Tumgik
#賑やかな食卓
longgoodbye1992 · 9 months
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サイドシートの君
ゆかは旅先で呼んだコールガール。
地元が近いのと趣味が合った事がきっかけで連絡先を交換した。
そしてお盆の帰省のタイミングで会う約束を決めた。
ゆかのいる町まで車で一時間ほど。
来るか来ないかは半信半疑だった。
約束を破るような子では無いと思ってはいたけれど、連絡の返信の遅さがちょっと気になっていて、来なければ来ないでいいやと思っていた。
約束の時間の十分前に待ち合わせ場所に着いて車を停めた。
ゆかに着いた事と車の特徴を書いたメッセージを送る。
来ても遅れるだろうと思い、二十分後に発走する競馬を予想して買った。
既読が着いたのは約束の時間を二分過ぎたあたり。
あと五分くらいで着くらしい。
少し安心した。
それから十分後にメッセージ。
車のナンバーはこれですか?と来て、車の後ろを振り向くと、こちらを見ているゆかと目が合った。
手招きをして助手席に呼ぶ。
ゆかが席に乗り込んでくる。
「すみません」
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「元気だった?」
「はい」
「ありがとね、来てくれて」
「いえいえ」
「じゃあ行こうか」
プランを二つ提案した結果、神社に行って近くにある貝出汁のラーメンを食べることにした。
近くのコンビニでコーヒーを買う。
「そうだ、さっき競馬買ってたんだよね」
「そうなんですか」
「一緒に見る?」
「見ましょう!」
一緒に見たレースは見事に的中だった。
ゆかも喜んでいた。
車を走らせる。
車内ではゆかが同棲中の彼氏に薦められて見た頭文字Dの話を熱く語っていた。
今度聖地巡礼に行くらしい。いろは坂はあのまんまだよと言っておいた。
ゆかが今日着ている服はライトなロリータ風のワンピースで、童顔の彼女にはそれがとても似合っていたので伝えた。
嬉しそうに笑うゆか。ロジータというブランドらしい。
田舎道を走っているとひまわり畑を見つけた。
下りてみると一面ひまわりが咲き誇っていて、その後方にある風力発電のプロペラがまたいい味を出していた。
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夢中で写真を撮るゆかは無邪気な少女のようで、転んてしまわないか心配になるくらいだった。
車を再び走らせて神社へ向かう。
険しい階段を上って本殿でお参りをする。
「五円あった」ゆかが財布から硬貨を取り出す。
「俺は欲張りだから五円が十倍あるように五十円にするよ」
「なるほど!」
神様に祈ったことは今日が楽しく終わりますように。きつねの神様は俺を助けてくれるだろうか。
反対側に下りて行くと無数の赤い鳥居が並んでいる。何度来ても圧倒されるが、ゆかも同じだったようだ。
ここで少し雨が落ちてくるが気にせずに歩いていく。鳥居の中を歩いていくと横に水場がある。そこに咲く蓮の花を見つけたのでゆかに教えると鳥居から蓮にスマホを向けて撮影した。
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白い花びらが水から顔を出して咲く姿は可愛らしさだけではなく強さも感じた。何となくそれはゆかの姿にも重なった。
高台から鳥居が並ぶのを眺める。
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雨が本降りになってきたので木の下で雨宿り。
ゆかの持っている赤いバッグには傘が入っていないらしい。
「折りたたみもってくればよかった」
「雨降るなんて考えてなかったよ」
「県の真ん中の方は降るって聞いてたんだけどなぁ」
「しゃあないよ、ここ真ん中じゃないし」
しばらく経ってもやま���い雨。結局少し濡れながら歩くことにした。
雨降りにも関わらず別な色の蓮の花を見つけて二人で写真を撮った。
階段を上って下り、おみくじをひいた。
天然石が入ってるおみくじで、パワーストーンが好きなゆかにはぴったりだった。
昼食の時間になったので店へ向かうが、時期や時間もあって行列ができていたので、同じく貝出汁のラーメンを出している別な店で食べることにした。
運良くすぐに座れ、ゆかとあれこれ話した。
ゆかは小学校から高校まで卓球をしていたらしい。
大学ではクラゲの研究をしていて、クラゲの生態にも詳しかった。
「一応理系なんで」
確かに同人小説を書き方を聞いたら実に論理的に話を作っているなと感じていた。
そんな話をしているとラーメンが出来上がって食べた。貝の出汁とバターの風味がうまくマッチしていて絶品だった。ゆかも気に入ってくれたようだ。
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店の外に出るとまたもや雨。
近くの公園にあった遊具も濡れていた。
「晴れてたらやりたかったのになぁ」
「これじゃ濡れちゃうね」
残念そうにするゆか。
ここの段階で時間は十三時をまわっていた。ゆかは十六時くらいまでならと言っていたので、次の場所を迷ったが、思い切って賭けに出ることにした。
市街地へ車を走らせる。
「あのさ」
「ん、なに?」
「夜の仕事、まだやってるの?」
「いや、しばらくやってない。昼の仕事で稼げるようになったから。このままやめようと思ってる」
「そっか、昼の仕事が順調ならいいね」
「うん、もう知らない人に会わなくてもいい」
「お疲れ様。よう頑張ったと思うよ」
「彼には絶対言えないけどね」
「体調もよさそうだね」
「うん、抗うつ剤は飲んでないし、元気になったよ」
「よかったよ」
ゆかの手に触れて握ると、握り返してくれた。
川沿いの堤防を走る。
カーステレオからは真夏の果実。
市街地にあるホテルへ入り車を停めた。
ゆかの表情は暗くて見えなかった。
「いい?」
「タダじゃ嫌」
「そっか」
その返答は予測していた。元々は金で繋がった関係だ。
「いくらくれる?」
価格交渉が始まるが、割とすぐにまとまった。
タッチパネルで安い部屋を選んで入る。横にあるシャンプーバーの香りが鼻についた。
部屋に入ってソファに座る。
唇を重ね、ゆかの胸に顔をうずめた。
その後の事は何となくしか覚えていない。何度もキスをして、何度も愛を囁いた。
そして二人並んで眠った。
ゆかの寝息を聞きながら時間を気にしていた。
リミットの時間はとうに過ぎている。
目を覚ましたゆかに聞いた。
「時間大丈夫なの?」
