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#枕が乱れてない!失格!
amumate · 2 years
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ママ「やだぁ〜ん!まぁたいなくなっちゃうんだからぁん!…あらちゃんとゴム使うのね」
でも2人とも生が好き⭐︎
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shukiiflog · 7 months
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ある画家の手記if.77 名廊絢人視点 告白
かれは ほんものをかうおかねが ありませんでした たくさんの いきものと くらしているひとが うらやましいです かれは さびしさを たくさんもっていたので それをふくらませて かたちにしました にせもののいきものは なかみが からっぽで とてもかるかったので いっしょにいたかれは そらにうかんでしまいました
ーーーーーーーーーーーーー綾瀬馨 作 『からっぽのいきもの』より
香澄が今の香澄に至るまでに、どのような順序でどんな経験を積んだか、真澄さんの話してくれることを聞きながら、人格形成のなされる様子を頭で追ってみようとした。 人間心理だとか情緒の発達だとか、こういう分野には詳しくないけど、聞いていて違和感を感じる部分がないか、そこだけに意識を絞ろうとしてみる。人間が完璧な整合性をもって過去から現在に至ることは、ない。そんなことは承知の上でだ。違和感があれば、そこに黙して秘された何かがある、それに俺は、気付けるか…。 意識か無意識かはわからないけど真澄さんはひとまず静観して人の反応を伺うような、悪く言うなら人を試すようなところがある、悪意を感じないから試してさえいなくて何も期待してないってことかもしれない。…それはそれで人に広く頼れないことが問題だとも思うけど、それは今は 正直 考えがそこまで論理的整合性を持って 回らない
ーーーーーーーー時あの子は父に言われるがまま髪を伸ばし、ほっそりした身体のーーーーーーーーー 既にあの子は父親に性的な暴行を受けていた、母親の 代わりに抱 められていて、傷だらけで帰 の子に安らぐ空間はどこにも 守るべき自我を もってなかった  意思を持てるようになったのは 奇跡だよ ーーーーーーーーー通い詰めては、暴行されて家に帰った、何度も、何度も、何度も 死んでいてくれた方がよかった、と言ったらしい ーーーーーーーーーずっと追い詰められていた父親の 精神が ここに来て崩壊した 香澄を自分の妻だと 正気とは言えなかったろう 香澄は父親の暴力を受けながら   介護もして生活して ーーーーーーーーーが自殺した ーーーーーーーーーーーーーーーあの子をはじめからあたまのおかしい子なのかもしれないと ーーーーーーーーー自我を取り落として失くしたのをーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーー徐々に殺されていったのかもしれない 度は抱えきれずに 潰れた
ーーーーーーー……… ………… 到底、無視…できない… 落ち着いてカップのコーヒーを口に運ぶ仕草を続けながら、真澄さんの言葉が頭の中で断片的に拾われた部分だけリピートされる カップを持つ手が震えそうになるのを気取られないようわざとカップを少しもてあそんだりしながら 気取られるな …落ち着けよ、俺の話じゃない 俺の話じゃ
…でも 俺の思考や判断能力は、正常か? 香澄のそばにいて支えたり、友達でいるなんてことが、俺に……
ーーーー正気と、狂気 あの暗い部屋の中で、それはきっちり線を引かれて役割分担されたものだった。 俺が正気で、理人さんが狂気だ。 家から理人さんを正気に戻すようにと言われて、俺はあの部屋の中でずっと正気を担う存在だった。 強い薬で眠ってくれてる間にあの人の伸びっぱなしの髪を切って、爪を切って、体を拭いて着替えさせて、俺はそういうことを日々こなしながら、癇癪も起こさず不平不満も言わず、求められれば全てに応えた。 倫理的に間違った求めにも…  正して教え導くなんてことはせずに、ひたすら優しくなだめて寄り添いながら落ち着かせ続けた。 「……………。」 以前の…俺が、そのまま今日まで綺麗そっくり引き継がれるなんてことはない、人間は毎瞬生まれ変わり続けてる。 だから逆も言える。俺が気持ちを切り替えてどれだけ強く決意しようと反省しようと改心しようと後悔しようと、変わりたいと願おうと、人は簡単に丸ごと変わることはできない。 今日まで持続した俺は …正気か? わかりやすい異常行動はこれまでに一度もない。それは、おそらく香澄も。直にぃも。 …吐きそうだ、照明暗くしてもらうようになってよかった、俺いま明るい場所じゃ顔色真っ青だろうな。 今は俺の話なんてしてないんだよ…そんなこと、望んでもないし。せっかく真澄さんが話してくれてるんだから、この人と話すべきことは香澄についてだ。話を続けたい… 「…話の途中にすみません、ちょっとお手洗いに行かせてください…」 静かに落ち着いた声でそう言ってソファから立ち上がって歩き出す。真澄さんがなにか返事をしたのかどうか、何も聞こえなかった ゴミ箱ないし、部屋汚せないから、せめて胃の中にあるもの先にトイレで指つっこんで出しとこう、もし最悪話してる途中で抑制がきかずに吐いちゃった場合にも、胃液だけのほうが処理も片付けも幾分楽だし ここにきてから体のコントロール効いてないまま何も変わってないし…
ーーーー絢は俺の味方だよね…
…そうだよ。俺はあなたの味方だよ  だって、俺が味方をするうちは、俺は  あの家で  ひとりじゃ  な  い
「ーーー……っ、…、 …ーーー   」
脚にまたあの激痛がきてフローリングの床に受け身も取れないまま倒れた 脚の方が痛くてどうなったのかよく分からない  目を開けられない、手を伸ばして周囲を探る 口をふさぐものが 手の届くところに な い  息を とめて 声に出しちゃだめだ ただおとなしくぐったりして 抑制が だめだ  効かなかった 効かせられるレベルの 痛みじゃ ない…
「ああああああああああああああああああああああ
倒れたまま、今日まで寝室で重ねた枕に顔をおしあてて吸わせてごまかし続けてた悲鳴が絶叫になって口から発せられるのを とめられない 醜い うるさい悲鳴だ 自分の声で鼓膜が破れそう
こんなのは過去の記憶の再燃だ だって痛みがあのときと同じだ いま脚に何か身体的な異常や痛みがある���は 限らない きっとない だから処置のしようが…    効く薬だって あるのか いま痛んでるのは今の俺じゃない ここにいるのは今の俺じゃない だから痛むんだ 落ち着けば… でも なんども思う いま襲われてる痛みを俺が確かに感じてるなら  今ここにいる俺の現実は ーーーー痛みは気のせいなんじゃない 身体に異常がなくたって  俺が痛みに苦しんでることがーーーー真実だ
  「 まぁちゃんと頼れよ 」
認めろ  これが現実だ、今の俺の、現実だ 丸ごと否定して意識を逃すんじゃだめだった、どうにもならなかった、ずっと一人で耐えるだけだった、でもそれじゃ命が長く続かない、香澄のことで俺がさんざん言ったばっかじゃないか、 頭を使え 助かるために 耐えるんじゃないちゃんと考えろ  俺は助かりたい  助かりたいよ 意識も落とせない薬も効かない身体に異常もないなら
「ーーーみずを かけて 真澄さん脚に水をかけて!!!」
絶叫混じりの声でそう叫んだ 痛みで目を強く閉じたまま開けられない、真澄さんがどうしてるかはわからない、次の瞬間 体が宙に浮いた 「バカ言うな、床が濡れちまうだろ」 痛みでひどい歪んだ表情してきつく目を閉じてる、宙に浮いた身体に頭がついてこなくて大きく首が仰け反ったまま、状況何もわからないけど、信用しようこの人をーーーー
バシャンと盛大な水音がして …痛みがひいた 「ーーーー……。」 風呂…浴槽…?…に、投げ込まれたのか… 乱れていた呼吸も動悸も鎮まっていく …初めてだ、こんなこと試したの うまくいった …正直、賭けだった。水をかけられる感覚は、ガソリンをかけられる感覚と、触覚だけなら大して変わらないから、さらにひどくなるかもしれないとも思った でも一度試す価値はあるって…思って 濡れた頭から前髪をつたって水滴がぽちゃんと浴槽に落ちていく、それでさらに落ち着きを取り戻せた 浴槽の中に水浸しで浸かったまま、座ってぽかんとした表情で横を見上げると真澄さんが立ってた …香澄から聞いたのか?俺の脚がなんでこうなのか。それで俺が危惧したようなことを察知して手段を浴槽に変えた…? 「……ありがとうございます…」 自分でもびっくりしててまだ表情はうまく作れなくてぽかんとしてるままだったけど、その状態で頭を小さく下げてとにかくお礼を言った。 不意に出ていった真澄さんはバスタオルとか着替えとか色々用意して戻ってきてくれた。それにも小さくお礼を言った。 頭も冷えた。俺はさっきの香澄の話を今からでも続けられるレベルまで状態も痛みも落ち着いてたけど、こんな騒いで手間取らせるの覚悟で頼った直後にそんなこと言い出したら、俺が判断能力とかの信用なくすだけだな。 実際、今は痛んでないけど、初めてだから時間置いたらどうなるかなんてまだ俺にもわからないし。不確定要素が多いうちはむやみな動きは避けるべきだ。もっとしっかり痛みが引くまでここに浸かったままでいよう。 「……俺、しばらくここに居てみます。」 真澄さんにそう言ったら、無言でお湯の温度を調整するボタンをポチッと押された。追いだき…微妙に冷めたぬるま湯だったから長時間浸かってても風邪ひかないようにか…俺ぽかんとしててそこまで気が回ってなかった…てか冷水とかじゃなくてよかった 心臓とまるじゃん…パニクってたにしてももう少しよく考えて行動しよ… 真澄さんがそのまま出ていこうとしたから慌てて声を上げる「あの!」 振り向いた顔には前髪が落ちてて表情はよくわからない 「あとで床とかは自分で拭くし、なるべく周りのもの濡らさないように気をつけられるだけ気をつけるから、…部屋にいつも水を汲んだバケツとか、置いてちゃだめですか」 「いいよ。好きにしな」 意外にも許可が出た。真澄さんは出てくときバスルームの入り口を潜りながら顔だけ少しふり向いて言った。 「ちゃんと頼ったな。いい子は好きだよ」 …前髪で隠れてるけど、髪の毛の下で今どういう表情してるのか…もう分かるようになってきた。勘だけど。 痛みで自分が何言ったかは若干飛んじゃったけど、話してくれたことはちゃんと記憶に残ってる。 優しい人だ。 髪で顔を隠してるのも。
用心に用心を重ねて、しばらく風呂であったまってから、風呂から出た。 真澄さんのパジャマがいつもでかくて、俺が着ると指先がちょっと覗くくらいになる。足も少し引きずる。俺やせっぽちだし体薄いからな…仕上がりが女の子の彼シャツみたいになってる。 髪の毛拭きながらリビングに行ってみたらまだ真澄さんは自分の書斎じゃなくてリビングにいた。…俺がちゃんと無事に出てくるか待っててくれたみたいだ。 「真澄さん」 声をかけたら本から目を離してこっち向いてくれた。 「上がるのに時間かかってごめんなさい。せっかく話してもらってた途中だけど、今夜は大事をとってもう休みます。真澄さんの都合のいいときに、ちゃんと続きを聞かせてください」 「ああいいよ、おやすみ」 それだけ言ってまた真澄さんは本に戻っていった。 読書の邪魔になるかな。でも言っておこう。 ここにきてからの感じと、さっき会話したときの受け答え。俺が黙ってたらこの人も黙ってる。この人から俺への質問が出てくるのはほとんど必要最低限の場合だけ。でも人と会話するのが苦手とか、コミュニケーションを忌避してるってことでもない。聞けばちゃんと答えてくれる。頼めば可能な範囲で応えてくれる。 鏡…   いや、…水面かな。 「ーーー俺がもしここにいていいのなら、香澄の話が済んでからでいいので、…俺の話を聞いてください」 ここで暮らしていいのなら俺は真澄さんとここで暮らす。さっきみたいな不測の事態を、今後俺が気をつけさえすれば避けられるとは口が裂けても言えない。なら知っておいてもらわないといけない。大声だけでも近所迷惑だし、真澄さんにも迷惑をかけることになる。俺の命を守るために。 真澄さんは特に返事はせず無言だった。 俺は静かに寝室に戻った。 …口が滑ってとかじゃなくて、誰かに俺から、俺の意思で話そうと思ったのは、これが生まれて初めてだ。 俺からわざわざ話さなくたって、本家は知ってる人間で溢れてた。でもこれからは、相手に何を知っていてほしいのか、俺が決めて人と関わることができる。…俺の意思と望みにかかってる。 そんなものが俺にあるのか。……ある。何かはまだはっきりとは分からない。少し怖いけど、あるってことだけはわかる。 自由の代償っていうのかな。それとも代償じゃなくて、これが自由ってことそのものなのかもしれない。
ドアを閉めて、布団に入る。 今日は翻訳はおやすみ。眠れなくても、さっきのショック症状で体も心臓も疲れてるだろうし。本を読むのも今夜はよそう。 ベッドから見えるデスクには練習に翻訳して書きなぐった紙が積んである。 俺はひとの本棚を見るのが好き。まことくんちでも見た。真澄さんの部屋の本棚は面白かった。量だけでも十分だし、分野も言語もなんでもいくらでも選び放題だった。好きに持っていけって言われたときは心の中で飛び跳ねた。気になったのだけをなるべく厳選して棚から引き抜いたのに腕に山みたいに抱えて寝室に帰ることになった。 ただ俺が本読むの好きだから読んだことない本がいっぱいあって嬉しかったのもあるけど、読んでばっかりにならないようにちゃんと訳した。例えば雨月物語の英訳本なんて当然もうたくさん大御所の翻訳家の訳で出てるだろうからそのまま仕事にはならないけど、自分で一からそんなことしてみようなんて考えたこともなかった、めちゃくちゃ難しくて面倒そうで面白そう。考えて思わず口元が緩んで一人でにこにこする。 訳の練習は、決めかねた挙句、全部なるべく等量にすすめてる。何に需要があって今の俺程度の能力でもすぐにお金を稼げるのかわからなかったから。フランス語か、英語か、和訳か、仏訳、英訳か。ドイツ語はそんなに自信ないから最初から排除した。 訳にも色々あるけど、特に文学作品の場合は、自分の気配を消して原著の作者の家に入り込むとか、作者と友人になるとか、いつもたくさんの中のどれでいくか一瞬だけ迷う。どうしたって作者を刺し殺して意訳したくなるのは俺が捻くれてるからかな。 「…Ils font des animaux en ballons gonflables.」 真澄さんが好きだって言っていった一文だ。原著の作品の中で好きな一文なのか、俺の訳を好きだって言ったのかは、どっちかよく分からなかった。 あの話は内容覚えてる。そんなに長いわけでもなかったし、暗記とか得意だからまだ記憶探れば暗誦できるかも。 ”かれは さびしさを たくさんもっていたので それをふくらませて かたちにしました” ーーー直にぃに、…誠人さんにも、理人さんにもかな、少し…似てるような気がした。…もしかしたら、真澄さんにも。香澄にも。 みんなちゃんと何かを愛おしく想う感情を抱ける人たちだ。自覚があるか、どんな形かは、みんな違うけど。 みんな少しずつどこかで仲間外れで、みんな繊細で、…壊れやすい。 俺はふてぶてしいし図太くて無神経だから、俺みたいなのがそういう人たちを守ってあげられたらいい。その眩しい人生を。 風船が長い時間かけていつか自然にしぼんで元のかたちに戻って地面に静かに倒れてしまうまで、誰も針でつついたり銃で撃ったりして、途中で無残に破裂してしまわないように。
続き オマケ 雪村真澄視点
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itokawa-noe · 2 years
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千切って砕いていただきます
うちらのランチルーティーンについて。
「BFC3幻の2回戦」参加作品でした。(2,114字/2021年11月6日)
ーーー
「起きろよカワイ、ゴハンの時間だ」  時報みたいないつもの台詞に余計な一言がくっついてふってくる。 「きったねぇ字。糸ミミズの乱交パーティーかよ」  睡魔に抗いながらとったノートは確かに酷い。授業開始早々に写した〈私たちは食べるものでできている〉の一文以外、まともに読める文字がない。 「ヨシノのプリンよかマシだし」  取り返したノートを丸め、生え際の黒が日に日に長くなる金髪をひっぱたく。 「金欠なんだよ」「バイトしろ」  罵りあいつつ教室を出て階段に向かう。 『学園ものによくある屋上のシーン、あれって大概ウソだよね。危機管理が疎かな学校でないかぎり扉は施錠されてるよ。でなくちゃほら、飛んじゃうから』  そう語ったあのひとは、もういない。
「カワイ、くまやばすぎ。ゾンビと間違えられても怒れないレベル」  鍵のかかった扉にもたれて座るなり、失礼な言葉とともにヨシノがお弁当箱をぶんどっていった。 「そっちこそ痩せすぎ。お昼以外もちゃんと食べなよ」  ぷいとヨシノは目を逸らし、親切な忠告を聞き流す。胸に抱いていた単行本からページを一枚やぶりとると、細かく割いて口に入れ、肉団子と一緒に呑みくだした。ふてぶてしい横顔に、命の恩人への敬意はかけらもない。 「喉もとすぎればなんとやら」「なんか言ったか?」「いや、別に」  あの日のヨシノはラッキーだった。なにせ、真っ青な顔で喉を掻き毟りながら喘ぐ同級生を見つけるや迷わず口に手をつっこみ、巨大な紙の玉がでてきても動じることなく、唾液まみれのそれを半狂乱で奪い返そうとする相手のみぞおちに蹴りを入れておとなしくさせた上でお手本まで示すなんて、誰にでもできることじゃない。「やりかたってもんがあるでしょ」お腹をおさえて呻くヨシノに向かってそう言うと、私は制服の胸ポケットから白い粉をとりだした。もともとここで食べるつもりで持ってきていたお弁当にさらさらふりかけ、お米と一緒に呑みこんでみせた。なるほど、とヨシノは呟き、丸呑みしようとしていた紙の玉を小さく千切って口に含んだ。  持続可能性という概念をヨシノにもたらしたのもこの私だ。三百ページを四十九日で平らげるという無謀な計画を一年がかりに改めさせ、本を喰らう体力を維持するためにも飯を食えとお弁当を押しつけた。「ふたつ作るのが習慣だったからちょうどいい。自分のだけ用意しようとすると脳がバグんの」かいつまんだ説明は「ふーん」の一言で受け入れられ、以来、ここでお昼を食べるのが日課になった。    私とヨシノは同じクラスになったことがない。こうなる前は辛うじて顔と名前がわかるだけ、実質知らない人だった――と、ヨシノは思っているはずだ。  私の側の事情は少々異なる。  はじまりは真冬。吹きさらしの駅のホームでヨシノを見た。彼女は本を読んでいた。短すぎるスカートからのびた脚やページをめくる指が凍えるのも気にとめず、ぎらつく殺意と溺れる者の恍惚とが綯い交ぜになった表情で、手の中の物語とまぐわっていた。あのひとが書いた本だ。気づくや頭の芯が真っ白に爆ぜた。走って家に帰るとあのひとの部屋に忍びこみヨシノが読んでいたのと同じ一冊を抜き出した。家族に読まれるのをあのひとは嫌ったけれどかまってなんかいられなかった。ふれたかった、ふれられたかった、あんなふうに。他者の立ち入りを許さない親密な関係を、私だってあのひとと結びたかった。  だけどそれは叶わなかった。あのひとが書いたのだということばかりが気になって、綴られた文字に集中できなかったのだ。作品と作者は違う。何度自分に言い聞かせても、泣きながら本を喰らう主人公はあのひとと同じ顔をしていたし「何故これを書いたのが僕じゃないんだ」という彼の叫びはあのひとの声で再生された。見てはいけないものを見てしまったような後味の悪さとともに本を閉じ、それきり一度も近づいていない。  その後もときどき、校内や街角で動けなくなっているヨシノを見かけた。炎のようなまなざしの先には、決まってあのひとの本があった。
 あのひとが好きだった薄甘い卵焼きに、白い粉をふりかける。「それってさ」「ん」「おいしいの」「どうだろ。まあ丁寧にすりつぶしたから舌触りはいいし」骨粗鬆症の予防にも、と言いかけて噛んだのを「こっしょしょーしょー」性格の悪いヨシノがすかさず拾う。けたけた笑いながら、あのひとの遺作となった小説をポップコーンみたいにつまんでゆく。この本は読まない、一文字も読まずに食ってやるのだと、どこぞのヤギみたいなことをヨシノは言った。どうして読まずに食べるのか。尋ねかけてやめにした。
 教室に戻るには早いが特に話すこともない、微妙な十数分は寝てつぶす。ヨシノの膝が枕の代わりだ。薄すぎる肉の下の硬い芯を肌に感じるたび、抽斗の奥の小箱が眼裏に浮かぶ。箱の中には、かつて十本だったものが十四のかけらになって眠っている。ときおり取り出して髪を梳いたり唇に添わせたりしてみるも、幼稚な石ころ遊びみたいですぐに飽きる。いましも頬におりてきたこれが、この皮と肉と熱とが、あのひとのものであったなら。願いはぼやけてまどろみに溶ける。  夢のなかではいつも、骨ばった指が目もとをぬぐってくれる。
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itigo-popo · 3 years
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こんにちは!今回は前回と前々回で予告したクランちゃん🌹とグレン君🥀についての記事です!毎度の事ながら原作者である🍓ちゃんに頂いた資料を元に、感謝の念と溢れる熱量と共に解説していきます〜!🌻
★二人の立ち絵は後々また描き足すかもしれません。グレン君の立ち絵の方は下記にて…!
【2021/09/23追記:一部文章の修正と追加済み】
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舞台はとある王国に聳え建つ大きな城。厳重に施錠された塔一角の部屋に一人の薔薇色の少女が国から手配されたメイドの監視下の元、一人ぼっちで幽閉されていました。
その少女の名は〝クラン・ローゼンベルク〟といいます。
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★補足
この王国は前回のオズウェルさんが訪れていた村があった国では無く、はたまた村を襲った敵兵の国でも無く、次回の記事で書かせて頂く予定のルイの出身国でもありません。
因みにラブリーちゃんとミハエルさんはオズウェルさんと同様に後に地上に降り立ちますが恐らくまだこの時点では天界在住です。各自地上に降りる理由ですがラブリーちゃんは保護者役になったオズウェルさんに連れられ、ミハエルさんはラブリーちゃんを追ってという理由かと思われます。
花夜と春本に至っては作者が🍓ではなく🌻で舞台も日本と全く違う為こちらは国以前に蚊帳の外です。カヤだけに。
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話を戻しまして…クランちゃんの出生ですが、
王国専属の魔法使いが連れて来た子です。
クランちゃんが幽閉されている城や国の主導権は主である国王と息子である王子に有りますが当然〝連れて来た〟からには彼らの娘という立ち位置ではありません。
ならば貴族の子か?というと違い、かといって村や街に父や母がいる訳でも無く…しかし孤児でも人攫いでもない。
遠く離れた血縁でもありません。そんな少女を一体どのような目的で幽閉までし、人目を避けさせ隠しているのか…。
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それには理由が有りました。まず国王は国全体の権力者達や政治家達、軍事機関、研究機関と深い繋がりがあります。
そしてクランちゃんの傍には彼女に正体を隠している国から派遣されたメイドが世話係と銘打って監視をしています。
万が一逃げ出さないようにしているからです。つまるところ
クランちゃんは純粋な人間ではありません。
元々彼女は無限に膨大な魔力を発生させる事が出来る装置のような存在として創られました。
この魔力を国や王は軍事や国家機密の研究に利用する為クランちゃんを幽閉していたのです。
そして、それらは後発的にそうなったのでは無くクランちゃんが創られた理由でもあります。
因みに王と違い王子は善良で国王共々クランちゃんに直接の面会はなかったものの彼女への幽閉や以降に記述する〝ある〟研究内容に反対しています。
この王子の存在が後々の展開に大きく影響していきます。
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ここまで禍々しく書き連ねて来ましたが、クランちゃんは種族としては人間です。正確には〝天使に近い存在〟です。理由は後程。
とはいえ機械では無いと言えど彼女の魔力の使い道を考えますと、それこそ機械のように扱い然るべき施設内にて監視且つ管理し利用した方が効率も良いのでは?と疑問も感じ無くもありません。
ましてや愛らしく着飾る洋服も本来は最も必要が無いはず。
この辺りについては彼女を連れてきた王国専属の魔法使いが大きく関係しています。彼女も権力者の一人でもあります。
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女性は国から頼まれた魔力装置を創る為に神様の元に訪れます。神話みたいですね!この神様なのですが現在は地上界に隠居中のようでして前回のオズウェルさんの記事の時にて登場した全智の天使に神としての役割を引き継いでいます。
こう見ますとそれぞれ在住していた国は違えど皆々同じ🍓が描いた世界に住んでいるのだな〜と嬉しくなる🌻…!!
つまりクランちゃんは神様が人間として創造した子ですので、先述でいう〝天使に近い存在〟なのです。
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しかし、何故この時点で敢えて〝人間〟として創ったのか。
これは神様の意思からではなく魔法使いの女性がそう創って欲しいとお願いしたからです。
歳も取りますし、国としては今後も末永く使っていく効率を考えますと悪手のように感じざるを得ません。
これに関しては恐らく魔法使いの女性が、前回のオズウェルさん同様に人間が好きだったからだと伺えます。
但し、この女性もオズウェルさんと同じく良識的な人間を好いており王国の民が好きで且つ彼らを護る為に王国専属の魔法使いをしています。故に国王や後に記述する研究機関等のやり方には眉を顰めており、まだこの時点では内側に潜めていますが彼女もまた王子同様に反対派なのです。
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上記の通り魔法使いの女性は慈悲深い方で、クランちゃんを連れて来た際に大切に扱うようと国王に釘を打ちます。
魔法使いとしての実力も然ることながら神と繋がっていたりと特殊なパイプ持ちでもありますから国王も彼女の言い分を無碍に扱わず、提示された条件を呑み承諾します。
一種の取引みたいなものでしょうか。人間として創られた事以外は国王側からしても悪い話ではなく、そんな些細な欲求に対し首を縦に振ってさえしてしまえば無限の魔力の提供という膨大な利益を得る事が出来るのですから。
以降クランちゃんは〝幽閉〟はされているものの、衣食住や遊ぶものにも困らない何不自由のない生活を送ります。
城に来た当初は四歳くらいで、とても幼なかったのですが今現在は十四歳まで成長しています。世間を知らずに育った為やや浮世離れはしていますが心優しい性格に育ちました。
魔法使いの女性も仕事の合間に遊びに来てくれたりと、血の繋がりこそ有りませんが母と娘のような関係を築きます。
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因みに、これ以降の展開には神様は全く関与して来ません。
クランちゃんを創造したのち、その後どう扱われるか又は持たせた魔力によって一つの国がどうなっていくのか…。
それに関心も無関心も無い。手を貸すのも偶然且つ必然。世界を憂い愛と平和を謳いながら冷徹で残酷な傍観者です。
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視点をクランちゃんに戻します。
上記の方でふんわりと触れましたが彼女の素知らぬところで彼女が生成する強大で膨大な魔力は軍事利用を始めとした王国専属である〝機密〟の研究機関により非人道的な人体実験にも使われてしまいました。
その人体実験の内容は、身寄りの無い孤児を集め兵士として利用する為にクランちゃんの魔力を使い潜在する運動神経を刺激し著しく向上させるという実験です。
この実験が成功した暁には対象は常人離れした身体能力を得る事が出来ます。
但し実験対象が魔力を持っていた場合クランちゃんの魔力に影響される副作用か又その後遺症か、魔力が消失します。
数々の孤児が犠牲となり失敗作と成功作が生まれました。
救いは先述した王子や魔法使いの女性に根回しされたのか失敗作の孤児達は城内で働いてるという事でしょうか。
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★補足
魔法使いの女性がクランちゃんを連れて来なければ、事前にこのような人権を無視した事態は未然に防げた筈です。
恐らく企画段階で、孤児の子達を含めた彼女が愛する国民達の命を天秤に掛けられてしまった又は人質に取られる等、弱味を握られてしまったからではないかと思います。
又は孤児の子達が人体実験以上の危機に晒されてしまう等。
クランちゃんを敢えて〝人間〟としたのは人間が好きだから以外にも訴える想いやメッセージが含まれていそうです。
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凄惨な実験の果てにクランちゃんの魔力に適合し成功した孤児達は軍事利用の為、兵士としての教育を受けます。
その中でも逸脱した身体能力を覚醒させた優秀な成功作である一人の真紅の少年がいました。
その少年の名こそ〝グレン・クロイツ〟元孤児であり、この人体実験の被検体の一人だったのです。
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過酷な境遇だった為か、それとも教育の影響なのか自身を〝駒〟と呼び感情を表に出さない少年です。淡々と任務遂行する姿は一人前の兵士にも全てを諦めているようにも見て取れます。その後は暫くの間、その高い能力を見込まれ王城専属の傭兵兼使用人として過ごしていました。
そうして与えられた任務や日々を、ただただ機械的に過ごしていた彼に、やがて突然過ぎる転機が訪れます。
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とある業務で偶然、中庭にて作業をしていた日のことです。
これまた偶然にも部屋の窓から中庭を見下ろしていたクランちゃんの目に、グレン君の姿が留まりました。
先述通りクランちゃんは浮世離れ気味で世間を知らない面があります。自分と似た髪色、瞳の色を持つグレン君に好奇心に似た興味を抱きそれ以降、窓の外で彼を見かける度に目で追うようになっていきました。
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魔法使いの女性が国王に釘を指してくれたお陰で、大事にはされていますがクランちゃんは幽閉をされている身です。
流石に十年もそれが続けば、室内に居るのがが当たり前に育ったといえど飽きが来るというもの。
退屈だったクランちゃんにとって、外で見掛けるグレン君は羨望の的のように輝いて見えていたのかもしれません。
そして遂には我慢出来なくなった彼女は訪れていた魔法使いの女性に頼み。彼と遊んでみたいとお願いします。
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クランちゃんの口からこのような〝お願い〟が出たのは、恐らく今回が初めてで魔法使いの女性はそれを快諾します。
グレン君にとっても異性同士とはいえ同年代の子と…ましてや遊ぶ機会なんて随分と無かったと思いますから悪い話では無い筈です。足早に国王に掛け合いました。
国王は些か呆れ気味に聞いてはいましたが、多少グレン君の仕事内容に調整が入る程度であり通常通りの任務にクランちゃんと遊ばせるという風変わりなものがくっつくだけなので返答をそこまで渋るような内容でもありませんでした。
もし不穏な動きが有れば予めクランちゃんの側近として��置させているメイドがグレン君を拘束し再教育するように研究機関に送り返すだけです。
こうしてグレン君は傭兵兼使用人又はクランちゃんの従者兼遊び相手として勤めるようになり晴れて二人は顔を合わせる事となりました。
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因みに銘を受けた当日のグレン君ですが上司に呼ばれ初っ端口頭から「最重要人物の護衛及び監視の任務だ」と告げられ、流石のグレン君も涼しい顔の内心では戦々恐々としていたのですが蓋を開けてみれば少女と文字そのままの意味で遊ぶだけだったので拍子抜けしたとかなんとか。
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最初こそ主にグレン君が警戒を示して距離感があったもののクランちゃんの能天気な…おっとりとしたペースにだんだんと絆されていきました。二人は徐々に親密になります。
好奇心からか人懐っこく少々抜けている愛らしい面もあるクランちゃんに対しグレン君も素で少々辛辣な言葉を投げ掛けてみたりと魔力装置とその魔力による被検体とは思えないような微笑ましく仲睦ましい関係値を築きます。
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少し引っ掛かるのは、クランちゃん自身に知らされていない事とはいえ自身や周囲の孤児達をこのような姿にした元凶でもあるクランちゃんに対してグレン君は怒りや怨みを感じ無かったのだろうかという点ですが恐らくそんな事は無く、だからこそ最初の頃は警戒し場合によっては一夜報いて処分される気もあったのではないかなと思います。
しかしクランちゃんと触れ合っていくうちに連れ彼女自身の境遇も決して良いものとは言えず彼女もまた被害者の一人であるという答えに落ち着いたのではないかと推測します。
二人が親しい友人となるまで、そう長い時間は掛かりませんでした。しかし同じくして穏やかな時間も長くは続いてくれなかったのです。
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これまでの国王の横暴な統制に国民や一部兵士の不満が爆発しクーデターが勃発したのです。
瞬く間に王国内が戦場と化しました。勿論、国同士の戦争では無く内紛でです。城内にも怒号と罵声が響き渡ります。
意外にも早々に劣勢に陥ったのは国民側ではなく王国側でした。軍事力は王国側が保持しているものの肝心の指揮が行き届いていなかったのです。何故そのような事態に陥ったか
国王も混乱していました。何故ならクーデターを起こした先導者は実の息子、自身の傍で仕えて来た筈の王子だったからです。
だいぶ遡った先述にて書かせて頂いたこの王子の存在が後々の展開に大きく影響していくというのが、ここで繋がります。ずっと傍らで国王の人を〝駒〟のように扱う王政、そして非人道的な研究への協力等々人権や意志を無視したやり方を見て来た王子は、裏で傷ついた国民や兵士達に寄り添い反旗を翻すタイミングを見計らっていました。
恐らく魔法使いの女性も王子同様に以前から国民側として裏で手を引いていたと思われます。そして、このクーデターはクランちゃんとグレン君の保護までしっかりと視野に入れられており、外部にも漏らさぬよう慎重に計画を練られていた筈のものでした。
魔力提供したものとは又違いクランちゃん本体の強力な魔力は、王城内外のバリア等あらゆる動力源としても使用されてしまっており図らずしもクーデターを起こすには厄介なものとなってしまう為、一時的に城外に避難させる必要がありました。そこで警備が手薄になる内乱での混乱に乗じてグレン君が外の安全地帯に彼女を連れ出すという算段の筈でした。
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一足…いや二足も早くクランちゃんの側近であった王国専属のメイドが王子や魔法使いの女性の規格外に動きクランちゃんを拘束します。
彼女はただのメイドではなく王国の為に戦闘要員として教育された暗殺者の一人でした。思うに彼女は事前に王子や魔法使いの女性の裏での行動に気付いており尚且つグレン君がクランちゃんを連れ出すという計画まで〝メイド〟として傍で聞き確実に王国側を勝利させる為敢えて大事にせぬように内に潜ませ、虎視眈々と様子を伺って来たのではないかと思います。
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★解説では早い段階でメイドの正体は王国から手配された監視役と明かしていましたがクランちゃんやグレン君達が彼女の正体に気づくのは今この瞬間です。
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さて確実に王国側を勝利させる条件ですが、それはクランちゃん…もとい、
無限魔力発生装置の主導権を王国側が絶対的に握り最大限に利用する事です。
これまでは魔法使いの女性との契約により大事に扱ってきましたが王国側から見たら今の彼女は裏切り者です。
よって契約は破棄と見なされ、クランちゃんを大事に且つ丁重に扱う理由も無くなりました。
逃げようとするクランちゃんの手をメイドは捕まえます。
当然そんな裏事情など知らずに十年間、彼女に信頼を置き剰(あまつさ)え家族のように慕っていたクランちゃんは酷くショックを受けます。
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予定外の展開にグレン君も呆気に取られ、動揺している間にクランちゃんは王城内の他の部屋に攫われてしまいました。
今までと打って変わり問答無用という態度にグレン君も普段の冷静さを失い激昂し、それこそ同士討ち前提の死を覚悟しクランちゃんを死に物狂いで探します。
もしこれが王国の手により強化された人間同士の一対一の純粋な決闘ならグレン君にも勝算が見えたかも知れません。
しかし現状は内部戦争です。相手も無策な訳がありません。
ここにきて王国側からの新たなる刺客がグレン君とクランちゃんを絶望の淵に追いやります。
城内が混乱する渦中やっとの思いでグレン君がクランちゃんを探し当てた部屋には怯える彼女と一緒に最凶で最悪な暗殺者が血色の眼を揺らしながら尋常でない殺意と狂気を放って恨めしそうにグレン君を待ち構えていたのです。
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この刺客とは一体何者なのか。まず、クランちゃんの側近であったメイドは王国に忠誠を誓う暗殺者の一人でした。要は彼女の他にも暗躍していた者達が存在していたのです。
その中でも現在グレン君と対峙している暗殺者の少女はタチが悪く、例えば暗殺者でありながらも世話係の兼任を担っていたメイドが持つような理性が崩壊しており殺しそのものを生業とする生粋の暗殺者です。そして国王以外に唯一、メイドが信頼する彼女の実の妹でもあります。
この暗殺者の少女はクランちゃんやグレン君と同じ年頃でありますが、元々の素質か暗殺者として育て上げられた過程でか価値観が酷く歪んでしまっており『自分を見てくれるから』ただそれだけの理由で暗殺を遂行してきました。
今回も例に漏れずグレン君が『見てくれるから』彼を殺そうとします。そこに最早もう内部戦争だとか暗殺任務だ等は塵程に関係ありません。
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★補足
この間クランちゃんを暗殺者の妹側に任せて姉側のメイドは何処に行っていたのかと言いますと、国王の元へと助太刀しに行っていたのではないかと思います。クーデターが勃発している現状、命が一番危険に曝されているのは国王です。
この姉妹も出生はグレン君と同じく孤児であり特に姉のメイドの方は王国に拾われた恩義から強い忠誠心を持ち結果としてクランちゃん達と敵対しました。
しかし妹の方は精神が壊れてしまっており暗殺の理由である『見てくれるから』という物言いの仕方からして、国に恩義を感じる以前に幼さ故に愛情不足等々のストレスに心が耐え切れなかったのだと推測します。
因みに姉妹と表されていますが血の繋がりはありません。
二人の関係ですが、少なくとも姉の方は妹を大事にしている印象で壊れてしまった妹と同じ年頃であるクランちゃんの傍で仕えながら、同じく彼女らと同じ年頃であるグレン君と一緒に従者として働いていた日々の内心を思いますと複雑なものがあります。
因みに約十年間メイドとして触れ合ったクランちゃんの事は「嫌いでは無かった」ようで今回の王国側と国民側の対立が無ければ、もっと良好な関係が築けていたのかもしれない。
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★補足2
今まで触れて来なかったクランちゃんの戦闘能力ですが無限に魔力を発生させれるものの、温室育ちであり恐らく王国側からの指示で万が一抵抗された際に厄介なので護身用の教育を受けていません。よって王国の動力源に使われる程の高い魔力を持っているにも関わらず戦闘能力は皆無です。
素質としては王城の防御壁代わりに使われていた防御魔法に特化しており、攻撃魔法より守護面に長けているようです。
しかし今回の件を考えますと王国側の判断は大正解だったようで実際にクランちゃんは戦闘場面においての自身の力の使い方が分からずグレン君を守る事が出来ませんでした。
これに関しては、先を見据えて指示した王国側がしたたかであったと言う他ありません。
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視点を絶体絶命のグレン君とクランちゃんに戻します。
グレン君も傭兵として培われた経験や過酷な訓練を乗り越えて来ただけあり持ち前の身体能力を持ってして抵抗します。全ては囚われてしまったクランちゃんを救ける為。いま彼女を敵の手中に収めてしまったら、もう二度と会えなくなってしまう…そんな胸騒ぎがグレン君を焦燥に駆り立てます。
しかし相手は〝殺人〟に関して一流であり加えて精神が崩壊している為ブレーキが存在せず惨殺するまでグレン君に執着し続けます。例えクランちゃんが自分を犠牲にしグレン君を見逃すように叫んでも羽虫の鳴き声程にしか捉えない又は聞いてすら…はたまた聞こえてすらいないのです。
その結果、グレン君くんの必死の攻防は悲劇的で尚且つ最悪な結末として無念にも終わってしまいます。クランちゃんの目の前でグレン君の身体は鋭利な刃や黒魔術により深く刻まれ嬲られ満身創痍となりました。
死体よりも酷い有り様の瀕死状態で、まともに呼吸をする事すら出来ているのか分からない程に変わり果てたグレン君の姿にクランちゃんは遂には泣き崩れてしまいます。
その凄惨な光景は、誰がどう見ても逆転不可能な幕引きにしか見え無かったのです。しかし…
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クランちゃんの泣き声を聞きグレン君は最期の力を振り絞り傷だらけの体で立ち上がります。
それとほぼ同時に魔法使いの女性が率いる一部の反乱軍がグレン君とクランちゃんを護るように部屋に突入し、反乱軍である国民と魔法使いの女性の決死の助力によってクランちゃんとグレン君は先述していた計画を組んでいた際に事前に用意されていた外の安全地帯へと送られたのです。
そして同時刻…クランちゃんとグレン君の逃亡劇の裏で、王城の玉座の前では国王は国の繁栄を、王子は民の意志を継いで、互いの思想と理想の為に親と子は剣を振り下ろしました。
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安全地帯に送られ、文字通り命からがら城外に逃げる事が出来たクランちゃんとグレン君。クランちゃんは初めて出た外を不安げにきょろきょろと見渡します。足取りも覚束無いまま緊張の糸が切れ尻餅を着くクランちゃんの横で、どさりと重たい音がしました。グレン君が倒れたのです。
逃げる前グレン君は重症よりも酷い状態でした。その深手のまま敵に抗い痛みを感じる以上にクランちゃんを助ける事に必死でした。自分の命を犠牲にしてまでもクランちゃんに生き延びて、生き続けて、生きていて欲しいと。
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二人を逃がす前に、魔法使いの女性から応急手当として回復魔法を受けていたと思われるグレン君ですが恐らく魔法使いの女性は回復魔法は専門外であり、専門の術者もその場におらず呼びに行くとしたら時間が掛かってしまい目の前の敵に隙が出来てしまう…そして、それ以前に暗殺者の黒魔術が蝕んでしまったグレン君の体や魂は、もう助からない段階まで症状が進んでしまっていたのだと思われます。
魔法使いはグレン君に眴せします。流石にグレン君を治療が行き届かない外に出す訳にはいきません。例えもう助からないとしても1%でも生存確率を上げるならばクランちゃんを一人で外に逃がし、そして暗殺者と今も尚対峙している為この場は危険な場所には変わりませんが医療班が来る望みがまだ有る分こちらにグレン君は残っているべきと…ですが
その真紅の瞳は近くまで来ている〝死〟への恐怖は微塵も感じさせず最期までクランちゃんを護りたい、傍にいたいという強い願いと従者としての誇りを、肌がひりつく程に感じさせました。
いずれの選択にせよグレン君が長く無いのは変わりません。ならば彼の意志を最大限に尊重するのが、せめてもの手向けになるのではないか…そうして魔法使いの女性は、それこそ断腸の思いでクランちゃんと共にグレン君を送り出しました。彼女にとっても王国により犠牲となってしまった国民である一人の少年を。そして大事な娘…そのような存在であるクランちゃんの、やっと出来た大切な友人を自身の目の前で救えなかったのですから…。
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安全地帯にさえ来てしまえば、クランちゃんはもう大丈夫です。役目を終えグレン君は血塗れた瞼を穏やかに閉じて息絶えていました。従者として友として最期まで彼女の傍にいました。
グレン君の死にクランちゃんは酷く悲しみました。しかし、もう先程のようには泣き叫びませんでした。膝枕するようにグレン君の頭を乗せ、泣いていた時の余韻を残して少し赤く腫れてしまった瞳で何かを決意したようにグレン君の亡骸を見据えます。そして彼女の〝救けたい〟という純粋な想いと祈りは、潜在的に宿り眠り封じられた秘められし〝奇跡の力〟を覚醒させます。
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二人を取り囲むようにして、周囲をクランちゃんの強い魔力が顕現した証である紅い薔薇が、まるで今から起こる出来事を祝福でもするかのように咲き乱れ華やかに舞い踊ります。
随分と遡った先述にて記させて頂いた通りクランちゃんの実態は人間ではなくどちらかと言うと天使に近い存在です。
そう、今まで鳴りを潜めていた天使としての力が覚醒したのです。そして運命に翻弄され続けた少女の無垢な祈りは無事に天へ届きました。
こうして意識を取り戻したグレン君の視界には宝石のような瞳に涙を一杯一杯に溜めたクランちゃんが映り、揶揄ってやろうとするも束の間に抱き締められ、傷に響くと小さく呻きつつも照れくさそうに抱き締め返すのでした。
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天使の蘇生術を施された反動によりグレン君も人間ではなくなってしまいました。クランちゃんも以前のように人間の真似事のような歳の取り方を出来なくなってしまいます。しかし、そんな事は今の二人にとって、とてもとても些細な事でした。
その後の長い長い年月を、クランちゃんとグレン君は互いに手と手を取り支え合い二人は幸せに生きていくのでした。
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ここからは補足と後日談。内紛は王子が率いる国民側が勝利し、研究施設諸々は取り壊され軍事の在り方についても一から見直していく事となりました。国民を踏み台として富や税を貪っていた一部の権力者達も総入れ替えを行い今度は国民に寄り添える王国を目指し今ここに若き王が誕生しました。
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元国王の処罰そして処遇については王子自身が殺害での解決を望まない人柄に汲み取れた為、権力を剥奪した状態で王子側の兵士の監視下の元軟禁または国民が知る由も無い住居にて隠居させているのではないかと思います。後者の隠居の場合に関しては見つからない場所でないと恨みが収まらない国民が国王を手に掛けてしまう事が危惧出来るからです。
これに関しては元研究員達や元王国側の権力者達そして例の暗殺者であった姉妹達にも同じような処遇が下されたかと思います。もし更生が可能ならば数年後には贖罪という意味合いも込めて表で活動出来るよう手配をする事も考慮して。
但し人として余りにも許���れない行為をしてしまっていたり、更生の余地や意思が無いようであれば再出発をした王国を脅かす脅威となる前に正当に処罰を降したと考えます。
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その後のクランちゃんとグレン君について。
隠居とはまた違いますが、復興中の王国内が落ち着くまで暫くは安全地帯での生活を余儀なくされます。とはいえ生活で必要な食料や衣料品等は、新しくなった国からほぼ毎日届いており特に不便や不自由なく暮らせる状態です。
落ち着きだした頃には魔法使いの女性も二人が人間ではなくなってしまった事情も知った上で変わらぬ様子で接し度々顔を出すようになります。まるで新婚さんのような二人を茶化す母親のように。
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安全地帯に���してですが、恐らく特に危険な生物が生息していない森の中で目立たないながら赤い屋根の可愛いらしいお家が建っており、そこを王国内に戻るまで仮住まいにしていたのではないかと推測。もしかしたら、そのままそこに住み続けているのかも。小鳥のさえずりで起きてほしいし、クランちゃんには森の小動物と遊んでほしい。
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以上がクランちゃんとグレン君編でした!🌹🥀
クランちゃんの愛らしさも然る事ながらグレン君という一人の男の子の生き様と言いますか在り方が格好良すぎる…!!
