Tumgik
#黒塀とポスト
kurihara-yumeko · 3 years
Text
【小説】The day I say good-bye (1/4) 【再録】
 今日は朝から雨だった。
 確か去年も雨だったよな、と僕は窓ガラスに反射している自分の顔を見つめて思った。僕を乗せたバスは、小雨の降る日曜の午後を北へ向かって走る。乗客は少ない。
 予定より五分遅れて、予定通りバス停「船頭町三丁目」で降りた。灰色に濁った水が流れる大きな樫岸川を横切る橋を渡り、広げた傘に雨音が当たる雑音を聞きながら、柳の並木道を歩く。
 小さな古本屋の角を右へ、古い木造家屋の住宅ばかりが建ち並ぶ細い路地を抜けたら左へ。途中、不機嫌そうな面構えの三毛猫が行く手を横切った。長い長い緩やかな坂を上り、苔生した石段を踏み締めて、赤い郵便ポストがあるところを左へ。突然広くなった道を行き、椿だか山茶花だかの生け垣のある家の角をまた左へ。
 そうすると、大きなお寺の屋根が見えてくる。囲われた塀の中、門の向こうには、静かな墓地が広がっている。
 そこの一角に、あーちゃんは眠っている。
 砂利道を歩きながら、結構な数の墓の中から、あーちゃんの墓へ辿り着く。もう既に誰かが来たのだろう。墓には真っ白な百合と、あーちゃんの好物であった焼きそばパンが供えてあった。あーちゃんのご両親だろうか。
 手ぶらで来てしまった僕は、ただ墓石を見上げる。周りの墓石に比べてまだ新しいその石は、手入れが行き届いていることもあって、朝から雨の今日であっても穏やかに光を反射している。
 そっと墓石に触れてみた。無機質な冷たさと硬さだけが僕の指先に応えてくれる。
 あーちゃんは墓石になった。僕にはそんな感覚がある。
 あーちゃんは死んだ。死んで、燃やされて、灰になり、この石の下に閉じ込められている。埋められているのは、ただの灰だ。あーちゃんの灰。
 ああ。あーちゃんは、どこに行ってしまったんだろう。
 目を閉じた。指先は墓石に触れたまま。このままじっとしていたら、僕まで石になれそうだ。深く息をした。深く、深く。息を吐く時、わずかに震えた。まだ石じゃない。まだ僕は、石になれない。
 ここに来ると、僕はいつも泣きたくなる。
 ここに来ると、僕はいつも死にたくなる。
 一体どれくらい、そうしていたのだろう。やがて後ろから、砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえてきたので、僕は目を開き、手を引っ込めて振り向いた。
「よぉ、少年」
 その人は僕の顔を見て、にっこり笑っていた。
 総白髪かと疑うような灰色の頭髪。自己主張の激しい目元。頭の上の帽子から足元の厚底ブーツまで塗り潰したように真っ黒な恰好の人。
「やっほー」
 蝙蝠傘を差す左手と、僕に向けてひらひらと振るその右手の手袋さえも黒く、ちらりと見えた中指の指輪の石の色さえも黒い。
「……どうも」
 僕はそんな彼女に対し、顔の筋肉が引きつっているのを無理矢理に動かして、なんとか笑顔で応えて見せたりする。
 彼女はすぐ側までやってきて、馴れ馴れしくも僕の頭を二、三度柔らかく叩く。
「こんなところで奇遇だねぇ。少年も墓参りに来たのかい」
「先生も、墓参りですか」
「せんせーって呼ぶなしぃ。あたしゃ、あんたにせんせー呼ばわりされるようなもんじゃございませんって」
 彼女――日褄小雨先生はそう言って、だけど笑った。それから日褄先生は僕が先程までそうしていたのと同じように、あーちゃんの墓石を見上げた。彼女も手ぶらだった。
「直正が死んで、一年か」
 先生は上着のポケットから煙草の箱とライターを取り出す。黒いその箱から取り出された煙草も、同じように黒い。
「あたしゃ、ここに来ると後悔ばかりするね」
 ライターのかちっという音、吐き出される白い煙、どこか甘ったるい、ココナッツに似たにおいが漂う。
「あいつは、厄介なガキだったよ。つらいなら、『つらい』って言えばいい、それだけのことなんだ。あいつだって、つらいなら『つらい』って言ったんだろうさ。だけどあいつは、可哀想なことに、最後の最後まで自分がつらいってことに気付かなかったんだな」
 煙草の煙を揺らしながら、そう言う先生の表情には、苦痛と後悔が入り混じった色が見える。口に煙草を咥えたまま、墓前で手を合わせ、彼女はただ目を閉じていた。瞼にしつこいほど塗られた濃い黒い化粧に、雨の滴が垂れる。
 先生はしばらくして瞼を開き、煙草を一度口元から離すと、ヤニ臭いような甘ったるいような煙を吐き出して、それから僕を見て、優しく笑いかけた。それから先生は背を向け、歩き出してしまう。僕は黙ってそれを追った。
 何も言わなくてもわかっていた。ここに立っていたって、悲しみとも虚しさとも呼ぶことのできない、吐き気がするような、叫び出したくなるような、暴れ出したくなるような、そんな感情が繰り返し繰り返し、波のようにやってきては僕の心の中を掻き回していくだけだ。先生は僕に、帰ろう、と言ったのだ。唇の端で、瞳の奥で。
 先生の、まるで影法師が歩いているかのような黒い後ろ姿を見つめて、僕はかつてたった一度だけ見た、あーちゃんの黒いランドセルを思い出す。
 彼がこっちに引っ越してきてからの三年間、一度も使われることのなかった傷だらけのランドセル。物置きの中で埃を被っていたそれには、あーちゃんの苦しみがどれだけ詰まっていたのだろう。
 道の途中で振り返る。先程までと同じように、墓石はただそこにあった。墓前でかけるべき言葉も、抱くべき感情も、するべき行為も、何ひとつ僕は持ち合わせていない。
 あーちゃんはもう死んだ。
 わかりきっていたことだ。死んでから何かしてあげても無駄だ。生きているうちにしてあげないと、意味がない。だから、僕がこうしてここに立っている意味も、僕は見出すことができない。僕がここで、こうして呼吸をしていて、もうとっくに死んでしまったあーちゃんのお墓の前で、墓石を見つめている、その意味すら。
 もう一度、あーちゃんの墓に背中を向けて、僕は今度こそ歩き始めた。
「最近調子はどう?」
 墓地を出て、長い長い坂を下りながら、先生は僕にそう尋ねた。
「一ヶ月間、全くカウンセリング来なかったけど、何か変化があったりした?」
 黙っていると先生はさらにそう訊いてきたので、僕は仕方なく口を開く。
「別に、何も」
「ちゃんと飯食ってる? また少し痩せたんじゃない?」
「食べてますよ」
「飯食わないから、いつまでも身長伸びないんだよ」
 先生は僕の頭を、目覚まし時計を止める時のような動作で乱雑に叩く。
「ちょ……やめて下さいよ」
「あーっはっはっはっはー」
 嫌がって身をよじろうとするが、先生はそれでもなお、僕に攻撃してくる。
「ちゃんと食わないと。摂食障害になるとつらいよ」
「食べますよ、ちゃんと……」
「あと、ちゃんと寝た方がいい。夜九時に寝ろ。身長伸びねぇぞ」
「九時に寝られる訳ないでしょう、小学生じゃあるまいし……」
「勉強なんかしてるから、身長伸びねぇんだよ」
「そんな訳ないでしょう」
 あはは、と朗らかに彼女は笑う。そして最後に優しく、僕の頭を撫でた。
「負けるな、少年」
 負けるなと言われても、一体何に――そう問いかけようとして、僕は口をつぐむ。僕が何と戦っているのか、先生はわかっているのだ。
「最近、市野谷はどうしてる?」
 先生は何気ない声で、表情で、タイミングで、あっさりとその名前を口にした。
「さぁ……。最近会ってないし、電話もないし、わからないですね」
「ふうん。あ、そう」
 先生はそれ以上、追及してくることはなかった。ただ独り言のように、「やっぱり、まだ駄目か」と言っただけだった。
 郵便ポストのところまで歩いてきた時、先生は、「あたしはあっちだから」と僕の帰り道とは違う方向を指差した。
「駐車場で、葵が待ってるからさ」
「ああ、葵さん。一緒だったんですか」
「そ。少年は、バスで来たんだろ? 家まで車で送ろうか?」
 運転するのは葵だけど、と彼女は付け足して言ったが、僕は首を横に振った。
「ひとりで帰りたいんです」
「あっそ。気を付けて帰れよ」
 先生はそう言って、出会った時と同じように、ひらひらと手を振って別れた。
 路地を右に曲がった時、僕は片手をパーカーのポケットに入れて初めて、とっくに音楽が止まったままになっているイヤホンを、両耳に突っ込んだままだということに気が付いた。
 僕が小学校を卒業した、一年前の今日。
 あーちゃんは人生を中退した。
 自殺したのだ。十四歳だった。
 遺書の最後にはこう書かれていた。
「僕は透明人間なんです」
    あーちゃんは僕と同じ団地に住んでいて、僕より二つお兄さんだった。
 僕が小学一年生の夏に、あーちゃんは家族四人で引っ越してきた。冬は雪に閉ざされる、北の方からやって来たのだという話を聞いたことがあった。
 僕はあーちゃんの、団地で唯一の友達だった。学年の違う彼と、どんなきっかけで親しくなったのか正確には覚えていない。
 あーちゃんは物静かな人だった。小学生の時から、年齢と不釣り合いなほど彼は大人びていた。
 彼は人付き合いがあまり得意ではなく、友達がいなかった。口数は少なく、話す時もぼそぼそとした、抑揚のない平坦な喋り方で、どこか他人と距離を取りたがっていた。
 部屋にこもりがちだった彼の肌は雪みたいに白くて、青い静脈が皮膚にうっすら透けて見えた。髪が少し長くて、色も薄かった。彼の父方の祖母が外国人だったと知ったのは、ずっと後のことだ。銀縁の眼鏡をかけていて、何か困ったことがあるとそれをかけ直す癖があった。
 あーちゃんは器用だった。今まで何度も彼の部屋へ遊びに行ったことがあるけれど、そこには彼が組み立てたプラモデルがいくつも置かれていた。
 僕が加減を知らないままにそれを乱暴に扱い、壊してしまったこともあった。とんでもないことをしてしまったと、僕はひどく後悔してうつむいていた。ごめんなさい、と謝った。年上の友人の大切な物を壊してしまって、どうしたらよいのかわからなかった。鼻の奥がつんとした。泣きたいのは壊されたあーちゃんの方だっただろうに、僕は泣き出しそうだった。
 あーちゃんは、何も言わなかった。彼は立ち尽くす僕の前でしゃがみ込んだかと思うと、足下に散らばったいびつに欠けたパーツを拾い、引き出しの中からピンセットやら接着剤やらを取り出して、僕が壊した部分をあっという間に直してしまった。
 それらの作業がすっかり終わってから彼は僕を呼んで、「ほら見てごらん」と言った。
 恐る恐る近付くと、彼は直ったばかりの戦車のキャタピラ部分を指差して、
「ほら、もう大丈夫だよ。ちゃんと元通りになった。心配しなくてもいい。でもあと1時間は触っては駄目だ。まだ接着剤が乾かないからね」
 と静かに言った。あーちゃんは僕を叱ったりしなかった。
 僕は最後まで、あーちゃんが大声を出すところを一度も見なかった。彼が泣いている姿も、声を出して笑っているのも。
 一度だけ、あーちゃんの満面の笑みを見たことがある。
 夏のある日、僕とあーちゃんは団地の屋上に忍び込んだ。
 僕らは子供向けの雑誌に載っていた、よく飛ぶ紙飛行機の作り方を見て、それぞれ違うモデルの紙飛行機を作り、どちらがより遠くへ飛ぶのかを競走していた。
 屋上から飛ばしてみよう、と提案したのは僕だった。普段から悪戯などしない大人しいあーちゃんが、その提案に首を縦に振ったのは今思い返せば珍しいことだった。そんなことはそれ以前も以降も二度となかった。
 よく晴れた日だった。屋上から僕が飛ばした紙飛行機は、青い空を横切って、団地の駐車場の上を飛び、道路を挟んだ向かいの棟の四階、空き部屋のベランダへ不時着した。それは今まで飛ばしたどんな紙飛行機にも負けない、驚くべき距離だった。僕はすっかり嬉しくなって、得意げに叫んだ。
「僕が一番だ!」
 興奮した僕を見て、あーちゃんは肩をすくめるような動作をした。そして言った。
「まだわからないよ」
 あーちゃんの細い指が、紙飛行機を宙に放つ。丁寧に折られた白い紙飛行機は、ちょうどその時吹いてきた風に背中を押されるように屋上のフェンスを飛び越え、僕の紙飛行機と同じように駐車場の上を通り、向かいの棟の屋根を越え、それでもまだまだ飛び続け、青い空の中、最後は粒のようになって、ついには見えなくなってしまった。
 僕は自分の紙飛行機が負けた悔しさと、魔法のような素晴らしい出来事を目にした嬉しさとが半分ずつ混じった目であーちゃんを見た。その時、僕は見たのだ。
 あーちゃんは声を立てることはなかったが、満足そうな笑顔だった。
「僕は透明人間なんです」
 それがあーちゃんの残した最後の言葉だ。
 あーちゃんは、僕のことを怒ればよかったのだ。地団太を踏んで泣いてもよかったのだ。大声で笑ってもよかったのだ。彼との思い出を振り返ると、いつもそんなことばかり思う。彼はもう永遠に泣いたり笑ったりすることはない。彼は死んだのだから。
 ねぇ、あーちゃん。今のきみに、僕はどんな風に見えているんだろう。
 僕の横で静かに笑っていたきみは、決して透明なんかじゃなかったのに。
 またいつものように春が来て、僕は中学二年生になった。
 張り出されていたクラス替えの表を見て、そこに馴染みのある名前を二つ見つけた。今年は、二人とも僕と同じクラスのようだ。
 教室へ向かってみたけれど、始業の時間になっても、その二つの名前が用意された席には、誰も座ることはなかった。
「やっぱり、まだ駄目か」
 誰かと同じ言葉を口にしてみる。
 本当は少しだけ、期待していた。何かが良くなったんじゃないかと。
 だけど教室の中は新しいクラスメイトたちの喧騒でいっぱいで、新年度一発目、始業式の今日、二つの席が空白になっていることに誰も触れやしない。何も変わってなんかない。
 何も変わらないまま、僕は中学二年生になった。
 あーちゃんが死んだ時の学年と同じ、中学二年生になった。
 あの日、あーちゃんの背中を押したのであろう風を、僕はずっと探してる。
 青い空の果てに、小さく消えて行ってしまったあーちゃんを、僕と「ひーちゃん」に返してほしくて。
    鉛筆を紙の上に走らせる音が、止むことなく続いていた。
「何を描いてるの?」
「絵」
「なんの絵?」
「なんでもいいでしょ」
「今年は、同じクラスみたいだね」
「そう」
「その、よろしく」
 表情を覆い隠すほど長い前髪の下、三白眼が一瞬僕を見た。
「よろしくって、何を?」
「クラスメイトとして、いろいろ……」
「意味ない。クラスなんて、関係ない」
 抑揚のない声でそう言って、双眸は再び紙の上へと向けられてしまった。
「あ、そう……」
 昼休みの保健室。
 そこにいるのは二人の人間。
 ひとりはカーテンの開かれたベッドに腰掛け、胸にはスケッチブック、右手には鉛筆を握り締めている。
 もうひとりはベッドの脇のパイプ椅子に座り、特にすることもなく片膝を抱えている。こっちが僕だ。
 この部屋の主であるはずの鬼怒田先生は、何か用があると言って席を外している。一体なんの仕事があるのかは知らないが、この学校の養護教諭はいつも忙しそうだ���
 僕はすることもないので、ベッドに座っているそいつを少しばかり観察する。忙しそうに鉛筆を動かしている様子を見ると、今はこちらに注意を払ってはいなそうだから、好都合だ。
 伸びてきて邪魔になったから切った、と言わんばかりのショートカットの髪。正反対に長く伸ばされた前髪は、栄養状態の悪そうな青白い顔を半分近く隠している。中学二年生としては小柄で華奢な体躯。制服のスカートから伸びる足の細さが痛々しく見える。
 彼女の名前は、河野ミナモ。僕と同じクラス、出席番号は七番。
 一言で表現するならば、彼女は保健室登校児だ。
 鉛筆の音が、止んだ。
「なに?」
 ミナモの瞬きに合わせて、彼女の前髪が微かに動く。少しばかり長く見つめ続けてしまったみたいだ。「いや、なんでもない」と言って、僕は天井を仰ぐ。
 ミナモは少しの間、何も言わずに僕の方を見ていたようだが、また鉛筆を動かす作業を再開した。
