Tumgik
#浮気の証拠
peerless4191 · 2 years
Photo
Tumblr media
今宵も完全包囲 もう逃げれないね😏
2 notes · View notes
mj-research · 4 months
Text
instagram
0 notes
ari0921 · 2 months
Text
 反スパイ法のない日本、外事警察の苦闘
            櫻井よしこ
わが国は、四桁に迫る数の自国民を北朝鮮という国家権力によって拉致されたまま、約半世紀、取り戻せないでいる。
13歳で拉致された横田めぐみさんは59歳になった。母上の早紀江さんは、日本はなぜ、国民を取り戻せないのかと問い続け、新しく拉致担当大臣が就任する���に「真剣に取り組んでほしい」と要望する。歴代内閣は拉致解決を政権の最優先課題と位置づけるが、吉報は未だ訪れない。
第二次安倍政権の7年8か月間、安倍晋三総理を支えて国家安全保障局長等を務めた北村滋氏は、近著『外事警察秘録』(文藝春秋)の冒頭で当時の拉致問題への取り組みを記した。めぐみさんのものとされる遺骨が螺鈿(らでん)装飾の漆器調の器におさめられて日本側に手渡された時、その遺骨は警視庁鑑識課で横田御夫妻に示された。目に涙を浮かべた父上の横田滋さんが無言で坐る傍ら、早紀江さんが沈黙を破った。
「めぐみは生きていますから。これは警察の方でしっかりと調べて下さい」
早紀江さんは毅然と言い、「遺骨」を証拠として鑑定処分に付することを承諾して下さった。「それは娘の生存に対する確固たる信念の発露」だったと、北村氏は書いた。
周知のように、遺骨はめぐみさんとは無関係だと判明し、日本国内の怒りは頂点に達した。だが、振りかえってみれば拉致は金正日総書記が2002年に認めるまで日本での関心事にならなかった。遡って1988年3月、梶山静六国家公安委員長及び警察庁の城内康光警備局長が、「一連のアベック失踪事件は北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と答弁した。
北村氏の指摘だ。
「拉致事件について国会で閣僚と警察の責任者が断言し、それと前後して日本人が拉致されたことを示す具体的な情報が複数取りざたされていたが、それでも捜査に追い風は吹かなかった。北朝鮮の国家犯罪の追及は当時、日本政界を支配していたムードに逆行するものだったのだろう」
事実、89年7月には土井たか子、菅直人の両衆院議員らが北朝鮮の工作員・辛光洙の釈放を求める要望書を韓国に送り、90年9月には自民、社民両党が「金丸訪朝団」を結成して訪朝した。当時は日朝友好親善の機運が高まっていたのだ。
世界一、与し易い国
警察が拉致を防げなかったこと、捜査が進捗しないことについての批判は依然として強い。北村氏は言い訳するつもりはないとしたうえで、日本国の体制に注視する必要性を指摘する。まず第一に、スパイをはじめわが国の国益を深刻に侵害する犯罪を直接、適切な量刑で処罰する法律がないことだ。米国では死刑、終身刑、数十年の懲役刑となるような犯罪が、わが国では北朝鮮のスパイ事件に見られるようにほぼ全員、軽微な刑罰にとどまると北村氏は指摘する。
警察庁が認定してきた1950年から81年までの北朝鮮スパイ事件42件に限れば適用された罪名は「出入国管理令違反」等の微罪にすぎず、執行猶予が付くケースが多いという。
第二次安倍政権が「特定秘密の保護に関する法律」(特定秘密保護法)を難産の上成立させたとはいえ、今もまだ拉致問題に典型的に見られる対日有害活動を直接処罰する法律は制定の動きすらない。安全保障に疎いわが国の、これが現実である。
『外事警察秘録』の頁をめくる度に、日本の安全保障体制が法的にも国民の意識という点においても如何に貧弱かを思い知らされる。北村氏が41年間のキャリアを振りかえって取り上げた事件は拉致問題、重信房子の日本赤軍、麻原彰晃のオウム真理教、暗躍する中国スパイなど、実に幅広い。一連の事例から浮かび上がるわが国の姿は、悪意を持った犯罪者にとって恐らく、世界一、与し易い国のそれではないだろうか。
日本と日本国民を守る手段(法整備)に事欠く中で、北村氏らは国内世論の無理解、日本政府内に蔓延する気概の喪失とも戦わなければならなかった。たとえばオウム真理教事件で、早急に打つべき手のひとつが麻原彰晃ら最高幹部の国外逃亡阻止だった。
彼らは当時頻繁にロシアに渡り、レーザー兵器、ウラン、軍事用ヘリコプター、毒ガス用の検知器、自動小銃などを入手した可能性があった。そこで北村氏ら外事警察は「旅券法に基づいて、麻原に旅券返納命令を出してほしい」と外務省に要請。95年3月30日、警察庁長官の国松孝次氏が狙撃された当日のことだ。外務省担当者はこう返答したという。
「返納命令を発出してもし報復テロの対象として我々が狙われたらどうなりますか。警察庁長官ですら銃撃から守れなかった日本警察に部外者の我々を守り切れるのですか」
テロリストの思う壺
最終的に旅券返納命令は発出されたが、恐怖心を煽って政治的目的を果たそうとするテロリストの思う壺にはまっている日本の姿がそこにあった。氏はまた警察庁外事情報部長だったとき、スパイ事件に関する日米の分析検討会議に出席した。日本の摘発事例を説明した際、米側の出席者がたまりかねた様子で尋ねた。
「日本警察が摘発した事件では、そもそも公訴の提起がなされなかったり、スパイ協力者に対する求刑が懲役一年から二年程度だったりすることが多い。判決では執行猶予が付され、釈放されるケースばかりだ。なぜなのか」
日米同盟という関係の中で、日本から情報が漏れれば米国も一蓮托生だ。米国側が懸念するのは十分に理由のあることなのだ。
北村氏は、日本の刑事法にはスパイ行為を直接罰する罪が存在しないこと、したがって捜査機関は、スパイがその情報を入手するためのプロセスを徹底的に精査し、あらゆる法令を駆使して罪に問える罰条を探し、スパイ協力者はその共犯として立件すると説明したが、到底、理解してもらえなかったという。
「米国では、情報を漏らした者はもとより、情報を探知し、盗み出した者を、より重罪とする。量刑は最高で死刑だ。(中略)終身刑や被告の寿命を遥かに上回る数十年の拘禁刑という事例も散見された」
北村氏はこう書いたが、これは中国、ロシアを含めておよそ世界の国々の常識であろう。
インテリジェンスの専門家が振りかえる安倍政権、7年8か月の軌跡は、案件のひとつひとつが生々しい記憶をよび起こす。独立国としての日本の再起に文字どおり命をかけた安倍晋三総理。第二次政権発足の翌日、内閣情報官としての第一回総理ブリーフィング(報告)を終えて退出する北村氏に安倍総理が声をかけた。
「これからも時々、報告に来てください」
週一回だった定例報告はそれ以来、週二回となった。安倍総理はインテリジェンス報告に多くの時間を割いた。情報こそが国の命運を決することを正しく理解していた宰相なき後、わが国の前途は多難である。
16 notes · View notes
houteiyugi-movie · 6 months
Text
特別講義 in 専修大学のイベントレポートが到着!
