Dear M
今から三ヶ月前に同時に仕事や恋人を失った時に支えてくれたのは、Tumblrで知り合ってかれこれ五年話していた愛奈だった。
その愛奈に先日会うことが出来た。
ここに書こうとは思ってなかったけれど、愛奈が望んだので綴っておく。
降りるはずのインターを一つ過ぎて愛奈に連絡した。
アパート近くの変な名前のラーメン屋が待ち合わせ場所だった。
カーナビの到着予定時刻は約束より五分過ぎた時間。
愛奈の顔を見たのは今から五年前くらいか。まだ十代だった。そのイメージだけが頭にあってどんな女性なっているのか見当もつかなかった。
長閑な農道の中にあるセブンイレブンで気を落ち着けるために緑茶を買った。
マウスウォッシュで口をすすぎ、お気に入りのナイルの庭を首筋や足首につけた。
約束の場所に到着してすぐにLINEを送った。すぐに今から向かうと連絡があった。
間もなく道路の向こう側からスラリとした女性が歩いてきた。白いニットに黒のスカート。肩まで伸びた黒い髪。すぐに愛奈とわかった。
運転席に座ったまま、どうしていいかわからなくなった。どんな言葉をかけたらいいのか、どんな表情をしたらいいのか。
とりあえず降りることにして運転席のドアを開けたタイミングで愛奈が助手席のドアを開けてあららとなった。
愛奈と向き合い顔を見た。昔見た写真とは随分と変わり、大人の女性になっている。例えるなら吉高由里子や和久井映見、笑うとYUIや橋本愛に似た雰囲気で和服が似合いそうだという印象を受けた。
この辺りは何を話したのか記憶にないが、地元の名産や実家で作った米、お守りなんかを渡した。そのお土産があまりにも多かったからアパートの近くで待ち合わせていた。
荷物を置きに一度部屋へ戻る愛奈の後ろ姿を見ながら素敵な人になったなとしみじみした。
車で繁華街へ向かう。夜市があってそこに行こうと約束していた。
車内では昨日の飲み会の話を聞いて青春だななんて羨ましくなった。愛奈は大学生だ。
「電話で聞くのと声若干違う」
「確かに」
助手席側の窓から西陽が射し込む。
「いい時間ですね」
「そうだね、着いたらちょうど薄暮でお酒が美味しいんじゃないかな」
緊張していた。助手席に座る愛奈の横顔をほとんど見れなかったのを今では後悔している。それとカーオーディオから流れる曲がたまたまTaylorSwiftの「DearJohn」とかバラードばかりだったのがちょっと恥ずかしかった。
俺が泊まるホテルにチェックインしてから夜市へ向かった。川沿いの道を愛奈と歩く。
「この街を歩くのは初めてですか?」
「そうだな、中学生の時に歩いて以来だから十五年くらいぶり」
「そっか研修で来たって言ってましたね」
「いい街だね。住みたいくらい」
「私ももっと住んでてもいいかなって思う」
マンションの間をすり抜けていくと目の前に夜市の旗が掲げられていて、大勢の人で賑わっていた。
「まずは食べたい物に目星つけて端まで歩こうか」
「途中でビール買いましょ」
「いいね」
焼鳥、海鮮焼き、日本酒、スイーツなど様々な店が並んでいる。人は多いが決して歩けないわけじゃない。
「彼に夜市行くって言ったらいいなって言ってました」
「今度連れてきたらいいよ」
「でも彼人混み苦手なんですよね」
「それじゃあダメか」
「そういう私も苦手なんですけどね」
「俺も得意ではないな」
ビールを売ってる店を見つけて並ぶ。
ふんわりした泡が美味しそうな生ビールだ。
生憎座る場所が空いてなかったので立って乾杯した。
「はじめまして」
「はじめまして」
二口で半分くらいまで飲んだ俺を見て愛奈は笑っていた。好きな銘柄ではなかったけれどここ何年かで一番美味しい生ビールだった。
色々と歩いて海鮮焼きを買って食べることにした。
