Tumgik
#死の案内者
siim-tv · 2 months
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【コスチューム】片目包帯
目次 ▼【グラクロ】【コスチューム】片目包帯の基本情報 ▼【グラクロ】【コスチューム】片目包帯のステータス ▼【グラクロ】【コスチューム】片目包帯の着用可能キャラ ▼【グラクロ】【コスチューム】片目包帯の評価 【コスチューム】片目包帯の基本情報 部位 ビューティー レアリティ SSR 入手方法 親密度 価格 ― 【コスチューム】片目包帯のステータス HP+930 回復率+2% 再生率+2% 【コスチューム】片目包帯の着用可能キャラ 【破滅の到来】モノ 【死の案内者】モノ 【闇の中の刃】モノ 【コスチューム】片目包帯の評価 モノの親密度コスチューム 死の案内者モノとの親密度をレベル5まで上げるとゲットできるコスチューム。レベル5まで上げるにはかなりの親密度が必要となるため、コツコツ料理をプレゼントしよう。 進化すればURにできる 入手時はSSRのコスチューム。…
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chikuri · 1 month
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「民主党政権のどこがどう悪夢だったのかきちんとした説明を聞いたことがない」という主張は定期的に出現しますね。とはいえさすがに「聞いたことがない」なんてはずはないので、おそらく「自分の気に入る説明ではない」という意味か、「バカに分かるように説明したところで、そもそもバカは聞いてない」パターンのいずれかとは思いますが。 悪夢のような時代を生き抜いてきた者として私が言えるのは、「とにかく、あのような惨劇は二度と繰り返してはならない」ということだけです。あの時代がいかに酷いものであったか、ご存知ない方もぜひこの機会に知って頂きたいので、支持者から叩かれること覚悟で全力で反論していきますね。 個人的に、「悪夢の民主党政権」における大きな問題点は次の3点と考えています。 (1)国家運営能力の欠如により、内政上の失敗を数多く引き起こし、国益を損ない続けた。 (2)拙劣な外交を繰り返し、日米関係をはじめ、周辺諸国からの信頼を大きく毀損した。 (3)総理・閣僚をはじめとする所属議員の度重なる不祥事や、自分たちに都合が悪い情報を隠蔽する体質によって、国民の政治に対する信頼を失い続けた。 では、それぞれどんなことがあったか振り返っていきましょう。はらわたが煮えくり返る覚悟で読み進めてください。 (1)国家運営能力の欠如 ・財源の見込みが甘く、政権交代の際に掲げたマニフェストはほぼ未達成。 ・官僚を敵視して排除し、国家業務の停滞と質低下を招いた。 ・金融政策と財政政策が食い違い、タイミングの悪い増税も重なり、景気や株価は低迷を続けた。 ・歴史的水準まで進んだ円高を放置し、デフレを加速させた。 ・法的根拠がないばかりでなく、仕分人の選定や対象事業選定にも透明性を欠いた「事業仕分け」をデフレ時におこない、必要な公共投資を削減。経済を悪化させたにも関わらず、結果に責任を負わなかった。 ・「コンクリートから人へ」という誤った政策により、災害対策を疎かにしたうえ、地域社会を破壊した。 ・「朝鮮王室儀軌引渡」「尖閣事件の船長釈放」「運用3号通知」「国家公務員採用大幅減」など、閣僚たちが思い付きレベルの意思決定を独断でおこない、結果的に我が国の将来に禍根を残した。 ・法的根拠のない組織を乱立させ、意思決定過程が曖昧になり、指揮命令系統も混乱。 ・法的根拠のない大臣や副大臣を任命したり、個人的な友人を参与に、党職員を内閣官房職員に任命するなど、ルールを無視、公私の別がつかない人事を実施。 ・原発停止、ダム建設中止など、法令根拠や事前協議が必要な決定を手続無視で断行。 (2)外交能力の欠如 ・普天間基地問題が迷走し、沖縄とアメリカの信頼を大きく損なった。 ・来日したオバマ大統領を日本に残したまま、鳩山総理がAPEC首脳会議に出席するためにシンガポールに向かうという非礼行為。 ・尖閣沖漁船衝突事件では、中国側の脅迫や報復に屈して船長を早々に釈放、不起訴に。その後の尖閣諸島国有化でも迷走。 ・領空侵犯が頻発するも、実効的な対策をとらず。 ・韓国に対しては、通貨スワップ協定締結、朝鮮王室儀軌引渡し、慰安婦問題での「知恵を絞っていきたい」発言など、不用意な譲歩を重ねた。 ・韓国の歴代大統領として初めて、竹島へ李明博大統領が上陸。 ・旧ソ連時代を含めて初めて、北方領土へロシア国家元首が上陸。 ・実現に向けた方策が何ら決まっていない状態で、国連気候変動サミットにおいて「CO2の25%削減」を突如国際公約化。 ・実現の見込みも全くないまま、G8の場で、「太陽光パネルを1000万戸に設置する」と突如国際公約をおこなった。 (3)閣僚・所属議員の度重なる不祥事と情報隠蔽体質 ・鳩山総理⇒偽装献金問題、脱税問題、引退撤回、「最低でも県外」「Trust me」「国民の皆様が聞く耳を持たなくなった」 ・菅(直人)総理⇒外国人献金問題、北朝鮮関係団体献金問題、「顔が見たくなければ法案を通せ」 ・野田総理⇒在日韓国人献金問題、脱税企業献金問題、民団選挙協力お礼発言、「大きな音だね」 ・小沢元代表⇒政治資金規正法違反容疑で強制起訴(無罪判決)、献金虚偽記載で公設秘書が逮捕(有罪判決) ・仙谷官房長官⇒尖閣漁船衝突事件、「自衛隊は暴力装置」 ・赤松農水大臣⇒口蹄疫問題、「だから早く殺せって言ってるのに」 ・松本復興担当大臣⇒「知恵を出さないやつは助けない」「書いたらその社は終わりだから」 ・長妻厚労大臣⇒運用3号独断決定、職務停滞 ・蓮舫行政刷新担当大臣⇒事務所費架空計上問題、国会内ファッション雑誌撮影、「2位じゃダメなんでしょうか?」 ・前原外務大臣⇒外国人から政治献金受領 ・川端文科大臣⇒事務所費架空計上問題、キャバクラ費用を政治資金で計上 ・鹿野農水大臣⇒対中不正輸出疑惑、機密漏洩疑惑 ・鉢呂経産大臣⇒「死の街」「放射能をうつす」 ・一川防衛大臣⇒「安全保障に関しては素人」 ・柳田法務大臣⇒「答弁は二つだけ覚えておけばいい」 ・山岡消費者担当大臣⇒マルチ商法業者からの献金問題 ・中井国家公安委員長⇒議員宿舎にホステス連れ込み&カードキー貸与、式典で秋篠宮ご夫妻に「早く座れよ」とヤジ ・小林議員⇒違法献金問題で選対委員長が逮捕、選対幹部が公職選挙法違反で有罪 ・土肥議員⇒竹島領有権放棄を日本側に求める「日韓共同宣言」に署名 ・横峯議員⇒賭けゴルフ、女性暴行、恐喝事件への関与 ・緒方議員⇒「スーパー堤防はスーパー無駄遣い」 ・原発事故対応(SPEEDI、米実測値の非公表、議事録不作成など)、尖閣ビデオ、北朝鮮ミサイル発射への対応、温暖化対策の家計負担、年金改革の財政試算 など、自分たちに都合が悪い情報は隠蔽し、政府への��刻な不信感を招いた。 ・総理-閣僚間で見解の方向性や意見の不一致が常態化。それらも含め、自民党で同様の事態があれば野党のみならずマスコミも総出で吊し上げられる事態となるが、マスコミも概ね民主党に好意的な報道姿勢。 そんなに民主党時代が良かったなら、下野以降何度でも政権を取り戻すチャンスはあったはず。なのにただ一度もそうなっていないということは、それが民意ということです。私もあんな地獄のような時代は二度と御免です。
新田 龍 / X
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shinjihi · 5 months
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トランプ大統領の2024年に向けて47の政策綱領 その1: 麻薬カルテルとの戦い フェンタニル、ヘロイン、覚せい剤、その他の致死性薬物が広大な国境を越えて流れ込み、何十万人もの美しいアメリカ人の命を奪っています。そして、それは私たちの歴史の中でかつてないほど起こっています。子どもたちは親なしで取り残されています。家族は引き裂かれています。コミュニティは破壊されつつあります。私たちの隣人や同胞たちは、世界全体を破壊されています。誰も考えられなかったような破壊です。私たちの国は、麻薬やその他の犯罪によって内部から汚染されています。 麻薬カルテルはアメリカに対して戦争を仕掛けています。そして今こそ、アメリカが麻薬カルテルに対して戦争を仕掛ける時です。この戦争で、ジョー・バイデンは米国とカルテルの側に立ったのです。彼らはこれまでの10倍以上のお金を稼いでいます。そのようなことは今までにありませんでした。彼らは大手の大手企業であり、私たちの最大手の企業の一部よりも規模が大きいのです。バイデンの国境開放政策は我が国に対する致命的な裏切りです。 私が大統領になったら、我々がISISとISISのカリフ制を打倒したのと同じように、そして今日我々が置かれている状況とは異なり、非常に強力な国境を持っていたのと同じように、カルテルを打倒することが米国の政策となるでしょう。実際、我が国の歴史の中で最強の国境です。そして麻薬の使用量は45年ぶりに減少しました。ほんの 2 年前に私たちがやったことは今までに無いことでした。私たちはカルテルには容赦しません。 毎日、麻薬密売人がこの地域の海域を利用して猛毒をアメリカに輸送し、多くの国民を殺し、家族を破滅させています。強力な国境警備を回復することに加えて、私はアメリカ海軍を含む必要なすべての軍事資産を配備し、カルテルに全面的な海上禁輸措置を課すつもりです。以前にそれを実行してうまくいきました。私たちがやったことは信じられないほど素晴らしかったです。私たちは、西半球の海域が我が国への違法薬物の輸送に利用されないことを保証します。 さらに、私は国防総省に対し、カルテルの指導力、インフラ、作戦に最大限の損害を与えるために、特殊部隊、サイバー戦争、その他の公然・非公然の行動を適切に実施するよう命令します。 私は主要カルテルを外国テロ組織に指定します。私たちは彼らの世界的な金融システムへのアクセスを遮断します。 私はまた、この地域の近隣政府との前例のないパートナーシップを築くために取り組んでいきます。私がメキシコでやったのと同じように。そして、メキシコだけでも推定10万人の民間人がこれらのカルテルの手によって悲劇的に殺害されたり、行方不明になったりしていることを思い出してください。メキシコ政府は、非常に優れた人物である大統領によって運営されており、懸命に取り組んでいますが、うまくいきません。これらのカルテルは悪質かつ暴力的で、今のところメキシコを妨害しています。そうですね、私たちはメキシコを助けなければなりませんし、カルテルを妨害しなければなりません。この脅威を阻止するために他の政府の全面的な協力を得るか、あるいはカルテルの残忍な統治を維持させているあらゆる賄賂、あらゆるリベート、あらゆる見返り、あらゆる汚職を暴露するかのどちらかです。そしてそれは実に残忍です。  最後に、以前にも述べたように、麻薬密輸業者や人身売買業者に死刑を確実に科す法案の可決を議会に求めます。 バイデン政権の麻薬カルテルとその同盟者たちは、数え切れないほどの数百万人の血を流しています。何百万もの家族や人々が破壊されています。私がホワイトハウスに戻ると、麻薬王や凶悪な密売人たちは二度とぐっすり眠ることはないでしょう。私たちは一度それをやりましたし、他の誰よりもうまくやりました。ほんの 2 年前ほど良い国境はありませんでした。それは強くて強力で、世界中で尊敬されていました。そして今、私たちは世界中で笑われています。そして、それをこれ以上放置するつもりはありません。私たちは引き継がなければなりません、タフでなければなりません、賢くなければなりません、そして公平でなければなりません。しかし、すぐに何かをしなければ、私たちの国は滅んでしまいます。 注)アメリカなどでは大統領経験者や大使経験者は退任後も「President 大統領」「Ambassador 大使」と呼ばれています。 なのでトランプ前大統領はアメリカではPresident Trumpと呼ばれます。オバマ元大統領もPresident Obamaと呼ばれます。 日本では前首相、元首相、前大使、元大使、と呼ぶことが多いと思います。
https://www.donaldjtrump.com/agenda47/president-donald-j-trump-declares-war-on-cartels
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ari0921 · 4 months
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 反スパイ法のない日本、外事警察の苦闘
            櫻井よしこ
わが国は、四桁に迫る数の自国民を北朝鮮という国家権力によって拉致されたまま、約半世紀、取り戻せないでいる。
13歳で拉致された横田めぐみさんは59歳になった。母上の早紀江さんは、日本はなぜ、国民を取り戻せないのかと問い続け、新しく拉致担当大臣が就任する度に「真剣に取り組んでほしい」と要望する。歴代内閣は拉致解決を政権の最優先課題と位置づけるが、吉報は未だ訪れない。
第二次安倍政権の7年8か月間、安倍晋三総理を支えて国家安全保障局長等を務めた北村滋氏は、近著『外事警察秘録』(文藝春秋)の冒頭で当時の拉致問題への取り組みを記した。めぐみさんのものとされる遺骨が螺鈿(らでん)装飾の漆器調の器におさめられて日本側に手渡された時、その遺骨は警視庁鑑識課で横田御夫妻に示された。目に涙を浮かべた父上の横田滋さんが無言で坐る傍ら、早紀江さんが沈黙を破った。
「めぐみは生きていますから。これは警察の方でしっかりと調べて下さい」
早紀江さんは毅然と言い、「遺骨」を証拠として鑑定処分に付することを承諾して下さった。「それは娘の生存に対する確固たる信念の発露」だったと、北村氏は書いた。
