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経験豊富な性器
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窓をあけて
彼女は窓を見ていた。
窓のむこうには、いま彼女が背にするのと同じ白い壁があって、泉の写真と、カレンダーが貼られていた。泉は、森に囲まれて、晴れているのにしんと暗い印象があって、そんなところには行きたくないな、と彼女は思う。もっとひらけて、飛び込みたくなるくらい明るい……。
九月のカレンダー。
一面実った稲穂を、とんぼが赤く染めている。
彼女はそんな景色を実際に見たことはなかったから、これはいいな、と思った。けれどもし、それが九月に起きることであれば、やっぱり見には行けないし次の年にはもう忘れている。忘れていなくても、新潟とか、秋田とか、ぜんぜん違う土地なのかもしれないけれど、そういうところへ行くのはきっとむずかしい。
窓の中に、ひとが入ってくる。
彼女は喉の奥がぎゅっとしまって、いきおい咳き込みそうになるのをこらえる。彼女には許されないことがいくつかあって、その部屋を出ることだとか、ひとと触れ合うことだとか、画面越しとはいえ七日ぶりに会うそのひとに不安を与えることが彼女にはできない。
「奈緒」
彼女は呼ぶ。
「きたよ」
と奈緒が言う。タブレットのむこう、一階にある面会室で奈緒は手を振る。院内の、備品であるタブレットの機能がさほどすぐれていないためか、三階病棟の彼女に見えるサージカルマスクのふるえと聞こえる声にはわずかなレイテンシがあって、遠い、と彼女は思う。
違う世界にきたみたいだ。
「元気だよ」
彼女は言う。
「うん。元気そうだ」
奈緒はこたえる。
それから、彼女たちはたくさん話す。
大地の起伏により分かたれた支流が、ふたたびひとつの流れへ還ったそのときのように、多くのものごとがふたりのあいだに交わされる。
それだから、十五分はあまりに短い。
「あと一分だって。あーあ」
自分から、彼女は言う。
「あっという間だよな。加蓮」
奈緒は言う。
「誕生日、おめでとう」
彼女は笑ってこたえる。
「ありがと。おとといの私に言っとく」
「また、直接会って言うよ」
「うん。待ってる」
「それじゃあな」
「またね」
そう言って、奈緒が立ちあがると、彼女は悲鳴をあげそうになる。
喉の奥で、とげのある虫が蛹から孵って、巣立とうとするのを感じる。あがっていく酸素の流量を見ていて思ったことを、話したくなる。細くなった腕を、カーディガンで隠していたよと打ち明けたくなる。病衣の下の痩せた胸を、見てほしくなる。画面越しに見せられる表情をしっかり準備してきたことや、奈緒も同じに準備をしてきたんだと最初の声でわかってしまったことを、すべて、大声で、伝えたくなる。
あるいは軽薄な、ロマンス映画のヒロインみたいに、病室を飛び出し院内をひと息に駆け抜け奈緒の胸におもいきり飛び込んでしまいたくなる。
窓のむこう、扉の閉じる音がした。
次のひとのオンライン面会のために看護師がタブレットをはこんでいって、ひとりになると、彼女は咳をする。
一度だけ、小さく。
そのさみしさが、大切なものを守ったのだと、彼女に教える。
「おかえり」
と両親は、迎えの車に乗り込んだ彼女へ言う。
「はやいよ」
彼女は笑って、それから「ただいま」とこたえる。
そうして彼女は病院をあとにした。
区北部の総合病院から家まではけっこうな距離があって、車中で話すのははばかられたので、家族はしばらく黙ったままでいた。ラジオの伝えるニュースがよくないと思ったのか、父親が局を替えると、いかにも夏らしいポップ・ソングが車内にしずかに広がった。けれどたったの一週間で、季節はかわってしまっていて、窓の外はうっすら暗く、彼女はシートに畳んであったブランケットで身を包んだ。晴れやかな、日に映えるだろうブルーの店頭ポップや、海をあしらったのぼり旗なんかが次々過ぎていった。きっと、まだ誰も準備なんてできていなかったのだ。
彼女は前を見た。
バックシートから、両親の横顔を越して、フロントガラスのむこうに道は見えた。さきほどから、車が動いたり止まったりするのは、道がけっこう詰まっているからだった。走る。なめからに進むかと思えば、また止まる。みんな、家へ帰るのかもしれない。もしかして、どこかへ行くのかもしれない。それだから、道はこうして、どこにも続かないように見えるのかもしれなかった。
