Tumgik
#comic sttory
hi-majine · 3 years
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上方古典落語「馬の田楽」
 馬方《うまかた》というものは、ことばこそ荒いけど気立てはええ。また、荒いことばつかいませんと、馬がうごきません。馬の手綱さえつかまえたら、馬子というものはぼろくそにいうて、 「ダー、しっかりせいな、このがきは……もう、長いつらして……張りたおすで……」  ようあんな無茶なこというたもんですな。馬の顔つかまえて、「長いつらして、張りたおす」……馬もなぐられまいとて丸顔したかろうけども、馬の丸顔って、みたことおませんのやが…… 「ダー、こいつは、脛《すね》がいがんでるがな」  ようあんな勝手なこというたもんで……馬の脛いがんだるさかい、あるけますのやが、あれ、のびっきりやったら、ようあるきやしよらん。馬がものいうたら、喧嘩《けんか》せんならんが、馬め、とりあげよらん。肩で笑いよる。 「ヒーヒー、なにぬかして、あいつら、荒いことばつかって……」  いうてな、 「ダー、こいつが」  てなこといいますさかい、馬がうごく。  おなじことでも、やさしい京ことばで馬うごかしてごらん。馬へたばってしまいますぜ。馬方の京ことばちゅうやつは、ぐあいのわるいもので、あいつは、やっぱり荒いことばつかわんと、馬がうごきませんけど、馬方が、京ことばやったら、 「さあ、おあるきんか。なにしとおいでやすいね、長い顔やおへんかいな。お足いがんどんせえな」  てなこというたら、馬めが、 「そうどすえな」  て、荷持たんで、へたばってしまいますが、あいつは、やっぱり荒いことばつかわんと、馬がうごかん。で、問屋のおもてなどにつないであると、子どもがわるさして、 「さあ、みな、こっちへおいでなはれや。留さんに、長松さんに、金助さんに、辰蔵さん、みな、ずっとこっちへきてみなされ。あの山権のおもてに馬がつないであるやろ? だれでもだいじおまへんさかい、馬の下、しゅっと、こうくぐってごらん」 「それはあかんので、わたし、このあいだね、ここの丹波屋のおもてに馬つないで、馬の下、しゅっとくぐったったんで、ほしたら、その馬が雄《おん》の馬で、馬のおなかのところにぶらぶらしたおますやろ? あれで、あたい、横づらいかれたんで……」 「あっあ! あの棒で? あっはっは、あれで横づら? そらそらあんなんでいかれたら……あら、どでんいう棒ですがな」 「あれは、どでんですか?」 「そうですのやが……」 「ほな、なんですか、あのぶらぶらしたん、あれは、どでんいいまんの?」 「そうや。わたいら、おばばに聞いとりますが、馬やどでん打って、一升の豆みな食わす、どでんどでんいいまんのやが……」 「あっはは、さようか。あ、ちょとみてなはれ。あのどでん、いま上へあげてますさかい、ぴんと上へあげましたさかい、下、しゅっとこうくぐったらええ……あっ、またおろしました。この馬、根性《こんじよう》のわるい馬でんなあ。あのどでん、あげたり、おろしたりしますさかい、どうもくぐりにくい……あっ、いま、だいぶ上へあげてまっさ、さあ、だれぞ、しゅっとくぐってみなされ。早うくぐんなはれ。たれぞ押してあげなされ。そんなむちゃしなはんないな。長松さん、わたい、ずっとあたまいれるなり、あんた、ぱーっと押しなはるさかい、また、どでんおろしよったんで……」 「あっははは、また、どでんで横づらいかれなはったん」 「そうであんが……あんた、『まだや』いうてるのに、ぱーっと押しなはるさかいに、どでんって、どでんおろしよって、横づらいかれ、それみなされ、どでんのさきから、なにやらだしましたがな」 「あっははは、なにがでたんね? なんやね? こんなものだしてなさる。そやのに突いたらいかんいうのに、そんなら、あのもう、馬の下くぐんなんな。長松さん、長松さん、そんな馬の下をくぐらんと、友吉どんきました。あれに馬の尾抜いてもらいまひょう。わたいにまかしときなさい……友吉どん、馬の尾十本抜いてくれ」 「どけどけどけ。おれは、二十本抜いたろ。そのかわり、おまえ、いま、ここで、いも半分くれよ」  この友吉のやつ、わるいやつで、馬の尾、手にまきつけよって、ぐっとひいたんで、馬もそんなことぐらいでいたいことおませんやろけど、どうしたひょうしか、しばってある手綱がほどけたもんですやさかい、馬めが、南へしゃんごしゃんご逃げやがったんで、子どもたち顔色変えよって、 「友やん、早よとらえな、馬逃げますぜ。あんた逃がしなはった」 「うそいいなはれ。長松さん、あんた逃がしなさった。馬子のおっさんきたら怒りますさかい、横町まがって、馬子のおっさんきよったら、どんな顔しよるかみてたりまひょう」  わるいやつで、横町くるっとまわって、馬子のくるのをみてよる。そんなこと、馬子は知りませんわ、店内へはいって用事して、入り口へでてきますと、馬がいません。 「ダー、こらあ! あれっ、ここにいやせんがな、馬、どこへいきよったんや? これは、ああ、このへんの子せがれが、わるいことしやがって……かなわんで、このへんの子どもは……馬さえつないどいたら、いたずらさらすのや……おい、じゃり、じゃり!」 「おっさん、そんなおかしげないいかたすな。子ども、なんぼこまかいものやかて、砂利っちゅような名あつけな」 「おい、おっさんが、ここにつないであった馬知らんか?」 「知らんかて、おっさん、ものたずねんのに、砂利いうて教えられるか?」 「わるい子せがれやな、そんなら、ぼんち、ぼっちゃん、ここにつないであった馬、ご存じおませんか、なあ、ぼん子」 「ぼん子! はは……こら、つらい」 「どうしたい?」 「いーや、そんなら、おっさん、いいますけど、あんた、ぼん子いわれると、えらいこっちでもいわんなりまへんけど、いま、おっさんのお馬でしょう? ここにおいでになったんは……」 「ぼん子いわれてから、そんな、馬に、おいでになったなんていうような、ものいいしない、どうしたい?」 「ここにあのつないでおましたやろ? ここへ、みな、なんですのや、わたしたちの友だちが、みな、きたんで……留やんに、長松さんに、金助やんに、辰蔵さんに……」 「どうしたい?」 「それが、みな、ここへあつまってきて、それで、馬の……馬の下、留さんに、『くぐりなはるかいな』いうたら、『そんなら、わしが、くぐらしてもらう』いうてな……」 「まあ、早よういうてくれ。気がせくのやがな」 「えろうせくのやったら、おっさん、ほかでたずねてもらいまひょうか」 「そんならゆっくりいいな。ほかでたずねてもらいまひょうか? そんなおかしげないいかたせんと……それで、馬どうしたい?」 「それでな、なんだんねや、留さんがなあ、おっさん、馬の下、しゅっとくぐらはったら、その馬が雄《おん》の馬で、馬のおなかのところに、ぶらぶらしたある、あの棒な」 「うん」 「あの棒で、横づらいかれはったんや。そない……そないするなり、友吉どんきよって、おっさんの馬の尾抜いたら、馬、しゃんご、しゃんご南へ逃げましたで、おっさん」 「なにをするのや? ここらの子せがれは……ほんまにろくなことしやがれへんのやがな。ほんまにもう、そやさかいに、馬逃げたら、また、首すじでもつかまえてーな」 「それは、おっさん、あんたいわれるまでもない。馬が、むこうへ逃げますさかい、わたい、馬にいうたんで、『あんた、ひとり、しゃんご、しゃんごいきなはったらあきまへんがな。馬子のおっさんと、いっしょにおいなはったんやったら、あんたが馬なら、ドウドウ(同道のしゃれ)していきなはれ』て、わて、いうてな、『ぐずぐずしたらヒン(日のしゃれ)が暮れる』て、わていうたんですけど、馬もこんなにいいますのや、『余儀《よぎ》ない用事ができて、馬子のおっさんよかひと足さきへ帰らしてもらいますさかい、あんたが、馬子のおっさんにおあいやしたら、あしからず、よろしゅういうてくれ』っていうてねえ、それで、おっさん、むこう辻から駕籠《かご》に乗りはった」 「どやしたろうか! こいつら、ほんまにばかにさらして……馬が駕籠に乗ったりするかい? なにぬかすのや、あほが……ここらの小せがれは、わや(めちゃめちゃ)にしてけつかる。どたまから教える気やあれへんのや。なぶる気でいてけつかる。おとななぶるの、なんともおもうとれへんのやが……わるいがきやで、このへんの子せがれは……」
「ああ、もしもしもし、大将、ちょっと、ものたずねますがなあ」 「ああ、なんじゃなあ?」 「いま、ここへさして、あの、樽みそ積んだ馬、通れしまへんか?」 「樽みそ積んだ馬? あーあ、あら、おまえの馬か? さあ、いま、いうてたんじゃわい。髪結床のおっさんとなあ、『時節もかわるなあ、馬も、もう馬子つれんと、ひとり、つかいにいきよるようになったかいなあ』てな、いまも、八百屋の軒下《のきした》で、わらあ食べて、よそみしよったさかい、『こんな折り、早ようやってやらないかんやないか』いうてなあ、髪結床のおやじさんと、わしとふたりで、割り木(薪)で、尻《しり》しばいたら(たたいたら)、南へ駈けよったで……」 「そら、なにをすんのや。寄ってたかって、おれの馬、わやにしてけつかんのや、あほ! そんなことで南へ駈けよったら、きょうじゅうに、紀州熊野までいってしまいよるで、ほんまに……ほんまにこのへんのひとは、ろくなことしえへんのや。子どもよか、おとなのほうがまだわるいのや。このへんの町内のやつは、もう、あほらしゅなってけつかんのや……ああ、もしもし、そこへいきなはるご隠居はん、ご隠居はん……聞こえんのかいな? あの……もーし、もーし……」 「ああ、びっくりした。ほんにうっかりあるいてんのに、うしろへきて、背なかポーンとたたくん、わいに用がありゃ、早よう前へまわったらええに、なにをたずねんのかい?」 「どえらいおもろいおやじさんやな……ちょっとものたずねますがなあ」 「あーあ?」 「ちょっとものたずねますのやがなあ」 「あーあ? なんや?」 「ここに、あのう、樽みそ積んだ馬、通れしませんか?」 「あーあ?」 「いえ、樽みそ積んだ馬、通れしませんか?」 「ははあ、家内のばばどん、たずねんのかい? へえ、家内のばばどん、先月から、かぜひいて寝とんや」 「なに、なに、そんなことたずねてしませんがな、そやおまへんのや。ここらで、樽みそ積んだ馬、知らんかちゅうのや」 「ええ、なんじゃ、なんじゃ?」 「あのな、ここらへ樽みそ積んだ馬知らんかちゅうのや。馬を知らんかちゅうのや」 「ああ、乳母《うば》か? 乳母は、河内からきとったんや。先月|帰《い》んだなり、まだ帰りやせん」 「なにいうてんのや。たれがそんなこと……おいおいおい、そやあれへんがな。おかしいなあ。おまえさんは、つんぼとちがうかい?」 「えらいええ天気やなあ」 「おかしいなこいつ、いよいよつんぼや。こらこら、どつんぼ、どたま蹴りあげたろか?」 「ああ、それもよかろう」 「勝手にさらせ、あほ! 急《せ》く折りには、ろくなやつにものたずねへん。おら、いやになってきた、ほんまに……ここらには、ろくなやついよらんのかいなあ? ほんまにもう……あっ、むこうから酒に酔ってきよった。あいつにたずねたろ。もしもし、酒に酔ったる大将」 「こーら、こーらってやつやなあ。一でなし、二でなし、三でなしか、四でなし、五でなし、六でなし、七でなし、八でなし、九でもなし、十でなし、十一でなし……十二、十三、十四でなし、十五、十六、十七、十八、十九……こら、この唄、どこまでいったかておわらへんがな……はあ、こりゃこりゃ、ああ、さのさのっと……」 「こら、どえらい酔うとんな。