周知のように、遺骨はめぐみさんとは無関係だと判明し、日本国内の怒りは頂点に達した。だが、振りかえってみれば拉致は金正日総書記が2002年に認めるまで日本での関心事にならなかった。遡って1988年3月、梶山静六国家公安委員長及び警察庁の城内康光警備局長が、「一連のアベック失踪事件は北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と答弁した。
北村氏の指摘だ。
「拉致事件について国会で閣僚と警察の責任者が断言し、それと前後して日本人が拉致されたことを示す具体的な情報が複数取りざたされていたが、それでも捜査に追い風は吹かなかった。北朝鮮の国家犯罪の追及は当時、日本政界を支配していたムードに逆行するものだったのだろう」
事実、89年7月には土井たか子、菅直人の両衆院議員らが北朝鮮の工作員・辛光洙の釈放を求める要望書を韓国に送り、90年9月には自民、社民両党が「金丸訪朝団」を結成して訪朝した。当時は日朝友好親善の機運が高まっていたのだ。
世界一、与し易い国
警察が拉致を防げなかったこと、捜査が進捗しないことについての批判は依然として強い。北村氏は言い訳するつもりはないとしたうえで、日本国の体制に注視する必要性を指摘する。まず第一に、スパイをはじめわが国の国益を深刻に侵害する犯罪を直接、適切な量刑で処罰する法律がないことだ。米国では死刑、終身刑、数十年の懲役刑となるような犯罪が、わが国では北朝鮮のスパイ事件に見られるようにほぼ全員、軽微な刑罰にとどまると北村氏は指摘する。
警察庁が認定してきた1950年から81年までの北朝鮮スパイ事件42件に限れば適用された罪名は「出入国管理令違反」等の微罪にすぎず、執行猶予が付くケースが多いという。
第二次安倍政権が「特定秘密の保護に関する法律」(特定秘密保護法)を難産の上成立させたとはいえ、今もまだ拉致問題に典型的に見られる対日有害活動を直接処罰する法律は制定の動きすらない。安全保障に疎いわが国の、これが現実である。
『外事警察秘録』の頁をめくる度に、日本の安全保障体制が法的にも国民の意識という点においても如何に貧弱かを思い知らされる。北村氏が41年間のキャリアを振りかえって取り上げた事件は拉致問題、重信房子の日本赤軍、麻原彰晃のオウム真理教、暗躍する中国スパイなど、実に幅広い。一連の事例から浮かび上がるわが国の姿は、悪意を持った犯罪者にとって恐らく、世界一、与し易い国のそれではないだろうか。
日本と日本国民を守る手段(法整備)に事欠く中で、北村氏らは国内世論の無理解、日本政府内に蔓延する気概の喪失とも戦わなければならなかった。たとえばオウム真理教事件で、早急に打つべき手のひとつが麻原彰晃ら最高幹部の国外逃亡阻止だった。
彼らは当時頻繁にロシアに渡り、レーザー兵器、ウラン、軍事用ヘリコプター、毒ガス用の検知器、自動小銃などを入手した可能性があった。そこで北村氏ら外事警察は「旅券法に基づいて、麻原に旅券返納命令を出してほしい」と外務省に要請。95年3月30日、警察庁長官の国松孝次氏が狙撃された当日のことだ。外務省担当者はこう返答したという。
「返納命令を発出してもし報復テロの対象として我々が狙われたらどうなりますか。警察庁長官ですら銃撃から守れなかった日本警察に部外者の我々を守り切れるのですか」
テロリストの思う壺
最終的に旅券返納命令は発出されたが、恐怖心を煽って政治的目的を果たそうとするテロリストの思う壺にはまっている日本の姿がそこにあった。氏はまた警察庁外事情報部長だったとき、スパイ事件に関する日米の分析検討会議に出席した。日本の摘発事例を説明した際、米側の出席者がたまりかねた様子で尋ねた。
「日本警察が摘発した事件では、そもそも公訴の提起がなされなかったり、スパイ協力者に対する求刑が懲役一年から二年程度だったりすることが多い。判決では執行猶予が付され、釈放されるケースばかりだ。なぜなのか」
日米同盟という関係の中で、日本から情報が漏れれば米国も一蓮托生だ。米国側が懸念するのは十分に理由のあることなのだ。
北村氏は、日本の刑事法にはスパイ行為を直接罰する罪が存在しないこと、したがって捜査機関は、スパイがその情報を入手するためのプロセスを徹底的に精査し、あらゆる法令を駆使して罪に問える罰条を探し、スパイ協力者はその共犯として立件すると説明したが、到底、理解してもらえなかったという。
「米国では、���報を漏らした者はもとより、情報を探知し、盗み出した者を、より重罪とする。量刑は最高で死刑だ。(中略)終身刑や被告の寿命を遥かに上回る数十年の拘禁刑という事例も散見された」
北村氏はこう書いたが、これは中国、ロシアを含めておよそ世界の国々の常識であろう。
インテリジェンスの専門家が振りかえる安倍政権、7年8か月の軌跡は、案件のひとつひとつが生々しい記憶をよび起こす。独立国としての日本の再起に文字どおり命をかけた安倍晋三総理。第二次政権発足の翌日、内閣情報官としての第一回総理ブリーフィング(報告)を終えて退出する北村氏に安倍総理が声をかけた。
「これからも時々、報告に���てください」
週一回だった定例報告はそれ以来、週二回となった。安倍総理はインテリジェンス報告に多くの時間を割いた。情報こそが国の命運を決することを正しく理解していた宰相なき後、わが国の前途は多難である。
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okadadada · 1 year
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プラットフォームはこのように滅びていく。まず、ユーザにとって良き存在になる。次に、ビジネス顧客にとって良き存在になるために、ユーザを虐げる。最後に、ビジネス顧客を虐げて、すべての価値を自分たちに向ける。そうして死んでいく。 私はこれを「メタクソ化(enshittification)」と呼んでいる。プラットフォームが容易に価値の配分方法を変更できることと、プラットフォームが買い手と売り手の間に陣取ってそれぞれを人質にし、両者の間を通過する価値のシェアをますます大きくする「両面市場」の性質によって生じる必然的な帰結である。 産声を上げたばかりのプラットフォームはユーザを必要とする。それゆえ、はじめはユーザにとって価値のある存在であろうとする。Amazonを思い出してほしい。Amazonは長らく赤字経営だった。資本市場へのアクセスを利用して、あなたが買うものすべてに補助金を出していたからだ。商品を原価割れで販売し、配送も原価度外視だった。さらに、以前のAmazonはクリーンで便利な検索機能も備えていた。ユーザが特定の商品を検索したら、その商品を検索結果の最上位に表示させることに全力を尽くした。 Amazonのユーザがとんでもない厚遇で迎えられていた時代があったのである。多くのユーザがAmazonを利用し、その結果たくさんの実店舗型小売業者が立ち行かなくなると、Amazon以外の店で買うという選択肢が失われていった。次にAmazonは電子書籍やオーディオブックを販売し始めた。それを購入するということは、DRMによってAmazonのプラットフォームに永久にロックインされることを意味した。つまり、Amazonで1ドルのメディアを購入すれば、Amazonとそのアプリから離脱する際にその1ドルを失うことになるのだ。さらにAmazonはプライムを売り込み、1年分の送料を前払いさせた。プライム会員はAmazonでばかり買い物するようになり、その90%は他の店舗で検索することはない。 こうして多くのビジネス顧客を誘引していった。つまり、マーケットプレイスの出品者たちは、Amazonが当初から約束していた「なんでも屋」にAmazonを変えてくれたのだ。サードパーティの出品者たちが次々と参入してきたことで、Amazonは補助金の使い道をサプライヤーに向けるようになった。KindleやAudibleのクリエイターたちも厚遇で迎えられた。Amazonはビジネス顧客の手数料を低く抑え、マーケットプレイスの出品者たちは膨大な消費者にリーチできるようになった。 こうした戦略の結果、買い物客はAmazon以外での商品探しが次第に難しくなり、Amazonでしか検索しなくなった。一方、販売者たちはAmazonで販売しなければならなくなった。 そうしてAmazonはビジネス顧客から余剰を収穫し、Amazonの株主に当てるようになった。今日、マーケットプレイスの出品者は、販売価格の45%以上をジャンク料としてAmazonに支払わされている。Amazonの310億ドル規模の「広告」プログラムは、出品者同士を対立させ、検索結果の上位に表示されるチャンスを競わせるペイオラ(訳注:賄賂)スキームなのだ。 Amazonで検索しても、検索ワードに最も適した商品が最上位に表示されることはない。そこに表示されるのは、検索結果の最上位に表示されるために最も高い額を支払った商品である。その手数料(訳注:広告料)は、あなたが購入する商品の代金に上乗せされる。Amazonから「最恵国待遇」を義務づけられた出品者は、他のストアでAmazonより安く販売することができないので、Amazonはすべての小売事業者の価格を押し上げてもいるのである。 Amazonで「猫用ベッド」を検索すると、最初の画面いっぱいに「広告」が表示される。その中には、Amazonが自社プラットフォームの出品者からパクった自社ブランド商品の広告も含まれているのだが、これが元々の出品者を廃業に追い込んでいる(外部の販売者は上位表示のために45%のジャンク料を支払わなければならないが、Amazonは自社製品の上位表示にこうした料金を請求しない)。「猫用ベッド」の検索結果の最初の5画面のうち、だいたい半分は広告である。 https://pluralistic.net/2022/11/28/enshittification/#relentless-payola 余剰は最初のうちはユーザに向けられ、ユーザの囲い込みに成功するとサプライヤーに向けられ、サプライヤーの囲い込みに成功すると株主に向けられる。そうして、プラットフォームは役に立たないクソの山になる。モバイルアプリストアからSteam、FacebookからTwitterに至るまで、これがメタクソ化のライフサイクルである。 キャット・ヴァレンテがクリスマス前のエッセイで記したように、Prodigyをはじめとするプラットフォームは、ソーシャルなつながりを求める場から、「おしゃべりをやめて、モノを買う」ことを期待される場に一夜にして豹変してしまうのだ。 https://catvalente.substack.com/p/stop-talking-to-each-other-and-start こうした余剰をめぐるペテンは、Facebookでも起こったことだ。当初、Facebookはあなたが好きな人、気になる人の投稿を表示してくれる良きプラットフォームだった。だがひと度、あなたの大切な人たちがFacebookを利用するようになると、事実上、そこから離脱できなくなってしまう。たとえわかりあえているはずの友達とでも、どの映画を見るか、どこに夕食を食べに行くかは、半分くらいはうまくまとまらない。それはさておき。 Facebookはその後、フォローしていないアカウントの投稿をフィードにプッシュするようになった。最初はメディア企業の投稿をユーザのフィードに埋め込み、新聞や雑誌、ブログへのアクセスを促した。 パブリッシャがFacebookにトラフィックを依存するようになると、Facebookはトラフィックを減少させるようになった。メディアがFacebookに投稿する記事要約とリンクから自社サイトへのトラフィックを絞り、メディアにFacebookの箱庭の内側に全文フィードを供給するよう誘導したのだ。 こうしてパブリッシャはますますFacebookに依存していくことになる。読者はパブリッシャのウェブサイトにアクセスしなくなり、Facebook内でその情報を取得するようになった。パブリッシャは読者を人質に取られ、読者同士も互いに人質に取られてしまった。Facebookはパブリッシャが投稿した記事を読者に見せることをやめ、パブリッシャがお金を支払って「ブースト」しない限り、記事が読者に届かないようにアルゴリズムを調整した。つまり、読者が明示的に特定のパブリッシャの投稿を見たいと表明していても、パブリッシャが金を支払わない限り、その読者には届かないようにしたのだ。 Facebookのフィードにはますます多くの広告が溢れかえっていった。読者が繋がりを求めたアカウントからの賄賂(payola)も、読者の注目を独占したい無関係なアカウントからの賄賂も同じように扱い出したのだ。これは広告主に大いに利益をもたらした。Facebookはあなたの同意なしに収集された個人データに基づいて、ターゲティング広告を安価に売り出したのである。 その結果、広告主もFacebookに依存するようになった。ビジネスがターゲティング広告頼みになってしまったのだ。そうしてFacebookは広告価格を引き上げ、広告詐欺を厭わなくなり、Googleと共謀して『ジェダイ・ブルー』と呼ばれる違法なプログラムを通じて広告市場を不正に操作するに至った。 https://en.wikipedia.org/wiki/Jedi_Blue 今日のFacebookは、ユーザにとっても、メディア企業にとっても、広告主にとっても、末期的なメタクソ化を果たした。この企業は、Facebookユーザの間で動画が人気だという間違った主張をもとに「ビデオへの転向(pivot to video)」を呼びかけ、Facebookに依存していたパブリッシャの大部分に壊滅的な打撃を与えた。メディア企業は(訳注:Facebookにそそのかされて)ビデオ配信に数十億ドルを投じたが、ユーザからは見向きもされず、多くの企業が倒産に追い込まれた。 https://slate.com/technology/2018/10/facebook-online-video-pivot-metrics-false.html にも関わらず、Facebookは新たな提案をしている。「Meta」と名付けられたソレは、足もセックスもない、厳重に監視されたローポリの子供向け番組のキャラクターとして余生を過ごすことを我々に要求する。 Metaは、メタバース向けアプリを制作する企業に、かつてFacebookがパブリッシャにしでかした酷い目には合わせないと約束している。その甘言に騙される企業がどれくらい現れるかはわからない。かつてマーク・ザッカーバーグは、ハーバード大学の仲間たちが個人情報を新興ウェブサイト「TheFacebook」に送信していることに驚いたと友人に語っていた。 理由はわかんないけど 彼らは「僕を信頼している」 バカなのかな
