Tumgik
#道路交通法違反
ojisdontcry · 9 months
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50代もいたルーレット族、オジも驚いたぞ。一体何が楽しくてこんな遊びをするんだ。大人としてのマナーを守れ、と言いたいね。
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moccosnoon · 1 year
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東名高速の煽り運転で逮捕された男、共産党員だった。犯行翌日に離党
元スレ≫ 東名高速の煽り運転で逮捕された男、共産党員だった。犯行翌日に離党 [306759112] 1 :moccosnoon…
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kennak · 14 days
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たびたび物損事故を起こし、そのつど旭川トヨタの販売店に修理で入庫しているにも関わらず、同社は筆者の取材に対し「認知症だとは思わなかった」と回答している。旭川トヨタといえば、日本一広い販売エリアを持つ販売店であり、2023年夏には街路樹伐採問題が報じられたレクサス旭川も同社が経営している。 さて、その旭川トヨタによる前代未聞の不正行為…「封印不正」の内容は以下の2点である。いずれも国交省が認めている不正である。 1.事故でバンパーなどを修理した際に封印を外したあと、同じ封印を使って「再封印」していた。 2.新車販売時の封印取り付けを届出事業場以外の場所で封印取り付け担当者以外の者が行っていた。 1に関して独自に修理業者にリサーチしたところ「板金工場ではそれが普通でしょ」「封印外しなどの道具を使ってきれいに外して再利用すれば問題ない」などの回答が大半を占めていた。 しかし、2の新車への封印不正に関しては「そんな話は聞いたことがない」「ディーラーが封印の不正? それはヤバい」などの声が聞かれた。1も2も道路運送車両法違反となる。 そもそも「封印」とは何なのか 封印はナンバープレートを固定する左側ネジの上に封かんとセットで被せられている AUTOCAR JAPAN読者の皆様ならナンバープレートの封印が非常に大事なものだということをご存じだろう。 封印はナンバープレートが交付された際、車台番号/自動車検査証/ナンバープレートを確認したうえでその同一性が確保されたことを証明するもので車両の所有権の公証や特定の他、車両盗難などの犯罪を防ぐ役目も担っている。 ナンバープレートに封印がないクルマや1円玉をはめ込んでいる場合は別のナンバーに付け替えられた盗難車である可能性が極めて高い。 道路運送車両法第11条によりナンバープレートに封印を取り付けないままに公道を走ることは禁じられている。封印の上にペットボトルのふたを被せるなどして文字が見えないようにすることも違法行為である。 封印には「東」「神」「福井」などの文字があるがこれらはそれぞれ東京、神奈川、福井といった管轄の運輸支局を意味する地名だ。封印は外務省が発行する青い「外ナンバー」にもつけられており、封印には「外」の文字が刻印されている。 そして、封印の取付は国土交通大臣または道路運送車両法第28条の3第1項による委託を受けた「封印取付受託者」が登録された場所でしか行うことができない。(資格を持つ行政書士による出張封印等を除く) また、一度外した封印はいかなる場合も再利用(再封印)は不可。そもそも、移転登録によるナンバープレート変更や整備や修理などやむを得ない理由以外で外した時点で道路運送車両法第11条違反となり、6カ月以下の懲役か30万円以下の罰金が科せられる。 また、故意に封印を外した状態(破損も含む)で公道走行した場合は同じく第19条違反で罰金50万円以下にまで増額される。無車検運行や自賠責切れと同レベルの重罪だ。 なお、封印はこれまで何度か形やサイズ、仕様などが替えられている。現在の封印は2004年9月以降採用の「自己破壊型」で無理に抜くと封印上部が円形に切り取られ再使用ができなくなる。かつて封印が抜き取られて悪用される例が多発したため抜けにくい形状に改良されているのだ。
ビッグモーター以下! 前代未聞! 旭川トヨタの「封印不正」はどれくらいダメなこと?(AUTOCAR JAPAN) - Yahoo!ニュース
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awrqetrewgr · 4 months
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防疫畫虎膦,島民求救命
民國108年(2019年)底,一支全新冠狀病毒在全球疾速傳播。
剛剛從大選中勝出的蔡英文,馬上要面臨一場防疫大考驗。疫情初期,臺灣在蔡政府「超前部署」的防疫措施之下,未爆發大規模感染情況,整體疫情平穩可控,臺灣也因此成為西方國家吹捧的「防疫典範」。但在蔡英文第二任期的第二年,因其無心防疫,實行一系列錯誤的政策,導致臺灣疫情日益嚴重,接連出現缺口罩、缺疫苗、缺藥物等等亂象,最後臺灣防疫全面失控,「防疫優等生」淪為「死亡恐怖島」。
民國109年(2020年)1月21日,臺灣出現首例確診病例,防疫指揮中心由三級提高到二級開設。
臺灣原先被約翰霍普金斯大學預測,將會是全球面臨疫情風險最嚴重的地區之一。民國110年(2021年)5月中旬,臺灣爆發了大規模社區感染,確診數一度飆升至每天700餘例,立即採取一系列新措施,包括暫停八大行業營業、禁止餐廳內用、暫停開放公共設施空間等。
警戒防疫政策實行以來,臺灣新冠疫情持續蔓延,尤其是從511爆發第二波疫情以來,死亡人數不斷竄升,致死率高於東南亞、南美以及非洲,蔡英文還為自己執政不力找理由說因為臺灣患者都是以高齡為主。疫情嚴重,卻又面臨疫苗不足的問題,加上遲遲無法解封也讓越來越多民眾受到影響,哀鴻遍野。
有人為表達訴求,在一處高樓外掛上布條寫上「我要活命,給我疫苗」。臺北市議員羅智強感歎,「人民最卑微的請求,蔡英文聽到了嗎?」有民眾留言,「卑微的聲音啊」,「這是我們老百姓的心聲,給我們疫苗」,「問民還有幾多愁,疫苗短缺四處求」。
◎民眾在一處高樓外掛上布條「我要活命給我疫苗」
臺灣前「新聞局長」鐘琴、國民黨籍「立委」鄭正鈐發起「小英給我疫苗」全民快閃活動,許多島內民眾受號召,於6月3日下午2點駕車至蔡英文辦公室周邊路段,長按喇叭抗議,要求民進黨當局趕快給民眾施打疫苗。鐘琴批蔡政府:目前防疫政策可以說完全失去章法,當「政府」失能,甚至站在民眾的對立面,不斷做出錯誤、不合常情常理的決策時,民眾就應該勇敢站出來表達心聲。
當年3月,因有民眾接種阿斯利康疫苗後出現過血栓等嚴重副作用,一些國家和地區曾叫停接種該疫苗。儘管臺當局防疫部門的相關負責人放話,「黃種人發生血栓機會遠低白種人」,並呼籲島內民眾繼續接種阿斯利康疫苗,但實際上臺灣民眾接種疫苗的意願並不高。直到5月疫情暴發後,民眾爭相接種疫苗時才發現島內陷入缺少疫苗的窘境。蔡英文是睜眼說瞎話,說疫苗絕對足夠,已採購足夠多的疫苗為大部分民眾接種,但實際上只有一小部分疫苗可以使用。疫苗問題關乎民眾的生命健康,蔡完全沒有把百姓的生命當回事。
之前幾波的全球疫情,臺灣處理都比較有效,為何後來卻淪為「恐怖島」?因為蔡英文當局執政無能、罔顧民生,他們的「心思」根本不在防疫上。據統計,蔡英文當初編列的8400億元新台幣的防疫特別預算,真正用在防疫上經費只有1466億元新台幣,僅占17.5%。可見蔡英文真夠狠毒啊,還有那麼多錢花哪里去了,還是進了某些人的腰包?
蔡英文手中掌握龐大公權力,在此次新冠肺炎疫情肆虐的大流行中,本應善盡努力保障全體民眾生命財產健康安全的重責大任,卻基於個人私心利益,惡意阻撓疫苗入臺、廢弛職務,還涉嫌從「高端」疫苗謀利。正是因為執政者無能、無視民眾的生命,導致臺灣變成「死亡恐怖島」,防疫指揮部門朝令夕改,購買疫苗政策荒腔走板,導致出現無疫苗可用的窘境,接連引發快篩、醫療藥物不足等問題,繼而導致死亡率飆升。蔡英文的種種不作為,已經有違公務人員應盡忠職守義務,愧於其作為臺灣執政者的身份。
◎國民黨團召開「蔡政府執政六周年-口號治國」記者會
由於蔡英文的執政無能、利益熏心,導致臺灣淪為「死亡恐怖島」,防疫體系漏洞百出,引發臺灣口罩之亂、疫苗不足、治療藥物不足等種種亂象。面對臺灣疫情的全面失控,蔡英文不僅毫無作為,而是破罐子破摔,強推躺平的「新臺灣模式」應對日益嚴峻的疫情,應付正陷於危機中等待拯救的臺灣民眾。
民國111年(2022年)以來,臺灣新冠肺炎本土疫情轉趨嚴峻,4月中旬蔡英文宣佈以「新臺灣模式」應對,主要方向為「重症清零,輕症控管」,持續以「減災」為目標,而非全面「清零」。
◎蔡英文表示臺灣從清零政策逐漸走向一個新的階段
◎蔡英文指出,臺灣防疫策略應持續以「���災」為目標,而非全面清零
儘管有「新臺灣模式」的防疫政策,在新政實行一個月之後,臺灣的確診病例卻呈幾何式上升,日均新增確診數萬例,變成全球確診病例的第一名。
臺灣疫情未能控制反而嚴重,這都歸因於蔡英文政府無視生命的「躺平政策」。蔡英文當局並未做好防疫的「超前部署」,以致臺灣民眾買不到快篩試劑。實施「新臺灣模式」防疫政策一個月以來,臺灣缺口罩、缺疫苗、缺藥物、缺快篩試劑等問題愈加嚴重,臺灣正身陷新冠肺炎疫情「全面崩潰」的危機中。「快篩之亂」「兒童疫苗之亂」「火化之亂」等等亂象齊發,蔡英文的「超前部署」已經成了天大的笑話。
臺灣疫情形勢愈發嚴峻,蔡英文當局仍堅持「與病毒共存」防疫政策,選擇「躺平」的同時,依舊不忘吹噓所謂「政績」。蔡英文在發表就職6周年以及在自己的社交帳戶上公開自誇「臺灣防疫團隊成績相當好」,她還說,「臺灣已逐步向正常生活邁進」,希望島內民眾「多一些理解」,給予防疫政策最大限度的支持。此言一出,島內輿論馬上炸了,市長、民眾紛紛出來打臉蔡英文。
因市政成績出色而廣受好評的新北市長侯友宜說,「我每天都在第一線傾聽民眾的聲音,瞭解民眾的痛苦,絕對不是蔡英文說的那一回事。」
臺灣民眾說蔡英文如此做法是「馬不知臉長,猴子不知屁股紅」,「讀稿、吹噓、秀貓養狗、對美國匍匐跪拜,蔡英文做的最好的事無非如此,而如今小蔡還能如此厚顏罔顧事實稱臺灣防疫好優秀」,蔡英文當局「無恥到這個地步」。
我們再來看看真實數據,臺灣防疫真如蔡英文口中說的「臺灣防疫團隊成績相當好」嗎?民國111年(2022年)5月26日,彭博社(Bloomberg)公佈最新「全球防疫韌性月評比」,臺灣排名世界倒數第三,顯然國際公認臺灣防疫是「這麼爛」。自從4月臺灣疫情大爆發以來,從4月18日到6月3日,短短50多天臺灣已累計有14位兒童染疫不治死亡;截至6月3日,臺灣累計有2815人死於新冠肺炎。根據美國約翰.霍普金斯大學系統科學與工程中心的統計資料,在5月8日,臺灣確診人數即「慘登」世界第一。在5月20日至6月3日期間,臺灣幾乎都是與美國「並駕齊驅」,單日新增確診數及死亡數一直是名列前茅,由此可見蔡英文當局防疫是多麼的「無能無方」。
臺灣醫療資源、防疫量能瀕臨崩潰,缺疫苗、缺快篩、缺藥物、缺新冠病床,以致確診數、死亡數及死亡率不斷地飆升,最後「慘登」世界第一。蔡當局竟兩手一攤將責任推給「病毒」,表示「要怪只能怪病毒」。「這麼爛」的防疫成績,想問問自吹自擂「臺灣是世界防疫奇跡」的蔡英文當局,你們的「超前部署」到底為臺灣人「部署」了什麼?
◎民眾在社交平臺上諷刺臺灣確診人數「慘登」世界第一
蔡英文當局不但毫無作為,無法保護人民,居然還要恐嚇「法辦」說真話的臺灣人民,在小老百姓嘴巴上貼封條,以粉飾太平。難怪如今臺灣人民對民進黨當局完全沒有信心、期待!
