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#試合前の国歌独唱
uyax · 2 months
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『BLUE☆LIGHT SERIES 2024 Supported by nojima』第3戦のスペシャルゲスト 2024/04/26
詳細コチラ  4月23日(火)、4月24日(水)、4月26日(金)の3試合において行われる『BLUE☆LIGHT SERIES 2024 Supported by nojima』の第3戦に浅岡雄也 (FIELD OF VIEW)の来場が決定しました! 当日は、試合前のセレモニアルピッチにて投球いただくほか、試合前の国歌独唱を務めていただきます。試合後の「BLUE☆LIGHT LIVE(ブルーライトライブ)」では、『突然』を含む楽曲をご歌唱いただきます。 なお、『BLUE☆LIGHT SERIES 2024 Supported by nojima』の期間中、スタジアムをさらに青く染め、スタジアムが一体となるべく、横浜DeNAベイスターズはビジターユニフォームを着用して本拠地横浜スタジアムでの試合に臨みます。 4/26当日はビジター席を含む全席種を「BLUE☆LIGHT…
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4komasusume · 6 months
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4つのコマで大喜利だ!? 「現代4コマ」作品を分類しつつ紹介する試み
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「#現代4コマ」は Twitter (現「X」) 上のハッシュタグ・ムーブメントです。最初の使用者は「いととと」さん (@itototo1010) のようであり、現在はいとととさんや Twitter アカウント「現代4コマ」 (@gendai4koma) を中心に投稿が行われています。
 現代4コマとは、いとととさんによれば「マンガに捉われない新たな4コマの概念」であり、また「現代4コマ」アカウント管理者のひとりである人生さんによれば「芸術運動でありながらも大喜利性を秘めたユーモア深きコンテンツ」とのこと。筆者の理解では、二重カッコ付きの「いわゆる『現代アート』」を参照しつつ、抽象表現や現実の事物を4コマだと理屈付ける試み、といったところでしょうか。挑戦的で挑発的だが表層的にも思えるこの営みは、しかし投稿されている作品を見れば、してやられた、と感じるものがいくつもあります。
 冒頭に挙げた、いとととさんの代表作4つを紹介しましょう。まずは『運命を思い付いた瞬間』。ベートーベンの顔を一部だけ映した1・2・3コマ目とタテ長のバストアップを映した4コマ目は、タイトルによる誘導とあいまって『交響曲第5番 運命』の冒頭のジャ・ジャ・ジャ・ジャーンを想起させます。ベートーベンと同時にコマもタテ方向に伸縮させることによって時間流の長短を表現しているわけです。また、言わば4つあると認識できるものを、具体的な4つのコマに収めていく、あるいは4つのコマに見立てていくのも、現代4コマの主流な手法であるように見えます。
 次の『卒業式』は合唱曲『旅立ちの日に』を題材にした作品。混声合唱のパートごとに時間的にズレたり合わさったりする歌唱を、各コマを二重にしてヨコ方向に空間的にズラすことによって表現しています。歌唱のズレがネタになることは珍しくありませんが、この作品で特筆すべきはそれを4コマ的な手法で表現している点です。これはタテ方向の大局的な時間流を前提にして、ヨコ方向で局所的な時間流を表現する試みと理解できます。その製作意図はヨコ書きの文字が読者の視線をまずヨコ方向へと誘導するものになっていたり、最後に伸ばして歌う「て」がヨコ長になっていたりする点からも伺えます。
 続いての『カニカマ食べてる時/カニ食べてる時』は二本一対の作品です。前者では家族団欒のセリフが描かれているのに対して、後者ではセリフどころか何も描かれていません。俗に言う、人はカニを食べるとき無口になってしまう、というやつです。一対の4コマを用いて対比を描く手法は昔から存在するところ、この作品では片方の4コマを全くの空白にしている過激さがポイント。一本目に有を対置させることによって二本目で言わば「無を描く」ことを実現した、技巧的で哲学的な4コマと言えます。
 代表作4つの最後は『非行少年の4コマ』。円を切るように引かれた手書きのように真っ直ぐでない線は、タイトルからも推察されるように『ケーキの切れない非行少年たち』を題材にしています。元々はホールケーキを三等分するという課題に対して等分ではない3つに分けている→等分の概念が分からない少年がいる、という衝撃による問題提起だったところ、この作品は3つを4つにしただけ。元ネタの表層しかなぞってないじゃんとか、そもそも分割後の各領域が四角形になってないじゃんとか、様々なツッコミが容易に想像できる問題作です。その一方で、言わば「4つじゃないなら4つにしてしまえ」「四角形でなくてもコマと言ってしまえ」イズムも確かに感じる、ある意味でラディカルな作品のようにも思うのです。
   ◇
 現代4コマを端的に述べるならば、4コマ表現の限界と本質を追究するムーブメントと言えるでしょう。それならば、その表現を成立させている原則を理解、分類することによって、ボーダーラインはより明瞭となり、技法は再利用が可能になり、そしてまだ見ぬ先へと歩みを進められるようになるはずです。
 そこで、以下では筆者が見た数多くの現代4コマ作品を名前付けて分類しつつ、代表的と思われる作品を埋め込み画像やリンクで紹介します。なお、あらゆる作品を網羅的にカバーできてはいないこと、また名前付けと分類は完全に筆者の独断によるものあることをご容赦いただきたく思います。これもまた大喜利の一部。
(注意:技術的な問題により、作品全体を表示的できていない画像が多々あります。また、画像中の「Read more on X」は機能しません。画像に対応した作品タイトルを本文中で太字リンクにしておりますので、クリックいただき、Twitter にて観賞いただくことをオススメします。)
空白主義
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「空白主義」は何も描かれていない4コマを用いて何かを表現しようとする思想であり、究極の(屁)理屈主義とも言えるでしょう。現代4コマにおけるメインストリームのひとつであり、作品例は枚挙にいとまがありません。前述の『カニカマ食べてる時/カニ食べてる時』もここに位置付けられる作品です。
 空白主義で特筆すべき作品は、いとととさんの『骨格標本』。理科室のガイコツと対照させることによって空白の4コマを「4コママンガの骨格標本」と意味付けた画期的な(あるいは、うまいこと言った)作品です。骨格という表現からは、4コマの本質を起承転結に求める「起承転結根本主義」に対して、そのような意味付けに先立つ4つのコマ枠にこそ本質を求める「4コマ枠根本主義」の作品であることが伺えます。
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 また、空白主義をさらに推し進めた「補完主義」は4つのコマを描くことなく4コマを想起させようとする思想です。いとととさんの『はーい4人組つくって~ (班決め)』は学校の授業でありがちなフレーズを題材にした作品。そのタイトルと1つだけ残されたコマからは、作品の外部に4つ1組になったコマ=4コマが存在することが想像できるでしょう。
事物主義
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「事物主義」は現実のコトやモノに4コマを見出す、あるいはそれらを4コマに見立てる原則です。写真による表現が主ですが、前述した『非行少年の4コマ』のようにイラスト的に表現されることもあります。これも現代4コマの大きな流れのひとつであり、『starbucks』『ジェンガ』『無題 (駐車スペース図)』『無題 (ポケモンのワザ欄)』『キャベツの4コマ (作画崩壊の4コマ)』『無限1upできそう』など多くの作品が発表されています。
 その中でも、いとととさんの『サークルカットの4コマ』は同人誌即売会のサークルカットを4コマに見立てた作品です。左上隅のスペース番号欄と上部のサークル名欄を前提かつコマと見なし、カット本体を二分割することによって、全��で4コマとしているのです。この即売会はスペース番号とサークル名から推測するに COMITIA145。この回のカタログではいとととさんの同人誌『自分を4コマ漫画だと思い込んでる4コマ』が紹介されており、いとととさんはその紹介ぶりにも4コマを見出しています。
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 また、事物主義の支流のひとつである「掲示物主義」は街中のポスターや看板などを主な対象としており、『こんなビル助かるな~の4コマ』『不景気』『←』『石川のカニを食べよう』といった作品が発表されています。その中でも、いとととさんの写真作品『無題 (流石に4コマすぎる なんだこれ)』は、日鮪さんが指摘するように、現代4コマと「剥がしアート」という二つの大喜利ムーブメントの邂逅と言えるでしょう。
カラーチャート主義
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「カラーチャート主義」は4コマを着色して何かを表現する思想です。やはり現代4コマの主流のひとつであり、『オレオにケチャップ混入』『プーさん』『肉抜きバーガー』『ねぎま』など数多くの作品が発表されています。相当数の作品が事物主義の流れも汲みつつ各コマを単色で塗りつぶしており、言い換えればスーパーワギャンランドのモザイク当てを突き詰めたものになっています。
 その中でもアラヤマさんの『暗槓』は麻雀牌の白の暗カンをタテ方向に表現しており、2・3コマ目に空白主義の流れも感じられる特筆すべき作品です。また、いとととさんの『バナナ、食べ頃の推移』はむしろ時間主義(後述)の流れを汲み、また塗りつぶしだけでなく黒い斑点も描いているところが注目に値します。
時間主義
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「時間主義」は4コマを上から下へと読む順に時間が流れているものと捉える原則であり、前述した『運命を思い付いた瞬間』もこの流れを汲む作品です。また、やがみさんの『将来』は1・2コマ目の白、3コマ目からの不穏な文字、そして4コマ目から下の黒塗りが、白いキャンバスのような無限の未来、将来への不安、そしてお先真っ暗、という思春期から青年期にかけた現代社会の生きづらさを表現しています。
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 時間主義の支流のひとつである「歌唱主義」は歌唱の時間流を4コマによって表現する思想であり、先ほどの『旅立ちの日に』もここに位置付けられます。また、こーやんさんの『無題 (LMNOP)』は『ABCの歌』の冒頭を題材にした作品であり、4拍を1コマとして4コマ目で LMNOP の文字を重ねることによって、いわゆるエレメノピーのリズムを巧みに表現しています。歌唱主義の作品には他にも『モーニング娘。の4コマ』『学園天国』『天城越えの4コマ』などがあります。
空間主義
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「空間主義」は4コマを物理的あるいは概念的な空間として捉える原則です。qpdb さんの『自分』はタイトルのように見える「自分」からコマが進む=距離が離れるにつれて友人、知人、他人と疎遠な関係になっていきます。4コマ目では色を併用することによって赤の他人を表現している点も巧みです。また「んぷとら」さんの『脱走』は非常口マークがコマ枠からはみ出ていくのを牢屋からの脱走に見立てた作品と解釈できます。人の部分だけでなくマーク全体が出ていく点にシュールさを感じます。
時空間主義
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「時空間主義」は時間主義と空間主義の合流です。視力さんの『セグウェイ』は騙し絵の要素も含んだ特筆すべき作品。残像のような図像は、一見するとセグウェイに乗った人間が時間とともに左から右へと移動しているように見えます。しかしこの図像を道路に見立てた1コマと残像1つのペアが4ペア分ズラされてコピペされたものと解釈すれば、各ペアのコマ内の人間に相対的な動きはなく、それを残像のようにコピペしたところで動きが生まれるはずがないのです。にもかかわらずパッと見では時空間的な動きを感じられるところに面白さがあります。また、桜桃さんの『執行』はギロチン処刑を表現した作品であり、時間が経つととともに重力によって上から下へと刃が落ちていく様子を描いた各コマは時空間の両義性を帯びたものとなっています。
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 時空間主義の支流のひとつ「カメラワーク主義」は4コマをカメラのフレームの連続と見なす原則です。ぷらりねさんの『拡大または縮小』はズームアップとズームバックを2通りの方法で対比的に表現した、示唆に富む作品と言えます。また、いとととさんの『プッチンプリン側の視点』は逆さになったプリン容器の内部からプッチン棒の方向に上天を見た光景を表現したものであり、絶妙なドラマ性さえ感じられる作品です。
コマ間主義
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「コマ間主義」はコマとコマの間を細工して意味付けをする思想です。「なむさん」さんの『幸せな人生だった (心電図)』はコマ間を用いて心電図の波形を表現した作品。タイトルから想像するに臨終の時を表現しており、上から下へとコマを読み進めるにつれて波形が小さくなっていくことから、時間主義の流れも汲んでいることが伺えます。同様に、うりよしきばさんによる時間主義的な『YouTubeの4コマ』では、プレミアムの方はタイトル枠から4コマ目=最後まで隙間なく詰まっているのに対して、無料会員はそれぞれの間に空きがあることから、コマ枠で本編を、コマ間で広告を表現しているものと解釈できます。タイトル枠と1コマ目の間=動画の再生開始時にも空白=広告の有無にちゃんと差異があるところが細かい。
 また、コマ間を排除してコマ同士を隣接させ、コマとコマの仕切り線に意味付けをする思想も、コマ間主義に含まれると言えるでしょう。城ブドウさんによる、モールス信号のSOSを用いた『タ・ス・ケ・テ』や、折り紙の山折り線や谷折り線を用いた『山あり谷あり、山あり』がここに位置付けられます。
オブジェクト主義
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 前述した空間主義がコマを物理的または抽象的な広がりを持つ空間と見なすのに対して、「オブジェクト主義」は各コマや4コマ全体を抽象的なモノに見立てる原則です。いとととさんの『通販番組の4コマ』は各コマを通販商品と見なし、ありがちなフレーズとともに5コマ目を提示しています。空白主義的でもあり、またトータルではコマが5つ存在するにもかかわらず4コマとして成立させている、前衛的な作品と言えます。オブジェクト主義の作品には他にも『4コマの千切り』『水圧』『肩身が狭い』などがあります。
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 オブジェクト主義の支流のひとつである「擬人化主義」は各コマや4コマ全体を人間的な体躯または人格ある主体と見なす原則です。いとととさんの『ジェットコースターに乗れない4コマ』は4コマ全体を児童の体躯と見なした作品。なんじゃそりゃ、と思われるかもしれませんが、1コマ目を頭部と見なしつつ、こどもは4~5頭身と言われていることを鑑みれば、実はかなり的を得た描写と言えます。擬人化主義には他にも『デス4コマ』『回避』などの作品があります。
記号主義
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「記号主義」は4コマを図像として捉えて記号を解釈する、あるいはその逆に記号を図像として捉えて4コマを解釈する原則です。qpdb さんの『1分前の4コマ』はデジタル時計の「2359」=23時59分を表現した作品。あと1分で00時00分=「0000」になって4つのコマが出現することを示唆しており、コマ枠を用いずに4コマを表現した画期的な作品です。また、にこはぴさんの『万』はタイトル付きの空白の4コマを反時計方向に90度回転させており、タテ長のタイトル枠と4つのコマ枠をデジタルカウンターの「10000」に見立てた、空白主義の流れも汲む作品です。
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 また、記号主義の支流のひとつである「漢字主義」は漢字の中にある四角形の部分をコマとして解釈する、またはその逆に4コマを漢字の一部として解釈する原則です。つぶ謎さんの『憂鬱』は時間主義の流れも汲む作品であり、2コマと2コマの分割、赤黒の着色、そして4コマ目の下に伸びる脚によって、日曜日が終わって月曜日が始まる憂鬱を表現しています。また、城ぶどうさんの『喋りすぎなことわざ』は上3コマを目、下1コマを口に見立てることによって、目は口の3倍しゃべる→「目は口ほどに物を言う」を表現しています。漢字主義の作品としては他にも『無題 (ヌメヌメ)』『小学生「1+1は~?」』などが挙げられます。
4コマ詩派
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 漢字主義の中でも、トウソクジンさん (@co_v_h2) は「4コマ詩派」として極めて特筆されるべきでしょう。漢字を用いた詩の文字列を柔軟にフローさせることによって、4つの四角形部分の連続=4コマを図像的にも表現するのです。それぞれの詩は単独でも情感豊かに成立しており、視覚的かつ聴覚的に味わえる作品の数々は技巧的でいて趣深いものがあります。
 代表作『空蝉が喚き囁き啼き叫ぶ』は4つの漢字の口偏を並べて見せた作品です。七五調が三・四・二・三に細分化されてリズミカルに進む詩とともに4コマが提示される様には、えも言われぬ情趣を感じます。「叫」の右側を数字の4に見立てるのも上手い。トウソクジンさんはこの他にも『「骨を埋める」~』『未だ青き~』『箪笥の中から~』『ローファー履いて~』といった4コマ詩を発表しています。
本質主義
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 この記事における最後の分類である「本質主義」は、4コマの本質とは何かを見出そうとする思想です。まっちゃさんの『結』は入れ子になった4コマを描いた作品。一番大きく見える4コマでさえも右側にタテ線があることから、さらに大きな4コマの一部であることが伺え、ここから「(起承転結の)結が永遠にやってこない」ことを表現しているように解釈できそうです。しかし見方を変えれば、これはいわゆるストーリー4コマにおける4コマ内の局所的な起承転結と4コマ間の大局的な起承転結、そしてさらなる上部構造(雑誌連載や単行本など)を部分的ながら表現しているようにも見えます。
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 また、城ぶどうさんの『視線誘導』はタテ書きの4コママンガにおける基本的な視線誘導をコマ枠なしに表現した作品であり、きらら勢には『グレーゾーン』でお馴染みのアレとも言えます。注目ポイントは4コマ目の終わりから次の1コマ目へ向かう線形を「4」に見立てているところ。あんさん、それがやりたかっただけとちゃう?
   ◇
 以上、私の理解による分類でした。このユーモラスなムーブメントに興味を持たれた方は、公式 (?) アカウント「@gendai4koma」やハッシュタグ「#現代4コマ」、またはいとととさんなど個別の作家をフォローしてみてください。
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ari0921 · 2 years
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桜林美佐の「美佐日記」(176)
ラッパ「君が代」陸と海空では全く違う?!
桜林美佐(防衛問題研究家)
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おはようございます。桜林です。「男もすなる日記
といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土
佐日記』ならぬ『美佐日記』、令和4年6月の今回
は176回目となります。
 最近、急速に老眼が進みました。というか、進ん
でいたことに気付きました。
先月までは使っていなかったリーディンググラスを
ここ数日でフル活用するようになり、視界の変化に
驚いています。
 そもそもリーディンググラスを購入したのは少し
前のことでしたが、そんなに必要としていませんで
した。とりあえず、買っておこうくらいの気持ちで
した。
 それが使ってみると、日に日に欠かせないものに
なり、それがまたかんじんな時に持って行くのを忘
れるので、外出先の100均でさらに入手したり、
これからどんどん増えていく予感もしております。
 元々、乱視でしたのでメガネやコンタクトは必需
品でしたが、逆にこうして矯正しているのだから視
力は問題ないのだろうという気持でいました。
 しかし、ずいぶん前からあらゆるものを「読みた
くない」病になってしまい、資料などをもらっても
ぜんぜん読まないでほったらかすことが多くなって
しまっていました(昔からだったのかもしれません
が)。
 そんな中、先日、会合の司会を務めることがあり
ました。ビックリしたのは用意してもらった台本が
ものすごい拡大コピーされていたことです。
 何がビックリしたって、がぜんヤル気が出たから
です。「これだ!」と、私は悟りました。「字を大
きくすればヤル気が出る」、そんな単純なことを、
私はごく最近知ることができたのです。
 でも、なぜこのような拡大台本をくれたの??と
思い、聞いてみたところ「いや私自身が小さい字が
もう読めないんですよー、はっはっは~」とのこと
で、やはり同じくらいの世代同士が助かりますね、
私自身が知らない必要なものを知っていて準備して
くれていたのですから。本当にありがたかったです。
 かつて、テレビ局などでディレクターをしていた
頃、原稿は必ず拡大コピーしてくれというアナウン
サーがしばしばいて、そのたびに面倒くさいなー!
と億劫がっていましたが、思いやりのない態度でし
た。反省。
 もっとも、みんな死ぬほど忙しいADなどにやら
せようとはしていなくて、自分でやるよという人も
多いのですが、だいたい誰かが忖度して「おまえや
っておけ」みたいなことになってたんですよね(あ
りがち、ありがち)。
 なにはともあれ、リーディンググラス愛用者にな
った私は、近頃、ちょっと自信を付けています。
 もう渡邉陽子さんの邉の字も間違えないし、「七
生報国」だと思ってよく見たら「七輪焼肉」だった、
なんてこともなくなることでしょう。
 さて、そんなわけで、コロナに関わる規制が減り、
最近は講演会でお話することや、司会をする機会
が続いていました。
 そこでいつも思うのは、国歌斉唱はいつから再開
するのだろう、ということです。最近、本来は国歌
を歌う場面でも、プロ歌手の方による国歌独唱か、
国歌の演奏だけというケースばかりです。
 もしかしたらコロナとは関係なく、歌手の卵の方
に機会を提供するためにそのような試みをしている
会もあるのでしょうか。しかし、私は個人的にはや
はりみんなで声高らかに君が代を歌唱する日を待ち
望んでいます。
 日本ではまだまだみんなマスクをしていますし、
色々な規制が残っています。コロナの状況を見て少
しずつ変化していくのでしょうけど、いったいいつ、
どんなタイミングが国歌斉唱が再開される時になる
のでしょう?
