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#リラックスできる音楽
lachatalovematcha · 1 year
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kin922 · 1 year
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Mozart モーツァルト Classical Music 4 頭が良くなる音楽~集中力も上がる 脳力のためのクラシック音楽
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sarahalainn · 5 months
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PART 2!
(PART 1 は一つ前の投稿より)
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Sarah Àlainn - Celestial Christmas Concert
サラ・オレイン
~ 天使と天上の音楽 ~
8. Hallelujah (Leonard Cohen)
Airmail Specialをはさみたかった最大な理由が、
ここからの絶対的な3曲のため。
Hallelujah
タイトルだけ見ると教会にぴったりな選曲。
でも、これはレナード・コーエンのハレルヤ。
歌詞の内容を思うと、やって良いものなのだろうか、悩む。
「神様は、いるかもしれない
でも、愛から学んだのは、
自分より銃を早く抜くことが出来る人を、
どう撃つかくらいだ」
壊れたHallelujah。
でも、コーエンが言ったもう一つの名言を思い出す:
「すべてのものにヒビがある。そこから光が差し込む」
そう、私たちは壊れてる。ヒビだらけ。
でも、そこから光が差し込むのよ。
Jeff Buckleyのカバーが特に好きで、ギターが印象的。
今年ツアーでエレキを弾く機会があって、今回もと思っていたのですが、
PAさんとも相談し、結果エレアコに。
久しぶりに登場したオーストラリアのMaton。
指が攣りそう><エレキと違って、ヴァイオリンとも違った力の入れ方があり、フォークギターはとにかく毎回緊張します。
エレキヴァイオリニストの壷井彰久さん、ギターも以前弾かれてましたが、「ギターを弾くと指が硬くなってヴァイオリンに影響するからやめた」と話されて、確かに。いつかもっと弾けるようになりたいものですが、今のところ練習を控えてた楽器。
なので、パイプオルガンと並んで、1番緊張した楽曲。
筋肉痛、きっとここからも来てる。
サビでのTakanaとのハモリーがまた気持ち良い。
心の叫びのような、大好きな一曲です。
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9. Andata (坂本龍一)
セトリを考える時、一番大事にしてるのは流れ・物語。
演奏者としての自分のことはその次、または無視。
なんでギターの後にまた大変なオルガンを持ってくるのか><
でも、上手くいったら、綺麗なFlowになる。
それを信じて、突き進む。
パイプオルガンのソロ曲、バッハは冗談で言ったものの(ディズニーの「Fantasia」にも出てくるし、分かりやすいかなと。Takanaが当日初めてリハで聞いた時、ふいちゃいましたw)、可能なら挑戦してみたいと思った曲は坂本龍一氏のAndata。アルバム「Async」のバージョンが一番好きで、これをパイプオルガンで演奏できたらなんと素敵だろうと。。
ご本にの前で演奏してみたい。みたかった。
そんな教授へのRequiemでもありました。
終わったから言えますが、初めの和音を弾いた瞬間「やっちゃった。。><」
Shchedrykで消したはずのFull Organ(音色を変えるボタン)がONになってました。
最初は「え!何でこんなに音が大きくて音色が違うんだろうと」、左、右い、上下を次から次へと見て、
最後に赤いランプを見て「うわあ、まさかの」と。
頭の中ではこんなことを色々考えていたけど、現実ではおそらく多分2秒くらいしか絶ってなく、パニックした割には落ち着いて演奏ができました。ちょうどリピートがあったので、落ち着いてボタンを押し、2回���は想像してた音色に。
後で関係者に聞いたら、意図的だったと思う人がいるよ、とのことで、安心。
ハプニングがあったけど、今回一番集中できた演奏でした。
落ち着いたらこちらもYouTubeでシェアしたいです。
10. Merry Christmas Mr. Lawrence 『戦場のメリークリスマス』
もちろん、この季節に欠かせないこの一曲。
ツアーではキーボードの弾き語りをしてますが、Andataからの流れを考えて、パイプオルガンに。
いつもはもっとRubato気味で演奏してますが、オルガンはオリジナルのテンポ感の方があってたので、
演奏してて新鮮でした。最近混ぜてるYMOの「Behind the Mask」もパイプオルガンの音色がハマり、
やっぱり、シンセサウンドに近いものがある!
ここで一番アレンジで苦労したのはピアノとのバランス。
当日でしか分からなかったのですが、オルガンとピアノのチューニングが違う。
あんな大きな楽器で、寒いホールなので、音が狂わないほうが不思議です。
そこでTakanaと上手くどうぶつからないか試行錯誤。
10代の時ピアノトリオで戦メリーを弾いたこともあり、自分の中ではヴァイオリンの激しい部分あってのMerry Christmas Mr. Lawrence。今回のセトリは見ての通り、殆どヴァイオリンの出番がないTTやはりできればここで演奏したい。
そんな構成もあって、楽器の配置も考えました。ヘッドピースは衣装につけられないため、電池を持ちながらヴァイオリンを拾う地味にむずい動作。
色々なアレンジ、編成で演奏して来た戦メリですが、人生でせめてもう一回、またパイプオルガンの弾き語りで表現してみたい。
遠くにいる教授へ
遠くにいる知らないあなたへ
この歌が届きますように
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11. Joyful Joyful / 第九
クリスマスは喜ばしい季節。
だから一層悲しみも深く目立つ。
誰もが贅沢できる、少なくとも安心して生きられる、そんな世の中になって欲しい。
でも、現実は違う。
毎日複雑な思いで生きています。
自分自身の行動に矛盾があることにどんどん気づく日々。
今年も出させて頂いた、体にも、環境、動物に優しいクッキー。
今年のクッキーの寄付先はTABLE FOR TWO へさせて頂きます:
https://jp.tablefor2.org/
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お陰様でSold Outに。
沢山お作りしたいのですが、ひとつひとつ気持ちを込めて手作りのため、数量限定での販売となっています。
皆さんのおかげで、健康的な食料が、必要とされてる子供たちに届けられます。
最高な、クリスマス・プレゼントでは?!
サポートありがとうございます😇
さあ、クリスマスは、そんな自分にも優しく、遠い誰かにも優しく!
クリスマスをお祝いする方も、
ムーミンみたいに本来お祝いしない方も、
クリスマスは喜ばしい、Joyfulな季節だから!
クリスマス、年末年始にやっぱりこの曲でしょう。しかも今年は合唱入り!
合唱も手拍子しながらのノリノリなゴスペルで「Joyful Joyful」からの日本語で賛美歌のような「喜びの歌」。
そしてラストは声楽で「第九」。Takanaアレンジでお届け!一曲の中で人格がなん度も変わる。好き。
普段声楽を歌われない合唱がさらにドイツ語で歌われて、bravissimo!!!!
そうそう、偶々第九のワインを見つけました!いつか合唱とゆっくり飲む予定^^
Joyful Joyfulから最後までは、ほっと一息。
力が抜けてリラックス。
12. O Holy Night
聖なる夜に聖なる場所で皆さんと過ごせた幸せ。
本編最後はやはり、この一曲。
昔からもっとも好きなクリスマスソング。これ、歌っててとても気持ち良いのです。
歌詞も音符・キーも含めて、とにかく歌いやすいんですよね。発生しやすい?というのだろうか。
綺麗に音が響く、計算されて作られた一曲なのかもしれません���
こちらはウィーン少年合唱団と歌わせて頂き、レコーディングをさせて頂きました。
男の子になりたかったチビサラ。それは叶わないと思った時、せめてボーイソプラノになりたいと思った。
その時からなのか、声を真似て高音が出るようになりました。ビブラートが殆どない、ピュアな歌い方。
こちらの方が誤魔化しが効かないので難易度が高い。後半に連れて疲れてくるとビブラートに逃げたりもします。
今回はウィーン少年合唱団のアレンジをベースに、最後は「Amen」を足してみました。🙏
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ENCORE
13. Ave Maria (Vavilov)
きっとアンコールがあるだろうと、お客様は思ってくれるでしょう。
でも教会だから、ここで終わりなのかなと思われたりして。。
色々考えながら、焦りながら、大移動+早着替えを。
オルガンももうないので、ロングのウェディングドレスに合わせてハイヒールに。
ヴェールも被り、慎重に急ぐ。
今度はTakanaがパイプオルガンへ。
Sarah’s AngelsのSAK.と磨裕美さんがヴェールを丁寧に持って下さり、素敵な絵になりました。
この曲は是非ともオルガンと、この時期に、こんなお衣装で歌いたかったです。
2000年以上前の今頃、お腹が大きかった聖母マリア様は大変な思いをされて旅をします。
そんな偉大な母の存在も、決して忘れたくありません。
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バージンロードを歩きながらの「Ave Maria」。
静かに見守るお客様。
この歌にもっとも相応しい会場。
大好きなこのAve Maria。よくCacciniと表記されてますが、実際はもっと最近のロシアの作曲家、Vavilovの作品。
あまり知られてないので分かりにくいかもしれませんが、これからはこんな素晴らしい曲を作られたVavilovの名前で表記します。
いつもならMinor(短調)、切ない感じで終わるのですが、打ち合わせも特になかったのに、TakanaがMajor(長調)で終わり、顔を見合わせながら、「だよね!」と二人頷く。
切ないけれど、絶望的でもあるけど、ハレルヤのように希望を感じさせる、そんな気持ちにさせるクリスマス。
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14. Silent Night
ここで演出として、会場と一体になりたく、「きよしこの夜」を皆さんと一緒に歌いました。
みなさんが立ち上がり、事前に作った歌詞カードを手にされ、声を一斉に。
伴奏もあっても良かったですし、合唱がハモるのもありでしたが、
ユニゾンで、同じ音で、アカペラで一緒に歌うことに、力を感じました。
シンプルに、ストレートに、心を一つに。
心の中でうるっと🥲
唯一今思うと、私も合唱もマイクを通さないで歌ったらさらに一体化しましたね。
なので、それは絶対にまたどこかで実現したい。
響き渡る皆さんの歌声。Bravi 👏
ここからさらに高いキーに転調し、Takanaのパイプオルガンのベースが鳴る。
合唱がSAK.の指揮によって入られる。
これまたエグいアレンジ(すみません)。
でもSarah’s Angelsは「こういうの好き!」と、
優しさからなのか、チャレンジ精神豊かだからか、天使の笑顔で微笑んでくれた。なんて良い人たちTT
本当に美しかったです。
15. Nessun Dorma
2023年ファイナルということもあり、音響が美しいということもあり、
「Silent Nightでも、誰も寝てはならぬ!」
本人はこの後10時間爆睡しましたけどね。
ツーランドットの女性バージョンを歌いきり、カーテンコールへ。
本当に皆様お疲れ様でした!
