Tumgik
#働く自転車
tempragarage · 2 years
Photo
Tumblr media
チャイルドシートを外したので、 随分前にユウマにもらったトレーラーを、試しに装着。 パパチャリが貨物用働く乗り物風。 #tempracycle #tempra #テンプラサイクル #テンプラ #天婦羅 #働く自転車 #働く乗り物 #bike #bikepacking #workwheels #bikelife #bikelifestyle #tokyo #setagaya #gakugeidaigaku #japan #burley https://www.instagram.com/p/Ce-OuRnPcqa/?igshid=NGJjMDIxMWI=
13 notes · View notes
chikuri · 5 months
Quote
「教員不足!」 「看護師不足!」 「介護福祉士不足!」 「バス運転士不足!」 「自動車整備士不足!」 「電気主任技術者不足!」 私「資格保持者は大勢いるんですが、『資格持ってるのにその仕事に就きたがらない人』が多いんですよ。不足しているのは有資格者ではなく、良好な労働環境と充分な給料です」
新田 龍 / X
115 notes · View notes
nanaintheblue · 5 months
Text
めちゃくちゃいやだけど記録しておこう。そう人生で何度あることでもなかろうから
選考通過の電話があった日は「ふーん まああんまり思いつめないようにしよー」と思う余裕があった。現実味がなかったこともあるし、うきうきしながらいろんな人に連絡した。通過したこと自体が嬉しかったからだ。
が、そこから3週間経過して、本当に、マジで、きついとしかいいようのない日々を送っている。
端的にきつい デスゲームに放り込まれた気分に近い 意識を保っている時間ずっときつい 人といる時間だけ緩和されるからそういう点では今は在宅勤務が悪い方向に働いている気がしないでもない 
ずっと「しにたい」「自殺したい」「意識を手放したい」しか頭に浮かんでこないんである
昨日20時半に思いついて図書館に予約資料を取りに行った。その帰り、自転車にまたがりながらなんだかぼろぼろ泣いてしまった。楽しく小説を書いて、その過程でプロになれればそれでいいんだろうけどわたしにはそれができないのだと思ったらかなしくてしょうがなかった。
結果を待っている間だけがきつくて案外そのあとはそうでもないということは前回学んだが、それでもしんどくてたまらなかった 朝起きた瞬間から「自殺したい」と思いながら起床して顔の筋肉ぴきぴきさせながらパソコンを開いてどうにか仕事はしている
つらいならもうやめればいい、誰かに強制されているわけではない……いまわたしは親にされたことをセルフでしているだけなのでは? と思ったらあまりの非生産性にまたぼろぼろ涙が出た 
どんな結果であれ今書くことを手放すことはあまりにも愚かな選択なのだろうけれど、お金もらえるわけでもないのにこんなこと楽しくやれる人、ではないのだ。わたしは。高校生の時からずっと。
楽しいからやってるんじゃなくて「書かなければ」という強迫観念がどうしても、ずっとあって、書いていない時はずっと自分を責める声がしていた 単なる自意識過剰といえばそれまでなのだろう
これを解決する方法は面白い小説を書くことしかないの、頭がおかしすぎる
とはいえすこし思いだしたことがある
死にたい……とどん底まで沈んでぐずぐずすることはある意味思考放棄なのでめちゃくちゃ楽でもあるのだということ。大学生の時こんな感じだったかもなあとうっすらとだけ思いだした こんなこと思いだしたところでって感じだが
それでもどうにか別原稿書いてるけどもうこんなのいいから終わりたい あと60年ぐらい命がもちそうなことを全く希望だとは今は思えない
…というのが二週間くらい前に書いた日記で以下昨日の記録
午前中に仕事をやっつけてあとはもう一日中眠っていた。一時間起きに目が覚めた。
声のトーンが明るくない時点で結果を察してしまい、本当にその通りの結果を告げられてぼんやりしてしまった。どういう結果であれ約束があったので着替えて銀座に行った。
ふりだしに戻ってしまった。
何かを失ったわけではなくむしろ前進と捉えるべきなのだろうがそんな前向きな気持ちが湧いてくるはずもなく、ぼうとしていた。
何が厭かって、もちろん全部いやなのだが、もし今後も小説を書いて、応募をする云々をつづけるのであれば、この一連の下りを、期待させられて一カ月きりきりまいで過ごさなければいけないこの一連を、少なくともあと一回はやらないと作家になれないということ。
ダルすぎる。
1.いったん小説を書くのを休む
→流れが来ているのだからやめるべきではない 休んだら休んだで自分を責めてしにたくなるのは目に見えているし人生の中で何回もそれをやった 今が一番踏ん張り時なんだから書くのをやめない方がいい!わかってる……わかったようなことを言ってくる人が一番むかつく おまえがやれよって思う 架空の声なのに…
2.がんばって書く
→それはそれで自罰的すぎるのでは?25歳から立て続けにやってきて、もう馬力が残っていない。というかそんなやつは作家になったところで続かないのではなかろうか。
デッドオアデッドの選択肢。わたしが3.自殺を選ばないのは自殺の成功率がとても低いことを知っているからでしかない。
なきながら鮨を食べたらすぐにお腹がいっぱいになった。やせたねと言われて、そうかもしれないと思う。一カ月間寝てばかりいたから筋肉が落ちたのだろう。シャンパンを煽っただけなのにストレスの負荷が大きすぎたせいか脳貧血を起こしてしまい、デザートが来る頃には耐えきれずに横になっていた。一生このままなのでは……と白濁する意識で思ったが、15分ぐらいで回復した。
丸の内線に乗っていたら彼氏からLINEが来たので家に来てもらうことにした。死にたい!とピーピー泣いたがさすがに人がいると思い切り泣けないもんだなと思って、あとは黙って買ってもらったアイスを食べた。
たくさん寝た。
色んな人がいろんなことを言ってくることを考えるだけで疲れた。
作家になどなれないのでは、と思ってしまって、このわたしがなれないなんておかしい、と言い返す気力がどこにも残ってない。時運も実力のうちなのだから。
56 notes · View notes
monogusadictionary · 1 year
Text
「3年後に、君はいくらの給料が欲しい?」
会社員時代、私は採用面接のたびにこんな質問を候補者に投げかけていた。するとその大半は「う〜ん」と首をひねって、答えに困ってしまう。この質問に正解はない。年収500万円でも、1000万円でも、1億円でもいい。中には「サーフィンが大好きで、千葉の九十九里の海沿いに住みたい。生活費は手取りで月15万円あれば十分です。その代わり、波がいい日は休ませてください」。そんな交渉を持ちかけるのだってありだ。私が知りたいのは、目の前の候補者がこれからどんな人生を歩みたいと考えていて、そのためにいくら稼ぎたいのかを根拠をもって具体的に考えているかどうか、だ。そして自分がその金額に値するのだと、私を説得してほしいのだ。