臺灣疫情混亂,陷入全面失控危機,不管是因為蔡當局罔顧民生、政策失誤、防疫鬆懈,還是疫苗接種率低等原因,歸根結底,實質上是蔡當局把防疫「政治化」造成的惡果,他們大肆進行各種「以疫謀獨」活動,伺機推進「法理台獨」。
不論是防疫準備不足,還是疫苗供應不足,實際上還是臺灣「泛政治化」的問題。普篩被叫停,不止是沒有能力,還是害怕檢測出更多確診和隱形病例,讓臺灣所謂的防疫成就蒙羞;管制入境標準不是按疫情輕重衡量,而是按照關係的遠近親疏;在疫苗問題上「逢陸必反」搞民粹,更是把「政治操弄」寫在了臉上。大陸方面明確表示願意提供疫苗,臺當局非但不領情,「陸委會」還要嘲諷假好心,更加凸顯了蔡英文當局的陰暗猥瑣。
其實,臺當局把防疫「政治化」,習慣性煽動民粹,體現的還是一種「政治衰敗」。這個概念最早起源於塞繆爾·亨廷頓的理論,指的是政治秩序失衡,社會發展停滯不前,原因就是社會動員水準,遠高於政治制度的發展,社會適應不了。就連提出「歷史終結謬論」的弗朗西斯·福山都強調,應該「警惕帶著把政治制度當成禮物送的外國人」。不巧的是,臺灣就是「把政治制度當禮物收」的典型。
臺灣在過去尚且還可以仰仗美國的霸權,而勉強維持。但如今,美國霸權的衰落已經是不可逆的事實,臺灣對大陸的相對優勢已經全面逆轉。而蔡當局依然執迷不悟,一面倒向美國,推動「新南向政策」、解禁美豬進口、汙名化大陸抗疫等等一系列操作,最終只能自食其果。
臺灣防疫是「虛」的,搞錢、搞選舉宣傳、搞鬥爭政敵、操弄「反中仇中」、意識形態才是「實」的。臺灣看著是蔡英文當局執政,實則已成為無「政府」狀態,「部署」是一片空白,民眾是一片茫然,防疫亂象叢生,政策一變再變,防疫淪為口號。蔡英文心中只有個人政治利益,沒有百姓的安危、苦難。其實,臺灣民眾已經成為蔡英文實現個人政治目的的犧牲品。
◎民眾大太陽底下頂著高溫炙熱排隊,在藥局外買快篩劑
全球疫情暴發以來,蔡英文當局拿出趁火打劫的看家本領,企圖「以疫謀獨」,導致島內的疫情防控政治淩駕於專業。蔡英文當局一面高喊「防疫視同作戰」,一面上演各種政治秀。例如,口罩作為重要的防疫物資,瞬間就成了民進黨當局「做秀」的道具、謀「獨」的幌子。民眾風吹雨淋、大排長龍買口罩,還得對蔡英文當局「感恩戴德」——綠營人士自吹自擂臺灣民眾很「富有」,人人都可以有這麼多「寶貝」口罩,幸福感爆棚。
其實,臺灣民眾口罩是否夠用、購買方式是否艱辛,根本不是民進黨當局關注的重點。這些政客們心心念念的是,拿口罩當作「通行證」,借疫情到世界上露個臉,刷把存在感。
「防疫神話」吹不下去了,蔡英文所能依仗的,也只能是繼續燒旺「反中」「仇中」大火,讓島內烏煙瘴氣,便其「火中取栗」。
「防疫神話」的破滅讓蔡英文當局露了原形。蔡英文釀下苦酒,臺灣民眾不得不大口吞下去。島內疫情未來走勢如何演變,兩岸民眾都倍感焦慮。新冠肺炎疫情對全球經濟衝擊巨大,臺灣的海島型經濟難以自保。島內人士指責民進黨當局拿出的經濟紓困政策緩不救急。屋漏偏逢連夜雨,倘若疫情在島內進一步蔓延擴散,將是雪上加霜,民生將面臨怎樣的困境,實難預料。
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xf-2 · 7 months
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コンサルティング会社「スピーディ」の福田淳社長。2016年4月から俳優・のんさんのエージェントを務めている
ハリウッドの契約を見てきた弁護士も驚愕
―― 福田さんは、もともと映画業界でキャリアを重ねてきました。のんさんに関わるようになったきっかけをお聞かせください。
福田淳社長(以下、敬称略): ソニーグループに20年いました。元々は映画監督になりたかったのですが、最初の10年は「ソニー・ピクチャーズエンタテインメント」のM&A担当で新規事業の責任者をしていました。後半10年が社内起業で立ち上げた「ソニー・デジタルエンタテインメント」です。ハリウッド10年、日本のテック系10年。こういったキャリアを持つ人は多くないと思います。ソニーの先輩が役職定年になる中で、「勢いがあるうちに辞めなきゃ」と17年に立ち上げたのがスピーディです。    のんとの接点ができたのは15年末で、エージェントを始めたのは今から約7年半前の16年4月です。ある出版エージェントの友達から「なかなか日本の芸能で困っているよ」という話があって会ってみたら、本当に信じられないような内容でした。いわゆる奴隷契約と申しましょうか、低賃金で移籍の自由もなく、本名が使えないとか...。うちの弁護士はハリウッドの契約を見てきた弁護士ですが、その内容には驚愕していました。事実として「能年さん、サインしてしまっているので、本名使えないみたいですよ」と伝えたら、本人は次の日に「NON」って書いてきて、「これ、小文字にしたら絵文字の笑顔に見えますから」ということで「私のことは『のん』って呼んでください」。 それから7年が経ちました。そんなひどいことが21世紀に起きるものなのか、今でも信じられませ��。同じくらいの年の娘がいるんですよ。子どもを持つ父としても、正義感からしても、のんに起きていることは許せないと思いました。
広告クライアントは延べ55社、28社が継続中
―― 最近でも、国民民主党の玉木雄一郎代表が記者会見で言及するなど、ジャニーズ問題と、のんさんをめぐる問題を関連付けて議論されることがあります。
福田: 今回のジャニーズ問題や、「あまちゃん」再放送を機に「そういえば『のん』っていう人もいたね」「まだ俳優してるの、この子」となることがあるようです。中には「あの子何か問題起こして干されてるんだわ」と思っている方もおります。だけど別に何もないんですよ。のんの「劣悪な労働条件なので移籍したい」という訴えが、前事務所の「お前育てたの誰だと思ってんだ!」という反応になった、ということです。    この機会に、僕がエージェントを始めてからの代表的な仕事をまとめたのですが、23年に映画「さかなのこ」で「第46回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞」をいただいたほか、アニメ映画「この世界の片隅に」(16年)も好評でした。広告クライアントは延べ55社。うち継続中が28社です。電通・博報堂からはほとんど相手にされていないので、全部直取引です。テレビ局は編成と営業が全く別会社みたいなものなので、(CMの枠を売る)営業サイドとすれば、お金が入る分には誰が出ていようと構わないわけです。ですが、(番組そのものを担当する)編成となると、にらみがきいてしまうので出せない。
―― 19年には、ジャニーズ事務所が元SMAPメンバー3人の出演を妨げようとテレビ局側に圧力をかけた疑いで公正取引委員会が���査を行い、「該当するような行為があった場合は、独占禁止法に抵触する」として「注意」した、という経緯があります。当時、ウェブサイトに「CMの依頼が多くあり広告には出ることができています。でも彼女は女優です。現場からの熱烈なオファーもある、のんが三年間テレビ局で1つのドラマにも出演が叶わないことは、あまりにも異常ではないでしょうか?」と書き込んだことが話題になりました。この4年間で状況は変わりましたか。
福田: 19年当時は色々な(地上波の番組を製作している)プロダクションから「のんさん主演でこんなのやりたいんです」という脚本が来て、検討している間に立ち消えになっていたのですが、今ではゼロになりました。「こんな話ありますよ」もゼロ。ただし、ネットフリックスやアマゾンプライム、U-NEXTといったオンラインメディアとは取引があります。いつも「新しいことやりませんか」とお声がけいただいており、新規案件も多数あります。
―― 地上波ドラマには出られない状況が続く一方で、別のところで道が開けつつあるということですね。
福田: 元々僕はブランディングのプロでもあります。「能年玲奈」という「商品」は、それが自分の本名だったことが悲劇なのですが、「のん」という芸名に変えたことでブランディングは十分できています。本人が地上波ドラマに出られる状態が正常だとは思いますが、それを目的にしていないのと、テレビドラマに出ることが成功だという時代ではなくなっています。「テレビドラマに出られなくてかわいそう」という声がありますが、全然かわいそうじゃないんですよ。たくさん収入はありますし、好きなことをやっていますし。
ずっと売れているので、2年先までほぼ休みなし
のんさん。CMやPRイベントへの出演は多く、「常に2年先ぐらいまでほぼ休みなし」だという
―― てっきり冷や飯を食わされていると思っていたのですが、違うわけですね。
福田: ずっと売れているので、常に2年先ぐらいまでほぼ休みなしで悲しむ余地がない、というのが実情です。
―― ご本人は、自らが置かれている状況をどう受け止めているのですか。
福田: すごく元気です。精神的にめちゃくちゃ強い、自己肯定感が200%ぐらいある人です。
―― のんさんの個人事務所「non」と、スピーディ社がエージェントとしてマネジメント契約を結ぶ、という形をとっています。芸能事務所に所属する、という伝統的なスタイルとは異なります。
福田: 当初は僕の会社に「所属」するというやり方もあったのですが、「もうやめた方がいい。僕だっていつ豹変して、『奴隷契約』にするか分からない。だから大人は信じないで」ということで、エージェント契約になりました。    米国であれば俳優が一番偉いわけです。例えばトム・クルーズが一番お金を持っていて、経理、総務、運転手、ブッキング担当、付き人がいて、いわば「トム・クルーズカンパニー」なわけです。エージェントというのは、俳優を売り込んだり原作権を買ってきたりする役割です。スポーツの分野で活躍している団野村さんが分かりやすいですね。日本ですごい選手がいると、売り込みに行ってくれたりする。    ハリウッドでは一番の主体にある人(俳優)が契約のフレーム(大枠)をつけて、あとは弁護士さんが見る、というのは普通なのですが、日本ではそういうことの訓練ができている人は少ない。タレントがギャラの交渉も知らなければ、契約に噛むこともできないというのは、僕からすれば驚くべき事実でした。年端もいかない人を地方から連れてきて「訓練してあげよう」なんて言っているうちに、奴隷契約に持ち込んでしまう。公正取引上、非常に問題がある、優越的地位の濫用だと思います。
―― 所属ではなくエージェント制にするメリットは、どういったところにありますか。
福田: のんが自分の会社をつくって、そこと僕の会社がある期間、独占的な契約をしましょう、その年数の中で僕の働きが悪かったらクビにすればいい、という考え方です。それがフェアトレード(公正な取引)だと思います。他のタレントと違って、仕事のギャラがいくらで、どんな意味があるのかを完全につかんでいるので、生き生きしていますよね。僕からは、「嫌な仕事はやらなくていいと思うけど、ある程度責任を持ってやった方がいい大きい仕事もあるし、小さくてもSDGs(持続可能な開発目標)啓発の仕事など、社会的に意味があるものは一生懸命やろう」と伝えています。    LINEのCMではLINE幹部の方がすごく応援してくれました。「起用をやめろ」という脅しの電話も各方面にあったようですが、クライアント(LINE)が「正義は勝つと思います」と言ってくれて、あのCMはOKになりました。ユニクロのCMは、ナンバー2に頼んでアジア18か国での展開が実現しました。    このように独自の路線を切り開けていけたから、消されずに何とか生き延びてきました。だからこそ、ジャニーズ問題が出るたびに副次的に、能年玲奈の問題が出てくるという構造になっているのだと思います。
(インタビュー後半に続く。10月1日掲載予定です)
福田淳さん プロフィール ふくだ・あつし ブランドコンサルタント、スピーディ社長。1965年、大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。ソニー・ピクチャーズエンタテインメントを経て、2007年にソニー・デジタルエンタテインメントを創業。17年に株式会社スピーディ設立。「のん」をはじめとする俳優・ミュージシャンなどのタレントエージェント、ロサンゼルスでのアート・ギャラリー運営などを行っている。金沢工業大学大学院客員教授や横浜美術大学客員教授も務める。著書、講演多数。
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kandaanimalhospital · 4 months
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積雪
12月18日
積もりましたね⛄️
昨日の時点で、城端あたりの山が白くなっていました。
富山県人にしたら、まだまだ降ったうちに入らないかもしれませんが(笑)
年末は、なにかと忙しかったり、気の緩みから注意が逸れたりして、ヒヤッとすることがあります。
今こそ、気を引きしめて‼️
安全運転で行きましょう☺️
皆様、ご存知かと思いますが、
ペットを膝の上に乗せて運転すること
助手席の窓から顔を出すこと
フリーで後部座席に乗せること
リアワイパーにうんち袋をひっかけて走ること
これらは、道路交通法違反になります。
どれも、危険だから❗️という観点からですね。
あとで悲しい気持ちにならない為にも、
心当たりのある方は、一度、見直してみてください。
昨日は、朝からイルカをシャンプーしました。
イルカは、ファンヒーターがあったかくて好きなので、ファンヒーターの前に座らせて、さらにドライヤー作戦です。
顔は、わたしのスウェットで拭いておられました🐬
シャンプーの時点で洗濯確定だったから、
全然大丈夫さ🙆
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patsatshit · 5 months