関係者の皆様、来られた皆様、
一生忘れない、クリスマスプレゼントをありがとうございました。
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16. You Raise Me Up
本来は「Nessun Dorma(誰も寝てはならぬ)」で終わるはずだった舞台。
大きく二つの理由があって、もう一曲アンコールを。
ちょうど一ヶ月前の11月21日、1/f FANCLUBの限定イベントが開催:
https://www.sarahalainn.net/
リクエスト曲ライブ。
最後、ノーマイクで歌って演奏した「You Raise Me Up」。
いつもサポートして下さってる方に最後は肉声で思いをお届けできればと。
限定ライブだったため、もう一度似たような演出を今回も。
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満員のホールにもか変わらず、響く教会にビックリ。
ここだったら完全にunplugged (PA・マイクなし)のコンサートは全然あり得ますね。
そして、もう一つ。
コンサートとはいえ、教会でのクリスマスということで、
拍手とお辞儀で終わるのが、ちょっと違和感を感じました。
聖なる夜に、本当の意味のクリスマスをお届けしたい。
メッセンジャーというスタンスで。
最後は、会場に下り、バージンロードを演奏・歌いながらその場を去りました。
ディナーショーなら手を差し伸べたい気持ちは分かりますが、
教会でのマナーを意識されたお客様のおかげで、こんな演出が可能でした。
安心して楽器の演奏も。エ���ターテイナーとして今後も安心しながら面白い演出をしたいので、とてもありがたいです🙇‍♀️
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サラジオのプロデューサーも来て下さって、とても嬉しい感想だったのでシェアさせて下さい:
「お客さんもあの終わりかただと満足度が極まって、アンコールの拍手も止んでしまいますね。
アンコールの拍手が出ないと言うことは、満足したと言う証明ですから、昨日はそれを実証しました。」
ここまで読まれたのですが?!
ありゃま。ワオ。お疲れ様です!
いつもこんな感じでコンサートの準備などしてます!
年末年始ということで、いつも以上に舞台裏を書けました^_^
そして終わっていつもこうなる:
「次どうしよう。。。><」
今年も沢山のサポート、愛をありがとうございました🫶
Merry Christmas! Happy Holidays! Happy New Year!
Happy New/Old YOU!
良いお年を!新しい自分、今までの自分に乾杯!
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kozy-ogawa · 23 days
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2024.4.19 Spincoaster presents aimi “I’m OK” Release Party @ BLUE NOTE PLACE
R&Bシンガーaimiの新曲“I’m OK”のリリースパーティを観に恵比寿ブルーノートプレイスに行ってきました。
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R&Bシンガーaimiとしてのステージを観るのは今回が初めて。特にブルーノートプレイスは食事もおいしく、雰囲気も良く、お値段もかなりリーズナブルなので大好きなライブ会場の一つです。還暦前のこの年になってくるとスタンディングのステージは結構疲れてしまうので、着席して聞けるライブレストランは大変ありがたいです。
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今回の新曲“I’m OK”はジェネイ・アイコを手掛けたLEJKEYSのプロデュースとのこと。
今回aimiのもとにはLEJKEYSから直接メールがきたというが、アイコやユナ、旧知のアンダーソン・パークやダムファウンデッドも含めてアジアにルーツを持つアーティストとの仕事が多いアジア系の彼が、アイコの『Chilombo』を聴いて改めてR&Bに開眼したaimiと結びついたのは、偶然だったのかもしれないが必然だったとも言いたくなる。 R&Bシンガー aimi、LEJKEYSとの必然とも言えるタッグ 「I'm OK」に満ちた癒しのエネルギー - Real Sound|リアルサウンド
制作までの過程に関してはライブでも説明があったが、詳細は本人のリールにて
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バンドセットのステージはとても素敵だった。 aimi(Vo.) with 竹田麻里絵(Key.) Zak Croxall(Ba.) Willie(Ds.) 竹田麻里絵さんの演奏は初めて聞けたし、Nao Yoshiokaのステージも務めるZakも一緒だった。
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ステージ後オリジナルZINEにサインをもらいました。
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当日のライブレポに関しては、こちらのファンのブログで詳しく紹介されています。
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aimiのR&Bの原点について考えると、こちらの楽曲“Lady Boy”ではないかと自分は考えている。
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以前からカバー動画を専門としているYouTubeチャンネルHomesessionsの作品で知っていたのだが、この動画を見たのをきっかけに、2015年12月にaimiの地元で開催されたイベントに会いに行ったのが最初の出会いだった。
その後、タワーレコードのインストアライブやワンマンライブなど様々なステージを見てきたが、個人的にはR&Bをやって欲しいとずっと思っていた。
そうした中、R&Bシンガーaimiとしての新たな音楽活動が始まったわけだが、自身のアーティスト活動だけではなく、今やJ-R&Bのオーガナイザーの役割も担う存在となった。
「日本のR&Bは連帯が必要」 aimiが語る、R&Bと〈STAY READY〉への強い想い|日刊サイゾー
Nao YoshiokaやSincere、MALIYA、XinUのファンである自分にとては最近のJ-R&Bの動向に対してのワクワク感が止まらない。
Nao Yoshiokaライブレポ
Sincereライブレポ
MALIYAライブレポ
XinUライブレポ
近年の国内シーンはなかなか〈R&B〉というカテゴリー自体では注目されにくかったものの、アーティスト単位では非常にバラエティ豊かな才能を揃えてきたからだ。オーセンティックなジャンル性を継承しながら王道のR&Bの豊かさを確かな歌唱で伝えるシンガーたち――中堅のNao Yoshiokaから、昨年傑作『Chosen One』を作り上げたaimi、VivaOlaとも繋がるSincereまで――は良質な作品をリリースし続けているし、対してポップス畑に近いところでもXinU、CELINA、大比良瑞希、NEMNEといったニューカマーが続々現れ、ストリーミングのプレイリストを沸かせている。 もちろん、同様の領域ではJASMINEからiri、RIRI、MALIYAといった一~二世代前の実力者たちがいまだにリリースペースを落とすことなくエッジの立った���を出し続けている状況もある。 「w.a.u以降」のR&B―露出に頼らぬ自律性で真価を示す歌い手たち|日刊サイゾー
ライブのアンコールでは2つの大きな紹介があった。
1つ目はaimiがインタビューを受けている『オルタナティヴR&Bディスクガイド』について。早速Amazonで購入してみた。
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こちらの本の詳細についてはアジカン後藤がホストを務める ポッドキャスト番組APPLE VINEGARにてaimiが話をしている。
余談だが番組中ゴッチはマレーシアの国民的R&BシンガーYUNAを何度も紹介しており、YUNAファンの自分としてはとても親近感を持てた。
YUNAライブレポ
2つ目は新たなポッドキャスト番組Detox Lounge(デトックスラウンジ)の告知。
R&Bシンガーaimiとダンサー/DJのYacheemiがナビゲートする、R&B Loversのための憩いの場。さまざまな表情を持つR&Bの中でも、特に癒し効果にあふれた楽曲・アーティストに焦点を当て、Let'sリラックス&デトックス。あなたの音楽ライフをゆるやかに彩ります。
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番組中R&Bがもたらすヒーリング効果についての話があったが、個人的にはR&Bはライブで分泌されるドーパミン効果だけではなく、リラックスするためのセロトニン効果を期待しているため、デトックスラウンジというコンセプトは自分にとても合っているなと思えた。
K-POP全体のテーマが、BLACKPINKのガールクラッシュからNewJeansのイージーリスニングに変わってきているのと同様に、J-R&B全体のテーマがエンパワーメントからセルフラブに変わってきているなと昨今とても感じる。
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cafelatte-night · 2 months
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4/6 隣県へ整形のカウンセリング。1ヶ月以上前から予約して楽しみにしていた。先生とたくさん話して少し未来が明るくなった。がんばってお金稼ごう。
4/7 朝5時に元彼ukから着信。9時に起きてすぐ折り返す。「どうしたの?」 『なんでもない。最近、元気?』 「あんまり。あなたは?」 『あんまり。」
もう会わないって決めたのに、桜を見に行くことになった。昼過ぎに彼を迎えに行って河原へ。その前にとてもかわいいカフェに行った。
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しばらく歩いてから、スーパーでお酒とおつまみを買った。川辺に座って水の音を聴きながら、ふたりだけのちいさなお花見をした。
花見が終わってから、お寿司を買って彼の家に帰った。やっぱり、いっしょにいるとリラックスできるし楽しいんだよな… 安楽死や異星人について話しているときに、ふとメールの受信音がなった。もう1月以上音信不通の元婚約者からだった。なんで今なの。誰か(神か仏かそのようなもの)がわたしを監視していて、一番最悪なタイミングでメールを受け取るよう仕向けているとしか思えなかった。
元彼は誰からのメールか少し気にしていたけど、深く聞いてこなかった。
そのメールは連絡を無視し続けていたことに対する謝罪だった。元婚約者がどういうつもりなのか、まだ分からなかったから慎重に返信した。
4/8 メールはテンポよく往復した。彼はニュージーランドでのワーホリを終えて来週チェコに戻る。チェコに会いに行きたいと伝えたら、5月の日本行きのチケットを買ったよと言われた。
私たち会えるの?
うん、会えるよ。
まだ私のことが好き?