もしもし、大将、ちょっと、ものたずねまんのやが、えらいごきげんですなあ」 「なになに? なにを、なにを……こらっ、おかしげなものいいするな! ごきげんですなあって、ご、ご、ごきげんで酒飲んだか、やけくそで飲んだか、われ、知ってんのか?」 「へえへえ」 「なにがへえへえや。なにぬかすのや、あほが……おかしげなものいいすんのや」 「へっ、旦那、これは、えらいすみませんなんだ。えらいなんでやすな、あんた、なんじゃ知らんけど、こう、浮かれてござるなあ」 「さあ、そら、浮かれもする。飲んだら、酒は、陽気酒じゃ。おれ、浮かれもするわ。なに���かすのや。おまえら、よけいなことぬかすと、張りたおすで……」 「おおこわ……いえ、ちょっと、ものたずねますのやが……」 「なんや?」 「あのな、大将、ちょっとたずねますのやが……」 「おい、おかしげなものいいするな! 大将、大将って、われ、ひとを持ちあげるくせがあるなあ。われ、大将って、おれ、いくさしたおぼえないで……」 「へえ、へえ、そらそうですなあ……あっはっは……あのなあ、親方」 「親方? 親方? おいおいおい、親方って、おれ、子分子方《こぶんこかた》持ったおぼえはおわせんで」 「ああ、さよか。どういうたらええんやろ? そんなら、あのなあ、旦那」 「旦那? 旦那? おい、おい、旦那って、おれは、べつに、丁稚《でつち》、番頭置かんならんほどの、巾《はば》ある人間やおませんわ」 「へえへえ、どういうたらええんやろ? なあ、あの……あのな、頭《かしら》」 「か、か、頭? 頭? こら、頭ちゅうと、なんや、おれ、盗《ぬす》っ人《と》みたいや。おれ、盗っ人せんで……」 「うっふ、あははは……どういうたら? ……ほな、あのなあ、兄弟」 「われみたいな兄弟持たん」 「そんなら、ちょっとたずねますがな、ここらへ、あの、樽みそ積んだ馬、知りませんか?」 「なんじゃっていうのや?」 「みそつけた馬は、知らんか?」 「いーや、馬の田楽みたことない」
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hi-majine · 3 years
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落語「だくだく」
「さあさあ、先生、こっちへはいっておくんなさい。さあさあ早く……」 「はいるよ、はいるよ。なんだい、八つぁん……おやっ、おまえさんのうちはどうしたんだ? うちじゅうに紙をはりつめて……」 「へえ、先生も知っての通り、わたしのうちは、親代々の貧乏世帯、道具ひとつありません。おもてをあるいてるやつが、のぞいてみやがって、『ここのうちは、道具ひとつ置いてねえ、なんて閑静《かんせい》なうちなんだ』と、ぬかしゃあがる。しゃくにさわってしようがねえから、道具のひとつも買いてえんだが、あいにくと、金には縁がねえ。そこで、金をださねえで、いろいろと道具をならべようってんでかんがえたあげく、おもいついたのが、先生、おめえさんだ。おめえさんは、絵の先生なんだから、この紙に、なんでもかまわねえ、たんすでも、長持でも、火鉢でも、いろんなものをならべて描いておくんなせえ。そうすりゃあ、ひとがみて、あのうちは、ばかに道具がそろっていると、一ぱい食うてえ寸法だ。どうです、うめえかんげえでしょう?」 「ふーん、それで、わしを呼びにきたのか?」 「そうなんで……さあさあ、早く描いてくださいよ。まず、たんすから……じれってえなあ。もったいつけねえで、早く、早く……」 「そうあわてなさんな。いま、描くよ」 「おちついていねえで、早く……おやっ、なるほど、描きはじめると早《はえ》えもんだな。たんすだね、そいつあ、うーん、餅《もち》は餅屋だ。へーえ、どうみてもほんものだ。うめえもんだな。先生、おめえさん、つらはまずいが、絵はうまいね」 「なんだ、ごあいさつだな。おまえさんは、ほめてるのか、けなしてるのか、さっぱりわからないな」 「先生、たんすがすんだら、そのそばへ、鏡台に針箱……」 「いろいろなものを描かせるな」 「そうそう、それがすんだら、こっちの柱の上へボンボン時計を描いておくんなせえ。時間は何時でもかまわねえが、なかの振り子が、カッタカッタ、カッタカッタとうごいてるように……」 「そううごくようには描けないよ」 「描けませんかねえ? ……まあ、とにかく時計をたのみまさあ……うん、うめえ、うめえ……それがすんだら、こっちへ長火鉢を描いておくんなせえ」 「長火鉢まで描くのかい?」 「ええ、鉄びんがかかってるってえやつをたのみまさあ……あれっ、長火鉢に鉄びんを描いただけじゃあだめだよ。下に火がかんかんおこっていて、鉄びんの口から湯気がぷーっとでてるところを……そうそう……ああ、もっと、ぷーっと湯気を……そうそう、結構結構。そしたら、火鉢のそばへ茶だんすを……うん、うめえ、うめえ。じゃあ、そこんところはそれでいいから、こっちの壁へ床の間を描いておくんなさい……そうそう、それから、掛軸《かけじ》は、山水がいいね。置きものは、布袋《ほてい》さまでもなんでもかまわねえ。それから、床わきの額だ。掛軸《かけじ》が絵だから、額のほうは、字がいいや。ああ、それから、天井と鴨居《かもい》のあいだがあいている。あのあいだへなにか描いてくれねえとおもしろくねえ。なにがよかろうなあ? ……そうだ、一番上のところへ長刀《なぎなた》を一本描いて、そのつぎに大身《おおみ》の槍《やり》を描いて、そのつぎに、種が島の鉄砲を、ずーっと描いてくんねえ。武芸十八般ができるとおもって、しろうとはおどろかあ。さあ、早く描いてくんねえ……そうそう……先生、長刀のさきが光っていねえね。ははあ、鞘《さや》がはまってるのか。なるほど……そのつぎが大身の槍……ああ、これも穂《ほ》さきは、鞘におさまってるのか……それから、種が島の鉄砲……ああ、こりゃあいいや。たいへんりっぱになっちまった。どうもすいません」 「じゃあ、わしは帰るからな」 「へえ、いずれまた、お礼にうかがいますから……」 「いや、そんな心配はしなくてもいいよ」 「へえ、どうせそういうだろうとおもって……」 「なんだい、ひどいひとだなあ……じゃあ、さようなら……」 「あははは、帰っちまやあがった……どうだい、すっかり諸道具がならんじまった。これなら、どんなやつがきたって大いばりだ」  のんきなひとがあったもので、つぎの間の三畳へはいって寝てしまいました。すると、世のなかはおかしなもので、夜になると、こんなうちへひとりの新米《しんまい》泥棒がはいってまいりました。 「こんばんは……ごめんください……お留守ですか? ……ふーん、だれもいねえんだな。しめしめ、犬もあるけば棒にあたるとはこのことだ。どうせ裏長屋のことだから、たいした仕事にはなるめえが、きょうは、泥棒の開業式だ。縁起もんだから、金だらいひとつでもとりゃあいいや。ええ、こんばんは。ごめんください……ほんとうにお留守ですか? どっかへかくれていて、いきなり『ばあー』なんておどかしちゃあいやですよ……へーえ、ばかに道具がそろっていやがるなあ……うーん、こりゃあ、すばらしいたんすだ。こういうたんすのなかには、もめんの着物は一枚もねえだろう。やわらかい着物が、ぎっしりはいっているんだぜ、きっと……おやおや、なんだい、こりゃあ……手でさわってみたら、のっぺらぼうだ……ああ、鉄びんの湯気が、ぷーぷーあがってやがる。ふたをとらねえと、灰かぐらが……あれっ、どうもおかしい、おかしいとおもったら、こりゃあ絵だ。ははあ、なるほど、このうちは、芝居の道具師かなにかのうちで、あんまり道具がねえからってんで、絵に描いて、道具があるつもりか……それにしても、うまく描いてあるなあ。どうみたってほんものだ。この湯気のあがってるぐあいなんざあたいしたもんだ。おまけに、奥のほうに、ひとが寝てるところまで描いてある。この人間なんぞは、どうみたってほんとうの人間みてえだ。うまく描いたもんだなあ……ああ感心していちゃあいけねえや。このうちは、道具がねえから、絵に描いて、道具があるつもりなんだ……おれのほうも、きょうが、泥棒の開業式だ。なんにも盗《と》らずに帰っちゃあ、なかまのものに顔むけができねえ。このうちが、絵に描いて、道具があるつもりなら、おれのほうも、泥棒にはいったつもりでいこう……ええ、まず、たんすの環《かん》に両手をかけたつもりといこう……スー、ガタガタッと、あけたつもり……なかをのぞいたつもりと……着物が、ぎっしりあるつもり……こいつあ、のんきでいいや……端《はじ》のほうに、大ぶろしきがあったつもりと……大ぶろしきをひろげたつもり……やわらかい着物を、五、六枚ばかり、ふろしきの上へのせたつもり……下から二番目のひきだしを、スーッとあけたつもりと……女ものを、どっさりだして、ふろしきの上へのっけたつもり……下から三番目のひきだしをスー、ガタガタとあけて、羽織が六、七枚あったつもりと……これを、また、ふろしきの上へのっけたつもり……むこうにかかっている六角時計をとって盗んだつもりと……床の間をみると、応挙の掛軸《かけじ》があるから、横にある骨董《こつとう》類といっしょに、みんなふろしきへいれたつもり……こう、ふろしきをむすんだつもりと……このつつみを、うーんとしょったつもりと……どっこいしょ、うーん……これは、おもたくって立てねえつもり……ようよう立ったつもりと……」  と、のんきなやつがあったもんで、ひとりで、ぐずぐずいっておりますと、奥の三畳で寝ていた八つぁんが、目をさまして、 「あれっ、大きな野郎がいらあ。じょうだんじゃねえ。おれんとこへ泥棒がへえったんだ。絵に描いてさえこれだからな、金持ちは心配なはずだ。ははあ、こっちが絵だもんだから、泥棒のほうも盗んだつもりとおいでなすったか。いきな泥棒だ。おやっ、つつみにして、しょったつもりで、まっ赤になってうなってやがる……ああ、おもたくって立てねえつもりか……あっ、ようよう立ったつもりか……そうだ、こいつあ笑っちゃあいられねえ。おれのほうも、ひとつ盗まれたつもりにならなくっちゃあいけねえや……さあ、ふとんを、がばとはねたつもりと……あたりをきょろきょろみたつもり……長押《なげし》にかかっている大身の槍をとったつもりと……石突《いしづき》をぽんと突いたつもり……鞘は、二、三間むこうへとんだつもりと……きゅっきゅっと、三、四度しごいたつもり……泥棒のうしろを目がけて、ばらばらばらと追っかけたつもり……泥棒のわき腹めがけて、えいっと突いたつもり……」  というと、泥棒が、 「うーん、あいたたたた、血が、だくだくとでたつもり」
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hi-majine · 3 years
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落語「胆(きも)つぶし」
