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#自分で漆掻きを行なった漆
jujirou · 2 years
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おはようございます。 秋田県湯沢市川連は快晴です。 昨日は休み‼︎…でしたが、一昨日最終塗装の上塗りを行った、天然秋田杉折敷の裏側の、次の日朝一の確認からスタート。 予定通りに硬化乾燥しており、これからもう少し落ち着いた感じの色艶に、変わって行く予定に期待し、引き続き硬化乾燥。 もう一つの特注品のお弁当箱も、予定通りに硬化乾燥しており、同じ形の全て秋田県湯沢市産漆使用の品物は、今週塗り仕上げる予定です。 アッと言う間に八月最終週。 今週も皆様にとって、良い一週間と成ります様に。 https://jujiro.base.ec #秋田県 #湯沢市 #川連漆器 #川連塗 #国指定伝統的工芸品 #伝統的工芸品 #伝統工芸 #秋田工芸 #秋田クラフト #寿次郎 #特注品 #天然秋田杉 #天然秋田杉折敷 #折敷 #上塗り #最終塗装 #秋田県湯沢市産漆 #湯沢市産漆 #秋田県湯沢市産漆の微調整 #自分で漆掻きを行なった漆 #自分で漆掻きを行なった漆秋田県湯沢市産漆 #Yuzawa #Akita #Japan #japanlaque #japanlaquer #JapanTraditionalCrafts #Chopsticks #KawatsuraLacquerwareTraditionalCrafts #jujiro (at 秋田・川連塗 寿次郎) https://www.instagram.com/p/Ch0iBgSPfny/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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stormfrozen · 1 month
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塔の頂上・最終戦7
嵐の勢いが収まり、先程とは違う姿となり再び襲い掛かるグゥエル。今度は全体的に恐ろしき青いエネルギーで満ちた姿である。
貴様らの骨の髄まで………粉砕してやろうぞ!!
彼の姿を目の当たりにし、1人だけ前に出たウバーデゴス。激しい戦闘で動けないフェリンソワとエオレンスタに一瞬だけ目をやり、彼はそこで続けた。
………フェリンソワ、エオレンスタ、この先も未だ行けるか?………もし無理そうならば、俺が何とかする。お前達の通る道を作ろう。 えっ。でもそれって………。 いいのかい。僕達の為にそんな事をするなんて。 取り敢えず、一旦やらせろ。出来れば今こんな場面で私情を挟みたくは無いが、奴を………シュトゥールをどうにか出来なかった俺の責任がまだある。だから…俺の事は気にするな。
そして、そう言うと彼は封印していたキョダイマックスのパワーを解放した。彼の周辺に、切り株のドラムが登場する。
今更キョダイマックスとは!笑わせる。この俺が使うものに勝てると、思っているのか?
ウバーデゴスはスティックを取り、調子を確認する。
それはどうだろうな。…良し、行けそうだ。続いてくれ。マリナディアさん。そして…2人の神様。 はい…では始めましょう。
ドォン!ドドドドドド………
ウバーデゴスが出した巨大な音によるビートが、グゥエルの圧力に対抗しているかの如く強く響き渡る。
ぐおおっ!?………ふん、だがそんな小細工など!
その拳で振り抜く巨大連撃。しかし、彼の攻撃はマリナディアが放出した泡沫のアリアで受け止めたのだった。そして、そのまま彼女は構える。
続けて行きます。耐えられますか。
月のパワーを借り、天からの膨大な光の砲撃をグゥエルに浴びせた。その出力の高さに浄化され、力が奪われる。
おのれ!!
拳に毒を仕込み、マリナディアに攻撃を仕掛けようとするグゥエル。逃げる彼女。そしてそれは、巨大な神の存在に防がれたのだった。
終わりです。 観念し給え。
ダイマックスエネルギーを多く取り込んだ者に強烈に作用する真紅のビーム砲が、無限神から撃たれる。おまけに、豊穣神からは他のダイマックスエネルギーとは異なる、真蒼のエネルギー波がそのビーム砲に乗せて発射された。
うぐっ………うぐがあああぁぁぁ………!!………ぜ、絶対に許さん………観念などしてやるものか………!!
ウバーデゴスから、止めのダイアースが飛ぶがそれをダイナックルで消してみせ、そこから間髪入れず2発目のダイナックルで彼に攻撃する。
がふっ………!
前に出たマリナディア。そして彼女のオッドアイとなっている両の瞳に、光が灯った。
止め、刺します。いざ!
膨大な水圧、洪水を起こせる程の水の砲弾がマリナディアの目の前に集まる。彼女が合図を送ると、間欠泉の如く高出力のビーム砲がグゥエルを撃ち抜いていった。
うおおっ!!
その高威力に対して巨大連撃で抵抗するが、水圧に押し切られてしまい…逆に彼の方が吹っ飛ばされてしまった。強く叩きつけられ、塔の壁が崩れる。
うぐぐ………なぜ………
歩み寄る無限神と豊穣神。最後の攻撃を出す為、彼女達はグゥエルを追い詰める。
ガラルで起きたあらゆる悲劇は………私が起こしたのかもしれません。だけど、今、こうして私がいられるのは神界があるからなんです。 そなた…負けを認めないのだな。未だ私達に立ち向かうと言うのであるのなら、私も本気を出す。それに応えよう。
だが、こんな状況でも不敵に笑いを見せたグゥエル。
ふっ………ふははははははっ!!何故………そんなに神は俺の邪魔をしたいんだ………?俺はただ………この世界をやり直し………新たな生命の可能性を信じたい………と言うのにな………………神は………生命を淘汰するのは悪趣味だと言うのか………?
それは、彼の研究である人工的に量産したメレンジアの生命という存在であろう。彼の目的は異なる種が混ざり合い生まれた「メレンジア」を徹底的に研究し、最終的には滅び掛けの種を救う為にそれらの生体実験等を定期的にやっ���いたのだった。彼の理想郷は、メレンジアでも生きやすい新たな世界を作るというものだが、それは逆に言えばメレンジア以外の今いる生物を滅ぼしかねない、ある種の世界征服にも似た野望だった。
余が思うに………そなたの野望は危険だ。私達の世界を簡単に壊滅させるなど、あってはならない。 そうやって安易に他の人の幸せを奪う事をすれば、いずれ自分にも返って来ます。
そして襲い来るヘドロの波と、無数の霊魂がグゥエルに止めを刺した。
私達の戦う目的。それは…平和を脅かさんとする貴方の危険な野望を止める。ただそれだけです。
ずどぉぉぉぉん………
噴火の様な爆風が起き、ダイマックスエネルギーが飛び散って、三度グゥエルは倒れた。一撃の赤、連撃の青。それらを全て討伐し、遂に野望の潰えた彼も最期を迎える。
ぐあああああぁぁぁぁああ!!!!………お、おおぉ………っ!!絶対に………この神も抹殺してくれる………!!おおああああ!!!!
それでも彼は未だ最後の足掻きと言わんばかりに、ダイマックスエネルギーを吸収する。嘗て無限神が、オーバーロードした時の騒動を元に、追い詰められ絶体絶命となった時を想定しての最後の手段として用意していたのだった。
………!?い、いけません。そんなにダイマックスエネルギーを取り込んでは………危険です! ウバーデゴス、逃げろ!嵐が強くなっている!!
突如、勢力を強めた嵐の勢い。あまりの規模に、一時退却を命じる無限神と豊穣神。その危険度は、一度無限神と相見えた事のある豊穣神はとにかく、何者かの所為でオーバーロードしてしまい制御不能の暴走状態へと陥ってしまった無限神もまた、その恐ろしさを身をもって知っていたのだった。
グアアアアオオオオオ!!!!
そしてその嵐の中心にいるグゥエルは、その姿に似つかない程の強烈な咆哮を上げた。
きゃあああああ!!! いやあああっ!!!
猛烈な勢いで4人を吹き飛ばして、怒りのあまり殆どの理性を失ってしまったグゥエルがいた。取り込み過ぎたダイマックスエネルギーは漆黒に染まり、目は充血したと言うよりかは野生の本性を顕にした危険な物と化していた。
い、一体何が………!? あ!あれ………まさかあの時と同じ………!!
ガラルの方で話に挙がっていたこの何者かによる望まない強制的なダイマックスの騒動を、このラグナロク戦争が起きる前から知っていたフェリンソワ、エオレンスタ、そしてアイヴァンヌ。そしてその愚かな歴史がまた、繰り返されようとしている。
この「グゥエル・アルパ」………全てを消して、全てを喰らってやろうぞ………!!
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mskdeer · 1 year
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アーラ・ラエティンシア
「朽ち葉の塔の公子」の設定。主人公について。
▼概要
ラエティンシア家の娘。悪女の姪。スマラグドゥスの従姉。中身は別世界から来た異邦人。大魔法使いの一生を描く長編ファンタジー小説を愛読していたら小説内へ入り込んでしまった――と思い込んでいる。
小説タイトルは「朽ち葉の塔」。文明が進んでいるため異世界の知識を流用することは不可能。与えられたカードで頑張る必要がある。お相手はキルクルス。
▼娘の生い立ち
両親は既に他界。叔母ハエレシスが母親代わりに育ててくれた。叔母が聖塔の主・リンテウス大公伯と離縁した後も、かの地に残り、スマラグドゥスの姉として彼を育てながら聖都で暮らしている。
叔母とは引き続き良好な関係を築き、聖都とラエティンシア名家を繋ぐ役目を担う。
▼外見
漆黒の髪をゆるく巻いて左肩から垂らす。幅広のカチューシャを着用。金の瞳。遠慮がちで表情が乏しい。母の形見の薄いスカーフを肩に纏う。このスカーフはラエティンシア家に受け継がれる青緑色をしている。子育てに奮闘しているため、動きやすさを重視した軽快なドレスが多い。
金色の瞳はラエティンシア一族の証。この世界において当家以外に金目は存在しない。だがラエティンシアだからと言って金の瞳をしているとは限らない。実際、現当主の伯父は金目を受け継いでいない。(叔母がアーラを愛する理由はここにある。)
後世でスマラグドゥスはこう語る。「人々は私の金の瞳が美しいと言う。だがこれは、彼女に貰ったものだ」と。
以下続き。
*
▼ラエティンシアの目覚め
アーラ・ラエティンシアという少女が自身を思い出した時、齢14歳だった。雪山遭難した従弟スマラグドゥスの行方を追っている時のことだ。従弟を抱きしめるため、屋敷から持ち出した分厚いコートを両手に、単身、雪山を彷徨う彼女がいた。
娘はかじかむ手を擦りながら困惑していた。私はこんなシーンをどこかで見たことがある。否、想像したことがある、と。ようやく従弟を見つけた時、アーラは自身の運命も思い出した。己は従弟を守って死ぬのだ――。
実際に物語が動くのは19歳から。
▼小説世界と思い込む理由
※序盤ですぐバラすことなので隠しません※
ラエティンシアの瞳は光鱗粒子と呼ばれる力によって黄金に色づき、世界を形作る元素を自在に操る。そのため「理に触れる力」と呼ばれる。アーラもまた父親からこの力を受け継ぐ。
ラエティンシア家しか持たぬ特異な力ではあったが、未来や異界を垣間見るような力では決してなかった。……はずだった。通常は。しかし朽ち葉の塔に適応したスマラグドゥスと光鱗粒子が触れ合った瞬間、反物質同士が触れ合ったがごとく、光鱗粒子は異質な変化を起こした。
世界中の元素が集い渦巻く朽ち葉の塔の力がスマラグドゥス少年を通じて入り込み、彼自身も知らぬ老魔法使いの悲しき物語が眼下へ広がった。それを、アーラは「ここは小説の世界で、自分の従弟こそ物語の主人公である」と思い込んでしまったのだ。
▼小説を読んでいたのは誰?
その世界が小説世界だとアーラが勝手に思い込んだとして、ひとつ疑問が残る。小説を読んでいた人物……つまり「アーラ=自分」だと認識していた人物は誰なのか? ここが小説世界ではないなら、どうして「読んでいた人物」が存在するのか? 
アーラの脳内だけに記憶される人物であるのか。勝手に作り出した人物だとすれば、その人物はどういった経緯で生み出されることになったのか。
あるいは、 確かに実在する人物であるか。ただし、この女性が存在するとして、どうやって彼女は、スマラグドゥスやこの異界の地の物語を知りえることができたのだろう。アーラは常々述べる。「自分はこことは異なる世界で彼の小説を読んでいた」と。ならばその女性も異界に住まう人物ということにならないだろうか。
この女性こそ、すべてを繋ぐ鍵かもしれない。
▼小説内の彼女
老年のスマラグドゥスが読者へ語り掛ける形で小説は幕を開ける。1ページ目にはホワイトアウトの描写。わずか6歳の幼児が手探りで雪を掻き分ける様を私情を交えず伝える彼に、読者は他人事として読みくだす。その中で何度も繰り返される文面がある。これは公女が息子に贈った「朽ちぬ呪い」だ、と。
不意に空白が続く。それから名を呼ぶ声が聞こえた。と一言。従姉のアーラだった。8つ歳上の娘は、少年を捨てた公女よりも母親らしい愛情を向けてくれた人だった。伸ばした掌が繋がれば金の瞳のぬくもりがたちまち彼を包み込んだ。
突然、スマラグドゥスの語り口が少年時代に変わる。僕は姉様が居れば良かったんだ。僕が朽ち葉になるまで、ずっとずっと一緒に居て欲しかった。……と。独白が続く。その数行あと、ぽつりと娘の台詞が登場する。
「君は、温かいお家に帰れるよ」
ああ、ラエティンシア。金の瞳のラエティンシア。我が生涯で最も輝かしい刻よ。金の光に浴する栄光よ。……等と饒舌な言葉が姿を現せば、読者は不快なノイズを感じ取るだろう。熱に浮かされるなんて彼らしくない、と。
スマラグドゥスは初めに自身についてこう語っていた。「私は無口な男だった。砂塵の蜃気楼を追うても形なく掻き消えるように、覆えらぬ未来だと受け入れては、何もかも投げ捨てた傲慢な翼だった。朽ち葉の塔に閉じ籠めた苦痛さえ、何か曖昧なものでくるまれて無味乾燥な姿をしていたよ――そう、それが私という存在の全てだった」と。それなのに、彼はラエティンシアの名へ熱烈なまなざしを向ける。
「君は帰れる。大公伯のお家に。さあ、おいで」
不意にまたも登場するアーラの言葉。記憶の中で形を成す娘の台詞が興奮冷めやらぬスマラグドゥスを現実に引き戻すかのように。ここから先は淡々とした語り口に戻るのだが、その様が降りしきる雪を彷彿とさせると有名なシーンでもある。
ラエティンシアの一族は理に作用する。彼女の告げたとおり、少年は生きて戻れるのだ。しかし、帰る帰ると言いながら従姉は一歩も動こうとしなかった。幼いながらも従姉の真意に気付いた彼はかけがえない金色を抱き締め返した。ありがとうも、ごめんなさいも。何ひとつ言えず――絶対零度の世界では言の葉��ら銀涙となって砕け散ると知っていたから。
僅かでも永く共に在れるよう。自身の熱が彼女を一刻でも永く生かすよう。触れれば触れるほど娘は冷たくなることに少年は眉をぎゅっと寄せた。
数時間後、父親である大公伯が白亜に立ち尽くす影を見つけた。ひとつ。否、目を凝らすとふたつ。従姉は眠るように瞼を閉じていた。理を繰るラエティンシアの黄金は少年の生を実現させた――小さく儚い命を燃やして。
全てが朽ち葉になれば良いのに。従姉の死を知った瞬間から、そう願い続けてきたと告白するはスマラグドゥスである。
▼家族構成
アーラから見たラエティンシア家の家族構成。
長男グラウクス(現当主)→アーラの叔父、名ばかりの後見人
妹 ハエレシス(叔母)→リンテウス大公伯へ嫁ぐも離縁
次男ウィリディス(前当主)→アーラの父、他界
金の瞳を持つ者は、アーラ父、叔母、アーラのみ。親兄妹では伯父のみが金目を受け継がず、本来、家督を継ぐ資格はなかった。
▼家督継承問題
父親ウィリディスは次男でありながら当主の座を譲られた。兄には光鱗粒子を操る力がなく、弟である彼にはあったからだった。彼亡き後、実子たるアーラに家督が移る。彼女もまた金色の瞳を持っていたから。しかしあまりに幼いとして伯父グラウクスが一時的に家督を継ぐことを宣言した。
成人後、家督はアーラに戻る予定だが、それを厭う伯父から存在を疎まれるようになる。
一方、父親と仲が良かった叔母はアーラを忘れ形見として実の娘のように扱った。そんなある時、叔母に竜公国への輿入れ話が持ち上がる。「私が育てるのだからアーラを連れて行くのは当然だ」と聞く耳持たない叔母、「連れ子のいる初婚娘など嫁に出せるか」と反対するラエティンシア家。
結局は彼等は「この子は私の監視役。彼女が居なければリンテウスを殺してしまうだろう」という叔母の脅しに屈し、共に聖都マグノリアへ引っ越す許可が降りた。(公女が大公伯を心底嫌っていたこと、当時は聖塔の跡継ぎがまだ決まっていなかったので殺されては困ることを鑑みた結果だった)
叔母はラエティンシア家へアーラを置いていけば長男に殺されるかもしれないと思ったのだろう。
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loppis · 2 years
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イコロの森&LOPPIS2022-AUTUMN-「野つけうるし」さん
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 前回の菓子屋さん「BONNE FÉE」さんに続き、今日も、森のギャラリーに出店するお店をご紹介します。
北見から、LOPPIS初参加の野つけうるしさんです。    昨年からオファーをして、今年の2月に工房にお邪魔し、今回の秋LOPPISに参加いただくことになりました。  一昨年の夏に帯広のpastoralさんでお会いして、朱色のお椀と溜色のぐい呑みを購入してから、その手触り、口当たりのとりこになっているわたしです。  漆のことは仕事の関係ですこしだけ勉強をしていましたが、塗師である菅原さんの生きたお話がとても面白くて、時間を忘れました。  一年を経て、ご一緒出来たことが本当に嬉しくて、どんなブースになるのか楽しみです。  わたしに買い占められてしまう前に、森のギャラリーへお急ぎください。
野つけうるしさんインタビュー
ーどんなお店か、紹介をお願いします。
 「北海道・オホーツク地方に工房があります。
 この土地らしいものづくりを目指し、オホーツク産の漆を取り入れて、椀や箸などの暮らしの定番となるような漆器を作っています。」
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ー秋のLOPPISにはどんな作品が並びますか?  その中でも特に思い入れのある、またはオススメしたい作品についてお聞かせください。  「肌寒くなってきたので温かい汁物にぴったりの汁椀や日本酒に合うぐい呑みなど、お待ちする予定です。  定番の塗り箸もありますので、贈り物やはじめての漆デビューにもおすすめです。」
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 このぐい吞みの飲み口が秀逸なんです。  すいすいと日本酒がはいっていきます。 ー秋といえば思い出すもの、または秋に必ずしていることは何ですか?  「漆掻き(漆の採取のこと)のために、6月から10月の初めまで週に1回位のペースで山林に通うので、それが終わってホッとするのが秋です。  私は素人の漆掻きですが、一滴一滴掻き集めた漆がまとまった量になると「よくやったなあ」という自分への賞賛と「掻き子さんは偉大」というリスペクトでしみじみした気持ちになります。」
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 福井県の民謡「漆掻き唄」はわたしの好きな民謡のひとつです。  掻き子さんは本当に偉大だと思います!
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 上の写真は修行されていた安代塗の工房ですね。  修業時代はとにかく掃除をしていたとか。  今でも「なぜここまで」と思われるくらい、掃除の日々だそうです。  塗師さんにとってホコリや塵は最大の敵なのですね。 ーインテリアとカフェの週末マーケット「LOPPIS」にちなんで質問です。ご自身が憧れている、いつか行ってみたい、または好きでたまらない、インテリアショップやカフェを教えてください。  「岩手県盛岡市にある「光原社」さんの空気と言いますか、美意識に憧れがあります。  漆を習った研修所が岩手県の安代だったので、休みの日に盛岡の街を巡っていました。  民藝や宮沢賢治の印象が強いですが、美しい建物や手入れされた庭、スタッフさんの素敵な制服も記憶に残っています。」 ー最後にお客さまへメッセージをお願いします。  「漆器はたくさん使い、布巾で拭きあげることで美しい艶が生まれます。  毎日のお手入れによって器が育つ楽しみもあります。  ぜひ暮らしの中に取り入れていただけると嬉しいです。  漆や漆器について気になることがあれば、お気軽にお声がけください。  みなさんとお会いできることを楽しみにしております。」
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 素敵なお写真、ありがとうございます。  まだお若い菅原さんですが、知識も豊富で、最近漆器に関わるようになったわたしにとって、旭川の瀬戸晋さん同様、先生のような存在です。  みなさんもぜひ、野つけうるしさんの作品を手に取って、お話を聞いてみてくださいね。  森のギャラリ―でお待ちしています。
野つけうるし
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usickyou · 2 years
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窓辺の花
 窓辺の花を眺めていた。ガラス細工のような、その空間において特別な意味を持たない花だった。  学生時代の友人の友人が開いたその個展にあって、概ね一般的水準かそれ以下の美的感覚しか持ち合わせていない私という存在は、ただ空間を占めるだけの価値しか持っていなかったように思う。それでもいるだけで意味があるのであればと、飾られた彫刻を訳知り顔で眺めてはみた。装飾的な造形の連続、意図的な曲線の提示、そこにあるのは現実の影でしかなく、思考がこの芸術と名付けられた何かを拒むまでにそう長い時間は要らなかった。しかし、そうなってみれば存外面白いもので、私はこの空間における人為の行き届かない物を探すことに執心した。たとえば部屋の隅の埃、照明に引き寄せられた一匹の羽虫、あるいは人々の交わす囁き声。  そうやって偶然に、その花に出会った。  そして、あなたに出会った。 「そんなものに興味があるの」  あなたは私を見た。あまり意志を感じさせない、黒目がちの瞳。反して高く主張のある鼻筋。瞼の下には重い隈と少し痩せすぎた頬。長く艶のある、漆黒というのはこういう色なのだろう、美しい髪。パーティに出るような薄紫のドレスとボレロ、長い手足、後ろ手に組まれた手指の表情は隠されている。 「ひどい人ね」  言葉に反して、あなたは笑った。何がおかしいのか、私にはほとんど理解できなかったが、あなたはよく笑った。笑う時のあなたの口角、右側にだけできる笑窪、その形が綺麗だと、最後まで言えなかった。 「何かご用ですか」 「ご用は特に、一緒にお花を眺めてもいい?」 「私は帰りますが」 「ご一緒するわ」  そう言って、あなたはまた笑った。一歩近付いて、窓辺の花を逡巡なく手折る、手には煙草と百円ライターだけが握られていた。 「少し、お話ししましょう」  その花の名前を、私は今でも知らない。  あなたの名前さえ、知ることはなかった。
 *
 グラスを傾けてやっと、あなたはそれを飲み干していたことに気付いたようだった。照れたように笑い、それからジンライムを注文する、その声が聞きたくて少し目を閉じた。 「お疲れですか?」  あなたは隣から、私を覗き込む。眼鏡の奥から、雄弁な瞳が語りかける。その姿に遠い昔の、母親の姿が重なって、緩みそうになった口もとを手のひらで覆い隠した。 「いえ、目にゴミが入っただけです」  ついでにと注文したモヒート、バーテンダーの意識を外に閉め出す。そうしてから、グラスもなしに手持ち無沙汰であることに気付く。 「で、続きは?」  あなたは私を気にかけてか、あるいは全く意識せずか、体を前に乗り出して問いかけた。かすかに潤った瞳や赤らんだ頬は、私に自分自身の熱を気付かせる。思えばこんなふうに酒を飲む機会も減った。あの頃と比べれば、随分と弱くなった。 「続きですか」 「まさか、ここで終わりませんよね?」 「……善処します」  不思議だ。あなたに、こんな話をしている。  同業者、他社のプロデューサー、ライバルであり、商売敵。前泊のホテルで偶然出会うことは、不思議ではない。いきおい交流や情報交換を目的にバーへ行くことも常識の範囲内だ。それなりの歳をした男が二人集まれば、女性関係の話になることも当然だろう。 「それから、彼女の知るバーへ行きました」  しかしこんな話を、誰にも明かしたことのない彼女との話を、顔見知り程度でほとんど初対面のあなたに話している。 「それで、どうなったんですか?」  あなたは笑う。期待で輝いた目には、少年の面影を宿している。 「ちょうど、こんな場所でした」  それが眩しくて、渡されたグラスに視線を落とした。  一口含んだそれは、無色の液体でしかなかった。
 *
 あなたが吸う煙草から、かすかに甘いバニラが香った。浅葱色のカクテル、その色からグラスホッパーという名前がつけられたのだと、煙の香りと共にあなたは教えてくれた。 「ご迷惑じゃない?」 「付き合いで、慣れていますので」 「助かるわ」  あなたは、よく煙草を吸った。ともすれば忙しないはずのその姿は、むしろ空気よりも煙を必要とする生き物のようにあなたを映した。 「美術商、じゃないわね」 「……はあ」 「銀行員か公務員、もしかしてお花屋さん?」 「いえ」 「正解は?」 「芸能事務所に勤めています」  あなたはグラスホッパーを一息にあおって、次を頼む。 「私、こういうの当てたことないの。すごいでしょう」 「能力かどうかは判じかねますが」 「見る目がないってのも立派な能力よ」  そう言って笑った、あなたの美しさに気付いたのはその瞬間だった。しかし、気付いたところで無意味であることは最初から知っていた。 「恋人は?」  不躾に訊ねる、それは、あなたの美徳だった。 「いません」 「いたことは?」 「あります」 「長く続かないでしょう」 「……答える理由はありますか」 「ごめんなさい。でも、それが答ね」  いつの間にか私は、あなたのテンポに合わせてロックグラスを傾けていた。どうしてか、嫌悪感はなく、むしろ心地良さを感じていた。 「いつか、出会えると思う」  火をつける、あなたの指先を見つめる。慣れているはずなのに、どこか炎に怯えているような、ぎこちない仕草だった。 「……そうでしょうか」  飲み干したグラスの底で、氷を揺らす。次を頼む気には、なれなかった。 「保証する。でも、私じゃないみたい」  あなたは、火をつけたばかりの煙草を揉み消す。 「ええ、そのようです」 「ああ、本当に見る目がないんだから」  灰皿から、消え損ねた煙が立ち昇っている。 「窓辺の花、見つかるといいわね」  そう言って、あなたは手折った花を私のグラスに放り込む。ずっとあなたの手にあったそれはもう、しなだれかけ、俯いていた。  その花の色さえ、私は思い出せずにいる。
 *
「あら偶然、そちらの方は?」  私に声をかけたのは、高垣楓さんだった。 「他社の……同業の方です」 「ふふ、可愛らしい寝顔ですね」 「……高垣さん、担当でない私から申し上げるべきではないのですが」 「一時間だけ、見逃してください」  そう、彼女はカウンターに腰を下ろす。 「ご一緒しますか?」 「いえ、私は彼を送って……仕事も残っていますので」 「残念。早苗さんが寂しがりますので、お早めに戻られた方が良いですよ」  感謝を告げて、席を立つ。あなたは、疲れていたのだろう。私の話を聞き終えることなく眠りについた。しかし、背負っていくわけにもいかないので、声をかける。肩を揺する。ワイシャツ越しにあなたに触れる指先を見られることを恐れて覗き見た、高垣さんはワインメニューに視線を落としていた。 「……どれくらい、寝てましたか?」 「十分程度です」 「すみません、疲れてたみたいで」 「よく、わかります」  目を開いたあなたはすぐに高垣さんに気付き、挨拶を交わした。盗み見た時計、時刻はまだ十時さえ回っていない。 「明日は、よろしくお願いします」  快活な笑顔、眠る穏やかな顔。  よく通る声音、静かな寝息。 「戻りますか?」  その両方を知る人間が、この世界にどれだけいるのだろう。そんなことを考えて悦に浸る、私という人間の愚かさをあなたの笑顔は浮き彫りにする。 「はい、片付けたい仕事がありますので」 「実は俺も」  照れたように笑って頬を掻くその仕草が、とは一生言えないと分かっている。  既にワイングラスを傾け始めていた高垣さんへ声をかけ、柔らかく振られる手に見送られてバーを後にした。エレベーターが上階へ昇る、その途中、夜景が綺麗だとあなたが口にする。私は、偶然にも二人で目にしたその美しさを心に留めるため、言葉を失った。あなたはそれ以上を口にしようとはせず、僅か十秒にも満たない時間を、私たちは共有した。共に、一つのものを見つめる時間を、分かち合った。偶然に。全く、偶然に。 「どうも、付き合って下さってありがとうございます」 「私の方こそ、退屈な話を聞かせてしまいました」  エレベーターを降りて、互いの部屋は左右に分かれている。 「おやすみなさい」 「明日は、よろしくお願いします」  あなたは歩き出す。その背中を見つめていて、ふと、立ち止まり、あなたは振り返った。 「窓辺の花、見つかりましたか���」  あなたは、問いかける。 「はい、見つけました」  私は答える。本当に、私は酒に弱くなった。酒が、私を弱くした。 「それは良かった」  あなたは手を振る。その手で開いた扉に消えていく。その姿を、私はずっと見つめていた。  その花は、ガラス細工のように透明だったことを思い出す。  欲しかったのは、窓辺の花。  そして、共に見つめる人。  私は、その花の名前を知らない。  あなたの名前さえ、知らずにいる。
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到着コメント𓂃✒️
★黒沢清(映画監督)
恋に悩む高校生たちの物語だと思って見ていたら、青春という言葉からはるか隔たった、あまりにもダークで狂気的な世界観に震撼していた。これは凄い。少なくとも日本映画で、このレベルに達した学園ドラマを私は他に知らない。
★諏訪敦彦(映画監督)
破壊することでしか触れることができない世界を生きる、その絶対的な孤独こそが世界=映画を再生させるはずだという覚悟が全編に漲っている。そして「彼女はひとり」ですべてを敵に回し、否定することで世界を抱きしめるという離れ業を堂々とやってのけるのだ。驚嘆した。
★深田晃司(映画監督)
劇場公開おめでとうございます。
ロケーションの選択と切り取り方が素晴らしくて、高低差を生かし上下に配置された舞台装置を漆黒の意思を全身に湛えた福永朱梨が往還する。
面白くないわけがない。次回作も楽しみです。
★白石晃士(映画監督)
シンプルで核心を突くタイトル!日常を緊迫の連続に変える脚本! 青春のエグさを、サスペンスフルな時空を、 ホラーのど真ん中を的確に形作る演出 & 撮影! そして主演・福永朱梨の観客までをも射抜く眼光! どれを取っても鋭く繊細な冴えに驚嘆し感動する、恐るべき日常サスペンス映画! とにかく最高ってことですよ!
