Tumgik
#厭世主義的駄文
eurychphanpelcael · 20 days
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執行猶予か終身刑か区別のつかぬ人生。 身体はさながら肉の檻か、死こそ最後の審判か。
A life indistinguishable from probation or a life sentence. Is the body, as it were, a cage of flesh, or is death the final judgment?
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ysnsgt · 1 year
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【刀剣乱舞】映画黎明感想2:解釈『刀剣乱舞』と刀剣と日本人
映画「黎明」、端的に言えば「最高でした」になるんですが、もう少し言葉を尽くしましょう。
物語の中の刀剣には元々興味があったのですが、2015年1月14日PC版「ONLINE」を始めてから本格化。以来実物の鑑賞勉強と多方面の本をちまちま続け、2022年12月だったかにやっと入り口としての問いに自分なりに解を出せました。
「なぜ刀剣なのか」 「日本刀とは、日本人にとって何なのか / 何だったのか」
一年の計は元旦、ならぬ春にあり。旧暦の春は一旦勉強を離れて5月から本腰を入れて刀と向き合おう。そういうタイミングだった2023年3月31日に公開された「黎明」は、私が8年かけてたどり着いた境地への「答え」そのものでした。
というわけで、この機に映画「黎明」の筋書きをベースに解を記したいと思います。
刀剣に関わり始めて幾度となく言われた言葉があります。
「人殺しの道具を見て何が楽しいの?」
たしかに刀剣は武器です。映画「黎明」でも冒頭では、罪なき(と思われる)人々が為政者によって無惨にも刀で斬り殺されている。それでもふしぎなことに、戦や暴力とは程遠い世界で生まれ育った少女が「綺麗」と見惚れる魅力を持っている。なぜなのか? その答えへと、天下五剣の中で最も「美しい」とされる三日月宗近と、「綺麗とか言うな」山姥切国広が主軸となって導いていく。これだけで映画「黎明」を喝采せざるを得ません。
先に答えを言ってしまうと、どんなに社会に溶け込めなくても、どんなに報われなくても、人を傷つけることを厭い、人を傷つける己を律する、そんな心を持った人間が刀と共にあり続けたからだよ。象徴するのは「美しい」刀2振りの仮の主、琴音と伊吹でした。
ユング心理学者の河合隼雄は、人間の精神性を「包含」と「分断」の2軸で説明しました。全体主義と個人主義とも言いかえられるでしょうか。日本人は前者の気質が強く、そのために時として他者どころか己の子を(心理的に)喰い物にする「山姥」のようになってしまうとのこと。それを防ぐためには「分断」の気質も高めて相互補完し、心のバランスを保つことが大事であるとかなんとか。
こうした説明を読んだ時、新渡戸稲造『武士道』の記述を思い出しました。
刀は不断の伴侶として愛せられ、固有の呼び名を付けて愛称せられ、尊敬のあまりほとんど崇拝せられるに至る。
刀は基本的には斬るための武器で、つまりは「分断」の機能を持っています。そんな刀を「伴侶として愛」することは、己の「包含」気質を抑え、心のバランスを取ることに寄与していた……つまり、概して日本人て刀と向き合い刀と共にあることで、やっと真っ当な人間でいられたのでは?
反対に、武器である刀を「包含」気質の強い日本人が持っていたからこそ、「分断」の機能が抑制され武器を超えた存在として千年受け継がれてきた。そういうことなんじゃないでしょうか。
さて。美しき刀の仮の主、琴音と伊吹からその辺りのことを見ていきましょう。
まず琴音。彼女は特殊能力故に居心地の悪さを覚えていますが、高校に通い、友達にも恵まれた、「平凡」の範疇に入れて良い少女です。日本のたどる歴史の中ではぬるま湯と呼んでも支障がないだろう21世紀にどっぷり浸かり、だからこそ事態が切迫しても理解が追いつかない。友達が被害に遭っているし察しはついていますが、解決策として人を殺すという選択肢がどうしても採れない。
大義のためには、という男士……刀の「分断」機能から見れば鬱陶しくなるくらいの甘ちゃんでしょう。私も実は最初ちょっと苛ついていたのですが、あれが日本人の持つ「包含」気質の象徴と思えばむしろああでなくてはいけないと思い直しました。ことここに至っても有害だからと切り捨てられない、だからこそ三日月は友の信じる主であり、歴史の流れに踏みにじられた弱者を斬る「汚れ」にはまみれずに済む。
そして琴音も、三日月という刀と繋がりを持ったことで、協力は嫌だと駄々をこねるだけのところから、彼女なりに伊吹を心の鬼と「分断」する力添えをするに至る。琴音はひたすら伊吹に言葉を投げかけていましたが、河合隼雄に言わせると言葉は「分断」属性なんだそうです。つまり彼女はあそこで象徴的に刀を振るっていると同義とみなせます。最後に物の「言葉」に耳を傾けられるのも「分断」機能が向上したからかもしれません。見事な相互補完関係です。
次に伊吹くんですが。まず目下の人間に暴力を振るうのは「低次の「包含」機能に支配されている」と河合隼雄はズバリ言ってます。要はまず父親からして「包含」気質の奴隷。そんな父親に支配された伊吹もまた「包含」に呑まれており、弟への執着……依存は、見ていて心配になるほどでした。実際弟との離別(「分断」)に気付いた瞬間伊吹は心の均衡を失い、父と同じ属性を持つ酒呑童子と一体化してしまいます。
そんな時、「分断」機能の権化たる刀・山姥切国広が問います。「それは本当に“あんたの”願いなのか」と。これは明確に、酒呑童子と伊吹を分断するための言葉です。三日月の影響を受けた琴音の言葉による介添えもあり、伊吹は己の「分断」能力を高め、山姥切国広と共に己の心の鬼を断つ。
さらに言うと、伊吹に対して山姥切国広は刀としての「分断」機能だけでなく山姥切という属性の持つ「包含」機能も活きたんじゃないかと考えています。
実は包含機能は母性原理(地母神)、分断機能は男性原理(天父神)として説明されることもあります。だからこそ負に働く包含機能が「山姥」に例えられるんですが、伊吹の家は、父、兄、弟で女が不在なんですよ。包含機能のモデルケースがいない。だからこそ父は暴力をふるい、伊吹も悪役として活動��鬼になりかけたんだと思うんですが、そこを補ったのが山姥切国広でした。
とにかく彼は言葉を挟まず伊吹に寄り添う。彼がすがる醜い「弟」をも込みで伊吹の心を守ろうとする。それで世界が滅んだとしてもその結果をも受け入れるつもりだったのでしょう。こうしたどこまでも温かな「包含」を与えられたからこそ、彼は鬼を分断する心を得られたんじゃないかなと。そして恐らく保護員である女性と繋がることができたのは、やはり象徴的です。
母性原理と父性原理はあくまで心理学上の便宜上の説明であり実際の男女の役割を固定化させるものではないんですが、まぁ21世紀から見るとちょっと野暮ったいですよね。実はその辺もうまく配慮されてて、映画「黎明」本当にすごいなと感心しました。
琴音は物の声を聞く審神者に近い存在。伊吹は鬼に憑依される依代に近い存在。古来審神者は男、依代は女に多く(絶対ではない)、両者の二人三脚で祭政が行われてきました。でも審神者に近い琴音は女、依代に近い伊吹は男で男女の役割が逆転しています。そして両者が恋仲……一対になるわけでもなく物語は幕を下ろす。
実弦と加々美も伝統的な男女の役割が逆転しているように思えました。実弦は恐らく黒田家の末裔。そういうポジションは従来だったら男が担うものです。そして加々美。為政者たる男に侮られ、細かな気配りでお茶を出し、長義には絶対服従というレベルで絶大な信頼を寄せて言葉少なに彼の意に添う。これ普通に良妻モデルですよ。でも彼は男です。けれどそれでおかしいわけじゃない。実弦は黒田家の末裔たるギャルだからこそ、加々美はまるで良妻な男だからこそ、それぞれの刀と最高の相棒関係を見せてくれた。ジェンダー規範に囚われず生きたい現代審神者への全力のエールだと思います。
そしてそういう現代的な生き方をする彼らを、日本の歴史そのものたる神道に携わる倉橋さんと、あの大江山急襲に参加していた髭切(渡辺綱が腕を切り落としていた)とその弟の膝丸が付かず離れず見守っているというのが、なんか、途方��なく優しかったなと、今思い返してちょっと涙目になってます。『刀剣乱舞』どこまでも推せる。
そろそろ終わりに向かうため、最初の問いに戻りましょう。
「人殺しの道具を見て何が楽しいの?」
たしかに刀は武器だ。けれどそれは、何も生身の人間を斬るだけじゃない。
日本最古の物語『古事記』には既に刀の物語が多く語られています。そのうちの一つである布都御魂剣は、初代天皇・神武天皇の東征時に以前の持ち主の加護を受け、霊障治癒、怪異退治を果たしています。これ、映画「黎明」で刀剣男士が行うそのままなんですよ。
彼らは元は異なる人の持ち物ですが、そこで培った力を活かして「新たな」主を守っていく。鬼を斬り、想いを吸われ病にかかったように倒れ伏した人々を回復させました。
そして持ち主が心をしっかり保っていれば、彼らは血に汚れることもなく、誰を傷つけることもなく、ひたすらに持ち主の心を守ってくれる。
「こんな素晴らしい“伴侶”を見て、楽しくないわけがありましょうか」
この言葉を胸に、ゲームに実物に物語に、死ぬまで刀と向き合っていきたいなと改めて思いましたし、改めて思わせてくれた映画「黎明」に心からの感謝を送ります。円盤ぜったいに買いますからね!
補記。刀の話に終始しましたが、刀にこだわる必要もないよっていうのを示しているのがまた映画「黎明」の憎いところでした。
大事な人からもらったブレスレット。ずっと身につけている腕時計。文字通り十把一絡げで売られているスーパーボール。どんなものだって、思い入れを込めた物なら心を守ってくれるんだよと。
「誰もが審神者になる可能性を持っている」という台詞はゲームのユーザー数を増やしたい的なメタ要素を置くとして、日本人と日本刀は長らく蜜月だったのでそりゃもう日本人や日本文化に興味を持つ人なら誰だって刀の加護を得られるでしょう。けれど刀に興味を持てない、どうしても怖くて近づきたくない人だっているわけで。そういう人だって、身近にある何かがあなたのことを守ってくれるよというメッセージは普遍的なもので、すっごく良いですね。
補記2。以上は人間たる私から見た解釈でしたが、主題歌「DESTINY」が刀からのアンサーとして見事で私は泣きました。別れは避けられないけどせめて彼らに悔いを残さないように死なないとなぁ。
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1010mush · 6 years
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茨戸編での尾形は何だったのか あるいは沈黙する破戒神父・鶴見中尉はなぜ死神を自称するのか
ガッツリ本誌176話まで。
1、序 鶴見と尾形の言説の不思議な酷似
父殺しってのは巣立ちの通過儀礼だぜ…お前みたいに根性のないやつが一番ムカつくんだ
ホラ 撃ちなさい 君が母君を撃つんだ 決めるんだ 江渡貝君の意思で… 巣立たなきゃいけない 巣が歪んでいるから君は歪んで大きくなった
こと江渡貝母への発砲については、私は鶴見の言い分をずっと好んできた。ここでの鶴見の江渡貝への殺害の示唆は正しく思える(母君は元々死んでいたから私にも倫理的禁忌感がない)。鶴見は時折とんでもない正しさで私を苦しめる。硬直した仲間の死体に向かって「許せ」と言う男。同じ4巻の回想には、マシュマロでゴールデンカムイには珍しい雲吹き出しで内面が記されていることも教えて貰った。
まるで死の行進曲のようなマキシム機関銃の発射音 この無駄な攻略を命令した連中に間近で聞かせてやりたい
私は鶴見中尉の内面描写が少ないという通説をとてもとても疑問視している。これはもはや読み手の願望に近く、検討するのであれば幅広い読解が必須であろう。ゴールデンカムイの人物は総じて内面描写が少ない。それところか、当初は梅ちゃんと寅次についてあれだけ饒舌だった杉元の内面は、「俺俺俺俺俺俺俺俺俺」という叫びとは裏腹に、「俺」も、その内面も、徐々に欠落を始めてしまったのだ。15巻にはアシㇼパの顔を思い出せていないのでは無いかと思わせるカットすらある。15巻で杉元の『妙案』が宙に浮いたままであるのは象徴的だ。私たちの心が取り残され、疑問は解決されず、1つの核心だけが深まるーー杉元佐一は自分を失っている、と。この話は杉元が梅ちゃんに認識されるような自分を取り戻す話出会った筈なのに(そしてそれを認知できない杉元は、梅ちゃんに自分を認識してもらえるように視力回復に躍起になる)、旅の過程で彼はますます自己を喪失していく。
これから延々と鶴見の話となる。
2、死神の自称
鶴見は意図的に自分を失わないために死神になることを選んだ男である、というのが私の基本的な考えである。それは「脳が欠けているから杉元佐一は自分を見失っている」という説を遠回しに否定する存在である。だいたいにして脳が欠けていなかったら杉元はスチェンカで相手を殴り続けなかったと言えるのだろうか。まぁ、杉元の話はさておくとして、それはおそらく尾形のこういった態度と対照づけることも出来る筈だ。
俺のような精密射撃を得意とする部隊を作っておけばあんなに死なずに済んだはずだ
今となってはどうでも良い話だが
鶴見は「今となってはどうでも良い」をやり過ごさなかった男である。一度は鶴見の腹心の部下であった筈の尾形は、戦後も心を戦場に置いてきたのではなく、戦場の側を自らに引き寄せようとする鶴見(や土方)にたいして冷笑的な視点を浴びせ続ける。
仲間だの戦友だの……くさい台詞で若者を乗せるのがお上手ですね、鶴見中尉殿
変人とジジイとチンピラ集めて 蝦夷共和国の夢をもう一度か?一発は不意打ちでブン殴れるかもしれんが政府相手に戦い続けられる見通しはあるのかい? 一矢報いるだけが目的じゃあアンタについていく人間が可哀想じゃないか?
ここでの尾形の「正しさ」は、鶴見の「正しさ」とは違い私の心の拠り所になっていた。尾形が「いい人になれるよう 神様みていてくださろう」に適合するような行動をすると私はいちいち救いを求めてしまい、彼の行動がいつも噛み合わず言説が否定されるのを見てこの男の救いのなさに頭を抱えていたのだ(まさに本誌の『176話 それぞれの神』で現れた関谷の神にすがる心情である)。そして鶴見は、月島をある意味救ったが、尾形を救うのには失敗した。むしろ鶴見は尾形を利用するだけ利用していたように思えた。
尾形と鶴見と親殺しは4度交錯する。江渡貝。花沢中将。月島。ウイルク。
外敵を作った第七師団はより結束が強くなる 第七師団は花沢中将の血を引く百之助を担ぎ上げる 失った軍神を貴様の中に見るはずだ よくやった尾形
たらし めが…
尾形にとって鶴見の取り巻きであることが幸せなのかどうかは分からないが、他の造反組や、あるいは役目を見つけて下りた谷垣とは異なり、尾形は鶴見を『切』った、数少ない人物である。尾形は、月島同様戦前から鶴見の計画に加担していたのにもかかわらず、鶴見中尉から月島と同じ様に扱われなかった人間でもあった。
江渡貝の母殺しに関しては鶴見にも見るところがあると考える私も、この鶴見の花沢中将殺しにおける尾形の扱いが原因で、長らく鶴見のことをよく思えずにいた。さらに15巻149話、150話で鶴見が月島を父親殺しから救った(?)事実や、本誌にて戦前から尾形が鶴見の命で勇作を篭絡および殺害しにかかっていた事が判明した事を鑑みて、鶴見の風見鶏的態度に辟易していた。加えて言うのなら、ゴールデンカムイの中に時折現れる聖書に基づく表象や、それに対するキリスト教に軸足を置いた読み解き方というのは私が最も苦手とするところであったが、一方で鶴見が71話の表紙にて不完全に引用された聖書の一節を通じて『にせ預言者』(マタイ7:15)であると示されていることを筆頭に、いくつかのキリスト教的モチーフを(ところどころで反語的に)取り込んだキャラクターであることも否めずにいた。
にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。(wikisorceの口語訳より)
そもそも鶴見もまた、その他大勢のキャラクターおよび我々と同様、多面的な人物として描かれている。偽預言者であり、彼の演説はヒトラーのパロディとして描かれるほど(作者によるとミスリードらしいが。Mislead? Misread?)だ。そして、外敵に対しては自らのことを死神と称しながらも、仲間に対してはむしろ告解をうける神父の役割に近いものを演じ、坂本慶一郎とお銀の息子の前では聖母マリアとなり、月島や杉元と共有する傷は、スティグマと見ることも出来るだろう。キャラクターデザインには、明らかに鶴の要素が取り入れられている。さらには編集者のつけた仮面を被る悪魔、という表象ですら許容される向きにあるのだから、鶴見も大変である(悪魔という呼称は江渡貝の母によっても齎されている)。私がこの鶴見という、出自も分からぬいろんな人形が載せられたクリスマスケーキを長らく食べる気になからなったのは、そこに土俗の信仰と西洋的信仰が混ざり合って、あまつさえ鶴や死神の細工菓子まで載っていたことを考えると不思議ではあるまい。
私はどこかで、にせ預言者としての鶴見、という表象の正当性についてすら、もしかして議論になるのではないかと辟易している。不信の徒である私の読み解ける事項など限られていることは重々承知だし、そもそも私はゴールデンカムイを読み解くときに、作中での記載を第一に考え、外的世界に存在するマキリで作品をチタタプしない様に細心の注意を払ってきた。最近ラジオが出現したことで、ようやく文言に尽くし難かったそのバックグラウンドをまとめる事ができたような気がするが、私は解釈を取り払った読み方が先にくることを好むし、そもそも『らしさ』への拘泥は私の目を曇らせるのではないのかと考えている。とりわけキリスト教を扱う時には、竹下通りで千円で買った十字架のアクセサリーを身につける女の子のようにならないためには、むしろ触れずにいるのが一番なのではないかと長く考えていたものだった。それが私の最低限の敬意の示し方であった。
とはいえ、キリスト教と日本の間での困難を感じていたのは何も私だけではなかった。多くの作家がそれに苦しみ、むしろその困難を以って、日本を描き出そうとする作家もいた。もちろん私の考えでは、作家の作るものに於ける宗教的解釈は、仮に異端であっても一つの芸術作品になり得る一方で、評論家の宗教的解釈の異端さは、単なる誤読として片付けられる可能性がより高く、慎重を期するものであるのだが…。しかし私はだんだんと、そういったキリスト教と日本の狭間で描かれた作品であれば、鶴見像を見出せるのではないかと思う様になっていった。もっと言えば、私がキリスト教的表象を前にして立ち竦む、その逡巡自体を語ることならできるのでは無いか、と思う様になったのだ。
「にせ預言者ー貪欲な狼」「ヒトラー(ミスリード)」「マリア」「告解を受けるもの」、そして「聖痕」…を持つ「悪魔」で「死神」…の「鶴」をモチーフとした「情報将校」。
「にせ預言者ー貪欲な狼」に対してのとても簡潔な読み解き方は、単に鶴見が偽の刺青人皮を作ろうとしている、というものである。もう少し解釈を広げれば、鶴見が北海道の資源を活用して住むものが飢えない軍事帝国を作ろうと嘯くことであろうか。
軍事政権を作り私が上だって導く者となる お前たちは無能な上層部ではなく私の親衛隊になってもらう
これはヒトラーとして描写されていること(繰り返しとなるが、作者によるとミスリード)でもあり、ヒトラーとはたとえばその土地の出身では無いという点などでも共通点が見られる。実際には北海道はロシアと違って天然資源には恵まれておらず、またその後の軍事政権というトレンドの推移、戦争特需にも限りがあることを考えれば、金塊を持ってしても独立国家としての存続がおよそ不可能であっただろうことは見て取れる。
3、マリア、そして告解を受ける破戒的神父としてのあべこべさ
面白い事に、聖母として描かれる鶴見はほとんどもって無力であり、子をアイヌ的世界に属するフチに預ける事しか出来ない。
一方で「告解を受けるもの」、すなわち神父としての鶴見は極めて破戒的である。鶴見への告解は子羊たちの救済を意味しない。鶴見は誰とも共有すべきではない告解を共有することで、結束を強める「見返り」を期待する者である。教会に於いては告解の先には主による赦しがあることが期待され、十字架に架けられたキリストの苦難がそれを象徴していた。一見してキリストの苦難は鶴見の告解室においては「戦友は今でも満州の荒れた冷たい石の下だ」で代替されている。しかし鶴見の厄介さはその様な単純な構造におさまらないところである。一方で満州を彼らのいる北海道と分けて見せるそぶりを見せながら、時として「満州が日本である限り お前たちの骨は日本人の土に眠っているのだ」と口にし、それどころか戦争の前から月島・尾形らと何かしらの謀略を図っていたことすらわかり、『我々の戦争はまだ終わっていない』という悲壮にも満ちた決意が段々と『戦争中毒』である鶴見のハッタリであったことに我々は気づかされる。
彼への告解は何もかもがあべこべであり、神父の皮を被りながら極めて破戒的である。洗礼後ではなく洗礼前――つまり第七師団入隊前――の罪を、谷垣に至ってはあまつさえ衆人の前で告白させ、傷を共有させる。告解が終わった後に司祭は「安心して行きなさい(ルカ7:50)」というものだが、鶴見は自分に付いてきてくれるように諭すのだった(「私にはお前が必要だ」)。
破戒というのはあまり神父に使う言葉ではない。それでも、島崎藤村の『破戒』は、聖書のモチーフを色濃く反映させながら、被差別階級とその告白を描いた作品だったのだから、やはり破戒、と言う言葉はここにふさわしい気がする。
『破戒』において島崎が真に目指したのは、「身分は卑しくてもあの人は立派だから別」という、個人の救済を批判することであった。そのような個人の救済は、いわば逆説的に被差別階級の差別を補強する、矛盾した論理であったのだ。
この論理は2018年にも広く流通した。杉田水脈氏がLGBTに生産性がないと発言したことに、一部の人が、アラン・チューリングやティム・クックといった生産性のあるLGBTの名前を挙げて反論を試みたのである。このような言説が流布した後、リベラル派は、自分たちの身内の一部に対して、「生産性のないLGBT」が仮にいたとしても、その人たちも等しく扱われなければならない、とお灸を据えなくてはならなかった。
これこそ私が鶴見の恣意的な月島の依怙贔屓を、そして尾形の利用を、いまだに批判すべきだと考える理由である。
外敵を作った第七師団はより結束が強くなる 第七師団は花沢中将の血を引く百之助を担ぎ上げる 失った軍神を貴様の中に見るはずだ よくやった尾形
誰よりも優秀な兵士で 同郷の信頼できる部下で そして私の戦友だから
私はこの差異に於いて鶴見を許す気は毛頭ない。それは、私が谷垣を愛しながらも、アシㇼパを人質に取った事を未だに許していないのと同等である。谷垣を受容するに至った経緯が、私に鶴見というキャラクターを拒絶する理由は最早ないことを教えてくれた。そしてよくよく読み解いてみると、この、一見すると月島への依怙贔屓ですらあべこべなような気すらしてくるのであった。
4、主格の問題 ー 「死神」という主語について
ここにおける問題は『主格』に於いても明らかだ。鶴見が月島に話す時の態度は、軍帽を脱ぎ、主語は「私」、時折「おれ」と自らを自称する親しみのあるものだ。その一方でしかし尾形へは軍帽またはヘッドプロテクター(仮面)を装着して主語をあろうことに「第七師団」に置いている。尾形の父殺しについては未だに謎が多く、発端が誰なのか(花沢中将自身・尾形・鶴見)、なぜ花沢中将が死装束を身につけられたのかを筆頭に、また鯉登少将への手紙をいつ誰が書いたのかも問題となろう。よって、尾形が鶴見への忠誠心を失いつつも自らの父殺しの願望を成就させるために鶴見の案に乗っただけなのかどうかは、よくわからない。とはいえ、自らが時に「どんなもんだい」と誇示さえする狙撃手としての腕を買わなかった第七師団への離反は、狙撃手と対称をなすような旗手としての勇作を評価し、勇作の殺害作戦を撤回した鶴見への、勇作の狙撃をもっての”謀反”を契機として、花沢中将死亡時に、すでに尾形の胸の内にあったと考えるのが自然であろう。加えて尾形も、どこかの段階で破戒的神父・鶴見への告解というステージを踏んでいたことも想像に難くない。
このように読み解いていくと、単に鶴見は月島にだけ心を許しているようにも読めるのだが、そうは問屋が卸さない。まずはいご草への呼称問題である。月島は自らのことを『悪童』ではなく『基ちゃん』と呼ばれる事に意義を見出しているのに、彼女の事を『いご草』と表現する(本当は鶴見との会話の上でも名前で呼んでいたのだろうが)。さらにそれを受けて鶴見は『えご草ちゃん』と彼女の非人格化を進め、さらには自らの方言も決して崩さないことで会話の主導権を握る。加えて、私は長らく、江渡貝と炭鉱での爆発に巻き込まれ、煤だらけで雨の中を帰ってきた月島への労いの少なさにも違和感を抱いていた。これも一つの「あべこべ」なのかもしれないし、あるいは月島への圧倒的信頼が根底にあり、彼なら心配に及ばないと考えていただけなのかもしれず、もしくは鶴見がヘッドプロテクターという仮面をつけた時の「死神」としての決意の表れかもしれない。
「死神」を自称すること。
そもそもにおいて、我々が日々感じている他人への判断、偏見、予断の集合体、例えば、あの人は秋田出身で大柄で毛が濃く少々ドジなマタギである、と言われたことによって”我々が想起する予断と偏見”と、漫画を切って話すことはできない。小説よりもさらに視覚的な��画という分野においては、ステレオタイプと”キャラ”立ちするための記号化というのはほとんど隣り合わせにあり、分離することがむずかしい(この論だけで何百ページも割かなければ説明できないであろう)。それでも、だ。この作品のキャラクターほど、「あの人はこう言う人だから」と型に嵌める行為が適切ではない作品もないのではないか。
作品内で繰り返される「あなた どなた」という問い、あるいはその類型でのマタギの谷垣か兵隊さんの谷垣かどっちなのか、山猫の子は山猫なのか、という問い、そしてその問いに対するわかりやすすぎる「俺は不死身の杉元だ」という回答を、繰り返しながらもゆるやかに否定し続ける世界線の中で、「私はお前の死神だ」という言葉は鶴見の決意と選択を象徴しながらも、結局のところ杉元の「不死身」の様にアンビバレントな価値を持つ言葉の様にすら思える。
鶴見と杉元はスティグマを残す男である点も共通している。鶴見は月島が反射的に自らを守った際に微笑み、二人はその後スティグマータを共有する人物になった。
杉元と傷の関係については未だに謎が多い。彼自身が顔につけた傷についても多くが語られる事はない。時間軸として1巻以降で彼が顔に受けた傷跡はかならず治っていくのに、彼が周りに残していく傷は確実に相手に痕を残していく。なぜ尾形が撃った谷垣の額の傷跡は消えたのに、杉元が貫いた頬の傷はいつまでたっても谷垣の頬から消えず、尾形の顎には縫合痕が残り、二階堂は半身を失い続けているのか、分からないままだ。ずっと分からないままなのかも知れない。
そしてウイルクもまた、顔に傷を残す男性である。傷を残しても役目を終えない男たち。聖痕と烙印ーー両極な語義を内包するスティグマータを共有し合う男たち。それはかつての自己からの変容であり、拭い去れない過去の残滓でもある。そしてそれは、作中の男性キャラクターたちが「視覚」を中心として動き回ることと決して無関係ではないが、ここではその論に割く時間はない。
「あなた どなた」に対してあれほど口にされる「俺は不死身の杉元だ」を“言えない”こと。この言えない言葉について、私はどれだけの時間をラジオに、文章に、割いて来ただろうか。そのことを考えると矢張り、「あのキャラクターはこうだから」と言う解釈がいかに軽率にならないかに気を使ってしまう。たとえば鶴見においては、まさに本人が、「俺は不死身の杉元」よろしく「私はお前の死神だ」と言っているのだから、もうそれで良いではないかと言う気がする。「不死身の杉元」は杉元が不死身ではないからこそ面白みの増す言葉であるように、今まで見てきた通り鶴見も何も「死神」だけに限定するには勿体無いほどの表象を持っているが、その中で杉元が、ある種の悲痛な決意を持って、半ば反射的に「不死身の杉元」と口走る一方で、「死神」にはもっと計画的な、そして底が知れぬ意志の重みを感じるのは私だけだろうか。「不死身の杉元」にも感じないわけではないが、「死神」はより一層”選択”であった、という感じがする。偽の人皮を、扇動を、月島を、傷を、周りに振り回されることなく自ら道を切り開いて”選ぶ”という高らかな宣言が、「死神」である、という感じがする。
5、「運命」と「見返りを求める弱い者」
『役目』を他人に認めてもらうことが作品内でどれくらい重要なのかは難しいところだ。谷垣源次郎が役目を見出し、果たす事を体現するキャラクターとして描かれ、見出す事、果たす事の重要性は単行本の折り返しから我々に刷り込まれているとは思うが、その結果としての他者承認は必須なのだろうか。杉元や尾形が他者承認を執拗に追い求めている様に見える一方で、白石が、シスター宮沢、熊岸長庵、アシㇼパ、杉元と、認めないー認められないことをずっと体現し続けているのもまた面白い。
長年の谷垣源次郎研究の成果として、谷垣の弾けるボタンは、インカラマッが占いきれない予測不可能性と、それを元にした因果応報やら占いに基づく予測的行動の否定の象徴であると気付いて、私はだいぶスッキリした。網走にいるのがウイルクである可能性は彼女の占いに基づくと50/50であるが、これがウイルクではないと100/0で出ていたとしても、彼女は網走にそれを確かめに行かなくてはならなかっただろう。それは北海道の東で死ぬと知っていながら網走に行く選択をするのと同根であり、いずれボタンが弾けとぶと知っているからと言ってボタンを付けない理由にはならないこと、またはボタンが弾け飛ぶからといって、彼女が谷垣に餌付けするのをやめはしないことと共通する。そもそもにおいて自分の死期を悟っている、ある種の諦念を持つインカラマッの行動は、途中から愛に近しいものを手にいれるにつれ、淡い未来への希望と言語化されない献身を併せ持つものになりつつあった。未来への希望と言語化されない献身……そういったものの為に嘘をつくことすら厭わない女たちを総括して、二瓶は『女は恐ろしい』と称し、自分たちの行動原理では理解不能なものとして警戒していたのだった。二瓶の持つ『男の論理』は、明白な見返りを望むものだったからだ。谷垣もその例に洩れず、インカラマッは怪しい女だからといって救わずにいようとすらしたし、彼女と打ち解ける様になった後も、その『女の論理』の如何わしさを感じ取って、彼女と寝る際には、やましさから『男の論理』の権化である二瓶の銃を隠し、彼女と寝た後には、その求愛は彼女を守らせるための行動ーーすなわち明白な見返りを求めた打算ーーだと考えすらしたのだ。もちろん、彼女自身のかつての行いによって、それを谷垣に見えづらくして、当たりすぎる占いが谷垣の心を遠ざけているのも皮肉であるし、その当たりすぎる占いが全て占いではなかったことは皮肉であった。妹を亡くしていること、アシㇼパの近くに裏切り者がいること、東の方角が吉と出ていることは、すべてインカラマッが既に知っていたことであり(探しているのはお父さんだという占いも同等)、キロランケの馬が勝つかもしれない可能性や、三船千鶴子の場所を言い当てるだけの能力を持ちながら、占い師としての力を使わず内通者として動いたことで、彼女自身が彼女を『誑かす狐』に貶めてしまっていた。彼女が溺れる話の表題が『インカラマッ 見る女』なのは、そんな彼女の人間性の回復を示唆しており、それは彼女自身が占いから逃れて、弾け飛ぶボタンの行き先ような、予測不可能性に身を委ねることであった。
「最悪の場合、こうなるかもしれないからやらないでおこう」だとか、「相手がいずれ自分にそうしてくれるはずだから、今こうしよう」という報酬と見返りの予測に基づく行動とその否定は、ゴールデンカムイを読む上で極めて重要な要素だと考える。
予測に基づく行動の抑制を行わない登場人物たちの決定は、残念ながら愛のみではなく、殺しと暴力も含まれる。即断性という言葉で言い表すこともできるかもしれない。私はこれをよく『反射的』という言葉を用いて説明している。私に言わせれば、極めて幼稚な、原始的な論理であり、月島が鶴見を助けたのもこれに分類される。それで鶴見が満足をしたのは、それはそれで鶴見の孤独を浮き上がらせる。反射とは、結局のところ「そうするしかなかったんだ」という男たちの言い訳に使われるものでもであり、杉元が初めて尾形に会った時に川に突き落とした時の口ぶりと100話の口ぶりなどは、まさにその代表例である。杉元という人物の中では、そのような反射的な即断性と、殺したものの顔をずっと覚えているという保持性の二つの時間軸が交差しており、その内的葛藤が我々を強く惹きつけている。そしてそこから、杉元が持つ時間軸は「地獄だと?それなら俺は特等席だ」「一度裏切った奴は何度でも裏切る」という回帰性、または因果応報性にまで波及するのだが、その思考の独特さは「俺は根に持つ性格じゃねぇが今のは傷ついたよ」という尾形の直線性と対をなす。尾形は直線的に生きていかなければ耐えきれない程の業を背負っている。それでも過去は尾形を引き止めに来る、杉元が梅ちゃんの一言を忘れられないのと同等に。
即断性/反射的の反語はなにも計画的/意図的なことだけではない。極めて重要な態度として、保留があり、現在この態度はインターネットが普及して、即時的な判断とその表出のわかりやすさが求められるようになったことで、価値が急速に失われつつあるが、明治期においても軍隊の中では持つことが叶わなかった態度であっただろう。保留を持つキャラクターの代表格こそ、白石由竹であることは言うに及ばないであろう。
保留を持ち得なかったものたちが代わりに抱くのが反発か服従であり、造反組は勿論のこと、気に入らない上官を半殺しにした杉元と、諦念に身を任せて問いすら捨てた月島を当てはめることができるであろう。
その即時性や保留や反発や服従を生み出すのが、自らを死神に例える鶴見であり、鶴見はまさに意志の人、意図の人、計画の人である。そして仲間に対して「相手がいずれ自分にそうしてくれるはずだから、今こうしよう」という見返りを期待して関係を構築する人である。これも、私が彼を苦手としていた理由の一つであった。しかし繰り返しになるが、鶴見の”選択”は、「即時性や保留や反発や服従」を生み出す。そして本編では、どちらかというと出だしから鶴見からの離反者ばかりが描かれ、人たらしの求心力を持つ魅力的な人物であるということを読み解くまでに、私はじっくりと長い期間をかけなければならなかった。「先を知りたくなる気持ち」「ページをめくる喜び」を強く求められる男性向けの週刊連載において、保留の態度を試されていたのは、読者の方であったのだ。
それでもなお私は、裏切られる鶴見、離反される鶴見というものを立ち返って見るにつれ、この男の立場の脆さというのを改めて重要な要素として捉えるようになったのだ。
それは「死神」とは遠く、自らの周りを賞賛者で固めた男の、ともすれば惨めとすら言える姿であった。そして私は遂に「死神を目指す弱い男」、鶴見を見出したのであった。
そこで大事なのは、鶴見が「死神」になろうとしている、というただ一点であった。それはおそらく尾形が銃に固執するのと同等の、自己決定権のあくなき希求であった。
11巻で尾形は言った。「愛という言葉は神と同じくらい存在があやふやなものですが」。その11巻で鶴見は愛を見出していた。「あの夫婦は凶悪だったが…愛があった」。そして同じ巻で、鶴見はふたたび高らかに宣言したのだ、「私は貴様ら夫婦の死神だ」ーーと。
以上の文章は既に3週間以上前に書いたものだったのだが、本誌ではさらに「神からの見返りを求める弱い男」として関谷が登場した。この「弱い」という言葉は私の元ではなく、イワン・カラマーゾフが『カラマーゾフ��兄弟』の一節『大審問官』にて述べた、大部分の信者を指す言葉である。さらに本誌では、私が谷垣とインカラマッの関係に見ていた「予測不可能性」を、ある意味逆手に取った様に、自分への逆説的幸運をもたらす人物として門倉が描かれ始めた。私は一読して彼は谷垣の類型であると感じ取ったが、それは即ち尾形の「かえし」である事も意味することを忘れてはならない。尾形はキロランケが神のおかげだと言った直後に、「俺のおかげだ」「全ての出来事には理由がある」と神の采配を否定するような男だからだ。
すべてのあやふやな存在に輪郭を持たせ、弾け飛ぶボタンを先にむしり取っておこうという「覚悟」。その覚悟の名前が「死神」。私にとっては、それが最もしっくりくる「死神」の捉え方であるような気がした。
覚悟については鶴見の口から15巻でこのように語られる。
覚悟を持った人間が私には必要だ 身の毛もよだつ汚れ仕事をやり遂げる覚悟だ 我々は阿鼻叫喚の地獄へ身を投じることになるであろう 信頼できるのはお前だけだ月島 私を疑っていたにも拘らず お前は命がけで守ってくれた
そう思うと尾形と月島の扱いの差にも、月島へのあの苦しい弁明も納得がいくような気がした。
6、月島への『言えなかった言葉』
話は最後まで聞け 月島おまえ… ロシア語だけで死刑が免れたとでも思ってるのか?