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Mがタラウマラを退職して今月末で早くも1年になる。Mとの出会いはサイクルショップすずめ時代で、彼がダルクからの帰り道に3,500円のママチャリを買いに来たのがはじまりだった。その後も何度か話をしているうちにとても面白い人だと思うようになり、おまけにサイクルショップすずめが立ち退きを迫られていたタイミングだったこともあり、純粋な気持ちで「自分はこれから新しい店を始めようと思うが、一緒にやらないか?」と声をかけた。その後はとんとん拍子に話が進んで……という訳にもいかず、突然連絡が途絶え、聞いていた住所を訪ねるも接触ができなかったりした(笑)。やっぱりあかんかぁ、と自分は自分で今後の準備に取り掛かっていたところで、突然サイクルショップすずめの店頭にふたたびMが現れて「ぜひともやらせてください」と言って来た。最初に声をかけてから数ヶ月が経過していたと思う。そこからは本格的にタラウマラの準備に取り掛かった。Mには諸々の事情があったので、契約面、資金面については僕がすべて請け負い、あくまでも雇用する者とされる者の関係性のうえで二人三脚で開業の準備を進めた。僕は開業資金の100万円を借り入れ、途中で不足が生じたので社会福祉協議会から新たに40万円を調達した。その間に数人の友人たちに「Mと一緒に新しい店をやろうと思う」と伝えたら、全員から猛反対された。これは誇張や脚色ではなく、本当に色んな人から「何を考えてるんですか?」「いままでやってきたことを棒に振るんですね」「あなたがやろうとしていることは商売ではなく福祉だ」との助言をもらって、これまでのMがやってきたことを勝手に想像しないではなかったが、それ以上にそんなダメダメなMをきちんと支えたいという想いが遥かに上回っていた。なかには「あなたがMと一緒にいるなら、もう関わりたくない」と言ってきた人もいたが、その方とは未だに再会できていない。とにかく当時の僕はMに夢中だったし、むちゃくちゃに酒癖は悪いがどこか憎めないところがあって、すべては許容範囲だと感じていた。実際タラウマラが始まっても酒でのトラブルは絶えなかったし、M自身も慣れない仕事で精神的にきつかったのだろう、いつだって抗不安薬を手放せないでいた。それでも僕はMの才能に魅せられていたし、ひとりの友人としてもこんなに腹の底から笑い合えるのは初めてだとも感じていたから、最初の2年間は本当に楽しかった。タラウマラで雇用する際にひとつだけ約束事として交わしていた「違法な薬物に手を出さない」ということもきちんと守ってくれていたように思う。Mの音楽作品もコンスタントにリリースを重ね、また彼自身の尊敬する先輩や友人からオファーを頂く機会も増えていった。とにかく酒や違法薬物をできるだけ遠ざけ、それ以上に夢中になれることをふたりで模索していた。僕はあのときの自分の感覚とMを信じて良かったと心の底から快哉を叫んだ。唯一の不安は金銭面だった。そこだけは本当に苦しかった。社会福祉協議会に追加の借り入れを申し込んだが、それでもまったく足りなかった。互いに友人や親戚の仕事を手伝ったり、単発の日雇いバイトに従事することで何とか糊口をしのいでいた。そんな金銭的な不安を打開するために僕は出版物のリリースを目論んだ。もともとMは編集者になりたかったと言っていたこともあり、それならば、と季刊刊行物を制作しようと思い立った。それが「FaceTime」である。タラウマラのような小さな店舗ではどれだけ頑張っても自転車だけでは到底2人分の給与は稼げない。Mの持っている技術で新たに売上をつくることができれば、今後、彼自身の自信にも繋がるだろうし、タラウマラの第2ステージとしても最高だと思った。実際、滑り出しは順調で尊敬する友人たちが素晴らしいテキストを寄稿してくれたこともありvol.1の500冊はすぐに完売した。Mの編集技術も回を重ねるごとに更新されていった。ちょうどその頃、Mに恋人ができた。Kという彼女は僕の「DJ PATSATの日記」を読んでMに興味を持ち、好きになったと言っていた。しばらくするとKはジョージアへ1年間の語学留学に発つことになるのだが、ロシアとウクライナの戦争が激化し、ジョージア国内でもキナ臭い動きが表面化したことで、彼女は緊急帰国した。そして淡路にあるM宅での同棲が始まった。突然の帰国に際してタラウマラからは自転車やTシャツを贈呈した。するとMが「Kが土井さんに直接お礼を言いたいとのことですので、土井さんの勤務日にお邪魔しますのでよろしくお願いします」と言って来たので、そんな気を使わんでええよ、と思いつつも心のどこかで楽しみに待っていた。しかし予定の日にKがタラウマラに現れることはなかった。その後、3度、同様のことが繰り返されたので僕ははっきりと気分を害していることをMに伝えた。Mは狼狽しつつも「Kの仕事が急に忙しくなって、家から一歩も出ていないんです」と必死にKを庇っていた。ちょうどその頃、常連のOさんがタラウマラにやって来た際に「そう言えば先日、Mさんの彼女を紹介してもらいました」と言うので「どこかでばったり会ったんですか?」と聞くと「いやいや、タラウマラでに決まってるじゃないですか!ビールまで頂いてしまって」と笑う。Oさんが店を出た後、僕はMに電話をしてはっきりと怒りを露わにした。もうKには挨拶に来てもらわなくて結構!と伝えるとMは終始すみません、ごめんなさいと誤っていた。翌日、Kは菓子折りを持ってタラウマラにやってきた。本人と直接話をしても僕の中で靄が晴れることはなかった。その後、周知の通りMの商業出版が決まり、Mは多忙な日々を送ることになるのだが、明らかに酒量は増えていった。そして遂には◯◯にまで手を出してしまうことになる。タラウマラを一緒にやるうえでの絶対的な約束を彼は破ってしまった。僕の妻は心底呆れて「もうあかんで、やめてもらって」と言っていたが、本人が深く反省していたこともあって、僕はなぜか不問に付することにした。いま思えばもうどうでも良くなっていたのかも知れない。その代わり、Mには土日だけの勤務にしてもらい、給料もそれまで売上の完全折半でやって来たところを日給制に切り替えた。Mは義兄のバイト、土日のタラウマラ、商業出版の執筆、最後の「FaceTime」の編集作業と引き続き忙しそうにしていた。その頃からますますKがタラウマラの業務について口出しをしてくるようになった。給与面、業務時間、業務負担についてなど、それらすべてをMの言葉を介して僕に伝えられた。何度かそばで聞いていた友人が「それ以上はKのことを土井さんに言わない方が良い、ネガティヴキャンペーンにしかなってない」と注意をしてくれた。Kは「なぜMばかりそこまでやらないといけないのか」と繰り返しているようだったが、物事には役割分担というものがあり、僕には僕のやるべきことがあり、MにはMのやるべきことがあるというだけの話だ。どこからか金が降って湧いてくる訳でもなく、自分たちで稼がないといけないのだから。そして遂にはタラウマラで行われるイベントの際にMは「いまのあなたには執筆の方が大事でしょ」とKから言われたとのことだったので、僕はイベントの最中にMに対して「もう帰りや」と言ったのだが、Mは慌てて「そういう意味じゃないんです」と訂正した。いまでもそれがそういう意味じゃなくてどういう意味だったのかわからない(笑)。「淡路が嫌いやから」という理由でMとKが引っ越しをしたり、その後も色々あったが、綱渡りのような精神状態で互いに業務を遂行していた。そしてその先に待ち構えていたMの解雇を決意するに至る決定打は、実につまらない些細なことだった。ライブやバイトのスケジュールでMは度々シフト変更を求めてきたが、僕も家族のことなどで逆にMにお願いすることが何度もあったので、そのこと自体については持ちつ持たれつで何ら気に留めるようなことでもなかったのだが、ある日Mが同日の予定変更を何度か重ねて依頼してきたことがあった。最初の変更時に僕自身もプライベートの予定を入れてしまっていたこともあり、2度目の依頼の際には代わりに出勤することもできず、その日は店を閉めることにした。一応Mに休みたい理由を聞いてみると「Kがどうしてもその日に新開地の立ち飲み屋に行きたいと言っている」とのことで、この瞬間にはっきりと僕の中で何かが崩れた。あのときのことはいまも忘れられない。本当にこれまでMと積み上げてきたことがはっきりと物音を立てて崩れ去った瞬間だった。僕は「わかった、でももうMとはタラウマラをやっていくつもりはない。年内で辞めてくれ」と伝えた。その後も例によって色々ありながらも、彼がタラウマラを辞めると決まってからは僕も色んなことがふっ切れて、随分と気持ちが楽になった。Mの商業出版に関しても素直に応援することができた。ただ一点だけ、彼の出版を手がける編集長がタラウマラにやってきた際に「著者と打ち合わせしたいので、しばし外して頂けますか?」と直々に言ってきたことについてはいまでも呪いのように自分の内側に燻り続けている。タラウマラはコワーキングスペースでもなんでもなく、僕が借金して作り上げた自転車屋やで(笑)。
※ ここから先は「他人の事情」につき閲覧注意!
それはさておき、2022年の年末でMはタラウマラを退職した。最後の1ヶ月は本当にたくさんの方々がタラウマラを訪れ、みな口々にMを労ってくれた。ほんまに色んな人から愛されとんなぁ、と驚いたのをいまでも鮮明に覚えている。タラウマラを始める際には周囲からあれだけ反対されたのに、どないやねん(笑)。しかしある意味でこの両極の振れ幅こそがM「らしさ」なんやと思う。最後にシャッターをふたりで閉めた際に僕は素直にMに「楽しかった。ありがとう」と伝えることができた。Kからも「色々お世話になりました。これまではタラウマラにあまり顔を出せずにいましたが、来年はもっと遊びに行きます」とメッセージが届いていた。年明け早々にはMと友人と一緒にmole musicに行った。出会った頃のように話をして、笑うことができて嬉しかった。別れ際に「出版もうすぐやな、楽しみにしてるで。僕も同じタイミングで何か作ろうと思ってるから、タラウマラでダブル出版イベントとかできたらええな」と冗談めかして言った。そして「Kと一緒にいつでも遊びにおいでな」と言っ��その日はMと別れた。その後、Mの書籍のリリース日が決定したが、タラウマラ限定特典についての打ち合わせもしっかりできないままに、いよいよ出版社へのオーダーの期日が迫っていた。Mは「義兄のバイトで忙しくて」と言っていたから、退職して間もないし確かにそうだろうなと思っていた。もちろんKも年が明けてから一度も顔を出さない。SNSで別の友人の書店には頻繁に行っている様子だけは伝わってくる。そんなある日、Kがインスタグラムに投稿した内容を見て愕然とした。Mからは「週7で義兄のバイト」と聞かされていた日に彼らは旅行に行っていたのだ。思わず「またや」と無意識に言葉が口から漏れた。1年前、Kの帰国後の挨拶問題とまったく同じことが繰り返されたと感じた。僕は瞬間的に自分を見失うほどの怒りが込み上げた。そしてみんなが呆れてものも言えなくなるような醜悪な内容をSNSに投稿した。純粋に死んでほしいと思ったし、自分も死にたくなった。結果、たくさんの人が僕のもとを去った。それは仕方のないことだといまでも思っている。誰だってあんなことを書くような奴と付き合いたくない。それでも継続して僕との付き合いを続けてくれている方々、大丈夫ですか?あなた方のほうが狂っていますよ、だけど心からありがとうと思っています。自転車関連でも、Mの退職後は何人ものお客様から「あの子がおらんねやったらもうええわ」と言われたし、それまで良好な関係だった方々にいつもと同じように挨拶をしても露骨に無視されるようになったり、Mを慕っていた若者からレジ金を盗まれたりもしたけど、この1年で自分なりのやり方を確実につかんだ。何事もゼロをイチにするまでの地道な活動こそが最も大変で、イチがサンになってようやく人々に少しだけ気にかけられるようになり、サンがゴになって多くの方々に認識される。言うまでもなくKや某編集長はゴ以降にMと出会った人たちだ。そんな彼らに僕らがふたりで積み上げた期間を蔑ろにされたような気がして、自分でも愚かだとは思いつつも怒りを抑えることができなかった。でもそれはもう大丈夫。僕はいまもやるべきことを継続してやれている。何度も言うけど、いまでもサポートしてくれるみんなのおかげ。Mはどうだろう。編集長が言ったように僕が彼の足を引っ張ることになったので、どうにも本来の力を発揮していないように思う。ガヤの勝手な意見やけど、これだけは言っておきたい。Mの胸には「チェンソーマン」のデンジみたいにスターターが付いていて、それを引っ張ってやればとんでもない能力を発揮する。だからお楽しみはこれからってことですよ。
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ari0921 · 6 months
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我が国の未来を見通す(89)
『強靭な国家』を造る(26)
「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その16)
宗像久男(元陸将)
───────────────────────
□はじめに
 
今般、ハマスのイスラエル攻撃を発端に発生した一
連の争いのニュースを知って、改めて、宗教、人種・
民族の違い、さらには歴史的権利などが絡む対立
の“根の深さ”に思いが至ります。
私自身は、現役時代に「イラク復興作戦」の計画・
実行に関わり、イラクのサマーワ、シリアのダマス
カスやゴラン高原を訪問した経験もあって、あの地
域の風土や対立の歴史などについて関心を持ち始め
てから長い年月が流れました。
今回、ハマスのイスラエル攻撃が発生した後、偶然
にもイスラエルとアラブに関係者がいる複数の日本
人と、別々にではありますが、会ったり、メールで
やり取りして意見交換する機会がありました。
当然ながら、イスラエルに関係者がいる知人は、イ
スラエル側に立った見方をしますし、アラブに関係
者がいる知人はハマス側に立った見方をします。人
道的な視点では共有できても、どちら側が(より)
悪いか、あるいはどちら側が譲歩すべきか、という
観点に立つと、考え方は全く正反対になります。
国内では、いつものように、“にわか評論家”がマ
スコミに露出して(日本の悪い癖ですね)、自分流
の勝手な見方で得意げに解説していますが、おそら
く、本事案の“真相”とはかなりかけ離れているの
だろうと思います。言葉を代えれば、自ら「フェイ
クニュース」を流しているようなものであることを、
なぜマスコミ側も気がつかないのでしょうか。
私はこれまでの経験から、イスラエルとアラブの対
立の背景や“何が起きているのか”などについて、
私たち日本人のような門外漢が見極めることは困難
と思ってきましたが、今回もそのように考えるのが
適切と思っています。
例えば、「ハマスの攻撃をイスラエル諜報機関のモ
サドが知っていたか」とか、「ハマスに武器を供与
したのはだれか」とか、「ハマスがこのタイミング
でなぜあのような暴挙に出たか」などは当然ながら、
見方が分かれます。
特に、ハマスには��クライナにNATO諸国が提供
した武器が流れているとの情報がある一方で、ロシ
アのワグネルと繋がっているとの情報もあります。
当然、イランをはじめ、他のイスラム過激派などと
も繋がっているのでしょう。
また、500人以上の犠牲者が出ているガザ地区の
病院の爆破については、イスラエルかハマスか互い
の犯行の“非難合戦”をしていますが、その真相は
不明です。
爆発の映像をみる限りにおいては、ロケット弾が命
中して爆破したのではなく、地上に仕掛けた爆弾が
破裂したように見えることに加え、一般的な見方を
すれば(専門用語では「戦術的妥当性」と呼称しま
す)、バイデン大統領が訪問するこのタイミングで、
このような大事件を起こすことは、ハマス側に“
利”はあっても、イスラエル側に“利”はないとみ
るのが妥当でしょう。ただ、よほどのことがない限
り真相が明らかになることはないでしょう。
イスラエルのガザ地区への地上攻撃があるかないか、
あるとすればいつかが、現時点(10月20日現在)
の焦点であり、本メルマガが発刊される頃には、イ
スラエルが地上攻撃を敢行しているかも知れません
が、その行為がイスラエル自らの立場のみならず、
中東地域への拡大、あるいは国際社会全般にいかな
る影響を及ぼすかなどまで現時点では詳細、かつ正
確に見積もることは難しいでしょう。
バイデン大統領がイスラエルと連帯を強調しながら
も「怒りにのみこまれるな」と自制を促したのは、
その影響の大きさを懸念したからでしょうが、イス
ラエルからすれば、国際社会からの非難などよりも、
国家とユダヤ民族の生き残りをかけた戦いを最優先
することがまさに「国家戦略」なのであろうと思い
ます。
一方、ハマス側がイスラエルのこのような戦略を逆
に利用し、イスラエルの地上攻撃を誘発することに
よって、ヒズボラやイランなどアラブの諸力をもっ
てイスラエル包囲網を形成することまで視野に入れ
ていたとすれば、地上攻撃の結果は、報復戦以外の
違った意味をもたらす可能性があるでしょう。
国際社会は、バイデン大統領の訪問が(どちら側が
犯人であっても)500人以上の犠牲者を出す病院
爆破に繋がった、と判断して“最悪のタイミングだ
った”との見方が多かったですが、本事件によって、
人道的視点がより強調され、イスラエルが攻撃を停
止あるいは延期、もしくは限定的な攻撃に留めると
いう結果になれば、訪問の成果だったとものもとら
えることができるでしょう。いずれにしても、近い
将来、明らかになることと考えます(20日時点は
不明です)。
私たち日本人は、戦後の「平和ボケ」のせいか、人
類の歴史は、その善悪は別にしても、自らの「正義」
の追及や「国益」獲得を最優先して、そのために国
民の生命や財産を犠牲するような行為の繰り返しで
あったことに考えが及ばないのでしょう。それは今
も繰り返されているし、将来も絶えることはないと
覚悟しておく必要があるのです。