https://p2ptk.org/monopoly/4366
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xx86 · 1 year
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起きる機会を見失ったものたち
5年前ぐらいからTumblrの下書きを溜めるようになり、気づいたら下書きだけで200を超えそうになったので、今更出せない記事をごちゃまぜにしてみた。ある意味総集編。
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このあと何しようとなった時、美術館を提案してくれる人って素敵だなと思う。その時コンラッドにいたというのもあると思うけれど。あの辺りは美術館が多い。
傷ついているのはわたしで、痛いのはわたしだとずっと思ってきた。だけれど、あなたの反応を見てああわたしが傷つけたのだ、と思った。恐らくわたしが大切な人にされたら1番傷つくやり方でわたしは線を引いた。
この前名駅に行ったら袴姿の女の子達がたくさんいて、ああ卒業式の季節かと思った。金箔も水引も出てきた当時誰がやるんだこれと思ったけど、見慣れるとカワイイし尖っててクールでいい。私たちの卒業式の頃の流行りはドライで、ドライってやわ過ぎてぽろぽろしてフケみたいになるの、なんか嫌だったから。
卒業式、受付が始まった頃ヘアセットが崩れて、慌てて着付け会場だった近くのホテル電話して、小走りで駅を逆走していたら、丁度卒業式会場に向かうところだった友人にそっちじゃないよと手を取られたの、懐かしくて愛しい思い出だ。あとは宗教に洗脳された同じ学年の子が校長先生の話の後急に壇上に上がって話はじめたのが怖かったのが強烈に残っているぐらい。
全然食べたくないどん兵衛のニンニクバター味噌にお湯を入れる。全然食べたくない味がした。お湯を入れすぎたのか、若干味が薄い。最後スープを流したら容器の底から信じられないほどみじん切りにしたニンニクが現れてゾッとする。すぐさま水切りネットを変える。
段ボールを開けたらすべておなじにおいがした。洋服もスタンドライトも山吹色の土鍋も。私の部屋は、私はこんなにおいだったのだな、と思う。
お酒を飲んで、帰りたくなくて、近くの公園でアイス食べて花火してブランコを漕いですぐ気持ち悪くなって笑った。夏。ブランコを勢いよく漕いでヒールを飛ばして笑いながら拾ってくれるところまで含めて夏。ブランコ漕いだのなんて何年前だろう、と思いながら去年もそういえばブランコを漕いだ事を思い出した。夏だった。高台にある、動物のいる細長い公園。
深夜の公園は酔っ払った若者か、犬の散歩をしてる人か、ダンスをしてる人しかいない。気づいたら2時を過ぎていて、それぞれタクシーを呼んで帰る。今日もタクシーの運転手に近くてごめんなさいね、って言うんでしょと言われてよく分かってるなあと嬉しくなった。まだわたし達出会って1ヶ月ぐらいしか経ってないのにね。
やめられた先輩や上司達がずらりと並ぶ飲み会で、黙々と枝豆を食べなが周りのペースに合わせてビールを飲んでいたら、現先輩方から怪訝な顔をされた。やだしおらしいの変だよ、え?松田さんっていつも違うの?、全然違いますよーわたし達のこと先輩って絶対思ってないですもん、そうなんだ意外〜。ガヤガヤした店内に甲高い先輩の声が響く。まん丸にした目を向ける上司に言える言葉もなく、ただ苦笑いを返した。自分のつまらなさに苛立つ。
ちなみにいつものわたしと言うのは、先輩方にほぼタメ口で話し、名前にちゃん付けで呼び、飲み会では先輩に取り分けてもらい、みんなの制止を振り払って日本酒を煽るような女である。こんな後輩を可愛がってくださる先輩達の心の広さたるや。平伏してしまう。大好き。
もちろん先輩方にも最初からこんな態度を取っていたわけではない。2年目までわたしは趣味は裁縫とおかし作りで、ピンクのフリフリのワンピースを着て、淑やかでおとなしい子だと本気で信じられていた。そんな事は一言も言った事はないけれど。
わたしは所謂猫かぶりというやつだ。猫かぶりというか、初対面で慎重にいくタイプだと言って欲しい気もする。23年間生きてきて、わたしの性格というのが個性として簡単に受け入れてもらえないことを痛いほど学んできたから。わたしはどの学校でも1年生の10月ぐらいまではろくな思い出がない。どれだけ己を押し殺してひっそり生きているつもりでも、強烈すぎて受け入れられなかったと言われたりする。
わたしはWikipediaにつらつらと肩書きが沢山連なって結局何をやってる人なのかよく分からないって思われたいの、とあなたに言ったら君らしいねと穏やかに笑ってくれた。わたしらしいってなんなんだろう。
運命の恋なんて転がっていないし、運命の人なんて待っていたところで迎えにきてくれやしないのだ。
あなたが第2の故郷が軽井沢だというので、わたしの第2の故郷はどこにしようかなと言ったらお前は鎌倉やろ、と返してきた。よく覚えてますねと驚き半分であなたの顔を見たら、あたりまえやん何年の付き合いやと思っとるねんと得意げに言われたので、強めに叩いておいた。本当にそういうどうでもいいことばっかり覚えているのだ、この人は。たいせつなことは全部わすれてしまったくせに。
怖い夢か過去に大好きだった人と幸せになる夢ばかり見るから寝るのをやめた。頭が重たい。布団はちっともあったまらない。高速道路がすぐ近くにあるこの家は、深夜になるとよくトラックの走る音がする。朝5時をすぎるとスズメが鳴きだす。朝8時半になるとびっくりするような声をあげる子供達が外で遊ぶようになる。9時を過ぎると1時間おきにお寺の鐘が鳴る。この3週間で全部覚えた。
隔離されていた間に季節は確実に春に向かっていて、私はそれが悲しかった。片付けても片付けてもすぐ散らかる部屋の片隅に座り込んで春ってろくなことないから春なんだよなあと思う。ほんっとにろくなことない。部屋のファンを回す。すぐに夏が来るのだろう。きっと今年のゴールデンウィークは暑い。菜の花をダメにしてしまったのでひどいにおいがする。夏になるし気をつけなければ。
本当はもうあの時死んでしまいたかった、いや消えてしまいたかったよとあなたに言うと、そんなの俺が許さないと真っ直ぐ目を見て言ってくれた。ばかみたい。あなたはわたしが消えてしまっても別に何にも失わないのにね。わたしはあなたが死んでしまったら失うから死なないで欲しい。二度と会えなくなってしまっても、あなたがこの世界のどこかで息をしてると思えればわたしも生きていける。
新しい仕事何にしようとDODAをスクロールしていた時、どうしようもなく泣けて泣けて仕方なかった去年の夏。15の時から夢見て20で叶えて、たったの4年で諦めなければいけなかった夢。音が鳴らない黒のぺたんこ靴。オレンジ色のスカーフ。資生堂のルージュルージュを引いて無理やり鏡の前で笑顔を作る瞬間。しょっちゅうボリュームを調整しなければいけないインカム。もう二度とあの仕事は出来ないような気がするし、あの仕事をしたいのかと言われると分からないけれど、懐かしくて思い出す度胸が締め付けられる。
精神が安定している時は自分の精神が弱っていることなんてひとつも思い出さないのに、まるでアドレナリンが切れたスポーツ選手よろしく一定期間精神が落ち着いたらきちんと一定期間精神をおかしくする。まあでもだいぶ冷静になってきたんじゃな��だろうか。冷静なふりが出来るようになったの間違いかもしれない。
世界が混沌としている今、こんなことでだめになっている私は贅沢なんだろうか。先生に言われた通りとんぷくを飲んだせいで今日は1日だめにした。だからあの薬は嫌い。嫌い嫌い嫌い。薬なんて大嫌い。大嫌いなのに一向に私の飲む薬は減らない。やんわり拒絶されているような気持ちになってへこむ。
お金で買えない幸せがある、と言われる度鼻の奥がツンとなる。知ってるよ、それが欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて、でも無理だったからお金で買える幸せを片っ端から手に入れていたのだ。
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kennak · 10 days
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自民党の選挙戦では、「表に出さないカネ」が水面下で飛び交ってきた。そうしたカネの原資の一つとして取り沙汰されてきたのが、内閣の要である官房長官が一手に扱う内閣官房報償費(機密費)。ある元官房長官は「選挙に使ったことがある」と打ち明ける。国の施策推進のために予算化されている機密費の選挙への流用は、目的外使用の疑いをはらむ。(4回続きの3回目) 前任長官から引き継がれた「機密費の使い道」  高層ビルが立ち並ぶ東京の都心。あるビルの一室で中国新聞の記者と向き合ったスーツ姿の高齢の男性が、言葉を絞り出すように語り始めた。  この男性は、2000年以降の自民党政権で官房長官を務めた元政権幹部。「どこそこにいくら、どこそこにいくらみたいなのを前任の官房長官から引き継いだ。自分が使うことより『ここへ』と言われて出した感じだった」。赤裸々に打ち明けたのは機密費の使い道だ。  機密費の目的は「国の施策の円滑かつ効率的な推進」。おおむね毎月1億円が国庫から支給され、官房長官の執務室の金庫に現金で保管される。年間の総額は約12億円。長官の判断で機動的に支出でき、領収書は取らなくてもいい。  内閣が抱える課題の情報収集や関係者の調整など、水面下での活動に使われるとされるが、使途は一切公表されないため実態は分からない。国会の野党対策や外遊に行く国会議員への餞別に充てられたとの証言や指摘もある。「権力行使の潤滑油」とも呼ばれ、首相官邸に陣取る政権中枢の一部しか触れることができないカネだ。 「出してはいけない」 原資は税金  その機密費を選挙に使うことはあるのか―。記者の問いかけに、この元官房長官は「あると思う」と語った。実際、国政選挙の候補者の選挙応援に行った時に、陣中見舞いとして渡す100万円を機密費から捻出したという。「首相が行けないから代わりに行ってくれと言われ、仕事みたいに思っていた。何らかのものを渡さないといけないと思った」と振り返った。  しかし、「国の施策推進」のための機密費を選挙に使うことは適切なのか。記者の質問に、元官房長官は言葉を詰まらせた。「厳密に言えば選挙ではいけないと思う。税金だから」。本来の目的を外れた不適切な支出だったと認めた。その表情には悔恨の念がにじんでいた。   ブラックボックスの使途 「月1千万円を総理に」野中元官房長官証言  機密を大義名分に、使途が公表されない機密費。一定期間を経た後にチェックする仕組みもなく、目的外の使用があっても分からないのが現状だ。  それでも、関係者が口を開いたり、出所不明の記録が出てきたりして使途の一端が表面化したことはある。大きなインパクトを残したのは、10年に共同通信の取材に応じた野中広務(18年死去)の発言だ。  自民党の小渕内閣(1998~99年)で官房長官を務めた野中は、国会で野党対策に当たる自民党国対委員長や参院幹事長にそれぞれ毎月500万円程度を渡していたと暴露。前長官からの引き継ぎ簿に基づき、政治評論家や野党議員にも配っていたと語った。  いずれも、国益や人命を守るための極秘活動に使われる機密費のイメージとは大きくかけ離れた使途ばかり。野中は「悪癖を直してもらいたい」と訴えた。自らが月に5千万~7千万円の機密費を管理し、首相にも毎月1千万円を渡していたことも明かした。 首相から2800万円提供疑惑 「機密費で出せないことはない」 2019年参院選広島選挙区を巡る裏金疑惑  野中の「告発」の2年後に誕生した安倍政権を巡っては、機密費流用疑惑が持ち上がっている。舞台となったのは、19年参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件だ。  この事件では、元法相の河井克行(61)が妻の案里(50)を当選させる目的で広島県内の地方議員や後援会員ら100人に計2871万円を渡した公選法違反罪で有罪が確定。捜査は終了しているが、「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」と手書きされたメモの存在が昨年9月、中国新聞の取材で明らかになった。  メモは捜査当時の20年1月、元法相宅を捜索した検察当局が押収していた。検察は、当時首相の安倍晋三(22年死去)が2800万円、官房長官の菅義偉が500万円、自民党幹事長の二階俊博が3300万円、党選挙対策委員長の甘利明が100万円を提供した疑いがあると分析。首相官邸に陣取る安倍と菅は機密費、党幹部の二階と甘利は政策活動費から出した可能性があるとみていたが、元法相がメモに関する取り調べに応じず、捜査は進展しなかった。   メモは元法相らの公判でも提出されず、闇に葬られていた。中国新聞が報道した昨年9月時点では、既に安倍は亡くなっており、取材はかなわなかった。残る3人は中国新聞の取材に応じ、菅と二階が現金提供を否定した一方、甘利はメモの記載通り100万円の提供を認めた。  