初読時にはこの物言いは癪に障った。そこまで自明のことだと思うのなら。そうやって父の悪名を利用して月島を助けたのなら。月島にそう言えばいいじゃないか、と思っていた。しかしそれは、結局の所「ゴールデンカムイ」の根底を為す、『言えなかった言葉』の一種であったのだ。9年間、鶴見は自分の工作を月島に明かすことが出来なかった。それは杉元が、いずれ梅子に再び見出してもらう未来を目指している期間(つまり本編)よりもっともっと長い時間であるような気がする。その事実だけがまずは大事で、それに対して色々な意味づけをする前に、私は鶴見が”言い淀んだ”事実に向き合わなければならなかった。私は鯉登でも宇佐美でもないのだから、鶴見を信望する必要などなかったのだった。裏切りたくなるほど痛烈に、その存在を意識すればいいだけであった。
そして、理由はどうであれ『言えなかった言葉』を9年間抱えていた鶴見には、やはり弱さという単語が似合った。もし、もし本当に、月島の父親の家の地下から掘り出されたのが白骨であったのなら、10日前に行方不明になったいご草ちゃんが月島が逮捕されてすぐに掘り出されたのだから、白骨化するのには時間がかかりすぎるので、ジョン・ハンターよろしく骨格標本を作るような細工でもしない限り、髪やら服やらで誰だかすぐに分かってしまう。だから、きっと鶴見の工作は説得力のある良く出来たものであったのだが、それですら、月島に言えなかった、という事実の確認。
月島をどうしても手元に置いておきたかったのだろう。「告解を受けるもの」であった鶴見が月島の前では弁明をする男に成り下がる。それでもそこで「スティグマ」が2人を繋ぎ止める。鶴見は言った。「美と力は一体なのです」。そして彼の言葉にある”美”の定義は彼の顔の傷をも厭わないものであった(二階堂が本当にヒグマを美しいと言ったかどうかは大きな疑義が残るが)。この点に関しては、私はずっと鶴見の考え方に感心させられていたものだった。自らを美しいと定義してしまえば、もはや何も恐れるものはない。
ますます男前になったと思いませんか?
これは鶴見が自らの容姿に(杉元のように)無頓着であるとか、または本当にますます男前になったと考えている訳ではない、と考える。15巻で大幅に加筆された鶴見のヘッドプロテクター装着シーン。
どうだ 似合うか?
鶴。
杉元の言を借りよう。
和人の昔話にも「鶴女房」って話があってね 女に変身して人間に恩返しするんだけど 鶴の姿を見られたとたんに逃げていくんだ
鶴の頭部を模したヘッドプロテクターは、おそらく杉元が被り続ける軍帽と同種のものである。とはいえ杉元は軍帽をなぜか捨てられない男として描かれているのに対し、鶴見はむしろ「覚悟」の顕在化としてヘッドプロテクターを装着している。そしてその内部には、自ら御することすらできない暴力への衝動があり、その暴力を行使する時に、そのヘッドプロテクターからあたかも精液/涙のように変な汁が”漏れ出る”。編集の煽りによるとこれは「悪魔」の「仮面」である。たかだか煽りの一文を根拠に、悪魔かどうかを議論するのはかなり難しいが、それでもやっぱりヘッドプロテクターが「仮面」であるというのは、意を得た一文と言って良いのではないだろうか。それは不思議にも姿を隠す鶴の昔話に符合する。
正直に言おう!鶴見が悪魔だったらどれだけ解読が楽だった事か!原典が山ほどある。しかも悪魔は二面性を持つ。ファウスト 第一部「書斎」でメフィストフェレスはこのように話す。
Ein Teil von jener Kraft, 私はあの力の一部、すなわち
Die stets das Böse will und stets das Gute schafft. 常に悪を望み、常に善をなすもの。
Ich bin der Geist, der stets verneint! 私は常に否定し続ける精霊。
Und das mit Recht; denn alles was entsteht, それも一理ある、
Ist wert dass es zugrunde geht; すべてのものはいずれ滅びる。
Drum besser wär’s dass nichts entstünde. であれば最初から生まれでない方が良かったのに。
そしてイワンの夢の中で、スメルジャコフは「メフィストフェレスはファウストの前に現れたとき自分についてこう断じているんです。自分は悪を望んでいるのに、やっていることは善ばかりだって。」と、ファウストに言及するのであった(第四部第十一編九、悪魔。イワンの悪魔)。
このファウストの素敵な一節にはいずれ触れるとして、鶴見は悪魔を自称はしないことを念頭に先を急ごう。
この情報将校を語る上で、最も大事な事象は彼が自身を「死神」と定義することだと私は考えている。そんな中で、数々の日本的ーキリスト教的装飾に彩られ、たとえば「スティグマ」というキリスト教的文脈で鶴見に聖痕/烙印という聖別を与えることを全く厭わない私からも、「死神」がキリスト教的であるかどうかには首をひねってしまう。よしんばキリスト教のものを作者が意図していたとして、「死神」という訳語を当てるのは、デウスに大日という訳語を当てたザビエルの如き、弊害の多いものであるように思える。もしかしたら鶴見はpaleな馬に乗った男であり、隣に連れるハデスが月島か何かであり、第一~第三の騎士が鯉登、宇佐美、二階堂のいずれかの人物であるのかもしれないが…それにしても示唆する表現が少なすぎるのだった。このことは私を悩ませた。というのも鶴見をキリスト教的に読み解くという行為は、私にとって禁忌だからこそある程度の魅力を感じさせるものだったからである。ましてや鶴見を「弱い神」と位置付けるならなおのことであった。日本におけるキリスト教的神は、決して強者たりえない。強者だと感じていたらこの程度の信者数には収まっていない。そもそもゴールデンカムイには何となくキリスト教を思わせるような描写が散りばめられており、それでもいかにそれが合致していてもその文脈で語る必要はないのではないかと思われる事象も多々ありつつ(たとえばアシㇼパによる病者の塗油をサクラメントとして読み解く必要はないと感じるなど)、その禁じられた評論とやらを、試しにやってみるとこうなる。
そもそもにおいてまず、キリスト教に触れること自体に禁忌感がある、というのは既に記した通りだ。「スティグマ」「マリア」一つに取っても、私にとっては言及する前に、日本的キリスト教観について長大な考えを巡らせることがそもそも不可欠であった。キリスト教自体は現地の土俗宗教を取り込んで来たが、こと日本においてはそれすら叶わず、日本的キリスト教観というのは、おおざっぱに言えば日本の多神教感との習合ということが出来るかもしれないが、むしろ、日本の側がキリスト教の本質を捉えることなくキリスト教を取り込んでいく、という逆転現象の方が著しいほどだ。
評論家における教義の解釈のズレは、ともすれば不勉強や読み違えとたがわない為、私も慎重にならざるを得ない。しかし創作者における教義や解釈のズレは、等しく芸術となり得る力を持っているのであって、私はそれを読み解いて良いのかどうなのかずっと逡巡していたのだった。日本に於いてキリストを描くことの可能と不可能は、作家自身がキリスト者であった遠藤周作が身をもって体現していた。遠藤の描く神は一部で絶賛を受け、2016年にマーティン・スコセッシが映画化したことも記憶に新しいが、一方でカトリック協会の一部からは明白な拒絶を受けた。そして彼の描く神は、誰かを救う力を持つような強い神ではなく、弱い誰かに寄り添うような神であった。
鶴見は「愛という言葉は神と同じくらい存在があやふや」であるものに、覚悟を持って形を付けていった。それは日本人に許された特権であるかもしれない。ゴールデンカムイの作品世界の中で「神」「運命」「役目」が目に見えぬ大きな力としてキャラクターを飲み込む中(そしてそれが本誌に置いてリアルタイムでますます力を持とうとし、ともすれば谷垣のボタンすらそれに組み込まれてしまうのではないかという恐怖に怯えながら)、鶴見はひたすらに自律できる人生を求めている。運命を意のままに操ることへの飽くなき渇望。その裏返しとして彼は大嘘つきとなった。
そんな大嘘つきの鶴見ですら、嘘すらつけなかった事実が月島をあの手この手で自らの手元に置いておこうとした事実であった。9年間も彼はその努力をひた隠しにしようとした。それは大嘘つきの死神に存在した「俺は不死身の杉元だ」と同義の『言えなかった言葉』であった。奇しくも遠藤周作は、まさにこの国での神との対話の困難さについての一片の物語を、まさしくこのように著したのである――『沈黙』と。
対話の不可能さには逆説的な神性がある。
それはアイヌのカムイにおいても同じである。だからこそ送られるカムイに現世の様子を伝えてもらおうとし、それでもバッタに襲われた時にキラウシは天に拳を振りかざして怒ったのだ。しかしカムイとキリスト教的神の間には決定的な違いがある。キリスト教的神は全てを統べているのだ。そして「知って」いる筈なのだった。長年このことは日本の作家を悩ませていた。遠藤の『沈黙』においても、主人公は繰り返し、聖書におけるユダの記載、そして「あの人」がなぜユダをそのように取り扱ったのかを問うている。
だが、この言葉(引用者注:「去れ、行きて汝のなすことをなせ」)こそ昔から聖書を読むたびに彼の心に納得できぬのものとしてひっかかっていた。この言葉だけではなくあのひとの人生におけるユダの役割というものが、彼には本当にところよくわからなかった。なぜあの人は自分をやがては裏切る男を弟子のうちに加えられていたのだろう。ユダの本意を知り尽くしていて、どうして長い間知らぬ顔をされていたのか。それではユダはあの人の十字架のための操り人形のようなものではないか。
それに……それに、もしあの人が愛そのものならば、何故、ユダを最後は突き放されたのだろう。ユダが血の畠で首をくくり、永遠に闇に沈んでいくままに棄てて置かれたのか。(新潮文庫 遠藤周作『沈黙』p.256)
当時若干25歳の萩尾望都が抱いたのも全く同じ疑問であった。編集から1話目にて打切りを宣告されるも、作者自ら継続を懇願した結果、その後少女漫画の祈念碑的作品として今尚語り継がれる『トーマの心臓』において、萩尾は以下のようなシーンをクライマックスに持ってくる。
ーーぼくはずいぶん長いあいだいつも不思議に思っていたーー
何故あのとき キリストはユダのうらぎりを知っていたのに彼をいかせたのかーー
“いっておまえのおまえのすべきことをせよ”
自らを十字架に近づけるようなことを
なぜユダを行かせたのか それでもキリストがユダを愛していたのか
その後も「知ってしまうこと」は萩尾望都の作品の中で通底するテーマとして描かれ続け、時にそれはキリスト教的なものとして発露した。『トーマの心臓』の続編『訪問者』はもちろんのこと、『百億の昼と千億の夜』ではまさに遠藤が指摘した通りの役回りをキリストとユダが演じ、そして敢えてキリスト教的な赦しを地上に堕とした作品として、『残酷な神が支配する』を執筆することとなる。
私は日本に生まれた非キリスト者であるからこそ、むしろ不遜に、無遠慮に、宗教的な何かについて切り込んでいけるのではないかと常々感じていた(例えば私にとっては聖典とされる教義の中でも聖書に記載がないのではないかと思う箇所がままある)。そしてその鏡写しのように、概して宗教が封じ込めるものは懐疑と疑念と疑義と疑問ではないか、と考えてきたのだった。
神とは何か、愛とは何か。
そういった問いを挟まないために自らが神になることを決めた男。
それはおそらく弱さを自認した上での自らへの鼓舞であった。
はたして私のような不信の徒が、どのような表象にまで「神」を見て良いのか、いつも憚られると同時、そしてその弱い神をまさに、ドストエフスキーは『白痴(Идиот-Idiot)』として現代化を試みたのではなかったか、という思いがある。『白痴』という和訳は今からするとやや大袈裟なきらいもあるが、それでもやはり、罪なく美しい人間というのは、当時のロシア社会において『Идиот』としてしか発露し得ないというドストエフスキーの悲痛でやや滑稽な指摘は、裏を返せば知恵の実を食べた狡猾な『人間』であるためには、罪を犯し汚れる覚悟をしなくてはならないということであり、それをナスターシャ・フィリッポブナとロゴージンというキャラクターに体現させていた。このような本作を、黒澤明は、日本的なキリスト映画の『白痴』として図像化したのである。このように日本において不思議と繰り返される弱い一神教の神としてのキリストという存在は、ますます持って私の鶴見観を固めていく。
罪を犯し汚れる覚悟は、鶴見によっては以下のとおり示されているものかもしれない。
殺し合うシャチ… その死骸を喰う気色の悪い生き物でいたほうが こちらの痛手は少なくて済むのだが… 今夜は我々がシャチとなって狩りにいく
一方でキリストを『Идиот』と呼ぶことすら厭わないその姿勢は、私にとっては極めてロシア的なものである。信仰において美しく整っていることは最重要課題ではない。そのような本質性がロシアでは”イコン”に結実している。家族が毎日集まって祈る家の片隅のイコンコーナーの壁に掛けられた、決して高い装飾性や芸術性を誇るわけではなく、木片に描かれたサインすらない御姿の偶像。しかしそれこそが最も原始的な「信仰」のあり方なのではないか。ゴテゴテとした教会の装飾でも着飾った司教の権威でもなく、余分なものが根こそぎ取り払われて、日々の礼拝と口づけの対象となる木のキャンバス。真に信仰するものへの媒体としてではあるが、特別な存在感と重みを持つ象徴的なイコンという存在は、英語では「アイコン」と読み下されるものであり、文脈を発展させながらポップカルチャーにおいてもその役割を大きくしていったことは周知の通りだ。
7、親殺しの示唆と代行 ー 尾形の場合
翻って尾形の新平の親殺しはどうか。
父殺しってのは巣立ちの通過儀礼だぜ…お前みたいに根性のないやつが一番ムカつくんだ
鶴見も尾形も親殺しの事を「巣立」ち、という同じ形容を使うという事実。きっと何度も語られてきたことだろうけど、改めて15巻にて新たな父殺しが描かれてたことで、その関連性に驚く。父親の妾を寝取りながら、自らが手を汚す事もなく、両親が絶命した事で自由を得る新平のような人物は、私が『因果応報のない世界』として称するゴールデンカムイの特徴である。あるいは『役目』重視の世界とでも言おうか。そこで『役目』を果たしたのは意外にも尾形と彼の「ムカつき」であった。ただし尾形は、他人を結果的に助けてもその事を認識されない人物であるので、この『役目』もまた誰にも認識されることなく消えていく。
ホラ 撃ちなさい 君が母君を撃つんだ 決めるんだ 江渡貝君の意思で… 巣立たなきゃいけない 巣が歪んでいるから君は歪んで大きくなった
江渡貝の母は既に死亡していたが、江渡貝には支配的な母の声が聞こえ続けており、その声は鶴見に与することに反対し続けていた。母は江渡貝を去勢していたことすらわかっている。そんな母を殺せと示唆する鶴見。何より面白いのは「決めるんだ 江渡貝君の意志で…」という鶴見らしくない言い回しである。しかし結果として齎される“対象の操作””偽刺青人皮の入手”という点では功を奏しているので、単に相手によって取る手法を変えていて、それが本人にとってプラスに働くこともあれば、そうでないこともあるだけかもしれない。
ここで関谷のような問いを死神たる鶴見に投げかけるとこうなるーー鶴見は江渡貝から得る『見返り』がなくても江渡貝を助けただろうか?
これは関谷への以下の問いはこのように繋がるーー弱く清い娘を殺し、殺人鬼たる関谷を生かす神だったとして、関谷は神を信じ続けただろうか?
