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#旧林氏庭園
catdoll007 · 1 year
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🌟国登録有形文化財(建造物) 旧林家住宅
林家は享保5年(1720)から明治維新まで、起宿脇本陣と木曽川の渡船を管理する船庄屋を務めていました。
この建物は、明治24年(1891年)の濃尾地震で倒壊した起宿脇本陣の跡地に再建されたものです。
大正2年(1913)に主屋が建てられた後、昭和初年にかけて、江戸時代の屋敷構えを意識した裏座敷が増築されました。
平成14年(2002年)に国土の歴史的景観に寄与しているものとして、国登録有形文化財(建造物)に登録されました。
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平成30年度より耐震補強整備工事を実施し、裏座敷へと続く渡り廊下の赤い土壁など、建築当時の姿に戻しました。現在では、資料館別館として1階の公開と一部施設の貸し出しをしています。
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oniwastagram · 2 years
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📸旧玉置家住宅 / Former Tamaki Residence Garden, Miki, Hyogo 兵庫県三木市の国登録有形文化財『旧玉置家住宅』の庭園が素敵…! 播磨国・三木湯の山街道沿いに江戸時代に建築された町家は、遠く上州館林藩により設立された“切手会所“…。館林藩主・松平家の家紋も残る蔵や明治時代に増築された近代和風建築から眺める“京町家の庭”のような雰囲気の庭園が美しい! 兵庫・旧玉置家住宅の紹介は☟ https://oniwa.garden/kyu-tamaki-residence-hyogo/ ...... 「旧玉置家住宅」は兵庫県三木市の中心部、神戸電鉄・三木駅の程近くにある国登録有形文化財の町家建築。 江戸時代後期〜明治時代に建築された主屋/離れ/廊下/東土蔵/西土蔵/北土蔵の6棟が文化財で、主屋座敷から眺められる庭園があります。 . 国登録名勝&兵庫県指定名勝の文化財庭園『旧小河氏庭園(旧小河家別邸)』を目的に2022年春に初めて訪れた三木で見られるもう一つの庭園がこちら。 小河家と異なり庭園は非文化財だけど、この町家の庭もすごく良い! . 戦国時代には羽柴秀吉が攻め落とした『三木城』🏯の城下町だった三木、江戸時代中期の1747年(延享4年)から1842年(天保13年)までの期間は遠く関東の上州・館林藩の飛び地領になりました。 . その館林藩が財政立て直しを図るために1826年に設立した“切手会所”(=現在で言う銀行)🏦として建築・利用されたのがこの町家で、明治維新後の1875年(明治8年)に玉置家に所有が移りました。 . 玉置家の初代となる玉置大器氏は元は『雲龍寺』の21世紀住職で“大器晩成大和尚”と名乗っていたそう👨‍🦲“大器晩成”がそのまま名前になっていた人って居たんだ…。 この建物の取得とともに僧籍を去って還俗。三代目の玉置福蔵氏は小河家別邸の小河秀太郎とともに三木銀行の設立に携わりました。 . 現在残る建築のうち母屋と南蔵が江戸時代後期のもの、そして渡り廊下・離れ・土蔵2棟が玉置家の所有になって以降に増築された明治時代の近代和風建築。 離れ座敷では違い棚や欄間、襖などに素敵な意匠が見られます。邸内には勝海舟の筆とされる《抱朴含真》の書も。 続く。 ーーーーーーーー #japanesegarden #japanesegardens #kyotogarden #zengarden #beautifulkyoto #beautifuljapan #japanesearchitecture #japanarchitecture #japanarchitect #japandesign #japanart #jardinjaponais #jardinjapones #japanischergarten #jardimjapones #bonsai #建築デザイン #庭園 #日本庭園 #京都庭園 #庭院 #庭园 #近代建築 #近代和風建築 #町家 #三木市 #文化財 #アート #庭園カフェ #おにわさん (旧玉置家) https://www.instagram.com/p/Cgx7GcsPSQh/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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shintani24 · 25 days
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2024年4月5日
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テラス席、屋上庭園…広島の商業施設で春の大改装 居心地やスポーツ観戦で集客(中国新聞)2024年4月5日
人工芝などを設けたパセーラのスカイパティオ
広島都市圏の商業施設で改装が相次いでいる。テナントの刷新だけでなく、テラス席や庭園の整備などハード面のリニューアルが際立つ。各施設は居心地の良さや、大型モニターでスポーツ観戦を楽しむパブリックビューイング(PV)をアピール。買い物にとどまらない来店を促す狙いがある。
専門店街パセーラ(広島市中区)は3日、6階の屋上庭園スカイパティオの装いを新たにした。約1300平方メートルの庭園に人工芝やビオトープを設けた。エディオンピースウイング広島や広島城を一望できる円形のステージは、4本の柱をなくして開放的にした。200インチの大型モニターを使ったPVや、神楽の実演を企画する。
運営するNTT都市開発(東京)は、パセーラと隣の旧そごう広島店新館との一体的な改装を2025年度まで段階的に進める。中村高士中国支店長は「広島はスポーツが盛んでイベント好きが多い。たくさんの人に来てもらえればにぎわう」と話す。
3月下旬、屋外にテラス席を設けたのはイオンモール広島府中(広島県府中町)。隣接するレストラン街やキッチンカーの料理を味わいながら、モニターでスポーツ観戦も楽しめる。阿部憲一ゼネラルマネージャーは「行きたくなる商業施設を目指したい」と意気込む。
イオンリテール(千葉市)は、イオンスタイル広島府中の衣料品売り場を中四国初の「専門店モデル」に衣替えした。商品をカジュアルやシニアなど用途や年齢別に6ゾーンに分け、買い物しやすくした。専門店街にはファーストリテイリング(山口市)グループの衣料品店プラステが5日に開店。同じフロアにはグループのユニクロ、ジーユーもそろう。
百貨店のそごう広島店(中区)は屋上を憩いの場として刷新。2日、14年ぶりに通年開放を始めた。イベント開催などを通じた集客も見込む。
JR広島駅前のエールエールA館(南区)も売り場を大きく変えている。地下2階では100円ショップ「セリア」がリニューアルし、3月末に営業を再開した。10階にあったジュンク堂書店は6日、6階に移転オープンする。
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そごう広島店屋上が憩いの場に、14年ぶり通年開放 緑地広げウッドデッキや農園も(中国新聞 4月2日)
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「ほぼ毎日スポーツ観戦ができる」新サッカースタジアムそばのパセーラ屋上庭園「スカイパティオ」リニューアルオープン(RCCニュース 4月3日)
広島市の商業施設「パセーラ」の屋上庭園のリニューアル工事が終わり、3日から一般開放されました。ほぼ毎日、スポーツ中継を見ることができるなど、新たなにぎわいの場所になりそうです。
小林康秀 キャスター「リーガロイヤルホテル広島とつながる専門店街のパセーラ6階にある、この開けた空間がリニューアルされた屋上庭園スカイパティオです」
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リニューアルされたのは1300平方メートルの屋上庭園で、板張りの床や植栽などが新しくなりました。10月に先行して大画面が設置され、サンフレッチェ広島のパブリックビューイングもすでに4回行われています。ことしに入り、庭園を閉鎖して改修工事を行いました。3日からサッカーをはじめ、さまざまなスポーツ中継をお酒などを飲みながらほぼ毎日、観戦できるスペースとなります。
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小林キャスター「およそ200インチの迫力ある大画面で試合を観戦できる場所です。そのそばには人工芝の丘も作られ、お子さんでもこのように上がって、サッカースタジアムを見下ろすことができるというのです」
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ここはサッカースタジアムや、広島城三の丸周辺など、再開発が続く広島の街を見下ろせる場所です。より見晴らしを良くするため、植栽や設備の数や高さを工夫したということです。
NTT都市開発 中村高士 中国支店長「スポーツバーみたいな、かなり大きいですけど、イベントをやっていなくても自然と来てもらえて、お酒も飲みながらそこに滞留してもらえる、にぎわいをもたらせたらと思います」
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今後はフラワーフェスティバルのステージや、焼き鳥フェスなどのイベントが予定されているということです。
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米下院議員がさらなるUFO公聴会開催を約束 さらなる内部告発者を確保か(東スポWEB)2024年4月5日
米下院議会は昨年7月、UFO公聴会を開催し、〝内部告発者〟が「政府は宇宙機だけでなく、非人間的存在のパイロットの遺体も確保している」と証言したため、世界中のメディアが大きく報じた。ティム・バーチェット下院議員は4日、米メディア「ニュース・ネーション」に次なるUFO公聴会の開催を約束した。
米国防総省(ペンタゴン)は、宇宙人が地球を訪れたという証拠は存在しないと長年、否定してきた。そして3月にペンタゴンの全領域異常対策室(AARO)は「1945年以降のUFO目撃情報は全てありふれた物体や現象の誤認である」との64ページにわたる報告書を発表した。
昨年のUFO公聴会でペンタゴン国家偵察局のUAPタスクフォースに所属したデビッド・グラーシュ氏らが証言した内容をペンタゴンが完全否定した形になっている。
しかし、バーチェット氏は、次なるUFO公聴会でこの状況を変えたいと思っているという。
「できれば内部告発者を何人か入れて、さらなる問題を暴いてくれることを期待しているので、心の準備をしておいてくれ」と話している。
同氏によると、米議員の多くは、UFOが地球外知的生命体の乗り物であると信じているという。また、「ある議員が『もし米国がUFOについて本当に知っていることの詳細が明らかになれば、暴動が起きるだろう』と言った」と明かしている。
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nitsubonome · 1 year
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旧林氏庭園
国登録有形文化財(建造物)旧林家住宅〔資料館別館〕 https://www.city.ichinomiya.aichi.jp/rekimin/1010274/1005629.html ---- 一宮市尾西歴史民俗資料館 https://www.city.ichinomiya.aichi.jp/rekimin/ https://www.instagram.com/minojixkisogawa.museum/
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2ttf · 12 years
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occi-yuki · 5 years
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冷たい西風が頬を掠め、湿気交じりだった初春の陽気は何処へやらか行ってしまった。 西より迫りくる黒い雲は今朝の予報通り冷たい雨を降らす。 瞬刻にして路面は鏡面のように艶を増し、走る者へ覚悟と経験を求めるようになる。
歓声と緊張、威勢と自制。
脚は前に、心は悠揚たる相反する時の幕開けである。
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Urban Bikelore OSAKA & sfiDARE CRITでした。
2018年度最後の週末3/30-31、大阪梅田にある通称"うめきた"と呼ばれる大阪駅北地区においてアーバンバイクロア大阪が開催されました。 自身、バイクロアは第1回開催の秋ヶ瀬公園に参加して以来のエントリーとなり、関東圏のカルチャーを存分に表した良い意味でとてもユルい雰囲気のイベントだ。 ブースにはクラフトビールから個人プロダクトを展開するブランドや、ケータリング、そして自転車メーカーが所狭しと軒を連ねている。