何となく愛奈の前を歩いたのは横に並んで歩くのが照れくさかったのと、俺が横にいることで愛奈の価値が落ちてしまうじゃないかと思ったからだ。それくらい愛奈の姿は美しさとミステリアスさがあって、もし知らない間柄でどこか別の街ですれ違っていたらきっと振り返ってその後ろ姿を目で追ってしまっただろう。
親子連れの横の席がちょうど空いており、了承を得て座った。
Tumblrの人の話なんかをして海鮮焼きを食べる。
イカ焼きに苦戦してタレを服にこぼしそうになる愛奈を心配なようなちょっと可笑しいような気持ちで見ていた。
「ビールもう一杯飲んだら帰ります」
「えっ?」
虚をつかれたような気持ちになった。
「そう言わずにどこかお店行こうよ」
「週報書かなきゃいけなくて…」
「まあな、今朝まで友達と飲んでたんだもんね」
無理矢理そう納得させる。
何か嫌なことでもしていたのだろうか。もしくは俺のルックスやら���ァッションが想像と違っていたから早く帰りたいのかとも考え、次のビールを買いに行った愛奈の背中を見ながら天を仰いだ。
ビールを飲みながら残っていたホタテを食べた。手がタレだらけになっているのを見て愛奈がハンカチを渡してきた。
「いいよ、せっかくのハンカチが汚れる」
「裏側ならいいですよ。見えないし」
「なんかごめんな」
お言葉に甘えて手を拭いた。十一匹のねこの刺繍があった。
「かわいいね」
「お気に入りです。書店で買ったんですよ」
ハンカチを返す。
「口にもついてます」
そう言うとそのハンカチで俺の口の横を拭った。
ほんの数秒の出来事なのにその瞬間は鮮明に残っている。
「なんか子供みたいだな。かっこ悪いね」
「男の人はいつまでも子供ですから」
愛奈の底知れぬ母性は本当に罪だ。年甲斐無く甘えてしまいたくなる。かれこれ五年も話しているからどんなバイトをしてどんな男と交際しているのかほとんど知っている。だから同い年の女の子達とは一線を画すくらい魅力的な人になったんだな。
夜市を後にする。空は確実に夜に近づいているがまだ青が見えている。
駅の方向に向かいながら二人してト��レに行きたくなり場所を探した。
「この街のトイレなら任せてください」
そう言う愛奈の後ろをついて行った。
二人とも限界に近づいていたから小走りでテナントが多数入る建物に入った。
終わるとお土産コーナーを見ながらコンビニに入った。
玄米茶と愛奈が吸ってる赤いマルボロを買った。
「そこの角で吸いましょう」
「そうしよか」
玄米茶を一口飲んでアメリカンスピリットに火を点ける。愛奈はライターを持っていなかったのでその後に俺が点けた。
「今日はありがとう」
「こちらこそたくさん貰ってしまって」
「いいんだよ。命の恩人なんだから」
「いやいや」
「これで思い残す事はない。いつ死んでもいい」
「そんな事言わないで。悲しい」
「最近思うんだ。生きてる価値あるのかなってさ」
「じゃあ飲みながら人生語りましょ」
愛奈の言葉に驚く。
「帰らなくていいの?」
「いいです。お話しましょ」
なんか泣き落とししたみたいでかっこ悪いなと思った。愛奈の時間を奪っていくみたいで罪悪感も湧いた。でもそれを超えるくらい愛奈ともっと飲みたい話したいというエゴがあった。
「そうか。ありがとう。愛奈ちゃんと一緒に行きたい店があるんだ」
「どこですか?」
「バーなんだけどさ」
「バーあまり行ったことないから行きましょ」
煙草を吸いながらバーを目指す。
途中で車に轢かれそうになると腕を引っ張ってくれた。
「いいんだよ、俺なんか轢かれたって」
「ダメですよ。死んだら悲しいですから死なないで」
「でもさ、よく思うんだよね。交通事故なら賠償金とかでお金残せるしさ」
「それは私も思うときあります」
そんな話をしていたら店についた。
俺が持っていた玄米茶を愛奈が自分の鞄に入れてくれた。
明るめな店内のカウンターに横並びで座る。
愛奈はモヒート、俺はモスコミュールをオーダーして乾杯。
「私、親の老後見たくないんです」
「そうなんだ」
