Tumgik
am-in-blue · 8 months
Text
どぷんっ
硬くて頑丈な甲羅みたいなものがいつも心を覆っていて、それは、どうにか生きて、社会に実体がなくなりながらも溶け込もうとするときに守ってくれる。
甲羅みたいなものが外れるときは、どんなときだろう?
心のやわらかい、やさしいところに落ちてくる、震える、生き延びたと実感するとき。
「さみしい」の感情を手放さず、丁寧に、目を見て向き合うとき。
わたしはこれかな〜 みんなはどんなの?
(その都度更新していこ〜!)
違国日記 ヤマシタトモコ著
スキップとローファー 高松美咲著
アニメ 平家物語 https://heike-anime.asmik-ace.co.jp/
煙たい話 林史也著
ストーリーオブマイライフ https://www.sonypictures.jp/he/1258032
十二国記
西の魔女が死んだ
光るとき 羊文学 https://youtu.be/qknDI1k39Ic?si=zFkSxtRpreqIo6vL
youtube
more than words 羊文学 https://music.apple.com/jp/album/more-than-words/1702627143?i=1702627144
5 notes · View notes
am-in-blue · 1 year
Text
いつか消えてなくなる
0 notes
am-in-blue · 1 year
Text
感情の海に放たれて結局わからなくなる話
『刃物のようなもの』を読んでから感情の海を漂っている。
Tumblr media
春、春=恋 わたしはこの言葉が苦手。春が来た 恋をした 冬が明けて春が来た なにもない心が恋をして幸せになった この考えだと恋をしてない季節は冬になるよね?冬も好きだし春も好きだけどそう表現しないとダメ?冬が悪いようなものに聞こえてとても苦手。誰しもに春が来るというのも苦手。だって恋をしてなくてもわたしは春真っ只中なのだから。
梨々子が友だちの恋を今は祝う気にはなれないと言っていた。わたしは梨々子と同じ感情を抱いて数年経った今でも、素直におめでとうとは言えてない。いつもぎこちなく祝う。それを申し訳なく思う。なんでだろうと。友だちに恋人ができて報告される度にこの先もわたしはぎこちない笑顔と声音でおめでとうと言うのだろうな。素直におめでとうと思ってなくても。寂しいと感じていても。誤魔化して暗い感情に溺れたくないから、何事もなかったように塗って隠す。(日常は悲観ばかりではないから大丈夫です)
人の恋を素直に祝えないわたしは人間ができてないですか?
素直に祝えないのは関係のヒエラルキーが発生してるせいで自動で勝負しているのだろうな。わたし自身が友だちは恋人関係より下だと無意識に思ってしまったたかもしれない。嗚呼クソ。梨々子が友だちが恋したときに「(その好きな人に対して)負けたと思った 羨ましい 悔しい」と言っていた。全部わかる。でも人にそう言うと"その友だちを妬んでいる 僻んでいる 羨ましがってる"と変な方向に話が進んでいくことがある。その度に嗚呼これってあまり持たない感情なのねと振り返る。変な方向に曲げた奴ははっ倒すぞ!☆梨々子の近くに有田がいることは大きいな。とても羨ましいな。梨々子への返答は有田だからこその返答なんだろうな。