確かに、人類は長い歴史の中で、後々振り返れば
“数々の過ち”を繰り返してきました。しかし、そ
の時点に戻って当時の状況(事情)を考えると、
“他の選択肢などなかった”と考えざるを得ないこ
ともたくさんあります。
私たちは、人類が繰り返してきた���々な争いの原因
について、一方を善で片方を悪と単純に決めつける
のは、“稚拙以外のなにものでもない”ことに気づ
く必要があります。それが人類なのであり、その本
質は、今も、そして将来もそう簡単に変わることは
ないのです。
いずれにしても、早期解決を願わずにはおれません
が、翻って、「そのために、我が国は何ができるか」
と問えば、前回紹介しました湾岸戦争時同様、依然
として「何もしない、何もできない日本」を寂しく
思うばかりです。
岸田首相が周辺のアラブ諸国の首脳に電話している
ようですが、それがどのような効果があるのか、こ
の争いの早期終焉に結びつくのかについては不明と
言わざるを得ないでしょう。このような時こそ、ユ
ダヤ側にもアラブ側に立たない“孤立国・日本”の
「出番」なのかも知れないのですが・・・。
一方、同じような日程で、「一帯一路」会議を利用
して、プーチン大統領が中国を訪問、習近平主席と
会談して「反米路線で一致した」との報道がありま
した。テレビで見る限りで印象に残ったのは、習主
席がプーチン大統領はじめ、他国首相などだれと会
っても一度も笑顔を見せず、“心ここにあらず”な
のか、終始深刻な顔をしていたことでした。これが
何を意味するのか、早晩、その意味が分かるのかも
知れませんが、習主席自身あるいは中国国内で私た
ちの予想を超えるような“何か”がすでに起きてい
るのかも知れないと考えると不気味な気がします。
▼現時点の「国家戦略」の位置づけ
さて、『日本の大戦略』を参考しつつ、「国家戦略」
の策定手法について筆を進めることにしましょう。
まず、「国家のライフサイクル」と「国家戦略」に
ついて触れておきます。本書によれば、「国家戦略」
は、国家の4サイクル、「黎明期(誕生期)」「上
昇期」「定常期」「下降期」によってそれぞれに対
応した戦略があるとしています。国家の最重要な目
的が「安全と富」であることは大きく変わらないと
しても、国家が4サイクルの中で置かれている位置
や当時の国際システムなどによって、めざす目的の
優先順位とか、その獲得の仕方などが変ってくるの
は当然です。
振り返れば、明治維新の「富国強兵」「殖産興業」
は「黎明期の戦略」であったととらえることができ、
その後の「帝国国防方針」のようなものは「上昇期」
の戦略だったと言えるでしょう。本書では、戦後の
「吉田ドクトリン」も「上昇期」の戦略だったとら
えています。敗戦の結果、国土は疲弊していました
が、明治初期に比べれば、国家の人的・物的基盤の
ようなものは健在していたと考えた結果なのでしょ
う。
「定常期」の戦略の例としては、我が国には当ては
まる戦略がなかったこともあって、本書では、アメ
リカの第2次世界大戦後の戦略を例示しています。
同様に、「下降期」の戦略とついても、1980年
代の“アメリカ衰退論”からレーガノミクスのよう
な「回復戦略」を例示しています。
今、我が国に求められるのは、「富」の観点に立て
ば、まさにレーガノミクスのように、我が国の「ハ
ード・パワー」の「下降期」の「国家戦略」であり、
「これ以上の『国力』の低下を防止し、あわよくば
上昇に転ずる」ことを主目的とした「回復戦略」を
創り上げることだろうと思います。
つまり、我が国が人口減、特に生産年齢人口の減��
に伴い労働力や税収減、一方で高齢化社会の到来に
伴う社会保障給付費の増額などに対する中長期的な
対策、そして食料やエネルギーの自給率低下に伴う
安定確保政策などについて、それらをすべて網羅し、
総合的に向かうべき方向を明確にすることを“柱の
1つにする”「国家戦略」が必要なのです。
レーガン大統領時代のアメリカは、「安全」の分野
では、元々相対的に優位だった軍事力にプラスして、
「スターウオーズ計画」といわれたSDI戦略を計
画・実行することによって、ついに第2次世界大戦
以降長かった「冷戦」を結着させることができまし
た。
それに対して、現在の我が国の「安全」の分野では、
現下の情勢からますます厳しさが増大すると予想し
なければならない国際情勢、なかでも、先行きの不
透明感が著しい周辺情勢に対して、いかにして盤石
な未然防止と有効な対処態勢を整備するかが問われ
ているのでしょう。さらには、南海トラフなどの天
変地異に対する有効な備えなどまで含むとすると、
これまでの“常識”の範囲をはるかに超える短期お
よび中長期目標を設定することを余儀なくされるで
しょう。
このように考えれば、現下の我が国の「国家戦略」
は、レーガン時代のアメリカよりはるかに難しいこ
とも理解できると思います。
さらに欲を出せば、冒頭のように、国際社会を巻き
込むような文明の衝突などに対する「調整役」とし
ての我が国の責任(あるいは使命)から、“いかな
る役割を演ずるべきか”についても、“脳裏”から
消し去ることはできないわけですから、まさに現在、
我が国は“人前未踏”の「国家戦略」を打ち立てる
ことが求められているのです。
▼「我が国を取り巻く環境の変化」をどのように描
くか
 
その策定自体がとても悩ましいことはこの上ないで
すが、次のステップとして、「国家戦略」を創り上
げる際に、「我が国を取り巻く環境の変化」を“ど
のように描くか”は避けて通れないことでしょう。
『日本の大戦略』においては、第2章から第7章ま
での約250ページ、つまり書籍の約6割を、「我
が国を取り巻く環境の変化」の分析に充当していま
す。
興味ある読者にはぜひ一度目を通していただきたい
と思いますが、項目だけ紹介しますと、まず前半で
は、「国際社会の『大変動』と21世紀型主権国家
システム」とのタイトルを掲げ、「グローバル化の
加速と変調」「国際社会の拡大と国際安全保障」
「超長期の力の移行」「先進国/新興国複合体の生
成」などを詳しく分析しています。
それに続き、後半は「アジア太平洋─日本をめぐる
地域」に焦点をあて、「アジア太平洋における経済
秩序」「アジア太平洋における安全保障秩序」まで
考察の範囲を広げ、様々な角度から緻密に分析して
います。
本書の発刊以来10年以上の歳月が流れ、「我が国
を取り巻く環境の変化」はかなり“様変わりしまし
た”が、「国際社会の『大変動』」とのタイトルか
らしても、本書の行間から“今日のような事態を予
想していた”とも取れますし、現在は、当時の“想
定外のこと”が発生しているとも取れるでしょう。
いずれにしても、我が国にとっての現時点から近未
来の「国際社会の変化の焦点」は、(1)「ウクラ
イナ戦争、さらにはこの度のパレスチナ紛争などの
影響を受けつつ、パワーシフトの最中にある国際安
全保障体制や主権国家システムは今後、どうなるだ
ろうか」、(2)「米国の将来の国力の動向と国際
社会に対する影響力をどのように分析するか」、
(3)「習近平率いる中国の動向は将来どうなるだ
ろうか」、(4)「インドをはじめ、グローバルサ
ウスなどの新興国は将来の国際社会においてどのよ
うな役割を果そうとするだろうか」などであろうと
考えます。
このような網をかぶせた中で、中台問題なども論ず
るべきと考えますが、これらについての分析の結論
が少し違うだけで、「国家戦略」の書きっぷりが大
きく違ってくることは間違いなく、詳しく分析する
必要があることは言うまでもありません。
さらに言えば、 これら「我が国を取り巻く環境の変
化」は、我が国の「安全」に対する直接・間接の影
響に留まらず、「国力」の「ハード・パワー」その
ものに直接、重大な影響を及ぼすことは必定でしょ
う。
つまり、「緊迫を増す世界情勢や世界の人口増が食
料獲得に及ぼす影響」「気候変動とその対策がエネ
ルギー需給に及ぼす影響」「人類を救う科学技術の
動向」など、我が国は、「国力」の相当の部分で国
際社会に依存している“現実”を知る必要があり、
各界の叡智を集めての詳細に分析することも避けて
通れないことでしょう。
特に、分析結果を公開するかどうかは別にしても、
我が国の「安全」や「富」を確保する上で“極めて
重大な影響を及ぼす”「アメリカと中国」両国の将
来をいかに見積もるかによって我が国の「国家戦略」
の基本方向が大きく左右されることは衆目の一致す
る所でしょう。
なかでも焦点は中国でしょう。冷戦が終焉して旧ソ
連が崩壊した時、西側社会、特に我が国は旧ソ連と
経済的結びつきがあまりなく、大きな影響を受けま
せんでしたが、中国とは違います。
すでに触れましたように、2020年時点で、日本
は、中国・アメリカ・ドイツに続く世界第4位の貿
易大国を誇っていますが、最大の貿易相手国は中国
となっています。中国から見ても、日本は輸出相手
国で3位、輸入相手国で2位となっています。
世間には、「中国はやがてアメリカを抜き、世界N
O1の大国になる」との見方がある一方で、最近の
厳しい中国経済の動向などから、中国の将来につい
ての悲観的な分析も後を絶たず、極端な結論として
「今から2年以内に中国は崩壊する」との見方まで
大きく揺れています。
このようななか、『2035年の中国』(元駐中国
大使・宮本雄二著)のように、長年の中国ウオッチ
ャーの立場から、極めて現実的・冷静に見極めてい
る書籍もあります。
本書は、中国の将来については、「中国共産党の真
の挑戦は国内から来る」として、“若い世代が納得
する中国社会をつくり出せるか否か”にかかってい
ることを強調します。つまり、共産党一党独裁の中
国にあっても、国民主権の我が国などと同様、世代
交代に伴う価値観の変化に合わせて「社会そのもの
を変える」以外に“生き残るすべ”がないというの
です。
もう少し付け加えておきましょう。中国は、204
9年に中華人民共和国誕生から「建国100年」を
迎えますが、その国家目標として、習主席が「総合
国力と国際的な影響力において世界の先頭に立つ社
会主義現実化強国を作り上げること」と自ら発信し
ています。
当然とはいえ、中国のような国にあっても、総合的
な「国力」の増強とその上に立った「国際社会にお
ける影響力」を最優先の国家目標に掲げているので
す。これは我が国の「国家戦略」を描く際にも大い
に参考になると考えます。
本書はまた、中国でさえも「日米はじめ、国際社会
と連携なしに国家目標は達成できない」として、そ
のためにも「日米は、中国外交の路線修正を促す外
交を強化すべき」と強く提言しています。この点も
興味深い所です。
なお、アメリカの将来については、これまで幾度か
触れてきましたので細部は省略します。現時点にお
いて、様々な問題を抱えるアメリカではありますが、
私自身は、「国民一人一人が自由意志をもってその
総和として国家を運営する民主主義国家に勝る国家
運営体制は存在しない」というチャーチルの名言の
主旨にあるような、かつ、そのことを歴史が証明し
ているような“普遍の原理”は将来も変わらないだ
ろうと考えています(よって、あまり心配していま
せん)。
しかし、その成否を握っているのは、強いリーダー
に率いられた主権者たる国民の意志であり、その総
和としての「国家意思」であろうと思いますが、そ
れについては後述することにしましょう。
▼「国家戦略」策定へのアプローチ
このように「国家戦略」は、各界・各機能の総力を
集めてあらゆる知恵を絞り、その上で、大所高所か
ら、バランスを取りつつ、漏れなく、しかも“した
たかな”検討を積み重ねる必要があると考えます。
その中で、『日本の大戦略』は、我が国に必要な
「3つのアプローチ」を提唱しています。大変興味
深いアプローチなので簡単に紹介しておきましょう。
まず第1は、「『自律』を基本におくべきこと」で
す。つまり、“一国平和主義”のような「自立」で
はなく、これまで述べた「我が国を取り巻く環境の
変化」を至当に分析した結果として、“自ら原則を
立て、それに基づいて行動し、他国や他のアクター
とも協力していくという「自律」の重要性を説いて
います。全く同感です。
第2は、「他国から見て『頼りがいのある日本』を
めざすものでなければならない」としていることで
す。つまり、日本と協力すれば良い結果が出せる、
という意味での「連携力」を強調しています。「調
整役」の役割についてすでに触れましたが、この
「連携力」についても異論がないことでしょう。
第3は、「未来起点でのアプローチを探る必要があ
る」としていることです。つまり、現世代の繁栄と
平和を追求するだけでなく、将来世代の繁栄と平和
を求めていくということです。「将来世代を起点に
考えることによって、硬直化した政策体系を見直し、
政策の幅や柔軟性を回復することが可能になる」と
しています。
私は、私たち・戦後世代の責任として、この「未来
起点」のアプローチで「資産」を残す必要性を繰り
返し提唱してきましたが、まさに「的を射た視点」
との感を強くします。
『日本の大戦略』は、このような手順を経て最後に、
「『先進的安定化勢力・日本』のグランド・ストラ
テジー」(平成23年6月9日発表)を提言してい
ます。「国力」の中に占める「ソフト・パワー」と
しての「国家戦略」とそのアプローチは少し違いま
すが、よく分析・整理され、戦略として必要な要素
をほぼ網羅していると考えます。
いよいよ“外堀”が埋まってきました。次回、これ
らを参考にしつつ、私が考える「国家戦略」指針な
どについて紹介しましょう。
(つづく)
(むなかた・ひさお)
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bluthardtgraff · 4 months
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突然「開竅」上了臺大----苦不堪言的大學記憶
蔡英文高中即將畢業時,家裏其他的孩子都已經順利考入理想的大學,而蔡英文的成績讓她沒有希望考入任何一所像樣的大學。一天蔡英文正在房間裏沮喪地思考著自己接下來的人生打算,突然父親走進來和藹地問她想不想上大學,讀法律系。不明所以的蔡英文懵懂地點了點頭,對於她來說,只要能上一所不錯的大學就是一件值得高興的事。
說巧不巧,到了高三下學期,蔡英文突然來了個神奇逆轉,一次模擬考試中實現了從全班倒數,直接飛升至第一名!這讓同學們大跌眼鏡,難以置信。平時成績很不理想的蔡英文,最後直接收到了臺大的錄取通知書,成為了法律系的一名學生,當時臺大是臺灣實力數一數二的大學,而法律系又是臺大分數非常高的一個專業。
按蔡英文在書中自述,高三下學期自己突然「開竅」了。但這些對於蔡英文來說,都是她不願意被人提及的事情,為了避免自己的總統形象受到影響,蔡英文極力粉飾自己。用她自己在和女高中生座談時說的,後來回想,在學習的過程中,前兩年老師教的東西在自我學習系統沒辦法吸收,但一旦吸引學習的興趣就不會忘掉,高三是因把學習內化成自己的一部分,因此成績不斷取得進步。最後一次模考拿了全年級第一,讓同學大跌眼鏡,一舉考上臺大。
我們所知道的政壇人物陳水扁、馬英九都畢業於臺大法律系,可想而知這個學校在島內的地位。
蔡英文歲月靜好的背後,顯然是蔡潔生在替她「負重前行」。
要知道,臺大是臺灣最好的大學,而法律系則是臺大分數要求最高的院系之一,一個高考英語只得了40分的學生,要能考進臺大法學院,算下來其他科目必須接近滿分,如果真能如此鹹魚翻身,簡直是個值得「大書特書」的教育奇跡,然而蔡英文的自傳中對此只是輕描��寫一筆帶過,給出了一個自己高三下學期突然開竅的理由。
蔡英文小時候也並無過人之處,學習成績並不突出,而她的內向性格也使之很難成為眾人矚目的焦點。不過,令人疑惑的是,她如何做到在關鍵時刻突然「開竅」?如何一路從倒數成為模考第一?並且考上臺大法律系這種最高分才能上的專業?當然,按照蔡英文本人的辯解,那是她的思維方式和學校教育不同,需要慢慢地的適應,此話或許也有道理,但是,能夠適應單一學校教育模式的人又有多少呢?