善き行いをした者に幸運しか降りかからないのであれば、なぜこの世に不遇は、不条理は、戦争はあるのであろうか。
これに対して「すべての出来事には理由がある」とする尾形が、自分の置かれた環境と新平の環境をダブらせた上で、親を殺す事が出来ず(巣立つ事が出来ず)大口を叩くのみの新平に対する「ムカつき」であることは明らかでありながらも、そこで結局新平が「救われた」事の偶発性、蓋然性、見返りのなさは見逃してはならないであろう。
同時に、墓泥棒を捕まえるのは自分の仕事ではない、と語る鶴見が、なぜ遺品の回収をしていたか(出来たか)、そして「傷が付いていた」という詳細、のっぺらぼうがアイヌだということまで尾形に情報共有していたという二人の結びつきを考えるのも実に面白い。アイヌを殺したのは誰なのか? そこにいたと分かっているのはもはや鶴見だけなのである。
兎にも角にも、鶴見は、むしろその「不遇、不条理、戦争」の側に立つ事で、幸福を齎そうとする者なのである。
それは奇しくも、イワン・カラマーゾフが大審問官で言わせた「われわれはおまえ(キリスト)とではなく、あれ(傍点、悪魔)とともにいるのだ。これがわれわれの秘密だ!」のセリフと合致するのであった。
8、デウス・エクス・マキナの否定
と、ここまで書き上げた中で、本誌でキリスト教の神を試すキャラクター関谷が出てきた事で、私は論考を一旦止め、その後176話が『それぞれの神』というタイトルで柔らかく一信教を否定する日本的描写にひどく満足し、自らの「弱い神」「死神」の論考を少しだけ補強のために書き加え、大筋を変える事がなかったことに安堵した。
既に触れたファウストでの悪魔の発言、「すべてのものはいずれ滅びる であれば最初から生まれなければよかったのに」は、自らの死に対して諦念を、そしてウイルクとの再会に疑念を抱いていたインカラマッを連想させる。インカラマッ、そして関谷がこだわった『運命』は、やはり緩やかに谷垣によって、そして土方・門倉・チヨタロウによって否定される(このあたりはまさにドストエフスキー論的に言うポリフォニーというやつだ)。
関谷の持つ疑問は「ヨブ記」に置いて象徴されている。ヨブは悪魔によって子供を殺されるが、信仰を捨てず、最終的に富・子供をもう一度手にいれる。『ファウスト』では、やはり悪魔がファウストを試すが、最後に女性を通じて神がファウストを助ける。『カラマーゾフの兄弟』では、神を疑ったイワンは発狂・昏睡に陥る。つまりヨブ記を元にした作品群では、一神教の神は勝利している(『カラマーゾフの兄弟』のドミートリーのストーリーラインは除く)。これは演劇において「デウス・エクス・マキナ」と呼ばれる手法であり、最後に神が唐突に出てきて帳尻を合わせていく手法の事である。
関谷は自らの死にそれを見た。自らの悪行に等しい罰、裁きが下され、意志の強い土方が奇跡を起こしたと考えることで神の実在を感じたのであった。もっとも、我々読者にとっては、関谷への裁きは遅すぎるし、それが娘の死の何の説明にもならないため、関谷がどう捉えようと我々には神の存在が十分に確認できた「試練」ではなかった、と指摘しなければならないだろう。ただ、「デウス・エクス・マキナ」はむしろ因果応報を覆す超常的な描写であり、関谷が見た「意志の強い人間の運命」や「奇跡」、「裁き」という物差しすら飛び越えるものであったので、皮肉なことに、かえって関谷を包む状況とは一致を見せるとすら言えるのであるが……。おおよそにおいて良作とは、物語も人物も「あべこべ」で「矛盾」と「パラドックス」を抱えるものであるため、関谷とヨブ記についてまとめた記載をするには、稿を改めた方が良いと思われる。
それでも関谷についての序章を、本稿の終章に持ってきたかったのは、まさに、新平への運命を急に出てきて変えていく尾形が、あくまで人として、それも銃の腕を除くととてつもなく弱く、惨めな人間として現れ、新平の親の殺人によって新平を救ったという、いわば「デウス・エクス・マキナ」の”変形という名の否定”ではないか、と指摘したかったからである。
時に死神でなくとも、人の子も人を救う。その一端が、尾形の「ムカつき」であったこと、そしてそれが本誌の白石や1牛山に引き継がれていくことを指摘して、この文の結論とする。
そこに「見返り」はない。尾形は新平を助けようとしたわけではないし、白石はアシㇼパを助けても依頼主の杉元が生きているかどうかすら知らないし、チヨタロウは牛山を失って自身に新たな力を得たわけではない。
だからこそ、「見返り」を問題にしてはならないーー外れてしまうとしても、ボタンを縫い付ける必要はあるのだから。
そしてインカラマッはきっと、情を持たず自分を守ってくれないとしても、谷垣に愛を伝えなくてはならなかったのではなかったのかと思うのだ。
読んでくださってありがとうございました。
過去の文をまとめたモーメント。
マシュマロ。なぜ書いているってマシュマロで読んでるよって次も書いてって言われるから書いているのであって、読まれてない文も望まれていない文も書かないですマシュマロくれ。と言って前回こなかったので人知れず本当に筆を絶ったのであった。そのことを誰にも指摘されなかったので、やっぱそんなもんなんだなって思ってる。
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成30年(2018年)6月21日(木曜日)          通巻第5729号  <前日発行> 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  華為技術(ファウエイ)の「スマートシティ」システムに潜む妖怪   ネット監視の都市を中国は「安全都市」と呼ぶらしい ****************************************  日本ではまったく伝わらなかった。いや、中国の主要メディアも報道せず、ネットに流れたストライキのニュースは当局がさっさと削除した。だから中国の国民も大規模なトラック業者のストライキがあったことを知らない。  中国ではトラック運転手が連絡を取り合い、拠点は安徽省の合肥と四川省の成都だったが、全国一斉のストライキとなり、波紋が広がった。 これは6月8日の事件で、原因は「ウーバー」への不満が爆発したからである。  何故か?  ウーバーはタクシーの空車が近くにいれば、スマホで呼び出せる新しいネットシステムで、日本のように空車が多い国では普及しないが、中国で急成長した。その結果、バイク、レンタサイクルにも及び、ついにはトラック業界にも影響が拡がる。  たとえば荷物がある。出入りのトラック輸送業者より、近くに空車のトラックがあれば、簡単に呼び出して輸送を頼める。つまりダンピングも起こり、業界の秩序と取引慣行までが攪乱される。  悲鳴を挙げたトラック運転手たちが、ネットで連絡を取り合って一斉に同盟罷業を提案し。実際に未曾有のストライキが行われた。  ところがネットを監視している全体主義国家の中国においては、「社会の安定」と「経済発展」が優先され、いかなるストライキも禁止されている。 ただちに当局が介入し、弾圧し、指導者を逮捕する。ストライキ参加者も罰金刑か、あるいは解雇という悲運が待ち受けている。中国共産党というビッグブラザーが禁止していることに刃向かったからだ。  こうした弾圧の先兵として、大活躍し、委細漏らさずに、その監視をおこなう装置がファウェイの通信機器と施設なのである。 だから「スマートシティ」だ。「共産党独裁にとって安全な装置」を張り巡らせた功績がある。監視カメラなどでストライキ参加のトラックを特定し、顔面認識システムは、運転手の顔を割り出す。  弾圧から逃れる手だては望み薄だろう。  ▲ウーバー・ビジネスの殆どを中国共産党系企業が抑え込んだ  トラックのウーバー・ビジネスは当初、ふたつの私企業が運営していた。 2017年四月に突如、ファンドが買収し、これら二社を合併させて「ムンバン」という会社に統合された。 つまりこの合併は共産党系列ファンドが表向き実行したことになっているが、自転車のウーバーを買収した手口と同じであり、すべてのネットビジネスも国家の監視下におく措置である。 国民に勝手な行動を取らせ、ストライキなど起これば、そのエネルギーは突然、反政府暴動に発展することになり、中国共産党は不安で仕方がないのである。 独裁システムとは、つねに過剰な監視を行うものであり、嘗ての密告制度と寸毫の変化はない。新兵器を用い、ネットシステムさえも、独裁政治の武器化しておこうという思惑からなされているのである。  かくてネットシステムは、中国においては中国共産党の安全のために酷使されるが、国民の安全のためではないことがわかった。  中国ばかりか、ファウェイの通信機器は「スマートシティ・ソルーション・システム」と銘打たれて、ロシア、アンゴラ、ラオス、ベネズエラに輸出されている。  西側は公務員の無駄を削減し、効率を上げるための「e政府」を謳っており、ドイツなどでは一部試験的にファウエイのシステムを導入しているが、米国とオーストラリアは、厳密にファウエイの通信設備、機器、システムの導入を禁止している。      ◇◎○△み○○○○や△○○○ざ□△◇○き◎▽◇□  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜    敗戦の直前にすべて焼却処分された筈の「秋丸機関報告書」がでてきた 戦前、陸軍は列強の経済比較を研究し、正確な情報分析をしていたのだった   ♪ 牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦』(新潮撰書) @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@  副題に「秋丸機関『幻の報告書』の謎を解く」とあって、これが本書の骨格を示唆している。 「秋丸機関」とは日米開戦を前にして、敵側に回りそうな米国、英国、ドイツ、そしてロシア(ソ連)の国力、その資源、人力、産業のインフラ等を精密に事前調査し、分析し、その国力、戦力を経済の視点から分析し、戦争の勝ち負けを大胆に予測した陸軍の『有識者会議』とでも言おうか。 表向き軍傍系シンクタンクといえるかも知れないが、創設を発案し、学者を動員して組織化した中心にいたのは岩畔豪雄である。  もとより秀逸な官僚だった秋丸次朗を満州から呼びよせ、正確な情報にもとづく情勢判断と戦争の予測を集中して研究させたのは岩畔豪雄だった。  かれの率いた岩畔機関とは、あの時代に「藤原機関」「南機関」とかが軍内に存在したように、諜報謀略機関だ。登戸研究所創設、陸軍中野学校創設、偽札技術の導入と青幇を使っての後方攪乱など、あらゆる日本の謀略に岩畔機関が関与した。    しかしこの秋丸機関は岩畔がつくらせた頭脳集団(シンクタンク)であり、ボスが岩畔だったというアドホックな組織である。  しかもメンバーには裁判で保釈中だった有沢広己や中山伊知郎、竹村忠雄など経済学者が多数、加わっており、その研究成果をまとめたペーパーは、日本の敗戦直前にすべて焼却されたとされた。  ところが、そのうちの一冊が有沢の死後に、かれの蔵書の中から見つかった。  幻とされ、焼却処分された筈の「秋丸機関報告書」がでてきたことは、研究者にとっては朗報である。 この発見で戦前の陸軍が列強の経済比較を研究し、正確な情報分析がなされていたことが分かったからだ。    その時代背景を著者はいう。  「多くの資源を輸入に頼る『持たざる国』日本が経済力を超えた軍事費支出を行うことで経済統制が必要となり、それは日中戦争により一層深刻になっていた。そのために資本主義原理そのものを変革し、公益優先の原則の下で『資本と経営の分離』を実行して私益を追求する資本家から企業の経営を切り離して国家の方針に従って経営する『経済新体制』の実現」が志向されることになる。(42p)  なんだか、この表現、いまの中国みたいである。  日米開戦にいたった場合、資源供給はうまく行くのかというシミュレーションがなされた。  「英米とソ連に対して宣戦を布告し南方を占領した場合の経済国力の推移予測(応急物動計画試案)を策定していたが、その結果は鋼材生産額は三分の二に減少し、民需は殆どの重要物資が五割以下に切り下げされるという悲惨はものだった」(66p)  ならばと秋丸機関で熟慮された提言とは、次のようである。  「対英戦略は英本土攻略により一挙に本拠を覆滅することが正攻法だが、イギリスの弱点である人的・物的資源の消耗を急速化する方略を取り、『空襲による生産力の破壊』『潜水艦戦による海上遮断』を強化徹底する一方で『英国抗戦力の外郭をなす属領・植民地』に戦線を拡大して全面的消耗戦に導き、補給を絶ってイギリス戦争経済の崩壊を目指す」。  そのうえで「アメリカを速やかに対独戦へ追い込み、その経済力を消耗させて『軍備強化の余裕を与えざる』ようにすると同時に、自由主義体制の脆弱性に乗じて『内部攪乱を企図して生産力の低下及反戦気運の醸成』を目指し、合わせてイギリス・ソ連・南米諸国との離間に努める」(92p)  なるほど、合理的戦略だが、机上の空論である。ま、学者の研究と提言というのはいつの時代にもそうしたものだろう。  そして秋丸機関の戦争の結果予測だけはやけに正確だった。  すなわち「長期戦になればアメリカの経済動員により日本もドイツも勝利の機会はない」、ただし「独ソ戦が短期で終われば少なくともイギリスに勝つことはできるかもしれない」(102p)。  さて本書の主人公は秋丸次朗だが、評者(宮崎)から見れば、かれは歴史の駒でしかなく、あくまで中心人物は岩畔豪雄なのである。 ところが本書では岩畔のことは数カ所でてくるものの具体的には殆ど触れられていない。そればかりか「日中戦争」とか「太平洋戦争」とか、左翼用語が無造作に使われているので、その認識の怪しさが伴うのだが、そのことは措く。 岩畔豪雄は昭和の裏面史を知り尽くしていたばかりか、ノモンハンからシナ事変、大東亜戦争の背後で獅子奮迅の活躍をなし、「大東亜戦争」の名付け親でもある。日米開戦回避のために渡米して交渉したのも岩畔だった。 戦後も隠然たる影響力を保持したが、特筆すべきは京都産業大学の創始者であること。  知る人ぞ知るが、京都産業大学は設立当初、受験生の人気が薄く、こんにちの就職率ナンバーワンという現実とは乖離がある。岩畔は、京都産業大学に今日出海、岡潔、桶谷繁雄、村松剛、小谷豪二郎、福田恒存ら錚々たる保守系文化人を教授陣に招いて、刷新を図り、その一番の愛弟子が佐藤政権下で、 沖縄返還秘密交渉の密使だった若泉敬だった。  じつはその若泉の関係で評者も何回か、この伝説上の人物と会ったが、三島由紀夫事件の直前、1970年11月22日に忽然と世を去った。  岩畔には戦後に数冊の著作がある。その代表作が『戦争史論』だ。「昭和のクラウゼウィッツ」とも言われ、学生時代に評者も読んだ記憶がある。  戦後の高度成長をささえた日本経済のエンジン「財界四天王」といわれた鹿内信隆、水野成夫なども、岩畔の弟子筋であり、児玉誉士夫なども、岩畔機関に出入りしていた。  この伝説上の謎の人物、昭和史を裏側で支えた岩畔の評伝を、著者に次回作として期待したいものである。      ◎◎◎◎◎ ◎◎◎◎◎ ◎◎◎◎◎ ◎◎◎◎◎  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   ♪ 樋泉克夫のコラム @@@@@@@@ 【知道中国 1748回】                     ――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(4)   中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政?社 大正四年)    △  「滿洲に遊びて政治經濟を談ずる者、必ず我が都督府、南滿鐵道會社、外務省の鼎立」する「三頭政治」を日本の満州進出にとって最大の障害だと批判���るが、奉天での批判が最も激しい。それというのも、「三頭政治」の総本山が揃いも揃って奉天に在るからだ。  先ず「滿鐵の外交機關」である満鉄公所は、「多額の交際費、機密費を費して盛んに活動し、外務省筋の總領事館など眼中に置かざる」の勢いだ。 「支那人も亦日本官省」の尊大ぶった対応を嫌って「一切の交渉を擧げて滿鐵公所に持ち込む」。公所に控えるのは早い時期の陸軍支那通の1人で「敏腕の聞え高き陸軍少佐佐藤安之助」で、問題をテキパキと処理するから、愈々以て「支那人をして領事館を輕」んずることになる。  また都督府は「久しく支那通であるは中外の認むる」陸軍大佐守田利遠を擁している。「参謀本部に直屬して、滿鐵を冷笑し、總領事館を愚弄」する守田だが、実際に現地社会に入り込んで「適切なる調査」を重ねる点では彼の右に出る者はいない。 その点、「彼の巡査探偵等の怪しき報告」や「如何はしき新聞の切抜きなどを以て、表面の責任を果さんとする外務省系などゝ比較すべくもあらず」。昔も今も「如何はしき新聞の切抜き」・・・嗚呼。  総領事館は「民間受けの惡しきこと第一」ではあるが、満鉄のように「金錢を使ひ、大旦那然として支那人に接す」るほどの活動資金を持たない。都督府(参謀本部)のように「知識ある将校を處々に配布して、實際の調査をなさしむ」わけでもない。つまり「獨り領事館は滿鐵の金なく、参謀本部の人なく、動もすれば國民嘲笑の標的となりながらも」、なんとか「支那官憲を抱き込」もうとするが、本省は「例により愼重なる審議中とのみありて、何等の斷案を下さしめざるを常とす」。ここでも昔も今も優柔不断・・・嗟噫。  たとえば「南滿洲の利源を擔保として外國の借款を起こすは、我國将來の大陸政策に累を及ぼす事言を竢たず」。そこで「無能なりと稱せらるゝ我總領事」だが、関係各機関に掛け合って日本に有利に事を運んだが成約に至らなかった。外務本省は尽力したが「大蔵省の反對」に遭ってしまって計画は頓挫。閣内不一致なら「其責は直接山本首相にあ」るはずだが、非難されるは外務省であり出先の総領事館だ。金欠症は外務省の業病・・・嗚呼。  結局、鼎立する3機関のなかで総領事館が無能呼ばわりされるのは、「其本元たる参謀本部と、滿鐵と外務省との中に於て、最も外務省が無能なるに因れり」と。そうか、この時代、すでに国益毀損の要因は「最も外務省が無能なる」がゆえだったのか。呆れ果てた外務省の伝統といっては、はたまた言い過ぎか。いつから無能になったのか。  満州における三頭政治とは言うが、「都督府は領事を壓せんとし、領事は都督府に拗ねんとし、而して滿鐵は又都督府と領事とを無視せんと」しているのが実態だ。つまり関係機関相互に「適當なる聯絡なく、各自の計畫互いに齟齬矛盾して、我大陸經營の妨害となる所以のものは、我中央政府に定見なく、各省を統一して、一大方針に向つて進ま」せることが困難になっている。 「無定見、無方針、不統一」ではあるが、一たび政府が根本方針と確立したからには「各省及び其關係機關をして違ふあるを許さゞらしめば」、三頭政治を超越する統一した満州政策が実行できるはずだ。  なにやら、ここにみえる中野の指摘は「我中央政府に定見なく、各省を統一して、一大方針に向つて進ま」ない現在の日本における対外政策にも通じるように思える。だとするなら、これはもう特定の時代にのみ発生した問題というよりも日本政府のみならず、その政府を支えるべき日本人の振る舞いに起因すると考えざるを得ないだろう。  中野は日本政府が「無定見、無方針、不統一」だからだけでなく、「關東州及び滿洲」が「支那の領土にあらず、又日本の領土にあら」ざるから国益を守れないとも訴える。
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pureegrosburst04 · 3 years
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高級ゴールドキング/バラバズー500F「この世の全てとは女のマンコをイジメ、弄び、屈服させ調教し孕ませる事にある、その為にはあらゆる性犯罪すら厭わない(笑) それの出来るより勝ち組に近い者程極上の快楽を手に入れ、子孫という名誉を得る 14歳の美少女ハーレムに淫紋を刻み全裸のままパーティに連れ大音量のマイクでゲストたちに”彼女達のいやらしい秘密の赤ちゃん部屋には、新しい生命が宿っているのだよ🧡”と種付け完了報告をする 男としての究極の夢だとは思わないかね? そうそう、みんなの前でペニス様に誓いの口付けをさせる事だけは忘れないでおきたまえ」
女の子達は歳を取った後、頭皮をバーコードハゲになるよう焼かれ、捨てられてのたれ死んだ
魔女達の世界が””黄金郷””なら霧島04の世界は”””””暗黒郷”””””、この二つを比較した時は全てが文字通りになる
高級ゴールドキング/バラバズー500F「うみねこのなく頃に。この世界の魔女の代表とも言えるベアトリーチェ ベルンカステル ラムダデルタ エヴァベアトリーチェの四大魔女は確かに恐ろしい存在なのだが…子供が発想出来る壮大なだけの悪事ばかりでなぜか全く恐怖を感じないのだよ…故に知れば知る程人間として幸せに生きたならば平凡なメスであっただろうと考えているのだ、つまり悲しい過去を経験した四大魔女に感じる邪悪さが[[””ガム””]]のように薄れていったのだ。自分の家だけで、その上何も無いところで人生の100年を過ごすなら誰でも手段を選ばず娯楽を求める、人格が壊れる程の退屈(色も抜けたガム)なのだからね(20歳なら自分の人生を振り返ってみればあまりに長過ぎると理解できるかね?)、…もう一度言うが全く恐怖を感じないのだよ………アイツは…いや、この写真の御方⤵️はもっと……何に生まれようと死刑になるリスクを背負う。調べれば調べる程悪寒がする””スルメキャラ””だと思うのだよ、それも生まれつき[[[[噛んでいるスルメが生き返りながら化物に変異して全身を喰われるかのようなね]]]]」 名は””片桐安十郎””様  スタンドは””アクア・ネックレス””」
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それでも純粋硬派柱PureEgrosburst04 霧島狩魔が分裂して無印04と霧島単体で比較してくれたとしても片方にすら届かない。そして勘違いしてはならない。霧島04は食べ物���り大切な物は何も無いと思っているし口でもそう断言している。しかしそれは生きる為に絶対的に便利な道具としてであって、時と状況に置いてはこれ以上に大切な物なんて今は幾らでもあるんだよ。と平気で粗末にする、それを捨てる場所がトイレだろうとドブだろうと。人体実験の為に、それも””魔法で夢いっぱいなお菓子の国でハチミツの川を見つけていつでも来れるようになってからは食事よりスカフィズムの為にもっと使った方が間違いなく有意義だぜ。と用途の使用率が残酷に逆転した事が真実なのだから
純粋硬派柱PureEgrosburst04 霧島狩魔(15歳)「絆も友情も使えるか使えないかがこの世の総てだ、だが誰が馬鹿にしようと決して無駄なんかじゃねえ。俺の命を懸けて守る事もあるし無償の愛に昇華しようと邪魔なら絶交バイバイが当たり前だろ」ポイッ グシャ 幼い女の子(8歳)「あたしのタコさんのおべんとう……」霧島04「嫌なら作り直せよ、何が食べてだ。自己満足で悲劇気取ってたら殺すぞ」 冷たい真顔で言い放った文字通りの意味と言葉だった
水と油:編 プロローグ
???(10歳)「へえ、お前らタイムマシンで未来からやって来たのか」ゴールドバラバズー500「”””””ロケット団のサカキ”””””を止めてくれないかね?その代わり君の知識を上乗せする、我々では全く歯が立たないのだ」???(10歳)「いいだろう、俺には20年分の人生経験がある」
鮙〆香氣「世間ってのはみんなこうだよ。創作物の中ではお人好しで優しい人間を主人公にしたがる(現実では馬鹿にされてるような奴をな) 対して噛ませ役だとか小物役は憎まれっ子がくだらねえなろう系で担当させられる(現実では一番世に憚ってるのにw) キャラクターが傷付いてもリアル憎まれっ子はノーダメージなもんさ 結局世界は食い物にしてきた人間が好きで、された方は誰も好きじゃなくて、全員切り捨てて青い宝石を求めて生きていくんだ こんな事を書く俺でも全然ダメ
本当に”””純粋硬派柱”””と呼べるのは⬇︎の”””唯一人”””だけだ」
霧島04(10歳)「恐らく鮙〆香氣は<<<貢献至上主義>>>って言う実験をしてる あらゆるゲームから功績をスポンジのように吸収して守護女神ブラックハートに捧げる(この行動自体には嘘偽りは全く無い) 」ゴールドバラバズー500F「その通り!我々は選ばれ、その輝きを放つ光源として君臨しているのだよ(ドヤァ)」霧島04(10歳)「それは違うな、お前らが正真正銘のゴミクズだと思われてるから選ばれたんだ。””ミツバチが直接的にどんな凶暴に生きようと現代の人間にはなんの害も齎せず手下達の前に無限に広がる花から蓄えた蜜も奪われる、だから好かれる”” だが借り物しか持たないお前らの扱いはそれ未満だ。唯一受けたメリットはヘイトを浮かび上がるように軽くされた事 だが鮙〆香氣の気分次第で全て取り上げられる。多分世界の幸せに利用できる存在がどんな奴でも好かれる事を証明したかったんだよ」ゴールドバズー「マンコ(性奴隷)ってのは子宮でモノを考えるからなwww」霧島04(10歳)「カッコつけなくて良いんだぜ。お前ら(蜜蜂)は女の子(劣化猿)にいつだって残酷な結果を残せる訳じゃない馬鹿なんだからよ(赤き真実)」ゴールドバズー「……あなたは……一体何者なんですか?」霧島04(10歳)「文字通りのプレデリアンだ。俺と言う本当の絶対悪を教えてやろう(赤き真実)」ゴールドガッチャ「それは……やめて下さい………」ゴールドバズー「森永雅樹は悪に堕とされた雑魚で、あなた様は産まれた時から悪として成った神だ」ゴールドバラバズー500「我々は”””””シック���様”””””のように命を賭けてまで���かをするつもりなどありません(黄金の真実)」表版仮想大鉱山三人「今ここで着いて行ったら、我々に待っているのは破滅だ。もう洗脳されるのは嫌だ、マインドコントロールされるのも嫌だ。また…また今理解した、このお方はもう片方だけでも想像の遥か上を行く邪悪なのだ」
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sevenoheaven · 3 years
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此方としては音を紡いでいるつもりである。しかしいつしか心身は音楽の内側に存し、長い間私は眼前の厚い外壁を眺めている。聞いた話では、内部、そこに冷淡な雨粒や雪の結晶が落ちてきたことはないらしい。辺りは純白で、素直だ。
環境保全活動における目的語
脱プラスチック社会の実現に向け、US, Capitalismを象徴する所謂大企業が紙製容器の導入を開始している。昨年紙ストローが話題になったStarbucksは各国で環境に考慮した取り組みを加速させており、Starbucks Japanでは2/15からアイスコーヒーとアイスティーの提供時に使われるカップがプラスチック製から紙製に切り替わった。加えて同社は、ストローが不要な蓋の普及を進めている。
またCoca-Colaは2030年までの廃棄物ゼロを掲げ、100%再生利用できるボトルの運用を目指している。採用したのはPabocoの技術で、今年夏からハンガリーで始まる試験利用では強化された紙の殻の中に薄いプラスチックを混入したものが使われる予定。Coca-ColaはBreak Free From Plasticによる調査であるThe 10 Worst Pollutersで3年連続首位を走っていてプラスチック問題と密接な関与がある。こうした企業が環境保全に動き出し、消費者が手にするものの形を変える事で他企業や大衆は既成製品への意識変革を余儀無くされる。つまり大企業による環境問題への歩み寄りは企業の体裁を維持するだけでなく、‘地球にやさしい’ 社会全体にとって非常に価値ある取り組みであると言える。
ただ、上記2社によって打ち出されたプラスチックから紙への移行は、環境問題の根本的な解決には繋がらない。紙を作るには森林が伐採され、資源を傷つけると共に多くの動物の住処を奪っている。それだけでなく、紙生成のための運輸、製造ではエネルギーが浪費されているのが事実である。StarbucksはFSC認定紙、つまり適正に管理された森林を資源に利用していると公表しているが、紙が完成するまでに排出する温室効果ガスを完全に抑制することは当然不可能である。
膨大なフォロワーを抱える企業には地球の未来を守る責任がある。大きすぎる社会への影響力を認識し、世間の目にどう映るかではなく実質的に温室効果ガスを抑制する事のできる手段での環境問題へのアプローチが求められている。大企業による正解とは言えない環境保全活動に影響を受けた企業が紙製品への移行を進ませ、森林資源が足りなくなる将来は容易に想像できる。
そもそも、紙製品に頻繁に採用されるRecycle自体が非常に無駄の多い循環方法であると言える。再資源化して利用するまでのエネルギー消費量を考慮すると、結果的に利用後すぐに捨てる以上に環境負荷がかかる場合も少なくない為、一概にRecycleが環境保全に有効な手段であると言うことはできない。一方、3Rの他要素であるReduseそしてReuseに関しては積極的な導入が求められており、既に日本でも多くの企業が利用量削減、再利用に関する活動を始めている。ここで、その中から一部紹介したい。
ナチュラルローソンが始めたハンドソープやシャンプーの量り売り
https://www.lawson.co.jp/company/news/detail/1404450_2504.html
日本橋三越の惣菜容器の再利用
https://www.excite.co.jp/news/article/Prtimes_2021-02-08-8372-1615/?p=2
台湾のセブンイレブン、ファミリーマートではリユースカップやリユース容器を用いた実証実験が始まっている。
https://www.alterna.co.jp/35167/
加えて衣服のReuseもフリマアプリの普及が後押しして近年急速に広がっている。また出品するのが手間で纏めて多くの衣服を手放したい時、勧めたいのがZARA各店舗に設置されているコンテナの活用である。衣服のブランド問わず、また対面無しで回収可能であるため日常生活におけるリユースシステムの活用という点において極めてハードルが低い。私も何度も利用している。
https://www.zara.com/jp/ja/sustainability-collection-program-mkt1452.html
ZARAの親会社であるINDITEXは一昨年にサステナブルな素材100%を宣言している環境活動に好意的な企業である。以下の様な記事は本当に心強い。
https://www.wwdjapan.com/articles/903678 
因みにユニクロに代表的なファーストリテイリングは2011年には危険化学物質の排出ゼロを宣言している。取り組むの早すぎ。しかも2019年時点で、99%以上のデトックスを達成したと発表していて、10年代のファストファッション業界をサステナビリティの面で確実に牽引してきたと言える。環境問題への取り組みは長期的な活動を続ける事で漸く成果がデータとして表れる為、10年単位での取り組みは珍しいものではない。(この点は環境保全へ関心を持つ人の数が増えない原因の一つとなっている。) SDGsや30×30の達成期限であり、東京都が50%の温室効果ガス削減を掲げている2030年に目標値を上回るためには、いち早い積極的行動が不可欠である。
https://www.fastretailing.com/eng/sustainability/environment/chemical.html
以下参考文献として記事を幾つか。関心ある企業のページを覗いてみてほしい。
・Cocacolaの取り組み
https://www.bbc.com/japanese/53399753
・Starbucks の取り組み
https://www.wwdjapan.com/articles/1175429
酒類を扱う企業にも派生。どれも悪いデザインではない。
・Carlsberg https://www.mirai-port.com/planet/902/
・Jonny walker https://www.bbc.com/japanese/53399753
・Frugalpacによる紙ボトルのワイン 
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200731/k10012540901000.html
Tumblr media
(https://www.breakfreefromplastic.org/wp-content/uploads/2020/12/BFFP-2020-Brand-Audit-Report.pdf)
Tumblr media
(https://www.mirai-port.com/planet/902/)
付記
食肉に関する情報や記事が段々と増えてきていて、世間の食に関する問題意識の向上を実感している。
https://news.line.me/issue/oa-ellejapan/tnht6aj6kl62
Veganであるジョコビッチの止まることのない躍進、Bill Gatesが裕福な国にプラントベースを勧めているという事実 (https://www.ecowatch.com/bill-gates-plant-based-beef-2650600325.html?rebelltitem=1#rebelltitem1 彼は代替肉企業として史上初めて上場したBeyond Meatに投資を続けている。こうした記事が和訳されないため日本のガラパゴス状態はいつまでも終わらない。) は、多くの人を脱搾取へ導いている。因みにフットボール界に目を向けるとメッシ、アグエロ、スモーリング、デルフ、そして我らがヴェジェリンも程度の個人差はあるものの脱搾取派。日本にいると実感しにくいがヴィーガンの潮流はすぐそこまできていて、数年後に肉食文化そのものが「時代遅れ」とされてもおかしくない。脱搾取のもつ美徳がより広く認識されることで2030年を目処に一般化され、実践する人は必ず増える。すると植物性タンパク質を補給できる食品の値段は徐々に下がり、所得の少ない人でも日常的にそれらを購入できるようになることで、ヴェジタリアンがポピュラーカルチャーに接近する。この実現の為には、肉類を扱う大手企業による偏見のない知識の流布が不可欠である。森林伐採の問題にStarbucksやCoca-Colaを切り離して考えられないのと同様に、パーム油、食肉の問題はマクドナルドやバーガーキングの協力無しでは解決に至らない。(2018年に紙、パーム油、牛肉の3点を対象としたWWFの調査では日本マクドナルドは最も環境負荷が少ない、というデータも確かに出ているがこれは決して日本マクドナルドが効果的に温室効果ガス抑制しているのではなく、他に調査を行った以下5社モスフードサービス、ケンタッキーフライドチキン、ロッテリア、フレッシュネス、ファーストキッチンの惨状が露骨に表れた、と解釈できる。) 明らかに進みすぎたグローバリズムと資本主義、そして環境破壊を厭わない技術革新の結果、数百円でハンバーガーが買えてしまう現代において、肉食により人間が地球に与えている負荷は長い歴史の中でも最悪に近い。効率化を極め、至る所に負荷を掛け続ける趨勢に歯止めをかけない限り温暖化の進行は勿論、コロナウイルスの様な悲劇を再び招くのは明らかである。地球との共生からの逃避を許されない私たちは近い将来必ず、資源の有限性をより強く感じるようになる。
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forbethcooper · 3 years
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2020.11.07
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 ある程度(という「お塩少々」並に判然としない曖昧模糊で主観的な判断基準ではあるけれど、蓋し国際規格の一般論——莫迦捨て山こと治外法権市区町村のひとつである、ファベーラ・オカザキでは浸透し得ない、論旨になり得ない論理から大きく逸れはしないであろう度合い)の品性すら持ち合わせない人間(666の刻印持ちの正しく獣が如き)��対し、途方もない倦み疲れを覚えると、憫殺を決め込むことが最良の選択だったのだと気づく機会になります。節操のない、説法の甲斐もない母国語すら危うい輩は、一体全体どうして「ファック」という言葉を呆気なくあけらかんと、片仮名の発音で吐くのでしょうか。  僕自身がこのゲットーに住まう、ぽんこつ且つちゃんがらな存在であることが何よりの証明となることでしょう。  嗚呼、岡崎市。市長が謳った市民への給付金、一律五万円。財源も碌に足らんままに豪語したマニフェスト。低脳地区代表の僕にはそれの是非については杳としてわかりませんが、誰用か知れない駅前の繁華化開発と、該当地までの公共交通機関は不整備のままに、滅多矢鱈な護岸工事や歩道に重点を置いたインフラ整備ばかりが目立ちます。岡崎市という街のどこがOKなのか分からないので、NGAZAKI市と呼びたくなる愛すべき郷里です。状況的にはザキというよりもザラキですか? クリフト的にはオールOKですか?  演繹的に考えれば、この街が魅力の詰まった汲み取り式の厠であると誰もが気づくことでしょう。  一度はお越しになって、サイボーグ城を眺めてから、銘菓『手風琴』を手土産にそそくさとお帰りいただければ僥倖です。
 どうも、皆さんこんばんみ。御器齧宜しくに中々しぶとく無駄生きし、厭世家風を吹かすキッチュの顕現体こと僕です。世捨て人って何だかデカダンで格好よさげだけど、結局二の足踏み抜いて俗世人のまま死んでいくんだろうなぁ。僕です。  先日、夢を見ました。ディテールやイメージに関しての記憶はごっそりと抜け落ちておりますが、なんだかやけに馬の合う女性とそれはもういい雰囲気でした。ただそれだけです。
 やって参りました、自己陶酔の頃合いです。  どうせ世の中、四面楚歌てなもんでして。僕にとっての仇敵がわんさかと、えっさほいさと、娑婆中で跳梁跋扈だか横行闊歩だかしているのだから、僕くらいは僕という豆もやしを褒めそやし、肥え腐らせていかないでどうするのでしょう? そうでしょう、そうでしょう。どうでしょう。  自己陶酔というより、自己憐憫? はたまた自己愛恤? そんなこたぁどうだっていいですね。恥部の露呈に忙しなかったジャン=ジャックと何ら差異がないんですから。  変態の所業ですよ、こりゃあ。  兎角、どんな些細なものでありましても、感想をいただければ快哉を叫びながら、ご近所に平身低頭謝罪行脚を回覧板とともにお配りします用意はできております。奮ってご参加ください。
 古錆びた要らぬ敷衍ばかりの冗長なアバンを持ち味にして、殊更に冗長で支離滅裂な本編へ参ります。  前回の更新で、『色覚異常』、『現代日本縮図』の楽曲について諸々の所感をさらりと書かせていただきました。今回は僕自身への感想なので、一瀉千里に書き殴り、超絶怒涛の仔細があります。まずは『SUCKER PUNCH 2 : FATALITY』を聴いてみてください。以下は読まなくても大丈夫です。  フォロー・ミー!