「ああ、うん。別に花火があるからそれまでに帰れれば。そんな花火見たいわけじゃないんだけど」
その日はゆかの住む町で祭りがあって二十時から花火が上がる日だった。
「そっかそっか。一緒に見る?」
「うーん、誰かに見られると嫌だから」
「だよな」
その後はゆかの書いた小説を読んだ。そしたら俺もゆかに自分の書いた物を見せたくなった。
「ゆかの事書いた作品があるんだけど見る?」
「えー!恥ずかしいからやだ」
「まあまあ、自分だと思って見なきゃいいからさ」
「うーん、ちょっと興味はあるんだけどね」
そしてTumblrに投稿してたコールガールを見せた。
時に笑いながら、時に考えながら読んでいた。
「この表現好き」
ゆかを花に例えた部分が気に入ったらしい。
「人の書いたもの見ると勉強になる。すごく読みやすかった」
「ありがとう」
「今日の事も書くの?」
「そうだなぁ、たぶん書く」
「めっちゃ恥ずかしい」
そんな事を話しながら、不思議な関係だなと思った。
現実で会った人にTumblrを見せたのは初めてだった。
彼女でもなければセフレでも無い。そもそも会って二回目の関係なんだから名前をつけようにもまだ難しいだろう。
それでもこの関係は何だろうと思いながら気づけば温くなった風呂に二人で入っていた。
洗面台で歯を磨くゆかに後ろから抱きついたり、服を着るのを邪魔してみたりした。
帰路につく。
夕焼けの時間だった。
この様子だとゆかの町に着くのは十九時くらいになりそうだ。
「今日さ」
「うん」
「何で来てくれたの?」
「えっ、うーん…誘われたし暇だったから」
「そっか。お金もらえるって思ってた?」
「いや、それはない。ただ会ったらするかもなとは思ってた」
「そうなんだ」
「うん」
途中の海辺で夕焼けの写真を撮った。
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「すごくいいね!あとで送って」
「いいよ、今送るよ」
すぐゆかに送った。
「ありがとう」
そっとゆかの手に触れた。自然と繋ぐ。
車は海沿いの道を駆け抜けていく。
町に着くと大勢の人で賑わっていた。
「どこで下ろせばいい?」
「真ん中は嫌だから…朝会ったとこ」
そこへ向かって車を進めると、警備の人が立っていて入れなかった。
「ちょっと入れないな…」
「うーん、どうしよう」
ぐるぐると町中を周る。
「やっぱ入れないよ」
「離れたとこなら一緒に見てもいい」
「えっ、あっ、そっか。じゃあそうしよか」
「うん」
「食べ物買いに行こか」
「屋台はダメだよ。知ってる人いるかもしれないから」
「そうだな。コンビニでいいか」
その町にある唯一のコンビニで食事を買った。
その隣りにある駐車場から花火が見えそうだったので、そこに停めて見ることに決めた。
花火が始まる。
ここでもゆかは写真を撮るのに夢中。
俺も撮ってみたけれど、信号が邪魔して上手く撮れなかった。
合間に見せてくれるゆかの写真は上手に撮れていた。
プログラムの間、ひたすらゆかはスマホをいじっている。その動きが止まると俺のスマホに通知が来た。
「アルバム作った」
開いてみるとトーク画面に日付が入ったアルバムが出来ていた。花火や蓮、ひまわりの写真がたくさんおさまっていた。
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「おー、いいね。ありがとう!」
「ふふっ」
ゆかはまた外にスマホを向けた。
「あの色はリンで…」
花火の色を見ながらそんな事を言っていた。
「覚えたことって言いたくなるよね」
ゆかが笑う。そうだなと俺も笑う。
あっという間に花火大会は終わった。
「帰ろっか」
「うん…」
帰りに降ろす場所を探しながら車を進めた。
「あっちに行くと公園がある」
「そこで降ろす?」
「いや、遠いからいい」
「行ってみようか?」
「うん」
公園に行くと暗くてよくわからなかったが、日中は眺めがいいだろうなと思った。
「あっちには小学校がある」
「行ってみよか」
何となくゆかの気持ちがわかった。
「あれだろ」
「なに」
「別れが惜しくなったんだろ?」 
笑いながら言った。
「でも明日は友達と遊ぶから泊まれない」
「もうちょっとドライブするか」
「うん」 
小学校へ入った。ゆかが通っていた小学校はかなりきつい坂の上だった。
「こんなのだからめっちゃ足腰鍛えられた」
「これは中々スパルタだな」
「でしょ」
小学校を後にして車を俺の地元方向へ走らせた。
「あれだよね」
「なに?」
「泊まっても寝ればいいじゃん」
「うーん」
「俺いびきかかないし」
「そうなんだ」
ゆかの右手に左手を重ねた。
「朝、めっちゃ早起きだよ?」
「いいよ。またここまで送るからさ」
「わかった」
「じゃあ、泊まろっか」
「親に連絡しとく」
コンビニでコンタクトの保存液とビールとほろ酔いを買った。
ホテルへ入る。今日二度目だ。
カラオケがついていたので酒を飲みながら二人で歌った。
夜は深くなっていく。
シャワーを浴びる。マシェリでゆかの髪を洗った。
洗面台でそれを乾かしてベッドへ入る。
互いに欲望のまま相手を求めあう。
眠っては起きて、キスをして、何度も何度も。
「俺に好きって言ってみてよ」
「言わない」
「いいじゃん、嘘でも言ってみなよ」 
「嫌だ言わない」
「そっか」
力一杯抱きしめて、それをゆかも返した。
俺は六月にあったことを話した。
自殺未遂のことも。
「ガチで死のうとしたんだね」
「うん、そうだよ」
「生きててよかったね」
「ほんとそう思う」
「今も彼女のこと好き?」
「いーや、全然」
「そっか」
「新しい好きな人いるらしいし」
「いなきゃ好きなの?」
「いや、そういうわけでもない。俺にはあわなかった」
「切り替え早いね」
ゆかの首筋にキスをして眠りについた。
結局は予定の時間にゆかは起きれなかった。
俺も軽くは起こしたけれど、別れを早くしたくないなんてエゴが出た。
「私ほんと時間にルーズなんだよね」
と言いながら、そんなに慌てないゆかが滑稽だった。
「私と付き合わない方いいよ」
「どうして?」
「時間守れないし、好きなこと話すと止まらないし」
「時間を守れないのはよくないな。でもそれはパートナーがちゃんとしてれば支え合っていけるんちゃうか?」
「うん…」
ワンピースを着ながらゆかは俺を見た。
「うしろのチャック閉める?」
「閉めよっか」
「自分でも出来るけど」
「いいよ、閉めるよ」
背中を向けたゆかの背中のファスナーを閉めた。
「上のボタンもかけて」
「はいはい」
ボタンを掛けて後ろから抱き締める。
「かわいいよ」
「ふふっ」