 鉛筆を走らせる音だけが聞こえる保健室。廊下の向こうからは、楽しそうに駆ける生徒たちの声が聞こえてくるが、それもどこか遠くの世界の出来事のようだ。この空間は、世界から切り離されている。
「何をしに来たの」
「何をって?」
「用が済んだなら、帰れば」
 新年度が始まったばかりだからだろうか、ミナモは機嫌が悪いみたいだ。否、機嫌が悪いのではなく、具合が悪いのかもしれない。今日の彼女はいつもより顔色が悪いように見える。
「いない方がいいなら、出て行くよ」
「ここにいてほしい人なんて、いない」
 平坦な声。他人を拒絶する声。憎しみも悲しみも全て隠された無機質な声。
「出て行きたいなら、出て行けば?」
 そう言うミナモの目が、何かを試すように僕を一瞥した。僕はまだ、椅子から立ち上がらない。彼女は「あっそ」とつぶやくように言った。
「市野谷さんは、来たの?」
 ミナモの三白眼がまだ僕を見ている。
「市野谷さんも同じクラスなんでしょ」
「なんだ、河野も知ってたのか」
「質問に答えて」
「……来てないよ」
「そう」
 ミナモの前髪が揺れる。瞬きが一回。
「不登校児二人を同じクラスにするなんて、学校側の考えてることってわからない」
 彼女の言葉通り、僕のクラスには二人の不登校児がいる。
 ひとりはこの河野ミナモ。
 そしてもうひとりは、市野谷比比子。僕は彼女のことを昔から、「ひーちゃん」と呼んでいた。
 二人とも、中学に入学してきてから一度も教室へ登校してきていない。二人の机と椅子は、一度も本人に使われることなく、今日も僕の教室にある。
 といっても、保健室登校児であるミナモはまだましな方で、彼女は一年生の頃から保健室には登校してきている。その点ひーちゃんは、中学校の門をくぐったこともなければ、制服に袖を通したことさえない。
 そんな二人が今年から僕と同じクラスに所属になったことには、正直驚いた。二人とも僕と接点があるから、なおさらだ。
「――くんも、」
 ミナモが僕の名を呼んだような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「大変ね、不登校児二人の面倒を見させられて」
「そんな自嘲的にならなくても……」
「だって、本当のことでしょ」
 スケッチブックを抱えるミナモの左腕、ぶかぶかのセーラー服の袖口から、包帯の巻かれた手首が見える。僕は自分の左手首を見やる。腕時計をしているその下に、隠した傷のことを思う。
「市野谷さんはともかく、教室へ行く気なんかない私の面倒まで、見なくてもいいのに」
「面倒なんて、見てるつもりないけど」
「私を訪ねに保健室に来るの、――くんくらいだよ」
 僕の名前が耳障りに響く。ミナモが僕の顔を見た。僕は妙な表情をしていないだろうか。平然を装っているつもりなのだけれど。
「まだ、気にしているの?」
「気にしてるって、何を?」
「あの日のこと」
 あの日。
 あの春の日。雨の降る屋上で、僕とミナモは初めて出会った。
「死にたがり屋と死に損ない」
 日褄先生は僕たちのことをそう呼んだ。どっちがどっちのことを指すのかは、未だに訊けていないままだ。
「……気にしてないよ」
「そう」
 あっさりとした声だった。ミナモは壁の時計をちらりと見上げ、「昼休み終わるよ、帰れば」と言った。
 今度は、僕も立ち上がった。「それじゃあ」と口にしたけれど、ミナモは既に僕への興味を失ったのか、スケッチブックに目線を落とし、返事のひとつもしなかった。
 休みなく動き続ける鉛筆。
 立ち上がった時にちらりと見えたスケッチブックは、ただただ黒く塗り潰されているだけで、何も描かれてなどいなかった。
    ふと気付くと、僕は自分自身が誰なのかわからなくなっている。
 自分が何者なのか、わからない。
 目の前で展開されていく風景が虚構なのか、それとも現実なのか、そんなことさえわからなくなる。
 だがそれはほんの一瞬のことで、本当はわかっている。
 けれど感じるのだ。自分の身体が透けていくような感覚を。「自分」という存在だけが、ぽっかりと穴を空けて突っ立っているような。常に自分だけが透明な膜で覆われて、周囲から隔離されているかのような疎外感と、なんの手応えも得られない虚無感と。
 あーちゃんがいなくなってから、僕は頻繁にこの感覚に襲われるようになった。
 最初は、授業が終わった後の短い休み時間。次は登校中と下校中。その次は授業中にも、というように、僕が僕をわからなくなる感覚は、学校にいる間じゅうずっと続くようになった。しまいには、家にいても、外にいても、どこにいてもずっとそうだ。
 周りに人がいればいるほど、その感覚は強かった。たくさんの人の中、埋もれて、紛れて、見失う。自分がさっきまで立っていた場所は、今はもう他の人が踏み荒らしていて。僕の居場所はそれぐらい危ういところにあって。人混みの中ぼうっとしていると、僕なんて消えてしまいそうで。
 頭の奥がいつも痛かった。手足は冷え切ったみたいに血の気がなくて。酸素が薄い訳でもないのにちゃんと息ができなくて。周りの人の声がやたら大きく聞こえてきて。耳の中で何度もこだまする、誰かの声。ああ、どうして。こんなにも人が溢れているのに、ここにあーちゃんはいないんだろう。
 僕はどうして、ここにいるんだろう。
「よぉ、少年」
 旧校舎、屋上へ続く扉を開けると、そこには先客がいた。
 ペンキがところどころ剥げた緑色のフェンスにもたれるようにして、床に足を投げ出しているのは日褄先生だった。今日も真っ黒な恰好で、ココナッツのにおいがする不思議な煙草を咥えている。
「田島先生が、先生のことを昼休みに探してましたよ」
「へへっ。そりゃ参ったね」
 煙をゆらゆらと立ち昇らせて、先生は笑う。それからいつものように、「せんせーって呼ぶなよ」と付け加えた。彼女はさらに続けて言う。
「それで? 少年は何をし、こんなところに来たのかな?」
「ちょっと外の空気を吸いに」
「おお、奇遇だねぇ。あたしも外の空気を吸いに……」
「吸いにきたのはニコチンでしょう」
 僕がそう言うと、先生は、「あっはっはっはー」と高らかに笑った。よく笑う人だ。
「残念だが少年、もう午後の授業は始まっている時間だし、ここは立ち入り禁止だよ」
「お言葉ですが先生、学校の敷地内は禁煙ですよ」
「しょうがない、今からカウンセリングするってことにしておいてあげるから、あたしの喫煙を見逃しておくれ。その代わり、あたしもきみの授業放棄を許してあげよう」
 先生は右手でぽんぽんと、自分の隣、雨上がりでまだ湿気っているであろう床を叩いた。座れと言っているようだ。僕はそれに従わなかった。
 先客がいたことは予想外だったが、僕は本当に、ただ、外の空気を吸いたくなってここに来ただけだ。授業を途中で抜けてきたこともあって、長居をするつもりはない。
 ふと、視界の隅に「それ」が目に入った。
 フェンスの一角に穴が空いている。ビニールテープでぐるぐる巻きになっているそこは、テープさえなければ屋上の崖っぷちに立つことを許している。そう。一年前、あそこから、あーちゃんは――。
(ねぇ、どうしてあーちゃんは、そらをとんだの?)
 僕の脳裏を、いつかのひーちゃんの言葉がよぎる。
(あーちゃん、かえってくるよね? また、あえるよね?)
 ひーちゃんの言葉がいくつもいくつも、風に飛ばされていく桜の花びらと同じように、僕の目の前を通り過ぎていく。
「こんなところで、何をしていたんですか」
 そう質問したのは僕の方だった。「んー?」と先生は煙草の煙を吐きながら言う。
「言っただろ、外の空気を吸いに来たんだよ」
「あーちゃんが死んだ、この場所の空気を、ですか」
 先生の目が、僕を見た。その鋭さに、一瞬ひるみそうになる。彼女は強い。彼女の意思は、強い。
「同じ景色を見たいと思っただけだよ」
 先生はそう言って、また煙草をふかす。
「先生、」
「せんせーって呼ぶな」
「質問があるんですけど」
「なにかね」
「嘘って、何回つけばホントになるんですか」
「……んー?」
 淡い桜色の小さな断片が、いくつもいくつも風に流されていく。僕は黙って、それを見ている。手を伸ばすこともしないで。
「嘘は何回ついたって、嘘だろ」
「ですよね」
「嘘つきは怪人二十面相の始まりだ」
「言っている意味がわかりません」
「少年、」
「はい」
「市野谷に嘘つくの、しんどいのか?」
 先生の煙草の煙も、みるみるうちに風に流されていく。手を伸ばしたところで、掴むことなどできないまま。
「市野谷に、直正は死んでないって、嘘をつき続けるの、しんどいか?」
 ひーちゃんは知らない。あーちゃんが去年ここから死んだことを知らない。いや、知らない訳じゃない。認めていないのだ。あーちゃんの死を認めていない。彼がこの世界に僕らを置き去りにしたことを、許していない。
 ひーちゃんはずっと信じている。あーちゃんは生きていると。いつか帰ってくると。今は遠くにいるけれど、きっとまた会える日が来ると。
 だからひーちゃんは知らない。彼の墓石の冷たさも、彼が飛び降りたこの屋上の景色が、僕の目にどう映っているのかも。
 屋上。フェンス。穴。空。桜。あーちゃん。自殺。墓石。遺書。透明人間。無。なんにもない。ない。空っぽ。いない。いないいないいないいない。ここにもいない。どこにもいない。探したっていない。消えた。消えちゃった。消滅。消失。消去。消しゴム。弾んで。飛んで。落ちて。転がって。その先に拾ってくれるきみがいて。笑顔。笑って。笑ってくれて。だけどそれも消えて。全部消えて。消えて消えて消えて。ただ昨日を越えて今日が過ぎ明日が来る。それを繰り返して。きみがいない世界で。ただ繰り返して。ひーちゃん。ひーちゃんが笑わなくなって。泣いてばかりで。だけどもうきみがいない。だから僕が。僕がひーちゃんを慰めて。嘘を。嘘をついて。ついてはいけない嘘を。ついてはいけない嘘ばかりを。それでもひーちゃんはまた笑うようになって。笑顔がたくさん戻って。だけどどうしてあんなにも、ひーちゃんの笑顔は空っぽなんだろう。
「しんどくなんか、ないですよ」
 僕はそう答えた。
 先生は何も言わなかった。
 僕は明日にでも、怪人二十面相になっているかもしれなかった。
    いつの間にか梅雨が終わり、実力テストも期末テストもクリアして、夏休みまであと一週間を切っていた。
 ひと夏の解放までカウントダウンをしている今、僕のクラスの連中は完璧な気だるさに支配されていた。自主性や積極性などという言葉とは無縁の、慣性で流されているような脱力感。
 先週に教室の天井四ヶ所に取り付けられている扇風機が全て故障したこともあいまって、クラスメイトたちの授業に対する意欲はほぼゼロだ。授業がひとつ終わる度に、皆溶け出すように机に上半身を投げ出しており、次の授業が始まったところで、その姿勢から僅かに起き上がる程度の差しかない。
 そういう僕も、怠惰な中学二年生のひとりに過ぎない。さっきの英語の授業でノートに書き記したことと言えば、英語教師の松田が何回額の汗を脱ぐったのかを表す「正」の字だけだ。
 休み時間に突入し、がやがやと騒がしい教室で、ひとりだけ仲間外れのように沈黙を守っていると、肘辺りから空気中に溶け出して、透明になっていくようなそんな気分になる。保健室には来るものの、自分の教室へは絶対に足を運ばないミナモの気持ちがわかるような気がする。
 一学期がもうすぐ終わるこの時期になっても、相変わらず僕のクラスには常に二つの空席があった。ミナモも、ひーちゃんも、一度だって教室に登校してきていない。
「――くん、」
 なんだか控えめに名前を呼ばれた気はしたが、クラスの喧騒に紛れて聞き取れなかった。
 ふと机から顔を上げると、ひとりの女子が僕の机の脇に立っていた。見たことがあるような顔。もしかして、クラスメイトのひとりだろうか。彼女は廊下を指差して、「先生、呼んでる」とだけ言って立ち去った。
 あまりにも唐突な出来事でその女子にお礼を言うのも忘れたが、廊下には担任の姿が見える。僕のクラス担任の担当科目は数学だが、次の授業は国語だ。なんの用かはわからないが、呼んでいるのなら行かなくてはならない。
「おー、悪いな、呼び出して」
 去年大学を卒業したばかりの、どう見ても体育会系な容姿をしている担任は、僕を見てそう言った。
「ほい、これ」
 突然差し出されたのはプリントの束だった。三十枚くらいありそうなプリントが穴を空けられ紐を通して結んである。
「悪いがこれを、市野谷さんに届けてくれないか」
 担任がひーちゃんの名を口にしたのを聞いたのは、久しぶりのような気がした。もう朝の出欠確認の時でさえ、彼女の名前は呼ばれない。ミナモの名前だってそうだ。このクラスでは、ひーちゃんも、ミナモも、いないことが自然なのだ。
「……先生が、届けなくていいんですか」
「そうしたいのは山々なんだが、なかなか時間が取れなくてな。夏休みに入ったら家庭訪問に行こうとは思ってるんだ。このプリントは、それまでにやっておいてほしい宿題。中学に入ってから二年の一学期までに習う数学の問題を簡単にまとめたものなんだ」
「わかりました、届けます」
 受け取ったプリントの束は、思っていたよりもずっとずっしりと重かった。
「すまんな。市野谷さんと小学生の頃一番仲が良かったのは、きみだと聞いたものだから」
「いえ……」
 一年生の時から、ひーちゃんにプリントを届けてほしいと教師に頼まれることはよくあった。去年は彼女と僕は違うクラスだったけれど、同じ小学校出身の誰かに僕らが幼馴染みであると聞いたのだろう。
 僕は学校に来なくなったひーちゃんのことを毛嫌いしている訳ではない。だから、何か届け物を頼まれてもそんなに嫌な気持ちにはならない。でも、と僕は思った。
 でも僕は、ひーちゃんと一番仲が良かった訳じゃないんだ。
「じゃあ、よろしく頼むな」
 次の授業の始業のチャイムが鳴り響く。
 教室に戻り、出したままだった英語の教科書と「正」の字だけ記したノートと一緒に、ひーちゃんへのプリントの束を鞄に仕舞いながら、なんだか僕は泣きたくなった。
  三角形が壊れるのは簡単だった。
 三角形というのは、三辺と三つの角でできていて、当然のことだけれど一辺とひとつの角が消失したら、それはもう三角形ではない。
 まだ小学校に上がったばかりの頃、僕はどうして「さんかっけい」や「しかっけい」があるのに「にかっけい」がないのか、と考えていたけれど、どうやら僕の脳味噌は、その頃から数学的思考というものが不得手だったようだ。
「にかっけい」なんてあるはずがない。
 僕と、あーちゃんと、ひーちゃん。
 僕ら三人は、三角形だった。バランスの取りやすい形。
 始まりは悲劇だった。
 あの悪夢のような交通事故。ひーちゃんの弟の死。
 真っ白なワンピースが汚れることにも気付かないまま、真っ赤になった弟の身体を抱いて泣き叫ぶひーちゃんに手を伸ばしたのは、僕と一緒に下校する途中のあーちゃんだった。
 お互いの家が近かったこともあって、それから僕らは一緒にいるようになった。
 溺愛していた最愛の弟を、目の前で信号無視したダンプカーに撥ねられて亡くしたひーちゃんは、三人で一緒にいてもときどき何かを思い出したかのように暴れては泣いていたけれど、あーちゃんはいつもそれをなだめ、泣き止むまでずっと待っていた。
 口下手な彼は、ひーちゃんに上手く言葉をかけることがいつもできずにいたけれど、僕が彼の言葉を補って彼女に伝えてあげていた。
 優しくて思いやりのあるひーちゃんは、感情を表すことが苦手なあーちゃんのことをよく気遣ってくれていた。
 僕らは嘘みたいにバランスの取れた三角形だった。
 あーちゃんが、この世界からいなくなるまでは。
   「夏は嫌い」
 昔、あーちゃんはそんなことを口にしていたような気がする。
「どうして?」
 僕はそう訊いた。
 夏休み、花火、虫捕り、お祭り、向日葵、朝顔、風鈴、西瓜、プール、海。
 水の中の金魚の世界と、バニラアイスの木べらの湿り気。
 その頃の僕は今よりもずっと幼くて、四季の中で夏が一番好きだった。
 あーちゃんは部屋の窓を網戸にしていて、小さな扇風機を回していた。