うん、好きだよ。
『24日後に会えるワニ元婚約者』
どうして同じ日に2人して戻ってくるの?奇妙すぎて、メールが届いたときパニック発作起こしかけた。問題があることはわかってるよ。今は目をつぶりたい。
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oka-akina · 2 months
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コピー本交換会レポート(でもない)①
コピー本交換会ありがとうございました! 早いもので1ヶ月経ってしまった。 2月は本棚展をやったり寄稿するアンソロの〆切×2があったり忙しく、自分主催のアンソロも動き始め、3月に入ったらJ.Gardenもありそのほか生活のもろもろもあり…ずっとドタバタしている。自主開催するイベントってほんとはもうちょっと身軽なときにやるものだったかもしれないなあとは思いつつ、身軽なときというのはなかなかやってこないので、えいやっとやってみてよかったようにも思う。 というかいちばん初めのところでは、えも個展&本棚展への集客につながったらいいなーというちょっと下心みたいな気持ちで始めたことではあったので、会期中の2月に開催したのはそういうわけでした。
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つまずく本屋ホォルの深澤さん、mibunkaの吉田さん、快く会場を貸してくださりありがとうございました。わたしの要領を得ない説明をいつも辛抱強く聞いてくださり、コピー本って何?交換ってどういうこと?というところからしっかり会話ができて、とてもうれしくありがたかったです。 わたしが「なんかもっと格好いいイベント名をつけたかったんですけど思いつかなくて…」とぶつぶつ言ったとき、「コピー本交換会ってとてもいいと思いますよ」と吉田さんが背中を押してくださりありがたかった。いろいろ準備したり当日を過ごしたりするなか、今回のイベントはそういうまんまの名前が必要だったんだなあと思い至りました。コピー本を交換するということだけ決まってて、来た人はそれぞれいろんなスタンスでいていいというか。
打ち合わせに何度かお伺いしたのですが、いつもいろんな方がにこやかに出入りしていて、本当にいい雰囲気のお店だなあと思います。お店は地域生活応援団という地域住民主体の支え合いの場、有償ボランティアさんの拠点でもあって、イベント会場に貸していただいた2階スペースはふだんコワーキングスペースにしているとのこと。近所の方が「霞ヶ関の父」っていう傾聴ボランティアをやってらして、幅広い世代の方で賑わっていていいなあと思います。
本当にとても正直な気持ちをいえば、そういう「地域」「地元の人」と密接な場所におじゃまするのはけっこうドキドキします。わたしは自分の作品にセクシャルマイノリティのことをたくさん書くので、生身の人間が顔を突き合わせる場、住所や容姿や年齢やもろもろ属性と紐付きやすい場に作品を持っていくのはとても緊張する。いま家からかなり近いところで貸本棚をやっているけど本当におそるおそるという感じで、もちろん悪いことをしているわけではないしうしろめたい表現というわけではないんだけど…「地縁」的なものになんとか馴染もうとするときに切り捨てられがちなものが気にかかる(そういうものを小説にしている面がある)。 ホォルさんはいま住んでいる場所からは離れているんですが実家の近くではあるので、イベントを開催したり自分の作品を並べたりするのはいろいろ感慨深いものがありました。怖さ、照れ、恥ずかしさ、でもここで自分がこういうことをできるようになったんだなーという喜び。また少部数のコピー本だったりzineだったりは書いた人のパーソナルな部分が出やすいものではあるから、自分含む参加者がリラックスして話せることを大事にしたかった。セーファーな場づくりをしたかった。
深澤さん吉田さんがわたしのそういった葛藤や、zineにまつわるデリケートさをみたいなものを汲んでくださりつつ、本当に快く場を開いてくださりとてもとてもうれしくありがたかったです。イベントが明るくオープンな場になったのはホォルさんmibunkaさんの常日頃からのお店づくりによるものが大きいと思います。ホォルさんの選書にもそういった姿勢があらわれていて、大らかで気骨のある場所だなあと感嘆します。
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なんかこのレポートすごく長くなりそうなので何回かに分けようかな。ひとまず今回は余談のような話をしておしまいにします(もはやレポートでもないんだけど、ちゃんと書こうとするとえっらい時間がかかりそうなので、ともかく考えたことを垂れ流しにしているような感じ…)。
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ホォルさんのある角栄商店街の通りに合鍵と靴修理のお店があって、そこで5円コピーというのをやってたんだよね。白黒と単色カラーが5円で、色紙(色上質紙)に刷ると6円だったかな。中学生のころ友だちとそこに行ってペーパーを刷ってたの。 ペーパーっていってもべつに何か宣伝するとかでもなくて、なんかこう…各自が好きな漫画とか音楽とか身の回りのこととか、いろいろおしゃべりみたいなのを書いた手書きの紙。30枚とか40枚とか刷って、学校の友だち同士で交換したり、同人誌のイベントのフリーペーパーコーナーに置いてみたり、好きなバンドのライブとかファン同士の交流会?みたいな場で名刺と一緒に交換したり、郵便で知らない人と交換したり…。 こないだ実家を掃除したらそういうのが出てきて、GLAYのJIROのラジオで紹介されてたスマッシング・パンプキンズのAdoreってアルバムがよかったとか、恋する惑星を観たから香港に行ってみたいとか、そんなようなことを書いていた。いまとあんま変わんないかもしれない。 同じ頃、部活の後輩から毎日手紙をもらっていて、ルーズリーフやコピー用紙にぎっしり書かれた手紙だった。夜に書いたのを朝にくれて、授業中に書いたのを昼か夕方にくれて、1日2通の手紙。わたしの返事は5回に1回返すかどうかって感じだったんだけど、毎日まめに手渡してくれて、なんか話したいことがあったんだろう。わたしにそういう高頻度で手紙をくれる子はほかにも4人くらいいて、毎日たくさん読んでいた。どの子の手紙も深刻な話はあんまりなくて、だいたいは日記というか雑談というか。 あとその頃よく行っていたCD屋で店員さんが新譜紹介のフリーペーパーを自主的に作っていて、これまた手書きの手作り感あふれる感じの紙だった。新譜紹介といいつつ「これぜんぜん好きじゃない」とか「もうこれで解散してもいいくらい最高」とか思いっきり主観で、余白にはどこそこに行ったとか何を食べたとかの雑談も書いてあって…。
わたしはふだん同人誌やzineを作って文フリなどのイベントや書店で販売してるんだけど、今回のコピー本交換会は、こういうペーパーや手紙が頭にあった。売り買いとはちょっとちがうやりかた、むかし作っていたペーパーみたいなことってできるのかな。これは去年6月に参加した陰気なクィアパーティーでzineの交換会をやってすごくいいなと思ったのもあったし、以前umeさんからいただいた交換がテーマのzine(umeさんは本の交換所をやっている)を読んで考えたことでもあった。売ったり買ったりではないことをしてみたらどうなるだろう。売ったり買ったりできないものを作るってどんなだったっけ。
金銭のやりとりの方がコミュニケーション自体はラクだろうか。交換だと人対人になりやすいから結局のところコミュニケーションが達者かどうかになっちゃうんだろうか。買う(読む)側としては匿名でいたい気持ちはすごくある…なら金銭を介したやりとりであるべきか。いや売り買いであっても、規模の小さいイベントだと人対人のコミュニケーションになりやすい。11月に出店者10組だけのzineイベントに出て、「あなたは誰?」「この本は何?」という会話になりやすかった。場が親密になればなるほどそうで、それ自体はとても豊かな時間なんだけど、属性と作品がまっすぐ結ばれるのってちょっと危うさはあるなと思った。そして作り手側もそういうプレゼン?にあっというまに慣れちゃって、自己プロデュースのうまさみたいなことになりがちなのも気にかかる。属性、作品、宣伝、SNS、ビジュアル、会話…そういうものがしっかり噛み合い、「わたしは◯◯で、△△な作品を作っています」がいつも首尾一貫している。一言で説明できる。なんかわかりやすすぎないか。整いすぎてないか。自らと作品をじょうずに寄せにいっちゃってるけど齟齬があってもよくないか。あと買う側の人も自身のことをけっこう開示してくれて、わたしとしては会話ができるのすごくうれしかったけど、無理に話させてないかとちょっと心配にはなった。べつにあなたが何者であっても(なくても)わたしの小説を手に取ってくれるのはうれしい。でもそれだけではいられない、何か話さなきゃって圧が場に生じてるんだとしたら、けっこうきついことかもしれない…とか(ところで陰気なクィアパーティーはそういうのがなくてすごく居心地よかった。会のはじめにセーファースペースポリシーを読み上げてくださって、場にいた人がおたがい了解していたのもあったし、たぶんそのあたりに関心の強い人が多く参加していたのもあったと思う。すごいことだなあと感嘆したしほっとした)。
あるいは売り買いの宣伝の話。文フリとかzineフェスとか書店さんとかで小説を売るとき、多くの人に見つけてもらえるよう宣伝をするわけだけど、なんというかまあけっこう大変だし疲労はある。たとえばアンソロジーだと、コンセプトの強さだったり、フックの効いた言葉やビジュアルだったり、作品や作家の紹介を丁寧にやったり、メンバーの豪華さをアピールしたり…いろいろあるわけだけど、ちょっとちがうことをしたくなった。これはそういうのがよくないという話ではなくて、ちがうベクトルのことをしてみたらなんかいいことあるかもなあくらいのぼんやりした予感。 文芸作品、とくに小説は、読むのにそれなりの負荷がかかると思う。作品の難解さとはまた別のところで気持ちや時間のコストが大きく、「なかなか読めない」という話を作家同士でさえ本当によく聞く。そうすると作品や作家周辺の「活気」みたいなものがけっこう重要ではあって、何か賞をとった、SNSでよく見かける、みんなが話題にしている、みんなが工夫をこらして強い文言で「いい」って言う、そういう祭りや波が読むことへの後押しになる。活気があるのはいいことで、わたし自身すごく楽しんでいるし参考にもしている、かなり恩恵を受けている部分もあるけども、祭りや波から生じる権威大好き感がちょっと苦手ではあって…。権威大好きはちょっと言葉が悪いか。でも沈黙や絶句が、ほんとに沈黙や絶句のままでいられないのはなんかちがうなというか、心の柔らかいところをまいど律儀に開示しなくてもいいし、そもそもそんなに激しく感情が動かなくても楽しんだり感じ入ったりはあるわけで、まして誰々のお墨付きとかじゃなくてもいいわけで…。大傑作とまでは思わなかったけどほどほどに楽しんだ、ちょっといいなと思った、そういうことはぜんぜんあるというかわたしはだいたいの作品はほどほどに面白がってるんだけど、それをまんま口にするとちょっとけなしているみたいに聞こえてしまいそうだなと思う。なんかこう活気を起こそうとする中でちょっと「褒め」がインフレしてねえか…と思う。要するに、祭りや波的なものとはちがったやりかたでの読んだり書いたりが必要な気がしている。 (これはあんまり整理できてないし、活気を起こそうとがんばっている人たちをくさしたいわけではないので、ほんとにまとまってない話で恐縮なんだけど。参加してるアンソロ10000000部売れてくれ〜とかわたしもぜんぜん言うし、人と一緒に作ってるときはおたがいを鼓舞する意味合いも強いのはわかってる。もしかしたらみんなそんなことはとっくに了解していてあえて強い言葉をやっているのかもとも思うけど、わたしはその「あえて」をやり続けられるのってそれなりに元気な人だけじゃないかなあとは思ってしまう…元気じゃない人も文芸をやりたいし、実際勝手にやってるんだけど、「やってる」ということを他人に見せていくのは大事かなと思って言っている)
余談と言いつつすごい長くなってしまった(むしろ余談の方が長い)。 えーと今回のコピー本交換会、わたしはいくつかzineやペーパーを持って行って、そのうちのふたつ『tide』と『プロテスト・モノローグ』はあんまり売ってない本です。 『tide』は陰気なクィアパーティーでのzineの交換用に作ったもの。短い小説をいくつかと&セクシュアリティにまつわるぼやきみたいな文章をまとめたもので、通販はしてなくて文学フリマにも持って行ってない。zineフェス長野には持ってったかな。べつに過激なことが書いてあるわけじゃないんだけど自分的にちょっとナイーブな話はしてるから、こういう本がありますよって宣伝するとなると勇気がいるなーと思う。 『プロテスト・モノローグ』はパレスチナへの連帯について考えてることとかのひとりごとみたいなzine。コピー本交換会のどさくさにまぎれて作ったような感じで、ほんとの走り書き。あんまりおおぜいに売るものではないなーと思った。勿体つけるわけではないんだけど、なんかこうちゃんと発信しようとすると発信するための言葉や話題になるわけで、そうじゃない話、「どさくさ」でないと出てこないような話をする必要があるなと思ったというか…。
そういうものを手渡す場所をやろうと思った。交換する本を机に並べて、気になったものを手に取って読んだり持ち帰ったりできる。しゃべりたかったらしゃべれるし、黙って本だけ交換して帰ってもいい。閲覧用の本も置いておいて、読書の時間にしてもいいし本作りのヒントにしてもいいし…。 それがうまくいったのかどうか、当日わたしはドタバタしていてじつはよくわかんないんだけど、ちょっとずつ振り返っていければと思います。
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takashimatsuyama · 5 months
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 Mini project "直感 Chokkan" started. Chokkan is intuition in Japanese. This project's theme is creation by intuition. Some short videos will release in that. Hope you will enjoy Takashi's feeling.