「窓をあけるね」
と彼女は言う。
そうして窓から顔を出して――両親はあぶないよといさめた――彼女は、前を見た。空がぱっと晴れるみたいに、それで景色ががらっと変わることはないけれど、道のずっと先のほうで車列の途切れるのを見た。
走れ。
彼女は思う。
――いけ。
飛行機とか、ロケットみたいな、……爆発的な……。
「ごめんね」と言って、彼女は車内へ戻る。窓は開いたままで、目を閉じた。眠れそうにはなかったから、家に着くまでのあいだ、夢で奈緒と話した。
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八掛うみ
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。∴☆ 。∴☆Sweetなdays~♪♪。∴☆ 。∴☆
・ ∧__(_○ ̄) ∴ ・
∴ / ヽ_)∴ .∴
. 士 > o < 士 ♪ ・
乂゙___゙メ・ ∴・
∴ ⊂/ ∞ (⊃・∴ ∴
☆ (⌒)―(⌒)(V)。。(V) 🥞🐾
🎨🎒∴ .・∴・∴ ミ( ∀ )ミ☆∴ .・∴・∴ ミ( ∀ )ミ☆🌈🍓
.₊̣̇. + 🌸 · .₊̣̇. 🍮 . · . + 🌻 · . + .₊̣̇. · ** .₊̣̇. + 🍓 · .₊̣̇. 🌈 . · . + 🍡
╭ ○◜◝ ͡ ◜◝ ͡ ◜◝ ͡ ͡ ○╮🌈 𝐋𝐚𝐥𝐚𝐥𝐚… ドキドキしてみたい★
❥ ҉ ༄ スパイスかけようよ❥ ҉ ༄
╰ ◟◞ ͜ ◟͜ ◟◞ ͜ ◞◞ ͜ ◞╯🌈 まだ遠い あなた★
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Fairytale
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あいびき
「おとなっぽい格好をしてきてくださいね」と言われたからそうしたのに、一軒目をあっさり断られたので笑うに笑えない。赤いちょうちんのある軒下で、楓さんは店員さんに頭を下げたり下げられたりしている。「すみません」とか「こちらこそ」とかくり返し言い合う影かたちを眺めていて、どちらも同じ、人間なんだと不思議に思う。
長いやり取りを終えて、楓さんは私を見る。「行きましょうか」と、明るい方へ導く。連れ添って歩きはじめると、もう一度、彼女は振り返って店員さんへおじぎをする。私も(なんとなく)それにならった。頭を上げて、再び歩き出すと引き戸が動く音がからからと聞こえた。なにしろ年が明けたばかりだった。あたりはあまりに静かで、丁寧さと思いやりをもって閉ざされた扉の音でさえ流れ星みたいに響いた。
突然、彼女が足を止める。「ごめんなさいね、加蓮ちゃん」と、その言葉に似合いのにこやかなほほえみを私に差し出す。「大丈夫だって、思ったんですけど」
「気にしてません」と引き換えるみたいに笑顔を差し出す。できるだけ同じトーン、少なくとも遜色がないくらいにはできていると思う。「むしろ入れなくて、ほっとしてるくらいです」
「素敵な場所ですよ」
「いえ、高校生だしアイドルなんで正直こわいです」
「ささやかな問題だと思いませんか?」
「まさか」
「残念……加蓮ちゃん、お店のあてはありますか?」
「ファミレスになりますよ。私の好きな店って夜はやってないかバー営業、ただでさえ新年ですし」
「ファミレスで一杯もいいですけど」そう言いながら、彼女はスマホを取り出してどこかへコールする。光る画面を耳におし当てるその寸前に「せっかくなので、二人きりがいいですよね」と言って、返事を待たずに話しはじめる。それはすぐにうまくいったみたいで、靖国通りまで出てやっと拾えたタクシーの車内で彼女は小さく鼻歌を歌った。
私は返事をしなかったし同意もしていなかったけれど、無関係に景色は流れる。四谷を過ぎてすぐ、市ヶ谷に差しかかると鼻歌は私の持ち歌になった。やけに明るいトーンで、お酒のにおいはしないけどこの人もう飲んできてるのかもしれない、そう疑い出したころ車は神楽坂の途中で停まる。テールランプが私たちを置き去りにすると、あたりに静寂が落ちる。鼻歌はもう、終わっている。