この"うめきた"は大阪駅の北西に位置し旧梅田貨物駅跡地で、東にグランフロント大坂(商業地帯)、西に梅田スカイビル(ビジネス街)に挟まれた大阪駅付近最後の一等地と呼ばれているそうだ。
名古屋で言うと…そうだな、開発前の笹島辺りのイメージだろうか。
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他のバイクロアイベントに比べて決して広くはないスペースではあるが、効率的に前述のブースが配置され賑わいを感じるパッケージングが好印象である。 また、カーキャリアを使ったフライオーバーのアイデアは「お見事!」の一言、設置から撤収までの工数やコストも従来の方法に比べたら格段に良心的であろう。 個人的にはカーキャリアを駆け登るという子ども心に思い描いていた夢が、思いもよらぬ形で叶ったことに感動すら覚えるほどであった。 ジャンプはしないが、クレイジータクシーである。
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関東の懐かしい面々との話も尽きぬまま時間はあっという間に過ぎて、息子のジュニアクラスのレースを眺める 細かくカテゴリー分けされた点も家族で楽しめるのもこのイベントの良いところ。 各レース順位が確定し1位~3位が表彰されるのだが、プライズは表彰者がくじを引き当選した人に渡るというシステムも遊び心に溢れていた。
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カーゴレースではコース上にある荷物をより多く積み、より速くコースを1周し、順位と積載量をポイント化してリザルトが決まる。 トラックバイクにサイクルトレーラーの組み合わせで挑んだ私は、大前提はシクロクロスという事を失念しており積載量重視であった結果、階段やシケインで泣きを見る羽目になったが、階段はトレーラーを分割、シケインは周りの助けを得てゴール。 "この周りの助け"が可能なのもバイクロアの雰囲気ならではの賜物であろう。
結果は着外でしたが、上記システムによりMovementリツオ氏よりキャリアをゲットしたのは感謝しかない。
その他、デニムクラス(デニム着用義務シクロクロス)やスーツクラス(スーツ着用義務)など斜め上のレギュレーションレースが目白押しで、観客としても飽きないレースが続いていく。 もちろん通常のシクロクロスも開催され、速さ毎に特急・急行・普通と開催地の貨物駅跡をオマージュするようなカテゴリーネームも面白い。
イベントは進み、昼過ぎから降り出した雨は小雨と本降りを繰り返し、路面は一気にウエットに変貌。 ピストクリテリウムであるsfiDARE CRITに出走するため雨の中を試走してグリップ具合を確かめる。 コース上の路面には凹凸により水溜りが発生し、スタッフが一生懸命ほうきで掻き出してくれている。 ただ雨脚が弱まることは無く降り続く中、時刻前倒しにて予選がスタートする。
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1周200mほどの超コンパクトコースを10周回で行われる予選。 ヒート毎に9〜10名程度で出走し全7ヒート行われる。各ヒート上位2名が翌日のファイナルへ進出する事が出来るという仕組みだ。 このコンパクトコースだが、まさに絶妙なレイアウトでありホームストレートはストレートではなく右への高速カーブであり、速度が乗り切ったところで180°ターンを3回繰り返したのち、S字を抜ける忙しいレイアウト。 絶えず踏み・バック・右へ左へ動作がひっきりなしに訪れ、よくもまぁこんな狭いところにこれだけの要素を詰め込んだもんだと感心したものです。
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まさに「絶妙」この一言に尽きます。
この日本版ピストクリテリウムとも言えるパッケージングは、過去80年代に一時流行したBMXの進化版「F-1」にも似たパッケージングであり、F-1は登場する時代が早すぎたのかとも感じました。 F-1自体は見たことは無いけど、聞いたり写真で見た程度の私の感想ではありますが。
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はてさて自分は第3ヒートにて出走。 試走時や662ccの純ちゃんとの会話の中でパッシングポイントはストレート後の右ターンしかないと読んでいた為、スタートで前に出れなければそこで仕掛けると銘じてスタート。
クリートキャッチ一発(ロードペダルは嵌めにくい)で踏み出すが、BSX小林選手の出足が良いので2番手で展開する。 案の定この短さとコース幅ではラインを変えても相当の速度差が無いと交わすことは困難なため、当初の予定通り1ターンで狙っていく。
1周回目、2周回目と小林選手に対しアウト側に横並びまで重ねてバイクを引く。 ターンに向かい、スキッド禁止であるがゆえにバックを踏み出すタイミングがシビアすぎて、レイトブレーキングが本当に難しい。もっともこのコンディションではスキッドした場合、滑走距離が長すぎて制動が効かないので無意味ではあるのだが。
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3周回目で一度アウト側に差し込んで意識を外に向けさせてから、バイクを下げて踏み直しイン側に差し込む。 少しラインがタイトだったが抜くことに成功し先頭に出る。
交わして先頭に出てしまえば後は残り7周回ひたすら逃げるだけなので、後方は気にしないように丁寧にメイチで踏み倒す。
ペース上げすぎて高速の右で足元掬われない様に心がけながらも、バックを踏み出すポイント、ターン時のラインを丁寧にトレースしていく。
2位のJunsik Jo選手が猛烈な勢いで追い上げて来たが、辛くも逃げ切り予選1位通過であった。
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ただ大変申し訳ないのだが翌日のファイナルには家庭の事情で参加できない旨を和代さんに伝えて、3位の選手を繰り上げていただくように丁重にお願いし終了しました。
毎周回、歓声が凄くレース展開もコンパクトなコースにより把握しやすいスタジアムコースは非常に応援が届きやすく熱が伝わる良い雰囲気でした。 応援して頂いたみなさん、本当にありがとうございました。 大好きな大坂のど真ん中のレースを皆さんの前で走れて本当に楽しかったです。 
バイクロアは今年も白州で開催されるし、sfiDARE CRITも今後開催していくと思います。 今回のうめきたでのイベントは再開発工事により2度とこの地では開催出来ないですが、また別の場所で行われると思いますので興味を持った方は是非次回参加してみてはいかがでしょうか? 
通常のシクロクロスとも、通常のトラック競技とも違う魅力がここにはあると思いますので、オススメですよ。
photo Andy & kobayashi & dewa & sou
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xf-2 · 5 years
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国の文化審議会は21日、弘法大師空海が修復工事に関わった国内最大級のため池「満濃池」(香川県まんのう町)など3件を新たに名勝に指定し、保護するよう柴山昌彦文部科学相に答申した。戦国大名・真田氏ゆかりの岩櫃���(いわびつじょう)跡(群馬県東吾妻町)や伊達氏梁川遺跡群(伊達市)など8件を史跡にすることも求めた。年内にも答申通り告示される。  満濃池は8世紀初めの築造とされる。讃岐山脈を背景に広大な水面をたたえ、北岸は緩やかな曲線、南岸は入り組んだ峡谷を刻むなど、古くから景勝地として知られる。田植えシーズンに水門を開放する「ゆる抜き」は初夏の風物詩だ。  岩櫃山の中腹に築かれた岩櫃城は、真田氏の拠点の一つ。堀や土塁を大規模に配置した防御性の高い構造で、上杉氏ら有力大名との攻防の舞台となった。保存状態も良く、江戸時代初期の廃城時の様子をとどめている。  文化審議会はこのほか、耶馬渓(やばけい)の景観を生かした「平田氏庭園」(大分県中津市)など3件を登録記念物に、防風林による緑豊かな住環境が特徴の「今帰仁村今泊(なきじんそんいまどまり)のフクギ屋敷林と集落景観」(沖縄県今帰仁村)を重要文化的景観とすることも求めた。  溶岩ドームが特徴的な「青野山」(島根県津和野町)は名勝と天然記念物への指定を求めた。  告示後は、史跡・名勝・天然記念物が計3280件、登録記念物112件、重要文化的景観65件となる。
 伊達氏梁川遺跡群は仙台藩祖・伊達政宗ゆかりの伊達氏が1532年ごろまで本拠地とした館跡や梁川城跡、その城下で構成される。家臣のものとみられる館跡や社寺跡、庭園が良好な状態で残され、建物の様式の変遷をたどることもできる。  ���川城跡は11代持宗(1393~1469年)から14代稙宗(1488~1565年)までの本拠地。現在は学校の敷地として利用されているが、堀や土塁なども一部現存し、復元された本丸跡庭園「心字の池」が往時の姿をとどめる。  1978年に始まった発掘調査では14~18世紀の遺構が出土した。15世紀末~16世紀初め、城下などで大火があった痕跡が認められるという。  須田博行伊達市長は「遺跡群は市の誇り。地域住民と共に大切に保存し、歴史教育や観光の拠点となるよう活用の方法を検討したい」と述べた。
文化審議会の答申内容
 【史跡の新指定】伊達氏梁川遺跡群(伊達市)▽岩櫃城跡(群馬県東吾妻町)▽下総佐倉油田牧跡(千葉県香取市)▽墨古沢遺跡(千葉県酒々井町)▽本ノ木・田沢遺跡群(新潟県津南町、十日町市)▽水軒堤防(和歌山市)▽若杉山辰砂採掘遺跡(徳島県阿南市)▽紫雲出山遺跡(香川県三豊市)  【名勝の新指定】西山氏庭園=青龍庭(大阪府豊中市)▽満濃池(香川県まんのう町)  【天然記念物および名勝の新指定】青野山(島根県津和野町)  【登録記念物の新登録】旧林氏庭園(愛知県一宮市)▽八束氏庭園(松山市)▽平田氏庭園(大分県中津市)  【重要文化的景観の新選定】今帰仁村今泊のフクギ屋敷林と集落景観(沖縄県今帰仁村)
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第十三回北区内田康夫ミステリー文学賞・特別賞受賞作品に基づく朗読劇上演台本
本作は声優・伊藤栄次氏が 二〇二一年十月二九日に配信上演した 「ひとりで朗読劇」の上演台本です。原作者・稲羽白菟が読み物として若干形式を整え、朗読劇の鑑賞を楽しむための資料として公開させて頂きました。「ひとりで朗読劇」はこちら(https://twitcasting.tv/c:eijiitoh1961/movie/707491244)にアーカイブされていますので、是非台本と併せてお楽しみ下さい。
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 一階のダイニングルームにご案内した三人のうち、最初に言葉を発したのは新郎のお母様、倫子夫人だった。
「なんだか古くさい洋館ね⋯⋯。本当に、 こんな所で結婚式を挙げる気なの?」
 値踏みする様に高い天井の四隅を見比べ、 部屋の中央に一人進んでゆく夫人のつんけんした雰囲気に、クラシカルな部屋を嬉しそうに見渡していた野見山(のみやま)さんカップルの表情は見る見るうちに曇ってゆく。
〈私〉「こちらの旧古河邸は、知る人ぞ知る、とても人気のあるウエディング会場なんですよ。春と秋のシーズンには正面の南向きの窓の外、バラ園のバラがとっても綺麗に咲いて、庭も、洋館の中も、大勢のお客さんでいっぱいになっちゃうんです。……ですから、限られたオフシーズンの間、年間たった十数組しか挙式出来ない、ここは当社がご紹介できる中でもとっておきの会場の一つなんです」
「⋯⋯じゃあ、結婚式の時期、庭には綺麗なバラの一輪も咲いてないって事なのね……」  ここは、JR京浜東北線の上中里、山手線の駒込、東京メトロ南北線の西ケ原。この三つの最寄り駅それぞれから均等に遠い⋯⋯。おまけにどの駅も地味で、結婚式に向かう駅として華がない⋯⋯。今日待ち合わせをした駒込は一番メジャーだけど、そこからは登り坂だからお年寄りの参列者には不親切……。
 倫子夫人は、根本的に何もかも考え直した方がいいんじゃないか──そんな文句を、ずっと口にし続けていた。
 普段、ウェディング会場のお下見は、カップルお二人だけをご案内する事がほとんどだ。ごくたまに、熱心な親御さんが同行して仲良くプランを考える事もある。けど、半ば無理やりお母様が同行して、しかも、こんな露骨に文句ばかり言い続けるなんて、結婚式場紹介所『ポラリス・ウエディング』に入社してまだ二年の私には、初めての経験だった。
「高台の洋館、斜面のバラ園、そして、低地の日本庭園──ここのお庭は、本郷台地の傾斜に沿って階段状に設計されているんです。下の日本庭園になら、お式の頃にも、きっと綺麗なお花が咲いていると思いますよ」
「日本庭園?」
 ダイニングテーブルの脇を進み、南に開いた窓際で夫人は斜面の下を見下ろす様に背伸びをした。
 あっ! 確かこの建物からは──
「⋯⋯そんなの、どこにも見えないじゃない」
 案の定、険のある夫人の声が部屋に響いた。
 隣に並んだ野見山さんカップルのすがるような眼差しが、視界の端で私を突ついている。
 何て応えよう?