 「君が代」についてもう一つ。
 自衛隊のラッパについてです。「君が代」の旋律
が海空と陸では全く違います。陸自のものは、警察
予備隊発足時に「旧軍を思い起こすものは一切使用
しない」ということで作られ、なんと作曲者自身が
「おざなりなものを作った」として、「気が咎(と
が)めている」「できたら元のものに戻すべき」と
のちに語っているのです。
 海陸自衛隊の出自の違いから、海上自衛隊は旧軍
の「君が代」を引き継ぐことができました。
 陸自版「君が代」も陸上自衛隊ですでに長年親し
まれているものであるだけに、これらが統合される
べきなのかどうかは議論の必要があるかもしれませ
んが、階級呼称などの統一されているものと違い、
統合運用がますます本格化する時代において、国歌
が異なるというのはいかがなものなのかという思い
を抱いています。
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遺骨、酸初、初夏、夏至、我博、臨床、先客、那波区、東海、雲海、雲水、初楽、飼養、規律、滅法、頑丈、撃破化、内板、飼養、機咲州、分癖、蛾妙、頌栄、丼爆発、濃彩、恋欠、名瀬、徒歩機、歌詞役、素市、癌滅、元凶、願文、文座、同發、長門、至極、極美、呵責、端午、併合、奈落、底癖、幕府、某尺、尊式、検疫、未除、路側、柑橘、脂溶、瑛人、冠水、豪材、剤枠、土岐、駄泊、検尺、漏洩、破裂無言、任期、崩説、全滅、壊滅、開幕、統帥、頭数、水湿、冠水、抹消、網滅、馬脚、財冠水、風隙、来妙、勤学、餞別、名判、名盤、観客、衆院、才覚、無能、果餓死、損初、波脈、釋迦、損失、片脚、那古、可物、筋層、真骨、存廃、破格、名湯、今季、写楽、苦況、罪責、孫覇、全滅、今父、奈落、旋盤、秒読、読破、名物、貨客、泉質、随想、滅却、監理、素質、遡行、文滅、菜根、無端、庄屋、破壊、客率、合併、豪式、続発、泣塔、透析、頑迷、場脈、野張、船室、乾物、吐瀉分裂、戒行、噛砕、爾、晩別、海苔、西明、縁月、花月、独歩の大蛇、再発、納言、遺言、残債、背角、破壊、忠膵癌、統帥、馬車、下劣、火災、乱尺、毒妙、縫製、貨坂城、歳発、富低落、菜初、命式、山賊、海剤、激武者、瓦礫、破水、分裂、賀露、屠畜、能月、見激、破壊、破戒、採石、屈託、門別、皆来、家来、千四、我楽、夏楽、無慈悲、壊滅、破棄、損勤学、外鰓、長水、瑛人、永久、旋律、斑紋、財年、場滅、甘露、舐めけり、真靭、察作、論祭、乾裂、薩長、泣塔、室見、川縁、岩石、言後、荷火災、防爆、鋒鋩、体制、貨車、顎脚、刺客、坐楽、損益、脳系、文才、分合、合壁、啓発、萌姫、島内、監修、真木、合理、独房、雑居、紋発、乱射、雑念、五輪、三振、欄居、托鉢、紋腹、画狂、欠年、射殺、殺傷、脳初、目車、濫用、懸念、學年、身者、卓越、餓死、軟卵、場者、童空、我作、滅法、涅槃、抹殺、怒気、燃焼、略奪、宰相、馬腹、刳発、南山、活発、沙羅、割腹、殺戮、循環、奈良、菜道、紗脚、残雑、颯和、和歌、東風、南富、背面、焼却、四季、同發、博羅、無償、透明、明闇、雲海、陶酔、溺愛、泊雑、湖畔、花車、小雑、蘭風、雑魚寝、逆発、罵詈、検遇、明細、鳥羽、無数、飾西、涼感、割烹、面月、略発、明暗、御覧、絶滅、名者、焼却、野版、絶筆、数界、洒落、羈絆、四索、敏捷、旋律、脚絆、安行、軽安、難産、伊賀、消滅、生滅、巡数、水災、万華、論発、処住、崇拝、年月、画鋲、我流、剣率、草庵、律年、雑魚、規約、貨車、蒸発、重大、錯乱、蓮妙、奈良、坐楽、延宝、財年、爆発、龍翔、日向、塁側、席園、座札、風評、財年、何発、旋律、画狂、論券、戦法、尊師、大概、二者、那波、麺期、演説、合邦、放射、雑律、貨客、選別、燕順、考慮、試薬初、財源、富、符号、井原、若榴、清涼、無數、才覚、絶望、奈落、奔放、有識、台東、詮索、懸念、病状、設楽、宴客、怠慢、時期、同部、弁解、冊立、立案、前略、妄動、侮蔑、廃絶、間髪、図解、経略、発泡、者発、立案、滅鬼、自利、論酒、桜蘭、五月雨、垓年、処理、短髪、散乱、絶滅、命日、庵客、実庵、龍翔、派閥、同盟、連峰、焼殺、勝中、割裂、残虐、故事、量発、敗残、花夢里、面月、原氏、雑考、推理、焼殺、膵癌、導風、千脚、砂漠、漁師、活滅、放射、洋蘭、舞妓、邪武、涅槃、毛髪、白藍、他式、民会、参謀、廃車、逆発、峻峰、桜蘭、殺戮、銘客、随分、刺死、脳犯、我版、論旨、無垢、血潮、風泊、益城、拝観、舘察、懺悔、空隙、髭白、模試、散乱、投射、破滅、壊滅、下痢、他殺、改札、寿司、葉式、魔雑、渾身、等式、命日、安泰、白藍、良志久、中須、掻敷、北方、監視、血式、血流、詐欺、加刷、販社、壊滅、坐楽、白那、苫小牧、欄物、演説、開脚、摩擦、欠史、宰相、掻敷、飾西、近隣、可能、刺自虐、崑崙、独歩、良案、隔絶、菜作、妄動、犬歯、核別、概要、立案、破格、殺戮、良案、快絶、防止、那古、風別、焼安泰、独庵、囲炉裏、壊滅、外傷、刃角、視覚、耳鼻、下顎骨、子孫、剥奪、憂鬱、優越、液状、先端、焼子孫、兵法、那波、安楽、最短、数式、絶句、庵杭、雅樂、動乱、者妙、垓年、独初、前報、奈落、数道、弓道、拝観、俯瞰、散乱、男爵、害面、炎上、抹殺、破棄、分別、額欄、学雑、宴客、体面、村落、柿区、害初、告発、欄式、体罰、侮蔑、浄光、情動、差額、君子、何発、兵式、童子、飾西、各滅、我札、審議、半旗、普遍、動脈、外傷、無償、木別、別格、名皿部、京脚、破棄、試薬、絶滅、学札、清涼、爆発、組織、壊滅、ここに、名もなき詩を、記す。風水、万別、他国、先式、続発、非力、産別、嘉門、神興、撃易、弊社、紋別、座泊、画狂、式典、胞子、画力、座敷、学舎、論別、閉域、爆風、万歩、博識、残忍、非道、望岳、死骸、残骸、符合、壊滅、匍匐、弄舌癖、死者、分別、砂漠、白藍、模写、服役、奈落、忖度、符尾、同盟、田式、左派、具癖、退役、蛇路、素白、昆北、北摂、写経、文武、択液、図解、挫折、根塊、道厳、視野別、奈落、鳥羽、グリシャ・イェーガー、粗利、惨殺、学癖、優遇、陶器、場作、土壌、粉砕、餓鬼、草履、羅列、門泊、戸癖、山系、学閥、座枠、忠膵癌、視野別、脳族、監視、佐伯、釋迦、敏捷、遇歴、佐渡、名張、紀伊市、名刺、干瓢、夏至、楽節、蘇遇、列挙、間髪、風脚、滅法、呪水、遇説、死骸、爆発、山荘、塀楽、茗荷、谷底、愚者、妄動、還魂、色別、最座、雑載、論客、名足、死期、近隣、名張、迷鳥、呑水、飛脚、晩別、獄卒、殺傷、視覚、乱脈、鉱毒、財閥、漢詩、死語、諸富、能生、那波、合理、血中、根菜、明初、鹿楽、宮札、度劇、臥風、粋玄、我馬、洞察、今季、爾脈、羅猿、激園、葉激、風車、風格、道明、激案、合祀、坐楽、土地油、力別、焼殺、年配、念波、郭式、遊戯、富部区、奈脈、落札、合祀、寒白、都山、額札、風雷、運説、害名、亡命、闘劇、羅沙莉、砂利、夢中、淘汰、噴水、楽章、農場、葉激、際泊、手裏、合併、模等部、トラップ、落着、御身、学習、零、概要、各初、千四、何匹、笘篠、熊本、京駅、東葛、土量、腹水、活潑、酢酸、数語、隠語、漢語、俗語、羽子、豚皮、刃角、醪、能登、半年、餓鬼、泣塔、用紙、喜悦、山荘、元相、炭層、破裂、腹水、薔薇、該当、懐石、討滅、報復、船室、壊滅、回族、先負、嗚咽、暁闇の、立ち居所、餞別、乾式、財閥、独居、乱立、差脈、桜蘭、龍風、抹殺、虐案、某尺、無銭、漏洩、北方領土、白山、脱却、幻滅、御身、私利私欲、支離滅裂、分解、体壁、脈、落札、合祀、寒白、都山、額札、風雷、運説、害名、亡命、闘劇、羅沙莉、砂利、夢中、淘汰、噴水、楽章、農場、葉激、際泊、手裏、合併、模等部、トラップ、落着、御身、学習、零、概要、各初、千四、何匹、笘篠、熊本、京駅、東葛、土量、腹水、活潑、酢酸、数語、隠語、漢語、俗語、羽子、豚皮、刃角、醪、能登、半年、餓鬼、泣塔、用紙、喜悦、山荘、元相、炭層、破裂、腹水、薔薇、該当、土脈、桜蘭、郎乱、乱立、派閥、別癖、恩給、泣き所、弁別、達者、異口同音、残骸、紛争、薔薇、下界、雑石、雑草、破戒、今滅、梵論、乱発、人脈、壊滅、孤独、格律、戦法、破戒、残席、独居、毒僕、媒概念、突破、山乱発、合癖、塹壕、場技、極楽、動脈、破裂、残債、防壁、額道央、奈良市の独歩、下界残滓、泣き顎脚、朗唱、草庵、場滅、乖離、鋭利、破戒、幕府、網羅、乱脈、千部、土場、契合、月夕、東美、番號、虎破戒、在留、恥辱、嗚咽、完封、摩擦、何百、操船、無限、開発、同尺、金蔵寺、誤字、脱却、老廃、滅法、涅槃、脱却、鯉散乱、立哨、安保、発足、撃退、学別、憎悪、破裂無痕、磁石、咀嚼、郎名、簿記、道具雨、壊滅、下落、吐瀉、文別、銘文、安胎、譲歩、剛性、剣率、社販、薙刀、喝滅、解釈、村風、罵詈雑言、旋風、末脚、模索、村立、開村、撃退、激癖、元祖、明智用、到来、孟冬、藻石、端午の贅室、癌客、到来、未知道具雨、寒風、最壁、豪族、現代、開脚、諸富、下火、海日、殺傷、摩擦、喃楽、続落、解脱、無毒、名毒、戒脈、心脈、低層、破棄、罵詈、深海、琴別府、誠、生楽、養生、制裁、完封、排泄、虐殺、南京、妄撮、豚平、八食、豪鬼、実積、回避、答弁、弁論、徘徊、妄説、怒気、波言後、節楽、未開、投射、体者、破滅、損保、名水、諸味、透析、灰毛、界外、土偶、忌避、遺品、万別、噛砕、剣率、戒行、一脚、快哉、提訴、復刻、現世、来世、混成、吐瀉、場滅、経絡、身洋蘭、舞踏、近発、遊戯、男爵、最上、最適、破裂、改名、痕跡、戸杓、分髪、笠木、路地、戳脚、快晴、野会、対岸、彼岸、眞田、有事、紀伊路、八朔、減殺、盗撮、無札、無賃、無宿、龍梅、塩梅、海抜、田式、土産、端的、発端、背側、陣営、戒脈、母子、摩擦、錯覚、展開、星屑、砂鉄、鋼鉄、破滅、懐石、桟橋、古事記、戸杓、媒概、豚鶏、墓椎名、顎舌骨筋、豚海、砂漠、放射、解説、海月、蜜月、満期、万橋、反響、雑摺、油脂、巧妙、
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oimotoai · 1 year
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排除と矛盾のオリンピック
東京2020におけるピンクウォッシングに着目して
はじめに
 2021年に開催された東京オリンピック(以下東京2020)では、大会のコンセプトとして「全員が自己ベスト」「未来への継承」に並び、「多様性と調和」が掲げられた。新型肺炎の流行に伴い社会の分断が深まる中、多様な人々が個性を発揮し、違いを認め合う機会を提供することを目指して据えられたこのスローガンは、大会のあり方に一定の影響を与え、ポジティブな成果を残している。例えば運営においては、日本オリンピック委員会史上初めてトランスジェンダー当事者の委員が就任したほか、女性理事の割合が全体の4割を超えるなど、ジェンダーバランスの取れた組織づくりに一歩近づいた。また、LGBTQ+の支援団体(プライドハウス東京、グラード、アスリート・アライ)がメディア向けに「ジェンダー平等、公平性の確保のためのポートレイヤル(表象)ガイドライン」を配布するなどし、ステレオタイプ的な報道や選手を客体化するような表現への対策を行った。出場選手については、オリンピックで少なくとも185名、パラリンピックおいては少なくとも36名のLGBTQ+を公表する選手が出場し、どちらの人数も過去最多だったという。また、開催地である東京都では、2018年10月から性自認及び性的指向を理由とする不当な差別の禁止を盛り込んだ「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」が施行され、セクシュアルマイノリティに対する差別に反対する立場が示された(プライドハウス東京 2021)。これらの成果をふまえると、東京2020はスローガン通り、多様性を祝福するイベントとして成功を収めたかのようである。
 しかし東京2020は、スポーツの大祭典という特大イベントに人々の注目を惹きつけ、またセクシュアルマイノリティへの寛容性をアピールしながらも、開催地である日本での実際のセクシュアルマイノリティの扱いから人々の関心を遠ざけていた。本稿では、日本におけるセクシュアルマイノリティ周縁化に焦点を当て、それらが東京2020によってどのように覆い隠されていたのかについて論じる。まず、ピンクウォッシングという概念について説明したのち、その概念を用いて東京2020での寛容性アピールと日本社会の現状との落差を指摘し、最後にこのピンクウォッシングが、スポーツウォッシュを可能にするオリンピックというスポーツのメガイベントに組み込まれることでその効果を最大限に発揮していた可能性について論じる。
ピンクウォッシングとは何か
 ピンクウォッシング(pink-washing)とは、同性愛を表すピンク色(pink)と「もみ消す」という意味の動詞であるwhitewashとを掛け合わせた概念であり、国家や行政がセクシュアルマイノリティに対する寛容性をアピールすることで、その他の人権問題を隠蔽することを指す(保井 2018)。例えば、イスラエルによる同性愛者への寛容性の表明は、パレスチナ人に対する人権侵害から言い逃れるためのピンクウォッシングであることが指摘されている。パレスチナを含むイスラエルの周辺国においては同性愛が宗教的にタブーとされているため、イスラエルは同性愛者を受け入れる姿勢を積極的に宣伝することで、自国の人権感覚がどれほど「進んでいる」かを示し、パレスチナの占領などのネガティブな印象を払拭しようと試みているのだという(保井 2018; 須崎 2022)。
 セクシュアルマイノリティへの寛容性を表明することで他のマイノリティの排除を不可視化することを指すピンクウォッシングだが、日本の場合、その効果はやや変わった形で現れる。セクシュアルマイノリティの難民の受け入れに着目した保井(2018)の研究からは、日本では、多様な性への寛容を国際社会にアピールすることで、実社会におけるセクシュアルマイノリティへの不寛容を隠蔽するという独自のピンクウォッシングが起こっているという。このように、特定の属性への不寛容を、その属性に対する寛容を表明することで誤魔化すという矛盾したピンクウォッシングの構造は、東京2020においても見出すことができる。
東京2020におけるピンクウォッシング
 ボイコフ(2021)は、オリンピックのネガティブな傾向が(1)過剰支出、(2)白象(無用の長物)の会場、(3)公共圏の軍事化、(4)立ち退きとジェントリフィケーション、(5)グリーンウォッシングという5つの主だった傾向に分類されると指摘しているが、東京2020では���れらに加え、ピンクウォッシングが行われていたことを指摘したい。
 東京2020大会内で、視覚的にわかりやすくセクシュアルマイノリティへのサポートが表明された例としては、開会式での、歌手MISIAによる君が代の歌唱が挙げられる。「レインボーのドレスを身に纏って君が代を歌う」というパフォーマンスは、セクシュアルマイノリティに対する寛容的なイメージと日本という国家とを強く結びつけるという点で意図的かつ効果的な演出だったといえよう。また閉会式では、日系イギリス人でパンセクシュアルを公表しているリナ・サワヤマとエルトン・ジョンによる楽曲「Chosen Family」が使用され話題を呼んだ。自分達は「選び取った家族(Chosen Family)[*1]」であり、遺伝子も名��も関係ないのだと力強く言い切る「Chosen Family」は、世界中のセクシュアルマイノリティ当事者と痛みを分かち合い、お互いを祝福する賛歌として大ヒットした楽曲である。このように東京2020では「多様性と調和」というテーマに忠実なパフォーマンスや演出が行われたことで、日本があたかも多様な性と生のあり方に開かれ、他国を啓発するレインボーな国家であるかのような印象を与えた。
 しかし、イメージと現実は大きく異なる。日本では、君が代が賛美する天皇制を支えた家制度の名残によって、異性婚をした夫婦が別姓を名乗ることすら認められない。家制度を契機に日本社会に広く浸透した家父長的価値観は、家制度の廃止後もなお、男性による女性の支配を当たり前と見做すような考え方や、異性愛を前提とした「家族とはこうあるべきだ」という固定観念として日本を生きる人々の生活に影響を与え続けている。
 また、同性婚が法制化されていない日本では、パートナーシップ制度の導入は着実に広がっているものの[*2]、Chosen Familyとの関係について、法的な保障を受けることが不可能である。G7において唯一同性婚を認めておらず、また性的指向に基づく差別を禁止する法整備をしていない国でもある日本は、OECDが発表したLGBTQ+の包摂に関する法整備のランキングにおいて、35カ国中34位、つまりワースト2位であることが発表されている[*3]。
 オリンピックの開催を念頭に「LGBT理解増進法」の制定が見込まれたが、2023年現在に至ってもその導入は実現しておらず、そもそも明確に差別を禁止しない法整備のあり方に批判が集まっている。加えて最近では、元総理秘書官による「(同性愛者を)見るのも嫌だ」「(同性愛者が)隣に住んでいたら嫌だ」などの発言[*4]、岸田総理大臣による「(同性婚を認めれば)家族観や価値観、社会が変わってしまう」との答弁[*5]によって与党のセクシュアルマイノリティに対する偏見や差別感情が露呈し、「理解増進」を促す側がそもそもLGBTQ+に対して不寛容であることに疑問の声も上がっている。
 このように、「多様性と調和」を掲げ、セクシュアルマイノリティの包摂を説くような大会運営の裏では、保守的な政権の下で同性婚もできず、差別を取り締まる法もなく、異性愛者でさえ生きづらさを抱えざるを得ないような社会が広がっていたのである。東京2020で行われていたイメージ戦略はまさに、セクシュアルマイノリティに対する寛容性をアピールすることで、国内の人権問題を隠蔽するピンクウォッシングに他ならない。
スポーツウォッシング×ピンクウォッシング
 そもそも開催国の社会問題を覆い隠す効果を持つオリンピックというスポーツの大祭典は、ピンクウォッシングにうってつけの舞台であった。
 ボイコフ(2022)は、政治指導者がスポーツを利用し、自国を国際的に先進的な存在であるかのように演出しつつナショナリズムを煽り、国内に蔓延る社会問題や人権問題から目をそらさせる現象を「スポーツウォッシング」と定義しており、ソルトレイクシティ冬季オリンピックをその一例として挙げている。9.11の同時多発テロ後、米国では「女性及び非異性愛者に不寛容なイスラーム社会」と「その社会の被害者を救済する自由で寛容な米国」という位置付けのもと、反イスラーム感情を伴う愛国主義―Puar(2007)によるところの「ホモナショナリズム」―が登場した。当時の米国では、イスラーム社会と対比した米国社会の安全性と先進性をアピールするために、例外的に女性や同性愛者の権利保障が強調されるという、一種のピンクウォッシングが起きていたのである。9.11後に初めて開催された2002年のソルトレイクシティ冬季オリンピックは、まさにこのホモナショナリズムによって強調される「(イスラーム圏からやってくる)テロとの戦い」というメッセージがメディアを通じて国際的に発信される、絶好の機会を提供したという。このように、オリンピックの開催を通じて、開催に尽力する政治家はスポーツを隠れ蓑にし、自国についての望ましいイメージを国際社会及び国内に向けてもに打ち出すことができるのである。
 開催国の権力者に都合の良い政治的効果をもたらすスポーツウォッシングには、広告、メディアとの結びつきが欠かせない。オリンピックは大会に対する政治的な異議申し立てを「スポーツに政治を持ち込むな」という態度でシャットアウトしながら、広告会社やメディア業界と結びつくことで、開催国の政治的思惑の実現を可能にさせる。東京2020では朝日新聞、北海道新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞、読売新聞の6紙がオリンピックのスポンサーとなった。これに対し、主要なメディアがほとんどスポンサーシップを結んでいることで、これらのメディアに広告を出している企業も含め、メディアによる政治の監視という役割が十分に果たされていたかどうかが疑問視されている(ボイコフ 2020; McNeill 2020)。実際、当時の新聞の社説を比較した研究から、オリンピックのスポンサーでない新聞では国内の社会問題が大会開催と結び付けられて語られていたのに対し、スポンサーの新聞においてそれらの問題は大会と切り離され、あくまでオリンピックの外側での出来事として位置づけられていた傾向が明らかにされている(森津 2022)。
 このように、東京2020におけるピンクウォッシングは、スポーツの純粋さを盾にとるスポーツウォッシングと手を組み、メディアを懐柔するオリンピックというメガイベントの名の下に行われたことで、その問題性に対する追及から逃れている可能性がある。
さいごに
 本稿では、東京2020で掲げられた「多様性と調和」から出発し、日本におけるセクシュアルマイノリティの排除と周縁化が、オリンピックによってどのように隠蔽されたのかについて、ピンクウォッシングとスポーツウォッシングの概念を参照しつつ論じた。
 セクシュアルマイノリティであること自体が犯罪とされたり、迫害の根拠とされる国がいまだ88カ国にのぼる中[*6]、政権がセクシュアルマイノリティに対する寛容性をアピールすることにメリットを見出す程までに、国際社会及び日本社会が変化していること自体は、より包摂的な社会の実現にとって良い傾向である言える。しかし、先進国のお墨付きを得るために行われる寛容性の強調は、法整備による人権の保障といった内実が伴っていなければ、単に有害なだけである。日本、特に東京に対して、世界中に「多様性と調和」を呼びかけたからには責任意識を持ち、一刻も早くセクシュアルマイノリティの排除をなくすための法整備を整え、見せかけと実情が矛盾した状況を脱することを強く望む。
[*1] LGBTQ+コミュニティで長年使われてきた用語.血縁や法的な関係にはないが「家族」のような絆で結ばれ,互いに支え合うコミュニティを指す.
[*2] 2023年2月22日時点で,導入自治体の数は少なくとも260以上に上り,人口に対するカバー率は6割を超えている.(2023年2月25日取得,https://www.marriageforall.jp/marriage-equality/japan/).
[*3] OECD iLibrary, 2023, “3. Are laws in OECD countries LGBTI-inclusive?” より(2023年2月27日取得,https://www.oecd-ilibrary.org/sites/e22596d2-en/index.html?itemId=/content/component/e22596d2-en).
[*4] NHK,2023,「岸田首相 同性婚「見るのも嫌だ」などと発言の荒井秘書官 更迭」NHKホームページ,(2023年2月27日取得,https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230204/k10013970711000.html).
[*5] NHK,2023,「岸田首相 夫婦別姓や同性婚「改正で家族観 価値観 社会が変わってしまう」」NHKホームページ,(2023年2月27日取得,https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/95231.html).
[*6] 認定NPO法人虹色ダイバーシティ,2022,「性的指向に関する世界地図」より(2023年2月25日取得,https://nijibridge.jp/wp-content/uploads/2022/07/220713_marriagemap_F_ol.pdf).
参考文献
ボイコフ,ジュールズ,2021,「祝賀資本主義,スポーツメガイベント,東京2020オリンピック」井谷恵子訳,『2020 横浜スポーツ学術会議報告(セッション:R-26)』19: 67-79.
――, 2022, “Toward a Theory of Sportswashing: Mega-Events, Soft Power, and Political Conflict,” Sociology of Sport Journal, 39(4): 342-351.
McNeill, David., 2020 “Spinning the Rings: The Media and the 2020 Tokyo Olympics,” The Asia-Pacific Journal, 18(5).
森津千尋,2022,「2020年オリンピック東京大会におけるスポンサーシップと新聞報道」スポーツ社会学研究,30(2): 85-99.
Puar, Jasbir., 2007, Terrorist Assemblages: Homonationalism in Queer Times, Durham and London: Duke, University Press.
プライドハウス東京,2021,東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会における LGBTQ+及び,SOGIESCに関する成果と課題,今後に向けての声明文,プライドハウス東京ホームページ,(2023年2月20日取得,https://pridehouse.jp/news/1431/).
須崎成二,2022,「セクシュアルマイノリティの受入をめぐる日本の二重規範――地理的スケール概念」からみた難民認定・在留許可」駿台史學,176: 55-74.
保井啓志,「中東で最もゲイ・フレンドリーな街――イスラエルの性的少数者に関する広報宣伝の言説分析」日本中東学会年報,34(2): 35-70.
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木村拓哉のSMAP裏切りは本当か?中居正広、草なぎ剛との深刻な不仲説
芸能 2022.12.27(火) 18:22
木村拓哉のSMAP裏切りは本当か?中居正広、草なぎ剛との深刻な不仲説
木村拓哉のSMAP裏切りは本当か?中居正広、草なぎ剛との深刻な不仲説 全 1 枚 拡大写真
木村拓哉のSMAP裏切りは本当か?中居正広、草なぎ剛との深刻な不仲説
木村拓哉のSMAP裏切りの真相!突然の寝返りは画策されていた?
木村拓哉は、2016年1月に勃発したSMAP解散騒動から、すっかり”裏切り者”のイメージです。メリー喜多川との対立によって、ジャニーズ事務所を追い出された元マネージャーは、SMAP育ての親。目算していたSMAPを引き連れての独立は、木村拓哉がジャニーズ残留の意志を動かさなかったために、とん挫してしまいました。かたや、元マネージャーに賛同した他のメンバー4人は造反組扱い。義理堅い男を通した木村拓哉の言い分は、至極まっとうに聞こえました。
ところが、SMAP全員での移籍は、弁護士を交えて着々と進んでいたという噂。木村拓哉は、2015年12月末になって、突然寝返ったといいます。SMAPメンバーの誰よりもメリー喜多川と懇意で、1人だけ報酬も格別だったといわれる木村拓哉。元マネージャーのクーデターをとん挫させるために、”直前の寝返りが最も有効”と画策していたのなら、確かに裏切り者です。直前に意志撤回しなければならないほどの事情が生じたのだとしても、”正義感溢れるアウトロー・キムタク”のイメージ崩壊は避けられないでしょう。
木村拓哉と中居正広は不仲?仲良し?草なぎ剛と香取慎吾のキムタク不信
木村拓哉と中居正広の間には、以前から不仲説と、仲良し説が交錯していました。2人は、同じ高校出身の同級生であり、1988年のSMAP結成時から苦楽を共にした仲。時には殴り合いの喧嘩をしたり、口をきかなくなったりすることもあったそうです。ただ、中居正広が木村拓哉の娘の誕生祝いを送ったり、木村拓哉が中居正広の怪我をさりげなく気遣う場面もあったりと、近年も絆は切れていなかった模様。
2016年1月の謝罪会見後、中居正広がメンバーに「(木村拓哉と)口をきくな」と声を荒げたそうですが、近い存在だからこそ、余計に腹立たしかったのでしょう。会見では、同じく不仲・仲良しの両説が囁かれ続けて来た草なぎ剛が、「木村君のおかげで、メリー喜多川副社長に謝る機会を得られた」と語っていたのが印象的でした。
「15年前から僕たちは壊れていた」と草なぎ剛と、香取慎吾が言ったと報じられていますが、15年前といえば、木村拓哉の電撃結婚。木村拓哉とメリー喜多川の関係に不信感を持つようになった上に、会見での文言も強いられていたとしたら、仲を修復するのは難しそうです。
木村拓哉の大ヒットドラマ一覧!高級愛車遍歴はやっぱりカッコイイ!
木村拓哉の大ヒットドラマ一覧!ロンバケ、HERO……キムタクブームは社会現象だった!