01. Vice Is Beautiful
SUCKER PUNCH 2:FATALITY by ベス・クーパーに
 “Vice Is Beautiful”などと、大仰も大仰に「悪徳こそ素晴らしい!」と闇属性に憧憬をする中学生並みの痛々しい題名を読み上げると、今になって顔から火が出る思いで、同時に一斗缶満ち満ち請け合いの汗顔が迅速な消火活動に当たる思いでもあります。当たり前ですが、ピカレスクはピカレスクであるから素晴らしく、すべからく遏悪揚善すべきであろう、そう考えております。悪人正機でいうところの「悪人」の範疇がどうとかはこの際度外視で、僕という歩く超偏見型色眼鏡刑法書野郎の視点に於ける「悪人」は普く極刑であり、地獄に落ちることさえ生温いと思う訳です。願わくばファラリスの雄牛の中でモウモウと喚き続けていただければ有り難いとか云々カンヌン……。ただ僕は不可知論が信条ですので、地獄というのは表現の一環です。しかしながら途方もない腹痛に苦しめられている時だけは、神仏に縋ろうとするオポチュニストである自身の軽薄さに忸怩ってしまうところですが、正直なところどうでもいいなぁとも考えてしまいます。こういった僕のような人間を英語でなんて呼ぶかご存知でしょうか? “Japanese”です。横道に逸れ過ぎました。  閑話休題。  この曲、通称「VIB」。今からそう呼びます。ジャン=クロード・ヴァン・ダムを「JCVD」と呼んだり、マイケル・ジェイ・ホワイトを「MJW」と呼んだりのアノ感じが粋だと思うからです。  ジャンルはJ-POPです。僕は常にポップでありたいのです。アンディ・ウォーホルとか好きですし。付け焼き刃な例示なので、何が好きとかはないです。MJが“King of Pop”なら、YGは“Pawn of Pop”です。ほら、POPじゃないですか? じゃ、ないですか。  キーは知りません。BPMは196。曲展開は「イントロ1→イントロ2→A1→A2→B→C→間奏1→D→E→間奏2(ギター・ソロ)→C2→C3→F」となっております。  イントロ1でEなんたらのコード・バッキングからぬるり始まります。音作りに難航、してはおりませんが迷走しており、僕の三文鼓膜ではヨシアシが今でもわかっておりません。困るとドラムをズンドコと氷川きよしさせておけば何とかなると思っている節が聴き取れます。  A1、2共にコード・チェンジが忙しないです。Gなんとかとかいうコードとか、F#うんちゃらとかいうコードとか、後は6,5弦を弾いていないのでルート音とかもわからないのとか。「3x443x xx222x xx233x 2x233x 5x56xx 6x56xx」とかの流れで弾きましたが、どうかコード名教えてください。リフ・プレイも忙しないです。作曲に重要なのは引き算だと、偉い人が仰っておりました。全くもってその通りだと思います。その後のBがなんか転調してませんか? あんまりそういうのわからないんですけれど、元々のコード進行に引き戻せなくて懊悩した記憶があります。  C1は僕の悪い癖が出に出まくっています。4小節毎に変化するんですけれど、如何に多種多様なリフを生み出せるか(パイオニアだか傾奇者だか気取りたいという気持ちを汲み取っていただきたいです)に妄執しています。三回し目のリフが弦飛びしてて難しかったです。二度と弾きたくない。  奇天烈風を装いたくて3/4のDをぶち込み、曲中最ポップなEです。こちらのベース・ラインが気に入っております。もっと目立てる演奏力や音作り、ミックス技量があればと自身の矮小さに辟易としながら、開き直っております。  ギター・ソロでは似非速弾きが聴きどころです。  再び再帰するC2。前述の通り悪い癖が出ております。ネタ切れか、はたまた単に引き出しが少ないだけか、同一のフレーズを弾いております。C3ではてんやわんやの大盛り上がりです。頭打ちのドラムになり、ベース・ラインは「デデ↑デデ↓デデ↑デデ↓」と動きます。強迫観念なのかそういうフレーズを弾かざるを得ない体に、ゾル大佐によって生物改造人間にされています。  最終Fでは5/4があったりと僕なりの冒険心で取り組んだ努力が見て取れました。8分の〜とかになると対応できません。ギター・リフが格好よくないですか? 僕的には満足なんですけれど……。  全体的に楽器は何を弾いていたかわかりません。大抵が朦朧とした意識の中で録音していたので、記憶からずるり抜け落ちています。俯瞰から幽体離脱した状態で、白眼ひん剥いて必死に爪弾いていた僕を見ていたような気がします。  ここから僕のモニャモニャとした歌詞です。  全編通して日影者としての卑屈さがドバドバと分泌されておりましょう。本領発揮です。僕のようなペシミスト崩れがこうやって憂さを晴らすことでしか、自身の瓦解を防げないのです。本当に嫌な奴ですね。友達いなさそう。  可能な限り似た語感や韻、掛詞を意識しております。とどの詰まり、これは和歌です。と言いたいところですが、秀句と比べるにはあまりにも稚拙でございます。何せあの頃の修辞技術といったらオーパーツですし、即興性すら兼ね備えていると来ました。そして、何より読み人は貴族貴族貴族、もうひとつ貴族。僕なんて教養のない賎民でございますから、足りない頭を捏ねくり回して、やっとこと拵えた艱難辛苦の産物です。しかしながら、乾坤一擲の気概で綴った言詞たちではございますから、どうか冷ややかに、僕の一世一代ギャグを解説する様をお楽しみください。  冒頭のAのブロックでは押韻の意識を強くしております。各ブロックで頭韻を揃えながら、「掃射か/お釈迦」「淫靡で性〜/インヴィテイション」と中核を作ったつもりです。開口一番から延々と悪態塗れの陰気なアンチクショーです。鷸蚌を狙う気概、そんなものがあればよかったのに、という感傷的なシーンでございます。  Bでは掛詞が光ります。「擒奸」とはアルカホルの別称だそうで、「酩酊した奸物が容易く擒えられた」的なお話が漢文だかなんだかであるそうでございます。詳しくは知りませんが。「さ丹、体を蝕めば〜」では、アセトアルデヒドの影響で皮膚が変色する様と同時に、「“sanity”を蝕めば〜」と読めば身体、精神ともに変貌していくことを示唆していることに気づきます。  所謂サビの様相のCですが、可能な限り同じことを綴らないようにしております。繰り返し縷述する程に伝えたい内容がないのですが、言いたいことは四方山積みにあります。お喋りに飢えております。そんなC1は愛する岡崎市の縮図と現状、原風景とも呼べる花鳥風月が流れ去るドブ川のような薄汚い景観美の言及に心血を注いでおります。諸兄諸姉がご存知かはわかりませんが、徳川家康という征夷大将軍が400年ちょっと前におられたそうでして。その家康公(a.k.a 竹千代)が生まれた岡崎の一等デカいバラックから西に下ったところ、以前は『やんちゃ貴族』なる逆さ海月の助平御用達ホテルがありました。そして城下の北には『アミューズメント茶屋 徳川』なる股座用の射的場があるそうです。「城下、公卿の遊技場」というフレーズに秘められた情感ぷりたつの景観が想起されるのではないでしょうか。因む訳ではありませんが、『アミューズメント茶屋 徳川』の隣には『亀屋』という喫茶店があります。粋で鯔背ですよね。  Dでは、何処となくサンチマンタリスムが滲んでおります。何もなせないままに過ぎ去る今日という日の重圧と、それから逃げようとする怯懦心の肥大があります。  Eに入ると気が触れたのか、資本主義の礼賛です。情緒不安定です。そして麻雀用語でお茶を濁しております。  再びのC2です。自身の滑稽さが爆笑の旋風を吹き荒らします。非常にシンプルな隠喩表現があります。続くC3では、家康公の馬印からの引用をしております。C1では自身の有用性のなさ、無力さを嗟嘆。C2では開き直るも、C3で再び打ち拉がれるという情緒がひっちゃかめっちゃかです。  最終、Fでは曲の終わりと共に事切れる姿が描かれております。衒学者でも意味がわかるようにとても平易な内容だと、締め括られます。  始め、僕の全身全霊の圧縮保存の「Vice Is Beautiful.zip」を紐解く予定でしたが、既にご存知の通り冗長どころか蛇足々々々くらいのヒュドラ状態です。僕の意識下で綴られた拙筆なる修辞技法のアレソレコレドレは毎行に置き捨てたので、よろしければお探しください。全て見つけられる御仁がおられましたら、最早僕ではなく、そちらが八木です。
 続けて次へと進みたいのですが、長過ぎませんか? 擱筆した方がいいですか? 次回にしましょうか。いや、このまま行きましょう。友達がいないので語り足りません。  最早、末筆なのではと自分自身に問いかけたいくらいにダバダバとした作文をしております。僕は頑張ったんだよって、僕が僕を認めるために。これくらいの自己愛やらナルシシズムがなきゃ曲なんか拵えないですよ。「誰かに届け!」とかそんな思いは毛頭ないです。申し訳ないです。  はてさて、世に蔓延るウェブログの弥終で管を巻き続けること数千文字ですが、続きます。
06. Catch You If I Can
SUCKER PUNCH 2:FATALITY by ベス・クーパーに
 Manoさんが「90秒の覚醒剤」と評していただきました。嬉しかったです。  こちらの捩りは何ンク・某グネイル氏の半生を描いたアレです。美しき相貌のドデカ・プリオの演技が光ります。“Catch You If I Can”と題名の通りですが、実のところ僕はヴィジランテです。私刑を執行すべく、尻を蹴り上げるか、ガイ・フォークスの面を着けるか、視界を遮り棍棒を装備したりと、日中日夜イマジナリー・エネミーとの戦いに明け暮れております。クロエ・グレース・モレッツやナタリー・ポートマンやエロディ・ユンが側にいないところ以外は一緒です。僕自身が阿羅漢ぶった言い分ではございますが、僕もタブラ・ラサでイノセントな存在であると、大口で宣える程の聖人君子ではないです。「罪のない者だけが石を投げよ」なんて言葉もありますので、僕は持ち前の当て勘で截拳道由来の全力ストレ���ト・リードを打ち込みます。己やれ!  こちら『SUCKER PUNCH 2 : FATALITY』のラスト・ナンバーを飾らせていただきました。締め切りを延ばしていただき、さらにその締め切りの後に提出しました。その件につきましては謝罪のしようもございません。  駆け抜ける清涼感、爽やかでポップでラブ&ピースな楽曲に仕上がったと思いますが、いかがでしょう?  ジャンルは勿論、J-POPです。理由は前述の通りでございます。キーは勿論、知りません。ドレミファソラシドってどれがどれなんですかね。『おジャ魔女どれみ』世代なんで、ファ以降を知らないです。BPMは232です。曲展開は「イントロ→A1→A2→B→C1→C2→D→アウトロ」となっております。僕は映画でいうCパートが好物でして、そう言った部分を作ろうとしています。嘘です、たまたまです。勢い任せの一方通行な展開ですね。まるで乙川のようです。  イントロからハイ・テンションですね。押っ取り刀にサッカー・パンチ。今回カポタストを装着し、1音半上げでやっていきました。バッキング・パートは「x3x400 x3x200 x2x000 x2x200 | (1~3)x01000 x1x200(4)x222xx」と16分刻みで弾いてみてください。容易く弾けます。リフは知らないです。  A1はカッティングが効いてます。効いてます? 右手のフレーズが活き活きしています。悪態に拍車を掛けておりますし、ベースがブリブリと弾けたのも満足です。A2で困った時のお助けアイテム、三連符でコータローばりに罷り通っていこうとします。  Bがお気に入りでして。メロディと共にふんわりモコモコなドリーム・ポップ風です。サンバ・チックなリズムがよいアクセントではないでしょうか。ドラム・ソロを挟み加速度は自重で二乗といった気分です。BPMは変わりませんけれど。  C1は「C→B→E」ルートですが、ちょこちょこと変な音足してるので詳しくはわかりません。TAB譜作ったら貰ってくれる人いるのかしら? 要らないかしら? 自分用に作ろうかしら? ふた回し目にあるパワー・コードの「E→G→A#→B」みたいものを使いがちです。ギター・リフは半ばこんがりウンチ<©︎ダ・サイダー(CV.矢尾一樹)>——自棄くそ——気味で愉快ですね。0:47辺りに左前方で鳴る「ピョロロロー!」というお間抜けハッピー・サウンドですが、ワーミー踏みました。C2ではハーフ・テンポで落ちサビを作り、J-POPの体裁を取り繕うことに挑戦しております。リフはプリング・アンド・プリングです。プリプリですね。『Diamonds』のB面が『M』って知ってました? 度肝抜かれました。世界でいちばん寒い部屋で、心拍止まりそうです。頭抜けのブレイクが大好きです。演奏する時に思わずギターを振り上げてしまいたくなりますよね。  最終Dでは、バッキングのコードがなんか違った気がします。ここで浮遊感というか、シンガロングな雰囲気が作りたかったんですけれど、どうでしょう。ここを沢山の人々と合唱したいです。  続いて歌詞について掘り下げるようなそうでもないようなことをしていきます。筆がノリノリでして、一日で書けました。普段は、数日くらいあーでもないこーでもないと懊悩煩悶七転八倒五体投地に考えるんですけれど、勢いってありますよね。  青っ白い顔をした雀子宜しくの矮小存在が、邪魔者扱いされ、どうにも魔が差して刺傷でも企てそうな、風雲急を告げるといった面持ちのAです。三連符の誹謗で締めます。  掛詞の中傷で抽象な街を少しでも掘り下げるBですが、綴りたい文句が有り過ぎて並列表記してしまいました。お好きな方でご理解ください。「治水」は深読みしてください。  C1ではギリギリガールズに愛を込めたアレゴリーに着目していただければ嬉しいです。それ以外は珍しくストレートな歌詞ですね。読み返して恥ずかしくなっちゃいました。赤顔の余り、赤シートで消えそうです。「イエス・グッド」とはNGの対義語です。「やる気ゼロゼロコブラ」と共に流行らせたい言葉です。C2、「陰嚢の〜」の下りは語呂がお気に入っております。僕にとってのマリリン・モンローは現れるのでしょうか。  締め括りにDで僕のヴィジランテ精神を書き綴っております。「足りない」のはきっと音域です。  他にも修辞表現がございますので、お探しください。ウォーリーよりは簡単に見つかると思います。  全体的にムッツリ助平をひた隠すために労力を注ぎましたが、通しで読み返すとそれなりに一本の流れがあるように感じます。芥川龍之介すらもまともに読んだことありませんが、努力をせずに文豪になりたい、そう思っております。一人ぼっち善がりなエチュード・ソング、そう解釈してください。
 カモン緞帳!
 くぅ疲。
 もしも、僕のウェブログを眺め、「こいつは何を言っているんだ、気持ち悪い」と論旨について一考する間もなく、脳味噌無回転に匙の投擲大会に興じたとすれば、それは人としての思考力の欠如に他ならず、僕としてはしたり顔をするより他がない訳です。  僕も読み返してみたところ、何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。思考力など何の役にも立たないのです。重要なのは大事な時に熱り勃てるかどうかなのです。  フィグ・サインを掲げていきましょう。  ファック!
 追啓 この度、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教に入信することと相成りました。
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hananien · 4 years
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【キャプトニ】フィランソロピスト
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ピクシブに投稿済みのキャプトニ小説です。
MCU設定に夢と希望と自設定を上書きした慈善家トニー。WS前だけどキャップがタワーに住んでます。付き合ってます。
ピクシブからのコピペなので誤字脱字ご容赦ください。気づいたら直します。
誤字脱字の指摘・コメントは大歓迎です。( Ask me anything!からどうぞ)
 チャリティーパーティーから帰ってきたトニーの機嫌は悪かった。スティーブは彼のために、知っている中で最も高価なスコッチウイスキーを、以前彼に見せられたyou tubeの動画通りのやり方で水割りにして手渡してやったが、受け取ってすぐに上品にあおられたグラスは大理石のバーカウンターに叩きつけられ、目玉の飛び出るくらい高価な琥珀色のアルコール飲料は、グラスの中で波打って無残にこぼれた。  「あのちんけな自称軍事評論家め!」 スティーブは、トニーが何に対して怒っているのか見極めるまで口を出さないでおこうと決めた。彼が摩天楼を見下ろす窓ガラスの前でイライラと足を踏み鳴らすのを、その後ろから黙って見つめる。  トニーは一通り怪し気なコラムニストの素性に文句を言い立て、同時に手元の情報端末で何かをハッキングしているようだった。「ほーらやっぱり。ベトナム従軍経験があるなんて嘘っぱちじゃないか。傭兵だと? 笑わせてくれる。それで僕の地雷除去システムを批判するなんて――」 左手で強化ガラスにホログラムのような画面を出現させ、右手ではものすごい勢いで親指をタップさせながら、おそらく人ひとりの人生を破滅させようとしているわりには楽しそうな笑みを浮かべてトニーは言った。「これで全世界に捏造コラムニストの正体が明かされたぞ! まあ、誰かがこいつに興味があったらニュースになるだろう」  「穏やかじゃないチャリティーだったようだな」 少しトニーの気が晴れたのを見計らって、スティーブはようやく彼の肩に触れた。  「キャプテン、穏やかなチャリティパーティーなんてないんだ。カメラの回ってないところじゃ慈善家たちは仮面を被ろうともしない。同類ばかりだからね」  トニーは振り返ってスティーブの頬にキスをすると、つくづくそういった人種と関わるのが嫌になったとため息をついた。「何が嫌だって、自分もそういう一人だと実感することがさ」  「それは違うだろう」  「そうか?」 トニーはスティーブの青い目を見上げてにやりと笑った。「僕が人格者として有名じゃないってことは君もご指摘のとおりだろ?」  「第一印象が最悪だったのは、僕のせいかい」 これくらいの当てこすりにはだいぶ慣れてきたので、スティーブは涼しい顔で返した。恋人がもっと悪びれると思っていたのか、トニーはつまらなそうに口をとがらせる。「そりゃそうさ。君が悪い。君は僕に興味なさそうだったし、趣味も好きな食べ物も年齢も聞かなかったじゃないか。友人の息子に会ったらまずは”いくつになった?”と聞くのがお決まりだろ。なのに君ときたらジェットに乗るなりむっつり黙り込んで」  「ごめん」 トニーの長ったらしい皮肉を止めるには、素直に謝るか、少々強引にキスしてしまうか、の二通りくらいしか選択肢がなかった。キスは時に仲直り以上の素晴らしい効果を与えてくれるが、誤魔化されたとトニーが怒る可能性もあったので、ここは素直に謝っておくことにした。  それに、”それは違う”と言ったのは本心だ。「君は自分が慈善家だと、まるで偽善者のようにいうけれど、僕はそうは思わない――君が人を助けたいと思うのは、君が優しいからだ」  「僕が優しい?」  「そうだ」  「���ーん」 トニーは自分でもうまく表情を見つけられないようだった。スティーブにはそれが照れているのだとわかった。よく回る口で自分自身の美徳すら煙に巻いてしまう前に、今度こそスティーブは彼の唇をふさいでしまうことにした。
 結局、昨夜トニーが何に怒っていたのか、聞かずじまいだった。トニーには――彼の感情の表現には独特の癖があって、態度で示していることと、内心で葛藤していることがかけ離れていることさえある。彼が怒っているように見えても、その実、怒りの対象とは全く別の事がらについて心配していたり、計算高く謀略を巡らせていたりするのだ。  彼が何かを計画しているのなら、それを理解するのは自分には不可能だ。スティーブはとっくに、トニーが天才であって、自分はそうではないことを認めていた。もちろん軍事的なこと――宇宙からの敵に対する防備であるとか、敵地に奇襲するさいの作戦、武器や兵の配置、それらは自分の専門であるからトニーを相手に遅れをとることはない。それに、一夜にして熱核反応物理学者にはなれないだろうが、本腰を入れて学べばどんな分野だって”それなりに”モノにすることは出来る。超人血清によって強化されたのは肉体だけではない。しかし、そういうことがあってもなお、トニーの考えることは次元が違っていて、スティーブは早々に理解を諦めてしまうのだ。  べつにネガティブなことではないと思う。トニーが何をしようとも、結果は共に受け入れる。その覚悟があるだけだ。  とはいえ、昨夜のようにわざとらしく怒るトニーは珍しい。八つ当たりのように”自称軍事評論家”とやらの評判をめちゃめちゃにしたようだが、パーティーでちょっと嫌味を言われただけであそこまでの報復はしないだろう(断言はできないが)。彼への反感を隠れ蓑に複雑な計算式を脳内で展開していたのかもしれないし、酔っていたようだから、本当にただの”大げさな怒り”だったのかもしれない――スティーブは気になったが、翌日になってまで追及しようとは思わなかった。特に、隣にトニーが寝ていて、ジャービスによって完璧に計算された角度で開かれたブラインドカーテンから、清々しい秋の陽光が差し込み、その日差しがトニーの丸みを帯びた肩と長い睫毛の先を撫でるように照らしているのを何の遠慮も邪魔もなく見つめていられる、今日みたいな朝は。  こんな朝は、キスから始まるべきだ。甘ったるく、無駄に時間を消費する、意味だとか難しい理由なんかこれっぽっちもないただのキス。  果たしてスティーブの唇がやわらかな口ひげに触れたとき、トニーのはしばみ色の瞳が開かれた。  ……ああ、美しいな。  キスをしたときにはもうトニーの目は閉じられていたが、スティーブはもっとその瞳を見ていたかった。  トニー・スタークの瞳はブラウンだということになっている。強い日差しがあるとき、ごく近くにいるとわかる、彼の瞳はブラウンに緑かかった、透明水彩で描かれたグラスのように澄んだはしばみ色に見える。  彼のこの瞳を見たことのある人間は、スティーブ一人というわけではないだろう――ペッパー・ポッツ、有名無名のモデルや俳優たち、美貌の記者に才気ある同業者――きっと彼の過去に通り過ぎていった何人もの男女が見てきたことだろう。マリブにあった彼の自宅の寝室は、それはそれは大きな窓があり、気持ちの良い朝日が差し込んだときく。  けれど彼らのうち誰も、自分ほどこの瞳に魅入られ、囚われて、溺れた者はいないだろう。でなければどうして彼らは、今、トニーの側にいないのだ? どうして彼から離れて生きていられるのだ。  「……おはよう、キャップ」  「おはようトニー」 最後に鼻の先に口付けてからおたがいにぎこちない挨拶をする。この瞬間、トニーが少し緊張するように感じられるのは、スティーブの勘違いではないと思うのだが、その理由も未だ聞けずにいる。  スティーブは、こと仕事となれば作戦や戦略のささいな矛盾や装備の不備に気がつくし、気がついたものには偏執的なほど徹底して改善を要求するのだが、なぜか私生活ではそんな気になれないのだった。目の前に愛しい恋人がいる。ただそれだけで、心の空腹が満たされ、他はすべて有象無象に感じられる。”恋に浮わついた”典型的な症状といえるが、自覚していて治す気もない。むしろ、欠けていた部分が充実し、より完全な状態になったような気さえする。ならば他に何を案じることがある? 快楽主義者のようでいてじつは悲観的なほどリアリストであるトニーとは真逆の性質といえた。  トニーが先にシャワーを浴びているあいだ、スティーブはキッチンで湯を沸かし、コーヒーを淹れる。スティーブと付き合うようになってから、いくつかのトニーの不摂生については改善されたが、起床後にコーヒーをまるで燃料のようにがぶ飲みする癖は変わらなかった。彼の天災のような頭脳には必要不可欠のものと思って今では諦めている。甘党のくせに砂糖もミルクも入れないのが、好みなのか、ただものぐさなだけかもスティーブは知らない。いつからかスティーブがティースプーンに一杯ハチミツを垂らすようになっても、彼は何も言わずにそれを飲んでいるので、実はカフェインが入っていれば味はどうでもいいのかもしれない。  シャワーから上がってきたトニーがちゃんと服を着ているのを確認して(彼はたまにごく自然に裸でキッチンやタワーの共有スペースにご登場することがある、たいていは無人か、スティーブやバナーなど親しい同性の人間しか居ないときに限ってだが)、スティーブもバスルームに向かった。着替えを済ませてキッチンに戻ると、トニーは何杯目かわからないブラック・コーヒーを飲んでいたが、スティーブが用意したバナナマフィンにも手をつけた形跡があったのでほっとする。ほうっておくとまともな固形食をとらない癖もなかなか直らない。スティーブはエプロンをつけてカウンターの中に入り、改めて朝食の用意を始める。十二インチのフライパンに卵を六つ割り入れてふたをし、買い置きのバゲットとクロワッサンを電子オーブンに適当に放り込んでセットする。卵をひっくり返すのは危険だということを第二次世界大戦前から知っていたので、片面焼きのまま一枚はトニーの皿に、残りは自分の皿に乗せる。半分に割ったりんご(もちろんナイフを使う。手で割ってみせたときのトニーの表情が微妙だったため)を添えてトニーの前に差し出すと、彼は背筋を伸ばして素直にそれを食べ始めた。バゲットはただ皿に置いただけでは食べないので手渡してやる。朝食時のふるまいについては今までに散々口論してきたからか、諦めの境地に達したらしいトニーはもはや無抵抗だ。  特に料理が好きだとか得意だとかいうわけでもないのだが、スティーブはこの時間を愛していた。トニーが健康的な朝の生活を実行していると目の前で確認することが出来るし、おとなしく従順なトニーというのはこの時間にしかお目にかかれない(夜だって、彼はとても”従順”とはいえない)。秘匿情報ファイルであろうとマグカップだろうと他人からの手渡しを嫌う彼が、自分の手から受け取ったクロワッサンを黙って食べる姿は、人になつかない猫を慣れさせたような甘美な達成感をスティーブに与えた。  「今日の予定は?」  スティーブが自分の分の皿を持ってカウンターの内側に座る。斜め向かいのトニーは電脳執事に問い合わせることなく、カウンターに置いたスマートフォンを自分で操作してスケジュールを確認した。口にものが入っているから音声操作をしないようだった。ときどき妙にマナーに正しいから面食らうことがある。朝の短時間できれいに整えられたトニーの髭が、彼が咀嚼するたびにくにくに動くのを見て、スティーブは唐突にたまらない気分になった。  「僕は――S.H.I.E.L.D.の午前会議に呼ばれてるんだ。食べ終わったら出発するよ。それから午後は空いてるけど、君がもし良かったら……」 トニーの口が開くのを待つあいだ、彼の口元を凝視していては”健全な朝の活動”に支障を来しそうだったので、スティーブは自分の予定を先に話し始めた。「……良かったら、美術館にでも行かないか。グッケンハイムで面白そうな写真展がやってるんだ。東アジアの市場のストリートチルドレンたちを主題にした企画で――」  トニーはスマートフォンの上に出現した青白いホログラムから、ちらっとスティーブに視線を寄越して”呆れた”顔をした。よっぽど硬いバゲットだったのか、ようやく口の中のものを飲み込んだ彼は、今度は行儀悪く手に持ったフォークをスティーブに向けて揺らしながら言った。「デートはいいが、そんな辛気臭い企画展なんかごめんだ」  「辛気臭いって、君、いつだったか、そういう子供たちの救済のためのチャリティーを主催したこともあったろ」  「ああ、僕は慈善家だからね。現地視察にも行ったし、NPOのボランティアどもとお茶もしたし、写真展だって行ったことがある、カメラが回ってるところでな」 フォークをくるりと回してバナナマフィンの残りに刺す。「何が悲しくて恋人と路上生活者の写真を見に行かなくちゃならない? ”世界の今”を考えるのか? わざわざ自分の無力さを痛感しに行くなんていやだね。君と腕を組んでスロープをぶらぶら下るのは、まあそそられるけど」  「まったく、君ってやつは……」 スティーブは苦笑いするしかなかった。「じゃあ、ただスロープをぶらぶら下るだけでいいよ。ピカソが入れ替えられたみたいだ。デ・キリコのコレクションも増えたっていうし、展示されてるなら見てみたい。噂じゃどこかの富豪が画家の恋人のために、イタリアのコレクターから買い付けて美術館に寄付したって」  「きみもすっかり情報機関の人間だな」  「まあね。絵が好きな富豪は君以外にもいるんだなって思った」  「君は間違ってる。僕は”超・大”富豪だし、べつに絵は好きで集めてるんじゃない。税金対策だよ。あと、火事になったとき、三億ドルを抱えるより、丸めた布を持って逃げるほうが効率いいだろ?」  「呆れた」  「絵なんて紙幣の代わりさ。高値がつくのは悪い連中が多い証拠だな」  ところで、とトニーはスマートフォンを操作し、ホログラムを解除した。「せっかくのお誘いはありがたいが、残念ながら僕は今日忙しいんだ。社の開発部のやつらが放り投げた……洋上風力発電の……あれやこれやを解析しなきゃならないんでね。美術館デートはまた今度にしてくれ。その辛気臭い企画展が終わった頃に」  「そうか、残念だよ」 もちろんスティーブは落胆なんてしなかった。トニーが忙しいのは分かっているし、それはスティーブが口を出せる範囲の事ではない。ふたりのスケジュールが完全に一致するのは、地球の危機が訪れた時くらいだ。それでもこうして一緒の屋根の下で暮らしているのだから、たかが一緒に美術館に行けないくらいで残念がったりはしない。ごくふつうの恋人たちのように、夕暮れのマンハッタンを、流行りのコーヒーショップのタンブラーを片手に、隣り合って歩けないからといって、大企業のオーナーにしてヒーローである恋人を前に落胆した顔を見せるなんてことはしない。  「スティーブ、すねるなよ」 しかしこの(肉体的年齢では)年上の恋人は、敏い上にデリカシーがない。多忙な恋人の負担になるまいと奮闘するスティーブの内心などお見通しとばかりに、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてからかうのだ。「君だってこの前、僕の誘いを断ったろ? しかも他の男と会うとかで」  「あれはフューリーに呼び出されて……」  「ニック・フューリーは男だ! S.H.I.E.L.D.の戦術訓練なんて急に予定に入るか? あいつは僕が気に入らないんだ、君に悪影響を与えるとかで」  「君に良い影響を与えてるとは思えないのかな」  スティーブはマフィンに刺さったフォークでそれを一口大に切り分け、トニーの口元に運んでやった。呆気にとられたような顔をするトニーに、首をかしげてにっこりと微笑む。  トニーはしてやられたとばかりに、さっと頬を赤くした。  「この、自信家め」  「黙って全部食べるんだ、元プレイボーイ」  朝のこの時間、トニーはとても従順な恋人だ。