 考えをめぐらせる事に必死になり、私が笑顔を失いかけたその時、柔らかな女性の声がダイニングルームに響き渡った。
「──洋風のバラ園と純和風の日本庭園が連続して見えない様に、わざと常緑樹の林を間に挟んでいるんです。洋館からは洋風の風景、下の茶室からは和風の風景しか見えない。とっても良く考えられた設計なんですよ。⋯⋯ちなみに、日本庭園は京都の名匠「植治」こと七代目小川治兵衛の作、洋館と西洋庭園は鹿鳴館やニコライ堂の設計で知られる名建築家、ジョサイア・コンドルの作です」 「咲耶(さくや)さん!」
 自称「旧古河邸のなんでも担当者」──高橋咲耶さんが、マホガニーの大きなドアの前に立っていた。
 年上の人なのに、つい可愛いと思ってしまう様なチャーミングな笑顔。おっとりとした柔らかな雰囲気を身にまとっているのに、何故か「この人に任せておけばきっと大丈夫」そう思えてしまう不思議な信頼感。咲耶さんは、この洋館の管理と運営をしている財団法人「大谷地美術館」の職員、美術館学芸員さんだ。
「ようこそ、旧古河庭園へ。お出迎えしようと思っていたのに、すみません。シャンデリアの暈を磨いていたら、つい熱中しちゃって⋯⋯」
 ドアの前で、はにかんだ笑顔を浮かべる咲耶さんの顔を、野見山さんカップルと倫子夫人は、なんとなくものめずらしげに眺めている。 私は自慢の姉を紹介するような気分で口を開いた。
「こちらは、この施設を管理する美術館の学芸員さんで、かつ、ウエディングの担当もなさっている高橋咲耶さんです。⋯⋯今日、お二人の結婚式のご希望についてご相談に乗って下さる方です」
「はじめまして、高橋咲耶と申します」
 咲耶さんはにっこり笑って頭を下げた。 野見山さんカップルは姿勢を正して会釈を返す。
 窓際の夫人は相変わらず、値踏みするような冷たい視線で咲耶さんの姿を遠く真正面から眺めている。
「ウエディングの相談も、シャンデリア磨きも学芸員が担当する⋯⋯。こちらはそんなに人材が不足しているのかしら?」
「⋯⋯ええ、そうなんです」
 穏やかな笑顔を夫人に向け、咲耶さんは続けた。
「施設の管理、洋館見学ツアーのガイド、建物まわりの草むしり--出来る事は全部、私とあと二人の人間で手分けして行っているんです。貴重な歴史的建造物ときれいな庭園を後世に伝える事だけが目的の、とても小さな団体なものですから⋯⋯」
 夫人の冷たい表情と、それを気にも留めない様子の咲耶さんの明るい笑顔──部屋の両端で向かい合う二人の対照的な様子になんとなくハラハラして、私は野見山さんたちに言葉を向けた。
「旧古河邸のウエディングはイベント会社の力を借りず、こちらの高橋さん一人が窓口になって色々と手配して下さるんです。専門の式場と違って、都立公園の一角、非営利団体が運営する洋館をお借りしての結婚式になりますから、お二人の様にアットホームな式を望まれる方、派手さよりも温かさを求められる新郎新婦様には、きっとご満足いただける会場に違いないと私は思うんです」
 笑顔を取り戻した新郎の伸一さんは咲耶さんと正面に向き合った。
「今日は、こちらで結婚式を挙げさせていただく場合のプランについて、詳しくお話を伺いに参りました。どうぞよろしくお願いします」
 伸一さんは咲耶さんに丁寧に頭を下げた。隣の麻里子さんもフィアンセにならってペコリとお辞儀をする。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。このお部���、いつもは喫茶室として営業しているんですけど、幸い今日は他にお客様がいらっしゃいませんから、ここでお話しさせていただきますね。……皆さん、紅茶、コーヒーのご希望は? 喫茶室のマスターとウエイトレス役も、私が一人でやってるんですよ」
「ありがとうございます。⋯⋯じゃあ、僕たちは紅茶をお願いします」
 お二人と咲耶さんの間に生まれた柔らかな空気に、私はなんだかホッとする。
 しかし!
〈倫子夫人〉「あなたのお話を聞く必要はないですから、私にはどうぞお構いなく」
 うんざりした表情を浮かべる伸一さん。
 辛そうにうつむいてしまった麻里子さん。
 少し驚いた表情で夫人の顔を見つめる咲耶さん。
 そして、さすがに堪忍袋の緒が切れそうになってきた私……。
 そんな私たちの方に、夫人はスタスタと近寄って来る。
「母さん、いい加減に──」
「お母さん、マコトと一緒に外で待っているわ」
 マコト?──一瞬誰の事か解らなかったけれど、「お庭で待ってるね」と言っていたもう一人、ご一行に付いて来ていた制服姿のおとなしそうな妹さんの名前なんだろうと私は察した。
 ドアノブに手を掛けた夫人はちらりと咲耶さんを振り返る。
「──坂の下のお庭は随分広そうだけれど、こちらのお庭にはキツネなんて住んでいるのかしらね?」
「きつね、ですか? さすがにそれはいないですけれど⋯⋯」
「母さん! そんな馬鹿な事、もうこれ以上言わないでくれ!」
 ずっと穏やかだった伸一さんが突然上げた大声に構う事なく、夫人は小さく鼻を鳴らしてドアの外に出た。
 麻里子さんは今にも泣きだしそうな顔で俯いていた。
   2
「お待たせしました。さぁ、どうぞ──」
 咲耶さんが、野見山さんカップルと私が座る窓に近い四入掛けのテーブルにお盆を置き、お茶のセットを並べてくれる。
「お茶はアールグレイ、お菓子はここのお庭のばらの花びらを使って作った『ばらの羊羹』。⋯⋯ここの愛称『ばらの洋館』と掛けた駄洒落みたいな名前ですけど、れっきとしたうちの名物なんですよ」
 お茶を配り終えた咲耶さんに、私は改めてお二人を紹介した。
「こちらは野見山伸一さん、そして、長尾麻里子さん。この洋館をご紹介したら、お二人とも、とっても関心をもって下さったんです」
「そうですか。……あの、あまり聞かないめずらしいお名前ですけど、もしかしたら、野見山冴子さんのご親…とか?」
「さすが、よくご存知ですね。野見山冴子は僕の伯母、父の姉に当たります」
「⋯⋯⋯その方、どなたなんですか?」
「掛軸や屏風なんかの日本画を描く、一応プロの画家です。⋯⋯⋯世間一般には、そんなに知られていないと思うけど、KANAKOの母親って言ったら、ご存知なんじゃないかな」
 歌手のKANAK0といえば、ダンディーな大御所ミュージシャン・杉山亮一の娘──
「すごいじゃないですか! うちの父、若い頃から杉山亮一さんの大ファンなんですよ。杉山さんが伯父さんだなんて、うらやましいなー」
 あ⋯⋯。
 数ヶ月前、KANAK0がたった一年で離婚したニュースが話題になった時、実はご両親も数年前に離婚していたとレポーターが言っていた気がする。
 離婚関連の話題。しかもご親族の。
 ウエディングの仕事をしている人間として、これは、かなりまずい失言だ……。
「気にしなくて大丈夫ですよ。伯母の一家は伯母の一家、僕たちは僕たち。僕と麻里子はちゃんと幸せになりますから」
「失礼しました。⋯⋯お優しいお言葉、ありがとうございます」
 私は深々と頭を下げた。
「──素敵なお二人の事、よかったら詳しく聞かせてくれないかしら?」
 咲耶さんの声で、私はゆっくり頭を上げた。
 咲耶さんは私を励ますように微笑んでくれている。
 伸一さんも優しい表情を私に向けてくれている。
 麻里子さんは少しうつむきがちにティーカップを眺めているけれど、その表情は穏やかだ。
 お伺いを立てるように私が向けた視線に、伸一さんはうなずきながら応えてくれた。
「良かったら、僕らに代わってお願いします」
「⋯⋯はい。 お二人は王子稲荷の境内にある幼稚園の同級生、幼なじみでいらっしゃいました。しかし、小学校に上がる時に麻里子さんが引越して、長い間交流が絶えていたんです。それが三年前、王子の大晦日のお祭り『狐の行列』の参加者同士として運命的な再会をしました。そしてこの春、めでたくご婚約なさったんです⋯⋯」
 正面のお二人に、私は満面の笑顔を向けた。
 江戸時代、関東全域のお稲荷さまの御使い狐たちが王子に集まり、村の入り口の榎の下で正装に着替えて王子稲荷さまに新年の挨拶をしに行った……そんな伝説をもとに、昔、その榎の木があったという王子駅の東側「装束稲荷神社」から、駅西側の「王子稲荷神社」まで、狐の扮装をした人たちが提灯の明かりを灯して行列する『狐の行列』���
 自分たちのふるさと、再会した大切な場所に近くて、ご両親がすでに亡くなっている麻里子さんのためにアットホームな式を挙げたい――それが伸一さんのご希望だった。
 だから私は「ここしかない」──そう思ったのだ。
 あれ?──私は少し戸惑った。
 伸一さんはさっきまでと同じように穏やかに微笑んでくれている。
 麻里子さんも同じくうつむきがちにティーカップを眺めている。
 けれど、その表情にはそれまでとは少し違った妙な寂しさ、わずかな悲しみの影の様なものが加わっていた。
 何かまずい事、また言っちゃった?
 とりあえず話題を変えよう──
「⋯⋯そうそう咲耶さん、麻里子さんは最近フラワーアレンジメントをご趣味で始められたんです。結婚式に、新郎様のご実家のお庭に咲いているお花を使ってブーケを作る──そんな素敵なアイディアを、麻里子さんは思いつかれたんですよ。この洋館の雰囲気に合うかどうか、今日は見本を作って来て下さったんですよね? よかったら、そのブーケを見せて下さいませんか?」
 麻里子さんは隣の伸一さんの顔をちらりと見上げ、脇に置いた紙袋からそっとブーケを取り出した。
 小さなブーケは、白、ピンク、ブルー⋯⋯いろんな色と形の花が、バランスの良い球形に綺麗にまとめられていた。
 咲耶さんは微笑みながら、テーブルの上のブーケに指を伸ばした。
「こんな素敵なブーケ、お花屋さんに頼んでもなかなか作ってもらえませんよ」
「⋯⋯ありがとうございます」
 咲耶さんの明るい声に心ほぐされたのか、麻里子さんと伸一さんの表情にわずかな明るさが戻る。
 お花の一つ一つを指さしながら、咲耶さんはリズミカルに言葉を刻んだ。
「千鳥草に矢車草、白妙菊、そして、孤の手袋⋯⋯」
 スズランの様に茎から垂れ下がる細長いピンクの花、『狐の手袋』と言ったその花を指さした瞬間、麻里子さんと伸一さんの口元から笑みが消えた。
「──狐の手袋。学名、ジギタリス。小動物の指サック、手袋みたいな形だから、そんな可愛らしい名前が付いたんでしょうね。⋯⋯けど、この植物には毒があるから、くれぐれも気を付けて下さいね。もしこの葉っぱを食べちゃったら、めまいや幻覚を起こして、場合によっては命にも関わる⋯⋯」
 言葉を区切った咲耶さんと野見山さんカップルの間に、なんとなく奇妙な空気が流れ始める。
〈私〉「⋯⋯まぁ、前置きのお話はこれくらいにして、さっそく、本題のお話を始めましょう。こちらの洋館をお借りして、このダイニングルームで五十名様規模の式を挙げるとすると⋯⋯」
 その時咲耶さんが、穏やかな眼差しで私の目をじっと見つめて言った。
「あなたのお仕事の目的は、お二人の素敵な結婚式? それとも、お二人の素敵な結婚?」
 咲耶さんの言葉の意味がよくわからず、私はしばらく考え込んだ。
「⋯⋯素敵な結婚式をプランニングするのが私のお仕事ですけど、一番大切なのは、もちろんそれから先、お二人の幸せなご結婚生活に決まっています」
「そうよね」
 正面のお二人に顔を向けてにっこりと微笑んでから、咲耶さんは言葉だけを私に向けた。
「その目的を果たすためには、結婚式のプランのお話の前に、ちゃんと考えなきゃならない事があるんじゃないかしら⋯⋯」