安倍の2800万円提供疑惑に関し、前述の元官房長官に「機密費から出すことは可能なのか」と聞いてみた。「いろいろあるやつを集めて一つにして出せないことはない。毎月1億円が入ってくるから」。無理をすれば出せる額だとの答えが返ってきた。 「どう使っても違法にならないカネ」 19年の参院選中に広島市へ入り、案里氏と並んで歩く菅官房長官(当時、手前右)  後日、別の官房長官の下で官房副長官を務めた元衆院議員が取材に応じた。注目したのは、検察が押収したメモにある「すがっち500」の記載。当時官房長官だった菅が出そうと思えば、メモが示す500万円は機密費から容易に出せる額と断じた。  19年参院選で広島選挙区は全国有数の激戦区となり、注目を集めていた。「政権の命運に影響を与える選挙。それならば機密費を使う理屈にできる」。こんな見立てを語り、機密費をこう例えた。  「使途を明かす必要がなく、『この世に存在しないはずのカネ』があるようなもの。どういう使い方をしても、違法にならない」  年間約12億円の国費で賄われているのに、領収書を取らずとも支出でき、使途は一切公表されない機密費。今回の中国新聞の報道を機に、野党から運用の見直しや使途公開を求める声があらためて上がっている。しかし、政府は5月24日、過去に選挙向けに支出されたことがあるかどうかについて「現内閣において確認を行うことは考えていない」とする答弁書を閣議決定した。チェック機能の強化に向けた運用見直しも考えていないとし、不適切な取り扱いがあった際の罰則規定は不要との認識も示した。  機密費の性格上、即時の使途公開は難しいとしても、事後のチェックの仕組みや不適切な支出を防ぐルールは欠かせない。政府は税金の重みをかみしめ、見直しに動いてほしい。(文中敬称略) 取材を終えて 中国新聞「決別 金権政治』取材班  国益や国民を守るための機密費が、国政選挙の陣中見舞いに使われたと語った元官房長官の証言は重い。ただ、これは氷山の一角だろう。機密費は使途が公表されず、領収書を取る必要すらないため、使う側の規律がゆるみ、本来の目的を外れて使われているケースは少なくないのではないか。このままでは国民の不信が高まるばかりだ。
選挙の陣中見舞い「機密費から100万円捻出」 自民党元官房長官の証言、にじむ悔恨(中国新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
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siim-tv · 2 months
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【コスチューム】暗殺者のマスク
目次 ▼【グラクロ】【コスチューム】暗殺者のマスクの基本情報 ▼【グラクロ】【コスチューム】暗殺者のマスクのステータス ▼【グラクロ】【コスチューム】暗殺者のマスクの着用可能キャラ ▼【グラクロ】【コスチューム】暗殺者のマスクの評価 【コスチューム】暗殺者のマスクの基本情報 部位 ビューティー レアリティ SSR 入手方法 親密度 価格 ― 【コスチューム】暗殺者のマスクのステータス HP+930 再生率+1% HP吸収率+2% 【コスチューム】暗殺者のマスクの着用可能キャラ 【破滅の到来】モノ 【死の案内者】モノ 【闇の中の刃】モノ 【コスチューム】暗殺者のマスクの評価 モノの親密度コスチューム 破滅の到来、モノとの親密度をレベル5まで上げるとゲットできるコスチューム。親密度を上げるには特定の料理をプレゼントするか、親密度専用アイテムを贈るかであげられる。…
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hachikenyakaiwai · 10 months
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【かいわいの時】元禄六年(1693)八月十日:井原西鶴没 (大阪市史編纂所「今日は何の日」)
西鶴は元禄6年(1693)に亡くなったが、その墓は長い間不明であった。明治20年を前後するころ誓願寺境内で発見され再興されたという。発見者についてはいくつか説があり、幸田露伴であるとも、朝日新聞記者の木崎好尚であるともいう。
(1693年)下山鶴平・北條団水、西鶴の墓を建立 墓石は位牌型の砂岩製のもので、「仙皓西鶴 元禄六癸酉年 八月十日 下山鶴平 北條団水 建」と刻まれている。この墓碑を建立した下山鶴平については、西鶴の版元ではないかといわれている。北條団水は京都生まれの文人で、橘堂、滑稽堂と号した。西鶴を慕って来阪し、西鶴の死後7年の間、鑓屋町の庵を守ったことで知られている(大阪市指定文化財)。
(1801年)太田南畝(蜀山人)、書肆山口屋の案内で西鶴の墓に参る 寺町をすぎ 誓願寺に入る、甃庵中井先生の墓あり《略》 此寺に西鶴か墓ありと書肆山口屋かいへるによりて墓はらふ下部にとふに志らず、つらつら墟墓の間を見るに一ツの石あり、仙皓西鶴とゑれり。右のかたに元禄六癸酉年八月十日としるし左の方に下山鶴平北条団水建と有り。也有翁の鶉衣にも、作文に名を得し難波の西鶴は、五十二にして世を去給ひ「秋風を見過ごしにけり末二年」といふ句を残せりとかけり。げに八月に終りぬるには折からの句成へし(太田南畝)。『葦の若葉』四月廿一日条より。句読点後付け。ママ。
(1802年)滝沢馬琴、太田南畝に紹介された田宮盧橘の案内で西鶴の墓に参る 西鶴が墓は、大坂八町目寺町誓願寺本堂西のうら手南向にあり。〈三側目中程〉七月晦日蘆橘と同道にて古墓をたづぬ。はからず西鶴が墓に謁す。寺僧もこれをしらざりし様子なり。花筒に花あり。寺の男に何ものが手向たると問ふに、無縁の墓へは寺より折/\花をたつるといふ。
棹石高サ二尺余ヨコ一尺 台石高七八寸 大字 総高サ二尺八九寸
元禄六 癸酉年八月十日 仙皓西鶴 右ノワキ 下山鶴平 北条団水 建
團水は西鶴が信友なり。西鶴没して後、團水京より來り、七年その舊廬を守れり。そのこと西鶴名殘の友といふ草紙の序に見へたり。追考 難波鶴に云。西鶴は井原氏、庵は鑓屋町にあり(滝沢馬琴)。『羇旅漫録』より。句読点後付け。(写真参照)
(1889年1月)幸田露伴、誓願寺無縁墓にある西鶴の墓を探し当て、卒塔婆を立てる 露伴は住職に供物を出して、 お墓をちゃんとしてほしいと言い、香を焚き、水を手向け、卒塔婆を立てて去るわけです。それが、明治22(1889)年の1月のこと。その卒塔婆には、「元禄の奇才子を弔ふて 九天の霞を洩れてつるの聲」と書いた(肥田晧三)。「上町台地から本をめぐる時空の旅へ」『上町台地フォーラムvol.9』2018より。
(1889年8月)尾崎紅葉、西鶴の墓を訪れ、卒塔婆を残す 紅葉も、同じ明治22年の8月に西鶴の墓を訪れ、「為松寿軒井原西鶴先生追善」と書いた卒塔婆を残した(肥田晧三)。
それではなぜ、この二人は西鶴を知ることになったのか。露伴は帝国図書館、今の国会図書館にあった西鶴の本を随分と勉強したんです。また当時、東京に淡島寒月という人がいましたが、彼は時代に先駆けて西鶴を評価し、自身でも作品を手元に持っておりました。その寒月と仲が良かったのが露伴で、彼の西鶴作品を借りて徹底して読んだわけです。紅葉も、露伴に遅れてですが、やはり淡島寒月から西鶴の作品を教えられたんです(肥田晧三)。
(1889年11月)木﨑好尚、読売新聞に「西鶴の墓」を寄稿 大阪朝日新聞の青年記者だった木﨑好尚は、後に頼山陽や田能村竹田の研究で知られるようになる人です。この人が、明治 22 年にやはり誓願寺に行くわけです。すると新しい卒塔婆が二つ西鶴の墓に立てかけてある。一つは幸田露伴、一つは尾崎紅葉。それで、大阪の青年がびっくりするんです。東京の輝かしい新進の作家二人がここに来ている!大阪の自分たちはちっともお参りせんのに、あの二人が西鶴の墓にお参りしていると。そして 明治22年11月に、東京の読売新聞に「西鶴の墓」という題で書く んです(肥田晧三)。ママ。木崎が朝日新聞に入社したのは明治26年(1893)。
(1889年11月)幸田露伴、「井原西鶴を弔ふ文」を雑誌『小文学』に発表 露伴もまた、「井原西鶴を弔ふ文」という題で、明治22年11月に雑誌『小文学』に発表します。「今や露伴幸に因あり縁ありて、茲に斯に來つて翁を吊へば、墓前の水乾き樒枯れて、鳥雀いたづらに噪ぎ塚後に苔黑み、霜凍りて屐履の跡なく、北風恨を吹て日光寒く、胸噫悲に閉ぢて言語迷ふ。噫世に功ありて世既に顧みず、翁も亦世に求むるなかるべし。翁は安きや、 翁は笑ふや、唯我一炷の香を焚き一盞の水を手向け、我志をいたし、併せて句を誦す、翁若し知るあらば魂尚饗。九天の霞を洩れてつるの聲 露伴」(肥田晧三)。
(1890年5月)尾崎紅葉、「元禄狂」を「国民新聞」に寄稿 西鶴に心酔しているということを書き、その中で、「明治二十二年八月、大阪八丁目寺町誓願寺に、 西鶴翁の墓に詣でゝ」と記し、「ででむしの石に縋りて涙かな」という句も詠んだ(肥田晧三)。
木﨑好尚を除き、全員、江戸っ子です。
(写真)「仙皓��鶴」『壬戌羇旅漫録 2巻 [3]』1802-1812(東京大学学術資産等アーカイブズポータル)より。 注記:写本 注記:目首の書名: 著作堂羇旅漫録 注記:題簽の書名: 羇旅漫録 注記:本文末に「享和二壬戌年八月廾四日筆同十一月朔日挍合畢 曲亭瀧澤觧戯記」とあり 注記:[跋]末に「享和二壬戌年冬十一月二日 著作堂馬琴再識」, 「壬申春日 曲亭主人書」とあり
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xf-2 · 8 months
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コンサルティング会社「スピーディ」の福田淳社長。2016年4月から俳優・のんさんのエージェントを務めている
ハリウッドの契約を見てきた弁護士も驚愕
―― 福田さんは、もともと映画業界でキャリアを重ねてきました。のんさんに関わるようになったきっかけをお聞かせください。
福田淳社長(以下、敬称略): ソニーグループに20年いました。元々は映画監督になりたかったのですが、最初の10年は「ソニー・ピクチャーズエンタテインメント」のM&A担当で新規事業の責任者をしていました。後半10年が社内起業で立ち上げた「ソニー・デジタルエンタテインメント」です。ハリウッド10年、日本のテック系10年。こういったキャリアを持つ人は多くないと思います。ソニーの先輩が役職定年になる中で、「勢いがあるうちに辞めなきゃ」と17年に立ち上げたのがスピーディです。    のんとの接点ができたのは15年末で、エージェントを始めたのは今から約7年半前の16年4月です。ある出版エージェントの友達から「なかなか日本の芸能で困っているよ」という話があって会ってみたら、本当に信じられないような内容でした。いわゆる奴隷契約と申しましょうか、低賃金で移籍の自由もなく、本名が使えないとか...。うちの弁護士はハリウッドの契約を見てきた弁護士ですが、その内容には驚愕していました。事実として「能年さん、サインしてしまっているので、本名使えないみたいですよ」と伝えたら、本人は次の日に「NON」って書いてきて、「これ、小文字にしたら絵文字の笑顔に見えますから」ということで「私のことは『のん』って呼んでください」。 それから7年が経ちました。そんなひどいことが21世紀に起きるものなのか、今でも信じられません。同じくらいの年の娘がいるんですよ。子どもを持つ父としても、正義感からしても、のんに起きていることは許せないと思いました。
広告クライアントは延べ55社、28社が継続中
―― 最近でも、国民民主党の玉木雄一郎代表が記者会見で言及するなど、ジャニーズ問題と、のんさんをめぐる問題を関連付けて議論されることがあります。
福田: 今回のジャニーズ問題や、「あまちゃん」再放送を機に「そういえば『のん』っていう人もいたね」「まだ俳優してるの、この子」となることがあるようです。中には「あの子何か問題起こして干されてるんだわ」と思っている方もおります。だけど別に何もないんですよ。のんの「劣悪な労働条件なので移籍したい」という訴えが、前事務所の「お前育てたの誰だと思ってんだ!」という反応になった、ということです。    この機会に、僕がエージェントを始めてからの代表的な仕事をまとめたのですが、23年に映画「さかなのこ」で「第46回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞」をいただいたほか、アニメ映画「この世界の片隅に」(16年)も好評でした。広告クライアントは延べ55社。うち継続中が28社です。電通・博報堂からはほとんど相手にされていないので、全部直取引です。テレビ局は編成と営業が全く別会社みたいなものなので、(CMの枠を売る)営業サイドとすれば、お金が入る分には誰が出ていようと構わないわけです。ですが、(番組そのものを担当する)編成となると、にらみがきいてしまうので出せない。
―― 19年には、ジャニーズ事務所が元SMAPメンバー3人の出演を妨げようとテレビ局側に圧力をかけた疑いで公正取引委員会が調査を行い、「該当するような行為があった場合は、独占禁止法に抵触する」として「注意」した、という経緯があります。当時、ウェブサイトに「CMの依頼が多くあり広告には出ることができています。でも彼女は女優です。現場からの熱烈なオファーもある、のんが三年間テレビ局で1つのドラマにも出演が叶わないことは、あまりにも異常ではないでしょうか?」と書き込んだことが話題になりました。この4年間で状況は変わりましたか。