木村拓哉人気の導火線に火を灯したのは、1993年のドラマ「あすなろ白書」。黒縁メガネの非モテ男子の役どころではありましたが、一途な性格が、ファンのハートをわし掴みします。それが人気上昇の一端となり、1996年の初主演ドラマ「ロングバケーション」では、驚異の瞬間最高視聴率40%を記録。ドラマが放送される月曜は、街からOLが消え、主人公・瀬名にあやかってピアノを習い始める男性が増えるといった「ロンバケ現象」なる社会現象をもたらしています。
2000年の「Beautiful Life」では、木村拓哉演じる美容師・柊二と、常盤貴子演じる足の不自由な杏子との切ない恋が、日本中を泣かせました。その翌年の月9枠では、2007年の劇場版、2014年の2期ドラマと、ロングランヒットとなった「HERO」が放送開始。
実際の司法試験受験者が増加するほど、木村拓哉演じる久利生公平の影響力��増大でした。「何を演じ���もキムタク」と揶揄されることはありましたが、その”キムタク”がウケていたに違いありません。何より、40歳を超えて少々老けても、”キムタク”でいられる若々しい感性には素晴らしいものがあります。
木村拓哉の高級愛車遍歴!キムタクが乗ると何でもカッコよく見える!?
木村拓哉、キムタクを語る上で欠かせないのが、カッコよすぎる愛車遍歴。2011年にスピード違反取り締まりを受けた時に乗っていたとされる、「シボレーアストロ」をはじめ、サーフィンに出かける時に使用する「トヨタ・セコイア」、超大型SUV「ハマー・H2」など、木村拓哉の愛車遍歴には、オシャレ人ならではのセンスが光ります。どれも車体価格は1000万円未満ですが、こだわりをもって追加投資しているに違いありません。
工藤静香と兼用で、子供の送迎に使用している「ベンツGクラス・ゲレンデ」は、1000万円以上の高級SUV車。四輪駆動車だけではなく、1億円弱は必至の「サリーン・S7」、2000万円強の「フォードGT」といった、乙な高級スポーツカーも所有しているといいます。
木村拓哉の財力にも目を見張るものがありますが、さりげなく醸し出す”こなれ感”はいつでも憧れの的。木村拓哉がCM出演する、某社の庶民派タウンカーさえ、オシャレな車に見えてくるから不思議です。
木村拓哉は裏切り者イメージでドラマオファー激減!?SMAP解散は誰が悪い?
木村拓哉に裏切り者のイメージが定着しつつあった中、2016年8月のSMAP年内解散発表で、その色は、より濃くなってしまいました。木村拓哉以外の4人のメンバーは、SMAP解散後もジャニーズ事務所に残留するようですが、1月に明るみに出たクーデターによって、かなりのペナルティが課せられているという噂があります。メリー喜多川の庇護下にある木村拓哉は安泰かというと、そうでもありません。
”月9の帝王”と呼ばれた1990年代後半から2000年代初頭にかけて、常に「抱かれたいオトコNO.1」だった木村拓哉。最近では、「”キムタク”であることが鼻に突く」という声もあり、「嫌いなジャニーズNO.1」に定着しつつあります。1月の騒動、今回の解散発表を受けて、さらに事態は深刻化。来年1月に決定している主演ドラマのヒロイン候補が、総拒否しているという噂まであります。
このままドラマや映画のオファーがなくなった場合、木村拓哉だけではなく、ジャニーズ事務所にも何の得もありません。繰り返された話し合いの末、解散を言い出したのは、”キムタク&ジャニー喜多川アレルギー”が最も深刻だった香取慎吾だったそうです。
しかし、香取慎吾は木村拓哉に貰った財布を、25年以上も使い続けていたといいますから、心底憎んでいたわけではないでしょう。SMAPは、1988年の結成から、3年間もCDデビューできない期間がありました。ブレイクしたかと思えば、結成当初のメンバー・森且行の脱退し、さらに稲垣吾郎、草なぎ剛の不祥事を乗り越えてきた経緯もあります。
2003年に発売され、200万枚を超えるロングヒットとなった「世界に一つだけの花」は、今や国民的唱歌のように親しまれてもいます。葛藤しながらも貼り続けて来たSMAPが、華々しい25周年を迎えられなかった理由。一番に挙げられるのは、”タレント同士の軋轢を生む扱い”であることは明白です。
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《takehanamaru》
naname
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shintani22 · 1 year
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2022年11月23日
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FIFAワールドカップ カタール2022 E組 第1節 ドイツ代表 1-2 日本代表@ハリーファ国際スタジアム(Khalifa International Stadium)ライヤーン 42608人/33分 PK イルカイ ギュンドアン、75分 堂安 律、83分 浅野拓磨
日本がワールドカップ優勝経験国と本大会で対戦するのは、今回のドイツ戦で通算3試合目。過去2戦は1998年のアルゼンチン戦(0-1)と2006年のブラジル戦(1-4)で、欧州のW杯優勝国と対戦するのは今大会が初。(OptaJiro)
日本はドイツ代表に勝利し、ワールドカップの優勝国に対しては同国史上初白星(OptaJiro)
日本はワールドカップで先制点を喫した通算9試合では未勝利(2分7敗)。同展開から勝ち点を獲得した2戦は、2002年のベルギー戦(2-2)と2018年のセネガル戦(2-2)(OptaJiro)
日本はワールドカップで先制点を喫した展開からは同国史上初の逆転勝利(同過去9戦では2分7敗)(OptaJiro)
ワールドカップ初戦の結果による決勝トーナメントへの進出比率(現行の32チーム制となった1998年大会以降)勝:83.6%(61/73)、分:58.7%(27/46)、負:11%(8/73)(OptaJiro)
日本はW杯初戦で白星を挙げた過去2大会(2010、2018)では決勝トーナメントに進出(OptaJiro)
ドイツの日本戦前半時間帯に記録したパス成功数(422)は、詳細データ収集が可能な1966年以降のワールドカップでは、歴代最多(OptaJiro)
日本のドイツ戦前半時間帯シュート数(1)、パス成功数(62)は、ワールドカップの1試合では同代表史上各最少。(OptaJiro)
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【W杯】“森保采配”の真髄は決断力にあり 元日本代表FW佐藤寿人氏が証言「すごくリアリスト」(FOOTBALL ZONE編集部)
【専門家の目|佐藤寿人】的確なマネジメントがドイツ戦の勝利につながる
森保一監督率いる日本代表は現地時間11月23日、カタール・ワールドカップ(W杯)初戦のドイツ戦に臨み、2-1の逆転勝利を収めた。歴史的な勝利となったなか、元日本代表FW佐藤寿人氏に森保監督の采配と、指揮官の真髄について聞いた。(取材・構成=FOOTBALL ZONE編集部)
ドイツ戦は立ち上がりこそ積極的な守備が効いていたものの、徐々に押し込まれてPKも与える苦しい展開だった。流れが大きく変わったのは、1点ビハインドの後半に森保監督が見せた大胆な采配だ。MF久保建英からDF冨安健洋に交代し、3バックに移行。直前の親善試合カナダ戦でも見せたシステムとはいえ、ハーフタイムでの変更に佐藤氏は「『早いな』と思いました」と率直な感想を明かし、準備段階からの的確なマネジメントを指摘する。
「本当に勝負に出ていった、勝負師としての森保監督だったと思います。その部分も含めてトータルで、カナダ戦があってよかったなと。3バックに変えるということ、浅野(拓磨)に実戦での試運転をさせるということ。カナダ戦は敗戦という結果は抜きにして、いろいろなものを得て初戦のドイツ戦を迎えることができた。守田(英正)と冨安(健洋)を先発起用できませんでしたが、そのなかでも板倉のコンディショニング、浅野の実戦というプラス材料を作れました。
森保監督は最初から“総力戦”という言葉を使っていましたが、まさに誰が出てもやるべきことをしっかり体現する。最初から出る選手、途中から入る選手、試合を決める選手、そして試合を終わらせる選手。いろいろな役割があるなかで、初戦のマネジメントをされたと思います」
佐藤氏はサンフレッチェ広島時代、森保監督のもとでプレーし、Jリーグ優勝も経験している。日本代表では批判にさらされることもありながらも、“本番”の1試合目で見事な結果を出した。その真髄はどこにあるのか。
「すごくリアリストな方だと思います。理想もあるとは思うんですが、目の前の試合でいかに結果を得るかというところ。広島で長くやって、その時のサッカーを一度離れて、外側から見て、良い部分とウィークポイントを知り得たなかで、広島での監督初年度から優勝を勝ち取っていますから。(ドイツ戦の采配は)勝つための最大値を取るための決断だったと思います。広島での3回目の優勝の時は、シーズンのほとんどで僕が60分前後で交代して拓磨が途中から入る形で、常に力を発揮できるような最大値を作っていました。
そうした決断力は広島でも4年で3度のリーグ優勝をもたらしましたし、今回も早い時間帯で3バックに変えています。上から見ていて、ウォーミングアップで誰が体を作っているのか見ていたんですが、誰をどの時間帯で使っていくのか正直予想しづらかったんです。まさか冨安を入れて、すぐ3バックにするとは。あの決断をしてから、スムーズに前に行けていたところもありました」
そして、後半12分にはFW前田大然を浅野に代えるだけでなく、左ウイングバックをDF長友佑都から攻撃的なMF三笘薫に交代。早い段階から前傾姿勢を明確にし、その後もMF堂安律、MF南野拓実と立て続けに投入して逆転勝利をもぎ取った。
「(三笘の投入は)勝負だと思います。もちろん本職でないので、バランスが崩れるとか、守備の立ち位置とか、絞り具合とかもありましたが、セカンドボールの回収であったり、寄せであったり、守備もしっかりとした対応をしていました。最終的には同点ゴールも途中から入った選手たちでチャンスを作った。まさに総力戦なんだなと見せてくれたシーンでした」
5人の交代枠をフル活用し、起用された選手たちがそれぞれの役割を十二分に果たしたことで生まれた逆転勝利。佐藤氏は「このW杯を戦い抜くうえで、誰が出ても強度が落ちないで、やるべきことをしっかり体現できるという準備をしてきたと思います」と見る。指揮官の“勝負師”としての側面と、言葉だけではない“総力戦”によってもぎ取った勝利だった。
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日本が揺れた大金星「森保さん、凄い…」 缶ビールを握った久保竜彦は言葉を失った
THE ANSWER編集部で観戦した日本―ドイツ戦に興奮「朝まで飲まんといけんね」
サッカーのカタール・ワールドカップ(W杯)は23日、日本がドイツに2-1で逆転勝ち。大金星を挙げた。1点を追う後半、途中出場の堂安律、浅野拓磨が続けて得点。元日本代表FW久保竜彦は「THE ANSWER」編集部を訪れ、試合を観戦した。高校からJリーグ広島に入団した当初の先輩で、尊敬する森保一監督が率いる日本の下剋上に熱狂。「朝まで飲まんといけんね。こんなことないでしょ、人生で」。その興奮ぶりをお伝えする。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰、敬称略)
時計の針は、てっぺんを差そうとしている。ドラゴンが、深夜の中目黒で興奮していた。
「こんなことある? いや、凄いね。ヤバイね」久保の視界には、まるで優勝したかのように喜ぶ、サムライブルーのイレブンがいた。
引退後、自然を求めて山口・光市の港町で暮らす。サッカー教室に顔を出し、コーヒー焙煎に、塩作りに、と異色のキャリアを歩む。趣味は釣りと酒。今、サッカーはたまに見る程度。自宅にテレビがない。代表戦を観戦するにも知人の「おっさん」が営む飲食店に足を運んで見るしかない。
今回、観戦の依頼すると、快諾してくれた。ドラゴン節を引き出すため、酒を用意し、自由な空間を作った。国歌斉唱で赤髪になった長友を見て「戸田やん」と突っ込み、中継の解説が井原正巳氏、福西崇史氏と知ると「NHK、守備的やな」とつぶやいた。
キックオフの笛より先に1本目のエビス350mlの「プシュッ」という音が編集部に響く。しかし、試合が始まると、現役時代さながらの眼光が宿った。
前半8分。立ち上がりから劣勢だった日本が、伊東のクロスに前田が合わせ、ゴールネットを揺らす。「うおおおお!」と雄叫びを上げ、一張羅というジャージのポケットからガラケーが落っこちた。「オフサイドか……」よもやの展開に酒を飲む手が止まった。意外と乾き物は食べない。用意されたマスカットを1粒ずつ頬張る。
前半33分。権田がPKを献上。「いやー!」「ああー!」と言い、沈黙。「止めろ!」と声を上げたが……。頭を抱えた。重い空気。冬なのに履いてきたビーチサンダルを脱ぎ、足を放り出す。酒を飲むペースが上がった。
風向きが変わったのは、後半12分。浅野と三笘が投入されると、2本目のアサヒ350mlに切り替えた。これが、奇跡への予兆だった。
堂安の同点弾に咆哮、浅野の逆転弾に絶句「森保さん、凄い…」
後半30分。三笘のカットインから、最後は「代表で一番好き」という堂安が同点弾。思わず立ち上がって咆哮。
「おおおおお! 堂安! ドーアン!」。横浜FC時代に伝説の40メートル弾を決めたよりも興奮した顔で、手を叩いた。
そして、その8分後。後半38分。ロングパスから浅野が抜け出し、逆転弾。「えっ」。突然の展開に言葉を失った。しばし、絶句。やがて、つぶやいた。
「森保さん、凄い……」。森保監督は、結婚の保証人になってくれた恩人である。以降は酒を煽りながら、ひたすらに試合終了を願う。
「ロスタイム7分!? 嘘やろ」「早く、早く」「終わり、終わり、終わり!」
やっと、訪れた歓喜の時。冒頭の場面に戻る。「こんなことある? いや、凄いね。ヤバイね」――。試合後、インタビューを実施。的中した森保采配の理由から、この試合のキーマンまで独自の目線で語り尽くした。午前1時。帰る頃には、すっかり上機嫌。
「朝まで飲まんといけんね。こんなことないでしょ、人生で。だってドイツよ、相手。ドイツ」3本目のプレモル350mlの缶を潰し、夜の中目黒に消えていった。
「勝つと本気で思っとる人は違うんよ」 優しい仮面を被った鬼・森保一に久保竜彦は痺れた
THE ANSWER編集部で日本―ドイツ戦を観戦「森保さんは鬼。優しい顔しとるけど」
前編では、結婚の保証人にもなってくれた人生の師・森保監督の采配について語った。
興奮したよね。鳥肌立った。俺がゴールを決めた時より嬉しかったけえ��ここに来るまで(酒を)飲んでこなくて良かったわ。最後まで覚えてられんから。
堂安は完全に崩したもんね。浅野は「入った!」という感じやけど。ただ、浅野が決めたの、びっくりした。凄いよね、森保さん。なんで怪我明けの浅野を選んだんかなと。俺もムードメーカーで選んだんかなと思ったけど。あれで使ってね。結果が出るんだから、凄いよね。
采配、やばかったよね。後半、3バックにして「ああ、また守ってカウンターなんかな」と思ったけど。途中交代した選手が効いとった。やっぱり、ずっと見とるけんね、選手のこと。昔からずっと見る人やから。サッカーのために、すべて。勝つために使えるかどうか。鬼。優しい顔しとるけど。勝つために考えとるけえ。
でも、俺も勝てるとまでは思わなかったからな。ドイツやけんね。だから、勝つって本気で思ってやってる人とは違うんよ。これが監督ってことよね。俺が見てきた世界の差とは(いまだに)完全にあると思ってたから。それでも、勝つチームを作るっちゅうのは、やっぱり森保さんのアレよ。
どうしても、何が何でも勝ちたい人というのは選手の頃から感じとった。だから、(チームの)監督の言うこと聞かず、森保さんの横でプレーしてたもん。変わってないじゃん。監督になっても変わってないんだから、何が何でも勝ちたい、強くしたいって自分を犠牲にしてもやる。そういう人なんよ。
もちろん、ドイツの質は全然違った。相手の弱みを見つけるのと、ちゃんと(サッカーを)わかってるやつが、いっぱいおるよね。日本に何人おるか。運が良くて、誰かがいる時はある。中田がおったり、本田がおったり、香川がおったり、時々しか出てこんけど。ドイツはその世代でそれなりに何人もおるわけで。
日本も近いやつは多いけど、まだそのレベルじゃない。だけど、チームの作り方で勝てる。それもサッカー。
やっぱり日本人やけんね。なんちゅうか、日本人に合った、ぐっとくるやり方をしてると思うんよ。岡田(武史)さんも、森保さんもそうやった。両方の監督と一緒にサッカーやったけど、そういうことやと思う。タイプは全然違うけど、芯の部分では共通する部分はあるんやろな。
システム変更に対応した選手たちの凄み「2トップ気味で変わったと思うんよ」
森保さんもそうやけど、対応した選手たちも凄かったよね。2トップ気味にしたよね。あれで変わったと思うんよ。
本当にパッパッパッと(システムが)変わったよね。ポジションも変わったし。あれで対応できちゃう。伊東もね。あれだけいろいろ変えてもできるんじゃけえ、凄いよね。強い相手にも、それでもうまくやれば勝てる。それも、本チャンでね。今日は練習試合じゃないけんね、ただのAマッチじゃないけんね。
それで勝てるっちゅうのが、やっぱり日本の選手たちも(ステージが)一段は上がるよね、全員ね。
ドイツもやっぱり強かったよね。ペナの中でも、なんぼでも回されたしね。ブラジルみたいに。ただ、最後が決まらなかっただけで。ペナの中でどんだけやれるかを見せるのが、やっぱり強豪というか、サッカーがうまいやつらのアレ。あそこで思い通りのプレーができて一番楽しいけんね。
それが、日本で何回できたって言ったら、1回だけよね。三笘が入って、堂安が決めて。浅野も決めたけど。でも、勝ちは勝ち。確かに質はアレやったかもしれんけど、今日はもう二の次よね。だって、W杯なんて一発勝負なんやから。
堂安も浅野も凄かった。ただ、ホンマに流れを変えたんは“アイツ”よね。遠藤が番犬に戻ったし、ホンマに効いとったから。
「遠藤を“番犬”に戻したんは9番よね」 久保竜彦が「日本の肝」と呟いた大金星の立役者
後編では、堂安でも浅野でもなく、逆転劇のキーマンになった選手について語った。
THE ANSWER編集部で日本―ドイツ戦を観戦「ホンマに流れを変えたんは9番よね、三笘」
堂安も、浅野も凄かった。でも、ホンマに流れを変えたんは9番よね、三笘。3バックになって守るんかな、守ってカウンターなんかなって思ったけど。
だけど、三笘が入ったけん、溜めれて、時間ができて。遠藤も“番犬”に戻ったよね。前半はフワフワして、全部後手で。(ボランチが)2人おるけんさ。どっちが行くの、みたいな。バランスが悪かった。2人いるから、なんとか大丈夫そうだけど、なんか行けてなかったよね。
あれが(ボランチ)1人になって、どうなるかなと思ったけど、三笘のところで溜めができて、余裕できると、(遠藤も)予測がつきやすいのかな。日本の肝のヤツやね、三笘。バチッとなったよね、ドイツ相手に。それを狙ったのかどうか……でも、狙ったんやろな、森保さん。
三笘はすっと立って飛び込まんもんね。今日のドイツにでも飛び込まん。南野がいろんな動きをして裏を取ったら、そこの間を通してパスもできるじゃん。ドリブルだけと思ったら、ああいうセンスあるよね。あのタイミングでパスを出せるという。ホンマに効いとったと思うわ。
ああいう戦いを前半からできれば、日本ももう1個上に行くだろうな、たぶん。ああいう選手がドイツには何人もおるから。日本がドイツとかに対して、主導権を握って、互角にできるようになるんじゃない。これから、ああいう選手が増えていけば。
もちろん、浅野も良かったよね。サンフレッチェの頃から良い選手と思ってたし。馬力があってね。
でも(大会前の)カナダ戦で見た時に浮いとる、ふわふわしてる感じたけえ。ああ、まだ(故障していた右膝が)おかしいんやろなっていう印象だったよね。今日も最初入った時、浮いとる感じあったよね。シュートも結局は浮いてたし。でも、あのトラップが全てやった。
右足でシュート何回か打って、左足でもシュート打ってね。やっぱり定まってなくて、思い通りに飛んで行かんかったけど。最後ね、あんなところにね、狙って……やっぱり、狙ったんやろな。あそこしかないもんな。凄かったよ。
堂安も(調子は)良くはなかったと思うけど、点を決めたわけやしね。(ゴールの場面)浮くやつもおるしね。難しいところで決めた。
W杯でも日本の決定力、決定力って言うけど、俺には分からんよね。俺、W杯で決めたことないもん。W杯は違うよ。試合(大会)の方式も違うもん。相手もアジアじゃないし。ドイツやもん。だだ、ゴール一つで、あんなに変わるわけだからね。
「朝まで飲まんといかんで、これ。こんなことないと思うよ、サッカー人生で」
終わってみれば、ギリギリの采配、ギリギリの勝負よね。前半も何回も崩されて相当きつかったと思う。
前田もね、追いまくって終わり。でも、あれで三笘が生きて、浅野が決めたのかもしれんし。やっぱり、森保さんの使い方よね。吉田があんだけ持つと思わんかった。変なミスは1回もなかったな。ちょっと脚つっとったけどな。
逆に4番はもっとやれると思うけどね、板倉。自信にはなると思う。ドイツにあんだけ攻められて、狙われてね。だけど、これで落ち着くだろうし。耐えたのもそうだし、雰囲気に慣れるから。長友なんかは(ミスもなく)何もなかったもんね。やることやった感じ。
W杯はアルゼンチン―サウジアラビア戦のサウジの凄いシュートをちょこっと見たくらいやけど、VARで判定が覆ったりして話題になっとるんよな。でも、良かった���ゃん、VAR。今日の日本は。ホンマ、俺らの時代だったらゴールになっとるよ。だから、いいことよ。
コスタリカ、スペインにも読まれるということはないと思う。今日みたいなやり方があれば。試合中に(システム)変えるけんね。
パパッとやって、選手もそれに対応できるんやから。遠藤も(大会前に負った脳震盪の影響なく)無事やったし、鎌田もいろいろできる。久保は今日みたいに(連携なく孤立した)1人では厳しいかもしれんけど、コスタリカ相手ならもっとやれる。
朝まで飲まんといかんで、これ。こんなことないと思うよ、サッカー人生で。だって、ドイツに勝つんよ。今頃、渋谷とか、わーっとなっとるんじゃないか。
■久保 竜彦 / Tatsuhiko Kubo
1976年6月18日生まれ。福岡・筑前町。筑陽学園高を経て、1995年に広島加入。森保監督(当時選手)とは7シーズンプレーした。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇に貢献。1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は日本人離れした身体能力と強烈な左足でエースとして活躍したが、腰や膝など度重なる怪我により、2006年のW杯ドイツ大会は落選。以降、横浜FC、広島などを渡り歩き、2014年に引退。J1はリーグ戦通算276試合94得点。日本代表は国際Aマッチ通算32試合11得点。引退後は山口・光市に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど、異色のセカンドキャリアを歩む。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)
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明日は休みだ🇯🇵
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カレー
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Please enjoy your vacation and the World Cup!😁 From your boss💕
W杯関連株に物色、日本の対独勝利が追い風(ロイター 11月24日)
[東京 24日 ロイター] - 東京株式市場でサッカーワールドカップ(W杯)関連銘柄が物色されている。開催中のカタール大会では23日、1次リーグE組で日本(FIFAランキング24位)がドイツ(同11位)を2対1で下し「関連銘柄の追い風になっている」(国内証券のストラテジスト)という。
ネットTVで全64試合無料生放送するサイバーエージェントの株価は一時9%高に上昇。サッカー教室を手掛けるクリップコーポレーションは一時3.8%高となった。ミズノやアシックスも買われている。
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ワールドカップ “差別反対”でドイツ連盟が改めて抗議の意思(NHKニュース 11月24日)
サッカーのワールドカップカタール大会で日本の初戦の相手、ドイツのサッカー連盟が公式のホームページやSNSを更新し、あらゆる差別への反対を示すキャプテンマークの着用についてFIFAが警告を出すとしたことに対して改めて抗議の意思を示しました。
今大会ではドイツを含む複数のヨーロッパのチームのキャプテンが、試合で虹色のハートマークに「ONE LOVE」と書かれたキャプテンマークを腕に巻き、差別への反対を訴える考えを示してきました。
しかし、FIFAから着用した場合は警告を出すなどと連絡があったとして、これまで試合を行ったチームは、キャプテンが別のデザインのマークを付けて試合に臨んでいました。
こうしたFIFAの対応について、ドイツのサッカー連盟は「検閲だ」として強く批判していました。
さらに23日、公式のホームページやツイッターを更新し、試合前にドイツの選手たちがグラウンド上で手で口をふさいで映った集合写真とともに、「人権問題は譲れない。腕章を着けないということは声を上げないということと同じだ。私たちは自分たちの立場を貫く」とするコメントを掲載し、改めて抗議の意思を示しました。
サポーターからは賛否の声
ドイツの選手たちが日本との試合の前、手で口をふさぐしぐさをして、差別への反対を示すキャプテンマークの着用を認めなかったFIFA=国際サッカー連盟に抗議の意思を示したことについてドイツ人のサポーターに話を聞きました。
このうち、男性のサポーターは「FIFAの決定は明らかに間違っているし、こんな抗議では不十分だ。主張を続けるべきだ」と述べ、選手たちの行動を支持しました。
一方、別の男性サポーターは「サッカー以外のことをすべきではなかった。選手たちは行動するよう強く期待されていたのが問題だった」と述べ、支持しない考えを示し、賛否が分かれていました。
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スペインが7発快勝で今大会最多ゴール記録を塗り替える🇪🇸
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W杯ドイツ戦を前にひも解く歴史… 日本初の国際親善試合は103年前にドイツ兵と学生が広島で(RCCニュース)
いよいよ始まったワールドカップ(W杯)。日本は、今夜、優勝4回を誇る強豪ドイツと対戦します。ところで、日本で初めてといわれる国際交流試合の相手がドイツで、しかも、この広島で行われていたことをご存じでしょうか?