 正面のお二人に、咲耶さんは言葉の舵を切り替える。
「私、昔から少しおせっかいな性分なんです。だから、ここの仕事でも『なんでも担当者』になっちゃって⋯⋯。 もし差支えなければ聞かせて下さらないかしら? お二人のご結婚と『きつね』。そこに一体、どんな問題が起こっているのか──」
   3
 しばらくして伸一さんは深いため息をつき、まるで独り言のように小さな声で言った。
「いや⋯⋯お話しするのもはばかられるような、馬鹿げた話なんです⋯⋯。怪文書というか、何というか⋯⋯変な手紙が先週僕の実家に届いて、それから、少し奇妙な出来事が⋯⋯。僕たちの結婚に反対するような内容に、何かの葉っぱの恨みがどうの──っていう、よく解らない和歌が添えられて⋯⋯」
 神妙な様子で、伸一さんは口を閉じた。
 麻里子さんも、その隣で黙ってうつむいている。
 背後の大きな窓から差し込む晴れやかな初夏の光が、お二人の顔に一層深い影を作っているかのようだった。
「こいしくば たずねてきてみよ いずみなる しもだのもりの うらみ くずのは」
 伸一さんと麻里子さんはハッとした様子で顔を上げ、目を丸くして咲耶さんを見つめた。
「それです! その歌です! ⋯⋯でも、どうして、それが?」
「これは『葛の葉』という歌舞伎に出てくる和歌なんです。人間の女性に化けた狐、『葛の葉』が主人公のお話。だから、これかな、と思って⋯⋯」
 麻里子さんに視線を向け、咲耶さんは続けた。
「ちなみに、ここで言う『うらみ』は怨念とか復讐とか、そんな意味の『恨み』じゃなくて、子供と別れなければいけなくなった母親の『未練』という意味の古語なんです。そして、この『うらみ』という言葉には、『葛の葉』が障子に書き残した和歌を『裏から見るように』という意味も掛かっている──」
 麻里子さんは驚いた様子で伸一さんと顔を見合わせた。そして、とても深刻な表情を咲耶さんに向けた。
「裏から見る⋯⋯というのは、どうして⋯⋯なんでしょうか?」
「狐に憑かれた女性は鏡文字、つまり、左右反転した逆さ文字を書くという俗信が、昔の日本にはありました。だから、『葛の葉』役の役者さんは筆を口に咥えたり左手で持ったりしながら、鏡文字でその和歌を障子に書く。それが、このお芝居の一番の見せ場なんです。まぁ、『葛の葉』は狐憑きではなくて狐の変化(へんげ)ですけど⋯⋯」
 麻里子さんも伸一さんも、茫然と咲耶さんの顔を見つめている。
 伸一さんは、隣のフィアンセに顔を向けた。
「麻里子、あんまり人に話す様なことじゃないけど、聞いてもらう意味があるんじゃないかと思うんだ」
 麻里子さんは深刻な表情でうなずき、咲耶さんと私の顔を交互に見つめた。そしてゆっくりと語り始めた。
「伸一さんの実家に届いた手紙は、私が小さい頃に亡くなった母について書かれた手紙だったんです。私の母は狐憑きだった。狐憑きの娘を家に入れると、伸一さんのお家に災いが起きるだろう──って」
「そんな手紙のせいで、お義母様はあんな調子に?」
「いいえ。それだけじゃないんです……。一昨日、ブーケ用のお花を選びに伸一さんのお家に行った時、使わせてもらった和室の障子の一面に��手紙に書かれていたのと同じ和歌が、部屋を離れている間に、墨で大きく書かれていました。どうして障子にあの和歌があんな方法で書かれていたのか、私には全く意味が解りませんでした。でも、今のお話を聞いて理解しました。その文字は、部屋の内側から読めるように書かれていたんです。つまり、桟のない障子の外側から、鏡文字で書かれていた──」
 麻里子さんは両腕で自分の体を抱きしめた。
「私の母が狐憑きだなんていう中傷、私は今の今まで、これっぽっちも信じていませんでした。⋯⋯けど、その和歌が子供と離れる未練の歌だと知って、鏡文字が狐憑きの特徴だと知って、もしかすると私のお母さんは本当に狐憑きだった……あの障子の和歌は、若くして亡くなったお母さんの霊が私に向けて書いたものだったのではないか──そんな風に、今は思っています。⋯⋯だから、狐憑きの娘の私は『狐の行列』で伸一さんと再会する事が出来た。そして結局、その呪われた運命のせいで私は伸一さんと結婚する事が出来なくなる──。これからも私は一人ぼっちで生きていかなきゃいけない──そんな悲しい運命が待っているのかも……」
 突然開け放たれた窓の外から雨粒が葉っぱを叩く音が聞こえだした。雨は降っているのに、空は青いまま──それは不思議な景色だった。
 これって……「きつねのよめいり」じゃない⋯⋯。
 狐憑きにまつわる中傷と奇妙な出来事のせいで苦しんでいる花嫁の麻里子さんに、まるで不吉な追い討ちをかけるような不思議な天気雨──「きつねのよめいり」という因縁めいた不思議な天気に不吉を感じない位に、麻里子さんと伸一さんは、今自分たちが置かれた状況にまいってしまっていた。
「ちょっとごめんなさい。⋯⋯窓、閉めますね」
 咲耶さんは席を立って、外に開かれた窓を閉じようと身を乗り出した姿勢で、ふと動きを止めて、窓の外、左斜め前の方角をじっと見つめた。 私は咲耶さんの視線の先を追う。
 洋館東側の芝生の庭から、南に向かって突き出した展望台―― 屋根のある四阿(あずまや)に雨を避けて駆け込んだ倫子夫人と制服姿の女子高生の姿が、そこには見えていた。
 派手な花柄のサマージャケット、紺色のブレザー。
 それぞれの服に付いたにわか雨の水滴を、ハンカチで払い落としていた。
 窓を閉じて席に戻った咲耶さんは、正面のお二人の顔をじっと見つめた。
「その手紙に、お母様が狐憑きだという具体的な根拠は書かれていたのでしょうか。」
「それは⋯⋯」
「麻里子のお母さんは逆さ文字を書いていたと、手紙には書かれていました⋯⋯⋯。念のため、その手紙も、障子に書かれた和歌も、タブレットで撮影しています。よかったら、ご覧いただけますか?」
「はい。見せて下さい」
「これが、その手紙です。⋯⋯麻里子、お二人に、読んでもらってもいいね?」
 伸一さんの言葉に、麻里子さんは黙ってうなずく。
「できれば、お二人にこんな話をした事は、母には内密にお願いします」
タブレットに写っていたのは、便箋に筆か筆ペンで書かれたごく短い手紙だった。
『近く野見山の家に嫁入りする花嫁は、逆さ文字を書く狐憑きの女が産んだ娘。大なりこまの子もまたなりこま、狐憑きの血が混ざれば野見山の家に災いが訪れるだろう』
 そして二枚目の写真には、同じ便箋の一面を埋めるような大きな文字で、さっき咲耶さんが諳んじた和歌が書かれていた。
『恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる  信太の森の うらみ 葛の葉』
 私は顔を上げ、咲耶さんに尋ねた。
「達筆⋯⋯なんですかね?」
「きっと達筆な人なんだろうけど、なんとなく、わざと筆跡をごまかしているような、不自然な運筆の部分があるわね。……ところで、麻里子さん、お母様は本当に、鏡文字を書いていらしたんでしょうか?」
 しばらく黙ってから、麻里子さんは消え入りそうな声で答えた。
「母の書いたもの……学生時代のノートを引っ張り出して見てみたら、確かに鏡文字で書かれている部分がありました⋯⋯。一冊のうち、ほんの数行でしたけど⋯⋯」
「そうですか。⋯⋯お母様は、どんな方だったんですか?」
「母は、私がまだ五つの時に乳癌で亡くなりました。⋯⋯だから、あまりはっきりした記憶はありません」
「何か、お仕事は?」
「美大に通っていた時に父と学生結婚をして、そのまま専業主婦をしていました」
「大学では、どんな勉強をなさっていたんでしょう?」
「三峰先生という偉い先生のもとで、ケンポンという絵を勉強していたと聞いています。⋯⋯学生の中でも一番将来を期待されていたのに、自分と結婚したばかりに何も残すことなく早死にさせてしまった──三年前に死んだ父は、いつも悲しそうに話していました⋯⋯」
 両親の不幸を自分たちに重ね合わせるかのように、麻里子さんは悲しげな視線を隣の伸一さんに向けた。
 伸一さんもまた、何ともいえない悲痛な表情でフィアンセの眼差しを受け止める。
「今日、何かお母様がお書きになったものなんて、お持ちではないですよね?」
「はい…。こんなご相談に乗ってもらえるなんて思ってもいませんでしたので⋯⋯。わかっていれば、そのノートを持って来たんですが。あっ、ノートを探した時に出てきた、母が鉛筆で描いた小さな絵なら持っています。⋯⋯でもそんなのじゃ、お役に立ちませんよね?」
「いえ、見せていただけますか?」
 麻里子さんは脇に置いたバッグの口を開き、パスケースを取り出した。開いたパスケースの内側、プラスチックの写真入れの部分に入った一枚の小さな絵をそっと取り出し、私たちの前に差し出す。
 古びた名刺サイズの紙には蜜柑が一つ、ぽつんと…鉛筆書きのデッサンで描かれていた。
 咲耶さんは、じっと、その絵を真剣に見つめ続けている。しばらくして顔を上げ、伸一さんに言った。
「障子の写真も、見せていただけますか?」
「はい。……これが、その写真です」
 伸一さんが示したタブレットの画面には、室内から撮影された和室の障子が写っていた。
 夕方ぐらいだろうか、柔らかい日差しを背後から受けたその障子には、さっき見た手紙と同じ和歌が、手紙とほぼ同じ筆跡で、墨と筆を使って大きく書かれていた。
 よく見てみると、確かに、室内側の白木の桟に邪魔されることなく、その文字は平らな裏側から鏡文字で書かれているようだった。
 黙って写真を眺め続けてから、咲耶さんは麻里子さんに顔を向けた。
「この時の状況を、詳しく教えてください」
 麻里子さんはコクリとうなずき、口を開く。
「一昨日の夕方五時頃、私は伸一さんのご実家にお邪魔したんです。お庭に面した和室に荷物を置かせてもらって、私は伸一さんと一緒にお庭でブーケ用のお花を選んでいました。その時に、うっかり、からたちの枝で腕に切り傷を作ってしまって、和室の隣のリビングルームでお義母さまに応急手当てをしてもらったんです。それからしばらくして和室に戻ったら、障子があんな事に⋯⋯」
 麻里子さんは両手で自分の腕を抱いた。
 今まで気がつかなかったけれど、白いワンピースに羽織ったベージュのカーディガンの袖口から包帯らしきものがほんの少しのぞいていた。
「⋯⋯じゃあ、お二人がお庭を離れて和室に戻るまでの間に、誰かがそんないたずらをしたという事ですね。お庭を離れて和室に戻るまでの時間はどれくらいでしたか?」
「そんなにはかからなかったと思います。長くて、十四…五分⋯⋯といったところでしょうか」
「その間、お母様は?」
「麻里子の傷の手当を少し手伝ってから、なんとなくよそよそしく、僕と麻里子の様子を眺めていました。その前々日に例の手紙が届いて、母は僕らの結婚に否定的な事を言い始めた頃でしたから⋯⋯。そのあと、あの障子を見て、母は完全に結婚に反対するようになってしまい、それで今日もあんな調子で⋯⋯」
「妹さんも反対一派なんですか?」
「いえ、真琴と僕は仲が良いので⋯⋯。きっと、母の様子を心配して付いて来てくれたんだと思います」
「なるほど。そうですか──。庭に面した和室とリビングルーム、その他の間取りはどうなっているんでしょう?」
「玄関から延びる廊下の突当りのドアを入るとリビングがあって、その廊下の右手に和室が二つ。例の和室はリビングに近い方です。廊下を挟んでその向かい側には、玄関の方からお手洗いと浴室、そして、父の趣味のオーディオルームがあります。二階は両親と僕、妹、それぞれの寝室になっています」