福田: 19年当時は色々な(地上波の番組を製作している)プロダクションから「のんさん主演でこんなのやりたいんです」という脚本が来て、検討している間に立ち消えになっていたのですが、今ではゼロになりました。「こんな話ありますよ」もゼロ。ただし、ネットフリックスやアマゾンプライム、U-NEXTといったオンラインメディアとは取引があります。いつも「新しいことやりませんか」とお声がけいただいており、新規案件も多数あります。
―― 地上波ドラマには出られない状況が続く一方で、別のところで道が開けつつあるということですね。
福田: 元々僕はブランディングのプロでもあります。「能年玲奈」という「商品」は、それが自分の本名だったことが悲劇なのですが、「のん」という芸名に変えたことでブランディングは十分できています。本人が地上波ドラマに出られる状態が正常だとは思いますが、それを目的にしていないのと、テレビドラマに出ることが成功だという時代ではなくなっています。「テレビドラマに出られなくてかわいそう」という声がありますが、全然かわいそうじゃないんですよ。たくさん収入はありますし、好きなことをやっていますし。
ずっと売れているので、2年先までほぼ休みなし
のんさん。CMやPRイベントへの出演は多く、「常に2年先ぐらいまでほぼ休みなし」だという
―― てっきり冷や飯を食わされていると思っていたのですが、違うわけですね。
福田: ずっと売れているので、常に2年先ぐらいまでほぼ休みなしで悲しむ余地がない、というのが実情です。
―― ご本人は、自らが置かれている状況をどう受け止めているのですか。
福田: すごく元気です。精神的にめちゃくちゃ強い、自己肯定感が200%ぐらいある人です。
―― のんさんの個人事務所「non」と、スピーディ社がエージェントとしてマネジメント契約を結ぶ、という形をとっています。芸能事務所に所属する、という伝統的なスタイルとは異なります。
福田: 当初は僕の会社に「所属」するというやり方もあったのですが、「もうやめた方がいい。僕だっていつ豹変して、『奴隷契約』にするか分からない。だから大人は信じないで」ということで、エージェント契約になりました。    米国であれば俳優が一番偉いわけです。例えばトム・クルーズが一番お金を持っていて、経理、総務、運転手、ブッキング担当、付き人がいて、いわば「トム・クルーズカンパニー」なわけです。エージェントというのは、俳優を売り込んだり原作権を買ってきたりする役割です。スポーツの分野で活躍している団野村さんが分かりやすいですね。日本ですごい選手がいると、売り込みに行ってくれたりする。    ハリウッドでは一番の主体にある人(俳優)が契約のフレーム(大枠)をつけて、あとは弁護士さんが見る、というのは普通なのですが、日本ではそういうことの訓練ができている人は少ない。タレントがギャラの交渉も知らなければ、契約に噛むこともできないというのは、僕からすれば驚くべき事実でした。年端もいかない人を地方から連れてきて「訓練してあげよう」なんて言っているうちに、奴隷契約に持ち込んでしまう。公正取引上、非常に問題がある、優越的地位の濫用だと思います。
―― 所属ではなくエージェント制にするメリットは、どういったところにありますか。
福田: のんが自分の会社をつくって、そこと僕の会社がある期間、独占的な契約をしましょう、その年数の中で僕の働きが悪かったらクビにすればいい、という考え方です。それがフェアトレード(公正な取引)だと思います。他のタレントと違って、仕事のギャラがいくらで、どんな意味があるのかを完全につかんでいるので、生き生きしていますよね。僕からは、「嫌な仕事はやらなくていいと思うけど、ある程度責任を持ってやった方がいい大きい仕事もあるし、小さくてもSDGs(持続可能な開発目標)啓発の仕事など、社会的に意味があるものは一生懸命やろう」と伝えています。    LINEのCMではLINE幹部の方がすごく応援してくれました。「起用をやめろ」という脅しの電話も各方面にあったようですが、クライアント(LINE)が「正義は勝つと思います」と言ってくれて、あのCMはOKになりました。ユニクロのCMは、ナンバー2に頼んでアジア18か国での展開が実現しました。    このように独自の路線を切り開けていけたから、消されずに何とか生き延びてきました。だからこそ、ジャニーズ問題が出るたびに副次的に、能年玲奈の問題が出てくるという構造になっているのだと思います。
(インタビュー後半に続く。10月1日掲載予定です)
福田淳さん プロフィール ふくだ・あつし ブランドコンサルタント、スピーディ社長。1965年、大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。ソニー・ピクチャーズエンタ��インメントを経て、2007年にソニー・デジタルエンタテインメントを創業。17年に株式会社スピーディ設立。「のん」をはじめとする俳優・ミュージシャンなどのタレントエージェント、ロサンゼルスでのアート・ギャラリー運営などを行っている。金沢工業大学大学院客員教授や横浜美術大学客員教授も務める。著書、講演多数。
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jaguarmen99 · 4 months
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芦原妃名子先生の訃報に接し、私たち第一コミック局編集者一同は、深い悲しみと共に、強い悔恨の中にいます。本メッセージは、我々現場の編集者が書いているものです。 芦原先生は、皆様が作品を読んでご想像されるとおり、とても誠実で優しい方でした。 そして、常にフェアな方でもありました。 私たちが語るまでもないことですが、「著作権」と呼ばれる権利には、「著作財産権」と「著作者人格権」というものがあります。「著作財産権」が利益を守る権利に対し、「著作者人格権」というのは著者の心を守るための権利です。 著者の許可なく改変が行われないよう作品を守るための「同一性保持権」をはじめ、「名誉声望保持権」「氏名表示権」「公表権」「出版権廃絶請求権」「修正増減請求権」があります。これらの全ては契約を結ぶまでもなく、著者の皆様全員が持っている大切な権利、これが「著作者人格権」です。 今回、その当然守られてしかるべき原作者の権利を主張された芦原先生が非業の死を遂げられました。 ドラマの放送前に発売されました『セクシー田中さん』第7巻冒頭には、2023年8月31日付で先生のメッセージが掲載されています。「原作の完結前に映像化されることに対してどのように向き合ったのか」について、こう言及されています。 〈まだまだ連載半ばの作品なので、賛否両論あると思いますが キャラやあらすじ等、原作から大きく逸れたと私が感じた箇所はしっかり修正させて頂いている〉 〈物語終盤の原作にはまだないオリジナルの展開や、そこに向かう為の必要なアレンジについては、あらすじからセリフに至るまで全て私が書かせて頂いてます。恐らく8話以降に収録されるはず。〉 原作者として、ごく当然かつ真っ当なことを綴られる中で、先生は〈恐らくめちゃくちゃうざかったと思います…。〉とも書いていらっしゃいました。 著者の意向が尊重されることは当たり前のことであり、断じて我が儘や鬱陶しい行為などではありません。 守られるべき権利を守りたいと声を上げることに、勇気が必要な状況であってはならない。 私たち編集者がついていながら、このようなことを感じさせたことが悔やまれてなりません。 二度と原作者がこのような思いをしないためにも、「著作者人格権」という著者が持つ絶対的な権利について周知徹底し、著者の意向は必ず尊重され、意見を言うことは当然のことであるという認識を拡げることこそが、再発防止において核となる部分だと考えています。 勿論、これだけが原因だと事態を単純化させる気もありません。他に原因はなかったか。私たちにもっと出来たことはなかったか。個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります。 そして今後の映像化において、原作者をお守りすることを第一として、ドラマ制作サイドと編集部の交渉の形を具体的に是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます。 また、著者である芦原先生のご意向を、ドラマ制作サイドに対し小学館がきちんと伝えられていたのかという疑念が一部上がっておりますことも承知しております。 その件について簡潔にご説明申し上げるならば、先の2023年8月31日付の芦原先生のコメントが、ドラマ放送開始日2023年10月22日よりも2か月近く前に書かれ、そしてドラマ放送開始前に7巻が発売されているという時系列からも、ドラマ制作にあたってくださっていたスタッフの皆様にはご意向が伝わっていた状況は事実かと思います。 そして勿論、先生のご意向をドラマ制作サイドに伝え、交渉の場に立っていたのは、弊社の担当編集者とメディア担当者です。弊社からドラマ制作サイドに意向をお伝えし、原作者である先生にご納得いただけるまで脚本を修正していただき、ご意向が反映された内容で放送されたものがドラマ版『セクシー田中さん』です。 そこには、ドラマのために先生が描き下ろしてくださった言葉が確かに存在しています。 ドラマを面白いと思って観て下さった視聴者や読者の皆様には、ぜひ安心してドラマ版『セクシー田中さん』も愛し続けていただきたいです。 最後に。いつも『プチコミック』ならびに小学館の漫画誌やwebでご愛読いただいている皆様、そして執筆くださっている先生方。 私たちが声を挙げるのが遅かったため、多くのご心配をおかけし申し訳ありませんでした。 プチコミック編集部が芦原妃名子先生に寄り添い、共にあったと信じてくださったこと、感謝に堪えません。 その優しさに甘えず、これまで以上に漫画家の皆様に安心して作品を作っていただくため、私たちは対策を考え続けます。 本メッセージを書くにあたり、「これは誰かを傷つける結果にならないか」「今の私たちの立場で発信してはいけない言葉なのではないか」「私たちの気持ち表明にならぬよう」「感情的にならぬよう」「冷静な文章を……」と皆で熟慮を重ねて参りました。 それでもどうしてもどうしても、私たちにも寂しいと言わせてください。 寂しいです、先生。小学館第一コミック局 編集者一同
小学館、芦原妃名子さん死去で読者・作家・関係者へコメント 現場編集者が声明「私たちは対策を考え続けます」 - ライブドアニュース
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2024年6月10日(月)
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私の職場(私立女子大学)では、今日から前期授業が9週目に入る。担当科目の1つ<情報機器の操作Ⅰ>は、コンピュータでMicrosoftOfficeの操作を学ぶ。ただし、今の若者はスマホやタブレットの操作には長けていても、キーボード操作には不慣れなものが多い。そのため、タッチタイピングの練習に時間をかけている。今日はその入力練習の成果を試す試験、10分間で300字クリアが合格ラインだ。さて、結果は如何に・・・。
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5時15分起床。
今朝は朝刊が休み。
洗濯機回す。
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朝食。
珈琲。
弁当*2、ご飯の都合でツレアイにはパンを食べていただく。
1人で出勤する。
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いつもより少し時間がかかった。
先週金曜日の<スタディスキルズ(栄養学科)>の提出物をチェック。
今日の<情報機器の操作Ⅰ(看護学科)>の授業案をチェック。
明日の<スタディスキルズ(看護学科)>の授業案を検討する。
郵便局から簡易書留を不在のため持ち帰ったとのこと、18時以降の再配達を依頼する。
月曜日3限・4限は<譲歩機器の操作Ⅰ(看護学科)>、今日は入力試験、タイピング練習はそれなりに頑張ってくれてはいるが、その前のPC操作に不慣れなものが多い。とりあえず、入力試験については対象者44名のうち、不合格4名、欠席1名という結果になった。来週は再試験を実施するのだが、果たして全員クリアとなるかどうか、かなり心配である。
急須とマグカップを洗ってから退出する。
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名神茨木IC手前で、ツレアイから業務終了とのメッセージが入る。
早い時間に夕飯の用意を共同でできるのは有り難い。
郵便局から簡易書留の再配達、nanaco用に注文したクレジットカード、早速アプリに組み込むが使用は24時間後から可能とのこと。
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息子たちには残りものの牛肉と豚肉のミックスすき焼き、具沢山スープと白ワイン。私たちは、浜峰商店の鯵を焼き、🍶+🍷。
録画番組視��、刑事コロンボ。
第8話「死の方程式」 赤い照明の暗室で、ロジャー・スタンフォードは時限式の爆弾を製造する実験に没頭していた。彼がオフィスに戻ると、親密な関係である社長秘書のベディが「社長が呼んでいる、自分達の関係がバレたのでは?」と慌てていた。ロジャーが社長室に行くと、叔父である社長から1通の書類を差し出される。
入浴、体重は昨晩から800g減。
パジャマに着替えて日誌書く。
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月・火は学内の移動距離も少なく、買い物もツレアいがしてくれるので、結果として3つのリング完成は難しい。
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ari0921 · 4 months
