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#常盤ななか
yanarchy072 · 1 year
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・ ・ 『舞妓さんちのまかないさん』を一気観。 ・ 一話一話を観るたびにほっこりした。 覚悟のお話だね。 妬み嫉みのない優しい時間。 そんな世界になったらという願いなのかもしれない。 ・ #舞妓さんちのまかないさん #KiyoinKyoto #是枝裕和 #HirokazuKoreeda #小山愛子 #AikoKoyama ・ #森七菜 #出口夏希 ・ #蒔田彩珠 #橋本愛 #松岡茉優 #井浦新 ・ #松坂慶子 #常盤貴子 ・ #ドラマ #Netflixseries #ネトフリ #Netflix ・ #映画 #movie #ビバムビ #instamovie #moviestagram #instagood #instapic (Tokyo Japan) https://www.instagram.com/p/Cn41QJly4YK/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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monogusadictionary · 1 year
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本番で緊張せずに実力を出す方法はあるのか?
「緊張して、実力が出せなかった」という話をよく聞きます。  
私は元プロボクサーです。「殴られて死ぬかもしれない!」というリスクのあるプロボクシングの試合前は、プレッシャーと恐怖からほとんどのプロボクサーが極度の緊張状態にあります。  
私もこの緊張が嫌で嫌で、大好きなボクシングなのに試合直前で毎回やめたくなっていましたし、何より「この緊張さえなくなれば、もっと実力を発揮できるのに!」と悩んでいました。  そこで、私はプロボクサー時代、「『緊張』の正体を正確に理解できれば、それをなくすことができるのではないか?」と考え、まず緊張しているときと通常時の場合と比べて、体の中で、どんな変化が起こるのかを調べてみることにしました。
緊張時に起こる体の変化として、私が理解したことは以下のとおりです。
・戦うためのホルモン、ノルアドレナリンやアドレナリンが体内で放出される ・その結果、心臓の鼓動が早くなり、血圧が高くなる ・同時に肝臓に蓄えていたグリコーゲンが分解されブドウ糖になり、血糖値を上がる ・筋肉の血管が開き、筋肉に血液とブドウ糖(エネルギー)が送られる  
つまり、緊張により体は戦うために、筋肉をより動かしやすい状態にしていることがわかります。  
しかし、そうなると緊張をなくすことで「ボクシングのパフォーマンスが向上するはず!」と考えていたことに疑問が湧いてきたんです。  緊張により体は戦う準備をしているはずなのに、「緊張がなく、戦う準備がされていない体のほうがうまく動く!」と感じているのは理屈が合いません。車で例えるなら、エンジンの温まった状態のほうが当然、スムーズに速く走るはずですから。  
体は戦う準備ができているのにもかかわらず、パフォーマンスが落ちてしまうのはなぜか? さらに深く調べてみることにしました。
その後、水泳選手であるイアン・ソープの話をネット記事で見かけ、緊張状態で実力が発揮できない理由は、「これだ!」と思ったのを覚えています。
 ソープもかつては試合で実力を発揮できない選手だったといわれています。  そんな悩みを抱えるソープにメンタルトレーナーが送ったアドバイスが「両サイドのレーンで泳ぐ選手を気にせず、一人で泳いでいると思って、自分がコントロールできることだけに集中して泳いでみなさい」でした。  
自分がコントロールできることだけに集中するとは「手足の動かし方、力の抜き方、力の入れ方など自分の意思だけで100%自由にできることに集中する!」という意味です。  
ソープはこのように自分がコントロールできることのみに、心(マインド)をフォーカスし、試合で実力を発揮できるようになったとのこと。
 私はこの「自分のコントロールできる範囲のみに全集中する心」こそ、緊張状態で最高のパフォーマンスを発揮するための鍵だと思い、ボクシングの試合で何度も試しました。  
思い返してみると、練習時のスパーリングでは「自分が何をするのか?」をメインに考えて体を動かしているのに、試合になると緊張していつも相手のサイズ、相手が何をやってくるのか、リングのキャンバスの踏み心地、リングを照らすライトの明るさなど、練習では気にもならないようなことにいつも意識を取られていました。  
自分がコントロールできる範囲のことに全集中できていなかったのです。  
運動能力が低下したはずのキャリア終盤のほうが、あきらかにパフォーマンスがよかったのはこのことに気づけたからだと確信しています。
もちろんボクシングは水泳と違って、相手が攻撃してくるスポーツです。  水泳のように、自分だけの行為に集中するだけでうまくいくわけではないのですが、その中でも自分がコントロールできる範囲の部分により多くの意識を集中させるというのは、緊張状態でのパフォーマンスを上げるのにとても大事なことだと私は考えています。  
スポーツ心理学でよく話題にされる「ゾーン」という言葉を聞いたことはありますよね?  ゾーンは「超集中状態」とも呼ばれるもので、この状態にあるアスリートは、非常に高いパフォーマンスを発揮できるのです
私も一回だけですが、ボクシングの試合中にゾーンに入ったことがあります。「試合中に相手のパンチがスローに見えた!」と表現するしかないのですが、相手のパンチが飛んできている最中、妙にリラックスできていた事を覚えています。  
実際、このゾーンに入っているアスリートを調査したところ、ある共通点が見つかったそうです。
・極度の緊張状態にあること ・目の前の問題解決のために、全集中していること  つまり、緊張しているからこそ、入ることができるのがゾーンであり、緊張している状態というのは、マイナスどころか実は超ハイパフォーマンスを発揮するための環境が整っているということだと私は理解しています。
「どうすれば、緊張しなくなるのか?」「緊張しなくなれば、実力が発揮できるはず!」という考えからスタートした私がまさか「緊張したい!」と思うようになり、緊張することに喜びを感じれるようになるとは思ってもみませんでした。  
すでにお気づきだとは思いますが、これはアスリートだけのお話ではありません。緊張状態での高いパフォーマンスは、すべての人間に必要な能力だと思うからです。  
緊張やプレッシャーに弱いと思っている人ほど、以下の言葉を心の中で繰り返していただきたいです。
「緊張したら、自分がコントロールできることに全集中!」  あなたも必ず実力を発揮できると信じています。
https://nikkan-spa.jp/1881644/4
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yoga-onion · 7 months
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Legends and myths about trees
Celtic beliefs in trees (22)
G for Gort (Ivy) - September 30th - October 27th
“Spirit of the time when night is approaching – The Celtic Tree Calendar (Ref), Eleventh Month”
Star: moon: gemstone: opal,; gender: female; patron god: Ariadne, Artemis, Aranrod, Persiphae, Dionysos, Bacchus, Osiris; symbols: spirit, quest for enlightenment, warning, consequence + restraint, release + integration
The European Ivy (hedera helix, common ivy, or English ivy) is a evergreen tree, generally regarded as a 'entwining plant', and can be seen crawling up trees and brick walls, as well as on the ground in woodland. Ivy stems attach to the host tree by entangling with each other, with adhesive buds are attached to their roots. They creep up to a maximum height of nearly 30 m (about 9 ft). It grows ivy, like vines, but neither ivy nor vines are parasitic plants and nutrients are absorbed not from the host, but from roots that reach the ground and extend into the ground. The host merely provides 'support'.