ところがほとんどの人は何も答えられない。中には「3000万円欲しいです!」と意気揚々と答えてくれる人もいるが、「何で3000万円なの?」と突っ込んできいてみると、「なんとなく」「それくらい稼いでいれば凄い」など漠然とした答えしか返ってこない。仕事の時間は人生の3分の1を占めるとも言われる。そんな大切な仕事を選択するための場でさえ、みんなどこか投げやりで他人任せだ。
仕事は、幸せに生きるための手段だ。つまりどんな仕事をするかを考える時には、そもそも「自分がどんな人生を生きたいのか」「自分はどこに向かっているのか」を考えなければ始まらない。
私は、会社とは電車のような乗り物みたいなものだと思っている。これまでに6回転職した私にとっては、会社を変わることは電車の乗り換えに近い。目的地を定めたら、そこまでどうやって行くかを考えて乗り物を選ぶだろう? 同じように自分の人生の目的に合わせて、どんな会社で働くかを決め、乗り込んでいく。途中で自分の目的地と会社の行き先がズレてきたなと思ったなら、そこで一度降りてまた別の乗り物に乗ればいいだけだ。
よく「良い会社」とか「人気企業ランキング」という記事を見たりするが、万人にとって良い会社などあり得ない。一人ひとり人生の目的はバラバラだし、どういう進み方をしたいのかも人によって違う。結局のところ「君にとっていい会社」があるかないかの問題だ。
東京に行きたい人もいれば、北海道に行きたい人もいる。とにかく早く目的地に着きたい人もいれば、寝台列車でのんびり進みたい人もいる。中には「今は目的地を決めず、気ままに流されたい」という人もいるだろう。大切なのは、自分が今どこに向かっていて、何を求めているのかを自覚しておくことだ。大阪から東京に行きたい人が、「目の前に来たグリーン車が座り心地良さそうだから」と、博多行きの新幹線に乗り込んでいたら意味が分からない。
ところがこんな意味の分からない選択が、人生という旅においてはよく見受けられるのだから困ったものだ。「人気だから」「プラチナチケットだから」「乗り心地がいい(福利厚生がいい)から」なんて、行き先も確かめずに人気の列車の椅子取りゲームをしている様子には疑問を抱いてしまう。
若いうちから自分の目的地が明確に決まっている人は稀だと思うが、それにしても「海か山か」「東か西か」「暑い場所か寒い場所か」「都会か田舎か」くらいの大まかな目的地の方向性くらいは定めておいてほしいものだ。
どこへ向かうかも考えず、とりあえず世間体や居心地の良さで乗り込む先を決めてしまい後悔している人を私はたくさん知っているからだ。彼らの中には、もはや引き返すこともできずにいつのまにか「会社に乗っかること」が目的となり、会社という乗り物にしがみ続けるしかない日々を送っている人もいる。
「また月曜日がきたよ……」と憂鬱そうに満員電車に乗り込む。
理不尽な転勤も、クビになるから断れず、泣く泣く家族と離れて暮らす。
誰にでもできる単純で退屈な仕事を、ひたすらこなす。
すべてを捧げてきたのに、定年と同時に強制的に降ろされる。
そんな会社の奴隷のような働き方だけは、君にはして欲しくないというのが父としての私の本音である。
「働く」とは本来、とてもエキサイティングで楽しいことだ。ビジネスこそ最強のオンラインゲームでチームスポーツだと言ってもいい。会社に振り回され仕事のために生きてはならない。
幸せに生きるために仕事を味方につけるんだ。
https://twitter.com/tabbata/status/1645577690207096833?s=46&t=XBYGx0NYt69itB5p-cHcLg
167 notes · View notes
moment-japan · 3 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
米国映画「The Grapes of Wrath(怒りの葡萄)」(1940)
原作:John Ernst Steinbeck
監督:ジョン・フォード
脚本:ナナリー・ジョンソン
出演:ヘンリー・フォンダ、ジェーン・ダーウェル、ジョン・キャラダイン、他 
僕の中で、死ぬまでに一度は見なくてはいけない映画の1本であったアメリカ文学を代表する作品「The Grapes of Wrath」。
自然の猛威と不条理な資本主義に対する直接的な告発作品ともいえるこの映画を正月に、BSの放送大学で放送大学の教授による詳細な解説と共に放送されることを知って早速テレビの前に・・。
1930年代末、アメリカ中西部を襲った干ばつをきっかけに、農業の機械化を進める資本家と貧困小作農民との軋轢を描いた映画。
主人公トム・ジョードとその家族のオクラホマにある農場はダストボール(砂嵐)によって耕作不能に。
彼らは、家財すべてを売り払いそのお金で買った古い中古車に乗り込み、移住先のカリフォルニアを目しルート66を辿る旅に出るが、年老いて病気がちな祖父や祖母はアリゾナ砂漠やロッキー山脈越えに耐えることができず命を落とし、従妹もあまりの過酷さに途中逃亡。
苦難の末、辿り着いた楽園カリフォルニアは大恐慌と機械化農業のために土地を失って職を求める多くのオクラホマ農民で溢れかえり、夢も希望も大きく打ち砕かれる・・。
彼ら移住者は、地元民から蔑まれながら貧民キャンプを転々とし、地主の言い値の超低賃金で、日雇い労働をするほかなかった。
やがて彼ら小作農民の不満と怒りは頂点に達し、一つの大事件が起こる・・。
最後の最後まで息子のことを想うママ・ジョードが泣けるし、最後にママ・ジョードが呟く「先の者が後にまわり、後の者が先頭になる」という新約聖書の言葉に胸が詰まる。
豊饒な「約束の地」であるカリフォルニアを目指すところは、旧約聖書のエクソダス「出エジプト記」をモチーフに、タイトルの「The Grapes of Wrath(怒りの葡萄)」は、ヨハネの黙示録の題材からとられたもので、神の怒りによって踏み潰される葡萄(人間)のことと解釈されています。
原作者のジョン・スタインベックはこの小説で1940年にピューリッツァー賞を受賞し、「The Grapes of Wrath(怒りの葡萄)」の総発売数は全世界で約1500万冊に。
この映画はアカデミー賞���監督賞、助演女優賞(ジェーン・ダーウェル)を受賞。
彼は、1962年にノーベル文学賞も受賞しましたが、受賞理由も本作の作品が決め手になったそうです。
33 notes · View notes
iktsarpok · 2 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
先にあげた写真とは前後するのだけれど
10年とちょっと勤めた職場を2月末に退職して
3ヶ月の短期の仕事に就きました
10年も働くことができたのは、その職場がいろんな意味で安定していたからで、これからも安定は約束されていたはずなんだけれど…
いろいろ迷って、
辞めちゃいました!
ダブルワーカーだったので、平日は通勤を含めて16時間のお仕事。
寝て、お風呂に入って…
で、1日が終わる。そんな暮らしはもう終わりにしよう。
人生も後半、自分の時間をもっと大事にしたい。収入が減ってもいいじゃん?
何とかなる、何とかしよう。
というわけで、転職先は住所地から離れた長野へ。
翌日、ここを立つ。
夕食の買い物に行き、無性に庶民のパンが食べたくなって、近くの公園のベンチでパクつく。
空が青いんですよね〜
しばらく自転車に乗れないことと、自転車のタイヤに空気を入れられないのことが心配…
で、長野に向かう特急電車からの眺め。
職場の寮に入り、窓の外を見ると氷柱!