きょうのテーマは、『ワールドカップ ドイツ戦を前に歴史をひも解く 日本初の国際親善試合はドイツ兵と広島で…』。
先週土曜日、エディオンスタジアムにおよそ5000人が集まったサンフレッチェ広島のファン感謝祭…。選手たちは、新型コロナの影響で3年ぶりの開催を待ちわびたサポーターと一緒に天然芝の上でイベントに参加しました。
スタジアムの外でもさまざまなイベントが行なわれる中、広島市南区にある似島を紹介する写真の展示がありました。
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そして、その似島が、日本での発祥地とされている「バウムクーヘン」の手作り体験会も行なわれ、多くの参加者が列を作っていました。
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この似島が、広島サッカー、そして、日本とドイツをつなぐのです。
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サンフレッチェ広島 仙田信吾 社長「広島はサッカー王国と言われているが、この歴史は日本一のサッカーの歴史を持っている」
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サンフレッチェ広島の仙田信吾 社長です。社長就任前から広島サッカーの歴史をひも解いてきました。
仙田信吾 社長「第一次世界大戦後、ドイツ兵に広島の子どもたちは、当時の旧制高校生ですが、サッカーを教えてもらっていて、その技術・伝統で戦前から広島が強かったという。そういう歴史があるんですね」
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第一次世界大戦中、中国・青島での捕虜となったドイツ兵が、似島の施設に収容されていました。
ドイツ兵たちは収容中、それぞれの得意分野を生かしてバウムクーヘンやソーセージのつくり方などを伝えたとされています。そして、ドイツ兵たちは、収容所でサッカーも楽しんでいました。
小林康秀 キャスター「東千田公園、広島大学跡地です。サッカーは当時、広島でも普及し始めていましたが、ちょうど、このあたりにあった先生になるための学校・広島高等師範学校のグラウンドで、1919年、生徒とドイツ兵による試合が行なわれました」
一説には、これが初めての国際親善試合ではないかともいわれています。
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仙田信吾 社長「やっぱり、広島のサッカーにとって大事な歴史ですね。当然、5対0とか、6対0とかでボロ負けになるわけですよ。それで本格的なドイツ式サッカーを学びたいっていうんで、もしかしたら、こういう船で広島高等師範学校の生徒たちは似島に渡っていったようなんですね」
圧倒的に技術が上回っていたドイツサッカーを学んだ生徒たちは、先生となった後も、学んだ技術を広島の学校の生徒に伝え、広島サッカーのレベルは全国トップクラスだったといいます。
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原爆投下から2年後、復興ままならない状況下で、今の広大付属高校が、翌年は今の広島国泰寺高校が、高校サッカー選手権で全国優勝。広島に歓喜をもたらしたのです。
仙田信吾 社長「当時の広島のチームだけが左右両足でボールを操れたといわれています」
ちょうどそのころ、サッカーを始めた下村幸雄さん、90歳です。
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原子爆弾が投下された1945年8月6日、広島市役所付近で被爆した下村さんは、奇跡的に助かり、被爆から3年後、修道高校に復学した翌年、サッカー部に入部しました。
元日本代表監督 下村幸男さん「まだ周囲に学校の建物が倒れたまま、後片付けせずに残っている、せまいグラウンドで2年上の先輩がサッカーの練習をしていた」
ボールも数個しかなく、傷ついたら自分たちで縫い直す時代でしたが、広島サッカーは戦後も全国をけん引したと話します。
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下村幸男さん「なぜかといったら、その先輩たちの中に戦前、サッカー部をしていた人が何人かいた。特に修道は一中(国泰寺)に負けるなと教育を受けた、そういう先輩が残っていて、サッカー部を始めた」
その後、広島サッカーは、全国を席巻しました。先輩の影響を受けた下村さんは、東洋工業蹴球部に入り、日本代表選手として活躍しました。そして、その後、さらにドイツサッカーの影響を受けることになるのです。
「日本サッカーの父」と呼ばれたドイツ人がいます。
東洋工業蹴球部で日本代表選手として選出され、後に日本代表監督も務めた下村幸男さんに影響を与えたのが、東京オリンピックの日本チーム強化のためにドイツから来日したデットマール・クラマーさんです。
下村幸男さん「当時の日本の代表の監督・コーチもね、それほどサッカーをこうしろという指導はしていないんですよね」
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「それが、クラマーさんが来て、いや、蹴り方からボールの止め方からこういうふうにやるんだということ、見本を示しながら指導した。初めてサッカーというのに接したようなことなんですよ」
日本とドイツの親善試合が行なわれて103年…。ことし、サンフレッチェ広島は、ドイツ代表のコーチも務めたドイツ人・スキッべ監督が率いました。
今シーズン終了後、スキッベ監督は、似島を訪れ、歴史を学んだほか、地元の子どもたちとサッカー交流をしました。
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仙田信吾 社長「広島の似島のドイツ軍捕虜の歴史まで深堀りをしてくれて、似島に渡ってくれたっていうのは、また、うれしい話ですね」
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代表監督を務める森保一 監督は、「サッカーは平和を発信するという大きな役目がある」と話します。
仙田信吾 社長「まさに広島のサッカーを強くしてくれたドイツと、初めてワールドカップの監督に臨む森保さんが戦う。そのドイツは、広島にもともと、サッカーを教えてくれた故郷のような国だった。たいへんな縁を感じる。しかし、勝ってこその恩返しですよね。勝ってほしいと思います」
広島での初の国際試合からおよそ100年…。日本は、世界最高峰の舞台で再びドイツと相対します。
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仙田信吾社長より。『ドーハの歓喜』
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ファン待望!3年半ぶりの開催「ひろでんの日」電車開業110周年(RCCニュース)
広島電鉄は、路面電車開業から23日で110周年。これを記念したイベントが、広島市で開催されています。
「ひろでんの日 2022」と題されたイベントは、中区の千田車庫などで開催されています。あいにくの天候にも関わらず会場には多くの電車ファンたちが集まっています。
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広島電鉄 椋田昌夫 社長「地元に密着した利用しやすい公共交通を目指してがんばる」
会場に隣接する敷地には、誰でも気軽に車庫の様子をながめてもらおうと、新たに常設された無料の見学スペースが披露されました。
車庫では、「大正形電車」や「被爆電車」など、レトロな路面電車の展示や、車両の点検を近くで見学できるコーナーも設けられました。イベントは、23日午後4時まで開催されています。
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被爆電車「653号」が走る広島電鉄 110年で見舞われた3度の危機(産経新聞 2023年1月8日)
広島市内を中心に走る路面電車「広島電鉄(広電)」が11月に110周年を迎えた。創業記念日の11月23日に広島市中区の本社などで開かれたイベント「ひろでんの日2022」には、多くの広電ファンの子供たちが集結した。原爆が投下された昭和20年8月6日に運行していた「被爆電車」のうち、原爆忌前後だけ走る「653号」や、西日本鉄道北九州線で走っていた塗装の色が珍しい「602号」など、好みの電車があるという。これほど広島キッズを魅了する広電だが、110年という長い歴史の中で3度目の危機に直面している。
■ひろでんの日は大盛況
小雨の降る中、広電本社千田車庫などで開かれた「ひろでんの日」のイベントには1万2千人近いファンが訪れた。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、約3年半ぶりとなる大型イベントで、会場には開業時の復元車両から最新の超低床車両「グリーンムーバーエイペックス」まで多種多様な路面電車やグループ会社のバスが並び、工場での整備の様子を見学・体験することもできた。
会場を訪れた広島市中区の保育園児、津田康佑くん(5)は「被爆電車の653号と、選挙の時に走る582号が好き。あまり見ることができないから」と、実際の車両を見て喜んでいた。
653号は3台現存する被爆電車の1両で、爆心地から約2・7キロで被爆し大破した。約4カ月後に復活し、平成18年に通常運行からは引退。現在は8月6日前後に特別運行する貴重な車両だ。582号は国政や地方選挙の際に花飾りと啓発看板を付けて走る花電車。582号は神戸市電の廃業に伴い昭和46年に譲り受けた車両だという。
広島市西区の小学4年生、藤谷陽(ひなた)くん(9)の推しは西鉄の北九州で走っていた下部が赤い「602号」。西鉄北九州線から譲渡された3両のうち、残っている1両だ。将来、広電の運転手になりたいという藤谷くんは「かっこいい車両がいっぱいある」と興奮気味に話した。
■3度の危機が
広電は大林組創業者である大林芳五郎により、大正元年に開業。その110年の歴史を振り返ると3度の危機があった。
広電広報・ブランド戦略室係長の森直樹さん(49)によると、原爆投下、1970年前後のマイカー増加、そしてコロナ禍だという。
広電は被爆3日後に運行を再開した。当時は、男性の多くが出征していたため、女学生が運転士を務めたという。ただ、広島市内の死没者が約14万人にのぼるなど、被害はあまりに甚大だった。広電も従業員185人を失い、車両の大半が被災する大きな被害を受けた。
2度目の危機がマイカー増加。森さんは当時の苦境について「マイカーの普及で、市内は渋滞が続いた。当時は軌道内も車両が走行できたため、車による渋滞に電車も巻き込まれた」という。電車の定時性が守れなくなり、広電離れが進んだのだ。そのため、県公安委員会が軌道敷内への自動車の乗り入れを禁じることとなった。
加えて、80年代半ばからのバブル経済による好景気で人出が増え、広電も乗り継ぎしやすいため停留場の改善や超低床車両導入など利便性の改善を図り、この危機は乗り切った。また、路面電車を走らせていた大阪や神戸、京都市電、西鉄の営業廃止を受け、多くの人を運べる大型車両を中古で譲り受けられたことも、経営の一助になった。
■コロナ禍はまだ途中
そして、3度目に迎えた危機がコロナ禍だ。
森さんは「マイカーや自転車利用による電車の乗り控えや、在宅勤務の増加、観光客の減少などで、乗客が激減した」という。
広電の市内線の輸送人員は、令和元年度の約3780万人からコロナ禍の2年度には約2592万人に減少。収入も約45億5千万���から約30億円に落ち込んだ。宮島線の収入も元年度の約17億3千万円から2年度には約12億2千万円となった。広電第3の危機は、現在進行中だ。
広電では今後、ポストコロナの時代に戻ってくることが期待される観光客を取り込み、少子高齢化のなかで、街づくりを含めて関与する必要性を感じているという。7年には広島駅ビルがリニューアルし、広電も高架で乗り入れることが決まっている。森さんは「これまでの考え方で、運輸業を維持していくのは難しい。今後、移動の機会を増やすため、街なかの新しいスポットに多くの人が出たくなるような動機付けも進めていきたい」と話した。(藤原由梨)
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【本日(11/23)の広島県内の感染状況】(広島県)
新型コロナ(23日) 3664人感染確認 3人死亡(NHKニュース)
広島県では23日新たに3664人が新型コロナウイルスに感染したことが確認され、3人が亡くなったと発表されました。
感染が確認されたのは、広島市で1651人、福山市で565人、東広島市で305人、呉市で173人、廿日市市で156人、尾道市で138人、三次市で106人、三原市で101人、庄原市で72人、府中町で66人、安芸高田市で58人、海田町で38人、府中市で36人、大竹市で32人、熊野町で30人、神石高原町で24人、坂町で22人、江田島市と竹原市で、それぞれ20人、大崎上島町で17人、世羅町で15人、北広島町で13人、安芸太田町で6人のあわせて3664人です。
1週間前の水曜日より697人増えていて、19日連続で前の週の同じ曜日を上回りました。これで県内での感染確認はのべ51���7166人となりました。
また、県内では患者3人が亡くなったと発表されました。県内で新型コロナウイルスに感染し、その後、死亡した人は848人となりました。
【新型コロナ 厚労省まとめ】160人死亡13万3361人感染(23日)(NHKニュース)
厚生労働省によりますと、23日発表した国内の新たな感染者は空港の検疫などを含め13万3361人となっています。また国内で亡くなった人は160人で、累計4万8642人となっています。
東京都 新型コロナ9人死亡1万2850人感染確認 19日連続前週比増(NHKニュース)
長野県 新型コロナ 5人死亡 過去最多4328人の感染確認(NHKニュース)
1日の発表者数が4000人を超えるのは初めてで、これまでで最も多くなりました。先週の水曜日より507人増えました。
県内の感染者数の累計は29万1017人となりました。県内で死亡した感染者は432人になりました。
大阪府 新型コロナ 6人死亡 新たに6615人感染確認(NHKニュース)大阪府内の感染者の累計は225万4540人となりました。府内で感染して亡くなった人は合わせて6704人となっています。
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【海外地震情報】 日本時間の11月23日(水)10時08分頃、海外で地震がありました。
震源地は地中海(トルコ)で、地震の規模はM6.1と推定されます。
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asa6fuji · 2 years
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あなたは、反対者への罰に用いたその出来事で、わたしたちを招き、光栄を与えてくださった。
知恵の書
18・6あの過越の夜のことは、我々の先祖たちに前もって知らされており、 彼らはあなたの約束を知ってそれを信じていたので、動揺することなく安心していられた。 7神に従う人々の救いと、敵どもの滅びを、 あなたの民は待っていた。 8あなたは、反対者への罰に用いたその出来事で、 わたしたちを招き、光栄を与えてくださった。 9善き民の清い子らは、ひそかにいけにえを献げ、 神聖な掟を守ることを全員一致で取り決めた。 それは、聖なる民が、順境も逆境も心を合わせて受け止めるということである。 そのとき彼らは先祖たちの賛歌をうたっていた。
答唱詩編
詩編33・12+13、14+15、20+21
神の注がれる目は、神をおそれる者に、神の愛に希望をおく者の上に。
詩編33
33・12神を王としていただく国。 神のものとして選ばれた民はしあわせ。 13神は天から目をそそぎ、 人々をすべて見ておられる。
14神はその住まいから、 地に住むすべての人に目をそそがれる。 15神はひとりひとりの心をつくり、 そのわざを見抜かれる。
20神はたて、神はすくい、 わたしたちは神を待ち望む。 21心は神のうちにあってよろこび、 とうといその名により頼む。
第二朗読
ヘブライ11・1-2、8-19
アブラハムは、神が設計者であり建設者である都を待望していた
ヘブライ人への手紙
皆さん、11・1信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。2昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。
8信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。9信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。10アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。11信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信��ていたからです。12それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生まれたのです。
13この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。14このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。15もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。16ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。
17信仰によって、アブラハムは、試練を受けたとき、イサクを献げました。つまり、約束を受けていた者が、独り子を献げようとしたのです。18この独り子については、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる」と言われていました。19アブラハムは、神が人を死者の中から生き返らせることもおできになると信じたのです。それで彼は、イサクを返してもらいましたが、それは死者の中から返してもらったも同然です。
福音朗読
ルカ12・32-48
アレルヤ、アレルヤ。目覚めて注意していなさい。人の子は思いがけない時に来る。アレルヤ、アレルヤ。
ルカによる福音
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。12・32「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。33自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。34あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。」
35「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。36主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。37主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。38主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。39このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒がいつやって来るかを知っていたら、自分の家に押し入らせはしないだろう。40あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」
41そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、42主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。43主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。44確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。45しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、46その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。47主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。48しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」
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moja-asia · 2 years
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雨天中止で3位転落。だから野球は面白い。7月18日
 大雨の中、国家斉唱が行われた「中国新聞30周年サンクスナイター」は午後6時ジャストに雨天中止が発表された。 午後6時に雨天中止が発表された。小雨が降り続けていたが、直前の5時55分まで、球場には予定通りプレーボールの雰囲気が漂っていた。試合前の国歌独唱が終わったところで一変。両監督によるメンバー交換が行われるところで審判団が両軍ベンチに待機を呼びかけ、試合開始を見合わせるとの場内放送が行われた。  約5分後に大型ビジョンの「雨天中止」の文字とともに再び放送。観客のどよめきに包まれた。 【広島】えっ!? 阪神戦は5分前までプレーボールのはずが…一転、雨天中止 2022年7月18日…
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usickyou · 2 years
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加蓮ママ
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「加蓮ちゃんママだ! 加蓮ちゃんママ!」  と地面につっぷしたまま志希は笑った。笑って、笑い続ける志希の髪を足の指でかき混ぜると、ちょっとしたよろこびと覆しきれない敗北感が胸のなかにふつふつ沸き上がる様子を感じた。 「ママ……ぼくというものがありながら」  とりあむは目のはじに涙まで浮かべて言った。知るか、というおもいを込めて髪をそっと撫でてあげると「ママぁ……」という呻き声とともに涙はこぼれた。  それがちょうど、ほっぺに落ちたので、その子はびっくりしたのかチョコレートカラーの肌を指でなぞって、りあむの涙を小さな口に運んだ。 「あーもう、ベイビー。そんなものなめちゃダメでしょ」  私がそう言うと、ベイビーは星々のまたたく夜みたいな瞳をぱちぱちさせて、私を見上げた。その小さな手は、ここ数時間そうであるように私をつかんだまま離さず、どうしてこれで気持ちが通わないなんてことがあるだろうか、と感じさせた。ベイビーは、指しゃぶりに飽きると私のワンピースの袖をつまんで、「まぅ」というふうにこたえた。 「ママ、ママー!」と志希が笑う。 「ぼくは二番目……いやリアルママめっちゃ尊いな……」とりあむがつぶやく。  ベイサイドストリートのヤシ(たぶん)の樹下は天国のように心地よく、カンクンビーチの眺めはいっそ泣きたくなるくらいきれいだった。  空は、海はいちばんとっておきの日に��に落としたくなるような色をしていて、さんごの微細なかけらの混じったビーチはそれ自体が光を放つかのようだった。肌をなでるそよ風は心地よく、日射しを避ければあたりはいっそ涼しいくらいに感じられる。ひとびとの喧噪もどこか歌うようで、年も性別も肌の色もあらゆるものの混じり合ったその光景は、映画の中のミュージカルシーンじみた高揚を感じさせた。  だとしたら、私はなにをすればいい? 「で、加蓮ちゃんあたしになんの用?」  と、ようやく笑い飽きたらしい志希がたずねた。 「この子のこと、知恵貸してほしくて」 「あたしをなんだと思ってるのかにゃあ」 「いいから」 「誘拐の?」 「まじめに」 「迷子なら案内センターに預けたら?」 「離してくれなくて。連絡先だけ置いてきた」 「見たかんじまだ喋れなそうだね。メキシカン? んー……装飾が独特だね。少数民族の子かな。ベイビーってのは? 名前?」 「センターの人が言ってたの。腕輪に書いてあるって」 「どれどれ……どれ?」 「これ、このウッドのやつ……」 「ぜんぜん読めない」 「そっかー、さすがに無茶ぶりだったかー」 「その、とお~り!」 「偉そうにすんな」  ちょっとした失望に、私がうたれていると、ベイビーがいっそう激しく袖を引っぱってねだる。「はいはい」と、私はすっかり伸びてアシンメトリになった袖を諦めながらベイビーを抱きしめる。その体はおさなく、けれどずっしりした重みがあって、持ち上げるたび私に強い気持ちを与える。まだもちもちとしていて、きれいな肌があまり日射しを浴びないように、あるいは白いワンピースに手で刺繍された大輪の花々がよごれてしまわないように……祈るよりも実際的な、ステージに踏み出す前の深呼吸がくれるみたいに、たしかな。 「で、りあむはなに?」と私がたずねると、ずっと「うぅ……」とか「まじ……」とか唱えていたりあむは意を決したみたいに「お写真を……よろしいですか」と言う。私が「いいけど高いよ」とこたえると、「……ぜんぶささげるよぅ」とふるえる手でスマホを構えた。 「で、加蓮ママはベイビーちゃんの親探し?」 「んー、そうだね。なんかほっとけないかんじになっちゃったし」 「そっかー、えらいねー」 「手伝いますとかないわけ?」 「手伝ってほしいの? あたしたちに?」 「イヤかな。っていうかあんたたち二人でなにしてたの?」 「観察してた~。りあむちゃんが楽しいから」 「あー……」 「ママ、ママ!」 「どうしたのりあむ?」 「おっぱいを……ママのおっぱいが……」 「あーほんとだ、ごめんねベイビー、おっぱいは出ないんだよー」 「りあむちゃんいけそう」 「まじ!? ぼくがママになるのか……いやでも、いまのぼくなら出せるかも……やるのか、りあむちゃんママ友デビューか?」  こいつらはだめだ。  そう確信したとき、ベイビーが「まーっ」という声をあげたので、私は「そうだね、おねえさんたちはだめだね」とこたえた。
 
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 ライン際からてんてんと転がった虹色のボールを追いかけたよっつの目がぎろっと私を睨んで「どっち?」と問いかけた。その跡はかかとで描いたいびつな線をちょうどまっぷたつにするよう落ちていたので、アーニャは「ミクです!」と、私は「フレデリカ」とこたえた。せっかくなので「セクシーなほうで」と続けると、フレデリカは「いやん♡」と間髪入れず、ややあってみくが「にゃぁん♡」と、まっかな夕暮れの光の降りそそぐビーチではけっこうそれっぽく見えるポーズをとったので、私はシンデレラプロジェクト対プロジェクトクローネ真夏のドキドキビーチバレー対決(仮)の審判という名誉ある職務を完全に放棄し両手を叩いてけたけた笑った。 「ベイビーが、わらっていますね」  とアーニャがほほえんで言う。ベイビーは私のももの上に座っていて、フレデリカのほうを見ながら両手をぱちぱち合わせた。  この聖戦において、唯一なる絶対はベイビーの裁きである。 「やっほーベイビーちゃんラビューラビュー!」 「納得いかないにゃあああ!」  みくはほとんど悲鳴みたいな声をあげながら、素直にビーチボールを拾いにいく。その途中、ずれたネコミミをそっとととのえる仕草がかなり良かったので、次があればポイントをあげてもいいかなと私は思う。  実際、そういうさじ加減がばかにできない勝負だった。周子とアーニャの初戦、ありすとみりあちゃんの第二戦を終えた結果はイーブンで、今後のプロダクションの運営方針を決定する(らしい)たたかいはドラマチックなほど均衡を保っている。私は一日ほとんど歩き回ってくたくたの体を休めながら、思いがけず盛り上がる試合に熱を入れたり、沈みゆくオレンジの日のうつす影となった周子たちのエキシビジョンマッチをぼんやり眺めたりした。 「カレンママ?」  と私を呼んだのは、アーニャだった。 「それ、誰かから聞いた?」 「リアムが、教えてくれました。いけませんか?」 「ううん、いや、まあぜんぜん平気かな。どうかした?」 「Малыщ……ベイビーは、よくなついていますね」 「ほんとにね。ぜんぜん離れてくれなくて困っちゃうよ」 「つらく、ありませんか?」 「……どうして?」 「どっち!?」 「フレデリカで」 「……フレデリカです」 「なんでにゃああ!!」 「よーし、このままセクシーキャットの座はフレちゃんがもらいうけるよ!」 「それだけは、譲れないにゃあ……!」 「……で、どうしてつらいって思ったの、アーニャ」  それは、とアーニャは少し口をつぐむ。その、ていねいに言葉を探す様子は、彼女のこころにある平野の清らかな景色を感じさせる。  あたりが突然まぶしくなって、私は背後の山々を見上げる。その稜線に日が消える瞬間にはじけたオレンジの閃光の美しさに、覚えず息をのむと、やってきた汀の夜に驚いてぎゅうっと袖をつかんだベイビーを、「平気だよ」と言って抱きしめた。 「おわかれは、寂しいです」  とアーニャはささやく。  そうだね、と言いかけたとき、「加蓮ちゃん!」という声が聞こえた。それで私はとっさに体をまるめて、飛んできたビーチボールを肩のあたりで受け止めると、ふうーっと息をはいた。  ベイビーは、胸のうちで目をまるくしている。 「加蓮ちゃん……大丈夫?」とみくがたずねる。不安げな表情で見つめるフレデリカに、アーニャにこたえるみたいに、ベイビーが「まあっ」と笑った。  それで私は「みく、アウト~。23対21でフレデリカの勝ち~」と言う。ずるずるすべり落ちていくネコミミを眺めながら、「クローネの勝ち!」と高らかに宣言する。  みくはもう、抵抗しなかった。砂浜にへたり込んで、ネコミミをつけたフレデリカが「にゃあん♡」とポーズをとるのを力なく見つめながら、「みんな、ごめんにゃあ……ごめんね」とおんおん声をあげた。  私はひとしきり笑って、ベイビーの様子をたしかめる。痛くなかっただろうか。苦しくは、なかっただろうか。そういう不安なんか気にもせず、ベイビーはぽつんと転がったままのビーチボールへ一生懸命に手を伸ばし続けている。 「Мама」アーニャはそれを拾い上げ、ベイビーへ差しだすと、「カレン、すてきなママになりますね」と言う。  私はうなずいて、「そうだったら、いいな」とこたえる。
 