★杉田協士(映画監督)
落下したときに彼女はすべてを手放してる。だからいつでも両手は空いてる。それはいつか誰かを抱きしめるためにある。この映画を作ったすべての人たちはきっと願いつづけてる。どれだけの年月が経っても上映されるたびにその願いはスクリーンに映りつづける。
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★壷井濯(映画監督)
世界を憎むあまり燃えてしまっている澄子の眼、僕にはうつくしい星や、たいまつの灯りの様に見えました。『彼女はひとり』に救われる「ひとり」が、きっとたくさんあると思います。ラストのあの一言まで含め、100パーセント、希望の物語。
★山田篤宏(映画監督)
笑えるくらい不穏当な出だしにツカまれ、ああこれはモンスターものか…とわかった気になったのもつかの間、ホラーやミステリーの要素が怒涛のように押し寄せ、でも最後はどこか文学的な物語にきちんと収束していく…しかも60分で。間違いなくちば映画祭傑作選の一本です
★亀山睦実(映画監督)
危うげで、謎の迫力を感じる福永さんを見つめてしまう60分間
孤独な復讐をひとりで完遂しようとする主人公を演じる彼女を、今後も見守りたいと思わせる作品でした。
★安川有果(映画監督)
「彼女はひとり」、冷たくて突き放した響きのするタイトルだと思ったけど、 そうではなかった。彼女が周囲の偽善を暴き、拒絶し、 破壊すればする程、カメラがその孤独に寄り添って、 変化の兆しが訪れるのをじっと見守っているようだったのが心に残った。 このとんでもない映画を初めての長編で撮ってしまった中川監督は、 一体今後どうなってゆくのだろうかとちょっと心配になる。
★鶴田法男(映画監督)
死の淵から帰還した少⼥が、ある町のおぞましい⼈間関係を暴いて崩壊させていく。
イーストウッドの『ペイルライダー』と横溝正史の世界が出会ったようなおぞましい物語なのに、
若い⼥性監督が作った爽快なまでのギャップに度肝を抜かれる必⾒作!  
 ★まつむらしんご(映画監督)
ひとりの少⼥の復讐劇にみえる。 彼⼥の動機が徐々に明かされる綿密な脚本。 ⾏き場のない孤独と苛⽴ちを⼀瞬で伝える俳優の眼差し。 ヘビーな世界観に⼀筋の光を差し込む繊細な演出。 あえて⼀⾔でまとめるなら…傑作。
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★鶴岡慧子(映画監督/脚本家)
見て、悔しいな、と思う映画と出会えることは、幸せです。そして、中川監督が紡ぐ物語と、自分が紡ぎたい物語は、また異なるのだと知りました。それが当たり前なのだと感じることができました。いろんな映画を生み出しましょう、私たちの時代にも、と、背中を押してもらいました。
★椎名うみ(漫画家)
可哀想で純粋で暴⼒的な嵐でした。悲しかったです。
それはわたしがいつも物語の中に求めてる感動です。みんな可哀想でした。
みんな助けて欲しがっていて、助けたがっていて、助けを求められても助けられないことを許して欲しがっていて、
それは愛がなければ⽣まれない地獄でした。
★森崎ウィン(俳優)
こんなにドキドキした1時間、味わった事がない。ストーリー運び、俳優が吐く言葉、凄く好きです。脚本が欲しい。女優、福永朱梨さん、素敵過ぎました。本人には恥ずかしくて直接言えないのですが、そう強く思えた作品に出会えました。
★根矢涼香(俳優)
福永朱梨さん演じる澄⼦の、時折訴えかける眼の奥の寂しさに⼼が消え⼊りそうになる。  
皆が皆、好き勝⼿に吐き出して、散らかして、
残されたものは顧みずに踏みつけて歩いていく。  
誰もこの声など聞こえていない、⾒ていない。
どこにもいない。幽霊はどちらかわからない。  
引っ掻き回された世界��⽬を回さずに歩くために、
世界をかき回し直す彼⼥の視界は、明るくなるどころか依然混沌として、  
周囲を巻き込みながら淀んだ川の底へと、ゆっくり沈んでゆく  
★望月めいり(俳優/ダンサー)
人と人を繋ぎ、自分勝手な強さで真っすぐ伸びている無数の糸の中に、彼女はいるようだった。黙っていたら消えてしまう、傷つけなければ気づいてもらえない。存在を確かめるように、愛を求め、体の全てで世界を拒絶する姿と力強い瞳に、心を掴まれ目が離せなかった。
★佐���日菜子(俳優)
冒頭から何かが起きるのではないかという、不穏な空気が漂い続けている。
客観的に見ているつもりが、いつの間にか同じ世界で生きているような気持ちになる。「彼女」は「私」かもしれない。あの子は「ひとり」かもしれない。水の中の小さな太陽のように、ゆらりと見える輝きを見つけた気がする。そんな苦しくて真摯な映画だった。
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★川瀬陽太(俳優)
独り、一人、ひとり、、、それぞれが代わるがわる彼女を責め苛む世界。お前らが私を見捨てるなら私はお前らを殲滅する。彼女の手にした武器は絶望のみ。まるで狂戦士なのだ。ならば闘え!もがけ!抗え!悪意を叩きつける彼女の貌は、美しかった。
★木村知貴(俳優)
ダークな復讐劇のその先に何が待ち受けているのか、固唾を呑んで見守っていた。その瞬間が訪れた時、本能的な愛に気付かされ、人間も捨てたもんじゃないなと熱い涙が頬を伝った。まさか泣かされるとは…。
★綾乃彩(俳優)
彼女から 1 ミリも目が離せなかった。離してはいけない気がした。 狂気を孕んだ彼女の奥深くには澄んだ何かがあるようにも思えた。 澄子が本当に息を吹き返したときに私も涙が止まらなかった。 とんでもない映画と出会えました。
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★礒部泰宏(俳優)
この映画は監督・中川奈月と主演・福永朱梨という二人じゃないと生まれていない。 澄子役は福永さん以外考えられないし、 あの時点での福永さんの最高の芝居を引き出せたのは 中川さんしかいなかったんだと、『彼女はひとり』を見終わって、そう思わされた。 この二人の出会いはちょっとした奇跡だと思う。
★廣田朋菜(俳優)
階段を自在に行き来するメランコリックな主人公に睨まれて歪んでいく幼なじみの顔を嬉々として見てしまっていた自分がいました。怖いと思った時にはもうその強さに引きずり込まれ感嘆しました。素晴らしいサスペンス/ホラー作品。中川奈月監督のファンです。
★西山真来(俳優)
彼女はひとりに打ちのめされてる。彼女はひとり、彼女はわたし、これはわたしの映画だ
★松崎まこと(映画活動家/放送作家/「田辺・弁慶映画祭」コーディネーター) 
彼女は“ひとり”で戦っている。大いなる悪意を武器に、まるですべてを敵に回すかのように…。そして彼女は、待っている。「大嫌い」と本気をぶつけ、“ひとり”でないことを、気付かせてくれる誰かを…。 福永朱梨が憑依したかのような演技で魅せる、哀しき“ダークヒロイン”。彼女を一目惚れで起用した中川奈月が描き出す、孤独と絶望、そして希望を凝視して、打ち震えよ!
★長谷川敏行(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭 プログラミング・ディレクター)
初見では、主人公・澄子が同じ高校の女性教師と付き合っている幼馴染みを脅迫するという、あまりにインモラルなストーリーに脳天を殴られたような衝撃を受けた。
二度目は、澄子を演じる福永朱梨の瞳に宿る、怒りと哀しみの激しさに言葉を失った。しかし三度目は、『彼女はひとり』というタイトルとは裏腹な、中川奈月監督が澄子に託した一筋の希望に心震えた。
見る度に色を変えてゆく本作を、私はこれからも何度も見続けてゆくのだろう。
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★宮崎洋平(TAMA 映画フォーラム実行委員会 TAMA NEW WAVEディレクター)
福永朱梨が演じた少女・澄子の、孤独の深淵を感じさせる瞳が忘れられない。 「本当のことを言おうか」と欺瞞にみちた世界への復讐を眼差したその目は、 どんな涙を流しうるのか。 愛が世界を壊し、愛がそれらをつなぎとめる、 この異色の青春譚をスクリーンで確かめてみてほしい。
★鶴岡明史(ちば映画祭)
中川奈月監督はジャンル映画を目指している思う。ホラー、サスペンス、メロドラマといったジャンルに魅力的な人物を登場させる。そしてその人物は時に溶鉱炉のような燃える感情を秘め、時に厭世観とも言える絶望的な感情を持ち、眼球で訴えかけてくることで、映画はジャンルを超え深みを持つ。
本作では学校という限定された場所がメインだったが、今後はその舞台が広がるのか、否ひとつの場所にこだわるのか、そこもまた楽しみである。
★松崎健夫(映画評論家)
この映画の“まなざし”は交えない。それでいて、力強い。だから印象的なのだ。お互いの視線が交えないことは、言葉と裏腹な不和や侮蔑、孤独や疎外といった心情を映像から感じさせる所以でもある。それゆえ、視線を交わした刹那に渦巻く、羨望や嫉妬といった情動が際立つのである。力強い“まなざし”が誘うのは、烈しい“邪(よこしま)”だ。
★鈴木みのり(ライター)
この映画は、復讐に突き進む主人公・澄子だけでなく、その周囲のキャラクターたちは誰も無辜ではない。ホモフォビア、買春、未成年との淫行、子の実態に鈍感な親……さまざまな不穏なエピソードを、ほとんど説明なく突きつけられ、日常生活では表すのがためらわれる悲しみ、寂しさ、怒り、虚しさなどの負の感情が漂う。その禍々しさと、端正な構図、陰影のメリハリによる映画的な美しさが拮抗する。ラスト、そのエネルギーがどう昇華されるのか、劇場で見届けてほしい。
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skf14 · 5 years
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11161004
よく喜びのあまり身を震わせる、なんて表現があるが、大袈裟で馬鹿げた比喩だとばかり思っていた。今この時、己が歓喜に震えるまでは。
いつも明るい彼が眉を下げ少し困ったように笑いながら拘束された手足に戸惑っている。表情を崩さずジリジリと距離を詰める俺に向かって、どう話しかけていいかも分からずただ困ったように笑っている。ああ、可愛い。と思った。
「どうしたんだよ、お前。」
「どうしたも何も、見たら分かるでしょ。捕まえたんだよ。お前を。」
「俺、捕まえられなくてもお前から離れらんないよ。」
「バカだねぇ。変わらないものなんてない。俺以外。ってのが持論の人間に向かって、そんな曖昧な約束するなんて。お前は愛を受け取ってくれない、なんて言うけど、違う。受け取った上で結末が見えてるから己の中で処理してるだけなんだよ。受け取って、抱き締めて温めるなんて母性に溢れたことは出来ないの。そんな俺と、俺の思考を好きになったのはお前でしょ?」
楽しい時、興奮している時いつもに増して饒舌になる癖がある、と知人に指摘されたことを思い出す。随分と気味が悪そうに教えてくれたが、俺は自分のチャームポイントだと思ってる。
彼以外の人間とは、いや、彼とすら共有出来ない感覚だろうとは思うが、言葉を操り巧みに絡ませ合い通じ合う行為は謂わば肉体を用いない性行為のようなもので、殊更俺は俺の思うままを言葉にし彼に送りつけた時、著しい快感に襲われた。
それは例えるならまるで、濡れた女の彼処へ自身をねじ込んだ時のような快楽であり、妄想の中で愛する人の眼球を口内に含んだ時のような快感だった。
一方的で歪んだ愛を全力で受け止めてくれ、なおかつそれを綺麗にして俺へ返そうと頑張る彼がどうにも愛おしくて、日に日に衝動が増していった。
最初の「捕まえた」は、存在を認識させた、の意味だった。次の「捕まえた」は、脳みそを俺と俺への愛で満たした、の意味だった。そして今日の「捕まえた」は、俺による俺のための俺の箱庭へ閉じ込めた、の意味だった。
徐々に怯え始めた彼は必死に、俺らの道具である言葉を紡いだ。
「どうした、お前らしくない。こんな形にしなくても、俺は、お前の思考に惚れてんだよ。」
「知ってるよ。でもお前は、やっぱり俺を分かってない。」
「分からせようとしないのは、お前だろ。俺はいつだってお前を見て、思考を巡らせて、それでもなお追いつかない事すら愛せるようになったのに。」
「怒んなって。ほら、笑ってよ。お前、幸せだろ。こうやって、俺を独り占め出来て。」
強引に話をまとめた俺に一旦諦めた顔を見せ、目の奥ではどう言いくるめて拘束から逃れようかと算段をつけている。見えてんだよ、全部。お前は可愛い奴だね。
奇妙な拘束生活は、案外長続きした。自分の世話すら出来ない俺なりに、料理だの入浴の世話だのをしてやったし、考えうる限りの夢物語を彼に話してやった。元々受動的で俺に流されやすい彼は、愛していた自由のことを忘れていた。ように見えた。
俺の頭にも限界がある。出来は良くない。その場しのぎでなんとか生み出した狂った世界を、さも溢れているように見せるのが上手いだけだった。いつからだろう、彼がその綻びに気付き始めたのは。
信用しきって自由に出来る範囲と物を増やしていった俺はある日後頭部に衝撃を受けて意識を失った。暗くなる視界の中に、俺を無表情で見下ろす彼がいた。ああ、また己の失敗で、大切なものを失ってしまう。学習しない愚か者が、前科者になり下がる。そう思った。
「………、やっぱり無理かも。うーん。片方だけにして、で……」
断片的な彼の声が聞こえる。項垂れた姿で眠りこけていた俺は頭痛と眠気とだるさで死にそうになりながらなんとか頭を起こす。俺に気付いた彼が、赤黒く残った手首の跡を擦りながら俺を見下ろした。その目に輝きはない。冷め切った漆黒の、俺だけが知る彼の猛悪な顔だった。
「おはよう。会いたかったよ。」
「警察は。」
「呼ぶわけないだろ。お前が逮捕されたら困る。」
訳がわからず段々と己の表情が歪んでいく。予想出来ない先の展開に、不快感と不安が増す。
「何、何だよ、お前。どうやってそれ、外したんだよ。」
「お前らしくないな。鍵は捨てとかないと。あれだけ行動範囲広かったら部屋ん中大体探れるよ。本棚の中にあった「芋虫」。言葉を愛するお前が、本の中身をくり抜くのは感心しないけど。」
「…で、なんでまだここにいんの。」
「今日のお前は察しが悪いね。」
溜息を吐き彼が見せてきたのは、自身のタンブラー。最新の投稿には、あるバケモノについての構想と妄想が書かれていた。
「これ、フィクションって言ってたけど、本当は俺の事なんだ。といっても、全て俺の真実、ってわけじゃなくてさ。一部だけ、というか、心の奥底にある欲望も全て形になった末のアレ、というか。伝わってる?お前なら分かってくれてると思うけどつまり、アレは、あのバケモノは俺なんだ。」
そのバケモノは、己に見えた妄想の景色が綺麗だった事に感動し、それを分け与える為に無関係の青年と眼球・心臓を交換するサイコキラー。という設定だった。ゾワッ、と背筋が粟立つ。
「でも俺はまだお前と生きていたいから、心臓はあげられない。最期はお前の手でこの心臓を止めて欲しいし、出来ればそれを食べて欲しい。」
「だから、交換しよう。ね。頭ん中覗いてかき回してみたいと思ったこともあったけど、完璧で他者を寄せ付けない脳みそを開示するなんて、そんなひどいこと俺には出来ないから。」
彼が己の右眼窩に指を差し込み、苦悶の表情を浮かべながらただ静かにソレを掻き出していく。
「今度は俺が、お前を捕まえる番だね。申し訳ないけど、俺はお前みたいにヘマはしないから。繋ぐ側と繋がれる側が物理的に交代しただけで、本質は何も変わらない。それは多分、お前が一番よく分かってると思う。」
落ち着いた声で話す彼の血塗れになった指が俺の左目に伸びる。
瞼に指が触れた刹那、微かに浮かんだ俺の笑みに、その意味に、彼は、気付いたのだろうか。
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xf-2 · 6 years
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奈良時代に漆(うるし)の生産拠点「漆部造(ぬりべのみやつこ)」が置かれ、「漆発祥の地」とされる奈良県曽爾(そに)村が、長年廃れていた村産漆の復興に取り組んでいる。古くから塗料や接着剤など多様な用途に使われ、英語で「japan」と訳されるほど日本を象徴する素材の漆だが、実は現在国内で使う97%が中国などからの輸入。国宝や重要文化財建造物の修復にすら外国産漆を使わざるを得ない現状に、「日本の宝は日本の素材で守る」��、発祥の地の誇りを胸に立ち上がった。(田中佐和)
漆文化の発信拠点完成
 奈良市から車で約1時間半。三重との県境に位置する曽爾村で5月25日、ものづくり工房「漆復興拠点ねんりん舎 Urushi Base Soni」の完成式典が行われていた。
 20年間空き家だった古民家を改修して作られた同施設は、県内外の漆作家らが活用するシェア工房であるとともに、観光客向けの漆製品の展示やカフェスペースを設けた、漆文化の発信拠点にもなっている。
 村産漆の復活に取り組み始めて13年。式典で芝田秀数村長は、「文化の復興、継承には若い力が必要。この工房がそのための場所となるよう、村を挙げて取り組む」と高らかに宣言した。
職人が住んだ漆部郷
 人口約1500人の小さな村、曽爾村は「ぬるべの郷(さと)」の愛称で親しまれる。「ぬるべ」は「漆部」と書き、漆塗り職人を指す。ここは漆が多く自生する土地として、奈良~平安時代に朝廷に献上する漆や漆器の生産拠点「漆部造」が置かれた、漆発祥の地とされている。
鎌倉初期までに成立した辞典「伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)」には、漆部造設置にいたる漆塗りの起源が、こんな伝承で紹介されている。
 《倭武皇子(ヤマトタケルノミコ)が山で狩りをしていたとき、獲物に矢を射たがとどめを刺すことができなかった。それならばと、漆の木を折って木汁を矢先に塗り込めて再び射ると、見事仕留めることができた。手が黒く染まっていることに気付いた皇子が持っていた品物に木汁を塗ると、黒い光沢を放って美しく染まった》
 曽爾村は他にもさまざまな時代の文献で「漆部郷」の名で登場するが、時代とともに漆塗りの文化は廃れ、いつしか職人もゼロに。戦後はスギやヒノキの植樹のために大量の漆が伐採され、村には「ぬるべの郷」という名前だけが残った。
地方創生の起爆剤
 そうした中、「漆部郷の誇りを取り戻そう」と立ち上がったのが、村の塩井地区(約50世帯)の住民だ。深刻な過疎化を前に、漆という歴史資源を地方創生の起爆剤にしたいとの思いからだった。
 平成17年には地区有志で「漆ぬるべ会」を創設。県外の漆専門家の指導を仰ぎながら、地区にかろうじて残っていた11本の原木の根を分ける方法で、植樹を始めた。
 だが、土が合わなかったり、シカに食べられたりとなかなかうまく育たない。「漆はかぶれる」と嫌われ、住民の理解を得ることも簡単ではなかった。
道のりは平坦(へいたん)ではなかったが、これまでに千本を超える植樹を行い、どうにか200本程度が残った。同会の松本喬(たかし)会長(70)は、「数え切れない失敗を繰り返して、最近やっと漆に適した土地の条件が分かってきた」と話す。
 28年、ついに漆の採取作業「漆掻き」をスタート。昨春には地域おこし協力隊の並木美佳さん(29)がメンバーに加わり、若い力で活動が本格化した。
 漆掻きは木の幹を刃物で傷つけ、木がその傷を癒そうとして自ら出す樹液を採取する地道な作業で、これまでに採取できたのは約800cc(牛乳瓶約4本分)。ごく少量とはいえ、念願だった村産漆であることは紛れもない事実だ。
輸入97%、増産急務
 村が漆の復興にこだわるのには、もう一つの理由がある。国産漆の減少だ。
 化学塗料や安価な外国産に押され、漆は生産量が激減。農林水産省の統計では、28年の国内消費量約44トンのうち、国産は約1・2トン。97%が中国などからの輸入に頼っている。
 国産漆の減少は、国宝や重文建造物の保存修理にも大きな影響を及ぼす。文化庁によると、国産だけでは足りず、昭和50年代ごろから、やむを得ず中国産漆を混ぜて使ってきたという。
 だが、文化庁は「文化財は本来の資材・工法で修理することが文化を継承する上で重要」との方針を打ち出し、平成27年には「国宝・重文建造物の保存修理には100%国産漆を使うことを目指す」と発表した。そのためには長期的に年間平均2・2トンが必要と推計されており、増産が急務となっている。
継続的な植樹必要
 「日本の宝物は日本の素材で守るべき。素材がないと伝統技術も失われる。そこに危機感を持っている」と並木さんは言う。
 漆は成木になるまで10~15年かかる上、一度漆を採取した木は切り倒してしまう。そのため、国産漆の安定的な生産には、今より地域を拡大して植樹活動を続ける必要がある。
 現在活動している同会員は地区の約20人。なんとか村の取り組みや村産漆の存在を県内外にPRしようと、村では紅葉した柿の葉に村産漆を塗った漆器「葉の器」を製作。新たな特産品として売り出している。
 松本会長は、「今はまだ塩井地区の小さな取り組みだが、村全体や近隣市町村を巻き込み、国産漆の復興を支えたい」と強い決意をにじませた。
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jujirou · 2 years
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おはようございます。 秋田県湯沢市川連は、雨が降ったり止んだりのお天気です。 昨日は休み‼︎…でしたが、塗り仕上がった器物の風呂出しを終えてから、天然秋田杉折敷の裏側の上塗りを行いました。 特注品や一品物や作品⁉︎等は、職人さんが休みの日に、上塗りを行っております。 そして夕方前からは、やり残した水研ぎ作業やら、湯沢市産漆の微調整やらで一日が終了。 そして今朝は起床後、昨日塗り仕上げた折敷の乾き具合の確認を行い、予定通りに乾いているのを見て一安心。 今日も休み…ですが、今日は少しのんびりしたいと思っておりますが… 皆様にとって今日も、良い休日と成ります様に‼︎ https://jujiro.base.ec #秋田県 #湯沢市 #川連漆器 #川連塗 #国指定伝統的工芸品 #伝統的工芸品 #伝統工芸 #秋田工芸 #秋田クラフト #寿次郎 #特注品 #天然秋田杉 #天然秋田杉折敷 #折敷 #上塗り #最終塗装 #秋田県湯沢市産漆 #湯沢市産漆 #秋田県湯沢市産漆の微調整 #自分で漆掻きを行なった漆 #自分で漆掻きを行なった漆秋田県湯沢市産漆 #Yuzawa #Akita #Japan #japanlaque #japanlaquer #JapanTraditionalCrafts #Chopsticks #KawatsuraLacquerwareTraditionalCrafts #jujiro (at 秋田・川連塗 寿次郎) https://www.instagram.com/p/Chx7XDhhptm/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kitaorio · 2 years
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縄と絹
