾留日数を右本刑に算入する。(第一の罪は前示前科に係る罪と刑法第四十五条後段の併合罪であるから同法第五十八条により未だ裁判を経ない右第一の罪につき更に処断するものである。)
被告人の判示第二の所為は刑法第二百三十五条、第五十六条、第五十七条に、同第三の各被害者に対する所為は夫々刑法第二百四十条後段に該り、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるところ、右第三の各被害者に対する罪については情状によりいづれも所定刑中死刑を選択するのを相当と認めるので、同法第四十六条第一項第十条第三項に従い、犯情の最も重いと認める山根実に対する罪についての死刑を択び他の刑を科しないこととし結局判示第二、第三の所為について被告人を死刑に処する。
尚訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して、主文の通り判決する次第である。
  高裁
窃盗、強盗殺人被告事件
広島高等裁判所
昭和四三年二月一四日第四部
上告申立人 被告人 岡部保
         主   文
 本件控訴を棄却する。
         理   由
 本件控訴の趣意は記録編綴の弁護人小河虎彦・同小河正儀及び被告人各作成名儀の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
右各控訴趣意に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
一、事実誤認及び原判決引用の被告人の自白には任意性・信用性がないとの各論旨について。
先ず各所論は原判決が被告人において原判示第三の強盗殺人罪(以下単に本件ともいう。)を犯したものと認めたことは誤りであるというにあるが、原判決挙示の関係各証拠を総合して考察すれば、被告人が右の罪を犯したことを認めるに十分であり、当審事実調の結果によるも原判決の右認定に誤りがあることを疑うに足りる資料はない。各所論は右認定の誤りであることを主張する理由として、特に原判決引用の被告人の検察官に対する各供述調書に記載の供述及び検察官採取の録音テープ中の被告人の供述は、警察での拷問または誘導による自由を基礎に、被告人が検察官から「警察での自由を覆せば、また警察に返して調べ直させる。」と威されてした任意性も信用性もないものである旨主張する。しかし、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書に記載の供述内容を具さに検討し、且つ各捜査段階で採取した録音(証第一四号・同第二八号の一ないし三〇)に耳を傾けて仔細にこれらを吟味し、さらに原審証人木下京一(三冊八六二丁以下・八冊二九〇六丁以下)・同小島祐男(三冊九六五丁以下、八冊二八八二丁以下)・同友安敏良(三冊九〇四丁以下・六冊二三二二丁以下)・同山口信)三冊九二六丁以下・四冊一四一四丁以下・五冊一八八二丁以下・六冊二二七六丁以下)・同世良信正(四冊一四三〇丁以下・五冊一八六九丁以下)・同橘義幸(三冊九五六丁以下)・同松田博(三冊九六一丁以下)・同西村定信(五冊一九〇九丁以下)・同西田啓治(二冊四八一丁以下)の各供述記載、当審証人木下京一(一四冊四八二六丁以下)・同友安敏良(一四冊四九一八丁以下)・同山口信(一四冊五〇一二丁以下)・同中根寿雄(一六冊五八一〇丁以下)の各供述、当審証人木下京一の供述記載(一五冊五二八九丁以下。以下「供述記載」をも単に「供述」と略称することもある。)、押収の捜査日誌(証第二七号。同日誌は原審証人木下京一の供述《八冊二九〇六丁裏以下》によれば、同証人の作成にかかるもの。)を合わせ考察すれば、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書に記載の供述並びに前記各録音中の被告人の供述が主張のような任意性を欠くものとは認められない。もつとも、警察の録音中には聊か執ようにわたる質問や被告人において供述を渋つている点などが聴取されるけれども、被告人の警察での自白は昭和三〇年一一月一一日午後二時過頃被告人自ら進んで真実を述べたいから取調をしてもらいたい旨を申出たことに始まつたものであること(原審証人木下京一供述三冊八六七丁裏以下。同日採取の警察録音第三巻で,本件を全面的に自白するまでの前後の状況。)、被告人が供述を渋っているのは、特に初期においては親や子の身辺を案じ且つは過去の非行に対する抑えがたい煩悶悔悟の情の然らしめるところであつて聞く者をしてさえ涙をそそらせるまで真に迫るもののあることのほか、録音全般を通じて傾聴すれば、右のような質問や供述態度から、警察での取調に際し被告人の供述の任意性を失わせるような拷問脅迫等による不当な圧迫または誘導が行われたものと認められない(殊に被告人は元警察官で、しかもその自白は極めて重大な犯罪に関するものである。)。また、以上の各供述を原判決挙示の他の関係各証拠に照らして検討すれば、それら各供述の信用性を否定すべきいわれがないばかりでなく、後述のように当審での事実取調の結果をも斟酌して考えると、右各供述は一層信用すべきものであることがわかる。以上の認定に反する被告人の原審以来の供述(その供述は、後記(一)に認定のように真実に反することが明らかであつたり、供述に一貫性がないこと、例えば原審第四九回公判では「一二月二五日に長谷峠に行つたときと、熊坂峠に行つたときには拷問がなかつた。」旨供述しながら《七冊二八〇八丁裏》、当審第一三回・第一四回各公判では、長谷峠・熊坂峠に行つた際にも極めてひどい拷問を受けた旨供述する《一五冊五三五二丁以下・五四四八丁裏以下・五四五一丁裏以下。》など、被告人の捜査官の取調の不当性に関する供述は公判が進むにつれてその不当内容が次第に増大して行く傾向にあることからしても理解できない。)並びに原審証人竹内計雄(四冊一五五八丁以下)・同岩倉重信(五冊一六三六丁以下)・同熊野精太郎(五冊一六四六丁以下)・同広戸勝(五冊一六六四丁以下)の各供述記載中被告人の供述に副う拷問の事実を推認させるかのような部分は前掲各証拠に照らし採用しがたく、被告人が供述するような拷問と目すべき取調方法がおこなわれたことを認むべき資料とはなし得ない(竹内証人の供述によれば、同人が山口警察署留置場にいたのは三月頃とのことであるが、既にその時分には被告人の訴によるも拷問が行われていた事実がなく、また右留置場で被告人と話し合つたのは洗面所で二人だけの時であつたなどの点からしても同証人の供述は納得できない。熊野証人・広戸証人の各供述は殆ど同じ頃の状況に関するものでありながら異なるものがあることなどからしても首肯し得ない。さらに前掲木下・友安・山口各証人等の供述によれば、被告人の申出その他の都合により夜に入つて取調が始められたときなど一〇時過頃に及ぶこともあつたが、そのような場合には翌朝の取調を遅く始めるなどの配慮がなされていたことが認められる。)。したがつて、被告人の捜査官に対する自白は拷問または誘導による任意性を欠くものであるとの主張はすべて採用できないが、なおこの点に関連する主張の主なるものについて次のとおり判断する(以下当審第一五回・第一六回各公判における弁護人らの弁論で控訴趣意を補充するもののうち重要なものについても合わせて判断する。また被告人は当審第一五回公判で自分の言いたいことは上申書にあるとおりであると供述するので、上申書中の主要な点を引用しつつ判断を示すこととする。)。
(一) 被告人は山口警察署の留置場で拷問による受傷のため二回に亘り医師の診療を受けた事実があるにかかわらず、留置人医療簿にその旨の記載がないこと、うち一回は歯科医の診療を受けたものであるが、そのカルテに治療方法すなわち処方が記載されていないこと、被告人が着用していた衣類が大破して修理してもらつた事実があるのにその衣類の行方が不明であること、山口巡査部長が被告人に代りのシヤツを与えたことなどは被告人が供述する拷問の事実を推認させるに十分である旨の主張(弁護人小河虎彦の論旨第四の2・3・4。弁護人小河正義の論旨一の1。)について。 
司法警察員の「被疑者の診療状況について」と題する昭和三二年六月一五日付報告書(三冊九七〇丁以下)、留置人診療簿(証第一三号)、カルテ二通(証第一一号・第一二号)、原審証人糸永洋(三冊九九五丁以下)・同清水キミヤ(三冊一〇〇一丁以下)の各供述記載によれば、被告人は山口警察署留置場で昭和三〇年一二月二日には虫歯の炎症のため済生会病院歯科医師糸永洋の診療を受け、同月二〇日には急性腸カタルのため同病院医師清水キミヤの診療を受けたが、以上の各疾患は如何なる外力の作用にもよるものではなかつたこと、当時被告人の身体には何らの受傷の痕跡もなかつたこと、右各診療のカルテにはそれぞれ処方の記載があるばかりでなく当時の山口警察署の留置人診療簿(証第一三号)にも明確に右各診療事実についての記載のあることが認められる。してみれば、被告人の当審第一三回公判における前記歯科医の受診に関しての「拷問で熊本刑事あたりにほほをたたかれてはれたんです。それで歯が痛くてやれんからお願いしたわけです。」との供述(一五冊五三一六丁裏以下)の如きは全くの虚言というのほかはない。なお、弁護人小河虎彦は糸永歯科医のカルテにキヤンフエニツクを施用したことに関する記載のないことを論難するが、前記糸永証人の供述によればキヤンフエニツクを施用したかどうかは判然しないというのであるから、この一事をとらえて拷問事実を推認すべき資料とするわけにはゆかない。また、山口巡査部長が前記留置場にいた被告人に同情して着替のシヤツを与えたこと、被告人着用の衣類が古くほころびていたため山口警察署の女子職員に依頼してこれを修理してやつたことは原審及び当審証人山口信の各供述(五冊一八九五丁以下・六冊二二九八丁裏以下・一四冊五〇二八丁裏以下)によつて認め得るが、同証人の供述(五冊一八九六丁以下)によれば、留置人が着用している衣類については担当官に保管を委託しない限り留置人名簿にその記載をしない立て前になつていることが認められるので、同名簿に所論の衣類の記載がないことから警察側としてその行方が不明であるとしても、これをもつて拷問事実を推認すべき根拠とはなし得ない。
(二) 被告人作成の被害者方家屋の間取り等(四冊一四四九丁・一四五〇丁・一四五一丁・一四五五丁)が事件発生直後の検証現場の状況と一致していることは寧ろ不自然というべきで、右はいずれも捜査官の誘導に従つて作成されたものとみるべきであるとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第二のイ・弁護人小河正義の論旨一の1。)について。
原審証人山口信の供述(四冊一四一四丁以下)によれば、右の図面はいずれも被告人が任意に作成したものであることが認められる。この点に関し被告人は原審第四九回公判では「私は建築業をやつております。それで田舎の建前は何十軒と言つていい程製材をやつております。それで田舎の建前というものは大体一定した建前でありますので、私は大体の見当をつけて一番初めに私の家に似かよつたように、そして隣近所の家とか、あらゆる家を全部比べてみて書きましたです。」と供述しながら(七冊二七五四丁以下)、当審第一三回公判では「初め概略は警察官が書いてくれたんです。私が一番不審に思うたのは、牛小屋が長屋の前にあるというのが書いてあつて、合わせるのによく納得がいかなかつた。」等の旨供述し(一五冊五三三九丁裏以下)、その間矛盾があることのほか、同公判での被告人のその余の供述(一五冊五三三九丁以下の「一四五五丁の図面のように本件の前々日何人かが夜山根方納屋裏で様子を窺つていた際映画帰りの人に発見されたということを捜査段階では聞かされていない。それを聞かされたのは公判になつてからであ���。」旨の点及び「一四四九丁・一四五一丁の鍬のあつた場所は私の家から判断してあの辺にあつたんだと言つた。」旨の点。)に照らし前掲弁護人の主張は採用できない。
(三) 被告人の手記が六年間伏せられてあつた事実並びに原判決引用の被告人の手紙及び和歌は昭和三〇年暮か昭和三一年一月中のものであるのに昭和三六年秋迄秘められておつた事実は納得できない旨の主張(弁護人小河虎彦の論旨第四の八。)について。
しかし記録によれば、右手配(昭和三一年一月二九日付。四冊一四四七丁以下。)は既に昭和三二年一〇月二一日の原審第一四回公判で、手紙(証第二六号)は昭和三五年一一月二日の原審第四二回公判で、和歌(証第一九号)は同年五月一二日の原審第四一回公判で各証拠調が施行されたことが認められる。しかも、原審証人友安敏良の供述記載(六冊二三三〇丁裏以下)・司法警察員友安敏良の昭和三五年五月一二日付山口地方検察庁検事土井義明宛「参考資料提出について」と題する書面の記載(六冊二二四〇丁以下)によれば、右手紙は被告人が山口警察署留置場にいた時分(同手紙の日付として「一月三十日」とあるは他の関係証拠からみて昭和三一年一月三〇日の意と解される。)同署警部友安敏良の次女典子(当時小学二年生)に対し菓子を差入れてもらつたお礼として差出された私的なもので、父である右友安により保管されていたもの、また原審証人山口信の供述記載(六冊二二七九丁以下)によれば前記和歌は昭和三〇年一二月三〇日頃前記留置場で当時同署勤務の警察官であつた右山口証人が正月近くのこととて被告人のひげを剃つてやりながら「今までできたことは仕方がない。これからは人生の一歩を踏み出してやつてくれ。」などと話しかけた際、被告人がこれに答えて「今度のことであんたには随分世話になつたので、一つ私の心境を書いて差上げようと思う。」と言い、その後もらい受けた留置場看守巡査の手許にあつた仮還付請書用紙に当時の心境をしたため右山口に「記念に」と言つて渡された私的なもので同人の手裡に保管されていたものであり、それらが何らかの事情により特に秘匿されていたものであつたとは認められない。そして右手紙・手記・和歌は次のとおりのものである(次に掲記の手記中「終」・「夢」・「邪」・「鐘」・「胸」・「煙」・「皆」、手紙中「静」・「坊」、和歌中「煙」・「境」・「暮」はいずれも原文中には誤字が用いられているが、活字がないため訂正して掲記したもの。その余は原文のまま。)。
(手記)
「私は大正七年七月十二日に人の世に生を受け貧乏百姓の長男として生れ父母にかはいがられて一通の教育もさして戴き身心共に壮健で元気一ぱいで社会に出て幸福に送日致して来ました終戦後迄はどうやらこうやら人としての務めをはたして来たと思います二十四年頃より商売の手ちがいから気がいらいらして弱者と成り一ヤク千金の夢を見るように成りやる仕事に永続きが出来ずとうとう世間の皆様へ御迷惑をかけ人としての道をふみはずして自分自心が邪道に足をふみ入れてしまいました。
『人の世に生き行く為にまよい出る黒玉だいてふみ出す一歩』
今度はあのよう事を致しまして何んと言つてよいか書き表す言葉を知りません過ぎし日の事が日夜思い出され片時も頭からはなれた事が有りません毎夜なる鐘のネ遠くから聞こへて来る何かさびしい汽車の音等々数かぎり無い社会の物音を聞く度懺悔の室でたつたりすわつたりして苦悩集懆して気持を静めようとしてあせつて居ます
『思ふまい思ふまいぞと思えども心のうづきとめようもなし』
日影に狂い咲きかけた花のように生きようとして人としての勝負に負けて叫び悲みもだへもだえて進み行く道に迷い目に見え無い御仏の心を捉えようとして鉛のような重苦しい気持で胸一ぱいに締めつけられて来ます
『大声で叫びどなりてなげつける狂える心に情さけの言葉』
何か一寸した事にでも興奮して頭のけなどかきむしるような気に成ります時など係官殿の厚い情でなぐさめられ涙が出て来てしかたが有りません此の胸の内を御仏に御願ひ御話して一時も早く仏にすがり懺悔して人としての務をかならずはたして山根様の霊に御詫致します
『いざさらばわかれの煙草すい修め死での遊路ににじをわたりて』
皆様の情の品を胸にひめわかれのお茶にむせびし吾は
胸に思つて居る事を書こうと思いますが書き表らはせません
昭和三十一年一月二十九日 岡部保 指印」。
(手紙)
「坊ちやんとつぜんこんな事を書いて御便り差上げますのを許して下さいませ今頃は日本の国は一番寒い時ですねまい日まい日学校に通勤されるのに御ほねがおれる事と思います
私は山口県に生れた人ですが日本全国でいや世界中で一番悪い事をした者ですけれど今はそのつみのつぐないを致そうと思つて一生懸命ベンキヨウし修養して日本一のえらいほうさん��なろうと思つてまい日小さいへやの中で静かに今迄私の見たり聞たりやつて来た事等を思い出しては一つ一つ頭に入れて居ますそしてあの時はおもしろかつた又あの時はほんとうにかなしかつたとか数かぎりない過ぎさつて来た事を思いベンキヨウをして居ますきつときつと私はえらいほうさんになつて今迄悪い事をしたつみのつぐないをしてせけんの皆様方に心からおはびを致しますから其の時は許してほめてやつてくださいませ先日はおいしいおかしをたくさんほんとうに有難う御座いましたあのような御か子は何年と云つて食べた事は有りませんでした遠い遠い昔坊ちやんぐらいの時よく食べて居ました其の時の事を思い出してなつかしくうれしくいただいている中涙が出てしかたが有りませんでしたほんとうに何より有難う御座いました厚く厚く御礼を申し上げます私には一生わすれる事は出来ません今夜は寒い寒い雨がふつて居る様ですが御休に気をつけてベンキヨウして下さいませ私がえらいほうさんに成つた時は御知せ致しますほんとうにほんとうに有難う御座いました御休に気をつけられまして学校に行つてえらい人に成つて下さいませかげながら御いのり致して居ます
さようなら
ほうさんより
坊ちやんえ
一月三十日
(和歌)
「一、思えども生れてこの方この吾に老母よろこぶ一つだになし
一、過ぎし日のおも影六つ胸に秘め生きるこの身の苦しき思いは
一、杖ついてあの山こへてみ仏のお家に急ぐなさけの道を
一、我は今身然の景しき見つめつゝ遠くへさけぶ胸のうづきを
一、三年(ミトセ)前いとし子供の御影をてつさく見つめて身をもお吾は
一、飲べたさに昼夜わすれぬよくの川流れ流れていづくの海へ
一、捕されて初めて逢つた其の君に又も無理いふおろかな吾は
一、生れ来て三十七才(ミトナナサイ)で胸にシミ思い出すまい人生行路
一、過し日のあの過を胸に秘め六つの影に手を合す日々
悔恨を胸に日々新た己が苦しみ歌にと読みて
一、かたことゝ雨戸ゆすぶるしとれ雨
一、あの煙りどこがよいのか身にしみる
今はただ御仏の袖に罪み悔つ
父としていたわれずして去り来たる籾なる石憫涙だ払いつ
今はたゞ己が罪を懺悔して歌に心境読み暮す君
御仏の袖にすがりて罪を悔い六つの影に手を合す日々」。
以上の各内容から考察して、それらは当時の被告人の真情を吐露したものと認めるのほかなく、捜査段階における被告人の自白の任意性と信用性とを認むべき極めて重要な資料たるを失わない。被告人は原審以来「右はいずれも警察での拷問による取調から一日も早く逃れたいとの念願から自己の心境を偽つて作成したものである。」旨主張するが(原審第四一回公判六冊二一六〇丁以下。原審第四九回公判七冊二七九八丁以下。当審第一三回公判一五冊五三二〇丁以下。当審第一七回公判一六冊五九六九丁以下。なお原審第四一回公判六冊二一六二丁以下の「和歌は昭和三〇年一二月二五日頃から確か翌年一月の一〇日か一五日頃までの間に書いたと思う。」旨の被告人の供述記載と、前掲山口証人の供述記載とによれば、前記和歌は昭和三〇年一二月三〇日頃から翌年一月一五日頃までの間に作成されたものと認められる。)、一方原審第四九回公判での被告人の供述(七冊二八〇八丁ないし二八一三丁)によれば、被告人が警察で拷問を受けたというのは昭和三〇年一一月六、七日頃から同年一二月二七、八日頃までの間のことであつて、右の手記・手紙・和歌を書いた時分には被告人の供述からしても「一日でも早く拷問による取調から逃れたい念願」が生ずるような状況にあつたとはいえない。
(四) 原判決では本件犯行当時被告人が山口地方にきていた証拠として三好宗一・向山寛の各証言を援用しているが、それらはいずれも措信しがたいとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第四の6。弁護人小河正義の論旨一の4の(2)。)について。
しかし、右各証人については当審でも取調をした結果(一一冊三九五三丁以下・三九七八丁以下)同証人らの原審及び当審での被告人に出会つた点に関する各供述は十分信用し得るものであることが認められる(但し、証人向山寛の当審での供述《一一冊三九七八丁以下》によれば、同証人の原審での供述中「石川木工所」とある部分は日「進製材」の間違いであることが明らかである。)。殊に被告人は捜査段階で「井久保の製材所に行つて三好という三〇才位の男に岡村のことを尋ねた」旨を述べた(四冊一二四一丁以下・一三二七丁裏)ことに関し、当審第一三回公判で「警察官がどうしても製材所へ行つたと言うんで、一番知らないところの井久保の製材所へ『岡村君はおりませんか』と言うて仕事師に尋ねたら『おらん』と言つたなどの供述内容を創作して言つたわけである。」旨弁解するが(一五冊五三三〇丁末行以下。同趣旨一五冊五四三〇丁裏。上申書三冊八五五丁・七冊二四八五丁。)、原審第三回公判で証人三好宗一に対し「私は工場へ行つたことはありますが、それは松茸の出る頃ではなく、四月頃と思いますがどうですか。」、「私はその時三人いる中の板をたばねていた人に岡村という人のことを聞いたと思いますが。」、「年度は昭和二八年頃と思います。」、「私は工場の前の道路から直ぐ自転車に乗つたが見ていませんか。」と反対尋問をしていること(一冊三一七丁裏以下)に照らしただけでも、前掲被告人の弁解は納得できない。なお、弁護人小河虎彦は当審第一五回公判で前記三好証人が被告人から脅迫状めいた書信を受取つたかどうかとの点に関連し(一一冊三九六一丁裏以下参照)、「在監中の被告人が証人に対し脅迫がましい書信などを出し得ないことは明らかである。」旨強調するが、監獄法その他の関係法規を検討するも、拘置監内の被告人から発せられた書信はこれを検閲し得ても、内容の如何によつてその発信を制止し得る根拠を見い出し得ない。
(五) 元の内縁の妻山根スミ子が当時被告人に出合わなかつたことは、被告人が山口地方にきていなかつたことの証左であるとの主張(弁護人小河正儀の論旨一の4の(2)。)について。
しかし、被告人の検察官に対する供述によれば「昭和二九年一〇月二二日に以前同棲していた山根スミ子を訪ねて行き『ごめんください山根さん』と声をかけたが、中から返事がなかつたので、あるいは情夫でもきていて具合が悪いのかも知れないと思い家に入るのをやめて元きた道を引返した。」というにあつて(四冊一三二八丁裏以下。司法警察員に対する一二五三丁も同旨。)、被告人が当時山根スミ子に出合わなかつたことをもつて山口地方にきていなかつたことの証左であるとする主張には賛成できない。なお、当審では被告人が立寄つたという売店等の関係者を取調べたが、それらはもともと被告人の顔を知らないか、当時既に記憶が薄れていた人達ばかりで、同人らの供述によつては被告人に出合つたかどうか判然しなかつた。しかし、石川松埜の司法警察員に対する供述調書(一二冊四一三〇丁以下)、当審証人石川松埜・同石川松菊尾(一三冊四三八五丁以下・四三七八丁以下)、当審各検証調書(一一冊三八八一丁以下・一三冊四四七六丁裏)の各記載を総合すれば、被告人が捜査段階でした「昭和二九年一〇月二四日午后六時頃宮野の新橋の店(角の店)で女の人からパンを買つて食ベながら仁保に向つた。」旨の供述(四冊一二五六丁裏以下・一三三〇丁裏以下)中の店は、昭和二九年六月中旬(被告人は昭和二八年五月頃以来山口地方にきたことがないという。)開業してパン菓子類等を販売していた山口市市会議員石川菊尾の妻石川松埜が経営管理していた店舗(但し昭和三三年三月閉店)であつたことが明らかで、このことはまさしく被告人が本件犯行当時山口地方にきていたことの証左であるとみないわけにはゆかない。
(六) 被告人の大阪におけるアリバイに関係のある山本高十郎の手帳を捜査官が押収しなかつたこと、並びに西村為男・西村君子・水谷武三郎の各証言によれば、被告人は当時大阪にいたものでアリバイが確立しているのに、原判決ではその正確性につき疑問があるとしている点はいずれも納得できないとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第四の五。弁護人小河正儀の論旨一の4の(1)。)について。
しかし、原審証人山本高十郎(二冊三九六丁以下)・同友安敏良(六冊二三二二丁以下)・同熊本清(五冊一九三三丁以下)の各供述記載によれば、山本高十郎が所論の手帳を所持していたことは明らかで、これを押収しなかつたことをもつて同証人らの供述、殊に右山本証人の当時被告人が大阪にいなかつたとの点に関する供述の信用性を否定することはできない。また、原審証人水谷武三郎・同西村為男・同西村君子の各供述内容(二冊四二一丁以下、五冊一六七八丁以下・一六九〇丁以下)を検討すれば、これらの供述内容をもつて当時被告人が大阪にいたものと確認すべき資料にはできないばかりでなく、当審証人西村まさのの供述(一四冊四七四三丁以下)によれば、かえつて当時被告人が一時大阪にいなかつたもので、この点に関する同証人(原審当時は西村君子と名乗つていたが、戸籍上は「まさの」が本名。)及び西村為男の原審証人としての各供述はいずれも記憶違いによるものであつたことが明らかであり、同各供述に疑いがあるとした原判決の判断には何ら誤りのなかつたことが一層明白となつたのである。因みに、被告人は上申書(昭和四二年六月一六日受付。一六冊五七五一丁以下)中で「捜査陣は古賀はむろん(当人を証人とすることができれば、大阪でのアリバイ一切がうきぼりになる。)、靴屋一家(五人家族)、眼帯の男(私の処で寝起きしていた)、また出入の女等々の住所氏名を知りぬいて隠して出してくれない。」と主張し、さらに当審第一四回公判で以上の人々に関し「警察の一番初めの取調の頃からアリバイですから詳しくメンバーをあげて説明している。」と供述するが(一五冊五四七〇丁裏以下)、被告人がこれらの人々について言い出したのは昭和四二年一月二七日の当審第一三回公判でのことである(一五冊五四〇〇丁以下)のみならず、右の人々が昭和二九年一〇月二五、六日頃被告人が大阪にいたことを知つている事情に関しての被告人の供述はそれ自体極めて不可解で到底首肯できない(しかも、一五冊五四〇〇丁裏以下では「昭和二九年一〇月当時には古賀はあまり寄りつかなかつた。」と述べており、また当時被告人は天王寺公園の小屋で巡礼母子と同棲していたので「眼帯の男」が寝起を共にし得る状況にはなかつた。)。
(七) 被告人の郷里と被害者方とは同村でも四粁以上も隔つており、被告人は一度も山根保方付近に行つたことがなく、また同人方一家六人を皆殺しにしなければならない理由も必要もなかつたとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第三の(二)・(五)。)について。
被告人は原審第四〇回公判では「牧川部落は人も地形も知らないが、むすび山の上から回りを見たことがあるので、山の手前から見渡せる範囲は知つている。牧川には子供のときから一回も行つたことがない。」旨(六冊二〇五三丁裏以下)、原審第四九回公判では「牧川への道は行つたことがないから知らないが、田舎の道は田の畦を通つて行けば大体何処にでも行けるということを私は農村出身であるから見当はついていたと同時に、子供の頃むすび山の頂上で木の上に上つて遊んだことがあるので、裏側がどんなふうになつておるかということも遠い記憶に残つている。」旨(七冊二七五〇丁以下)、「自分は本件犯行現場である牧川には以前行つたことがなく全然知らない。しかし汽車の上から見たことはある。」旨(七冊二七六八丁以下)各供述し,且つ上申書には「牧川はへんぴなところで子供の頃から一度も行つたことがない。」旨記載し(七冊二四七八丁以下)ながら、当審第一四回公判では「牧川は戦前まではよく知つておりましたです。それから戦後はあまり行つたことはありません。と申しますのも牧川のあの部落をつきぬけて鉄道線路の暗渠へ通ずるキドヤマ方面は私たち部落の柴刈場であります。それで青年時代よく通つたことがあります。」というのである(一五冊五四三六丁以下)。以上によつてみれば、被告人はむすび山より奥の牧川方面に生来一度も行つたことがないとの被告人の弁解は到底採用できない。
また、本件犯行に際しての前後の状況に関する被告人の警察以来の各供述を通じて考察すれば、被告人は金品奪取のため山根保方に侵入し、台所土間で誰何された際一時は逃げ出そうとも考えたが、その夜どうしても金を取る気持で一杯であつたため「ええくそやつてやれ」という気になり結局その目的の実現と証拠隠滅のため同人方一家六人を殺害するに至つたものと認めざるを得ない。(本件については、記録中の被告人が殺人を犯しかねない性格の持主であることを認めさせるような供述記載《二冊六九四丁・三冊一〇二二丁裏・一〇五二丁裏以下・四冊一四四三丁》は事実認定の資に供しない。)