People have long believed that Ivy has latent magical powers, which are closely related to the grapevine. The grape is the tree of Orisis (the Egyptian god of magic), Dionysus and Bacchus (the Roman god of wine), and their festivals all take place in October, the month of Ivy. Around the same time, the priestesses of Bacchus celebrated the festival of Bacchus, and the women, who drank a drink made from ivy, fly agaric or silver-dragon flower (monotropastrum humile), were so drunk with joy that they tore apart and dismembered anyone who stood in their way, be they men, children or animals. There are two festivals in honour of Dionysos: the Antesterion (Flower Riot) in spring and the Mysterion (Poison Mushroom Riot) in autumn.
The entwining habits of Ivy represent the cyclic motions of the stars and planets and their influence on our lives and activities. The spiralling orbit of the moon is a prime example. Ivy has the power to bind, but it also gives birth to a deep darkness, showing us that life is with death. It represents the wandering soul in search of enlightenment and cautions us not to let the trap of desire save our feet.
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木にまつわる伝説・神話
ケルト人の樹木の信仰 (22)
GはGort (キヅタ) - 9月30日~10月27日 
『夜が迫る頃の精霊 〜 ケルトの木の暦(参照)、11番目の月』
星: 月: 宝石: オパール; 性: 女性; 守護神: アリアドネ、アルテミス、アランロド、パーシファエ、ディオニソス、バッカス、オシリス; シンボル: 精霊、悟りの探求、警告、結果+抑制、解放+統合
常緑樹のアイビー (セイヨウヅタ)は、一般的に「よじ登る植物」と見なされており、樹木やレンガの壁、森林の地面に這い上がっているのを見ることができる。アイビーの茎は互いに絡まり合いながら宿主の木に取りつくが、その根には粘着力のある吸盤のような付着根がついている。最長30m (約9ft) 近い高さにまで這い上がる。ツタを伸ばすのはブドウと同じだが、アイビーもブドウも寄生植物ではなく、養分を宿主から吸収することはなく、養分は宿主ではなく、地面に達して根を伸ばし、そこから吸収する。宿主はただ「支え」としているに過ぎない。
ヴィクトリア朝の英国ではアイビーは大変な人気を呼び、終いには装飾用に室内にまで這わせることもあり、アイビーは18世紀の英国で高まりを見せた「ゴシック・リバイバル様式」の古典的な植物だった。こうしてアイビーは今日、園芸の植物として不動の地位を築いている。
古くから、アイビーには潜在的な魔力があると信じられてきたが、それはブドウの木と密接な関係がある。ブドウはオリシス (エジプトの魔術の神)、ディオニソス、バッカス (ローマ神話の酒の神)の木であり、彼らの祭りはすべてアイビーの月である10月に行われる。同じ頃にはバッカスの巫女たちがバッカス祭を祝い、アイビーやベニテングダケやギンリョウソウから作られた飲み物を飲んだ女性たちが、歓喜に酔いしれて、行くてをはばむ者は男だろうが、子供だろうが、獣だろうが、引き裂いてバラバラにしたという。ディオニソスを称える祭は、春のアンテステリオン (花の暴動)と、秋のミュステリオン (毒キノコの暴動)の2つがある。
アイビーの絡みつく習性は、星や惑星の周期的な運動と、それらが私たちの生活や活動に及ぼす影響を表している。螺旋を描く月の軌道はその典型である。アイビーは束縛する力を持つが、同時に深い闇を生み、生が死と共にあることを示している。悟りを求めてさまよう魂を表し、欲望の罠に足をすくわれないようにと戒める。
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lierrelearns · 3 months
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国指定史跡 小田原城跡 本丸東堀跡 Ruin of Honmaru Moat
江戸時代の小田原城は、本丸を堀が囲んでいました。この絵図によると、堀は二の丸堀とつながる水堀となっています。発掘調査によって、この本丸東堀の一位が確認され、最も幅があるところでは20m以上もあることがわかりました。そこでこのたび、植木と盛り土により堀の形を表現し、整備しました。この堀を渡るために架けられていたのが常盤木橋で、水鳥の池は堀の名残と言えます。
小田原市教育委員会
文久図 小田原城天守閣蔵
Vocab 史跡(しせき)historic site, historic landmark 絵図(えず)illustration, drawing 水堀(みずほり)moat 発掘調査(はっくつちょうさ)excavation, dig 幅(はば)width, breadth 植木(うえき)garden shrubs, trees, potted plant 盛り土(もりど)embankment (for road, railway) 表現(ひょうげん)expression, representation, description 整備(せいび)development, preparation, equipment 架ける(かける)to build (a bridge, etc.) 常盤木(ときわぎ)Tokiwagi 木橋(もっきょう)wooden bridge 水鳥(みずとり)waterfowl 名残(なごり)remains, traces, vestiges, relics 文久(ぶんきゅう)Bunkyu era (2.19.1861-2.20.1864) 天守閣(てんしゅかく)castle, keep, donjon 蔵(ぞう)possession (suffix)
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jaguarmen99 · 9 months
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594 名前:774RR (ワッチョイ 7f6e-cXLV)[sage] 投稿日:2023/07/22(土) 23:40:39.52 ID:qWWtk+vn0藤澤五月とかいうカーリング以外何もできない女「常にカーリングのことしか考えてない」「本橋が合コンに誘ったら自衛隊の人と真剣に筋肉の話を始めて酒も飲まずにメモしてた」「カーリングの棋譜は殆んど覚えてるのに教習所の卒検4回不合格」「服も自分では選べないのでちなみと一緒じゃないと買いにいかない」「そのちなみも服のセンスが独特なので大体いつもおもろい服を着させられている」「大会終盤だと化粧もめんどくさくなりノーメイクで出てきてちなみに化粧される」「『制服が楽なので制服で通える会社がいいです』と発言し本橋麻里を絶句させる」「とにかく負けず嫌い。すぐ泣く」
続・妄想的日常
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hiromusicarts-blog · 1 year
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Merry Christmas !! 皆様、良いクリスマスを🎅🎄 今年も、あと僅かになりました。ちょっと振り返ると、やや伸び悩んだものの、14作目のアルバムもリリースできて、ほんとに良かったと思っています。1昨年の「re products」昨年の「Piano works, Improvisations」そして今作の「Colors of wind」が、3部作(ベスト盤2枚とピアノ盤)として、非常に充実した内容となり、お薦めできるアルバムとなりました。