 よく知っている道ではある。しかし、日が沈みきってしまうと、さすがに漆黒の中を泳ぐように歩かなければならなかった。  男は好き好んでこの時間に外出していたわけではない。不意の用にふりまわされ、いやいやながらこんな時間に外出しなければならなかった。あせる気持ちを押さえつつ、それでいて周りに最大限の気配りをして、何者かが出てきたらすぐに逃げる心づもりだけはしていた。  ただ、そこまで気を付けていても、牛車の落とし物を踏むまで気づけず、粘着質の感触を足の裏にまんべんなく感じてから、がっかりとした気持ちで地面に足を擦り付けるような有り様では、たかが知れているのであった。  この辺り一帯では追い剥ぎが横行し、金品を持っていかれるだけならばまだいいのだが、最近聞いた話では、男であれば膾のように刃で刻まれ、女であれば散々慰みものにされたあげく、飽きられると顔では誰だかわからないぐらいに傷めつけられ、河原に打ち捨てられていたのだという。  男は、その話を聞いてからというもの、よっぽどの用がない限りは寄り合いにも顔を出さず、日が傾き始めると戸締まりを入念にし、何があろうと夜が明けるまで寝ていることにしていた。  今日は運が悪いことに、寺の持ち回りがめぐってきてしまい、こういう時には用が重なるもので、寺までの間にある兄の家で雑用に駆り出されていた。急いで用事を済ませて帰路についたのだが、道も半ばまで行かないうちに日は完全に隠れてしまったのだった。  人里ではあるが、屋敷のやたらと長い壁で囲まれた道は、どこにも隠れるところがなく、かといって暗がりではどこに誰かがいても気づけず、腹わたにむずむずとした不安と焦燥が走り続けていたのだった。  壁に沿い歩き続けていたのだが、自分の足音の速さとは違う、小石がぶつかり合う重く小さい跳打音がした。早足で歩いていたのだが、天敵にあった小動物のように反応し、そちらに目をむけた。もちろん見えるわけではないが、用心深く、もし、そちらに何かあったらすぐに逆方向に逃げようと腰を低くし、どうとでも飛び出せるように足に力をためた。  音のした方向からは、小石の上を柔らかなかたまりが転がるような音と、かすかに、赤子の声に似た、か細くなにかに媚びているような甘さのある鳴き声がした。白猫だったのだろう、目をこらしてみるとぼんやりと猫らしき影が見え、大きな影に小さな影がしきりにじゃれついているような動きが感じられた。  そうとわかるまでにすっかり肝を冷やし、腹のなかには心地の悪い塊がころがり、体温をなくした鼻の先は鋳型にいれた砂のようにホロホロと崩れていってしまうような感覚と、それとは逆に頬を緊張の帯が締め付けていた。  だが、猫だとわかると、汗までもが凍ってしまったようなおののきが消え、普段と同じように栄養が行き渡り、ナスを思わせる下膨れ気味の輪郭に若干の血の気が戻ったのである。  全身にびっしりとかいた汗が、夜風に吹かれて冷えるのを待つまでもなく、帰路への足取りを戻そうと足を動かしたときである。さっきまでなかったであろう生暖かい壁にぶつかった。顔をあげようとするより先に、低く濁った声の「にゃあ」という声でそれが人だとわかったのであった。  逃げようにも肩におかれた分厚い手にわしづかみにされ、手のひらの熱が体の芯まで握られているような恐怖を感じさせたのである。なによりも、腰が抜けてしまい立っているのがやっとなのであった。  顔に雷が落ちたような衝撃が走ると、手まりのように地面に顔が打ち付けられ、砂利の冷たさがおでこといい唇といい、顔中から温度を奪った。  こちらがなにかを言おうとする間もなく、棒かなにかで背や腕を剛打され、無意識に顔をかばおうと頭を抱えると、脛や腰骨の辺りを執拗に打ち続けた。どれぐらいの時間がたったかわからないが、全身に夕立を受けたように棒が降り注ぎ、もはや打たれていない所はないだろうと思えるほどであった。 さっきと同じように低くつぶれた声が聞こえた。 「声を出さずにおとなしくしてろ、持ってるものと着ているものを置いていけば殺しはしない」  とにかくこの暴力の嵐から逃げたい一心で、懐にいれていた若干の金から着物、果ては草履に至るまでを声を殺し、しかし抑えきれない嗚咽の中差し出した。差し出したといっても、立ち上がることができず、地面の上を転がりながら裸になり脱いだものをまとめたにすぎないのだが。  男のそばに立ち、出されたものを足で体のそばに寄せると「よし、そのまま黙って立ち去れば命は助けてやろう」と言い放った。その言葉を聞くと、四足になり生まれたばかりの子牛のようによろめきながら逃げようとした。そのとき、男の秘所をめがけ、下駄履きの足が蹴りあげたのであった。  痛さのあまり声にならない悲鳴、それこそ牛蛙が鳴いている最中に踏みつけられたような声を発すると、両手で蹴られたところを抱え込み動けなくなってしまったのだった。  ぼそっと「残念だなあ、せっかく生かして逃がしてやろうとしたのに」と残念そうにない抑揚で呟き、腰にさしていた鉈を振り上げた。  数時間が過ぎ、朝日のなか、清々しい空気とどこまでも青く広がる空の下、役人たちは野次馬と格闘していた。  道の真ん中に転がっている裸の男は、全身に刀傷、それも鋭い刃物ではなく力任せに叩ききられたような傷があった。切られている最中に自分を守ろうとしたのか、手をあげた拍子に叩き切られたのであろう、体から離れたところに指が転がっていたのである。  役人たちは検分もそこそこに、この犠牲者をいち早く処理してしまうことに頭が一杯であった。事故でも何でもいいので、この事件を無かったことにしてしまいたかったのである。  役人たちには共通の反省があった。  あるときのこと、似たようにボロ切れのようになって果てている男があった。  犯人を見つけるのは簡単ではなかったが、疑わしき人間は数人見つかった。ある若手の役人が、その中でも特に疑わしき人間に対し事件のあった時間に何をしていたのか聞きにいったのである。  役人は、手入れがほとんどされていない掘っ立て小屋のなかで、寝床にころがる、丸太を思わせるような大男を前にしていた。入った瞬間は真っ暗であり目が慣れるまでなにも見えず、馴染んできた頃に見えた男に少しばかり怯んだのだが、もとより正義感のみでこの仕事をしている彼はそれを表に出さず、なおかつ冷静な口ぶりで事件のあったその時間のことを聞いたのである。  聞かれたことに対して一言「寝てた」と言うと、相変わらず顔をこちらに向けないまま寝返りをうった。  なげやりな返事にたいして、役人としての念入れのつもりで、追い打ちの質問をしたのであったが、言い終わらないうちに寝床の上で頭だけこっちに向けると、じっとこちらを睨み付けていたのである。  昼間から寝ているくせに赤黒く日焼けした顔は、ボサボサの髪に伸び放題の髭が顔を覆い、杉玉に目鼻をつけたようなものなのだが、こちらをにらむ目は野犬のそれに近く、凍ったような殺意が眼差しから伝わってきた。  じっとこちらを見つめると、はじめの答えと同じように「寝てた」と答え、めんどくさそうにまた寝床に頭を据えたのである。  その夜のこと、一件の火事があった。  若き役人の家で火が起こり、生まれてからまだ、四季を一周していないような赤子も犠牲になったのである。  この火事を検分したときに役人たちは縮み上がったのであった。  焼け跡から見つけ出された奥方と子供は、そのような状態になっているにも関わらず刀傷のような怪我のあとが見てとれた。  一家の主である若き役人は家のなかではなく、庭に生えている桐の木に縛り付けられた姿でみつかった。  体は執拗に殴られたのか全身が腫れ上がり、縄が身体中の至るところに食い込んでいた。顔だけは殴られなかったのかほぼ無傷であり、足元に広がっている血だまりのなかに転がっていたのである。  同僚は検分も早々に、早く眠らせてやろうと体を横たえさせ、そして頭も一緒にしてやろうとしたのである。  不自然に二重に噛ませられている猿ぐつわをはずすと、口に当たるところに小さな手が二つ押し込められていた。それを見た同僚は胃から込み上げてくるものを押さえきれず、庭の端にかけて行くと内容物を込み上げてくるままぶちまけていたのだった。  出るものもなくなり一息つくと頭を抱え震え始め、そのまま仕事が遂行できなくなったのである。その後、しばらく床につき、風の噂では発作的に震え動けなくなることがいまだにあるのだという。  その現場を知っている役人は学んだのである、捕らえてはいけないやつがいて、そいつに嫌疑の目を向けるだけですべてを失うということを。  朝あった事件は人々の噂の種にはなるものの、生活の流れは変わらず、夕方の市はその日仕入れた品物をすべて売ってしまおうと店じまい前の賑わいで包まれていた。  丸太のように大きい風体は市場の雑踏のなかですら目立ち、このあたりの人間であれば、その風貌からか話題にすればすぐに分かる程度には知られていたのではあるが、店主の間では特に悪い噂はなかった。言葉は荒く、声も大きい、よく食べよく飲むが、金離れがよく、気持ちよく付き合える客だったからである。  いつものように夕食後の腹ごなしのつもりか市場にならぶ品々を冷やかして回り、酒やツマミにするのであろう干し肉などを手にしていた。  店じまいをするような時間にこの辺りを走る車はあまり無いのだが、人混みを掻き分けるように、とは言え、牛車であるから迅速にというわけにはいかないのだが、それでも急いでいるつもりで走り抜けようとしていた。  ちょうど店主との無駄話をしていたこの男の前を通りがかったとき、風の拍子かスダレがめくり上がり中の様子が見えたのである。強い夕日がちょうど正面から照らすようになり、桜色の着物に包まれた、まっすぐな長い髪の下にある女の顔が目に入ったのである。  男にはどのようにその出会いを言葉にしていいのかわからなかったが、心のなかに、今までの日常にあった真冬の獣道のようなざらざらとした風景に、春の風が吹いたのである。  その心の変容に、どうしていいのかわからず、阿呆のように佇んでしまったのであった。  男が持ち合わせている感情は、力と一緒になり表に出るか、もしくは酒でぼやけた思考力のなかで垣間見る劣情ぐらいなのであった。  冬の朝に見かけた氷柱のように透明で、それでいて暖かく優しい感情など感じたことがなかったのである。  市場で買って帰った酒を浴びるように飲みながらも、頭のなかでは酒のまどろみを完全に押さえ込み、頭の中では夕日のなかで見た娘の顔がいつまでも消えず、別のことを考えようとしても、また娘のことを想い、夜の深い時間が過ぎていったのであった。  ほとんど寝ることができなかった男は、普段であれば昼過ぎまで寝てそれから表に出るのだが、この日に限りどうすることもできず朝早くから表に出た。  朝なのである。  新鮮な陽の光に、世の中のよどみもくすみもすべてが消毒され、高く吸い込まれそうなほどに青い空の下、木々は夜露に濡��輝いているのである。男の今までの粗野な日常とは違う世界がそこにあっであった。  男の中にあった柔らかく暖かいものが何だかわからなかったが、この朝の清涼のなかにいたいと思わせるものがあり、目的もなくうろうろと歩いていたのである。  市場からそう遠くない屋敷が集まった一角にさしかかったとき、門が開き付きの者が牛車を引いて出てきたのである。夕日のなかで見たのと変わらぬ車をじっと見つめ、少しでも中に誰が乗っているか見えないかとじっと見つめていたのである。  昨日のようにはっきりと見えることはなかったが、かろうじてあった隙間から頬の辺りがかすかに見えたのである。  男の胸は落ち着きなく暴れまわり、頭のなかは乙女のほほのような桜色の夢想に包まれていたのである。  酒で焼けすっかり濁ってしまった彼の声で話しかけるのもはばかられるような感情に男自身が驚いていたのである。  それまでは誰であろうと何が起ころうと目についた奴に声をかけるなどというのは造作もないことで、そこで戸惑うことなどなかったのであった。  男は牛車のなかにいる娘をもう一目見たい、どうしていいのかわからないがそばにいたいと思い始めるようになった。  それから男の生活は変わった。酒に浸って過ごす夜はなくなり、呑んだとしてもつぶれるような飲み方はしなくなり、また、昼過ぎ、やもすれば夕方まで寝ていたような生活だったのが朝起きるようになったのである。  男のなかで、娘に合ったときに心のなかに流れた暖かく清潔な感情が汚れないようにしたのである。  はじめのうちは、そのような真似事もできたのだが、事ある毎に屋敷の前に出向き、胸をたら鳴らせて待ち続けても、娘をのせた牛車が出てくることもなく、暴力と奪取で生計をたてていた男にとって、それをやめてしまうと食うに困ってしまうのである。  己の中の矛盾は感じながら、空腹に耐えかね、いつものように真夜中の闇に紛れ込み獲物を待ったのである。  人が通りかかるが、男が仕事している現場を見つけられにくい、という相反する条件を満たした場所というのはそうはない。  水田の分水路わきにある道具置き場の影で、ただひたすらじっと蟻地獄のように獲物を待ち構えていたのであった。  もはや、獲物の大小は構わず、かかってきた獲物をとらえるだけであり、ただただ単純な狩りであった。  遠くの方から車の音が聞こえ、久しぶりの仕事に大物がかかってくれるとは運が向いているのかと喜んでいた。  牛車が目の前に通りかかるまで待ち、ちょうど牛が目の前に来たところで手のひらほどの石を牛に投げつけた。痛みに暴れる牛に注意が向いた隙に、付き人を鉈ではらった。  牛が暴れてるにもかかわらず、なだめている様子がないのを不審に思ったのか、車から顔を出した中年男性をこん棒で殴り、引きずり出した。  そして、いつもやっているように一通り殴る蹴る、すべてを奪い取ってから殺め、そして、それで仕事は終わった。  久しぶりの仕事で大きな獲物が得られたことに、今までであれば少しは喜んだのだが、清廉な身になり娘に近づきたいという気持ちがそうはさせなかった。  朝を待ち、手に入れた金で腹を満たし、一息つく。今での自分とは違う清らかな体に生まれ変わろうとしているのにもかかわらず、変わらない自分にある汚濁をどうやったら追い出せるかに頭を悩ませていたのである。  市場の外れに腰掛け、呼吸する袋のように何もなくぼんやりと空を眺めていると、見覚えのある牛車が先を急ぐように通り抜けていった。  確証はなかったが、微かな望み、それもその姿の端でもいいから見たいという想いから、距離を置きつつ、ついていったのである。  屋敷とは違う方向に走っていった車は、男が見覚えのあるところに差し掛かった。  ちょうど、夜に仕事し��場所である。  そして、その現場に差し掛かるといつものように���人どもが野次馬を遠ざけていたが、その牛車は少し止められただけで通された。  現場に散乱した数々を見て車の中から若い女のすすり泣く声がし、野次馬に紛れてその車を凝視していた男の目に、娘の頬が涙で濡れるのが見えたのであった。
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banks-house · 2 years
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伊達の家 vol.3
早いもので、もう11月。
すでに、伊達の家の工事も終わり、 お引き渡しも完了し、 次の現場が始まってしまいました。。。
工事途中〜完成までを、写真で振り返りたいと思います。
大変良い家ができました。 ぜひ、見ていただけましたら幸いです。
ちなみに、伊達の家は 「長期優良住宅」 「フラット35」 「省エネ住宅」 の証明を受けております。
素材にも、性能にも、デザインにもこだわった家を、 どうぞご覧ください。
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前回の続きから、ご案内いたします。
外壁は、2F部分が板張り、 1F部分は左官で仕上げます。
1Fも板張りのように見えますが、横に流した板は、左官用の木下地。 木摺と呼ばれる、伝統的な左官下地を採用しています。
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2Fの板張りも、まだ途中段階。 タイベック(高性能透湿防水シート)と通気胴縁を使い、 「壁内部の湿気を逃す家」を実現しています。 (湿気がこもらないので腐りにくい=耐久性の高い家)
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後日。
2Fの板張り外壁が完了し、 1Fの左官は1度目の下地塗りが完了しています。
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左官の下地は、モルタル塗りです。
防水性、耐久性に優れていますが、塗る面積が大きいため、施工ができる職人さんがどんどん減っていってしまっています。。。
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1Fの外壁、仕上げ左官が完了しました。
下地の上から「骨材を混ぜたモルタル」を塗っています。 乾き切る直前に、専用の道具で表面を削って仕上げる、 「掻き落とし仕上げ」を行っています。
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掻き落とし仕上げは、光の角度によって現れる、自然な風合いが特徴です。
人工と自然の中間的な表情が、デザイン的に魅力なだけでなく、 「汚れが目立ちにくい」という特徴があります。
過酷な風雨にさらされる外壁は、経年とともに汚れが蓄積してしまいます。 自然の岩肌のような表情を持たせることで、汚れまでもが自然の表情に見えてしまう、という、長い左官の歴史によって編み出された技法を採用しています。
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瓦屋根に合わせて、雨樋もいつもとは違うデザインのものを採用しました。
自然豊かなエリアのため、落葉やゴミなどが雨樋に入らない仕様になっています。
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室内壁も左官で仕上げるため、足場を組みました。
天井も壁も、漆喰で仕上げます。
高い吸湿性と、アルカリ性をもつ漆喰は、 風邪やインフルエンザなどのウイルスを抑制し、 静電気や電磁波などの発生も抑制するそうです。
身体的なストレスを緩和する素材として、漆喰は最適ではないかと思う次第です。
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和室は、畳が入る日を床下地が待っている状態です。
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パントリーの収納棚の棚板には、 コンセントや電話線を通すケーブルホールを開けました。
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主寝室や収納の壁や天井も、 漆喰で塗り上げています。
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隣家が離れているため、 窓の外も開放的な抜けを感じます。
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勾配のついた天井は、 部屋が広く開放的に感じるだけでなく、 明るい光を拡散させることにも一役買います。
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左官仕上げのための足場に乗って、 吹き抜けの天井も塗り上げます。
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西の窓から見えるグリーンが綺麗です。
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便器が設置される前のレストルーム。 塗り立ての漆喰壁が、瑞々しいです。
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新品のキッチンも設置されました。 お施主様こだわりのビルトイン オーブン付きのキッチンです。
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階段手すりは、国産ナラ材を削り出して作った特注品。
肌触りが広葉樹らしいしっとりとした質感で、撫でれば撫でるほど艶が出てくる素材です。
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手すりと同じ国産ナラ材で、ダイニングテーブルも作りました。
二本足で天板を支えるシェーカーデザインを採用し、 安定感と軽さを実現した自信作のオリジナル家具です。
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アイランドシンクも造作です。
国産ナラ材で統一した質感で、 家族の人数で使い分けられる扉収納を作りました。
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子供室は、吹き抜けに設置された室内窓によって、ダイニングとコミュニケーションが図れる作りになっています。
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床の養生を外し、クリーニングを行った主寝室。
ヒノキの床は、温かさを感じさせてくれます。
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主寝室隣に設置された、小屋裏収納。 天井は低いですが、12畳程度の広々とした空間が実現しました。
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約1坪のウォークインクローゼットは、夫婦の衣類をしっかりとしまうことができます。
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スイッチプレートや照明、手すりなどは、極力シンプルで質感の良いものになることを心がけて設計しています。
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階段板は松の木。 木目を浮き上がらせるように削り出し、滑りにくい階段板になっています。
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浴室や洗面は、シンプルで衛生的なTOTOのものが採用されました。
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廊下があることで奥行きが生まれたキッチン。
家を支える柱は、棟梁がカンナで仕上げた化粧柱です。
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キッチンとダイニングを近づけることで、家族の距離も近くに感じられる空間を目指しました。
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カーテンも畳も設置され、お引き渡し直前の一枚。
次回は、お引き渡しの様子をお伝えできればと思います。
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nikaibun · 3 years
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瑞々しい葉の、その葉脈の
 洗い場の上に備え付けられた戸棚は、この家の台所の中でもっとも馴染みの深い場所だった。扉を開けると物が隙間なく仕舞われているが、よく使う場所だからよく整理されていた。粗挽きのコーヒーは、手前に王者の風格で鎮座している。寄り添うように置かれたハーブのキャンディは、まるでクイーンのよう。その隣に、ナッツとドライフルーツが詰め合わされた大きな袋が、城を守る兵士のように構えている。しかし、馴染みが深いのは前面にあるそういった面々のみで、その後ろ、戸棚の奥にあるものは、長らく手付かずになっていた。わたしは近ごろ始めた「ものの選別」の一環で家じゅうの収納を開けては閉じていたのだが、そういえば、ここの棚はよく開けるしよく整理するけれど、見えているようで見えていなかった奥のほうは、何が入っていたかまったく思い出せないな、と思い、その流れでわたしは王国を崩しにかかったのだった。ナッツを取り除き、クイーンを恭しくエスコートし、王は取り出して瓶を眺めたのち一番身近に置いた。すると、出てきたのは紅茶の茶葉だった。記憶が走馬灯のように蘇る。そうだった、ミルクティーが飲みたくて、茶葉を買ったのだった。しかし、そのあと大きな病をしたせいで、すっかり忘れてしまっていた。茶葉の消費期限はいつなのか知ら、と総合図書館に電子メールを打った。すると五分後に、できれば二ヶ月以内、未開封でも二年です、と返信があった。  すっかりだめになってしまった紅茶の缶を、わたしは棚の一番手前に置くようにして仕舞い直した。つまり、王、クイーン、紅茶の缶、その後ろに兵士たちが追いやられたという構図だ。この紅茶の缶、は、さしづめ勇者というところか知ら。物語における勇者は、王族でも町人でも旅商人でもない。そして大概が出自については描かれない。最初から最後まで、勇者というカテゴリーの、あまり人生の見えない登場人物だ。勇者は、勇者と自称するだけで、その心の綺麗さを信用してもらえ、城の中にも入れてしまうのだ。勇者が活躍する、わたしにおすすめの本はありますかと電子メールを打った。返事を待つあいだに、コーヒーでも淹れようかな。  こんな絶好のティータイムに、あの茶葉の消費期限が切れていることが悔やまれる。一回淹れたきりで、まだ缶の中にはたっぷり赤い葉が詰め込まれていた。香りは紅茶のそれ健在であった。本当に風味が損なわれているのか、疑わしいほどに。コーヒーをドリップしたあとに、また缶を取り出してあれこれ観察する。缶。なんで缶のものを買っちゃったんだろう、と思う。思うけれど、自分のことだから明白で、可愛いから缶にしたのである。「ものの選別」をしていると、手放すこと棄てることがいかに大変か、よく身に染みてくる。燃えない塵の日、次の燃えない塵の日はいつ、とわたしは心の中でぶつくさ呟いてコーヒーを飲んだ。するとそのとき電子音が鳴ったので、端末を手に取る。図書館からの返信で、あなたの好みの傾向から、こんな本を選りすぐりました、如何でしょうか、予約をします���、という内容だった。はい、と返信をして、また端末を机に置いた。  溜息は簡単に漏れてくる。どう棄てようか、ずっと頭の中で考えているからだ。まずとんでもなくもったいないことをしている、という罪意識に苛まれ、つぎに茶葉は塵袋に入れたらいいけれど、缶を棄てるなら他にもまとめて棄てられるものを家じゅう探して掻き集めたいと思い始め、そのあとに、まだこんなにいい香りがしているのにな、とかなしくなる。わたしはまた端末を手に取り、紅茶はどうやって作られるのですか、と問うた。司書のほうも、翻弄されるであろう。紅茶の期限、勇者の本、紅茶の作り方、ときたら、勇者の部分があまりに突然すぎるし、まったく脈絡がないんだもの。  わたしは回答を待つ間、どんな内容が届くか考えを巡らせた。今まであまり深く考えていなかったけれど、紅茶の茶葉だから、文字通り何かの葉っぱ、なのだよなあ。なんの葉っぱなのか、今まで考えずに飲んでいた。コーヒーに飽きたから紅茶を選んだり、友だちとカフェに入ったとき友だちが紅茶を選んだからなんとなく合わせたり、ジャックさんが出してくれたから成り行きに身を任せて、身体に入るものなのにすべてを信用して、ああいい香りね、と飲んでいた。紅茶の味を思い出そうとすると、あの甘い味を思い出す。でも甘いのは砂糖であって、紅茶ではない。缶の蓋を開けた。ふわっと、爽やかな香りが鼻腔を駆け抜ける。そうしてまた途方に暮れた。さっさと棄てれば好いのに。忘れてしまえば好いのに。  電子音が鳴り、わたしは決まりの動作を繰り返す。そこには紅茶についての仔細が書かれていた。内容はあまり抜粋されていない、おそらく、データベースからそのまま引っ張り出された情報なのだろう。わたしは指で端末の画面をなぞりながら、三十行分をいったりきたりしていた。目についた情報を処理しているうちに、そういえば紅茶には種類があるのだった、と思い、缶をふたたび眺めてみる。アールグレイだ。アールグレイは、ベルガモットで香り付けされたフレーバーティーである、とある。つまり。わたしが先ほどから魅了されてならない香りは、ベルガモットの香りということなのだろうか。  甘いと思ったら、それは砂糖で。すてきな香りだと思ったら、それはベルガモットで。この物体の本質は、何処? 思いがけず、思考の深みに嵌ってしまう。  瑞々しい葉の、その葉脈のひとつひとつに、大地の歴史とひとびとの知恵とが在ると思うと、気が遠くなって、巡った季節が海の上の風のように身体をすり抜けていって、わたしは所在を失ってしまうかのような、不思議な喪失感に見舞われた。  わたしは缶をトートバッグに突っ込み、ふらりと家を出て広場に向かった。教会と図書館が面したこの広場は、昔は、それはきれいに手入れされた芝で覆い尽くされていたらしい。昔って、いつですか。さあ、うんと前だよ。まるで見てきたみたいに言うのは、リュカさんだった。 「すてきな缶だね。きみみたいに。」  手帖に書き物をしていたリュカさんは、その黒革の表紙をしずかに閉じて、同じくらい漆黒の睫毛をゆっくり上げて曇り空に突き立てた。最後のフレーズは、リュカさんの癖のようなもので、本音かどうかは判らない、ただひとつ言えるのは、リュカさんのこういうところで、色んな女の人が騙されているということだ。 「中身もすてきなんです。」  家で先ほどから何度もしているように、リュカさんの前で蓋を開けてみた。ベルガモットの香りは、外だと少し弱く感ぜられたが、「いいね。アールグレイかな。」博識のリュカさんには何の問題もないことだった。 「残念なのは、古過ぎるという点です。」 「成程。きみはコーヒーを飲んでいることが多いから。」 「はい。それで、棄てようと思っていたのだけれど、棄てられなくて。」 「それはまた、どうして?」  わたしは沈黙してしまった。リュカさんの瞳が、少ない情報量からなにかを読み取るように、こまかく動いたのが見えた。「……うまく、説明でき��い。」これがわたしの答えだった。  リュカさんは缶を手に取った。しげしげと眺め、指先で鳴らし、終いに開きっぱなしの蓋を閉じた。「……まあ、身体には入れない方が好いだろうね。」リュカさんの、至極真っ当な感想だった。「生き物には、すこし酷だと思う。僕たちの入れ物は、ひどく脆いから。」  はい。わたしは、情けない声で返事をした。 「でも、此奴の行き場がないね。それが、困っているんだよね。そうしたら、こうしよう。これは、僕が貰う。それで、きみへの手紙に添えて、すこしずつ返すよ。そうすれば、ぼくの手紙を仕舞っておく箱から……抽斗や袋かもしれないけれど……このベルガモットの香りがするよ。ぼくを忘れたくなったら、一思いに、香りごと一緒に棄てたら好い。」  わたしは、度肝を抜かれた。そして、一気にくやしくなった。「あの……なんて言ったら好いのか、判らないけれど、有難う。」そう言うと、リュカさんは缶を鞄に仕舞った。  身軽になったわたしは、図書館に寄り、勇者の本を代わりに抱えて帰宅することになる。出自不明がちの勇者と、リュカさんが重なった。わたしの三倍生きているらしいリュカさん。ぼくを忘れたくなったら、と言われたけれど、そんな瞬間が果たしてやってくるのか、結局手放せないものがただ増えただけな気がした。言い包められてしまっただけなのだ、今日も。