 彼は夏休みも相変わらず外に出ないで、部屋の中で静かに過ごしていた。彼の傍らにはいつも、星座の本と分厚い昆虫図鑑が置いてあった。
「夏、暑いから嫌いなの?」
 僕が尋ねるとあーちゃんは抱えていた分厚い本からちょっとだけ顔を上げて、小さく首を横に振った。それから困ったように笑って、
「夏は、皆死んでいるから」
 とだけ、つぶやくように言った。あーちゃんは、時々魔法の呪文のような、不思議なことを言って��を困惑させることがあった。この時もそうだった。
「どういう意味?」
 僕は理解できずに、ただ訊き返した。
 あーちゃんはさっきよりも大きく首を横に振ると、何を思ったのか、唐突に、
「ああ、でも、海に行ってみたいな」
 なんて言った。
「海?」
「そう、海」
「どうして、海?」
「海は、色褪せてないかもしれない。死んでないかもしれない」
 その言葉の意味がわからず、僕が首を傾げていると、あーちゃんはぱたんと本を閉じて机に置いた。
「台所へ行こうか。確か、母さんが西瓜を切ってくれていたから。一緒に食べよう」
「うん!」
 僕は西瓜に釣られて、わからなかった言葉のことも、すっかり忘れてしまった。
 でも今の僕にはわかる。
 夏の日射しは、世界を色褪せさせて僕の目に映す。
 あーちゃんはそのことを、「死んでいる」と言ったのだ。今はもう確かめられないけれど。
 結局、僕とあーちゃんが海へ行くことはなかった。彼から海へ出掛けた話を聞いたこともないから、恐らく、海へ行くことなく死んだのだろう。
 あーちゃんが見ることのなかった海。
 海は日射しを浴びても青々としたまま、「生きて」いるんだろうか。
 彼が死んでから、僕も海へ足を運んでいない。たぶん、死んでしまいたくなるだろうから。
 あーちゃん。
 彼のことを「あーちゃん」と名付けたのは僕だった。
 そういえば、どうして僕は「あーちゃん」と呼び始めたんだっけか。
 彼の名前は、鈴木直正。
 どこにも「あーちゃん」になる要素はないのに。
    うなじを焼くようなじりじりとした太陽光を浴びながら、ペダルを漕いだ。
 鼻の頭からぷつぷつと汗が噴き出すのを感じ、手の甲で汗を拭おうとしたら手は既に汗で湿っていた。雑音のように蝉の声が響いている。道路の脇には背の高い向日葵は、大きな花を咲かせているのに風がないので微動だにしない。
 赤信号に止められて、僕は自転車のブレーキをかける。
 夏がくる度、思い出す。
 僕とあーちゃんが初めてひーちゃんに出会い、そして彼女の最愛の弟「ろーくん」が死んだ、あの事故のことを。
 あの日も、世界が真っ白に焼き切れそうな、暑い日だった。
 ��ーちゃんは白い木綿のワンピースを着ていて、それがとても涼しげに見えた。ろーくんの血で汚れてしまったあのワンピースを、彼女はもうとっくに捨ててしまったのだろうけれど。
 そういえば、ひーちゃんはあの事故の後、しばらくの間、弟の形見の黒いランドセルを使っていたっけ。黒い服ばかり着るようになって。周りの子はそんな彼女を気味悪がったんだ。
 でもあーちゃんは、そんなひーちゃんを気味悪がったりしなかった。
 信号が赤から青に変わる。再び漕ぎ出そうとペダルに足を乗せた時、僕の両目は横断歩道の向こうから歩いて来るその人を捉えて凍りついてしまった。
 胸の奥の方が疼く。急に、聞こえてくる蝉の声が大きくなったような気がした。喉が渇いた。頬を撫でるように滴る汗が気持ち悪い。
 信号は青になったというのに、僕は動き出すことができない。向こうから歩いて来る彼は、横断歩道を半分まで渡ったところで僕に気付いたようだった。片眉を持ち上げ、ほんの少し唇の端を歪める。それが笑みだとわかったのは、それとよく似た笑顔をずいぶん昔から知っているからだ。
「うー兄じゃないですか」
 うー兄。彼は僕をそう呼んだ。
 声変わりの途中みたいな声なのに、妙に大人びた口調。ぼそぼそとした喋り方。
 色素の薄い頭髪。切れ長の一重瞼。ひょろりと伸びた背。かけているのは銀縁眼鏡。
 何もかもが似ているけれど、日に焼けた真っ黒な肌と筋肉のついた足や腕だけは、記憶の中のあーちゃんとは違う。
 道路を渡り終えてすぐ側まで来た彼は、親しげに僕に言う。
「久しぶりですね」
「……久しぶり」
 僕がやっとの思いでそう声を絞り出すと、彼は「ははっ」と笑った。きっとあーちゃんも、声を上げて笑うならそういう風に笑ったんだろうなぁ、と思う。
「どうしたんですか。驚きすぎですよ」
 困ったような笑顔で、眼鏡をかけ直す。その手つきすらも、そっくり同じ。
「嫌だなぁ。うー兄は僕のことを見る度、まるで幽霊でも見たような顔するんだから」
「ごめんごめん」
「ははは、まぁいいですよ」
 僕が謝ると、「あっくん」はまた笑った。
 彼、「あっくん」こと鈴木篤人くんは、僕の一個下、中学一年生。私立の学校に通っているので僕とは学校が違う。野球部のエースで、勉強の成績もクラストップ。僕の団地でその中学に進学できた子供は彼だけだから、団地の中で知らない人はいない優等生だ。
 年下とは思えないほど大人びた少年で、あーちゃんにそっくりな、あーちゃんの弟。
「中学は、どう? もう慣れた?」
「慣れましたね。今は部活が忙しくて」
「運動部は大変そうだもんね」
「うー兄は、帰宅部でしたっけ」
「そう。なんにもしてないよ」
「今から、どこへ行くんですか?」
「ああ、えっと、ひーちゃんに届け物」
「ひー姉のところですか」
 あっくんはほんの一瞬、愛想笑いみたいな顔をした。
「ひー姉、まだ学校に行けてないんですか?」
「うん」
「行けるようになるといいですね」
「そうだね」
「うー兄は、元気にしてましたか?」
「僕? 元気だけど……」
「そうですか。いえ、なんだかうー兄、兄貴に似てきたなぁって思ったものですから」
「僕が?」
 僕があーちゃんに似てきている?
「顔のつくりとかは、もちろん違いますけど、なんていうか、表情とか雰囲気が、兄貴に似てるなぁって」
「そうかな……」
 僕にそんな自覚はないのだけれど。
「うー兄も死んじゃいそうで、心配です」
 あっくんは柔らかい笑みを浮かべたままそう言った。
「……そう」
 僕はそう返すので精いっぱいだった。
「それじゃ、ひー姉によろしくお伝え下さい」
「じゃあ、また……」
 あーちゃんと同じ声で話し、あーちゃんと同じように笑う彼は、夏の日射しの中を歩いて行く。
(兄貴は、弱いから駄目なんだ)
 いつか彼が、あーちゃんに向けて言った言葉。
 あーちゃんは自分の弟にそう言われた時でさえ、怒ったりしなかった。ただ「そうだね」とだけ返して、少しだけ困ったような顔をしてみせた。
 あっくんは、強い。
 姿や雰囲気は似ているけれど、性格というか、芯の強さは全く違う。
 あーちゃんの死を自分なりに受け止めて、乗り越えて。部活も勉強も努力して。あっくんを見ているといつも思う。兄弟でもこんなに違うものなのだろうか、と。ひとりっ子の僕にはわからないのだけれど。
 僕は、どうだろうか。
 あーちゃんの死を受け入れて、乗り越えていけているだろうか。
「……死相でも出てるのかな」
 僕があーちゃんに似てきている、なんて。
 笑えない冗談だった。
 ふと見れば、信号はとっくに赤になっていた。青になるまで待つ間、僕の心から言い表せない不安が拭えなかった。
    遺書を思い出した。
 あーちゃんの書いた遺書。
「僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです」
 日褄先生はそれを、「ばっかじゃねーの」って笑った。
「透明人間は見えねぇから、透明人間なんだっつーの」
 そんな風に言って、たぶん、泣いてた。
「僕の分まで生きて」
 僕は自分の鼓動を聞く度に、その言葉を繰り返し、頭の奥で聞いていたような気がする。
 その度に自分に問う。
 どうして生きているのだろうか、と。
  部屋に一歩踏み入れると、足下でガラスの破片が砕ける音がした。この部屋でスリッパを脱ぐことは自傷行為に等しい。
「あー、うーくんだー」
 閉められたカーテン。閉ざされたままの雨戸。
 散乱した物。叩き壊された物。落下したままの物。破り捨てられた物。物の残骸。
 その中心に、彼女はいる。
「久しぶりだね、ひーちゃん」
「そうだねぇ、久しぶりだねぇ」
 壁から落下して割れた時計は止まったまま。かろうじて壁にかかっているカレンダーはあの日のまま。
「あれれー、うーくん、背伸びた?」
「かもね」
「昔はこーんな小さかったのにねー」
「ひーちゃんに初めて会った時だって、そんなに小さくなかったと思うよ」
「あははははー」
 空っぽの笑い声。聞いているこっちが空しくなる。
「はい、これ」
「なに? これ」
「滝澤先生に頼まれたプリント」
「たきざわって?」
「今度のクラスの担任だよ」
「ふーん」
「あ、そうだ、今度は僕の同じクラスに……」
 彼女の手から投げ捨てられたプリントの束が、ろくに掃除されていない床に落ちて埃を巻き上げた。
「そういえば、あいつは?」
「あいつって?」
「黒尽くめの」
「黒尽くめって……日褄先生のこと?」
「まだいる?」
「日褄先生なら、今年度も学校にいるよ」
「なら、学校には行かなーい」
「どうして?」
「だってあいつ、怖いことばっかり言うんだもん」
「怖いこと?」
「あーちゃんはもう、死んだんだって」
「…………」
「ねぇ、うーくん」
「……なに?」
「うーくんはどうして、学校に行けるの? まだあーちゃんが帰って来ないのに」
 どうして僕は、生きているんだろう。
「『僕』はね、怖いんだよ、うーくん。あーちゃんがいない毎日が。『僕』の毎日の中に、あーちゃんがいないんだよ。『僕』は怖い。毎日が怖い。あーちゃんのこと、忘れそうで怖い。あーちゃんが『僕』のこと、忘れそうで怖い……」
 どうしてひーちゃんは、生きているんだろう。
「あーちゃんは今、誰の毎日の中にいるの?」
 ひーちゃんの言葉はいつだって真っ直ぐだ。僕の心を突き刺すぐらい鋭利だ。僕の心を掻き回すぐらい乱暴だ。僕の心をこてんぱんに叩きのめすぐらい凶暴だ。
「ねぇ、うーくん」
 いつだって思い知らされる。僕が駄目だってこと。
「うーくんは、どこにも行かないよね?」
 いつだって思い知らせてくれる。僕じゃ駄目だってこと。
「どこにも、行かないよ」
 僕はどこにも行けない。きみもどこにも行けない。この部屋のように時が止まったまま。あーちゃんが死んでから、何もかもが停止したまま。
「ふーん」
 どこか興味なさそうな、ひーちゃんの声。
「よかった」
 その後、他愛のない話を少しだけして、僕はひーちゃんの家を後にした。
 死にたくなるほどの夏の熱気に包まれて、一気に現実に引き戻された気分になる。
 こんな現実は嫌なんだ。あーちゃんが欠けて、ひーちゃんが壊れて、僕は嘘つきになって、こんな世界は、大嫌いだ。
 僕は自分に問う。
 どうして僕は、生きているんだろう。
 もうあーちゃんは死んだのに。
   「ひーちゃん」こと市野谷比比子は、小学生の頃からいつも奇異の目で見られていた。
「市野谷さんは、まるで死体みたいね」
 そんなことを彼女に言ったのは、僕とひーちゃんが小学四年生の時の担任だった。
 校舎の裏庭にはクラスごとの畑があって、そこで育てている作物の世話を、毎日クラスの誰かが当番制でしなくてはいけなかった。それは夏休み期間中も同じだった。
 僕とひーちゃんが当番だった夏休みのある日、黙々と草を抜いていると、担任が様子を見にやって来た。
「頑張ってるわね」とかなんとか、最初はそんな風に声をかけてきた気がする。僕はそれに、「はい」とかなんとか、適当に返事をしていた。ひーちゃんは何も言わず、手元の草を引っこ抜くことに没頭していた。
 担任は何度かひーちゃんにも声をかけたが、彼女は一度もそれに答えなかった。
 ひーちゃんはいつもそうだった。彼女が学校で口を利くのは、同じクラスの僕と、二つ上の学年のあーちゃんにだけ。他は、クラスメイトだろうと教師だろうと、一言も言葉を発さなかった。
 この当番を決める時も、そのことで揉めた。
 くじ引きでひーちゃんと同じ当番に割り当てられた意地の悪い女子が、「せんせー、市野谷さんは喋らないから、当番の仕事が一緒にやりにくいでーす」と皆の前で言ったのだ。
 それと同時に、僕と一緒の当番に割り当てられた出っ歯の野郎が、「市野谷さんと仲の良い――くんが市野谷さんと一緒にやればいいと思いまーす」と、僕の名前を指名した。
 担任は困ったような笑顔で、
「でも、その二人だけを仲の良い者同士にしたら、不公平じゃないかな? 皆だって、仲の良い人同士で一緒の当番になりたいでしょう? 先生は普段あまり仲が良くない人とも仲良くなってもらうために、当番の割り振りをくじ引きにしたのよ。市野谷さんが皆ともっと仲良くなったら、皆も嬉しいでしょう?」
 と言った。意地悪ガールは間髪入れずに、
「喋らない人とどうやって仲良くなればいいんですかー?」
 と返した。
 ためらいのない発言だった。それはただただ純粋で、悪意を含んだ発言だった。
「市野谷さんは私たちが仲良くしようとしてもいっつも無視してきまーす。それって、市野谷さんが私たちと仲良くしたくないからだと思いまーす。それなのに、無理やり仲良くさせるのは良くないと思いまーす」
「うーん、そんなことはないわよね、市野谷さん」
 ひーちゃんは何も言わなかった。まるで教室内での出来事が何も耳に入っていないかのような表情で、窓の外を眺めていた。
「市野谷さん? 聞いているの?」
「なんか言えよ市野谷」
 男子がひーちゃんの机を蹴る。その振動でひーちゃんの筆箱が机から滑り落ち、がちゃんと音を立てて中身をぶちまけたが、それでもひーちゃんには変化は訪れない。
 クラスじゅうにざわざわとした小さな悪意が満ちる。
「あの子ちょっとおかしいんじゃない?」
 そんな囁きが満ちる。担任の困惑した顔。意地悪いクラスメイトたちの汚らわしい視線。
 僕は知っている。まるでここにいないかのような顔をして、窓の外を見ているひーちゃんの、その視線の先を。窓から見える新校舎には、彼女の弟、ろーくんがいた一年生の教室と、六年生のあーちゃんがいる教室がある。
 ひーちゃんはいつも、ぼんやりとそっちばかりを見ている。教室の中を見渡すことはほとんどない。彼女がここにいないのではない。彼女にとって、こっちの世界が意味を成していないのだ。
「市野谷さんは、死体みたいね」
 夏休み、校舎裏の畑。
 その担任の一言に、僕は思わずぎょっとした。担任はしゃがみ込み、ひーちゃんに目線を合わせようとしながら、言う。
「市野谷さんは、どうしてなんにも言わないの? なんにも思わないの? あんな風に言われて、反論したいなって思わないの?」
 ひーちゃんは黙って草を抜き続けている。
「市野谷さんは、皆と仲良くなりたいって思わない? 皆は、市野谷さんと仲良くなりたいって思ってるわよ」
 ひーちゃんは黙っている。
「市野谷さんは、ずっとこのままでいるつもりなの? このままでいいの? お友達がいないままでいいの?」
 ひーちゃんは。
「市野谷さん?」
「うるさい」
 どこかで蝉が鳴き止んだ。
 彼女が僕とあーちゃん以外の人間に言葉を発したところを、僕は初めて見た。彼女は担任を睨み付けるように見つめていた。真っ黒な瞳が、鋭い眼光を放っている。
「黙れ。うるさい。耳障り」
 ひーちゃんが、僕の知らない表情をした。それはクラスメイトたちがひーちゃんに向けたような、玩具のような悪意ではなかった。それは本当の、なんの混じり気もない、殺意に満ちた顔だった。
「あんたなんか、死んじゃえ」
 振り上げたひーちゃんの右手には、草抜きのために職員室から貸し出された鎌があって――。
「ひーちゃん!」
 間一髪だった。担任は真っ青な顔で、息も絶え絶えで、しかし、その鎌の一撃をかろうじてかわした。担任は震えながら、何かを叫びながら校舎の方へと逃げるように走り去って行く。
「ひーちゃん、大丈夫?」
 僕は地面に突き刺した鎌を固く握りしめたまま、動かなくなっている彼女に声をかけた。
「友達なら、いるもん」