因みに今後ルイ達と邂逅する時が来た場合、時系列的には逃亡後の二人と会うのが正解なのですが、お城…箱入り娘のお嬢様…と見せかけて実は囚われの身の女の子…グレン君との主従関係…イイよね…みたいな感じで🍓と話していて、んじゃあ逃亡前にするか〜と審議中だったり🌻
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そうだ、せっかくなので…魔法使いの女性、クランちゃんのメイドであった暗殺者のお姉さん、そのお姉さんの実妹でグレン君を窮地に追いやったヤベー暗殺者の子は…実は…!
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この🍓が販売中のスタンプにいます。(久々な突然の宣伝)
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ちょうど三人で並んでらっしゃいました。左が魔法使いの女性、左中央が妹の方の暗殺者の子、右中央が姉の方の暗殺者の女性でメイドとしての姿、右が暗殺者としての姿です。
みんな可愛くて美人さんです!因みに🌻の推しは…春本の作者なので何となく察して頂けてそうですがヤベー妹の子。
でもって!なんと神様(左)と、オズウェルさん編で登場した全智の天使様(右)もスタンプの中にいるのだ〜!神々しい!
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そんな感じで今回はここまで〜!次回はルイと花夜と春本編です!😼🦊🐰もしかしたらルイと花夜、次々回に春本という風に記事を分割するかもしれません。まだ未知数…!
今回…というより、まとめ記事を書く度🌻から🍓への愛の重さが尋常でなく露呈しだしており見ての通り沢山書いてしまった為、誤字脱字すごいかもしれません…!見つけ次第直していきます😱それでは!♪ (2021/09/22)🌻
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isakicoto2 · 3 years
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青と金色
■サイレンス
この部屋のインターフォンも灰色のボタンも、だいぶ見慣れてきた。指で押し込めて戻すと、ピーンポーンと内側に引っ込んだような軽い電子音が鳴る。まだこの地に来た頃はこうやって部屋主を呼び出して待つのが不思議な気分だった。鍵は開かれていたし、裏口だって知っていたから。 「…さむっ」 ひゅうう、と冷たい風が横から吹き込んで、思わずそう呟いて肩を縮めた。今週十二月に入ったばかりなのに、日が落ちると驚くほど冷え込む。今日に限って天気予報を観ていなかったけれど、今夜はいつもと比べても一段と寒いらしい。 近いし、どうせすぐだからと、ろくに防寒のことを考えずに部屋を出てきたのは失敗だった。目についた適当なトレーナーとパンツに着替え、いつものモッズコートを羽織った。おかげで厚みは足りないし、むき出しの両手は指先が赤くなるほど冷えてしまっている。こんなに寒いのならもっとしっかりと重ね着してこれば良かった。口元が埋まるくらいマフラーをぐるぐるに巻いてきたのは正解だったけれど。 いつもどおりインターフォンが繋がる気配はないけれど、その代わりに扉の奥からかすかに足音が近付く。カシャリ、と内側から錠の回る音がして目の前の扉が開かれた。 「おつかれ、ハル」 部屋の主は片手で押すように扉を開いたまま、咎めることも大仰に出迎えることもなく、あたたかい灯りを背にして、ただ静かにそこに佇んでいた。 「やっと来たか」 「はは、レポートなかなか終わらなくって…。遅くなっちゃってごめんね」 マフラー越しに笑いかけると、遙は小さく息をついたみたいだった。一歩進んで内側に入り、重たく閉じかける扉を押さえてゆっくりと閉める。 「あ、ここで渡しちゃうからいいよ」 そのまま部屋の奥に進もうとする遙を呼び止めて、玄関のたたきでリュックサックを開けようと背から下ろした。 遙に借りていたのはスポーツ心理学に関する本とテキストだった。レポート課題を進めるのに内容がちょうど良かったものの自分の大学の図書館では既に貸し出し中で、書店で買うにも版元から取り寄せるのに時間がかかるとのことだった。週明けの午後の講義で遙が使うからそれまでには返す、お互いの都合がつく日曜日の夕方頃に部屋に渡しに行く、と約束していたのだ。行きつけのラーメン屋で並んで麺を啜っていた、週の頭のことだった。 「いいから上がれよ」遙は小さく振り返りながら促した。奥からほわんとあたたかい空気が流れてくる。そこには食べ物やひとの生活の匂いが確かに混じっていて、色に例えるなら、まろやかなクリーム色とか、ちょうど先日食べたラーメンのスープみたいなあたたかい黄金色をしている。それにひとたび触れてしまうと、またすぐに冷えた屋外を出て歩くために膨らませていた気力が、しるしるとしぼんでしまうのだ。 雪のたくさん降る場所に生まれ育ったくせに、寒いのは昔から得意じゃない。遙だってそのことはよく知っている。もちろん、帰ってやるべきことはまだ残っている。けれどここは少しだけ優しさに甘えようと決めた。 「…うん、そうだね。ありがと、ハル」 お邪魔しまーす。そう小さく呟いて、脱いだ靴を揃える。脇には見慣れたスニーカーと、濃い色の革のショートブーツが並んでいた。首に巻いたマフラーを緩めながら短い廊下を歩き進むうちに、程よくあたためられた空気に撫ぜられ、冷えきった指先や頬がぴりぴりと痺れて少しだけ痒くなる。 キッチンの前を通るときに、流しに置かれた洗いかけの食器や小鍋が目に入った。どうやら夕食はもう食べ終えたらしい。家を出てくる前までは課題に夢中だったけれど、意識すると、空っぽの胃袋が悲しげにきゅうと鳴った。昼は簡単な麺類で済ませてしまったから、帰りにがっつり肉の入ったお弁当でも買って帰ろう。しぼんだ胃袋をなぐさめるようにそう心に決めた。 「外、風出てきたから結構寒くってさ。ちょっと歩いてきただけなのに冷えちゃった」 「下旬並だってテレビで言ってた。わざわざ来させて悪かったな」 「ううん、これ貸してもらって助かったよ。レポートもあと少しで終わるから、今日はちゃんと寝られそう……」 遙に続いてリビングに足を踏み入れ、そこまで口にしたところで言葉が詰まってしまった。ぱちり、ぱちりと大きく瞬きをして眼下の光景を捉え直す。 部屋の真ん中に陣取って置かれているのは、彼の実家のものより一回り以上小さいサイズの炬燵だ。遙らしい大人しい色合いの炬燵布団と毛布が二重にして掛けられていて、丸みがかった正方形の天板が上に乗っている。その上にはカバーに入ったティッシュ箱だけがちょんとひとつ置かれていた。前回部屋に訪れたときにはなかったものだ。去年は持っていなくて、今年は買いたいと言っていたことを思い出す。けれど、それはさして驚くようなことでもない。 目を奪われたのは、その場所に半分身を埋めて横になり、座布団を枕にして寝息を立てている人物のことだった。 「…えっ、ええっ? 凛!?」 目の前で眠っているのは、紛れもなく、あの松岡凛だった。普段はオーストラリアにいるはずの、同郷の大切な仲間。凛とはこの夏、日本国内の大会に出ていた時期に会って以来、メールやメディア越しにしか会えていなかった。 「でかい声出すな、凛が起きる」 しいっと遙が小声で咎めてくる。あっ、と慌てたけれど、当の凛は起きるどころか身じろぐこともなく、ぐっすりと深く眠ってしまっているようだった。ほっと胸を撫で下ろす。 「ああ、ご、ごめんね…」 口をついて出たものの、誰に、何に対してのごめんなのか自分でもよく分からない。凛がここにいるとは予想だにしていなかったから、ひどく驚いてしまった。 凛は今までも、自分を含め東京に住んでいる友達の部屋に泊まっていくことがあった。凛は東京に住まいを持たない。合宿や招待されたものならば宿が用意されるらしいけれど、そうでない用事で東京に訪れることもしばしばあるのだそうだ。その際には、自費で安いビジネスホテルを使うことになる。一泊や二泊ならともかく、それ以上連泊になると財布への負担も大きいことは想像に難くない。 東京には少なくとも同級生だけで遙と貴澄と自分が住んでいる。貴澄は一人暮らしでないからきっと勝手も違うのだろうが、遙と自分はその点都合が良い。特に遙は同じ道を歩む選手同士だ。凛自身はよく遠慮もするけれど、彼の夢のために、できるだけの協力はしてやりたい。それはきっと、隣に並ぶ遙も同じ気持ちなのだと思う。 とはいえ、凛が来ているのだと知っていれば、もう少し訪問の日時も考えたのに。休日の夜の、一番くつろげる時間帯。遙ひとりだと思っていたから、あまり気も遣わず来てしまったのに。 「ハル、一言くらい言ってくれればいいのに」 強く非難する気はなかったけれど、つい口をついて本音が出てしまった。あえて黙っていた遙にじとりと視線を向ける。遙はぱちり、ぱちりと目を瞬かせると、きゅっと小さく眉根を寄せ、唇を引き結んだ。 「別に…それが断わる理由にはならないだろ」 そう答えて視線を外す遙の表情には少し苦い色が含まれていて、それでまた一歩、確信に近付いたような気がした。近くで、このごろはちょっと離れて、ずっと見てきたふたりのこと。けれど今はそっと閉じて黙っておく。決してふたりを責めたてたいわけではないのだ。 「…ん、そうだね」 漂う空気を曖昧にぼかして脇にやり、「でも、びっくりしたなぁ」と声のトーンを上げた。遙は少しばつが悪そうにしていたけれど、ちらりと視線を戻してくる。困らせたかな、ごめんね、と心の中で語りかけた。 「凛がこの時期に帰ってくるなんて珍しいよね。前に連絡取り合ったときには言ってなかったのに」 「ああ…俺も、数日前に聞いた。こっちで雑誌だかテレビだかの取材を受けるとかで呼ばれたらしい」 なんでも、その取材自体は週明けに予定されていて、主催側で宿も用意してくれているらしい。凛はその予定の数日前、週の終わり際に東京にやって来て、この週末は遙の部屋に泊まっているのだそうだ。今は確かオフシーズンだけれど、かといってあちこち遊びに行けるほど暇な立場ではないのだろうし、凛自身の性格からしても、基本的に空いた時間は練習に費やそうとするはずだ。メインは公的な用事とはいえ、今回の東京訪問は彼にとってちょっとした息抜きも兼ねているのだろう。 「次に帰ってくるとしたら年末だもんね。早めの休みでハルにも会えて、ちょうど良かったんじゃない」 「それは、そうだろうけど…」 遙は炬燵の傍にしゃがみこんで、凛に視線を向けた。 「ろくに連絡せずに急に押しかけてきて…本当に勝手なやつ」 すうすうと寝息を立てる凛を見やって、遙は小さく溜め息をついた。それでも、見つめるその眼差しはやわらかい。そっと細められた瞳が何もかもを物語っている気がする。凛は、見ている限り相変わらずみたいだけれど。ふたりのそんな姿を見ていると自然と笑みがこぼれた。 ハル、あのね。心の中でこっそり語りかけながら、胸の内側にほこほことあたたかい感情が沸き上がり広がっていくのが分かった。 凛って、どんなに急でもかならず前もって連絡を取って、ちゃんと予定を確認してくるんだよ。押しかけてくるなんて、きっとそんなのハルにだけじゃないかなぁ。 なんて考えながら、それを遙に伝えるのはやめておく。凛の名誉のためだった。 視線に気付いた遙が顔を上げて、お返しとばかりにじとりとした視線を向けた。 「真琴、なんかニヤニヤしてないか」 「そんなことないよ」 つい嬉しくなって口元がほころんでいたらしい。 凛と、遙。そっと順番に視線を移して、少しだけ目を伏せる。 「ふたりとも相変わらずで本当、良かったなぁと思って」 「…なんだそれ」 遙は怪訝そうに言って、また浅く息をついた。
しばらくしておもむろに立ち上がった遙はキッチンに移動して、何か飲むか、と視線を寄こした。 「ついでに夕飯も食っていくか? さっきの余りなら出せる」 夕飯、と聞いて胃が声を上げそうになる。けれど、ここは早めにお暇しなければ。軽く手を振って遠慮のポーズをとった。 「あ、いいよいいよ。まだレポート途中だし、すぐに帰るからさ。飲み物だけもらっていい?」 遙は少し不満そうに唇をへの字に曲げてみせたけれど、「分かった、ちょっと待ってろ」と冷蔵庫を開け始めた。 逆に気を遣わせただろうか。なんだか申し訳ない気持ちを抱きながら、炬燵のほうを見やる。凛はいまだによく眠ったままだった。半分に折り畳んだ座布団を枕にして横向きに背を縮めていて、呼吸に合わせて規則正しく肩が上下している。力の抜けた唇は薄く開いていて、その無防備な寝顔はいつもよりずっと幼く、あどけないとさえ感じられた。いつもあんなにしゃんとしていて、周りを惹きつけて格好いいのに。目の前にいるのはまるで小さな子供みたいで、眺めていると思わず顔がほころんでしまう。 「凛、よく寝てるね」 「一日連れ回したから疲れたんだろ。あんまりじっと見てやるな」 あ、また。遙は何げなく言ったつもりなのだろう。けれど、やっぱり見つけてしまった。「そうだね」と笑って、また触れずに黙っておくけれど。 仕切り直すように、努めて明るく、遙に投げかけた。 「でも、取材を受けに来日するなんて、なんか凛、すっかり芸能人みたいだね」 凄いなぁ。大仰にそう言って視線を送ると、遙は、うん、と喉だけで小さく返事をした。視線は手元に落とされていながら、その瞳はどこか遠くを見つめていた。コンロのツマミを捻り、カチチ、ボッと青い火のつく音がする。静かなその横顔は、きっと凛のことを考えている。岩鳶の家で居間からよく見つめた、少し懐かしい顔だった。 こんなとき、いまここに、目の前にいるのに、とそんな野暮なことはとても言えない。近くにいるのにずっと遠くに沈んでいた頃の遙は、まだ完全には色褪せない。簡単に遠い過去に押しやって忘れることはできなかった。 しばらく黙って待っていると遙はリビングに戻って来て、手に持ったマグカップをひとつ差し出した。淹れたてのコーヒーに牛乳を混ぜたもので、あたたかく優しい色合いをしていた。 「ありがとう」 「あとこれも、良かったら食え」 貰いものだ、と小さく個包装されたバウムクーヘンを二切れ分、炬燵の上に置いた。背の部分にホワイトチョコがコーティングしてあって、コーヒーによく合いそうだった。 「ハルは優しいね」 そう言って微笑むと、遙は「余らせてただけだ」と視線を逸らした。 冷えきった両の手のひらをあたためながらマグカップを傾ける。冷たい牛乳を入れたおかげで飲みやすい温度になっていて、すぐに口をつけることができた。遙は座布団を移動させて、眠っている凛の横に座った。そうして湯気を立てるブラックのコーヒーを少しずつ傾けていた。 「この休みはふたりでどこか行ってきたの?」 遙はこくんと頷いて、手元の黒い水面を見つめながらぽつぽつと語り始めた。 「公園に連れて行って…買い物と、あと、昨日は凛が何か観たいって言うから、映画に」 タイトルを訊いたけれど、遙の記憶が曖昧で何だかよく分からなかったから半券を見せてもらった。CM予告だけ見かけたことのある洋画で、話を聞くに、実在した人物の波乱万丈な人生を追ったサクセスストーリーのようだった。 「終盤ずっと隣で泣かれたから、どうしようかと思った」 遙はそう言って溜め息をついていたけれど、きっとそのときは気が気ではなかったはずだ。声を押し殺して感動の涙を流す凛と、その隣で映画の内容どころではなくハラハラと様子を見守る遙。その光景がありありと眼前に浮かんで思わず吹き出してしまった。 「散々泣いてたくせに、終わった後は強がっているし」 「あはは、凛らしいね」 俺が泣かせたみたいで困った、と呆れた顔をしてコーヒーを口に運ぶ遙に、あらためて笑みを向けた。 「よかったね、ハル」 「…何がだ」 ふいっと背けられた顔は、やっぱり少し赤らんでいた。
そうやってしばらく話しているうちにコーヒーは底をつき、バウムクーヘンもあっという間に胃袋に消えてしまった。空になったマグカップを遙に預け、さて、と膝を立てる。 「おれ、そろそろ帰るね。コーヒーごちそうさま」 「ああ」 遙は玄関まで見送ってくれた。振り返って最後にもう一度奥を見やる。やはり、凛はまだ起きていないようだった。 「凛、ほんとにぐっすりだね。なんか珍しい」 「ああ。でも風呂がまだだから、そろそろ起こさないと」 遙はそう言って小さく息をついたけれど、あんまり困っているふうには見えなかった。 「あ、凛には来てたこと内緒にしておいてね」 念のため、そう言い添えておいた。隠すようなことではないけれど、きっと多分、凛は困るだろうから。遙は小さく首を傾げたけれど、「分かった」と一言だけ答えた。 「真琴、ちょっと待て」 錠を開けようとすると、思い出したみたいに遙はそう言って踵を返し、そうしてすぐに赤いパッケージを手にリビングから戻ってきた。 「貼るカイロ」 大きく書かれた商品名をそのまま口にする。その場で袋を開けて中身を取り出したので、貼っていけ、ということらしい。貼らずにポケットに入れるものよりも少し大きめのサイズだった。 「寒がりなんだから、もっと厚着しろよ」 確かに、今日のことに関しては反論のしようがない。完全に油断だったのだから。 「でも、ハルも結構薄着だし、人のこと言えないだろ」 着ぶくれするのが煩わしいのか、遙は昔からあまり着こまない。大して寒がる様子も見せないけれど、かつては年に一度くらい、盛大に風邪を引いていたのも知っている。 「年末に向けて風邪引かないように気を付けなよ」 「俺は大丈夫だ、こっちでもちゃんと鯖を食べてるから」 「どういう理屈だよ…って、わあっ」 「いいから。何枚着てるんだ」 言い合っているうちに遙が手荒く背中をめくってくる。「ここに貼っとくぞ」とインナーの上から腰の上あたりに、平手でぐっと押すように貼り付けられた。気が置けないといえばそうだし、扱いに変な遠慮がないというか何というか。すぐ傍で、それこそ兄弟みたいに一緒に育ってきたのだから。きっと凛には、こんな風にはしないんだろうなぁ。ふとそんな考えが頭をもたげた。 遙はなんだか満足げな顔をしていた。まぁ、きっとお互い様なんだな。そう考えながら、また少し笑ってしまった。 「じゃあまたね、おやすみ」 「ああ。気を付けて」
急にひとりになると、より強く冷たく風が吹きつける気がする。けれど、次々沸き上がるように笑みが浮かんで、足取りは来る前よりずっと軽かった。 空を仰ぐと、小さく星が見えた。深く吐いた息は霧のように白く広がった。 ほくほく、ほろほろ、それがじわじわと身体中に広がっていくみたいに。先ほど貼ってもらったカイロのせいだろうか。それもあるけれど、胸の内側、全体があたたかい。やわらかくて、ちょっと苦さもあるけれど、うんとあたたかい。ハルが、ハルちゃんが嬉しそうで、良かった。こちらまで笑みがこぼれてしまうくらいに。東京の冬の夜を、そうやってひとり歩き渡っていた。
■ハレーション
キンとどこかで音がするくらいに空気は冷えきっていた。昨日より一段と寒い、冬の早い朝のこと。 日陰になった裏道を通ると、浅く吐く息さえも白いことに気が付く。凛は相変わらず少し先を歩いて、ときどき振り返っては「はやく来いよ」と軽く急かすように先を促した。別に急ぐような用事ではないのに。ためらいのない足取りでぐんぐんと歩き進んで、凛はいつもそう言う。こちらに来いと。心のどこかでは、勝手なやつだと溜め息をついているのに、それでも身体はするすると引き寄せられていく。自然と足が前へと歩を進めていく。 たとえばブラックホールや磁石みたいな、抗いようのないものなのだと思うのは容易いことだった。手繰り寄せられるのを振りほどかない、そもそもほどけないものなのだと。そんな風に考えていたこともあった気がする。けれど、あの頃から見える世界がぐんと広がって、凛とこうやって過ごすうちに、それだけではないのかもしれないと感じ始めた。 あの場所で、凛は行こうと言った。数年も前の夏のことだ。 深い色をした長いコートの裾を揺らして、小さく靴音を鳴らして、凛は眩い光の中を歩いていく。 格好が良いな、と思う。手放しに褒めるのはなんだか恥ずかしいし、悔しいから言わないけれど。それにあまり面と向かって言葉にするのも得意ではない。 それでもどうしても、たとえばこういうとき、波のように胸に押し寄せる。海辺みたいだ。ざっと寄せて引くと濡れた跡が残って、繰り返し繰り返し、どうしようもなくそこにあるものに気付かされる。そうやって確かに、この生きものに惚れているのだと気付かされる。
目的地の公園は、住んでいるアパートから歩いて十分ほどのところにある。出入りのできる開けた場所には等間隔で二本、石造りの太い車止めが植わるように並んでいて、それを凛はするりと避けて入っていった。しなやかな動きはまるで猫のようで、見えない尻尾や耳がそこにあるみたいだった。「なんか面白いもんでもあったか?」「いや、別に」口元がゆるみかけたのをごまかすためにとっさに顔ごと、視線を脇に逸らす。「なんだよ」凛は怪訝そうな、何か言いたげな表情をしたけれど、それ以上追及することはなくふたたび前を向いた。 道を歩き進むと広場に出た。ここは小さな公園やグラウンドのような一面砂色をした地面ではなく、芝生の広場になっている。遊具がない代わりにこの辺りでは一番広い敷地なので、思う存分ボール投げをしたり走り回ったりすることができる。子供たちやペットを連れた人たちが多く訪れる場所だった。 芝生といっても人工芝のように一面青々としたものではなく、薄い色をした芝生と土がまだらになっているつくりだった。見渡すと、地面がところどころ波打ったようにでこぼこしている。区によって管理され定期的に整備されているけれど、ここはずいぶん古くからある場所なのだそうだ。どこもかしこもよく使い込まれていて、人工物でさえも経年のせいでくすんで景観に馴染んでいる。 まだらで色褪せた地面も、長い時間をかけて踏み固められていると考えれば、落ち着いてもの静かな印象を受ける。手つかずの新品のものよりかは、自分にとって居心地が良くて好ましいと思えた。 広場を囲んで手前から奥に向かい、大きく輪になるようにイチョウの木々が連なって並んでいる。凛は傍近くの木の前に足を止め、見上げるなり、すげぇなと感嘆の声を漏らした。 「一面、金色だ」 立ち止まった凛の隣に並び、倣って顔を上げる。そこには確かに、すっかり金に色付いたイチョウの葉が広がっていた。冬の薄い青空の真下に、まだ真南に昇りきらない眩い光をたっぷりと受けてきらきらと、存在を主張している。 きんいろ、と凛の言葉を小さく繰り返した。心の中でもう一度唱えてみる。なんだか自分よりも凛が口にするほうが似つかわしいように思えた。 周囲に視線を巡らせると、少し離れた木々の元で、幼い子供ふたりが高い声を上げて追いかけっこをしていた。まだ幼稚園児くらいの年の頃だろうか、頭一個分くらい身の丈の異なる男の子ふたりだった。少し離れて、その父親と母親と思しき大人が並んでその様子を見守っている。だとすると、あの��たりは兄弟だろうか。大人たちの向ける眼差しはあたたかく優しげで、眩しいものを見るみたいに細められていた。 「な、あっち歩こうぜ」 凛が視線で合図して、広場を囲む遊歩道へと促した。舗装されて整備されているそこは木々に囲まれて日陰になっているところが多い。ここはいつも湿った匂いがして、鳥の鳴き声もすぐ近くから降りそそぐように聞こえてくる。よく晴れた今日はところどころ木漏れ日が差し込み、コンクリートの地面を点々と照らしていた。 休日の朝ということもあって、犬の散歩やジャージ姿でランニングに励む人も少なくなかった。向かいから来てすれ違ったり後ろから追い越されたり。そしてその度に凛に一瞥をくれる人が少なくないことにも気付かされる。 決して目立つ服を着ているわけでもなく、髪型や風貌が特に奇抜なわけでもないのに、凛はよく人目を惹く。それは地元にいたときにも薄っすらと浮かんでいた考えだけれど、一緒に人通りの多い街を歩いたときに確信した。凛はいつだって際立っていて、埋没しない。それは自分以外の誰にとってもきっとそうなのだ���う。 いい場所だなぁ。凛は何でもないみたいにそう口にして、ゆったりとした足取りで隣を歩いている。木々の向こう側、走り回る子供たちを遠く見つめていたかと思えば、すぐ脇に設けられている木のベンチに視線を巡らせ、散歩中の犬を見て顔をほころばせては楽しそうに視線で追っている。公園までの道中は「はやく」と振り返って急かしたくせに、今の凛はのんびりとしていて、景色を眺めているうちに気が付けば足を止めている。こっそり振り返りながらも小さく先を歩いていると、ぽつぽつとついてきて、すうと寄せるようにしてまた隣に並ぶ。 その横顔をちらりと伺い見る。まるで何かを確かめるかのように視線をあちらこちらに向けてはいるものの、特にこれといって変わったところもなく、そこにいるのはいつも通りの凛そのものだった。 見られるという行為は、意識してしまえば、少なくとも自分にとってはあまり居心地が良いものではない。時にそれは煩わしさが伴う。凛にとってはどうなのだろう。改まって尋ねたことはないけれど、良くも悪くも凛はそれに慣れているような気がする。誰にとっても、誰に対しても。凛はいつだって中心にいるから。そう考えると苦い水を飲み下したような気持ちになって、なんだか少し面白くなかった。
遊歩道の脇につくられた水飲み場は、衛生のためだろう、周りのものよりずっと真新しかった。そこだけ浮き上がったみたいに、綺麗に背を伸ばしてそこに佇んでいた。 凛はそれを一瞥するなり近付いて、側面の蛇口を捻った。ゆるくふき出した水を見て、「お、出た」と呟いたけれど、すぐに絞って口にはしなかった。 「もっと寒くなったら、凍っちまうのかな」 「どうだろうな」 東京も、うんと冷えた朝には水溜まりが凍るし、年によっては積もるほど雪が降ることだってある。水道管だって凍る日もあるかもしれない。さすがに冬ごとに凍って壊れるようなつくりにはしていないと思うけれど。そう答えると凛は、「なるほどなぁ」と頷いて小さく笑った。 それからしばらくの間、言葉を交わすことなく歩いた。凛がまた少し先を歩いて、付かず離れずその後ろを追った。ときどき距離がひらいたことに気付くと、凛はコートの裾を揺らして振り返り、静かにそこに佇んで待っていた。 秋の頃までは天を覆うほど生い茂っていた木々の葉は、しなびた色をしてはらはらと散り始めていた。きっとあの金色のイチョウの葉も、程なくして散り落ちて枝木ばかりになってしまうのだろう。 「だいぶ日が高くなってきたな」 木々の間から大きく陽が差し込んで、少し離れたその横顔を明るく照らしている。 「あっちのほうまできらきらしてる」 中央の広場の方を指し示しながら、凛が楽しげに声を上げた。示す先に、冷えた空気が陽を受け、乱反射して光っている。 「すげぇ、綺麗」 そう言って目を細めた。 綺麗だった。息を呑んで見惚れてしまうほどに。いっぱいに注がれて満ちる光の中で、すらりと伸びる立ち姿が綺麗だった。 時折見せる熱っぽい顔とは縁遠い、冴えた空気の中で照らされた頬が白く光っていた。横顔を見ていると、なめらかで美しい線なのだとあらためて気付かされる。額から眉頭への曲線、薄く開いた唇のかたち。その鼻筋をなぞってみたい。光に溶け込むと輪郭が白くぼやけて曖昧になる。眩しそうに細めた目を瞬かせて、長い睫毛がしぱしぱ、と上下した。粒が散って、これも金色なのだと思った。 そうしているうちに、やがて凛のほうからおもむろに振り返って、近付いた。 「なぁ、ハル」少し咎めるような口調だった。「さっきからなんだよ」 ぴん、と少しだけ背筋が伸びる。身構えながらも努めて平静を装い、「なにって、何だ」と問い返した。心当たりは半分あるけれど、半分ない。 そんな態度に呆れたのか凛は小さく息をついて、言った。じっと瞳の奥を見つめながら、唇で軽く転がすみたいな声色で。 「おれのこと、ずっと見てんじゃん」 どきっと心臓が跳ねた。思わず息を呑んでしまう。目を盗んでこっそり伺い見ていたのに、気付かれていないと思っていたのに、気付かれていた。ずっと、という一言にすべてを暴かれてしまったみたいで、ひどく心を乱される。崩れかけた表情を必死で繕いながら、顔ごと大きく視線を逸らした。 「み、見てない」 「見てる」 「見てない」 「おい逃げんな。見てんだろ」 「見てないって、言ってる」 押し問答に焦れたらしく凛は、「ホントかぁ?」と疑り深く呟いて眉根を寄せてみせる。探るような眼差しが心地悪い。ずい、と覗き込むようにいっそう顔を近付けられて、身体の温度が上がったのを感じた。あからさまに視線を泳がせてしまったのが自分でも分かって、舌打ちしたくなる。 「別に何でもない。普段ここへは一人で来るから、今日は凛がいるって、思って」 だから気になって、それだけだ。言い訳にもならなかったけれど、無理矢理にそう結んでこれ以上の追及を免れようとした。 ふうん、と唇を尖らせて、凛はじとりとした視線を向け続ける。 しかしやがて諦めたのか、「ま、いいけどさ」と浅くため息をついて身を翻した。 顔が熱い。心臓がはやい。上がってしまった熱を冷まそうと、マフラーを緩めて首筋に冷気を送り込んだ。
それからしばらく歩いていくうちに遊歩道を一周して、最初の出入り口に戻ってきた。凛は足を止めると振り返り、ゆっくりと、ふたたび口を開いた。 「なぁ、ハル」今度は歩きながら歌を紡ぐみたいな、そんな調子で。 「さっきは良いっつったけどさ、おれ」 そう前置きするなり、凛はくすぐったそうに笑った。小さく喉を鳴らして、凛にしては珍しく、照れてはにかんだみたいに。 「ハルにじっと見つめられると、やっぱちょっと恥ずかしいんだよな」 なんかさ、ドキドキしちまう。 なんだよ、それ。心の中で悪態をつきながらも、瞬間、胸の内側が鷲摑みされたみたいにきゅうとしぼられた。そして少しだけ、ちくちくした。それは時にくるしいとさえ感じられるのに、その笑顔はずっと見ていたかった。目が離せずに、そのひとときだけ、時が止まったみたいだった。この生きものに、どうしようもなく惚れてしまっているのだった。 「あー…えっと、腹減ったなぁ。一旦家帰ろうぜ」 凛はわざとらしく声のトーンを上げ、くるりと背を向けた。 「…ああ」 少し早められた足取り、その後ろ姿に続いて歩いていく。 コンクリートの上でコートの裾が揺れている。陽がかかった部分の髪の色が明るい。視界の端にはイチョウの木々が並んできらめいていた。 「朝飯、やっぱ鯖?」 隣に並ぶなり凛がそっと訊ねてきた。 「ロースハム、ベーコン、粗挽きソーセージ」 冷蔵庫の中身を次々と列挙すると、凛はこぼれるように声を立てて笑ってみせた。整った顔をくしゃりとくずして、とても楽しそうに。つられて口元がほころんだ。 笑うと金色が弾けて眩しい。くすみのない、透明で、綺麗な色。まばたきの度に眼前に散って、瞼の裏にまで届いた。 やっぱり凛によく似ている。きっとそれは、凛そのものに似つかわしいのだった。
(2017/12/30)
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gotoda4 · 4 years
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『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
《あらすじ》
6歳のムーニー(ブルックリン・プリンス)とシングル・マザーのヘイリー(ブリア・ヴィネイト)は定住する家を失い、“世界最大の夢の国”フロリダ・ディズニー・ワールドに隣接する安モーテル「マジック・キャッスル」でその日暮らしの生活を送っている。
シングルマザーで職なしのヘイリーは厳しい現実に苦しむも、ムーニーから見た世界はいつもキラキラと輝いていて、モーテルで暮らす子どもたちと冒険に満ちた楽しい毎日を過ごし、管理人ボビー(ウィレム・デフォー)はそんな子どもたちを厳しくも温かく見守っていた。
そんなムーニーの日常が、ある出来事をきっかけに大きく変わりはじめる…。
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《感想》
「衝撃のマジカルエンド!子どもの目は魔法の虫眼鏡、すべてが魔法に変わる。ディズニーランドのそばに立つ安モーテルを舞台にアメリカの低所得者の生活をリアルに描くすごさ。」
『フロリダ・プロジェクト』というタイトルを見て、フロリダ計画?フロリダビジネス?と、意味が気になったので「プロジェクト」の意味を調べてみたら一般に日本で使われているような計画や事業の他に「低所得者向けが多く住むスラム住宅」のことも指しているそうで。
つまり『フロリダ・プロジェクト』っていうのは「フロリダのスラム」という意味なんだけど、ポスターを見ても本編のワンシーンを見てみても「スラム」にしては雰囲気がポップですごく明るいので、まだ本編を観ていない人からしたら違和感しかないよね。
“世界最大の夢の国“フロリダ・ディズニー・ワールドでは周辺にたくさん「モーテル」と呼ばれる簡易宿泊所があって、高級なホテルの近くに乱立してるんですが、そんなモーテル街の中に、「プロジェクト」と呼ばれる超オンボロの公営住宅地みたいな住宅が建っているそうです。
そして今作の主人公ムーニー(娘)とヘイリー(母)が暮らすのはそのオンボロ住宅地の「プロジェクト」ではなく実は「モーテル」の方。
「プロジェクト」ってタイトルがついてるのになぜモーテルなのか。この親子はその日暮らしの生活を送ってるってあらすじにも書いてあったのに。
なぜなら、彼女たちは低所得者が住む「プロジェクト」にも住めない“超超“低所得者だから。つまり本来定住する場所でない宿泊施設を居住地として生活をしているのです。
日本で例えるなら漫画喫茶に泊まってその日暮らしの生活をしているような感じでしょうか。
モーテルなら電気代、水道代、ガス代はかからないし、洗濯機も公共のものが設置されてて宿泊代だけで、結果的には安いのかもしれない。
☆この映画のすごいところその1
1,本編のほとんどの場面が子どもの視点(地上1メートルほど)で描かれるということ。
そのため大人は足のみ写されることが多い。
大人は毎日の食事代にも苦労している状態で、教会の炊き出しに参加することも。このような人々の生活に関する重要な情報を見る人に与える時は、大人の視線に合わせたアングルになりますが、しばらくすると主人公のムーニーの視点の高さに戻ります。
このような複数の視点を組み合わせることで、視聴者に「そこで何が起こっているのか」を理解できます。ベイカー氏は「炊き出しがどんなものなのか」ということそのものを描きたいのではなく、「ムーニーにとってそれらがいかに当たり前のことなのか」を描こうとしているのです。この点が非常に見事とのこと。
映画における重要なシーンは、このようにほぼ全てが「子どもの視点」で描かれ���す。例えばムーニーの母親の売春に気づくシーンは以下のような感じ。ムーニーがお風呂に入っていると
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ガチャッと部屋の扉が開く音がひびき、姿は見えないものの、誰かが入ってきたことがわかります。
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「子連れなのか?」
「だから入るなって」
母親が男性とやりとりしている様子が声だけで聞こえ、状況が直接描かれるわけではありませんが、ムーニーの体験を通して母親が売春を行っていることがわかるわけです。
さらにこのムーニーの入浴シーンはこの"母親の売春を悟ったシーン"以前に何回か登場しており、1回目はムーニーの髪をヘイリーが洗ってあげているシーン、このとき浴室に音楽は流れていません。
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2回目以降はいずれもムーニーひとりで、浴室には大きめの音でクラブ音楽が流れています。一定時間映した後に何事もなく次の場面に切り替わり、少し不自然です。
このことから今までの入浴シーンの裏では、ヘイリーが売春を行なっていたのではないかと推察できます。
つまり、我々もムーニーと一緒でこのときは母親の売春に気づいていない、そうムーニーと同じ体験をしているということになるわけです。
これすごくないですか。ほんとすげー。
そして、物語の後半でヘイリーが9人の男性を家に招き入れているところが防犯カメラに写っていたことから複数回に渡って売春をしていたことが管理人のボブにバレてしまう所で、この推察が確証に変わるところまでバッチリ。
☆この映画のすごいところその2
ヘイリーとムーニーがこのまま暮らしていくことが危険だと判断した児童保護局は、ムーニーを一時的に離し、施設に送ることに。最後のお別れのあいさつをしにムーニーはスクーティーの元へ。そしてその後ジャンシーの元を訪ねるが、スクーティーの時とは違ってなぜか涙が溢れてくる。
いつもは気丈な性格のムーニーが泣きじゃくる姿を見てジャンシーは「ムーニー、恐いよ」
ムーニー「あんたは親友よ、でもきっともう会えない。」
「あのね、言えないよ…」
そして震える声を振り絞ってついにジャンシーに
「バイバイ」
と言う。
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で、ここの演技がとにかくすごい。
きっとムーニーはディズニーワールドがどんなところか知らなかったはず。ヘイリーとムーニーが盗んだマジカルバンドを観光客に押し売り���るシーンで、もしディズニーワールドがどんな場所か知っていたらマジカルバンドをお金と交換とはいえ、子どものムーニーなら手渡していないと思うのです。
ヘイリーもディズニーワールドに行くお金なんてないから、ムーニーに知らせないようにしていたのではないでしょうか。
ムーニーにとってはさびれた廃墟や、牧場のサファリパーク、アイスクリーム屋がテーマパーク同様だったのでしょう。
そんなムーニーがディズニーワールドの世界を初めて知る瞬間がこのラストシーン。
私的にですがこの結末からは、
子どもは親の経済状況に大きく左右される傾向にあり、生まれた環境で人生の可能性が制約されてしまう。だけど、世界の全てを「遊び場」に変えることができるってこと。
またそういう世の中に対して必死で歯向かって行く子どもたちの強い意思を感じました。
『“イマジネーション“というどこにだって行ける足がついていれば世界は全く違う色に見える。』
そういうことよな、多分。
私この映画めっちゃ好きだ!ムーニーとジャンシーありがとう!!