この場を借りて普段は紹介をあまりしていなかった、配信先を2つ、列記します。ご活用くださいませ。
リリース全14作を網羅した d - ミュージック
https://dmusic.docomo.ne.jp/artist/2000104675 
https://dmusic.docomo.ne.jp/artist/2002154984
そして Spotify
https://open.spotify.com/search/%E3%83%92%E3%83%AD%E3%82%AA%E3%82%AC%E3%83%AF/albums
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ari0921 · 3 months
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織田邦男先生の論稿です。
憲法に自衛隊明記が必要な理由 麗澤大学特別教授、元空将・織田邦男
「もし戦争が起こったら国のために戦うか」の問いに対し「はい」と答えた日本人は13・2%だった(「世界価値観調査」2021年)。調査対象の79カ国・地域中、最下位である。日本に次いで低いリトアニアでも32・8%であることをみれば日本は極めて異質な国といえる。国際社会は自らの国のために戦う国を支援する。ウクライナ戦争の教訓である。日米同盟も決して例外ではない。
自国を守ることを放棄
ちなみに1位はベトナム96・4%、中国は5位88・6%。主要国などを見ると米国59・6%、英国64・5%、フランス65・6%、韓国67・4%、台湾76・9%である。ドイツは44・8%で日本の異常さは敗戦が原因とも言えない。
この淵源(えんげん)は自国を守ることを放棄した日本国憲法にあるのだろう。現行憲法は、昭和21年2月3日に連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが部下に示した指針に基づき、9日間で速成された「マッカーサー草案」が基になる。指針の一つに「戦争放棄」があり、「紛争解決の手段」のみならず「自国の安全保持の手段」としての戦争も放棄した。これは『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』という前文に結実する。また『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』という9条2項は、「戦争が起こっても国のために戦わない」との宣言に等しい。
冷戦が始まると、詭弁(きべん)に近い解釈変更で自衛隊という実力組織を持つことになった。憲法制定時と戦略環境は激変し、憲法と現実との大きな乖離(かいり)が生じている。国民は気付きながらも、今ある平和に安住し、思考を拒否し続けてきた。先の問いに「わからない」が38・1%と世界で最も大きい値を示したことからも分かる。
このような国民意識で今後も戦争を抑止し平和を維持できるか。戦って勝てる自衛隊であって初めて抑止が成り立つ。一昨年、いわゆる安保3文書が閣議決定され、政府レベルでは有事に対する当事者意識が芽生えたかに見える。だが国民の意識は道半ばである。
自衛隊の本来の役割
自衛隊は『我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務』(自衛隊法第3条)としている。戦うことを前提とした実力組織である。他の行政組織とは明らかに異質であり、価値観も違って当然である。だが憲法にも位置付けられず、一行政組織として取り扱われている。
昨年7月28日の本欄「自衛隊『パワハラ』扱いは慎重に」で書いたので細部は省略するが、他の行政組織と同様に「一切のハラスメントは許さない」と単純には括(くく)れない。一般社会の「パワハラ」基準は、戦場では適用できない。他方、「セクハラ」は自衛隊内ではもっと厳格に律しなければならない。価値判断が違うからこそ、諸外国では軍法で律するが日本にはそれがない。
「人的基盤強化」の有識者検討会もそうだ。報告書のなかに「髪型や髪色のルールなど『しつけ事項』は、国民の信頼が損なわれない範囲に変更」すべしとある。規律を緩めることによって募集状況を好転させようする。本末転倒が当然のように提言される。
現場を知らない有識者の集まりは得てして一般行政組織の価値観を自衛隊に押し付けようとする傾向がある。メディアや官僚はむしろそれを良しとしているようだ。上記の有識者会議も現場を経験した自衛官OBが有識者から排除されていることでも分かる。
国民の国防意識に繫がる
自衛官は、特別職ではあるが国家公務員である。だが一般の公務員と違って、机上ではなく戦場が本来の職場である。自衛隊は国際法的には軍隊であり、侵略者と戦って勝たねばならない使命がある。他の行政組織とは全く性格が異なる。この認識が世間で共有されない限り、自衛隊の真の精強化は難しい。自衛官の募集状況も好転しないだろう。
解決策は憲法に「実力組織としての自衛隊」を明記することだ。「自衛隊は合憲で、その役割と必要性は国民に十分理解されているので、自衛隊の明記は必要ない」と自衛隊明記に反対する政党がある。だが国民の9割が自衛隊の存在を認めるものの、憲法学者の6割はいまだに憲法違反という。憲法上の位置付けが宙ぶらりんのまま、いざ有事には命を懸けて戦えという。政治はあまりにも身勝手だ。それ以上に重要な事は「実力組織としての自衛隊」が明記されていないため、他の行政組織と同列に扱われ、それが自衛隊精強化を阻害していることだ。
国防という崇高な使命を果たす自衛隊を憲法に明確に位置付ける。自衛官に名誉を与えるだけでなく、国民に国防の当事者意識を持たせることになる。「13・2%」という異質性は、大いに改善されるだろう。ひいては抑止力強化に繫(つな)がり、結果として平和が守られることになる。(おりた くにお)
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mayone · 8 months
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マーダーボットて恒久アーカイブにペリ呼び保管してるじゃないですか(デカ萌えポイント)
Murderbot has a permanent archive of perihelion's pet name "Peri".(THIS IS BIG CUTE CUTER CUTEST POINT)
またなにかマーダーボットのシステムに大きなトラブルが起きて記憶や自我がふやふやになってしまったとき、
Also, when there is a serious problem again with the Murderbot's system and memory and consciousness become blurred,
まず復旧できた恒久アーカイブの方を参照して"ペリ"呼びしてしまうマーダーボットはいるんじゃないか…!??
I wonder if there is murderbot who will refer to the permanent archive that has been restored and call it "Peri" first...!!??!?
そういうときって多分ARTはつきっきりでしょうね。やさしくお返事とかするのかな。
In such a case, ART would probably be all over it. Will it reply in a gentle tone ?
いや出口戦略の無謀の終盤のアーカイブ復旧中のマーダーボットとグラシンのやりとり大好きでさあ!全員そうだろうけど!
Well, I love the conversation between Murderbot and Gurathin during the archive restoration in Exit Strategy! I know you all love it. I know.
ーー✂ーー
日本語版のマーダーボットは敬語/honorific languageをほとんど常に用いるのですが、その口調が一番輝きを放つのはむしろ仲が良くない相手や喧嘩している相手との会話のときのように思います。前者はグラシン、後者はARTですね。
The Japanese version of Murderbot almost always uses the honorific language, but it seems to me that its tone shines brightest when it is conversing with someone with whom it is rather not on good terms or with whom it is quarreling. The former is Gurathin, the latter is ART.