ゆかにかわいいと言うといつも笑う。
そんなとこはあざといのかもしれない。
「友達との待ち合わせ場所まで送ってくれるんでしょ?」
「うん、送るよ」
「やったー」
「そのかわり」
「なに?」
「お金は無しな」
「えー、少しも?」
「当たり前だろ。泊まったし送るんだし」
「ふふっ、そうだよね。わかった」
「交渉成立な」
「電車代浮いたからいいや」
「なんだよそれ」
ゆかが笑った。
ホテルを出てコンビニでコーヒーと朝食を買った。
予定時刻までに着かないのはわかっていた。
友達やら予約しているカラオケに電話をしながら、車の中でアイラインを引き、ルージュを塗った。
「ちょっとはおしゃれしないと」
「昨日と同じ服だけどね」
「それはしょうがない」
「そうだな」
「そうだ、スッピンどうだった?」
「あー、うん。可愛かったよ」
「ふふっ」
相変わらず笑う。
海辺を見ながらゆかは言った。
「普段海見ないけど、やっぱりこっちの海のが好き。向こうはなんか深くて怖いから」
戻ってこいよ。なんて言おうと思ったけど、別に俺がそれを言える立場じゃ無い。
「やっぱさ、十八年見た海は特別なんだね」
「確かにそうかもな」
「今回帰ったら、次見るのは冬か」
「その時も一緒に見たい」
「うん、いいよ。あっ、あとは会いに来てくれれば会えるよ」
「行きたいなとは思ってるよ」
海辺を過ぎて内陸へ入る。
あと五分で目的地。
信号で止まった時にゆかの唇を奪った。
信号の色が変わるのを感じで離れる。
ゆかの表情はどこか寂しげだった。いや、そう思いたいからそう見えたのかもしれない。
カラオケの前で降りる間際にもキスをした。
去り際にゆかは俺を見てこう言った。
「死なないでね」
短いけど重い言葉だった。
「そっちもな」
車を大通りへと向かわせる。
何度もゆかの耳元で囁いた言葉を思い出す。
車線を変えながら車を一台二台と抜いた。
「俺って本当に」
アクセルを踏んで帰路につく。
サイドシートにマシェリの香り。
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tori-utsuwa · 1 year
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今朝はピザトースト、ヨーグルトには冷凍ブルーベリーをトッピング、なんだか賑やかね #袖師窯 #まゆみ窯#太田潤手吹き硝子工房 #lue #桃李の食卓 https://www.instagram.com/p/CkXSyHVvHQU/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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halkeith · 16 days
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#ほたるいかミュージアム #ミミイカ #ホタルイカ #チンアナゴ #ダイオウグソクム #キンメダイ #くろべ牧場 #桜 #ベロスターミニ #あいの風とやま鉄道 #ヘルメット #オージーケーカブト
 ほたるいかミュージアムへ。ホタルイカに指をかまれ痛たたたと叫ぶ。 ミミイカやチンアナゴも愛らしい。  暗室ではダイオウグソクムシやキンメダイの展示。あと撮影禁止のほたるいかの発光ショーも刺激的だった。  午後はサイクリング。くろべ牧場まで往復。新調したヘルメット。心地よし。 観光スポット、人出の賑わいも戻ってきた。 今年はホタルイカ豊漁で、我が家の食卓にもよく出てくる。グリンが自転車乗れるようになってきた。いつか一緒にサイクリング出来るだろうか。
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bearbench-tokaido · 1 month
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五篇 上 その五
地蔵さまのお鼻が欠けた事に怒っている田舎者に、亭主はよいよ、苛立ちながら、 「お地蔵さまのお鼻も大切じゃが、お前さんがたのお荷物も大事じゃ。 何か、なくなった物はないか。どうでも、怪しいやつらじゃ。 それ、あの目つき。」 「いや、わしらは、泥棒なんかじゃない。 人聞きの悪いことを言わないでくれ。正直でまじめな旅人だ。」 と、北八は、首を振りながら答える。 田舎者も、自分の荷物を確かめてから、 「いいや、そうじゃあるまい。 だいたいお前が泥棒でないなら、どうして今時分そこに寝ていたんだ。」 「いや、これはそう、便所に行こうと思って。」 北八は、一瞬言葉に詰まってからへたな言い訳をする。 それを聞いて、旅館の亭主、 「馬鹿なことを言うな。便所は、座敷の縁さきにあるのに。 お前も、寝る前に行ったであろう。そんなごまかしにひっかかるもんか。」 と、にらみつけるので、北八しかたなく、 「そう言われてはしかたがない。恥ずかしい話だが正直に言いましょう。」 「おお、そうさ。最初から正直に言えばいいものを。」 と、旅館の亭主が言う。
「いやどうもお恥ずかしいが、今俺がここに居るわけは、約束した女のところに夜這いにきて、この棚の落ちた音にまごついてこうなったのでございます。」 田舎者が、驚いた様子で、 「なに、夜這いに来た。いやはやお前さんは、罰当たりな男だ。 どこの国に、石地蔵さまのところへ夜這いにくるやつがおるんじゃ。」 「言えば言うほど、つまらない言い訳ばかり。」 旅館の亭主は、北八をにらんでいる。 「こりゃ、とんだ災難にあった。弥次さん、弥次さん。」 と、北八は、弥次郎兵衛を呼びつける。 先程から、起き出してきてこの様子を見ていた弥次郎兵衛は、おかしいのをぐっとこらえて出てくると、 「こりゃあ、どなたもお気の毒。あの男は、私が保障します。 変なものじゃない。勘弁してやってください。 又、地蔵さまの鼻とやらがかけたといいなさるが、どうぞ私に免じてなんとか許してやってください。」 と、色々でまかせでことわりを言いながら、何とかこの場をおさめてしまった。
旅館の亭主も興奮が冷めてくると、なるほど北八は、悪者とも見えない面をしている。。 どうやらなくなったものもないようだし、弥次郎兵衛の言った事に納得してしまった。
夜這いかけ 地蔵の顔に 三度笠 またかぶりたる 首尾の悪さよ
弥次郎兵衛が今の様子で、狂歌を一首詠むと、みんながどっと笑いだし、どうにかこうにか揉め事もおさまった。 まだ、夜があけるのには時間があるから、みなめいめいに寝床に入って休むことにした。