公開を前に本日10月26日(木)、映画の舞台にロースクールが設定されていることにちなんで、法律家を志す学生が集う専修大学法学部の法廷教室にて本作の特別試写会を開催!上映後には原作小説を手がけた五十嵐律人さん、本作の深川栄洋監督、専修大学法学部の関正晴教授による“特別講義”と称してトークイベントが行なわれました。さらにイベントの途中で、法律家を目指す学生たちにエールを送るべく、主演を務めた永瀬廉さんがサプライズで登場!学生との質疑応答も行なわれ、会場は大きな盛り上がりを見せました。
Tumblr media
弁護士でもある五十嵐さんは、原作となる小説を執筆したきっかけについて「もともと法律が好きだったんですが、その面白さがなかなか法律に携わってない方に伝わらないという思いがあり、小説という形で法律の面白さを描けないかと考えました。映画でも出てくる“無辜ゲーム(※生徒たちがゲームとして繰り広げる模擬裁判のようなゲーム)”がアイディアの着想となり、そこからどんどん発展していきました」と明かしました。
Tumblr media
深川監督は、この小説を映画にする上での難しさについて「まず法律用語が難しい(苦笑)。若い人にどう見てもらい、乗ってもらうか? どういうふうに広い裾野に物語の面白さ、法律の面白さと危うさを感じさせるかが難しいポイントでした」とふり返りました。
そうして完成した映画について、五十嵐さんは「どの時間を切り取っても面白い。事件だけでなくそこに至る過程や裁判のパートも飽きさせない工夫や展開の仕方があって、原作をより面白く、エンタテイメントにして完成させてくださって感謝の気持ちでいっぱいです」と称賛を送りました。
Tumblr media
関教授は法律家の視点で、本作について「いろんな場面で法律の制度や手続きについて出てきますが、そこをうまく使うというのが(よい)アイディアだなと思いました。時効や再審制度、証拠の追加などもそうですし、証人尋問のシーンは特に感心しました。一問一答で現実の裁判に近いものを感じました。普通の刑事ドラマだと主人公が喋りまくって尋問している感じではないんですが、今回の映画は尋問の仕方が実務に近かったです」とそのリアリティを含め、絶賛!これには五十嵐さんも「刑事訴訟法を専門にしている先生のお墨付きをいただけて嬉しいです」と笑みを浮かべていました。
Tumblr media
そして、イベント中盤に完全サプライズで主演の“セイギ”こと久我清義を演じた永瀬さんが登場すると、会場は悲鳴のような歓声に包まれました! 真ん中の裁判長の席に座った永瀬さんは「緊張します…」とはにかみつつ「(映画の中では弁護士なので)こっち側じゃなかったので、ホンマに全部が見渡せる席で、特別な感覚がありますね」とご満悦。学生たちに向けて「弁護士の役をやらせていただき、ロースクール生の頃も少しだけ演じさせていただいて、弁護士になるために並々ならぬ努力をしないといけないことをこの映画を通じて学びました。みなさんも、そういう思いをされているかと思うと、少しだけみなさんのお気持ちがわかるし、親近感がわきます」と笑顔で語りかけました。
Tumblr media
そんな、永瀬さんの劇中での弁護士ぶりについて、関教授は「一問一答の形式で、テキパキと杉咲花(織本美鈴役)から言葉を引き出すところの歯切れが良く、まさに法廷でやっている尋問に近かった」と称え、永瀬さんは良い弁護士になれるか? という質問に「訓練を積んでいけば」という条件付きで太鼓判を押しました。これには、法律用語のセリフに苦戦したという永瀬さんは「えげつない訓練じゃないですか!」と苦笑いを浮かべていました。
学生の中には劇中の無辜ゲームのようなことをやった経験があるという人も。ある学生は、この法廷教室で「模擬裁判をやりました。学生が一からシナリオを考えて、役になり切りました」と明かしました。ちなみに裁判の中身は「殺人事件で死刑か? 無期懲役かなど量刑の争い」とのこと。
別の学生は「おとぎ話の『ヘンゼルとグレーテル』を題材に、2人が魔女を殺したことを立証できるか?」というユニークな模擬裁判をやったと語りました。これに“裁判長”永瀬さんは「テーマが面白いですね!」と感心しつつ「ヘンゼルとグレーテルについてそこまで知らないけど、殺すのは良くないですね。有罪で!」と即判決を下し、会場は笑いに包まれました。
また、法律を学んでいた役に立ったことについて、ある学生は相続法の知識を今後の遺産相続の際に活かせると明かし、労働法を専門とする別に学生は、アルバイト先での有給や休業補償について、バイト先に働きかけた経験を明かし、永瀬さんは「法律は僕らの生活と切り離せないので、知っておいて損はないですよね。知識があると、行動もできますもんね」と感心しきりでした。
またある女子学生は永瀬さんに「法律を学んでいる女性のイメージ」についての質問が。永瀬さんは、法律家になるための勉強の大変さやその量の多さに言及しつつ「過酷な状況に耐えられる忍耐力がある強い女性が多いのかなと思います」と語りました。
また、学生からは本作の撮影において苦労したことについての質問も。永瀬さんはやはり、耳慣れない法律用語に苦労したようで「発音も含めそれらをすらすら言わないといけなくて、常にそうした言葉が板についている感じで芝居をしないといけない。一度、法廷シーンで噛んでしまって、長回しでみなさんに申し訳なかったですが、2回目ももっと噛んでしまって…(苦笑)。スイッチが入ると取り戻しづらい空気感で、大変でした」と緊張感のある法廷シーンならではの苦労も明かしました。
Tumblr media
五十嵐さんは、そんな永瀬さんについて「なりたての弁護士という役で、専門家だけどわからないところもあるんですよね。僕も同じ気持ちでしたし、そういう不安や悩んでいる姿や、法律家も完璧じゃないところを表現されていて素敵でした」と自身と重ね合わせてその演技力、表現力を称えました。
さらにある学生からは、King & Princeが歌う本作の主題歌「愛し生きること」について「お気に入りのフレーズは?」というユニークな質問も!永瀬さんは「綺麗な嘘で抱き締めるから」というフレーズを挙げ「全体的に今回の映画のために作られていて、バシッとハマった感覚があるし、どこかで救われた自分がいる感覚もあります。『綺麗な嘘で抱き締めるから』という言葉は、どこかでセイギの美鈴(杉咲花さん)に対する気持ち、馨(北村匠海さん)に対する思いに通じる部分があると思うし、好きです」と明かしてくれました。
イベントの最後に永瀬さんは「この物語はセイギと美鈴と馨がメインで進んでいきますが、それぞれが抱えている過去や思い、人それぞれに自分の正義感があると思うけど、その正義感や信念を突き通すことの苦しさ、つらさ、難しさも含めて描かれてると思います。あまり、法律が近くない存在の人十分に楽しんでいただけると思うし、映画をきっかけにもしかして法律に興味持ってくださる方もいるんじゃないかと思います。余白を残して、考えていただくところが多々ある映画なので、見終わって感想を話し合って、それぞれの意見を交換し合っても面白いと思います」と呼びかけ、温かい拍手に包まれてイベントは終了しました。
Tumblr media
公式サイト
19 notes · View notes
jimmy-dipthong · 7 months
Text
New Vocab (Sep 21 - Sep 30)
My new goal of trying to add 3 new words to my vocab list every day is going pretty well! I've missed a couple of days from being busy with life stuff but mostly keeping consistent! Btw, I try to keep my definitions in Japanese too, I believe it helps to get a fuller understanding of the meaning.
看護師(かんごし) Nurse, RN 例文:「彼女には2人の看護師がついている」「その看護師はずっとその患者に付き添っている(つきそっている)」
患者(かんじゃ) A patient. 病気やけがの治療を受ける人。医師の側からいう語。 例文:「その医者は予約でしか患者を診ない」「その患者はHIVウイルスを持っている」「患者は自分が巻き込まれた事故の記憶がなかった」
施設(しせつ) ある目的のために建物などをもうけること。また、その設備。 例文:「この日は、日本で初めての水族館とされる『観魚室(うをのぞき)』と呼ばれる施設がオープンした日」「どのメンバーもこれらの施設を使うことができる」「市が新たに道路や公園等の公共施設を整備します」
付属(ふぞく) 主になるものに付き従っていること。また、そのもの。 例文:「いわゆる水族���は動物園に付属してできるという流れが歴史的にあった」「会社に付属する研究所」「カメラを付属品付きで買った」
惚れる(ほれる) Pregnancy, conception, gestation 例文:「妊娠したメスが交尾相手でない別のオス」「彼女は妊娠8か月だ」「おそらく彼女は妊娠しているのだろう」「妊娠中の女性はアルコールを常用すべきではない」
哺乳類(ほにゅうるい) Mammal 例文:「哺乳類がかわいいかわからないけど」「ヒトは哺乳類にあたります」「それは哺乳類の中で一番大きい」「鯨は魚ではなくて哺乳類である」