 うつむいたままの彼女が、そうぽつりと言う。
「あーちゃんと、うーくんがいるもん」
 僕はただ、「そうだね」と言って、そっと彼女の頭を撫でた。
    小学生の頃からどこか危うかったひーちゃんは、あーちゃんの自殺によって完全に壊れてしまった。
 彼女にとってあーちゃんがどれだけ大切な存在だったかは、説明するのが難しい。あーちゃんは彼女にとって絶対唯一の存在だった。失ってはならない存在だった。彼女にとっては、あーちゃん以外のものは全てどうでもいいと思えるくらい、それくらい、あーちゃんは特別だった。
 ひーちゃんが溺愛していた最愛の弟、ろーくんを失ったあの日。
 あの日から、ひーちゃんの心にぽっかりと空いた穴を、あーちゃんの存在が埋めてきたからだ。
 あーちゃんはひーちゃんの支えだった。
 あーちゃんはひーちゃんの全部だった。
 あーちゃんはひーちゃんの世界だった。
 そして、彼女はあーちゃんを失った。
 彼女は入学することになっていた中学校にいつまで経っても来なかった。来るはずがなかった。来れるはずがなかった。そこはあーちゃんが通っていたのと同じ学校であり、あーちゃんが死んだ場所でもある。
 ひーちゃんは、まるで死んだみたいだった。
 一日中部屋に閉じこもって、食事を摂ることも眠ることも彼女は拒否した。
 誰とも口を利かなかった。実の親でさえも彼女は無視した。教室で誰とも言葉を交わさなかった時のように。まるで彼女の前からありとあらゆるものが消滅してしまったかのように。泣くことも笑うこともしなかった。ただ虚空を見つめているだけだった。
 そんな生活が一週間もしないうちに彼女は強制的に入院させられた。
 僕が中学に入学して、桜が全部散ってしまった頃、僕は彼女の病室を初めて訪れた。
「ひーちゃん」
 彼女は身体に管を付けられ、生かされていた。
 屍のように寝台に横たわる、変わり果てた彼女の姿。
(市野谷さんは死体みたいね)
 そんなことを言った、担任の言葉が脳裏をよぎった。
「ひーちゃんっ」
 僕はひーちゃんの手を取って、そう呼びかけた。彼女は何も言わなかった。
「そっち」へ行ってほしくなかった。置いていかれたくなかった。僕だって、あーちゃんの突然の死を受け止めきれていなかった。その上、ひーちゃんまで失うことになったら。そう考えるだけで嫌だった。
 僕はここにいたかった。
「ひーちゃん、返事してよ。いなくならないでよ。いなくなるのは、あーちゃんだけで十分なんだよっ!」
 僕が大声でそう言うと、初めてひーちゃんの瞳が、生き返った。
「……え?」
 僕を見つめる彼女の瞳は、さっきまでのがらんどうではなかった。あの時のひーちゃんの瞳を、僕は一生忘れることができないだろう。
「あーちゃん、いなくなったの?」
 ひーちゃんの声は僕の耳にこびりついた。
 何言ってるんだよ、あーちゃんは死んだだろ。そう言おうとした。言おうとしたけれど、何かが僕を引き留めた。何かが僕の口を塞いだ。頭がおかしくなりそうだった。狂っている。僕はそう思った。壊れている。破綻している。もう何もかもが終わってしまっている。
 それを言ってしまったら、ひーちゃんは死んでしまう。僕がひーちゃんを殺してしまう。ひーちゃんもあーちゃんみたいに、空を飛んでしまうのだ。
 僕はそう直感していた。だから声が出なかった。
「それで、あーちゃん、いつかえってくるの?」
 そして、僕は嘘をついた。ついてはいけない嘘だった。
 あーちゃんは生きている。今は遠くにいるけれど、そのうち必ず帰ってくる、と。
 その一週間後、ひーちゃんは無事に病院を退院した。人が変わったように元気になっていた。
 僕の嘘を信じて、ひーちゃんは生きる道を選んだ。
 それが、ひーちゃんの身体をいじくり回して管を繋いで病室で寝かせておくことよりもずっと残酷なことだということを僕は後で知った。彼女のこの上ない不幸と苦しみの中に永遠に留めておくことになってしまった。彼女にとってはもうとっくに終わってしまったこの世界で、彼女は二度と始まることのない始まりをずっと待っている。
 もう二度と帰ってこない人を、ひーちゃんは待ち続けなければいけなくなった。
 全ては僕のついた幼稚な嘘のせいで。
「学校は行かないよ」
「どうして?」
「だって、あーちゃん、いないんでしょ?」
 学校にはいつから来るの? と問いかけた僕にひーちゃんは笑顔でそう答えた。まるで、さも当たり前かのように言った。
「『僕』は、あーちゃんが帰って来るのを待つよ」
「あれ、ひーちゃん、自分のこと『僕』って呼んでたっけ?」
「ふふふ」
 ひーちゃんは笑った。幸せそうに笑った。恥ずかしそうに笑った。まるで恋をしているみたいだった。本当に何も知らないみたいに。本当に、僕の嘘を信じているみたいに。
「あーちゃんの真似、してるの。こうしてると自分のことを言う度、あーちゃんのことを思い出せるから」
 僕は笑わなかった。
 僕は、笑えなかった。
 笑おうとしたら、顔が歪んだ。
 醜い嘘に、歪んだ。
 それからひーちゃんは、部屋に閉じこもって、あーちゃんの帰りをずっと待っているのだ。
 今日も明日も明後日も、もう二度と帰ってこない人を。
※(2/4) へ続く→ https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/647000556094849024/
5 notes · View notes
mocho-65 · 3 years
Text
Tumblr media
0 notes
torotoro-toro · 3 years
Text
2021/05/25 お気に入りのアパートが死んでいた
 不眠を経験してから昼寝の悪夢率が上昇していたのだが、ここ半年はどうにか見たいようなというか好きなタイプの夢を見ることが増えた気がする。未だに稀に金縛りに遭遇するが……今日は幼馴染の女の子2人と男の子が心●するソシャゲのストーリーの夢(どことなく原神風味の絵柄)だった。  さて、そんな夢から覚めて夕方散歩に出た話。家を出た時間は確認していないが、酒屋の前でスマートフォンを見たときは18:45だった。でっかく「酒」とアピールされたライトのつくはずの店は閉じている。緊急諸々で閉店時間も早まったらしい。小学生の時にも近所に似たような酒屋(隣に駅前の銀行サイズの消費者金融があったのがかなり「それ」らしかった)があったが、まだ立っているのだろうか。母の買い物について行き、でっかい箱ビールを乗ってきたキックボードの椅子代わりにするのが好きだった。  その酒屋から何本か行った先に、古いアパートが建っているのを一年前の散歩で発見した。一軒屋が二つはいるくらいの面積に2階建て、各階5部屋程入っていたのではないかと道路側に面したポストから推測している。5個中4つの郵便受けが黒いテープに塞がれていて、上の階に関しては足を踏み入れてないから不明だが似たようなものだったはず。写真に撮っていないが、洗濯物が干されているかどうかもまばらだったが、この辺りでも特にお気に入りの建物だった。小説で大学生に成長した推しをアパートに住まわせるのが趣味の私は適度なボロ具合や鉄製の色水くらい薄い水色の階段に張り付いたサビの具合をかなり気に入っていた。けれど、あの日見たコンクリートの割れた床と雨よけの青トタンがあったアパートは更地になり、建設会社の塀とシートと建設計画の看板が建てられていた。だいたい見つけた時点で住民の気配が殆どなかったのでいつ取り壊されてもおかしくないようなものだが、空き地になるのだけでは飽き足らず新築の家が建てられることになっているとは。現実的に考えれば土地の再利用として素晴らしいものなのだが、何も口を出す権利はないが悔しくなってしまった。理想のボロアパートはあっさりと死ぬ。  そのあとは元々近所のスーパーに立ち寄って菓子でもかって帰る予定だったのだが、計画変更して新しくアパートを探すことにした。地元に住んで10年以上経つが、取り壊されたそいつの一本先の道を未開拓なぐらいには行っていない場所が山ほどある。正直に言えば田舎の一種のような町は、安心させるように古アパートの群れを新たに提供してくれた。入った道は右側に古びた塀の並ぶ一軒家が、もう片側にアパートが建ち並んでいる。よもぎ餅の色をしたアパートがそれぞれのベランダの装飾や階段でもてなしていた。同じ系列なのか別の会社かわからないが、息を合わせたように同系列のグリーンだった。ただ、そこでも1棟だけアパートが取り壊されている。正確に言えば取り壊される途中の状態。工事用のシートが貼られた内側に粉々になった無数のコンクリート片とまだ意味を残した木材の板が散乱している。解体現場の真ん中に、基礎が見え右端に黒ずんだ心細い柱と階段と柵、部屋の一部のような壁だけが残っていた。日が落ちる前の白っぽい空とねずみの雲と電柱を背景に聳える中途半端な亡骸に、先ほど見たまっさらの土と、家の建設予定地に張られた白い枠線しか残っていないアパートの更地よりも私の心が救われた。  一切名残がないのと懐かしがれる程度形が残っているのとどちらがいいか決めることは難しいが、思い出の家が建っていたなら跡形もない方が悲しいし、完成形を知らないなら破壊途中の建造物の方が美しく思える。逆に言えば、知っているなら解体中のほうが感傷に浸れるし、あったことすら知らない建物の跡はただの空き地でしかない。アルバムや墓があることで死人のことを知っていれば忘れないように、いくらかでも形が残っていることでその存在を知ることができるのかもしれない。私はあの大きなアパートがあった空間を、いつまで覚えていられるだろうか。
0 notes
Text
“コレは私の友人『独楽』氏に送られて来た彼の友人の手記です 以下独楽氏の文面途中からそのまま転載します 届いたメールを公開しようと思う。 このポスト内で一気に公開します。(文字数制限にひっかかるかな?) 悩んだけど、、彼の意向でもある公開です。 相当な長文ですが、良かったら読んでください。 因みに彼はスポーツインストラクターでありながら、文筆活動もしています。(していました。かな?) 一句一文の表現が大袈裟(K!ゴメンな!)に感じられるかもしれませんが、彼が目の当たりにしている事実を、彼が文体表現として“伝えよう”としているものなのでご理解ください。 別に何かを煽るつもりは毛頭ありません。 余震、計画停電、原発に振りまわされつつも、何とか震災以前の生活リズムを取り戻しつつある関東以西ですが、これを読んだ方が何かを感じてもらえたら嬉しい。 以下、友人Kからのメールです。 俺の名前が“独楽”にしてあるのと、念のため個人名は伏せてありますが、それ以外はそのまま記します。 今からメールを6連発で送る。 あの日、 俺がどこで何をしていたか 独楽にも知って欲しいと思ったんだ。 また記録として様々な人へ転送してもらえると嬉しい 東京の小中学校では俺の手記を全校集会で使ってくれたそうだ。 事実から目を背けず、 現実にあったことを忘れないためにも。 それが亡くなった人たちの供養になるかもしれないと思った。 でも被災者には厳しすぎる現実かもしれない… 【生還】 3/11(金)午前9時。 亘理町・荒浜海水浴場。 今夏の死亡事故0を目指し、役場からの依頼で今年初のライフセービング訓練を実施。 金土日3連チャンの予定で救助要員の大学生たちと朝からブッ通しで砂浜ダッシュなどをこなし、 ヘロヘロになった15時を目前に初日の訓練を終えようとしていた。 ストレッチしながら海を見ると、海面が煮えたぎったお湯のように泡立っている。 その直後、 立ってはいられないほどの激震にみな尻餅をついた。 揺れに揺れる。 さらに揺れる。 異常な揺れが際限なく続き背骨の底から戦慄が走る。 砂浜がひび割れて段差がで始める。 ただの地震ではないと悟り防波堤まで戻るよう指示。 しかし往復18�もある浜の中腹にいたため、 かなりの距離を走らなければならない。 遠い遠い、 めまいがするほど遠い道のりを、 何度も足を取られながら、胃液が逆流するほど走りに走った。 それぞれの車で高台へ逃げるよう声を張り上げる。 続いて自分の車へ向かおうとした矢先、 海に落ちた釣り人&サーファーを発見。 消防団のにいちゃんたちは泳げないという。 仕方なく外気温が3℃の中、パンツ一丁で海へ飛び込み、重装備の釣り人から救助。 だがオッサンは完全にパニクッて鬼のような形相でつかみかかってくる。 顔面をぶん殴って大人しくさせ、 水中で立ち泳ぎをしながら肩に足を乗せて防波堤へと押し上げた。 続けて1人また1人と救助し4人目を助けようとした時、 今の今まで横にいた若者が一瞬で沖へ運ばれた。 空は墨をぶちまけたような暗黒に渦巻き、 砂浜を境に青と黒まっぷたつに割れている。 辺りは雷鳴のような轟音が鳴り響き、 信じられないほどの早さで一気に波が引いた。 見たこともないほど沖まで砂地が露出し、 魚がピョンピョンと飛び跳ねている。 アカン… 要救助者はまだ多数いたが俺だって死にたくない。 水から上がり、慌てて服を着た。 「助けてくれ!!」と泣き叫ぶ怒号と悲鳴。 悲しそうな目で俺を見つめ沖へ運ばれてゆく人々。 見なかったことにして先を急いだが…足が止まる。 くるりと振り返り、 ふたたび飛び込もうとして上着に手をかけた時、 見上げるようにそそり立つ巨大な白い壁。 俺は走った。 死に物狂いで走った。 轟音が背後に迫り来る。 波に飲みこまれる間一髪でブロック塀へ飛びつき、 すぐさま真横の電柱へ飛び移った。 上へ上へ死に物狂いで這い上がる。 足のすぐ下を怒濤の勢いで濁流がなだれ込む。 家屋を飲み込み、 松林をなぎ倒し、 電柱を引き抜き、 すべてを木端微塵に破壊しながら流れてゆく。 そこで俺が見たものは、 地球の滅亡を想わせる光景だった。 あちこちで爆発が起こり、火柱が上がる。 高圧電線が音を発てて弾け火災が多発。 ワイヤーで固定された電信柱と鉄筋の建物以外はすべてが飲み込まれた。 それから約3時間、 俺は救助が来るのを信じ、必死で電柱にしがみついていた。 横殴りに雪が吹き付ける。 歯がガチガチに鳴って噛み合わない。 上空をヘリが飛び交う。 どんなに叫ぼうとけし粒のような俺に気付いてはくれない。 握力がみるみる削り取られていく。 刻一刻と陽が沈み、 吐く息は白くなる一方。 耳はちぎれそうな激痛。 指先の感覚はとうにない。 このままここにいたら死ぬ… 俺はついに覚悟を決めた。 電柱の一番上まで上ると、高圧電線に恐る恐る触れてみた。 電流がないのを確かめて、決死の覚悟でぶら下がる。 レスキュー隊のように3本の高圧電線を伝い、 一歩、一歩、這うように次の電柱まで進む。 落ちたら引き潮の渦に飲み込まれて死ぬ。 地上20メートルの上空に猛烈な吹雪が吹きつける。 突風にあおられ何度も落ちかけながら、 果てしなく遠い次の電柱へイモ虫のようにノロノロと進む。 どんどん陽が沈んでゆく。 焦っても焦ってもなかなか先へ進まない。 何度もとまり、 何度もあきらめかけ、 叫び声を上げてまた進む。 クンダリーニ・ヨーガの火の呼吸で体の中心に炎を宿し、 完全に凍えるのを防いだがそれにも限界がある。 すっかり陽が沈んで辺りが夕闇に包まれた頃、 やっとの思いで最後の電柱へとたどり着いた。 しかし… 電線は根元からずたずたに切り裂かれていた… この時の落胆と絶望をどう表現すればいいのか。 俺はがっくりとうなだれ、両手に顔をうずめた。 思考も体も外気温の低下とともにみるみる凍結する。 もはや万事休す。 切れるカードはみな使い切りもう打つ手はない。 眼下には目を背けたくなるような地獄絵図。 人形のような屍の山が藻屑とともに流れくる。 耳の穴に少しずつみぞれが降り積もり、 冷たいや痛いを通り越し、吹き付ける雪になぜか熱を感じる。 辺りは既に漆黒の闇。 尋常ではない暴風雪。 このままでは凍死する。 救助を期待することはもう完全にあきらめた。 頼れるのは自分だけ。 子供の頃から絶えずあった概念が今、 究極の形で試される。 喉が焼けただれんばかりに絶叫し、 すべての迷いを断ち切る。 