「前に言いましたっけ?産まなきゃよかったって言われた事」
「うん、覚えているよ。それならそう思うのも不思議じゃない」
「計画性ないんですうちの親。お金無いのに産んで。三人も。それでたくさん奨学金背負わせるなんて親としてどうかなって思うんです」
「そう思うのは自然だな」
「だから私、子供産みたくない。苦労させたり嫌な気持ちにさせたくないから」
「でも愛奈ちゃんはそうさせないと思うけどな」
「育てられる自信ないです」
「そっか。でもそう思うのは愛奈ちゃんの人生を振り返ってみたら自然だよ。それでいいと思うし、理解してくれる人はたくさんいるよ」
「結婚しないと思いますよ」
「それはわからないよ。これからさ、その気持ちを超える人が出てくるかもしれないし」
モスコミュールを飲み干した。
もし自分が同じことを親から言われたとしたらと思う怖くなった。そんな中で愛奈は自分の力でそれを乗り越えて立派に生きている。愛奈を抱きしめたくなった。ただただ抱きしめてもう大丈夫だって言いたかった。
愛奈からマルボロを一本もらう。久々に吸った赤マルは苦みが程々で後味が美味かった。そこで知ったのは赤マルは二種類あって、俺が渡したのはタールが高い方で、愛奈は普段低い方を吸っているらしい。
「あの棚の右から二番目のお酒知ってます?」
「知らないな」
「友達が好きで美味しいらしい」
「読んでみよか」
スコッチだった。
ソーダ割りで飲むと中々美味しかったけれど、元々カクテル用のウイスキーとして作られただけあって、もうワンパンチ欲しい味だった。
三杯目は俺はヨコハマというカクテル、愛奈は和梨のダイキリをオーダーした。
「俺もさ、親を看取らなきゃいけないプレッシャーがあって辛いんだ」
「一人っ子ですもんね」
「出来た親でさ。ほとんどのことを叶えてくれた」
「すごいですね」
「ほんとすごい人だよ。だから期待に応えなきゃって思うとさ。色々しんどくなるんだ」
ヨコハマを一口飲む。ウオッカとジンの二つを混ぜるカクテルだからぐっとくる。愛奈に一口飲ませると「酒って感じです」と感想を述べた。茹で落花生がメニューにあったのでオーダーする。愛奈は食感が苦手だったようだ。愛奈はダイキリについてきた梨を一口食べ俺にくれた。甘くて美味い梨だった。次にオーダーしたのは愛奈はシャインマスカットを使ったウオッカマティーニ。俺はサイドカー。
「ゴリラいるじゃないですか」
「実習先の人ね」
「ほんといいなって思う。優しいし人のこと良く見てるしたくさん食べるし」
「既婚者じゃ無きゃね」
「そうなの。でも奥さん可愛かった」
「たぶん可愛いだろうな」
「一緒にいれはいるほどいいなって気持ち強くなる」
「叶うとか叶わないとかそんな事はどうでもいいから今の時間楽しめたらいいね」
「頑張ります。お局怖いけど。でも最近機嫌いいからいいや」
シャインマスカット一粒を俺に寄越す。繊維質の食べ物があまり好きではないらしい。サイドカーを飲ませると美味しいと言った。
「サイドカーに犬って映画知ってる?」
「知らないです」
「すごくいい映画だよ。小説原作なんだけれど」
愛奈がスマホをいじる。
「Huluで見れるんだ」
「そうなんだ。便利やな」
「今度見よう」
その後は愛奈の好きな小説の話をした。加藤千恵って読んだことなかったなと思いながら話を聞いていた。
「次なんだけどさ」
「はい」
「ピアノがあるバーに行きたいんだ」
「行きましょ。その後ラーメン食べて帰るんだ」
「いいね、そうしよう」
店を出てると少しだけ肌寒くなっていた。
ピアノのあるバーに向かって歩いていく。
「バーに入るの初めてでした」
「そうなんだ。前の彼とは来なかったの?」
「入るのに緊張するとこには行かなかったんです」
「最初は緊張するもんな。慣れればいいんだけど」
「あっちの方にあるビストロにもやっと入ったくらいだから」
「そうなんだ。でもいいもんでしょ」
「すごくよかったです」