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“うちの爺さんは若い頃、当時では珍しいバイク乗りで、 金持ちだった爺さん両親からの、何不自由ない援助のおかげで、 燃費の悪い輸入物のバイクを、暇さえあれば乗り回していたそうな。 ある時、爺さんはいつものように愛車を駆って、山へキャンプへ出かけたのだそうな。 ようやく電気の灯りが普及し始めた当時、夜の山ともなれば、それこそ漆黒の闇に包まれる。 そんな中で爺さんはテントを張り、火をおこしキャンプを始めた。 持ってきた酒を飲み、ほどよく酔いが回ってきた頃に、何者かが近づいてくる気配を感じた爺さん。 ツーリングキャンプなんて言葉もなかった時代。 夜遅くの山で出くわす者と言えば、獣か猟師か物の怪か。 爺さんは腰に差した鉈を抜いて、やってくる者に備えたそうだ。 540:名無し職人:2005/11/18(金) 10:48:33  やがて藪を掻き分ける音と共に、『なにか』が目の前に現れたのだそうな。 この『なにか』というのが、他のなににも例えることが出来ないものだったので、 『なにか』と言うしかない、とは爺さんの談である。 それはとても奇妙な外見をしていたそうだ。 縦は周囲の木よりも高く、逆に横幅はさほどでもなく、爺さんの体の半分ほどしかない。 なんだか解らないが、「ユラユラと揺れる太く長い棒」みたいのが現れたそうだ。 爺さんはその異様に圧倒され、声もなくそいつを凝視しつづけた。 そいつはしばらく目の前でユラユラ揺れていたと思うと、唐突に口をきいたのだそうな。 「すりゃあぬしんんまけ?」 一瞬なにを言われたのかわからなかったそうな。 酷い訛りと発音のお陰で、辛うじて語尾から疑問系だと知れた程度だったという。 爺さんが何も答えないでいると、 そいつは長い体をぐ~っと曲げて、頭と思われる部分を爺さんのバイクに近づけると、再び尋ねてきた。 「くりゃあぬしんんまけ?」 そこでようやく爺さんは、「これはオマエの馬か?」と聞かれてると理解できた。 黙っているとなにをされるか、そう思った爺さんは勇気を出して、 「そうだ」とおびえを押し殺して答えたそうだ。 579 :普通の名無しさん:2013/05/31(金) 00:12:06 ID:RxRasCyk 元ネタ 2/2  541:名無し職人:2005/11/18(金) 10:49:25  そいつはしばらくバイクを眺めて(顔が無いのでよくわからないが)いたが、 しばらくするとまた口を聞いた。 「ぺかぺかしちゅうのぉ。ほすぅのう」(ピカピカしてる。欲しいなぁ) その時、爺さんはようやく、ソイツが口をきく度に猛烈な血の臭いがすることに気が付いた。 人か獣か知らんが、とにかくコイツは肉を喰う。 下手に答えると命が無いと直感した爺さんは、バイクと引き替えに助かるならと、 「欲しければ持って行け」と答えた。 それを聞いソイツは、しばし考え込んでる風だったという。(顔がないのでよくわからないが) ソイツがまた口をきいた。 「こいはなんくうが?」(これはなにを喰うんだ?) 「ガソリンをたらふく喰らう」 爺さんは正直に答えた。 「かいばでゃあいかんが?」(飼い葉ではだめか?) 「飼い葉は食わん。その馬には口がない」 バイクを指し示す爺さん。 「あ~くちんねぇ くちんねぇ たしかにたしかに」 納得するソイツ。 そこまで会話を続けた時点で、爺さんはいつの間にか、 ソイツに対する恐怖が無くなっていることに気が付いたという。 542:名無し職人:2005/11/18(金) 10:52:41  ソイツはしばらく、バイクの上でユラユラと体を揺らしていたが、 その内に溜息のような呻き声を漏らすと、 「ほすぅがのう ものかねんでゃなぁ」(欲しいけど、ものを食べないのでは・・・) そう呟くように語ると、不機嫌そうに体を揺らしたという。 怒らせては不味いと思った爺さんは、 「代わりにコレを持って行け」と、持ってきた菓子類を袋に詰めて投げてやったという。 袋はソイツの体に吸い込まれるように見えなくなった。 するとソイツは一言「ありがでぇ」と呟いて、山の闇へ消えていったという。 その姿が完全に見えなくなるまで、残念そうな「む~ む~」という呻きが響いていたという。 爺さんは、気が付くといつの間にか失禁していたという。 その夜はテントの中で震えながら過ごし、朝日が昇ると一目散に山を下りたそうだ。 家に帰ってこの話をしても、当然誰も信じてはくれなかったが、 ただ一人、爺さんの爺さん(曾々爺さん)が、 「山の物の怪っちゅうのは珍しいもんが好きでな、  おまえのバイクは、山に入った時から目を付けられていたんだろう。  諦めさせたのは良かったな。意固地になって断っておったら、おまえは喰われていただろう」 と語ってくれたのだそうな。 以来、爺さんは二度とバイクで山に行くことはなかったそうだ。 ちなみに、件のバイクは今なお実家の倉に眠っている。” - やる夫でコピペ140スレ目 - やる夫系雑談・避難・投下板(やる夫板) (via 46187)
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 照明を落とした会議室は水を打ったようで、ただ肉を打つ鈍い音が響いていた。ビデオカメラに濾され、若干迫力と現実味を欠いた殴打の音が。  とは言え、それは20人ほどの若者を釘付けへするには十分な効果を持つ。四角く配置された古い長机はおろか、彼らが埋まるフェイクレザーの椅子すら、軋みの一つも上げない。もちろん、研修旅行の2日目ということで、集中講義に疲れ果て居眠りをしているわけでもない。白いスクリーンの中の光景に、身じろぎはおろか息すらこらしているのだろう。  映像の中の人物は息も絶え絶え、薄暗い独房の天井からぶら下げられた鎖のおかげで、辛うじて直立の状態を保っている。一時間近く、二人の男から代わる代わる殴られていたのだから当然の話だ――講義用にと青年が手を加えたので、今流れているのは10分ほどの総集編という趣。おかげで先ほどまでは端正だった顔が、次の瞬間には血まみれになっている始末。画面の左端には、ご丁寧にも時間と殴打した回数を示すカウンターまで付いていた。  まるで安っぽいスナッフ・フィルムじゃないか――教授は部屋の隅を見遣った。パイプ椅子に腰掛ける編集者の青年が、視線へ気付くのは早い。あくびをこぼしそうだった表情が引き締まり、すぐさま微笑みに変わる。まるで自らの仕事を誇り、称賛をねだる様に――彼が自らに心酔している事は知っていた。少なくとも、そういう態度を取れるくらいの処世術を心得ている事は。   男達が濡れたコンクリートの床を歩き回るピチャピチャという水音が、場面転換の合図となる。とは言っても、それまで集中的に顔を攻撃していた男が引き下がり、拳を氷の入ったバケツに突っ込んだだけの変化なのだが。傍らで煙草を吸っていたもう一人が、グローブのような手に砂を擦り付ける。  厄災が近付いてきても、捕虜は頭上でひとまとめにされた手首を軽く揺するだけで、逃げようとはしなかった。ひたすら殴られた顔は赤黒く腫れ上がり、虫の蛹を思わせる。血と汗に汚された顔へ、漆黒の髪がべっとり張り付いていた。もう目も禄に見えていないのだろう。  いや、果たしてそうだろうか。何度繰り返し鑑賞しても、この場面は専門家たる教授へ疑問を呈した。  重たげで叩くような足音が正面で止まった瞬間、俯いていた顔がゆっくり持ち上がった。閉じた瞼の針のような隙間から、榛色の瞳が僅かに覗いている。そう、その瞳は、間違いなく目の前の男を映していた。自らを拷問する男の顔を。相手がまるで、取るに足らない存在であるかの如く毅然とした無表情で。  カウンターが121回目の殴打を数えたとき、教授は手にしていたリモコンを弄った。一時停止ボタンは融通が利かず、122回目のフックは無防備な鳩尾を捉え、くの字に折り曲がった体が後ろへ吹っ飛ばされる残像を画面に残す。 「さて、ここまでの映像で気付いたことは、ミズ・ブロディ?」  目を皿のようにして画面へ見入っていた女子生徒が、はっと顔を跳ね上げる。逆光であることを差し引いても、その瞳は溶けた飴玉のように光が滲み、焦点を失っていた。 「ええ、はい……その、爪先立った体勢は、心身への負荷を掛ける意味で効果的だったと思います」 「その通り。それにあの格好は、椅子へ腰掛けた人間を相手にするより殴りやすいからね。ミスター・ロバーツ、執行者については?」 「二人の男性が、一言も対象者に話しかけなかったのが気になりました」  途中から手元へ視線を落としたきり、決して顔を上げようとしなかった男子生徒が、ぼそぼそと答えた。 「笑い者にしたり、罵ったりばかりで……もっと積極的に自白を強要するべきなのでは」 「これまでにも、この……M……」  机上のレジュメをひっくり返したが、該当資料は見あたらない。パイプ椅子から身を乗り出した青年が、さして潜めてもいない声でそっと助け船を出した。 「そう、ヒカル・K・マツモト……私達がMと呼んでいる男性には、ありとあらゆる方法で自白を促した。これまでにも見てきたとおり、ガスバーナーで背中を炙り、脚に冷水を掛け続け――今の映像の中で、彼の足元がおぼづかなかったと言う指摘は誰もしなかったね? とにかく、全ての手段に効果が得られなかった訳だ」  スマートフォンのバイブレーションが、空調の利きが悪い室内の空気を震わせる。小声で云々しながら部屋を出ていく青年を片目で見送り、教授は一際声の調子を高めた。 「つまり今回の目的は、自白ではない。暴力そのものだ。この行為の中で、彼の精神は価値を持たない。肉体は、ただ男達のフラストレーションの捌け口にされるばかり」  フラストレーションの代わりに「マスターベーション」と口走りそうになって、危うく言葉を飲み込んだのは、女性の受講生も多いからだ。5年前なら考えられなかったことだ――黴の生えた理事会の連中も、ようやく象牙の塔の外から出るとまでは言わなくとも、窓から首を突き出す位のことをし始めたのだろう。 「これまで彼は、一流の諜報員、捜査官として、自らのアイデンティティを固めてきた。ここでの扱いも、どれだけ肉体に苦痛を与えられたところで、それは彼にとって自らが価値ある存在であることの証明に他ならなかった。敢えて見せなかったが、この行為が始まる前に、我らはMと同時に捕縛された女性Cの事を彼に通告してある――彼女が全ての情報を吐いたので、君はもう用済みだ、とね」 「それは餌としての偽情報でしょうか、それとも本当にCは自白していたのですか」 「いや、Cもまだこの時点では黙秘している。Mに披露した情報は、ケース・オフィサーから仕入れた最新のものだ」  ようやく対峙する勇気を振り絞れたのだろう。ミスター・ロバーツは、そろそろと顔を持ち上げて、しんねりとした上目を作った。 「それにしても、彼への暴力は行き過ぎだと思いますが」 「身長180センチ、体重82キロもある屈強な25歳の男性に対してかね? 彼は深窓の令嬢ではない、我々の情報を抜き取ろうとした手練れの諜報員だぞ」  浮かんだ苦笑いを噛み殺し、教授は首を振った。 「まあ、衛生状態が悪いから、目方はもう少し減っているかもしれんがね。さあ、後半を流すから、Mと執行者、両方に注目するように」  ぶれた状態で制止していた体が思い切り後ろへふれ、鎖がめいいっぱいまで伸びきる。黄色く濁った胃液を床へ吐き散らす捕虜の姿を見て、男の一人が呆れ半分、はしゃぎ半分の声を上げる。「汚ぇなあ、しょんべんが上がってきてるんじゃないのかよ」  今年は受講者を20人程に絞った。抽選だったとは言え、単位取得が簡単でないことは周知の事実なので、応募してきた時点で彼らは自分を精鋭と見なしているのだろう。  それが、どうだ。ある者は暴力に魅せられて頬を火照らせ、ある者は今になって怖じ気付き、正義感ぶることで心の平穏を保とうとする。  経験していないとはこう言うことか。教授は今更ながら心中で嘆息を漏らした。ここのところ、現場慣れした小生意気な下士官向けの講義を受け持つことが多かったので、すっかり自らの感覚が鈍っていた。  つまり、生徒が悪いのでは一切ない。彼らが血の臭いを知らないのは、当然のことなのだ。人を殴ったとき、どれだけ拳が疼くのかを教えるのは、自らの仕事に他ならない。  手垢にまみれていないだけ、吸収も早いことだろう。余計なことを考えず、素直に。ドアを開けて入ってきたあの青年の如く。  足音もなく、すっと影のように近付いてきた青年は、僅かに高い位置へある教授の耳に小さな声で囁いた。 「例のマウンテンバイク、確保できたようです」  針を刺されたように、倦んでいた心が普段通りの大きさへ萎む。ほうっと息をつき、教授は頷いた。 「助かったよ。すまないな」 「いいや、この程度の事なら喜んで」  息子が12歳を迎えるまで、あと半月を切っている。祝いに欲しがるモデルは何でも非常に人気があるそうで、どれだけ自転車屋に掛け合っても首を振られるばかり。  日頃はあまり構ってやれないからこそ、約束を違えるような真似はしたくない。妻と二人ほとほと弱り果てていたとき、手を挙げたのが他ならぬ目の前の青年だった。何でも知人の趣味がロードバイクだとかで、さんざん拝み倒して新古品を探させたらしい。  誕生パーティーまでの猶予が一ヶ月を切った頃から、教授は青年へ厳しく言い渡していた。見つかり次第、どんな状況でもすぐに知らせてくれと。夜中でも、仕事の最中でも。 「奥様に連絡しておきましょうか。また頭痛でお悩みじゃなきゃいいんですけど」 「この季節はいつでも低気圧だ何だとごねているさ。悪いが頼むよ」  ちらつく画像を前にし、青年はまるで自らのプレゼントを手に入れたかの如くにっこりしてみせる。再びパイプ椅子に腰を下ろし、スマートフォンを弄くっている顔は真剣そのものだ。  ふと頭に浮かんだのは、彼が妻と寝ているか否かという、これまでも何度か考えたことのある想像だった。確かに毎週の如く彼を家へ連れ帰り、彼女もこの才気あふれる若者を気に入っている風ではあるが。  まさか、あり得ない。ファンタジーとしてならば面白いかもしれないが。  そう考えているうちは、大丈夫だろう。事実がどうであれ。 「こんな拷問を、そうだな、2ヶ月程続けた。自白を強要する真似は一切せず、ただ肉の人形の用に弄び、心身を疲弊させる事に集中した。詳細はレジュメの3ページに譲るとして……背中に水を皮下注射か。これは以前にも言ったが、対象が仰向けで寝る場合、主に有効だ。事前に確認するように」  紙を捲る音が一通り収まったのを確認してから、教授は手の中のリモコンを軽く振った。 「前回も話したが、囚人が陥りやすいクワシオルコルなど低タンパク血症の判断基準は脚の浮腫だ。だが今回は捕獲時に右靱帯を損傷し中足骨を剥離骨折したこと、何度も逃亡を試みた事から脚への拘束及び重点的に攻撃を加えたため、目視では少し判断が難しいな。そういうときは、圧痕の確認を……太ももを掴んで指の型が数秒間戻らなければ栄養失調だ」  似たような仕置きの続く数分が早送りされ、席のそこかしこから詰まったような息が吐き出される。一度飛ばした写真まで巻き戻せば、その呼吸は再びくびられたかのように止まった。 「さて、意識が混濁しかけた頃を見計らい、我々は彼を移送した。本国の収容所から、国境を越えてこの街に。そして抵抗のできない肉体を、一見無造作に投棄したんだ。汚い、掃き溜めに……えー、この国の言葉では何と?」 「『ゴミ捨て場』」 「そう、『ゴミ捨て場』に」  青年の囁きを、生徒達は耳にしていたはずだ。それ以外で満ちた沈黙を阻害するのは、プロジェクターの立てる微かなモーター音だけだった。  彼らの本国にもありふれた集合住宅へ――もっとも、今画面に映っている場所の方がもう少し設備は整っていたが。距離で言えば100キロも離れていないのに、こんな所からも、旧東側と西側の違いは如実に現れるのだ――よくある、ゴミ捨て場だった。三方を囲うのはコンクリート製の壁。腰程の高さへ積んだゴミ袋の山へ、野生動物避けの緑色をしたネットを掛けてあるような。  その身体は、野菜の切りくずやタンポンが詰められているのだろうゴミ袋達の上に打ち捨てられていた。横向きの姿勢でぐんにゃり弛緩しきってい��が、最後の意志で内臓を守ろうとした努力が窺える。腕を腹の前で交差し、身を縮める姿は胎児を思わせた。ユーラシアンらしい照り卵を塗ったパイ生地を思わせる肌の色味は、焚かれたフラッシュのせいで消し飛ばされる。 絡みもつれた髪の向こうで、血管が透けて見えるほど薄い瞼はぴたりと閉じられていた。一見すると死んでいるかのように見える。 「この国が我が祖国と国交を正常化したのは?」 「2002年です」 「よろしい、ミズ・グッドバー。だがミハイル・ゴルバチョフが衛星国の解放を宣言する以前から、両国間で非公式な交流は続けられていた。主に経済面でだが。ところで、Mがいた地点からほど近くにあるタイユロール記念病院は、あの鋼鉄商フォミン一族、リンゼイ・フォミン氏の働きかけで設立された、一種の『前哨基地』であることは、ごく一部のものだけが知る事実だ。彼は我が校にも多額の寄付を行っているのだから、ゆめゆめ備品を粗末に扱わぬよう」  小さな笑いが遠慮がちに湧いた矢先、突如画面が明るくなる。生徒達同様、教授も満ちる眩しさに目を細めた。 「Mは近所の通報を受け、この病院に担ぎ込まれた……カルテにはそう記載されている。もちろん、事実は違う。全ては我々の手配だ。彼は現在に至るまでの3ヶ月、個室で手厚く看護を受けている。最新の医療、滋養のある食事、尽くしてくれる看護士……もちろん彼は、自らの正体を明かしてはいないし、完全に心を開いてはいない。だが、病院の上にいる人間の存在には気付いていないようだ」 「気付いていながら、我々を欺いている可能性は?」 「限りなく低いだろう。外部との接触は行われていない……行える状態ではないし、とある看護士にはかなり心を許し、私的な話も幾らか打ち明けたようだ」  後は病室へ取り付けた監視用のカメラが、全てを語ってくれる。ベッドへ渡したテーブルへ屈み込むようにしてステーキをがっつく姿――健康状態はすっかり回復し、かつて教授がミラーガラス越しに眺めた時と殆ど変わらぬ軒昂さを取り戻していた。  両脚にはめられたギプスをものともせず、点滴の管を抜くというおいたをしてリハビリに励む姿――パジャマを脱いだ広い背中は、拷問の痕の他に、訓練や実践的な格闘で培われたしなやかな筋肉で覆われている。  車椅子を押す看護士を振り返り、微笑み掛ける姿――彼女は決して美人ではないが、がっしりした体つきやきいきびした物言いは母性を感じさせるものだった。だからこそ一流諜報員をして、生き別れの恋人やアルコール中毒であった父親の話まで、自らの思いの丈を洗いざらい彼女に白状せしめたのだろう。「彼女を本国へスカウトしましょうよ」報告書を読んだ青年が軽口を叩いていたのを思い出す。「看護士の給料って安いんでしょう? 今なら簡単に引き抜けますよ」 「今から10分ほど、この三ヶ月の記録からの抜粋を流す。その後はここを出て、西棟502号室前に移動を――Mが現在入院する病室の前だ。持ち物は筆記具だけでいい」  暗がりの中に戸惑いが広がる様子は、まるで目に見えるかのようだった。敢えて無視し、部屋を出る。  追いかけてきた青年は、ドアが完全に閉まりきる前から既にくすくす笑いで肩を震わせていた。 「ヘンリー・ロバーツの顔を見ましたか。今にも顎が落ちそうでしたよ」 「当然の話だろう」  煤けたような色のLEDライトは、細長く人気のない廊下を最低限カバーし、それ以上贅沢を望むのは許さないと言わんばかり。それでも闇に慣れた眼球の奥をじんじんと痺れさせる。大きく息をつき、教授は何度も目を瞬かせた。 「彼らは現場に出たこともなければ、百戦錬磨の諜報員を尋問したこともない。何不自由なく育った二十歳だ」 「そんなもんですかね」  ひんやりした白塗りの壁へ背中を押しつけ、青年はきらりと目を輝かせた。 「俺は彼ら位の頃、チェチェン人と一緒にウラル山脈へこもって、ロシアのくそったれ共を片っ端から廃鉱山の立坑に放り込んでましたよ」 「『育ちゆけよ、地に満ちて』だ。平和は有り難いことさ」  スマートフォンの振動は無視するつもりだったが、結局ポケットへ手を突っ込み、液晶をタップする。現れたテキストをまじまじと見つめた後、教授は紳士的に視線を逸らしていた青年へ向き直った。 「君のところにもメッセージが行っていると思うが、妻が改めて礼を言ってくれと」 「お安い御用ですよ」 「それと、ああ、その自転車は包装されているのか?」 「ほうそうですか」  最初繰り返したとき、彼は自らが口にした言葉の意味を飲み込めていなかったに違いない。日に焼けた精悍な顔が、途端にぽかんとした間抜け面に変わる。奨学金を得てどれだけ懸命に勉強しても、この表情を取り繕う方法は、ついぞ学べなかったらしい。普段の明朗な口振りが嘘のように、言葉付きは歯切れが悪い。 「……ええっと、多分フェデックスか何かで来ると思うので、ダンボールか緩衝材にくるんであるんじゃないでしょうか……あいつは慣れてるから、配送中に壊れるような送り方は絶対しませんよ」 「いや、そうじゃないんだ。誕生日の贈り物だから、可愛らしい包み紙をこちらのほうで用意すべきかということで」 「ああ、なるほど……」  何とか混乱から立ち直った口元に、決まり悪げなはにかみが浮かぶ。 「しかし……先生の息子さんが羨ましい。俺の親父もマツモトの父親とそうそう変わらないろくでなしでしたから」  僅かに赤らんだ顔を俯かせて頭を掻き、ぽつりと呟いた言葉に普段の芝居掛かった気負いは見られない。鈍い輝きを帯びた瞳が、おもねるような上目遣いを見せた。 「先生のような父親がいれば、きっと世界がとてつもなく安全で、素晴らしい物のように見えるでしょうね」  皮肉を言われているのか、と一瞬思ったが、どうやら違うらしい。  息子とはここ数週間顔を合わせていなかった。打ち込んでいるサッカーの試合や学校の発表会に来て欲しいと何度もせがまれているが、積み重なる仕事は叶えてやる機会を許してはくれない。  いや、本当に自らは、努力を重ねたか? 確たる意志を以て、向き合う努力を続けただろうか。  自らが妻子を愛していると、教授は知っている。彼は己のことを分析し、律していた。自らが家庭向きの人間ではないことを理解しなから、家族を崩壊させないだけのツボを的確に押さえている事実へ、怒りの叫びを上げない程度には。  目の前の男は、まだ期待の籠もった眼差しを向け続けている。一体何を寄越せば良いと言うのだ。今度こそ苦い笑いを隠しもせず、教授は再びドアノブに手を伸ばした。  着慣れない白衣姿に忍び笑いが漏れるのへ、わざとらしいしかめっ面を作って見せる。 「これから先、私は傍観者だ。今回の実習を主導するのは彼だから」  「皆の良い兄貴分」を気取っている青年が、芝居掛かった仕草のお辞儀をしてみせる。生徒達と同じように拍手を与え、教授は頷いた。 「私はいないものとして考えるように……皆、彼の指示に従うこと」 「指示なんて仰々しい物は特にない、みんな気楽にしてくれ」  他の患者も含め人払いを済ませた廊下へ響かぬよう、普段よりは少し落とした声が、それでも軽やかに耳を打った。 「俺が定める禁止事項は一つだけ――禁止事項だ。これからここで君たちがやった事は、全てが許される。例え法に反することでも」  わざとらしく強い物言いに、顔を見合わせる若者達の姿は、これから飛ぶ練習を始める雛鳥そのものだった。彼らをぐるりと見回す青年の胸は、愉悦でぱんぱんに膨れ上がっているに違いない。大袈裟な身振りで手にしたファイルを振りながら、むずつかせる唇はどうだろう。心地よく浸る鷹揚さが今にも溢れ出し、顔を満面の笑みに変えてしまいそうだった。 「何故ならこれから君達が会う人間は、その法律の上では存在しない人間なんだから……寧ろ俺は、君達に積極的にこのショーへ参加して欲しいと思ってる。それじゃあ、始めようか」  最後にちらりと青年が寄越した眼差しへ、教授はもう一度頷いて見せた。ここまでは及第点。生徒達は不安を抱えつつも、好奇心を隠せないでいる。  ぞろぞろと向かった先、502号室の扉は閉じられ、物音一つしない。ちょうど昼食が終わったばかりだから、看護士から借りた本でも読みながら憩っているのだろう――日報はルーティンと化していたが、それでも教授は欠かさず目を通し続けていた。  生徒達は皆息を詰め、これから始まる出し物を待ちかまえている。青年は最後にもう一度彼らを振り向き、シッ、と人差し指を口元に当てた。ぴいん、と緊張が音を立てそうなほど張り詰められたのは、世事に疎い学生達も気がついたからに違いない。目の前の男の目尻から、普段刻まれている笑い皺がすっかり失せていると。  分厚い引き戸が勢いよく開かれる。自らの姿を、病室の中の人間が2秒以上見つめたと確認してから、青年はあくまで穏やかな、だがよく聞こえる声で問いかけた。 「あんた、ここで何をしているんだ」  何度も尋問を起こった青年と違い、教授がヒカル・K・マツモトを何の遮蔽物もなくこの目で見たのは、今日が初めての事だった。  教授が抱いた印象は、初見時と同じ――よく飼い慣らされた犬だ。はしっこく動いて辺りを確認したかと思えば、射るように獲物を見据える切れ長で黒目がちの瞳。すっと通った細長い鼻筋。桜色の形良い唇はいつでも引き結ばれ、自らが慎重に選んだ言葉のみ、舌先に乗せる機会を待っているかのよう。  見れば見るほど、犬に思えてくる。教授がまだ作戦本部にいた頃、基地の中を警邏していたシェパード。栄養状態が回復したせいか、艶を取り戻した石炭色の髪までそっくりだった。もっともあの軍用犬達はベッドと車椅子を往復していなかったので、髪に寝癖を付けたりなんかしていなかったが。  犬は自らへしっぽを振り、手綱を握っている時にのみ役に立つ。牙を剥いたら射殺せねばならない――どれだけ気に入っていたとしても。教授は心底、その摂理を嘆いた。  自らを散々痛めつけた男の顔を、一瞬にして思い出したのだろう。Mは驚愕に目を見開いたものの、次の瞬間車椅子の中で身構えた。 「おまえは…!」 「何をしているかと聞いているんだ、マツモト。ひなたぼっこか?」  もしもある程度予測できていた事態ならば、この敏腕諜報員のことだ。ベッド脇にあるナイトスタンドから取り上げた花瓶を、敵の頭に叩きつける位の事をしたかもしれない。