(Japanese 日本語)  ミニプロジェクト"直感 Chokkan"が始まりました。直感は英語でintuition。感覚的に作品を作るということをテーマにしたプロジェクトです。短い映像を中心にリリースされていきます。松山昂史の感覚を感じていただければ幸いです。
Statement by Takashi Matsuyama Concept and process are important things in contemporary art. I, too, value these things when I creat my work. But we have each habit and background in thier roots, and ideas of works are based that. Movement habit when I dance, melody which is easy to me when I sing, colour which I tend to choose. Lots of my works are started by my private things. In spite of that, my simple works which are created by my intuition, I always kept that away. One cause is a miracle which art changes my nagative feelings and broadens my world. The miracle is important meaning to live for me still now. It may be same for also this world. By the way, in this mini project, I want to relax a little, I want to do not make strong concept. By my intuition, crated music and video without meaning, dance without meaning, paint witout meaning. Gathered works without meaning, I want to find my roots from that. For nobody, without meaning.
松山昂史によるステートメント 現代アートにおいて、コンセプトやプロセスは大事なものです。私も作品を作るとき、それらを大事にしてきました。しかし、その人の癖やバックグラウンドというものが根底にはあり、それらをベースにして作品のアイディアは出来上がってきます。踊るときに出る動きの癖、自分にとって歌いやすいメロディー、選びがちな色。私の作品は、私個人のことを出発点とすることが多いです。にも関わらず、感覚的にシンプルに作ったものを遠ざけてきました。それは、自分が抱くネガティブな何かを、アートが変換して押し広げてくれた奇跡があるからかもしれません。その奇跡は今も私にとって、とても重要な生きる意味です。おそらくこの世界にとっても。ところで、この小さなプロジェクトでは、少しリラックスして、コンセプトなどは決めすぎないようにします。感覚的に何となく作った音楽や映像、何となく踊ってみて、何となく描いてみる。何となく集まったものに、自分の根源を見出せたらと思います。誰の為ともなく、何となく。
直感 Chokkan special site
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vergilius-honokei · 3 months
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(◜ᴗ◝ ) 俺特知(唐突)
(◜ᴗ◝ )ボスはシャワー後は白いバスローブでひらひらだし音楽聴いたりリラックスしてる時目を閉じがちなの可愛いし寝る時は大体うつ伏せだし前髪ぽやってて最高だし尻尾とか翼そのままにしてたまに寝相で壁叩いたりしてるし朝起きたばかりは全体的にぽやっててこれまた最高だし靴下はソックスガーターで留めてて最高だしタトゥーを隠すための手袋も最高だし純白のスーツもひらみの黒い外套も最高of最高だからお前もボス教になれ
😒……Huh?(ドン引き猫ミーム式返事ネオニキ)
(*‘ω‘*)早口でこわEので連行!👮🚨🚓💨
(◜ᴗ◝ )んうぇーー!
😎ヘッ!妥当過ぎて草ァw
🥰ちなみに私はもっと細かく言えるわよ
😎ボス教怖ァ…
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ogyuu · 20 days
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感謝!
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ブログの新規投稿が
できるようになりました!
あと私はすごく集中力が低くて
脳に問題があるのかなと思って
ネットで調べたりサプリを探したり
していました。
すると
「沸騰する音」
これがすごく心地よいことに気づきました☺️
温泉とかで聞くような音です。
今まで私の頭の中には遊園地があって
乗り物に乗ったり歌ったり
食べたり話したり
いろんなものが好き勝手してて
まとまらない状態でした。
その隙を見て勉強してましたが
疲労が半端ない😅
祈ってました。
この音を聞くとすごくスッキリして
目の前のことに集中できる気がします✨
ちょっと続けてみてまた報告します〜
(私はBoilingの音が好きです)
2024.05.07
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kin922 · 1 year
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Mozart モーツァルト Classical Music 3 頭が良くなる音楽~集中力も上がる 脳力のためのクラシック音楽
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togekiss4ss · 3 months
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Rockin′On(1993.9 Vol.22) Brett Anderson
Brett Anderson
鋭利な論理で語り尽くす、 降りられない高速道=ポップ·スターの苦悩と栄光。そして、セックスを脱皮していくスウェードの今後
インタヴュー=増井修       翻訳=BRYAN BURTON LEWIS
●デヴィッド·ボウイとの対談の中で、あなたは「創造性というものは緊張がら生まれ、心地好くなった途端にすべては失われる」という発言をしていました。実際、スウェードの曲にはそうした強烈なテンションが感じられますし、ギグでもギリギリの地点でのパフォーマンスがわかるんですが、ではそういうあなたにとって、心の平安とか慰安とは何になるんでしょう?
「うん……そうだな……ほとんどそういう時間はないんだけど、例えばそう、家にいる時にはできるだけリラックスするよう心がけてるけどね……。でも重要なのはずっと進み続けるということだから、ノーマルな生活をする時間なんてあっちゃいけないものなのかもね。こうと決めたからには最後までやり通さなきゃ。音楽を作るどんなアーティストも、バート·タイム気分ではやれないんだ。朝起きてスーパーマーケットに働きに出かけて、夜になると家に帰ってくつろぐ、というのとはわけが違う。自分の一部になってるんだから。つまり音楽を作ることで自分自身を表現してるんだよ。だから、自分の一部が何一つ表現するものを持っていないとしたら、もうアーティストとはいえないんだ······。ある意味ではそうだな、車をぶっ飛ばしてるようなものかな。急に降りて一休みするなんてことはできないんだよ。だからリラックスする時間はほとんどない」
●そういうテンションの高い、言ってみれば常に追い越し車線を走っているような生活によって、抜き差しならない状況、例えばドラッグ中毒に追い込まれる危険というのは常々感じてます?
「うん、まったくそうだよ。常にそういうわき道にそれる危険性がある。ただ、車をぶっ飛ばす"というのは、必ずしも追い越し車線で生きるべきだという意味で言ってるわけじゃないんだ。ロックンロール神話を生きるというのと、ハイ·テンションの中で創造的な作品を作り出すというのは、明らかに違うからね。セックス·ドラッグ·ロックンロールなんていう神話はもう存在しないんじゃないかな。それはともかく、緊張度の高い状況に伴う危険性というのは確かに感じるよ。でもそれはあっても仕方ないんじゃない。喜んで引き受けるよ。それに俺はアーティストである限りはプライヴェートな自分というのはないものと思っているんだ。だからまあそうだね。確かに乗っ取られてしまう部分もあるだろう。インクヴューだとかフォト·セッションだとか、そういったことが日常的なものになると、やっばりポップ·スターとしての生活のほうに比重がシフトしていかざるを得なくなるわけだしね」
●では、モリッシーはかつて「アーディストたるもの今にも死ぬんだという気持ちでステージに立たなければ駄目だ」と言いましたが、この言葉には共感できますか?
「うん、完全にね。『ああ、明日はあれをやらなきゃ』とか『明日もギグがある』なんて考えながらステージになんか立てないよ。いつもツアー終盤になると声が出なくなって「少し手を抜けば」みたいに言われるんだけど、ステージに上がった途端、まるで、何ていうかドラッグでもやってるような感じになるんだよ。これ以上へヴィーな経験はしたことがないってくらいにさ。だからうん、モリッシーの言葉には100%共感できる」
●しかし、そういう気持ちを保持しながら、年を取っていくことは可能だと思います?