「では、行きましょう」
そう言って彼女が腕をからめた、と気付いた瞬間にはもうそれは剥がれている。私が剥がした。自分でしたとわからない、信じられないほどの速度で、静電気に打たれたりかみそりの刃で指先を切ったりした、そういうたぐいの反射だった。
「あら、しょんぼり」と彼女は言う。
「ごめんなさい」と私は答えた。
「こういうの、苦手でした?」
「いえ、いきなりだったので」
「そうですか」と笑って、彼女はそれ以上追いかけてこない。予想した次の言葉はこう。いきなりじゃなければ平気ですよね。私ならきっと、そう言う。私には、彼女の意図がわからなくなる。
ほどなく目的の場所に着いて、彼女が扉を開く。長細いサインライトみたいなマリンブルーの管でつくられた文字(『r』から始まる発音さえ定かじゃないそれは、きっと英語じゃない)を判読する間も与えず地下へ降りる彼女に、私はしたがった。階段は青と白の管で照らされていた。壁にちりばめられた塗料が光をはじいて、深海探査のようなおそろしさを感じさせた。遮音構造なのだろうか、石畳にあれほど高鳴った足音は少しも響かなかった。
彼女は一度も振り返らない。内扉を開くとバーカウンターにいる灰色の髪をした(いまいち年の掴めない)男性に手だけで合図をして、奥へ進んでいく。電球色の間接照明が照らす店内には数人、数組の先客がいて誰も私たちを見ない。二重の暗幕をくぐるとまた扉があって、それを開いてやっと彼女は「どうぞ」とだけ言った。
迷うことはなかった。そんな余裕もなく、見えないだけでそこにある無数の腕に突き飛ばされるみたいにして踏み込んだ。けれどその場所は、とても優しい。オレンジの照明には暖かさがあって、アイボリーカラーの壁面にある穏やかな凹凸に丸みを帯びた陰影を落としている。インテリアは極端に少なく、白と黒の革張りのソファがガラステーブルを挟むかたちで一脚ずつ並んでいるのと、コートハンガー、背の高い室内植え、ワインレッドのクッション、それくらい。
それと、テーブルの上で湯気をたてる湯のみが二つ。
「どちらがいいですか」と聞こえた。どっちでも、と言いかけて口をつぐむ。どっちでもいいわけがなかった。私は白いソファ(それは扉に近い)を選んで座ると、「意外とふわふわじゃない、っていうかそれなりですね」と答える。
「これくらいの方が、長時間でも疲れないものですよ」と彼女はコートを脱いだ。ついでにと私のコートやストールもハンガーにかけると、黒いソファに座って湯のみを傾ける。ほ、と息をして、「落ち着きませんか」と私に訊ねる。
「まあ、正直緊張してます」
「というか、警戒ですよね」
そう言ってやわらいだ彼女の表情には警戒をほどこうなんて気づかいはさらさらなくて、ただ、それはどこまでも美しい。私は突然、目の前の湯のみを掴んで中身をその顔にぶちまけたいという強迫的な衝動におそわれる。とどまっていられた、実際にそうせずにいられたのは、空想の彼女が少しも変わらずほほえんでいたからだった。
「前はふつうに喋ってくれたのに、私、さみしいです」
「……そうでしたっけ」
「覚えていますよ」
「じゃあ、タメ口でいいの?」
「まあ、嬉しい」
「冗談ですよ」
「あら残念」
「っていうか、ほんとに緊張してるんです。それだけ」
「そうですよね。逆だったら、私でもそうだと思います」
「楓さんが緊張って、イメージ湧きませんけど」
「そんなことありませんよ、ほら」
そう言って、彼女が広げて見せた手のひらに緊張らしいサインはかけらもない。ただそれは美しくて、これを好き勝手にできたら、高価格帯のオイルを思うまま使ってハンドマッサージをしたり、お気に入りのクリームでたっぷり時間をかけてケアできたらと思う。そうして、ベースから丁寧に家事の一つもできないくらい凝った、蝶やサンゴをモチーフにしたネイルを空想の指先に重ねる。
私は、「ぜんぜん普通じゃないですか」とだけ答える。
彼女はほほえんでメニューを広げると、「実はもう、飲みたくて限界で」と鎮痛薬にすがるみたいに言った。それで私が素直に笑うと、彼女は喜んだみたいに見えた。
ひとまず、とドリンクだけの注文を終えてやっと、私は「ここ、未成年平気なんですか」と訊ねた。
彼女は「平気、ではないですね」と答える。「ばれたら私もお店もおしまいです。もちろん加蓮ちゃんも、ああ、事務所もでしょうね」