物理的距離が発生したら側にいなくてもいつかそれに慣れて平気になる。この本にも書いてあるしわたしもそう思う。慣れたくないのに慣れる。毎回色んなところで書いてるけど、精神的距離が近くても物理的距離が遠ければ遠いほど影響は大きくなってじわじわと侵されるのかもしれないと思っている。でもよく考えてみると友だちを繋ぐものはあやふやで、恋人関係に比べたら蔑ろにされがちな気がするけど、物理的距離が発生したら恋人関係でもいてもいなくても慣れてしまうのだから、結局友だち関係と恋人関係て同じじゃないのかな。かといってわたしは梨々子と一緒で友だちの恋人になりたいわけじゃない。友だちと恋人の関係は名前が違うだけで結局同じ関係かなと思ったけど、恋人にあるものは指輪とか書類で繋いでおける。友だちにはそれがない。口約束みたいな 見えない契りみたいな。だから何か友だちとして繋いでおけるものが欲しい。
龍さんと同じようにわたしも肩書きがない関係がいいな したいと思っていても、実際その立場になると受け入れ難く、いろんな形をわかっていても自分はできないとなるかもしれない。これは実際その状況下にならないとわからないけど、武田と有田の関係は実際、他人事だからやりたいな〜羨ましいなと思うだけかも?まあこれもわからないけど。それで龍さんと同じようにそんな自分にがっかりするかもしれない。こんなにも関係性を考えているのに結局は肩書が欲しいのかと…。
わからない。わからないことも本当のことではあり間違いではない…。うーん。
理想と現実 本音と建前
これら全て本当という考えは目から鱗だった。でも考えるとわたしが思ったことは、わたしにとっては本当のことなんだからそうなんだよなあ。わからないも本当でそれを抱えながら悩み考えて生きていくんだろうね。
ps. わたし、春は好きであり苦手でもある
Tumblr media
2 notes · View notes
am-in-blue · 1 year
Text
映画『そばかす』を観てわたしを見る
似たセクシュアリティを持つ人が主人公の映画が公開されることってそうないからすっごく嬉しかった。でも日常で聞く辛い言葉たちもそこにはあって辛いなあ しんどいなあが続いて、嬉しくてありがたい気持ちとの半々でごちゃ混ぜになってしまった。
Tumblr media
息をするようにみんな「彼氏/彼女いないの?」「好きなタイプは?」て言うよなあ!!それ言わないと死ぬの?て思うくらい言うよなあ!そんなんで話題作ろうとするよなあ!!
人に恋愛的好意を伝えられたときやり過ごしたいと思う。その場に元々わたしは居なかった、もしくは一瞬で消えてしまった、だったらいいのに。どうにかしてやり過ごしたい。だってどう対応していいかわからないから。言葉が詰まる。頭が動かなくなる。元々無かったことにしたい。佳純が巻き込まれた合コンでいきなり好意を伝えられたときわたしが佳純の立場だったらそう思うなと思った。真面目に「わたし恋愛感情が無いのでわからないです。ごめんなさい」なんて言ったら佳純に告白したラーメン屋店主が言った「そんな嘘つくなよ」て言われるかもしれない。真面目に本当のことを言ってるのに信じてもらえないなら、流したい。佳純がラーメン屋店主に好意を伝えられたとき「だって友だちじゃん!?」て言ったの共感して"それな!!!!!"ってハグした。Little Women(2019)のジョーも「友だちのままでいたい」と言ったように、わたしも佳純も友だちという関係で満足していてそれ以上なんてなくて求めてない。佳純がラーメン屋店主に謝っているとき"佳純はもうあのラーメン屋には行けないなあ"と思った。親しい場所が恋愛が絡むだけで消えていく。それが悲しくてどうしようもない。だから逃げてやり過ごしたい。
