終章:Don't Look Back in Anger
地下を歩いていた。
はらはらと踏み出す足の背後に金色の鱗粉のようなものが散る。何か鋭いものを踏んで足が切れたのだ。
「……」
足を上げ、眺めた。はだしになったそこには傷も汚れすらひとつもなく、美しく光り輝いている。
少女は首を傾げた。
わたしは、誰だろう?
×××
移動中に、今度こそ地面が崩落した。幻覚ではない。
望夢は本物の粉塵とともにどこかへ落下した。
したたかに背中を打ち付け、息が止まる。背骨が折れたかと思った。しばらく動きを止めていたら、じんわりと体の感覚が戻ってきた。
酷い打撲はしたような気がするが、動ける。
「なにっ……ぐっ……」
さっき、確かに、瑠真の気配があった。
そちらに向かっていたら会場が崩れた。落下した先はもう仮想空間の影響もない。暗いトンネル内だ。││線路の上か 恐らくニューヨークメトロの駅内だ。
けほ、ともう一度粉塵を咳き込む。この規模の崩落があれば、電車は止められていることを祈ろう。
まだ、感じる。瑠真らしきペタルの、荒れ狂う奔流が近くにいることを。
││それが、弾けると同時の崩落だった。
原因は瑠真かもしれない。
「瑠真」
聞こえるかも分からなかった。だが、声を張り上げた。
その瞬間だった。
ドッ、と風のような固形のようなペタルの塊が望夢を叩いた。望夢は重力による落下をゆうに上回る速度で倒れていた場所から吹き飛んだ。
さすがにしばらく、五感がかき消えた。
失神、だったのだろう。何が起こったのかわからない。それが何秒のことだったのかもわからない。
ただ、薄っすら目を開けたとき、自分の床に投げ出された右手がまず映った。それは気づけば奇妙な角度に折れ曲がり、血に塗れていた。ああ折れたんだなと変に冷静に思う。これは複雑骨折と呼ぶしかない。痛みはまだ触覚が復活していないのか感じない。
──その、指先の向こうに。
背景のようにぼやけて、縮尺もあわない遠くに、金色の人影が立っていた。
金色の髪を背中に流し、輝く肌にぼろぼろになった衣服を引きずった、それは少女だった。
金色の瞳がこちらを見ていた。
「────」
顔立ちがわかるほどに近くもなかったのに。
望夢はそれを、どうしても理解してしまう。
「瑠真、だよ、な」
そこから放たれているのが、瑠真のペタル流だと。
そして自分自身に流れ込んでいたはずの神名春姫のペタルは、一時的に使用を止めていたため気づくのが遅れたが、一切消えているということを。
✕✕✕
『うまくいかないならいかないでさ。使い果たして、終わってしまえばいい。神様なんていらないのさ』
スマホの上に浮かぶ映像に戻ってきた誉は、つまらなさそうに腕を組んで言った。
『既存の支配者を殺さないとこの世界のどうしようもなさは回らないよ。これが俺の仕掛けるシーソーゲーム。足掻いてみな、望夢』
「ねえ、誉、あれが瑠真」
シロガネの隣で、会場敷設モニターを眺める赤毛の少女が陶然と言った。
「すごい……あんなこともできるんだ」
『そう、きみが与えた「怒り」の力を器に産んだ神。あれはきみの神様だよ、カノ』
調子のいい誉に、シロガネはこっそり息を吐いた。
モニターから外を見るのに夢中なカノに聞こえないように、少し離れてスマホを構える。
「あれさあ、アリスが死んじゃって怒られない」
『アレの中身、せいぜい一〇〇〇年級の巫女だよ。大したことはできやしないさ』
「それにしては威勢がよくない はな姫の中身は京都のいち農民のはずなのに、ホームグラウンドを離れたニューヨークでなんでこんなに派手になるのさ」
シロガネは事前に描いていたイメージとの差異について誉を突く。誉はふふんと笑った。
『共感して吸い込んでんのさ。人の心をね。神様ってそういうもんだろう』
シロガネは、わかるとヒマワリを見下ろした。喋らない少女はこてんと首を傾げた。
その理論なら、やはりいち神格の力よりも、今の七崎瑠真に憑いている「もの」のほうが大きくてもおかしくない。人の体には限界というものがある。シロガネは密かに危惧していた。カノの表情がなんであれ曇ることをシロガネは望まない。