「いやだめじゃないですか」
「だから大丈夫なんです」
「あの、意味わからないんですけど」
彼女はなぜか、楽しそうに笑う。私は理解できなくて、軽い苛立ちを感じる。気付いていないのか、いるのか、彼女はのんびりと続ける。
「芸能関係の方がよく使うんですよね、ここ。うちの事務所でも、内緒話なんかしたくてお世話になるひとが多いんです。で、私たちは落ち着いていてプライバシーの守られる場所をもらう。お店はその代わりに、たくさんお金を落としてもらう。つまり互いになくなったら困る、ええと……そう、信頼があるんです」
うまく説明できたと納得するみたいに両手を、ぱん、と合わせると、「だから加蓮ちゃんも内緒にして、それとじゃんじゃん頼んでくださいね」と彼女は言った。私が答えようとするとちょうど店員が部屋をノックして、白ワインとマスカットジュースを運んでくる。優雅に一礼して去ろうとする彼を呼び止めると、ミートソースチーズのフライドポテト(それはいつも食べてるのの十倍する)とマッシュルーム・トマトのカルツォーネ、それとマルゲリータピザをたて続けに注文する。今度こそ優雅に彼が去ると、楓さんが「私も、いただいていいですか?」と訊いた。
「どうぞ、でも私が払いますから」
「……もしかして、おこってますか?」
「全然。でも、ちょっと悔しくて」
「悔しい」
「憧れます。大人っていいなあって」
「そんなこと……いえ、お互いないものねだりですね」
「それ、そういうのずるいと思いますよ」
「そうですね。いいこと、たくさんありますよ。たとえばこれ、飲んでみますか?」
彼女はそう言って、「手酌が好きなんですよね」とつぶやきながらボトルからワインを注ぐ。ライブやイベントの中打ちで感じるような粒が粗くて鼻をつくのとはまるで違う、滑らかで心地よい空気が室内に広がっていく。グラスが私に近づくと、アルコールと果実を一糸ずつ細やかに織り上げたような香りがそっと心をひと撫でする。
「どうぞ」と彼女は言った。
「信頼は? どうしたんですか」
「誰も見てませんよ」
「私がいますけど」
「共犯です。ひとりじゃないって、いいですね」
「やっぱり大人ってよくないですか」
「そのとおりです」
そうして彼女がほほえむと、胸の内の小さな苛立ちはぱっと消える。代わりにその場所を埋めた軽い心地が、体を動かす。私はジュースグラスをワイングラスにぶつけると勝手に、彼女より先に口をつける。それだって、いつも飲むようなジュースの何倍もする。だけど同じ倍率でおいしいとか嬉しいとかそんなことはなくて、ただ、ワインを一口含んだ彼女が満たされたみたいに頬を緩ませると、わけのわからない幸せを舌に感じた。
わけのわからないものは、だいたい私にとって正しい。
私が「おいしい」と素直に口にすると、彼女も同じ瞬間、同じように「おいしい」と言った。その音程がひどくずれていて、むしろ計算され尽くした和音のように美しく響くと、私たちはやっと同じことに笑った。
*
「で、本題なんですけど」ひととおり料理が揃うと、ざっくり髪をまとめて彼女は切り出す。ボトルを手にするのはもう四度目で、その勢いもグラスに注がれるワインの量も減ることを知らない。「奈緒ちゃんと美優さんのことです。加蓮ちゃんはどう思いますか」
「仲良しだなあって思いますけど」私はピザをつまみながら答える。ちゃんと、所在なさげについてきたフォークは無視した。こういうのは、手で掴んで食べるのがマナーとして正しい。「いいじゃないですか、べつに」
「ぜんぜんよくないです」
「はあ」
「だって、私まだ連れていってもらってないんですよ」
「私は行きましたけど」
「ひどい」
「あはは、つい」
かわいい人だなあと思う。夢か、そうじゃなければ嘘みたいにきれいな目にうっすら涙さえ浮かべながら、またグラスにワインを足す。飲まなきゃやっていられない、そんな仕草がよりいっそう彼女を愛らしく映すと、私は黙ったまま感謝をする。誘ってくれてありがとうございます。あなたのこんな、だらしない姿が見れた私は幸せです。あなたでさえ人間であるということが、なんだか嬉しい。モナリザがハッピーセットを頼んでるのを見た、そんなかんじです。
「いただきます」
「どうぞどうぞ」