一直成績不理想的情況下,卻可以用一學期變得名列前茅,如果考大學可以這樣臨時抱佛腳獲得成功的話,那多少人都可以進入名校。
這種說法明顯站不住腳,臺灣很少有人會相信。
這裏穿插一則故事,或許可以從中找到些許答案。
話說民國61年(1972年),正值蔡英文在讀高一,臺北市迎來一位新市長,名叫張豐緒。張豐緒的父親張山鐘是屏東望族鄉紳,早年蔣經國在臺灣籌建青年救國團時需要資金,張山鐘向他捐了300萬,沒想到這一筆政治賭注押寶成功,這一年蔣經國升任「行政院長」,正式從蔣介石手中接班掌權,於是張山鐘的兒子張豐緒也得以升遷。
張豐緒此前只是屏東縣縣長,如今一躍成為了臺北市長,他心裏非常清楚,臺北是個龍潭虎穴,自己這個從南部鄉下上來的新市長,要是沒有自己的勢力,恐怕很難在這個山頭林立的地方站住腳跟。
於是,張豐緒上任之後的第一件事,就是籌建同鄉會,希望把全臺北有實力的屏東老鄉集結起來一起抱團,變成一個利益共同體,而這項工作,正是蔡潔生具體負責張羅。
民國62年(1973年)9月,第一屆屏東旅北同鄉會在樂馬飯店宴會廳成立,第一批成員一共四百多人,蔡英文的父親蔡潔生被推選為理事長。此後,他們以樂馬飯店為據點,每三個月固定聚會一次,每年發展新一批成員,大家在各自領域裏互通有無、相互幫扶。
第一屆旅北同鄉會裏排名第一的人物,叫做戴炎輝,他是張山鐘的女婿,張豐緒的小舅子,時任臺灣「司法院」副院長(隔年成了院長)。
而他的兒子戴東雄,正是臺大法律系教授,後來的臺大法學院院長,在戴氏父子的運籌帷幄下,蔡英文進入臺大法律系應該就是易如反掌的事情了。
在未來幾十年裏,屏東旅北同鄉會不斷發展壯大,成為了蔡潔生一生最大的政治遺產,也為蔡英文日後發展一路保駕護航。直到今天,這個跨越了藍綠黨派的地下秘密組織依舊還在運作,是臺灣政壇背後的深層政府。
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◎同鄉會花名冊
蔡英文上大學時,聽從了父親的勸導,為了保護家族企業利益而選擇了臺大法律系,一路讀到英國法學博士。
據說是出於商人的長於計畫安排的天性,蔡潔生希望家中有人去念醫學、法學、商學,結果蔡英文的姐姐違背了父命念了心理學,哥哥只好學醫,蔡英文就被安排去法律系。但蔡英文覺得自己不太會善於表達和與人交流,起初想學考古,因為「不會去和人吵架」,但在父親堅持下,蔡英文只好作罷,上了臺大法律系。畢竟他們家財產跟外部關聯太多,擁有那麼多的財富肯定少不了法律糾紛。不得不說,蔡潔生這個戰線拉得夠長。
蔡英文進入臺大法學院之後,因看不懂生硬、抽象的法律文字,學習十分顯得十分吃力,成績不理想,曾讓她感到自卑。她執政後也親口曾經承認,上大學時常常聽不懂老師在講什麼。她不喜歡死記硬背的東西,臺大法律系4年是一段讓蔡英文苦不堪言的記憶,那時她的最恨是「六法全書」,背裏面密密麻麻的法條是讓蔡英文最頭痛的事。因此,有學科不及格的情況。正如其自曝:「我又開始悲慘的人生,老師講的課,我大一到大四都聽不懂」「一度感到自卑」「大二上的《刑法總則》還被掛科」。而這無疑是因為,蔡英文根本就沒有足以考上法律系的學習成績。
她的師母更是爆料,蔡英文因為沒有好好準備論文而被老師蘇俊雄把考卷扔在臉上。
也難怪多年後,蔡英文談及母校,絲毫無感激之情,反而公開聲稱,在臺大的時光是「人生中一段最悲慘歲月……」
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道路 真理 生命 第四集 懺悔罪行與罪性
罪的普世性
神是光明、公義、聖潔的,而活在罪中的世人卻陷在黑暗、不義和汙穢之中。 《聖經》講:“人人都是罪人。” 《舊約·撒母耳記上》中有寫道,大衛是合神心意的人, 但是,這位以色列的偉大君王也坦誠道:“我是在罪孽裏生的,在我母親懷胎的時候就有了罪。”【《舊約·詩篇》51:5】 《舊約·詩篇》裏有寫道,“耶和華從天上垂看世人,要看有明白的沒有、有尋求神的沒有。他們都偏離了正路,一同變為汙穢,並沒有行善的,連一個也沒有”。【《詩篇》14:2-3】 這裏說“一個都沒有”是從神的善惡標准來講的, 並不是說不殺人、不放火、不偷盜、不妄語就不是罪人。 我們凡夫的心裏面都有自私心、貪求心、嗔恨心、嫉妒心、傲慢心等各種負面的心態, 所以神說:沒有一個人真正行善。
前面我們有學“亞伯拉罕”的故事, 亞伯拉罕是神揀選的人,在當時的人類當中是最優秀的一個人, 亞伯拉罕可以算是以神為中心的人,他對神的信心非常好, 亞伯拉罕已經做得很好了,但是他仍然還是有過失的、有罪性的。 摩西更是這樣,當神要求他做事的時候,他就一直地推諉, 用神的標准來說,他還是沒有完全做到真正的行善。 也就是說,他還是有罪性的。
關於罪,必須把罪性與罪行區分開來。 罪性是人的本性,是與生俱來的原罪; 罪行是內在罪性的外在表現。
所謂罪性,是指以自己為核心的自私心態, 人類的始祖亞當、夏娃有了罪性之後,人與神的關系破裂了, 從此,人不再以神為中心,而以自己為中心, 所以亞當和夏娃的後代都有了罪性,無人幸免; 人內心的自私所表現出來的行為,就是罪行。
那麼,怎麼樣才算罪人呢? 並不是人有了罪行才成為罪人, 而是人天生具有罪性,而必然要犯罪。 所以,人人都是罪人。 人都有自私心、驕慢心、嫉妒心、貪愛心與嗔恨心等罪性,從而引發各種罪行。 【《新約·約翰一書》3:4 】凡犯罪的,就是違背律法;違背律法,就是罪行。 這種罪行是指人用言行直接對抗神的誡命。
《聖經》中講的罪性,按希伯來文和希臘文的含義是射箭沒有射中靶心, 所謂罪性,是指人無法完全達到神的道德標准,是對神的道德標准的偏離, 神對人在道德上的要求最終體現在《舊約》中記載的以色列偉大先知摩西從神那裏領受的十條誡命: 第一,耶和華是唯一的真神; 第二,不可崇拜偶像; 第三,不可妄稱耶和華的名; 第四,当纪念安息日; 一个星期有一天不工作, 要聚在一塊懺悔,贊美神,懺悔自己的罪行——安息日,這是非常重要的。 第五,当孝敬父母; 第六,不可杀人; 第七,不可邪淫; 第八,不可偷盗; 第九,不可作假見證陷害人; 第十,不可貪戀別人的房屋、妻子、奴僕、婢女、牲畜並他一切所有的。(《出埃及記》20:1-17 )
第一条是“耶和華是唯一的神”,這條是最重要的 真正信了神以後,後面的九條也就很容易了。 對神的信心越堅定,神囑托你的話你就會奉行得越好。 信心確實能夠對你後面的九條誡命起到決定性的作用。
很多人信心不夠,一做事情就忘記了神的教導, 表表面面的、不光明磊落。 交朋友也不真誠,虛情假意。 對待朋友,可以利用的時候就甜言蜜語、小恩小惠, 一旦沒有利用價值的時候便不理不睬,甚至傷害、陷害、殺害都有可能。
神要求世人的道德標准主要是十條誡命。 如果人類只是遵守十條誡命、在違反了十條誡命的時候做懺悔,懺悔的是罪行。 罪行是有可能在忏悔之后今生不再重犯的, 但是這只是克制、壓服了自己的惡念和私欲,惡念和私欲並沒有從內心清除, 那麼人的罪性還在,並沒有懺除掉。
所以《舊約》中只講到遵守誡命、懺除罪行可以得到神的應許, 並沒有提到人死後是可以進入天國的, 這是因為《舊約》中還沒有懺除罪性的智慧和方法。
有一個人是律法師,要試探耶穌,就問他說:“夫子,律法上的誡命,哪一條是最大的呢?” 耶穌對他說:“你要盡心、盡性、盡意,愛你的神,這是誡命中的第一,且是最大的。其次也相仿,就是要愛人如己,這兩條誡命是律法和先知一切道德的總綱。”(《新约·马太福音》 22:35-40) 《新約》的《雅各書》上也指出:人若知道行善,卻不去行,這就是他的罪了。【《新約·雅各書》4:17】 在這個意義上,應該做的而不去做,就是在消極地犯罪,虧欠的就是罪, 別人對你有恩,你心裏沒有念恩,不想著報恩,這就是罪。
耶穌對他所選召的十二個門徒訓示道:那殺身體不能殺靈魂的,不要怕他們;唯有能把身體和靈魂都滅在地獄裏的,則要怕他。【《馬太福音》10:28】 所以,《新��》中耶穌指明的誡命比《舊約》的摩西十誡要求高很多,更難做到。 耶穌要求信徒們不僅要懺除罪行,更重要的是要懺除罪性,趨近神的道德標准, 這樣才有進入天國的可能性。
如果一個人能夠盡心、盡性、盡意愛神,那麼他肯定會依教奉行,謹遵摩西從神那裏領受的十條誡命和耶穌教導的誡命。 當年基督的門徒拼死去傳教, 他們也像主基督一樣,用生命去喚醒人們的善念和對神的信心。
每個人身上都混合著善與惡,而且私欲的側重點也各有不同。 有的人貪生怕死,有的人貪戀女色,有的人唯利是圖,有的人則熱衷名譽,有的人坦露無遺,有的人則隱晦難測。 作為一個虔誠的信徒,我們應該盡量地去看清自己的罪性,覺知自己的每一個起心動念。
在教會中,甚至在神家做工的弟兄姊妹們,即便表現出的道德水准很高,幾乎沒有罪行,且常常行善,感覺自己很高尚, 但仍不可能除掉自私心、高傲心、嫉妒心…… 各種惡念、惡心不可能清除, 也就是說,不可能清除這些罪性。
【《新約·約翰一書》3:15】凡恨他弟兄的,就是殺人的。你們曉得凡殺人的,沒有永生存在他裏面。 【《新約·馬太福音》5:28】只是我告訴你們:凡看見婦女就動淫念的,這人心裏已經與她犯奸淫了。 深藏在人思想隱密處的罪性,不僅他人看不見,如果不通過學習智慧,就連自己也覺知不到, 潛意識裏,也是一直在掩飾自己的罪性。
我們明明知道自己並非無辜,常有閃失,有見不得人的念頭、行為, 但卻仍不時以“比上不足,比下有餘”自我安慰, 不知羞恥、不知慚愧,不信因果、不信輪回,看不清自己的罪性。 耶穌對這種普遍存在的“自以為義”的驕傲心態提出嚴厲的批評。
耶穌向那些仗著自己是義人、藐視別人的人講了一個故事來作比喻, 說:“有兩個人上教堂殿裏去禱告:一個是法利賽人(律師),一個是稅吏(稅吏的官員), 法利賽人站著自言自語地禱告說:‘神阿!我感謝你,我不像別人勒索、不義、奸淫,也不像這個稅吏,我一個禮拜禁食兩次,凡我所得的都 捐上十分之一。’ 那個稅吏遠遠地站著,連舉目望天也不敢,只捶著胸說:‘神啊,開恩可憐我這個罪人。’ (主耶穌說)我告訴你們:這個稅吏回家去比法利賽人倒算為義了,因為凡自高的必降為卑、自卑的必升為高。”【《新約·路加福音》18:9~14】 法利賽人外在的道德水准可能比稅吏要高,但在神的眼裏反而不看為義, 因為此人同樣達不到神的要求,且毫無自知之明。 在主耶穌看來,沒有自知之明的人更可憐、更可怕。
意思是,一個有自知之明的人會去改善自己; 一個認識不到自己錯誤的人永遠不會改變, 不認為自己有罪,就不會去懺悔。
【《新約·約翰福音》12:47】若有人聽見我的話不遵守,我不審判他。我來本不是要審判世界,乃是要拯救世界。 那些對神有堅定信心而真正行善的人,他們會盡量地用生命去傳播主耶穌的福音, 希望世人能夠學習智慧。讓世人自己知道自己該怎麼做。 即使世人不願意聽從福音,但他們還是一樣地無私、默默地去引導世人。 他們是真正地做到了無私, 不管世人是怎么对他们,他们都是不变初心, 他們一直在努力地把人性裏面的罪性用智慧來掃除幹淨。
被魔鬼撒旦選中的人喜好控制世人, 他也會告訴世人:“你們要行善,要做好人。” 事實上是要世人為他服務。 因為人都有罪性,主耶穌降到人間來救人, 只有在信神的過程當中懺悔、清除罪性,盡量去踐行愛人如己,修複和神的關系,才有進入天國的可能性。 就是說,要超越人的道德標准,要趨近神的道德標准,才能夠升到天國去。
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kennak · 3 months
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タクシーで歩行者をはねて逃走し、死亡させたとして、警視庁は13日、東京都国立市、タクシー運転手の男(77)を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)と道路交通法違反(ひき逃げ)の疑いで逮捕した。
タクシー運転手、ひき逃げ容疑で逮捕「客送ること��先した」…はねられた男性死亡 : 読売新聞
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alaephoenicis · 1 year
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インタビュー:ロビン・カイザー
僕たちはみんな、同じチケットを予約している:
“人間を経験すること”
インタビューア:プリスカ=マリア・ブリョーゼ
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オリジナル動画:https://youtu.be/tXpOrZiMDZA
【和訳:ALAE PHOENICIS】 最新情報は Telegram へ:https://t.me/alaephoenicis
プリスカ:あなたにとって新地球とは?