典型的(てんけいてき) 特定のカテゴリーやグループに属する個体や事象の中で、そのカテゴリーやグループの特徴を最もよく表現しているものを表す。 例文:「ナシレマはマレーシアの国民的料理でマレーシヤの典型的な朝ごはんです」「それは典型的なエリート主義のやり方だね」「彼は典型的な英国人だ」
積極的(せっきょくてき) 物事を進んでするさま。 例文:「積極的に仕事に取り組む」「ボランティア団体で積極的な役割を果たす」「積極的に英語を使おう」「セミナーでは積極的に自分の意見を述べましょう」「今後はもっと積極的にコミュニケーションをとろう」
炊く(たく) 米などの穀物を煮て食べられるようにする 例文:「ごはんを炊く」「飯は炊くばかりになっている」
比率(ひりつ) Ratio 例文:「Oreo Thinsのクリーム比率高い!」「人口に対する出生の比率」「私たちのクラブの男女の比率は2対1です」
垣根(かきね) 敷地を限るために設ける囲いや仕切り。竹や植木などで作る。垣。 例文:「垣根をこえて」「垣根を跳び越える」「私は彼に垣根のペンキを塗らせた」「父は庭のまわりに垣根を作った」
掬う(すくう) 手のひらやさじなど、くぼんだ形のものを使って、液状・粉末状のものの表面に近い部分を、えぐるようにして取り出す。また、手のひらやさじなどで、液体の表面に浮いているものやその中にあるものを、下から受けるようにして取り出す。 例文:「杓子(しゃくし)で汁を掬う」「足を掬う」「改めて手で掬う」
風鈴(ふうりん) 夏っぽいガラスで作られる鈴 例文:「風鈴がりんりん鳴る」「日本人は風鈴の音に風情を感じてきた」「どこかで風鈴が鳴った」
副菜(ふくさい) 主食とともに食べるもののこと。 例文:「副菜で沖縄そばが出てくる、すごくない?」
上回る(��わまわる) ある基準数量を超える。予定量以上になる。 例文:「視覚の表現は他の3つの感覚を上回って最も数が多いと」
結び付き(むすびつき) 関係、関わり、結合、などの意味の表現。 例文:「結びつきの強い家族」「あれはこの行動に結びつきがあると言ってる?」
幼馴染(おさなじみ) 幼い頃から仲が良い人、あるいは物心ついたときからの顔馴染みなどを意味する表現。 例文:「今日は幼なじみに偶然会いました」「幼なじみが春から大阪の大学に行くらしい」
瘡蓋(かさぶた) Scab 例文:「その少年はかさぶたを剥がしている」「傷は、結局かさぶたになる」「はれものにかさぶたができる」
講演(こうえん) 大ぜいの人に向かって、ある題目に従って話をすること。また、その話。 例文:「彼女は講演者として評判がよい」「彼女のスケジュールがいっぱいなのは講演者として人気がある証拠である」「質問は講演の後でお願いします」「講演の入場料は2ドルです」
18 notes · View notes
kinemekoudon · 1 year
Text
【11話】 大麻所持で起訴されたくなかったので、裁判官や刑事に黙秘しておいたときのレポ 【大麻取り締まられレポ】
Tumblr media
――逮捕から3日目。例によって、6時半に留置官の「起床―!」という大声で目を覚ました後、掃除やら片付けやらのルーティーンをこなし、朝食をとり、運動場で日光浴を済ますと、すぐに留置官から「5番、移送」と声がかかる。
今日は勾留質問というイベントがあることをあらかじめ伝えられていたので、手錠と腰縄をかけられると、昨日に引き続きワゴン車に乗せられ、両隣に留置官が座った。
勾留質問とは、地裁の裁判官が被疑者の言い分を聞いて、勾留の必要性があるかを検討し、勾留を認可するか却下するかを決定するというイベントなのだが、弁護士曰く、薬物事犯は確実に拘留が決定するらしいので、裁判官が“検討する”フリをして、拘留認可の通知を出すという作業に、形式上付き合わされるだけなのである。
※ちなみに、令和3年「犯罪白書」によると、大麻取締法違反の勾留決定率は約99.8%です(勾留却下率0.2%)。また、否認や黙秘をした場合、ほぼ確実に20日間(“勾留の”最長期間)拘留され、弁護士以外の全ての人と面会ができなくなるという“接見禁止”がつきます。
ワゴン車が地裁の地下駐車場に着くと、地下の入口から、50人くらいが一堂に集められた広間に連れて行かれ、地裁での規則を説明されたのち、2畳ほどの待合室に入れられる。その待合室の中は、片側に硬い木のベンチと奥に便器が剥き出しで置いてあるだけの殺風景な部屋で、必要十分な機能を備えた裁判所らしい待合室だと思った。
1人の留置官が僕と一緒に待合室に入り、もう1人は待合室の外で待機していた。最初は裁判所の規則通り静かにしていたが、10分もすると退屈に耐えきれなくなり、僕は留置官と世間話を始めた。
Tumblr media
その留置官は、珍しくヘラヘラとした顔つきをしている柔和な印象の男で、身の上話を聞くと、元々モデルガンを収集していたガンマニアで、モデルガン好きが高じて、拳銃を所持できるからという幼稚な動機で警察になったという馬鹿げた人間だった。
そいつは最近結婚したそうなのだが、嫁が真面目で性格が厳しいらしく、モデルガンのほとんどを捨てられたそうだが、何十万円もする高価なモデルガンだけは、同棲開始前に嫁にバレないよう押し入れに隠しておいたので捨てられずに済んだという話を得意げにしていた。
やがて、ようやく呼び出しがかかり、裁判官の待つ小部屋に連れていかれる。待機の時間は朝から夕方まで続いていたが、その留置官と雑談していたおかげで、地検の待ち時間より長かったにもかかわらず、待ち時間を短く感じることができたので幸いだった。
裁判官の待つ小部屋では、対面に机を介して阿佐ヶ谷姉妹風のおばさん裁判官、その隣に書記官が座っており、おばさん裁判官は見るからにこの業務を面倒くさく思っていそうな、やる気のない面構えをしていた。
おばさん裁判官は、黙秘権の説明と本人確認のための人定質問をしてから、勾留請求書に書かれている被疑事実を読み、「何か言いたいことはありますか?」と僕に尋ね、僕が「黙秘します」と答えると、「それでは、逃亡・証拠隠滅の恐れがあるので、10日間の拘留を認め、接見を禁じます」と告知し、僕が「はい」と応えると、勾留質問はこれにて終了となった。
僕の陳述を親身に聞くフリすらしないおばさん裁判官の無機質な対応に、僕は少し不快に思ったが、どのみち拘留になるわけだし、早く終わるに越したことはなかったので、流れ作業をしてくれてありがたいと思うことにした。
Tumblr media
そうして、勾留質問が終わると、再び待合室で数十分待機させられた後、駐車場に駐めてあるワゴン車に連れ戻され、同行の警官の一人が裁判所から拘留決定通知書を貰ってくるまで、1時間ほど待機させられた。
それから1時間ほどかけて署まで戻り、留置場の居室に戻る頃には、19時位になっており、夕食の時間からだいぶ遅れて食事をとることになった。
ガンマニアの留置官と喋って退屈を紛らわせていたとはいえ、長時間手錠をかけられ、座らされていることにかなりカロリーを消費していたので、弁当一つでは満足できなかった。
食後、ニューヨークの嶋佐似の留置官が「5番、これ接見禁止の通知書」と言って、一枚の紙を鉄格子越しに渡してきて、「もし抗告するなら…」と言ってきたので、食い気味に「大丈夫です」と言って紙を受け取った。
暇つぶしに接見禁止の通知書をしばらく眺めていると、裁判所のババアの顔が浮かんできて、今になって腹が立ってきたので、紙をくしゃくしゃに丸めて壁に向かって思いっきり投げ、嶋佐に怒られるまでしばらく壁当てをしていた。
Tumblr media
――逮捕から4日目。朝の9時半頃、朝食を食べ終え、再度寝ていると、嶋佐が「5番、取調べ」とだけ無機質に言うので、寝ぼけまなこで立ち上がり、鉄格子の前に立つ。
留置官に連れられ、留置場の出入り口前に着くと、壁に両手のシルエットマーク、その下の床に両足のシルエットマークが印された場所があり、そのマークの上に立ち、手をつくように指示をされる。
壁に手をつき、直立する僕の身体を留置官が上からまさぐり、便所サンダルを脱がされ、足の裏まで確認されると、壁を向いた状態で手錠をかけられる。未だに手錠をかけられると、警察モノの映画でも撮影しているのかと錯覚するくらい、他人事のように思えてしまう。
手錠をかけられた後、嶋佐が腰縄を巻き付けてキツく縛ってきたので、「ちょっとキツいです」と申し出ると、「キツくしないといけないんだよ」などとラチのあかないことを言ってきたので、「昨日はこんなにキツくなかったんですけど」などとゴネると、隣にいたガンマニアの留置官が「取調室に行くまでの間だけだからさ。我慢してよ」と柔和になだめてきたので、僕はガンマニアに免じて大人しく従った。
場内から出ると、廊下には前に取調べをしてきた女刑事を含む3人の刑事が立っていて、女刑事を先導に、2人の刑事が腰縄を握って、僕の後ろにつく形で階段を上る。
ひとつ上の階へ上がると、「薬物乱用やめよう」とか「ダメゼッタイ」だのと書かれているバカデカいポスターが間隔なしにびっしりと壁に貼られている廊下を進み、刑事課の横を通った先にある取調室に入る。
Tumblr media
取調室のパイプ椅子に座ると、手錠と腰縄を外され、外した腰縄でパイプ椅子に腰のあたりくくりつけられ、女刑事が湯飲みに入った熱い茶を持ってきて、「それじゃあ取調べ始めるね」などと優しい口調で言い、対面のパイプ椅子に腰掛ける。
女刑事は、じゃりン子チエみたいな顔をして、表面上は男勝りに気丈に振る舞っていたが、口調や表情からは女性的な献身性が感じられた。