犬や猫など置き去さられたペットの死骸、 牛、馬、豚など家畜の死骸。 そしてるいるいたる人間の遺体が浮かぶ中、 俺はうねり逆巻くどす黒い激流へ飛び込んだ。 全身に電流が走る。 さっきの冷たさなど問題にならない。 冷水をたっぷりとふくんだ衣服が水の鎧と化す。 複数の人間がしがみついているように動きを阻害し、 すさまじい水圧が俺の体を沖へ運び去ろうとする。 「ちきしょうッ!!」 「死んでたまるかコラッ!!!」 叫ぶことで自らを鼓舞し、木から木へ瓦礫から瓦礫と泳いだ。 手をかき足をかき、 墨汁のようなうねりの中を持てる技術と能力と精神力を残らず出しきり、 全身全霊をかけて泳いだ。 泳ぎ続けた。 海へ引きずり込まれる寸前防波堤の残骸にぶつかって止まる。 震える手でコンクリートをつかみ凍りつく体を引き上げた。 もう体が動かない。 朝から飲まず食わずで一体どれほどエネルギーを消費したのか… あきらめたら死ぬ。 死んでたまるか!! よろめきながら立ち上がり震える歩を進める。 本当に1�ずつ足を進めた。 低体温症になるのを防ぐためにまた火の呼吸をする。 しかし極度の疲労と空腹、そしてあまりに膨大な消費エネルギーに崩れ落ちる。 ずぶ濡れの体に吹き付ける氷点下の風。 足元も見えぬ漆黒の闇。 雄叫びを発して膝を立て、 渾身の力で立ち上がる。 そしてまたひきずるように震える歩を進める。 釘が飛び出した瓦礫の山にうず高く積み上がる流木が行く手をさえぎる。 海面と地面の区別がつかず何度も深みにはまり、 首まで海水につかる。 また這い上がる。 またはまる。 そんなことを嫌になるほど繰り返しているさなか、 またも地獄の底から轟音が響く。 「うそだろぅ…」 驚愕の眼差しを向けた時、 暗黒の大海から押し寄せる強大な白い壁。 逃げる間もなくやすやすと瓦礫の山を乗り越え、 津波の第二波が来襲。 今度は完全に頭から飲み込まれた。 どっちが空でどっちが大地かも分からないほどぐらんぐらんに引き回され、 巨大洗濯機へ放り込まれたようにぐるぐる回る。 あぁ…… 俺はこんなことで死ぬのか… そうか… 死ぬのか…… 塩辛い暗黒の無重力世界で俺は他人事のようにそんなことを考えていた。 あきらめかけた矢先、 背中が鉄柱に激突。 何がなんだか分からぬまま上半身だけで這い上がり、 一度は完全に消えたはずの握力で鉄柱にしがみつく。 すさまじい水圧が俺の体を根こそぎ引き離しにかかる 死んでたまるか!! 死んでたまるか!! 体が真横になっても絶対に手は離さなかった。 その時、 俺は確かに声を聞いた。 誰かの声が、 「お前はまだ生きろ」 「お前にはまだやるべきことがある」 そう言っていた。 10分後、 クツもズボンもパンツも靴下もすべて流され、 下半身丸出し。 素足のまま寒風が吹き荒ぶ闇夜をとぼとぼと歩いた。 漏れた油が月光に反射し、夜行虫のようにうごめいている。 足を踏み出すたびに水面がキラキラと光る。 時間も方角も分からない。 もう自分がどこで何をしているのかも分からない。 見慣れているはずの亘理の風景はどこにもない。 気が遠くなるほど長い闇を機械仕掛けの人形のように黙々と歩いた。 そしてついに力尽きる… 完全なる電池切れだ。 がっくりと膝が折れ、 汚泥の上に崩れ落ちた。 あおむけに横たわる。 見上げれば満天の星。 ひっきりなしに流星が飛び交う。 助けてください。 助けてください。 くちびるが声にはならない声をつぶやく。 タイタニックのジャックのように、髪の毛やまつ毛がバリバリに凍りついている。 精も根も尽き果て、 静かに瞳を閉じかけた時、 瓦礫の中にゆれ動く灯りが見えた。 俺はガチガチに固まった体を無意識に引き起こし、 また1�ずつ歩いた。 もう一滴の声も出ない。 誰かが俺の体を勝手に操作しているようだ。 水産加工会社◎◎ビルの3階から薄灯りがもれている。 俺は30分以上かけて階段を這い上がった。 屋上へ逃げて助かった◎◎の社長夫妻と漁労長の3人。 時は深夜1時半。 下半身丸出しで急に現れた俺に仰天した彼らだが、 すぐリンゴをむいてくれた。 むさぼるようにかきこむ。 出された水も喉を鳴らして一気に飲み干した。 震えが止まらずぼたぼたとこぼす。 着替えと毛布をくれた。 裸の大将のようなへそより高いでかパンツ。 ラクダのももひき。 おばぁちゃんの赤い毛糸のとっくりセーター。 凍えきった体で眠ることもできなかったが、 止まらない手足の震えは、いま生きていることをありありと実感した。 朝9時からトレーニングを始めて約16時間。 それから俺は飲まず食わずぶっ通しで動き続け、 誰ひとり助けのない孤独な闘いに打ち勝った。 俺は生きて帰った。 生きて帰ったのだ。 これが3/11(金)深夜1時半、生還劇の全貌である。 【帰還後】 翌日は社長夫妻や漁労長を自衛隊のヘリに乗せ、 俺は心身共にズタボロのまま消防団の救援活動に参加。 瓦礫の中からまず息がある人を優先して捜索。 ヘリから降り立った赤十字の医療団は、 職務上しかたないとはいえ助かる者とそうでない者をわずか数秒で判断し、 容赦なく切り捨てていく。 初めて見るトリアージに戦慄とむなしさを覚えながらも、 俺は俺のできることだけを精一杯やった。 そして数日ぶりに町中へ。 赤十字の医師によれば俺は全身89ケ所の擦過傷と刺傷。合計28針を縫った。 少し休めと1人用テントをあてがわれたが、 なぜか眠る気がしない。 風呂も入れず、歯も磨けず、限界を通り越してにおいもかゆみも麻痺している。 旅での風呂なしは最長5日。 今回はその倍以上でいくら旅なれた俺でも正直キツイ。 まして普通の人なら拷問に近いだろう。 特に避難所にいる赤ちゃんを連れたママたちは辛い。 ミルクもオムツもなく悲惨の一語に尽きる。 亘理は報道も少なく、 すべてにおいて後回しだ。 被災した夜はのどの渇きに絶えきれず、 俺は自分の尿を飲んだ。 何ら恥じることはない。 生きるのが先決だ。 自分で言うのもなんだが、 俺には一生物としての尋常ならぬ生命力があった。 それに日本一周や北中南米の旅で得た死ぬ一歩手前、限界ギリギリの過酷な体験。 日頃からの異常な運動量のトレーニング。 スポーツ・インストラクター20年選手としての経験と知識。 フツーの人がフツーに生活していたら、 まず出くわさないであろう数々の修羅場、 命のやり取り。 そうした場数を踏んできた経験が冷静さを保ち、 どう転んでも助かる見込みのない、 希望を見出だせる要素など1ミリもない状況でもパニックに陥らず済んだのだろう。 そして何より、 「死んでたまるか!!」という怨念にも似た執念。 そんなこんなをひっくるめたすべてが一つに集約し、俺の命を紡いだのだろう。 フツーの人は電柱に3時間つかまるのもムリかも知れない。 だが子どもの頃から遊んだ荒浜の海は、 原爆を投下したような焼け野原へと変わり果てた。 もはや見る影もない。 ニュースステーションや朝日新聞などマスコミ各社の取材は断った。 助けられなかった人の方が圧倒的に多いからだ。 中学の同級生たちもかなり死んだ。 津波がくる直前までともに救助活動をしていた警官や消防団の青年たちもみんな死んだ。 いとこや親戚のほとんどは一週間が過ぎた今も安否が分からない。 ヘドロをかき分けながら町へ向かう時、 木の枝からぶら下がる中年女性の遺体を見た。 深みに背中を見せて浮かぶ子ども。 瓦礫の隙間から飛び出している無数の白い手足。 あぶくま大橋では若いママがチャイルドシートに幼児を乗せたまま車ごと波に飲まれた。 戦争でもないのに数え切れないほどの遺体を見た。 俺だけがこうしてのうのうと生き残ってしまった… 他の地域がより酷いせいか亘理の遺体回収は後回しにされている。 帰還後、 奈良県から派遣されてきた自衛隊テントで初めてテレビを見た。 上手いこと遺体だけ外して映している。 車のドアをバールでこじ開け、金品を強奪する人々。 給水車を前にわずか一列の違いを巡り、 唾を飛ばして激昂する醜い大人たち。 そんな親の姿を見て途方に暮れる子ども。 俺とは仲が良かったが、 役場ではいつもは役立たずと陰口を叩かれていた××××課の★★班長は、 自分の家族を投げ打って、部下や住民のため汗をふりちぎって奔走していた。 女子職員から絶大な人気の☆☆次長は、 さっさと自分だけ山梨県へ避難してしまった。 自分のことは後回しにし、一心不乱に救助活動をする一般人の青年を見た。 両親の安否も分からぬまま不眠不休で介護する女性がいた。 生まれて初めて間近に見る地獄絵図に原発の恐怖心が拍車をかけ、 みな集団心理特有のパニック状態に陥っている。 異常に雄弁となるか一言も語らず一点を見つめている極端な違い。 報道はされてないが相馬、山元、亘理は未曾有のパニック状態だ。 他人のことなどかえりみず人を蹴落として生き抜こうとする人々。 そのおぞましき姿はもはや人間ではない。 まさか自分の町がこんなになるとは… こうした生きるか死ぬかの修羅場にこそ、 それぞれが内包する真実の【人間】が露わとなる。 おてんとさまは見ている。 俺には御大層な宗教心などないが、 善も悪もおのれの胸にあることを知った。 自衛隊から出た豚汁と握り飯は死ぬほど美味かったが心の底から喜ぶことはできなかった。 しかし俺は天の声をハッキリと聞いたのだ。 「お前はまだ生きろ」 「おまえにはまだやるべきことがある」 と… 不思議なことに、 その声は間違いないくこの俺自身の声だった。 俺のやるべきことは何か… 今の俺には分からない。 ただ一つだけ分かっていることは、 それを探しながら生きていこうということだ。 おめおめと生き残ってしまった俺は、 彼らの分まで生きなければならない。 明日はくる。 必ずくる。 そう信じて歩いていこう。 【お願い】 今春から職場になる予定だった海辺の町は過疎地域。 銀行が一軒もない。 そのため被災当日は郵貯へ一点集中しようと、 3ケ所の銀行から現金を全ておろし、車に積んでいた。 キャッシュカードもVISAもETCも、 免許証も保険証も通帳も、 その日に限ってなぜかありとあらゆる貴重品を車内に入れていた。 そして積年の想い出が詰まった我が愛車は遥か外洋へ消え去った。 つまりほぼ全財産を失ってしまったことになる。 もうその町もない。 亘理よりはるかにひどい、壊滅状態だ。 そこでお願い。 いつか宅急便などの物流が一般人にも再開したら、 日持ちのする食品や衣類を送ってくれると嬉しい。 (カロリーメイト、水、ジャージetc~) そして少し言いにくいが、 ほんの気持ち程度でいい。 一円でも送金してくれると生きのびる希望が持てる。 決して無理はしないで。 あくまでも出来る範囲でのお願い。 今回の被災で唯一の光は、 長らく疎遠だった人からの連絡だった。 何もかも失ってしまったが俺にはまだ命がある。 そして俺の安否を気遣ってくれた友人知人がいる。 それだけで俺は生きている価値がある。 素直にそう思えた。 この一連のメールは9日ぶりに復活した携帯で打ってる。 ガラスが散乱した自宅の部屋から発見した、 02年当時に使ってた激古の携帯を0円で再契約。 文字が、 言葉が、 津波のように沸き上がってとまらない。 洪水のように次から次へと文章が押し寄せる。 連絡が遅れてすみません。 俺は今、生きています。 2011.3.21(月) ○○○○(Kの本名) 追伸. 今は電気、ガス、水道、ライフラインすべて遮断されてる。 亘理町は復旧の目処が立ちそうもない。 車もなければ電車もない。 臨時のバスすら通れない。 だから送金されてもしばらく引き落としはできない。 今回のお願いはいつの日か復旧する日まで、 事前に送金してもらえるとありがたいという話。 頭の隅にでもとどめてもらえると助かります。 よろしくお願いいたしますm(__)m 何か今日の朝日新聞夕刊の全国版に俺の記事がチョロッと載るみたい。 手記はいずれ朝刊に載るそうだ。 友人.知人へ送ったメールが思った以上に反響が大きく、 友人の先生経由で板橋区の小学校では全校集会で読まれたそうだ。 自分だけが助かった負い目から、 最初は記事になるのもどうかと思ってたけど、 あの日、 俺がどこで何をしていたか 様々な人に知ってもらうのは亡くなった方々の供養になるかもしれないと思い直した。 でも被災者には厳しすぎる現実かも… 以下は相馬在住の先生からきたメール。 ↓ △△です。 家も家族も大丈夫です。 学校が避難所になり毎日夜8時過ぎまで働いています。 なんと夜勤もあります。 それが今日です。 多数の死者がでたことを知りました。 しかし映像には人がまったくうつってません。 (写っても困るでしょうが) 相馬の小学6年生。 40%が避難して相馬にいません。 原発のせいです。 教職員は職務上逃げ出すわけにもいきません。 しかし原発の職員も私たち教師も生身の人間です。 職務を全うし学校や児童を守るか、 自分の家族を守るか。 難しいところです。 津波直後の原発はさらに絶望的だったと思います。 津波で非常発電システムが壊れ冷却装置が全く動かなくなったからです。 つまり温度が上昇し続ける原子炉をみてるしかなかったのですから。 これをいち早く知った原発関係者、医療従事者はすぐ50�圏外へ逃げました。 これこそ亘理・山元・相馬が報道されない理由の最たる要因です。 避難所、病院を捨てて、 南相馬・浪江・富岡辺りは行方不明者の捜索は一切やってません。 1200人以上いるそうです。 すべて野ざらしです。 避難・屋内退避だからです。 ヒドイもんです。 南相馬や新地の火発はオイル漏れの修理途中で退避しました。 とにかく今回の津波は巨大すぎました。 今日初めて相馬の浜を見てきました。 避難所でのお世話で行けなかったのです。 とにかくむちゃくちゃでした。 酷かったです。 息子も連れて行きました。 K先生よく生きて戻れましたね。 K先生でなければ生きていなかったですね。 本当に凄まじい経験をされましたね。 驚きです。 ほんとは死んでんじゃないの? 生きてるつもりでいるけど・・・。 100回ぐらい死んでてもおかしくない。 うん。 こうしよう。 実際に顔をみるまで死んでることにします! △△△△ 追伸. 本日、 ともに救助活動をした若い警官の遺体が上がった。 去年の夏も一緒に盗撮犯を捕まえた□□くん。 まだ28才。 新婚で赤ちゃんが一人。 俺はのうのうとメールを打っている… 本音を言えば原発の恐怖もあるし、 友人宅へ一時避難させてもらって、 風呂に入ったり歯を磨いたり温かい料理とかを食べたいけど、 同級生や親戚の安否がワカランままでは亘理を離れるわけにいかない。 いつもソフトクリームを大盛りにしてもらってた鳥の海荘のおばちゃん。 遺体が上がった。 先週も冗談を言い合ってたばかりなのに。 これは現実なんだろうか… 荒浜に行けばおばちゃんがいて、 またソフトクリームを売っている気がしてならない。 明日を信じて歩いていこう” - 宮城県亘理郡在住『K』の手記 - PADDY - ONE (via gotouyuuki-text)
0 notes
eimaeda · 5 years
Text
[平砂アートムーヴメント]作品の感想
全作品の感想を駆け足ながら書いた
中には文章になってないのも沢山ある
1階
120 技術がかっこいいので、草とかあまりいらないかな 表現に数字を選ぶっていうのはカッコいい 宮島達男 神はサイコロをふらないだから数字6までにしたりすると意図的すぎるか?狭い空間に対してでかい
122
こわいのと時間ないのとでできなかった まいにちスマートロックで施錠かいじょうしてるのだけどすごい
123
服を作ったんだと思うけど説明がないからわからない 芳名帳は個室には置かないでほしかった 芳名帳おいてもいい空間ならコンセプトの説明ボードとかのほうがほしいかも
頑張ってきたない宿舎を女の子の部屋にしたと思う もっと物量あってもよかったのかな
125
こはるは無機質のもので有機的なものを表現するのはこわいといっていた メディアアートが怖いと
もともと貼ってた寝具とりかえの表、はがしていいよ……!