(八) 被告人の捜査官に対する自白は、(1)商売資金を得るため郷里に帰る旅費をパチンコ屋で儲けたとの点、僅か一万円の資金を得るため大阪から山口県に帰る気になつたとの点、(2)堀経由で帰郷したとの点、バス賃を十分持つている筈の者が何故に十里の徒歩旅行をしなければならなかつたかの点、(3)納屋の引戸をあけて侵入したのにその戸を閉めて逃走路をふさいだことになる点、(4)調理場には脱穀した玄米が山積していたのでそれを持つて行くのが自然であるのに何故にその中を通つて母屋に入る必要があつたかの点、(5)藁縄は何の必要があつたかの点において不合理であるとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第三の(一)、弁護人小河正儀の論旨一の2。)について。 
(1)被告人の警察以来の各供述(三冊一一七八丁以下、四冊一二三七丁以下、四冊一三二三丁以下、四冊一三五九丁以下。警察録音テープ第二巻)を通じてみれば、被告人は昭和二九年一〇月一九日大阪市内でたまたまパチンコで儲けた金で一杯飲んだことから急に里心がつき、郷里に帰つて子供の顔や家の様子を見たり、よい仕事があれば働こうと考えたり、場合によつては両親に商売資金を出させたりするなどの考えであつたもので、当初から僅か一万円の資金を得るために帰郷したものとは受け取れない。(2)被告人の警察以来の各供述調書(四冊一二二七丁以下・一二六二丁以下・一二六八丁裏以下・一三二五丁以下。)には、被告人は昭和二九年一〇月二〇日夜三田尻から防石鉄道の線路伝いに堀駅に出て同夜同駅構内に寝た旨の記載があり、且つ被告人の司法警察員に対する供述調書(四冊一三一五丁以下)中には、右の寝た場所に関し「堀駅構内北側の材木等が積んであるところで、近くに黒いような紙のような物に何かぬつたもので屋根が葺いてある小屋のあつたことが翌朝みてよく記憶にある。」旨の記載があるところ、原審証人森岡正秋の供述記載(六冊二二五九丁以下)・佐波警察署と山口県警察本部長との間の電話聴取書三通の各記載(六冊二二三六丁ないし二二三九丁裏)・当審各検証調書の記載(一一冊三七七〇丁裏以下・一三冊四四六八丁裏以下。)によれば、右屋根は堀駅構内北側材木置場の北方にあつて昭和二八年七月から八月(被告人は昭和二八年五月以来同地方にきたことがないという。)にかけてルーフィン葺にされた右森岡証人方の屋根にあたることが認められ(以上の各証拠によれば堀駅構内付近にはルーフイン葺の屋根は他にない。また、六冊二二三八丁一四行目以下によれば右森岡方家屋は元鶏舎であつたものを改造した間口三間・奥行二間位のものである。)、前記被告人の捜査官に対する各供述には裏付がある。被告人はこの点に関し原審第四九回公判で「これはキジア台風だつたですが、二六年か二七年に私は大正通りの増本建設に出ておつたのであります。それでこの時に住宅を二〇戸堀付近に建てたわけであります。これを私は責任を持つておりました関係上全製材をやつたわけであります。この時の図面からいつても、みなルーヒンぶきになつておつたんであります。それをまとめてトラツクで持つて行つてあの付近に建てたり、あの付近に流れたらバラツクだつたら必ずルーヒンでふいた家だとこういうふうに思つたから、当時のことと総合してみて、当時というのは終戦前の私が勤めておつたころの状況とにらみ合わせて言うたことなのであります。」(七冊二七三四丁裏以下)と弁解するが、その内容自体から到底採用の余地がないのみならず、右供述からすれば、被告人は職業上の経験から夙に屋根葺用の被告人のいわゆる「ルーヒン」なるものを熟知していた筈であつて、前掲供述調書中の「黒いような紙のような物に何かぬつたもので葺いてあつた。」との表現には直ちに首肯しがたいものがある。さらに、被告人の司法警察員に対する供述調書(四冊一二九六丁以下)には「昭和二九年一〇月二一日午前一一時頃八坂の三谷川の橋を渡つた所の散髪屋前の店でパン四個位を買つてたべながら歩いた。」旨、検察官に対する供述調書(四冊一三二六丁以下)には「昭和二九年一〇月二一日夜あけおきて堀の町をみてから八坂へ出て散髪屋の前の店で女の人からパンを三個位買つてから仁保井開田へ向つた。」旨の各供述記載があり、且つ被告人作成の図面(四冊一四五九丁)中に「十月二十一日この家がバンカツタ所」として表示があるところから、当審において検証の結果「一一冊三七七一丁裏以下・一三冊四四六九丁以下。)、右の店は三谷川橋北詰から東方四軒目の渡辺美太市方に該当することが認められたのである。この点につき被告人は原審第四九回公判で「三谷川橋の所にパン屋があるということは、ここは学校もあるし、旅館もあるし、散髪屋もあるし、昔バスの終点になつておりました。それで町ですからパン屋の一軒ぐらいどこかにあることは私は見当をつけて言つたわけなんであります。」というが、その弁解は前記被告人作成図面中のパン屋の位置とこれに対する当審検証結果とに照らし到底採用の限りでない。さらに、被告人は上申書中(一一冊三八七一丁以下)で「三谷川の橋のたもとの散髪屋は昭和二九年一〇月頃既になかつた。」というが、当審証人新宮直次の供述記載(一三冊四四六三丁以下)・蔵田敏雄(一二冊四一〇三丁以下)・山本義方(一二冊四一〇七丁)・新宮直次(一二冊四一一一丁以下)の司法警察員に対する各供述調書の記載、新宮直次の住民票謄本(一二冊四一二九丁)の記載によれば、右三谷橋たもとの散髪屋は新宮直次方のことで、同人方では昭和二九年一一月一九日まで三谷川橋のたもとで営業が続けられていたことが認められる。さらに弁護人小河虎彦は当審第三回公判で「三谷川橋は当時仮橋であつたのに、被告人の捜査段階での供述が仮橋を通つたという供述になつていないことは不可解である旨」主張するので検討するに、右各証拠によれば三谷川橋は昭和二六、七年のキジヤ、ルース台風で流失し昭和二九年一二月三〇日に新たな橋が完成(同年一〇月竣工予定が延期された。)するまでは、その上に架設されていた仮橋が一般の通行に供せられていたことが認められる。しかし、被告人の司法警察員に対する供述調書中には、その供述として「三谷川の橋を渡つた。」とあつて(四冊一二九七丁)、「仮橋を渡つた。」とはないが、これがためその供述が不可解であるとするには足りない。以上の認定経過に被告人が当時家郷を捨て浮浪生活を続けている身であつたことなどを合わせ考えると、三田尻から防石鉄道の線路伝いに堀・八坂を経て徒歩で帰郷したとの被告人の供述は、たとえその間の道のりが所論のとおりであるとしても、真実とみないわけにはゆかない。(3)犯人が侵入口を閉めるということは必ずしも不自然稀有のことではない。なお、被告人は本件の前々夜山根方納屋裏付近で同人方の様子を窺つていた際他人に発見された事実がある(被告人供述四冊一二三〇丁以下。関係人供述等三冊一〇九五丁以下・一〇九九丁以下・一四冊五一五五丁以下。なお前掲(二)の説示中一四五五丁の図面に関する点参照。)。(4)山根保方の納屋に玄米が積んであつたことは記録上(二冊五五二丁図面)認め得るが、同所は暗かつたうえに被告人は納屋の引戸をあけて入ると直ぐ右折して母屋に通ずる開き戸をあけて台所土間に出たため右の玄米に気がつかなかつたものと認められる(司法警察員に対する供述調書四冊一二八七丁・検察官に対する供述調書四冊一三七二丁以下)。それに被告人は最初から米だけを狙うつもりではなかつた(検察官に対する供述調書四冊一三六九丁裏以下)。(5)被告人の供述によれば「現金をやれない場合には米をやろう。米をやるなら序でに自転車もやれば都合がよいがなあなどといろいろ思案の末牧川に行くことに決めた。そして小屋��出るとき米の袋の口を破つたり自転車の荷張りのときよく縄がいることがあるので、小屋の中をさぐり鋤の柄の方にかかつていた縄の中から取りやすい藁縄をとり、引張つてみたら丈夫そうであつたので、これを腰にまいて前の方で一回もじりその端を胴の両横にはせておちないようにして出かけた。」というにあつて(検察官に対する供述調書四冊一三六九丁裏以下)、その供述が不自然不合理であるとは考えられない。
(九) 被告人の地下足袋は鳶職用山型裏のもので、その買入先は名古屋駅裏の右側の地下足袋店であるのに、原判決が現場の足跡が普通の地下足袋の足跡であることから同駅裏左側にある小崎時一方で買つた月星印のものであると断定したことは重大な事実誤認であるとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第四の1。弁護人小河正儀の論旨一の3。)について。
しかし、被告人は当時自分が履いていた地下足袋に関し、原審第四一回公判では「一〇文七分の五枚付鳶職が履く地下足袋であつた。」旨(六冊二一二〇丁以下)、同第四九回公判では「自分は警察の取調に際し名古屋で買つた地下足袋は鳶職の履く五枚合わせのものであると言つたが、絶対にお前はそんな足袋を買つておらんと言つて取りあつてくれなかつた。」旨(七冊二七六六丁以下)、当審第四回公判では「自分の買つた地下足袋は四枚はぜの鳶職用のものと思つていた。買つた場所は小崎の店よりもまだ先である。その地下足袋の裏は無地で文数もなかつたと思う。」旨(一二冊四三二四丁以下)、当審第一三回公判では「自分は警察の取調に際し名古屋駅裏で買つた地下足袋は鳶の足袋でとにかく土方には履かれん四枚はぜのものであることを主張した。」旨(一五冊五三五八丁裏以下)及び「自分は警察で最初からあくまでも名古屋駅裏で買つた地下足袋は例の普通の地下足袋ではなく、鳶職の履く四枚はぜのものであると申し上げている。」旨(一五冊五三七三丁以下)各供述するが、警察の録音テープ第二五巻中の被告人の供述には「あれは名古屋で八月に買つたあさひ印で裏は波型であつたと思う。」とありまた当審第一四回公判では「捜査段階における調書中に自分の供述として普通の形の地下足袋と出ておれば、そのとおり自分が言つたかも知れない。」旨供述する(一五冊五四八二丁以下。被告人は捜査段階では一貫して普通の地下足袋と供述している)など一貫しないものがあるのみならず、当審で被告人が地下足袋を買つたと主張する名古屋駅裏の本郷店は、被告人のいう場所や構と必ずしも一致しないし、また当時同店で販売していたという地下足袋は証第三〇号のように裏に極めて明瞭に「大黒足袋」という印と文数がはいつていて、山形及びこれを側面から観察した点で被告人の主張するものとは一致しない(七冊二五二二丁以下・一二冊四三二三丁以下・四三三〇丁、一三冊四五三六丁以下・四六〇七丁以下・四六一三丁以下、一五冊五四九四丁以下。)。以上は、被告人の当審第一四回公判での「自分はなまかじりながら犯人を捜し出す上に足跡は一番大事な点であることを習つていたので、足跡が問題になつて地下足袋のことを聞くんだなと知つていた。」旨の供述(一五冊五四六〇丁以下)を合わせ考えると、被告人は当時自分が履いていた普通の地下足袋の銘柄を忘れているか、ことさらに隠して、これを鳶職用のものであつたと強弁しているとしか認められない。なお、原判決の理由中に「証人小崎時一は結局被告人自供の地下足袋を買つたという頃、月星印地下足袋を売つていなかつた旨述べている。」旨判示するが、(40)原判決引用(40)の証人小崎時一に対する尋問調書(七冊二五〇七丁以下)には、その供述として同人方で右の当時月星印地下足袋を販売していた旨の記載があり、しかも同供述記載によれば、当時名古屋駅裏界わいで月星印地下足袋の販売店は他に一軒もなかつたことすら認められ、原判決の右判示は誤りであることが明らかであるが、このことは判決に何ら影響がない。
(一〇) 現場に遺留の藁縄は原田次正の鑑定によれば、農林一〇号種の稲藁を矢野式製縄機で製作したものであるというが、農林一〇号の栽培並びに栗原式製縄機は当時仁保地方に普及していたもので、これを藤村幾久の農小屋から持ち出したというのは捜査官の誘導にほかならないとの主張(弁護人小河正儀の論旨一の3。弁護人小河虎彦の論旨第三の(五)。)
しかし、当審証人渡辺繁延の供述(一四冊四七一三丁以下)その他記録上認められる捜査経過によれば、右藁縄は被告人の自供によつてはじめて藤村幾久方の農小屋から持ち出されたことが判明したもので、捜査官の誘導によつたものであることを認むべき何らの根拠もない。もつとも当審証人原田次正の供述(一四冊四六八七丁以下)によれば、右藁縄は農林一〇号であるとは必ずしも判定し得ないが、このことは本件認定を左右するに足りない。
(一一) 唐鍬・包丁が兇行に用いられたことは証拠上明白であるのに、これらに指紋が検出されなかつたとの主張(弁護人小河正儀の論旨一の3。)について。
広島県警察技師南熊登の鑑定書(四冊一五八〇丁)・原審証人高橋定視(五冊一六〇九丁以下)・同鈴山乙夫(五冊一六一四丁以下)の各供述記載によれば、右の各物件の柄から指紋が検出されなかつたが、それはいずれも脂肪の付着が多いため指紋の隆線が判然しなかつたことに原因するものであることが認められるのである。
(一二) 原審証人西田啓二は警察の囮であつて、同人は留置人でありながら嘔吐するまでウイスキーを飲んだ事実などがあるのに、同人の供述をもつて被告人の自白の裏付としていることは不当であるとの主張(弁護人小河虎彦の論旨第四の7。)について。
しかし、原審証人西田啓二の供述記載(二冊四八一丁以下)によれば、右主張の事実は到底認め得ないのみならず、被告人の当審第一三回公判での供述(一五冊五三六二丁裏以下)によれば、被告人が山口警察署留置場で一時西田啓二と同房にいたことがあるのは、被告人から特に「係長に西田のところに入れてくれと頼んだ。」ことによるものであつたと認められることなどからして、右弁護人の主張は採用できない。因みに、被告人は昭和三一年一月三〇日夜山口警察署の刑事室で酒を飲ましてもらつた旨供述するが、当審証人木下京一の供述(一五冊五二九五丁裏以下)に照らし、到底右被告人供述は信用できない。
(一三) 原判決引用の被告人の自白は客観的事実に合致しない。仮にそうでないとしても、右自白以外の各証拠はいずれも事実に反し、畢竟本件における認定資料は被告人の自白のみに帰するので、原判決は憲法第三八条三項に違反するとの主張(弁護人小河正儀の論旨二の1・2、三の1。)について。
判示第三の事実に関する原判決挙示の被告人の自白が十分信用し得べきものであり、且つその余の挙示の関係各証拠が右自白を補強するに足るものであることは前段までの説示によつて明らかなところであり、原判決には所論の違憲はない。殊に当審では記録並びに新たな事実取調の結果次のことがらだけからでも本件に関する原認定が結局誤りないものであるとの確信を得た。
(1) 本件が昭和二九年一〇月二五日深夜から翌二六日にかけて原判示山根方(牧川部落の奥)で行われたものであるとの被告人の捜査段階における自供は一貫して変らないところであり(その最初は昭和三〇年一一月一一日午后二時過から被告人が自ら進んで取調方を求めて自供した警察の録音テープ第三巻中に採取のもの。原審証人木下京一供述記載三冊八六七丁裏以下参照。)、このことが客観的事実に合致するものであることは証拠上明白であり(原審証人須藤玉枝一冊一二二丁以下、同西村肇一冊一三九丁以下、同須藤クラ七冊二五四八丁以下、同堀山栄五冊一七九八丁以下、同須藤友一五冊一八二一丁以下の各供述記載。須藤玉枝検察官に対する供述調書一四冊五〇七九丁以下。司法警察員の各検証調書二冊四九六丁以下・五九三丁以下。各鑑定書一冊一六七丁以下。)、このことは本件認定上特に重要なことがらである。この点に関し被告人は原審以来「本件強盗殺人事件の日時及び被害場所は昭和三〇年一一月上旬山口警察署留置場で他の房にいた西村定信から聞いて知つたもので、それに合わせるように警察以来供述したものである。」旨強弁するが(原審第四九回公判供述七冊二七二五丁・二七八九丁裏以下。当審第一三回公判供述一五冊五三七五丁裏以下。当審第一四回公判供述一五冊五四六七丁以下、『同丁末行以下に「それに警察官の方のいろいろの雰囲気から云々」の点はここで初めて供述されたもので、従前及びその後の各供述内容からみて到底信用できない。》。当審第一八回公判供述一六冊六〇五五丁以下・六〇五七丁裏《参照》、上申書三冊八四二丁裏以下・八四九丁。七冊二四六〇丁以下《二四六〇丁の五行目に「昨日」とあるは「昨年」の誤記と認める。》・二四七二丁裏・二四七八丁裏、一二冊四〇一七丁裏以下。)、原審証人西村定信の供述記載によれば「自分は山口警察署留置場にいた時分被告人から仁保の六人殺し事件は何時あつたかと聞かれただけである。何処であつたかは余り新聞を読まないので知らない。」旨(五冊一九一二丁)、「被告人から仁保の六人殺しの事件は何時あつたかと聞かれたとき、僕はその頃は山口にはいないので九月か一〇月の初めじやないかと答えた。」(五冊一九一四丁裏)というにあつて、前記被告人の弁解は全く信用できないところであり、さらにこのことに原審証人吉川梅治(二冊四二八丁以下)・同村越農(二冊三九二丁以下)の各供述によつて認められる被告人が昭和三〇年一〇月一九日大阪市内で住居侵入・窃盗未遂罪の嫌疑で逮捕された際天王寺警察署留置場で同房の者らに対し「自分は窃盗で入つてきたが、六人殺しの分もばれたかも知れない。向うの出よう次第では仕様がない。今度はちよつと出られん。」などの旨を語つた事実並び当審第一八回公判における被告人の「自分が逮捕されて天王寺警察署に引致された際新聞記載に取り囲まれて山根の事件を知らんかと聞かれたと先に述べたのは、自分の間違いであつた。」などのその前後に亘る甚しい矛盾・撞着を含む供述(一六冊六〇五七丁裏以下・六〇五六丁以下。)をも合わせ考えれば、被告人は本件強盗殺人事件発生の日時・被害者方を誰からも聞かずに自らよく知つていたものとみなければならない。
(2) 被告人の司法警察員に対する「私は山根方の事件後すぐ大阪に帰つて天王寺公園でルンペン生活をしていたので私のしたことはまさか判りはすまい、大丈夫だと考えていた。もし調べられるようなことがあつても広島市白島町の者で原爆で家族も全部死んだという心算でいた。それで新聞も見ようとも思わず新聞を買つて読んだこともない。しかし私はあれ程のことをしたのであるからあれ以来自分のしたことが気になつてならなかつたので、あのことを忘れて気をまぎらわそうと焼酎を飲んで許りいた。もちろん前から焼酎は飲んでいたが、あれからは飲む量がうんとふえた。昭和三〇年一〇月初め頃マンホールの件で天王寺警察西門派出署の平井巡査から本署に連行されて部長さんらしい人に調書をとられた際山口刑務所に昭和二七年に行つたと口をすべらしたが、品物を売つた先の店がなくなつているとかで調書の途中で午後一〇時頃に帰らしてもらつた。その際広島市白島二丁目山根保四一才と所と名前は都合よく嘘を言つてとおつたが、山口刑務所と言つてしまつたから照会されたら判ると考えそれからは気になつておちおちしておられないようになつたので、金さえあれば早く神戸の方にでも逃げようと思い、たしか一〇月一五、六日頃に当時一緒にいた福井シゲノに神戸の方に働きに行こうと思うから金を千円位作つてくれと頼んだことがある。その後一〇月一九日拾つた屑を問屋に持つて行つての帰り天王寺駅に出て待ち合わせていた福井シゲノと出会つたとき、福井が目で合図して『刑事さん刑事さん』と小声で知らしてくれたので逃げだしたが、一〇米位行つたところにタクシーがあつて逃げられなかつたため、平井巡査ともう一人の私服の巡査に逮捕されたのである。」旨(四冊一二八八丁以下)、「私は昭和三〇年四月終り頃から福井と関係ができて一緒にいたがその間同女から何か悪いことをしておるんじやないかと聞かれたことがあり、その際詐欺をして前科があると言つたことがある。また、あるときは福井が『あんた夜うなされておつた』と聞かせてくれたこともあつた。平井巡査に一度引かれてからは特におどおどしていたので福井も私の様子を特別怪しんでいろいろ聞いていた。」旨(四冊一二九三丁以下の各供述に対しては、原審証人福井シゲノの「私は昭和三〇年四月以来被告人と心易くなり茶臼山やガード下などで一緒に暮していた。被告人がマンホールの件で平井巡査に署へ連れて行かれて帰つてから私に『千円作つてくれ、神戸まで行かねばならぬ。お前だけに言うが早く飛ばねばならぬ。』と言つたので私はそれは作るが晩まで待つてくれと言うのに早く作つてくれと言うし、また被告人は平素山根保と名乗つているのに、私に預けたジツセキ(転出証明書の意)には岡部保となつておることなどから不思議に思い平井巡査にそのジツセキを見せた。その後平井巡査から逮捕されることになつた。被告人は自分と同棲中寝ていて首に手をやり『悪かつた、かんにんしてくれ。』と言つて苦しむので、私が起してやると、ため息をしていることがあつた。その時は顔が青くなつて汗を流していた。そのようなことが四・五回あつた。」旨の供述(二冊四〇七丁以下)によつて裏付けられるところであり、被告人の警察以来の自白の真実性を認定するうえに看過することができない。
(3) 前記(八)・(2)に説示のように被告人が警察で述べた「昭和二九年一〇月二一日朝防石鉄道堀駅構内材木置場から見た黒いような紙のような物に何かぬつたもので葺いた屋根」は森本正秋方の昭和二八年夏に葺いたルーフインの屋根であり、また(五)に説示のように被告人が警察で述べた「昭和二九年一〇月二四日午後六時頃女の人からパンを買つた宮野新橋の店(角の店)」は同年六月中旬に開業したパン菓子類等を販売する石川松埜経営管理の店舗であつたことが認められ、これらのことだけからしても昭和二八年五月頃以来山口地方にきたことがないとの被告人の弁解を否定するに十分であり、前掲(四)・(六)の原審及び当審証人三好宗一・同向山寛、原審証人山本高十郎、当審証人西村まさのの各供述の信用性等と合わせて被告人が本件犯行当時山口地方にきていたことを認めることができる。
(4) 被告人の捜査段階における(1)「山根保方でカーキ色の折襟の上衣を取つた。」旨(三冊一一九八丁以下)、(2)「その服は木綿のよりはよい国防色の折襟で普通の背広よりは狭く折るようになつた夏物か合物でさわりのやわらかい感じのものであつた。」旨(四冊一二二四丁)、(3)「その服は山根夫婦の部屋の枕許のあたりの上にかけてあつた。」旨(四冊一三四〇丁裏。同調書は昭和三〇年一月一三日付であるが、原審証人橘義幸の供述《三冊九五六丁以下》によれば,その前日までの取調メモによつて作成されたものであると認められる。)、(4)「その服は大阪の天王寺茶臼山の便所の横の小屋にいた時分、同棲していた福井という焼酎婆が酒に酔うてりん気半分に小屋を焼いた際焼失した。」旨(四冊一二四八丁裏以下・七冊二七八一丁裏)の各供述は、(1)・(2)の点につき司法警察員の捜査報告書の記載(六冊二二四五丁以下)、原審及び当審証人木村完左(一冊一五五丁以下、一一冊三九一六丁以下)、原審証人須藤玉枝(一冊一三二丁)、同山口信(六冊二二七六丁以下)の各供述記載、須藤玉枝の検察官に対する供述調書(一四冊五〇八二丁)、押収のカーキ色ズボン一着(証第一号)、(3)の点につき司法警察員の「裏付捜査状況報告書」と題する書面の記載(六冊二二四三丁以下)、原審証人木下京一の供述記載(三冊八六七丁)、(4)の小屋を焼失した点につき原審証人福井シゲノ(二冊四〇八丁裏以下)・同山本高十郎(二冊四〇〇丁裏以下)の各供述による裏付けがあり、真実とみるべきである。以下の点に関する原審第四九回公判における被告人の「自分は警察の取調に際し『山根方を出る際鴨居にかけてあつた国民服を持つて出た』と述べたが、それは当人が曹長であるので、当時国民服は誰も一、二着持つておつた筈と思い、ちよいちよい着として、そういうところにかけてあると思つておつたので、そう言つたものである。」との弁解(七冊二七六八丁以下・二七九五丁以下)はそれ自体不可解で採用できない。なお、以上の上衣は司法警察員検証調書二冊五九七丁裏及び同調書添付第一図に各記載のものとは異なるものである。
(5) 前記(二)に説示のとおり四冊一四四九丁・一四五〇丁・一四五一丁・一四五五丁等の各図面は被告人によつて任意に作成されたもので、それらが本件犯行現場の状況に概ね符合し(あらゆる細部の点にまで亘つて符合することは寧ろ困難であると考えられる。 
)、且つまた検察官がした現場検証に際し、それまで全く現場付近に行つたことのないという(一五冊五四八二丁裏以下)被告人が何ら遅疑逡巡することなく本件犯行に際しての行動を指示説明し、それらがすべて犯行直後の検証(二冊四九六丁以下)に際しての状況に概ね一致する(三冊七八六丁以下)ことは、本件認定上容易に看過できない。被告人は原審第五八回公判で「検察官の検証に際しては、前もつて検察官に説明して教えられたとおりをそのお気に入るように説明して行つたわけである。」旨供述し(八冊三〇九二丁以下)、さらに当審最終の第一八回公判で援用の昭和四二年一一月二日受付の上申書中で「以上の検証に際しての指示説明は現場で警察官から暴行を受けやむなくしたものである。」旨主張するが、それらの供述は当審証人中根寿雄の供述(一六冊五八一〇丁以下)のほか原審証人橘義幸・同松田博・同小島祐男の各供述に照らし到底採用できない(検察官から説明して教えられたとおりをそのお気に入るように行つたというのであれば、何ら主張のような暴行を加えられる筈がなく、また如何なる理由によつても検察官の現場検証に際し、警察官が被疑者に暴行等によつて指示説明を不法に強要するなどということは経験上からしても考えられない。)。
(一四) なお、当審第一五・第一六回公判での補充弁論中の(1)山口警察署取調室の窓にはカーテンが取付けられて講堂その他から室内を見えないようにし、通路の入口には縄張りして通行止の貼紙をし、講堂から右取調室に通ずる入口には新たに扉を設けて通行ができないようにしたことは被告人の訴える拷問事実を推察させるに余りがある(弁護人小河正儀)。(2)昭和三〇年一一月一一日の録音の採取は午後九時から始められて深夜二時過迄かかつたものである(全部で六巻あるのに、一巻を聴取するのに約四〇分を要する。)(弁護人小河正儀)。同日警察における取調は午前中から午后一二時近くまで続けられたことは録音テープ第六巻中に「今一一時五分だから云々」という取調官の発言があることからも明白である(弁護人阿佐美信義)。(3)警察の録音テープの罐に午後八時開始の記載があり、その日に八巻録音を採取している。一巻につき三〇分を要するから午後一二時までかかることは算数上明白である(弁護人小河虎彦)。(4)同月一八日採取の録音テープ一一巻には二時を打つ時計の音が聞え、一三巻には「三時頃」と「今晩はよう言うたで。」との発言があることなどから、同日の取調が長時間に及んだことが窺われる(弁護人阿佐美信義)。(5)警察の録音テープの第一巻からの被告人の発言をきくと被告人が極度の疲労をしている状態が窺える(同弁護人)。(6)同月二一日付のテープ第一四巻において取調官は「台所の炊事場に置いてあつたことはおかしい。」との発言があるのは柿の渋と庖丁を結びつけるための誘導である(同弁護人)。(7)録音テープ第一三巻中には「金はどの位か、見当で言え。おおよそでよい。なんぼうか言え。こつちにはわかつているが、あんたがいわなければいけない。」と問うている。これに対し被告人は「服のポケツトにあつた一万円を盗つた。」旨供述している(同弁護人)との各点について。