「なるほど。⋯⋯ちなみに、お父様の音楽のご趣味は?」
「オペラ⋯⋯のようですが、それが、何か?」
「⋯⋯いいえ、大したことではありません。けど、今のお話でおおよその事は解りました。ご家族に事情をご説明したいので、申し訳ありませんがお母様と妹さんを呼んできて下さいませんか?傘は玄関ホールの傘立ての傘をお使いください」
「おおよその事……? それは一体、どういう事なんでしょう?」
 テーブルの上に身を乗り出す伸一さんに、咲耶さんは困ったような微笑みを浮かべて見せた。
「あの…出来れば、お母様と妹さんのお二人とお話がしたいので、呼びに行った替わりに、伸一さんと麻里子さんは少し四阿(あずまや)でお待ちいただけませんか? あの四阿は、この洋館と斜面のバラ園、坂の下の日本庭園――ここのすべてが見渡せる、唯一のビュースポットなんですよ。しばらくの間、お二人はきれいな景色でも楽しんでいて下さい。あと、麻里子さん、お母様の絵、少しの間お借りします」
 不安げな様子のお二人に向かって、咲耶さんはにっこりと微笑んだ。
   4
「とんだ狐の嫁入りね──」
 さっきまで麻里子さんが座っていた席に座り、倫子夫人は忌々しそうに背後の窓の外を眺めた。
 窓の外ではまだ天気雨が降っている。
 四阿の中には、麻里子さんと伸一さんが並んで立つ姿が見えている。
 夫人は咲耶さんに視線を戻した。
「で、お話って? 私はあの二人がここで結婚式を挙げる事に賛成している訳ではないですから、あなたとお話しする事は、特にないと思うんだけど」
 隣に座った妹さんが、横を向いて小さな声で言った。
「やめなよ、そんな言い方」
「真琴は黙ってなさい。⋯⋯で、お話というのは?」
「おせっかいな事は承知しています。しかし、先ほどお二人からお話を聞かせていただいて、いくつか気付いた事があったものですから⋯⋯。まず、麻里子さんのお母様が逆さ文字を書いていた――という手紙の一文の真偽」
「あの子、そんな話まであなたにしたの? 赤の他人に、まぁ、ベラベラと⋯⋯」
 夫人は憎々しげに四阿の方に視線を向けた。
「赤の他人だからこそ、客観的に物事を見られる場合もあります。⋯⋯その手紙の一文は、どうやら事実だった様ですね。その昔、通常では理解し難い不思議な現象を『神懸かり』や『憑き物』と定義して、人々はその謎を受け入れていました。けれど、現代の、科学的・医学的見地から考えれば、例えば解離性同一性障害やてんかんの発作など、そのほとんどには合理的な説明がつくはずです。⋯⋯もちろん、私はその分野の専門家ではありません。ですから、それらの状態がそれぞれ医学的に何と言うのか、細かな説明をする事は出来ません。しかし、手紙に書かれていた現象『逆さ文字を書く』つまり『鏡文字』については、私の専門分野とも少し関係がある事なので、ある程度ご説明する事が出来ると思います」
 咲耶さんの正面で、夫人と妹さんは真顔で黙り続けている。
「鏡文字を書いた事で知られる有名人は『不思議の国のアリス』の作者、ルイス・キャロル、相対性理論のアインシュタイン、そして、かのレオナルド・ダ・ヴィンチ。⋯⋯才能豊かな人たちばかりですね。なぜ彼らは鏡文字を書いたんでしょう? 彼らは『狐憑き』だったんでしょうか?⋯⋯もちろん違います。現代医学において、そういった症例は『ディスレクシア』という学習障害の一つだという事が広く認識されています。脳への言語的な入力、出力、そのそれぞれに、人とは違った特徴が見られる状況を、現代医学ではそう定義します。今、挙げた人たちは『出力』に特徴がある場合です。『入力』に関するディスレクシアは、例えば、知能には何も問題がないのに、書かれた文字だけはどう頑張っても読む事が出来ない──俳優のトム・クルーズは、自分がそんなタイプのディスレクシアだと、堂々と公表しています」
「それは、いわゆる精神病の一種⋯⋯なの?」
「いいえ、そうではありません。学習障害は、脳の使われ方が他の人と『少し違う』という、ただそれだけの事で、病気や異常という訳ではないんです。それを証拠に、今、例に挙げた人々はみんな才能豊かで、ある意味『天才』と呼ばれるようなタイプの人たちです。もちろん、ディスレクシア=天才、と短絡的に考えるような事でもありませんが⋯⋯。しかし、鏡文字を書くディスレクシアの人たちには、ある共通する傾向が見られるそうです。それは──」
 咲耶さんは左の掌を自分の顔の横に持ち上げて見せた。
「鏡文字を書く人は、圧倒的に左利きの場合が多いという事。そして、左利きを右利きに矯正しようとした場合に、文字が逆さまになってしまう事が多いという事──。そこにある絵は、麻里子さんのお母様が、むかし描かれた絵だそうです。⋯⋯蜜柑の後ろに描かれた影を見て下さい。鉛筆を斜めに動かして描いた影、その方向に注目して下さい。左上から右下、そして左上⋯⋯筆跡はそう動いています。この線の動き方は、左利きの画家、レオナルド・ダ・ヴィンチの描く影の線の動き方と共通しています。つまり、麻里子さんのお母様は左利きだった可能性が高いのではないかと……」
 正面の倫子夫人の目をじっと見つめ、咲耶さんは言葉を続けた。
「もちろんこれは、そういった可能性がある──という私の推測に過ぎません。しかし、『狐憑き』と『ディスレクシア』 どちらの���方で『鏡文字』という不思議な現象を捉えるのか、現代人の私たちの選択は自ずと決まっているはずだと、私は思います」
 咲耶さんは言葉を結んだ。
 しばらくの間、ダイニングルームに沈黙の時間が流れる。
 窓の外、天気雨がバラの葉を打つ音だけが、小さく私の耳に聞こえ続けた。
 部屋の沈黙を破ったのは倫子夫人の不服そうな声だった。
「⋯⋯その件については解ったわ。けど、あの障子の文字はどうなのよ? もともと鏡文字が書ける人間じゃなきゃ、短い時間で、あんなきれいに鏡文字を書く事なんて出来ないはずでしょ? 麻里子さんのお母さんの幽霊が書いたなんて、さすがに私もそんな事は言わないわ。でも、どこかの誰かから悪意のある怪文書を送られて、その上、うちの家にあんな不気味な嫌がらせをされる娘さんを、私は自分の大事な息子の花嫁に迎えたくないのよ⋯⋯。子どもの将来を大事に思う親の気持ちは、あなたにとやかく言われるべき問題ではないはずよ」
「お母様のお気持ちは、解るつもりです。 けれど、障子の一件は『悪意のある嫌がらせ』なんかじゃなくて、大好きなお兄ちゃんを他人に取られるのが少し寂しかった──そんな思いが原因の、ちょっとしたいたずらに過ぎなかったんじゃないかと私は思っています。⋯⋯ね? 真琴さん」
「あなた、一体何を言い出すの? うちの娘は左利きでもないし、鏡文字なんて今まで一度も書いた事がないわよ。馬鹿な事を言わないで頂戴!」
 茫然とする妹さんの隣で、夫人は我が子を庇うようにまくしたてた。
 夫人の剣幕に臆する事なく、咲耶さんは妹さんに穏やかな視線を向けた。
「⋯⋯国立劇場の『高校生のための歌舞伎講座』今年の演目はたしか『芦屋道満大内鏡(あしやどうまんおおうちかがみ)』 つまり、『葛の葉』。きっと、学校行事のその舞台を、ちゃんと真面目に見ていたから、あの和歌の意味が解って、それで、障子にあんないたずらをする事を思いついた⋯⋯」
「だから、うちの娘は鏡文字なんて書かないって言ってるでしょ!」
 夫人に向き直り、咲耶さんは静かに、ゆっくりと言った。
「誰でも障子に鏡文字が書ける条件が、野見山さんのお宅にはそろっていたんだと思います。―おそらく、一階のオーディオルームには、オペラ鑑賞用のビデオ・プロジェクターがあるんじゃないでしょうか?」
「それは、確かにあるけれど⋯⋯。それが、どうしたって言うのよ⋯⋯」
 言いながら、夫人は隣の娘にゆっくりと顔を向けた。妹さんは何も言わず、青ざめた顔を下に向けている。
 咲耶さんは、妹さんに視線を向けた。
「携帯かデジカメで撮影した手紙を、向かいの部屋の障子にプロジェクターで映写する。それを外から筆でなぞる⋯⋯。そうすれば、誰にでも、短い時間で手紙と同じ筆跡の鏡文字が書けるはずです。そんな事が出来るのは、プロジェクターの存在を知っていて、家の中から操作ができるご家族以外にはありえない──」
「真琴⋯⋯あなたがやったの?」
 しばらく黙り続けてから、妹さんは小さな声で「ごめんなさい」と応えた。
「なんて馬鹿な事を! じゃあ、あの手紙も、あなたが⋯⋯」
〈咲耶〉「それは違います。怪文書を書いた、麻里子さんのお母様のディスレクシアを知っていた人物。そして、障子に落書きをしてしまった真琴さん──。それぞれのちょっとした悪意と出来心が重なって、思いがけず大きなダメージを麻里子さんと伸一さんに与えてしまった──今回の一件はそんな不幸な出来事だったと、私は思っています」
「じゃあ誰が、どうしてあんな手紙を? それがはっきりしない限り、私はとても安心できないわよ⋯⋯」
「手紙には『大なりこまの子もまたなりこま』という一文がありました。『なりこま』というのは歌舞伎役者の屋号『成駒屋』。『大成駒』というのは玉三郎以前、戦後の歌舞伎界最高の女形として君臨していた六世中村歌右衛門、
その人個人を指す屋号です。⋯⋯例の一文はおそらく、歌舞伎の芸の血筋のように、狐憑きもまた親から子へと受け継がれる──そんな意味を表現しようと、大成駒の『葛の葉』の芸をイメージしながら書かれたものだと思います。歌右衛門が亡くなったのは、十四、五年前。高校生の真琴さんが手紙の主でない事ははっきりしています」
 倫子夫人の目を、咲耶さんはじっと見つめた。
「怪文書の筆跡を誤魔化さなければならないほど、野見山さんご一家に近い人物。ご自身とお嬢さんの結婚が失敗し、親戚の幸せが妬ましく見えてしまった人物。歌舞伎を画の題材にする事もあり、歌右衛門を当然知っている人物。そして、麻里子さんのお母様とも知り合いだった可能性が高い人物……。ご親戚の日本画家、野見山冴子さんが手紙の送り主なのではないかと、私は推測します」
 しばらくの間、倫子夫人は黙って咲耶さんの瞳を見つめ続けた。
「まさか、冴子さんが⋯⋯。お金にも、名誉にも恵まれているあの人が、どうして⋯⋯?」
「人の幸せ、人の嫉妬の理由はそれぞれです。もしかすると、麻里子さんのお母様の才能や人生に対する複雑な感情⋯⋯というものも、そこにはくすぶり続けていたのかもしれません」
 夫人は問いただすような視線を咲耶さんに向けた。
「義姉と麻里子さんのお母さんが知り合いかもしれないというのは、どうして?」
「麻里子さんのお母様は、三峰禎造先生の門下で、絹本の勉強をなさっていたそうです。野見山冴子さんも、たしか三峰門下だったはず──。狭い日本画の世界、同門のお二人が大学で友人同士だった可能性は低くないと思います。在学の時期を確認してみなければ、はっきりとした事は言えませんが⋯⋯」
 曖昧に言葉を結んだ咲耶さんの顔を、倫子夫人はじっと見つめた。
「確か、麻里子さんのお母さんと義姉は、同い年だわね⋯⋯」
 それから、ぼんやりと宙を見ながら、夫人は小さな声で言った。
「真琴、どうしてあんな事を⋯⋯?」
 深々と俯き、妹さんは今にも泣き出しそうな声で答えた。「そのお姉さんが言った通り」と……。
 ダイニングの高い天井を見上げ、夫人は呆然と言った。
「麻里子さんに、悪い事をしたわね。⋯⋯お母さんと一緒に、麻里子さんにちゃんと謝りましょう」
 下を向いたまま、妹さんはコクリとうなずいた。
 解決、したのかな──?