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西岡力先生の論考です。
<正論>織田元空将の正論に申し訳ない 
麗澤大学特任教授・西岡力
1月16日付「正論」で元空将の織田邦男氏が書いた「憲法に自衛隊明記が必要な理由」を読んで私は恥ずかしくてならなかった。織田氏は結論でこう書いた。
<国防という崇高な使命を果たす自衛隊を憲法に明確に位置付ける。自衛官に名誉を与えるだけでなく、国民に国防の当事者意識を持たせることになる。「13・2%」という異質性は、大いに改善されるだろう。ひいては抑止力強化に繫(つな)がり、結果として平和が守られることになる>(13・2%は「もし戦争が起こったら国のために戦うか」の問いに「はい」と答えた日本人の比率)
民間人が率先すべき論陣
自衛隊員に名誉を与えるべきというこのような論説を、命がけで国防に従事してきた元自衛官自身に書かせてはならないと私は考えてきた。われわれ民間人が率先してその論陣をはるべきだからだ。
私は平成28年8月16日付本欄(「自衛隊を憲法に明記する発議を」)でこう書いた。<自衛隊員は現在、南スーダンや尖閣諸島付近などで命がけで任務を遂行している。隊員は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」という宣誓をしている。彼らに報いる道は名誉を付与することだ。
最初の憲法改正発議において、自衛隊を憲法に明記することを避けながら、今後も命をかけて国のために働けと命令するのであれば、政治家はあまりに自衛隊員に失礼である。隊員に名誉を与えるため、自衛隊の存在を憲法に明記するための闘いから逃げてはならないと強く思っている>
自衛隊明記も実現していない
直前の参院選の結果、改憲に賛成する勢力が衆参両院で3分の2を超えたことを受けて書いたものだった。その約9カ月後、当時の安倍晋三首相が自衛隊を憲法に明記する改憲を提案し、自民党はそれを受け改憲案をつくった。
そもそも自衛隊の憲法明記は現行憲法の9条2項の戦力不保持条文をそのままにするという前提だ。2項がある以上、自衛隊は通常の軍隊には課せられていない様々な制約を受け続ける。そのことも自衛隊員に申し訳ないと心から思うが、戦後日本の平和ぼけの厚い壁を前にして、まず自衛隊を明記することから始めるべきだと私は8年前に本欄に書いたときに考えた。しかし、まだ憲法への自衛隊明記は実現していない。そこでしびれを切らした元空将が本欄で声を挙げられた。恥ずかしく、申し訳なくてならない。
織田氏は現在、ある大学で安全保障の講義を担当しており、その講義を受けた学生の、国のために戦うと答える比率が顕著にアップしている。その素晴らしい講義を紹介したSNSに対し、若者に命を粗末にしろと教えているなどと見当外れの批判が起きていると聞き���いている。今現在わが国の安全が守られているのは自衛隊員が命をかけ神聖な任務を果たしているからだ。そのことを知ったら元空将の講義を批判することなど恥ずかしくてできないはずだ。
繰り返すが、自衛隊員は今この時も命をかけ、わが国を守る崇高な任務にあたっている。本当に命がけだから毎年、殉職者が出ている。私は数年前まで防衛省オピニオンリーダーを拝命し、自衛隊殉職隊員追悼式に参席していた。幼い子を残して殉職した隊員はじめ、任務で殉職された英雄が毎年いることをよく知っている。
今年前半に改憲発議を
岸田文雄首相は、自身の任期内に憲法改正を実現すると公言している。自民党は①自衛隊の明記②緊急事態対応③合区解消・地方公共団体④教育充実―の4項目の改正案を提示しているが、最初の憲法改正発議に何を盛り込むのかまだ結論を出していない。
私はここで声を大にして①を絶対に外してはならないと言いたい。国連安保理常任理事国ロシアがウクライナへの侵略戦争を起こし、残虐なテロ攻撃に対してイスラエルが自衛権を行使している。中国共産党政権は台湾への武力行使の準備を進めている。台湾有事が日本の有事ならば、現行憲法下で最初の防衛出動、自衛隊による武力行使があり得る。戦死者が出ることは避けられない。
そのことを承知の上で自衛隊員は日夜、訓練を重ねている。それなのにわが国憲法ではいまだに「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という否定文だけが書かれ、自衛隊について一言も触れていない。憲法学者の多数は自衛隊違憲論を主張し、一部の教師らが教室でそのような内容を教えてさえいる。
命がけの仕事をする彼らに報いる道は名誉を付与することだ。最初の憲法改正発議で自衛隊を憲法に明記することを避け、今後も命をかけて国のために働けと命令するのであれば、あまりに自衛隊員に失礼ではないか。まず声を挙げるべきは元自衛官ではなく、われわれ民間人だ。政治家は自衛隊明記の憲法改正発議を今年前半にぜひ実現させてほしい。国民は国民投票で通す戦いに臨む覚悟はできている。(にしおか つとむ)
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demaescape · 9 months
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Slices and Chops feat.夏色花梨 の いろんな話
僕の美少女的概念である出前changのテーマ、「Slices and Chops」をFRENZ2023一日目夜の部に上映させていただきました。
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この文章は作品の解説というよりも、本作がどういう経緯で立案されたか、出前changがなぜここまで自身のアイコンとして成立できたのかというお話かもしれません。
結構長くなったので時間ある時にどうぞ。
0:実は2019年からこの話は始まっている
遡ると2019年からになるのですがKlavistr(以下くらびと呼びます)から「一緒にFRENZに出たい」という申し出があり、個人的にもお世話になっている友達でもあるので快諾しました。
…………………
「…僕とくらびの得意としているジャンル、全然違うくない…?」
僕はどちらかというと展開の多く激しい「音楽ゲームらしい」曲に映像をつけるのが得意で、くらびは「J-POPの文脈を持った音楽」が得意なので、
そのまま無策で通すとどちらかにどちらかの妥協を押し付ける形にならざるを得なくなります。
ひとまずはその解決策の一端として過去にReviXyとかで制作実績もあり交流もある「ikaruga_nexとの合作」を提案をして生まれたのがFRENZ2022出展のArgo↑↓sでした。
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立案から実現までの間にコロナ禍入っちゃったから3年と随分時間が経っちゃいましたね…
これはこれでなんか新たな方向性が見られて面白くはありましたけど、くらび本人からやはり改めて自分とサシで殺しあいたいとの申し出により、FRENZ2023はサシでやりあうこととなりました。
FRENZに出すとなればお互いに納得のいく作品を出したいところではありますし、「僕の方向性にくらびを寄せる」でも「くらびの方向性に僕が寄せる」でもない、お互いに得意な戦場を並走できるコンセプトが必要とされていました。
そしてそのコンセプトはこのブランクがあった3年間の間に成熟したコンテンツによりもたらされることとなります。
1、VTuber文化ありがとう
バーチャルユーチューバー(VTuber)文化がこの三年間で大きく成熟したことが本作のコンセプトの立案へと繋がりました。
VTuberがインターネット上での文化の一つとしてしっかり地に足がついたことで、個々のVTuberが自身を表すテーマ曲を発表するという事例も珍しくなくなりました。
多少芸能人的な側面はあるものの、現象としては「美少女アバターを持つ一個人がキャラソンを持つことが許され始めた」時流が生まれていると見ることができます。
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ex.ぺこらんだむぶれいん!(MV:えいりな刃物)
シンボルをカオスにあしらい続けつつもスタイリッシュさを維持している方向性は特に本作に影響を与えました。
それはそれとして一般インターネット映像屋たる僕の概念がキャラソン持とうとするのは明らかに頭おかしいのでは?というお話ではあるのですが、ここはちょっと自分自身に不思議な条件が揃っていて発車できるだろうなという目算がありました。
1-2、出前changが浸透してた
2019からの三年間、僕は「自分が関わらせてもらった音屋集めて同人CD作りてえ!!」という気持ちで同人CDをM3の度に企画して頒布してました。
最初に出したCDがそれこそ「今までBGA作ってきた人の新曲を集めて形にしたい」というコンセプトの「SPIN」で、
ジャケットイラストを描いてもらうにあたって自身の過去作を一通り描いてもらおうと思ってたのですが、
「自分自身を表す存在が絵の中に無いと絵的に締まらないのでは…?」
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SPINジャケットのラフ。真ん中にマジで誰か分からん子がいる
直近にうえいずさんの「フォロワーJK化」的なハッシュタグに軽い気持ちで描いてもらっていたキャラデザがめちゃくちゃ良かったので急遽許可を取りに行って使わせてもらうことになりました。
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改めて正式に描いてもらった出前changキャラデザ。原色を多用しつつもグレーの上着で派手になりすぎないようにしている優秀なバランス感
その後、彼女は「EXTRA TU-R-NE」「SPIN2」のジャケットに起用して自分の美少女的概念として描いてもらう道を歩むことになります。
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SPINとSPIN2のジャケット。自分の概念としてすっかり定着。
めくじろさんによる高い画力と構成力による画面の華やかさも手伝って非常に素晴らしいジャケットに仕上がっています。
そしてこの擦りが届いたのか、ファンアートタグの #でま絵 でもちょくちょくFAとして出前changが描かれたりし始め、自分自身の概念として認識されてると言ってもよい状況となっておりました。
出前changを描いてもらうことを条件の一つにしたジャケット公募を行った「rmXcape」も多数応募があり、出前changのカードスリーブやプレイマットも出すとしっかり売れてくれる等、少なくとも自分の同人活動の上で出前changの存在は確たるものとなっていった実感がありました。
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公募合格者のずっと好きさんによるrmXcapeのジャケット。破壊と融和と幻想の入り混じった完成度が非常に高い構図に唸らされました。
1-3、動画作品のシンボル化
これによって自分の美少女的概念出前changが広まるとともに、「SPIN」「SPIN2」を通して自分の作品のシンボル化も行われており、それの集大成がプレイマットに集約されました。
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めくじろさんによる出前changプレイマット。女の子を軸に過去作の要素も多数盛り込んでもらいました。
端的に「この作品と言えばコレ」と言えるようになったことで簡潔な情報で過去作を提示できるようになり、ある意味ミーム的なキャラ付けとして自身の制作物を扱えるようになったのもかなり自分の活動を振り回すうえで便利になった感覚がありました。
出前changの概念としての浸透、および制作物の端的なシンボル化により、自分自身をコンテンツとして取り扱っても伝わりやすい環境が強く整ってきていました。
2、テーマソングってJ-POPじゃん
テーマソングってJ-POPじゃん
じゃあ出前changのテーマを作ればくらびはJ-POPを打ち出せるし僕は女の子バラせるしwin-winじゃん
完璧な作戦だわ勝ったなガハハ
2-1、実際
いや実際くらびとも長い付き合いだから僕への解像度は高いはずだし彼は総合的な「正解」を叩き出すことに関しては比類ない実力を持っているのでやってくれると思ってたし実際やってくれました。
〆切一週間前で曲が完成したのは流石にちょっと焦ったけど(照)
でも人間頑張れば素材が揃ってるなら24時間稼働でコンポジット完了できるみたいです カスの成功体験
3、制作進行的なお話
くらびが結構作曲に難航しているということがあり、曲に頼らず自力でシーンを捻出する必要が出てたので自力で32シーンくらい考えて32シーンのアニメを作りました。
普段映像のインスピレーションを曲から引きずり出すタイプの制作してるので慣れない作業でこれはかなり時間がかかりました。
32シーンの根拠は1シーン4秒くらい使うなら映像作品として強度が出るだろうという目算と2の5乗でちょっときれいな気持ちがあったからです
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一次提出で出したシーンのラフたち。
ここから何個か没にして使用したのは28シーンくらいで普通に1分30秒くらいで素材を使い切って大変なことになりそうでした
編曲が最後に来るとなれば曲に合わせた雰囲気づくりが最終的に絵柄ではなくコンポジット依存になるので、モーショングラフィックス的なキャラデザよりも手書きのほうが後々ハマりやすいだろうなという目算もうまくいっててよかったです
結果的に曲にもモーショングラフィックス的制約にも縛られず、自分の脳内イメージがかなりそのまま出力されたのでなかなか今までになく不思議な仕上がりになりました