真帆とシンデレラのデジタル紙芝居を共作して過ごした時間が思春期のあの頃に似ててそういう時間が永遠に続けばいいのにと常々感じる。もう戻れない時間をまた過ごすことって難しい。でもその時間を自分と同じ考えを持つ人で自分のセクシュアリティを「そうなんだ」と一言漏らして「じゃあ佳純ちゃんのシンデレラを作ろう!」て提案してくれた人ってそういないと思うしずっと一緒にいたくて同居したくなる。けど現実はそううまくはいかなくて、恋愛/結婚に全てを持っていかれる。佳純が結婚を理由に同居を断れたとき、わたしのつい最近見に起こったことを思い出した。
Tumblr media
内容は全く違うけど、恋愛/結婚で人って今まで近くにいたのに簡単に遠い存在になってしまうのかと。ただ悲しくて寂しくてすぐに「おめでとう」が出なくて素直に相手の喜びを祝福できないそんな自分にもがっかりで。わたしの方がその彼氏より先に出会って長い時間いたのに…?ポッと出のそんな人に取られるの?友だちへの想いや重さが他の人とは異なるらしいから迷惑をかけたくもなく寂しいと伝えることしかできない。遠く離れた友だちのことを想うと、物理的距離の影響力に打ちひしがれる。佳純は真帆の結婚の話を聞いてどう思ったのだろう?一様にaroaceはこうとは決まってないから気になる。けど真帆が友だちなの羨ましいな〜「髪は個人の自由だからあんたに言われる筋合いはない」とか自分の親が佳純にヘイトしたことをブチギレて言いにいくこととか「aroaceのシンデレラがあってもいいじゃん」と提案するとことか好きすぎる。
佳純はどんなときも変わらず「恋愛感情はないし性的な気持ちも湧かない。結婚はしない」とブレずに言ってたけど、わたしの場合はそのphaseに加えてLittle Women(2019)のジョーのようにどうしようもなく孤独で寂しい気持ちが充満する。
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
北村匠海の役の子が「どこかに自分と同じ人が居ればそれでいいやてなった」と言ってて共感する。だけど寂しいから居るなら知り合いたくなるし一緒に話したくなる。詩人の谷川俊太郎が言った「孤独は前提でしょ」に孤独を感じ始めた当時は救われたけど6年目の今では呪いになってる。みんな孤独は前提かもしれない。けどなぜかより一層強く感じてしまう。
世界でもaroaceが主人公の物語って少ないから、それを日本語で物語ったことがとても嬉しかった。観る前は嬉しくてとてもありがとうの気持ちだった。観てるときは辛くてしんどくてそんな言葉聞きたくもなくて佳純にも聞かせたくなくて、直視できないところがあった。涙でぐっしょりマスクが濡れた。信じてもらえない、存在を否定されることを知ってもらうためには痛みを伴う物語が必要なんだろう。でも、わたしはあまり好きではない。aroaceということがただ付随してる物語でもいい。事のメインは別の何かでその人物はどこ出身で何が好きでそれでaroaceである、ただそれだけでもいい。自己紹介の中に組み込まれて、物語の展開上もちゃんとaroaceの表象があるけれど、メインどこは違う物語。ちゃんとした価値観とか変わってる価値観で区別されるのではなく、多様性を認めているようで分断させているアンタらとなんなら変わらない人間であることを知ってもらえたらいい。わたしたちは化け物でない。
そばかすに出会えたこと、生きててよかった。親に「育て方が悪かったからaspecになってしまったのかなあ」と言われた20歳のわたしへ
大丈夫 生きて
3 notes · View notes
am-in-blue · 1 year
Text
見て 漏瑚 かわいくない?