彼女はピザを、礼儀正しく指でつまむ。深いブレスをしてからの発声みたいにしっかりと口を開いて、食べる。するとチーズが、モッツァレラチーズの白い糸が細く長く彼女の口から伸びた。オイルで濡れてよごされた唇から垂れさがったそれは、うるんだ瞳やほの赤い頬のせいか獣がたらす唾液のように見えた。
一瞬のことだった。彼女が口もとをナプキンでしっかり拭うだけで、獣は姿を消した。
「ところで奈緒ちゃんとのセックスはどうですか」とピザを一カット食べ終えて彼女は言った。聞き間違えだと信じようとしているうちに「あれ、もしかしてしないんですか。ごめんなさい、私てっきり」とたて続けに言った。
「酔ってます?」と私はおそるおそる訊く。
「酔ってません!」と彼女は胸を張って答える。
「いや、酔ってますよね」
「わかりました、酔ってます。加蓮ちゃんはどうですか」
「しらふですけど」
「セックスのことです」
「やめませんかその話題」
「ガールズトークですよ。いいじゃないですか」
私は、今度こそぬるくなったお茶をひっかけて帰りたくなる。けれどその顔がもうどうしようもないほどかわいく見えるので、できない。
「私、憧れてたんです」どうするか、つまるところ繋ぐか手放すかを決めあぐねているうちに彼女は言う。視線をどこか遠く、きっとこの世界の誰も知らない場所へ向けながら、目で私を見ている。あいまいに。ただ、はっきりと。「私、加蓮ちゃんくらいのころそういう話のできる友達っていなくて、憧れなんです。今も、まだ」
「片桐さんとか高橋さんとかとしてください」
「加蓮ちゃんとしたいんです」
「なんでですか」
「だって私とおんなじ……」
「なにがですか」
「さみしいでしょう」と彼女がぽつりこぼした声が18ゲージ針のにぶさで心を貫くと、私は覚えず左ももの付け根をおさえた。水着になってもうまく隠れるそこには誰も知らない、奈緒と私だけが知っているあとがある。決して医療的ミスなんかじゃない、単に何度か埋めた針の一度ぶんがくっきりと残った、それだけのあと。奈緒としたセックスの十何回目か、はじめて昼ひなかの温かな光の内側でそれをしたときキスをくれて、涙を落としてくれた、そういうあと。
きれいだよと奈緒は言って、意味をくれた。その一回のセックスを台無しにした代わりに私の命へまた一つ永遠の火をともしてくれた。
「知ったみたいに言わないで、……くれませんか」と私は答える。かけがえのない贈り物をたくさんしまった、ふたりだけの宝石箱を覗かれたみたいな気分だった。今夜起きた、起きること全てがひっくり返ろうとしているとそのとき感じた。
けれど彼女はすぐに謝る。「ごめんなさい」と言って深々と頭を下げると、「嬉しくて、ちょっと……調子に乗ったみたいです」と続ける。ざっくり束ねてよれた髪とかぴんと跳ねたあほ毛とか、そういうものは燃え上がろうとしていた怒りを簡単にくすぶらせた。
かわいいものはずるい。それは万人の魔法だし、私にとっては特別、心の奥深くまで打ち込まれたくさびだ。子どものころ夢見たテレビの中のアイドルはみんな、みんなすごくかわいかった。
「こちらこそすみません、失礼だったと思います」
「ではお互いさまということで、仲直りのあーんを」
「しませんけど」
「うふふ、残念」
私たちはそれぞれフォークを掴んで、ナチュラルカットのフライドポテトを食べる。それはさっぱりした味わいのミートソース、チェダーチーズやミックスビーンズで彩られていて、うっすら冷めかけた今頃の方がおいしく感じられる。私はけっこう夢中になった。これのためだけにまた来たいなとか誰に連れてってもらおうとか考えていて、視線に気付くのは遅れた。それを待っていたように、「私の話は聞いてくれますか」と彼女は静かに言った。つがいをなくして真冬にささやく鳥のような声だった。
私はほとんどあわれに感じて、ちょっとだけ(本当に、ちょっとだけ)の興味もあって「まあ、聞くくらいなら」と答える。それでかがやく彼女の瞳、しっぽを振り出した仔犬みたいな表情をまた、かわいいなあとのんきに思う。
彼女は話しはじめる。
「美優さんはですね、含羞のひとなんです。がんしゅう、わかりますか? ええと、すごく恥ずかしがりやさんで、ほとんど私からするんです。ちゃんとキスから始めて、さりげなくお誘いします。気をつけて、ゆっくり心から開いていって体、心、体、そんなふうに織りあげないとうまくいかないんです。今みたいに私ばっかり酔ってるときなんて、最低ですね。美優さんはそれでも断ったり私をむげにしたりしてくれないので、ほんとに自己嫌悪です。もう二度と呑むもんかって思います。あの、笑うところですよ。