「おい、久太、どうだ、ぐあいは? じつは、いま、おらあ、妙斎先生のところへ寄って、おめえの容体《ようだい》を聞いてみたんだが、どうも病状がはっきりわからねえ。先生のいうには、なんでも、おめえが、腹のなかでおもってることがあって、ひとにはなすにゃあはなせねえ。そのおもいを通すことができねえというので、ただひとり、胸のなかでもって、くよくよなにかおもってることがある。それが病いのもとだというが、そのおもってることをいってしまわねえうちは、薬を浴びるほど飲んでもきかねえ。まあ、早《はえ》えはなしが、おめえの腹のなかに、病いの器《うつわ》、まず、ここにひとつの徳利があるとするんだなあ。そのおもってることをいってしまわねえうちは、いわば、その徳利に栓《せん》がしてあるというようなもんだ。だから、いまのところじゃあ、いくら浴びるほど薬を飲んでも、その徳利のなかへへえらねえで、栓がしてあるから、みんなそとへあふれてしまう。それを、おめえがおもってることをひとにはなしゃあ、はじめて栓があくというりくつ。そこへ薬をつぎこみゃあ、ききめがあるというんだ。それだから、まあ、おれに、なんのことだか知らねえが、はなして聞かせねえ」 「それじゃあ、おいらの腹のなかに徳利ができて、その徳利に栓がしてあるから、その栓を抜かなくっちゃあいけねえってんで、兄貴がきてくれたのか。それじゃあ、兄貴は、おいらの腹のなかの徳利の栓抜きだな」 「うふふ、まあ、早えはなしが、そんなものよ」 「けれどもねえ、兄貴、こればっかりは、だれにもはなせねえ。だいいち、はなしたところでむだだ。むだだから、このまんま、薬も飲まず、めしも食わず、いっそ死んでしまったほうがいい」 「ばかなことをいうねえ。むだってえことがあるもんか。おめえも男じゃあねえか。しっかりしろい」 「いいや、むだだ」 「久太、そんなにおめえがかくすんなら、おいらあはなすが、じつは、おめえのからだが、だんだんわるくなるんで、おいらあ、好きな酒も、このごろは、ろくに飲まねえ。飲まねえというなあ、ほかじゃあねえが、おらあ、おめえには、一通りならぬ義理がある……というなあ、ほかじゃあねえが、おめえのとっつぁんに、おらあ命をたすけられた。わすれもしねえ十年ばかり前に、ひとと大まちげえをして食らいこんだときに、おいらが、若ざかりで喧嘩《けんか》早かったもんだから、また、牢内《ろうない》で、おなじようなやつとあらそいをして、すんでのことで、キメ板でぶち殺されようというところを、おめえのおやじさんが口をきいてくれたばっかりで、命がたすかった。そのときに、おいらが、『このご恩はわすれません。娑婆《しやば》へでたら、きっと恩がえしをいたします』といって、ふたりともに、この娑婆へでたから、恩がえしをしようしようとおもっているうちに、でると、まもなく、おめえのとっつぁんは病気、『ああ、こまったなあ。とっつぁん、おいらあ、早く両親にわかれたから、おめえを、実の親とおもって、これから孝行をしようとおもうに、情けねえ。これがわかれになるのか』……いま、息をひきとるという間ぎわに、おいらがいうと、とっつぁんが、おいらの手をにぎって、『それじゃあ、富蔵、おめえにたのみがある。おいらが死んだそののちは、天にも地にも身寄りのねえこの久太、どうか、こいつのことを、なにぶんたのむ』というから、『そりゃあ心配しなさんな。おいらが、命にかえても、きっと世話をしようよ』『それじゃあ、富蔵、たのんだ』というのが、この世のわかれ。おいらあ、娑婆へでてくると、しあわせにも、たったひとりの妹が、一軒のうちをかまえて、抱《かか》えの芸者《こ》こそはまだねえけれども、さいわいに商売がいそがしく、早く親にわかれたから、おいらのことを自分の親同様に、『兄さん、兄さん』といって、あげ膳《ぜん》、据《す》え膳であそばしておいて、小づけえ銭をあてがっちゃあ、『寄席《よせ》へでもいっておいで』と、じつに、やさしくしてくれる、その妹も大事だが、妹よりおめえには、義理というやつがあるだけに、なおさら心配でならねえから、どんなことだか知らねえが、おめえの親だとおもって、おいらにはなして聞かせねえ」 「けれども、兄貴へこれをはなしゃあ、きっと笑うにちげえねえ」 「ばかあいやあがれ。ひとの命にかかわることを、笑うやつがあるもんか」 「けれども、兄貴、笑うばかりならいいけれども、ほかへいってしゃべられると、なお、おいらが外聞《げえぶん》がわりいや」 「なあに、いやあしねえ。大丈夫だよ」 「それじゃあ、兄貴へはなすが、笑っちゃあいやだよ。だれも聞いちゃあいやあしめえな?」 「だれも聞いちゃあいねえ。大丈夫だ」 「それじゃあはなすが、きっと笑わねえかい?」 「ああ、笑やあしねえ」 「じゃあ、いよいよはなすが、じつは、兄貴、おらあ恋わずれえだ」 「うふふふ」 「それみねえ。笑うじゃあねえか」 「なあに、笑ったんじゃあねえ。いまのは……その……なんだ……まあ、いいじゃあねえか……恋わずれえ? しっかりしろい。いい若《わけ》えもんが、恋わずれえたあ、なんてえこった。相手はだれだ?」 「その相手が大変《てえへん》だ」 「いったい、だれなんだ?」 「おもて通りの伊勢屋のお嬢さんだ」 「えっ、あの呉服屋の伊勢屋のか? ……さて、たいへんなもんに恋わずれえをしゃあがったな。けれども、たいそういい女だって評判だが、ひとり娘だから、そとへもめったにださねえ。おれもみたことはねえ。なんで、おめえが見染めたんだ?」 「なあに、みんなが、『いい女だ、いい女だ。年ごろで、婿《むこ》をさがしているそうだが、だれが、婿になるか、婿になるものはしあわせだ』なんていうから、そんないい女をひと目みてえもんだ。どうしたらみられるだろう、呉服屋だから、買いものにいったらみられるだろうと、おらあ買いものにいった」 「うん、なにを買いにいった?」 「ふんどしを一本」 「ちぇっ、気のきかねえものを買いにいきゃあがったな」 「そうすると、若え衆が、さらしをだして切っていると、奥で、お嬢さんがのぞいていたっけ。つかつかとでてきて、若え衆のうしろへ立って、背なかを膝でちょいちょいと突きながら、『ちょいと、おまえ、そのお客さまになるたけまけて、長く切ってあげておくれ』といったもんだから、たいへん長く切ってくれた。ふんどしが一本に、手ぬぐいが一本、ふきんが三枚とれた」 「おっそろしくまけてくれやあがったなあ」 「それから、切り立てのふんどしを持って、おれが、湯にいく途中、うしろから、ぴたぴたぞうりをはいてきたひとが、『もしもし』と、呼びとめるから、だれかとおもって、ふりけえってみたら、伊勢屋のお嬢さんだ」 「それじゃあ、なにか、おめえのあとを追っかけてきたのか? そりゃあほんものだ。てめえどころじゃあねえ。むこうが恋わずれえだ。おいらあ、あすこへ出入りをしている女|髪結《かみゆ》いと懇意《こんい》だから、なんとか、ひとつ手つづきをしてやろう」 「まあ、兄貴、それからさきをお聞きよ。おいらを呼びとめたから、『なにかご用でございますか?』といったら、『あなたのお宅はどちらでございます?』てえから、『このさきの米屋のうらです』っていうと、『あなたは、おひとり身でいらっしゃいますか? それとも、おかみさんがおありでございますか?』『まだ、ひとりでございます』『なぜ、おかみさんをお持ちなさいませんの?』『わたしみてえなもののかみさんには、なり手がございません』『うまいことをおっしゃる』って、おれの手をぎゅーっとにぎった」 「ええっ、こんちくしょう。たいへんなことになったな。よし、おいらあ、すぐに帰ってはなしをしてやらあ」 「まあ、兄貴、待ってくんねえ」 「だって、こんなこたあ、早えほうがいいや」 「それでも、まだお嬢さんに逢わねえ」 「なにをいってやがるんだい。おめえが湯にいくときに、あとを追っかけてきて、おめえの手をにぎったじゃあねえか」 「ううん、そりゃあ夢だ」 「なんだ、夢だ? おっそろしく長え夢をみゃあがったな。夢なら夢と、はじめっからことわりゃあいいのに、ばかにしゃあがんな」 「その夢をみてから、どうか、夢でなく、ほんとうにたった一ぺん、せめて、口でもきくとか、手でもさわってみたいとおもって、それから、ぽーっとして、だんだん食うものも食えなくなり、こんなに枕《まくら》があがらなくなった」 「まあ、たいへんな女に恋わずれえしたもんだ。しかし、そいつあ、とてもおよばねえこったから、すっぱりあきらめな。伊勢屋のお嬢さんより、もっといい女が世のなかにゃあいくらもあらあ。おいらの妹も芸者をしているが、妹のともだち芸者にも、いくらもいい女がある。おめえの好きな女を、おいらあ、きっと女房に持たしてやるから、夢のことは、すっぱりあきらめて、一日も早くからだをなおしねえ」 「いや、だめだ。いくらおもい切ろうとおもっても、夢でみたお嬢さんの顔が、目のさきへちらついて、もう、どうにもならねえ。食わず飲まずに、いっそ死んだほうがいいや」 「ばかあいえ。おれが、きっと、なんとかしてやるから、そんな気の弱えことをいわねえで……おや、もう日が暮れらあ。どれ、あかりをつけてやろう。となりのばあさんに、おれがたのんでってやるから、たまごのおかゆでも食ってみねえ。それから、先生のところへいって、たのんでいくから、せっせと薬を飲みなよ。じゃあ、おらあ帰るから、しっかりしなくっちゃあいけねえぜ……ええ、おたのみ申します。先生は、おうちでございますか? ごめんくださいまし……ええ、先生、さきほどは、どうもおじゃまをいたしました」 「おお、これは富蔵さん、どうぞこれへ……ときに、ご容体はいかがでしたかな?」 「なるほど、先生、おもってることがあるにちげえねえ。しかも、恋わずれえなんで……」 「いや、それは、近ごろめずらしい。相手は、いずれのどういう婦人でございますな?」 「それが、先生、ばかばかしいんで……おもて通りの大家《たいけ》の伊勢屋のお嬢さんを、おまけに、一度も逢ったことも、みたこともねえ、ただ、評判を聞いていただけのことなんですが、そんないい女なら、みたいもんだとおもっているうちに、夢をみたんだそうで……夢で、はじめて女の顔をみて、それから、目のさきへちらついて、なにをみても、みな、その女の顔にみえるってんで……それから、わたしが、いま、そういったんです。『いくらおもったって、天道《てんとう》さまへ石投げだとおもい切れ。もっといい女を持たしてやるから……』と、こういったんですが、なかなか、いまのようすじゃあ、おもい切れそうもありませんが、なんとかしようはございますまいか?」 「いや、それは、お気の毒ですな。みぬ恋にあこがれるといって、これは、とてもおもい切れますまい」 「どうも弱りましたねえ。先生、なんとかしようはありますまいか?」 「ふーん、いままでに、あまりそういう病気は手がけたことがありません。わが医道の古い書物にでておりましたが、唐《もろこし》に、むかし、そういう病いにかかったかたがありました。唐《もろこし》呉国《ごこく》に、沢栄《たくえい》という郷士《ごうし》があって、このむすこさんが、ときの帝《みかど》のお妃《きさき》に、いまのはなしのように恋いこがれ、夢がもとでわずらった。なにしろ、郷士のことだから、ありとあらゆる手を尽くしたが、どうもおよばない。ところで、そのころのえらいうらない者にうらなわしたところが、これは、犬の年月そろった、二十から三十までの女の生胆《いきぎも》を飲ませれば、平癒《へいゆ》するというので……それが、また、そのころ唐とくると野蛮国で、人間を売り買いするところだから、いいあんばいに、それが手にはいって、病気が全快したというが、わが国では、とてもそんな薬は手にはいらぬから、いや、お気の毒さまですが、多少なりともききめのありそうなくすりでもあげておきましょう」 「そいつあ弱りましたなあ。わずらうのにことをかいて、たいへんなものをわずらやあがったもんだなあ」 「まあ、お茶でもめしあがれ」 「どうもありがとう存じます。しかし、まあ、薬をなにぶんよろしく……万が一たすからねえもんでもありませんから、どうぞ、おねげえ申します……弱ったなあ。