「年を取った後もそのままずっと進み続けて、音楽そのものの持つパワーと緊迫感で、若さからくるエネルギーに対抗することだってできると思う。スウェードに関して言えば、俺たちの強さは、若さからくる強烈なエネルギーと音楽そのもののテンションの高さの両方にあると思う。だからそのうち俺たちのすべてをステージで出し切れない気がする瞬間が来ると思うけど、それは、ティーンエイジャー的なテンションの高さが出せなくなったということなんだ。そうなったら俺たち、最終的には音楽だけの世界に引っ込んじゃうだろうな。ライヴだとかインタヴューだとか写真撮影といった対外的なものはすべてやめて、もともと望んでいた音楽作りだけに集中して、純粋に音楽を通してのみ緊迫感というのを表現していくようになると思う」
●ということは、デヴィッド·ボウイが最新アルバムにおいて、そしてボール·ウェラーがスタイル·カウンシルからソロの流れにおいて、ポップ·スター·イメージからの脱皮を図った変化というのも、あなたなりに共感できる部分がありますか。
「うん、そうだね……。自分自身を表現し切ってしまうと、おのれのカリカチュアしか残ってなくて、自分でもうんざりしてしまって何か自分じゃないものに変わりたくなるんだと思う。それに、ミュージシャンの評価というのはイメージじゃなく音楽そのものによってなされるべきだしね。だから彼らには100%共感できるよ」
●では、こういう面ではどうでしょう?あなたがたは事あるごとに、「労働者階級の出身というみじめな記憶は一生消えないだろう」と語っていますが、この気持ちはやはり、あなたがたの意欲を支える復讐としてこれからもずっと変わらずに残ると思いますか?
「うん。猛烈な野心というのは、ある程度"復讐したい"という気持ちからもたらされると言ってもいいだろうね。自分の置かれた抑圧された環境から逃げ出してそして復讐してやりたいっていう気持ちがないと、野心なんて抱かないんじゃないかな。だから、もともと多くの権力を与えられた立場にいたり、裕福な家庭に生まれたりして、そもそも何かと闘う理由のまったくない人間は、何の野心も抱かないし、何もしようとしないんじゃない。だってそういう刺激を受ける要因が少ないからね。“復讐"というのはかなり残酷な言い方だけど、俺たちのことをかなり的確に言い当てた言葉だと思う。俺たちの曲は、性的な意味での自由だとか社会からの逃避について歌っているものが多いからね」
●あなたがたの曲からは、男同士だろうが女同士だろうがセックスこそが究極のコミュニケーションである、というメッセージが読み取れますよね。
「ある意味ではそうだろうね。セックスというのは、最もパーソナルで隠喩的な表現方法だと思う。でも精神的·宗教的なものとは比較にならないとは思うけどね。セックスって、何かを例えば漫画やCMに描いて表現するようなものなんだと思う。『セックス=ロマンス』とか『セックス=精神的親近感』といった単純で分かり易い形でね。俺は、セックスは究極の表現だからほかの何よりも重要なものだ、なんてことは絶対に言わないよ。確かに、ありとあらゆるものがセックスとのつながりを常に持っている。何もかもセックスと同じ線上に並べられているのがわかるんだ。何もかもが性的なイメージや性的なシンボルと結びつけられている。俺だって無関係じゃないさ。だけど俺は、セックスが究極的に重要なものだとは全然思っていないんだよ」
●ということは、曲の中でしばしば性的な言及を行っているのは、セックスこそが人間の持ち得る最高の関係なんだという体験的確信に基づいてのことではなく、ポップ·ミュージックの有効な表現の手法として選んでいるということなんですか?
「うーん……わかんないなあ。へヴィな質問だ(笑)。もちろんセックスへの言及は単なるでっち上げじゃないし、雲をつかむような話をしてるんでもない。すべて実体験を歌ってるんだ。自分が直接体験したものもあれば又聞きしたものもあるけど、どれもすべて俺の人生を一旦通って濾過されたものばかりだからね……。ただ、意識的にああいうメタファーを選んだんじゃないんだ。俺のやることはどれも、ある意味で潜在意識的なもので、とにかく意識してなくても自然に出てくるものなんだ」
●では、「世の中にはアブノーマルなセックスなどあり得ない」というような、ある種の啓蒙的なメッセージを伝えたいという目的意識は持っていなかった、といえますか?
「そんなことはないよ。だってそれは俺たちの音楽から読み取れるすごく重要なメッセージだと思うし、もちろんそう伝えたいと思ってるよ。ものすごく重要なことだ。だけどここでまたせックスを隠喩として扱うなら、そもそもこの世の中にはアブノーマルな人生なんてものはあり得ないと言えるんじゃないかな。実際そのほうが重要なことだよ。大勢の人間が自分の人生を見失ってしまい、そして社会から"アブノーマル"と決めつけられて恥ずかしい思いをしてるんだ。でも異常などというものはこの世に存在しないんだよ。健全さというのは統計で示すことができるものじゃないんだ」
●じゃあ、“ムーヴィング”の中“so we are a boy, so we are a girl”という印象的なフレーズがありますが、「ホモ体験のないバイセクシュアルだ」というあなたがもし実際にホモ体験をしているとすれば、あなたの表現の説得力に影響を及ぼし得る、あなたのものの見方を変え得ると思いますか?
「んー……。そう、あり得るかもね。まあ、変わるか変わらないかというのは、俺にとってはどうでもいいことだけどね。あの引用文の、っていうか、周りの人間があの言葉を引用する時に言う“性的なアンビヴァレンス“っていう考え方の何がイラつくかっていうと、みんながあの発言を読み違えて、すごく肉体的な文脈の中で提えようとするってことなんだ。俺は肉体的な意味でああ言ったわけじゃないんだぜ。俺は精神的な意味でのあいまいなセクシュアリティーに興味があるのであって、バイセクシュアリティーとはまったく関係ないんだよ。もっと精神的なアンビヴァレンスのことを言ってるんだ。一定の性的なアティテュードを伴う肉体としての人間ではなく、精神(スピリット)としての人間について考えてるんだ。“so we are a boy, so we are a girl”って歌う時に俺が言いたいのは、誰に愡れるかということではまったくないんだよ。人間だからといって、必ず何らかの性を感じなきゃならないなんてことはない。単に人間であるというだけでいいんだよ。脳ミソを持ったね。男に対する愛について俺が歌うと、大勢の人間が男に恋焦がれる男の歌だと読み違えてしまいがちだけど、大抵は女性の立場から歌ってるんだ。でも、それは必ずしも俺が女だということを意味するわけじゃない。女性の立場になって考えることができる幅を持ってるって意味だよ。だって人はただの人だもの。社会が人を“お前はへテロ”だとか“お前はゲイ”だとかいうふうに一つのカテゴリーに閉じ込めてしまうのさ。でも人間というのは、こういったカテゴリーを超越できるだけの幅の広さを持ってるんだよ」
●なるほど、よくわかります。ただ、一つすごく興味があって、しかも非常に心配に思うことがあるので是非訊きたいんですけど、スウェードの最大の魅力というのは、あなたがたの音楽によって、我々が普段の自分ではなくなってしまえるところだと僕は思っているんです。そしてこれはセックスにおいて生まれる状況とまったく同じだと思うんですが、曲のテーマがセックスからべつの方向に徐々にシフトしてきているということになるとこの先、スウェードの最大の魅力であるこの“自分でなくなる”というフィーリングも消えてしまう恐れはありませんか?
「そうならないことを願うけど……。だってすごく悲しいことだからね。セックスの話をしなきゃ人じゃないってわけでもないし、セックスの話をしなきゃセクシュアルじゃないというわけじゃ必ずしもないんだ。ポルノグラフィーとエロティカが違うのと同じだよ。すごく明快に直接的に実際のセックスの話をすることもできると、セックスに一切言及しないでもセクシュアリティーの話をすることだって可能なんだ。なぜならセクシュアリティーとは、嫉妬、貪欲、衝動、魅力といった人間の基本的本能と大いに関係しているものだからさ。さっきも話したけど、こういった本能は確かに究極的にはセックスの中ですごく隠喩的に表現されるものだよ。でもその点だけを盲目的に強調する必要はないんじゃないかな。俺たちの曲にも、いろんな感情を直接的なセックスへの言及抜きで表現したものはあるよ。同じ衛動をセックス以外の話によって表現することは可能だからね。そうしないとすごく薄っべらなバンドになってしまう。だからもし実際に“もう全部やった”って思っだら、明日にでもすべて辞めてしまうよ」
●ということは、オーディエンスが自分たちの音楽によって普段の自分をまったく失ってしまう状況を作り出したい、というあなたがたの基本ラインは変わらないということですね?
「うん、そう願うよ。変わらないはずさ。まさに君の言うとおり、その中にいると自分を失ってしまって何も考えられなくなるという意味では、音楽はセックスと同義語なんだ。自分を運れ去ってくれる限り、“どうやって”自分を失ってしまうのかは間題じゃなくなるんだよ。無意識の状態に到達したという喜びに満たされてしまってね。そしてそういうことができるのは、多分音楽とセックスのニつだけだろう。俺個人にとって音楽が最もパワフルなアート·フォームなのは、もしかするとそのせいかもしれない。実際、俺にとっては音楽だけが本物のアート·フォームなんだよ。ほかのアート·フォームは頭で考えるものだけど、音楽だけは体と感性に訴えかけてきて、聴く者を遠くへ連れ去ってくれるんだ。そして俺たちはその中で我を忘れてしまうのさ」
●じゃ、今までのスウェードの曲はどれも極限の性描写だと解釈することも可能だったんですが、これはスウェードの発展過程における初期的段階だった、というふうに今は考えているわけですね?