0 notes
am-in-blue · 1 year
Text
本の記録
Twitterで呟いてた本の感想を纏めた。
1 クリスティーナ・ダルチャー著 「声の物語」
フィクションだけれどどこか不安になる、現実に起こりそうなリアル感にゾワゾワした。女性の権利に無関心だった主人公が声(権利)が奪われた後に過去を嘆きながらも仲間たちと声を取り戻す、フェミニズムとクィアの物語。
Tumblr media
声を奪われた主人公は夫が女性の権利に無関心で気が弱いから何もアクションをしないだろうと判断していたが、実際夫は女性の声を奪った政府への反組織に入って活動していたと知るシーンと息子がミソジニー化しそこから脱する過程が印象的だった。
声が奪われ1日100語しか話せなくなったのに身近にいる人が政府への怒りを宥めたり何も行動しなかったら問題に無関心て判断しちゃうよね〜。100語超えたら電気ショックの罰が待ってたり、(確か超えた語分だけ電気ショックされる)あとは毎朝男性を敬うクソ文章を読まなかったら電気ショックされるかもと新たな危機に陥ったり、始終泣きながら怒りながら読んだ。読むときは元気なときに読むことをおすすめする。読んだ後はこれいつ現実に起こっても���かしくないことだと感じるはず。
2 アリス・オズマン著 「ハートストッパー4」
メインテーマはメンタルヘルス。当事���目線はもちろん、当事者と近い関係の人がどんな言葉を選んで声をかけ行動していけばいいか、どう接していけばいいのか、悩みや葛藤までもが描かれていて、どこまでも広やかに誰かの居場所になる作品だと改めて感じた。メンタルヘルスは愛だけでは解決できず当事者が自分で探さなければいけない。そしてメンタルヘルスと向き合うことに終わりはなく長い長い旅路 でもゆっくりでいいんだよ 改善できるよと安心できる言葉ばかりで涙なしでは読めなかった。巻末にはメンタルヘルスの相談先一覧が載ってて信頼が増した。
Tumblr media
3 谷口奈津子著 「今夜すきやきだよ」
キャリア真っ直ぐでシスヘテロで結婚願望はあるけど家事したくないし苗字変えたくない女とAスペクトラムの女がシェアハウスして結婚や生活を考える、最高でホットなマンガに出会えた!
Tumblr media
シスヘテロの子が結婚することになって当たり前のように女が家事、苗字変える体で話が進められそれを断ったら結婚できないと悩んでいたり、Aスペクトラムの子が結婚する同居人に対してずっと一緒に住んで仲良くわいわいしたいからプロポーズされないといいなと思ったり、同居人の結婚が決まった後に1人で自立できるようにと言い聞かせたり、でも一緒にずっと暮らしたいと大号泣していたり、ほんっとにこのマンガに描かれていることほぼわたしが友だちに思ってること。プロポーズされたシスヘテロの子は別居婚してさ、女女の2人はずっと一緒に暮らしていくんだってラストにまた(泣)
5 高野ひと深著 「ジーンブライド2」
身の危険を感じる震え、覚えのある現象、傷つき戦いたくなくて自分たちでエンタメと笑い飛ばすしか助かる方法(選択肢)がなかった後の事の重大さ、それを知ったときの震え。ページを捲るたびに、この物語はわたしたちと一緒に手をとって戦ってくれると感じる。
Tumblr media
6 古館春一著 「ハイキュー!!」
これは誰もが言ってるけど、ハイキュー!!て対戦校とかベンチメンバーとかにもちゃんとスポットライトを当てて、無意識にメインやレギュラー、強豪校しか当たらないと思っていたわたしを震わせた。誰もが人生の主人公であると分かりきってることなのにちゃんと表現していてひしひしと伝わってきた。
7 マッケンジー・リー著 「美徳と悪徳を知る紳士のためのガイドブック」
同性愛、階級、女性、人種、病気の差別、親からの虐待をテーマにこれら全ては別々に存在しているのではなく繋がっている(交差性) ことが描かれている。モンティの"親友をだんだん好きになり関係の変化が怖いが気持ちは止められない"の想いに共感。
Tumblr media
モンティは身勝手で自由奔放で愛の人 でも身勝手と自由奔放は似てるようで似てないと思い始めた。わがままで自他の命の危険をも犯すのは身勝手かも……?階級社会で"普通"の枠にハマらず自分がしたいから、気持ちが動いたらからなところは自由奔放で周りに囚われてなくて、こう生きればもっと楽になるな〜。いや楽になるはモンティを軽視していた。彼自身が自分の性格で首を絞めていると感じたり友だちを傷つけたと苦しんでいる。それに死にたいと"思う""口に出す"時があるのだから、身勝手・自由奔放に隠れた地獄を持っていることを忘れちゃダメだ。
「知っておいてほしいからだよ 生き延びたあとにも人生があることを」
「あなたたちは2人の世界には誰も入ってけないと思わせるような2人組なの」とか親友をだんだんと好きになり関係の変化を恐れながらも気持ちは止められない描写とか好き要素がたくさん詰まっている…!