わずらうのにことをかいて、とんだものをわずらやあがって……そりゃあ、犬の年月そろったものも、広い世間にゃあねえこともあるめえが、おめえさんの胆を売ってくれともいえねえし……だいいち、犬の年月そろったものなんぞが、むやみにいるもんじゃあねえし、こまったもんだなあ……おい、いま帰ったよ」 「おや、兄さん、お帰んなさい」 「おお、おめえ、もう帰ってたのか」 「ああ、きょうはね、お客さまが、早くお帰りになっちまって、おかみさんにさそわれてね、水天宮さまへおまいりにいったの」 「おお、そうそう、きょうは、五日だっけな。さぞ、ひとがでただろう」 「でたともさ。きょうは、犬の日だからね」 「そうそう、きょうは、犬の日の水天宮だっけ」 「それに、わたしゃあ、犬年の犬の月の犬の日に生まれたんだから、犬の日の水天宮へは、子どもの時分から欠《か》かさずにおっかさんがつれていってくれたの」 「なにっ、それじゃあ、おめえは、犬の年月そろっているのか?」 「ああ、そう」 「……あの……犬の年月、おめえが……うーん」 「なにも、そんなにびっくりしなくったっていいじゃあないか」 「わからねえもんだなあ。もっとも、おれがずぼらで、しばらくそばにいなかったから、犬年ぐれえのことは、いわれりゃあおもいだすが、年月そろっていることは、聞くのは、いまがはじめてだ」 「なにもはじめてだって、そんなにびっくりするほどのことはありゃあしない。それに、犬年のものは、ひとにかわいがられるってから、芸人商売には、たいそういいんだってさ。なにしろ、きょうは、くたびれたから、わたしゃあ、兄さん、さきへ寝かしてもらいますよ」 「ああ、さきへ寝ねえ」 「ああ、ばあや、兄さんのお膳をそこへ持ってきておあげ。わたしが、さっき持ってきたおさかながあるだろう?」 「おお、ばあや、お世話さま。おらあ、手酌でぼつぼつやるから、おめえは、おもてのしまりをして、さきへ寝ねえ」 「さようでございますか。それじゃあ、おさきへごめんをこうむります」  富蔵は、ひとり手酌で、ぐびーり、ぐびーり飲みながら、久太のことをかんがえると、酒ものどへは通りませんくらいで…… 「ああ、義理はつれえもんだなあ。このまま久太の野郎を見殺しにしたら、さぞ草葉のかげで、あれのおやじが、おれをうらむだろう。現在、目の前に薬はあるんだが、その薬を飲ませるにゃあ、天にも地にもかけげえのねえ、たったひとりの妹を殺さにゃあならねえ。また、妹も、きょうにかぎって、おいらが気がつかずにいた犬の年月そろってたことを、うかうかとはなしをするというなあ、なんたる因果だろう。それにまた、あの妹は、早く親にわかれたから、親がわりにおいらに孝行するんだといって、このやくざの兄貴をばかに大事にしてくれる。その妹を手にかけたら、鬼のような兄貴だと、冥土《めいど》にいる両親がうらむだろう。ちぇっ、こりゃあこまったなあ。どうしたらよかろうか?」  と、しばらく腕ぐみをしてかんがえておりましたが、 「えーっ、義理にゃあのがれられねえ。もしも、この薬がきいて、久太がなおった顔をみたら、おいらあ、すぐに冥土へゆき、妹はじめ両親にわびをするよりしかたがねえ。妹、どうかかんべんしてくれ」  と、ひとりごとをいいながら、手燭《てしよく》を持って台所へゆき、出刃庖丁《でばぼうちよう》をとりだし、そっと砥石《といし》にかけ、手燭をふっと吹き消して、妹の寝間へしのびこみ、寝息をうかがいますと、枕もとへ有明《ありあけ》の行燈《あんどん》(一晩中つけておく行燈)をおき、昼間のつかれに、すやすやと寝いっている上へ、富蔵は、馬乗りにまたがって、突き立てようとして、妹の顔をみると、なんにも知らず愛らしい顔をして夢をむすんでおります。その顔をみては、どんなに心を鬼にしても突き立てられませんから、目をつぶって、ぐーっとばかり突き立てましたが、手もとが狂って畳へずぶり。妹は、物音におどろいてはねおきながら、 「あれーっ、だれかきてくださいよ」 「しずかにしろ。おれだよ、おれだよ」 「おまえは兄さん、わたしは、おまえさんに殺されるおぼえはない。わるいことがあるなら、あやまりますから、かんにんしてください」 「なに、そうじゃあねえ。わるいこともなんにもねえ」 「それじゃあ、なんでそんなことをするの?」 「うん、これか……これはな、こんど、友だちにたのまれて、茶番狂言の手つだいをするんで、ちょいと、その稽古《けいこ》をしたんだ」 「そうかい。まあ、茶番狂言の稽古ならいいけれど、わたしゃあ胆をつぶしたよ」 「えっ、胆をつぶした?! それじゃあ、もう薬にゃあならねえ」
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hi-majine · 3 years
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落語「豆屋」
「さきざきの時計になれや小商人《こあきんど》」という句がございます。  むかしは、時計というものは、よほどの大家《たいけ》でないとなかったもんでございますから、時刻というものがわかりません。日ざしをみて、もうじき正午《ひる》だとか、正午《ひる》をまわったとか申しました。天気がわるいと、日ざしがございませんから、そういうときには、腹ぐあいやなにかでかんがえましたな。いわゆる腹時計というやつで……そこへ、「豆腐い!」と、大きな声をだす豆腐屋がまいりますから、「ああ、あの豆腐屋がきたから、もう正午《ひる》だろう」と、いうことになります。そこまでいくと、行商人も一人前でございます。
「ああ、こっちへこい」 「へえ」 「へえじゃあねえ。また、ばあさんに、二円貸してくれと、借りにきたそうだが、なんにもしねえであそんでいて、ばあさんの小づかい銭をせびっちゃあしようがねえ。こないだも、なにか商売をするんだから、資本《もとで》を貸してくれと、いくらか持っていったじゃあねえか」 「へえ」 「いったい、なにをやったんだ?」 「八百屋をやりました。八百勝さんのいうにゃあ、いちばん手軽な商売だからやれというので、教えてくれました」 「そうそう、そんなはなしを聞いた。しかし、それも、じきにやめちまったそうじゃあねえか」 「へえ、やりそこなったもんで……」 「どうしたんだ?」 「なんでも、八百屋というものは、ときどき品ものがかわっていくから、はじめは、一色商《ひといろあきな》いということにして、なんでも三年ぐらい辛抱してやれば、すっかりおぼえてしまうというんで……」 「どうするんだ、一色商いというのは?」 「菜なら菜を売って、売れのこったら、また、あした、あたらしいのをまぜて売る。そうして、商いの道をおぼえて、だんだんといろいろなものを売るようになるんだそうで……」 「うん、商売、商売で、むずかしいもんだな。で、どうした?」 「へえ、みつ葉を売りました」 「ふーん、売れたか?」 「ちっとも売れません」 「どうした?」 「みつ葉という名をわすれちまったんで……」 「ばかっ、わすれちゃあしようがねえ。それから、どうした?」 「ええ、菜のようなものはよろしゅうございますかと、売りあるいたんで……」 「しようがねえな。それじゃあ売れるわけがねえ」 「そのうちに、だんだんしおれて、ぐにゃぐにゃになっちまったんで、いまいましいから、川のなかへほうりこんじまいました」 「らんぼうをするな」 「そうしたら、むすんであった縄が切れて、菜がばらばらになって流れていくのをみると、枯れたような菜が、水をふくんだから、いせいがよくなってきたんで、とたんに、ああ、みつ葉だったと、名前をおもいだしたけれども、もう間にあわなかった」 「まぬけなもんだ。あきれたなあ、どうも……で、これからどうするんだ?」 「八百勝さんのいうには、『なんでもあきないだから、あきずにやらなくっちゃあいけない』というんで……」 「うめえことをいうな。で、こんどは、なにをやる?」 「へえ、豆を売るんで……」 「え?」 「そら豆を売るんで……」 「ふーん」 「たくさん仕入れてもいけないから、二円も資本《もとで》があったらいいだろうというんで……」 「うん、そうか。じゃあ、しかたがねえ。ばあさん、二円だしてやんな……八百勝さんのいう通り、品ものをおぼえるあいだ、ひとつもので辛抱をして、なんでも一人前になって、店でもだすつもりにならなけりゃあいけねえぞ。いいか、おれのところに金の生《な》る木があるわけじゃあねえから、やりそこなったたびにきさえすりゃあ、貸してくれるだろうとおもったって、そうはいかねえぞ」 「へえ、こんどは大丈夫で……」 「大丈夫なら、さっさと帰って、しっかりやってこい」 「へえ、お金を……」 「なんだ、まだ金をもらってねえのか……ばあさん、早くだしてやんな。この男もまぬけだから、うっちゃっておきゃあ、いつまでぐずぐずしていらあ。じゃあ、八百勝さんへいったら、『おじさんがよろしく申しました。いずれお目にかかって、お礼を申します』と、こういっておきな」 「へえ、さっそくはじめます。さようなら……こんちは、八百勝さん、二円借りてきました」 「ああ、そうかい。これで、わたしが、もうすこしふところぐあいがいいと、だしておいてあげてもいいんだが、そうもいかない。わたしのは、車で得意さきをまわるのだが、おまえのは、むかしの棒手《ぼて》ふりというやつだ。これは、本番という升《ます》だよ。いいかい? 商いをして、呼吸をおぼえるのは、表通りばっかりあるいてちゃあだめだ。なんでも、裏へはいらなければいけない」 「へえ」 「まあ、長屋の女房たちなんぞがあつまって、いろいろはなしをしているところへ、むやみに荷をおろしちゃあいけないよ。よけいなことをいうばばあがいる。『この豆は、さんざん水をくぐってきたからうまくない』なんていうやつがあるから気をつけるんだな。また、長屋の商いは、呼吸をおぼえるくらいだから、むずかしいところがある。まず、一升いくらだといったら、十三銭のものなら十八銭とか、十五銭のものは二十銭とか、おもいきって掛け値をいうんだ。ばかに値切るやつがいるから、すったもんだの末に、十銭におまけしますとか、十五銭にしておきましょうとかいわないと、損をするようなことがあるから、よっぽどうまくやらなくっちゃあいけない。なんでも、相手をみて、商いをするようにすればいいんだ」 「へえ」 「それじゃあ、あしたの朝早くおいで……」  あくる朝になると、八百勝さんが、親切に買いだしをしてきて、すっかり荷をこしらえてくれましたから、奴《やつこ》さん、いっしょうけんめいにでかけました。 「この前は、売りものの名前をわすれたけれど、こんどは大丈夫だ。よくおぼえてるからなあ。ええ、豆でござい。そら豆の上等でござい。うまい、うまい……この調子でやりゃあいいや……ええ、豆でござい、そら豆の上等」 「おい豆屋」 「へい、豆屋は、どちらでございます?」 「豆屋は、てめえだ」 「へえ?」 「いえ、豆屋は、てめえだよ」 「へえ、さようでございます。いま、豆屋とお呼びなすったのはどちらで?」 「呼んだのはおれだ」 「へえへえ」 「ばかっ、商いをするのに、なぜ荷をおろさねえんだ?」 「へえ、ごめんくださいまし」 「こっちへへえんな。一升、いくらだ?」 「へえ?」 「いくらだよ?」 「へ��……」 「そら豆は、一升いくらだというんだ」 「へえ、この升《ます》は、本番でございます」 「なにを?」 「ええ、一升、二十銭で……」 「いくらだ?」 「一升、二十銭でございます」 「二十銭? ……おい、お松、戸をしめて、しんばり棒をかっちまえ。