PARADiGM SHiFTの制作時に手描きでせこせこアニメを作るのを実験的にやってたのでそこで「意外とやれるな…」という感触を得たのも今回のコマアニメ主体の映像に踏み切れる転機だったかもしれません。
やっぱり誰に依頼されるでもない自主制作は自分の中に課してる制約を一段階解除させてくれますね。
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YOFUKASHi Sound Team - PARADiGM SHiFTのMV。超展開がテーマやし多少好き放題やっても許されるやろ…という甘えの元いろいろ作画をしました。
4、忘れられたくないよな、というお話
VTuberの真似事みたいなことしてみたい!という感じのお話に始終してる感じですけど、本質としては「自分のこと忘れてほしくないな」という動機です。
同人CD活動も含めてなんですけど、自分の生み出してきた作品を振り返ってまとめて人生をパッケージ化したいなという欲望がありまして、自分の人生を端的に説明できる物があると「生きて来たな」って感覚がするんですよね…
自分が死んでもパッケージを通して自分の人生を誰かに端的にでも振り返ってもらいたいな~という淡い終活でもあるかもしれません。
本作はこの流行り廃りの流速が早くなった現代インターネットで、それでもこんな好き放題やってる自分の存在を認識し続けていてくれる人への感謝状であり、存在証明です。
引き続きこんな感じで好き放題創作活動やっていきます、今後ともよろしくお願いします。
5、おまけ
本作品の企画中にFRENZ主催の前田地生さんがプロデュースした最強のMVがリリースされ、自分のやりたいこと全部やられて300回くらい心が粉々になってました
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許してくれ
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reportsofawartime · 5 days
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昨日、コロナウイルスのパンデミックに関する下院特別小委員会の公聴会で、アンソニー・ファウチ博士は「安全で効果的な」COVID-19ワクチンを擁護したが、科学は子供へのマスク義務化を支持していないことは認めた。 米国下院コロナウイルスパンデミック特別小委員会での公聴会で、アンソニー・ファウチ博士は、何百万人もの命を救った「安全で効果的な」COVID-19ワクチンを擁護した。 ファウチは、政府のパンデミック政策を概ね擁護し、ワクチン接種の義務化が「多くの、多くの、多くの命」を救ったと述べた。 彼は、ワクチン未接種者は、米国で「おそらくさらに200,000〜300,000人が死亡」と述べたが、「ワクチンの最初の反復は効果があったが、100%ではなく、高い効果ではなかった」ことを認めた。 しかし、「臨床研究はマスクの義務化を決定的に支持しておらず、学校でのマスクの義務化にもかかわらず、そのような研究は子供に対して行われていない」ことを認めた。 ロックダウンとマスク着用義務の期間が適切か過剰かは「議論の余地がある」と述べた。 今回のファウチの口頭証言の内容は、公聴会に先立って彼が提出した書面での証言と、1月に行われた下院議員との2日間の非公開インタビューの記録とほぼ同じだった。 マージョリー・テイラー・グリーン下院議員(共和党、ジョージア州)は、小委員会がファウチに対する刑事告発をすべきだと提案した。 「私たちは、人道に対する罪で起訴されることを勧告すべきです」と彼女は言い、マスクの義務化の結果として学齢期の子供たちを「口封じ」したファウチを非難し、彼と彼の「取り巻き」が大手製薬会社から資金提供を受けていると非難した。ファウチは「免許を持つに値しない」とグリーンは言った。 ロバート・ガルシア下院議員(民主党、カリフォルニア州選出)と他の民主党議員は、ファウチに対する攻撃について頻繁に謝罪し、国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長としての38年間の在任中の彼の貢献に感謝した。 一方、共和党議員は、NIAIDの親機関である国立衛生研究所(NIH)が2022年から2023年の間に7億1000万ドル以上のロイヤリティを受け取り、そのうちファウチが6億9000万ドル以上を受け取っているというOpen The Booksによる暴露を取り上げた。 http://OpenTheBooks.com のCEO兼創業者であるAdam Andrzejewski氏は、The Defenderに対し、「すべてのロイヤリティの支払い、数万件は潜在的な利益相反を表している」と述べ、NIHは支払いの詳細を開示しないと指摘した。 Andrzejewskiの発言: 「NIAIDと米国国立がん研究所が歴史的に見てもトップのロイヤリティ受領者であることは、直感的に納得がいきます。これらのサブエージェンシーは、それぞれ感染症のワクチンと治療、そして癌と戦うための発明を担当しています。注目すべきは、パンデミックの発生に合わせて、前年比で急激な成長を遂げていることです。」 公聴会でファウチは、ロイヤリティから金銭的な利益を得ていることを否定したが、どの科学者がどのような目的でお金を受け取ったのかは説明できなかった。 ファウチはまた、NIAIDが武漢ウイルス研究所にEcoHealth Allianceを通じて物議を醸す機能獲得研究に資金を提供したことや、米国の納税者のお金がSARS-CoV-2の遺伝子操作に使われたことを否定した。 昨年公開のリークされたメッセージは、ファウチが機能獲得研究に気づいており、COVID-19が実験室の漏洩の結果として発生したことを示す研究を抑制するよう主要なウイルス学者に圧力をかけ、ウイルスの「人獣共通感染症」つまり自然起源を肯定する研究を支持していたことを示唆している。 今回の証言では、ファウチはこれらの疑惑を否定した。 小委員会の委員長であるブラッド・ウェンストラップ下院議員(共和党、オハイオ州)は開会の挨拶で、ファウチの科学と公衆衛生への長年の貢献に感謝したが、COVID-19パンデミック時のファウチ氏の行動には批判的だった。 「もっと正確にすべきだった」とウェンストラップは言う。「正確で誤解を招くことのない言葉や言い回しを使うべきでした。特に知らなかったことについては、正直に言うべきだった」 「政策決定はデータに基づいて行われるべきですが、そうでないものもありました」と彼は付け加えた。その結果、「抑圧的な命令」に疑問を呈した国民は「いじめられ」、「どんな反対意見も...たちまち『反科学』のレッテルを貼られた」 「ファウチ博士、あなたは米国がこれまでに見た中で最も侵略的な国内政策体制の1つを監督しました」とウェンストラップは言った。 「意図的であろうとなかろうと、あなたは非常に強力になり、大衆があなたと違う意見を持つことは、ソーシャルメディアやほとんどのレガシーメディアで何度も何度も禁じられ、検閲されました。だからこそ、これほど多くのアメリカ人が怒りを覚えたのです ーなぜなら、これは根本的に非アメリカ的だったからです」とウェンストラップは付け加えた。 閉会の挨拶で、ウェンストラップは「義務化のようなものをやらないことが重要だ」と示唆した。 「ファウチは自らを偽証した」、専門家は、ファウチの主張に疑問を呈した。 ラトガース大学の分子生物学者リチャード・エブライト博士は、機能獲得研究を頻繁に批判しているが、次のように語っている。 「ファウチは、2021年から2022年にかけての3回の米国上院公聴会で偽証し、その中で、NIHが武漢での機能獲得研究に資金を提供し、潜在的なパンデミック病原体研究を強化したことを、故意に、厚かましくも虚偽に否定しました。」 「ファウチは、米国下院特別小委員会での書き起こしインタビューで、再び偽証した。その中で、彼は政策報道について嘘をつき、政策違反について嘘をつき、上院での偽証について嘘をついた。」 イリノイ大学の国際法教授フランシス・ボイル博士は、「ファウチは既に議会で嘘をつき、偽証している。彼はすでに起訴されていいはずだ。彼が言っていることは一言も信じられません」。 1989年の生物兵器反テロ法を起草した生物兵器専門家のボイルは、ファウチは「中国の研究所の漏洩についてずっと知っており、2019年9月頃からそれを隠蔽していた」「ファウチはそれ以来、自分の犯罪性を隠蔽するために、COVID-19のパンデミックとワクチンに関連するすべてのことについて嘘をついている」と述べた。 ファウチは「ソーシャルディスタンスのルールは『ちょっと現れただけ』」と述べている。1月に行われたファウチの下院インタビューの書き起こしでは、COVID-19の規制の多くが科学に基づいていなかったことを認めていることが明らかになった。 学校を含む多くの公共スペースで制定されている6フィートの社会的距離のルールについての質問に対して、ファウチは「それはある種、現れただけだ」と述べ、「研究を知らなかった。実際、それは非常に難しい研究になるだろう」と付け加えた。 同様に、ファウチは、マスクの有効性に関して「多くの相反する研究がある」ことを認めた。特に子供へのマスク着用を支持する研究をレビューした覚えがあるかと尋ねられたとき、ファウチは「あったかもしれない」と答えたが、「具体的に思い出せなかった」。 ニューヨーク大学のメディア研究の教授で作家のマーク・クリスピン・ミラー博士は、プロパガンダに焦点を当てた研究と教育を行っており、2020年にマスクに関する議論の両面を見直すよう学生に求めたことで非難を浴びたが、次のように語っている。 「昔々、2020年初頭まで、ファウチ博士は呼吸器系ウイルスに対するバリアとしてのマスクの無用さについて真実を語り、『60ミニッツ』でそれを公に語ったが、数日後、『パンデミック』の最初に逆転した」。 「そして今、あの『大嘘』を鞭打って数年が経った今、彼は再びそれを否定し、あるいは半ば矛盾し、『科学』は『ウイルス』に対するマスクの使用を支持していないとほぼ認めている」 ファウチは、今日の公聴会でワクチンの義務化を断固として擁護した。しかし、彼は1月の証言で、義務化がワクチン忌避を助長した可能性があることを認めた。彼はこう言った。 「事後的にやらなければならないことの1つは、試合後、イベントを評価することです。国民の心理を本当に見つめ直し、社会的な研究をして、今の国民の精神的な枠組みの中でワクチンの義務化を図る必要があると思います。 それは実際にワクチン接種を受けたくない人を増やす原因になるのでしょうか? わかりません。しかし、それは私たちが知る必要があることだと思います」。 ファウチはまた、COVID-19の起源に関する研究所流出説は陰謀論ではないことを認め、今回の公聴会も繰り返した。 「私は常にさまざまな可能性に対してオープンマインドを保ってきました」とファウチは言った。 ニューヨーク・タイムズ紙は、マサチューセッツ工科大学とハーバード大学ブロード研究所の分子生物学者であり、「Viral: The Search for the Origin of COVID-19」の共著者であるAlina Chan博士のゲストエッセイを掲載し、「実験室での事故は、パンデミックがどのように始まったかについての最も直な説明である」と述べている。 1月と昨日の証言の両方で、ファウチは、NIAIDが機能獲得研究や、ウイルスを操作してヒトへの感染力を高め、COVID-19の発生につながる可能性のある研究に資金を提供したことを断固として否定した。 ディフェンダー紙等から
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nyantria · 3 months
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アメリカが主導した昭和天皇の戦争犯罪の証拠隠滅
昭和天皇と731部隊
http://blog.livedoor.jp/nobug51/archives/1103925.html
欧米の帝国主義にならって、日本も中国侵略を真剣に考え、実行していった。
当時、天皇は現人神であり、日本国においては絶対の存在だった。小さい頃から、家庭や学校で天皇を拝み、学校では教育勅語を奉読され、天皇のために死ぬことが最高の価値のように教えられた時代でもあった。
 日本の傀儡政権が満州に成立すると、早速、その地で、安くて強力な兵器(貧者の核爆弾)の開発を目指した。その中心になったのが陸軍軍医少佐の石井四郎であった。
 1936年、天皇の認可の下に中国ハルピンの郊外平房の広大な敷地に研究施設を作り、東京の陸軍軍医学校やその他の石井のネットワークと連携しながら、中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人などをマルタと称して生体実験・生体解剖などをし、試行錯誤を重ね、より強力な細菌兵器の開発を目指した。
 そこで開発された細菌爆弾(陶器爆弾)は中国の都市で実戦された。ペスト菌で多くの被災者を出し都市は混乱した。
 研究成果は思ったよりも上がらず、兵器の開発を急いだが、時すでに遅く、ソ連の参戦を許してしまった。
 ソ連が参戦するや否や、軍部・天皇はいち早く731部隊の証拠隠滅をはかり、建物を爆破し、収容されていたマルタを全員殺し、731部隊員を急遽日本へ戻した。
 これも戦争犯罪がばれると、天皇にもその責任が問われることになるからだ。
 731部隊にも何人かの皇族が行き来し、実際731に係わっていた皇族もいた。東条も足を運び、大元帥昭和天皇の耳にも731についての情報は入っていたはずである。
 莫大な予算をかけ、全国の優秀な医学者を集めて作られた731部隊は、軍部・天皇がもっとも期待していた部隊ではなかったか?