(1)当審証人木下京一(一五冊五二九一丁裏以下)・同中根寿雄(一六冊五八一四丁以下)・同山口信(一四冊五〇三二丁裏以下)の各供述並びに当審検証結果(一五冊五二六五丁以下)によれば、山口警察署で本件を取調べた当時は新聞記者の出入が激しく時には取調の邪魔になることもあつたことから窓にカーテンをはつて講堂側から取調室内を覗かれないようにしたり、通行禁止の札を貼つて廊下の通行を制限するなどの措置を講じたことが認められるが、右の措置をもつて被告人の主張の拷問事実を推測すべき根拠とはなしえない。(2)原審証人木下京一の供述記載(三冊八六七丁裏以下)によれば昭和三〇年一一月一一日の取調べは、被告人の申出により午後二時二〇分頃から開始し同日午後四時頃終了したところ、同日午後九時頃に至り被告人の再度の申出により更に取調を始めたためやむなく同日午後一一時過ぎ頃までに至つたことが認められ、同日の録音はその間に採取されたものであることが認められる。(一巻の聴取に要する時間は約三二分ないし三五分である。)。(3)警察の録音テープの函(罐はない)に「午後八時開始」の記載あるものは一つもない。(4)同月一八日採取の録音テープ一一巻中には五時を打つ時計の音は聞かれるが(四時を打つ音に聞き間違えやすい。)、所論のように「二時を打つ時間の音」は聞かれない。そしてその後に間もなくサイレンの音が聞えるが、証第二七号中の一一月一八日の記載をも合わせ考えるとそれは五時の終業のサイレンと解される。更に、一三巻中には所論のような「三時頃」との発言は全く聞かれない。しかも、証第二七号中の「一一月一九日」の記載をも参酌すれば、右一三巻の録音は同月一九日に採取されたものと認めざるをえない。(5)警察の第一巻からの録音を聞けば、被告人が真実の自白を決意しながらも親や子の身辺に思いを馳せ、あるいは過去の非行に対する後悔の念等が錯そうして極めて切ない心情にあつたことが窺われ、聞く者をして涙をそそらせるまで真に迫るものがある。これを被告人が極度に疲労している状態であると聞くのは当らない。(6)第一四巻の録音中には「台所の炊事場とはおかしいではないか」とあつて、その前段の問答からみてそれは「台所の炊事場」との言葉の表現がおかしいとの意に解される。所論のように「台所の炊事場に置いてあつたことはおかしい」との発言ではない。(7)第一三巻中には「金はどの位あつたか云々」の問に対し「まぜこぜで」と答え、更に「まぜこぜでおよそなんぼ位、およそでええ。後で弁当食つたり酒のんだりしたんでおよそでええ。言つてみんさい、およそどの位だつたか。」との間に「一はいしろ位。」と答えたのに対し「一はいしろとはどの位か。こちらは判つているんじやが。あんたの口から聞くということ、これは大事なんじや。」と問うたのであつて、右のうち「こちらは判つているんじやが。」というのは「一はいしろとはどの位か。」との意味は「こちらは判つているんじや。」との意に解される。所論のように「金はどの位か。こちらには判つているがあんたが言わなければいけない。」との問は聞かれない。また、右の問に対し「服のポケツトにあつた一万円を取つた。」旨の供述はなく、「七・八千円から一万円位あつたと思う。」との供述がある。右供述に関し、被告人は当審第一三回公判(一五冊五三四六丁末行以下)では「たんすの方から状袋にある七千円を取つたというのはわたしの考えから言うたわけです。」と供述し、弁護人小河正儀の一万円に近付くように言つたのか。」との誘導尋問に対しては「はい天王寺署で逮捕されたときに、そこの署員がわたくしの手を出させて言うには、それは何とかの波状紋だと、三人組強盗で三六万円口だと言うたわけです。それで私はてつきり三人組で三六万円程やられたんだなとその頃思つておつたんです。三人組もあと二人の犯人が出てくるんだと考えておつたんです。警察が一万円とすれば七千円位がちようどいいからそう言つたんですが、私は初め三六万円から二〇万円、一〇万円、五万円と下げていつたわけです。そして七千円と。友安警部がお前金もありもせんのに馬鹿らしいことをしたもんだと言われたんで、百姓屋には金がなかつたんだと思つたから、七千円はたんすにあつたんだと、七百円は財布の中にあつたんだと、警察の方が言われたわけです。それでそのように合わせたわけです。」と供述し、昭和四二年二月一〇日受付の上申書(一五冊五五〇四丁裏以下)中にもほぼ同様の記載があり、さらに当審第一四回公判での裁判長の「あんたが七千円いくらの金を取つたということになつているがあの金額はどうして出たのか。」との問にしては「友安警部さんがお前は金もないのに馬鹿なことをしたと言われるんで、三六万円から少し宛二〇万円、一〇万円と下げていつてあの段階に落ついたら、その位だろうと言つて拷問がなくなつたんでこの位のところに置いておけばいいんだと思うて言うたわけです。」と供述する(一五冊五四七九丁以下)。以上の被告人の供述の如きは全く理解しえないところであつて窮余の弁解としか受取れない(単独犯行として自白の本件につき三人組強盗の金額を持ち出したことは理解できない。)。もつとも警察の録音中には執ようにわたる質問がところどころ聴取されるけれどもそれらは概ね被告人が一応本件を自白した(第三巻中で被告人は本件犯罪そのものを全面的に認めている。)のちの細部に関するものであり、犯罪史上未曽有の極悪重大な本件についての被告人(しかも元警察官であつた)の自白の任意性を否定しなければならない程のものとまでは認められない。
二 被告人は昭和三〇年一〇月一九日逮捕されて以来窃盗の容疑者として取調を受け同月三一日山口地方裁判所に窃盗未遂罪で起訴され��その頃同裁判所からその第一回公判期日を同年一一月二九日に指定する旨の通知を受けた。しかるに、同裁判所においては同月一四日付の検察官の申請に基き右期日指定を取消し、該期日は追つて指定する旨の決定をした。しかし検察官の右申請は専ら本件強盗殺人事件の捜査のためのもので、現に捜査官においてはその後専ら右事件の捜査をし、右期日変更申請の日から一三六日を経過した昭和三一年三月三〇日同事件を起訴するに至つた。右捜査は前記窃盗未遂被告事件の勾留に藉口してなされた違法なもので、その間捜査官の手になる被告人の自白調書及び録音もまた違法に帰し、これらは断罪の資に供すべからざる旨の主張(弁護人小河虎彦の論旨第一点。この点に関するその余の弁護人・被告人の論旨も同旨。)について。
記録に基いて検討するに、被告人は住居侵入窃盗未遂の被疑事実で昭和三〇年一〇月一九日大阪市内で逮捕され、同月二二日山口地方裁判所裁判官が発した勾留状の執行を受けて代用監獄山口警察署留置場に勾留され同月三一日右各事実につき山口地方裁判所に起訴されて、その頃その第一回公判期日が同年一一月二九日午前一〇時と指定されたが、同裁判所においては検察官提出の同月一四日付変更申請書に基き被告人の意見をも聞いたうえ、同月一七日付にて右期日指定を取消し該期日は追つてこれを指定する旨の決定をしたこと、その後同年一二月一〇日付で窃盗罪の追起訴がなされ、さらに前記住居侵入・窃盗未遂罪についての勾留が起訴後三回更新されてその最後の期間満了の前日である昭和三一年三月三〇日本件強盗殺人罪についての追起訴がなされたこと、前記検察官の期日変更申請は、その申請書には単に「当職において差支のため」と記載されているのみであるが、記録上窺われる当時の捜査の推移から、右各追起訴の窃盗罪と強盗殺人罪との捜査のためのもので、しかもこれらの捜査は前記住居侵入・窃盗未遂罪についての勾留中におこなわれ、所論の被告人の自供調書及び録音もかかる捜査の段階でできあがつたものであることが認められる。しかしながら、ある事件について勾留起訴の手続をとつた後、捜査官がその者を他の事件の被疑者として取調べることは、捜査官において専ら他事件の取調に利用する目的をもつてことさらに右勾留・起訴の手続をとつたものでない限り何ら法の禁ずるところではないと解される。本件では捜査官が本件強盗殺人事件について捜査中探知した前記住居侵入・窃盗未遂事件についての捜査を遂げ指名手配の結果、大阪市内でルンペン仲間に入り住居不定の生活をしていた被告人(当時ルンペン仲間では「広島のおつさん」と呼ばれていた。)をようやくにして発見逮捕し、右手配の被疑事実に関しそれ自体独立に勾留の理由も必要も十分あつたため裁判官に対し勾留の請求をし、且つ起訴の条件も具備していたためこれを起訴したもので、捜査官において当初から専ら前記各追起訴事実の取調に利用する目的または意図をもつてことさらに右の勾留・起訴の手続をとつたものとは認められない。してみれば、検察官が所論のように第一回公判期日の変更を求めたうえ住居侵入窃盗未遂罪について勾留中の被告人を前記追起訴の各事実についての被疑者として取調べたからといつて、これを違法とすべき理由はなく、またその取調をもつて直ちに自白の強制や不利益供述を強要したものとみることもできない。もつとも、前記検察官の公判期日変更申請の日から本件強盗殺人罪の起訴の日まで一三六日を経過していることは所論のとおりであるが、記録及び捜査官が採取した録音によれば、被告人は山口警察署の取調室で昭和三〇年一一月一〇日夜八時頃その二、三日前から「いかな聖人でもあやまちはある。」などと言いきかせていた担当の司法警察員に対し「この間から説明されていたことは大体判つた。実は悪いことをしている。心をおちつけて明日状況を十分に話す。」と言いだしたことに端を発し、翌一一日から同年一二月二五日までの間(その頃はまだ住居侵人・窃盗未遂被告事件の第一回勾留更新前で、しかもさきに指定の第一回公判期日に右事件の審理が開始され、途中追起訴の窃盗事件が併合されたと仮定した場合、各事件の内容等からみて、それらの審理判決には通常すくなくともその頃まで日時を要したものと考えられる。)本件強盗殺人罪を自白し、これを犯すに至つたいきさつや、その態様並びに犯行後の状況につき詳細供述し(これにつき捜査官においては録音三〇巻を採取し、自供調書一〇通作成。)しかも事案の重大複雑なるに加えて、その供述は大筋において変りないとしても、ところどころ虚言を交えてのものであるため(一度否認しかけた。警察録音一〇巻)、これが裏付に困難を極めたことなどの諸事情を合わせ考えると、右期間の取調をもつて不当に長期に亘つたものとは認められない。さらに、その後起訴の日まで検察官により供述調書七通、検証調書一通の各作成と録音三巻の採取とが行われ、司法警察員により警察の捜査の補充として供述調書五通が作成されたが、それらの自供内容はいずれも犯行の動機順序等につき若干の修正を加え、あるいは一部につき一層具体的に詳述はしているものの、実質的には従前の自白の繰り返しであり、特にそれまでの勾留により新たに生じたものとは見られないので、これらもまた不当長期拘禁後の自白とはいえない。一方、原審裁判官としては最初の住居侵入窃盗未遂罪の起訴状に「余罪追起訴の予定である。」と記載された検察官の認印ある符箋が貼付されていたことから、追起訴をまつてこれを併合審理し一個の判決をする方が被告人の利益であると考え(中間確定判決があることについては当時予想されえなかつた。)、前述のように被告人の意見をきいたうえ検察官の申請をいれて一旦指定した第一回公判期日を取消し、これを迫つて指定することとしたものであることが容易に窺われるのである。そしてこれがため結果的には最終追起訴まで所論の日時を要したとしても、追起訴にかかる事件の重大複雑であることと、前述の如き自供経過とこれに対する裏付の困難さ並びに併合審理による被告人の利益を彼此考量すれば、原審裁判所の以上の措置には必ずしも失当であつたとはいいきれないものがある。以上の理由で所論は採用できない。なお、各所論は捜査官は本件強盗殺人罪につき取調中被告人の申出による弁護人の選任を妨げた旨主張するが、被告人は原審第四九回公判で「自分は窃盗未遂で起訴された際裁判所から弁護人は国選にするか私選にするかとの間合わせの書面を絶対に貰つていない。警察官に対し、家には父も母もおるので金は何とかするから小河先生を呼んでくれと言つたが、警察官は金がない者が弁護人を雇われるわけがないと言つて聞き入れなかつた。」旨(七冊二七九〇丁裏以下)、「弁護士さんを雇いたいんだが金がないから困るというようなことを自分の方から申し出たことはひとつもない。」旨(七冊二八一四丁以下)、当審第一七回公判では「自分が小河弁護士さんを頼んでくれと警察に申し出たのは昭和三〇年一〇月下旬頃からである。」旨(一六冊五九六七丁裏以下)各供述しながら、昭和三〇年一一月一日付弁護人選任に関する通知書及び照会書中の回答欄には「唯今は自分は金が無い為裁判所で弁護人を御願ひ致します。」(一冊九丁裏。同回答欄は昭和三〇年一一月八日付。)、昭和三〇年一二月一二日付弁護人選任に関する通知及び照会書の回答欄には「私は貧困して現ざい金が無いので裁判所で弁護人を御願ひ致します。」(一冊二四丁裏。同回答欄は昭和三〇年一二月一八日付。)、昭和三一年三月三〇日付弁護人選任に関する通知及び照会書の回答欄には「裁判所で弁護人を選任して下さい。」との印刷の文字の上に○印を付し、その理由として「貧困のため」(一冊三〇丁裏。同回答欄の日付は昭和三一年四月七日付。)との各記載がある(原審第四九回公判での被告人供述によれば、以上の各回答欄の記載は被告人によつてなされたものであると認められる。七冊二八一三丁裏以下。)。しかも。当審第一三回公判では被告人は「昭和三〇年一〇月三一日起訴の住居侵入窃盗未遂の事件について弁護人選任に関する照会書が来た際自分は『官選弁護人をお願いします』と回答したが、それはその時期には自分は強盗殺人事件について嫌疑をかけられているということがまだ判らなかつたからである。」旨供述し(一五冊五三九四丁以下)、一方被告人の同公判での供述によれば「自分が仁保事件についての嫌疑をかけられているということを知つたのは昭和三〇年一一月四、五日か五、六日頃である。」旨(一五冊五三七五丁以下)、「仁保にはおやじもおるしわしが一口いえばすぐ金ぐらい出してくれるから強盗殺人の起訴につき最初から小河先生を私選に頼むよう警察に頼んでおつた。」旨(一五冊五三九六丁)、また、阿佐美弁護人の「警察官の方からむしろ積極的に、あなた弁護人を選任しなさい、選任することができるんだと言われたことはないわけですね。」との間に対しては「言われたかもしれませんが、わたくしは自分で知つておつたから私選弁護人をお願いしますと強調したわけです。」と答えるなど(一五冊五三九九丁以下)被告人の弁護人選任に関する供述には矛盾撞着があり、且つこれに当審証人中根寿雄の「被告人の取調中誰からも弁護人選任に関する申出も相談も受けたことはない。」旨の供述(一六冊五八五〇丁裏以下)を合わせ考察すれば、前記主張は到底採用できない(起訴事件に対する弁護人選任は第一回公判期日前に公判準備に支障のない期間になされればよいと考える。)。
三 原田弁護人は当審第一五回公判で裁判所に対し職権の発動を促し、仮に被告人が本件強盗殺人罪の真犯人であるとしても、事件后一一年余を経過していることなどの理由から被告人に極刑を科すべきでない旨主張するが、本件の態様・被害状況などからみて、職権により原判決の量刑につき再考を加うべき余地があるものとは認められない。
四 よつて刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、なお原審及び当審の各訴訟費用の負担免除につき同法第一八一条一項但書を適用して,主文のとおり判決する。 
  最高裁
          主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 被告人本人の上告趣意および(一)弁護人小河虎彦、同小河正儀、(二)同阿左美信義、同原田香留夫、(三)同青木英五郎、同沢田脩、同熊野勝之、同原滋二、(四)同西嶋勝彦、(五)同渡辺脩、(六)同石田享、(七)同及川信夫、(八)同佐藤久、(九)同原田敬三、(一〇)同榎本武光の各上告趣意は、末尾添付の各上告趣意書記載のとおりである。
 職権をもつて調査すると、原判決は、刑訴法四一一条一号、三号によつて破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。
 本件公訴事実は、被告人が、昭和二九年一〇月二六日午前零時ころ、山口県吉敷郡a町大字bcd(現在は山口市に編入)のA方において、同人を含む家族六名(夫婦、子供三名、老母)の頭部を唐鍬で乱打し、さらに頸部を出刃庖丁で突き刺すなどしてその全員を殺害し、金品を強取したとの強盗殺人の事実(一審判決判示第三の事実)および昭和三〇年六月中ごろ、大阪市において、マンホールの鉄蓋一枚を窃取したとの窃盗の事実(同第二の事実)である(なお、同第一の、昭和二七年七月中ごろにおける山口県下での住居侵入、窃盗未遂の事実については、中間確定裁判の関係で別個の刑が言い渡され、適法な控訴がなく確定してその刑の執行も終了している。)。
 右強盗殺人の事実について、被告人は、いつたん捜査機関に対し自白したが、起訴の日である昭和三一年三月三〇日、裁判官の勾留尋問に対し、犯行を全面的に否認する陳述をなし、その後、同年五月二日に開かれた第一回公判以来、今日にいたるまでその否認を続けている。
 一審裁判所は、審理の結果、昭和三七年六月一五日、被告人の検察官に対する供述調書七通および被告人の検察官に対する供述を録取した録音テープ三巻のほか、多数の証拠を掲げて右強盗殺人の事実を認定し、前記窃盗の事実とあわせて、被告人を死刑に処する旨の判決を言い渡した。原審は、昭和四三年二月一四日、被告人の控訴を棄却し、一審判決を是認したのであるが、この判決に対する上告が本件である。ただし、右窃盗の事実については、一審以来、当審にいたるまで、全く争いがなく、証拠上も問題がない。そこで、以下においては、もつぱら、右強盗殺人の事実(単に「本件犯行」ないし「本件」ということがある。)につき検討する。
 原判決の是認する本件犯行についての一審判決認定事実に関し、証拠により、ほぼ確実と認められる外形的事実は、つぎのとおりである。すなわち、
 一、判示日時、判示A方に何者かが侵入し、おりから座敷で就寝中であつたと思われる家族六名の頭部を鈍器で殴打し、ついで鋭利な刃物で六名の頸部を突き刺し、またA夫婦およびAの母Bに対してはその胸部をも突き刺して、各損傷による失血のため、全員を死亡させたこと、
 二、右鈍器は、現場に遺留されていたA方の唐鍬(証二号)であり、刃物は、同様遺留されていた同家の庖丁(証三号)であること、
 三、屋内物色のあとがあり、夫婦の寝室に五円貨一枚在中のチヤツク付ビニ―ル製財布(証九号)が放置されていたこと、
 四、裏底に波形模様のある地下足袋(十文半もしくは十文七分のもの)の血染めの足跡が約二〇個、主としてAの蒲団およびその付近の畳に印せられており、そのうちのひとつは月星印のマークを現わしていること、
 五、Bの死体の傍に、その状況からみて、犯人の遺留したものとも考えられる藁縄一本(証四号)が落ちていたこと、などである。
 問題は、これが被告人の所為と認められるかどうかであるが、右凶器からは指紋が検出されておらず、屋内の建具、什器等から採取された六六個の指紋のうち、約三〇個は家族のものであり、かつ、その余の指紋の中に被告人の指紋に合致するものがあつたとの証拠はなく、その他、本件犯行と被告人とを結びつけるのに直接役立つ物的証拠は発見されていない。検察側の提出した証拠も、被告人の捜査機関に対する自白と、その真実性を担保するためのもの、ないし公判段階における被告人の弁解に対する反証としての、いくつかの間接事実、補助事実に関する証拠とに限られるのである。
 これに対する被告人側の弁解の骨子は、
 一、被告人は、本件犯行があつたというころ、当時小屋掛けをして住みついていた大阪市内のe公園を離れておらず、山口方面に出かけたことは全くなく、本件犯行は被告人の所為ではない、
 二、捜査機関に対する自白は、警察における拘禁中に強制、誘導を加えられ、その苦痛に耐えかね、あるいはその影響のもとになした虚偽のものである、
 三、自供のうち、客観的事実に符合し、自供全体の真実性を裏付けるかのごとく見える点は、捜査官の暗示、誘導に基づくものか、あるいは本件犯行と関係なく、過去に経験したところによつて述べたもの、ないし偶然の一致にかかるものである、
 四、検察官が、自白の真実性を担保するものであるとし、または弁解に対する反証となると主張する諸事実は、証拠上、認められないか、あるいはその趣旨を異にする、というのであつて、この弁解を裏付けるための証拠も多数提出されている。
 ところで、本件をめぐつては、他に若干の重要論点があるのであるが、審判の核心をなすべきものは、この、本件犯行の外形的事実と被告人との結びつき如何であると考える。本件一、二審裁判所が肝胆を砕いたのも、主としてこの点に存したのであり、多岐にわたる上告論旨も、その力点は、結局、無実の論証に向けられているものと解されるのである。
 もちろん、書面審査を旨とする上告審において、事実の認定をめぐる問題について検討を加え、原判決の当否を論ずることには慎重でなければならず、安易に介入すべきものではない。しかしながら、刑訴法四一一条の法意に照らし、もし、原判決に重大な瑕疵の存することが疑われ、これを看過することが著しく正義に反すると認められる場合には、最終審として、あえてその点につき職権を行使することが、法の期待にそうゆえんであり、しかして、本件は、事案の特質および審理の経過にかんがみ、まさにかかる場合にあたると考えるのである。
 記録によれば、本件犯行が被告人の所為であることを示すとされる直接証拠は、つぎに掲げた、捜査段階における被告人の自白およびこれに類するもの(以下において、便宜上、これらを単に「自白」と総称することがある。)のみである。すなわち、
 一、検察官に対する供述調書(昭和三一年一月一三日付ないし同年二月一九日付、計七通。一審判決証拠番号(58))
 二、検察官に対する供述を録取した録音テープ(昭和三一年三月二二日、検察官が、拘置所において、録音することを明示して被告人を取り調べ、その模様を採録したもの。一審判決証拠番号(59))
 三、司法警察員に対する供述調書(昭和三〇年一一月八日付ないし同三一年一月二三日付、計一五通。ただし、一審判決は、任意性に疑いがあるとして証拠に挙示しなかつたもの。なお、最初の二通は、前記窃盗未遂の事実による勾留中に作成された被疑者調書であつて、本件犯行の自白ではなく、逮捕時までの生活状況を供述するものである。被疑事件名は空白となつている。)
 四、警察署において録取した録音テープ(昭和三〇年一一月一一日から同年一二月二五日までの警察署における取調の際、隠しマイクにより、被告人不知の間に採録したというもの。ただし、自白のみでなく、昭和三〇年一一月一四日の否認供述を含む。なお、これらの録音テープは、一審五一回公判において、右三、の証拠の任意性立証のため、との趣旨で提出された。)
 五、検察官の検証調書(昭和三一年三月二三日になされた犯行現場等の検証の際、被告人が現場への道筋を指示し、現場において凶行の模様を再現した状況に関するもの。一審判決証拠番号(4))
 六、被告人作成の図面(昭和三一年一月二〇日付A方見取図、同日付殺害状況図、同月二二日付A方屋内状況図、同日付逃走経路図等、計一一通。被告人が、取調警察官に対し、図示説明するため作成したというもの。記録四冊一四四九丁ないし一四五九丁)
 七、被告人の手記(昭和三一年一月二九日付。記録四冊一四四七丁。原判決一の(三)に引用。)
 八、被告人が差し出した手紙(一月三〇日とあるもの。一審判決証拠番号(56)。原判決一の(三)に引用。)
 九、被告人が作つた和歌などをみずから記載した紙片(一審判決証拠番号(55)。原判決一の(三)に引用。)
 一〇、C、Dの各証言(一審判決証拠番号(54)および記録二冊三八一丁以下。昭和三〇年一〇月一九日、被告人が逮捕された直後に、大阪市天王寺署留置場で、同房者たる右両名に対してなしたという発言に関するもの。発言内容は、原判決一の(一三)の(1)に引用。ただし、同所判文中、被告人の逮捕された日を「昭和二九年一〇月一九日」とするのは「昭和三〇年一〇月一九日」の誤記と認められる。また「六人殺し」とあるのは正確ではない。調書には、「六人の口」「六人組」と記載されている。)
 一一、Eの証言(一審判決証拠番号(53)。昭和三一年一月一〇日ころ、被告人が、山口署留置場で、同房者たる同人に対し、自分は犯人であるから捜査官に聞かれたらそう言つてほしいといつたというもの。)
 さて、以上の自白が、もしも信用することができ、その内容が真実に合致するものであると認められるならば、その余の証拠とあいまつて、本件犯行���被告人の所為となすべきことは当然であり、原判決は、もとより正当であるわけであるが、これが信用に値せず、真実に合致しないものであるとの疑いを容れる余地があるならば、前記のとおり、他に本件犯行の外形的事実と被告人とを結びつけるべき直接の証拠のない本件において、被告人を有罪とする一審判決を是認した原判決は、失当といわなければならない。したがつて、右自白の信用性については、十二分の吟味を必要とするのである。
 ところで、原判決は、一審判決挙示の被告人の検察官に対する供述調書のほか、司法警察員に対する供述調書の記載内容、ならびに録音テープ、図面、手記等の存在およびその内容、あるいは他の関連証拠によつてうかがわれる自白のなされた状況等を検討して、一審判決の判示に照応する被告人の自白を信用できるとしている。
 そこで、まず、被告人の右各供述調書を見ると、詳細で、かつ迫真力を有する部分もあり、また、犯人でなければ知りえないと思われる事実についての供述を含み、さらに、客観的事実に符合する点もなしとしないのであるが、他面、供述内容が、取調の進行につれてしばしば変転を重ね、強盗殺人という重大な犯行を自供したのちであるにかかわらず、犯人ならば間違えるはずがないと思われる事実について、いくたびか取消や訂正があり、また一方、現実性に乏しい箇所や、不自然なまでに詳細に過ぎる部分もあるなど、その真実性を疑わしめる点も少なくないのである。供述中には、終始不動の部分もあるが、それは主として捜査官において本件発生当初から知つていたと思われる事実についてのものであり、はたして、被告人のまぎれもない体験であるが故に動揺を見せなかつたものであるのか、捜査官の意識的、無意識的の誘導、暗示によるものであるのか、他の証拠と比較して、軽々に断じ難い。たとえば、侵入口に関する被告人の供述は、裏口からである旨、一貫しており、捜査官らの証言中には、この点が捜査陣の予想と違つていたので、自供が真実であると考えたとの趣旨のものもあるのである(記録三冊八七一丁、一四冊四八六三丁、四九六四丁)が、昭和二九年一〇月三〇日付捜査報告書(記録一四冊五〇八三丁)には、A方は昭和二一年以来三回にわたり盗難にかかつており、侵入口はいずれも裏口であつた旨の記載があることをあわせ考えると、はたして右証言をそのまま信用できるか、疑いなきをえない。そのほか、被告人の前記手記、手紙、和歌等については、原判決のごとく一義的に解釈することには問題があり、さらに、自白がなされた状況に関する証拠も明確を欠くところが多く、いずれも決定的であるとはいい難い。
 結局、供述調書の記載自体に徴し、あるいは上記関連証拠等によつて、本件犯行についての被告人の自白には信用性、真実性が認められるとした原審の判断は、肯認し難いのである。
 原判決は、さらに進んで、多くの間接事実、補助事実を認定、挙示し、右自白の内容がそれらと符合するが故にその信用性真実性に疑いがないとし、また、犯行を否定する被告人の弁解を排斥しているのであるが、そのうち最も重要なものは、つぎの六つである。すなわち、
 一、被告人が、本件発生の時期の前後にわたり、当時の居住場所である大阪市内のe公園にいなかつた事実、
 二、被告人が、本件発生の日の数日前に、前記b近辺において、二人の知人に姿を見せた事実、
 三、被告人が、本件犯行前数日間徘御した経路として供述した内容には、当時、被告人が、現にそのように行動したのでなければ知りえない情況が含まれている事実、
 四、被告人が、A方の被害品と認められる国防色の上衣を所持していた事実、
 五、犯行現場に遺留されていた藁縄は、F方の農小屋から持ち出されたものであることが、被告人の自供に基づいて判明した事実、
 六、被告人が、本件発生の時期において所持、着用していた地下足袋が、裏底に波形模様のある月星印の十文半もしくは十文七分のものであつた事実、
以上である。
 これらは、それぞれ相互に独立した事実であるが、本件の具体的事情のもとにおいては、そのうち一、ないし五、のいずれのひとつでも、その存在が確実であると認められるならば、それだけで被告人の前記弁解をくつがえし、その自白とあいまつて、本件犯行と被告人との結びつきを肯認するに足り、六、もまた、確実であるならば、被告人の弁解に対する反証として、さらには有罪認定のための資料として、相当の比重をもつということができる反面、一、または六、が確定的に否定された場合には、被告人の嫌疑が消滅するか、または著しく減殺されることもありうるのである。したがつて、これらの事実の存否は、本件事案解明の鍵をなすものであるといわなければならない。そして、もしこれらの事実を積極に認定しようとするならば、その証明は、高度に確実で、合理的な疑いを容れない程度に達していなければならないと解すべきである。けだし、これらの事実は、上述のごとく、被告人と犯行との結びつき、換言すれば被告人の罪責有無について、直接に、少なくとも極めて密接に関連するからである。なおまた、上記一、ないし六、は、おのおの独立した事実であるから、必ずしも相互補完の関係には立たず、そのひとつひとつが確実でないかぎり、これを総合しても、有罪の判断の資料となしえないことはいうまでもない。
 ところで、原判決は、これらの事実をいずれも積極に認定しているのであるが、その理由として説示するところは、記録に照らし、必ずしも首肯し難いのである。
以下、順次、検討を加える。