「そう願ってるよ。それこそポップ·ミュージックの持つパワーだからね。ポップ·ミュージックがどんなにパワフルなものか、多くの人間が忘れてしまっている。ラジオでカイリー·ミノーグの次に3分30秒もらって、何百万もの聴衆に向かって自分たちの曲をプレーする時、その中にいろんなものを詰めこむことができるんだってことをね。流れるべきではないメッセージを突っ込んで、みんなの神経を逆撫ですることだってできるわけ。だから、これまでのスウエードにとっては、セックスについて歌うというのが重要なことだったけど、これからは、それ以外のことについて欧うのが重要になることもあると思うよ」
●そういうスウェードの新しい側面というのはシングル「アニマル·ナイトレイト」の“ビッグ·タイム”や、最新シングル“ソー·ヤング”に結構端的に表れているようですね。
「そうだね。いろんな意味で卑しさが消えてきて、いろんな意味で“エレガント”とでもいうべき側面が出てきたと思う。幼さというか若さはもう以前ほど感じなくなったね。でもいいことだと思うよ。ローリング·ストーンズみたいに25年経っても同じことをやっていちゃ駄目なんだ。もちろんストーンズは偉大なバンドだけど(笑)。俺は仲間に入りたいとは思わないね。うんざりしちゃうに決まってるもの。とんどん前進し続けて、自分を刺激し続けなきゃ。今のスウェードには、ヒロイズム、ロマンティシズム、そしてエレガンスといった要素が少しずつ表れ始めているように思う。“ソー·ャング”はそれを完璧に表現している、俺のお気に入りの自の一つなんだ。すごくポジティヴな曲なんだょ」
●わかりました。ところでライヴ·パフォーマンスの話をしたいんですが、実は僕、アムステルダムであなたがたのライヴを見てるんですよ。
「アムステルダムで!」
●イエス(笑)。
「退屈しただろ?(笑)」
●イェス!(笑)。
「アムステルダムのオーディエンスっておかしいんだよね。身じろぎ一つせずじっと立ちつくしたまんまで」
●ほんとそうでした。でも僕はあなたがたの演奏自体は非常に良かったと思うんです。
「ああ、それはわかってるよ。でもオーディエンスが何ていうかさ……とにかくすごく奇妙でおかしなライヴだったよ。つまりこういうこときーライグの良し悪しというのはバンドのコンディションで決まるんじゃない、オーディエンスの反応で決まるんだよ。ある意味では会場にいるすべての人間がパフォーマンスしてるんだ。バンドそしてオーディエンスが参加する、とてつもない規模のパフォーマンスさ。オーディエンスが参加しないパフォーマンスなんて、バンドが参加していないのと同じくらい無意味だ。オーディエンスがパフォーマンスする時は、俺たちと同じょうな格好をし、俺たちと同じようにエキサイトする。ただそれを歌声で表現するか演奏で表現するかが違うだけさ。だからオーディエンスが自分たちの役割を果たさないんだったら、悪いけど俺も果たせないね」
●(笑)。先日アメリカでのッアーのレヴューを読んだんですが、ボストンでは大酷評されていて、サンフランシスコでは大絶賛されてるんですね。で、これはあなたがたのバフォーマンスのせいではなく、観客の態度が違ったからだと?
「その通り。まさにそうだったんだよ。東海岸のほうが西海岸よりシニシズムをより強く感じたんだ。西海岸の人間はあっけらかんとしてるんだよね。LA、サンフランシスコ、サンディエゴでやったギグはベストの中に含まれるよ。東海岸では誰も俺たちのことを信用しようとしなかった。俺たちのことをミュージック·プレスの産物だと思ってるのさ。そんなんじゃないのにね」
●ただ、ここまでスウェードの人気が高まってしまうと、あとはもういきなりスクジアム·ロック化していくしかないという要請が、本当に既に出てきていると思うんですけど、そうなるともう観客の質というのはほとんど問えなくなりますよね。これまでずっと観客との緻密なコミュニケーションを図ってきたスウェードですが、やはり新しい段階に進まなければならないと思うんですけど、あなた自身、そのへんはどう考えてますか?
「うん……大きいなジレンマを感じるよ。しかもこれは甘受しなきゃならないものだ。最初の頃は、ギグの規密なフィーリングというのに固執していたし、何人かの観客と直接会話するようにしてたんだ。だけど結局そういうのは意味がないんだよ。だって直接話をするにしたってそれ以外の観客を拒んでいるんだし、それにそろそろ成長することを学ばなきゃ駄目なんだ。魚のように大きくなっていく方法を覚え始めないとね。小さな鉢しかないのなら小さな金魚を飼うしかないだろ?そして鉢のサイズが大きくなるのに伴って、魚も大きくなっていくんだ。そうやって、必要な時に自ら外に出ていかなきゃね。でも俺たちも今、もっと大きな会場でブレーして、もっと大人数の観客とコミュニケートする方法を実際に学び始めてると思うよ。でもある時点を越えたら、もうどんなバンドにもコミュニケーションなんてできなくなると思うしそう、1万人を越えたら事実上不可能になるだろうね。でもロンドンではブリクストンアカデミーでやった時の6千人が最大なんだけど、どうにかうまくコミュニケートできたと思う。小規模のコンサートに劣らず良い出来だったと思うよ」
●では一番最近のグラストンべリー·フェステイヴァルはどうでした?
「最高だった。確か4万人集まったんだよね?でも俺たちからはせいぜい前方の1万人か1万5千人くらいしか見えなかったんだけどね。グラストンベリーは俺にとって人生で一番エキサイティングな経験の一つだよ。電流が走ったみたいに、信じられないくらい興奮した」
●そうやって英国での人気はすごいものがあるわけですが、アメリカはどうでしょう?成功する自信はありますか?
「うん。でも時間がかかるだろうな。初めてアメリカに行った時は慌てちゃったよ。アメリカに進出しようとする英国のバンドはみな経験すると思うけどね。とにかくシーンの仕組みが英国とはまったく違うんだ。アメリカの音楽的土壌はすごくレイド·バックしてて、俺たちにはまったく馴染めないし、それに音がに対するセンスがすごく伝統的で、ジャズみたいにかなり扇情的な音楽が好まれるという点も、俺たちには全然合わないんだよね。だから成功するにはまだしばらくは時間かかるだろうけど、スミスと似たような状況になるんじゃないかな。スミスも今になってようやくアメリカで評価されるようになって、そういう意味では、スミスが俺たちのアメリカ逃出への下地を作ってくれたと思う。モリッシーも今向こうですごい人気だけど、俺たちの音楽のほうが彼らには受け入れ易いと思うよ。モリッシーの音楽ほどわかりにくくはないからね。とにかくやれると思うし、努力も厭わないけど、2、3度ツアーをやったくらいじゃ無理だろうな。それに“ポップ·ミュージックというのは基本的にティーンエイジャーが舵を執っていくものだ”っていうポップの理想みたいなものがあると思うんだけど、アメリカ人はもう疲れちゃってるというか、“600年ツアーし続ければ55歳でヒットが出せる”的な雰囲気が漂ってるんだよね。そのへんが難しいかもしれない」
●でも、“世界中の人たちに自分たちの音を聴かせてなんぼだ”という方針はあくまでも貫徹するわけですね?
「もちろん。俺たちにとって重要なことだからね」
●最後に、バーナードとあなたの関係について何いたいんですが、バーナードの場合はステージでもにこにこ微笑みながら手を振ったりして、非常にかわいらしいキャラクターの持ち主だと思うんですが、一方のあなたはすごい尊敬を勝ち得ると同時に、非常に敵を作り易い人だという気がするんです。そういう立場でバーナードとのバランスを保っていくというのは難しくありませんか?
「いいや、だってべつにバランスをとるためにやってるわけじゃないし、二人でそんな話をすることもないしね。どうしてああなるかというと、要するに、バーナードはスウェードの音楽面での主戦力であり、奴は普遍的な言語である音楽を奏でてォーデイエンスに語りかけてるつてことなんだよ。そしてき楽っていうのは、それがいい音をしている限り、決して攻撃的にはならないんだ——「なんだこれは!」とか「オエッ」とか思いながら音色を聴く奴なんていないってことさ。音楽というのはそういうことをしないんだ。これってすごい強みだと思うよ。だけど一方のシンガーというのは、自分の意見を他人に���しつけようとする。そしてその意見は、他人に受け入れられないものであることが多いんだ。シンガーは常にギクリストよりも不快で攻撃的なものなのさ。シンガーのほうがより社会的で肉体的なことをやらなきゃならないからね。でも、そういうものなんだからべつに気になりはしないよ」
●でもシンガーのそうした役回りは、あなたとしてはやっぱりへヴイじゃないですか?