「そうだ」
「どうしました?」
財布から千円札を数枚出して愛奈に渡した。
「タクシー代、忘れないうちに渡しておくよ」
「えっ、いらないですよ」
「遅くまで付き合わせてしまったし」
「いいですって」
「いや、受け取って。今日は本当にありがとうね」
愛奈のポケットに押し込んだ。
「すみません。ありがとうございます」
「ほんと愛奈ちゃんには救われっぱなしだよ。だからこれくらいはさせてよ」
そうこうしてるとピアノバーの前についた。
少しだけ緊張したが意を決して入る。
店内は混雑していたが運良くピアノが横にある席に座れた。さっきまでは横に座っていた愛奈と向かい合わせで座った。目を合わせるのが照れくさくなるなと思った。
「リクエストしてもいいみたいだよ」
「えー、いいな。弾いてもらいたい」
「何かあるの?」
「一時期、月光にハマってて」
「いいね」
「でも何楽章か忘れちゃった。ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいよ」
愛奈がイヤホンを繋げて聞いている。
その間に俺は「Desperado」をリクエストした。
「一でした」
「そっか、次に言っておくよ」
Desperadoが流れる。
愛奈も知っていたみたいで俺が勧めたピニャコラーダを飲みながら聞いている。柔らかくて優しい表情が美しく貴かった。
「これはさ恋愛の曲っぽいけどポーカーで負けた曲なんだ」
「えー」
愛奈が笑う。
次にピアニストの方に愛奈のリクエストを伝えた。
始まると今にも泣きそうなくらいに感動している愛奈がそこにいた。スマホを向けてその時間を記録している。その時の顔は少女のよう、昔見た愛奈の写真に少し似ていた。
お酒が進んでいく。
カウンター席のおじさまがビリー・ジョエルをリクエストしている。ストレンジャーやHONESTYが流れている。
会話は愛奈の男友達の瀬名くんの話題に。
「今度ドライブに連れてってくれるんですよ」
「ロードスターに乗ってるみたい」
「オープンカーか。この時期はまだ気持ちいいね」
「天気の良い日見ておくねって」
「いい子やね。その子と付き合っちゃえば?」
「でもね、絶対彼女いるんですよ。いつも濁してくるけど」
「そっか」
「沼っちゃう男子ですよね」
「じゃあさ、俺と付き合って」
「仮にも彼氏いるんですよ」
「冗談だよ。俺は君に似合わない」
もっと若くて横浜流星みたいなルックスで何か才能があって自分に自信があったらもっとアピールしたかもしれない。そう、愛奈に合うのはそれくらい優れている人で、愛奈を大切に包み込むことが出来る余裕がある人に違いないからだ。
「あの曲聴きたい」
「なに?」
「秒速の曲」
「One More Time?」
「それ!」
「じゃあ頼んでおくよ」
ピアニストの方にお願いするとすぐに弾いてくれた。愛奈は感激してこのときは本当にその強い眼差しが少し濡れていたように見えた。
タバコに火を点ける。愛奈をちらちらと見ながら吸うタバコはいつもより目に染みる。
ダービーフィズを一口飲む。久々に飲んだがやはり美味しい。
「すごく嬉しかった」
「よかったよ」
最後の酒に選んだのは愛奈はシシリアンキス、俺はXYG。
そのオーダーを聞いていたピアニストの方はGet Wildを弾いてくれて俺は笑った。
「これさ、シティハンターで出てくるんだよ」
愛奈はもちろん知らなかった。男の子の映画だからね。
「ボズ・スキャッグス弾いてほしいんですけど」
近くの席の女性が弾いているピアニストに声をかけたがちょっと待ってと制止された。女性がトイレに入った間に俺はこの隙にと一曲リクエストした。
愛の讃歌。
愛奈も知っていた。
タバコも吸わず、氷だけになった酒で口を濡らし、聞いていた。少しだけ目頭が熱くなった。
曲が終わるとお酒が届く。
「渋いお酒飲まれますね。さっきのダービーフィズとか」