 トニーに借りたヘリでS.H.I.E.L.D.本部に到着すると(それはもはやキャプテン・アメリカ仕様にトニーによってカスタムされ、「なんなら塗装し直そうか? アイアンパトリオットとお揃いの柄に?」と提言されたが、スティーブは操縦システム以外の改装を丁重に断った)、屋内に入るやいなや盛大な警戒音がスティーブを迎えた。技術スタッフとおぼしき制服を来た人間が、地下に向かって駆けていく。どうやら物理的な攻撃を受けているわけではなさそうだったので、スティーブは足を速めながらも冷静に長官室へと向かった。  長官室の続きのモニタールームにフューリーはいた。スティーブには携帯電話よりもよほど”まとも”な通信機器に思える、設置型の受話器を耳に当て、モニター越しに会話をしている。というか、怒鳴っている。  「いつからS.H.I.E.L.D.のネットワークは穴の開いた網になったんだ? 通販サイトのほうがまだ上手にセキュリティ対策してるぞ!! あ!? 言い訳は聞きたくない、��べてのネットワーク機器をシャットダウンしろ、お前らの出身大学がどこだろうと関係ない。頼むから仕事をしてくれ、おい、聞いてるか? ああ、ん? 知るか、そんなの。あと二時間以内に復旧しなけりゃ、今後は機密情報はamazonのクラウドに保存するからな!!」  「ハッキングされたのか?」  長官の後ろに影のように控えていたナターシャ・ロマノフにスティーブは尋ねた。  「そのようね。今のところ、情報の漏洩はないみたいだけど、レベル6相当の機密ファイルに不正アクセスされたのは確定みたい」  「よくあるのか?」  「こんなことがよくあっては困るんだ」 受話器を置いたフューリーが言った。「午前会議は延期だ、午後になるか、夕方になるか、夜中になるかわからん」  「現在進行中の任務に影響は?」  「独立したオペシステムがあるから取りあえずは問題ない。だがもしかしたら君にも出動してもらうかもしれない。待機していてくれるか」  スティーブは頷いた。そのまま復旧までモニタリングするというフューリーを置いて、ナターシャと長官室を出る。  「S.H.I.E.L.D.のセキュリティはどうなってる? 僕は専門外だが、情報の漏洩は致命的だ。兵士の命に関わる」  「我々は諜報員よ、基本的には。だから情報の扱いは慎重だわ」 吹き抜けのロビーに出て、慌しく行きかう職員の様子を見下ろす。「でもクラッキングされるのは日常茶飯事なのよ、こういう機関である故にね。ペンタゴンなんてS.H.I.E.L.D.以上に世界中のクラッカーたちのパーティ会場化されてるわ。それでも機密は守ってる。長官があの調子なのはいつものことでしょ」  「じゃあ心配ない?」  「さあね。本当に緊急なら情報工学の専門家を呼ぶんじゃない。あなたのとこの」  すべてお見通しとばかりに鮮やかに微笑まれ、スティーブは口ごもった。  トニーとの関係は隠しているわけではないが、会う人間全てに言って回っているわけでもない。アベンジャーズのメンバーにも特に知らせているわけではなかった(知らせるって、一体どういえばいいっていうんだ? ”やあ、ナターシャ。僕とトニーは恋人になったんだ。よろしく”とでも? 高校生じゃあるまいし)。だからこの美しい女スパイは彼らの関係を自力で読み解いたのだ。そんなに難しいことではなかっただろうとは、スティーブ自身も認めるところだ。  ナターシャは自分がトニーを倦厭していた頃を知っている。そんな相手に今は夢中になっていることを知られるのは居た堪れなかった。断じてトニーとの関係を恥じているわけではないのだが……ナターシャは批判したりしないし、クリントのように差別すれすれの表現でからかったりもしない。ひょっとすると、彼女は自分たちを祝福しているのではないかとさえ思う時がある。だからこそ、こそばゆいのかもしれなかった。  「ところで……戦闘スタイルだな。出動予定があったのか」  身体にぴったりとフィットした黒い戦闘スーツを身にまとったナターシャは肩をすくめて否定した。「私も会議に呼ばれて来たの。武装は解除してる」  スティーブが見たところ、銃こそ携帯していないが、S.H.I.E.L.D.の技術が結集したリストバンドとベルトをしっかりと装着していて、四肢が健康なブラック・ウィドウは未武装といえない。だかこのスタイル以外の彼女を見ることが稀なので、そうかと聞き流した。  「僕は復旧の邪魔にならないようにトレーニングルームにいるよ。稽古に付き合ってくれる奇特な職員がいるかもしれない」  「私は長官の伝令だからこの辺にいるわ。復旧したらインカムで知らせるから、とりあえず長官室に来て」 踵を返して、歩きながらナターシャは振り向きざまに言った。「残念だけど電話は使えないわよ。ダーリンに”今夜は遅くなる”って伝えるのは、もうちょっと後にして」  「勘弁してくれ、ナターシャ」  聞いたこともない可愛らしい笑い声を響かせて、スーパースパイはぎょっとする職員たちに見向きもせず、長官室に戻っていった。
 トニーの様子がおかしいのは今更だが、ここのところちょっと度が過ぎていた。ラボに篭りきりなのも、食事を取らなかったり、眠らなかったり、シャワーを浴びなかったりして不摂生なのも、いつものこと��いえばいつものことで、それが同時に起こって、しかも自分を避けている様子がなければスティーブも一週間くらいは目をつぶっただろう。
 S.H.I.E.L.D.がハッキングされた件は、その日のうちに収拾がついた。犯人は捕まえられなかったが、システムの脆弱性が露見したので今後それを強化していくという。  スティーブがタワーに帰宅したのは深夜になろうかという頃だったが、トニーはラボにいて出てこなかった。これは珍しいことだが、研究に没頭した日には無いこともない。彼の研究が伊達ではないことはもうスティーブも知っているから、著しく不健康な状態でなければ邪魔はしない。結局、その日は別々に就寝についた。と、スティーブは思っていた。  次の日の朝、隣にトニーはいなかった。きっと自分の寝室で寝ているのだと思い、先に身支度と朝食の用意を済ませてから彼の居室を訪れると、空の部屋にジャービスの声が降ってきた。  『トニー様は外出されました。ロジャース様がお尋ねになれば、おおよその帰宅時間をお伝えするようにとのことですが』  「どこへ行ったんだ? 急な仕事が入ったのか?」  『訪問先は聞いておりません』  そんなわけがあるか、とスティーブは思ったが、ジャービスを相手に否定したり説得したりしても無駄なことだった。乱れのないベッドシーツを横目で見下ろす。「彼は寝なかったんだ。車なら君がアシストできるだろうけど、もし飛行機を使ったなら操縦が心配だ」  『私は飛行機の操縦も可能です』  「そうか、飛行機で出かけたんだな。なら市外に行ったのか」  電脳執事が沈黙する。スティーブの一勝。ため息をついて寝室を出た。  ジャービスはいい奴だが(このような表現が適切かどうか、スティーブには確信が持てないでいる)、たまにスティーブを試すようなことをする。今朝だって、”彼”はキッチンで二人分の食事を支度するスティーブを見ていたわけだから、その時にトニーが外出していることを教えてくれてよかったはずだ。トニーの作った人工知能が壊れているわけがないから、これは”彼”の、主人の恋人に対する”いじわる”なのだとスティーブは解釈している。トニーはよくジャービスを「僕の息子」と表現するが――さしずめ、父親の恋人に嫉妬する子供といったところか。そう思うと、自分に決して忠実でないこの電脳執事に強く出られないでいる。  「それで……彼は何時ごろに帰るって?」  『早くても明朝になるとのことです』  「えっ……本当に、どこに行ったんだ」  『通信は可能ですが、お繋ぎしますか』  「ああ、いや、自分の電話でかけるよ。ありがとう。彼のほうは、僕の予定は知ってるかな」  『はい』  「そう……」 スティーブはそれきり黙って、二人分の食事をさっさと片付けてしまうと、朝のランニングに出掛けた。  エレベータの中で電話をかけたが、トニーは出なかった。
 それが四日前のことだ。予告した日の真夜中に帰ってきたトニーは、パーティ帰りのような着崩したタキシードでなく、紺色にストライプの入ったしゃれたビジネススーツをかっちりと着込んでふらりとキッチンに現れた。スティーブの強化された嗅覚が確かなら、少なくとも前八時間のあいだ、一滴も酒を飲んでいないのは明らかだった。――これは大変珍しいことだ。今までにないことだと言ってもいい。  彼は相変わらず饒舌で、出来の悪い社員のぐちや、言い訳ばかりの役員とお小言口調の政府高官への皮肉たっぷりの批判を、舞台でスピーチするみたいに大仰にスティーブに話して聞かせ、その間にも何かとボディタッチをしてきた。どれもいつものトニー、平常運転だ。しかしスティーブは、そんな彼の様子に違和感を覚えた。  彼が饒舌なのはよくあるが、生産性のないぐちを延々と口上するときはたいてい酔っている。しらふでここまで滔々としゃべり続けることはないと、スティーブには思われた。べたべたと身体に触ってくるのに、後から思えば意図されていたと思わずにはいられないくらい、不自然に目を合わせなかった。スティーブが秘密工作員と関係のない職種についていたとしても、自分の恋人が何かを隠していると気付いただろう。  極め付けはこれだ。スティーブはトニーの話を遮って、「君の風力発電は順調?」とたずねた。記憶が確かなら、この二日間、彼が忙しかったのはそのためであるはずだ。  「石器時代のテクノロジーがどうしたって?」  スティーブはぐっと拳を握りたいのを我慢して続けた。「だって、君――その話をしてただろ?」  「ああ……」 トニーは一瞬だけ、せわしなく何くれと動かしていた手足を止めた。「おもい出した。言ったっけ? ロングアイランド沖に発電所を建設するんだ。もう何年も構想してるんだけど、思ったよりうちの営業は優秀で――何しろほら、うちにはもっと”すごいやつ”があるんだし――そう簡単に量産は出来ないけど――それで僕は気が進まないんだが、州知事がGOサインを出してしまってね、ところが開発の連中が怖気づいてしまったんだ、というか、一人失踪してしまって……すぐに見つけ出して再洗脳完了したけど――冗談だよ、キャップ――でも無理はない事だとも思うんだ、だって考えてみろ……今時、いつなんどき宇宙から未知の敵対エネルギーが降ってくるかもしれないのに、無防備に海の上に風車なんて建ててる場合か? 奴らも責任あるエンジニアとして、ブレードの強度を高めようと努力してくれてるんだが、エイリアンの武器にどうやったら対抗出来るってんだ? 塩害や紫外線から守って次元じゃないんだろ? いっそバリアでも張るか? いっそそのほうが……うーん、バリアか。バリアってのはなかなか面白そうなアイデアだ、しかしそうすると僕は……いやコストがかかりすぎると、今度は失踪者じゃすまなくなるかも……」  スティーブは確信した。  トニーは自分に何か隠している。忙しいとウソまでついて。しかもそれは――彼がしらふでこんなに饒舌になるくらい、”後ろめたい”ことだ。
 翌朝から今度はラボに閉じこもったトニーは、通信にも顔を出さなかった。忙しいといってキッチンにもリビングにも降りてこないので、サンドイッチやら果物をラボに届けてやると、その時に限ってトニーは別の階に移動していたり、”瞑想のために羊水カプセルに入った”とジャービスに知らされたり(冗談だろうが、指摘してもさらなる馬鹿らしい言い訳で煙に巻かれるので否定しない。羊水カプセル? 冗談だよな?)して本人に会えない。つまりトニーはジャービスにタワー内のカメラを監視させて、スティーブがラボに近付くと逃げているのだ。  恋人に避けられる理由がわからない。しかし嫌な予感だけはじゅうぶんにする。トニーが子供っぽい行動に走るときは、後ろめたいことがあるとき――つまり、”彼自身に”問題があると自覚しているときだ。  トニーの抱える問題? トニー・スターク、世紀の天才。現代のダ・ヴィンチと称された機械工学の神。アフガニスタンの洞窟に幽閉されてもなお、がらくたからアーク・リアクターを作り上げた優れた発明家にしてアイアンマン――億万長者という言葉では言い表せないほどの富と権力を持ち、さらには眉目秀麗で頭脳明晰、世間は彼には何の悩みも問題もないと思いがちだが――そのじつ、いや、彼のことを三日もよく見ていればわかることだ。彼は問題ばかりだ。問題の塊だといってもいい。  一番の問題は、彼が自分自身の問題を自覚していて、直そうとするどことか、わざとそれを誇張しているということだ。スティーブにはそれが歪んだ自傷行為にしか見えない。酒に強いわけでもないのに人前で浴びるように飲んでみたり、愛してもいない人間と婚約寸前までいったり(ポッツ嬢のことではない)、パーソナルスペースが広いわりに見知らぬファンの肩を親し気に抱いてみたり、それに――平和を求めているのに、兵器の開発をしたり――していたのは、すべて彼の”弱さ”であるはずだが、トニーはもうずいぶんと長いあいだ、世間に向けてそれが”強さ”だと信じさせてきた。大酒のみのパーティクラッシャー、破天荒なプレイボーイ、気取らないスーパーヒーロー、そして真の愛国者。アルコール依存症、堕落したセックスマニア、八方美人のヒーロー、死の商人というよりもよっぽど印象がいい。メディアを使った印象操作は彼の得意分野だ。トニーは自分がどう見られているか、常に把握している。  そういう男だから、性格の矯正はきかないし、付き合うのには苦労する。だからといって離れられるわけがないのだから、これはもう生まれ持ってのトラブル・メーカーだと割り切るしかない。  考えるべきことはひとつ。彼の抱える問題のうち、今回はどれが表面化したのか?
 トニーに避けられて四日目の朝、スティーブは再びD.C.のS.H.I.E.L.D.本部に出発しようとしていた。先日詰められなかった会議の再開と、クラッキング事件の詳細報告を受けるためだ。ジャービスによるとトニーはスティーブの予定を知っているようだが、ヘリの準備を終えても彼がラボ(あるいは羊水カプセルか、タワー内のいずれかの場所)から出てくることはなかった。見送りなんて大げさなことを期待しているわけではないが、今までは顔くらい見せていたはずだ。  (これじゃ、避けられてるどころか、無視されているみたいだ)  そう思った瞬間、スティーブの中でトニーの抱える問題の一つに焦点が合った。
 ナターシャはいつもの戦闘用スーツに、儀礼的な黒いジャケットを着てS.H.I.E.L.D.の小さな応接室のひとつにいた。彼女が忙しい諜報活動の他に、S.H.I.E.L.D.本部で何の役についているのか、スティーブは知らされていなかった――だから彼女が応接室のチェストを執拗に漁っているのが何のためなのかわからなかったし、聞くこともしなかった。ナターシャも特に自分の任務に対して説明したりしない。スティーブはチェストの一番下の引き出しから順々に中を改めていくナターシャの後ろで、戦中のトロフィーなどを飾った保管棚のガラス戸に背をもたれ、組んだ腕を入れ替えたりした。  非常に言いにくいし、情けない質問だし、聞かされた彼女が良い気分になるはずがない。だがスティーブには相談できる相手が彼女しかいなかった。  「ナターシャ、その――邪魔してすまない」  「あら構わないのよ、キャップ。そこで私のお尻を見ていたいのなら、好きなだけどうぞ」  からかわれているとわかっていても赤面してしまうのは、スティーブの純潔さを表すチャームポイントだ、と、彼の恋人などはそう言うのだが――いい年をした男がみっともないと彼自身は思っていた。貧しい家庭で育ち、戦争を経験して、むしろ現代の一般人よりそういった表現には慣れているのに――おそらくこれが同年代の男からのからかいなら、いくら性的なニュアンスが含まれていようが、スティーブは眉ひとつ動かさないに違いない。ナターシャのそれはまるで姉が弟に仕掛けるいたずらのように温かみがあり、スティーブを無力な少年のような気持ちにさせた。  「違う、君は……今、任務中か? 僕がここにいても大丈夫?」  「構わないって言ったでしょ。用があるなら言って」  確かにナターシャの尻は魅力的だが、トニーの尻ほどではない――と自分の考えに、スティーブは目を閉じて首を振った。「聞きたいことがあるんだけど」 スティーブは出来るだけ、何でもないふうに装った。「僕はその、少し前からスタークのタワーに住んでいて――……」  「付き合ってるんでしょ。なあに、トニーに浮気でもされたの?」  スティーブはガラス戸から背中を離して、がくんと顎を落とした。「オー・マイ……ナット、なんでわかったんだ」  「それは、こっちの……台詞だけど」 いささか呆気にとられた表情をして、ナターシャは目的のものを見つけたのか、手のひらに収まるくらいの何かをジャケットの内ポケットに入れると、優雅に背筋を伸ばした。「トニーが浮気? ほんとに?」  「ああ、いや……多分そうなんじゃないかと……」  「この前会ったときは、あなたにでろでろのどろどろに惚れてるようにしか見えなかったけど、ああいう男は体の浮気は浮気だと思ってない節があるから、あとはキャップ、あなたの度量しだいね」  数日分の悩みを一刀両断されてしまい、スティーブは一瞬、自分の耳を疑った。音もなくソファセットの前を通り過ぎ、部屋を出て行こうとしたナターシャを慌てて呼び止める。「そ、そうじゃないんだ。浮気したと決まったわけじゃない。ただトニーの様子がこのところおかしいから、もしかしたらと思って――それで君に相談ができればと……僕はそういうのに疎いから」  「おかしいって? トニー・スタークが?」  まるでスティーブが、空を飛んでいる鳥を見て”飛べるなんておかしい”と言ったかのように、ナターシャは彼の正気を疑うような目をした。「そうだよな」 スティーブは認めた。「トニーはいつもおかしいよ。おかしいのが彼だ。何でも好きなものを食べられるのに、有機豆腐ミートなんて代物しか食べなかったり――それでいて狂ったようにチーズバーガーしか食べなかったり――それでも、何か変なんだ。僕を避けてるんだよ。通信でも顔を見せない。まる一日、どこかに行ったきりだと思ったら、今度はラボにずっとこもってる。ジャービスに彼の様子を聞こうにも、彼はトニー以外のいうことなんてきかないし、もうお手上げだ」  ナターシャはすがめたまぶたの間からスティーブを見上げると、一人掛けのソファに座った。スティーブも正面のソファに座る。彼女が長い足を組んで顎に手を当て考え込むのを、占い師の診断を仰ぐ信者のように待つ。  「ふーん……それって、いつから?」  「六日前だ。ハッキング事件の当日はまだ普通だったけど、その翌日はやたらと饒舌で……きみも付き合いが長いから、トニーが隠し事をしているときにしゃべりまくる癖、知ってるだろ」  「それを聞いたら、キャプテン、私には別の仮説が立てられるわ」  「え?」  「来て。会議の前に長官に報告しなきゃ」  ナターシャの後を追いながら、スティーブは彼女が何を考えているか、じわじわと確信した。「君はもしかして、S.H.I.E.L.D.をハッキングしたのが彼だと――」  「最初から疑ってたのよ。S.H.I.E.L.D.のネットワークに侵入できるハッカーはそう多くない。世界でも数千人ってとこ。しかもトニーには前歴がある。でもだからこそ、長官も私も今回は彼じゃないと思ってた」  「どういうことだ」  「ハッカーにはそれぞれの癖みたいなのがあるのよ。自己顕示欲の強いやつは特に。登頂成功のしるしに旗を立てるみたいに、コードにサインを入れるやつもいる。トニーのは最高に派手なサインが入ってた。今回のはまるで足跡がないの。S.H.I.E.L.D.のセキュリティでも追いきれなかった」  「トニーじゃないってことだろう?」  「前回、彼は自分でハッキングしたわけじゃなかった。あの何か、変な小さい装置を使って人工知能にやらせてたんでしょ。今回は自分でやったとしたら? 彼がMIT在学中に正体不明のハッカーがありとあらゆる国の情報機関をハッキングした事件があった。今も誰がやったかわかってないけど――」  そこまで言われてしまえば、スティーブもむやみに否定することはできなかった。  「……ハッキングされたのは一瞬なんだろう。トニーがやったのなら、どうしてずっとラボにこもってる」  「データを盗めたとしても暗号化されてるからすぐに読めるわけじゃない。じつのところ、まだ攻撃され続けてる。これはレベル5以上の職員にしか知らされていないことだけど、現在進行形でサイバー攻撃されてるわ。たぶん、復号キーを解析されてるんだと思う。非常に高度なことよ、通信に多少のラグがあるだけで、他のシステムには全く影響していない。悪意あるクラッカーやサイバーテロ集団がS.H.I.E.L.D.の運営に配慮しながらサイバー攻撃するなんて、考えられなかったけど――もしやってるのがアイアンマンなら、うなずける。理由は全く分からないけど」  ナターシャはすでに確信しているようだった。長官室の扉を叩く前に、スティーブを振り返り、にやりと笑った。  「ねえ、よかったじゃない――浮気じゃなさそう」  「それより悪いかもしれない」 スティーブはほっとしたのとうんざりしたのと、どっちの気持ちを面に出したらいいか迷いながら返した。恋人が浮気したなら、まあ結局は許すか許さないかの話で、なんやかんやでスティーブは許してしまったことだろう(ああ、簡単じゃないか、本当に)。しかし、恋人が内緒で国際平和維持組織をハッキングしていたのなら、まるで話の規模が変わってくる。  ああ、トニー、君はいったい、何をやってるんだ。  説明されても理解できないかもしれないが、僕から隠そうとするのはなぜだなんだ。  「失礼します、長官。報告しておきたいことが――」 四回目のノックと同時に扉を開け、ナターシャは緊急時にそうするように話しながら室内に入った。「現行のサイバー攻撃についてですが、スタークが関わっている可能性が――」  「報告が遅いぞ」 むっつりと不機嫌なニック・フューリーの声が響く。部屋には二人の人物が居た――長官室の物々しいデスクに座るフューリーと、その向かいに立つトニー・スタークが。  「ところで、コーヒーはまだかな?」 チャコールグレイの三つ揃えのスーツを着たトニーは、居ずまいを正すように乱れてもいないタイに触れながら言った。ちらりと一瞬だけスティーブに目をくれ、あとはわざとらしく自分の手元を注視する。「囚人にはコーヒーも出ないのか? おい、まさか、ロキにも出してやらなかった?」  「トニー、君……」  スティーブが一歩踏み出すと、ナターシャが腕を伸ばして止めた。険の強い声音でフューリーを問いただす。「どういうことです? 我々はサイバーセキュリティの訓練を受けさせられていたとでも?」  「いや、彼は今朝、自首しにきたんだ、愚かにも、自分がハッキング犯だと。目的は果たしたから理由を説明するとふざけたことを言っている。ここで君たちが来るまで拘束していた」  ナターシャの冷たい視線を、トニーは肩をすくめて受け流した。  「本当か? トニー、どうしてそんなことをしたんだ」  「ここだけの話にしてくれ」 トニーはスティーブというより、フューリーに向かって言った。「僕がこれから言うことはここにいる人間だけの耳に留めてくれ」 全く頷かない長官に向かって、トニーはため息をついて両手を落とした。「あとは、そうだな。当然、僕は無罪放免だ。だってそうだろ? わざわざバグを指摘してやったんだ。表彰されてもいいくらいだろう! タダでやってやったんだぞ!」  「タダかどうかは、私が決める」 地を這うように低い声でフューリーは言った。「放免してやるかどうかも、その話とやらを聞いてから決める。さっさと犯罪行為の理由を釈明しないなら、この場で”本当”に拘束するぞ。ウィドウ、手錠は持ってるか」  「電撃つきのやつを」  「ああ、わかった、わかった。電撃はいやだ。ナターシャ、それをしまえ。話すとも、もちろん。そのためにD.C.まで来たんだ。座っていい?」 誰も頷かなかったので、トニーは再びため息をついて、革張りのソファの背を両手でつかんだ。  「それで、ええと――僕が慈善家だってことは、皆さんご承知のことだとは思うんだが――」  「トニー」 自分でもぎょっとするくらい冷たい声で名前を呼んで、スティーブは即座に後悔したが――この場に至っても自分を無視しようとするトニーに、怒りが抑えられなかった。  トニーは大きな目を見開いて、やっとまともにスティーブを視界に入れた。こんな距離で会うのも数日ぶりだ。スティーブは早く彼の背中に両手を回したくて仕方なかったが、その後に一本背負いしない自信がなかったので、ナターシャよりも一歩後ろの��置を保った。  「……べつに話を誤魔化そうってわけじゃない。僕が慈善家だってことは、この一連の僕の”活動”に関係のあることなんだ。というより、それが理由だ」 ゆらゆら揺れるブラウンの瞳をスティーブからそらせて、トニーは話し始めた。
 七日前にもトニーはS.H.I.E.L.D.に滞在していた。フューリーに頼まれていた技術提供の現状視察のためもあったが、出席予定のチャリティー・オークションのパーティがD.C.で行われるため、長官には言わないが、時間調整のために本部内をぶらぶらしていたのだ。たまに声をかけてくる職員たちに愛想よく返事をしてやったりしながら、迎えの車が来るのを待っていた。  予定が狂ったのは、たまたま見学に入ったモニタールームEに鳴り響いた警報のせいだった――アムステルダムで任務中の諜報員からのSOSだったのだが、担当の職員が遅いランチ休憩に出ていて(まったくたるんでいる!)オペレーション席に座っていたのはアカデミーを卒業したばかりの新人だった。ヘルプの職員まで警報を聞いたのは訓練以外で初めてという状態だったので、トニーは仕方なく、本当に仕方なく、子ウサギみたいに震える新人職員からヘッドマイクを譲り受け(もぎ取ったわけじゃないぞ! 絶対!)、モニターを見ながらエージェントの逃走経路を指示するという、”ジャービスごっこ”を――訂正――”人命と世界平和に関する極めて責任重大な任務”を成り代わって行ったのだ。もちろんそれは成功し、潜入先で正体がばれたまぬけなエージェントたちは無事にセーフハウスにたどり着き、新人職員たちと、ランチから戻って状況の飲み込めないまぬけな椅子の男に対し、長官への口止めをするのにも成功した。ちょっとしたシステムの変更(ほら、僕がモニターの前に座って契約外の仕事をしているところが監視カメラに映っていたら、S.H.I.E.L.D.は僕に時間給を払わなくちゃいけなくなるだろ? その手間を省いてやるために、録画映像をいじったんだ――もしかしたら。怖い顔するな。そんなような気がしてたんだ、今まで)もスムーズに成立した。問題は、そのすべてが完了するのに長編映画一本分の時間がかかったということだ。トニーの忠実な運転手は居眠りもしないで待っていたが、チャリ���ィーに到着したのは予定時刻から一時間以上は経ったころだった。パーティが始まってからだと二時間は経過していた。それ自体は大して珍しいことではない。トニーはとにかく、パーティには遅れて到着するタイプだった(だって早く着くほうが失礼だろ?)。  しかし、その日に限って問題が発生する。セキュリティ上の都合とやらで(最近はこんなのばっかりだな)、予定開始時刻よりも大幅にチャリティー・オークションが早まったのだ。トニーが到着したのは、もうあらかたの出品が終わったあとだった。  トニーにはオークションに参加したい理由があった。今回のオークションに限ったことではない。トニーの能力のもと把握することが出来る、すべてのオークションについて、彼は常に目を光らせていた。もちろん優秀な人工知能の手も借りてだが――つまり、この世のすべてのオークションというオークションについて、トニーはある理由から気にかけていた。好事家たちの間でだけもてはやされる、貴重な珍品を集めるためではない――彼が、略奪された美術品を持ち主に返還するためのグループ、「エルピス」を支援しているからだ。  第二次世界大戦前や戦中、ヨーロッパでは多くの美術品がナチスによって略奪され、焼失を逃れたものも、いまだ多くは、ナチスと親交のあった収集家や子孫、その由来を知らないコレクターのもとで所有されている。トニーが二十代の頃に美術商から買い付けた一枚の絵画が、とあるユダヤ人女性からナチ党員が二束三文で買い取った物だと「エルピス」から連絡があったのが、彼らを支援するきっかけとなった。それ以来、トニーが独自に編み上げた捜索ネットワークを使って、「エルピス」は美術品を正当な持ち主に戻すための活動を続けている(文化財の保護は強者の義務だろ。知らなかった? いや、驚かないよ)。数年前にドイツの古アパートから千点を超す美術品が発見されたのも、「エルピス」が地元警察と協力して捜査を続けていた”おかげ”だ。時間も、根気もいる事業だが、順調だった。そして最近、「エルピス」が特に網を張っている絵画があった。東欧にナチスの古い基地が発見され、そこには宝物庫があったというのだ――トニーが調べた記録によれば、基地が建設されたと思わしき時期、運び込まれた数百点の美術品は、戦後も運び出された形跡がなかった――つまり宝物庫が無事なら、そこにあった美術品も無事だったということだ。  数百点の美術品のうち、持ち主が明確な絵画が一点あった。ユダヤ人投資家の男で、彼の祖父が所有していたが、略奪の目にあい彼自身は収容所で殺された。トニーは彼と個人的な親交もあり、特に気にかけていた。  その投資家の男がD.C.の会場にも来ていて、遅れてやってきたトニーに青い顔で詰め寄った。「”あれ”が出品されたんだ――」 興奮しすぎて呼吸困難になり、トニー美しいベルベッドのショール・カラーを掴む手にも、ろくな力が入っていなかった。「スターク、”あれ”だ――本当だ。祖父の絵画だ。ナチの秘宝だと紹介されていた。匿名の人物が競り落とした――あっという間だった――頼む、あれを取り戻してくれ――」  (なんて間の悪いことだ!) 正直なところ、トニーは今回のオークションにそれほど期待していたわけではなかった。長年隠されていた品物が出品されるとなれば、出品リストが極秘であろうと噂になる。会場に来てみてサプライズがあることなど滅多にない。それがまさかの大当たりだったとは! こんなことなら、時間つぶしにS.H.I.E.L.D.なんかを使うんじゃなかった。トニーは投資家に「落札者を探し出し、説得する」と約束し、その後の立食パーティで無礼なコラムニストを相手にさんざん子供っぽい言い合いをして、帰宅の途についた――そして、ジャービスに操縦を任せた自家用機の中で、匿名の落札者について調べたが、思うように捗らなかった。もちろん、トニーが本気になればすぐにわかることだ――しかし、ちょっとばかり酔っていたし、別に調べることもあった。そちらのほうは、タイプミスをしてジャービスに嫌味を言われるまでもなく、調べがついた。  網を張っていた絵画と同じ基地にあった美術品のうち、数点がすでに別の地域のオークションや美術商のもとに売り出されていた。