それから、薪《まき》ざっぽうを一本持ってこい……やいっ」 「へえ」 「二貫(二十銭)だとぬかしゃあがったな」 「へえ、そうは申しましたけれども、また、ご相談で……」 「なにが、ご相談だ! おのれのようなやつは、死ぬものののどをしめるというやつだ。首くくりがありゃあ、手をひっぱったり、足をひっぱったりするだろう。いま、身を投げようというやつがありゃあ、うしろから突きとばすだろう……あきれけえった野郎だ。この長屋のようすをみて、ものをいえ。この貧乏長屋へきて、こんな豆を、一升、二貫で売ろうなんて、ふてえ野郎だ。やいっ、てめえ、命が惜しくねえか?」 「へえ、命は惜しゅうございます」 「なにをいやあがる。二貫なんかで買うやつがあるもんか。まけろまけろ、ぐっとまけろ」 「へえ、おまけ申しまして、十八銭……」 「なにを! この薪が、てめえ、目にはいらねえか? この節《ふし》だらけのふてえ薪が……」 「へえ、とても、それは目にはいりません」 「なにをぬかしゃあがる。なんでもかまわねえからまけろよ」 「へえ、ですから、十八銭にしておきます」 「まだ、あんなことをいってやがる。二百(二銭)にまけろ」 「へえ、二貫から二百まけますと、十八銭になります」 「なにをいってやがるんだ。一升を、二百にまけろてえんだ」 「じょうだんいっちゃあいけません。いくら掛け値をいったって、そんなにまかるもんじゃあございません」 「なにっ、まからねえ? やいっ、この盗《ぬす》っ人《と》めっ! てめえ、命がいらねえんだな。よしっ、ちくしょうめ、まけるな!」 「へえ、まけます、まけます」 「なにっ!」 「まけます、まけます」 「まけるか?」 「へえ、まけます。一升、二百でございますか?」 「なんべんいってもおなじこった。まからなけりゃあ、まからねえといえ、はっきりと……」 「へえ、まけますから、どうぞ、戸をおあけなすって……豆が、そとにありますから……」 「なにをいやあがる。こっちへひきよせろ。そうだ、そうだ。なんだっ、けちなはかりかたをするない。もっと、うんといれろ。こぼれたら、ひろやあいいや……やいやいっ、もっと山盛りにしろいっ」 「へえ? 山盛りにするというのは、どういうんで?」 「山に盛るんだ。そら豆だの、さといもだのてえものは、山盛りにはかるのがあたりめえだ」 「そういうことは教わらなかったな。へえ、じゃあ、山にはかります」 「山にはかりますって、この野郎、しみったれたことをするな。升《ます》の隅へ指なんぞいれねえで、こういうあんばいに、手で屏風《びようぶ》のように升の上を囲《かこ》ってみねえ。もっとへえるから……そうよ。へえるじゃあねえか……もうすこし手を持ちあげろい」 「手を持ちあげると、あいだからこぼれます」 「こぼれたのは、こっちへいれねえ」 「それじゃあ、いくらでもはいります」 「ぐずぐずいうな。そのこぼれたのを、こっちへいれろ。さあ、二百持ってけ」 「へえ、ありがとう存じます」 「また買ってやるから、ちょいちょいこい」 「へえ、どうぞおねがい申します……ああ、おどろいた、どうも……そら豆や、そら豆」 「おい、豆屋」 「へえ……だまっていっちまやあよかった。また、筋《すじ》むこうのうちで呼んだな。おっかない裏だなあ……へえ、豆屋をお呼びなすったのは、こちらさまでございますか?」 「ここへ荷をおろしたら、からだだけ、こっちへへえれ。こっちへへえんねえよ」 「へえ」 「一升、いくらだ? そら豆は、一升いくらだよ?」 「へえ、おまえさんは、おむこうのおかたより、なお、こわい顔をしていますな」 「ひとのつらの讒訴《ざんそ》をするない。なぐるぜ」 「へえ、すいません」 「なにが、こわいつらだ。豆は、一升いくらだってんだ」 「ええ、一升……さようでございます……」 「いくらだよ?」 「ええ、一升……二……」 「やいやいっ、はっきり口をききねえ。ぐずぐずいっちゃあわからねえ。もっと、こっちへ寄って、はっきりといえ。いくらだ?」 「へえ、二銭」 「一升、二銭? たったの二百か?」 「へえ、二銭、二百……」 「おい、お竹、戸をしめて、しんばり棒をかっちまえ。薪ざっぽうのふてえやつを一本持ってこい」 「へえ、二百なんでございますが……」 「なにをいやあがるんだ。てめえは、この豆を一升二百ばかりで売って、妻子がやしなわれるのか? これで稼業になるのかよ? こいつは内職で、本職が、ほかにあるんだろう? うん、てめえ、どうも目つきがよくねえぞ。さては……」 「いいえ、けっしてあやしいもんでは……」 「なにをいやあがる。てめえ、おれのつらのこええのを、いま知ったか。光秀《みつひで》の金太といやあ、知らねえものはねえんだ。腕ずくなら、どんな野郎にでも負けたこたあねえんだ。この薪ざっぽうが目にはいらねえか、まぬけめ!」 「だから、二銭におまけ申して……」 「なにをいやあがるんだ。本番の升へ一升はかったものを、ただの二百で買って食っちゃあ、友だちなかまにつらだしができねえや。そんなお兄《あに》いさんじゃあねえやい」 「へえ、では、一銭八厘では?」 「なにをいやあがるんだ。だれが、まけろといった?」 「さようでございますか………ええ、いくらにしたらよろしゅうございます?」 「もっと高けりゃあいいんだ」 「十五銭でも、すこしはもうかるんでございます」 「なにをっ、この泥棒!」 「へえ?」 「十五銭? こんちくしょう、けちなことをいやあがる。もっとこっちへこい、この野郎」 「高ければ、おまけします」 「まだあんなことをいやあがる。一升、一貫五百ばかりの豆を食って、友だちなかまに顔むけができるか。光秀の金太のわけを知らねえか。顔にむこう傷があるから、光秀の金太なんだ。よくみろい」 「さようでございますか。どうもあいすいません」 「あいすまねえもなにもねえ。いくらだ?」 「十八銭で……」 「なぐるぞ、こんちくしょう、十八銭ばかりのはした銭で、豆を一升買ったといわれちゃあ……」 「わかりました、わかりました。どのくらいならよろしゅうございます?」 「五十銭とか、一円とか、大きなことをいやあ、おなじこっても食い心地がいいや。べらぼうめえ、江戸っ子だ」 「ああ、そうでございますか。五十銭なら結構でございます。ありがとう存じます。そのかわり、本番の升で、盛りをよくはかります」 「やいやい、なにをしやがるんだ」 「へえ、豆をはかりますんで……」 「ばかっ、なるたけ、なかをふんわりと、すきのあるようにして、一ぱいつめたようにみせるのがあたりめえだ。上からそう押しつけるやつがあるか、この泥棒。変なまねをしやがる。升の隅へ手をかけて、山に積んでやがる」 「へえ、けれども、そら豆だの、さといもだのというものは、山はかりといいまして、手を隅へかけると、どうしても山盛りが高くなります」 「ばかにするな。升てえものは、深さがいくらで、横縦が何寸何分ときまってる。なんのためにできてる升だ、べらぼうめえ。高く山にするくらいなら、なんではかったっておなじこった。なんのために升の寸法がきまってるんだ?」 「へえ、そうしますと、どういうふうにやります?」 「どういうふうにったって、それを、たいらにしねえ」 「ああ、たいらにするんで……よっぽどとれました」 「ばかっ、商人《あきんど》が、そんなことで商売になるか。その山形のなかをへこむようにとってみねえ」 「なるほど、二十粒ばかりとったら、すこしへこみました」 「ばかっ、商人が、そんなことでめしが食えるか。もっとへこませろ」 「もうへこみやあしません」 「両方の手をそらしてすくえ」 「わたしの手は、強《こわ》くって、うまくそりません」 「なかへそるだろう? やい、なかへ、こういうふうにそらねえか?」 「ああ、なかのほうなら、いくらでもそります」 「それみろ、こうして、すくうようにして、もっと、ぐっとへらせろい」 「もう、こんなにとってしまって、すくいにくくなりました」 「すくいにくくなったら、升をさかさにして、ぽんとたたけ」 「へえ、升をさかさにして、ぽんと……たたきました。親方、升はからっぽです」 「おれんとこじゃあ、買わねえんだい」
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hi-majine · 3 years
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落語「反対車」
 そのむかし、まだ人力車がさかんだったころのおはなしでございます。  人力車夫のなかには、繻子《しゆす》の詰《つ》め襟《えり》の上着に、金モールの縫いのあるドイツ帽をかぶって、きりっとしたももひきで、ときによると、乗ってるお客さまよりも、金のかかった服装《みなり》をしているのもおりまして、こんなのはみるからに早そうでございますが、なかには、ずいぶんあやしげなのがいて、枯れたねぎのしっぽのようなももひきで、ぶくぶく綿のはいったちゃんちゃんこ、すっかり色のさめたまんじゅう笠《がさ》をあみだにかぶってるなんてえのもおりまして、こんな車に早いのはございません。 「旦那、おやすくお供いたしましょう」 「上野の停車場までやってくんな」 「おいくらで?」 「おいくらでったって、おめえが乗せるんじゃあねえか」 「ああ、なるほど、ごもっともで……」 「つまらねえことに感心してるんじゃあねえや。いくらでいくんだ?」 「どうせ、云い値じゃあ乗りますまい」 「おかしなことをいうない。高くさえなけりゃあ、云い値で乗るよ」 「じゃあ、十五円もいただきましょうか」 「おい、しっかりしろい、まぬけめ! 十五円だしゃあ、吉原で、どんちゃんさわぎができるご時勢だ。神田から上野まで十五円もだすやつが、どこにあるもんか」 「だから、勝手に値切ったらいいでしょう」 「そうよなあ、せいぜい三十銭てえとこだろうなあ」 「はあ、いきましょう」 「おっそろしく早くまけたなあ」 「どうかお乗んなすって……」 「いやにきたねえ車だな」 「へえ、きたないことは、まさにうけあいで……」 「それに、へんなにおいがするな」 「きのうまで豚を配達していまして、まだ、人間を乗せたことはないんで……」 「えっ、豚を配達していた?」 「ええ、人間を乗せるのは、お客さんが口あけで……」 「ひでえ車があるもんだ……おい、ふとんがねえぜ」 「へえ、豚はふとんを敷きませんから、ふとんはありません」 「いやな車だな」 「いいえ、そのほうが、尻《しり》がすっぽりはいって、すわりがようございますよ」 「ばかにするない」 「それから、しっかりつかまっていてくださいよ。両方の手で……」 「くたびれるじゃあねえか」 「手はくたびれますが、足のほうは楽《らく》で……」 「のんきなことをいってちゃあいけねえ。いいかい? 大丈夫かい? おいおい、そんなに梶棒《かじぼう》をあげると、うしろへおっこちるよ」 「じつは、ちょうちんが、ちっと長すぎるんで、梶をさげるとひきずりますから……」 「おそろしく長えちょうちんだなあ。いったい、どこから持ってきたんだ?」 「おいなりさまの奉納ぢょう��んを借りてきましたもんで……」 「なんだ、奉納ぢょうちんを借りてきた? そんなものをどうするんだ?」 「どうするんだって、これがなければ、路がわかりません。なにしろ借りものですから、こうなると、人間よりもちょうちんのほうが大事《だいじ》だ」 「じょうだんいうねえ……そりゃあいいが、もっと早くやってくんな。おれは、いそぐんだから……」 「ええ、やりたいのはやまやまですが、なにしろ、ちょうちんが足へからみついて、どうにもしまつにおえません。