だが不幸にも、青年の身のこなしは機敏だった。パジャマの襟首を掴みざま、まだ衰弱から完全に抜けきっていない体を床に引き倒す。 「どうやら、少しは健康も回復したようだな」  自らの足元にくずおれる姿を莞爾と見下ろし、青年は手にしていたファイルを広げた。 「脚はどうだ」 「おかげさまで」  ギプスをはめた脚をかばいながら、Mは小さく、はっきりとした声で答えた。 「どうやってここを見つけた」 「見つけたんじゃない。最初から知っていたんだ。ここへお前を入院させたのは俺たちなんだから」  一瞬見開かれた目は、すぐさま平静を取り戻す。膝の上から滑り落ちたガルシア・マルケスの短編集を押し退けるようにして床へ手を滑らせ、首を振る。 「逐一監視していた訳か」 「ああ、その様子だと、この病院そのものが俺たちの手中にあったとは、気付いていなかったらしいな」  背後を振り返り、青年は中を覗き込む生徒達に向かって繰り返した。 「重要な点だ。この囚人は、自分が未だ捕らわれの身だという事を知らなかったそうだ」  清潔な縞模様のパジャマの中で、背中が緩やかな湾曲を描く。顔を持ち上げ、Mは生徒達をまっすぐ見つめた。  またこの目だ。出来る限り人だかりへ紛れながらも、教授はその眼差しから意識を逸らすことだけは出来なかった。有利な手札など何一つ持っていないにも関わらず、決して失われない榛色の光。確かにその瞳は森の奥の泉のように静まり返り、暗い憂いを帯びている。あらかじめ悲しみで心を満たし、もうそれ以上の感情を注げなくしているかのように。  ねめ回している青年も、Mのこの堅固さならよく理解しているだろう――何せ数ヶ月前、その頑強な鎧を叩き壊そうと、手ずから車のバッテリーに繋いだコードを彼の足に接触させていたのだから。  もはや今、鸚鵡のように「口を割れ」と繰り返す段階は過ぎ去っていた。ファイルの中から写真の束を取り出して二、三枚繰り、眉根を寄せる。 「本当はもう少し早く面会するつもりだったんだが、待たせて悪かった。あんたがここに来て、確か3ヶ月だったな。救助は来なかったようだ」 「ここの電話が交換式になってる理由がようやく分かったよ。看護士に渡した手紙も握りつぶされていた訳だな」 「気付いていたのに、何もしなかったのか」 「うちの組織は、簡単にとかげの尻尾を切る」  さも沈痛なそぶりで、Mは目を伏せた。 「大義を為すためなら、末端の諜報員など簡単に見捨てるし、皆それを承知で働いている」  投げ出されていた手が、そろそろと左足のギプスの方へ這っていく。そこへ削って尖らせたスプーンを隠してある事は、監視カメラで確認していた。知っていたからこそ、昨晩のうちに点滴へ鎮静剤を混ぜ、眠っているうちに取り上���てしまう事はたやすかった。  ほつれかけたガーゼに先細りの指先が触れるより早く、青年は動いた。 「確かに、お前の所属する組織は、仲間がどんな目に遭おうと全く気に掛けないらしいな」  手にしていた写真を、傷が目立つビニール張りの床へ、一枚、二枚と散らす。Mが身を凍り付かせたのは、まだ僅かに充血を残したままの目でも、その被写体が誰かすぐ知ることが出来たからだろう。 「例え女であったとしても、我が国の情報局が手加減など一切しないことは熟知しているだろうに」  最初の数枚においては、CもまだMが知る頃の容姿を保っていた。枚数が増えるにつれ、コマの荒いアニメーションの如く、美しい女は徐々に人間の尊厳を奪われていく――撮影日時は、写真の右端に焼き付けられていた。  Mがされていたのと同じくらい容赦なく殴られ、糞尿や血溜まりの中で倒れ伏す姿。覚醒剤で朦朧としながら複数の男達に辱められる。時には薬を打たれることもなく、苦痛と恥辱の叫びを上げている歪んだ顔を大写しにしたものもある。分かるのは、施されるいたぶりに終わりがなく、彼女は時を経るごとにやせ細っていくということだ。 「あんたがここで骨休めをしている間、キャシー・ファイクは毎日尋問に引き出されていた。健気に耐えたよ、全く驚嘆すべき話だ。そういう意味では、君たちの組織は実に優秀だと言わざるを得ない」  次々と舞い落ちてくる写真の一枚を拾い上げ、Mは食い入るように見つめていた。養生生活でただでも青白くなった横顔が、俯いて影になることで死人のような灰色に変わる。 「彼女は最終的に情報を白状したが……恐らく苦痛から解放して欲しかったのだろう。この三ヶ月で随分衰弱してしまったから」  Mは自らの持てる技術の全てを駆使し、動揺を押さえ込もうとしていた。その努力は殆ど成功している。ここだけは仄かな血色を上らせた、薄く柔い唇を震わせる以外は。  その様をつくづくと見下ろしながら、青年はどこまでも静かな口調で言った。 「もう一度聞くが、あんた、ここで何をしていた?」  再び太ももへ伸ばされた左手を、踏みつけにする足の動きは機敏だった。固い靴底で手の甲を踏みにじられ、Mはぐっと奥歯を噛みしめ、相手を睨み上げた。教授が初めて目にする、燃えたぎるような憎悪の色を視線に織り込みながら。その頬は病的なほど紅潮し、まるで年端も行かない子供を思わせる。  そして相手がたかぶるほど、青年は感情を鎮静化させていくのだ。全ての写真を手放した後、彼は左腕の時計を確認し、それから壁に掛かっていた丸い時計にも目を走らせた。 「数日前、Cはこの病院に運び込まれた。お偉方は頑なでね。まだ彼女が情報を隠していると思っているようだ」 「これ以上、彼女に危害を加えるな」  遂にMは口を開き、喉の奥から絞り出すようにして声を放った。 「情報ならば、僕が話す」 「あんたにそんな役割は求めていない」  眉一つ動かすことなく、青年は言葉を遮った。 「あんたは3ヶ月前に、その言葉を口にすべきだった。もう遅い」  唇を噛むMから目を離さないまま、部屋の前の生徒達に手だけの合図が送られる。今やすっかりその場の空気に飲まれ、彼らはおたおたと足を動かすのが精一杯。一番賢い生徒ですら、質問を寄越そうとはしなかった。 「彼女に会わせてやろう。もしも君が自分の足でそこにたどり着けるのならば。俺の上官が出した指示はこうだ。この廊下の突き当たりにある手術室にCを運び込み、麻酔を掛ける。5分毎に、彼女の体の一部は切り取られなければならない。まずは右腕、次に右脚、四肢が終わったら目を抉り、鼻を削いで口を縫い合わせ、喉を潰す。耳を切りとったら次は内臓だ……まあ、この順番は多少前後するかもしれない。医者の気まぐと彼女の体調次第で」  Mはそれ以上、抗弁や懇願を口にしようとはしなかった。ただ歯を食いしばり、黙ってゲームのルールに耳を澄ましている。敵の陣地で戦うしか、今は方法がないのだと、聡い彼は理解しているのだろう。 「もしも君が部屋までたどり着けば、その時点で手術を終了させても良いと許可を貰ってる。彼女の美しい肉体をどれだけ守れるかは、君の努力に掛かっているというわけだ」  足を離して解放しざま、青年はすっと身を傍らに引いた。 「予定じゃ、もうカウントダウンは始まっている。そろそろ医者も、彼女の右腕に局部麻酔を打っているんじゃないか?」  青年が言い終わらないうちに、Mは床に投げ出されていた腕へ力を込めた。  殆ど完治しているはずの脚はしかし、過剰なギプスと長い車椅子生活のせいですっかり萎えていた。壁に手をつき、立ち上がろうとする奮闘が繰り返される。それだけの動作で、全身に脂汗が滲み、細かい震えが走っていた。  壁紙に爪を立てて縋り付き、何とか前かがみの姿勢になれたとき、青年はその肩に手を掛けた。力任せに押され、受け身を取ることも叶わなかったらしい。無様に尻餅をつき、Mは顔を歪めた。 「さあ」  人を突き飛ばした手で部屋の外に並ぶ顔を招き、青年はもぞつくMを顎でしゃくる。 「君達の出番だ」  部屋の中へ足を踏み入れようとするものは、誰もいなかった。  その後3度か4度、起き上がっては突き飛ばされるが繰り返される。結局Mは、それ以上立ち上がろうとする事を諦めた。歯を食いしばって頭を垂れ、四つん這いになる。出来る限り避けようとはしているのだろう。だが一歩手を前へ進めるたび、床へ広がったままの写真が掌にくっついては剥がれるを繰り返す。汗を掻いた手の下で、印画紙は皺を作り、折れ曲がった。 「このままだと、あっさり部屋にたどり着くぞ」  薄いネルの布越しに尻を蹴飛ばされ、何度かその場へ蛙のように潰れながらも、Mは部屋の外に出た。生徒達は彼の行く手を阻まない。かといって、手を貸したり「こんな事はよくない」と口にするものもいなかったが。  細く長い廊下は一直線で、突き当たりにある手術室までの距離は50メートル程。その気になれば10分も掛からない距離だ。  何とも奇妙な光景が繰り広げられた。一人の男が、黙々と床を這い続ける。その後ろを、20人近い若者が一定の距離を開けてぞろぞろと付いていく。誰も質問をするものはいなかった。ノートに記録を取るものもいなかった。 少し距離を開けたところから、教授は様子を眺めていた。次に起こる事を待ちながら――どういう形にせよ、何かが起こる。これまでの経験から、教授は理解していた。 道のりの半分程まで進んだ頃、青年はそれまでMを見張っていた視線を後ろへ振り向けた。肩が上下するほど大きな息を付き、ねだる様な表情で微笑んで見せる。 「セルゲイ、ラマー、手を貸してくれ。奴をスタートまで引き戻すんだ」  学生達の中でも一際体格の良い二人の男子生徒は、お互いの顔を見合わせた。その口元は緊張で引きつり、目ははっきりと怯えの色に染まっている。 「心配しなくてもいい。さっきも話したが、ここでは何もかもが許される……ぐずぐずするな、単位をやらないぞ」  最後の一言が利いたのかは分からないが、二人はのそのそと中から歩み出てきた。他の学生が顔に浮かべるのは非難であり、同情であり、それでも決して手を出すことはおろか、口を開こうとすらしないのだ。  話を聞いていたMは、必死で手足の動きを早めていた。どんどんと開き始める距離に、青年が再び促せば、結局男子生徒は小走りで後を追う。一人が腕を掴んだとき、Mはまるで弾かれたかのように顔を上げた。その表情は、自らを捕まえた男と同じくらい、固く強張っている。 「頼む」  掠れた声に混ざるのは、間違いなく懇願だった。小さな声は、静寂に満ちた廊下をはっきりと貫き通る。 「頼むから」 「ラマー」  それはしかし、力強い指導者の声にあっけなくかき消されるものだった。意を決した顔で、二人はMの腕を掴み直し、背後へと引きずり始めた。  Mの抵抗は激しかった。出来る限り身を捩り、ギプスのはまった脚を蠢かす。たまたま、固められたグラスファイバーが臑に当たったか、爪が腕を引っ掻いたのだろう。かっと眦をつり上げたセルゲイが、平手でMの頭を叩いた。あっ、と後悔の顔が浮かんだのもつかの間、拘束をふりほどいたMは再び手術室を目指そうと膝を突く。追いかけたラマーに、明確な抑止の気持ちがあったのか、それともただ単に魔が差したのかは分からない。だがギプスを蹴り付ける彼の足は、決して生ぬるい力加減のものではなかった。  その場へ横倒しになり、呻きを上げる敵対性人種を、二人の男子生徒はしばらくの間見つめていた。汗みずくで、時折せわしなく目配せを交わしあっている。やがてどちらともなく、再び仕事へ取りかかろうとしたとき、その足取りは最初と比べて随分とスムーズなものになっていた。  病室の入り口まで連れ戻され、身を丸めるMに、青年がしずしずと歩み寄る。腕時計をこれ見よがしに掲げながら放つ言葉は、あくまでも淡々としたものだった。 「今、キャシーは右腕を失った」  Mは全身を硬直させ、そして弛緩させた。何も語らず、目を伏せたまま、また一からやり直そうと努力を続ける。 不屈の精神。だがそれは青年を面白がらせる役にしか立たなかった。  同じような事が何度も繰り返されるうち、ただの背景でしかなかった生徒達に動きが見え始めた。  最初のうちは、一番に手助けを求められた男子生徒達がちょっかいをかける程度だった。足を掴んだり、行く手を塞いだり。ある程度進めばまた病室まで引きずっていく。そのうち連れ戻す役割に、数人が関わるようになった。そうなると、全員が共犯者になるまで時間が掛からない。  やがて、誰かが声を上げた。 「このスパイ」  つられて、一人の女子生徒がMを指さした。 「この男は、私たちの国を滅ぼそうとしているのよ」 「悪魔、けだもの!」  糾弾は、ほとんど悲鳴に近い音程で迸った。 「私の叔母は、戦争中こいつの国の人間に犯されて殺された! まだたった12歳だったのに!」  生徒達の目の焦点が絞られる。  病室へ駆け込んだ一人が戻ってきたとき手にしていたのは、ピンク色のコスモスを差した重たげな花瓶だった。花を引き抜くと、その白く分厚い瀬戸物を、Mの頭上で逆さまにする。見る見るうちに汚れた冷水が髪を濡らし、パジャマをぐっしょり背中へと張り付かせる様へ、さすがに一同が息を飲む。  さて、どうなることやら。教授は一歩離れた場所から、その光景を見守っていた。  幸い、杞憂は杞憂のままで終わる。すぐさま、どっと歓声が弾けたからだ。笑いは伝染する。誰か一人が声を発すれば、皆が真似をする。免罪符を手に入れたと思い込む。  そうなれば、後は野蛮で未熟な度胸試しの世界になった。 殴る、蹴るは当たり前に行われた。直接手を出さない者も、もう目を逸らしたり、及び腰になる必要はない。鋏がパジャマを切り裂き、無造作に掴まれた髪を黒い束へと変えていく様子を、炯々と目を光らせて眺めていられるのだ。 「まあ、素敵な格好ですこと」  また嘲笑がさざ波のように広がる。その発作が収まる隙を縫って、時折腕時計を見つめたままの青年が冷静に告げる。「今、左脚が失われた」  Mは殆ど抵抗しなかった。噛みしめ過ぎて破れた唇から血を流し、目尻に玉の涙を浮かべながら。彼は利口だから、既に気付いていたのだろう。まさぐったギプスに頼みの暗器がない事にも、Cの命が彼らの機嫌一つで簡単に失われるという事も――その経験と知識と理性により、がんじがらめにされた思考が辿り着く結論は、一つしかない――手術室を目指せ。  まだ、この男は意志を折ってはいない。作戦本部へ忍び込もうとして捕らえられた時と、何一つ変わっていない。教授は顎を撫で、青年を見遣った。彼はこのまま、稚拙な狂乱に全てを任せるつもりなのだろうか。  罵りはやし立てる声はますます激しくなった。上擦った声の多重奏は狭い廊下を跳ね回っては、甲高く不気味な音程へと姿を変え戻ってくる。 短くなった髪を手綱のように掴まれ、顎を逸らされるうち、呼吸が続かなくなったのだろう。強い拒絶の仕草で、Mの首が振られる。彼の背中へ馬乗りになり、尻を叩いていた女子学生達が、体勢を崩して小さく悲鳴を上げた。 「このクズに思い知らせてやれ」  仕置きとばかりに脇腹へ爪先を蹴込んだ男子生徒が、罵声をとどろかせた。 「自分の身分を思い知らせろ、大声を上げて泣かせてやれ」  津波のような足音が、身を硬直させる囚人に殺到する。その体躯を高々と掲げ上げた一人が、青年に向かって声を張り上げた。 「便所はどこですか」  指で示しながら、青年は口を開いた。 「今、鼻が削ぎ落とされた」  天井すれすれの位置まで持ち上げられた瞬間、全身に張り巡らされた筋肉の緊張と抵抗が、ふっと抜ける。力を無くした四肢は生徒達の興奮の波に合わせてぶらぶらと揺れるが、その事実に気付いたのは教授と、恐らく青年しかいないようだった。  びしょ濡れで、破れた服を痣だらけで、見るも惨めな存在。仰向けのまま、蛍光灯の白々とした光に全身を晒し、その輪郭は柔らかくぼやけて見えた。逸らされた喉元が震え、虚ろな目はもう、ここではないどこかをさまよってる――ある���は閉じこもったのだろうか?  一つの固い意志で身を満たす人間は、荘厳で、純化される。まるで死のように――教授が想像したのは、『ハムレット』の終幕で、栄光を授けられ、兵達に運び出されるデンマーク王子の亡骸だった。  実際のところ、彼は気高い王子ではなく、物語がここで終わる訳でもないのだが。  男子トイレから上がるはしゃいだ声が熱を帯び始めた頃、スラックスのポケットでスマートフォンが振動する。発信者を確認した教授は、一度深呼吸をし、それから妻の名前を呼んだ。 「どうしたんだい、お義父さんの容態が変わった?」 「それは大丈夫」  妻の声は相変わらず、よく着こなされた毛糸のセーターのように柔らかで、温かかった。特に差し向かいで話をしていない時、その傾向は顕著になる。 「あのね、自転車の事なんだけれど、いつぐらいに着くのかしら」  スピーカーを手で押さえながら、教授は壁に寄りかかってスマートフォンを弄っていた青年に向かって叫んだ。 「君の友達は、マウンテンバイクの到着日時を指定したって言っていたか」 「いえ」 「もしもし、多分来週の頭くらいには配送されると思うよ」 「困ったわ、来週は婦人会とか読書会とか、家を空けるのよ」 「私がいるから受け取っておく、心配しないでいい。何なら再配達して貰えば良いし」 「そうね、サプライズがばれなければ」 「子供達は元気にしてるかい」 「変わらずよ。来週の休暇で、貴方とサッカーの試合を観に行くのを楽しみにしてる」 「そうだった。君はゆっくり骨休めをするといいよ……そういえば、さっきの包装の事だけれど、わざわざ紙で包まなくても、ハンドルにリボンでも付けておけばいいんじゃないかな」 「でも、もうさっき玩具屋で包装紙を買っちゃったのよ!」 「なら、それで箱を包んで……誕生日まで隠しておけるところは? クローゼットには入らないか」 「今物置を片づけてるんだけど、貴方の荷物には手を付けられないから、帰ったら見てくれる?」 「分かった」 「そっちで無理をしないでね……ねえ、今どこにいるの? 人の悲鳴が聞こえたわ」 「生徒達が騒いでるんだよ。皆研修旅行ではしゃいでるから……明日は一日、勉強を休んで遊園地だし」 「貴方も一緒になって羽目を外さないで、彼がお目付け役で付いていってくれて一安心だわ……」 「みんないい子にしてるさ。もう行かないと。愛してるよ、土産を買って帰るからね」 「私も愛してるわ、貴方」  通話を終えたとき、また廊下の向こうで青年がニヤニヤ笑いを浮かべているものかと思っていたが――既に彼は、職務に戻っていた。  頭から便器へ突っ込まれたか、小便でも掛けられたか、連れ戻されたMは床へぐったり横たわり、激しく噎せ続けていた。昼に食べた病院食は既に吐き出したのか、今彼が口から絶え間なく溢れさせているのは黄色っぽい胃液だけだった。床の上をじわじわと広がるすえた臭いの液体に、横顔や髪がべったりと汚される。 「うわ、汚い」 「こいつ、下からも漏らしてるぞ」  自らがしでかした行為の結果であるにも関わらず、心底嫌悪に満ちた声がそこかしこから上がる。 「早く動けよ」  どれだけ蔑みの言葉を投げつけられ、汚れた靴で蹴られようとも、もうMはその場に横たわったきり決して動こうとしなかった。頑なに閉じる事で薄い瞼と長い睫を震わせ、力の抜けきった肉体を冷たい床へと投げ出している。  糸の切れた操り人形のようなMの元へ、青年が近付いたのはそのときのことだった。枕元にしゃがみ込み、指先でこつこつと腕時計の文字盤を叩いてみせる。 「あんたはもう、神に身を委ねるつもりなんだな」  噤まれた口などお構いなしに、話は続けられる。まるで眠りに落ちようとしている息子へ、優しく語り掛ける母のように。 「彼女はもう、手足もなく、目も見えず耳も聞こえない、今頃舌も切り取られただろう……生きる屍だ。これ以上、彼女を生かすのはあまりにも残酷過ぎる……だからこのまま、手術が進み、彼女の肉体が耐えられなくなり、天に召されるのを待とうとしているんだな」  Mは是とも否とも答えなかい。ただ微かに顔を背け、眉間にきつく皺を寄せたのが肯定の証だった。 「俺は手術室に連絡を入れた。手術を中断するようにと。これでもう、終わりだ。彼女は念入りに手当されて、生かされるだろう。彼女は強い。生き続ければ、いつかはあんたに会えると、自分の存在があんたを生かし続けると信じているからだ。例え病もうとも、健やかであろうとも……彼女はあんたを待っていると、俺は思う」  Mの唇がゆっくりと開き、それから固まる。何かを、言おうと思ったのだろう。まるで痙攣を起こしたように顎ががくがくと震え、小粒なエナメル質がカチカチと音を立てる。今にも舌を噛みそうだった。青年は顔を近付け、吐息に混じる潰れた声へ耳を傾けた。 「彼女を……彼女を、助けてやってくれ。早く殺してやってくれ」 「だめだ。それは俺の仕事じゃない」  ぴしゃりと哀願をはねのけると、青年は腰を上げた。 「それはあんたの仕事だ。手術室にはメスも、薬もある。あんたがそうしたいのなら、彼女を楽にしてやれ。俺は止めはしない」  Mはそれ以上の話を聞こうとしなかった。失われていた力が漲る。傷ついた体は再び床を這い始めた。  それまで黙って様子を見守っていた生徒達が、顎をしゃくって見せた青年の合図に再び殺到する。無力な腕に、脚に、襟首に、胴に、絡み付くかのごとく手が伸ばされる。  今度こそMは、全身の力を使って体を突っ張らせ、もがき、声を限りに叫んだ。生徒達が望んでいたように。獣のような咆哮が、耳を聾する。 「やめてくれ……行かせてくれ!! 頼む、お願いだ、お願いだから!!」 「俺達の国の人間は、もっと酷い目に遭ったぞ」  それはだが、やがて生徒達の狂躁的な笑い声に飲み込まれる。引きずられる体は、病室を通り過ぎ、廊下を曲がり、そして、とうとう見えなくなった。Mの血を吐くような叫びだけが、いつまでも、いつまでも聞こえ続けていた。  再びMの姿が教授の前へと現れるまで、30分程掛かっただろうか。もう彼を邪魔するものは居なかった。時々小馬鹿にしたような罵声が投げかけられるだけで。  力の入らない手足を叱咤し、がくがくと震わせながら、それでもMは這い続けた。彼はもう、前を見ようとしなかった。ただ自分の手元を凝視し、一歩一歩、渾身の力を振り絞って歩みを進めていく。割れた花瓶の破片が掌に刺さっても、顔をしかめる事すらしない。全ての表情はすっぽりと抜け落ち、顔は仮面のように、限りなく端正な無表情を保っていた。まるで精巧なからくり人形の、動作訓練を行っているかのようだった。彼が人間であることを示す、手から溢れた薄い血の痕が、ビニールの床へ長い線を描いている。  その後ろを、生徒達は呆けたような顔でのろのろと追った。髪がめちゃくちゃに逆立っているものもいれば、ネクタイを失ったものもいる。一様に疲れ果て、後はただ緩慢に、事の成り行きを見守っていた。  やがて、汚れ果てた身体は、手術室にたどり着いた。  伸ばされた手が、白い扉とドアノブに赤黒い模様を刻む。全身でぶつかるようにしてドアを押し開け、そのままその場へ倒れ込んだ。  身を起こした時、彼はすぐに気が付いたはずだ。  その部屋が無人だと。  手術など、最初から行われていなかったと。  自らが犯した、取り返しの付かない過ちと、どれだけ足掻いても決して変えることの出来なかった運命を。 「彼女は手術を施された」  入り口に寄りかかり、口を開いた青年の声が、空っぽの室内に涼々と広がる。 「彼女はあんたに会いたがっていた。あんたを待っていた。それは過去の話だ」  血と汗と唾液と、数え切れない程の汚物にまみれた頭を掴んでぐっと持ち上げ、叱責は畳みかけられる。 「彼女は最後まで、あんたを助けてくれと懇願し続けた。半年前、この病院へ放り込まれても、あんたに会おうと這いずり回って何度も逃げ出そうとした。もちろん、ここがどんな場所かすぐに気付いたよ。だがどれだけ宥めても、あんたと同じところに返してくれの一点張りだ。愛情深く、誇り高い、立派な女性だな。涙なしには見られなかった」  丸く開かれたMの口から、ぜいぜいと息とも声とも付かない音が漏れるのは、固まって鼻孔を塞ぐ血のせいだけではないのだろう。それでも青年は、髪を握る手を離さなかった。 「だから俺達は、彼女の望みを叶えてやった。あんたと共にありたいという望みをな……ステーキは美味かったか? スープは最後の一匙まで飲み干したか? 彼女は今頃、どこかの病院のベッドの上で喜んでいるはずだ。あんたと二度と離れなくなっただけじゃない。自分の肉体が、これだけの責め苦に耐えられる程の健康さをあんたに取り戻させたんだからな」  全身を震わせ、Mは嘔吐した。もう胃の中には何も残っていないにも関わらず。髪がぶちぶちと引きちぎられることなどお構いなしで俯き、背中を丸めながら。 「吐くんじゃない。彼女を拒絶するつもりか」  最後に一際大きく喉が震えたのを確認してから、ぱっと手が離される。 「どれだけ彼女を悲しませたら、気が済むんだ」  Mがもう、それ以上の責め苦を与えられる事はなかった。白目を剥いた顔は吐瀉物――に埋まり、ぴくりとも動かない。もうしばらく、彼が意識を取り戻すことはないだろう――なんなら、永遠に取り戻したくはないと思っているかもしれない。 「彼はこの後すぐ麻酔を打たれ、死体袋に詰め込まれて移送される……所属する組織の故国へか、彼の父の生まれ故郷か、どこ行きの飛行機が手頃かによるが……またどこかの街角へ置き去りにされるだろう」  ドアに鍵を掛け、青年は立ち尽くす生徒達に語り掛けた。 「君達は、俺が随分ひどい仕打ちをしでかしたと思っているだろう。だが、あの男はスパイだ。彼が基地への潜入の際撃ち殺した守衛には、二人の幼い子供達と、身重の妻がいる……これは君達への気休めに言ってるんじゃない。彼を生かし続け、このまま他の諜報員達に甘い顔をさせていたら、それだけ未亡人と父無し子が増え続けるってことだ」  今になって泣いている女子生徒も、壁に肩を押しつけることで辛うじてその場へ立っている男子生徒も、同じ静謐な目が捉え、慰撫していく。 「君達は、12歳の少女が犯されて殺される可能性を根絶するため、ありとあらゆる手段を用いることが許される。それだけ頭に入れておけばいい」  生徒達はぼんやりと、青年の顔を見つめていた。何の感情も表さず、ただ見つめ続けていた。  この辺りが潮時だ。ぽんぽんと手を叩き、教授は沈黙に割って入った。 「さあ、今日はここまでにしよう。バスに戻って。レポートの提出日は休み明け最初の講義だ」  普段と代わり映えのしない教授の声は、生徒達を一気に現実へ引き戻した。目をぱちぱちとさせたり、ぐったりと頭を振ったり。まだ片足は興奮の坩堝へ突っ込んでいると言え、彼らはとろとろとした歩みで動き出した。 「明日に備えてよく食べ、よく眠りなさい。遊園地で居眠りするのはもったいないぞ」  従順な家畜のように去っていく中から、まだひそひそ話をする余力を残していた一人が呟く。 「すごかったな」   白衣を受付に返し、馴染みの医師と立ち話をしている間も、青年は辛抱強く教授の後ろで控えていた。その視線が余りにも雄弁なので、あまりじらすのも忍びなくなってくる――結局のところ、彼は自らの手中にある人間へ大いに甘いのだ。 「若干芝居掛かっていたとは言え、大したものだ」  まだ敵と対決する時に浮かべるのと同じ、緊張の片鱗を残していた頬が、その一言で緩む。 「ありがとうございます」 「立案から実行までも迅速でスムーズに進めたし、囚人の扱いも文句のつけようがない。そして、学生達への接し方と御し方は実に見事なものだ。普段からこまめに交流を深めていた賜だな」 「そう言って頂けたら、報われました」  事実、彼の努力は報われるだろう。教授の書く作戦本部への推薦状という形で。  青年は教授の隣に並んで歩き出した。期待で星のように目を輝かせ、胸を張りながら。意欲も、才能も、未来もある若者。自らが手塩にかけて全てを教え込み、誇りを持って送り出す事の出来る弟子。  彼が近いうちに自らの元を去るのだと、今になってまざまざ実感する。 「Mはどこに棄てられるんでしょうね。きっとここからずっと離れた、遙か遠い場所へ……」  今ほど愛する者の元へ帰りたいと思ったことは、これまで一度もなかった。  終