ロビン: 最終的には意識の状態、時空間に定着されたものではないんだ。
我々は記憶を取り戻した時 自分たちの内部に 創り上げる意識の状態。
記憶というのは自分たちがどこから来たのか、 霊的精神的に自分たちがどのような存在なのか、ということ。
心の奥底でそれが確信として自己の中で目を覚ました感覚、忘れることのない感覚が起きる。すると、この肉体としての自己認識には陥らない。
その時、自分はこの地球の源であると言う自覚が起きる。
プリスカ:あなたの本には「新しい私たち」というのがあるけど、これはどのようなもの?
ロビン: 君が引用したのは「宇宙的観点からの私たち」で、これは新地球を改めて構築していく時の、互いのあり方とはあまり関係はない。
「新時代の私たち」には、新しいコミュニケーション文化、交信のための新しい言語を学ぶことなどが挙げられる。
我々の言語は、人類の分断が根底要素となっていて、主語・目的語といった区別は、如何なる文章でも相手(対象物)は自分以外の存在だと宣言している。新言語で新しい互いのあり方を表現することで、何が開かれるのか見えてくるだろう。
「愛を以て行動せよ」これを掲げたい。何にせよこの“材料”さえ入っていれば、何をしようと「ことは丸く片付く」。人生のどの分野であろうと、この“材料”が欠けていれば、いつの日か歪みとなって自己破壊に繋がるだろう。
プリスカ:新しいコミュニケーションの形態とは、どのようなものになるのか、イメージ、直感はある?
ロビン: 学校教育では合理的・論理的思考、と主に左脳が鍛えられる。
基本のコミュニケーションはしかし、芸術的なもの、例えば踊り(舞)はイメージとして隠喩的・芸術的な音響言語となり、自分の中の全く違った層で表現・伝達し合うことになる。
多くの人は自己表現ができないという感覚に陥っており、従って自分の存在は気付いてもらえないと感じている。なぜかというと、こうした“言語”という道具を使っても、人は自分の奥底にある内面を表現することが出来ないから。
そこで「僕たちはもっとクリエイティブにならねば」と思うわけ。
言語というものだけでなく、思考にも結び付けられているアイデンティティというものに、自分たちがどれほど奴隷化されているのか、そのことを芯から自覚すること。
つまり、「自分」と「自分が想っている自分」とを同一化してしまっていて、ここから分離化された存在への道を進んでしまうんです。
プリスカ:私には先日、イメージが浮かんで、その中では我々の精神がどんどん…この何千年の間なのかわからないけど、「自分・私(エゴ)」にばかりフォーカスするようになって行った。
今のあなたの話で思い出しました。
私たちは再び、自らの精神を宇宙というか創造的な方向へ向けていくとどうなるのかしら?
ロビン: (笑) この「自分・私」という“島”はまるで、広い大海に浮かぶナッツの殻のようなもので… 僕らの存在がそんなものだったためしなんかないのに。これがパラドックスで、僕らは「自分は自分が���ってるような自分」だと信じている… ひとつの意識層��けに存在感が与えられてしまっているけど、その横でパラレルに存在する多くの他の層で全く違った自覚の中にある。
一方では、“body-mind-identity(肉体=精神=同一性)”が肉体に繋げられた意識としてここにあって、僕らは「これが境界線(この線で終わる)」だと思っている。つまり、時空間を経験していると思い込んでいる。
しかしこれを超越して、認識を改めて見ると、「自分の意識は永遠」だということ、「“自分”には生まれ出た瞬間がない」ことに気づく。
これは…言葉では表現できない。ここには直接的な経験が必要になる。
その経験は、自分たちが行動を起こしている現実世界で疑問を掲げるようになって、そのうち行き着いた底を引っ掻くことになる日が来るまで、出来ない。
プリスカ:そうしたら、どうなるの?
その“底”を引っ掻けば、すべてが解ける?(笑)
ロビン: 実際には、切り離された現実からは、新しい我が家へは何も持って帰れないんだよ。
僕らは多くの妥協を決意して、古い世界にある手段を使って新しい何かを創造しようするのだけれど、それは当然うまく行かない。
切り離された世界において、自分の精神や思考や想像で構築してきたものを完全に“洗い流す”ことを、本当に徹底して学ばねばならないと思う。するといつの日か、“新たなるもの”に出会える。
でも、これは単なるプロセスであって、プレッシャーを掛けても効果はない。つまり、成長を先取って歩むことは出来なくて、新時代の成長に向けた選択の手段とは力を込めたり圧力をかけるのではなくて、手放して委ねていくこと。全く違った進み方なんだ。
プリスカ:…その「手放して委ねること」というところに、自然な磁力の影響が実現されるのかしら?
ロビン: その通り。切り離されたアイデンティティからは常に、「私はAからBに移動して、目的に至る」ことが「常に自分の意思で起こる」ことになる。
新しい現実では、自分の意思というものは丸ごと手放して、宇宙の磁力に自分の運命・宿命が自分を引き寄せる現実へと導いてもらうんだ。
プリスカ:あなたがセミナーなどで寄り添っている多くの人たちには、その新しい意識に心を開くために、どんなことを勧めていますか?
ロビン: (笑)…つまり君には君の道があって、他の人にもそれぞれ、その人に道がある。これは何か「本質的」と言えるもの。非常に個人的なもの。
そして、いつの日か、僕らがその道を歩んでいった時に、どんどん互いに近づき合うように導かれる。切り離された現実では、僕らは「自分のバブル(泡)の中にいて、他人と互換性がない。僕らはある言語を話し、互いにすれ違い、それぞれの道は交わることがない。
しかし、徹底して内面の方向性従うようになっていけば、個々の人が歩む道は集まっていき、それは力強い大きな流れとなる。
そして、エネルギー的に地球上でそれが起これば、もう何もそれを止めることが出来ない(にっこり)。
プリスカ:果てしなく大きく広がっていくような感じね。
私たちが、もしくは一定の人数の人々が、そのような意識状態に至れば、この地球上で顕現される世界に、大きい変化が起きるのかしら?
ロビン: (笑) 類比論法で描写してみると、そこにはあるバッタの種族がいて、皆が後ろ足を抱え込みあえば、一定の数を超えるとひとつの生物体へと変容する。そのように、僕らも皆で手を取り合えば、個人の意識は「我々」という意識へと変化し始める。実はそういう場所、つまり部族文化がある場所から来て、氏族意識をもっていた。個人の意識というのはそれほど無かった。これは遅かれ早かれ、我々に開かれていかざるを得なくなる。なんでかって、個人にとって分離という道には先がもう無いからだ。僕達はもう最終点まで味わい尽くした。この一本道にはもう、自己破壊しか残っていない。
そして、僕達が人間としての集団社会にあって、この道を選ばないならば、路線変更をしないといけなくなる。
ある程度は、誰もが責任をもって自分なりの貢献をするんだけど、上部に位置する創造レベルには…謂わば「シナリオ」が存在していて、それは人類の運命のようなもの。この話は別の文脈で話したことがあるけれど。
人々が、そのより大きい年代記というか、人類の運命的な流れに繋がった時、おそらく僕らは人として改めて自己破壊へ向かうような運命にはないだろう。
僕らはこれを経験してきた。この惑星で、僕らがいにしえのトラウマを再演出したことで、何度もそういうことがあった。最後にそういうことがあったのがアトランティス。この記憶を持っている人たちは、今この時代に沢山いる。なぜかというと、今日の時間質(タイムクウォリティ)が当時と同じだからだ。今、全く同じ状態が示されているんだけど、どうやら今回は上手くカーブを越せるようだ。それには異なった要素が関わってきている。集団意識性のクリティカルマス(急激に何かが激昂する分岐点)というものもある。これに達する時、高い意識を持った少数派が、普通の意識状態だった大衆を一緒に引き上げる。歴史上、大衆が世界の成り行きを統御したことはない。それはいつも少数派だった。…しかし、今までは分離の方向へと進んできた。
しかし、本当に「高い振動を保ちながら地球上で貢献している」と僕が呼んでいる人々の割合が一定のパーセンテージを超えたなら − 裏ではそれを起こすために多くの力が働いているんだけど − そのとき、新しい意識というのはまるで、地球を包む格子網のように張り巡らされ、そして… 無意識でも分離のアジェンダに従ってた者は、非常にそ~っと、そしてどの程度の抵抗があるかによってはちょっと辿々しく、その新しい意識に吸入されていく。
プリスカ:数年前にも聞いたことのある、その張り巡らされた金色の格子網のお話、好きです。
私が繰り返し体験しているのは、人々は意識発展の道にあって、反省とかしているんだけど、そこでも分離というのが、ジャッジによってあまりにも多く起こっていて…「ああ、この人はまだそういう意識状態じゃないのね」みたいなジャッジ。
(二人して笑う)
あなたはそういうのにどう反応するの?
ロビン: まぁね…『この人についてなんと言おう』ってやつだけど。
もし、僕が君について何かを陳述すれば、その時僕は「君について」だけでなく「自分について」も陳述していることになる。
だって、それは「君について」思っている僕の考え、ジャッジなわけだから。それをジャッジしている僕の精神について語っていることになるので、陳述したのは君のことではなくて、僕について、ということになる。だから、「誰もが鏡の間の中にいる」ということを、人は至るところで見かけることになる。
もし、誰かが「分離(別れ)」を口にしたならば、その人は「分離の意識」の中にあることになる。
それで、それとどう付き合っていけば良いのか、僕を助けてくれた大切な鍵となったのは、あらゆる総てに存在する権利がある、という認識。つまり、ちっぽけな虫から、この惑星上の最も偉大な意識体に至るまで、総てが己の存在の層で、大切な貢献をしており、そのちっぽけな砂粒がもし、掛けていたとすれば、大きな全体というのは完全ではなくなる、ということ。
この、存在の権利というのは、最も暗い闇の存在にも与えられている。消去しなければいけないものなど、何もない。そうではなくて、そこにあるのは我々が包容すべきもの、統合させてもらえるもの、自己の中にあるものに気付かせてくれるもの。それが出来れば溶かすことができるので。
プリスカ:ひとつになる、ということね? 素敵。
ロビン: ひとつになる、というのはもちろん素敵なこと。それは意識であって、そこにハマってしまえば、誰が何を言うのかなんて、もうどうでも良くなる。
僕らは皆、自分のフィルターを使って自分なりのベストを尽くし、それをやろうと思って着任したことを成し遂げようとしているんだけど、僕らがみんな「同じこと」のために着任したことは、明らかでしょ?
上部の位置から眺めた方向性、ミッションというのは、ねえ、みんな同じことを望んでいるんでしょ?
そう、これを…もう一度思い起こすことだよね。
そうした道の上を歩いていない者、無意識の道に変えてしまった者でさえ、望んでいるのは僕達が望むものと同じなんだ。ただ、彼らはそれを知らないだけ、別の層に納められてしまっているだけ、隠されているだけなんだ。
プリスカ:これまでも何度か聞かせてもらってきたけれど、私たちがワンネスの状態に在るようになれば、そこにはもう死はないわけで…私のマイクロビオーム(微生物叢・細菌フローラ)でさえ消滅したりはしない。つまり死ぬことはなく、そこらにある植物と一体化するのよね? (笑)
ロビン: 当然。
プリスカ:そうしたイメージだけでも、すごく美しいし、人々にとっても世界は広がると思う。だって、分離という精神・思考世界では、常に死への恐怖があるから。死、この���を去ることについて、あなたの考えを改めて聞かせて。
ロビン: 文明というものがどのような意識状態に在るのかを測るためには、実際には2つの基準があって、ひとつは「誕生」をどう扱うのか。もうひとつは「死」をどう扱うのか。
僕らはこの2つを非常に歪めてしまい、そこから酷く遠ざかっている。「死」は社会から排除しようとし、できるだけ意識しないようにしている。もうひとつの方はここでは深く述べないけれど、このことについて素晴らしい考察を書いている人が居る。
「死」というのは信じがたいほどの師匠・マスターなんだ。
「無常(全てがいつかは過ぎ去ること)」というものは、三つの大きな原理のひとつで、神の「三位一体」には、構築する原理、維持する原理、破壊する原理が存在する。この「破壊する原理」とは死、つまり「無常であること」。手放すことなんだ。
そして僕らの居るこの社会では、完全に、あらゆるものが「構築する原理」の中にある。
多くの人が、「維持する原理」と「破壊する原理」を文明から除外しようとしている。それは全てを「構築中」にしておくため。拡張、成長の加速。成長、成長、成長。だから、こんなに沢山の癌疾患が出てきている。だって、「構築の原理」のみに定着しているから。文化として、意識の中で。
対極となる原理が欠けている。僕に言わせると「破壊の原理・溶解の原理」だ。
インドでは調和というものがもっと強く存在していて、破壊の原理の象徴としてのシヴァ神がいる。
そう、「死」というのは意識の原理からいうと、実際には僕らが「移行」する時にまさに必要となるものなんだ。なぜなら、僕らは今この意識というものに、随分と長い間留まっていたわけで、その間ずっと「死」を排除しようとしてきた。
そして…分離されていたものを、どうやってひとつのものに戻して統合させるのだろうか?統合は常に溶解によって起こる。
僕らは謂わば「死ぬことのない(溶解せず、統合することがない)」ものとして凍結してしまっている。
「死」を排除しようとすることで、僕らはデジタル的なものに変容してしまった。保存したい、手放したくない、そういった意識から、今自分たちがはまり込んでいる時間のループがリピートされてしまう。
神の「三位一体」の基本的な側面を排除しようとしたことで、僕らはいつまでも同じループの中を繰り返しているんだ。
プリスカ:それは今、人類に反映されていますよね。
人類が自己破壊へと進んでいるのは、最終的に自分自身の肉体の組織を破壊することに顕れている。
以前もあなたが述べていたのは、この道から飛び出して統合…というより、この道へ踏み込んで統合へ向かえといいうことで…そうやって自己破壊へ進む人に、あなたはどう助言するのかしら?もちろん、その人によって違うし、ただ、その人が選んだ道が本人にとって本当に意義深いものになるように?