すみませんが、旦那、ちょうちんを持ってくださいませんか?」 「そんなばかばかしいことができるもんか」 「じゃあ、せめて汗《あせ》だけでもふいておくんなさい。目へ汗がながれこんで、見当《けんとう》がつきませんから……」 「いやな車に乗っちまったなあ。さあ、顔をだしねえ」 「どうもお世話さま」 「おめえ、口は、なかなか達者だが、足のほうはたよりねえな。あとからくる車が、みんな追いぬいていくぜ」 「なるほど、追いぬいていきますな。若いものには、花をもたせてやりましょう」 「若いものばかりじゃあねえ、としよりも追いぬいていくぜ」 「としよりにも花をもたせてやりましょう」 「ふざけるな。葬式《とむらい》じゃああるめえし、そう花をもたせてどうするんだ。どんどんいそいでやってくんな」 「旦那、そりゃあ、わたしだって車夫《くるまや》である以上は、大いに駈けたいんですよ。けれども、じつは、医者のいうには、『おまえは、心臓病があるから、なるべく駈けないようにしろ。無理に駈けると、心臓が破裂する』と、申します。それに、わたしは、女房や、親、兄弟もございません。もし心臓が破裂いたしましたら、どうぞ死骸《しがい》をひきとっておくんなさい」 「おい、おろしてくんな。とても乗っちゃあいられねえ。さあ、銭《ぜに》をやるよ」 「旦那、二十銭しかございませんが……三十銭のきめじゃあございませんか?」 「きめはきめでも、まだ、おめえ、万世橋《まんせいばし》もわたらねえじゃあねえか」 「追々《おいおい》わたるでしょう」 「追々わたられてたまるもんか」 「じゃあ、どうしても二十銭しかくれないんですね」 「あたりめえよ。二十銭だって多すぎるくれえだ」 「じゃあ、おろさないで、ぼつぼつ上野までひいていきますから、おいやでも乗っていってください」 「乗れというなら乗っていこうが、いったい何時ごろ上野につくんだ?」 「あさっての夕方でございましょう」 「じょうだんいうな。しかたがねえ。きめただけやるよ。さあ三十銭」 「どうもありがとう存じます。いつでも、あの柳の下にでておりますから、おいそぎのときには、またどうぞ……」 「なにいってやんでえ……ああ、おどろいた。ひでえ車に乗っちまったもんだ。こんなことなら、あるいたほうが、よっぽど早かった……車屋は、このへんにいねえかな? ……うん、あすこにいる若《わけ》え衆は、いせいがよさそうだ。おい、若え衆さん」 「へえ」 「おめえ、達者かい?」 「え? 達者かい? 達者かいとは、だれにいうんで?」 「怒っちゃあいけねえ。おめえに聞いたんだ」 「まあ、相手が鬼神《おにがみ》ならいざ知らず、人間なら、ぬかれたことはありゃあしませんぜ。こう梶棒をとって、はっとくらあ、あらよー、はっはっはっ……」 「おいおい、待ちな、待ちな。まだ乗りゃあしねえ」 「道理で軽いとおもった。さあ、お乗んなすって……」 「万世橋をわたって、北へ北へと、まっすぐにいってくんな」 「へえ、よろしゅうございます。旦那、乗ったら、しっかりつかまって、足をうんと踏んばっていてくださいよ」 「よし」 「でますよ。はっ、あらよー、はっはっはっはっ……」 「なるほど、こりゃあ早《はえ》えや。いやにからだがうごくが、むこうへつくまでに、おれの首はおちゃあしねえか?」 「首をおとしたひとはありませんが、どうか、旦那、あんまり口をきかないでいてください。このあいだ、舌を歯《か》み切って死んだひとがありますから……」 「あぶねえなあ。おそろしく飛ぶじゃあねえか」 「ここんところは、道普請《みちぶしん》で、五、六町でこぼこですから、飛んじまいましょう」 「おいおい、じょうだんすんねえ。あぶねえからとめてくれ」 「とめろったって、こう駈けだしたら、なかなかとまりませんよ」 「おどろいたなあ。たのむから、とめてくんねえ」 「ああ、ありがてえ。やっと土手でとまった」 「土手でもなかったら、どこへ飛んでいってしまうかわからねえな」 「へえ、ときどき遠っ走りしすぎて、帰りのめし代にもこまることがありますよ」 「ふざけちゃあいけねえ。ここは、いったいどこだ?」 「そうですね。あんまり見なれねえところだが、まさか外国じゃあありますまい」 「おいおい、心ぼそいことをいってねえで、よくみてくんな」 「ちょっと待ってくださいよ………ええ……旦那、ここは、埼玉県川口ですよ」 「川口? こりゃあおどろいた。おらあ、上野の停車場へいくんだ。こんなところへきちまって、こまるじゃあねえか」 「だって、万世橋をわたって、北へ北へまっすぐとおっしゃいましたから、たぶん青森か北海道だとおもったんで……」 「しかたがねえなあ。じゃあ、すまねえけれどもひっかえしてくんな」 「へえ、よござんす。はっ、あらよー、はっはっはっ……」 「おい、若え衆、すこし腹がへってきたよ」 「車に乗るには、弁当がいりますよ」 「ばかなことをいうない。車の上で、弁当が食えるかい」 「旦那は、腹がへったでしょうが、わっしは、目がくらんできましたから、川があったら教えてくださいよ」 「おめえは、川へ飛びこむことがあるのかい?」 「ええ、日に三度ぐらいは飛びこみます。こんど飛びこめば四度めだが、たぶん、旦那でおしまいでしょう」 「ふざけちゃあいけねえ。おいおい、若え衆、とめてくれ。おいっ、とめてくれってば……」 「いまとめますよ。なにしろ、はずみがついてるんだから、急にゃあとまりませんよ。あらよー、へい、はっ、へい、とまりました」 「ああ、命びろいをした。あぶなかった。しかし、早えな」 「へえ、早えほうじゃあ、だれにもひけをとりません。さっき、汽車を追いぬきました」 「そうだろう……ところで、いくらだい?」 「十円やってください」 「十円! そいつあ、ちっと高かあねえかい?」 「高《たけ》えかも知れませんが、命がけですから……」 「おめえも命がけかも知れねえが、おれのほうも命がけじゃあねえか。しかし、まあ、はじめからきめずに乗ったのが、こっちの手落ちだ。しかたがねえ、十円やろう……そりゃあいいが、みなれねえ停車場だが、どこだい?」 「そうですねえ……あっ、旦那、川崎です」 「川崎?! ……そりゃあてえへんだ」 「じゃあ、もう一ぺんもどりましょうか?」 「そうだなあ。ごくろうだが、上野へひっけえしてもらおうか」 「ええ、よござんす。じゃあ、しっかりつかまってくださいよ。さあ、駈けますよ。あらあらあらあらっ、はっはっはっ……へい、上野へつきました」 「早かったなあ。ごくろう、ごくろう……ときに、何時だい?」 「ええ……午前三時で……」 「それじゃあ、終列車はでちまったあとだ」 「なあに、心配はいりません。一番列車には、きっと間にあいますから……」
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hi-majine · 3 years
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古典落語「ふたなり」
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「おやじさん、こんちは……おやじさん、こんちは」 「だれだ? ……おお、村の若えもんか。こっちへへえれ」 「どうもごぶさたあしました。このあいだから、おやじさん、一ぺんこなけりゃあならねえとおもってただが、つい、おやじさんの前だけれども、いそがしくって、おやじさんのところへくることができねえで、まあ、おやじさん……」 「なんだ、おやじさんばかりつづけていて、ちっともはなしがわからねえじゃあねえか。まぬけめ」 「まあ、かんにんしておくんなせえ。つい、おやじさんてえのが口ぐせになってるもんで、おやじさんの前へくると、おやじさん、おやじさんとばかり……」 「なおひどくなった。まあ、きょうは、なにしにきたんだ?」 「すこしおやじさんにおねげえがあってきましただ。かねて、おやじさんにも口をきいてもらった留さんとこの借りを、どうしてもあしたかえさなけりゃあならねえんで……」 「うん」 「あの借りをかえさねえと、この村にいられねえで、どっかへ逃げなけりゃあならねえんだが、すみませんが、おやじさん、どこかで、ひとつ算段はできませんかね?」 「こまったなあ。そんなことなら、早くくるがいいでねえか。早けりゃあ、どうにかはなしのつけようもあったが、もうあしたじゃあしょうがねえや」 「そこをおやじさん、どうかなりませんかね?」 「じゃあ、こうしろ。となり村のおときばあさんのところへいって、金を借りてくるがいい。おれがそういったといやあ、きっと貸してくれる。手紙を書いてやるから持ってけ」 「だけれども、おらがいっても、とても貸してはくれません。どうかひとつおやじさんがいって、顔をみせて、おれに貸し���くれろといっておくんなさりゃあ、はなしがわかるんだが、どうでごぜえましょう?」 「おれがいけば、すぐできるなああたりめえだが、そうしねえでも、手紙を書いてやるから持っていけ」 「いけというならいきもしますが、もう夜もおそいですからね、これからでかけていって借りたところで、杉の森から池の端へ帰るあいだの森のなかがおっかねえからね」 「ばかっ、なにおっかねえものか。くだらねえことをいうな。臆病《おくびよう》なやつでねえか」 「だけれども、おやじさん……」 「なにがだけれどもだ。なんにもおっかねえこたあねえ。若えくせに、いくじのねえことをいうな。おれなんぞ、がきの時分からこのとしになるまで、おっかねえとおもったことなんぞねえぞ。てめえは、まだ旅をしたことがあるめえ?」 「一度もねえだ」 「それだからだめだ。おれが若え時分に、ほうぼう旅をしてあるいたはなしを聞かしてやんべえか?」 「なにかあるかね?」 「ああ、あるとも……おれが、甲州のほうへいったときに、ちょうど、日の暮れがた、山中へかかってきた」 「へえー」 「すると、岩のあいだから、すっくりでたものがあるだ」 「なんでごぜえます?」 「地震の子だ」 「地震の子? おどろいたんべえなあ」 「うん……それをおれがひっつかめえて、宿へついてから、こんぶを巻いて煮て食った」 「へーえ、地震の子なんてえものは、食えるかね?」 「うん、じしんのこぶ巻き(にしんのこぶ巻きのしゃれ)といってな」 「なんだか変なはなしだなあ」 「それからまた、妹をつれて北海道へいったときに、山奥へはいると、大きな虎がでてきた」 「虎が? ……へーえ、北海道には熊がいるというはなしは聞きましたが、虎がいたかね?」 「いたとも、ずいぶん大きな虎だった」 「へーえ」 「そのときには、さすがのおれもすこしおどろいた。すると、妹がおそろしく強《きつ》い女で、そんなことにびくともするんじゃあねえ。いきなりその虎をふんづかめえて、うーんとさしあげた」 「へーえ」 「さしあげておいて、力まかせにどーんと投げころしてしまった」 「おそろしい力だね」 「それから、妹のやつ、いまだにそれを商売にしている」 「なにを?」 「とらあげばばあよ」 「なんだかあてにならねえはなしだなあ」 「まあ、いいから、いってこい」 「おやじさん、そんなに強いひとだから、いっておくんなせえ」 「いくじのねえやつだな。しかたがねえ。じゃあ、おれがいってやるべえ……おい、せがれや、せがれや、おい、千太郎や」 「はい」 「おれは、おときばあさんのところへいってくるからの、よく番をしていろ。おまえたち、みんなで火の用心を気をつけてくれよ。うん、じゃあ、いってくるだから……」  と、おやじさん、おもてへとびだしました。  