大森くんちゃらいかんじなのに作品かわいいな
127,128
もろみさんの作品はわりと美術史的な文脈に沿っていたりする
行為そのもの 記録
129
家電を殺したいというきもち 物量がすごい 普通の家になってる すごいな 絨毯を敷くといっきに普通の家
一階トイレ
ちゅんさんの展示めちゃかっこいい
線を選ぶ天才
天井彫ってドローイングになってるのめちゃカッコ良
一階ラウンジ
実際の映像をもちいててめちゃ意味がわかりやすくなった感じがする!なくても十分かっこよかったけど
ウィキペディアより引用 はどうかとおもう 大辞林とかのほうがかっこいいよ
131,132
えざきさん正直きゅうにフェイスブックで絡んできてこわかった わたしはいんきゃなので
上手だと思う 映像もクオリティが高くてすごい
ただQRコードを貼りまくるのは意味がわからない 作品と分けるべきだし、混在させて良いものではない
134
合評会でみたときえっ全然はやみずさんっぽくないな、と思った 格好いい でも全体を捉えられない人が観るとわからないのかも 速水さんぽさとか 本人も気にし��るらしいくて、木材じゃない素材でもみてみたい けどわざと雑な素材感なんだろうから
135
こはる
合評会のときは影とかいってて、あまりうまくいってなかった こはるが元気にやってくれて良かった これからこはるは専攻分野とこういうのをどうやってつなげていくんだろう
137
においがきつい けどアンケートではわりと人気作品
なぞメッセージがいつのまにかついてたけどなくてもいいのでは…
138
蛍の発光現象の実験ができる
サイエンティストが自分で表現しなければいけないと思う まさにそういうことだと思う
壁に残ったフックとかは、外したほうがいいと思う
139
コンセプトをよめばああなるほどね、となる なんでもないものが���いとこわかったりする
そのコンセプトを伝えたいなら洋服の形が、暗くするともっと具体的にお化けみたいな形に見えるとか、影がお化けに見えるようにするとか、やってもいいかなと思う 物語的すぎるかもしれないけど
あとまっくら、どきどき、なら窓はもっとしっかり養生してまっくらにするべき
140
上手な展示だと思う
服にプリントされた肌とか、どきどきしてしまう
写真がただのコピー用紙なのがちと残念かも でもお金かかってしまうもんな 物量優先した方がいいもんね
142
詰めが甘いと思う
パソコンとかレーザー使ってカッコ良くやりたいならそれに揃えていくべきでは 意図的なものだとしても鑑賞者は混乱する
143
字が上手いの良い
ボーカロイドの曲っていうのがちょっと気にくわない くにやすせんせいもいってたけどインスタレーションぽくやりすぎていて、もっと魅せ方がある 壁に書くっていってたけどそれすごいいいと思う
144
まお
まおちゃんは、技術があるのにむりにコンセプチュアルにしようとしすぎているといつも思う 考えるのが得意じゃないのに考えてると思う 宿舎に住んでた時の鬱屈としたきもちとか
ドアを閉めて鑑賞してほしいらしいけどドア閉めてほしいなら作品はもっと部屋の奥の方に置いて空間を作らないといけないと思う
145
ここでおわったら、途中でおわったんだな、とか、運営が大変だったんだな、って思われるんだろうなってわかっていた そんなことは見る人にもつくる側としてのわたしには関係がないことだ でもここでおわってしまった 詰めが甘いと思う 壁をつくるのに1週間かかってしまった わたしに壁をつくる技術があればな
制作期間初日に隣の部屋のまおちゃんに「え、えいちゃんもやるの?」と言われたことがずっとカチンときている
わたしは「運営の人」になるつもりはないし、わたしがここでやりたいから企画したのだ じゃあわたしは100パーセントの力で制作しないといけない うまくやらないといけない わたしのための企画なんだから
147
あべ
つくってるとこずっと見てたけど、家族が手伝いに来てくれたり全然孤独じゃなくてうらやましかった わたしは孤独なので…
壁をまじで作ったのすごい 物理
人の出会いと別れ
別れのときのチャイム?別れる時にチャイム鳴らさないし とは思った
まるさんが恋人という解釈をしてたけどそりゃ口紅使ったらそう解釈される
最初油絵の具で絵って言ってたから全然意図が違ってくる
2階
玄関上
こういう部屋以外の作品がもっときてくれればよかった 苔は毎日お世話してるらしい いいね
2階トイレ
やることがずっとフワフワしてるかんじがあって信用できなかった 昆虫のやつだすみたいなことちょっというからやめて、っていったり、途中で生きてる亀を置いたりとか、全然意味がわからない 最初裸足で、みたいなことも、床が汚いからだれもはいりたくないし配慮が足りない
2階ラウンジ
いなだとたくとくん
なんかいもみているけど
村上先生の講評後、すぐにデザインを直したり、3Dもめちゃ見やすくなったり、ずーーっと改善していてすごい
パネルの切り方だけどうにかして…
デザインパターン
6/1日中ずっと作業してて最終日展示している すごい ずっと向上していくいなだすごい
かんぜんに池田亮司か響き渡ってるぞ
画面カーソルでてるぞ
227,228
物量がすごい さすが舞台の方
人がいるということめちゃくちゃインパクトある 根性がすごい
美術としてやってるのか?エンターテインメントとしてなのか?
ずっと在中していてすごい 演技もすごい
230
アクセサリー
これを売るってなるとまたちがうことになる
ここでやる意味はそこまでないのかも
繊細でかわいい モチーフがあるのもよくて 美術のお勉強になる
231
網戸がこんなエロくなるなんてしらなかった
まいにち花を手向けている
塀は墓なのか死んだ建物そのものなのか
233
コラージュ作品 おしゃれでいい 手帳生きてたそのものの証てきな
作品があるところだけグレーに塗ってあるのかわいい
展示は綺麗だが
234
なんでタイトルは1Sなんだろ
コミカルで楽しいかわいい
(6/4追記)1S=shareか!!!!それで写真撮ってSNSにあげてほしいってことか スッキリ!わー
236
きれいに作られておる綺麗な空間 無機質な標本
238
ほんとうは影を落としたかったらしい
生活の感じとかと空間はあっているかなぁ かなぁ
絵があんまり上手じゃないからもうすこし抽象てきなモチーフのほうがいいのかも
240
しんじゃった自転車…
意味深なキャプション…
めちゃくちゃ自転車に愛があったのか…
241
発泡スチロールのおつかいにいきました!
ねこちゃんもっとじょうずにつくれるといいなっておもった なみなみはおもしろいからいいと思う 途中で増えてってたけど増やして正解
242
かのこ
上手 針金のひとでやっていけもう
一見何もない部屋 ちゃんとみるとちゃんといる
ぱっと見 空間に対して密度低いかなっておもったけどそんなことない
244
ダンス
6/2みた
居室ということもあって、とても個人的なもの、みちゃいけないものを見た気持ちになった
ぼろぼろと泣いてしまった
やってよかった
本当に
246
こうち
侵入してくるのを魚群にあらわすのはめちゃセンスが良い 水もいい 音、ちゃんとドアしめないと聞こえないくらいちいさい 隣からきこえてくる生活音とするとこれくらいだよね ドアしめないとわからないのすこし残念だけどこれ以上でかくすると雰囲気がなくなるか
248
フィルム写真の色合い 写真が上手
ヒッチハイクの話と宿舎の写真はかんけいあるのかな
ひらきょうまえポストの写真
合評会のとき、このポストつかってるひとみたことないっていってたけどわたしガンガン使っててわろた 待つ、っていうのはポストが待つのと、ヒッチハイクでひろってくれるひとを待つっていうことか
249
ちしゅりさんのへや げんきになる はじめてはいったとき思わずクスりとわらっちゃった かわいい いいな働いてても作品つくりたいな そんなことわたしにできるかな
2〜3階踊り場
ここに注目してほしい!っていうコンセプトはいい そういう作品がもっと増えてほしい コンセプトが作品に表象してない感じがするのはちと残念か
もっと数がたくさんあるといいのかな 大きいといいのかな 綺麗なのでシリーズ化してほしい
3階
3階ラウンジ
てるきさん
てるきさんのビデオテープのインスタレーションシリーズ
パフォーマンスでもビデオテープを使っていたし何かあるんだろう
記録された物体 もう記録が読まれることはなくて 集合していく 記憶の蓄積
307
ここに住んでた、というのは凄く良い そういう人きてほしかった (でもいなだの作品と場所かぶってしまったし、会場保安が大変なので今後なしかも
)ゴーストだから半透明の写真 もっとちゃんと壁にはりつくようにしないとちょいちょい落ちてる
3階物置
ハタチ
みんなハタチになったらハタチの作品作りたいよね
絵が独特な味
それぞれのハタチは実際に知っているハタチなのかな?妄想の人物なのかなぁ 実際の人物であってほしい
326
めちゃくちゃセンスがいい
そっち向いてるのすごいいい
みんな空間を埋めようとする中、これはめっちゃいい
彫刻も上手
匂いは、うちのお母さんはベビーパウダーかなって言ってた
327
りほちゃん
ずっといいにおいだなーとかおもってたけど最終日さすがに厳しくなってきたな
雰囲気がいい
女の子という感じ 私にはできない
いちごとミルクはセックスの暗喩でよく使われるよね
329
たくとくん
めちゃよ 毎日爆音で流れている
21-21かとおもった…コーネリアス感
設置音楽ってこういうこと
もっとチャンネルが増えたのみてみたい いろんなとこからいろんな向きで音が聞こえたい 圧倒されたい
ピアノがめちゃ好き
てか楽譜読めないってどういうことなん まじの天才なのか
332,333
タイトルの付け方がめそうっぽくてよい
332あんまりコンセプトわからないからちょっと、「ぽさ」みたいなので終わっている感はある
333はいい感じ 木炭でヒビを描いてる でも線が、描く人の線じゃないってわかっちゃう
写真もモノクロでかっこいい 写っているものはすごく生きてるもの でも部屋は死んでる
335
村上先生の講評の時説明がへたっぴすぎてちょっと引いた
ユーザーインターフェースがゼロだったし 説明の紙を置いたらあんがいみんな遊んでいるようで良かった
生物の方向に興味があるんだ わたしたちはプレイヤーじゃなくてただのセル 世界を構成するちっちゃいセル
338,339
黒いやつの方が人気らしいけどわたしは断然赤すき
いままでのしちみのやつでいちばんすき
机の上に置いてあるフック一体何だろう…
木材が曲がったりしてるのちょっと残念かも 写真補正たいへんだったし
どんどん密度をあげていって、物量がおおくなったのをみてみたい
341
女の子っぽいから、説明のパネルとかももっと女の子っぽくまとめたほうがいいのかなとおもった
作品的にデザイン専攻の子かと思ったらそうじゃなかった
ご自由にメイクをしてください、って普通に鑑賞者が自身の顔にするんだと思ってたら、なんか作品のシリコン製の顔にされているけど、いいのかこれで
鏡ひとつひとつにキャプションがついてて、鑑賞者自身の顔が作品ってことだとおもってた
あと作品がぽろぽろ落ちがち…強力な両面テープがこの世にはあるから使ってほしい
343
のぐちゃん
首吊りなのか 花嫁のヴェールみたいにもみえる
空間がまとまってていい 抜け感
能面とかそういうのにもみえる 表情がわからないかんじ
344
コンセプチュアル 良い
村上先生に「めそうっぽくないね、ちなみにめそうっぽいってどういうことだとおもう?」
ときかれてて、技術が先か、表現したいことが先か、という話をおぬきさんがされてた そうだと思う
鑑賞者が箱を元の場所にもどさないことに苦労していた
箱、なにがはいっているかわからない 本当はハイテクノロジーで加速度センサをつかってる
箱がもっと丁寧だといい 切りっぱなしじゃなくて ほんとに箱になってほしい
346
ちばさん
はくやき
かっこいい どうやってるんだろう 日本画の技法がこんなふうに落とし込まれているのかっこいい 現代風
あんまりここで展示する意味はないのか 窓とかから光が入って綺麗ではある
347
たまきさん
たまきさんってこういう作品作るんだ!かわいい
養生がたまに見えてるのがちと残念
くるくるでかわいい もっと物量おおいのもみてみたいかも
かわいい作品だけどタイトルが意味深で部屋の中で考えた
349
パンフレット部屋番号記載間違えてすみません…
よくみていた夢
綺麗な空間でまとまっていて、ここにずっといたい
白い石もすだれも夏っぽくてすき ドアあけてすぐそこだからもうすこし余裕あってもいいかも
壁面
いなだ
カリヨン、こんなん泣いてしまう みてると結構みんな立ち止まって見ていく
もう2度とあかりの灯ることがなかったはずの建物にあかりを灯して、それに気づいた人たちが立ち止まって見ていくの、めちゃくちゃ美しいことじゃないですか
住人たち 「居住者」として参加させていただいた コンセプトもめちゃ良だし良 配布物が全て整えられていて、もう全てひとりでできるのか…?なんだ…???
サザ
えざきさん
作品の上にQRコード貼らないでほしい
(6/3追記)めちゃファインの人みたいなこと言ってしまうんだけど、額縁の中の空間はやはり、神聖な空間ていうか、作品以外は存在してはいけないと思う
そう思うと9号棟はドアが額縁みたいなものと捉えうるかもしれない
ふるやまさん
正直いちばん不安だった 芸能人を勝手にモデルとして描いた絵は本当は展示できない(見ただけじゃ誰なのかわからないからOKとした
おかつ
コーヒーで絵 めちゃサザコーヒー店内に合わせているしありがとうという感じ こういうの技術がないと難しいな
0 notes
ama-gaeru · 6 years
Text
底抜け、底抜け、豚平ぺい⑥
【愛に、愛に、愛に落ちたんだよ、豚平】
※強い暴力、性暴力、差別的な表現を含みます。
 乾いた地面にポツリと空いたBB弾ほどの大きさの穴から、途切れることなく這い出してくる蟻のように、耕平の口から同じ言葉が繰り返し溢れていく。
「嘘だ」
 首を左右にフリフリ。
「嘘だ」
 左足を後ろに下げてフリフリ。
「嘘だ」
 右足を後ろに下げてフリフリ。
「嘘だ」
 目線はヒロ君から離せずにフリフリ。
「嘘だ」
 後ろに下がってフリフリ。
「嘘だ」
 耕平が幾らフリフリ後退しても、公園は全く遠ざからない。耕平が後ろに一歩下がれば、公園は一歩耕平に近付く。まるで動作の噛み合わないVR映像。耕平の三半規管はへべれけに酔いどれる。スポンジの上を歩いているかのように耕平はよろめく。倒れないようにするので精一杯だ。
 ヒロ君は耕平お気に入りのあのブランコを漕いでいる。
 彼の顔はトッピング具材オール乗せ乗せ増し増しピザに似ていたが、肉片が脂や血の糸を伸ばしながらゆっくりと肩や胸に落ちる様も、溶けたチーズに絡まったコーンが落ちる様によく似ていた。
 ヒロ君は煩わしそうにそれを手で払う。その所作には「この子はいいとこの子だな」と感じさせる優雅さがあった。生まれてからずっと両親や兄弟姉妹やその他周囲の人々に気にかけられ、愛を受けてきた子供だけが持つ気品だ。ここがイギリスなら彼はイートン校生。ニュー&リングウッドが地を打つ音はスノッブ、スノッブ。
「お前なんか、いるわけがないんだ!」
 叫んだ後で耕平はしまったと思ったが、取り返しはつかない。彼は、彼には見えていることをヒロ君に明かしてしまったのだ。
 ヒロ君は首をゆっくりと右に傾ける。
「いるわけないなら、いるわけないと言わないだろ? いるから、いるわけないって言うんだよ」
 ヒロ君はブランコからピョンと飛び降りる。カチョカバロチーズみたいに巾着型に膨らんで目を覆っていた瞼の肉が千切れて落ち、ヒロ君の目が現れる。耕平を見つめる。その目はフラッシュを焚き間違えた失敗写真のように、黒目の部分が赤く光っている。ヒロ君はものすごく怒っているのだと、耕平は悟る。
「いないんだ! いないんだ! 俺は頭がおかしい! 全部幻覚なんだ!」
 耕平は痛むへこみを抑えながら、ヒロ君に背中を向けて走り出す。だが、すぐにまた悲鳴をあげて足を止める。
 背を向けたはずの公園が目の前に広がっている。ヒロ君は耕平に向かって歩いてきている。
「存在しないものは、殺されたりしないんだよ、耕平君」
 ひっひっひー! と耕平は叫び、また性懲りも無く振り返って逃げようとするが、やはり振り返った先��も公園が広がっていて、ヒロ君はまた近づいてきているのだ。
「僕が死んだのなら、僕はいたってことになる。僕がいないのなら、僕は死んでないってことになる。君、そろそろどっちか選んでくれなきゃ。僕、いつまでもこうやって、いるかいないかの境界にいる気はないんだよ。飽きてきちゃったんだ。どっちかだよ、耕平君。君がこっちに来るか、僕らが行くかだ」
 耕平は泣きながら叫ぶ。
「なんなんだ! お前はなんなんだ! 誰なんだ! どうしてなんだよ!」
「僕は君の友達のヒロ君だよ」
「そんな奴はいないんだ!」
「僕がいない世界がいいのかい?」
 ヒロ君は右手の指を気取った仕草でパチンと鳴らす。
 するとたちまち、日が昇り、夜の公園は昼の公園になり、突然に、子供達が姿を表す。