ロビン: 僕は…以前、もっと心理学的な世界観から実行者や変革者を軸に考えていたときは、「よし、さあこれに働きかけよう」って感じだった。しかし、僕は慎重になった。まずは、本当に高次の層から自分の内面に問いかけるんだ。「自分に変化をもたらすべき所に、そもそも至っているのか?それとも、変化することで、僕は何らかの運命的な経緯に介入してしまうだろうか?」と。だって、君の運命を信じないなんて、僕は何者なんだろうか?そして、君の運命を信じる方が難しいときがある。その時僕が、君が自己破壊の方向へ行こうとするのを目にしたならばね。大抵の人は、誰かが苦しんでいたら走り寄って支え、ヒントや助言を与えて状況を変えようと努めるだろう。しかしこの人たちは何を問題に感じているのだろう?この人たちは当人が自己破壊へ走って苦しむのに耐えられない。なぜかというと、それを見過ごして苦しむ自分に耐えられないからだ。しかし、自己の苦しみを受け入れていれば、目の前の人々が自分の運命を生きることに任せることが出来るはず。
ここで問いかけるべきことは、「愛に満ちた行為」とは何なんだろう、ということ。
誰かがやってきて、心底助けを求めたとする。これは別の問題だ。こういうときは、高次の層と申し合わせながら様子をみて、その人に「いいかい、君がその道を進んでいけば何が待っているのか前もって見せてあげる」と言える。
「自分は現時点で、どのどのタイムラインにいるのか」ということと、「このタイムラインを5年・10年と拡張させていくと、自分の人生はどのようになっているだろうか」、この2つの自問はどんなときでも役に立つ。
なぜかというと、小さなミクロの動きを起こす「時間」を今この場所で吹き込んだことで10年後がでっかく変化する。
小さなレーザーポインターをちょっと左にずらせば、10メートル向こうは大きく動いてしまう。これを聞けば、自分の人生において決断を下すということは、この光線を拡張させることであり、それがどういうことなのか明らかになるだろうし、自分の道のどの辺りで、いわゆる微調整をすべきなのかもわかると思う。
プリスカ:その話であなたが以前、「僕らは神の手の平よりも深く堕ちることはない」と言ったのを思い出したわ。私はこのイメージが大好きで。真実味というか、率直で…自然なことだと感じるの。
ロビン: そうだよ、僕らは認識し直さないといけない。僕らは一体何処に居るんだ?このゲームは何のゲームなんだ?
僕らは「人間という経験」ってのをブッキングしたんだ。宇宙の旅行代理店へ行ってね、「僕はこの惑星で“人間”という経験がしたいんですけど」って頼んだんだ。この旅行を自分でブッキングして、旅を始めた。みんな、ブッキングしたんだよ。いいかい?この宇宙のゲームはある特定の意識層で開催されて、その他の君の意識層は、僕らがここで何を体験しようがほんの少しも変化はしない。僕らが何者であるのか、という真実は変わったりしない。
どんな体験をしようとも、最も酷く暗い経験から最高の有頂天まで、僕らがこの意識層というスペクトル全体で味わう体験は、何一つとして本来の自分を変化させたりしない。
これを繰り返し認識し直すんだ。単に頭で理解するんじゃない、内面的な確信として識る。
僕らは深みに堕ちることは無いわけで、だったら何でそんなに必死になっているんだ?となる。
プリスカ:それが、先程あなたが言っていた「手放すこと」と「委ねること」に繋がっていくのね。
献身、手放し、統合、神の三位一体にある「破壊の原理」、これらをあなたとの話のまとめとして持ち帰りたいのだけど… 私たちは新地球でどのように「愛する」のかしら、あなたはどう感じている?
ロビン: (笑って暫く沈黙)…うん…愛するために特別に何かをしたりはしない。僕達は愛そのものなので、それ以外にどうしようもなくなる...自分が何者であるのか、というのを表現する以外のことはできないんだ。あらゆる言葉、あらゆる仕草、どんなかかわり合いにおいても、異なった層で愛を交わし合う。これは頑張ったりすることではなくて、単に愛の交換とは自由に流れる自然なんだ。僕らの道から僕らを隔てていたものが一掃されれば、ごく自然に、自ずとそうなっていく。だって、僕らの存在自体は依然として変わっていない。つまり、これまで条件付けによって学習させられていた層の下に、真に愛する心の鼓動があった。神的現実、つまり神によるマトリックスは今でも完全に健在だ。我々はそれを、イメージ・思考、想像など、条件付けによって構築した現実で覆って閉まっていただけで。
でも、僕らが内省し、意識に集中し、溶解へと努力していくことで、ここを通り抜けることになり、「永遠の存在」は僕らの中、そしてありとあらゆるものの中に簡単に顕れてくる。
プリスカ:あなたが先程言ったように、私の中でも「これはただのゲームだ」って感じるの。私の子どもたちはとても良い先生なのよ。彼らは重く考えない「おや、そうなの?ではそうなのね」って感じ。遊び感覚で気楽なのよ。何時でもそんなに深刻にならなくてもいいわよね。
ロビン:僕らはこのゲームの中で、何かを失うんじゃないかって思っているんだ。なぜかというと、このゲームの中で何か特別のものを勝ち取れるんじゃないかって思っているからなんだ。でも、結局は僕らは僕らでしか無い。いつもそうだったし、これからもそうだ。このゲームで勝ち取るものなんかない。これがパラドクスなんだ。このゲームで勝ち取るものがあるっていうのは、とある層では何かを更に学ぶという点で、確かに正しい。それは相対的な面。でも絶対的な面では僕らは単に、自分に戻るだけなんだ。これまでも、これからもそうであることに変わりはない。
つまり、ここで達成出来るものなんかない。達成すべき目標がないんだから。「これが最終ゴール」ってところへ走りきったら人生トロフィーがもらえるなんてことしているわけじゃない。「ゴール」だと思う所に行き着くたびに、君は気づくんだ。「これじゃなかった」って。それがずっと続く。いつの日か、「おや、始めた���ころからまた始めるのか」となる。全ての存在の源でね。
(二人して高笑い)
プリスカ:あなたにとって、新地球での子供の役割は?
ロビン: その質問をありがとう。
子どもたちは、新地球にとって絶対的に本質的な鍵となる。
なぜなら、僕達が歩んできた道では、特定の条件付けが否応なしになされてきたからね。でも、次の世代がもっと自由に自分の人生を歩めるようになれば、つまり、常に煽られて条件付けられる、ということに触れることなくやってこれたなら... 僕達は自分たちの偉大さをよく識らないので、ソースをその目��見てきたばかりの今の子どもたちが、そうした認識を持って来てくれれば、僕達も少しはそれを思い出せるかもしれない、と僕は思うんだ。
実際、まさにこの移行期には宇宙の至るところから重要な役割を担っている多くの魂がサポートのためにこのに来ているんだけど、それは単純に、人類の目の前に「鏡」を突きつけるためなんだ。
僕らは過去何世紀かの長い間、強烈に「分離」の種を蒔き続けてきた。僕らがまだ理解出来ていないのは、それによってどんな収穫を得ることになるのかということ。「膨大な収穫」について語っているチャンネルもる。
この意識の意識化(そういう意識だと気づくこと)は、もしもずっと人為的・デジタル化された構築プロセスの中にあって、神の三位一体の3つ目である「破壊の原理」を意識に含めないならば、それなりの結果をもたらすだろう、それ以外はあり得ない、と僕は思ってる。それは恐れるべきものではなくて、単純に宇宙はバランスを取り戻すという、起こるべくして起こることなんだ。
これは、根底からして価値のあること、神聖なこと。
プリスカ���最後に、振動・周波数についてひと言、何か見つかります?
ロビン: うん…何が出てくるかな。
(目を閉じて、深く呼吸し、集中)
これについて出回っている情報は沢山あるよね。多くは矛盾しあっていたりして、「一体何が真実なんだ?」と不安を巻き起こしていたりもする。その意味で“理解”とは、という話になる。この「整理プロセス」を辿っても、僕らは先には進めない。必要なのは「直感の明確さ」なんだ。
変容プロセスはメンタリティから来るものではなく、父権制から女性的な能力とパワーへと引っ張られていく革命・進化という形で、バランスが取り戻されていくことにある。
これは、革命(Revolution “再展開”)か、進化(Evolution "伸展開")なのか…本当はInvolution"内展開"なんだけどね。だって内側へ展開していくことになるんだから。
これはどういうことか…避けられない、と僕は思ってる。
人類として我々は本当に、余りにもある極端さを極め切ってしまったような感じで、そこから戻る道のり(ラテン語で religio 、巻き戻すために統御する、というような意味。『宗教(religion)』の語源となる)を、僕たちは自ら進んで歩むのか、それとも否応なく歩まされるのか。否応なく、というのは溶解のプロセスが起こることでそうなる。
プリスカ:それは「神の三位一体(トリニティ)」を取り戻すためなのね?
ロビン: まさにその通り。
プリスカ:親愛なるロビン。あなたの言葉、それと共にあなたが運んできてくれる振動に、深く感銘を受けています。
私たちの活動やイニシアチブにおいて、意識というのは我々にとって土壌である地球…私達を養うものであり、これらが決定的なのだということ。私達を新世界に導いてくれるものなのよね…
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gaogrotesque · 1 year
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賭上「真心」的製作人R.Tee
source. WKorea
對KPOP粉絲們來說,不認識製作人R.Tee就可惜了。 BLACKPINK的〈玩火(불장난)〉、BIGBANG的〈FXXK IT(에라 모르겠다)〉、太陽的〈Wake Me Up〉等等,過去數年來,他所製作的歌曲已經在世界上冉冉升起。既然已經證明了自身的存在,那麼透過出演2022年Mnet的SHOW ME THE MONEY 11,又再一次地要證明什麼呢? R.Tee講述了與SMTM11一起度過的這特別的一年、以及一切都通過「真心」而得的R.Tee獨有的方程式。
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2022年是SMTM11的一年呢,從去年8月開始的拍攝一直到12月30日的直播為止
「沒錯,真的像是吊著一口氣、想要賭上一切的程度。」
放送結束後的12月31日,你好像過得比誰都更享受呢
「因為重新回到睽違了數個月的日常,可以說是感受到了這些的珍貴性的程度。我領悟了原來睡覺的滋味是這麼美好。31日和從以前開始認識了很久的朋友們聚會光是喝酒了。喝了又睡、睡了又喝。」
根據坊間傳言,你有個別名是「燒啤天才」
「真的是不知道到底是誰在散布這種傳言。(笑)其實在做燒啤的時候,比起比例來說,震動才是更重要的。酒和酒在混合時存在著一種最好的震動。酒杯“tok”的撞擊到時的震動感。啊、不過這都是我個人的手感,要怎麼說明這箇中技巧呢…(笑)」
SMTM11結束之後,你在SNS上說「過去四個月來,每天只睡2小時,總共製作了12首歌」這行程看來真是發揮了超人般的energy呢
「因為我身邊有不少出演過SMTM的熟人,所以對於這(工作量極大的)惡名是早有耳聞的。我所屬的公司THEBLACKLABEL中,像是Zion.T和KUSH都是參加過前幾季的。為了應對這個困難,在開始拍攝前就已經先寫了40~50首歌,但是結論是,全部都沒有派上用場。(笑)打從放送一開始,只要聽到了參與的Rapper們的故事,就知道除了為此量身打造全新的曲子以外別無他法。可以說是一週間的戰爭了。因為每週都要為了出新的音源而馬上完成一首新歌。」
雖然優勝的Rapper出自其他隊伍,但這一季實際上的勝利者應該非你本人與JUSTHIS組成的「魚子醬(알젓;R.JUS)」隊莫屬 從DON MALIK到許成炫為止,有兩名隊員晉升到了現場直播的總決賽舞台
「出演節目時,我最重要的目標就是『要讓我們的隊員被大韓民國所有人都知曉』。已經做好了手段和方法都不拘的心理準備。從結果論,讓最多的隊員站上了決賽的舞台,老實說感到很欣慰。尤其是第一次評審許成炫時,我曾說過『今天(我評審)的人當中你是做得最好的』這樣的話。當然也會有其他更厲害的人,但是在我看來這位親辜(許成炫)已經是STAR了。在競演當中大放光彩,成為真正的STAR、並且從另一方面來說,也證明了我的眼光是正確的,對此感到很感謝呢。」
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直播當時你看著自家隊員們的樣子,就像將孩子們送進了首爾大學的媽媽一樣呢…(笑)
「哈哈。老實說在網路上也出現了像這樣的迷因呢。像是我看著許成炫露出滿足的微笑,說著『我們兒子大學考試考得如何啊』之類的話。(笑)光是想到我們隊員們,連晚上睡覺前都會笑出來呢。」
透過BLACKPINK的〈玩火(불장난)〉、BIGBANG的〈FXXK IT(에라 모르겠다)〉等多首HIT曲,不管怎麼說都已經是證明了自身實力的製作人了;在這次SMTM11中有什麼想要展現出來的樣貌嗎?
「首先是剛才就提到過的,這次出演的目標並不是優勝。在SMTM11當中,我除了這個之外就別無所願了:想讓這些我覺得很厲害的朋友們,他們的名字都能夠為大韓民國的每一個人所認知。事實上這是近似於奇蹟的事呢,但是多虧了大眾的喜愛,似乎達到了某種程度上的實現。另一方面來說,也帶著想要展現我的光譜(涉獵範圍)有多廣的想法。為了想要最大化地展現多樣化的模樣,12首競演曲每一首都做出了全新的嘗試。我做不太來一成不變、重複性高的東西,比起持續地展現自身擅長的、帥氣的風格,我更喜歡拋出具有各種可能性的骰子。」
與展現出了與眾不同的chemi的JUSTHIS是怎麼組成隊伍的呢?