「んー……まあつらいなって思うことも時にはあるよ。街を歩いてると「失せやがれ!」って言われることもあるしね。べつに澄ましてるつもりはないけど「君たちもっと実際にネガティヴなものを侮辱したらどうなんだ?」って気分になるよーひどい政治家とか世界の指導者とかさ」
●それでなくても、あなたのように派手な人はマッチョなグループからいつもひどい目に遭わされてきたんじゃないですか。
「ああ、もちろん遭ったよ。俺たちの曲にもそれははっきり出ているしね。バンドの活動自体がいろんな嫌がらせやゆすりへの反発なんだよ。順応や凡庸の名において俺たちをなじり倒そうとする奴ら��のね」
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reportsofawartime · 1 month
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シャール・アル・アサド: 「若い頃、私はたくさんの計画を持っていて、それをすべて達成したいと思っていました。 年を重ねるにつれて、すべてのことには代償があることに気づき、優先順位をつけるようになりました。1 つのタスクを管理できなければ、他のことを達成することは不可能になります。 私は過去を懐かしんで振り返るのではなく、時間をかけて貴重な経験を積み、より効果的に働けるようになりました。 [ソーシャル メディアを利用していますか? たとえば、市民があなたについて書いたものを読んでいますか? 自分の仕事に対する市民のコメントに興味がありますか?] 会長になる前、私はシリア情報学会を率いていました。私は常にテクノロジーに興味があり、デジタルテクノロジーの将来に自信を持っていました。 しかし、インターネットは簡単に操作されて、どの国の内政にも干渉できるということも私は知っています。 ソーシャルメディアを使用するときは、人々との直接的なやり取りとのバランスを取るようにしています。 ソーシャル メディア プラットフォームは人を騙す可能性があり、コメントや評価の信憑性を検証することが難しい場合がよくあります。オンライン上のやりとりは、常に現実と比較する必要があります。仮想の世論は必ずしも大多数の意見を反映するわけではなく、捏造される可能性さえあるからです。 したがって、意思決定を行う際にはソーシャル メディアに頼るべきではありません。 シリアでインターネット技術の発展を推進し始めたとき、私はそれが諸刃の剣であると認識し、高度な技術に伴う潜在的な危険性を常に念頭に置いていました。 [仕事に復帰する際に役立つ趣味やリラックス法などはありますか?] 個人的には、映画やテレビにはあまり興味がありませんでした。子供の頃から読書とスポーツを好んでいました。 年齢を重ねるにつれて、トーク番組が好きになりました。時間があるときは、オンラインでドキュメンタリーを見たり、運動しながらニュースを聞いたりしています。 私は音楽が好きですが、聴く音楽は気分によって変わります。 [あなたには3人のお子さんがいらっしゃいます。ご自身の豊富な経験とこれまでの歩みを考えると、政府職員という仕事は困難で、時には矛盾することもあると承知の上で、お子さんに公務員になってもらいたいと思いますか?] 父が生きていた頃、私がシリアでインターネットを開発していたとき、自分が政府職員になるなんて想像もしていませんでした。父は私の将来の役割について私と話し合うことはありませんでした。 そのような決定は、世界における自分の役割を理解した上で、各個人が行うべきだと私は信じています。 私の子供たちがどのような道を選ぶかは分かりませんが、私たちは皆、できる限りのあらゆる立場で国に貢献することを約束します。 誰もが自分の役割を自分で決めるべきだと思います。必ずしも国の最善の利益に奉仕しなくても、政府職員や管理者になることができるのです。 これらはすべて、個人自身の性質から生じます。 親が子供の将来を決めるのは適切ではないと思います。 親は子供たちに国への愛、国の歴史への敬意、そして国のために犠牲を払う覚悟を教え込むべきだ。 個人が自分の選んだ分野の資格を取得し、そのスキルに基づいて国に最も貢献する方法を決定することが重要です。 私の子供たちは戦争を経験しており、なぜ戦争が始まったのかをよく尋ねます。 もし彼らの世代がリベラル派の猛攻に耐え、なぜ戦争が避けられなかったのかを理解すれば、彼らは大きな成功を収めるだろう。」
#S
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kinemekoudon · 1 year
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【9話】 弁護士に言われたとおり取調べで黙秘してみたときのレポ・後編【大麻取り締まられレポ】
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朝8時になると、200冊ほどの書籍が並んでいるキャスター付きの本棚が運ばれてくる。この本は官本と呼ばれ、収容者が借りることのできる本なのだが、借りられる機会は1日1回、1人3冊までなので、慎重に選ぶ必要があるらしい。
留置官は先に隣のベトナム人を居室から出すと、ベトナム人は『世界の絶景』みたいなタイトルの大型本を1冊手に取り、居室の中へ戻っていく。
続いて僕の番になる。官本のラインナップは、東野圭吾や筒井康隆などの著名なエンタメ小説をメインに、歴史小説や純文学、学習まんがなども置いてあり、案外退屈しなさそうであった。
僕がどの本にしようか悩んでいると、留置官が「あ、5番はこのあとすぐ新件だから、借りてもすぐに回収することになるよ」と言うので、結局何も借りずに檻の中に戻ると、本当にその後すぐに点呼がかかった。ちなみに新件とは、最初の検事調べのことである。
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僕は初めての検事調べにまだ心の準備ができていなかったが、点呼からすぐに居室から出され、手錠と腰縄をかけられると、地下の駐車場に連れて行かれたのち、ワゴン車の後部座席の中央に、留置官2人に挟まれた状態で座らされる。ワゴン車は、運転席との間に金網のフェンスがあり、運転席と後部座席は完全に区切られていた。
僕はてっきり護送車で送致されると思っていたのだが、今回は近辺で検察に送致される被疑者が少なかったため、護送車を出すほどではないという判断になったそうだ。
ワゴン車が出発すると、僕は次第に不安になってきたので、隣の留置官に「大麻は持っていたんですけど、黙秘すれば不起訴いけるかなあと思ってるんですが、どう思います?」などと、留置官が捜査には関与しないのをいいことに、正直な悩みを打ち明けてみる。
左隣のニューヨーク嶋佐似の留置官は「持ってたなら正直に話すべきだろ。自分から正直に話したら心証がよくなって罪も軽くなるだろうし」などと想定通りのことを言うので、僕は「でも黙秘してたらそもそも無罪で済むかもしれないんですよ」と反論すると、嶋佐は「それで上手くいったとしても、一生、嘘をついたっていう罪の意識を抱えて生きていくことになるんだぞ」などと感情論で反論してくる。
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僕は「嘘はついてないですよ。何も喋っていませんから」と揚げ足をとると、嶋佐はムキになって「本当はやったのに何も言わないのは、嘘をついてるのと一緒だろう」などと言ってくるので、僕は「勝手に質問しといて、答えなかったら嘘つき呼ばわりされるのは意味が分からないです」などと屁理屈を言う。
僕は続けて「そもそも大麻を所持していたこと自体罪だと思ってないんですよ。むしろこうして拘束されていることに被害者意識を持ってるくらいなんで、黙秘をするっていうのは、大麻取締法違反で罰を与えてようとしてくる検察に対しての正当防衛だと思ってます」などともっともらしいことを言う。
嶋佐は平静を装っているが本心は苛立っている感じで「でも人を殺した人がそれと同じこと言ってたらおかしいだろ?」などと反論してくるが、僕は「殺人は被害者がいるんで、殺人だったら罪の意識を持つと思いますけど、大麻所持は被害者がいないんで罪の意識を持ちようがないです」と応える。
嶋佐は「いや…」ととりあえず口に出してから熟考して、「大麻は身体に悪影響だから犯罪になってるんだろ」と少し論点をずらして反論してくる。僕は嶋佐を言い負かすのがおもしろくなって「たとえ悪影響だとしても、自分の身体は自分のものですから、究極、自殺しようと自分の勝手だと思いますけど」などとわざと憎たらしく言ってみる。
すると嶋佐は「まあ5番が黙秘しても、これから証拠は出てくるだろうし、今のうちに自白しといた方が楽になると思うぞ」などと半ギレで議論を放棄してきたので、僕は「確実な証拠が出たら自白するか考えますけど、今は黙秘でいかせてもらいます」などと勝ち誇った感じで、留置官に言っても意味のない宣言をした。
留置官はこの議論に辟易とした様子で「まあ5番の人生だから5番の好きにしたら」と投げやりに言うので、僕は心中(その思想がまさに、自分の好きに大麻を吸わせてほしいという発想の根源なんだが)と思ったが、口に出すとさすがに空気が悪くなりそうだったので、口をつぐんでおいた。
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僕は留置官相手に自分を正当化し、言語化する中で、黙秘がいかに賢明な選択であるかという理論を確立できたので、断固たる気持ちで黙秘しようと踏ん切りがつき、不安がなくなっていた。
そうこうしている内に地方検察庁に着き、留置官に連行されながら、被疑者用の出入り口から入って、迷路のようなルートを進んでいくと、待合室がいくつもある広い空間に出る。
待合室と事務室の間の廊下には、都内のいろんな留置場から集結した被疑者たちが30人くらい並んでいて、僕もその列に並ばされ、何分か経つと、地検に勤務している警備役の警官が点呼をとり、各被疑者を各待合室に振り分けていく。
留置場も異様な光景であったが、地検の待合室のある空間は、より緊張感が張り詰めていて、警官の態度や点呼の仕方は軍人のように厳格で威圧感があり、集められた被疑者たちは、容貌からいかにも半グレな人や大人しそうなおじさんから外国人までが全員グレーの上下スウェットを身につけているので、危うさとカオス感がある。
待合室は、鉄格子と金網の扉が一面についた、5人掛けの硬い木のベンチが部屋の両サイドにある、奥には衝立があるだけで隠れることのできないトイレと洗面が付いているだけの殺風景極まりない部屋で、入室前に警官に「他の人と会話をするな」とか「足を組むな」など厳しく注意された後、僕はキツく両手錠をされたまま待合室に入れられる。
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待合室の定員は10名で、混んでいるときは満員になるそうだが、今回は運良く、詐欺で捕まってそうなチンピラ風の若者と、傷害で捕まってそうな腕を組んで足を広げて座る低身長ガチムチの若者2人のみだった。
10時頃から待機していて、おそらく1時間は経過したであろうが、時計がないので今何時かわからず、やることもなく、自由もなく、呼ばれる気配もないので、本当に時間が長く感じる。ガチムチの若者はイライラして貧乏ゆすりをし出し、僕はそれを見て苛立ちそうだったので、目を瞑って瞑想をする。
しかし、待合室のベンチは壁にぴったり取り付けられており、背もたれは90度に近く、硬く滑りやすい材質の木でできているので、浅く腰掛けて背もたれに寄りかかることができず、姿勢正しく座るのが最も疲れない造りになっていて、リラックスすることができないようになっているので、瞑想に集中するのも難しい。
待機から体感1時間半ほどが経過し、チンピラ風の若者が警官に呼ばれ、待合室を出て行ったが、それからは何も音沙汰がなく、ついに2時間が経過し、12時の昼食の時間になった。警官によって手錠を片側だけ外され、コッペパン2つと使い切りの個包装されたジャム2つにマーガリン1つ、棒状のチーズ1本、小さい紙パックのりんごジュースが支給される。
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質素な食事ではあるが、僕は待つことに体力と精神力を奪われて疲弊していたので、夢中になって食べてしまう。それに、なにかやることがあるというのが嬉しい。
食べ終わったゴミが回収されると、再び両腕にきつく手錠がかけられ、地獄の待機時間が始まる。ガチムチの若者は食後に小便をするのだが、見ようと思えば見えるし、放尿の音は聞きたくなくても聞こえてくる。それはそうとさすがに腰が痛いし、この仕打ちは人権侵害だと思う。
1時30分頃、ようやく警官に呼ばれ、待合室を後にする。待機時間は人生で最も時間が長く感じた。腰縄をつけられ、留置官に連れられてエレベーターに乗り、担当検事のいる執務室に入る。
執務室は待合室の4倍くらいはある広い部屋で、検事と検察補佐官がそれぞれ大きい机の前に座っていて、その前にパイプ椅子が置いてある。検事は50代後半くらいの男で、上等な眼鏡とスーツを着用し、姿勢がよく余裕のある雰囲気で、おもしろいくらいにエリート感が漂っており、先程まで見ていたワルたちとはちがう威圧感がある。
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僕は執務室に入り挨拶をし、指示されるがままにパイプ椅子に腰掛けると、留置官によって手錠をパイプ椅子に繋がれる。検事は柔和な表情で「取調べの内容は録音させていただきますが、よろしいですか?」と聞いてくるので、僕は「はい」と応える。検察補佐官はノートPCで会話の内容を記録している。
検事は続けて、僕の口から自分の名前や生年月日などを言うよう指示してくるので、僕がそれに応えると、「被疑者〇〇は、大麻成分を含有する植物片13.8gをみだりに所持した疑いで…」などと僕が犯した罪状を読み上げたのち、「あなたには黙秘権があり、言いたくないことは言わなくていい権利があります」と告知してくるので、僕は元気に「わかりました」と応える。
検事は柔和な表情のまま「こちらの罪状を犯したことについては間違いないですか?」などと質問してきたので、僕は一呼吸を置いて「黙秘します」と言う。すると、検事は急に真顔になり、「わかりました」とだけ応える。
検事は真顔のまま「現場ではあなたも乗車していた車の中で大麻成分を含有する植物片が見つかっていますが、これはあなたのものですか?」と質問してくるが、僕は変わらず「黙秘します」と応えると、検事は少し怒ったように目を開いて「わかりました」と言う。
検事は続けて「一緒に同乗していた人はあなたとどうゆう関係ですか?」と質問してくるが、僕は頑なに「黙秘します」と応える。すると検事は再び柔和な表情に戻り、「わかりました。それでは取調べは以上になります。こちらの調書に問題がなければ捺印をお願いします」などと言って、白紙同等の調書を差し出してくる。
僕は「捺印はできません」と応えると、検事は再び真顔になり「わかりました。それではこれで終わりとなります。お疲れ様でした」と言い、補佐官とともに立ち上がって頭を下げてい���。
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つづく
この物語はフィクションです。また、あらゆる薬物犯罪の防止・軽減を目的としています( ΦωΦ )
#フィクション#エッセイ#大麻#大麻取り締まられレポ
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nkinman8 · 5 months
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❄️❄️❄️🌲 ☕🍊
🎄 Merry Xmas 2023 !