 私は胸をなでおろしかけた。
 しかし次の瞬間、それまで気の抜けたようになっていた夫人の顔に、突然険しい表情が浮かび上がった。
 混乱、苦悩、戸惑い──そんな感情がごちゃ混ぜになったような、まるで何かに取り憑かれたような何ともいえない表情を浮かべ、夫人はすがるような眼差しを咲耶さんに向けた。
「私、これからどうすればいいの⋯⋯? 義姉からはつまらない嫌がらせをされる。娘は軽はずみないたずらをする。そして私まで、麻里子さんに散々バカな意地悪をしてしまった──。伸一にはもったいないくらい、麻里子さんが良いお嬢さんだって事、私、ちゃんと判っていたのよ⋯⋯。これからは私が、ご両親の代わりにあの娘を守ってあげなきゃならないって、ちゃんとわかっていたのよ⋯⋯。なのに、浅はかな私たちが、寄ってたかって二人の間にケチをつけてしまった。せっかくの息子の良縁を、母親の私が壊してしまった⋯⋯。あの子に、これから私、どうやって顔向けすればいいの⋯⋯」
 言い終えると同時に、夫人の両目から滝のような涙が溢れ出した。
 さっきまで俯いていた妹さんは、驚いた様子で母親の顔を見上げている。
 咲耶さんは何かを考え込む様に、真顔で夫人の顔を見つめている。
「やっぱり狐のせいよ! 私たち、きっと狐に憑かれていたのよ。冴子さんも、真琴も、私も⋯⋯。そして麻里子さんのお母さんも、もしかしたら、麻里子さんも⋯⋯」
 悲鳴の様な叫び声を上げ、夫人はテーブルの上に突っ伏した。
 駄々っ子のように首を左右に振りながら、夫人は叫び続けている。
 こんな風になってしまった女の人を、もしかすると昔の人は『狐憑き』だと思ったのかもしれない──。
「狐に憑かれているかどうか、見極める方法がありますよ」  咲耶さんの声で、徐々に倫子夫人の嗚咽は収まり、部屋は静けさを取り戻してゆく。
 しばらくして夫人はゆっくりと顔を上げた。その頰には、涙の流れに沿ったアイラインの筋が出来ている。
 まるで無心の子供のように、倫子夫人は咲耶さんの瞳を見つめた。
 夫人の瞳を見つめ返し、咲耶さんはゆっくりと言葉を繋いだ。
「江戸時代のとある文献に、女性が『狐憑き』や『狐の変化(へんげ)』かどうかを見破る方法として紹介されているお話があります。⋯⋯雨の中遠目に見て、もし、着物の柄が異常なまで派手に、はっきり見えたなら、その女性には狐の因縁がある──と。窓から、四阿にいる麻里子さんの姿が見えるはずです。雨の中遠目に見て、麻里子さんの服の柄がはっきりと派手に見えるかどうか、お母様ご自身の目で確認してみてはいかがでしょう?」
 咲耶さんの言葉に従うように、夫人は黙って椅子から立ち上がり、呆けた様子で窓際に進んだ。
 咲耶さんも静かに席を立ち、夫人の方へと歩いてゆく。私も立ち上がり、咲耶さんの後を追って窓際へと進んだ。
 窓の外の景色を見て、私は思わず声を上げてしまった。
 四阿の下、伸一さんと手を繋いで空を見上げている麻里子さんの後ろ姿──。
 白いワンピースとベージュのカーディガンは、当然、これっぽっちも派手には見えなかった。
 私が思わず声を上げて見とれてしまったたもの⋯⋯それは、お二人が見上げる空の向こう、まだ天気雨が降っている青空に浮かんだ、とても綺麗な七色の虹だった。 〈私〉美しい虹が、私たちの正面の空高くに浮かび上がっていたんです……。
 まるで、手を取り合って雨や嵐の困難を乗り越えてゆこうと決意するお二人を祝福するかのように──。 「⋯⋯きつねの、よめいり」  窓の外を眺めながら、咲耶さんは静かに言った。
「偶然の条件が重なって降る、ミステリアスな天気雨。⋯⋯そんな雨が降ったからこそ、あの美しい虹は生まれました。失敗も、過ちも、後悔も、涙も──
もしかしたら、より美しい未来にたどり着くための貴重な回り道なのかもしれませんね」
 黙って窓の外を眺め続ける夫人の姿が、窓ガラスにうっすらと映っている。
 母親の横に静かに近寄る妹さんの姿が、その隣に映る。
 妹さんがそっと差し出したハンカチを受け取り、倫子夫人は頬を拭きながら小さな声で言った。
「ありがとう⋯⋯。 真琴、二人を呼んできてくれないかしら?」
 ダイニングルームに戻った野見山さんカップルの姿を、しばらく黙って眺めてから、遠慮がちな様子で倫子夫人は言った。
「お母さん、結婚式の会場は、絶対ここがいいと思うんだけど⋯⋯。二人は、どうかしら?」
 野見山さんカップルは目を丸くして夫人の顔をまじまじと見つめた。
 狐につままれたような顔──お二人の表情は、まさにそんな風だった。
「僕は、こんな良い場所は他にはないと思うけど⋯⋯いいのかい?」
 穏やかな表情でうなずき、夫人は麻里子さんに体を向けた。
「麻里子さんは、どうかしら?」
「⋯⋯お義母さまもここを気に入って下さったなら、私は、本当に嬉しいです」
「そう⋯⋯良かった」
 そう言って微笑んでから、夫人は神妙な表情を浮かべた。
「あなたたちの幸せを一番に守ってあげなきゃいけないはずの私が、下らない事でうろたえてしまって、本当にごめんなさい。……麻里子さん、あなたには改めて家族と一緒にお詫びしなければいけない事があるけれど、まずは私の愚かさを、どうか許して頂戴」
 深々と頭を下げる夫人に、麻里子さんは恐縮した様子で応えた。
「許すだなんて、そんな⋯⋯。私こそ、ふつつかものですが、末永く、どうかよろしくお願いします」
 麻里子さんと互いに深く頭を下げあった後、夫人は私と咲耶さんに体を向けた。
「今日は散々失礼な態度をとってしまって、本当に申し訳ありませんでした。どうか許して下さい。そして、この二人の幸せのために、これからも、あなたたちの力を貸して下さい」
 姿勢を正して頭を下げる夫人に、私は慌てて頭を下げ返した。
「ありがとうございます! 精一杯、務めさせていただきます!」
「最善を、尽くさせていただきます──」
 頭を上げた私の目の前、幸せな様子で並ぶご一家の姿があった。
 ほっとした様子で見つめ合う野見山さんカップル。
 なんとなく気まずそうにしながらも、確かな祝福の眼差しをお兄さんたちに向ける妹さん。
 そして、まるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情になった倫子夫人──。
 良かった……。
 私はほっと胸をなでおろし、隣の咲耶さんに顔を向けた。まるで親戚のお姉さんのように、咲耶さんは笑顔で野見山さんご一家の様子を眺めている。
「──咲耶さん、本当にありがとうございます」
「ん? なあに?」
 どうしてお礼を言われたのかわからない──そんな様子で首をかしげ、咲耶さんはにっこりと微笑んだ。
   《おしまい》
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catdoll007 · 1 year
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一宮市尾西歴史民俗資料館 敷地内
🌟旧林氏庭園
旧林氏庭園は、10代目の林幸一が昭和初年から約10年の歳月をかけて作庭しました。
心字池を中心とした回遊式で、各地から収集された石の特徴を活かした石組みが見所です。
ドウダンやカエデなどとともに、四季折々の風景を楽しむことができます。
近代の愛知県における造園文化の発展がわかる貴重な庭園と言えます。
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oniwastagram · 1 year
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📸小林古径記念美術館(旧小林古径邸)/ Kobayashi Kokei Memorial Museum Garden, Joetsu, Niigata ——続日本100名城で桜の名所“高田城跡”🏯🌸に残る、近代日本画壇で活躍した画家 #小林古径 の旧宅・アトリエは近代数寄屋建築の巨匠 #吉田五十八 の貴重な戦前の初期作品…国登録有形文化財。 新潟・小林古径記念美術館(旧小林古径邸)の紹介は☟ https://oniwa.garden/kobayashi-kokei-museum-niigata/ ...... 「小林古径記念美術館」は新潟県上越市出身の日本画家・小林古径の名を冠し、氏の作品の中心に展示されている美術館。美術館の庭園内には近代数寄屋建築の巨匠・吉田五十八が設計した小林古径の旧宅も🏡 . 2022年7月、上越市に残る大庄屋/庄屋クラスの豪農屋敷の公開イベント『上越名家一斉公開』を訪れた足で初めて訪れたのがこの美術館。吉田五十八好きとしては一斉公開と同じかそれ以上にずっと訪れたかった場所でもあった…! . 夜桜の名所として有名な『高田城址公園』(高田公園)。松平忠輝(徳川家康の六男)の居城として1614年に築城された『高田城』の跡に開かれた都市公園で、「高田城跡」として新潟県指定史跡&続日本100名城🏯 . なお築城奉行として指揮をとったのは松平忠輝の義父だった大大名・伊達政宗だったとか🌙現在では桜だけでなく、夏にかけてピンクの花を咲かせる外堀のハス群も“東洋一”と呼ばれる名所!🪷 . そんな高田公園内に2001年に移築・復原されたのが地元出身の日本画家・小林古径の旧宅『小林古径邸』。 元は東京都大田区の南馬込…『川端龍子旧邸』なども残る“馬込文士村”と呼ばれた一帯に居を構えていた小林古径。主屋は1934年(昭和9年)竣工で“近代数寄屋建築の巨匠”吉田五十八の現存する建築の中では最も古い戦前の建築(*場所も変えていない条件が加わると別のものになるけれど)。 . 大工棟梁は京都の宮大工 #岡村仁三 。この方が吉田五十八にとっての数寄屋の師だったとか…? . 小林古径の没後は大田区が管理していたそうですが、マンション計画🏢により1993年(平成5年)に解体。 上越市がその部材を引き受け、吉田五十八に師事した建築家 #今里隆 さんや早稲田大学の調査・監修の下、 #宮本忠長建築設計事務所 #大林組 により現在地に復原。なお冬に雪に覆われる土地柄を考慮して見えない部分では随所に補強が加わっているそう。 . 小林古径が吉田五十八にひとこと《私が好きだという家をつくって下さい》と注文し、古径の芸術作品を研究した上で建てられた2階建の住宅。 . 文化財登録の評価などにも「貴重な初期作品で」「近代数寄屋建築の作風を確立する途上」といった評価で、外観は後年の作品と比べると独自色が滲み出る前…って感じだけれど。 玄関ににじり口があったり、『旧山口蓬春邸』で見られるような小堀遠州『孤篷庵』の“忘筌席”オマージュや床の間など随所にその過程が感じられる。 続く。 - - - - - - #japanesearchitecture #japanarchitecture #japanarchitect #japandesign #sukiya #japanesegarden #beautifuljapan #landscapedesign #niigata #yoshidaisoya #美術館 #近代建築 #近代和風建築 #近代数寄屋建築 #数寄屋建築 #数寄屋 #庭園 #日本庭園 #建築デザイン #ランドスケープ #庭院 #庭园 #上越市 #おにわさん (小林古径記念美術館) https://www.instagram.com/p/CmLQSzxv38x/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kentarouchikoshi · 3 years
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 僕の友人で建築家の中郡大輔氏から茨城県公館(水戸市)に関するお話を伺う機会がありました。つい先日も建築物の保存に関する投稿を致しましたが,今回それと関係の深いお話を知り,再び僕なりに思うところを述べさせて頂きたいと思います。  水戸市大町には茨城県公館という施設があります。県知事の住宅と迎賓施設2棟からなる建物で,1974(昭和49)年に建設されました。国立能楽堂の設計を行った大江宏氏の手による建物です。中郡氏の投稿からもご覧頂けるように,まるで映画に登場するような素敵な建物で,建物の外には美しい庭園も広がっています。まずは中郡氏の投稿をリプライを含めてご覧頂き,皆様にもその見事さを実感頂ければと思います。  実は僕も,茨城県公館がこれほど素敵な所だとは今まで全く存じませんでした。僕はこの辺りには非常に縁が深く色々な事柄についても相当に詳しいと自負しておりますが,知事でもなければ県の賓客でもない僕にとって公館は全く無縁の場所で,塀の外からチラリと見て「立派そうな建物が建っているな」と感じていただけだったというのが正直なところです。こんな素敵な場所だと全く知らなかったことをとても残念に感じています。  さて,この茨城県公館は歴代知事の住宅として使われてきましたが,2017(平成29)年に知事が交代して以来使われないままになっています。何かに活用されるとばかり思っていたのですが,中郡氏から「取り壊すことになった」と聞かされ,これほど美しく見事な建物や庭園を知ったばかりということもあって大いに仰天してしまいました。当初は半信半疑でしたが,2020(令和2)年11月14日付「茨城新聞」と翌同年11月15日付「讀賣新聞」で「老朽化を理由に解体」と報道されており,どうやら間違いの無い事実のようです。  茨城新聞によると県は「ホテルやレストランなどとしての利活用も含め、今後の方向性を検討してきたが、老朽化が進んで維持管理が難しく、危険性がある」として解体の方針を決めたということです。讀賣新聞も同様の報道ですが,こちらは「維持管理費が年間300万円に上り、漏電による火災の恐れがある」と別角度から取り上げています。  しかしこれらの記事で報道されている県の主張,果たして真実なのでしょうか。  茨城県公館は決してそんなに古い建築物ではありません。竣工は1974(昭和49)年ですから,まだ完成から50年も経ておりません。