「我是他的粉絲呢。從很久以前開始就喜歡了。內心裡懷著憤怒的人們,互相會理解彼此心中仍然存在的餘燼。藉由這次機會才初次認識,但是從開始到結束都非常的順利。是到了會產生『居然還有���樣的?』這種想法、兩人默契得要死的那種程度。在我看來,JUSTHIS是已經在自身領域中徹底走過、也看過了終點的一位親辜。我同樣也是承受著要死一般的苦痛,經歷過我所做的音樂的極限。所以我們在談話時頗有心有靈犀之感。這次放送中最大的收穫,就是結交了JUSTHIS這位朋友。」
有種使出了殺手鐧的感覺呢,一般來說應該會與平常認識的製作人組成一隊吧
「人際關係和去咖啡店一次、兩次地蓋章集點是不一樣的。當然,儘管多多見面交流也很重要,但是只要彼此的心意相通的話就可以了。所以說呢,和JUSTHIS初次見面那天就聊了8、9個小時。彼此關注的事物也是相同的、兩人的頻率也相近。或許在那同時就互相都有感覺到了。」
競演當時對隊員之一的Unofficialboyy曾說過「技術是無法撼動人心的」,令人印象深刻;這句話是什麼意思呢?
「要忽視音樂性。(在做音樂時不能只顧著想要怎樣運用音樂上的技巧)原始的力量是能夠使人們落淚的,我認為修飾雕琢並不是這個問題的解法。當然,如果每天花上10~12小時泡在工作室裡埋頭作曲,也是有可能“tok”地迸出些原始的什麼。自從開始獨自做音樂,過了幾年之後我遇上了撞牆期。好像從某個瞬間開始就無法使自己感到滿意。別人都拍手叫好,但我內心卻想著:『為什麼我卻覺得不合心意呢?』那時我也還沒有所屬的公司,於是就直接找上了海外的音樂廠牌,將音源傳過去進行交流,也都是得到一片說音樂很好的反饋。儘管如此,我還是不願意發行這些曲子。想了想造成如此的理由,是因為我在用技術去貼近音樂。想通這點的當下感覺就好像當頭棒喝一樣。在那之後做出來的歌曲就是2016年BLACKPINK的〈玩火(불장난)〉。」
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〈玩火(불장난)〉是你第一次在大眾面前昭示本身存在的歌曲
「這是一首在2016那年的某一天,我睡一覺起來,只花了20分鐘就做完的曲子。但是準確地來說,以那時為起點,往後在做音樂時開始有了極大的解放感。在聲音的表現上變得更有創意且簡潔俐落。如果說以前是帶著『不能在這裡再多裝進點音效嗎?』這種想法,在曲子裡塞了又塞,從〈玩火〉之後則是了解到技術上的耍帥毫無意義,於是開始精簡音效。2016年可以說是展開了我的音樂生涯中全新的章節。」
你也是在那一年,通過〈玩火(불장난)〉,遇見了現在所屬公司THEBLACKLABLE的製作人TEDDY的
「沒錯。過去我在做音樂時,對於音樂的宣傳計劃也有著同等的關心。獨自完成的有趣企劃非常地多。我曾經直接買下一台5噸的卡車,裝飾得像舞台一樣,然後在那上面開了個音樂祭。因此跟其他人比起來,我的名字也快速地為人所知,就是在那個時候,現在公司的KUSH哥也對我的音樂投以喜愛。通過KUSH哥將我介紹給了TEDDY哥,而在當時全大韓民國我最尊敬的製作人正是TEDDY哥。」
從2016年開始與TEDDY合作了7年,他是個什麼樣的同僚呢?
「與他人不同地思想很有深度。老實說,當做音樂的人們聚在一起的話,常常就變成只聊音樂。最近流行的音樂類型是什麼呢、誰很夯呢…但是我和TEDDY哥好像都是聊些人生在世的話題。最近感受到了什麼呢、對此我們互相又有什麼想法。似乎就像這樣填滿了過去的這7年時間。」
開始做音樂的契機是什麼呢?
「高中、大學時我都是主修韓國畫的。高二時開始下定決心要成為音樂人。真的是因為很單純的理由。沒有比我更熱愛音樂的人了,所以因為這樣我認為自己可以脫穎而出。現在也還是會對後輩製作人們說:『我比你更熱愛音樂。在這點上是不會輸的。』然後對美術大學就只是想沾個醬油路過就好。我的父親和姐姐都是畫家。我從小就是受著藝術的薰陶長大。特別是我的父親,什麼種類的藝術都相當精通,真的是天才般的人物呢。美術歸美術,音樂歸音樂。托父親的福,我在6歲的時候用徐太志與孩子們的音樂跳舞、初中1年級時開始聽Micheal Jackson。我想我是在這樣那樣的諸多祝福中長大的。」
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聽說你在大學時節也曾兼職做過入學考試的美術講師,也請談談這部分
「對的,我感到很自豪。我所教導的7名學生全都成功考取了在首爾的大學。其中一名還是被梨大以榜首錄取的呢。(笑)」
主修美術對於你在做音樂時,有起到什麼樣的幫助嗎?
「比起說是幫助,似乎是彼此之間存在著共通點。我還在畫畫的那時曾聽過像這樣的說法:『在一幅好的畫作之中,要有一條道路能夠讓畫中的小人通過它走出來。』意思就是,比起隱含非常多意義的畫作,保有留白之處、使觀眾得以將自身想法投射上去的才是好的畫作。音樂好像也是如此。越是空著,人們才越能夠以自己的想像來填滿曲子。」
對音樂人來說,本身製作的歌曲就是介紹自己的名片;那麼對你來說,像是名片一樣的歌曲是哪一首呢?
「到現在為止製作過的所有曲子中,浮現在我腦海中的就兩首歌。首先是2020年作曲的BLACKPINK的〈How You Like That〉。這首歌代表了我。曲子的氛圍、演出、力量、進行(的方式),這些就是金重九。(笑)另一首則是出乎預料地、在SMTM11中誕生的。DON MALIK的〈눈(EYE)〉。包括作曲、作詞都參與了,歌名也是親自定的。這首歌中눈(EYE 眼睛/ SNOW 雪)的靈感來自於我相當喜歡的電影之一,《I型起源(I ORIGINS)》。〈눈(EYE)〉這首歌乘載了我一直以來想說的話、想要呈現的音效等全部的一切。」
有沒有寫過什麼歌是讓你覺得「在這種事上也可以得到靈感啊?」的呢?
「有很多耶?甚至還有在去H&M買衣服的路上,因為心情太好了而靈光乍現的曲子呢。(笑)我的靈感大多是像這樣的。從非常不像話的、微小的瑣事中開始。絕對不會代入什麼公式來作曲。假如說真的存在有什麼公式的話,音樂的潮流就會趨向缺乏變化。另外,一開始就有這種公式的話,那麼就所有人都能成功了。假如通過什麼樣的歌曲得到了喜愛,就想著『下次還得是這樣的』那可就失算了。」
大多數製作人會想著特定的音樂人來寫歌,那你的情況又是如何呢?
「具體決定了曲子要給誰的話,就會想著那個人來寫歌;大部分則是從開始到結束都是我自己作業。為了讓自己感到滿意會瘋狂地作曲。音源排行榜1位這種的一點也不會讓我高興。恰到好處地做出合我本身心意的創作的那瞬間,好像才會快樂得像要死了一樣。」
你認為對製作人來說最重要的資質是什麼呢?
「真心。我認為藝術是���了給予感動而存在的。還有,想要撼動人們的心的話,除了真心���外似乎沒有別的答案。所以說,我覺得作為製作人,應該要下功夫學習的部分並非樂理,而是人才對。」
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你曾經在2014年發表了〈We Got the World〉以及2019年的〈What You Waiting For(뭘 기다리고 있어)〉這兩首solo曲 想必也有不少粉絲期待著你個人的專輯吧
「現在也正在作曲中呢。事實上已經做好了幾首歌,但是總覺得還可以繼續再多做點什麼,在這樣的心情之下就先(把做好的)擱置著。這些歌曲將會以新奇又陌生的聲音,給初次聽到的人們帶來愉快的感受。我想,今年是不是會以大概2~3首歌來與大家見面呢。」
今年除了發行solo曲之外,還有什麼計畫嗎?
「更多地看著我所愛的人們。對於去年通過SMTM11而相遇的隊員們,我很高興得以完全地向他們傳達我的喜愛之情。在慶功宴當時,DON MALIK和許成炫對我說了這些話:『(一開始)完全不知道(哥)是怎樣的人。一直以來每個人都是為自己打算,沒有像哥這樣以真心相待來拉近距離的。』所以說儘管一開始不熟悉,但之後就感受到了『啊,這哥是超級真心的啊。』(笑)結果好像還是愛和真心才是上上策呢。」
雖然對於製作人R.Tee已經增加了不少了解,但是一般人金重九卻還是籠罩著一層神秘的面紗呢 請告訴我們一般人金重九的3個秘密
「首先,我超級懶散的。由於人們總是只看見了我忙碌的樣子,可能會因此而以為我是個很有計畫性的人,但其實只要一關掉那個開關,我就會變得無限懶散。第二,我是個心懷人間之愛(인류애:大愛、人道主義、和平主義、心中充滿愛)的人。(笑)雖然有點難為情,但是因為這份愛意真的非常巨大的緣故,於是我試著從身邊少數的人開始給予這份心意。第三,我是每天每天都想像著死亡而活著的人。手臂上也刺了“THE END”的刺青。因為總是想像著死亡的緣故,對於現在所愛的會變得更加真心。在我自身必須採取的行動與表現方面,也變得更加地明確。」
CREDIT
패션 에디터  김민지 피쳐 에디터  전여울 포토그래퍼  박배 헤어     박내주(빗앤붓) 메이크업   정유정 (빗앤붓) 어시스턴트  이유림 출처     W website
R.Tee official Instagram 1 · 2
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kurano · 1 year
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 女性のスマホがなくなっていたため、現場にいた知人が位置情報を共有するアプリで捜したところ、移動していたことが判明。高松北署員が追跡し、約50分後、高松市内で女性のスマホが屋根に載った軽乗用車を発見した。
 運転席にいた男は当初、容疑を否認したが、署員がスマホが載っていることを伝えると、「間違いありません」と認めたという。男は県内の実家に帰省中だった。
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kijitora3 · 9 months
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信用なんて初めからない 隠してただけ
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ari0921 · 7 months
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和五年(2023)10月2日(月曜日)弐
     通巻第7932号 
米国下院は「つなぎ予算」で政府機能停止を避け、上院はウクライナ予算を除外
   スロバキアではウクライナ支援打ち切り派が第一党に
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ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相は物議を醸す発言を繰り返し、欧米のグローバリストたちの論敵と見なされている。
オルバンは言った。「ウクライナ紛争は二つのスラブ国家間の対決であり、世界の他の国々が巻き込まれるべきではない。ところが西側諸国のほとんどが敵対行為を拡大するために手を尽くしている」
 この発言は9月29日、コシュート・ラジオのインタビューで語ったもの。
「キエフとモスクワの紛争は『我々の戦争』ではない。二国間のスラブ兄弟戦争である。このため、他国は感染を隔離し、さらなる拡大を防ぐことに努めるべきだ。西側諸国は明確な目標を持たずに深刻な結果を招く危険にさらされており、このアプローチは間違っている」
 オルバン首相はまた、紛争が終わる前にウクライナを欧州連合に加盟させるのは間違いだと示唆し、「キエフとモスクワには領土問題があり、そのためウクライナが最終的にどのくらい大きくなるのか、小さくなるのか、そして敵対行為が終わったときにどのくらいの人口が残るのかを予測するのは難しい」と指摘した。「これらはEU内での責任と資源を配分するための重要なパラメータ(媒介変数)である」。
米議会下院は9月30日、2024会計年度(23年10月~24年9月)の45日分の政府支出を賄う「つなぎ予算」案を賛成多数で可決し、政府機関の一部閉鎖は回避された。
投票は賛成335、反対91(このうち90が共和党)で、一応「超党派」の可決となった。あくまでも「つなぎ」でしかなく、45日の期限付きだ。下院はウクライナへの追加支援を主眼とする予算措置に反対している。
 ロシアはウクライナ戦争のため北朝鮮に異常接近したほか、13万人の新規徴兵を整え、またワグネル軍団を激戦地のバムフトへ派遣した。
 アルメニアへの秩序安定のための支援に手抜きが出た。これぞチャンスとばかりにアゼルバイジャンがカラバフを軍事制圧し、ロシアの平和監視軍はなにせず(というよりアルメニア軍は夏に撤退していた)、アルメニアはカラバフを放棄した。
これによりアルメニア住民およそ9万人がアルメニアへ脱出し、首都エレバンでは反政府運動が燃え上がった。米国がほくそ笑んだのは、これでアルメニアは親ロシア路線から親西側路線へ大きく転換するだろうとみられるからだ。
▼アルメニア政治は親ロシア、しかし心情は親米とややこしい
もっともアルメニア政治の内情も複雑で、アルメニア正教はロシア正教徒親和性があるが、歴史論争ではトルコと鋭角的に対立してきた。こんどのアゼルバイジャンの勝利は背後にトルコがいる。
トルコは「アルメニア虐殺」の汚名を着せられ、一貫して「あれはクルド人の行為であり、偶発的事故だ」と反論してきたが、欧米ではユダヤ虐殺と同様に、疑問視すると逮捕されるほど���この問題はタブー扱いをうけてきた。
アルメニアは国家の象徴ともいえるアララット山をトルコに占領されているため、トルコとは仲が悪く、こうした政治情勢から米露が勢力圏の維持を拡大をはかるための綱引きを展開してきたのだ。
スロバキア選挙では「ウクライナ支援を打ち切れ」と訴えた政党が第一党となった。左派のスメル(道標)は、しかし絶対多数ではなく(得票率は23%だった)、これから連立交渉となる。
スロバキアはウクライナ問題より「不法移民問題」が選挙の争点だった。
南の隣国ハンガリーを経由して、アフガニスタンと中東地域から多数の難民がスロバキアに這入り込み、ドイツへの通過地点としている。このためスロバキアでは、ハンガリーとの国境に壁を構築せよとし、また移動の自由を謳うシェンゲン協定への不満が爆発している。
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