 戦後、アメリカは731部隊幹部の尋問を細菌兵器の専門家に担当させた。
ところが、731部隊幹部は事実を隠し続け、人体実験はしていないと嘘を通した。
 1947年(昭和22年)1月に、ソ連が石井ら日本にいる731部隊員の尋問を要求した。ソ連とアメリカの交渉により、人体実験のことが明らかになると、アメリカは人体実験・細菌戦のデータを独占しようと、石井らと打ち合わせをする。その結果、ソ連の尋問は形式的なものになってしまった。
 731の戦犯追及をしていた占領軍(アメリカ)の法務部の活動はアメリカ自身の手によって強制的に停止され、詳細なデータはアメリカが独占することになり、東京裁判では731部隊のことは裁かれなかった。
 マッカーサーと本国アメリカとの交渉の中で、データの独占のこともあったが、もう1つの大きな懸案は、天皇にその責任が及ばないようにすることだったのではないか?
 マッカーサーは当初から日本の占領にあたって、天皇の力を利用しようと考えていた。
 また、マッカーサーは自国の遅れていた細菌兵器の開発に日本軍のデータが役立つだろうと見ていた。何としても、細菌戦や細菌兵器のデータが欲しかった。
 731部隊の戦犯追及をすると、そのデータは独占できなくなり、またその責任が天皇に及ぶのを恐れたのではないか?
 (ドイツでは人体実験にかかわった医師などが「ニュルンベルグ継続裁判」によってアメリカの手によって裁かれている!最高責任者ヒトラーはすでに自殺している。)
 日本政府とアメリカは、一緒になって、731の隠蔽を図り、これが東京裁判で裁かれない様にし、その残虐な事実が国民の前に公表されないようにした。
昭和天皇とマッカーサーとの会談は極秘裏に戦後11回行われた。
新憲法が制定された後でも、「象徴天皇」という新たな憲法上の地位に“制約”を感じることもなく「政治的行為」として、マッカーサーと「トップ会談」がなされていた。それも、当時の政府を飛び越えて行われていた。
 それ結果、裁判で国民の前に731の情報が公開されなかったし、追及もされなかったものだから、大元帥昭和天皇の戦争責任は問われなかった。
※パウエルの記事と森村の本は、日本で政府が見解を出さざるを得ないほどの騒ぎを巻き起こした。政府は国会で731部隊の存在と、731部隊の戦争犯罪について初めて認めた。議論の中で政府は、石井の細菌実験について知りながら石井にかなりの軍人恩給を給付していたことを全く偶然に露呈してしまった。(『死の工場』ハリス著:柏書房)
・天皇裕仁は、明らかに、2度にわたって石井の実演を目にしている。
1度目は1933年に陸軍軍医学校を視察した折、もう1度は恒例の天皇訪問の際の、海軍の艦船上においてである。石井が濾水機の1つに放尿し、その濾過水を飲み干すよう天皇に恭しく差し出したとされているのは、天皇が視察したそうした折のことだった。・・・天皇はその申し出を断り、そして石井は尿を濾過したその水を見るからに嬉々として飲み干したという。
・軍医中将で元関東軍軍医部長の梶塚隆二によれば、石井は「天皇の軍令」によって1936年に平房の実験を開始する許可を与えられたと言う。・・・・梶塚によれば、その後1939年に、天皇は、石井の特殊部隊を再編成するようさらにもう1つ軍令を発布した。・・・・
 石井が東京の高い地位のところに、ひょっとすれば最も上のところに味方を持っていたことは明らかである。
・軽く見てはならないのは、石井と若松の部隊は、裕仁の勅令によって設立された部隊であるという事実である。他の多くの部隊は、必要とされた時に陸軍の内部で適当な司令官によって設立された。
・軍事細菌研究のさらにもう1つの拠点が長春の第100部隊(部隊長:若松有次郎)であった。作戦任務のための資金供給は莫大かつ無制限だった。部隊は2つの経路から資金を得ていた。すなわち、東京の陸軍省と、関東軍司令部の第2部である。(陸軍省から人件費60万円の予算が、100万円が関東軍司令部の第2部から攻撃的生物戦の研究のために支出された。731部隊の予算総額は1000万円、人件費300万円、20万から30万が各支部の運営費、600万円が細菌製造、実験、研究費用である。しかも731部隊の予算は国会の場で細部を発表されることはなかった。関東軍の獣医将校は、生物戦の資金は底なしだと自分は理解していたと語っている。)
・石井はノモンハン事件の間に彼が行ったサービス業務に対する褒美として、天皇の玉璽の押してある大変名誉な政府表彰を受けた。彼の部隊は、同じ戦闘中における英雄的な行動に対して、天皇から価値ある表彰状を贈られた。
このことも、またしても無二の名誉だったのである。他の医療部隊も日本の戦争において勇敢に働いた。それなのに、20世紀において他の医療部隊が天皇の表彰状をその業務に対して受けたことはない。裕仁が、これらの名誉ある賞を与える前に、いくらかの調査を行ったのではないかと疑ってもおかしくない。
 (1939年に発生したノモンハン事件では、出動部隊の給水支援を行うことになり、石井式濾水機などを装備した防疫給水隊3個ほかを編成して現地へ派遣し、部長の石井大佐自身も現地へ赴いて指導にあたった。最前線での給水活動・衛生指導は、消化器系伝染病の発生率を低く抑えるなど大きな成果を上げたとされる。その功績により、第6軍配属防疫給水部は、第6軍司令官だった荻洲立兵中将から衛生部隊としては史上初となる感状の授与を受け、石井大佐には金鵄勲章と陸軍技術有功賞が贈られた。)
・『731部隊-天皇は知っていたか?』と題されたそのドキュメンタリーは、2人のベテランのテレビジャーナリストによって製作された。・・・アメリカ、イギリス、その他の連合国軍の西洋人捕虜が、人体実験の犠牲になったことが暴露された。その上、ドキュメンタリーの製作者・ナレーターは、天皇が満州での細菌戦の人体実験を知っていたことを強く示唆している。
・1930年代において、くるくる替わった日本の内閣においては役目を果たすように〔大臣職に〕任命された軍部のリーダーたちは、誰もが満州で起こっていることを認識していた。参謀本部のスタッフ〔立案者〕とその上司たちは、石井、若松、北野のプロジェクトに精通していたし、細菌兵器の開発研究を助けた。・・・・
 何千人もの、もしかしたら何万人もの陸軍の軍医や獣医、生物学者、化学者、微生物学者、技術スタッフその他の似たような職の人々が、定期的に交代で満州や〔その他の〕中国占領地に派遣されている。(731部隊には専用の飛行場があり、専用の飛行機も複数持っていた。東京⇔ハルピン間を何度も往復して情報交換や物資の輸送などをしていた。また、他の部隊との連絡にも使った。)
・軍部を除けば、外務省が平房での秘密の任務について認識していたことは確実と思われる。それは、ハルピンの日本領事館の地下室がマルタの留置場として使われていたことからも言える。
・東久邇は早い時期に、平房の施設を旅先で訪れている。
・1939年2月9日に、裕仁の弟である活発な秩父宮は、陸軍省の大会議室で、2時間半にわたる石井の「雄弁な」講演に出席した。
・天皇の一番下の弟である三笠宮は、施設の多くに立ち寄った。
・竹田宮は関東軍の首席主計官として、満州におけるすべての細菌戦の関連施設に割り当てられる金を扱った。・・・また、平房〔の施設〕に立ち入る際には竹田宮・宮田が発行した通行証を求める必要があった。関東軍司令官もしくはその直属の部下が731部隊を訪れるときは、竹田宮自身が彼らの一行に混じって彼らをエスコートした。
・天皇は、その倹約〔の精神〕でも知られていた。彼は常々、役に立たないもしくは取るに足らないプロジェクトのために、政府の支出が無駄に使われないよう懸念していると表明していた。細菌戦のプログラムは、国の資源の大規模な乱費であった。第2次世界大戦中、平房、長春、奉天、南京の主要な基地および多くの支部施設は、少なくとも1500万円から2000万円、多分それ以上の年間予算を食い潰して機能していたに違いない。天皇が軍事予算を詳細に調べたなら、満州やその他の中国における何千もの人員の滞在は、天皇にとって関心事だったはずである。裕仁はまた、特別の武器研究にその使途を限定された秘密の帝国予算を持っていたが、それが満州や中国において細菌戦の研究に使用されていても何の不思議も無い。
・裕仁は細菌戦の研究については知っていたのだろうか。おそら���イエス、であろう。このプロジェクトは、単純に、天皇の目から隠しおおすには、大規模すぎた。費用も、天皇の政府費用に対する鋭い関心から逃れるには巨額すぎた。・・・・最終的に、大日本帝国において、政策決定は政府の最高レベルで行なわれるべきものであって、陸軍の将軍たちの気まぐれでできるものではなかったのである。
(以上『死の工場(隠された731部隊)』:シェルダン・H・ハリス著、近藤昭二訳より抜書き)
・731部隊の組織犯罪については、関東軍という日本陸軍の一駐留軍の指揮命令系統下にあった。部隊そのものは関東軍司令官の直轄であり、あらゆる人体実験も形式上は司令官の命令無しには行なわれえなかった。また、731部隊以外の「防疫給水部隊」(北京、南京、広東など)も日本陸軍の中国派遣軍の指揮下にあった。
日本陸軍を統括していたのは陸軍省であり、その上には天皇がいた。したがって731部隊の人体実験の最終責任者も天皇である。(『検証 人体実験 731部隊・ナチ医学』小俣和一郎著:第3文明社)
http://blog.livedoor.jp/nobug51/archives/1103925.html
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