いつかシンデレラ城でふたりで暮らすんだぞ!
めちゃ良い映画です!!
《番外編》
☆好きなシーン その1
映画はヘイリーの娘であるムーニーと、同じモーテルに暮らすスクーティーが隣のモーテルに暮らすディッキーから「新しい住人が来た」という報告を受けて見物しにいくところから始まります。
3人は新しい住人のものと思われる車に2階から唾を飛ばし誰が1番遠くに飛ばせるか勝負をして遊んでいたが、このいたずらが持ち主のおばさんに見つかってしまい大目玉をくらうも3人はクソババアなどと汚い言葉を連発し、無敵の様子。このあと罰として車を掃除させられることに。
この件をきっかけに、今まで一緒に遊んでいたディッキーが外出禁止になってしまい、仲間を失ってしまった代わりに、唾を飛ばされたおばさんの孫にあたるジャンシーを新たに仲間に加え子どもたちは毎日のように探検に出かけるようになる。
手始めに2人は、“新人”のジャンシーをいつも探検しているスポットに案内。アイスクリーム屋の前を通りがかったところで
ムーニー「ここはタダなんだよ」
ジャンシー「本当?」
ムーニー「ちょっと来てみ」
ムーニーが観光客に「お金ちょうだい」と明るい声で小金をせびり、平気で「医者から喘息って言われてるの」とかえげつない嘘をつく 笑。
で、タダでアイスクリームを買うことに成功 笑。
帰りは3人で1つのアイスクリームを一緒に食べながら歩く。
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その後も3人の探検は続きます。
モーテルのプールに死んだ魚を浮かべて生き返るかどうか実験したり、チップをくれない観光客に水風船を投げつけたり、モーテルの立ち入り禁止の機械室に入って施設のブレーカーを落としたり、プールで裸で寝ているおばさんに遠くから「垂れパイ、垂れパイ、バナナパイ」とリズミカルに囃し立てたり、おばさんに服を着るように注意するボビーに向かって「ボビー、パイピー」と大声で叫んだり笑
ここはめちゃくちゃ笑った 笑。
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これらの探検を彼らの視点で写すことで、まるで視聴者も子どもたちと探検をしているようなワクワクした気分になるのだ。
3人の探検はどんどんエスカレートしていき、ある日廃墟に忍び込んで暖炉に枕をつめて火をつけ逃げ出してしまう。誰にも内緒と3人で固く約束を交わすが、後で廃墟が大火事になったことが判明。
スクーティーの母親(ムーニーの母親ヘイリーと仲が良い)は息子の挙動不審な態度から放火をしたことを悟り、ムーニーとジャンシーと会うことを禁止し、さらに以前から仲が良かったヘイリーともほぼ縁を切る状態に。
☆好きなシーンその2
ヘイリーはスクーティーの母親の態度がいきなりそっけなくなったことに異変を感じて、彼女のバイト先であるファミレス?にムーニーと共に向かう。
彼女の名を指名し、嫌がる彼女に強制的に注文をとらせるが、ヘイリーは「ムーニー、なんでも頼んで、今日は1日中いるんだから」と言う。それを聞いたムーニーは目を輝かせながら次々と注文をしていく。
「ストロベリー・ワッフル、あたたかいメープルシロップめっちゃ追加で、ベーコンエッグ、ストロベリーとブルーベリー、コーラ、ルートビア、レモネード、ソーダ。ママは?」
ヘイリー「それだけ?なんでも頼んで良いって言ったのに」
ムーニー「じゃ、ベーコン追加で、山盛りだからね、それとゼリーも忘れないで」
さらに親子は店内で好き勝手やる笑
ヘイリー「ゲップ大会やらない?」
ムーニー「マジですか!?」
すると、ムーニーがでっけえゲップを1発店内に響かせる笑。1回じゃ飽き足らずさらにもう1発をお見舞い 笑笑。
スクーティーの母親も呆れ顔、痺れを切らしてテーブルに伝票を叩きつけます。すげえ嫌がらせだ笑。
☆好きなシーンその3
ムーニーとジャンシーがマジック・キャッスルの上にかかる虹を見て話すシーン
ムーニー「虹の始まりって金色なんだ、妖精は麓に金貨を隠してる」
ジャンシー「でも分けてくれないのやさしくないよね」
ムーニー「よし襲っちゃえ行こう!」
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☆好きなシーンその4
ヘイリーとムーニーが近くの高級モーテルの宿泊者専用のバイキングに宿泊者だと偽って行くシーンにてムーニーの発言
「ストロベリーとラズベリーの同時食い」
「フォークがアメだったらいいのに」
「私、妊婦みたいにお腹が大きかったらごはん詰め込む」
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sorairono-neko · 4 years
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勇利のことは渡さないぞ!
 長谷津を訪れて以来、ヴィクトルは勇利に、幾度も幾度も「一緒に寝ようよ」「俺のベッドへ来ない?」「慣れた寝台がいいの? だったら俺が勇利のところへ行ってもいいけど」と、とにかく「ふたりで眠ろう」ということを言い続けてきた。勇利は最初は仰天して遠慮し、次にとんでもないというように断り、続いては赤くなって拒否した。だが、数ヶ月も経つとその気力もうすれたのか、それとももうめんどうくさくなったのか、だんだんと態度がやわらかくなってきた。あとひと押しだ、とがんばった結果、とうとうヴィクトルは、勇利に共寝を了承させることに成功したのである。 「よかった、勇利。もう一生受け容れてもらえないのかと思ったよ」 「おおげさだなあ」 「だって勇利はいつも決死の覚悟っていう様子でいやがってたもの」 「べつにいやがってたわけじゃないけど……」 「じゃあ喜んでた? 断ったのはただの振り?」 「ほんとに一気に自分に都合いいように解釈するよね。ヴィクトルってしあわせな性格だね」 「まあね!」 「しあわせというか、深く考えないというか」 「どういう意味?」 「うん、まあ、すてきなひとだなってことだよ」 「ほんとに?」 「ほんとほんと」 「勇利は最近俺の取り扱いが雑なんだよね」 「こころから愛してるよヴィクトル」 「それが雑だっていうんだよ」 「だって……、本気の告白なんて、恥ずかしくってできないよ」  そのひとことで、ヴィクトルは勇利の無神経な態度をすべてゆるした。こうやって急に集中して誘惑してくるんだものなあ……とヴィクトルは機嫌よく思った。 「じゃあ今夜は俺の部屋に来てね」 「うん」 「大丈夫だよ。何もしないから」 「うん。……何もってなに?」 「何も……」 「よくわからないけど、うん」と素直にうなずく勇利を見て、ヴィクトルはいささか心配になった。「何もしないから」と言われてそれをまともに受け取るなんてどうかしている。いや、本当に何もする気は──今日は──ないけれど、こんなことでこのさきやっていけるのだろうか。いろいろ気をつけてあげなくちゃ、とヴィクトルはこころぎめをした。勇利の場合、信用しているというより、「何も」の内容を思いつきもしないようだからなおさら不安だ。「これだ」と思い当たっても、遅くまでおしゃべりすることだとでも解釈していそうである。  それはともかく、その夜、勇利はちゃんとヴィクトルのところへ来た。彼はまずマッカチンに「今日はぼくも入れてね」と礼儀正しく挨拶し、了解を取ってからヴィクトルのベッドにごそごそと上がってきた。 「よ、よろしくおねがいします……」 「…………」  気恥ずかしそうにうつむき、上目遣いでヴィクトルをうかがう目つきがたいへんかわいらしかったので、ヴィクトルはこのとき、なかば本気で「何もしない」ということは撤回しようかと思った。 「……いけないいけない。事は慎重に進めなくちゃ」 「なに? コトって?」 「いや、なんでもない。俺におねがいする勇利は殊の外かわいいな」 「かわいいとか……」 「あ、かわいいって言われるの嫌い? ごめん。でも勇利かわいいから」 「ううん。べつにそういうの抵抗ないし、ヴィクトルにならなんて思われてもうれしいよ。それってヴィクトルの愛なんでしょ?」 「勇利、『何もしない』っていうのはなかったことにしてもいいか?」 「え? 何が?」 「いや、なんでもない。気にしないで」 「ヴィクトル大丈夫?」 「大丈夫、大丈夫」 「ほんとに?」 「勇利も大丈夫だからね。安全だ」 「そう……?」 「最初だからね。我慢するよ」 「何を?」 「さあ寝よう……」  ヴィクトルが上掛けを持ち上げると、勇利はためらいながらそこにもぐりこみ、すみのほうへ行ってしまった。 「勇利、こっちへ来てくれ。なんでそんなに遠い?」 「だって……」 「一緒に寝る意味がないじゃないか」 「べつに、離れてたって同じことでしょ。ひとつのベッドに入ってるなら」 「ちがう。ぜんぜんちがう」 「ぼくは端っこが落ち着くんだ」 「そこじゃマッカチンが寝られない」 「マッカチン、ぼくらのあいだに入るって」 「そんなわけないだろう?」 「ヴィクトルの隣に行くって」 「それはいいんだが、勇利はもっとこっちに来なくちゃ」 「だめだよ」 「どうして?」 「だって……」  勇利は両手でおもてを覆い、ささやくように言った。 「恥ずかしいよ……」 「…………」  おおざっぱな対応をして、わりとつめたい子だな、と思っていたらこれだ。勇利って本当にわからない。 「そうやって突き放したり甘やかしたりして俺を誘惑してどうするつもりだ?」 「え……?」 「勇利なんかね、俺が紳士で理性のかたまりじゃなかったら、いまごろとんでもない目に遭ってるんだからね」 「ヴィクトル、おなか痛いの?」 「もう寝なさい。すみっこでいいから」 「はい……」  勇利は眠った。ヴィクトルもマッカチンとともに目を閉じた。しかし、いつもならわけもなく眠りに入れるのに、今夜はどうしてもだめだった。勇利のことが気になって仕方ない。彼はヴィクトルからずいぶんと離れており、ぬくもりなどいっさい感じられず、ヴィクトルとしてはいつもの夜と変わりないはずなのに、どうしても存在を意識してしまうのだ。おまけに頬が熱く、鼓動がどきどきと打っている。ど、どうしたんだ俺は。ぜんぜん寝つけないぞ。まさか本気で欲情してるのか!? いや、これはそういうのとはちがう気がする。これは、なんていうか……、そう、緊張だ。緊張しているんだ。何をそんなに緊張してるんだ!? 勇利がいたらくつろげるはずじゃないのか!? 「…………」  ヴィクトルは戸惑いつつ時を過ごし、いっこうに眠気が訪れないので、意を決して勇利のほうへもぞもぞと寄っていった。勇利がいるせいで眠れない。しかし、勇利がいるのはいやじゃない。それなら、くっついてしまうのがよいのではないか。幸い勇利はすうすうとすこやかな寝息をたてている。眠ってまでいやがったりはしないだろう。抱きしめたらもっと緊張するかもしれないけれど──そのときはそのときだ。  ヴィクトルは腕を差し伸べ、勇利を抱き寄せようとした。と──。 「ううん……」  勇利が何かつぶやき、ふいに寝返りを打った。しまった、起きるかな、と身構えたヴィクトルは、次の瞬間、目をまるくし、全身をかたくしてしまった。 「ん……」  勇利が吐息をつく。彼はヴィクトルに抱きつくと、満足そうに口元をほころばせ、胸元に頬をすり寄せた。 「ゆ、勇利……」  ヴィクトルはどぎまぎした。ちょっと抱きつかれたくらいで照れるなんてどうかしている。普段は自分から、もっと親密に接近しているのだ。でも──勇利からこんなことをされたのは初めてである。  あ、足が痙りそう……。ヴィクトルは身じろいだ。すると勇利の素足がからんでき、ますますどきどきしてしまった。 「ちょっと、勇利……」 「んー……」  もしかして起きてるのか? 俺をからかってるのか? ヴィクトルは勇利のおもてを観察した。気持ちよさそうに眠っている。芝居とは思えない。 「はあ……」  勇利が幸福そうな吐息を漏らし、甘えるようにヴィクトルに身を寄せた。その拍子にまた足が、すり、とこすれ、ヴィクトルはぞくぞくした。まずい……。 「ちょ、ちょっと勇利」 「ん……」 「起きて」  惜しい。じつに惜しい。けれど、このままでは大変なことになる。冗談にできない。 「起きてくれ、きみ」 「ううん……?」  勇利がヴィクトルの胸に頬をくっつけた。ヴィクトルは何も着ていない。こんなことならまじめに寝巻を身につけるのだった、と後悔した。 「苦しいよ」  肉体的には苦しくない。しかし、精神的にはたいへんいけない状態である。 「うれしいんだけど、すこし離れて……」 「…………」  勇利が首をもたげた。彼はまぶたをひらき、ぼんやりとヴィクトルをみつめた。 「……ヴィクトル?」 「うん」 「本物?」 「そうだよ」 「あれ……?」 「一緒に寝ただろう?」  寝惚けたあげく、なんでこんなところにいるの、と騒ぎ出されては大変だ。ヴィクトルは一生懸命説明した。 「俺のベッドだよ」 「ああ……」 「わかってくれた?」 「ん、わかった」 「それでね、勇利」 「ん」 「ちょっと勇利が接近しすぎかなあって……」 「うん……?」  勇利は自分の腕を見、それからヴィクトルの身体を見た。ぎゅっと抱きついている。飛び起きて赤くなるかな、と思ったけれど、ほとんど夢の中にいるらしい。勇利はぼうっとしていた。 「ああ……ごめん……」  彼は舌足らずにむにゃむにゃと謝罪した。 「いや、すこし離れてくれれば、それで……」  なんでうれしいのに離れてくれなんて頼まなきゃいけないんだ? ヴィクトルはなんとなくいらいらした。しかし、次の瞬間、そのいらだちは吹き飛んだ。 「ちょっとまちがえたみたい……」  ヴィクトルは目をみひらいた。まちがえた? まちがえたって? 誰と!? 「はあ……」  勇利がごろりとヴィクトルに背を向けた。 「ちょ、ちょっと勇利、」 「つい、癖で……」  勇利が溜息のような声で言った。それきり彼は気持ちよさそうな寝息をたて始めた。  待ってくれ。癖って何。まちがえたってどういうこと。誰とまちがえたんだ。誰に対しての癖なんだ!? 「う、うそだろう……」  ヴィクトルはその夜、一睡もできなかった。 「いや、知らないよ。俺だって勇利と年じゅう連絡取り合ってるわけじゃないんだから」  クリストフはつめたかった。 「彼に恋人がいるかどうかなんて、わかるわけないでしょ。本人に訊けばいいじゃない」 「勇利にこのたぐいの質問は禁忌なんだよ!」  ヴィクトルは泣き出さんばかりだった。勇利の「抱きつくのが癖」「いつもの相手とまちがえた」というふうな発言が頭から離れない。 「年じゅう連絡を取っていなくても、俺より付き合い長いだろう? 腹立たしいことに」 「子どもじゃないんだから、ちょっとは落ち着いてよ」 「勇利と一緒に寝るようなやつはいないのかい? 彼はスケートのことしか頭にないから、いるとしたら絶対スケーターなんだ」 「知らないってば」 「まさかクリスじゃないだろうな」 「あははっ、それいいね。そういうことにしといてよ」 「ちっともよくない! 君は勇利にあんなふうに抱きつかれたことがあるのか!?��絶対にゆるせない」 「あんなふうってどんなふう?」 「なんていうか……、胸にすり寄ってきて……つまさきでふくらはぎとかなぞってきて……」 「それはすごいね。ヴィクトル、食べちゃったの?」 「食べてない!」 「なんだ、情けないじゃないか」 「勇利と仲のいい相手は!?」 「ピチット・チュラノンとは親しいみたいだけどね。ルームメイトだったって言ってたし」 「絶対そいつだ」 「どうかなあ」 「気が狂いそう」  電話をほうり出したヴィクトルは、勇利のもとへ飛んでいき、「勇利はピチット・チュラノンと一緒に寝たことがあるのか!?」と詰め寄った。勇利は不思議そうにヴィクトルを眺め、「なに言ってんの?」と無邪気に言った。 「あるのかないのか!?」 「ないよ……。同じベッドで眠るなんて、狭くて大変じゃない? そんなことしたがるのヴィクトルくらいだよ」 「勇利……、ゆうべのことおぼえてる?」 「ゆうべのことって?」 「いや、いいんだ」  寝惚けていておぼえていないらしい。ヴィクトルは、いいのか悪いのか、と悩んだ。今後も勇利と寝ればあんなふうに抱きついてもらえるのだな、と思ったけれど、されたらされたであぶないし──ヴィクトルがではなく、勇利の身がである──そもそも、「誰かとまちがえられている」なんていう状況は屈辱なので、ヴィクトルは結局、それ以降は勇利を誘うことができなかった。しかし、あの夜のことが忘れられない。一緒に寝るのではなかった、と溜息が出るほどだ。あれは失敗だった。まさかあんなことになるなんて。一夜のあやまちだ。──なんか誤解を招きそうだな。  どうしても気になって、西郡に尋ねてみた。しかし、「勇利が一緒に寝る相手? さあなあ。いるわけないと思うけど」というそっけない返事だった。タケシは勇利を誤解してる、とヴィクトルは思った。勇利は魅力的で、どうしても一緒に寝たくなるような相手なのだ。誰だってそう思う。くそ。勇利のことは渡さないぞ。 「ヴィクトル、最近一緒に寝ようって言わないね。なんで?」  勇利にあどけない口ぶりで言われてしまった。ヴィクトルは引きつった笑みを浮かべ、「いや、もう……」と言葉を濁した。 「あ、いやになった? ベッド狭くなるもんね」 「勇利が邪魔というわけじゃないよ。ただ……」 「ただ?」 「……懲りたというか」 「あ、そう……」  勇利が困ったようにうつむいた。ヴィクトルはうろたえた。ちがう! そういう意味じゃない! 勇利に懲りたということじゃないんだ! いや、そうではあるんだけど! 勇利が思ってるのとはちがう! 「そうだよね。ぼくと一緒に寝るとか、普通に考えてつまんないよね……」 「ち、ちがうんだ」 「あ、気にしてないよ。いいのいいの。そりゃそうだよねえ……」 「勇利……」  まずい。このままでは勇利が「抱きつくのが癖になっている相手」のところへ行ってしまう。ヴィクトルは気が気ではなかった。  勇利とは一日じゅう一緒にいる。彼は夜に出かけたりしない。誰のところも訪れない。いつも部屋でひとりで寝ている。あるいはマッカチンとだ。だからすぐに取られてしまう心配はない。そうとわかっていても、ヴィクトルは落ち着いていられなかった。ああ、いったいどこの誰と寝ていたのだろう。マッカチンだったらいいのに。それならゆるせるというか、安心というか……。 「……ん?」  ふと思いついた。マッカチンならいいというか……マッカチンじゃないのか? 「マッカチン」  ヴィクトルはマッカチンを抱き上げ、顔をのぞきこんだ。つぶらな瞳がみつめ返してくる。 「おまえ、勇利と寝るとき、ぎゅっと抱きつかれてるかい?」  マッカチンが首をかしげた。ヴィクトルは、絶対そうだ、と思った。マッカチンなのだ。勇利はマッカチンとヴィクトルをまちがえたのだ。だから、当たり前のようにすり寄って……。  ──マッカチン相手に、あんなにいやらしく足をからませてるのか? まるでセックスに誘うみたいに? あるわけないだろう。  ヴィクトルは頭を抱えた。  ヴィクトルは縁側に腰を下ろし、ぼんやりしていた。はあ、勇利と一緒に寝たいなあ、と思った。せっかく勇利が受け容れてくれるようになったのに、ヴィクトルのほうでそうできなくなってしまうとは。とてもかなしい。  足音がした。勇利かな、と振り返ったら、真利が洗濯物を抱えてやってくるところだった。 「マリ……」 「何よ?」 「今日の夕日はかなしい色だね……」 「頭大丈夫?」 「ねえ」 「なんか憔悴してない?」 「勇利って、一緒に寝るような相手はいるのかな」 「は? いるわけないでしょ」 「いや、でも、いるんだよ」 「なんで確信してんのよ」 「いるんだ」  ヴィクトルは頑固に言い張った。真利はヴィクトルをしばらく眺め、それから、「あんたそのせいでそんなにやつれてんの?」とあきれたように言った。 「なんか勘違いしてない?」 「何が?」 「一緒に寝る相手、とか言うからあたしがさきに勘違いしちゃったわよ。セックスする相手のことかと思った」 「まあそれに近いんだけど……」  勇利がセックス。悪夢だ。ヴィクトルはこめかみを押さえた。真利が肩をすくめる。 「あいつの部屋の押し入れ、開けて見てみな」 「え?」 「いいから。勇利の部屋へ行って、中を調べなって言ってんの。いまロードワーク行ってるから大丈夫だよ」 「そんな、ひみつをあばくようなこと……」 「あっそ。したくないならいいの」  真利はさっさと立ち去ってしまった。ヴィクトルは、そんなこと……勇利に悪い……怒られる……とぶつぶつ言いながら、ふらふらと二階へ上がった。そして勇利の部屋へ行き、押し入れの前に立った。おそるおそる襖に手を掛け、ごくっとつばをのみこむと、いっきにそれを引き開ける。ヴィクトルは目を剥いた。  ヴィクトルの抱き枕があった。  夜、ヴィクトルは勇利の部屋まで行った。ぎしっとベッドの鳴る音が聞こえた。勇利が寝返りを打ったのだろう。それから長い吐息。そのあと──。 「ヴィクトル、好き好き」  熱のこもったささやきが──。 「ヴィクトル大好き。だーいすき。すきすきだいすきちょうあいしてる」  ヴィクトルはいきなり戸を開けた。勇利が「わっ」と声を上げて飛び上がった。彼は、昼間は押し入れにしまっていた抱き枕に抱きつき、頬を寄せて足をからませていた。廊下から漏れ入るあかりで、抱き枕の様子はすっかりわかった。そしてそのことを、勇利も理解しているらしかった。彼はまっかになり、それから青くなった。 「あ、あの、これは……」 「なるほど。俺とまちがえていたわけだ」 「ちが……、……何が?」 「悩む必要なかったな」  ヴィクトルはつかつかと勇利に歩み寄ると、さっと抱き枕を取り上げた。 「これからは俺が一緒に寝てあげる」 「え──」  勇利は、恥ずかしいひみつをあばかれてしまって混乱していたようだが、その言葉の意味することを敏感に感じ取り、激しくかぶりを振って抗議の意思を示した。 「か、返して……」 「これは燃やす」 「だめ……」 「なぜ? こんなつくりものより、本物のほうがいいだろう?」 「つ、つくりもののほうがいいです」 「意味がわからないんだけど。まくらにコーチはできないよ」 「で、でも、寝るときはコーチしてくれなくていいから」 「代用品で満足なのかい?」 「あ、あの、本物にはちょっと……気が引けるっていうか……」 「ああ勇利、きみはこんなまくらになら脚をからませてすり寄っていくことができて、俺にはできないっていうのか?」 「し、してませんそんなこと!」 「うそだ」  ヴィクトルは厳しいまなざしでじっと勇利をみつめた。勇利がまっかになった。 「……し、してますごめんなさい……」 「さっき愛の告白もしてたね」 「あ、あれはなんていうか……言うと気持ちいいっていうか……」 「言うと気持ちいい!」 「ごめんなさい」 「どんどん言いなさい。積極的に」 「え……、ヴィ、ヴィクトル好き……」 「まくらにじゃない!」  勇利がヴィクトルの抱えているまくらに向かって言ったので、ヴィクトルは憤慨した。 「え?」 「え、じゃない! そんなかわいい顔してもだめ! 俺に言うんだ!」 「え……」 「今度はなんでいやそうなんだ!」 「だ、だって……、ヴィクトルには言えないよ、そんなこと……」 「本物なのに!?」 「本物だから……」 「俺を愛していないのか!?」 「愛してるから言えないんだよ……」 「いま言ったじゃないか」 「いまのはちょっとちがう���いうか」 「何がちがうんだ?」 「とにかくまくらを返して」  勇利が手を差し伸べる。 「話はまだ終わってないぞ!」  ヴィクトルはもぞもぞと勇利のベッドに入りこんだ。勇利が「ちょっ……何してんのヴィクトル、やめてえ!」と声を上げる。やめて欲しいならむらむらするような声を出さなければいいのに、とヴィクトルは思った。 「俺に抱きついて勇利。俺に」 「無理だよぉ」 「このあいだはしたぞ」 「えっ、いつ!? 一緒に寝たとき!?」 「ああ……」 「そ、それは寝惚けただけで……」 「癖でまちがえた、と言っていた」 「うわ……」 「でも、勇利」  ヴィクトルは勇利の瞳をのぞきこんだ。勇利がどぎまぎと目をそらす。 「まちがえてないだろう?」 「あ、あの……」 「むしろ普段のほうがまちがえてたんじゃないのか?」 「そ、そんなことは……」 「勇利が俺をそこまで愛しているなら問題ない。今後は我慢しないようにするから」 「何を!?」 「さ、遠慮なく抱きついて」 「ヴィクトルには無理だよ……」 「さあおいで」 「ちょ、ちょっと何か着てよ……もう……」 「勇利が俺を抱き枕にすると約束するなら」 「無理だってば……」 「どうしても?」 「どうしても」 「絶対?」 「絶対」 「じゃ、俺の質問に答えて」 「え、なに……?」 「いったい何年、あの抱き枕に抱きついて眠ってた?」 「え……」 「答えるんだ」  勇利は視線をさまよわせ、しばらく迷ってから、おずおずと口をひらいた。 「じゅ、十年くらい……」 「十年! デトロイトには?」 「持っていきました……」 「勇利、俺はきめた。そろそろきみはあれを卒業する時期だ。わかるよね?」 「だからヴィクトルには無理なんだってば!」 「よしわかった。こうしよう……」  勇利はヴィクトルの抱き枕を抱きしめて眠ることをゆるされた。その勇利をヴィクトルは抱き枕にして抱擁し、眠った。勇利は「?……」という顔をしていたけれどヴィクトルの知ったことではない。 「勇利が一緒に寝てた相手、わかったの?」 「ああ、あれね。俺だったよ」 「は?」 「仕方がないから、いまは俺が勇利を抱いて眠ってる」 「はあ?」 「勇利を見習って脚をからませてみてるんだけど、わりと楽しいね。抱き枕ってなかなかいい」  ヴィクトルはクリストフに自慢した。
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kkagneta2 · 5 years
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幻想の一年、夢のやうな将来。
おっぱい!!!!