5 notes · View notes
am-in-blue · 1 year
Text
十二国記への想い
十二国記を読んで少し時間が経った後に呟いたものたち
Tumblr media
このシーンが印象的で好き。
十二国記には海客(日本から十二国に辿り着いた人)や半獣(半分獣人)、山客(中国から十二国に辿り着いた人)の差別をはじめ、異世界ファンタジー小説でありながら政治的小説で、現代社会と似ている。そこが面白い。現代社会と違うのは女性が当たり前に政治の場にいて王や将軍だったり性差を感じないこと。現代社会もこうなればいいのにがある。
それに全くこの世界は差別なんてものはありませんてのは描いてなくて、国によって王によって差別の有無があるってことを描いてる。例えば隣国は海客でも衣食住が安定してるけどこっちの国では奴隷とか。あと海客は言語などほぼわからないから年数を重ねても苦悩に満ちているてことも。単なるファンタジーではなくて国外の人など自分たちとは異なる人への対応が細かに丁寧に描かれているんだよね。王としての海客や半獣を含む国民への関わり方が描かれている。
あと十二国記はaroaceの物語にもなりうると感じてる。重要な他者という関係を感じられるところが多々ある。
4 notes · View notes
am-in-blue · 1 year
Text
忘れたくないわたしの感情の備忘録
Twitterから抜粋 一部修正
エルとタオの関係について考えると、親友的関係が横に広がって恋人になるのかなと思ってて。親友的関係性を残したままの広がりみたいな感じ。主観です。
タオって限りなくわたしなんだよな〜。タオも友情が一番でそれをタオ的にはポッと出のニックに壊されたくなくて必死だしチャーリーを守ろうとするところとか過剰反応するところとか過保護なところとか共感してる…。割りかし変化を厭うタイプのタオと流れに身を任せ変化も受け入れるタイプのエルの組み合わせもバランスがいいなとも。
タオの「友情は恋に勝てない」が頭から離れない。
ホソクさん知ってた?わたしたちINFJって全人口で1%未満らしいよ。もうこれは宇宙が生まれたその日からともに時を超えながら前世さえも来世さえも永遠に一緒レベルの運命じゃない?
ムーンナイトの好きなところ、多重人格のマークの人格を1つにする過程を描いているんじゃなくて、マークがスティーヴンのことを自分のスーパーパワーだと肯定し受け入れて生きようと判断したことに大号泣した。マークはスティーヴンがいなきゃ子どものときに命を絶っていたかもしれないし、いなきゃダメで大切で、世間のいう「通常」「普通」でなくても大丈夫だよと伝わってきて、ほんと、そのへんをしっかり描いた公式すごい。ムーンナイトシーズン2やってください。
Tumblr media
(dr. strange MoMを観ての感想) 寝ているときに見る夢が別のユニバースにいる自分というのすごい素敵でいい発想だなと思うんだけど、そしたら別のユニバースにいるわたしはジミンさんとミスドで1万円分のドーナツを買って爆笑したってこと?マ?