しばらくして一番鶏の告げる声や馬のいななきも聞こえてきた。 弥次郎兵衛と北八は急いでおき出すと、支度を整えてこの旅館を立ち出た。
遥かなる 東海道も これからは 京の都へ 四日市なり (この当時、四日市から京都まで、四日で行けた。)
それより、浜田村を通り過ぎ赤堀につくと、往来はまことに賑わしく、そこかしこに人々が集まっている。 いったい何事かと、弥次郎兵衛と北八も、道路の片方によっていきながら、 「もしもし、何でございます。」 近くの親父に聞いてみると、 「ああ、あれ見なせえ。」 と、指差す。 二人は、その方を見てみたが、特に何も見えない。北八は、 ���けんかでも、やってるのかな。」 と、聞くと、 「いいや、天蓋寺の蛸薬師さまが桑名へ開帳に行くんだが、今ここを通られるからみんな見てるんだ。」 と、親父が答える。 それを聞いて、弥次郎兵衛が、 「ははあ、なるほど。向こうの方に見える。」 と、指差す。 人だかりの中を村の名を染めたのぼりを先頭に、同じような格好をした集団がやって来る。
連中は、大きな声で、 「なあまあだあ。なあまあだあ。」 と、言うのを、北八が、 「たこ薬師さまというのは、茹でたのじゃないようだ。生だそうだ。」 と、ちゃかしている。 連中は、更に、 「なあまあだあ。」 と、繰り返している。 「先頭の、のぼりを持って行くやつは、なんて間抜けな顔だろう。」 と、弥次郎兵衛が言う。
連中が、見物している人々に、 「お賽銭は、これへ、これへ。」 と、言っている。 「これは、海より上陸してしていただいた、天蓋寺のたこ薬如来さま。 ご信心の方は、お心もち次第。どうぞ。 さあさあ、お心もちは、いいですか。」 北八は、それに答えて、 「お心もちは、いいですよ。今朝中型の椀で、三杯おかわりしましたから。」 と言うと、弥次郎兵衛も、 「そういや、今朝の食卓にはたこがあったな。ありゃ、うまかった。」 と、はぐらかす。
その後ろから、御厨子(みずし)に入った薬師如来を、大勢で担いで通って行く。 更にその後から、天蓋寺の和尚が乗り物に乗ってくると、そこらじゅうにいた人たちが念仏をあげてくれと願い出る。 従者が、 「よかろう。お十念を。」 と、言うと、乗り物を下ろして、戸を引きあける。
現れた和尚は名前のごとくゆでだこのようで、赤ら顔にあばたもあり髭だらけで、でっぷり太って脂ぎっている。 その和尚が、さも、もっともらしく、 「なむあみ。」 と、言うと、みんなもそれを真似て、 「なむあみ。」 と、言う。 更に、和尚が、 「なむあみ。」 みんなもそれを真似て、 「なむあみ。」 と、繰り返す。
和尚は、『なむあみ』と繰り返し最後に、どうしたはずみか鼻がムズムズして、 「はっ、クション。」 と、くっしゃみをしてしまう。 みんなも、これが、念仏だと勘違いして、 「はっ、クション。」 と、真似をする。 和尚が小声で、 「畜生め。」 と、言うと、みんなも、小声で、 「畜生め。」 と、言う。
「ははは。笑わせやがる。なんだ、あの念仏は。 あの和尚は、くしゃみ畜生めだ。ははは。」 と、この様子に、弥次郎兵衛は笑っている。その横を連中は、 「なあまあだあ。なあまあだあ。」 と、賑わしく通り過ぎる。 弥次郎兵衛と北八は、おかしく後を見送りながら、
念仏を 唱えながらの くしゃみは 余計なもので 風邪をひかせし
と、詠んで笑いながら、そこを通り過ぎた。 そこから、追分町につくとここの茶屋は、饅頭が名物で茶屋の女中が、 「お休なさりまあせ。名物のまんじゅうの暖かいのを、おあがりまあせ。 お雑煮もござりまあす。」 と、声をかけている。
北八が、 「右側の茶屋の娘が美しいの。」 と、弥次郎兵衛に言うと、 「しばらく見ないうちに、あの娘も綺麗になった。」 と、初めて見るはずなのに、そう言って茶屋に入り、腰掛ける。 女中が、 「お茶をまず、どうぞ。」 と、持ってくると、 「饅頭をいただこう。」 と、女中に言う。 「はい。すぐに、お持ちします。」 と、女中は言うと奥に戻り、やがて持ってくる。
そこへ、金毘羅参りのような服装の白いハンテンを来た男が、二人と同じ茶屋に入ってきた。 男は、雑煮もちを注文している。
弥次郎兵衛は、饅頭を全部食べてしまうと、 「もう少し食べようか。 さすがに名物だけあって、いくらでも食べられるようだ。」 と、北八に言う。 「いいや、お前は酒飲みのくせに甘いものも好きだときてる。 いい加減にしたらどうだ。」 と、北八はたしなめる。
近くに座っていた例の金毘羅が、話しかけてきた。 「あなたがたは、お江戸の方かな。」 「ああ、そうさ。」 北八が答える。
つづく。
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muchakucha01 · 3 months
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 【二月のご挨拶】
 新年快楽  万事如意
 二月十日は春節  旧暦のお正月です。  今年は立春の後に春節を迎える事となりましたので、  比較的暖かな春節になるようですね。
 中国の春節について、ご紹介します。  年度が変わる新暦のお正月より、春節の方が  改まる、という感じは強く、  干支は兎から龍に切り替わります。
 大晦日は除夕と言って、家族親族が集まり  賑やかに食卓を囲みます。  水餃子を手作りしてみんなで包んで食べますが、  水餃子には各家庭のこだわりがあり、  皮の厚み、餡の風味がうまく融合して、  つるつるといくつでも食べられるのが美味しい餃子。  たれをつけなくても味が整っているのが  美味しい餃子なのです。
 他にもさまざまなご馳走が並び、  縁起を担いだ立派な魚料理は(魚の発音は余に通じる)  年年余余、いよいよ運気が良くなり  余裕ができますように、と願いから。
 客間には吉に通じる金柑の鉢植えや  香り高い梅の花、水仙を飾ります。  先祖を祀る台は清めて果物や花、香を立てます。  玄関には、縁起の良い言葉を赤地に金で装飾した  細長い紙に書いた春聯を一対で貼ります。  印刷されたものもありますが、  手書きのものは、家族の達筆の人が腕を振るい  気の利いた文言を書きます。  各門戸に貼られたこれらの春聯の  様々な吉祥の言葉を眺めながら、  散歩するのも楽しいものです。
 赤い紙で作った斗方は四角い紙に  縁起の良い文字や絵を書いたもの。  菱形に窓や壁に貼ります。