ほとんど、と言っても口調を崩してるシーンは”出口戦略の無謀"でリン警備員として乗客に対して「黙れ」と言ってたとこくらいしか思い当たらないけど……
Most of the time, the only scene I can remember where it lost its tone was in Exit Strategy when it was telling the passengers to "黙れ/shut up" as a Rin security guard ......(I'm talking about the Japanese version, of course!)
ーー✂ーー
ラッティには「人間の友人」て説明が付いていたようだけど、ARTにはなんて説明を付けてるんだろう
Ratthi seems to have had a "human friend" partial attached to, but I wonder what the explanation is for ART.
ARTの中でマーダーボットにはどんな説明が付いてるんだろう!??
I wonder what explanation is attached to the Murderbot in ART!
8歳のゴブリンになって質問に行くしかない
I have no choice but to be an 8 year old Goblin and ask them questions.
🚪🤛😃
*ゴホンゴホン*
*ahem ahem*
えー、私はゴブリンです 8歳です
Ahem, ah, I'm Goblin 8 years old.
本日はARTとmurderbotの「関係」について、伺いたい項目を200項目ほど用意してきました
Today, I've prepared 200 questions I'd like to ask about ART and Murderbot "relationships".
ドアを開けてください
Please open the door.
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yanarchy072 · 1 year
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・ ・ 『舞妓さんちのまかないさん』を一気観。 ・ 一話一話を観るたびにほっこりした。 覚悟のお話だね。 妬み嫉みのない優しい時間。 そんな世界になったらという願いなのかもしれない。 ・ #舞妓さんちのまかないさん #KiyoinKyoto #是枝裕和 #HirokazuKoreeda #小山愛子 #AikoKoyama ・ #森七菜 #出口夏希 ・ #蒔田彩珠 #橋本愛 #松岡茉優 #井浦新 ・ #松坂慶子 #常盤貴子 ・ #ドラマ #Netflixseries #ネトフリ #Netflix ・ #映画 #movie #ビバムビ #instamovie #moviestagram #instagood #instapic (Tokyo Japan) https://www.instagram.com/p/Cn40sivSZ0Z/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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chikuri · 4 months
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日経新聞の特集記事の「間違い」  坂本氏は、(1)「生き残っていれば、世界と戦えた」とか、(2)問題は「資金力だ」と発言したが、全く事実は異なる。調査結果で論じたように、異常なまでの高コスト体質のエルピーダが倒産したのは必然である。「坂本社長のエルピーダ」は淘汰されたのである。資金力の問題ではない。収益率の低さが問題であり、収益を出せない技術にこそ問題があり、そこに経営のメスを入れることができなかったことが致命傷になったのだ。  日経新聞の(3)「エルピーダの破綻劇は、官民が巨額投資を伴う長期戦に耐えられなくなった構図」というのも間違っている。繰り返すが、過剰技術で過剰品質をつくり、歩留り100%を目的にする、そのエルピーダの企業体質が問題だったのだ。  東京理科大大学院教授の若林氏の(4)「DRAMの技術や最終製品の動向を、当局や金融機関が十分に捉えられていなかった」や(5)「日米貿易摩擦の記憶が残る日本」などは、全く的外れな指摘だ。もっとエルピーダの技術の実態を見て発言してもらいたい。  萩生田経産相の(6)「世界の半導体産業の潮流を見極めることができず、適切で十分な政策を講じてこなかった」という発言もどうかしている。昨年(2021年)6月1日の衆議院の意見陳述でも述べたことであるが、経産省は呆れるほど「合弁、国プロ、コンソーシアムをやり続けた」のである(図5)。そして、全部失敗した。「経産省が出てきた時点でアウト」なのである。その反省をなぜしないのか? 図5 合弁、国プロ、コンソーシアム、全部失敗した (出所:半導体シェアのデータはガートナーおよび一部筆者予測) (7)TSMCの誘致を奇貨として日本での産業基盤を強くするためには「「設備にしても開発にしても『カネ』と『ヒト』だ」という経産省の西川課長、『ヒト』を育成してからTSMCを誘致すべきではないのか? 順序があべこべだろう。そして、(8)「九州では人材育成の準備を急ぐ」というのは、あまりにも泥縄すぎるだろう。  筆者が日経新聞の特集記事を読んで、うんざりした理由が分かっていただけただろうか? 「マイクロンになってよかった」という社員たち  坂本氏、日経新聞の記者、東京理科大大学院教授の若林氏、萩生田経産相、経産省の西川課長には、EE Times Japanの記事「『Micronになってよかった』という言葉の重さ」(2019年7月8日)を、目を見開いて読んでいただきたい。そして、「Micronになってよかった」という言葉の意味をよく考えていただきたい。  筆者も、2019年に広島で国際学会があった時、旧エルピーダで現マイクロンジャパンの社員たちから、「マイクロンに買収されて本当のDRAMビジネスが理解できた」「エルピーダが倒産したのは不運だったのではなく、当然の帰結だ」「外資企業となった現在は完全な実力主義であり、実績を上げれば昇進・昇格・昇給できる」「仕事は大変だが充実しており、エルピーダ時代がいかに甘かったかが実感される」ということを聞いた(「中国は先端DRAMを製造できるか? 生殺与奪権を握る米国政府」EE Times Japan)。  このような実態を理解せずに、日本半導体産業への政策などは、一切行わないでいただきたい。それは税金の無駄遣いであり、何度も失敗の歴史を積み重ねることになるからだ。本当に、もう、うんざりなんです。
まだそんなことを言っているのか!間違いだらけの「エルピーダ破綻の原因」 あれから10年、まったく生かされていない“教訓”(7/7) | JBpress (ジェイビープレス)
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houteiyugi-movie · 6 months
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特別講義 in 専修大学のイベントレポートが到着!