これまでとちょっと違う空気感
不安というほどの不安も
わくわくというほどのわくわくも
あるようなないような
凍ってるわけでもなく、流れてるわけでもない
この心持ち
なんて表したらよいのかナ
28 notes · View notes
sshnm · 8 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
この前の涼しい日、昼から自転車走らせて地元カフ��はしご☕️
Tumblr media Tumblr media
明日から久しぶりに働くの、
新しいことに不安もあるけどワクワク!楽しみながら頑張ろうって意気込んでます
31 notes · View notes
alog4 · 10 months
Quote
自分も以前より、クルド人の危険運転・騒音・声掛け・違法に働いている事に対して、どうにかならないかと思っていました。 支援する方に実態を見てもらいたいとも思っていました。 夕方から深夜に、高級外車を爆音で乗り回し、住宅街をノ−ブレーキで走り、何度怖い思いをしたか。 コンビニに群れているために怖くて入れず。 早朝に働きに行く姿を、いつも納得できなかったです。 クルド人が酒を提供している店は、車を店の前に止めて、酒を飲み、飲酒したと思われる赤ら顔で、大音量の音楽を鳴らした車を乗っています。 本当に迷惑です。 支援者の方、ぜひ、実態を知っていただきたいです。
日本一外国人の多い街・埼玉県川口市の苦難ー犯罪取り締まり強化へ – with ENERGY(ウィズエネ)
35 notes · View notes
harawata44 · 2 months
Text
【!?】ガチで充電がいらない『電動アシスト自転車』を熊本の企業が開発!「さまざまな乗り物に大きな変革が起きる」 : はちま起稿
Tumblr media
・“世界初”充電いらずの『電動アシスト自転車』走行中に残量が回復!?バッテリーが壊れない限り走り続ける新技術 | TBS NEWS DIG
以下引用
記事によると
・熊本のベンチャー企業が開発したある技術が世界で話題となっている。それが『スマートEバイク』。 ・一般的な電動アシスト自転車は、使う前にバッテリーを充電し、電動アシストが作動した状態で走行できるのは約50kmだが、『スマート E バイク』は街乗りレベルで行った走行テストで、約2年充電せずに走り続けられるという結果が。 ・使用されるバッテリーの寿命が約2年ということで、『バッテリーが壊れない限り走り続けることができる』前代未聞の電動アシスト自転車となっている。 ・開発したのは熊本市に本社を置くハロースペースの代表 岩下卓利さん。 岩下さん「(関西在住時)東日本大震災を経験しまして、当時 石油企業で働いていたのですが、原発事故もありましたし 石油事故もありました。そういった経験を踏まえて、いかにクリーンエネルギーを普及させていくかを非常に考えました」 ・抵抗を極限までなくす“超伝導技術”を再現した「回生ドライブシステム」は、現在特許出願中ということで、詳しい中身は非公開となっている。 ・加速中も発電し、走行距離を飛躍的に伸ばす新技術。自転車に限らず「さまざまな乗り物に大きな変革が起きる」と岩下さんは意気込む。「あらゆる電動モビリティに適応できる形で“回生ドライブシステム”をさらに発展させていきたい」
9 notes · View notes
lumi-kissa · 2 months
Text
この1週間は充実してた。
まず、 「私の夫と結婚して」を観終わった。これめっっっちゃ面白かったよー。世界中でヒットするわけだわ。
Tumblr media Tumblr media
𓂃 ✍︎
23日は、姉と甥っ子と一緒に父の納骨堂に行ってきた。甥っ子の運転で遠出する日がくるなんて、感激しちゃう。
道中、ネットで見つけてたピノキオっていう名前の洋食屋さんでランチしたんだけど、すっごく美味しかったから絶対にまた行く。こんなに美味しいランチはなかなかないと思った。
Tumblr media Tumblr media
帰りはちょっと足を伸ばして道の駅へ。新鮮な野菜やかわいいサボテンがたくさんあって楽しかった。母へのお土産に、菊芋を1袋買いました。150円☺️
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
そして24日。
この日は乙女座の満月の日でした。スノームーン🌕
朝からずっと、前日に道の駅で見たサボテンを買わなかったことが気になって気になって、そうか…私の人生にはサボテンが必要なのだな、と確信し、近所の花屋さんやホームセンターを自転車で駆け巡って探し回ったんだけど、サボテンはどこにも売られておらず疲弊。
半ば諦めて最後にイオンの花屋さんに立ち寄ると、なんとそこに 「満月」という名の、雪のように白い棘を持つ美しきサボテンが!
名前をつけて、毎日一緒に遊んでいます。彼女のおかげでQOLが上がりました。
Tumblr media
25、26日はひたすら仕事をがんばった💻
27日は、元同僚のKさんと会社の近くで立ち話。←これ今月3回目。次回は来週🤭
日差しは暖かいけど風はまだ冷たくて、季節の変わり目を感じた。春はもうすぐかな🌸
Tumblr media Tumblr media
退職してからのこの1ヶ月は思ったほど体調が良くなかったので、やりたいことを詰め込むより、まず家で仕事する生活に慣れることを目指して過ごしました。
そして、できる。やれる。大丈夫。と確信できた👍
収入はパートの約3倍。今の会社が仕事をくれる限り、私はきっともう外では働かないと思う。仕事を通じての社会とのつながり、別にいらんかった🤣
3月は、仕事はもっと効率良く、空いた時間はしっかり体を動かして人と会って、活動的に過ごす🐘
11 notes · View notes
elle-p · 4 months
Text
Persona 3 Club Book Pawlonia Mall people pages scan and transcription.
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
ポロニアンモールの人々
People of Pauloownian mogol
月光館学園に隣接する巨大ショッピングエリアのポロニアンモールは、買い物と娯楽の一大スポット。タルタロス探索の準備のためだけでなく東の間の息抜きにもふさわしい。
黒沢巡查 辰巳東交番
港区の辰巳東交番を守る地域課の巡査。かつては敏腕のエリート巡査として知られていたが、正義感のあまりに10年前の桐条研究所事故の真相に深入りし、出世の道を外れた。
だがそのときの捜査によって真相に警察機構の手に負えない、人外のモノの存在を感じ、以降は独断で関係者と接触し、事件解決のサポートを行なうようになる。
なお巌戸台地区に配属されたときの最初の担当案件は、真田兄妹の入寮していた孤児院火災事故の再捜査だった。結局この事故もとくに人為的な点は見当たらずに決着しているが、そのときに現在の真田との関 係がつくられた。
基本的に非番はなく、昼は交番での勤務と武器の横流し販売、夜は担当地区一帯のパトロールと、とにかく黙々と働く男。毎週月曜日にご機嫌で値引きしてくれるのは、勤務明けに彼女とのデートが待ってい るから······かもしれない。
話しかけるのを躊躇させる強面の巡査。見かけによらず港区の平和を心から願い、特別課外活動部員への武器提供を請け負っている。
寡黙な平和
の守り手
眞宵堂店主 眞宵堂
隠棲の美人
科学者
断片的ではあるが港区で起こる事件のカラクりを知る数少ない人物。黒沢巡査とは桐条がらみで知り合い、頻繁に情報交換をする仲。
趣味で集めた骨董品を売る、凄みのきいた笑みが魅力的な女性。
学生時代から考古学を専攻していたのが縁で、桐条鴻悦が存命のころ、非公式計画の中核であった「エルゴノミクス研究所」の研究所員として、岳羽詠一朗の下で研究の一端に関わっていた。おもな研究は、過去のシャドウ関連の記述や痕跡を考古学的見地から分析・解析するもの。中心研究から一歩引いたところにいたことが、早期に研究 の問題を知ることとなり、事故の起こる数年前には研究所を去っている。しかし研究の真相を知りながら、その事実から身を引いたことに呵責を感じていて、桐条の膝元の土地を去れずにいる。そんな自分の迷いを自嘲し、店の名前を「眞宵」堂と名づけた。
上司であり師弟関係にもあった詠一朗には、妻子ある相手と知りながら道ならぬ感情を抱いていた時期があり、彼がすべての罪を負わされる形で世間的な決着がついていることも、彼女の桐条への複雑な感情をを助長しているようだ。
青ひげ店主 青ひげ薬局
欧米型ドラッグストアがこの国に根を下ろして十数年、今やすっかり市民権を獲得した中、昔ながらの対面販売式「薬局」としてがんばる、青ひげ薬局の店主。洗練された雰囲気を全面に押し出す新興のショッピングエリア・ポロニアンモールの一等地にて、このスタイルを貫く心意気はさすが。顧客は若者はもちろん、仕事帰りのサラリーマンや、いろいろ不具合に悩むお年寄りまで、幅広い年代をカバーしている。
仕事柄幅広い医薬品を扱ってはいるが、なにを置いても養生がいちばんという、東洋医学に基づいた主張をもっている。その証拠に料理の相談を持ちかけると、医食同源の秘蔵のハブの干物を熱心に勧められたという、部員からの報告あり。
店主渾身の青汁スムージーは販売1年目には罰ゲームのネタにされるという不幸な歴史を持つが、本人はその味わいと健康的な価値とに自身を持っている様子。
家庭の医学の体現煮
立派なひげをたくわえた恰幅のいい店主。豪快な人柄と取扱商品の怪しさにただの薬屋ではない気配がただよう。
ヤリ手の女性記者 ポロニアンモールほか
ペンを武器に三流ゴシップ誌で戦う女性記者。全国的に広がりつつある謎の社会現象の真相に、たったひとりで挑んでいる。その行動力と洞察力で、無気力症患者の発生のメカニズムにいち早く着目したほか、月の満ち欠けと無気力症患者の増減や、無気力症拡大と桐条グループ関係者たちの動向との関係をかぎつけるなど、本来桐条の関係者にしか知り得ない真相に徐々に迫りつつある。そのため上司や「さるところ」から圧力をかけられることも多数あり。それが彼女の自由報道への情熱に一層拍車をかけているようだ。年末に向かって無気力症が猛威を振るうようになっても、さらにそこに謎を解く鍵を見出す、恐るべきバイタリティの持ち主。
無気力症におちいったタクシー運転手の間近でも冷静に状況を分析。報道に携わる者の鑑。
記者eyes
事件の気配をいち早く見分ける千里眼!!
記者brain
巧妙に隠された真相を見抜く冴えた頭脳!!
記者heart
おばさんと呼ぶと無反応になる乙女心!!
記者suit
体を張った取材に耐える丈夫な素材!!