マスターから声をかけられた。ダービーフィズの泡がいいよねと話した。
ピアニストにさっきの女性が話しかけている。
「ボズ・スキャッグスをお願いします」
「曲はなにがいいですか?」
「曲名がわからなくて…」
「それならウィー・アー・オール・アローンを聞きたいです」
俺が言った。すると二人ともそれがいいとなって弾いてくれた。
訳詞には二つの解釈がある。
僕ら二人だけ。なのか、僕らはみな一人なのか。
今だけは前者でいさせてほしいと思った。
「ピアニストの人が弾いてて気持ちいい曲ってなんなんだろう」
愛奈が言う。
「確かに気になるね。聞いてみるよ」
ピアニストの方に聞く。
「その時で変わります。上手くできたなって思えば気持ちいいですから」
なるほどなと二人で頷いた。
最後のリクエストに「ザ・ローズ」をお願いした。
ピアニストの方も好きな曲らしい。
「気持ちよく弾けるように頑張りますよ」
この曲は愛奈も知っていた。
オールディーズの有名な曲だ。
気持ちよさそうに弾くピアニストと聴き惚れる愛奈を見ながら最後の一口を飲み干した。
後半はあまり愛奈と話をした記憶がない。二人ともピアノの音色に癒やされながら静かに酒を飲み、少しだけぽつりぽつりと会話をする。そんな落ち着いたやり取りが出来る関係っていいなと思った。
会計をする。
お釣りを全て、といっても少額だがピアニストの方に渡してもらった。
財布の中身が増えている気がした。
愛奈に聞くと何もしてないらしい。
「きっと財布の中でお金が生まれたんですよ」
そういうことにしてピアノバーを出た。出る直前に流れていた曲はドライフラワーでちょっとだけ不釣り合いで笑えた。
愛奈がラーメン屋を案内してくれるが場所が少し分かりにくくて何とかたどり着いた。
ビールを少し飲みながら餃子を食べているとラーメンが届いた。
二人して黙々と食べた。美味かった。
「大盛りにしてもよかった」
「私もう食べられないからあげますよ」
愛奈が麺をくれた。それを全て食べてビールを飲み干す。
二人で一頻り飲んだあとに餃子をつまみながらビールを飲み、ラーメンを一緒に食べてくれる女性は出会った事なかったかもしれない。
会計前にトイレに行きたくなって財布とカードを愛奈に渡して払っておいてほしいとお願いした。
戻るとテーブルに忘れていた眼鏡を俺に渡しながら
「使い方わからなくて自分で払っちゃいました」
「えっ、ああ、ごめん。現金渡すよ」
「いらないですよ。たくさんご馳走になったんでこれくらいはさせてください」
何度かやり取りしたが甘えることにした。
愛奈には甘えてばっかりだ。
店を出て大通りに向かう。
タクシーをつかまえようと。すぐにつかまった。
「このタクシー割引使えるんですよ」
「ありがとうね、また会おう」
「はい!」
タクシーを見送った。夜の大通りをすーっと去っていった。
ホテルへの帰り道。コンビニでお茶と赤マルを買った。久々に吸って美味しかったからだ。お茶は愛奈の鞄に預けたまま忘れていた。
赤マルに火を点ける。
やたらと煙が目にしみる。夜空を見上げたら明るい繁華街にも関わらずいくつか星が見えた。
生きていてよかった。
それくらい楽しくて美しい夜だった。
また愛奈に会いたいと思った。次はいつ会えるだろう。そんな事を考えながらホテルのベッドに倒れ込む。
「死んだら悲しいですから死なないで」
今日何度か言われた愛奈の言葉がリフレインしている。
本当に素敵な人だ。あんなに幼くてどうしようもない人と恋に落ちてたのに上手に成長した。
あんなに気遣いできて疲れないのかなって思う。
少し心配だ。
愛奈を写した写真を見返す。ブレてる写真ばかりで下手さが目立つが二枚ほどいい写真があった。
大切にしなきゃならない人がこの世にはいる。
間違いなくそれは彼女である。
これは一夜の記録と愛奈への恋文だ。
なんてね