 新年には来客もあります。  子供だけでなく目下の人には、  紅包という赤い小袋に入れたお年玉を渡します。  来客には、蜜銭といわれる  甘い砂糖漬けのドライフルーツや  棗、落花生など吉祥果をたくさん出して  食事まではお茶を入れて談笑します。
 春節の期間はとにかく、ご馳走を集まって食べる、  という事が一番大切ですから、  女性も男性もかわるがわるキッチンに立ち、  それぞれが得意料理に腕を振います。  誰かが作った料理が卓に置かれたら、  間髪入れずみんなが箸を伸ばして味わい、  その料理を作った人を褒めそやします。
 春節の間は喧嘩や揉め事は御法度。  一年が台無しになるからです。  温かい和やかな春節風景。  最近は気分転換に海外や国内旅行に  行く人も増えていますが、心の奥底には、  昔ながらの春節の温かい光景は  決して消える事はありません。
 十五日間は春節期間。  十五日目は大きな満月が出ます。  この日に食べるのが元宵という白玉団子。  湯気を立てるこのお団子を食べて  お正月行事は終わりとなります。  今年は二月二十四日になります。
 二〇二四年 春節  中国茶会 無茶空茶  黄 安希 拝 http://muchakucha.net
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lacollepro · 3 months
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卓越したミキシング: 現代のキッチンで業務用ミキサーのパワーを解き放つ
正確さ、効率性、品質が非常に重要である業務用厨房のダイナミックな世界では、謙虚な姿勢が求められます。業務用ミキサー 群衆の中で本当に目立ちます。ベーカリーからレストラン、大規模なケータリング事業に至るまで、市販の混合物は最も重要なツールの 1 つとなっていますが、それは何であっても重要ではありません。
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市販混合物の進化
商業的な混合物には、肉体労働から今日あなたが知っている効率的で強力な機械へと進化する豊かなタペストリーがあります。もともとは、生地を混ぜるという困難な作業を簡素化するために設計されました。市販の混合物は現在、さまざまな調理作業に対応できるようその機能を拡張しています。
驚くべき機能のいくつか
容量と電力
と同じようにクレープ焼き器 商用混合物は大量生産向けに構築されています。大容量と強力なモーターを備えています。大量の生地を準備する場合でも、重いパン生地や市販の混合物に取り組む場合でも、忙しいキッチンの要求を満たす力を発揮します。
複数の添付ファイル
市販の混合物の最も優れた点の 1 つは、その適応性です。パドルビーターやワイヤーホイップなどの多種多様なアタッチメントを使用すると、混合物をタスク間で完全に移動できます。生地のこねからバターのクリーム作りまで、アタッチメントの多用途性により、若者の幅広い料理の可能性を探求できます。
さまざまな速度設定
業務用キッチンでは精度が重要であり、業務用混合物は可変速度設定で提供されます。各レシピの特定の要件に合わせて混合速度をカスタマイズできるため、繊細なペストリーや強力なパン生地に最適な結果が得られます。
市販の混合物の利点
賑やかな業務用厨房では時間が非常に大切です。市販の混合物を使用すると、混合プロセスが合理化されます。準備時間を短縮し、食品生産の他の側面に集中できるようになります。デザートステーション用にメレンゲを泡立てている場合でも、生地をこねている場合でも、ベーカリーにとって市販の混合物の効率はまさにゲームチェンジャーです。
成分のブレンドの精度は、一貫した高品質の結果を達成するために非常に重要です。市販の混合物を使用すると、生地に材料を組み込む場合でも、パン生地にグルテン構造を形成する場合でも、確実に均一に混合できることを知っておく必要があります。一貫性は、毎回素晴らしい味を提供することでブランドの評判が決まる施設では特に重要です。
進化し続ける業務用厨房の状況において、業務用混合物は伝統的な技術の融合を証明するかのように存在します。
この製品の詳細については、当社ウェブサイトsanseidou.co.jp/ja/をご覧ください。
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hisoca-kyoto · 5 months
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本日も「暖かなクリスマス」にお越しいただきありがとうございます。今日から12月に入り、街も一層キラキラと輝き出しクリスマスムードが高まってきました。昔1年住んだことがあるパリの街もこの時期はイルミネーションで輝き、各所でクリスマスマーケットが行われていて、大切な方へのプレゼントを探される方で賑わっていたなと、今でも12月が来るとその頃の風景を思い出します。冬の日照時間が少なく寒く厳しい時期も、家族や親しい仲間と食卓を囲み暖かい時間を過ごされていたり季節や日々を楽しまれることがとても上手でした。最近はニュースを見ると悲しい情報や先行きを不安に思うことも多く、少し気持ちが落ち着かないことも多いですね。そんな昨今なので、1年の終わりはホッと穏やかな気持ちで終えて頂きたいとその頃に見て感じたクリスマスマーケットをイメージして今回この企画を考えました。素敵なもの、美味しいものが期間中集います。自分のために、家族のために、友達の顔を思い浮かべて・・・ぜひ出会って頂けます様に。
今日は佐々木綾子さんが午後からお越しくださいました。お客様にご説明くださったり、久しぶりにお会できて私もお話しできて嬉しかったです。先日佐々木さんのインスタグラムでもご説明されていましたが、釉薬の発色を出すのに欠かせない材料が手に入らない状況になられて、特徴的な色合いのカラーの器が今回で最後になられるかもとのことです。今回新色のほんのりアイスブルーな白を届けて下さいました。マグカップ、ミルクピッチャー、ビーカー、5寸、6寸プレートなどご覧いただけます。ご無理をお願いしてカラーの器もマグ(コーヒー、カフェオレ)、八角皿(20,5cm、11,5cm)にてお作り下さいました。佐々木さんらしい優しいニュアンスカラーが美しい器をお探しだった方はこの機会に手にして頂けますように。佐々木さんもお恥ずかしいとのことで後ろ姿をパチリ。お時間作ってくださりありがとうございました!