記者hand
記事を書きなぐる武器!ペンだこは勲章!!
記者pumps
走っても足を痛めない低めのヒール!!
●図解!デキる雑誌記者!!
●女性記者の真実への軌跡
老いてますます盛んな老人 噴水広場
日がな一日、噴水のそばに腰を下ろして遠くを見つめるお爺ちゃん。多少弱々しく見える現在からは想像もつかないが、若いころは結構な女泣かせだったらしく、会うたびに盛んに「若いころにはギャルと遊べ」と力説される。このところ、かつての友だちがひとり、 またひとりと冥土に旅立ち、寂しさを隠し切れない様子。ポロニアンモールを訪れて無事な姿を確認するたび、「元気でよかった」を胸をなで下ろさずにはいられない、噴水広場のシンボル的存在になっている。
影人間が増え出す時期以外は一年を通してこのベンチで過ぎ去った時間を思い返している。
聞かせて!おじいちゃんの武勇伝
ビー・ブルー・ヴィーの店員 ビー・ブルー・ヴィー
感度の高いアイテムで、月高生をはじめとした地域の女子高生に人気のアクセサリーショップの、カリスマ店員。彼女の提案する小物使いは、必ずといっていいほど10代女子のハートをがっちりつかむ。見た目の派手さに反して、気さくな人柄と丁寧な応対で、相手の目線で接客する態度が好感度高し。自然と恋愛相談を受けることも多くなり、客同士の人間関係や恋の成り行きにはちょっと詳しいようだ。信条は「おサイフに優しい値段でセレブ感のあるオシャレ」。
クレーンゲームの月高生 ゲームパニック前
齢17にして初めてクレーンゲームを知り、世間から10年以上遅れてやってきた、景品釣りのスリルと興奮に盛り上がり中の男子生徒。友だちの誘いもむげにして、熱心に攻略方法を研究しており、影人間が徘徊を始める時期以外は、青春の貴重な時間と多くない小遣いを、その娯楽に費やしてポロニアンモールで過ごしている。かつて一世を風靡したこのゲーム、最盛期には亀や伊勢海老まで景品になっていたのは本当の話。
買い物途中の主婦 噴水広場
夕方の買い物の途中で油を売っている主婦ふたり組。日々成長する子どものしつけと教育問題に頭を悩ませている。家事と買い物で疲れたと言ってはたびたびお茶に繰り出しているらしく、ポロニアンモールや巌戸台商店街の飲食店には、月高生以上に詳しい。
●髪を結った主婦
高校2年生の年頃の娘を抱える母親。勉強そっちのけでオシャレに凝り始めた娘にあきれ顔。
●髪の短い主婦
中学3年生の息子を持つ母親。月高を目指しているが不穏な事件続きで躊躇気味。
Syuhu's COMMU
高2の娘 ← シャガールばっかり行って!← 髪を結った主婦 買い物友だち
髪の短い主婦
ご近所さん? 購買のおばちゃん
→ 目指せ月高!→ 中3の息子
9 notes · View notes
hangorin · 9 months
Text
東京五輪から2年 湾岸はいま
Tumblr media
悪夢のようなTOKYO2020大会から2年が経った。 五輪のために姿を変えられたあの場所は、巨額の資金を費やして建てられた会場は、白いフェンスに閉ざされていた公園は、いま一体どうなっているのか。 湾岸エリアを中心に、フィールドワークを行った。
①築地市場
築地本願寺から場外市場に向かう。日曜日。外国人観光客、親子連れ、カップル。賑わいは築地市場があった頃と変わらないように見えた。どの店にも、昼食を目当てに沢山の人が並んでいる。
Tumblr media
立体駐車場の最上階から市場のあった方を見下ろす。縦横に走るターレ、魚の並ぶケース、積み上げられたトロ箱、林立する仲卸の看板――それらが全て消え去り、でこぼこの、剥き出しのコンクリートだけが灼熱の太陽に焼かれていた。その一部は駐車スペースに。数台の自家用車。物悲しくなるぐらいしょぼい。
駐車場のわきに、築地市場の仲卸とおぼしき店名のプレートを付けたターレが放置されていた。よく見ると、ナンバープレートを外した痕がくっきりと残っている。
Tumblr media
石原元都知事が主導した2016年五輪招致当時、築地市場を潰してメディアセンターを作るという話が出ていた。2020東京大会ではそれが「駐車場」にかわり、市場は2018年10月に東京都によって閉鎖された。選手村から競技場への輸送のために新たに作られた環状2号の全面開通は、五輪閉幕から1年以上も過ぎた2022年12月。五輪招致が、都民の台所を打ち出の小づちのように利権を生み出す空虚な「一等地」に変えてしまった。
築地を舞台にしたある連載漫画の中で、目利き一筋の主人公は何故か移転に何の葛藤もないまま「豊洲で頑張っていこう」と仲間に呼びかけていた。築地市場83年の歴史は、急速に「なかったもの」にされようとしている。
②月島
東京では五輪の前から、競技会場と直接関係のない場所でも各地で再開発が起こっていた。晴海にも程近い、湾岸エリアに位置する月島もまたその1つ。もんじゃストリートで有名なこの町は、一本裏道に入ると古い木造家屋が軒を連ねる下町らしさが残っている。私たちが2017年に訪問した際は、月島1丁目西仲通り地区再開発計画のためにもんじゃストリートの店舗が軒並み閉店していた。
Tumblr media
そして今回訪ねてみると、MID TOWER GRANDなる地上32階、高さ121mの超高層マンションが建ち(2020年10月竣工)、その1階にもんじゃ屋などの店舗が入っていた。 月島ではさらに地上48階、高さ178.00mのタワマンを建てる月島三丁目南地区第一種市街地再開発事業、地上58階、高さ199mのタワマンを建てる月島三丁目北地区第一種市街地再開発事業が控えている。フィールドワークの後で知ったことだが、この月島三丁目再開発計画には反対運動や行政訴訟も起こっているとのこと。長年暮らしてきた人々の息吹が聞こえるような町並みが、大手開発業者によって姿を変えられようとしていることには胸が痛む。
Tumblr media Tumblr media
③晴海選手村
Tumblr media
カンカン照りの選手村跡地。ここはHARUMI FLAGなる高層マンション群として開発され、完成すれば5,632戸12,000人が暮らす街になるという。未だ工事中で通行できるのはメインストリートの車道のみ。焼けつくような暑さの中、誰もいないコンクリートだらけの空間は殺伐とした雰囲気が漂っていた。
Tumblr media
選手村をめぐっては、東京都が適正価格の10分の1という不当な安さで都有地を三井不動産ら11社のデベロッパーに売却したとして住民訴訟が起きている。五輪という祝賀的なイベントが作り出す例外状態によって、公共財産が民間資本に吸い上げられた象徴的な場所だ。
Tumblr media
街の中心に近づくと、左手には、大会中、大量の食材廃棄が問題となった食堂の跡地が、中央区立の小中学校(2024年度開校予定)として整備されていた。
Tumblr media
右手には三井不動産の商業施設「ららテラス」。その1階には「東京五輪を振り返りスポーツの力を発信する施設」として「TEAM JAPAN 2020 VILLAGE」が設置されるらしい。五輪と三井不動産のどこまでも続く蜜月がうかがえる。
Tumblr media
その先では道路を挟んで左右両方の街区で50階建ての2棟の超高層タワーマ���ションが目下建設中だった。
Tumblr media
選手村を訪れるとき、2018年、建設工事中に2人の労働者が亡くなったことを思わずにはいられない。その街区は、労働者の死という痛ましい現実を塗り固めるようにSUN VILLAGE(太陽の村)という輝かしい名前で分譲されている。 この街区だけではない。この街全体が、五輪によって引き起こされた問題などまるで何もなかったかのように成り立っている。この街ではとても生きていけない、生きた心地がしない。生気を抜かれたようにその場を後にした。
④潮風公園、お台場海浜公園
Tumblr media
ビーチバレーボールの会場設営のため何年もフェンス封鎖されていた潮風公園。わたしたちは初めて公園内に入った。こんなに広かったのか!無観客のくせに、この公園全体を占拠していたなんて、ほんとうに���かましい。
Tumblr media
東京湾の対岸の埠頭にはコンテナが並んでいる。海をみてみると、うっ!海水は泥沼のような色。しかし、なぜか匂いはせず、潮の匂いさえもしない。ファブリーズでもしているのか?