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「ほうら、ベイビー。じっとしてて」と私は言う。そのとき私たちの間では一種の魔法のように気持ちがいききして、ベイビーはつくりものの花を振りまわしていた腕をぴたりとおさめる。「いいこだね」と私は言う。ベイビーが、ちょっとだけ笑った気がする。  結局、ベイビーの家族は見つからなかった。  海の浅瀬のリゾートアイランドで私たちはそれぞれ一棟の宿を与えられていて、それはこの場合かなりラッキーだった。はしゃぐ声を遠慮する必要もなく、私はすっかり芽生えた親心みたいなものを思うまま味わうことができた。 「きれいな髪、わけてくんないかなあ」と私が言うと、ベイビーはくしゃみでこたえる。「こごえちゃった? ごめんね」とタオルケットでくるむと、腕をまわして抵抗する。なにが望みかと思えば、ベイビーは花が見たいのだった。私が乾かしたばかりの髪をくくり、夕食をとったレストランでもらい受けた一輪の造花で飾ると、ベイビーは王さまじみて完璧な笑顔になった。 「きっと明日は、お母さんに会えるよ」  と私は言う。  ベイビーは、とぼけた顔で「まぅっ」とこたえる。  それから私たちは、ソファで横になってぼんやりテレビを眺める。この国の、知らない言葉で語られる人形劇を見ていて、目覚めるともうそれは終わっている。まっくらな画面に、悪い魔法で子どもたちを連れ去った魔女がこらしめられる場面が映っていて、それがほんとうにあったのか夢だったのか、きっともう一生わからないのは、ベイビーが胸のうちからいなくなっているからだった。 「ベイビー?」と私は呼ぶ。「ベイビー」、それで開いた扉から、差し込んでいる光に気づく。  おもてはあまりに明るかった。星々や、強すぎるくらいの上天の月のかがやき、誰もおそろしい目に遭わないようにと並べられた街灯の明かりが渾然一体となり、影すらも消え失せていた。呼び声にこたえるのは、波音だった。耳を澄まして聞こえるのは、波音ばかりだった。  ここの海は、日本の近海よりも塩分濃度が高く体が浮かびやすい。  覗いた海はまっくらで、何も見えない 「どうしよう」と私は言う。 「どうしよう、どうしよう」  と続けると、からからの喉が痛んだ。欄干からたちのぼる海のにおいは、鼻をつんと刺すようだった。  リゾートアイランドの、長い橋の先には、低木でかたどられた小径が続いている。浜へ続く砂の道に足跡はない。私は、大きい道路につながる舗装路を進んでいく。「ベイビー!」とついに大声をあげる。やわらかい、風が吹いている。木々の音もなくそよぐのは、海からやってくる波音にすべてかき消されてしまうからだった。 「ベイビー! こたえて!」  小径のむこうには、片側二車線の道路が広がっていて、戦車でも通れるんじゃないかってくらい広いそこは、昼間とはうってかわって静かだった。なんだか、夢の中にいるみたいだ。そう思って、私は「ばか」と私へ言った。「ばか。逃げるな」そこはまるで、誤って上がらされることになった舞台のように孤独だったので、「逃げるな」とくり返さなければ袖にいることさえむずかしかった。  神さまはきっと、そんな私を見ていてくれた。 「――ベイビー」  その姿は、最初おさない野生の獣のように見える。側道の、灌木の茂みから突然に飛びだしたベイビーは、遮るもののない開けた道をつき進む。正しい演者であるベイビーは、まっすぐ光に照らされていて、やがて今まさに物語を創るさなかの吟遊詩人であるかのような美しい姿を得る。その足取りは軽やかで、いっそ飛ぶようで、街灯や星々や月の明るくそそぐ場所を渡り歩くのに、ピンスポットライトが彼を追って離さないかのように見える。  私は、ほんの十数歩くらいの距離からそれを見ていて、覚えず涙ぐみながら「ベイビー」と呼ぶ。「もう、心配したんだから……」と踏み出そうとした足が、さあっとベイビーに駆け寄る影を前に、とどまる。  美しいふたりだった。  彼女は、私とは似ても似つかないそのひとは、ベイビーと揃いの刺繍のされたワンピースを身にまとっていて、つやつやの黒髪をこの国で耳にする歌のメロディラインみたいに明るく揺らした。その髪のやわらかさも、はつらつと日に焼けたような肌も、かがやきをふりまくような映画的な笑顔も……彼女の姿のあらゆるところが、そう示した。  美しい、おやこだった。  かがんだ彼女が引きしまった両腕を差し出すと、ベイビーは一目散に飛び込んだ。その胸の中であげられたねだるような声に、彼女はすぐさまこたえた。ベイビーを高くかかげたまましなやかにステップを踏んでみせる、その愛情と呼ぶよりほかない様子を、空のすべてから降りそそぐ正しい光が明るく照らしていた。  ベイビー。  きっと私は、去ればよかった。ふたりに気付かれないよう夜の樹木の暗い影の下をあとにしたなら、扉を閉じて、一日かぎりの夢をそれで終えればよかったのだ。 「ベイビー」  と私は呼んだ。長く影の下にいたせいか、ふたりの姿がまぶしくて、まっすぐ見つめるのも難しいくらいだった。 『Quién?』と彼女は言った。『Japonesa? Chino? Tú eres……』そうしてベイビーの姿が背後に隠されると、私は胸がつまって苦しくなるのを感じた。 「カレン、アイム、カレン……ええっと、英語じゃだめ? イングリッシュ? オーケー?」 『Tú eres el que se llevó a Isaac』 「だめ? ベイビー……じゃなくて、ヒー? ボーイ? ついてきた……じゃない、なんて言えばいいの」 『Váyanse! Isaac, no me lo quites!』 「違う! わかんないけど、たぶんそうじゃない……待ってよ、どうしたらいいの」 『Aléjate de mí!』  そう言って、彼女は残酷な征服者から守るみたいにきつくベイビーを抱きしめて、足早に去っていく。ベイビーのとぼけるみたいな声は何度か聞こえ、次第に小さくなる。 「ごめんなさい」  と私は言う。すべ���を諦めて膝をつくと、髪にささったままでいたつくりものの花が地にこぼれた。  遠ざかる。  離れていく。  いつか私の手放したものが、ゆっくりと――
 
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 ひとりで生きていくんだ、と確信したここのつの昼ひなかに、私は手放すべきものを指折り数えた。夢や明るくかがやく未来、大好きな食べ物……愛情と、それから、私の子ども。手のひらだけがくぐることが許された病室の窓から放った一つひとつのそれらは、真夏のまっしろな光のなかに消えていって、二度と戻らないように思えた。  そのとき、まだおさない私にはわからなかった。  ほんとうに大切なものは、どうしたって帰ってきてしまうのだ。  アイドルが、そうであったように。
 
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 ――まぅっ。  差し出された花は白く薫るような、およそつくりものとは思えない美しさをもっていた。かたちのない夜光を浴びて、それはまるでみずからかがやくように、永遠に陰ることのないベイビーの笑顔を照らした。 「ベイビー」と私は呼ぶ。そうしてぎゅうっと抱きしめると、ベイビーは私にたくさん聞かせてくれたのと同じ声で笑った。その息は耳をくすぐり、どんな鳥の翼より自由な腕が肩のあたりをばしばし叩いた。 『Isaac quiere verte……Fuiste muy protector con Isaac』  と、美しい女性が言った。彼女はゆっくりかがみこむと、『Lo siento. Gracias por Isaac, gracias』と続けた。 「ありがとう、ございます。ベイビーに会わせてくれて」 『Bebé? Te refieres a Isaac? Así es como me llamaste』 「ごめんなさい。あなたの愛する子どもをさらってしまって、ほんとうにごめんなさい」 『Cariño. Te deseo todo lo mejor』 「でも、幸せでした。私、ベイビーと出会えてよかった」 『Así que por favor, tú también, desea el bien a Isaac. Que nuestro mundo esté en armonía.』 「ベイビー。愛してる。もうママを離れちゃだめだよ」  そうして私はゆっくりと、ベイビーを胸のうちから引き離す。ベイビーはなんだか満足したふうに笑って、お母さんの胸のうちに帰っていく。 「さようなら」と私は言う。  ベイビーは手を振ってこたえる。 『Que tu vida esté llena de sonrisas』と彼女は言う。 「どうか、お元気で」と私はこたえる。  手を振って、その美しいおやこの姿が見えなくなるまで、私はそうした。それからひとり宿に戻ってしばらく泣くと、ベイビーから贈られた花を抱きしめて眠った。胸の奥がふつふつ温かいのは、そこにともった小さな火のしわざだった。
 
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「泣き疲れた、ようには見えないわね」奏は言う。「大丈夫、うまく隠せてる」 「ほんと? よかった」私はこたえる。「せっかくのリゾートなのに、しめっぽいのとか最悪だから」 「あら、映画みたいで素敵じゃない」 「ならバカみたいなのがいいよ。っていうかなんで奏は知ってたわけ?」 「一日中、りあむが騒いでたの。加蓮ママって……ふふ」 「あー……」 「かわいい子どもができたのね」 「しつけなおすよ。じゃ、聞いてくれてありがと」  そろそろ行くね、と私は立ちあがる。ちょっとだけ食べたシャーベットアイスを奏に押しつけて、「あと、先に謝っとく。ごめん」と言う。  なにが、と奏が言いかけるうち、私は波うちぎわに駆けこんで、両手ですくった波を力いっぱい投げつけた。灼熱の日射しを浴びてきらきらかがやいたそれは、ほとんど狙いを外れて、ちょっとだけ頬を濡らした奏はぼうっと私を眺めた。だから、もう一回。「せっかくの!」 もう一回。「リゾートなのに!」 もう一回! 「すまし顔ばっかじゃつまんないでしょ! ばーかばーか!」  それで私は奏を見つめる。まつげをこぼれる雫で光って虹色にうつる景色のなかで、びしょ濡れの奏が中指を立てながらきれいに歯を見せて笑ったので、私はおんなじサインを返すとすぐさま走り出した。  カンクンビーチはおよそ夢みたいに、笑ってしまうくらいに美しかった。  私は走った。砂に足をとられながら、カラフルなひとびとの喧噪のただ中を駆け抜けた。スロープを登りベイサイドストリートへ飛び出すと、走りづらいサンダルを脱ぎ捨ててまた走った。太陽に焼かれたアスファルトの熱は、際限なく次の一歩をうながして、その道のどこまでも先へ私を導いてくれるようだった。 「美波! 楓さん!」ヤシの下で涼みながら、タマレスをつまんでいるふたりを見つけた。「あっちで奏がたそがれてたから、かわいがってあげて!」  それで返事を確認するでもなく、私は走り続けた。ベイビーの見る景色が、ベイビーの暮らす街が通りすぎた。息が苦しくて、心臓が破裂してしまいそうで、けれどどこまでだって行ける気がした。それは胸のうちで激しく燃える炎が、もう永遠にうしなわれないからだった。  ベイビー。ああ、ベイビー。  心から、幸せを願うよ。  揺れる白い花が髪をなでた。
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k-div · 4 years
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浜崎あゆみが好き
以前あゆがすき、ということをtumblrに書いたのですが、初期作品からちゃんと聞いたことがなかったので、遡って全て聞いたところ、結果的に100倍好きになりました。 そして以前は作家の長尾氏が好だったのですが、今はあゆ本人が好き。 ということを以下延々と書いていきます。 最近、両親から、行きつけの美容師まで、相手を選ばず1回はあゆの話してて、別に食いつきが良かった試しがないので、この話を誰かと共有する意味が皆無なのは十二分に承知してるのですが、、好きすぎるので書きます。 まず、あゆが凄い前提で話を進めたいので、以下にwikiの実績をコピペしました。
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あゆが数々の記録を打ち立てているアーティストだとわかります。 具体的になにが凄いか、何が好きかを書きます。
▼第1章 あゆのスピード
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2nd Single「YOU」(1998.06.20) 歌唱94s~
デビュー当初は、激しさや勢いはなくゆったりした曲調で、本人のトークもまじでふわっふわしている。 この曲調は主に、初期の1・2・4作品を担当した星野靖彦氏の色だと思う。松浦Pによるとデビュー時点で4枚目まで既に完成していたらしく、常に街中であゆの露出を絶やさないようにするためだという。 実際に、作品の発売日を一覧にしたのでA列の前作リリースとの日数間隔に注目いただきたい。
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90年代は2ヶ月に1枚のペースで曲を出し続けていて、00年代は月1ペースであることも多々ある。かつここにツアーや他露出が乗ってくる中での制作。制作スピードが異常にハイペース。
しかも、なんでもいいから曲を出しているわけではなく、初期からシングル曲は全てが秀逸な名曲だと思っている。全くの主観なので(※)各自ご判断いただきたいが、今なお多���の人に聞かれ歌われる曲を、1・2ヶ月に1枚ペースで出し続けている人を私は見たことがない。 ※参考までに、作曲家の森元康介氏(hitomi他提供)の2000年11月の日記を添付する。彼は下積み時代にブログで何度かあゆやDoAsの長尾楽曲に言及していて、以下エントリーでは「長尾大は書いた曲数に対して自分が良いと感じた確率がとにかく高い。 マンネリも感じさせない。」と記載している。 http://bittersweettokyo.livedoor.blog/archives/5089447.html この長尾大氏に至っては、10thでリード4曲を一気に提供していて、当時業界異例といわれる4曲A面(かつ全てあゆ出演のタイアップ付き)となった。リリースに際して出演した各歌番組では、4曲別々の曲を歌っている。 もはやシングルカットの発売が間に合っていないように見える。曲名「too late」じゃないわ。制作ペースが早い。
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10th Single「A」収録2曲目「too late」(1999.08.16.)
なぜ これができたかについて、上表EF列目の通り作曲・編曲を分け複数体制で、複数の天才がメロ+コードの骨格の制作(作曲)のみに時間を使えたからではないかと思う。 この要因を分解すると、 ①E列に頻出している長尾大、菊池一仁、星野靖彦と会社が作家契約ができていることと、 ②その中であゆに合う曲作りに上記3名を引っ張ってこれている(松浦P) ことがすごい。 ①については、長尾氏はデモテープといわれているが、どうやって他社でなくここに集められたのかはわからない。 ②については、憶測だが松浦Pがファウンダーであるのが効いているのではないかと思う。 話がそれるが、この頃いくつか過去作の続編を見て、好きだから応援したいが、前作の方が良かったと思うことが私はある。 予算は過去作より増えてそうなのに、委員会等でどんな意思決定が行われたらこのストーリーになるのかと思うこともある。そういう時は共通してシナリオとキャラから「渋さ」が失われていると感じる。 それは単純に私が”時代”の感覚に置いていかれてしまい、良さがわかってないからかとも思っているが、別業界の友人と話したとき言われたのが「対象年齢が下がっている感じはわかる」「周りでも受け手の文化レベルを信用してなかったり(韓国等と違い)引き上げる気もないと感じることはある」という意見だった。つまりマーケットインの風潮が過去より強いということかなと思う。 会社の性質上、普通は企画を通すためマーケットイン的な企画の調整や予算調整が必要な中、松浦Pはファウンダーで、かつ非上場企業だったから、リソースをどう割くかの意思決定を、直感に基づいて邪魔されず(されても強引に)決定できブロックバスターでいけたのではと思う。 ▼第二章 あゆの詩が好き このメロに詩をのせて、とデモを渡されたとして私はあゆより良い詩がのせられない。 実際やったけど無理だった。
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8th Single「TO BE」(1999.05.13.)
1st Album収録「A song for xx 」 居場所がなかった 見つからなかった 未来には期待できるのか分からずに 何が好きかというと、ありきたりだが、恋する少女が素直に思ったことを書いた感じがするから好き。そして この「素直」とは、思春期に部屋にこもって作編曲の試行錯誤をしていないこと、なのではないかと思う。 例えば、自身で作編曲ができる林檎女史や、宇多田照實氏の元で英才教育を受けた宇多田ヒカル氏の場合、詩のスキルもそうだけど、大元のスタンスが洗練された"アーティスト"になるのではなかろうか。(大好き前提で性質の違いとして) 孤独を歌おうとすると、前出の歌手達はスキルによる自信や承認の上での天才の孤独にならないだろうか。これに対しあゆは「何もできないといわれてきた」(らしい)中での孤独になる。 孤独というテーマに限らず、全ての表現にスタンスが影響するのではないか。その人から出る全てが無意識に、隙のない、特別な表現になっているというか。 長尾や菊池の作曲能力は試行錯誤の時間がなければぱっとは得られないと思う。そして仮にそんな凄い能力が得られた場合、既にスタンスは天才のそれに変化しているのではないか。この意味でも松浦Pの敷いたチームあゆの分業体制は結果的に機能している。
でも素直とかスキルとか関係なく好きだわ結局。今いってたこと全部どうでもいいことな気がする。すごく良い詩だと思う。
上に貼ったTO BEでは「付き合っている人がいます!」と言わんばかりにあゆが無邪気に右手薬指に指輪をはめ、目をキラキラさせてラブソングを歌っているように見える。 商業的な大成功を収める中、あなたが好きと歌っている。
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17th Single「SURREAL」(2000.9.23.) 
▼第三章 花のように儚いのなら 放送中のドラマMでもテーマになっている通り、あゆは2000年頃に破局し、その後2003年11月の松浦氏の結婚で、この恋は完全に終焉を迎える。 破局直後のappearsのライブはあゆファンには有名だ。 でも2003年はあゆのキャリアにとっては序盤でしかなく、松浦Pが離れた後も一部の作編曲家が入れ替わりつつ2016年まで名曲を発表し続ける。 キャリア最初期の5th時点でいずれ衰退することを予感する詩を書き始め、デビュー1年で早くもランキング1位を取り、その後ずっと1位でなければならず、社の4割の売り上げを背負い、過密スケジュール等で左耳の聴力を完全に失い、でも1位を取り続けて多くの記録を立てている。 それが幸せかはわからないし、スケジュールのスピード感はやりすぎだと思うけど。(昨年末には出産があった、心から祝福したい。) 初期も今も、叩かれて揶揄される理由がめっちゃわかる。他アーティストと比べても本当にマイペースで隙だらけだし。でも好き。 あゆ、松浦氏、長尾氏、菊池氏、星野氏、あなたたちがまじですごいのはわかった。じゃあどうするのということだよね。 ということで、書きたいことをひたすら書いたが、最後はあゆが初めて日本レコード大賞をとってまじ泣きしている動画で締めたいと思います。 本当に大切なもの以外 全て 捨ててしまえたらいいのにね
24th Single「 Dearest」( 2001.12.31.)
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sekitoh · 4 years
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今年のナイスアルバム2019 ~前編~
目次
~前編~
・日本の音楽シーンの振り返り
・レビュ~本編(8月リリース作品まで)
~後編~
・レビュ~本編(9月リリース作品から)
・終わりに
・アーカイブ
日本の音楽シーンの振り返り
今年の日本のポピュラーミュージックのシーンを振り返ると、昨年の延長戦のように感じる。簡潔に、
「思い出消費の激化」
「商業音楽の転換」
という2点にまとめられると思う。
前者の「思い出消費」の激化に関してだが、昨年大ヒットを飛ばした平成J-POPの売れ線コンピ『ラブとポップ』に乗っかる形で次々と似たようなコンピアルバムが発売され、同じように好セールスを記録した。
加えて既にある程度の地位を獲得しているミュージシャン達のベストアルバムリリースラッシュ。これに関しては後に述べるストリーミングへの転換と大きく関わってくる点だが、思い出消費の文脈でも十分に語りうるトピックでもあるだろう。
さて後者の「商業音楽の転換」についてだが、ストリーミングという点と、ミュージシャンの現場での音楽の売り方、リスナーの音楽に対する距離感の変化、などによって音楽業界の地殻変動がさらに進んだ印象がある。
ストリーミングの普及により、例えばスピッツ、Larc~en~Ciel、サザンオールスターズのストリーミング解禁と同時に、ファンによる各々の想いが詰まったプレイリストが沢山世の中に現れ、そしてそれらの多くがシェアされた。音楽が人生で物語として根付いている様をまざまざと見せつけられ、音楽の力を再認識した一年でもあった。
レビュ~本編
…以上のような業界の背景は一切考慮せず!
俺が「ええやん〜!」となったグッドアルバムをリリース順にただただ褒めちぎっていきます!ドンドンパフパフ〜!!!一年で最も俺がイキイキとして鬼気迫る勢いで長文をしたたたたためるお時間ですよ!!!!文体にかなりブレがあると思いますが、テンションがそのまま表れているので敢えて修正はしていません!
今回からはYouTubeのリンクだけでなく、Apple Music, Spotifyでのプレイリストも共有しようかなと思っております。よりわたくしの文章とレコメンドを気軽に楽しんでいただきたい!そんな気持ちで手間と愛情をかけました!
Apple Musicはこちら。THE NOVEMBERSだけ現在再生不可です。
https://music.apple.com/jp/playlist/2019%E5%B9%B4%E3%82%B0%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0%E3%82%88%E3%82%8A/pl.u-4JomrADCaegAR8x
Spotifyはコチラ。THE NOVEMBERSだけ利用不可なのでこちらのプレイリストには追加されていません(発売元のレーベルの解体とかで色々と問題が生じています)。
https://open.spotify.com/user/g301uqo0bnulcrbjlrxv1osc4/playlist/3KkFUAwFTlkDSbjHWMQjfL?si=NVrMJVp3QaS_18cg1f8lbA
ぜひプレイリストを再生しつつお読みくださいませ。
1/16 King Gnu『Sympa』
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https://youtu.be/j_NHrPC3ij8
2019年の日本のポピュラーミュージックシーンを語る上でKing Gnuを避けて通ることはもう誰にも出来ないだろう、という程にヒットしました。
こんなにも高度なグルーヴメイクと得体のしれないギターのフレージングのサウンド、複雑なヴォーカルラインがここまで大衆に受け入れられた要因は一体どこにあったのか?普段あまりロックを聴かない知人や職場の後輩も夢中になっている。彼らに「King Gnuのどこを気に入ったのか?」と聞いてもあまり明確な答えが返ってこない。ヴォーカルが上手い!オシャレ!などという答えは返ってくるが、いずれも本質の外縁をただ指先でなぞっているだけな気がしていた。
そんな折、ふと思いついて同様にKing Gnuにハマっている妹に対してかなり粘って質問してみたところ以下の答えが返ってきた。
「今までに出会ったことがない音で衝撃的だった」
「あなたは蜃気楼の“あなたは蜃気楼〜♪”のメロディが一度聴いたら頭から離れない」
「見た目もかっこいい」
「Flash!!!のサビのメロディがめちゃくちゃ良い」
上の知人らと似たような意見だが、ようやく何となく分かってきた。なんということはない、キャッチーなメロディラインとヴィジュアルで惹きつけつつ、そのサウンドの新しさで一気に奥まで引きずり込んだわけか!と得心がいった。ポップミュージックの定義を刷新する時の動きである!それができるミュージシャンは本当に一握りなのだが。
そして伏見さんがより精緻に彼らのことを分析している記事がアップされているので、こちらも併せて一読してほしい。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69558
来年のアタマにはセカンドアルバムがリリースされる。イヤフォンのCMのあの曲「Teenage Forever」や一躍彼らをスターダムに押し上げた「白日」などが収録された、オーバーキルなアルバム。恐らく来年もKing Gnu旋風は止まらない。
3/13 THE NOVEMBERS『ANGELS』
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https://youtu.be/zeHjdd-sqSY
THE NOVEMBERSの7th Album。今年はファーストフルアルバム『picnic』のリリース11周年。両アルバムの楽曲を演奏して回る「天使たちのピクニック」という祝福のようなツアーを敢行していたことも記憶に新しい。
初期の作品と今回の作品、ハッキリと違う。しかし同じライヴでそれぞれのアルバムの楽曲を演奏しても全く違和感を生じさせなかったことは特筆に値すべきことだと思う。
今作ではエレクトロなアプローチも取り入れており、低音のレンジがグッと広がっている。一曲目「TOKYO」の凶暴なローに飲み込まれたかと思えば、二曲目「BAD DREAM」で更にエッジィに刻まれた打ち込みのドラムが突き刺さり、シマーリバーブの開放が心地よいサビへ。「Everything」では更にシマーが広がりを見せ、「plastic」ではエキゾチックなベースラインがうねる。「DOWN TO HEAVEN」「Zoning」「Ghost Rider」と再び猛り狂う楽曲が並び、天上の調べのような「Close To Me」「ANGELS」で幕を終える。
まだまだノベンバーズは進化するのか?どこまでいくんだ?と恐ろしくなった。初めてノベンバーズを聴く方も、久々に聴く方も。人類必聴の一枚。
3/20 Dos Monos『Dos City』
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https://youtu.be/uq3J8C51bAY
今年は個人的にヒップホップがアツい一年だったのですが、その中で一枚挙げるならこちらですね。荘子it、TaiTan、没の3人によるグループ。
まだヒップホップを解釈し、発露するほどの言葉が不足しているので、まだまだこのアルバムの良さを捉え切れていない自覚があり、悔しい。
トラックの奇抜さ、ライムのユニークさは明らかに他のヒップホップと一線を画している。それだけは分かる。このアルバムのリリースにあたり、菊地成孔からのコメントがあるので引用しておく。
“「荘子itよ、孔子itだ。お前もお前のマイメンもまだまだだが、見所はある。最初のアンファン・テリブルに認定しよう。最後の関門は、師を踏み殺す事だ。早速始めるがいい。さあ踏め。韻ではない。顔面だ。”N/K a.k.a 孔子it(JAZZ DOMMUNISTERS)
https://natalie.mu/music/news/324613
Dos Monos本日発売アルバムから三宅唱監督の新曲MV公開、菊地成孔らコメント到着(動画あり / コメントあり)Dos Monosが本日3月20日に1stアルバム「Dos City」をリリース。収録曲「アガルタ」のミュージックビデオがYouTubeで公開された。音楽ナタリー
狂っている。菊地成孔、恐るべし。
そして菊地成孔にこう言わせしめるDos Monosもまた恐るべし。
3/29 Supercrush『Never Let You Drift Away』
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https://youtu.be/ANJNK6SwFD0
俺たちの大好きなUSオルタナだぜ!もうオルタナですとしか言いようがないです。古き良きオルタナの作法から一切ブレないサウンドメイク。
新鮮味は全くありませんが、我々は得てしてこういった「型」にはまったものに触れると安心するものです。アバンギャルドなものばかりを追いかけていると、いつのまにか自分の立ち位置が分からなくなってしまう、ということはざらにあります。そんな時はルーツに立ち返りましょう。
改めて、もうオルタナですとしか言いようがないですね…ダイナソーJr.やらFeederやら、もうあの辺直系のサウンドです。FLAKE RECORDSでレコ漁りをしていた時に試聴機で聴いて「コレコレ〜!こういうの好き〜!!!」となった一枚です。ナードマグネットの須田さんがメチャクチャに熱いレコメンドを書いてたのも試聴したきっかけです。レコ屋のコメントってつい読んじゃうよね。
4/26 Local Natives『Violet Street』
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https://youtu.be/oWwytT5JAdM
こちらもFLAKE RECORDSの試聴機で見つけたバンドです。コーラスワークとグルーヴィな低音が最高に気持ちいい、エレクトロ・インディーポップ。
ロスの5人組バンドとのこと。ライヴでも全員でコーラスとかやってるのかな、だとしたら最高じゃん、超観たいんだけど!!