しかし。
その至極優等生的なシロガネ少年の思考を���るように、シロガネの心酔する少女がぱちんと柏手を叩いた。
キャラメルのようなころころした声が言う。
「素敵だわ。じゃあそのまま終わってほしい。
今日は瑠真がわたしのになった記念日。誰にもあげないから」
その日、花開いたつぼみのような、あるいは蝶のような多数の翼を持つ、金色の少女が太平洋上を動き出した。
そこにいる人々のペタルを吸い取って動く彼女が向かう先は、彼女の知っている場所に違いないと間もなく特定された。
東京都七花市。
決戦の舞台はそこだ。
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5: Stairway to Heaven
「はっ!?」
会場が壊れた。まず望夢が体感的に感じたのは、『足場が無くなり、落ちる』だった。
そもそも高さのある場所で戦っていたわけではない。なのでこれは五感に伝わるただの幻覚なのだと、望夢は間もなく理解した。
眩暈がする。そのせいですぐに状況を計算できない。五感のバグのくせに、しっかり落ちて転んだ痛みがある。そして体を圧迫する重量感と、微かに脳裏で鳴る異常事態のアラート。
目を開ける。瓦礫の中に望夢は倒れ伏していた。
悪夢のような光景が広がっていた。
瓦礫が現れたり消えたり、ちかちかと景色を移り変わらせている。その途中で見覚えのある壁や岩、水流が出現してはくねり、視線を阻害する。ある場所では遊具のようなカラフルなキャラクターの顔が、ゴシック様の建築壁の中から突き出ている。
半ば無意識で、自分の体を取り巻くように転がっていた瓦礫に、解析・解除を走らせた。ヴン、と音を立てて瓦礫が消える。
この会場のためにセットされていた、ありとあらゆる仮想空間のストックが、暴走してこのありさまになっているのだと、しばらく見ていれば理解できた。
自分の動きを邪魔していた周りの瓦礫が消えてしまえば、立ち上がることができる。おそるおそる、望夢は身体を立てるが、すぐに別のブロックが足元に出現して躓いた。
「でっ」
足先を引っ掛けてまた転び、あやうく、そのブロックに膝を打ち付けそうになる。相当痛いだろう、とギュッと目を閉じたところで、ひらめく。この固形は仮想の感触だ。協会式のペタルがイルミナント意識点の持ち主に錯覚の圧力を与えているだけ。
ペタルを込めなければ無視して動ける。協会式の仮想空間とはそういうものだ。日本の協会の演習場でもいつか瑠真とやったはずだ。
とっさに脳を切り替える。望夢は元々協会式のペタル解釈には「合わせて」いるだけだ。大会のために常に協会式に合わせ、秘力を練り続ける方式を取っていたが、もう必要はない。
ブロックにぶつかる前にイルミナント励起を解除。ぶつかったはずのブロックを膝がすり抜けた。そして少しだけもう一度、協会式ペタルを自身に込める。最後にクッション様に抵抗が生じ、転んだにも関わらずふわりと地面に手をつくことができた。
何度か地面についた手を握ったり開いたりして、感覚を確かめてみる。
この要領なら、多分このカオス空間の中も歩ける。
望夢は見渡した。極彩色の景色に邪魔されているが、試合はどうなった 放送も音沙汰がないが、自分が聞こえていないだけなのか。点数はもう誰も見ていないのか
「……瑠真」
それより何より、相方が何をしているのかが気になった。
邪魔な障害物をすり抜け、迷路のような元アリーナを歩き始める。
最も敵になるのが方向感覚だった。神経を研ぎ澄ましても、会場に存在するあらゆる出場者のペタルを吸い上げた仮想空間から、ペアのものだけを探すのは甚だ難しい。
それでも歩き続ければ誰かとは遭遇するだろうと進んでいたとき、ふと五感の端に気配が引っかかった。
ペアのペタルだけを探すのは難しい。そのはずだった。
「……瑠真」
正確には。
瑠真であるはずなのに瑠真ではない、瑠真のペタルをベースにしたような何か、を、感じる。
×××
予期しなかった平衡感覚の混乱に、瑠真もまず尻餅を付き、ここがどこか見失うところから始まった。