でも、ですね。あるんです。指で美優さんにさわったとき、うなじとか頬が多いんですけど、静電気みたいな感覚が走るんです。そしたら次がわかります。つながる。私のさわる場所と美優さんのさわってほしいところが同じになって、磁力、いえ、魔法みたいに引き合うんです。そうなると、もう何もかもがうまくいきます。ああ、肩胛骨のちょっとだけあるふくらみ、いちばん尖ってるところにさわるんだなあ、下着を外すんだなあ、内緒ですけどホックに指をかけたらいつも息を呑むんですよ、美優さん。それが、たまらなく愛しい。緊張してるのがわかるので、私は心から優しくしたいって思います。なのに、うまくできない。私の中には大きな、それはもう大きなけだものがいて抑えるのはほんとにたいへんです。気を抜くとあっという間に魔法が解けます。だから丁寧に、愛していますって言葉にしながらできるだけそんな気持ちが伝わるようにして背中から腰に」
私は「ちょっと待って」と言う。うっとりと、今まさに恋人を見つめていたみたいな目でまたたきをくり返して、「いやでしたか?」と彼女は言う。
私は答える。
「奈���はほんとに、もうじれったいくらい照れるの。最近はまだましになった方だけど、ぜんぜん。だから私が腰、っていうかそのちょっと下のまるい骨があるとこに触るとすごくびっくりするんだから。感じるとこだってのもわかるし、もう慣れてもいいじゃんって思うし、何よりかわいいの。私はそのとき震える体も心も、ぜんぶ愛しいって思う。やわらかくて、あったかくて、もうなんて言えばいいのかわかんない。とにかく、私はそこをたっぷり触ってから下着を外すんだけど、でも、そこで上着を脱がしちゃだめなの。そうしてから肋骨のあたり、ぜったいおっぱいに触らないようにして、ゆっくりゆっくり作りあげていくの。体も心も、奈緒だってそうしないと、ぐじゃってした結び目を解くみたいにしないとだめだし、私は、そうしてる時間が大好き。こんなに幸せでいいのって、いっつも誰か、何かに祈りたくなるみたいな気持ちになる」
彼女は、「まあ」と言う。突然のお祝いをもてあますみたいにグラスのわずかなワインをあおって(ボトルはとっくに空になっている)、唇をしめらせるとその話を続ける。
「わかります、本当にわかります。祈るみたいな気持ちです。美優さんの胸に触れるとき、私は特定の神様を信じているわけではないんですけど、ちゃんとこのひとが感じて、きもちよくなってくれますようにって祈ります。でも、美優さんはすごいんです。私がどう触っても、じらすみたいにしても突然ぎゅっとしても、こう、輪郭をそっとなぞっても、どうしたって私の思うまま感じてくれるんです。時々こわくなります。このひとは、もしかして私の欲望が造り上げたまぼろしなんじゃないかって、おそろしくてキスをしてしまいます。脚をからめたり指と指をつないだり、そうしないと続けられません。でも、そうすると声が入ってくるんです。あのひとの、あの声……」
私は答える。こんなこと言うべきじゃないと思いながら、また彼女の言葉を奪う。
「わかるよ、あの声。くぐもって湿ってる。熱くて、つらそうで、きれい。あんなにすごい音、この世にないって思う。でもね、奈緒って隠すの。恥ずかしいことなんて一つもないのに、手でこう、口をおさえるんだよ。私も躍起になるんだけどやっぱり力じゃぜんぜん勝てないから、もっと触るしかない。一つひとつ、丁寧に、唇もべろも使うけど歯は絶対にあてないとか、やだがどのやだなのか聞き分けるとか、ちゃんとすると奈緒もこたえてくれる。心も体も開いていってくれて、つながる。私は生きてて良かったって思う。大げさかも、でもたしかに人生を彩ってくれるの、奈緒とするセックスは」
「大げさなんかじゃないです。愛して愛されて、そんな幸せってないですよね。ねえ、加蓮ちゃん。隠す、って言ったじゃないですか。美優さんもそうなんです。しかも両腕、両腕ですよ。絶対に私から見えないように、目を覆うんです。でも私は、あの、いやになったら止めますからね。ええと、下を舐めながら見上げるのが好きなんです。そうしていると、腕がほどけていくのがわかります。少しずつ、うまく隠せなくなっていって、とうとう片腕がシーツを掴む。もう心の中で私は叫ぶんですけど、まだ続けます。それで、美優さんは両手をシーツにすると体をよじって隠そうとするんです。ほんとに、いじらしいですよね。私からはぜんぜん見えてて、たまに目が合うときなんてもう最高です。わかります、よね。きっと」