お写真に載っているハナ菓子店さんのマロンくるみのフィナンシェも人気でした。お菓子たちはクッキーがあと数点となりました。ご了承よろしくお願いいたします。
そして、suukaさんが完売していたリースやスワッグ、ボールリースを追加で持ってきて下さいました!!!初回のとはまた違う素敵なのを作って下さいましたよ。お探しの方はぜひこの機会にご覧下さいね。
明日から土日の2日間は、名張から國津果實酒醸造所さんがお越しくださいます!ナチュールワインの販売がありますよ。4種類ほどご用意くださるそうです。2日間だけになりますのでぜひご都合合いましたらお立ち寄り下さいませ。奥さまのkiki mariaさんのアクセサリーも明日お持ちくださるそうです。2年前のイベントの際のお写真ではこんなラインナップでした。今回もどうぞお楽しみに♪
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a2cg · 7 months
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境界線と私
昔から地図を眺めるのが好きなので、周りは埼玉県新座市なのにポツンと存在する練馬区西大泉町はどういった経緯で飛び地になったのかなど気になります。
県境は川を渡ったら変わることが多いのですが、葛西橋通りを東に向かって旧江戸川を渡ると千葉県浦安市になるのですが、その中州にある妙見島までが江戸川区ですね。
境が気になるのは私だけではなくて、ロバートの秋山さんは「TOKAKUKA」という楽曲で都がやってる「東京芸術劇場」区がやってる「浅草公会堂」と歌っていました。
同じように気になる問題として「ク」か「グ」がありますが、韓国の男性アーティストはビッ「グ」バンで、こちらの店は「ク」みたいですね。
と言うわけで本日のランチは #ビックラーメン です。すっかりランチタイムを逃した2時過ぎでしたが、この店は通し営業でなんとかランチ難民にならずに済みました。
頼んだのは #夏季限定 #つけ麺 中(1.5玉)です。9月も暑い日が続いているので暦の上では秋ですが、この店では夏季の扱いで提供しているようです。
意外と世間ではアイドルタイムのはずなのに賑わっているのが印象的です。待つこと8分ほどでやって来ました。
バラ肉がたっぷり乗った麺とゴマたっぷりのつけ汁が印象的です。まずは中太の麺を頂きます。醤油ベースの汁とほんのり感じるごま油の香りと中太の麺がよく合います。
お肉は甘めの味付けで煮込まれていて単体で食べても美味しいですね。メンマの食感や海苔の味わいなども素敵です。
卓上に沢山の調味料があるので、少しお酢を垂らして爽やかな味わいにしてみたり、ラー油でピリ辛なパンチを加えたりして味変をしてみてもいい感じです。
シンプルだけども美味しいつけ麺で大満足でした。最近ランチを食べそこねることが多いので、遅い時間にランチを食べる時の候補として覚えておきたいと思います。
#虎ノ門ランチ #虎ノ門グルメ #虎ノ門中華 #虎ノ門町中華 #虎ノ門ラーメン #虎ノ門らーめん #虎ノ門中華料理 #虎ノ門つけ麺 #麺スタグラム #とa2cg
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almostautohonyakudiary · 11 months
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クリームに対するものすごい考え方
ロザンナ・マクラフリンによるエッセイとタルト・ディジョネーズのレシピ
コベントリーのど真ん中に住んでいたにもかかわらず、祖父母の家の玄関は日中いつも開いていた。画家であった祖父は、人と会い、スケッチすることに貪欲で、それでさまざまな人物が予告なしに家にやってきた。全身緑の異教の衣装を身にまとい、バグパイプを担いで玄関で大音量で演奏していた「グリーンマン」のバリーだったり。祖父が電動車椅子で外出中に仲良くなったパンクスだったり。近所に住む問題児のオペラ歌手は、パーティでわざとワインをカーペットにこぼしたところを祖母に見つかって以来10年間も出入り禁止だったが、やがて再び仲間に迎え入れられた。
コーラスガールと工場労働者の娘だった祖母は、1954年に祖父と結婚した。祖母は生涯、文学愛好家であり、家族で初めて大学に進学した。祖父は、ロンドン周囲の保守的なホームカウンティーズの家庭には思いがけない子孫であり、素晴らしく風変わりだった。慢性的に不衛生な男で、バスタブは汚れた皿を入れるところ、手は絵筆を持つために存在し、プディングは天からの贈り物だと信じていた。二人とも、家庭的な世間話など大嫌いだった。お客が美とか詩のような高尚なことを議論していないことに苦々しく思った祖父が、「学位を持っているのにゴミ箱の話をしているのか」と言ったことがある。でも、そんなふうに表向きは下世話な話を嫌っていたにもかかわらず、祖母はものすごく料理が上手く、キッチンは祖父母の社会生活の心臓部だった。
そのため、来客はいつ来るのがベストなのか、すぐに察しをつけるようになった。午前11時ならコーヒーとビスケット、正午ならラムシチューやクレソンスープ、プレイス[***カレイの一種]のパン粉焼き、洋ナシと赤ワインゼリー、チョコレートプディングなど、祖母が日常的に作っていた素晴らしい昼食を食べるチャンスがあった。ある夏の朝には、祖父母の生活で転倒が頻発するようになり、定期的に呼ばれるようになった救急隊員が、あまりの楽しさに無線を切って数時間、庭にいたのを覚えている。私は祖母に頼まれてフランス産のバタービスケットとコーヒー(いつもクリーム入り)を皿に載せて持って行き、救急隊員はそれを蔦の陰でくつろぎながら楽しんでいた。
祖父の死から数年が経った昨年11月、祖母が亡くなった。今、二人のことを思い出すと、最後まで親しい人々で賑わっていた家のことが思い出される。祖父は救い難い甘党で、糖尿病で片足を失った後も道路を隔てたリドル・スーパーマーケットからルール違反のヌガーを入手していたことを思い出す。祖母の台所に座り、食事の準備を手伝いながら、文化や政治に関するあらゆる事柄について祖母の強い意見に耳を傾けたことも。あるとき、エンドウ豆の鞘とったり、ジャガイモの皮を剥いたりしながら、肥満に対処するためのおせっかいな戦略に関する記事について話し合ったことがある。「たとえ顎をワイヤーで固定されていたとしても、ストローでダブルクリームを吸うわ」と彼女は宣言した。また、80代後半になって、サリー・ルーニーの小説を読んだ後に、「英語は完全にあきらめた、これからはフランス語の小説しか読まない」と宣言したこともあった。