 砂場で遊んでいる子供が、シーソーで遊んでいる子供が、噴水の周りで縄跳びをしている子供が、ベンチに座っている母親たちが、耕平を見つめている。
 ここは今の公園だ。
 あの殺人事件が起きた後、行政のお力によってクリーンに作り上げられた新生公園。もはや公衆便所の臭いのしない公園。
 母親の1人がスマートフォンを取り出して、こそこそとしゃべっているのが聞こえる。
「はい、はい、そうなんです。さっきから挙動不審な男の人が公園に。はい。そうなんです。いますぐパトカーで」云々。
「ほら、耕平君。逃げなくちゃ」
 ヒロ君は「駆け足、駆け足!」と耕平を急かした。それでもなお耕平が立ち尽くしていると、「わっ!」と叫んで耕平に向かって走り出した。耕平は絶叫し、走り出す。耕平の声に驚いた子供達が何人か悲鳴をあげ、母親たちが「みんな! こっちに集まって! すぐに警察がくるから!」と怒鳴る。
 耕平は走る。走る。
 真昼の住宅街を走る。
 シャツもジーンズもすぐに汗を吸って皮膚に張り付く。
 時折すれ違う通行人が「なんだあれ」という顔で耕平をチラ見する。
「恥ずかしいなぁ、耕平君。君、恥ずかしいよ。すっごい恥ずかしい。こんな状態でずっといるつもりなのかい?」
 電柱の側、路地の端、塀の横、垣根の裏に、ヒロ君は現れる。
「こんな状態で生きていくのかい? ヒロ君、もうおじさんなんだよ。もう十分わかってるだろう。自分がどういう人間なのか。もうわかってるんだろう。環境をどんなに変えても、君はどうにもならないって。もう君の頭にある膿は限界を迎えてるんだ。外に出すか、君の頭の中で破裂させるかのどっちかなんだよ。僕、外に出たいなぁ。外に出たいんだよ、耕平君」
 前方の郵便ポストの上にヒロ君が立っている。
「それが耕平君のためにもなるんだ。君の望みでもあるんだから」
 耕平が郵便ポストから精一杯距離をとって横を走り抜けた時、ヒロ君はまたパチンと指を鳴らした。
 急に昼が夜になる。
 耕平が走る長い直線の道から人々は消え、家からも灯りが消え、道を照らすのは消えかかっている街灯だけになる。ジジジジと音を立てて、街灯は点滅する。
「ほら、耕平君。止まってないで走って」
 すぐ真後ろから声がした。耕平は道を走り出す。声は真後ろに張り付いたまま離れない。
「これは一体なんなんだよ、なんなんだ! お前はなんなんだ!」
 耕平は息切れしながら走る。脇腹が引きちぎれそうに痛い。今にも足を止めそうになるが、すぐ後ろにヒロ君がいる。
「僕は、祈りがいのある神だよ」とヒロ君が言う。
「聞く耳を持つ神だ。君のことが大好きな神だ。君を愛している神だよ。祈る者の元に必ず訪れる神だ。ほら、他の神はみんな、大体いつも出かけているか、あるいは君のことがそもそもあんまり好きじゃないんだ。僕は君が好きだし、愛しているから、こうやってあちら側からきたんだよ」
 一番側にあった街灯の灯りが消え、耕平は闇に包まれる。闇の中でヒロ君の手が耕平の頭のへこみを突いた。ヒロ君の身長ではどうやっ���も届くはずがないのに。
「君はいつも祈ってた。『こんな世界いらない。誰かが壊してくれればいいのに』って。百貨店にレモン爆弾を置いて立ち去るように、黒柳徹子に破壊神になってもらいたがるように、いつもゴジラの降臨を願ってる。君の祈りはいつもあまりに一途で、あまりに熱っぽいから、僕は応えてあげることにしたんだよ。ほら、僕ってね、他のと違ってとても善良だし、ロマンチストなんだ。君みたいな子の祈りを聞くと、助けてあげたくなっちゃうんだよ」
「俺はこんなこと望んでない!」
 耕平は脇腹を抑えて走り出す。まだ前方に見えている灯りに向かって。
「何言ってるんだい。いつも望んでたじゃないか。何もしないで済むいいわけを。ご都合通りに動く世界を。ブランコを漕ぎながら、君はいつも祈ったろう。素晴らしい世界に行きたいって」
「祈りじゃない! 思っただけだ!」
「耕平君。君は何もわかっちゃないね。なにも十字を切って教会で膝をつくことだけが祈りじゃない。五円玉を木箱に投げ入れて手を叩くことだけが祈りじゃない。ブランコを毎日決まった時間に決まった時間で漕ぎながら、同じことを願うのは、それは立派なウェルメイドの魔法なんだよ。ねぇ、ロマンチックじゃないか? たった1人の願いが、祈りが、世界をぐちゃぐちゃにするんだ。なんて夢のある話だろうね」
「くるなよ! 来ないでくれ!」
「もう来ちゃってるんだよ、耕平君。ねぇ、君のお母さんが言った通りだってことにもうなってるんだよ。君には見えていないだけで、真実はいっぱいあるんだ。僕はブランコで君をレイプして、君は狂気を妊娠した。堕胎なんて絶対に許さない。僕の子だ。ものすごい子だよ。君からでてきて世界をぐちゃぐちゃにするんだ。ねぇ、そういうことにもうなってる。君がそれを望んでる」
「望んでない! 望んでない! 助けて! 誰か!」
「君は悪いものに執着されてズタズタにされて手遅れになりたい。君はゲームオーバーになりたい。君は大きなものに握りつぶされたい。君はものすごく悪くて怖くて強いものに破壊されたい。『あんなに悪くて怖くて強いもの相手じゃ、どうしょうもなかったよね』ってことにしたいんだよ。君はとってもエッチな子だね」
「助けてー! 助けて! 誰か! 誰でもいい! 助けて!」
 暗闇でヒロ君が指を鳴らす。全ての灯りが消える。
 何も見えなくなる。耕平は黒に塗りつぶされた世界を走る。残念なことに、彼は他に祈る相手を知らない。だっていつも、耕平は今はヒロ君と呼ばれている相手にしか祈ってこなかったから。
 他の祈りを知らない。他に神はいない。
「知ってるんだよ、耕平君。会社をクビになった時、君は、本当は最高に気持ちよかったんだ」
 闇の中で踏み出した耕平の足は、何も踏まなかった。
「ひっ!」
 闇の底が抜けたのだ。耕平は落下する。闇の中の、そのまた深い闇の中へと。
「願いを叶えてあげる。耕平君。何度でも叶えてあげるよ。君の祈りは僕を大きくする。強くする。怖くする。無敵にする。祈って、耕平君。『ああ、こんなに強くて、怖くて、悪いもの相手じゃ、世界が滅んでも仕方ないよね』って。祈ってよ。耕平君。だってもう、わかってるんだから。君、もうぐちゃぐちゃになるしかないんだからさ。そうしたいんだ。君は、そうしたくて、されたくて、たまらないんだよ」
 耕平は、ついに、その通りにする。
 闇の中を落下しながら、へこみの肉が破れ、そこから何かドロドロしたジャムのようなものが溢れ出してくるのを耕平は感じる。
 赤ん坊の泣き声が闇に響く。
「ほら、耕平君。僕らの強くて、怖くて、悪いものがたくさん生まれたよ。これからもたくさん、君は生み続けるよ。あとは強くて、怖くて、悪いものにまかせて、世界がスクランブルエッグみたいにぐちゃぐちゃになるのを、君はそこで見ていてよ。僕はちょっと外に出て、君の願いを叶えてくるよ。とてもロマンチックだろう? だって僕は、神のように君を愛してるから」
 耕平は落下し続ける。
 もうどうしょうもないということに、彼は泣きながら歓喜している。
 ありがとう! ありがとう! 俺はずっと、ずっと、こんな風になりたかったんだ! めちゃくちゃに、ぐちゃぐちゃになりたかったんだよ!
 どうやら、彼は狂ったのだ。
 パトカーが公園に到着した時にはすでに全て手遅れだった。
 後頭部から黒い血を流しながら公園に戻って来た耕平は、「変な人がいるから今日はみんなで帰りましょうね、集まって」と声をかけていた母親たちに向かって猛突進した。
 母親たちは悲鳴をあげて耕平を避け、耕平は地面にうつ伏せに倒れた。
 母親たちの何人かは自分の子供や、顔みしりの子供の名前を呼び、「走って人がいるところまで逃げなさい!」と命じ、何人かは自分の子供の手を引いて走り出した。そして残った何人かは(飛び抜けて責任感が強く、また、飛び抜けて危機管理能力が低い者たち)、倒れた耕平にじりじりと近寄り、「そのまま動かないで!」「少しでも立ち上がろうとしたり、逃げようとしたりしたら殴るからな!」と怒鳴った。
「スクランブルエッグみたいにぐちゃぐちゃにするんだ」
 母親たちは倒れた男の声に顔を強張らせた。
 声は耕平の後頭部にできた裂け目から聞こえてきたからだ。しかもその声は、小さな男の子の声だったのだ。
 彼女たちは無言のまま顔を見合わせた。その目は「今のは聞き間違いよね?」とお互いに確認する目だった。
 裂け目から流れる血がコポコポと泡立ち始める。最初はゆっくりと、やがて沸騰した湯のように激しく。
 母親たちは悲鳴をあげ、「もういいよ! 行きましょう! 警察がくるから!」と言って走り出した。
 誰か1人でもそこに残っていたのなら、耕平の裂け目から声の主人の小さな指が出てくるのを見れただろう。
 その10本の指が内側から裂け目を掴み、押し拡げるのも見れただろう。耕平の頭蓋骨がバキバキと割れていく音も聞こえたはずだ。
 十分に広がった裂け目から、子供の両腕がぬるりと肘まで出てくる。続いて頭が。子供は両手を地面につき、「よいしょ」と言って自分で自分の体を引っ張る。胸から腰まで一気に裂け目から抜け出す。腰まで外に出てしまえば、足を出すのは容易だった。
 その子供は、男の子は、ヒロ君は、足元に転がる耕平を見下ろす。ヒロ君のお臍から伸びた臍の緒は耕平の裂け目の中へと続いている。
 耕平はまだ生きている。これからも生きるだろう。少なくともヒロ君が耕平の願いを叶えるまでは。
 パトカーが到着し、警察官が2人、公園に駆け込んで来た。
 2人は血だらけで倒れている耕平と、耕平を見下ろしているやはり血だらけで全裸の男の子の後ろ姿を見て「君! 大丈夫かい!?」と叫んだ。
 ヒロ君が振り返り、そのピザった顔を見せると、警察官はより甲高い声で「おい、嘘だろ!」と叫んだ。
 ヒロ君は例のスノッブな仕草で首を傾げたあと、「嘘じゃなくなったんだよ」と言い、両手で指を鳴らした。
「もう、現実は全部、僕のものだ」
 
 そして、耕平の裂け目から、強くて、怖くて、悪いものが、闇の全てが、外側へと溢れ出した。
 
 
 よかったね、耕平。
前話
0 notes
asdaxx · 6 years
Text
c警官と乞食少年  お話はもとにもどって、黒衣の人形をしばりつけたアドバルーンが、世界劇場の塔から、とびさった、すぐあとのことです。怪獣のならんでいる塔の屋根から、ほそい黒いひもが、スーッとさがり、そのひもをつたって、ひとりの制服の警官が、劇場の屋上へ、おりてきました。  そこは塔のうしろがわなので、だれも見ているものはありません。それに、みんなアドバルーンに気をとられていたので、このふしぎな警官に注意するものは、ひとりもありませんでした。  警官は、いま、つたいおりた、ほそいひもを、手もとにたぐりよせると、それをまるめて、ポケットにおしこみ、屋上の出入り口から、劇場のなかへはいっていきました。  それから五分ほどのち、世界劇場の正面玄関から、さっきの制服警官が、大きなふろしきづつみをかかえて、出てきました。ふろしきのなかみは、なんだかわかりませんが、直径五十センチほどのまるくて、うすべったいものです。大きなおぼんのようなかたちです。  劇場の前のひろばには、まだおおぜいの人々が、むらがっていました。そのなかには警官の一隊も、まじっているのです。その警官のひとりが、いま、玄関から出てきた、ふしぎな警官に、声をかけました。 「きみはどこの署の人ですか。その大きな荷物は、なんです?」  すると、ふしぎな警官が、にこにこしながら、こたえました。 「ぼくは警視庁のものですよ。中村係長さんの命令で、しょうこ品を、持ってかえるのです。」 「みょうなかたちのものですね。それは、いったい、なんですか。」 「ぼくにもわかりませんよ。ふろしきに、つつんだまま、渡されたのです。係長さんは、なにか、お考えがあるのでしょう……。じゃあ、しっけいします。」  ふしぎな警官は、そう言いすてて、人ごみを、かきわけながら、どこかへ、立ちさってしまいました。  それから、また十分ほどのちのことです。中央ちゅうおう区の、とあるさびしい屋敷町を、さっきの、ふしぎな警官が、テクテクと、歩いていました。やっぱり、まるい大きな、ふろしきづつみを、こわきにかかえているのです。  街灯もまばらな暗い町です。両がわには大きな邸宅のコンクリート塀べいや、板塀や、こんもりした、いけがきなどが、つづいています。まだ日がくれたばかりなのに、人通りは、まったくありません。東京のまんなかに、こんなさびしい町があったのかと、あやしまれるほどです。  ふしぎな警官は、そのさびしい暗い町を、コツコツと、歩きながら、おもしろくてたまらない、というように、ニヤニヤ笑っていました。 「ウフフフ……、うまくいったぞ。われながら感心するほどだ。さっきのおまわりさん、中村係長にあったら、おれのことを報告するだろうな。係長のおったまげる顔が見えるようだ。係長はこんな荷物を、渡したおぼえはないんだからな。  しかし、四十面相が制服警官に化ばけて、逃げだしたなんて、まさか気がつくまい。四十面相はアドバルーンにのって、空をとんでいるはずじゃないか。フフフ……、アドバルーンにさがっていたのは、人形で、ほんものの四十面相は、警官になりすまして、こんなところを、歩いているなんて、どんな名探偵にだって、わかりっこないよ。」  ふしぎな警官は、ブツブツと、口のなかで、そんなことをつぶやいていました。  では、この警官は、じつは、怪人四十面相だったのでしょうか。そうです。これが、かれの大奇術なのです。みんながアドバルーンに気をとられているすきに、かれは絹糸のなわばしごで、塔の屋根からおり、劇場のなかを通って、玄関に出たのです。  警官の制服は、脱獄を用意しているあいだに、部下に命じて黒衣の人形といっしょに、塔上の怪獣のかげに、かくさせておいたものです。なんという用心ぶかさでしょう。脱獄して俳優に化けたあとで、まんいち、正体を見やぶられたときのことを、まえもって、ちゃんと考えておいたのです。そのときはアドバルーンを利用して、警官に化けてと、なにからなにまで、いちぶのすきもなく、用意してあったのです。  かれは、アドバルーンに人形をくくりつけ、つなをきりはなすと、てばやく、その警官服を身につけて、なにくわぬ顔で、むらがる群集と、警官隊の前にすがたをあらわしたのです。ゴヤール 財布 コピー  どろぼうが警官に化けるとは、なんという、きばつな思いつきでしょう。しかし、考えてみれば、これがいちばん安全なのです。警視庁と所轄警察署の警官が、いりまじっていて、おたがいに顔を知らないのですから、そこへ、まったく見おぼえのない警官があらわれても、だれも、うたがうものはないのです。  それにしても、警官に化けた四十面相が、こわきにかかえている、まるい荷物は、いったい、なんでしょうか。これは、世界劇場のなかから、持ってきたのにちがいありませんが、あのふろしきのなかには、なにが、つつんであるのでしょう。おそろしく用心ぶかい四十面相のことですから、これも、なにか危急のばあいの、奇術の種かもしれません。  ふしぎな警官は、まだニヤニヤ笑いながら、暗い町を、コツコツと、歩きつづけています。  ところが、よく見ると、その町を歩いているのは、四十面相だけでないことが、わかってきました。四十面相の二十メートルほどあとから、小さな人間が、すこしも足音をたてないで、こっそりと尾行しているではありませんか。  それはゾッとするほど、きたならしい、乞食の少年でした。かみの毛は、モジャモジャにのびて、目の上までたれさがっています。ジャンパーのようなものを着ているのですが、それがボロボロにやぶれ、ズボンも、すそがちぎれて、ひざっこぞうが見え、顔も手も足も、まっ黒によごれて、まるで黒んぼうのような少年です。クツもはかず、すあしに、わらぞうりをはいているのです。そうです。読者諸君が、お気づきになったとおり、これは少年名探偵、小林君の変装すがたでした。  世界劇場のまわりの大群集のなかで、たったひとり、アドバルーンのごまかしを、もしやと、うたがった人間がありました。それが小林少年だったのです。  ずっとまえに、明智探偵が手がけた事件で、犯人がアドバルーンにぶらさがって、逃げたことがあります。それをヘリコプターで追っかけると、犯人だとばかり思っていたのが、じつは人形であったことがわかりました。小林君は、明智探偵から、その話をきいていたものですから、アドバルーンが、とぶのを見ると、すぐそれを思いだしたのです。ゴヤール サンルイ  そこで、小林君は、おおいそぎで楽屋にとびこむと、顔や手足に、うす黒いえのぐをぬり、衣装部屋にあった、いちばんきたない服を、はさみでズタズタにきりさいて、身につけ、モジャモジャ頭のカツラをかぶって、劇場の屋上にのぼり、塔からおりてくるやつを、見はっていたのです。  また、小林君は、悪がしこい犯人が、警官に化けた事件に、たびたび、であっていましたので、ふしぎな警官のすがたを見ると、すぐに、それとさとりました。そして、尾行をはじめたのです。中村係長に知らせようとしたのですが、きゅうには見つからなかったので、ただひとりで尾行したのです。  暗い町は、どこまでも、つづいています。そのさびしい町を、コツコツと歩く四十面相のにせ警官、あとからコッソリつけていく、きたない乞食少年。じつに奇妙な光景です。  