口ではつよいことをいっておりますが、このおやじさん、なかなか臆病でございます。杉の森へかかりますと、木のかげに、まっ白なものがぼんやり立っております。これは、きつねやたぬきが、こっちの気を知るもんだから、おれがこわい、こわいとおもってるんで、ちくしょうめ、いたずらをするんだろう、いまいましいやつだと、だんだんそばへ寄ってみると、年若《としわか》の女が、しきりに泣いているのは、どうやらほんとうの人間らしゅうございます。 「なんだ、そこで泣いているのは、きつねか、たぬきか?」 「いいえ、わたしは、きつねでも、たぬきでもございません」 「じゃあ、なんだ?」 「せっかくおたずねくださいますのに、まことに申しわけございませんが、どうか早くあちらへいらしってくださいまし」 「いけというならいくが、おまえ、ここでなにをしている?」 「すこし用事がございますので……」 「なんの用か知らねえが、おい、ねえさん、この杉の森というところは、男でも気味がわるくっていやなところだ。それを、おまえさん、たったひとりで、なんの用があるか知らねえが、ひょっとわるい了簡《りようけん》でもだすんじゃあねえか?」 「じつは、枝ぶりのよいのをさがしております」 「えっ、首くくりかね? 若えのに、首をくくって死ぬというなあ、とんだ了簡ちがいだ。どういうわけで死になさるのか、はなしをしなせえ。こととしだいによったら、相談に乗らねえでもねえが、どういうわけだ?」 「ご親切のおことばゆえ、おはなし申しあげますが、じつは、めんぼくないことではありますが、わたしは、このさきの吉田村で生まれたものでございまして、江戸のほうへ奉公にまいっておりました」 「うん」 「そのうちに、そこの番頭さんに大吉さんというかたがありまして、そのおかたと、ついご主人の目をしのんで、不義いたずらをいたしました」 「うん、若えうちはありがちだ。それからどうした?」 「そのうちに、いつか因果の胤《たね》を宿しまして、お腹が大きくなり、とうとうご主人さまのお目にとまり、ふたりとも主人かたを追いだされ、しかたがなしに、番頭さんの在所《ざいしよ》へいく途中、まかれてしまって、番頭さんは、どこへいったかわかりません。こんなお腹をして、親もとへ帰るもめんぼくなく、いっそのこと死んでしまおうとおもいます。すみませんが、首をくくるつもりでございますから、じゃまをしないで殺してくださいまし」 「ばかなことをいうでねえ。なんぼ若いからといって、そんな無分別なことをするもんでねえ。死んで花が咲くものか。とにかく、わしのところへきな。ゆっくりと相談して、子どももおれのところで生ましてやる。また、親もとへはなしてやってもいい。すてた男はにくいけれども、腹の子どもに罪はねえ。闇《やみ》から闇へほうむるのもかわいそうだ。いいから、おれのところへきな」 「ありがとう存じますが、いったん死のうとおもいつめたことでございますから……」 「それはいかねえ。死んで、またいつ生きられるとおもう? とかく若え時分には、ふたこと目には死にたがるもんだが、この世にまたとでられるものじゃあねえ。まあまあ、気をおちつけて、おれのところへきな。どうでも世話をしてやるから……」 「ありがとう存じます。それほどまでにご親切におっしゃってくださるなら、わたしに、ひとつのおねがいがございますが、お聞きとどけくださいましょうか?」 「なんだ、ねがいというのは?」 「ほかではございませんが、いまも申す通り、親にも家へも義理がわるくって帰れませんから、わたしが死にましても、葬式《とむらい》をしてくれるものもございません」 「うん」 「ここに十両のお金を持っております。これをあなたへおあずけいたしますから、わたしが死にましたあとで、どうかこのお金で、葬式《とむらい》をよろしくおねがいします」 「なにをくだらないことを……なに、十両? おまえが? ……うーん、十両も持っていなさるのか……十両もあれば、これからおときばあさんのところへいかねえでも……いや、なに、こっちのことだ……そうか、それじゃあ死ぬがいい。なるほど、腹を大きくして、親のところへめんぼくなくって帰れめえから、死のうというのももっともだ。おれだって、それなら死ぬ気になる。まあ、そりゃあ死ぬほうがいい」 「じゃあ死にましても……」 「ああ死ぬほうがいい。死んだほうがいいとも、死んだほうがいいとも……おれなども、若え時分にゃあ、死にかけたことがたびたびある。なまじ生きていれば恥さらしだ。死ぬほうが親孝行だ。死にな、死にな」 「おじいさん、首をくくるのは、どうしたらようございましょうか?」 「どうしたらって、おれもいままで死んだことはねえが……あすこに松の木がぬっとでている。この木へぶらさがって、ぐっと首をつるんだ」 「どういうぐあいに?」 「どういうぐあいったって、おれだってわからねえ。木のあいだへこうひもをさげて、輪をこしらえて……あっ、ちょうどいい。ここに台がある。これをこう置いて、この上へ乗っかって、首を輪へひっかけて、前の台を蹴りさえすれば、ぶらりとさがる。これで、ぎゃーもすーもねえ。楽に往生できる」 「すみませんが、おじいさん、ちょっとやってみせてくださいな」 「厄介な女だなあ。じゃあ、その型をみせてやるべえ。それ、いいか? このひもをこれからこうかける。ここで、むすび玉をこしらえて、ふたつ輪を通して、台の上へ乗っかって、首へこう輪をかけて、ずどんと前へ台を蹴倒せば、首がつれるだ。いいか?」 「どういうふうに台を蹴るんで?」 「わからねえな。こういうふうに……」  と、いって、ぽんとはずみをつけて台を蹴りますと、「うん」と、じいさん、そのままぶらさがって死んでしまいました。 「あっ、おじいさん、もうわかりました。おりてください。わたし、その通りにして死にますから……ちょいと、おじいさん……あらっ、おじいさん、鼻汁《はな》をたらして……ちょいと、おじいさん……あら、いやだ。ぶらさがって死んでしまったんだよ。まあ、おじいさん、いやなかっこうだこと、いやだねえ。死ぬとこんなかっこうになるものかね。ああいやだ。よそう。死ぬのは、ばかばかしいよ。首は長くのびて、鼻汁をたらしているかっこうは、みっともないことねえ。ああ、いやだ。よそう、よそう。なんだって、わたしは死ぬ気になったんだろう? ……あっ、ここに書置きがある。こんなものを持ってたってしようがない。おじいさん、すみませんが、わたしのかわりに死んでくだすった。そのかわり、花だけは、毎日あげますよ。もう、わたしは死ぬのはやめますから、ごめんください」  ひどいやつがあるもんで、ひと目にかからぬうちにと、いそいで逃げてしまいました。
 一方、おじいさんのうちでは、帰りがおそいから心配しまして、 「どうしたんだんべえな? まだおやじさん、帰ってこねえが、どうすべえ?」 「もうそろそろ夜もあけるだんべえ。ふたりでいってみるか?」 「そうすべえ。千太郎さん、おやじさんをむかいにいってくるから、留守番していておくんなせえよ……あーあ、夜あけがたてえものは、寒いもんだなあ」 「うん、どこへいったんだんべえ? おやじどんは……」 「そうさな。となり村のおときばあさんのところへいったにしちゃあ、あんまり長すぎるだな」 「なあに、あのおやじ、口にゃあ強がったことをいってるが、なかなか臆病だから、夜のあけるまで、ばあさんのところにぐずぐずしているんだんべえ」 「それとも、また、金というものは、あるようでねえもんだから、ばあさんところにもねえんで、どっかよそへいったんでねえか? ……あいたっ、おお、いてえ。おらのこと、なにするだ? ひとのあたまを蹴りゃあがって……」 「なにいってるだ。だれが、おめえのあたまを蹴るやつがあるもんか」 「だって、いま、あたまを蹴られた」 「変だなあ。坐ってでもいやあしめえし、あるいててあたまを蹴られるやつがあるか」 「おい……でた、でた」 「なにがでた?」 「なにがって、ここにぶらぶらしていやがる」 「なに? ぶらぶら? ……」 「うん、人間の宙乗《ちゆうの》り」 「宙乗り? ……おかしなぐあいだなあ」  と、ひょいとみると、いま、東がいくらかあかるくなったところで、ぼんやりと顔も見わけがつくようになりましたから、よくみると、宵に金のくめんをたのんだおじいさんが、鼻汁をたらして首をくくっておりますから、ふたりはおどろくまいことか、 「うわーっ、たいへん、たいへん、おやじさんが首をつってるだ」 「こりゃあたいへんだ。早く知らせろ」  と、とってかえしてうちへ知らせましたから、せがれの千太郎をはじめ、村の衆もとんでまいりました。  そのうちに、検死《けんし》の役人もきまして、とりあえず、木からおろして一応からだをあらためました。 「これ、せがれ千太郎というのは、そのほうか?」 「はい」 「とんだ災難であったな」 「はい、ありがとう存じます。えらいことになりました」 「ふだんから、なにか父のようすにかわったことでもあったか?」 「べつにかわったことはございません。ここにおります若いものが、金の算段をたのんだものでございますから、その金を借りにでましたが、それぎり帰ってまいりません。ふたりの若いものが心配をして、ただいま、むかいにまいる途中、この死骸《しがい》をみつけまして、てまえどもへ知らせにまいったのでございます」 「うん……やっ、死骸のふところになにか書きつけのようなものがはいっておるぞ……なになに? おお、書置きとしてあるぞ。どういうわけで死んだか、仔細《しさい》はしたためてあろう。みてとらせる……ええ、一筆しめしのこしまいらせ候。わたくしこと、ご両親さまに申しわけなきことながら……これ、千太郎、そのほうの父には、まだ両親があるか?」 「いえ、もう、とうにございません」 「おかしな文句じゃな……ご両親さまに申しわけなきことながら、いつしかあのひとと深くなじみ……はて、このとしになって、女でもこしらえたとみえるな……ついに因果の胤を宿し、はや八月に相成り候? ……これ、千太郎、そのほうの父は男であろうな?」 「へえ、女のおやじはございません」 「……おかしいな、どうも……ついに因果の胤を宿し、はや八月……というと、女のようであるが……うん、わかった。世にふたなりと申し、男と女と両性のものがあると申すが、そのほうの父は、ふたなりであろう?」 「いいえ、昨晩、着たなりでございます」
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hi-majine · 3 years
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落語「つづら泥」