初期のアルバムも聴いてみたけれど、良い!コーラスの美しさはそのままで、よりバンド感の強いサウンドです。ナイスドリームポップ。アイラブドリームポップ。
5/31 Colde『Love, Pt.1』
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https://youtu.be/mjVq7Ha_WtQ
韓国のR&B界隈、最近かなりいい感じなんですよ。HYUKOHとかに代表されるようなインディーロック界隈は随分と前から注目を集めてますが、R&Bも要チェックです。
Coldeはoffonoffというユニットのヴォーカルのソロプロジェクトでして、offonoffに比べてよりSSW感が強め=歌モノ感強めといった趣です。
この辺界隈はインターネッツで知り合った方に色々と教えてもらいました。彼女とはもう連絡を取れる状態ではないけれど、その節はありがとうございました。人から教えてもらった音楽ってその後も結構印象に残りますよね。あれって何なんだろう。
7/10 GUIRO『A MEZZANINE(あ・めっざにね) - EP』
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DAXの森、道、市場2019の動画を観漁っている時に見つけたバンド。これはいいぞ、と思い調べたら今年にアルバム(EP)を出していたので、聴いてみるとこれまたいい。
ヴォーカルを最初聴いた時に「お、小山田圭吾か…?!」となったが、ライヴ映像を観ると全く別人だったので安心した。
森は生きているとか、Indus & Rocksとかを好きな人にレコメンドしたい。
解釈の余地を残した詞、レンジが広く、多様な楽器が響くアン���ンブル。これは今まで聴いたことがなかった。アルバムを聴いている間中、背筋に何か得体のしれない気配を感じるような、平穏さと不気味さが同居しているような音。
そして調べていて分かったのだが、ベースの方はかのFoorin「パプリカ」でベースを弾いているらしい。
7/12 Tycho『Weather』
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https://youtu.be/u-SHHwAJDY8
コレはね!メッチャよかったですよ!!ホント!!今年の一枚を選べと言われたらコレ…かな…!!!好きすぎてアナログも買いましたもん!限定クリアヴァイナル!家でわくわくしながら針落としたら、まさかの音飛びする不良品だった時の悲しさが分かるだろうか!!!ショックのあまりリアルに膝をついたね!音が飛ぼうが繰り返し聴いてるけど!
ジャンル的にはドリームポップ、シューゲイザーなどを通過したエレクトロです。が、今回は女性ヴォーカルSaint Sinnerをほぼ全編に渡り起用。これまでのTychoとしては異色な一作となっています。
しっかし、これが良いんですよ…。心地よく、輪郭が丸いTychoのエレクトロサウンドの上に、スモーキーで空から降ってくるようなヴォーカルが溶け合う、天上のアンビエンス。これは家でゆっくりと音楽を聴きたい。だからこそアナログ盤のように聴くのに手間がかかる媒体というのはうってつけ。アナログはレコードを取り出し、ターンテーブルの上に置き、針をそっと落として、A面が終わればひっくり返し…と聴くに際する工程の多い代物。しかしそれはひっくり返せばそれだけ音楽に対しての真摯な姿勢が求められるということ。このアルバムにはそれをする価値が十分にあるのです。
7/17 Easycome『Easycome』
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https://m.youtube.com/watch?v=X89Z8XgXlEI 大阪のインディー・ポップバンドEasycomeの1st full album。とても思い入れの深い一枚。このアルバムに関してはリリース時に本気で書いたレビューがあるので、それを読んでください(過去の自分に丸投げ)。
https://sekitoh.tumblr.com/post/186334448155/easycome
7/24 Kitri『secondo - EP』
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https://youtu.be/aKsed7AdsT0
ピアノ連弾ヴォーカルの姉妹ユニット。この字面だけで既に興味が湧いてきませんか?
大橋トリオが噛んでるというのもあり、非常にファンタジーでシアトリカルなアレンジがアルバムの随所で光ります。しかしそれは影や危うさを感じさせる、どこか不穏で耽美的な詞世観(歌詞の世界観を指すわたくしの造語です)、ふたりのヴォーカルの美しいハーモニー、ピアノの繊細な旋律…といったKitri自身の持つ魅力があってこそのアレンジ。
ジブリが好きな人にはドンズバで刺さりそうな気がする。
映画「“隠れビッチ”やってました。」の主題歌に「さよなら、涙目」が起用、更にNHKの「みんなのうた」に「雨上がり」が起用されるなど、世間的な注目もますます増えていく中、来年には1stアルバムのリリースも控えてます。完全に来年ブレイクします。断言する!!!
因みに1st EPも今年の1/24リリースなんですよね…畳み掛け方が上手い。
8/7 大石晴子『賛歌 EP』
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https://youtu.be/YvTWRNsJPCc
大阪出身、神奈川育ちのSSWの初流通盤。今年最も瑞々しく、心に刺さった一枚。
公式の紹介文が簡潔かつ味があっていいので引用します。
“大石晴子
大阪生まれ神奈川育ち。
生活の機微を、美しくも不思議な響きのメロディで歌うシンガーソングライター。
早稲田大学のソウルミュージックサークルで出会ったR&Bフィーリング、お笑いラジオ番組のヘヴィーリスニングで体得した鋭利な言語感覚、愛犬家。”
GRAPEVINEに影響を受けていることを公言しているが、サウンドの趣は異なる。ナイアガラサウンド、フォークロック、昨今のトレンドであるシティポップ、それらを彷彿とさせるウワモノの鳴り方がとにかく美味しい。そして何よりも大石晴子の歌声が素晴らしい。息の量が多めだがパワフルさも兼ね備えている。
歌詞の世界観はGRAPEVINE的な、多くを語らないものとしてまとまってます。言うなれば点描画のようにまとまっている。近くで見ると単語ひとつひとつだが、全体を俯瞰すると像が見えてくるような、そんな詞だ。
ストリーミングでも聴くことができるが、これが聴けなくなる時が来るのが怖くて、CDを買いに街に出かけた。印象深い一枚だった。
8/28 ヨルシカ『エルマ』
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https://youtu.be/PWbRleMGagU
ボカロPであるn-buna(読み:ナブナ)とヴォーカリストsuisによるユニット。ボカロ特有の内向的で叙情的な詞世観、テクニカルなギターのフレージング、高度なヴォーカルが紡ぐ、切なく、ヒリヒリとした音楽。
今作では前述したような「ボカロらしさ」は影を潜め、純粋なソングライティングの腕が光る、落ち着いた美しい楽曲が多く並び、よりこのコンセプトアルバムが形成する世界に浸りやすくなっている。
4ヶ月前にリリースされた『だから僕は音楽を辞めた』と対になるコンセプトアルバム。そちらはよりロック色の強いアルバム。
ヨルシカ、後述する井上陽水のトリビュートアルバムにも参加しているんですが、それもメチャクチャ良いんですよね…イントロ4秒のアコギの抉るようなチョーキングを聴いた時には思わず叫んでしまった。カッコ良すぎてハートを持っていかれた。フォオオオオ!!って。そしてsuisのクリアな歌声がMake-up Shadowの色香漂う詞に独特なフィルターをかけていて、妙味。
後編に続く… 
https://sekitoh.tumblr.com/post/190015199350/%E4%BB%8A%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A02019-%E5%BE%8C%E7%B7%A8
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tofubeatsreblog · 5 years
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tofubeats RUN 制作日誌
tofubeats - RUN 初回プレス分に封入 2018/10
CDを購入 https://amzn.to/2RjjdPM iTunes Store/Apple Music LISTEN NOW Spotify LISTEN NOW
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まず最初に「寝ても覚めても」の脚本を読んで、とても戸惑った。世間体に囚われず自分の思うままに動く主人公、朝子の気持ちがあまり理解できなかったからだ。ただそういった理屈じゃないところに人間らしさというものがあるというのもよくわかる。まずは映画が終わったあとに見ている方々が朝子のことを嫌いにならないような曲にしたいな、というようなことをボンヤリ考えた。 今回の映画の鍵になるのは淀川らしい。我々関西人には馴染み深い川だ。淀川~音楽と聞くと上田正樹「悲しい色やね」しか出てこない。実際脚本を読んでからこの曲を聴くとそれなりにハマるのだ。ただ残念ながらああいうソウルフルなボーカルは自分にはできないので、まずは川についての認識を改めよう。脚本を読み込んだあと、書店に行き、ブルーバックスの棚から「川はどうしてできるのか」を購入することからこの 曲の制作は始まった。こういう本を読んでいると日能研に通っていたころを思い出す(きっと最後に真面目 に勉強していたのがその頃だったからだろう)。読み始めて早々に「河川の3作用」という懐かしい項目にぶつかった。皆さんは覚えているだろうか、侵食、運搬、そして堆積。なんだかこれで曲ができそうな気がしてきた。こういう予感は当たる時の方が少ないのだが、RIVERはそんなアイデアをもとに叩きが仕上がった。 1箇所を除いてほとんど最初に書いた歌詞が採用された。
8月某日、主題歌がひとまず仕上がりサントラに取り掛かっている最中、映画のロケが神戸でも行われるということで見学に行ってきた。その場所は六甲アイランドという埋立地で、独特の雰囲気がある人工都市だ。行きしに昔よく行っていた御影クラッセで差し入れを買う。きっと映画のスタッフはさぞ大人数なこと だろう。普段は買わない大きなサイズを買ってみる。早めについたアイランドセンター駅の周りは閑散とし ており、夏の空気がじんわり漂っていた。少し辺りを所在無さげにうろついているとスタッフの方に見つかる。本来は閉館中の美術館に裏口から入れてもらうさなか、本当にこの中で映画のロケなんてしているのだろうかと不安になった。 中に入ると撮影真っ只中。まだ知り合う前の主人公2人が美術館の中ですれ違うシーンが何度も別アングルから撮影されていた。大阪の国立国際美術館周辺から移動してきてここ神戸で美術館の内観を撮影する、というスケジュールだったようだが、話を聞けばこの日はセリフがあるシーンはほぼ撮らないという。2人 の足音と東出さん扮する麦が歌う鼻歌だけがひっそりと響いていた。映画を撮るというのは音楽を作るよりも遥かに大変だな、となんとなく撮影を眺めているとひと段落したタイミングで「トーフビーツさんからバー ムクーヘンの差し入れで~す!」とスタッフの声。映画の現場ではこうして差し入れを周知させるという慣習を知らなかったのでめちゃくちゃ驚いた。ちゃんと差し入れを持って行っておいてよかったと胸を撫で下ろす。 のほほんと見学している自分以外の皆様は仕事中。監督や主演のお二人への挨拶もそこそこに車に乗って家路につく。美術館を出るともう見慣れた景色に逆戻りで、あんなに画になるふたりを神戸で暮らしていて 見ることなんて無いので変な気分だった(だが、後に唐田さんとビデオで共演させていただくことになってしまい、さらに時空は捻じ曲がる)。車に乗り込み、ちょうど本土に向かう橋の手前でロケバスと隣り合わ せになった。きっと映画のスタッフの皆様が乗っているのであろう。一方でひとり家路につく自分の仕事は つくづく小編成だなと思いながらハンドルをロケバスと逆の方向に切った。湾岸から本土への橋を走っている時は、光の中に飛び込むようで気持ちが良い。家に帰ればまだまだサントラの制作が待っている。
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神戸某所の洒落たカフェでジャンプのお色気枠の漫画をipadで読むのが仕事になるとは思っていなかったが、以前にもカドカワのお色気映画の主題歌を書いたことがあった。こう言った類のラブコメと縁がある人生、オタク冥利に尽きますね。「電影少女」を全巻読むところから始まったこの仕事、RIVERといい資料に向き合う作曲が今夏は多い。漫画と脚本を行き来して要素を書き出していく。ドラマの要素、漫画の要素、そして西野さん(劇中で西野七瀬さん扮するアイちゃんが歌うということは最初から決まっていた)。こうして曲のデモが出来上がってから同じカフェで3日くらいかけて仕上げたのがふめつのこころの歌詞だ。TVサ イズの制約や歌唱キーのこともあり、いろいろと縛りの多い中で展開させるためテンポもこれまでのシング ルで一番早いし、イントロもほとんど無い、自分としては珍しい曲ができた。 ちなみにここでいう「こころ」というのは自我、とか意思というものに近い、と当時の走り書きに書いてある。ビデオガールは恋をしてはいけないし、主人公の翔も自分から行動するのが苦手だ。自ら扉を叩くというのは簡単なことではないのだが、だからこそそういう「こころ」を持って欲しい、というテーマに最後は収まった。きっとそういったことを皆に気づかせるためにアイは降臨したはずなのだ。前のアルバムの若林さんによるライナーノートやその時読んでた本もヒントになったかもしれない。
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先ほども書いたがふめつのこころは西野さんによって歌われることがあらかじめ決まっていた曲だ。レコーディングは師走真っ只中、電影少女の撮影の合間を縫って行われた。テレビ東京に到着するとちょうどアイ がふめつのこころに合わせて踊っているビデオの撮影最中。いつのまにか可愛らしい振り付けが付いていて驚いた。しかし流れているのは自分の仮歌だ。これももう少しすれば目の前にいるアイに吹きかえられる。 まだまだ大量の撮影を控えている西野さんはアイの格好のままスタジオにやってきた。簡単な挨拶を済ませてから、話もそこそこにレコーディングへ。いつもグループで多忙なアイ、いや西野さんはソロでのがっつりしたレコーディングは初めてだという。歌は上手なのだが控えめな声量で、少々珍しい設定で録りが始まる。前回のアルバムのレコーディングで逆に自分の声がバカでかくて逆方向に珍しい設定になっていたこ とを思い出す。 ところどころグッと張ったときに魅力的な声を出す人ですね、などエンジニアの方と話しながらレコーディ ングは進行。メインのメロディを録り終えてから次はハモ、というところで、「実は一人でハモりを録ったことないんです」と西野さん。慣れない作業かもしれませんが頑張ってみましょう、とキューを返して録り始めるが、とくに大きな躓きもなく終了。西野さんは同じくアイの格好のまますぐに撮影のスケジュールに戻っていった。トップアイドルの過密スケジュールは大変だなあ(それに加担しているのだが)と西野さんを見送り、ハウスエンジニアの方が素材を整理するさまをコーヒーを飲みつつ眺めていた。我々の希望に反して残念ながらアイ歌唱のバージョンは音源としてリリースされることはなさそうだが、この曲はこのバージョンのために書き下ろしたことをここにメモしておく。そういえば今作はもう1曲お蔵入りになった曲がある。 現場でよくプレイしているがサンプリングの許可が降りなかった。FANTASY CLUBの海外版に「BABY」 が収録できなかった件もそういった事情なのだが、なかなか日本の権利元からサンプリングに対する理解を得るのは難しい。などと言っている間に平成が終わる。
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年明け、初めて母校の高校で講演をするというオファーがあり、高校2年生向けに自分の仕事について話 す機会があった。高校時代からそこまで世間とソリが合っていたわけでもない上に今や10個の年齢差、共学化までしている母校はもはや別の学校だった。あんなにザルだった入り口で守衛さんに「何か御用ですか」 と止められる。ミュージシャンとしては地味な部類なので忘れがちだがもうジャケットを羽織ったくらいで はこの胡散臭さは隠しきれない。 2コマの講演は概ね好評で胸をなで下ろすも非常に気疲れする現場だった。終了後すこし不思議なキャラで人気だったかつての担任が何人か将来音楽の仕事や舞台の仕事がしたいという子を連れてきてくれた。宝塚の受験を頑張っている子などがいるのは本当に自分のいたころの母校と違いすぎて驚いたが、大体の人は何か一つに傾倒しなければいけない!と肩肘を張りすぎている気がする。自分は高校の時はそれなりに音楽に打ち込んでいたが将来音楽関係の仕事をしたいとは思っていなかった。好きなことや凝れることがあると人生は楽しくなると思うが、それをどう仕事と絡めていくかというのは別の難しい問題。そんな話をしていると噂を聞きつけた3年生が数名、教室へ飛び込んできた。2年生より彼らは自分のことを知ってくれているようで、聞いてみると乃木坂のファンでもあるという。ちょうど年始にOAが始まった電影少女のラブシーンにドギマギしているそうだ。そんな高校生の姿を見てなんだか無性に嬉しくなった。 もうドラマのOAは始まっているが後半のエピソード用のサントラの作業はまだ少しの修正を残していた。 午後は高校の隣にある同じく母校の大学に通うLe Makeup君と合流し修正作業。長めにかかるかなと思っていた作業はあっけなく終了。作業をした部室はまだ自分が卒業した時と大差無く、自分が部室に持ち込んだゲーム機や椅子もまだそのままで、後輩たちのサボりの一助になっている模様で一安心。
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RIVERを書き下ろしてから約半年、バレンタインデーの頃に「寝ても覚めても」の初号試写があった。自分にとっては作った主題歌、そしてサントラを初めて劇場で体感する日である。タクシーに乗ってもよかったのだが気持ちを整理したくなり、歩いて撮影所に向かう。会場に到着するとすぐに試写は始まった。 映画自体、何度もラッシュを見て曲をつけていたのに映画館で改めてそれらを見るのは本当に緊張した。 正直映画自体のことよりも音楽がちゃんと映像を引き立てられているか心配で仕方がなく、エンドロールで RIVERが流れ出したときなどもこちらは気が気でなかった。 ひとまず映画は終わり、大きく息を吐いたところで明かりがついた。横を見てみると、同じ列の少し向こうに唐田さんが座っていて驚いた。何主演の近くの席で見とるねん俺は、と思ったがそんなことにも気づかないくらい曲のことで頭がいっぱいだったようだ。唐田さんは初ヒロイン仕事がようやく一息ついたのだろう、涙を拭いつつ近くの席の方と労をねぎらいあっていた。世間の評価を一手に引き受ける俳優の方々の重 圧たるや自分には想像もつかないものだ。 ロビーに出るとスタッフの方々に当日来ていた俳優の方々を紹介される。同世代の俳優さんたちが頑張ってらっしゃる姿は刺激になった、と伝える。瀬戸康史さんは楽曲を聞いてくださってると言ってくださり嬉しかった。TVで見ている方々とこうしてご挨拶させていただくのはデビューして結構経つがまだ不思議な感覚になる。俳優陣が談笑するのを遠目に眺めながら大勢で仕事をした経験が自分には無いな、もしそんなことがあったとしても雰囲気良くできる自信は無いな、と思う。 挨拶もそこそこにレーベルのスタッフとタクシーを拾おうと駐車場に出ると瀬戸さんが車に乗り込んだところだったようで、流していたカーステの音量を上げてくださった。なんと流れていたのは自分の曲 「BABY」。顔も中身もイケメンや...と思いつつ、お礼をして外に出た。後ろか���うっすら自分の歌が聞こ える。映画にも、瀬戸さんのドライブにも自分の曲が何かを添えられているのだとすれば良いのだけど。自分にとって音楽はいつも最初の方の順番にあるものだが、他人や社会にとってはそんなことない、というのはなかなか外に出ないと気づけない。
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前作FANTASY CLUBにとって大きな指針になったのは若林恵氏のWIRED巻頭言だった(ので、ライナーノートをお願いした)のだが、今回「RUN」のとっかかりになったのは「ニュータウンの社会史」という本である。おもしろかった本ほど読み終わったら人にあげてしまう癖があり、悲しいことにこのエッセイを書 いている今、手元にその本が無い。誰にあげたのかももう思い出せない。 日本で最大の新興住宅地、多摩ニュータウンを紐解く本書はもともと興味を持って関係書籍を読んでいた自分にとってもおもしろい読み物で、とくに開発初期における歪みの部分とそれらを対処しようとする住民、 といった関係性のあたりはなかなか興味深い記述が多かった。最初期の多摩ニュータウンでは住宅計画と交 通網の整備などに大きなズレが生まれており、道路網の不足による深刻な渋滞や鉄道の整備の遅れで住民は 多大な迷惑を被っていたという。 そんな多摩ニュータウンの最初期に生まれた「多摩交通問題実力突破委員会」という組織が面白い。交通 インフラが整備されていない最初期の状況を打破するため、ニュータウンの住民たち自ら組合的組織としてこれを発足。乗り合いバス的なものを独自に運営していたという。本組織についての記述はほんの1Pほど���゙ あるが、郊外に新天地を求めた最初の人々のタフさというか、自分たちで寄り合って問題を解決しようとする姿勢、というのが新鮮で、今自分が思っているニュータウン観というものとは結構違う。今や静寂やある意味狂気の象徴として扱われることの多いニュータウンだが、最初は人口激増の末、都会から新しい住環境を求めた人々がやってきた場所であって、そのように考えると普段の風景もまた違って見えてくる。
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カンヌ映画祭に「寝ても覚めても」が出品されるそうだ。しかもコンペ部門。濱口監督の技量と映画界からの期待に驚いた。豪勢なドレスとスーツに身を包んだ主演お二人と監督の姿をネット中継で見ていると自分がこの作品に関わっていることなど忘れそうだ。そんな時に日本語っぽい音楽が急に流れてきたなあ、と 思ったらそれがRIVERだった。今この曲のボーカルは部屋で短パン姿、デスクに足を掛けてチョコを食べている。 少し間を置いて上映後の囲み取材も中継されていた。俳優陣2人と共に登壇した監督は言葉を選びながら回答する俳優陣とは対照的にひとり淀みなく次々と質問に答えていた。とくに朝子について聞かれ、「僕は彼女の判断を全面的に支持します」とハッキリ言っていたのは印象的だった。
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Pizzicato Oneの「わたくしの二十世紀」を聞いており(めちゃくちゃ素晴らしいアルバムだ)、小西氏の作詞で出てくるテレビ、映画、電話といった要素の二十世紀らしさみたいなことについて考えていた。これから自分たちは二十一世紀に音楽を作るにあたってこういった言葉の問題と向き合っていかなければならないと思う。レコードはSpotifyになり、映画はNetflixになり、YouTubeがあり。音楽も細分化と言われて久しいが、そんな中でどういった歌詞の音楽を作るのか。 そんなことについて考えながら大阪での仕事に向かっていたのだが、時間があったので少々寄り道することにする。大学を出る少し前から数年間住んでいた御影のあたりは今どうなっているだろう。言うても5~6 年なので大して変わっていないだろうと到着してみると見たことのない広大な空き地が広がっており絶句。 アパートの向かいはもともとゴルフの打ちっ放しになっており、静かな住宅街に時折球を打つ音が響くのが好きだった。横の駐車場だけはコインパーキングとして残っており、打ちっ放しはサッパリなくなったというわけだ。アパートは住んでた時のまんまだったけど。なんだかな~と思い近くにあったコンビニでコーヒーでも買おうと思ったらなんと最寄りのコンビニもなくなっており、洒落たコーヒー店ができていた。そんな気分ではないので車に戻る。 不完全燃焼な気持ちをなでつけるため、その後通る芦屋で洋菓子を買うことにした。生菓子がとても美味しそうだったがもう暑い時期なのでやめておく。ここのカヌレは常温で5日持つ。取材先と、マネージャーと、後日のためにもう何個か買っておく。お土産を持っていくのは大好きだ。こうやって物を選んでいる時や、それらを現地に持っていくまでの間は相手のことを考えており、あげる側のほうが満足度が高いことはしばしばある。結局コーヒーはセブンイレブンで買った。