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2023/6/12〜
6月12日
三つ編みで出勤したら女性の上司に、あらよいですね!と言ってもらい、まさかでやっぱり嬉しい。
女の人に褒められると嬉しくなる。
昨晩周りの人たちが好きな傾向があるラバーガールのコント動画を少し見てみたけれど何が面白いのかあまりわからなくなってしまって悲しかった。
お笑いを楽しめなくなってしまった。
多分自分の人生が忙しすぎるのかな、と、自分の写真を1〜3期に分けて組んでみようとしている内の2期目の写真選びをした。
朝トイレの様子がおかしかったので詰まってしまったのかも…と不安のまま出勤したことを思い出した。大丈夫でありますように。
6月13日
出勤の道で、雨が降る中レインコートを着て長靴で歩きながら除湿機をamazonで購入。買ってから、こんな状況で除湿機買ってるのなんかおかしいな、と思った。
出勤した給湯室から「あ、それ聞いたことあります。こないだデートした人から…でもいろんな人とデートしてて誰から聞いたか忘れちゃったんですけど…」という会話が聞こえてきて、いろんな人とデートする元気な人もいるんだな〜、となる。
私と同じようにバスに乗らず歩いて出勤している一期下の方に、道中に11匹のねこが落ちていることを伝えていたら「今日ねこ見つけました!」と報告してくれた。
今の上司も飼い犬を溺愛していて、そのラブなエピソードをたびたびお話ししてくれる。
今ちょうど里親の元から親犬が来ているとのことで、離れられなくなっちゃうんじゃないか、と訊ねると、夏休みに実家に帰省して親に会う感じで、ほどほどに楽しく限られた時を過ごしているとのこと。
誰も教えてないのにタオルで戯れるのが大好きで、不思議に思っていたところ、昨晩親犬が人目を盗んでタオルで戯れていたところを上司が発見したらしく、遺伝なのかな〜、という話をした。
今日から職場の冷房が解禁された。
思いがけず天気が回復して陽射しを浴びた。
いろんなものが身体に堪えて遠い気持ちになっている。
6月13日
前年度までお世話になった上司が、職場の近くでパン屋さんをしているとのことで、お昼休みに職員さんに車で連れて行ってもらうことに。
事前に調べたところでは、とてもおしゃれで可愛らしいパン屋さん。
ご自宅でひっそり営業されているのかな、と思っていたけれど雑誌に掲載されたこともある人気店みたい。
久しぶりにお昼休みを誰かと過ごして、しかも職場の敷地外に出られるなんて、気分転換ってこうゆうことね〜といつまでも覚えられない職場周辺のロードサイドを眺めていた。
パン屋さんは売り切れ閉店してしまっていたけれど、素敵なお店と、そのお店の上司のお話をできたお昼休みでとても楽しかった。
かわいい刺繍が入ったシャツをよく着ている方に、かわいいですね!と伝えると「選択をする女の人のシャツです」と教えてくれた。
好きなブランドだったけれどもうなくなっちゃったんです、とのこと。どこのですか?と訊ねると、Ne-netだって!
A-netのお洋服たちが少し寂しい感じになっていることや、Ne-netのお洋服のかわいさについてお話しできて、まさのことで嬉しかった。
今日こそは2日連続で受け取れなかった宅急便を受け取りたいのに全然バスが来ませんね。
6月15日
朝駅に着くといつものバスが間引かれていたようで、バス停が大行列。雨の日なのになんで!
そのまま1時間くらい歩いて出勤してみた。
途中からなんとなく同じように歩く人がいて、20mくらいの間隔をあけてずっと同じ道を歩いていた。駅のローソンの袋を下げていたので、もしかしたらこの人もバス停の人の多さにびっくりしたのかもしれない。
道中で泉まくらの新曲をダウンロード。
ちょっとだるいかも、で、ロキソニンを入れたらなんか身体がヒリヒリしてしまった。
ちょっと痛みも耐えられない!