Tumblr media
わたしたちは、野宿の人たちが寝ていた場所を探して公園内を歩いた(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織員会による追い出し→https://x.gd/ZJP4d)。木がたくさんあってなかなか住み心地よさそうだと思っていたら、屋根のある排除ベンチにたどり着いた。なんて醜いデザインなのだろう。
Tumblr media
次に「トイレのようなニオイ」と話題になったお台場海浜公園のビーチへ、匂いを確認しに行った。「遊泳禁止」の看板があり、スクリーニングのためと記してあったが、やはり汚染が懸念されているのだろろう。このビーチの海水も濁っていて、潮の匂いさえもしない。怪しい水質だ。
Tumblr media
しかし、暑すぎる。灼熱の日差しの下で、ビーチバレーボールや、トライアスロンをやって、汚い海に飛び込んでいたのか。 知れば知るほど、オリンピック・パラリンピックは地獄だ。
⑤有明
Tumblr media
有明の旧会場エリアへ。グーグルマップで見ると、どうやらこの一帯は「有明オリンピック・パラリンピックパーク」と名付けられたらしい。いまや地に落ちた電通がオリンピックでちゃっかりゲットした、唯一黒字と言われる有明アリーナへ。SNSではステージが見えない席があると不評を買っていたが、「ディズニーオンアイス」をやってるらしく、猛暑の折、駅から会場まで大勢の人だかり。
Tumblr media
有明体操競技場はこの5月に「有明ジメックス」と名を変え、株式会社東京ビックサイトが運営する展示場としてオープンしたらしい。第一印象は「・・・神社?」世界的ウッドショックの最中に木材を山のように使って、10年程度で取り壊される予定とのこと。こんなに立派にする必要あったのか?
Tumblr media
そこからゆりかもめの駅を越えると、フェンスで囲われた草ぼうぼうのワイルドな一角が。有明BMX会場跡地だ。グーグルマップには「有明アーバンスポーツパーク(2024年4月開業)」とあるが、いまのところ影も形もない。スポーツ施設より原っぱ公園の方が需要あるのでは?
Tumblr media
有明テニスの森公園は工事パネルが外されて、開放感に溢れていた。こんな素敵な場所を何年もオリンピックのために囲って、市民を排除してきたかと思うとあらためて腹が立つ。
Tumblr media
真夏の炎天下に火を燃やし続けた聖火台があった夢の大橋にも立ち寄った。観覧車が無くなっていた。東京都はこの夢の大橋を含むシンボルプロムナード公園の一角に、新たに聖火台置き場をつくって飾っている。東京都はいつまでオリパラの亡霊にすがる気か。。
⑥辰巳・東京アクアティクスセンター
Tumblr media
アクアティクスセンター
「威圧」を形にしたような巨大建造物。
建物の周りには木陰がなく、取ってつけたような弱々しい植栽が施されている。
Tumblr media
正面外の、広すぎる階段は、車いす利用者でなくても、大げさすぎてびっくりする。コンクリートが日射で熱い。ゴミ一つ落ちていないのは、人が寄り付かないからだろう。
その下にたたずんで私は、ピラミッド建設のために労働を強いられている人のような気持ちがした。
ここは、公園の一部であった。近くに団地もある。誰でも入って、海からの風を感じながらくつろぎ、出会う場所だったはずだ。
5年前に訪れた時は、工事中で巨大な支柱がそびえたっていた。三内丸山遺跡にインスパイアされたのかと思ったが、出来上がったのは帝国主義の終点のようなしろものだった。
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
「お前たちが来るところではない。」という声がどこからか聴こえる気がした。
知ってる。だから入ってみた。静かだ。人っ子一人いない、空調が効いて冷え切っている。だだっ広いロビーの小さな一角に、TOKYO2020オリパラのポスターたちがいまだに展示されていた。
Tumblr media
競争をあおり、序列化し、勝者に過剰な価値を与え、「感動」を動員するスペクタクルがここで続けられるのだ。
Tumblr media
生きていくのに必要な潤いをもたらす公園に、このような醜悪なものが君臨しているのを私は許せない。
Tumblr media
炎天下の湾岸エリアを丸1日かけて回った。TOKYO2020跡地は、廃墟になっていると思いきや、むしろ多くの場所でまだまだ開発が続いていた。開発への飽くなき欲望と「レガシー」への執着、五輪災害は閉幕後も延々と残り続けている。 この日撮影した映像を使って「オリンピックって何?東京からパリ五輪1年前によせて」という動画を作成し、1年後に五輪開幕が迫るパリでの反五輪の闘いに連帯を示すメッセージとした。 From Tokyo To PARIS, NOlympicsAnywhere
youtube
17 notes · View notes
ari0921 · 3 months
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024)1月23日(火曜日)
    通巻第8102号 
 中国の都市化比率は60%を超えて農村の荒廃に拍車
  農業人口の激減と農作物の輸入激増、そして食糧輸入国へ
*************************
 GM(genetically modified)とは、バイオ技術により遺伝子組み替え種子を意味する。
 中国農業部(MARA=農林水産省)は3年間の試験を経てGMトウモロコシ37品種とGM大豆14品種を承認した。
中国政府は都市化による農地激減、農家の労働力不足、農民の高齢化に加えて台風、洪水など天然災害による田畑の荒廃と砂漠化、慢性的水不足、過剰な化学肥料、土壌の劣化などで、農作物の自給自足体制が崩壊し、輸入が増えていることを憂慮してきた。
もとより中国の「三農問題」とは農民、農村、農業。経済成長による農民の都会への流失は深刻である。
農村もマンションやら高速道路などで嘗てのムラ意識は稀釈となりまた農耕具の機械化や近代化などは農業会社(旧「人民公社」)の官僚主義、日本のような農協システムはないため、マネジメントが機能せず、貧困が続いてきた。
 習近平政権は、公園を潰して農耕地への転換を強制するなど、ちぐはぐの農政の一方で、食糧安全保障の改善を重視している。
とくに国内生産と自給自足を確立するべく、2024年6月1日には「食糧安全保障法」が発効する。
GMに関して、食の安全、品質が所謂「科学者」、たとえば「ハイブリッドライスの父」袁龍平のように支持はされているが、民衆は生物学的な安全を懸念しており、また日頃からの政府への不信感が基底にあるためGM作物に対して拒否反応が強い。したがって商品化が遅れてきた。2018年の全国調査では47%がGMに対して否定的な見方をしており、14%がGMを中国を狙ったバイオテロの一種とみなしている。
 大豆は中国の食糧安全保障にとって極めて重要であり、動物用、人間用、工業製品用に区分けされている。
日本でも大豆は納豆、豆腐、醤油などに必需品。たしかに中国は大豆生産国であり、現在の生産量はおよそ 2100 万トンだが、同時に最大の大豆輸入国だ。
2023 年の中国大豆購入量は8500万噸、主に米国、ブラジル、アルゼンチンから輸入した。
2008 年から 2013 年の間に、中国国内の大豆生産専用面積は 24% 減少した。 
中国では大豆は牧畜の飼料にも多用される。大豆とトウモロコシが重要なのは中国の耕地面積の5億2254万ヘクタールのうちの1億2254万ヘクタールが放牧地である。
▼中国は食糧安全保障が優先課題なのだ
 
 食糧安全保障の改善は習近平政権の優先事項である。
国家の能力構築の強化を含む国家食料安全保障を確保するための8つの課題が提案され中央農村労働会議で確認された。
 遺伝子組み換え作物開発への投資は国有企業 (SOE) ならびに国有研究センター (MARA=直属の国立研究機関である中国農業科学院など) が担い、他方、民間でも種子会社は7600社以上ある。