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shin-kikuchi · 7 months
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本日リリースした、Paniyolo + 渡辺明応 - 家並み の写真、デザイン、パッケージ制作などを担当しました。思えば春先は日課になっていた午前中サイクリングしながら良い家並みを探す作業。お尻が痛くて自転車に乗りたくない気持ちを必死に抑えながらのサイクリング。美しい景色と出会った時の感動とは違って、なんか落ち着く、なんか良いなぁと思った時に写真を撮っていたんだけど、その理由を改めて考えて理由を探すと、人々がお気に入りの植物を植えたりしつつ整えた家が並び、いつも見てる無数の電線が全てを繋げていて。家の中にいると全く意識しない屋根の色とかも良く見ると可愛いし、四角やら三角が絶妙のバランスで散りばめられている。 そんな新しい視点をくれた素晴らしい作品でもあります。もちろん音楽も最高にリラックスできる仕上がりです。 レコードとCDのリリースです。デジタルはまた後で。
#schole #scholerecords #paniyolo #akiowatanabe #acoustic #guitar #steelpan
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oka-akina · 3 months
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3/10J.Gardenに参加します
3/10(日)J.Gardenに出店します! ボーイズラブのイベントなのでまあまあアウェーではあるんだけど、行くといつも居心地のいいイベントで、楽しくリラックスした気持ちでおじゃまさせてもらっています。話しかけてくださる方がみなさん優しい…。 あといわゆるボーイズラブどまんなかでなくても参加している人はけっこういる&他人のことにあんまり干渉しない雰囲気があるからかな。 (と思ったけど、たんにあんまりおおぜい知り合いがいなくて自分的にひまなイベントなので、かえって気楽に参加できているというだけかもしれない。。)(あとやっぱ文フリ東京がなんかこう大変なのはある)
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3/10(日)11:00~15:00 東京ビッグサイト 西3・4ホール https://www.jgarden.jp おかわだのスペースは[ひ-09a ザネリ]です。
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[最新刊] 『顔たち、犬たち』 家庭にも仕事にも不満はないが、ささやかな破滅願望を弄ぶようにこっそり男とセックスしている男の話。年下セフレたちにやけに懐かれ、奇妙な友情を育んでゆき…。 おかげさまで完売しておりましたが、本体ピンク色で再版しました。かわいくできてうれしい。
[既刊] 『よわよわおちんぽとじこめナイト』R-18 残部少 『イサド住み』 『リチとの遭遇(新装版)』
[委託] 谷脇栗太さん『ペテロと犬たち』
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『顔たち、犬たち』の装画をお願いしたクリタさんの短編・掌編集をお預かりします! 犬たち&犬たちで並べられるのうれしいな。
(タイトルかぶってるのは意識したわけではなくそういえばそうだったという感じ…。わたしのほうがあとだしなのですみませんではあるんだけど。 いちおうわたしのは『顔たち、ところどころ』(Faces, Places)っていうアニエス・ヴァルダの映画からとったつもりで、内容ぜんぜん関係ないんだけど好きなものから力をもらうような気持ちでつけたタイトルです。 という話は装画をお願いするときにクリタさんにお伝えしていて、たぶんそれを踏まえてお顔がどーんと前を向いた絵にしてくださったんじゃないかなーと思ってる。『顔たち、ところどころ』でJRが撮る巨大なポートレート)
いやーー『ペテロと犬たち』いい本ですよね。とてもおすすめです。 なんていうのかな、小説を読むときってさあ読むぞって身構えちゃってるとあんまり入っていけないというか、自分の価値観をいったん横に置いておけるといいよなあと思うんだけど、とんでもない速度でいろんな意見が飛び交うSNSの中に日々身を置いていると、どうしたって心はこわばってしまう。クソみたいなヘイトは即座に打ち返したいし、惑わされたくない。自分の意思を強く持っていたい。ただそういう強さによって心が自由に動かなくなっちゃう面はあって…。なので小説を読むのは、自分の凝り固まった価値観をいったん横に置いておく、胸襟を開く訓練ともいえるかも。なかなか難しいことではあるんだけど。 で、そういうなか、クリタさんの作品ってすごくチャーミングで、自然と警戒が解けてしまう。何がそうさせているのかな。おもに朗読用に書かれた作品群で、関西弁の多いテキストだからかな…。いやなんかそういうことではなく、言葉とか語りとかがまとう何か、音階やにおいのようなもの…が、読んだ人の鎧を脱がせてしまう気がしている。もしかしたら読む前から、本を手に取らせたときの「あっいいな」の段階からそういう力があって、自然と構えを緩めてしまう…みたいなことを考えます。絵を描く人の文章ってそういう傾向があるかも。これは単にお話がわかりやすいとか読みやすいとかでもなくてね。
収録作の「環礁の国」は同性パートナーの話。
「タグワっていう小さい島国に貝殻でできた教会があって、屋根のところに十字架がついてるんやけど、中に安置されてるのはキリストでもマリア様でもなくて骸骨被った海蛇みたいな、なんとかっていう土着の神様らしい。  僕の夫、朝は絶対パンや言うて業務スーパーでピーナッツバター買いだめしてて、そのパッケージにこのタグワの教会が描かれている。」
スッと読んじゃうでしょ。続きが気になった方はぜひお手に取ってみてください。犬と街灯さんはじめいろんな書店さんにあると思うんだけど、これをボーイズラブのイベントに持っていけるのとてもうれしいなあと思っています。
あとすごい余談なんだけど、この「環礁の国」を知る以前に、わたしクリタさんの島アンソロに「パーテルノステル」って短編でおじゃましたのね。わたしのは、恋人に灯台の島の話をしたいんだけどなぜか言いだせない…っていうお話。「イサド住み」の前身みたいな話で、この話では今くんムムくんの名前ではないんだけど、なんかこう何もシリアスな話題ではないのにどうしてか今くんはムムくんにその島のことを打ち明けられない。その灯台の島にいつか行ってみたいって話をしたいんだけどなぜか言えずにいる…っていう話。で、このクリタさんの「環礁の国」は、「それでいつかタグワ行きたいなあって、これもう合言葉みたいになってて、何かあるとタグワ。」って「僕」とパートナーがタグワという島の話をしっかり共有してて、でもパートナーについてよくわかんないことはあって…っていうのが、ああいいなあと思った。最後の泣き声は二人が子育てしてるっていうふうにわたしは読んでて、さらっと書かれていることにすごく感じ入った。いいなあ、こういうの書けないなあと思った…という話を、ほんとはコピ本交換会のトークイベントで言いかけたんだけど、この話なんか重いなと思ってちがう作品の話をした記憶(なので導入が「クリタさんってたま好きですか?」だったの。ウクレレ弾きながら歌うタグワ国歌が知久さんっぽいでしょ)。
重いというか、ひとの小説の話はついたくさんしゃべってしまうというか。イベントとかでも自分の作品についてはそっけないような紹介しかできないんだけど(「どんな話ですか?」って聞かれて「主人公は男です…」とかしか言えない)、読んだ本とか選書した本については嬉々としていろいろしゃべれるんだよな。選書ペーパーを持ってったzineイベントでもそんな感じで、急に元気になりましたねって笑われてしまった。
あとアンソロとか企画とかで何か依頼するときって、わたしはその人の作品とかツイートとか日記とか読めるものは読んで、できるだけ頭に入れてから依頼することにしているので、なんかこう「どファン」みたいな感じになってしまい…重い&圧がやばいになりがちではある…。5月のアンソロもぼちぼち動き出したところなんだけど、いろいろ依頼している自分のノリが我ながらちょっと暑苦しいな〜と思うことがあり、いろんな人にドン引きされてないかどきどきしている…(むかし何かの占いで「根がストーカー」と言われたのを思い出す…すごいこと言う占いだな)。
J庭の話からぜんぜんそれてしまった。お庭、あとわたしのはコピー本が書き終わればあるかなーという感じです。鶏のSFのやつの続きっぽいやつ。まにあわなければ元のペーパーを無配にするつもり。 今日が木曜だと思ってたら金曜だったのでけっこうきびしい状態ですが、なんらか形になったらいいなと思います。よかったら遊びに来てください〜
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