帰り際、雨が降ってきそうですね、とロッカールームで他のチームの職員の方とお話をする。
窓の外の木は鳥が運んできた種から生長したでありう実生木で、こんな花が咲くんだね〜と言っていた。ふわふわの薄黄色の花。実が美味しいらしく鳥がよく食べにくるとのこと。
レインコートもきて完全装備で歩いていたら、車が走り去って泥水を飛ばしてきて、バスも全然こなくて、やっぱり雨の日はダメだ!
6月16日
通勤中の紫陽花が咲き誇っていて劇にゃんこ状態。
暑さに体がなれないと夜中に起きては何かを食べてしまう傾向が強くなる。寝ている間に体力を消耗してしまっているのかな。
帰り際、おとといパン屋さに一緒に行ってくださった職員さんが話しかけてくれる。
その時車の中で大学の話をして、私の母校を伝えていたのだけれど「なんか聞いたことある大学だと思ったら、大学時代の同級生が今そこで先生をしているの!」とのこと!
お二人とも関西の大学出身だけれど、関東に出てきた友人として最近までよく会っていたらしい。
名前を教えてもらったのに忘れてしまった。
私の所属していた学部とは違ったけれど、源氏物語の研究をしているらしい。我が母校っぽいな〜、と思った。
やっと天気が良くなったのでお昼休みに自転車でクリーニングを受け取りに行こうと思っていた矢先、出勤中に自転車で点灯して労災がうんぬんという話を聞く。上司が自転車で転けてしまい泥だらけで出勤してきていたとのこと。
怖くなって今日は自転車に乗るのをやめておいた。
明日はリップグロスと新しい香水を買いたい。
今日はお掃除そこそこに早く寝られますように。
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旅人同士はすれ違い続けている
労働を退職した翌日、新幹線に飛びのるようにして、尾道へ向かった。
三年前も参加した「ライターズレジデンスイン尾道」に参加を決めていた。
本当は労働は12月で終わって、1月には療養期間が始まっている予定だったのが、結局なんだかんだ1月もめいっぱい働いてしまった。それでも、こんな長期の休暇を得られることなんてこのさきあるかないかわからないから、尾道へは行っておきたかった。
三年前、官製ワーキングプアの仕事から逃げるように参加を決めたときの幸福な時間――つまり、小説を書き、本を読み、ただそれだけのことを要求され……いや、それだけのことすら要求されずに生きていればいいだけだった記憶は、その職場を去り、次の過酷な労働に身を投じてもわたしを支える光だった。
尾道へ帰りたい。「行きたい」ではなく「帰りたい」とまるでもうそこがふるさとのように思える場所だった。
そうして、わたしは尾道へ帰った。
旅の途中、いくつかブログを書いたから、旅を終えてしまったあと、語ることはそんなにないのだけれど。
書いたブログ↓
だけど、これだけは書いておきたいことがひとつ。
三年前、この「ライターズレジデンスイン尾道」に参加したとき、最初の一行を書き出した小説『浜辺の村でだれかと暮らせば』を、鞄のなかにしのばせていた。
「ライターズレジデンスイン尾道」には、一週間同居することになる他のライターさんたちとの交流パーティがあり、そこで自己紹介がある。自分がどんな「物書き」なのか、どんなものを作っているか……そんなことを紹介する。
それに使おうと思って持ってきて、結局、自分の本を紹介するのが下手くそなわたしは、その本を使わずにパーティの自己紹介を終えた。
そして最後の日。前日のシトラスサポーター体験でご一緒した漫画家さん(タイミングをおなじくして、尾道では「尾道漫画家残酷物語」という漫画家さん対象の企画があった。町歩きや交流会も一緒に行動した)が、「漫画家の家に滞在しているひとが、宿の壁に絵を描いている」と話してくれた。
同居している人もそうだが、「作っているもの/描いているもの」の話はしても、実際その作品を見せるということは一度もなかったし、わたしは、「旅先で何かを表現する人」の作品を見たかった。
尾道に滞在し、インプットとアウトプットだけをし続けている幸福な時間に生み出され、表現されるものを見たかった。
お邪魔してもいいと言うことだったから、わたしは漫画家さんたちの家にお邪魔して、壁の作品を見せてもらうことにした。
床に敷かれた新聞紙。漆喰に描きかけの絵。
まだ全貌はできあがっていないと言うことだったが、旅で得たものを表現し、そして、旅の記録を、ここに残して行く――そんな行いのまさに「いま」を見せてもらっている!