今日は志望校の模試を受けると云うので、色々尽くしてきた訳なのであるが、まさかこうも簡単に心がかき乱されるとは思っても見ていなかった。それもこれも全部、隣で黙々と試験を受けている制服姿の、――恐らくは母校からもう少し北に行ったところにある進学校に通っている女生徒の、その胸元、――つまり「おっぱい」が原因であつた。――
明らかに異常としか言いようがない。白い夏用のセーラー服を弾けさせんばかりの膨らみは、大きさにしてバスケットボールぐらいであろうか、横にも縦にも30センチは彼女の胸元から飛び出している。それに引っ張られて制服にはシワが出来ていたり、脇のあたりなどに変に折り目がついていたりしているのであるが、彼女の本来の体格には合っていないのか、お腹の辺りはダボダボと生地が余っている。彼女が消しゴムをかけると、それに合わせて揺れる揺れる。机の縁に当たれば、その形に合わせて柔らかく変形する。下に何枚も着ていないのか、パンパンに張った制服には薄っすらとブラジャーと思しき四角い模様が浮かび上がっている。時として彼女が肩を揉む仕草をするのは、やはり途方もなく重いからであろうか。
しかし、俺にはそんな光景が信じられなかった。
――女性の乳房がここまで大きくなるのか?
俺は彼女が席についた時から、純粋にそんな気持ちを抱いていた。どう考えてもありえない。彼女の顔よりも、俺の顔よりも、まだまだずっと大きい胸の膨らみは白昼夢のレベルである。現実に存在していい大きさではない。もし、ほんとうに存在するのなら、確実にネットだとか、テレビだとかで話題になっているはずである。受験のプレッシャーに負けて頭のおかしくなった女生徒が、詰め物をしている、――そうに違いない。このおっぱいは偽物である。もしくは俺は今、幻想を見ている。――
そう思わなくてはこちらの頭がおかしくなりそうだった。そもそも一体何カップなのかも検討がつかない。P カップ? U カップ? Xカップ? いやいや、Z カップオーバーと云われても何も不思議ではない。
しかしもしそうだとして、ならば一体どうやったらそんな大きさになるのだろう。小学生の頃から大きくなったとしても、一年に5カップ弱は大きくならなければ、こんな暑い時期にZ カップを超えることは出来ない。すると、中学を卒業する時点で少なくともP カップは無くてはならない。……いやいや、今の大きさもそうだが、中学生でP カップだなんて、そんなばかなことはありはしないであろう。しかし、現実にこの大きさになるにはそのくらいの成長速度が必要である。やはり偽物としか思えない。……
いや、そうでなかったとしても、こんな可愛らしい女子高校生に、こんな大きなおっぱいを与えるなぞ、神はあまりにも不平等である。彼女を初めて見た時、その巨大すぎる胸の膨らみに脳が麻痺したのか、まず俺が眺めたのは彼女の顔だった。黒い艷やかなセミロングの髪の毛を軽く後ろで束ね、ふんわりとした目元に、指で摘んだような鼻に、すうと真横に伸びた唇、白い肌、長いまつげ、……まさに完璧な瓜実顔と云ってもよかろう。おっぱいがまるでなかったとしても、他の女性とは一線を画している。――
もうこれ以上問題を解くなんて出来ないと判断した俺は、まだ開いてすらいない化学の問題用紙を一瞬間眺めた後、取り敢えず物理の回答を見直すことにした。チラリと目を向けると、彼女は胸に邪魔をされながらも一生懸命に問題を解いている。普段なら焦る心地ではあるけれども、もう今日は何もかもを諦めてしまった。俺は机に突っ伏すと、隣で繰り広げられているであろう蠱惑的な光景に、残り時間いっぱい思いを馳せることにした。
  例の模試からまる二ヶ月、俺は予備校へ通いながら何の進展のない日々を過ごしていた。結局彼女はあの後、俺が放心しているうちに試験会場を後にしてしまっていたから、連絡先も交換できていないし、そもそも声すら聞いていないのである。それでも制服から高校が判明したから、友達からは校門で待ち構えろと云われたのだが、そんなストーカーまがいのこと、冗談でも俺にはできない。ただただ悶々とした日々を過ごしている一方であった。
で、いま何をしているかと云えば、この時期から、――ちゃんと云うと8月のとある週から、この予備校では夏期講習が行われるから、浪人生である俺は必ず出席しなければならない、――と、ここまで云えば分かるだろうか。そう云えば去年も行ったような気がするので、恐らくは現役生も交えた講習である。高校生からすると、中々新鮮味があるだろうが、毎日をここで過ごしている俺からすれば、全くもって面白くない。――
と、思いつつ、昨日から解きかけで残しておいた数学の問題を解こうとノートを取り出したのだが、ふと隣の席に座ってくる人影が視界の隅に見えた。授業開始にはまだ時間はあるので、空いている席はたくさんある。前にも後ろにもある。そんな中でわざわざ俺の隣に座ってくるのは、一体誰だ……? と思って見てみると、――
――彼女だった。
見間違えようがない。相変わらず、風船でも入れているのではないかと思うほどセーラー服をパンパンにさせ、髪の毛を後ろで束ね、あの可愛らしい顔を若干こわばらせている。同じようにテキストとノートを取り出した彼女は、下敷きで顔を軽く扇ぎながら、何をするわけでもなく黒板をぼんやりと眺めていた。
――それにしても大きい膨らみだ。真横に居るものだから以前よりもその膨らみは大きく感じられる。今日はブラジャーの跡こそ見えないけれども、セーラー服が破れてしまわないかこちらがハラハラするほどに、胸の頭だとか、脇のあたりだとか、背中のあたりだとかが張っている。彼女が顔を扇ぐ度に、机に当たってふにふにと形を変えるおっぱいは、見ていても心地よく感じられる。それに、何とも重そうに揺れるのである。もはやここまでされては、決して詰め物だとは云えない。確かに俺の真横には、途方もない重量を持つ塊がある。
「おはよう」
もうどうしようもなくなった俺は、意を決して彼女に話しかけた。
「お、おはようございます」
とおどおどした声が返ってきたので、出来るだけ朗らかに、彼女と再開した時に備えて練習した言葉を云う。
「何ヶ月か前の模試に居なかった? ほら、O大学の、……」
「はい。たしかあなたは、……私の隣に居ました、……よね?」
と、首をかしげる、その顔には笑みが。
「そうそう。あまりに一生懸命解いてたから、なんか面影があるなーって思ったけど、やっぱりそうだったんだ」
「ふふふ、私も隣で一生懸命解いてる姿は良く憶えてますよ」
「隣に座ったのは偶然?」
「いえ、実は誰も知ってる人が居なくて心細かったんです。……」
と彼女は恥ずかしそうに笑った。
話はそれから自己紹介の流れになったのであるが、とにかく胸元の存在感がすごくて、何度も何度も目をやりそうになった。聞くと彼女の名前は沓名 楓(くつな かえで)と云う。苗字は珍しいから名前で呼んで欲しいとのことだけども、初対面の女子高生を下の名で呼ぶ、その気恥ずかしさと云ったらない。が、彼女はほんとうに気にならないのか、むしろ言葉に詰まる俺を見てくすくすとこそばゆく笑っていた。
物理選択と生物選択で俺たちは分かれることになったのであるが、離れ離れになるのはそれくらいで夏期講習のコースは凡そ一致していたから、その後も一緒に受けることになった。その外見に似合わず、意外にも楓はお茶目で、授業中にもしばしば筆談で会話をした。中でも面白かったのは彼女は絵が上手く、教壇に立つ先生の似顔絵を描いては笑わせてくる事で、それが唐突に見せてくるものだから、授業中に何度も何度も吹き出すハメになってしまった。
純粋に楽しかった。もちろんおっぱいは気になり続けてはいたけれども、再び数学の問題に向かう余裕ができるほどに、彼女と授業を受けるのは楽しいと感じられた。だから俺はつい楓に、
「大丈夫?」
と云っていた。もう何度も彼女が肩に手をやるから気になったのである。
「へ? 何がです?」
「いや、肩が痛いのかなって」
と云うと、楓の顔は一気に真っ赤になる。
「あ、えとですね。……その、重くて、……」
「え?」
「お、おっぱいが重くてズレちゃうんです。……」
と二つの膨らみを抱えながら小さな声で云う。分かってはいたが、デリカシーのなさすぎる問いに、後悔が募る。
「ごめん。今のは無神経すぎた。許してくれ」
「いえ、云ってくれた方が、お互い気が楽になりますから。……」
しばらく無言が続いた。俺は居心地の悪さにまたノートに向かってまだ解けきっていない問題に向かうことにした。楓はぼうっと黒板を眺めていたのだが、いつしか同じようにノートに向かって、何やら一生懸命に書いていた。
もう残すところ授業は後一つである。いつのまにか予備校でも屈指の変わり者と評判の高い数学のS 先生が教壇に立っており、気がつけば受講カードが配られてきた。
その時間、彼女と目を合わせたのは結局、受講カードを手渡した時だけであった。
「柴谷さん」
と、テキストを片している俺に、楓が声をかけてくる。
「今日はありがとうございました。あのまま声をかけられなかったら、心細さで死んでしまったかもしれません」
「ははは、生きててよかったよ。俺も今日は楽しかった」
「それで、これを、……」
とノートの切れ端を折り曲げたのを俺に手渡して、………こなかった。途中であの豊かな胸に丸め込まれる。チラリと見て唸る。
「………やっぱり、これは明日にします! さようなら!」
と云って、楓はぱぱっと教室から出て行ってしまった。残された俺は彼女が何を渡そうとしたのか気になったけれども、それよりも彼女とお近づきになれた嬉しさと、中々上手く事が運んだ安堵にほっと息をついて、体から力を抜いた。自習室に行くのはそれから30分もしてからであった。
  結局、楓があの時何を渡そうとしていたのか分からずじまいであった。明日にしますと云っていたのが、また明日にしますになって、そして明くる日も、また明日にしますになり、それが続いてとうとう夏期講習も最後の日となってしまった。とは云っても、俺たちはそのあいだ、朝来てから帰るまで、時には自習室で夜遅くまで籠もる時もほとんど一緒に居たからあまり気にはなっていない。気になる気にならないと云う話なら、楓のおっぱいの方がよっぽど気になっている。
彼女は胸の大きな人にありがちな、太って見えることを非常に気にしているようで、歩く時には必ずと云っていいほど制服のお腹のあたりを抑えていた。それが却って扇情的になっていて、俺はいつも目のやり場に困っているのであるが、確かに抑えていないと二回りは横に広がっているように見えてしまう。それがなぜかと云えば、恐らく巨大な胸を入れるために自分の体格に合わない制服を着ているからであろう。バストはもとよりお腹周りに余裕があるせいで、いわゆる乳袋が出来てしまっている。それに袖もブカブカで、しかもその余った袖が胸に引っ張られるせいで、横から見ると一回りも二回りも腕が太く見えてしまう。要はおっぱいのせいでせっかくのセーラー服を上手く着こなせていないのである。着る物一つにしても、楓は苦心しているようであった。
彼女のおっぱいについて気になったと云えば、もう一つある。それは一緒に自習室に行った時のお話で、楓は至って真面目に勉強を進めるのであるが、その日は疲れていたのかよくあくびをしていた。眠い? と聞くと、めっちゃ眠いっす、……と云うので、寝てもバチは当たらないから一眠りしな。起こしてあげるからと云うと、うぅ、……いつもは逆なのに。……と云いながら机に突っ伏してしまった。
……おっぱいを枕にして。気持ち良さそうな顔を、少しだけこちらに向けて。
俺もあのおっぱいを枕にしたらさぞかし気持ちがよいだろうと云う想像はしていたが、まさか本人がするとは思ってもいなかった。テキストやらノートやら全てを押しつぶしてなお余りあるおっぱい枕は、彼女の顔を柔らかく受け止めていた。しかもうつ伏せなものだから、絶対にいい匂いがする。あのおっぱいで出来る谷間に俺も顔を突っ込んでみたい。――俺はそんなことを思いながら、写真を撮ろうとする手を止めて参考書に向かったが、今度は机に重々しくのるおっぱいに手が伸びようとする。なんせ彼女はすっかり寝息を立てて寝ているし、今は周りに誰も居ないし、ちょっと突いてもバレることは無い。あのブラジャーの模様をちょっと触るだけ、なぞるだけ、……
もちろん、思うだけで終わった。何度かトイレに行くフリをして気を紛らわせていたら、楓が起こしてと云った時間になっていたので、その日はそのまま背中をトントンと叩いてやった。体を起こす時にストン、ストンと地に向かって落ちるおっぱいを見られただけでも俺には充分であった。
「とうとう今日が最後なんですね」
と、帰り際に楓が云った。
「だなぁ。あっという間だったなぁ。……」
「あの時話しかけてくれて、ほんとうにありがとうございます、柴谷さん。夏期講習がこんなに楽しくなるなんて思ってませんでした」
「俺もだよ。この調子で一緒に大学に行こうな」
とんでもないことを云ったような気がするのであるが、楓はにっこりと笑って、
「行けますよ、私たちなら。きっと」
「俺は一度失敗してるからなぁ、……ま、頑張ろう」
「ふふ、柴谷さんなら大丈夫ですよ。……あ、そうだ。渡したいものが」
楓は例のノートの切れ端、……ではなくルーズリーフを数枚手渡してくる。今度はちゃんと俺の手に渡った。
「えっと、あ、今は見ないでくださると嬉しいです。……色々書いちゃったので。………」
「分かった。家に帰ってからゆっくり読むよ」
「お願いします」
俺たちはそれから一緒に駅まで歩いて行って、楓の乗る電車が来るまで待って、これほどにない寂しい別れに涙を飲んだ。
  楓から渡されたルーズリーフを読んだのはそれから一週間後の深夜であった。何度も何度も渋って渡してくれなかった上に、いざ渡してくれたときの真剣な眼差しを思うと、どうしてもそのくらいの日数は経たないといけないような気がしたのである。しかも書き出しがこうなのである。――
 柴谷仁士様へ
ここに書いてゐる事柄は母にも、姉にも、友人にも明かしたことの無い、私の胸に関することです。本当は直接口で云へると良かつたのですが、恥ずかしさに負けてしまひました。回りくどい方法をご容赦ください。なにぶん初めて人に打ち明けるので、ひどく恥ずかしいのです。ですが、柴谷さんならきつと許していただけると信じてゐます。
さて、夏の日差しが強い中、―――
 それからしばらくは恋文とも取れるような文章が並んでいるのであるが、二枚目からようやく本題に入ったらしく、彼女の生��立ちから順にいわゆる「成長記録」が記されている。原文のまま写すとこうである。
 初めて私の姿を見た時、どう思ひましたか? 柴谷さんも驚いたことでせう。ええ、もう初対面の人にも、同じクラスの人にも、昔から気心の知れる幼馴染にも驚かれてゐるのですから、きつとさうに違ひありません。初めてお会ひしたのはO 大学のオープン模試でしたよね。私の姿を一目見て、目の色が変はつたのはよく憶えてゐます。その後すぐに視線を前に向けて、机の上にあつたポレポレを取つてゐましたね。ああ、怒つてゐるのではありません。安心してください。
それでもう一度問ひますが、二週間一緒に過ごしてみて、私の体についてどう思つてゐますか?  これを読む頃には忘れかけてゐるかもしれませんから、スリーサイズを記しておきませう。上から148-54-72 です。どうです? すごいでせう? ウエストも、ヒップも、倍にしたところでバストには敵はない。……これが私の体なんです。胸だけが異常に発達した決して美しいとは云へない体、……それが沓名楓なんです。
ちなみに、アンダーバストはぴつたり60センチとなつてをります。カップ数は日本だと2.5センチ刻みで、A カップ、B カップ、C カップ、……と云ふ風に変はります。さて、バスト148センチ、アンダーバスト60センチの私は一体何カップでせうか? 5分以内に答へよ。
せうもありませんでしたね。すみません。正解は7Z カップです。聞き慣れないかもしれませんから、一応云つておきますが、7Z カップとはZ カップからさらに6つ上のカップ数で、アルファベットで云ふと二週目のF カップとなつてをります。どうです? すごいでせう? 私にとつて、Z カップは小さいのです。先程試したところ、そこらぢうからお胸のお肉がはみ出してしまひました。一応Z カップのブラジャーでも、顔はすつぽりと包めるくらゐは大きいのですけどね。……
さて、こんな異常な胸を持つてゐるせいで、私はこれまで何度もいぢめに会ひました。小学生の時、中学生の時、――高校生の今ではみんな黙つてゐますが、陰口はたまに聞きます。あ、何度もと云つた割には多くて三回でしたね。すみません。
最初のいぢめは小学生の時でした。私の胸の成長は早いもので確か小学5年生か6年生かそのくらゐの時に始まりました。私もその時は普通の女の子でしたから、当然嬉しかつたです。同じやうに大きくなり始めた友達もゐましたし、それに成長したと云つても、可愛らしい大きさですから、少し羨ましがられるだけでした。
けれど私の胸は異常だつたのです。確か小学校を卒業する頃にはK カップか、L カップと云ふ大きさにまで成長してゐました。もちろん、今からすればしごく可愛らしい大きさには違ひありません。ですが、AAA カップにも満たない子がほとんどの小学生の中に、L カップの小学生が紛れてゐる場面を想像してみてください。……どうでせう? いくら恥ずかしがつて隠さうとしても、目立つて仕方ありませんよね。今でも集合写真やら何やらを眺めると、すぐに私の姿が目についてしまひます。あ、機会があれば見せませうか。すごいですよ? ほんたうに一人だけ胸が飛び出てゐますから。
で、本題に戻ると、そんな目立つ子がいぢめのターゲットにされるのは当たり前のことで、しかも私の場合胸の大きさと云ふ、女の子からも、男の子からも標的にされやすい話題でしたから、一度ハブられると、もう止まりませんでした。身体的な特徴が原因のいぢめは止めやうがありません。具体的な内容は、女の子からはハブられ陰口、男の子からは胸の大きさを揶揄するやうな行動や仕草、――例へばボールを胸に入れてどつちが大きいか比べたり、……さう云ふ感じです。
両親には云つてません。――いえ、ちやんと云ふと、恥ずかしさから何も云ひ出せませんでした。先生もまた、私を妬んでゐたのでせう、こちらは勇気を出していぢめを訴へたのですが、特に行動を起こしてくれませんでした。ただ、中学までの辛抱だから、とは云はれましたね。問題を投げたのでせう。けれども、昔の私はその言葉を信じてひつそりと絵を書いて日々を過ごしてゐました。だから絵はそこそこ上達してゐるのですよ、褒めてくれるのは柴谷さんが初めてでしたが。……
それで中学に上がつて何か変はつたかと云へば、何も変はりませんでした。あ、いや、お胸だけはすくすくと成長してゐましたから、「何も」と云ふのは違ひますね。大きくなる波がありますからはつきりとは云へませんが、だいたい2、3ヶ月に1カップ程度は成長してゐました。ですから、中学1年の夏にはバスト98センチのM カップ、秋にはバスト103センチのO カップ、冬の記録はありませんから飛ばして、中学二年に上がつた時の身体測定では、バスト107センチのQ カップ、……とそんな感じです。どうです? すごいでせう? 柴谷さんは男性ですからピンと来ないかもしれませんが、O カップだとか、P カップだとか、そんな大きさになってもこの速度で成長して行くのは、はつきり云つて異常です。でも止まらないのです。日々食べるものを我慢しても、どんなに運動をしても、何をしても、この胸はほとんど変はらない速度で大きくなり続けて行くのです。周りの子たちがC カップとか、D カップになつたと沸き起こる中、私だけM からN へ、N からO へ、O からP へ、P からQ へ、どんどんどんどん大きくなつて行くのです。優越感も何もありません。ただひたすら恐怖を感じてゐました。このまま胸の成長が止まらなかつたらどうしよう、もう嫌だ、嫌だ、普通の大きさになりたい、普通になりたい、……さう思つて毎晩ひとしきり泣いてから床についてゐました。
ブラジャーに関しては、姉が(世間一般で云ふところの)立派な乳房を持つてゐますから、この頃はまだお下がりでなんとかなつてゐました。尤も、私の方が華車な体つきをしてゐますから、カップ数的には小さめのブラジャーでしたが、兎に角、アンダーバストの合わないブラジャーに、無理やりお胸のお肉を詰め込んで学校に通つてゐました。しかしそれも中学二年の夏前には終はりましたが。
何せ6月になる頃には私のバストは113センチにもなつてゐましたからね。カップ数はT。姉はP カップでしたから5カップも差があると階段を降りるだけでも溢れてしまひます、仕方ないんです。私は初めて母親に連れられてランジェリーショップでオーダーメイドのブラジャーを注文しました。別にT カップのブラジャーは海外では市販されてゐるやうでしたから、それを購入しても良かつたのですが、グラマーな方向けしかないらしく、私の体には絶対に合はないだらうと、それに胸にも悪いからと、さう店員さんに云はれて渋々購入した、とそんな感じです。なんと云つても高かつた。母は決して値段を教へてくれませんでしたが、一度に三つ四つは買はないと日々の生活に間に合ひませんから、父に早く昇進して給料を上げてくれと云つてゐる様子を何度も見ました。
ですが、オーダーメイドのブラジャーを着けた時の心地よさは、何事にも例へがたい快感がありました。……あ、それよりも、夏だから水泳の授業がどうなつたか気になりますか? ふふふ、これについては上手く行つたのですよ。何せ見学が許可されましたからね! 私の居た中学では7月の第二週と第三週が水泳の授業だつたのですけど、もうそのころには私のバストは129センチのV カップになつてましたから、合ふ水着なんて、――況してやそんなV カップが入るやうなスクール水着なんて、全国どこを探しても無いのですから仕方ありません。一人プールサイドでこの忌々しいお胸を抱きながら、体育座りをして楽しさうな光景を眺めてゐました。ま、さうやつて見学してると、後からサボつてるだの何だのと嫌味をたくさん吐きかけられたのですけどね。
結局、私は中学生の時は一人ぼつちでした。これで胸が少しでも普通なら、――せめて姉のやうにP カップ程度で成長が止まつてくれてゐたなら、そんなに目立つこともなく、後々、あゝさう云ふ人も居たよね、で済んだでせう。しかし、中学を卒業する頃には、先のV カップが可愛く見えるほどに私のお胸は大きく成長してしまひました。記録を乗せませう。中学二年の秋になるとバスト122センチのW カップ、冬はそれほど変はりませんが、三月になる頃にはバスト126センチのX カップ。恥ずかしながらこの時やけ食いをしてゐまして、少々アンダーバストが大きくなつてゐます。ですが、お医者様から健康になつたねと云はれたので、今でもその時の体重を維持してゐます。もちろん、体重と云ふのはこの醜いお胸以外ですけどね。あるのと無いのとでは10キロ15キロは違ふのですよ。で、中学三年の身体測定ではバスト129センチのY カップ。夏にはたうとうバスト134センチとなり、晴れてZ カップになつてしまひました。さう云へばこの時から成長が鈍化したやうな気がします。冬にはバスト137センチの2Z カップ、卒業する頃には138センチの3Z カップ。どうです? すごいでせう? Zカップオーバーの女子中学生なんて、私以外に居ますか? 居てもK カップ程度でせう。そんな小さなバストなんて小学生の時にすでに超えてゐます。いやはや、かうして書いてみると自分でもすごいですね。3Z カップの中学生なんて、今懐かしくなつてアルバムにある写真を見てゐるのですが、もう物凄いです。妊娠してゐるみたいです。隣の子の腕が私の胸で隠れて、この写真をみたあの人達に、……ああ、泣きさう。……嫌だ。もう思ひ出したくもない。……
ああ、さうだ、昔ほんたうに辛かつた時、カッターで胸を切り落とさうとしたことがありました。ですが、もちろんそんな度胸はもちろんなく、見ての通り未遂で終はつてゐます。安心してください。一応胸の付け根のあたりに2センチくらいの跡はありますが、それくらゐです。私は大丈夫です。ふふふ、見たいですか? 私は見せたい方ですから、いつでもおつしやつて下さい。もちろん人気のない場所でお願いします。柴谷さんだけにお見せしてあげますから。
一人ぼつちが辛かつたことは云ふまでもありません。しかし良かつたこともあります。絵は描けましたし、勉強は出来ましたし、そのおかげで県内で一番の進学校へ通うことが出来ました。高校の入学式の日のみんなの視線は痛かつたですが、次第に慣れたのか、誰も何も云ひはしなくなりました。みんなどこか引いたやうな目で私を見てくる。胸の話はタブーとして扱われてゐる。……中学の時のやうに強烈に無視されたりする方がまだ居心地は良かつたのかもしれません。私はここでもまた一人ぼつちです。誰も何も話題にしない。自分が幽霊になつたやうな感覚を感じながら過ごしてゐます。ほんたうはみんなと喋りたい、別に胸のことを話題にしてもいいから楽しい雰囲気に混ざりたい、……さう思ひながら過ごしてゐたら、いつの間にかあと半年で卒業となつてゐました。もう無理なのでせうか。……
あ、湿つぽくなつてしまひましたね。いけないいけない。それで最後に聞きますが、私の姿をご想像して、どう思つてゐますか? 柴谷さんは、こんな醜い体の私を受け入れてくれますか? 私はあなたが思つてゐるよりも小心者です。心も醜いです。ですけど、これからも仲良くしてくれると大変嬉しく思ひます。
いえ、此処まで読んで頂いたのなら、もうそれだけで嬉しいです。ありがたうございました。
 あんなにけろりとして話すものだから、夏期講習に来たのに知り合いが居ない、と云うのは変だと思っていた。その原因があの大きなおっぱいにあると云うのは、うっかり楓が寝ているときにおっぱいに触って気が付かれでもしたら、恐ろしいことになっていたかもしれない。俺はこの文を読み終わった時、自然に携帯へと手が伸びていた。もちろん、彼女に読んだことを伝えるためである。
――が、その時やっと気がついたのだが、俺達は連絡先を交換してなかった。いつも早めに席に着く俺を見つけた彼女が隣に座って、そして電車に乗るまでずっと一緒に居るものだから、傍には楓が居るのが当然のようになっていたのだった。俺は今すぐにでも駆け出したかった。今すぐあの憐れな少女のもとに行って、抱きしめてやりたい衝動に駆られた。だけど名前と特徴しか分からないからどうしようもなかった。俺は手紙を読み直すことしか出来なかった。もう一度携帯に手が伸びたが、出来るのはそれだけだった。
  思えば楓はもう少し上の大学、――と云っても、日本にはあと二つほどしか無いが、話を聞いていると、それを目指しても良いくらいには勉強は出来ているようであった。ならば俺が出来ることは彼女が同じ学校を志望していることを信じて、自分も合格できるように勉強にはげむことである。それに気がついてからは、これまでのだらけた生活から一転して、勉強をした。と、云うよりしてゐる。模試の結果は相変はらずであったけれども、楓を思うと全く気持ちはめげなかった。
だがそうやって頑張っていると、月日は思いの外早く巡って寒さ���震える季節になっていた。するとまず訪れるのは忌々しいセンター試験である。俺は今、そのための冬期講習へと向かっている。センター試験など四分の一程度に圧縮されるから出来は気にしなくてもいいのだが、あそこでコケると自分の士気に関係するので、決して侮ってはいけない。
いつもの教室に入った俺は、一年ぶりのカリカリした空気に身を漂わせていた。焦る者、余裕のある者、黙々と自分の道を突き進む者、まだ現実味の無い者、……色々居るが、俺はどちらかと云へば不安で押しつぶされそうになっている者である。あの手紙は肌身離さず持ち歩いているけれども、自分の実力不足を感じてしまうとやはり挫けそうになる。……
と、そこで、隣の席に座ってくる者が居た。席は他にも空いているのだから他のところへ行けばいいのに、と思った。一目見て知り合いじゃなければ席を移動しようと思った。それとは別にそんなやつの顔を見てみたくなった。俺は顔を上げようと決した。と、その時、
「お久しぶりです、柴谷さん」
と云う声が降りかかった。
――楓だった。相変わらず黒い冬用のセーラー服をパツンパツンに押し広げ、可愛らしい顔をこちらに向け、軽く手を振りながら微笑んでいた。夏に会った時と違うのは、髪が少し伸びたのと、胸元の膨らみが一回りか二回りほど大きくなったことであろうか。もうこちらの席にまで届こうとしている。……
「久しぶり、楓。元気だった?」
「まずまずですね。柴谷さんは?」
「ダメダメだな。ダメダメ。もうあれから全然偏差値は上がってないし、泣きそう。助けてくれ。楓になら頼める」
と、本音を吐き出した。それは例の文に対する返事でもあったが、楓にはそれが何となく分かったようであった。脱いだコートを自分の体にかけて、体ごと俺の方へ向くと、
「ちょっと失礼します、――」
と隣に居るのに、さらに距離を詰めてくる。
「か、楓?」
「下からならたぶん分かりませんよ?」
とお腹のあたりで手をもぞもぞと動かす。見ると制服の裾を軽くめくっていた。
「い、いや、それは、……それはダメだ。歯止めがかからなくなってしまう。ほらほら、あっち行った」
俺は彼女を向こうへ押しやろうとしたのだが、力を入れれば入れるほど、グイグイとこちらへ密着してくる。
「ふふふ、やーい、へたれー」
「うるさい。……ほら、早く、――」
と、その時、肘のあたりを中心に、腕がギュッと、途方もなく柔らかい何かに押し付けられる。
「まって楓さん、マジで、マジであかんから、……うおお、やばいやばいやばい」
だがそんな必死な俺を他所に楓は、
「柴谷さん、柴谷さん、私のおっぱいなんですけど、あの日からまた大きくなっちゃって、今大変なことになってるんですよ」
と明るい声をかけてくる。
「このあいだも制服が破れちゃったし、大きすぎるのも大変ですよね。しかも今朝測ったらまた大台に乗ってまして、……」
「楓、それまた後で、後でお願い。今聞いたら、……まって、落ち着いて、楓、ちょっと楓!」
「もう、柴谷さんのせいなのに。また成長するの早くなったんですからね、ちゃんと分かってます? 責任取って下さいね? 云いますよ?」
と口を俺の耳の近くへ。
「160.2センチの12Z カップ、つまりアルファベット二週目のK カップ、……になっちゃってました! どうです? すごいでしょう? 身長よりも大きくなったおっぱい、味わいたくないんですか? ほれほれ、何とか云ってみなさい」
と、楓はぐにぐにと俺の腕をその12Z カップのおっぱいに押し付けてくる。しかし一体何なんだそのバストサイズは。160センチだって? 冗談としか思えない。いくらなんでもありえなさすぎる。嘘だ。そんな大きなおっぱい現実にあるはずがない。そうだ、幻想だ。いま腕に感じている感触も、今目の前に見えている少女とバルーンのような塊も、全て幻想だ。ほら、頭がクラクラしてきた。ようやく目が醒める。それにしてもいい夢だった。――と、あまりにも気持ちの良い感触に、俺の頭はすっかり焼け焦げてしまい、彼女の支えを失うと同時に机に突っ伏してしまった。
そうやって俺たちは久しぶりに再開したのであるが、やることは数ヶ月前と何も変わってなかった。唯一離れ離れになる物理生物の授業以外は常に一緒に行動をともにした。さすがにセンター試験前だと云うので、冬期講習は夏期講習よりも人が多く、並んで座れないときが時としてあったが、そういう時はさっさと予備校の外へ出てサボった。近くには何も無いが、楓となら一緒に街を歩くだけでも楽しいものであった。
冬期講習はそうやって過ごした。お互い大きな試験前だと云うのに、のんびりしているように感じられるが、気持ちの面で落ち着けるなら無駄ではない。不安は失敗の種である。
「あの手紙についてなんだけどな、……いや、内容については何も云わないことにして、一つ聞きたいことがあるんだが」
そんなある日、俺はどうしても聞きたかったことを、電車を待っている時に聞くことにした。
「なんです? ――うわ、寒い!」
服を着こなせないというのは昔語った通りであるが、冬でも例外ではなく、ひどい冷え込みだと云うのに彼女はコートをただ軽く肩にかけているだけだったので、風が吹く度に寒がっていた。
「何で歴史的仮名遣ひで書いたの?」
「へ? ああ、それはですね、最初の導入を書く時に恥ずかしすぎて、……で、仮名遣ひを変えて書いてみたら筆が乗っちゃって、……とにかくあんまり深い意味はないです。あ、柴谷さんの電車来ましたよ」
楓の向く方を見てみると、確かに黄色いストライプの刻まれた電車がホームに入ってきていた。
「なるほどね。じゃあ、またね楓」
「ええ、また明日も、よろしくおねがいします」
と俺は折良く開いた扉の中へ入った。中まで進んで窓から楓を見ると、彼女も俺を見ていたらしく手を振られる。それを見て、俺も手を振り返す。そうやっているうちに電車が出発して、彼女が見えなくなってしまったが、まだ手を振っているような気がして、ホームが消えてしまうまで俺は、他の乗客に見えないよう小さく手を振り続けていた。
   あっという間である。このあいだ楓と一緒に冬期講習を受けていたかと思ったら、センター試験がいつの間にか終わって、心の準備が出来ていないと云うのに今日は二次試験である。しかももうあと10分もしないうちに終わってしまう。一年と云う長い期間をかけても手応えが去年と全く一緒であった。今年もダメだと云う悲愴感が俺の頭に渦巻いていた。
そう云えば楓はどうなんだろうか。冬期講習の時に志望校が同じO 大学だと判明したから、行きがけによくよく周りを見ながら試験会場の棟まで来たのだが、あの異常な膨らみを結局見つけることができなかった。尤も、俺は坂道の方の門から入ったから、もし彼女がモノレールの駅からやって来たと云うなら、十中八九会えないであろう。とすれば、後期試験なぞ無いから本当に一生会えずじまいで終わってしまうかもしれない。また連絡先を交換せずに最後の別れをしたのだから、俺が滑ればもう二度と会うことはなかろう。
まったく、この一年間は幻想を見ていたような気分であった。沓名 楓と云う頭はいいし、可愛いし、おっぱいはこの世の誰よりも大きな女子高校生と会って、仲良くなって、ついにはその膨らみに触れて、これが幻想でなくては何なのだろう。願わくば、答案用紙が回収されていくこの光景も幻想であってほしいが、今までいい思いばかりであったからたぶん現実である。
俺はトボトボと試験会場を後にした。外はすっかり暗くなっているけれども、地元と比べてかなり明るい空が広がっている。地図上ではこの大学は府の中でもかなり北の方に位置していて、一方は山、一方は世界でも有数の大都市が広がっているそうだが、なるほど確かにそちらの方向はかなり明るい。月すらも白い霞となって見えづらくなっている。