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mashiroyami · 4 years
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Page 114 : 月影を追いかけて
 静かな空間では、時に、些細な音も雷鳴のごとく響く。ポケギアが鳴り、アランの表情は瞬時に緊迫した。  たった一人登録された、限られた人物からだと画面で確かめ、すぐに回線を繋ぐ。 「もしもし」 『手がかりがありました』  前置きも無く、開口一番端的に告げられたため、アランは一瞬耳を疑ったが、聞き違いではない。息を詰め、耳を傾ける。  次のように続く。  クヴルールの伝を使い町のいたる地点に設置された防犯カメラを確認したところ、キリの中心市街地にて何度か光の輪の残像が発見された。夜間照明に照らされた黒い肢体はまさにブラッキーのものであったという。とはいえ、町をあげた祭ともあり前日から外部から多数の観光客が足を運んでいるため、かのブラッキーであるという確証は無い。しかしそもそも希少価値の高い種族であり、誰も彼もトレーナーの傍を離れて夜の町を疾走しているとは考えづらい。野生である可能性も低い。となれば、あのブラッキーである可能性は自然と高くなる。  問題は現在地である。 『現在作動しているカメラにはどこにも姿が見えません。記録を元に足取りを追うと可能性が高いのは中心街付近となりますが』 「昨日もその辺りは行ったんですが」 『歓楽街の方面は?』  アランは口を噤んだ。  日が沈んで代わりに起き上がる場所、夜の店で煌めき、ネオン色が明滅し、色香が漂い酔い狂う歓楽街はキリにも存在する。特に昨夜は祭の前日ともありとりわけ人通りが多かった。エーフィを従えていたとはいえど、土地勘が無く気圧されたアランは踏み込めなかった。鮮やかな嬌声の纏わり付く賑やかな場所にブラッキーが潜り込むとも考えづらかったということもあっただろう。回り込んで他の場所をあたっていた。  しかし、夜の街は朝に眠る。夜が明けた今ならば、人通りはあっても夜間に比べれば安全だろう。エクトルが傍らに居れば尚更である。 『その付近に居た形跡も残っています。とはいえ、遠く移動している可能性も否定できません』 「勝手な予想ですけど、そう遠くまでは行っていない……行けないと思います」 『何故?』 「むしろ、動き回る姿の方が想像できません、最近の元気の無さを思い返すと。今は例外なんですけど」  エクトルは沈黙した。 「考えが甘いですかね」 『いえ。……いや、甘いといえばそうかもしれませんが、ブラッキーを一番理解しているのは、貴方でしょう』 「そんなことは、ないです」  一つ一つの音に力を込めて弾き出すように、語気を強くした。 『……とにかく、行ってみる価値はあるかと。ネイティオには引き続き未来予知で探らせます』 「分かりました」  まだ部屋にいることを伝え回線を切断すると、アランは身支度をする。身支度といっても、改まってするといえば、うなじを完全に覆うように伸びた髪を小さな尻尾のように括るだけだ。  エーフィと共に部屋を出る。急ぎ足で外へ向かうと、部屋に居ては気付けなかった町の賑わいに足を止めた。  雲一つ無い爽快な空から降り注ぐ白い朝日が町を照らし、白壁は眩しく反射する。大通りの方面から薄らと明るい笑声や音楽が流れてきて、陽光と混じって白壁を反射し町へ浸透している。早朝は誰一人見かけなかったホテル前も、ずらずらと人波が出来ていた。道行く人々は揃って湖へと向かっている。それぞれの傍で種類豊富な羽ばたきが行き交った。もうじき祭の目玉の一つであるポッポレースが開催される。  エーフィに気が付いた人はさり気なく若紫の柔らかな肢体に目配せする。注目自体は既に幾度も経験している。首都の人口密度に比べてしまえば空いているものの、好奇を寄せられる数が、明らかに多い。アランは小さな両の拳を固く握った。 「ブラッキーを、早く見つけなきゃ」  焦燥は滲んでいない。締まった顔つきで呟くと、エーフィも肯いた。  栗色の視線が上がる。エクトルは道路を挟んで向こう側、建物の屋根の下にいた。 「エクトルさん」  器用に立ったままノートパソコンを操作しているエクトルに声をかけると、彼は画面から目を離した。 「ああ。少しは休まれましたか」 「はい、ちょっとだけ」  病的なまでに青白かった頬は僅かに血色を取り戻し、声にも張りがある。頷いたエクトルは、パソコンをひっくり返し、アランに画面を見せる。  画質は悪いが防犯カメラの映像が敷き詰められており、それぞれ蠢く人影がリアルタイムで映し出されていた。アランは目を丸くする。 「こんなの、ここで見ていいんですか」 「さて」  濁した横で絶句するアランをよそに、欠片も悪気を感じていないようにエクトルは淡々と操作し、無数にあるうちの一つの映像を拡大する。 「この時間帯に」  昨晩、二十時十一分。  電灯に設置されているものか、僅かに上空から映した道路を一瞬、黒と黄色の残像が横切って、すぐに停止する。時間を調節して、まさに横切ろうとした瞬間で止めると、その姿形は街灯の下に明らかとなる。  探し求めている姿を画面越しに発見し、アランは息を止めた。 「……良かった」  ぽつんと零して、エクトルは彼女を見た。  顔が綻ぶと思いきや、安堵を示す言葉とは裏腹に緊張は保たれている。 「少しは、安心されましたか」 「はい」アランは言う。「どこかで動けなくなってるんじゃないかとか、誰かに捕まっていないかとか、そういうことにはなっていなさそうで、良かったです」  エクトルは小さく頷く。  確かに、ブラッキーは稀少なポケモンであるが故、野生と勘違いされれば、血気盛んなポケモントレーナーの前に現れれば捕獲に傾くのも可能性としてはある。小規模とはいえ、ポケモンバトルの大会もイベントとして行われるのだから、腕自慢のトレーナーがいてもおかしくはない。だが、捕獲用のボールに入れられ「おや」が認証されているポケモンは、基本的には捕獲できない。ポケモンについて少しでも知識を囓っていれば誰もが知る常識事項である。  一方、例外もある。  トレーナーのいるポケモンが犯罪行為に及んでいる際、現場を抑え込むために特殊なボールを使って強制的に「おや」を上書きし捕獲に踏み込む場合がある。倫理規定の側面からすれば黒寄りのグレーゾーンだが、小さくはない抑止力を持つ。一歩間違えれば犯罪に使われかねないため、普段は首都アレイシアリス・ヴェリントン中央区にある警察庁にて厳重に管理されているとエクトルは噂に聞いている。必要時にはテレポートで各地に飛んでいけるだろうが、今回のような片田舎のたった一匹の脱走劇に使用されるとは考えにくい。  制止し難い行為、たとえば、無差別な殺戮さえしなければ。最も、そのような事態に至れば捕獲というレベルに収まらない場合もある。  幸い、ブラッキーが攻撃行為に及んでいる話は流れてきていない。恐らくは、彼はただ逃げて、どこかに身を隠している。既に理性を取り戻していれば、ひとまずは穏便にアランの元へ帰ってこられるだろう。だが、ブラッキーに会わなければ話は進まない。 「比較的人通りの少ない細い道を選んでいるように見えますね。稀少なポケモンですから、近辺に聞き込みをすれば、目撃情報も得られるかもしれません」  エクトルはパソコンを操作し、今度は画面に地図を広げる。色素の薄い画像はキリの中心街を示しており、目を引きつける赤のマーキングが点々とつけられている。ブラッキーの姿を確認した地点である。彼の辿った道筋が浮き上がってくる。  まっすぐ道を疾走しているのではなく、迷うように右往左往としていた。同じ場所を数回通過している様子が窺えるが、二十二時頃を境に足取りが忽然と消えている。既に半日近く経過している。遠方に逃げ去っている可能性も捨てきれないが、中心街を彷徨っている様を汲み取れば、まだ希望は捨てきれない。 「隠れているんでしょうか」 「その可能性もあります」 「行きましょう」  アランが即座に言う。エクトルは頷いた。  場所としては遠くない。徒歩で中心街の方面へ向かう。  大通りに出て彼女達の視界を埋め尽くすのは、朝から活力を漲らせている祭の光景であった。  各地から町を繋ぐ駅を要し活発に人が行き交うそこは、湖畔とは別に、花々の飾り付けは勿論のこと、食事や雑貨の並ぶ出店が立ち並び、香ばしい匂いが漂う。大道芸人が道端でパフォーマンスを披露して歓声が飛び、青空に相応しい金管楽器の華やかな音声が突き抜ける。クラシックギターを使った弾き語りに観衆が聴き入っている横で、人慣れしているのであろうピジョットのような大きな体格の鳥ポケモンが注目を浴びていた。上空の旗には小型の鳥ポケモンが並んで毛繕いに勤しんでいる。駅前から湖畔へ伸びる大通りは朝から歩行者天国となっており、浮かれた子供達が走り回る声に、忙しなく湖畔へ足を向ける町民や観光客の期待を込めた声に、彩色豊かにごった返していた。  仮にあのフカマルがいれば、喧噪に煽られ盛り上がる姿が見られたことだろう。もしかしたらザナトアと共に今頃湖畔で楽しんでいるかもしれない。  晴天の吉日、白い輝きに満ちた町は、アラン達との温度差を明確にする。  活気を膨らませた空気に馴染むことなくアランは周囲を見渡す。首都に負けるとも劣らない熱気ある人混みの中では、ブラッキーの姿は当然のように無い。エーフィに目を配るが、彼女も首を横に振った。  途中、以前エクトルと共に訪れた、アシザワの経営する喫茶店の前を通った。扉には閉店を示す看板がかけられている。赤いレインコートで雨中を踊っていた少年と赤毛の上品な女性を引き連れて、どこかに出かけているのだろうか。  場所を変える。  エクトルに連れられ、アラン達は出店の並ぶ大通りを外れて歓楽街の方面へ足を向ける。人の少ない路地を進み、奥まった建物の入り口や看板の足下、屋根の方までそれぞれ目配せする。壁の隅で蹲り顔を伏せている男の前を通り抜ける。表だった華やかな空気は少しずつ変容する。  夜こそスポットライトが盛大に当てられ多くの人間で賑わう歓楽街は、朝を迎えてしまうと夢であったように静かになる。闇夜に輝くライトは全て消灯し、競うようにひしめきあっている看板はいずれも沈黙している。昨夜は大いに盛り上がったのか、空いた酒の瓶や踏みつぶされた花飾りが道路の端に転がり、ところ構わずといったような吐瀉物を見つけて思わずアランは眉を顰めた。  閉めた店ばかりだが、独特の残滓が漂っている。それは、薄らぎながらも、濃厚な空気感だった。人通りが全く無いわけではないが、通り道に使うのみだったり、帰り際であったり、気怠げに壁に寄りかかって煙草の煙を燻らせている男女がいたり、まばらに気配は佇んでいる。頭上を飛ぶポッポは、巷の賑わいに一役買っていた姿とは裏腹に、閑古鳥の役割を担っていた。  途中、シャッターを閉めかけた夜の店の前、道を陣取るように止まっているトラックの横で二人の男性が話し込んでいる。扉が開けられた荷台には段ボールや瓶のような物体が窺える。店で使う酒を仕入れている最中のようだった。 「失礼」  目を付けたエクトルが、二人の間に割って入る。不審な視線が彼にぶつかったところで、胸ポケットからカードを取り出した。 「クヴルールの者ですが、お聞きしたいことがあります。お時間いただいても構いませんか」  差し出された身分証に目を通して、少ししてから、店員とおぼしき男性の方が顔色を変えたのを、アランの目も捉えた。 「この辺でなんかあったんすか」 「いえ。ただ、何か変わったことが無かったか確認している所です。本日は秋季祭ですので」  はあ、と怪訝に返しながら、男性は出しかけていた煙草をしまう。エクトルも身分証を戻した。 「昨晩、この周辺で不審なポケモンを見かけませんでしたか」 「不審なポケモン?」 「コラッタならいくらでも居ますよ。店の裏でゴミ食って、邪魔なんすよね。なんとかなりませんか、ああいうの」  店の責任でやってくれ、と返したくなるところを抑え、無視する。 「コラッタ以外では?」 「あとはヤミカラスも困ったもんすけど。他は、でも鳥ポケモンは夜は大体いませんし」視線を横に移す。「そんな変わったことあったか」 「知らんよ」  店員に話を振られた傍らの男性はむすっと首を振る。無理も無いが、警戒心を顕わにして隠そうとしていない。 「ま、夕べは祭の前日ですし、見慣れないお客さんも他から来るから、外部のトレーナーが自慢げにポケモン見せるってことはありますよ」 「たとえば、ブラッキーは?」  背後にいるアランがさり気なく視線をエクトルの背に向ける。 「ブラッキー?」  男は眉を潜める。  見覚えが無いというよりも、種族名自体を知らないのだろう。ぴんとも引っかからない表情を浮かべ、隣を見やるが、視線を受けた方も微妙な顔つきをしていた。 「イーブイの進化形ですが」 「イーブイなら解るけどなあ」  稀少ではあるが、愛くるしい外見から愛玩用としてたびたびメディアでも取り上げられる。その進化形も他のポケモンと比較すれば知名度の高い部類に入るが、彼等は興味を持っていないのか、曖昧な返答である。  エクトルは溜息を呑み込み、手に提げていた黒革の鞄から一枚の写真を取り出す。アランのブラッキーかどうかは定かではないが、くっきりと全身が写された画像が印刷されている。  差し出されたものを確認して、二人して声をあげた。 「見覚えがありますか?」 「あ、いや」慌てて店員は首を振る。「こいつがブラッキーかって思っただけで。これならテレビで見た覚えがある」 「俺も。……こんな場所で見るか? 結構珍しいんでしょ」  記憶には引っかからないようだ。エクトルは早々に諦め、二人に礼を告げて別れた。下手に詮索して勘付かれては困る。 「……なんか、おっかなかったな」  遠のいていく背中が、声の届かない範囲まで歩いて行った頃を見計らい、運転手は肩の力を抜いてぽつりと呟いた。 「クヴルールサマってやつだよ。余計なことを言ったら締められる」 「なんだそれ」  真面目な顔で言う店の男をせせら笑ったが、冗談ではないようで、笑うに笑えないような居心地の悪い空気が漂った。 「あの大男もそうだけど、俺はあの後ろの子供もなんか変な感じがして、厭だったな」 「ああ」  図体が大きく、佇まいのみで威圧するエクトルの背後。  大人同士のやりとりを、一歩下がってアランは静かに睨むように見つめていた。殆ど瞬きもせずに、顔の皺の動き一つすら逃さずに記憶に留めておこうとするような小さな迫力があった。ただの子供だというのに、見張られている感覚には、大の男であっても脅迫的なイメージすら持たせた。 「というか、何、知らないのか」 「何が」 「何がって。あのカード見てなんも思わなかったわけ」 「そんな大層な輩だったのか?」 「大層というか」  面倒臭げに頭を掻いてから、店の男は苦い顔で呟いた。 「自警団ってやつ? クヴルール家に害ありと判断したら、誰であろうと容赦無くこう、らしい」  と言って、片手で首を横に切る仕草をしてみせた。
 エクトル自身ははなから大した期待はしていなかったが、初発は空振りに終わった。その後も注意深く周囲を確認しながら、ブラッキーが映っていた防犯カメラの付近に向かう。どれほど理性的に行動しているか不明な相手に対して、地道に足取りを辿る行為に意味があるかは解らないが、現場の確認はしておくに越したことはない。 「ここですね」  エクトルはそう言って、立ち止まる。三叉路にあたり、左右に分岐する地点に向けて防犯カメラが電柱に設置されている。アランは現場に立ち、ブラッキーが一瞬映った場所に立つ。彼は突き当たりとなっている部分を左側へと走って、画面外へ消えた。  雪道でも泥道でもないのだから、足跡は残っていない。僅かな痕跡を探るように、エーフィは周囲を嗅ぎ回る。  左へ曲がって道を辿ると、両脇を雑居ビルが立ち並び、細い隙間のような路地が通っている。朝の日差しを浴びながらも、昨日の水溜まりが乾ききらない、閉塞感を抱かせる湿り気がある。 「ああいう外付けの階段とか、簡単に昇れそうですよね」  アランはビルの壁に沿うように設置された階段を見ながら呟く。 「屋上の可能性ですか」  エクトルが上空を仰ぐと、アランは肯く。 「上の方も探していないので。ブラッキーの身軽さだったら、屋上を跳んで渡るのもできそうな気がします」 「このくらいの距離なら、可能でしょうね」  隣接したビルならば遠くてもせいぜい二、三メートルの距離だ。建物の間を繋いでいるケーブルや、旗の紐を足場にすればより容易なように見える。 「ただ、ビルの高低差がありますから。ブラッキーの体調が万全でないのならそう簡単なことでもないかもしれません」  と、彼方から小さな花火の音が聞こえてきた。  ぽん、ぽん、と、軽快な響きに、アランは自然と音のした方に顔を向けた。 「ポッポレースが始まりますね」  腕時計を確認しながら、エクトルは呟く。 「ポッポレース……」 「出場する予定でしたか?」  すぐにアランは首を振る。ザナトアが出場することは噤んだ。 「エクトルさんは、大丈夫でしたか」 「何が、でしょうか」  彼にとっては何気ない一言だったが、些細な言動にどこか棘のあるような色が含まれる。尋ね返されて、アランは一度閉口した。 「その、お祭りに、行かなくて」  エクトルは僅かに目を丸くした。苦笑いを浮かべる気にもなれず、静かに首を振る。 「祭に浮かれるような人間ではありません」 「お祭りの仕事もありませんか」 「今は休んでると言ったでしょう。やることも無いんです。お気になさらず」  人の様子を必死に嗅ぎ取ろうとしている、とエクトルは思う。ただ顔色を覗うだけではなく、その奥にある真意も探ろうとしているような目つき。  アランが探りを入れても、エクトルにとって祭に対する思い入れは薄い。  祭もポッポレースも、エクトルに参加した記憶があるのはかすかな少年期のみだった。クラリスに仕えるようになってからは、祭日は屋敷から出ずに、クラリスと共に、窓から遠景に見える鳥ポケモン達の羽ばたきや、花火を眺めるぐらいのものだった。普段は立ち入ることのできないクヴルール家の屋敷の面した湖畔だが、祭日は例外で、かなり接近することができる。それは外敵の侵入を比較的容易にする時間帯でもある。クヴルールはキリで随一の権力を持つが敵も多い。のんびりと目を輝かせているクラリスの傍で、彼女とは異なる意味で目を光らせていた。癖は簡単に抜けるものでも無く、エクトルには秋季祭も気を張り詰める日である認識が強い。その役割が終わってもなお、結局祭の賑わいからは縁遠い立ち位置にいるとは、笑い話にもならない。 「ブラッキーに集中しましょう」  逸れた気を戻すようエクトルが促す。自らに言い聞かせる言葉でもあった。  暫く道なりに進めば、やがてブラッキーが最後に防犯カメラに映った地点に近付いていく。歩いてみれば、先ほどの地点からそう遠くはない。迷うように道を行き来していたのか、休息をとりながら移動していたように予想される。  その途中、ふとアランは足を止めて、左手の方へ視線を向けた。  薄汚れた白壁が立ち並んでいた中、石造の、他より幾分古びた建物が現れる。町の中に追い込まれたようだが、しかし屋根の高い建造物。天に向けて高く伸びていた。緑青色の屋根は長く酸化し続けて変容させてきたような、独特の色合いをしている。 「教会ですね」  見とれていたアランの隣で、エクトルが言う。 「水神様の、ですか」 「はい」  祭日を祝ってであろうか、町に並んでいるような花を模したカンテラが巨大な扉を挟むようにこじんまりと飾られ、硝子に囲まれた炎がちらちらと揺らいでいる。その下には吊り下げられるように青い花が飾られていた。  祭日とはいえ、人は湖畔や大通り沿いの方面に偏っているためだろう、人気は無かった。 「……中に入ってみてもいいですか?」  アランが尋ねると、エクトルは目を瞬かせた。 「ブラッキーが中にいるかもしれない、と?」 「はい……居なくても、何か手がかりがあるかもしれません」  エクトルは小さな教会を改めて見やる。少なくとも、昨夜、この周辺にいたのは間違いない。深夜帯以外は自由に出入りが出来るようになっているが、逆に夜間に隠れるには絶好の場所になる。目の付け所としては悪くないか。水神を信仰する教会は基本的にクヴルールの管轄であり、エクトルの顔も効きやすい。彼は頷いた。  開かれた小さな門を潜り、入り口を隠すような形になっている壁の横をすり抜ければ、すぐに中へと続く玄関がある。冷えた印象を持たせる灰色の床を踏み抜いて、中へ入ると、高い屋根の印象を裏切らない空間が目前に広がった。  古びているとはいえどちらかといえば白の印象を持たせる外観だったが、天井には群青をベースに、人や、鳥ポケモンや湖のポケモンと見受けられる生き物達が躍動的に描かれていた。両脇の巨大な磨り硝子は無色だが、正面のステンドグラスは薄い青の硝子を張っており、入り口から見ると白い陽光と青い陽光が混ざり合うようだった。  建物を支える柱には翼を持つ獣や人の巨大な石造が並び、天井まで意匠は凝らされている。  地上にはいくつもの石造のベンチが整然と並べられ、一番奥は一段高くなっている。目を引くのはその中央を陣取る、獣とも、人間ともとれるような、不思議な石造だった。天を仰ぐ右腕は人のもの、左腕は獣のもので、布を纏った身体には鱗のような模様も窺える。その周囲を鳥ポケモンの石造が豊かに舞い、今にも動き出しそうな実に躍動的な姿が彫られていた。  入り口に立ったまま動かないアランをエクトルは急かそうとはしなかった。軽く内部を視線で探ってみるが、ブラッキーはひとまず見当たらない。 「……水底にいるみたい」  ぽつんと呟いたアランを、エクトルは横目で見やる。 「……昔、水神様と人間は、同じ空間で生活を共にしていたと言われています」  アランは隣に立つエクトルを見上げた。 「しかし、嘗て町を沈めるほどの巨大な豪雨が訪れました。水神様は人間とポケモン達を助けるため、彼等に遠くへ逃げるよう指示し、町を深く巨大な穴のように沈め、そこに大量の雨が流れるように仕向けました。そうして雨水は全て穴に流れ込み、現在の湖になり、水神様はかつての町と共に水底に沈まれたと伝えられています」 「……」 「以来、水神様はいずれやってくる大きな災害を予兆し、民の生活を救おうとされている……そのために、水底から町の未来を視て、地上の民に伝える。その伝達を担うのが、人間と水神様を繋ぐ、噺人」 「それが、クラリス」 「ええ」  アランは、正面の奥に佇む、半獣半人の石造を見つめる。 「あれは……水神様ではなく、噺人を模しているんでしょうか」 「真正面の石造ですか」 「はい」 「水神様ではなく?」  言うまでも無く、信仰対象は水神であり、噺人ではない。 「はい。……水神様は、ポケモンだと、クラリスが言っていました」  するりと出てきた言葉にエクトルは眉を潜め、反射的に周囲に目配せしたが、近くに人は居ない。しかし人が居ないが故に声は通りやすい。 「言葉には気をつけてください」  わざと語調を強めると、アランは俯いた。 「すいません」強制的に話を終わらせるように、アランは不器用に微笑みを浮かべた。「ブラッキーを探しましょう」  微妙な距離感を保ち、二人は奥へと進む。石の床を叩く足音が上へと抜けていく。  エーフィは軽快な身のこなしで動き回り、長椅子に跳び乗ってそれぞれ確認する。  最奥にある一段高い敷居の手前には���の高さの鉄製の柵が��置されている。明確な区画だが、ブラッキーにとってはあってないような柵だろう。巨大な半獣の石造を中心として、柵の向こうはゆとりのある空間がとられている。アランは青い逆光に照らされている石造を再度見上げてから、柵の前に立ち、装飾の隙間に彼の影が無いか目を凝らすが音も気配も感じ取れない。冷たく整然としていて、虫一匹紛れ込む隙の無いような雰囲気すらある。  ここにもいないのだと、彼等の間を諦念が流れ出す。  と、背後、入り口の方から足音がした。氷のように冴えた沈黙では、音の一つ一つが響く。  弾かれアラン達が振り返ると、月の獣ではなく、漆黒のコートのような、足下まで裾が伸びた服を身につけて玄関口に立つ女性がいた。ザナトアほど老いてはいないが、エクトルよりも年齢は上に見える。深くなろうとしている皺に柔らかな印象を持たせながら、彼女はゆっくりと会釈した。その手には白い綿を実らせている芒のような植物をたっぷりと生けた花瓶を抱いていた。  奥の石造へまっすぐ繋がる群青のカーペットを通らずに、壁に沿って奥までやってきて、柵の手前、端に鎮座する台にその花瓶を置いた。表通りを彩る花々よりも随分と質素だが、静粛な空間に似つかわしい趣深さがある。 「……何か、ご入り用ですか?」  観察するように眺めていたアランに彼女は声をかける。優しく撫でる声をしていて、表情も同じように柔らかい。  それから、既によく知っているのか、エクトルに向けて深々と礼をした。それは目上の者に向けて礼儀を以て対応する姿であった。しかし、頭を下げられたエクトルも深く一礼し、口を開く。 「少し、探しものを。勝手に入り、荒らして申し訳ございません」 「とんでもない。ここは誰にでも門戸を開いていますから。私の目には、何か隈無く目を配っているようにしか見えませんでしたよ」  女性はゆったりと微笑んだ。  彼女はこの教会に常在している司祭であり、サリア・クヴルールと名乗った。秋季祭の間もここに携わり、祈りを捧げているという話だった。床にぎりぎり届かない長さの黒い服装は彼女達の正装なのだろう。  つられるようにアランとエクトルもそれぞれ名乗れば、彼女はエクトルの名はやはり知っている様子であり、存じ上げております、とただ一言穏やかに言った。 「しかし、秋季祭だというのに、湖畔ではなく何故ここに。お手伝いできることであれば、私もお探し致しますよ」  アランとエクトルは一瞬視線を交わし、アランの方から歩み出た。 「ブラッキーを……ポケモンの、ブラッキーを探しているんです。夕べ、この辺りにいたことは解っているんです。もしかして、見かけていませんか」 「ブラッキー……?」  サリアは口許に手を当て、蒼く透いた瞳を丸くした。  手応えを感じ、アランは思わず身を乗り出した。 「知っているんですか?」 「その……はい。皆様が探しているブラッキーかどうかまでは解りませんが、確かに昨晩、ここにおりました」  アランはエクトルを振り返る。エクトルは驚きを顔には出さなかったが、促すようにアランを見て頷いた。  ここにいた、ということは、今はここにいない、という裏返しでもある。しかし、確かな証拠を明らかにすれば、彼へ至る道筋が一つ見えてくる。 「詳しく聞かせてもらっていいですか」  エクトルが言うと、サリアはすぐに了承した。