 「これがどういうことか、わかるだろう」 トニーは許可をとることをやめて、二人掛けのソファの真ん中にどさりと腰かけた。デスクに両肘をついて、組んだ手の中からトニーを見下ろすS.H.I.E.L.D.の長官に、皮肉っぽく言い立てる。「公表していないが、ナチスの基地を発見、発掘したのはS.H.I.E.L.D.だろ。ナチスというより、ヒドラの元基地だったらしいな。そこにあった美術品が横流しされてるんだ。すぐに足がつくような有名なものは避けて、小品ばかり全国にばらけて売っている。素人のやり方じゃないし、僕はこれと似たようなことをやる人種を知っている。スパイだよ。スパイが物を隠すときにやる方法だ」  「自分が何を言ってるかわかってるのか」 いよいよ地獄の底から悪魔が這い出てきそうな不機嫌さで、フューリーの声はしゃがれていた。「S.H.I.E.L.D.の職員が汚職に手を染めていると、S.H.I.E.L.D.の長官に告発しているんだぞ」  「それどころの話じゃない」 トニーは鋭く言い放った。「頂いたデータを復号して、全職員の来歴を洗い直した。非常に臭い。ものすごい臭いがするぞ、ニック。二度洗いして天日干しにしても取れない臭いだ――」 懐から取り出したスマートフォンを操作する。「今、横流しに直接関わった職員の名簿をあんたのサーバーに送った。安心しろ、暗号化してある。解読はできるだろ?」 それからゆっくり立ち上がって、デスクの正面に立ち、微動だにしないフューリーを見下ろす。「……あんた自身でもう一度確認したほうがいい。今送った連中だけの話じゃないぞ。……S.H.I.E.L.D.は多くの命を救う。僕ほど有能じゃなくても、ないよりあったほうが地球にとっては良い」  「言われるまでもない」  「そうか」  勢いよく両手を合わせて乾いた音を響かせると、トニーは振り返ってスティーブを見つめた。ぐっと顎に力の入ったスティーブに、詫びるようにわずかに微笑んで、歩きながらまたフューリーを見る。「で、僕は無罪放免かな? それとも感謝状くれる?」  「帰っていいぞ。スターク。ひとりでな」  「そりゃ、寂しいね。キャプテンを借りるよ、長官。五分くらいいいだろう」  言うやいなや、トニーはナターシャの前を素通りすると、スティーブの二の腕を掴んで部屋を出ようとした。  「おい――トニー――……」  「キャップ」 ナターシャに視線で促され、スティーブはトニーの動きに逆らうのをやめた。うろんな顔つきで二人を見ているフューリーに目礼して、スティーブは長官室を後にした。
 「トニー……おい、トニー!」  トニーの指紋認証で開くサーバールームがS.H.I.E.L.D.にあったとは驚きだった。もしかしたらこれも”システム変更”された一つかもしれない――トニーは内部からタッチパネルでキーを操作して、ガラス壁を不透明化させた。そのまま壁に背をもたれると、上を向いてふーっと長い息を吐く。  スティーブは壁と同様にスモークされた扉に肩で寄りかかり、無言でトニーを見つめた。  「……えっと、怒ってるよな?」 スティーブが答えないでいると、手のひらを上げたり下ろしたりしながらトニーはその場をぐるぐると歩き出した。  「きっと君は怒ってると思ってた。暗号の解析なんか一日もかからないと思ってたんだが、絵画の落札者探しも難航して――まあ見つかるのはすぐに見つかったんだが、西ヨーロッパの貴族で、これがまた、筋金入りの”スターク嫌い”でね、文字通り門前払いをくらった。最初からエルピスの奴らに接触してもらえばもうちょっと話はスムーズについたな。それでも最終的には僕の説得に応じて、返還してくれることになった――焼きたてのパンもごちそうになったしね。タワーに帰るころには解析も済んでるはずだったのに、それから数日も時間がかかって――」  「何に時間がかかっていようが、僕にはどうだっていい」 狭い池で周遊する魚のように落ち着きのない彼の肩を掴んで止める。身長差のぶんだけ見上げる瞳の大きさが恋しかった。「僕が怒ってるのは、君が何をしていたかとは関係ない。それを僕に隠していたからだ。どうして、僕に何も言わない。S.H.I.E.L.D.に関わりのあることなのに――」  「だからだよ! スティーブ……君には言えなかった。確証を掴むまで、何も」  「何をそんなに……」  「わからないのか? フューリーも気付いたかどうか」 不透明化された壁をにらみ、トニーはスティーブの太い首筋をぐっと引き寄せて顔を近づけた。「わからないのか――ヒドラの元基地から押収した品が、S.H.I.E.L.D.職員によって不正に取引された――一人の犯行じゃない。よく計画されている。それに、関わった職員の口座を調べたが、どの口座にも大金が入金された痕跡がない。……クイズ、美術品の売り上げは、誰がどこに流してるんでしょう」  「……組織としての口座があるはずだ」  「そうだ。じゃあもう一つ、クイズだ。その組織の正体は? キャップ……腐臭がしないか」  「……ヒドラがよみがえったと言いたいのか」  「いいや、そのセリフを言いたいと思ったことは、一度もない」 トニーは疲れたように額を落とし、スティーブの肩にもたれかかった。「だから黙ってたんだ」  やわらかなトニーの髪と、力なくすがってくる彼の手の感触が、スティーブの怒りといら立ちを急速に沈めていった。つまるところ、トニーはここ数日間、極めて難しい任務に単独で挑んでいた状況で――しかもそれは、本来ならばS.H.I.E.L.D.の自浄作用でもって対処しなければならない事案だった。  体調も万全とはいえないトニーが、自分を追い込んでいたのは、彼の博愛主義的な義務感と、優しさゆえだった――その事実はスティーブを切なくさせた。そしてそれを自分に隠していたのは、彼の数多く抱える問題のひとつ、彼が”リアリスト”であるせいだった。彼は常に最悪を考えてしまう。優れた頭脳が、悲観的な未来から目を逸らさせてくれないのだ。  「もしヒドラがまだこの世界に息づいているとしても」 トニーの髪に手を差し入れると、そのなめらかな冷たさに心が満たされていく。「何度でも戦って倒す。僕はただ、それだけだ」  「頼もしいな、キャプテン。前回戦ったとき、どうなったか忘れた?」  「忘れるものか。そのおかげで、今こうして、君と”こうなってる”んだ」  彼が悲観的なリアリストなら、自分は常に楽観的なリアリストでいよう。共に現実を生きればいい。たとえ一緒の未来を見ることは出来なくとも、平和を目指す心は同じなのだから。  「はは……」 かすれた吐息が頬をかすめる。これ以上のタイミングはなかった。スティーブはトニーの腰を抱き寄せてキスをした。トニーはとっくに目を閉じていた。スティーブは長い睫毛が震えているのを肌で感じながら、トニーを抱きつぶさないように自分が壁に背をつけて力を抑えた――抱き上げると怒られるので(トニーは自分の足が宙をかく感覚が好きじゃないようだ、アーマーを未装着のときは)、感情の高ぶりを表せるのは唇と、あまり器用とはいい難い舌しかなかった。  幸いにして、彼の恋人の舌は非常に器用だった。スティーブはやわらかく、温かで、自分を歓迎してくれる舌に夢中になり、恋人が夢中になると、トニーはその状態にうっとりする。うっとりして力の抜けたトニーが腕の中にいると、スティーブはまるで自分が、世界を包めるくらいに大きく、完全な存在になったように感じる。なんという幸福。なんという奇跡。  「きみが他に――見つけたのかと思った」  「何を?」 上気した頬と涙できらめく瞳がスティーブをとらえる。  「新しい恋人。それで、僕を避けているのかと……」  トニーはぴったりと抱き着いていた上体をはがして、まじまじとスティーブを見つめた。 「ファーック!? それ本気か? 僕が何だって? 新しい……」  「恋人だ。僕が間違ってた。でも口が悪いぞ、トニー」  「君が変なこと言うから――それに、それも僕の愛嬌だ」  「君の……そういうところが、心配で、憎らしくて、とても好きだ」  もう一度キスをしながら、トニーの上着を脱がそうとしているうちに、扉の外からナターシャの声が聞こえた。  「あのね、お二人さん。いくら不透明化してるからって、そんな壁にべったりくっついてちゃ、丸見えよ」  スティーブの首に腕を回し、ますます体を密着させて、トニーは言った。「キャプテン・アメリカをあと五分借りるのに、いくらかかる?」  唐突にガラスが透明になり、帯電させたリストバンドを胸の前にかかげたナターシャが、扉の前に立っているのが見えた。  「あなた、最低よ、スターク」  「なんで? 五分じゃ短すぎたか? 心配しなくても最後までしないよ、キスと軽いペッティングだけだ、五分しかもたないなんてキャップを侮辱したわけじゃな……」  「あなた、最低よ、スターク!」  「キーをショートさせるな! 僕にそれを向けるな! 頼む!」  スティーブはトニーを自分の後ろに逃がしてやって、ナターシャの白い頬��キスをした。「なんだか、いろいろとすまない。ナターシャ……」  「いいわ、彼には後で何か役に立ってもらう」  トニーがぶつぶつと文句をつぶやきながらサーバーの間を歩き、上着のシワを伸ばすさまを横目で見て、ナターシャに視線を戻すと、彼女もまた同じ視線の動きをしていたことがわかった。  「……トニーを巻き込みたくない。元気にみえるけど、リアクターの除去手術がすんだばかりで――」  「わかってるわ。S.H.I.E.L.D.の問題は、S.H.I.E.L.D.の人間が片をつける」  ナターシャの静かな湖面のような緑の目を見て、自分も同じくらい冷静に見えたらいいと思った。トニーにもナターシャにも見えないところで、握った拳の爪が掌に食い込む。怖いのは、戦いではなく、それによって失われるかもしれない現在のすべてだ。  「……もし、ヒドラが壊滅せずにいたとしたら――」  「何度だって戦って、倒せばいい」 くっと片方の唇を上げた笑い方をして、ナターシャはマニッシュに肩をすくめた。「そうなんでしょ」  「まったく、君……敵わないな。いつから聞いてたんだ」  「私は凄腕のスパイよ。重要なことは聞き逃さない」  「いちゃつくのは終わったか?」 二人のあいだにトニーが割り入った。「よし。ではこれで失礼する。不本意なタイミングではあるが――ところでナターシャ、クリントはどこにいるんだ?」  「全職員の動向をさらったばかりでしょ?」  「クリントの情報だけは奇妙に少なかったのが、不思議に思ってね。まあいい。休暇中は地球を離れて、アスガルドに招待でもされてるんだろう。キャップ……無理はするなよ。家で待ってる」  「トニー、君も」 スティーブが肩に触れると、トニーは目を細めて自分の手を重ねた。  「僕はいつでも大丈夫だ。アイアンマンだからな」  ウインクをして手を振りながら去っていくトニーに、ナターシャがうんざりした表情を向けた。「ねえ、もしかしてこの先ずっと、目の前で惚気を聞かされなきゃいけないの?」 そう言って、今度はスティーブをにらみつける。「次の恋愛相談はクリントに頼んでよ!」
 ◇終◇
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kuzume-h · 7 years
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眠れぬ日は続くか
 カラ松が死んでから、いくらか、時間が経った日のことである。社員寮の与えられた一室に、明かりがともっていたのに、一松が気づいたのは、胸ポケットから取り出した鍵を穴に差し込んで、ほとんど回した後だった。完全に回り切っていないので、鍵はあの独特の音を発さない。一松は息をひそめて、板一枚の向こう側に意識をやった。この部屋には何にもないのだ。物盗りならば、獲物を見極める才がない。居直り強盗になってしまっては困ると、部屋を探る気配がないか窺ったが、なにも音はしなかった。妙に栓がゆるい、水道の水が、定期的に滴を落とす、不愉快なリズムだけがかすかに聞こえる。一松は一瞬、戸惑った後、思い切って鍵をまわしきり、ドアを開けた。
 部屋のなかには、薄汚れた灰に似合わない、白いものが、床に転がっていた。色のない部屋のなかで、その白と、すこしの紫とが、強烈な色を発して、いた。よくみると、ひとである。知らない人間だ。白いジャケットを腹にかけて、そこからのぞくワイシャツは暗い紫色で、ところどころ、陰のせいか、乾いた血の色のようにも、見えた。大して長くもないが、すっとのびた脚を包むのも白いスラックスで、唯一灰色なのは、上等そうな靴下のみであった。足を組んでいて、浮いた方のつま先が、たまに意思をもって揺れているので、起きているのだとわかる。
「おかえり」
 まるで妻のように平然と、しかし温かみの感じられない声で、一松を迎えた。その人間の顔は分からない。白いボルサリーノで、顏を覆っているからだ。手を頭の後ろで組んでいる姿はちっともリラックスしていない、力のこもったような形でもあったが、いつ寝てもおかしくないようなゆるみも、どこかに感じられた。一松は目の前の情報量の多さに、適当な言葉を見つけられず、ただ一言、「だれ、」と尋ねた。
「カラ松が死んだのはお前のせいだ」
 侵入者はまるで回答になっていない言葉を吐いたが、一松にはそれで、何者なのかの察しがついた。明らかに堅気でない者が放つ気配は、間違いなく殺気である。
 カラ松。一松の工場によく視察とやらに来ていた人間で、彼もまた堅気でなく、マフィアの構成員のひとりだった。彼は死んだ。おそらく抗争の中で。ひとを苛立たせる、妙な色気のあるやつだった。それの毒牙にかかったのは、おそらく何らかの運命に導かれての事だった。あれが、他の男を、同じように翻弄するだろうというのは、目の奥の光を見ればわかった。そのような意志がなくても、男は勝手に駄目になるのだ、あれを前にすれば。侵入者もそうなんだろうと一松は察した。それから、彼が、それなりの地位にいる者であろうというのも、スーツの具合で、悟る。
 俺を殺しに来たのだ。一松はすべてを理解して、そう、思った。
  侵入者は、一松が覚悟していたその時に、殺害を実行することはなかった。「しばらくここにいる」と、それだけを伝えた。名は名乗らず、何故だかいつも、顏が見えなかった。それは、光の当たり方であったり、ボルサリーノの鍔がかかって見えなかったり、という感じで、顏の一部分はたまに見えても、全容を目にすることはできなかった。
「班長さん、今日は元気?」
「ぼちぼちです」
 暗い声で云えば、相手は白んだ声で相槌をうつ。イキがいいのを殺したいから、俺がいくらかマシな体調と心持の時を待っているのだろうか、とぼんやり思う。たまに見える目は光っていて、餌食は弱るのを待つ顏だった。
 一松は、重苦しい部屋のなかで、変に陽気なアロハシャツを身に着けたりもする、ちぐはぐな侵入者と、ときおり世間話なぞもした。一松がたまに拾ってくる、一週間前の新聞だったり、雑学だったり、その日の飯も文句だったりした。この上なく平和な毎日であったが、自分がいずれ死んでしまうという恐れが拭い去られることはない。侵入者はいつだって殺し時を狙っていた。侵入者は包丁棚の中の刃物の本数、ガラスの灰皿の置き場所、トンカチの入った工具箱を最近下駄箱の上に移動したこと、丈夫な縄を購入したことなどを、教えてくれた。
 「アイツがしょうもないマフィアになったのはね、俺のせいなの」
 そう、話してくれたことがある。その瞬間、一松の腹の熱が一瞬にして沸いたのを、自覚したが、それがどうしてそうなったのかまでは分からなかった。
「俺は嫌だったよ、こんなこと、ネ」
 男の操る語は日本語であった。語尾のイントネーションには中国人のような匂いを感じた。歩き方はイタリア人のようだったが、笑い方は卑屈なアメリカ人だった。顔の全容が見えれば侵入者のことのすこしも分かるのか、分かりたいと思ったことなんてないけれど。
 「眠れない」
「眠れないですね」
 一松はせんべい布団のなか、侵入者は壁に寄りかかっていつも眠るが、寝息を聞いたことも、ろくに寝たこともない。カラ松が死に、たまの同衾も一切なくなってから、一松は不眠症に逆戻りしてしまった。しかし、数年の時のなかで、少しでも眠る方法を、見つけ出したのである。
「こういう時はね、思い出すんです」
「何? あいつの肌の温度?」
「そうじゃなくて……料理の匂いとか……、カラ松、朝起きるの早かったから……」
「へえ」
 とだけ、侵入者は云った。重労働のあとのセックスは身体に悪く、朝、身を起こすのさえ困難だ。カラ松は颯爽と起きて、コーヒーと、不器用な朝食を用意してくれていた。それは、一時期料理に嵌っていた時の、わずかな間だったが、嬉しかったのを覚えている。あの料理の匂いはいつまでも忘れないだろう。睡魔はこないが、言葉に重みが出ているのが分かった。水を吸い込んだようにもったりとした声音は、すこし、眠れそうな印なのだ。
「ほかに何かもらった?」
 急に気を取り戻して、侵入者は起き上がり、こちらに詰めよってきたので、一松はすこし、驚いた。義務的な睡眠も、逃げ出してしまった。一松は諦めて、箪笥の一番下の、奥の箱を取りだした。煌びやかな西洋の菓子箱も、カラ松にもらったものだ。それをみて、侵入者の、唇の端が震えるのを、見た。箱を開けると、何枚かのメッセージカードと、薔薇の死骸、それから押し花が、無造作に詰め込まれていた。一松はそれをひっくり返して床に広げる。
「気取り屋、」と、侵入者は一枚のメッセージカードの中身を読んでいった。そうだ、カラ松は男くさい、気取り屋だった。それが苛立ちと、どうしようもない情欲とを湧かせるので、厄介だった。ごみを捨てるような仕草で、侵入者は手の中にあったものを菓子箱の中に放る。それから、きらと光るひとつのリングに、目をつけた。
「これは?」
「何枚目かのメッセージカードに入ってました」
「これ、ペアリングだ。俺が一緒に買いに行ったから」
 わかる、と侵入者は苦苦し気にいった。もう片方の指輪を、一松は知らない。そもそも、それがペアリングであったことさえ、知らなかったのだ。
「アイツはこのペアリングと一緒に死んだ。俺はずっとこれを探してた」
 空想の、死の情景が浮かぶ。侵入者は白いスーツを赤黒く汚して、カラ松のこと切れそうな身体を横抱きにして、支えている。カラ松の手か、首には、リングが光っている。侵入者はそれと一緒に葬ってやる。
 そんな映画的な最期なわけがないだろう。ここは現実だった。目の前であっけなく爆散してしまったのかもしれないし。一松はすこし、具合が悪くなったので、それ以上の空想をやめた。
「俺のだと、思っていたから……」
 侵入者の言葉を、一松は聞き逃し、聞き逃したことにも気づかなかった。一松は空想から抜け出すと、固まる目の前の男に目を遣る。
「これ、頂戴」
「ダメです」
 一松は危機感をもって、侵入者の手の上の指輪を取り戻して、握りしめた。恨めし気な牙が、一松を射貫く。「こんなにいっぱいあるんだから……」と侵入者は云った。
「えっ?」と一松は聞き返したが、それ以上、彼は何も云わなかった。不穏の気配を
まとって、「寝る」と、壁に戻っていった。一松は数秒、壁の男を見つめてから、自分の布団のなかに戻った。
  息苦しさと、水っぽさを感じて、一松は目を覚まし、ぎょっとした。侵入者が、一松の上に上がって、汗か、涙か、わからないものを滴らせながら、一松の首を絞めていたからだ。息苦しさの他、喉に固いものが詰まっているような感覚と、指が食い込む痛さ、気管にまで届く指の感触はおぞましく、いよいよ予感が本物になっていた。一松は無意識のうちに身をよじらせて、逃れようとした。荒い息はふたりのもので、侵入者の泣き声は、どこか情事を勘違いさせ、隣室の工員が、よくない勘違いをしないか、と、案じた。カラ松とのセックスの時には塵とも浮かばなかったことだ。生命の危機よりも必死なセックス、セックスよりも余裕がある生命の危機は、アンバランスで、ガタついていて、どうしようもない人間の証だった。
 がむしゃらに振った腕のうち、右手が侵入者の頬を張り、首に巻きつく手は力を失った。一松は吐く直前の嗚咽を洩らしながら、息を吸った。喉が不格好に鳴る。加害者のほうはというと、前髪を乱し、やはり目のあたりを隠して顔の全容を見せないようにしていて、泣き、うずくまる。額が胸に押し付けられる。今も、癇癪の熱は止まぬらしく、熱い。そこから熱が伝わって、伝染するようだったので、一松は必死で深呼吸した。暴力を有するのはもうごめんだった。
「殺せるわけないんだよ……、お前が死んだら地獄行きだ、そうしたら……お前はカラ松と会うんだろ……」
 その訴えは鮮明だった。夜に響く水道のしずくよりも、響いて、一松の耳に届いた。一松は、目の前の男の、「元気?」という言葉が単なる世間話の一環であったこと、寝る前の、遺品を見せたのが、今回の火種だったのに、気づく。まるで自分の事みたいに。
 一松は「そう、」と間抜けな相槌を打った。侵入者とは違って、腹の中に火種は放られていないのだ。
「あの指輪を頂戴……それか、俺を殺せよ……」
 嗚咽の合間に訴えられたが、一松は首を振った。どちらも、嫌だった。その様子は想定内とばかりに、侵入者は笑った。喉がひきつったような、いやな、病的な笑いだった。
「お前が俺より癇癪持ちで、暴力的なこと、知ってる……、どうすれば、いいかも」
 厭ァな声は、おそらく本来商売に使っているんだろうなというように、艶やかで、恐ろしい声音だった。一松は胸が高鳴った。のどが絞まる。そっと二人の横に置かれたのは、おそらく侵入者の私物である、ダガーナイフだった。
「いいか、よォく聞けよ……」
 身を起こして、侵入者は一松の胸倉をつかんだ。ぐっと持ち上げられる。力が強く、とても抗えない。侵入者は声を潜めた。一松以外に聞かれるのはごめんだというように。
「アイツが俺を守って死んだ。五月三日、何故だか浮かれていたカラ松は防弾チョッキを着ていなかった。仕事のあとのことを、考えている風だった。腹立たしい浮かれ具合だった。悪い予感がした。……車を乗りこもうとして、ちょっとの間、手薄になったとき、俺が撃たれそうになって……アイツは俺を引っ張るのでもなく、突き飛ばすのでもなく銃弾と俺の間に割って入った。俺を守ったんだよ、何も考えずに。そうして死んだ。俺に死んだ魂と長い人生をプレゼントして」
 ぱっと胸ぐらの手を離されて、一松は床に倒れ込んだ。後頭部にこすれた畳が痛く、一松の正気と狂気を呼び起こした瞬間、一松は起き上がって、足元にいた侵入者を突き飛ばした。容易に転がる身体が今はただひたすら憎かった。お膳立てされた舞台だ。一松は横のダガーナイフを、弾き飛ばされる前に掴んで、馬乗りになる。ナイフを向けるべきは心臓なのに、手が震えて、先が、いったいどこを向こうとしているのか、分からなかった。荒い息と殺意だけが先行して、うまく事が運ばないことに涙が出た。
「本当にクソみてえなプレゼントだよッ! 俺は、俺はメッセージカード一枚もらえなかった!」
「黙れ!!」
 咆哮とともに振り下ろしたナイフは、顏の横の畳に深々と刺さるのみで、頬に傷さえつけられない。それは、人殺しのひの字もない人生を送ってきた一般人らしかったし、侵入者の、先ほどの主張に同感したからでもあった。自分を置いて、他の男が、地獄で待つカラ松に会いに行くなど、耐えられなかった。ナイフを握る手はまだ震えたままで、手は呪いのように柄から離れない。喉が痛い一松は、そのままぐったりとして、息のみを、した。しんとした静謐な一時のなか、不意にがたりと音がした。玄関の方だ。一松と侵入者、ふたりではっと顏を上げる。玄関の横、台所の上のガラス窓が少し開いていて、ひとり、男の顔があった。目が合うと、ヒイ、という声を洩らして、逃げ去った。誰だか分からないが、勘違いしませんようにと、一松は虚ろな目のまま、祈った。
他者の目も気にしない。恐慌から逃れた侵入者は、ひとり、つまらなさそうな顔に戻って、身体の上の一松をどかす。いつの間にか飛んでいたボルサリーノを拾い、かぶる。乱れた服を、手でいくらか整えて、本棚の端にひっかけていた白いジャケットを羽織る。恨めし気に、菓子箱からあふれていたメッセージカードまで踏んでいって、玄関の扉に手をかけた。もう、戻ってこないという、確信めいた予感が一松のなかにあった。かろうじて上半身だけ、起こして、一松は白い背にぶつける。
「クソみたいなメッセージカードなんて何万人にも送ってる。代わりに死ぬなんて、よっぽどだ」
 メッセージカード一枚もらえないと云った男を、慰めるための言葉ではなく、恨み言のようなものだった。愛されていなかったと勘違い染みた悲しみ方をされるのは腹立たしいし、何より、カラ松が、目の前の男に心臓をささげたと云うことが、ショックだった。ひとつっきりの、指輪が、虚しく見えた。
「俺はそう思わないね」
 カラ松が義務感で守り、そのままうっかり死んでしまったのだという疑いをのこした冷たさで、男は切り捨てた。鉄製扉の閉じる音は、すべてを断ち切る勢いだった。
  ****
 「実松班長、チョット」
「一松ですけど」
 だれと間違えているのやら、イヤミが一松の肩を叩いて、他の工員の目につきにくい隅に招く。就業時間中だというのに、珍しいことだ。一松が続いていくと、イヤミはすこし、嫌そうな顔をしたあと、一松の額に、手の甲を触れさせた。気障な香水が香り、顏をしかめる。
「熱はないみたいざんすね」
「は?」
「最近、変な噂が出回ってるざんす。チミが、変な薬ヤッてるだとか……」
「はあ?」
 一松の、図星を突かれた威嚇ではなく、ただ不名誉な噂に対する怒りに、イヤミはううんと唸る。それから、頷いた。
「単なるうわさざんす。そんなタマじゃないざんしょ」
 ���し小馬鹿にした声音は、一松の生来の、臆病さと突発的な奇行を嗤っている。不愉快でならなかったが、一松は口を閉じた。
「ただ、おかしいのは本当ざんす。近頃、独り言が大きいとか、暴れてるとか、居もしない人間に話しかけてるとか……あの妙ちきりんなマフィアがいなくなってから、変ざんす」
「ちょ、ちょっと待って、居もしない人間って何? そんな覚えないんだけど」
 イヤミはちょっと、恐ろし気に目を震わせたあと、一松の全身をみたり、額をこんこんと叩いたりした。
「ただの雑談らしいざんす、天気の話、飯がまずいとか、変な雑学披露? アホな独り言ざんすねえ。昨日なんか、部屋で騒いでて、心配した隣室の工員がのぞいたら、部屋にひとりで、包丁構えたチミが睨み付けてたって、洩らした工員が泣いて騒いでたざんす、うるさかったざんすよ」
 本当に覚えていない? と聞かれ、一松は縦にも横にも、首を振れなかった。その行為に覚えはあったが、一人だったという自覚はない。あの男の存在が欠落して、外野で語られている。胸打つ鼓動は早く、このまま死んでしまいそうだった。
「あ、あのさ、イヤミ、上に連絡って取れる……? カラ松の後任とか、いないの」
 質問に答えない、一松の問いに、不審げだったが、イヤミは答えてくれた。
「いるけど、前ほどこっちにはこないざんす。それどころじゃないざんしょ、最近お上も大変らしいざんす。連絡取れるっていうのも担当止まりざんすよ、きっと」
「じゃ、じゃあ、ボスとか、そういうのに、イヤミ、会ったことある?」
「あるざんす。ボスだとかなんだとか、赤いワイシャツがいけ好かないいやーな男だったざんす。あんな妙ちきりんなボスなんて……ン、いや、彼奴は日本支部の頭だったとか……」
 ボスの心当たりに、不安なところがあるのか、イヤミはすこし、記憶の糸を手繰り寄せたあと、首を振ってきっぱりと云った。
「ウーン、覚えてないざんす。まあ、本当の首領が、たかがこんな真っ黒なだけの工場にくるわけないざんす」
「あ、そう……」
「へんなこと考えてないで、ラインに支障でないようにちゃんとまわしてチョーよ。繁忙期が過ぎれば休みもあるざんす、ちょっと休めば頭の具合もマシになるざんしょ」
 そういうと、イヤミはさっと、鼻の下をハンカチで押さえて去っていった。自分がしばらく風呂に入ってないのを思いだす。
一松は、ラインの流れを確認し、黒い紙が挟まったバインダーを抱えながら、不安は取り除かれなかったな、と落胆する。一松は、あの侵入者の存在が、自分の頭が行かれたために現れた幻想だというのを、飲み込めずにいたし、信じられなかった。侵入者の声は小さく、低い。一松と、まるっきり違う声というわけでないのを、奇妙に思いながら聞いていたのを覚えている。一人だと勘違いする要素はある。昨晩、一人で包丁を振り回していたのを目撃した、という工員の話も、心当たりがあった。工員が部屋の中を覗いた時、目が合ったのは侵入者ではなく一松で、目が合った瞬間、逃げ去ったのだから、身体の下にいた侵入者の姿が目に入らなかった、というのもあり得るし、ダガーナイフだって、知識と照明がなければただの包丁だろう。
そうこじつけて、一松は息を吐いた。なにより、地獄の苦しみを受けている男が、自分以外にいるというのは、腹立たしくもあり、救いであるのだ。今も眠れぬ男が、まだひとり、どこかにいるのを、一松は心の底で、願っていた。(了)
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eurychphanpelcael · 21 days
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不可能性という名の鉄鎖に縛られた状態で日常を生きること。 …これ以上の苦行もあるまい。
To live everyday life in a state of being bound by iron chains in the name of impossibility. … Nothing could be more mortification.