それは叫び出したいくらいに幸福な瞬間で……。
「ポートフォリオも見せてもらいなよ」と声をかけられて、よろこんで見せてもらうことにした。
手製本でつくられたそのポートフォリオは、イラストや絵画表現だけでなく、刺繍や工芸、彫刻などさまざまな表現技法の作品がならんでいる。ひとつずつの作品を、作者の声を直接聞きながら受け止めていく贅沢な時間。一人の作家の、無数の作品にとびこんでゆく快感! 近頃視覚的な芸術に触れることから離れていたから、より新鮮に、より強烈に感じ取ることができた。
「人の意思が感じられるものがこわいから、自分で生活のための道具もつくる」
「人と違うことをしようと思ってしているのではなく、したいからしている」
丁寧な言葉を重ねて、表現をしていく上での繊細な観察眼であったり、周囲とのもどかしい軋轢であったりを話してくれる。わたしには鈍磨されている感覚もあったし、わたしもひとしく悔しいと思っていることもあった。
創作するということの根源に触れるような体験だった。
ポートフォリオには、ライブペイントの写真や、作品が多く収録されていた。
いろんなところで、即興で作品を仕上げていく。一ヶ月間、あるひとの家に滞在してその壁に絵を描いたという話もしてくれた。
旅をして……、どこかへ出かけて、「その場で感じたもの・あふれてくるもの」を表現し、完成させておいてくる。
それはなんてなんて素敵なことだろうと思った。
わたしは旅が好きだ。不思議なことに旅先では、本は読まないくせに、物語の構想はよく練れる。この尾道旅行でも、驚くくらい筆が進んだ。
ああ、そうだ、そうなのだ。旅をすることは、それだけで物語のかけらに触れることなのだ。
こんな長い長い旅をしたら、物語のかけらはいくつも拾い集められて、両手いっぱいになってこぼれてしまう。
小説という技法は、物語のかけらたちを編んでも、すぐに製本をしたり、だれかに見せられる物理にすることがむずかしい。
でも、旅先で、旅で得たものをおいてゆく……そんなことができればいいなあと思った。
出立の日、鞄の中に、ずっと取り出さずにしまっておいた『浜辺の村でだれかと暮らせば』を、取り出した。
「三年前、この宿で書き出したお話を本にしました。この宿のカフェにおいていただくことはできませんか」
宿の人に、おそるおそる話しかけたら、「作品ができたんですね。もちろんです、置きます」と快諾していただけた。
そんなことばが聞かれるとは思わなかったので、戸惑いながら本を手渡したとき、三年前の尾道の旅がようやく「完成した」と思った。
本を置いてくれたことを、宿のSNSで紹介をしてもらえて、すこしこそばゆいような……。
三年前の思い出を、宿の人に話した。物語を書き始めたことだけじゃなく、体験したことを、いくつも、いくつも。
三年前、尾道で出会った旅する整体師さんの名刺を、去年の12月の鎌倉旅行の折りに滞在したゲストハウスで見かけたことを、話しそびれたなと思ったのは宿のある山を下りきったときだった。
あの整体師さんその人とは再開しなくても、旅をする人間同士はすれ違いを続けている。
旅の最後、漫画家の家にもう一度立ち寄った。
ポートフォリオを見せてもらったときに、アンケート用紙をもらったのだった。旅のあいだに、回答が完成したので渡しに行ったのだ。
「きっとあなたの名を聞く日がくる」そう言って別れたが、連絡先は聞かなかった。旅を続けていれば、いつかそのひとの表現の痕跡に、たどり着くだろうと思ったので。
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