ところが種子特許出願では世界第 1 位であるにも��かわらず、中国がもつ1225 件の特許の殆どが、中国農薬総公司(ケムチャイナ)が保有する。ケムチャイナは2017年スイスのアグリビジネスでGM開発企業の「シンジェンタ社」を430億ドルで買収し、世界最大の農薬・種子会社の一つとなった。ちなみに中国語の会社名表記は「先正達集団」(発音はまさしくシンジェンダ)。
同社は種苗業界でモンサント、デュポンに次ぐ世界第3位。2019年度の売上は約230億ドルであり、世界100ヵ国に49000人を越える従業員を抱えている。日本支社は殺虫剤などを取り扱っている。
逆にこのM&Aによって西側に警戒感を抱かせ、米国アーカンソー州などは中国企業の農地買収を禁止した。
11 notes · View notes
oka-akina · 9 months
Text
0721
 昨日は財布とスマホを忘れて労働に出かけてしまった。気づいたのは電車の中で、あちゃーとは思ったけどまあでもパスモ(クレカと一体型のやつ)があるからべつに平気だなと思ってすぐあきらめた。待ち合わせの予定とかもなかったし。こういうときに限って何か緊急の連絡が…とはちょっと思ったけど、一月に義父が亡くなったばかりだからしばらくそういうことはあるまいと思った。またそういうことがあるかもとはあんまり考えない。こういうのって性格なのかな。誰からも何も来ないに千円と頭の中で賭けた。  つまりわたしは労働に遅刻しないよう、わざわざ引き返さなくたって平気だと自分に言い聞かせているのだろうかとちょっと思った。そんなに遅刻をおそれているのか。ちょっとくらい遅刻したって気にしない感じの方がいいのになと思う。自分も周囲も。わたしは電車とか待ち合わせとか映画の上映開始時間とか、いつもいろんなことがギリギリで、ギリギリまで仕度ができないタイプなんだから大手を振って遅刻しちゃえばいいのに毎度バタバタ走って大汗をかいている。悪あがき。一生こうやって走っているんだろうかとときどき恥ずかしくなる。
 さっき電車に乗り込むとき、ホームと電車のすきまに靴を落としてしまった人がいた。すきまにかかとを引っかけて転んでしまったようで、一瞬��ったけどわたしも電車を降り、大丈夫ですかと声をかけた。このときはまだ自分が財布とスマホを忘れてきたことに気づいていないのが、なんか昔話の正直者っぽいムーブだな……。人助けってほどのことでもないけど、うっかり者で正直者のなんとか太郎的な。  でもそんなんではないな、昔話の無償の正直さではないな。自分も乗りたい電車に遅れそうでしょっちゅう走っているタイプだから味方したくなったってだけかもしれない。自分ももうずっと前、学生時代、靴をホームのすきまに落としたことがあって、東中野の駅で足を踏み外して体ごと落っこちかけたのを近くにいた人がすぐ引っ張り上げてくれた。そのときは演劇のフライヤーを業者に届けに行く用事でかなり重たい紙袋を持っていた。よく引っ張ってもらえたなと思った。そういう善意の循環……みたいなことを考えるとなんかちょっと気味が悪いような気もする。これはわたしがひねくれているだけかも。  転んだ人は声をかけられてかえって恥ずかしいかもしれないと思って、駅員さんが来るまでなんとなく近くで見守り、駅員さんはすぐ来たので車輌ひとつぶんくらい離れたところに移動した。そして、電車一本くらい見送ったっていいや、多少遅刻してもいいやという判断をした自分に酔っていないか?みたいなことも思った。多少の遅刻は気にならない自分をやりたかったんではないか。なんだか心臓がばくばくし、さっきその人が転んで尻もちをついたとき、プリキュアみたいな絵面と一瞬重なった。スカートが広がった感じと手に握ったままのハンディ扇風機がなんか魔法少女みたいだなと思った。それがうしろめたくて声をかけたのかもしれない……とかも考えた。  なので財布もスマホも忘れてきたと気づいたときちょっとほっとした気持ちもあった。慣れない善意のようなことをしたからそれと釣り合いがとれているような気がした。バチが当たるの逆みたいな。
 そういうことを考えていたら電車はすぐ着いて、財布もスマホも持っていないのに水筒と読みかけの本は持って会社に出かけるのなんか優雅だな…と思った。あとタオルと日傘と飴。リュックの中で水筒の氷がカラカラ鳴って、このごろ水筒には冷たいお茶を入れているから、歩くたび遠足の子どもみたいな音がする。  読みかけの本はレアード・ハント『インディアナ、インディアナ』。柴田元幸訳。柴田元幸だから読んでみるというのは武豊が乗るから買っておくみたいな感じ? わかんない。インディアナ〜は難解な小説ではないと思うんだけど、ゆっくり読まないとすぐなんだかよくわからなくなる小説。もうあと少しで読み終わるんだけど、読み落としているところがたくさんある気がして行きつ戻りつ読んでいて、今はもっかい最初からゆっくり読み直している。 「ヴァージルの死ぬ間際にノアはもう緑の印は見つかったかとヴァージルに訊いて見つかったならどこにあるのか教えてくれと頼んだがヴァージルは長いあいだノアの顔を見てそれから眠りに落ちそれから目ざめてノアの顔を見てそれからまた眠りに落ちた。」だいたいこういう感じ。辛抱強く話を聞くみたいな小説で、いつかこういうの書きたいな、書けたらなあと思う。このそれからが3回続くの、自分だと書くのに勇気がいると思うし、書いたとしても書いたぞってあざとさが出てしまう気がする。
 お昼は会社の横に来ていたフードトラックでタコスを食べた。パスモで支払えた。白いタコスには鶏肉、ピンクの生地には牛肉の赤ワイン煮込み、黒っぽい生地にはサボテン?を何か和えたやつ。三個入り。キウイのサルサが辛くて美味しかった。スマホを持っていたらぜったい写真を撮っていたなと思った。  並んでいるとき、トラックに据えた鉄板の火が消えてしまったようで店の人が五分くらい格闘していた。しばらくチャッカマンをカチカチやっていたけどたぶんチャッカマンも燃料切れのようで、ぜんぜん火がつかない。ライターでやろうとしてなかなかうまくいかず、昼休みの五分くらいってけっこう長く感じるしかなり人も並んでいたんだけど、その人はまるで焦らず黙々とやっていたのですごいなーと思った。焦りが顔に出ないタイプなだけかもしれないけど。べつに誰にも謝らず、普通に注文を受け普通にタコスを包んでとやっていて、そうだよなあと思った。
 労働を終えまっすぐ帰宅したらスマホにはやはり誰からも連絡は来ていなくて、千円勝ったと思った。千円くらい何か食べようと思った。わざわざ夜出かけるのめんどくさいなとは思ったけど、金曜の夜でほんとは寄り道したかったのだから出かけたい気持ちが勝った。  ぶらっと出てみたらいつもより涼しくて、どこまでも散歩できそうな気持ちのいい晩だった。ぶらぶら歩き、なんとなく電車に乗っていた。夜だから上り電車は空いていて、定期圏内の、でもあまり降りる用事がない駅のちょっと歩いたところにある中華料理屋というか定食屋というか、カツカレーが美味しいらしいので前から行ってみたかった。ふだんぜんぜん用事のない、買い物に行くような街でもない、誰も知り合いもいない駅。ここでわたしが何か交通事故とかにあって死んじゃったりしたら、なんであんなところにいたんだろうと家族は不思議に思うんだろうな……とあまり行かない場所に出かけるたび思う。  駅を降りたら書店があったので覗いてみた。雑誌と漫画と学参の棚が大きい、ちょっと広めの店舗の懐かしい感じの書店。気になっている本のリストを頭に浮かべながら物色し、目当てのいくつかは置いていないようだったけど、そういえばしゃしゃさんの本が今日発売日じゃなかったっけと思って探した。『蒼き太陽の詩』。1,2巻は棚に差してあったけど今日発売の3巻はなかった。レジに持って行って、これの3巻もありますかと尋ねたら奥から出してきてくれた。ラスト一冊でしたと教えてくれた。あっ善意と思った。カツカレーを食べながら読んだ。  『蒼き太陽の詩』は、アラビアンファンタジーというのかな、双子の王子が国王の座をめぐって殺し合う……というワクワクハラハラする物語。砂漠の王国が舞台の大長編で、読みやすくてぐいぐい進んだ。『インディアナ、インディアナ』を読んでいたから余計にそう思うのかも。壮麗な織物みたいな物語で、読んでいるとキャラクターたちの声が聞こえてくるし人や周りの風景が目に浮かぶ。生き生きとしている。これアニメになったらいいなーと思った。赤将軍のユングヴィはファイルーズあいさんがいいな……。