 一、被告人は、本件発生の時期の前後にわたり、当時の居住場所である大阪市内のe公園��いなかつたか。
 この点に関する証拠としては、つぎのものがある。
 (イ)いなかつたとするもの
  (1)Gの証言および検察官に対する供述調書(一審判決証拠番号(16)(17))
  (2)Hの証言(同(15))
  (3)被告人がe公園に在住していた当時、血を売りに通つていた大阪市内の血液銀行の被告人関係のカルテ中には、本件発生前後のものが見当たらないことに関する一連の証拠(同(14)等)
  (4)IことJの第二回証言(昭和四一年九月七日、原審九回公判。記録一四冊四七四三丁)
 (ロ)いなかつたことはないとするもの
  (1)Iの第一回証言(昭和三四年一月一九日、一審二七回公判。記録五冊一六九〇丁)
  (2)Kの証言(同。記録五冊一六七八丁)
  (3)Lの証言(昭和三一年八月一八日証人尋問期日。記録二冊四二一丁)
 右証人らのうち、GおよびHは、本件発生の時期における被告人との関係からみて、ことさら被告人にとつて不利益な証言をしなければならない立場にあつたとも考えられないのであるが、しかし、両名とも、認識、記憶、表現等の能力において問題があり、各供述記載の内容を見ても、意味の明らかでないところや、あいまいな箇所が少なくなく、被告人が本件の前後に大阪にいなかつたとする各供述を全面的に措信すべきかどうか疑問である。血液銀行のカルテに関しても、本件発生のころの被告人のカルテがないのは、検査に合格せず、血を売ることができなかつたことによるもので、被告人が当時大阪を離れた証左ではないとの被告人の弁解を否定するだけの積極的な証拠は見当たらない。また、原判決は、一の(六)において、IことJの第一回証言をとらず、右証言の七年後になされた、しかも供述時より一二年前に属する隣人の動静についての第二回証言をもつて判断の資料としているのであるが、その合理性には疑いなきをえないし、のみならず同人の右第二回証言は、被告人が二日ほど不在であつたというのであるから、被告人が、約七日間、b近辺にいたとする一審判示を是認する根拠とはならないのである。これに対し、L証言、K証言およびI第一回証言は、同人らの資質、年齢、生活状況、被告人との関係、供述内容等にかんがみ、たやすく排斥し難いものがある。
 結局、本件発生の時期に、被告人が大阪にいなかつたとの点についての証明は、いまだ十分とはいえないのである。
 二、被告人は、本件発生の日の数日前に、b近辺において、二人の知人(M、N)
に姿を見せたか。
 この点に関する証拠としては、
  (1)Mの証言(一審において二回、原審において一回。一審判決証拠番号(18)(19)および記録一一冊三九五三丁)
  (2)同人の検察官に対する供述調書(刑訴法三二八条の書面。記録三冊一〇八四丁)
  (3)Nの証言(一審および原審において各一回。一審判決証拠番号(28)および記録一一冊三九七八丁)
  (4)同人の検察官に対する供述調書(刑訴法三二八条の書面。記録三冊一〇八七丁)
  (5)Oの証言および検察官に対する供述調書(一審判決証拠番号(30)(31))
がある。
 被告人の捜査官に対する供述調書にも、この二人に会つた旨の記載があるが、公判において、被告人は、これを創作ないし誘導による虚偽のものであると弁解する。記録中に存する捜査時の資料によれば、右供述調書作成当時、すでに警察側では右両名から被告人を見かけた旨の聞き込みをえていたことが窺われるのであり、まず被告人の自供があり、ついで両名にその真偽を確かめたものであるとなすべき証跡は見当たらない。右両名の証言の信頼性について考えるのに、両名とも被告人の罪責につきなんらの利害関係もなく、意識的に虚偽の供述をしたと考えるべき事情はないのであるが、他面、両名は、被告人と面識はあつたものの、そのころ交際があつたわけではないことが認められるほか、両名がそれぞれ被告人と会つたという日時、場所、情況、および関連証拠上、各面談の事実に確たる裏付けを欠くことなどをも考えあわせれば、人違いその他なんらかの錯誤を生じた可能性のあることも否定しきれない。また、右両名のことが被告人の供述調書に現われるのは、昭和三〇年一二月一七日付および同月一八日付の司法警察員に対する各供述調書からであるが、両調書には、被告人が後に取り消した虚偽の自白にかかる事項が少なからず含まれている点からみて、被告人の前記弁解も、あながち無視し難いのではないかと思われる。さらに、Mの一審第一回証言の調書には、原判決一の(四)に判示するとおり、被告人が反対尋問をした記載があり、そのなかには、被告人自身、Lが被告人と面談したというP製材所をかつて訪れたことを認めていると見るべき発言のあることは事実であるが、それは、被告人がLと面談したことまでも認める趣旨であるとはいえないのみか、右判示が引用するように、被告人のいう訪問の時期は、本件犯行の遥か以前で、被告人がなおb近辺に居住していた昭和二八年四月ごろというのであるから、この反対尋問の事実をもつて被告人の弁解を排斥するのは明らかに妥当を欠くといわなければならない。そのほか、前掲のOの証言等を参酌しても、被告人が、本件犯行発生の直前に、前記両名に会つていることは、いまだ確かな事実とは認められないというべきである。
 三、被告人が、本件犯行前数日間徘徊した経路として供述した内容には、当時、被告人が、現にそのように行動したのでなければ知りえない情況が含まれているか。
 原判決の挙げるところは、
  (1)fのQ経営の菓子店(原判決一の(五)および(一三)の(3))
  (2)g駅付近のルーフイング葺の小屋(原判決一の(八)の(1)および(一三)の(3))
  (3)h橋際の散髪屋の前の店(原判決一の(八)の(2))
の各存在であるが、(1)については、原判決が前提とする同店の開店時期に事実誤認ある疑いが濃く、(2)および(3)についても、被告人の供述に的確に照応するものとはいい難いのである。
  (1)右「fのR店」につき、原判決は、昭和二九年六月中旬開店、同三三年三月閉店と認定し、昭和二八年春以後、この付近を通行したことがないという被告人の供述にこの店が出て来るのは、実は、昭和二九年六月中旬以後、さらにいえば本件犯行のころに、被告人がこの店の付近を通行した証左であるとする。そして、原判決は一の(五)において、右に関する証拠を挙示しているのであるが、そのうち、Qの司法警察員に対する供述調書(昭和三八年一〇月四日付。記録一二冊四一三〇丁)には、いかにも右判示にいうごとき開店および閉店の時期の記載があるけれども、同じくQ、同Sの各証言(昭和四一年四月二二日になされたものであり、店は供述の時から一二年前の昭和三〇年ころにやめたが、それまで五年ほど開いていた、とするもの。記録一三冊四三八五丁、四三七八丁)は、昭和二五年ころに開店した、との趣旨と解することができるのに対し、検証調書二通のうち一通には、昭和二九年ころ、ここに出店を出していたというだけの、場所に重点を置いたQの指示説明の記載があるに過ぎず、他の一通には、警察官Tによる場所の指示の記載があるのみで、開店時期については触れるところがない。かえつて、原判決が挙げていない捜査状況報告書(昭和三〇年一二月二四日付。記録一四冊五一二〇丁)には、Qが、現在(すなわち、原判決がなお営業中と認定している昭和三〇年一二月末ころ)、自分はそこでは店をしていない、と述べた旨の記載がある。これは、右書面の作成時期をも考えると、前記各証言を支持すべき有力な資料とするに足り、これを前提とすれば、R店の開店時期は昭和二五年ころと認めざるをえないから、そうであるかぎり、この点に関する原判示は、その基礎を失なうこととなるのである。
  (2)「g駅付近のルーフイング葺の小屋」に関して、被告人の司法警察員に対する昭和三一年一月二三日付供述調書(記録四冊一三一五丁)に、被告人がg駅北側で野宿した翌朝 「黒いような紙のようなものに何かぬつたもので屋根が葺いてある小屋」を見た旨の供述記載があること、およびg駅北側のU方家屋の屋根が、昭和二八年七、八月ころルーフイング葺にされた事実を認めるに足りる証拠のあることは、原判決一の(八)の(2)の判示するとおりである(ただし、原判決挙示のその余の自供調書、すなわち、司法警察員に対する昭和三〇年一二月一七日付、同月二〇日付、同月二五日付各供述調書および検察官に対する昭和三一年一月一三日付供述調書には、いずれも、単に駅構内あるいは駅前等で寝た旨の概括的供述の記載があるのみで、「小屋」についての言及はない。)。被告人は、前記供述について、g方面には昭和二八年五月以降行つたことがないが、たまたま昭和二六、七年ころ同地方にルーフイング葺の住宅がいくつも建てられたことを知つていたので、その知識に基づき、架空のことを述べたものであると弁解している。これに対し、原判決は、右U方家屋が、前記供述の「小屋」に該当するものであると認め、被告人の弁解はそれ自体信じ難いとし、かつ、前記供述の用語が、弁解において用いられている「ルーヒン葺」というような技術的用語でないことをも根拠として、これを排斥したのである。ところで、被告人を取り調べた警察官T作成にかかる捜査日誌(証二七号)によれば、昭和三〇年一二月二五日の項に、被告人が、g駅付近の「黒のフア〇タール塗り」の小屋について述べた旨の記載(ただし、上記〇の部分は、一字が判読困難なため、かりに〇としたものである。) があるから、この日に、被告人は、警察官に対し、「小屋」につき、右のごとき表現を用いて供述したものと考えられる。しかるに、前述のとおり、同日付の司法警察員に対する自供調書にも、その後における昭和三一年一月一三日付の検察官に対する自供調書にも、「小屋」に関する供述記載は全くなく、前掲の昭和三一年一月二三日付司法警察員に対する自供調書(これが被告人の警察における最後の調書である。) においてはじめて、g駅付近の詳しい叙述と、これに関する従来の供述を訂正する供述とがあらわれるのであつて、前記の「黒いような云々」の供述もまた、この調書にのみ存するのである。このような事実を総合し、特に、原判決の重視する「黒いような云々」の供述と、右「黒のフア〇タール塗り」という表現(その意味するところは必ずしも明らかでないが)とを比較して考えると、前記供述は、あるいは、捜査官が実地に臨んで知りえたところに基づく取調の結果、おのずからなる誘導迎合を生じたことによるものであつて、被告人自身の体験によらない架空のものではないかとの疑念を禁じえない。また、右捜査日誌にあらわれた用語は一応の技術的用語と解されることに徴し、前記供述記載に技術的用語が用いられていないことをもつて被告人の弁解を排斥する一根拠とする原判決の説示にも疑問を生ずるのである。
  (3) 「h橋際の散髪屋の前の店」に関しては、原判決一の(八)の(2)掲記の証拠も存在するので、これによれば「散髪屋」の営業時期についての判示は正当と認められる。しかし、その挙示する被告人作成の図面(記録四冊一四五九丁)には、基準となるべき「散髪屋」の表示はないのである。それにもかかわらず、原判決は、この図面に基づき、h橋北詰を基準として、その東方四軒目のV方を、被告人の自供にいうパンを買つた店にあたると認めたのであるが、同人方で本件犯行発生のころ、パンを売つていたかどうかについては、明確な証拠が見当たらない。取調にあたつた警察官Wの「昭和三一年一月一七日、X方に捜査のため赴いたとき、同人方は食料品、荒物類を販売していたのみで、パンは売つていなかつたが、店の者が昭和二九年一〇月ころはパンも売つていたと言つていた。」との一審証言(記録四冊一四一八丁裏)は、伝聞証言でもあり、その内容に照らしても、証明力は高いとはいい難いし、原審第一回検証での立会人Vの指示説明中には、前にパンを売つていたことがある旨の記載もあるが、「前」とはいつのことかこれを知る由がない。
 さて、このように、原判決の指摘する右(1)(2)および(3)の情況のうち、(1)については誤認の疑いが濃く、(2)および(3)についても、自供との関連に疑問をさしはさむ余地がある。もちろん、それがためにただちに被告人に対する嫌疑が消滅するわけではない。しかし、右のごとき証拠上の難点が解明されないかぎり、右情況の存在を判断の前提とすることはできないの��ある。
 四、被告人は、A方の被害品と認められる国防色の上衣を所持していたか。
 前掲「捜査日誌」(証二七号)によれば、昭和三〇年一一月二〇日の項に被告人が「国民服」奪取の事実につきこの日はじめて供述したことを示す記載があり、また同年一二月三日の項に、A方遺品である「将校服上衣」「国民服上衣」について捜査がなされたことを示す記載があるほか、これに関連する捜査報告書の日付が昭和三一年一月一〇日および一二日である事実をも考えあわせると、その捜査は、被告人の右供述があつたのち、それに基づいてなされたものと見ることができる(Wの反対趣旨の証言もないわけではないが、これは恐らく同人の記憶違いであろう。記録六冊二二九五丁)から、本事実が確実なものであれば極めて有力な証拠となりうるのであるが、奪取したという「国民服」上衣が現存しないのみならず、この間には、なお、つぎのような問題が存在するのである。
 けだし、本事実を積極に認定するためには、被告人の捜査官に対する自白を別とすれば、
  (1)A方に本件発生時まで存在していた国防色の上衣が、その直後見当たらなくなつたこと、
  (2)被告人が、本件発生直後から国防色の上衣を所持していたこと、そして、それ以前にはこれを所持していた事実がなかつたこと、
  (3) (1)(2)の上衣が同一物であること、
が、それぞれ確実でなければならないのである。
 まず、(1)の点についてみると、A方家族全員が殺害されているため、直接の確認は困難であつて、原判決一の(一三)の(4)の判示は、主として、昭和三一年一月一〇日付捜査報告書(記録六冊二二四五丁。近隣の人々からの聞き込みを記載するほか、「形見わけ一覧表」が添付されている。) およびY、Zの各証言(記録一冊一五五丁、一一冊三九一六丁、一冊一三二丁)に依拠している。そして、被害者Aが国防色の上衣を着用していたことのある事実は、前記の証拠から認めることができるのであるが、着用していた時期についてははなはだ明確を欠くのであつて、右捜査報告書に記載された聞き込みによれば、昭和一九年から昭和二四年ごろとなつており、Zは時期の記憶がないと述べ、Yは、本件事件直前ごろには見なかつたとしているのである。なお、右「形見わけ一覧表」によれば、A方遺品中に、対応すべき上衣のない国防色のズボン一着(証一号)があつたことは認められるが、それがもともと上下一揃のものであつたかどうかは明らかでない。また、遺品中には、その他にも、軍服上衣二着と国防色の上衣一着との存することが認められるのであつて、これらと、前記の人々の見たという国防色の上衣との異同は、まつたく不明である。
  (2)の点についていえば、被告人が国防色の上衣を所持していたことは、HおよびAaの各証言(記録二冊三九六丁、四〇七丁)の認めるところであるが、Hの証言の信頼性については、既述のごとき問題があり、Aaの証言についても、同女の資質、性格等のほか供述記載の内容をも考えあわせると、その信頼性には、同様の問題があるのである。のみならず、Aaは、本件犯行発生後約半年を経た昭和三〇年四月一七日に、はじめて被告人と相知るにいたつたものであるし、Hは、昭和三〇年四月ごろに被告人が国防色の上衣を着ているのを見たと供述しているだけであるから、両名の証言をもつて、本件以前に被告人が国防色の上衣を所持していなかつた事実までも認定すべき資料とすることはできない。さらに、本件発生当時、被告人と同棲していたGは、当時の被告人の服装や手持ち衣類等について明確な記憶がないと述べており、国防色の上衣について特に尋問されたのに対しても、「兄ちやんから借りていた」という、趣旨不明の答をしているのみである(記録二冊六九九丁)。なお、同人の検察官に対する供述調書にも、国防色の上衣に触れるところは全くない(記録四冊一四三七丁)。
  (3)の点については、A方の被害品という国防色の上衣なるものがいかなるものであつたかはもとより、その存在自体が明確を欠くのであるから、AaとHのいう上衣との同一性の識別は本来不可能に属するのである。それにしても、もし、Aaらのいう上衣が、A方遺品である証一号のズボンと、その生地、色合い等を同じくしていたことが認められるならば格別であるが、その点に関し、最も重要な証人というべきAaは、右ズボンを示されて尋問を受け、上衣の色はこれよりちよつと濃く、生地も違うと述べているのである。
 なお、Aaは、同人が見た国防色の上衣および被告人所持の鳥打帽に、血の「しみ」がついていたとも供述しているが、現物はいずれも同女が焼き捨てたというのであり、その「しみ」が血痕かどうかは確めるべくもないし、一方、本件犯行発生のころに被告人と同棲していたGは、右鳥打帽によごれのあつたことを否定している(記録二冊七〇八丁)。
 結局、国防色の上衣の点についても、証拠はとうてい十分とはいえないのである。
 五、犯行現場に遺留されていた藁縄は、F方の農小屋から持ち出されたものであることが、被告人の自供に基づいて判明したか。
 被告人の右藁縄(証四号)に関する自供のうち、これを持ち出した場所はFの農小屋であるとする点は、関連証拠上、捜査官の示唆誘導によるものとは考え難い。そこで、もしこの繩の出所が右農小屋であることが確定されるならば、それはほとんど決定的な証拠となりうるものである。この点に関し、一、二審においては、右藁縄の用途、その製造に用いられた藁の品種および製縄機の機種、ならびにその山口県内における普及状況等につき多数の証拠が取り調べられたのであるが、これらの証拠はいずれも決定的なものではない。また、証四号の藁縄にはなんら顕著な特徴がないのみならず、記録中には、捜査に際し、右農小屋から同様な縄が発見されたとするごとき捜査官の証言もないではないが、これを裏付けるに足る的確な証拠はなく、その他記録を精査しても、被告人の自白を除いては、この縄が、本件直前まで右農小屋にあり、犯行に際してここから持ち出されたものであることを確認しうべき証拠は、ついに見出だすことができないのである。
 六、被告人が、本件発生の時期において所持、着用していた地下足袋は、裏底に波形模様のある月星印の十文半もしくは十文七分のものであつたか。
 被告人も、本件発生のころに、i駅裏商店街の、同駅から行つて右側の店で買つた地下足袋(十文半もしくは十文七分のもの)を所持し、時に着用していたことは争わない。その現物は、被告人逮捕の時には既に存しなかつたのであるが、しかし、もし、それが月星印の品であることが明らかにされるならば、本件犯行の現場に残されたひとつの足跡の特徴と合致するが故に、決定的とまでは言えなくても、有罪認定のための有力な資料となるであろう。
 一審で、検察官は、この地下足袋の買い入れ先は、i駅裏近辺で月星印地下足袋を販売する唯一の店であるAb方であると主張したが、同人の証言で、その店はi駅から行けば商店街左側であることが判明した。原審でも、被告人のいう店が、右側にあるAc商店(この店では、当時大黒印地下足袋のみを販売していた。) であるか否かとの点について、同商店街の検証などが行なわれたが、既に一〇余年を経たのちのことでもあり、事態を明白にするにいたらなかつた。原判決は、一の(九)の判示において、被告人の弁解を採用しなかつたのであるが、それは、被告人の弁解が一貫しないことなどを主たる根拠とするにとどまるのであつて、必ずしも首肯せしめるに足りない。要するに、当時、被告人の所持、着用していた地下足袋が、前記Ad商店から購入されたものであるとする根拠には乏しく、他に、これが月星印の品であつたとすべき確実な証拠も存在しないのである。
 以上、一、ないし六、の事実について検討したところによれば、これらはいずれも証拠上確実であるとはいい難く、これによつて被告人を本件犯行の犯人と断定することができないのはもちろん、原判決のごとく、これを被告人の自白の信用性、真実性を裏付ける資料とすることも困難であると考えざるをえないのである。
 なおまた、原判決が、被告人を有罪とした一審判決を維持すべき根拠として掲げるその余の判示についても、疑問の余地なしとしない。一例を挙げれば、原判決は、一の(一三)の(1)において、被告人は本件犯行発生の日時を誰からも教えられずに知つていたとするが、取調にあたつた捜査官の証言にも、右にそうごとき供述はなく、その他、右判示の根拠となしうべき積極的証拠は見当らないのである。自白にかかる犯行の日時は、昭和三〇年一一月上旬ころ、留置場の他の房にいたAeからこれを聞いて知つたものである旨の被告人の弁解について、原判決は、西村の証言と比較して信用できないとし、これを排斥している。しかし、西村証言(記録五冊一九〇九丁)は、被告人からbの六人殺しはいつあつたかと聞かれたこと、およびこれに対して答えた旨を明確に述べているのであつて、その点は被告人の主張と一致するのである。それが事実であつたとすれば、被告人の用意周到な演技であるなどと疑うべき格別の事情のないかぎり、むしろ当時被告人は犯行発生の日時を知らなかつたものと見る方が自然であるといえないこともないのである。
 本件が強盗殺人事件であることは、ほぼ確実である。そして、本件記録を通観すれば、被告人がその犯人ではないかとの疑惑を生ぜしめる種々の資料が存するのであり、犯行を否定する被告人の弁解が、はたして真実であるかどうかについても問題がないではない。また、本件一、二審の判決裁判所は、いずれも、被告人の公判廷における弁解を長時間にわたつて直接に聴取し、しかもなおこれを採用しなかつたのであつて、このことは軽視できないところである。
 しかしながら、右の諸点を十分に考慮しても、上述したとおり、本件記録にあらわれた証拠関係を検討すれば、本件犯行の外形的事実と被告人との結びつきについて、合理的な疑いを容れるに足りる幾多の問題点がなお存するのであつて、原審が、その説示するような理由で、本件犯行に関する被告人の自白に信用性、真実性があるものと認め、これに基づいて本件犯行を被告人の所為であるとした判断は、支持し難いものとしなければならない。されば、原判決には、いまだ審理を尽くさず、証拠の価値判断を誤り、ひいて重大な事実誤認をした疑いが顕著であつて、このことは、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よつて各上告趣意につき判断を加えるまでもなく、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文にのつとり、さらに審理を尽くさせるため本件を原裁判所である広島高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 検察官横井大三、河井信太郎公判出席
  昭和四五年七月三一日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    村   上   朝   一
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lostsidech · 6 years
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三つ、手をうってむすんで水に月(そのに)
 上京に麻見という屋号を掲げた金物の卸屋がある。  なんでも旧薩摩藩の家臣団の一部で、藩邸が返還された際に付近で商売をひらいて、そのまま京都に定着したとかいうことだ。名前を聞いたとき、アサミ、と春はおうむがえして女性の顔を見上げた。落ち着いた容姿をしたその女性は確かに家柄の風格を備えていた。
 それが一月の半ばごろのやりとり。  新しくやってきて、春を見て「子どもの遊び」と言い放った女の人、麻見冬子(あさみふゆこ)。ぎこちないままに何度か顔を合わせ、二月のはじめに入ったころには、心象はともかくとして、当たり前にそこにいる仲間のひとりになっていた。  三条はこの時期の積もって溶けない牡丹雪に閉ざされていた。  冬子は綺麗な女の人だ。整った横顔を見上げると「なに?」と長いまつ毛がこちらを見下ろす。「ごめんなさい」と春は俯く。 『話したいなら話せばよかろうに、春』 「そうじゃないわ」  小声で姫さまに言い返して手元に集中する。折り紙の角は丁寧に揃えて折らなければいざ完成の時に見目の悪さに泣くことになる。  粉屋には火鉢が焚かれていた。身体の右側を遠い熱が輻射であたためている。  そのもとで春と冬子は並んでもくもくと紙の花を折っている。ほどなく教室に子どもたちが遊びに来て冬の星の観測会をやることになっていた。春は掃除以外に別段できることがなかったから、途中で思いついて部屋を飾りましょうと言い出したのだ。  春が年下の子どもたちに教えられるものというとせいぜい折り紙くらいしかない。なつめは変な折り方(耳の動く兎だとか、羽と羽の繋がった鶴だとか)をいくつか知っていて、元来そういう手遊びが好きだった春はあっという間に覚えて吸収していった。いまでは春のほうが手先の器用さで綺麗に素早く折ることができる。子どもたちにわいわい取り囲んでもらうのはいつも悪い気分ではなかった。 『なのにどうしてそう不機嫌にする』 「不機嫌なんかじゃ……」 『冬子にも優しくせい。新入り仲間じゃろ』  新入り! 春は四月になつめたちと出会ってからすでにおよそ十月の日々をここに通って過ごしている。四ヶ月目の夏には助手の座を与えられもしたのだ。それからはなつめから何度か、この世の謎に関する講義だって受けている。  姫さまにとっては春の一年なんてあぶくみたいな薄い時間かもしれないけれど、それはまるで幼児に言うような十把ひとからげなお言葉で春はへそを曲げた。なつめと最初に会ったときとは対照的で、姫さまは冬子にはなぜか甘いのだ。  春はちょっと腹立ちをおぼえながら折り目に力を込めた。  確かに折り紙しかできないのなら幼児と似たようなものだし、この教室においても新入り扱いされて仕方がない。  助手と名乗って、できることはこんなことばかりだ。 「……」  冬子についつい目が行く。彼女は綺麗な女性で、髪型こそ子供のようにしているけれど雰囲気はとても大人びている。このとき十七、翳島と比べて二つ下。みつと比べると一つ上。  けれどかえって春が近いと思うのは、母の清子、触れることができない大理石の彫像のような、あの高貴な横顔だった。  冬さんは賢い女性だから、と最初の日になつめが言ったのを覚えている。  冬さんは賢い。きっとぼくらの「研究」の力になってくれるでしょう。  ……つまり、冬子は最初から仲間としての役割を与えられてやってきた。  四か月めにようやく秘密の耳打ちをしてもらえた春とは違う。  また振り向いた切れ長の目と目がぶつかって、尋ねられる前にあわててうつむいた。 「冬さんは……」  誤魔化すために先手を打って口を開いた。 「こんな時間くだらないって、思うんじゃないですか。遊びの時間ですけど」  つっけんどんな言葉になってしまった。相手の昔の発言を掘り返すという、なんとも意地の悪い言い方。  誤魔化そうとしてさらに深みにはまったようだ。姫さまが呆れたけはいで春を取り巻いた。反省しつつそれ以上付け足すものがひねり出せない。  低い声で冬子が応じた。 「気にしてるのね。最初に私が言ったこと」  春の無言がたぶん肯定になった。  最初の日、子供の遊びだ、と冬子は言った。その反感がずっと胸の底にわだかまって、冬子と口を利くときいつも春の言葉尻を硬くさせていた。  春だけは確かに子供なのかもしれない、と思ってしまうから。いつでも姫さまに守られていて、なつめや翳島に教わってばかり。  冬子は何が違うのか。  どれだけ賢くなれば……なつめの隣を認めてもらえるのか。 「春は……」  その冬子が落ち着いた声で言葉を発した。  ぴくりと背中を固めて上目に冬子を見上げた。 「なんです?」 「春はおとなになりたいの?」  急な問いかけに答えられなくて、春は黙ってその横顔を見つめ続けた。  どこかで空気が動いたのか机の上に積んでいた花の山がぱらぱらと崩れた。冬子が作ったものと春が折ったもの、両方で作られた山だ。 「おかしいことですか?」  自然と、春はそう訊き返していた。 「もっとたくさんのことを知りたい。もっとたくさんのことを考えられるようになりたい。大きな結果を残せるようになりたい。変わったことでしょうか」  ゆらりと冬子の髪が揺れた。彼女が振り向いて春の顔を見据えたからだった。 「おとなになるって、それだけじゃないわ」  まだ抑えきれない反感が、ちりっと春の胸を駆け抜けた。冬子より歳が上の翳島だって、そんなふうに春を見たりはしない。  指先に力がこもったから、ゆるやかな弧を描くはずだった花弁の折り目が小さな音を立てて潰れた。さっと目を逸らして、春は冬子に向かって言い返していた。 「こどもこどもって、言わないで。ここにあるのは『夢』なんです」  春の夢。最初になつめがくれたもの。 「それを追いかけている限り、わたしとあなたに差はありません」  言い切った。胸が痛かった。姫さまは完全に諦めて見ていることに決めたらしくて、静かにけはいをひそめていた。  大きく呼吸をして、釣り上げたまなじりを、意識して下げた。  春は冬子と喧嘩がしたいわけではないのだ。仲間だと、春だってそう思っている。そう思わなきゃいけないと知っている。だって現に彼女はここにいるのだ。なつめが彼女も仲間だ、とすでに決めたのだから。  だけど、  ――冬さんは、あなたは、どうしてここにいるんですか。  冬子が春のことを果たして仲間だと思ってくれているのか、春にはどうしてもわからなかった。わからないのだ、だって、冬子が何も言わないから。  この頃の私塾には、ずいぶんと訪れる人が増えていた。  元来ここを遊び場にしていた町の子どもたちはもちろんのこと、驚かされたのは大人の人たちも次々となつめに魅せられていったことだ。時々要らなくなった教材や画材を譲りに来てくれる小学校の先生、特別にお目こぼしをしてくれるこのあたりのお巡りさん。通りすがると挨拶してくれるお母さんたち、おまけを付けてくれる八百屋さん。  もちろん大半の人たちには、春たちが教室以外でほんとうにやっていることは内緒なのだけれど。  彼らだって言う。  きみたちが何をするのか見てみたいから。  彼らの目にだって輝いている、なつめの振りまいた星のかけら。春はそれをどうしても、冬子の目の中に見つけられなかったのだ。  あの夜の薄雪を踏んで、春のことを子どもだと言った冬子は、この小さな教室になにを見出しているのか。 「私はね」  冬子が淡々と口を開いた。春は自分が性根のまがったことを言ったのがわかっているから、返事がすこし怖くて唇を噛んだ。  冬子は春の攻撃をどう捉えたのか、表情にはまったくあらわさないまま、言葉のうえだけで静かに答えた。 「あなたのような純真な『こども』とはきっと違うの。  夢なんか見たわけじゃない。何を見ろっていうの? なつめ君たちが言ってるようなこと? 世界がなんとかって、理屈が色々よね。申し訳ないけれど私の頭じゃ半分もついていけない。どうして私がここにいていいと言われたのか、私のほうがわからないわ。何もわかっていないのですもの。  だけど、見られるものなら見たいと思う。夢っていうの。  私はそれでここにいる。いていいんなら、ここにいる」  その指先がもうとっくに折り目の付いた白い紙の上を執拗に滑っていた。  春は。春は、自分が性格の悪い形で持ち掛けた問いかけに返ったものに、静かに息をとめていた。  麻見冬子はふうっと手元に息を吹きかけ、ひとつ折り上げた小さな白花を、手のひらの上でまじまじと見た。 「おとなになんかなりたくなかった」  通りのほうから観測会にやってくる子どもたちの嬌声が響���た。  迎えに出ていた少年二人の笑い声が混じった。