友だちに送る手紙に「この荒れ苦しい日々を何が何でも生き抜こう。最後に勝つのはわたしたちだよ。生活する距離が遠くてすぐに飛んでいけないのが歯痒いけど心は隣にいるよ。わたしたち先が不安だらけだけどど大丈夫だよ。1人じゃないからね。ラヴ!!!!♡♡♡♡♡♡♡」って書いた。
最近友だちと遊んだの昨年末ってくらい人と会わなくて今まで何とも思わなかったけど、年を重ねるにつれて、いつもわたしの人と会わない限界値(月単位)が超えたら会いたい友だちに連絡するな〜と深く重く考えちゃっては思考が止まらない。感情が一方向だけになってる…???この曲の「友だちとは何週間も会ってなくてついに音信不通」て歌詞、連絡されたことほとんどないからわたしが会おうと連絡しなかったらもしかして音信不通になる…の…………?(考えるのをやめます)
わたし何でこんなにもエルとタオの関係が好きなんだろう。親友から恋人になった関係なんて他媒体でもたくさんいるのにこの2人は何で受け入れられたんだろうと考えたら、いきなり恋愛に舵を切るんじゃなくて、(他はすぐ舵切ってた)エルとタオって親友であり恋人であって、親友としてもお互いを大切にしているがわかるからだ。いきなり恋愛に舵を切らずにお互いに向き合うが目に見えてわかるから好き。今までのえ!なんで!付き合ったの?急じゃない?とか結局は恋愛なの?ていう感想は思わずに、これが求めていたソウルメイト関係……となった。
STでも痛感する「物理的距離はいくら精神的距離が近くても人の心を遠ざける」
心療内科で、老後に女性ひとりで生きていけるか、今この経済状況が続いて大不況になったときに生きていけるか、aroaceでもだれかと一緒になりたい、わたしにそういう人がいるのかわからなくて独りで泣けるっていう不安を話せたらいいのにな〜。だいたいが話せない。
クィ��ご近所フレンズ欲しい………。昨日あんなにアプリを必死になってやらなくても〜(中略)気楽にやったらいいや〜とか言ってたけど全て訂正します。マジですぐにクィアご近所フレンズ欲しいです!!!!!!!!!
嗚呼…………………………唯一同じところに住んでて気軽に会える友だちが彼氏の転勤でTOKYOについて行くかもしれない(ほぼ決定) ついて行くなら結婚と親に言われたらしい。友だちみんなTOKYO近郊に行ってしまう………わたしはここで独り………………………嗚呼…………………………。一気に気分が下がっちゃって何も考えられなくなってそれでも知っておいてほしいから「寂しい 気軽に会える距離に居なくなるのも会えなくなるのも寂しい」と伝えた。そしたら「バスでちょくちょく帰るよ それにアンブルちゃんが帰省しても会えるでしょ」て言われたんだけど、そうだね。それでも物理的距離は心的距離に影響するよ。それをわたしはこの6年あたりで直に身に染みてるんだよ。何人と疎遠になったかとは伝えられなかった。祈れば叶うのなら祈る。わたしと君の関係に影響が出ないことを。大好きなのに会えないのは寂しいくて辛い。わたしよりあとにポッと出た男について行くの?なんでよ!て喚きたかったけど、友だちへの想いや重さが他の人とは異なるらしいので迷惑をかけたくもなく寂しいと伝えることしかできなかった。寂しいな。結婚したほうがこの寂しさからも逃れらるし楽になるかもしれないというクソ感情が出てきたからもう今日はお終い。好きなものだけ見るようにする。
"わたしは君で君はわたし"みたいな関係性がすごく好き。唯一無二なわたしたち、親友、2人組(n人組)、どれもすでに関係が築かれていてより一層深まるところを見るのが好き。そこに恋愛があってもなくても、いつか生じたとしても、離れたとしても好き。その関係性の日常を見ていたい。CMBYNは今となっちゃ拒否作品だけどcall me by your name(邦訳:君の名前で僕を呼んで)の言葉(タイトル)だけはわたし的には"わたしは君で君はわたし"の関係性に合ってるんだよね〜。言葉(タイトル)だけは好き。
親友→恋人になる過程を見るのも好きかも。エルとタオもモンティとパーシーもそうで好きな2人組。親友で恋人。いきなり恋愛に舵を切るのではなくて、親友として相手や自分に向き合いお互いを大切にしている過程がわかるから好きなんだな こう考えるともしかしたらわたしにはデミの部分があるのかも。すでに関係が築かれていてその2人組(n人組)の日常や会話を見るのも好き。それが1番好きかなと思ってたけどモンティとパーシーを知ってから過程を見るのも好きかもしれない…となった。そこから溢れる感情とか行動とかを見ていて新たに向き合おうとするの大切だなって。
「孤独は前提と谷川俊太郎も言ってたし」ってそのときは救われたけど、時間が経った今、呪いとなって言い聞かせてしまっている。
2 notes · View notes
am-in-blue · 1 year
Text
煙たい話を読んだ
Tumblr media
この2人のようにわたしは女の親友と同居生活したいけど、同じ気持ちの人を"探して見つけて友だちになって親友になって"の過程を経ないといけないくて、長〜てなるし探すのも難しいし方法もわからないしで、てんてこ舞い。
恋愛中心ではなくてaroaceをオープンにして同じ考えの人を探そうと思ってアプリ入れてスワイプ&チャットを数か月してるけど、デミ要素もあるわたしにとったら何も見えてこなくて向いてない 結構上辺だけになってるような ブッククラブのようなそういうスペースあったらいいんだけど…作るしかないのかな…?