公開を前に本日10月26日(木)、映画の舞台にロースクールが設定されていることにちなんで、法律家を志す学生が集う専修大学法学部の法廷教室にて本作の特別試写会を開催!上映後には原作小説を手がけた五十嵐律人さん、本作の深川栄洋監督、専修大学法学部の関正晴教授による“特別講義”と称してトークイベントが行なわれました。さらにイベントの途中で、法律家を目指す学生たちにエールを送るべく、主演を務めた永瀬廉さんがサプライズで登場!学生との質疑応答も行なわれ、会場は大きな盛り上がりを見せました。
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弁護士でもある五十嵐さんは、原作となる小説を執筆したきっかけについて「もともと法律が好きだったんですが、その面白さがなかなか法律に携わってない方に伝わらないという思いがあり、小説という形で法律の面白さを描けないかと考えました。映画でも出てくる“無辜ゲーム(※生徒たちがゲームとして繰り広げる模擬裁判のようなゲーム)”がアイディアの着想となり、そこから��んどん発展していきました」と明かしました。
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深川監督は、この小説を映画にする上での難しさについて「まず法律用語が難しい(苦笑)。若い人にどう見てもらい、乗ってもらうか? どういうふうに広い裾野に物語の面白さ、法律の面白さと危うさを感じさせるかが難しいポイントでした」とふり返りました。
そうして完成した映画について、五十嵐さんは「どの時間を切り取っても面白い。事件だけでなくそこに至る過程や裁判のパートも飽きさせない工夫や展開の仕方があって、原作をより面白く、エンタテイメントにして完成させてくださって感謝の気持ちでいっぱいです」と称賛を送りました。
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関教授は法律家の視点で、本作について「いろんな場面で法律の制度や手続きについて出てきますが、そこをうまく使うというのが(よい)アイディアだなと思いました。時効や再審制度、証拠の追加などもそうですし、証人尋問のシーンは特に感心しました。一問一答で現実の裁判に近いものを感じました。普通の刑事ドラマだと主人公が喋りまくって尋問している感じではないんですが、今回の映画は尋問の仕方が実務に近かったです」とそのリアリティを含め、絶賛!これには五十嵐さんも「刑事訴訟法を専門にしている先生のお墨付きをいただけて嬉しいです」と笑みを浮かべていました。
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そして、イベント中盤に完全サプライズで主演の“セイギ”こと久我清義を演じた永瀬さんが登場すると、会場は悲鳴のような歓声に包まれました! 真ん中の裁判長の席に座った永瀬さんは「緊張します…」とはにかみつつ「(映画の中では弁護士なので)こっち側じゃなかったので、ホンマに全部が見渡せる席で、特別な感覚がありますね」とご満悦。学生たちに向けて「弁護士の役をやらせていただき、ロースクール生の頃も少しだけ演じさせていただいて、弁護士になるために並々ならぬ努力をしないといけないことをこの映画を通じて学びました。みなさんも、そういう思いをされているかと思うと、少しだけみなさんのお気持ちがわかるし、親近感がわきます」と笑顔で語りかけました。
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そんな、永瀬さんの劇中での弁護士ぶりについて、関教授は「一問一答の形式で、テキパキと杉咲花(織本美鈴役)から言葉を引き出すところの歯切れが良く、まさに法廷でやっている尋問に近かった」と称え、永瀬さんは良い弁護士になれるか? という質問に「訓練を積んでいけば」という条件付きで太鼓判を押しました。これには、法律用語のセリフに苦戦したという永瀬さんは「えげつない訓練じゃないですか!」と苦笑いを浮かべていました。
学生の中には劇中の無辜ゲームのようなことをやった経験があるという人も。ある学生は、この法廷教室で「模擬裁判をやりました。学生が一からシナリオを考えて、役になり切りました」と明かしました。ちなみに裁判の中身は「殺人事件で死刑か? 無期懲役かなど量刑の争い」とのこと。
別の学生は「おとぎ話の『ヘンゼルとグレーテル』を題材に、2人が魔女を殺したことを立証できるか?」というユニークな模擬裁判をやったと語りました。これに“裁判長”永瀬さんは「テーマが面白いですね!」と感心しつつ「ヘンゼルとグレーテルについてそこまで知らないけど、殺すのは良くないですね。有罪で!」と即判決を下し、会場は笑いに包まれました。
また、法律を学んでいた役に立ったことについて、ある学生は相続法の知識を今後の遺産相続の際に活かせると明かし、労働法を専門とする別に学生は、アルバイト先での有給や休業補償について、バイト先に働きかけた経験を明かし、永瀬さんは「法律は僕らの生活と切り離せないので、知っておいて損はないですよね。知識があると、行動もできますもんね」と感心しきりでした。
またある女子学生は永瀬さんに「法律を学んでいる女性のイメージ」についての質問が。永瀬さんは、法律家になるための勉強の大変さやその量の多さに言及しつつ「過酷な状況に耐えられる忍耐力がある強い女性が多いのかなと思います」と語りました。
また、学生からは本作の撮影において苦労したことについての質問も。永瀬さんはやはり、耳慣れない法律用語に苦労したようで「発音も含めそれらをすらすら言わないといけなくて、常にそうした言葉が板についている感じで芝居をしないといけない。一度、法廷シーンで噛んでしまって、長回しでみなさんに申し訳なかったですが、2回目ももっと噛んでしまって…(苦笑)。スイッチが入ると取り戻しづらい空気感で、大変でした」と緊張感のある法廷シーンならではの苦労も明かしました。
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五十嵐さんは、そんな永瀬さんについて「なりたての弁護士という役で、専門家だけどわからないところもあるんですよね。僕も同じ気持ちでしたし、そういう不安や悩んでいる姿や、法律家も完璧じゃないところを表現されていて素敵でした」と自身と重ね合わせてその演技力、表現力を称えました。
さらにある学生からは、King & Princeが歌う本作の主題歌「愛し生きること」について「お気に入りのフレーズは?」というユニークな質問も!永瀬さんは「綺麗な嘘で抱き締めるから」というフレーズを挙げ「全体的に今回の映画のために作られていて、バシッとハマった感覚があるし、どこかで救われた自分がいる感覚もあります。『綺麗な嘘で抱き締めるから』という言葉は、どこかでセイギの美鈴(杉咲花さん)に対する気持ち、馨(北村匠海さん)に対する思いに通じる部分があると思うし、好きです」と明かしてくれました。
イベントの最後に永瀬さんは「この物語はセイギと美鈴と馨がメインで進んでいきますが、それぞれが抱えている過去や思い、人それぞれに自分の正義感があると思うけど、その正義感や信念を突き通すことの苦しさ、つらさ、難しさも含めて描かれてると思います。あまり、法律が近くない存在の人十分に楽しんでいただけると思うし、映画をきっかけにもしかして法律に興味持ってくださる方もいるんじゃないかと思います。余白を残して、考えていただくところが多々ある映画なので、見終わって感想を話し合って、それぞれの意見を交換し合っても面白いと思います」と呼びかけ、温かい拍手に包まれてイベントは終了しました。
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公式サイト
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nostalblue · 3 months
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ガステーブル給電方法の変更