×
 点灯夫が通って街燈に灯を入れていった。  ぽつぽつと順番に雪道に橙の光の輪が落ちる。凍えるように寒い日なのにどうしてかその景色はぬくもりの象徴のように絵をつくる。夜と星の時間の始まり。  けれど春の気持ちは温まりきらない。 「この空に見える星が」  となつめは眩しそうに瞳を細くして言うのだった。 「何年も前の姿をぼくらの目に届けているのだって、きみたちは知ってるかな」  清澄な冬の星の下で観測会がはじまっている。  客人は五人。一人はすこし背の伸びたゆみちゃんで、それからお兄ちゃん。あのとき一緒にいたずらをしていた友達ふたりと、最近遊び仲間に増えたらしい、勉強好きな男の子。 「たとえばね、あの正面に見えるシリウスは六年前の姿。隣に動いて、ベテルギウスは600年。大三角を繋ぐ、リゲルは800年だ」  語り手はおもになつめだった。翳島は後ろで静かに聞いていて、春と冬子は周りの手伝いだ。  雪を掻いていくつものスツールを置いて、少年少女は手作りの星見盤を掲げながら目を輝かせる。その手元に、春はやけどをしないようにふうふうと冷ましてやったお茶をひとつずつ配った。膝を伸ばして、冷気に身をすくめながら振り向くと、ちょうど冬子が出てきたところで思わずちょっとの間見つめてしまう。  途切れた会話の続きは始まらなかった。冬子はその視線を流すように目を逸らしてしまっただけだった。  春と冬子にとっての空白に、なつめの声が穏やかに流れている。 「光ってね、とても速く進むんだって前に話したろ。あまりに速いから、ぼくたちの目では光が空間を走っている様子を見て取ることはできない。最初から止まってそこにあるように見えるんだ。だけど光は確かに動いている。  そんな光が、一年経っても走りきれない距離ってどれだけのものかわかるかい。あるいは、何億年経っても届かない距離って」  わかんない、と子どもたちはぼやぼやと言う。このままぎくしゃくしていたって楽しいものも楽しくないから春も正面に注意を戻した。少年のうち一人が生意気に「ぼくはわかるよ」と口を挟んでいる。例の勉強好きな小学生。すこし年下だけれどいちばん賢いから、こういうときには面目躍如で理屈を言えるのだ。  男の子のふくふくした鼻の先が真っ赤に染まっている。 「空はそれくらい広いんだよね。ここに見えてる空って、ぜんぶじゃなくて、見えないところにも広がってるんでしょう」 「うん」  なつめは空を見上げたまま微笑んだ。 「この空はあんまり広いから、星の光は何年もかけてようやくぼくらの目まで届く。不思議だと思わない? だからね、もしかすると見えないところで、星はもう弾けて無くなっているかもしれない。だけどその星が放った光は、何年の何十年の、時には何万年の時を超えてぼくらのもとまで届く。たとえその主がすでに亡いとしても」  きりりと、春の頭の芯が痛んだような気がした。  春は思わずお盆を脇にしているのと逆の手で額のあたりを押さえた。 『春?』  姫さまが声をかけてきた。が、春はゆっくりと首を振った。すぐに痛みは消えていったから、何も怖くない。  自分でその痛みの正体はわかっていたのだ。春にわかったなら、胸の中にいる姫さまにもわかっただろう。  姫さまのけはいは納得したようにすぐに胸の中に溶けた。  なつめの言葉を聞いて、ふっと泣きたいなと思ったのだ。  今はもう亡いかもしれない星。春たちはその最後のいのちの輝きを知らずに視界に入れて見送っている。それが葬送であると知ることができない葬送。  それはどれだけかなしいことだろうと思った。そして同時に、どれだけうつくしく救いのあることだろうとも。  そうであって良かった、とこのとき深く思う。なつめが語る星に、そのもしかすると孤独のまま滅びたかもしれないひとつの星に、思いを寄せることができて良かったと。  ほうっと冬子が息をついた。  それで春は隣に立つ体温を意識した。冬子が進み出ていたのだった。  ふわりと冬子が己の巻いていたショールを外したかと思うと、春の肩に自然な動作でかけた。春は思わず断ろうとしたが、ショールを掴んだ自分の指が思ったよりもずっと凍えていたことに気が付いてそっと動きをとめた。 「あなたたちを軽く見ているわけじゃない」  喋るというよりほとんど白い息を吐くだけのような口調で、冬子は呟いた。 「わかって」 「わからないです……」  春は眉間にぎゅっと力を込めて冬子を見上げた。冬子の温度が移ったショールが肩を覆っていて、そのぬくもりをどう判断していいのか迷いながら、指先はぎゅっとショールの合わせ目を掴んでいる。 「冬さん、きちんと話して。ちゃんと戦って。わたしを子どもだからってお話から外さないで」  なつめも翳島もきっと彼女のことを知っている。春だけが彼女のことを知らない。それで余計に反感が湧くのだとそろそろ春は気が付きつつあった。冬子のほうが心を開いて春を認めてくれれば春はこんなに頑固になって食い下がらずに済むのだ。  ショールの代わりに春で暖を取るとでも言わんばかりに、袖の触れる距離に立ったまま冬子は手のひらに息を吹きかけている。  それから、 「私にも星の光がきちんと見えたらいいのに」  ぽつんと言った。  冬子の吐いた白い息が少しの合間をもってふわりと滲む。 「見えたらって……」 「あなたには見えるんだよね。なつめ君の言ってる星の姿のこと」  冬子はなつめに視線を投げた。それで再度なつめの笑い声が耳に滑り込んできた。見える星と見えない星を指さしながら、子どもたちと誰がいちばん目がいいか競い合っている。 「うん、この空の星のことだったら私にだって見えるわ。わかってるわ、光は届いてる。だけど」  冬子は両目を眇めた。  見えないものが見たい、とかじかみに掠れた声が言う。 「それが子どもであるってことなんだわ」  春はとらえきれない感覚に打たれて目を瞠ったまますこしのあいだ固まった。  冬さん、あなたは、わたしたちを羨んでいるの。子どもの遊びと言ったのは、もしかしなくても、わたしたちに憧れて言ったことだったの。  どうして、と思う。想像ができなかった。冬子の言う「おとなになる」の意味が、春にはどうしても想像がつかないのだ。果たしておとなになって、知識や経験が増えたら、星の見える数は変わるものだろうか。あぁ知っている、余計な知識がつくと理屈で見るようになってしまって嫌だねと、わかったようなことを言う大人には今までにも会ってきた。だけど冬子の言うその言葉の含むものは、春の思う「おとな」とはなんだか違う気がしたのだ。 「春たちもおいでよ」  なつめが向こうから何も気負わない笑顔で呼んだ。  冬子はふわりときびすを返してしまう。子どもたちに混ざる方向ではなくて、一人でまた粉屋の中へと戻っていってしまう。 「はい」  春だけが返事をした。迷いながらもその場に向かうしかなかった。冬子の後ろ姿は、春の後ろ髪を引くが、同時に春が話しかけるにはまだ曖昧で遠すぎる。  ちくりと胸が痛んだ。  春にはわからない。わからないことを、春にはどうもしてあげられない。
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 火鉢の灰は使い終わったら粒を揃え、ごみを除いて細かいものを残したほうが長持ちする。家ではみつがときどき冷めた灰を篩にかける。粉屋には道具がないので、春は左手のひらを上向きにして手作業でもう使えない炭のかけらを拾い集めた。  不揃いに手の上に転がる黒い粒は星が弾けたあとの遠い時間の名残みたいに見えた。それを雪の上に捨てるのはなんだか悪いことのような気がして、春は観測会の時間をまだ引きずりながら静かな河原町の裏口に屑を持って出る。ここに強い風が吹いて、同じ処分であれば風葬のように星のかけらを舞い上げて、攫っていってくれればいいのにと春は思う。降り積もった牡丹雪の上には、また子どもたちを送って粉屋を出ていった少年たちの革靴の足跡がてんてんとついている。  ふと表のほうからことりと物音がして、春は思わず振り向いた拍子に炭のかけらをばらばらと取り落とした。 「――……じゃないッ!」  冬子の金切り声が扉越しに宙を裂いた。  ぽかんと口を開けて、春は慌てて取って返した。はじまりのときと同じように二人で粉屋に残っていた冬子が、誰かと言い争っている気がしたのだ。  来客……この時間に……? 『気をつけよ』  低い声で姫さまが言った。少年たちは家を離れている。無頼の客だったら二人ではどうしようもない。  春はそうっと抜き足をして部屋の中に戻った。  外の青い光の向こう側に手灯りを携えた男の人の姿が見えた。冬子が彼と睨み合っている。春には知らない人に思えた。背中に緊張感が走る。そっと手で護身になるものをまさぐって、ためらいながら火箸を掴んだ。  いや、悪者と断言できる風体ではない。身なりは上品かつ綺麗で、顔立ちは逆光になってよく見えないけれど穏やかだ。小声で喋っているように思われる。  姫さまがあぁ、と納得したように囁いた。 『麻見の男じゃ』 「冬さんとこの……?」  火鉢の後ろで立ち止まった。麻見の……冬子の家には確か冬子の兄にあたる跡継ぎがいたはずだ。帰りの迎えにでも来たのだろうか。家族なら春が割って入るべきではない。  まじまじとその人の顔を見た。兄妹のなにをもってして似ていると呼ぶのか春はあまり判断できない。浅黒い肌にしっかりした骨格は男の人に特有のものだ。だが、言われれば確かに、面長の輪郭はどこかに冬子のおもかげを宿しているようにも思われた。形のいい切れ長の眼。冬子の綺麗さの象徴のように見えるもの。  その冬子はしかし、男の人に対峙して、常の端正な様子から一転、異様な表情を身にまとっていた。  両目を鬼のように吊り上げて兄を睨んでいる。柱を掴んだ指の先が白い。兄が何かを囁いた。きっと他人に聞こえないように配慮して小さい声で話しているのだと思う。  なのに、冬子は爆発した。喉の奥を擦り切らすように、ふいにその唇から叫びがほとばしり出たのだ。 「放っておいてよ、もういいの、生きてるの。わたしたちは生きてるの。あなたたちに想像もつかないような息をして、ここにいる限りあなたの言う子どもたちは、勝手にそれぞれで生きてるの!」  びんと空気が揺れた。  春はそれを火鉢の隅から声を抑えながら目を見開いて聞いた。  冬子の、水面の月のような印象がゆらゆらと揺れた。  身動きの音が自然と響いたらしい。先に戸口の男のほうがはっと春を見た。姫さまが春を守るように浮かんで出たけはいを通して、春は相手の顔を見つめる。  青年の面立ちはむしろ優しげで困惑していた。声を荒げた冬子から助けを求めて問いかけるように、春を見つめている。  春は唇をむすんで首を振った。冬子が怒っている理由を推察して伝えるすべは春にはないし、まんいち今この瞬間受けた印象が正しい冬子の姿だったとしても、それを家族に横から口出しするだなんて、そんな思い上がったことはできない。  冬子自身も気付いているだろうに彼女は頑として春を振り向こうとしなかった。  彼女の目を惹くおかっぱ頭がゆらりと動いたかと思うと、細い両腕が青年を押しのけるように動いた。青年は困り顔をしたまま、半ば、彼女をおもんぱかって彼女のためによろめいた。  冬子はその隙に扉をぴしゃりと閉めた。  有無を言わさぬ迫力。なのに春にはその後ろ姿が、どうしてか沼のように深い悲しみに向き合っているみたいに見えた。  青年の気配が、長いこと雪の上に佇んでいた。  やがて憔悴した落胆とともに、土を踏む足音が三条通りづたいに離れていった。春はそれを火鉢の傍で聞いていた。  長いこと、そのまま冬子は戸口で俯いていた。  気づかなかったふりをして立ち去ろうかと、春はよほど思った。そうすれば冬子は次の朝また顔を合わせて、凛とした横顔でおはようと言い交わしてくれるだろう。何事もなかったみたいに。  だけど、足は動かない。  ぽつんと、 「ばかみたいって思うでしょう」  冬子が抑えた声で言った。  なにが、どうして、と尋ねようとするけれど冬子の背中がそうさせない。冬子は無言で首を垂れて、まるで独り言だと主張するように佇んでいる。  泣いているように見えた。涙が浮かんでいるか、ここからは見えないのだけれど。 「私はね、あの人のために髪を切ったのよ」  その首の中ほどに切り揃えられた短い毛先がぱらぱらとかかっていた。  春はぎゅっと己の胸を押さえた。動悸の音にすら静まってほしいと思う。冬子が一人になりたがっているのだから。  姫さまは黙っている。
 麻見冬子が鬼気迫る顔つきで頭の横に鋏をあてがったとき、なつめも翳島も彼女がそのまま首を切って死ぬかと思ったらしい。  あとから聞いた話である。  真っ直ぐな髪をばらばらと地面に散らした冬子の首は実際に鋏で掻いてすこし切れた。傷はすぐに塞がったけれど、少年たちはそれで冬子を粉屋に連れ帰って、簡単な手当をした。ここにいるように言い渡した。  それから数日、黙って粉屋に泊まった女の首には、しばらく布が巻かれていた。  その布が取れてからも少年たちは、女の首に引っ掻いたような細い傷を幻視せざるを得なかったそうだ。  冬子はそういう女だ。  一月に冬子がここにやってきたのは、こういう事情があってのことだった。
×
「死んでみせてやるつもりだったのね」  冬子はそう言った。 「兄はそう思ったと思うわ。私だって髪を切ったときにどうしてか私はもう死んだと思った。とても嬉しかったな。その瞬間の私は死んだの」  死んだの、と紙の花を転がしながら冬子は力を込めて言った。春は答えることができない。  粉屋にやってきた冬子の兄は、もとより決して冬子と不仲などではなかった。むしろかえって、活発な妹に敬意を払い、彼女を幸せにしたいと望んで、彼女のために奔走してくれる良き兄であったらしい。  それが冬子の逆鱗に触れた。ある秋冬子の兄が、冬子に確と決まった縁談を持ってきたから。  つまり、そういう話だった。冬子がなりたくなかった「おとな」というのは。 「嫌な人だったわけじゃない」  夫の話、と冬子は星の浮かぶ夜空のように、清澄な顔つきをして呟いた。半分に欠けた月みたいに綺麗な横顔はもう、すっかり疲れた少女の等身大の影をしていた。 「夫はとても優しかったわよ。女として芸事も家守りもなにひとつできない私に小言も言わないし、きちんと一人前の女として接してくれたから。しょせん十七の私が、嫁になれたわけがないのにだ」  麻見家の後見人だったそうだ。冬子よりも十は年上の資産ある名士。人格にも定評があり、冬子の兄が縁談をつかんだときには周囲から羨みの声がいくつも出た。 「だからこそ嫌だったの、時間を経ると、私はそのままうすぼんやりと満足して、私でなくなると思ったから」  だから、おとなになりたくなかった。  嫁入り先を四日目に飛び出した。  仲良くしていたのにと、先方は実に困惑した。もともとの仲人であった冬子の兄にいたっては面目丸潰れだ。狼狽する家からの遣いを冬子はあちこち逃げ回って断った。  その末の断髪だ。  お兄ちゃん、大変だったでしょうねえと冬子はけらけらと笑う。椅子の上で三角座りした足の先をばたばた動かしさえした。話しているうちに冬子の背に負ったものはどんどん剥がれて、彼女はやけっぱちに喋っているように思われた。 「私だって困らせて楽しいわけじゃないんだわ」  ほんとうの幼い頃から、冬子は実際には武術や商売に興味があったそうだ。  芸事や家守りにはほんとうに興味がなかった。誰の嫁になりたいなど考えたこともなかった。むしろ心優しい兄が女の仕事に向いていたそうだ。細かいお金のことを切り盛りしたり、家について井戸端の噂を聞きつけてきて気をもんだり。  冬子はむしろ自分のほうが、麻見の家を担うことに憧れさえした。 「子どものばかな夢だって思うわ。おとなになったら別に捨てられる憧憬だろうなあとずっと思っていた」  冬子の声が一周回って明るくなる。  でもね、と言葉を声を強くする。抱えた膝のうえに顎を乗せて真っすぐと前を見る。その瞳に、春はちらりと星を見た。窓の外の光を彼女の瞳は映しているのだ。 「三日目の夜にね、ふいに、捨てたくない、と思ったの。こどもだった私を裏切りたくないって」  遠い遠い、もしかすると見えると見えないのぎりぎりの境目の明るさかもしれないくらいの、おぼろだけれど確かに輝いている星の光。  この光なら知っている、と春は思う。なつめが遠くを見るときの瞳。なつめの信奉者たちがなつめを見るときの瞳。なつめに釣られて夢を見るときの瞳。そのすべての中にある光と、きっと同じだ。  冬子の光もようやく見つけた。冬子がこの場所に見ているものがようやくわかった。春は勢い込む。冬子のことを受け入れたい。同じ光を見つめる仲間。これで隣に並べる、冬子のことが好きになれる。 「冬さん、」  冬さん、……なんだろう。  ――こんな女の子に、春はどうやって声をかけられる?  少女の姿がふいにまた触れがたい印象に転じた。春からぐんと冬子の姿が遠ざかって、手を伸ばせば届く距離にいるのに、ぽつんと夜空の真ん中に取り残された光みたいに見える。  だめだった。春に言えることが、思いつかない。  十二歳の春が何を言える? 嫁入りだって家のことだって経験がない。こどもの頃の冬子に共感を示して、何か言ってあげようと思っても、どうやら春とはぜんぜん違う子どもだったようだ。  言いたかった、何か言って、背中を撫でてあげたかった。それで安心してもらえて、春を受け入れてもらえて、お互いを好きになれるなら、春はぜひともそうしたかったのだ。  だけど。  冬子はちらりと春を見て静かに言った。 「無理して受け入れなくていいわよ。きっとあなたの見たい夢に、私の姿は邪魔にしかならないから」  孤独な光がぼんやりと見える。あるいはそれは傷ついた兵士かもしれない。もうとっくに壕の中に引き入れられたのに、まだ臨戦態勢を崩さない兵士。  春は声掛けを拒まれてしまったのだ。たぶん春がきっと、何もわかっていないのが冬子にはわかるから。  小声でピストルを構えるように冬子はこう言う。 「しあわせになるのが愛するということなのなら、私は一生人を愛さなくていい」  言葉の楔が、十二歳の春の心に重苦しく刺さる。愛なんて言葉で突き放されて、返事ができるはずがなかった。  思えば、いまに始まったことではなかったのだ。春にはこの頃からだって、ずっとこんな気持ちがついてまわっていた。  口を入れたいのにどうしてもわからない。理解して好きでいたいのに、どうしても理解しきれない。何もかもそうだ。なつめのこと、翳島のこと、冬子のこと。三条の教室で過ごす時間は、春にとって大切であるのと同時に、ずうっと心に強い風の吹きまわっている時間でもある。  窓辺のこの小さな灯りを介して、春はいつも痛いほど世界に触れて、世界にさらされ続けていた。  二月末、冬子の縁談は解消された。夫のほうが気を遣って、冬子の兄に離縁を申し出たらしい。彼はまだ冬子を想っていた。  冬子は粉屋でその話をして、��っけらかんとした綺麗な顔をしていた。
『それで、冬子じゃからといって無視したのか?』 「無視じゃない……無視というなら冬さんが無視したんだわ」  なつめと道が分かれたあとになって、姫さまがたまりかねたように口を挟んだ。春は仏頂面で小言を聞く。  なつめの育ての親であるレヴ・コンフォードを訪った帰り道で、遠くに見えた冬子が露骨に春たちを避けて行ったのだ。あれは、だって、春のせいじゃない。もう今日は疲れていたのだ。追いかけて呼び止めるほどでもないではないか。  ほのかに夕暮れがはじまっていた。暮れる前の空はむしろ東の地平に近い方からいちど真っ白になってゆっくりと夕の色に落ちていく。 『近日冬子が粉屋に来ぬで、二人とも気にかけておったじゃろうが。呼び止めればみな喜んだであろうに』  姫さまはわざとらしい話を持ち出す。確かに数日、冬子がいてもいい期間に彼女は姿を見せなかったが、その言い方はなんだか余計だ。だから何よ、と春はますます意固地に感じる。自分の長い影が恨めしくさえ見える。わたしが冬さんの仲介役をしなきゃいけないの。  姫さまが冬子の肩ばかり持つのが、ほんとうに春にはわからない。 『おぬしは冬子とだけ仲良くせずに――』 「姫さまはわたしにどうして欲しいの!?」  春は反射的に大声をあげて立ち止まった。  街の人通りが驚いた顔をして三条の真ん中の少女を振り返った。春の言葉はとまらなかった。 「もう嫌、みんなわけのわかんないことばっかり。姫さまもわたしの頭がよくないのが悪いって言うの? 早くおとなになれって言うの? 姫さまの気に入るように振る舞えって言うの?」  がたがたがたがたと馬車の車輪が鳴って、御者が迷惑そうに春の隣を避けて通る。  それでようやく電撃のように走った硬直がとけて、春はふらふらとよろめくように道の端に寄った。  からからの喉で意識的に唾を飲む。 「ごめんなさい」 『……あぁ』  姫さまの声音も乾いていた。春が謝ったことを、どう受け取ったのか声音からはわからない。 『まぁ、まこと、そういうことか。ようやくわかった』 「なに……?」  胸がずきずきと痛んでいた。姫さまと喧嘩したことは何度でもあるけれど、今の自分の声はなんだか、春にもそうであってほしくない知らない自分に、化けているような気がしたのだ。  姫さまの調子は平坦だった。 『誉が言うておった』 「ほまれ……」  一日で何度も腹を立てた名前のはずだけれど、春はそれをもう、うすぼんやりと復唱することしかできない。姫さまがいつの間にか誉と通じ合っている。春のぬくもりだったはずの大切な人が春を疎外して何かを考えている。 『わらわはおぬしに話しかけるべきではないのかもしれぬ』  静かに、世界を切り離すように、姫さまは宣言する。  春はもう一度立ち止まった。今度はおもちゃ屋の軒の下だから人の邪魔にはならない。店を仕舞おうとしていた老人が春に話しかけてくる。お嬢ちゃん、ピイピイ鳴る笛はいかがだい。 「それは」  空の明度が徐々に落ちている。 「巫女として?」 『さぁ』  意図して色を抜いたような言い方。 『春は春じゃ』  ざあっと風が吹いた。春の終わりの桜の名残りを風が舞い上げて、後ろから春の髪をさらって通る。  笛を差し出していた老爺が伺うように春を見た。 「お嬢ちゃんは、お母さんとでも喧嘩したのかな」  おかあさん。  ぶわっとわけもわからずに熱いものがいっぱいに目頭を埋めた。それはもちろん間違った推察だったのだけれど、まるで思ってもみなかった真相を言い当てられたみたいに春の胸には深く刺さったのだ。  ぽたぽたと俯いた地面に染みになって涙の粒が落ちた。   どうして泣くことしかできないんだ、と春は思った。どうして春だけが、こんなに何もわからないのだ。
次≫
もくじ
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xxrhapsodyxx · 7 years
Text
備忘録実況&感想
大正メビウスライン帝都備忘録
上からクリア順。 語彙のない実況メインです。
ーーーーーーーーーー
▼OP 京一郎さんがめっちゃ動いてるうううううう
ーーーーー
▼千家様 軍服京一郎さん……それもマント………ヒェ……
京一郎さんが変わってゆく……
國の消滅は千家様のレゾンデェトルーー存在する意味の消滅
枕としての役目wwwwwwww
S機関って何か聴いたことあるな……
拒んだ異能者を、従順な使役者に、か……。京一郎さんの考え方がほんと、千家様に似てきてる……
▽敵対する誰かのもの
アーーーーッアーーーッやらしい!!!!音!!!!
情愛でも欲望でもないんだよなぁ……な……
定時ですね!!!!
「今夜は存分に眠りたいからな」の千家様の声が……穏やかで……
えっどこにいくの、
葛城さんとやら声が良いですな………
お手を????????????
あーーーーーー…………………
いやね、わたしは好きなんですがね!?!!?いやはや………よき主従か……。そして千家様と京一郎さんが絶対に離れることが出来ないことをより露呈してくれてわたしはうれしいよ……
きた!!!!!CMのスチル!!!!よくみたらお揃いの寝間着………???????
って言うか、傷がさ、チラ見えるんですけど??????
洋燈がさ〜〜〜ゆれてるのよーーーー
千家様の一面は京一郎だけが知る。京一郎の一面は千家様だけが知る。
「どんな夢を見たい」 「夢なら攻めて素直な伊織を」 「馬鹿、これ以上素直な男がいるか」
いっそひとりの人間になってしまうのも良い……って、千家京一郎を思いだしてしまうじゃない………
京一郎さんの声って腰に来るね???
攻め様のおふぇらはさいこうです!!!ありがとう!!!!!
ハァ…………やばかった
からの馬www 馬に乗りたいぞてwwww
あっ「何時か」はやめて泣くから
皇后も相も変わらずで……
「千家」が、かかると安心するようになったのは毒されているのかしら……
過去何回か出席してる夜会はssの………???????あのえろいやつの………??
葛城ぃ…………
アーーーーーッアーーーーーッ夜会服!!!!!!!!
踊るか?と手をとったの???最高ですか千家様やはり貴方はスーパー攻め様
ああ葛城。貴方のような人は嫌いではありませんが、ここは殺されてお終いなさいと言わざるを得ませんね。
私が死んだとして意志はおまえが継ぐ、って……
みせつけよる………っょい
赤い瞳がさぁぁぁ…………
突然の顔のドアップでわたしはわたしは
写真嫌そうに写る千家様おもしろすぎるwwwwwとかわらってたらつらみ…
大丈夫。二人は離れない。
ただの、人なんだよ
エンドロール。 何時かを言う二人を、ようやく、迎えに来てくれたような。そんな。 清らかで、二人を送るような。
エンドロール後。 ラヂオの音声。ーー千家大将。鬼神の如し。 そうして御旗へ続くのね。
▽自分たちを観察している者
皇后ねぇ…………
視線はやはり皇后、と分岐。千家様を半身と呼ぶ京一郎さん。
ああ……愛している、って言っていないのね。それが陳腐だとも思うほどに………。魂ごと…………
他の何処も、もう要らない
→そうですね
影見を閉じる皇后。やっぱり皇后もか……………… 過去スチル流れる鏡!!!