Tumblr media
女刑事は、取調べの前に黙秘権について説明をしてきたので、僕はすかさず「事件については黙秘します」と言い、「雑談でしたらしてもいいですよ」と付け加える。
すると女刑事は急に真剣な眼差しになり、「どうして?」と聞いてくる。僕は、前に弁護士に「なんで黙秘するのか聞かれたら、“怖い弁護士に黙秘でいいと言われた”とでも言っておけばいい」と言われたのを思い出し、そのままその台詞を言っておく。
女刑事は「あなたの人生に関わることなんだから、弁護士のいいなりになるんじゃなくて…」うんぬんかんぬんと���ってきたが、僕は「でも黙秘しないと弁護士に怒られるので嫌です」などと幼稚な返答をして、テキトーにあしらっておいた。
刑事調べは、僕が黙秘権を行使したため、事件とは関係のない雑談をすることになった。女刑事は僕が出身した中学校の隣の中学校に通っていたらしく、色々と共通点が多かったので、割と会話が弾んだ。
昼食の時間になり、一旦休憩ということで、留置場の居室に戻される。昼食はいつも、コッペパン2本、小さい包装に入ったジャムとマーガリンに、チョコレートペーストかピーナッツバターが各1個、小さい容器に入った2口3口で食べ終わる惣菜、果物系の味の小さい紙パックジュースかカルアップなのだが、今日は日曜なので昨日購入した自弁もついてきた。
Tumblr media
自弁とは、自費で購入する弁当(お菓子や飲み物も含む)のことで、日曜の昼食はお菓子と飲み物を頼めることになっていたので、この日は小さい紙パックのコーヒー90円と、どら焼き150円を頼んでいた。
どら焼きは別に美味しくもなんとも思わなかったが、コーヒーはとても美味しく感じた。僕は毎日3杯はコーヒーを飲んでいたので、4日ぶりに飲むコーヒーの苦みは舌中に染み渡ったし、何よりカフェインが効いてきて、珍しく覚醒作用をしっかりと実感できた。
昼食後、玉音放送みたいなノイズ感のニュース音声がスピーカーから流れ、それから10分ほど日本の歌が流れる。この日は福山雅治の「家族になろうよ」とかいうしょうもない歌がループでかかっていた。
それからすぐに招集がかかり、例によって手錠をかけられ、取調室に連れて行かれる。女刑事は「まだ話してくれないかな?」などと物寂しそうな風を装って聞いてきたが、僕は「無理ですね。でも、留置場に戻っても退屈なので、雑談してくれると嬉しいです」と正直に応えた。
女刑事は聞き上手だったし、僕はカフェインを摂って多弁になっていたので、それから3時間半ほど、事件に無関係な戯れ言をほとんど一方的にベラベラと喋り続けた。
「ブラジルの刑務所は半年に一度女を連れ込んでSEXができるらしい」とか「ノルウェーの刑務所はスタジオがあってギターを弾けるらしい」とか、「日本の刑務所は娯楽の重要性を軽視していて人権侵害だ」みたいなことを言っていた気がする。
夕方頃、女刑事は少し疲弊した表情で「じゃあ、今日はこのへんで…」と話を切り上げて、「調書を取らなかった」と記載された調書に僕の指印を押させた。文言に問題はなさそうだったので指印を押しておいたが、別に押さなくてもよかった。
女刑事相手に一方的に喋り散らかすという行為でストレスを発散できたようで、僕は非常に愉快な気分で取調室を後にし、留置場の居室に戻っていった。
Tumblr media
つづく
この物語はフィクションです。また、あらゆる薬物犯罪の防止・軽減を目的としています( ΦωΦ )
#フィクション#エッセイ#大麻#大麻取り締まられレポ
35 notes · View notes
paux24 · 7 months
Text
Tumblr media
ここ数日はふと秋を感じることが少しずつ増えてきて、気分がよろしい!みんなはどーう?どの季節もすきだからランキングはつけがたいんだけど、やっぱり秋は上位だなあ。まんまるお月さまに金木犀、さんまとビールは今年もわたしを呼んでいる…!ここ数ヶ月はのんびりじぶんのペースを最優先させてもらってて。いい意味で肩の力が抜けてる。だからその副作用的なもので、発信したいってきもちがあってもうまく頭が機能しないこともあったりするし。ちょっぴり焦る日もなくはない、けど。安定した顔ぶれにとっても安心しているまいにち。やっぱり手の届くところにいてくれるみんなが画面越しにわたしを見たときに、思い浮かぶのはほかのだれでもなくこのわたし!であってほしいもん。って、本音をこぼしやすいのも秋ならでは!っていうわたし的感覚!敢えてセンチメンタルなきもちに向かっていくことがすきだったけど、年々その感覚も減っていて日々しあわせに過ごせてる証拠だなあ、なんておもいます。さー!今年もたべるぞー!秋色に身を包んでテンションあげてこうね!
Tumblr media
10 notes · View notes
kennak · 3 months
Quote
2021年に米ミシガン州の高校で男子生徒(当時15)が銃を発砲し、11人が死傷した事件で、息子の犯行を止められなかったとして過失致死罪に問われた母親に対し、地元の陪審団は6日、有罪の評決を出した。子供が起こした銃撃事件で保護者が過失致死罪で有罪とされたのはアメリカ史上初めて。検察はジェニファー・クランブリー被告(45)を、不注意に息子に銃を持たせ、危険の前��を無視したとして起訴した。息子の父親のジェイムズ被告も過失致死罪に問われており、別に裁判が開かれる。父親は無罪を主張している。現在17歳の息子は終身刑に服している。広告2021年11月30日にミシガン州オックスフォードにあるオックスフォード高校で起きた銃撃事件では、生徒4人が死亡、教員1人を含む7人が負傷した。判事は評決を出した陪審団に対し、おそらく「これまでで最もつらいこと」だっただろうと述べた。ミシガン州オークランド郡の裁判所で評決が読み上げられると、クランブリー被告は感情を表に出さずに、まっすぐ下の方を見つめた。4件の過失致死罪で起訴された同被告は、それぞれで最長15年の禁錮刑が科せられる可能性がある。犠牲者の親族の中には、この評決に安堵(あんど)の表情を浮かべる人もいた。射殺されたテイト・マイヤーさん(当時16)の父親バック・マイヤーさんはBBCに宛てた声明で、「国民が声をあげた!」と語った。「その声に賛成するか反対するかは自由だが、これが(司法)システムのあり方だ」事件を予見・回避できたのか母親が殺人事件を予見し、防ぐことができたのかが、この裁判の焦点だった。クランブリー被告と夫ジェイムズ被告は、銃撃事件の数日前に銃を購入した。息子はこれを事件で使用した。夫婦は事件の数日後に警察に犯罪容疑をかけられた。警察は事件後に2人の捜索を開始し、一般市民からの情報提供を受けてデトロイト市内の工業ビルで発見した。2人は保釈金を支払えず、2年以上、郡の拘置所に収容されていた。当初は夫婦そろって裁判にかけられるはずだったが、昨年11月に別々の裁判を求めた。ジェイムズ・クランブリー被告の裁判は3月に行われる予定。検察側は法廷で、息子のイーサン・クランブリー受刑者がメンタルヘルスに関連した支援を求め、幻覚症状を訴えていたのに、両親が治療を受けさせなかったことを示す証拠を提出した。クランブリー被告は息子に精神的な問題があるとは思わなかったと述べた。事件当日の朝、両親は息子が描いた気がかりな絵に関する学校での話し合いを切り上げて仕事に向かった。息子を家に連れて帰るのを拒んだという。息子のバックパックには銃が入っていたが、学校関係者は中身を確認することなく生徒を教室に戻した。そのわずか数時間後、息子はハナ・セント・ジュリアナさん(14)、テイト・マイヤーさん、マディシン・ボールドウィンさん(17)、ジャスティン・シリングさん(17)を殺害した。画像提供, Getty Images画像説明, 被害者家族と抱き合うオークランド郡のカレン・マクドナルド検察官検察は2週間にわたる審理で、クランブリー被告がプライべートなメッセージで息子のことを懸念していたにもかかわらず、助けを求める息子の訴えを無視したという、同じ主張を試みた。検察側はクランブリー被告と不倫関係にあった男性との間で交わされたメッセージを示した。同被告は、事件当日の学校での話し合いに出席する前、息子が「何かばかなこと」をするのではないかと恐れていると述べていた。クランブリー被告は法廷で、息子のために購入した銃の責任を夫に押し付けようとした。11月末のサンクスギビング(感謝祭、祝日)の翌日、夫が息子に拳銃をプレゼントするため銃砲店に息子を連れて行ったと、クランブリー被告は陪審団に述べた。同被告は銃の安全管理に責任を持つことに「気が進まず」、夫に銃の管理を任せたとした。保護者の有罪評決による影響は一部の専門家は、クランブリー夫妻に対する裁判によって、銃乱射事件を起こした子供の保護者の起訴が増加する可能性を示唆している。ペンシルヴェニア大学のスティーヴン・J・モース法学・精神医学教授は、イーサン・クランブリー受刑者が罪状を認めたのだから事件の責任は同受刑者にだけあるとし、今回の評決には同意できないと述べた。「彼女が必ずしも世界最高の母親でなかったことは理解しているが、それ自体は犯罪ではない」モース教授は、今回の判断が悪しき前例となり、裁判所が今後同じような状況で「スケープゴート」を探すようになるかもしれないと指摘した。一方で、今回のケースは非常に珍しいもので、より広範な影響はないだろうとみる専門家もいる。ミシガン大学のフランク・ヴァンダーヴォート教授(法学)は、「これ(評決)をきっかけに、よくある事件で保護者が起訴されるという事態が次々起こるようになるとは思わない」と述べた。「この事件をめぐる事実はかなり特異だし、ある意味で極端だと思う」被害者家族の反応被害者の家族は、学校関係者がクランブリー夫妻のように法的責任を問われていないことへの不満を示している。「学校で起きた失敗に関して、なぜ(法的)システムは国民が決めることを許さないのか?」と、被害者の父親のマイヤー氏は6日の評決後、BBCに語った。「この政府は異なるルールのもとに存在しているというのか?」昨年発表された独立機関による調査では、イーサン・クランブリー受刑者のバックパックの中身を確認せずに教室に戻ることを許可するなど、学校側の制度に複数の欠陥があったことが指摘された。この報告を受け、学区側は慣行と方針を見直し、改善すると約束した。(英語記事 Jennifer Crumbley: Michigan shooter's mother found guilty of manslaughter)