「もちろん。私は舐めるのが苦手、っていうかべろが固くてあんまりうまくできないから下は指でするのが多いんだけど、そういうとき見下ろすのが好きなの。奈緒も体をよじるタイプ、っていうかそう、がんしゅう。合ってる? まあいか、とにかく上から、絶対に逃がさないってかんじで見てる。一瞬だけ私を見上げたり、だんだん息が早くなってって、そのうち声も出なくなって唇をぎゅっと噛みしめるの。優しくしなきゃ、そう思ってもそのときになるともう無理で、たぶん私の中にもけものがいるんだね。楓さんと、おんなじ」
「そう、そうですよね。嬉しい、実は私、いきおいで喋っちゃいましたけどこんなこと誰にも話したことなくて、当たり前なんですけどね、ああ、お酒って怖い。ところでこれ、割ってもいいですか?」
そう言って、彼女はカルツォーネをさす。私が頷くと、フォークで二つに分けてくれる。「二人きり、ですから」と言ってすぐに指でつまむと、それを口に運んだ。その仕草を、咀嚼され尽くしたカルツォーネが喉をゆっくりと起伏させるまでじっと見つめて、私は彼女にならう。するとトマトのかたまりがガラステーブルに落ちて、まだ生あたたかい果肉がにぶく潰れた。赤い液体がわずかずつ流れる様子をしばらく眺めて、それがテーブルの際からこぼれそうになると、指でぬぐった。
*
「冷めても意外とおいしいものですよ」と彼女は言った。実際のところ、ほとんど常温のお茶はぜんぜんおいしくなくて、私はたっぷり時間をかけて飲み干す。喋りすぎたから、その温度だけは心地よく感じられた。
「奈緒と美優さん、どんなこと話してるんだろうね」と私は言う。
「私たちのこと、じゃないですか」
「こんなはなし、絶対しなそうだけど」
「わかりませんよ。お酒が入ると、美優さんすごいんですから」
「それって、そういう意味?」
「さあ、どういう意味でしょう」
そう言って彼女がほほえむと、世界さえ調子を揃えて笑った。とても愛らしくて、私には憎らしく感じられた。席を立った隙に会計を済まされたこととか、帰りのタクシーも手配してくれてたことが素直に悔しくて、「大人って、やっぱりずるい」とこぼした。
彼女はほほえみを崩さない。にこにこと、それこそ小さな子どもに接するみたいな表情のままテーブルから身を乗り出すと、私の髪をなでた。そうして、「ゆっくり、すてきな大人になってくださいね」と言った。
「あー悔しい、絶対そっちに行くから」
「楽しみにしてますよ」
「奈緒も連れて、目にもの見せてやるってかんじ」
「じゃあ私は、美優さんをはべらせて待ってます」
「へんな言葉」
「うふふ、一度使ってみたかったんです。それだけ」
そんなふうに過ごしているとノックの音がして、タクシーが着いたことを店員が知らせた。個室を離れ暗幕をくぐると、景色はまるで違って見えた。店内の客はすっかり入れ替わっていたし、照明は温かく、眠りたくなるくらい心地よい。着いたときには鳴っていなかった(気がする)音楽が、スピーカーから静かに流れていた。ピアノと男性の歌声、彼の声はひどいだみ声なのに、不思議とそれをきれいに感じた。
バーカウンターの、灰色をした髪の男性がちらりとこちらを見る。楓さんは彼にひらひらと手を振って、私は会釈をする。彼はつつましく、何も言わないかわりに口角をかすかに上げて応えた。
内扉を開くと、そうだ、深海探査のような色合いが出迎えた。私たちは浮上する。マリンスノーがうす暗く、ほんの一段先を行く彼女の背中にそそいでいる。サインライトは、『rendez-vous』という店名を記していた。あとで調べてみようと思いながら、私にはこれを忘れてしまうという確信があった。私は今夜眠ったならたくさんのことを覚えながら忘れていて、彼女とどんなふうに話せばいいのかわからなくなっている。だから丁寧に、失礼のないように声をかけると彼女もあたりまえに接する。その光景をぼんやり浮かべていると、強い風が吹き下ろした。少し体勢をくずしかけたところに、すかさず彼女は手を差しのべてくれる。正直ひどい酔っぱらいだと思っていたのに、その仕草があまりに俊敏で私はぼんやり受け入れるしかできない。彼女の腕が腰にまわされて、もちろんそれでときめいたりはしないけれど、そのときやっと、さみしいと素直に思えた。