別々の職場で働いてる同性2人(成人)が一緒に暮らすことは"よっぽどの事情がある"と思われるらしい。それでその"よっぽどの事情"は同性愛-恋愛になるらしい。勝手に推測させられてそのままそういうふうだと思われて進んでいって接せられて広められたり、違う関係と言えば驚かれて、推測した本人たちはそうは思わないだろうけど、推測された方は消費されてると思うよ。エンタメじゃないんだよ、わたしたち。どこかに出かけて職場の知り合いや友だちとかに会ったとき、誰と来ているか、恋人か友だちか何かか、名前がつかない関係を言うのはとても難しくて、自分との関係は自分と○○(名前)で、○○(名前)は○○(名前)なのにそれ以上を表す言葉はないのに、表せないと恋人(異性)になるの、途方もなくなる。恋愛至上主義が垣間見えるしその中でも異性愛主義だよね。関係に名前をつけなくてもいいはずなのにつけてなかったから煙たがられて不思議がられておかしいと思われる。「友だち」という認識そのものが違ってたりするのだろうな。友だちへ向ける感情(友情)と恋愛感情の違いがわからないから、他の人が思う友だちとの違いに差があるな〜て常々思っててその溝を埋めるのは容易いことではないし多分相当苦労と疲労する。その差を表す言葉も見つからない。というかしなくちゃいけない?それこっちが?自分でもそれに名前をつけるのが難しいのに他者に説明をするのなんて専らだな。
学生のときは特段仲良くなくても同じグループじゃなくてもクラスメイトっていう繋がりはあるけど卒業したら一瞬でいとも簡単に消える。そのあとは少しのきっかけが無いと繋がることは難しくなってて、インスタとかTwitterとかで繋がってるじゃなくて、遊んだりご飯食べたりていう交流をするのが難しくて、これはクラスメイトな関係の子もだけど仲良くしていた子との関係もいうんじゃないかな。多分これは物理的距離に伴う心的距離の離れに当てはまると思う。近くにいるからこそきっかけがたくさんあって紡げることができる。相手の生活圏に入ることなのかな〜て。それに会わなくなっても平気で忘れていくのかもしれないしそれでも生きていけるかもしれない。でももしそこに物理的距離が生じたとしてもお互いの向き合い度で変えられるはず。会わなくなったら平気になるかは相手への想いの重さで違ってくるけど、でもいつか平気になっていなくても生きていられる日が来ると思う。脆いよね。友情っていうのは脆いと思われてるし二の次にされている。1番大切だと思うんだけどな〜
3 notes · View notes
am-in-blue · 3 years
Text
ぴかぴか
むかしはいくら突かれてもちくちく棘を刺されても、眠ると、ぴかぴかの傷ひとつないわたしになれた
いつのまにか小さな擦り傷でさえも、かさぶたになって、眠っても、痕になって消えなくて、ぴかぴかの新品のようにはなれなくなっていた
ぴかぴかに"なれた"わたしは感情を覆うのがじょうずで、"なれない"今のわたしは、すなおなのか、歳をとったのか
こんなことでわたし、ちゃんと人間してるねって思いたくなかったよ、わたし
1 note · View note