「あ いたいた。いやぁ、君の場所は視認していたからすぐ来られたにせよ、このカオスは最悪だね」
──そこに聞こえてきたのは、考えうる限り最悪の声だった。
「は……」
瑠真は咳き込みながら顔をあげる。これは……確か、望夢の先祖の。
夏のヘリポートで聞いた、悪辣な少年の声だった。
一度で覚えてやる義理はなかった。なのに覚えていたのは、それだけその声が身の毛もよだつトラウマのように耳朶に張り付いていたからだ。
視界がぼやける。イルミナント意識点に過負荷が掛かっているのを感じる。会場にいたすべての異能者のペタルの残滓が増幅されて場を渦巻いている。感知系が苦手な瑠真にも明確だ。
目を擦って、もう一度薄目を景色に向けたとき、その極彩色の光景の中に、黒服の少年が佇んでいた。
初めて見る姿だ。子供が着るものとしては見慣れないお坊さんのような和服を着ている。
だが、彼は背格好と顔立ちが──やはり望夢に、よく似ていた。
高瀬誉。
春姫の宿敵だ。なぜか蘇った幽霊なのだと聞いていた。
だからだろうか。彼の輪郭は、まるで背後の仮想空間の景色の一部であるかのように、うごめき、刻一刻とブレている。
「待たせたね、悪魔のお迎えだよ、瑠真ちゃん」
少年は、仄かに望夢より表情が薄く見える瞳をこちらに向けて、ことんと首を傾げた。
瑠真はとっさに答えなかった。なぜこいつにこの状況で迎えられなければならない
「……何、これ」
まずは周囲を示して、端的に尋ねた。
「試合中だったよね。アンタたちが何かしたの」
「うん。眺めてたら瑠真ちゃんが負けそうだったから、助けに来た」
あっさりと、誉はそう言った。
「助けに こんな、試合無理やり壊して」
「だって、嫌だろ あんな大人の策略に乗せられるのなんか」
誉は話しながら、瑠真の向かいに膝を折った。尻餅をついている瑠真に視線を合わせ、見つめてくる。そこはかとなくじっとりと嫌な感覚がし、瑠真はいざるように少し下がった。
「……まだやれた」
「どうだか」
誉は首を振る。
「君は謀られたんだよ。極論、アメリカチームは君のことなんてどうでも良かった。日本の協会の邪魔をするのに良い釣り餌がそこに転がってただけ」
「アンタにそれを言われる筋合いはない」
「あー、そういう反応かぁ。まあ、いいよ」
瑠真が噛みつくと、誉は肩をすくめてみせた。
「君もだいぶ鍛えられたみたいだし。ここまでの話はカノへの義理立て。振られたら続けて口説くもんでもないや」
「何言ってるの」
「俺には俺の目的があるって話」
ぽん、と誉が手を叩いた。そのとき、周囲の仮想物体から一斉に蔓のようなものが伸びて、瑠真を巻き取った。
「はっ」
「待ってね。ここから本題」
誉は言うと、瑠真に向けて膝を摺ってにじり寄ってくる。
「それ、私関係あるの 美葉乃のこと」
「カノへの義理立ては終わったって言っただろ。俺はあの子とは関係なく君に用事があるの。いや君の体、いつの間にか大分高瀬式ナイズされてて助かるよ。干渉しやすい」
瑠真は迫ってくる誉を目線で威嚇した。
「縛り上げて何が用事よ」
「なんだろうね。これを話すのは初めてかな」
誉は傍に腰を下ろして微笑む。友人としてお近づきになりたいとでも言わんばかりの微笑みだった。
「俺は君を見つけたときから、カノとはまた違う理由で君に興味を持っていたんだ」
その微笑みを、口調を、瑠真は吐き気がするほど憎らしく感じる。瑠真のペアが絶対にしない表情をした同じ顔。
「三月の協会戦。君は神名春姫の力を身に借りて戦ったね 俺はその時から、君を個人的に追っていた。カノを通してね」
「……」
そんなこともあった。だが誉はそれをどこから見ていたのか。わざわざ相槌を打ってやる義理も、問い返すほどの好意もない。
誉は瞳を三日月のように細めた。
「いやぁ、ちょっと閑話休題してからにしようかな 自己紹介ができなきゃ寂しいもの」
瑠真は自己紹介など望んでいない。だが誉も勝手であるのは百も承知で話しているのだろう。少年はあぐらをかいた膝の上にひじをついた。
「俺、もう死んでるって話は春ちゃんか望夢くんから聞いてるよね だったらどうして成仏できなかったんだと思う 瑠真ちゃんって幽霊信じる」