変わらずトボトボと歩いていると、三人の親子連れが目についた。父母は平凡そのものであるが、恐らく今ここで試験を受けた人の姉であろうか、楓と同じ艷やかな黒い髪の毛に、楓と同じような目鼻立ちをして、それに、――これだけは楓には全く及ばないが、それでも普通の女性にしては物凄く胸が大きい。自然に涙が出てくる。恐らく今この場で偶然彼女と再開しなければ、もう声すらも聞けないと思うと、この楓にそっくりな女性にすがりつきたくなってきた。もうさっさとホテルへ帰ってしまおう。そしてぐっすりと眠って、今日のことはひとまず忘れて、明日近くに住んでいる友達と目一杯遊んで、気分を一新しよう。――
「仁士さん?」
と、歩き始めた俺に声がかかった。それは今年一年間で、合わせて一ヶ月ほどのあいだ聞いた、そして今俺が待ちわびている、意外とお茶目な声であった。
涙を拭って振り向くと、彼女は居た。後ろから光が差しているから、はっきりとは見えづらいけれど、胸のあたりの丸いシルエットと、こじんまりした背は確かに楓である。
「もしかして、泣いてたんですか? ――ああ! ほら、やっぱり! これ使ってください」
とハンカチを手渡してくる。
「ありがとう、楓。でも、ごめんな。今年もやっぱり俺はダメだったよ。ごめん、ほんとうにごめん。……」
「いいえ、そんなことありません! まだはっきりと分かった訳ではないんですから、諦めないでください!」
意外と大きな声に、俺も周囲も驚いた。楓は本気で怒っているようで、キッと睨みつけている。
「ああ、そうだな。そうだよな、楓」
「そうです。仁士さんは肝心なところでへたれるんですから。……ほら、邪魔になってますから行きましょう」
と楓に手を取られて歩き始めたのであるが、残念なことにすぐ手を離されてしまった。けれどもすぐに手をつなぎ直されて、小声で、
「仁士さん、私たちは恋人同士ですからね? 分かってますよね?」
と云う。何が何だか分からないうちに、楓はまた歩き始めて、先程まで俺の目に写っていた三人の親子連れへ向かって行く。……
「どうしよう楓、今が今日の中で一番緊張する。助けてくれ」
「くすくす、……大丈夫ですよ。お母さんたちにはよく話をしてますから、いつも通りの仁士さんでいてください。――」
そう云って楓は俺の手を強く握ってくれたのであるが、何の心の準備が出来ていない俺は、やっぱり緊張してコチコチに固まってしまった。それを見て、彼女はくすりと笑う。俺もおかしくなってきて笑う。――幻想はまだ、続いているようであった。
 (をはり)
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kkagtate2 · 5 years
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乃々香の部屋に入ったのは、別に昨日も来たので久しぶりでも何でも無いが、これほどまでに心臓を打ち震わせながら入ったのは初めてだろう。今の時刻は午後一時、土曜も部活だからと言って朝早く家を出ていった妹が帰ってくるまであと三時間弱、…………だが、それだけあれば十分である。それだけあれば、おおよそこの部屋にある乃々香の、乃々香の、-------妹の、匂いが染み込んだ毛布、掛け布団、シーツ、枕、椅子、帽子、制服------あゝ、昨晩着ていた寝間着まで、…………全部全部、気の済むまで嗅ぐことができる。
だがまずは、この部屋にほんのり漂う甘い匂いである、もう部屋に入ってきたときから気になって仕方がない。我慢できなくて、すうっ……、と深呼吸をしてみると鼻孔の隅から隅まで、肺の隅から隅まで乃々香の匂いが染み込んでくる。-------これだ。この匂いだ。この包み込んでくるような、ふわりと広がりのあるにおい、これに俺は惹かれたと思ったら、すぐさま彼女の虜となり、木偶の坊となっていた。いつからだったか、乃々香がこの甘い香りを漂わせていることに気がついた俺は、妹のくせに生意気な、とは思いつつも、彼女もそういうお年頃だし、気に入った男子でも出来て気にしだしたのだろう、と思っていたのだった。が、もうだめだった。あの匂いを嗅いでいると、隣りにいる乃々香がただの妹ではなく、一人の女性に見えてしまう。彼女の匂いは、麻薬である。ひとたび鼻に入れるともう最後、彼女に囚われ永遠に求め続けることになる。だからもう、いつしか実の妹の匂いを嗅ぎたいがゆえに、言うことをはいはい聞き入れる人形と成り果ててしまっていた。彼女に嫌われてしまうと、もうあの匂いを嗅げないと思ったから。だが、必死で我慢した。我慢して我慢して我慢して、あの豊かな胸に飛び込むのをためらい続けた。妹の首筋、腰、脇の下、膝裏、足首、へそ、爪、耳、乳房の裏、うなじ、つむじ、…………それらの匂いを嗅ごうと、夜中に彼女の部屋に忍び込むのを、自分で自分の骨を折るまでして我慢した。それなのに彼女は毎日毎日、あの匂いを纏わせながらこちらへグイッと近づいてくる。どころか、俺がソファに座っていたり、こたつに入っていると、そうするのが当然と言わんばかりにピトッと横に引っ付いてくる。引っ付いてきて兄である俺をまるで弟かのように、抱き寄せ、膝に載せ、頭を撫で、後ろから包み込み、匂いでとろけていく俺をくすくすと笑ってから、顎を俺の頭の上に乗せてくる。もう最近の彼女のスキンシップは異常だ。家の中だけではなく、外でも手を繋ごう、手を繋ごうとうるさく言ってきて、…………いや声には出していないのだが、わざわざこちらの側に寄って来てはそっと手を取ろうとする。この前の家族旅行でも、両親に見られない範囲ではあるけれども、俺の手は常に、あの色の抜けたように綺麗な、でも大きく少しゴツゴツとした乃々香の手に包まれていた。
……………本当に包まれていた。何せ彼女の方がだいぶ手が大きいのだ。中学生の妹の方が手が大きいなんて、兄なのに情けなさすぎるが、事実は事実である、指と指を編むようにする恋人つなぎすらされない。一度悔しくって悔しくって比べてみたことがあるけれども、結果はどの指も彼女の指の中腹あたりにしか届いておらず、一体どうしたの? と不思議そうな顔で見下されるだけだった。キョトンと、目を白黒させて、顔を下に���けて、………………そう、乃々香は俺を見下ろしてくる。妹なのに、妹のくせに、小学生の頃に身長が並んだかと思ったら、中学二年生となった今ではもう十、十五センチは高い位置から見下ろしてくる。誓って言うが、俺も一応は男性の平均身長程度の背はあるから、決して低くはない。なのに、乃々香はふとしたきっかけで兄と向き合うことがあれば、こちらの目を真っ直ぐ見下ろしてきて、くすくすとこそばゆい笑みを見せ、頬を赤く染め上げ、愛おしそうにあの大きな手で頭を撫でてきて、…………俺は本当に彼女の「兄」なのか? 姉というものは良くわからないから知らないが、居たとしたらきっと、可愛い弟を見る時はああいう慈しみに富んだ目をするに違いない。あの目は兄に向けて良いものではない。が、現に彼女は俺を見下ろしてくる、あの目で見下ろしてくる、まるで弟の頭を撫でるかのように優しくあの肉厚な手を髪の毛に沿って流し、俺がその豊かすぎる胸元から漂ってくるにおいに思考を奪われているうちに、母親が子供にするように額へとキスをしてくる。彼女には俺のことが事実上の弟のように見えているのかもしれない。じたい、俺と妹が手を繋いでいる様子は傍から見れば、お淑やかで品の良い姉に、根暗で僻み癖のある弟が手を引かれているような、そんな風に見えていることだろう。
やはり、乃々香はたまらない。我慢に次ぐ我慢に、もう一つ我慢を重ねていたいたけれども、もう限界である。今日は、彼女が部活で居なければ、いつも家に居る母親も父親とともに出かけてしまって夜まで帰ってこない。ならばやることは一つである。大丈夫だ、彼女の持っている物の匂いをちょっと嗅ぐだけであって、決して部屋を滅茶苦茶にしようとは思っていない。それに、そんな長々と居座るつもりもない。大丈夫だ。彼女は異様にこまめだけど、ちゃんともとに戻せばバレることもなかろう。きっと、大丈夫だ。……………
  肺の中の空気という空気を乃々香のにおいでいっぱいにした後は、彼女が今朝の七時頃まで寝ていた布団を少しだけめくってみる。女の子らしい赤色のふわふわとした布団の下には、なぜかそれと全く合わない青色の木の模様が入った毛布が出てきたが、確かこれは俺が昔、…………と言ってもつい半年前まで使っていた毛布で、こんなところにあったのか。ところどころほつれたり、青色が薄くなって白い筋が現れていたり、もう結構ボロボロである。だがそんな毛布でも布団をめくった途端に、先程まで彼女が寝ていたのかと錯覚するほど良い匂いを、あちらこちらに放つのである。あゝ、たまらぬ。日のいい匂いに混じって、ふわふわとした乃々香の匂いが俺を包んでいる。…………だが、まだ空に漂っているにおいだけだ。それだけでも至福の多幸感に身がよじれそうなのに、この顔をその毛布に埋めたらどんなことになるのであろう。
背中をゾクゾクとさせながら、さらにもう少しだけ毛布をめくると、さらに乃々香の匂いは強くなって鼻孔を刺激してくる。この中に頭を入れるともう戻れないような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。ここまで来て、何もしないままでは帰れない。頭を毛布とシーツの境目に突っ込んで、ぱたん…と、上から布団をかける。------途端、体から感覚という感覚が消えた。膝は崩れ落ち、腰には力が入らず、腕はだらりと垂れ下がり、しかし、見える景色は暗闇であるのに目を見開き、なにより深呼吸が止まらぬ。喉の奥底がじわりと痛んで、頭がぼーっとしてきて、このまま続ければ必ず気を失ってしまうのに、妹の匂いを嗅ごう嗅ごうと体が自然に周りの空気を吸おうとする。止まらない。止まらない。あの乃々香の匂いが、あの甘い包まれる匂いが、時を経て香ばしくなり、ぐるぐると深く、お日様の匂いと複雑に混じり合って、俺を絞め殺してくる。良い人生であった。最後にこんないいにおいに包まれて死ねるなど、なんと幸せものか。……………
だが、口を呆けたように開け涎が垂れそうになった時、我に返った。妹の私物を汚してはならない。今ここで涎を出してしまっては彼女の毛布を汚してしまう。--------絶対にしてはいけないことである。そんなことも忘れて彼女の匂いに夢中になっていたのかと思うと、体の感覚が戻ってきて、言うことを聞けるようになったのか、呼吸も穏やかになってきた。やはり、毛布、というより寝具の匂いは駄目だ。きっと枕も彼女の髪の毛の匂いが染み付いて、途方も無くいいにおいになっていることだろう。一番気持ちが高ぶった今だからこそ、一番いい匂いを、一番最初に嗅ぐべきだと思ったが、本当に駄目だ。本当にとろけてしまう。本当に気を失うまで嗅いでしまう。気を失って、そのうちに乃々香が帰ってきたら、それこそもう二度とこんなことは出来なくなるだろうし、妹の匂いに欲情する変態の烙印を社会から押されるだろうし、その前に彼女の怪力による制裁が待っている。……………恐ろしすぎる、いくらバレーをしているからと言って、大人一人を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこをし、階段を上り、その男が気づかないほど優しくベッドの上に寝かせるなんてそうそう出来るものではない。いや、あの時は立てないほどにのぼせてしまった俺が悪いが、あのゆさゆさと揺れる感覚は今思い出してみると安心感よりも恐怖の方が勝る。彼女のことだから、決して人に対してその力を振るうことはないとは思うけれども、やはりもしもの時を想像すると先ほどとは違う意味で背中に寒気を覚えてしまう。
ならばやるとしても、少し落ち着くために刺激が強くないものを嗅ぐべきである。ベッドの上に畳まれている彼女の寝間着は、………もちろんだめである、昨夜着ていたものだから、そんなを嗅げば頭がおかしくなってしまう。それにこれは、もう洗濯されて絶対に楽しめないと思っていた、言わば棚から牡丹餅と形容するべき彼女の物なのだから、もう少し気を静めて鼻をもとに戻してから手に取るべきであろう。なら何にしようか。早く決めないと、もう膝がガクガクするほどにあの布団の匂いを今一度嗅ぎたくて仕方がなくなっている。
そういえばちょうど鏡台横のラックに、乃々香の制服があるはず。…………あった、黒基調の生地に赤いスカーフが付いた如何にもセーラー服らしいセーラー服、それが他のいくつかの服に紛れてハンガーに吊るされている。その他の服も良いが、やはり選ぶべき��最も彼女を引き立たせるセーラー服である。なんと言っても平日は常に十時間以上着ているのだから、妹の匂いがしっかり染み付いているに違いない。それに高校生になってからというもの、なぜか女生徒の制服に何かしら言いようのない魅力を見出してしまい、あろうことか妹である乃々香の制服姿にすら、いや乃々香の制服姿だからこそ、何かそそられるものを感じるようになってしまった。-------彼女はあまりにもセーラー服と相性が良すぎる。こうして手にとって見るとなぜなのかよく分かる。妹は背こそ物凄く高いのだが、その骨格の細さゆえに体の節々、-------例へば手首、足首やら肘とか指とかが普通の女性よりもいくらか細く、しなやかであり、この黒い袖はそんな彼女の手を、ついつい接吻したくなるほど優美に見せ、この黒いスカートはそんな彼女の膝から足首にかけての麗しい曲線をさらに麗しく見せる。それに付け加えて彼女の至極おっとりとした顔立ちと、全く癖のない真直ぐに伸びる艶やかな髪の毛である。今は部活のためにバッサリと切ってしまったが、それでもさらりさらりと揺れ動く後髪と、うなじと、セーラー服の襟とで出来る黒白黒の見事なコントラストはつい見惚れてしまうものだし、それにそうやって見ていると、どんな美しい女性が眼の前に居るのだろうと想像してしまって、兄なのに、いつも乃々香の顔なんて見ているのに、小学生のようにドキドキと動悸を打たせてしまう。で、後ろにいる兄に気がつくと彼女は、ふわりと優しい匂いをこちらに投げつけながら振り向くのであるが、直後、中学生らしからぬ気品と色気のある笑みをその顔に浮かべながら、魂が取られたように口を開ける間抜けな男に近づいてくるのである。あの気品はセーラー服にしか出せない。ブレザーでは不可能である。恐らくは彼女の姿勢とか佇まいとかが原因であろうが、しかし身長差から首筋あたりしか見えていないというのに、黒くざわざわとした繊維の輝きと、透き通るような白い肌を見ているだけで、あゝこの子は良家のお嬢様なのだな、と分かるほどに不思議な優雅さを感じる。少々下品に見えるのはその大きすぎる胸であるが、いや、あの頭くらいある巨大な乳房に魅力を感じない男性は居ないだろうし、セーラー服は黒が基調なのであんまり目立たない。彼女はその他にも二の腕や太腿にもムチムチとした女の子らしい柔らかな筋肉を身に着けているが、黒いセーラー服は乃々香を本来のほっそりとした女の子に仕立て上げ、俗な雰囲気を消し、雅な雰囲気を形作っている。------------
それはそれとして、ああやって振り向いた時に何度、俺が彼女の首筋に顔を埋め、その匂いを嗅ごうとしたことか。乃々香は突っ立っている俺に、兄さん? 兄さん? 大丈夫? と声をかけつつ近づいてきて、もうくらくらとして立つこともやっとな兄の頭を撫でるのだが、俺が生返事をすると案外あっさりと離してしまって、俺はいつも歯がゆさで唇を噛み締めるだけなのである。だが、今は違う。今は好きなだけこのセーラー服の匂いを嗅げる。一応時計を確認してみると、まだこの部屋に入ってきて二十分も経っていない。そっと鼻を、彼女の首が常に触れる襟に触れさせる。すうっと息を吸ってみる。-------あの匂いがする。俺をいつも歯がゆさで苦しめてくるあの匂いが、彼女の首元から発せられるあの、桃のように優しい匂いが、ほんのりと鼻孔を刺激し、毛布のにおいですっかり滾ってしまった俺の心を沈めてくる。少々香ばしい香りがするのは、乃々香の汗の匂いであろうか、それすらも素晴らしい。俺は今、乃々香がいつも袖を通して、学校で授業を受け、友達と談笑し、見知らぬ男に心を寄せてはドキドキと心臓を打たせているであろうセーラー服の匂いを嗅いでいる。あゝ、乃々香、ごめんよこんな兄で。許してくれなんて言わない。嫌ってくれてもいい。だが、無関心無視だけはしないでくれ。…………あゝ、背徳感でおかしくなってしまいそうだ。………………
----ふと、ある考えが浮かんだ。浮かんでしまった。これをしてしまっては、……いや、だけどしたくてしたくてたまらない。乃々香の制服に自分も袖を通してみたくてたまらない。乃々香のにおいを自分も身に纏ってみたくてたまらない。自分も乃々香になってみたくてたまらない。今一度制服を眺めてみると、ちょっと肩の幅は小さいが特にサイズは問題なさそうである。俺では腕の長さが足りないので、袖が余ってしまうかもしれないが、それはそれで彼女の背の高さを感じられて良い。
俺はもう我慢できなくって着ていた上着を雑に脱いで床に放り投げると、姿見の前に立って、乃々香の制服を自分に合わせてみた。気持ち悪い顔は無いことにして、お上品なセーラー服に上半身が覆われているのが見える。これが今から俺の体に身につけることになる制服かと思うと、心臓が脈打った。裾を広げて頭を入れてみると、彼女のお腹の匂いが、胸の匂いが、首の匂いが鼻を突いた。するすると腕を通していくと、見た目では分からない彼女の体の細さが目についた。裾を引っ張って、肩のあたりの生地を摘んで、制服を整えると、またもや乃々香の匂いが漂ってきた。案の定袖は余って、手の甲はすっかり制服に隠れてしまった。
---------最高である。今、俺は乃々香になっている。彼女のにおいを自分が放っている。願わくばこの顔がこんな醜いものでなければ、この胸に西瓜のような果実がついていれば、この股に情けなく雁首を膨らませているモノが無ければ、より彼女に近づけたものだが仕方ない。これはこれで良いものである。最高のものである。妹はいつもこのセーラー服を着て、俺を見下ろし、俺と手をつなぎ、俺に抱きつき、俺の頬へとキスをする、-------その事実があるだけで、今の状況には何十、何百回という手淫以上の快感がある。だが、本当に胸が無いのが惜しい。あの大きな乳房に引き伸ばされて、なんでもない今でも胸元にちょっとしたシワが出来ているのであるが、それが一目見ただけで分かってしまうがゆえに余計に惜しい。制服の中に手を突っ込んで中から押して見ると、確かにふっくらとはするものの、常日頃見ている大きさには到底辿り着けぬ。-------彼女の胸の大きさはこんなものではない。毎日見ているあの胸はもっともっとパンパンに制服を押し広げ、生地をその他から奪い取り、気をつけなければお腹が露出してしまうぐらいには大きい。さすがにそこまで膨らまそうと力を込めて、制服を破ったりしてしまっては元の子もないのでやりはしないが、彼女の大変さを垣間見えただけでも最高の収穫である。恐らく、いつもいつも無理やりこの制服を着て、しっかりと裾を下まで引っ張り、破れないように破れないように歩いているのであろう。あゝ、なるほど、彼女が絶対に胸を張らないのはそういうことか。本当に、まだ中学生なのになんという大きさの乳房なのであろう。
そうやって制服を着て感慨に耽っていると、胸ポケットに何か硬いものを感じた。あまり良くは無いが今更なので取り出してみると、それは自分が、確か小学生だか中学生の頃に修学旅行のお土産として渡したサメのキーホルダー、…………のサメの部分であった。もう随分と昔に渡したものなので、その尾びれは欠け所々塗装が禿げてしまっているが、いまだに持っているということは案外大切にしてくれているに違いない。全く、乃々香はたまにこういう所があるから、ついつい勘違いしそうになるのである。そんな事はあり得ない、----決してあり得ないとは思っていても、つい期待してしまう。いくら魅力的な女性と言えども、相手は実の妹なのだから、-------兄妹間の愛は家族愛でしかないのだから。…………………
ちょっと湿っぽくなってきたせいか、すっかり落ち着いてしまった。セーラー服も元通りに戻してしまった。が、ベッドの上にある妹の寝巻きが目についてしまった。乃々香が昨日の晩から今朝まで着ていた寝巻き、あの布団の中に六七時間は入っていた寝巻き、乃々香のつるつるとした肌が直に触れた寝間着、…………それが、手を伸ばせば届く位置にある。---------きっと、いい匂いがするに違いない。いや、いいにおいなのは知っている。俺はあのパジャマの匂いを知っている。何せ昨日も彼女はアレを着て、俺の部屋にやってきて、兄さん、今日もよろしくね、と言ってきて、勉強を見てもらって、喋って、喋って、喋って、俺の部屋をあのふわふわとしたオレンジのような香りで充満させて、こちらがとろとろに溶けてきた頃に、眠くなってきたからそろそろお暇するね、おやすみ、と言い去っていったのである。………その時の匂いがするに違いない。
それにしてもどうして、………どうして毎日毎日、俺の部屋へやって来るのか。勉強を教えてほしいなどというのは建前でしかない。俺が彼女に教えられることなんて何もない。それは何も俺の頭が悪すぎるからではなくて、乃々香の頭が良すぎるからで、確かにちょっと前までは高校生の自分が中学生の彼女に色々と教えられていたのであるが、気がついた時には俺が勉強を教わる側に立っており、参考書の輪読もなかなか彼女のペースについていけず、最近では付箋メモのたくさんついた〝お下がり〟で、妹に必死に追いつこうと頑張る始末。そんなだから乃々香が毎晩、兄さん兄さん、勉強を教えてくださいな、と言って俺の部屋にやって来るのが不思議でならない。いつもそう言ってやって来る割には勉強の「べ」の字も出さずにただ駄弁るだけで終わる時もあるし、俺には彼女が深夜のおしゃべり相手を探しているだけに見える。それだけのために、あんないい匂いを毎晩毎晩俺の部屋に残していくだなんて、生殺しにも程がある。
だから、これは仕方ないんだ。乃々香のせいなんだ。このもこもことしたパジャマには、悔しさで顔を歪める俺を慰めてきた時の、あの乃々香の大人っぽい落ち着いた匂いが染み付いているんだ。------あゝ、心臓がうるさくなってきた。もう何が原因でこんなに心臓が動悸してるのか分からない。寝間着を持つ手が震えてきた。綺麗に丁寧に畳まれていたから、後できっと誰かが手を加えたと気がつくであろう。だけど、だけど、このパジャマを広げて思う存分においを嗅ぎたい。嗅ぎたい。…………と、その時、するりと手から寝巻きが滑った。
「あっ」
ぱさり…、という音を立てて乃々香のパジャマが床に落ちる。落ちて広がる。袖の口がこちらを見てきている。たぶんそこから、いや、落ちた時に部屋の空気が掻き乱されたせいか、これまでとはまた別種の、-------昨日俺の部屋に充満した、乃々香がいつも使うシャンプーの香りと彼女自身の甘い匂いが、俺の鼻に漂ってくる。もうたまらない。パジャマに飛びつく。何日も食事を与えられなかった犬のように、惨めに、哀れに、床に這いつくばり、妹の着ていた寝間着に鼻をつけて思いっきり息を吸い込む。-------これが俺。実の妹の操り人形と化してしまった男。実の妹の匂いを嗅いで性的な興奮を覚え、それどころか実の妹に対して歪んだ愛を向ける男。実の妹に嫌われたくない、嫌われたくない、と思いながら、言いながら、部屋に忍び込んでその服を、寝具を、嗅いで回る変態。…………だが、やめられない、止まらない。乃々香のパジャマをくしゃくしゃに丸め、そこに顔を埋める。すうっ………、と息を吸う。ここが天国なのかと錯覚するほどいい匂いが脳を溶かしてくる。もう一度吸う。さらに脳がとろけていく。------あゝ、どこだここは。俺は今、どこに居て、どっちを向いているんだ。上か、下か、それも分からない。何もわからない。--------
「ののかっ!」
気がつけば、声が出てしまっていた。-------そうだ、俺は乃々香の部屋に居て、乃々香のパジャマを床に這いつくばって嗅いでいたのだった。顔を上げ、そのパジャマから鼻を離すといくらか匂いが薄くなり、次いで視界も思考も晴れてくる。危なかった、もう少しで気狂いになって取り返しのつかない事態になっていたところだった。だが、パジャマから手を離し、ふと首を傾ぐとベッドの下が何やらカラフルなことに気がついた。見ると白いプラスチックの衣装ケースの表面を通して、赤色と水色のまん丸い影が二つ、ぼやぼやと光っている。こういうのはそっとしておくべきだが、そんな今更戸惑ったところで失笑を買うだけであろう、手を伸ばして開けてみると、そこには嫌にバカでかい、でかい、………でかい、…………何であろうか、女性の下着ということは分かるが何なのかまでは分からない。いや、大体想像はついたけれども、まだ信じられない。これがブラジャーだなんて。……………
とりあえず目についた一番手前の、水色の方を手に取ってみると、案の定たらりと、幅二センチはある頑丈なストラップが垂れた。そして、恐らくカップの部分なのであろう、俺の顔ほどもある布地がワイヤーに支えられてひらひらと揺れ動いている。片方しか無いと思ったら、どうやらちょうど中央部分で折り畳まれているようで、四段ホックの端っこが二枚になって重なっている。俺は金具の部分を持って開いてみた。………………で、でかい。…………でかすぎる。これが本当にブラジャーなのかと思ったけれども、ちゃんとストラップからホックからカップから、普通想像するブラジャーと構造は一緒なようである。……………が、大きさは桁違いである。試しに手を目一杯広げてカップの片方に当ててみても、ブラジャーの方がまだ大きい。顔と見比べてもまだブラジャーの方が大きい。とにかく大きい。これが乃々香が、妹が、中学生が普段身に着けているブラジャーなのか。こんな大きさでないと合わないというのか。……………��や、いまだに信じられないけれども、ところどころほつれて糸が出ていたり、よく体に当たるであろうカップの下側の色が少し黄色くなっているから、乃々香は本当に、この馬鹿にでかいブラジャーを、あの巨大な胸に着けているのであろう。そう思うと手も震えてくれば、歯も震えてきてガチガチと音が鳴る。今まで生で見たことが無くて、一体どれだけ大きな胸を妹は持っているのか昔から謎だったけれども、今ようやく分かった気がする。カップの横にタグがあったので見てみると、32KKとあるから、多分これがカップ数なのであろうと勝手に想像すると、彼女はどうやらKカップのおっぱいの持ち主らしい。………なぜKが二つ続いているのか分からないが、中学生でKカップとは恐れ入る。通りで膝枕された時に顔が全く見えないわけだ。
-------あゝ、そうだ、膝枕。乃々香の膝枕。アレは最高だった。もうほとんど毎日のようにされているが、全くもって飽きない。下からは硬いけれど柔らかい彼女の太腿の感触が、上からは、………言うまでもなかろう顔を押しつぶしてくる極上の感触が、同時に俺を襲ってきて、横を向けば彼女の見事にくびれたお腹が見える。それだけでも最高なのに、彼女の乳房にはまるでミルクのような鼻につくにおいが漂い、彼女のお腹にはあのとろけるような匂いが充満していて、毎晩俺は幼児退行を経験してしまう。だがそうやって、とろけきって頭の中から言葉も無くなった俺に、妹はあろうことか頭を撫でてくるのである。そして、子守唄でも歌ってあげようか、兄さん? と言ってきて本当に、ねんねんころりよ、と赤ん坊をあやすように歌ってくるのである。あの膝枕をされてどうにかならないほうがおかしい。もう、長幼の序という言葉の意味が分からなくなってくるほどに、乃々香に子供扱いされている。-------だが、そこにひどく興奮してしまう。彼女に膝枕をされて、頭を撫でられて、子守唄を歌われて、結果、情けなく勃起してしまう。俺はもう駄目かもしれない。実の妹に子供扱いされて欲情する男、…………もしかしたら実の妹の匂いで興奮する男よりもよっぽどおかしいが、残念ながら優劣を決める前にどちらも俺のことである。…………あゝ、匂い。乃々香の匂い。--------彼女の布団が恋しくなってきた。動くのも億劫だが最後にもう一嗅ぎしたい。…………………
これで最後である。もう日が落ちかけてきているから、そろそろ乃々香が帰ってきてしまう。この布団をもう一瞬、一瞬だけ嗅いだら彼女のブラジャーをもとに戻し、パジャマを出来る限り綺麗に畳み、布団を元に戻して部屋に戻る。まだまだ満足とは言えないが、こういう機会は今後もあるだろうから、今日はこの辺でお開きにしよう。
そんなことを思いつつ体を起こして膝立ちの体勢でベッドに体を向けた。布団は、先程めくったのがそのまま、ぺろりと青い毛布とシーツが見えている。そこに吸い込まれるように顔を近づけ、漂って来るにおいに耐えきれず鼻から息を吸う。------途端、膝が崩れ落ちた。やっぱりダメだった。たったそれだけ、………たった一回嗅ぐだけで、一瞬だけ、一瞬だけ、という言葉が頭の中から消えた。ついでに遠慮という言葉も消えた。我慢という言葉も消えた。ただ乃々香という名前だけが残った。頭を妹の布団の中へ勢いよく突っ込んだ。乃々香の、乃々香ままの匂いが、鼻を通って全身に行き渡っていく。あまりの多幸感に自然に涙が出てくる。笑みもこぼれる。涎もだらだらと出てくる。が、まだ腕の感覚は残っている。手を手繰り寄せ、上半身を全て乃々香の布団の中へ。------あ、もう感覚というかんかくがなくなった。おれは今、ういている。ののかの中でういている。ふわふわと、ふわふわと、ののかのなかで。てんごくとは、ののかのことであったか。なんとここちよい。ののか、ののか、ののか。……………ごめんよ、乃々香、こんなお兄ちゃんで。----------------
  気がついた時には、いよいよ日が落ちてしまったのか部屋の中はかなり薄暗く、机や椅子がぼんやりと赤く照らされながら静かに佇んでいた。俺はどうやら気絶していたらしい。まだ顔中には信じられないほどいい匂いを感じているが、それにはさっきまで嗅いでいた布団とは違う、生々しい人間の香りが混じってい、------------あれ? ………………おかしい。俺は確か布団の中で眠ってしまったというのに、なぜ部屋の中が見渡せる? それに下からは硬いけれど柔らかい極上の感触が、上からは顔を潰さんと重々しく乗ってくる極上の感触が、同時に俺を襲ってきている。しかもその上、ずっと聞いていたくなるような優しい歌声が聞こえてきて、お腹はぽんぽんと、軽く、リズムよく、歌声に合わせて、叩かれている。……………あゝ、もしかして。……………やってしまった。乃々香が帰ってきてしまった。ブラジャーもパジャマも床に放りっぱなしだったのに、布団をめちゃくちゃにしていたのに、何もかもそのままなのに、帰ってきてしまった。きっと怒っている。怒っていなければ、呆れられている。呆れられていなければ、もう兄など居ないことにされている。…………とりあえず起きなければ。----------が、体を起こそうとした瞬間、あんなに優しくお腹を叩いていた腕にグッと力を入れられて、俺の体は万力に挟まったように固定されてしまった。
「の、乃々香。…………」
「兄さん、起きました?」
「あ、うん。えっと、………おかえり」
「ただいま。------まぁ、色々と言いたいことはあるけどまずは聞くね。私の部屋でなにしてたの?」
キッと、乃々香の語調が強くなる。
「あ、……いや、………それは、……………」
「ブラジャーは床に放り出して、寝間着はくしゃくしゃにして、頭は布団の中に突っ込んで、…………一体何をしていたんですか? 黙ってないで、言いなさい。--------」
「ご、ごめん。ごめんなさい。………」
「-------兄さんの変態。変態。変態。心底見損ないました。今日のことはお父さんとお母さんに言って、もう縁を切ってもらうつもりです」
「あ、………あ、…………」
もう言葉も出ない。ただただ喉から微かに出てくる空気の振動だけが彼女に伝わる。が、その時、あれだけ体を拘束してきた腕の力が弱まった。
「……………ふふっ、嘘ですよ。そんなこと思ってませんから安心して。------ああ、でも、変態だと思ってるのは本当ですけどね。………」
「あ、うあ、………良かった。良かった。乃々香。乃々香。……………」
「あぁ、もう、ほら、全然怒ってないから泣かないで。そもそも怒ってたらこんな風に膝枕なんてしてませんって。………ほんとうに兄さんって甘えんぼうなんだから。………………」
と、言うと、またもやお腹をぽんぽんと叩いてきて、今度はさらにもう片方の手で頭を撫でてくる。俺は、乃々香に嫌われてなかった安心感から、腕を丸めてその手の心地よさに身を任せたのだが、しばらくして、ぽんっ、と強く叩かれると、頭を膝の上からベッドの上へ降ろされ、次いで、彼女の暖かさが無くなったかと思えば、パチッ、という音がして部屋の中が明るくなる。ふと目を落としてみると、いまだ床にはブラジャーとパジャマが散乱していて、気を失うまでの興奮が蘇ってきて、居ても立ってもいられなくなってきて、体を起こす。
「あれ? 膝枕はもういいんです?」
隣に腰を下ろしつつ乃々香が言う。
「まぁ、ね。いつまでも妹の膝の上で寝ていられないしね」
「ふふふふふ、兄さん、いまさら何言ってるんです。ふふっ、昨日も私の膝の上で子守唄を聞きながら寝ちゃっていたのに。--------」
「うぅ。……………それはそれとして、ごめんな。こんな散らかして」
「別に、このくらいすぐに片付けられるから、何でもないですよ」
------それよりも、と彼女は言って俺をベッドの上に押し倒し、何やら背中のあたりをゴソゴソと探る。
「今日は何の日でしょう?---------」
今日、…………今日は確か二月一四日、…………あゝ、バレンタインデイ。……………
「せっかく、本当にせっかく、昨日兄さんに見つからないように作ったんですけど、妹のブラジャーを勝手に手に取る人にはちょっと。…………」
「ほんとうにごめんなさい。乃々香様、チョコを、--------」
と、ふいに、顔の上に白い大きな、大きな、今日嗅いだ中で最も強烈に彼女の匂いを放つ布、-------四つのホックと二つのストラップと二つのカップからなる布が、パサリと、降ってきた。
「ふご、………」
「兄さんはその脱ぎたてのブラジャーと、……この、特製の、兄さんを思って兄さんのために兄さんだけに作ったチョコレート、どっちがいいですか? と言っても、そこに落ちてるブラよりもっと大きいし、それに私さっきまでバレーしてて結構汗かいちゃったから、チョコ一択だと思うけど。…………」
ブラジャーのあまりにも香ばしいにおいに脳を犯され、頭がくらくらとしてきて、ぼうっとしてきて、またもや乃々香のにおいで気を失いそうだが、なんとか彼女の手にあるハート型の可愛いラッピングが施されたチョコレートを取ろうと、手を伸ばす。…………が、途中で力尽きた。
「落ちちゃった。……………兄さん? にいさーん?」
「ののか。……」
「生きてます?」
「どっちもほしい。…………・」
「そこはチョコがほしいって言うところでしょ。…………まったく、変態な変態な変態な兄さん。また聞きますから、その時はちゃんとチョコがほしいって言ってね。---------」
と、言うと乃々香は俺を抱き上げてきて、こちらが何かを言おうとする前に俺の顔をその豊かな胸に押し付け、後頭部を撫で、子守唄まで歌いだしたのであるが、いまだに湿っぽい彼女の谷間の匂いを嗅ぎながら寝るなんて、気を失わない限りは到底出来るはずもないのである。---------