とつぜん、にせ警官が、立ちどまったかと思うと、すばやく、うしろをふりむきました。尾行に気づいたようです。  乞食少年はハッとして、おおいそぎで、そばのいけがきの下へ身をふせましたが、もう、まにあいません。さとられてしまったのです。  にせ警官は、いきなり、かけだしました。そして、むこうの四つかどを、まがるのが見えました。あいてにさとられたからには、もう、やぶれかぶれです。乞食少年も足音たかく、それを追いました。ところが、そのとき、またしても、じつにふしぎなことが、おこったのです。  小林君の乞食少年が、四つかどまでかけつけて、にせ警官のまがったほうを見ますと、そこには、まったく人かげがありませんでした。両がわには高いコンクリート塀がつづいて、まっすぐに、見とおせる町なのですが、にせ警官は、どこへ消えたのか、かげもかたちもありません。  両がわのコンクリート塀は、よじのぼるには高すぎます。地面には四十面相のとくいのかくれ場、マンホールもありません。むこうのまがりかどまでは百メートルもあり、いくら足がはやくても、そこをまがるような時間はなかったはずです。 赤いポスト  小林君は、やにわにかけだして、むこうの町かどまで行ってみました。しかし、どちらを見ても、人かげはありません。しかたがないので、また、もとのところまで、もどってきました。そして、そこに、つっ立ったまま、ながいあいだ、じっとしていました。ちょうど、ネコがネズミを見うしなったときのように、あたりを見まわしながら、息をころして、じっと考えていたのです。しかし、夜の屋敷町には、なんのかわったことも、おこりません。まるで、この世から、人間がいなくなってしまったように、シーンと、しずまりかえっているばかりです。  さすがの小林君も、とうとう、あきらめたようです。チェッと舌うちをして、肩をすぼめると、そのまま、もと来たほうへ、立ちさってしまいました。  小林君がいなくなって、しばらくのあいだは、なにごともおこりませんでした。町は、水の底のように、しずまりかえっていました。ところが、十分ほどたったかと思われるころ、じつに、なんともいえない、きみの悪いことが、はじまったのです。  その町かどのコンクリートの塀の前に、赤い郵便ポストが立っていました。遠くの街灯のひかりが、ボンヤリと、それをてらしています。その赤いポストが、しずかに、しずかに、ジリッ、ジリッと、まわっているのです。コンクリートでできたポストが、まるで生きもののように、からだをまわしていたのです。  ポストの上のほうに、手紙をいれる横に長い穴があります。そのまっ黒な穴のなかから、なにかキラッと、光るものが見えました。目です。人間のだか、動物のだかわかりませんが、二つの大きな目が、そこから、そとをのぞいているのです。ポストを、ジリッ、ジリッとまわしながら、その二つの目が、あたりを、くまなく見まわしているのです。  つぎには、もっと、きみの悪いことが、おこりました。  赤いポストが、まわるだけでなくて、横にうごきだしたのです。ゆっくり、ゆっくり、まるで虫がはうように、コンクリートの塀にそって動いているのです。そして、いつのまにか、もとの場所から十メートルもへだたったところへ、行っていました。ポストは生きているのです。生きて、歩きだしたのです。  ところが、そのつぎには、もっと、もっと、おそろしいことが、おこりました。ゴヤール コピー バッグ  ポストの下の石の台が、ユラユラと動いて、その下から、黒い手ぶくろをはめた、人間の手が二本、ニュッと出たのです。そして、その手が、石の台を、かるがると持ちあげたかと思うと、石の台も、赤いポストも、クルクルと、まきあがるように、上のほうへちぢんでゆくのです。みるみる、ポストの三分の一ほどが、地面から上のほうへもちあがり、その下から、ニューッと二本の足が、あらわれました。黒い警官のズボンとクツです。  ポストは、まだまだちぢんでゆきます。警官服の胸があらわれ、肩があらわれ、ついに顔まであらわれました。ああ、やっぱりそうでした。ポストの中にかくれていたのは、四十面相だったのです。四十面相の顔が、遠くの街灯のひかりをうけて、ニヤリと笑いました。  ポストは、四十面相の頭の上で、大きな赤いおぼんのように、ひらべったく、ちぢんでいました。コンクリートのポストが、そんなにちぢんでしまうなんて、いったい、どうしたしかけなのでしょう。  これは、四十面相の発明したかくれみのでした。そのポストは、たくさんのうすい金かねの輪を、かさねあわせてつくったもので、ちょうど手品師の持っているステッキのように、自由にのびたり、ちぢんだりするのです。のばせばポストの高さになり、ちぢめれば五センチほどのあつさの、大きなおぼんのようになってしまうのです。まあいってみれば、うすい金属でできた、ちょうちんのようなものだったのです。  それにポストと同じ赤いペンキがぬってあって、金属の輪のつぎめも、ひじょうに、うまくできているので、うすぐらい場所では、ほんもののポストとそっくりに見えたのです。  四十面相は、さっき、小林君に尾行されていると気づいたとき、町かどをまがると、かかえていたふろしきづつみを、おおいそぎでほどき、赤い、大きなおぼんのようなものを、頭の上にのせて、カチッと、とめがねをはずしたのです。すると、かさなりあっていた、うすい金属の輪が、サーッと下におりて、ポストのかたちになってしまいました。金の輪でできた石の台まで、ちゃんとついています。ふろしきをといてから、ポストのかたちができるまで、三十秒もかからなかったでしょう。  こうして、四十面相は、みごとに忍術を使いました。ポストというかくれみのの中にはいって、この世から、すがたを消してしまったのです。なんとまあ、きばつなかくれみのではありませんか。  その町かどには、もともと、ポストはなかったのです。しかし、小林君は、そんなことは知りません。いちども来たことのない町ですから、ほんとうのポストだと、思いこんでしまったのです。まさか、四十面相が、こんな、のびちぢみ自在のポストを、用意していようとは、いくら名探偵の小林君でも気がつくはずがありません。小林君は、このお化けポストに、まんまとだまされてしまったのです。  四十面相は、かくれみののポストを、五センチほどにちぢめてしまうと、ポケットに入れておいたふろしきで、もとのようにつつみました。大きなおぼんのかたちになったのです。  かれは、そのふろしきづつみを、ひとふり振って、ヒョイと、コンクリートの塀の中へ、投げこみました。そして、そのそばに立っていた電柱に、両手をかけたかとおもうと、まるでサルのように、スルスルとそれをのぼり、そこから塀の上にとびついて、そのまま、その大きな屋敷の中へ、すがたをかくしてしまいました。  四十面相は、そのあいだも、たえずニヤニヤ笑っていました。小林少年というチンピラ探偵に、まんまといっぱいくわせたのが、ゆかいでたまらなかったのです。  しかし、チンピラ探偵は、はたして、いっぱいくわされたのでしょうか。子どもながらも、明智探偵のだいじな弟子です。しかも、あいては、うらみかさなる怪人四十面相です。むざむざ、まけてしまうはずはありません。凶賊きょうぞくと少年探偵のたたかいは、いよいよ、これからなのです。  それにしても、四十面相は、このコンクリート塀の大邸宅に、しのびこんで、なにをするつもりでしょう。ただ、そこから、べつの町へぬけだして、逃げるだけのためだったのでしょうか。もっとほかに、大きなもくろみが、あったのではないでしょうか。 やみの中の少女  四十面相がコンクリート塀の中へ、消えたあと、町はまたシーンと、しずまりかえって、なんの動くものもありません。映画の回転が、とつぜん、ピッタリと、とまってしまったような感じです。  まちどおしい時間が、ノロノロとすぎて、やがて五分もたったころです。さっき四十面相の、にせポストが立っていた町かどの、こちらから、小さな人間のすがたが、ヒョイと、街灯のひかりの中にあらわれました。ボロボロの服を着た乞食少年です。  小林君は、立ちさったと見せかけて、町かどのこちらがわの、まっ暗なところに、かくれていたのです。そして、四十面相が塀の中へ、はいってしまっても、用心ぶかく、しばらく、ようすをうかがってから、あらわれたのです。  小林君はチョコチョコと、れいの電柱のところまで、走っていって、そこでまた、じっと耳をすましていましたが、やっと決心したように、電柱にとびつくと、スルスルと、それをのぼって、四十面相と同じように、コンクリート塀の上にまたがり、ヒラリと、中へとびおりました。  そこは、ひろい庭で、大きな木が林のように、ならんでいます。小林君は、もの音をたてぬように、気をつけながら、そのまっ黒な木の幹のあいだを、用心ぶかく、すすんでいきました。  どこからか、赤いひかりが、さしています。それを目あてに、あるいていきますと、やがて、林のようなところをぬけて、ひろい場所に出ました。  むこうに、洋館がヌーッと黒い巨人のように、そびえています。その一階の右のすみの窓が一つだけ、明かるく光っているのです。  小林君は、その窓のほうへ、歩きかけたのですが、とつぜん、ハッとして、立ちどまりました。すぐ横の、大きな木の下に、なにか動いているものがあったからです。  四十面相が、まちぶせしていたのでしょうか。いや、そうではありません。そこに立っていたのは、もっと小さな人間だったのです。小学校一年生ぐらいの、かわいい女の子だったのです。オカッパ頭の赤い色の洋服をきた女の子が、両手を目にあてて、シクシクと泣いていたのです。  そんな小さな女の子が、たったひとりで、まっ暗な庭に立っているなんて、ただごとではありません。どこか、近くにおとながいるのではないかと、しばらく、ようすを見ていましたが、どこにも、それらしいすがたは見えないのです。  小林君は、思いきって、女の子のそばにより、ソッと、その肩に手をのせました。すると、女の子はビクッとして、小林君を見あげましたが、乞食の少年のすがたを、こわがって、逃げだすかと思うと、逃げだすどころか、いきなり、おそろしいいきおいで、小林君にすがりついてきました。そして、小林君のからだを、だきしめるようにして、ブルブルふるえているではありませんか。 「どうしたの? きみ、ここのうちの子なの?」  小林君がささやき声でたずねますと、少女は、コックリとうなずいてみせました。 「どうして、こんなところに、いるの?」 「あたしこわいの。」  少女も、あたりをはばかるように、ささやき声で答えました。 「こわいって、なにがさ。」 「地下室にいるの。お化けがいるの。」  小林君は、いくらお化けがいるにしても、こんなまっ暗な庭のほうが、もっとこわいはずではないかと思いました。こわければ、おとうさんかおかあさんのところへ、行けばいいのにと思いました。 「きみのおとうさんは、おうちにいないの?」 「いないの。さがしても、いないの。」 「おかあさんは?」 「死んだの。もうせん、死んじゃったの。」 「女中さんは?」 「ばあやでしょう。ばあやは、おつかいに行ったの。」 「じゃあ、きみのうちは、おとうさんと、きみと、ばあやと、三人きりなの?」 「ウン。」 「すると、きみは、ひとりぼっちなんだね。」 「ウン。」  どうもへんです。こんな大きな洋館に、たった三人で住んでいるのでしょうか。しかも、おとなはふたりとも、どこかへ行ってしまって、小さな女の子を、ひとりぼっちにしておくなんて、なんというじゃけんな人たちでしょう。いったい、ここの主人というのは、なにをしている人でしょうか。 「きみのおとうさんは、どんな人なの? おつとめがあるの?」 「博士はかせなの。」 「エ、博士だって? じゃあ、学者なんだね。」 「そうよ、えらい博士なのよ。」 「なんの博士なの?」 「ご本の博士なの。ご本がどっさりあるの。」  少女には、それ以上のことは、わからないようです。 「きみ、いつから、この庭にいるの。」 「いまよ。いま逃げてきたのよ。」 「どこから?」 「地下室から。」 「きみのお部屋は、地下室にあるの?」 「ううん、あたしのお部屋は、あすこよ。」  少女は、たった一つ電灯のついている窓を、ゆびさしました。 「じゃあ、どうして地下室へ、いったの?」 「音がしたからよ。」 「で、地下室に、何がいたの?」 「お化けよ。お化けが三びきいるの。」  少女は、ふるえ声で答えて、もっとつよく、しがみついてきました。 金色の骸骨がいこつ  小林君は、少女にだきつかれながら、すばやく頭をはたらかせて考えました。  そのときまでは、少女のお化けというのは、四十面相のことかもしれないと、思っていたのですが、「三びき」だとすると、四十面相ではありません。では、さっき、ここへ、しのびこんだ四十面相は、いったい、どこにいるのでしょう。  もしかすると、このかわいらしい少女が、やっぱり四十面相のなかまで、小林君を、だまそうとしているのかもしれません。すると、四十面相も、庭の林のなかのどこかに、すがたをかくして、ふたりのようすを、うかがっているのではないでしょうか。  そう考えると、少女がかわいい、あどけない顔をしているだけに、いっそう、きみが悪くなってきました。 「あぶない、あぶない。うっかり、ゆだんはできないぞ。四十面相のやつは、じつに思いもよらないことを考えだす、魔術師だからな。」  小林君は、じゅうぶん心をひきしめて、あらためて、少女の顔を、しげしげとながめました。むこうの窓のひかりで、ボンヤリとしか見えませんが、見れば見るほど、むじゃきなかわいい顔です。こんな七つかそこいらの、小さな女の子が、悪人のまわしものだなんて、どうしても考えられないことです。 「その地下室って、どこなの? ふたりで、いっしょに、行ってみよう。」  小林君は、少女をためすように、言いました。 「こわくないの?」  少女は小林君の顔を、びっくりしたように、見あげるのです。 「こわいもんか。ぼくは、強いんだよ。お化けなんか、ひどいめに、あわせてやる。」 「ほんとう? 大きなお化けが、三びきもいるのよ。」 「三びきだろうが、五ひきだろうが、へいきだよ。さあ、行ってみよう。」  小林君は、むろん、お化けなんか信じません。きっと、その地下室には、なにかあやしいやつが、しのびこんでいるのに、ちがいないと考えたのです。  小林君の墨をぬった、まっ黒な顔や、ボロボロの服が、かえって、いかにも強そうに見えたのでしょう。少女は小林君といっしょになら、地下室へ行ってもよいと、考えたようです。ふたりは、手をひきあって、洋館にちかづいていきました。  少女のゆびさすドアをひらいて、中にはいり、少女のみちびくままに、暗い廊下をグルグルまわって、地下室の階段をおりました。  階段の上に、小さな電灯がついているだけで、地下室のせまい廊下は、まっ暗でしたが、少女は自分の家ですから、手さぐりでも、わかるのです。  階段をおりるころから、少女はまたブルブルふるえだしました。地下室にいる化けものが、よっぽどこわいのにちがいありません。しかし、あいてにさとられては、たいへんですから、小林君は少女の手をしっかりにぎり、息をころして、ネコのように音をたてないで、歩いていくのです。  すこし行くと、少女はピッタリ立ちどまりました。すぐ目の前に、たてにスーッと、ほそい、光ったすじが見えます。それはドアの板のすきまから、部屋の中のひかりがもれているのでした。  少女は小林君の手をひっぱって、そのすきまから、のぞいてみよという、身ぶりをしました。小林君は用心ぶかく腰をひくめて、そのすきまの、いちばんひろいところへ目をあてましたが、ちょっと、のぞいたかと思うと、ギョッとしたように、目をはなしました。  あまりへんなものが見えたので、じぶんの頭がどうかしたのではないかと、うたがったのです。  気をしずめて、もう一度、のぞいてみました。やっぱりそうです。そこには、まったく思いもよらない、へんてこなものがいたのです。少女が言ったとおり、それは三びきのお化けでした。  部屋のまんなかに、まるいテーブルがあって、その上に、ふるめかしい西洋のしょくだいに、三本のローソクが立って、赤いほのおが、ゆれていました。テーブルをとりまいて三つのイスがおかれ、そこに三人の怪物が腰かけているのです。それは、三つの骸骨がいこつが、手まねや身ぶりをしながら、ひくい声でなにかしきりと話しあっているのでした。  いったい、骸骨が生きた人間のように、動いたり、ものを言ったり、するなんて、そんなばかなことが、あるものでしょうか。小林君はいよいよ、自分の頭を、うたがわないではいられませんでした。おそろしい夢を見ているのか、それとも気でもちがったのかと、自分が、こわくなってきました。  こわいのを、がまんして、じっと見ていますと、もっとふしぎなことが、わかりました。その三つの骸骨は、金色をしていたのです。骸骨というものは、白いのがあたりまえですが、ここにいるのは金色の骸骨なのです。身うごきをするたびに、それがローソクの火にてらされて、純金のように、キラキラと光るのです。  ああ、地下室に、ひたいをあつめて、なにごとかささやきあう、三つの黄金の骸骨。これは、いったい、なにを意味するのでしょう。そこには、どんなおそろしい秘密が、かくされていたのでしょう。
0 notes