「今、いるんだから、それしかないでしょ……どうしてなんて知るわけない」
「俺に未練があったんだよ、結局。この世界の行く先にね」
瑠真の小声の反抗に構わず、誉はゆっくりと言った。
手元に持った数珠を弄っている。虎の模様のような色をした数珠だ。
「いや、理論的には春ちゃんが流し込んだ不老の神の力が俺の肉体を消しても存在を維持したとか、色々言いようはあるかもしれない。だけど俺の目線からしたらそう。俺は長いこと、『無』と呼べる時間の中で俺の魂が輪廻できない理由を考えていた」
話の、意味は分からない。ただ、幽霊でしかなかったはずの誉の重量感が目の前で膨らんでいくようで、怖気をおぼえる。
「俺は殺される前、春ちゃんに少しだけ期待してた。旧弊した高瀬式が情報統制できる時代はとっくに終わってた。だからその後継を作るのはきっと俺たちとは違うものだって。
だけどきっと俺も少し夢を見すぎていたんだろうね。彼女は結局、神さまであるよりも一人の女の子だった。俺は正直、それに失望してしまった。そうなるだろうと思ってたから、俺は高瀬式の精神が存続するよう望夢を残したんだけどね」
誉は、瑠真の知らない長い時間をあまりに全て把握している。それが話術なのか、事実なのか。瑠真は、ブラックホールに浮かんでいるような錯覚にとらわれる。
「望夢の父親の篝は感知系がとにかく強くて、死人の俺と普通に話せた。だから俺はさっさと奥さん作って息子にも感知教育をするように言った。篝自身はちょっと古い男だったから、あまり春ちゃんと渡り合えそうにもなかったのだけど。生まれた息子は狙いどおり霊感が強かったから、俺はその霊感が薄れない子供の頃のうちに、ことあるごとに高瀬式の精神を囁きかけておいた。だから望夢の育て親は直球で俺みたいなもん」
「高瀬式の、精神……」
「俺はこの世界を自由にしたいのさ」
誉はこともなげに言った。
「しがらみに囚われ、欲で傷つけ合い、己が正しいと思う者が殺し合う世界を救済したい」
「できるわけない。何カミサマみたいなこと言ってんのよ」
「俺、仏教徒だよ。そこはよろしく。西洋の神さまの考え方とはまた違うと思うな」
瑠真に宗教の違いなどはわからない。ただ睨み返すと、誉はとん、と自身の胸を叩いた。
「とはいえ世界をより良くしたいという想いに貴賤はないからね。ヒイラギ会の子たちのことも普通に応援してる。『みんな望んだものが手に入って、みんなハッピー』」
「もっと無理よ。わかってて言ってるの? そんなの成り立たないでしょ」
「そう、でもだから君も聞いているだろう あの子達は、みんなを幸せにして、その瞬間世界を終わらせたいんだよ」
誉はくつくつと笑う。それは朗らかで、子供の悪戯を愛おしむ祖父母のようにさえ見えた。
「死ぬ瞬間幸せだなんて、なんて幸福」
「……勝手に押し付けないでよ、そんな理想」
「ああ、そういうところが春ちゃんと相性いいのかね 俺は個人レベルで行える救済手段の一つだとは思うけどね。まあ、個人レベルじゃない視点でできることを、本当は神の力を持つ春ちゃんに望んでいたのだけど」
瑠真の激高を、誉はこともなげにいなして頬杖をついた。
「ここで話題を戻って、ヒント。春ちゃんには『神の力』がある。俺は高瀬式の旧支配者。高瀬式が春ちゃんと仲良くなかったのは知ってるよね」
「……」
瑠真はとっさに話題を辿った。何のヒントだ 内容は当然知っている。だから何だ。
「春ちゃんにある『神の力』。俺はそいつで殺されたから、分析サンプルは十分。やろうと思えば干渉操作することができる。ただ今あの子の力は、半分うちのご当主の協会式能力維持に使われている。『契約』だね。春ちゃんの憎き高瀬式に首輪をつけて自分の支配下に置こうっていう、あの子なりの復讐」
これも事実としては知っているが、それを誉がどう解釈しているかなどは知らない。春姫が私情で望夢を使っていることはなんとなく知っているつもりだった。
「その『契約』のデータもちゃんと手元にあるのさ。斎くんが頑張ってホムラグループに流してくれたからね。俺たちはそれをホムラグループから拾ってる。