  (おわり)
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wr16 · 6 years
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18-7-24
意味もなく眠らないまま朝を迎えて、別にそういうことは珍しくもなんでもなく、いつもならそのまま眠るのだが、枕元の窓の網戸に張り付いて喚く蝉の声に耐えられずに身を起こした。o先生からメールが届いていて、先ほど久しぶりに犬を散歩に連れ出しながら返事に書きたいことを考えていたらここしばらく失われていた文章を書き出す気力が湧いてきた気がして、こうして書き始めている。少し前、sさんに思い出を上書きすることへの耐えられなさ、という話をした。例えば、昔の恋人と歩いた道を他の人と歩くとき、その行為が思い出を上書きしてなかったことにしてしまうようなことに思えて嫌になってしまう。例えば、昔別のな人にしたのと同じような言葉を目の前にいる人にかけていることに気づいたとき。離れてしまった愛しかった人を忘れるために、他の人をその代わりのように求めるような、そういう行為に嫌悪感がある。気持ちはわかるけれど、だからこそ、余計に。誰かを誰かの代わりとして求めること、無意識に求めてしまっていること、上書きしようとしてしまうことが許せない。無かったことにしてしまいたくない。そう思っているうちに恋愛はわからなくなって。もちろん、記憶は実際よりも随分と美しさが増していることも事実なのだろうが。そして、上書きにしか過ぎないと思っていた時間も、遠くから振り返れば美しい記憶となるのだろう。それを上書きというのかもしれないけれど、でもなんとなく違う気もする。どうだろう。それらは別個の記憶として存在するのだろうか。それとも、たくさんの人とあるいたこの道として、記憶されるのだろうか。そういう生き方はしたくない。なにより失礼だ。誰かの代わりになりえる人などいない。この言葉だけ抜き出すと綺麗ごとじみて嫌になるな。何かによって気をそらして生き延びている。例えばそれは、何も食べないでいること、無茶苦茶に歩き回ること、眠り続けること、眠らないでいること、深夜の電話、死にたいといって暴れること。それらすべて、消えてしまえといっているあいつへの反抗なのだろう、きっと。心の底から消えてしまいたいと思っていても、それを果たせないで別の行動で紛らわしている私がいてそれがいいのか悪いのかは知らない。結論は今日も保留にする。弟が帰省してきて、都会でひとり暮らしをしている彼の身に着けているものは私の暮らす田舎の町では到底手に取って選べないもので、その上、話を聞けば買ってもらったものらしく、この年になって情けないことにそんなことで嫉妬が湧き上がってきてどうしようもなくてそんな私が悲しくなった。父に媚びたくはなくて避けているのは私で、ここに住んでいるのも私が選んだことで、それによって悲しくなるのは自業自得と言えばそれまでなのだけれど、この悲しみにどうしようもなく心が乱されて何もできなくなって、弟が帰ってきてから半日、音楽もうるさくて聞けず、本も読めず、借りてきていた映画もみれず、かといって何もしないで横になっているのもあまりに辛かった。こんなことで何もできなくなる私が嫌だ。sさんにこの弟の話をして、twitterで荒れてもどうにもならない。twitterをみて連絡をくれたmにも”何もできない”と癇癪をぶつけることしかできず、自分が嫌になってLineをやめた。そうしてしばらくまた蹲って、死ぬことなどを考えていて、ああ、これってあのときみたいだと思い出した。幽霊をやめた日のこと。6月最後の日、古着屋にいったことを思い出して、黒のコートが欲しかったことを思い出す。ipadをひらいて、なんとなく探してみることにした。黒のステンカラーコート。以前目をつけていたコートがZOZOTOWNでセール価格になっていて即決で購入した。そうするうちに落ち着かなかった私が落ち着いて少し元気が出たほどなのだから、資本主義、消費社会は恐ろしいと思う。消費によって精神の安定を買えるなんて、そんなのでいいのかよとも思う。服を買った程度でおさまる死にたさなのかよ。その程度なんだ、お前は。考えてみるならば、弟が私が欲しいけれど簡単には手に入らないから諦めていたものを何でもない顔をして与えられている状況に嫉妬したのだから、その代わりとして自分の欲しかった服を買って落ち着いたというそれだけの話。衝動買いしたといっても、1200円の出費だから許されるかな。コートを買ったから夏が過ぎ去るのをじっと耐えて待とうと思う。とはいってもおかしいこの暑さに何もしなくても死んでしまうかもしれないけれど。
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sasakiatsushi · 6 years
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イズミズム最終回
 突然ですが、この連載は今回で最終回です。先日、森山編集長と打ち合わせの際に、彼の方から「ちょっと仕切り直しをしてはどうか」という意見が出た。実を言えば僕自身が(読者の皆さんもきっとそう思っていることと思うが)、この連載が途中から相当に迷走している、なんだか非常に息苦しい袋小路に入りつつある、ということは強く意識していて、正直に言うと、この申し出は渡りに船(?)だった。「イズミズム」は、当初に考えていたコンセプトから、あれよあれよという間に外れていってしまい、僕は自分が何をしたいのか、何をしなければならないと思っているのかは分かっているつもりでいながら(それは今でもそう思っている)、それをどうやったらいいのか、どうやれば上手くできるのか、をどうしても思いつくことができなかった。要するに、僕は失敗したのだと思う。それは潔く認めなくてはならない。今回もこの文章の右の方にある筈の連載開始時の内容紹介文は、休載を挟んだ連載第五回以降はまるっきり形骸化してしまっているのだが、にもかかわらずレイアウト上はずっとその勇ましい文章が冒頭に置かれ続けていることが、ある意味ではこの連載の「失敗」を何よりも証立てている。
 うわあ。なんとも恥ずかしい告白になってしまっているが、しかしその一方で、僕にはこの「失敗」(?)が、ある意味では不可避であったとも思うのだ。それはつまるところ、僕がやろうとしたこと、やりたかったこと、やるべきだと思っていたこと、それ自体があらかじめ孕み持っていたどうしようもない難しさのせいだったのだと、これは言い訳でも開き直りでも何でもなく、そう思う。しかし、そのことをちゃんと説明すること自体が、やはりどうしようもなく難しい、のだ。これでは堂々巡りだけれど、しかし実際、この「イズミズム」とは、その「難しさ」について考えようとした連載だったのである。  前回は予定を変更して、七月末に僕が企画した「批評家トライアスロン」なる試みについてレポートじみた文章を書いてみた。そこでは書かなかった(書けなかった)ある事実と反省に関しては、どこかでまたあらためて述べる機会があるかもしれないが、実は急遽内容を変える前の(今回同様に)〆切ギリギリの極限状況下で、僕は別の内容を途中まで書きかかっていたのだ。それについては実際の原稿の冒頭にも少し書いてあるが、以下に書きかけだったテキストをほぼそのままコピペしてみよう。
 現在、この国の文化=思想=批評の状況には、いわば「ニュー“ニューアカ”」とでも名付けられるような現象/事態が出来している、と僕には思える。「ニュー“ニューアカ”」(以下めんどくさいのでニュニュアカと略す)は、「八〇年代」に起こった「ニューアカ」すなわち「ニュー・アカデミズム」の「反復」であり「持続」でもある。いや持続してるなら反復しないし、とか思われるかもしれないが、この少々矛盾(?)した言い方の意味については後で記すつもりだ。  まず簡単に「ニュー・アカデミズム」の解説をしておこう。「ニューアカ」とは八〇年代の前半に、当時京都大学経済学部助手だった(現在は助教授)浅田彰の著書『構造と力』のベストセラーを契機に出版界から巻き起こった、現代思想のサブカルチャー化と、知識人・大学人のポピュリズム的受容の、ほとんど社会現象にさえなった一大ブームと、その構成メンバーを指す。浅田と並ぶ人気を誇っていたのが、やはりベストセラーとなった『チベットのモーツァルト』の中沢新一だ。他には、のちに政治家への転身を果たしたりと迷走していくことになる栗本慎一郎などもいたが、もちろん重要なのは、浅田や中沢よりも上の世代ではあるが同時期に本格的な活動を開始したと言っていい柄谷行人と蓮實重彦だろう。現在に至るまでの流れを思えば、つまるところ「ニューアカ」とは、結果として「柄谷ー蓮實ー浅田」の三位一体の制度(?)を形成した現象だったとさえ言うことが出来るのではないかと思う。  ところで、あらためて考えてみると、「ニューアカ」には幾つかの特徴があった。以下、少し説明してみる。
*「ニューアカ」とはその名の通り「新アカデミズム」であって、「反アカデミズム」でも「超アカデミズム」でもなかった。浅田は京大、柄谷、蓮實、中沢は東大卒だ。もちろん他の構成メンバーの学歴はまちまちではあったが、少なくとも「ニューアカ」の権威性と信頼性は、明らかに東大と京大というこの国の「アカデミズム」の最高峰のそれに依っていた。前述のように浅田は現在も京大所属だし、周知のように蓮實重彦はのちに東大総長にまで昇り詰めることになる。
*にもかかわらず、実際には必ずしも「ニューアカ」は、それぞれの専門領域における研究それ自体によって評価されたわけではなかった。経済学が専門である浅田の『構造と力』はフランスのポスト構造主義の解説本 (その内容は現在であれば新書で刊行されていた筈だ)だったし、仏文学者の蓮實もフランス現代思想の紹介や文芸評論、とりわけ映画批評の分野で注目を集めた。学部は経済学で修士は英文学だった柄谷は夏目漱石を論じた文章で文芸批評家としてデビューし、『マルクスその可能性の中心』を文芸誌に連載した。つまり「アカデミズム」と言いつつも、彼らはいずれも語義通りの「アカデミック」な領域で頭角を現したわけではなかった。それゆえ「ニュー」と呼ばれたのだ、と言うことも出来る。「アカデミズム」に属していた者が「アカデミズム」の「外部」で/に「知」を発信した、と言うことも出来るかもしれない。
*「ニューアカ」の思想的バックグラウンドは基本的にはもともと「左翼」的なものだったと言える。柄谷は元ブントだし、蓮實も東大のいわゆる「造反教官」のひとりだった。だが「左翼」的ではあっても、それはそのまま「反体制」を意味してはいなかった。むしろ「ニューアカ」は、バブル経済の上昇気流にあった「八〇年代」においては、日本という「国家」に対して、親和的とまで��言わないまでもかなり現状肯定的だった。本来はいわゆる「68年的」な思想であった筈の「(ポスト)構造主義」を使って「八〇年代ニッポン」の繁栄を説明しようとする無理に、当時は誰も気付かなかった(気付いても何も言えなかった)。ところが「ニューアカ」の多くは「九〇年代」に入ると、変節とも転向とも表立っては呼ばれることなく、すなわち公的には一貫性を維持したまま「左旋回」する。これはだから正確には「旋回」ではなかったのだが、スタンスとしてはかなり鋭角的に「反国家・反体制」化したように見えたことは確かだった(このあたりについては仲正昌樹の『ポストモダンの左旋回』を参照)。
 このような「ニューアカ」の特徴は、ほぼ二十年を経て「ニュニュアカ」によって「反復」されている。だが、その前にもう少し、続く「九〇年代」のいわば「ポスト・ニューアカ」についても触れておかねばならない。端的に「ポニュアカ」は「ニューアカ」に対する相対化というか異和の表明というかルサンチマンの発露というか、大体そのようなものとして登場した。その代表的な論客を、やはり現在との関わりにおける重要度に従って三人挙げるなら、これは疑いなく宮台真司、大塚英志、福田和也ということになるだろう。宮台は「ニューアカ」に対抗する戦略について度々語っているし、福田は柄谷・浅田とは良好な関係を保ちつつ、蓮實に対しては初期から徹底して批判的だ。大塚も湾岸戦争以後の旧「ニューアカ」勢の政治的言動の変節を執拗に批判していた。もちろんこうした個別的なことだけではなく、思想や批評が一種のブームになることによって、さまざまなことが可能になった時期には間に合わなかった彼ら「ポニュアカ」が、多くの意味でいわば「反ニューアカ」的スタンスをいささか露骨なまでに身に纏うことで世の中に出てきたことは確かで、受け入れる側もそのような存在として歓迎したり反撥したりしたのだった。これはある意味で単純きわまる「振り子の原理」のようなものだと思うのだが、しかし現実はしばしば単純な原理によって動くことがある。    書いてあったのはここまでだったのだが、この続きとしては、次に「ニューアカ」と「ポニュアカ」と「ニュニュアカ」のすべてを繋ぐ類いまれな存在として「東浩紀」という人について触れた上で、いよいよ「ニュニュアカ」のことを書くつもりでいた(もちろんもっと丁寧にやろうとするなら、たとえば松浦寿輝や丹生谷貴志や四方田犬彦のような人達や、渡部直己やスガ秀実のような人達や、あるいは笠井潔や加藤典洋や、あるいは椹木野衣や山形浩生や、そして大澤真幸についても当然触れるべきなのだが、それではさすがに字数がまるで足らないと思っていた。ニッポン批評史をやりたいわけでもないし)。  僕が「ニュニュアカ」という言葉で括ろうと思っていたのは、たとえば北田暁大や鈴木謙介、もっとも徴候的には稲葉振一郎のような人のことだった。本誌と同じ版元の長谷川裕一論『オタクの遺伝子』、ちくま新書の『「資本」論』、やはり太田出版からの『マルクスの使いみち』(松尾匡、吉原直穀との共著)、『モダンのクールダウン』(NTT出版)、立岩真也との対談本『所有と国家のゆくえ』(NHK出版)と、このところ立て続けに本を出している稲葉氏は、63年生まれ、一橋大卒で東大大学院博士課程単位取得退学、現在は明治学院大学社会学部教授だ。東大時代の付き合いなのか(彼らの一読者でしかない僕はこの辺の関係性をよく知らない、誰のこともよく知らないけど)、山形浩生とは旧知の仲のようで、インタ−ネットの稲葉氏のブログにはよく山形氏が登場する。ちなみに太田出版はもちろん「ニューアカ」の最後の牙城となった柄谷行人・浅田彰責任編集による「批評空間」の第二期の版元でもあり、『モダンのクールダウン』の元になった「片隅の啓蒙」が現在も連載されている雑誌「インターコミュニケーション」は、ICC(インターコミュニケーション・センター)同様、その成立と初期のコンセプトに浅田が深く関与していた(が、ご存知の方も多いように山形浩生は浅田彰に何度か極めて痛烈で痛快な批判を向けたことがある。稲葉氏が浅田彰的存在に対して何らかのスタンスを提示するようなコメントを発しているのかどうかは寡聞にして知らない)。ここ最近の「インコミ」には東浩紀と旧GLOCOMグループが度々登場し、最新号では稲葉氏と東氏の対談が、浅田彰と岡崎乾二郎の対談とともに巻頭に掲載されている(僕はこの二つの対談の並べ方は、タイトルの付け方と共にとても嫌味で最高だと思ったのだが、そのこともここで述べたいこととすごく関係があるけれど、とりあえずは置く)。  僕は稲葉振一郎氏の言説について、何事かを述べたいわけではない(し、さしあたり述べられるとも思っていない。述べてよいとも思えない。だが、これまた「何故、述べてよいと思えないのか?」ということも実は重要な問題なのだ。というか、本当はこんな韜晦をやたらと連発することで何かを語ろうとしている節もあるのだが。ただちょっと思ったことは、博覧強記というべき稲葉氏の論述の先にあるものは、そのすぐれて懇切丁寧な啓蒙的態度とある意味では相反するような、恐ろしく大文字のざっくりとした「問題」という気がして、それは氏自身もよく言及されているSF的な、というかほとんど空想科学的な荒唐無稽ささえ感じられて、それが僕にはなんだか、氏とほぼ同世代の椹木野衣が一時期やたらとフーコーの「人間の終焉」にこだわっていた、やはりほぼ同世代である僕にはしかし非常に不可思議な、こう言ってよければ大言壮語と重なる時がある)。そうではなくて、たとえば現在の「文化=思想=批評シーン」(「文学シーン」とか何でも「シーン」を付けるのはよくないと磯部涼が言ってたけど、「シーン」で括れるくらいどれもこれもちっちゃい、っていう事だよ)における「稲葉振一郎」の役割というか必要性のようなものが、僕の受け取り方では往年の「ニューアカ」の「反復」であり「持続」であるものとしての「ニュニュアカ」を、とても鮮明に示していると思うのだ(ところで63年生まれといえば、年齢的にはむしろ「ポニュアカ」に近いのだが、「○○アカ」の区分は世代ではない、ということは言わずもがなのことである)。  稲葉氏は『経済学という教養』や『マルクスの使いみち』などで、自らの想定読者層に対して「人文系ヘタレ中流インテリ」というタームを与えている。その意味については両書のそれぞれ序説の部分で述べられているが、「経済学という「教養」」や「片隅の「啓蒙」」という言葉に如実に現れているように、氏には人文的な専門知とでも呼ぶべきものを、アカデミックな研究者だけの愛玩物に留めておくのではなく、それに正当で健康な興味を抱く「素人」に対しても開いてゆくべきだ、という一種の信念のようなものがあると思える。彼らはアカデミシャンでも専門家でもありえない、それゆえに「ヘタレ」なのだが、しかし「教養」への意志や「啓蒙」への志向性は持ち合わせているぐらいには「インテリ」であるというわけだ。それはいわば「新書」的な「知」へのベクトル、とでも呼ぶべきものだと思う。コアな理論書でもテキスト=教科書でもない、不特定の「他者=素人」に向けた「教養」への導線としての「新書」。そしてそれは、嘗ての「ニューアカ」が纏っていたものと似てはいないだろうか。  浅田の『構造と力』が典型的だが、「ニューアカ」のひとつの本質は、多くの場合、地理的・言語的な障壁によって未だ知られていない何らかの「知」を「紹介」したり「整理」したり「解説」したりする行為のカジュアル化、すなわちファッショナブルな「啓蒙」ということであった。「ポニュアカ」には、総じてそのような親切さは微塵も存在していない。彼らは「ニューアカ」の突破もしくは反転を企図していたのだから(たとえば宮台真司は「専門知」も「大衆知」も更に極限化することによって「ニューアカ」との差異を披瀝した)。また、東浩紀も(『動物化するポストモダン』は講談社現代新書だが)「新書」的な姿勢とは実のところ無縁なタイプであると思う。彼は明らかに、あくまでも個人的な主題を公(共)的な主題へと短絡させる剛腕を持った、ある意味では古典的な意味での「哲学者」だ。だが稲葉氏には明らかに「新書」的なベクトルがある。それはたとえ「片隅」ではあっても「啓蒙」はありうべきである、という、もう一度言うと「信念」によって支えられていると僕には思える。そして、彼に代表されるような論客がそれなりの存在感を発揮しつつある現状を、さしあたり「ニュニュアカ」と呼んでみたい、ということなのである。  さて、ところでしかし、ここでやはり意地悪な問いを発さなければならない(そして、この問いこそがこの最終回のテーマ?なのだ)。「人文系ヘタレ中流インテリ」は、本当に存在しているのだろうか?。そこにいるのは、実際には「人文系ヘタレ中流インテリになりたい人たち」でしかないのではないか?  興味深いことは、「ポニュアカ」の方々の著書の方が、「人文系ヘタレ中流インテリ」よりも、ずっとポピュラーな「一般読者」に対して開かれているということで(それは彼らが良くも悪くも「ニューアカ読者」の外側に自らの購買層を設定してゆくしかなかったという事実を示してもいるが)、それは書かれた内容の高度さとはあまり関係がなく、いわばプレゼンテーションの違いなのだが、そんな「ポニュアカ」を経て「ニュニュアカ」が、敢て「読者」のスクリーニング的なことを標榜していること、そうせざるを得ないということの意味が、僕には気になる。  稲葉氏の著書は、あからさまに啓蒙書的形式を持つ『経済学という教養』を除くと、実のところけっしていわゆる「入門」的な中味ではない。そこで述べられていることを十全に理解するためには、読む以前に一定以上の「教養」が必要であり、それは(矛盾するようだが)いわゆる「新書」的なヤワさとは異なっている。つまり、そこには稲葉振一郎オリジナルの「哲学」というか「思想」が込められているのだが、しかし氏は「読者」がそこに辿り着くまでに経由すべき「教養」の有無をもはや無視することができない(この一種の自信の無さが「ポニュアカ」との決定的な違いだと思う)。だが一方では、それを真に直視してしまうと、ほとんど書く動機が損なわれかねないほどの危険性が存していることにも、恐らく気が付いているのだ。  そこで「人文系ヘタレ中流インテリ」が登場する。それは一見、揶揄のようないでたちをしてはいるが、実はそうではない。稲葉氏が設定しているような「人文系ヘタレ中流インテリ」は、おそらく数としては相当に少ない。それは「ニューアカ」の時代よりも減っているし、減り続けている。おそらく文字通りの「人文系ヘタレ中流インテリ」にカテゴライズされるような「読者」は、自らをそう同定しはしないだろう。居るのは、「人文系ヘタレ中流インテリ」というレッテルに、かなり倒錯的なものではあれ、一種のエリーティズムを感じてしまうような、いわば永遠の「人文系ヘタレ中流インテリ予備軍」なのだ。そして煎じ詰めれば「ニュニュアカ」とは、そうした「読者」に対してチャームを発揮する「知」なのだと思う(これは稲葉氏の言説や存在の意義とは何ら関係がない、念のため)。  「ニュニュアカ」が「ニューアカ」の「反復」であり「持続」でもある、ということの意味は、「ニューアカ」自体が、実はそういうものだったのではないか、ということなのだ。「ニューアカ」の時代に「わかりたいあなたのための〜」といった枕が付いた現代思想の「入門」書があった。また(これも太田出版だが)柄谷・浅田など「ニューアカ」勢による『必読書150』には「これを読まなければサルである」というオビ文が刻まれていた。これらは「読者」の「知」的な劣等感/優越感を露骨に刺激するようにできていて、「わかりたい」は「わかってると思える」に、「これを読まなければサルである」は「これを読めばサルではない」に読み替えられる。だが、それはどこまでいっても、たかだか「サルではない」ということでしかない。サルよりはましだと思うかもしれないが、それはようやくヒトになれただけで、もしかしたら、ただそう錯覚し得ているだけかもしれない。サルであることに無意識でいられるサルと、サルではないと思い込むことを(誰かに?/自分に?)許されただけのサルの、どちらが幸福だろうか?。  つい筆が走ったが、「持続」というのは、「ニューアカ」→「ポニュアカ」→「ニュニュアカ」の言説の担い手ではなくて、それらを「サルではない」と思いたい「人文系ヘタレ中流インテリ予備軍」に提供し続けている、いわば仕掛人的存在(端的に言うと「編集者」)が、三つのカテゴリーを通じて、現実としてほとんど変わっていない、という事実を指している。もちろん例外はあるが、それは実際に同じ人物か、もしくは同一の系列に属していることが極めて多い(ことは知っている人は知っていることだ)。彼らによってその時々の「アカデミズム」から人員がピックアップされて、「○○アカ」が生まれていく。そして、もっともクラい思いにさせられるのは、「ニュニュ��カ」的なるものの台頭が起こっているとして、それは「啓蒙」の成果として「人文系ヘタレ中流インテリ」が増大しているからではなく、むしろ「人文系ヘタレ中流インテリ予備軍」と更に外側の「人文系ヘタレ中流インテリ予備軍の予備軍」の絶対的で不可逆的な縮小が、あるポイントを経過してしまったがゆえに、いわばあぶり出しのようにして、そうなっているのではないか、ということなのだ。  もちろん、それはそういうものなのだし、ずっとそうだったのであって、今更どうこう言うようなことでもないし、そもそもお前ごときが云々すべきことでもない、という意見はあるだろうし、僕もそれはもっともだと思う(正直ほんとうに)。そして、だから僕は、この連載を今回で終えることにしたのだ。最終回だというのに、やっぱり上手く書くことができなかったと思うし、むしろ更にもっと混乱したままになってしまったとも思うが、とりあえずここで筆を置きたいと思う。でもこれは終わりではない。ありがとうございました。
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hit0ame-blog · 3 years
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これは持論なのだけども、
ザワ先生を劇場版のレギュラーキャラにするにはもはや彼をヒロインにするしか無いのでは?
いやどうもすみません。改めまして、劇場版ヒロアカ第3弾の映画の感想をば取り急ぎ失礼致します。
内容から小冊子までネタバレ全開です。要注意。
まさかのキービジュアルが冒頭で来るとは思わなんだ。最初からクライマックスだぜとはよく言ったものです。
とにかく格好良いめちゃくちゃ格好良い
あの最高格好良いステルスコスチュームのフードを被るところとか『今から壮絶な戦いが始まるぞ!』って感じがしてとてもドキドキしたし格好良かった!
各国のヒーローとヒーローの卵たちのスタンバるシーン良かったな……
ワンシーンだけでもザワ先生が出てくれないかと必死に探してしまいました😂
カチャとロキくんの掛け合い可愛いしプロの現場で殺陣回るカチャなんかこう、すごく、感慨深いのは何故……?
ア、散々妄想してきたプロヒカチャの活躍がこうして擬似的にも実際に見れているということに感動しているんだ、わし……!!たぶん、これは雄英の生徒寮で待つザワ先生もテレビの前で同じようなこと思ってる、筈。
ロキくんの戦闘シーンは技が豪快なだけあって見ていて清々しいね!
映画のタイトルのところスタイリッシュで格好良いしザワ先生マジで一瞬だったけどメチャスコ格好良かったです!
使いっパシリトリオ可愛いね。現地でずっとサンコイチの扱いされてたら大変宜しい☺ 作戦のチームの一員とはいえインターン生だからなんかあるとアカンで外出る時は三人で必ず行動することって言いつけられてたら尚良し!👍
しかしまぁ町並み綺麗!カチャに置かれましては数年後是非ともザワ先生とまたプライベートで行ってほしいです。
当然のように現地に馴染んでるけど3人とも英語喋れるんかしらね……?えぁあ……かっこよ……。ヒロアカの世界では英語が第二母国語としてしっかり学校で学ばせるのかしらね……?
ロディ表情豊かでめちゃくちゃ可愛い……。
気軽に対価を要求するところが環境の違いがあってとても感慨深い。そうやって彼は処世術を学んで生きてきたのね……。
イズクミドリヤによるジャパニーズ土下座が見事に美しかった!
ロディ中の人めっちゃハマってて良かった……。演技上手……全然ストレス無く見れる……好き……。
ここぞとばかりに黒鞭がダイナミックに活躍していてすごくすごくすごく良かった!!デクの運動神経の良さよ!!
逃げるロディも良かった!この子ヒーローになれるんでね!?ってくらいめっちゃすごい!!
「事件に大小つけるなんざインターンで学んでねぇなァ?(セリフうろ覚え)」ってエンデバさんにいちゃもんつけるカチャめっちゃ良かったどす!!
デクのこと心配するロキくん良いね……萌えるね……すごく良い……。
ロキくんがデクに「落ち着け」って言ってるのなんだか新鮮で「ほう🤔」ってなった。良かった。
満を持して指名手配されるデク😂 あまりに気の毒😂 ザワ先生もきっとテレビの前で「はぁ!?」ってなってたことでしょう……
ロディとデクのコンビ旅すごく良かった……。景色があんまりにも美しい……。朝も昼も夜も、透き通った空気が伝わって見惚れちゃった……。オンボロ車に乗って国境を越える旅とかロマンあり過ぎぃ!!良ぉぉぉ!!!
国境線での戦闘シーンめちゃくちゃヒリヒリした……。これぞアニメヒロアカ!!って感じがしました……。私服で戦うロキくんとカチャ大変スコでした……。
そして滑空してるヘリに外からへばりつくカチャの迫力がすごくて😂
目の前で人が飛び降りる瞬間を見てしまったときのカチャの心境について誰か解析を求む。
カチャがただの爆発三太郎てきな扱いじゃなくて本当に良かった。
トリオの中で頭脳派を発揮するところに花丸💮をつけたい。
肝心の大詰め戦闘シーンなんだけど、
カチャスタッフに性癖押し付けられすぎではないか!?カチャでなかったら死んでたぞ確実に!?
いや良かったけどね!?最高にエクスタシー感じたけどね!?アイマスク半分剥がれたところとか攻撃をされるごとに徐々にコスチューム裂かれていくところとか痛がる声とか!?血に染まった片方の眼球とか!?!?ザワ先生と同じ右目だったね!?!?最最最最高でしたがね!?ありがとう!?!?!?(混乱)
ロキくんが終始王子様でした……。デクロキくんにお姫様抱っこされてへんかった?あれ!?わしの見間違い!?
左目の炎を片手で掻き上げるように消すところとかイケメンでした……。
ロディが素敵過ぎて目眩しそうだったし、そしてわしは号泣した。
ロディ……あああロディ………この感情、この気持ち、おれはうまいことこの想いを表現出来ない……好きしか言えない……。
100%のデクがあまりに最強過ぎて一瞬敵が可哀想に思えた😂
デクとロディのシーンで全わしが号泣しました。
そして満身創痍の彼らを一体誰が回収したのでしょう🤔
空港でのハグも良かったな……。離れていても文通とかフェイス通話とかで連絡取り合っててほしい。ロディとにかく推せる。
冒頭の段階でザワ先生の登場は諦めてたけれども、エンドロールでちょっと出てくれて良かった……!
学生寮でイイダくんたちとソワソワしながら待ってるザワ先生すこぶる可愛かった!映画スタッフ様!ザワ先生推し民への慈悲をありがとうございます!
さて、本当はもっと言いたいことが沢山あるのですがキリが無いので総評に入ります。
とても良かったです。
まったくこれに尽きる。
何とかしてザワ先生の活躍シーンぶっ込んでほしかったのは正直な気持ですが、それはそれとして映画としてとても良かった。
ロディというオリキャラをここまで追求して好印象に描いてくるとは露とも思わず、終わった頃にはまんまと彼という存在に惚れこんでおりました。
ロディといることでデクも主人公としての良さがすごく引き立ってて、とにかく良いコンビでした……。
ここまで良い関係性を築いた頃にカチャとロキが合流しても特に違和感無く物語が進んでいってて、まぁとにかくストレスが無い。純粋に最初から最後までワクワクしながら見れた。
てっきりライジングトリオが中心になって動くかと思いきや、良い意味で期待を裏切られました。
え、ロディ、原作いないの?今後本誌で見れない???うそぉ………。
終始デクの心配をして奔走するロキくんと、そんな彼に腕を引っ張られながら付き合うカチャという構図がたまらなく良かったです。ありがとうございます。
そして小冊子!!!
ちょ、やば、おもしろすぎた。
一問一答wwww元No.1ヒーローにして圧倒的レジェンドに懐かれるザワ先生wwwww
え、すごすぎない??? これまでの人生浅く広くの人間関係を徹底してきたあのレジェンドオールマイトに、唯一懐かれる男、相澤消太。いやいやいやいや語感が強い。すごく良い。面白い。
懐くっていう一方的な矢印がまた良いwww
猫には威嚇されるのに世界的ヒーローには唯一親愛的な好意を寄せられてるという何とも言えないバランスwwwはぁぁザワ先生最高ですwwww
そしてザワ先生の休日の過ごし方よwww
生徒たちの教育方針を考えてるって………マジ………マジ…………理想的な先生過ぎて百億万回惚れ直した…………。
時々野良猫追いかけてるって………えぇええ………最高かよぉう…………。もうやだ…先生の身のこなしだったらどこまででも追いかけられるじゃん………。猫もびっくりだよ……。その内深追いし過ぎて猫の恩返しの世界へ迷い込んで天国を味わってほしい………。
いや、まぁ、あれだ。追いかけて気付いたらカチャの実家の前まで来ちゃって、光己さんにお昼ご飯ご馳走してもらってください……。うっかり家庭訪問しちゃって恐縮しながら学校でのカチャの様子を光己さんに話して下さい………。
はぁ……小冊子も含めて本当に何もかも良かった……。
良い映画だった。たぶんあと10回は見に行く。ありがとうございました。
しかしそれはそれとして、である。
ザワ先生ザワ先生ザワ先生ああああああザワ先生が足りない!!!!
劇場のスピーカーでザワ先生の声が聞きたかった!!!ザワ先生が動いて喋って戦って活躍してるシーンをでっかいスクリーンで見たかった!!!!
何故ザワ先生をお留守番させたわけ!?!?(ヒント※大人の事情)
カチャがボロボロに刻まれて大ピンチになるたびに「爆豪ッ!」つってザワ先生が助けに来やしないかと本気でマジでガチで願ってた!!!だってわし!!!相爆の女だもん!!!!
そんなわけで、ザワ先生最推しのわし、不完全燃焼の為妄想にて気持ちの補完を試みます。
わしのわしによるわしのための映画その後の相爆です。
【セレナーデよ届いておくれ】
 なんもかんもが勢いだ。
 海外遠征先での行動も、敵の本拠地に突っ込んだのも、イカれクソモブツインズをぶっ倒したのも。
 そして帰国して学校戻って寮に帰って、迎えてくれた留守番組の中にあの人の顔があったことに何だかいやにホッとして。ほんの一瞬だけ合った視線が、解けるように優しいものだから、すぐに逸らされた時は一抹のもの足りなさなんてものを感じたりもした。
 
 ──だから。
 
 だから、部屋に戻ってベッドに寝っ転がった時、思いつきというか何というか。
 無意識に携帯を弄って開いたメッセージアプリに担任の名前を出して、しばらく見つめて、感情に任せて文字を打った。
 
 『そっち行っていいか?』
 
 色気も飾り気も無い文章の上、普段なら絶対に打たない内容だ。
 今の爆豪の純粋な気持ちだった。
 会いたい。声が聞きたい。できるなら傍に寄り添いたい。
 ゲロが出るほど甘ったれたワガママである。
 けれどこれを、爆豪は送信してしまった。つい、勢いで。
 ポン、と間抜けな音を立ててトーク画面に表示されてしまった己のメッセージを見て、しまったと真っ青になった。
 外はとっくに夜更けを過ぎている。
 海外での戦闘でまだ浮かれ気分が抜けきっていないのか。
 口の中でクソ、と毒づいてすぐに取り消そうと両手で���マホを持ち直した直後、無情にも送ったメッセージに『既読』の文字がついてしまった。
 相澤にこのゲロ甘な爆豪の懇願を見られてしまったということだ。
 何だってこんな時に限って直ぐに携帯確認すんだよ!!