 カツカレーの店は、客はわたしだけで、店のおじいさんは座敷でテレビを見ていた。テーブルにハイボールのコップとつまみがいくつか並んでいて、わたしが来たのでおじいさんはちょっと慌てたようすで、でもにこやかに注文をとってくれた。すっかりすり減った畳が赤くなっていて、ちょっと緊張した。あまりきれいでない状態に緊張するのもあるし、よそものが入ってきてすみませんみたいな緊張感もある。テーブルはきれいに拭かれていた。揚げたてのカツが大きくて、油と肉汁がジュワッと溢れてきてすごく美味しかった。カレーは濃くて、柔らかくほぐれた牛肉もけっこう大きいしたくさん入っていた。たしかにうまい。がつがつ食べるうちにだんだん体のこわばりがほどけた。  テレビの音がものすごく大きくて閉口したけど、カツを揚げ終えたおじいさんが汗をぬぐいながら夢中で見ているのがなんかよかった。『チコちゃんに叱られる』というやつ?初めて見た。音が大きいから見てしまう。ボーッと生きてるんじゃねえよってこれかと思った。Vtuberっぽい。おじいさんが何度もはははと笑った。どうしてゴルフボールの表面にでこぼこがあるのかというのをとても真剣に見ているので、ひととおり解説が終わるのを待って会計を頼んだ。
 家に帰ったら板垣さんがツイッターでスペースをやっていたので、洗い物や洗濯物などを片付けながら聞いた。どうやら同じ大学出身だったことがわかって思わず話しかけてしまった。一日いろいろカラフルでなんか気持ちが興奮していたのか、やけにたくさんしゃべってしまって、恥ずかしくなって寝た。文フリの話とか小説の話。  千葉雅也『エレクトリック』、わたしは父親がエロいのがいいと思った。と言ったんだけど、なんていうの、エロいって言い方はちょっとちがう気もするんだけどエロく書くことのすごさがあってそれをそう受け取りたいというか……。これは『サバービアの憂鬱』で読んだんだったかな、「男性は会社(仕事)に嫁ぐ」というのを思い出したの。大場正明『サバービアの憂鬱 「郊外」の誕生とその爆発的発展の過程』。うろおぼえだからちょっとちがうかもだけど、男性が会社(仕事)に対して「嫁」になってしまう、みたいな。父親の人妻的な感じ。そういうエロさ。舞台の宇都宮も郊外(サバービア)だなと思った。そしてそういう小説の、文章自体がヘテロでない感じがあって、すごくよかった。多くの小説の文章が意識的にも無意識的にも備えている、当然の「調べ」みたいなものがあんまりない文章だと思った。
 『エレクトリック』の前後で読んでいた、数年前の文藝賞の作品が、なんかこうすごくどヘテロだったのもあってそう思ったんだと思う。ヘテロが悪いわけではもちろんないけどよくもわるくもどヘテロ、ザ・調べという感じで、この作品のどこらへんがわたしは苦手だったのかを語ろうとすると、そこに糸口があるみたいな話。  なんていうの、村上春樹に文句言ってる場合じゃないくらい若い作家の新しい作品がめちゃめちゃ古いジェンダー観で、読んでいて作品の面白さとかすごさはわかるような気はしたんだけど、でもこれをよしとするんだなあ、帯に誰々氏が激賞と書いてあるけどそうなんだ?!みたいな驚きは、やはりあった。ジェンダー観もそうだし、地方や精神障害者への偏見を強化するような感じもあって気になった。「壮大な作品」「圧倒的な熱量」「知識と想像力を駆使し」と帯に書かれていたけど、わたしは読んでいて小ささや狭さの方が目についた。  いやわざとそう書いている、いかにもなステレオタイプをやることに意味がある作品なんだろうとは思った。仕掛けというか。でも意味があるんですよと書くずるさというか……。ステレオタイプをなぞり続けたい、そのようにして書けるものに作家は意味を見出したいし、どうしても興味がある。それってフェチではあるよなあと思うんだけど、ステレオタイプをフェチと指摘されることってあんまりない気がする。  偏見の強化によって生まれる痛み、それを感じない場所に作家は立っていて、痛みを感じる人のこともあまり見えない。いや見えてはいるかもしんないけど、自分の書くこの作品とはさほど関係ないと思っている? それは別の作家、何かそれにふさわしい属性を持った作家がやることであって自分の作品では関係ない。おそらくは無自覚な特権があり、特権って言うと反発したくなると思うけど……みたいなことを思って、うーーんとなった。やつあたりかもしんないけど。作品名出さずに書いてるからなんのこっちゃって感じだと思うけど。  まあ小説ってそんなに読まれないんだろうなと思った。読む人そんなにいないから、これのここってどうなのみたいな話題にのぼることってあんまりない。漫画とはそこがちがう。あとまあわたしが純文学、文芸誌とその賞にそれなりに夢をもっている(もっちゃっている)ふしはあるな…。
 そしてこの作品の直後にC・パム・ジャン『その丘が黄金ならば』を読んであーーーこういうのが好きだ〜〜と思って、なんかそういう不満のようなものはふっとんだ。大きい。大きい小説。こういうのがいい。小さい小説がだめなわけではぜんぜんないけど、大きい話を書こうとしたものが狭苦しく感じられるのはやはりつらい。あと長さもよかった。四六版で384ページ。父親が亡くなり子どもたちが埋葬の旅に出る…という筋書きで、本のけっこう前半で埋葬は済んじゃう。その後が長いのがよかった。純文学系の賞はちょっと短いのかもしれない。「自分の書くこの作品とはさほど関係ない」と書いたけど、まあだって短いもんなー。読む人にも書く人にも。この長さの話はもうちょっと掘り下げたい。日記に書きたいことっていろいろあるな。長くなったのでまた今度。
Tumblr media
14 notes · View notes
shiri1124 · 2 months
Text
去年のゴールデンウィーク図らずも私は無職になった。
 4月から働き始めた医療機関はモラハラ、セクハラの連発でストレスが限界に達してしまい丸1ヶ月で逃げるように辞めてしまった。新卒から丸三年間総合病院で看護師として働いていた私への世間の評価は正直高かった。そんな私が、転職を失敗し、ある日突然無職になった。フリーターでもなく、ニート。とてつもなくショックだった。仕事をしていない自分には価値がないと本気で思いつめていた。生憎、馬車馬のように働いた三年間のおかげで貯金はたっぷり。贅沢をしなければ��こう数年は働かずに暮らせるほどには。それでも、働かずにはいられなかった。無職の自分を許せなかった。地面に座り込み一休みする心の余裕すらなかった。誰かに鞭でお尻を叩かれ、急かされるかのようにして急いで転職活動をした。散々失敗して、3ヶ月後今の職場に辿り着いた。再就職から8ヶ月が経過し、心にも少し余裕ができた今、気付いたことがある。
 私の中には「社会に貢献出来ない人間は価値がない」という価値観がインプットされているということ。以前書いた障害者についての文章を煮詰めて余分なものを蒸発させたら、きっと最後にはこの言葉が残るのだろう。この価値観の厄介なところは、この一種の脅迫観念にも近い思想の矢印が自分自身にも向かっている、ということ。
 「社会に貢献出来ないクソニートどもは生きてる価値ないから死んだ方がいいよ。え?私?私は実家暮らしのヒキニートだけど、私はネットで絵を描いている。それなりにファンもいるよ。私は価値がある人間だよ。私の絵は人の心を救ってるんだから」この人みたいに自分のことは棚に上げて、同じような境遇の他人には容赦なくアンチコメントを送りつけられればいいけど、私はそうではなかったみたい。
「社会に貢献出来なければ生きている価値はない」この価値観はいつの間にか私の心に深く根を張っていた。お金に不自由があるわけでもないけど、なるべく早く働かなければいけない。一寸たりとも休むことは許されないと焦ってたのは、きっとこれが原因。様々な不安に駆られやすい自分自身を精神病だと勝手に決めつけて、無意識のうちに自分の心を苦しめていたのも、「精神病になったら、まともに働けない。働いて、誰かの役に立てないなら、誰かから存在価値を認めてもらえない」って心のどこかで思っていたからかもしれない。無意識のうちに埋め込まれた価値観で他人をジャッチする時、私は自分自身の心に刃を向けていたのだろう。自分で自分を攻撃するのはもう辞めよう。たった一人の私だ、心身ともに仲良く手を取り合って生きていこうじゃないか。