「平気ですか」とたずねられて、あなたは、と訊き返しかけた。私が頷くと、それで納得したみたいに彼女は石畳へ踏み出した。私は追いかけた。
「冬ですね、ああさむい」と彼女は小さく言う。その言葉にとても似つかわしくない、ぴんと伸びた背すじを街灯とハザードランプが交互に照らしている。赤と白。それ以外に明かりは一切なかった。街は眠っていて、人々も、月や星もすべてどこかへ行ってしまったみたいだった。
「風が、ふゅーと……」彼女はそんなことを口ずさみながら、ビルの隙間に綴じられた景色を見上げている。長細い四角のかたちをした空を見つめる横顔が、たちのぼる吐息の煙が、くり返し色を変える。「ふゅーと……吹いて、ええと……」
そのとき何かが、強い直感や確信が私を貫いた。考える、意味をたしかめる間もなく体は動いていた。そういうことはいつも、私にとって正しかった。たとえば奈緒にはじめてキスしたときなんかがそう、命ごとゆだねるみたいに激しい衝動に従うとき、何かが壊れて私は何かから自由になる。
ハザードが点滅する、その一瞬で彼女を追い越すと助手席の窓をノックした。開かれた扉に腕ごと一万円札をつっこんで、「ごめんね、友達がもう一軒っていうからキャンセルさせて。これ、迷惑料ってことでいい?」と運転手の男性へ一方的に言った。おとなっぽい格好をしてきたから、きっとさまになった。
お札だけを乗せたタクシーは走り去って、あたりに極端な静寂を落とす。エンジン音や点滅するランプのせいで気付かなかったけれど、ここはとても静かだった。
「ってことなんだけど」と私は振り返って、スマホを取り出す。ぜんぜん少しの猶予も与えないままお母さんの名前、通話をタッチすると「口裏、合わせてよね」と言った。
そうして今日は泊まりになること、事務所の先輩の家に泊めてもらうことを告げると、ちょっと代わるねとスマホを差し出す。彼女はそれを受け取って、「加蓮ちゃんのお母様ですか。わたし、高垣と申します……」と話しはじめる。大人びて、慎みがあって、ばかばかしいくらいまともなその受け答えを聞いていると、不意にそのわきばらあたりをくすぐりたくなる。白い、スマートなラインをしていて手触りも良さそうなコートの上から、思い切り。
「それでは、加蓮ちゃんにお返ししますね」と差し返されたスマホを私は受け取る。失礼のないようにとか、あの高垣さんなのとかいう声を聞きながら、彼女を眺める。宙をふらふらさまよっていた手のひらが、やがてピースサインになると空に大きくかかげられる。私が同じかたちをつくると、ふたりで見上げた夜空でかすかに、いくつかの星がまたたいた。
通話を終えてまず、私たちは写真を撮った。サインライトの前で、それぞれのスマホで撮ったツーショットに『これから二次会』というトークを添えて、それぞれ恋人に送った。返信はないし既読もつかないので恋人たちはもう眠っていると早々に結論づけて、次の朝どんな返事がくるのか話しながら二軒目を探しはじめた。けれど時期も時間も、私たちの立場もあってそれはうまく見つからない。同じお店にまた入るのもなんだか、という意見を私たちは共有していて、それでしぜん彼女の家に行くことが決まった。夜風がなんだか心地いいので、飯田橋あたりまで歩いてタクシーを拾おうと話した。
私たちは坂をくだりはじめる。わざと靴音を高く鳴らしたり鼻歌を重ねたりして、それでも、決して腕をからめたり手をつないだりしない。ふたりで彼女の家に行って、心ゆくまで話したならそれぞれ眠る。私はやわらかなソファか、それとも彼女のベッドが、どちらにしても一緒に眠ることはない。そうして夢のような、浮遊する感覚のうちに目を覚ますとスマホには疑問だら��の返事が届いていて、私たちはそれを見せ合う。すると眠る前にあったことがすべて夢やまぼろしじゃないんだとわかって、寝起きの嗄れた声で笑う。そのとき、カーテンの隙間からそそぐ朝日がやけにささやかだと気付いて勢いよくそれを開くと、東京にこの年はじめて降る雪をふたりで眺める。
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