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山の中暮らしをしているので、薪を薪ストーブだけでなく風呂や調理の熱源にも利用出来れば、自給自足の理に適うし経済的でもある。ただ現実的には専用のカマドや風呂釜が必要となるし、それに必要な量の薪を集め常に保持するのは口で言うほど簡単ではない。冬場の薪ストーブ用だけでも薪狩りは重労働なのに、独り暮らしで自給農もしながらそれを行うなら時間や体力をさらに酷使することになる。毎日そういう暮らしでも苦にならない人はやったらいいと思うけど、短時間での湯沸かしや温調制御の利いた温水シャワーの便利さ、快適さを知ってしまった身としては、それを放棄してまで熱源の自給には拘れないと言うのが正直なところだ。
そんなわけで、うちでは熱源としてガスも使っている。さすがに都市ガスは来ないが、LPGはこんな僻地でも供給される。
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キッチンのガステーブルは移住時に中古品を入手し、各所劣化しながらもだましだまし使ってきたのだけど、先日片側のコンロが燃焼維持できなくなった。状況からみて原因は中央部にあるSiセンサー部の故障と見られる。内部構造を確認するとコネクターで繋がっているだけなので、部品さえ手に入れば自分で容易に交換できるのだが、五徳なんかと違いこの部品は一般向けに販売されない。安全機能に関わる部分だからと言うのが建前なのだろうけど、メーカーに送って部品交換して貰えばそれだけで何万円と掛かってしまうので現実的でない。コンロが一箇所だけだとかなり不便だし、全体的な劣化も相当進んでいるので丸ごと買い換えを決断した。
とは言え、ガステーブルは安い物ではないので、今回もオークションサイトやフリマサイトで中古品を探すが、そうすぐには都合の良い物は出品されない。じっくり腰を据えて長期戦で臨めばいずれ妥当な物が手に入るだろうけど、それまで不便な状態が続くのが許容できないので、断腸の思いで新品入手することになった(痛)。
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家庭用のガステーブルは2008年からSiセンサー搭載が義務づけられていて、天ぷら油の過加熱や消し忘れが原因の火災防止には大きく貢献しているようだが、調理の種類によっては邪魔な機能だったり、今回のようにセンサーが壊れればまったく燃焼させることが出来なくなってしまうというデメリットがある。
またこのセンサーは電気で機能させているのでコンロ使用時には常に給電する必要がある。今まで使っていたガステーブルは単1乾電池×2個で給電するタイプだったが、センサーの消費電力が大きいためか割と頻繁に電池交換が必要だった。そして届いた新品のガステーブルは、何と単3乾電池×2個使用タイプ。センサーの消費電力が同等ならこれまでよりさらに頻繁に電池交換するハメになるだろう(怒)。乾電池って再利用も出来ないし、簡単に捨てられないし、液漏れとかするから嫌いなんだよね。
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これまでも何とかしたいと思いつつ先送りしていたが、今回ガステーブルを交換したのは良い機会なので、この給電方法を変更してやることにした。具体的には昔秋葉原で買ったスイッチング電源モジュールを発掘したので、これを使いAC100Vを乾電池と同等の直流電圧に変換して供給する。ちなみにこのモジュール、袋に300円の値札が付いていた。安かったからとりあえず買っておいたのだろうね(忘)。
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電気的絶縁性の高いポリプロピレン製のタッパー容器を筐体にし、3mmのボルトナットを使ってモジュール基盤を少し浮かせた状態でその中に固定する。入力側は壁のACコンセントからケーブルを引いてくるが、プラグ抜き差しによるON-OFFがやりにくい位置にあるので、トグルスイッチ経由で基盤に配線する(ハンダづけ)。出力側端子は独特の形状だったが、たまたま上手く填る脚付き端子台があったのでそれを利用して被覆電線を接続した。部品を一通り接続したらビスを使って筐体を壁に固定する。もろもろ邪魔にならないよう床から1.8mの位置とした。
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出力電圧をチェックすると開路状態で約3.4V。最大開路電圧の規定はアルカリ乾電池で1.68V(2本直列で3.36V)、マンガン乾電池で1.73V(2本直列で3.46V)なので問題無しと判断。
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スイッチング電源は電力変換効率が高いので発熱は多くないと思うが、念のため筐体蓋に放熱用の穴を開けておく。ホコリや虫などが入ると不具合の原因になる為、穴径は小さめで。
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仕様の順電圧値が丁度良い感じの緑色LEDがあったので出力端子間に挟んでみた。筐体蓋を取り付けた状態でもその光は透過し、通電状態が確認出来る。
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電源については順当に用意できたが、肝となるのはこの先。ガステーブル自体には手を加えずに製作した電源から給電してやりたいのよ。いろいろ模索したが、最終的には電源から配線したダミー電池をガステーブルの電池ボックスに填める方法で行くことにした。
ダミー電池は、一段小さな規格の乾電池を流用する為の「電池スペーサー」を利用して作成する。これにもいろいろなタイプがあるが、金属の電極板が付いている物を使うと便利だ。電源と繋がる電線をそれぞれ極に対応する電極板に接続する。ハンダづけしても良いが、電極板の材質によっては付かない場合もあるのでその場合はひと工夫必要となる。私が入手した電池スペーサーは電極板を外側からはめ込んでいるタイプだったので、その穴に電線端を噛ましてはめ込み直したら圧着端子のようにしっかりと固定できたのでそれで良しとした。
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電池ボックスの構造をよく観察し、直列乾電池の両端になる接点にそれぞれ対応する極性の電極板が当たるようにダミー電池をはめ込む。向きを間違えると華麗にショートするので要注意である(後日対策済/後述の追記参照)。電線は電池ボックスの内側から下方に引き抜く。ガステーブルの下面はガラ空きで蓋などないので取り回しは容易だ。ただ調理で使っているうちに油や汁が飛んで電線を汚しそうなので、ガスレンジに近い場所は保護の為樹脂製の可とう電線管を通すことにした。
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掃除等でガステーブルを移動することもあるだろうから、電線は途中で差込型端子を使って接続し、着脱容易にした。全てが繋がった状態になったので着火・燃焼を試すが問題無し。新品のガステーブルは数十年ぶりに購入したが、やっぱり気持ちが良いね!。懐は痛いけど。
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ちなみに停電時はスイッチング電源から給電されなくなるが、ダミー電池を一時的に外し、乾電池を電池ボックスに填めればガステーブルは使用できる。一方、ガス給湯器は停電時には動作不可なので風呂や温水シャワーは使えなくなってしまうが、そんな時でもガステーブルで湯を沸かしたり調理することが出来るのは意義が大きい。まあ停電なんてこの国では滅多に起きないが、以前この場所で3日程停電した時はなかなか大変だったからね~。