有り体に言えば、俺も同じ契約ができるってコト」
誉はそう言った。
「……待ってよ」
じわじわと、脳内で話が繋がり始める。世界を救済したい誉。望夢と春姫の間にある契約。
「何、する、気」
「それを今説明してるんだってば。俺は春ちゃんに神の力を渡して後悔した。その未練が俺をここまで生かした。望夢は俺の救世主になり得る視点を持っているけれど、今のところ春ちゃんの犬で、世界の上に立つ覚悟も持ってない」
誉はひらりと手を挙げ、人差し指を立てた。講釈する優しい先輩のような口調だった。
「神を降ろすには、新たな神を産むのが一番いいと思うのさ」
その指が瑠真に向く。
「なに……」
息をつまらせる瑠真の、胸に誉の手が這う。びくりと全身を強張らせた瑠真の胸元に、誉の、霊体の手が、『入り込んだ』。
本人も言うように仮想空間技術で作られているだけの体だ。痛いはずも、感触があるはずもない。なのになぜか生命の危機を感じる。触れられてはいけないものが触れている気がする。
「望夢は君のことが好きだからね。君が力を持てば、春ちゃんの時よりその制御に必死になるだろう。それが目的だから、別に俺は君自身のことはどうでもいいわけ。とはいえ俺を悪魔として生かしてくれたカノへの義理はあるしね それに、俺は人を一人使うなら、その心に敬意を払わないことは本意に反する」
誉の声がガンガン響く。それが心理的効果なのか、既に何か異常が始まっているのか瑠真は理解できない。
「タイミングが今だったことにも必然性はあった。まずは君が治癒の能力を得たこと。その願望の根底にあるのが『戦える力がほしい』であったこと。俺はその気持ち、よくわかるよ。眼の前にある世界に触れられないのはもどかしいものな。君の場合それが戦いという概念だった。極めつけに今、とやかく言う大人はみんな太平洋の海の向こう」
誉の手は、最早とっぷりと手首まで瑠真の胸に埋まっている。身体の中で熱が暴れ狂う。平衡感覚が上下左右どれもわからなくなっていく。
「君はとても、とても強くなるよ、瑠真ちゃん」
誉の声が、まるで��体の繋がりから直接伝わるように聞こえる。
「壊れても、傷ついても戦い続けられるだけの力が手に入る」
その言葉は。
誉には伝えたことのない叫びのはずで。知っているのかなんて、今更問うのも馬鹿らしく。
耳元で、吐きそうなほど望夢とよく似た甘い声が囁いた。
「君の願い、叶えてあげる。一緒に終わろうぜ」
その日、フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク西部では崩落事故が起こり、ニューヨーク地下のメトロ路線まで会場の一部が落下した。
偶然試合中でそこにいた少年が一人巻き込まれた他は、試合相手のアメリカチームも無事に引き上げ、現在は救助・捜索活動に当たっているそうだ。
それ以降の瑠真の記憶はない。
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金眸の民について
渓谷竜シリーズ本編「ルアハの花」設定つづき。
悪しき大陸竜に愛され、それゆえに差別対象となる人間たちについて。家系で金目を受け継ぐ「遺伝性」と、突発的に金目が生まれてしまう「変異性」がある。
下記で違いを解説する。
▼共通する力
遺伝性、変異性ともに「魔力を視る」または「魔力を感じる」ことが出来る。大陸全体を包むエネルギーを効率良く導くことが出来るため、自然を育むのに適している。
彼等の住まう地域は豊かな自然に囲まれていることが多い。
金眸の民はかつてこの力で黄金郷を作りあげた。元来彼等の住処であった〈竜の頭〉、すなわち「黄金郷」が肥沃な大地である理由も、上記の力に寄るところが大きい。
▼遺伝性の民
遺伝性はコミュニティを作り、その地域に暮らす人間に認められるような「役目」を負う事で命を繋ぐ。差別や偏見の目はあれど役目を全うしていれば尊厳を保証される。
基本スペックとして「自然を豊かにする力」がある。