無論,世の中には築50年未満で本当に駄目になってしまう建物も存在しないわけではありません。奇しくも同じ水戸市において,1972(昭和47)年竣工の水戸市役所庁舎が2011(平成23)年の東日本大震災で大きく損壊して使用不能に陥った事例は我々の記憶にも新しいところです。それを考えれば県の主張も強ちには否定出来ないようにも思われますね。しかし水戸市役所庁舎と茨城県公館とを同列に論じることは出来ません。前者は千波湖という湖の埋立地に建っていたのに対し,後者が建っている場所は鎌倉時代から江戸時代までの水戸城址のすぐそばなのですから。城塞とはもともと軍事施設であり,地盤堅固な場所を選んで設けられるものです。因みに茨城県公館のすぐ傍,まさに城址に建ち地域のランドマークとして地元の人々に親しまれている茨城県三の丸庁舎(旧県庁舎)の竣工は何と1930(昭和5)年です。しかしその三の丸庁舎のうち東日本大震災で損壊したのは戦後の物資不足の中で1954(昭和29)年に無理に増築された4階部分だけで,戦前に建てられた部分は全くと言って良いほど無傷でした。実際,その後4階部分を撤去し建設当初の美しい姿を取り戻した三の丸庁舎は,現在も行政や社会教育の場として使用されています。その三の丸庁舎と同じく強固な地盤の上に,しかも戦後約30年も経ってから建設された茨城県公館が「老朽化して危険」などといわれても,素人としては大いに首を捻らざるを得ません。  また「漏電による火災の恐れ」というのも,そう聞いただけでは僕のような者にはよく理解出来ない話です。我々が長期に渉って家を留守にする際には,火災予防のために電気のブレーカーを落とします。仮に漏電のリスクがあるというのなら,公館は空家なのだから同様にブレーカーを落としてしまえば良いのではないのか。それでも漏電して火事になってしまう危険があるのでしょうか。先述のとおり公館は2017(平成29)年までは知事の住居として使われていましたが,前知事はそんな危ない所に住まっていたのか。それとも前知事の退去後僅か4年で急に危険になってしまったのでしょうか。  そもそも,先述のとおり茨城県は公館をホテルやレストランなどとして利活用することを検討していたことが茨城新聞・讀賣新聞双方に明記されています。仮にそれほど老朽化して漏電のリスクもあり危険だというなら,県はそんな危険な建物を再利用する気だったのかということにもなりかねず,何だかよく判らない話と言わざるを得ませんね。  無論,これらは素人の素朴な疑問に過ぎません。しかし専門家である中郡氏はこう明言しています。「県公館はRC造で構造的にも何ら問題なく、一部雨漏りなど補修すれば十分健全」と。本当に危険なほど老朽化しているのか,再度真剣に検討する必要があると感じるのは僕だけではないでしょう。  では仮に茨城県公館を物理的には残すことが可能であるとして,残して再利用することと取り壊してしまうこと,どちらが望ましいでしょうか。それについても検討してみたいと思います。  茨城県公館の建つ場所は水戸市内の超一等地です。先述のとおり茨城県三の丸庁舎にほど近く,その三の丸庁舎の裏には旧水戸藩校の弘道館と,日本三大名園の一つである偕楽園にも劣らぬ広大で見事な梅林が広がっています。その梅林は正式には「弘道館公園」というのですが,地元では偕楽園に次ぐ梅林という意味で「第二公園」と呼ばれています。観光客には知られておらず大混雑する偕楽園をよそにシーズンでも静かな佇まいを見せており,地元の人々にはむしろこちらでの観梅が好まれています。とはいえ「偕楽園は大混雑,一方で弘道館公園は梅が満開なのに閑古鳥」というのはあまりにアンバランスであり,また弘道館に隣接する水戸城の再建が進められ観光的な魅力を高める努力が進められている中でこのような状況が続いているのは決して望ましいこととは言えません。そもそも偕楽園は水戸市街地から少し離れており,市街地に近い弘道館公園に観光客を呼び込むことが出来ればそれは都市活性化にも極めて有効であると言えるでしょう。  では何故「弘道館公園も素敵ですよ」と観光客にPRしないのか。実は現状では出来ない理由があるのです。偕楽園にはレストハウスがあって遠来のお客さんに飲食や休憩のサービスを提供出来るのに対し,弘道館公園にはそうした施設がありません。梅の花を観ることは出来ても,食事をしたり休憩したりすることが出来ないのです。梅の花が咲く季節の水戸はまだ肌寒く,そんな所に遠来のお客さんをお連れしても「お腹は空くわ草臥れるわ,挙句の果てに風邪を引いて終わり」ということにもなりかねません。とはいえ弘道館公園にはレストハウスを建てる場所は無く,また水戸城方面には多くの学校が立ち並んでいるのでそちらに休憩・供食施設を設けることも出来ません。  しかし「茨城県公舎をレストハウスとして利用する」ことで,これらの問題は全て解決します。弘道館公園から茨城県公舎までは充分に徒歩圏であり,茨城県公館を供食施設に活用することで市街地にも水戸城にも近い弘道館公園を「第二の偕楽園」にすることが可能になる訳です。しかも中郡氏の投稿をご覧頂ければお分かりのとおり公舎の建物も庭園もそれ自体が観光資源にもなる実に見事なもので,偕楽園にあるレストハウスなどの比ではありません。更に言えば弘道館公園と茨城県公館の間には美しい街並みの中に桜並木もあり,梅の花のシーズンが終わった後にも花を楽しみたい観光客を呼び込むことも可能になるでしょう。  或いはこのように申し上げても「コロナ禍の続く中で,何を呑気な事を言っているのだ」という反論も予想されるところですね。「観光になど期待するより,一等地である茨城県公舎敷地を売却して収入を得るほうが県財政の助けになる」と仰る向きもあるかもしれません。  しかし僕はそれには全く同意致しません。そもそも売却しても一回きりの収入を得られるに過ぎません。また一等地であるが故に売却すれば茨城県公舎跡地にはマンションなどが建つことになるでしょうが,マンションが建ったところで都市景観が向上するわけでもなく,観光客が来るわけでもありません。一方で茨城県公舎を観光資源として活用すれば,弘道館公園を偕楽園と並ぶ集客施設に変容させることが可能になります。それは長きにわたって茨城県の,そして水戸市の利益になるでしょう。またそのやり方であっても県は収入の機会を失いません。むしろ茨城県公舎をレストラン等に賃貸する形を取ることで,一回きりではなく長期に渉る安定的収入源とすることすら可能です。そもそも「コロナ禍の続く中」という発想自体が近視眼的と言わざるを得ません。天地開闢以来,沈静化しなかったパンデミックなどというものはただの一度も無いのですから。そして今次のコロナ禍で人々の生活習慣が変わることで以前よりも減少することが見込まれるビジネス移動と異なり,実際に現地に行かなければ楽しむことの出来ない観光需要のほうは必ず復活します。現にコロナ禍の下火になった時期には「Go To キャンペーン」等で多くの人々が観光旅行に出掛けました。今後のためにはコロナ禍鎮圧後を見据えて準備を進めることこそが求められていると言えるでしょう。仮に「そうは言っても,今やることではない」というのであっても,将来に向けて茨城県公舎を維持しておくことだけは絶対に必要です。讀賣新聞によれば「維持管理費が年間300万円」ということですが,大切な資源を維持するための出費として300万円というのは県として支出不可能な額ではないし,決して無駄なお金でもありません。  茨城県公館を維持し活用することこそが茨城県の,そしてその公舎の所在する水戸市の未来にとって不可欠ではないか。僕はそのように考えているところです。  もしこれをお読みの皆様にもご賛同頂けたなら,僕としてはそれに勝る喜びはございません。
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【山形】山形就要這樣玩!朝聖歷史景點兩天一夜小旅行 https://zuche.io/tumblr 對山形縣感到陌生且遙遠嗎?莫急莫慌,這次讓我們手持「JR東日本鐵路周遊券(東北地區)」,一起暢遊山形兩天一夜!繼續使用「JR東日本鐵路周遊券(JR EAST PASS)」走跳山形!位於東北地區的山形縣,除了有古城、武家倉敷等歷史建築物之外,改建古建築而重生的咖啡廳、蕎麥麵店、新鮮水果等觀光資源豐富。若想征服景點眾多的山形縣,但又「想省交通費」的話,非常推薦使用「JR東日本鐵路周遊券(東北地區)」。此周遊券能不限次數乘坐可使用區域內的新幹線、特快列車、快速列車、普通列車、JR巴士等交通運輸。周遊券可以在日本或自己的國家進行購買。詳細購票方式和相關使用注意事項,請參考下方連結。■JR東日本鐵路周遊券(東北地區)※JR東日本鐵路周遊券僅限訪日觀光者購買,日本人與持非觀光簽居住於日的外國人無法購買此優惠票券,敬請見諒。本次將介紹使用「JR東日本鐵路周遊券(東北地區)」來進行兩天一夜小旅行,暢遊山形縣的歷史景點!第一天。08:00〜 東京車站出發兩天一夜山形之旅從東京車站出發。首先搭乘東北新幹線やまびこ(Yamabiko)號(08:08出發)前往福島。需時1小時46分(9:46抵達)。乘坐10:02的足湯列車「Toreiyu Tsubasa」號「Toreiyu Tsubasa」號是行駛於福島至山形區間的足湯觀光列車,車廂內以山形果物裝飾,設有和風榻榻米座位、山形特產與地酒吧台,足湯車廂可享受溫暖足湯,舒舒服服地抵達下一個目的地:山形縣上山市。足湯車廂需另外付費並預定利用時間,詳細請參官方網站。11:15〜 漫遊歷史三景點Picture courtesy of 上山城上之山溫泉站(かみのやま溫泉駅)擁有上山市主要觀光景點:上山城、武家屋敷與春雨庵。趕緊來去參觀吧!別名月岡城的上山城(かみのやまじょう),是過去統治山形縣的戰國大名最上氏一族的城堡,重建而成的上山城目前作為傳承當地歷史文化的鄉土資料館。上山城除了遠脁藏王山脈之外,每年四月下旬櫻花滿開的季節則蛻變為當地的賞櫻勝地。 查看資訊上山城 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u770cu4e0au5c71u5e02u5143u57ceu5185uff13u756auff17u53f7","code":"38.157503, 140.27620890000003"],"center":"38.156799462927275, 140.27638056137698","zoom":"15","latitude":"38.156758655496695","longitude":"140.27638056137698" 地址 山形県上山市元城内3番7号 營業時間 09:00~16:45(最終入館時間) 休息日 奇數月第二個週四,年末年初(12/29~12/31) Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 かみのやま溫泉站 交通方式 かみのやま溫泉站步行約12分鐘 金額 入場費:成人410日圓大學生、高中生360日圓中小學生50日圓 電話號碼 023-673-3660 官網 http://kaminoyama-castle.info/ 從上山城步行約7分鐘,抵達的是過去守護城堡的武家屋敷,雖然已不見武士身影,但過去的生活情景依舊殘留在這有200歷史的建築中,洗去戰鬥氣息,現在是平靜而美麗。 查看資訊上山市 武家屋敷 "map_code":"pin":["title":"u4e0au5c71u5e02u9db4u811bu753a1u5730u65b9u5167","code":"38.159569944016965, 140.27404708703307"],"center":"38.15935313230914, 140.2745942576721","zoom":"17","latitude":"38.159569944016965","longitude":"140.27404708703307" 地址 上山市鶴脛町1地方內 營業時間 09:00~16:45 休息日 週三,年末年初 Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 かみのやま溫泉站 交通方式 かみのやま溫泉站步行約20分鐘 金額 入館費(三輪家):成人210日圆學生160日圆小孩50日圆※三輪家以外的住屋僅可參觀庭院 電話號碼 023-672-1111 官網 http://yamagatakanko.com/spotdetail/?data_id=2728 春雨庵是山形縣史跡之一,是江戶時代被流放至山形的僧侶澤庵禪師(沢庵禅師)的住所,現在則免費開放參觀,內有茶室聽雨亭(聴雨亭),可以在此享用抹茶(含稅500日圓,需預約),靜觀庵中美景。 查看資訊春雨庵 "map_code":"pin":["title":"u4e0au5c71u5e02u677eu5c712-10-12","code":"38.156464, 140.2689845"],"center":"38.15630738715182, 140.26864117724608","zoom":"15","latitude":"38.15630738715182","longitude":"140.26864117724608" 地址 上山市松山2-10-12 營業時間 9:00~16:45 Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 かみのやま溫泉站 交通方式 かみのやま溫泉站步行約10分鐘 電話號碼 0237-672-0824 官網 http://yamagatakanko.com/spotdetail/?data_id=1895 也可以使用旅遊行程來參觀以上的觀光景點哦。有興趣的人,可以參考【上山歷史散歩行程】。15:00〜 山形市區散步觀光與晚餐・JR山形站→霞城公園,步行約10分鐘。右下:Picture courtesy of 山形縣搭乘新幹線從上山溫泉站前往山形站約9分鐘。感受完上山市之後,就往山形市區移動吧。