「秋季祭の前日ということもあり、昨日はこの場所も一日中頻繁に人が出入りしておりました。水神様への感謝と祈りを込め、昨晩は小さなコンサートを催しておりました。キリの皆様は勿論、他所からの方々も来られ、音色に耳を傾けておりました」  弦楽四重奏に独唱を重ねた、こじんまりとした演奏ではあったが、教会全体のすみずみまで音が沁みていく素晴らしい時間であったという。  人々がそれぞれ長椅子に腰掛け、サリアは教会の入り口近くの壁に控えて、演奏を傾聴していた。定期的にこの場に呼ぶ顔なじみの演奏者達が幾重と重ねる音の層は、聴く者を癒やし、そしてどこか哀しみも湛えながら、自然と心に浸透していく。  そうして演奏をしている最中、小さなお客が教会の入り口に立った。誰もが演奏に集中している中、音も無く入ってきたという、美しい身体の獣。  それが、ブラッキーだった。 「はじめは声をあげそうになりました。しかし演奏中でしたので、物音一つ立てるのも憚られて」 「……ブラッキーは、どんな様子でしたか」  アランは尋ねる。 「特に、何もする様子はありませんでしたよ。引き寄せられてきたようにここに入ってきて、……あの辺りですね、私の居た場所の、反対側の、一番端にある柱の物陰に座り込んで、それからは暫く音楽を聴いているように見えました」  サリアは教会の最後方、今アラン達の立つ奥の位置から見て、左側を指した。壁に沿うような柱がいくつか立っており、鳥ポケモンを模したような石造が彫られているが、そのうち、建物のほとんど角にあたる部分にブラッキーは居たのだと言う。  演奏中は奏者の付近のみが照らされ、客席の後ろに向かうほど暗闇は濃くなる。隠れているようで、ブラッキーの放つ小さな光は、よく映えたと言い、些細な動きもよく解ったらしい。しかし、彼は殆ど身じろぎすることなく、静かに長座した。サリアは、きっとあの獣も音楽を聴いているのだと思った。  演奏が終わり教会内全体が点灯すると、ずらずらと人々は教会を後にし始めた。興奮の色濃い中で、隅で黙って蹲る獣に気付く者は誰もいなかった。サリア自身も、教会を訪れた人々に声をかけられたり、演奏者にお礼をしに行っている間は、すっかりブラッキーのことを忘れていた。  演奏者を見送り、教会から人がさっぱり消えて、演奏に震えた心地良さの最中でほっと肩の荷が下りたところ、さてそろそろ教会を閉めようかと見回して、はっと気付いた。あのブラッキーは、どうなったのだろう。 「慌てて見に行ったら、まだ同じところに居たんです」  床に身体を倒し、寛いでいるようにも見えた。眠っているかと思ったが、近付くと、赤い目が動いてサリアを捉えた。無意識に足を止めるような強い視線だった。  その場には、サリアとブラッキーしかおらず、沈黙が続いた。  ブラッキーが野生なのか、人のポケモンなのかは解らない。しかし、サリアは追い出すことも、声をかけることもせず、そっとしておくことにした。どんな獣であれ、ポケモンを労ることは、水神様に祈りを捧げる者として迷いのない行為であった。サリアは裏手に戻り、キリの住民から分け与えられた木の実を持って、ブラッキーから少し離れた地点に置いた。もしかしたら寄ってくるかもしれないと希望を抱いたが、彼はちらと視線を寄越しただけで、やはり動かなかった。  誰も寄せ付けようとせず、ひたすらにその場から動かずにいる姿は、身体を休めているというよりも誰かを待っているかのように見えたと言う。 「ブラッキーは、貴方を待っていたのかもしれません」  おやであるアランを見て、ぽつりとサリアは言った。  アランは甘い言葉に揺れることなく、顔を俯かせ、静かに首を振った。 「解りません。……自信はありません」  その理由を彼女は続けなかったし、サリアやエクトルも深く掘り下げようとはしなかった。アランの言葉に滲む、強い拒絶のような意志を静かに感じ取ったからだった。 「でも、結局その後、ブラッキーはどこかに行ったんですね」 「はい。普段、夜中は閉めるんですが、昨晩は結局一晩中開けていました。夜明け近くになって見に行ってみたら、既に姿は無く」  でも、と続ける。 「置いていた木の実を、一つ食べてましたよ」  サリアは嬉しそうに笑んだ。 「……そうですか」  アランは、優しげな声でただ一言ぽつんと呟いた。  ヤミカラスを襲撃してから、他のポケモンや人を襲うこともなく、完全な拒絶をすることもなく、彼は彷徨っている。たった一匹、慣れぬ土地を渡り、この教会は彼にとってひとときの微睡みの空間となったのかもしれない。  エクトルは沈黙するアランを横目にしながら、考える。仮にサリアの言うように、ブラッキーもアランを求めているのだとすれば、今は擦れ違いを起こしているに過ぎない。会うことさえできれば、元の鞘に収まり、何故今回のような衝動的な事件を起こしたのか、その疑問への追求に集中できるだろう。だが、浮かび上がる懸念事項への警戒を続けるに越したことはない。 「ただ、その後どこに行ったかは解りません。お役に立てず、申し訳ございません」 「そんなことないです。ありがとうございます」  慌てて頭を下げるアランに、サリアは微笑ましさを覚えたようで、にこやかに笑う。 「私はポケモンに詳しくありませんが、草臥れたような様子だったので、時間が経っているとはいえまだこの辺りにいる可能性はあるかと思います。見つかるといいですね」 「はい」  サリアに礼を言い、彼等は教会を後にしたところで、エクトルは不意に呼び止められた。 「……何か?」 「一つだけ。……クラリス様は、ご健勝でいらっしゃいますか」  エクトルは表情を変えず、暫し言葉を選ぶように沈黙してから、顔を上げる。 「元気でいらっしゃいます。先日成人の儀をつつがなく終え、噺人としての責務を全うされておられます」 「ああ、そうですか。安心致しました」  サリアはぱっと喜びを素直に顔に出した。  彼女はエクトルがクラリスの付き人であることを知っているのだ。クラリスの現状を知る者は、クヴルールの中でも限られている。教会を預かる身であるサリアも、大きな枠からすれば末端の身なのだろう。  水神様のご加護を、と手を合わせた彼女の別れの挨拶を受け、外に出れば、天頂に迫ろうとする太陽の光が目を突いた。 「クラリスが、噺人として生きていく。それで、本当に良かったのか、私には解らないんです」  玄関から数歩離れ、サリアを含め周囲に人の気配が無くなったところで、アランは呟いた。独り言のように小さな声だが、エクトルへ向けた言葉でもあった。エクトルはゆっくりとアランを振り返る。 「キリの外に出ることを願っていて、自由を求めていて……最後、クラリスは手紙で、受け入れているように書いていましたけど、それは本当のクラリスの思いだったんでしょうか。私にはそう思えなくて」 「……良い悪いではありません。お嬢様の意志も関係ありません。噺人として水神様に選ばれた、そうと判明した時から、全ては決まっていました」 「でも、何も閉じ込めなくたって。一番大切なのが季節の変わり目なら、それは一年に四回。その間くらい、自由にさせてあげたって、いいじゃないですか」 「噺人は、時と心を水神様に捧げます」  アランはエクトルを見上げる。 「時と心?」 「ええ。生きているその時間。心は、清純でなければ水神様をお言葉を頂くどころか、水神様に辿り着くことすらできないと言われています。だから、噺人は日がな一日、水神様に祈りを捧げ、心を手向ける。そこに余計な感情は要らない、と」 「余計な感情……クラリスが自由を望んだことが、ですか。他の町へ行ったり、誰かを好きになったり、友達を作ったり、キャンプをしたり、ああいうなんでないことを望むのは、余計なんでしょうか」  エクトルの内心にそっと棘が立つ。 「あくまでも、噺人としては、です」 「でも、クラリスにその自由を望ませたのは、エクトルさんじゃないんですか」  エクトルの表情が僅かに歪んだ。 「私が?」  鈍い低音に気圧されるように、アランの目が揺らいだ。 「……はい。クラリスは、外の世界に強い憧れを持っていた。旅の話をよく聞きたがった。旅の話を聞くのが、好きだって。それは、エクトルさんの旅の話を聞いていたから、でしょう?」  流石に強い威圧に怖じ気づいたのか、慎重に言葉を吐いた。対し、エクトルは厳しい視線をアランに刺す。  彼女はエクトルの過去を知っている。ザナトアから聞いたのだろう。どの程度か彼には不明だが、少なくとも、嘗てアーレイスをポケモントレーナーとして旅をしていた事実を知っている。エクトルにとってはとうに遙か昔に追いやって薄ぼやけた記憶。キリに籠っていては感じられない他地方の空気、町、人々、文化。自ら足を運んで見聞が広がる喜び、育成の楽しさ、勝利の達成感、どうしても勝てない苦しみ。縁を切ったはずの家に連れ戻され、顔を突き合わせた、腐敗した狭小な世界に閉じ込められる運命にある憐れで美しい少女。 「エクトルさんだって、できるだけ、クラリスの好きなようにいさせてあげようと」 「クレアライト様」  早口で制す。敢えて呼んだのは、彼女のまことの名だった。アランは眉間を歪める。 「憶測だけで物事をはかるのはおやめください。……お嬢様に旅の話を聞かせたとは、仰る通りです。しかし、私に語るものがそれしかなかっただけ。悩まれた末、お嬢様は自らクヴルール家に戻ることを選ばれました。そうする他なかった」  努めて静閑たる語調ながら、一言一句が刃であった。息を呑むアランの前で、大きな息を吐く。 「それだけが事実です」  ぽつりと、突き放した。  アランは何か言いたげに口を開いたが、すんでで留めた。二の句を告がせるだけの余裕すら潰すエクトルの重圧に、圧し負けた。  と、エクトルは微細な振動を感じ、上着の裾を上げた。ふっと緊張の糸が緩む。モンスターボールを装着できるように設計されたベルトの、最も一番手前に位置したモンスターボールを取り出す。小刻みに震える捕獲器を開放すると、中からネイティオが姿を現した。 「視えたか」  静かに尋ねると、ネイティオは頷いた。 「ネイティオがブラッキーの出現地を視たようです。今は、こちらに集中を」  アランを振り返って言うと、彼女は驚くわけでも喜ぶわけでもなく、覚悟を固めるように首肯した。  常に閉じられた翼が突如開き、ネイティオがゆったりとした動きで飛び上がる。予知した地点へ誘おうというのだろう。天を仰いだところで、アランは目を大きく見開いた。  一陣の冷たい風が吹く。 「待ってください」  向かおうとした一同を制する。驚愕を秘めた栗色の瞳の向いた先に視線が集まる。  上空、正面の屋根の付近を飛んで現れた鳥ポケモンの群れ。白壁に朱色が鮮やかな、ヒノヤコマがぱっと気が付いたように甲高い声を上げ、下降し��くる。連れ立つのはピジョンやムックルといった同じ鳥ポケモンで、既に彼女にとっては見慣れた姿であった。ヒノヤコマの背には、なんとフカマルが跨がって手を振っている。則ち、ザナトアの育て屋に集うポケモン達である。 「どうして」  アランの声は明らかに動揺していた。既にポッポレースは始まっているはずだ。レース本番に挑んでいれば、今頃湖畔の上空を疾走しているはずである。特に、ヒノヤコマやピジョンといった進化組はチームを統率する要にあたる。はなから彼等が欠けた状態で出場しているのか、なんらかのアクシデントがあったのか、この場では判別がつかない。  一同がアラン達の正面に集まり、スイッチが入ったかのようにその場は賑やかになる。緊張は嘘だったかのようだ。羽音や鳴き声が彼女達を鼓舞する。エーフィは柔らかく笑んで、アランを見た。  喉がこくりと動き、彼女は唾を呑む。 「手伝ってくれるの?」  信じられないでいるのか、まず問いかけたが、はじめ反応しなかった。しかし、エーフィが通訳をしたように鳴き声を発すると、一様に頷き、頼もしい歓声をあげた。  フカマルがアランの前に出る。ぎゃ、といつもの声を上げて、手を上げた。無邪気な彼を凝視している脇の視線には気付かないで、アランは毒気を抜かれたように微笑んだ。しゃがみこんで小さな青い手を握り、両手で優しく包む。細かな竜の鱗が肌に食い込んでも構わないように、握る手に力が籠る。そして聞き慣れた賑わいを見回した。 「ありがとう、皆」  噛み締めた言葉を絞り出し、アランは立ち上がった。 「行こう。ブラッキーを迎えに」  一斉に翼が広がった。今も行われているであろう、無数の翼を持つ者達が発つ湖畔でのレースに比べればずっと小規模だが、力強い羽ばたきは太陽に向けアラン達を先導する。引力に導かれるまま、彼等は走り出した。 < index >
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groyanderson · 4 years
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ひとみに映る影 第六話「覚醒、ワヤン不動」
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(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
 人はお経や真言を想像するとき、大抵『ウンタラカンタラ~』とか『ムニャムニャナムナム~』といった擬音を使う。 確かに具体的な言葉まで知らなければ、そういう風に聴こえるだろう。 ましてそういうのって、あまりハキハキと喋る物でもないし。 特に私達影法師使いが用いる特殊な真言を聞き取るのはすごく難解で、しかも屋内じゃないとまず喋ってる事自体気付かれない場合が多い。 なぜなら、口の中を影で満たしたまま言う方が法力がこもる、とかいうジンクスがあり、腹話術みたいに口を閉じたまま真言を唱えるからだ。 たとえ静かな山間の廃工場であっても、よほど敬虔な仏教徒ではない人には、『ムニャムニャ』どころか、こう聴こえるかもしれない。
 「…むんむぐうむんむうむむむんむんうむむーむーむうむ…」  「ヒトミちゃん?ど、どしたの!?」 正解は、ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン・オム・チャーヤー・ソワカ。 今朝イナちゃんは気付いてすらいなかったけど、実はこの旅でこれを唱えたのは二回目だ。
 廃工場二階部踊り場に催眠結界を張った人物に、私は心当たりがあった。 そのお方は磐梯熱海温泉、いや、ここ石筵霊山を含めた熱海町全域で一番尊ばれている守護神。 そのお方…不動明王の従者にして影法師を束ねる女神、萩姫様は、真っ暗なこの場所にある僅かな光源を全て自らの背後に引き寄せ、力強い後光を放ちながら再臨した。
 「オモナ!」  「萩姫…!」 驚きの声を上げたのは、テレパシーやダウジングを持たないイナちゃんとジャックさんだ。  「ひーちゃん…ううん。紅一美、よくぞここまで辿り着きました。 何ゆえ私だと気付いたのですか」 萩姫様の背後で結界札が威圧的に輝く。 今朝は「別に真言で呼ばなくてもいい」なんて気さくに仰っていたけど、今はシリアスだ。  「あなたが私達をここまで導かれたからです、萩姫様。 最初、源泉神社に行った時、そこに倶利伽羅龍王はいませんでした。代わりにリナがいました。 後で観音寺の真実や龍王について知った時、話が上手くいきすぎてるなって感じました。 あなたは全部知っていて、私達がここに来るよう仕向けたんですよね?」 私も真剣な面持ちで答えた。相手は影法師使いの自分にとって重要な神様だ。緊張で手が汗ばむ。  「その通りです。あなた方を金剛の者から守るためには、リナと邂逅させる必要があった。 ですが表立って金剛の者に逆らえない私は、敢えてあなた方を源泉神社へ向かわせました。 金剛観世音菩薩の従者リナは、金剛倶利伽羅龍王に霊力の殆どを奪われた源泉神社を復興するため、定期的に神社に通ってくれていましたから」 そうだったんだ。暗闇の中で、リナが一礼するのを感じた。
 萩姫様はスポットライトを当てるように、イナちゃんにご自身の光を分け与えられた。  「金剛に選ばれし隣国の巫女よ」  「え…私ですか?」 残り全ての光と影は未だ萩姫様のもとにあって、私達は漆黒に包まれている。  「今朝、あなたが私に人形を見せてくれた時、私はあなたの両手に刻まれた肋楔緋龍の呪いに気がつきました。 そして勝手ながら、あなたの因果を少し覗かせて頂きました」 萩姫様は影姿を変形させ、影絵になってイナちゃんの過去を表現する。 赤ちゃんが燃える龍や肉襦袢を着た煤煙に呪いをかけられる絵。 衰弱した未就学の女の子にたかる大量の悪霊を、チマチョゴリを着た立派な巫女が踊りながら懸命に祓う絵。 小学生ぐらいの少女が気功道場で過酷なトレーニングを受ける絵…。  「はっきり言います。もしあなた方がここに辿り着けなかったら、その呪いは永遠にとけなかったでしょう。 あなただけではありません。このままでは一美、熱海町、やがては福島県全域が金剛の手に落ちる事も起こりうる」 福島県全域…途方もない話だ。やっぱりハイセポスさんが言っていた事は本当だったのか?
 「萩姫様。あなたが護る二階に、いるのですね。水家曽良が」 決断的に譲司さんが前に出た。イナちゃんを照らしていた淡い光が、闇に塗りつぶされていた彼の体に移動した。  「そうとも言えますが、違うとも言えます、NICの青年よ。 かの殺人鬼は辛うじて生命力を保っていますが、肉体は腐り崩れ、邪悪な腫瘍に五臓六腑を冒され、もはや人間の原形を留めていません。 あれは既に、悪鬼悪霊が蠢く世界そのものとなっています」 萩姫様がまた姿を変えられる。蛙がボコボコに膨れ上がったような歪な塊の上で、燃える龍が舌なめずりする影絵に。 そして再び萩姫様の御姿に復帰する。  「若者よ。ここで引き返すならば、私は引き止めません。 私ども影法師の長、神影(ワヤン)らが魂を燃やし、龍王や悪霊世界を葬り去るまでのこと。 ですが我らの消滅後、金剛の者共がこの地を蹂躙する可能性も否定できません。 或いは、若者よ。あなた方が大量の悪霊が世に放たれる危険を承知でこの扉を開き、金剛の陰謀にこれ以上足を踏み入れるというのならば…」
 萩姫様がそう口にされた瞬間、突如超自然的な光が彼女から発せられた。 カッ!…閃光弾が爆ぜたように、一瞬強烈に発光したのち、踊り場全体が昼間のように明るくなる。  「…まずはこの私を倒してみなさい!」 視界がクリアになった皆が同時に見たのは、武器を持つ幾つもの影の腕を千手観音のように生やした、いかにも戦闘モードの萩姫様だった。
◆◆◆
 二階へ続く扉を堅固に護る萩姫様と、私達は睨み合う。 戦うといっても、狭い踊り場でやり合えるのはせいぜい一人が限界。 張り詰めた空気の中、この決闘相手に名乗り出たのは…イナちゃんだ!  「私が行きます」  「馬鹿、無茶だ!」 制止するジャックさんを振り切って、イナちゃんは皆に踊り場から立ち退くよう促した。
 「わかてる。私は一番足手まといだヨ。だから私が行くの。 ドアの向こうはきっと、とても恐い所になてるから、みんな温存して下さい」 自虐的な言葉とは裏腹に、彼女の表情は今朝とは打って変わって勇敢だ。 萩姫様も身構える。  「賢明な判断です、金剛の巫女よ」「ミコじゃない!」 イナちゃんが叫んだ。  「…私はあなたの境遇に同情はしますが、容赦はしません。 あなたの成長を、見せてみなさい!」
 イナちゃんは目を閉じ、呪われた両手を握る。  「私は…」 ズズッ!その時萩姫様から一本の影腕が放たれ、屈強な人影に変形!  <危ない!>迫る人影!  「…イナだヨ!」 するうちイナちゃんの両指の周りに細い光が回りだし、綿飴めいて小さな雲に成長した! イナちゃんはばっと両手を広げ、雲を放出すると…「スリスリマスリ!」 ぽぽんっ!…なんと、漆黒だった人影がパステルピンクに彩られ、一瞬でテディベア型の無害な魂に変化した!  「何!?」 萩姫様が狼狽える。
 「今のは…理気置換術(りきちかんじゅつ)!」  「知っているのかジョージ!?」  ジャックさんにせっつかれ、譲司さんが説明を始める。  「儒教に伝わる秘伝気功。 本来の理(ことわり)から外れた霊魂の気を正し、あるべき姿に清める霊能力や」 そうか、これこそイナちゃんが持つ本来の霊能力。 彼女が安徳森さんに祈りを捧げた時、空気が澄んだような感じがしたのは、腐敗していた安徳森さんの理が清められたからだったんだ!
淡いパステルレインボーに光る雲を身に纏い、イナちゃんは太極拳のようにゆっくりと中腰のポーズを取った。  「ヒトミちゃんがこの旅で教えてくれた。 悲しい世���、嬉しい世界。決めるのは、それを見る私達。 ヒトミちゃんは悲しいミイラをオショ様に直した。 だから私も…悲しいをぜんぶカワイイに変えてやる!」
 「面白い」 ズズッ!再び萩姫様から影腕が発射され、屈強な影絵兵に変わった。 その手には危険なスペツナズナイフが握られている!  「ならば自らの運命をも清めてみよ!」 影絵兵がナイフを射出!イナちゃんは物怖じせずその刃を全て指でキャッチする。  「オリベちゃんもこの旅で教えてくれた」 雲に巻かれたナイフ刃と影絵兵は蝶になって舞い上がる!  「友達が困ったら助ける。一人だけ欠けるもダメだ」
 ズズッ!新たな影絵兵が射出される。 その両手に構えられているのは鋭利なシステマ用シャベルだ!  「ジャックさんもこの旅で教えてくれた」 イナちゃんは突撃してくるその影絵を流れる水のようにかわし、雲を纏った手で掌底打ちを叩きつける!  「自分と関係ない人本気で助けられる人は、何があても皆に見捨てられない!」 タァン!クリーンヒット! 気功に清められた影絵兵とシャベルはエンゼルフィッシュに変形!
 間髪入れず次の影絵兵が登場! トルネード投法でRGD-33手榴弾を放つ!  「ヘラガモ先生もこの旅で教えてくれた」 ぽぽんぽん!…ピヨ!ピヨ! 雲の中で小さく爆ぜた手榴弾からヒヨコが生まれた!  「嫌な物から目を逸らさない。優しい人それができる」 コッコッコッコッコ…影絵兵もニワトリに変化し、ヒヨコを率いて退場した。
 「リナさんとポメラーコちゃんも教えてくれた!」 AK-47アサルトライフルを乱射する影絵兵団を掻い潜りながら、イナちゃんは萩姫様に突撃!  「オシャレとカワイイは正義なんだ!」 影絵兵は色とりどりのパーティークラッカーを持つ小鳥や小型犬に変わった。
 「くっ…かくなる上は!」 萩姫様がRPG-7対戦車ロケットランチャーを構えた! さっきから思ってたけど、これはもはやラスボス前試練の範疇を越えたバイオレンスだ!!
 「皆が私に教えてくれた。今度は私あなたに教える! スリスリマスリ・オルチャン・パンタジィーーッ!!!」 パッドグオォン!!!…ロケットランチャーの射出音と共に、二人は閃光の雲に包まれた!  「イナちゃあああーーーーん!!!!」
 光が落ち着��ていく。雲間から現れた影は…萩姫様だ!  <そんな…>  「いや、待て!」 譲司さんが勘づいた瞬間、イナちゃんもゆっくりと立ち上がった。 オリベちゃんは胸を撫で下ろす。  「これが…私…?」 一方、自らの身体を見て唖然とする萩姫様は…
 漆黒の着物が、紫陽花色の萌え袖ダボニットとハイウエストスキニージーンズに。  「そんな…こんな事されたら、私…」 市女笠は紐飾りだけを残してキャップ帽に変わり、ロケットランチャーは形はそのままに、ふわふわの肩がけファーポシェットに。  「私…もうあなたを攻撃できないじゃない!」 萩姫様はオルチャンガールになった。完全勝利!
 「アハッ!」 相手を一切傷つけることなく試練を突破したイナちゃんは、少女漫画の魔法少女らしく決めポーズを取った。  「ウ…ウオォォー!すっげえなお前!!」 ファンシーすぎる踊り場に、この場で一番いかついジャックさんが真っ先に飛びこむ。 彼は両手を広げて構えるイナちゃんを…素通り! そのまま現代ナイズされた萩姫様の手を取る。  「オモナ!?」
 「萩姫。いや、萩!俺は前から気付いていたんだ。 あんたは今風にしたら化けるってな! どうだ。あのクソ殺人鬼とクソ龍王をどうにかしたら、今度ポップコーンでもウワババババババ!!!!」 ナンパ中にオリベちゃんのサイコキネシスが発動し、ジャックさんは卒倒した。 オリベちゃんの隣にはほっぺを膨らましたイナちゃんと、手を叩いて爆笑するリナ。  「あっはははは、みんなわかってるゥ! ここまでセットで王道少女漫画よね!」
 一方譲司さんはジビジビに泣きながらポメラー子ちゃんを頬ずりしていた。  「じ、譲司さん?」  「ず…ずばん…ぐすっ。教え子の成長が嬉しすぎで…わああぁ~~!!」  <何言ってるの。あんたまだ養護教諭にすらなってないじゃない>  「もうこいつ、バリに連れて行く必要ないんじゃないか?」  「嫌や連れでぐうぅ!向こうの子供らとポメとイナでいっぱい思い出作りたいもおおぉおんあぁぁあぁん」  「<お前が子供かっ!!>」 キッズルーム出身者二人の息ぴったりなツッコミ。 涙と鼻水だらけになったポメちゃんは「わうぅぅ…」と泣き言を漏らしていた。
 程なくして、萩姫様は嬉し恥ずかしそうにクネクネしたまま結界札を剥がした。  「若者よ…あんっもう!私だって心は若いんだからねっ! 私はここで悪霊が出ないように見張ってるんだから…龍王なんかに負けたらただじゃ済まないんだからねっ!」 だからねっ!を連発する萩姫様に癒されながら、私達は最後の目的地、怪人屋敷二階へ踏みこんだ。
◆◆◆
 ジャックさんが前もって話していた通り、二階は面積が少なく、一階作業場と吹き抜け構造になっている。 さっきまで私達がいたエントランスからは作業場が見えない構造だった。 影燈籠やスマホで照らすと、幾つかの食品加工用らしき機材が見える。 勘が鋭いオリベちゃんと譲司さんが不快そうに目を逸らす。  <この下、何かしら…?直接誰かがいる気配はないのに、すごくヤバい気がする。 まるで、一つ隔てた世界の同じ場所が人でごった返しているような…>  「その感覚は正しいで、オリベ。 応接室はエレベーターの脇の部屋や。そこに水家がおる。 そして…あいつの脳内地獄では、吹き抜けの下が戦場や」  <イナちゃん。清められる?>  「無理です。もし見えても一人じゃ無理です。 オルチャンガール無理しない」  <それでいい。賢明よ。みんなここからは絶対に無理しないで>
 譲司さんの読みは当たっていた。階段と対角線上のエレベーターホール脇に、ドアプレートを外された扉があった。 『応接室』のプレートは、萩姫様の偽装工作によって三階に貼られていた。 この部屋も三階の部屋同様、鍵は閉まっていない。それどころか、扉は半開きだった。
 まず譲司さんが室内に入り、スマホライトを当てる。  「水家…いますか?」 私は申し訳ないが及び腰だ。  「おります。けど、これは…どうだろう?」 オリベちゃんがドアを開放する。きつい公衆トイレみたいな臭いが廊下に広がった。 意を決して室内を見ると…そこには、岩?に似た塊と、水晶でできた置物のようなもの。 岩の間から洋服の残骸が見えるから、あれが水家だと辛うじてわかる。  「呼吸はしとるし、脳も動いとる。けど恐ろしい事に、心臓は動いとらん。 哲学的やけど、血液の代わりにカビとウイルスが命を繋いどる状態は…人として生きとるというのか?」 萩姫様が仰っていた通り、殺人鬼・水家曽良は、人間ではなくなってしまっていたんだ。
 ボシューッ!!…誰かが譲司さんの問いに答えるより前に、死体が突如音を立てて何かを噴出した!  「うわあぁ!?」 私を含め何人かが驚き飛び退いた。こっちこそ心臓が止まるかと思った。 死体から噴出した何かは超自然的に形を作り始める。 こいつが諸悪の根源、金剛倶利伽羅…
 「「<「龍王キッモ!!?」>」」 奇跡の(ポメちゃん以外)全員異口同音。 皆同時にそう口に出していた。  「わぎゃっわんわん!!わぅばおばお!!!」 ポメちゃんは狂ったように吠えたてていた。  「邂逅早々そう来るか…」 龍王が言う…「「<「声もキッモ!!?!?」>」」 デジャヴ!