死ぬまで一緒と言うが、確かに京一郎さんが居なければ千家様は生きてやいない、逆もまた然り
傷だらけの身体を晒してあの坂を下る
軍服スチル!!!、!!いやはややはり似合う…………………
何に替えても取り戻したいと想う。その末路が死霊エンドであり、二つが一つになった末路が千家京一郎エンドなのだろうな………
嘘つきなふたり。時に言葉は真実を言わない。廃棄する?墓に埋める??そんなこと、微塵も想っていないくせに。
「私の腕一本でも名残に残しておけばいいものを」だって…………??「愛玩動物のように繋いで、朝な夕なに愛でてやる」………????やめてよ泣くから………バッドエンドなのわかってるでしょ………
そう永くはない……。千家様の口からききたくなかった………
死んでからも忙しい、のだろうね………根の路エンドかな…………
アッ……………葦原の中国には御上が……………空っぽの根の国でずっと二人きり………
異教の鐘はもう聞こえない。 死は、二人を別たない ((エンド2
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼館林様
いまだけゆるされた安逸………
えっ、ま、!、、、、、開始1分で………
ひぇっっっっ 髪下ろした館林様……………アアアアアア
もうほんと京一郎さんの喘ぎがすごい、ほんとかわいい…………そしてスチル………
館林様の!!!!階級章が!!!!!!!!!!大佐かああああ!! 馨は中尉、京一郎さんは少尉か……
やめて……薫を鬼籍の人にしないで………
ほほほほwww 寝不足ねwwwうんうんwwww
いやーーーーーーーー千家少将の代わりって!!!!!!!!!
この世界では術式作戦は存在しない…
否、死霊兵がまだいるかもしれぬと………
▽森氏をみる
「お前の素顔を、私が独り占め出来るのだからなーー」ってファーーーー!!!
天司さまの微行再び!
勅命きました!!!
やはり陰の血がね………うむ……あやかしのような者であるからね…
嫁探し!!!!おめでたいけどた異能持つでないと陰か陽かなんて分からないよなぁ………もどかしいね
館林様の、大切なひと………天司さま、いるのわかってるのね…….
これは密やかな惚気だよなぁと
(タイトル画面に戻り唐突の館林様に悲鳴を上げるソフィーナ)
馨がおこでwwwwもうほんとwwwwお盛んなことでってwwwwww
夜更かしのあげく目覚ましにもノックにも起きない人は大人じゃないってwwwwじいやwwwww
私のマドレェヌ…………開様………
相関図ねぇ……
→正面から乗り込む
開様をおもうゆえ
時雨ええええええええ!!!!!!アアアアアアアア備忘録の服うううう!!!!!
わたしがファンディスクに望むことはこれなのよね………!!!!彼のルートでも他の彼ピがでてくる!!!!!!!
騒がしい奴って薫!???!??!
薫!!!!!!!ちょっと!!!館林様!!!!!薫だよ!!!
アーーーーーッ!!!京一郎さんの軍帽姿!!!!!!!!
早風めっっっちゃかっこいい!!、
森氏なーーーーやっぱりなーーーーー!!あ、笑い方は好きです
清打の、術か………
ハーーーッ館林隊で共闘!!それも祝詞で!!!最高かよ……
魂送り良き…………
正面からの略奪宣言じゃんwwwwwいやからかってんだろうけどさwww
いやぁ、彼ピによるバトル最高
私を取り合わないで〜〜ってことでしょwww
昼間だよ!!!!お兄さん方!!!昼間だし執務室ですよ!!!!
そうだよwwwwww馨いるじゃんwwwwwやめたげなよ!!!
何時かお前と再び逢えたとき…………か………双子ううう
エンド!
冒頭他は甘さ控えめかな?本編同様……!!! いやしかし安心してみていられる………
▽天司さまをみる
こうみると森氏の発言も白々しいよのう…
やっぱり天司さま知ってるかも、なのね。
御上の言霊は強く宿る故に、口にできない……やはり天司さまは聡明よね……
生きて欲しい。館林様……….やさしくなったよね。
お前がいるからってこれほんと、告白
馨もたいへんだよね………ふふ
館林様に覚えられていない平岡笑うwwwwww
京一郎さんはあがり症、と
館林様のようになりたい。だからむやみに攻撃的ではいけない
アニメーションな館林様!!!!! ひらひらーーーー!!!美しか!!!!!
外つ国の呪!?!梵語の………
アーーーーーッ!!!毘沙門天の!!!!!
やばやばかっこよかーーー!
惚気ーーー惚気ーーー
館林様が、結婚するなら……とか考えないの!!!!
アッッッッすっかり忘れてた!!!!このスチル!!!!壁ドン!!!!
ハーーーッ見つめ合ってるーーーーーハーーーッ
器用な男じゃないよねぇぇぇ京一郎さん以外抱けないよねえええええ
あまりお前が愛おしすぎて、って、もう……もう……
愛している……この言葉どの彼ピより館林様が、似合うほんと
うっすらと微笑む館林様!!!!!最高!!!!!
アーーーーーッ!!!アーーーーーッ!!!フランス語!!!!!
他にも教え込まれている?????????え?????、
ふともも、ふともも
ハーーーッえっち、やばい
机机机机机机机机!!!!! 着衣バックありがとうございますありがとうございます
アアアアアアアア手袋手袋噛む!!!きた!!!!!!!!!!
なんかもう、もう………
そして!!!馬!!!!
柔らかな声で呼んでくれれば→京一郎 さいこうですか………
外出し気遣いだねぇぇでも夜は!!!!
あのご巡啓パレェドで目が合った瞬間��ら恋に落ちてたんだねぇぇ
見上げていたあの時。それが今は、隣に。
(ぼろ泣きして何も書けなかったソフィーナ)
アップの顔ほんとかわいい美しい動いてる動いてる
目交いしたって想ってたよね。密やかに。気のせいだって、言い聞かせてた。
見つけてくれたんだ。館林様は京一郎さんを、
何千人の中から見つけ出していた。あの時から、いいやそれ以前に、天命としてきまっていて、ほんとうに……。
結びつくとは思っていなかった。それでいてはじめから決まっていたような気さえする
いつまでもそばに。
「共に生きてくれ、京一郎」
共に生きている限り………………ハァ……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼伊勢兄弟
ぐ、軍服だぁ
この世界でも館林様に憧れて……ってことは若干館京前提のってかんがえでいいのかな
覇気が無い馨………
封筒!!封筒は!?
いっしょに働けるの楽しみですっていってたのに……?
諦め悪いよねwwwすきだよ京一郎さんwwwwww
本当の馨かぁ……
鏡んんんんんんんつら
やっぱり双子は別たれちゃいけないんだよなあ
そう、京一郎さんは京一郎さんで薫じゃない
薫いちごすきなの!?かわいい
????????あれは式を、召喚するときとかにつかうやつよね!??!、
ゆ、雄真……………
そりゃ会いたいよ……片割れだもん………
おお……反魂するのね……
ほんのお遊びのつもり、だけどやっぱ雄真の術だなあああ
くっそwwwwwwww集中線わらうwwwww
兄弟揃ってるのみるのがいいんだよねええええ
館林様の酒がwwwww
ハァ………双子やっぱ最高
念友wwwwwww
あっこの京一郎さんはがちで処女のやつだ。入った理由がもっと詳しく分かればなあああ
わちゃわちゃ……わちゃわちゃ……
▽薫
相談ごとって命日の……?
脱ぐwwwwwwwwwww
人ならざる業によろこんでいのか!?迷うぞ!?
感覚いじりと乳首攻めありがとうございますありがとうございます
シャツ嚙み!!!!!!!ふぁーーー
顔にとんでるありがとうございますありがとうございます
兄様に、言わずに去っちゃうのおおおおおお?!ああでも、そのほうが、いいのかな…
祓いの祝詞唱えちゃう館林様wwwwwwwwww
薫なら悪霊でも、うけいれてやるべきだったてwww
三人で取り合う未来でありますように。
▽馨
同僚、ね、ふふ
死んじゃって損した、は冗談に聞こえづらい…
馨は薫がすきで、薫は京一郎をすきで、京一郎は馨をすきで。綺麗なねじれぬメビウスはでない輪。
馨は奥手〜〜〜
饒舌な京一郎さんwwwww
「京一郎がいいな………」おおっと!???
してみたい??!?!?!ほう!!!!
wwwwwwwwwwww
例の行為wwwww
酔ってるんだねwwwww
だんだんそんなきにwwwwww
してみます……?って、カーーーーーッ!!!!!!!
童貞×童貞!!
もうリバでいいじゃんwwwwww
「ここからどうしたらいいのかな」ってがちで童貞のやつだwwww
アーーーーーッ腹チラ見え!!!
?!?!?!?!?!後孔見えてない?!?!?
(行為に集中しすぎてメモし忘れるソフィーナ)
でも、いつの間に………薫………また、来年かぁ……
飲むなら〜〜馨とね〜〜!!!
▽どっちも
本懐とげる、ってまさか……
馨も気持ち知りたいって……
剥いちゃってwwwwwww
京一郎さんを食べたい気分👏👏👏
身体が欲しかった………か。館京バッドの一つか………
馨の、ターーーーーーン!!
3Pえっちだなあ……………
ビリヤード………………オオオオ
館林様が泣いた!?!?!?もらい泣き!?!?
嗚呼やっぱり逢えないのねもう………
次も兄様と生まれたいって、ああ…………
また弟の世話を、って言ってるくせにぜったい少し���しくて、でも笑っているんだろうな
エンドロール。
こんなにも優しい人たちにね囲まれてるのよね……。
来世でもまた、双子に生まれ、京一郎さんを取り合うふたりでありますように………
しかしCGが五分の四エロスチルで色々盛りだくさんだしがんばったね京一郎さん………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼時雨
(初っ端からクライマックスかよっていうくらい興奮したやばい、やばい……からメモをとっていない)
焔が揺れる
装い新たな時雨、祝詞を唱え 歌が聞こえる
ドラマCDから上がりに上がってきてる時雨よが好感度がやばい
スゥツ!スゥツ!
弘中殺すぞ(過激派)
ころすぞ(2回目)
冷ややかな京一郎さんの顔。
おっとここで野々村ここで野々村
時京の京一郎さんは敵に回してはならない…………
びっっっくりしたぁ…………金鍔が動いたって言うからなにか不穏な事と思うじゃない!!!!!!
4つは藍丸ちゃわでも無理だった数では!?
一度死んでみればいいって臣さん………
時雨強い………強いよ、貴方は………
煉瓦亭きた!!!!!
耳を塞ぐようにwwwwwwwwwwww
耳の毒wwwwwwwwそりゃそうよなwww
もう……甘さ含めるのやめなさいなwwww
うう………時雨の話最もだよなあ………
胸が痛い話だ………
「この世で一番君が好き」ときたよ……かわいすぎか
wwwwwwwwwww臣さんwwww
年がら年中お取り込み中てwwwwww
異能が、消えた………?
ふむ………
帰るwwwwwwwwwwwwくっそwwwwww
▽外的要因
野々村ァ………
京一郎さんのちくび!!!!、、!、からの時雨の表情ひぇええええ
拗ねてるんだねぇぇかわいいなあかわいいなあ
もう、怒ってないくせに。かわいいなあ
アーーーーーッアーーーーーッ手繋ぎいいいい!! からめ合う指!!!!
え添い寝して欲しかったよねええそうよねえええ!!!!はぁかわいい
睦言のやうな睦言じゃないような!!!セッッッ!!!
他の子も、か……
ひざーーーーーーーーまくらーーーーーー!!!やっっっぱ時雨といえば膝枕!!!
→五本刀を存続させたい?
うんうん、桃木村そのエンドがその2のグッドのようにやはりそこに行くのが良いよ。五本刀が、なくなる、のなら。
甲羅亀太郎…………………(まがお)
刀太郎はまだにしても、サイダァ丸てwwwwww
おう。終わり!!!!
ふむ………………。まだずっと先の話。てことはしばらく五本刀がそんざいするとあってよいか………
▽内的要因
(待機画面初のミサキ!!!昼飯終わったから夕飯って早い!!!)
京一郎さん卯年なんだよね〜〜〜
使い魔が雀ってのもかわいいよなぁ
おいで、ってさあ 最高よね
時京の京一郎さんは、なんかこう、若干のばぶみを感じざるを得ないというかなんというか
→時雨が子どもの時はどうだった?
優しいなぁ……、京一郎
お前はお前のままでいいよ。
桜、梅、躑躅
薄墨桜
んんんっwwwww咳払いwwww
?!?!!?麒珠丸……
ア~~~名古屋〜〜〜〜〜時雨の故郷は名古屋〜〜〜〜〜大垣!!!(岐阜でした)
麒珠丸が異能を失う、寿々彦の異能が麒珠丸に写っていく、か。 他の子も分け与えてあげて。
麒珠丸の異能後天的なのか!! 死を察してゆるやかに得た本能のような異能……
満開の、桜!
運命の二人だから出来るよ!!!ww
桜の下で、二人が出逢えますように。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼ミサキ
(意を決して)
学生服イエーーーーー!!!!
上に立つのは慣れてないよねぇ京一郎さん
馨ーーーーー!!!!ありがとうありがとう別ルートにキャラ出してくれて!!!!
館林様やさしい………枝まで!!!!
桃の実を食べると早く大きくなるwwwwwwならないでしょwwwwすきwwwwww
鞄から出てる図おもしろすぎでしょwwwwwwwwwwww
高瀬wwwwwお熱てwww外務省の高瀬でしょ!
島田は……内務省だっけ?
希臘哲学研究部て………京一郎さんモテモテだな……
元の大きさに戻って欲しいのは、百も承知だろうね、わかってるけど無理で。でも京一郎さんもわかってて、でも、やっぱりつらくて……
何時か、っていつかな。ほんとに、
おっぱいでかいってwwwwww
早く〜っていうミサキの言い方だいすき
夢かぁ……夢なんだよなぁ…………京一郎さんのことだいすきじゃんねーーーーーーほんともうーーー
雪が良いか、ってきいて花びら雪に替えちゃうんだもんなああああああもううう
戻る方法…あるのか…………んんでも………
剣道部の野々村は大蔵省だったかな?
祝詞かっけぇなあ…………
まだ、もどるべきではないのに、無理をさせた。分霊に命じたのは何だったのだろう?半日の間、刀で、無理をさせる。むむ
京一郎さんの、せい……ともいいづらし。
また理を外れた。
ぎこちないぎこちないつらい
分霊に力を分け与えて貰えば戻れる。しかしそうなれば分霊たちは地を護れなくなる
俺の京、だもんなぁぁ
どうすればいいんだろう。
また、輪が捻れる。メビウス…………
▽息吹を抜いて
ああ、叫ぶ京一郎さん。
ふたりが倖せにと言う度に、悲しみがどうしてもこみ上げる
合格したって官僚になる日はこない……うっ……
(いろいろあったけどぼろ泣きして落ち着くまで時間がかかった)
十月十日を終わり、身体は人、神により新たに育まれた魂、命を持つ
…………???? 温泉????
エンドロール。
「私を忘れないで」と縛った道
▽そのままでいい
もうこの夢を見せないで
愛し子を持つのはミサキだけじゃない。
いちばん、さいしょに望んでいたものにちかいのかとおもう。 人としての生を全うする、その傍らにはきっとミサキの加護があって。
京一郎さんが亡くなった。 臣さん、時雨も遊びに来ていた。 館林様と馨もきていた。 丁重なお悔やみを頂戴したとある。ーー名代であるが千家様からも…………………
「ずっと、私を覚えていて」と笑った道。
▼ミサキ またはじめから
今思うとこの待機画面の台詞すら辛く感じる
咳払いかわいい
許された二人。京一郎さんの憧れ。
馨さんさ、前は「高等遊民が」みたいなかんじだったのに、「大神実命様」って言うのやっぱ変わったんだなあって思うよね
神様が帝大生の虫除け
毎日じゃないにしても週3は多いよ京一郎
いっそほんとに桃食ってでかくなって………
はぁ……いつか
ここつらい。言いたくて言ったんじゃないでしょうに
そう、京一郎が望んだから。京一郎の望みを、ミサキは拒めないから
魂送りのあとの簪一本のあれはつらかった……
情を遂げれない愛は京一郎をわがままにしてしまう………
そうだよ……?何時か死んじゃうんだよ?
ミサキは笑った顔がいちばんいいよなぁ
しゃんしゃん、ってうそだよなあ
抑えるべき霊はいずともかげが、
守護神こそ護るものあってこそ、よな
松茸の炊き込み飯いいな〜
夢の前の桜。つらい
京一郎の、神だから
「だって久しぶりだよ」この声がほんと甘くて、嬉しそうで
辛抱が足りない、から助けてしまう
言ってみた、だけ。
(っていうか野々村の声 鋼さんじゃん………)
馨さん方向音痴なのよねふふふ
麹町区代官町
曰く付きの場所。筑土神社
首塚が出来るまで平将門の首は筑土神社(麹町区代官町か)にあった。徳川が真上に怨霊がいたのではたまらないと内藤新宿へ神社ごと移動した。開国後、筑土神社は再び飯田町へ、移動された。元筑土神社があった場所から5分もかからない。 主祭神を平将門からニニニノミコト?にかえた。天照大神の孫で一番最初に葦原中国を統治した神様
ゆえに質の悪い例が集まりやすい。
死ねば皆 尊い御霊だ
この一瞬映る 空と花びらは何なんだろう
魂魄の道標であれ、邪を封じる辻神であれと
大神実命が伊邪那岐から与えられた使命は黄泉の邪が、葦原中国に入り込まないよう封じることだけ。→魂送りはミサキの為すべき事ではない。
好意を向ければ好意で報いる。 敵意を向ければ敵意を返す。
んんん 割烹着姿が見納めのようで……………
治す、ってどう?→神気を使うか?
言えば望むよね。たった半日でもいい、と。
半分と半分を足してようやく元の一になる、
私のミサキ 俺の京
一度くらい、抱き合えばいいのにと思ってしまうけれども、それすらも元に戻ってしまったときの喪失が強いから、しないの……?
馨さんの式神は白鳩。ーー名はカオル
献身ーー我が身を犠牲にしておこなうこと。
伊邪那岐によって神に列せられた大神実命が人の恣意(しい)によって消滅するなど許されない。
京一郎次第….
ミサキの力を戻す方法。 ひとつ、時がみちるのを待つことーーエンド2だろうか。夢を望んではならないこと。 ひとつ、息吹を返すことーー十月十日エンドだろう。これこそ唯一出来る献身という。
ミサキは何も犠牲にしたくない?→犠牲を恐れたからこその献身
京一郎さんは哀しい。十全でないミサキが。 京一郎さんは苦しい。京一郎が為す献身がミサキを悲しませる(それは神ながらに呪を使うほどに)
駄目だと思いながらに口をつくのは「逢いたかった」と。
愛してる、とは人が人に想いを伝えるためにつくった言葉ーーだから、人である館林様や時雨に似合うのだろう。
ミサキは使ったことがないという。でも京一郎に愛してるという。人と人のように想いを伝えたいと願って?
我は人なり。 我は神なり。 京一郎は人、ミサキは神様。 京一郎は命果てる者。ミサキは国ある限り護る者。
京一郎が死んだあとはまた、柊の子を護る。役割がある。
▽だからずっと私を覚えていて
この夢を見せないで
柊京一郎が死ねば、ミサキは力を取り戻す。ーー息吹を与え続けているから。
(私を覚えていて)
思い出をミサキに遺すから、なにもかも、ずっと、覚えていて。ーー言霊
時が移ろう。湯島で季節をこえ、桃木村で季節をこえ、そらがまた季節をうつす。
(根の路でずっと待っててやるって言っただろうと) それは、十月十日のときに………??
「今日何があった?」 「野々村には気を付けろよ」 「お煎餅買っていい?」 「相変わらずの大食らい」
すべていつかを辿るようで。
転生エンド、
ーーーーーーーーーー
すべて、完。
思い出して感想を少し。
・ミサ京 ミサキってほんと強いなあ。だって、京一郎だけの神様だものね。 でもまさかこんなにもつらいセッシーンがあるなんておもわなかったよ。 転生エンドが、一番倖せなのかもしれない。だってそれは、炎と硝煙の時代すらも乗り越えて、再び巡り逢った二人だから。
・伊勢京 双子がすきだ、だから巡り逢って欲しいとおもう。再び、双子として。
・館京 贔屓目なしに、人として生きていくルートとして、彼らふたりなら世界を乗り越えられるのだとそう思う。 関わるなと言っていたあの出逢った頃。軍へ志願する京一郎を軍人にしてもいいのかと思い悩んでいたあの頃。隣に並ぶことを許してくれたあの時。そうして、共に生きてくれと、伝えたその日を忘れはしない。
・千京 なんといえばいいのだろうか。 一言で彼らは倖せだ。と言えないと思う。けれど、冷酷だと人ではないと言われながらも、彼らは人なのだ。ただの人。互いに補い合い、短い生を共に生きる。そんなふたり。 異国の鐘は、鳴らない。 死は二人を別たない。
さいごに。 動いて、歌も素晴らしく、ほんとに倖せだ。
その未来がすべてすべて、やさしいものではないにしても。
新たな天命を生きるさだめ 共に世界を切り開くさだめ 半身として生きていくさだめ 傍にあり支えていくさだめ ふたりを想い願うさだめ
全部のCPを改めて好きになった、 ありがとう、ありがとう
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ntrcp · 7 years
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混乱する夫 1
勤め先は大都市圏近郊の中小企業、ほどほどの程度の大卒で、就職して首都圏の自宅を離れた コンビニが少なく夜間は静かで、育った首都圏の暮らしと異なる環境にもさほど違和感は感じなかった もとから何事にも熱中することはなく、勉強もスポーツもほどほど、少ない友人との付き合いも年に数回程度で、あまり親密になることもない代わりに友人関係に煩わされることもなかった 学生の頃からバイトをしていたため、就職してからも仕事について悩むことはなく、ただ毎日実直にこなしていた 同期入社が悩みをかかえ相談を受けたり、特に優秀な同期が初年度から抜擢されることも、自分には関係ないことと考えていた 職場では、それなりに人間関係も築き、目先の問題を片付けるうち、その姿勢が部内では評価されたようで、面接を経て5年で昇進し、現在は主任として小さいチームを率いている 妻とは勤めている会社で知り合い、2年ほどの交際を経て結婚した 部署は異なる建屋だったが、入社当時より出勤時間にあうことが数回あり面識はあった これといって目立つほどの美人でもなく、評判となるほどに愛想が良いわけでもなかったが、部内の壮年以上の層には受けが良いようだった 自分が思うには、割とのっぺりした表情ながら笑顔が素晴らしく、一方では極力性的な特徴を画一化するための制服に身を包んでさえも感じられるバストと、それに不似合いなほどすんなりとしたプロポーションに、正直女性としての魅力を感じていた 勤め先の総合職は本社一括採用だったが、事務員採用は各地方にある事業所毎の採用のため、事務員は近隣地域の出身が多く、妻も同様だった 異なる点といえば、事務員採用枠は高校卒業が多かったところ、妻は大卒だったことだ 採用担当のものが後にもらしていたが、最近は事務員採用枠に大卒がエントリーすることも珍しくないが、当時は応募の間違いではないかと、本人にエントリーが総合職でないかと再度確認をしたこともあったようだ 採用面接時には、総合職採用並みの受け答えで、事業所レベルの人事部では評価以前に、2時面接前に内定通知を出し、本人確約をとって逃がさないようにしたとの逸話もあった 採用後3ヶ月の研修期間では、大学進学のため大都市圏で一人暮らしをしたこともあったかも知れないが、昨年まで高校生であった事務員採用の新入社員の中にあっては、しっかりしているとの評価だった この時は本社研修と新事業部の立ち上げ応援に駆り出されており、あまり顔を合わせることはなかった 毎日の通勤で顔をみるだけではあったが、忘年会では隣にすわることもあり、仕事の連絡時に見せる姿と、寛いだときの差に、帰宅時など柄になく気分が高揚することもあった 話すことといえば、この地域の伝統や、節々の行事など、あたりさわりのないことだったが、自分が育った地域は新興住宅街にあったので、こと行事に逸話があったり、それに付随する話を聞くことも楽しいことだった それを話す妻も、同僚はこの地方出身者が多く、入社当時は同期が年齢を気にすることもあって、馴染むより頼りにされるお姉さん的な立場にあって苦労があるところ、大学のときの友人のように会話できた自分が気晴らしになったと、後に聞いた 付き合うきっかけは、年末の終業時帰宅のため会社の門を出ようとしたときだった 普段妻の勤める社屋は入り口に面した配置で、現業のものからは、「事務は定時でいいね」とボヤかれることもあるほど18時以降に明かりが灯っていることはまず無いところだった 年末だからといって実家に帰省する予定もなく、自由になる数日を得たことを内心喜びつつ帰宅するところで、そのまま無視もできないところだった 全社屋の空調やセキュリティは所管の部署で管理され、昨今の情勢から情報管理や環境影響評価に厳しくなっているところ、年末年始に鍵の開け放しや電気の消灯漏れなどあれば他部署とは言え、下される処分など思えばお気の毒とだけ思うほど非人情にもなれないところだった まして、先月にはあるトラブルに巻き込まれ、予定の大幅な遅延となるところを、その部署の同期の助けでリカバリできた事情もあればなおさらのことだった 既に来年の初日には作業を問題なく開始できるよう手配した後だったので、踵を返し、普段通らない事務所に入り様子を見てみることにした この事務所には普段から足を運ぶことがなく、記憶にある範囲でも新人研修明けに辞令を受け、3日程の異動猶予期間に慌しく引越しを済ませた後に着任の挨拶に足を運んだくらいだ 通常は、建屋毎セキュリティがかかるところ、警備解除状態となっていることを確認し、その当時妻の勤める職場に足を運んだ その場には妻ともう一人女子の事務員が途方に暮れた様子で一角に明かりを灯して座っていた 聞けば、この事務所のセキュリティ権限を持つ3名の連絡が行き届かず、それぞれ年末の混乱の中で直帰後地方の実家で帰省してしまったり、数日前から休暇をとり海外に出かけてしまったとのことだった。 通常、イントラネット上で予定は管理され、管理者が3名もいるところ、全員不在となる事態は起こり得ない事だった ただ、この時は1名当日出社した管理者が急用で別事業部の支社に呼び出され、急遽外出するところで確認を受けた妻が他の1名の管理者で大丈夫と回答したことが原因で、建屋を閉じられないこととなっていた 2名は連絡がとれず、別事業部に呼びだされた管理者に詫びて、帰社をお願いし、それまでの留守番を務めているとのことで、話を聞く限りでは、年末で慌しく出張して、不手際により急遽帰社することとなった管理者も相当に腹を立てているようだった なるべく作業は遅くならないように心がけていたものの、部署内では比較的若い身分と独身でさほど離れていない場所の寮に住んでいたことで危機管理の策定時に望まずも緊急時対応者として登録されており、幸いその当時には社屋の通行には困らない程度のセキュリティ権限を得ていた 帰社する管理者に事情を説明したところ、本人はさほど立腹な訳でもなく、ただ作業が年を越す見込なので戻らなくて済むことは有難い、と逆に礼を言われ感謝されてしまった 妻ともう一人残っていた事務員は仲が良く、妻が困っているところ、普段から世話を掛けているところ一人にはしておけないと、どこか文化祭前夜を思い出すような口調でいった後、帰って良いなら、ほど近いところに彼氏を車で待たせているので帰ります、との事だった おそらく、今年は年末が週末にあたる関係でその彼氏とやらも仕事で疲れたところに呼ばれているところ、随分と待たされていることにやや同情を感じつつ、一応はねぎらいの言葉を掛け去っていく足音を聞いた 妻は、しっかり者と聞いていたところでも、このような状態ではしおれているものと思っていたが、思いの他元気に感謝を述べ、着替えてくるのでそれまで待つことをお願いされた 内心、仕事のトラブルで傷心の女子社員の対応には、やや困ることが多かったので、面倒になることを危惧していたこともあったが、相手が妻なら、むしろ喜ばしいことと思い、時間も遅くなっていたので、その当時は妻の住所も知らず、一旦寮に戻って車で送って行こうかなど思案していた また、静まった職場に時折聞こえる見慣れぬ事務機器からの電子音をききながら、今この建屋には自分と、更衣室で着替えをしている妻だけとの事実に戯けたことと思いながらも、着替える姿を想像しながら、年相応に性的な想像を巡らしていた 程なくして、妻は戻り、待たせたことを詫びながら、急いでいたので靴を履き替えていないと訳の分からないことを言いつつ、社内で履いていた靴を脱いで、手に持ったブーツに履き替えようとしていた 年末で綺麗に整頓された事務所の椅子に座ることも遠慮して、妻の机の斜め前の机に寄りかかっていたのだが、膝丈ほどのスカートに仕事中と同じストッキングが目から離れず、その動作を眺めていたところ、妻が不意に目を合わせ、こちらを覗きこんだ 「気になります?」