「与太郎、どうしたんだ、つづらなんぞしょって、いったい、どこへいこうってんだ?」 「じつはね、なにをしても損をするから、いっそのこと、心をいれかえて、泥棒になろうとおもうんだ」 「ばかだな、こいつあ……心をいれかえて泥棒になるやつもねえもんじゃあねえか……おめえ、どうして、そんなわりい了見《りようけん》をおこしたんだ?」 「いや、兄いの前だがね、べつにわるいこたあねえんだ。ひとのものを盗むんならわるいだろうが、自分のものを盗むんだから……」 「なにをいやあがる。自分のものなんぞ盗んだって、つまらねえじゃあねえか」 「それがつまらなくないんだ」 「どうして?」 「うん、横町の質屋の伊勢屋に、おれのものが、どっさりあずけてあるんだ。それを、いくらかえせかえせといっても、あすこのおやじが因業《いんごう》で、どうしてもかえしてくれないんだ」 「ふーん、なんだって、そんなところへあずけたんだ? おめえのうちがせめえからか?」 「銭《ぜに》がほしいからあずけたんだ」 「それじゃあ、質にいれたんじゃあねえか」 「うん、早くいえば……」 「おそくいったっておなじことだ。質にいれたんじゃあ、けえさねえのがあたりめえだ」 「そうかね?」 「あれっ、そうかねだってやがらあ……」 「だからね、くやしいから、今夜、あすこへいって、おれのものだけ持ってこようとおもうんだ」 「銭を払って持ってくるのか?」 「ううん、だまって……」 「それじゃあ、泥棒じゃあねえか」 「そういう見当《けんとう》になるかな?」 「あれっ、そういう見当だってやがら……火事の方向をみつけてるんじゃあねえや……しかし、まあ、たとえあずけてあるものでも、だまって持ってくれば泥棒だ……で、そのつづらは、なんにつかうんだ?」 「だからさ、盗《と》ったものを、このなかへいれてこようとおもうんだ」 「ばかっ、泥棒にへえるのに、いれものなんぞ持っていくやつがあるか。むこうにあるものにいれてきたらいいじゃあねえか」 「でも、かえしにいくのがめんどうだ」 「かえさなくったっていいや。まぬけめっ、そんなものは、みんなとりっぱなしだ」 「そらあ、たちがよくないや」 「なにいってやんでえ。たちのいい泥棒なんぞあるもんか……どうやってへえるつもりだ?」 「戸じまりが厳重で、なかなかはいれないから、忍術でしのびこむんだ」 「へーえ、おめえ、忍術なんぞ知ってるのか?」 「ああ、手をくんで印《いん》をむすぶと、どろんどろんと白いけむりが立って、どろどろどろと、すがたが消えるんだ」 「じゃあ、やってみろ」 「いいかい、印をむすぶよ……どろん、どろん、どろん……どうだい、みえなくなったろう?」 「なにが、どろん、どろんだ。まるっきりみえるじゃあねえか」 「目をあいてるからみえるんだよ。目をつぶって……」 「目をつぶりゃあ、だれだってみえやあしねえや。のんきな野郎だなあ……しかし、大きな声じゃあいえねえが、じつは、おれも、あの質屋にはあずけたものがあるんだ。おめえがいくなら、おれもいっしょにいこう」 「そうかい。そいつはありがたいや。ひとりよりも、ふたりのほうがにぎやかでいいや」 「ばかっ、泥棒にへえるのに、にぎやかなのをよろこぶやつがあるか」 「で、兄い、どうやって、あのうちへはいるんだい?」 「おれにいいかんがえがある。こうしねえ」 「ああ、そうしよう」 「まだ、なんにもいやあしねえ」 「道理で聞えない」 「くだらねえことをいってんじゃあねえや……いいか、そのつづらを、質屋のおもてにおいて、大きな声でどなるんだ」 「あけまして、おめでとうって……」 「ばかっ、いま時分、年始《ねんし》にいくやつがあるか……『伊勢屋さん、伊勢屋さん、お宅《たく》に泥棒がはいった』と、大きな声でどなるんだ。そうすると、なかから、おどろいてでてくるだろう。でてくる前に、おれとおめえが、このつづらのなかへかくれてしまうんだ。そこへ質屋のおやじがでてくる。あのじじいは、因業で欲ばりだから、『おや、ここにつづらがおちている。持ってかれねえでよかった。早くうちへしまえ』ってんで、あわを食って、おれたちのへえってるつづらをうちのなかへはこびこむだろう」 「うん、そうするだろうな」 「だから、夜なかになって、おれとおめえの品ものをとりけえして、このつづらんなかへいれて、おもてをあけて帰ってくるんだ。どうだ、うめえかんげえだろう?」 「なるほど、それじゃあ、泥棒にはいるんじゃあなくって、いれられるんだな。うまくいったら赤飯《おこわ》をふかそう」 「どうして?」 「泥棒の開業祝い」 「ばかっ、泥棒の開業祝いてえのがあるか」 「そうでないよ。ものごとは、はじまりがかんじんだから、チンドン屋をたのんで、広告してあるこう……東西、東西! このたび、ご当地に、泥棒が開業いたしました。みなさまがたのおのぞみによりまして、なんなりとも盗んでごらんにいれます。けっして料金はいただきません。お申しこみ順に、かたっぱしから盗んでさしあげますれば、ふるってお申しこみのほど、ひとえにねがいあげたてまつりまーす!」 「ばかっ、のんきなことをいってんじゃあねえ。そんなことを巡査《おまわり》に聞かれたら、すぐにつかまっちまうじゃあねえか」 「だから、交番の前じゃあいわない」 「なにいってんだ。つかまったら、おたげえに別荘へいかなきゃあならねえんだぞ」 「ありがたいな」 「なにがありがてえんだ。高《たけ》え煉瓦塀《れんがべい》のあるところへいくんだ」 「ふーん、しゃれた西洋づくりのうちだな」 「そうじゃあねえ。赤え着物を着るんだ」 「ずいぶん派手《はで》だな」 「あれっ、まだわからねえのか? 腰にくさりがついて、草をむしったり、泥をはこんだりするんだぞ」 「へーえ、まるで懲役《ちようえき》みたいだな」 「みたいじゃあねえ。懲役だ」 「おれは、あいつは好かないよ」 「だれだって好きなやつがあるもんか……とにかく、つかまらねえようにやらなくっちゃあいけねえ。さあ、早くこい……しーっ」 「え?」 「しーっ」 「赤ん坊に小便させてるのかい?」 「そうじゃあねえ。伊勢屋の前へきたから、しずかにしろてんだ」 「ああそうか。じゃあ、どなろうか?」 「おいおい、ちょっと待ちな。つづらのふたをさきにあけといてっからどなるんだ」 「あけまして、おめでとうございって?」 「もうわすれちまったのか? 『伊勢屋さん、伊勢屋さん、お宅に泥棒がはいりました』って……」 「あっ、そうそう……さあ、どなるぞ。いよいよどなるから覚悟しろ……い、い、い、いー」 「なにいってるんだ。しっかりしろい」 「い、い、伊勢屋さん、伊勢屋さん、お宅に泥棒がはいったぞ。でてくる前に、おれたちは、このつづらんなかへはいらあ」 「ばかっ、そんなことを大きな声でいうやつがあるか……てめえじゃあだめだから、おれがどならあ……伊勢屋さん、伊勢屋さん、お宅に泥棒がはいりましたよ!」 「あいあい、その通りでござい」 「そんなことをいうやつがあるか。さあ、早くなかへへえれ」 「そうだったな。じゃあ、さきへはいるから、あとの戸じまりをたのむよ」 「つづらの戸じまりってえのがあるか」  ふたりは、つづらへはいると、ふたをして、息を殺しております。  伊勢屋さんじゃあ、泥棒がはいったという声ですから、おどろいて、みんなとびだしてまいりまして、 「どうした、どうした?」 「泥棒だ、泥棒だ」 「旦那さま、なにか置いていきましたか?」 「なにをばかなことをいってるんだ。置いていく泥棒なんぞいるもんか……ほうぼうよくしらべてみなさい……え? どこもなんともない? 蔵も大丈夫かい? ……ふーん、おかしいなあ……ああ、だれかどなったんで、なんにもとらずに逃げてしまったんだろう。まあまあ無事でよかった……おやっ、なんだろう? こんなところに大きなつづらがあるが……おい、番頭さん、このつづらは、うちのかい?」 「いいえ」 「それじゃあ、どこかからおあずかりしたのかい?」 「いいえ」 「おかしいなあ……ああ、そうか。泥棒が、どっかから盗んできたんだが、さわがれたんで置いてったんだろう。いったい、どこのつづらだろう?」 「へえ、旦那さま、これには、丸に柏の紋がついていて、大与《だいよ》としてございますが……」 「なに? 丸に柏で、大与? ……それじゃあ、大工の与太郎のうちのものだ。よくもまあ、こんなきたないつづらを盗んだものだ。ふーん、あんまりきたないので、泥棒もあきれて置いていったんだろう。こんなものだって、与太郎のうちにとっちゃあたいへんだ。番頭さんや、長松と権助に、これを与太郎のうちへ持っていくようにいいなさい」  番頭さんが、小��の長松と下男の権助につづらをかつがせて、与太郎のうちへ持ってまいりまして戸をドンドンドン…… 「こんばんは、こんばんは」 「はいはい……ああ、米屋さんですか? お勘定は、晦日《みそか》にしてくださいよ」 「ああ、米屋に借りがあるんだな……おかみさん、米屋じゃあないよ」 「ああ、酒屋さんですか。お勘定は、晦日に……」 「酒屋じゃあないよ」 「ああ、魚屋さんですか?」 「そうじゃあないよ」 「八百屋さんですか? 炭屋さんですか?」 「ほほう、おっそろしくほうぼうに借りがあるんだな……そうじゃあない。横町の伊勢屋だよ」 「おや、質屋さんですか。なんでしょう?」 「泥棒がね、おまえさんのうちのつづらを盗んで、うちのおもてに置いてったから、とどけにきたんだよ。早くあけておくれ」 「まあ、そうですか。すぐあけますから……おやまあ、番頭さんに、権助さん、長松さん、どうもすみませんでしたねえ。さあさあ、どうぞ、ご遠慮なくこっちへいれて、その隅っこのほうをかたづけて、そこらをよくはたいて、つづらを置いたら、あとをしめて、お帰りくださいよ。はい、さようなら……」 「なんだい、よくしゃべるおかみさんだな。ひとりでしゃべって戸をしめちまって……」  番頭さんは、権助と長松をつれて帰ってしまいますと、おかみさんものんきなもので、そのまま寝てしまいました。  一方、つづらのなかのふたりは、ゆられてきましたので、すっかりいい心持ちになって、うとうとしておりましたが、まさか、与太郎さんのうちへつれてこられたとは気がつきません。
「おいおい、与太郎、与太郎」 「ぐー、ぐー、ぐー」 「よく寝てやがるな。しようのねえやつだな。おい、与太郎、与太郎」 「ぐー、ぐー」 「あれっ、いびきで返事してやがる。おい、おい、与太郎」 「う、う、うーん」 「しっ、しずかにしろい。うまくいったぜ」 「そうかい」 「すっかりしずかになった。夜もだいぶふけたようだから、そろそろ仕事にかかろうじゃあねえか」 「つづらからでるのかい?」 「そうだ。いいか、でてみようじゃあねえか……おやおや、きたねえうちだな。みろい、与太郎」 「うん、こりゃあきたねえや、しかし、兄い、なんだか、おれのうちに似てるな」 「そうさなあ……金持ちというものは、おもてがまえばっかりりっぱでも、うちんなかへへえると、こんなもんなんだ。さあ、おめえとおれのものを、早くつづらんなかへいれろ」 「ああ……早くいれろったって、みんなぼろばっかりだ。いくらきたないったって、こんなにほうりだしておくことはないのに……あれっ、兄い、これは、おれのはんてんだ。さっき、うちをでるときに脱《ぬ》いできたんだが、かかあのやつ、もう、質にいれてしまやあがったのかな? ……おやおやっ、これは、おれの寝まきだ。こりゃあおどろいた。こんなものまで質にいれちまった……あれあれっ、枕《まくら》まであるぜ」 「枕まで? ……たいへんなものをいれやがったな。まあ、いいや。みんないっしょにつづらんなかへほうりこめ」 「ああ……おやおや、蔵んなかだとおもったら、すぐとなりが台所だぜ」 「なるほど……」 「きたない台所だな……おやおやっ、あすこに、角《かど》の欠《か》けたへっついがあらあ。あれは、おれのうちのへっついだ。かかあのやつ、へっついまで質にいれちまやあがった。ひでえやつだな……あれっ、釜となべと……飯櫃《おはち》までいれちまった」  ふたりが、ふしぎがって、がやがやはなしをしておりますので、与太郎のおかみさんが目をさまして、 「まあ、夜なかになんだろう? ちょいと、しずかにしておくれよ。そうぞうしくって寝られないじゃあないか」 「いけねえ。かかあまで質にとりやがった」
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