 龍王はキモかった。それ以上でもそれ以下でもない、ともかくキモかった。 具体的に描写するのも憚られるが、一言で言えば…細長い燃える歯茎。 金剛の炎を纏った緋色の龍、という前情報は確かに間違いじゃない。シルエットだけは普通の中国龍だ。 けど実物を見ると、両目は梅干しみたいに潰れていて、何故か上顎の細かい歯は口内じゃなくて鼻筋に沿ってビッシリ生えて蠢いてるし、舌はだらんと伸び、黄ばんだ舌苔に分厚く覆われている。 二本の角から尾にかけて生えたちぢれ毛は、灰色の脇毛としか形容できない。 赤黒い歯茎めいた胴体の所々から細かく刻まれた和尚様の肋骨が歯のように露出し、ロウソクの芯のように炎をたたえている。 その金剛の炎の色も想像していた感じと違う。 黄金というかウン…いや、これ以上はやめておこう。二十歳前のモデルがこれ以上はダメだ。
 「何これ…アタシが初めて会った時、こいつこんなにキモくなかったと思うけど…」 リナが頭を抱えた。一方ジャックさんは引きつけを起こすほど爆笑している。  「あっはっはっは!!タピオカで腹下して腐っちまったんじゃねえのか!? ヒィーッひっはっはっはっはっは!!」  <良かった!やっぱ皆もキモいと思うよね?> 背後からテレパシー。でもそれはオリベちゃんじゃなくて、踊り場で待機する萩姫様からだ。  <全ての金剛の者に言える事だけど、そいつらは楽園に対する信奉心の高さで見え方が変わるの! 皆が全員キモいって言って安心したよ!> カァーン!…譲司さんのスマホから鐘着信音。フリック。  『頼む、僕からも言わせてくれ!実にキモいな!!』 …ツー、ツー、ツー。ハイセポスさんが一方的に言うだけ言って通話を切った。
 「その通りだ」 龍王…だから声もキモい!もうやだ!!  「貴様らはあの卑劣な裏切り者に誑かされているから、俺様が醜く見えるんだ。 その証拠に、あいつが彫ったそこの水晶像を見てみろ!」 死体の傍に転がっている水晶像。 ああ、確かに普通によくある倶利伽羅龍王像だ。良かった。 和尚様、実は彫刻スキルが壊滅的に悪かったんじゃないかって疑ってすみません。  「特に貴様。金剛巫女! 成長した上わざわざ俺様のもとへ力を返納しに来た事は褒めてやろう。 だが貴様まで…ん?金剛巫女?」 イナちゃんは…あ、失神してる。脳が情報をシャットダウンしたんだ。
 「…まあ良し!ともかく貴様ら、その金剛巫女をこちらに渡せ。 それの魂は俺様の最大の糧であり、金剛の楽園に多大なる利益をもたらす金剛の魂だ! さもなくば貴様ら全員穢れを纏いし悪鬼悪霊共の糧にしてやるぞ!」 横暴な龍王に対し、譲司さんが的確な反論を投げつける。  「何が糧や、ハッタリやろ! お前は強くなりすぎた悪霊を制御出来とらん。 せやから悪霊同士が潰し合って鎮静するまで作業場に閉じこめて、自分は死体の横でじっと待っとる! 萩姫様が外でお前らを封印出来とるんが何よりの証拠や! だまされんぞ!!」 図星を突かれた龍王は逆上!  「黙れ!!だから何だ、悪霊放出するぞコノヤロウ!! 俺様がこいつからちょっとでも離れたら悪鬼悪霊が飛び出すぞ!?あ!?」
 その時、私の中で堪忍袋の緒が切れた。
◆◆◆
 自分は怒ると癇癪を起こす気質だと思っていた。 自覚しているし、小さい頃両親や和尚様に叱られた事も多々あって、普段は余程の事がない限り温厚でいようと心がけている。 多少からかわれたり、馬鹿にされる事があっても、ヘラヘラ笑ってやり過ごすよう努めていた。 そうして小学生時代につけられたアダ名が、『不動明王』。 『紅はいつも大人しいけど本気で怒らすと恐ろしい事になる』なんて、変な教訓がクラスメイト達に囁かれた事もあった。
 でも私はこの二十年間の人生で、一度も本物の怒りを覚えた事はなかったんだと、たった今気付いた。 今、私は非常に穏やかだ。地獄に蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様のように、穏やかな気持ちだ。 但しその糸には、硫酸の二千京倍強いフルオロアンチモン酸がジットリと塗りたくられている。
 「金剛倶利伽羅龍王」 音声ガイダンス電話の様な抑揚のない声。 それが自分から発せられた物だと認識するまで、五秒ラグが生じた。  「何だ」  「取引をしましょう」  「取引だと?」 龍王の問いに自動音声が返答する。  「私がお前の糧になります。その代わり、巫女パク・イナに課せられた肋楔緋龍相を消し、速やかに彼女を解放しなさい」  「ヒトミちゃん!?どうしてそん…」 剣呑な雰囲気に正気を取り戻したイナちゃんが私に駆け寄る。 私の首がサブリミナル程度に彼女の方へ曲がり、即座にまた龍王を見据えた。イナちゃんはその一瞬で押し黙った。 龍王が身構える。  「影法師使い。貴様は裏切り者の従者。信用できん」 返事代わりに無言で圧。  「…ヌゥ」
 私はプルパを手に掲げる。 陰影で細かい形状を隠し、それがただの肋骨であるように見せかけて。  「そ…それは!俺様の肋骨!!」 龍王が死体から身を乗り出した。  「欲しいですか」  「欲しいだと?それは本来金剛が所有する金剛の法具だ。 貴様がそれを返却するのは義務であり…」 圧。  「…なんだその目は���言っておくが…」 圧。  「…ああもう!わかった!! どのみち楔の法力が戻れば巫女など不要だ、取引成立でいい!」  「分かりました。それでは、私が水晶像に肋骨を填めた瞬間に、巫女を解放しなさい。 一厘秒でも遅れた場合、即座に肋骨を粉砕します」
 龍王は朧な半物理的霊体で水晶像を持ち上げ、私に手渡した。 像の台座下部からゴム栓を剥がすと、中は細長い空洞になっていて、人骨が入っている。 和尚様の肋骨。私はそれを引き抜き、トートバッグにしまった。 バッグを床に置いてプルパを像にかざすと、龍王も両手を差し出したイナちゃんに頭を寄せ構える。  「三つ数えましょう。一、」  「二、」  「「三!」」
 カチッ。プルパが水晶像に押しこまれた瞬間、イナちゃんの両手が発光!  「オモナァッ!」 バシュン!と乾いた破裂音をたて、呪相は消滅した。 イナちゃんが衝撃で膝から崩れ落ちるように倒れ、龍王は勝利を確信して身を捩った。  「ウァーーッハハハハァ!!!やった!やったぞぉ、金剛の肋楔! これで悪霊どもを喰らいて、俺様はついに金剛楽園アガル「オムアムリトドバヴァフムパット」 ブァグォオン!!!!  「ドポグオオォオォォオオオーーーーッ!!?!?」
 この時、一体何が起きたのか。説明するまでもないだろうか。 そう。奴がイナちゃんの呪いを解いた瞬間、私はプルパを解放したのだ。 赤子の肋骨だった物は一瞬にして、刃渡り四十センチ大のグルカナイフ型エロプティックエネルギー塊に変形。 当然それは水晶像などいとも容易く粉砕する!
 依代を失った龍王は地に落ち、ビタンビタンとのたうつ。  「か…かはっ…」 私はその胴体と尾びれの間を掴み、プルパを突きつけた。  「お…俺様を、騙したな…!?」 龍王は虫の息で私を睨んだ。  「騙してなどいない。私はお前の糧になると言った。 喜べ。望み通りこの肋骨プルパをお前の依代にして、一生日の当たらない体にしてやる」  「な…プルパ…!?貴様、まさか…!」  「察したか。そう、プルパは煩悩を貫く密教法具。 これにお前の炎を掛け合わせ、悪霊共を焼いて分解霧散させる」  「掛け合わせるだと…一体何を」
 ズブチュ!!  「うおおおおおおおぉぉぉ!!?」 私はプルパで龍王の臀部を貫通した。  「何で!?何でそんな勿体ない事するの!? 俺様があぁ!!せっかく育てた悪霊おぉぉ!!!」 私は返事の代わりに奴の尾を引っ張り、切創部を広げた。  「ぎゃああああああ!!!」 尾から切創部にかけての肉と汚らしい炎が、影色に炭化した。  「さっき何か言いかけたな。金剛楽園…何だと? 言え。お前達の楽園の名を」  「ハァ…ハァ…そんな事、知ってどうする…? 知ったところで貴様らは何も」
 グチャムリュ!!  「ぎゃああああぁぁアガルダ!アガルダアァ!!」 私は龍王の胴体を折り曲げ、プルパで更に貫通した。 奴の体の一/三が炭化した。  「なるほど、金剛楽園アガルダ…。それは何処にある」  「ゲホッオェッ!だ、だからそんなの、聞いてどうする!?」  「滅ぼす」  「狂ってる!!!」
 ヌチュムチグジュゥ!!  「ほぎいぃぃぃごめんなさい!ごめんなさい!」 更に折り曲げて貫通。魚を捌く時に似た感触。 蛇なら腸や腎臓がある位置だろうか。 少しざらついたぬめりけのある粘液が溢れ、熱で固まって白く濁った。  「狂っていて何が悪いの? お前やあの金剛愛輪珠如来を美しいと感じないよう、狂い通すんだよ」  「うァ…ヒ…ヒヒィ…卑怯者ぉ…」  「お前達金剛相手に卑怯もラッキョウもあるものか」  「……」  「……」
 ゴギグリュゥ!!!  「うえぇぇえぇえええんいびいぃぃぃん!!!」 更に貫通。龍王は既に半身以上を影に飲まれている。 ようやくマシな見た目になってきた。  「苦しいか?苦しいか。もっと苦しめ。苦痛と血涙を燃料に悪霊を焼くがいい。 お前の苦しみで多くの命が救われるんだ」  「萩姫ェェェ、萩イィィーーーッ!! 俺様を助けろおぉぉーーーッ!」 すると背後からテレパシー。  <あっかんべーーーっだ!ザマーミロ、べろべろばー> 萩姫様が両中指で思いっきり瞼を引き下げて舌を出している映像付きだ。  「なあ紅さん、それ何かに似とらん?」 譲司さんとオリベちゃんが興味津々に私を取り囲んだ。  「ウアーッアッアッ!アァーーー!!」 黒々と炭化した龍王はプルパに巻きついたような形状で肉体を固定され、体から影の炎を噴き出して苦悶する。  <アスクレピオスの杖かしら。杖に蛇が巻きついてるやつ> ジャックさんとリナも入ってくる。  「いや、中国龍だからな…。どっちかというと、あれだ。 サービスエリアによくある、ガキ向けのダサいキーホルダー」  「そんな立派な物じゃないわよ。 東南アジアの屋台で売ってる蛇バーベキューね」  「はい!」 目を覚ましたイナちゃんが、起き抜けに元気よく挙手!  「フドーミョーオーの剣!」  「「<それだ!>」」 満場一致。ていうか、そもそもこれ倶利伽羅龍王だもんね。
 私は龍王の頸動脈にプルパを突きつけ、頭を鷲掴みにした。  「金剛倶利伽羅龍王」  「…ア…アァ…」 するうち影が私の体を包みこみ始める。 影と影法師使いが一つになる時、それは究極の状態、神影(ワヤン)となる。 生前萩姫様が達せられたのと同じ境地だ。  「私はお前の何だ」  「ウア…ァ…」  「私はお前の何だ!?」
 ズププ!「ぐあぁぁ!!肋骨!肋骨です…」  「違う!お前は倶利伽羅龍王剣だろう!?だったら私は!?」 ズプブブ!!「わああぁぁ!!不動明王!!不動明王様ですうぅ!!!」  「そうだ」 その通り。私は金剛観世音菩薩に寵愛を賜りし神影の使者。 瞳に映る悲しき影を、邪道に歪められた霊魂やタルパ達を、業火で焼いて救済する者!
 ズズッ…パァン!!!  「グウゥワアァァアアアアーーーーー!!!!」 完成、倶利伽羅龍王剣!  「私は神影不動明王。 憤怒の炎で全てを影に還す…ワヤン不動だ!」
◆◆◆
 ズダダダァアン!憤怒の化身ワヤン不動、精神地獄世界一階作業場に君臨だ! その衝撃で雷鳴にも匹敵する轟音が怪人屋敷を震撼! 私の脳内で鳴っていたシンギング・ボウルとティンシャの響きにも、荒ぶるガムランの音色が重なる。  「神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ」
 悪霊共は、殺人鬼水家に命を絶たれ創り変えられたタルパだ。 皆一様に、悪魔じみた人喰いイタチの毛皮を霊魂に縫い付けられ、さながら古い怪奇特撮映画に登場する半人半獣の怪人といった様相になっている。 金剛愛輪珠如来が着ていた肉襦袢や、全身の皮膚が奪われていた和尚様のご遺体を想起させる。そうか。  「これが『なぶろく』とか言うふざけたエーテル法具だな」 なぶろく。亡布録。屍から霊力を奪い、服を着るように身に纏う、冒涜的ネクロスーツ!
 「ウアァアァ…オカシ…オヤツクレ…」  「オカシオ…アマアァァイ、カシ…オクレ…」 悪霊共は理性を失って、ゾンビのように無限に互いが互いを貪りあっている。  「ウヮー、オカシダァア!」 一体の悪霊が私に迫る。私は風に舞う影葉のように倶利伽羅龍王剣を振り、悪霊を刺し貫いた。
 ボウッ!「オヤツゥアァァァー!」 悪霊を覆う亡布録が火柱に変わり、解放��れた魂は分解霧散…成仏した。 着用者を失った亡布録の火柱は龍王剣に吸いこまれるように燃え移り、私達の五感が刹那的追体験に支配される。  『や…やめてくれぇー!殺すなら息子の前に俺を、ぐわぁあああああ!!!』 それは悪霊が殺された瞬間、最後の苦痛の記憶だ。 フロリダ州の小さな農村。目の前で大切な人がイタチに貪り食われる絶望感と、自らも少年殺人鬼に喉を引き千切られる激痛が、自分の記憶のように私達を苛む。  「グアァァァーーー!!!」 それによって龍王剣は更に強く燃え上がる!
 「どんどんいくぞぉ!やぁーーっ!!」  「グワアァァァーーー!!」 泣き叫ぶ龍王剣を振り、ワヤン不動は憤怒のダンスを踊る。  『ママアァァァ!』『死にたくなああぁぁい!』『ジーザアァーーース!』 数多の断末魔が上がっては消え、上がっては消え、それを不動がちぎっては投げる。  「カカカカカカ!かぁーっはっはっはっはァ!!」…笑いながら。
 「テベッ、テメェー!俺様が残留思念で苦しむのがそんなに楽しいかよ、 このオニババーーーッ!!!」  「カァハハハアァ!何を勘違いしているんだ。 私にもこの者共の痛みはしかと届いているぞぉ」  「じゃあどうして笑ってられるんだよォ!?」  「即ち念彼観音力よ!御仏に祈れば火もまた涼しだ! もっともお前達は和尚様に仏罰を下される立場だがなァーーーカァーッハッハッハッハァー!!!!」  『「グガアアーーーーッ!!!」』 悪霊共と龍王剣の阿鼻叫喚が、聖なるガムランを加速する。
 一方、私の肉体は龍王剣を死体に突き立てたまま静止していた。 聴覚やテレパシーを通じて皆の会話が聞こえる。
 「オリベちゃん!ヒトミちゃん助けに行くヨ!」  「わんっ!わんわお!」  <そうね、イナちゃん。私が意識を転送するわ>  「加勢するぜ。俺は悪霊の海を泳いで水家本体を探す」  「ならアタシは上空からね」   「待ってくれ。オリベ。 その前に、例のアレ…弟の依頼で作ってくれたアレを貸してくれ」  <ジョージ!?あんた正気なの!?>  「俺は察知はできるけど霊能力は持っとらん、行っても居残っても役に立てん! 頼む、オリベ。俺にもそいつを処方してくれ!」  「あ?何だその便所の消臭スプレーみたいなの? 『ドッパミンお耳でポン』?」  「やだぁ、どっかの製薬会社みたいなネーミングセンスだわ」  <商品名は私じゃなくて、ジョージの弟君のアイデア。 こいつは溶解型マイクロニードルで内耳に穴を開けて脳に直接ドーピングするスマートドラッグよ>  「アイゴ!?先生そんなの使ったら死んじゃうヨ!?」  「死なん死なん!大丈夫、オリベは優秀な医療機器エンジニアや!」  「だぶかそれを作らせたお前の弟は何者だよ!?」
 こちとらが幾つもの死屍累々を休み無く燃やしている傍ら、上は上で凄い事になっているみたいだ。  「俺の弟は、毎日脳を酷使する…」ポンップシュー!「…デイトレーダーやあああ!!!」
 ドゴシャァーン!!二階吹き抜けの窓を突き破り、回転しながら一階に着地する赤い肉弾! 過剰脳ドーピングで覚醒した譲司さんが、生身のまま戦場に見参したんだ!
 「ヴァロロロロロォ…ウルルロロァ…! 待たせたな、紅さん…ヒーロー参上やあああぁ!!!」 バグォン!ドゴォン!てんかん発作めいて舌を高速痙攣させながら、譲司さんは大気中の揺らぎを察知しピンポイントに殴る蹴る! 悪霊を構成する粒子構造が振動崩壊し、エクトプラズムが霧散! なんて荒々しい物理的除霊術だろう! 彼の目は脳の究極活動状態、全知全脳時にのみ現れるという、玉虫色の光彩を放っていた。
 「私達も行くヨ!」 テレパシーにより幽体離脱したオリベちゃんとイナちゃん、ポメラー子ちゃん、ジャックさん、リナも次々に入獄!  「みんなぁ!」 皆の熱い友情で龍王剣が更に燃え上がった。「…ギャアァァ!!」
◆◆◆
 さあ、大掃除が始まるぞ。 先陣を切ったのはイナちゃん。穢れた瘴気に満ちた半幻半実空間を厚底スニーカーで翔け、浄化の雲を張り巡らさせる。 雲に巻かれた悪霊共は気を正されて、たちまち無害な虹色のハムスターに変化!  「大丈夫ヨ。あなた達はもう苦しまなくていい。 私ももう苦しまない!スリスリマスリ!」
 すると前方にそそり立つ巨大霊魂あり! それは犠牲者十人と廃工場の巨大調理器具が押し固まった集合体だ。  「オォォカァァシィィ!」  「スリスリ…アヤーッ!」 悪霊集合体に突き飛ばされた華奢なイナちゃんの幽体が、キューで弾かれたビリヤードボールのように一直線に吹き飛ぶ!  「アァ…オカシ…」「オカシダァ…」「タベル…」 うわ言を呟きながら、イナちゃんに目掛けて次々に悪霊共が飛翔していく。 しかし雲が晴れると、その方向にいたのはイナちゃんではなく…  <エレヴトーヴ、お化けちゃん達!> ビャーーバババババ!!!強烈なサイコキネシスが悪霊共を襲う! 目が痛くなるような紫色の閃光が暗い作業場に走った!  「オカヴアァァァ…」鮮やかに分解霧散!
 そこに上空から未確認飛行影体が飛来し、下部ハッチが開いた。 光がスポットライト状に広がり、先程霊魂から分解霧散したエクトプラズム粒子を吸いこんでいく。  「ウーララ!これだけあれば福島中のパワースポットを復興できるわ! 神仏タルパ作り放題、ヤッホー!」 UFOを巧みに操る巨大宇宙人は、福島の平和を守るため、異星ではなく飯野町(いいのまち)から馳せ参じ��、千貫森のフラットウッズモンスター!リナだ!  「アブダクショォン!」
 おっと、その後方では悪霊共がすさまじい勢いで撒き上げられている!? あれはダンプか、ブルドーザーか?荒れ狂ったバッファローか?…違う!  「ウルルルハァ!!!ドルルラァ!!」 猪突猛進する譲司さんだ! 人間重機と化して精神地獄世界を破壊していく彼の後方では、ジャックさんが空中を泳ぐように追従している。  「おいジョージ、もっと早く動けねえのか?日が暮れちまうだろ!」  「もう暮れとるやんか!これでも筋肉のリミッターはとっくに外しとるんや。 全知全脳だって所詮人間は人間やぞ!」  「バカ野郎、この脳筋! お前に足りねえのは力じゃなくてテクニックだ、貸してみろ!」 言い終わるやいなや、ジャックさんは譲司さんに憑依。 瞬間、乱暴に暴れ回っていた人間重機はサメのようにしなやかで鋭敏な動きを得る。  「うおぉぉ!?」 急発進によるGで譲司さん自身の意識が一瞬幽体離脱しかけた。  「すっげぇぞ…肺で空気が見える、空気が触れる!ハッパよりも半端ねえ! ジョージ、お前、いつもこんな世界で生きてたのかよ!?」  「俺も、こんな軽い力で動いたのは初めてや…フォームって大事なんやなぁ!」  「そうだぜ。ジョージ、俺が悪霊共をブチのめす。 水家を探せるか?」  「楽勝!」 加速!加速!加速ゥ!!合身した二人は悪霊共の海をモーゼの如く割って進む!!
 その時、私は萩姫様からテレパシーを受信した。  <頑張るひーちゃんに、私からちょっと早いお誕生日プレゼント。 受け取りなさい!> パシーッ!萩姫様から放たれたエロプティック法力が、イナちゃんから貰った胸のペンダントに直撃。 リングとチェーンがみるみる伸びていき、リングに書かれていた『링』のハングル文字は『견삭』に変化する。 この形は、もしかして…
 「イナちゃーん!これなんて読むのー?」 私は龍王剣を振るう右手を休めないまま、左手でチェーン付きリングをフリスビーの如く投げた。すると…  「オヤツアァ!」「グワアァー!」 すわ、リングは未知の力で悪霊共を吸収、拘束していく! そのまま進行方向の果てで待ち構えていたイナちゃんの雲へダイブ。 雲間から浄化済パステルテントウ虫が飛び去った!  「これはねぇ!キョンジャクて読むだヨー!」 イナちゃんがリングを投げ返す。リングは再び飛びながら悪霊共を吸収拘束! 無論その果てで待ち構える私は憤怒の炎。リングごと悪霊共をしかと受け止め、まとめて成仏させた。
 「グガアァァーッ!さては羂索(けんじゃく)かチクショオォーーーッ!!」 龍王剣が苦痛に身を捩る。  「カハァーハハハ!紛い物の龍王でもそれくらいは知っているか。 その通り、これは不動明王が衆生をかき集める法具、羂索だな。 本物のお不動様から法力を授かった萩姫様の、ありがたい贈り物だ」  「何がありがたいだ!ありがた迷惑なん…グハアァァ!!」 悪霊収集効率が上がり、ワヤン不動は更に荒々しく炎をふるう。  「ありがとうございます、萩姫様大好き!そおおぉおい!!」
 <や…やぁーだぁ、ひーちゃんったら! 嬉しいから、ポメちゃんにもあげちゃお!それ!> パシーッ!「わきゃお!?」 エロプティック法力を受けて驚いたポメラー子ちゃんが飛び上がる。 空中で一瞬エネルギー影に包まれ、彼女の首にかかっていた鈴がベル型に、ハングル文字が『금강령』に変わった。  「それ、クムガンリョン!気を綺麗にする鈴ね!」  <その通り!密教ではガンターっていうんだよ!> 着地と共に影が晴れると、ポメちゃん自身の幽体も、密教法具バジュラに似た角が生えた神獣に変身している。
 「きゃお!わっきょ、わっきょ!」 やったぁ!兄ちゃん見て見て!…とでも言っているのか。 ポメちゃんは譲司さん目掛けて突進。 チリンリンリン!とかき鳴らされたガンターが悪霊共から瘴気を祓っていく。 その瞬間を見逃す譲司さんではなかった。  「ファインプレーやん、ポメラー子…!」 彼は確かに察知した。浄化されていく悪霊共の中で、一体だけ邪なオーラを強固に纏い続ける一体のイタチを。  「見つけたか、俺を殺したクソ!」  「アッシュ兄ちゃんの仇!」  「「水家曽良…サミュエル・ミラアァァアアアア!!!!」」
 二人分の魂を湛えた全知全脳者は怒髪天を衝く勢いで突進、左右の拳で殺人鬼にダブル・コークスクリュー・パンチを繰り出した! 一見他の悪霊共と変わらないそれは、吹き飛ばされて分解霧散すると思いきや… パァン!!精神地獄世界全体に破裂音を轟かせ、亡布録の内側からみるみる巨大化していった。 あれが殺人鬼の成れの果て。多くの人々から魂を奪い、心に地獄を作り出した悪霊の王。 その業を忘れ去ってもなお、亡布録の裏側で歪に成長させられ続けた哀れな獣。 クルーアル・モンスター・アンダー・ザ・スキン…邪道怪獣アンダスキン!
 「シャアァァザアアァァーーーーッ!!!」 怪獣が咆える!もはや人間の言葉すら失った畜生の咆哮だ! 私は振り回していた羂索を引き上げ、怪獣目掛けて駆け出した。 こいつを救済できるのは火力のみだあああああああ!!  「いけェーーーッ!!ワヤン不動ーーー!!」  「頑張れーーーッ!」<燃えろーーーッ!>  「「<ワヤン不動オォーーーーーッ!!!>」」
 「そおおぉぉりゃああぁぁぁーーーーーー!!!!」
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