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ysnsgt · 5 years
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【スイートクラウン】ステラ古橋プロマイドのメッセージ鑑賞
古橋旺一郎さんお誕生日おめでとうございます。買い切りゲーム発売5年目にしての新規燃料ありがとうございました。
ステラワースでのTAKUYOフェアお疲れ様でした。
期間中に何度か足を運び、在庫のあるTAKUYOゲーを買い足してはプロマイドを頂きました。ランダム配布ながら目的のものはおよそ入手でき、巡り合わせに心より感謝致します。
もちろん古橋のもゲット。美しい。印刷はもちろん、その微笑は相も変わらず美しく、書き下ろしで紡がれた彼の言葉はとにかく美しい。世界よTAKUYOよステラワースよ、この度も福音をお授けくださりありがとうございます。古橋イズ尊い。
というわけで、今回はこちらのメッセージを堪能します。
「さあ手を。君が傍にいてくれるなら、俺はどこへも逃げない。」
尊い。もう一回言わせてください。古橋旺一郎イズ尊い。
この無駄なき言葉の運び、正に芸術。少しずつ鑑賞していきましょう。
「さあ手を。」
「手を」と言えば深愛グッドのエピローグですが、あの時は「柘榴、手を」だったでしょうか。(未確認)
メタ的に考えるなら、名前変更ができない印刷物だから主人公(柘榴ちゃん)の名前を入れるわけにいかず、けれど「手を」だけだと短すぎて分かりづらくも強すぎる。そこで緩衝材的に「さあ」が添えられてる……というところでしょうか。だとしたら、あまりに巧い。
メタを抜きにしてもこの5文字がもう尊い。感覚的な印象ですが、この「さあ」に手を伸べること、その手を取ってもらうことの常態化を感じるのです。
読点が入らないのもいいですね。「さあ手を。」で一息。流れるような動作で手を伸べ微笑む姿が目に浮かぶようです。古柘尊いありがとうございます。というわけでこのメッセージは深愛グッド以降の世界線のものと仮定して先へ進みます。
「君が傍にいてくれるなら、」
「君がいてくれるなら」じゃないところが古橋らしい。必要な要素は明言する。どこにいてくれるなら。傍にだ。
「俺の傍に」じゃないのもまたいいですね。「傍」と言えば基本的に主体は自分でしょうし、後の節で補完もされてるので、わざわざ言う必要はありません。古橋のこういう言語センスにたまらなく憧れます。
ところでゲームのステラワース特典だった深愛グッド後小冊子やTwitterを見る限り、柘榴ちゃんが古橋の傍で暮らすようになるのはまだ先のことのように見受けられます。でも彼が逃げている様子は見えません。
これ、物理的だけでなく精神的な意味が強いのかもしれません。
離れて暮らしていても、心を寄り添わせてくれるなら。
たとえ肉体が滅んでも、魂が傍にいてくれるなら。
後者は不死と化した彼ならではの意味ですね。書きながら切なくなってきた。
「俺はどこへも逃げない。」
こちらも主語、目的語、述語が揃っています。それも端的な言葉であり、一切の飾りがありません。だからこそ、彼の心情が真っ直ぐに伝わってくるようです。本当に美しい。ありがとうございます。
「どこへも」という言葉が添えられてるのがやっぱり古橋らしいのですが、ふと思いました。彼は逃げたくなった時、常に逃げる先を考慮していたのかも。
たしかに、逃げるには心身の移動を伴います。方向を決めなければ無駄が出て、目的を達成できないかもしれない。さらに被害が広がるかもしれない。そういう動き方は先生が罵り蔑む対象でしょうから、教育の賜物としての表現と考えると面白いですね。
古橋は数百年にわたって世界を彷徨い死を望んでいましたが、「父や母の所へいきたい」という思いだったと語られています。ということは彼の希死念慮も逃避願望だったと考えられる。責任を取る的な言葉は建前だったのかもしれませんね。そりゃロッサはキレるし逃さない(死なさない)。
あるいは。古橋(グラナダ)にとって「どこかへ行く」という行為自体が「逃げる」と同義だったのでは。だって彼は城に生まれ、王として城に住むべき人だったから。結局は自我を手放すという精神の逃避(移動)に出ましたが。
道化師の城への招待状は古橋にとって「逃げるな」というメッセージだったのかもしれないし、メッセージを受け取り城に戻ってなお死を望み続けていたのは逃げ続けていたことになる。
そして古橋ルートの途中からめきめきと誇りと気品を取り戻していくのは、柘榴ちゃんの傍に置かれて「逃げない」と覚悟を決めたから、か。
古柘尊いありがとうございます。
ところで。スイクラで「どこへも」と言えばこちらですね。
ぼうしつしたら、どこへゆく けっしてどこへもいけないよ。だってきえてしまったから
スノードームに閉じ込められ、メリーゴーラウンドのように輪廻し続け、どこへも行けないことを厭うた知也は、柘榴ちゃんに己を忘れさせないという「願い」をかけました。
それに対して古橋は、どこへも逃げない≒どこへも行かないことを、微笑を浮かべて慶びとして語る。
この対比に衝撃とエグさを覚えたのですが、まだうまく言語化できません。いつかできるといいなぁ。
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isya00k · 7 years
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涼風に鳴る幽かの怪―参
 その日は、昼過ぎから少しばかり俄雨が降った。  未だすっきりとはしないが辺りに立ち込めた雲は夕方になるにつれて徐々に通り過ぎていったようにも感じる。  西洋作りの街灯は雨のせいで夜と昼の区別がつかなかったのか途惑うように点滅している。通りの向こうから覗いた夕日は沈まぬままに此方を覗いていた。 「夏の雨は大袈裟だからね」  雨傘をくるりと回して、振り仰いだ緋桐はたまを手招いた。もう雨は随分前に止んでしまったというのに、彼は傘をさしたままだ。  こうして、彼と調査と称した散歩に出る様になってから三日経つ。一度、家に戻って旦那様に言わないとと進言したたまに必要ないと言ってのけた緋桐は悪巧みをするような子供の顔をして調査契約を行った日の夜に雨を理由に逗留を促した。 「ねえ、そろそろ帰らないと」 「帰らなくていいよ」  ぴしゃりと言ってのけた彼は金の瞳を光らせた。  自分が家に帰らないままでは旦那様が心配するという言葉には緋桐は正治にたまを預かった旨を届けて欲しいと伝えておいた��いう。幾度繰り返しても帰ってもいいという話にならないあたり、やはり詐欺師だったのではないか――そう考えるのも無理ない話だ。 「あの……捜査って具体的には何をするの?」  幽霊退治の依頼をしに来たはずなのに、彼と散歩を行うだけの毎日。あまりに理解不能な行動に流石に痺れも切れてくるころだ。 「本当に狐に化かされたみたい……」  ぼやいたたまは水たまりをぴしゃりと踏みしめる。揺れた水面はあまりの衝撃だったのかたまの顔を映してはいなかった。 「明日になったら本格的に始めようか。  今日はもう遅いし――それに、雨雲もまだ残っているからね」  表情は暗い――晴れ間が出ているというのにぽたぽたと雨が降る。それを、狐の嫁入りと呼ぶのだと誰かが言っていた。  朝になれば、見慣れぬ天井がそこにはある。客間に用意されていた布団はふかふかとしており、実家や病院の固い煎餅布団との違いに驚かされた。  一先ず階下に下がればぼさぼさとした髪を結わえる事無く机に突っ伏している緋桐が存在する。どうやら、早朝から起きて何かしらの作業を行っていたらしい。 「緋桐さん?」 「んー……うん、おはよう。たまちゃん」  僅かに頭をあげて、ひらりと手を振った彼へと近づけば、ひとまず風呂に入った後なのだろう。その心地よさでうたた寝をしていたことが分かった。濡れたままの髪を布で拭き上げ、櫛で鮮やかな髪を梳く。適当に近場においてあるリボンで結わえれば美少年の完成だ。 「ありがとう」  小さく返されたそれに頷けば、玄関から正治がいつも通りの強面で訪れる。だらしがないと緋桐に小言を漏らしながら朝食を用意するのが彼の日課のようだ。 「毎日、こうして緋桐さんのお世話をしているの? 大変ね」 「まあ、それなりに世話にはなっているからな」  ふい、と顔を逸らした正治にたまは照れてるのね、と小さく笑う。生真面目な彼のことだこの状況居なってからは毎日の緋桐の世話も一つの仕事だと認識しているのだろう。  ソファに座っていれば日本茶がやってくることをたまは知っている。どうしたことか、この生活にすっかりなじんでいる時分がいることに彼女は不思議と嫌悪感はなかった。 「食事をしたら今日は幽霊退治の調査に出かけようか」  食事が終われば、彼は英国紳士のように着飾った。ブーツと袴と言った普通の女学生という格好のたまとはあまりに不思議な組み合わせにも思えた。  街に出れば、たまは「ハイカラね」と何度も繰り返している。最も、ここから数年経てば、緋桐の服装もそうそう違和感を感じるものでもなくなっているだろう――最もここから数年経てば男性は山高帽子にセーラーパンツに細身のステッキを手に街を闊歩し女性はアッパッパ等を纏ってショートカットで赤いルージュを引きながらモダン・ボーイ、モダン・ガールという時代が到来するのだ。 「……そういえばさ、たまちゃんはスカートって履かないの? 興味あるなら1着位買ってあげるけどさ」 「スカートは、その……はしたなくないかしら? 世間様ではパーマも流行っているけれど私は、ちょっとね」  曖昧な返事を返した自分が居心地悪くて、たまは肩を竦めたまま石畳を見下ろした。流行のファッションに関しての話題は苦手だ。たまは世間の流行に触れる事が無かったからとぼやき、石ころを蹴り飛ばした。 「――……ああ、じゃあ、髪飾りとかはどうかな?」 「髪飾り?」  突拍子もなく、告げられた言葉にたまは首を傾げる。その言葉に首を傾いだのは正治も同じようだった。髪飾りを贈られる間柄でなければ、彼と自分は依頼者と探偵だ。報酬の関係から調査を共に行っているだけだ。 「たまちゃんは可愛いからね。それに、幽霊退治を一緒に行うんだよ? 妖怪のオレや『特殊』な正治なら兎も角さ、何の耐性もない君が一緒だと危険な目に合うかもしれない」  裏路地の片隅に存在する店を指さして緋桐は「ね?」と小さく首を傾いだ。彼の言は尤もだ。妖狐のクオーターであるという緋桐と、特殊――特殊な? 「特殊な、って……?」  不安げに正治を見つめるたまは彼が『妖怪』の類なのだろうかとゆっくりと息を飲む。  そうだとしたならば問題だ。狐の手の内に転がり込んでしまったことの証明になってしまう。 「あれ、言ってなかったっけ? 正治は簡単に言えば『視える』人だよ」 「視え……?」  視力がいい、と言う訳ではないのかもしれない。  帝都の街の中、行き交う人々はそんな会話に何も目を止めやしない。緋桐の言葉に、何の返答も返さぬまま正治は口を閉ざしていた。 「幽霊とか。正治は小さい頃から妖怪とか、そういうの得意でしょ」 「……普通に視えているからな。区別は、つかないが」  ぼそり、と小さく呟いた正治はその血筋の事を言いたくなかったとでもいう様に顰め面を見せる。  曰く、彼には幼い頃から幽霊や妖怪と言った幽世(かくりよ)の存在が見えるのだというのだ。日本には古来から陰陽師が存在し、幽世の存在が現世(うつしよ)へ影響を及ぼす事を防いでいた。その正統なる血筋――の分家だと緋桐は正治の紹介を改めて行った。 「オレみたいな紛い物よりさ、正治の方がよっぽどキチンとしてるってことだよ。  妖狐(オレ)を見たから、たまちゃんはすんなり信じるだろうけどね、こういうのって偽りだなんだって良く言われるそうだよ」  だから、言わないんじゃないかなと緋桐は傍らで渋い顔をした正治を見上げる。  小さい頃は、普通に視えていたから何もない所に話しかける事があり、家族以外の周囲の人間からは気味悪がられていたこともあるそうだ。  区別がつかないという事は、しっかりとその存在が見えているという事だ。陰陽師としての技能を詰め込んだわけではない以上、彼が出来るのは見る事だけだそうだが。 「じゃあ、緋桐さんよりよっぽど幽霊退治なら信頼してもいいってこと?」 「オレは幽霊とそうじゃないものの区別はついてるんだけどな? あと、結構強いよ」  ふん、と胸を張った彼に正治は「だが、普段は弱い」と付け足した。  拗ねた様に地団駄を踏んだ子供のような仕草にたまは彼を信頼していいものか、悩ましいと泣き出しそうな空をぼんやりと見上げた。 「……いいの、かしら」  雲の切れ間から太陽が見える。日傘を差した女性たちの間を擦り抜けて、帝都の街を行く馬車に気を付けながらたま子は慣れた様子で進む緋桐を追いかける。 「たまちゃん、ここだよ」  帝都の路地の裏、人目を避ける様に存在していた雑貨類を取り扱う商店は西洋街の真ん中にあるはずなのに茫と赤い提灯を垂らしている。妙に違和感を感じる様相だ。我が物顔で入店する緋桐に手招かれるままにたま子が足を踏み入れれば、商店の奥から「いらっしゃい」と軽い声が返ってきた。 「あれま、紛い物のおにいさんが女連れかいな。  あの陰陽師の血のおにいさんはどうしたの? もう死んだ?」 「まさか! 正治は中々死なないよ」  軽口を交わした二人の様子に、たまは馴染みの店なのかと小さく首を傾ぐ。 「へえへえ、かわいい女の子じゃないかい、美味しそうな……」  射干玉を思わす髪を簪で一つに纏めた美しい女は、書物の遊女のようだとたまは思う。  その彼女が、近寄ってくるまではその感想だけでよかった。  たまの許へと近寄ってきた彼女が動くとずるりと何かを擦る音がする。 「え、」  そこにあったのは蛇。女の胴によりしたには蛇の尾が存在していたのだ。怯え竦んで肩を震わせたたまに、店主は「あらま」と小さく笑う。 「お嬢ちゃん、妖怪の世界は馴染みないのかい?」 「え、ええ……」  こうして妖怪が様々な場所に居るのだと思わなかった。そう呟けば蛇女は楽し気に笑った。この店は妖怪達が利用する場所であるそうだ――普通の人間が訪れることはそうそうないのだと店主は続ける。 「そんで、そんなお嬢ちゃんを連れて何の用だい?」 「髪飾りが欲しくってね。訳アリだよ」  これがいいな、と彼が手に取ったのは椿の髪飾り。緋桐曰く、それはお守りなのだそうだが……妖怪の店で買ったものにそのような効果があるのかは疑問だ。  本物かどうかを聞こうにも正治は隣にいない。  そういえば正治は店内にいないのだな、と振り仰いだ時には買い物も終了していたのか店舗から退出するようにと緋桐に促されたのだが。 「ほら、たまちゃん」  鮮やかな紅色の椿に少しばかりの装飾が愛らしい。お洒落をしたいのは女性としての素直な欲求だ。こうして、男性にプレゼントされると思えばたまの頬も自然に赤らんだ。  この際、お守りかどうかなど気にならない程に可愛らしい髪飾りだ。……妖怪の店で購入したものでなければ、だ。 「……緋桐さんって、意外にシュミいいのね」  実年齢を知った後ではあるが、同年代にしか見えない彼についつい軽口をたたいてしまうのはたまの中に芽生えた気恥ずかしさからか。  そんな言葉にも楽し気に笑った緋桐は「ハイカラかな?」と冗句を交えてたまを見遣った。 「ハイカラか。ハイカラといえば、エス……えすかれーたー……? とやらがあったな。俺はあれをよく知らないが狐塚は見に行ったと言っていたな」 「まあ文化ですから」  茶化して告げた緋桐に『妖怪の店』から出て来た二人に何気ない日常会話を続ける正治。先程の蛇女の衝撃から抜け出せないたまは椿の髪飾りを握りしめたまま視線をあちらこちらへとうろつかせた。 「ええと……これ、は、」 「あ、つけておいてね」  気恥ずかしい、それに、妖怪の店で購入したものだ。  一寸した戸惑いを感じるのは人間として当たり前じゃないか。  そう言う事も出来ないままに髪に据え置かれた椿。困り顔のたまに似合うとしどろもどろになりながら返した正治にたまは曖昧に頷いた。 (……思ってもないことが言える人じゃないんでしょうけれど)  それでも、妖怪の商店に彼がいなかったことは少しばかり裏切り者、と罵ったっていいんじゃないだろうか――そんな気持ちになったのだって仕方がない。 「はいはい、じゃあ調査に向かおうか。  とりあえずは猫探しからだね。正治、たまちゃん」 「ねこォ?」  にゃん、と鳴いて見せた狐。  幽霊退治と何か関係があるのかと問い質したくなる気持ちをぐ、と答えてたまは頬を膨らました。  今までの事で頬を膨らませることくらい許して欲しい。 「いや……役人からの依頼で先に熟しておいて欲しいんだ」と頬を掻いた彼に、顔に似合わず苦労性なのねと失礼なことを考えながらたまは何とか気持ちを鎮めた。 「そんな目で見ないでよ」  じとりと見つめるたまに緋桐は何食わぬ顔で笑う。目での抗議は失敗だ。それ所か何か言っても彼は適当に受け流してしまうことだろう。「にゃん」ともう一度鳴いた彼に何かを言う気もなくなってたまは小さく息を吐いた。 「……で、どんな猫ちゃんなんですか?」 「ぶさいく、だそうだ」 「もう一度」 「ぶさいく、だそうだ」 「それで、判ると思うたか!」  たまは吼えた。冷静な顔をして得てる情報はこれだけだと告げる正治に我慢ならなかったのだ――様々な思いを混ぜ込んで吼えた彼女を行き交う人々は振り仰ぐ。大和撫子、これでは只のはしたない女性になってしまう。 「ほら、たまちゃんどうどう。  一先ず情報は僕から話すから、こっちへおいで」  ぶさいく猫だなんて帝都にはたんまり存在しているのにと憤慨するたまを宥めながら緋桐は銀座へ向かおうと馬車を呼ぶ。頬を膨らませるたまは正治を横目で見据えながら唇を尖らせた。 「帝都にぶさいくさんなんて山ほどいるんだもの……。美人猫さんだってたんまりと存在しているもの……。そんなの情報にならないわ」  自分の依頼をそっちのけでぶさいくな猫を探せなんて堪らない。たまを馬車へと乗せて、気まずいと視線を外へやったままの正治に笑いをこらえて緋桐はたまと向き直った。 「馬車の中だからちゃんと話しをしようね」  馬の蹄の音と馬車の車輪が回る音がする。拗ねたたまに緋桐は「正治」と傍らの友人へと呼びかける。 「尻尾が二本あって、言葉を喋るぶさいくな猫ってちゃんと言わなきゃ分からないだろう?」 「そっちの方が分かる訳なかろ!」  またしてもたまは吼えた。さも当然のように妖怪を探す依頼だった時、人間はどんな顔をするべきなのだろうか? そもそもだ、そもそも妖怪は当たり前のこととして、現世に『存在してはいけない』ものだ。緋桐がその身に流れる血に妖怪というものを孕んでいようとも、蛇の店主が店を営んでいようとも、だ。普通の人間の前には妖怪は存在してはいけないのだ。  それを言い出してはキリもない。たま自身も幽霊退治を依頼したのだから。 「……それで、なんで妖怪の猫ちゃん何ですか?」 「……いや、何分訳ありな猫でな」  もごもごと幾度も口の中で繰り返す正治はどう説明したものかと珍しく緋桐へ視線を送っている。  足を組み窓の外へを視線を投げる彼は正治の視線に気づかぬ儘、茫としている。金の瞳は何処か胡乱だ。 「……あの?」  いつもの調子なら楽し気に笑って小粋な冗談を交えるであろう彼は小さく舌打ちをひとつ。子供のかんばせには似合わぬ大人びた態度にたまはびくりと肩を揺らした。 「ああ、今日も正しい意味で晴れてはいないからな」  彼の態度に何かを悟った様に正治は視線を落とす。先程、簪を付けた際に緋桐がたまに持たせた小さな鞄にはびいどろを思わせる粒が入っていた。 「狐塚」  慣れた手付きでいくつか掴んだ正治が緋桐へとそれを差し出す。たまには一体それが何であるかは分からない――『健康体』であったたまには、薬であることなど、判らない筈なのだ。 「……正治、たまちゃんの前で薬は出さないで」 「お薬……?」  やっぱり、と呟いたことにも彼女は気付かない。  正治の掌からすぐにそれを奪って緋桐は何食わぬ顔で笑みを溢した。 「依頼の話をするのだったね。彼女は化け猫ちゃんなんだけどさ、まあ、ブサイクって言われるのは猫の姿だけでさ……その実、千里眼持ちだとか美女に化けるだとか言われているんだ」  新聞に載っちゃう恥ずかしいお話だと笑う緋桐に普段通りだと安心したたまは僅かに首傾ぐ。今までしおらしい態度だっただけに、突然の豹変に聊かついていけない。 「わ、」  どう反応するのが正しいのだろうか。恥ずかしいと顔を隠し、ちらりとこちらを伺った狐。その態度に普段の自分なら飛び出して思わず殴りつけているだろう――さあ、どうするべきか。  答えは、ひとつだった。 「わぁ~、ききたいなぁ~」 「たまちゃん、無理しなくていいよ。ごめんね」  にたりと笑った緋桐にたまの惑いはバレていた。  一々演技掛った口調で話すという事には数日間の間に良く理解してたが、真面目でない相手の反応には惑ってしまう。 『真面目な人間が周囲に多かった』からか――それとも。 「狐塚、冗談は止してそろそろ説明してやれ」 「お前が出来ないからって押し付けておいてそれかい?」  何処か拗ねたように言う緋桐は「美人に化ける化け猫ちゃんって言葉がぴったりだよ」とその言葉をつづけた。 「化け猫……」 「そう、さっきの蛇やオレと一緒。妖怪はどんなところにも存在するんだ。中々に美人に化けるもんだからね。お役人さんが一目惚れ。ううん、事件だ」  面白おかしく言ってのける緋桐。時代も時代だ。たまは世相に疎いためにあまりその辺りは理解していないが、成金が増え、中流層には民主主義が台頭したこのご時世だ。スキャンダルともとられるネタは大正デモクラシーだなんだかんだと騒がしい時代にあまりにも似つかわしくない。化け猫に惚れた役人だと周囲に流れてしまえば、政府が『妖怪』の存在を見つめたとゴシップにされてしまう。 「つまりは、化け猫に惚れた役人はどうしても彼女を探したい。だが、相手は妖だ。下手にそれが出回れば、妖の存在が世間を騒がせ、統治に響くかもしれない――だからこそ、狐に頼んだ、と」 「娯楽でやってる探偵業だってね、お客さんがいなきゃつまらないでしょ。正治が『持って』来てくれた仕事だし?」  ちらりと視線をやる緋桐に「借りを返した」とだけ告げる正治。本当に腐れ縁なのかしらんとたまは朝食の準備まで担当する正治と緋桐の関係性を計り知れないと首を傾いだ。  外見からは分からないが中身だけを見れば年下の男を虐める兄貴分という図式が出来上がっている。そう思えば、このような貸し借り勘定がまかり通る関係も男同士の友情らしくてよいのだろう。  つまり、正治はパシりなのか、とたまは一人で結論に至るが――「今、よからぬことを考えただろう」  勘が鋭い青年将校だ。  ぎろりと睨みつけるその視線にたまは肩を竦め、慌てて馬車の外へと視線を送った。  往来は賑わい、走り抜けるバスから立ち上った砂埃が何処か擽ったい。たまは到着だと告げる緋桐に手を引かれ馬車をゆっくりと降りた。  見慣れぬ街は人々でごった返し、愛らしく着飾った女性たちが西洋の傘を開いて語り合う。フルーツパーラーに視線を奪われたたまの手をくいくいと何度も引いて緋桐は困った様に首を傾いだ。 「そんなに行きたい?」 「……いえ、その、そんなことは――」  行ったことないのだから興味がないわけではない。  今度はたまが口の中でもごもごと言う番だった。  曇天に昏く見えた街中を困った様に笑った緋桐に手を引かれ進んでゆく。フルーツパーラーは今度ね、と何となく付け加えられた言葉にたまは小さく頷いた。 「それで、どこへ?」 「……さあ? どこだろうね」  帽子をかぶり大衆向けの新聞を手に政治がどうだと議論を酌み交わす紳士や学生の間を擦り抜ければ、気づけば路地の中。往来の賑わいとは違った雰囲気を感じさせた。たまはその異様な空気に慣れないと背後をゆったりと歩く正治へと視線を向けた。  目線はやや下向きに。議論を酌み交わす青年たちとは目を合わせぬように息を殺した青年将校にとって、彼らは異教徒と呼ぶにふさわしいのかもしれなかった。  どうしたものかと視線をうろつかせるたまはぴたりと緋桐が止まった事に気づく。慌てて一歩下がった彼女の前には古びた活動写真感。木造建築なのであろうか、傾いだ看板が風にばたりばたりと音たてて揺れている。  周囲に転がった酒瓶をブーツの爪先でつん、と触ってたまはぱちくりと瞬いた。 「ここ――」  古びているからか、何処かいかがわしい場所に見える。清廉潔白な少女としては頬を赤らめずにはいられないとたまは目線を下げた。  幻灯機が置かれたこの場所は表通りの人気の場所……なのだが、古びた活動写真館となれば状況が違う。裏にヒッソリと隠れたその場所では女学生にはとても口にできないものの上映が行われているに違いなかった。  それが、たまの妄想上のものだとしても、緋桐は見逃さない。 「どうしたの? 厭らしい事でも考えた?」 「え!?」 「……やだなぁ、図星? オレ、『君』みたいなのに興味はないよ」 「失礼ね!?」  含みのある言い方をされ、カチンとくるたまに緋桐はさも当然でしょうという顔をした。  一方で、その言葉に引っ掛かりを感じた正治が首を傾げたが、緋桐は正治の様子を見て見ぬ振りをしてずんずんと活動写真館の中へと足を進めた。 「ちょ、ちょっと、緋桐さん? 話は終わってないっ!」  慌てて走り緋桐の許へと飛び込む。ぐん、とたまに腕を引かれれば、小さな緋桐の躰は簡単に傾ぐ。  頬を赤らめ、眉を寄せて抗議がましい顔をしたたまは「あのねえ」と緋桐に向き直る。 「確かに私、ちょっと体が弱くって内気ですけ……ん? 私、明るく元気な事がとりえで、ええと……」 「それ、誰の話?」  唇を尖らせ話して居たたまの足がぴたりと止まる。  緋桐の言葉に何故だか竦んでしまった。彼の煌めく金の瞳が濁って見える――まるで、血の色のような……その感覚にたまの背には何か嫌な気配が流れた。  ぞ、とした感覚を振り払う様に「やだなあ」と小さく笑う。 「たまちゃん?」  彼の声は、彼の瞳は全てを見透かすようだから――誰の話、それは、  明るく元気な事が取り柄で女学校は途中で行かなくなった……。  大好きな友達がいて、風鈴が……。  ちりん―― 「たま?」  訝しげに覗きこむ正治の顔が真っ正面にある。小さく首を振り、なんでもないのと囁いたたまの事を緋桐はじっと見つめていた。  胸の中を擽られる感覚がする。まるで見透かされているかのような瞳が――気持ち悪くて。 「緋桐さん……その目、止めて下さい。怖いんですけど」 「ああ、ごめん。つい」  見ちゃった、と初めて会った時と同じような人懐っこい子供のような笑みを浮かべる緋桐にたまは居心地の悪さを感じる。彼のその笑顔は嘘が塗り固められたものだと、何となくだが知ってしまったからだろうか。 「狐塚」と嗜める様に呼んだ正治は緋桐の代わりにすまないと小さく頭を下げる。 「あ、あの……正治さんのせいじゃないのよ」  髪飾りをくれて少しは見直したのに。ああやってすぐにからかうのだから――ひょっとして贈り物をしたはいいけれど、似合っていないとでも言いたいのかしら! (全く、失礼な人っ!)  頬を膨らませた少女はずんずんと活動写真館の中を進んでいく。  先ほどまでの恥じらいも何もかも忘れてしまったように彼女は苛立ったように場を踏み荒らす。緋桐なんて置いていくという様に進むたまに「たーまーちゃーん」と彼の声が聞こえた。 「転ぶよー」と続いた言葉の通り、ずる、とたまの足は縺れた。 「痛いっ! もうっ!!」 「がっ」  転んだ姿勢から勢いよく起き上った……ものの……今――?  緋桐の笑い声が聞え、慌てて振り返るたまの目の前では勢いよく後ろに倒れ込んでいる正治。もしかして、とたまの血の気が引いていく。転んだからと手を貸してくれようとしていたのに気付かずに勢いよく起き上がったせいで彼の顎へと攻撃を喰らわせてしまったのだろう。  そういえば、後頭部が痛い……。 「え、えっ!? 正治さん、大丈夫ですか!?」 「あ、ああ……石頭だな……」  褒められてるのかしらん、と微妙な気持ちになりながらたまは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。  けらけらと笑う緋桐は怒ることも泣くこともできず曖昧な表情を見せる正治が面白いという様に両の手を叩き始める。 「も、もう、緋桐さんの笑い上戸!」  正治に手を差し伸べたまま、たまは頬を膨らませる。 「ご、ごめんね……面白いなあ……――とか言ってたら、おでましかな?」  涙を滲ませた金の瞳を揺らす緋桐はゆっくりと顔をあげる。暗がりの奥へと視線を向けた彼につられてたまと正治もそちらへ視線をむけた。  何かが、歩いてくる音がする。草履がぺたぺた地面を擦る音でなければブーツや靴底がぶつかる音でもない。それでも闇の中に目を凝らせば何か白いものが此方へ向かってくる事だけはわかる。 「……何……?」  身構えるたまの腕を掴み、庇う様に前へと出る正治。二人に走る緊張は緋桐の許にくる依頼が大概『オカシナモノ』だという共通認識があるからだろうか。  白い存在はどうやら思ったよりも小さい。人間ではなく、犬よりも小さな――動物だろうか。  奥から歩いてくる存在へと警戒心を露わにする正治の前をゆっくりと進む緋桐は肩を竦めて小さく笑った。 「うるさいのぉ」  聞こえた声は、老婆を思わせる。 「やあ、君は相変わらずだね? 元気だったかな?」  そこに居たのは、ずんぐりむっくりとした、白い猫だった。