 何か返される前に弁明を申し上げてそのうえで見なかったことにしろと続け様に送る。送ったそばで直ぐに『既読』がつく。
リアルタイムで相澤が携帯を見ている。
爆豪のこの独り相撲を、彼は一体どんな気分で見守っているのだろうと考えると、モノスゴク死にたくなった。
 顔が見えない分めちゃくちゃ不安で、自分がひどく幼稚な奴に思えて嫌になる。こんなんでも、相澤と付き合っている仲だというのに。
 もう何だかスマホを見ているのも嫌になって、端末を握りしめたままうつ伏せで枕に顔を埋めた。籠った声で仕切りに「クソッ」と呻く。
 すると、小さな電子音を一つ上げてメッセージが届いた。当然のことながら、相手は相澤である。
 ロック画面に無機質に浮かぶ彼の苗字を目に留め、顔をクシャッとさせて口を引き結ぶ。息がしづらくて胸が切ない音を立てるこの症状、本当に何とかならないのだろうか。
 もう二度とメッセージなんてしないと誓ってすらいたところだったのに、『相澤』という文字が画面に浮かぶだけで何もかも忘れてただただ嬉しさだけしか残らなくなる。どんだけ情緒不安定なんだって話だ。
 端末を胸に引き寄せて、瞼をぎゅぅっと閉じて息を吐く。
 目尻を釣り上げたままそっと目を開けて、息苦しそうな顔をしながら画面を開いた。
 
 『いいよ、おいで』
 
 同じく飾り気も素気も全くない文面だった。
 それでも、爆豪の心臓を撃ち抜くには、その言葉は充分な威力があったのだった。
 
 
 
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nought-sough · 6 years
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神様のすみか
RADWIMPS「オーダーメイド」パロディ

黒子のバスケ 緑赤
いつものように、挑戦者の気概で教室に足を踏み入れた。そこには既に足ぐせの悪い神様が待っていて、窓からさす茜を一身に背負っていた。
緑間は無論大層に戸惑った。そこにいるのは紛れも無く中学時代の赤司だった。
「おいで」
赤司が机の上に座ったままこちらに声をかける。前髪は長く、互い違いの色をした目が猫のように爛々と輝いていた。その指は退屈そうに将棋の駒を弄んでいる。赤司は当然のように帝光中の制服を着ていて、自身を見下ろすと緑間も同様だった。そういえば少し視界が低い気がするし、喉元に声変わりの時期特有の倦怠感がまとわりついていた。ああ、これは夢なのだなと思う。中学のときのことなんてとうの昔に忘れていると思っていたのに、空き教室も赤司もひどく鮮明であった。 入口で立ち止まったままの緑間に、赤司が不思議そうな顔で視線をやった。夢ならそれらしく振る舞うべきか。そんなことを考えた。 「わかったのだよ」 言って近づき、彼の対面に座る。駒ののっていない将棋盤を睨む。 そして、顔をあげると神様がいた。おかしいなと思う。しかしいくら見つめてもそれは赤司の形をした神様であり、同時に神様の形をした赤司なのだった。理屈ではなかった。夢特有の不可解な直感がそう告げていた。 教室の中はひどく暖かくて、窓の向こうや廊下ごしに聞こえてくる喧騒が耳に心地よい。母の胎内にいる赤ん坊のような、そんな気持ちになった。 ふわりと赤司が手を動かした。一瞬ののち、ぱちん、軽快であり威圧的である、そんな相反したような音がたちどころに生まれて消える。緑間は眉根を寄せた。そこは。全くこいつは、なんて手を打ってくるのだろう。考えてみれば緑間は、こちらの赤司と将棋を打ったことは一度もなかった。こいつはあちらの赤司とは打ち方の傾向が少し異なるように思う。攻撃的というか、威嚇的というか。自己保存の本能がないようだ。怖がりなゆえに襲いかかるのか。そして緑間はそういう打ち方に対する策を全く持ち合わせていなかった。気づくと泥濘に足をとられて悪戦苦闘している。対面の相手は全く涼しい顔だ。そして赤司は、退屈しのぎにかこんなことを言い出した。 「真太郎。お前は未来と過去を見れるとしたら、どちらを選ぶ」 その声にはなんの色も含まれない。緑間は赤司の能力を思い返して、何だそれは、嫌味か、と混ぜ返した。どちらも視れる、そんな目を持つやつがなにを。赤司はくちびるだけで笑うと、いいから、と答えをせっついてきた。 「…俺は、過去だけでいいのだよ」  膠着しきった盤上から意識を外して眼鏡を押し上げる。へえ、なんで? 赤司はそう尋ねてきた。言葉を選ぶ。どう言えばこの男に伝わるのかわからず、元々軽くはない口がさらに重くなる。 「未来を見れるというのは、過去や現在を軽んじることになる気がするのだよ」 「軽んじる? お前らしくもないな。そんなものは単なる印象論に過ぎない」 「印象論になるのは仕方ない、俺はいまだかつて未来が見えるという体験をしたことはないのだから。だが――」 実際、お前はお前の目を持ってしても、今と過去しか見えぬ黒子に勝てなかったではないか。口にでかかった言葉を飲み込んだ。この赤司はきっと中学時代の赤司であって、自分が敗北することなど論外であり、その存在を許容することなど到底不可能に違いない。籔蛇だ。何とか言葉の継ぎ穂を探して続ける。 「人間にとって現在と過去は絶対的なものだ。その息詰まる窮屈な時間軸の中で未来だけが変数だ。拓けている。そうではないか?」 赤司は肩をすくめる、続けろというようだった。 「上手くは言えないが…人はその未来という未知数があるからこそ、その変化に希望を託し、そこに依拠して生きられると思うのだよ。未来が既に見えるのなら、生きるのなどひどく退屈なことだろう。 あれをやれば失敗する、あれをやると紆余曲折はあるが���終的には成功し良い思い出ができる。そのような結果論ですべてを考えるというのは…人を随分貧しくさせると思うのだよ」 眼鏡を押し上げる。らしくもないことを言ったかと思う。まるで前向きで健全だ。緑間は自身のことをそういうふうには思わない。絶対的なものをこそ求めているように思う。たとえば目の前のこいつのような。 戸惑いながら言葉を続けた。 「それに…お前のいいざまだと、もし未来を選んだ場合過去は見えなくなってしまうというように聞こえる。過去が見えなくなるなど…俄に想像しがたいが、それはアルツハイマー病のように記憶がなくなるということなのか? あるいは、今の自分から、過去を延々と切り離されていくということなのか?」 赤司は目を伏せる。その裏にあるものは読み取れない。俺は脳内でそういう状態をシュミレートする。過去をなくす。ひどいことだ。 辺りを見回す。赤司との将棋によく使った空き教室だ。机が夕日を反射し橙の海原のように見える。乱雑に消された黒板と、日直の欄に書き付けられた見知らぬ名前。中途半端に閉められたうす黄色いカーテンがやわらかくなびく。俺がこんな夢を見られるのも、すべては記憶あっての物種だ。無論自分とてその記憶や思い出とでもいうべきものを、忌まわしいと思ったことはある、かつて輝石(キセキ)と呼ばれた原石は無残にも砕けて飛び散った。あのとき全能ですらあったはずの5人は、けれどあまりにも無思慮で不器用だった、赤司はどうだか知らないが。生き血を流すような経験として敗北を知った。それでやっと緑間は、全力で相対した敗者に対して自分たちの行為がどんなに残酷なものだったかを理解した。 「…俺の想像した通りならば、未来が見えるというのは、盲目的な状態に思えるのだよ。自分にも、他者にもな。こんなことを言うのは柄でもないが……過去から学ぶこともあるだろう。今まで自分がしてきた経験を度外視するのは賢明な選択とは言えんのだよ」 「なるほどね。いい答えだよ、真太郎」 赤司は凛とした声で言い放った。なら、お前には過去が見えるようにしてやろう。 過去が見えるようにしてやる? 怪訝(おかし)な言い方だ。どう言う意味だと尋ねながらやっと練った手を打った。赤司は色のない目で俺の勧めた駒を眺め、無造作に歩兵をつまんでぽいと銀の前に投げる。歩兵だと? ばかな。金色の目が俺を見上げてくる。足を組み替えて笑う。 「いやだな、わかってるだろ、真太郎。僕は神様なんだ」 嘘も本気も判断がつかない。赤司であれば、なおさらこちらのあかしであれば、仮定の話だとしてもこんなふうに自信満々で己を神だと言い切りそうでもある。たかが夢なのに俺はそんなことを考えている。俺の訝る顔を童顔の自称神は愉しそうに見つめ返す。 「僕はね、キセキの中でもお前のことを気に入っている。一番僕に近いと思っていると言っていい」 「褒められている気がせんな」 今のところ自分は赤司の足許にも及んでいる気がしない。近い? 何がだ。性格か(ぞっとする)、IQか(ならばこの盤上ではもっと接戦が繰り広げられていてもいいはずだ)、テストの順位か(一位と二位の間にある数点を緑間はひどく遠いものに思う。こいつは100点満点のテストだから100点を取っているものの、200点満点であれば200点をとるし、500点であれば500点をとるだろう。たかだか100点のテストで99点をとる俺など、彼にしてみたらきっと道化にすぎぬのだろう)――いずれにしたって全く正当性がない。それとも家柄か、いえがらなのか。しかしそれは、俺が自力で掴んだものではない。そんなもので認められたところで嬉しくもなんともない。 「冷たいなあ。…まあそんなわけで、真太郎には特別大サービスだ。おまえにはね、いろんなものをあげるよ」 きっとね。 ――眸を。 ゆうひに輝かせて赤司は言う。ついと駒を弄ぶ指先が上がり、提案だというように人差し指を突きつけられる。 「腕も脚も、口も、耳も目もね。心臓も乳房も、鼻の穴も、二つつずつやろうじゃないか?」 荒唐無稽にも程がある申し出だった。 「…下らん。たかが中学生のお前にそんなことが出来るのか? 」 「ああ、赤司家の全精力を上げると約束しするよ」 馬鹿に仕切った声を出したつもりだったが、赤司はあっさりとそう言った。全くこれが中学生の貫祿だろうか。自分も中学生なのを棚に上げて緑間は思うのだ。 どうかな真太郎? 僕は悪くない提案だと思うけれども。 静かに目を伏せて赤司は言う。今こいつが見ているのは何手先の未来なのか。跳ねた赤い髪が夕日に煌めく。それに目がいってしまう。俺は赤司が言ったことを脳内で反芻した。腕も脚も口も耳も目も。心臓も乳房も鼻の穴もだと? 「…乳房はいらんのだよ」 「おや」 赤司はくすりと笑った。瞳の中で赤い海が跳ね返る。 「残念だな、真太郎は女の子になりたくないのか?」 「こんな背の高い女がいてたまるか」 そんなことをほざく張本人の方がよほど少女のような顔をしていると緑間は思う。乳房はお前にやるのだよ。そう貶せば、赤司は、それは困るな、家が継げなくなってしまう、といって笑った。 「まあでも、俺が女の子だったらもっと自由だったかもね。もしそうなったら、お前と付き合ってやってもいいよ」 随分とふざけたことを言ってくれる。びしりとたつ青筋を自分で意識しながら、緑間は眼鏡を押し上げた。 「そもそもお前が女なら俺達は出会ってなかっただろう」 「さあ、どうかな、運命論に則ったら、俺の性別がどうであれ、俺とお前はこうやって将棋をやってたんじゃないかな」 運命論? 赤司征十郎らしくもない言葉だ。厭味ったらしく返して俺は桂馬を進めて歩兵を取る。どうも誘導されている気がしてならないが。赤司は俺の置いた駒を見やる。悠然とした笑みは崩れない。 「分かったよ。他に注文はないかい?」 「……ふん、まあ、腕と足と耳と目と鼻の穴 は、貰ってやってもいいのだよ。だが、口は二つはいらん」 「一つでいいと?」 「ああ…もし俺に口が二つあったとして、それぞれが違うことを言い出したら面倒だし、振り回される周囲もたまったものではなかろう。それに、独りで喧嘩するなど愚の骨頂だからな、赤司」 それは皮肉のはずだったけれど赤司は表情も変えなかった。おれは彼の中に居るはずのもう一人の赤司征十郎を探そうとして失敗におわる。 ―――ウィンターカップが終わって、黒子の誕生日を機に、赤司に会った。それは夢ではない、現実のなかの記憶だ。 赤司はまるでウインターカップまでの自分なんかなかったみたいな顔で、驚くぐらい平然と俺達の前に現れた。油断ならない雰囲気ではあるがどこかのほほんとした彼を、緑間は戸惑って眺めることしかできなかった。彼と彼の奥にあるものが気になって、脇にいた青峰とは違って挨拶の声もかけられなかった。あの赤司は確かに中学時代、一年生の時まで、緑間の隣に並んでいた赤司だった。 あの驚くような冷たさを見せる前の、少年の名残を残した赤司征十郎。 一体そんなことがあるのだろうかと、黒子のパーティからの帰宅後父の医学書にまで手をつけた。それで分かったことといえば人の精神が生み出すあまりにも膨大で複雑怪奇な症例の数々で、最終的に緑間に残されたのはどんなことも有りえないということはないという結論にもならない結論だった。 緑間は赤司が二人いるという事実を現象としては納得していて、でも原理として納得はしていない。 眼鏡を押し上げる。 あの時の気持ちをなんと呼べばいいんだろう。今自分の胸に溢れかえる感情だって、なんという名がつけられるものなのか緑間には解らない。 忘れたいとも思う、忘れてしまえばいいと思う、赤司のことなど。こんな複雑怪奇な男のことなど。しかしどうやったって忘れられないものばかりだった。はね返る髪、やさしげな笑みにすべてを支配する掌。高尾のパスをさえぎった傲然とした表情、くっと見開かれた瞳孔に、バスケのユニフォームから覗く手足。ふくらはぎと、脇からしなやかな二の腕に続く線。どれもまったく、出来すぎていた。緑間はどちらかというと男というより女のそれを見る感覚で赤司を見ていた。それはたしかに恥であった。忘れてしまいたい記憶で、けれど何に変えても忘れられずにいる。今だってきっとそうなのだ。盤上を見るためにうつむき露になるつむじと、臥せる瞼に生える赤い睫毛。不意と顔をあげられれば整いすぎた顔の強すぎる目の光に、目を逸らすことも赦されない。視線が交錯し、次いで、 「――――っ!?」 ゆめだ、 これはゆめだ、ゆめなのだ。でなければ説明がつかなかった。一瞬だけ身を乗りだして緑間とくちびるを重ねた赤司は、また何事もなかったように穏やかな微笑みを貼り付けた、 「そうだね。そうでなくては、恋人とこういうことも出来ないからね」 「おま…っ何を考えているのだよ!」 「何を考えてるって…お前の将来のことだけれど。いつかお前に恋人ができて、今は見も知らぬ誰かさんと愛し合う日のことさ。そうなったときに、口がふたつあったら不便だろう? 真太郎が浮気ものだと糾弾されないように、一人とだけキスができるようにしておかないとね」  ゆるりという、冗談なのかそうでないのか。緑間はぐいと口を拭う。しっとりとしたくちびるだった、そんなことが脳裏に焼き付いてしまうようで恐ろしい。 「…そ、そんなふうに気遣われなくともおれは…ひとりとだけキスをするのだよ」 「おや、本当かい?」 赤司は桂馬を進める。また一考の必要がありそうな手だった。 「寧ろお前が危ぶむべきはお前自身だと思うがな」 くちびるを、記憶から追い払うために緑間はわざとねじけたことを口にした。 「僕かい? …お前にそんなに不誠実な人間とみられていたなんてしらなかったな」 「お前は…人によって言うこともやることも変えるだろうが」 「ああ、それはね。それが効率的だと判断すればそうするよ。というか、誰にでも同じ態度で同じことを言う人間なんてなかなかいないさ。お前くらいのものだろう」 「それは暗に俺が変人だと言っているのか?」 「まあ、僕は真太郎のそういうところが好きだよ」 論点がずれている、そう思って、しかし是正することばを吐くのも面倒だった。こうやってゆるやかにそらされる会話をいったい何度こいつと交わしたことだろう。幾度も忘れたいと思い、けっきょく忘れることはできない。こいつといるとそんなことが千千にまで増えていく。胸の中に膨れ上がる色鮮やかな感情を数え切れない。嫉妬、羨望、憧憬、勝利の悦び、敗北の苦さ、屈辱感、絶望、寂寞。俺にそういう感情を教えたのはすべて赤司だった。俺の肩にも満たない幼い顔の男だった。赤毛を見るのがなんとなく苦しくて眼鏡を外して拭う。忘れたくて忘れようとして、けれど忘れられなかった。こういう想いをどう、てなづければいい。赤司なら知っているんだろうか。これはこれこれこういう名前なのだと、相手チームの作戦を詳らかにするときのように、俺に教えてくれるだろうか。 埓もなかった。 「…つれないなあ」 微動だにもせぬ緑間の顔に、自分の好意を拒否されているとでも思ったのだろうか。赤司は珍しく少し不機嫌そうな顔をした。ふと違和感が兆す。こいつがこんな顔をしただろうか。 「…まあ、お前といるのももう残り少ないしね。これは俺からの餞(はなむけ)だ」 兆す。眼鏡をかけ直した。左目の黄金が赤く塗変わっていく様を見た。 「一番大事な心臓はさ、お前の両胸につけてやろうね」 「あかし、」 あの一件で変質する前の赤司がいた。オッドアイは、やはり見るものに不穏な印象を与える。顔の作りも何も変わっていないのに、柔和で落ち着いた雰囲気が彼の周りに漂っていた。二重人格、だという。二重人格。二人の人間。ふたつの心臓。 「まだそんなことをほざくのか」 「ほざくとはなんだ?ひとつよりは、二つあったほうがいいじゃないか。それ が道理というものだろう。一つが潰れても、もう一つが残れば生きられるんだからなんとも心強い」 「──それは、どうにも一人で生きることを前提とした話に聞こえるな」 痛かった。緑間の言葉に赤司が問うように目を見開く。 「赤司、答えてくれ。おまえはあのときもそう考えていたのか? お前にとってあのときまわりにいた五人は、ただのでくの棒に過ぎなかったのか?」 この姿の赤司からそんな言葉を聞くのは耐えられなかった。あの赤司ならばまだ耐えられる、あれは結果だ、もう動かせない結果の赤司だ。しかし目の前のちいさな彼は未だ過程であった。赤司の腕をつかむ。薄い制服に囲まれて、消えてしまった赤司はここにいた。勢い任せに抱き締める。夢だろうと神様だろうと構わなかった。むしろそうなら逆に好き勝手ができるというものだ。赤司がもがくように身じろぐから逃すものかと力を入れる。もみあうと椅子も将棋もあっけなく音を立てて倒れていった。がらんどうの教室に響き渡るそれはひどく耳障りだ。手酷い音を立てて安物の将棋が床に跳ね返り飛び散っていく。 「あまり馬鹿にするなよ、赤司」 わがままな腕を床に無理やり抑えつけて声を落とす。こうして組み伏せれば体格差が酷く顕著であった。 「心臓ぐらい、俺にだってあるのだよ」 「みどり、ま」 薄くさぐるような声は変声期を過ぎたばかりで震えている。次いで彼の指が伸び緑間の眼鏡を外してい���た。驚いて高鳴る緑間の心臓のことなど知らぬ気に、その指先は頬を拭っていった。 「…余計なことを」 「すまない、だって」 「黙れ」 くすりと笑われれば苛立ちが先に立つ。諫めれば赤司は存外素直に口をつぐんだ。まったく精巧な夢だった。なめらかな肌、形の良い輪郭、耳、通った鼻筋、色づくくちびる、額にかかる前髪。赤司と抱き合っていた。彼が口を閉じると制服の内から浸透してくるような鼓動が聞こえてくる。ああこいつとふたり生きてここにいると思う。教室は暖かく遠くから喧騒が聞こえまるで母の胎内のようなのだ。 「こうしていると、お前の心臓がどちらにあるかまでわかってしまうよ」 少しして赤司はまた口を開いた。ああ、と返す。 「――俺もなのだよ」 とくとくという心音は際限がない。赤司の鼓動は右の胸から聞こえる。いくら二重人格だといえ、心臓までも二つあるわけがないのだ。馬鹿なことを考えたと思う。赤司は人間だ、人間で、人間には心臓は一つしかついていないのだ。 ひととはそういう生き物なのだ。 「こうしていれば右側の心臓など必要ないだろう」 ぴちゃりと緑間の目から涙が滴り赤司の頬に落ちる。そういえばこいつが泣いたところを見たことがないかもしれない。 「お前は涙も欲しいらしいね…」 消え入りそうな声で赤司は言った。手のひらが後頭部にあてがわれて、彼のなだらかな胸に己の鼻が押し付けられる。赤司に抱き寄せられていた。 「何を泣くことがある?真太郎。お前の望み通りにね、全てが叶えられているじゃないか」 慰めのつもりだろうか。 胸も手も足も耳も目も、心臓も口も鼻の穴も心も涙も体だって、みんなお前が選んだことじゃないか。緑間の耳元で囁く。 「泣くことなんてないだろう……」 涙が伝って赤司の唇までたどり着く。彼はそれを舐めてしょっぱいなと顔を顰める。 「ああ、それと、ちなみに涙の味だけれどもね、」 赤司はそう口を切る。まだ続ける気なのか。彼らしくもない。 「それも緑間の好きな味を選べるようにしてやるとしよう。もっと甘くしたらどうかな? そうしたらさ、お前が泣いたとき女の子が喜ぶかもしれない。だってさ、女の子って甘いものが好きだろう?……」 とち狂ったのかと思う。まったくふざけた讒言だ。 「馬鹿か、お前は」 女の前で泣くなど矜持が許さなかった。いや、女でなくとも、人前で泣くなど考えるだけで不愉快だ。涙の味などこのままでいいと思う。そうなら、俺のそれを舐めるなんて馬鹿なことを仕出かすのはこの男くらいなものだろう。俺にはそれくらいが似合いなのだ。 胸が騒がしい。 ちかちかと眼前で粒子が瞬く。夕日が傾きかけ、暁に濁っていく。無邪気にこちらの顔を覗き込んでくる赤司の瞳が美しかった。 「なんだ、」 「なあ、ちゃんと見せてよみどりま。お前はむしろ誇るべきだろう」 胸が騒がしかった。 眼前に迫る赤司を、その目に入りそうな前髪が、彼の眼を疵付けるのがいやで指で払う。赤司は俺のことじゃないよと眉を寄せて少し笑う。 (これはなんだ) 俺がお前に教えたい感情と、お前が俺に教える感情と、いったいどちらが多いのだろう。 ことばにできないもつれる感情をぶつけるようにその細い体を抱きしめる。中学生の赤司と、空き教室と夕景とその温度。すべてがひどく懐かしかった。赤司の体は抱きすくめるのに丁度よくひどく胸に馴染んだ。まるで生まれた時からこうしているようだった。 胸が騒がしい、でもなつかしい こんな思いをなんと呼ぶのかい さらり、と。 風に髪が揺れた。さやかな水音が耳元でたつ。薄目を開ける。視界に初夏の光が飛び込んできた。古びた天井が見える。縁側の障子を開け放った日本家屋の、古式ゆかしい一室に寝かせられていた。 首を回す。和服の赤司が枕元で盥に水を絞っていた。名を呼ぼうとして、うまく声が出せない。のどがひどく乾いていた。しかし気配に気づいたのか赤司はふと視線を上げてこちらを向いた。顔は大人びていて、両目は綺麗な赤だった。飽きるほど触れた唇が動き緑間の名前を呼んだ。「彼」の方がそう呼ぶようになってから随分経っていた。 「真太郎、起きたか」 具合はどう? 気遣わしげな声色だった。ああ、と思い出す。高校はおろか、大学を卒業し、赤司家が所有するこの空き家で彼と同居を始めてから三年が経っていた。 「びっくりしたよ、急に熱を出して寝込むものだから。医者の不養生とはよくいったものだね」 低い落ち着いた声のトーンが耳になじむ。和服を襷がけに身にまとった二十六の赤司は麗人というほかなかった。冷たい手拭いを差し出してくるその手を、思わず握る。 「、?」 驚いて目を見開いた顔は存外に幼い。 「赤司」 「どうした?」 「お前と俺はどこかで会ったか?」 「……は?」 思わず口から零れたことばはあまりにも奇矯なものだった。赤司が困ったように眉を寄せる。熱でおかしくなったのか、言ってひやりとした手が額に載せられる。 「ち、がうのだよ、」 「じゃあ何だ」 「だからどこかであった事があるかと聞いている」 「だから何を……お前と俺は中学からの付き合いだろう」 「いや、それより前だ」 「中学より前?」 赤司の声がワントーン上がる。更に困ったように眉を潜める赤司は、なかなか見れるものではなかった。 「なんだ?たとえば、小学校とか幼稚園とか、そういうことか? …まあ一度くらいすれ違ったことがあるかもしれないが、俺は覚えがないな」 赤司の唇が紡ぐ言葉は常識の範疇内にある。いつものことなのだが、その理路整然とした態度が今の緑間には歯痒い。 「いや、もっと前なのだよ、たとえば、生まれる前、とか……」 「ふ、なんだそれは、前世とか、そういうやつか?」 真面目に言い募る緑間に赤司はぷっと吹きだした。語調はひどく柔らかく、ふわりと額の上から手が外れて、手ぬぐいが緑間の額の汗を拭き取っていく。 「一体どんな夢を見たんだか」 半ば呆れたようにつぶやく赤司は、夏の日差しに逆光になる。こいつが覚えていなくて俺が覚えていることなどそうあるものでもない。珍しく恋人に対する優越感を覚えつつ緑間は瞼を閉じた。赤司が溜息をついて立ち上がる。熱で浮かされたものとでも思っているんだろう。おやすみとちいさく落とされた声は、ひどく優しく緑間の耳に染みこみ消える。気だるさと混ざったあまい眠気が手を振っている。
眠りにおちる緑間の意識の中で、足ぐせの悪い神様は、将棋盤の向かいで夕日を浴びて、退屈そうに座っていた。
2016.1.17 別サイトにて公開
2018.5.14 転載
9620字

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skf14 · 4 years
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10280135-4
「鴻神と貴女たちの関係は私の知るところではありませんが、少なくとも彼は、事件発生から貴女を気にかけ、事件解決に奔走していた、と言うことだけは、分かっていただけると幸いです。」
「あの、吉沢さん。」
護衛の警察官に声をかけ、去ろうとする吉沢警部を呼び止めた私は、一つだけ、引っ掛かっていた事を質問した。
「篠宮、今病室に入っていった彼を、最初にお知りになったのは、いつですか。」
「そうですね、私の記憶が正しければ、あれはもう、10年以上前、12年ほど前じゃなかったかな。」
「ありがとうございます。」
去って行った男、吉沢に、「鴻神が犯人確保の際に刺されて、今治療中だ。」と言われた時、真っ先に思い出したのは、最後、鴻神から篠宮へ電話をさせた時のことだった。
鴻神は私に、「万が一自分が怪我したと知っても、篠宮には知らせるな。絶対病院に来させるな。」と釘を刺した。理由を聞いてもはぐらかすばかりで、心底嫌な奴だと、その時は嫌悪感しか抱いていなかった。実際鴻神は無茶をするタイプではなかったし、サヨナラを告げてから定期的に伝えていた彼についての連絡は滞りなく、事務的なやり取りだけで終わっていた。鴻神が黙っていた可能性も否定できないが。
私は結局、篠宮に連絡した。なぜか。問われると、明確な答えはない。ただ、知らせるべきだと、思った。それについて鴻神に怒られたところで別に、何の支障もない。
当然、血相を変えた彼は仕事帰りの私を拾ってから病院に直行した。出会ってからそれなりの年月が経ったが、彼の取り乱す姿を初めて見た。
「2年ぶり、か。」
鴻神は、18歳の私を覚えているだろうか。24歳になった私を見て、どう思うんだろう。扉の向こうは沈黙を貫いていて、何も分からない。私はそっとドアに手をかけ、扉を開いた。
「こ、鴻神、さん、」
彼女からの知らせに、頭が真っ白になった。僕と彼の間に死、と言う言葉が浮かんで、むしろ警察官でありながら、今までその匂いを感じさせずに来たことの方が凄いのかもしれない、と他人事のように思う。
ベッドで横たわる彼に声を掛けても、勿論反応はない。目を閉じ、静かに眠るその頭には包帯が巻かれており、彼1人が眠る病室にはぷん、と薬の匂いと、そして微かな血の匂いがする。
口元に手を翳せば、微かに空気が動くのを感じて安堵した。当然か。当然なんだろうが、安心する。
もう、何年顔を見ていなかっただろう。連絡すらもろくに取れないまま、彼は一体どこで、何を。僕はそばに置いてあった椅子に腰掛け、彼のいつもに増して白くなった顔をそっと撫で、そして、力なく投げ出されていた手を握った。
「鴻神さん、」
その瞬間、ザ、ザ、と、どこかからノイズが聞こえた気がして、顔を顰めた。何だ、今の感覚は。すん、と無意識に鼻を鳴らして何かの香りを探す。漂っていたのは、ほんの微かな、これは、甘苦い、特徴的な何かの匂い。僕はこの香りを、どこかで確かに、知っている。のに、思い出せない。どこだ。朧げすぎて、面影を追うことすら出来ない。
「この、匂い、どこかで...」
ベッドサイドの白熱電球が照らす部屋で、手を握り、無事を祈る姿を、僕は、どこかで、確かに、見た。
『��、』
ノイズの向こう側で、僕���呼ぶのは、誰だ。分からない。ベッドに預けた頭に、暖かな、何かの感触がする。抗えない眠気に誘われるようにして、そっと、落ちる瞼。
ナイフが腹に刺さる瞬間がスローモーションのように見えた時、後ろ手に庇って抱きしめた子供にせめて何も見えないよう、スーツの前を掻き抱いて犯人の首に蹴りを入れた。肉体派ではないものの、我ながら良い動きをした、と思う。気を失いぶっ倒れた犯人を見下ろし、女の子の手を引いて婦警へ引き継ぎ、女の子が俺に手を振って、そして、姿が見えなくなった瞬間、意識がブラックアウトした。
左手が暖かい何かに包まれていた。だからこそ見せた、幸せな夢だったんだろうか。ゆるり、と開いた目に映った世界は、薄暗く、味気のない世界だ。腹が重い。何故。軋む身体を極力動かさないよう首だけを曲げると、ここにいるはずのない男が、俺の手を握り、微睡んでいる。これも、夢なのだろうか。
「......この、匂い、」
ぼそぼそと呟く声に、嫌な予感がじわじわと正解になっていく予感がして、俺は昔なかなか眠らない彼を寝かしつけていた時のように名を呼び、頭を撫でた。頼む。起きてくれるな。
「.........燎、」
ぎゅっ、と手を握り直した彼、篠宮が穏やかな寝息を立てはじめ、俺は状況把握と、考え得る最悪の展開を想定した。あぁ、ついていない。よりによって今日の相棒は、吉沢だ。こういう時の勘は、嫌というほど当たってしまう。
あまりに静かで、心配になった私はそっと扉を開き、部屋の中へと歩み寄った。酷く血生臭い。ベッドの脇、彼が布団に突っ伏すように頭を下げている。安心して、寝てしまったのだろうか。
肝心の鴻神は、と顔を覗き込む。と、瞼をゆっくり開いて、私の目を覗き込み、そして、空っぽの真っ黒な目に、じわじわと生気が満ちていく。ああ、この男、随分と乾いている。
周りに漂っていた黒いシャボン玉も随分と数が増えて、何か違和感が、と、私は漸く気付いた。部屋に漂うむせ返るほどの血の匂いが現実の血液じゃなく、鴻神を縛り付けるように巻き付いていた有刺鉄線が食い込み、身体中から流れ続けている、私にだけ見える深紅によるものだと。湧き上がるこの感情の名前は何なのだろう、嫌悪でも、憎悪でも、恐怖でもない。
「あ、なた...」
「...俺、言うたよな。来さすな、て。」
「......」
「......ちょっと、上着、内ポケット、取ってくれへんか。」
不思議と、篠宮を起こそう、とは思わなかった。きっと目覚めて軽口を叩き合う事を誰よりも待ち望んでいたのは篠宮だったはずなのに、どうしてだろう。眠る篠宮を避けるようにぼこりぼこりと現れては破れる黒いシャボン玉にも、不思議とあの頃のような怒りが、湧かなかった。
傍の椅子に折り畳まれて掛けられていた鴻神のスーツは随分と彼の血を浴びたらしい。腹側の黒い裏地が一段とどす黒く染まっていた。持ち上げた時に香ったのは、あの日鴻神が吸っていた、独特な煙草のフレーバー。内ポケットを探ると、小さな、ガラスの何かが指先に触れた。取り出すと、それは掌に収まるほど小さな、長方形の小瓶だった。装飾も何もないシンプルな鈍色の液体が容器の7割ほどを満たしていた。
なんて、哀しい色。私は、未だかつて彼の周りに、彩度の高い色を見つけられていない。
「...これ、?」
「おん、」
怪我人に対して強く当たるほど、私はもう子供じゃない。小瓶の蓋を外して自由な左手にそっと置いてやれば、彼はそれをしゅっ、と、篠宮に降り注ぐように何度か放って、そして、私に目配せした。私は少しだけそれを眺めた後、鴻神から瓶を受け取り元あった場所に戻した。数秒経ってふわりと香ったのは、私の目に映った色は。一言で表すなら。喪失感。
「...これ、貴方の香水?どうして突然、振り撒いたの。」
「タバコ臭いの、好かんやろ。」
「嘘ついても、バレるの忘れた?」
目の前の男が耄碌したのか弱っているのか、判別は出来なかった。ただ吐き出される真っ黒になりきれていないマダラ模様のシャボン玉を見ると無性に喉を掻きむしりたくなるような焦燥感に駆られてしまうから、私は目を伏せ、すやすやと眠る篠宮を見下ろした。
「久しぶりね。」
「せやな。」
「もう、あれから2年経ったわ。...少しは、大人になったかしら。私も、貴方も。」
「なぁ、もう、帰ってもろてええかな。」
抑揚のない声。天井をただ見つめる、真っ黒な瞳。鴻神の感情は読めない。ナハハ、と耳障りなほど明るく笑う鴻神は、彼を守る鎧だったのかもしれない。6年前の私は彼を、見ていたのだろうか。どこまで、見ていたのだろうか。
「...分かったわ。ただ、無事だってことくらいちゃんと自分の口で伝えて。」
「ん、分かった。」
「...篠宮さん、篠宮さん。起きて。」
「ん......あれ、僕、寝ちゃって、た、?」
肩をゆすると流石に気付いたのか、寝ぼけ眼を擦りながら顔を起こした篠宮を見て、"鴻神さん"はへらり、と笑い、繋がったままの手を挙げて、ゆらゆらと揺らした。
「篠宮ァ。」
「こっ、こ、鴻神さん!!目、覚ましたの!?」
「覚ましたも、何もお前、刺されたとこ、枕にされとったら、誰でも起きるやん。」
「えっ!?ご、ごめんなさい...痛む?大丈夫?」
「かすり傷やから、明日には、もう退院や。」
「そうなの?本当?」
「...えぇ。さっき鴻神さんの上司の方が来られて、そう言ってたわ。」
「よかったぁ......」
平然と出てきた嘘に素直に騙された篠宮に、罪悪感が少しだけ湧き出てすぐに消えた。嘘が全て悪い、なんて、子供の考えだ。鴻神は繋がった手をさりげなく離し、私と篠宮を見て、糸目を細めて笑う。
「おおきにな、二人とも。」
「ん?鴻神さん、...あ、僕の香水、まだ使ってくれてたんだ。嬉しい。無くなったらまた作るから、教えてね。」
「ほら、帰りましょう。篠宮さん。」
「え、あ、うん。鴻神さん、ちゃんとご飯食べてね、無理しちゃダメだよ、」
「オカンか。はいよ、気ぃつけて、帰りや。」
「...お大事に。」
そして私は翌日、また鴻神の元へと出向いた。会社へは有給を出した。当日の朝に言い出すなんて、と小言を言われたが、知人が入院した。といえば流石に人の心があるのか、気にせず休め、と嫌々言った上司に口ばかりの感謝を述べた。
病室の前、見張りの警察官に止められ、吉沢の名前を出したら、簡単な身体検査をされた後あっさり通された。恐らくあの警部の計らいが何かしらあったんだろう。警察官、つくづく敵に回したくない相手だ。昔はあれほど無能だと、嫌っていたのに。
ベッドを少し起こして、寝そべった鴻神は静かに外を眺めていた。呼び掛けるとくるり振り向いて、彼が動くたび香る、錆びた鉄の匂い。
「鴻神さん。」
「......ナハハ、自分、暇やなぁ。」
「別に私は来るな、って言われてないわ。そうよね。」
「可愛子ちゃんが厳ついオカンになってもうたなぁ。」
病院の下のコンビニで買ってきた大量のロリポップを袋ごとがさりと雑に机へと置いて、私は昨日篠宮が座っていた椅子へと座った。昨日と変わらず白い顔に、昔と変わらないへらへらと軽い笑顔を貼り付けた鴻神は寝たまま袋の中から飴をいくつか取り出し、葡萄味のそれを私に手渡した。自身はイチゴミルク味を選んだらしい。部屋に甘ったるい乳の香りが漂う。
「本当は煙草にしようとしたんだけど、貴方の吸っていた銘柄探しても、コンビニに無かったわ。私詳しくないから、分からなくて。」
「あぁ。ポールモールなぁ、もう日本やと、廃盤やねん。飴ちゃん好きやし、嬉しいよ。」
「知ってるわ。あの時も、私に渡したのは葡萄味だった。」
「そーやったかなぁ。」
さすがにバリバリ噛み砕いて食べるのは無理なのだろう、静かにそれを舐める姿に違和感を感じて少し笑えば、鴻神は驚いた表情で私を見た後、ふいっと目を背けて窓の外へと顔を向けた。
「...どこから話せば、貴方は話してくれるのかしら。」
「そもそも自分、男と二人っきりで会うてええの。」
「...そう、貴方、いつも私の名前を呼ばなかったわ。私も一度も名乗ってない。」
「そうやったっけ。」
「昨日、貴方の携帯に電話したら、吉沢警部が出たの。私驚いたわ。『塚本澪さんですか、』なんて、いきなり言われるんだもの。」
鴻神は分かっていたのだろう、恐ろしく察しのいい男だ。表情を変えることもなく飴に歯を立て、カツカツと鳴らしながらぼそり、悪態を吐いた。
「...あのポンコツ爺、」
「...どうして、教えてくれなかったの。」
「誰が捕まえても、犯人がどうなっても、あの頃の自分には、気休めにもならんかったやろ。」
「...それは、そうだけど。」
「そんな中で、歩み寄ったところで、ただの自己満足や。」
言っても無駄だと、軽くはぐらかされるたび、適当に返されるたび、思っていた。それが積もり積もった上での決別だった。でも、彼は、もしかしたら誰よりも、至極単純な何かが、欲しかったのかもしれない。一回り上の大人が、こんなにも遠い。
「篠宮さんが遭った事故、新聞の写真には、確かに彼が"乗っていた"大破した車が映ってた。事故があったことも、彼の記憶が消えたことも、嘘じゃない。」
「何を今更、」
「彼は、"事故現場に偶然居合わせた鴻神さんが助けてくれた"って言ってたわ。」
「......」
「その事故は、車3台が絡む大きな事故だった。記事によれば、その3台は、崖下に落ちた大型車、ガードレールに突っ込んで運転席が潰れた軽、そして大破した普通車。写真に映った大破した普通車から溢れた、煙草の吸い殻が道路に散らばってたの。」
「誰かが吸うてたんちゃうの。」
「名前は伏せられていたけど、軽にはクリスチャンの夫婦と女の子が乗ってた、と書いてあったわ。そして、普通車には、男性が二人。」
「.........」
「事故を担当した警察官を探して、話を聞いたわ。捜査情報だからってほとんど教えてもらえなかったけど、でも、一つだけ、教えてもらったの。散らばってた煙草が、ポールモールだって。」
そして昨日の吉沢の発言が、私の中で燻っていた疑惑を、確信へと変えた。それに、何よりも、彼と過ごしてきた時間が、答えだった。悔しいけれど、でも。
「篠宮さんは優しいわ。どんな時も他人の心を慮ることの出来る、優しい人よ。だからこそ、私に応えよう、としてくれた。それは分かってた。嘘はなかったし、彼だって、ちゃんと私を見て、私を大切にしてくれてた。」
「そんなら、なんで、今更...」
「彼はずっと、何かを探してた。私にも見えない、彼にも分からない、でも確かに、私を通して何かを探してた。上手く言えない、けど、今なら分かる。」
「やめよう、なぁ。この話、もうええやんか、」
「...忘れられた側だけが、辛いと思ってる?鴻神さん。」
人の核心を突くのは、あまり得意じゃない。と、その時私は初めて身に染みて思った。人を壊しかねない、と、恐怖すら覚えた。鴻神は私の言葉を聞いた瞬間飴をガリッ、と噛み締めて、そして、窓に向けていた視線を私へと向けた。その目は、迷子の子供のようにふらふらと戸惑い揺れる不安定を表していて、無作法に手を伸ばしたことを少しばかり、後悔すらさせた。あの掴みどころのない、いつでも平静を保っていた男が、こんなにも簡単に揺れるのか。私が開いたのは迷宮からの出口なのか、もしくは、パンドラの箱だったのか、分からない。が、後者だとすれば、一欠片の希望が残っていて欲しい、と、無責任にも祈ってしまった。
鴻神の手は腹に掛かった布団を痛いほど強く掴んでいて、指の先は白くなっている。その気持ちは、私には計り知れない。そうやって、私も、そして彼の周りの人々も、彼を、一人にしてきたのだろうか。そっと、何の意図も込めずに手を重ねた。彼は俯き、混ざらない異なる温度の共存する手を見下ろしていた。
「私は、篠宮さんのおかげで、大切な記憶を取り戻すことが出来た。報いたい、恩を返したい。そう思ってきた。記憶がないまま、思い出せないまま過ごす苦しさは、きっと同じじゃないけど、少しは、分かる。」
「...やめてくれ、」
「もう十分すぎるほど、彼は、私を救ってくれた。真っ暗だった世界に、一筋だけでも光をくれた。彼も、貴方も、私にとって英雄だった。だから...」
「もういい!...もう、いいんだ。このままで、君と燎が、幸せであれば俺は、」
ぱん、と小気味良い音が響いた、と認識したのは、すでに手が動いてからのことだった。昼下がりの明るい病室に、重たい沈黙が広がる。じんじんと脈動する己の右掌が、痛い。手も、心も、痛い。その痛みは私自身のものではなく、目の前の彼の痛みだと、そう思えた。
「もう、黒いシャボン玉吐くの、やめてよ。本当は、気付いてるんでしょ。鴻神さん。ねぇ。私、自力で沢山調べたの。篠宮さんの大学に、時々迎えにきていた男の人がいたことも、篠宮さんが、憧れてる人がいる、って警察官を目指していたことも、事故に遭った普通車の中に、ペアの指輪があったことも、全部、知ってるの、」
「......よう、調べたなぁ、警察向いてんちゃう?」
この期に及んで茶化そうとするその薄っぺらい顔が無性に腹が立つ。諦めこそが最善だと信じてやまないその姿はむしろ、宗教に近いとすら思う。私は目の前の男を真っ直ぐ見つめ、まとまらない言葉をそのまま吐き出す。
「私は人に見えないものが見える分、人が察するべき言葉の裏の意味とか、表情を曇らせた理由とか、そういうものが見えてなかった。だから、篠宮さんと出会って、貴方と出会ってから、見続けた。」
「......」
「ねぇ、鴻神さん。きっと貴方は、自分ごと忘れてしまった篠宮さんを、もう一度幸せにしよう、って、思ったんでしょ。だから真実を隠して、空白の期間に目を伏せて、やり直させたの?」
「...そんな、大層なもんとちゃうよ、ただの、エゴや。」
「そうね。...消えた4年分の記憶の中の篠宮さんは、ずっと、貴方を探してる。扉に外から鍵がかけられたことなんて知らずに、ずっと、日の目が当たる日を待って出口を探してるはずよ。だって...貴方が会いたいように、きっと、篠宮さんも、貴方に会いたいって、思ってる。」
上手く言葉が出てこない自分がもどかしく、それでも、私は口を止めてはいけないと、ただ、心から溢れ出るそのままを話し続けた。鴻神は俯いたまま、その表情は見えない。
「貴方が過去を捨てる、ってことは、篠宮さんの過去も同じように捨てる、ってことになるんじゃないの。篠宮さんを、捨てないで。」
「......何が、正解なんか、自分でもよう、分からんくてなぁ。でも、正しい道に、誘うことが最善やと、そう考えて、色々してたんやけど、俺、格好悪いなぁ。全部バレてもうた。なはは、」
ぽた、ぽた、と布団にシミが落ちて模様が生まれる。裏腹にどこか肩の荷が降りたようなその声に、私はなんだか泣きそうになって、確かに私は篠宮さんが好きで、恩を返したい、とずっと思っていたけど、幸せになってほしい、と、目の前の男がエゴだと自嘲したその願いを、同じように抱いていた。篠宮の、漠然とした何かを追い求める焦燥感を、鴻神の、ぱちんぱちんと弾けては砂のようにサラサラと消えていく黒いシャボン玉を、全部抱きしめたくなる。
「...それに、篠宮さん、昨日帰ってからずっと、色んな銘柄の煙草買い込んで、店に篭りっきりよ。どうしてだと思う?」
「.........はぁ...」
「病院に来させるな、っていうのは、事故の時と同じ状況になって、記憶が戻るのを避けたかったからでしょ。貴方も案外間抜けね。」
「皆まで言わんといてくれ、人払いする前に、意識飛んだんや。」
「靄のかかった幸せなんて、誰も望んでない。全て見た後に自分で選ぶ道を、幸せって呼ぶんだって、私は母に教わったわ。」
鞄から小箱を取り出して鴻神の手に乗せると、鴻神はすん、と柄にもなく鼻をすすって、その箱を不思議そうに眺めたあと、何も言わない私に察して蓋を開け、そして、いつもの嘘臭い笑顔じゃない、綻ぶような笑みを見せた。
あの日、ビルの上から降ってきた、Rのイニシャルを刻んだネックレス。裏に小さく刻まれた、「r to r」の文字。あの時の私が今ここにいたとしても、私の選択を、正しいと言うだろう。
「彼が先に見つけるか、貴方がその傷治して押しかけるか、どっちが先かしらね。」
「......ありがとう、澪ちゃん。」
ふふん、と得意げに笑ったはずの声は出ないまま、鴻神の手が、私の頬をそっとなぞって、しっとり濡れたその感触に、あぁ、私、泣いてるのか。と気付く。悲しいのか。いや、違う。寂しいのか。それも違う。ただ、彼らが、あるべき形を取り戻すことが、嬉しいんだ。
「...こちらこそ。私の家族を殺した犯人を、捕まえてくれて、ありがとう。篠宮さんを、助けてくれてありがとう。私は大丈夫よ。未来がどうなったって、過去も今も全部抱きしめて、私として生きていける。」
それが、篠宮さんに貰った、私の宝物だから。あの薄紅の香水瓶は、結局中身を使い切って、満たされることのないまま家族の遺影の隣に並べて置かれている。
話している最中何度か鳴っていたスマートフォンの画面をチラリと確認すると、数十分前にSNSメッセージが連続で届いていた。
『澪ちゃん!ごめん!僕ちょっと、鴻神さんのところに行ってくる!』
『間に合うかな、もう退院してるかも、でも、会いに行かないといけないんだ。』
『もし、全部片付いたら、僕の話を聞いてくれないかな。』
『無くしてたものが、見つかったんだ。』
私はそっと画面を閉じ、目の前の、まっさらになった鴻神の肩を叩き、情けない顔を笑ってやった。
「ほら、しゃんとして。鴻神誄。めそめそしてるのは貴方らしくないわ。どんな過去が帰ってきたとしても目一杯抱き締めて、もう離しちゃダメよ。」
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kkagneta2 · 5 years
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妹の匂いはどんなにほひ?