銃乱射した少年の母親、過失致死で有罪評決 米史上初 - BBCニュース
4 notes · View notes
jaguarmen99 · 8 months
Quote
417 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:23/08/13(日) 23:59:39 ID:Cz.io.L1同性の元友人に告白されて人生崩壊した。元々は数多くいる友だちグループの一人として付き合っていたんだけどある時どうしても好きだという気持ちを抑えきれない、交際出来るとは思わないけど気持ちを打ち明けてスッキリしたいと言われた。で、告白されたんだけど、俺自身は普通に同性愛者では無いので断った。それから元友人に粘着される様になった。当時交際していた彼女がいたんだけど、俺が浮気してるだのマザコンだの無い事無い事吹き込まれて喧嘩になり別れる羽目になった。落ち込んでると元友人が寄ってきて寂しいなら一緒に飲もうぜ、みたいな事を言われた時はぞっとした。いきなり冤罪をかけられて誰が嘘吹き込んだんだって思っていたから、直感的にコイツが犯人だと思った。あとで元彼女や元彼女友人らから色々話を聞いて元友人が犯人だって分かったんだけど逆ギレされた。そうなると良くも悪くも人が良い連中揃いだったから、元友人を理解してあげなよとか、仲良くしてあげなよとか余計なお節介。いや変な嘘ついて貶めた時点で普通の友人としても付き合い無理だろって思ってたから断ったら俺がハブされる様に。結局それで当時のバイトもサークルもゼミも居心地が悪くなり一気にボッチ化。それで精神病んで大学を退学する羽目になった。頑張って努力して合格した大学だったから非常に辛かった。それで終わればおかしな奴に粘着されて散々な目にあった、で済んだけど、それだけでは済まなかった。数年後、治療を重ねて何とかマシになって退学してから一年後ぐらいにリハビリ兼ねて務め始めたバイト先の正社員登用試験を受けて合格。人より遅れたし学歴も失ったけどけど何とか正社員に戻って働き始めた矢先に、元友人が俺の眼の前に現れた。久々に仲が良かった筈の大学時代の友人に誘われていったら、何故かその友人らと元友人がいるんだよね。元友人がいるなら行かないと思ってたから散々確認はしたんだけど。その場で断って帰ろうとしたけど空気壊すなって言われて強引に飲み屋に。何故か元友人と隣同士。元友人と友人らの話によれば、どうしても俺を諦めきれないということで場をセッテイングしたらしい。「あれから時間も経ったし、お前も就職して落ち着いただろ?付き合えとは言わないけど、いい加減仲直りしてやれよ」って言われて、激怒してその場は帰った。大学時代の友人含めて全員着拒した。それから程なくして会社に謎のクレームが入る様になった。やれ俺の接客が最悪とか、詐欺紛いの営業されたとか。弁解はしたけど、実際にクレームは凄く入る様になって、庇った上司の顔も潰してしまい、俺は会社での立場を無くし退職する羽目になった。落ち込んでいると、またも元友人からSNSを通じて連絡がきた。今度会わない?あの時は自分が悪かった、直接謝りたい。せめて一人の友人として向き合って欲しいと。証拠は無いけど、絶対にコイツがやったと思った。というか誰にもSNSのアカウントなんて教えてないのに、どうやって特定したかも謎だった。気持ち悪くなってアカウントは削除したけど、どこから元友人がやってくるか分かったものでは無い。LGBT法みたいなのが出来ると、こんなでも俺がLGBTのアイツを差別した極悪人の犯罪者で、アイツは守られるべき存在なのだろう。何故被害者の俺が悪人扱いされて苦しんで、加害者のアイツが大手を振って歩けるのか。同性愛者だろうがストーカーはストーカーだろ、何故同性愛というだけで一方的に正しくなってしまうのか、本当に理不尽だし理解出来ないし苦しい。これがホモ差別なら、俺は差別者でもいいからアイツと一生関わらない人生が送りたかった。
続・妄想的日常
9 notes · View notes
shitakeo33 · 10 months
Quote
ヤバ元カノ、あらゆる全ての単語を『浮気している』に繋げる地獄のようなマジカルバナナの達人で、毎日のように『浮気してない証拠を出せ』という悪魔の証明を出題され間違えると発狂するので古代ヨーロッパの哲学者や禅問答する修行僧の気分になっていたところ急に好きな人ができたと言われフラれた
生きづらいぞ🖕🦍ゴリ沢くん🌈VtuberさんはTwitterを使っています: 「ヤバ元カノ、あらゆる全ての単語を『浮気している』に繋げる地獄のようなマジカルバナナの達人で、毎日のように『浮気してない証拠を出せ』という悪魔の証明を出題され間違えると発狂するので古代ヨーロッパの哲学者や禅問答する修行僧の気分になっていたところ急に好きな人ができたと言われフラれた」 / Twitter
9 notes · View notes
xx86 · 1 year
Text
恋愛ごっこ
私は世間一般的にみるとかわいそうな女らしい。恋愛敗者とか、身を滅ぼす恋愛をしているとか言われたりする。幸せだったらいいんです、でも松田さんの場合は幸せそうに見えないから、と恋愛至上主義の篠部さんにばさりと斬られる。でもまあ結局はこういうのってお互いにしか分からないし、私は結構幸せなんだけどな、と思っているけれどそんなこと言えばより一層かわいそうな女としてレッテルを貼られてしまうので、ばかな女なんですとか適当な事を言って誤魔化しておく。
彼に最後に会ったのは今年の初夏の事で、実に会おうと予定をたててから半年以上経過して、ようやく漕ぎ着けたデートだった。もうこの時点で、他に女がいるとか、会いたいと思われてないとか、女達は辛辣な事を言うけれど、私はなんとなくそんなことはないと思う。信用している、というと一気に信用している感がなくなるので選びたくない言葉だけど、要はそんな感じ���のだ。浮気されてる女はみんな彼に限ってそれはないと言うと言われるのが目に見えてるから、これもいつもは黙っている。今回は終始戯言綺麗事の話だ。
そんな感じで今も会えてないし、何なら会う予定も経てられていない。年内に会うことも諦めたし、3月にある私の誕生日も会えないと早々に連絡をくれたので、このペースで行けば次に会えるのは来年の初夏なのかもしれない。なんなら彼が色々と忙しいので、連絡回数も前よりぐんと減ったし、日課だった日々の電話も無くなった。でも電話については無くなって良かったのかもしれないとも思っている。若干痩せ我慢だけれど。
でも、彼は基本的に電話が大嫌いで、かかってきても出ないというポリシーがある。私は電話が大好きだし、会えないならば連絡をマメにしたいタイプだ。だからこそ、彼も無理して電話をかけてくれていた。その代わり、私がタイミング悪く電話に出られなけれもうその日の電話は無しになる。それに一喜一憂するのもあまりにも相手軸すぎるし、彼に無理を強いているのも本意では無かったので、お互いの精神衛生上良かったのではないかと思う。
私は彼にして欲しい事が無い。して欲しい事が無いと言えば嘘だけれど、好き=相手のためになんでもできるという訳ではないと言うことをじっくり理解した。私は=で結ばれてしまう側の人間なので、してもらえないと言うことは、私の事好きじゃないんじゃないだろうかとか散々悩んだり落ち込んだりしながら、ようやく辿り着いた。まるで中高生の恋愛みたいなことをしている。だからこそ、彼に連絡できなくてごめんね、とか言われてもあんまりしっくりこない。そりゃあ多い方が嬉しいけれど、無ければ忙しいんだなと思っている。便りがないのは元気な証拠とも言うしな。母親目線だ。
その代わり私は好きにさせてもらっている。彼からの連絡に気づけば嬉しくてすぐ返信をしてしまうし、例え既読が付かなくてもTwitter感覚でぽんぽんメッセージを送ったりする。でも別にそれは決して返信しろという催促ではなく、ただ彼に楽しかったこととか嬉しかったこととか、あるいはむかついたこととか共有したくて送っているだけだ。いろんな感覚をいちばん彼���報告したい。それに対しての返信が無くても本当に何も思わない。
別れの危機に面した時、既読が早いのが重いと言われた時はかなりショックだった。返事を催促されているような気になると。そんなこと思ったこともないし、そんなこと口にしたこともなかったので、そんな風に見えるのかと、本当に本当にショックで、めちゃくちゃ泣いたりしたけど、今はお互いが好きなペースで連絡するで落ち着いている。ありがたい。