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usamin0325 · 7 years
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民主主義
アメ村よりやや北、恐らくあの界隈は南船場というのであろうか、そこにある如何にもお洒落なマンションの地下にある文壇バーで、民主主義が絶対的に正しいという前提で若い男の客と恰幅のいい中年のマスターとの議論が進んで行く過程をぼんやり眺める機会が先日あった。場末な雰囲気が好きな私のような偏屈な人間には、そこでは用が全くなさそうだった。第一、禁煙なのが気にくわなかった。付け加えて店に置いてある本も、書店にある様なものばかりで、文壇バーというよりは、尤も読書バーといったほうが良さそうだった。スタンダールの「赤と黒」があったのは評価してもいいけれど、私の嫌いな村上春樹、村上龍、吉本ばなな、椎名誠などの本が如何にもカウンターから取りやすい位置にあったので、無性に腹が立った。誤解恐れずに言えば、これら作家が日本を駄目にした連中と断じているのだ。 本当にすごく清潔な酒場で、貧乏な小生など無縁で、身持ちの良い人しか訪れない印象を受けた。私の様な偏屈極まりない性格の上に人生の失敗談を聞き集める悪い趣味のある者にとって、なんとも居心地の悪いところであったことは明らかであった。 その為、特段、積極的にその場にいる人に話しかけたりはせず、出されたビールを飲みながら、その議論を聞くより他になかった。それにここにいる客は皆、取り澄ました優等生みたいで劣等生の私とは全く気が合わなさそう感じもした。 段々に、議論が白熱するにつれ、ここのマスターが芥川賞作家ということが分かり、マスコミが振りまくデマを素直に信じ込み、ここまで民主主義を礼賛する作家がいるのは如何なものかと、実に馬鹿馬鹿しい気持になって、場違いな場所に入ってしまったと、私は直ぐに後悔した。大体、私は民主主義が嫌いで、文明の敵であるとすら思うのだ。といって独裁も好まない。換言すれば、税金も安くて治安もそれなりに良くて、仕事にあぶれず、平均的な生活さえ出来れば、政治体制など、軍事政権だろうが、武家政権であろうが、貴族政治であろうが、特に気にかけないというのが、私の本音であるが、しかし民主主義全般については同意しかねるのだ。そうとも、こんな人気取りのおかげで人々の生活が日が経つにつれて苦しくなったのは明白なのだから。 安易に先導者を信じ込む世間の風潮には目を瞑りたくなるほどだ。その結果、人々は分断されている、もうそろそろこの事に気付いた方がいいのではないか? 昨今、民間の知恵や活力を生かしてなどとふざけた事を吐いている政治家や事業家、文化人、学者などを崇める傾向が大衆にはある様だが、それは政治家や官僚に公の仕事から手を退いてしまうよう促すことに過ぎないと、何故、誰もこの事を言わないのかと私などは不思議でならないものだ。 最近、日本の農産物の種子の多様性と固有性を各地方公共団体に保護を義務付ける種子法の廃止が閣議決定から衆参の議論もままならないままに、瞬く間に成立したのがそのいい例である。何故、公共の手で保護していたものを早急に民間の手に渡すことが許されたのか?ー即ち、長い歴史をかけて作られた公共財を特定企業が私有化する事について、込み入った議論とかなり専門性と先見性を要する議論の蓄積無くして、許されて良いものであろうかと、この私にでも疑問に思う。 これが成立した暁には、遺伝子組み換え食品が市場に氾濫し、穀物種子価格の高騰は避けられず、インドでもあったように、食の安全が多国籍企業に乗っ取られ、その挙句、安定的な食糧供給が間違いなく難しくなる。この問題の厄介なところは特許が絡んでいる。農家がある会社が取った特許に反した場合、法外な違約金が発生する。すると、農家は莫大な借金を抱えてその支払いに追われて廃業になることは火を見るよりも明らかだ。つまり、この種子法廃止は日本の農業を機能不全にさせるだけではなく、子々孫々まで安全で安心な食料供給が不能にさせる事になる。たかが、金儲けのためだけに、取り返しのつかぬ事態になる。 愚かにもこのことについて、しっかり��その危険性を報じ、現政権を批判したメディアは残念ながら、日本にはほぼ無かった。あろうことか、日本経済新聞などがこれに対して絶賛する記事まで書いていた。私は、「何が日本経済新聞や!全く売国新聞やろ!」と、思わず大きな声で我を忘れて息巻いてしまい、隣にいた彼女がびっくりして、「どうかしたん?」その後、種子法廃止法案について一連の流れを説明するのが面倒くさかったが、止むを得ず、丁寧に説明すると、「はあ?何それ?でら卑怯やん!」尤もである。 おまけにデフレは当然だなんて記事まで御用学者どもに書かせていやがる。これがグローバルスタンダードならば、グローバルなんてしょうもないことだろう。どうやら、日本人が皆貧乏になっていくことが彼ら体制側のお望みらしい。 全くもって教育に高い金まで払わせた挙句、衰退へと招き兼ねないグローバルな理論を振りかざして、今でも学校側がいい気になっているのが、腹立たしくて堪らない。いつの日か、ぶっ潰してやりたいほどだ。 「くそったれ!お前らの高給のために汗水垂らして稼いだ金を形はどうあれ、献納する学生諸氏の気持など、お前ら職員どもにわかってたまるか!」 今回の様に政治家や事業家を筆頭に、現代の指導層は、何をもって食の安全を放棄してまで、即ち、国民の生活を犠牲にしてまで、民間の活力を活かせないといけないのか? きっと民主主義なんて、もともと機能しておらず、民主主義という言葉自体が煽られやすい大衆の数を集める勢力合戦の為の方便にすぎないからではないかと、私は疑ってかかってみたくなるものだ。 そのために私は民主主義などちっとも信じていない。多数派は歴史から常に忘却されて来た存在ではないか?そしてあの敗戦の主たる原因は、別に軍部や官僚などが判断を誤ってしまったことではなく、寧ろ、「賛成だ賛成だ、そうだ玉砕だ、こんなことを言うお前は非国民だ」などと、皆揃ってわいわい騒いでしまった事にあるということを考えれば、大衆の言うことなんて愚にもつかないことで、寧ろ、信じるに足らない世論を信じてしまえば、後でとんでもない目に遭う、私にはそう思えてならず、流行なんてものは所詮水物だと実に冷ややかな目で世相を眺めてしまう。 維新の会の橋下一派の連中がマスコミで大きく取り上げられていた頃、あれは5、6年前であろうか、あの時も私は半信半疑であの熱狂を眺めていたものだが、今になってみれば、奴らのせいで大阪をはじめとする関西の文化伝統は東京資本に乗っ取られ、破れかぶれな大阪の雰囲気を感じるのにもジメジメした路地裏にまで出向かないといけなくなった。あいつらがヒーローやなんていう奴は単なる世間知らずのアホか、恵まれているご子息であろう。インテリほどこんな馬鹿げた話を信じるのだ、「大阪を改革し、魅力的な街にします!」 アホちゃう?何のための改革であるかが抜けとるぜ。どこに改革の必然性があるのんか?単なる目立つための方便かいな?それやったら、とっと失せてしまえ! 明治以後の大阪の基盤を創った五代友厚を語らず、安易に坂本龍馬を引き合いに出す、ああ無知とはこのことであろう。何が維新?やりたいことは悉く我田引水そのものだと、世間はなぜ見抜けないのか?私は世間の教養が如何に衰えたかをそこに見る。坂本龍馬で町興しをしている土佐方の人々に申し訳ないが、奴は司馬遼太郎が持ち上げたほどできた人間ではないと訝ってしまい、寧ろ取り上げるべきは、西南戦争で不慮な死を遂げた西郷隆盛ではないかと思うものである。文明の矛盾に挟まれてもなお、信仰を持ってそれを守ろうとして生きた人間こそ、本来、語るべき人間ではないかと。 本来、文学者というものは、世の中にある、定説、定理、主流、常識、流行、世論を疑い、そこにある真理を掴み解釈し、それを自分の言葉で語りかけるのが仕事ではないのかと、斜に構えた風にしたり顔で民主主義を礼賛するこの中年の作家を見て思い、何だかこれから勇んで私が入り込もうとする文壇という世界はどうやら途轍もなく無聊なものらしいと私は邪推してしまった。 ある時、よっ!劣等生!これからはお前の時代やでと、言われていい気になっていたが、世間はリーマン型の作家を欲しているようだ。そうね、「火花」みたいな凡庸な作品がかけるような奴が今の文壇にはいいみたいやね。まあ、これだから、世間は無菌室のような潔癖を好むのだろう。しかし、人間なんてものは無菌状態のなかにあってすら、潔癖に成り得ない。何故ならどうしても欲というものは、永久に消え去らないのだから。そうでしょ? 「君、今の話を聞いてどう思うん?」 「え?あいにく、私は民主主義なんてものになんてこれっぽっちも期待してないし、というか、嫌いですね。人気取りだけで、そのせいでしょうか、普通の若い子らなんてとんでもないほど貧乏ですぜ、こんな有様を見て、民主主義?馬鹿じゃないですか??」 この酒場ではとてもこんな会話になんてなるはずもないと、幾らトンマな私でも察しがつく。おまけにこの作家は創作に関する苦労について実に偉そうに話をしていたのがエラく癪に触って、苦労話を堂々とする奴に限ってろくな奴はおらへんもんやわと、私はこの時、溜飲を下げようとしたが、やはり無駄だった。そしてイライラが募り、無性にタバコが吸いたくてたまらなかったので、とっと引き揚げようと出されたビールを勢いよく飲み干すと直ぐに、「お勘定を。」と、振り返りもせずにそこを出た。 一見の客と店主、それだけの関係に過ぎない。 全く無意味な場所に来てしまったと落胆している、ちょうどそのところへ、折良くここを紹介した知り合いの出版社の奴からラインが来て、 「いかがです??」 なんとも場違いで俺には合わなんだ、何でこんなところを紹介したん?と、怒りを込めて返したいところであったが、そこは一旦我慢して返事もせずに、長堀橋駅から地下鉄に乗り込んで一路、中崎町に向かった。そこには馴染みの店が何軒かあるし、このクサクサした気持を忘れて、どうせ宿無しで来たんやから、朝までやっている安い酒場で一晩、その場にいる風変わりな連中と喋り通しで明かせば良いと考えていたからだ。その方がまず気兼ねなどしなくていい上に、面倒な人々の話こそ、今後の糧になるのだから儲けものだ。それにどうも洒落込んだところは居心地がわるい。 それだから友人知人などから結婚式の誘いがあったりするとその途端に、心臓が変な拍子でバクバク鼓動した挙句、オロオロしてしまい、別に都合なんて悪くないのに、都合があって欠席しますと返信するのだ。わざわざお祝いの言葉を言うために3万かそこら払って式に出て、友人らの行うこちらが却って反応に困ってしまうような余興などみたり、新郎が新婦の上司なんかがする冗長な挨拶など聴いたりして、「ああ、俺には縁遠い世界の人々が世間では主流なんやな、俺は結局、それに馴染めないくだらない人間なんやな」などと肩身の狭い思いをするだけで、どうも私にはその雰囲気には耐えられない。それに結婚式をやるのに大枚を叩くぐらいなら、その金を今後の資金に充てた方がどう考えても賢明であろう。こんな事をやりたがるものだから、いつまでも見栄っ張りが収まらず、人々は交友関係で病んでしまうのではなかろうか、そんな暴論めいたことを考えずにはいられない。それに昔っから日本にこんな風習があったとはとても思えない。きっと冠婚葬祭の儀を仕切っていた村社会を悉く破壊してきた故にこんな馬鹿な金の使い方をするのだろう。そうした式を行うことで自分たちは無縁ではないのだといいたいのだろうか?明治以後、自らそれを破壊しておいて、遠回しにその埋め合わせをしていることにそろそろ気付きなはれな。多分、グローバル化だかイノベーションだか改革だかなんだか知らないが、そんな流行が本当に生活の足しになったのかならなかったのか、これで分かるのではないか? それに出世街道に乗り遅れた連中にとって、学生時代からの友人から届く結婚式の招待状ほど嫌なものはないだろう。例えば、「俺、派遣やし」と、隔絶された身分を肌身にはっきりと感じて友人の結婚式に出れない人がいるであろうに。そんなことを考えると尚の事、現代社会というものは身近なところでも悉く分断されているんやなとつくづく思うものである。身分の違いを引き目に感じるという形で、交流することに躊躇させる有様であるから、実に厭らしいものである。本来、こんな格差はあってはならない筈だったのに、どうしてそれが当たり前になったのか、う、うん、分からぬ。ってな具合で私は地下鉄の車内で考え込んでいた。 考えにふけり過ぎて、扇町駅で降りるところを私は、一つ前の南森町駅で降りてしまった。平生の私らしく、その事など気に留めずにすぐに気持を切り替えて、そういや、中村屋のコロッケ、随分食っていないものだと思い出して、天神橋筋商店街を南に向かうも、日も暮れていた時分だとてやはり営業はしておらず、名古屋に都落ちして以降、ここのコロッケとは相変わらず無縁だと落胆して、北へと踵を返し、全く破れかぶれな青春時代を過ごしたものだと改めて痛感した。そしてこの商店街を北に進むと新たに大学の小綺麗な施設が出来ており、俄かに苛立ったのでその軒先に唾を思いっきり多めに吐いた。行き所を失った私の憤りが本当の意味で発散される事はあるのであろうか、きっとそんな事はない、私はこのまま世間に知られる事なく終わるのだ、考える事、考える事、陰気臭い事ばかりやないか?これだから俺は気狂いなのだ。 どちらに転ぼうとも確実に早死の運命だ。私の行く手には「死」の壁しかないようだ。サラリーマン生活もそう長続きしそうにない。つまりどん詰まり。このまま、中村屋のコロッケを食べて、いやああの頃はくさくさしておりましたよと談笑することもなさそうだ。 ここ最近、出入りする天五中崎町商店街の飲み屋はいずれも相変わらず、マルチや新興宗教の勧誘する多弁な年増の女たち、落ちぶれて酒しか関心が無くなったミュージシャンやダンサー、ポン中で終始ラリっている作家崩れ、痛々しい写真家、窓ぎわ社員など、ありとあらゆる駄目な人間でごった返していた。 いつも行く立ち飲み屋は食べログに載っているせいで、ミーハーな連中も増えたらしく全くクソやね。私が好むのは、何しか問題を抱えていそうな面倒臭い連中である。これほどの題材はない。 「安倍政権が成立させようとする共謀罪の法律は我々国民の自由を侵害するんやで、せやから、政治に注目せんとあかん」 全く的外れな政権批判をするのは斜に構えた作家崩れ。 「アホ!今の日本の問題は、デフレ経済と主体性なき安全保障やろ?ことに種子法の撤廃は…」と、管を巻くのは私。 「あの人はなんでこうもわがままなんやろね?電車も走っていないのに、勝手に帰ったりして」 恋に身を滅ぼしそうなのは、中年の窓ぎわ社員。 「この美顔器を使えば、きっとあなたの生活もよくなるはずやで!」 こう所構わずにマルチの勧誘をするのは、淡路島から遥々やって来た年増の多弁な女。 私の本質は変わらない、どうも周囲に集まるのは曲者ばかりだ。ちょいと、お前さん、なんで名古屋から大阪までわざわざ来はるん?そうね、文芸の集まりと名ばかりでほとんど面倒くさい連中に取り入って飯の種を肥やすのです。こんな事を言って許される所は他にないだろう。もし、西成の職安でこんな事を言ったら袋だたきに遭うだろう。 それでよい。その場で気軽に話せればそれでよいではないか。 第一、名古屋の文芸同人会には、老年の文芸趣味の奴らと、喧嘩をやらかして既に居場所すらない。そこで大阪までやって来たものの、ラノベを書いている気弱な連中ばかりでちっとも議論にならず、張り合いをなくして、そこでも居場所はない。何においても全くの孤独。 孤立無援の気まま居士、悪くはない。 こうでもしないと、人間性を無条件に礼賛するだけの白痴になりそうだ。 そして、今、サラリーマンをやりながら、暮らしを立てているものの、人間の本質という大きな課題を前に頭がいつもぼんやりするようになり、もはや取り返しのつかないミスを繰り返して、会社ですら私の居場所は危ぶまれている。 そのお陰でビジネスというものが、実に退屈で、人々の自尊心を満たすためだけの道具に過ぎない代物ではないかと疑うようになり、ここまでビジネスが優先される世の中は味気なさが身に染みて分かるようになった。 こんな私が見る民主主義のこの儚さは、おそらく大方の人間にとって、視野狭窄による誤解に過ぎないかもしれないが、しかし、こうして孤独の中から見ると、多少の自惚れがあるとはいえ、やはり、それは視野狭窄ではなく、かなり切実な考察ではないかと思われてくる。 即ち、民主主義は、基本的人権の尊重、平等、博愛、自由を前提にする以上、家族、組織、会社などを個別化し、最終的には、人々を無縁化する危険性があるのだと。 以上、私が数が勝るこの民主主義社会についてどうしても言いたいことの中で、これが一番に言いたいこと。
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azure358 · 6 years
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--深海人形-- グノーシスの偶像、その黄昏〜Yang Weng-li’s Beginning.
※…伝説と伝染って、同じようで違うね。(※テンゲン取説並感)
※ーー怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……。ーーフリードリヒ・ニーチェ
…。
親は害悪で邪悪。そう思わない人は、逆に不幸だ。
…某漫画レビュージャンルのベスト10入りランカーアメブロガーさん、…それに、某同人出身格ゲーの非常識モラルハザード勢達、それに、何処まっでもしつこいネタパク腐豚BBA達……、卿は(※まだまだ)見ているね?(※��笑み)
…卿等は(※未だに)見ているね?(※微笑み)
…漫画自体は嫌いです。…だけど、その作品の媒体が漫画だから。…この記事を、読んでいる貴方だけでも、人生のほとんどを、文字ばかりの本で埋め尽くしてください。
ーー笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである。
ーー 一切の書かれたもののうち、私はただその人がその血をもって書いたものだけを愛する。
ーーフリードリヒ・ニーチェ
…いつの世にも、若くして死ぬべき人間はいる……、…そして、それに沿って、若くして死ぬ人間は、必ず、居る…、……そう思えない方が、人間として異常なのだ……、
…33年生きようが、80年、100年生きようが、23年生きようが、…大方、結局は、本質的には、大差が無いのに、人は『寿命の長短』とやらで騒ぎたがる。…『寿長ければ恥多し』!
……長生きなんて、本当に、馬鹿馬鹿しい。…妹の死が、私をそう言う悟り(※一種のかつある種の!)に到達させる。世の中の若者が、昔よりも、ずっと(※それこそバカみたいに)、早死にしなくなったから、世の人々は、長寿は全く当たり前の事だと思い始めて、人生と言う人生自体を舐め腐るようになった。…本来なら、言うまでも無い事では無いのだがーーはっきり言えば、この過去の時代に対しての傲慢不遜な態度で溢れかえる現代でも、天寿を全う出来て当たり前では無い!…長寿は、並々ならぬ、非凡で珍重な物なのだ。…そして、今時の、そのほとんどは、『無駄な長生き』だ。そのような老い耄れ共が、長寿のありがたみを汚す。無能な老い耄れほど、出来るだけ長く生きたがる。…貴方は、自分の矮小な自我になんて敗けず、立ち去るべき時に、立ち去りなさい。
…一種の厭世主義者、ニヒリストとしての、ヤン提督(※=擬人化された民主主義の限界)。
…私達きょうだいが愛したのは、梅の花。…それでも……、(※ーー仏には 桜の花を 奉れ 我がのちの世の 人とぶらはば ーー西行)、
…ヴィジュアル系塾生(※新語)。
鴻元くん「…鄧罦傑(※デン・フージー)の大馬鹿ダサ野郎!(※ミッタさん並感)」
罦傑「…遅ぇーじゃねーか、朱鴻元(※ジュ・フォァンヤン)」
※…言うまでもなく、ロイエ並感(※アナゴさん)。
…この二人で、『この双璧』みたいに、夜に酒飲みながら、トランプでカードゲームしてる所を妄想したら、胸、ときめいた(※ 『剣に生き…』フラグ)、
…銀英伝アニメ旧作、殺傷力高すぎる。心死んだ(※…特に、『魔術師、還らず』、『祭りの後』)。
…昨日のYOUに出て来た、ドイツのスケボーレジェンドが、マジで、どう見ても、リアルシェーンコップだったので、…本当の不良中年の方も、是非、スケボーをそんな感じで、乗り回して欲しい(※欲求に忠実な文章)。東京五輪大舞闘會(←※なぁにこれぇ……?)に出場出来るレベルくらいに(※無 理 )
…あと、原作で、既に、雪波単輳艇(※スノボー)乗り回してた鴻元くんも、ハイカラチャラチャラスケボー大僧正(??)として、スケボーして↑のシェーンコップさんと同じ感じではっぁーひゃふー!して欲しい(※カオス)!!
…楽しくスノボーする鴻元くんに対抗して、スケボーはじめる罦傑も中々良くない?(※何処が?)。
…長生きするにしても、面白い人生で無いと………(※不良中年並感)。
ココ…ニ…カヨワナイシ…。……カヨエナイ……ヨッ!
モウイヤダ…テ…イッテイルノニ…。………。シニタイ…ヨォ…。
通勤って何だろう。社会不適合者を早く殺す為の処置かな。
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eurychphanpelcael · 22 days
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“飼いならした”はずの事象や事物に、気付けば自らが“飼いならされて”しまう。 この主従逆転ともいえる複雑化した愚かさこそ、人類が自己家畜化に適した獣であることの証明である。
We find ourselves being "tamed" by the events and the things that we thought we had "tamed". This complicated folly, which could be called a reversal of master-slave relationship, proves that mankind is a beast suited for self-domestication.
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eurychphanpelcael · 1 month
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かつて死は“当然の”喪失だった。 故に人類が生に無条件の価値を置いたとしても不思議はなかった。 だが現在、生が“当然の”存続と責任となった。 その結果、人類は死や非存在に価値を見出すに至った。
…では生と死が同じ“当然の”座に就いた未来、人類はどちらに価値を認めるだろうか?
In the past, death was a "natural" loss. Therefore, it was not surprising that humankind placed unconditional value on life. Now, however, life has become a "natural" continuation and responsibility. As a result, humanity has come to value death and non-existence.
… In the future, when life and death take the same "natural" place, which will humankind value more?
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