と妻 先ほどまで、やや性的な想像をしていた延長で、ストッキングの作り出すふくらはぎに微妙な陰影に見とれていたので、咄嗟に言葉がでず、曖昧に否定しかできなかったが、やや上気することを抑えることはできなかった 事務所の消灯と、セキュリティを警備開始とし、繰り返し礼を言う妻と門まで歩いた 学生の時には、サークルで付き合うことが普通だったことで、望まなくても付き合うこととなり、あまり意識せずとも初体験まで済ますこととなったが、社会人となり数年、独身の同僚や少数の友人も年に数人ずつ結婚していく中にあって、自分の結婚を考えることはあまりなかった 自分の職場には、あまり恋愛対象となる女性がいなかったこともあるが、毎日の作業に追われ、性的な処理は、数ヶ月に数本アダルトビデオを借りる程度だった そんな環境のなか、隣に女性が歩いていることを意識せずにはいれられなかった 門をでて、バス停なら数分のところ、おそらくこの時間になっては既に終バスも無い筈であり、駅もさほど遠くはないものの、本数は首都圏と同じく十数分に一度というほど多くはないのだった やや下心もあり、それを抑えることもできないことを自覚しつつ、寮までくれば自動車で送ることを申し出したところ、妻は即答で了解してくれた 女性が多い事務や���近隣採用の者を除いたものが寮に暮らすことを考えれば、自分も含めた結婚前の独身男性か、単身赴任者が入寮者の大多数だったので、社内的な噂となることを避けるため、妻を一時最寄のショッピングセンターに待たせ、車で迎えに行った 車の鍵を取りに帰宅したものの、スーツのまま車で妻を拾ったところを人に見られたら、と着替えた後に車に乗り込みエンジンを回して、必要なさそうな自分の先読みに、久しぶりの心の高鳴りに奇妙な驚きを覚えるのだった やはり妻は事業所採用だけあり、車で30分ほど、電車でも3駅ほどのベッドタウンの実家から通っていた ごく自然に夕飯を誘うと、先ほどと同じく即答で了解してくれ、なぜか送っていく実家と逆方面にあるレストランを提案するのだった なぜかとの問いには、やや躊躇ったものの、実家の近所では、顔見知りが多く二人に噂が立っては困るからとのことだったが、自分の顔にやや驚きの表情がでたことを察してか、打ち消すように、妻が困るのでなく、自分が噂を立てられては迷惑かと思う、と語る妻の表情は、先ほどの誘いを受ける際の明瞭さはなく、やや照れているかのようだった 食事は思ったより長く話が弾み、心配した妻の実家から電話が入って我に返る始末だった 深夜となりほとんど車どおりもなくなった国道を、不審に思われない範囲でゆっくりと運転し、住宅地に入る前の通りで車を止め別れを告げた 別れ際、それまでと同じような口調で、また会えるか、と問う妻に、今度は自分が即答で答えたのだった それから、年明けには付き合うこととなり、しばらくは社内に伏せていたものの1年を経るころには公然となっていた それでも、職場では建屋がことなることもあり日中はほとんど顔を見ることもなく、数日に一度は帰宅時に妻をショッピングセンターで拾い夕食をともにし、休日には足を伸ばし交互に運転して旅行に行くようになった 自ら社内で対応したことが少なかったことから、しっかり者の評判だけを聞いていたが、本人から聞く話では、自分と同じく何事にも熱中することが無く、平穏に暮らしてきたこと、今の会社に決めた事も、深く考えたことではなく、就職活動となったときに、キャリア志向もなく総合職を目指す友達ほどの熱意をエントリーシートに書き込むほどに自分の進路を決めることができなかった結果とのことだった 本来話していいことでもなかったが、人事部から聞いていた話と違うので意外と思ったが、人の間の立ち回りは不得手ではなく、むしろ人間関係で問題を起こすことを嫌うあまり率直にいって八方美人的になったと思う、その内心は同期が年下で相談にのる方が多かったので自ら自ら話をすることもできず、年末の契機から自分と話すことができて嬉しかった、と同時に始めてのキスをした 普段から、あまり派手な服装を好まず、清楚といわれるようなワンピースや、フレアスカートが多い妻だったが、初めてのセックスの時だけ違っていた 秋に入り、気温が急激に低くなるころ、事前に電話で待ち合わせして、自分が帰宅して車で向かえにいくと、普段とシルエットの違う人物がドアを開けたのだった その日の妻はウール地のタイトスカートに黒のストッキングと同色パンプスにブラウスをあわせ、姿だけなら、どこかの会社の秘書を思わせるような姿だった 日中は会わなかったので、普段通勤時にそんな姿をしているとも思わず、率直過ぎるほどに感想を述べると 「前にこんなスタイルが好きっていっていたから・・・」 と顔を伏せがちに妻が言うのだった 以前のドライブで、好きなスタイルから、ふざけ半分に性的な話になった時、つい漏らしてしまったものをそのまま実現していることに気が付き、車寄せから発進することを忘れてしまった やや肌寒くなっているところブラウスに大判のストールを羽織っているものの、つい目が向けてしまう胸元からは角度の関係でおそらく薄緑のブラジャーの上部が見えている、かあるいは見せている 取り立てて社内でも 別部署にまで声の聞こえた美人ではないが、年末にあったときからスタイルの良さには気が付いていた 二人で出かけた時も、妻が実家から通っている関係で泊まりはせず、あまり遅くならない時間に送るようにしていたが、このときは、妻からつまりながらもはっきりと言うのだった 「今日は両親が旅行にいって火曜日まで帰りません」 「あの、わたしたち・・・よかったら・・・今日はセックスしましょう」 このころには最初の敬語から丁寧語を経て、普段の口調ではなしていたところ、この時だけ丁寧語になってしまう妻は恥らっているのか、頬を上気させていた 自分から言わなかったことにやや不甲斐なさを感じつつ、自分のために、あるいは誘うために普段しない服装までする妻が堪らなく愛おしかった 寮につれて帰ることは論外なので、顔見知りがいない程度に離れたコンビニで買い物をし、そのまま県外まで離れてホテルにチェックインした この時にはラブホテルにはいるつもりが、週末であるためかほとんど満室となっており、やむなくインターチェンジ沿いのビジネスホテルに宿を取ることになった 既に自分がラフに着替えているところ、妻はフォーマルに近い姿だったので、人目にはさぞ妙な組み合わせと映ったことと思うが、幸い時間帯からロビーは人気がなく翌日のチェックアウト時も同様だった いつに無く、ほぼ無言で部屋に入り、カーテンを閉めて向かいあうと、後は考えることはなかった 長くキスをすると、先にシャワーを浴びようとする妻を引きとめ、ベッドに横たえた 首筋から唇にキスを繰り返し、慣れない手つきでボタンを外し、服を剥いでゆくと縁がレースで飾られている他、あまり装飾のないブラジャーが残った 前にホックを外したのは数年前で、そのときもあまり上手の外せて記憶が無いのだったが、この時は興奮のあまりそのままカップを下に摺り下げてしまった そこからでてきたものは薄いピンクでやや立ち上がり掛けた乳頭と、普段のスタイルから想像する以上の張りをもった乳房だった 目の前の白く形の良い乳房を数十分は嘗め回し、同時にストッキング越しに秘所にも指を伸ばしていた セックスのテクニックは、せいぜい学生時に性豪として知られた友人から聞いたものとアダルトビデオ程度の知識しかなかったものの、当面テクニックほどの手管を労せずとも、既にブラジャーと同質のショーツははっきりと分かるほどに湿っていた その時は、全くといっていいほど、翌日の服装まで考えることはなかったので、ショーツを下にずらす時に一部ストッキングを引っ張り過ぎて伝線したことも気にしていなかった 片足をショーツから抜き出すと同時にストッキングも外したものの、もう片足にはショーツもストッキングも残っている非対称が妙に扇情的で、その頃には、秘所を露出したことで、先にシャワーを、とつぶやく妻の乳房をまさぐりながら、そこに口付けした ある程度妻も覚悟していた行為とは思うが、その瞬間体に衝撃が走り、口付けたところにより深く押し付けられることとなった 過去のセックスで、相手のそこをまじまじと眺めることもなかったが、いわゆる裏ビデオで女性器を見たことはあり、正直大陰唇あたりには美しいと感じることもなかった このときは、先にそのことを考えたのではなかったが、口づけたそこは脳裏に残る映像でなく、ピンクに艶めく2重の襞とその上部に薄く生えた陰毛が、本能的にそこを滅茶苦茶にしたいと自分の思考のほとんどを占めるのだった 薄く妻自身の香りを感じながら、襞の一枚一枚を舐めとり、小刻みに声を震わせる妻を感じながら襞の合わせ目の膨らみを舌を押し込みつつしばらく愛撫すると、声にならない呻き声を上げて大腿で自分の顔を強く締め付けるのだった 左右の頬に感じる生足とストッキングの感覚がより一層自分をみなぎらせ、いつしか妻が力なく倒れ付すまで数回繰り返したのだった 後の妻によると、初体験ではなかったものの、学生の時に初体験し、ただ苦痛に耐えて、妊娠しないことを考えていたという レイプまがいかと心配もしたが、特に暴力的なつきあいでもなく、薄い恋愛感情を感じている間に、当時の彼氏に迫られ周囲の体験を聞く限り、そんなものかと行為したとのことだった それに比べると、この時のセックスは前戯で、初めての登りつめる感覚を連続で数回流し込まれ、すでに行為の前に体だけでなく頭も相当痺れており、もはや事前に考えていた程、服装で自分を誘惑して、リードするなど消し飛んでいたのだそうだ 自分のものは準備万端だったが、さすがに初回から避妊する程度の理性は保っており、もどかしくゴムをつける間も、妻は肢体をベッドに晒していた 衣服をすべて剥ぎ取ろうかとも考えたが、ずらしたブラジャーに大腿だけに残ったショーツとストッキングの姿は改めてみるに相当扇情的だった 豊かな膨らみは仰向けになってもそれとわかるほど盛り上がり、その頂点からやや上を向いた小ぶりな乳頭はそれまでの刺激でピンと立ち、強引に開いて刺激し続けた股間はいまだ閉じずに女性器はベッドサイドとランプを浴びて欲情的な反射を放っていた もはや、言葉で意思を確認する必要なく、最大となった自分をベッドサイドに露になった女性器に入り口だけあわせ、あとは一息に本能の求めるまま深いところまで侵入した 多分、ぐったりしていても、そのことを予知していたのか、瞬間に目が合い、そのまま妻が伸ばした手が自分の肩から首に周り、上体が重なりあう事になった 姿勢が変わったことで結合がより深くなり、妻の体内の暖かさが自分の根元まで感じられ、さほど動いていなくとも、奥から緩く刺激する幾重の襞を感じた それまで声をあげることを躊躇っていた妻が、この時から溜まらず、最初は抑えた呻き声から、艶のある声、そして明らかに女性が性的な歓びであげる嬌声へと反応を見せるのだった 最初の射精は純粋に繋がったことの喜びで加速がいや増し、数分の狂乱ののち妻の背筋が張り詰めたタイミングと2呼吸置いて訪れた 息が止まるほどの絶頂のあとは、そのまま深淵に落ち込むかとも思ったが、妻は満足げな表情で、自分の胸にもたれ掛かってきた 何か言うべきかとも考えたが、まわらない頭を自覚するだけで、そのまどろみを数十分楽しんだ後に、妻はシャワーに向い、その後に少しの会話をはさんで後ろから合体したのだった 結局、翌朝まで3回、チェックアウト前に1回の行為をした それから数ヶ月、妻の両親にも挨拶し、正式に結婚を前提とした付き合いに許可を得てからは、泊まりの旅行も可能となり、その翌年には結婚式を行うように結婚式場をみてまわることで週末を過ごすこととなった 自分の収入も大卒総合職としては決して高給ではないものの、さほど出費をしない生活のため、結婚式とその後に計画的な暮らしが可能な程度の収入と預金残高はあり、それに妻の収入とそれにみあった預金残高があれば、当面の暮らしは全く順調といえるものだった その翌年、まず申し分ない結婚式を開き、親族それぞれから祝福をうけ、ある程度心配していた地方の閉鎖性とも妻の実家は縁がなく、全く順風満帆の新婚生活を始めた 自分に関して言えば、順調に昇給し、仕事についても一定の評価を受けていることを実感できる程度にはこなしていた 暮らしも楽だったので、定例会議で本社に出向く都度、本社勤務の同期が過労や、重大過失で脱落していることを見るにつれ、自分の昇任について考えることなった 現在の職場では折から他事業部との統合、実際にはこちらへの合併を控えており、事業統合と生産集中のプロジェクト自体が大きなうねりとなっていることを考えれば、本社への異動を希望しなくとも、この地での一定の仕事・一定の生活が自分の希望する将来��最も合致するものと思われた 本社の人事部にも内々に希望を伝え、あまり得手ではないものの、職場と本社それぞれに根回しをしてほぼ将来に見通しを立てることができた 寮は独身か単身赴任が条件だったので、結婚と同時に、会社から程近い場所に比較的新しいアパートを借りた 築2年とのことだったが、居住者はおらず、内装は新築同様だったので、妻と喜んで部屋の調度品を決めたり家具をそろえたのだった それから2年、年に数回喧嘩もするものの、深刻でもなく、数日たってみれば互いに笑い会える二人だった 結婚の後、妻は仕事を辞めて、近隣にパートの仕事を探すつもりだったが会社からは強い慰留を受け職に留まることとなった 元々、仕事については妻も評価を得ており、賃金水準こと違えど事務員のなかでは存在感のある立場となっていた 職場から聞く話でも、身内である分聞こえる話を割り引いた上でも、その存在が事務員の活性化と勤続年数の延長に貢献しているとの事だった また、過去例が無い地方の事務員採用出身者が、社内応募の本社総合職に転任した件では、妻が主導したとの噂だったが、本人によると、後押しはしたが主導ではないとのことだった 本社の定例会議の時にあった当人によれば、まったく妻の啓発によるものだったとのことであれば、妻自身の昇任希望かとも思ったが、この点では妻は全くその希望はなく今の環境以外にはどこも行きたくはない、との事だった 共稼ぎで数年立てば預金残高も相当なものとなり、徐々に将来を見据えて子育てと住居を考えることとなった 自分は次男で両親が暮らす家を継ぐことはほぼ無いこと、妻の両親も自分��家を持つことは、妻自身の幸せと理解してくれ積極的な賛成をしてくれたので、この地で住居を購入することを決めた さすがに数千万の投資となるので、易々とは決まらなかったが、丸1年を掛けて検討した結果、自分も妻も妥協することなく満足する住居を選ぶことができた 会社からは通勤に数十分の距離となったが、環境が良く、旧来の因習に縛られるほど以前からの町並みに近くなく、でかけるにも、交通機関やインターチェンジが程近い好適な立地だった これから、おそらく過大な表現を使うなら終の棲家となる家なので、当初から愛着があり、アパートの運びいれた当時より数段高い基準で調度品を選定し、また居住人は2人なものの、初めて手に入れる我が家に幸福を感じる毎日だった それは、新居に越してから半年たった時のことだった 帰宅すると、普段から自分より早く帰宅する関係で近隣のスーパーで買い物をし、帰宅時間あわせ夕食を準備している筈の妻の顔が消耗しているように見えた なにより肌寒くなってきたところに生足で、からかってみたが反応は芳しいものでなかった 何事か尋ねてみたところ、仕事で疲れた、とのことだったが、数分で慌しく表情も変え夕食の支度を始める頃には先の心配も杞憂と思えるようになっていた 人口の多くが住む地域に比べ、この近辺はこの地域の新興住宅地といって差し支えなく、インフラは整っているものの住宅はまだ多くはない ここに新聞配達を受けることも、また同じ料金であることも、特に昨年の様に度々の降雪時には気の毒とも思うが、ともかく毎日門扉の郵便受けまで新聞をとりにいくのも自分の日課だった その日は、新聞をしたから引き抜くと当時に、新聞に挟まった紙片が見えた 紙片にはなんらかのインターネット上のアドレスと、それ以外の長い文字列が印字してあった アドレスには心あたりはなかったが、なんらかのファイル交換サービスらしいことは見当がついたので、1階の自室のPCで接続してみることとした 本来、見知らぬ他者から預かったアドレスに接続するなど、危険な行為と承知しているが、仮になんらかの業者が広告目的で配布したなら、この様な辺鄙なところをターゲットにする訳はないし、紙質からして広告用より高級な用紙らしいことが気になっていた まだ朝は早く妻が起きる前に新聞を取りに行くことも、週に半々といったところで、やや寝ぼけたまま指定のアドレスを入力し、パスワードを求める欄に半信半疑で長い文字列を入力したが、集中を欠いたことと、ご丁寧に大文字小文字を判別するものだったため、3回目の入力で漸くサイトに接続の表示となった どうやら、テキストファイルとビデオファイルのダウンロードと見て取れ、サイズは1ギガほどもあった さすがにダウンロードについては暫く考えたが、ダウンロード後と解凍後にそれぞれウイルススキャンすることとして、とりあえずクリックを進めた どちらのファイルもウイルスの反応はなく、開いてみることにした 次の数分間の記憶は定かではない 画面には、紛れもない妻が写っていた 最初は良く似ていると思った程度だったが、徐々に嫌な予感と共に仕草・髪型・ネックレスなど妻本人でないことの証明が無くなってゆく 服装は昨日帰宅時に身に着けていたもので、薄手のブラウスに黒字のカーディガンに同色のプリーツスカートに濃い目の黒のタイツだ 場所は風呂の様だが、画一的な場所なので、自宅の風呂かは自信がもてないところだ やや、嫌な予感がしたが、まさか妻のドッキリかとも頭の片隅で思うところもあった なぜか妻は表情が硬く、自分が過去にみたことのない表情だった 無言の妻は透明な筒状のものを取り出し、それになにかの粘液をまぶしていた それが、いわゆるディルドであることは分かったし、これからしそうなことも予期できたが、依然何のための行為なのか、何故するのかはまったく分からなかった 万一妻の悪戯にしても、これは度が過ぎているし、そもそもそんなことをする性格でもない 思考しているうちに、妻は画面の中でスカートに手を入れ荒っぽく秘所を刺激し、もう充分と判断したのかタイツを脱ぎ、黒いショーツを脱いでゆく やや画面には影となる範囲をのこしつつ、妻はバスタブの縁にもたれ掛かるように腰掛け、浴室の照明に淡く照ることが受け入れることを可能と示している秘所を片手で少し広げ、そこに強引にディルドを突き込んだ さほど濡らしていなかったのか、妻は表情を歪めて暫くゆっくりとディルドを抜き差ししているが、これで妻が自らのぞんでしていることでないことは分かった 仮に自分に送ったものならば、あるいは初めてのセックスの時の様に誘っているならば、わざわざ苦悶の表情など浮かべるような行為をしなくても良いからだ これで、この撮影は昨晩だったことが確信できた 妻はさほどランジェリーにこだわるほうではなく、ブラジャーとショーツのセットで5千円程度のものを普段購入している 画面でみた黒の下着は、昨年ふざけて自宅でストリップなど話していたときに買ったものだった 妻の下着の中では、比較的セクシーなデザインで正面はともかく、後ろがTバックほどでなくとも尻の半分もカバーせず側面がバンドになっている自分にも記憶にあるものだったからだ 普段滅多に妻がそれを着用することはなく、生理明けなど、まず妻が誘ってくるときにわざとみせるときに家の中でだけしか着ず、行為が終わってからは洗濯籠へ行くものであるところ、昨晩は風呂上りに洗濯籠にタイツを発見し、帰宅時に生足だったことを単に脱いだだけと一人得心した後、その下にこのショーツがあったからだ そのときは既に妻は普段どおりとなっており、その点も聞くことはなかったが、衣服も下着も同じことなど自分はともかく女性である妻にはそうあることではない 画面ではカメラに視線を向けることなく、妻はディルドの下部をバスタブの縁に固定し、プリーツスカートに隠れて秘所のディルドの行方は見えないものの、おそらくを股間にはさんでバスタブと浴室に跨り腰を下ろしていく 横を向いているので表情は見えないものの、ゆっくりと体の上下の動きは早まっている そして音声はごく微弱なものながら呼吸に混じって、呻き声が上下動のそれぞれの頂点で僅かに聞こえる しばらく放心したように眺めていたが、我に返ったときには、今朝妻の顔を見ることができないことだけは確信していた すぐに身を整え、妻には用箋に、所用で先に出社することを告げて家を出た 出社の途中でも、考えが全くまとまらず、電車の乗り降りにも慌てる始末だった とにかく順を追って解決することを自分に言い聞かせ、まずはメモリに保存したダウンロードファイルを確認することを優先することを考えた 会社にも自由になるPCはあるものの、情報セキュリティの面から、まず考えられない ならば今日早退して自宅で確認するか、これは自分が早退すれば妻の職場にも知らせがいく可能性もあり好ましくない とるべき手は、出張として偽りの用件で外出することだ 幸いに一定の裁量は任されるようになっており、成果を報告する限り勤務についてつぶさに見られたことはない あるとすれば、以前のように他者の参考になるように研修の受け入れだが、この時期に研修受け入れの話もない 早速、辻褄があうようにスケジュールを調整し、午前中には事業所を出た 万一自宅でなんらかの理由で監視されていた場合の難を避けるため、電車で数駅の地方都市にでて、インターネットカフェに入った ある程度移動中に考えをまとめたものの、妻が望ますしている行為と、それが自分に知らされた理由に説明が付かないまま、PCを起動して持参したメモリを参照した 映像については後に参照することとして、先にテキストファイルを確認することとした 「ご主人へ」 「あなたの奥様には次のお願いをしました」  「1.まずご自身の写った映像ファイルをみてみてください」  「2.それが拡散した場合を考えてみてください」  「3.今の仕事を続けることはできますか?」  「4.そこに住み続けることはできますか?」  「5.ここまで理解して、私のお願いを叶えて下さるなら、メモリビデオカメラを購入して下さい」  「6.透明のディルドを購入して下さい」  「7.セクシーな下着でオナニーを撮影して下さい」  「8.ディルドをオマンコにいれてオナニーを撮影してください」  「9.次に示すアドレスにファイルをアップロードしてください」  「10.定期的にお願いをするので同じアドレスを確認してください」  「※明日中にファイルが確認できない場合はファイルを公開します」 「ここからはご主人へのメッセージです」 「奥様はとても魅力的です」 「誠にお気の毒ですが、私は奥様の体にとても興味があります」 「ビデオファイルをご覧いただけばお分かりいただけますが、奥様は既に覚悟をされています」 「奥様の覚悟は、あなたを守るためでもありますが、その点を充分にご理解ください」 「これから数点のお願いをすることになりますが、それを受けた奥様の覚悟を無駄にされないことを切にお願いします」 「それによりお願いが叶えられない場合には他のサイトも含めパスワード無しで全ファイルを公開します」 「奥さんが開発される様をともに楽しみましょう」 読んで愕然とした 妻がしていたことに納得がいったのだ 単純な脅迫だが、逃げられない 自分の写った映像が分からないが、それは困るものなのだろう、妻がこの要求に屈するほどに ここに働き暮らすことを選択した以上、それ以外の選択肢はもはやない 既に本社異動はここでの勤務確約とのかたちで方々に根回ししてあり、住居については20年のローンとなっている 万が一、元の映像でなくても、昨晩の映像だけでも自分と妻の将来を破壊するに充分と思える かといって警察に駆け込んだところで、最悪自暴自棄となった犯人がネットに公開すれば同じこととなるのだ どんな手を考えたところで、犯人を特定し、その犯人がいわゆるデッドマンスイッチを仕込んでいない場合にのみ捕まえることができた場合、この場合にだけ解決ができる 犯人が複数の場合、捕まえる前に気付かれた場合、そのほかどんな場合も結果は自分と妻の終わりとなる ふと、犯人を考えてみたが、仕事に触れていることから、現時点では妻と自分が同じ職場で働いていることをしっているらしい、こと以外は何も分からない 焦燥感のみ溢れ、なにも解決の一歩も踏み出せないまま、映像ファイルの上気した顔を天井に向け、上下動から僅かに前後の動きが加わった妻を見ていた 画像の妻は手をバスタブの縁と壁面に当てながら徐々に動きを増している 首筋からうっすらと汗が浮かんだのか光を反射し、腰の動きに合わせて揺れる胸の動きに目が離せなくなってゆく ふと、何故胸を見せないのだろうと、頭をよぎった考えを、自分自身を殴りたいほどに後悔する 頭が加熱していることを感じつつ、手は股間にのび、画面に吐息で曇りを映すほどに近づき、すでに済んだ行為としりつつ、妻を救うことができなったことと、扇情的な妻の腰振りを見つめた 5分もたっただろうか、深いグラインドから、先端を少し食い込ませた程度に見える浅さで妻は小刻みに動いていたかと思うと、絶頂に達したものとみえ、背筋を張り伸ばし、数秒固まった末に、力を失ったように腰を下ろした が、この様な異常な性体験のない妻は、自分の股間にあるものは、自分との性交のように絶頂のあとは都合よくしぼむものと考えていたのか、あるいはそこまで考えられないほど、その透明に屹立するものに追い詰められたのか、敏感となった秘所に深くディルドを突き込むこととなってしまった それまで、僅かな甘い呻き声と、秘所の立てる淫猥な雫の音の他、目立った音はなかったが、この時は妻は異様な声を響かせるのだった 例えるなら、断崖絶壁にしがみついていたが、無力にも握力の限界で奈落に落ちるときに声といえるだろうか その声で、間違いなく妻であることを確信することになった 夫婦のセックスで、深く突き入れるときの声と全く同じだったからだが、妻を乱れさせることが自分でなく、バスタブの縁に固定され、その無機質な下部分だけが見えているディルドという事実に、また、達した妻を、いまさらに深く抉り、ほとんど股間を縁に擦り付けんばかりに妻の性器が飲み込んでいるものが、自分でないことに情けなさを感じつつも、何故か感じたことのない快感が登りつめるのだった 画面の妻をそれに答えるように、カメラに写されているために上下動を見せるのでなく、ただ下腹部をかき回す存在を鎮めるために、やや前のめりになって腰を縁に落とし前後に、快楽を得ていることが明らかに分かるほど動いている それは最初のような機械的な動きでなく、動き始めの滑らかさと数センチの引きずる感覚に、止める間際で甘く微動する淫猥な快楽を貪るための妻の腰が、性器がディルド全体をフェラチオするかのような動きだった 顔にかかった髪でよく表情は分からなかったが、一心不乱に紅潮した顔と、だらしなく涎を垂らす唇もまた欲情を誘った 動きが早くなることもなく、そのまま数分同じ姿が映像に写しだされ、スカートに隠れディルドが妻を貫いているであろう箇所からは、幾つかの液の筋がバスタブの壁面をつたっていた 同じ動きから、数度痙攣するように体を震わせた妻は、緩慢な動作で股間を後ろに引き、たくし上げたスカートの前面からは、いままで妻の性器と内部で荒れ狂ったのか歓待を受けたのか、引き抜かれたディルドが液を引かせつつ姿を現した 最後に妻の体内にあって斜めになっていたものが、弾力のある素材のためか、すべて引き出されると同時に二三度勢い良く震えるのだったが、それは無機質なディルドが、自分に妻を堪能したことを告げているようにも思われた 妻は放心の体ではあったが、深く呼吸しつつ、視点の定まらぬ一種無表情ともとれる顔でこちらに近づき、手を伸ばしたと同時に映像は終わった 考え必死に音を立てず歯を食いしばりながら無力さをかみ締めながら、射精しかつて無いほどの快感を得たことに自分の心を蝕みながら、店をでた 長い時間を過ごしたように思ったが、実際には、2時間半程度の時間だったので、元々予定していなかった取引先を訪問し、所用を済ませて帰社した 考えることは尽きなかったが、むしろ映像で見た妻の姿は自分を昇天させるに充分であり、一回射精してからは、頭も冴えたようで取引先への訪問でも、一切不審さを気取られることはなかったと思う 取引先との交渉で白熱した議論を行い、合意に達してからは、急な訪問でも成果を生み出したことで先方とも友好的な空気を手に入れることができた 帰社の電車でも報告書案を頭の中でまとめ、不思議なほど朝からの混乱が引いていくことを感じていた 帰宅後、妻はいつもどおり夕食の支度をしてくれており、普段と変わらずに見えた 恐らく昨日の今頃は映像にあったような痴態であったところ、落ち着いて食卓をはさんで摂る食事は美味しく、この現実と、映像の非現実の妻が同じとは思えないのだった ふと会話をとめ、そんなことを考えてまじまじと妻を眺めていると、不審がったり、微笑んだり、最後には少しふくれたりする妻には普段と変わりないことを感じて安心すると同時に、恐らくこれだけで終わることのない妻への仕打ちと、このささやかな幸せの時間は妻の犠牲に成り立っていることを忸怩と思わねばならない自分と、妻の痴態へ劣情を催した自分にいいようのない不安を感じるのだった 夕食の後、風呂に入り、映像どおりの変哲のない浴室に、徹底的に掃除したと思われる形跡を見てとった 既に覚悟はしていたが、排水溝の端に、本来あるはずのない、性行為にしか使うとは思われないローションらしいヌメリを探りだしたことに陰湿な満足を覚えたのだった それから数週間たち、心の片隅では期待するところもあったのだろうか、定期的に海外のファイル共有サービスを確認したが、特に変更されたものはなかった 妻とのセックスも、結婚してから変わらず週に二三回で、付き合い当初の熱情的なものでなくても、性に乱れた妻を抱くことができることは、愛の発露としてだけでなく、男性的な欲情をも満たすことができ満足できるものだった 妻からも、そのことを告げられることもなく、匂わす程度に話すこともなかった 卑怯とも思いながら、可能な範囲で、犯人を考えたが、対象者が多すぎ日中の時間が仕事にとられている身としては取れる行動もほとんどないのが実情だった 最初に妻があの映像の行為に及ぶにいたった契機にビデオというものが気にはなったが、まさかこちらよりその映像を所望する訳にもいかない 一応、外からの盗撮である可能性程度には思いが至り、自宅の周囲には植木による塀を巡らすこととした 特にこの地域では珍しいことではなかったが、新しい住居に備えることは多くはないようで植木屋の老人もしきりに自分の判断を褒めてくれていた 妻には正直な理由も話せるはずもなく、ポツポツと建築現場が増えてきたので、後々植栽するなら、近隣トラブルとなる前に植栽をしたほうが有利なこと、妻の実家の植栽が前から好きだったので、自分もいつかは庭にこれを植えたかったことなどで説明した 妻の実家の植栽は実際に見事であり、それを自宅に揃えたいと思ったのは本心からだが、このような契機でもなければ、相当優先順位が下がった��のだっただろう 妻の実家でも、都会の生まれで地方の妻を娶ったにもかかわらず、地域の伝統を大事にしているとのことで誉めそやされ悪い気はしなかったものの、さすがに妻の実家では複雑な気分になった 季節も春を迎え、コートをクリーニングに出し仕事では新卒研修の初々しい面々から挨拶を受けるなど気持ちの良い暖かさを感じていたころのことだった 2月あたりまでは、欠かさずファイル共有サービスをチェックし、万が一、妻の映像が流出していないか気をもみながらさまざまなサイトを夜な夜な彷徨っていたが、寒さが緩む頃には、4ヶ月も経てば忘れられたのか、犯人が別件で捕まったのではないかと期待することもできた ある朝、遠くで鳴くカラスの時ならぬ声に目覚め、まだ黎明の空を眺めながら寝室から新聞を取りに玄関にでたときだった 既に忘れていたのだが、問題のサイトを最近チェックしていなかったことを思い出し、妻が起きだしていないことを伺ってから自室でPCを立ち上げ、接続した 「!!