してもらえるのが当たり前だなんて思えないから、連絡不精な彼が連絡してくれるも嬉しいし、私のした話を何かひとつでも覚えてくれていたら笑顔になるし、会いたいと言われただけで涙が出るし、会う予定なんて経ててもらおうもんなら一晩泣き明かす。幸せに敏感な脳をしているけれど、篠部さん曰くそんなのは大切にされていない女という自己紹介をしているだけらしい。あまり人前で言わないようにしている。
彼は私のことを素直になったと言うけれど、私は彼の言葉の選び方がだいぶ優しくなったからこそ素直になれていると思っている。きっとお互いがお互いの扱い方が分かってきた部分も大きい。
総じて私は彼の彼女になれて幸せだ。彼のことがとても大切で最優先だけれど、彼は優先すべきものがたくさんあることも知っているし、なんなら彼は私が彼を最優先とすることを良しとしてないことも知っている。でもしょうがない。がんばって大事なものをたくさんつくろうとしたけれど、彼より大事なものなんて見つけられなかった。恋に恋してると言われたらそうなのかもしれない。でも元々恋愛も恋人もいらない私にとって恋に恋できない恋人なんぞ意味がないのだ。たまに阿部真央の貴方が好きな私をきいてクールダウンしている。前のめりで坂を転げないように。
寂しいのはだいぶ慣れたけど、ふとおそいかかってくるのは当然、と言い聞かせている。こればかりは慣れたらつまんないから。
25 notes · View notes
millmilkmill · 1 year
Text
22:33
「本を読まないということは、その人が孤独 でないといふ証拠である」と太宰治は言ったけれど、本を漁るように読んでいたあの頃も、孤独でなくなった今もふと頭に浮かぶ一節で、本をもう何ヶ月もしっかりと読んでいない私は、あぁようやく私は孤独でなくなったのだと寧ろこの一節を思い出して安堵してしまう
部署異動をしてからは特に時間があっという間に過ぎていく。年次が年次なので独り立ちもあっという間だったし、この仕事ってこういうのが醍醐味だよね、みたいなことをようやく出来るようになって何だか何をやっても嬉しかった
何より人間関係の軋轢がなく仕事に集中できる!なんと素晴らしいことだろう。
恋愛に関して言えば、このままヘマをしなければ来年辺りに結婚するのだろうと思う。
元旦から相手の両親に挨拶をし、3が日中には以前書いた私が致したことのある友人とお互い見知らぬ人として会食を済ませ、私が危惧していた最悪な事態になるかもしれないことは全て杞憂に終わった。
私は、私の市場価値はここが最高地点で、これ以上はないと、そう思うことにした。というよりも、この先の人生見た目や若さで勝負できないのだから、私のこの中身だけでは今以上の相手を見つけることは出来ないだろうと、株の売り時なのだろうとそう思うようになった。
保守的になったなと思う、それがつまらないと思う半目、ここまでこれたよと昔の私の肩を抱き寄せたい気分にもなる。
18 notes · View notes
tanakadntt · 1 year
Text
旧東隊の小説(二次創作)
刺身蕎麦クッキー
三輪秀次の好物は、ざる蕎麦、刺身、クッキーである。
一、刺身
ドアがあくと、まずプンと磯臭い空気が部屋に入ってきた。ここは東隊の作戦室で、三輪は同隊隊員である。
「大漁だぞー」
ついで入ってきたのは、発泡スチロールの箱を抱えた隊長の東春秋である。機嫌がいい。私服である。本日、東隊は任務のないシフトであったが、学校のあと、隊員は作戦室に集まっていた。仕事のためではない。
「おかえりなさい」
現地で購入したとおぼしき白い箱の中身は釣った魚だ。手持ちのクーラーボックスに入りきらなかったらしい。肩に下げているクーラーボックスだってかなり大きいのに、発泡スチロールの箱はさらに大きかった。重そうだ。三輪は発泡スチロールのほうを受け取った。ずっしりとしていて、よろける。氷がゴロゴロ動く音がした。
「床を濡らさないでください」
二宮匡貴が用意しておいたブルーシートを指す。
「気が利くな」
ニコニコしながら、東がクーラーボックスを肩から下ろす。三輪を手伝ってやりながら、二宮は黙って頷いた。
「東さん、長靴と道具は?」
「まだ車の中だな」
「後で取りに行きましょ。ほっとくと忘れちゃうわ」
加古望がキッチンから顔を出した。
ペリペリとビニールテープを剥がして、蓋を開ける。
のぞき込むと
「…大きい魚」
「鯛だな」
氷水の中に魚の王様が埋まっている。
東が器用にさばいていく脇で三人の隊員も忙しい。キッチンが臭くなるのは嫌と、加古はあらかじめ新聞紙をシンクに敷いていた。
「内臓はここに入れてね」
新聞紙で作った箱は暇なときに皆が折ってストックしてある。
タッパーや折を用意していくのは三輪の役目だ。紙袋にもポン、ポンと保冷剤を入れていく。
「秀次は手際がいいな」
「俺が教えました」
「あら、私が教えたのよ」
「今日、本部にいるのは誰かな? いつものことで悪いが、
手分けして、配りに行ってくれ」
「二宮、了解」
「加古、了解」
「了解です」
テンポよく言えずに、三輪は口の中でつぶやいた。
「ねえねえ、東さん、海鮮しゃぶしゃぶにしてみない?」
加古はカレイを見ながら提案する。
「新鮮なんだから、刺身だろう」
二宮が言い返す。二人はいつもこんな調子だ。
本日は、東隊長の釣ってきた魚を堪能する会なのだ。作戦室では飲酒禁止なので、ビールを飲みたい東の希望もあって、このあと本部内の彼の持っている居住スペースにお邪魔させてもらっての開催である。
「鍋があるからできるが、それなら最後はうどんで締めたいなあ」
「売店で売ってるんじゃないかしら」
東は包丁の手を止めてそうだなあと言いながら、チョイチョイと手招きして三輪を呼んだ。
「はい」
てっきり、うどんを買ってくるよう言われると思っていた三輪に東は、
「味見」
鯛の切れ端をヒョイと三輪の口の中にいれた。
「どうだ」
「おいしいです」
白身魚が甘いのを三輪はここにきて初めて知った。
ニ、クッキー
「暑いわね」
盆である。
この時期、食堂が休みなのだ。若者はコンビニに行き、偉い人は仕出し弁当を頼む。
今日の東隊長は上層部に呼ばれて会議に出席中である。これはよくあることで、片手間で隊長をやってるのではないかと思うほど忙しい人なのだ。今頃、上層部と高級弁当を食べていることだろう。
時刻は午後一時である。
「お腹が空いたわね」
先程から、加古は暑いとお腹が空いたしか言わないと気がついて、三輪は少しおかしかった。二宮はまだ到着していない。要領のよい彼のことなので、どこかで食事をしてからやってくるのだろう。
「コンビニで買ってきます」
三輪は立ち上がった。本部の中にも最近コンビニができたのだ。
「今日はコンビニのご飯って気分じゃないのよねえ」
と、加古は顎に長い指を当てた。二宮がいたなら、わがままだとののしったに違いないが、三輪はあまり気にならない。
「外へも買いに行きますよ」
どのみち三輪も何か腹に入れないといけない。
「本部の外は暑いわよ」
「そうだけど」
最近、加古に対しては敬語がすっぽ抜けるときがある。年上とか年下だとかそういうのを突き抜けたところが加古にあるからだ。
加古は天井に視線を送って、しばし考えたあと、
「どっかにクッキーがあったはず」
ぽんと手を叩いて、立ち上がった。
「東さんがもらってきてた」
「え! あれ? 」
あれは確かお中元でもらった高級クッキーだった。お中元をもらう大学生もどうかと思うが、東はよく頂きものをする。ご相伴にありつくのは隊員の役得だ。
しかし、いいとこのクッキーを昼飯代わりとは。
棚をゴソゴソとあさって、すぐに加古はクッキーの四角い缶を見つけてきた。目星をつけていたらしい。
「これこれ」
遠慮なくカパッとあけると、ほとんど手つかずの高級焼き菓子が現れる。
「三輪くん、冷蔵庫から飲み物持ってきて。私、アイスティー」
三輪は麦茶にした。
「お前らばっかり何食ってんだ」
案の定、程なくして現れた二宮は呆れた声を出した。
「太るぞ」
「三輪くんはもうちょっと太ったほうがいいわ」
「お前だ、加古」
「ご飯代わりだもの。それにこれから、動くから問題ないわ」
「トリオン体じゃあ関係ないだろう」
そう言いつつも、二宮もクッキーに手を伸ばす。
「二宮先輩、何飲みますか?」
「牛乳」
結局、三人でバリボリ食べて、缶のクッキーはすっかりなくなってしまった。
「内緒ね」
「証拠隠滅だな」
三輪くんの方で捨てておいてねと空の缶を持たされた。三輪が本部に住んでいるからだ。
なんとなく捨てそびれて、東隊が解散して、それぞれが別の隊を持つようになった今でも、その缶は三輪の部屋にある。
三、ざる蕎麦
「なんだ、引っ越したばかりなのか」
東隊が結成されたばかりの頃の話だ。
なんの用事だったか。多分、東からの言伝てがあったのに三輪へのメールが既読にもならないし、電話にも出ない。
二宮、すまない。俺、手が離せないから、伝えるついでに様子をちょっと見てきてやってくれ、そのまま帰っていいから。
隊長にそう頼まれたら、二宮も嫌とは言えない。もう、夜と言っても差し支えない時間だった。加古は既に帰宅している。
東に聞いた区画で三輪の部屋を見つけ、何度か呼び鈴を鳴らして、ようやくドアはあいた。
単身者用らしく、玄関から見渡せるほどの部屋だ。
およそ、生活感というものがない部屋だった。
中はガランとしていて、薄い蒲団が敷いてある他は、ダンボール箱がひとつおいてあるだけだ。入り口すぐに見えるキッチンも使っている形跡がない。
だから、二宮は引っ越してきたばかりかと聞いたのだ。三輪は焦点の合わない目をして、否とも応とも言わなかった。
出会ってまもないが、三輪には時々そういう不安定な状態に陥るときがある。何もかもが億劫になるらしく、食べることも眠ることもしなくなる。反応も鈍い。