4 notes · View notes
kennak · 1 day
Quote
私の祖父は今年亡くなりましたが、あなたはそれを知らないでしょう。   実際、彼はあなたがそうしないことを望んでいたのです。   レイ・ハレルは 1930 年代にカタルーチー渓谷で 8 人兄弟の末っ子として生まれ、ピューマを追い抜き、牛を山から追い落とし、借りたジープを衝突させました。そして 90 年後の 1 月 20 日、彼は音もなくこの世を去りました。   それが彼が望んでいた方法です。   墓石は見つからないでしょう。   葬儀には誰も集まりませんでした。   彼はここにいて、70年近く連れ添った妻と共有していたポーチに座っていましたが、その後、彼はいませんでした。   塵から塵へ。 一日の授業を終えて車で家に帰る途中、おばあちゃんから電話がありました。  過去 1 年間、ガンのせいで徐々に命を奪われ、その朝彼はベッドに横たわり、残りの人生はそこに留まり続けるのではないかと思われた。 「あなたのパパの死亡記事を書いてくれませんか?」  彼女は、最愛の人を失ったにもかかわらず、常に現実的な質問をした。 伝えたいことはたくさんありました。  彼は10代の頃にスクールバスを盗み、教師の車の上でバックさせたことがあった。  彼は 1950 年に陸軍とともにドイツに派遣され、そこで空家から誤って大砲を発砲したにもかかわらず、階級を上げていった。  彼は人生のほとんどをそこで働いた繊維工場で労働組合を率いていた。  しかし、彼はそのことについては決して多くを語らなかった。  彼がやろうとしたのは、ノースカロライナ州フルーツランドで小さな生活を築き、娘たちを育て、皿洗いをし、壊れたガレージのドアを直すことでした。  彼は静かに暮らすことを目指したが、その後、同じように亡くなった。 座って執筆していると、テンプレートに詳細を落とし込んでいる自分に気づきまし た 。   死亡届は、何が重要で、何が記憶され、称賛されるべきかについて特別なプレッシャーを与えるが、新聞紙に載る名前や新聞での賞には何の興味も持たず、陰で生き続けることを目指した人生について人は何を語るだろうか。マントルピース?   ジムとコーラの息子であるレイ・ハレルは、じっと座って風が葉を散らすのを眺めて満足していたでしょうか?   レイ・ハレル一等軍曹は、財布の中のお札を金額の高い順に並べましたか?   グレースによって生き残ったレイ・ハレルは、小屋の中で正しい釘を探しながら、毎年同じ発明曲を口笛で吹き続けていました。   私は予想通りの詳細を記入して訃報を新聞社に送りましたが、それが正しくないことはわかっていました。   それは彼の生きた人生を何も捉えていませんでした。   彼が亡くなった数日後、教会の女性たちがキャセロールでテーブルを覆い、おばあちゃんが19歳以来初めて一人でベッドで寝たとき、私が戻ってきたのは、静かな生活のまったくの大胆さでした。 洗濯トラックを運転して一日を終えたレイ・ハレル。  彼の花嫁グレースは、最初の家の外で写真を撮りました。 私たちの時代の著名な人物が亡くなると、私たちのスクリーンに彼らの功績を記録した短いクリップが流れ、彼らの影響について議論するトーキングヘッドが登場します。  しかし、静かな生活は背後で音もなく流れていきます。  しかし、それらは私たちの皮膚の中にある命であり、朝食から就寝まで私たちを導いてくれます。  彼らの命が私たちを作り、世界を動かし続けているのです。 彼らは私たちが気づく前にゴミを出したり、郵便物が来ているかどうかを確認するために道路を歩いたりしています。  ビスケット生地を適切な厚さに並べる方法を教えてくれます。  春の午後、彼らは私たちの息子たちをトラクターに乗せました。  彼らは壊れたシンクを隣の人に手伝ってもらいました。  彼らは18か月の赤ちゃんを引きずり出すために川に飛び込みました。  彼らはフォークリフトに挟まれて腰を折った男性を捕まえ、そのまま抱きかかえて死亡した。  彼らは甥が自分の名前に一銭も持っていなかったとき、彼らのポケットにお金を滑り込ませましたが、恥ずかしくてそれを認めませんでした。  彼らは洗濯をしました。  彼らは床を掃除した。  彼らは子供のように庭で遊びました。  彼らは塩味のパックを食べて、夜がなくなるまで毎晩ベッドに潜り込みました。フルーツランド・ロードから離れた土地で小さな生活を営むことは最も神聖なことだから、残されたのは生き続ける人々だけです私たちは考えることができます。 私たちの周りには、派手なアメリカの個人主義、明るい照明、そして表舞台のサイレンの呼びかけを無視して、頭を下げて両手を広げた生活があります。   私は大丈夫、ここに 部屋の端からの反応があり、その満足感はまったく破壊的です。   どうしてそれだけを望むことができますか?   世界が求めています。   持つべきものは常にもっとあります。   ノースカロライナ州フルーツランドにあるグレースが幼少期を過ごした家の外でポーズをとる新婚夫婦。  その家は、レイとグレースが一緒に家を建て、住んでいる場所の道路を挟んだ向かいに建っていました。 レイ・ハレルが持っていたのは、頼もしいトラクターと、燃えるような女性だった。   彼は正午の夕食時にコーンブレッドを一口食べ、毎晩寝る前にRCコーラを飲んでいました。   彼には子供、孫、曾孫がいて、毎年クリスマスになると家がいっぱいになりました。   それで十分でした。   「私たちは良い人生を送れました」と、最後の年に私が訪問するたびに、彼はほぼ毎回私に言いました。たとえ遠くから見ると奇妙に見えたとしても、私はそれが真実であると確信していました。 やもしものことを後悔する長いリストを残したはずだ   理論的には、クリアクリークの上空にあるこの小さな生命は、もしものこと 。   しかし、この人生こそが人生そのものであり 、  1954年に彼と私の祖母グレースが道の先にある小さな教会で結婚したときに目指したものそのものでした。 それらの訪問では、私はコーンブレッドを食べて落ち着いて話を聞きました。  時間が経つにつれて、私はこれまで知らなかった歴史を収集しました。  スクールバスが盗まれ、ジープが墜落し、牛が泥にはまってしまったことを知りました。  私は、朝鮮戦争中にドイツに駐留していたパポーが高額のトランプを獲得し、その収益を持ってヨーロッパ中を旅したことを知りました。  私は彼が繊維工場から何度も何度も解雇されたことを知りました。 "どうして?"  私は尋ねた。 「そうですね、私がイライラしていたからだと思います。」 ほとんどその通りでした。  彼は誰も聞きたくないときはノーと言い、上司たちが聞きたくないときは労働組合を結集させた。  ハーネスなしで10フィート登って自分でローラーを交換するように言われたときのように。  「私は彼らに、そんなつもりはないと言いました。」  彼らは彼を解雇し、労働組合の弁護士が介入し、彼は仕事に戻った。 「頑固なおじいちゃんだよ」とおばあちゃんは言った。 おそらくそれも正しかったのですが、世界を見て不正義と闘う物語をつなぎ合わせてみると、静かな生活は受動的な生活ではないことに気づきました。  ポーチにじっと座っていることは、世間をやり過ごすことを意味するものではありません。  彼とおばあちゃんはキャンピングカーに乗って国中を旅しました。  彼は組合の会長を務めた。  満足しているということは、盲目であるという意味ではありません。  それは、善良な戦いと利己的な戦いの違いを知ることを意味します。 「私は正しいことのために立ち上がることを信じています」と彼はトウモロコシを一口食べながら言った。  「こんなこと言うべきじゃないけど、みんな私のことが好きでした。」 "なぜ?"  おばあちゃんは尋ねました。 「あなたがそんなことを聞かないといけないとは思っていませんでした。  私は良い歳をした少年だよ。」
静かな生活のための訃報 — THE BITTER SOUTHERNER
3 notes · View notes