でも��がいちばんに思い浮かべるのは、タルト・ディジョネーズだ。チーズ、マスタード、卵、クリームを混ぜた濃厚なソースをシュー生地に塗り、玉ねぎとパプリカを重ねたもの。妻のメリッサと私が訪れると、祖母はよくこのレシピを選んだ。私たち夫婦はベジタリアンという恐ろしいものの手中に落ちており(祖母はあるときそれを選ぶことは「反社会的な行為」だと表現していた)、それはオムレツと並んで、彼女が作る数少ない肉や魚を使わない主食のひとつだったのだ。昼になり、私たちが祖母の料理と文化的見解と無尽蔵の赤ワインを求めて集まった客人たちに混じると、そのタルトが台所のテーブルに頻繁に並んでいた。
晩年、祖母の足が不自由になると、台所が心許ない場所になることがあった。パントリーの棚に腐ったクリームケーキが置かれ、その横のジャガイモはあまりに青く芽吹いていてまるでウニのようだった。その頃には、祖母は口述でほとんどの料理をするようになっており、リビングルームの肘掛け椅子から家族に指示を出した。祖母は年をとるにつれてほとんど家から出なくなったが、気前のいい食卓が、世界を彼女の方へと連れてくるのだった。祖母は、料理が友情とコミュニティを維持するために果たす役割を知っていた。料理は、人々を結びつける善意と優しさの行為だった。
数年前、メリッサに頼まれ、祖母はタルト・ディジョネーズのレシピを書き出した。パントリーにあったデリア・スミスの料理本の表紙の裏に挟んであった黄ばんだ新聞の切り抜きを写し、括弧書きで自分のコメントを加えた。メリッサと私は自宅で何度もこのタルトを作ったが、祖母の死後数か月間は、このタルトを作るとほろ苦い気持ちになった。タルトの生地は、クリームとマスタードとチーズを乗せる土台であると共に、悲しみの受け皿でもある。それでも料理は、コヴェントリーから数百マイル離れたサセックス海岸の私たちの台所へ、祖母を呼び寄せる手段なのだ。
タルトを包丁で切るときのカリカリという音は、祖父母の台所の小さな食卓を囲むグラスの音や、チラシやバスの時刻表や古い果物の種が山積みになった本棚に囲まれたダイニングルームでの食事を思い起こさせる。炎のように赤いパプリカは、祖母のもてなしと同じように鮮やかで、マスタードの刺激には祖母との会話と同じような満足感がある。タルトはいつもおいしくできるが、クリームに対するものすごい考え方を持った祖母が手順を見守っていた時のおいしさとは、比べようがない。
***
タルト・ディジョネーズ (「メゾン・ベルトー」のタルトをベースにしたマーク・ヒックスのレシピ)
シュー生地 250g(20×30cmの大きさに伸ばしたもの。わたしは既製品を使う)
玉ねぎ 大1個(みじん切り)
赤パプリカ 2個(種を取り除き、細かく刻む)
オリーブオイル 大さじ2
ミディアムまたはストロングチェダー 150g(細かくすりおろす)
卵 2個(軽く溶きほぐす)
ダブルクリーム 大さじ2
ディジョンマスタード 小さじ2(好みでもっと加えてもいい)
塩 適量
挽きたての黒胡椒 適量
オーブンを200℃に予熱しておく。20×30cmくらいのベーキングトレイを用意する。深さ1~2cmの浅いものが理想的。ベーキングシートを敷いておく。
中くらいのフライパンに、みじん切りにした玉ねぎとピーマンとオリーブオイルを加える。蓋をして中火にかけ、よく混ぜながら約15分、野菜が柔らかくなり、焼き色がつくて前まで炒める。火からおろし、そのまま冷ます。
野菜が冷めている間に、ベーキングトレイにペイストリーを敷き、10分焼く。ペストリーは少し盛り上がって淡い黄金色になり、冷めるとまた沈む。
玉ねぎとピーマンを炒めたものに、チーズ、卵、クリーム、ディジョンマスタード、塩、コショウを加える。混ぜ合わせ、味を整える。
トレイの中のペイストリーシートを裏返し、その上にトッピングを厚く、均等に広げる。オーブンに戻して18~20分、縁に軽く焼き色がつくまで焼く。
できれば温かいうちに、サラダと一緒にでも召し上がってください。
Vittlesに掲載 2023.5.31
ロザンナ・マクラフリンは、イースト・サセックスを拠点とするライター兼編集者。著書に『Double-Tracking:Studies in Duplicity』(Carcanet、2019年)、『Sinkhole:Three Crimes』(Montez、2022年)がある。『The White Review』[***アートと文学の雑誌]共同編集者。
Vittlesは、レベッカ・メイ・ジョンソン、シャランヤ・ディーパック、ジョナサン・ナンが編集し、ソフィー・ホワイトヘッドが校正と副編集を担当している。『Cooking from Life』のレシピは、ルビー・タンドウによって試作されている。
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Obanzai used to be handmade by each family.
『自家製国産塩サバと自家製蒸し豚回鍋肉の玄米ごはん定食』
美味しい健康がちゃんと知った上での一人ひとりの体調にも応える
我が家の美味しいおばんざい小鉢いっぱいおうちごはん。
◉自家製国産鯖。美味しい塩で仕上げた脂のノリがなんとも美味な一品。
◉自家製蒸し豚で特製お手製のタレで仕上げたこっくり中華。
◉自家製ふわふわだし巻き卵〜八重桜塩漬け添え
◉無添加国産竹輪の無添加蒲焼風
◉高知産藁焼き鰹の香味たたき
◉菜っぱと練り物の煮浸し
◉胡瓜とツナとQBBチーズの中華和え
◉色々野菜サラダ刺身蒟蒻仕立て
◉季節のお漬物とおしんこ
◉豆腐と青梗菜の合わせ味噌汁
◉玄米雑穀ごはん
◉レモン和えおろし
◉国産納豆
◉アイスコーヒー
◉煮だしオーガニックシナモンチャイ(ホット)
◉大麦茶
◉季節のフルーツ
魚、肉も、もちろん卵に豆腐類、お野菜に海藻に発酵食品、食物繊維と
栄養バランスが非常に良い美味しいおばんざい小鉢がずらり。
そしてフルーツや乳製品。
グルメを賑わすいわゆる『日本の家庭料理やおばんざい』
作れる方が減りましたが、その一方で自炊派が増えて嬉しく
みなさんのお料理を目で楽しんでおります。
美味しい食卓を実現して現実になると
グッと暮らしが楽しくなるのは、食事のおかげです。
ご馳走さま。おうち外食が一番の贅沢。
料理研究家 指宿さゆり
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itodenwa · 1 year
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こんにちは、こんばんは
3月ですね
今月の出店情報 更新しました
喫茶と食卓
今月は大阪にいます たのしくゆらゆらと立っていると思います
ぜひお越しください◯
オンラインストアーにて販売しています
レモンケーキセット 先月はたくさんのご注文くださり、ありがとうございました
自分だけでは届かない場所までお菓子を連れて行ってくれて、曖昧な自分であり続ける勇気をくれてありがとうございます
STORESのレビューも投稿してくださり、ひとりで嬉しく噛み締めています(とても嬉しいです!)