これらは農業や酪農の分野に重宝する。力が強まると回復魔法(ヒール)さえ可能になる。だが彼等の中でその域まで達する者は少ない。回復魔法を扱う金目は大変重宝され、差別関係なく大切にされる傾向にある。
▼変異性の民
変異性金目はランダムに生まれる。一切金目が出たことがない家系でも一世代あとはどうなるか分からない。この場合、金目本人と家族が縁を切れば一家は責任追求されない。迫害もされない。縁を切らない場合は一家もろとも社会から爪弾きにされ、迫害対象となる。
遺伝性のように後ろ盾も理解者もいない彼らは不幸な道を辿るケースが多い。反面、強力な異能の持ち主が多く、過去には、幻獣と契約した「奏者」に匹敵する存在さえ確認された。
例えば公国に生まれた突然変異性の或る金目は一夜にして廃都全域を森で包み、密林に埋もれさせた。
また、帝国成立期に生きた或る金目は回復魔法の極地に達し、神国侵攻時、城を包む魔法の炎を前に、炎が届く瞬間から仲間をヒールし続け帝国勝利に繋いだ。
また、帝国地域に限り、更に特異な金目が存在する。「縫製職人」と呼ばれる者たちだ。彼らは「魔力の性質を操る」ことが出来る。
当初、誰も気に留めなかった力だが、帝国が魔導書を扱うようになると欠かせない存在となった。縫製職人が魔導書を一人一人の身体に合わせてカスタマイズすることで、魔力との親和性が低い人間ですら魔法を使えるようになるからだ。
この力は変異性のみ持つ潜在能力ではある。が、数少ない変異性内でも殊に生まれる確率が少ない。潜在能力持ちを発見した場合、何かと理由をつけて捕縛し、強制的に職人後継者として育てることがある。
▼変異性の生まれ
血統に関係にないと言っても出現地域などはある程度限られている。中でも出現率が高いのは帝国。これが意味するのは帝国付近に金目を排出する理由がある、ということ。
大陸の人々もこれまでの統計からある程度分かっており、かねてより研究が進められてきた。理由が分かれば「呪い」を根絶できるかもしれないし、対象を予測できるようになれば彼らの利便性を独占できる。
※ただし予測する対象は、特殊すぎる力を持つ金眼である必要はない。むしろそれでは困る。彼らにとっては、少しだけ便利な力を持ち、出現率も高く、姿形はその生態を把握できるヒトの形をした「金眸」が望ましい。
以下、めっちゃネタバレ。
*
▼亜人であり人であり
金眸の民、すなわち「呪われし民」と呼ばれるモノはほぼ人間である。これは昔、竜が己の力を分け与えて手となり目となる存在を作った時、当時世界的に数を増やしていたヒトへ「意図的に似せた」からだ、と言われる。そこには「人」が異なる力を持つ存在へ親近感を持ちやすいように、という明確な理由があった。
竜の力を賜りながらも人間の姿を持つ者、すなわち亜人に分類される彼らは最初こそ恐れられた。けれど力ある側(金眸)から辛抱強く歩み寄った結果、互いに似た部分を見つけた両者は親交を深め、どちらがどちらだか分からなくなるまで混ざり合った。これが、最初の金眸の「民」と呼ばれる者らである。
▼民誕生のルーツ
竜に直接つくられた亜人は、どれだけ血が薄まっても、ヒトあらざる存在であることに間違いない。何世代、何千年、何万年を経たとして、竜の身体が天上世界アハシュカルへ還らない限り、賜った力が完全に消えることはない。
その上で何らかの条件が揃った時――亜人だった頃の力が突発的に発現し、過ぎたる能力を得る――これが、いわゆる現在の「金眸の民」と呼ばれる存在。(人々はこの流れを知らない。知っているのは最初の金眼か幻獣くらい。)
あまりに遠い世代、遙か昔に金眸と交わった民があまりに広域へ広がっているため、どこから出現するか全く予測がつかない変異性が存在する。ひとびとは二重の意味で金眸を「呪い」だと考える。
ひとつは、かつて大陸を滅ぼしかけた呪われし民の末裔である証拠として。
もうひとつは、竜に選ばれてしまったら仕方ないこと、一方的に背負わされた理不尽な仕打ち、竜の力を受け入れるしかない呪われた人生として。
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