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2024/02/04 追記:
後日、片方のダミー電池の両極にスイッチング電源からの配線を接続し、もう片方のダミー電池は両極を内部でバイパスするように変更した。これによりダミー電池の左右を入れ替えても動作するし、填める向きを間違えてもショートする危険性は無くなった(逆極性となり動作しないだけ)。初めからこうすればクールだったに(悔)。
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leomacgivena · 14 days
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エリートとは、既存の枠組みの中で成功した人である。だから非常識な考え方を嫌う傾向にある。非常識な考え方が主流になると、拠って立つ基盤が崩れてしまうから。
『残念なエリート』|紙魚
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winterain66 · 1 month
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近況(23.3.21)
机の上と周囲をかたづけてPCが開ける状態になったので、とりあえず書きたいことを書こうと思い、キーボードを叩いている。
2月の序盤は詩集『whirlpool』を制作していた。2023年、前の詩集を完成させてから、人生の停滞期に迷い込んでいたような時期で、そのなかで書いていたもの、それを「単なる感情の排泄物」としてなかったことにしてしまうことも可能ではあった。(そうするべきであったかもしれないという迷いや怖れは今もどうしようもなくある) 書かれたものが詩として優れているのか・多くの人に読まれるものであるかということはわからない。現代詩として成立しているかどうかも、わからない。けれど、そもそも、冬雨千晶という名前でインターネット上で続けてきた(表現と呼んでいいものかどうかわからない)営みが、冬雨千晶という存在が、どうやって成り立ってきたか・いるのかを振り返ったとき、そうやって書かれてしまったものをなかったことにすることはできなかった。(わからないという言葉ばかり、書いている)
話題を逡巡の螺旋から無理やり引き剥がす。完成した詩集とかつて作った冊子たちの在庫を持って、2月末から3月にかけてZINEのイベントと一箱古本市に出店した。昨年末に勢いで申し込んでしまっていたので、体調に不安はありながら、なんとかなるかと楽観して突入した。参加してみての感想をどうかいたものか、迷うけれど、初めて顔をだして公の場に冬雨と名乗って立つという事は、とても違和感があって、無防備になってしまったような感じがした。目の前で「手に取る・手に取らない」「読む・読まない」「買う・買わない」のジャッジがされている様子を見ることは、情報量としてあまりに膨大で、売り子をしながらいろいろなことを考えた。私が何かを書くという営み、その中で死や傷といったことについて言及せざる負えないこと、非社会的なものであるのだろう、きっと。
それとはまた、別のこととして一箱古本市は、単純に本好きとして楽しかった。商店街のアーケード下に個人の一箱本屋が一列に並んだ様子は圧巻で、他の出店者を巡ったり、本を通じた会話も、楽しかった。風通しの良さがあった。年始、能登半島での地震のニュースからはじまった今年、私生活で自分のためにお金を使う事、本を売って利益を得る事、そのすべてにおいて申しわけなさが伴っていた。だからせめて、今回のイベントでの売り上げは全額寄付することにした。これが正しいことなのかどうかわからない。自責感を軽減するための行為にすぎないと言ってしまえばそれまでだろう。(また、逡巡を垂れ流している)
「洗濯」が、最近書いた詩や散文に頻出している事を人からいただいたメールをきっかけに気づいた。「whirlpool」という単語、きのこ帝国の最初のアルバムに入っている曲名で知ったのだけれど、そういう名前の海外の洗濯機メーカーがあるとGoogleで検索して知り、面白いと思った。確かに、洗濯機も水の巡る場所、渦の発生装置だ。
これからさき、どうやって生きていこうと迷い考えている。それは、一個人としても、社会的な存在としても、冬雨という名前としても。 と書いてみて、それはいつものこと、私の通常運転であるだろう、と自嘲する。いつまでモラトリアムを気どるつもりだろう。
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jaguarmen99 · 8 months
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830 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2023/09/03(日) 17:17:49.29 ID:/guYKA7/0先週の体験談。書くのがここしか無かった。俺は40代中盤の独身おっさん。嫁も彼女もいないのでクルマに金掛けまくりの自由な生活してる今借りている駐車場が家からちょっと遠いので、駐車場付きの賃貸物件を探すことにした。都内でそんな物件なんてなかなか無いんだけど、テレワークなのでネットで探す時間は腐るほどあった。んで見つけたのが、駐車場付きの1LDKのアパートというか低層マンション。家賃は相場より相当安い。いわゆる事故物件であ���。普通ならそんなの嫌だけど、その部屋で自殺したのがなんと女子大生らしい。死んだのが男ならイヤだけど若い女なら話は別なので速攻契約。不動産屋いわく、俺みたいな「若い女の事故物件なら住みたいおじさん」ってのが結構多いらしい。女なら幽霊でもいいって考える変態おじさん多すぎやろそれはさておき、さっそく入居したら、ラップ音とか人の気配とか足音とか普通にするのよ。科学系の仕事してるのも相まって俺自身心霊とかあんまり信じていないのもあるけど、ただの気のせいだと思っていた。そして起こったのが先週土曜の金縛り。昼寝してたら突然来た。初めての体験だったからちょっとビビった。本当に目しか動かない。よくレム睡眠が~とか言うバカが居るけど、実際体験したらそんな生易しいもんじゃない。んで髪の長い女が俺の横に座ってじっと俺を見てるの。んで腕とかを触ったり首を触ったりしてるの。いや、幽霊が怖いってのは重々承知してるんだけども。。。それよりも、顔は無表情で生気が無いんだけど結構かわいかったのと、髪の毛が俺の顔にサラサラと触れるのと若い女特有のすごいイイ匂いなのも相まって、めちゃくちゃマイサンがスーパーエレクトしてしまったのよ。こればかりは本能っていうか生理現象だし仕方ないよね。んで何か俺の首とかを触ってたその女幽霊がそれに気づいて、「は?キモ」って言って消えてしまった。それ以来何も現象が起きない。いやさ、40過ぎのおっさんのおっき姿を見て気持ち悪いのはわかるけどさ。割とマジで傷ついたよね。俺が。
続・妄想的日常
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patsatshit · 6 months