お兄ちゃんが妹の部屋に忍び込んであれやこれを嗅ぐ話。
乃々香の部屋に入ったのは、別に昨日も来たので久しぶりでも何でも無いが、これほどまでに心臓を打ち震わせながら入ったのは初めてだろう。今の時刻は午後一時、土曜も部活だからと言って朝早く家を出ていった妹が帰ってくるまであと三時間弱、…………だが、それだけあれば十分である。それだけあれば、おおよそこの部屋にある乃々香の、乃々香の、-------妹の、匂いが染み込んだ毛布、掛け布団、シーツ、枕、椅子、帽子、制服------あゝ、昨晩着ていた寝間着まで、…………全部全部、気の済むまで嗅ぐことができる。
だがまずは、この部屋にほんのり漂う甘い匂いである、もう部屋に入ってきたときから気になって仕方がない。我慢できなくて、すうっ……、と深呼吸をしてみると鼻孔の隅から隅まで、肺の隅から隅まで乃々香の匂いが染み込んでくる。-------これだ。この匂いだ。この包み込んでくるような、ふわりと広がりのある甘い匂い、これに俺は惹かれたと思ったら、すぐさま彼女の虜となり、木偶の坊となっていた。いつからだったか、乃々香がこの甘い香りを漂わせていることに気がついた俺は、妹のくせに生意気な、とは思いつつも、彼女もそういうお年頃だし、気に入った男子でも出来て気にしだしたのだろう、と思っていたのだった。が、もうだめだった。あの匂いを嗅いでいると、隣りにいる乃々香がただの妹ではなく、一人の女性に見えてしまう。彼女の匂いは、麻薬である。ひとたび鼻に入れるともう最後、彼女に囚われ永遠に求め続けることになる。だから俺はもう、実の妹の言うことをはいはい聞き入れる人形と成り果ててしまっている。彼女に嫌われてしまうと、もうあの匂いを嗅げないと思ったから。だから、必死で我慢した。我慢して我慢して我慢して、あの豊かな胸に飛び込むのをためらい続けた。妹の首筋、腰、脇の下、膝裏、足首、へそ、爪、耳、乳房の裏、うなじ、つむじ、…………それらの匂いを嗅ごうと、夜中に彼女の部屋に忍び込むのを、自分で自分の骨を折るまでして我慢した。それなのに彼女は毎日毎日、あの匂いを纏わせながらこちらへグイッと近づいてくる。どころか、俺がソファに座っていたり、こたつに入っていると、そうするのが当然と言わんばかりにピトッと横に引っ付いてくる。引っ付いてきて兄である俺をまるで小さな子供かのように、抱き寄せ、膝に載せ、頭を撫で、後ろから包み込み、匂いでとろけていくその小さな子供をくすくすと笑ってから、顎を頭の上に乗せてくる。もう最近の彼女のスキンシップは異常だ。家の中だけではなく、外でも手を繋ごう、手を繋ごうとうるさく言ってきて、…………いや声には出していないのだが、わざわざこちらの側に寄って来てはそっと手を取ろうとするのである。この前の家族旅行でも、両親に見られない範囲ではあるけれども、俺の手は常に、あの色の抜けたように綺麗な、でも大きく少しゴツゴツとした乃々香の手に包まれていた。
……………本当に包まれていた。何せ彼女の方がだいぶ手が大きいのだ。中学生の妹の方が手が大きいなんて、兄なのに情けなさすぎるが、事実は事実である、指と指を編むようにする恋人つなぎすらされない。��度悔しくって悔しくって比べてみたことがあるけれども、結果はどの指も彼女の指の中腹あたりにしか届いておらず、一体どうしたの? と不思議そうな顔で見下されるだけだった。キョトンと、目を白黒させて、顔を下に向けて、………………そう、乃々香は俺を見下ろしてくる。妹なのに、妹のくせに、彼女が小学生の頃に身長が並んだかと思ったら、中学二年生となった今ではもう十、十五センチは高い位置から見下ろしてくる。誓って言うが、俺も一応は男性の平均身長程度の背はあるから、決して低くはない。なのに、乃々香はふとしたきっかけで兄と向き合うことがあれば、こちらの目を真っ直ぐ見下ろしてきて、くすくすとこそばゆい笑みを見せ、頬を赤く染め上げ、愛おしそうにあの大きな手で頭を撫でてきて、…………俺は本当に彼女の「兄」なのか? 姉というものは良くわからないから知らないが、居たとしたらきっと、可愛い弟を見る時はああいう慈しみに富んだ目をするに違いない。あの目は兄に向けて良いものではない。が、現に彼女は俺を見下ろしてくる、あの目で見下ろしてくる、まるで弟の頭を撫でるかのように優しくあの肉厚な手を髪の毛に沿って流し、俺がその豊かすぎる胸元から漂ってくる匂いに思考を奪われているうちに、母親が子供にするように額へとキスをしてくる。彼女には俺のことが事実上の弟のように見えているのかもしれない。じたい、俺と妹が手を繋いでいる様子は傍から見れば、お淑やかで品の良い姉に、根暗で僻み癖のある弟が手を引かれているような、そんな風に見えていることだろう。
やはり、乃々香はたまらない。我慢に次ぐ我慢に、もう一つ我慢を重ねていたいたけれども、限界である。今日は、彼女が部活で居なければ、いつも家に居る母親も父親とともに出かけてしまって夜まで帰ってこない。ならばやることは一つである。大丈夫だ、彼女の持っている物の匂いをちょっと嗅ぐだけであって、決して部屋を滅茶苦茶にしようとは思っていない。それに、そんな長々と居座るつもりもない。大丈夫だ。彼女は異様にこまめだけど、ちゃんともとに戻せばバレることもなかろう。きっと、大丈夫だ。……………
  肺の中の空気という空気を乃々香のにおいでいっぱいにした後は、彼女が今朝の七時頃まで寝ていた布団を少しだけめくってみる。女の子らしい赤色のふわふわとした布団の下には、なぜかそれと全く合わない青色の木の模様が入った毛布が出てきたが、確かこれは俺が昔、…………と言ってもつい半年前まで使っていた毛布である。こんなところにあったのか。ところどころほつれたり、青色が薄くなって白い筋が現れていたり、もう結構ボロボロである。だがそんな毛布でも布団をめくった途端に、先程まで彼女が寝ていたのかと錯覚するほど良い匂いを、あちらこちらに放ち初めた。あゝ、たまらぬ。日のいい匂いに混じって、ふわふわとした乃々香の匂いが俺を包んでいる。…………だが、まだ空に漂っているにおいだけだ。それだけでも至福の多幸感に身がよじれそうなのに、この顔をその毛布に埋めたらどんなことになるのであろう。
背中をゾクゾクとさせながら、さらにもう少しだけ毛布をめくると、白いふさふさとしたシーツが見え、さらに乃々香の匂いは強くなって鼻孔を刺激してくる。ここに近づけるともう戻れないような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。ここまで来て、何もしないままでは帰れない。頭を毛布とシーツの境目に突っ込んで、ぱたん…と、上から布団をかける。---------途端、体から感覚という感覚が消えた。膝は崩れ落ち、腰には力が入らず、腕はだらりと垂れ下がり、しかし、見える景色は暗闇であるのに目を見開き、なにより深呼吸が止まらぬ。喉の奥底がじわりと痛んで、頭がぼーっとしてきて、このまま続ければ必ず気を失ってしまうのに、妹の匂いを嗅ごう嗅ごうと体が自然に布団の中の空気を吸おうとする。止まらない。止まらない。あの乃々香の匂いが、あの甘い包まれる匂いが、時を経て香ばしくなり、ぐるぐると深く、お日様の匂いと複雑に混じり合って、俺を絞め殺してくる。良い人生であった。最後にこんないい匂いに包まれて死ねるなど、なんと幸せものか。……………
だが、口を呆けたように開け涎が垂れそうになった時、我に返った。妹の私物を汚してはならない。今ここで涎を出してしまっては彼女の毛布を汚してしまう。--------絶対にしてはいけないことである。そんなことも忘れて彼女の匂いに夢中になっていたのかと思うと、体の感覚が戻ってきて、呼吸も穏やかになってきた。やはり、毛布、というより寝具の匂いは駄目だ。きっと枕も彼女の髪の毛の匂いが染み付いて、途方も無くいいにおいになっていることだろう。一番気持ちが高ぶった今だからこそ、一番いい匂いを、一番最初に嗅ぐべきだと思ったが、本当に駄目だ。本当にとろけてしまう。本当に気を失うまで嗅いでしまう。気を失って、そのうちに乃々香が帰ってきたら、それこそもう二度とこんなことは出来なくなってしまうだろうし、妹の匂いに欲情する変態の烙印を社会から押されてしまうだろう。いや、その前に彼女の怪力による制裁が待っているかもしれない。……………恐ろしすぎる、いくらバレーをしているからと言って、大人一人を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこをし、階段を上り、その男が気づかないほど優しくベッドの上に寝かせるなんてそうそう出来るものではない。あの時は立てないほどにのぼせてしまった俺が悪いが、あのゆさゆさと揺れる感覚は今思い出してみると安心感よりも恐怖の方が勝る。彼女のことだから、決して人に対してその力を振るうことはないとは思うけれども、やはりもしもの時を想像すると先ほどとは違う意味で背中に寒気を覚えてしまう。
ならばやるとしても、少し落ち着くために刺激が強くないものを嗅ぐべきである。ベッドの上に畳まれている彼女の寝間着は、………もちろんだめである、昨夜着ていたものだから、そんなを嗅げば頭がおかしくなってしまう。それにこれは、もう洗濯されて絶対に楽しめないと思っていた、言わば棚から牡丹餅、僥倖、零れ幸いと形容するべき彼女の物なのだから、もう少し気を静めて鼻をもとに戻してから手に取るべきであろう。なら何にしようか。早く決めないと、もう膝がガクガクするほどにあの布団の匂いを今一度嗅ぎたくて仕方がなくなっている。
そういえばちょうど鏡台横のラックに、乃々香の制服があるはず。…………あった、黒基調の生地に赤いスカーフが付いた如何にもセーラー服らしいセーラー服、それが他のいくつかの服に紛れてハンガーに吊るされている。その他の服も良いが、やはり選ぶべきは最も彼女を引き立たせるセーラー服である。なんと言っても平日は常に十時間以上着ているのだから、妹の匂いがしっかり染み付いているに違いない。それに高校生になってからというもの、なぜか女生徒の制服に何かしら言いようのない魅力を見出してしまい、あろうことか妹である乃々香の制服姿にすら、いや乃々香の制服姿だからこそ、何かそそられるものを感じるようになってしまったのである。-------彼女はあまりにもセーラー服と相性が良すぎる。こうして手にとって見るとなぜなのかよく分かる。妹は背こそ物凄く高いのだが、その骨格の細さゆえに体の節々、-------例えば手首、足首やら肘とか指とかが普通の女性よりもいくらか細く、しなやかであり、この黒い袖はそんな彼女の手を、ついつい接吻したくなるほど優美に見せ、この黒いスカートはそんな彼女の膝から足首にかけての麗しい曲線をさらに麗しく見せる。それに付け加えて彼女の至極おっとりとした顔立ちと、全く癖のない真直ぐに伸びる艶やかな髪の毛である。今は部活のためにバッサリと切ってしまったが、それでもさらりさらりと揺れ動く後髪と、うなじと、セーラー服の襟とで出来る黒白黒の見事なコントラストはつい見惚れてしまうものである。それにあの後ろから見える、微かに撫でている肩の丸みや、その流麗さを隠しきれない腰や、ひらひらとお尻の動きに合わせて踊るスカートや、そこから伸びる細い、けれども肉付きの良い足の曲線、………などなどを見ていると、どんな美しい女性が眼の前に居るのだろうと想像してしまって、兄なのに、いつも乃々香の顔なんて見ているのに、小学生の男子児童のようにドキドキと動悸を打たせてしまう。で、後ろにいる兄に気がつくと彼女は、ふわりと優しい匂いをこちらに投げつけながら振り向くのであるが、直後、中学生らしからぬ気品と色気のある笑みをその顔に浮かべながら、魂を抜き取られたように口を開ける間抜けな男に近づいてくるのである。あの気品はセーラー服にしか出せない。ブレザーでは不可能である。恐らくは彼女の姿勢とか佇まいとかが原因であろうが、しかし身長差から首筋あたりしか見えていないというのに、黒くざわざわとした繊維の輝きと、透き通るような白い肌を見ているだけで、あゝこの子は良家のお嬢様なのだな、と分かるほどに不思議な優雅さを感じる。少々下品に見えるのはその大きすぎる胸であるが、いや、あの頭よりも大きい巨大な乳房に魅力を感じない男性は居ないだろうし、セーラー服は黒が基調なのであんまり目立たない。彼女はその他にも二の腕や太腿にもムチムチとした女の子らしい柔らかな筋肉を身に着けているが、黒いセーラー服は乃々香を本来のほっそりとした女の子に仕立て上げ、俗な雰囲気を消し、雅な雰囲気を形作っている。------------
それはそれとして、ああやって振り向いた時に何度、俺が彼女の首筋に顔を埋め、その匂いを嗅ごうとしたことか。乃々香は突っ立っている俺に、兄さん? 兄さん? 大丈夫? と声をかけつつ近づいてきて、もうくらくらとして立つこともやっとな兄の頭を撫でるのだが、生返事をすると案外あっさりと離してしまって、俺はいつも歯がゆさで唇を噛み締めるだけなのである。-------だが、今は違う。今は好きなだけこのセーラー服の匂いを嗅げる。一応時計を確認してみると、まだこの部屋に入ってきて二十分も経っていない。そっと鼻を、彼女の首が常に触れる襟に触れさせる。すうっ………、と息を吸ってみる。-------あの匂いがする。俺をいつも歯がゆさで苦しめてくるあの匂いが、彼女の首元から発せられるあの、桃のように優しい匂いが、ほんのりと鼻孔を刺激し、毛布のにおいですっかり滾ってしまった俺の心を沈めてくる。少々香ばしい香りがするのは、乃々香の汗の匂いであろうか、それすらも素晴らしい。俺は今、乃々香がいつも袖を通して、学校で授業を受け、友達と談笑し、見知らぬ男に心を寄せてはドキドキと心臓を打たせているであろうセーラー服の匂いを嗅いでいる。乃々香、ごめんよこんな兄で。許してくれなんて言わない。嫌ってくれてもいい。だが、無関心無視だけはしないでくれ。…………あゝ、背徳感でおかしくなってしまいそうだ。………………
----ふと、ある考えが浮かんだ。浮かんでしまった。これをしてしまっては、……いや、だけどしたくてしたくてたまらない。乃々香の制服に自分も袖を通してみたくてたまらない。乃々香のにおいを自分も身に纏ってみたくてたまらない。自分も乃々香になってみたくてたまらない。今一度制服を眺めてみると、ちょっと肩の幅は小さいが特にサイズは問題なさそうである。俺では腕の長さが足りないので、袖が余ってしまうかもしれないが、それはそれで彼女の背の高さを感じられて良い。
俺はもう我慢できなくって着ていた上着を雑に脱いで床に放り投げると、姿見の前に立って、乃々香の制服を自分に合わせてみた。気持ち悪い顔は無いことにして、お上品なセーラー服に上半身が覆われているのが見える。これが今から俺の体に身につけることになる制服かと思うと、心臓が脈打った。早速、裾を広げて頭を入れてみると、彼女のお腹の匂いが、胸の匂いが、首の匂いが鼻を突いた。するすると腕を通していくと、見た目では分からない彼女の体の細さが目についた。裾を引っ張って、肩のあたりの生地を摘んで、制服を整える��、またもや乃々香の匂いが漂ってきた。案の定袖は余って、手の甲はすっかり制服に隠れてしまった。
---------最高である。今、俺は乃々香になっている。彼女の匂いを自分が放っている。願わくばこの顔がこんな醜いものでなければ、この胸に西瓜のような果実がついていれば、この股に情けなく雁首を膨らませているモノが無ければ、より彼女に近づけたものだが仕方ない。これはこれで良いものである。むしろ最高のものである。妹はいつもこのセーラー服を着て、俺を見下ろし、俺と手をつなぎ、俺に抱きつき、俺の頬へとキスをする、-------その事実があるだけで、今の状況には何十、何百回という手淫以上の快感がある。だが本当に、胸が無いのが惜しい。あの大きな乳房に引き伸ばされて、なんでもない今でも胸元にちょっとしたシワが出来ているのであるが、それが一目見ただけで分かってしまうがゆえに余計に惜しい。制服の中に手を突っ込んで中から押して見ると、確かにふっくらとはするものの、常日頃見ている大きさには到底辿り着けぬ。-------彼女の胸の大きさはこんなもの���はない。毎日見ているあの胸はもっともっとパンパンに制服を押し広げ、生地をその他から奪い取り、気をつけなければお腹が露出してしまうぐらいには大きい。さすがにそこまで膨らまそうと力を込めて、制服を破ったりしてしまっては元の子もないのでやりはしないが、彼女の大変さを垣間見えただけでも最高の収穫である。恐らく、いつもいつも無理やりこの制服を着て、しっかりと裾を下まで引っ張り、破れないよう破れないよう慎重に歩いているのであろう。あゝ、なるほど、彼女が絶対に胸を張らないのはそういうことか。本当に、まだ中学生なのになんという大きさの乳房なのであろう。
そうやって制服を着て感慨に耽っていると、胸ポケットに何か硬いものを感じた。あまり良くは無いが今更なので取り出してみると、それは自分が、確か小学生だか中学生の頃に修学旅行のお土産として渡したサメのキーホルダー、…………のサメの部分であった。もう随分と昔に渡したものなので、その尾びれは欠け塗装は所々禿げてしまっているが、いまだに持っているということは案外大切にしてくれているに違いない。全く、乃々香はたまにこういう所があるから、ついつい勘違いしそうになるのである。そんな事はあり得ない、----決してあり得ないとは思っていても、つい期待してしまう。いくら魅力的な女性と言えども、相手は実の妹なのだから、-------兄妹間の愛は家族愛でしかないのだから。…………………
ちょっと湿っぽくなってきたせいか、すっかり落ち着いてしまった。セーラー服も元通りに戻してしまった。が、ベッドの上にある妹の寝巻きが目についてしまった。乃々香が昨日の晩から今朝まで着ていた寝巻き、あの布団の中に六七時間は入っていた寝巻き、乃々香のつるつるとした肌が直に触れた寝間着、…………それが、手を伸ばせば届く位置にある。---------きっと、いい匂いがするに違いない。いや、いいにおいなのは知っている。俺はあのパジャマの匂いを知っている。何せ昨日も彼女はアレを着て、俺の部屋にやってきて、兄さん、今日もよろしくね、と言ってきて、勉強を見てもらって、喋って、喋って、喋って、俺の部屋をあのふわふわとしたオレンジのような香りで充満させて、こちらがとろとろに溶けてきた頃に、眠くなってきたからそろそろお暇するね、おやすみ、と言い去っていったのである。………その時の匂いがするに違いない。
それにしてもどうして、………どうして毎日毎日、俺の部屋へやって来るのか。勉強を教えてほしいなどというのは建前でしかない。俺が彼女に教えられることなんて何もない。それは何も俺の頭が悪すぎるからではなくて、乃々香の頭が良すぎるからで、確かにちょっと前までは高校生の自分が中学生の彼女に色々と教えられていたのであるが、気がついた時には俺が勉強を教わる側に立っており、参考書の輪読もなかなか彼女のペースについていけず、最近では付箋メモのたくさんついた〝お下がり〟で、妹に必死に追いつこうと頑張る始末。そんなだから乃々香が毎晩、兄さん兄さん、勉強を教えてくださいな、と言って俺の部屋にやって来るのが不思議でならない。いつもそう言ってやって来る割には勉強の「べ」の字も出さずにただ駄弁るだけで終わる時もあるし、俺には彼女が深夜のおしゃべり相手を探しているだけに見える。それだけのために、あんないい匂いを毎晩毎晩俺の部屋に残していくだなんて、生殺しにも程がある。
だから、これは仕方ないんだ。乃々香のせいなんだ。このもこもことしたパジャマには、悔しさで顔を歪める俺を慰めてきた時の、あの乃々香の大人っぽい落ち着いた匂いが染み付いているんだ。------あゝ、心臓がうるさくなってきた。もう何が原因でこんなに心臓が動悸してるのか分からない。寝間着を持つ手が震えてきた。綺麗に丁寧に畳まれていたから、派手に扱うと後できっと誰かが手を加えたと気がつくであろう。だけど、だけど、このパジャマを広げて思う存分においを嗅ぎたい。嗅ぎたい。…………と、その時、するりと手から寝巻きが滑った。
「あっ」
ぱさり…、という音を立てて乃々香のパジャマが床に落ちる。落ちて広がる。袖の口がこちらを見てきている。たぶんそこから、いや、落ちた時に部屋の空気が掻き乱されたせいか、これまでとはまた別種の、-------昨日俺の部屋に充満した、乃々香がいつも使うシャンプーの香りと彼女自身の甘い匂いが、俺の鼻に漂ってくる。もうたまらない。パジャマに飛びつく。何日も食事を与えられなかった犬のように、惨めに、哀れに、床に這いつくばり、妹の着ていた寝間着に鼻をつけて思いっきり息を吸い込む。-------これが俺。実の妹の操り人形と化してしまった男。実の妹の匂いを嗅いで性的な興奮を覚え、それどころか実の妹に対して歪んだ愛を向ける男。実の妹に嫌われたくない、嫌われたくない、と思いながら、言いながら、部屋に忍び込んでその服を、寝具を、嗅いで回る変態。…………だが、やめられない、止まらない。乃々香のパジャマをくしゃくしゃに丸め、そこに顔を埋める。すーっ………、と息を吸う。ここが天国なのかと錯覚するほどいい匂いが脳を溶かしてくる。もう一度吸う。さらに脳がとろけていく。------あゝ、どこだここは。俺は今、どこに居て、どっちを向いているんだ。上か、下か、それも分からない。何もわからない。--------
「ののかっ!」
気がつけば、声が出てしまっていた。-------そうだ、俺は乃々香の部屋に居て、乃々香のパジャマを床に這いつくばって嗅いでいたのだった。顔を上げ、そのパジャマから鼻を離すといくらか匂いが薄くなり、次いで視界も思考も晴れてくる。危なかった、もう少しで気狂いになり、取り返しのつかない事態になっていたところだった。が、パジャマから手を離し、ふと首を傾ぐとベッドの下が何やらカラフルなことに気がついた。見ると白いプラスチックの衣装ケースの表面を通して、赤色と水色のまん丸い影が二つ、ぼやぼやと光っている。こういうのはそっとしておくべきだが、そんな今更戸惑ったところで失笑を買うだけであろう、手を伸ばして開けてみると、そこには嫌にバカでかい、でかい、………でかい、…………何であろうか、女性の下着ということは分かるが何なのかまでは分からない。いや、大体想像はついたけれども、まだ信じられない。これがブラジャーだなんて。……………
とりあえず目についた一番手前の、水色の方を手に取ってみると、案の定たらりと、幅二センチはある頑丈なストラップが垂れた。そして、恐らくカップの部分なのであろう、俺の顔ほどもある布地がワイヤーに支えられてひらひらと揺れ動いている。片方しか無いと思ったら、どうやらちょうど中央部分で折り畳まれているようで、四段ホックの端っこが二枚になって重なっている。俺は金具の部分を持って開いてみた。………………で、でかい。…………でかすぎる。これが本当にブラジャーなのかと思ったけれども、ちゃんとストラップからホックからカップから、普通想像するブラジャーと構造は一緒なようである。……………が、大きさは桁違いである。試しに手を目一杯広げてカップの片方に当ててみても、ブラジャーの方がまだ大きい。顔と見比べてもまだブラジャーの方が大きい。二倍くらいは大きい。とにかく大きい。これが乃々香が、妹が、中学生が普段身に着けているブラジャーなのか。こんな大きさでないと合わないというのか。……………いや、いまだに信じられないけれども、ところどころほつれて糸が出ていたり、よく体に当たるであろうカップの下側の色が少し黄色くなっているから、乃々香は本当に、この馬鹿にでかいブラジャーを、あの巨大な胸に着けているのであろう。そう思うと手も震えてくれば、歯も震えてきてガチガチと音が鳴る。今まで生で見たことが無くて、一体どれだけ大きな胸を妹は持っているのか昔から謎だったけれども、今ようやく分かった気がする。カップの横にタグがあったので見てみると、32KKとあるから、多分これがカップ数なのであろうと勝手に想像すると、彼女はどうやらKカップのおっぱいの持ち主らしい。………なぜKが二つ続いているのか分からないが、中学生でKカップとは恐れ入る。通りで膝枕された時に顔が全く見えないわけだ。
-------あゝ、そうだ、膝枕。乃々香の膝枕。アレは最高だった。もうほとんど毎日のようにされているが、全くもって飽きない。下からは硬いけれど柔らかい彼女の太腿の感触が、上からは、………言うまでもなかろう顔を押しつぶしてくる極上の感触が、同時に俺を襲ってきて、横を向けば彼女の見事にくびれたお腹が見える。それだけでも最高なのに、彼女の乳房にはまるでミルクのような鼻につくにおいが漂い、彼女のお腹にはあのとろけるような匂いが充満していて、毎晩俺は幼児退行を経験してしまう。だがそうやって、とろけきって頭の中から言葉も無くなった俺に、妹はあろうことか頭を撫でてくるのである。そして、子守唄でも歌ってあげようか、兄さん? と言ってきて本当に、ねんねんころりよ、と赤ん坊をあやすように歌ってくるのである。あの膝枕をされてどうにかならないほうがおかしい。もう、長幼の序という言葉の意味が分からなくなってくるほどに、乃々香に子供扱いされている。-------だが、そこにひどく興奮してしまう。彼女に膝枕をされて、頭を撫でられて、子守唄を歌われて、結果、情けなく勃起してしまう。俺はもう駄目かもしれない。実の妹に子供扱いされて欲情する男、…………もしかしたら実の妹の匂いで興奮する男よりもよっぽどおかしいが、残念ながら優劣を決める前にどちらも俺のことである。…………あゝ、匂い。乃々香の匂い。--------彼女の布団が恋しくなってきた。動くのも億劫だが最後にもう一嗅ぎしたい。…………………
これで最後である。もう日が落ちかけてきているから、そろそろ乃々香が帰ってきてしまう。この布団をもう一瞬、一瞬だけ嗅いだら彼女のブラジャーをもとに戻し、パジャマを出来る限り綺麗に畳み、布団を元に戻して部屋に戻る。まだまだ満足とは言えないが、こういう機会は今後もあるだろうから、今日はこの辺でお開きにしよう。
そんなことを思いつつ体を起こして膝立ちの体勢でベッドに体を向けた。布団は、先程めくったのがそのまま、ぺろりと青い毛布とシーツが見えている。そこに吸い込まれるように顔を近づけ、漂って来るにおいに耐えきれず鼻から息を吸う。------途端、膝が崩れ落ちた。やっぱりダメだった。たったそれだけ、………たった一回嗅ぐだけで、一瞬だけ、一瞬だけ、という言葉が頭の中から消えた。ついでに遠慮という言葉も消えた。我慢という言葉も消えた。ただ乃々香という名前だけが残った。頭を妹の布団の中へ勢いよく突っ込んだ。乃々香の、乃々香ままの匂いが、鼻を通って全身に行き渡っていく。あまりの多幸感に自然に涙が出てくる。笑みもこぼれる。涎もだらだらと出てくる。が、まだ腕の感覚は残っている。手を手繰り寄せ、上半身を全て乃々香の布団の中へ。------あ、もう感覚というかんかくがなくなった。おれは今、ういている。ののかの中でういている。ふわふわと、ふわふわと、ののかのなかで。てんごくとは、ののかのことであったか。なんとここちよい。ののか、ののか、ののか。……………ごめんよ、乃々香、こんなお兄ちゃんで。----------------
  気がついた時には、いよいよ日が落ちてしまったのか部屋の中はかなり薄暗く、机や椅子がぼんやりと赤く照らされながら静かに佇んでいた。俺はどうやら気絶していたらしい。まだ顔中には信じられないほどいい匂いを感じているが、それにはさっきまで嗅いでいた布団とは違う、生々しい人間の香りが混じってい、------------あれ? ………………おかしい。俺は確か布団の中で眠ってしまったというのに、なぜ部屋の中が見渡せる? それに下からは硬いけれど柔らかい極上の感触が、上からは顔を潰さんと重々しく乗ってくる極上の感触が、同時に俺を襲ってきている。しかもその上、ずっと聞いていたくなるような優しい歌声が聞こえてきて、お腹はぽんぽんと、軽く、リズムよく、歌声に合わせて、叩かれている。……………あゝ、もしかして。……………やってしまった。乃々香が帰ってきてしまった。ブラジャーもパジャマも床に放りっぱなしだったのに、布団をめちゃくちゃにしていたのに、何もかもそのままなのに、帰ってきてしまった。きっと怒っている。怒っていなければ、呆れられている。呆れられていなければ、もう兄など居ないことにされている。…………とりあえず起きなければ。----------が、体を起こそうとした瞬間、あんなに優しくお腹を叩いていた腕にグッと力を入れられて、俺の体は万力に挟まったように固定されてしまった。
「の、乃々香。…………」
「兄さん、起きました?」
「あ、うん。えっと、………おかえり」
「ただいま。------まぁ、色々と言いたいことはあるけどまずは聞くね。私の部屋でなにしてたの?」
キッと、乃々香の語調が強くなる��
「あ、……いや、………それは、……………」
「ブラジャーは床に放り出して、寝間着はくしゃくしゃにして、頭は布団の中に突っ込んで、…………一体何をしていたんですか? 黙ってないで、言いなさい。--------」
「ご、ごめん。ごめんなさい。………」
「-------兄さんの変態。変態。変態。心底見損ないました。今日のことはお父さんとお母さんに言って、縁を切ってもらうつもりです」
「あ、………あ、…………」
もう言葉も出ない。ただただ喉から微かに出てくる空気の振動だけが彼女に伝わる。が、その時、あれだけ体を拘束してきた腕の力が弱まった。
「……………ふふっ、嘘ですよ。そんなこと思ってませんから安心して。------ああ、でも、変態だと思ってるのは本当ですけどね。………」
「あ、うあ、………良かった。良かった。乃々香。乃々香。……………」
「あぁ、もう、ほら、全然怒ってないから泣かないで。そもそも怒ってたらこんな風に膝枕なんてしてませんって。………ほんとうに兄さんって甘えんぼうなんだから。………………」
と、言うと、またもやお腹をぽんぽんと叩いてきて、今度はさらにもう片方の手で頭を撫でてくる。俺は、乃々香に嫌われてなかった安心感から、腕を丸めてその手の心地よさに身を任せたのだが、しばらくして、ぽんっ、と強く叩かれると、頭を膝の上からベッドの上へ降ろされ、次いで、彼女の暖かさが無くなったかと思えば、パチッ、という音がして部屋の中が明るくなる。ふと目を落としてみると、いまだ床にはブラジャーとパジャマが散乱していて、気を失うまでの興奮が蘇ってきて、居ても立ってもいられなくなってきて、体を起こす。
「あれ? 膝枕はもういいんです?」
隣に腰を下ろしつつ乃々香が言う。
「まぁ、ね。いつまでも妹の膝の上で寝ていられないしね」
「ふふふふふ、兄さん、いまさら何言ってるんです。ふふっ、昨日も私の膝の上で子守唄を聞きながら寝ちゃっていたのに。--------」
「うぅ。……………それはそれとして、ごめん。ほんとうにごめん。ごめんなさい。勝手に部屋に入ってこんな散らかして、しかも、しかも、……………」
「別に、このくらいすぐに片付けられるから、何でもないですよ」
------それよりも、と彼女は言って俺をベッドの上に押し倒し、何やら背中のあたりをゴソゴソと探る。
「今日は何の日でしょう?---------」
今日、…………今日は確か二月一四日、…………あゝ、バレンタインデイ。……………
「せっかく、本当にせっかく、昨日兄さんに見つからないように作ったんですけど、妹のブラジャーを勝手に手に取る人にはちょっと。…………」
「ほんとうにごめんなさい。乃々香様、チョコを、--------」
と、ふいに、顔の上に白い大きな、大きな、今日嗅いだ中で最も強烈に彼女の匂いを放つ布、-------四つのホックと二つのストラップと二つのカップからなる布が、パサリと、降ってきた。
「ふご、………」
「兄さんはその脱ぎたてのブラジャーと、……この、特製の、兄さんを思って兄さんのために兄さんだけに作ったチョコレート、どっちがいいですか? と言ってもそのブラって、床落ちてるのよりももうちょっと大きいし、それに私さっきまでバレーしてて結構汗かいちゃったから、チョコ一択だと思うけど。…………」
ブラジャーのあまりにも香ばしいにおいに脳を犯され、頭がくらくらとしてきて、ぼうっとしてきて、またもや乃々香のにおいで気を失いそうだが、なんとか彼女の手にあるハート型の可愛いラッピングが施されたチョコレートを取ろうと、手を伸ばす。…………が、途中で力尽きた。
「落ちちゃった。……………兄さん? にいさーん?」
「ののか。……」
「生きてます?」
「どっちもほしい。…………・」
「そこはチョコがほしいって言うところでしょ。…………まったく、変態な変態な変態な兄さん。また聞きますから、その時はちゃんとチョコがほしいって言ってね。---------」
と、言うと乃々香は俺を抱き上げてきて、こちらが何かを言おうとする前に俺の顔をその豊かな胸に押し付け、後頭部を撫で、子守唄まで歌いだしたのであるが、いまだに湿っぽい彼女の谷間の匂いを嗅ぎながら寝るなんて、気を失わない限りは到底出来るはずもないのである。---------
  (おわり)
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