距離山形站步行約10分鐘距離的霞城公園入選為日本100名城,位於日本第五大的山形城跡之內。一年四季均可欣賞美麗風景。山形縣勇猛戰國名將最上義光的銅像也立於公園之中,適合在此拍照留念。 查看資訊山形霞城公園 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u971eu57ceu516cu5712","code":"38.2554306, 140.32807630000002"],"center":"38.2547355, 140.32823659999997","zoom":"14","latitude":"38.2547355","longitude":"140.32823659999997" 地址 山形市霞城町1番7号(公園管理處) 營業時間 霞城公園:5:00〜22:00(4月1日~11月30日)5:30〜22:00(12月1日~3月31日)山形城(二之丸東大手門櫓):詳細時間請參考官網 休息日 霞城公園年中無休。山形城(二之丸東大手門櫓:冬季不開放,詳細時間請參考官網 Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 山形站 交通方式 從山形站西口徒步10分鐘至公園南門;從山形站東口徒步15分鐘至東大手門。 金額 免費入園 官網 山形霞城公園 霞城公園中還有不少文化設施。其中山形市鄉土館 舊濟生館本館(旧済生館本館)是參考明治時期位於橫濱的英國海軍醫院建造而成。最特別的就是連結成一個圓的一樓走廊,仿若無止盡的優雅。 查看資訊山形市鄉土館 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u5e02u971eu57ceu753a1-1","code":"38.2531056, 140.32849720000002"],"center":"38.2531056, 140.32849720000002","zoom":"15","latitude":"38.2531056","longitude":"140.32849720000002"・霞城公園→文翔館,步行約25分鐘。山形縣鄉土館 文翔館是大正時代的代表性建築,仿造16〜18世紀的英國風,來到這裡彷彿瞬間渡海,一秒到歐洲!許多電影・日劇製作單位看上這裡的復古氛圍到此取景,如知名的漫畫改編電影作品《神劍闖江湖 京都大火篇》(るろうに剣心 京都大火編)。 查看資訊山形縣鄉土館 文翔館 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u5e02u65c5u7bedu753a3u4e01u76ee4u756a51u53f7","code":"38.256677956508035, 140.34118152698363"],"center":"38.256897, 140.3412459","zoom":"17","latitude":"38.256677956508035","longitude":"140.34118152698363" 地址 山形市旅篭町3丁目4番51号 營業時間 09:00~16:30 休息日 每月第1、第3個週一(週一若是國定假日則開館,隔天休息)年末年初(12月29日~1月3日) Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 山形站 交通方式 山形站乘坐路線巴士於「市役所前」巴士站下車後步行1分鐘即達。 電話號碼 023-635-5500 官網 https://www.gakushubunka.jp/bunsyokan/ ・文翔館→紅の蔵,步行約18分鐘。活用過去倉庫建築「蔵」而成的山形まるごと館・紅の蔵,是餐廳、咖啡廳與伴手禮店的複合式園區。紅の蔵的「紅」,來自於山形興盛一時的「紅花貿易」,現在的紅花成為精緻的文創產業,將古老紅花文化繼續流傳。 查看資訊山形まるごと館・紅の蔵 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u770cu5c71u5f62u5e02u5341u65e5u753a2-1-8","code":"38.2467008, 140.3356523"],"center":"38.2467008, 140.3356523","zoom":"15","latitude":"38.2467008","longitude":"140.3356523" 山形まるごと館・紅の蔵View Map 地址 山形県山形市十日町2-1-8 營業時間 依各店家而有所不同,詳細請參考官網 休息日 依各店家而有所不同,詳細請參考官網 Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 依各店家而有所不同,詳細請參考官網 最近車站 山形站 交通方式 山形站步行約10分鐘山形站乘坐100日圓循環巴士於「十日町紅の蔵前」巴士站下車即達 電話號碼 023-679-5101 官網 http://www.beninokura.com/ ・紅の蔵→そば処三津屋,步行約3分鐘。1921年創業的そば処三津屋・出羽路庵,是山形縣代表性的蕎麥麵老店,創辦人寺崎一家,對蕎麥有著無比熱愛,走訪日本各地品嚐學習,最後創作出屬於自己的蕎麥麵。如此用心的蕎麥麵千萬不能錯過! 查看資訊そば処三津屋・出羽路庵 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u770cu5c71u5f62u5e02u5341u65e5u753a1u4e01u76ee1-26","code":"38.24651489995954, 140.3337847361763"],"center":"38.24662022414087, 140.33393091656762","zoom":"20","latitude":"38.24651489995954","longitude":"140.3337847361763" そば処三津屋・出羽路庵View Map 地址 山形県山形市十日町1丁目1-26 營業時間 11:00~21:00(20:30最後點餐) 休息日 週三(國定假日則營業) Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 山形站 交通方式 山形站步行約8分鐘 電話號碼 023-622-0328 官網 http://www.soba328.com/ 想要在山形市過一晚的話,推薦入住山形大都會大飯店(ホテルメトロポリタン山形)。下車後就能直達飯店check in 放行李,位置超方便!想要繞遍山形市區的散步景點,也可以選擇參加旅遊行程。旅遊行程的詳細資訊可參考【山形散步���山形蕎麥午餐】。第二���。造訪山寺的好景色,美食伴手禮也不放過10:30〜 山寺・JR山形線 天童站→山寺。搭乘天童計程車約20分 or JR仙山線 山寺站。山寺的正式名稱為寶珠山立石寺(宝珠山立石寺),是日本知名詩人松尾芭蕉(まつおばしょう)的作品《奧之細道》中的造訪地。從山門開始到最上方的奧之院,共有1000多個階梯,沿途風景優美。山寺中最古老的建築納經堂,以及擁有超過180度觀景視野的五大堂,是絕對不可錯過的景點! 查看資訊山寺(寶珠山 立石寺) "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u770cu5c71u5f62u5e02u5c71u5bfa4456-1","code":"38.3122076, 140.43602529999998"],"center":"38.3122076, 140.43602529999998","zoom":"16","latitude":"38.3122076","longitude":"140.43602529999998" 地址 山形県山形市山寺4456-1 營業時間 8:00~17:00 休息日 年中無休 Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 山寺站 交通方式 山寺站步行約7分鐘 金額 大人、高中生:300日圓國中生:200日圓小學生、孩童:100日圓 電話號碼 023-695-2843 官網 https://www.rissyakuji.jp/ 12:25〜 新鮮採果趣ー王將果樹園・山寺→王將果樹園,搭乘天童計程車約20分鐘。王將果樹園是天童區的人氣觀光果園,依不同季節可以採收櫻桃、葡萄、水蜜桃、蘋果等水果,也販售多樣水果製作伴手禮與甜點。這次前往正好是蘋果季節,王將果樹園提供30分鐘的蘋果採收與吃到飽,現採現吃果然美味無敵!採後之後的蘋果還可以當作伴手禮帶回家哦(3〜5顆)! 查看資訊王將果樹園 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u770cu5929u7ae5u5e02u5927u5b57u5dddu539fu5b501303u756au5730","code":"38.4017729, 140.43116039999995"],"center":"38.40715376364967, 140.3976864314941","zoom":"13","latitude":"38.40715376364967","longitude":"140.3976864314941" 地址 山形県天童市大字川原子1303番地 營業時間 餐廳:9:00〜17:00咖啡廳:9:00〜16:00水果採收受理時間:8:30〜16:00 休息日 年中無休 Wi-Fi 有 信用卡及其使用種類 VISA,MASTER,JCB 最近車站 天童站 交通方式 從天童站搭計程車約20分鐘 金額 季節水果聖代 含稅750日圓採收蘋果(30分鐘吃到飽)+附伴手禮 含稅1,080日圓 電話號碼 023-657-3211 官網 https://www.ohsyo.co.jp/ 13:15〜 搭上專用巴士前往道之駅 天童溫泉(道の駅 天童温泉)・王將果樹園→道之駅 天童溫泉,搭乘天童計程車約15分鐘。走了很多路,所以來去天童溫泉泡泡足湯,放鬆雙腳吧。天童為生產將棋(※1)的著名城鎮,這裡的足湯池也做成將棋模樣,一��的商店也販售多項當地伴手禮、農特產品,一不小心大家又入手了好多戰利品。※1:於棋盤上交換下棋的競賽。 查看資訊道之駅 天童溫泉 "map_code":"pin":["title":"u5929u7ae5u5e02u936cu30ceu753au4e8cu4e01u76ee3-41","code":"38.354538, 140.38714359999994"],"center":"38.355497121675974, 140.38347433806757","zoom":"15","latitude":"38.355497121675974","longitude":"140.38347433806757" 地址 天童市鍬ノ町二丁目3-41 營業時間 ■天童市森林情報館 もり~な天童 9:00~18:00 (休館1月1日)■SUN PURE 9:00分~18:00■足湯 6:00~21:00 休息日 不定休 Wi-Fi 有 信用卡及其使用種類 VISA,MASTER 最近車站 WAKUWAKU LAND(わくわくランド)站 (山交公車) 交通方式 從WAKUWAKU LAND站步行約5分鐘 電話號碼 023-651-2002 官網 http://www.pref.yamagata.jp/rakuraku/detail_tendo_007.html 13:35〜 享用在地特色料理來劃下完美句點ー國丼(国丼)・道之駅 天童溫泉→國丼。搭乘天童計程車約5分鐘。午餐來到天童站前的在地食堂國丼(国丼),要享用的是山形鄉土料理芋煮鍋。芋煮鍋是將芋頭以醬油、日本酒、砂糖熬煮,搭配上大蔥、蒟蒻、牛肉的豐富料理。補充了一上午消耗掉的體力,也為天童區之旅畫下完美句點。 查看資訊國丼 "map_code":"pin":["title":"u5c71u5f62u770cu5929u7ae5u5e02 u672cu753a1-4-1","code":"38.36009809999999, 140.37077810000005"],"center":"38.36009809999999, 140.37077810000005","zoom":"17","latitude":"38.36009809999999","longitude":"140.37077810000005" 地址 山形県天童市 本町1-4-1 營業時間 午餐:11:30〜14:00(最後點餐14:00)晚餐:17:00〜21:00(最後點餐20:40) 休息日 不定休 Wi-Fi 無 信用卡及其使用種類 無 最近車站 天童站 交通方式 天童站東口步行 1分鐘即達 電話號碼 023-653-2921 官網 https://r.gnavi.co.jp/k789wawv0000/ 想要繞行天童周邊的觀光景點,也可以選擇參加旅遊行程哦。有興趣的人請參考【山寺及當季水果行程】。快使用JR EAST PASS來去【山形・新潟】走走吧!https://matcha-jp.com/tw/yamagataniigata最有魅力的東北行程,都可以在以下網站找到哦!TOHOKU BUFFET: https://www.tohoku-buffet.com/tw/Written by ChiaSponsored by Yamagata Prefecture and Niigata Prefecture #溫泉 #zuche #汽車租賃 #租车 #租車 #自驾游 #自駕遊 #hirecar ##matcha-jp https://zuche.io/2019/01/12/585/?feed_id=1107&_unique_id=5dcaaa56a334b
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