今月も、3月3日(金)からご注文受付をはじめます
今回は発送日が決まっておりますのでご確認ください
どうぞよろしくお願いします
wishy-washy lemoncake set
思い立って、最果タヒさんの展示を見に行ってきました あ、と思った言葉のモビールまで近づこうとしたら、他の言葉に頭をこづかれて、振り返って、そこをしばらく動けなくなったり 揺れる、光る、踏まれる Twitterはしんどいのに、言葉に埋もれる安心感があったのは、美しいことが全てではないとまっすぐ教えてくれるから 写真撮影ができたので、帰ってから友人と撮った言葉を交換して、詩の観覧車があったのを後から知って少し後悔したけど、私もあなたも乗れない そう高いところはこわいのでエレベーターの窓に書いてある詩から1番離れたボタンの前で空だけみていました 大阪の蛍光灯は白じゃなくてまぶしい、賑やかな憧れを横切り、堂々と、まっすぐ暗闇に帰る もう終わってしまったけど、静かに光っているあの場所は、言葉は、宇宙です 自分の中であり続ける とてもよかった
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回りくどい春は苦手、これみよがしに咲く春がいい
itodenwaより
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lazytyphoonprince · 1 year
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From black and white to color
From black and white to color Jump from monotone to colorful colors Monotone shapes stand out the spirit is tense when it comes to color lively and makes you want to dance this world is rosy I feel happy there is fruit on the table The wind is breezy and there is a feeling of refreshing air Beautiful space captured beautifully
白黒からカラーへ モノトーンからカラフルな色彩へとジャンプ モノトーンは形が際立ってきて 精神が張りつめてくる カラーになると 賑やかで踊りたくなる この世はバラ色 幸せな気分になってくる 食卓に果物があり 風がそよいで爽やかな空気感が漂う 素晴らしい空間を見事にとらえている
Feb.11.2023
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心と体においしいレシピ~その151
今日は節分。恵方巻を食べる方も多いのではないでしょうか?今回は「恵方巻」ではなく「ちらし寿司」のお話です。
長女が帰省していたので、母が「ちらし寿司」を作って他のおかずと一緒に届けてくれました。それがこちら・・・
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すごい量のちらし寿司。酢の塩梅が丁度よくて、とても美味しかったです。
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その他に、カリフラワー・きゅうり・柿のサラダと
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ゆき菜のおひたし。
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三つ葉の卵とじのお味噌汁だけ私が作りました。手作り味噌のお味噌汁を両親は「美味しい」と喜んでくれて「お味噌分けて欲しい」と持って帰っていきました。
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賑やかな食卓となりました。母くらいの年になって、こんなにたくさん料理作れるかしら・・・そう思うと、本当にすごいことだと思います。元気でいてくれるだけで子ども孝行なことだと、今度ちゃんと伝えようと思います。
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monk-tsujido · 1 year
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11/28(月) ・ 11月も残り数日🗓 本日は13:00〜22:00で営業しております。賑やかだった週末から一転、今日はご予約少なめ、のんびり営業になりそうです。 愛ある食卓 @aiarushokutaku の扱うお野菜は紅芯大根 伏見甘長とうがらし、サクサク王子(インゲン)、みくるべたまご、石田勝さんの無農薬レモンがあります🥬🍠🍋🥚 ・ 【今週の営業とお席の状況】 11/28(月)13:00〜22:00 空きあり 11/29(火)13:00〜22:00 空きあり 11/30(水)定休日 12/1(木)定休日 12/2(金)12:00〜愛ある食卓のマルシェ 通常営業18:00〜24:00 残席わずか 12/3(土)15:00〜24:00 ほぼ満席 12/4(日)13:00〜22:00 夜はほぼ満席 ・ ご予約、お問い合わせは0466-66-6409、またはinstagram、メッセンジャーまでお待ちしてます🎶 (Auto Reserveでのご予約は承っておりません) *ハヤシコウさんデザインのMONKの4周年ポスター、好評販売中です‼️ ・ お店の営業時間にかかる音楽をイメージして作ったプレイリストがApple music、Spotifyにてお聴きいただけます🎧 最新版の選曲はインストゥルメンタルのみ、バーバリックワークスのビールの名前の元ネタにもなっている"WHISTLE SONG"も収録です。 ぜひお楽しみくださいませ♬ ・ Apple music↓ https://music.apple.com/jp/playlist/instrumental-mood-13-00-22-00/pl.u-06oxDWAIWX3z8rG?l=en ・ Spotify↓ https://open.spotify.com/playlist/7cSS00XIJZ1N50TTpdzU9G?si=1qjyfyObQ1iwpAVvD2Nd2g ・ ・ ・ #monk #monktsujido #辻堂 #辻堂昼飲み #辻堂ディナー #辻堂ワインバー #辻堂イタリアン #ナチュラルワイン #vinnaturel #vinonaturale #naturalwine #craftbeer #finefood #apero #aperitivo #愛ある食卓 #スルメイカとスイスチャードのオイルパスタ #pasta #thefreedesign #kitesarefun #御酒vin帖参加店 #お一人様歓迎 (MONK Tsujido) https://www.instagram.com/p/ClfXi3kPMNx/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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freezed-mouse · 1 year
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【Skyrim】
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【脳内設定】
Skyrimの自分のPCに、僕の脳内で設定が生えてきた。
いわゆるTRPGのキャラシに長大なストーリーを書いちゃうやつの亜種なので、書いた自分だけが楽しいやつだが。どこかにおいおきたかったのでここに置いてしまう。
数年後にこれを見た自分が恥ずかしくて悶え死ぬ用の投稿です。
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【アマイ-サケがナミラ教徒になったきっかけ】
遠い故郷を離れ、雪と脳筋の国スカイリムへやってきた猫、アマイ-サケ。
ちょっとした誤解から異国の地で死刑囚と間違われてしまう。何とか刑場を抜け出すが、異国の地で一文無しになってしまう。それでも猫はめげずに傭兵や盗賊、殺し屋などでコツコツとお金を貯め始める。
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そんな頑張り屋の猫に、人生の転機が訪れる。
宗教の人との出会いである。
宗教の人は、異国の地をさすらうアマイ-サケを「食事会」にさそってくれた。
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ご好意に甘えたアマイ-サケが見たものは宗教の人とその仲間が集う賑やかな食卓だった。そして宗教の人達との素敵な宴のメインデッシュは異教徒の坊さんの肉!つまりは人肉だ!!
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宗教の人達のもてなしを気に入った猫は、宗教の人達と仲良くなることを決めた。
かくして、ひとりぼっちだった猫は、好きな食べ物と大切な仲間てにいれた。
ありがとう宗教の人!ありがとうナミラ様!!
美味しかったよ異教徒の坊さん!!
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主な登場人物。
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yatsugatake-east · 2 years
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軽く耕運をして畑の片付けが終わりました。まだ、パセリとイタリアンパセリがほんのちょこっと残ってますが、問題ないでしょう。今年も出来不出来はありましたが食卓を賑わしてもらいました。あ、左後ろで赤くなっているのはヤマボウシです。(写真1枚目)
畑と家越しに見える周りの樹々や里山も半分ほど色づいています。もうちょっとの辛抱ですね。月見酒ならぬ黄葉見酒と洒落たいけど、もう外は寒いしなあ。着膨れして熱燗となってしまうかな?・・・そうだ、焚き火って手もあるか、薪は豊富だしね。(写真2枚目)(2022/10/21)
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