この街には、この街独特の事情によって、そういう人間は割と存在し、容認されている。だから、二宮もそれほど奇異には思わない。あの日あのとき、『あちら側』だったんだなと思うだけだ。
それでも淡々と任務をこなす姿は評価するが、面倒な後輩であることにはかわりなかった。
東からの用件を伝え、確認をとったらもう二宮の任務は終わりだ。
しかし、
「夕飯は食ったのか?」
「ああ、はい、いえ」
返事は要領は得ないが、おそらく食べていない。
(昼も食べてなかったな)
「夕飯、食うぞ」
「……え?」
やはり反応が鈍い。二宮はイラッとしたが、今の三輪相手に何か言う気はしない。
三輪を連れて、食堂に行こうとする。
が、二宮はふと気が変わった。
「鍋あるか?」
「ないです」
「皿は?」
「ないです」
「コップは?」
「ないです」
二宮がため息をつくと、すみませんと三輪が謝った。徐々に意識が浮上してきたようだ。
「あの、二宮先輩、食堂で」
「いや、待ってろ」
三十分後、調理道具一式を調達してきた二宮は再び三輪の部屋に現れたのだった。
「蕎麦を茹でるぞ」
「…蕎麦ですか?」
その頃には、三輪もうつ状態になっているどころではない。二宮のペースに乗っかりもできず、さりとて落ちることもできない。
「あの、なんで、蕎麦」
「引っ越ししたら引っ越し蕎麦だろう」
引っ越しのことを考えたら、最初に思いついたのが蕎麦だった。新居で食べるのにふさわしい。
「あちこちから、借りてきたからな。明日、返しに行くぞ」
本格的な塗りの四角いセイロまである。三輪はおっかなびっくり持ち上げて、意味なく裏をのぞき込んだ。
その間に、二宮は鍋を沸かし、乾蕎麦を放り込んでいる。
「七分、計ってくれ」
「了解です。料理されるんですね」
「麺を茹でるくらい料理に入らんと思うぞ」
菜箸で、麺を動かしながら、二宮はこともなげに言った。
「三輪も食堂の飯ばっか食ってないで、蕎麦くらい茹でろ」
「はい」
思いの外、大量に茹で上がった蕎麦をセイロに山のように盛って、二人ですすった。箸もなくて割り箸だった。
もうここに一年ほど住んでいますと言えずに三輪は黙って、蕎麦を食べた。
この日にようやく三輪の引っ越しが終わったといえるかもしれない。
終わり
4 notes · View notes
semmaki · 1 year
Photo
Tumblr media Tumblr media
3年ぶりに鹿児島へ。たった1泊でもhuitを実家の母に預ける不安や、旅先での体調の変化とか、行く前から気疲れするタイプのわたしと、楽しみでしかないSさん。わたし的には旅の相棒はポジティブな方が救われるんだけど、とにかくスムーズに、ケンカはやめようと自分に言い聞かせていたので、会話が弾まなくとも(笑)また来年も行きたいね、という気持ちで帰ってこれたのは悪くはなかった証拠。今までの旅先でのケンカで特に凄まじかったのは(笑)結婚する前にSさんと旅したネパールでのできごと。ほんの些細なことでわたしが腹を立て「もう帰る!」とリュックに荷物詰めて夜中にホテルの部屋を出ました。ドラマならここで追いかけてきますよね。でもチラッと後ろを振り返るも、気配なし。仕方なくホテルの中庭で泣きながら友だちにエアメール書いた。数時間経っても探しにくる様子もないし、気にかけてくれるのはホテルのスタッフで、でも暗い庭で白い歯だけが浮かぶスタッフが急に怖くなって(笑)尻尾巻いて部屋に戻ると、ベッドでいびきかいて寝てる男が。以来、旅先でケンカするのはやめようと思った。損するのは自分。そういえば同じくネパールで、レンタサイクルして観光地を巡ってる時にもケンカ勃発。すごい勢いで自転車を走らせ逃げる?巻こうとする?Sさんに「こら~!!!!待てーーー!」と叫びながら自転車たちこぎのわたし。ネパール人の視線釘付けでも周りの目なんて気にしてる場合じゃなかった。若いってパワーの塊。いろんなことがあったけど、亀の歩みながらも、成長はしてるってことかな。いや50過ぎの男と50前の女があの頃と変わってなかったら相当ヤバい奴。
7 notes · View notes
kinemekoudon · 2 years
Text
【4話】 ガサが入ると分かっていたのに大麻を所持していたときのレポ 【大麻取り締まられレポ】
Tumblr media
前回のあらすじ 僕と友人の吉岡は、プッシャーのANIから大麻とANI特製の曲げ玉(MDMAとLSD)をひいた後、運悪く職質をしてきた警察に大麻が見つかり、警察署に連行されたのであった。
――僕を乗せたパトカーが警察署に着くと、同乗していた警官は、後続の車に乗っている吉岡やANIを待たずに、僕を警察署の中へと連れて行く。
警官はそのまま3階に上がり、刑事課の脇の通路を歩いていくと、オフィス机にパイプ椅子が2つだけの、いかにも取調室という感じの部屋に案内し、ここで待つようにと僕に言いつけてどこかへ去った。
取調室で待っている間、刑事課のオフィスをじろじろ眺めていると、刑事らは事務作業の手を止めて、僕ににらみを利かせてきた。刑事課は目がパキっている刑事ばかりでおっかない雰囲気だった。
Tumblr media
そうこうしていると、ほぼ唯一穏やかな面をした中年男がやってきた。中年は「事情は聞いたけど、運転席の男が大麻の売人なんじゃないのかな?」などと穏やかな口調で質問してきたが、僕は「さぁ? 違うと思いますけどねえ」などと意味深にしらばっくれておいた。
それから1時間半くらい、中年のゆるい質問にいい加減に返答していると、中年は取り調べに飽きた様子で、「煙草吸うんだっけか? 喫煙所は下の駐車場なんだけど、行くか?」などと言ってきたので、ニコチン中毒の僕は喜んでついていった。
喫煙所で中年と煙草を吸っていると、中年は「前に捕まった漫画家なんかはさ、大麻吸ってインスピレーションを得ようとしてたみたいなんだよね」などと無駄話をしてきた。
僕は素知らぬ顔で「へーそうなんですね。ところで大麻ってどんな効果があるんですか?」と質問してみると、中年は「酩酊感があって、ある種のトランス状態に入れるみたいなんだよ」などと的を射た説明をしていたので、ちょっと感心した。
そうして中年と雑談をしていると、刑事課のオフィスで目をパキらせていた刑事がやってきて「運転席の男から大麻買ったんだろ? 正直に言った方がいいよ」などと煙草も吸わずに無礼な物言いで問い詰めてきた。
僕はそいつの問いかけを無視して、「こうやって気を抜いてるところを狙って、ボロ出させようみたいな作戦ですか?」と中年に話かけると、中年は「いやいや。まず取り調べ中に喫煙所に行くこと自体、滅多にないからなあ」などと言っていた。
僕は中年の方を見たまま「なんか刑事ドラマとかでありそうですよね。こういう取り調べのやり方」などと皮肉めいたことを言ってパキった刑事をあしらうと、パキった刑事は無言で僕を睨みだしたので、中年は気まずそうに煙草を吸っていた。
Tumblr media
取調室に戻った後、中年は「じゃあ事情聴取はこれで終わりだから、パトカーで家まで送っていくよ」などと言って、僕は再度駐車場に連れて行かれた。
僕が乗るよう指示されたパトカーには、既に友人の吉岡が後部座席に乗っていた。警官がいる手前、余計な話はできないので、僕と吉岡はニヤニヤしながら互いを見合った。
パトカーが僕の住むアパートにつくと、同乗していた警官らは、アパートの外観や部屋の扉を撮影してから、住居が確認できる書類を見せるよう僕に言って、その書類を撮影していた。
僕が警官の一人に書類を見せている間、吉岡がふざけてその警官の背中に中指を立てていたが、もう一人の警官に見られてすぐ引っ込めていた。
警官を見送った後、僕と吉岡は“大麻が見つかったのに試薬検査で反応が出ず、現行犯逮捕されなかった”という事実に、2人して抱腹していた。僕らは一旦落ち着こうとコンビニに入るも、興奮が覚めやらず、店内でこれまでの互いの経緯について話し合った。
僕が一番気になっていたのは、吉岡がANIから貰った“曲げ玉”についてだったが、吉岡はANIが職質を受けている間、曲げ玉を後部座席のシートに捨て、それが運良く警察に見つからず、難を逃れたということだった。
そうしてようやく家に戻ってから、僕らは作戦会議をした。とりあえずガサは入るだろうから、今後はネタを持たない、喫煙具も持たない、wickrのログを残さない、ということを徹底し、また内偵にも気をつけようということになった。
Tumblr media
そういうわけで、僕らは家に残っていたなけなしの大麻を全て吸いきった。これで大麻を吸うのは当分先になるだろうと思うと残念だったが、証拠を隠滅できたと思うと清々しさがあった。
朝になり、僕らは早速喫煙具を捨てに行くことにした。出際に職質されては元も子もないので、吉岡に偵察をしてもらったのち、僕はリュックの中に2Lのペットボトルくらいの大きさのガラスボングとモンキーパイプを入れて家を出た。
Tumblr media
僕らは途中で吉岡の家に寄り、吉岡の喫煙具もリュックに詰めると、“エゴデス公園”に向かった。エゴデス公園は、僕と吉岡がLSDでエゴデス(自我の死)を経験したメモリアルな公園であり、また深い池があるので、捨てるならここしかないだろうという話になっていた。
エゴデス公園に着くと、僕らは早速、池に向かってパイプを放り投げた。僕は続けて、ボングを池の中央に放った。放ったボングは、ドボンと音を立てて水中に沈んでから、一度水面に浮上すると、コポコポと音を立てながら再度水中に沈んでいった。