っぅ」 声にならないショックが画面から自分を引っ叩いたようだった 従来表示されるままになっていた画面から、先日の動画ファイルが削除され、新しいメッセージファイルが置かれていた テキストファイルだけなのですぐにダウンロードして、内容を確認する 「ご無沙汰しておりました」 「今回のお願いをお伝えします」 「1.次に指定するバイブレーターを購入してください」 「2.購入し準備ができたら、それを挿入する姿を映像に収めてください」 「3.映像を確認したらお知らせする指定の場所にバイブレーターを挿入して向ってください」 「4.そこでは少なくとも4時間滞在していただきますが、お手洗いなど閉所での滞在は不可です」 「いずれも着衣はTPOに合わせたもので結構ですがパンツは避けてください」 「※このお願いの1週間以内に動きの無い場合には警告をします」 「以上が奥様へのお願いです」 「今回はご主人にもご協力をお願いします」 「指定の場所は、xx県xx市のショッピングモールです」 「バイブレーターは同じものを購入してください」 「このタイプのリモコンの電波可能範囲は約200mです」 「奥様に見つからないようにリモコンのみ所持し、ショッピングセンターでは期待に沿う映像を撮影してください」 「映像はこのサイトにアップロードしてください」 驚いたことは、この内容だけでなかった ファイルがアップロードされた日付は日曜日で、今日は水曜日となると、購入する時間は後4日間しかない ショッピングモールは内容からして休日にいくこととなれば、それまでに手に入れる猶予は2日間となる しかも、今週の妻の行動からして購入したそぶりは無いので、妻も同様に最近はサイトを確認していないのだろう 警告がどのような形をとるか分からないものの、不愉快なものであることは容易に想像がつく この下劣なお願いを拒否したところでは、それ以上に生活を破壊するようなことになるのであれば、選択の余地が無いことは想像できた 必ずしも望んで、ではないが、まずは妻にこれを知らせる必要があるが、直接知らせることはできない まして、今回は自分も参加することとなれば余計に慎重にかつ期日までに実行しなければならない 自分もあまり妻に隠し立てすることはなかったが、妻に不審さを感じさせない方法で、妻に自らサイトを確認させる方法を考えねばならなかった 漸く明るくなった空を仰ぎ、不意に勃起している自分の身体構造と、少しでも妻の痴態を想像して如意ならぬ興奮を感じている自分を悲しむことしかできなかった 新聞を読み、印刷したてのインクの香りを嗅ぐとアイデアも浮かぶのだった といっても、自分のPCの調子が悪いことを妻に告げ、妻のPCを使用しようとすれば、当然妻は止める筈なので、それが契機とならないか、程度のものだった 他に名案もなく、残された日数からしても実際には今日明日には妻が購入することが必要だ 快晴の空に洗濯機を回し始めたころ妻は起きてきた 暢気に朝食の支度などしているが、ある程度強引に進めることとして、妻がコンロに火をいれた音を聞いてから、調子が悪いので、妻のPCを借りることを2階から告げる 数瞬の後、妻はスリッパの音を響かせて走ってやってきた 自分のPCの調子が悪い証左にあらかじめ設定を消去しネットワークエラー表示を妻に見せる 妻の反応はやはり落ち着いており、もう出勤時間も近いので準備している朝食を落ち着いて食べて欲しいこと、取り分け急ぎでなければ会社で見ればいいことなど宥めるように言うと、階下に下りていってしまった やや、拍子抜けの反応とも思ったが、少なくともPCの利用をさせない意図を確認できたので所定の目的は達したのだった 出勤時間は自分の方が早くでている 結婚しているのだから二人で通っても良いのだが、出勤時間が遅い事務員で妻が早く出社すると、ある種のプレッシャーをあたえかねないとして、結婚後、数回通ったのみで断念している 脳裏には、妻の行動が残ったものの、なすべきことをすれば、特に考えることもなく一日の課業を終えた この日にも自分のバイブレーターを購入することを検討したが、購入することのできる店も数軒しかなく、交通機関が電車に限れば、ほぼ一つに限られるため、無用のリスクは避けることにし帰宅することとした 家は明かりが灯っておらず、妻が帰っていないこと、それは恐らく計画通りであることにささやかに安堵しつつ夕食の準備を整えて妻の帰宅を待つこととした 予想していたより妻は早く帰宅し、少し普段より陽気な姿に訳を聞くと、週末に学生時代の友人と会うのでお土産など探していた、との事だった ご丁寧にこの地方名産の菓子など買っており、自宅用にも買ったものを夕食後に食べよう、などと誘われると、自らの行為は、妻の犠牲を無駄にしないことに名を借りた、ただの性的欲求解消のために妻を慰み者にしていることに過ぎないのかと暗澹となるのだった 翌日も日の出前後に目覚め、PCを確認する いつもと変わらぬサイトの接続に必要な、長いパスワードも最早覚えてしまっていることには自分でも呆れることだった 恐らく、妻用のサイトと自分用のサイトは別だと思われるが、すでにお願いのファイルの他、外出場所の指定メッセージと数百メガの動画ファイルがあった 早速ダウンロードし、タイムスタンプをみれば昨日の晩となっていた 最初はごそごそノイズと時折漏れる光の他は暗い画面だったが、漸く落ち着いた画面には、昨日の妻がトイレの個室に腰掛けていた そこそこの広さがあり、音楽が聞こえることを見ると、地方都市にある百貨店と思われた 白のブラウスにベージュのジャケットを羽織り、長めのウールのプリーツスカートに黒のハイソックスといった普段どおりの落ち着いたスタイルだったが、俯いた表情は諦観したような、といって普通に想像される悲しみの要素は見当たらないものだった 後に、ある場面で思い出したのだが、それは、諦めと期待と快楽の混合したものだった 画質は先日のものより良く、恐らくスマートフォンをドアに立て掛けて自らを撮影したもののようだった 既にショーツはハイソックスに掛かるあたりまで引き下ろされており、かた一方の脚はショートブーツを抜いて便座カバーの上に載せていた 撮影がそこまで鮮明に載らずとも、せいぜい立って下から入れました、程度に撮影すれば良いとも思っていたが、妻には自分と別に撮影の内容がお願いされているのかもしれない ただ、2回だけのやり取りを見るに犯人は相当狡猾な反面、行動にブレは感じられず理性的とも考えている たとえば、脅迫のやり取りに安易にメールを使わず、海外のファイル共有サイトを使っていることは、本人特定をほぼう不可能とする点で優れている まったく同情する余地のない犯人に妻が2度までも秘所を見せつけていた事実は、怒りの感情を生むに充分だった 本当なら必要の無い撮影に、携帯からではおそらく位置情報なども付属したまま送信したのでは、相手に付け入るスキを与えるばかりだった いつかの暮れに見とれた魅力的な曲線を描く妻の脚に柔らかに繋がる太腿とその間に恥ずかしげに収まっている秘裂と帽子を被ったような陰毛は、それまでにみたどんなアダルトビデオより興奮を誘うものだった 既に包装から取り出してあった比較的小振りのバイブレーターを潤滑剤代わりに妻は一心に嘗め回すが複雑なくびれをもつ電波式の内蔵式バイブレーターは、普段の夜にその性器を埋める所有者である自分から見ると、卑劣な簒奪者に見えるのだった やがて妻はバイブレーターから口を離すと、不意にそれから目を背け、視線をトイレットペーパーホルダーにむけた そちらになにかあるものと思ったが、画面に見える範囲にはそれ以外になかった と、妻の手にあるバイブレーターは少しずつ手を震わせながら性器に近づいてゆく アダルトビデオの展開では、脅迫された妻があっけなく快楽に身を任せるのだが、見知らぬ犯人の屈辱的な指示にしたがうことは相当なストレスであるとは思うが、あくまで妻は落ち着いているように見えた 精神的に不安定になることもあるだろうし、不安に苛まされることもあるかもしれない しかし、妻の表情はあくまで淡々とし、嫌な仕事を片付ける程度の表情でしかない それはむしろ、この映像をみる者に一切の欲情を抱かせない妻の決意の様にも思われ、その事務的な表情と、普段着でありながら非日常��な姿勢で、股間に異物を挿入するため股間を開いた姿のギャップは既に自分のものを勃起させるに充分だった おそらく妻は、そのような器具の使用経験が無いようだった 澄ました表情で隠しているようだが、明らかに先端を押し当てているのだが、自らの挿入口の形状はよく理解していないように見え、押し込んでは引きだすことを数回繰り返していたが、その際、僅かに割り込んだ小陰唇から切なげにバイブレーターが引き抜かれるときに、最後までバイブレーターの張り付いていたまるで唇のような襞には潤いが見えていた やがて、妻はため息を一つつくと、それまで立てたひざを抱えていた腕を放し、その指を下腹部に伸ばすのだった 妻の指は、さほど飾り気のあるものではなく、爪を磨く程度の手入れしかしないものの、しなやかに下腹部から太腿の裏側を通り、クリトリスの弱く刺激したのち、また下腹部を手のひらでなでる動作を繰り返していた 画面のその部位だけに集中すると、妻の体を、誰かが刺激しているように見え、いいようのない悔しさがこみ上げるのだった 最後に妻は中指を立て、少しひねりながら、回しこむように性器に挿入していった 差し込んだ手は暫く動いていなかったが、その間の妻の表情を消した顔に、淫猥な姿が走ったように思われた なぜ差し込んだままであるのか不審にも思ったが、手の内側にある腱が伸び縮みしていることは、妻の体内に埋もれた指は何かを探すように動いているに違いなかった 数分でしとどに濡れた指を出し、そこにぬめぬめと再度咥えたのちに唾液で光るバイブレータの先端が妻の性器にあたり、呆気ない程抵抗なく挿入されていく さすがに場所もあり無言で、複雑な形の玩具が妻の性器の内部に触れている姿を妻は自ら撮影している 差し入れた器具を動かすこともなく、暫く俯いていたが、やがて深いため息をひとつ漏らし、片手で傍らの台に置いていたリモコンを取り上げスイッチを入れるのだった。 電源投入と同時にその動作を予期していたのか妻は眉間に皺をよせ、耐えるような表情を浮かべていたが、その時点ではどうやら動作していないようだった。 妻は数度スイッチをスイッチを動かしていたが一旦リモコンを傍らに置き、自らの股間に挿入した器具に触れた。 改めて全体像を見ると、普段の仕事と変わらぬ服装の妻が便座カバーに腰掛け、片足を上げた状態で股間を広げ、その秘部には、白い器具が埋まっており、それだけで日常の上半身と非日常の下半身が画面の上下でまったく相反していることに強い欲情を感じるのだった。 妻は自らを抉る器具をそろそろと引き出していたが、フック状の形をしたそれは下に引き抜くことはできず、やや腰を浮かせて手前に引き抜く形となったが、その際の姿勢はカメラにむかってぬめぬめと濡れた秘部を見せ付けているようで、ずるずると引き抜かれる途中にも妻のピンクに光る肉は器具を惜しむようにその形にぴったりと張り付き、やがて先端が抜けるときにはそれが収まっていた穴がほんの数秒だけ黒い形を留め、やがてもとの通りにぴったりと張り付くのだった。 元の通り腰を下ろした妻は、まるで釣り針のようなその器具をしげしげと眺めていたが、再度リモコンを手にとりスイッチを入れて仔細に動きを確認していた。 おそらくその素材はなめらかで弾力に富む素材なのか、すこしゆれるだけで卑猥に震えそれが先ほどまで妻の体内に埋まっていたことを考えるとつい怒りを器具に向けてしまうのだった。 スイッチをいれただけでは動きはなく、妻はリモコンの側面にスライドスイッチを見つけたのだった。 妻はスイッチを一気に動かしたため、撮影しているカメラのマイクにも音が拾える程度の振動音が響き、慌てて妻はスイッチを戻した。 音声にその音が聞き取れない程度の動きに抑え、再度妻は先ほどと同じように腰を浮かせて股間を広げ、秘部が開いて小陰唇まで見えるところへ器具を差し込むのだが、見た目ではほぼ動きのないそれは微細に動いているのか、先ほどの挿入とは異なり、先端をつけるだけでなかなか咥えてゆくことができないようだった。 数回それを試みた後、一旦スイッチを切ってから腰を下ろした状態で腰を前方に突き出し上げていた片足を下ろしてから、自らの手で挿入箇所を確かめているようにも見え、また挿入を助けるように肉を広げているようにも見えるのだった。 恐らく動きをとめた器具は先ほどの数倍のスムーズ差で再度妻を貫いてゆく。いや、貫くより悪く、妻の体内の快楽を呼ぶための形状は今妻の体内でその形をそれぞれ満たしているのだった。 もはや妻の痴態で最大限に伸張した自らのペニスに触れずにいることはできず、それをなでながら眺める自分の前で妻はリモコンのスライドをゆっくりと動かしセレクタの真ん中あたりで動きをとめると、不意にリモコンを握り締め腰を突き出したことで若干仰け反るようになっていた背中を起こし、屈みながら訴えるような視線をカメラに向けるのだった。 無表情から思った妻の顔は確かに何ら痛痒を感じているようではなかったが、時折眉間に寄せる皺と、徐々に上気した表情が股間を埋める器具と相まってかつてないほど嫉妬を感じるのだった。 そのまま数分が過ぎころあいを見たのか、妻はバイブレータを取りだしたが、そのときにこぼれた液は、先についていた唾液よりも濃い粘液だった。 また、引き抜く前に、器具に密着した自らの性器の周りをなぞるように指がまさぐっていたのは、抜くための準備ではなく、それの伝える快感を確かめていたのではなかっただろうか。 先ほどより数倍の遅さで徐々に器具は姿をあらわし、その先端が出たところで弾性が体内から抜ける方向と異なっていたため妻の女性器の上にあるクリトリス辺りを先端がなでるようになった。 その瞬間妻は僅かな音をマイクが拾う程度にあえぎ声をもらし、いまだ器具を恋しげにその埋まっていた形を残す性器は明らかに血色がよくなり当初のピンクから、濡れて淫猥にピンクに光っており、キスの時間近でみる妻の唇を連想するのだった。 数分座りながら俯いていた妻は、やがて性器のあたりを確かめ、ショーツを引っ張りあげるところで映像は終わっていた これで妻の準備は整ったため、自分は金曜日に定時で会社を出で、おそらくは妻が向ったと同じ店で、昨日の記憶も新しいバイブレーターを買うのだった 翌日妻は朝食の後、いそいそと出かける準備をしていた。 妻は自分のクローゼット前で着替えすることが多いので、その脱衣着衣を除いたことは僅かしかなかったが、今日のことを考えると、妻の装いが気になってやまないのだった。 化粧台にむかう途中の妻の服装は紺のブラウスに紫のニットをあわせ、濃い目のグレーのタイツに黒のシフォンスカートという普段とあまり変わらないものだった。唯一異なる点は、普段の仕事時は黒のタイツ・ストッキングのところが、みなれないグレーのタイツであることのみだった。 いつもの通り、特に気を張らないように場所と帰宅時間を尋ねたところ、本来の行き先と異なる別方向の駅のショッピングモールを知らせ、帰宅は友人と食事をしてから22時頃になると思う、とのことだった 内心の動揺を抑え、妻への指示を考えると、現時点で既に妻の体内は器具を飲み込んでいると思うと、怒りより先に欲情の感情がもたげるのだった。 普段より念入りに時間をとって化粧した妻は美しく、これが今日汚されると思うと全ての秘密を明かし、どこか遠くで新しい生活を送ることを言い出そうとするのだったが、決して認められない自分の脳裏に妻の痴態とその快感が浮かぶと、声を上げることができないのだった。 車で駅まで送ることを伝えると、普段と変わらぬ笑顔を自分に向け、感謝してくれたが既に妻の笑顔の下に服装で覆われた裸体を想像してやや勃起しつつある自分を静めることに集中しなければならなかった。 駅で妻を降ろし、ロータリーから車を発進させ駅から見えない範囲のコンビニの駐車場にとまった。 人目が無いことを確認してから、鞄から昨日手に入れたバイブレータのリモコンを取り出し、改めてその作動を確認してみた。それが妻の体内で脈動したときの妻の感覚は分からなくても、その卑猥な形の下側、体内に収まったときに、外側に位置する部分は、本体と別に動くようになっており、素材がまるで固めの蒟蒻のような部分は手前側に反っているのでそれが妻の性器の上側に位置する一番敏感な部分に当たることは想像がついた。 他の女性経験もあまり無いので妻が女性として敏感か否かは判断しようがなかったが、営みの際にそこを刺激することで妻の内部の湿りが増すことは経験的に知っていた。じっと車のなかでそれを見ていると、自分が妻を陥れる一端を担っている、立場が半ば強制されているとしてもそれが許されないことは容易に判断でき、避けようのない事態としても暗澹たる気持ちになるのだった。 数分そうしていただろうか、行動を起こさねばならないことに気付き我に返った。既に動き出してしてしまったことで、ここで一日過ごしたところで事態が好転するとも思われず、むしろ妻の行いを無にすることを自分がすることは更に事態を悪化させる可能性もある。迷う自分を振り捨て、単に作業をするだけと自分に言い聞かせつつ、妻が向かったであろうショッピングモールへカーナビをセットしたのだった。 さほど渋滞もなくたどり着けるようだったが、まず電車から自動車が見えてはならない経路で向うことと、現地でもショッピングモールから容易に見渡すことのできる範囲には駐車することができない制約が道順に熟慮を要した。 また、思えば休日といえばほとんどが妻と過ごしており、その際の服装などは昔と変わらずラフなもので気を使うことなどあまりなかったのだった。もとから衣類は多く持っておらず、服装から妻に気付かれては今回の企みが失敗し、犯人の怒りを買うことにもなりかねないので、安価な衣料品店に寄り、店頭に陳列してあったジャケットとそのなかに着込む薄手のパーカーを買��たのだった。 購入時にその場で着ていくことを言い出��ず、車に戻ってから車内で着替えているとミラーに写る自分の姿は、普段の休日の自分ではなく、なにか浮ついた姿に見え、それが自分の内心を移しているようでより行動することに気が重くなるのだった。晴れない気分のまま車を走らせ、線路沿いを避けた旧国道をまわる迂回ルートをたどり、最近発展したショッピングモール付近を避け、旧市街のタワーパーキングに駐車することとした。 当日の行動については、妻の移動経路を含め情報はなく、自分の手にあるものは撮影用の携帯電話とバイブレータのリモコンだけだった。おそらく犯人は妻の羞恥心をあおる行動にでるとの仮定から、比較的見通しのよい喫茶店あたりに妻を向わせる筈と考え、またそこなら妻に遭遇することもないため3階の駐車場から暫くそこを監視することとした。 休日の人通りは多く現れては消える人ごみから妻を見落とさないために、常にそこを見守っていることは思ったより大変なことだった。既に一時間が過ぎ、妻の姿は見えず、位置を変えるべきか迷い始めたころ、朝に見た妻の姿と同じスタイルの女性を見つけた。 こちら側の建物から歩いてきたものらしく、後ろ姿でしかなかったが、喫茶店に入るまでの数秒にみた服装の配色に間違いは無かった。ただ、髪色がほぼ黒の妻と異なり明るめの茶色だったことが奇異だったが、それは変装しているかも知れないとすぐに納得できた。妻は犯人の目的からテラス席に座るものと思ったが、暫くしても見通しの効く範囲には姿は現れないままだった。 それから十数分待ってみたもののやはり妻の姿は見えず、奥のシートに向ったようだと判断し、監視位置を変えることにした。あくまでこちらの姿を見せる訳には行かないので、喫茶店の奥側を見渡すことのできる場所は、建物を離れDIY用品の販売エリアの屋外にあるガーデニング関連用品売り場だけだった。 経路も慎重に検討し、駐車場の外階段から一旦モールの外に出て、半周外側を回ってから目的の位置に移動した。 既に妻が移動していることも考えに入れて、周囲を気にしつつ視線が不自然にならないように移動することは、快適といっても良い気温のなかでも汗ばむほどの緊張感の中に自分を置くのだった。適度に興味の無い庭木を見やりつつ、濃い目のガラス越しに妻の面影を探していたが、先ほど見えた範囲と現在の視野をあわせても妻の姿は無かった。 次第に自分の中に恐慌をきたしている精神状態を抑えつつ、ひたすら落ち着くことを自らに言い聞かせ、一旦駐車場に身を隠したがこの先の自分の行動を考えかねていることも事実だった。 犯人が妻に与えたメッセージを再度確認し、他に可能性のある場所を全体の案内版から見ていると、10数メートル離れた駐車場の事前清算機に前に妻がいた。 慌てて駐車場のトイレに隠れようとしたが、既にそのときには妻は機会から振り返りこちらを見ていた。と、すぐにその女性が妻ではないことに気が付いた。思えば朝の時点でグレーのタイツであったところ明らかにその女性は黒に模様の入ったタイツを着用しており、その表情も常に妻が自分に向ける視線でなく、全く周囲に興味が無い風の醒めたものだった。 体型も異なり、髪色も違うところそれを妻と確信していた自分にやや嫌気が差したものの、問題が解決したわけでもなく午���も続いて定期的に場所を変えつつショッピングモールを回っていたが、晩になっても妻を見つけることはできなかった。 既に時刻は19:00となり朝から食事も摂っていなかったので空腹を抱えつつ、ショッピングモールの出口付近を確認していたが、既にあたりは暗くなっており、この状況で妻を捜すことも、また犯人の狙いを叶えることもできないと思われる状況だった。 モール中を神経を使って歩き回ったことで消耗しており、もはや妻を心配することより、妻の居場所を確認することが必要だった。仮に妻と連絡が取れたとしたら、休日のドライブでここまで着たから、拾って帰るだけでも説明できると考えたのだった。 一旦決意をすると、今まで奏しなかったことが時間の浪費に思え、その場で直ぐに妻に連絡を取ったのだった。 通常の休日でも妻は携帯を離すことはなく、基本的に電話は2コールもあればとっていたが、今回に関しては呼び出し音が15回ほど鳴らしても着信は無かった。 呼び出し音がなったことから、妻が屋内の電波が届かない場所にいる可能性は排除でき、その点では妻の安全が確認できたことは一つ安心できる材料だった。 それから数分の後再度電話を試みた。これは数コールほどで呼び出し音が途切れ、耳慣れた妻の声を聞くことが出来た。特に妻の声に不審はなく、ただ、車で向えにいくことについては、妻と友人はこれから食事をしてから帰るので遅くなるのでいい、との事だった。不自然にどこで食事するかは聞くことは出来なかったが、周囲の雑踏の音から、少なくともこのショッピングモールにいないことは確かだった。駅の周囲のようで、耳慣れないメロディが聞こえたものの、この場合どこにいるか尋ねることは疑うことと同義となるため、気をつけて帰るように伝えることができる精一杯だった。 電話を切ると一日の緊張が途切れ、脱力感のあまり暫くベンチで動けなくなってしまった。適度に醒めたベンチの温度が服の布地越しに伝わることは心地良くそこに半時間ほど留まってから自宅へ戻ったのだった。 漸く自宅に戻ったのは晩も21時を過ぎたころとなり、帰宅と同時に疲労を癒すため直ぐに風呂に入ることにした。風呂で今日の出来事を考えると、妻がショッピングモールに行かなかったことと犯人の自分への指示との齟齬が理解できず、自分と妻が犯人の思惑の中で動いていることを痛感するのだった。もっとも、その間も今日の妻の股間にあることを考えると、外出時には浮かばなかった欲情が強烈に自分を刺激するのだった。 風呂上りにテレビをつけると同時に外に自動車の音が聞こえ、妻がタクシーで帰ってきたらしいことが分かった。 なにがあったにせよアリバイを通すため少しは酔っているかと思ったが妻は素面で笑顔を自分に向け今日の不在を詫びるのだったが、自分の心中ではいままで秘密を互いに自覚している範囲で持ったことが無い二人が、深い闇を互いに抱えたことがいまさらに想起されるのだった。 その晩は既に食事を済ませていたこともあり、自分が居間でテレビをみている間に妻は先に休むことを告げて寝室に上がっていった。 日中の出来事から強烈に妻を求めたい情欲がこみ上げるのだったが、何事もタイミングからして妻に自分について疑念をいだかせる訳にいかず、結果自分のPCで先日の妻の乱れる動画を見て自身を慰めることにした。 机に向かい、PCからいつものニュースを閲覧しているとき、鞄から僅かに動作音がすることに気が付いた。迂闊にも昼間に持ち歩いたバイブレータを鞄にいれたまま自宅に持ち込んだことは帰宅時の疲労のしたことではあるが、今鞄から取り出したそれが妖しく蠢いていることは自分の意思ではない。リモコンの電源が切れていることを確認したうえで残る可能性は、それと同様の動きをするものが、もう一つあり、それを操作する際の電波がこちらにも漏れ伝わった結果に同じ動きをしていることだった。 あの妻が、今同じ家にいながら自分を慰めている。本来、自分の性器が納まるべき場所に、異様な形の器具を埋め込み快楽を貪っている。そのまったく同じ動きをするものがこの手元で震え脈動している。一瞬、それを窓に力任せに投げつける衝動に駆られたものの、いつまでも机で妻の性器を穿っているそれの写しをみると、静かに涙が流れ、自分の幸せを汚した犯人への焼け焦げるような怒りが繰り返し胸を満たし溢れるのだった。 その晩、器具が動きを止めたのはそれから30分の後、自分の涙が枯れ、奇妙な冷静さでこの問題の全体を考えているところだった。
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