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いきなり偉そうなことを書いて各方面から顰蹙を買いそうなんだけど、あえて言う。僕は自分の日記より面白い日記を読んだことがない。これはハッタリでもなんでもなくて、それくらいの気持ちがないと何処の馬の骨とも知れないチャリンコ屋の日記に1,500円や2,000円を出して購入してくれている方々に申し訳が立たない。ただし「自分より」と言うのには注釈が必要。『富士日記』や『ミシェル・レリス日記』みたいな別次元の傑作は対象外として、近年、雨後の筍のように量産されているリトルプレスやZINEを体裁とした日記やエッセイ群を見据えての発言と思って頂きたい。商売としての仕入れはさておき、個人的に興味があったので色々と手を伸ばして読んでみたものの、そのほとんどが「私を褒めて。私を認めて。私に居場所を与えて」というアスカ・ラングレーの咆哮をそのままなぞらえたような内容、若しくは「持たざる者同士でも手を取り合い、心で繋がっていれば大丈夫」的な似非スピリチュアルなマジカル達観思想で構成されているので、正直ゲンナリした。しかもタチの悪いことに、そういうものを書いている人たち、あわよくば商業出版の機を���っていたりするものだから、出版社や編集者の立場からしたらまさに入れ食い状態。「ビジネス万歳!」という感じでしょう。晴れて書籍化の際には口を揃えて「見つけてくれてありがとう」の大合唱。いやいやいや、ちょっと待って、あんたら結局そこにいきたかっただけやんってなりません?これまでの人生をかけて手にした「生きづらさ」の手綱をそんなにも容易く手放すんかい!と思わずツッコミを入れたくもなる。現世で個人が抱える「生きづらさ」はマジョリティに染まらぬ意思表明と表裏の関係にあった筈なのに、どっこいそうはさせないとばかりにどこからともなく湧いてくる刺客たちの誘惑にそそのかされては、呆気なく自らの意志で握手(悪手)に握手(悪手)を重ねる。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことだ。以前、僕もある出版社の編集長から「DJ PATSATの日記を当社で出版させてほしい」という誘いを受けたけれど、もちろん丁重にお断りした。僕は自主で作った300冊以上の読者を想定していないし、それより多くの読者に対する責任は負いかねるというような趣旨の言葉を伝えた。そもそもなぜ僕が友人(マノ製作所)の力を借りながらわざわざシルクスクリーンという手間をかけて制作しているのかを理解しようともしない。編集長は口説き文句のひとつとしてECDの『失点・イン・ザ・パーク』を引き合いに出してこられたのだけれど、いま思えばそういう発言自体が安易というか不遜だと思わざるを得ない。結局その方は僕を踏み台にしようとしていただけだったので、負け惜しみでも何でもなく、あのときの誘いに乗らなくて良かったといまも本気でそう思っている。まぁ、これは僕個人の考え方/価値観なので他者に強要するものでもなければ、共感を得たいと思っている訳でもない。逆に彼らも推して知るべしだ。誰もが商業出版に憧憬を抱いている訳ではない。昔から煽てられることが好きじゃないし、賑やかで華やかな場面がはっきりと苦手だ。だからと言って消極的に引きこもっているつもりもなく、寧ろ積極的に小さく留まっていたいだけ。かつては各地の井の中の蛙がきちんと自分の領域、結界を守っていたのに、いつしかみんな大海を目指すようになり、やがて井の中は枯渇してしまった。当然、大海で有象無象に紛れた蛙も行き場をなくして窒息する。そのようなことがもう何年も何年も当たり前のように続いている現状に辟易している。そんな自分が小さな店をやり、作品を自主制作して販売するのは必要最低限の大切な関係を自分のそばから手離さないためである。何度も言うているように自営とは紛れもなく自衛のことであり、率先して井の中の蛙であろうとする気概そのものなのだ。自衛のためには少なからず武器も必要で、言うなれば作品は呪いの籠った呪具みたいなもの。そんな危なっかしいものを自分の意識の埒外にある不特定多数のコロニーに好んで攪拌させたりはしない。多数の読者を求め、物書きとして生計を立てたいのなら、最初から出版賞に応募し続ける。だからこそ積年の呪いを各種出版賞にぶつけ続けた結果、見事に芥川賞を射止めた市川沙央さんは本当に凄いし、めちゃくちゃにパンクな人だと思う。不謹慎な言い方に聞こえるかもしれないが、天与呪縛の逆フィジカルギフテッドというか、とにかく尋常ならざる気迫みたいなものを感じた。なぜ彼女がたびたび批判に晒されるのか理解できない。それに佐川恭一さん、初期の頃からゲスの極みとも言える作風を一切変えることなく、次々と商業誌の誌面を飾ってゆく様は痛快そのもの。タラウマラ発行の季刊ZINEに参加してくれた際もダントツにくだらない短編を寄稿してくれて、僕は膝を飛び越えて股間を強く打った。
佐川恭一による抱腹絶倒の掌編「シコティウスの受難」は『FACETIME vol.2』に掲載。
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ついでにこれまた長くなるが、かつてジル・ドゥルーズが真摯に打ち鳴らした警鐘を引用する。
文学の危機についていうなら、その責任の一端はジャーナリストにあるだろうと思います。当然ながら、ジャーナリストにも本を書いた人がいる。しかし本を書くとき、ジャーナリストも新聞報道とは違う形式を用いていたわけだし、書く以上は文章化になるのがあたりまえでした。ところがその状況が変わった。本の形式を用いるのは当然自分たちの権利だし、この形式に到達するにはなにも特別な労力をはらう必要はない、そんなふうにジャーナリストが思い込むようになったからです。こうして無媒介的に、しかもみずからの身体を押しつけるかたちで、ジャーナリストが文学を征服した。そこから規格型小説の代表的形態が生まれます。たとえば『植民地のオイディプス』とでも題をつけることができるような、女性を物色したり、父親をもとめたりした体験をもとに書かれたレポーターの旅行記。そしてこの状況があらゆる作家の身にはねかえっていき、作家は自分自身と自分の作品について取材するジャーナリストになりさがる。極端な場合には、作家としてのジャーナリストと批評家としてのジャーナリストのあいだですべてが演じられ、本そのものはこの両者をつなぐ橋渡しにすぎず、ほとんど存在する必要がないものになりさがってしまうのです。本は、本以外のところでくりひろげられた活動や体験や意図や目的の報告にすぎなくなる。つまり本自体がただの記録になってしまうわけです。すると、なんらかの仕事をもっているとか、あるいはただたんに家族がある、親族に病人がいる、職場に嫌な上司がいるというだけで、どんな人でも本を産み出せるような気がしてくるし、このケースに該当す���当人も、自分は本を産み出せると思い始める。誰もが家庭や職場で小説をかかえている……。文学に手を染める以上、あらゆる人に特別な探究と修練がもとめられるということを忘れているのです。そして文学には、文学でしか実現できない独自の創造的意図がある、そもそも文学が、文学とはおよそ無縁の活動や意図から直接に生まれた残滓を受けとる必要はないということを忘れているのです。こうして本は「副次化」され、マーケティングの様相を帯びてくる。
ジル・ドゥルーズ『記号と事件 1972-1990年の対話』(河出文庫p262-263)
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僕は制作の際にはいつも必ずドゥルーズのこの言葉に立ち返っては何度も確認作業を繰り返し、ようやっとリリースにこぎつける。しかしそもそもが作品化を企んでいる時点で自分まだまだやなぁと思うに至る訳で、なんとも一筋縄ではいかない。そういう意味では滝野次郎という人がインスタグラムに投稿している日記のような文章には、はじめから読まれることを意図しているにもかかわらず、本来ならば読まれることを目的とした日記からは真っ先に削除されるような状況ばかりが羅列されていて、なかなかどうして凄まじい。馴染みの飲食店で見つけたお気に入りの女性店員を執拗に観察したり、断酒を誓った直後に朝から晩まで酒浸りであったり、謎の投資で10分間で40万円を失っていたり、銀行口座と手持ちの金を合わせても1,000円に満たなかったり、それでも「俺は俺を信じる」と闇雲に自身を鼓舞していたり、そうかと思えば急に脈絡もなくひたすらに左手のハンドサインを連投していたりと、しっちゃかめっちゃか。比肩しうるは円盤/黒猫から出版された『創作』くらいか。あらゆる規範から逃れるべくして逃れ得た、いま最もスリリングな読み物であることに間違いはないが、同時に、これは断じて文学ではない……とも言い切れない不気味な何かが海の藻屑のように蠢いている。
(すでに何らかの隠喩ではないかと勘ぐったり……)
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