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「RUN」のビデオを大急ぎで神戸で撮影して、数日ぶりの安眠だ、と床についたわずか数時間後の朝8時前、地震で叩き起こされた。関西では久々の大きな地震に大騒ぎ。一人暮らしなのに「ヤバいヤバい」と言いながら積んである荷物を抑えた。地震が収まってから作業部屋に出てみるとたいした被害はなかったのだがモニタースピーカーがコーンの方からズドンと落ちていてげんなり。通電し直してみると嫌な感じのノイズ。まあスピーカー1台くらいで済んでよかった。とてつもなく眠かったが家にいても仕方ないので町に出る。安全確認のためか電車が高架の途中で停車していた。神戸もほんの一部のエリアは停電していたようで、 電力会社の作業を眺めながらホームページに既にその停電情報が出ていたのを見て感心する。 喫茶店は通常通り営業していたが、交通機関の影響で何人かバイトが来られていないようだ。その後電車が止まって通勤の路が絶たれた父から連絡が来たので店を変えて茶をシバく。同じく通勤中だった妹は交通機関が動いていたのでそのまま出勤。眼前の父はニュースを見ながら会社の部下たちに休みの連絡を入れていた。上司かくあるべし。しかし会社勤めというのは大変だ。父と解散してから自宅に帰るもエレベーターは動いておらず、久々に階段を登って部屋に帰る。もうこんな感じだと仕事をする気にもならないので、も ともと翌日から行く予定だった香川に前ノリすることにした。神戸ではとくに重大な事故なども起きていな かったようだが、こういうことがあるとどうも気持ちが落ち着かなくなってしまい、音楽とか作っている気 分ではなくなってしまう。 香川では翌日会う予定だった小鉄さんが仕事終わりに合流してくださり、地元の洒落た喫茶店に連れて行ってくださった。モヤっとした気持ちがこうして人に会って取り払われるのは非常に助かる。深夜にコーヒーが飲める店があるのはいいなと思った。話は盛り上がり、2杯目の紅茶を飲み終えるくらいのところで地元の方に声を掛けられる。写真を撮影してサインを書き、なんだかもどかしくなり、店を出た。
わずかその半月後、今度は西日本を中心に激甚な豪雨が発生する。在来線も概ね止まりつつあった7/5に大阪でライブの出演予定があり、昼間駅に行ったらJRが止まっていたので帰宅して車で会場に向かい直した。 往路はそうでもなかったのだが、帰りの雨はひどく、ワイパーも意味がなくなるほどで、高速道路を徐行して帰った。翌日になるといよいよ冗談でないくらいの雨量。びしょ濡れになりながら向かった役所で用事を済ませたら家に帰るのが面倒になってしまい、そのまま東京出張に向かうことにした。USBでDJできる時代 でないとこうはいかない。新神戸駅についたら駅構内は過去見たことないような雨漏りでバケツだらけの状態となっており、新神戸から西側は運休となっていた。駅の裏手のいつも穏やかな川も濁流で、ホームには普段見ることの無いスタッフが代わる代わる様子を確認しに来ていた。新幹線はほぼ満席で、溜まっていたポイントでグリーン車のチケットをなんとか取って乗車。新大阪を過ぎたあたりで新幹線の字幕スーパーから新大阪以西の山陽新幹線エリアとの連絡運行中止が発表されていた。 タッチの差で到着した東京は穏やかな天気で、予定どおり夕方に家を出ていたら移動できずに今日のDJ飛ばしていたな...とホッとする。ただニュースを見ていると被害の状況が沢山流れてきて、この安堵というのはどういう安堵かと考えさせられた。定期的に会っている岡山の方々を案じるが、自分にできることは非常に限られている。DJ明けの翌日も新大阪以西、新幹線は運休の報せ。次の仕事まで都内に滞在することにする。あんまり曲を作る気にならないのでアルバムのために作っているプレイリストを再生していると 「RIVER」のデモが流れ出し、少々モヤっとする。
そんなことを書いていたら7月末の高知公演でも台風直撃に見舞われてしまい延泊を余儀なくされる。結果天気は穏やかなものだったがJR全線運休の発表をいいことにひろめ市場で高知の方とのんびり食事をいただく。あいにく胃腸の調子が悪くカツオを貪り食うことができず残念だったが。携帯を開くと見たことないような軌道で紀伊半島から九州に向かって西行する台風の天気図。体験したことのない天気の連続に変に2018年の未来に生きているな...と感じさせられた。
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パソコン音楽クラブのリリースパーティが大阪であり、遊びに行ってきた。彼らには「ふめつのこころ」 のリミックスやそもそもドラマ電影少女のサウンドトラック制作でもお世話になったが、そんな彼らが出した「DREAM WALK」は久々に身辺近しいところから出た決定作、という感じでとても嬉しい気持ちになっ た。別に音楽を作っている人たちは身辺にたくさんいるが、それらをきっちり自らの個性でパッケージングして流通に乗せるというのはなかなか簡単にできることではない。東京のリリパの日もたまたま横のビルで 「寝ても覚めても」の取材があり、イベントも終わりがけの頃、会場に入れてもらったが、両日ともに本当に良い雰囲気で、集まっている面々から寄せられている期待値の高さも大いに感じる現場だった。 自分は「lost decade」を最初にインディでリリースしてその後色々揉まれて今があるわけだが、彼らはいったいこれからどういうステップを踏んでいくのだろうか。権利のことやいろんなことで悩んだ末に今があるのだが、悩んだりしたことが糧になったとはあまり思いたくない。その間、良い気分で良い音楽が作れたか もしれないのに、機会損失も甚だしい。自分のことに精一杯なのはまだまだ続きそうだが、頑張って良い曲を作っている若手への不要な慣習の押し付けやそれによって生まれる損失はできる限り取り除いていかないと、こういっためでたい場面に会う機会が減ってしまうかもしれない。急なサマータイム導入案のニュースを見ながらなかなか世間も変わらないなと思う。こういった事柄を決裁してる人は過去に今の自分のような苦悩に苛まれなかったりしなかったのであろうか?と思うが、年を取ったり立場を得ると忘れてしまうのだろうか。そこまで偉くなったことはないのでわからないがそうだとすれば本当に恐ろしいことである。 パソコンに続いてアルバム製作中というin the blue shirt・有村くんに「新譜楽しみにしてるで」と軽めの挨拶をしてワイパさんや久々の友人と富士そばに行き、そのまま自分はDJを控えていたクラブへ歩いて向かう。ワイパさんもまた別の現場へ向かっていった。いつもゴミゴミしたところを通るのが嫌で代官山の方面から向かうことが多いのだが、久々に渋谷の街を歩く。ここの街並みには未だに慣れない。なぜここにはこんなに沢山人がいるのだろう。 1ヶ月分くらい人と会った1日だったが、昼の映画の取材でも夜のクラブの楽屋でも「当たり前のことを言ってくれる人が少ない」という話になった。不祥事も「無い」と言い切ってしまえば無いことになってしまうし、今日も数々のニュースが「声をあげたところで世の中は変わらない」、とフワっとした諦めを投げかけ てくる。その後またひとつテンションの上がらない話を楽屋で聞いてモヤっとした気持ちになる。最近こういう話しかしていない。そのうちの一人は実際にその後調子を崩されてしまったそうだ。一方押し付ける側の人間はそのまま今も仕事をしているはずだ。真面目にやっていくことのなんと難しいことか。胸が痛む。
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アルバムも締め切りに差し掛かった8月某日、「RIVER」のMV撮影が都内で行われた。映画の主題歌ということもあり「寝ても覚めても」主演の唐田えりかさんに主演をオファー。快諾していただき、馴染みの森監督は僕と唐田さんの生活がクロスオーバーするようなコンテを仕上げてくださった。最初は船の上でキーボードを弾きながらリップシンクするのをドローンで...とかだったので五反田の喫茶店で「それをお客さんに納得させる演技力が僕にはありません!」とアピールしたら普通に部屋でパソコンをいじる、みたいなやりやすい環境を用意してくださった。ほんと世の中に見えてる自分のビジュアルのほとんどはこのようにデ クノボウに気を使っていろいろやってくださる真のオシャレな人たちのおかげです。 唐田さんのシーンをふらっと覗くと化粧品のCMのような透明感で、しかも映画では東出さんの横に並んで居た唐田さんが自分の横に並ぶとは...と楽屋で遠い目になってしまった。その後、合間に唐田さんとマネー ジャーさんからご挨拶いただき、唐田さんがご自身で作ったというZINEを頂く。今、帰りの新幹線でペー ジをパラパラとめくりながらこうやって自分の作ったものを形にしているのはどのような形であれいいなあ、 と改めて思う。 MVの最後のシーンは隅田川に掛かる橋の上でRIVERを自分が弾き語るというシーンだった。橋の上に置かれた自分のパソコンとキーボードを見て違和感を隠しきれなかったが、外で鍵盤を触るなんて経験自分に は無かったので新鮮だった。夜風に吹かれて演奏するのも悪くない。ただ実際楽器はほとんどできないので運指は適当だ。キーボードを弾き終わり、立ち上がった自分はそのあとずっと別々に行動していたはずの唐田さんとすれ違う。人生はどこで交差するかわからない。
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前回のアルバムはマスタリングのことまで書けていたが、入稿の時点でアルバムが完成していたのは FANTASY CLUBが初めてだったと思う。2年にアルバム2枚をリリースするという昔ながらの契約も2周目、 今回はひるがえって厳しいスケジュールでの制作となっているのでアルバム制作を最後までこのエッセイで 記録しておくのは難しそうだ。前作から1年と少しの間に全曲自作のリミックス・アルバムと劇伴アルバム2 枚強分を制作した。あといくつかの外仕事。そうやってドタバタしているうちにゲストがゼロという本当に異例の作品が完成しようとしている。いつのまにかボーカリストみたいになっているし、顔もそれなりに差すようになってなかなか人生は思ったように進まないなと思う。 自分の中で本当に大変だ...というモードに達さず完成させることが初めてできたのがFANTASY CLUBだった(今当時のエッセイを見たらアウトロ作りに1週間もかけている!)のだが、そんな言い分が毎度通るほど まだ我々はイケてない。皆様にこの文章とともにちゃんとアルバムが発売日に届いていることを切に願う。 良いことなのか悪いことなのか、我々はずっと必死だし、それはまだしばらく続く。
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yasuharuakiyoshi · 5 years
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デジタル音楽論
科研報告書(『poi vol.2』)のために書いたデジタル音楽論の本文です(脚注と図版は省いてあります)。デジタル音声合成などの動向を、メディア考古学的に初期蓄音機の言説と関連づけようとしたのですが、やや中途半端に終わってしまいました。このテーマは現在も研究中。進んだらまたアップします。
秋吉康晴「サイボーグの歌声−−デジタル音楽をめぐる試論」
不滅の声からサイボーグの声へ
 1877年12月6日の早朝、トーマス・エジソンは数名の部下とともに一台の機械を囲んでいた。フォノグラフと名づけられたこの試作品は、最古の録音再生機として知られている。録音用の錫箔をシリンダーに巻きつけ、その上に針を落とすと、エジソンはクランクを回しはじめた。彼が最初に録音したのは、よく知られた童謡《メリーさんの羊》だったと言われている。ラッパ型の吹き込み口に向かって大声で歌い終わると、エジソンはクランクを回す手を止めて、今度は再生用の針を錫箔の上に置いた。再びクランクを回しはじめると、わずかに甲高いながらも、確かに彼自身の歌声が鳴り響いたという。エジソンはこの瞬間を後に回想して、「人生であれほど驚天したことはなかった」と述べているが、機械が発する声をはじめて聞いたひとびとの驚きはどれほどのものだったろうか。録音技術にすっかり慣れてしまった現代のわたしたちには想像すべくもないが、フォノグラフの発明が当時のひとびとにとって「驚異」として受け取られたことは確かなようだ。その理由の一端は、試作品の完成から遡ることおよそ三週間前、エジソンの部下が『サイエンティフィック・アメリカン』誌で発表した声明文からうかがい知ることができる。エドワード・ジョンソンという名の技師はそこで、フォノグラフのもたらす可能性を次のように述べている。
フォノグラフの吹き込み口に向けて話したことがあるか、これから話すかもしれないひと、つまり言葉をフォノグラフによって記録されるひとなら誰でも、彼自身が塵と化してからずっと後に、音声を再生されることを保証されている。その可能性は単純に驚くべきものである。ぎざぎざの入った一片の紙が小さな機械を通り抜け、機械の音が増幅されると、わたしたちの孫や数世紀後の子孫はまるでわたしたちがそこにいるかのようにはっきりとわたしたちの声を聞くのだ。音声はいわば不滅になったのである。
 ジョンソンがエジソンに代わって言うには、フォノグラフがもたらすであろう最大の驚異は、未来に向けて声を保存できることにあるという。フォノグラフが発明される以前、あらゆる人物の声は死とともに永遠に失われてしまう定めにあった。故人の声は残されたひとびとの記憶のなかにしか存在しないものだった。ところが、フォノグラフが発明されるやいなや、ひとの声はその主がたとえ亡くなってしまっても、生き生きとした響きをもって保存されるようになる。そうすれば、未来のひとびとは彼らの声を「まるでわたしたちがそこにいるかのように」聞くことになるだろう。ジョンソンいわく、フォノグラフの発明によって声は死を超越し、「不滅」になるのだ。もっとも、人類ではじめてその恩恵に与ったはずのエジソンの歌声は、現存さえしていない。というのも、そのとき録音媒体として用いられた錫箔は、数回の再生にも耐えられないほど脆い代物だったからだ。エジソンの声は不滅になるどころか、それを刻んだ錫箔もろとも失われてしまったのである。とはいえ、ジョンソンの記事はフォノグラフと最初に遭遇したひとびとが録音技術に何を期待したのかを知るうえで興味深い。いつかは消え去ってしまう声を物体に定着させ、保存するという可能性を、彼らは夢見たのだろう。録音技術を利用することが日常化した現在、わたしたちはそうした可能性にもはや驚きを感じないが、ときおりふとそれに気づくこともある。たとえば、古いレコードをかけて、引退して久しい歌手の歌声に耳を傾けるときや、その歌手が故人となってしまったとき、録音は最大限の効力を発揮するはずだ。歌唱や演奏を老化や死のような、避けがたい時間の暴力から救い出し、くりかえし何度でも「再生」できること。そうした力はいまでも確かに録音技術がもつ大きな魅力のひとつであり続けている。
 ところが、録音のデジタル化が進行しつつある現在、インターネットを介して無数に増殖していく「不滅の声」たちのあいだから、それらとは別種の声が漏れ聞こえてくるようになってきた。そうした声のひとつとして、たとえば「初音ミク」のそれをあげることができるだろう。「初音ミク」とはヤマハが開発した音声合成技術「VOCALOID2」を応用し、2007年に発売されたDTM(デスクトップミュージック)用のソフトウェアを指している。周知のように、このソフトウェアではあらかじめライブラリに登録されている音声データを素材として利用し、歌声そのものを合成できることが売りになっている。つまり、「初音ミク」を用いれば、作曲した楽曲を自分で歌ったり、誰かに歌ったりしてもらうことなく、いわばコンピュータに歌わせることができるのだ。「初音ミク」を開発したクリプトン・フューチャー・メディアが一種のキャラクター商品としてVOCALOID製品をパッケージ化し、可愛らしい少女のデザインをあしらったことから、このソフトウェアは「ニコニコ動画」のような動画共有サイトを媒体とするオタク的な受容の文脈において「架空のアイドルに歌わせる」という新しい表現方法を生み出した[図1]。発売から10年が経過した現在、「ボカロ系」として定着しつつあるそうした表現方法は、一部に録音技術を利用しているとはいえ、「不滅の声」のような声の表象からはかけ離れているように思われる。というのも、そこでは録音は誰かの歌声を記録するのではなく、誰かの歌声を使って、新たに別の歌声を生成するための手段として用いられているからだ。そのいささかたどたどしい歌声を耳にするとき、筆者は人間が歌っているのか、それともコンピュータが歌っているのか、そのいずれとも決定したがいような感覚に襲われることがある。わたしは「初音ミク」のライブラリに登録された音声データが藤田咲という実在の声優に由来することを確かに知っている。だが、人工的な響きをもったその歌声には、彼女自身の声としてそれを聴くことを拒むような何かがある。その何かを指して、本稿では仮に「サイボーグ」という言葉を使ってみたい。「初音ミク」の声を聴いていると、人間と機械とが互いに融合してしまっているかのような、そんな印象を受けるのだ。
 ところで、そうしたサイボーグ的な声の表現は「初音ミク」に限らず、近年ではさまざまなところで聞こえるようになってきた。この小論では、録音のデジタル化によって可能になった声の表現をいくつか紹介しつつ、それらの表現の文化史的な背景として人間と機械の脱境界化をめざすような傾向があることを確認してみたい。わたしたちの声はデジタル化の進行につれて、いわばサイボーグ化の方向へと必然的に向かっているかのように思われるのだ。まずは、「初音ミク」の合成技術を例に、録音のデジタル化が声の表現に何をもたらしたのかをみていくしよう。
デジタルな音響処理
 「初音ミク」というソフトウェアはどのようにして音声を合成するのか。開発者の剣持秀紀によれば、そのもとになっている「VOCALOID」の技術は、音声素片を接続するという発想でつくられたという。たとえば、「朝」という単語の発音は、ローマ字で表現すると[a]+[s]+[a]となるが、実際の音声に即すなら[#a]+[a]+[a-s]+[s-a]+[a]+[a#]という素片によって構成される。簡単に言ってしまえば、「朝」という音声を合成しようと思えば、これら6つの素片をあらかじめ録音しておき、順番に再生すればよいのだ。ただし、実際にはそう単純ではない。発音が滑らかに聞こえるためには、素片のピッチ(音の高さ)を同じに必要があるし、たとえピッチが同じであっても、ただ接続するだけでは2つの素片の音色の差がノイズとして表れてしまうからだ。つまり、素片同士を滑らかに接続するには、それぞれの素片のピッチと音色の両方を調整する必要があるのだ。そうした処理をおこなうために合成のプロセスに組み込んだ工夫を、剣持は主にふたつ挙げている。ひとつは音色の変化を滑らかにするために、素片同士を接続する際、クロスフェードしながら接続するという工夫である。加えて、素片によっては最初もしくは最後の部分の音色をくりかえすなどして、時間的に引き伸ばすこともおこなっているという。もうひとつは素片のピッチを変えても、音色が変化しないようにするための工夫だ。周波数帯を全体的にずらすと、ピッチを変えることができるが、このやり方では音色も変化してしまう。単純にピッチを上下させると、音色を決定するスペクトル(周波数毎の強さの分布)が全体的に変化してしまうからだ。このような音色の変化を防ぐため、「VOCALOID」の合成エンジンではピッチを変更する際に、もとの素片のスペクトル特性が維持されるように調整しているという。それによって、素片にメロディを与えても、もとの音色は保たれるのである。剣持のグループが開発した最初のヴァージョンは作曲用のソフトウェアに応用され、2004年にイギリスのZERO-Gから「LEON」と「LOLA」として、日本のクリプトン・フューチャー・メディアから「MEIKO」として発売された[図2][図3]。これらのソフトウェアは歌詞と音符のデータを入力することで、比較的簡単に歌唱を合成できるようなインターフェースを与えられており、その基本仕様は先に触れた後続の「初音ミク」にも引き継がれている[図4]。
 「初音ミク」をはじめとする「VOCALOID」製品が「ニコニコ動画」を媒体とするオタク系文化において人気を獲得し、DTM用のソフトウェアとしては異例の注目を浴びた理由を問うことは、これまで散々議論されてきたので他に譲るとして、ここで注目してみたいのは「VOCALOID」における録音のあり方である。「VOCALOID」の技術は、録音のデジタル化にともなって、音の扱い方が大きく変化したことを示している。たとえば、録音の断片を繋ぎ合わせるだけなら、ヴァイナル・ディスクでは難しいとしても、磁気テープを用いれば、アナログ・メディアにおいても比較的容易におこなうことができた。だが、音色を変えずにピッチだけを変えることは、アナログ録音においては難しいというより原理的に不可能に近い。アナログ録音でピッチを変える最も簡単な方法は、再生速度を変えることだが、このやり方ではピッチだけでなくテンポも変わってしまう。それだけでなく、周波数スペクトルもやはり変わってしまうので、音色にも変化が生じる。ヴァイナル・ディスクやカセット・テープに触れたことのあるひとの多くは、そうした遊びに興じた覚えがあるのではないだろうか。たとえば自分の声をテープに録音して再生速度を変えると、テンポ、ピッチ、音色といった複数のパラメータが同時に変化し、印象に劇的な変化をもたらすだろう。それに対して、デジタル的な音の処理では、任意のパラメータを個別に変化させることができる。もとのピッチや音色を保ったまま、テンポを変えることや、反対にもとのテンポを保ったまま、ピッチを変えることは、現在のソフトウェア技術においてはそれほど難しいことではない。同様の技術は「VOCALOID」においても、ピッチの変更や音色の調整をおこなう際に利用されている。では、アナログ録音では不可能だったそうした操作は、なぜデジタル録音の導入によって可能になったのだろうか。
 これまで何度も指摘されてきたように、録音技術において「アナログ」と「デジタル」の最大の違いのひとつは、記録の性質がその媒体の物質的な条件によって左右されるかどうかにある。たとえば、レコード盤や磁気テープがくりかえしの使用によって摩耗したり、劣化したりすると、再生音に変化が現れることは周知の事実だ。また、ある媒体から別の媒体に録音を複製しても、音質が変化することも周知のとおりだろう。ところが、デジタル録音の場合には、たとえばCDに傷がついてその部分の音が再生できないということがあっても、音質が劣化するということがない。また、CDのデータをいくら複製しても、音質が変わることはありえない−−データを圧縮したり、再生ソフトウェアを変えたりする場合、話は別だが。こうした違いはもちろん素材の違いではなく、記録の原理の違いに起因する。エリック・ローゼンバーグとジョン・ピータースが言うように、「アナログ」の録音とは文字どおり、音の「相似物analogue」を意味し、記録の方式に違いはあれ、音波のエネルギーを利用してそれに相似した痕跡をつくりだすという特徴をもつ。最も分かりやすいのは蓄音機の例だが、エジソンが発明したフォノグラフは音波のエネルギーを針に伝え、その針の振動によって記録媒体の表面を削り取るような仕組みをもっていた。音波のエネルギーを利用して削られた溝が、ここでは音の痕跡すなわち記録ということになる。磁気録音の場合、記録の仕組みはより複雑になり、音波のエネルギーを電気エネルギーに変換し、さらにそれを磁気エネルギーに変換するというプロセスをとるが、発想の根幹にあるものは変わらない。蓄音機も磁気録音機も音波のエネルギーを物理的に利用して、音に相似した痕跡をつくりだすという点では共通するからだ。そのため、アナログな録音では音の「相似物」としての痕跡が劣化したり、変質したりすることで、再生音にも変化が生じるのである。これに対し、デジタルな録音技術は音波のエネルギーを電気エネルギーに変換したうえで、さらにそれを計測し、数値として記録するということをおこなう。digitalの名詞形であるdigitはそもそもラテン語で「指」を意味し、指を折って数えることから転じて、「数」を意味するようになった言葉だ。この語源が示唆するように、デジタル録音の本質とは物理的な痕跡ではなく、数値として表現されたデータにある。CDにも採用されているPCM(パルス符号変調Pulse Code Modulation)方式を例にとるなら、そうした数値化は次のようにおこなわれる。音波のエネルギーはまず電気エネルギーに変換される。この状態でのオーディオ信号(電気信号)は電圧の波として表される。PCM方式ではその電圧を一定の頻度で測定し、数値として記録するのである。このとき測定された数値は、二進数(0と1)によって表現されるバイナリー・データとして記録される。これらの数値をグラフ化し、線で結ぶと、音の波は階段状の線によって表現されるだろう。数値化の頻度を増やし、数値化の尺度を細かくすれば、階段状の線は徐々に滑らかな波のかたちに近づいていくはずだ。デジタル録音の本質とはこのように、音波を非連続的に数値によって表現することにある。デジタル録音の音質が、記録媒体の物質的な条件によって左右されないのはこのためである。たとえば0という数字を紙に書いても、道路に書いても、スクリーンに写しても、その字義的な意味は変わらないように、記録された数値さえ保持されるなら、どのような記録媒体に保存しても再生音の質は変わらない。また、記録媒体がどれだけ劣化しても、数値さえ読み取れるなら、同様に音質は変わらないだろう。このようにデジタル録音は「数」と「計算」にその基礎を置くことで、記録媒体の物質性に左右されることなく、音を処理することができるのである。