ボングの供養が終わると、忘れていた疲れがどっと襲ってきたので、今日のところは解散し、各々何かあれば逐一報告しようということになった。
――翌日の夜、僕はANIにwickrで電話をかけた。ANIは電話に出るなり「お前らよぉ、喋ってねえだろうなぁ?」とドスの利いた声で聞いてきたので、僕はちょっと萎縮して「喋ってないですよ」と答えた。
しかしANIは僕を警戒して「本当か? 喋ってないか?」などと同じ質問を繰り返した後、「今そこに誰かいるか?」 「今、家か? TVの音聞かせろ」などと言って、僕が警察と一緒にいないかを念入りに確認してくる。
僕がちゃんとANIに言われた通り��すると、ANIは「まぁ大丈夫そうか」などと言い、急にいつものようなフランクな口調に変わって、「お前よぉ、車ん中に大麻捨てたろ?」などと軽く笑いながら聞いてきた。
僕は「すいません。でもあの状況ではそうするしかなくて」と言い訳すると、ANIはふざけた口調で「お前だけ捕まってれば丸く収まってたのによー」などと冗談か本気かわからないことを言っていた。
それから僕は「実は大麻だけじゃなくて、曲げ玉も車内に捨てちゃったんですけど、あれバレなかったですか?」と恐る恐るANIに尋ねると、ANIは愉快なことを言っていた。
ANIの話を要約すると、ANIは自分の車で警察署に向かう際、一度車内をチェックしたところ、僕と吉岡にあげたはずの曲げ玉を発見したので、警官の目をかいくぐってその場で口に放り込んだということだった。
そして、その後の取り調べでは、職質のときに大麻の試薬検査をしていた女の刑事に、朝まで5時間も取り調べされていたという。LSDとMDMAがキマった状態で。
僕は「自白剤飲んだのに、よくも喋らず取り調べトリップを遂行できましたねー」などと茶化すと、ANIは「逆にフレンドリーに対応できてよかったけどな」などと勇ましいことを言っていた。
Tumblr media
――それから2ヶ月経ったが、警察からは何も音沙汰がなかった。僕はこの頃、大麻の使用は合法だし、吸うぐらいならいいだろうと高をくくって、別の友人の家で大麻を吸っていた。
――そうして3ヶ月が経つと、なぜか僕の家には、大麻のバッズやリキッドにエディブル、さらにはLSDまでもが置いてあった。
丁度3ヶ月経った日の夜、吉岡から電話がかかってきた。吉岡は「知り合いの元半グレにドラッグの師匠がいるらしいんだけど、その人に聞いてもらったら、「職質から3ヶ月もガサが入らないってことは通常ないから、この件は事件化してないはずだ」って言ってたんだって」などと嬉しそうに言っていた。
僕はその時、大麻を所持している分際で「吉岡さあ、正常性バイアスかかっちゃってるよ」などと吉岡を腐したが、日が経過するごとに(本当にそうなんじゃないか?)と思うようになっていった。
Tumblr media
――3ヶ月半ほど経った日の朝、在宅勤務の僕は、いつものようにパソコンで出勤ボタンを押すと、再び眠りについた。
それから約1時間後、(コンコンコンコン)とドアをノックする音が聞こえて、僕は目を覚ました。僕はふらふらとした足取りでドアの前まで行く。
「どなたですか?」と尋ねるも、返事がない。もう一度「どなたですか?」と尋ねると、ドアの向こうから「下の階の者ですが」と返事が来る。
僕は眠い目をこすりながら(朝っぱらからなんの用だよ)と少しイラつきつつドアを開けると、警察が4人立っていた。
恰幅のいい一人の男が「警察。今から家宅捜索するから」と目を血走らせながら言った。一瞬で眠気が飛んだ。
Tumblr media
.
つづく
.
この物語はフィクションです。また、あらゆる薬物犯罪の防止・軽減を目的としています( ΦωΦ )
61 notes · View notes
Text
一月 
 一月にしては妙に生温い空気だった。生温い心地がした。実際には相応の気候だったのに、感情を置いてけぼりにした私の身体は感温すらもまともに享受できなくなっていたのかもしれなかった。赤外線ヒーターの暖気と外気の気温差に、窓の下方が僅かに結露していた。年が明けてから一週間ほどが経って、年明けにこじつけた懶惰が、徐々に正当化されなくなっていった。どこか浮ついた空気感がフェードアウトし、また忙しない日常に戻っていくという実感が、あまりに軽薄な新年への希望を黒く蝕んでゆく。私は私自身に絶望していくのだった。絶望をそうだそれでこそだとしきりに肯定するかのように、空は厭味たらしく晴れていた。
 自分は愚かであるという自覚がいつから芽生えたのかは定かではない。単なる自虐ではなく、自己否定だった。年々それは明確な原因もないまま順調に羽を伸ばし、年末には完全体に限りなく近づいた。それでも私は時間の区切りに託けて、自分は変われるのだと言い聞かせてきた。そうすることで精神を保ってきた。今はダメだけど、明日は、来週は、来月は、来年は。どんなに愚かな自分でも、年が明けたら変われると、新しい自分が誕生するのだと信じて疑わなかった。だが、とうとう年が明けても私は変われなかった。
 窓の外から、男の子の大きい声がした。その声を皮切りに、小学生がずらずらと道を歩く朝の喧騒を脳が認識していく。冬休み明けか、と思うのと同時に、もうどうしようもないのだと悟った。逞しい自己否定に乗っ取られた頭は、常に結論を急いだ。死のうと思った。新しい年のはじまりと共に死ねたらどれだけ輝かしい死だろうと思った。よく使う革製のベルトを衣装箪笥から取り出して、輪っかを作ってクローゼットの取っ手に結び掛けた。十時三十五分。親が十二時に仕事から戻るとして、意識を失ってから一時間あれば救命を試みても確実な死が待っていると自殺の本で読んだ。死ねる、と思った。無根拠な死の確信は、重い身体を内側から突き動かす動力へと変換され、私は輪っかの高さに頭がくるように、背筋を伸ばして床に座った。座ってから、ああトイレに行ってないから失禁してしまうだろうと呑気に考え、ふふ、と力無い笑い声が漏れた。一度息を吐いてから、ベルトの輪っかの中に頭を入れ込んだ。このまま体重を落とせば五分で死ねる、とおかしな高揚感で脂汗が滲んだ。少し身体を動かす度に、ベルトのひんやりとした感覚が首筋を掠めてどきりとした。昂奮と共に頭が冴え渡り、死んだ後のことややり残したことが次から次へと思い起こされた。ここにきて威勢の良くなった思考の口を封じるように、私は身体の全てを重力に委ねた。
♦︎
 そういえばあと一週間もすれば期末試験だった。期末試験の存在もまた、鬱の触媒として働いていたのに、今更のように思い出す。生きることに対する弊害が世の中に溢れ過ぎていて、何が私を苦しめているのかさえ正しく把握出来ていなかった。正しく把握することを、随分前に諦めてしまった。そんなことは無意味だと思ったからだった。私がこの世界から魂諸共解放されない限り、あらゆる行動と思考が無意味に思えた。だから私は死に急いだ。それなのに、私は結局死ねなかったのだった。
 身体の力を抜いて体重をかけると、ベルトが顎下の首元に食い込む感触がした。頭上で、想定し得ない重みに面食らったクローゼットの取っ手がミシ、と軋む微かな音が聞こえた。首吊りは、気道が塞がれることによる窒息死ではなく、脳に行く血液が遮断されて起こる脳酸欠だと本に書いてあった。穏やかな苦痛だと思っていた私は、想像以上に容赦なく首を締め上げるベルトの感覚にひどく狼狽えていた。ベルトの圧迫により首元の拍動が際立ち、こめかみのあたりがドクドクと震えた。頭の中心でジンと熱が広がるような感覚を覚え、目の奥が赤黒に明滅した。その信号が単なる動揺からか、はたまた死に近づく真っ当な証だったのかは定かではないが、死んでしまう!という恐怖にも近い直感が、一瞬にして私の身体を駆け巡り、次の瞬間私はいとも簡単にベルトの輪っかから頭を抜いたのだった。
 あんなに強く締め付けられていたのに、顔を引き抜けばコホコホ、と軽く咳が出ただけだった。映画の自殺未遂者たちはまるで結核患者のように激しく咳き込んでいたのに、あれは脚色なのだろうか。もしかしたら、そもそもやり方が間違っていたのかもわからなかった。何にせよ、死ねなかった。首吊りは座りながらでもできるという主張は、半分事実であり半分嘘であると思う。飛び降りてしまったら元の場所には戻れないような、火を着けてしまったら消せないような、踏み台を蹴ってしまったら着地できないような、そんな不可逆性に欠けていた。可逆的であるということは、逆行するか順応するかの選択は自由意志に基づくということであった。死ぬ意志が弱ければ生きようと死に逆行し、意志が強ければ死に順応する。私は前者だった。
 私は泣いた。悔しくて、悲しくて仕方がなかった。たった今死のうとして、死ねなかったという事実に対して。不可抗力ではなく、自ら生きる道を選択してしまったことに対して。心の底から死にたいと願っているつもりなのに、本能的には生きたいと願ってしまったことに対して。本音と建前は自覚的に使い分けるものだが、本音と本能の乖離は潜在的だ。この乖離を自覚したとき、人はどうしようもない無力感に襲われるのだと思う。実際、私は形容し難いやりきれなさに満ちていた。死にたいという”本音”が、いかに浅はかで軽率だったかを思い知った。ふと、本当は全部わかっていたような気がした。死にたいのではなく、生きることをやめたかった。ずっと思い描いていた我が儘は、選択肢Cであり、生憎この世界における選択肢はAかBしか用意されていないのだった。選択肢にない回答をしてしまう出来損ないの人間は、今この世界で、生きることも、死ぬことも許されない気がした。死んだまま生きていくしかないのだと思った。
2 notes · View notes