 記録の原理におけるこうした違いは、デジタル化によって録音の耐用年数が向上したとか、音質の劣化を気にせずに録音をコピーできるようになったということを単純に意味するだけではない。録音の基礎が「痕跡」から「数値」へと移行したことは、音を操作するあり方に根本的な違いをもたらしたのである。その違いはたとえば、先に述べたように、ピッチを変えるという操作においても明瞭に表れている。アナログ録音においてそうした操作は、再生速度を物理的に変えるというやり方でおこなわれていた。ヴァイナル・ディスクの回転数を下げれば、ピッチは下がり、カセット・テープを文字どおり「早送り」すれば、ピッチは上がる。こうした特徴は、録音とその媒体となる物質がまさしく一体であることを意味している。だからこそ、再生速度を変えれば、ピッチだけでなく、テンポや音色といった要素も全体的に変わってしまうのである。それに対して、デジタルな音の操作は物理的な領域ではなく、「数的な領域」においておこなわれる。「VOCALOID」を例にあげるなら、音声素片のピッチ操作はFFT(高速フーリエ変換Fast Fourier Transform)による計算処理を利用している。FFTとはフーリエ変換をおこなうアルゴリズムの一種であり、音の分析では、複雑な波形をより単純な波形(正弦波)に分解するために用いられる。この処理をおこなえば、ある波形を複数の周波数成分に分解し、それらの強度の分布(スペクトル)を細かく数値化できる。「VOCALOID」の合成エンジンでは、このアルゴリズムを利用し、スペクトルを周波数軸上で動かすことでピッチを変えるのである。先述したように、この方法では音色が変わってしまうが、アナログの場合と違って、テンポが変わることはない。また、「VOCALOID」では音色の調整にも同じくFFTが利用されており、今度は周波数成分の強度を調整することで声質を変えるのである。このように、デジタルな方式においては、音の操作は数的なデータの計算処理と書き換えによっておこなわれる。そのため、記録媒体の素材や形状その他諸々の物質的な条件にかかわりなく、音を変化させることができるのだ。
 このようにデジタル技術に特有の方法で合成された歌声は、まるで誰かが実際に喉を震わせて歌ったような実在感をともなっている。それもそのはずだ。「VOCALOID」の合成音は、実在する人物の声にもとづいているのだから。だが、どこかぎこちなさを残したその声は、人間の声としてそれを聞くことを拒むような人工的な響きをともなっている。実在する人物の声を利用しているとはいえ、断片的な素材として格納された彼らの声のデータは書き換えられ、パッチワークのようにつなぎ合わされて出力される。そのとき混入する独特の歪みは、どれだけ入念にパラメータを調整しても、完全に消えることはなく、コンピュータの介在性に気づかずにはいられない。人間の声のようでありながら、純粋に人間の声とは言いがたい、独特な印象をその歌声は与える。人間の声がコンピュータと結合することで生まれた、奇妙な歌声。そうした声を指して、ここでは仮に「サイボーグ的な声」と呼んでみたいと思う。
  サイボーグ的な声
 人間の声とコンピュータの結合によって生まれた「サイボーグ的な声」は、実のところ「VOCALOID」の例に限らず、さまざまなところで聴くことができる。むしろ、そうした声のあり方は現在のポップ産業ではありふれたものになっているとさえ言えるかもしれない。たとえば、先にみたようなピッチ操作の方法は、レコーディングの際、音程を補正するために利用されるようになっている。分かりやすく言えば、たとえ音程を外しても、ソフトウェアで「音痴を直す」ことができるのだ。その種のソフトウェアで有名なものに、Antares Audio Technologies(アンタレス・オーディオ・テクノロジー)社が販売している「Auto-Tune(オートチューン)」がある。このソフトウェアには、ユーザが指定したスケールに合わせてピッチのずれを自動補正する���オートマティック・モード」と、グラフ化されたピッチのデータを手動で調整できる「グラフィカル・モード」があり、「音痴」の程度によってモードを使い分けることができる[図5][図6]。だが、このソフトウェアを有名にしたのは、そうしたいわば「正当」な用途ではなかった。「Auto-Tune」はピッチのずれを補正するだけではなく、特殊な効果をボーカルに加えるために使われることもある。米国の女性歌手・俳優のCher(シェール)が1998年にリリースした「Believe」は、そうした効果を有名にした楽曲として知られる。「Auto-Tune」のインターフェースには、ピッチ補正の変化スピードを調整する「スピード」というパラメータがあるが、その値をゼロにすると、ポルタメント(ある音から別の音に移る際に音程を滑らかに変化させる技法)がなくなり、音程の変化が直線的になる。すると、歌声はもとの音色をある程度保ちながらも、人間的な声の滑らかさを失い、ある種の電子楽器の演奏音のような硬直した音に変化するのである。こうした効果はその後、「シェール・エフェクト」として知られるようになり、Daft Punk(ダフト・パンク)、T-Pain(T・ペイン)、Kanye West(カニエ・ウェスト) といったクラブミュージック系のミュージシャンによ��て用いられてきた。日本の例では中田ヤスタカがプロデュースするアイドル・ユニット、Perfume(パフューム)のボーカルに同様の効果が用いられている。その効果は人体の構造から逸脱した、直線的なピッチの変化を与えることで、ボーカルに人工的な響きを加えることに寄与している。
 また、日本では彼らほど知られていないが、音楽産業の外側で活動するミュージシャンのなかには、音楽的にというだけでなく政治的に興味深いやり方で「Auto-Tune」を利用しているひとびともいる。マイケル、アンドリュー、エヴァンのグレゴリー三兄弟とエヴァンの妻サラの四人によって2007年に結成されたThe Gregory Brothers(ザ・グレゴリー・ブラザーズ)は、動画共有サイト「YouTube」を作品リリースの主な媒体として活動するグループだが、ほとんど無名であった彼らを有名にしたのは、2010年頃から発表を続けている「Auto-Tune the News(オートチューン・ザ・ニュース)」というシリーズだ。このシリーズで彼らはニュース番組から切り取った映像の音声を「Auto-Tune」で加工し、伴奏とコーラスを加えることで、ポップソングのように仕立て上げている。そこではニュースキャスター、政治家、評論家などが演説や答弁をしている声は、歌やラップのように変えられ、The Gregory Brothersのメンバーとセッションしているかのように編集されている−−動画のなかで彼らはしばしばニュースキャスターやインタビュアーの役割を演じている[図7]。政治的なテーマについて歌った楽曲はこれまでも多くあったが、The Gregory Brothersの楽曲はそれらとは一線を画している。彼らは政治的なテーマについて歌うのではなく、政治家みずからに歌わせることで、政治的な事柄というよりも政治的な行為そのものを音楽的に批評するという手法をとっているのだ。
 こうした「Auto-Tune」の用法は「音痴を直す」という本来的な用法よりも強力に、サイボーグ的な効果、つまり人間と機械の境界を溶解させてしまうような効果をもっている。「シェール・エフェクト」を多用する楽曲において、ボーカルの声質は伴奏に用いられている純粋な電子音とまったく区別できないところまでとはいかないまでも、きわめて近いところまで接近しており、両者の境界を聴覚的に曖昧にしている。また「Auto-Tune the News」においては、インタビュアーや政治家の声はあたかもコンピュータで身体をハッキングされてしまったかのように無理やり操作され、歪められてしまっている。もちろん事実はそうではないが、少なくとも聴覚的な印象においては、人間の喉と機械のあいだに境界など存在しないかのようである。
 「Auto-Tune」から離れて、ほかの例もみてみよう。プログラミングに長けたミュージシャンのなかには人間の声をコンピュータの電子音に近づけるのではなく、その逆のプロセスをたどって作曲に利用している作家たちもいる。たとえば、三輪眞弘と左近田展康のふたりによって2000年に結成されたフォルマント兄弟は、「テクノロジーと芸術の今日的問題を《声》を機軸にしながら哲学的、美学的、音楽的、技術的に探求し、21世紀の《歌》を機械に歌わせること」を目指し、独自の手法で合成した音声を創作に活用している。彼らの活動のなかでも最も興味深いものに、『フレディーの墓/インターナショナル』(2009年)という作品がある。この作品においてフォルマント兄弟は1991年に亡くなったQueen(クィーン)のボーカル、フレディー・マーキュリーがあたかも亡霊のように墓地に現われ、歌いはじめでもしたかのように、彼の歌声を蘇らせている[図8]。彼らはマーキュリーの歌声がもつ音響的な特徴を解析し、独自に開発したデジタル音響合成のプログラムによって復元したのだ[図9]。ただし、彼らが亡霊として召喚しようとしたのは、かつて存在した「フレディー・マーキュリー」そのひととは微妙に異なる。召喚された「フレディー」が歌うのは、彼が歌ったはずのない楽曲だからだ。フォルマント兄弟の「フレディー」が歌うのは、共産主義の革命歌として知られる「インターナショナル」である。彼らは冷戦期に米国の文化産業を代表するスターとして生き、冷戦の終結とともに死んだフレディー・マーキュリーの声に、その対極にあるような楽曲を、しかも日本語で歌わせたのだ。作品とともに発表したテキストのなかで、フォルマント兄弟が『フレディーの墓』を「死者なき亡霊」の歌と呼ぶのはこのためだ。ロラン・バルトが写真の本質としてあげた「それは-かつて-あった」という時間性を敷衍して彼らが述べるように、録音技術がもたらしたのは「かつて生者であった者の痕跡」としての声を「いま-ここ」に再現することで、過去に生きたひとびとを亡霊のように召喚するという体験であった。フォルマント兄弟はそのような録音の体験を逆手にとり、デジタル的に合成された歌声によって、かつて生きたあの「フレディー」のようでありながら、しかし実のところ誰でもない何者かを聴き手の感覚のなかに呼びだした。録音という痕跡の効果として事後的に召喚されたその何者かを指して、フォルマント兄弟は「死者なき亡霊」と名づけたのである。こうした試みはデジタル技術の発達によって、音声情報を詳細に数値化し、その解析データを音響合成に活用することが可能になったことを意味するだけではない。むしろ、フォルマント兄弟がラディカルに主張するのは、声による「現前」の感覚はメディア技術によって構成されうるものになりつつあるということだ。
 本稿の冒頭でとりあげた「不滅の声」という表現が、死者の亡霊的な現前という事態を録音技術の偉力として言祝いだものだとすれば、フォルマント兄弟が提唱する「死者なき亡霊」はそうした効果を最新の技術のもとで読み替えようとする試みだと言うことができる。そして、同様の試みは彼らほど自覚的ではないかもしれないが、筆者がここでとりあげてきたデジタル的な声の表現にもあてはまるだろう。それらはみな「かつて-あった」者たちのようでありながら、しかし実のところ「かつて-あった」誰でもない何者かを召喚してしまうような側面をもっていたからだ。だが、筆者はここでその何者かを「死者なき亡霊」と呼ぶよりも、あえて「サイボーグ」と呼んでみたい。なぜなら、現在起きつつあるのはメディア技術がもつ亡霊化の作用が新たな段階を迎えつつあるというだけではなく、人間が機械に、機械が人間に近づいていくような事態だからだ。「VOCALOID」や「Auto-Tune」を用いた作品において、人間の声はコンピュータによってデータ的に生成され、出力される電子音へと接近していく。他方、フォルマント兄弟の作品では逆に、コンピュータによって生成される電子音のほうが人間の声へと接近していく。こうした事態を名指すには亡霊化という表現よりもむしろ、サイボーグ化という表現のほうが筆者にはしっくりくるのだ。
サイボーグ化する声の系譜
 1877年に蓄音機が発明されたとき、録音技術にはじめて遭遇したひとびとはその魅力を声の不滅化という言葉で表現した。そうした表現は写真映像の力を時間の「防腐処理」という言葉で言い表したフランスの映画評論家アンドレ・バザンの主張とどこか似ている。バザンによれば、写真や映画を生んだのは、人類が古代よりとりつかれてきた「ミイラ・コンプレックス」の衝動であった。それは永続化しうる人物の似姿をつくることで、死の恐怖を乗り越えようとする衝動であり、その起源としてバザンは古代エジプトのミイラを挙げ、その末裔あるいは完成として写真と映像を挙げる。遺体に防腐処理を施すように、写真と映像は時間に防腐処理を施し、「持続のさなかでせき止められ、死の運命から解き放たれた生命」の姿をわたしたちに与えた。蓄音機がもたらしたのはある意味でそうした「防腐処理」の音声版であったと言うことができる。蓄音機は声を死や腐敗といった時間の暴力から救い出したのみならず、主体の亡霊的な現前という驚くような効果をもたらした。エジソンが蓄音機を発明した当時とは異なり、その効果はすでに日常化し、人間にとって第二の自然と化していると言っても過言ではない。ひとたび「再生」をはじめれば、往年の歌手たちも、流行りのアイドルたちも当人の生死や老いにかかわりなく、当たり前のようにわたしたちのために歌ってくれる。そうしたある意味で奇跡のような体験は、鳴り響くなり消えてしまう声という儚い現象を物体に刻み込み、痕跡化する技術によって可能になった。
 ところが、録音のデジタル化が進んだ現在、スピーカーからは「不滅の声」とは別種の声が聞こえるようになってきた。あるところでは、ソフトウェアで歌唱データを入力し、電子楽器を自動演奏するように歌声を操るということがおこなわれ、別のところでは、音声のデータを書き換え、歌声をシンセサイザーの電子音のように変えたり、話し声を歌声のように変えたりするということが当たり前のようにおこなわれている。またあるところでは、デジタル処理される音響のデータを人間の声に近づけ、無から歌声を生成するということさえおこなわれている。つまり一方では、人間の歌声が機械によって生成される音響に接近していくという状況が生まれており、他方では、機械によって生成される音響が人間の歌声に接近していくという状況が生まれているのだ。人間と機械とがあたかも互いに結合するようにして生まれる声。そうした声のあり方を、本稿ではサイボーグ的な声と呼んできた。
 こうした状況はなぜ生まれたのか。その背景をゆっくり考える紙幅の余裕はもはやないが、デジタル技術の歴史をたどっていくと、そこにはもともと人間と機械の融合を志向するような思想をいくども垣間見ることができることは指摘しておきたい。たとえば、「サイボーグ」という言葉の由来として知られる「サイバネティクス」は、そうした思想を代表するものとして挙げられるだろう。1948年にこの学問を提唱したアメリカの数学者ノーバート・ウィーナーは、動物と機械を通信工学と制御工学の観点から総合的に扱うことをその目的としたが、彼はそこで動物の神経系を高速計算機すなわちコンピュータと同列に置くという考えを提示している−−「われわれに明らかになったことは、つぎつぎにスイッチの操作を行なう超高速計算機が、神経系に生ずる問題をほとんど理想的にあらわす模型となりうるにちがいないということであった」。彼いわく、神経系のニューロンは発火するか、しないかという二者択一的な性格をもつが、この性格は0と1という二進法に従って作動するコンピュータと共通するというのだ。また、ノイマン型コンピュータの父として知られるジョン・フォン・ノイマンは、1957年に死去するまで脳とコンピュータの類似性を数学的に証明する試みに従事していた。その遺稿においてノイマンは脳の働きにアナログ的な側面があることを認めつつも、ウィーナーと同じく、神経パルスがデジタル的な性格をもつことを主張し、中枢神経系の働きを記述するためのプログラム言語の可能性を指摘している。彼らが主張したのは、人体とコンピュータは類似した働きをもつということだった。だからこそ、コンピュータを人間のように扱い、人工知能や自動制御の技術に応用することが可能になったのであり、人間をコンピュータに接続し、人工臓器によって制御するようなことも可能になったのだ。人間の声をコンピュータ技術と結合させ、両者の境界を曖昧にしてしまうような表現は、人間と機械を同じく「計算」というタームでくくるような思想が社会に浸透したことの現われだと言えるかもしれない。
 だが、人間と機械との接近をもたらすような技術やそれを用いた表現は、何も今にはじまったことではない。メディア研究者のジョナサン・スターンが指摘するように、そもそも蓄音機の発明からしてすでに、人間と機械の境界を揺るがすような側面をもっていた。その発明は人体をある種の機械とみなし、実物の機械として再構築しようと目論むようなさまざまな探求の成果としておこなわれたのであり、局所的にみれば、電話や蓄音機は鼓膜の模造品に起源をもつ。また、筆者が別の論文で書いたように、さらに遡れば、18世紀にはすでに口や喉といった音声器官を人工的に再現することで、人間の声を機械化しようとするような試みもおこなわれていた。ジョンソンが「不滅の声」について語ったとき、それはすでにかつての人間の声ではなく、フランケンシュタインの怪物があげた産声のごとく、人間と機械の境界を乗り越えようとするさまざまな実践の積み重ねによって誕生した声だったのだ。以来、人間の声は機械との結合と融合をくりかえし、美的に洗練され、マイクロフォンを通して聞こえる声こそが自然な歌声として受け容れられるような文化さえ成立した。そう考えると、本稿で「サイボーグの歌声」と呼んだものは、アナログとデジタルとの断絶を意味するものというより、録音技術の誕生以来(あるいはそれ以前から)くりかえされてきた試みの延長にあるものとみなすべきかもしれない。
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grossprinzessin · 5 years
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[テオトール・クレンツィス指揮『イドメネオ』]
ザルツブルク音楽祭、滞在終盤になると、なぜかオペラの予定が詰まってくる。昨日は『シモン・ボッカネグラ』、そして今日はクレンツィスが振るモーツァルト『イドメネオ』を観た。一昨年に続き、ピーター・セラーズとクレンツィスのタックだが、今日ピットに入るのは彼が首席をつとめるムジカ・エテルナではなく、古楽の名門、フライブルク・バロックオーケストラである。
飛ぶ鳥を落とす勢いのテオドール・クレンツィス、今年は開幕直後の7月26日に西南ドイツ放送交響楽団(SWR)とショスタコーヴィチの「レニングラード」を演奏、その翌日の7月27日から今日まで、7回にわたった『イドメネオ』公演を指揮してきた。近年、クレンツィスが出るとなれば良きにつけ悪しきにつけ大センセーションになるので、『イドメネオ』のチケットは早々に完売し、また全欧各メディアでも賛否両論さまざまな批評が飛び交った。
会場はフェルセンライトシューレ。岩場の馬場を改築した劇場なので、その独特の雰囲気が、しばしばグロテスクに傾くセラーズの演出には合っている。
2年前の『皇帝ティートの慈悲』では、オリジナルのストーリーに現代の難民問題を編み込もうとしたピーター・セラーズ。今年の『イドメネオ』では、海洋汚染と環境破壊がテーマのようだ。クレタの王イドメネオは生贄を捧げる約束を破って海の神ポセイドンを怒らせたが、現代のわれわれは海をゴミで溢れかえらせ、クジラを窒息死させることで天の意志に背いているのかもしれない。というわけで、舞台には巨大なペットボトルやプラスティックの残骸をかたどった透明なオブジェがふわふわと浮かんでいる。
イドメネオがラッセル・トーマス、イダマンテがポーラ・マリイー、イリアがイェン・ファン、エレクトラがニコレ・シュヴァリエ、アルヴァーチェがレヴィ・セクガパーネ。アジア系、アフリカ系(アメリカ人も含む)の優秀な歌手を多く起用するのもセラーズ=クレンツィス・プロジェクトの特徴で、彼らのキャラクターは必然的に舞台に無国籍な雰囲気をもたらし、時代の特定も見ただけでは難しくなる。奇想天外な演出とともに、歌手の配役などもおそらく綿密に計算されているのだと思う。
いま、日本でもじわじわとブームが来ているクレンツィス。今春の来日公演でも大絶賛を浴び、クラシック音楽のニュー・ジェネレーションとまでいわれている。確かに工夫に満ちた音楽の組み立て方は、大いに目を瞠るものがあるが、ただ、あまりにユニークなクレンツィスの世界は、正直言って好き嫌いがはっきり分かれるのではないかと思う。批判するつもりはないが、私の場合、彼の演奏は無名時代からすでにそれほど好きにはなれなかった。とりわけ、昨年の音楽祭でのベートーヴェン交響曲全曲演奏では、あまりにもクレンツィス色に染め上げられたベートーヴェンにすっかり辟易させられた。
今日の『イドメネオ』でも、若きマエストロのアイデアはとどまるところを知らずに弾けていた。何と言ってもクレンツィスはロシア、ペルミオペラの音楽監督である。オペラをどう観せるか、観客にどのようにしてより強烈に伝えるのか、そのあたりの心得はしっかりとあるのだ。モーツァルトオペラを作り上げる時にも、例えば、歌手が「運命の星よ」と歌えば、そこでオリジナルにはないかなり長い休止を置いて、天を指差す仕草をさせる、というようなことを随所でやるのだ。また、オペラの劇中に同じ作曲家の作品を挿入する、という大胆な試みもある。今回は、ポセイドンの怒りが人々を襲う第二部の冒頭に、『エジプト王タモス』からバスのアリア、「塵の子らよ、おそれおののけ」をはめ込んだ。ストーリーのコンテクスト的にはまさにぴったりだが、『イドメネオ』はイタリア語台本のオペラ、『タモス』はドイツ語である。ドイツ語を母語とする観客の耳にはどのように響いたのかはわからないが、まあ大胆な試みである。
クレンツィスのこうした「実験」は、あまりにもあからさまで嫌味に感じられることもあれば、絶妙な効果をあらわしてこの上ない力で訴えかけてくることもある。そして、今日の『イドメネオ』では、むしろ成功している部分が多かったように感じた。『イドメネオ』はモーツァルトが24歳の時に作曲して以来、何度も手を入れ続けた作品で、レシタティーヴォの部分にも管弦楽による伴奏が付いているのが特徴といわれている。そのため、聴いていると、レシタティーヴォとアリアの境界がふと揺らぐようなときあるのだが、クレンツィスはこういう部分を巧みに作り込んで、歌手の声をレシタティーヴォから繋げてアリアの歌い出しをソットヴォーチェで語りかけるようにさせている部分が何箇所かあり、これがなんとも美しかった。合唱はペルミのコーアを連れてきていたが、こちらもコーラスをまるで彫塑のように自由自在に変化させて、優しい唄い声から民衆の怒号まで、その表現力は感嘆に値するものだった。そしてフライブルク・バロックオーケストラ。レシタティーヴォのコンパニャートも単なる伴奏に終わらせずドラマティックに、そして、クレンツィスが大好きな、極端なまでに強弱アクセントをつけていく解釈を、音楽の美しさを損なうことなくピリオド楽器演奏に落とし込んでいたのが素晴らしかった。ホルンもトランペットもキーなしのナチュラルだが、その安定性と音程の正確さには、思わず身を乗り出した。
そして歌手も良かった。このオペラは王子役のイダマンテは初演時にはカストラートが歌っていて、現代ではメゾソプラノが当てられるため、テノールのイドメネオを挟んで3人の女性歌手が掛け合いするシーンも多い。マリイー、ファン、シュヴァリエ、3人とも繊細な歌唱ができる、「モーツァルト歌い」で、どのパートも本当に素晴らしかった。特に、18世紀当時独特の「狂乱役」のエレクトラ、シュヴァリエは、フリオーゾな怒号のような声と、細やかなしっとりした歌唱とを歌い分けて、見事だった。
『イドメネオ』はモーツァルトの作品の中でも演奏時間が3時間あまりと比較的長い。しかも、終幕、「機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)」よってもたらされたハッピーエンドのあと、オリジナルには20分ほどの大団円のバレエが付随しているというおまけつきである。歌によるドラマが終結したあと、バレエとは、いまの時代の私たちには少し受け入れ難いし、もちろんただでさえ長い演奏時間もあり、現代ではこのバレエ音楽はオペラと切り離されて、コンサートホールで管弦楽曲として演奏されることが多い。ただし今回はクレンツィスだし、どうするのだろうと思っていたら、やはり、最後の舞踏曲まできっちりと演奏して締めた。そして、本来、賑やかなバレエが演じられたはずのこの部分、舞台上にはサモアの振付家、レミ・ポニファシオの流れをくむダンサーを登場させた。これまた、プラスティックゴミの浮遊する舞台と同様、モーツァルトの音楽とはかけ離れた世界である。独特のステップで舞台上に舞う二人のダンサーはまるで人形芝居のような雰囲気を醸して、この『イドメネオ』という神々の芝居がメルヘン劇に過ぎなかったことを観客に暗示して幕を閉じるような、不思議な粋味があった。ただし、セラーズの演出で構築されたプラスティクでいっぱいのクレタ島の物語は、メルヘンというにはあまりに無粋で、この最後の粋な計らいが空回りしている部分は否めない。
最後のバレエ音楽の部分は、それを差し置いても、演奏として素晴らしく、思わず聴き入った。アップテンポな舞踏用の作品、マエストロがピットで大きく跳ねる音が響き渡ったのは、まあご愛嬌か。
音楽祭の話題をさらい続けた『イドメネオ』の公演は今日が最終日。じわじわと心の内側に入ってくるような素晴らしいモーツァルトオペラで、クレンツィスの独特のアプローチがいい形で活きていて、感動的とも言えるほどの出来だったと思う。終演後は、スタンディングオベーションと大ブラヴォーヘ。特にクレンツィスの人気がとにかくすごい。ピットから舞台に上がると熱狂的な大歓声が巻き起こる。ところが、続いてピーター・セラーズが登場すると、歓声は大ブーイングへ。…そうですか。やはりモーツァルトオペラでプラゴミの山を見たいとは、誰も思わないですよね。
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